フランス語の勉強?

août 2014

久しぶりに淡路本町商店街・・・ランチはトマト・アボカドの冷製トマトソース

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Tohoku, la renaissance

Venez découvrir le charme du Nord-Est japonais, les ballons géants et les dominos qui symbolisent le passé, le présent et le futur du Tohoku.
Entrez en contact avec les élèves de l'école OCDE de Tohoku, fiers de leur région et forts de leur expérience.
Venez contempler l'exposition- photo, témoignage de l'expérience des 100 élèves de ce programme éducatif organisé sur deux années de travail, impliquant les préfectures sinistrées de Fukushima, Miyagi et Iwate et de 30 responsables locaux (professeurs et membres d'ONG) qui travaillent ensemble afin de témoigner au monde entier de l'attrait de la région du Tohoku et du Japon.
Enfin la cérémonie de plantation des cerisiers se tiendra le 2 septembre dans les jardins du siège de l'OCDE. Le congrès des élèves et des adultes dont le sujet est ≪ notre école, notre avenir et l'enseignement en 2030 ≫ aura lieu également le même jour.

昼までテレビを見ていましたが,おなかすいたので久しぶりに淡路本町商店街に行ってみました.何となく雰囲気が変わっているような気がします.こんなお店あったかなぁ・・・と思ったりしました.さてランチはイタリアン.トマト・アボカドの冷製トマトソースです.でも何となく物足りない感じがしました.帰ってから南部せんべいを食べ過ぎてしまいました.
夕方はスーパーで買ったサバの塩焼き,鯵の塩焼き,味付数の子などを食べました.おなか一杯です.

明日へ−支えあおう−証言記録 東日本大震災32「気仙沼市〜杉ノ下高台の戒め」
気仙沼市の杉ノ下高台では避難してきた住民約60人が津波にのまれた。悲劇の理由のひとつは、この高台が津波避難所に指定されていたことにある。行政は住民と勉強会を重ね、最新の研究成果も採り入れて、この高台に津波は届かないと判断、住民は避難訓練を重ねてきた。そして震災当日、高台に避難した人々に津波が襲いかかった。万全の備えをしてきたつもりの津波対策のどこに盲点があったのか、当事者の証言でつづる。

NNNドキュメント'14 遺書のこし分娩台へ…臓器移植受けた女性が出産決意!
移植でつないでもらった命を次につなげたい…。1988年から追い続けてきたある少女の移植から結婚、体外受精での妊娠、そして出産。25年の歴史を振り返る。 小山 茉美  福岡放送

毎日新聞
東日本大震災:パリで東北復幸祭始まる

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県の中高生約80人が復興の現状や東北の魅力を伝える「東北復幸祭<環WA>」が30日、パリで始まり、困難を乗り越え活動する日本の若者の展示に多くの人たちが見入っていた。

 エッフェル塔に近い会場の公園には、震災当時の津波の高さに合わせた風船を上げ、津波を押し返す希望を表現するドミノ倒しのパフォーマンスも行われた。生徒たちの被災時の思いや、将来の夢などを書き込んだパネルも英、仏語に訳して展示した。統括リーダーの佐藤陸さん(18)=福島県立磐城高校3年=は「多くの人に支えられて、ここまで来ることができた。将来、社会に貢献することで恩返ししたい」と話した。【パリ】


河北新報
昭和三陸津波到達点の標柱「津浪境」 19基現存

 1933年の昭和三陸津波の到達点を示すため当時建てられた標柱が、気仙沼、南三陸、石巻の宮城県内3市町に合わせて19基現存していることが気仙沼市教育長の白幡勝美さん(69)の調査で分かった。標柱は「津浪(つなみ)境」などと刻まれ、教訓を後世に伝えてきた。白幡さんは「東日本大震災の復興工事で失われる恐れもある。先人たちのメッセージを残さなくてはならない」と訴えている。

 標柱はそれぞれ、昭和の大合併前に旧村役場が設置したとみられ、気仙沼市大島に3基、南三陸町歌津に8基、同町戸倉に5基、石巻市雄勝町に3基が見つかった。
 南三陸町歌津の標柱は14センチ四方、高さ45センチの石柱で、道路沿いなどに建てられ、正面に「津浪境」と刻まれる。石巻市雄勝町の石柱は「地震があったら津波の用心」と警句が彫られている。
 気仙沼市大島はコンクリート製で、津波の古い呼び名「海嘯(かいしょう)」を使って「嘯害至此(しょうがいここにいたる)」と記した。文字は、生乾きのうちに旧大島村の菅原熊治郎村長が指で書いたとされる。
 標柱が建った時期には、被害状況を伝える「津波記念碑」も全国からの寄付金で設置された。白幡さんは「記念碑が漁港、高台など目立つ場所にあるのに対し、標柱は旧村が津波到達点をはっきり示すため独自に建てたのだろう」と推測する。
 住民からの聞き取り調査で、少なくとも29基の標柱が失われたことも判明した。うち2基は東日本大震災の津波で流されたが、多くは道路拡張工事、宅地造成の際に取り壊されたとみられる。
 気仙沼市大島の農業村上孝一さん(63)は自宅近くに標柱があり「東日本大震災後に一部が折れてしまった。周囲の草を刈って見守っているが、復旧工事などで失われないか」と心配する。
 白幡さんは「標柱は、『ここより高い場所に避難してほしい』と、先人が残した大切な情報。地域ごとに保存し、東日本大震災の津波到達点とともに後世に伝えてほしい」と話している。

[昭和三陸津波]1933(昭和8)年3月3日午前2時31分、三陸沖の日本海溝付近でM8.1の巨大地震が起き、三陸沿岸で震度5程度の揺れを記録。その30〜60分後に津波が三陸沿岸に到達し、岩手、宮城両県を中心に死者・行方不明者が約3000人に上った。


河北新報
仮設の真心、広島へ届け 亘理の住民、被災者に物資

 東日本大震災で大きな被害が出た亘理町の仮設住宅の住民グループが30日、大規模な土砂災害に見舞われた広島市の被災者に向けて生活物資を発送した。町内の各仮設で呼び掛け、新品のタオルや衣類など段ボール18個分も集まった。メンバーは「被災経験を生かした支援をしたい」と、温かな思いのこもった品々が役立つことを願った。
 約1000人が暮らす公共ゾーン仮設住宅の住民有志でつくる「ふれあいの会」が企画。24〜29日に、町内5カ所の仮設集会所に物資を入れる箱を置き、支援を求めるポスターで協力を求めた。
 現地が希望する新品のタオルや衣類を中心に集めたが、歯ブラシやティッシュペーパーなどの日用品、大きな袋に入ったコメも届いた。同会の木村一行会長(66)は「住民は率先して協力してくれた。支援のお返しをしたいという強い気持ちが伝わってきた」と喜ぶ。
 発送前に公共ゾーン仮設住宅の集会所に集め、住民ら6人が物品ごとに仕分けして段ボールに詰めた。作業に当たった渡辺紀美子さん(77)は「震災直後は新品のタオルや肌着がありがたかった。全国の方からお世話になったお礼に、被災したからこそ分かる支援をしたい」と思いを語る。
 物資を詰めた段ボールを、宅配業者を通じて広島市役所宛てに発送した。「ささやかですが、私たちの感謝の気持ちです。これからは一歩一歩前へ」とのメッセージを記したカードも添えた。
 メンバーの大條文子さん(72)は「被害の様子をテレビで見て『人ごとじゃない』と涙が出た。少しでも役に立てばうれしい」と、広島の被災地に思いをはせた。

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雪の松島 とびっきり辛い酒/岩崎良美はフランス語好き

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Je ne pourrai jamais m'amuser les dimanches, car je n'arrive pas à oublier que le lendemain j'ai école.
Bill Watterson Dessinateur, Scénariste (1958 - )
Balais là où tu veux tomber.
Proverbe Algérien

昨日買ってきた日本酒を飲みました.雪の松島 とびっきり辛い酒です.お刺身をあてにして飲みますが,美味しい.でも学生の頃は辛口だったのが,いまはそうでもない感じかな?
録画してあった番組を見ていたらタッチの岩崎良美.フランス語が好きなんだって♪留守電をフランス語にしているとかちょっと見習いたいところです.


岩崎良美 フランス語好きで「よしミニョン」と呼ばれたい??【アウトデラックス】

河北新報
震災応援派遣の広島市職員、離任

 東日本大震災の被災自治体応援で広島市から派遣されていた石巻市の大枝数雄さんが当初の任期を繰り上げ、9月1日付で広島市に戻る。豪雨による土砂災害に伴う対応で、29日に辞令が交付された。
 土木系技術職の大枝さんは4月、1年間の予定で広島市から派遣された。道路課技術主査として、地盤沈下した道路の排水ポンプ管理などを担当してきた。広島市から石巻市への派遣職員は4人で、大枝さん以外は一般事務職。土砂災害発生後、広島市に問い合わせたところ、技術職員の派遣解除を要請された。
 「石巻で頑張りたいと思っていたので後ろ髪を引かれる思いはある」と大枝さん。広島市安佐南区の被災現場近くの自宅は無事だったが、「友人がどうしているか心配。自分ができる形で復興に役立ちたい」と語った。
 派遣解除の辞令を手渡した亀山紘市長はこれまでの業務をねぎらい、「一日も早い災害復旧に尽力してほしい」と言葉を掛けた。


東京新聞
「ヘイト」規制 国会デモにも広げる愚

 政権批判は耳が痛くても、民の声に耳を傾けることこそ政治家の仕事ではないのか。人種差別的な「ヘイトスピーチ」規制に便乗した国会周辺のデモ活動への規制強化は、民主主義を危うくする。

 国会周辺のデモに対する規制強化を検討し始めたのは自民党のプロジェクトチーム(PT)だ。

 もともと、ヘイトスピーチ(憎悪表現)への対応を検討するために置かれたが、高市早苗政調会長は二十八日の初会合で、国会周辺の大音量のデモや街頭宣伝活動についても「仕事にならない」として、規制強化を検討するよう求めたのだ。

 国会周辺では毎週金曜日、複数の市民グループによる「首都圏反原発連合」が活動している。原発再稼働や特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認などへの反対を訴えてきた。

 政権側には耳障りだろうが、デモは有権者にとって意思表示の重要な手段だ。集会、結社や言論、出版などの表現の自由は憲法で認められた国民の権利でもある。侵すことは断じて許されない。

 そもそも国会周辺のデモは「国会議事堂・外国公館等周辺地域の静穏保持法」や東京都の条例で規制されている。厳重な警備の中でも行われているのは、法律や条例に違反していないからだろう。

 実際、警察庁も自民党に対し、静穏保持法による摘発は年間一件程度と説明した、という。

 そのデモ活動と、国連人権規約委員会が日本政府に差別をあおる全ての宣伝活動の禁止を勧告したヘイトスピーチとを同列で議論することが認められるはずがない。

 ヘイトスピーチの放置は許されないが、法規制には慎重であるべきだ。治安維持を名目に、表現の自由など人権が著しく蹂躙(じゅうりん)された歴史的経緯があるからだ。

 自民党の石破茂幹事長はかつて国会周辺でのデモ活動をテロ行為と同一視する発言をして陳謝した経緯がある。同党の憲法改正草案には表現の自由よりも公益や公の秩序を優先する規定まである。

 表現の自由に枠をはめたいというのが自民党の本音なのだろう。在日外国人の人権を守るという理由で、政権批判まで封じ込めようとしているのなら、悪乗りがすぎる。

 差別的な言論や表現をなくし、在日外国人らの人権を守り抜くために、品位ある国民としての英知を集めたい。指導者たる者が国家や民族間の対立をあおる言動を慎むべきことは、言うまでもない。


河北新報
脱原発訴え100回目 「みやぎ金曜デモ」

 仙台市中心部で毎週金曜日、原発に反対する市民有志が行う「脱原発みやぎ金曜デモ」が29日、2012年7月のスタートから100回の節目を迎えた。参加者は東北電力女川原発(女川町、石巻市)など全国の原発の再稼働阻止をあらためて訴えた。
 出発場所の仙台市青葉区の元鍛冶丁公園には約70人が集まった。主催団体代表の西新太郎さん(50)は集会で「回数を重ねたということは原発がなくなっていないということ。これからも安全な暮らしのために訴え続けよう」と呼び掛けた。
 参加者はその後、のぼりやプラカードを手に東一番丁通などを歩き、女川原発の再稼働阻止、廃炉の必要性を道行く人に訴えた。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 原発賠償、「一律5割」内部文書明記 紛争解決センター「存在せず」は虚偽

 東京電力福島第1原発事故の賠償問題を裁判外で解決する国の手続き(原発ADR)を担当する原子力損害賠償紛争解決センターが、避難後に死亡した人への慰謝料を算定する際、原発事故の影響をほぼ一律に50%としていた問題で、毎日新聞は「一律5割」と明記された内部文書を入手した。文書はセンター内で保管・共有され、実務上も利用されている。センターは「50%ルール」の存在を否定してきたが、虚偽説明だった疑いが強まった。

 センター側は、和解案で提示する死亡慰謝料額を「基準額」×「原発事故の影響の度合い(%)」で算定する。毎日新聞は7月9日、センターの実務を担う文部科学省の「原子力損害賠償紛争和解仲介室」の野山宏前室長が取材に「『(原発事故の影響の度合いを)大体50%にしましょう』と決めた」と証言した事実や、50%と認定されている事例が多いことを報じた。

 その後、野山氏の後任である団藤丈士(じょうじ)室長(裁判官出身)が取材に対し「野山氏が何を話したかは分からないが、ルールは存在しない」と否定。7月14日にあった原発事故の被災者支援を行う複数の弁護団との定期的な会合でも「『内部基準(50%ルール)があるのか』と各方面から言われているが、一貫して否定している」と説明した。

 しかし、毎日新聞が入手した2012年12月26日付のA4判4枚の文書には、「一律5割とし、4割か6割かといった細かい認定は行わない」と記載。50%ルールを「実務上確立されつつある運用」と説明している。さらに「5割の判断に無理がある場合、例外的に1割と示すこともできる」と記載され、より低額の和解案提示を可能にする内容になっている。

 このほか(1)基準額を通常訴訟より低く設定できる(2)(判断の際)医師の意見やカルテを重視すべきでない−−とも記され、これまでの毎日新聞の報道に沿った内容になっている。

 センターには仲介室職員のほか、被災者、東電の双方から提出される書類を整理する「調査官」、実際に和解案を作成する「仲介委員」(いずれも弁護士)がいる。関係者によると、毎日新聞が入手した文書は仲介室職員が作成し、複数の調査官に配布された。調査官経験者は取材に対し「文書の内容を仲介委員に説明した」「文書に沿わない和解案になりそうであれば、仲介委員に指摘する」と話し、文書が基準として利用されてきた実態を認めた。

 センターはいったん「文書はない」と否定。その後「文書があった(見つかった)」と認める一方、「個人のメモの可能性もある」として、基準として使用していることは認めなかった。【高島博之、関谷俊介】

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死刑執行に抗議します/呉から絵ハガキ

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Au XIXe se développe aussi le souci de la préservation des momnuments historiques : le célèbre auteur de Carmen, Prosper Mérimée, est aussi inspecteur géneral des monuments historiques qui, avec l'architecte Viollet-le-Duc, sauvera la Basilique de Vézelay et Notre-Dame de Paris.
19世紀には,歴史的建造物保存への関心が高まった.有名な『カルメン』の作者,プロスペル・メリメは,歴史記念物監督官でもあり,建築家のヴィオレ=ル=デュックとともに,[ブルゴーニュ地方]ヴェズレーの[サント=マドレーヌ]聖堂やパリのノートルダム大聖堂を救ったのである.
「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

最近Shさんがメールをくれないのですが,呉から絵ハガキが届きました.厳島神社に行って,弥山に登ったそうです.絵ハガキには海上自衛隊に抗議行動をしてきました(嘘です(^^;))と書いてあって呉の風景印が押してあるけど,厳島神社の絵ハガキ.彼女はもう京都に帰っている頃でしょう.
録画できなくなったのでハードディスクを整理しました.5月から使い始めていたのですが,確かに無駄に録画していました.ガンガン削除して77時間くらい録画できるくらいになりました.

