2005年07月14日

扶桑社歴史教科書をめぐる報道

どこぞの市教委がどこぞの教科書を採択したというだけでニュースになる時代である。扶桑社の教科書に絡むことはいつもニュースだ。それがどうしたという内容にも関わらず、賛成派、反対派共に記事にする。
特に、社説で何度もムキになって批判をした朝日新聞などは大騒ぎである。基地外左翼の市民団体が騒いでいることを記事にするのは結構だが、そいつらのコメントを掲載する。反対意見だけを採り上げる。

扶桑社教科書を採択 栃木・大田原市、市区町村立で初 (産経新聞)
「つくる会」教科書、栃木・大田原市が採択 (読売新聞)
「つくる会」教科書:栃木県大田原市が採択へ (毎日新聞)
「つくる会」教科書、栃木県大田原市が採択 市町村で初 (朝日新聞)
つくる会の中学教科書採択 市町村初、大田原市 (共同通信)

産経は、WEB 版では短い記事になっているが、7月13日付け朝刊の一面に掲載した記事では、栃木県の教育界について詳しい報告をしている。教師が徒党を組む組合と言えば、日教組や全教などの左翼団体ばかりに思われるが、その日教組などのイデオロギー闘争に反対し、「教育正常化」を掲げる全日本教職員連盟(全日教連)という組織もある。栃木県教職員協議会はその全日教連の参加にあり、栃木県の教師の98%がそれに属しているそうだ。つまり、栃木は広島県や三重県のように左翼全開の教育ではなく、保守的な教育が行われている県なのだ。その栃木県にある大田原市で扶桑社の教科書が採択されても何も不思議ではない。

しかし、左翼新聞はそれが気に入らないので、暗に反対する文章を掲載する。

毎日新聞
同市には12日午後5時現在、ホームページを通じて千保一夫市長などに激励183件、抗議103件のメールが寄せられた。また、連合栃木や県教組などの団体が採択に反対する申し入れ書を提出した。

毎日新聞は、"小朝日"とも呼ばれる左翼系新聞だが、反対意見と賛成意見がこれだけ来たと報じた。その姿勢は評価できる。

朝日新聞
教育委員会が開かれた会場の前では、採択に反対する住民ら約30人が抗議集会を開いた。会見後に会場を出ようとした教育長の公用車を取り囲み、「考え直してください」と訴えた。
同県内では、01年の前回採択の際、小山市など2市8町でつくる採択地区で、扶桑社教科書の選定を決めたが、各市町教委がこれを不採択とし、決定が覆された。


朝日新聞は、たかだか30人の左翼らが必死になって暴れているもようを、コメントまで出して紹介。左翼市民団体の少数意見は必ず取り上げるという、朝日のお決まりのパターンである。
また、前回、左翼からの不当な圧力のせいで不採択となったことを引き合いにだし、その理由も記述せぬまま、教科書に問題があって不採択になったような記述を最期に書いている。

共同通信
扶桑社版教科書には韓国、中国が「歴史を歪曲(わいきょく)している」と強く反発しており、再び外交問題化する恐れもある。国内でも「アジアへの侵略の歴史を正当化している」などと批判する声があり、波紋を広げそうだ。

最もひどいのは共同通信である。ここで韓国や中国が反対していることを取り上げている。共同通信は、中韓による内政干渉は気にならず、外交問題を気にしている。また、国内でも反対意見だけがあるかのように記述し、全くの否定を記事の中で行っているのだ。「波紋を広げそうだ」とは、左翼の間で波紋が広がるだけであろう。一体何を言っているのか。


それにしても、左翼市民団体はどこにでも出没して、自らの意見を押し通そうとする。何故こんなに必死なのか。運動し、脅かせば人の意見を変えられると思っているのだろう。
逆に、扶桑社の教科書を推進する人々はそんなことをしない。推進派が少ないわけではあるまい。バカ丸出し、金切り声ばかりあげてみっともない左翼のマネなどしないということか。
この違いは何であろうか。  
Posted by shimbunwatch at 12:32Comments(57)TrackBack(1)記事

2005年07月10日

在日犯罪者の味方、朝日新聞、産経新聞大阪版

先々週の週刊新潮、筆者が一番面白いと思う高山正之という帝京大学教授の連載コラム「変幻自在」で、高山氏がレイプ牧師の金保を通名でしか報道しない朝日新聞の姿勢を批判していた。
しかし、これまで何度もここで述べてきたように、在日犯罪者の通名報道は朝日新聞だけの専売特許ではない。産経新聞大阪本社版も通名報道だ。金保に関しては、多数の抗議があってか、途中から通名と本名の併記に変更されたが、それ以外の事件、例えば大阪で車に女子高生を監禁した変態の事件などは通名のみの報道である。
高山氏は以前、産経新聞の記者であったが、大阪の産経でそのようなことになっていることは知りもしないだろう。そのうち、便りでも出そうかと思っていた矢先、また在日が事件を起こした。

立てこもり男逮捕 女性人質に、5時間後救出 大阪・東大阪 (産経新聞)
54歳元社員、会社食堂に4時間半立てこもり逮捕 (読売新聞)
立てこもり:女性人質の元従業員を逮捕、けがなし 東大阪 (毎日新聞)
会社内に女性社員人質に立てこもり、容疑で男逮捕 大阪 (朝日新聞)

東大阪で、クビになった会社の社員食堂に在日が立てこもった事件。産経(東京版)は本名の金泰官、読売と毎日は通名の金本治郎、朝日は名前を報じなかった。
読売と毎日は、これまで在日の本名を出すことを躊躇していないので、今回は初出記事の配信時に本名が不明だけだったのかも知れぬ。朝日は、4紙の中で一番遅い2時23分の配信ながら、本名も、通名すら報道していない。現行犯で逮捕されているため疑いようもないのだが、何に気を遣っているのか。

なお、産経大阪も朝日と同様に通名も本名も報道していない。筆者宅に宅配された14版という地方向けのものだからだろうか。大阪近郊の最終版では違うのだろうか。

産経大阪は、朝日と共闘し、在日の犯罪を隠すことに一役買っているのだ。  
Posted by shimbunwatch at 19:13Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年07月06日

中国人犯罪者にもおもねる朝日新聞

外国人犯罪の約半数は中国人によるものである。中国人は日本に強盗や窃盗などの犯罪をするために"出稼ぎ"に来るのだ。とんでもないヤツらである。

5日(火)、北海道警などは全国の23都道府県で窃盗を繰り返した中国人窃盗団のリーダー丁長林なる中国人を含む58人を逮捕した。空き巣を中国人が担当し、預金通帳からの現金の引き出しには日本人が荷担していた。中国人犯罪者に遣われるとは、情けない日本人である。
実際、暴力団などは新たな資金源として、中国人犯罪者などに協力していることが多い。アジトの確保、金持ちが住んでいる家の情報収集、通帳からの引き出しなど、日本人にしかできないことをし、中国人犯罪者に金を恵んで貰っている。極道などと威勢のいいことを垂れるヤクザだが、やってることは乞食同然であろう。

この中国人窃盗団に日本人が遣われていた。それが事実であるのに、中国人大好きの新聞は、日中混合の窃盗団だと報道した。各紙見比べてみよう。

大規模中国人窃盗団を摘発 総額6億円 (産経新聞)
中国人窃盗グループのリーダー逮捕、被害5億9千万円 (読売新聞)
窃盗団:マンションにピッキングなどで侵入 58人逮捕 (毎日新聞)
「日中窃盗団」58人逮捕、被害5億8千万円 道警など (朝日新聞)

産経は「中国人大規模窃盗グループ」、読売は「中国人窃盗グループ」、毎日は「中国人を核とする窃盗団」、朝日は「中国人と日本人の窃盗団」と報じている。"小朝日"の毎日は控えめな表現にしているが、朝日は堂々と"日中混合"を謳っている。記事の見出しも「日中窃盗団」である。
実際には、中国人に遣われていた日本人は、銀行から金を引き出し、中国人に報酬として10万円貰っていたらしい。まさにお駄賃を貰っている状態だ。それでも、朝日からしてみれば、中国人と日本人の窃盗団となるようだ。中国人にだけ窃盗の罪を着せられないのであろう。

また、朝日だけ窃盗団のリーダーである中国人の丁長林が逮捕されたことを報道しない。リーダーが中国人であることを報じられないのか。はたまた、中国人犯罪者の名前は畏れ多くて出せないということか。

中国人犯罪者にまでおもねる朝日新聞。どこまで中国人の見方をするつもりなのだろうか。  
Posted by shimbunwatch at 12:33Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年06月29日

今月の朝日新聞売国奴コラム

朝日新聞の政治家の評価は分かりやすい。自社のイデオロギーと同じ政治家が正義、異なる政治家が悪だからだ。
保守派政治家である石原慎太郎東京都知事、安部晋三議員などは朝日新聞から見れば極悪政治家で、ことある毎に叩き、貶めようとする。
一方、媚中派の政治家は大好きだ。中国に媚びへつらう政治家は全て正しい政治家。部落出身であり、部落解放同盟が有利になることを公言して憚らなかった野中広務元議員、その子分で、部落解放同盟を有利にするためだけの人権擁護法案を成立させたい古賀誠議員、乗っていた飛行機が台湾に緊急着陸したとき、「中国共産党以外が治める台湾の地に降り立つことなどできない」といって飛行機から一歩も降りず、そのことを中国高官に自慢した河野洋平議員など、売国奴の議員はたとえ自民党の議員だろうと正しい政治家として持ち上げる。

毎月、最期の日曜日に掲載される若宮啓文論説主幹のコラム「風考計」の今月掲載文でも、それがよく見て取れた。若宮論説主幹は、これまで「竹島を韓国にあげなさい。そして、漁をできるようにしてもらいなさい」とか「中国人学生は大変利口で、世間をよく理解している」などと書いて憚らない売国奴である。このブログでも毎月文句を言わして貰っている。
【参考】
2005年5月 → 朝日新聞論説主幹の気違いコラム5月版
2005年4月 → 朝日新聞を見て、日本の民主性を知る
2005年3月 → 国土を他国に譲渡せよと主張する朝日新聞次期社長候補

