2006年12月11日

日本銀行 旧広島支店

レリーフ

 原爆によって広島の街は跡形もなくなったのに、爆心地からの至近距離で外観にほとんど損傷を受けずに残っている建物があります。

現在の日銀

 日本銀行(旧)広島支店

 被爆当時の写真と見比べるとよくわかります。

被爆当時の日銀

 1945年被爆2日後から(!)日銀はこの建物で業務を再開していたのですが、1992年県庁街(基町)に移転、2000年から広島市が無償貸与を受けています。

 今では内部を開放して、支店長室地下金庫をはじめ、食堂や資料室など全ての部屋を無料開放しています。普段銀行の中、特に金庫まで見ることのできる機会は少ないので、広島に寄られた際には是非行ってみて下さい。平和記念資料館から歩いて15分くらいです。今なら広島市がこの建物内で保管している千羽鶴の展示を見ることができます。

 当時の受付窓口

窓口

 地下金庫

地下金庫

 千羽鶴(2002年3月まではこのように積み上げた状態で陳列保管されていたそうです)

千羽鶴

 こんな感じで見所一杯のスポットなのですが、私自身がここを訪れた目的は全く別でした。

 私は広島に1978年頃から1983年頃まで住んでいたのですが、3年前に亡くなった父親が実はここの関係者でした。

 てっきり新しい移転先で勤務していたものだとばかり思っていたのですが、千羽鶴を展示していた職員の方に伺ってみると1992年までここで営業していたと言うので、つまり要はここの旧支店で勤務していたわけです。

2階からの眺め

 そう思うと何だか熱いものがこみ上げてきて、しばらくその場に立ち尽くしてしまいました。

 職員の方はこんな訪問者を前にして珍しそうに続けて言います。

 数年前に横田めぐみさんのお父様もここを訪れました。あの方も以前こちらで勤務していたそうですよ。

 ネットで調べてみるとどうやら本当に1972年頃から1976年頃までいらっしゃったようです。へぇうちの父親が転勤してくる直前までいらしたんだなぁ。

 そして新潟支店に転勤になって1年後の1977年に横田めぐみさんは拉致されたという。。。

当時の案内板

 いろいろな思い出が詰まっている日銀旧広島支店。

市重文指定

 日銀はそもそも1992年に転出した時に土地建物を売却(そりゃ超一等地ですから)しようと考えていたらしいです。でも民間に売却されて、この文化的に価値の高い建物が取り壊しなどされては困るというので、広島市が贈与を持ちかけたところ、国指定重要文化財に指定されれば贈与するとの日銀の回答。しかしながらすぐにそのような指定がすぐに認可されるわけはなく、市指定重要文化財ならば暫定的に無償貸与するという中途半端な状態になっています。貸与では入場料の徴収などができないらしく、個人的にはこれだけ貴重でしかも思い入れのある建物ですから早く国重文に指定されて広島市には責任を持って維持保管してほしいと願っています。
shimii at 19:36│Comments(5)TrackBack(0)日本滞在 

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この記事へのコメント

1. Posted by Rie   2006年12月11日 23:56
とても感慨深いですね……いつもQingZuiさんのblogはわかりやすく、勉強になります。私なんて知らないことばかりなので f^_^; きっと、今回の広島は、お父様が向かわせたのでしょうね。きっとお父様もQingZuiさんと一緒に思いをめぐらされたと思いますよ。いろんな意味で、日本に一時でも帰ってこられてよかったですね。きっと、そのための、病気はきっかけだったんですよ。(^_-)-☆ 神様の計らい。天からの贈り物。←宗教っぽい??f^_^;??
2. Posted by Qing Zui   2006年12月12日 08:34
Rieさん
いえいえ、私も知らないことが多いので色々調べながら推敲しています。実は一本の記事を書くのに結構時間かけているんですよ(^^ゞ。
2階から見下ろした時、あぁきっと以前はこの広い窓口の中のどこかに席があったんだろうな、、、と思うと、しばらくそこから動けませんでした。
3. Posted by 大叔   2006年12月12日 20:16
普段は遠く異国で勤務されている貴兄が自分の「来し方」を見つめ直す一連の広島再訪の記事を感銘深く拝読しています。
同時に普段はあまり意識しない転勤族の「デラシネ」の居心地の悪さを、自分も噛締めています。

貴兄は「子供時代の自分」に出会えただけでなく、亡きご尊父にも出会えたのですね。
日銀の支店でお二人の魂は確かに向き合っていたのです。

読んでいる私も目頭が熱くなりました。
どうかこの柔らかい心のままで、貴兄が人生を歩まれん事を祈念します。
4. Posted by Qing Zui   2006年12月13日 12:36
大叔さん
ありがとうございます。前々回帰国時に神戸姫路を旅行したときとは全く違う種類の深い感動を得ているのは、きっとわずかながらも幼少期を過ごした思い出があるからなんでしょう。
この日銀旧支店には次回是非母親や弟など家族揃って訪れたいと考えています。
5. Posted by Infiliorn   2013年11月09日 13:23
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プロフィール
Qing Zui
 1974年 11月24日生まれ。
 1997年 大学を卒業。
       普通に就職。
 1999年 会社を退職して、
       中国で台湾系メーカー
       に就職。
       アモイに着任。
 2001年 青島に異動。
 2002年 退職して帰国。
       日本の会社に就職。
 2003年 退職。
 2004年 元の会社に再就職。
       今度は台湾の高雄に
       着任。
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