重信メイ (May Shigenobu) ‏@MayShigenobu
STOP WASTING WATER! 783 million do not have access to clean water! 83% of the world lack water! #IceBucketChallenge

THE歴史列伝〜そして傑作が生まれた〜「百万石の都仙台・伊達政宗」
−人に歴史あり。傑作を創りだした偉人たちの人間ドラマ。今回の列伝はスペシャル版として、奥州一の都市仙台を作った伊達政宗の足跡を六平直正が辿ります。1601年、政宗は荒れた仙台の地に城下町を作り、豊かなまちづくりを目指した。しかし、その10年後に訪れた震災と津波。復興のために様々な対策に乗り出す政宗。そして、その町つくりには、ある野望があった・・・ 案内人・六平直政、佐藤渚

タウンニュース
被災地の今を訪ねて

 印象的だったことがある。先日、陸前高田市を訪れたときのことだ。取材の合間に地元の子と遊ぶ機会があった。紙飛行機を飛ばしたり、相撲をとったりと底知れないエネルギーに翻弄されながらも「子どもがこれだけ元気なら、復興も順調なのだろう」とどこか感じた節があった。が、やはりそれは安直だった▽彼らが通う小学校では仮設住宅が建っている影響で今なおグランドが使えない日々が続く。震災から3年、そうした背景から小学3年生までの生徒は校庭本来の姿を知らず、鉄棒や体操など限られた場所での体育が当たり前になりつつあるのだという。少女の一人は運動会で「本当はもっと広い場所でやらせてあげたかった」と涙で声を震わせたと聞いた。仮設で暮らす子どもたちは、日常的な我慢や不満はまだ多くあるに違いない▽「被災」には目に見えるものとそうではないものがある。特に後者は時を経るだけ第3者からの見えづらさは増す。被災地への思いが風化してはいなかったか。恥ずかしながら全くなかったと言えば嘘になる。せめて、癒えぬ傷を抱える子どもたちが今もいるのだと、東北に目を向ける意識を持ち続けたい。(佐藤弦也)

日本弁護士連合会
死刑執行に強く抗議し、改めて死刑執行を停止し死刑廃止について全社会的議論を開始することを求める会長声明

本日、東京拘置所及び仙台拘置支所において、各1名に対して死刑が執行された。谷垣禎一法務大臣による6度目の執行であり、同大臣は就任以来、合計11名に対して死刑の執行を命じたことになる。仙台拘置支所において執行された被執行者は、今月、第3次再審請求が棄却され、近日中に第4次再審請求を行うべく準備を進めていたとのことである。極めて遺憾であり、当連合会は改めて死刑執行に強く抗議する。

当連合会は、2013年2月12日、谷垣法務大臣に対し、「死刑制度の廃止について全社会的議論を開始し、死刑の執行を停止するとともに、死刑えん罪事件を未然に防ぐ措置を緊急に講じることを求める要請書」を提出して、死刑制度とその運用に関する情報を広く公開し、死刑制度に関する世界の情勢について調査の上、調査結果と議論に基づき、今後の死刑制度の在り方について結論を出すこと、そのような議論が尽くされるまでの間、すべての死刑の執行を停止すること等を求めていた。

本年3月27日には、静岡地方裁判所が袴田巖氏の第二次再審請求事件について、再審を開始し、死刑及び拘置の執行を停止する決定をした。袴田氏は48年ぶりに釈放されたが、極めて長期間死刑の恐怖の下で身体を拘束された結果、その心身に不調を来している。また、もし死刑の執行がなされていたならば、まさに取り返しのつかない事態となっていた。この袴田事件の再審開始決定により、えん罪の恐ろしさはもちろんのこと、死刑制度の問題点がいっそう明らかになっていたのである。

死刑の廃止は国際的な趨勢であり、世界で死刑を廃止又は停止している国は140か国に上っている。死刑を存置している国は58か国であるが、2013年に実際に死刑を執行した国は、日本を含め22か国であった。いわゆる先進国グループであるOECD(経済協力開発機構)加盟国(34か国)の中で死刑制度を存置している国は、日本・韓国・米国の3か国のみであるが、韓国は16年以上にわたって死刑の執行を停止、米国の18州は死刑を廃止しており、死刑を国家として統一して執行しているのは日本のみである。こうした状況を受け、国際人権(自由権)規約委員会は、本年7月24日、日本政府に対し、死刑の廃止について十分に考慮することや、執行の事前告知、死刑確定者への処遇等をはじめとする制度の改善等を勧告している。

当連合会は、これまでの死刑執行に対しても強く抗議してきたところであるが、今回の死刑執行に対し強く抗議するとともに、改めて死刑執行を停止し、死刑に関する情報を広く国民に公開し、死刑制度の廃止について全社会的議論を直ちに開始することを求めるものである。

  2014年(平成26年)8月29日
  日本弁護士連合会  会長 村 越  進


朝日新聞
A級戦犯法要―聞きたい首相の歴史観

 「私人としてのメッセージ」で済む話ではないだろう。

 安倍首相が今年4月、A級、BC級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で哀悼メッセージを書面で送っていた。

 「今日の平和と繁栄のため、自らの魂を賭して祖国の礎となられた昭和殉職者の御霊に謹んで哀悼の誠を捧げる」

 送付先は、高野山真言宗の奥の院(和歌山県)にある「昭和殉難者法務死追悼碑」の法要。碑は、連合国による戦犯処罰を「歴史上世界に例を見ない過酷で報復的裁判」とし、戦犯の名誉回復と追悼を目的に20年前に建立された。名前を刻まれている人の中には、東条英機元首相らA級戦犯14人が含まれている。首相は昨年と04年の年次法要にも、自民党総裁、幹事長の役職名で書面を送付していた。

 菅官房長官は会見で、内閣総理大臣としてではなく、私人としての行為との認識を示した。その上で、「A級戦犯については、極東国際軍事裁判所(東京裁判)において、被告人が平和に対する罪を犯したとして有罪判決を受けたことは事実」「我が国はサンフランシスコ平和(講和)条約で同裁判所の裁判を受諾している」と述べた。

 戦後69年。このような端的な歴史的事実を、いまだに繰り返し国内外に向けて表明しなければならないとは情けない。

 日本は、東京裁判の判決を受け入れることによって主権を回復し、国際社会に復帰した。同時に、国内的には、戦争責任を戦争指導者たるA級戦犯に負わせる形で戦後の歩みを始めた。

 連合国による裁判を「報復」と位置づけ、戦犯として処刑された全員を「昭和殉難者」とする法要にメッセージを送る首相の行為は、国際社会との約束をないがしろにしようとしていると受け取られても仕方ない。いや、何よりも、戦争指導者を「殉難者」とすることは、日本人として受け入れがたい。戦後日本が地道に積み上げてきたものを、いかに深く傷つけているか。自覚すべきである。

 首相の口からぜひ聞きたい。

 多大なる犠牲を生み出し、日本を破滅へと導いた戦争指導者が「祖国の礎」であるとは、いったいいかなる意味なのか。あの戦争の責任は、誰がどう取るべきだったと考えているのか。

 「英霊」「御霊」などの言葉遣いでものごとをあいまいにするのはやめ、「私人」といった使い分けを排して、「魂を賭して」堂々と、自らの歴史観を語ってほしい。

 首相には、その責任がある。


琉球新報
辺野古中止を要求 県議会、意見書可決へ

 県議会米軍基地関係特別委員会(新垣清涼委員長)は28日、「辺野古でのボーリング調査等の強行に抗議し、新基地建設工事の即時中止を求める意見書」案を審議したが、自民党会派は賛同せず、議論を終了した。委員会として全会一致にならなかったため、野党会派が臨時会の開会を求め、議員提案する。臨時会は9月3日に開かれる予定。野党のほか、与党の公明県民会議無所属などの賛成多数で可決する公算が高い。
 意見書案は安倍政権による工事の強行について「民主主義をじゅうりんし、県民の尊厳を踏みにじるものであり、到底容認できない」と批判。「県民は基地のない沖縄を目指して闘ってきた」とも指摘し、(1)ボーリング調査など新基地建設のための工事を直ちに中止すること(2)正当な抗議行動への弾圧、過剰警備を直ちにやめること(3)ゲート前の山形鉄板と海上の浮標灯(ブイ)、浮具(フロート)の撤去―を求めている。
 自民党は25日の委員会後に意見書を持ち帰り、28日の議員総会で議論したが、工事の中止を求める点などに反発があり、賛成しないことで一致した。
 自民には、ボーリング調査の現場でけが人が出ないような警備態勢を求める声もあることから、意見書の対案を出すことも検討している。対案を出さず、野党提案に対して臨時会本会議の反対討論で会派の主張を展開するよう求める意見もあり、臨時会での対応は会派の軍特委所属議員に一任した。

フランス語
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天地始粛/フォー/マイマイ/アドルフに告ぐ1/単福

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Alors que, jusqu'au XVIIIe siècle, le goût classique, admirateur de l'art grec et romain, méprisait l'art médiéval qu'il considérait comme barbare - c'est d'ailleurs le premier sens de « gothique » le romantisme, au contraire, va redécouvrir les arts roman et gothique, tout en s'intéressant aux traditions nationales : en cela, le texte d'Hugo est exemplaire.
18世紀まで,古代ギリシア・ローマ芸術を尊ぶ古典主義は,中世芸術を「野蛮」--そもそもこれが「ゴシックgothique」の第一義だが--とみなして軽蔑した.それに対して,ロマン主義はフランスの伝統に関心を寄せて,ロマネスク美術やゴシック美術を再発見した.その点では,ユゴーのテクストは典型的な例であると言える.

「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日は七十二候の天地始粛てんちはじめてさむしです.テレビでは9月下旬の天気と言っていましたが,涼しいというより寒いです.Hyさんは上着を着ていました.
お昼は昨日行きたいと思っていたフォーを食べに行きました.野菜の味が美味しいです.パクチーをいれていただきました.また食べたいと思いました.
食後は昨日できなかったマイマイを頑張りました.別段変わったこともなく,いい感じで頑張れたと思います.
図書館から借りてきたのは手塚治の「アドルフに告ぐ」と横山光輝の「三国志」.2人のアドルフはまだ仲良しです.三国志は吉川英治を最近読んだばかりですが,マンガでは関羽の千里行の後軍師単福の登場です.

東京新聞
自殺と原発事故 苛烈な現実を見た判決

 自殺と原発事故の因果関係を認めた福島地裁の判決は、苛烈な避難生活を直視した結果だ。「東京電力はストレスによる自殺も予見できた」と述べた。東電も国も、血の通った対応が迫られよう。

 二〇一一年七月に自宅で焼身自殺した五十八歳の女性がどんなにつらい立場に置かれていたか、判決文からも如実に伝わってくる。

 生まれてからずっと福島県川俣町に住んでいた。夫と子ども三人を育てて、〇〇年には自宅を新築した。そこに東日本大震災と福島第一原発事故が襲った。女性の家は計画的避難区域に指定され、福島市内でアパート暮らしをせざるを得なかった。

 農場での仕事を失い、家族や地域の共同体とのつながりも失った。住宅ローンの支払いも残っていた。帰還の見通しが立たないまま、心細い避難生活を続ける−。「ストレスは非常に強いものだった」「耐えがたい精神的負担を強いて女性をうつ状態にした」と判決が述べたとおりだろう。

 とくに東電に対して、「事故が起きれば核燃料物質などが広範囲に飛散し、居住者が避難を余儀なくされ、さまざまなストレスを受けて自死に至る人が出ることも予見できた」と明確に言い切った。自殺と原発事故との因果関係をはっきり認めたことは重い。他の訴訟にも大きな影響を与えよう。

 原発事故の避難中に病気や自殺などで亡くなった「原発関連死」は本紙の独自調査で少なくとも一千人を超す。昨年三月から約二百六十人増えている。

 内閣府が公表している「震災関連自殺者」は福島で五十六人にのぼっている。この自殺者数は一一年に十人、一二年に十三人、一三年に二十三人と、むしろ時がたつほど増えているのが特徴だ。今年も既に十人に達している。

 阪神大震災でも震災後三年から、ストレスによるアルコール依存症などが増えたといわれる。これが意味するのは、当然、避難生活が長期化すればするほど、ストレスはどんどん蓄積され、人間の心や身体を蝕(むしば)んでいくことだ。

 地域防災計画は、まず災害時の避難に重点を置いている。それは当然のことだが、長期にわたる避難生活に伴う心身のケアにももっと目配りするべきだろう。

 東電や国は責任を痛感してほしい。「真摯(しんし)に対応する」とコメントした東電は、その言葉どおりにすべての被災者に真摯な対応をしないと、さらなる怒りを買う。


47NEWS
被災地に「チャリ」ティー 大学生2人、募金の旅

 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の離島・大島に観光用のレンタル自転車を贈ろうと、名古屋の大学生2人が寄付集めの自転車旅行を企画している。名付けて「チャリ・チャリ・チャリティー」。9月1日、名古屋から大島に向け、約900キロの旅に出発し、10日ほどかけて静岡、神奈川、東京、千葉、茨城の道の駅などで募金を呼び掛ける。

 企画するのは名城大4年の山本創平さん(21)と中島崇晴さん(21)。2011年11月、ボランティアで大島を初訪問。以来何度も訪れ、草むしりや漁業の手伝いをするかたわら、太平洋を見渡す展望台や美しい海水浴場にも足を運んだ。「風を感じて自転車で走る海沿いは最高です」と山本さん。
 豊かな自然に恵まれた大島。だが、津波や火災の被害で観光客数は震災前の5割にとどまる。本土と結ぶ交通手段がフェリーだけの島に、4年後は橋が完成する予定で、期待が集まる一方「車で来る日帰り観光が増えるだけでは」と案じる声もある。

 島民と復興の課題について話すうち、2人は15台しかない観光協会のレンタル自転車を増やそうと考えた。中島さんは「島の良さをゆっくり体験してもらいながら、宿泊客も見込める」と話す。

 「せっかくなら自転車で寄付集めしよう」と、今回の企画を思いついた。2人とも本格的な自転車の経験はなく、練習を続ける毎日だ。

 自転車20台分、約35万円が目標額。すでにキャンパスで呼び掛けたり、飲食店に募金箱を設置したりしている。2人は「島の人たちの温かさに触れて、元気をもらうことも多かった。恩返しできれば」と意気込む。

 募金は振り込みでも受け付けており、問い合わせはメール、cyari3t_oshima@yahoo.co.jpへ。(久保貴世)
(共同通信)

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昼眠くて図書館で休憩/マイマイをキャンセル

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Japon: risques de tsunamis pouvant atteindre 23 mètres de hauteur

Un puissant séisme en mer du Japon pourrait provoquer des tsunamis de 12 à 23 mètres de hauteur sur la côte Ouest, où se trouvent près de 30 réacteurs nucléaires.
Un éventuel puissant séisme en mer du Japon pourrait générer en quelques minutes un gigantesque tsunami d’une hauteur atteignant par endroits jusqu’à 23 mètres, selon la première simulation réalisée pour le compte du gouvernement sur la côte ouest du Japon, où se trouvent 11 centrales nucléaires.
Une douzaine d’experts, mandatés par le ministère des Transports, celui des Sciences et le bureau du Premier ministre, ont analysé le comportement de 60 failles dans les zones marines allant de Hokkaido (nord) à Kyushu. Parmi les 253 hypothèses étudiées, avec des tremblements de terre probables d’ampleurs différentes, ils ont montré ce que produirait un séisme de magnitude 7,9 en mer du Japon.
D’où il ressort un risque de tsunami de 23,4 mètres sur la région de Setana, à Hokkaido sur des zones de rochers, et de 12 mètres vers Okushiri, toujours à Hokkaido, en plaine habitée cette fois.
De meme, plus au sud, des hauteurs de raz-de-marée de 17,4 mètres le long de la préfecture d’Aomori (nord de Honshu) et de 15,8 mètres sur les côtes de celle voisine d’Ishikawa (centre de Honshu) sont aussi possibles.
Près de 30 réacteurs sur la côte ouest du Japon
En terrains plats habités au nord de l’île de Honshu, la plus étendue de l’archipel nippon, sont également redoutées des montées d’eau d’une dizaine de mètres en plusieurs endroits de la préfecture d’Akita.
≪Dans l’hypothèse d’un séisme survenant au large à faible distance, il faudrait peut-etre moins longtemps que prévu pour qu’il arrive sur les côtes et, en cas de secousse importante ressentie par la population riveraine, il serait important de s’enfuir immédiatement≫, a expliqué le professeur Katsuyuki Abe de l’Université de Tokyo, président de la commission.
Par ailleurs, les simulations montrent des hauteurs possibles de tsunamis de un à près de six mètres dans les 11 endroits où se trouvent des centrales nucléaires le long de la côte ouest du Japon, avec un total d’une trentaine de réacteurs (unité en construction à Aomori et surgénérateur expérimental de Monju compris).
Les conclusions de ce rapport doivent désormais servir de base à l’établissement de plans de secours optimisés pour l’évacuation éventuelle des populations, de meme que pour la préparation des installations potentiellement dangereuses, à commencer par les centrales atomiques et autres sites industriels.
AFP

お昼なぜか急に眠くなってしまいました.仕方ないので図書館に行って休憩しました.でもその代わりに予定していたマイマイはキャンセルになってしまいました.明日頑張ろうっと.
森山直太朗の若者たちを聞いていいなぁ・・・と思いました.

