フランス語の勉強?

juin 2014

今日もお昼眠い/リンゴをたくさん/七夕の短冊

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Sous le Second Empire (1852-1870), le palais est même complètement achevé, les pavillons rejoignant le Palais des Tuileries. Mais pour peu de temps : ce dernier en effet brûlera sous la Commune, en 1871 !
第二帝政期(1852-1870),ルーブル宮はリシュリー翼とドゥノン翼でチュイルリー宮につながり完成した.しかし,それもつかの間のことだった.チュイルリー宮はパリ・コミューンの時期,1871年に焼失したのだった。

「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昨日夜眠れなかったせいもあって,お昼に眠くなりました.病院に行く日だったので,待ち時間は寝て過ごしました.本当は本を読むつもりだったのですが・・・
リンゴを少し食べるつもりが,たくさん食べました.味はイマイチでした.
近くの商店街に行くと七夕の短冊がかけられていました.幼稚園の子どもたちが願いことを書いているようです.わたしは何をお願いしようかな?少しでもおデブでなくなるようにかな?目標あと4キロです.

朝日新聞
宮城)被災地、高校生が案内 準備5カ月「成長できた」

 県南部の宮城農と名取、亘理の3高校の生徒たちが28日、津波被災地ツアーのガイドを担当した。生徒たちは自分たちでルートを考え、被災農家を訪ねるなどして、5カ月かけて準備。「成長できた」と手応えを感じていた。

 「本日は宮農観光バスにご乗車いただき、ありがとうございました」。28日午前、宮城農高の生徒の軽妙な語り口に車内が沸いた。バスが巡ったのは、仙台以南の被災地などをめぐる約7時間のコース。3校の生徒約20人が、交代しながらガイドを務めた。

 宮城農高はまず、津波で全壊した同高の校舎の跡地を案内した。見渡す限りの更地を前に、「この辺が正門、あっちに畜舎がありました」と説明。2年生の白石怜(さとる)さん(16)は「内陸の仮設校舎と見比べたら、効果的だと思った」と話す。その後、仮設校舎へ移動して昼食をとった。

 午後は亘理高の生徒にバトンタッチ。移動中に被災地の写真を示しながら、震災遺構として保存が検討されている山元町の旧中浜小などを案内した。当初は参加者の携帯に動画を流そうと考えていたが、生徒だけの力では技術的に難しく、写真を使うことにしたという。

 中浜小では、児童が一夜を過ごした屋根裏など校舎内を巡った。3年生の渡辺聖香さん(18)は「中に入って津波の大きさが改めてわかった。参加者にも伝わったと思う」。

 3校の生徒は、今年2月ごろから準備してきた。名取高の岡元康平さん(18)は「最初は、どこを案内したらいいかもわからなかった」と話す。図書館やインターネットで情報を集め、春休みには被災した農家や笹かまぼこ工場を見学。関係者にインタビューをし、大きな被害を受けても前を向いて仕事に向かう姿に感動したという。

 コースの下見を繰り返して、時間を計ったり原稿を書き直したり。3校で集まり、時間内に案内できるコース設定などを議論した。岡元さんは「震災や復興について学び、お客さんの前で発表する。大変だったけど、成長させてくれた」と笑みを浮かべた。

 今回のツアーは、あぶくま青年会議所(岩沼市)が企画。県内の青年会議所メンバーが集まる大会が同市で開かれるのに合わせ、3校に依頼した。参加した石巻青年会議所の高橋政則さん(38)は「高校生が勉強し、自分たちの言葉で語っていた。次の世代に、震災の記憶をつなげていく大切さを感じた」と話した。(長嶋晶子)


朝日新聞
マンガと震災、しりあがりさんら議論 美味しんぼ問題も

 京都国際マンガミュージアム(京都市中京区)で29日、東日本大震災に漫画がどう向き合ってきたのかを考えるシンポジウム「マンガと震災」が開かれた。漫画家8人も参加し、被災地支援や震災の描き方などについて議論を交わした。

 日本マンガ学会第14回大会の企画として開催。震災直後から被災地をテーマにした作品を描いてきたしりあがり寿さんは「周りがよくない話ばっかりの時、どこかに希望はないのかと必死に探して描いた」。震災後に福島県から自主避難し、その様子を描いた作品も出した山本おさむさんは「悲惨なことも描かねばならない。ただ、描き手は対象としっかりつきあってから表現することが必要だ」と話した。

 漫画「美味(おい)しんぼ」で、福島県を訪ねた主人公が鼻血を出した表現などが波紋を広げた問題についても意見が交わされた。

 山本さんは「ノンフィクション系の作品を描く以上、論争になるのは仕方ないのかもしれない」。とり・みきさんは「漫画が偉くなっちゃったなと感じる。漫画なんだから、みんなもう少し落ち着いてと思う」。しりあがりさんは「編集部に批判の電話が殺到し、政治家まで動くというのはどうなのか」と、漫画の受け止められ方に対するそれぞれの感想を述べた。(佐藤剛志)


毎日新聞
浪江町原発賠償 東電は和解受け入れを

 福島県浪江町の町民約1万5000人が、福島第1原発事故による慰謝料増額を求めていた問題で、仲介する政府の原子力損害賠償紛争解決センターが示した和解案の受諾を東京電力が拒否した。

 簡便な手続きで未曽有の被害を受けた人の早期救済を図る目的で、原発ADRと呼ばれるセンターは開設された。また東電は、ADRの和解案の尊重を表明している。そうした経緯に照らせば、拒否は理解し難い。仲介が打ち切られれば、解決は訴訟しかない。避難生活による町民の苦しみはさらに増す。東電は考えを改め、和解案を受け入れるべきだ。

 浪江町は、事故直後に全町避難を強いられ、町民は古里から引き離された。家族離ればなれの人も多い。

 一方、原発事故被害者への賠償指針を作る政府の原子力損害賠償紛争審査会が決めた精神的賠償額(月10万円)は、交通事故による自賠責保険の基準を参考に算出したものだ。帰還や生活再建のめどが立たない被害者の実情からかけ離れているとの共通した思いが町民にはある。

 ADRは、裁判官や弁護士ら法律家が仲介委員として被害者、東電双方から意見を聞き、賠償問題の解決を図る。審査会の示した賠償指針に基づいたうえで、個別の事情をくんで仲介案をまとめる。これまで1万件超の申し立てを受理してきた。

 集団申し立ての背景には、個別事情の主張・立証に膨大な時間がかかることが挙げられる。そこで町民が共通して受けた苦しみを約1万人の町民アンケートなどから分析し、報告書としてADRに提出した。

 一方、ADRの仲介委員は現地調査したうえで、交通事故はけがが治ることでストレスが軽減されるのに対し、原発事故は長期避難でストレスが増す点も考慮し、月15万円に増額する和解案を示した。ADRは個別の和解内容を公表していないが、代理人経験のある弁護士によると、5万円程度の増額をする例は決して珍しくないという。

 東電は「個別事情を考慮することなく、浪江町民であることをもって一律増額を認めた」と、和解案を批判した。だが、和解案は町民の共通する被害を評価したものだ。東電の指摘では、集団申し立て自体が認められないようにも受け取れる。

 浪江町の和解案提示を受け、周辺自治体からも同様の一律賠償を求める声が起きている。指針を出した後、審査会は休眠状態だ。避難が長期化する中、指針の額の引き上げを求める意見も出ているが、理解できる。なぜ人生設計の見通しすら立てられない被災者が多いのか。国は生活実態を調べてほしい。被害の実態に合った早期の賠償が欠かせない。

河北新報
東日本大震災 帰還困難区域/効果的な除染法の確立急務

 福島第1原発事故に伴い帰還困難区域に指定された地域でも、除染を行えば、事故から10年後の2021年には個人の年間被ばく線量は20ミリシーベルトを下回るとの推計結果を政府が発表した。
 「年20ミリシーベルト以下」は避難指示解除の重要な要件の一つ。それをクリアする推計が出るのは初めてで、帰還を考える参考データにはなり得る。
 ただ、帰還時期を見通す指標と評価するのは早計だ。原発事故から3年以上経過し、放射性セシウムが家屋の外壁などにこびり付いているとみられる。除染の効果は地形や場所によってばらつきがあり、きめ細かな検証が必要だ。
 帰還を促す材料にしたい政府の思惑も見えるが、安全が担保されない以上、住民が納得するはずがない。政府が除染の長期目標とする「1ミリシーベルト以下」を上回る推計結果では不安を解消するにはほど遠い。
 帰還困難区域では、いまだに本格的な除染は行われておらず、開始時期も決まっていない。高線量地域での効果的な除染方法と作業員の被ばく防御対策の確立を急ぐ必要があろう。
 帰還困難区域は、空間放射線量が年50ミリシーベルトを超え、原発事故発生後5年間を経過しても20ミリシーベルトを下回らない恐れのある地域が指定された。大熊、双葉、浪江、富岡、飯舘、葛尾、南相馬の7市町村の計337平方キロメートルで、人口は約2.5万人。面積、人口とも避難区域全体の約3割を占める。
 環境省はこの区域での除染を視野に入れ、昨年9月から今年2月に大熊、双葉両町の一部で除染効果を実証する事業を実施した。得られたデータに基づき、放射性物質が減る「自然減衰」などを加味し、内閣府が今回初めて放射線量を推計した。
 試算では、成人男性が1日屋外で16時間過ごした場合、昨年11月に年100ミリシーベルトの地点は、除染を行わなくても事故から10年後には半減期や自然減衰により年37ミリシーベルトまで低減する。除染した場合、年9〜19ミリシーベルトまで減らすことが可能という。年50ミリシーベルトの地点では、除染なしで年19ミリシーベルト、除染すれば年6〜11ミリシーベルトと推計した。
 福島第1原発周辺地域に「国際研究産業都市」を創設する構想がある。政府はロボットの開発や技術者の育成など廃炉を加速する研究拠点とし、復興を世界に示したい意向だ。東京五輪が開かれる20年を当面の目標に掲げ実現を目指している。
 政府は構想の報告書を、福島・国際研究産業都市構想研究会で、除染の推計結果と合わせて公表した。構想の具体化を意識し、放射線量の低減を強調する意図も見える。
 放射線量が推計通り低減されなければ、構想は壮大な「絵に描いた餅」になりかねない。帰還困難区域を抱える7市町村の復興計画とも密接に関連する。住民が日常生活を取り戻すため、インフラの復旧など地道な取り組みも合わせて明示してこそ、世界にアピールする構想は現実味を帯びてこよう。


毎日新聞
集団的自衛権:戦場に教え子を送りたくない…悩む教師

 集団的自衛権の行使を認める閣議決定を前に、生徒の進路指導にあたる高校教諭らが苦悩している。東日本大震災などの災害派遣で脚光を浴びる自衛隊。だがこれまでと違い、行使容認によって憲法9条の歯止めが崩れ、戦場に行く可能性も帯びてくる。入隊を希望する生徒たちに危険性をどう説明すればいいのか。教諭の言葉には焦燥感も募る。【坂口雄亮、福永方人】
 ◇自衛隊志望の生徒…「国際貢献が夢」「目の前の就職が大事」

 「撃たれる可能性だってあるんだ。命をかけることになるんだぞ」。鹿児島の県立高校で進路指導を担当する40代の男性教諭は昨年、自衛隊入隊を希望する男子生徒に話し掛けた。PKO(国連平和維持活動)が頭にあった。だが、生徒の意志は固かった。「自衛隊に入って地雷除去のような国際貢献にたずさわるのが夢だったんです」。教諭はそれ以上、何も言えなかった。

 集団的自衛権の行使容認は、「専守防衛」を旨としてきた自衛隊の活動を大きく転換させる可能性が高い。実際の戦場に立たないとも限らない。

 「教え子を戦場に送りたくない」と教諭は話す。だが、進路を決めるのは生徒や家族だ。「危険性を伝えても、本人が強く希望し家族も応援するなら、私がそれ以上何を言うことができるのか」

 学校では自衛隊による業務説明会も開かれ、入隊に関心を持つ生徒も少なくない。「自衛隊は『特別な進路』だと思う。以前ですら安全ではなかった自衛隊の活動が、さらに危険になる可能性が高い。今後はそれを生徒に伝えていくしかない」

 神奈川の県立高校に勤める50代の男性教諭も「生徒に入隊を考え直してほしいと思っても本人の希望が一番。強く止められない」ともどかしさを話す。東日本大震災の救援に奔走する自衛隊員の姿がクローズアップされ、憧れを抱く生徒も増えているという。「集団的自衛権で今後、戦闘地域に派遣される可能性を生徒は現実感を持って受け止めているのだろうか」

 自衛官採用試験対策のコースを設ける九州の専門学校によると、集団的自衛権を巡る議論が活発になっても受講者数に変化はない。担当者は「受講生から不安の声は出ていない。目の前の就職が大事で、そこまで考えていないのではないか。命が危険にさらされるようなことを国がさせるわけがない、守ってくれるはずだという意識もあるのかもしれない」と話す。

 日本教職員組合(日教組)は1951年以来、「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンを掲げてきた。瀧本司・中央執行委員は「行使容認は戦争への道を開く。だが進路指導で自衛隊だけを批判するわけにはいかない」という。否定的な面ばかり強調すれば、生徒の職業選択の自由を保障する観点からバランスを欠くことになりかねない。

 どうすべきなのか。「生徒自身がその危険性を認識し、再び戦場に行く選択をしないように掘り下げた平和教育を進めなければならない」と話す。


読売新聞
都議会ヤジ問題 識者に聞く

 「早く結婚した方がいいんじゃないか」。東京都議会本会議で晩婚化などについて質問した女性都議へのヤジが問題になった。少子化対策や女性の活躍推進が必要とされる今、性差別的なヤジやセクハラ発言から見えてくる問題の本質は何か。3人の識者に聞いた。

「差別」の自覚促す対話を… 白河桃子 ( しらかわとうこ ) さん

 ヤジ問題を巡り、インターネット上では発言者の特定や処分を求め、5日間で9万人超のネット署名が集まった。「差別は許さない」という市民らの怒りが、国内外での批判を高めるきっかけを作った。

 今回の一部報道では、ヤジの発言者捜しに始まり、今は女性都議の過去を暴いて個人の問題にすり替えようとする動きがある。論点がずれていくようで心配だ。

 ヤジ問題の本質は、「結婚や出産は個人の自由により選択されるべきだ」という認識の欠落が、都議会全体にあったということ。人権意識に欠けた発言だと気づかず、議場は別のヤジや笑いに包まれた。

 地方議会に限らず、男性中心の組織には女性への差別意識が強く残る。私を含め、多くの女性たちが嫌な思いを経験し、その場をやり過ごすすべを身に付けてしまっている。でも、それではいけない。相手に「差別発言」だと認識してもらうよう丁寧に対話することも、生きやすい社会を作る一歩になる。
 
有権者自身も顧みる必要…ロバート・キャンベルさん

 最初に思ったのは、なぜ誰もヤジを止めず、注意しなかったのかということ。ヤジはイギリスの議会でもある。下品で人権に関わるものは議長が止める。都議会では周りにたくさんいたのに、誰が言ったかなかなか特定されなかった。まずそれが問題だったと思う。

 その空気感は、日本ではなじみの場面かもしれない。少数派とおぼしき人を傷つけることで結束するという力学を感じる時もある。だから、個人を特定しないことが集団の利益になると考えれば、ハマグリのように口を閉ざしたり、なかったことにしたり。

 そんな日本の政治家を選んだのは有権者。自分たちが送り込んだ人たちであることを見直し、自分たちと地続きの問題だと考えるべきではないだろうか。

 ヤジを飛ばした都議の謝罪の仕方はしたたかだ。「早く結婚してほしかった。ご迷惑をおかけして申し訳ない」というのは、日本の政治家によく見る謝り方。「傷つけるつもりはなかった」と善意をアピールする。結婚という個人にとって大事な選択に、知りもしない他人が口を出すことが重大な人権侵害につながるなど、気づいていないのでは。
 
セクハラへの理解不足… 岩田喜美枝 ( いわたきみえ ) さん

 経済界の多くの男性から今回のヤジを問題視する声を聞いた。企業ではセクハラに関する研修が広く行われ、許さないという意識が浸透しつつある。都議会はハラスメントに対する理解が足りないのではないか。

 卑わいな言葉をかけたり体に触ったりするだけではなく、結婚や出産に関する発言もセクハラになる。言われた側が不快に感じるかどうかが重要で、多様な価値観への配慮がないことが問題だ。今回はヤジを受けた女性議員だけでなく、多くの市民も不快に感じた。晩婚化や少子化対策の質問中にヤジがあったことは、こうした政策を軽視している表れだ。

 そもそも、女性議員がもっと多ければ、こうしたヤジは出なかったとも思う。経済分野では女性の活躍推進が図られている。今回のことで、政治の場でも一定数を女性に割り当てる「クオータ制」など女性を増やすための策が議論されることを期待する。

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またしても昼寝・・・疲れているのかなあ

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En fait, c'est surtout au XIXe siècle qu'il prend la forme qu'on lui connaît aujord'hui, avec les pavillons nord et sud qui partent de la Cour Carrée : ce seront Napoléon Ier puis Napoléon III qui réaliseront le rêve de Mercier de voir le Louvre achevé.
実際,現在あるようにクール・カレ(方形広場)から広がる南北の翼を備えたのは,19世紀のことだ. ルーブル宮の完成を見たいというメルシエの夢を実現させたのは,ナポレオン一世とナポレオン三世である.

「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

明日へ−支えあおう− 証言記録東日本大震災30▽双葉町 放射能にさらされた病院
東京電力福島第一原発が建つ双葉町。町で唯一の総合病院だった双葉厚生病院は、あの日津波の被災者の対応に追われていた。翌朝、原発事故による緊急避難の指示を受け、寝たきり患者など40人を搬送していた。その最中に水素爆発に見舞われる。さらに患者のために用意されたヘリに、逃げ遅れた一般の住民が殺到し、病院関係者など56人が取り残された。後の検査で全員の被ばくが判明する。放射能にさらされた病院の証言を記録した。畠山智之

NNNドキュメント'14 超多忙87歳ばあちゃん…絶品の味ささ餅、時々、五七五
青森においしいと評判の笹餅がある。作っているのは桑田ミサオさん(87)。趣味は川柳。笹餅を作り明るく生きるミサオさんの1年を、ユーモアあふれる川柳とともに描く。玉川砂記子  青森放送

テレメンタリー2014「裏切りの復興支援隊 消えた12億円の行方」
岩手県山田町で復興事業を委託された旭川市のNPO「大雪りばぁねっと。」は、おととし12月、資金枯渇を理由に従業員を全員解雇した。NPOに与えられたのは2年間で12億円もの事業費だったが、現金の流れは不透明。自ら立ち上げたリース会社を経由し、購入された備品も次々と被災地から運び出されていった。元代表らは横領容疑で逮捕され、疑惑は刑事事件に発展。取材1000日。被災地を翻弄し続けた事件の闇を追った。HTB北海道テレビ放送 山田佳晴 見張祐介

疲れているのかな?お昼ご飯食べたら眠くなってしまい昼寝をしてしまいました.先週に続いて2週連続です.

読売新聞
鈴木都議の地元で女性区議7人、辞職求める声明

 女性蔑視のヤジの発言主として名乗り出た元自民会派所属の鈴木章浩都議の地元大田区で、女性区議7人が27日、鈴木都議の辞職などを求める声明を発表した。

 声明では、ヤジは女性に対する重大な人権侵害で、絶対に許されるものではないと、鈴木都議の辞職を強く求めるとしている。また、「子供を産めないのか」といった鈴木都議以外のヤジの発言者も名乗り出て、辞職するよう求めた。

 声明は、民主、共産などの会派に所属する女性区議が共同で発表。公明の女性区議4人は加わらず、最大会派である自民に女性区議はいなかった。


毎日新聞
毎日新聞世論調査:集団的自衛権「反対」58% 「説明不十分」8割 内閣支持、4ポイント減45%

 毎日新聞は27、28両日、全国世論調査を実施した。政府が近く集団的自衛権の行使を容認する方針となったことについて賛否を聞いたところ、「反対」が58%で、「賛成」の32%を上回った。政府・与党の説明が「不十分だ」とする人は81%で、「十分だ」とする人の11%を大きく上回った。安倍内閣の支持率は前回の5月調査より4ポイント低い45%。第2次安倍内閣発足以来、最低となった。不支持率は35%で前回調査より2ポイント増え、これまでで最も高くなった。

 集団的自衛権の賛否は前回の5月調査では反対が54%で賛成が39%。政府は7月1日にも行使を容認する閣議決定を行う方針だが、時期が近づくにつれ反対が増え、賛成が減っている。

 政府は集団的自衛権の行使の範囲を「限定的」だと主張している。これについて考え方を尋ねたところ、「そもそも行使すべきではない」が43%で最も多く、「限定した内容にとどめるべきだ」が41%だった。「全面的に行使すべきだ」は7%にとどまった。

 行使に賛成の人のうちでも「限定にとどめるべきだ」と答えた人が74%に上り、「全面的」は20%だった。一方で、行使に反対の人のうち24%の人が「限定にとどめるべきだ」と答え、「そもそも行使すべきではない」とした人は72%だった。

 政府は「限定的」とするが、国連の集団安全保障に基づく武力行使への参加など実際には武力行使の範囲は拡大する。日本が直接攻撃を受けていない段階で武力行使に踏み切れば、相互の武力行使のエスカレートにつながる危険もある。行使に賛成の人の中でも、限定すべきだという意見が多数を占めるのは、戦争への歯止めが利かなくなることへの懸念が強いことが背景にあるとみられる。

 政府・与党の主張する限定の内容が歯止めとなりうるかが問われるが、政府・与党の説明が「不十分だ」とする人は内閣支持層でも71%に上った。集団的自衛権行使に賛成の人のなかでも67%が「不十分だ」と答えた。

 また、集団的自衛権の行使容認を憲法改正ではなく、憲法解釈の変更で対応しようとしていることについては反対が60%、賛成が27%だった。行使に賛成の人のうちでも28%が解釈変更の手法には反対だった。解釈変更という手法に依然抵抗が強いことがうかがえる。【村尾哲】


毎日新聞
集団的自衛権 司法の審査=小泉敬太

 ◇憲法判断をあなどるな

 集団的自衛権に基づき自衛隊が派遣されるような事態を迎え訴訟が起こされれば、司法判断が出ることになる。安倍晋三首相は「政府が憲法を適正に解釈するのは当然」と強調するが、行使を可能にする解釈変更が憲法上「適正」かどうかを最終判断する権限(違憲審査権)は最高裁にある。その時、違憲判決が出ないとは言い切れない。

 政府・与党には、三権の一角を占める司法の場で、いずれ事後チェックを受けることを見据えた慎重で冷静な論議が欠けているのではないか。

 他国を守るための武力行使を認める集団的自衛権は、国際紛争解決のための武力行使の放棄や戦力の不保持、交戦権否定をうたった憲法9条に反するとの学説は憲法学者の間に根強い。

 木村草太・首都大学東京准教授(憲法学)によると、国民の生命・自由を国が最大限尊重すると定めた憲法13条などを根拠に政府が従来認めてきた個別的自衛権と異なり、集団的自衛権は憲法に行使を認める根拠規定も手続きの規定もなく、想定されていないという。「政府解釈を変えても違憲は違憲。認めるには憲法改正が不可欠」と話す。

 ドイツの憲法裁判所などと違い、日本では具体的な紛争が起きて初めて訴訟として裁判所に認められる。集団的自衛権の場合、自衛隊派遣命令などが出た時に差し止め請求が起こされたり、武力行使に伴い生命・財産などの被害を受けた当事者や家族から国家賠償訴訟が提起されたりすることが想定される。

 今の裁判所に違憲判決を出せるはずがないと、政府・与党は高をくくってはいないか。

 「憲法9条はわが国固有の自衛権を否定していない」と初判断した砂川事件最高裁判決(1959年)は、日米安保条約について「高度の政治性を有しており、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、司法審査権の範囲外」との見解を示した。いわゆる「統治行為論」だ。

 集団的自衛権をめぐる訴訟になれば初の憲法判断となる。最終的には15人の裁判官による最高裁大法廷で審理され、結論が示されるはずだ。もし「統治行為論」が再び持ち出され、審査の対象とされないようでは司法の消極姿勢が問われるだろう。

 そして、違憲判決が出た場合の影響は計り知れない。自衛隊活動の正当性に疑念が深まり、賠償責任を負うなど政府が抱え込む訴訟リスクはあまりに大きいと、木村氏は警告する。

 司法の憲法判断をあなどってはならない。政府・与党には、憲法学者らの意見に耳を傾ける謙虚さが足りない。(論説委員)



毎日新聞
再生エネ買い取り 普及と負担の調整図れ

 経済産業省が、太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社が固定価格で買い取る制度(FIT)の見直しに動き出した。

 電気料金が上がって経済に悪影響を与える心配が強まってきたからだ。再生エネの拡大と利用者負担の抑制をどう調和させるのか。先を行く欧州各国でも試行錯誤が続く難題だが、脱原発を実現するためにも知恵を絞る必要がある。

 制度見直しの議論は経産省の有識者会議で始まった。年末までに具体策をまとめる予定だ。

 FITは、原発事故の反省から脱原発路線を打ち出した民主党政権が2012年7月に導入した。電力会社は太陽光、風力などの発電事業者から、政府が決めた価格で電気を買い取らなければならない。その費用は電気料金に上乗せされる。

 平均的な家庭の上乗せ負担額は今年度、月225円と12年度の2・6倍に上がる。国民の負担は再生エネの比率が高まるほど重くなる。再生エネ先進国では既に深刻な問題になっている。平均家庭の負担が月2400円に達したドイツでは買い取り対象設備の縮小などを盛り込んだ関連法案の審議が進むが、再生エネ普及の足を引っ張る懸念は拭えない。

 日本の制度では買い取り価格は毎年見直される。発電コストが技術の進展に伴って下がっていくためだ。しかし、政府の認定を受けた発電事業者は認定時点の価格を10〜20年間維持できる。新規参入を促すための仕組みだが、認定だけ受けておき、コストが下がってから事業を始めて「ぬれ手であわ」の差益を稼ごうという悪質な商法も誘発している。

 FIT導入から今年3月末までに認定を受けた事業者の発電能力(容量)は計6800万キロワットを超えた。制度導入前の稼働実績は約2000万キロワットだから大幅な増加だ。しかし、実際に発電を始めたのは認定容量の13%しかない。容量ベースで全体の9割強を占める太陽光(10キロワット以上)が、1割しか運転開始していないことが響いている。

 経産省は太陽光の認定を受けながら事業を始めない悪質業者の認定取り消しを始めた。だが、「ぬれ手であわ」を許さないためには、より厳格な制度への手直しが必要だ。

 認定が太陽光に偏っているのも問題だろう。有望と見られた風力や世界3位の資源量があるという地熱の申請はわずかしかない。天候で発電量が乱高下する風力は、広域利用することでリスクを分散する必要がある。地熱は環境保護や地域の温泉事業者らとの調整が欠かせない。

 国民の理解を得ながら再生エネを拡大させるには「価格」で解決できない課題にも向き合う必要がある。

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ヤバい2キロおデブに・・・/赤ペンチェックがたくさん

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melon1

Quand on regarde les cartes de Paris de l'eacute;poque de Mercier, on est surpris de s'apercevoir combien le Louvre a changé depuis la fin du XVIIIe siècle.
メルシエの時代のパリの地図を見てみると,ルーブル宮が18世紀末から大きな変貌を遂げていることに驚く.

「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昨日のコリアン・マイノリティ研究会の飲み会でたくさん飲み食いをしてしまい,今朝は体重計に乗るのがコワかったです.予想通り?2キロもおデブになってしまいました.ヤバイです.
赤ペンチェックの仕事がたくさん残っています.仕事しにいかねばなりません.図書館で本を借りて職場に向かいました.扇風機がなんだか寒いくらいでした.
節電母さん
アズマカナコ 集英社 2013-02-26
電気代ひと月500円!無理せずできる節電ライフ!!
・アンペア数を下げる。
・家中の電球を外し、暗くなったら寝る。ごはんは明るいうちに縁側で自然光の下で食べる。
・夜は太陽電池ランタンを使う。
・テレビは段ボールに入れて押し入れにしまい、必要な時だけ出す。
・掃除も手作りの箒を使う。
・洗濯もたらいで手洗い。
・冷蔵庫は震災に遭った方へ寄付。
・冷蔵庫を使わず食料品の保存もひと工夫。
・そうしたら電気代がひと月500円台に!!

次から次へと「節電」のアイデアを出し実行に移していくお母さん。
それに巻き込まれる夫とふたりの子ども。
しかし、それは家族の繋がりが強かった頃の生活ではなかっただろうか?
「節電」をテーマに家族の「古くて新しい」形を見つめ、
かつ、「節電」「節約」の実用的知識満載のほのぼの描き下ろしコメディコミック。


河北新報
良い葉育て 地域に希望 閉校の大川中跡地に野菜工場

 東日本大震災の影響で昨年3月に閉校となった宮城県石巻市大川中の跡地に、宮城県東松島市の廃棄物処理会社「東部環境」が野菜工場を建設し、野菜の水耕栽培を始めた。敷地内に大規模太陽光発電所(メガソーラー)も整備する計画。地元の大川地区の住民を雇用し、新たな事業展開で地域の活性化を目指す。

 大川中は津波で被災し、生徒の減少などもあって河北中に統合された。校舎が解体された跡地は約2.3ヘクタールで、同社が市と借地契約を結んだ。
 大型ビニールハウスの工場は6月上旬に完成した。約2000平方メートルで、水を張った栽培ベッドでルッコラ、スイスチャードなど数十種類の葉物を生産。発芽から2〜3週間で収穫し、7月からベビーリーフとして出荷する。
 栽培ベッドの水温はコンピューター制御で一定に保つ。ハウス内の気温や空調管理なども徹底し、無農薬で効率的に育てることができる。
 商品名は「良葉東部」で「イーハトーブ」と読ませる。「良質な葉物野菜を育てたい」という願いと社名を組み合わせ、読み方は宮沢賢治の作品に登場する理想郷から引用した。
 メガソーラーは10月に着工し、来年春に完成の予定。太陽光パネル約5000枚を設置し、出力1200キロワットを見込む。
 同社は以前から、業務拡大で水耕栽培とソーラー事業を検討していた。工藤豊和社長(47)の高校時代の同級生に大川地区出身者がいた縁で、大川中跡地での事業化を決めた。
 雇用の確保につながるよう、パートを含む野菜工場の従業員約10人は地元住民を中心に採用するする考えだ。
 工藤社長は「震災被害が大きかった大川中跡地には、いろいろな思いを抱く人がいると思う。新たな生産の場となり、地域の復興や発展のきっかけになることを願う」と話した。


河北新報
岩手・宮城 仮設入居1年延長、国が承認

 東日本大震災の被災者向け仮設住宅の入居期間について、岩手、宮城両県は27日、現行の4年間を5年間に1年延長すると発表した。同日、国の承認を受けた。福島県は既に5年間への延長を決めている。
 延長の対象となるのはプレハブ仮設住宅と、民間賃貸住宅や公務員宿舎などみなし仮設住宅。災害公営住宅の完成が遅れるなど、住宅再建の基盤づくりに時間がかかっていることを踏まえ、延長が必要と判断した。
 岩手は12市町村のプレハブ仮設約1万1200戸とみなし仮設約2000戸、宮城は14市町のプレハブ仮設約1万7900戸とみなし仮設約1万5100戸を延長した。
 一方、岩手は15市町村、宮城は18市町村について1年延長せず、4年間で終了とした。岩手の6市町村、宮城の3町については昨年時点で3年間での終了が決まっていた。
 福島県は5月、県内のプレハブ仮設約1万3700戸とみなし仮設約2万2000戸、県外のみなし仮設約1万3800戸の1年延長を決めた。


河北新報
特殊公務災害、逆転認定 南三陸町犠牲の2職員

 公務中に東日本大震災で犠牲になった宮城県南三陸町職員2人について、地方公務員災害補償基金宮城県支部の審査会は27日までに、特殊公務災害を認める裁決を下した。県支部に認定申請したが認められず、遺族が審査申請していた。裁決は18日付。県支部は今後、認定手続きに入る。

 審査されていたのは、町戸倉公民館の男性館長=当時(51)=と男性職員=同(29)=。館長は公民館で住民の受け入れに従事し、男性職員は近くの防波堤で潮位確認などを行っていた。2人とも津波にのまれた。
 県支部は目撃者がいないなどの理由で不認定とした。審査会は直前の目撃情報から、2人は避難誘導や情報収集活動に当たっていたと判断した。
 特殊公務災害に認定されると一時金、年金とも公務災害の補償額の最大1.5倍が支給される。5月末現在、宮城県内では68人が認定の裁決を受けている。


朝日新聞
集団的自衛権―ごまかしが過ぎる

 「憲法上許されない」と言ってきたことを、これからは「できる」ようにする。

 いま、自民党と公明党が続けている集団的自衛権の議論の本質は、こういうことだ。

 憲法の条文を改めて「できる」ようにするならば、だれにも理解できる。だが、安倍政権はそうしようとはしない。

 憲法の解釈を変えて「集団的自衛権の行使」をできるようにする。いままでとは正反対の結論となるのに、自民党と公明党はきのうの協議で、これは「形式的な変更」であり「憲法の規範性は変わっていない」とわざわざ確認した。

 理解不能。身勝手な正当化だと、言わざるを得ない。

 与党の政治家はこぞってこの理屈を認め、閣議決定を後押しするのか。考え直す時間は、まだ残されている。

 きのう政府が与党に示した閣議決定案の改訂版は、72年の政府見解を根拠としている。

 その論理の組み立ては、憲法前文や「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」への尊重を求めた13条の趣旨を踏まえれば、9条は「必要な自衛の措置」をとることは禁じていないというものだ。

 しかし72年見解は、武力行使が許されるのは日本に対する急迫、不正の侵害に対してであって、他国への武力攻撃を阻止する集団的自衛権は「許されない」と結論づけている。

 その組み立てはそのままに、結論だけ書き直す。そんな都合のいいことは通らない。

 さらに見過ごせないのが、国連決議に基づく集団安全保障の扱いだ。

 安倍首相は、集団安全保障の枠組みでの武力行使は否定していた。ただ、それでは自衛隊によるペルシャ湾などでの機雷除去ができなくなるとみた自民党が、これを認めるよう提案すると、公明党は猛反発。この問題は棚上げされた。

 だから閣議決定案にこのことは明示されていない。ところがきのう明らかになった想定問答には、機雷除去などは「憲法上許容される」と書いてある。その場しのぎのごまかしだ。

 理屈にならない理屈をかざし、多くの国民を理解できない状況に置き去りにして閣議決定になだれ込もうとしている。閣議決定に書き込めないことでも、実はできると説明する。

 日本の安全を守るためのリアルな議論はどこかに消えた。

 あとに残るのは、平和主義を根こそぎにされた日本国憲法と分断された世論、そして、政治家への不信である。


朝日新聞
原発賠償基準―和解の実績を生かして

 福島県浪江町の1万5千人が原発事故に対する慰謝料の積み増しを求めていた件で、仲介役の原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)が示した和解案を東京電力が拒んだ。

 ADRは当事者間で話がつかない場合、事態を早く解決するために設けられた枠組みだ。このまま物別れとなり訴訟にでもなれば、双方の負担が増す。東電に再考を求める。

 そのうえで、今回の申し立てを、原発事故に伴う損害賠償のあり方そのものを考えるきっかけとしたい。

 原発推進を国策としながら、日本の原子力損害賠償制度は極めて脆弱(ぜいじゃく)だった。過去にない過酷事故で被害がどれだけ膨らむかが見えないなか、国は原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)を通じ、現実を後追いしながらつぎはぎのように基準を設定していくしかなかった。

 象徴的なのが、精神的な苦痛に対する慰謝料の基準を、交通事故の自賠責保険に求めたことだ。「故郷を奪われ、着の身着のまま避難した自分たちの扱いが、交通事故の最低補償並みなのか」。被害者がそう受け止めるのも自然なことだ。

 今回の申し立ては、浪江町が住民の7割以上をたばねて代理人となり、町民共通の事情を理由に増額を求めた。ADRが本来、被害者の個別事情に対応する機関であるとすれば、その手法に議論はあろう。

 浪江町の求めに応じると「原陪審で決めた指針+個別対応」という枠組みが崩れ、賠償問題がふり出しに戻りかねない。東電側に、そんな危機感もあったかもしれない。

 だが、制度が整っていないなかで事故が起きた以上、適切な賠償ができているか、常に目を向けていくべきである。

 事故から3年以上が経ち、被害実態の中には当初の見込みと大きく異なる部分もある。ADRにもこれまで約1万2千件の紛争が持ち込まれ、7割の和解実績が積み上がっている。

 これらを分析し、共通性があるものについては東電自身が自主的に賠償基準に取り入れていく。国としても賠償基準全体へと反映させていく。そうした工夫の余地はあるはずだ。

 そもそも、国が生活再建などへの財政支出を渋り、東電による損害賠償の枠内での救済にこだわったことに無理があったのではないか。

 政府内では、ようやく原子力賠償制度の見直し作業も始まった。福島第一原発事故の経験と反省を、こうした分野にも生かすべきだ。


朝日新聞
岩手)大槌では跡地を農地復旧へ

 大槌町は、がれき処理場の跡地の大部分を、農地復旧する方針を決めた。仮設商店街や学校にも近く、現在は町の中心部となっている沢山地区にあり、一部の議員や住民から企業誘致を求める声もあった。しかし、地権者の多くが農地復旧に賛同したため、復興交付金を用いて県が整備することになった。

 同町は25日、町議会全員協議会で明らかにした。跡地は、国道と県道の交差点に面した約8ヘクタールの土地で、津波浸水域。このうち、すでに店舗が建っている部分や、地権者が同意しなかった部分を除く約6ヘクタールを農地に復旧させる。震災前は農地と休耕地がほとんどだった。震災直後からがれき置き場となり、今年3月、地権者に返還された。

 跡地は災害危険区域に指定されるため、住宅は建てることができない。しかし、仮設商店街や大槌高校、小中一貫校の建設予定地に近い便利な場所であることから、議会などで企業誘致を望む声があった。県の事業で農地を復旧させる場合、以後8年間は農地以外に転用できないという農地法の制約もある。

 これに対し、農業者らは推進委員会を組織し、迅速な農地復旧を求めた。地権者29人に対し、町が5月に聞き取り調査をしたところ、9割が農地復旧に賛成。書面での賛同も得た。ただ、相続関係などで同意していない数人分の土地が、復旧予定の農地の中心にも計約2千平方メートルあり、虫食い状態になっている。

 町によると、復旧は来年度までの県による整備事業で、復興交付金3億2千万円を使う。震災前より幅の広い水路や農道を整備する。来年1月から約5センチ分の表土を取り、30センチほど新しい土を盛る。来春の作付けに間に合うように進めるという。

 地権者の一人で、推進委員長である農業阿部和子さん(51)は震災前からこの土地でソバを育てていた。他の農業者とともに白いソバの花が咲く畑を広げて「そばロード」を作って、沿道にはシバザクラを植えて小さな名所にする構想を立てていた。そこに津波が襲った。

 阿部さんは現在、国道を挟んで跡地の向かいにある農地で、トマトを育てている。震災後の豪雨の際に冠水したため、がれき処理の際に分別した土を1メートルほど盛って使っている。釘やガラス片が混じっていて手で分けているが、農作物の成長に影響はないという。阿部さんは「ソバを始めとした様々な作物を再び(跡地で)育て、園芸団地のような場所にできたら」と話している。

 この日の町議会全員協議会で、産業振興部の大釜範之部長は「旧来型の農業でなく園芸作物に重点を置き、首都圏に直接販売できる企業の取り組みも提案したい」と述べた。


朝日新聞
宮城)気仙沼市、首都圏からも職員募集

 復興事業に携わる職員不足に悩む気仙沼市は27日、任期付き職員を県内だけでなく首都圏からも募ると発表した。市に職員を派遣している東京都江戸川区など都内6区のホームページにリンクを張り、就職情報サイトに求人案内を載せるなどして、即戦力を求める。

 募集するのは土木や電気、埋蔵文化財などの専門職十数人と一般事務職15人ほど。専門職は資格と最近の実務経験が必要だ。公務員やゼネコンのOBたちを想定している。任期は今年12月から2016年11月までで、5年以内で延長もある。

 市によると、今年4月1日時点では293人の応援職員が必要だったが、見直したところ262人になった。だが、現在は215人で、まだ47人足りない。復興庁や総務省、全国市長会による協力だけでは追いつかないため、独自に募集することにした。

 申し込み受け付けは7月1日から8月11日。問い合わせは市総務課(0226・22・6600)。(青瀬健)


朝日新聞
複数都議がヤジ 議場の音声分析「自分が産んでから」も

 東京都議会で晩婚化対策を質問した塩村文夏(あやか)都議(35)が女性蔑視のヤジを浴びた問題で、複数の議員が立て続けにヤジを飛ばしていたことが分かった。都議会は発言者の特定を1人にとどめて幕引きを図ろうとしているが、事実解明は避けられなくなった。

 都議会の記者席で朝日新聞記者が取った録音と、都議会が庁内放送で流した都議会中継の音を朝日新聞とテレビ朝日が分析した。

 鈴木章浩都議(51)が「早く結婚した方がいいんじゃないか」とヤジを飛ばした直後、たたみかけるように男性の声で「自分が産んでから」「がんばれよ」とのヤジが続いた。塩村都議が女性の不妊に関して質問した際には「やる気があればできる」との暴言も聞かれた。

 音声分析に協力した日本音響研究所の鈴木創所長は「口調や声の調子からヤジを飛ばした人は複数いる。たくさんの人が同時に話している」と分析した。

 都議会最大会派の自民の吉原修幹事長は、所属議員全員の聞き取りをし、鈴木都議のヤジ以外は「聞いていない」と説明していた。

■立て続けにヤジ

 朝日新聞とテレビ朝日は、18日の都議会の記者席で朝日新聞記者が取った録音と、都議会が庁内放送で流した都議会中継の音を分析。二つの音源を重ねたうえで塩村都議の声の音を小さく、男性の声の音を大きくする「シグナルエンハンスメント」の手法などで音声を補正し、精度の高いスピーカーで分かった部分について調べた。

 その結果、塩村都議に鈴木章浩都議(51)が「早く結婚した方がいいんじゃないか」とヤジを飛ばした直後、男性の声で「自分が産んでから」とのヤジが聞こえ、「がんばれよ」の声もたたみかけるように続いた。

 塩村都議が、悩みを抱える女性への対策に関する質問をした際には「先生の努力次第」と男性の声があがり、女性の不妊に関する質問のときには「やる気があればできる」とのヤジも聞かれた。

 補正前と補正後の音声を聞き、独自の分析もした日本音響研究所の鈴木創所長は、「自分が産んでから」の発言について「ノイズの影響でクリアではないが、そう発言した可能性は十分ある」との見方を示した。音声を確認するなかで、「セクハラじゃないか」と注意する声があがっていたことも指摘した。

 都議会のヤジは、鈴木都議が自ら発言を名乗り出たが、発言者の特定は鈴木都議のみ。都議会は他の発言者の調査を進めず、25日に閉会した。


毎日新聞
公明党の転換 「平和の党」どこへ行った

 実態は陥落であろう。集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈の変更に慎重姿勢を示していた公明党が容認に転じた。

 海外での武力行使へ歯止めをかけられない内容の閣議決定案の受け入れはこれまで培った「平和の党」の党是にもとる。9条の根幹維持よりも自民党との連立を優先した判断と言わざるを得ない。

 「二重、三重の歯止めがきき、拡大解釈のおそれはない」。山口那津男代表はこう語り、解釈変更の閣議決定の核となる「新3要件」受け入れを明言した。だが、「解釈改憲ではなく憲法解釈変更だ」(北側一雄副代表)と強調すればするほど説明の苦しさが逆に浮き彫りになる。

 もともと山口氏は「(解釈変更は)国民に何も聞かず一方的にやることになり、憲法の精神にもとる」と主張していた。公明党はこれまでも安全保障政策の見直しを重ねてきたが、海外での武力行使を可能とする議論はまったく次元が異なる。政府が挙げた事例ごとに、従来の個別的自衛権の範囲で対応できるかどうかを時間をかけて検証すべきだとした当初の主張は筋が通っていた。

 ところが、早期決着を譲らぬ安倍晋三首相の強硬姿勢に押される形で1972年の政府見解を根拠とする行使容認に踏み切った。今やタガは外れ、執行部は収拾を急いでいるようにすら見える。

 政府の想定問答が物語るように、同党が強調する「歯止め」はまやかしに過ぎない。同党が難色を示す戦時の機雷掃海も認められている。新3要件次第では集団安全保障による武力行使も可能だ。とても山口氏が胸を張るような成果を勝ち取ったとは言えまい。

 こうした対応に党所属国会議員や地方組織、支持団体の創価学会などから批判が出ても当然だ。山口氏はかつて「公明党はどこまでも自民党についていく下駄の雪」との批判に「(切れると歩けなくなる)下駄の鼻緒だ」と反論してみせた。だが、今回の経緯を見る限り結局は99年以来続く自民党との連立を壊せない判断ありきだったのではないか。連立離脱のカードを持たない限り、足元をみられるだけである。

 公明党はさきの特定秘密保護法制定においても与党内で歯止め役を果たせなかった。与党でいる限り自民党から際限なき譲歩を迫られ、変質を続けるのではないか。今回の転換は憲法9条を尊重し歩み続けた党のあり方に大きく影響する。その重さをわきまえるべきだ。


東京新聞
電力株主総会 原発頼みの経営脱却を

 原発再稼働の見通しが立たない中、東京電力など電力各社が開いた株主総会は、八方ふさがりの経営状態を浮き彫りにした。立て直しに必要なのは「原発頼みの経営」から踏み出す決断ではないか。

 二〇一一年三月の福島第一原発事故から三年の株主総会は、九社のうち五社が三期連続赤字という決算を受けて開かれた。原発停止の長期化や火力発電の原燃料費の負担が重く、中部電力の三田敏雄会長が「配当ゼロ」をわびるなど各社は終始、経営悪化の弁明に追われた。一方、株主からの脱原発提案は、過去に一度もなかった北陸電力を含め全社に出された。いずれも否決されたが、総会は長時間に及んだ。

 経営陣が総会で示した立て直し策の柱は原発の再稼働で、「原発は重要な電源。さらに高いレベルで安全を確保し、地域の理解を得ながら再稼働に向けた取り組みを進める」(東北電力)など各社から強い意欲が示された。政府のエネルギー基本計画が原発を「重要なベースロード電源」と位置付けたことを受けたものだ。

 しかし、再稼働をめぐる現実は一段と厳しくなっている。そのひとつが、「脱原発」の自治体への広がりだ。

 関西電力には筆頭株主である大阪市が脱原発を迫った。京都市も脱原発議案を提出、これに神戸市が賛成した。現職や元市町村長らが二年前に設立した「脱原発をめざす首長会議」は会員が六十九人から九十八人に増えている。政府と電力各社は、原子力規制委員会の審査終了をもって地元との協議に入るとみられる。しかし福井地裁による大飯原発の再稼働差し止め判決もあり、協議の難航は避けられないだろう。

 電気料金の再値上げは窮余の策だが、消費税率10%への引き上げを控える政府が簡単に認めるとは考えられない。コスト削減の余地も狭まっている。

 国会で電力システムの改革法が成立し、地域独占にあぐらをかいてきた電力各社は今、自由化の入り口に立っている。関電の総会で橋下徹大阪市長は「経営陣は失格だ。自由化に耐えられる会社ではない」と経営の刷新を求めた。東京電力の舵(かじ)取りを任された数土文夫会長も「従来の経営手法を大胆に転換する」と強調している。見通しの立たない原発頼みの経営を脱却し、電力改革に正面から取り組むことで、消費者である家庭や企業の期待に応えるべきだろう。

フランス語
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朝鮮学校の朝鮮語はデタラメなのか/松本サリンから20年

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Adoption définitive de la loi ≪ anti-Amazon ≫

Le Parlement a définitivement adopté jeudi, après un ultime vote à l'unanimité du Sénat, le texte sur le prix des livres sur Internet, dit ≪ anti-Amazon ≫, interdisant le cumul de la gratuité des frais de port et d'un rabais de 5 %.
Ce texte, déposé par l'UMP, est destiné à empêcher les opérateurs en ligne, comme le géant américain Amazon, d'étouffer le réseau des libraires, qui peinent à les concurrencer. ≪ Nous le vérifions une fois de plus, les lois sur l'économie du livre font toujours consensus, pour ne pas dire l'unanimité ≫, s'est félicitée la ministre de la culture, Aurélie Filippetti. ≪ C'est le signe de l'attachement profond de la nation au livre, de l'idée que la France se fait d'elle-même, de son histoire et de son avenir ≫.
VOTE CONFORME
Le Sénat a procédé à un vote conforme du texte adopté le 20 février à l'Assemblée. Les députés avaient alors adopté la version déjà votée en première lecture au Sénat début janvier, ce qui devait conclure le processus législatif.
Mais les lois européennes prévoient qu'un tel texte, qui constitue une règle technique, soit notifié à la Commission européenne une fois qu'il est stabilisé et trois mois avant son adoption définitive, pour qu'elle puisse éventuellement formuler des observations si elle juge que cela crée ≪ des barrières commerciales injustifiées entre Etats membres ≫.
Or le gouvernement n'a notifié ce texte à Bruxelles que le 16 janvier, après son adoption au Sénat. Aux termes de la jurisprudence de la Cour européenne, le non-respect de cette période dite de statu quo entrainerait l'inapplicabilité de ce texte. Le gouvernement avait donc fait voter à l'Assemblée un amendement modifiant très légèrement le texte, ce qui a entrainé automatiquement une seconde lecture au Sénat.

コリアン・マイノリティ研究会第126回 月例研究会
「朝鮮学校の朝鮮語はデタラメなのか−朝鮮学校の朝鮮語をちょっと科学する」
宋実成(ソンシルソン)さん(大阪経済法科大学アジア研究所客員研究員)

 朝鮮学校の宣伝パンフレットに「朝鮮学校では、朝鮮語・日本語・英語の3言語を身に付けることができる」などと書かれていることがある。ところがその朝鮮語は韓ドラの言葉とも、あのいかめしいアナウンサーの言葉とも、知り合いの韓国人の言葉とも違う。それを指摘すると「日本生まれなので…」と釈明する人もいれば、「日本という難しい環境で教育しているんですよ!」と興奮する人もいる。また最近ではソウル風の話し方を身に付けた朝鮮学校卒業生が少なくない。彼らは決してかつて話していた朝鮮語を口にはしない。これらに共通するのは、朝鮮学校の朝鮮語をその話し手自身が否定的に捉えている、という点である。朝鮮学校の朝鮮語は果たしてデタラメなのか?社会言語学、文化人類学、歴史学などの知見と私自身の経験をもとにお話ししたい。当日の話題は以下の通りである(順不同)
:「朝鮮語を知っている」、朝鮮学校入学式の日、「後ろ」とフランス語、「明るい母音」vs「暗い母音」「しゃもじ」で口論、「ハンメ」の勝利、「ヨーヂュラ」、「チョッカル」と「セッタボヂ」、禁じられた「주라」、「새해 복 많이 받으세요」の衝撃、逆接の「만도」、「랑하」と「단차」、「プッテパン?」、「감빠니야」、「朝鮮新報」について、早口言葉を練習すると朝鮮語はうまくなるのか、「입말교육」への違和感、「류창한 우리말」って何? ほか


「朝鮮学校の朝鮮語はデタラメなのか」というタイトルに惹かれて,研究会に参加しました.20人以上の参加で大盛況です.
色盲でレタス(lettuce)の緑が鮮やかだったという夢を見ました.変な夢でした.
松本サリン事件から20年だそうです.当時私はなにをしていたでしょうか?サリン事件にはあまり関心がなかったような気がします.でも残された人々の悲しみは20年たっても癒えていないようです.