風考計 ―― 遺族会長の苦悩 「赤紙遺児」とA級戦犯と (朝日新聞)
日本遺族会の古賀誠会長(自民党元幹事長)は、やりきれぬ気分だろう。遺族会への配慮で始まった小泉首相の靖国神社参拝が、ここまで中国や韓国との関係をこじらせようとは――。
思い余って今月11日、「英霊が静かに休まることも大事だ」と語って首相に参拝見送りへの誘いをかけた。しかし、当の遺族会がおさまらない。全国の支部長会議が開かれて、古賀発言は封じ込められてしまった。
それにしても、古賀氏はなぜ火中の栗を拾おうとしたのか。親中派の立場もさることながら、遺族としての自分の境遇にも根ざしているに違いない。古賀氏の父親は太平洋戦争に召集され、フィリピンのレイテ島で壮絶な死を遂げた一兵士。当時2歳だった古賀氏に父の記憶はない。
一昨年、レイテ島を訪ねた古賀氏は日本兵の立てこもった壕(ごう)で霊を弔いながら、父が生死の境で何を思ったかに想像をめぐらせた。月刊『諸君!』(今年2月号)でこう語っている。
「赤紙一枚の召集が来ることによって、南方の、祖国日本からはとてつもなく遠く離れた(略)こういう場所に、いま自分はなぜ来ているのか、と。食べ物もない。戦うための銃は旧式のがあるけれど、弾も届かない。なぜ自分はいまここにいるのか、そしてなぜ死んでいかなきゃいけないのか。戦争というものの残酷さ、それから愚かさをまのあたりにして、父としては非常に無念だったんじゃないか」
「突き詰めていくとやっぱり政治の貧困なんです。政治の貧困こそ、やはり国を誤らせてしまう。罪のない多くの国民を巻き添えにしてしまう」
ここに浮き上がるのは「アジア解放のための自衛戦争だった」という靖国神社などとは違う戦争観であり、当時の国家指導者への深い憤りだろう。古賀氏は内心、A級戦犯の合祀(ごうし)に納得がいかないのではなかろうか。
   ◇
「戦争で失った父や夫や息子が、好んで戦争に行ったのではない。命令で止(や)むを得ず戦場に赴き、戦没したのである」。戦後間もない1947年にできた遺族会の前身組織では、事務局長が機関紙にこんな文章を書いた。
同じ気持ちの遺族はいまも多かろうに、遺族会が「合祀反対」とはならないところに会の複雑さがある。
それを象徴する存在は、遺族会の事務局長を経て自民党の参院議員を3期18年務めた板垣正氏だろう。A級戦犯として処刑された板垣征四郎元陸相(陸軍大将)の次男である。
中曽根内閣の意を受けて、一度はA級戦犯の「分祀」に動いたこともあるが、もともと「東京裁判は認められない」のが強い信念である。95年、村山首相が戦後50年の談話で過去の日本の「侵略」を謝罪したときなど、自民党内で激しくこれにかみついた。
「アジア解放の自衛戦争」論は、夫や父の死を汚したくないと願う遺族の心をとらえもした。遺族会の複雑さとはそのことだ。
そういえば、かなり前になるが、A級戦犯のひとりが遺族会のトップだった時代がある。62年から15年間も会長の職にあった賀屋興宣(かや・おきのり)氏だ。日米開戦時に東条内閣の蔵相だったことからA級戦犯として終身刑を受けたが、10年間の服役後に仮釈放されて政界に復帰。その後は自民党政調会長や法相を務めた大物政治家だ。
そうか、さては遺族会を「正義の戦争」論に導いたのは、賀屋氏だったのか。そう思って氏の回顧録や新聞記事などを調べてみると、大きな見当違いだった。日中戦争を「意味の分からぬ戦争」といい、米国との戦争に至っては、何と無謀なことをと、しきりに断罪しているではないか。
大蔵省の出身の賀屋蔵相は、日米の開戦に抵抗した。結局、東条英機首相らの軍部に押し切られたのだが、しかし「いくら反対したからといっても、戦争責任者として切腹ものだ」などと自分を繰り返し責めている。
    ◇
東京裁判はやはり問題だらけだとしているが、違うのはその先だ。外国による裁きでなく「日本人は自主的に戦争責任を判断する必要がある。あれだけの日本の歴史に対する汚辱と、国民の惨害に対して、重大な責任者がないはずがない。私はその一人である」。日本人の手で戦争責任者を問えなかったことは「日本国民として遺憾千万」とも書いているのだ。
遺族会の会長を引き受けたのは償いだったといい、遺族年金の増額などに腕を振るった。靖国神社の国家護持運動を進めるような時代錯誤の面もあったが、叙勲を辞退し続けるなど自責の念を持ち続け、77年に亡くなった。東条氏らが靖国に祀(まつ)られたのは、その翌年だ。賀屋氏がこれを知ったら、果たして何と言っただろう。
「赤紙」の遺児と戦争責任者。立場を超えて古賀氏と賀屋氏の気持ちには通じるものがうかがえる。あれは自衛の戦争だったとおっしゃる方には、賀屋氏の『戦前・戦後八十年』(経済往来社=絶版)をお勧めしたい。『語りつぐ昭和史2』(朝日文庫)でも賀屋氏の戦争観はよく分かる。


今回、彼が言いたいことを要約すると、靖国神社には「A級戦犯」が祀られているからよくない、ということであろう。これまでと何ひとつ変わらぬ主張である。
その主張を裏付けようとして、古賀誠という遺族会の代表が、遺族会の総意であるかのように首相の靖国参拝を批判したことを持ち出し、遺族会の中にも靖国に反対する人がいることを徹底してアピールし、それが既成事実であるかのように書いている。
しかも、「遺族としての自分の境遇にも根ざしているに違いない。」として、勝手に「A級戦犯」の合祀反対という意見、遺族として反対したという意見を押しつけている。果たしてそうか。野中広務元議員の腰巾着である古賀氏は、単に中国に媚びを売っただけではないのか。「A級戦犯」の合祀に反対ならば、中国や韓国の反日運動が盛り上がる前に首相の靖国参拝を批判したはずだろう。朝日新聞の記者らしい、何とも都合のいい考え方である。

今月は、先の大戦が「侵略戦争」だとアピールし、遺族会にも「A級戦犯」の合祀反対の者がまるで大勢いるかのように吹聴したコラムであった。3月は竹島を韓国に差し出すときっといいことがあるという妄想を書いていたが、今回もかなり妄想が入っているようだ。さすが天下の朝日の上に立つ売国奴は違う。自分に都合のいい偽善的な妄想をし、世間にアピールすることで悦に入っているのであろう。人前で自慰をしていることと大して変わらない。
来月も片腹痛いコラムを垂れ流してくれることだろう。  
Posted by shimbunwatch at 21:53Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年06月27日

今上天皇にも戦争責任をなすりつける朝日新聞

4月1日のブログで、かつて朝日新聞は昭和天皇を呼び捨てにし、昭和天皇に対して一切敬語を使用しなかったのに、天皇崩御が間近になってきた頃から敬語を使用した表記に変更したことを書いた。 → [朝日は君が代・日の丸に反対ではなかったのか]

それが最近では、いつの間にか記事内で天皇陛下に対して敬語を使わなくなった。慰霊のためにサイパンを訪れる天皇、皇后両陛下に対する読売の社説と見比べるとよく分かる。

サイパン訪問 慰霊の願いを果たされる両陛下 (読売新聞)
天皇の慰霊 戦禍に思いを寄せて (朝日新聞)

天皇の慰霊 戦禍に思いを寄せて
天皇、皇后両陛下が米国自治領・北マリアナ諸島のサイパン島を訪れる。61年前、日米の兵士とともに日本の民間人や現地の住民らも犠牲になった太平洋戦争の激戦地だ。
長らく天皇の外国訪問は、親善を深めるためのものとされてきた。今回のように慰霊を目的とするのは初めてのことだ。自治領なので、ものものしい式典はない。お二人の慰霊の旅にふさわしい静かな訪問だ。
天皇は「記憶しなければならない日が四つはある」と語ってきた。終戦記念日、広島原爆の日、長崎原爆の日、沖縄戦終結の日である。
11年前の会見で訪問先の希望を問われた折に、「戦禍の激しかった土地に思いを寄せていきたい」と答えている。すでに沖縄には何度も足を踏み入れ、硫黄島や広島、長崎なども訪れた。戦争が終わって60年、サイパン訪問は長年の思いをかなえる旅といえるだろう。
サイパンをはじめとする南洋の島々は第1次大戦後に日本の委任統治領となり、沖縄などからの移住者により製糖業が盛んになった。
日本本土を直接空襲できる戦略上の拠点と見た米軍は44年6月、サイパンに激しい攻撃をかけた。4万5千人の日本軍はほぼ全滅し、2万人いた民間人の半数以上が亡くなった。現地の住民も約900人が犠牲になった。米軍は隣の島を含めて5千人が戦死した。
島の北部には、日本政府などが建てた「中部太平洋戦没者の碑」がある。サイパンなどで命を落とした兵士や民間人を国籍を問わずに追悼するものだ。中部の公園には、犠牲になった現地住民の名を刻んだ記念碑と、米軍の戦死者の名を刻んだ慰霊碑が建立されている。
両陛下は三つの碑を訪れ、それぞれに花をささげる。敵と味方、兵士と市民を分けることなく、すべての戦争犠牲者を慰霊するところに意味がある。
島の北端に二つの絶壁がある。追いつめられた兵士や民間人の多くが、「天皇陛下、万歳」などと叫んで身を投げた。わが子を殺して自決した人もいた。「バンザイクリフ」「スーサイド(自殺)クリフ」と今も呼ばれている。
この絶壁にも足を運ぶ。皇軍として死んだ兵士、そして運命をともにした民間人らに思いを致さずにはいられない場所である。両陛下はそこに立つことが自分たちの務めだと考えたのであろう。
あらゆる人に災いをもたらす戦争を二度と繰り返すまい。そんなメッセージが込められた旅になるはずだ。
サイパンでも戦禍の跡は消えかけている。多くの観光客が詰めかけるリゾート地へと変貌(へんぼう)を遂げているが、両陛下の訪問は多くの人々の目を激戦地の悲惨な過去に向けさせた。
重い歴史を背負った天皇が足を運ぶことで、その土地にしみこんだ記憶が呼び覚まされる。戦争が風化しつつある今こそ、大きな意義があるといえよう。


似たような言葉を比較してみよう。朝日は徹底して敬語拒否だ。

読売新聞朝日新聞
天皇陛下天皇
訪問される訪れる
語られている語ってきた
硫黄島へも出掛けられている硫黄島や広島、長崎なども訪れた

さらに、朝日新聞の社説で注目すべきは、皇后陛下が関わった言葉は敬語となっている点だ。「天皇、皇后両陛下」「お二人」という言葉になっている。「天皇、皇后」や「二人」ではない。

これは、社説中に『追いつめられた兵士や民間人の多くが、「天皇陛下、万歳」などと叫んで身を投げた。』と書いてあるように、天皇陛下の戦争責任を未だ朝日は忘れていないということだろう。「天皇は罪人だから敬語不要、美智子さんは民間人だから敬語OK」、そんな論説委員の声が聞こえてきそうである。

昭和天皇に戦争責任があったとは到底思えぬが、百歩譲って昭和天皇に戦争責任があったとしても、今上天皇には戦争責任があるわけがない。読売新聞にある通り、終戦当時、今上天皇は10歳そこそこだったからだ。
それとも、朝日新聞が考える罪は、子々孫々の末裔まで続くというのだろうか。それでは、まるで中国人の考え方ではないか。

天皇陛下はもはや現人神ではないので、敬語を使いたくないならば勝手にすればよい。ただ、元々の天皇家の人間と、後から加わった人間とで差別するのはよくないだろう。普段、朝日新聞は差別はよくないという主張を繰り返しているのだから。  
Posted by shimbunwatch at 23:51Comments(54)TrackBack(1)記事

2005年06月26日

国に変わって民間人が中国人に金を恵んでやれと言う朝日新聞

6月26日(日)の朝日新聞社説。

劉さん敗訴 裁判任せにしておけぬ (朝日新聞)
今年は戦争が終わって60年。あの悲惨さを経験した世代は年ごとに少なくなり、「戦争は遠い昔のできごと」と感じる人びとが大多数になった。
だが戦争の後始末はまだ終わっていない。そのことを思い知らされる判決が東京高裁で言い渡された。中国人の劉連仁(リュウリェンレン)さんが起こした訴訟である。
敗戦の前年、劉さんは銃を突き付けられて、中国山東省から北海道の炭鉱に連行された。飢えや暴力に耐えかねて逃走し、戦いが終わったのを知らないまま13年間も山野をさまよった。
「飢餓、極寒、野獣」。高裁判決は、劉さんが逃亡中に直面した苦難をいくつも挙げ、同情を寄せた。なのに結局は、「相互保証」という耳慣れない論法を持ち出して、劉さん側の訴えを退けた。
あの当時、もし日本人が中国大陸で同じ目に遭っても、中国に国家賠償法はなく、日本人は中国に賠償を求める余地がなかった。ならば日本政府もこの中国人男性に賠償をする必要はない――。大づかみに言えばこんな理屈だ。
この種の訴訟で、ほとんど耳にしなかった論法である。戦後補償をめぐるこれまでの裁判では原告の訴えを退ける論拠として次の二つが多用された。
旧憲法下では国は賠償責任を負わなかったという「国家無答責」。20年もの歳月が流れたら賠償を求める権利は消えるとする「除斥期間」。これらに続く新たなハードルとして「相互保証」が登場したことに法律家たちも驚いている。
戦時中の強制連行や捕虜虐待、従軍慰安婦などをめぐる裁判は、全国で数十件ある。弁護団が訴え方を工夫し、地裁の裁判官たちが「条理」や「正義・公平」などを支えに、ハードルを突破した事例もあることはある。それらも上級審で覆され、原告たちは「不当判決」と大書した抗議の垂れ幕を掲げて去る。そんな経過をたどることが多かった。
原告たちは80代、90代に差しかかっている。劉さんも一審判決を聞くことなく、5年前に亡くなった。法廷での争いを繰り返していていいのか。
戦後補償の解決を司法に委ねることには限界がある。政府や国会が正面から取り組んで救済策を打ち出してもらいたいが、残念なことに動きは見られない。
ほかに道はないのか。日本企業が被告とされた裁判では、基金を作ることで和解を見た例もある。ゼネコンの鹿島は中国赤十字会に5億円を信託して、強制連行された中国人労働者や遺族ら約千人の救済を図った。
民間の善意に訴えることも考えたい。たとえば、劉さんを保護した北海道当別町の有志は生還をたたえる記念碑を建てようと呼びかけ、千人を超す町民らが540万円を寄せた。劉さんが求めた賠償額の4分の1にあたる。
大岡裁きが望めぬなら、経済界や市民も巻き込んで救済と支援の仕組みを考える。そんな解決の道を探る時期ではないだろうか。