君の行く道は はてしなく遠い
だのに なぜ
歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのに なぜ
なにを探して
君は行くのか あてもないのに

君の行く道は 希望へとつづく
空に また
陽が昇るとき
若者はまた 歩きはじめる

空に また
陽が昇るとき
若者はまた 歩きはじめる


ためしてガッテン「新ジャガ!感動5連発 常識破り調理で新食感」
今が旬の新ジャガ。でもただの「新鮮なジャガイモ」と思ったら大間違い。とれたての新ジャガには、驚異の“変身パワー”があったのだ!新ジャガだけが持つそのパワーをいかせば、ジャガイモとは思えないモッチモチの極上食感から、シャキシャキの心地よい歯ざわりまで、さまざまな「未知のおいしさ」があなたのものに!これがジャガイモ!?という驚きの新レシピの連続に、スタジオも大興奮。新ジャガの真の価値がついに明らかに!
大沢あかね,山瀬まみ,有野晋哉,立川志の輔,小野文惠,生野文治


河北新報
石巻カキ復興メルシー 旅費確保へ木札作り

 東日本大震災で大きな被害を受けたカキ養殖の再生を支援したフランスに感謝の気持ちを伝えるため、石巻市東浜小(児童19人)の6年生5人が9月、現地を訪れる。日本の祭りを演出する計画で、児童らは26日、販売して旅費の一部に充てる木札を作った。
 東浜小がある荻浜地区は震災で、フランスからカキ養殖の用具などが贈られた。訪問は被災地支援活動を続ける佐賀県出身の大島公司さん(29)が企画し、ボランティアの仲間や保護者らと実行委員会を組織した。6年生と保護者らは9月11日に石巻を出発。大島さんの知人の紹介でフランス南部のモンレジョー市を訪れ、14、15日に広場で祭りを開く。
 子どもたちは地元に伝わる獅子風流を披露したり、みこしを担いだりする。たこ焼きなどの屋台を用意し、祭りの雰囲気を醸し出す。現地の小学校と姉妹校の提携も予定されている。
 フランスにも持参する木札は、中央に「祭」と記した縦約6.5センチ、横約3.5センチのヒノキの板。穴を開けてひもを通し、首にかけるとお守りとして使える。
 児童たちは手分けして作業。鈴木遥斗君(11)は「紙やすりを掛けるのに苦労した。外国に行くのは初めてなので、今から楽しみ」と話した。
 旅費は550万円の見込みで、市内の企業などの協力で約480万円を確保。木札は500枚を作製し、1枚500円で販売する。連絡先は大島さん090(6898)0997。


河北新報
遺族「妻の苦悩届いた」・原発避難者自殺訴訟

 福島第1原発事故で避難していた福島県川俣町山木屋の養鶏場従業員渡辺はま子さん=当時(58)=の自殺をめぐり、遺族が東京電力に約9100万円の損害賠償を求めた訴訟。福島地裁は26日の判決で「自殺と原発事故との間には相当因果関係がある」と判断した。夫の幹夫さん(64)は判決を受けた記者会見で「涙が止まらなかった。はま子は成仏できると思う。後はゆっくり休んでくれよと言いたい」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。
 幹夫さんによると、はま子さんは原発事故前、自宅に友人を呼んでカラオケを楽しむ社交的な性格だった。事故後の2011年6月に福島市のアパートに避難後、うつとみられる症状が出始めた。
 6月30日に一時帰宅し、夕食時に幹夫さんが「明日午前中(アパートに)帰る」と言うと、はま子さんは「本当に明日帰るの? ずっと残る」と答え、避難先に戻りたがらないそぶりを見せた。
 その翌日早朝、草刈りを終えた幹夫さんが、自宅敷地のごみ焼き場で火柱が立っているのを見つけた。駆け寄ると柳の木の下で、妻が変わり果てた姿で倒れていた。遺書はなかった。
 12年5月「ただの自殺者で終わらせたくない」と提訴に踏み切った。東電は「個人的要因を踏まえて因果関係の有無を判断すべきだ」と争う姿勢を崩さなかった。幹夫さんの目には「東電は責任を認めることによる影響を恐れている」と映った。
 幹夫さんは記者会見で「いくら思っても亡くなった妻は帰ってこないが、ここで一つの区切りができた。自分の気持ちにも整理がついた」と語った。その上で訴えた。
 「原発は廃炉に向け、大変な課題が残っている。全国で原発は再稼働してはならない」
 原告弁護団によると、原発事故による自殺者は56人。福島地裁で福島県浪江町の男性=当時(67)=の遺族が東電に7600万円の賠償を求めた訴訟が審理されている。
 弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士は、判決について「他の原発事故訴訟の先例になる」と指摘した。
<東電は誠意示せ/ 除本理史・大阪市立大教授(環境政策論)の話>
 東京電力の責任を認めた画期的な判決だ。裁判外紛争解決手続き(ADR)では、原発事故と自殺の因果関係はあまり認められておらず、それに比べて今回はしっかり評価された。判決に東電がどう向き合うかが問題だ。人の命が奪われたことに対し「金目」ではなく誠意を示すことが大切だ。「原発事故がなかったら、このようなことは起きなかった」と認め、判決を尊重してほしい。


朝日新聞
原発と自殺―過酷さに司法の警告

 福島第一原発の事故のために避難生活を強いられた女性が、命を絶った。つかの間だけ戻れた自宅で焼身自殺した。

 夫と子どもたちが東京電力に賠償を求めて提訴した。約2年の審理をへて、裁判所はきのう、東電の責任を認めた。

 判決は、避難生活によるストレスの過酷さを強調している。慣れ親しんだ暮らしや仕事を奪われ、将来も見えない。その心の負担はあまりに重い。

 ひとたび事故を起こせば、避難生活の中で自ら死を選ぶ人が出ることを東電は予想できたはずだ。判決はそうも指摘した。

 原発の事故は、人間の環境も人生も激変させる。そこで起きた自殺との因果関係をそもそも否定する方がむずかしい。まっとうな司法判断である。

 避難中の自殺はこのほかにも起きている。事故が時を超えて、どれほど重い苦難を人びとに強いているか、この判決は改めて考えさせる。

 事故と自殺との関連性はこれまで、あいまいにされてきた。遺族が直接、賠償を求めても、東電側が因果関係を認めなかったり、認めても遺族には納得できない低い額を示したりといった対応が多かった。

 今回の裁判でも東電は、女性の精神的な弱さに責任があったかのような主張をしてきた。この判決を機に、そうした姿勢を反省すべきだ。

 個々の人間の心が強かろうが弱かろうが、死を選ばせるほどのストレスを与えたことに免罪符はないだろう。

 家族関係や健康など、自殺をとりまく状況はさまざまだ。原因の厳密な特定はむずかしい。だとしても避難生活の中で起きたケースである限り、直接、間接に事故が影を落としていることは明らかといえる。

 東日本大震災に関連した自殺者の人数は、遺体を調べる警察が判断し、内閣府がまとめている。それによると、福島県内では、2011年10人、12年に13人、13年に23人と、時間がたつほど増えている。岩手、宮城両県より多く、今年も7月末までに10人にのぼっている。

 計56人の半数近くの年齢は、50〜60代に集中しており、動機は、健康問題(27人)、経済・生活問題(15人)などが挙げられている。

 いま何より肝要なのは、震災と原発事故がもたらす悲劇をこれ以上、起こさないことだ。

 被災者を死に追い込まないために、ストレスをいかに小さくできるか。その手だてを、国、自治体、東電を中心に社会全体で急がねばならない。


毎日新聞
避難者自殺判決 東電の責任厳しく指摘

 福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した58歳の女性をめぐる裁判で、慰謝料など約4900万円を遺族に賠償するよう福島地裁が東京電力に命じた。東電にとって厳しい判断が示された。

 自殺をめぐる責任の所在が司法の場で争われることは少なくない。近年、過労自殺などで企業側に厳しい判断も出ている。そういった中で、原発事故による避難生活のストレスと自殺の関係が正面から争われ、判決は因果関係を明確に認めた。

 個別事例での判断とはいえ、原発事故をめぐる他の訴訟や和解交渉に与える影響は少なくないだろう。

 女性は、原発事故後の2011年7月、当時、計画的避難区域に指定されていた福島県川俣町の自宅に一時帰宅した際、自殺した。訴えたのは、女性の夫と子供3人だ。

 原発事故により、女性は生まれて以来ずっと住んできた故郷を離れ、避難生活を余儀なくされた。子供と別居し、働いていた養鶏場の閉鎖で仕事も失った。野菜を融通し合うなど密接な近隣住民とのつながりも失った。短期間に次々と襲ったこうしたストレスが女性を「うつ状態」に至らしめたと判決は認定した。

 女性には、震災前から不眠などの症状があり、心身症と診断され、通院治療を受けていた。東電側は、「個体側の脆弱(ぜいじゃく)性」として、こうした事情を指摘し、責任を争っていた。

 判決は、この点も考慮しつつ、自殺の要因の8割は原発事故によるストレスと認め、賠償額を算定した。

 いったん放射性物質が広範囲に飛散すれば、地域の居住者が避難を余儀なくされ、ストレスを受けてうつ病などを発病したり、自殺者も出たりすることを東電は当初から予見可能だったとまで判決は踏み込んだ。

 避難生活を送る人の中には、ストレスに強い人も弱い人もいる。脆弱性といった言葉で切り捨てることは許されない。判決が示した災害弱者への目配りは理解できる。

 原発事故をめぐっては、訴訟以外の紛争解決法として、国による原子力損害賠償紛争解決センターの和解仲介手続き(原発ADR)がある。こうした場で、自殺に限らずさまざまな観点から東電の責任が問われている。被害の訴えに対し、どう賠償をするか。あるべき賠償の範囲についての考え方もさまざまだ。

 いずれにしろ、被害者の声に真摯(しんし)に耳を傾け、被害に見合った賠償に応じることが、原発事故を起こした東電にとっては原点になるはずだ。

 福島県では、自殺を含む震災関連死の死者数が1670人を超え、地震や津波で亡くなった直接死を上回る。こうした人たちへの賠償のあり方についてもさらに議論が必要だ。


朝日新聞
「自殺、原発事故が原因」因果関係を初認定 福島地裁、東電に4900万円賠償命令

 東京電力福島第一原発の事故後に福島県川俣町から避難した渡辺はま子さん(当時58)の自殺をめぐる損害賠償訴訟で、26日の福島地裁判決は「原発事故がうつ状態と自殺の原因になった」と認定。約9100万円の請求に対し、計約4900万円を遺族4人に支払うよう東電に命じた。

 東電によると、原発事故と自殺の因果関係を認めた初めての判決。訴えていた夫の幹夫さん(64)ら遺族側の弁護団は「避難による精神的苦痛を正面から認め、被害者の権利救済の道を大きく開いた」と評価した。
 判決によると、はま子さんは2011年6月、計画的避難区域になった川俣町山木屋地区から福島市のアパートに避難。夜によく眠れなくなり、食欲が落ちてやつれ、ただテレビを見て過ごすことが多くなった。一時帰宅した自宅に1泊した翌日の7月1日未明、庭先で焼身自殺した。
 判決は、はま子さんが58年間暮らした山木屋の人々とのつながりや養鶏場の仕事を原発事故で失い、不慣れなアパート暮らしを余儀なくされたと指摘。「耐え難いストレスがはま子さんをうつ状態にさせ、自殺に至らせた」と認めた。「一時帰宅の際に感じたであろう展望の見えない避難生活への絶望、生まれ育った地で自ら死を選んだ精神的苦痛は、極めて大きかった」とも指摘した。
 東電は「判決の内容を精査し、引き続き真摯(しんし)に対応します」との談話を出した。
 内閣府によると、「震災関連自殺」とされた死者数は、福島県を含む9都府県で7月までに計130人に上る。(根岸拓朗)

 ■遺族「東電は謝罪して」
 「私たち家族に寄り添った判決だ」。夫の幹夫さんは判決後の記者会見で、とつとつと語った。
 はま子さんが原発事故前に暮らしていたのは、家が12軒の小さな集落だった。大根や白菜などを育て、アヤメやチューリップを植えたはま子さん。自宅に近所の人たちを招いてカラオケ大会を開き、養鶏場の仕事では、幹夫さんとトラックで東北や関東のあちこちを回り、ニワトリを配達した。
 判決は「安住の地に住み続け、農作物や花を育て、働き続けたいと願ったはま子さんにとって、生活の場を自らの意思によらず突如失い、終わりの見えない避難生活を余儀なくされたストレスは耐え難かったと認められる」とした。
 幹夫さんは「はま子もこれで成仏できる。ゆっくり休んでほしい」と話した。
 裁判の中で「はま子さんの脆弱(ぜいじゃく)性を考えれば、原発事故が自殺の原因だとは言えない」と主張した東電に対しては、「判決を真摯(しんし)に受け止め、因果関係を認めて謝罪してほしい」と改めて求めた。弁護団代表の広田次男弁護士は「全面勝訴だ」と高く評価。「原発事故を原因とする損害賠償裁判の先例となり、全国各地の原発差し止め訴訟にも大きな意味を持つ」と強調した。
 原発事故賠償の問題に詳しい除本理史(よけもとまさふみ)・大阪市立大教授(環境政策論)は判決について「はま子さんがどう心理的なダメージを受けたかを丁寧に指摘しており、評価できる。原発事故は人を自殺させるほどの被害をもたらすことが、改めて社会に認識されるべきだろう」と話した。

 ■「勇気づけられた」同様訴訟の原告ら
 判決は、東電と裁判で争う原発事故の被害者たちを勢いづかせた。
 「うれしい。私もがんばろうという気持ちになった」。福島県伊達市の菅野バネッサさん(36)はそう語った。
 同県相馬市で酪農を営んでいた夫の重清さん(当時54)は事故から3カ月後、壁に「原発さえなければ」と書き残し自ら命を絶った。バネッサさんは昨年5月、約1億2600万円の賠償を求め東電を提訴した。「今回の判決に勇気づけられた。2人の子どものため、私もしっかり闘っていきたい」
 福島地裁いわき支部で係争中の避難者の集団訴訟に参加する金井直子さん(48)は判決を傍聴。「うれしくて涙が出た」と喜んだ。


琉球新報
辺野古中止8割 だめなものはだめだ

 「だめなものはだめだ」と、辺野古移設強行に反対する民意は固かった。むしろ強固になっている。
 政府が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた海底掘削調査を開始したことを受けた県内電話世論調査で「移設作業は中止すべきだ」との回答が80・2%に上った。「そのまま進めるべきだ」は4分の1以下の19・8%にとどまる。
 普天間問題の解決策について、県外・国外移設や無条件閉鎖・撤去を求める意見の合計は79・7%に達した。4月の調査より6・1ポイント増えている。
 辺野古反対は圧倒的に世論が支持している。8割の反対を無視した辺野古移設は不可能だ。それでも強行するなら、この国は独裁国家でしかない。
 海上保安庁と警察を投入して、力ずくで海底ボーリング調査を開始した安倍政権に対する不支持は81・5%に上る。だが菅義偉官房長官は辺野古移設への影響は「全くない」と述べた。世論に耳を傾ける姿勢はつゆほども感じられない。
 「県外移設」の公約を破って辺野古埋め立てを承認した仲井真弘多知事に対して、74・0%が政府に調査中止を求めるべきだと答えた。与党の自民党支持層の70・1%、公明党支持層の91・7%も作業中止を求めている。辺野古に反対するオール沖縄の意思は、しっかり根を張っている。
 調査結果について仲井真氏は「早く(辺野古を)埋め立てて世界一危険といわれている普天間飛行場を移すことだ」と開き直った。公約違反を否定し続けてきたが、紛れもなく公約違反を口にしている。県民の側ではなく安倍政権と一体化している姿勢は、植民地の代官のようではないか。
 安倍政権は11月の知事選で辺野古の争点化を避けるため、海底掘削調査箇所を大幅に省いて9月中に終えようとしている。今回の調査で知事選で重視する政策は、普天間飛行場の移設・返還が34・3%で1位だ。2位の経済振興・雇用対策を9・9ポイント上回っている。基地問題は知事選の最大の争点になる。
 世論調査で示された辺野古の移設作業中止を求める80・2%の民意は、主権者である県民の「非暴力の抵抗」の意思表示と見るべきだ。安倍政権が強権を発動して民意を押しつぶそうとすればするほど、岩盤は一層固くなるだろう。

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7か月ぶりのセムム/しのの後にピザ

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140607_MinamiKusatsu

Si nous avions le loisir d'examiner une à une avec le lecteur les diverse traces de destruction imprimées à l'antique église, la part du temps serait la moindre, la pire celle des homme, surtout des hommes de l'art.
この時代を重ねた教会に刻まれたさまざまな破壊の跡を,もしひとつひとつ読者のみなさんとともにゆっくり検証したなら,時間が関与した部分はきわめて少なく,最もひどいのは人の仕業,とりわけこの道の専門家の仕業ということになるだろう.
「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日も久しぶりの仕事.セムムは7ヵ月ぶりなんです.でも頑張りました.2時間以上かかってしまったのでクタクタです.しのではピリドを少し減らしましょう♪という話でした.慎重に少しづつ減らしていくことが大事だそうです.しのの後はピザをいただきました.このお店でのピザも半年ぶりです.お店では帰れソレントへTorna a Surrientoが流れていました.