毎日新聞
東日本大震災:おのくん、妙案ない? 宮城・東松島、仮設退去迫られ 人形が結んだ地域の絆「離れたくない」

 東日本大震災の被災地、宮城県東松島市の「小野駅前仮設住宅」(約40世帯入居)で靴下を使ったオリジナルの手芸人形「おのくん」の制作を通じ、新たなコミュニティーを生んだ住民たちが、市から退去を求められ困惑している。新たに建設する災害公営住宅(復興住宅)の用地で、建設が近づいているためだ。住民たちは「今退去させられては」と戸惑っている。【伊藤直孝】

 「おのくん」は「小野駅前」の仮設の名にちなんで命名。震災翌年の2012年、支援者から寄せられた米国のサル人形にほれ込んだ女性住民ら約10人が、手縫いで作り始めた。

 寄付などで集まった新品の靴下に綿を詰め、縫い付ける。ユーモラスな表情で、どことなくのんびりした「おのくん」が生まれた。一つ一つ色や模様が異なる個性的な存在感がボランティアらの心をつかみ、口コミで人気は拡大。多くの人が仮設住宅を訪れ、これまで約1万2000個を販売した。

 作業場にしている集会所は、仮設住民の集いの場になり、落ち込みがちな仮設暮らしに張りが出た。今月24日には、以前に「おのくん」を購入した長崎県の高校が修学旅行で訪れ、住民は生徒との交流を楽しんだ。自治会長の武田文子さん(63)は「住民だけでなく、県内外につながりが広がった」と喜ぶ。

 だが、ここは元々、市が復興住宅用地として準備した土地。建設に着手する時期が迫り、市は今年5月、住民たちに、9月末までに別の仮設に移るよう求めてきた。

 市は「仮設をなるべく長く残してほしい」と望む住民と協議を続けるが、妙案は出せないまま。今月の説明会で市側は、反発する住民側を「おのくんを象徴に頑張る被災者の姿を国内外に発信していただいた」と評価し、期限を2カ月延ばしたが、最後まで退去の方針は譲らなかった。

 市が提案する転居先は複数に分かれ、作業場で集まる環境を守れるかどうかは分からない。住民らは人形作りは続けるつもりだが、住民は「3年かけて築いたコミュニティーがばらばらになる」と心配する。人が集まるにぎやかな環境になじんだ高橋さだ子さん(84)は「どごさも行ぎたくない」とこぼした。


河北新報
仮設住宅での孤独死3県112人、宮城が最多51人

 東日本大震災の被災者が暮らす岩手、宮城、福島3県の応急仮設住宅で、1人暮らしの住民が遺体で見つかった「孤独死」が4月末時点で112人に上ることが、各県警への取材で分かった。県別では宮城が51人で最も多く、福島35人、岩手26人と続いた。

 みなし仮設などでの事例は含まれず、避難者全体ではさらに増える可能性が高い。
 震災があった2011年の孤独死は16人で、12年38人、13年41人。ことしは4月末までに17人となっている。全体の62.5%に当たる70人が65歳以上の高齢者。性別は男性が81人と7割以上を占めた。
 被災3県で仮設住宅に暮らしているのは、岩手2万5366人(4月末現在)、宮城4万1676人(同)、福島2万8011人(5月1日現在)の計9万5053人。孤独死を防ごうと、社会福祉協議会などが高齢者を中心に見守り活動を展開している。
 仮設住宅の孤独死は阪神大震災で問題化し、震災後5年間で233人が亡くなった状態で見つかった。復興住宅でも00〜13年で計824人(被災者以外も含む)に上る。

◎実態把握に差

 東日本大震災の仮設住宅での孤独死は、孤立の程度といった状況把握の手法が被災県ごとに異なる。福島県は個別事案の情報を集める一方、岩手、宮城両県は警察の統計データに頼る。専門家は「防止策の構築に向け、実態を知ることが求められる」と指摘する。
 福島県は29市町村の社会福祉協議会が仮設住宅に生活支援相談員195人を配置し、避難者の暮らしを見守る。孤独死や高齢者の行方不明などの異変があれば、県社協を通じて県に連絡が入る。
 県社協によると、周囲との付き合いが苦手なのは男性の方が多く、結果的に孤立するケースが目立つ。県社会福祉課の担当者は「見回りのタイミングなどを工夫している」と話す。
 宮城県は孤独死の中でも、本人と周囲の関係が途絶えていたケースを「孤立死」と独自に定義。2011年7月から市町村に報告を求めているが、ことし5月末時点で事例は1件もない。
 「孤立死」に該当しないと自治体が判断すれば、県が現状を把握するすべはない。県長寿社会政策課の担当者は「生前から孤立したまま亡くなったケースはないと認識している」と話す。
 岩手県は独自の情報収集策を構築していない。担当者は「孤独死の定義自体が難しく、独自に情報は集めていない。長期間気付かれなかったケースはないと聞いている」と説明する。
 結果的に岩手、宮城の孤独死データは警察統計に限られる。犯罪捜査が主眼となる警察統計から、孤立の程度といった生活状況を読み取ることは難しい。
 社会福祉学が専門の中部学院大人間福祉学部の新井康友准教授は「孤独死の防止に向け、生前の状態を理解する必要性がある。独自に定義した宮城県の試みは評価したいが、定義があいまいで市町村も完全には把握できていないのではないか」と話している。(鈴木拓也)


朝日新聞
福島)浪江町「言語道断」 東電がADR和解案ほぼ拒否

 東京電力福島第一原発事故について、原子力損害賠償紛争解決センター(原発ADR)が示した和解案を拒んだ東電の回答に対し、浪江町は26日、強く反発した。賠償金の増額を示した和解案の受け入れを改めて求める構えだが、東電が応じる気配はない。

 「言語道断だ。案を尊重、実現してもらわないと、何のために原発ADRがあるか分からない」

 同町の馬場有町長は、出張先の東京で憤りをあらわにした。

 東電が町に対する25日付の回答で認めたのは、東日本大震災後、75歳以上だった傷病者の13カ月分だけ。和解案に盛り込まれた住民への過去2年分の慰謝料の一律月5万円増額にはゼロ回答だった。

 町の弁護団は26日、原発ADRに「拒否回答を黙認し、和解不成立で終われば、被害者全体からの不信を招く」とする上申書を提出。東電の説得にあたるよう求めた。

 町側は東電が増額を拒み続けた場合でも、裁判に移行するのは避けたい意向だ。申し立てに参加した約1万5千人は高齢者が多く、約140人がすでに死亡している。争いが長期化しかねない裁判について、町幹部も「今のところ考えていない」と話す。

 そうした町の姿勢に対し、東電は強気を崩していない。

 東電の広報担当者は26日夜、福島市内であった定例記者会見でも、和解案が求める「一律増額」は国の賠償指針にそぐわない、と主張。記者団から「町民がこれで納得すると思うか」「誠意ある回答といえるのか」と再三問われても、「現段階ではこれが最大限だ」と繰り返した。


朝日新聞
20年、教団に奪われた命よ 松本サリン事件の遺族は今

 長野県松本市の住宅街でオウム真理教の信者が猛毒のサリンをまき、8人が死亡、約600人が重軽症となった「松本サリン事件」から27日で20年になる。大切な人と引き裂かれた悲しみ、教団への怒り。さまざまな思いを胸に、今も耐え続ける遺族がいる。

 ■憤り行き場なく
 静岡県掛川市の小林房枝さん(72)は、松本市に長期出張中だった会社員の次男豊さん(当時23)を亡くした。「親は子どもがいるから頑張れる。よりどころを失い、生きる希望が消えた」。暗闇や物音におびえ、精神科に3年通った。
 毎月28日には欠かさず市営墓地で花を換え、「来たよ。いずれ、入るからね」と話しかける。
 20年たっても変わらないのは、教団への憎しみだ。「豊が何で殺されなければならなかったのか。本当のことが知りたい」。裁判にも足を運んだが、実行犯たちの自己弁護に終始する姿ばかりが印象に残った。
 「犯人たちが生き続けていることが悔しい。死刑判決後も、執行されるまでは家族と面会できるし、好きなことにも思いを巡らせられる。死んだ豊はそれができないし、私も永遠に豊と話すことができないのに」
 オウム真理教犯罪被害者支援機構によると、松本サリン事件の被害者遺族ら計40人に対する賠償額として認定された約7億7千万円のうち、支払われたのは4割ほどにとどまる。一方、教団から派生した「アレフ」や「ひかりの輪」は、今も活動を続ける。
 「実行犯そして教団関係者はまだ事件に向き合っていない」。房枝さんの憤りは行き場がないままだ。

 ■悲しみ心に秘め
 信州大2年生だった阿部裕太さん(当時19)の父和義さん(71)=東京都新宿区=は「息子は19歳10カ月で死んだ。手塩にかけて育てた年月より、すでに死んでからの方が長くなったと思うと、ずいぶんたったなという感慨はあります」。
 当時は妻と2人の娘、裕太さんの5人家族。長女と次女に挟まれた裕太さんは家の中心にいた。事件で、その柱がなくなった。
 朝日新聞社員だった和義さんは、仕事で気持ちを紛らわせた。そして、朝夕に仏壇に向かい、般若心経を読むようになった。心が少し落ち着くという。
 妻は当初、就寝中にうなり声を発していた。「息子の所にいきたい」と言ったことも。夜中に声を上げることがなくなった今も精神安定剤は飲み続ける。
 大学4年だった長女は精神科医に、中学3年だった次女は麻酔科医になった。「それぞれが裕太の思い出を、悲しみを、心に秘めて耐える。20年はそういう年月だった」
 昨年7月、長女が男の子を出産。初孫ができた。和義さんは言う。「やっとなんとなく、幸せの芽が出てきているんだ」(佐藤仁彦、小松隆次郎)

 ■変わらぬ現場、薄れる記憶
 事件はJR松本駅の北東約1・5キロの落ち着いた住宅街で起きた。発生直後、取材で歩き回った現場を訪ねると、驚くほど変わっていないように見える。
 オウム真理教信者が車をとめてサリンをまいた駐車場、ザリガニの死骸を見つけた隣の池、北側の河野義行さん宅、計6人が犠牲になった2棟のマンション。駐車場の東側には、標的にされた長野地裁松本支部の官舎が今も立つ。
 ただ、1人が亡くなった生命保険会社の3階建ての寮は取り壊され、児童遊園になっていた。マンションを訪ねると、事件後に入居した人ばかり。男子大学生(19)は「親に聞かされたが、生まれる前の事件なので関心はない」。サリンを吸い、息苦しさや嘔吐(おうと)を経験した一戸建て住宅の男性(38)も「今は、そんなこともあったなと」。
 11日間入院した女性(70)は「人が亡くなり、私たちが被害を受けた事実は消えない。なかったことのようになるのは、やっぱり気になる」と話した。(上野創)

 ■被害者支援制度のきっかけ
 一連のオウム事件の被害者らの訴えも受けて、2005年に「犯罪被害者等基本法」が施行された。犯罪被害者の支援を国や自治体の責務と位置づけ、国民に協力も求めている。内閣府によると、現在、全国の市区町村(政令指定都市を除く)の98%で犯罪被害者の対応部署が設置され、相談を受け付けている。
 家族を失った遺族には320万〜2964万円、重度の障害を負った人には約4千万円を上限に給付金が支払われる。昨年度、給付が決まった額は約12億3300万円。警察を通じて申請を受け付けるほか、法テラスを通じて弁護士も紹介する。

 ◆キーワード
 <松本サリン事件> 1994年6月27日深夜に長野県松本市で起きた。神経ガスを使って市民を無差別に襲ったテロは世界で初めてとされる。95年3月の地下鉄サリン事件後、オウム真理教の犯行と判明。裁判で、教団元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(59)の指示の下、裁判官官舎を狙うとともにサリンの威力を試した、と認定された。第1通報者の河野義行さん(64)を犯人視した警察と、その情報を基に臆測を交えて報道したメディアが批判を受け、朝日新聞を含む各社は翌年、河野さんに謝罪した。


毎日新聞
松本サリン事件:息子失った母、癒えぬ心 発生から20年

 長野県松本市で1994年、オウム真理教が住宅街で神経ガスをまき8人が死亡、約590人が重軽症を負った「松本サリン事件」から、27日で20年を迎える。この無差別テロで家族を奪われた人たちは、深い傷が癒えぬままの心を抱え、今も日々を送っている。【稲垣衆史】

 「ご自身の子供が同じ目に遭ったら、どう思われますか」。長男友視(ともみ)さん(当時26歳)を殺害された伊藤洋子さん(74)=千葉県南房総市=は2011年、教団代表だった松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(59)の死刑の早期執行を望む手紙を法相に送った。「死刑判決が出れば気持ちが変わるかもしれない」と思っていたが、06年に死刑判決が確定した後も松本死刑囚は生き続けている。いら立ちを2枚の便箋にぶつけるしかなかった。

 逃亡中の元教団幹部、平田信被告(49)=控訴中=が出頭したのは、11年の大みそかだった。17年間続いた一連の刑事裁判がようやく終結した直後。「何で今ごろ、のこのこと……」。死刑執行が遠のいたと感じ、ため息が漏れた。

 友視さんは北海道の大学を卒業後、薬剤師として念願の製薬会社に就職した。松本市は初任地だった。長野市内の担当でホテル泊が多かったが、事件当日はたまたま松本のアパートにいた。安置所の友視さんが眠るような表情だったことが唯一の救いだった。

 この20年で、家族は次々に後を追った。役場勤めだった洋子さんに代わり友視さんを育てた祖母は、01年10月に他界。父輝夫さんは友視さんの身長に合わせた墓の前での飲酒が増え、肝硬変と脳出血で倒れた。「土産話なしでは天国の友視に会えない」。半身不随になっても死刑を見届けることを望んだが、松本死刑囚の死刑確定から4カ月後の07年1月、72歳で力尽きた。

 洋子さんは独り暮らしになった同年5月、死を覚悟する事件に遭った。宅配便を装った強盗が家に押し入り、手足を縛られ、テープで目と口をふさがれた。息子の恐怖や悔しさを思い知った。

 洋子さんは今月、友視さんの幼少時代のアルバムを見返した。十数年ぶりだった。「いつになったって友視は帰らないし、何も変わらないのはわかっている」。ただこの先、自分がどうなるかわからない。静かな口調で言った。「せめて、麻原が死刑になって事件は終わった、と思いたい」

 【ことば】松本サリン事件

 1994年6月27日午後10時40分ごろ、長野県松本市北深志の住宅街で猛毒のサリンがまかれ、学生や会社員ら7人が死亡、約590人が重軽症となった。サリンの威力を試すとともに、教団関係の訴訟を担当する長野地裁松本支部の裁判官官舎を狙ったオウム真理教の犯行だった。しかし県警が第一通報者の河野義行さん(64)宅を容疑者不詳のまま殺人容疑で家宅捜索したことで、毎日新聞を含むマスコミ各社が河野さんを犯人扱いする誤った報道をし、事件報道の在り方が厳しく問われることになった。河野さんの妻澄子さんは2008年8月、サリン中毒による低酸素脳症に伴う呼吸不全で亡くなり、死者は8人となった。一方、教団は事件が解決しない中の95年3月、東京で「地下鉄サリン事件」を起こした。


NPO法人監獄人権センター
谷垣法務大臣による死刑執行に抗議する

谷垣禎一法務大臣は,本日(6月26日),川崎政則氏(大阪拘置所,68歳)に対し,死刑を執行した。今回の執行は,2014年に入ってからは初めての執行であるが,第二次安倍政権において,谷垣法務大臣の命令により執行された人の数は9名に達した。

川崎氏は,自己の亡き妻の実姉である女性(当時58歳)と,女性の2人の幼い孫を殺害した事実により死刑を宣告され,2012年7月12日,上告棄却により死刑判決が確定した。弁護人は,川崎氏は知的障害・広汎性発達障害のために行動を制御することが著しく困難であったとして,限定責任能力を主張したが,裁判所は,精神鑑定の結果に基づき,完全責任能力を認めた。最高裁判所も上告棄却判決において,被告人の「知能程度がやや低い」ことを認めているが,これが刑事責任に与えた影響は否定している。

川崎氏の障害の詳細については不明であるものの,国際基準においては,知的障害者に対する死刑が禁じられている。たとえば,国連経済社会理事会の「死刑に直面する者の権利の保護の保障の履行に関する決議」(ESC/RES/1989/64)は,精神遅滞ないし知的能力が著しく限定された人に対する死刑を行わないよう求めている。しかし,我が国では,有責性が類型的に低いと考えられる知的障害者への死刑の適用について,責任能力に関する一般的な基準以外にはなんらの指針も存在しないままである。無実の罪により死刑を科されることが許されないのは論を待たない。しかし,こうした指針の不存在は,本年3月に釈放された袴田巌氏のように明らかな冤罪事例以外であっても,誤った死刑の適用が避けがたいことを示している。

来る7月15日及び16日,国連の規約人権委員会は,第6回目となる日本政府報告書審査を実施する。本日の執行が,日本における死刑の実施状況に関し,委員会による新たな懸念を惹き起こすことは必至である。監獄人権センターは,今回の死刑執行に強く抗議するとともに,死刑執行の停止,そして死刑制度廃止の政策的実現に向け,今後も取り組んでいく決意である。

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死刑執行に抗議/キソキソが20人減

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Un condamné à mort pendu au Japon

C’est la cinquième fois que le gouvernement Abe procède à des pendaisons en un an et demi.
Un condamné à mort a été pendu jeudi matin au Japon, le premier cette année et le neuvième depuis le retour des conservateurs au pouvoir en décembre 2012, a annoncé le ministère de la Justice. Les plus récentes exécutions remontaient à décembre et septembre 2013. C’est la cinquième fois que le gouvernement Abe procède à des pendaisons en un an et demi.
Le condamné exécuté jeudi à 68 ans, Masanori Kawasaki, avait été jugé coupable d’un triple meurtre il y a sept ans, celui de sa belle-sœur et de ses deux petites-filles. ≪C’était un cas extrêmement cruel et l’exécution a été décidée après une prudente réflexion≫, a justifié le ministre de la Justice, Sadakazu Tanigaki.
Un autre condamné pour le meurtre de deux personnes entre 1986 et 1989 devait être également exécuté mais, selon les médias, Shigeo Okazaki, 60 ans, est mort d’un arrêt respiratoire juste quelques heures avant l’échafaud. Après ce décès et l’exécution de jeudi, il reste 128 condamnés dans le couloir de la mort au Japon, selon les médias.
Des années dans le couloir de la mort
Malgré un large soutien de la population à la peine capitale, le pays n’avait exécuté personne en 2011, une première pour une année pleine en près de 20 ans, du fait de la non signature des ordres nécessaires par les différents ministres de la Justice de centre gauche qui s’étaient succédés cette année-là. Mais en mars 2012, les exécutions avaient repris avec la pendaison de trois meurtriers récidivistes.
Le Japon et les Etats-Unis sont les seules démocraties industrialisées à appliquer la peine capitale, une pratique en permanence dénoncée par les associations internationales de défense des Droits de l’homme qui n’admettent pas la cruauté d’un système dans lequel les condamnés peuvent attendre leur exécution pendant de nombreuses années. Isolés dans leur cellule, ils ne sont avertis de leur mise à mort que quelques heures avant.
AFP


死刑執行に抗議します.死刑制度は廃止すべきだと思います.合法的殺人を認めてはならないと思います.

今日のキソキソはいつもより20人も少ないのでした.まあまあだったからよし,としようかな?明日のブツブツCはどうする?

河北新報
仮設劣化、補修に本腰 被災3県、復興遅れ入居長期化

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県が、プレハブ仮設住宅の老朽化対策に乗りだしている。復興まちづくりや住宅再建の遅れから、被災者の長期入居が避けられない情勢になっているためだ。建物は一部で劣化が始まっており、3県はこまめな補修で施設の延命を図る。(鈴木拓也)
 最も積極的に対策を進めるのは岩手県。本年度から年2回の定期点検に加え、モデル事業として県沿岸部の仮設住宅を試験修繕する。
 計画では、被災者が居住している仮設住宅1、2棟を対象に実施する。今夏をめどに床などを直し、入居者の負担や修繕費用を調べる。点検内容を精査し、他の物件への適否を判断する。
 福島県は昨年12月からことし1月にかけ、全棟を対象に一斉点検を行った。軽微な屋外スロープの損傷などを中心に、3月末までに約2100件の補修工事を発注した。
 本年度も福島市のNPO法人に点検業務を委託している。県建築住宅課の担当者は「点検と修繕を繰り返して老朽化に対応したい」と話す。
 宮城県も本格的な修繕への備えを進める。特に地中に埋まった基礎部分の木杭(くい)は腐食の進み具合が分かりにくいといい、効果的な点検方法を模索する。
 災害救助法では仮設住宅の入居期間を原則2年以内としているが、阪神大震災では全ての仮設住宅の閉鎖は発生から5年後だった。今回はさらなる長期化が見込まれる。
 背景には被災地での住宅整備の遅れがある。福島県は災害公営住宅の建設が間に合わないとして、仮設の入居期間を16年3月まで延長した。宮城、岩手両県も同時期までに高台移転などが完了するめどは立たないのが実情だ。
 仮設住宅建設を仲介した一般社団法人プレハブ建築協会(東京)の担当者は「物件は長期利用を想定しておらず、耐久年数は立地環境に左右される。東北では結露が激しかったと聞いており、資材の腐食が進む可能性がある」と指摘している。

◎4万3796戸に9万人超 3月末
[プレハブ仮設住宅]復興庁などによると、ことし3月末現在、3県のプレハブ仮設住宅の入居戸数は4万3796戸。約9万3000人が住む。震災後に完成した被災3県のプレハブ仮設住宅の総戸数は計5万2803戸で、自宅再建や災害公営住宅の完成で入居戸数は減少している。


朝日新聞
反省なき議会―人権と少子化を学べ

 要するに早く騒動を収めたいだけなのがありありだ。

 出産・子育て支援策を取りあげた女性都議への暴言問題で、東京都議会は「信頼回復及び再発防止に努める」というだけの決議を採択した。

 やるべきこともやらずに「再発を防ぐ」と言われても、有権者が信用するとは思えない。

 名乗り出たのは、録画でもはっきり聞こえる「早く結婚した方がいいんじゃないか」の発言をした鈴木章浩都議だけだ。

 言われた塩村文夏(あやか)都議の側は他にも「産めないのか」などの暴言が聞こえたと訴えたが、決議には触れられていない。多くの議員が同調して笑ったことへの反省も一言もない。

 決議案は3案あった。他の発言主も名乗り出よと求めた2案は、自民や公明など多数派の反対であっさり否決された。

 そもそも、塩村氏の提出した発言者の処分要求書も議長は受理しなかった。

 議会には事実を解明する気がないとみられても仕方がない。

 鈴木氏も、5日間も知らん顔をして「謝罪の機会を逸した」では弁明にもなっていない。

 会派離脱も党への謝罪にすぎない。塩村氏や都民へのけじめにはなりえない。

 都民だけでなく全国に抗議が広がったのはなぜか。暴言と冷笑の裏には性差別意識がある。男女共同参画なんて口先だけ。こんなヤジを飛ばす心性こそ、少子化の元凶だ……。そう感じた人が多いからだろう。

 東京の少子化は東京だけの問題ではない。若い世代が仕事のない地方を離れ、出生率が全国一低い東京に吸い寄せられる。人口のブラックホール現象だ。

 東京を出産と育児のしやすい都市にしないと、日本の少子高齢化は止まらない。解決策を考えるのは都だけではなく、議会の仕事でもある。議員らはその自覚に著しく欠けている。

 東京の待機児童は全国最多。舛添要一知事は「任期4年でゼロ」を公約したが、容易ではない。約3人に1人が非正規という不安定な雇用も改善しないと男女とも安心して結婚や出産ができるようにならない。

 本当に信頼回復したいなら、都議会はまず事実解明の努力を尽くすべきだ。そのうえで、議員が性差別と人権、そして少子化を学ぶ場を設けてはどうか。

 厳しい現状を知り、ひとごとのように暴言を吐いている場合ではないと気づいてほしい。

 うわべだけの反省ですませるなら、必ずや有権者に見限られる。このまま幕を引くことなど許されるはずがない。

日弁連
死刑執行に強く抗議し、改めて死刑執行を停止し死刑廃止について全社会的議論を開始することを求める会長声明

本日、大阪拘置所において、1名に対して死刑が執行された。谷垣禎一法務大臣による5度目の執行であり、合計9名に対して死刑の執行を命じたことになる。極めて遺憾であり、当連合会は改めて死刑執行に強く抗議する。

当連合会は、2013年2月12日、谷垣法務大臣に対し、「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要請書」を提出して、死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し、死刑制度に関する世界の情勢について調査の上、調査結果と議論に基づき、今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと、そのような議論が尽くされるまでの間、すべての死刑の執行を停止すること等を求めていた。

本年3月27日には、静岡地方裁判所が袴田巖氏の第二次再審請求事件について、再審を開始し、死刑及び拘置の執行を停止する決定をした。袴田氏は48年ぶりに釈放されたが、極めて長期間死刑の恐怖の下で身柄を拘束された結果、その心身に不調を来している。また、もし死刑の執行がなされていたならば、まさに取り返しのつかない事態となっていた。この袴田事件の再審開始決定により、えん罪の恐ろしさはもちろんのことであるが、死刑制度の問題点が明らかになったのである。

死刑の廃止は国際的な趨勢であり、世界で死刑を廃止又は停止している国は140か国に上っている。死刑を存置している国は58か国であるが、2013年に実際に死刑を執行した国は、日本を含め22か国であった。いわゆる先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国(34か国)の中で死刑制度を存置している国は、日本・韓国・アメリカの3か国のみであるが、韓国とアメリカの18州は死刑を廃止又は停止しており、死刑を国家として統一して執行しているのは日本のみである。

当連合会は、これまでの死刑執行に対しても強く抗議してきたところであるが、今回の死刑執行に対し強く抗議するとともに、改めて死刑執行を停止し、死刑に関する情報を広く国民に公開し、死刑制度の廃止について全社会的議論を直ちに開始することを求めるものである。

 2014年(平成26年)6月26日

  日本弁護士連合会
  会長 村 越  進


社民党
死刑執行に強く抗議する(談話)

社会民主党
党首 吉田忠智

1.本日法務省は、大阪拘置所で1人の死刑を執行し、死刑囚の氏名や犯罪事実を公表した。社民党は死刑制度が人権に反するものとして、その存置に強い疑問を呈してきた立場から、今回の死刑執行に厳しく抗議する。

2.第2次安倍政権下では5度目、1年半で早くも9人目の執行となる。政権交代前の慎重な議論の積み重ねを全く顧みず、死刑制度の維持・正当化を狙う安倍政権の偏向した姿勢の表われであり、強く批判されなければならない。今春「袴田事件」の再審開始が決まり、警察・検察による捜査や司法のあり方、死刑という刑罰に世論の厳しい視線が向けられているが、今回の執行には同事件への真摯な反省は感じられず谷垣禎一法相の「慎重な検討を加えた上で執行した」との発言にも説得力はない。

3.国連の「死刑廃止を目指す自由権規約第二選択議定書」(死刑廃止条約)や、4度にわたる国連総会での死刑執行停止を求める決議、さらに日本に対し「死刑を廃止する可能性を検討」するよう要請した昨年5月の国連拷問禁止委員会の所見にも、日本政府は未だに背を向けたままだ。死刑廃止という国際社会の潮流をこれ以上、無視し続けることは許されない。

4.政府および法務大臣は、早急に国際人権基準に沿った法改正への道筋をつけるとともに、死刑制度に関して存廃や死刑に代わる措置など刑罰の在り方についてより開かれた国民的な議論を尽くし、その間は死刑の執行を停止すべきである。社民党は今後も、死刑制度の見直しに全力を挙げて取り組む。


朝日新聞
関電、脱原発訴える株主提案否決 橋下市長は経営陣批判

 電力9社の株主総会が26日午前、一斉に始まった。原発への依存度が最も高い関西電力の総会では、大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働を認めないとした5月の福井地裁判決を追い風に、「脱原発」を目指す株主たちの訴えに熱がこもった。自治体株主の大阪市の橋下徹市長も、再稼働にこだわり続けて赤字が続く経営陣の責任を厳しく追及したが、関電はそれらに耳を傾けるそぶりさえ見せなかった。

■大飯原発判決受け株主ら訴え

 「関西電力は福井地裁判決に従え」。総会会場となった神戸市のワールド記念ホールの周辺では、関電の社員、警備員、警察官ら計約100人が警戒に当たるなか、脱原発や再稼働中止を訴える横断幕がいくつも掲げられ、50人以上が入場する株主らにチラシを配った。

 福井地裁は約1カ月前、関電大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた。原発は安全だとする関電の主張を退け、「極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題とを並べた議論の当否を判断すること自体、法的には許されない」として、経済活動よりも生存に関わる人格権を優先した。関電は控訴し、この日の総会でも原発担当の豊松秀己副社長は判決について「誠に遺憾」と話した。

 「裁判所が再稼働はダメと判断した今こそ、廃炉を決めるべきだ」。個人株主のカフェ経営滝沢厚子さん(59)=大阪市旭区=はこの日、市民団体「脱原発へ! 関電株主行動の会」のメンバーとして総会に臨んだ。総会では、「再稼働しか頭にない役員の必要性を考えるため」として個人株主129人とともに、役員ごとの報酬と執務内容の開示を共同提案した。大阪地裁に大飯原発の運転差し止めを求める行政訴訟を起こした原告団にも名を連ねる。滝沢さんは「2年前は『夏場の電気が足りない』と言い、今年は『赤字解消』を理由に挙げる。だれのための再稼働なのか」と問う。

 判決で脱原発への思いを強くした関電OBの株主もいる。光平正さん(72)=大阪府八尾市=は、電力マンとして「安定供給は必要」と当面の再稼働はやむなしとの考えだった。判決に触れ「関電に歯止めをかける責任を感じた」。

 現役のときに社内の持ち株会に入り、定年退職後に関電株を買い増した。これまでの総会では、主に後輩の職場環境の改善を求める株主提案をしてきた。

 今回の総会では、古くなった原発の即時廃炉と思い切った再生可能エネルギーへの転換を呼びかける考えだ。「原発頼みの経営では会社は持たない」と話す。

■橋下市長は経営陣の退陣求める

 総会には関電株の約9%を保有する大阪市の橋下徹市長も2年ぶりに姿を見せた。

 橋下氏は筆頭株主の立場でマイクを握り、冒頭、「壇上の皆様は経営陣として失格。すぐに交代して下さい」と経営陣の退陣を求め、「答弁次第では本日をもって物を言う株主に売り渡す」と言い放った。

 持ち時間の3分を超え、橋下氏の質問は10分近くに及んだ。「再稼働なんてやっていたら会社が潰れますよ」「値上げなんて絶対に許しませんよ。原発推進は絶対だめ。いつ撤退するのか」と経営陣に迫った。

 「発言を止めろ」「ちゃんと聞け」。出席者からヤジの声が上がる中、橋下氏は終盤に入ると「このままでは(電力)自由化に耐えられず完全に倒産します」と、大胆な改革を求めた。

 これに対し、八木誠社長は「原子力の再稼働と効率化に取り組み、経営責任を果たしていく」と答えるにとどまった。

 橋下氏がこだわるのは運転停止が経営に与えるリスクとそれに伴う電力料金の値上げだ。

 関電は原発への依存度が他電力と比べて高く、福島第一原発事故前は発電量の半分近くを原発に頼ってきた。2年前の総会でも、橋下氏は「原発が何基止まれば赤字になると想定しているのか」と、再稼働が進まない場合の経営リスクを説明するよう求めたが、関電は明確な答えは避けたまま再稼働を前提にした経営計画を撤回せず突き進んだ。だが、再稼働は一向に進まず、火力発電の燃料費が経営を圧迫して3年連続の赤字で、2014年3月期は974億円の純損失を計上。八木社長は4月の決算発表の場で「再稼働時期が見通せない」として再値上げの可能性を示唆した。

 総会には前年より454人少ない815人が出席した。質問に立った11人のうち、久元喜造・神戸市長ら9人が原発依存の姿勢を批判し「(原発の安全性を)世界最高水準にというが株主を欺いている」「脱原発への方針をなぜ位置づけられないのか」などと訴えた。しかし、関電は大阪、京都両市の提案を含む株主提案25議案すべてに反対し、金融機関などの大株主の支持を得て、いずれの議案も否決された。

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凹凸の説明が難しい/健康診断結果→また貧血気味

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ondata di calore2

Les roi de France, selon toute apparence, n'habitront plus la capitale ; et ce palais qui ne convient qu'à un monarque, n'offrira dans les siècles qui vont suivre qu'une demi-splendeur et des travaux interrompus.
フランスの王はどう見ても,もはやこれから首都に住む様子はない.したがって君主にふさわしくないこの宮殿は,今後,中途半端な栄光と途中で放り出された工事現場をさらけだすだけになるだろう.

「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

キソキソで凹凸に関しての説明をしなくてはならなかったのですが,少し難しくてうまくできませんでした.そういえばYaさんは「今日のコーは失敗」と反省していました.私よりも経験あるYaさんだってそうなのかと思うと少し安心しました.
健康診断結果が届きました.去年は異常ありで電話がかかってきたのですが,今年はセーフ.でも少し貧血気味なのでした.フランス語ではanémieで英語だとanemia.クレアチニンも少し少ないみたい.ビタミンCをとるように心がけることにしましょう.
滅失登記?の案内が届きました.よくわからないけど私がしなくてもいいようです.
集会には参加できなかったけど,天皇制の強化に反対です.というか天皇制自体が不要だと思うんですが.

天皇の沖縄訪問反対!6・25大阪集会
◇日時 6月25日午後6時30分〜9時    
◇場所 エルおおさか(地下鉄谷町線・京阪「天満橋」下車徒歩7分)
◇講演「学童疎開船対馬丸撃沈事件と靖国神社『合祀』」
  講師:石原 昌家さん(沖縄国際大学名誉教授)
◇参加費(資料代含む)1000円(経済的に厳しい方は受付まで)
◇主催 参戦と天皇制に反対する連続行動
◇協賛 教育塔を考える会

 天皇が6月26、27日に沖縄を訪問し、那覇市の対馬丸記念館を視察するという。戦争の最中の1944年8月、九州に向かう学童疎開船「対馬丸」が米軍に撃沈されてから今年で70年になる、というのがその理由のようで、天皇の強い希望だと琉球新報(5月10日)は伝えている。
 それにしても天皇アキヒトの訪沖は、皇太子時代も含めて今回で10回だからかなり頻繁である。皇太子アキヒトは1975年にはひめゆりの搭で天皇の沖縄戦責任追及の火炎瓶を投げられた。87年の沖縄国体では人びとから「天皇のために流した20万人の血を返せ」と弾劾され、知花昌一さんは「日の丸」を焼き捨てた。天皇になって最初の沖縄訪問、93年の全国植樹祭の時には、日本と沖縄保守支配層が72年沖縄の日本再併合以降、執拗に追求してきた「沖縄の戦後を終わらせる」策動を大田昌秀知事が拒否した。「沖縄には解決すべき多くの戦後処理が残されている。これらの解決がない限り、戦後に区切りをつけることができない」と。それは天皇と日本国家への批判を意味した。
 今回、天皇アキヒトは対馬丸記念館を「視察」しても1500人近くが犠牲となった対馬丸撃沈事件について謝罪するわけではない。「心を寄せる」だけだ。この態度は、日本国家が対馬丸犠牲者に「天皇のために死んだ」として見舞金を支給し勲章を出し靖国神社に「合祀」したうえにある。戦後も続く皇民化攻撃だ。そしていまこの皇民化の飛躍的強化が安倍政権の進める沖縄の最前線総基地化と戦争には不可欠になっている。沖縄民衆の戦後一貫した沖縄戦責任追及の闘い、天皇とヤマトゥ国家を撃つ闘い、反基地の闘いに対抗し、沖縄人民を再び戦争に協力させるには、天皇の訪沖以外に術(すべ)がないというわけだ。
 私たちは、沖縄戦の責任をとらないばかりか、沖縄と沖縄民衆を再び戦争の最前線に叩き込む一環としての天皇の沖縄訪問を許すことができない。沖縄民衆とともに闘おう。集会への多数の参加を!


読売新聞
セクハラやじ問題 「謝罪」に抜けていたこと…

 東京都議会で問題になっている「セクハラやじ」。発したと認めた男性都議の謝罪記者会見を見て、彼は何に対して謝罪しなければいけないのか、本当にわかっていなかったのだなとびっくりしました。

謝罪会見でも“びっくり発言”

 なぜ「早く結婚したほうがいい」と発言したのかという記者の質問に対して、「少子化、晩婚化の中で、早く結婚していただきたいという思いがあり、あのような発言になってしまったわけなんですけれども、本当にしたくても結婚がなかなかできない方への配慮が足りなかったということで、いま深く反省しています」と回答しています。

 「結婚したくてもなかなかできない方」という発言を、彼は他の箇所でも何回も繰り返していますが、それ自体がセクハラでしょう。そもそも、「結婚や出産は個人の自由による選択である」という基本的な認識が全く抜けています。今回の問題を重大なことと思わず、記者会見をするにあたっても、専門家のアドバイスを受けたり、危機管理について配慮したりしなかったのかもしれませんね。

 会見では多分、一番に「結婚については個人の選択の問題なのに、その認識が欠けていた。人権意識を欠いた発言として公人としては許されることではなかった」と謝罪するのが筋だったのではないかと思います。結婚や出産は個人の選択――それは男性も女性も同じです。「結婚したくない」「カップルで生活していても、結婚という形をとりたくない」という、先進国なら当たり前である個人の選択の自由をまったくすっ飛ばしているのです。

「産めよ、増やせよ」ではない少子化対策のために

 政府の「少子化危機突破タスクフォース」をずっと傍聴していましたが、そこでは有識者による非常に慎重な討議が行われていました。「産めよ、増やせよ」の押し付けにならないように、出生率の目標値についても、「企業や政府の目標であっても、女性個人への目標とはならないように」と配慮され、「いくら慎重すぎても慎重すぎることはない」と議論を重ねていました。ある女性が「目標値を達成しても個人が幸せでなければ意味がない」と発言されたことがとても印象的でした。

 結婚や出産はもちろん個人の選択の自由。その上で、結婚したいけれどできない、産みたいけれど産めないという人に対して、少しでもハードルを取り除く努力をする――それが少子化に対する先進国の政策ではないでしょうか。多様な個人の希望がかなえられ、幸せを感じる人が増えて初めて、子どもがたくさん生まれる国になる。欧州ではそういった方向の政策がとられ、現に少子化を克服している国もあります。

 今回のセクハラやじ問題で「一番怖い」と感じたのは、税金を使って行う少子化対策を議論する人たちの間で、結婚や出産は個人の選択という認識が欠けているということです。「人権」を理解している人がいないのです。もし少しでも理解がある人があの場にいたら、笑い声は起きなかったのではないでしょうか……。「うわ、まずいことを言った人がいる。大問題になるぞ」とシーンとなると思います。また、ニュースになった後には、危機管理やその他の専門家と討議し、真剣に対処にあたったはずです。

「セクハラやじ」問題から学ぶこと

 代案のない批判をしても仕方がないので、この問題を少しでも良い学びに変えるための方策はないものかと考えました。それは「ヤジを禁止する」ということではなく、少子化問題について議論するときは、「集まる人たちの多様性を高める」ことではないでしょうか?

 同じような人ばかりが集まって「女がなかなか結婚しないから少子化になるんだ」というような議論を繰り返していると、あのような発言がぽろりと出てしまうのです。多様な人が集まる多様な場での議論が必要です。

 私も女性の仕事・結婚・出産について、主に学生にお話しすることが多くあります。基本的には、「どうやったら『産むこと』×『働くこと』ができるか」を女子大学生たちに考えさせるライフプランの授業ですが、「結婚はしなければいけないものではない」というと、そこで必ず顔が上がる子がいます。「つまんなーい」と思っていても、聞く耳を持ってくれるのです。誰もが結婚・出産したいとは思っているわけではないので、どんなに少数が相手の授業でも、必ず言うことにしています。

 それから結婚の話のときには必ず、「フランスやスウェーデンでは結婚という形をとらないカップルで子育てしている比率が5割以上」ということも伝えます。そこでまたハッと顔が上がる子がいます。ひょっとしたら「法律婚」に抵抗がある人もいるかもしれないし、「結婚はしたくないけれど、子どもはほしい」と思う人もいるかもしれません。カップルにも、子育てにも、いろいろな形があるのだとあえて例を挙げることで、ハードルを下げ、視野を広げてもらいます。

 そんな講義をしたら、「結婚しなくてもいい」と考える学生が増えるのでは……そうご心配なさる向きもいらっしゃるかもしれません。しかし受講生のアンケートでは、講義を聞く前よりも「仕事をしたい」「子どもがほしい」と思う学生の比率は上がるという結果になりました。

 結婚や出産に関する発言や議論には、「個人の選択」というベースが必ず必要です。それを公人という職に就いている方には、ぜひ知っていただきたいと思います。


webRONZA
結婚・妊娠ヤジ「謝罪」に思う――「セクハラ」の本質はまだ理解されていない

北原みのり(文筆家、「ラブピースクラブ」代表)

 「早く結婚したらいいんじゃないか!?」とヤジを飛ばした都議会議員の鈴木章浩の謝罪記者会見を見た。記者会見の中で彼が、「結婚したくてもできない人に申し訳ないと思う」と謝罪していて、驚いた。ああ、この人、何が悪いのか本当には理解していないのね。

 だいたい記者会見中に「辞職はしないのか?」の質問に、何度も「初心に戻って」とか「原点に返る」と繰り返しているのだけど、心から聞きたい。

 セクハラ議員の原点って、いったい、どこですか? セクハラ議員の戻るべき「原点」って、党の会派を抜けるとか、そういうことじゃないんじゃないの? どうか一般市民に戻って、目の前の妻との関係からやりなおしていただきたいものです。

 それにしても、今回の一連の「騒動」からは、日本社会がいかにセクハラについて無知で甘く、そして女にとってはいかにそれが「見慣れた光景」であることかを、再認識させられた。

 「セクシャルハラスメント」という言葉が新語・流行語大賞の新語部門金賞を受賞したのが1989年だが、四半世紀経っているというのに、いったい何がどれほど変わったのだろう。

 まず、今回「セクハラ」が、世間ではかなり軽く扱われていることに驚いた。

 例えば毎日新聞が行った塩村文夏議員へのインタビュー(6月20日)には、「ツイッターなどではこれは『セクハラ』という言葉でとどめてはいけない、いう指摘もあります」と記者が塩村さんに質問している。

 「セクハラという言葉でとどめてはいけない」とは、いったいどういう意味だろう? 都議会で公然と行われた”セクハラ事件”(ですよね?)を取材している新聞記者ですら、「セクハラ」が分かっていないのだろうか。

 この記事に限らず、「セクハラというより人権侵害だ」「セクハラというよりイジメだ」という発言(みんな、真剣に怒りを表明している)が、ネット上では多く見られた。

 もしかしたら、セクハラが人権侵害で、セクハラが嫌がらせでありイジメである、という前提が、社会で共有されていないのかもしれない。

 「セクハラ」とは、職場の上司が「子供産めよ〜」みたいなことを言って、女性社員が「ん、もうっ! それってセクハラですぅ〜」と笑って答え、「あはは、セクハラって言われちゃったなぁ〜」とオヤジがガハハと笑ってじゃれ合う様子を表す言葉、とでも思っているのだろうか。または男どうしが、「これもセクハラか〜?」と大げさに怖がり、はしゃぎあうような時に使われる遊びの言葉だとでも?

 また鈴木議員の謝罪の中にあった、「結婚したくてもできない人に申し訳ないと思う」という発言も、セクハラへの無理解そのものである。塩村議員自身がツイッターで「悩んでいる女性に言ってはいけない」という文言で抗議したように、ヤジ批判の中には、「産みたくても産めない人や結婚したくてもできない人への配慮が欠けている」、という声は非常に大きかった。

 もちろん、結婚差別を受けている人、不妊で苦しんでいる人に対する配慮の欠けた発言であることは言うまでもないが、セクハラ発言は特定の状況にある人々に対する配慮の問題ではない。「結婚すればいい」「産めばいい」ということを、公の場で嘲笑するために発言すること自体が女性への差別発言なのだ。

 どうしても「配慮の問題」としたいのならば、正確に表現するべきだろう。

 「結婚したいわけでもないのに、産みたいわけでもないのに、全く関係のない男から『産めよ』『結婚しろよ』と冗談のように言われ、日々セクハラ環境に悩まされている女性たち」に対して、謝罪しよう。

 少子化対策について真剣に語る女性議員を前に、「お前が産め」「お前が結婚しろ」と捉えかねないヤジをぶつけ、それに対し、男たちがガハハと楽しそうに笑うその光景そのものに、セクハラが深く根付いている社会に対する絶望や怒りを感じた女性たちに対しても、同様に謝罪するべきだろう。

 また鈴木議員は、「自分の発言と他の発言が一緒になって報道されていること」への違和感を何度か述べていた。他の発言とは「自分が産んだらいいんじゃないか?」という発言だ。

 「結婚ヤジ」と「妊娠ヤジ」が同列に表現されたことへの違和を語り、「(妊娠ヤジは)あり得ない」と批判し、「自分の発言には責任をもって謝りたい」と堂々と仰っていたが……、「お前が産め」と「お前が結婚しろ」、または「産めないのか?」「結婚できないのか?」も、そんなに変わりませんよ? 

 「妊娠の問題」の方が「結婚の問題」より、より深刻で重い差別に直結するというお考えなのだろうが、そもそもが、個人の事情である結婚・出産について、土足で踏み込み笑うことの暴力がセクハラなのだから。

 さらに鈴木議員は、「少子化、晩婚化が大きな問題になっている中で、早く結婚していただきたいな、という軽い思いで発してしまった。彼女を傷つけようとか、そういう思いはない」と記者会見で答えている。「傷つける意図はなかった」は、セクハラ加害者の常套句でもある。

 セクハラは意図の問題ではなく、意識の問題である。女性をそのように嘲笑してもいい、と捉える意識や、環境の問題だ。

 鈴木議員は、数日前のテレビ取材班にマイクを向けられ、「塩村さん、結婚していないんですか?」と驚いたように話していた。それはまるで、”彼女がシングルだということも知らないのに、僕がヤジを飛ばすわけないでしょ?”とでも言うような調子だった。

 要はその場その場で、嘘や暴言がポロリと口から軽い気持ちで出てしまう方なのだろう。議会でのセクハラヤジはなくなったとしても、恐らくこれからも日常のセクハラ発言やセクハラ行為などされてしまうかもしれない。彼自身のためにも、早く議員を辞職することをおすすめしたい。

 また、あまりにもクリシェ過ぎて記すのも残念だが、塩村さんの態度に批判的な声も少なからずあった。代表的なものとして竹田恒泰氏の発言が分かりやすいので、一応紹介しておこう。・・・・・


朝日新聞
都議会ヤジ、特派員厳しい目 「セクハラ、許されない」 塩村都議、協会で会見


 「早く結婚した方がいい」と東京都議会で質問中にヤジを浴びた塩村文夏(あやか)都議(35)が24日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見した。協会の要請で開かれ、海外からはロイターなど10社が参加した。海外の記者の目に、この問題はどう映ったのか。

 デンマーク紙ユランズ・ポステンのトーマス・ホイ・デイビッドソンさん(33)は塩村氏に尋ねた。「都議会は、問題を大きくしたくないと思ったか」。多くの都議がヤジを笑い、楽しんでいるように見えた。
 男女平等の先進地である北欧の議会ならどうか。「性差別的な発言をすれば、議員のキャリア(経歴)は完全に終わり。同じ党の議員がすぐに発言者を公にし、メディアが厳しく非難するだろう」
 都議会自民党が発言者を特定しようとしなかったことを「臆病だったか、ヤジ議員の『共犯』かのどちらかだ」と批判する。一方で、ツイッターなどでヤジ議員への批判が集まり、メディアがすぐに問題として報じたことには「希望」を感じる。「日本社会がセクハラに厳しくなっていることの表れかもしれない」
 日本特派員歴14年というシンガポールの大手中国語紙「聯合早報」の符祝慧(フーチューウェイ)さん(49)はヤジ問題の記事を書いたが、反響は少なかったという。「私自身、驚かなかった。ずっと日本の男女差別を報じ続けてきたから」
 シンガポールでは、議会も民間企業でも男女の数に差はないという。「この事件は日本が変わるのに必要なステップ」。そんな続報を送る予定だ。
 ドイツのフリー記者ジークフリード・クニッテルさん(67)は「ドイツの議会でもヤジはすごい。でもセクハラや、人格否定の発言は許されない」。男女の昇進格差などはドイツにもある。ただ、「女性に敬意を払うのは最低限のマナー。女性への差別は議論していかないと変わらない」。
 ハンガリーのフリー記者ユハス・アレクサンドラ・サンディーさんも「プライベートに踏み込むヤジはあり得ない」とあきれる。本人が名乗り出るまでに5日かかったことに、「日本で物事の解決に時間がかかるのはわかっていたが、自らの発言に責任をとらないのにも驚いた」と皮肉った。
 フランスRTL放送のジョエル・ルジャンドル・小泉さんは日本人の妻を持ち、20年以上アジア圏に住んでいる。「日本の政治は男の世界。女性を見下し、芸者のようなエンターテインメントを求める風潮が今もある。今回の一件が、日本社会の革命の転機になってほしい」
     ◇
 都議会の議会運営委員会は24日、ヤジ問題の再発防止の決議案を議論した。再調査を求める案など3案が提出され、都議会の第2回定例会最終日の25日に審議されることになった。

 ■みんな代表に安倍首相陳謝
 塩村都議(みんなの党)が鈴木章浩都議(自民党)からヤジを浴びた問題で、自民党総裁の安倍晋三首相は24日午前、みんなの党の浅尾慶一郎代表に「都議会の件は申し訳ない」と陳謝した。国会閉会後の各会派へのあいさつ回りの際に述べた。浅尾代表は「少子化対策の政策を出しているので、進めてほしい」などと応じたという。

日刊スポーツ
セクハラやじ問題 自民うやむや決着か

 東京都議会の本会議で、みんなの党Tokyoの塩村文夏(あやか)都議(35)が「早く結婚した方がいいんじゃないか」とのセクハラやじを受けた問題を受け24日、議会運営委員会(議運委)が今日25日の本会議に議員辞職を含む3つの決議案を提出することを決めた。ヤジを飛ばした都議会自民党とヤジを受けたみんなの党Tokyoが、同じ決議案に名を連ね、自民党会派の幕引きムードにのまれた形だ。日刊スポーツが入手した当初の自民案には「女性の人権侵害」さえ明記されていなかった。

 午後2時30分開始予定の議運委は、同8時20分に始まった。「都議会の信頼回復」を目指す決議案について、各会派が互いの文言調整に長時間を費やしたが、一本化は出来なかった。

 最終的な決議案は(1)自民、公明、民主、みんな、結いと維新の5会派案(2)民主とみんなの2会派案(3)共産党案の3つ。自民案に、ヤジを受けた、みんなが乗った、いびつな形だ。都議会民主党の石毛茂幹事長は「今と将来を考えた」と説明。2会派案が「今」、5会派案が「将来」だという。

 自民案には鈴木章浩都議が23日に認めた発言「早く結婚した方がいい」の文言も書かれていない。議運委後、会見した都議会自民党の吉原修幹事長はその理由を「各会派が決めたこと」と明言を避けた。「産めないのか」など、発言者が不特定のヤジについても「会派全59人に聞き取り調査したが、聞いた人は誰もいなかった」とし、幕引き姿勢を前面に出した。

 当初の自民案はさらに甘かった。他の会派が明記していた「女性の人権侵害」は自民案にはなかった。一部会派からの抗議もあり最終案には「女性の−」は追記されたが、鈴木都議の名前もなかった。さらに「産めないのか」など、他のヤジ発言者の追及についても触れなかった。

 今日25日の本会議では冒頭、議長から全議員へセクハラやじ問題に関する発言をすることが決定。しかし、一部会派から提案された本会議での鈴木議員の謝罪さえ見送られた。3つの決議案が提出されるが、最大会派の自民案が決議される見通し。共産党都議団の大山とも子幹事長は「このままではダメ。これからも(追及を)続けていく」と唇をかんだ。世界から「女性差別」の烙印(らくいん)を押された都議会の資質が試されている。【三須一紀】

<セクハラやじに関する各会派の決議案>

 (1)不規則発言が「女性に対する人権侵害と言われかねない」とし「人権侵害」とは断定していない。

 (2)「早く結婚した方がいい」を明記。発言者が、3日以内と定められた懲罰動議から逃れる意図があったとも記した。鈴木都議の名前はない。出産に関する不適切発言についても明記し、名乗り出ることを要求。

 (3)発言者が名乗り出ていない「自分が産んでから」も明記。鈴木都議の名前も記した。鈴木都議だけでなく他の発言者の議員辞職も求めている。


朝日新聞
集団的自衛権―命かかわる議論の軽さ

 新たな提案を出したかと思えばすぐ引っ込める。

 集団的自衛権など安全保障政策の与党協議の混迷は、もはや見るにたえない。

 国連決議にもとづく集団安全保障の一環としての武力行使に、自衛隊も参加できるようにしたい。中東・ペルシャ湾での機雷除去を念頭に、自民党が公明党にこう提案したのは、20日のことだった。

 だが、これに公明党が猛反発すると、自民党はきのうの協議では棚上げ。一方で集団的自衛権を認める座長私案を公明党の求めに応じて修正し、両党は合意に向け一気に歩み寄った。

 政府や自民党としては、議論を足踏みさせるよりは、合意を優先させたということだ。狙い通り、来週には閣議決定されそうな運びになった。しかも自民党は、機雷除去をあきらめたわけではなさそうだ。

 一連の協議のありようは、驚くほどに軽い。

 戦争のさなかのペルシャ湾で、自衛隊に機雷除去をさせるべきかどうか。まさに隊員の命がかかった問題だ。

 かつて占領下の日本で、こんなことがあった。

 朝鮮戦争が始まった1950年、政府は占領軍の強い要請を受け、海上保安庁による「日本特別掃海隊」をひそかに朝鮮半島沖に派遣した。憲法9条に反するとの声を、吉田茂首相が押し切った。

 ところが一隻の掃海艇が機雷に触れて沈没、隊員1名が亡くなった。「戦後ただひとりの戦死者」と言われる。

 集団安全保障は、平和や秩序を壊す国に対し、国連加盟国が経済や軍事的手段で制裁する仕組みだ。日本が憲法の枠内でどこまで協力するかは、本来は時間をかけて正面から議論すべき重いテーマである。

 先の与党協議では、多国籍軍の後方支援にあたっての新たな条件が突然示され、やはり公明党の反発ですぐさま別の条件に置き換えられた。

 自民党はとっかえひっかえ取引カードを繰り出しているだけではないか。誠実さを疑う。

 「安倍政権での議論を十分だと思いますか」。朝日新聞の世論調査で、「十分ではない」と答えた人は76%だった。

 集団的自衛権に集団安全保障。ただでさえわかりにくい言葉が飛び交い、議論の焦点もくるくる変わる。こんな協議を見せられれば、多くの人が不十分だと思うのは当然だ。賛否以前の問題である。

 この状況のまま、本当に閣議決定に踏み切るのか。


毎日新聞
集団的自衛権 無責任極まる与党協議

 集団的自衛権の行使容認などを巡る与党協議は、多くの問題をうやむやにしたまま合意しようとしている。政府・自民党は9回目となる24日の与党協議で閣議決定案の修正案を示した。自衛権発動の新たな3要件案について、公明党に配慮してより限定的内容に修正したものだ。

 他国への攻撃が国民の権利を覆す「おそれ」がある場合に集団的自衛権の行使を容認するとしていたのを、「明白な危険」がある場合に修正した。「他国」も「我が国と密接な関係にある他国」に変えた。

 だが公明党の要求で多少、限定的表現になっても、集団的自衛権の行使は政府の判断次第で、歯止めがかからないことに変わりはない。

 与党協議にはごまかしが多い。

 協議対象となった15の具体的事例のうち自公が明確に合意したのは、グレーゾーン事態と呼ばれる武力攻撃に至らない侵害への対応だけだ。

 国連平和維持活動(PKO)に参加している他国部隊や文民要員を救援する駆けつけ警護は、公明党内になお慎重論がある。与党協議では議論が煮詰まらないまま、公明党が目立って異論を唱えなかったことから、事実上、認める方向になった。

 集団的自衛権の事例は、行使が必要という自民党と、個別的自衛権や警察権で対応できるという公明党の溝が今も埋まっていない。

 例えば、海上交通路での機雷掃海を集団的自衛権で認めるかどうかの議論は決着していない。

 それなのに自民党が、国連の集団安全保障としても機雷掃海などの武力行使をできるようにしたいと唐突に提案した。公明党の反発で閣議決定には明記しないことになったが、閣議決定案の修正案は読み方次第で参加の余地を残している。

 公明党は当初、事例ごとに個別的自衛権や警察権で対応できないか検討し、できない場合に集団的自衛権の行使容認について検討すると言っていた。だが、首相の意志の固さを見て、行使を一部認めたうえで限定する方針に転換した。事例は結論の出ないまま脇に追いやられた。

 与党協議は密室の協議だ。政府はどんな活動が可能になるのかあいまいなまま閣議決定してしまえば、あとは政府の判断で何でもできると考えているようにみえる。政府と与党は15事例について、できるできないをはっきりさせるべきだ。

 首相は閣議決定について「期限ありきではない」と語っていたが、その後、態度を変え、豪州訪問に出発する前の7月4日までの閣議決定を目指している。戦後の安全保障政策の大転換を議論するのに、この種の期限を設けるのはおかしい。政府も与党もあまりに無責任だ。


毎日新聞
特集ワイド:集団的自衛権、どこか人ごと!? なぜ議論が盛り上がらないのか

 集団的自衛権の行使容認が閣議決定されそうな勢いだ。解釈変更による「改憲」が国民投票も経ないまま、時の内閣の判断で決まっていいのか。安全保障政策の大転換なのに議論は今一つ盛り上がらない。大事なことがすうっと決まってしまいそうなこの感じ、何なのだろう。【小国綾子】
 ◇「政治の話はタブー。大人だってそうでしょ」と大学生
 ◇白井聡さん「戦後のツケ」 赤坂真理さん「政治の消費者はダメ」

 前半16分、日本代表の先制ゴールが決まると、客席は総立ち。サッカー・ワールドカップ(W杯)の日本初戦、対コートジボワール戦が行われた15日、東京ドームのパブリックビューイングに約3万5000人が詰めかけた。人の集まる場所で「解釈改憲」について聞きたくて「大事な日にそんな取材をするな」という反発を覚悟して出かけた。だが、みな驚くほど親切に答えてくれる。

 サムライブルーのユニホームを着た男性(23)は「集団的自衛権? もちろん関心があります。行使容認に賛成。平和憲法だ戦争放棄だと言っても中国が攻めてきたらどうするんですか」。孫と観戦中の男性(69)も「行使容認、大賛成」。閣議決定による解釈「改憲」という手続きに反対の人はいるが、行使容認には賛成が多い。

 別の日、今度は慶応大湘南藤沢キャンパスへ。3人の総合政策学部生に話を聞いた。行使容認にも解釈改憲にも賛成。「護憲派の上の世代の理想主義って既得権を守ろうとする人と同じにおいがする」という。

 3年生(20)は「このままじゃ自衛隊の人に申し訳ない。法整備のないまま手足を縛られて」と嘆く。少子化の日本ではいずれ徴兵制が必要になるかも、と話を向けると「こういう大学に通う僕が戦場に駆り出される可能性はないと思う。この国で徴兵制は無理。若者は竹やりより弱い。専門性の高い軍隊に国を守ってほしいから、戦闘員が足りないなら移民を。そのために相当のカネを投入し、法整備も必要」。

 それって雇い兵ってこと? 何だろう、この「誰かに守ってもらいたい」的な当事者ではない感じ……。

 思わず「身内の戦争体験を聞いたことは?」と尋ねると、「全然ないですね」。

 別れ際、彼らは言った。「正直、僕らの世代で行使容認に反対の人、ほとんどいないと思いますよ。W杯の時期で愛国心、すごいですから」。本当にそうなんだろうか。

 2日後、同じ学部の別の3年生(21)から話を聞いた。「僕は行使容認にも解釈改憲にも反対。『敗戦後、日本は戦争で一人も殺さず殺されもしなかった』という事実を壊してしまったら、先の戦争で死んだ人々の思いを踏みにじる」。周囲の友人もみな反対という。同じ学部内でも互いに異なる意見をぶつけ合う機会はないのか。

 「だって政治の話はタブー。『この教授のゼミを選んだからにはこういう考えの持ち主か』と推察し、少しずつ距離を詰めるのがせいぜいです。政治の話ができるのは親友だけ。でも大人だってそうでしょ。僕が政治に関心を持てたのは政治的な意見を述べる予備校教師に出会えたから。そんな先生は大学にもめったにいない」

 反対だが行動には踏み切れない。「脱原発の集会やデモに行ったが違和感の方が強かった。結局、投票くらいしかないのかな。大きな流れに逆らえない」。昨年の特定秘密保護法成立直後は友人と「ひどい」と話したが、その後は話題に上らない。「解釈改憲もきっとそう」

 深いあきらめが漂う。日々のニュースがすごいスピードで流れていく。最近インタビューした作家、半藤一利さん(84)の言葉が思い浮かんだ。「戦争への道を後戻りできなくなったノー・リターン・ポイントはいつなのか、その時代に生きていた人は、意外とそれに気づけない。今がその時ではありませんか」

 なぜ、こんなにも議論が盛り上がらないのか。文化学園大助教(社会思想・政治学)で「永続敗戦論」の著者、白井聡さん(36)は「枝葉末節の細かい議論に持ち込み、国民をけむに巻く。事例を次々に増やし、議論をテクニカルにする。安倍晋三政権のぼやかし戦術です」と批判する。確かに、政府が現行法制では十分に対応できないとする「15事例」や集団的自衛権に関わる「8事例」を列挙できる人はまずいない。最近は自公がどこに妥協点を見いだすか、政局の話になっている。

 白井さんはもう1点、「戦後のツケ」を挙げる。

 「日本は『敗戦』を『終戦』と言い換えることで敗戦を否認し、戦前の支配層が戦後の統治者として居残った。東西冷戦中、米国の保護下で経済発展を謳歌(おうか)できたことで、国民は思考停止し、いくつものタブーを棚上げしてきた。『平和憲法と非核三原則を掲げた唯一の被爆国』という建前を守る一方、米軍による核兵器持ち込みは見逃した。自衛隊創設からイラクへの派兵まで、憲法解釈の変更によるつじつま合わせの繰り返しを受け入れた。だから今、解釈『改憲』は立憲主義に反する、という批判はどこかむなしく響く。こんな光景は実は見慣れたもの。解釈変更によるつじつま合わせは、戦後の保守政治の王道だったからです」

 新著「愛と暴力の戦後とその後」を出した作家、赤坂真理さん(50)は「議論が盛り上がらないのは、憲法が私たち国民の血肉ではないから。もし血肉となっていれば、内閣の話し合いだけで憲法解釈を変えるのはおかしい、という反対の声が改憲・護憲の立場を超えて出てくるはず」と指摘する。「日本人にとって『憲法』は上から来たものです。国民が勝ち取ったことは一度もない。だから『憲法は国家権力を制限するもの』という西欧風の立憲主義に現実感がないのです。それでも戦後、平和憲法が尊重されてきたのは、戦争の怖さを肌身で知る世代がいたからでしょう」

 しかし、今、くしの歯が欠けるように戦中派が減っていく。赤坂さんは「今回の解釈『改憲』は賛成、反対で語れることではなく、もっと憲法の根幹に関わる問題。憲法って何か。国家って何か。素朴で率直な『子供の問い』を恐れず発しないと、私たちはいつまでたっても政治の『消費者』のままです」と訴え、こう呼びかける。「確かに私たちは国政にものを言う癖がついていない。でも今から始めることはできます。民主主義の本質は多数決ではなく、『民が主』という考え方です。今回の議論、『わからない』ことがたくさんあるのに、それすらちゅうちょして言えない。『わかんない祭り』始めませんか。『わかんない』と正直に言いましょう。今言わないと。騒がないと。自分の言葉で。政治の『消費者』になっては絶対にダメです」

 消費者ではなく、主権者に−−私たちはなれるだろうか。

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母をたずねて三千里が2回/ブツブツがイマイチ

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C'était un si beau plan que ce Louvre ! Le château de Versailles l'a fait abandonner ; l'état des finances, le laps de temps, et peut-être même la politique empêcheront toujours que ce premier plan ne reçoive sa pleine et entière exécution.
このルーブル宮というのは,あれほど見事な計画だったのに!ヴェルサイユ宮殿のせいで,ルーブル宮の計画は捨てられてしまった.財政状況,時,そしておそらくは政策さえも,いつまでも当初の計画が完全に実行に移されるのを妨げるだろう.
「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

朝のテレビ大阪の「母をたずねて三千里」.今日はどういうわけか2話放映です.でもちょっとイマイチな感じ.そういえば今日のブツブツもイマイチ感があります.DはキソキソでYoさんが頑張ってくれたので何となく手抜き?VUはモルヒまで進めませんでした.次回頑張ることにします.

毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 「金目」発言 住民、不信感消えず 石原氏、福島で謝罪行脚

 石原伸晃環境相は23日、東京電力福島第1原発事故の除染に伴う中間貯蔵施設建設の地元交渉について「最後は金目(かねめ)でしょ」と発言したことについて、福島県の佐藤雄平知事や建設候補地の同県大熊、双葉両町長と相次いで面会し、「不快な思いをさせ、心からおわびする」と謝罪した。知事らは一定のけじめと評価したが、住民の不信感はぬぐい去れないままだ。【阿部周一、栗田慎一】

 石原氏は同日午前、会津若松市で渡辺利綱大熊町長と面会。午後はいわき市で伊沢史朗双葉町長、福島市の県庁で佐藤知事と会い、「お金で解決するという意味ではない」「これからも一層被災者の心に寄り添って丁寧に仕事を進めたい」と頭を下げた。

 これに対し、渡辺町長は「多くの町民が不快な思いをしたことは事実だが、速やかに直接謝罪したことは大きなけじめと深く受け止める」と評価。一方、伊沢町長は「素早い謝罪は重く受け止める」と述べたが、「町民の心を深く傷つけた。本来なら町民の前で謝罪するのが筋だ」と注文を付けた。

 佐藤知事は「県民の心に寄り添い、誠心誠意対応してほしい」と述べ、▽県外最終処分の法制化▽賃貸借を含む用地取得のあり方▽生活再建策▽地域振興策−−の具体案を早急に示すよう改めて要望した。石原氏は「政府を挙げてできる限り速やかに回答したい」と応じた。これらの対策には大型の財政措置が必要で、政府は来年度予算の概算要求までに検討を急ぐ。

 政府は来年1月の施設利用開始を目指している。両町民らへの住民説明会は15日に終了。石原氏の発言は16日、首相官邸で記者団の質問に応じた際に出た。両町は建設受け入れを表明していない。
 ◇将来、県外移設「信じられない」

 「金目」発言で石原氏が謝罪しても、住民の怒りは収まらない。政府が5〜6月に計16回開いた中間貯蔵施設の住民説明会に、石原氏は一回も出席しなかったことが住民感情を大きく損ねた要因となっている。

 福島県双葉町から栃木県に避難している岩本千夏さん(38)にとって、石原氏の謝罪は「発言のおまけ」。住民の声に耳を傾けなかったことの帰結にすぎないとみる。説明会に参加した岩本さんは当初、「施設受け入れは仕方ない」と考えていた。しかし、金目発言を受けて「政府は30年以内に施設を県外に移すと約束したが信じられなくなった」と不信感を強める。

 鹿児島県に避難している双葉町民の遠藤浩幸さん(48)も住民説明会に参加した一人。謝罪した石原氏がお金で解決する意図を否定しても、「発言は施設ありきで計画を進める政府の本音」と映る。福島県大熊町から同県会津若松市の仮設住宅に避難している吉田恵美子さん(64)は「古里を元通りにしてくれるなら、お金は一円もいらない。施設への理解を得たいのなら、石原氏は仮設住宅を訪れて直接謝罪してほしい」と話した。【栗田慎一、喜浦遊】


朝日新聞
沖縄慰霊の日―犠牲者に誇れる平和か

 沖縄はきのう、慰霊の日を迎えた。

 69年前の沖縄戦最後の激戦地、摩文仁(まぶに)の丘であった追悼式で、安倍晋三首相は米軍基地の負担軽減にふれ、「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、できることはすべて行う」と約束した。

 「鉄の暴風」と表現される米軍の猛烈な艦砲射撃や空襲。日本兵に殺されたり、集団死に追い込まれたりした住民もいた。沖縄戦は住民を巻き込んだ地獄だった。犠牲者は日米合わせて20万人を超えた。

 慰霊の日は、「本土防衛の捨て石」となった沖縄の悲劇を後世に伝え、平和を誓う日だ。

 そんな苦痛の記憶を抱える沖縄県民の多くにとって、安倍政権の進める外交・安全保障政策は、「気持ちに寄り添う」どころか、不安をかき立てる。

 昨年暮れ、特定秘密保護法が成立。今年4月、武器輸出三原則を緩和し、輸出禁止政策を放棄した。そしていま、集団的自衛権行使容認に向け、憲法解釈変更の閣議決定を急ぐ。

 政府は、日本を取り巻く安全保障環境の変化を指摘する。尖閣諸島をめぐる中国との関係悪化など、不穏な空気が存在しているのは事実だろう。

 だが、現在でも国内の米軍基地の74%が集中する沖縄に、さらなる負担を押しつけていいのか。普天間飛行場の移設先を名護市辺野古にすれば、負担増にしかならない。

 一方、集団的自衛権の行使が認められれば、沖縄の自衛隊もさらに強化されるのではないかと心配する声が沖縄にはある。

 米軍に加えて自衛隊まで出撃基地となれば、沖縄の軍事的負担はさらに増す。他国から攻撃される危険性が高まり、沖縄をさらに国防の最前線へと押しやることになるのではないか。

 きのう、沖縄戦に動員された瑞泉(ずいせん)学徒看護隊の生存者、宮城巳知子(みやぎみちこ)さん(88)の証言を記録した映画「17才(さい)の別れ」が県平和祈念資料館で初上映された。

 軍医から重傷者を毒殺するよう命じられ、注射を打つふりをしてごまかしたことなど、当時の過酷な体験を全国から来る修学旅行生らに語り続けてきた。だが近年、体力の衰えで講演を断ることも増えたため、証言の映画化に協力した。

 その宮城さんは「本土の方は沖縄戦のことをご存じない。もっと知って戦争をなくすことに協力して」と訴える。

 沖縄に負担を強いて成り立つ今の平和は、20万の犠牲者に誇れる平和だろうか。国民全員がそう問いかけられている。


毎日新聞
沖縄慰霊の日 政治の想像力が足りぬ

 沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍の組織的戦闘が終結した日とされる「慰霊の日」を迎えた。沖縄戦は3カ月に及ぶ凄惨(せいさん)な地上戦で、犠牲者は日米で20万人を超え、このうち約9万4000人は沖縄の一般住民だった。沖縄は戦後27年間の米国統治を経て本土復帰したが、今も過重な基地負担に苦しむ。

 戦後69年たち、国民の約8割が戦後生まれだ。戦争の記憶をいかに風化させないか、沖縄の痛みに寄り添えるか。政治はもちろん、私たち一人一人が意識しなければ、難しい時代に入っていくだろう。沖縄の苦悩を人ごとにせず、想像力を持って基地問題などの解決に取り組む必要がある。

 戦没者追悼式には、安倍晋三首相、沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事、ケネディ駐日米大使らが出席した。

 首相のあいさつは昨年と同じく沖縄振興や基地負担軽減に言及した内容だったが、知事の平和宣言は大きく変わった。昨年まで3年連続で主張した「一日も早い普天間飛行場の県外移設」は、「県外への移設をはじめとするあらゆる方策」を求める柔軟姿勢に変わった。「日米地位協定の抜本的見直し」は姿を消した。

 知事は昨年末、沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に伴う埋め立てを承認した。平和宣言にも安倍政権との協調ぶりがにじんだ。ところが、県民の辺野古移設への反対は根強い。移設先となる名護市の市長選では反対派市長が再選を果たした。

 安倍政権は、地元の民意に反する形で、辺野古移設の手続きを着々と進めている。今年11月16日に投開票される沖縄県知事選の前に既成事実を積み重ねておきたいのだろう。

 国民の理解が得られないまま安全保障政策を推進する政権の姿勢は、集団的自衛権の問題でも顕著だ。

 米軍と自衛隊の前線基地となる可能性が高い沖縄では、集団的自衛権への反発が強い。それにもかかわらず首相は、追悼式後、集団的自衛権について「政治の責任として、決めるべき時には決めていきたい」と記者団に語った。

 首相が記者会見で集団的自衛権の行使容認の検討を指示した5月15日は、沖縄が42年前に本土復帰した日だった。

 県民が戦没者を慰霊したり、本土復帰を振り返ったりする日に、国の指導者が集団的自衛権への意欲を語る。大詰めを迎えている集団的自衛権を巡る与党協議は、現実的な安全保障論というよりは、自民、公明両党の字句修正に終始している。

 集団的自衛権を巡るこうした経緯もまた戦争の記憶の風化と無縁ではないように見える。政治の想像力の欠如を危惧する。


毎日新聞
ヤジ議員判明 説明にもあきれ果てる

 こんな説明で幕引きなど、あり得ない話だ。東京都議会で塩村文夏(あやか)議員(35)が女性蔑視のヤジを浴びせられた問題で都議会自民党の鈴木章浩議員(51)が「早く結婚した方がいい」と発言したことを認め、謝罪した。

 鈴木氏は発言の責任を取るとして会派からの離脱を表明したが、議員辞職は否定した。他のヤジの発言者はまだ特定されておらず、都議会は対応が鈍い。自民党も含め、国際的に日本の印象を傷つけた言動に明確なけじめをつけるべきだ。

 非常識なヤジから5日を経て、やっと当事者が発言を認めた。鈴木氏は記者会見で「反省」を連発、塩村氏に深々と頭を下げ謝罪した。

 だが、その説明はあきれるような内容だった。まず問題なのは鈴木氏が自身のヤジについて「単に早く結婚してほしいという思いで発言した」と釈明したことだ。音声で記録された鈴木氏のヤジは塩村氏を中傷する意図から発せられたことは明らかだ。結果的に問題だったと言わんばかりの説明では反省を疑う。

 週明けまで名乗り出なかったことへの「話す機会を逸した」との説明もしらじらしい。鈴木氏は当初からヤジの発言者との見方があったが、報道各社の取材に発言を否定、ウソをついていた。騒動が拡大する中で「声紋」分析まで浮上、隠し通せないと観念したのが実態ではないか。

 毅然(きぜん)とした対応を取らず、手をこまねいた都議会も同罪だ。議場でヤジを制止せず、塩村氏が地方自治法133条に基づき議長あてに提出した発言者の処分を求める要求書も受理すらしなかった。ヤジの発信源と指摘されながら厳しい確認を怠った都議会自民党の対応も異常である。

 発言者が特定されない間にヤジ問題は海外でも報じられ「日本には女性に対する人権感覚が欠如しているのではないか」との疑惑の目が国際社会から向けられた。「産めないのか」など、あったとされる他のヤジの発言者もなお特定されていない。鈴木氏の言動に今後、どのように対応するかも含め、都議会の姿勢が厳しく問われよう。

 自民党の石破茂幹事長は鈴木氏のヤジを「党の責任者としておわびする」と謝罪した。今回の発言や事後の会派の対応を見る限り同党には女性の社会進出に理解が足りず、差別的な価値観を押しつける体質があるのではないか、との疑念を抱かざるを得ない。

 さきの石原伸晃環境相の「金目」発言もそうだが、一連の国政選挙や都議選での自民大勝のおごりも言動に影響しているのではないか。本当に事態を重視しているのであれば党首である安倍晋三首相(総裁)こそ党による収拾を主導しなければならない。

フランス語
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しの 早く寝るように・・・/食べ放題で満腹

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prugna2

Devant cette superbe colonnade, une multitude de petits fripiers étalent en plein air sur la place, des guenilles, des haillons : ce contaste dit encore quelque chose à l'œil observateur ; c'est l'image de tout le reste : grandeur et misére, côte-à-côte.

この傲慢な様子のコロネードの前の広場では,たくさんの古着商人がぼろを露店で広げている.このコントラストはさらに,観察者の目に何かを訴えかける.それは残りの部分の隠喩,つまり,偉大さとみじめさが隣り合わせになっているということだ.
「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

お昼は,しの.早く寝るようにと言われました.とりあえず就寝時間の目標は11時です.でないと昼に眠くなってしまってダメです.
イタリアンに行こうと思ったら閉まっていました.仕方ないので,近くの初めてのお店に.ステーキのお店ですが,食べ放題です.厚切アンガスサーロインステーキです.カレーの食べ放題とかそんなに嬉しくはなかったんですが,結構食べてしまいました.メロンやパイナップル(ananas)とかも食べました.

セクハラやじの都議・鈴木章浩は議員辞職すべきです.

河北新報
気仙沼市の仮設商店街 土地区画整理に伴い仮設に再移転

 宮城県気仙沼市鹿折地区の仮設商店街「復幸マルシェ」が8月下旬、新たに建設するプレハブに商店街丸ごと移転する。市の土地区画整理事業で現在地の地盤がかさ上げされるためだ。本格再建が困難な状況下、被災事業者は営業の空白期間をつくらないため「仮設から仮設への移転」というぎりぎりの決断を迫られた。
 「震災から3年たてば土地造成が進み再建環境は整うと思っていた。だが、換地先さえ決まっていない」。一般社団法人「気仙沼鹿折復幸マルシェ」の塩田賢一代表理事(47)が打ち明ける。
 鹿折地区では、土地区画整理事業が2013年7月に着工。東日本大震災で地盤沈下した約42ヘクタールを平均で海抜3.5メートルまでかさ上げし、住宅地や商業地、工業地を17年度までに造成する計画だ。
 12年3月に開設されたマルシェの近くには、震災の津波で打ち上げられた大型漁船があり、見学者でにぎわった。大型漁船が昨秋解体されると、商店街の売り上げは激減。「団体客も修学旅行生も寄らなくなり、観光客は10分の1以下に落ち込んだ。これでは再建費用のめども立たない」と、塩田さんはため息をつく。
 移転先は、現在の仮設商店街から約500メートル離れた同じ土地区画整理事業区域で、1、2階建てのプレハブ計4棟が建設される。マルシェに入居する飲食店、食料品店など20事業者が引っ越す。
 仮設から仮設への移転では、移転補償のジレンマも横たわる。仮設商店街の事業者には引っ越し費用や移転先での設備費が移転補償として支払われるが、補償は1回限りのため、本格再建時には使えない。移転地も今後造成が予定され、営業は約2年間の期限付きと不安定な経営を迫られる。
 仮設商店街は市の所有で、移転事業費1億円余りは「公共施設の移転補償」として土地区画整理事業費から捻出する。市は「仮設商店街の事業者にとって営業空白が生じないことを優先した」と説明する。
 観光客を取り戻そうと、新商店街は復興事業が進む様子を見てもらう展望台や献花台をつくることを計画している。

◎復興事業の長期化が影
 沿岸被災地の他の仮設商店街でも、別の仮設施設に移転を余儀なくされるケースが相次ぐと見られる。
 宮城県南三陸町では、2カ所の仮設商店街で土地のかさ上げ工事が予定されている。このうち「伊里前福幸商店街」は、現在使っているプレハブをそのまま隣接地に移設し、再入居することを計画している。
 岩手県野田村の2カ所も土地区画整理事業の区域内にあり「仮設から別の仮設に移ってもらう可能性もある」と村の担当者は言う。
 津波被災地にあった商店街の再建は、高台造成や土地のかさ上げ後になるところがほとんどだ。各自治体の担当者は「再建するまで店舗の営業が途切れないよう、工事の時期などの調整に苦慮している」と打ち明ける。
 仮設商店街の入居期間は国が当初1〜2年としたが、復興事業が長期化しており、実際の撤去期限は施設を無償譲渡された自治体が実情を踏まえて判断する。
 宮城県石巻市中心部の「石巻まちなか復興マルシェ」は、河川復旧工事などの影響でことし11月末に閉鎖の予定。宮城県塩釜市(2カ所)は来年3月、宮城県多賀城市(1カ所)は来年6月に閉鎖する見通し。


河北新報
第11部・19年の軌跡 阪神大震災から(5完)母子手帳に亡き母を思う

 大人になり、年を重ねるごとに、亡き母を慕う気持ちが強くなる。
 木原喜子さん(26)=神戸市長田区=は小学1年生のとき、阪神大震災に遭った。兵庫県西宮市の自宅が倒壊し、母かよ子さん=当時(43)=と兄道夫さん=同(9)=を失った。
 父親と4歳上の姉と3人暮らしになった。母親のいない生活が当たり前で、小さいころ、それで寂しさを感じた記憶はあまりない。

 中学2年のとき、父親が51歳で病死し、福岡県の伯父の家に1人引き取られた。多彩でおいしい手料理を食卓に並べてくれる伯母に、家庭での母親のイメージがあらためて湧いた。
 高校を卒業して兵庫県に戻り、両親がためてくれたお金で看護系の大学に通った。「母親」という存在への憧れから、助産師の職を選んだ。
 仕事で命の誕生に立ち会う。同年代の妊婦さんと接し、自分が母になるときを意識する。
 「自分を生んだ時、どんな気持ちだった?」「どんな恋をして、結婚したの?」
 そんなことを母に聞いてみたい。母親といろいろと話せる同僚たちがうらやましい。
 がれきの中から見つかった母子手帳は、亡き母との距離を縮めてくれる宝物だ。
 <1歳3カ月に引っ越ししてから、遊び道具がふえ、(きょうだい3人の中で)一番楽しそうにしています>
 <2歳のお誕生日には、グー、チョキ、パーが出来ます…運動神経は発達しているようです…>
 手帳にびっしりと手書きされた成長の記録。注いでくれた愛情の深さを思う。
 がれきの下で、母が近所の人に訴えていた声を覚えている。「先に子どもたちを助けだしてください」。最後に救助された母は避難所から病院に運ばれる途中で息を引き取った。自分は傷一つなく助かった。

 母と過ごした最後の時間。悲しいけれど、20年近くたっても忘れずにいることが、今はうれしい。
 震災後、多くの人たちに支えられながら生きてきた。起きたことは変えられない。震災を経験したからこそ得られたものもある。
 東日本大震災後、被災地で遺児たちの話を聞く機会があった。強い後悔を口にする子がいた。
 どんなに大変だったろう。掛ける言葉が見つからなかった。それでも、心から思う。「あなたが生きていて良かった」(震災と子ども取材班)


東京新聞
沖縄慰霊の日に考える アーニーが見た戦場

 きょうは沖縄慰霊の日です。先の大戦では本土防衛の捨て石とされ、戦後も過重な米軍基地負担を強いられる。沖縄県民を犠牲にする変わらぬ構図です。

 日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の戦場となった沖縄県。激戦は一九四五年四月一日、米軍の沖縄本島上陸で始まり、日本軍が組織的戦闘を終える六月二十三日まで続きました。

 この戦闘に従軍して沖縄の地を踏んだ米国人ジャーナリストがいました。第二次世界大戦の戦場から新聞にコラムを送り続けたアーニー・パイルです。
◆仏から太平洋戦線へ

 この人の名を聞いて戦後の一時期、東京・有楽町にあった占領軍専用の「アーニー・パイル劇場」を思い出す方がいるかもしれません。まさにその人です。占領軍が接収した東京宝塚劇場をアーニーにちなんで改名したのです。

 アーニーは沖縄戦の前、欧州戦線にいました。四四年には、その戦争報道によって、米ジャーナリズム界で最も権威のあるピュリツァー賞を受賞しています。

 アーニーはこの年、ノルマンディー上陸作戦にも従軍します。今年七十周年の記念式典が行われ、ドイツ敗北の転機となった「史上最大の作戦」です。米軍とともに上陸し、激戦の舞台となったフランス大西洋岸の様子を、次のようなコラムに書きました。

 「私は上陸第一日にぬれた砂浜を歩き回っていたところ、流木のような物が二本突き出しているのをよけた。だが流木ではなかった。それらは兵隊の両足だった。両足を除いて完全に砂をかぶっていたのだ。爪先が向いていた方向は、彼がはるばる見に来て、つかの間しか見なかった土地だった」(デービッド・ニコルズ編著、関元訳「アーニーの戦争」、JICC出版局)
◆戦争への冷徹な視点

 彼の文章からは戦争に対する冷徹な視点がうかがえます。戦争を称賛するわけでもなく、時には厭戦(えんせん)気分も書き記します。伝えようとしたのは戦争の現実、兵士の素顔でした。戦闘と向き合う一人の人間としての恐怖や苦悩。それが読者の共感を呼んだのです。

 欧州戦線から太平洋戦線に転じたアーニーは、沖縄の上陸作戦でも、ノルマンディーと同じような凄惨(せいさん)な戦闘が繰り返されると恐れていました。それは杞憂(きゆう)に終わります。兵力温存を図った日本軍が水際作戦を放棄したからです。

 しかし、その後の地上戦は激烈を極めました。生活の場で行われた戦闘で当時六十万県民の四分の一が亡くなったといわれます。

 ただ、アーニーは沖縄戦の様子を多く書き残すことはありませんでした。本島上陸から十七日後の四月十八日、転戦した本島近くの伊江島で狙撃され、亡くなったからです。四十四歳でした。

 アーニーなら、凄惨な地上戦をどのような記事にして送ったのでしょうか。苦難を強いられた沖縄県民の様子も米国本土に伝わっていたら、その後の米軍による沖縄統治も、違っていたかもしれません。アーニーの記事には、それほど影響力があったのです。

 亡くなったアーニーのポケットからはドイツ降伏に備えて事前に書いた原稿が見つかりました。

 「大量生産される死者−この国で、あの国で、毎月、毎年、冬にも夏にも。どこを向いても見慣れた死者だらけで、退屈になる。どこまで行っても、退屈な死者だらけで、いやになる。こんなことを故国の皆さんは理解しようと試みる必要すらない。彼らは故国の皆さんにとっては数字の羅列、ないしは近所のだれかが、遠くへ行ったまま帰って来ないだけ、にすぎない」(同)

 アーニーが感じていたのは、戦争という現実に向き合わざるを得ない戦場と、戦場から遠く離れ、戦争への想像力を欠く本国との落差かもしれません。

 ドイツ降伏はアーニー戦死のわずか二十日後、その一カ月半後には沖縄での戦闘も終わります。

 激戦地跡に造られた糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園ではきょう、沖縄全戦没者追悼式が行われ、安倍晋三首相らも参列します。
◆集団的自衛権に異議

 慰霊の日を前に、県都那覇市や米軍基地を抱える読谷(よみたん)、北中城(きたなかぐすく)両村の議会では「集団的自衛権の行使」容認に反対したり、慎重審議を求める意見書を可決しました。

 かつて戦場となり、いざ戦争になれば攻撃対象となる米軍基地を多く抱える沖縄だからこそ、集団的自衛権の行使がもたらす危うさにも敏感なのでしょう。

 戦場に対する想像力を欠いた安全保障論議は空疎です。現実離れした事例を持ち出して、一内閣の判断で憲法の平和理念を骨抜きにする愚を犯してはなりません。首相は、沖縄という現実からも目を背けてはならないのです。


沖縄タイムス
[慰霊の日に]平和の先導役果たそう

 沖縄戦から69年。巡りくる鎮魂の季節の中で、かけがえのない人を失った悲しみの記憶がよみがえる。

 「慰霊の日」の23日、糸満市摩文仁の平和祈念公園で県主催の沖縄全戦没者追悼式が開かれるほか、各地で慰霊祭が行われる。

 沖縄戦は勝ち目のない戦(いくさ)だった。日本軍(第32軍)は1945年5月末、首里城地下の司令部壕を放棄し、南部に撤退した。本土決戦に備えた時間稼ぎのためである。その判断が一般住民の犠牲を大きくした。

 軍隊と避難民が混在する南部での戦闘は酸鼻を極めた。足手まといになるとの理由で重症患者は壕の中で処理、あるいは放置され、日本兵による壕追い出しや食料強奪、住民殺害、学徒隊の自決などが相次いだ。

 県援護課の資料によると、沖縄戦の全戦没者は約20万人。このうち一般住民の戦没者は約9万4千人。これは人口統計などから推計したもので、実際にはもっと多いとみられている。

 戦争が終わっても、敗戦という現実は、沖縄に新たな戦争への加担を強いることになった。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争。米軍が投入された戦後の大規模な戦争で沖縄の米軍がかかわらなかった戦争はない。

 「沖縄に戦後はあったのだろうか」。そう思わざるを得ない現実が今もなお、私たちを取り巻いている。

 沖縄戦を体験した高齢者の4割が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を抱えている可能性が高いという調査結果が2013年に公表された。PTSDの可能性の高い人と沖縄戦を思い出す頻度の間には高い関係性があり、思い出すきっかけは「基地や軍用機を見たり、騒音を聞いたりしたとき」などだった。

 1959年6月30日、石川市(現うるま市)の宮森小学校に米軍のジェット機が墜落し、児童ら17人(後に後遺症で1人死亡)が犠牲になった。

 事故を語り継ぐ活動を行っているNPO法人「石川・宮森630会」の会長・豊濱光輝さん(78)は、当時巡回教師だった。学校は戦場のような修羅場と化し、子どもたちは「戦争がきた」と叫び逃げまどっていた。豊濱さんは言う。「宮森の事故は沖縄戦の延長線上にある。沖縄戦の後、米軍基地が存在し続けた。基地がある限り、沖縄戦は終わっていない」

 私たちは今、「戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない」(中井久夫『樹を見つめて』)という曲がり角の時代を生きている。復帰後、今ほど戦争が現実味を帯びて語られるようになったことはない。

 安倍政権の一連の外交・安全保障政策は、憲法9条の「無力化」によって「戦争のできる国」をつくろうとしている、ようにしか見えない。その影響を最も強く受けるのは沖縄である。

 安倍政権の下で沖縄の基地再編が進み、仲井真弘多知事の埋め立て承認に基づいて名護市辺野古に巨大な米軍飛行場が建設されようとしている。辺野古埋め立てを承認した仲井真知事は、ことし一体どのような内容の平和宣言を発するのだろうか。

 戦後一貫して沖縄に過大な基地負担を強いてきた日米両政府は、一刻も早く理不尽な政策を転換すべきである。

 地域の緊張を高める「軍事要塞(ようさい)化」の道ではなく、「平和の懸け橋」としての役割を積極的に担っていくことが今、切実に県民に求められている。


琉球新報
慰霊の日 非核・共生の要石に 戦争と軍の犠牲強要に反対

 沖縄戦の事実上の終結から69年を迎えた。多くの住民を巻き込んだ沖縄戦は「ありったけの地獄を集めた」と表現される。だが、戦闘終結後も「生き地獄」が続いたことを忘れてはならない。
 米軍は住民を収容所に隔離している間に、土地を強奪して基地を建設した。普天間飛行場もその一つだ。そのころ住民には満足な食料が配給されず栄養失調で倒れ、女性は米兵に暴行された。
 日米両軍による二つの地獄は、「軍隊は住民を守らない」という教訓を残した。だが、米軍は今も居座り、沖縄の戦場化を想定した日米訓練が繰り広げられている。

教訓のギャップ

 米軍が沖縄島に上陸した4月1日朝の光景について、こんな記録がある。
 「死臭で息がつまるようだ。鉄帽を射抜かれてたおれている兵隊、両足をふっとばされて頭と胴体だけであおむけに天をにらんでいるおじいさん。頭のない赤ん坊を背負ってあざみの葉をにぎりしめてうつ伏せている婦人の死体…」。米国統治と日米軍事同盟に抵抗した政治家瀬長亀次郎さんの未発表原稿だ。
 沖縄戦は「本土決戦」準備が整うまで、米軍を一日でも長く沖縄に引きつけておく「出血持久戦」だった。第32軍が司令部のある首里で降伏せず、沖縄島南部の摩文仁、喜屋武一帯に撤退したのは大本営の方針に従ったからだ。
 第32軍は沖縄県民を守るために配備されたのではない。そのため住民保護の視点は欠落し、米軍の圧倒的な砲爆撃で多くの住民が犠牲になった。5月下旬以降の南部戦線は日本兵による食料強奪、壕追い出し、壕内で泣く子の殺害、住民をスパイ視しての殺害が相次いだ。日本軍は機密が漏れるのを防ぐため、住民が米軍に保護されることを許さなかった。そのため戦場で日本軍による命令や、強制、誘導によって親子、親類、知人同士が殺し合う惨劇が発生した。
 一方、軍にとっての沖縄戦の教訓とは「島の戦闘は守るより攻撃側が有利」だ。現在、尖閣諸島の緊張の高まりを口実に自衛隊は、島しょ防衛と称して南西諸島の軍備を強化しようとしている。
 自衛隊の隊内誌によると、自衛隊の離島作戦とは、敵の攻撃を受けたら島をいったん占領させる。その後、日米の増援部隊が強襲上陸して島を「奪還」する内容だ。尖閣のような無人島だけでなく石垣などの有人島も想定している。だが軍事作戦の中に住民避難の発想はない。住民が巻き込まれた沖縄戦の再来が危惧される。

ワシントン体制

 第32軍創設によって、沖縄は米軍の標的になった。それ以前は沖縄に本格的な軍隊は配備されていなかった。なぜか。それを解く鍵は第1次世界大戦後に築かれた国際秩序にある。
 100年前に始まった第1次世界大戦は人類が初めて体験した総力戦だった。戦後、軍縮を目指して1921年から22年にかけてワシントン会議が開かれた。その結果結ばれた海軍軍備制限条約に、太平洋の島々をめぐる軍縮が含まれている。当時日米は同地域で覇権争いをしていた。同条約により米国はフィリピン、グアムなどの軍備強化を停止し、日本は台湾、琉球諸島、小笠原諸島などの軍備を凍結した。
 ワシントン体制と呼ばれる新たな世界秩序によって沖縄は非基地化された。しかし後に日本は同条約を破棄し、沖縄に第32軍を創設する。基地の島沖縄の源流は、日本が軍縮の枠組みを一方的に断ち切ったことにある。
 自衛の名の下に他国の戦争に介入しようとしたり(集団的自衛権)、海外での武力行使も許されたりするというのは、明らかに憲法の否定である。それは無念の死を遂げた沖縄の戦没者に対する冒涜(ぼうとく)でもある。私たちが成すべきことは、国際社会と共に東アジアを非核・共生のモデル地域として育んでいくことだと確信する。


毎日新聞
沖縄慰霊の日:69年目 基地負担、消えぬ反発

 沖縄は23日、沖縄の全戦没者の霊を慰める「慰霊の日」を迎えた。1945年のこの日、沖縄戦で旧日本軍の戦闘が終結した。沖縄は以後27年間、米国統治下で基地の島と化し、戦後69年がたった今も基地の負担は解消されていない。糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では沖縄県など主催の「沖縄全戦没者追悼式」が営まれ、安倍晋三首相や仲井真弘多(なかいまひろかず)知事、遺族ら約4600人が参列。正午には1分間の黙とうをささげた。(7面に平和宣言と首相あいさつの要旨、社会面に関連記事)

 米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設は、仲井真知事が昨年12月、政府による名護市辺野古の埋め立て申請を承認。政府が移設に向けた手続きを進めているが、県民の反発は根強い。

 知事は追悼式の平和宣言で「基地負担を大幅に削減し、県民の生活や財産を脅かすような事態を改善しなければならない」と訴えた。普天間飛行場について「機能を削減し、県外移設をはじめとするあらゆる方策で課題を解決するために全力を注がなければならない。そのために私は普天間飛行場の5年以内の運用停止を求めている」と話した。

 2010年秋の知事選で県外移設を公約に掲げて再選されて以降、知事は追悼式で3年連続で「一日も早い県外移設」と「日米地位協定の抜本的な見直し」を「強く」求めてきた。しかし今年は「県外移設」を課題解決の一つの手段と位置付けた。

 安倍首相は追悼式で「沖縄が忍んだ犠牲が自分たちを今日あらしめていることを胸に深く刻み、静かにこうべを垂れたい」とあいさつ。基地負担の軽減については「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、できることはすべて行う姿勢で全力を尽くす」と述べた。

 追悼式には昨年に続いて普天間移設を担当する小野寺五典防衛相と岸田文雄外相が参列。ケネディ駐日米国大使も出席した。【佐藤敬一】


ハフィントンポスト
セクハラやじ、海外メディアも報道 「日本では職場の性差別が当たり前」

東京都議会で6月18日、みんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)が晩婚化対策を質問した際に、男性の声で「自分が早く結婚すればいい」などとヤジが飛んだ問題で、海外メディアでも報道が相次いだ。「日本では職場の性差別が当たり前」「女性議員が少なすぎる」など日本社会に根深い問題だと報じられている。

■「女性はお茶くみを要求される」とロイター

アメリカのケーブルテレビ局CNNでは20日、「都議会の性差別主義者の発言で怒りが爆発している」 と報道。日本社会について以下のように書いている。

日本では職場の性差別は当たり前だ。また、結婚や子育てよりも仕事を選ぶ女性が増えることで、今後出生率が低下し続けることが以前から懸念されてきた。安倍首相は職場の男女格差是正を目指す「ウーマノミクス」を推進しているが、依然として管理職の大半を男性が占め、権威も給与も男性が女性を上回っているのが実態だ。

(CNN「都議会の性差別主義者の発言で怒りが爆発している」 2014/06/20 14:35)

イギリスの通信社ロイターも速報。「日本の女性は多くの場合後、出産後は仕事を離れることが奨励される。多くの働く女性は、男性の同僚に対して召し使いのようにお茶くみをすることを要求されている」とした上で「2020年に夏期オリンピックを開催する日本政府は、非難の洪水を浴びている」と、五輪開催地としての立場を強調した。

■「性差別的な虐待を受ける」とガーディアン

同じくのイギリスの新聞社ガーディアンも同日、「女性議員が、性差別的な虐待を別の議員から受ける」と報じた。塩村議員の投稿のリツイートが2万回を超えたことなど、日本国内で反響の大きさを報じた後に、「都議会の議員構成は、127人中で女性は27人だけ。日本において女性の影響力が低いことを示している。772人いる国会議員でも女性は78人すぎない」として、日本で女性の政治参加が進んでない状況を伝えている。

■ウォールストリートジャーナルは単独インタビューを実施

アメリカの経済紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」の電子版は、塩村議員の単独インタビューを実施した。塩村議員は女性向けの政策を進める際の注意点について、次のように答えている。

政治家は実際の女性の声を聞いて、理解する必要があると私は思っています。今回の男性議員のヤジは、結婚していなかったり、子ども産むことができない女性の意見は聞く価値がないと思っていることを示しています。そのような政治家が、結婚したいけどできない女性や、子供を産みたくでもできない女性のために政策を練ることは困難でしょう。

(ウォール・ストリート・ジャーナル「インタビュー:セクハラやじを受けた女性都議の考察」2014/06/30 16:45)

報道されたのは欧米圏だけではない。ハフィントンポスト韓国版は21日、ヤジを浴びせた政治家への厳罰を求めるネット上での署名が6万3000人に達したことなどの事実関係を説明したあと「日本の地方議会で出産支援策を訴える女性議員に、ヤジを浴びせかけた政治家を捜し出して懲戒せよという世論が沸騰している」と紹介している。

フランス語
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疲れていて寝て過ごしました/セクハラやじ発言者は謝罪しなさい!

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Le Louvre semble condamé à ne jamais être fini ; c'en est fait. La destinée de ce superbe monument sera de rester inachevé [...].
ルーブル宮は決して完成の日を見ない運命にあるように思われる.もうおしまいだ.この壮麗な歴史的建造物の運命は,未完成のままでいることなのだろう(中略).
「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

疲れていたのかダラダラ過ごしました.お昼ご飯を食べたあと,寝てしまって気がついたら5時でした.

いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)
・・・どちらもすぐれていて,選択に迷うことのたとえ

明日へ−支えあおう− 復興サポート「放射能汚染からの漁業再生〜福島・いわき市」
知恵ある専門家を被災地に招き、住民との話し合いで復興への道筋を探る「復興サポート」。昨年秋、ようやく試験操業が始まったいわき市では、福島産の魚への風評に加え、高齢化や後継者不足などで将来の見えない状況が続く。どうすれば消費者の信頼を取り戻し、漁業を再び地域の生業としていけるのか。科学的な最新調査データや他地域の取り組みを紹介しつつ、漁業者や流通関係者、行政担当者などが一堂に会して話しあっていく。
畠山智之,
東京海洋大学教授…神田穣太,筑波大学准教授…五十嵐泰正,東京海洋大学教授…馬場治


NNNドキュメント'14 幻の鳥が人の目の前で子育て?夜中もオハヨウの謎
鳥取県にある「八東ふる里の森」。野鳥カメラマン憧れの地。一時は大勢押し掛け、野鳥が姿を消してしまった。そんな中、森を管理する高田館長が作り上げたルールとは?
ナレーター 篠原ともえ 制作著作  日本海テレビ


河北新報
生活困窮、健康も悪化 仙台・宮城野、仮設住民 NPO調査

 東日本大震災の被災者支援活動に取り組む東京のNPO法人POSSE(ポッセ)は、仙台市宮城野区のプレハブ仮設住宅入居者を対象に実施した生活実態調査結果をまとめた。収入は平均で3割弱減少したほか、3分の2の世帯で家族の健康状態が悪化していた。

 東北学院大経済学部の佐藤滋准教授や学生と共同で昨年8〜12月、仮設団地6カ所でポッセの支援事業を利用する高齢者ら40人に、本人と家族の状況を聞いた。平均年齢は68.5歳。40世帯のうち、65歳以上のみが29世帯あった。
 収入は、震災前の年平均247万円から、失業や家族の別居などの影響で181万円に下がった。
 一方で、23世帯は暮らしに困っても生活保護制度を利用しないと答えた。「誰にも迷惑を掛けたくない」「世の中の雰囲気」などが理由。実際に収入が規定の最低生活費を下回り、受給対象となる12世帯のうち、9世帯は申請していなかった。
 健康状態は、27世帯で家族が悪化していた。医療費の捻出が難しく、通院回数や食費を減らした世帯もあった。
 現在の生活に15世帯が満足していると答えたが、「納得するしかない」「ぜいたくは言えない」などの回答から、現状を耐え忍んでいる実態がうかがえた。災害公営住宅への入居を予定する25世帯の中には、家賃負担や集合住宅での近所付き合いに不安を訴える声もあった。
 調査を担当した仙台ポッセ事務局員の川久保尭弘さん(27)は「生活に困っても、周囲への遠慮で本心を明かせない被災者は少なくない。個々のニーズに目を向けた支援が必要だ」と訴える。


河北新報
透明な力を 第11部・19年の軌跡 阪神大震災から(4)厳しい伯父は 大切な味方

 父親にはあまり怒られなかったのに、伯父にはよく叱られた。うまく関係が築けず、戸惑った。
 1995年の阪神大震災で、木原喜子さん(26)=神戸市長田区=は、母かよ子さん=当時(43)=と兄道夫さん=同(9)=を失った。小学1年のときだった。
 2001年5月には父栄示さん=当時(51)=が病気で亡くなる。関西の大学に入学したばかりの4歳上の姉安子さん、中学2年の木原さんの姉妹2人が残された。
 姉と2人で生きていけると思ったが、認めてもらえず、半年後には福岡県に住む栄示さんの兄の拡茂さん(69)に引き取られた。

 教師だった伯父は厳しい人だった。引っ越して間もないころ、距離を縮めようと冗談交じりに話し掛けたが、逆効果だった。怒られないように黙っていると、余計に叱られた。萎縮した。
 「友達には、自分たちを『お父さん、お母さん』と言っていいんだぞ」。伯父や伯母が気を使ってくれているのは、痛いほど分かった。でもやっぱり、自分の家とは違った。
 「地震がなければ、全然違う生活だったのに」「うちの家族はなんで3人も減ってしまったの」。姉の安子さんに会うとよくそんな話になった。
 伯父にとっても、めいとの暮らしは戸惑いの連続だった。
 わが子の成長を見届けられずに亡くなった弟の無念を思うと、いたたまれなかった。めいを2人だけにしておくわけにはいかないと思った。
 「自分たちで生活できる」。2人は言い張ったが、家庭裁判所にまで連れて行って説得し、妹だけでも福岡で育てようと決めた。
 親を亡くし、自分も家の下敷きになる経験をしたのだから、トラウマ(心的外傷)のような症状が出ると思っていた。なのに、そんなそぶりさえ見せないのが不思議だった。2人の娘を育てたが、実の娘のようにはいかず気苦労が絶えなかった。
 振り返って分かることがある。血がつながっていても、それぞれの家庭には、それぞれの文化がある。同じようには扱えないし、親の代わりにはなれない。そう思えば楽になる。

 木原さんは高校を卒業後、兵庫県に戻って大学に通い、助産師になった。
 伯父の家には毎年「帰省」する。ことしの正月も福岡で過ごした。今も話すのは緊張する。でも、相談ごとにはいつもピシャリと答えてくれる。
 自分を見守ってくれる人がいる。「心強い味方に支えられ、自分は幸運だ」。今はそう思える。


セクハラやじが英国(Gurdian)でも報道されています.やじ発言者は名乗り出て謝罪すべきです.
Tokyo assemblywoman subjected to sexist abuse from other members

Incident widely criticised after sexist heckling by unidentified assemblymen thought to be from Liberal Democratic party

Senior Japanese politicians have urged the Tokyo city government to "clean up its act" after an assemblywoman was subjected to sexist abuse during a debate on support for childrearing.

The incident drew criticism from across the political spectrum after unidentified male assembly members, all thought to belong to the conservative Liberal Democratic party (LDP), shouted abuse at Ayaka Shiomura as she questioned the city administration's commitment to helping pregnant women and young mothers, as Japan attempts to tackle its low birthrate.

One shouted: "You're the one who should get married as soon as possible." Another asked if she was able to have children, prompting laughter among other male councillors.

Colleagues of Shiomura, a 35-year-old member of the centre-right Your party, demanded that the hecklers be identified and punished. The LDP's Tokyo chapter did not deny the remarks were made but said there was insufficient evidence to punish individual councillors.

The outbursts are an embarrassment to the prime minister and leader of the LDP, Shinzo Abe, who is pushing to increase the number of women in senior positions in business and improve Japan's poor standing in global gender equality rankings.

The chief cabinet secretary, Yoshihide Suga, said the behaviour of LDP representatives in the Tokyo assembly was not a reflection of the party's national policies. He added: "If there were comments of a sexist nature, I would like the assembly to clean up its act."

The health minister, Norihisa Tamura, whose portfolio includes promoting women in the workplace, said the abuse was "deeply disrespectful to women". Masako Mori, the minister responsible for tackling the low birthrate, described the comments as "totally unacceptable".

Shiomura and her party colleagues were unable to identify the hecklers, but said the comments had originated in a section of the assembly chamber occupied by members of the LDP.

Eyewitnesses said Shiomura had been reduced to tears by the intervention, but continued with her remarks.

"The male members' offensive remarks indicate they think women who aren't married, or can't bear a child, aren't worth listening to," Shiomura told the Wall Street Journal. "For such male members, understanding and making policies for women who want to but can't marry or have children would be difficult."

The incident unleashed an outpouring of indignation on social media and a flurry of angry phone calls to the Tokyo metropolitan government. As of noon on Friday, 35,000 people had signed an online petition calling on the LDP's Tokyo chapter to name the culprits and administer a "severe punishment".

Shiomura's post describing her ordeal had been retweeted more than 20,000 times by Thursday evening. One woman urged her to establish the identity of the hecklers "so I can make sure I never vote for them again".

The composition of the Tokyo assembly reflects the under-representation of women in positions of influence in Japan. Just 27 of the chamber's 127 representatives are female. All but 78 of the 772 seats in the upper and lower houses of parliament are occupied by men.

フランス語
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solstice d'ete/fete de la musique/公共放送の危機

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pane3

En 1788, l'œuvre compte douze volumes et plus de mille chapitres ! Mercier s'intéresse à tous les aspects de Paris et invente en quelque sorte la littérature de reportage.

1788年,作品が完成したときには,全12巻,1,000以上の項目を収録する大作となりました.メルシエはパリのあらゆる側面に関心を持ち,いわば,ルポルタージュ文学というジャンルを発明したのです.
「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

夏至です. フランス語ではle solstice. WikipédiaではLes jours avoisinant le solstice d'été sont les plus longs de l'année, tandis que ceux proches du solstice d'hiver sont les plus courts de l'année, en prenant comme référentiel l'hémisphère nord.とありました.
la fête de la musiqueの日でもあります.とりあえず「泣かせてください」をYoutubeで聞いてみました.1年以上前の2012年10月10日に泣かせてください/Lascia Ch'io Pianga/Laissez-moi pleurerと題してブログを書いていました.

どうか 泣かせてくれ
この酷い運命を
どうか 求めさせてくれ
自由を
悲しみよ 
このねじれを壊してくれ
この悩みを
どうか壊してくれ

午前中に戦略的の会議があって,そのあと中之島に向かいました.公共放送たるNHKをアベちゃんの私物にしてはなりません.・・・でも集会では寝てしまってあまり話を聞けませんでした.資料をもらったからそれを参考にしましょう.
「どうする!公共放送の危機」
やめなさい!NHKの籾井会長,百田・長谷川経営委員の罷免を求めます

<NHK支配をたくらむ安倍政権>
日本をアメリカと共に戦争できる国をめざす安倍政権は、NHKを支配し国策宣伝の放送局にしようとしています。最高意思決定機関である経営委員会に側近の4人を送り込み、番組に影響を与えるNHK会長に財界出身の籾井氏を選任させました。NHKのニュース報道は安倍政権の悪政に追随し、美化する役割を果たしています。

<籾井会長、百田、長谷川氏の罷免を求める理由>
●籾井会長は「政府が右ということを左と言えない」「慰安婦はどこの国にもあった」などと発言。放送の自主・自立、・ジャーナリズムの役割に対する無知と暴言。「放送法」に違反。
●百田経営委員は「憲法を変えて軍隊を作れ!」都知事選応援で他候補を「人間のクズ」などと発言。長谷川経営委員は報道機関を威嚇した右翼幹部を礼讃。「安倍首相の応援団長です」と市民集会で公言。二人の言動は公平・公正、不偏不党を定めた「放送法」と「経営委員服務準則」に違反。

「どうする!公共放送の危機」6・21関西集会実行委員会
実行委員長 隅井孝雄(日本ジャーナリスト会議代表委員・ノートルダム女子大学客員教授)
◆NHK問題大阪連絡会
◆NHK問題京都連絡会
◆NHK問題を考える会(兵庫)
◆放送を語る会(大阪)
◆日本ジャーナリスト会議関西支部


毎日新聞
東日本大震災:名取の仮設立ち退き問題 162戸の立ち退き撤回 宮城・名取市、敷地買い上げ方針

 東日本大震災で被災した宮城県名取市の愛島(めでしま)東部仮設住宅(182戸)で、入居者の半数以上が立ち退きを求められた問題で、市は20日、立ち退き要請を撤回し、民有地である敷地を買い上げて仮設を存続させる方針を明らかにした。

 住民要望を受けた措置で、約2・5ヘクタールの敷地全体を10億円前後で購入する。愛島東部仮設の土地は地元の土地区画整理組合が所有し、今年6月末を期限に県が借りていた。組合から土地返還を求められた市は5月、住民が使用する162戸(144世帯)のうち要介護者などに配慮して敷地の一部のみ買い上げ、90戸は市内6カ所の仮設に分散して転居するよう要請。住民側は「3年かけて築いたコミュニティーが壊れる」と反発していた。

 市は、移転先の一つに提案していた大規模な仮設住宅に、まとまった空室が出るまで1年以上かかることなどを考慮した。遠藤一雄自治会長(67)は「みんな一緒に住み続けられることになって安心した」と喜んだ。

 宮城、岩手、福島の被災3県で自治体が仮設用地を買い上げるのは初めて。今後、民有地に建つ仮設が相次ぎ貸与期限切れとなる可能性があるが、仮設は本来、公共用地に建設することになっており、市の担当者は「購入費について国の財政支援は要請できない」と明かす。市は県からの借り入れで対応する方針だが、財政負担は重く、こうした自治体による買い取りが期限切れ対策として広がるかは不透明だ。【金森崇之】


信濃毎日新聞
長野市で市民団体、脱原発の金曜デモ100回目

 脱原発を訴える首相官邸前の抗議行動に合わせ、長野市で市民団体「原発に頼らない未来を創(つく)ろうプロジェクト」が毎週金曜日に行っているデモが20日、100回目となった。金曜日には諏訪、伊那、飯田市などを含め全国で抗議行動が続いており、プロジェクトの田沢洋子代表は「日本中にいる仲間の思いの強さを政府に見せたい」と話した。

 同プロジェクトは、東京電力福島第1原発事故後の2011年5月から月1回ほど街頭活動を始めた。原発が次々と運転停止する中で、関西電力が事故後初めて、大飯原発(福井県おおい町)を再稼働させた12年7月に毎週金曜日のデモをスタート。年末年始などを含め一度も休まず続けている。

 最近の参加者数は20人前後が多いが、この日は約70人が集まり、「再稼働反対」などと声を合わせて中心市街地を歩いた。1年半前から参加する長野市川中島町の大日方篤さん(73)は「(脱原発に)自分一人ではわずかな力しかない。せめてデモだけでも参加したい」と話した。ルート沿いの店から「うるさい」と抗議されたこともあるが、この日行進に手を振った飲食店経営の女性は「活動が続くことがすごい」と話していた。



朝日新聞
都議会の暴言―うやむやは許されぬ

 議場が公の場であることをわきまえず、汚いヤジを飛ばして恥じることがない。名乗り出る潔さすら、持ち合わせない。

 そんな人が首都の議会にいるとは情けない。

 東京都議会の本会議。塩村文夏(あやか)議員が、東京は全国でとびぬけて晩婚晩産だと指摘し、妊娠・出産・育児に悩む女性への支援の充実を訴えていた。

 そこへ、男の声で「早く結婚した方がいいんじゃないか」などとヤジが飛んだ。

 塩村氏が絶句すると、議場に冷笑が広がった。暴言の出どころと疑われた会派の幹部は「臆測で言われても困る」と、発言者を特定せずに幕を引こうとしている。

 発言そのものも、事後の対応も、二重三重に罪深い。

 まず、少子化は、子どもを産み育てることを難しくしている社会構造の問題だ。

 それを、ヤジの主は「あなたが産めば解決する」と個人の問題にすりかえた。

 世の女性ひとりひとりに「あなたが産まないのが悪い」とメッセージを送ったに等しい。

 晩婚や晩産は男女双方の問題であるのは当然だが、そういう認識もまるで感じられない。

 この無理解こそ、既婚の女性に仕事か子どもかの二者択一を迫り、未婚の女性に結婚をためらわせる元凶ではないか。

 このまま発言者を特定もせずにうやむやにすれば、議会として暴言を許容したことになる。不心得な議員が一部にいたという話にとどまらなくなる。

 議員たちは選挙を通じて住民らに選ばれた代表である。その姿勢は、世の中の空気を映していると受け取られる。

 妊娠や出産の悩みを語ったり支援を求めたりすると、こんな仕打ちにあうのか――。

 職場や家庭で悩みを抱えている女性たちを、そんなふうに萎縮させる。そして、社会の難題の解決をますます遅れさせる。それがなにより罪深い。

 猪瀬直樹前知事のカネの疑惑の際は、あれほど厳しく「都民をなめるな」「自らえりをただせ」と迫った都議会である。自浄作用を働かせることを強く求めたい。

 塩村氏のツイッターへの投稿は、1日のうちに約2万回もリツイート(転載)され、全国に怒りが燃え広がった。

 ふつうの生活者の怒りが目に見える時代になった。あっという間に議員たちを取り囲んだ。救いはそこにある。これを教訓に、公に発言する責任の重さを全国の一人でも多くの議員にかみしめてもらいたい。


毎日新聞
都議会ヤジ 「品位」以前の問題だ

 これが首都の議会か。こうあきれた人も多いだろう。

 東京都議会みんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)が本会議で一般質問の最中、議場からセクハラというべきヤジを浴びせられた。さらには、その発言者がなかなか名乗り出ないという異例事態である。

 不作法だとか品位を欠くといったこと以上にこのヤジの根は深い。

 近年、政治や行政が女性の社会進出、子育て支援などを力説しながら、一皮むけば、このような不見識や偏見が今もあっさりと顔をのぞかせるのではないか。意識変革の遅れを今回の問題は示唆する。

 塩村議員が質問に立ったのは18日。女性の妊娠・出産をめぐる都の支援体制などを取り上げた。

 塩村議員によると、ヤジは男性の声で「自分が早く結婚した方がいいんじゃないか」「まずは、自分が産めよ」「産めないのか」などと言った。声は最大会派の自民党席あたりから聞こえたという。だが、発言者の特定には至っていない。

 社会各分野で指導的地位の3割以上を女性にするという目標を掲げるなど、安倍政権は女性の社会進出と活躍の機会拡大を「成長戦略」の柱にしている。そのためには、子育て支援充実など課題は多岐にわたり、男女の緊密な協力が支えとなる。

 その理念や取り組むべき課題を踏まえていれば、議場で今回のようなヤジが飛ぶはずもない。驚くべき無理解というほかはない。

 過去においても、政治家の問題発言はあり、例えば、2007年には当時の柳沢伯夫厚生労働相が「女性は産む機械」とたとえて、厳しい批判を受けた。

 政治家らの認識も高まったはずだが、今回のような問題が起きるとむなしい。

 一方、都議会(定数127)全体の対応の鈍さはどうしたことか。

 ヤジが飛んだ時、議場には笑い声さえ上がったといい、たしなめたりする様子はなかったという。

 問題化しても、ヤジを飛ばした当人がすぐに名乗り出ないという事態も異例なら、周辺に座っていてヤジの発声を間近に聞き、発言者を特定できるであろう議員がいない、というのも納得できない。

 この悪質なヤジに議会がただちに反応し、発言者不明なら超党派で徹底調査するぐらいの即応力を発揮していれば、ここまで議会不信の傷は深くならなかったかもしれない。

 みんなの党会派は、ヤジの主が自ら名乗り出ないなら、声紋分析も考えるという。そのような事態になる前に、議会自らが主体的に解明し、この苦い体験を今後に生かすべきではないか。

フランス語
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英会話に誘われました/発達障害の学習会

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ondata di calore

C'est en 1781 que Mercier commence à publier son Tableau de Paris. Ses critiques du gouverment l'obligent à se réfugier en Suisse pour eviter la prison.

1781年,メルシエは『タブロー・ド・パリ』の刊行を始めます.ここでは彼は政府に対する批判を展開したため,投獄を避けるべく,スイスに亡命せざるをえなくなります.
「廃墟のルーブル宮」メルシエ『タブロー・ド・パリ Tableau de Paris』(1781-1788)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

バランスランチを食べながら,FuさんとOhさんとYaさんとお話し.英会話の勉強とか火曜日のDの裏話とか.英会話に誘ってもらったのは嬉しいけど,火曜日はいろいろと忙しいです.
夕方は発達障害の学習会.わかりやすかったです.