中国人に金をめぐんでやらない司法にかなりお怒りの様子だ。中国に対する国家賠償はもう済んでいる。それなのに、朝日新聞はそれを認めない。中国人や朝鮮人の自称"被害者"に同情したくてしょうがないのだ。日本が悪いことをしたと言う中国人を持ち上げたくて仕方がない。日本人でありながら、日本人を見下し、日本という国を貶めたい朝日新聞は筋金入りのドMだろう。そうでなければ、朝日新聞の論説委員は中国人や朝鮮人であるとしか考えられない。

今や左翼イデオロギーに満ちた教科書にも載らない「強制連行」や「従軍慰安婦」という捏造された言葉を持ち出し、左傾化した日弁連の弁護士のコメントを引用するなど、必死の抗弁だ。負け惜しみと言うべきか。よほど悔しかったのだろう。

日本の司法がひどいと言い放ち、アテにならないから民間人が金を出せと言う。中国人が欲しがる金をやれということだろう。だったら、"正義"の新聞社、中国人の味方である朝日新聞が中国人に金をやればいいではないか。せめて、○さんを救おうとかいうアホみたいな中国人への保証基金を作ればよい。そして、"善意ある"日本人から好きなだけ金を集めればいいだろう。  
Posted by shimbunwatch at 23:31Comments(0)TrackBack(0)記事

2005年06月22日

左翼系新聞が自衛隊員を個人"攻撃"

明石家さんまがよく自身のバラエティ番組で、酔っぱらった外人の女がさんまのマンションの部屋と間違って入ってきた話をしている。家を間違えるくらい前後不覚になるまで酔っぱらうのはいかがなものかと思われるが、家を間違った、間違われたくらいなら笑い話で済まされるだろう。

それと同じことが横須賀市であった。横須賀在住の自衛官が酔っぱらって他人の家に間違って上がり込み、トイレで用を足したらしい。民家の住人はかなり驚いたようで、警察に通報し、自衛官は住居侵入罪で逮捕された。
どうということのないしょうもないニュースだ。逮捕することはないだろうという思いと、だからどうしたという感想しか思い浮かばない。

ただ、"事件"を起こしたのが自衛官であったため、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、共同通信配下の地方新聞など、左翼系新聞はこれを記事で取り上げた。

酔って他人宅でトイレ、住宅侵入容疑で海自隊員を逮捕 (朝日新聞)
自衛官住居侵入:「家の中に知らない男」横須賀で逮捕 (毎日新聞)
53歳二等海佐を住居侵入で逮捕 (東京新聞)
二等海佐を住居侵入で逮捕 酒に酔いトイレ使う (河北新報)

いずれの新聞も、憎き自衛官が住居侵入という"重罪"を犯したから取り上げたのだろう。
しかし、酔っぱらって車に乗るとか、人を殴るなどしたら問題だが、間違って人の家に入ったことが名前を出されて犯罪者に仕立て上げられるようなことだろうか。自衛官を貶めようする意図が感じられる。

大嫌いな自衛官叩きをするのは新聞社の勝手かも知れぬ。新聞社は事件だから報道したと公正性を訴えるかも知れないが、どうしても斜めからしか見てしまわずにはいられない。  
Posted by shimbunwatch at 23:14Comments(56)TrackBack(0)記事

2005年06月21日

左翼活動家のお先棒を担ぎ反日左翼活動を扇動する朝日新聞

中尾彬とかいうタレントがいる。本人は俳優と自称しているようだが、専らバラエティ番組に出る芸人は俳優ではなくタレントというくくりでいいだろう。
その中尾に対して、数年前に週刊文春だか週刊新潮だかが、「箸もちゃんと持てない人間がグルメを気取っている」と批判記事を掲載していた。実際にテレビで確認したら、確かにちゃんと持てていなかった。恐らく、ロクでもない親にちゃんと躾されずに育ったのだろう。食事のマナーも守れない男がグルメとか食文化を語るなど片腹痛い。

最低限の常識やマナーというのは、親などの周りの大人がちゃんと子供に教えてやるべきである。何度言っても守れない子供には罰を与えてもいいだろう。将来、会社員などになって、人前で食事をするときにちゃんと箸を持てなかったり、ペチャペチャ食べたり、犬食いしたり、肘をついたりして困るのは本人なのだ。

そういうことを分からない馬鹿な人間がこの世には大勢いる。個性とか言って否定する輩だ。しかも、子供を指導する立場である教員にも見受けられる。6月21日(火)の朝日新聞の記事。

「君が代」不起立で停職の中学教諭、正門前で連日の抗議 (朝日新聞)
今春の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったとして、5月末に停職1カ月の処分を受けた東京都立川市の中学教諭が連日、朝から夕方まで学校の正門前で、処分の不当性を訴えている。憲法学者や教育法学者ら約120人の研究者は21日、「個々の職員に起立・斉唱するよう職務命令を発し、その違反を理由に処分することは憲法と教育基本法に違反する」とする声明を発表した。
抗議しているのは、立川市立立川二中の家庭科教諭、根津公子さん(54)。都教委が教職員に君が代斉唱時の起立を義務づけた03年秋以降、停職処分を受けた初めてのケース。根津さんを含めて公立学校教職員10人が懲戒処分を受けた。
根津さんはこれまで、校長による国旗・国歌の指導を「マインドコントロール」で判断力を失ったオウム真理教信徒になぞらえたプリント教材を使って授業したとして、八王子市教委から訓告処分を受け、同市を相手に損害賠償を求める裁判を起こすなどしている。
今回の停職処分後、根津さんは5月31日からほぼ毎日、「私が起立しなかったことで迷惑を受けた人はいますか?」「私はまちがっていると思うことには、命令でもしたがえないのです」と書いたプラカードを置いて、朝の通学時から夕方の下校時まで正門前で座り込みを続けている。
こうした根津さんの行動への反応も様々という。「子どもがおびえている」という親からの批判的な反応がある一方で、下校時に「先生、頑張って」「うちのおやじも応援しているよ」と励ましの声をかけていく生徒もいる。
根津さんは話しかけてきた生徒たちに「時代によって常識は変わる。あと何十年かしたら、この処分もおかしいということになっているかもしれないわよ」と話す。
根津さんらの処分に対し、堀尾輝久・東大名誉教授や西原博史・早稲田大教授ら研究者122人が抗議声明を発表。22日にも都教委を訪ね、手渡す方針という。


子供に対して愛国心を育む教育をするのは教師にとっての務めである。道徳的、常識的、法律的に見ても正当だ。しかし、日教組の構成員に代表される左翼教員にはそれが分からない。だから、公式行事で国歌斉唱や国旗掲揚に反対する。
それだけではなく、子供に対して国旗、国歌のことを教えることをオウムのマインドコントロールと混同し、その考えを子供に押しつける。子供には、国家はもちろん、国旗や国家を敬う気持ちなど全く教えない。自己中心的なとんでもない教員である。処分されて当然である。
件の教員は、子供に常識を教えられないばかりか、自分に常識を教えてやろうとする市教委などの意見に耳を傾けない。重度の反日病だろう。
国歌を歌わない自由、起立しない自由など、しょうもない自由ばかり教える教員などいらぬ。子供に自由など必要ない。行き過ぎた自由は子供を堕落させるだけである。

この教員の主張は「迷惑をかけていない」「間違ったことには従えない」であるようだ。これは、現代の低能丸出しの若者と同じ考え方である。電車の中で化粧をしたり、地べたに座り込んでも「迷惑かけてないからいいじゃん」などと言っているのと変わらない。
公立中学の教員であるにも関わらず、"公"の心を全く持ち合わせていないのだろう。自分さえよければいいという"私"だけ。名前を付けた親は"公"の心を大事にして欲しいと思ったに違いない。それが、ひとりよがりな意見を垂れるだけの"私"の人間になってしまった。
昔、槇原敬之とかいうホモが作った「世界に一つだけの花」の"自分らしくあればいい"と主張した歌詞が保守派の論壇に批判されていたが、根津教員(もはや教員とは呼べないが)のような大人ばかりになった社会のことを考えると、当時は過剰に反応しすぎと思えたこの批判も、今になって当然であると思える。

Googleなどで「根津公子」と検索すると、この"プロ市民"の左翼活動家を支援するページがザクザク出てくる。支援者のページにはいずれも、市教委の処分を"攻撃"を攻撃と記述している。己の行動は正当性があるから"攻撃"ではなく、お上からのお達しは"攻撃"と解釈するらしい。
それらのページを見ると、この根津という教員が各地の中学校で様々な問題行動を起こしていたことが分かる。卒業式で国旗を引きずり降ろしたり、教え子に"従軍慰安婦"のありもしない話を吹き込んだり、国旗や国歌についてマインドコントロールだと訴えたり。教育基本法改正反対や子供の人権などに関するシンポジウムで講演していたりするところを見ると、まさに"プロ"の左翼活動家だ。

そんな"プロ"を朝日新聞は応援する。陰ながらにではない。堂々とだ。これまで、卒業式で反日的な行動をとった売国奴の教員だけにフォーカスを当てた記事を何度も掲載し、処分された教員だけの意見を取り上げてきた。
今回もそうだ。根津教員に対する形ばかりで取り上げた反対意見は、『「子どもがおびえている」という親からの批判的な反応がある』だけである。逆に『下校時に「先生、頑張って」「うちのおやじも応援しているよ」と励ましの声をかけていく生徒もいる。』として、生徒から励まされているとしている。この教員に反対する市教委や保護者の意見は一切ない。まるで生徒からの温かい支持を受けて抗議活動をしているかのようである。
筆者がこの中学校の生徒ならば、こんなにイタい教員は気味悪く思うだけである。下の支援者のページを見れば明らかだろう。自分勝手な意見を殴り書きした手製の粗末なプラカードを持った教員が、校門の前に立って学校に対して怒っているのである。他の支援者らとシュプレヒコールも挙げているに違いない。気持ち悪いと言う他はない。

根津公子さんのページ

今回の朝日新聞の記事のような左翼の宣伝は、立川市の左翼団体が発行するような超マイナー機関誌にのみ掲載されるべきであり、全国紙で紹介し、左翼活動のお先棒を担ぐことなどない。しかし、朝日新聞は自社の意見と同じだから、支援してやるのである。

朝日新聞という"クオリティペーパー"に取り上げられたことで、根津教員を支援する団体は勢いづくだろう。様々な支援活動が各地で行われているようだが、そこでアピールするに違いない。「あの天下の朝日新聞にも取り上げられました!」

左翼活動家らにとって、朝日新聞は心強い味方であろう。どんなに間違った主張でも、朝日新聞が応援してくれれば、まるで正しいことであるかのように振る舞えるからである。
朝日新聞は、自社の意見を押し通すために、左翼活動家を勘違いさせていいように操っているのだろう。  
Posted by shimbunwatch at 22:05Comments(172)TrackBack(6)記事