東京新聞
原発避難「うつで自殺」 東電に賠償命令 福島地裁

 二〇一一年七月、東京電力福島第一原発事故で避難していた福島県川俣町山木屋地区の渡辺はま子さん=当時(58)=が自殺したのは「避難生活で精神的に追い詰められ、うつ状態になったため」として、遺族が東電に計約九千百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福島地裁(潮見直之裁判長)は二十六日、東電に約四千九百万円を賠償するよう命じた。

 東電によると、原発事故が原因で自殺したとして東電に賠償を求めた訴訟で、初の判決。夫の幹夫さん(64)ら四人が訴えた。

 訴状によると、一一年三月十一日の原発事故で、山木屋地区は四月二十二日、政府による計画的避難区域になった。はま子さんは六月、幹夫さんら家族とともに福島市内のアパートに避難。一時帰宅していた七月一日、自宅敷地内で焼身自殺した。

 避難後、顔色が悪くなって食欲がなくなり「生きているうちに戻ることができるだろうか」などと話すようになったといい、原告側は「自宅に戻る見込みが立たず、勤めていた養鶏場も閉鎖され、精神状態が悪化した」と主張した。

 東電は「原発事故で強い心理的負担が生じたことは認めるが事故前から睡眠障害で薬を飲んでおり、原発事故以外の原因を考慮するべきだ」として争っていた。

 原発事故と自殺をめぐっては、東日本大震災から間もない一一年三月二十四日に自殺した福島県須賀川市の農業の男性=当時(64)=の遺族が賠償を求めた裁判外紛争解決手続き(ADR)で、東電が賠償することで和解した例がある。
◆自殺増加 避難長期化原因か

 福島県では、東日本大震災との関連で自殺したと認定される人が増え続けている。集計する内閣府の担当者は「東京電力福島第一原発事故の影響で避難先の生活が長期化しているのが原因ではないか」と分析する。

 内閣府によると、福島県の震災関連の自殺者は、統計を取り始めた二〇一一年六月から今年七月までに五十六人。同様に震災で大きな被害を受けた岩手県の三十人、宮城県の三十七人と比べても多く、全国最多だ。福島では一一年に十人、一二年に十三人、一三年に二十三人と、増加傾向が著しい特徴もある。

 自殺防止対策について内閣府は「福島県には対策費を多めに配分している」とし、県も相談ダイヤル設置や仮設住宅への相談員派遣などに取り組んでいるが、十分な効果が挙がっていないのが実情だ。

 震災関連の自殺と認定されるのは、仮設住宅で遺体が発見されたり、亡くなったのが原発事故の避難者だったりしたケース。ほかにも遺書や遺族の話を基に、震災関連かどうか判断している。

<原発事故と避難> 東京電力福島第一原発事故に伴い、政府は2011年4月22日、福島県内の原発周辺11市町村に避難区域(警戒区域と計画的避難区域)を設定。12年4月からは順次、放射線量が高い順に、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域の三つに再編した。避難区域は14年4月に田村市で初めて解除され、現在10市町村で継続中。自主避難を含め今も約12万5000人の福島県民が、県内外で避難生活を続けている。

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1年2ヵ月ぶりのXR/信号待ちの時にNaさん/夏子の酒最後

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140720_Sangokushi_Niigata

Sur la face de cette vieille reine de nos cathédrales à côté d'une ride on trouve toujours une cicatrice. Tempus edax, homo edacior. Ce que je traduirais volontiers ainsi : le temps est aveugle, l'homme est stupide.
我が国の大聖堂の年老いた女王の顔に刻まれたしわの横にはいつも決まって傷がある.テンプス・エダックス・ホモ・エダキオール(注:ラテン語で「時はどん欲だが,人間はなおさらそうだ」の意).この文言は私なら次のように訳すだろう.時は盲目,人は愚か,と.

「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

1年2ヶ月ぶりのXRです.最初Maさんが手伝ってくれましたが,どうにか最後までやり遂げました.明日はセムムです.図書館に行って「夏子の酒」を借りてきました.別の図書館から借りている万葉集は明日が返却期限なのでどうしようか迷っています.それに横山光輝の三国志もあります.呂布の末路のあたりです.でもまずは「夏子の酒」です.9巻から最後の12巻までなので読むのが楽しみ.
図書館からの帰りに信号待ちをしていると自転車がチリンチリン.???と思ってみるとNaさんでした.

毎日新聞
東日本大震災:この子いたから頑張れた 宮城・石巻の次女を津波で失った夫妻、5カ月後誕生の妹3歳

 「この子がいたから頑張れた」。宮城県石巻市の水産会社社員、布施秀弥(ひでひこ)さん(32)は三女の華暖(かのん)ちゃん(3)を抱き寄せた。東日本大震災の津波で次女の莉桜(りお)ちゃん(当時6歳)を失った。その5カ月後に生まれた華暖ちゃんは24日、3歳の誕生日を迎えた。今春、自宅を再建した布施さんは、石巻で生きていく決意を新たにした。

 「莉桜ちゃん、また食べたいんだって」。この日、華暖ちゃんは買ってもらった誕生日プレゼントを広げ、綿あめを作った。隣には、写真の中でほほえむ莉桜ちゃんがいた。莉桜ちゃんも綿あめが大好きだった。

 布施さんは華暖ちゃんに写真を見せて「もう1人お姉ちゃんがいたんだよ」と語りかけてきた。華暖ちゃんはいつも莉桜ちゃんの写真を持って出かけ、お菓子を買う時も、もう1人分を手にした。

 渡波(わたのは)小学校に入学間近だった莉桜ちゃんは、自宅から祖母らと同校に避難する際、津波にのまれた。10日後、同校付近で布施さんが莉桜ちゃんを見つけた。「苦しみながら死んでいった。申し訳ない。悲しいより、悔しい気持ちでいっぱいだった」。大人になって初めて声を出して泣いた。

 妻貴子さん、長女こころさん(11)とともに石巻市内の仮設住宅に避難した。悲しみにくれる毎日だったが、5カ月後の夏、華暖ちゃんの誕生で希望が芽生えた。その成長は夫妻の新たな生きがいとなった。こころさんも空手を習い始め、前向きに頑張った。

 苦しい記憶の残る石巻から離れることも考えた布施さんの気持ちも徐々に変わった。今年3月、震災前の自宅から1キロほど離れた場所に新居を構えた。「布施莉桜という人間が、石巻で6年10カ月間生きていたことを一人でも多くの人に知ってもらいたかった」と話す。

 新居の2階に莉桜ちゃんのために6畳の部屋を作った。最期に着ていた洋服もクローゼットにしまってある。「華暖が莉桜の年を超えるときが来ても、莉桜はお姉ちゃん。理解できる年になったら、莉桜の6年10カ月間を伝えたい」【山内真弓】


長崎経済新聞
漫画「ペコロスの母」、岡野光江さん死去−91歳、老衰で

 長崎市在住の漫画家・岡野雄一さんの母、岡野光江さんが8月24日、老衰のため入所先のグループホームで亡くなった。91歳。

 光江さんは熊本県天草市の農家で10人兄弟の長女として生まれた。戦後、長崎市内の会社に勤める岡野悟さんと結婚。1950(昭和25)年に長男、雄一さんを出産した。東京の出版社で漫画雑誌の担当者などをしていた雄一さんが40歳の時、離婚をきっかけに3歳の長男を連れて長崎に戻ってからは雄一さん親子と同居。2000(平成12)年、夫の悟さんが亡くなった後に認知症を発症。2006年に長崎市内のグループホームに入所した。

 雄一さんは認知症の母親との日常の光景をコミカルなショート漫画やイラストなどで描き、自分が編集長をしていたタウン誌や広報誌などで発表。光江さんが母「みつえ」として登場するユーモラスながら切ない作品は、着実に「ペコロスファン」を獲得していった。2012年1月に自費出版した「ペコロスの母に会いに行く」は500部の初版が短期間で完売。西日本新聞社から商業出版化されて現在は20万部を超える。

 2013年11月に全国公開された同名映画は「キネマ旬報ベスト・テン」日本映画部門第1位をはじめ、数多くの映画賞を受賞。「みつえ」役を演じた赤木春恵さんは「世界最高齢での初主演女優」(88歳175日)としてギネスブック世界記録に認定された。劇場公開が終了して半年以上経過した現在でも全国各地で自主上映会が行われている。長崎県内では小値賀町(8月28日)、長与町(8月30日)、時津町(9月26日)、佐々町(10月10日)で上映会を予定する。

 通夜は25日19時から、告別式は26日正午から「平安社 長崎斎場本館」(長崎市光町)で行われる。喪主は長男、雄一さん。

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JR切符買いました/コーヒーこぼしてしまいました

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Sans doute, c'est encore aujord'hui un majestueux et sublime édifice que l'église de Notre-Dame de Paris. Mais, si belle qu'elle se soit conservée en vieillissant, il est difficile de ne pas soupirer, de ne pas s'indigner devant les dégradations, les mutilations sans nombre que simultanément le temps et les hommeson fait subir au vénérable monument, [...].

なるほど,パリのノートル=ダム大聖堂は今なお荘厳かつ崇高な建造物である.しかし,ノートル=ダム大聖堂が年老いながらなお美しさを失わずにいようとも,時と人間が同時にこの尊敬すべき建築物を幾度となく傷め,その一部を切り取ってしまっているのを見てためいきをついたり,憤りを感じたりしないでいるのは難しい.(中略)
「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

昨日ワインを飲んだせいか朝は気持ちが下向き.でも近くの居酒屋で昼ご飯を食べて,梅田まで行ってJRの切符を買いに行かねばなりません.新幹線の特急券は買いませんでしたが,それでも約2万円.高いです.
その後コーヒー飲みながらネットカフェで少しだけ過ごしました.でも出るときにコーヒーをこぼしてしまいました.
部屋に帰ってから英語とフランス語の勉強をしました.エライ!
広島の様子は大変なようですが,大阪は大雨洪水警報が解除されたようで一安心です.

明日へ−支えあおう− 復興サポート▽震災の記憶を未来につなぐ〜宮城県・気仙沼市
時間の経過と共に震災の記憶が薄らぎ、経験を再びくる災害の備えに生かしていけるのか…。宮城県気仙沼市の人々は、風化への危機感を感じている。津波で打ち上げられた大型漁船が解体し、訪れる人も激減。生活再建に追われる中で、被災体験や防災について語り合う機会も急速に減ってきているからだ。番組では、住民たちと語り合い、震災が残した教訓は何か、どうすれば後世に伝えていけるのか、その筋道を見いだしていく。
與芝由三栄


NNNドキュメント'14 40年続く日韓修学旅行 歴史に挑む高校生交流本音の議論も
今年交流40年を迎えた日韓の高校がある。節目となる修学旅行の出発直前、「セウォル号沈没事故」が発生。日韓の荒波に漕ぎ出した40回目の修学旅行が今、始まった。
横須賀ゆきの 読売テレビ放送


河北新報
代ゼミ仙台校、来春閉鎖 全国で20校削減

 大手予備校の代々木ゼミナールは23日、全国27校のうち、仙台校など20校を来春にも閉鎖する方針であることを明らかにした。東京の本部校など7校を残す一方、インターネットなどを活用し、教室や小規模な拠点で授業する方式への転換を目指したいとしている。少子化による受験生の減少などが背景とみられる。
 代ゼミによると、閉鎖の対象は仙台のほか、高崎(群馬県)、大宮(埼玉県)、柏(千葉県)、池袋、立川(東京都)、横浜、京都、神戸、小倉(福岡県)、熊本などの各校。大阪南校芸大・美大受験コースと横浜アトリエも閉鎖する。来春以降の生徒募集はしない。
 東京の本部校と造形学校、札幌、新潟、名古屋、大阪南、福岡の各校は残す。20日、講師らに理事長の方針が伝えられた。今後、希望退職者を募るが、対象や人数は明らかにしていない。代ゼミは1957年に創立。駿台予備学校、河合塾と並び三大予備校といわれた。
 学校法人高宮学園(東京都渋谷区)が運営し、全国17都道府県の大都市に校舎を展開している。

◎東北各地から生徒 仙台校

 代々木ゼミナールの仙台校(仙台市宮城野区)が閉鎖される方針が明らかになった23日、同校関係者は「ついにこの時が来た」「今後が見通せず、心配だ」などと複雑な心境を吐露した。
 関係者によると、代ゼミ側から同校の職員や講師に対し、今月20、21の両日付の文書で、閉鎖が通知された。
 通知を手にした一人は「『ついにこの時が来たか』と受け止めた。少子化によって、予備校で受験対策をしなくても大学に進める層が増えたことなどから、生徒が減ってきていた。校舎運営を維持するのが大変だと思っていた」と語る。
 別の一人は「今後、仕事が確保できるのか不安」と打ち明けた。
 仙台校は1983年に開校し、東北各地から多くの生徒が集まった。立地するJR仙台駅東口には他の大手予備校が相次いで進出し、生徒の獲得にしのぎを削った。
 関係者によると、生徒は95年には約3000人に上ったが、現在は100人程度にまで落ち込んでいたという。
 仙台校で夏季講習を受けた石巻市の高校3年の女子生徒は「閉鎖の話は全然知らなかったので、びっくりした」と話す。
 ある男子生徒は4月に入校し、受験勉強に励んでいた。「来年の春まで存続するということなので、受験への影響はないのではないか」と平静を保った。

フランス語
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本を読もうと思っていたのですが,昼寝してしまいました・・・

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matita1

Ce livre III est une sorte d'essai de Victor Hugo sur Notre-Dame. La cathédrale n'est pas seulement un décor pour le roman, c'en est aussi un des personnages principaux.
この3巻は,いわばノートル=ダムについてのヴィクトル・ユゴーのエッセイ.大聖堂はこの小説の背景であるだけでなく,主要登場人物のひとりなのです.
「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

週刊 ニュース深読み「“子どもと向きあえない…” 超多忙!学校の先生」
新学期を前に、“教師の多忙化”について考える。今年6月、OECD・経済協力開発機構の調査で、日本の教師は最も多忙であることが明らかになった。一週間の労働時間は、調査対象国の平均である38時間を大幅に上回る54時間。しかし、授業につかった時間は17時間で、事務作業などに多くの時間が割かれているのが現状だ。なぜ教師が多忙となっているのか?子どもたちへの影響は?とことん深読みする。
レッド吉田,安田美沙子,熊本県山鹿市教育委員会教育長…堀田浩一郎,横浜市立市ヶ尾中学校校長…平川理恵,NHK解説委員…早川信夫,小野文惠,高井正智ほか


本を読もうと思っていたのですが,昼寝してしまいました・・・
夕方にはワインを飲んで熟睡してしまいました.

河北新報
「あまロスなげき隊」久慈の魅力PR

 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」終了後の喪失感を全国のファンと共有しながら、舞台になった久慈市の魅力をアピールしようと、市や商工会議所の有志が「あまロスなげき隊」を結成した。フェイスブックであまちゃん関連の情報を発信するほか、新たな映画やドラマのロケ誘致にも力を入れる。

 市や商議所、企業から参加した15人が「常勤隊員」。7月27日に商議所が主催した久慈のモニターツアーで活動を始めた。そろいのシャツと鉢巻き姿で、思い思いの「嘆きのポーズ」を取り、ツアー参加者を出迎えた。
 観光客対象の「非常勤隊員」もあり、インターネットで募ったところ、約200人に上っている。「1日1回、あまちゃんとその故郷、北三陸久慈市のことを夢想するべし」などの隊員規則が定められている。
 フェイスブックには「小袖海岸にじぇじぇじぇ記念碑が完成」などの情報が掲載され、隊員らの交流の場となっている。
 常勤隊員は月1回会合を開く。新たなドラマや映画のロケ誘致を目指し、専門家を招いて、組織作りや交渉などのノウハウを学んでいる。
 地元の女子高生アイドル「あまくらぶ」の初CDが30日に発売されるのに合わせ、地元の人たちが参加するプロモーションビデオも企画する。
 隊長を務める久慈商議所の中野康宏観光係長は「嘆きの輪が広がることで、久慈の魅力を全国に広めたい。あまちゃんの続編につながれば」と話している。


河北新報
震災後転居7万4300世帯 宮城が全国最多

 宮城県がまとめた2013年の県内の住宅・土地統計調査によると、昨年10月1日時点で、東日本大震災を理由に転居した世帯は、全国最多の7万4300世帯に上るとみられることが分かった。空き家率は全国最低の9.4%で、被災者の転入増などに伴い住宅需要が急激に高まった実態を浮き彫りにした。
 総務省が全国350万戸(宮城5万2000戸)を抽出調査し、推計値を公表したのを受け、県が宮城分を分析した。
 震災が原因で転居したとみられる世帯は県内で7万4300。全国(33万世帯)の23%を占めた。宮城に次いで多かったのは福島の7万1000。東京(3万5000)、岩手(2万5000)の順となっている。
 地震、津波の被害や福島第1原発事故の避難指示など、物理的に「住宅に住めなくなった」という理由での転居世帯は、宮城で5万2500、福島で4万、岩手で2万とされ、被災3県が全体の8割を占めた。
 「被災地での生活に不安」などを理由とする転居世帯は宮城で2万1000あり、福島、東京(ともに3万)に次いで多かった。
 県内では、転居世帯の6割強に当たる約4万6000が同一市町村内での移動。約2割が県内の他市町村から、約1割が県外から、それぞれ転入した。
 空き家数は9万7000戸で、空き家率は4.3ポイント減の9.4%。前回調査(08年)から約4万戸減少し、過去最高の13.5%だった全国平均を4.1ポイント下回った。
 住宅総数は103万4800(2.1%増)、総世帯数は93万6900(7.5%増)。世帯数の伸びが住宅数の伸びを上回り、全国とは逆の傾向を示した。
 総務省統計局は「家を失った被災者や復興事業関係者の動きが、転居者増と総世帯数の伸びにつながっている」と指摘。宮城県統計課は「みなし仮設住宅となったアパートなどへの入居者が大幅に増え、空き家が解消した」とみている。
 住宅・土地統計調査は5年ごとに行い、震災後は初めて。昨年10月1日現在、県内に暮らす世帯を対象に、移動の状況を調べた。


朝日新聞
原発と自由化―優遇策はいらない

 経済産業省は原発で発電した電気に基準価格を設ける制度案を打ち出した。

 2016年以降の電力自由化で、電気は基本的に市場を通じて売買されるようになる。今回の制度案では、まず基準価格を設けておき、市場価格がこれより下がったときには、差額分を後の電気料金で回収できるようにする。逆に、上がったときには差額を還元する。原発事業者に、収入を保証する仕組みと言える。

 経産省は「円滑な廃炉や安全投資、安定供給に支障が出ないようにするため」と説明する。基準価格は、使用済み核燃料の処分や廃炉にかかる費用も含めて必要額を計算し、政府と事業者で決める。