自爆営業 (ポプラ新書)
樫田秀樹 ポプラ社 2014-05-08
各業界に広がる「自腹でノルマ」の恐るべき実態と対策を初めて暴く!
昨年11月、菅官房長官の異例のコメントで大きな話題となった「自爆営業」。郵便局員の年賀はがきノルマ達成のための金券ショップへの持ち込みがきっかけに。1万枚もの年賀はがきを持ち込むケースも。そうなると、7万円近く自腹を切ることになります。しかも、この悪弊はさまざまな業種に蔓延しており私たちを追い詰めています。その恐るべき実態とどう対処すればいいかを初めて一冊にまとめます。
著者は5年以前から「自爆営業」の取材を続けています。郵便局内での「反省文」「お立ち台」…その恐るべきリアルな実態には誰もが戦慄するはずです。
●コンビニエンスストア(アルバイト)
一個3000円のクリスマスケーキのノルマが各人17個。お歳暮も同様のノルマ。達成できないと自腹を切らされる。
●アパレル
毎月、自腹で自社製品を「試販」として交わされる。新店舗の売り上げをアップさせるためと全社員から現金2万円を徴収されたこともある。
●紳士服量販店
自宅には、自社のスーツがあふれ、ある店長は数百万円自腹を切ったという。
●外食チェーン
消費期限切れの食品を自腹で買い取らされる。高いステーキ肉なのに捨てたことがある。
(あとがきより)自爆営業が行われている会社は、赤字の穴を社員の懐で埋めようとする。これがまかり通るのは、一つには理不尽な社是に従う労働者がいるから。一つには、パワハラや懐柔などでもって、社員を自分の意に従う奴隷のごとくの存在に仕立て上げる経営者がいるから。この二つは、コインの表と裏だ。
私が自爆営業を取材して痛感したのは、自爆営業は、経営難への方策などではなく、絶対に間違っているということだ。自爆営業には、パワハラや長時間サービス残業、低賃金などの問題がつきまとう。その結果、いったいどれだけ多くの人が、心と尊厳を傷つけられ、体が悲鳴を上げ、精神を病み、休職に追い込まれたことだろうか。自分や家族が生きるためと思って受忍した自爆営業が、結局は、自身の心、肉体、精神や生活を破壊させる。しなければよかったと後悔したときには遅い。



河北新報
透明な力を 第11部・19年の軌跡 阪神大震災から(3)悩み、迷う娘 信じて見守る

 娘が残した走り書きにがくぜんとした。自分は一体、何をやっていたのだろうか。
 神戸市東灘区の中島喜一さん(67)は、阪神大震災で妻彰子さん=当時(47)=を失った。高校3年と中学3年の娘2人を1人で育てることになった。47歳の働き盛りのときだった。
 避難生活を送りながら、次女は志望校に合格した。せっかく入った高校なのに、朝起きられず遅刻する。「きょうはちゃんと学校行けたんか」。仕事先から電話して口論になった。
 進学塾に通わせても、成績は落ちる一方だ。家でボーッとしていることも多い。部屋の片付けや食事の仕方など細かく口を出した。強く育ってほしいと願った。
 それまで子どものことは全て妻に任せきりだった。相談できる人は誰もいない。「おい、どうするねん」。困った時は、妻の遺影に話し掛けた。

 震災から3年余りがたち、次女が県外の大学に進学し、家を離れた1998年春。掃除をしようと入った部屋でメモ帳を見つけた。何げなくめくった。
 <苦しんでいるのに、お父さんはわたしのことを分かってくれない><早くお母さんのところへ行きたい>
 目の前が真っ暗になった。リストカットもしていたようだ。知らず知らずのうちに、娘を追い詰めていたことにようやく気付いた。
 次女に初めて手紙を書いた。
 <お母さんの代わりになろうと思って、強く、厳しくしてしまった。申し訳ない。お前のことは絶対に守るから>
 心理学の本を読み、心のケアを学ぶ勉強会に参加した。母親と一緒に家の下敷きになり、自分だけ助かった次女の苦しみに思いをはせた。

 次女は大学卒業後、ヘルパーの仕事に就いた。東日本大震災のボランティアとして東北の被災地を訪れたのを機に鍼灸(しんきゅう)師を志し、今は専門学校に通う。
 進路に悩み、回り道する姿に接すると、心の傷は完全には癒えていないのかもしれない。生きるヒントにしてほしいと、感銘を受けた本を差し入れるなどして静かに見守る。
 中島さんは障害児のデイサービスで働き、東日本大震災の被災地に足を運ぶ。家族を失った人の話に耳を傾け、自分の体験を伝える。言葉でうまく表現できない思いでも、被災者同士なら分かり合えると信じる。
 「親は子どもに代わって困難を乗り越えることはできない。だから、どうか子どもの力を信じてほしい」
 子育てに悩む親たちにはそう答えている。

朝日新聞
(原子のクニ)第6部 再考:6 吉原毅・城南信用金庫理事長

 ――東京に本店を置き、信金で全国2位の預金量。そのトップが脱原発を唱えている
 大震災の年の4月、ホームページに「原発に頼らない安心できる社会へ」=キーワード=というメッセージを出した。仲間のあぶくま信用金庫(福島県南相馬市)さんは、(福島第一原発から半径20キロ圏内が立ち入り禁止の警戒区域となり)営業地域が半分なくなっている。誰も同情しないのはおかしいって話で、敵討ちをせんと、困った人たちをうちで引き取ることにした=キーワード。
 義憤にもかられ、節電したら3割減ったという事実を広めようと。自家発電や太陽光を入れ、エアコンを取り換え、温度を28度に上げれば3割減る、そしたら原発止まるじゃないかと。
 節電プレミアムという新商品もやった。(省電力・省エネにつながるソーラーパネルなどの設備投資資金で)ローンの金利が最初の1年はゼロとか。マスコミが、「それは原発を止めるため」って書きやすいようにと思って。
 ――もうけはあるのか
 もうかんない。でも、めちゃくちゃ増えるわけじゃないし、たいしてロスにはならない。しかもパンフレットを作って、原発はとんでもないってことを書いた。商品を売るためにパンフを持って行くと「何でこんな商品やるの?」。そこで「実は原発はとんでもないんで」。つまり「セールス=プロパガンダ」になる。営業活動を通じた脱原発推進運動を同時並行でやれるのが、企業の素晴らしいところだなと。
 ――金融機関って営利的な面があると思うが
 違う。会社は一番初めは社会貢献のためにあるはずだった。それがいつしか近代経済学的拝金主義的宗教観、「企業の目的は利益最大にすることじゃなきゃいけない」って風になって。強迫観念だ。でも、マインドコントロールを断ち切って何とかしようと。淫祠(いんし)邪教の類いだ、サタンよ去れ、みたいなことを言わなくちゃならない。
 例えば、「我が社では地球温暖化に対応するため砂漠の緑化に取り組んでいます」なんてやってるでしょ? これと同じこと。最大の環境問題である原発に反対で何がいけないのか。
 商品をやってもまだ止まらないから、次はPPSのエネット=キーワード=への切り替え大作戦をやった。(電気が足りないと困っている)東京電力がかわいそうだから、ほかのところから電気を買ってあげましょうって。
 ――行動の根底には何があるのか
 3代目理事長の小原鉄五郎がいつも「銀行に成り下がるな」と言っていた。銀行は利益を目的とした行動をしていく、しかし信用金庫は公共的な使命を持った公益的な金融機関。中小企業と国民の幸せ、そして地域社会の繁栄という方針を通じて、みんなを幸せにするための金融機関なんだと言っていた。
 お金は麻薬のように危ないものだから、一歩間違えば人の心を狂わせ暴走させる。だからお金が人々の幸せにつながるようアドバイスしなきゃいけない。これが本来あるべき金融業務のあり方だ。
 しかし、日本的な倫理・道徳・価値観を否定し、自由主義的価値観、もうけさえすればいいみたいなことが出てきた。利益を出せないやつはクビだとか、自己責任でだまされたやつが悪いみたいになり、不幸な人を誰も助けようとしない。そんな中に原発事故が起きた。
 ――協同組合組織である信金としての理念が脱原発につながると?
 協同組合運動って、ひとの幸せとじぶんの幸せを一緒に考え、苦しんでいる人は助けなきゃいけない。「助けなかったらただの妖怪になってしまう」と妖怪人間ベムも言っている。見て見ぬふりはただの金貸し人間か、偉そうなこと言ったって自分のことしか考えてねーじゃねえかって、天の声が聞こえてくるわけですよ。
 だけど、マスコミも学者も政治家も役人も誰もやってくれない。ならばたとえ一騎でも立ち向かうべきだと蟷螂(とうろう)の斧(おの)を振りかざした。=吉原氏の話は続きます。(石田一光)

 ◆キーワード
 <「原発に頼らない安心できる社会へ」> 東京電力福島第一原発事故について、「原子力エネルギーは一歩間違えば取り返しのつかない危険性を持っている、管理する政府も企業も万全の体制を取っていなかった」などとし、城南信金自身の節電とともに、省電力、省エネのための設備投資への積極的支援を打ち出した。

 <困った人たちをうちで引き取ることにした> 東日本大震災に関する支援として、内定取り消しに追い込まれた被災地の学生らを対象にした「新規特別採用」を実施。岩手県の宮古信用金庫と、福島県のあぶくま信用金庫で働く予定だった計10人を採用した。

 <PPSのエネット> PPSとは特定規模電気事業者。「新電力」とも呼ばれる。2000年の電力小売り一部自由化を受けて設立された電気の小売事業者。エネットはNTTファシリティーズ、東京ガス、大阪ガスが出資するPPS最大手。城南信金は、東電との契約を解除し、自然エネルギーや民間の余剰電力を販売しているエネットとの契約に切り替えた。ほかでも切り替えが進めば、東電などがいう電力不足は解消され、原発維持の必要性もなくなると主張している。


朝日新聞
集団的自衛権の協議―歴史の審判に耐えられぬ

 こんな前提で始まったはずの集団的自衛権をめぐる与党協議が、いつの間にか大詰めを迎えつつある。

 きのう、安倍首相と公明党の山口代表が会談し、22日に国会が閉会した後も、議論を続けていくことを確認した。

 与党協議の焦点は、集団的自衛権の行使を認めるかどうかではなく、どの範囲まで認めるかに移っている。

 首相は、遅くとも7月初めまでに閣議決定をする構えだ。

 たとえどんなに限定をつけようとも、集団的自衛権を認めるのは、歴代内閣が憲法9条によって「できない」と言ってきた他国の防衛に、日本が加わるということだ。

 専守防衛に徹してきた自衛隊が、これまで想定していなかった任務のため海外に出動することになる。

 首相が、憲法解釈の変更に向けた検討を表明してから、わずか1カ月あまり。教科書を書き換えねばならないほどの基本政策の転換に、国民の合意が備わっているとは言い難い。

 実質的に期限を切ったなか、与党間の政治的妥協で決着をつけていい問題ではない。

 ここはいったん、議論を白紙に戻すべきだ。

■協議の限界あらわに

 きょうからの与党協議の焦点は、政府が示した15事例の具体的な検討から、自民党の高村正彦副総裁の私案を下敷きとした閣議決定の文案に移る。

 公明党幹部によれば、15事例は議論のための「小道具」に過ぎず、その役割はもう終わったのだという。はじめからわかっていたこととはいえ、それではいままでの協議は何だったのか。空しさが残る。

 一方、高村私案には重大な懸念がある。

 「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」。これが、「他国に対する武力攻撃」に、日本の自衛隊が武力を使うにあたっての条件だという。

 一見、厳しい枠がはめられているようにも見える。だが、結局は政府がこの条件にあてはまると認定さえすれば、自衛隊は武力を使える。

 ここに「限定容認論」のまやかしがある。

 あいまいな要件のもと、自衛隊が他国を守る武力行使に踏み出す。いったん認めてしまえば、「必要最小限」の枠などあっという間に広がっていくのは目に見えている。

 公明党の要求を受け、閣議決定にあたってはもう少し厳しめの表現に修正されるかもしれない。だが、その本質は変わりようもない。そして、その修正がまた、公明党を容認に引き込むための新たな「小道具」となる矛盾をはらむ。

 公明党が「連立離脱」というカードを早々に封印して行われた協議の限界である。

■広がる首相の狙い

 「日本人が乗っている米国の船を、自衛隊は守ることができない。これが憲法の現在の解釈だ」。与党協議は、先月の首相の記者会見での訴えを受けて始まった。

 ところが、いざ始まってみれば、政府の狙いがそればかりにあるわけではないことが次々に明らかになった。

 ペルシャ湾を念頭に置いた自衛隊による機雷除去への首相のこだわりは、その典型だ。

 一方、首相は記者会見や国会審議で、中国の軍備拡張や東シナ海での自衛隊機への異常接近などを例に挙げて、安全保障環境の変化を強調した。

 中国の軍拡は日本への脅威となりつつある。ただ、多くの国民が不安に感じている中国の尖閣諸島に対する圧力は、集団的自衛権の議論とは直接には関係がない。本来、個別的自衛権の領域の話である。

 政府が事例に挙げた離島への武装集団の上陸への対応も、自衛隊が警察権にもとづいて出動する際の手続きを簡素化することでほぼ決着。議論の焦点はもはやそこにはない。

 なぜ、こんなちぐはぐな議論のもとで、集団的自衛権を認める閣議決定になだれ込もうとしているのか。

■憲法に背を向けるな

 答えは明らかだ。日本の安全を確保するにはどうすべきなのかという政策論から入るのではなく、集団的自衛権の行使を認めること自体が目的になっているからだ。このまま無理やり憲法解釈を変えてしまっては、将来に禍根を残す。

 集団的自衛権が日本の防衛に欠かせないというのなら、首相は「命を守る」と情に訴えるのではなく、ことさら中国の脅威を持ち出すのでもなく、理を尽くして国民を説得すべきだ。

 そのうえで憲法96条に定めた改憲手続きに沿って、国民の承認を得る。

 この合意形成のプロセスをへなければ、歴史の審判にはとても耐えられまい。


毎日新聞
都議会:セクハラヤジ問題 発言者特定を 塩村都議が要求書

 東京都議会本会議で質問したみんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)がセクハラのヤジを浴びせられた問題で、塩村氏は20日、発言者を特定したうえで地方自治法に基づく処分をするよう求める要求書を吉野利明議長に提出した。吉野議長は受理するかどうかを判断する。

 要求書で塩村氏は、「自分が早く結婚すればいいんじゃないか」「まずは、自分が産めよ」「子供を産めないのか」「子供もいないのに」−−などのヤジを受け、侮辱されたと主張。発言者の処分や再発防止措置などを求めている。

 地方自治法133条は「議会の会議または委員会で侮辱を受けた議員は、議会に訴えて処分を求めることができる」と定め、議場での陳謝や出席停止などの懲罰を設けている。

 塩村氏は報道陣に「発言者に名乗り出てもらえば私の傷も癒えるが、そうでない以上、こういう手段を取るしかない」と訴えた。

 同党女性局長の薬師寺道代参院議員も同行し、ヤジを飛ばした者に議員辞職を促すよう議長に文書で申し入れた。薬師寺氏は「社会問題として捉えていただきたい」と述べた。

 この問題で、田村憲久厚生労働相は20日の閣議後の記者会見で「非常に不快な話で、断じて許されない」と厳しく指摘。「女性都議をはじめ報道でこのヤジを知った多くの女性の心を傷つけた。人として大問題で、どこの党であろうと許される話ではない」と述べた。森雅子・少子化担当相も閣議後会見で「事実なら絶対あってはならない。許されないことだと思う。再度、こうしたことが起こらないようにしていただきたい」と批判した。【和田浩幸、桐野耕一、江口一】

フランス語
フランス語の勉強?

再テの人Vが泣く/発達障害の人同士仲良し

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Harimayabashi_140503

À la même époque, Robert Delaunay (1885-1941), peintre d'avant-garde proche du cubisme, la prend comme sujet d'une série de tableaux.
同じころ,キュビズム寄りの前衛画家ロベール・ドロネ(1885-1941) はエッフェル塔を題材に連作を制作している.
「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

午前中に再テのVの人が準備したプリントがダメダメ.Hyさんが叱ったら,その人は泣いていたそうです.Suさんが教えてくれました.うーん.
Yuさんによると,発達障害の人は2人いますが,いつの間にか2人は仲良しになっているとのこと.

朝日新聞
宮城)被災レストラン、3年ぶり再開 仙台・荒浜

 仙台市若林区の荒浜地区で被災したレストラン「サンクック」が16日、内陸に移転して3年ぶりに営業を再開した。素朴な味で地域に愛されてきたが、主人が病気になり一時は廃業も覚悟した。それでも地元の常連客の励ましに背中を押され、再出発にこぎつけた。

 「またどうぞ。これからもよろしくね」。再開初日の16日昼、サンクックは、久しぶりの味を楽しむ客で埋まった。千田均さん(58)、みねさん(57)夫妻は厨房(ちゅうぼう)で大忙し。「懐かしい荒浜の人たちがたくさん来てくれて、うれしい」

 震災前も、地元の人が集まる店だった。洋食から和食まで取りそろえ、均さんが釣った魚がメニューに並ぶことも。ボリュームがある優しい味、手ごろな値段が売りだった。近くの海岸で地引き網体験のイベントを考案したり、消防団やPTAの会合が開かれたりと、地元の「集会所」の役割も果たしていた。

 しかし、津波で店舗兼住宅は全壊。客や近所の人を失ったショックも重なり、均さんは心を病んだ。貯金を切り崩す療養生活。仕事を探してハローワークにも通った。「生きるだけで一生懸命。不安ばかりだった」とみねさんは振り返る。

 それでも買い物の時などに顔を合わせた常連客からは、「再開するの待ってるぞ」「集まれる場所がないから店やってよ」と声がかかった。均さんの病状も徐々に回復。資金面も、集団移転先に土地を借りて自宅や店を再建できるとわかり、めどがたった。もう再開を阻むものはなかった。

 再建費用は、80歳まで返済を続けるローンを組んで確保した。常連客らがプレゼントした時計や絵が店を彩る。節約しながらも、みねさんが好きなガラス照明は取り付け、カウンターを優しく照らす。「地域のみなさんに恩返しがしたい。落ち着いて過ごせる店にしたい」。夫婦は語った。

 当面の営業は午前11時半〜午後3時。日替わりランチ3種類を提供する。夜の営業や定休日は今後決める。問い合わせは022・288・0488。(長嶋晶子)


河北新報
被ばく牛と都内で猛抗議 福島・浪江の牧場代表、あす計画

 福島県浪江町の旧警戒区域内で、福島第1原発事故で被ばくした牛を飼い続けている男性が被ばく牛1頭を連れ出し、東京都内で20日午後、国や東京電力に抗議活動を計画している。福島第1原発から20キロ圏にある旧警戒区域内の家畜は域外への移動が禁じられており、論議を呼びそうだ。
 男性は原発事故後、「希望の牧場・ふくしま」を設立した吉沢正巳代表(60)。国の殺処分命令を拒否し、福島第1原発から約14キロ離れた牧場で和牛など約330頭の牛を「学術研究」目的で飼い続けている。
 抗議活動は農林水産省、経済産業省、東電本店前などで予定。除染廃棄物の中間貯蔵施設建設をめぐる石原伸晃環境相の「最後は金目」発言に反発し、環境省前でも抗議活動を行う。
 吉沢代表は原発事故の風化阻止をはじめ、国の殺処分命令の撤回、被ばく牛調査研究の推進などを訴えるという。
 旧警戒区域内の牛を許可なく域外に移動した例はない。福島県畜産課は「福島県産牛の全頭検査を完全実施し、安全安心を必死にPRしてきた努力が無になりかねない」と困惑している。
 農家の避難に伴い餓死したり、国の殺処分命令で安楽死させられたりした牛は計3447頭。旧警戒区域内では現在、殺処分を拒否した吉沢代表ら複数の農家が計640頭の牛を飼い続けている。
 吉沢代表は「牛飼いが牛を見殺しにせざるを得なかった絶望の日々を、福島から送られた電気に依存してきた首都圏の人々に被ばく牛と訴えたい」と話している。


河北新報
透明な力を 第11部・19年の軌跡阪神大震災から(2)家庭を持つ今、父を許せた

 結婚して家庭を持ち、父親の気持ちが今は少し分かるようになった。
 大田誠さん(30)=兵庫県三木市=は小学5年のとき、阪神大震災に見舞われた。神戸市東灘区のアパートが倒壊。母あい子さん=当時(36)、次兄の亮さん=同(13)=が帰らぬ人となった。
 中学生のころだ。トラック運転手だった父が、酔って帰ってくることが増えた。仏壇の前で母の名前を叫び、「ごめんな」と泣く。戸惑ったが、何も言えなかった。
 無口で怖い父親だった。釣りや野球についていくのはもっぱら次兄で、自分は母親と一緒にいるのが心地よかった。

 阪神大震災後、父はいつの間にか、借金を重ねていた。取り立てがマンションに来て、3歳上の長兄と3歳下の妹は家を出た。台所もない4畳半一間に父と2人で引っ越した。
 中学を卒業し、建設会社で働いた。父は日中、家にいることが多くなった。給料に手を付けられることすらあった。
 19歳の春。父が突然、姿を消した。「勝手にしたらええ」。捜す気にはなれなかった。「捨てられた」と怒りも湧いた。 約1年後、あしなが育英会のボランティアをしていた久美子さん(30)と知り合った。21歳になって間もない04年秋に結婚した。
 近所に住んでいた知り合いが偶然、父を見つけて居場所を知らせてくれたが、自分から連絡はしなかった。
 長男が1歳になった06年春、震災前によく行った神社の祭りに3人で出掛けた。父の住まいがすぐ近くで、思い切って電話した。
 泣きながら現れた父は「死んだお前の兄貴にそっくりや」と長男の頭を何度もなで、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。「昔のことをあれこれ考えてもしゃあないか」。凍り付いていたわだかまりが溶けていくように感じた。

 その後、長女と次女にも恵まれ、子どもは3人になった。
 父親は震災のすぐ後、あしなが育英会の職員に悩みを打ち明けていたことを最近知った。
 <今でも思うんだけど、すぐに病院へ連れてってたら、助かったんやないかって><子どものことを思ったら、父親より母親が生きていた方がなんぼかよかったか>
 もし自分が妻と子を一度に失ったら、どうなってしまうだろう。失意の底に沈んでいた父の気持ちをもう少し分かっていたら、何か力になれたかもしれない。
 震災から20年近くを経た今はそう思える。

朝日新聞
環境相の発言―「最後は金」が蝕むもの

 そうだ。石原伸晃環境相の言葉が無神経に映したのは、いまの福島の一断面である。

 「最後は金目でしょ」

 損害賠償も除染も帰還も、移転先での新しい生活も。復興でさえも。原発事故の被災地には、「最後は金目」な案件がうずまいている。

 だけど、福島の人たちが本当に欲しいのはお金じゃない。

 放射能なんかこれっぽっちも気にしなくてよかった日々であり、田んぼや畑や海で汗をぬぐうひとときであり、子どもや孫と笑って過ごせる生活だ。

 取り戻せないことはわかっている。だからこそ、やりきれない。金目で済ませたいのは、住民ではない。国のほうなのだ。

 確かに、お金は便利だ。「代償」の道具として万能にみえる。だけど、そのお金は原発事故のあと、福島をひたすら蝕(むしば)んでもきた。

 「もらった」「もらえない」「足りない」「もらいすぎだ」――。無色透明を装いながら、遠慮なしに地域や家族や友人関係に踏み込み、分断した。

 この3年間、その矛盾と空虚さをいやというほどかみしめてきた。「どうせ金なんだろ」という目と闘いながら。

 その中で自分をどう取り戻し、周りとの関係を結びなおし、いかに生きるか。重たい問いと向き合ってきたのは、国ではない。彼らのほうだ。

 中間貯蔵施設もそうだ。ふるさとに、そんなものは欲しくない。だが、除染した汚染土をどこかで保管しなければ、福島全体の復興が進まない。

 葛藤から抜け出し、なにか前を向いていくための答えを探しに住民説明会へと足を運んだ人たちもいただろう。

 石原氏の言葉は、そういう人たちの心をへし折った。

 「30年以内の県外処分」も、もはやそらぞらしい響きにしか聞こえまい。

 膨大な量の汚染土を、いったい県外のどこが引き取るというのか。あてもないまま「約束します」と繰り返す国の軽さが、「最後は金目」と言い放つ大臣の姿と重なる。

 発言後、石原氏は釈明と陳謝に追われている。ただでさえ、むずかしさを増していた交渉だ。こんな形で断ち切ってしまった関係を修復するのは、容易ではないだろう。

 約2週間にわたった説明会に担当大臣である石原氏は一度も出席しなかった。まずは現地に足を運び、耳を傾けるといい。

 自らの発言の罪深さを、蝕んでしまったものの重さを、骨身で実感するために。

東京新聞
「金目」発言 住民に寄り添わぬ不実

 あまりにも配慮を欠く発言だ。石原伸晃環境相の「金目(かねめ)」発言から透けて見えるのは、苦悩する住民に寄り添おうとはせず、その犠牲の上に国策を推し進めようとする、政府の不誠実な姿勢だ。

 発言は十六日に飛び出した。東京電力福島第一原発事故に伴う除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設の建設をめぐり、候補地の福島県双葉、大熊両町を対象にした住民説明会を終えた翌日だ。

 石原氏はこの日、首相官邸で、菅義偉官房長官に住民説明会などについて報告。その後、記者団の質問に答え、難航する福島県側との調整に関し、「最後は金目でしょ」と述べた、という。

 説明会では住民側からの質問の多くが、交付金などの生活支援策や用地買収価格などに集中したことが念頭にあったのだろう。

 経済的補償は施設の建設を受け入れるか否かの判断材料の一つだが、それだけではあるまい。

 原発事故で長期避難を強いられた上に、なぜ除染廃棄物の受け入れまで迫られなければならないのか。三十年以内に県外に搬出すると国は言うが、そのまま最終処分場になるのではないか。

 そんな住民の苦悩や不安に、政府はまず寄り添わねばならない。原発の放射能汚染が住民を苦しめることのない未来図を描き、実現への道筋を示す必要もある。

 福島県の佐藤雄平知事は「住民の皆さんの、ふるさとを思う気持ちを踏みにじる発言だ」と反発した。当然だ。菅氏が石原氏に注意し、沈静化を図ろうとしたのも政権の危機感の表れだろう。

 野党の要求で参院ではきょう環境委員会が開かれる。石原氏は十六回の住民説明会に一度も出席していないという。以前、国会審議に遅刻したこともあった。大臣や政治家としての資質を含め、この際、徹底追及すべきだ。

 同時に、見過ごしてならないのは、国策遂行に当たっては、住民の故郷に抱く気持ちなど顧みず、札束で施設などの受け入れを迫る政府の強権的な姿勢である。

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古沖への「移設」問題では、年間三千億円台の沖縄振興予算を計上することで基地の県内固定化を迫ってきた。政府の常とう手段だ。

 福島でも沖縄でも、住民の心情と向き合う気持ちが、政府には欠けているのではないか。お金は大事ではある。しかし、お金さえ積めば押し切れると考えているのなら、勘違いも甚だしい。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 「最後は金目」発言、環境相撤回 福島で謝罪の意向

 石原伸晃環境相が東京電力福島第1原発事故の除染に伴う中間貯蔵施設を巡る被災地との交渉について「最後は金目(かねめ)でしょ」と発言した問題で、参院環境委員会は19日、集中審議を開いた。石原氏は「住民に誤解を与えたということであればおわびしたい。金で解決できるとは全く考えておらず、撤回させていただきたい」と陳謝し、発言を撤回した。また、国会閉会後に福島県を訪れ、謝罪することも明言した。

 石原氏は発言の趣旨について「地元の要望に応えるために予算を確保しなければならないということをストレートに言えばよかった。品位を欠く発言だった」と釈明した。進退については「職務をしっかり丁寧に全うしたい」と述べ、辞任を否定した。

 中間貯蔵施設を巡っては、同県大熊、双葉両町の住民説明会が15日に終了。石原発言で来年1月の稼働開始の目標が遅れる可能性が出ている。

 石原氏の説明に野党側は納得せず、福島県選出の増子輝彦委員(民主)は「速やかに辞任を要求したい」と追及。野党8党は20日の衆院環境委でも石原氏の説明を聞いた上で、問責決議案や不信任決議案を国会に提出する構えだ。【阿部周一】


毎日新聞
都議会:セクハラやじ 女性議員に「早く結婚しろ」

 東京都議会の本会議で18日、みんなの党会派の塩村文夏(あやか)議員(35)が、女性の妊娠・出産を巡る都の支援体制について一般質問をしていた際に、男性の声で「早く結婚しろよ」「子供もいないのに」などのヤジが飛んだ。同会派は、議員席からだったとして「公の場でセクハラ発言を受けた」と反発。発言議員を特定し、注意するよう議会運営委員会に申し入れる。

 塩村氏は議長席前の演壇でヤジを浴び、声を詰まらせる場面もあった。質問終了後、報道陣に「女性の気持ちを代弁していただけに腹が立つし、悲しい」と語った。同会派の両角穣(もろずみみのる)幹事長は「6年後に五輪が開かれる都市の議会でこういう発言が出るのは恥ずかしい」とあきれた様子。一方、議運の吉原修委員長(自民)は「聞いていない」とした上で、「(各)会派の中で品位のない発言をしないよう確認すればいいのでは」と述べるにとどめた。

 塩村氏は昨年6月の都議選で初当選。放送作家として活動し、日本テレビが放送していた人気バラエティー「恋のから騒ぎ」に出演していた。【和田浩幸】

フランス語
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夜更かしのせいで昼眠い/アリゴaligot

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Par contre, pour d'autres, elle synbolise la modernité ; Apollinaire (1880-1918) la met en scène au début de son grand poème « Zone » (1913) : « Bergère, Ô Tour Eiffel, le troupeau des ponts bêle ce matin ».
その一方で,エッフェル塔を近代性の象徴とみなした人もいた.アポリネール(1880-1918)は「地帯」(1913)という見事な詩の冒頭でこの塔を登場させている.「羊飼いの娘 おおエッフェル塔よ 橋の群れは今朝羊のように鳴く」.

「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

高知・桂浜にて.女の子が遊んでいます.パンツ見えているけど・・・見せパン?

昨日夜更かししたせいで朝から眠いです.朝のキソキソはどうにか乗り切りましたが,眠い.ランチは魔法のレストランで紹介された1号線のお店です.久しぶりですが「いつもの」をお願いしました.
食べ終わって雨.少し濡れましたがそれよりも眠くてツライ・・・1時間以上仮眠しました.
夕方以前からお願いしようと思っていたリンギンをYuさんに.どうなるかな?
水曜日なのでテレビでフランス語.アヴェロン県のアリゴ(aligot)食べたいです.おデブになるのはマズイですけど.
なんか疲れがたまっている感じです.

朝日新聞
宮城)復興と五輪、被災地はどうみる

 2020年の東京五輪が掲げる「復興五輪」を、どのように実現するか。組織委員会の森喜朗会長が16、17日と被災3県を回り、知事らと意見を交わした。被災地の人たちは、復興と五輪をどうみているのか。

 聖火リレー出発地と、解体される国立競技場の聖火台誘致をめざす石巻市。南浜地区に計画する復興祈念公園に聖火台を移築し、そこで出発式を開きたい考えだ。石巻商工会議所の浅野亨会頭(72)は「石巻は五輪開催までに市立病院や魚市場が再建される。被災地が復興した姿を、世界に見せたい」と意義を語る。

 誘致が成功すれば、復興にも寄与すると考えている。「並木をきれいにするなど色々な関連事業が生まれる。新たなまちづくりの動きが出てくる可能性もある」と期待する。

 機運を盛り上げようと、8月1日の石巻川開き祭りにあわせ、市内でトーチリレーをする。「市民の関心を高めながら、周辺市町や他の被災地の商工会議所などから応援をもらい、実現をめざしたい」

 南三陸町の佐藤仁町長(62)も、東京五輪が「復興」を旗印にすること自体には好感を持つ。「震災の風化を防ぐことにつながる」とみるからだ。

 一方で、「復興よりも五輪の方が企業の実績やイメージアップにつながる」と、業者が東京へ流れることを心配する。「復興と五輪に向けた工事の両立には、建設業者が一方の工事に偏らないよう、国が調整役になるべきだ」と話す。

 被災者はどう思ったか。

 東京五輪でサッカー会場に使われる宮城スタジアムから6キロほど。塩釜市の伊保石ステーション仮設住宅で夫(67)と2人で暮らす女性(71)は、壁が薄い仮設では気が休まらないと嘆く。「せめてここでの楽しみを見つけていきたい。だから、東京五輪も楽しみ」と話す。だが、資金のあてがなく、自宅を再建するめどがたたない。「五輪のために道路の整備とかをする前に、そのお金を復興に使ってほしい」

 3月まで気仙沼市の五右衛門ケ原運動場仮設住宅の自治会長を務めた長井裕子さん(64)は、国が「復興五輪」を掲げることを「ガス抜き」と一蹴する。仮設住民が一番心配するのは、自宅を建てる時に、どれだけ建設費が値上がりしているか、だ。東京五輪で資材高騰に拍車がかかり、さらに値上がりしないか。「そんな不満から目をそらさせるために、復興オリンピックと言ってるんでしょ」


河北新報
第11部・19年の軌跡 阪神大震災から(1)/妻との出会い心解き放つ

 6434人が亡くなった阪神大震災(1995年)では、約600人の子どもたちが親を失った。東日本大震災と規模や形態は違えども、遺児たちが抱える苦難は変わらない。阪神大震災から19年余り。悲しみとどう向き合い、どんな歳月を歩んできたのか。遺児らの軌跡をたどった。(震災と子ども取材班)=第11部は5回続き

 眼前に海が広がる高台で、まちを見下ろして3歳の次女が尋ねる。「何でなんもないん」。「海がな、全部持っていってしまったんや」
 大田誠さん(30)=兵庫県三木市=は5月上旬、宮城県女川町の穏やかな湾を眺めながら答えた。妻久美子さん(30)と3人の子どもと休日を利用し、東日本大震災の被災地を巡っていた。
 津波の威力に言葉を失う。親を奪われた子たちはどんな日々を送っているのだろう。自分はつらい記憶をずっと閉じこめていた。心を許せる人が現れるまでは。

 阪神大震災のときは小学5年生、11歳だった。神戸市東灘区のアパートが倒壊し、母あい子さん=当時(36)=と次兄亮さん=同(13)=を失った。
 震災前日の夕食時、ふざけてご飯に箸を立てた。「死んだ人にすることや」。すごいけんまくで両親に怒られた。次の朝、激しい揺れに目が覚めると、二段ベッドの上段が目の前にあった。
 「まこちゃん」と呼んでかわいがってくれた優しい母。キャッチボールをよくした最高の遊び相手だった兄。震災が起きて2人が死んだのは、自分のせいではないか。そんな思いにそっとふたを閉めた。
 中学を出て建設会社で働いた。寂しさを紛らわすため、給料の大半は遊びにつぎ込んだ。食事はコンビニ弁当ばかり。一緒に住んでいた父親は借金を抱え、失踪した。
 20歳の春。震災遺児を支援する施設「神戸レインボーハウス」で、ボランティアだった短大生久美子さんと知り合った。
 久美子さんは当初、大田さんを「ちゃらちゃらしている人」と思った。明るいけれど、笑顔がどこか引きつっているようにも見えた。
 育英資金のための街頭募金の人手が足りず、大田さんに手伝いを頼んだ。期待はしていなかったのに、ビラを一生懸命に配る姿が印象に残った。

 2人は間もなく、引かれ合うようになった。大田さんは、久美子さんがそばにいてくれることが何よりうれしかった。「母が選んでくれた人」。なぜだかそう思えた。プロポーズした。
 久美子さんは、大田さんのすさんだ暮らしを「ちゃんとしてやりたい」と思った。未納だった国民年金などの手続きを手伝い、どこにあるのか忘れていた母と兄の遺骨の安置場所を一緒に探し出した。
 ほろ酔いになったある晩。「あのな、ゴーッと音がしてな」。大田さんは封印していた記憶を初めて口にした。
 「まこちゃんが悪くて2人が死んだわけじゃないよ」「ほんまに?」。背負い込んできた重荷がふっと軽くなった気がした。
 あの日から、もう10年近くがたっていた。


神戸新聞
震災再建恩返しやり切った 「えっちゃん」名物行事終了

 地域の子供たちが毎年心待ちにしていたイベントが、今年は開かれないことになった。神戸市東灘区の「すじモダンの店えっちゃん」店主深田勲さん(71)が2000年に始めた「ヨーヨーつり大会」だ。阪神・淡路大震災の経験から「子供らに楽しい思い出を」という一心で続けてきたが、近年は体力の衰えを痛感。「20年の節目まではと思ってたんやけど、やり切ったかな」と晴れ晴れと語った。(黒川裕生)

 木造2階建ての店舗兼住宅は震災で全壊。勲さん一家は近くに住む知り合いの家に身を寄せ、3カ月後、コンテナの仮設店舗で営業を再開した。今の形で再建を果たしたのは1998年だった。

 店の周辺は被害が大きく、多くの住民が避難生活を余儀なくされた。心を痛めた勲さんは、避難所になった本山南小学校の炊事係を買って出て、朝から晩まで千人分を超える食事を作り続けた。

 「毎日疲れ果てて目が充血してね。もう死ぬかと思った」と妻の洋子さん(63)。だが勲さんは「励ますはずの自分の方が元気をもらえた」と振り返る。住民たち、特に子供たちの笑顔が、店を再建する原動力になった。

 地域に恩返しをしたい‐。営業再開後、勲さんは精力的に動いた。被災して東灘から愛媛県に移った知人の協力で、毎年1月17日は道行く人にミカンを配布。夏には店先でスイカを振る舞った。

 ヨーヨーつり大会は毎年5、10月に開催。最大600人以上が参加するほどにぎわい、すっかり地域の名物行事になった。準備や運営は、避難所で共に汗を流した仲間たちが手を貸してくれた。

 昨秋で計28回。多くの親子連れに親しまれてきたが、勲さんは来年の震災20年を待たず、幕引きを選んだ。「とにかく事故に神経を使う。テントの設営もこの年齢では大変やし」。雨が降ったらどうしよう‐。心配になり夢でうなされたこともあった。ここ数年は肉体的にも精神的にも限界を感じていたという。

 店の営業は以前と変わらず続く。「えっちゃん頑張れ〜」。店の前を小学生が叫びながら自転車で通り過ぎる。「みんな友達みたいなもんや」と目を細める勲さん。もうイベントはないが、そこで生まれたつながりを宝に、これからも震災後の日々を生きる。

神戸新聞
神戸市485地区、流出人口戻らず 震災の爪痕いまも

 阪神・淡路大震災によって、人口が1割以上減った神戸市内767地区の3分の2近い485地区が、震災前の人口を回復できていないことが、神戸新聞社の調べで分かった。神戸市全体では2004年に震災前の人口を回復したが、震災で深く傷ついた地域の多くは人口流出分を取り戻せないまま、高齢化と人口減の現実に直面している。

 神戸市が保存している震災直前(1994年12月末)と震災後の毎年3月末の住民基本台帳統計(外国人登録を含む)から、市内計3368地区の人口推移を調べた。

 震災前の人口が100人以上で、震災1年後の96年、人口が1割以上減っていた各区の地区は、東灘=94▽灘=166▽中央=81▽兵庫=105▽長田=197▽北=3▽須磨=114▽垂水=7‐で、西区はなかった。

 震災前を100%とし、これらの地区の人口回復率を見ると、今年3月末時点で平均92・96%。長田区水笠通5(32%)、同区庄田町1(34%)、兵庫区松本通3(47%)など、半分にも満たない地区もあった。

 一方、東灘区本山南町9(226%)、同区青木3(225%)、灘区灘北通8(236%)など233地区は震災前の人口を上回った。東灘、灘区は高い割合で回復が進み、兵庫、長田、須磨区は伸び悩んでいる。

 また、長田区本庄町7(93%)など49地区はいったん回復したものの、再び震災前を割っていた。

 人口が増えた地区のほとんどは、被災後の更地や工場跡地などにマンションが建設されていた。一方、人口回復が進まない地区は、一戸建て住宅の再建が中心▽まちや建物の改造がなされず、新住民の流入が少ない‐などが要因とみられる。

 神戸市全体では、震災直前の153万3965人が、96年は約5万人減の148万1299人に落ち込んだ。2004年に震災前の人口を回復し、14年は154万8790人。だが、比較的被害の少なかった垂水、西、北区と須磨区北部を除けば、震災前を1万人近く下回っている。

(森本尚樹)

     ◇     ◇

 【市町村の人口統計】住民票をまとめた住民基本台帳のほか、5年に1回の国勢調査と、国勢調査に出生、死亡、転出入を加味した推計人口がある。住民基本台帳は、居住実態が分からない住民も含まれる。阪神・淡路大震災後は、住民票を移さずに仮設住宅などで暮らしていた人も多くいたとみられる。

河北新報
中間貯蔵施設「最後は金目」発言 福島県議会が抗議文を送付

 石原伸晃環境相の「最後は金目」発言について、福島県議会は17日、石原氏宛てに、発言の撤回と謝罪を求める平出孝朗議長名の抗議文を送付した。
 平出議長は「住民の尊厳を踏みにじった。発言を早期に撤回し、誠意ある態度を住民に示すべきだ」と述べた。
 県議会の自民党会派も17日、石原氏に「苦渋の決断に向けて悩んでいる(建設候補地の)大熊、双葉両町民の気持ちを踏みにじるものだ」とする抗議文を提出した。

◎「トップ慎重さ欠く」(双葉町長)/「住民感情を逆なで」(大熊町長)

 中間貯蔵施設の候補地である福島県双葉、大熊両町の町長は17日、石原伸晃環境相の発言について「住民の気持ちを理解しない、あるまじき発言だ」と批判した。
 双葉町の伊沢史朗町長は「重大な問題で誤解を招く発言をすることは、環境省のトップとして慎重さを欠いている」と指摘。「われわれは関東に電力を送り続けて犠牲になり、古里がなくなるかもしれないという事態に直面している。原発事故の風化が叫ばれる中、問題の重大さが分かっていない」と強調した。
 大熊町の渡辺利綱町長も「住民説明会が終わったばかりのタイミングで、先祖伝来の土地を失い、お墓参りもままならない住民感情を逆なでするような発言は残念だ。大臣は言葉の重みを考えてほしい」と語った。
 国は中間貯蔵施設に関連する住民の要望などに対する回答を示し、あらためて両町に受け入れを求める方針。今後について伊沢町長は「石原氏も謝罪し、反省しているようだ。中間貯蔵施設は重大な問題であり、冷静に対応していく」と述べた。
 渡辺町長は「最後は政治家が熱意を持って町民に語ることが大事になる」と責任ある言動を求めた。


朝日新聞
原発再稼働の前に―「被害地元」と向き合え

 福島での大事故の後、国は原発から30キロ圏内の地域に、万一の事態に備えて防災計画を立てるよう求めている。では30キロ圏外の地域は安全なのか。

 とてもそうは言えない。原発の周辺自治体が試算した放射性物質拡散予測で、その現実が次々と浮き彫りになっている。

 例えば兵庫県は、関西電力が早期の再稼働をめざす福井県の大飯、高浜の両原発から最短でも40キロ離れている。

 両原発で福島級の事故が起きたと想定し、過去の気象データを基に甲状腺の被曝(ひばく)線量を調べた。すると、150キロ離れた淡路島でも「安定ヨウ素剤の服用が必要」とする国際基準(7日間で50ミリシーベルト)を超える場合があるとわかった。神戸市や尼崎、西宮市などの阪神間でも、風向きによって基準値を大きく上回る可能性が浮かんだ。

 滋賀県の試算でも、大飯原発で福島級の事故が起きると、最悪の場合、40キロ以上離れた琵琶湖上空まで基準を超える放射性物質が届くという結果が出た。基準超えの地域は京都、大阪府にも広がっていた。

 なぜこんなことになるのか。

■甲状腺がんのリスク

 原発が大事故を起こすと、大気中に飛び出した放射性物質が広がり、地表も汚染する。福島級の事故の場合、避難や除染を必要とする国際基準(7日間の全身被曝で100ミリシーベルト)を超える地域は、原発からおおむね30キロ圏内とされた。

 だが放射性物質の集まり「プルーム」は、風任せでさらに外へと流れていく。大気中の放射性ヨウ素が十分に薄まっていないエリアでは、のど元の甲状腺が被曝して、小さな子どもが甲状腺がんになる確率が高くなる。プルームの拡散状況を素早く把握する体制を整え、的確なタイミングで安定ヨウ素剤を飲んでもらう備えが欠かせない。

 さらに考慮せねばならないのは、プルームの通過と降雨が重なれば、セシウムなど長期の影響をもたらす放射性物質が地上に集中的に落ちて、土地を汚染してしまうことだ。そうなれば一時的な対策ではすまない。

 福島第一原発から約40キロ離れた福島県飯舘村では、プルームが飯舘村の上空に達したとき雨が降った。原発マネーとは縁遠く、地産地消や心の豊かさを目指す村づくりを進めていた。だが事故のせいで、今も全域が避難区域に指定されている。

 関西広域連合は自治体の独自調査の結果をふまえ、30キロ圏外対策の具体的な指針を出すよう国に求めた。備えがなくては避難指示がいかに混乱するかは、明るみに出た「福山調書」でもはっきりした。国も必要性を認め、原子力規制委員会が範囲の設定などを検討すると、原子力災害対策指針に記している。

 だが規制委では今も本格的な検討はされておらず、再稼働に向けて、原発の施設内の審査が着々と進む。

■当たり前の主張

 もちろん規制をいくら強めても「絶対に安全」はない。原発を動かすなら、事故で被害を受ける地域を把握し、具体的な危険と対策を示して住民の了解を得ることが最低限必要である。

 だが国の覚悟は疑わしい。被害を受けるのは立地自治体だけではないのに、エネルギー基本計画には、再稼働の際は「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう取り組む」と記した。財政や雇用を原発に頼る自治体の弱みを見越して再稼働をスルリと進めたい思惑が見える。

 滋賀県の嘉田由紀子知事は福島での事故後、「被害地元」という考え方を示した。原発を動かすかどうかは、事故の被害を受ける全ての自治体が地元としてかかわれるようにしてほしいと求めている。当然の主張だ。だが現実は、立地自治体以外はほとんど口出しできない状況が続いている。

 隣の青森県にある大間原発の建設差し止めを求めて提訴した北海道函館市の工藤寿樹市長は、このままではまた「安全神話」になってしまうと警鐘を鳴らす。「理解を得るための手間ひまを惜しんだらおしまいだ」

 日本人の命を守る――。集団的自衛権の行使をめぐる記者会見で、安倍首相は繰り返した。それならば、原発事故の被害地元とも向き合わねばならない。再稼働の議論はそこからだ。

毎日新聞
石原「金目」発言 政府の本音がのぞいた

 原発事故の放射能汚染に追われ、困難な生活を続ける住民の心情を逆なでする発言である。政治家としての資質を疑わざるを得ない。

 東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などの中間貯蔵施設建設を巡る被災地との交渉に関し、石原伸晃環境相が記者団に「最後は金目(かねめ)でしょ」と語った。交付金や補償金で解決できるという政府の本音がのぞいたと被災住民は受け止めたことだろう。佐藤雄平・福島県知事が「原発災害の厳しい状況を分かっているのか」と批判したのは当然だ。

 石原環境相は「金で解決できるなんて一言も言ったことはない」と釈明し、陳謝した。しかし、石原環境相自身は、中間貯蔵施設の地元住民向け説明会に一度も出ていない。一刻も早く現地を訪れて謝罪し、発言について説明を尽くす責任がある。

 政府は同県双葉、大熊の2町の土地計約16平方キロを取得して施設を整備する方針だ。汚染土などは仮置き場に保管されており、来年1月の一部供用開始を目指している。

 政府は2町の住民らを対象とした説明会を5月末から計16回開いた。石原環境相の発言は、最後の説明会の終了翌日、首相官邸で菅義偉官房長官に中間貯蔵施設の今後の予定などを報告した後に飛び出した。

 政府側は説明会で、県外での最終処分の道筋や国有化する際の補償額などについてあいまいな姿勢に終始した。地元の理解を得られたとは言い難く、政府は住民の生活再建や風評被害対策に使える自由度の高い交付金の創設などを検討している。

 石原環境相は発言を「最後は用地補償額や生活再建策、地域振興策の金額を示すことが重要な課題になるという趣旨だった」と説明する。

 だが、発言は原発推進のため巨額の交付金を立地自治体に拠出してきた旧来の政治手法をほうふつとさせる。米軍普天間飛行場の移設問題が争点となった今年1月の沖縄県名護市長選で政府は、移設容認派が有利になるよう振興策を打ち出した。しかし、不発に終わった。金で受け入れを迫る発想は時代遅れだ。

 石原環境相に住民に寄り添う気持ちがあれば、「金目」などという言葉が出てくることはなかったはずだ。自民党幹事長時代、福島第1原発をオウム真理教の施設「サティアン」になぞらえた発言をし、釈明に追われたことを忘れたのだろうか。

 中間貯蔵施設の候補地周辺で、津波で行方不明になった子どもを捜し続けている親もいるという。施設の建設は、住民が生まれ育った土地を失うことにつながる。

 政府が住民の心情を受け止め、地元から信頼される存在にならなければ、建設交渉が進むはずはない。

東京新聞
集団的自衛権 結論先行で議論急ぐ愚

 何が何でも「集団的自衛権」との文言を入れ込もうとするのは、あまりにも強引だ。憲法をないがしろにし、自衛隊の海外派遣を際限なく広げかねない閣議決定案を、認めるわけにはいかない。

 閣議決定案はきのうの安全保障法制をめぐる与党協議会で自民党側が示した。座長の高村正彦同党副総裁が前回協議で提示した新しい憲法解釈案を踏襲している。

 日本への武力攻撃に加え、他国に対する武力攻撃でも「わが国の存立が脅かされ」「国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される」おそれがある場合には、自衛権発動として必要最小限度の武力行使が認められる、という内容である。

 閣議決定案は、こうした武力行使が「国際法上、集団的自衛権と認定される」とも記している。

 自民党が行使容認を目指す集団的自衛権という文言を盛り込む一方、国内法上は、個別的自衛権や警察権の行使と解釈できる余地を残すことで、行使容認に慎重な公明党に配慮したのだろう。

 しかし、「わが国の存立が脅かされる」のはどんな事態なのか、必ずしも明確でない。しかも「おそれ」だけで集団的自衛権が行使できるのなら、自衛隊の海外派遣が際限なく広がりかねない。

 大事なことは、これまで憲法違反とされてきた自衛隊の海外での武力行使を可能にするのか否か、具体的な活動の是非である。

 例えば、中東ペルシャ湾などを念頭に置いたシーレーン(海上交通路)での掃海活動だ。敷設された機雷を戦闘期間中に除去するのは武力行使にほかならない。

 自民党側は集団的自衛権の行使で可能にしたい考えのようだが、安倍晋三首相は記者会見で「自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」と語っている。その整合性を無視してまで、集団的自衛権という文言を盛り込みたいのか。

 戦闘終結後の掃海活動なら集団的自衛権を持ち出すまでもない。行使容認の結論が先行するばかりでは国民は納得しまい。

 そもそも、新しい解釈案は一九七二年、当時の田中内閣の政府見解を基にしているが、導き出したのは集団的自衛権の行使を可能とする全く逆の結論だ。時の政府が憲法を自由に解釈できるなら、法的安定性は著しく損なわれる。

 国の針路を大きく左右する憲法問題である。結論ありきで、議論を急ぐ愚を犯してはならない。

東京新聞
砂川事件 再審請求 元被告ら「公平な裁判侵害」

 旧米軍立川基地(東京都立川市)の拡張に反対する学生らが逮捕された一九五七年の砂川事件で、有罪判決が確定した土屋源太郎さん(79)=静岡市=ら元被告三人と遺族一人が十七日、「公平な裁判を受ける権利を当時の最高裁長官に侵害された」と、裁判のやり直しを求めて東京地裁に再審請求した。五十年前の確定判決を取り消す「免訴判決」をめざす。

 土屋さんらは、当時の田中耕太郎最高裁長官(故人)が米側に判決の見通しなどを伝えていたことを示す米公文書三通を、新証拠として地裁に提出した。

 事件の最高裁判決は、駐留米軍を合憲とするとともに日本の自衛権にも言及。安倍政権はこれを集団的自衛権の行使容認の根拠に引用している。土屋さんらは十七日に記者会見し「再審請求は、立憲主義を根底から覆そうとする安倍政権への抗議の意思表示でもある」とした。

 再審請求書によると、逆転有罪を決定づけた五九年十二月の最高裁大法廷判決をめぐり、田中長官は事前に駐日米大使らと非公式に三度面会。一審無罪判決を破棄する見通しや審理日程、判事十五人の全会一致を導く意向などを伝えていた。

 当時の在日米大使館の電報や書簡が二〇〇八年以降に米公文書館で機密指定を解かれ、判明した。

 土屋さんらは「評議の秘密を定めた裁判所法七五条に反し、田中長官が裁判長を務めた大法廷は、憲法三七条が被告人に保障する『公平な裁判所』ではなかった」と指摘。訴訟手続き上の憲法違反があり、「差し戻し審の裁判官は、裁判を打ち切る免訴判決を選択するべきだ」と主張している。

 ほかの請求者は、いずれも元被告の椎野徳蔵さん(82)=神奈川県茅ケ崎市、九州大名誉教授の武藤軍一郎さん(79)=福岡県篠栗町=と、昨年他界した元川崎市議坂田茂さんの長女和子さん(57)。
◆司法の独立性に疑義

 <解説> 砂川事件の再審請求は、裁判史に残る最高裁判決の舞台裏に光を当てようとしている。歴代の最高裁長官でも著名な田中氏の情報漏えいを、再審の是非を審理する裁判官がどう判断するのか注目される。

 田中氏は東京帝国大法学部長から文部大臣や参院議員などをへて法曹界トップに就き、国際司法裁判所(ICJ)判事も務めた。米公文書からは、その政治家としての顔がうかがえる。

 当時の駐日米大使は、駐留米軍を違憲とした一審判決が、翌年の日米安保改定に反対する勢力の論拠とされることを恐れ、日本政府に迅速な対応を求めた。

 田中氏は大使らに、自ら裁判長を務める大法廷の意見を一致させ、一審判決を早期に破棄する考えを伝えていた。上告審はその通りに運び、大使は「長官の手腕と政治力」を称賛する電報を本国に送っている。

 これが事実なら、三権の長でありながら米国の干渉を受け入れ、司法の独立性を損なう裏切りだ。

 田中氏は反共理論家として知られたが、そうまでした理由は何か。ジャーナリストの末浪靖司さんは、判決翌年に田中氏が米国務省高官にICJ判事立候補を伝えて支持を得ていることから、「論功行賞」狙いだった可能性を指摘する。

 在日米軍にお墨付きを与えた最高裁判決は、判例として米軍基地訴訟で住民の訴えを退ける根拠とされてきた。元被告らは、その判例としての効力の是非にも切り込みたいとしている。 (阿部博行)

 <砂川事件> 1957年7月8日、旧米軍立川基地の滑走路拡張に反対する学生と労働者らが境界柵を倒して基地内に入った。23人が逮捕され、7人が日米安保協定の実施に伴う刑事特別法違反罪で起訴された。東京地裁は59年3月「駐留米軍は憲法9条違反」として無罪としたが、検察が高裁を跳び越す「跳躍上告」をし、最高裁大法廷は同12月「安保条約は高度な政治性があり、裁判所が司法審査をするのは適当でない」と地裁判決を破棄。差し戻し審で地裁は罰金の有罪とし、64年1月に確定した。

朝日新聞
(原子のクニ)原発に頼らない経済を

■第6部 再考:5 古賀和裕・唐津上場商工会長

 ――古賀さんは唐津市呼子町でイカ料理の店を経営している。会長を務める唐津上場(うわば)商工会は、九州電力玄海原発の停止が続き、定期検査(定検)が無い場合、地元の経済的損失は少なくとも年間34億円という試算を出した

 朝早く仕入れに行ったとき、弁当を買おうとコンビニに寄ったらもう弁当が無い。作業員のトラックやワゴン車が止まって、ばたばたと買っていた。聞くと、原発には常時1500人、定検になったら2500〜3千人いると。それで、なぜ弁当が売り切れるか初めて知った。3千人なら昼飯1食400円でも1日120万円。じゃあ何人泊まっているかとか、どれだけ売り上げが落ちるかとか、地域の状況を把握しとかなければならないと。

 ――試算をどう受け止めたか

 すごいと思った。(玄海町の旅館や民宿の場合、定検時の作業員の宿泊で稼ぎ、それ以外の時期は収入0という)「100:0」だった。完全に依存。

 再稼働しても恐らく元には戻らない。町の人たちに言ったけど、九電が今まで使ってたお金は、僕に言わせれば地元対策費。「九電がいなかったら困るなあ、九電の売り上げで支えられてるなあ」と。でも、事故が起きると(地元対策費は)止まる。再稼働となっても無駄な金は使わず取り戻すよって。とすると、日当や宿泊代が減る可能性がある。だから、前の状況には戻らない経営計画を作らないといけない、100:0は駄目と言ってきた。事故で何もかもなくした人もいるが、まだ、ここは何かを変えれば商売はしていける。だったらこの機会を生かさないといけない。

 ――玄海町の旅館組合はスポーツ合宿や大会で宿泊客を呼び込むといった、定検だけに頼らない道を模索している

 観光地でも観光旅館でもないんだから、違う方向に目を向けたらいい。気持ちが大事。応援している。

 ――原発がいいか悪いかという点はどうか

 そういう判断はする必要がない。だって原発は国が政策でさせたものだから。悪いことって誰も思ってなかった。俺も全然。恥ずかしい話、ここが原発から10キロ圏内にあると思ってなかった。今はそれなりに勉強してるから、原発は関係ないなんてあり得ないが。

 ――何かあったとき、影響が出ると思っているか

 もちろん事故でも影響があるし、俺が一生懸命言っているのは、日本が100%化石燃料で電力を賄うとしたときに、極端な話、来週の電気代っていくらですかって。石油もガスも相場物だから毎日動く。俺たちの競りと一緒。需要と供給。ずっと上がったとき、どんだけ損するよ。そういう状況に日本がなったということ。

 原発が必要か必要でないかなんて、今、日本は判断できる状況にない。電気代上げるって言われても、じゃあいらないって言われん。エネルギーが不安定で原材料費が上がっていくのは、ものすごく厳しいということは誰でも分かる。全ての業界の体力が落ちていくなか、次どうするじゃなくて、まず今どうするか。

 まずは安定させ、次に進むべき目的地を設定する。太陽光発電の補助金をいっぱいつくっても、賄う税金は経済活動からしか出てこない。納税するってことは、純益を出すということと、消費の原資となる所得をつくるということでもある。原発を動かして経済を元に戻し、利益を得て、少なかった代替エネルギーの研究費にこれまでの何百倍というお金を突っ込んで、原発から離れ、代わりのエネルギーをつくっていく。1年でも1日でも早くそっちに向かえる状況をつくらないといけない。

 ――原発は無ければ無い方がいいということか

 同じコストで供給してもらえる代わりの電力があるなら、危険なものは無いにこしたことはない。だけど、今は無ければもっと自分たちは危なくなる。必要だから動かさないといけないと言っている。原発賛成とは言っていない。

 大事なのはどこに進むかだ。原発は大丈夫だから賛成という人はあまりいない。商売人がもうかるために「原発がいる」って言ってると取る人もいるが、違う。商売人は経済活動をし、雇用の場と所得をつくっている。納税額が落ちるような状況なのに、社会保障は求め、片方で原発反対はちょっと違う。

 無い方がいい人はよそに移ればいいが、俺たちにはできん。家族を支える手段がなくなるわけだから。(石田一光)

     ◇

 〈原発停止の影響試算〉 玄海町と旧呼子、鎮西、肥前町が管内の唐津上場商工会が2012年に明らかにした。原発は13カ月おきに2〜3カ月間の定検がある。1基が定検に入ると、作業員は千人ほど増える。こうした定検時の作業員向けの旅館や民宿があり、宿泊や飲食などで様々な経済効果をもたらす。原発停止で、宿泊費で年12億6千万円、飲食費は5億6千万円、定検時の作業員の日当は延べ約18万人分の計16億4千万円が失われると試算した。

フランス語
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エノテカでCh. Calon SegurとLouis Roederer

ブログネタ
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Maupassant n'est pas le seul écrivan à ne pas aimer la tour Eiffel. On peut penser aussi au poète Henri Michaux (1899-1984) dont l'appartement donnait sur la Tour : pour ne pas la voir, il avait mis une plante devant sa fenêtre !
エッフェル塔を嫌った作家はモーパッサンだけではない.この塔に面したアパルトマンに住んでいた詩人のアンリ・ミショー(1899-1984)もその一人だ.彼は塔が見えないよう,窓の前に植物を置いていたのだ.

「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

朝テレビ大阪で朝のこども劇場「母をたずねて三千里」(ラプラタ川は銀の川)を見ました.以前見ていたのが2006年から2007年にかけての頃です.その頃は母は元気でした.東日本大震災という想定していなかった震災のせいで亡くなった母ですが,マルコのように母を思う気持ちでいっぱいのつもりです.悲しみはだいぶ和らぎました.時間薬のおかげです.
ブツブツ×2でクタクタになりましたが,頑張って妙.妙では島根・多岐いちじくサブレドゥーレ.2個食べました.フランス語ではfigues,英語だとfigs.
11時からの会議はGの人達への苦情.9月からどうなるかな?
妙では島根・多伎 いちじくサブレドゥーレを2個.その後エノテカでワインをいただきました.Louis Roederer Brut Premier ルイ・ロデレール ボトル7344円と2011Ch. Calon Segur (Saint Estephe)シャトー・カロン・セギュール サン・テステフ ボトル10692円.もちろんボトルではたのんだりしません.少ない量を味わいながらいただきました.ちょっと贅沢な感じかな?
その後西梅田公園に行くとデモ隊が集まっていて,「アベはヤメロ!!」と言っています.中之島での緊急集会の後のデモのようでした.確かにアベはやめてほしいです.
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緊急 6.17 安倍ヤメロ&集団的自衛権NO!デモ
安倍首相は、今国会(6月22日まで)で集団的自衛権行使容認を閣議決定し、自衛隊を海外で戦争できる軍隊へと変えようとしています。国民・市民は全く不在。一政権が勝手に解釈で改憲し、戦争する国に作りかえることなど許せない暴挙!