2005年06月20日

審議の定かでない本をたよりに個人を叩く朝日新聞

朝日新聞は、4月7日に次のような天声人語を掲載した。4月7日は、戦艦大和が米軍との激戦が続く沖縄へ向かう途中に攻撃を受け、沈没した日である。

2005年4月7日付け 天声人語 (朝日新聞)
戦艦大和が沖縄へ向けて出撃する日、吉田満少尉は遺書をしたためた。「私ノモノハスベテ処分シテ下サイ 皆様マスマスオ元気デ、ドコマデモ生キ抜イテ下サイ」
その翌日、1945年、昭和20年4月7日、大和は九州沖で米軍機の猛襲を受け沈没した。世界の列強と競って建造した軍艦の象徴だった巨艦の最期は、軍国・日本の敗北をも象徴していた。
奇跡的に生き残った吉田氏が、終戦直後にてんまつを記した『戦艦大和ノ最期』は、時を超えて読み継がれてきた。大学を出たての青年の記述は、今も鮮烈だ。
「時ニ『大和』ノ傾斜、九十度ニナンナントス……アナヤ覆ラントシテ赤腹ヲアラハシ……火ノ巨柱ヲ暗天マ深ク突キ上ゲ……全艦ノ細片コトゴトク舞ヒ散ル」。漂流中、一本の縄ばしごをつかみ助け上げられた。
漂流者で満杯の救助艇では、こんなこともあったという。「船ベリニカカル手ハイヨイヨ多ク、ソノ力激シク……ココニ艇指揮オヨビ乗組下士官、用意ノ日本刀ノ鞘(さや)ヲ払ヒ、犇(ひし)メク腕ヲ、手首ヨリバツサ、……敢ヘナクノケゾツテ堕チユク、ソノ顔、ソノ眼光、瞼ヨリ終生消エ難カラン」
吉田氏は戦後日本銀行に入り、支店長や監事を務めた。『吉田満著作集』の年譜を見る。詳細な記述の中で、あの4月はこう記されている。「沖縄特攻作戦に参加。生還」。参加と生還の間に一文字もない。しかしその字間に、どれほどおびただしい修羅があったことか。大和の最期に限らず、あらゆる戦場で命を奪われ、また命を削られた人たちの慟哭(どうこく)を思った。


戦艦大和の生き残り乗組員である吉田満氏の著書「戦艦大和の最期」を持ち出し、「船ベリニカカル手ハイヨイヨ多ク、ソノ力激シク……ココニ艇指揮オヨビ乗組下士官、用意ノ日本刀ノ鞘(さや)ヲ払ヒ、犇(ひし)メク腕ヲ、手首ヨリバツサ、……敢ヘナクノケゾツテ堕チユク、ソノ顔、ソノ眼光、瞼ヨリ終生消エ難カラン」として、指揮官らが船に乗り込もうとする乗組員の手を軍刀で切るという残虐性をアピールした。日本軍の軍人が残虐で情け容赦のないことを強調したかったのだろう。

朝日新聞が持ち上げる「戦艦大和の最期」の軍刀で手をなぎ払う指揮官の記述に、6月20日付けの産経新聞が疑問を投げかけた。

吉田満著書 乗組員救助の記述 戦艦大和の最期 残虐さ独り歩き (産経新聞)

朝刊1面に掲載する力の入れようである。
朝日新聞はこれまで"従軍慰安婦"や"南京大虐殺"などの捏造記事において、いい加減な資料を持ち出し、何の検証もせずに証拠として採用してきた。"従軍慰安婦"のときの吉田清治の本など最たるものである。
"百人斬り"についても、東京日日新聞(現毎日新聞)が捏造した戦意高揚記事のための記事だとはっきりしているにも関わらず、朝日新聞は、未だにふたりの将校を悪魔のように言い、その子孫らを殺人鬼の末裔のように記事にして貶める。
そんな朝日の体質、専ら日本軍の残虐性ばかりをアピールすることを批判した。当然出てくるべき批判であろう。
朝日新聞は、新聞を代表するコラムをけなされて、さぞかし立腹したに違いない。また子供のように社説で騒げばよい。「軍国主義を賛美する新聞がある」とか何とか。

何度も言うが、日頃人権にうるさい朝日新聞は、こと軍人に対しては厳しい。指揮官などは以ての外だ。"A級戦犯"や"BC級戦犯"、それ以外の軍人については死んでも許さない。人権などあるわけない。さらに、あるかどうかも分からない罪を永久に糾弾する。

朝日新聞は中国人や朝鮮人と同じで、人を許す心など持ち合わせていないのだ。  
Posted by shimbunwatch at 23:06Comments(0)TrackBack(0)記事

2005年06月13日

朝日新聞がまたもや"従軍慰安婦"祭りを開催するかも知れない

戦後日本で一番罪深い売国奴と言えば、間違いなく吉田清治なる人物だろう。吉田は、昭和58年に「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」という本を出版し、昭和18年に軍の命令で韓国斉州島にて女性を"強制連行"し、"従軍慰安婦"にしたと著書に記した。後に、秦郁彦氏の調査で本の内容が全くの虚偽であることが判明し、吉田自身もデタラメを書き連ねたことを認めた。嘘がバレた後の吉田の言葉はこうだ。「本に真実を書いても何の利益もない。事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやるじゃないか」

この吉田の書いた本、問題があり過ぎるにも関わらず、朝日新聞がこの捏造本を取り上げて平成3年からありもしない"従軍慰安婦"のことを度々報道。それを受けて、日本の左翼や朝鮮人が騒ぎ出し、とてつもない騒ぎとなってしまった。

朝日新聞や朝鮮人などが言う"従軍慰安婦"とは、日本軍によって"強制連行"された性奴隷のことを指すようだ。日本軍によって連れ去られ、日本兵にレイプされたのが"従軍慰安婦"であるらしい。

しかし実際は、日本軍によって連れ去られた"従軍慰安婦"などおらず、その殆どが金を稼ぐためか口減らしのために、親に売られて売春婦となった娘であった。自ら進んで売春婦になった者もいた。娘を買った女衒達は、日本兵相手にあこぎな商売をした。日本兵達は、バイニンから買春をしていただけである。
日本軍は、性病の蔓延や騙されて連れてこられる朝鮮人を増加を阻止するために、動いているだけであった。

もちろん、戦場で働く売春婦に対し、戦時中は"従軍慰安婦"などという言葉はなかった。売春婦が勝手に軍に付いてきて商売していただけであるからだ。

そんな"従軍慰安婦"について、中山成彬文科相の発言が問題になっているらしい。

従軍慰安婦という言葉なかった、歴史教科書で中山文科相 (朝日新聞)
文科相の「従軍慰安婦発言」、官房長官が事実上修正 (朝日新聞)

教育基本法改正で愛国心を盛り込もうとしている朝日の敵、中山文科相に朝日は連日攻撃を加えている。今回も積極的に記事にして、まるで発言が間違いであるかのようにしている。
ありもしない"従軍慰安婦"を持ち出して朝鮮人といっしょに騒いだのは朝日新聞である。その後も、怪しげな資料を持ち出したり、間違った解釈をして"従軍慰安婦"が事実であるかのような捏造を繰り返した。そして今回、自社の意見に真っ向から反対する保守派の政治家が出てきた。朝日はなりふり構わず潰そうとするだろう。今日13日(月)は新聞休刊日であったため、社説等には書けなかったが、近いうちに"従軍慰安婦"について書き、中山文科相ら保守派政治家叩きをするに違いない。  
Posted by shimbunwatch at 23:47Comments(0)TrackBack(0)記事

2005年06月11日

ジェンダーフリー賛成のために保守派議員叩きをする朝日新聞

4〜5月くらいにDef Techという日本人とアメリカ人のデュオの曲が流行した。ヨコハマタイヤのCMで「My Way」というヒット曲を聴いた人も多いだろう。そのDef Techのアルバムはそれなりにいいものなのだが、5曲目に収録されている「Quality Of Life」は、歌詞のくだらなさに久々に音楽を聴いて気分が悪くなった。
その歌詞というのが、簡単に言うと「女性は今まで差別され、耐えに耐えて生活をしてきた」「女性は立ち上がれ」「女性が上に立つ世界になれば、争いがなくなり世界は平和になる」などというフェミニズムに満ちた陳腐な歌詞であったからだ。本当にそんなことを思って歌詞を作ったのか、皮肉で作ったのかは知らぬが、本気ならアーティストらしい思慮の浅い考えと言うほかはない。恋愛の歌ばかり歌っている日本人のバカ歌手に比べれば、世間のことを訴える内容の歌詞を歌うのはまだ評価できるが、歌詞の内容にはゲロを吐きそうになった。

この世には間違ったフェミニズムが蔓延している。田嶋陽子女史のような気違いの手合いが垂れることを聞いていて分かるだろう。女性進出を訴える市民団体や、ミスコンなどに反対する団体は、ほとんどが女のヒステリーのようなことを言っている。
太田房江大阪府知事が大相撲の大阪場所がある度に、土俵に上がりたいと言う。大相撲協会が伝統の壊すようなことはやめてくれと言っているのに、嫌がらせのように繰り返し「女性差別」だと言う。「女性差別」さえ持ち出せば、どんな嫌がらせも通じると思っている手合いがフェミニズムを信仰する人間だ。

さらにフェミニズムが進化すると、ジェンダーフリーとなる。東京大学の某教授が、「男と女という性別を感じさせるトイレは暴力装置だ」などという暴言を吐いたこともある。日教組は高校で体育の着替えのとき、男と女を同じ教室で着替えさせる。ここまで来ると気違いを通り越して変態ではないか。

そんなフェミニズムやジェンダーフリーを支える法律が男女共同参画だ。法律を拡大解釈し、左翼どもは女性女性と声高に叫ぶ。その左翼に同調しているのが朝日新聞。11日(土)で朝日新聞はこのことを持ち出した。

男女共同参画 向かい風にひるまずに (朝日新聞)
国や自治体の大事な政策は男女で決める。職場でも家庭や地域でも男性と女性が力を合わせて責任と喜びを分かち合う。
99年に成立した男女共同参画社会基本法は、21世紀の日本がめざす社会をこう描き出した。
目標にどれほど近づいているか。内閣府は毎年、白書をまとめて、検証している。今年は科学技術に焦点を当てた。
大学や民間企業で働く女性研究者の割合は11・6%で、国際的に見てかなり低い。32・5%の米国、27・5%のフランスなどに大きく水をあけられている。
少子高齢社会が猛スピードで進む。科学技術を支える人材も、深刻な不足に直面するだろう。女性が研究と子育てを両立できるようにしたい。そのためには、職場の近くに保育施設をつくったり、育児休業を取っても研究にもどりやすい環境を整えたりしなければならない。
中学2年生を対象にした気がかりな調査が白書に紹介されている。女子生徒の多くが、理工系分野の仕事に就いても親や教師に喜んでもらえないと感じているのだ。科学技術は男性の仕事。そんな意識がまだ社会にしみこんでいる。
去年暮れに発表された経済協力開発機構の学習到達度調査では、日本の中学生の数学や科学的能力に男女差はない。
宇宙飛行士を夢見ていた女の子が、周囲の反応からいつしか夢をあきらめるとしたら、こんな残念なことはない。
進展の遅い男女共同参画に、このところ向かい風が吹いている。「ジェンダーフリー」というあいまいな言葉が混乱の要因の一つになっているようだ。
性別で生き方に枠をはめるのではなく、一人ひとりの個性や能力を発揮できるよう制度や慣習を改めていく。そんな意図がこの言葉には込められている。
理念は男女共同参画社会に沿うものだ。けれども言葉の解釈が人によって違うために、誤解や曲解を招いている。

中山文科相は「ジェンダーフリー教育だとか過激な性教育とかがはびこっている」と語った。自民党の安倍晋三幹事長代理は、カンボジアで大量虐殺を引き起こしたポル・ポトになぞらえて、ジェンダーフリーを「家族の破壊だ」と批判し、こうした考えの背景には男女共同参画社会基本法がある、と述べた。
いきすぎたジェンダーフリーはともかく、男女共同参画そのものまで否定するのは、的はずれというほかない。
基本法が成立したのを受けて、46都道府県が独自の条例を制定した。国民の意識も着実に変わり、いまや「男は仕事、女は家事・育児」という役割分担に反対する人が多数派になっている。
男女が平等に活動できる社会を目標に、格差を埋める努力を重ねた北欧諸国は経済でも高い競争力を持っている。
日本に足りないのは変革への歯車を回す力強い意志だ。科学技術の分野だけでなく、女性国会議員の割合も、官庁や企業の女性管理職の割合も、恥ずかしいほど低いままである。


この社説のポイントは3つだ。

(1) ジェンダーフリーの解釈が人によって異なるから、男女共同参画が進まない。ジェンダーフリーは正しい。
(2) 教育基本法改正を進める中山成彬文科省、中国や北朝鮮の敵である安部晋三議員がさも悪いことを言ったように書き、自社の考えと合わない保守派政治家を貶めようとしている。
(3) 女性の社会進出が進まない日本は恥ずかしい国である。