 電力自由化で、現行の料金制度(総括原価方式)が撤廃されると、原発にかかる巨額の費用を十分に回収できなくなる可能性が高い。原発事業者にとってはありがたい制度だろう。

 しかし、それではエネルギー基本計画がうたう「(原発は)可能な限り低減させる」方針と逆行する。不要な原発が淘汰(とうた)されないばかりか、新増設に道を開くことにもなりかねない。

 政策的に減らそうという原発に優遇策を講じれば、原発事業者を温存し、他の事業者との競争の条件もゆがめてしまう。

 電力自由化のもとでは、電源も競争にさらされ、安全性や経済性を見る利用者側の選択によって決まっていく。

 原発は他の電源に比べ、初期投資と後始末に巨額の費用がかかる。加えて福島での原発事故以降、安全基準が厳しくなり、もはや「安くて安定的な電源」とは言えなくなっている。

 そうした原発も公平な競争にさらすことに自由化の一つの意味はあったはずである。

 確かに、廃炉や使用済み燃料を含めた放射性廃棄物を管理・処分するには費用がかかる。必要な財源が足りないようなら、手当てしなければならない。

 ただし、これらは別途、透明性の高い手順で適正な金額を見積もり、電気料金とは明確に区別したうえで国民に負担を求めるのが妥当だろう。

 そのためにも、まずは原発を着実に減らす具体的な施策を示すことが欠かせない。既存原発の後始末に必要な費用の算段はその後の話である。

 電力自由化の影響は大きいし、経営環境の激変で事業者の経営が一気に悪化しないように経過措置を講じる必要もあるかもしれない。その場合も、自由化の狙いを阻害しない工夫が不可欠だ。


毎日新聞
eye:見つめ続ける・大震災 お姉さん、帰っておいで 語り継ぐ命、津波犠牲者遺族

 「高台があるから大丈夫」−−2011年3月11日の東日本大震災発生時、仙台市内の職場で被災した丹野礼子さん(56)は宮城県女川(おながわ)町の七十七銀行女川支店で働く姉美智子さん(当時54歳)のことは特に心配していなかった。激しい揺れで大津波が来ると思ったが、支店近くの高台に職場で避難していると疑わなかった。

 翌々日の13日、礼子さんは姉を迎えに町内の避難所を回った。「七十七の行員はいませんか」と聞いても、一様にわからないと言う。何か口ごもっているように思っていた時に、女性がそっと教えてくれた。「(銀行の)屋上に逃げたんだよ」。高台に避難した多くの人たちは13人の行員が津波に流される様子を見ていた。何も知らずに姉を捜す姿を気の毒に思って伝えられなかったのだ。無事を確信していた礼子さんは避難所でぼうぜんと立ち尽くし、頭の中は「どうして」と「ウソ」でいっぱいだった。美智子さんは震災から40日後に制服姿で発見された。

 責任感が強く、仕事に一生懸命だった美智子さん。銀行の跡地を訪れる働き盛りの人たちには必ず言うことがある。「自分の命を守るため、あなたの会社は災害時にどういう行動を取るのかを確認してほしい」と伝え、企業防災について上司や同僚と話し合うことを提言している。

 姉がいない4回目のお盆を迎えた。自宅の玄関前で迎え火をたきながら、礼子さんは玄関先で呼びかけた。「お姉さん、みんなと一緒に帰っておいで」。いまだ行員8人は行方不明のまま。家族のもとに帰れない同僚を思うと、魂だけでも帰ってきてほしいと願っている。同じことを繰り返してはならない。だからこそ、語り続けるのだと夜空に誓った。<文 佐々木順一>

フランス語
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「うつは手仕事で治る! : なぜ昔の人はうつにならなかったのか」を一気に読みました

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Hiroshima: 40 morts dans les coulées de boue, reprise des recherches

Les recherches de survivants ont repris vendredi à Hiroshima plus de deux jours après des glissements de terrain dans cette ville du sud-ouest du Japon, où le dernier bilan officiel fait état de 40 morts et 47 disparus.
Sept des corps retrouvés n'ont toutefois pas été identifiés et ils pourraient aussi être comptés parmi les disparus, ce qui réduirait d'autant le bilan.
Il s'agit de l'une des catastrophes naturelles les plus meurtrières dans l'archipel depuis le tsunami de mars 2011, bien que le nombre de victimes soit sans commune mesure (le raz-de-marée avait tué plus de 18.000 personnes).
Les recherches avaient été momentanément suspendues vendredi après-midi et les sauveteurs évacués de craintes de nouvelles coulées de boue, mais leur travail a repris.
"Nous allons désormais continuer toute la nuit car nous sommes engagés dans une longue bataille contre le temps", a expliqué Hideyuki Okuda, un responsable du centre de gestion des désastres de Hiroshima.
"Je veux que soient secourus un maximum de disparus dans les heures à venir", a déclaré le maire de la ville, Matsui Kazumi, écartant une erreur de jugement de la municipalité sur les consignes données au citoyens, selon des propos rapportés par l'agence de presse Jiji.
De violentes pluies avaient recommencé à tomber jeudi soir par intermittence sur la zone sinistrée où ont été dépêchés 2.800 sauveteurs, dont des soldats.
Depuis la survenue des premiers éboulements dans la nuit de mardi à mercredi, le décompte des victimes ne cesse d'évoluer.
"Nous dénombrons d'abord les personnes dont nous sommes certains qu'elles ont disparu, par exemple sur la foi de témoins les ayant vues être emportées par la boue, mais le total augmente à mesure que nous évaluons la situation", a précisé à l'AFP un responsable de la police municipale.
Près de 200 maisons ont été détruites ou inondées par les coulées de boue, particulièrement dans les arrondissements d'Asaminami et Asakita, au pied d'une montagne couverte d'arbres. Environ 30 glissements se sont produits à peu près simultanément, selon un rapport du ministère de l'Aménagement du territoire.
Plus de 4.400 habitants de la municipalité de Hiroshima avaient auparavant recu l'ordre de quitter leur maison.
De plus, environ 164.000 résidents étaient visés par des recommandations (non contraignantes) d'évacuer temporairement leur logement et 30.000 pourraient éventuellement recevoir des instructions similaires, selon les autorités locales. Des centaines de foyers étaient de surcroît privés d'électricité et/ou d'eau courante.
Une cellule de crise spéciale a été ouverte par le ministre chargé des Désastres, Keiji Furuya.
- Nouvelles pluies -
Plus meurtriers que beaucoup de séismes au Japon (où les constructions parasismiques sont efficaces), ces terribles éboulements de terre en partie liquéfiée et de blocs de pierre mêlés résultent de pluies diluviennes: il est tombé en trois heures mercredi sur les zones touchées plus d'eau qu'en un mois habituellement, selon les météorologues.
Les autorités redoutent désormais un désastre en chaîne: vu l'état actuel des sols, il suffit en théorie de peu de pluie pour que se produisent de nouvelles coulées de boue, préviennent les experts.
Un précédent sinistre en 1999, également à Hiroshima, avait tué 30 personnes et conduit les autorités nationales à mieux répertorier les zones potentiellement dangereuses: il en existe 32.000 dans la province de Hiroshima, sur 525.000 dans l'ensemble du pays qui compte 47 préfectures.
En outre, lorsque sont émises des recommandations (et non des ordres) d'évacuation, la plupart des habitants restent chez eux, surtout lorsque ces avis sont donnés en pleine nuit.
Récemment, lors du passage d'un typhon, le ministre chargé des désastres avait pourtant demandé aux autorités locales de ne pas avoir peur de pécher par excès de prudence et de ne pas hésiter à évacuer quand le danger est avéré.
Par ailleurs, outre Hiroshima, d'autres villes du sud-ouest et agglomérations de Hokkaido (nord) sont aussi sous alerte, victimes de pluies torrentielles. On y craint aussi des glissements de terrain et des recommandations d'évacuation de plusieurs quartiers y ont été émises, notamment pour 102.000 résidents du quartier Chikushino, à Fukuoka.

図書館から「うつは手仕事で治る! : なぜ昔の人はうつにならなかったのか」を借りてきて,一気に読みました.表紙には編み物の絵があって,本文にも編み物がいいと書いてあったのですが,読み始める前はあまり期待していませんでした.薬の効用を否定しているのではないですが,他の方法もあるよ,という提案のように思えました.運動そして手を動かすこと.一気に読んだので読み落としているところも多いかもしれないですが,なかなかいい本だと思思いました.
うつは手仕事で治る!
ケリー・ランバート 飛鳥新社 2011-09-17


書評がなかったので,原著Lifting Depression: A Neuroscientist's Hands-On Approach to Activating Your Brain's Healing Poweに対してのコメントを紹介したいと思います.Useful perspective and quality tools By EMM
Enjoyed this book which did a good job of presenting scientific studies along with anecdotal information to support the theme that depression could be treated with effort-driven rewards and physical activity. Two common themes come into play in this book, one that we have the solutions within us to deal with modern-day maladies, like depression, as opposed to drug therapy. Second that our modern sedentary lifestyle and minimized physical interaction may be exsacerbating the issues.
As a lay person, it further reinforced what we've been seeing played out more and more in the news and literature which is that we need to act decisively against being overtaken by a sedentary lifestyle and conveinence as facilitated by technology.

もう一冊はアズマカナコの本.こっちもなかなかいいと思いました.
電気代500円。贅沢な毎日
アズマカナコ 阪急コミュニケーションズ 2013-04-18


ただの節電本じゃない By STAR
「電気代500円」というタイトルに惹かれて読んでみました。
電気代もどんどん上がるご時世だし、どんな節約をされているのかな、と。
・・・しかし!
これはただの節約本、節電本じゃありませんでした。

著者の生活は究極のシンプル。
冷蔵庫も掃除機もクーラーもないといいます。
でもそれは節電のためにやっているのではありませんでした。
そういう生活が心地いいから。それが著者にとっての「当たり前」だったんです。

最初は理解し難い、真似できないと思いましたが
読み進めるうちに
著者の生活と私達の生活、どちらが「変」なのかわからなくなりました。

本書はただの節約本ではありません。
文明生活にどっぷり浸かってしまっている私たちへの
大いなる警告なのかもしれません。


河北新報
東北グルメ売りまっせ 大阪でフェア第2弾

 東北経済連合会の事業化支援組織、東経連ビジネスセンターは9月から半年間、大阪市で東北6県の食品を集めた物産フェアを開く。6、7月に同市で開催し好評だったフェアの第2弾。東日本大震災後、東北では風評被害や失った販路回復に苦しむ中小企業が多く、関係者は「東北の商品を関西圏にアピールする機会になる」と意気込む。
 全国商工会連合会のアンテナショップ支援事業の一環。JR大阪駅のエキマルシェ大阪で9月3日から来年3月3日まで開催する。同時期に東急ハンズ梅田店にサテライトショップを出す予定。
 前回フェアは6月13日から1カ月間、同市北区の阪急梅田駅で開いた。6県の124社が青果、菓子、水産加工品、酒類など442種類の商品を出品した。
 同駅は1日50万人が利用し、会場は通勤客らで連日盛況。期間中計約2500万円を売り上げ、全商連アンテナショップの過去最高を記録した。
 高級路線の塩辛「塩幸(しおさち)」を出品した八葉水産(気仙沼市)は「予想を超える注文が入った。価格勝負ではなく、品質で選ばれる商品づくりが重要と感じた」と手応えを語る。
 五十嵐製麺(喜多方市)は主力の喜多方ラーメンの中でも、個食やレンジ対応など手軽さを重視した商品が好評だった。「関西や九州にも福島の安全・安心な商品をPRしていきたい」と意欲を見せる。
 第2弾の開催規模は前回を上回る。東経連の大平孝セールス支援チームプロデューサーは「風評被害は今もあるが、安全で完成度の高い商品は売れる。震災後の変化に対応して努力する東北の企業を、大阪の消費者とつなぐきっかけにしたい」と話した。

北原みのり @minorikitahara
聖子さんのアレは確かにセクハラだけど、男女単純に入れかえては語れないモヤモヤ残尿感。大輔が女だったら大輔バッシングが起きるし、「セクハラじゃないです」と微笑む余裕などない。男の性ってやはり圧倒的優位であることを見せつけつつ、権力持つと女も狂うという、複雑なセクハラとして捉えたい。

朝日新聞
電力自由化後も原発支援 政府、基準価格の導入検討 英米の仕組み参考に

 政府は、2016年に予定される家庭向けの電力自由化をにらみ、原子力発電所の新増設や維持を支援する仕組みの検討を始めた。競争により電気料金引き下げが進むと、電力会社が原発への投資を控え、原発を維持しにくくなるからだ。廃炉費用などを電気料金に含めたり、税金を投入したりすることを検討している。

 21日にあった経済産業省の原子力小委員会では、電力自由化で先行する欧米のケースが紹介された。
 「長期にわたって電力事業者が収益を確保できるようにしている」。出席した英国エネルギー・気候変動省のリズ・キーナガン・クラーク氏は説明した。
 電力自由化により電力会社以外の事業者の参入が進むと、利用者は電力会社を選べるようになるため、電気料金の引き下げが進むと考えられている。電力会社はこれまで、1基あたり約4千億円とされる原発の建設費を、50〜60年かけて電気料金から回収してきたが、その見込みがなくなる可能性がある。
 英国では、原子力事業者と政府との間で、廃炉費用や使用済み燃料の処分費用などを含めた原発にかかるコストを回収できる価格水準を「基準価格」として設定した。市場価格がそれを下回った場合、差額を電気料金への上乗せで穴埋めできる仕組みだ。今後新設される原発から適用される見通しだ。
 米国では、原発新設を促すため、政府は、電力事業者が金融機関から融資を受ける際に最大80%の債務保証をしている。融資返済が滞った場合は、税金により借金を肩代わりする。
 日本でも電力自由化後には、電気料金で原発新設のコストを回収できない可能性が高いため、政府は、基準価格の導入や原発に対する融資に債務保証することなどを検討する。
 21日の会合では、委員からは「自由化に伴う激変緩和策は必要。英米のシステムは参考になる」(友野宏・新日鉄住金副会長)など、国に何らかの支援を求める声が相次いだ。
 一方で、「核燃料サイクルは自由化を機会に撤退を考えるべきだ」(伴英幸・NPO法人原子力資料情報室共同代表)と疑問の声もあがった。

 ■崩れた低コスト神話
 電力会社の発電と送電を分離し、発電事業に新規参入を促す電力自由化は、電気料金の引き下げにつながると期待されている。だが、基準価格を定めることで、自由化の意義が薄れる恐れがある。
 国や電力業界はこれまで、原発を「安い電源」としてきた。足もとでは、原発停止で輸入に頼る火力発電の燃料費はかさみ、電気料金が値上がりしたことで、電力会社は「原発を早期に稼働するべきだ」と求めている。
 だが、日本では、使用済み核燃料の再処理を含む核燃料サイクル事業も、電力会社が電気料金などで負担してきた。
 東京電力福島第一原発事故では、巨額の損害賠償や除染費用がかかることも明らかになり、原発の「低コスト神話」は崩れている。
 原発事業を完全な自由競争にさらせば、大きなリスクを背負う電力業界は「国の支援が必要だ」と訴える。政府は、年内にも自由化後の原発支援の方向性を打ち出す考えだ。
 しかし、原発について十分な国民的合意や議論がないまま、原発を維持するコストを電気料金に転嫁したり、税金で支えたりすれば、利用者から強い批判を浴びかねない。
 原発コストに詳しい立命館大学の大島堅一教授(環境経済学)は「電力自由化後は、原発は公的な支援をしない限り成り立たないことがより鮮明になる。英国の基準価格は新増設を目指す制度で、日本では国民の合意なく議論はできないはずだ」と話す。 (藤崎麻里、大津智義)

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8ケ月ぶりのマイマイ/明日はスパスパ

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Shumi1

A Paris, nouveau rassemblement contre les bombardements sur Gaza

Une manifestation propalestinienne se tient ce soir aux Invalides à Paris. L'occasion pour les organisateurs de se compter, alors que les hostilités entre le Hamas et Tsahal ont repris hier.
Quelques centaines de personnes se sont rassemblées mercredi en fin de journée sur l’esplanade des Invalides à Paris pour demander ≪une position plus équilibrée du gouvernement français≫ sur le conflit à Gaza et des sanctions contre Israël, a constaté un journaliste de l’AFP.
Les manifestants étaient réunis à l’appel du Collectif national pour une paix juste et durable entre Israéliens et Palestiniens, composé de 52 associations (dont France Palestine Solidarité, Mrap...), partis (PCF, EELV, Parti de Gauche...) et syndicats (CGT, Solidaires...).

8か月ぶりのマイマイです.ずっとやってなくても体がやり方を覚えているものだと感じました.明日はスパスパです.いつもより少し早めに帰って録画していた番組を見ました.