安倍政権は、戦争・原発推進、雇用破壊もイケイケどんどん。このままでは、私たちの生活はメチャクチャです。今すぐ退陣してもらわなければなりません。
6月14日、東京で行われるいくつかの安倍打倒デモに呼応して、京都でも安倍打倒デモ@京都が行われます。
6月17日、東京で『閣議決定で「戦争する国」にするな!解釈で憲法をこわすな!大集会&デモ』が5000人規模で開催されます。
大阪でも「安倍打倒!」の声をあげよう! 一緒にデモしましょう!
主催:安倍ヤメロ&集団的自衛権NO!デモ実行委員会
18:30〜 中之島公園水上ステージ前(大阪市中之島公会堂前 地下鉄淀屋橋)19:00〜デモ出発(西梅田公園まで)


朝日新聞
宮城)カツオの水揚げ本格化 気仙沼漁港

 気仙沼漁港で16日、カツオの水揚げが本格的に始まった。静岡県沼津市のカツオ巻き網漁船「第8浜平丸」が、常磐沖で取った20トンを水揚げした。

 気仙沼漁港はカツオの水揚げ量が17年連続日本一で知られる。一本釣り漁船は今月7日に入ったが、ビンナガマグロが中心だった。

 今季初めてのまとまったカツオに漁港は活気づいた。浜平丸漁労長の服部優一郎さん(34)は「まだ漁場は遠いけれど、復興支援のためにも、何度も入港したい」と話した。(青瀬健)


朝日新聞
避難区域、乏しい情報で決断 責任者の「福山調書」入手

 東京電力福島第一原発の事故時、官房副長官として住民避難政策の責任者を務めた福山哲郎参院議員が政府事故調査・検証委員会の調べに答えた聴取記録「福山調書」を朝日新聞は新たに入手した。専門知識や情報が乏しい中、刻々と悪化する原子炉の状況に追われるように、慌ただしく避難区域を決めていった当時の首相官邸内の初動対応を詳細に語っている。

 当初の避難区域の線引きはそこに住む人々の人生を左右した。福山調書は政権中枢の意思決定過程を当事者が証言したもので、原発事故に伴う住民避難の難しさを考える貴重な資料だ。

 政府は事故後、福島第一原発周辺の避難区域を“招贈灰ロ圏=2011年3月11日午後9時23分■隠哀ロ圏=12日午前5時44分20キロ圏=同日午後6時25分と同心円状に徐々に拡大した。15日午前11時には20〜30キロ圏に屋内退避を指示した。

 福山氏は聴取で、避難指示区域を段階的に広げた理由について、原発から遠いところの住民を先に逃がすと、渋滞が起きて原発に近い住民が逃げられず危ないからだと説明。一方、東電から情報が届かない状況を調書で「埒(らち)があかない」と批判し、自らも原発の知識が不足していたと認めた。

 さらに20〜30キロ圏への屋内退避について「避難をしているオペレーションの最中に何らかの爆発や何らかの放射性物質がたくさん飛散するような状況になるけれども、そのときに避難をしてもらう方がいいのか、屋内退避で家の中にいてもらった方がいいのかという議論を散々した」と説明。2号機格納容器の損傷が疑われ、4号機で火災が発生する異常事態の中、同圏内の6万2千人を含む30キロ圏内の全住民14万人を逃がすには4〜5日かかると試算され、緊急対応的な屋内退避を選ぶしかなかった経緯を答えていた。

 政府は10日後の25日になってようやく20〜30キロ圏の屋内退避区域に自主避難を要請。福山氏は屋内退避が長引いたことについて「本当にご迷惑をおかけした」と聴取に語っていた。

 朝日新聞は福山氏に調書を示して取材した。福山氏は自ら答えた内容と認めた上、避難指示について「限られた情報しかなかったが、一つひとつ理由を持って決めた。当時の判断が正しかったかどうかは歴史が決めるべきものだ」と述べた。「調書そのものは関係者のプライバシーに配慮して公開されるべきだ」とも語った。(宮崎知己)

     ◇

 《解説》今なお13万人に避難生活を強いている福島原発事故。住民を我が家から引き離した始まりは、国による避難区域の設定だった。政府が限られた情報を頼りに住民一人ひとりの人生を左右する「線引き」をあたふたと決めていった現実が「福山調書」からは読み取れる。

 整然と避難を進めるために徐々に避難区域を広げても、実際は渋滞が激しくなり、避難所の確保も難航した。朝日新聞と福島大の今井照(あきら)研究室が共同で行った避難者への聞き取り調査では、政府の避難指示は「全く適切でなかった」「あまり適切でなかった」と答える人が8割を超えた。福山氏も取材で「避難指示がどの程度伝わったのか自信はない」と認めた。

 福島原発事故では避難区域の合理的な線引きは極めて困難であり、高度な政治判断が求められた。原発再稼働にはこうした経験を反映した避難計画が不可欠だが、安倍政権はその策定を国家のような強い権限を持たない自治体に任せている。無責任だ。(堀内京子)


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 環境相「最後は金目」 中間貯蔵施設巡り 発言後、釈明

 東京電力福島第1原発事故の除染で出た汚染土などを保管する中間貯蔵施設を巡り、難航している被災地との交渉について、石原伸晃環境相は16日、首相官邸で記者団に「最後は金目でしょ」と述べた。地元は、最終的に交付金や補償金などで解決できるとの発言と受け止め、反発を強めている。来年1月の搬入開始を目指す国と地元との交渉は一層難航しそうだ。【渡辺諒】

 石原環境相は、候補地の福島県大熊、双葉両町の住民らを対象にした説明会が15日に終わったことを受け、井上信治副環境相とともに菅義偉官房長官に今後の方針などを報告。面会後、記者団に問われると、「大した話じゃない。説明会が終わり、官房長官が非常に気にしておられたので(今後の)スケジュール感を説明した。最後は金目でしょ」と語った。

 石原環境相は16日夕、省内で緊急に記者会見し、「(補償額など)お金の話が多く出た。最後はお金の話になるが、今は示すことができないという話だ」「金で解決できるなんて一言も言ったことはない」と釈明した。

 首相官邸は、石原環境相の発言が福島復興に取り組む安倍政権への疑念を生みかねないとの懸念を強めている。政府高官は16日夜、「被災地に不快な思いをさせたなら謝った方がいい。誤解を与えたならきちんと説明した方がいい」と語った。 施設計画を巡って、政府は5月31日〜6月15日に両町の住民や地権者を対象に説明会を開いた。しかし、具体的な土地の補償額などは示されていない。
 ◇「金の前に心の問題」 避難の住民「声届いてない」

 石原環境相の発言に対し、福島県では、憤りの声が上がった。佐藤雄平知事は報道陣に「住民の古里への思いを踏みにじる発言。原発災害の厳しい状況を分かっているのか。信じられない」と批判した。

 説明会終了を受け、施設の受け入れの是非を巡って政治判断を求められる立場の佐藤知事は今後への影響について、「どういう真意で言ったのか、今後詳細を確認してみないと分からない」と述べた。

 大熊町から会津若松市に避難中で、建設候補地内に土地を持つ橘秀人さん(64)は「金の前に心の問題。生まれ育った土地を失う人たちの気持ちが、分からないのか」と憤慨した。橘さんは、14日に同市で開かれた住民説明会で、あいまいな説明を繰り返す国に「明確な答えを持って再度、説明会を」と求めた。

 計16回の説明会に石原環境相は、一切出席せず、国の担当者は「大臣には意見を届ける」と強調していた。

 橘さんは「金は確かに大事だが、一つの要素でしかない。その前に『納得させてほしい』『そのプロセスをしっかり踏んでほしい』という気持ちで発言したが、やっぱり町民の声は大臣に全く届いていないようだ」とあきれた。【岡田英、喜浦遊】


福島民報
【「最後は金目」発言】これが国の本音か

 福島県民をばかにしているのか。石原伸晃環境相が16日、東京電力福島第一原発事故で発生した除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設をめぐり、「最後は金目[かねめ]でしょ」と発言した。金で解決するとの見方を示したものだ。古里の未来と本県の復興を見据えながら建設について思い悩み、懸命に答えを探っている大熊、双葉両町民を冒涜[ぼうとく]するものだ。断じて許すことはできない。
 政府は中間貯蔵施設の建設に向け、先月31日から今月15日にかけて県内外で16回にわたり住民説明会を開いた。参加した住民からは用地補償、地域振興の具体的内容、県外最終処分の実現性、風評被害対策などについて多くの質問が出された。古里への深い思いを抱きながらも、目の前に突き付けられた施設建設問題に向き合わざるを得ない苦悩がやりとりから伝わってきた。
 損失補償や交付金が、建設受け入れに当たっての判断材料の一つであることは確かだろう。しかし、絶対に忘れてならないのは、何の落ち度もないのに突然、古里を追われ、今また、切ない決断を迫られようとしている人たちの気持ちだ。「金など要らない。古里を返せ、元の暮らしを返せ」との心の叫びが国には聞こえないのか。
 佐藤雄平知事は「住民の古里を思う気持ちを踏みにじる発言だ」と不快感を示し、大熊、双葉両町の関係者も怒りをあらわにしている。県民も同じ思いだろう。
 石原環境相は16回の住民説明会に1回も出席していない。参加者からは大臣が来て直接説明しないことに疑問の声が出ていた。事務方が「大臣の命を受けた実務担当者がしっかりと説明する」と取り繕ってはいたが、根底に環境相の説明会軽視の姿勢があったのではないか。もっとも、平然とこのような発言をする大臣が来たところで、議論が深まったとは思えない。
 中間貯蔵施設建設については、国の本気度を疑わせる対応が続いている。施設の管理・運営を国の特殊会社に委託し、「廃棄物の30年以内の県外最終処分」明記については特殊会社の関連法の改正で対処するという。国の責任の所在をうやむやにしかねない。今回の住民説明会では「検討中」「今後の課題」などあいまいな回答が目立った。
 政府は中間貯蔵施設への搬入開始目標を平成27年1月としている。石原発言で見通しは不透明になった。安倍晋三首相自らが足を運んで住民に向き合うぐらいの誠意を示すべきだ。(佐藤 研一)


毎日新聞
特集ワイド:首相が急ぐ集団的自衛権行使容認 非現実的な「事例集」←専門家が指摘

 ◇邦人輸送中の米艦防護←邦人救援は日本の責務/弾道ミサイル迎撃←大気圏外は技術的に無理…

 これほどほころびだらけの議論も例がないのではないか。安倍晋三首相が閣議決定を急ぐ集団的自衛権の行使容認論。「抑止力を高めて日本人を守る」目的らしいが、本当なのか。首相らが掲げる「行使が必要な事例」には、専門家から「非現実的」と失笑さえ聞こえてくる。【吉井理記】

 米国艦船に重ね、赤ちゃんを抱く母親と不安げな幼児のイラスト。近くに描かれた自衛艦には、「防護」の文字に×印。最近、安倍首相が繰り返し掲げるパネルだ。訴えるところは「近隣諸国で紛争が起き、逃げようとする日本人を輸送する米国艦船が襲われた時、自衛隊が守れなくていいのか。今の憲法解釈ではできない」(6月11日の党首討論での安倍首相答弁)。だから行使容認へ解釈変更が必要だ、ということらしい。

 政府は5月27日、議論のたたき台として、グレーゾーン事態への対処など15事例を与党に示した。うち集団的自衛権行使の事例は8例。パネルに描かれた(1)邦人輸送中の米艦防護、のほか(2)攻撃を受ける米艦の防護(3)武器輸送が疑われる船の公海上での強制的な検査(臨検)(4)米国に向かう弾道ミサイルの迎撃(5)弾道ミサイル発射を警戒する米イージス艦の防護(6)米国本土が攻撃された場合に日本付近で行動する米艦の防護(7)国際的な機雷掃海活動への参加(8)民間船舶の共同護衛−−の八つだ。確かに朝鮮半島で武力衝突が起こり、日本人が米艦で逃げることになれば、自衛隊に知らんぷりはされたくない。ならば集団的自衛権行使は、やはり必要なのか。

 「だまされてはダメです。8事例はあまりに非現実的です。現実を知らないか、知っていてウソをついているかです」と怒るのは、第1次安倍政権時代を含む自公連立政権で5年半、内閣官房副長官補として防衛政策に携わった柳沢協二さんだ。

 柳沢さんは「まず、安倍さんは『日本が血を流さなければ米国も血を流してくれない。だから集団的自衛権の行使容認が必要だ』との論理を展開するが、そもそもこれが空想的です」と切り捨てる。米国の軍事行動は米国の国益にかなうかどうかが基準だ。自衛隊が米国のために血を流した、ならば米国も、なんて人情話やヤクザ映画のような世界ではない、という。

 その上で「邦人輸送中の米艦防護」について「政府も外務省もバカじゃない。紛争の兆候があれば民間人に退避勧告を出して帰国させます。最後まで残る大使館員らの輸送にしても、(1)のように攻撃対象となるルートは普通選びません。何より1997年の日米ガイドライン改定で、邦人救援は日本が行うと定められた。米艦での輸送は想定されていません」(柳沢さん)。

 改憲論者でありながら解釈改憲を「憲法のハイジャック」と批判する慶応大名誉教授の小林節さん(憲法学)は「百歩譲ってこの事例があるとしても、個別的自衛権の話であって集団的自衛権とは何ら無関係です」と突き放す。日本人保護は日本政府の義務だ。ここで日本が守る対象は日本人であり、艦船ではない。だから船の国籍を絡めることがまずおかしい、というのだ。

 小林さんは「米国と日本の近隣国が戦争になれば、どう考えても在日米軍基地も攻撃対象になり日本は戦争に巻き込まれる。これは日本有事で個別的自衛権の問題だ。集団的自衛権を持ち出す理由はどこにもない」と一蹴した。

 軍事評論家、前田哲男さんは「(6)は米国が核攻撃された際の米艦防護を想定しているが噴飯ものです。まず米国の抑止力が消失しているのに集団的自衛権を行使する意味がない。何より米国は即、核報復し、悠長に艦船防護を日本に要請したりしない」と解説。北朝鮮を想定した(4)も米国本土を狙う弾道ミサイルは北極上空を通り、日本上空は通らない。第一、大気圏外を飛ぶミサイルの迎撃は技術的に不可能で、あり得ない事例という。

 「特に(5)はひどい。『北朝鮮の弾道ミサイルの発射警戒中の米イージス艦は、防空能力にスキが生じる』としているが、ウソです。イージス艦はミサイル警戒と防空用の艦船です。こんな話を米第7艦隊のイージス艦長が聞いたらどんな顔をするでしょう」。(7)のホルムズ海峡を想定した機雷掃海活動も、今やホルムズ海峡手前のオマーン湾に多くのパイプラインが敷設され、海峡を封鎖する意味は乏しく、現実味がないという。

 なぜこれほど穴のある事例を列挙したのか。「本来なら、事例のような状況が起こるかを吟味し、起こりうるならどう対応するか、それが個別的自衛権で収まるかどうかを見る。その結果、新たな法整備と憲法解釈の変更が不可欠だ、という結論ならまだ分かりますが……」と柳沢さん。「最初に『解釈変更ありき』だから吟味もせず、防衛の常識からかけ離れた不思議な事例が議論される事態になってしまった」と嘆息した。

 与党は当初、15事例を議論するはずだったが、ここに来て時間がかかるとみて、解釈変更の閣議決定を優先しようとしている。

 カギを握るのが自衛権の発動要件を定めたルールの変更だ。政府・自民党は新たに「他国への武力攻撃で我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利を根底から覆すおそれがある」場合を加え、集団的自衛権を「ごく限定的に行使する」とうたい、慎重な公明党を説得しようとしている。

 「他国への攻撃が国民の生命や権利を根底から覆す、という事態、想像できますか? 少なくとも8事例の中に該当するものはない」と首を振るのは法政大教授の杉田敦さん(政治学)だ。「他国への……」の文言、72年に「集団的自衛権行使は憲法上許されない」とした政府見解から引用された。「『根底から覆され』という部分は個別的自衛権が容認される範囲を示したもの。なのに結論を無視して、前段だけ採用した。もう支離滅裂です。安倍さんは持論の戦後体制の破壊・脱却を図りたい、外務省は行使容認をテコに外交力を高めたい。どちらも国民の安全とは関係のない、不純な動機です」

 そもそも集団的自衛権は他国の戦争に介入する権利だ。柳沢さんが付け加える。「日本人は限定的とか最小限という言葉が好きですが、戦争に介入して他国やテロ組織から日本が敵扱いされる事態に『限定』などない。逆にリスクを高める可能性があることを政府は説明していない」

 低レベルの議論で、この国のあり方をガラリと変えることは許されない。

フランス語
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朝なんとなく二日酔い?/明日11時から会議

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Ryoma_holiday_140503

J'ai seulement constaté, des le premier jour, que je ne suis pas créé pour ces plaisir-là.

ただ私は当初から,こうした楽しみには向いていないのだと気づいていた.

「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昨日の飲み過ぎ?のせいか朝はなんとなく二日酔いのような気もします.フランス語ではavoir la gueule de boisつまりles symptômes ressentis le lendemain d'une soirée bien arrosée.でも朝一番でカイカイを頑張りました.お昼は京阪百貨店まで買い物に行きました.
夕方キソキソを終えてひと段落しているとYuさんが「明日11時から9月以降のキソキソについての会議をします.」だって.面倒だけど大ボスのKoさんが言い出したことなので仕方ありません.Naさんはすごく嫌がってサボろうとしています.Yaさんは仕方ないなぁ・・・という感じ.

朝日新聞
(思いはいま)仮設と町内会、深まる仲 東日本大震災4年目

 ■岩手
 釜石市、萬(よろず)敬一郎さん(70) 周辺の三つの仮設住宅と地元町内会との交流組織「結いの会」を5月下旬に立ち上げました。震災4年目ですが、市内で初めての事例です。さっそく住民と被災者が仮設住宅で屋外バーベキューを楽しみながら親交を深めました。
 釜石港近くの家は津波にやられました。避難所を経て、仮設住宅に入って丸3年です。昨年10月に自治会長になってから、人の仲介で町内会長と会ってみたら、お互い交流したがっていると分かりました。まずは春の地元の祭りに招いてもらうなどして、一気に仲良くなりました。
 市は4月、仮設住宅を閉鎖・集約していくと発表しました。この仮設住宅も約2年後までに撤去されます。それまでの間も、家を建てる人や災害公営住宅に移る人が現れ、くしの歯が欠けるように入居者が減っていくでしょう。残っている人が不安になるのではないかと心配しています。
 私の住む仮設住宅は53室にまだ45世帯います。部屋に閉じこもりがちな高齢者もいるので、積極的に声をかけるようにしています。そんな見守りを含めて大変な時、町内会と交流があるというだけで心強い。これからさまざまな行事で交流していくつもりです。
    *
 <三陸わかめ養殖、安全安心に自信>
 宮古市、田中育美さん(34) 特産の「真崎(まさき)わかめ」を家族で養殖し、水揚げ時期が終わった今は、漁協の加工場で製品作りをしています。
 津波で養殖いかだも自宅も流され、再起は無理とあきらめかけました。でも、頑張って立ち上がる周囲の漁師さんたちに励まされ、私の家でも震災翌年から生産を再開しました。
 残念なのは注文が減っていること。漁業施設はだいぶ復旧したけれど、売上額は震災前の半分。原発事故の風評被害が影響しているようですが、真崎わかめは品質も安全性も元のまま。三陸の栄養が詰まったおいしいワカメを、みなさんたくさん食べてください。

 ■宮城
 <夢は「東北で女子野球大会」>
 仙台市、堀江雄一さん(43) 宮城県で唯一の中学女子軟式野球チーム「宮城ドリームガールズ」の監督をやっています。
 震災当時のメンバーには、家族を亡くしたり家を失ったりした子もいました。私も自宅1階が被災し、野球は休もうと考えました。チームの保護者に背中を押され2カ月後に活動を再開したものの、練習場所の球場も被災。毎週末、各地を転々としました。
 全国のチームから、募金などの支援を受けてきました。恩返しとして、東北で女子野球の大会を開くのが今の夢です。いつか女子野球の日本代表選手を、このチームから出したいです。
    *
 岩沼市、小林ふく子さん(70) 6畳と4畳半の2間の仮設住宅に、夫、娘夫婦、孫と5人で住んでいます。震災1年前に改築したばかりの家は、津波で流されました。震災後、白内障やひざ関節症にもなってしまいました。
 それでも、おかずを交換したり、差し入れをしあったりしているので、寂しくはないです。こうした仮設の中でのちょっとした交流が、生きる支えになっています。
 まもなく集団移転先に新しい家を造り始めます。来年には、その家に住みたいですね。引っ越し後も、その地区の人たちと交流を深めたいと思います。

 ■福島
 <爪のおしゃれで笑顔増やす>
 大熊町、鈴木真理さん(33) 東京電力福島第一原発がある大熊町から東京に避難し、ネイルアートの技術を身につけました。今年2月からは両親が暮らす会津若松市の仮設住宅に移り、避難している女性たちの爪をきれいに飾っています。
 みんな将来の生活設計が定まらず、不安を抱えながら避難生活を送っている。でも、鮮やかなネイルアートを施すと、満面の笑みを見せてくれます。60代の母も「避難生活中でもおしゃれはしなきゃ」と自分の指先をみてはしゃぎ、生活に張りが出たようです。爪のおしゃれを通じて笑顔を増やしていきたいです。
    *
 田村市、吉田幸弘さん(57) 都路地区で90年続く旅館「みやこ」の3代目です。原発事故後、一帯は緊急時避難準備区域に指定され、ほぼ全ての人が避難しました。
 せめて自分の宿だけでも明かりをともそうと、震災2カ月後に自宅に戻り、営業を再開しました。月日の経過とともに住民は少しずつ戻って来ましたが、それでも何かが足りない。
 それが子どもの声だったと、小中学校が元の場所で再開したこの春、気づきました。通学路が再びにぎわうようになり、「みんなが戻るまで宿を続ける」と気負った自分の役目も終わりかな、とほっとしています。



朝日新聞
福島)パリの「東北復幸祭」本番へリハ 被災3県高校生

 福島、宮城、岩手の被災3県の高校生約100人が8月30、31日にパリで催す「東北復幸祭」に向けたリハーサルが15日、福島市の福島大学であった。

 開催場所のエッフェル塔のあるシャン・ド・マルス公園を想定し、体育館に展示ブースを設けた。津波をイメージする巨大ドミノ倒しや被災体験の「語り」、ドキュメンタリーの上映など、予定されているイベントを実施し、改善点を指摘し合った。

 「天旗(てんばた)」と呼ばれる連凧(れんだこ)が盛んな宮城県気仙沼市のチームは、和紙に書き込んでもらったメッセージを連凧にして現地で揚げる。実際に運動場で試すと、20枚ほどの凧が舞い上がった。

 東北の魅力と復興を世界に発信しようと、福島大が経済協力開発機構(OECD)と進めているプロジェクト。県内では、いわき、相馬、伊達、二本松、大熊の5市町の高校生が参加している。


河北新報
自立への道 仙台・被災住民グループの模索(1)/明日の三本塚を考える会(仙台市若林区)/交流人口増加に活路

 東日本大震災から3年3カ月がたった仙台市で、被災者自身が住民グループを結成し、まちの再生を考えようという取り組みが始まっている。現地再建、内陸移転、そして災害公営住宅。さまざまな困難と闘いながら自立への道を懸命に探す人たちを追う。

<限界集落の危機>

 仙台市東部の農村地帯、若林区三本塚地区の住民でつくる「明日の三本塚を考える会」(15人)は、地元にとどまる人と引っ越していく人が一つのテーブルを囲んでふるさとの未来を語り合う。
 震災後、住民たちは仮設住宅に入居したり、親類宅に身を寄せたりして散り散りになった。
 「だからこそ」。会長の小野吉信さん(64)が言葉に力を込める。「ここに住んでいた住民は全員が仲間。考え方は違っていても、一緒になって地域の再建方針を考えたい」
 三本塚地区は災害危険区域の指定から外れたため、現地再建が可能となった。しかし、震災時の津波は1階の天井近くまで達している。
 市は「道路のかさ上げなどで東日本大震災と同程度の津波でも浸水は2メートル以下になる」と説明するが、住民たちの脳裏には、あの恐ろしい光景がまざまざと刻まれていた。
 結局、地元に住み続けたいという世帯は、震災前にあった約100世帯のうち約70世帯にとどまるという。小野さんは「特に若者は市内中心部に引っ越して行く人が多い。このままでは三本塚が限界集落になってしまう」と危機感を募らせる。

<農村風景復活へ>

 「どうしたら三本塚を持続可能な地域にできるのか」。話し合いを積み重ねて考える会は「たとえ定住人口が減っても、交流人口が増えれば地域に未来はきっとある」という答えにたどり着いた。
 そのためのモデル住宅が4月末に完成した。会社員佐藤孝三さん(64)の新居は木をふんだんに取り入れて造った。将来的には親子連れや就農希望者に民泊してもらい、農作業や収穫体験をしてもらう計画だ。
 「木造住宅が似合う農村風景を取り戻したい」。木の香りが漂う新居の縁側で小野さんと佐藤さん夫妻は、時を忘れて三本塚地区の未来図を語り合っていた。


朝日新聞
(原子のクニ)原発マネーは一炊の夢

■第6部 再考:2 村上達也・茨城県東海村前村長

 ――玄海町は人口約6千人。予算は60億〜70億円ぐらいで、6〜7割は原発に絡んだ固定資産税や交付金が占める。いわゆる「原発マネー」に依存して、なかなか「脱原発」と言い切れないところがあると思う

 だいたい60億とか70億とか多すぎるんじゃないの。よその(同規模の)町は30億か40億ぐらいでやってるんじゃないのか。それで、何か新しい芽を作りましたか? いつまで依存するんだ。「あぶく銭」をもらって将来があるのかね。

 ――東海村の場合、2012年度の一般会計当初予算約166億円のうち、原子力関連の歳入は3分の1と、そこまで依存度は高くないようだ

 原電や日本原子力研究開発機構からもらっている固定資産税や電源交付金のほか、火力発電もある。たくさん金が入ってきたが、基本的に減ってくる。だからためていきましたよ。それで10年間は生きながらえ、その間に新しいものにチャレンジしていこうと。

 ――「TOKAI原子力サイエンスタウン構想」というものがある

 構想で言っているのは経済的な価値ではなくて、社会的な価値や文化的な価値を大事にしていこうと。価値といっているのは「J―PARC(ジェイパーク、大強度陽子加速器施設)」。世界の中の研究都市みたいなまちづくりをしていこうと。金は生み出さないかもしれないが、世界的と評価されることで持続可能なまちにしていこうと。

 ――構想で、なかなか佐賀では見ることができないと思ったのが、「原発への依存をできる限り低減させる方針」「原発がお金と雇用を持ってくるという発想から脱却し、原発に依存しない地域社会の実現を目指す」という文章。原発立地自治体がなぜ、こんな方針を打ち出せるのか

 言い出したのは福島の事故より前。東海村の原発は(1978年の運転開始から)30年以上経過し、先は見えている。依存から脱却しようとは思っていた。

 原発マネーは一炊の夢。

 建設計画が始まればたちどころに金が入ってくる。経済産業省のパンフレットによれば、10年間で400億円入ってきますよと書いてある。

 原発は地元優先で定期的に仕事をくれるから、地域は原発の方しか向かず、依存した産業しかできない。営業努力しないでやっていける世界。東海村にはたくさん宿屋があるけど、作業員用だから、東京あたりから一般の人が来ても泊めるところはない。色んな商売がそうなっているはず。

 また、莫大(ばくだい)な金に群がることで、それまであった産業は消えていく。農業は衰退する、漁業もやめる、営々と築かれてきた社会構造や文化はがらっと変わる。疫病神だよ。金の暴風雨。ひとたまりもない。

 水俣の体験があるんだ。チッソに依存し、公害にみまわれ、まちがずたずたになった。(元市長の)吉井(正澄)さんの言葉でいえば、「内面社会の崩壊をきたした」と。

 ――玄海町で聞くのは、「九州に電気を供給してきた誇りがある」と。東海村にはないのか? 豊かな暮らしを支えてきたんだぞ、みたいなものは

 昔の人は、(東海村が)「原子力発祥の地」という誇りはあると言っていたな。だが、今、電気を供給している誇りなんて無いと思う。そもそも、発電は火力もある。そんなの誇りになるのかね。福島の人たちは東京に電気を送り、被害は全部受けた。まさに植民地じゃないか。

 ――佐賀では「原発は国策」とよく聞くのだが

 国策という言葉は、国の権威、国権をもって住民を抑え込もうとするやつだ。原発だけが国策なのか。火力発電はいちいち国策なんて言わない。国権主義者が原発にこだわるんだ。チッソも原発も国策会社。国策でいい思いをしたことはない。戦争も国策。うん。

 ――国策と聞くと逆に怪しいと思った方がいいのか

 その通り。国策は戦前の言葉。すべて戦争だよ。国策と言ったって、俺たちの命や将来に関わることじゃないか。俺たちだって主権がある。国民主権、地方主権とも言う。国策はおどろおどろしい。市町村長が国策って、それが分からない。こんな言葉は首長が使っちゃいけません。住民の代表が「国策」と言って住民を説得するなんて最悪の話だよ。(石田一光)

     ◇

 〈TOKAI原子力サイエンスタウン構想〉 村上達也氏が村長在任中の2012年12月に決定。最先端の原子力科学や原子力基礎・基盤研究と、産業・医療への利用などをまちづくりの方向性としている。ほかにも、「安全神話」「原子力ムラ」が生まれた背景の考察や、国際原子力機関(IAEA)と協力した国際的な人材育成ネットワークづくりなど、幅広い考えが示されている。構想づくりには田中俊一・原子力規制委員会委員長らが加わった。

     ◇

 〈J―PARC〉 ほぼ光速まで加速した陽子ビームを原子核にぶつけ、中性子や素粒子などのビームを作り出す大型実験施設。物質や宇宙の起源などを探る。素粒子のニュートリノを、約300キロ離れた岐阜県の神岡鉱山跡にある観測施設「スーパーカミオカンデ」まで打ち込む実験などが知られている。

     ◇

 〈原発マネー〉 経済産業省資源エネルギー庁のパンフレット「電源立地制度の概要」では、工事前の段階から運転が始まるまでの10年間の交付金を「約449億円」と、原発を建てることで地元に巨額の原発マネーがもたらされることをアピールしている。この交付金の原資は、私たちが払った電気料金。


朝日新聞
鹿児島)知事発言に批判の声 川内原発ゲート前で集会

 九州電力川内原子力発電所(薩摩川内市)のゲート前で14日、県内外の市民グループが再稼働に反対する集会を開いた。要援護者の避難計画について「10キロ(圏)で十分」と発言した伊藤祐一郎知事への批判も相次いだ。

 集まったのは約220人(主催者発表)。県庁前で13日、再稼働反対を訴えた集会の参加者たちだ。

 東京電力福島第一原発の事故後、全町避難が続く福島県富岡町から水戸市に転居中の木田節子さん(60)はマイクを握った。10〜30キロ圏の要援護者の避難計画づくりを「現実的でなく不可能だ」と述べた伊藤知事の発言に触れ、「県民を見捨てている」と批判。「でも、その知事を選んだのは県民。同じように原発に前のめりで、いまだに引責辞任もしない福島県知事を選んでいたことに事故が起きて初めて、私たちは気づいた」と述べた。

 作家の広瀬隆さんは「川内原発で大事故が起きれば偏西風によって全国が放射能で汚染される。東日本にいるわれわれも皆さんとともに再稼働を食い止める決意だ」。ルポライターの鎌田慧さんも「川内原発の優先的な再稼働は『知事と地元市長が賛成』という政治的条件があるからに過ぎず、人命を粗末にするものだ」とそれぞれ訴えた。(田中啓介)


朝日新聞
大学改革―知の多様性を守れるか

 大学にトップダウンはなじむのか。この改革案は大学本来の強みを損ないかねない。

 大学でのものごとの決め方を改める法案が、国会で審議されている。これまで教授会は、重要事項を審議する役割を担ってきた。これを、学長が必要と思うときに意見を聴く諮問機関に位置づけを変える。

 大学は少子化で学生が減る危機に加え、新興国を含めた国際競争にもさらされる。安倍首相は「世界トップ100に10大学以上」を成長戦略に掲げた。

 生き残るには、特色が要る。

 お金と人を呼べる研究・教育への特化を進めたい。

 選択と集中によって短時間で成果を出せる大学にしたい。

 だから、各学部の発言力が強く、決定に時間もかかる仕組みをやめ、すいすいと結論を出せるようにしようというのだ。

 しかし大学というものは、ひとの気づかないことを提案するのが大切な仕事だ。みんなが考える余裕のないことを、引き受けて考える仕事ともいえる。

 それには、多彩な知のサンプルを取りそろえておく必要がある。今ここにある需要だけで学問の品ぞろえをしたら、間違える。長い目で見ると、かえって社会に貢献できなくなる。

 たとえば秋田大の伝統である鉱山学は長く斜陽だったが、都市鉱山や資源外交で再び注目され、国際資源学部の創設に発展した。商売にならないものは切るような大学だったら、再生の芽は摘まれていた。人文や社会科学にも、社会に“セカンドオピニオン”を提供するという、金額に直せない役割がある。

 世の中も学問も複雑になっている。どんなに優れたリーダーも、一人で全分野を見通して判断するのは容易でない。

 改革案は、かえって学長を孤立させかねない。発言力を奪われた教授陣は、全学の運営に関心を失う。学長は多角的な意見を拾えなくなる。そうして、判断を誤るリスクが高まる。

 学部タテ割りの弊害は改善すべきだが、今の制度でもできることだ。げんに、全学のテーマを討論する学部横断型の組織をつくっている大学は多い。

 責任と権限をはっきりさせる利点もなくはない。小さな単科大学が学長の強い統率力で成長した例もある。しかし、それが大きな総合大学に通用するかといえば、あつれきを生むだけに終わるかもしれない。

 大学の性質によって、それぞれ最適な意思決定の仕組みは違うはずだ。一律に学長主導を制度化しなくていい。右向け右は大学に最も似合わない。


朝日新聞
集団的自衛権行使で想定、「米艦で邦人救出」米拒む 過去の交渉

 大詰めを迎えた集団的自衛権の行使をめぐる与党協議で、朝鮮半島での有事(戦争)で「避難する日本人を乗せた米艦を自衛隊が守る」との想定が、注目を集めている。しかし、過去の日米交渉で米側はこの場合の日本人救出を断っていた。首相がこだわり、行使に慎重な公明党もこれなら容認できるとみる想定だが、現実には「日本人の米艦乗船」は極めて困難だ。

 「近隣諸国で紛争が起こって、逃れようとする邦人を輸送する米国の船が襲われたとき、その船を守れなくていいのか」
 11日の党首討論。安倍晋三首相は朝鮮半島の有事を念頭に訴えた。公明党も「この例に絞るなら集団的自衛権を認められる」(関係者)として、「限定容認」する方向で調整に入った。
 北朝鮮と向き合う韓国に在住する日本人は約3万人。「米艦による日本人救出」とは、戦争が起きた時に日本への避難民を運ぶ船や飛行機が足りないとみて、米軍に輸送の一部を依頼する想定だ。
 首相や公明がこの例に着目するのは、日本が直接攻撃を受けていない時に米軍を守るのは集団的自衛権の行使に当たると主張できる一方、日本の近くで日本人の命を救うと訴えれば、国民の理解も得やすいと考えるからだ。
 しかし実際には、朝鮮半島の有事で現地から日本の民間人らを米軍が避難させる計画は日米間で一度議論されたものの、最終的に米側に断られた経緯がある。
 両国は1997年、78年につくられた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を改定する際、朝鮮半島有事で日本が米軍を支援する見返りとして、避難する日本人を米軍が運ぶ「非戦闘員救出作戦」(NEO)を協力分野に加えることで合意。対日協力の目玉になるはずだった。
 しかし98年にガイドラインに基づく協力内容を定める周辺事態法をつくる際、米側の強い意向でNEOはメニューから外された。
 97〜98年の交渉や法案づくりに関わった当時の政府関係者によると、米軍が海外の自国民らを救出・保護する作戦では、国籍による4段階の優先順位があるという。「米国籍、米国の永住許可証の所有者、英国民らが優先で、日本人は最後の『その他』に位置づけられていると説明された」
 朝鮮半島からの日本人救出をめぐる日米の協議は、その後も進展していない。首相ら政府は年内に集団的自衛権の行使容認を決める前提で、米国とガイドラインの再改定交渉に臨む方針だ。しかし、政府関係者は「再改定の主要なテーマにも邦人救出は入っていない」と語る。 (土居貴輝)


河北新報
集団的自衛権/どこまで無理を重ねるのか

 見直しの根拠を求めて検討を重ねれば重ねるほど、不都合があらわになる矛盾。限定の枠を狭めたように装いながら、拡大の抜け穴を潜り込ませる欺瞞(ぎまん)。率直な印象を言えば、そうなる。
 安倍晋三首相が今国会中の閣議決定に向けて躍起になる、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認のことである。
 その決着をめぐって自民、公明の両与党による協議が大詰めを迎えている。反対姿勢が強く先送りを模索してきた公明党が条件闘争に転じたからだ。
 平和国家を象徴する憲法9条の制約で「権利は保持しているが行使はできない」とされ、歴代政権が踏襲し定着している憲法解釈を変更するとなれば、最低限、確固とした論拠が要る。
 「長年の政府見解との整合性」を重視する公明党の意向をくむ形で、自民党がたたき台として示したのが、1972年の政府見解を盛り込んだ自衛権発動のための新たな3要件だ。
 政府見解は「わが国への武力攻撃で国の存立が脅かされ、国民の生命、権利が根底から覆される急迫、不正の事態」を前提に、個別的自衛権の発動を認めつつ、集団的自衛権は専守防衛を逸脱し、憲法上、認められないと明確に結論付けている。
 新3要件は(1)排除する他の手段がない(2)必要最小限度の実力行使にとどめる−を加えた従来の3要件の核心部分、「わが国への武力攻撃」に「他国」の文言を付け加えて、集団的自衛権の行使を可能とした。
 要件の一部をいかにも都合よく切り取って、全く逆の結論に導いており、その理屈立ては評価に耐えない。
 公明党は「国民の生命、権利が覆される」との部分を厳格に受け止めれば、行使の範囲を狭められて容認の「高い壁」を越えられると読んだとされ、提案はあうんの呼吸でなされた。
 ただ、自民案は「覆される」に「おそれ」を添え「覆されるおそれ」とし、行使拡大の余地を残した。限定への期待も事実上、解釈次第となるわけだ。
 公明党の抵抗でたたき台を修正し、行使に厳しい枠がはめられれば、その分、自衛隊の活動は制限されて「外交・安保環境の激変」に対応するため、日米同盟の深化を図って抑止力の強化につなげる、との狙いを実現しにくくなる。自公の綱引きがぎりぎりまで続こう。
 もっとも、憲法の縛りを外してしまえば、今後の安保法制の改正で活動範囲を広げていくことはでき、当初の限定や歯止めが機能し続ける保証はない。第一、有事に際して実力行使を必要最小限度に抑えきることの困難さは指摘するまでもない。
 憲法解釈変更のよりどころを、最高裁・砂川事件判決に見いだそうとした時期もあった。迷走ぶりは、集団的自衛権行使の容認をそれに求める「解釈改憲」の手法に無理がある、何よりの証しではないのか。
 理屈をこねても「針の穴」は通し難く、肝心の国民の理解も広がるまい。必要ならば、憲法改正の正攻法で臨むしかない。

京都新聞
新3要件と公明  「平和の党」意地見せよ

 「平和の党」の看板を下ろすつもりなのだろうか。
 集団的自衛権に関する与党協議で、公明党は行使を可能とする憲法解釈の変更を容認する方向に傾いている。自民党との連立維持を優先するあまり、党の根本にかかわる理念さえ曲げるようでは、あまりに情けない。
 しかも、与党協議で自民側が示した自衛権発動の新3要件は、集団的自衛権の「限定容認」どころか、日本が他国の戦争に参加し、自衛隊が地球の裏側まで活動範囲を広げることに道を開く重大な内容を含んでいる。
 にもかかわらず、ブレーキ役を自認する公明が、閣議決定に向けて自民との「合意を目指す」(山口那津男代表)とは、理解しがたい。どれほど抵抗を装っても、体裁を繕うだけの「条件闘争」では国民の目はごまかせない。
 高村正彦自民副総裁が私案として示した新3要件では「わが国または他国への武力攻撃が発生し、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される恐れがある」場合は、必要最小限の自衛権を発動できるとする。
 「わが国に対する急迫不正の侵害がある」場合にのみ、個別的自衛権に基づく専守防衛を認めてきた従来の要件から、大きく踏み出している。新要件に基づけば、日本が直接攻撃されなくても自衛権を発動して戦争ができることになる。しかも「恐れがある」かどうかを判断するのは時の政権で、恣意的判断の恐れがつきまとう。
 安倍晋三首相は「資源の少ない日本にとって、海外からの石油や食料は死活的に重要」として、戦闘状況にあるペルシャ湾などシーレーン(海上交通路)で自衛隊が機雷掃海や民間船舶の国際共同護衛に参加したり、日本上空を通過して同盟国(米国)へ向かう弾道ミサイルを迎撃したりできるよう、与党に検討を求めている。どんな理屈をつけて解釈しても、現行の憲法9条がこうした行為を容認しているとは思えない。
 公明は、新3要件の適用範囲を朝鮮半島など日本周辺の有事に限定するよう求めているが、もし自民が応じたとしても、それが「アリの一穴」となる懸念は拭えない。
 政府と自民は、安全保障環境の変化に対応する必要があるという。ならば憲法改正を目指すのが筋だ。憲法解釈を無理にねじ曲げれば、法治の根幹が揺らぎ、将来に禍根を残す。それに加担する罪の重さを公明は自覚し、「平和の党」の意地を見せてほしい。


産経
共産社民など秘密保護法廃止法案提出

 共産、社民両党と無所属の糸数慶子、山本太郎両参院議員は16日、昨年12月に成立した特定秘密保護法の廃止法案を参院に共同提出した。民主党などに賛同を呼び掛ける。

m TAKANO ‏@mt3678mt
本来ならメディア自身が特定秘密保護法廃止への強力な論陣を張らなければならないのだ。だが悲しいことに、この国の大半の大手メディアは、とっくにジャーナリズムの役割を放棄している。“@SDPJapan: 特定秘密保護法廃止法案(条文)

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父の日で黄色のバラ/安保粉砕!の日

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Dates du Bac 2014
Calendrier du bac général, technologique et professionnel 2014, examens et résultats.

16, 17, 18, 19, 20 et 23 juin 2014 : voici les dates des épreuves écrites du premier groupe pour le baccalauréat séries générales (L, ES et S) et technologiques ; 16 au 18 juin pour les épreuves générales du Bac pro - Les épreuves commencent traditionnellement par la philo comme tous les ans, mais cette année les épreuves sont étalés sur 6 jours, un rallongement d'un jour supplémentaire pour alléger les journées d'épreuves.

Ces dates sont valables pour tous les lycéens candidats dans toutes les académies de métropole.
Voici le calendrier officiel des épreuves écrites du bac général 2014... pour les épreuves terminales du premier groupe, passées à la fin de l'année de terminale, mais aussi les dates des épreuves anticipées en fin de première.

Autres dates à noter qui risquent de perturber vos révisions :
Dimanche 15 juin 2014 à 21h : Premier match de l'équipe de France de Football face au Honduras !
Vendredi 20 juin 2014 à 22h : France / Suisse.
Samedi 21 juin 2014 : Fête de la Musique
Mercredi 25 juin 2014 à 22h : France / Equateur
Pour les oraux (du premier groupe) : vous recevrez par la poste votre candidature vous précisant le lieu de passage de vos épreuves ainsi que les jours et horaires de vos épreuves orales (pour les oraux de spécialités ou de matières facultatives)

Consultez aussi nos conseils pour vos révisions du BAC pour arriver bien préparé aux examens.

Les résultats du Bac seront dévoilés le vendredi 4 juillet 2014 ( à partir de 10h), et les épreuves de rattrapage auront lieu jusqu'au mercredi 9 juillet inclus.


龍河洞は涼しかったのを思い出します.
Radio Côte d'Ivoireを聞きました.音楽は南米というかラテンのようにも感じます.フランス語はあまり聞き取れません.
父の日なので黄色いバラを買いました.本当は白いバラにしたかったんですが,白は売っていませんでした.
お昼は統一マダン生野に行きました.チジミやホルモンを食べました.マッコリもおいしい♪でも飲みすぎてしまったかも・・・
6月15日は樺美智子さんが亡くなった日です.安保粉砕です.もちろん集団的自衛権なんて許してはいけないと思います.54年前,自民党は世論を無視して安保「改定」を強行しました.安倍のど阿呆も秘密保護法で同じことをしました.集団的自衛権に関しても同じようなことを狙っているようです.アベはダメです.
樺美智子 聖少女伝説
江刺 昭子 文藝春秋 2010-05-27
『聖少女』を生身の樺美智子さんによみがえさせた傑作。 By おじいさん
1960年6月15日に虐殺されたあの人。
そのひとが生まれ・・・亡くなるまでが 素直に すーっと入ってくる。
この本は だれでも わかる ことばで 語られている。
どれだけ、周到に時間と労力をかけ、樺美智子さんの世界を知ろうとしたことか。
著者の生涯をかけた仕事であったのだとわかる。
だから 樺美智子さんは とても素直に私たちの身体にはいってくるのだ。
この語り口調がそれを証明している。
読者は、自己の人生とひきくらべながら 美智子さんのことを 想像していくであろう。
私たちの肌にすーっとはいってくる言葉。
自分の身体の中で 再構成されていく喜び。

私たちは この著者に感謝する。

ありがとう 樺美智子さん。
私たちは あなたのことを 知っていたようにおもっていた。
大きな影響をうけた。
そして、今 この書により あなたの 生々しい姿を教えられ 複雑な心境におちいっています。
あなたより うんと長くいきてしまった 私は この書でわが青春と現在をつながらせながら生きてきたことを知る。
戦中のあなた。敗戦後のあなた。そしてブントの結成に参加したあなた。そして、60年安保闘争において複雑な役割をすべて引き受けながら 戦いそして殺されたあなた。
決して 私は 忘れていません。
こんな素敵な本を作ってくれた諸氏に感謝いたします。


伊藤和人 ‏@214terra
今日6・15は、1960年の同日に、60年安保闘争で全学連が国会構内へ突入した際に、東大生・樺美智子さんが警官隊の警棒により虐殺された追悼の日。集団的自衛権を持ち出して、日米安保体制の質を転換させようとする安倍政権を糾弾し、不戦・反戦の誓いを新たにする日にしたい。

鈴木 耕 ‏@kou_1970
今日は6月15日。1960年のこの日、国会は数十万人の人々に取り囲まれていた。その中で、樺美智子さんが亡くなった。岸信介首相が強引に仕掛けた日米安保への反対運動の最中だった。それから54年。岸元首相の孫の安倍晋三は、その岸氏でさえやろうとしなかった解釈改憲を喚いている。

hicsalta ‏@hicsalta09
「安倍政権はダメだとはっきり言おう!part2 6.15新宿デモ」 6月15日は1960年日米安保反対闘争で民衆が国会を包囲した日だ。闘いの過程で東大生・樺美智子さんが国家権力に虐殺された。

河北新報
修学旅行は復興支援 青森・おいらせの児童が19日に東松島へ

 修学旅行で復興ボランティアをしようと、青森県おいらせ町木ノ下小の6年生126人が19日、宮城県東松島市を訪れる。自分たちで企画した旅行を前に、児童らは「被災地の力になりたい」と張り切っている。旅行会社によると、県内の小学校で復興支援を目的とした旅行は例がないという。

 18〜20日の日程で、宮城県を中心に回る。東松島市では被災状況を見学後、市内にある農業生産法人「イーストファームみやぎ」(美里町)の綿花畑で、花の種まきや草刈りのボランティア活動に挑戦する。
 学校側は当初、例年通り北海道行きを予定していた。昨年秋、児童らは授業で宮城県などの被害の大きさをあらためて学んだ。自分たちに何ができるかを話し合い、ボランティアをしようとの声が上がった。
 木村夏乃さん(11)は「被災地の手伝いがしたいと先生に頼んだ。青森も被災したけど、ほかの被災地を知らないと自分の県のことも分からないと思った」。安藤優杏さん(12)は「募金をしても、被災地でどうやって使われているかが分からない。実際に行ってみたかった」と話す。
 学校側は12月、児童の思いをくみ、旅行先の変更を保護者に説明した。人数の多さに加え、児童でもできる作業という条件で受け入れ先を探し、ことし3月にイーストファームから了解を得た。
 イーストファームは、被災した農地の再生や農家を支援する「東北コットンプロジェクト」の一環として綿花を栽培している。赤坂芳則社長(63)は「畑の周りには仮設住宅が並ぶ。花の種をまいて被災者に癒やしを届けてあげてほしい」と期待する。
 木ノ下小の海津敏世教頭(54)は「実際に見て感じることが大事。震災の被害がまだ続いていることを学んできてもらいたい」と話している。

河北新報
復興道半ば、鎮魂祈る 岩手・宮城内陸地震6年 栗原で追悼式

 17人が死亡し、6人が行方不明となった岩手・宮城内陸地震は14日、発生から6年を迎えた。被害の大きかった宮城県栗原市では追悼式が営まれ、被災者らが犠牲者に鎮魂の祈りをささげ、復興への思いを新たにした。

 みちのく伝創館であった式典には、犠牲者の遺族ら45人を含む約330人が参列。キクやユリで栗駒山をかたどった祭壇に黙とうし、献花した。
 同市は七回忌に合わせ、3年ぶりに追悼式を開いた。佐藤勇市長は「震災の記憶を次の世代に伝えていくことは私たちの使命だ。復興は道半ばだが、市民生活、産業再生に向け全力を尽くす」と式辞を述べた。
 遺族を代表し、家族を含む7人が亡くなった栗駒耕英地区の旅館「駒の湯温泉」の経営者菅原昭夫さん(58)が「これからは地固めの時。被災現場を大地の恩恵を感じられる癒やしの場所にしていきたい」と語った。
 駒の湯温泉の従業員だった母高橋恵子さん=当時(55)=を亡くした同市若柳の会社員菅原恵美さん(37)は、家族を伴って発生時刻に合わせ被災現場を訪れた。「震災時に小学3年だった一人娘が中学3年になった。なかなか現場に連れて来られなかったが、成長した姿を見せることができてよかった」と話した。


毎日新聞
岩手・宮城内陸地震:6年 追悼式、350人黙とう

 23人の犠牲者を出した2008年6月の岩手・宮城内陸地震から丸6年たった14日、避難所になった宮城県栗原市栗駒の文化施設「みちのく伝創館」で追悼式が行われた。遺族や被災者ら約350人が黙とうをささげ、犠牲者の冥福を祈った。

 追悼式では、栗駒山腹で営んでいた旅館「駒の湯温泉」を土石流で流され、母と兄を失った菅原昭夫さん(58)が「復興の道は厳しいが山のささやかな暮らしを取り戻したい。温泉復活の見通しは立っていないが、植林を進め緑と大地のエネルギーを感じられる地に再生したい」と誓った。佐藤勇市長は「水と緑と山の再生に全力を傾け、犠牲者の霊に報いたい」と述べた。

 内陸地震はマグニチュード7・2で栗原市と岩手県奥州市で最大震度6強を記録した。栗原市によると、同市では土石流や地すべりなどで県外からの宿泊客を含む19人が犠牲になった。【小原博人】



60年安保強行の夜

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Inさんから激励/Shさんにハガキ/久しぶりにDVDレンタル

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Kochi_beer140504

Il suffirait de presque rien

Il suffirait de presque rien
Peut-être dix années de moins
Pour que je te dise "Je t´aime"
Que je te prenne par la main
Pour t´emmener à Saint-Germain
T´offrir un autre café-crème

Mais pourquoi faire du cinéma
Fillette allons regarde-moi
Et vois les rides qui nous séparent
A quoi bon jouer la comédie
Du vieil amant qui rajeunit
Toi même ferais semblant d´y croire

Vraiment de quoi aurions-nous l´air
J´entends déjà les commentaires
"Elle est jolie, comment peut-il encore lui plaire
Elle au printemps, lui en hiver"

Il suffirait de presque rien
Pourtant personne tu le sais bien
Ne repasse par sa jeunesse
Ne sois pas stupide et comprends
Si j´avais comme toi vingt ans
Je te couvrirais de promesses

Allons bon voilà ton sourire
Qui tourne à l´eau et qui chavire
Je ne veux pas que tu sois triste
Imagine ta vie demain
Tout à coté d´un clown en train
De faire son dernier tour de piste

Vraiment de quoi aurais-tu l´air
J´entends déjà les commentaires
"Elle est jolie, comment peut-il encore lui plaire
Elle au printemps, lui en hiver"

C´est un autre que moi demain
Qui t´emmènera à St-Germain
Prendre le premier café crème
Il suffisait de presque rien
Peut-être dix années de moins
Pour que je te dise "Je t´aime"



Isabelle Boulay - Il Suffirait De Presque Rien

Le Mot de l'éditeur : Merci Serge Reggiani
Le 23 juillet 2004, le grand Serge Reggiani nous quittait. Dix ans plus tard, Isabelle Boulay rend hommage à cet homme qui a toujours été pour elle une source d’inspiration et un modèle dans son métier d’interprète. Avec cet album, Isabelle Boulay revisitera une partie de l’œuvre de Reggiani. Réalisé par son complice Benjamin Biolay et Philippe B (Les Sœurs Boulay, Groenland et Pierre Lapointe), le répertoire choisi évoquera la dolce vita avec des chansons telles que L’Italien, Ma fille, Il suffirait de presque rien, Ma solitude... Depuis le début de sa carrière, Isabelle Boulay a multiplié les rencontres déterminantes. Avoir un jour partagé la scène aux cotés de Serge Reggiani demeure, encore aujourd’hui, l’un des moments les plus touchants et les plus marquants de sa vie d’artiste.

5時過ぎエレベーターの前で偶然Inさんと出会いました.Inさんはいろいろと私を励ましてくれました.今度遊びにおいで,と言ってもらい嬉しかったです.
安ワインを買いに行こうと思っていたのですが,なんだか疲れていてパス.アルコールはなるべく飲まないほうがいいのでしょう.
Shさんにハガキを書きました.彼女とは普段メールのやり取りをしているのでハガキなど書く必要はないのですが,なんとなく郵便を送りたくなってしまったんです.
夜,久しぶりにDVDをレンタル.6作品も借りてしまいました.

たっすいがは,いかん.
こじゃんとうまい.

また高知に行きたいです.

朝日新聞
公明党と憲法―自民にただ屈するのか

 集団的自衛権の与党協議で、公明党が行使容認を前提とした条件闘争に向かっている。

 憲法解釈を変える閣議決定に向けた安倍首相の意思は固い。一方で公明党は、連立離脱を自ら封印した。自民党の攻勢に耐えきれそうもないが、せめて厳しい条件はつけておきたい。そんな思いがうかがえる。

 だが、どんな条件をつけたところで、集団的自衛権を認めることに変わりはない。妥協は将来に禍根を残す。公明党はその重みを肝に銘じるべきだ。

 きのうの与党協議で、自民党の高村正彦座長が、日本が自衛権を発動するための新しい「3要件」の私案を示した。

 いまの3要件のうち、「我が国に対する急迫不正の侵害があること」という第一の要件を、次のように改めるという。

 「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれがあること」

 自民党が主張する「限定容認」どころではない。集団的自衛権がかなり広範囲に認められることになりかねない。

 後段にある、国民の生命などが「根底から覆される」というくだりは、公明党の考えを踏まえて盛り込まれた。

 もともとは「集団的自衛権の行使は許されない」と結論づけた72年の政府見解の一部だ。個別の自衛権を認める前提として使われていた表現を、都合よく援用しているにすぎない。

 公明党は、これが厳格に守られれば、集団的自衛権として実際に認められるのは、避難する日本人を乗せた米艦の防護にほぼ限られると見る。ただし高村私案は、「根底から覆される」に「おそれ」をつけて、拡大解釈の余地を残している。

 この抜け穴に、公明党は反発する。なんとか一矢を報いたいということなのだろう。

 だとしても、政権が意のままに憲法解釈を変えることに手を貸すのは間違いない。

 そんな「法の支配」からの逸脱が許されれば、どうなるか。

 飯島勲内閣官房参与が公明党と創価学会との関係をとらえ、憲法の「政教分離」についての政府見解は変わりうると、におわせた。

 時の権力者が気に入らなければ、9条以外の解釈にも手をつけない保証はない。こう自ら明らかにしたようなものだ。

 公明党は、それでもついて行くというのか。自民党の力ずくの憲法改変に。


河北新報
東北売り込みまっせ 大阪に6県産品ショップ 期間限定で開店

 東北6県の食品約400種類を集めた期間限定のショップが13日、阪急梅田駅(大阪市北区)の構内にオープンした。大阪では手に入りにくい特産品を中心にそろえた。東日本大震災の被災地への復興支援として、売り上げの一部を寄付する。7月12日まで。
 青森県のリンゴを白みそで煮込んだ「りんごみそ」や、秋田県の「バターもち」など地元で人気の商品が並び、東北6県の酒約90種類や、宮城県の牛タンや笹かまぼこといった定番の品も充実させた。
 開店直後から買い物客が次々と訪れ、試食をしながら品定めをする姿が目立った。


朝日新聞
長崎平和宣言原案、集団的自衛権触れず 起草委から不満

 8月9日に長崎市である平和祈念式典で、田上富久市長が読み上げる平和宣言の内容を議論する起草委員会の会合が14日、市内で開かれ、市が原案を示した。5月の初会合では安倍政権が進める集団的自衛権の行使容認を懸念する文言を盛り込むよう求める声が上がったが、原案では直接触れられず、委員から不満の声が上がった。

 原案では、被爆者や戦争体験者は憲法の平和理念が揺らぐことを懸念していると指摘。こうした声に耳を傾けるよう政府に求めたが、「集団的自衛権」の文言は盛り込まれなかった。

 委員からは、「理念が揺らぐ、という表現では危機感が足りない」などの声が上がった。被爆者の朝長万左男・長崎原爆病院名誉院長は「集団的自衛権の文言を加えたうえで、憲法の平和理念に言及するべきでは」。長崎原爆被災者協議会の谷口稜曄(すみてる)会長は「私たちは憲法で守られてきた。再び戦争ができる状況に変わりつつあると懸念している」と話した。

 起草委は田上市長が委員長を務め、被爆者や大学教授ら14人が委員を務める。初会合では、集団的自衛権の行使容認について「戦争につながる」「憲法の危機」などと指摘し、宣言に盛り込むよう求める意見が出た。(山本恭介)

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バランスランチをYaさんSaさんと/夜吐き気がします

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soleil140510

Je me garderai bien de critiquer cette colossale entreprise politique, l'Exposition universelle, qui a montré au monde, juste au moment où il fallait le faire, la force, la vitalité, l'activité et la richesse inépuisable de ce pays surprenant : la France.
万国博覧会というこの大規模な政治的試みを批判するのは控えよう.万国博覧会は世界に,まさにそうすべきときに,フランスという驚くべき国の力,バイタリティー,活動,尽きせぬ豊かさを説明した.
「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

お昼バランスランチを一人で食べていたらYaさんが声をかけてくれました.3カ月ぶりくらいです.その後Saさんも合流.Saさんはコートジボワールのケデュヌ風カレークスクス添えを食べていました.ワールドカップで各国のカレー特集をしているみたいです.Kedjenou風とはどんな感じなのか?ですが,コートジボワールでもクスクス?北アフリカでないのに?
夜調子が悪いです.なんだか吐き気がします.車酔いみたいな感じ.しんどいのでとりあえず早く寝ることにします.