ジェンダーフリーという間違った考えが正しいと朝日新聞は言う。「いきすぎたジェンダーフリーはともかく」と批判をかわす言葉も置いているが、結局は男女混合名簿はもちろん、男女に分かれていないトイレまで朝日新聞は賛成したいのだろう。

また、(2)で示すように、またもや保守派政治家への個人攻撃がここでも炸裂した。安部晋三議員が朝日社説で叩かれるのはこれで何度目だろうか。朝日新聞はよほど安部議員が気に入らぬらしい。

そして(3)。朝は女性進出が進まない日本を恥ずかしい国だと言う。中国や韓国に謝罪しない日本を恥ずかしい国だと思っていることは知っていたが、女性進出が進まないことでも日本を恥ずかしいと思っているとは。朝日に言わせれば、日本な何をとっても恥ずかしい国なのだろう。
そこまで日本を恥ずかしいというのなら、朝日は社員の男女比率、管理職の男女比率を示し、「朝日新聞は恥ずかしくない新聞社です!」と示すべきであろう。まさかここまで言うのなら、自社が女性進出できていない訳あるまい。朝日新聞の女性管理職は管理職全体の半分になっていることだろう。

女性の社会進出は結構なことだ。力のある女性はどんどん出てきたらいい。だが、それができないからと言って、何もかも周りのせいにしていいのか。無理に女性の徴用を義務づけるような朝日の主張は、日本をダメにするだけである。  
Posted by shimbunwatch at 22:46Comments(2)TrackBack(0)記事

2005年06月09日

朝日新聞、今度は町村外相叩き

小泉純一郎首相、安部晋三議員、森岡正宏議員、石原慎太郎東京都知事と立て続けに保守派の政治家を休むことなく攻撃する朝日新聞が、中国に対して文句を言った町村外相を攻撃対象に見据えたようだ。

町村外相発言 すれすれはどちらか
町村外相の口が滑らかである。国会議員ではなかった前任の川口順子氏が慎重な言葉遣いだったせいか、元気のよさが目立つ。だが、このところの発言は首をかしげざるを得ない。
今週の講演では、こう述べた。
「中国に行って無用にごまをする人がいるから日中関係がおかしくなる。どうして中国にあそこまでへりくだらないといけないのか。伝統的に日中友好家という人たちが理解できない」
中国の呉儀副首相が小泉首相との会談をキャンセルして帰国することを町村氏は事前に知っていた、と自民党議員が中国側に話したというのだ。名指しはしなかったが、念頭にあったのは野田毅衆院議員の訪中だったようだ。
野田氏は自民党総務会で発言を否定した。さらに「『ごますり』と言ったらしいが、感情を表に出した外交は必ず失敗する」と反論した。もっともな指摘だ。
日中協会会長でもある野田氏は、小泉首相の靖国神社参拝などでこじれにこじれた関係を解きほぐそうと訪中した。本来、政府が責任をもつべき仕事である外交で政府がしくじっている時に、見かねて動いた議員外交を「無用のごますり」とおとしめるのはいかがなものか。
町村氏はさらに、歴史教科書に対して軍国主義を賛美しているなどと近隣国で批判されていることにこう反論した。
「教科書を執筆している人たちは左がかった人たちだ。左がかった教科書でないと日教組に採択されない。ゴルフでいえば左OB(境界外)すれすれの教科書を書くのだから軍国主義を賛美するわけがない」
反発を呼んでいる扶桑社の教科書については中道であるとし、「したがって教科書問題はスローガンと偏見だけで批判されている」と述べた。
文相を経験し、教科書問題にも詳しい町村氏の持論なのかもしれない。だが、日本の教科書を擁護するためとはいえ、「左がかっている」「日教組が採択」という言葉はあまりに乱暴だ。
同じ日、外相の諮問機関「ODA総合戦略会議」ではこんな発言をした。
「首相が靖国神社に行ったから軍国主義だとか批判はあるが、とんでもない。赤字国債を出してまでODAを一生懸命出し続け、90年代は第1の供与国だったことは胸を張って言える」
日本が軍国主義でないことも、途上国援助に努力してきたことも事実だ。だがそれらを結びつけてしまうと、多額のODAを出しているのだから靖国参拝を批判すべきでないと聞こえないか。
町村氏はいま、国連の安保理常任理事国入りに奔走し、年内の日中首脳会談の実現を目指すという。韓国とは近く首脳会談がある。こうした仕事と一連の発言は外相の中でどう響き合っているのか。
政治家がわかりやすい言葉で率直に考えを述べることは歓迎するが、外交責任者としての責任と払うべき配慮があることを忘れてはならない。


自社を棚に上げて人を責めた部分が多すぎる。ひとつずつ引用してみよう。

▼ 「『ごますり』と言ったらしいが、感情を表に出した外交は必ず失敗する」と反論した。もっともな指摘だ。
感情を表に出した外交がダメだという意見には頭が下がる思いだ。さすが一流新聞。"冷静さ"が感じ取れる。
ならば、感情むき出しの中国に対しても朝日新聞は言うべきである。「感情を表に出さず、論理的に日本を責めなさい」と。

▼ 外交で政府がしくじっている時に、見かねて動いた議員外交を「無用のごますり」とおとしめるのはいかがなものか。
今回の個人攻撃である町村叩きのように、いつも気に入らぬ政治家を貶めようと画策している朝日新聞から「おとしめるのはいかがなものか」という言葉が出てきたのには驚きである。よくそんなことが言えたもんだ。しかも、「外交で政府がしくじっている」というのは、日本政府が間違いで、中国や韓国の意見が正しいと言っている朝日新聞自身の主観ではないか。左に曲がった主観をさも事実であるかのように書くのは止めて貰いたい。

▼ 反発を呼んでいる扶桑社の教科書
扶桑社の教科書に反発しているのは、他ならぬ朝日新聞、中国、韓国、その他左翼系の団体の人間だけではないか。これまた主観の既成事実化である。

▼ 日本の教科書を擁護するためとはいえ、「左がかっている」「日教組が採択」という言葉はあまりに乱暴だ。
左翼の権化とも言える日教組の構成員(教職員)を「左がかっている」とするのは多少気を遣ってのことだ。町村外相のジョークかも知れぬ。「日教組が採択」というのも、三重や広島、山梨と言った日教組が強烈な力を持つ地域ではよく知られたことである。これらを乱暴と言うならば、社説で何度も扶桑社の歴史教科書を取り上げて、「軍国主義」だの「右翼」だの言う朝日新聞の方がもっと乱暴である。

▼ 外交責任者としての責任と払うべき配慮があることを忘れてはならない。
朝日新聞がどんなことを言うのも勝手かも知れぬが、"クオリティペーパー"を自負するならば、朝日新聞には責任逃れ、論点のすり替えなどを行わない責任があり、中国人や朝鮮人ばかりでなく日本人にも配慮した言論を垂れる必要がある。

朝日新聞は自社の悪いところなど全く見えない。これまで、どんな誤報や捏造があろうとも、まともに謝罪をしたことがない。そのくせ、気に入らない人間には謝罪、反省を求めるとんでもない新聞である。
こんなことをしゃーしゃーと書けてしまう朝日新聞論説委員の気が知れぬ。恐らく、朝日新聞をコンパクトにした人間だろう。腹の出たみっともない体型で、臭い体臭や口臭を振りまいているのにも関わらず、部下に身だしなみについて説教を垂れるような人間なのではなかろうか。  
Posted by shimbunwatch at 21:31Comments(61)TrackBack(2)記事

日本代表W杯予選突破で何故か北朝鮮と韓国に媚びを売る朝日新聞

朝日新聞は、サッカーの国際試合に随分と熱を入れている。日本のナショナリズムが大嫌いな朝日新聞であるが、サッカーに関する日本の愛国心やらは問題ないらしい。

また、朝日新聞のグループ会社のテレビ朝日は、地上波でのW杯アジア予選の独占放送権を持ち、日本代表が北朝鮮を下した8日(水)の試合を放送したが、他社のニュース番組に対する嫌がらせも行っていた。「報道ステーション」の放送時間が終わるまで、TBSの「ニュース23」や日本テレビの「今日の出来事」に試合の映像を使わせなかったようだ。「ニュース23」は11時25分から試合結果の特集を放映したが、「今日の出来事」はニュースの冒頭で共同通信が配信した写真を使って試合経過を伝えており、その映像は哀れであった。

さて、日本代表がめでたくドイツ行きの切符を手にし、産経、毎日、朝日がそれを社説で取り上げた。

W杯出場 強い精神力見せてくれた (産経新聞)
W杯出場決定 実ったぞ「和」のジーコ流 (毎日新聞)
サッカーW杯 さあ、ドイツへ (朝日新聞)

読売はサッカーよりも巨人の方が大切なので、巨人戦のTV視聴率の邪魔をするサッカーに関しては社説で触れなかった。

産経、毎日、朝日はどれも似たり寄ったりで、当たり障りのない社説であったが、朝日はやはりひと味違った。目立たぬようにして北朝鮮と韓国に媚びを売っていたのだ。

まず、北朝鮮での暴動が原因で、第三国での無観客試合になったことについての記述。産経と比べてみる。

産経新聞
北朝鮮戦は当初、平壌で行われる予定だったが、北朝鮮が三月三十日の地元での対イラン戦で、審判の判定をめぐって選手が審判に暴行を加えたり、観客が暴徒化するなどの問題を起こした。このため、国際サッカー連盟(FIFA)は、北朝鮮に罰金を科すとともに、日本戦を第三国のバンコクで、無観客試合で行うという厳しい処分を下していた。

朝日新聞
もともとは北朝鮮が自国で試合をする権利を持っていた。だが3月のイラン戦でファンが騒ぎ、国際サッカー連盟から「中立国・無観客」の処分を受けた。北朝鮮にも言い分はあったようだが、ともかく出てきて、いい試合をした。国際的なルールに従った姿勢は評価できる。


キム・ヨンスとかいう選手が負けてることなどに腹を立てて、終了間際に日本人選手を踏みつけたり蹴り飛ばしたりしたが、朝日曰く「いい試合」らしい。見ていて後味悪いと思った視聴者は多かったと思うが、朝日新聞の論説委員はそうは感じなかったのだろう。日本人選手が悪いと思ったに違いない。「日本人選手はキム・ヨンス選手に謝罪が必要ニダ」

また、北朝鮮がちゃんと試合に出てきたから「評価できる」としている。当たり前のことなのに、評価できるというのである。朝日新聞は、出来の悪い不登校の不良がちゃんと登校したからといって、不良行為に目をつむって不良を褒め回している馬鹿教師と同じであろう。

ついでに言うと、「日本生まれでJリーグに所属する選手が、北朝鮮代表として活躍したのも明るい話題だった。」とこの後で書かれている。ふたりの在日Jリーガーが北朝鮮代表に参加したのも朝日新聞にとっては明るい話題らしい。話題ではあるが、明るい話題かというと、そうとは思わない人も多いだろう。

韓国については、薄ら寒いお世辞も飛び出した。

予選の別の組では韓国も上位につけている。02年の日韓大会を共催した仲間として一緒にドイツに行きたいものだ。日韓大会で両国は初めて決勝トーナメントに勝ち進んだ。ドイツでも活躍し、アジアからの出場枠をさらにふやしたい。


日韓共催のW杯を行ったから韓国にエールを送っているのではなく、反日の韓国、正義の韓国だから、こんな文言を垂れるのであろう。
韓国も日本と同じ日に行った予選で勝利し、予選突破を決めた。朝日の論説委員はさぞ満足であろう。ただ惜しむらくは、敬愛してやまない中国と北朝鮮がW杯に出られなかったことか。論説委員はそれも社説に書いておくべきだったのではないか。「世界の平和大国・中国、偉大な北朝鮮がW杯に出られないのはオカシイから、特別枠で出場させるべきだ。」

サッカー日本代表の躍進を祝う社説でも、北朝鮮や韓国に媚びを売る朝日新聞。アホくさ。  
Posted by shimbunwatch at 18:18Comments(0)TrackBack(4)記事