無言の語り部 〜ヒバク遺品は訴える〜
被爆者・平野隆信さん(78)が床の間に飾っているもの。それは古びた「やかん」だ。69年前、被爆死した父の遺骨を、自宅の焼け跡で見つけたやかんに入れ、疎開先に持ち帰った。今、平野さんはこのやかんを広島市の原爆資料館に寄贈するか悩んでいる。原爆資料館は今年から4年がかりのリニューアル工事を開始。目的は「現物資料の充実」だ。爆風でボロボロになった衣服など、実際に被爆した資料の展示がこれまで以上に増える。被爆者が高齢化する中、物言わぬ語り部として資料は重要な役割を担う。一方で平野さんには形見を手元に置いておきたい気持ちもあり、葛藤が続く。現物資料の充実で原爆資料館はどう変わるのか、遺族や被爆者はどのような思いで資料を託すのか。

毎日新聞
第96回全国高校野球:父とキャッチボール、星空の誓い 津波で自宅被害、ゼロから出発−−盛岡大付・前川剛大主将

 ◇盛岡大付・前川剛大主将(3年)

 夏の甲子園第10日の20日、第4試合に登場した盛岡大付(岩手)の前川剛大(たけひろ)主将(3年)は、東日本大震災の津波で岩手県の自宅を流されたが、再起を誓う父剛さん(41)を支えに甲子園への道を歩んできた。父子はがれきの中から捜し出したボールとグラブでキャッチボールし、逆境に陥れば言葉を掛け合った。

 前川選手が暮らしていた大槌町の吉里吉里(きりきり)地区は2011年3月11日、津波で壊滅状態に陥った。家族は無事だったが、剛さんは自宅に加え、営む定食店も失う。避難した高台に凍えるような寒さが襲ってきた夜、「ゼロからの出発だ」と中学2年の前川選手に語りかけた。満天に星が輝いていたという。

 自宅を片付け始めた父子は、海水でびしょぬれのボールとグラブを見付ける。「キャッチボールするか」。剛さんが声をかけ、父子はがれきの中でボールを投げ合った。

 前川選手は中学で県選抜メンバーだったが、震災で苦しくなった家計をおもんばかり、地元の公立高校に進むつもりでいた。だが剛さんから「力を試してこい」と促され、盛岡大付の門をたたく。

 昨年秋に主将となり、捕手のレギュラーの座もつかんだ。だが、思うような結果は残せず、控えに回された。そんな逆境を支えてくれたのは、剛さんとの言葉のキャッチボールだ。大槌町で暮らす剛さんと盛岡市で寮生活を送る前川選手は、電話などを通じて連絡を取り合った。「なぜ起用されないのか」「俺の打撃や配球の何が悪いのか」と悩む息子に、父は「お前らしい豪快なバッティングを貫け」「結果が出なくても下を向くな」と返した。

 控えながら主将としてチームを引っ張り、仲間とやってきた甲子園。敦賀気比(福井)と対戦したこの日の3回戦、途中から初めて起用され、マスクをかぶった。

 劣勢の九回裏には高めの球を振り抜き、もう一息で本塁打という左越え二塁打も放った。しかし試合は完敗だ。「この悔しさをこれから取り返していく」と誓った前川選手は、星の夜からの日々を「長いようで短かった」と振り返った。【二村祐士朗、武内彩】


NEWS ポストセブン
事故で亡くなった主人待つ柴犬の飲酒運転撲滅CM 母が思い語る

 大好きだった人と歩いた道をひとり寂しげに辿る柴犬の「こゆき」。「大切な人が突然いなくなるという事、あなたは想像できますか?」というナレーションは、こゆきの気持ちを代弁したかのようだ。今、1匹の柴犬を主人公にした飲酒運転撲滅を訴えるCMが切なすぎると話題を呼んでいる。

 福岡県に住んでいるこゆき(メス、8才)。実は、3年前に飲酒運転によって大切な人を亡くしている。2011年2月、友人とともに歩道を歩いていた山本寛大くん(当時16才)は突然、猛スピードでやってきた乗用車に後ろからはねられ命を落とした。2人ともほぼ即死だったとみられている。運転手の男には懲役14年の実刑判決が下されたが、遺族の悲しみが癒えることはなかった。そしてそれは、こゆきにとっても同じだった。毎日遺影の前で涙を流す母・美也子さんの隣には、常にこゆきの姿があった。

「自宅に仏壇を置いて以来、こゆきが側を離れなくなったんです。私がお線香をあげて立ち上がると、“今度は私の番よ”と言わんばかりに仏前に座って、お線香がなくなるのを見ていたり、昼寝をしたり。はじめは座布団が好きなのかなと思ったのですが、座布団を移しても仏壇の前を離れない。家の中にいても外に出てもそわそわと落ち着きがなくて、まるで寛大の帰りを待っているかのようなんです」(美也子さん)

 こゆきは別れを告げることすらできず、最愛の人との仲を永遠に引き裂かれたのだ。

「犬だって大切な人を亡くしたら悲しいんです。人間だったらなおさらのこと。犯罪をやめようという言葉が広がっていけば、飲酒運転も危険ドラッグもなくなっていくと思うんです」(美也子さん)

 今日も仏前で寛大くんの帰りを待っているこゆき。私たちはもう、二度と同じ過ちを繰り返してはならない。
※女性セブン2014年9月4日号


毎日新聞
福島原発汚染水 国の姿がまだ見えない

 東京電力福島第1原発2、3号機の海側トレンチ(配管などが通る地下トンネル)にたまった高濃度汚染水対策が難航している。

 東電はタービン建屋とトレンチの接合部を全面凍結させ、建屋からの汚染水流入を止めた後、トレンチの汚染水を抜き取る計画を立てた。だが、作業開始から約4カ月が過ぎても凍結が不十分なままなのだ。

 1〜4号機を取り囲んで建屋への地下水の流入を防ぐ「凍土遮水壁」はトレンチを横切るため、止水が遅れれば遮水壁建設も進まない。東電は止水材で隙間(すきま)を埋める追加対策を打ち出したが、その効果は不透明だ。汚染水対策は一筋縄ではいかないことを思い知らされる事態である。

 2、3号機の海側トレンチには計1万1000トンの高濃度汚染水が滞留しており、原子力規制委員会は「福島第1原発で最も懸念されるリスク」と位置づけている。

 東電は4月から2号機のタービン建屋とトレンチの接合部に凍結管を差し込み、冷却材を流し始めた。凍土遮水壁と同じ方式だ。1カ月での完成を見込んだが、汚染水には流れがあり、凍結を阻んでいるという。土中の水分を凍らす遮水壁とは条件が違うものの、遮水壁の実効性にも疑問符が付くことになった。

 東電の対応は、相変わらず後手に回っている。氷やドライアイスを投入する追加対策を講じたのは7月末から。それでもうまくいかず、隙間を埋める材料を今後の実証試験で決め、9月にも規制委の判断を仰ぐという。規制委の検討会で「戦略的に考えないと泥縄式でいってしまう」などの批判が出たのは当然だ。

 凍土壁について東電は、今年度末の凍結開始を目指している。トレンチの止水が遅れれば遮水壁の運用開始も遅れ、増え続ける汚染水の管理に影響が出る。汚染水から放射性物質を除去する多核種除去装置「ALPS(アルプス)」も計画通りに稼働していない。

 安倍晋三首相は、昨年9月の東京五輪招致演説で「状況はコントロールされている」と述べた。今年1月の施政方針演説では廃炉・汚染水対策で「国も前面に立ち、予防的・重層的な対策を進める」とした。しかし、現状では「コントロール」とは到底いえず、対策も東電任せで、国が前面に立っているようには見えない。

 政府は福島第1原発の廃炉作業を監視する「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」を今週発足させた。専門家を集め、汚染水対策などで東電を指導する。廃炉は前例のない取り組みで、道のりは遠い。凍土遮水壁の失敗に備えた対策も必要だ。今度こそ政府が前面に立ち、予防的・重層的な対策を進めてもらいたい。


河北新報
「お聞きする必要もない」加美町、拒否の姿勢

 指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、井上信治環境副大臣が県内3候補地に詳細調査の実施方針を伝えた20日、加美町は受け入れ拒否の姿勢をあらためて鮮明にした。町役場前には約300人の住民が厚い人垣をつくり、反対を訴えるシュプレヒコールを上げた。

 町役場での会談は冒頭を除き、非公開で行われた。調査内容を説明しようとした井上副大臣に対し、猪股洋文町長は「調査は受け入れない。お聞きする必要もない」と拒んだ。会談では、町と住民が反発する中で調査に踏み切るのかどうかが議論になったという。
 終了後、井上副大臣は「多くの住民の理解を得たい。そのためには詳細調査でデータを集める必要がある」と説明。猪股町長は「住民合意が必要と言いながら、調査に入るのは全く理解できない」と猛反発し、やりとりは平行線をたどった。
 「候補地選定に誤りがある」と主張する猪股町長は、選定過程を検証するために環境省との協議を要望した。井上副大臣は文書による協議を了承したが、「並行して調査を進めたい」と重ねて実施する方針を伝えた。
 井上副大臣は栗原市、大和町にも足を運び、調査に入る方針を説明した。両首長は候補地の3市町が足並みをそろえることなどを条件に、受け入れを容認した。
 佐藤勇栗原市長は、岩手・宮城内陸地震による崩落地を含む「候補地とその周辺」の踏査による調査や、地形学を専門とする市アドバイザーと環境省側との意見交換などを求めた。
 浅野元大和町長は、候補地の下原地区が陸上自衛隊王城寺原演習場に隣接している立地と、町内の県環境事業公社小鶴沢処分場で既に8000ベクレル以下の放射性廃棄物12万トンを処理した経緯に配慮するよう文書で求めた。

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ホルダがない→マイマイについて考える

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piede1

Stars : ces couples à qui la différence d’âge ne fait pas peur !

L’amour n’a pas d’âge… Et ces couples nous le prouvent bien ! Voici 27 couples que la différence d’âge n’a pas fait reculer !
On pense leur conjoint là pour leur argent mais eux s’en moquent…. Ils s’aiment et sont fiers de le montrer. Ils ont parfois 20, 30 ans voire plus d’écarts mais peu importe, l’amour est plus fort que tout…
ET vous, que pensez-vous de la différence d’âge ?

Woody Allen (78 ans) et Soon-Yi Previn (43 ans) ont 35 ans de différence

SSサイズのオムライスを食べたあとマイマイの準備をしました.明日マイマイを頑張るつもりです.ところでホルダがないことに気がつきました.少し探して見つかったのですが,いろいろ考えることにつながって結果的によかったです.
広島の土砂災害がひどいです.犠牲者がこれ以上増えないよう願うところです.アベと言う人はそんな中ゴルフしてたそうです.ヒドイと思います.やっぱり辞めてください.

河北新報
再生エネ発電、被災地の市民団体参入

 東日本大震災からの復興に向け、被災地の市民団体が再生可能エネルギーによる発電事業に取り組んでいる。売電によって農業経営を安定化させたり、非常時の電源として活用したりする狙いがある。関係者は「地域再生を加速させたい」と意気込んでいる。(小沢邦嘉)

<8年で回収>
 南相馬市原町区の太田地区に約7アールの農園「再エネの里」がある。大豆やブドウが育つ地面に、一定間隔で高さ2.5メートルの支柱が並ぶ。その上部には計120枚の太陽光パネル(合計出力30キロワット)が据えられている。
 農園を運営するのは一般社団法人「えこえね南相馬研究機構」。震災後に市民有志が設立し、昨年9月に耕作と発電を始めた。
 発電した電力は、国の固定価格買い取り制度に基づいて売電している。作物販売と2本立てにすることで、収入を安定させるのが目的だ。設備費など約900万円の投資は、8年程度で回収する見込みになっている。
 日差しが一部遮られることで当初は生育への影響も心配されたが、既にタマネギ、ニンニクなどを収穫した実績がある。機構の理事を務め、畑を所有する農業奥村健郎さん(57)は「今のところ発電量も農作物の育ちもほぼ計画通り」と語る。

<海風も利用>
 福島では原発事故の風評被害に苦しむ農家が少なくない。収入増で生産意欲を向上させようと、機構は市内8カ所で同様の事業展開を計画する。
 機構の高橋荘平理事長(38)は「市民に『面白い』と思われる挑戦を続け、多くの参加者を募りたい」と先を見据える。
 深刻な津波被害を受けた三陸沿岸では、海風の利用が進む。ことし2月、陸前高田市の旧広田水産高仮設住宅に高さ約13メートルの風力発電機(出力5キロワット)が設置された。
 事業は約40世帯の被災住民でつくる「田谷地区集団移転協議会」が主体。災害時の電源確保や地域づくりを目的とし、設置費用は県の補助金などで賄った。売電はしておらず、普段は仮設住宅の談話室の照明などに電力を使っている。
 協議会は、将来の風車増設や蓄電池設置を視野に入れ、漁船の電動船外機や海産物を運ぶ電気自動車に電力を活用する構想も描く。村上俊之事務局長(51)は「住民が夢を語り合えるようになった。風力で地域復興を果たしたい」と話す。
 東北大の新妻弘明名誉教授(エネルギー環境学)は「大手資本の発電所誘致だけでは地域社会を育てる視点に欠ける。住民が当事者意識を持ち、なりわいに結び付ける取り組みは意義が大きい」と指摘している。


毎日新聞
原子力小委 動画非公開は教訓軽視

 福島第1原発過酷事故の大きな教訓は、原子力関係者の閉鎖的な体質が原発の危険性の過小評価を招いたことだ。外部からの健全な批判を受け入れず、それが国の政策にもリスク評価にも大きく影響してしまった。この教訓を生かすには、政策決定やリスク評価の過程を、できる限り公開し、情報の透明性を高めることが重要だ。

 事故後に設置された原子力規制委員会は、委員会そのものや記者会見を動画でライブ中継し、終了後もネット上で公開している。国のエネルギー基本計画を検討した経済産業省の審議会も同様だ。外部の専門家の間にも議論を広げるだけでなく、一般の人の関心を高める手段としても評価できる。

 ところが、6月から開催されている経産省・総合資源エネルギー調査会の「原子力小委員会」は、傍聴は認めるものの、動画による公開はしていない。委員からは繰り返し公開を求める声が上がっているが、今月7日に開催された第4回会合でも実現されていない。

 この小委は4月に閣議決定されたエネルギー基本計画に基づき、原子力分野の具体的方針を検討する目的で設置された。福島の復興・再生や原子力依存度の低減、人材育成、核燃料サイクル政策などがテーマとなっている。その議論は各電源の割合を示すエネルギーミックスの決定にも関係してくる。

 まさに、今後の具体的な原子力政策を左右する会議であり、透明性を高めて議論することが欠かせない。

 一般傍聴や議事録公開で十分という主張があるかもしれない。だが、開催日に会場にこられる人は国民の一握りに過ぎない。1週間程度で議事要旨は公開されるが、発言者が誰かわからない。議事録が出るまでには1カ月近くかかり、その間に次の会合が開催されているのが実情だ。

 これでは、国民が議論の過程を追うことができない。音声だけの公開という妥協案もあるようだが、誰が発言しているかがわかりにくく、情報がそぎ落とされてしまう。

 動画非公開の理由について小委の委員長は「意見を言いにくい人がいる」と述べている。しかし、原子力政策は原発事故以降の日本のエネルギー政策の行方に関わる重要事項だ。国民の関心も高い。ここで「動画中継されたら本音が言えない」とすれば、この会議の重要性についても、議論の透明性についても、理解が不足しているのではないだろうか。

 第4回の会合で事務局は、公開の重要性を認めた上で「そのための手立ての改善を検討したい」と述べている。早急に方針を改め、動画公開を進めてほしい。


河北新報
仙台 ことし初猛暑日

 宮城県は20日、太平洋高気圧から暖かく湿った空気が流れ込んだ影響で、朝から気温が上昇。仙台管区気象台によると、仙台で午後0時40分、35.3度を記録し、ことしの初の猛暑日となった。
 気象台によると、宮城県内は大気の状態が不安定となっており、午後からは雲が広がる見込み。雨や雷雨の所もあるとみられる。
 21日は前線の影響で曇りの所が多く、午後は雨の降る所があるとみられる。


朝日新聞
(天声人語)アイヌの人々との共生

 アイヌ民族初の国会議員だった故萱野(かやの)茂さんの言葉が忘れられない。「日本の民主主義は生きている」。1997年にアイヌ文化振興法が成立するにあたっての発言だ。ただ、この法律はあくまで第一歩だった▼アイヌの人々を「旧土人」と差別する法律はなくなった。次は日本の「先住民族」と認めよ。その願いは、2008年の国会決議に実る。翌年、政府の懇談会がまとめた報告書は、アイヌの文化を復興させる「強い責任」が国にはあると指摘した▼先住民族への差別や偏見を解消し、多民族がともに生きる社会をつくる。当然の目標だろう。安倍政権もこの6月、北海道にアイヌ文化振興の拠点をつくるべく閣議決定した。「民族共生の象徴となる空間」という位置づけだ▼こうした積み重ねは見当違いだったというのだろうか。「アイヌ民族なんて、いまはもういないんです」。札幌市議の一人がツイッターにそう書いた。後にブログに載せた説明を読むと、アイヌの人々への支援のあり方に異論があるらしい。とはいえ、もういないとは話が飛びすぎている▼市議はさらに、民族としてのアイヌは既に滅びたという記述を百科事典に見つけ、報道機関に注文した。よく勉強せよ、と。だが、百科事典は07年版で全面的に改稿していた。先の記述は差別を助長しかねないという理由だ▼政府の懇談会報告書に従えば、アイヌの人々と他の日本人との共生は「国の成り立ちにかかわる問題」である。手荒な議論にはなじまない。

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歯医者の日/明日で山本美香さんが亡くなってから2年

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Un Japonais peut-être enlevé en Syrie

Les autorités japonaises étaient lundi en train de vérifier des informations publiées sur internet selon lesquelles un Japonais aurait été enlevé en Syrie par des militants islamistes.
"Nous sommes au courant de ce qui a été rapporté sur internet et essayons de vérifier les informations", a déclaré à l'AFP un fonctionnaire du ministère japonais des Affaires étrangères.
Aucune revendication n'a pour le moment été adressée aux autorités nippones, a précisé ce responsable du bureau de la lutte antiterroriste.