河北新報
宮城県内で防災訓練 迅速な対応目指す 宮城県沖地震36年

 宮城県内各地では「みやぎ県民防災の日」の12日、東日本大震災を教訓に、さまざまな災害対応訓練が行われた。安否確認や避難路調査など、官民連携による実践的な試みも繰り広げられた。

◎宮城県など103機関/被災後台風過酷な想定

 県総合防災訓練は、最大震度7の地震と津波に加え、発生3日後に大雨の特別警報も出たとの想定で行われた。県内各市町村、陸上自衛隊、仙台管区気象台など103機関、約3000人が参加した。
 県庁講堂に設置された災害対策本部に、県や参加機関の担当者約180人が詰めた。市町村からの情報収集、救助要請に対応する訓練を進めた。
 午後の訓練は、被災地に台風が接近する状況を想定。大雨特別警報が出される中、職員らが最新情報をホワイトボードに書き込んだ。
 市町村が被害状況を入力するシステム「公共情報コモンズ」の訓練では、南三陸町から約1時間、県に情報が届かないトラブルもあった。県の担当者は「各市町村から一斉送信されたのが原因とみられるが、今後詳しく検証する」と説明した。
 訓練に臨んだ村井嘉浩知事は「震災後の大雨という過酷な状況を想定することで、災害発生時に万全を期したい」と話した。

◎塩釜/避難路歩き現状を調査

 塩釜市は、災害時の避難路整備を進めるための住民点検・調査を実施した。近隣住民が実際に避難路を歩き、整備に必要な項目をチェックした。
 点検対象は、東日本大震災で津波被害を受けた同市北浜、藤倉地区の「地盤国有公園第二小学校避難路」。町内会幹部ら15人と市建設部の職員が避難路を歩き、高台へ上る階段や崖沿いの道を調べた。
 この後の意見交換会で、住民が「案内、誘導の看板や立て札が必要だ」「夜間用の照明が欲しい」などと述べた。市建設部の鈴木正彦部長は「傾斜地の手すり設置を含め、市民の視点に立った整備を進めたい」と話した。
 市は地域防災計画で避難路17路線を設定。このうち本年度は事業費2700万円で5路線の整備に着手する。

◎仙台北署/PHV活用信号機復旧

 仙台北署は、プラグインハイブリッドカー(PHV)型パトカーの電力を供給して災害時に停電した信号機を復旧させる訓練を、青葉区昭和町の県道で実施した。
 PHV型パトカーが配備されている4交番の若手署員ら約20人が参加した。電源コードの先端に付いたプラグをパトカーと信号機に差し込んで接続する手順や注意点を確認した。
 北署によると、ガソリンが満タンでエンジンの掛かった状態のPHV型パトカー1台があれば、信号機1基を約4日間稼働させる電力量を供給できるという。
 同署の庄司彰警備課長は「日頃から使い方を訓練し、災害時に迅速に対応できるようにしたい」と話している。

◎亘理・小中10校/下校時避難安否を確認

 亘理町は、下校中の子どもたちを対象にした避難訓練を行い、小学校6校、中学校4校の計2748人が参加した。
 このうち、児童生徒数が町内最多の亘理小は児童746人が参加。下校中の午後2時、災害発生のサイレンを合図に、雨の中、児童らは傘を差しながら路上で身をかがめて安全を確保した。
 その後、行政区ごとに指定した24カ所の1次避難場所に移動。行政区長や地域住民らが事前に作成した名簿と児童を照合し、迎えに来た保護者に引き渡した。
 各校からの情報は町役場に設けた災害対策本部で集約。スタートから50分後に全体の約8割に当たる2295人の安否と避難場所を確認した。
 町総務課の佐藤浄課長は「町、学校、地域が一体で取り組む初めての試みができた。今後も訓練を続け、災害時に子どもたちの安否と避難場所が迅速に確認できる態勢を整えたい」と話した。


河北新報
特殊公務災害 仙台市職員、逆転認定 「高度の危険予測」

 東日本大震災で公務中に津波で亡くなった仙台市職員大友純平さん=当時(38)=について、地方公務員災害補償基金本部(東京)は12日までに、再審査で遺族が申し立てた特殊公務災害を認める裁決を下した。震災関連で、遺族の請求を2回退けた判断が本部審査会で覆ったのは初めてという。
 裁決は5月28日付。仙台市支部と同支部審査会で不認定となったのを不服として、遺族が昨年9月、本部審査会に再審査を申請していた。
 若林区職員だった大友さんは、上司の命令で若林区荒浜地区で避難を呼び掛けている際、津波にのまれた。審査会は「目撃者がいなくても、高度の危険が予測される状況だった」と認定。「厳格な証明が必要」とした支部審査会の判断を退けた。
 遺族側の代理人を務めた土井浩之弁護士(仙台弁護士会)は12日に仙台市内で記者会見し、「津波の実態を直視した合理的な判断だ」と述べた。
 裁決を受け、父親の邦夫さん(76)は「命懸けで公務に当たった息子にようやくいい報告ができる。遺族に寄り添った本部の審査には感謝している」と話した。特殊公務災害に認定されると一時金、年金とも公務災害の補償額の最大1.5倍が支給される。震災では145人の遺族が申請し、大友さんのケースを含め93件が認定された。

河北新報
かすむ復興/仮設 深まる孤立(中)転居次々、自治に陰り

<増える空き室>
 東日本大震災の被災者が暮らす仮設住宅に、「過疎」の陰が迫る。
 「以前はにぎやかだったよ。すっかり寂しくなった」
 仙台市若林区にある荒井7号公園の仮設住宅。津波で自宅が流失し、夫を亡くした無職女性(74)がつぶやく。
 全16戸中、入居者がいるのは6戸にとどまる。内陸部で家屋が倒壊するなどした人が、元の土地への再建を終えて次々と転居した。結果、移転が必要な津波被災者が取り残された。
 空き室の広がりは、仮設の暮らしから活気を奪う。交流スペースとして用意された集会所は、今ではほとんど使われなくなった。
 借り上げや公営住宅を除いた応急仮設住宅の入居率は現在、岩手が82%、宮城83%、福島79%。新居への移転が進み、1年前と比べていずれも9〜7ポイント減った。
 生活実態で見れば、この数値はさらに下がる可能性がある。宮城県内で被災者支援に当たる福祉関係者は「新居に引っ越した後も鍵を返却せず、物置として使っているケースが少なくない」と指摘する。

<組織機能せず>
 入居率の落ち込みに伴い、仮設住宅のコミュニティー維持は難しさを増している。
 50戸以上を受け入れ可能な石巻市内のある仮設住宅。市は「9割以上が入居中」と判断するが、実際に暮らしているのは半数程度にとどまるとみられる。
 2年ほど前に当時の会長が退去したのを契機に、自治会の活動が停滞。昨年3月に解散した。ごみ置き場の当番は守られず、たびたびカラスが荒らす。回覧板は1カ月かかって戻ることもあるという。
 1人暮らしの無職男性(80)は「どうせ散り散りになるんだから構わない」と、生活環境の悪化を嘆く様子はない。仮住まいという割り切りも、支え合いの障壁となっている。
 「孤立防止にはコミュニティーの形成が不可欠。しかし、住民は自分の生活を守るだけで精いっぱいになっている」。石巻市内の福祉関係者は頭を悩ませる。

<近況把握に力>
 仮設の暮らしの質をいかに保つか。宮古市田老の「グリーンピア三陸みやこ」にある仮設住宅では、自治会が重い課題に取り組む。全122戸の入居率は8割を切っており、近況把握も兼ねて月数回の茶話会を開く。
 単身世帯を中心に役員が訪問を重ね、参加を促す。欠席すれば、不慮の事故などがないか確認に回る徹底ぶりだ。
 「転居までの限られた時間だからこそ、住民がまとまっていたい」。自治会長の赤沼正清さん(73)が力を込めた。

朝日新聞
日本企業の「善意」、震災復旧早めた 英研究者が論文

 2011年の東日本大震災で、サプライチェーン(部品供給網)を寸断された複数の日本企業が、限られた資源を時には競合企業との間で調整し、進んで共有したことが、迅速な生産復旧につながり、企業の災害対応にとっての良い教訓となっている――。英エディンバラ大などの研究者がこんな論文をまとめた。

 エディンバラ大経営大学院のニック・オリバー教授と、東大のジョージ・オルコット前特任教授(現・慶応大特別招聘(しょうへい)教授)が、日立、日立化学、三菱電機、ルネサス、デンソーの5社で、幹部16人を対象に震災直後の11年5月から8月にかけて実施した聞き取り調査をもとに執筆した。米カリフォルニア大バークリー校が発行する「カリフォルニア・マネジメント・レビュー」誌に掲載された。

 論文は、大きな被害を受けた企業の多くが、単なる契約上の義務の範囲やグループ企業の系列を超えて協力しあったことに着目。企業間コミュニティーを通じて、相互信頼の精神に基づき支援を提供する「社会資本」が働いたと指摘した。

 日本自動車工業会のような業界団体が調整に大きな役割を果たしたことにも言及。「支援動員の傑出した速さは、各社が、知的財産権やその他の商業的利害について法的な保証を要求していたら実現していなかっただろう」と論じた。

 オリバー教授は「災害が発生した際に、潜在的な資源を解き放つ大きな力が『善意』にあることを、日本の復旧が示している」とコメントしている。(ロンドン=梅原季哉)

朝日新聞
宮城)県民防災の日、各地で訓練 夜や下校時の避難は

 12日は「県民防災の日」。36年前のこの日起きた宮城県沖地震に加え、3年3カ月前の東日本大震災でも、様々な教訓が残された。子どもの下校時や真っ暗な夜間の避難をどうするか。備えを確かめるための防災訓練が、県内各地であった。

■暗幕の中、課題探る 仙台

 仙台市では、今回初めて夜間の地震発生を想定した訓練を実施した。実際は日中だったため、避難所となった体育館には暗幕が張られ、住民らは懐中電灯持参で参加した。

 「大きな地震が発生し、大津波警報が発令されました」。午前8時半すぎ、市内沿岸部で警報が流れると、太白区の袋原中学校には近所の人たちが次々集まった。小さな明かりの下、安否確認のための「避難者カード」に記入した。

 各地域ごとにつくった「避難所運営マニュアル」を使い、避難者の配置分けや仮設トイレの設置といった初動確認も。訓練に参加した大友幸さん(39)は「暗くて視界が悪いのに、指示する人の声が小さくて混乱した。本当に夜に起こったら、けが人が出るかもしれない」と指摘。避難所運営委員長の大野真知子さん(63)は「マニュアルを消化しきれていないところもあった。今後の訓練に生かしたい」と話した。訓練には袋原中の生徒も加わった。トイレ設置を手伝った3年生、武藤大弥さん(14)は「震災があった時にしっかり対応できると思った」。(高見沢恵理)

■「地域が守る」意識へ 亘理

 亘理町では小中学校全10校が参加し、下校途中に震度6弱の地震が起きた想定で、訓練をした。「学校にいる時の訓練は何度もやってきたが、下校時は『空白の時間』だった」と、町の担当者は説明する。

 荒浜小では児童約100人が、午後1時40分に下校を始めた。同校は津波で浸水した地域にあり、遠く学区外から通う児童が少なくない。下校手段も、スクールバスや徒歩、保護者の送迎など様々だ。

 大津波警報が出されたのは2時4分。児童クラブと徒歩の子どもは、サイレンを聞くとすぐに荒浜小に戻り、3階建ての屋上へと上った。2台のスクールバスには約40人が乗り込んでいたが、内陸部の小学校へ避難。自宅近くの公民館などに逃げた児童もいた。

 各避難場所では地域の区長たちが名簿を手に、子どもたちがちゃんと避難してこられたかをチェック。警報40分後には、全員の無事が確かめられたという。防災主幹の渡辺英明教諭は「下校時の子どもの安全は地域が守る。その意識を共有したい」と話した。(長嶋晶子)

■特別警報想定 県庁、初の対応

 県庁では、三陸沖でマグニチュード9の大地震が発生した3日後に、大雨の特別警報が出た、という想定で情報伝達の訓練をした。地震と津波による被害に加え、降り続く雨で土砂災害や川の増水が発生。対応に追われるさなかに、数十年に一度クラスの大災害が予想される時に出される「特別警報」を仙台管区気象台が発表。県職員が市町村に電話や無線で連絡をとり、警報の内容を伝えるとともに、避難や被害情報を聞き取るなどした。

 昨年8月に特別警報の運用が始まってから、県が対応を訓練するのは初めて。(中林加南子)

フランス語
フランス語の勉強?

大きい部屋で中間まとめテ・・・オーカみたい

ブログネタ
フランス語 に参加中!
omelette140521

Ce n'est pas elle uniquement d'ailleurs qui m'a donné une irrésistible envie de vivre seul pendant quelque temps, mais tout ce qu'on a fait autour d'elle, dedans, dessus, aux environs.
そもそも私がどうしてもしばしの間ひとりで過ごしたいと思ったのは,エッフェル塔のせいだけではない.エッフェル塔のまわり,中,上,その周辺で人々がしてきたことすべてのせいなのだ.
「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

午前中はブツブツMを大急ぎで頑張りました.午後は大きな部屋で中間まとめテです.なんとなくオーカを思い出します.その後のキソキソはイマイチでした.
夜は部屋でフランス語を勉強しました.テレビでフランス語をみました.出版物校正者のElise GOLDBERGさんが外食の案内をしてくれました.

河北新報
かすむ復興 仮設/深まる孤立(上)人知れず 悲しき最期

<異変気付かず>
 受け取る人もいないまま、郵便物や検針票がポストにたまっている。3戸が長屋のように連なる建物の端。玄関やサッシ窓は閉ざされたままだ。
 福島県南相馬市原町区の仮設住宅の1室でことし4月、1人暮らしをしていた女性(71)が遺体で見つかった。死後10日ほどが過ぎていた。病気が原因だったとみられる。
 仮設住宅には、東京電力福島第1原発事故から逃れた同市小高区などの約300世帯以上が暮らす。県の支援員が察知するまで、異変に気付いた住民はいなかった。
 「あいさつ程度の付き合いしかなかった」と近隣住民。300メートルほど離れた場所には知人女性(73)が住んでいたが、死亡女性の訪問を受けることはあっても、出向いたことはなかったという。
 仮設入居時、部屋割りにかつての地縁は考慮されなかった。四つある自治会は棟の配置で機械的に区割りされた。近隣の結び付きを深めるにはどうしても時間がかかる。
 死亡女性が所属していた自治会の会長は「避難前の集落なら遠慮無しに家に上がり込んでいたが、ここは違う。そこまでの付き合いになるのは難しい」とため息を漏らす。

<巡回は月1回>
 東日本大震災、原発事故に伴う避難生活は4年目に入った。仮住まいの長期化に伴い、人間関係を構築できないまま、人知れず息を引き取るケースが各地で出ている。
 宮城県石巻市のある仮設で昨年冬、60代男性が孤独死した。市によると、死亡時期は判然としない。周辺住民は2週間ほど姿を見ていなかった。
 市社会福祉協議会の支援員が巡回していたが、ペースは月1回程度。隣人が排気口からの異臭に気付いたのが、発見の端緒になった。
 市生活再建支援課は「強制的に部屋に入るわけにはいかない」と説明する。孤立した被災者に手を差し伸べようにも、プライバシーの壁を乗り越えるのは難しい。

<情報の共有を>
 仙台市太白区のあすと長町仮設住宅でことし2月、車いすの60代男性が救急搬送された。度々トラブルを起こし、住民の目には「近寄りがたい存在」と映っていた。
 119番通報したのは自治会長の飯塚正広さん(52)だった。男性は自治会に入っておらず、このときまで病状はもちろん、名前さえ把握できていなかった。
 後に、男性は亡くなったと聞いた。飯塚会長は「最低限の個人情報もふたをされてしまっている。必要な情報を共有できていなければ、今後、緊急時に適切な対応ができない恐れがある」と訴える。

 東日本大震災で打撃を受けた岩手、宮城、福島3県では、今も20万人近くが仮設住宅などで生活を続ける。避難に伴って地域住民のつながりが寸断され、孤立感を深めている被災者も少なくない。今後、災害公営住宅などへの転居が進めば、コミュニティー維持はさらに難しさを増す。曲がり角を迎えつつある仮設の暮らしを追った。(震災取材班)

河北新報
全壊自宅を一人で再建 「ここからがスタート」 宮城・山元

 東日本大震災で甚大な被害が出た宮城県山元町で、津波で全壊した自宅をたった一人で修繕した男性がいる。生まれ育った古里で再び家族で暮らすことを願い、素人ながら3年がかりでこつこつと作業に汗を流した。今月末に引っ越しし、震災前と同じ生活を始める。

 修繕したのは、同町笠野地区の無職砂金政宏さん(53)。築40年、木造一部2階、延べ床面積約160平方メートルの自宅は、一部を除いて震災前の姿を取り戻した。砂金さんは「できる範囲を自力でやるつもりが、最終盤まで来てしまった」と笑う。
 自宅は震災の津波で2階床まで浸水し、押し寄せたがれきで室内が埋まった。同居していた母(76)と弟(47)と逃げて無事だった砂金さんは1週間後、辛くも流失を免れた自宅を見て覚悟を決めた。「津波に耐えた家を守る。長男の宿命だ」
 課題は修繕費。建築業者の試算で1500万円は掛かると言われた。安く上げるため、自力再建の道を選び、がれきを片付けて作業に着手した。
 元ヘルパーで建築の経験はなかった。分からないことは近所の大工に尋ね、インターネットで調べた。ホームセンターで工具や資材を買いそろえ、床の張り替えや壁作りなどに少しずつ取り組んだ。ガラスサッシや家具などは解体した被災家屋から譲り受けた。
 徹底して切り詰めたところ、費用は230万円で済んだ。既に母と弟は今月初めに自宅に戻った。2人とも「よく眠れる」と喜んでいるという。
 集落は災害危険区域に指定され多くの住民が離れた。戻ったのは砂金さんを含めて14戸だけだ。
 「ここからがスタート」と話す砂金さんだが、不安もある。県は津波防御の二線堤となるかさ上げ県道を集落の西側に整備する計画で、住民は防御ラインから外れる。
 「地域ににぎわいを取り戻したい。そのためにも安全の確保が必要」と砂金さん。周辺住民とともに、県にルート変更を求めていくという。

河北新報
防災・減災 6.12の記憶/津波以外にも備えが必要だ

 あの激しい揺れを自身の体験として語れる人は、もう中年以上、高齢の世代になった。
 1978年の宮城県沖地震発生からきょうで36年になる。
 東日本大震災発生で記憶は上書きされているが、仙台市を中心にブロック塀倒壊などで28人が犠牲になり、都市機能が長期間まひした大災害だった。
 宮城県民にとって6.12が地震防災の原点であることに変わりはない。35回の節目を迎えたきょうの「みやぎ県民防災の日」は、訓練に参加する人だけでなく全ての県民が、震災で得た教訓を手にあらためて災害への備えを誓い合う日としたい。
 震災後の地震防災は依然、広範囲で大きな犠牲につながる津波への警戒が最上位にある。
 専門家は特に「アウターライズ地震」への警戒を呼び掛けている。大震災の余震として日本海溝の外側でマグニチュード(M)8級の地震が起きる可能性があり、揺れが小さくても大津波が発生する恐れがある。
 海外の地震で発生する遠地津波への警戒と併せ、沿岸部の住民は常に「揺れたら高台へ」「揺れなくても津波情報が出たら逃げる」の確認を徹底させる必要がある。家庭や学校、職場、町内会単位で訓練を重ね、避難の習慣化に努めてほしい。
 もう一つ、忘れてはいけないのが揺れそのものへの警戒だ。
 津波被害の陰にかくれがちだが、震災では本震と余震の揺れが原因で少なくとも1都8県で90人が亡くなっている(河北新報社調べ)。宮城は13人。家具の転倒やつり天井落下、土砂崩れなどが犠牲につながった。
 建物の耐震化などの備えが進んだこと、揺れの周期が短かったことなどから、地震規模の割に被害は少なくて済んだが、発生時間が朝夕ならば火災も多く発生した可能性があり、犠牲はさらに大きくなっていた。
 死者・行方不明者23人の岩手・宮城内陸地震(2008年6月14日)、5千棟以上が全半壊した宮城県連続地震(03年7月26日)など、震災前も宮城は地震の揺れで繰り返し大きな被害を出している。04年の被害想定で死者620人、長期避難者4万人以上と推計された「長町−利府線断層帯」による仙台市直下型地震への警戒も残る。
 震災の揺れの犠牲90人は決して少ない数ではない。宮城県沖地震を教訓とする県民防災の日は、特に津波以外の被災にも目を向け、内陸や山間地でも危険な場所の安全対策を総点検する機会にしなければならない。
 災害を想定して備えることはきつく、つらい作業だ。おびえて過ごすだけでは耐えきれないし、長続きはしない。十分な備えをもって立ち向かう「攻めの防災」が道を開くことになる。
 私たちは南海トラフ巨大地震などに身構える地域に、高い防災・減災意識を発信する役目も担っている。震災で大きな被害を経験した地域だからこそ範となる備えが必要だ。
 地震防災の初心を確かめる日に「いのちと地域を守る」の誓いを新たにしたい。


朝日新聞
津波がつないだ縁 糸満の人々、漂着した船の持ち主招待

 小さな漁船が東日本大震災の津波で宮城県石巻市から流され、3年2カ月後に約2千キロ離れた沖縄県糸満市にたどり着いた。糸満の人たちは「震災を忘れない」と船の展示を始め、持ち主の漁師を沖縄に招待した。

 5月30日、糸満市の海のふるさと公園。石巻市の松川一雄さん(74)は久しぶりに「松一丸」と再会し、少し涙ぐみながら酒をかけた。「ありがとうって言いたくて」

 あの日、松一丸は石巻市の泊浜(とまりはま)漁港から流された。5月16日、糸満市沖を漂流しているのが見つかった。しかし、松川さんはすでに新しい舟を購入し、石巻まで運ぶ費用もないため、糸満市に処分を頼んだ。

 「震災は沖縄でも忘れてはいけない」と、船を引き取ったのが、糸満の漁業史などを紹介するNPO法人「ハマスーキ」。漂流した時間を感じてほしいと船体に付いた藻や貝殻はそのままだ。上原謙理事長は「糸満と石巻は互いに漁師町。つながっていると思いました」。

 松川さんの沖縄行きを後押ししたのは、沖縄県北谷(ちゃたん)町に住む元公務員の田口純さん(63)。石巻で少年時代を過ごしたことから、「松川さんと船を引き合わせてあげたい」と思い、松川さんの宿泊費などの一部を負担した。

 沖縄の人たちと交流した松川さん。「ほかのところに流れ着いていたら、解体されていたかも知れない。糸満の皆さんに飾っていただいて幸せ。また沖縄に来ます」(鈴木剛志、山岸一生)

読売新聞
震災から3年3か月―双葉町再建へ決意新た

 東日本大震災から3年3か月の11日、東京電力福島第一原発事故で全町避難している双葉町の職員らが、いわき市の仮役場で犠牲者に黙とうをささげた。2階大会議室に集まった伊沢史朗町長や職員ら約60人は、地震発生時刻の午後2時46分、双葉町の方角に向かって目を閉じた。

 黙とう後、伊沢町長は職員に対し、「町の生活再建に向けて一歩一歩前進していかなければならない」と強調。5月31日に始まった、汚染土などを保管する中間貯蔵施設の住民説明会について、「誠意ある回答がなく、受け入れの是非を判断する状況にない。今後の説明会で国がどう対応するのか注目したい」と話した。

 一方、県警や福島海上保安部などは、約400人で沿岸部を一斉捜索した。浪江町の請戸小学校といわき市久ノ浜町地区のがれき集積場、双葉町の前田川河口付近から3点の骨片が見つかり、今後鑑定を進める。

福島民報
不明者を一斉捜索 震災から3年3カ月

 東日本大震災から3年3カ月を迎えた11日、県警本部をはじめ福島海上保安部、双葉地方広域消防本部などは本県沿岸部で一斉捜索を実施し、行方不明者の手掛かりを捜した。4月に県警察学校に入校した初任科生(短期課程)が初めて参加し、被災者に寄り添う本県警察官の使命を胸に刻んだ。
 捜索は約400人で展開した。このうち、浪江町請戸地区には初任科生69人を含む約130人が集まり、がれき集積場になっている請戸小を中心に活動した。初任科生は積まれた土砂を少しずつ熊手でかき、骨片や不明者につながる品物を捜していた。
 県警本部災害対策課によると、捜索によって請戸小がれき集積場などで計3片の人骨の可能性がある骨片を発見した。一眼レフカメラやカード類も見つかった。
 新田宏明同課長は「決して消えることのない行方不明者の家族の思いに応えられるよう、今後も取り組んでいく」と話した。

■浜通り出身の初任科生が決意
 捜索に当たった初任科生の中には、浜通り出身者の姿もあった。鈴木ゆりなさん(22)は浪江町が古里。被災地を守る警察官の姿に感銘を受け、志した。「震災を経験し、安全で平穏な日常がどれだけ尊いかを知った。県民の平和のために働いていきたい」と誓った。
 広野町出身の松本康公さん(22)は「前を向いて暮らしている被災者を狙った犯罪は絶対に許さない。皆さんの力になれる警察官を目指す」と決意した。


福島民報
復興の灯に願い託す 震災から3年3カ月

 東日本大震災から3年3カ月を迎えた11日、アーティストのCandle JUNE(キャンドル・ジュン)さんを中心に被災地支援に取り組む団体「ラブフォーニッポン」(東京)が福島市の森合幼稚園でイベントを開き、園児らがキャンドルの光に復興の願いを託した。
 園児60人と保護者、職員が参加し、日中は陶芸、大道芸などで交流を深めた。キャンドル作りでは、園児が将来の夢、保護者は県外に伝えたいことなどをキャンドルを覆う白いカップに記した。
 夕方、ろうそくに火をともし、シンガー・ソングライターの片平里菜さん(福島市出身)、青谷明日香さんのライブを楽しんだ。
 キャンドルさんは「毎月11日が多くの笑顔であふれる日になってほしい」と願っていた。


朝日新聞
官邸VS.東電、緊迫の3・15克明ノート 福島原発事故時の内閣広報担当・下村氏

 東京電力福島第一原発の事故時に内閣官房審議官(広報担当)だった元TBSアナウンサーの下村健一氏が朝日新聞の取材に応じ、首相官邸と東電首脳のやりとりを克明に記録した大学ノートを開示した。そこからは当事者意識に欠ける東電幹部たちの姿が見えてくる。福島で最も高い濃度の放射性物質が飛散した2011年3月15日朝、東京にある東電本店がどう動いたのかを解明する歴史的資料だ。

 この朝は、菅直人首相が東電本店に乗り込んだ重大局面だった。東電がのちに公開したテレビ会議録では音声が消えており、居合わせた人々の記憶に基づく証言で断片的にしか語られてこなかった場面だ。ジャーナリストの目線で事故対応の裏側をその場で記録した「下村ノート」をもとに再現する――。

 「東電が撤退すると言っている。総理が東電本社に行きます」。3月15日未明、首相官邸で仮眠していた下村氏はそんな電話で起こされた。すぐに防災服に着替え、先に東電本店に向かった菅首相を車で追いかけた。内閣の広報担当に着任して4冊目、原発事故を記録したものとしては1冊目となるノートを携えて。

 《6時7分 東電本社へ移動》(下村ノートから)

 東電の対策本部がある本店2階に駆け上がると、「総理執務室の誰か」が真っ青な顔で、菅首相が東電幹部たちにぶった演説の内容を耳打ちした。下村氏はその場でノートに書きとめた。

 《現場撤退は絶対ない。日本の東半分を核廃棄物にするわけにいかない!》

 《社長以下責任負う 60才以上ここで死ぬ覚悟》

 下村氏は菅首相らとともに対策本部と廊下を挟んだ向かいにある小部屋に移った。そこには東電本店と福島第一、福島第二、福島オフサイトセンターなど6カ所を同時につなぐテレビ会議システムが動いていた。

 下村氏は驚愕(きょうがく)した。つい先ほどまでいた官邸には東電から情報がなかなか届かず、菅首相らはいらだっていた。ところが、東電本店には現場からリアルタイムで情報が入っていたのだ。下村氏はノートの欄外に6分割されたモニター画面を描写した。

 「それまで、海外とやりとりしているような遠い感じだった。本店にも情報がないなら仕方ないと思っていたが、情報は届いてたんじゃないか、なんで本店からこんなに近い官邸まで情報が届かないんだというのが衝撃でした」

 (木村英昭、堀内京子)

    *

 しもむら・けんいち 1960年生まれ。慶大特別招聘(しょうへい)教授。元TBSアナウンサーでオウム真理教による松本サリン事件などを取材。2010年から2年間、内閣官房審議官(広報担当)を務める。著書に「マスコミは何を伝えないか」など。


朝日新聞
電力改革―原発はそのままなのか

 日本の電力構造を変える電気事業法の改正が、参院で可決、成立した。

 3段階に分けられた改革の第2弾だ。家庭向け小売り分野への参入規制が16年に撤廃され、家庭ごとに電力会社を選べるようになる。料金についての規制も、2年程度の経過措置を設けた後でなくす。

 7・5兆円規模とされる市場の開放で、新たな事業者の参入による健全な競争や、サービスを工夫した新しいビジネスが期待できる。地域独占に安住してきた電力大手も、経営戦略の再構築が迫られよう。

 今回の法改正では、電力事業を“電∩配電小売りの三類型に整理し直す。これは改革の要となる「発送電分離」への布石でもある。

 事業ごとの規制のあり方をはじめ、政府には詳細設計をしっかりと詰めてもらいたい。

 一方で、積み残しとなっている点がある。原発政策と電力改革との整合性だ。

 福島第一原発の事故で明らかになったのは、原発投資がいかにリスクの高い事業か、ということだ。

 いざ事故が起きたときの社会的損害は甚大で、一企業ではとても対応できない。火力などに比べ割高だった建設・維持コストは、安全規制の強化でさらに上昇した。稼働率次第で収益を大きく揺さぶられる。

 ふつうなら民間企業には手が出せないものをこれまで続けてこられたのは、競争のない環境のなかで、かかった費用を電気代として回収できる「総括原価方式」という規制料金制度があってこそだった。

 さらに、立地のための財政措置や使用済み核燃料の再利用政策への関与など、原発の推進をかかげる国による手厚い支援があった。

 原発は、国の関与なしには成り立たない電源であり、自由化とは相いれない存在である。

 本来なら新規参入側にメリットを与えて既存勢力との競争を促すのが自由化政策の常道だ。原発という特定の電源を保護したままでは、既存原発の見かけ上のコストが安くなり、新電力は対抗しにくくなる。

 原発を確実に減らしていく工程表とセットにしてこそ、新電力の積極的な参入で競争が広がる条件が整う。

 ところが、安倍政権は原発を「ベースロード電源」として今後も維持するとして、再稼働を全面的に支援する方針だ。

 自由化と原発推進という根本的矛盾を放置して、自由化が頓挫する事態は願い下げである。

フランス語
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東日本大震災から3年3か月/バナナを食べ過ぎ

ブログネタ
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prugna1

J'ai quitté Paris et même la France, parce que la tour Eiffel finissait par m'ennuyer trop. Non seulement on la voyait de partout, mais on la trouvait partout, faite de toutes les matières connues, exposée à toutes les vitres, cauchemar inévitable et touturant.
パリを離れ,フランスをさえ離れた.なぜならとうとうエッフェル塔にうんざりしてしまったからだ.エッフェル塔はどこからでも見えただけでなく,どこででも見つけられたのだ.ありとあらゆるありふれた材料でできていて,どこの窓からでも見える. 避けがたいひどい悪夢だ.
「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

東日本大震災から3年3ヶ月です.つまり母が亡くなってからそれだけの時間が経過したということです.時間薬といいますが,だいぶ落ち着いてきました.とりあえず気分が落ち込んだりはしません.
今日はキソキソの後,チゲを食べに行こうとしたら,お昼休みになってました.2回目です.仕方ないのでイタリアンのお店に・・・と思っていたのですが,お好み焼きが食べたくなって違うお店にしてしまいました.なのに結局焼きそば定食という糖質ばっかりのランチにしてしまいました.しかもそれだけではありません.お腹がすく感じで,見切り品のバナナを買ってしまいました.108円でたくさんです.お腹いっぱいになるまで食べてしまいました.明日体重計の乗るのがコワいです.

NHK
東日本大震災「関連死」3000人超える

東日本大震災で警察がこれまでに確認した死者と行方不明者は1万8502人となっています。
避難生活などで亡くなったいわゆる「震災関連死」は国のまとめで3000人を超え、「関連死」を含めた震災による死者と行方不明者は少なくとも2万1590人に上っています。

警察庁によりますと、警察によって死亡が確認された人は▽宮城県が9538人、岩手県が4673人、福島県が1609人、茨城県が24人、千葉県が21人、東京都が7人、栃木県と神奈川県がそれぞれ4人、青森県が3人、山形県が2人、群馬県と北海道がそれぞれ1人で、合わせて1万5887人となっています。
死亡した人の99%は身元が確認されましたが、依然としておよそ90人の身元が分かっていません。
また警察に届け出があった行方不明者は、宮城県が1272人、岩手県が1132人、福島県が207人、千葉県が2人、茨城県と青森県がそれぞれ1人で、6つの県で合わせて2615人となっています。
一方、復興庁によりますと、避難生活による体調の悪化などで亡くなったいわゆる「震災関連死」はことし3月末現在で、福島県で1704人、宮城県で889人、岩手県で441人、茨城県で41人、千葉県で4人、長野県と神奈川県でそれぞれ3人、山形県で2人、東京都と埼玉県でそれぞれ1人の少なくとも合わせて3089人となっています。
このうち警察庁のまとめと重複している1人を除くと、東日本大震災による死者と行方不明者は「震災関連死」を含めて少なくとも2万1590人に上っています。

毎日放送
東日本大震災から3年3か月、今も続く不明者捜索

 東日本大震災の発生から3年3か月です。多くの人が犠牲となった宮城県名取市では、月命日にあわせて現地を訪れ、手を合わせる遺族の姿が見られました。

 多くの住民が犠牲になった名取市閖上地区を訪れたのは、佐々木清和さんです。佐々木さんは、津波で妻のりつ子さんと当時中学2年生だった娘の和海さん、それに義理の父母を亡くしました。今も、ほぼ毎日、自宅のあった場所を訪れ、家族の冥福を祈っています。

 「きょうは良い天気だよとか、伝えるような形でいつも手を合わせています」(佐々木清和さん)

 一方、宮城県南三陸町では、月命日にあわせ、警察などによる一斉捜索が行われました。東日本大震災では、宮城県だけでも1274人が行方不明のままとなっています。


NHK
東日本大震災から3年3か月 離島でも不明者捜索

東日本大震災の発生から3年3か月となる11日、津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市の離島で警察や海上保安署が行方不明になっている人の手がかりを求めて捜索を行いました。

宮城県内では10日の時点で、1272人の行方が分かっていません。
このうち229人の行方が分かっていない気仙沼市では、警察が毎月11日や住民から要望を受けたときなどに捜索を行っています。
11日の捜索は今も10人の行方が分かっていない気仙沼湾の離島・大島の漁港周辺で気仙沼海上保安署と合同で行われ17人が参加しました。
はじめに集まった警察官や海上保安官が海に向かって並び、震災で犠牲になった人に黙とうをささげました。
捜索では、警察官が漁港そばの岩場周辺を歩きながら岩の隙間を注意深く見たり、保安官が水中を見る眼鏡を使ってボートから海の中を確認したりして手がかりがないか捜していました。
気仙沼警察署の奥田祐次警備課長は「行方不明の方が1人でも多く家族の元に帰るよう、懸命に捜索を続けています。捜索してほしい場所などの要望や情報があれば警察へ連絡を下さい」と話していました。
岩手県の沿岸でも捜索

岩手県の沿岸部では11日、警察が行方不明者の一斉捜索を行っています。
警察では、毎月11日の前後に岩手県沿岸の各地で行方不明者の捜索を行っています。
このうち釜石市では白浜漁港から2キロほど離れた海岸で、警察官17人が陸上と海上から捜索を行いました。
警察官たちはスコップを使って海岸の砂を掘り起こしたり、海の浅瀬でゴムボートの上から海の中を確認したりして、行方不明者の手がかりを探していました。
岩手県警察本部によりますと、県内では今も1132人の行方が分かっていません。
捜索に参加した長野県警察本部から出向している小野澤達巡査部長は「震災から3年余りがたちましたが、何か手がかりが見つかるかもしれないという可能性を信じて、これからも捜索を続けていきたい」と話していました。


岩手日報
被災写真を企業で初展示 大船渡、震災3年3カ月

 11日で東日本大震災から3年3カ月。被災した写真の洗浄・返却に取り組む大船渡市社会福祉協議会(新沼義雄会長)は月命日に合わせ、同市赤崎町の太平洋セメント大船渡工場で写真展示会を開く。時間の経過とともに持ち主につながる情報が減る中、少しでも手掛かりを得るため、日中働いている人にも見てもらおうと初めて企業で開催する。最後の1枚まで、諦めない―。大切な思い出を返し続けるスタッフは10日、思いを胸に準備に励んだ。

 同協議会が入る同市立根(たっこん)町のY・Sセンター。臨時職員の尾坪美鈴さん(57)、三浦知子さん(37)、佐藤彰季子さん(37)が、展示する約260枚を丁寧に選んだ。背景が剥がれた赤ちゃんの写真。4人目の子が生まれた日の家族の笑顔。古希の集まり。被災し、痛んではいるが、震災前の家族や仲間の歴史、大切な思い出を刻んだ写真ばかりだ。

 「(流されて)1枚も残ってなかったからよかった」。三浦さんは、返却した人から受けた感謝の言葉が忘れられない。以前は写真どころではないという人が多かったが、3年たち、写真を洗ってほしいと持って来る人もいる。「返したい思いは、ずっと変わらない」と力を込める。


河北新報
震災直後の緊急小口貸し付け 融資の5割超、48億円未回収

 東日本大震災直後に岩手、宮城、福島3県で実施された緊急小口資金特例貸し付けで、融資金の半分以上が返済されていないことが10日、分かった。未収額は計48億4500万円に上る。所在不明の利用者が1万人に上り、原資を提供した県などは多額の債権放棄を迫られそうだ。

 3県の貸し付け実績は、6万8272件(計96億2700万円)。大部分が2011年3〜5月に取り扱われた。3年以内の完済を求めているが、返済が終わったのは約2万2000件にとどまる。未収分のうち1万件程度は債務者の所在がつかめていない。
 県別の貸出額と未収額は表の通り。未収金額が最大の宮城は、暴力団組員の不正利用が124件判明した。利用者の自己破産で233件が回収不能になっている。
 福島は所在不明が8300件と、県全体の3割以上を占めた。福島第1原発事故で広域避難を強いられたことなどが影響し、回収率も3県で最も低い48.5%となった。
 対照的に岩手は67.2%を回収。貸し出し件数、金額とも比較的少なかったのが要因とみられる。
 貸し付けの原資は国、県の公金。実施主体となった各県の社会福祉協議会は利用者に督促状を送付したり、電話で所在確認を進めたりしている。
 各県社協は面会して返済を促す方針だが「被災による生活苦も想定される」(関係者)だけに強制的な回収には慎重だ。ただ、踏み倒しなどの悪質ケースについて、宮城県社協は「法的手段を検討する」という。
 阪神大震災でも同種の貸し付けで全体の3割超の33億6000万円が回収不能になり、国と兵庫県が債権放棄した。
 社会福祉行政に詳しい太田伸二弁護士(仙台弁護士会)は「社協に債権回収ノウハウはなく予想された事態だ。貸し付けではなく、避難名簿などに基づく給付制度の創設が求められる」と話す。

[緊急小口資金特例貸し付け]本来は低所得者に当面の生活費を融資する公的制度。市町村社協が窓口となり、特例として東日本大震災の被災者にも適用された。1世帯当たり原則10万円以内。無利子、無担保で保証人不要。融資後3年以内に完済する必要がある。

河北新報
佐藤真海さんら大使に 参加者募集、サイトで開始 ツール・ド・東北

 東日本大震災の被災地を自転車で巡る「ツール・ド・東北2014」(河北新報社、ヤフー主催)の参加者受け付けが10日、専用サイトで始まった。東京・六本木では、大会の「広報大使」「東北応援大使」の発表会があり、就任した3人が復興に向けた継続的な支援と参加を呼び掛けた。
 広報大使に就任したのはモデルの道端カレンさん。東北応援大使にはパラリンピック陸上女子の佐藤真海さん(宮城県気仙沼市出身)と、元Jリーガーの中西哲生さんが就いた。
 大使の就任発表で一力雅彦河北新報社社長は、「昨年は1300人が参加し、地元の方々にも好評だった。ことしも東北を全国に発信して大いに盛り上げたい」とあいさつ。宮坂学ヤフー社長は「復興の歩みと同じようにツール・ド・東北の内容を進化させていく」と抱負を語った。
 就任発表には大会実行委員会名誉会長の村井嘉浩宮城県知事も出席し、「イベントを伝えるさまざまなメディアを通じ、被災地の現状や変化を全国、世界の方に見てもらえる機会になる」と意義を説明した。
 大会は9月14日、宮城県石巻市の石巻専修大を発着点に行われる。気仙沼市中心部で折り返す新設の220キロのほか、170キロ、100キロ、60キロの各コースがあり、両市や宮城県女川町、宮城県南三陸町が舞台となる。募集人数は前回の倍の3000人で、応募は24日まで。応募者多数の場合は抽選。


河北新報
東日本大震災 巨大防潮堤/合意なき「壁」で何を守るのか

 沿岸被災地で完成間もない防潮堤に登ってみた。そこでは高さ10メートルを超える「壁」が海と陸をきっぱりと隔てていた。
 被災3県で整備予定の防潮堤は総延長386キロに及ぶ。既に46キロ分が完成し、各地で工事が本格化している。
 宮古市田老地区では、巨大防潮堤への過信が被害を大きくしたとの指摘もあった。それでも岩手県は、現況から4.7メートルをかさ上げする。
 気仙沼市本吉町の小泉海岸に造る防潮堤は14.7メートル。ここから海に流れ込む津谷川の河口堤を含めた完成予想図は、土木工学の専門家が今から難工事を予見するほどのスケールだ。
 既存の防潮堤は各県横並びでおおむね1メートルのかさ上げが決まった。「既存高プラス1メートル」までなら災害復旧事業の枠内として全額国に負担してもらえるためだ。
 国の基準を出発点に各県は、防潮堤の整備方針を決定。その後、背後地を土盛りしてインフラを敷設。最後に住民に諮ってまちづくり計画を固める。
 行政による復興は概略この順序で進められてきた。だが、復興に寄せる被災住民の思いは、行政の手法と逆のプロセスをたどるのが普通だろう。
 住民はまず「こんなまちで暮らしたい」という理想から対話を始める。次に願いを形にして街並みや施設の配置を考える。そして最後に防潮堤は必要か、必要だとしたら許容できる高さはどれくらいかを決める。
 防潮堤の建設を復興の入り口とする行政と出口に置く住民では、議論がかみ合うはずもなかった。
 単なる復旧事業である以上、住民合意も必要としない。結果、復興の加速化を重視する行政の対応は相当、荒っぽいものとなった。
 岩手県の説明会では職員が膨大な資料を駆け足で説明し、住民は熟慮する時間を与えられないまま、その場で拍手を求められたという。宮城県の村井嘉浩知事は「私の責任で決断する」との言説を曲げようとしない。
 仮に、それが住民の命を守る手だてだとの信念で復興事業を推し進めたとしよう。しかし、住民の理解と納得を軽視する形で造った防潮堤によって土地の魅力が減じてしまえば、やがて人々はその土地から去っていく。そうなったとき、巨大防潮堤は一体何を守ろうというのか。
 防潮堤整備の復旧事業扱いには、自然環境を保全する観点からも問題点が指摘されている。原状回復のレベルを逸脱する工事にもかかわらず、環境影響調査の対象外となるためだ。
 波打ち際をコンクリート壁で固めることによる生態系や、そこからの恩恵で成り立つ漁業への影響が真剣に検討されてきた形跡は、残念ながらない。
 過去、幾度となく津波被害に遭ってきた三陸の住民は、しなやかに、あるいはある種の諦観をもって海と向き合い、生きてきた。足元の防潮堤は、そんな精神性までも押しつぶそうとしているように見える。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 除染後も大半20ミリシーベルト超 モデル実施、低減6割どまり−−帰還困難区域

 環境省は10日、東京電力福島第1原発事故で汚染された福島県の帰還困難区域で実施したモデル除染の結果を発表した。除染の効果で、住宅地など生活圏の空間線量は平均約6割下がった一方、除染後も多くの地点で住民帰還の目安となる年間20ミリシーベルトを超える見込み。政府は今後、この結果を参考に同区域の長期的な線量見通しを示し、自治体や住民の意向を踏まえた上で、本格除染に入るかどうかを判断する。【阿部周一】

 帰還困難区域は放射線量が年間50ミリシーベルトを超え、事故後5年が過ぎても年20ミリシーベルトを下回らない恐れのある区域。同原発周辺の7市町村にまたがる。

 モデル除染は昨年10月〜今年1月、同県浪江、双葉両町の計6地区で、表土のはぎ取りや高圧水洗浄、除草など標準的な方法で実施した。その結果、除染前に1時間あたり平均7・65〜19・12マイクロシーベルトだった生活圏(宅地、農地、道路)の空間線量は除染後、同3・35〜7・09マイクロシーベルトと約6割下がった。木造住宅に住み1日8時間屋外で過ごすと仮定すると、多くの地区が除染後も年間20ミリシーベルトを上回ることになる。一方、森林の線量低減率は約2割にとどまった。

 環境省は「さらに線量を低減しようとすれば土地の従来の機能を損ねかねない。区域の将来像を検討する中で追加除染の必要性を判断したい」と話している。


朝日新聞
東電から柏崎刈羽原発の分離を 新潟知事、会見で提言

 再稼働の動向が注目される東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)のあり方をめぐり、同県の泉田裕彦知事は11日の記者会見で、東京電力から同原発を分離し、地元に管理会社の本社を置く態勢にすべきだと述べた。重大事故発生時に迅速な対応をするためには本社を原発近くに置く必要があるとの考えを示した。

 会見で泉田知事は、北欧の電力会社では原発の敷地内に本社を置いていることに触れ、東電福島第一原発の事故で対応が後手に回ったのは「(東京の)東電本社と福一(福島第一原発)のテレビ会議の様子を見ても明らか」と指摘。電力の発送電分離の政策の流れにも沿うとして、柏崎刈羽原発の東電からの分離を訴えていくとした。

 一方、分離を同原発の再稼働の条件にするかについては「別の話」とし、「福島第一の事故の検証と総括がなければ、手続きを含めて再稼働を議論する状況にない」と持論を繰り返した。(松浦祐子)


朝日新聞
自衛権の協議―後世に責任を持てるか

 密室の芝居がかった協議は、もうやめたらどうだろう。

 集団的自衛権の行使容認をめぐるきのうの与党協議で、自民党は次の協議が予定される13日に、行使容認のための閣議決定の文案を示したいと公明党に提案した。

 公明党は「党内調整に時間がかかる。時間がほしい」と難色を示した。当然だろう。

 集団的自衛権の行使が必要になるとしたら、どんなケースが考えられるか。政府が示した「事例」をもとに、具体的に意見交換を始めたのはようやくきのうのことだ。

 結果は物別れといっていい。それなのに、自民党はもう結論の文案を出したいという。公明党が席を蹴らなかったのが不思議なぐらいだ。

 自民党が急いでいるのは、22日までのいまの国会中に閣議決定ができるように、安倍首相に指示されたからだ。この締め切りは、国民にとっては何の意味もない。

 政府の憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使を認める――。首相の意思は最初からはっきりしているのだから、与党協議はそれを公明党に認めさせるための舞台に過ぎない。政府が示した事例はその小道具だ。

 ただ、舞台は閉ざされたドアの向こう側にある。ネットやテレビで中継され、議事録が残る国会とは決定的に違う。

 その日の協議が終われば、自民、公明、政府のそれぞれの担当者から、何十人もの記者団に簡単な説明はある。だが、だれが、何を、どんなニュアンスで話したかは分からない。

 話し合いの主題は、憲法9条を実質的になくしてしまうかどうかということだ。

 日本人を守るためにそれが必要だというなら、衆参両院で3分の2以上の賛成を得たうえで国民投票に問うしかない。

 こうした憲法改正手続きと、衆院議員会館の地下の会議室で行われる与党協議。この落差はあまりに大きい。

 しかも政府は、集団的自衛権を認める憲法解釈の根拠を、9条のもとでの「必要な自衛の措置」を認めた72年の政府見解に求めようとしている。

 だが、この見解は「集団的自衛権の行使は許されない」と結論づけている。どこをどうひねれば百八十度違う結論が出てくるのか。

 こんなやり方で日本の針路を変えてしまって、後の世代に責任が持てるのだろうか。

 公明党が平和の党を任じるのなら、自民党の振り付けに合わせる必要はあるまい。


毎日新聞
原子力規制委 中立公正さ損なう人事

 衆院本会議で、田中知・東京大教授と石渡明・東北大教授を原子力規制委員会委員にあてる国会同意人事案が与党の賛成多数で可決された。参院でも承認される見通しだ。

 だが、田中氏は原子力事業者との関係が指摘されており、規制委設置法がうたう「中立公正」や「独立」を尊重した人事とは言い難い。菅義偉官房長官は「ベストの人事」と強調するが、原子力規制行政への国民の信頼が得られるか大いに疑問で、野党全7党が反対したのは当然だ。

 田中、石渡氏は9月に任期満了を迎える地震学者の島崎邦彦・委員長代理と外交官出身の大島賢三委員の後任となる。任期は5年だ。

 田中氏は原子力社会工学が専門で元日本原子力学会長。福島第1原発事故後も、経済産業省の有識者会議で「一定規模で原子力を維持することが適切」と述べるなど原発推進を掲げていた。2010年から約2年間、業界団体の日本原子力産業協会理事を務めた。11年度に東電の関連団体から50万円以上の報酬を得ており、原発関連事業者2社から計110万円の研究費も受けていた。

 規制委設置法は、原子力事業者や関係団体の役員、従業員は委員になれないと定めている。民主党政権は規制委発足に際し、法の規定に加え、直近3年間に原子力事業者や関係団体の役員、従業員だった場合や同一の原子力事業者から個人として一定額以上の報酬を受け取っていた場合は委員になれないとするガイドラインを決めた。田中氏はこのガイドラインに抵触している疑いがある。

 石原伸晃環境相は衆院環境委員会で、今回の人事を巡り「民主党時代のガイドラインは考慮していない。自民党の政策としては作らない」と明言した。しかし、民主党政権のガイドラインは、規制委の中立公正や透明性の確保を徹底するためで、国会審議も踏まえて作られた。なぜ前政権のルールを破棄するのか。規制委の透明性をどう確保するのか。安倍政権には説明責任がある。

 島崎氏は、日本原子力発電敦賀2号機(福井県)の直下を活断層が通ると認定するなど事業者に厳しい姿勢で安全審査に臨んできた。このため、与党内や電力会社、経済界などには交代を望む声があった。

 東北電力は敷地内に活断層があると規制委の有識者調査団から指摘されている東通原発1号機(青森県)の再稼働に向け、安全審査を規制委に申請した。3・11から3年あまりで、申請は12原発19基になった。

 政府は規制委の審査に合格した原発は再稼働を進める方針だ。今回の不透明な人事は、再稼働に前のめりな安倍政権の恣意(しい)的人選とのそしりを免れないだろう。

毎日新聞
集団的自衛権 理屈通らぬ閣議決定案

 政府・自民党は、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈変更の閣議決定の原案を、今月13日にも与党協議で示し、今国会中の閣議決定を目指す方針を明確にした。

 これまでに明らかになった原案の内容をみると、歴代政権が過去40年以上、積み重ねてきた憲法解釈の一部をつまみ食いして都合良く解釈し直しており、理屈が通っていない。

 原案は、1972年に田中内閣が参院決算委員会に示した政府見解を根拠にしている。

 政府見解は「自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置」を認めたうえで、「その措置は必要最小限度の範囲にとどまるべき」だとして、「集団的自衛権の行使は憲法上、許されない」と結論づけた。

 原案は、この見解が認める「自衛のための必要最小限度」の武力行使の範囲に、限定的な集団的自衛権の行使が含まれると憲法解釈を変更するのが柱だ。政府見解を根拠にしながら、結論だけを全く逆のものにひっくり返している。

 これほどの安全保障政策の大転換をするなら、憲法改正を国民に問うしかないと私たちは主張してきた。だが政府・自民党は、憲法の解釈変更で突破する道を選択し、その根拠を探してきた。

 最初は、米軍駐留の合憲性などが争われた59年の砂川事件最高裁判決を根拠に「最高裁は個別的、集団的の区別をせずに必要最小限度の自衛権を認めている」と主張した。だが、公明党などから「判決は個別的自衛権を認めたものだ」と批判を受けて、代わりに持ってきたのが72年の政府見解だ。

 政府高官はこう解説する。

 政府見解が展開した基本論理は正しい。ただ「集団的自衛権の行使は許されない」という結論が間違っていた。だから「行使は許される」という結論を「当てはめる」−−。

 こんな説明に納得できる人が果たしてどれほどいるのだろうか。

 公明党は、閣議決定の原案の協議に入ることに難色を示している。政府・自民党は、公明党の理解を得るため、原案の表現を「集団的自衛権を行使するための法整備について今後検討する」などぼかすことも検討しているようだが、実質的には憲法解釈変更を閣議決定するのと変わらない。

 10日の与党協議では、政府が集団的自衛権の行使容認が必要とする8事例について、初めて本格的議論が行われた。個別的自衛権や警察権で対応できるという公明党と、集団的自衛権でなければ対応できないという自民党の主張は平行線だった。議論は始まったばかりだ。こんな生煮え状態で閣議決定すべきでない。

フランス語
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DとVUで確テ→Dはダメかな?/よぴいの別人

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arancia1

Il a donc beaucoup voyagé : en Italie, en Sicile, en Algérie ... Maupassant a cherché son salut dans le voyage.

そのため,たくさん旅行しました.イタリア,シチリア,アルジェリアなどへ.モーパッサンは旅に救いを求めたのです.

「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日はDとVUで確テ.前回の確テでDはよくなかったので今回はどうにか頑張ってほしいと思っていたのですが,なんかダメそうです.VUの方はまあまあかな?今のところ印象だけできちんと見ていないのですが.
夜テレビを見ていたら,よぴいの名前が出ていて本人が映っていました.でも声が違うし別人のようでした.残念.