2005年06月07日

朝日側に傾いた読売新聞と頑として傾かない産経新聞

墓などを建てて死者を慰霊するというのは、ある種の宗教的な考えに基づいてのことだ。ネアンデルタール人は亡くなった者を埋葬するとき、花を手向けたとされているが、それも原始的宗教に関係している。だから、慰霊施設において、無宗教の慰霊施設というのは考え方自体が間違っている。無宗教ではなく、宗教不問なら分かるが、宗教的観念なくして慰霊などあり得ない話だ。

それを分からないのか、保守派の読売新聞までもが、「A級戦犯」を分祀できないなら国立の慰霊施設を作ってしまえと社説で言ってしまった。6月4日(土)の社説。その部分を引用する。

靖国参拝問題 国立追悼施設の建立を急げ (読売新聞)
首相の靖国参拝を巡っては、以前から「問題解決」の方法としてのA級戦犯分祀論がある。だが、現在の靖国神社は、一宗教法人だ。政治が「分祀」せよと圧力をかけることは、それ自体、憲法の政教分離原則に反することになろう。
「分祀」するかどうか、あるいは「分祀」できるかできないかなど、祭祀の内容を解釈するのは、一宗教法人としての靖国神社の自由である。
ただ、国内にはさまざまな宗教・宗派があり、現実に、宗教上の理由からの靖国参拝反対論も多い。
靖国神社が、神道の教義上「分祀」は不可能と言うのであれば、「問題解決」には、やはり、無宗教の国立追悼施設を建立するしかない。


「A級戦犯」が犯罪者で、分祀ありきが前提で書かれているのにも驚くが、読売までもが朝日や毎日に続いて、中国に迎合するかのような社説を掲載したことには落胆させられた。

その件について、産経新聞が噛みついた。読売新聞の"裏切り行為"、"背信"とも呼べる行為を断罪した。これについても、その部分だけを引用する。

靖国神社問題 国立追悼施設に反対する (産経新聞)
最近、朝日新聞だけでなく、保守主義を基調とする読売新聞までが「国立追悼施設の建立を急げ」とする社説(四日付)を掲げた。≪靖国神社が、神道の教義上「分祀」は不可能と言うのであれば、「問題解決」には、やはり、無宗教の国立追悼施設を建立するしかない≫とあったが、いささか飛躍した論理ではないか。
靖国神社に合祀(ごうし)されているいわゆる「A級戦犯」を分祀すべきだとする意見は、中国などの政治的狙いに沿うものでしかない。靖国神社にまつられている霊を取り除き、別の社に移し替えるという意味の「分祀」は、神道ではあり得ない。そのことを理解しているのであれば、まず外国に理解を得る外交努力を求めるべきだ。


産経は不当な裁判によって裁かれ、レッテルを貼られた「A級戦犯」を認めていない。だから括弧付きで表記する。ときには「いわゆる」という枕詞も付ける。
また、「A級戦犯」を差別し、靖国からのけ者にしてしまえという「罪を憎んで人も憎む」考えを否定している。至極真っ当な考え方だ。
「"A級戦犯"がダメだから国立の慰霊施設を」なんてバカげた結論に賛成することなどできない。
それに対し、朝日新聞は言うまでもないが、読売新聞までもが中国と同じことを言うのだから、嘆かわしい限りである。

読売は、昔から保守派でありながら読者迎合の姿勢があったが、今回もそれを表しているのか。「首相が無理して靖国参拝する必要なんかない」という思慮の浅い考えが世論に蔓延しているから、それに合わせるような社説を掲載したのであろうか。

読者からの反発が少なからずあったであろう読売新聞は、言い訳がましい朝日のように、もう一度靖国に関する考えを述べるべきだ。そこでも、日本の伝統や宗教観を捨て、中国や韓国に迎合するような考えが変わらないのであるならば、我々は読売新聞に関する見方を変えねばならないだろう。  
Posted by shimbunwatch at 21:39Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年06月05日

朝日新聞が耳障りな雑音に反論

最近になって何度も靖国神社自体を否定し、遺族を蔑ろにする社説を何度も掲げた朝日新聞。読者を含めた多数の人からかなりの反対意見が寄せられたらしい。反日新聞としてあまりにも有名になりすぎたため、それを打ち消して部数減少を何とか食い止める作戦に打って出た。

反論意見を掲げ、またもや靖国神社を否定し、中国に迎合する社説を掲載した。

靖国参拝 遺族におこたえしたい (朝日新聞)
朝日新聞が小泉首相の靖国神社参拝に反対していることについて、遺族の方や読者の皆さんから手紙やご指摘をいただいている。その中には、次のような意見も少なくない。
あの戦争で国のために命を落とした者を悼むことの、どこがいけないのか。首相が参拝するのは当然ではないか――。この問いかけについて、考えてみたい。
兵士として戦地に赴いた夫や父、子どもが亡くなる。その死を悲しみ、追悼するのは当然の営みだ。平和な戦後の世に暮らす私たちにとっても、それを共有するのは大切なことだと思う。
戦死した何百万もの人々の一人ひとりに家族があり、未来があった。それを思うと戦争の残酷さ、悲惨さを痛感させられる。靖国神社に参拝する遺族や国民の、肉親や友人らを悼む思いは自然な感情だろう。
しかし、命を落とした人々を追悼し、その犠牲に敬意を払うことと、戦争自体の評価や戦争指導者の責任問題とを混同するのは誤りだ。上官の命令に従わざるを得なかった兵士らと、戦争を計画し、決断した軍幹部や政治家の責任とは区別する必要がある。
靖国神社は78年、処刑された東条英機元首相らを含む14人のA級戦犯を合祀(ごうし)した。このことが戦死者の追悼の問題をいっそう複雑にしてしまった。
かつて陸海軍省に所管されていた靖国神社は、戦死者を悼むと同時に、戦死をほめたたえる、いわゆる顕彰の目的があった。戦意を高揚し、国民を戦争に動員するための役割を果たしてきた。
戦後、宗教法人になったが、戦争の正当化という基本的なメッセージは変わらない。自衛のためにやむを得なかった戦争であり、東京裁判で戦争責任を問われたA級戦犯は連合国に「ぬれぎぬ」を着せられたというのが神社の立場だ。
「朝日新聞は中国の反日に迎合しているのではないか」とのご指摘もいただいている。
だが、中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せないというのだ。
侵略された被害国からのこの批判を、単純に「反日」と片づけるわけにはいかないと思う。
小泉首相は、将来の平和を祈念して参拝するのだという。しかし、そのことが日中や日韓の間の平和を乱しているとすれば、果たして靖国に祭られた犠牲者たちが、それを喜べるだろうか。
日本国民の幅広い層が納得でき、外国の賓客もためらうことなく表敬できる。そんな追悼の場所があれば、と願う。
02年、当時の福田官房長官の私的諮問機関は、戦没者を追悼する場として新たな無宗教の国立施設の建立を提言した。そんな施設こそ、首相が日本国民を代表して訪れ、哀悼の誠をささげる場にふさわしい。いま、改めてそう考える。


「靖国神社に参拝する遺族や国民の、肉親や友人らを悼む思いは自然な感情だろう。」として、遺族に対して感情を逆立てるようなことは言わない。「A級戦犯が合祀された靖国神社を、日本国を代表する首相が参拝するのが許せない」と中国の言葉を引き合いに出し、A級戦犯が問題だとまだ言うのである。

普段、差別はいけないという人権屋の新聞のくせに、「兵士と軍幹部や政治家とは区別する必要がある」と、朝日新聞は差別をするのである。"区別"という言葉を使うが、言っていることは差別である。過去に何度もここで述べたが、死んでからも差別されるA級戦犯は何だというのか。A級戦犯には慰霊される権利もないと当然のごとく言う朝日新聞は情けのかけらもない新聞である。

また、「中国の反日に迎合しているのではないか」との問いには、「中国が問題にしているのは一般兵士の追悼ではなく、戦争指導者の追悼である。」という言葉を出して、中国の言うことと自社の言うことが同じだけだとかわした。中国の言ってることは、反日ではなく、怒りだという弁解までも紹介している。

以上、朝日新聞がこの社説で言ったことをまとめると、次のようになる。

  • 靖国神社がA級戦犯を合祀しているのは間違っている。

  • 靖国神社は戦争を賛美する国粋主義で危険な宗教法人。

  • 中国の反日は正当であり、中国は靖国参拝に怒っている。

  • 靖国神社はダメなので、中国の言うような慰霊施設を作るべきである。


朝日新聞が周囲の耳障りな意見を無視できなくなって社説に反論を掲げるのは、よほどその意見が多くなっているのだろう。しかし、朝日の反論は中身がゼロで、これまで言ってきたことを繰り返しただけ、かつ中国の意見を紹介しただけの空疎のものだ。媚中社説もここまで来ると笑ってしまう。
こんな冗談のような社説で読者を納得させられると朝日新聞は思っているのだろうか。読者をバカにしているとしか思えない。  
Posted by shimbunwatch at 14:44Comments(81)TrackBack(4)記事

2005年06月04日

韓国は努力せよ by 産経、日韓両国が努力せよ by 朝日

昨日の3日(金)は靖国神社参拝に関する社説で真っ二つに割れた産経と朝日の社説だが、今日4日(土)の社説も、韓国の凶暴な違法漁船に関して主張が真っ二つに別れた。

韓国漁船逃走事件 課題を残した「政治決着」 (産経新聞)
韓国漁船 解決はしたけれど (朝日新聞)

産経の主張はこうだ。

  • 細田博之官房長官が、「細かく申し上げるほどのものではない」などと無責任な発言をするだけでは困る。

  • ビデオが公開されたが、果敢に漁船に飛び移った海上保安官たちの勇気は称賛に値する。日本の主権と権益を守るという使命感からだろう。今回の決着が現場の保安官たちの士気を弱めるものとなってはならない。

  • 韓国メディアは、漁船の船員が日本の海上保安官に殴られた(海保は強く否定)などと一方的に報じ、あたかも韓国漁船は被害者で、悪いのは日本側といわんばかりの報道を展開した。事実報道は客観的、正確であるべきだ。そうでなければ、将来の歴史認識にも影響する。


当然の主張である。日本の海上保安官を拉致し、その保安官に殴られたとか賠償を求めるとか厚顔無恥な韓国側の言い分など、何ひとつ認められない。
蔵王のスキー場で遭難し、捜索で助け出された韓国人が逆に日本人を訴え、捜索費用を負担しないことがあったが、それとまるっきり同じだ。悪いことをしたのに謝らないどころか、相手側が悪いという。韓国人はそういう国民なのだろう。

一方の朝日は、またまた困った社説を掲載してしまった。

韓国漁船 解決はしたけれど
長崎県対馬沖で日本の海上保安庁と韓国海洋警察庁の船艇が40時間近くもにらみ合う事件が起きた。
日本の排他的経済水域(EEZ)に入った韓国漁船が、違法操業の疑いで立ち入り検査しようとした海上保安庁の巡視艇を振り切り、韓国側EEZに逃げ込んだ。漁船員らの扱いをどうするかで対立が続いた。
結局、韓国側の警備艦内で日本側が漁船の船長を聴取するという異例の形をとり、船長が立ち入り検査を拒否した漁業法違反を認めて担保金の支払いを保証し、釈放された。
これを受けて、日本は書類送検などの司法手続きを進めることができる。韓国は船長の身柄を引き渡さずにすんだ。ただでさえ険悪な両国関係への影響を考えれば、穏当な決着といえるだろう。しかし、どこかすっきりしない、後味の悪さが残ったことも確かだ。
韓国側によると、漁船は冷凍庫の故障のために戻る途中、最短コースをとろうとして日本のEEZに入ったという。
不審な点がないか日本側が調べるのは当然だから、漁船が逃げたこと自体がいけない。おまけに、検査しようと船に乗り込んできた海上保安官2人を乗せたまま逃走した非常識な行為である。
国連海洋法条約によれば、たとえ漁船が韓国側EEZに入っても、日本側に追跡権がある。韓国側は船長と船を早く引き渡すべきではなかったか。
だが韓国海洋警察庁は、海上保安官が漁船員に暴力をふるってけがをさせたなどと発表し、メディアも「日本が過剰対応」と大きく報じるなど、日本批判のムードがいっきに高まった。
そんななかで潘基文外相は、訪韓していた逢沢外務副大臣に「韓国で詳しく調べて法にのっとった措置をする」という収拾案を示し、協力を求めた。日本側もその線で知恵を出し、事態がさらに悪化する前になんとか落着させた。
1隻の漁船をめぐってこれだけの騒ぎに発展してしまうのも、とげとげしい今の両国関係を象徴している。
こういう時こそ、双方が冷静に対処し、再発防止に努力してもらいたい。
まず、現場で何があったのかを明らかにすることだ。日本側は海上保安官の暴行を否定している。また韓国側は、日本に謝罪と傷んだ漁船の損害補償を促したと発表しているが、日本側はそんな要求の存在すら認めていない。
韓国漁船によるEEZの侵犯は現実に繰り返されている。法を守るよう漁業者に徹底することを韓国側には求めたい。
違反があれば、国連海洋法条約などのルールに従って実務的に処理する姿勢も再確認する必要がある。
海上保安庁と海洋警察庁は救難・警備の合同訓練を続け、02年サッカーW杯でも海上警備で緊密に協力し合った。「これだけの仲の良さは他では見られない」(海上保安庁)とさえ言われる。
そんな仲をうまく生かしていきたい。