Le Japon aurait été averti ce week-end de ce possible enlèvement que tente depuis de confirmer l'ambassade japonaise de Syrie, actuellement installée en Jordanie.

Une vidéo, effacée par la suite, montrait un homme se disant japonais aux mains de jihadistes de l'Etat islamique (EI), vraisemblablement dans la province septentrionale d'Alep.
L'homme, aux cheveux chatains assez longs et à la barbe de quelques jours, couché au sol et apparemment blessé, précisait se nommer Haruna Yukawa, être "photographe", puis "journaliste, à moitié médecin", selon des propos rapportés par des médias japonais.
"Je ne suis pas soldat", a-t-il ajouté.

"La Syrie est dans un état d'extrême confusion et nous essayons de vérifier ce qu'il en est de la sécurité de cet homme via divers canaux", a déclaré lundi matin à la presse un vice-ministre japonais des Affaires étrangères, Akitaka Saiki.

Haruna Yukawa est le patron d'une petite société appelée Private Military Company (PMC) qui se donne pour mission de secourir des Japonais à l'étranger et de protéger la vie des faibles dans le monde en dépêchant des hommes entrainés sur le terrain avec des équipements divers.
Des photos apparemment prises en Syrie dans la région d'Alep ont été publiées début et mi-juillet ainsi que fin mai sur le site de PMC. Elles montrent M. Yukawa portant une arme en compagnie d'autres personnes et des scènes d'immeubles détruits ainsi que des personnes s'affairant à rechercher des blessés dans des décombres. Ces images ne comportent qu'une très brève légende en japonais sur le lieu, sans autre commentaire.

Sur son blog personnel et sur sa page Facebook (actualisés pour la dernière fois en juillet), M. Yukawa présente des vidéos tournées en Syrie en mai (dont plusieurs avec lui-même armé) ainsi qu'en Irak, et se montre en photo aux cotés de diverses personnes, dont l'ex-général nationaliste Toshio Tamogami, limogé il y a quelques années de l'armée de l'air.
Il y a deux ans, une journaliste japonaise, Mika Yamamoto d'une petite agence de presse nippone, était morte en Syrie, sous les tirs de troupes pro-gouvernementales.

今日は歯医者の日です.定期的な検査です.
2012年8月21日に松島の牡蠣は3月11日の津波で被害を受けたんだろうねと書いていますが,今日のアンコールまいにちフランス語でもその放送で,少し思い出して悲しくなってしまいました.そのときに山本美香さんのことも記していました.明日で彼女がシリアのアレッポで亡くなってから2年にあたります.彼女の死のニュースはとても辛いものだったのを思い出しました.

朝日新聞2012年8月21日
声なき声を拾った シリアで取材中に死亡の山本さん

 激しい内戦が続くシリアで、取材中の日本人ジャーナリストが犠牲になった。外務省は21日、通信社ジャパンプレス所属の山本美香さん(45)が亡くなったと発表した。ビデオカメラを手に、世界の紛争地帯の最前線から実情を伝え続けた山本さんの悲報に、関係者は言葉を失った。

 山本さんと20年来のつきあいというフリー記者集団「アジアプレス」の野中章弘代表は悲報を受け、「戦争の被害者側に立って、『声なき声を拾う』という取材スタンスがしっかりした人だった」と惜しんだ。
 「男社会」の戦争の現場だが、女性や子どもの視点を大切にした仕事ぶりを評価してきた。最近は山本さんと会う度にシリア取材について「チャンスがあれば行きたい」と話すのを聞いていた。「一貫した目線をもっていたジャーナリストだった。彼女は最期まで駆け抜けた。残念というよりもよくやったと言ってあげたい」と振り返った。
 山本さんは1990年、CS衛星放送の朝日ニュースターに入社して報道記者に。その後、撮影から編集までするビデオジャーナリストの先駆けとして、タリバーン支配下のアフガニスタンなど、戦地を飛び回った。
 2003年のイラク戦争。海外メディアが滞在するホテルが攻撃された際に、死傷者が出た室内の惨状を報告する様子が注目された。報道各社が撤収する中、現地で報道を続けたことで、今回同行していた佐藤和孝さんらと03年度のボーン・上田記念国際記者賞特別賞を受賞した。
 同賞をともに受賞したビデオジャーナリストの綿井健陽さん(41)によると、紛争地では、山本さんは佐藤さんと一緒に取材することが多かった。佐藤さんがリポートするときは山本さんが撮影し、その逆もあった。綿井さんは「戦地の取材経験が豊富で、どんな現場でもいろんな情報を分析し、慎重かつ落ち着いていた」と2人を評した。
 取材現場でカメラのバッテリーやテープが切れたとき、山本さんが貸してくれることがあった。「ジャーナリストは一匹おおかみになりがちだが、周りの人にもとても親切で優しい人だった」とも語った。
 元外交官でアラビア語通訳者の新谷恵司さんは、山本さんが撮影した映像の編集作業に協力したことがある。「シリアの中でもアレッポは激戦地。危険度は増す一方で、安全な場所はない」と、十数年にわたる紛争地取材のベテランを襲った悲劇を嘆いた。

 ●「現実に目を向けたい」 朝日新聞山梨版に連載
 山梨県都留市出身の山本さんは2010年7月から月1回、朝日新聞山梨版でコラム「世界の中の山梨」を連載。アフガニスタンやコソボなど紛争地の取材の様子を中心に執筆してきた。
 01年に米国で同時多発テロが起きたときは、アフガニスタンにいた。現地にとどまり、イラク戦争など軍事報復の取材を続けた。
 コラムでは、紛争地帯で銃を乱射する武装集団に近づいて取材する様子や、山間部でのトイレ事情など取材の苦労話もつづった。
 同時多発テロから10年後の11年1月、「日本は今後どんな戦略で、アフガン復興にかかわっていくのか」とつづった。東日本大震災では、すぐに宮城県や岩手県の海岸沿いの被災地に入り、被害の実態を記した。
 最新の8月11日付のコラムでは、ロンドン五輪の様子に加えてシリアの内戦にも触れ、「華やかな祭典の陰で、日々、無辜(むこ)の人々が逃げ惑い、命を奪われ続けるもうひとつの現実にも目を向けたい」と書いた。

 ●父「なぜアレッポに」
 山本美香さんの父、孝治さん(77)は21日朝、山梨県都留市の実家で、「シリアからトルコに難民が流れ込んでいるので、国境まで取材に行くと聞いていた。銃撃戦が激化しているアレッポに入るとは、思っていなかった」と言葉を詰まらせた。
 美香さんからは、14日にシリアに入ったあとも連絡があり、19日午後10時すぎには、取材結果のテレビ放映予定を、妹にメールで伝えてきたという。
 元朝日新聞記者の孝治さんは「美香の原点は、(朝日ニュースターの記者として)雲仙の普賢岳(長崎県)で被災した人たちを取材したこと。極限状態に置かれている人たちの真実を、世界に知らせたいということです。ただ、シリアは初めてで、民間人を一人ずつ狙撃する兵士がいると聞き、非常に心配していた」と話した。
 孝治さん宅の玄関の板の間には、母の和子さん(74)が美香さんの無事帰宅を願い、カエルの置物を飾ってある。
 和子さんは「いつも気をつけてね、と送り出しています。戦争で空襲を受けた土地や、東日本大震災の被災地も回った。私は生きて現地のことを伝えていきたい、と言っている」と話した。

 ●「ジャパンプレスの判断」 日テレ
 日本テレビ総合広報部によると、山本美香さんらがシリアに入ったのは今月14日。所属するジャパンプレスの判断で現地に入り、取材を続けていたという。同局は取材した映像の提供を受け、ニュース番組などで放送していた。「亡くなったときの状況は、かなり近いところから銃撃された、ということ以外わからないようだ」といい、現地へ社員を派遣するなどの予定はないという。
 ジャパンプレスのホームページによると、山本さんは2003〜04年に日本テレビのニュース番組「きょうの出来事」のキャスターを務めていた。同局関係者によると、イラク戦争やアフガニスタン紛争でも日本テレビでリポートしていたという。
 日本テレビは「心より哀悼の意を表すとともに、ご冥福をお祈りいたします。山本さんはジャパンプレス所属のジャーナリストという立場ではありますが、当社のニュースに協力していただいていた。いかなる理由があれ、ジャーナリズムに対して銃口が向けられたことは決して許されないことであり、真相の究明に全力を尽くしたいと考えております」とコメントした。


河北新報
八戸にワイン産業を ブドウ試験栽培

 ワイン造りを八戸の新産業にしようと、市は10月以降、中山間地域の南郷区でブドウの試験栽培に着手する。同区で盛んな葉タバコ栽培からの転換を図り、高齢化が進む地域の農業経営を支えるのが狙い。生産者と共に商品開発やワイナリー整備の方向性を探る。

 市によると、試験栽培の面積は計1ヘクタール。複数の農家に栽培を委託し、5品種以上を植えて収量や病気への強さを長期的に調べる。醸造講習会や先進地視察も行う。
 南郷区の主要作物、葉タバコは、喫煙者数の減少に伴い、2008年度以降の5年間で耕作面積が198ヘクタールから154ヘクタールに縮少。高齢化も相まって生産者は244人から168人に減った。一方、ワインの国内市場は拡大傾向にあり、6次産業化が期待できることに着目した。
 葉タバコ農家が多い同区島守地区の坂下英光さん(53)は「葉タバコは契約栽培で収入が安定しているから当面続ける。新規作物を手掛けるなら技術的、財政的なサポートが必要だ」と話す。
 市によると、これまでに問い合わせや1ヘクタール超の用地提供の話が寄せられ、地域の関心は高いという。
 ただ、具体的な商品化の計画は先の話だ。ブドウの品種には生食用と醸造用があり、ワインの原料を単一品種にするかブレンドにするか、赤ワインか白ワインか、ワイナリーの形態は民間か第三セクターか−など選択肢が幾つも考えられ、地域に合った手法を見極める必要がある。
 日本ソムリエ協会の北東北、南東北両支部によると、東北の主なワイナリーは山形が10社超、岩手5社程度で、ほかの県は少ない。青森ではむつ市の「下北ワイン」が有名だ。
 八戸では5月、地元のソムリエらがイベントを開催し、ワイン文化を育てる活動を始めた。市農業経営振興センターの石丸隆典副参事は「八戸でワインを造れれば、おいしい農水産物とのマリアージュ(組み合わせ)が強みになる。ワイン文化を根付かせ、長期的視点でブランド化を目指したい」と意気込む。


河北新報
希望の象徴 校舎現地再建 亘理の被災2校

 東日本大震災の津波で被害を受けた宮城県亘理町の荒浜中(生徒87人)と長瀞小(児童191人)の新校舎がそれぞれ元の敷地に完成し、18日、落成式が開かれた。津波被災校が現地で校舎を建て替え、再建を果たしたのは県内で初めて。
 子どもたちはこれまでは内陸の別の学校に通い授業を受けてきたが、2学期から新校舎に戻る。それぞれの落成式では、地域住民とともに復興への再出発を祝った。
 津波で1階が浸水した荒浜中の新校舎は、将来の津波に備え鉄筋3階の1階を柱だけとし、教室などは2、3階に配置するピロティ方式を採用した。2年の武者くるみさん(13)は「津波浸水地に戻ることに少し不安はあったけど、今はうれしい気持ちでいっぱい。新たな気持ちで新学期を迎えたい」と話した。長瀞小は、旧校舎跡に隣接し、盛り土で約80センチ高い場所に校舎を建てた。


河北新報
被災地のDV/地域の人権意識高め防止へ

 東日本大震災の被災地で、配偶者からの暴力(ドメスティックバイオレンス=DV)が深刻化している。人の尊厳をないがしろにし、心身を傷つける暴力がはびこる地域社会で復興は語れない。そう認識し、被害者を支える地域の人権意識啓発と関係機関の連携強化を急ぎたい。
 警察へのDV相談件数は2013年、宮城県警が前年比236件増の2092件、福島県警が17件増の857件、岩手県警は70件増の368件。いずれも過去最多となった。内閣府が被災3県の女性を対象に実施している悩み・暴力相談には13年度、4837件が寄せられ、うち13%が配偶者や交際相手からのDVに関する内容だった。
 一般社団法人社会的包摂サポートセンターが厚生労働省、復興庁の補助事業として全国展開している24時間電話相談「よりそいホットライン」。13年度のまとめで、DV・性暴力相談の割合が被災3県ではそれ以外の都道府県の2倍近くに上った。
 相談から浮かび上がるのは、生活再建がままならず、先の希望が見えずに孤立する被災家庭、DV被害者の姿だ。「DVが原因で別居していた夫が津波で家も職場も失い戻ってきた」「被災で生活環境が激変し、夫が引きこもりがちになった」「職を失ったまま失業保険も切れ、弔慰金も使い果たして経済状態が悪化した」。そうした状況下で夫の暴力が激化している。
 狭い仮設住宅では逃げ場がない。地方は人間関係が濃密なため、行政の窓口に知り合いがいる場合も多く、相談しづらい。世間体を気にして暴力は隠されがちだ。性別役割分業意識が根強く、自分がDV被害者であることに女性自身が気付いていない事例も少なくないという。
 DVは震災前から数多く潜在していた。震災を機に表面化したわけだが、それも氷山の一角。復興が遅々として進まない現実の中、時間の経過とともにさらに深刻化する危険もはらむ。
 「相談件数の増加はある意味、いいことだ」と、DV被害者の支援活動を25年続けているNPO法人ハーティ仙台の八幡悦子代表は言う。相談しないケースこそ事態が悪化し、殺人など重大な事件に至ると、早期対処の必要性を指摘する。
 DVは、それを目の当たりにする子どもへの虐待でもある。子どもへの暴力が重なっているケースも少なくない。それを逃れたシングルマザーの経済的困窮は、共に暮らす子どもの貧困問題だ。DVの深刻化は多様な社会問題と連鎖している。
 DVを防止し、被害者を支援するために必要なのは何か。人権教育、男女平等教育の推進だと専門家は口をそろえる。
 行政の担当者や相談員、民生委員など支援する側が人権、男女平等の視点を持ち、連携することが重要だ。そして市民もまたその視点でDVに気付き、専門家や相談機関につなげる地域力を高めたい。どんな暴力をも許さない「世間の目」が求められている。もちろん、被災地だけでなく、あらゆる地域で。


山梨日日新聞
山本美香さんの写真や寄稿掲載 死去から2年書籍発行

 シリア内戦を取材中に銃撃を受けて死亡した都留市出身のジャーナリスト山本美香さんの取材報告や寄稿などをまとめた書籍「山本美香が伝えたかったこと」(山梨日日新聞社刊、ジャパンプレス共編)が発刊された。山本さんの死から20日で2年。山本さんが紛争地や被災地から伝えようとしたことに再び思いをはせることができる。

 「戦場編」「東日本大震災」「視点」「歩んだ道」「美香さんの伝えた風景」の5部構成。アフガニスタンやコソボなどの紛争地や、東日本大震災で津波被害を受けた東北・三陸沿岸地域の姿をリポート、寄稿、インタビューなど山梨日日新聞に掲載された記事を中心に集めた。

 「美香さんの伝えた風景」では、山本さんが所属した独立系メディア「ジャパンプレス」(佐藤和孝代表)の協力の下、山本さんが撮影した戦場の様子や現地の人々の表情を捉えた写真を掲載した。山本さんが読者に問い掛け続けた「命とは何か」「正義とは何か」を三回忌を機に見詰め直す。

 四六判160ページで、1404円。県内各書店で扱っている。問い合わせは山梨日日新聞社コンテンツ事業局出版部、電話055(231)3105。〈植松利仁〉

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夏子の酒/AOLフリーメール/本を読みました

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AOLでフリーメールを申し込みました.
湿度計が調子悪いです.hygromètre
夏子の酒を読みました.お兄さんが亡くなるところから話が始まります.お酒を飲みたくなって,とりあえず酒屋に行きました.酒屋なので当然ながら日本酒やワインがたくさんあります.目の保養になりました.お酒は買わずにコーヒー豆を買いました.