河北新報
七十七銀女川支店津波訴訟 仙台高裁で控訴審初弁論

 東日本大震災の津波で七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の行員ら12人が死亡・行方不明になったのは銀行が安全配慮を怠ったためだとして、3人の家族が銀行に計約2億3000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審の第1回口頭弁論が10日、仙台高裁であり、家族側は請求を棄却した仙台地裁判決の破棄を求めた。
 家族側は「3人が避難した支店の屋上は支店近くの高台と違い、さらに高く逃げることができない。内閣府の津波避難ビルのガイドラインも『高台への避難が大原則だ』としている」と控訴理由を述べた。
 銀行側は震災発生前や直後に支店の屋上を越える津波を予見することはできなかったとして「高台が屋上より安全だったという主張は結果論にすぎない」と反論。控訴棄却を求めた。
 地裁はことし2月の判決で、「銀行が屋上を越える津波を予見することはできなかった。支店の屋上は高台と同程度の高さで、津波避難ビルとしての適格性があった」として家族側の請求を棄却。家族側が控訴した。

朝日新聞
宮城)災害公営住宅へようこそ 地元住民が歓迎会 仙台

 4月に入居を開始した「若林西復興公営住宅」に移り住んだ人を歓迎するイベントが7日、仙台市若林区であった。新しいご近所さんと交流を深めようと、地元の町内会や民生委員ら130人が参加。一緒にお茶を飲みながら、中学生の合唱や民謡を楽しんだ。

 若林西復興公営住宅は5〜7階建ての集合住宅3棟からなり、147世帯が暮らす。4割以上は65歳以上のお年寄りだ。

 震災前の住居も、一時的に住んだ仮設住宅もバラバラで、2割弱は仙台市外から移ってきた。孤立を防ごうと、敷地内には集会所を設け、エレベーター前にもベンチなどを置いた。

 知人に誘われて参加した男性(79)は区内の仮設住宅から移ってきた。津波で妻を亡くして一人暮らし。「部屋にひとりでいると寂しくて仕方なかったが、話し相手ができてよかった。なるべく外に出るようにしたい」と話した。

 歓迎会では民生委員や福祉委員らがお年寄りに積極的に声をかける場面が目立った。同住宅の自治会を立ち上げるため近く準備会を開くという。(長嶋晶子)


読売新聞
仮設住人 4割、心の健康崩す…岩手

 岩手県山田町の仮設住宅で暮らす被災者のうち約4割が精神面での健康を崩しているとみられることが、岩手大学教育学部の社会学研究室の意識調査で分かった。男女別にみると、男性の52%が問題を抱えている一方、女性は37%にとどまった。

 調査は昨年11月、山田町大沢地区の仮設で暮らす約400人を対象に実施。171人から回答を得た。研究室は2012年2月から同様の調査を続けており、今回で3回目。

 直近1週間の生活を振り返り、「明るい気持ちで過ごせたか」「意欲的に過ごせたか」「ぐっすり眠れたか」など5項目について、25点満点で自己採点してもらった。

 「精神的に問題がある」(合計12点以下)とみられる人は42・5%。年齢層で見ると、40歳代(60%)、80歳代(50%)がほかの年代に比べて高かった。

 仮設住宅での近所の付き合いがうまくいっている人ほど精神的に健康な人が多い傾向が見られた。職業別では、漁業者で不安を訴える人が多かった。

 調査にあたった麦倉哲教授(社会学)は「仕事に打ち込もうとしている人ほど、復興が遅れているという現実にさらされ、『このままでいいのか』という不安を抱えている。それが気持ちのバランスに影響しているのでは」と推測している。

 調査は今後も継続する予定。


毎日新聞
集団的自衛権 理解できぬ首相の焦り

 安倍晋三首相が集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈変更を今国会中に閣議決定しようと、動きを加速させている。首相の正式な検討表明を受けて始まった自民、公明の与党協議の議論は深まっておらず、国会の議論も極めて不十分だ。あと2週間以内に閣議決定するのは、あまりに拙速過ぎる。

 首相はなぜこんなに急ぐのか。戦後の安全保障政策の大転換を閣議決定という一内閣の判断で決めようと突き進む首相のやり方からは、焦りを感じる。

 首相は5月初めの記者会見で、閣議決定について「期限ありきではない」と語っていた。それが今月初めの記者会見で、軌道修正した。年末の日米防衛協力指針(ガイドライン)改定に触れ「それに間に合うように方針が固まっていることが理想的」と述べ、みんな、維新の両党の名をあげて公明党をけん制した。

 1カ月のうちに、首相が目指す決定時期が「秋の臨時国会前」から「今国会中」へ前倒しされたようだ。

 ガイドライン改定に間に合わせるためという理由は、集団的自衛権の検討を急がせる方便に見える。ガイドラインは自衛隊と米軍の役割分担を定めたもので、中国の海洋進出を念頭に置く日本に対し、米国は幅広く議論したい考えで、ずれがある。米側は期限にもこだわっていない。

 首相が閣議決定を急ぐことにしたのは、与党協議で説明に立った政府内の足並みが乱れ、公明党が慎重姿勢を崩さないことから、このままではほころびが露呈し、反対論が勢いづくと判断したからではないか。そんな疑念を抱かせるほど協議の進め方は問題が多い。

 与党協議で、武力攻撃に至らない侵害への対応をめぐっては、離島や公海上での武装集団の不法行為に対し、自衛隊の海上警備行動の発令手続き迅速化などの現行法の運用改善で対応することで合意した。

 自衛隊を前面に出す法改正を選択しなかったことは評価できる。だが、運用改善に文民統制上の問題はないのか、警察、海上保安庁、海上自衛隊の連携をどう強化するのかなど、議論は深まっていない。

 多国籍軍などへの後方支援の見直しでは、政府が与党協議に4基準を示しながら、公明党の反発を受けるとわずか3日後に撤回し、新たに3基準を提示し直す泥縄ぶりだ。

 集団的自衛権にいたっては、まだほとんど議論されていない。

 これらは本来、与党だけでなく与野党が国会で徹底的に議論すべき問題だ。首相は国民の理解を得る努力を強調してきたが、これでどうやって胸をはって閣議決定できるというのだろうか。


毎日新聞
視点 集団的自衛権 この国のかたち

 ◇司馬さんならどう思う=論説委員 重里徹也

 司馬遼太郎さんが晩年、情熱を傾けたテーマは統帥権(とうすいけん)だった。エッセー集「この国のかたち」で多角的に論じている。日本史を見渡して、最も大切な問題だと考えたのだろう。

 統帥権とは軍隊の指揮権のことだ。司馬さんは大日本帝国憲法(明治憲法)は今の日本国憲法と同じく、三権(立法、行政、司法)分立の憲法だったと解説する。しかし、昭和に入って変質した。統帥権が次第に独立し、三権の上に立ち、一種の万能性を帯びた。統帥権の番人は参謀本部で、無限の権能を持つに至ったという。

 そこで、「統帥参考」という機密書を紹介している。1932年に参謀本部が本にしたが公刊されず、特定の将校のみ閲覧が許された。その本で参謀本部の将校たちは「おれたちは憲法外なのだ」と明快に自己規定している。天皇でさえ憲法下にあったのに、自分たちは憲法を超越した存在だというのだ。軍部が独走する根拠になった。

 ノンフィクション作家の保阪正康さんはこれを引いて、軍部が政治的実権を固めていく時に「統帥権干犯(かんぱん)を許さない」という語が暴力的に肥大化していったと指摘する(5月10日本紙「昭和史のかたち」)。

 そして、安倍晋三首相が、集団的自衛権を認めるため、憲法9条の解釈変更を閣議決定しようとしているのを批判する。内閣の一存で憲法の従来解釈を変えるのは、閣議決定が政治を縛るべき憲法より上位に位置することになってしまうからだ。

 昭和前期の統帥権と、現代の解釈変更による集団的自衛権の容認。文民統制のある現代を当時とは同一視できないだろう。しかし、両者は憲法を空洞化していく過程という点で似ていると吉田裕・一橋大教授(日本近代史)は話す。

 吉田さんによると、統帥権代表の大本営と政府の間に大本営政府連絡会議が設置され、重要国策をすり合わせて決めるようになる。その決定は御前会議で裁可され、太平洋戦争の開戦も決められた。閣議はその追認機関になった。憲法が無力化したことが、開戦を止められなかった一因になった。

 明治憲法は欽定(きんてい)憲法(君主によって制定された憲法)で、改正するのが難しかった。そのため、いくつかの政策で議会と内閣を形骸化させ、改憲せずに実質改憲を実現した。統帥権はその原動力の一つだった。

 集団的自衛権が必要というのならば、真正面から憲法改正を議論すべきだ。過去と論理的整合性のない解釈変更で、この国のかたちを変えてはならない。

朝日新聞
(集団的自衛権 行方を問う)間違いなく「地球の裏」へ 漫画家・小林よしのり氏

 国家は怪物。いったん暴走したら怖いんだぞ。ワシの考えから言えば、この意識が日本人にはないんですよね。権力、お上に寄り添ってきたから。権力が暴れたときのことを考えられない。戦争中がそうじゃないですか。軍部が勝手に戦争を始めて、もう止められなかった。政党はとても信頼出来ず、軍の方がいいとなったわけでしょ。

 結局、国民は集団的自衛権とかそういう所まで踏み込むのは、恐怖があるわけですよ。個別の政策で世論調査すれば、集団的自衛権は反対の方が多いはず。でも、マスコミは安倍さんの経済政策は応援している。みんな集団的自衛権はどうかと思っても、経済政策はいいと報道している。

 野党も、強力な論理で国民を説得できない。集団的自衛権の危険性を徹底的に追及して、胸を打つような論理が展開出来ない。そうなると、集団的自衛権は数ある政策の一つでしかなくなる。国民はいい部分だけを見るし、支持率は落ちない。結局、みんな「なあなあ」で安倍さんを追認していく。

 ドイツ・ナチスの台頭を許したワイマール憲法下の全権委任法と一緒ですよ。みんなが安倍自民党を選んだわけではないのに、圧倒的な議席数で法律を作り放題。このまま行くと、安倍さんの独裁になってしまいますよ。

 自主防衛論者のワシからすれば、集団的自衛権の行使容認には反対だ。第一に個別的自衛権を強化して、憲法9条の範囲でこれ以上、どうしようも出来ないとなれば改憲するのが筋。今のやり方はおかしい。解釈改憲が行き過ぎている。

 イラク戦争の時、ワシは自衛隊の派遣に反対した。日本は戦争を支持したが、戦争に大義があったのか、派遣が正しかったかどうかの総括をしていない。そんな連中が「限定的」と言っても、絶対に地球の裏側まで武力行使に行きますよ。

 安倍さんの作りたい国って結局、イラク戦争みたいなことが始まれば、自衛隊員が棺(ひつぎ)で帰ってくるような国なんですよ。「何だそれ、美しくも何ともねーよ」と言いたい。

 (聞き手・山本孝興)

    *

 こばやし・よしのり 漫画家。「東大一直線」「おぼっちゃまくん」などのヒット作を持つ。「ゴーマニズム宣言」では社会や思想を論じる。60歳。


朝日新聞
(集団的自衛権 行方を問う)未成熟な理屈で押す首相 ライター・北原みのり氏

 だれが安倍さんを支持しているのか。取材した「愛国者」を名乗る奥さん方の評判は微妙です。ただ、「守らなきゃ」という息子を見るような感覚が支えているのかもしれない。

 この間、テレビのバラエティー番組に出演する安倍さんを見ていてびっくりしました。イチゴをフォークで、わざわざ半分に切って食べていたんです。この違和感って何だろうと考えたら、「安倍さんは子どもなんだ」と思い至った。

 安倍さんは、子どもっぽいファンタジーの世界で、まったく役にも立たないことを、子どもならではの大胆さでやろうとしている。ヤンキーのケンカさながらに「友達がやられたから、守らなきゃ」みたいに集団的自衛権を論じている。国の政策ってそんなレベルの話じゃないでしょう。

 でも、進め方がうまい。雲行きが怪しくなったら、北朝鮮の拉致被害者の話が出てくる。安倍さんの批判勢力は、もう手も足も出ない感じじゃないですか。「安倍さん、よくやってくれた」という空気をつくりたいのではないかと、うがった見方をしてしまう。色んなことが操作されているのかも、と信用できない。

 安倍政権の発足から秘密法の成立、集団的自衛権の行使。すべてがつながっているように見える。ヘイトスピーチのように感情的に疑い合う言葉しか出てこない世の中になるなか、実は他国に人を殺しに行くということがすごくリアルになっている。国家への冷静な批判を許さない空気も感じます。怖いなと思う。

 いま、オウム真理教元信徒、菊地直子被告の裁判を取材しています。集団的自衛権がもたらす未来は、「ポア」という宗教用語を使って殺人を繰り返し、最終的には破滅した教団と同じなのではないか。元信徒は異議をとなえず、「今から思えばおかしいが、当時は感覚的に正しいと思った」と言う。彼らにとっても、戦いはいつも「自衛」のためだった。そんな論理にだまされたくはない。

 安倍さんには「イチゴは一口で食べなさい。そして、大人の政治をしなさい」と言いたいですね。

 (聞き手・牛尾梓)

    *

 きたはら・みのり ライター。女性向けのアダルトグッズストア「ラブピースクラブ」代表。著書に「奥さまは愛国」など。43歳。


東京新聞
サッカーW杯 抗議が問いかけるもの

 世界中が注目するサッカー・ワールドカップ(W杯)。が、それはかつてない批判にさらされてもいる。見る者を熱くさせる華やかさの陰には考えるべきことも少なくない。それがW杯の実像だ。

 十二日に始まるブラジル大会。自他ともに認めるサッカー大国で六十四年ぶりに開かれる大会なのに、開幕を控えた国内の反応は意外なものだった。W杯開催に対する激しい批判が繰り返しわき起こったのだ。   

 「競技場などにカネをつぎ込むのなら、遅れている福祉や教育を充実させる方が先だ」という抗議の声。その主張にはうなずけるところがある。何より、あれほどサッカー人気の高い国で、一部にもせよ国民から「開催反対」の声が出たのには驚かざるを得ない。

 世界で最も親しまれているスポーツの祭典から、多くの分野がからむビッグビジネスへと変貌を続けてきたW杯。そのステータスを維持するため、国際サッカー連盟は施設、運営のすべてに最高を求める。当然のように開催経費は膨らみ、たいがいは当初予算を大幅に上回ることにもなる。華やかな表舞台を支える構造そのものに無理が積み重なっているのだ。サッカー王国でわき上がった抗議の叫びは、実のところ、出るべくして出たものと言わねばならない。

 W杯に関しては、既に決まっている二〇二二年のカタール開催についても問題が噴出している。慣例を覆して開催時期を夏から冬に移行する異例の動きが出ているのに加え、今度は招致をめぐる不正疑惑まで浮上したのだ。さまざまな懸念が指摘される中で行われた開催地選定。そこにもまた、ビジネス最優先の姿勢が見え隠れしているように思える。

 これはオリンピックとまったく同じ構図だ。スポーツの祭典ではなく、ビッグビジネスとしての成功ばかりが追い求められてきた結果として、不必要な豪華さやショーアップがとめどなく進み、本質をそこなうゆがみやひずみを数多く生んできたのである。際限ない経費の増大は、これまで五輪開催を目指してきた各都市の熱をも冷ましていくだろう。このままの状況が続けば、現在の隆盛が陰る時も来るのではないか。

 いかに豪華であろうと、国民の気持ちが離れてしまえば未来はない。W杯もオリンピックも現状を省み、原点を思い起こすべきだ。王国から思いがけず噴き出した抗議は、「このままでいいのか」と世界に問いかけている。

フランス語
フランス語の勉強?

エンシューとキソキソで仕事しない1日でした

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pane2

Une grille du Pont des Arts s'effondre sous le poids des ≪cadenas d'amour≫

La passerelle parisienne a été évacuée dimanche après l'effondrement d'un pan de grillage.
Une partie du grillage de la passerelle des Arts à Paris, où prolifèrent les ≪cadenas d’amour≫ que les touristes accrochent par milliers, s’est effondré dimanche après-midi, entraînant l’évacuation du pont, a-t-on appris auprès de la préfecture de police.
≪Cela s’est produit vers 17h50. 2,40 m de grillage se sont effondrés sur la passerelle, sans faire de victime≫, a précisé un responsable à la préfecture de police. ≪La passerelle a été immédiatement évacuée et fermée.≫
Un architecte de la préfecture de police et des responsables de la mairie de Paris se sont rendus sur place. ≪Un barriérage≫ devait être mis en place dans la soirée, le pont sera rouvert lundi≫, a précisé la même source.
Le Pont des Arts ou passerelle des Arts, qui enjambe la Seine au niveau du Louvre et offre une des plus jolies vues de Paris, est connu du monde entier pour ses milliers de ≪cadenas d’amour≫ que les couples viennent fixer le long du parapet pour sceller leur union, avant de jeter la clé dans la Seine.

今日の午前中のエンシューは60分間ボーッとして過ごしました.夕方のキソキソは6枚用紙を配ってから70分近く少し歩き回って結局何もせずに過ごしました.これでよかったのかどうかわかりません.もっともエンシューで集めた用紙に赤ペンでチェックを入れるのが大変でした.赤ペンのインクの減りが早いのがなんだか嬉しくもありますが・・・
Shさんは社交の会だって.

河北新報
宮城で連日震度4の地震、東日本大震災の余震か

 宮城県内で8、9の両日、震度4クラスの地震が連続して発生した。宮城県によると、いずれも被害は確認されていない。東日本大震災の余震とみられるものの、仙台管区気象台は「震源域での活動が活発になる可能性は低い」と指摘している。
 8日の地震は午後2時24分に発生。石巻市と栗原市で震度4を記録した。気象庁によると、震源地は岩手県沿岸南部で、震源の深さは約70キロ。地震の規模はマグニチュード(M)5.2と推定される。
 9日午前6時10分ごろには川崎町で震度4の地震があった。震源地は宮城県沖で、震源の深さは約80キロ。地震の規模はM4.6と推定される。
 仙台管区気象台によると、二つの地震の震源は、青森県から千葉県房総半島沖まで広がる東日本大震災の余震域に含まれる。震災以降、この地域で観測された震度4以上の余震は5月末時点で320回。発生件数は減少傾向にある。
 同気象台は「余震域全体ではM7程度の地震が起こる可能性はあり、今後も注意は必要だ」と話している。
 各地の震度は次の通り。
 【8日】
 震度4=石巻桃生、栗原若柳(宮城)▽震度3=階上(青森)盛岡玉山薮川、大船渡、北上、遠野、一関大東、陸前高田、釜石、奥州(岩手)気仙沼、登米、東松島、大崎、女川、南三陸志津川(宮城)など
 【9日】
 震度4=川崎(宮城)▽震度3=仙台若林、石巻北上、気仙沼唐桑、名取、南三陸志津川(宮城)相馬、伊達霊山、飯舘(福島)など

朝日新聞
「殺し、殺される国になる」 共産・山下書記局長

 政府は「非戦闘地域」の概念をなくす検討を始めた。(多国籍軍に支援する際の活動範囲の制限をなくせば)自衛隊員が戦闘地域にも行くことがありえるということだ。アフガニスタン戦争で、(米国と同盟を結ぶ)北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国は集団的自衛権を行使して参戦した。後方支援がほとんどだったが、多くの犠牲者が出た。なぜなら、日本のように「戦闘地域に行ってはならない」という憲法上の歯止めがなかったからだ。いくら後方支援だと言っても、戦闘地域では攻撃の対象になる。攻撃されれば応戦せざるを得ず、戦闘に巻き込まれて犠牲が出る。集団的自衛権の行使を容認するとは、自衛隊が戦地に行って「殺し、殺される」国になるということだ。(記者会見で)

河北新報
源義経に従い戦死 佐藤継信・忠信兄弟 830年の時越え妻と再会

 源義経に従って戦死した忠臣、佐藤継信と忠信の兄弟と2人の妻の楓(かえで)、初音の再会法要が7日、気仙沼市本吉町の浄勝寺(鈴木貴博住職)であった。白石市の田村神社(中川常磐宮司)甲冑(かっちゅう)堂から2人の妻のブロンズ像が兄弟の木像のある浄勝寺に運ばれ、約830年ぶりに再会を果たした。

 本堂で法要が営まれ、双方の檀家(だんか)や氏子ら計50人が参加した。本尊の前に兄弟の木像と妻のブロンズ像が置かれ、鈴木住職の読経で参列者が手を合わせた。
 浄勝寺は、兄弟の母親で藤原秀衡の妹の乙和御前が、源頼朝の奥州攻めで落ち延びた後、息子たちを弔うため1201年に建立した寺が前身。寺にある兄弟の五輪塔(慰霊塔)は乙和御前が建て、木像は江戸時代に作られた。
 田村神社甲冑堂は、福島市にあった本拠地を追われた佐藤一族が鎌倉時代中ごろに建立した。ブロンズ像は甲冑姿で、息子の死を悲しむ乙和御前のため、妻たちが形見のよろいをまとって喜ばせた伝説に由来する。
 鈴木住職は「関係者の努力で再会法要が実現できたことに感謝したい。母が子を思い、妻が夫を、義母を思う心を後世に伝えていきたい」とあいさつした。
 兄弟は義経の出兵(1180年)に従い、妻たちと別れた。中川宮司は「およそ830年ぶりの再会が実現できた。責任を果たせてホッとした」と胸をなで下ろした。
 浄勝寺と田村神社の間を仲介した郷土史家の山口和夫さん(68)=仙台市宮城野区=は「乙和御前はきっと、壮絶な死を遂げた2人の息子の姿が脳裏から消えなかっただろう。再会と供養は意義深い」と述べた。

[佐藤継信・忠信兄弟]奥州藤原氏配下の豪族佐藤基治の三男と四男。義経に従って源平合戦で活躍するが、継信は屋島の合戦(1185年)で義経を狙った敵の矢を受け死亡。忠信は翌年、義経を平泉へ逃した後、京都で敵に追い詰められ自刃した。


河北新報
病院建設、財源に苦慮 被災自治体、工事費高騰ずしり

 東日本大震災で全壊するなどした病院の建設を計画する被災自治体が、資材や労務費の高騰に頭を痛めている。宮城県石巻市は市立病院の再建費が5月の実施設計で当初の2倍に跳ね上がり、開院までのスケジュールに暗雲が立ちこめる。宮城県内では南三陸町や気仙沼市も同様の問題に直面。被災地の医療再生は喫緊の課題で、国や県に新たな財政支援を求めている。
 津波で被災した石巻市立病院はJR石巻駅前に移転再建される。7階建て、延べ床面積約2万4000平方メートルで、6診療科に180床を設ける。市は昨年の基本設計で建設費を概算で約70億円と想定し、財源に県の地域医療再生基金を当て込んでいた。
 実施設計で積算したところ、建設費は約140億円に。基本設計と施設に大きな変更はない。天井を低くしたり2階以上を鉄骨に替えたりとコスト削減を図ったが2倍に膨らんだ。市は「基本設計は同規模病院の実績などを参考にした。資材や電気設備の価格上昇に加え、職人の人件費などが急騰した」と説明する。
 市は市議会6月定例会に関連議案を提出し、入札を経て夏ごろに着工したい考え。増額分の財源はめどが立たず、2016年7月予定の開院がずれ込む恐れも出ている。
 南三陸町は被災した公立志津川病院に代わり、「南三陸病院・総合ケアセンター(仮称)」を新築する。5月の入札は約52億円で落札された。7月ごろに着工し、15年度後半の完成を見込む。
 契約には「インフレスライド条項」が盛り込まれた。着工後に工事価格が上昇した場合、町は差額を業者に支払う。町は「東京五輪関連の工事が始まり、工事費は倍になる可能性もある」と不安をのぞかせる。
 気仙沼市は17年度の開院を目指し、老朽化した市立病院の移転新築を進める。現時点の予算は約210億円。建設費高騰などを見越した市は昨年度、当初より約16億円増額したが、2月の入札は不調に終わった。
 建設費は地域医療再生基金など122億円に加え、市の病院事業債と合併特例債で賄う。市は2度目の入札に向けて設計変更しているが、病院機能を縮小することはできず、見直しは限定的になるとみられる。
 現状では、建設費の増大が起債額にはね返る。市は「上積みは避けられないが、財政状況から市単独で全てを負担するのは難しい」と明かす。
 国や県に対し、個別に要望活動をしてきた3自治体は今後、連携して財政支援の拡充を求めていく方針。石巻市の担当者は「開院の遅れは市民生活にしわ寄せが及ぶ。建設費の高騰は被災地全体の問題。実情に沿った支援策を講じてほしい」と訴える。


毎日新聞
東日本大震災:被災児支援、日本財団に寄付 一ノ蔵が673万円 /宮城

 大崎市松山の酒造メーカー「一ノ蔵」はこのほど、東日本大震災の被災児を支援するプロジェクトとして2〜5月に販売した「特別純米生原酒3・11未来へつなぐバトン」の売上金など672万9022円を日本財団の「ハタチ基金」(東京都杉並区)に寄付した。

 同社は大震災で製造設備や商品に痛手を受けたが、国内外から物心両面の支援を受け操業を再開。恩返しに被災児支援を社員の総意で決め、2012年から毎年、同原酒の売り上げ全額などを同基金に寄付している。3年間の寄付累計は2009万2222円に上るといい、被災当時ゼロ歳の子が20歳になるまで支援を続けるとしている。

 同基金は寄付金を女川町や岩手県大槌町で行う被災児の学習支援活動などに充てるとしている。【小原博人】

フランス語
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フォー/日曜出勤で書類準備/髪を切ってもらいました

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parigi3

La Vie errant est un récit de voyages que Maupassant a publié en 1890, trois ans avant sa mort. À la fin de sa vie, Maupassant souffrait de crises de folie, et il voulait fuir la vie étouffante qu'il menait à Paris.
『放浪生活』は1890年,モーパッサンが死の3年前に発表した旅行記です.モーパッサンは晩年,精神の病に苦しんでおり,パリでの息苦しい生活から逃れたいと思っていました.

「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

お昼は近くのベトナム料理.本当は?インド料理のお店のようですが,フォーをたのみました.そこそこおいしい.
さてその後ですが,昨日フレンチ食べて南草津に行ったおかげで月曜日の準備ができていないことに気がつきました.仕方ないので日曜出勤です.といっても書類をコピーするだけですが,意外に時間がかかってしまいました.
夕方髪を切ってもらいに美容院へ行きました.混んでいました.

明日へ−支えあおう−「私たちの町に来てください〜震災の語り部たち〜」
震災の体験と教訓を伝える語り部たち。復興が進み、人々の記憶が薄れていく中、語り部たちの活動に変化が出てきた。映像で震災の体験を伝える斎藤賢治さん。町の抱える課題をも、ともに考えて欲しいとツアーを企画する大槌町の若者たち。福島の抱える現実を体感するため、放射能に汚染された地域を案内する里見善生さん。今回の体験を未来に生かすために、現場に来て共感し、共に考えてください。震災の語り部たちのメッセージです
畠山智之

サイエンスZERO「心と体を支配する!神秘の物質ホルモン(1)〜性ホルモン」
生まれた後で男女の性別が変わる!? 私たち誰もが体内に持っている物質「性ホルモン」には、そんな不思議な現象を引き起こす驚異のパワーがあることが判明。実はそのパワーが思春期の私たちの体内で驚くべき連鎖反応を起こし、男女の体を形作っている。しかもそのホルモンは、人類進化の中で今なお変化し続けているというのだ。男女の性差を支配する性ホルモンの意外な働きとは? 男と女の神秘がいま最新科学で徹底解明される!
菊水健史,南沢奈央,竹内薫,江崎史恵,土田大

河北新報
透明な力を 第10部・まちをつくる(5)完 手踊り復活へ挑戦諦めない

雲からも風からも透明な力がそのこどもにうつれ…(宮沢賢治「春と修羅」第3集より)

 思い出をよみがえらせたい。地元の女の子たちみんなで浴衣を着て踊り歩き、沿道の人々が声を掛けてくれた、あの秋の日を。
 岩手県大槌町安渡地区に住んでいた佐々木郁実さん(17)=大槌高3年=は、津波で自宅を流され、釜石市で暮らす。
 安渡地区の住宅は大半が流失し、住民は町内外に離散した。毎年9月の大槌まつりで、友達と楽しみに参加していた「安渡手踊り」もできなくなった。何とか復活させられないだろうか。

 震災後、町内に開設された学習塾「大槌臨学舎」の活動の一環で、高校2年の春、手踊り復活を目指した取り組みを始めた。
 どれほどの人が参加できるか、手始めに小中学生にアンケートをしてはどうか。中学時代の恩師に相談した。
 先生と話しながら、そもそも何人いれば踊りができるのか、整理できていないことに気付いた。学校現場は多忙で、アンケートにはそう簡単には応じられないことも知った。
 臨学舎のスタッフ金森俊一さん(27)と、手踊り会の会長を訪ねた。踊り手が散り散りになっただけでなく、衣装や道具も流失。復活には70万円以上が掛かるという。「やりたい気持ちはやまやまだけれど、すごく難しいよ」と会長は言った。
 ヒト、モノ、カネのどこから解決すべきか。釜石市内から片道1時間近くかけて通学し、勉強と柔道部の両立だけでも手いっぱい。思うように動けなかった。
 ことし1月、同級生が企画したイベントを手伝った。「大槌が被災地としてしか見られないのは悲しい」。そう思った同級生は「星空の美しさを知ってほしい」と天体観測会を開いた。
 会場は震災後に閉校し、取り壊しが決まった母校の小学校だった。同級生と一緒に、屋上で来場者に星座の説明をした。
 思い出の場所がまた一つ消える寂しさと同時に、自分の「プロジェクト」を形にできない焦りが込み上げた。

 3月、臨学舎のミーティングで佐々木さんは気持ちを打ち明けた。
 「きちんと意思表示をして、人の力を借りたり、別の方法を考えたりできるようにならなければと思う」
 「悩みながら動くことに、大きな意味があるんだよ」。金森さんは励ました。
 ことしは大学受験。忙しくなるが、挑戦を諦めたわけではない。手踊りに使われていた曲の音源を探したり、ポスターで協力者を募ったりしようと思う。地元を離れる前に、少しでも古里に足跡を残したい。
(震災と子ども取材班)


朝日新聞
集団的自衛権 乱暴極まる首相の指示

 これはあまりにも乱暴ではないか。

 集団的自衛権の行使を認める閣議決定を今国会中にする。そのための公明党との協議を急ぐように――。安倍首相が自民党幹部にこう指示した。会期末は22日。首相は、延長は考えていないと言っている。

 政府の憲法解釈の変更によって集団的自衛権を認めることはそもそも、法治国家が当然踏むべき憲法上の手続きをないがしろにするものだ。

 それを、たった2週間のうちに行うのだという。認めるわけにはいかない。

 首相の指示を受けて自民党は、行使容認に難色を示す公明党との協議を強引に押し切ろうとしている。

 おとといの協議では、自民党側が終了間際になって、それまで議論されていなかった集団的自衛権にからむ「事例」をいきなり持ち出した。さらに、閣議決定の文案を用意するよう政府側に求めた。

 政府が示した15事例に、どれほどの必然性があるのか、判然としない。公明党を容認論議に誘い込むための「呼び水」という意味合いが強いのに、その検討ですら駆け足ですませようとしている。

 自民党と公明党は、党としての成り立ちも、支持基盤も、重視する政策も異なる。そこから生じる意見の違いを埋めてきたものは何か。

 選挙協力や政策決定への関与といった打算も互いにあるだろう。ただ、少なくとも表向きはていねいな政策協議があってこそだったのではないか。

 自民党は、10年以上にわたって培われてきた公党間の信義をかなぐり捨ててでも、強行するというのだろうか。

 公明党は、それでも与党であり続けることを優先し、渋面を浮かべながらも受け入れるのだろうか。

 安倍首相は、集団的自衛権容認に向けての検討を表明した先月の記者会見で語った。

 「私たちの命を守り、私たちの平和な暮らしを守るため、私たちは何をなすべきか」

 「今後のスケジュールは、期限ありきではない」

 その後、与党協議や首相の国会答弁で、ペルシャ湾での機雷掃海や、国連決議に基づく多国籍軍への後方支援の大幅拡大などが次々と示された。

 あげくの果てが、いまの国会中に閣議決定するという自民党への指示である。

 与党間の信義という内輪の問題にとどまらない。国民に対してもまた不誠実な態度だ。


朝日新聞
福島に「廃炉産業の街」 作業員ら5000人移住構想 内閣府・経産省

 内閣府と経済産業省は、東京電力福島第一原発事故で住民が各地に避難している福島県・浜通り地域で、原発の廃炉作業員ら5千人ほどが暮らす「廃炉産業のまち」構想を打ち出す。廃炉を柱にした復興を進めようという考えだ。しかし、住民の帰還が見通せないのに、帰還を後回しにした復興策には疑問の声もある。

 政府の原子力災害現地対策本部長を務める赤羽一嘉経産副大臣が9日、地元の首長らに「福島・国際研究産業都市構想」の骨子案を示す。そのなかに、廃炉技術を使って浜通りを復興させる構想を盛り込む。

 福島第一原発の廃炉が終わるまでには30〜40年かかる。骨子案では、廃炉の技術開発や作業のため、技術者や作業員が4千〜5千人、研究者が数百人必要になると試算している。

 いまは多くの作業員が20キロ以上離れた宿舎などから通っている。構想では、原発から約10キロ離れた大熊町の大川原地区を集中的に除染し、2018年までに作業員や研究者ら3千人が暮らせる住宅をつくる。病院や飲食店も建て、この地区を復興の中核にする。

 また、15年春にも避難指示の解除が見込まれる楢葉町には福島第一原発の原子炉と同じ大きさの模型をつくり、大学や企業の廃炉研究に開放する。一方、楢葉町にある東電福島復興本社は15年度にも福島第一原発に近い富岡町などに移す。

 構想では、廃炉関連のほかに、最先端の火力発電所や新エネルギーの開発拠点もつくり、浜通り一帯で約1万5千人分の仕事が生まれると見込む。これらによって、経産省は「浜通り全体で廃炉に必要な約5千人が住む街ができる。それを呼び水に避難者の帰還が進む」(幹部)とみる。

 赤羽副大臣は「廃炉の技術開発を生かし、世界が注目するオンリーワンの拠点をつくることができる」と話す。地元にも「(帰還のめどが立たず)まっさらなところから町づくりを進めていく必要がある」(渡辺利綱・大熊町長)として、期待する声がある。

 ただ、政府が避難指示を出しているのは10市町村あり、人口は約8万1千人に及ぶ。政府の調査では4割以上が「ふるさとに戻らない」と移住を決め、復興の見通しは立っていない。ある首長は「夢のある話に聞こえるが、避難者は作業員ばかりが住む町に帰りたいと思うだろうか。ますます帰還が遠のくおそれもある」と心配する。(編集委員・大月規義)


朝日新聞
やさしい言葉で一緒に考える 集団的自衛権

 連日のように報道されている「集団的自衛権」。使われている言葉がとっつきにくいと感じている方が多いのでは? 政府や与党の議論はいよいよ大詰め。ですが、読者のみなさんから難しすぎてわからない、と意見をいただいています。そこで、社内のいろいろな部署の記者が集まって話し合ってきました。みなさんがいまこそ、集団的自衛権について考える手がかりになればと、できるだけやさしい表現で記事を書こうと努力しています。安倍晋三首相が記者会見した翌日、5月16日の新聞に出てきた言葉から考えてみます。

 ■集団的自衛権:密接な関係にある外国が攻撃された時に、自国が攻められていなくても、外国を助け反撃する権利 安全保障:軍隊などの力で国の安全を守ること

 Q そもそも集団的自衛権がわからない。何のこと?

 A 自分の国と密接な関係にあるよその国が攻撃された時、自分の国が攻められていなくても、よその国を助けて反撃する権利だよ。

 Q 密接な関係って? 仲がいいってこと?

 A 同盟関係をさすこともあるけど、同盟よりも意味が広い。たとえば日本は韓国と同盟を結んでいないし、いまは仲がいいとは言えないだろう。でも北朝鮮から攻撃された韓国に頼まれたら、日本は助けにいくかもしれない。

 Q 同盟とか言い出すから余計にわかりにくい。

 A 同盟とは、国同士が共通の目的のために同じ行動をしようと約束することだ。AとBが軍事同盟を結んでいるとき、AがCに攻められて、助けを求めてきたらBが守りに行く。AとBがお互い守り合うわけだ。日本は米国と日米安全保障条約(注〈1〉)を結んで同盟関係にある。でも、いまは日本は米国のために集団的自衛権を使えないから、代わりに沖縄などで政府が土地を借り上げて、米軍が基地として使えるように提供している。

 Q 安全保障っていう言葉もわからない。

 A 国が安全でいられるように軍隊などで守ること。だから、安全保障条約とは、お互い安全にいられるように、守り合いましょうということだ。

 Q じゃあこれから集団的自衛権を「関係が深い国が攻撃されたら一緒に反撃する権利」と言えばいいんじゃないの。

 A 集団的自衛権という言葉は、条約の用語にもなっているので、言い換えるよりも、丁寧に補って説明した方がわかりやすいよ。

 ■憲法解釈:憲法の条文が「こういうルールを定めている」と示すこと

 Q じゃあ個別的自衛権とは?

 A 自分の国の軍隊で自分の国を守ること。

 Q 集団的自衛権はいつごろ生まれたの?

 A 1945年に国連ができた時だよ。国連憲章の51条で定められた(注〈2〉)。そこには、すべての国が集団的自衛権を使える権利を持っている、とある。

 Q 日本ではいつから問題になっているの?

 A 60年の安保条約改定のころからだ。52年に始まった最初の安保条約では、日本は米国に基地を提供するだけで、米国が日本を守るとは書いていなかった。日本の基地提供は、広い意味で日本が米国に対して集団的自衛権を使っているのではという解釈があった。当時の岸信介首相が、それを認めようと国会で答えたこともある(注〈3〉)。そのころから、平和憲法をもつ日本が集団的自衛権を使えるのかが議論になり始めた。

 Q 集団的自衛権は憲法で認められていないよね?

 A うん。だから平和主義について定めた憲法9条(注〈4〉)の解釈が問題になっているんだ。

 Q 憲法解釈って?

 A 憲法の条文が、こういうルールを定めていると示すことだよ。

 Q これまでの政府は集団的自衛権をどう解釈してきたの?

 A 81年に確立された「持っているけど使えない」(注〈5〉)だ。

 ■武力行使:戦争を含む。「有事」は戦争前の準備段階、緊迫した状況も示す 限定的:集団的自衛権を使う時、ある条件のもとでだけ使えるようにすること

 Q 武力行使って、戦争のこと?

 A 広い意味ではね。ある国が一方的に攻撃を仕掛ける武力行使もあるけどね。

 Q 似たような言葉がいっぱいあってよくわからない。国際紛争、戦闘行為、武力攻撃、みんな戦争?

 A 基本的にはそうだね。似たような言葉に有事もある。有事は、戦争前の準備段階、緊迫した状況も含む。たとえばある国が東京を火の海にする、と言ってミサイル発射の準備を始めた、とか。

 Q 限定的という言葉も、よく記事に出てくるけど?

 A 集団的自衛権を使う時に、全面的ではなくて、ある条件のもとでだけ使えるようにすることだ。たとえば、朝鮮半島で戦争が起きたとする。日本人が逃げるとき、米国の船に乗せてもらうかもしれない。その船を守るためには、集団的自衛権が必要だと安倍首相は言っている。そういう具体的なケースを並べて、「だから必要」と訴えているんだ。

 Q 政府が示した15事例がそれだね?

 A そう。でも実際に想定しているのはそれだけじゃないよ。安倍首相は5月29日の国会答弁(注〈6〉)で、あらゆる事態に対応できる選択肢を用意すると言っている。「日本の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき」(注〈7〉)とも言っている。

 Q その「とき」は誰が決めるの?

 A 政府だよ。

 Q じゃあ何でもできるんじゃないの?

 A 結局そうなるかもと心配しているんだよ。

 ■こんな表現なら…

 日本の安全を守る考え方が安倍晋三首相によって大きく変えられようとしている。首相は、日本と深い関係にある国を守るため、日本が攻められていなくても自衛隊が戦争をする集団的自衛権を使いたいという。憲法9条が禁じるこの権利をこれからは使えるようにすると15日の記者会見で表明した。首相は、権利を使うかどうかは内閣が決めることだと強調した。戦争をするのは自分の国を守る時だけと言ってきた戦後の日本が、どこでも戦争できる道を開く。首相は、憲法の読み方を変えさえすればいいという。しかし、一内閣の判断でやっていいことなのか。

     ◇

 朝日新聞はこれからも、こうした「政治の言葉」をわかりやすく書いていきます。この記事へのご意見やご感想、こういう言葉を取り上げてほしいというご要望を、seijinokotoba@asahi.comまでメールでお寄せください。

【注〈1〉】 米国が日本に基地を置き、日本を守るのは、日米安全保障条約があるから。

第5条「各締約国(=日米)は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する」

【注〈2〉】 集団的自衛権の考えが登場した、国連憲章第51条

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」

【注〈3〉】 岸首相(安倍首相の祖父)は、60年の参院予算委員会で、日本の戦争は「個別的自衛権の範囲に限定されている」と答えている。

 同じ時、集団的自衛権については「他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守るというようなことは、当然集団的自衛権として解釈されている点で、日本として持っている」。つまり、米軍が日本に基地を置くことが、集団的自衛権だと言っている。だが、その直後に内閣法制局長官が、それは個別的自衛権で説明できると、事実上修正している。

【注〈4〉】 日本は憲法第9条で平和主義をとる。

「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」

 第2項 「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

【注〈5〉】 集団的自衛権の行使についての政府の公式見解は、81年「憲法9条下に許容される必要最小限度の範囲を超え、憲法上許されない」との答弁書で決まった。

【注〈6〉】 安倍首相は5月29日の参院外交防衛委員会で、15事例について「最初から『こういう事態はない』と排除していく考え方は、『嫌なことは見たくない』というのと同じことだ。あらゆる事態に対応できる可能性、選択肢を用意しておくことは当然だ」と答えている。

【注〈7〉】 安倍首相は5月15日の記者会見で「我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき、限定的に集団的自衛権を行使することは許される」と語っている。

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2キロ痩せた♪/ワイン代?/南草津でタダ酒飲み過ぎ

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Maupassant a vécu dans la deuxième moitié du XIXe siècle ; il est mort jeune, à l'âge de 42 ans. Il était ami avec Flaubert et aussi Zola. Écrivan réaliste, il a décrit la société française de son époque, dans des nouvelles comme Boule de suif ou des romans comme Une Vie.
モーパッサンは19世紀後半に活躍した作家で,わずか42歳の若さでこの世を去っています.フローベルやゾラと親交を結び,リアリズム文学の作家として,『脂肪の塊』や『女の一生』のような小説に当時のフランス社会を描きました.
「エッフェル塔はお好き?」モーパッサン『放浪生活 La Vie errante』「倦怠Lassitude」(1890)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

朝体重を測るとなんと想定外の結果が.やせています.ダイエットに成功です.でも最初の目標に届いただけであと4キロやせないとマズイです.がんばります.
お昼は堺筋本町のフレンチ.玉ねぎのスープです.

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サラダです.この肉とワインがとてもよくあいました.

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ローストです.オーストラリア産です.

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デザート.美味しいです.写真は撮ってませんが,ボルドーの赤ワインを飲みながらいただきました.帰りに会計を済ませてからしばらくして,ワインの代金が含まれていない?サービス?

一度部屋に帰って新大阪に向かいます.南草津まで行かなくてはなりません.去年3月に何度か足を運んだのですが1年3か月ぶりです.お話を聞いて,交流会という名のタダ酒飲み会に参加です.タダ酒なのでおいしくはないのですが結構酔ってしまいました・・・飲み過ぎです.反省.

河北新報
透明な力を 第10部・まちをつくる(4)教訓の木碑に込めた願い

 碑の先に、津波で消えたまちの跡が広がる。以前からそこが更地だったような錯覚がした。3年しかたっていないのに。「風化は怖い」とあらためて感じた。
 ことし3月11日、岩手県大槌町安渡地区。吉田優作君(18)=大槌高3年=は、津波の到達点に建てた碑の前に立った。
 建立に協力してくれた地域住民ら約30人と共に黙とうし、「多くの人に碑を見てもらい、教訓を後世に伝えたい」と語った。

 <大きな地震が来たら戻らず高台へ>。木製の碑にはそう刻んである。
 中学2年の時に震災が起きた。両親と弟2人は無事だったが、自宅は流失し、近所の親戚2人が亡くなった。両親を失った友達もいる。町では1200人以上が犠牲になった。やりきれなさが募った。
 中学3年の秋、NPO法人「カタリバ」(東京)が、町内に開設した学習塾「大槌臨学舎」に通い始めた。臨学舎は生徒たちに、復興まちづくりへの積極的な参加を促していた。
 「もう二度と津波で犠牲者を出さない町にしたい。避難の大切さを伝える碑を建てたい」。吉田君は考えた。
 どこにどうやって建てようか。臨学舎の運営に協力していた安渡地区の町内会役員小国忠義さん(73)に相談に行った。
 大人との交渉事は初めてで、うまく自分の考えを伝えられなかった。「それは行政に任せたほうがいい」。小国さんからはそう言われた。
 いったんは諦めかけた。やらなければ後悔する、と思い直した。考えを練り直し、企画書を作って持っていった。
 吉田君の熱意に打たれた小国さんは、地域としても協力しようと、住民を交えた話し合いを開いた。
 「時々建て替えて教訓を確認できるよう、木製にしてはどうか」「知人の木工所に協力してもらおう」。支援の輪は広がり、昨年3月に碑が完成した。

 町では今、大規模な防潮堤の整備計画が進む。「油断や避難の遅れにつながりはしないか」。吉田君は心配が募る一方で、高齢者や障害者ら自力での避難が難しい人たちをどう救えばいいのか、とも思う。碑の建立プロジェクトを完遂させた今も、自問自答する。
 答えを見いだすため、防災や危機管理について大学で学ぼうと考えている。
 木碑が代々残るように、受験が終わったら、高校の後輩たちに自分の願いを伝えるつもりだ。


河北新報
集中復興期間「16年度以降も」 東北4県が政府に要望へ

 宮城県は6日、東日本大震災でともに被災した青森、岩手、福島と4県で連携し、現状では2015年度までとなっている集中復興期間を延長するよう、政府に要望すると明らかにした。政府は被災自治体に対する16年度以降の財政措置の在り方を明示していない。4県は、遅れが目立つ復旧復興事業の予算措置を確実にするため、足並みをそろえる姿勢が重要との判断に至った。

 宮城県によると、7月上旬に4知事らが関係省庁を訪問し、要望活動を行う方向で日程調整を進めている。
 政府は、震災発生から丸5年が過ぎる15年度末までを集中復興期間と位置付け、総額約25兆円の予算枠を確保している。根本匠復興相は3月の記者会見で「復興に真に必要な事業は16年度以降も実施する必要がある」と話す一方、予算措置の具体的な在り方については検討段階であると説明するにとどめていた。
 宮城県は既に、15年度末に完了する予定だった農地や漁港、道路などの整備スケジュールが、資材不足や用地買収難航などの影響から少なくとも16年度以降にずれ込む見通しを公表している。
 村井嘉浩知事は5月の県議会臨時会で「16年度以降の国の支援継続が不可欠だ。被災地の実情を具体的に説明する」と述べていた。
 福島県の担当者は「被災自治体に対する16年度以降の支援フレームは決めていないが、原発事故の影響の長期化は必至で財源措置は必要だ」と強調する。県復興基本計画の終了年度を18年度としている岩手県の担当者は「4県で共通の要望を出せるよう調整を急いでいる」と話した。


NHK
プロサッカー選手が被災地で交流

被災地の子どもたちを元気づけようと、プロのサッカー選手たちが宮城県南三陸町を訪れ、子どもたちと交流しました。

このサッカー教室は日本プロサッカー選手会が東日本大震災の被災地を支援しようと行っています。南三陸町の小学校には小学生などおよそ50人が集まり、元日本代表で選手会の会長を務めるサンフレッチェ広島の佐藤寿人選手など7人から指導を受けました。
教室では6つのチームに分かれてミニゲームをしたあと、子どもたちが選手6人のチームと試合しました。
時折、雨が降りましたが、子どもたちはプロの選手を追いかけて精いっぱい校庭を走ったり、オーバーヘッドキックなどを間近で見たりして交流を楽しんでいました。小学3年生の男の子は「プロの選手は動きが速くてすごかったです。一緒にプレーができて楽しかった」と話していました。
佐藤選手は「復興にはまだ時間がかかると思いますが、サッカーを通して被災地に笑顔を届けることや復興の様子をほかの地域に伝えることができるよう活動を続けていきたい」と話していました。

フランス語
フランス語の勉強?

ヒマな1日/Mの女の人/Hyさんと話せない

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formaggio3

Mais il est aussi présent sous la forme de gravures, comme celle de Nicolas Guérard (1648-1719).

また,版画の主題にもなっている.ニコラ・ゲラール(1648-1719)の作品はその一例である.
「はじめまして,パリ!」モンテスキュー『ペルシャ人への手紙 Letters persanes』(1721)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

ドキュメント72時間「恐山 死者たちの場所」
人は死んだら“お山”に行くー。昔から東北の人々の信仰を集めて来た青森県・恐山が今回の舞台。5月の大型連休、恐山が半年間の冬場閉鎖を経て開山すると、巨大霊場を目指して全国から様々な人が訪れる。亡くした娘のため毎年訪ねてくる夫婦、ご朱印目当ての“霊場ガール”。岩場が続く独特の雰囲気に、突然亡き人の名前を叫ぶ人も…。訪れる人すべてを巻き込み、不思議な気持ちにさせるパワースポット。生と死のはざまの3日間。 戸田恵梨香

今日はCのブツブツだけでなんだかヒマ.ヤル気がないので適当に時間をつぶしました.ちょっといけないですね.
Cのブツブツの後で,Mの女の人が私を待ってました.数字を確認したかったとのこと.ついでに?質問されました.彼女は夕方にも来ました.予定変更ということでした.
Hyさんに聞きたいことがあったのですが,今日は早めに帰られたようでお話できませんでした.残念.

河北新報
復旧農地に試験作付け 石巻・大川と東松島・野蒜

 東日本大震災で甚大な津波被害を受け、除塩や地盤かさ上げなどが完了した宮城県石巻市大川地区と宮城県東松島市野蒜地区の復旧農地で5日、ひとめぼれの試験作付けがあった。県が塩害の影響や生育状況を調査し、2015年度以降の営農開始に向けた基盤整備に役立てる。
 4年ぶりの田植えとなった大川地区の長面工区では、塩害対策で地中にパイプを埋めた地下かんがい方式の試験田24アールで調査する。塩分濃度や土壌成分、収量などから効果を実証し、課題を把握する。
 長面工区は震災直前に大規模圃場整備を終えたばかりの240ヘクタールが津波被害にあった。堤防や排水機場の整備などを経て、13年度までに復旧したのは78ヘクタール。東側の約60ヘクタールは今なお海水に漬かり、県は16年度中の復旧完了を目指す。
 農地の耕作は、地域住民が昨年5月に設立した農業法人「宮城リスタ大川」が担う。作付けを見守った社長の大槻幹夫さん(71)は「一日も早い復旧を待ち望んでいた。農業再生を通じ、古里づくりの担い手となりたい」と意気込みを語った。
 野蒜地区でも20アールの試験田に苗が植えられた。被災した80ヘクタールは地盤沈下が激しく、県は周辺の住宅移転事業の残土を活用して約50センチかさ上げし、表土を入れ替えた。15年度から順次、地元農家が営農再開を目指す。
 県東部地方振興事務所(石巻市)の谷口敏農業農村整備部長は「両地区とも長期間、海水に漬かっており、他の被災農地とは状況が異なる。どんな影響が出るのか試験を重ねて工法や栽培技術を検討し、本格復旧につなげたい」と話した。


河北新報
透明な力を 第10部・まちをつくる(3)思いは伝わる 経験が自信に

 月2回の活動日が待ち遠しい。ここ1年は1回も休んだことがない。
 記録的な大雪となった2月上旬の日曜、宮城県石巻市中心部にある市子どもセンター。松岡優雅君(15)=石巻市山下中3年=は、雪まみれになって、家から歩いてやってきた。
 松岡君が入っている「子どもまちづくりクラブ」は、商店街のマップ作りに取り組んでいる。この日は、どんな内容を載せたらいいか、地域住民に尋ねるアンケートを作る予定だった。
 「さすがにきょうは誰も来ないだろう」。そう思っていたセンター職員の進士知子さん(23)は驚いた。マンツーマンでアンケートを考えることにした。約2時間かけ、模造紙に意見を書き込んでもらう形式のアンケート用紙が仕上がった。

 松岡君が小学5年のときに震災が発生。自宅は津波で全壊した。引っ越した近所のアパートは間もなく、解体されることが決まっていた。父親は仮設住宅への入居を申し込んだが、抽選で何度も外れた。
 「困っているのに、どうして住むことができないんだろう」。不満や疑問が、まちづくりに目を向かわせた。
 震災の年の夏休み、クラブを運営する公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京)が主催する合宿に初めて参加した。
 「石巻にライブハウスがあったらいい」「街の中に秘密基地をつくろう」。同世代とわいわい夢を語り合って、刺激を受けた。
 市の担当者から復興計画について聞く機会があった。宮城県や復興庁などに出向き、「復興に子どもの声を入れてほしい」と要望した。遠い存在だった「大人」が自分たちの意見に耳を傾けてくれたのが、うれしかった。

 クラブの活動拠点となっているセンターはことし1月にオープンした。バスケットボールができるスポーツ室や大声が出せる防音室は、松岡君らが話し合ったアイデアを形にしたものだ。
 言葉にすれば思いは伝わる、ということを学んだ。クラブでも意見を分かりやすく伝えるように心掛ける。
 学校であったディベートの授業では、先生が「言葉で伝えるのがうまいね」と褒めてくれた。活動が自分の力になっているのを感じる。
 活動が自信になり、居場所ができた。松岡君は活動日以外もセンターを訪れ、友人や下級生と遊ぶ。「ここにいるだけで楽しいから」


朝日新聞
吉田調書―国民の財産を隠すな

 政府は誰のために活動しているのか。国民のためであろう。政府が集めた情報は、国民の財産である。

 福島第一原発の事故後、政府の事故調査・検証委員会は当時の吉田昌郎所長(故人)をはじめ772人もの関係者から聴取をした。なのに政府事故調が短期間で活動を終えた後、政府は貴重な証言を死蔵し、聴取対象者も開示していない。

 改めて主張する。

 政府は証言類をただちに最大限、公開すべきだ。

 菅官房長官はきのう「本人の同意が得られたものは必要な範囲で開示したい」と述べ、関係者の意思確認を指示した。

 しかし、吉田氏の聴取結果書(吉田調書)は非開示の方針を崩していない。「本人が上申書で非開示を求めている」との理由だが、納得できない。

 吉田氏は現場責任者である。本来なら国会など公の場で自ら詳しく証言すべきところ、病気と死去でかなわなかった。

 今となっては、吉田調書は最も貴重な国民の財産だ。吉田氏自ら聴取の冒頭で「ほぼそのままの形で公にされる可能性がある」と説明され、「結構でございます」と答えている。

 後に事故調に提出した上申書で吉田氏は記憶違いを心配しているが、他の証言などと照らせば明らかになる。他者の評価などを率直に語っている点も、調書の開示ルールを作れば済み、全体を非公開とする理由にはならない。

 朝日新聞が入手した吉田調書をみると、事故調の分析は不十分とわかる。最終報告書は「東京電力が全員撤退を考えていたかどうか」との観点から証言に触れているが、所長の指示・命令が守られず、現場で指揮に当たる職員まで10キロ以上離れた福島第二原発に一時退避したという指摘は無視された。

 当時、何が起きていたのか。関係者がどう判断し、どう動いたのか、動かなかったのか。

 そもそも事故調は全容解明にはほど遠いことを認め、調査継続を強く求めていた。政府による事実上の調査打ち切りは、国民の期待に反している。

 閣僚などの立場で事故の対応にあたった民主党関係者の多くも「自らの調書を公開していい」と表明している。

 政府は証言者の意思確認で公開の意義を強調し、積極的に同意を求めるべきだ。特に事故対応に深くかかわった人は公開が原則でなければならない。

 証言類を幅広く公開することで、悲惨な事故が改めて多角的に分析されるはずだ。

フランス語
フランス語の勉強?

日焼け止めを注文/新宿のホテルを予約

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NHK_refuse

Dans la lettre dont nous venons de lire un extrait, Montesquieu reprend pour le mieux renouveler un thème ancien : celui des embarras de Paris - ou plus largement de grande ville - qu'on trouve illustré dès la littérature latine et qui sera repris au XVIIe siècle par Boileau (Nicolas Boileau-Despréaux, 1636-1711).

ここで取り上げたテクストの中で,モンテスキューは「パリの--あるいはより一般的には,大都市での--混乱」という古くから存在するテーマを取り上げ,それに新たな息吹を与えようとしている.これは古代ローマ文学から見出されるテーマで,フランスでは17世紀古典主義を代表する詩人ボワロー(ニコラ・ボワロー=デプレオー,1636-1711)によって取り上げられている.
「はじめまして,パリ!」モンテスキュー『ペルシャ人への手紙 Letters persanes』(1721)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昨日は疲れがたまっていたように感じたのですが,今日は元気です♪よかった.午前中のブツブツはいい感じだったけど,午後のキソキソ(ネツネツ)がイマイチ.
母が残してくれた日焼け止めを使い切ってしまったので,ネットで検索して注文しました.明日コンビニに届くはずです.その後新宿のホテルを予約しました.8月なのでまだ先ですがこれで安心です.
6月はいろいろ集会などに出かけてみたいと考えて予定を考えてみました.
NHKを監視・激励する視聴者コミュニティのサイトを見ました.
ryouomote

河北新報
透明な力を 第10部・まちをつくる(2)活動撮り続け 見つけた夢

 主役でも脇役でもなく、裏方が好き。仲間が活動する姿を記録し、情報発信する。
 3月上旬の日曜、JR石巻駅近くの「宮城県石巻市子どもセンター」。宮本夢与さん(11)=中里小6年=は、会議室に入ってくるなり、カメラ機能があるタブレット端末を手に取った。
 月2回ある「子どもまちづくりクラブ」の活動日だ。クラブは2011年7月にできた。公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京)が、復興まちづくりに子どもの声を取り入れようと支援を続けてきた。
 この日は、「商店街マップ」のデザインについて、話し合いが盛り上がった。宮本さんは、部屋を歩き回ってタブレットで写真を撮り続けた。
 仲間たちの真剣な表情、意見をメモしたホワイトボード、付箋紙に書いた落書き…。気になったものは何でも記録する。「タブレットに慣れないと写真がぶれちゃう。腰を落として、相手の目線に合わせてシャッターを切るのがこつなんだ」
 撮った写真は、タブレットの専用アプリに取り込む。活動内容を手際よく文章にして、その日のうちにインターネットの「子どもまちづくりクラブ新聞」を完成させた。

 宮本さんが震災を体験したのは小学2年のとき。自宅は被災を免れたが、石巻の沿岸部は壊滅的な被害を受けた。「何か役に立ちたい」。4歳上の姉が活動していたクラブに4年生になって入った。
 入会当時は最年少。年上のメンバーの前で自分の意見を言うのは気が引けた。気を利かせたスタッフから撮影係を頼まれた。「やるやる!」。手を挙げた。
 活動に参加して2年になる。タブレットを操る姿がすっかり板につき、メンバーから「先生」と呼ばれることもある。みんなの前で発言することは今もあまりないけれど、それなりに役に立っているんじゃないか、と思っている。
 スタッフの津田知子さん(38)は「クラブではいろんな役割があってもいい」と思うと同時に、「客観的に見ているからこそ感じられる意見を、これからどんどん出してほしい」と期待する。

 センターに新聞やテレビが取材に来ることがある。本職の記者やカメラマンの姿を見ていて「かっこいい」と思うようになった。
 いい表情を撮るため、取材対象に話しかけてリラックスさせるプロのテクニックも覚えた。将来は新聞記者かカメラマンになるのも悪くはないかな、とひそかに考えている。

朝日新聞
(記者有論)三陸鉄道の将来 分断解消、地域一体で考えて 細沢礼輝

 真っ青な海を見下ろし、鉄橋を行く1両の車両。JR時刻表5月号の表紙を、東日本大震災以来3年ぶりに全線再開した三陸鉄道(三鉄)が飾った。だが、南北のリアス線を結ぶJR山田線の復旧は手つかずで、路線は「分断」されたままだ。

 JR東日本は当初、山田線の復旧には最終的に210億円かかるとして、レールをはがし、バス専用道として仮復旧する案を示した。しかし、地元に拒否されたため、今度は、140億円を負担して鉄路を復活させるが、施設は自治体に無償で譲り、運行は三鉄にゆだねる方針に切り替えた。赤字の穴埋めに「10年で5億円負担する」とも申し出ているという。

 国鉄から誕生したJR東は完全民営化した今でも、公共交通を守る「使命」があると私は考える。だが、採算を度外視してまで、鉄路復旧を強いることはできない。

 山田線の利用者は、震災前ですら、JR発足時の4割に減っており、震災後の人口減にも歯止めがかからない。並行するように、「復興道路」と位置づけられる三陸沿岸自動車道の建設も急ピッチで進む。JR東が将来的な路線の維持を不安がるのも無理はない。

 一方、鉄道はつながってこそ力を発揮する。三鉄は「復興のシンボル」として、今年の大型連休で多くの観光客を集めた。南北リアス線がつながれば、久慈から宮古、釜石を経る約160キロを舞台に、様々な観光列車を企画できる。三鉄の望月正彦社長も「運行面だけ考えれば、一体運行はやりがいがある」と前向きだ。

 自治体が施設(下)を保有し、三鉄が運行(上)を担う「上下分離」方式の提案をめぐり、JR東と、負担増を懸念する地元側の協議は平行線を続けている。

 しかし、地元が強く鉄路の復旧を望むなら、地域一体でマイレールを維持する方策を考えてはどうだろう。公共交通が高齢化社会に欠かせないインフラである以上、何らかの形で国の支援も検討できないか。

 もちろん、JR東にも最大限の配慮を望みたい。将来の維持費圧縮のため、コストは高くても、耐久性に富んだレールや枕木を使うことも一案だ。地元移管で「はい終わり」とせず、釜石線に復活させたSLを積極的に提供するなど息の長い支援を約束して欲しい。

 (ほそざわあやてる 編集委員)


日本経済新聞
津波被災地でコメ試験栽培 宮城県、影響調査

 宮城県は5日、東日本大震災の津波被害を受けた東松島市野蒜(のびる)地区と石巻市大川地区で、コメの試験栽培を始めた。震災後に長期間浸水したため塩害が激しかった両地区で、稲の生育への影響などを調べる。同時に農地整備も進め、来年からは営農再開にこぎ着けたい考えだ。

 野蒜地区では80ヘクタールの農地を復旧する計画。今年は0.2ヘクタールの水田にひとめぼれを、1.5ヘクタールの畑にソバなどを試験的に植える。塩害のため栽培の過程で予測できない影響が出る可能性があるといい、試験結果を今後の営農再開に生かす。内陸に近い地区から農地の地盤復旧を進め、2017〜20年度の間に80ヘクタールの完全復旧を目指す。

 同地区は高度成長期の干拓事業で整備された大規模農地。試験栽培を始めた農地では、水を張ってかき混ぜるなどの手法で塩を取り除く作業を2回実施し、現在の土壌の塩分濃度は基準値を下回っている。

 県内の被災農地1万3000ヘクタールのうち、今年までに8割が営農を再開できる農地に復旧した。一方、野蒜や大川の両地区ように浸水期間が長かった農地は復旧に時間がかかっており、県は対策を急ぐ。


朝日新聞
吉田調書など開示求め提訴へ 東電株主訴訟の原告ら

 東京電力福島第一原発事故を調査した政府事故調査・検証委員会が聴取した吉田昌郎所長(故人)ら772人分の調書の公開を求め、東電株主代表訴訟の原告らが国を相手取り、東京地裁に行政訴訟を起こす方針を固めた。近く調書が保管されている内閣官房に開示を請求し、非開示決定が出ればただちに提訴する。

 政府事故調は2011年5月に設置。吉田氏ら計772人を聴取したが、誰を聴取したのかさえ明らかにしていない。吉田氏らの調書や関連資料は現在、内閣官房に保管されている。

 政府事故調は非公開で聴取した調書について「必要な範囲で開示する」としていたが、これまで公開されていない。菅義偉官房長官は「ヒアリングは非公開を前提に任意の協力を頂いて行ったもので吉田氏を含め公表しない」としている。

 原告代理人になる海渡雄一弁護士は「吉田調書の報道によれば、東電の指揮命令系統は崩壊していたといわざるをえない。吉田調書だけでなく、関係者の調書は事故原因の解明と責任の追及に欠かせない。政府は個人情報の処理など開示のルールを定め、原則としてすべて公開すべきだ」と指摘。歴代内閣が公開しなかったのは「不作為による情報の隠蔽(いんぺい)」と批判する。

 情報公開法では開示請求後、原則30日以内に結果が出る。不服申し立てもできるが、国の非公開の姿勢を司法の場でただすため、非開示決定が出ればすぐに行政訴訟に踏み切る方針だ。

 朝日新聞が入手した吉田調書では、吉田氏が現場周辺での待機命令を出したのに所員の9割が第二原発へ撤退したことなどが判明している。国は政府事故調が国会事故調の求めに応じ調書を提出する際、吉田氏が非公開を望む上申書を提出したとして公開を拒んでいるが、吉田調書には吉田氏が公開を認める考えを示した記録がある。(木村英昭、堀内京子)

フランス語
フランス語の勉強?