さすがに、日本人を韓国領海に拉致した韓国人をストレートに擁護すれば読者からの反発は必至なので、そこまでは書けない。そこで、「だが韓国海洋警察庁は、海上保安官が漁船員に暴力をふるってけがをさせたなどと発表し、メディアも「日本が過剰対応」と大きく報じるなど、日本批判のムードがいっきに高まった。」との韓国の主張やバカ騒ぎを紹介し、日本の海上保安官が韓国人を殴り回したかのようにも記述。韓国側は、日本に謝罪と傷んだ漁船の損害補償を促したと発表しているが、日本側はそんな要求の存在すら認めていない。とも追記して、韓国側の謝罪と賠償要求に日本が不当に言うことを聞いていないかのようにも書いた。「存在すら」という言葉には悪意が感じられる。

この社説の要点は、「こういう時こそ、双方が冷静に対処し、再発防止に努力してもらいたい。」というところであろう。また朝日は韓国がした犯罪に対し、日本側も努力せよと言う。腰抜けの政府は韓国に気を遣って事を荒立てないようにした。朝日にとっては満足だろう。朝日が"冷静に"と言いたいのは、恐らく停戦命令を無視して韓国側への連れ去られることを止めるために、逃げ得を許さないために、海上保安官が窓ガラスを割って操舵室に乗り込んだことでだろう。

韓国人を傷付けてはいけない。韓国漁船も傷付けてはいけない。韓国国民の感情は絶対に傷付けてはいけない。そんなことを言う朝日の社説は、韓国人が書いているに違いない。  
Posted by shimbunwatch at 23:24Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年06月03日

靖国参拝取りやめ提起に関する産経と朝日の社説

産経は保守派の新聞らしく、これまで一貫して靖国神社参拝の正当性を主張してきた。一方、朝日新聞は進歩派の新聞らしく、靖国神社参拝の不当性を主張し、あの手この手で何度も執拗に参拝取りやめを主張してきた。

その両紙の社説が、河野洋平議員の頭のおかしいとしか思えない首相に対する靖国参拝取りやめ提起に関し、180度全く異なる社説を掲載した。

河野氏発言 中国の分断策に乗る恐れ (産経新聞)
靖国参拝 重鎮たちからの忠告 (朝日新聞)

当ブログは保守派であるので、全く参堂できないことを垂れる朝日新聞の社説を断ずる。

靖国参拝 重鎮たちからの忠告
近隣国との関係がいかにこじれようとも靖国神社参拝は続ける。小泉首相のかたくなな姿勢に、河野衆院議長と歴代首相が異議の声をあげた。
「日中、日韓関係の急速な悪化は看過できない。大きな原因のひとつに首相の靖国参拝がある」。そんな河野氏の呼びかけに海部、宮沢、村山、橋本、森の5人の元首相が応じ、「首相の靖国参拝には慎重なうえにも慎重を重ねるべきだ」という意見で一致した。
立法府の長が行政府の長の経験者を集め、現職の首相に注文を付ける。三権分立のなかでは極めて異例の出来事だ。河野氏や歴代首相の危機感がそれだけ強いということだろう。
自民党内ではこれまで、首相の靖国参拝を擁護する声ばかりが目立ってきた。
安倍幹事長代理は「首相が靖国神社をお参りするのは当然で、責務だ。次の首相も、その次の首相も行っていただきたい」と述べた。
厚生労働政務官の「東京裁判は一方的な裁判だ。A級戦犯は日本国内ではもう罪人ではない」という問題発言も飛び出した。
中国ではデモや投石など反日の動きが続いた。呉儀副首相が小泉首相との会談を直前にキャンセルした。そんな中国に一方的に譲歩する必要があるのか。勇ましい主張には若手議員を中心に賛同者が少なくない。
首相が参拝を続ける姿勢を崩さず、「他の国が干渉すべきではない」などと言い続けることが、党内にそうした気分を広げる一因となってきた。
その一方で、首相の参拝に反対する声は党内にほとんどあがらなかった。
中国との付き合いに熱心だったかつての橋本派や宮沢派が衰退し、分裂したことの影響もあったろう。党の幹部たちには「小泉さんはどうせ持論は曲げない」という思いもあった。
そんななかで、河野氏らが首相に異議を唱えたことの意味は大きい。この十数年の日本の政治と外交の責任を担ってきた人びとである。
旧社会党の村山氏は戦後50年の節目で植民地支配と侵略にけじめをつけようと、反省とおわびの「談話」を出した。かつて日本遺族会の会長でもあった橋本氏は、一度は靖国神社を参拝しながら中国などの反発で中止した過去を持つ。森氏は小泉首相の後見人を自任する。
それぞれの信条は別にして、日本の国益が損なわれているという共通の思いが6人を突き動かしたに違いない。
河野氏の集まりには加わらなかった中曽根元首相も、講演で「個人的信条より国家利益を考えてやめるべきだ」と首相に参拝中止を求めた。
中曽根氏はこうも言った。「やめる方が勇気を要するが、勇気のあることをするのが政治家だ」
首相は「適切に判断する」と繰り返すばかりではなく、重鎮たちの忠告を重く受け止める必要がある。


河野洋平というありもしない従軍慰安婦のことで韓国に土下座してしまった売国奴の呼びかけにより、頭の悪い連中が集まり、首相に文句を付けた。このことに産経は「立法府と行政府の長の経験者が集まり、現職首相の外交に圧力をかけようとするのは適切だろうか。」とし、疑問を投げかけた。
それに対し、朝日新聞は「三権分立のなかでは極めて異例の出来事」としただけで、問題ある行動とは言わない。それはそうだ。自社の考えを代弁してくれる議員様に文句など言えるはずもない。

さらに、「河野氏らが首相に異議を唱えたことの意味は大きい。この十数年の日本の政治と外交の責任を担ってきた人びとである。」として、河野洋平議員のこれまでの問題行動を一切不問にしている。
産経は「河野氏は宮沢内閣の官房長官だった平成五年八月、「従軍慰安婦の強制連行」を認めた談話を発表した。だが、後に石原信雄元官房副長官の証言などによって、公式文書には強制連行を裏付ける資料はないことが判明した。ただ誤解は内外に広がり、取り返しのつかない負の遺産を残した。五年前の外相時代も北朝鮮へ巨額のコメ支援を行ったが、何の成果もなかった。」と、河野議員を批判し、問題のある議員の問題行動だとした。

また、産経は「中曽根康弘元首相は「立法府の長が、行政府の長の経験者を呼びつけて意見を聞くことはあり得ない」と出席を断ったという。」と断りも入れてある。河野議員らの提案に素直に納得しない首相経験者もいるのだ。
朝日は「個人的信条より国家利益を考えてやめるべきだ」、「やめる方が勇気を要するが、勇気のあることをするのが政治家だ」という中曽根元総理が中国の圧力に屈した発言だけを持ち出し、中曽根元総理の建前論ばかりを全面に出し、他の都合の悪い発言は無視を決め込む。

朝日は社説の締めくくりに「重鎮たちの忠告を重く受け止める必要がある。」と垂れているが、詭弁も甚だしい。"重鎮"の言うことだから聞けと朝日は言いたいのではなかろう。"自社の同じことを言ってくれる政治家"の言うことを聞けと主張しているのだ。「靖国参拝を続けなさい」という"重鎮"の言うことは聞くなと言うに決まっている。

他人をダシに自社の主張を押し通す朝日新聞。都合のいい政治家の発言だけを引き合いに出す朝日新聞。靖国参拝を止めさせるためには何でもする浅ましい姿勢が惨めである。  
Posted by shimbunwatch at 23:40Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年06月01日

朝日新聞論説主幹の気違いコラム5月版

毎月最後の日曜日の朝日新聞朝刊に掲載される若宮啓文論説主幹のコラム「風考計」。このブログや週刊誌で取り上げられていうる通り、朝日新聞の中で最も左傾化したコラムであり、中国、朝鮮の見方ばかりしているどうしようもないコラムである。

どうしようもないコラムを書く男が論説委員のトップなのだから、朝日新聞の社説が気違い社説になってしまうのも頷ける。5月のコラムもこれまでと同様に、すごい内容であった。

中国で考えたこと 外交に礼儀と謙譲の心を (朝日新聞)
瞬く間に群衆が目抜き通りを埋め尽くし、日本の総領事館を6時間にわたって包囲する。日本批判を繰り返しながら、石やペットボトル、ペンキ缶などを投げつける。
4月、中国各地に広がった反日デモの中で、最も衝撃的だったのは、上海だったのではないか。日系企業も多く、経済発展の先端地でもあるこの都市で、よりによって最大の騒動になったのだから。
あれから3週間たって上海を訪れた私は、多くの人に話を聞いて、さらに驚いた。デモでは身なりの良い「外資系企業のホワイトカラー」が目立ったというのである。中国で最も恵まれた職場環境にいる彼らがなぜ……。そこでは、次のような要因が語られるのだった。
・携帯電話やメール、インターネットがデモの陰の主役だったが、これらを使いこなし、情報入手が早くて問題意識も鋭いのが彼らだ。
・私企業、とくに外資系企業には共産党の監視や教育が及びにくいから、すぐ行動に移りやすい。
・ビジネスで外国に行く機会が多く、内外の「自由」の格差を感じているだけに不満がたまっていた。
デモでは「フー・チンタオ(胡錦涛)、日本に強く当たれ」と指導者を名指しする声すらあって驚いたという外国人ジャーナリストもいた。日本へのライバル心が育つ中、「反日」に名を借りたというより、「反日」と「民主化」が表裏の関係にあるということではないか。
それもあってだろう、当局は再発防止に懸命だった。旧知の日本研究者は連日、職場などの党員集会を回り、日中関係の大切さを説いて回っている。日本批判をあおりがちだった新聞には暴力批判の投書や論評が目立ち、インターネットの「反日」サイトは閉ざされていた。
しかし、この先も覚悟した方がよいのだろう。中国では民主化が進めば進むほど、実は「反日」が噴出するかもしれぬということを。民主化は期待したいが、いまは政治の統制が「反日」を抑えているという皮肉な構図なのだ。
ふと思い起こすのは、かつての日本のことだ。戦後民主主義の下に育った「反米」機運は、激しい安保闘争などを生んだ。国の急成長期、ナショナリズムが高まるのは、よくあることかもしれない。
それでも日本には米国文化や商品があふれ、「反米」社会にはならなかった。いま、新たな日本文化や企業、商品が流入する中国が「反日」だけに染まるとも思えないが、日米と違う大きな気がかりは、両国間に欠けた政治の危機管理である。

「罪を憎んで人を憎まず」とは孔子の言葉だと小泉首相が国会で発言した時、私は北京にいた。A級戦犯がまつられた靖国神社に参拝しようとも、孔子の本家が問題にするのはおかしいというのだ。小泉さんらしい切り返しではあるが、これはまた刺激的な、と不安になった。
こんな風に孔子を使われて、なるほどと思うだろうか。神経を逆なでされたと感じないか。案の定、翌日会った北京大学の知日派教授は「また、ぶちこわしだ」と嘆いた。
孔子の75代目にあたる孔健さんが東京で中国情報紙の編集をしていると知り、帰国後に連絡をとると、やはり「迷惑しています」という。
あの言葉は孔子の9代目にあたる孔鮒(こうふ)が残した「孔叢子(くぞうし)」に、孔子の言葉として出てくるのだが、孔健さんは「肝心の『論語』にないんです」といぶかり、「罪を謝ってこそ人も許されるのに」と、思わぬご先祖登場に首をかしげるのだ。
そういえば、かつて中国の獄中にいた旧日本軍の戦犯に対し、周恩来首相が「罪を悔い改めた者には寛大に」と、減刑や日本送還を大幅に認めた経緯がある。そもそも「一般の日本国民には罪がない」としたことや賠償放棄など、侵略された側としては十分に温情的だったとの思いが中国には強い。
もっとも90年代に強まった「愛国主義教育」には「反日教育」と映る面もなくはない。例えば、南京市にある「大虐殺」の記念館を訪れた私は日本軍の蛮行に改めて心が沈んだのだが、「30万人」と断定された犠牲者数が随所に大書されているのには戸惑わざるをえなかった。この巨大な数字の根拠には、日本で多くの疑問が指摘されている。
中国は被害の規模を大きく見積もりがちだ。一方の日本では、疑問点ばかり突いて、あたかも事件そのものを否定するかの主張も聞かれる。こうした不毛の行き違いが靖国問題の底流にもありはしないか。
中国側はもう少し科学的に数字を検証する。日本側は規模がどうであれ、市民や捕虜の虐殺という非道の事実を重く受け止める。そんな冷静さが双方にあればと、つくづく思うのだった。
「能(よ)く礼譲を以(もっ)て国を為(おさ)めんか、何か有らん」とは、孔健さんが論語から選んでくれた言葉の一つだ。
「礼儀と謙譲の心で国を治めれば、何ら難しいことはない」という意味だが、これは外交にもよく当てはまる。
中国のトップはデモの行き過ぎをわびて礼儀をつくし、小泉首相は謙譲の精神で靖国参拝をとりやめる。これは、そんなに難しいことなのだろうか。

苦難の末に実った1972年の日中国交正常化から33年。当時の熱い日中友好ムードが新婚時代だったなら、いまはわがままをぶつけ合い、相手のあらばかり目につく危機の夫婦みたいだ。時に茶碗も飛ぶ。
北京の清華大学で学生たちに講演した私は、そんなたとえ話をした。
相互不信の根にはさまざまな誤解もある。いくら日本が右傾化しているといっても、「軍国主義の国に戻る」とは思い過ごしである。同様に「中国は経済・軍事大国となってアジアを牛耳るつもりだ」と恐れるのも行き過ぎだ。小さな不信から「過去をちっとも反省していない」「昔のことばかりあげつらうな」と、エスカレートする。
メディアも両極端だ。中国では反日デモの実相が報じられない。連鎖反応を防ぐためというが、だから、なぜ日本人が怒ったか分からない国民が大半だ。一方の日本では、デモの暴力シーンばかりが繰り返し流されるから、「中国人はみな反日」といったイメージが増幅される。
学生からは「東アジアに2匹の虎が共存できるか」という質問も出たが、エネルギーや環境など共通の難題を抱える2匹には、共存しか道がない。そのためにこそ、両国に流れる儒教の伝統を生かしたい。孔子はやはり日中のキーパーソンだ。
1世紀前、「東洋の王道」によるアジア連携を説き、日本に多くの支援者を得たのは中国の革命家・孫文だった。「王道」とは仁義や道徳など儒教精神による政治のこと。その後の日本は王道を踏み外して失敗したが、「東アジア共同体」が語られるいま、これは参考になる。
日本の近代化にも儒教は生きていた。明治〜大正期に多くの会社や銀行をつくり、日本資本主義の父とされる渋沢栄一は常々「論語と算盤(そろばん)」を口にした。商売にも利害打算だけでなく道徳が必要という戒めは、いま両国に必要な発想に違いない。
その渋沢は中国との関係にも心を砕いていた。
「日中間は同文同種の関係あり。国の隣接せる位置よりするも、はた古来よりの歴史よりいうも、また思想、風俗、趣味の共通せる点あるに徴するも、相提携せざるべからざる国柄なり」
「人情を理解し、己の欲せざる所はこれは人に施さず、いわゆる相愛忠恕(ちゅうじょ)の道をもって相交わるにあり」
合弁事業による経済提携も説いたから、先見性には驚いてしまう。
こうした私の話に対し、鋭い質問の数々と、多くの笑いや拍手をくれた若者たち。そこには明日への希望を見る思いがした。


このどうしようもないコラムの中で、特に気になった部分を以下に挙げる。

この先も覚悟した方がよいのだろう。中国では民主化が進めば進むほど、実は「反日」が噴出するかもしれぬということを。民主化は期待したいが、いまは政治の統制が「反日」を抑えているという皮肉な構図なのだ。

民主化が進み、国が急成長を遂げているときはナショナリズムに走りやすいとし、民主化が進む中国では一層反日が進むという。何という事実誤認であろうか。
中国の反日は、日本の安保闘争時代の反米とは異なり、中国政府の反日教育によって育まれたものである。中国の発展と共に中国国民のナショナリズムや反日感情が勝手に膨らむわけではあるまい。繰り返される反日教育によって、反日感情が膨れあがるのである。
反日教育などまるでなかったかのような論調だ。

かつて中国の獄中にいた旧日本軍の戦犯に対し、周恩来首相が「罪を悔い改めた者には寛大に」と、減刑や日本送還を大幅に認めた経緯がある。そもそも「一般の日本国民には罪がない」としたことや賠償放棄など、侵略された側としては十分に温情的だったとの思いが中国には強い。

寛大な中国が犯罪者日本を寛容な心で許してやったとのアピール。
実際には、中国の刑務所では収監されている日本の軍人に対し、洗脳教育を施し、日本へ帰国させた後にありもしない戦争中の罪を告白させたり、日本を貶めたり、中国を立派な国だと宣伝させるようにしたことも忘れてはならない。

一方の日本では、疑問点ばかり突いて、あたかも事件そのものを否定するかの主張も聞かれる。

"南京虐殺"に関するウソを論じる言論が全て間違いかのように書いている。疑問点を追求することがまるで悪いかのごとくだ。中国様の言うことはそのまま鵜呑みにしろということなのだろう。日本人には反論は許されないのだろう。

中国側はもう少し科学的に数字を検証する。日本側は規模がどうであれ、市民や捕虜の虐殺という非道の事実を重く受け止める。

中国側は死者数の検証をするだけ。一方、日本には人数に関係なく全て悔い改めよと言う。この差は何だ。
若宮論説主幹は南京大屠殺30万人犠牲者に戸惑うだけの能なしだから、こういう主張が出ても仕方がない。怒りもせず、呆れもせず、戸惑うだけ。"300,000" の数字を見てこう思ったに違いない。「中国さん、いくらなんでも30万人というのは捏造が過ぎますよ。せめて20万人にしてください。」

中国のトップはデモの行き過ぎをわびて礼儀をつくし、小泉首相は謙譲の精神で靖国参拝をとりやめる。これは、そんなに難しいことなのだろうか。

中国はプライドを一時的に引っ込めて謝罪するだけ。一方、日本は宗教儀礼などの伝統や思想を捨てなければならないと言う。この差は何だ。
日本人としての心、伝統、全てを捨てるのは若宮論説主幹には簡単なのだろう。何せ、半分は中国人、もう半分は朝鮮人の意識でできている人間なのだから。だが、一般的な日本人にはそれは簡単なことではない。靖国神社に行かないだけなら簡単だ。だが、本質は行く行かないの問題ではないだろう。

その後の日本は王道を踏み外して失敗したが、「東アジア共同体」が語られるいま、これは参考になる。

日本は中国人の考える道を踏み外したらしい。それが失敗か。中国人の考えについていけば成功したとでも言いたいのだろう。聖徳太子が遣唐使を廃止したのも、中国の馬鹿さ加減を知ったからだ。以後1000年以上も、日本人は中国人の良い点、悪い点を十分に理解し、朝鮮のように属国にならなかった。だから今の日本があるのだろう。それが若宮論説主幹には分からないらしい。
また、「東アジア共同体を実現させよう」という馬鹿なこと言っているのは、朝日新聞と一部の左翼だけである。

こうした私の話に対し、鋭い質問の数々と、多くの笑いや拍手をくれた若者たち。そこには明日への希望を見る思いがした。

日本の若者には希望を見い出せず、北京の若者に希望を見る若宮論説主幹。そんなに中国の未来が明るいのなら、いっそのこと、中国へ帰化されてはいかがか。


とにかく、トンデモ主張ばかりで、呆れるばかりである。この若宮論説主幹というのは、どうしようもない馬鹿で、左翼の権化、中国・朝鮮の手先だ。
来月、どんな妄言を垂れるのか今から楽しみでもある。  
Posted by shimbunwatch at 21:02Comments(0)TrackBack(1)記事

2005年05月31日

レッサーパンダとブームの火付け役朝日新聞

朝日新聞社発行のAERAという雑誌は、大学や高校ランキングをいつもやっている下世話な雑誌だが、その電車の車内刷り広告の下部にはいつもダジャレが書いてある。意外と面白いものもあるが、今回のは今ひとつであった。「タッただけで行列サー」。
何のことか分かりにくいが、よく見れば「元気がないと言われる団塊ジュニア世代はレッサーパンダのように立ち上がれるか」という記事があり、昨今話題のレッサーパンダとかけていることが分かる。

立ち上がるレッサーパンダの人気に火を付けたのは、5月19日(木)付けの朝刊で紹介した朝日新聞である。

2本足で立つレッサーパンダの風太君 千葉市動物公園 (朝日新聞)

まぁ、着ぐるみみたいで可愛いことは確かだが、ここまで連日報道されると正直どうでもいいと思ってしまう。
ただ、ブームの火付け役である朝日新聞は鼻高々で気持ちいいだろう。AERAなどでもさりげなく自慢する。

そのレッサーパンダブームに一石を投じたのが北海道旭川市の旭山動物園。過熱するブームを批判した。

レッサーパンダを『見せ物』にしないでね

動物園が動物を「見せ物にするな」とは笑える主張であるし、他の動物園への多少のやっかみも感じられる上、マスコミや一般人を素人だと批判しているので、多くの批判を受けるだろうが、言わんとすることはある程度理解できる。ブームが去った後のミジメな状況を危惧しているのだろう。

この記事を取り上げたのが31日(火)付けの産経大阪版の夕刊。産経もレッサーパンダの写真を大きく取り上げていたが、それに対する多少の反省もあっての掲載か。
他、毎日新聞や産経新聞系列の夕刊フジ、朝日新聞系列の日刊スポーツが取り上げており、共同通信も記事を配信している。ブームの火付け役の朝日新聞はさて、この記事を取り上げるのだろうか。  
Posted by shimbunwatch at 23:34Comments(2)TrackBack(1)記事

2005年05月30日

凶悪中国人犯罪者にもアイデンティティと人権が必要 by 朝日新聞

岡山市で30日未明、警官に対して発砲したり殴りかかったりした罪で中国人らが4人逮捕された。中国人犯罪者の凶暴性を如実に表す事件である。

職質に発砲、警官も5発 中国人ら男4人逮捕 (産経新聞)
中国人ら職質警官に発砲、1人逮捕…岡山 (読売新聞)
職務質問の警官に発砲、容疑で中国人逮捕 数人逃走−−岡山 (毎日新聞)
職務質問の警官に発砲 中国籍の男を逮捕 岡山 (朝日新聞)

この事件の報道で、朝日新聞だけが見出しでも本文でも"中国人"という言葉を使わない。朝日新聞は以前からそうであった。中国人という言葉を差別語だと思っているわけではあるまい。中国籍の日本人だとでもいいたいのだろうか。

しかも、朝日は毎度のごとくご丁寧に「李国林(リ・グォリン)」と中国語読みを付ける。これまで何度か書いたが、朝日新聞は朝鮮人に加え、中国人にもアイデンティティを認め、漢字読みではなく母国語の読み仮名を付けるのである。ずいぶんな思いやりである。

その思いやりを少しは日本人に向けて貰いたいものだ。  
Posted by shimbunwatch at 23:04Comments(0)TrackBack(0)記事