健康診断/チゲでご飯おかわり/今日も昼眠い/梅雨入り

ブログネタ
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anguria3

Tiananmen, vingt-cinq ans après

Tiananmen: la nuit où le rêve chinois a viré au cauchemar

Tiananmen verrouillée, 25 ans après la répression chinoise

Le PC chinois organise l'amnésie collective sur Tiananmen

Les jeunes Chinois ne savent absolument rien de Tiananmen
Selon la sinologue Marie Holzman, vingt-cinq ans après, la répression contre ceux qui veulent ranimer la mémoire du massacre n'a jamais été aussi dure.

健康診断の日です.examen médical, medical checkup.朝ごはんを食べなかったのですが,そんなにしんどくなかったです.その代りランチのスンドウフチゲではご飯のおかわりをしてしまいました.おデブになってしまいます・・・
今日もお昼眠かったです.某所で1時間近く仮眠したのに,具合悪いの?と心配されてしまいました.ほんと辛かったんです.
夜雨が降ってました.梅雨入りしたらしいです.傘を飛ばされてしまいました.傘は淀川に消えました.

河北新報
透明な力を 第10部・まちをつくる(1)古里を元気に つなげたい志

雲からも風からも透明な力がそのこどもにうつれ…(宮沢賢治「春と修羅」第3集より)

 「地域に活気を取り戻したい」「震災の教訓を後世に伝えよう」。東日本大震災の被災地で、復興まちづくりに取り組む子どもたちがいる。活動を通して何を見て、何を感じたのか。(震災と子ども取材班)=第10部は5回続き

 まちづくりに関わる活動を続けて間もなく3年がたつ。後輩たちにどうバトンをつなぐか、思いを巡らせる。
 宮城県石巻市の高島絵里さん(17)=石巻西高3年=は、「子どもまちづくりクラブ」の最古参の一人だ。
 クラブは2011年7月、復興に子どもの声を取り入れようと公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京)が設立した。「古里を元気にしたい」。高島さんはそんな思いでメンバーになった。
 市内では津波被害を受けたり、校庭に仮設住宅が建ったりして、遊び場が減っていた。中心商店街は空き店舗が目立つ。「街中にみんなが集まれる場所があったらいいね」。仲間と話し合った。

 高校では演劇部。人前に出るのは苦にならない。具体化に向け、プレゼンテーション役を積極的に引き受けた。大手企業の支援が決まり、建設に弾みがついた。
 ことし1月、木造2階で、サロンや屋内運動場を備えた「市子どもセンター」が完成した。
 みんながくつろげるようソファを置いた1階の「ゆったり広場」。漁業だけでなく農業も盛んなことを知ってもらおうと屋上には菜園「次世代の畑」を設けた。それぞれに高島さんの思いが詰まっている。
 「夢を話し合うだけでも楽しかったのに、本当に実現するなんて。マジうれしかった」
 地域での活動に携わって、初めて気付いた魅力がある。
 以前は登下校時に通るだけだった商店街を歩くのが好きになった。お気に入りの駄菓子屋や本屋ができた。店で流れるラジオを聞いて、コミュニティーFMの面白さも知った。
 クラブには、多い時には、小学校高学年から高校生までの三十数人が所属していた。最近は、受験勉強や部活動などで忙しくなり、メンバーは20人ほどに減っているのが気掛かりだ。

 5月下旬の活動日。活動の成果を住民らに報告する定例の集まりを翌週に控え、打ち合わせがあった。
 高島さんは、新メンバーの佐藤杏鈴(ありん)さん(11)=石巻市向陽小6年=の隣に座った。
 「杏鈴は初めてだから、ちゃんとみんなの動きを見ていてね」「司会って楽しいんだよ」。早く雰囲気に溶け込めるよう気を配った。
 舞台俳優を目指し、演劇を学べる大学への進学を望んでいる。クラブを「卒業」するまであと少し。センターや街への思いを後輩たちにつなげるのが、自分の役割だと思っている。


毎日新聞
東日本大震災:町長ら40人犠牲 岩手・大槌町旧庁舎解体始まる

 東日本大震災の津波で町長ら40人が犠牲になった岩手県大槌町の旧役場で4日、庁舎本体の解体が始まった。7割を撤去し、町民課や議会議場があった正面中央部分は震災遺構として保存する方針だ。

 午前9時ごろ、議会事務局などがあった西側の建物から作業が始まった。7月末までに町長室などの東側、福祉課などの北側を取り壊す。旧役場は被災地を巡るコースになっており大勢の人が訪れる。だが「津波を思い出すので見たくない」という町民もおり、町は一部を残し解体することにした。

 町税務課職員だった一人娘の芳子さん(当時33歳)を亡くした上野ヒデさん(71)は「あの子が走りながら仕事をしていた姿が目に浮かぶ。防潮堤をいくら高くしても大切なのは逃げること。そう言い続ける」と話した。【中田博維】


朝日新聞
天安門25年―改革になぜ踏み出せぬ

 6月4日を忘れるな。

 中国で許されぬスローガンを、今年も香港、東京、世界各地で掲げる中国人とその友人がいる。

 民主化を求める学生を中国共産党政権が武力で封じた天安門事件から、25年が過ぎた。

 なぜ忘れてはならないのか。彼らが提示した民主化の方向性は正しいからであり、政権が事件を歴史から消そうとしているからである。

 あのころ社会主義圏の国々は次々に変革を余儀なくされた。その中で中国の政権はもちこたえ、急速な経済成長を遂げた。

 その自信ゆえか、習近平(シーチンピン)国家主席は4月の訪欧時こう講演した。「立憲君主制、帝政復活、議会制、多党制、大統領制、みな試したがうまくいかない。最後に中国が選んだのが社会主義の道だ」。しかしこれは、共産党の観点から歴史を単純化した議論にすぎない。

 計画経済を捨て去った今、習氏のいう社会主義とは、共産党の一党支配への批判を許さぬ体制を意味する。弾圧されているのは活動家や知識人だけではない。各地で、党の幹部が絡んだ行政や司法の不正に庶民が声を上げられずにいる。

 それでも事件の主役の一人、王丹氏は、「人権」の意識を権力が無視できなくなったという成果を指摘する。04年には憲法に「国家は、人権を尊重し保障する」と書き込まれた。

 前首相の温家宝氏は、政治参加を徐々に広げ、教育によって個人の自由と発展を重視することを度々表明していた。

 習政権になってから、それが逆流しているようにみえる。6月4日を前に、活動家らの拘束を徹底し、外国メディアにも圧力をかけてきたのは異常だ。

 政治を変えようという意思はこの25年、民間で受け継がれてきた。ネットの普及は市民の連帯を促し、監視や弾圧に屈せず発言を続ける人々がいる。都市部での工場立地反対など、市民運動も芽生えている。

 社会にかかわり、政治を考える人びとの層は着実に厚みを増している。国民の水準が低いとか、国情に合わないといった、民主化尚早論は通用しない。

 自由を求める民の声に、習政権は耳を傾けねばならない。権力批判の発言だけで投獄するのは正義に反する。

 言論と結社の自由を認め、健全な批判ができる幅を広げる。そんな民主化の段階的な発展なくして、国の安定はない。

 四半世紀前の学生らの叫びは今なお価値を増している。決して忘れるわけにはいかない。


毎日新聞
天安門事件25年 民主化なき発展続くか

 1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化運動に参加していた学生らが武力弾圧された天安門事件から25年を迎えた。この間、中国の国内総生産(GDP)は20倍以上に増え、日本を抜いて世界第2位の経済大国になったが、政治改革はほとんど進んでいない。

 改革を求める知識人への抑圧はむしろ強まっている。5月には25年を記念した小規模な研究会に参加した人権派弁護士や作家、教師らが相次いで拘束された。言論弾圧の強権政治は隣国としても看過できない。

 事件後、中国が驚異的な経済発展を遂げたことは確かだ。特に改革・開放政策の創始者、トウ小平氏の指示で92年に全面的な市場経済化の方針を決めて以降、しゃにむに高度成長路線を進んできた。昨年には米国を抜いて世界一の貿易大国になった。

 1人当たりGDPは400ドル(89年)から6800ドル(2013年)に増えた。北京や上海など大都市では自家用車で大型ショッピングモールに出かけ、映画や食事を楽しむといった先進国型のライフスタイルが普及してきた。

 こうした中間層の拡大は共産党の一党独裁体制を揺るがし始めている。権利意識が高まり、所得格差や官僚の腐敗に対する不満も強まっている。ネット上では不正などの情報を拡散する人々と規制する当局とのいたちごっこが繰り広げられる。住民の要求を政治に反映させる手段が限られるため、各地で集団的な抗議行動も多発している。

 習近平政権は「中国の夢」を新たな国民統合のスローガンに掲げ、腐敗追及や司法改革、行政改革で「政治の現代化」や「法治」を進めようとはしている。危機感の表れではあるのだろう。しかし、「憲政」「三権分立」など西側モデルの民主主義を拒否する姿勢に変化はない。

 天安門事件で失脚した趙紫陽(ちょう・しよう)元総書記は軟禁状態下で録音し、国外で出版された「回顧録」で議会制民主主義の優越性を認め、政治改革の必要性を強調している。それがなければ「健全かつ現代的な市場経済を持つことはできない」という元指導者の指摘は重い。

 天安門事件後、トウ小平氏は経済を最優先に国際協調路線を取った。習近平政権は逆に貪欲に海洋進出、エネルギー獲得を進め、日本を含めた周辺国との摩擦を広げている。

 しかし、国内の不満を外にそらすような手法は長続きすまい。今後は成長が鈍化し、発展が社会矛盾を吸収した時代は終わりに近づく。中国の指導者がよく口にするように「歴史をかがみに」、国民の声をすくい上げる政治改革に着手しなければ、体制の危機が深まるのではないか。


河北新報
河北抄

 思ったより小柄で体も細かった。話しぶりからは、いかにも自分の思ったことを誠実に実行する人柄がうかがえたという。
 袴田秀子さん(81)が仙台市を先週訪れ、再審開始が決まった弟の巌さん(78)について説明した。「昔の半分でもいいから良くなってほしい」と巌さんの健康を案じていた。
 取材した記者の印象は「パワーを感じました」。静岡県で事件が発生してから48年、死刑判決確定からも30年を超えるが、無実を信じて支え続けた。
 1955年に宮城県で起きた「松山事件」も同じように再審で無罪に。息子を救おうと、故斎藤ヒデさんは仙台の繁華街で署名を集めていた。小柄なその姿を見掛けた方も多いはずだ。
 松山事件の2年前、「徳島ラジオ商殺し」という冤罪(えんざい)事件も起きた。富士茂子さんが再審無罪になったが、病気で亡くなった後のこと。その経緯はノンフィクション『われの言葉は火と狂い』(斎藤茂男著)に詳しく描かれている。
 権力犯罪とも言うべき仕打ちに立ち向かった3人の女性。胸中には決して消せない火がともっていただろう。

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ふたり/朝ボルドーの番組/妙ではいい感じ/水シャワー

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caramella3

Il n'y a point de gens au monde qui tirent mieux parti de leur machine que les Français : ils courent, ils volent.
フランス人ほど機械をうまく操れる人はこの世にいないよ.彼らは走ったり飛んだりしている.

Les voitures lentes d'Asie, le pas réglé de nos chameaux, les feraient tomber en syncope.
アジアのゆっくりとした車や,らくだの規則的な歩みを見たら,フランス人はきっとくらっとしちゃうよ.
「はじめまして,パリ!」モンテスキュー『ペルシャ人への手紙 Letters persanes』(1721)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

クローズアップ現代「いま 福島を描くこと〜漫画家たちの模索〜」
健康影響の描写が議論を呼んだ漫画「美味しんぼ」。こうした中、原発事故後の福島を描き続ける漫画家たちがいる。彼らの模索を通して福島を見つめることの意味を考えていく しりあがり寿, 国谷裕子

地方発 ドキュメンタリー「ふたり〜わが子を亡くした夫婦の歩み〜」

東日本大震災で3人の子どもを亡くした夫婦。長男は、児童74人が犠牲となった宮城・石巻の大川小学校に通っていた。家族を失った衝撃から夫婦には離婚の危機が何度も訪れたが、夫婦の絆はつなぎとめてきた。ふたりは亡くなった子どもたちの記憶をつなぐためにも、もう一度子どもを授かりたいと、わずかな可能性にかけて不妊治療にも取り組んできた。“ふたり家族”になって4年目、夫婦の歩みを見つめる。 木村多江

世界ふれあい街歩き ボルドーを見ました.La Belle Endormie眠れる美しき街のボルドーです.ピナソッテ,愛のリンゴ,ボルドーワインのババとか出てきました.
妙では緑山薫風をいただきました.割と集中できたような気がします.足もそんなに痛くならなかったし.
夜シャワーを浴びました.暑いので水シャワーにしてみたら,とても気持ちいいです.
6月で初夏ですが,麦の収穫の時期であることから,麦秋というそうです.なんかスゴイ.

河北新報
地域と向き合う存在に 津波被災の仙台・昌林寺が復旧

 東日本大震災の津波で被災した仙台市若林区の昌林寺が、震災から3年余りを経て復旧工事を終え、新たな一歩を踏みだした。住職の松山宏佑さん(67)は、あえて檀家(だんか)以外に向けても「復活」を宣言する。21日には寺を飛び出し、同区文化センターで復旧完了記念イベントを開く。地域社会により開かれた寺になっていくことで、再生の一翼を担おうとしている。

 記念イベントは「昌林寺寺子屋スクール」と題して開催する。奈良県に住む浄土真宗の尼僧でシンガー・ソングライターのやなせななさんが歌を披露。曹洞宗大本山・永平寺(福井県)の前布教部長、西田正法氏が法話を説く。
 檀家以外からも広く参加希望を募り、無料で招待する。700人を収容する文化センターホールで、昌林寺の総代ら檀家が会場運営に当たる。
 自らの本堂などでコンサートを開く寺は各地にある。だが公共施設に出向き、一般公開のイベントを開くようなケースは珍しい。松山さんはサッカーなどの試合のホーム&アウェーに例え、考えを述べる。
 「いわばホームの自分の寺に安住するのでなく、これからの寺はアウェーとも言える一般市民の中にどんどん飛び込んでいくことも大切」
 津波で昌林寺は本堂も庫裏もがれきやヘドロに埋まり、全壊認定を受けた。震災直後から檀家らが応急的な復旧に当たった。総代らが松山住職と時間をかけて再建の道筋を話し合い、本格的な復旧工事に着手。ようやく完成にこぎつけた。
 宮城野区の仮設住宅で暮らす筆頭総代の菊地昭男さん(74)は「被災した自宅よりも寺の再生を優先した。(完成して)心の空白が埋まった思いだ」と話す。
 震災後は宗派の枠を超えた傾聴活動にも参加してきた松山さん。被災者の痛みと向き合い、お寺が果たす役割をあらためて思った。「地域社会で人々の心に寄り添う。そうした場所でありたい」
 復旧完了記念イベントは21日午後1時から。参加希望などの連絡先は昌林寺022(289)3536。


河北新報
古里の味PR 「笹かまの日」大使に仙台出身・AKB岩田さん

 「笹(ささ)かまの日」(7月7日)の大使任命式が東京都内で開かれ、AKB48の岩田華怜さんが任命された。岩田さんは「東北では、子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで愛される名産品。もっといろんな人に知ってもらえるよう、はりきって活動したい」と意気込んだ。
 仙台市出身の岩田さんは、ビッグサイズの笹かまをほおばり「やっぱりおいしい、ふるさとの味がします」とにっこり。
 七夕の思い出を問われると、「気が強くて夢が大きい子だったので、短冊でも卒業文集でもずっと『ハリウッド女優になる』と書いてきました」と語った。
 岩手県滝沢市でメンバーが切りつけられた事件の影響で、この日は取材陣に手荷物検査が実施された。


毎日新聞
雑記帳:パッケージが三陸鉄道(岩手県)の「切符」になるチョコレート…

 パッケージが三陸鉄道(岩手県)の「切符」になるチョコレートが16日、発売される。その名も「キットカットミニ 切符カット」。定価108円で、来年5月末まで190円区間分乗車できる。

 東日本大震災から3年を経て4月、北リアス線、南リアス線の全線で運転を再開した同社を支援するため、「キット、ずっと号」の車体ラッピングなどに取り組むネスレ日本が「世界初の切符」として作った。

 沿線人口が減り、厳しい経営が続く被災地の鉄路。東北のコンビニを中心に全国で売り出されるチョコを食べて乗りにくる客が増えれば、「復興」という名の駅も見えてきそうだ。【山田研】


河北新報
河北抄

 宮城県山元町では東日本大震災で617人(死亡届提出分)が亡くなった。そのうち17人は今も行方不明だ。
 昨年末からことし初めにかけて、町南部の中浜地区で捜索が行われた。不明者の親が要望したからだが、手掛かりはなかった。
 「遺族の求めがあれば、これからも捜索を検討したい」と町の担当者は言う。ただ、手掛かりが得られる可能性が高い沿岸部で防波堤などの工事が進み、捜索しようにも難しくなっている。
 震災の行方不明者は宮城、岩手、福島の3県で計2616人(2日現在)に上る。
 山元町から南へ十数キロの相馬市では458人が犠牲になり、うち19人が不明のまま。半数以上の251人が亡くなった磯部地区で、長男を失った初老の男性が話す。
 「息子を捜し歩いていたら、田んぼの中でうつぶせになっていた人がいた。顔見知りだった」。知人から「他の人を見つけてくれた。子どもさんも必ず見つかるから」と慰められたという。
 2日後、長男の遺体が発見された。男性は振り返る。「見つからなかったら、それは大変だった」と。


毎日新聞
特集ワイド:原発運転差し止め 大飯判決の意義

 「司法は生きていた」との垂れ幕が5月21日、福井地裁前で高々と掲げられた。福井県の住民らが関西電力大飯原発3、4号機(同県おおい町)の再稼働は危険だと訴えたのに対し、樋口英明裁判長は経済活動より命を優先する考えから、「安全性に欠陥がある」と運転差し止めを命じたのだ。東京電力福島第1原発事故がいまだに収束していないにもかかわらず、政府が再稼働へ突き進む中で出された判決。その意義を2人の識者に聞いた。【瀬尾忠義】
 ◇“直球”投げてきた−−民俗学者・赤坂憲雄さん

 原発事故の影響を受けた福島は、原爆を投下されたヒロシマ、ナガサキに続いて「フクシマ」になってしまった。何度も福島に通っているが、事故からわずか3年あまりでフクシマの苦しみが忘れられていると強く感じる。被災者が混乱している状況は続き、脱原発なのか、原発の再稼働を認めるのかという議論にも疲れている。そのような状況の下では、判決が「フクシマの希望の灯」にはならないだろう。それでも判決が世間に広まることによって、原発事故が起きたことで人格権や生存権を現実に脅かされている福島の人々に再び目を向けてくれるきっかけになることを願っている。

 判決では「大飯原発の技術や設備は放射性物質の閉じ込めに欠陥がある脆弱(ぜいじゃく)なもの」と指摘した。ただ、再稼働の是非が問われている各地の原発だけに注目するのは誤っている。巨大な防潮堤や効果がある地震対策が直ちに必要なのは福島第1原発だ。マグニチュード(M)9という巨大地震に襲われなくても、今後起きるだろう地震や津波によって原発の建屋がさらに破損し、放射性物質を飛散させてしまうかもしれない。なぜ政府は対応しないのか。まったく理解できない。

 判決を読み、福島第1原発の汚染水問題で安倍晋三首相が昨年9月、「状況はコントロールされている」と強調したことを改めて思い起こした。国際公約として言い切った以上、原発再稼働を目指すよりも事故の収束に向けて動くべきだ。事故を収束させるには莫大(ばくだい)な予算と長い時間が必要になる。そして事故の現場では福島の地元の人々が多数働いている。この現実にも目を背けてはならない。

 原発事故が起きる前は、原発の問題は立地地域に限定され、そのエリアだけを守ればいいという考えが主流で、司法も同調していた。しかし、原発事故の影響が福島にとどまらず広範囲に及んだことを受け、判決は250キロ圏内に住む人には原発に対して意見を言える権利があると示した。司法の場でも原発事故前の解釈や判断を切り離して判断していくと宣言した意義もある。原発事故後の時代を生きているということを司法も強く意識しているのだろう。

 判決は「原発は電気を生み出す一手段である経済活動で、人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ」と言い切った。「命よりも経済活動が上にあるのはおかしい」という“直球”を私たちに投げてきたのだ。冷静に考えれば当たり前の判断なのだが、「原発がないと混乱する」という論理が浸透しているこの国では画期的な判決とも言える。

 政府や関西電力は大飯原発を再稼働させる方針を変えない。再稼働が必要というのならば、国民の将来にどのようなプラスがあるのかを説明する責任がある。しかし、フクシマの人々はもちろん、判決を読んだ国民を納得させる答えは出せないだろう。
 ◇国策「間違い」と宣言−−経済評論家・内橋克人さん

 東日本大震災後にドイツのメルケル首相が「原発推進」から「脱原発」へと政策を転換したことを改めて思い起こした。方向性を示したのは、「リスク社会」論で世界的に著名な社会学者らで構成された「倫理委員会」。原発技術者はメンバーに入れず、人道と倫理の観点から原発存続の是非を論じた。政府に出した報告書の精神は「原発の是非は現世代の『生産条件』を優位に置いて考えるべきではない。未来世代の『生存条件』の維持、持続のために現世代が果たすべき責任とは何か。それを根源的に考えて論じられるべきである」だった。

 この精神は「原発稼働は経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ」とした福井地裁の判決にも通じる。経済的利益より人格権を優先した判決の価値は、大飯原発の問題にとどまらない。戦争放棄を定めた憲法9条のように、世界に通じる普遍の価値判断を示したものだ。

 判決は「豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富」とした。豊かさは、国内総生産(GDP)や国民総所得(GNI)のような経済的指標に置き換えて論じるべきではないとはっきり示した。「原発を稼働しなければ経済は立ち行かない」といった議論がある中で、豊かな自然、信頼に基づいた人間関係、社会にダメージを与えないエネルギーなどで構築された「安心社会」を持続することこそ国富だと、私たちに訴えた意義は大きい。

 原発推進派は判決を「原子力規制委が新規制基準で求める安全性を考慮しておらず科学的な検討が希薄。ゼロリスクにとらわれすぎ」と批判する。

 だが放射線は目に見えず、臭いもない。人間の五感で感じることはできず、被ばくすれば遺伝子を破壊してしまう根源的な脅威である。他の文明の利器がもたらすダメージやリスクと放射線を同次元に並べて議論することが、そもそも間違っている。

 原発事故後、日本は原発に依存する社会からの転換を迫られている。それでも安倍晋三政権は原発の再稼働を目指し、エネルギー基本計画に核燃料サイクルの推進を盛り込んで「脱原発」とは逆方向に走っている。これまでも政府や電力会社は立地地域の住民が上げた反対の声を無視して原発を建設し、根拠のない安全神話を唱え続けた。震災後も核燃料サイクルを推進する意思を表明し、国際社会から核兵器転用の疑惑を抱かれている。このように原発政策は「国民の合意なき国策」だ。この統治構造について判決文は触れてはいないが、「間違っている」と司法の場で宣言したように私には読める。

 判決を脱原発につなげるのは当然。私たちは原発の危険性や国富について論じたこの判決を強く支持すべきだ。上級審で覆るかもしれないが、「合意なき国策」を再び許してはならない。そういう決意の基点として、再稼働の動きに強く抵抗しなければならない。

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 ◇大飯原発運転差し止め・福井地裁判決の骨子

・大飯原発3、4号機を運転してはならない

・250キロ圏内の住民には原発運転で具体的な危険がある

・原発の稼働は電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然

・安全技術や設備は確たる根拠のない楽観的な見通しに基づき脆弱

・地震の際、原子炉を冷やす機能と閉じ込める構造に欠陥

・基準地震動を超える地震が来ない根拠はなく、それに満たない地震でも重大事故が生じうる

・原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失

・福島原発事故は最大の環境汚染。二酸化炭素の排出削減は運転継続の根拠にならない

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 ■人物略歴
 ◇あかさか・のりお

 1953年東京都生まれ。学習院大教授。福島県立博物館長。東日本大震災で政府の「復興構想会議」委員。「東北学」の提唱者としても有名。

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 ■人物略歴
 ◇うちはし・かつと

 1932年神戸市生まれ。神戸商科大(現兵庫県立大)卒。神戸新聞記者を経て67年より経済評論家。「匠の時代」「原発への警鐘」など著作多数。


朝日新聞
研究不正疑惑―東大のモラルを問う

 アルツハイマー病の大規模臨床研究「J―ADNI(アドニ)」をめぐる問題が混迷を深めている。

 疑惑の渦中にあるのは日本の学界の頂点に立つ東大である。

 研究のデータをめぐる不正の疑惑のさなかに、さらに不正を重ね、問題を隠蔽(いんぺい)しようとした疑いが浮上している。

 決して許されない行為の疑惑だが、東大は、ほとんど説明責任を果たそうとはしていない。ゆゆしい事態である。

 研究データの改ざん疑惑を朝日新聞が報じたのは、ことし1月だった。その後、厚生労働省が被験者データの保全を求めたにもかかわらず、研究の事務局がデータを書き換えていた。

 製薬会社エーザイからの出向者が、事務局の室長格として書き換えにかかわっていた。

 さらに代表研究者の岩坪威(たけし)・東大教授が書き換えを知ったうえで、共同研究者に釈明と口止めのメールを送っていた。

 証拠隠滅を図ったと疑われても仕方ない行為だ。

 当初から疑惑の解明に及び腰を続ける厚労省の姿勢も問われる。疑惑の対象は、巨費を投じた国家事業なのである。

 調査を東大に丸投げするのではなく、自ら直接調査に乗り出すべきだ。岩坪教授がアルツハイマー病研究の権威だからといって、遠慮してはならない。

 東大の責任は大きい。調査のさなかのデータ書き換えを防げなかったことは、そもそもの改ざん疑惑について解明を求める国民への裏切りである。

 「アルツハイマー病の原因究明につながるから」と説明されて協力した被験者。データ取得に汗を流した共同研究者。そして多額の税金を負う国民。そうした無数の人びとの存在を関係者は胸に刻んでいるだろうか。

 東大はいまだに調査メンバーの顔ぶれも、調査の途中経過も公表していない。沈黙を続けるのは無責任すぎる。

 この事案に限らない。

 製薬大手ノバルティスの白血病治療薬の研究では、事務局の東大病院で、患者の個人情報が会社に渡っていた。しかし、いまだに製薬会社との癒着を断つ対策は打ち出されていない。

 東大の分子細胞生物学研究所では、加藤茂明元教授のグループの組織的な論文不正が疑われたままだ。多くの論文の撤回が勧告されたが、2年以上も「調査中」とし、誰がどんな不正をしたかも明らかにしていない。

 東大には官民の資金が集中するが、その半面、モラル感覚が世間から逸脱しているのではないか。社会的責任を改めて自覚し、猛省してもらいたい。


東京新聞
人治でなく法治であれ 中国・天安門事件25年

 北京の天安門広場で民主化運動の学生たちが武力で鎮圧されて二十五年。中国の強権的な姿勢は変わっておらず、民主化の道は険しそうだ。

 一九八九年四月から始まった学生らの民主化要求デモは天安門広場を埋め尽くし、高揚感にあふれていた。

 報道の自由、法治の国、汚職追放など社会の矛盾解消を掲げた彼らの要求はいずれも理にかなったものだった。改革・開放路線で経済の自由化が進み、活性化してくるにつれ、政治の矛盾に目が行き、民主化を求めるのは当然の流れだったといえる。
◆事件は暴乱として処理

 現場で声をかけた参加者はだれもが「中国は変わります」とわれわれ外国人記者に目を輝かせ語った。当時の趙紫陽総書記ら改革派指導者も学生らに同情的で、新しい時代の到来も予感させた。

 六月四日未明。北京周辺に集結していた人民解放軍が一斉に鎮圧に乗り出した。抵抗する市民に容赦なく発砲、多くの死傷者を出した。「人民の軍が人民に銃を向けた」。学生らの叫びは絶望感にさいなまれていた。政府内では、趙総書記ら改革派の指導者は失脚していた。

 事件は「暴乱」として処理された。共産党の一党独裁体制を堅持することが最優先と確認された。現在までその姿勢は全く変わっておらず、社会の抱える矛盾は四半世紀前と同じだ。

 中国は経済的に発展を遂げ、世界第二の大国になった。事件で各国からの制裁を受け、厳しい立場に立たされたが、最高実力者、〓小平氏が指示した大胆な市場開放路線が功を奏した。指導者たちは強硬な姿勢を貫徹することにも自信をつけた、といえる。
◆独自にルールを設定

 学生らの要求の一つが「人治の国から法治の国へ」だった。一党独裁体制で指導者による専制的な国家運営が続き、幹部の汚職も明らかになっていた。開かれた政治体制を求めたのは当然の要求だった。

 習近平体制になった現在でも、周永康・前政治局常務委員による汚職事件をはじめ地方でも幹部が私腹を肥やす例が多く民衆の不満が高まっている。習氏は摘発に全力を挙げている。しかし、“人治”の体制を変えない限り、なくすことは難しい。

 中国政府は事あるごとに「法治国家」を宣言しているが、最近の強権ぶりは目に余っている。南シナ海では採掘調査を契機にベトナムと領海紛争、漁船の衝突などでけが人も出している。中国は自国で定めた領海ラインを頑(かたく)なに主張している。

 東シナ海では独自の防空識別圏を設定。日本の自衛隊機に圧力をかけている。どちらも中国が一方的にルールを設定したものでこれは世界では通用しないものだ。国際的な「法治」も尊重するのも法治国家のはずだ。

 新疆ウイグル自治区での一連の爆発事件では「テロ」と断定、取り締まりを厳しくしているが、抑え付けるだけでは事態の根本解決にはならない。民族的なわだかまりを解消する手段も必要なのではないか。

 天安門事件二十五年を前に中国では事件の再評価を求める動きに異常に神経をとがらせている。

 著名な人権派弁護士、浦志強氏や哲学者の徐友漁氏らが天安門事件を記念したシンポジウムに参加したところ、身柄を拘束された。そのほかジャーナリストや人権活動家、日本経済新聞の助手などの拘束も伝えられている。

 駐在する外国人記者に対しての圧力もこれまでになく強く、天安門事件取材は事実上困難になっている。インターネットの監視には特に神経をとがらせている。中国国内は開かれた体制とはほど遠い。

 こうした措置は国内に不安材料が多いことの証左ともいえる。〓小平氏は革命で重きを成し、軍に対しても絶対的な力があった。逆に言えば天安門事件もこの世代のリーダーだから抑えられた。
◆国際的な圧力が必要

 当時の指導者に比べればカリスマ性に欠ける習国家主席は、対外的な強硬姿勢で国民の「愛国心」を呼び起こし、体制固めを図る。国内の問題から目をそらすためともいえる。天安門事件の再評価は現在の政権の基盤を根本的に揺るがす危険が伴うため簡単にはできない。

 内部から変わらないとすれば、今の中国に軌道修正を求めるには国際的な圧力以外にない。

 米国をはじめ、日本、欧州さらにはアジア各国が一枚岩になり、強権政治に異を唱え続けざるを得ない。中国の民主化は今や世界の安定にとって欠かせない課題でもある。天安門事件はまだ終わっていない。

※〓は、登におおざと

朝日新聞
(天声人語)「5月35日」のできごと

 「12月32日」という奇妙な日付が出てくるのは、きょうが命日のヨハン・シュトラウスの喜歌劇「こうもり」だ。大みそかの日めくりを破ると、1月1日と思いきや12月32日になり、観衆がどっと笑う▼ひるがえって、「5月35日」は笑えないし、説明が要る。中国で25年前に天安門事件が起きた。その日付「6月4日」は中国政府が最大級に敏感な語だ。ネットに書けば当局に削除される。監視をかわす隠語として広まったのが5月35日だった▼8の2乗という隠語もあった。8×8=64。すなわち6月4日の意味だが、どちらも今では使えないらしい。とりわけ習近平指導部の発足以来の言論封じは著しく、不都合なことは徹底して国民の耳目から遠ざけている▼「七不講(七つの語るべからず)」の指示も驚くばかりだ。人権などの普遍的価値や報道の自由といった内容を、大学で講じるのを禁じたという。「共産党の歴史的過ち」も含まれるというから、スターリン時代の全体主義を彷彿(ほうふつ)とさせる▼貧富の差、腐敗、少数民族、環境破壊……。それらを経済成長という壁土で塗り込めてきたやり方も限界に近く、恐れるゆえの言論弾圧だろう。不満の内圧はいたる所で壁に穴をあけ、暴動やデモは年に20万件近いという▼冒頭の喜歌劇の日付は、架空のお話であることの暗示であろう。しかし大勢の市民を圧殺した天安門事件は現代史の事実である。自由な選挙と言論を欠いたまま大国はどこへ向かうのか。世界が見つめている。

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昼眠くて仮眠/7・8月出張/ネツネツのプリント

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liberation140602

Musé juif de Bruxelles
La dérive d'un jihadiste français
Revenu récemment de Syrie, Mehdi Nemmouche, qui se serait radicalisé en prison, est suspecté d'être l'auteur de la tuerie antisémiste.

月曜なので朝早くから仕事です.5時に目が覚めたのですが,7時まで寝ていてその後シャワー浴びて選択してから出勤しました.お昼のバランスランチを食べたところまでは問題なかったのですが,その後眠くなってしまい,ひっそりと仮眠をとりました.
Yuさんに7月30日に出張してもいいかどうか確認したところ,大丈夫そうだったのでよかったです.横浜のYaさんからメールがあったので8月に訪問しようかな?と返事を書きました.Yaさんの都合がよければいいのですが.
夕方ネツネツのプリントを考えました.後でHyさんに確認しないとダメかな?

朝日新聞
(語る 復興への道)負けない「したたかさ」を 赤坂憲雄さん 東日本大震災4年目

 東北はまだ植民地だったのか――。赤坂憲雄・福島県立博物館長(学習院大教授)は「3・11」の被災地を巡って、この言葉を胸に刻んだ。なぜ、植民地なのか。復興の現状をどう見るのか。そして、どんな東北の未来図を描いているのかを聞いた。

 東北の文化や歴史、風土を掘り起こし、地域づくりの資源にする「東北学」を唱えて約25年間、東北を歩いてきました。実感として、東北は十分に豊かになったと思っていた。私も委員だった政府の復興構想会議も「東北は製造業の拠点」と持ちあげていた。

 でも実態は違った。津波被災地に実質、時給300円の製造業がありました。自動車部品を1個つくれば2千円なので、1時間でできれば時給2千円。だけど1日かかる。そこは町が必死に誘致した工場で、下請けの下の下。だれも言いたがりませんが、低賃金のアジアと競わされています。

 そもそも、原発が「植民地」の象徴でしょう。東京で使う電気を、なぜ福島でつくり続けてきたのか。

 震災後、原発関連の人が「東京電力には植民地がある」と言うのを聞いて驚きました。東電の原発が供給地域外の福島と新潟にあるという意味でした。東北では自嘲的に怒りを込め「戦前、男は兵隊、女は女郎、百姓は米を差し出してきた」と言います。これが「戦後は電気と部品と米」に換わっただけではないですか。

 グローバル化に伴い、各国は国の内側に格差を生み出し、搾取される側を「いけにえ」として生き延びようとしています。いま東北と東京には搾取と支配の構造が再編されつつあります。

 こんな実態を、昨年亡くなった立命館大の西川長夫名誉教授は「グローバル化は第二の植民地主義。植民地なき植民地主義だ」と喝破しました。

 東京オリンピックでは、招致委の理事長が福島の復興を掲げながら、「東京は250キロ離れているから安全だ」と言いましたよね。これこそ中央から辺境へのまなざしです。福島を誘致のダシにして、切り捨てる。非情なものですねぇ、政治って。

 東北は坂上田村麻呂に負けて以来、勝ったことがない。戊辰戦争での敗北が明治以降の立場を決定的にしました。いわば「千年の植民地」なのです。こんな歴史を持つ地域は、東北のほかにありません。

 ■構想なき復興、誰のため

 津波被災地の復興も、中央の視線です。震災は人口が減り、高齢化が進む20年後の東北を一気にたぐり寄せた。だから、50年後にはいまの3分の2の人口約8千万に縮む日本列島を見すえた復興が求められた。

 なのに、古めかしい公共事業依存型の政策が進む。まるで復興に名を借りた政官財の利権あさりのようです。それを被災者も黙って見ている。長らく補助金に頼ってきた地域経済と、住民の精神構造を映しています。自治体も人口が減る予想図を怖くて書けない。だから巨大な防潮堤で街を囲み、できた時から廃虚に向けて転がっていくような公営住宅を建てる。

 要するに、国にも自治体にも住民にも、復興で何をめざすのかというビジョンがないのです。

 沿岸部では多くの水田が泥の海になった。もともと潟だったところです。共有地だった湿地を分割して私有地にし、耕作地にする。人口が増えた近代の当然の対応策でした。でも、もう人は減るのだから、元の潟に戻せばいい。観光地や自然再生の教材にもなるでしょう。震災前から、いずれ耕作放棄が見込まれた水田を、国の100%補助で復旧させるのは、いったい誰のためなのですか。

 いま最も必要なのは、どうすれば将来も安心して暮らせるのかという等身大の議論です。暮らしや生業(なりわい)を根っこから再考し、未来社会をデザインする。時間をかけて、地域を担う若い人、とりわけ女性の声に耳を傾けることが大事です。

 風、太陽、地熱などの再生可能エネルギーは文明の最先端です。「地域の風土とテクノロジーの結婚」だと思います。それを育ててエネルギーの生産者になれば、そこに生きる主導権を取り戻せる。たとえば、小水力発電では、流れを確保するために川をきれいにする。それが地域エネルギーの拠点だった里山の再生につながる。そこに参加する住民は地域の自治や自立を考え、支えていく。

 ■会津から始まる、新自由民権運動

 これに気づいた福島・会津地方の人々が動きだしています。合言葉は「新しい自由民権運動が始まった」です。もともと、福島は自由民権運動の中心地だし、岩手の三陸沿岸には住民が原発建設の動きを受け入れずにきた自治の力がありました。「千年の植民地」は勝てないけれど、負けない「したたかさ」を持っているのです。

 岩手・平泉の中尊寺建立供養願文には「戦乱で亡くなったすべての霊を慰める」とある。仲間だけを弔うのではない、珍しいものです。こうした敗者の精神史は敵と味方の違いを越えて、戦いの向こうに突き抜けていく思想をつくってきたのかもしれません。こんな被災地の人々がこのまま終わるはずがない。5年、10年かけて、新たな自由民権運動が根を張っていきますよ。

     *

 福島県立博物館長 山形市の東北芸術工科大教授を経て、震災後に学習院大教授。著書に「震災考」「東北学/忘れられた東北」「北のはやり歌」など。61歳。

 ■現状追認、ツケは子らに

 ことしの3月11日の朝刊1面に、赤坂さんの言葉を引いて「東北を『植民地』にするな」と書いた。東北各地から「植民地呼ばわりはケシカラン」というお叱りが来るかと思いきや、そうはならなかった。

 被災地では、復興や原発対応に疑問を抱いているのに、大声で異議を唱えようとしない人々に、よく出会う。無口で忍耐強いと言えるのかもしれないが、結局は現状を追認しているだけではないか。これでは30年後、50年後にツケを払わされる子どもや孫の世代が困るだろうと心配でならない。

 (東北復興取材センター長・仙台総局長 坪井ゆづる)


朝日新聞
(被災地から)津波避難「奇跡でねえべな」

 岩手県の被災地には様々な「奇跡」の物語がある。地震が起きた時、中学生が小学生の手を引き、いち早く高台に避難して600人が助かった「釜石の奇跡」は、とくに有名だ。

 釜石市の仮設住宅で初老男性と雑談したときも「奇跡」が話題になった。

 「奇跡、奇跡っつうけども、ふだんから津波が来たら逃げるって思ってて、その通り逃げたんなら、そりゃ奇跡でねえべな」

 地域の防災活動にも携わっていたという男性の、穏やかだが力のこもった語り口に、ハッとさせられた。

 釜石では、津波被害の教訓をくり返し学んだ子どもたちが、それを実践した。

 大船渡市の吉浜地区は、ほとんど犠牲者を出さなかったことから「奇跡の集落」と呼ばれる。住民は「海の近くに家を建てるな」という歴代村長の戒めを受け継いできた。三陸鉄道の「奇跡の車両」も日頃の心構えが生き、運転士らがトンネル内にとどまる判断をして津波を免れた。

 「奇跡」とは、特異な事例でなく、過去の悲惨な記憶を住民が後の世に継承し、日常の中で身につけてきた結果なのだ。「災害と向き合うっつうのは、そういうことなんだよな」。家を失った釜石の男性が、笑って言った。(盛岡総局 斎藤徹)

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昼寝してしまいました/毛布を干しました

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Tu ne le croirais pas peut-être : depuis un mois que je suis ici, je n'y ai encore vu marcher personne.
きっと信じてくれないだろうけど,こちらにきてからひと月というもの,誰も歩いている人を見たことがないんだ.
「はじめまして,パリ!」モンテスキュー『ペルシャ人への手紙 Letters persanes』(1721)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昼寝してしまいました.毛布を干してすぐ取り込もうと思ったのに起きたら夕方7時過ぎでした.

明日へ−支えあおう−証言記録東日本大震災29 石巻〜津波と火災に囲まれた日和山
東日本大震災で最大の犠牲者を出した宮城県石巻市。中でも海沿いに広がる南浜・門脇地区は、津波でほとんどの家が流された。さらに、町の住民が逃げ込んだ日和山は津波と火災に囲まれて孤立した。日和山にあった中央出張所の消防士たちは応援がないまま、限られた機材と人員で9千人の住民を守るために奮闘した。燃え上がるガレキからの住民救助。枯渇する防火用水の手当て。津波火災に追い詰められた、瀬戸際の15時間を描く。

5つ星のうち 5.0 ストーリー311***** By 南崎雅子
悲惨な経験から立ち上がる人たち、生の声を聞いている。TVでは流れない声の数々。
毎月震災の寄付を僅少ですが、あの震災のときから続けてます。
私に出来る事はこれくらいかな?!
少しでも早く普通の生活に戻れるようになる事を祷ってます。



奥さまは愛国
北原 みのり 河出書房新社 2014-02-26
ジェンダー視点とマイノリティ視点 By time
本書は、愛国運動にハマる女性たちの実像に迫った、重厚なドキュメンタリーだ。
本書の肝は、近年盛んとなった「従軍慰安婦」バッシングや排外デモに強い当事者意識をもつ、著者それぞれの視点だ。
北原氏のジェンダー視点、朴氏のマイノリティ視点。
両者は絶妙のコントラストを放ち、愛国女性を語る上で不可欠な両輪の役割を果たしている。
抜群におもしろくて、深く考えさせられる一冊だった。

北原氏は、女性愛国団体の「正義感」「手作り感」や「怒り」に触れ、市民運動に没頭したかつての自分の姿を重ねて、共感する。
また、愛国派の言葉の「わかりやすさ」に、変わりばえしないサヨク・スローガンの「つまらなさ」を対置する。
しかし男女平等・世界105位の日本で、「守ってくれた」男性を立てる一方で同性の「慰安婦」を貶め、韓国人を蔑む愛国女性たちの姿には、強い違和感を抱く。
「普通の頭で、常識で考えて」と叫び、「被害者ぶる」女性たちを侮辱する一方、日本人「慰安婦」の“沈黙”を称えるような男性には同調する、愛国女性たち。
体当たり取材と深い考察を重ねた末、北原氏は、そんな彼女たちの“絶望”を見いだすのだ。

朴氏は、「彼女たちを知ること」が「自分自身を知ることに繋がる」と直感し、排外デモに参加する愛国女性たちへのインタビューを敢行する。
差別意識を隠さない彼女たちの話に耳を傾ける朴氏の、複雑な心境や緊張感が、ありありと伝わってきた。
朴氏は努めて、相手を理解しようとする。
同時に、彼女たちが「聞く耳と相手を感じる心と」「立ち止まり過ちを改める勇気」をもつことを願ってもいるのだ。

葛藤しつつも、粘り強く取材にとりくんだ著者たちの姿勢。
それぞれの視点で深く思考して、紡ぎだされた言葉。
ずしりと心に響いた。
本書は、3.11を経て3年、今の日本の空気を見事に切り取った傑作だ。

私たちは、良きにつけ悪しきにつけ、時代や社会の“空気”に染まりがちだ。
だからこそ、「普通の考え」「常識」などの“思考停止”を促す言葉には、細心の注意を払いたい。
〈思考を厭わず、価値観の異なる相手と向き合って、自分の言葉を交わすこと〉
その貴重さを雄弁に語る本書が、一人でも多くの方に読まれることを、切に願う。


河北新報
被災地と五輪/運動楽しむ環境整備優先を

 スポーツ選手の活躍は人の心を躍らせる。地元の選手なら、なおさらだ。私たちは東日本大震災後、2012年のサッカーJ1ベガルタ仙台が優勝争いの末2位となった健闘や、昨年のプロ野球東北楽天の日本一などで、それを実感してきた。
 ことし2月、ソチ五輪フィギュアスケート男子で金メダルを獲得した羽生結弦選手(仙台市出身)の活躍も記憶に新しい。
 2度目の東京五輪が6年後にある。被災地の人たちは同じように感激に浸れるだろうか。
 安倍晋三首相は4月下旬にあった五輪関係閣僚会議で、岩手、宮城、福島の3県を中心とする被災地で開催する競技の予選や事前合宿を増やすよう検討を指示した。被災地での五輪競技は、これまでに宮城県でのサッカー1次リーグの実施が固まっているが、その他は具体化していない。
 東京五輪には「東京一極集中」を助長するのでは、と懸念する声が地方から上がっている。五輪予選や合宿の実施は、スポーツの祭典開催の喜びを広く分かち合う点で歓迎すべきことに違いない。
 被災自治体にとっても、世界各国からの支援に感謝し、復興しつつある姿を発信する格好の機会になるだろう。3県も知事をトップとする関連組織を設置し、受け入れに向けた情報収集に乗り出している。
 ただ、そのために新しい施設を建設するのは現実的ではない。あくまでも現有施設を活用して、という形にならざるを得ない。負担が比較的小さくて済む合宿を含めても、受け入れられる自治体は多くはあるまい。
 そう考えると、五輪の開催基本計画に盛り込むため検討を急ぐ必要があるとはいえ、国がもっと先にやるべきことがあるだろうという思いが拭えない。
 例えば、被災地ではスポーツを楽しめる環境が整っていない。特に、子どもたちをめぐる状況は深刻だ。
 宮城県教委によると、校庭に仮設住宅がある小中高校はことし4月現在で25校もある。下校後も、ただでさえ少ない平地が集団移転用地などに充てられ、遊び場不足も指摘されている。
 スクールバスによる通学を強いられている小中学生は13年度で約3900人に上る。中学校の部活動に影響が出ており、特にバスが走らない土日曜は足の確保が問題になっている。
 河北新報社が昨年末に宮城県沿岸部の小中学校長に対し行ったアンケートで、「子どもたちに震災の影響と思われる問題がある」と答えた校長は約7割あり、うち30.1%が体力低下を挙げた。この設問の回答者の内訳は中学校長が24.5%なのに対し、小学校長は34.0%で10ポイント近く高く、低年齢層への影響が大きいことがうかがえる。
 外で思い切り遊び、スポーツに汗を流して心身を鍛える−。子どもたちにとって当たり前の生活の一日でも早い再建へ、政府はまず後押しするべきだ。それができてこそ、五輪の成功があることを忘れてはならない。

河北新報
分岐点 女川原発−運転開始30年(5)完 近づく選別/費用と「余命」で迷う

<終わらせ方問う>
 福島第1原発事故は原子力プラントの最悪の「終わり方」を見せつける一方、原発の「終わらせ方」を問う契機にもなった。
 東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の1号機は1日、冷温停止状態で運転開始30年の節目を迎えた。これから再稼働を目指すのかどうか。方針は明確になっていない。
 「このまま廃炉になるのではないか」。こう推測するのは、山梨地方自治研究所の渡辺敦雄理事(66)だ。東芝の技術者として1号機の基本設計に関わった。
 1号機は沸騰水型炉の「マーク機廚鮑陵僂靴討い襦J‥臑茖韻汎鰻燭如国内プラントでは旧型のシステムに属する。
 原子炉格納容器の内部は構造上、健全性を容易には確認できないという。そもそも東日本大震災後の確認作業はクレーン損傷の影響で遅れている。渡辺氏は「震災の揺れで、格納容器にある一部配管が損傷している恐れもある」と懸念する。
 1号機の出力は52万4000キロワットで、2、3号機(ともに82万5000キロワット)より小さく、女川原発における供給面での貢献度は低い。渡辺氏は「東北電が再稼働に踏み切る動機は乏しい」とみる。

<目算狂う可能性>
 原発の「余命」も壁となる。原子力規制委員会が昨年7月に定めた新規制基準は、原発の運転上限を原則40年に設定する。1号機に残された時間は10年となる。
 「3年後に稼働すれば7年の運転で投資分を回収できる」。東北電内には強気の見方もあるが、施設損傷の度合いによって目算は大きく狂う可能性がある。
 20年を上限に運転期間を延長できる例外規定があるとはいえ、特別点検をクリアすることが条件。経年劣化対策の追加投資は避けられない。
 「仮に再稼働の安全審査を通過できても、40年のハードルの高さは予想できない。延長の判断には、コストと残された稼働時間を勘案する必要がある」。東北電の幹部は迷いを率直に話す。

<現実味増す廃炉>
 規制強化に伴い、老朽原発の廃炉が一気に現実味を帯びる。中国電力社長はことし3月、島根1号機(島根県)を廃止する可能性に言及した。運転開始から40年が過ぎ、経年対策の負担を考慮した結果だった。
 東北電は現在、運転開始から18年の女川2号機、12年の3号機の再稼働に精力を注ぐ。「まだ1号機の扱いを考える段階にない」(幹部)とはいえ、再稼働、運転延長に挑むか否かを判断する時期は着実に近づく。
 巨大プラントの行く末は、立地自治体にも影響を及ぼす。「原発が終われば、地元は廃炉産業で30年間食っていくしかない」。女川町の幹部は冷静に将来を見据えた。(原子力問題取材班)


朝日新聞
秘密の監視―国会よ、せめても

 自民、公明両党は、特定秘密保護法の運用が妥当かどうかをチェックするため、衆参各院に「情報監視審査会」を設置することなどを盛り込んだ国会法改正案を、衆院に提出した。

 秘密法は、世論の強い反対を押し切り、与党が強引に成立させた法律である。恣意(しい)的な運用を防ぎ、国民の不安が少しでも和らぐような仕組みをつくることが、与党が果たすべきせめてもの責任のはずだが、どうにも不十分と言わざるを得ない。

 最低限の体裁は整えられた。

 審査会は常設で、委員は8人。各会派の議席数に応じて割り当てられる。正副議長も会議に出席し、発言することができる。会議は非公開で行われる。

 自民党は当初、常任・特別委員会からの要請があった場合にのみ審査するとしていたが、公明党の主張を受け入れて「常時監視」とし、政府から毎年、秘密の指定や解除の状況に関する報告を受ける。政府に特定秘密の提出を要求し、運用に問題がある場合は改善を勧告できることも明記された。政府が提出を拒否する場合は、審査会にその理由を明らかにしなければならないとしている。

 ただし、監視の実効性には大きな疑問符がつく。

 審査会が秘密の提出を求めても、政府が「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼす恐れ」があると判断すれば拒否することができる。運用改善の勧告にも、何ら強制力はない。

 これで「監視」と言えるだろうか。せいぜい、審査会が積極的に秘密の提出要求と運用改善の勧告を行い、その積み重ねで存在感を示す。それにより政府に緊張感を持たせるという遠回しの効果しか期待できない。

 それにしても、与党プロジェクトチームの町村信孝座長の説明には首をひねってしまう。「国会が何でも命令して、政府が言うことを聞かないといけない状況になれば、本来の三権分立から逸脱する」。それほど三権分立を尊重するのならばなぜ、政府への権力集中をもたらす可能性をはらみ、国会の権能を脅かしかねない秘密法を成立させたのか。

 国会は政府の追認機関になりつつあるのではないか。有権者の不信は募る。自分たちは有権者に何を託され、何をなすべきなのか。一人ひとりの国会議員が向き合うべき問いだろう。

 法案の付則には、審査会の調査機能の充実強化について国会で常に検討を加え、必要な措置を講じるとある。当然だ。まずは党利党略を超えた、国会での真剣な議論を望む。


東京新聞
週のはじめに考える “衣替え”しましょう

 きょう、衣替え。あの日から四度目の夏が来ます。電力に頼りたくなる季節。節電や省エネはただの我慢でしょうか。それとも、未来の先取りですか。

 旧中山道に近い岐阜県恵那市の市街地に、三棟の実験住宅が軒を連ねて立っています。

 気温は真夏日に近く、夏の陽気といわれた五月下旬のある日、その一つを訪れました。

 真ん中の家のドアを開けると、地元東濃ヒノキの木の香に鼻孔をくすぐられ、ほのかな冷気に包まれるようでした。

 建築面積延べ約百七十平方メートルの木造二階建て。やや大ぶりの太陽光パネルが目立つぐらいの、見た目にはごく普通の住宅です。ところが室内は、ほとんど電気を使うことなく、夏場は二六、七度、冬場は二一、二度、湿度も40〜60%に保たれる。

 「もちろん、種も仕掛けもありますよ」

 建築業を営む建て主の金子一弘さん(61)は、得意げです。

 省エネ住宅をつくるのに、最も肝心なのは、敷地の自然条件を可能な限り読み取ることだと、金子さんは考えます。風通しや日当たり、標高などから、その家で過ごすのに必要なエネルギーをまず割り出します。

 そして、そのエネルギー量に見合う、蓄熱と断熱、そして日射を調節する仕組みを考える。

 蓄熱の主役は土壁です。木枠の中に土を入れ、突き固めて造る「版築」を活用しています。古くからある技術です。

 断熱は三枚重ねの複層ガラス。熱を逃がさないように、隙間にはアルゴンガスを注入します。

 木造の高気密、高断熱構造が、昼夜の温度差が著しい盆地性の気候と響き合い、夏は涼しく冬暖かい土蔵の中にいるような住環境を醸し出す。
◆節電で快適な生活を

 冷暖房は、吹き抜けの天井近くに取り付けた六畳用の小さなエアコン一台だけ。室内の空気をかき回すため、二十四時間つけっぱなしにしておきます。

 使う化石燃料は、給湯の追いだき用のプロパンのみ。通常の住宅より、工期が二〜三カ月長くなり、その分建築費は割高になる。だが、太陽光パネルがつくり出す電力が、毎月三、四割ずつ余るため、売電すれば相殺できる。

 蓄熱や断熱について学ぶため、金子さんは東大の大学院に籍を置き、八年がかりで膨大なデータを集め、解析し、博士の学位を取得した。

 調節が難しいのは、夏場より冬場の“暑さ”だといいます。断熱が効き過ぎて、室温が高くなり過ぎる。

 太陽の恵みはそれほど強力で、私たちはほとんど使いこなせていないのです。

 節電しろ、と言われると、どうしても強制的で、暗く、湿った気分になりがちです。

 でも金子さんにとって、節電、あるいは省エネとは、暑さ、寒さを耐え忍ぶことではありません。快適さの追求です。心身にも家計にも心地よい、より進化した暮らしへの挑戦です。

 アジアや南米の新興国が急速な経済成長を遂げ、世界のエネルギー需要は高まる一方です。七十億の人々が米国並みの消費生活を始めれば、原油は五年で枯渇するともいわれています。

 探査や採掘技術が格段に進歩して、深海や固い地層の中から石油やガスを見つけることができたとしても、このまま使い続けていれば、早晩なくなる運命です。

 限りなく膨らむ欲望を満たすため、地球を傷だらけにしても石油やガスを掘りだそう。足りなければ原発を造り続けて補おう−。

 福島第一原発事故は、欲望の赴くままにエネルギーを消費し続けた、私たちへの警鐘なのかもしれません。
◆3・11が時代を変える

 3・11を境に、時代は変わろうとしています。

 「豊かな国土とそこに根を下ろした国民の生活を取り戻せなくなることが国富の喪失だ」

 このように述べた大飯原発3、4号機運転差し止め訴訟の判決は、変化の象徴ではなかったか。

 節電とは、高価な石油、危険な原発への依存から、いち早く解放されること。省エネとは、この国に豊富な太陽や自然の力を賢く引き出し、制御しながら、豊かに暮らし続けること。

 そしてこの夏も少しだけ、私たちが時代を前に進めることではないのでしょうか。

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On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. (Le petit prince)
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