世界一周魅惑の鉄道紀行▽フランス エクス=アン=プロヴァンス〜カンヌ
今回は、南フランスのおいしいものを探して…プロヴァンスからコートダジュール(カンヌ)を目指します。紀元前から栄える大都市マルセイユでは新鮮な海の幸を堪能。若きシェフの新しいブイヤベースを味わいます。小さな港町、カシではとっておきの星付きレストランへ。海の幸・山の幸を堪能です。マンドリュー=ラ・ナプールでは超個性派レストランを発見!なんだか少し和風!?さぁ、おいしい南フランスがあなたを待っていますよ
フランス エクス=アン=プロヴァンス〜カンヌ 美食に乾杯!南フランスの海の幸・山の幸
2014年ジャンプコーポレーション


ここがポイント!!池上彰解説塾
近年急速な発展を見せる中国。しかしその一方で食品にまつわる様々な問題や、汚職事件も大きなニュースに。一体その背景には何があるのか?日本人にとっては「ずるい」とも思える中国の発展の秘密を解説します!
池上彰 宇賀なつみ(テレビ朝日アナウンサー) 竹下景子・北村晴男・神保悟志・武井壮・若林正恭(オードリー)・松村沙友理(乃木坂46)




電気代500円。贅沢な毎日
アズマカナコ 阪急コミュニケーションズ 2013-04-18



河北新報
被災・復興その場で閲覧 QRコードで読み取り

 東松島市図書館は東日本大震災で被災した市内の状況を示す写真などをQRコードで読み取れる「まちなか震災アーカイブ」を開始した。QRコードは公共施設に設置するほか、市内各地で閲覧可能にするため協力事業者を募集している。
 市の震災伝承事業の一環。携帯端末をQRコードにかざすと、各地区の被災・復旧状況、避難所とボランティアの様子などを記録した写真約1万枚や、被災者の体験談を収録した動画を見ることができる。
 協力事業者は飲食店やスーパー、病院などを想定。観光客が立ち寄る施設に設置することで、市民以外の利用も期待する。
 事業者向けにQRコードを記載した屋外用と屋内用のステッカー、ペンや箸を立てられるスタンドを作製。申請に応じて無償で提供する。既に市内のタクシー業者2社がステッカーを試験運用している。
 市図書館は2012年6月に震災を語り継ぎ、風化を防ぐ事業として写真や新聞などの資料収集を始め、13年6月からホームページで公開していた。
 加藤孔敬副館長は「今まで集めてきた資料を利活用する新たな仕組みができた。より多くの人に見てもらいたい」と事業者に協力を呼び掛けている。連絡先は市図書館0225(82)1120。


河北新報
間寛平さん「沿道の声援ありがたい」

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県を元気づける「みちのくマラソン」を実施中のタレント間寛平さん(65)が16日、仙台市青葉区一番町3丁目のABCマートグランドステージ仙台店前でトークショーを行った。
 間さんは参加中の芸人仲間の様子など、マラソンの状況を報告。「みんなに『頑張って』と言われて、体がどんどん前に進む。ありがたい」と沿道の応援に感謝した。得意のギャグも披露し、終始会場を沸かせた。
 みちのくマラソンは11日に宮古市の道の駅「みやこ」をスタート。21日にいわき市の「スパリゾート・ハワイアンズ」でゴールする。間さんの芸人仲間や被災地ゆかりのタレントらでたすきをつなぐ。3年連続の開催。
 被災地に笑顔を広げる運動「スマイルとうほくプロジェクト」(河北新報社など主催)との共催。


河北新報
札幌市議が「アイヌ民族いない」 ツイッターで

 札幌市議で自民党会派に所属する金子快之議員(43)が短文投稿サイト「ツイッター」に「アイヌ民族なんて、いまはもういない」と書き込んでいたことが18日、分かった。書き込みは11日付。
 アイヌ民族をめぐっては、政府は6月の閣議決定で「独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族」と明記した上で「民族としての名誉と尊厳を保持し、次世代へ継承していくことは、多様な価値観が共生し、活力ある社会を実現することに資する」とした。
 金子議員は自身のブログでも「『アイヌ』を法的に証明する根拠が現行法にない」と記述。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 川内村、住民猛反発 避難指示解除 政府説明に賛同ゼロ

 「帰還が決まっても子供は戻れない」「通院や買い物はどうするのか」。東京電力福島第1原発事故で避難区域が設定された福島県内11市町村のうち、2例目の避難指示解除が決まった川内村東部。政府の方針が伝えられた17日の住民懇談会では、放射線への不安を抱えていたり、精神的賠償の打ち切りを懸念したりする住民から、反発の声が相次いだ。

 懇談会の冒頭、政府の原子力災害現地対策本部長の赤羽一嘉・副経済産業相は「避難指示は極めて強い制限。解除の要件が整えば、憲法で保障される居住や財産の権利を侵害し続けることができない」と強調し、集まった住民約75人に理解を求めた。

 これに対し、賛同する意見はゼロ。約1時間半に及ぶ質疑応答で住民から「食品の安全にも不安がある」などの質問が次々と出て、政府側は「国際的に一番厳しい基準を設けている」などと答弁に追われた。行政区長の草野貴光さん(61)は政府に「避難区域全体が元に戻らなければ、帰還できないという人も多い」と訴えた。【深津誠】

フランス語
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今日もダラダラ/朝倉さやの方言歌

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Ce livre III a une place particulière dans l'ouvrage : Hugo interrompt le récit des aventures de Quasimodo et d'Esmeralda et consacre ce livre tout entier à la cathédrale Notre-Dame et à la ville de Paris qu'on découvre depuis se tours.

第3巻は,作品全体の中で特異な位置を占めています.ユゴーは主人公カジモドとエスメラルダの物語をいったん中断し,第3巻全体をノートルダム大聖堂と,その塔から俯瞰できるパリの描写に充てているのです.

「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日もダラダラしました.お昼に食べ過ぎで昼寝してしまいました.
朝倉さやが方言で歌うのはなんだかほっとします.意外に?歌うまいですし.
【民謡日本一】タッチ/岩崎良美【山形弁カバー】アニメOP

仲が悪いというWコロンはどうなるのでしょう?

朝日新聞
釜石復興新聞、10月に有料化へ 契約少なければ廃刊も

 釜石新聞社が、釜石市内の全戸に週2回、無料配布している「復興釜石新聞」を10月から有料化すると発表した。国や市の支援を受けながら、復興に向けた行政の情報などを伝えてきたが、その支援が9月末で終わるため。ただ、購読契約が一定数に満たない場合は9月末で廃刊する可能性もあるという。

 同新聞は現在、復興に向けた市の情報やまちの話題を無料で全戸に届けていることから、被災者を含む市民にとって、身近で重要な情報源となっている。

 震災で休刊した地元夕刊紙「岩手東海新聞」の元記者らが、震災3カ月の2011年6月11日に創刊。震災関連の情報や市の広報も兼ね、約1万9千部を発行している。市外への避難者や応援自治体にも市を通じて郵送している。

 昨年度までは緊急雇用創出事業として国から助成を、今年度前半は市広報を掲載する広告料として市から事実上の支援を、それぞれ受けていた。市の有料広告が9月で終わるため、有料化を決めた。

 設定した購読料は1カ月900円。現在と同じ4ページで毎週水、土曜日に発行する。これまで毎回1ページ載せていた市広報は、水曜日だけに減らす。土曜日は代わって、翌週のテレビ番組表を載せるという。

 一方、同新聞に掲載されてきた市の広報欄が減るため、市は月1回発行の広報誌を11月から、震災前と同じ月2回発行に戻す。10月からの新聞の購読申し込みなどは釜石新聞社(0193・55・4713)へ。


朝日新聞
被災地の盆火、消えゆく思い出 宮城・名取の閖上地区

 日が暮れると、荒野になった街にぽつりぽつりと、火を囲む輪ができた。東日本大震災の津波で多くの家が流された宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区で16日、かつての住人たちが自宅の跡を訪れ、亡き人を思いながら「盆火(ぼんび)」をたいた。

 閖上に伝わるお盆の風習だ。子どもたちはまんじゅうを柳の枝に刺し、火がたかれた近所の家を回り、あぶって食べるのが楽しみだった。大人たちはそれを見守りながら、ご先祖さまのことを語り合う。

 荒川祐介さん(35)は、津波で祖父二三雄さん、祖母トミ子さんを亡くした。「住み慣れた所に帰って来たいだろう。まんじゅう焼いて迎えて、送ってやりたい」。震災の翌年、仲間に呼びかけて盆火を復活させ、この夏が3度目だ。

 秋には新しい街をつくるため、一帯で盛り土工事が始まる。「街の思い出が埋められてゆく気がする。ここでの盆火は最後かもしれないな」。火を見つめながら、荒川さんは言った。(石橋英昭)


河北新報
犠牲者悼み、川面に灯籠 東松島

 東日本大震災と、鳴瀬川の水難事故の犠牲者を悼む東松島市鳴瀬流灯花火大会が16日、同市小野の鳴瀬川河川敷で開かれた。
 先祖の名前などを記した赤や紫、緑などの灯籠約550個に火がともされ、船から川に流された。灯籠から放たれるオレンジの光が、川面を淡く染め上げた。
 訪れた市民は、ゆっくりと流れていく灯籠を静かに眺めたり、手を合わせたりしていた。
 花火は約1000発打ち上げられ、市民は夜空に輝く大輪と、川を彩る灯籠との共演を楽しんだ。
 主催した鳴瀬流灯保存会の片岡健治会長(66)は「震災の犠牲者を慰霊し続けることが、風化を防ぐことにつながる」と話した。
 行事はことしで92回目。震災の影響で2011年は中止となったが、12年に再開した。

フランス語
フランス語の勉強?

映画寝てしまう・・・/フェスティバルホールでUeさん/送り火

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Le texte que nous lisons aujord'hui se trouve au début du livre III du roman Notre-Dame de Paris.
これから読む一節は,『ノートル=ダム・ド・パリ』の第3巻冒頭に収められています.

「ノートル=ダムへの愛」ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ Notre-Dame de Paris』(1831)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日は十三まで映画を見に行きましたが,予想通り?寝てしまいました・・・.つまらない映画だったと思うことにします.夕方フェスティバルホール前でUeさんと待ち合わせ.Aikoのライブがあるそうです.「チケット譲ってください」という紙をもって立っている人が何人かいましたが,どうなったでしょう?Ueさんはトマトジュース,私はワインでおしゃべりをしました.
夜は送り火です.KBS京都を見たあと,ベランダでさみしく送り火をしました.

五山送り火2014
京都の夏の夜空を染める五山の送り火。今年も、如意ヶ嶽山上の大文字点火の様子から妙法、船形、左大文字、鳥居形と次々に灯っていく炎を佛教大学歴史学部教授・八木透さんの解説を交え、生中継でじっくりとお届けします。およそ半世紀ぶりに点火時間が変更となることから、今回は過去の点火時間の変遷を紹介していきます。明治初期まで十の山が灯されていたとも云われている送り火。今は点火されていない消えた送り火を探します。また、それら消えた送り火が点火されていたと云われる明治初期の十山送り火をCG動画で再現。加えて今年の中継では番組を見ている方がひと目で全山の点火状況が分かるようメーン画面のほかに五山6つの送り火の前に定点カメラを置き、小さなサブ画面で点火直前から全山の状況が確認出来るような中継をします。
平野智美(KBS京都アナウンサー) 八木透(佛教大学歴史学部教授) 澤武博之(KBS京都アナウンサー) 海平和(KBS京都アナウンサー)


TBS
津波で84人犠牲の大川小、鎮魂の花火

 東日本大震災の津波で児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校近くの地区で夏祭りが開かれ、鎮魂の花火が打ち上げられました。

 大川小学校から5キロほどの地区で開かれた夏祭り。小学校の在校生や卒業生、地域の住民が大勢集まりました。

 大川小では、津波で児童ら84人が犠牲となりました。祭りではその後、毎年、鎮魂の花火が打ち上げられています。祭りの実行委員の紫桃隆洋さん(50)も次女を失いました。

 「大川小の子どもたちみんなで花火を見て楽しんでくれれば」(次女を亡くした紫桃隆洋さん)

 4度目のお盆。大川の夜空を300発の花火が焦がしました。妹を失った佐藤そのみさん(18)にとって、この日は特別な一日でした。

 「きょう、朝早く起きて、一人で妹のお墓参りに行ってきた。『やっときょうだね』って。隣では花火を見ていなかったかもしれないですけど、みずほもどこかで友達と見ていた気がします」(佐藤そのみさん)

 地区のみんなが、亡くなった子どもたちを思いながら、夜空を見上げていました。

 「子どもたちの思い出をお盆の時期に花火を見ながら話すことができて、(祭りが)少しでも前に向かうきっかけになれば」(紫桃隆洋さん)

 悲しみが癒えることはありませんが、祭りで心を寄せ合った大川地区の人々は、それぞれにあすを生きる決意を新たにしていました。


河北新報
鎮魂、夜空へ 亘理で4年ぶりに花火大会

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県亘理町の荒浜地区で15日夜、「わたりふるさと夏の夕べ」があり、4年ぶりに花火が打ち上げられた。犠牲者の鎮魂と復興を願う1500発が港町の夜空を彩った。町観光協会が主催。被災農地から約20分間にわたって花火を打ち上げた。大勢の見物客は路上に腰を下ろして被災地の夜空を見上げ、まばゆい光と音の競演を堪能した。
 同地区で被災して町内に転居したパート菊地いく子さん(50)は「亡くなった地元の方が空から見ていると思うと、うれしさより悲しみが湧いた」と目を潤ませた。
 同地区では震災後、夏祭りが休止され、灯籠流しのみ続けてきた。ことしも色とりどりの灯籠1300個が流されたほか、ペットボトルで作ったランタン1500個で鎮魂、絆、復活の文字を浮かび上がらせた。
 打ち上げた花火の数は震災前の半分程度。斎藤貞町長は「花火の復活で、被災地が少しでも前に進んでいることを感じてほしい」と話した。


沖縄タイムス
[記憶の継承]風化させず向き合おう

 戦争の記憶を風化させることなく、どう継承していくか。戦後生まれが人口の約8割を占め、体験者の高齢化が進む中で迎える「鎮魂の夏」は、私たちがあらためてその課題に向き合う機会である。

 安倍政権は7月1日、国民的合意もなく集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。名護市辺野古沿岸部では、米軍普天間飛行場返還に伴う新基地建設に向けた埋め立て工事を、地元の意向を無視して強権的に進めている。

 この二つの事実は「戦争」という言葉でつながっている。沖縄戦という歴史体験を持つ県民にとって、安倍政権の動きは、平和への切実な思いを踏みにじるものであり、容認できるものではない。

 今年6月23日の「慰霊の日」。沖縄全戦没者追悼式が行われた糸満市摩文仁の平和祈念公園には、安倍晋三首相が「戦争のできる国」へと、前のめりになる状況に不安を訴える高齢者が多かった。

 辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前で、埋め立て工事に反対し座り込みを続ける市民の中に戦争を体験した高齢者の姿があった。酷暑の中での活動を支えるのは、二度と戦争を起こしてはならないという強い思いである。

 県内保守政治家の重鎮も声を上げる。元県議会議長で前自民党県連顧問の仲里利信さんは、辺野古移設反対を強く訴える。「新基地建設は戦争につながる。戦争を体験した私は、あんな苦労を子や孫にさせられない」。体験に基づく揺るぎない信念である。

    ■    ■

 敗戦から69年を迎えた15日、全国戦没者追悼式の式辞で安倍首相は、昨年に引き続き歴代首相が言及してきたアジア諸国への加害責任に触れず、「不戦の誓い」という文言も盛り込まなかった。

 首相は第1次政権時の2007年には「アジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」と反省を明言していた。近隣国に犠牲を強いた侵略や植民地支配の責任から目をそむけず、歴史問題で対立する中国、韓国との関係改善に取り組む契機とすべきではなかったのか。

 国政の場から「戦中派」が退き、国会は戦後生まれの議員が9割超を占める。これが歴史認識や安全保障政策の論議にも影響しているのではないかという見方もある。

 野中広務元官房長官は「戦争を経験していない若い人が増え、過去の戦争で取り返しのつかないことをやってしまったという気持ちを持っている人が減った」と指摘し、戦争体験の風化を危惧する。

    ■    ■

 悲惨な戦争を二度と起こしてはならない−。誰もがそう願うはずだ。だが、記憶の風化は、近隣国への敵対感情や戦争の美化を招きかねない危うさをはらむ。体験者の危機感はそのメッセージである。

 来年は戦後70年の節目だ。戦争の記憶の継承は時間との闘いでもある。体験者の多くは80代、90代となっている。戦争の実相を学び伝えていく不断の努力が必要だ。過去の反省に立ち、東アジアの安定に寄与できる平和国家を構築する正念場でもある。


琉球新報
工事着手知事発言 「人ごと」扱いは無責任だ

 沖縄防衛局は米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた海底ボーリング調査のための浮標灯(ブイ)と浮具(フロート)の設置作業を始めた。
 昨年12月と今年4月の世論調査ではいずれも74%の県民が辺野古移設に反対と答えている。圧倒的大多数の民意を無視してなされた作業強行は、沖縄の民意を踏みにじる暴挙だ。断じて許されない。政府は直ちに作業を中止し、11月の知事選であらためて民意を問うべきだ。
 一方、作業着手について見解を求められた仲井真弘多知事は14日、「作業の一つ一つを僕に聞かれてもどうにもならない」と述べた。まるで人ごとのようだ。
 だが、作業が加速したのは知事が防衛局の埋め立て申請を承認したからではないか。知事自身がこの事態を招いた最大の当事者だ。
 見解を示さない態度に対し、15日に記者団から「無責任との声もあるが」と問われると、今度は「何で責任があるのか」と強い憤りを示した。あきれるほかない。
 そもそも、県民にとっての重大事について回答を避けるのは、県民の生命を守る最高責任者としてあまりに無責任であろう。
 14日には「せめてわれわれが香港に何しに行くのかぐらい取材してほしい」とも述べている。辺野古埋め立てよりも、香港との連携協定という知事選向けの自身の宣伝材料を報じてほしい、ということなのか。違和感を禁じ得ない。
 仲井真氏は2010年の知事選で普天間の「県外移設」を公約に掲げて再選を果たした。埋め立て承認後の会見では「県外移設の公約を変えたつもりはない」と強弁して失笑を買った。
 ところが今では辺野古移設を推進する姿勢すら見せている。今月初めの会見では「普天間問題は解決に向かって動き始めている」と述べ、国による辺野古移設を手放しで評価する姿勢を示した。知事選の出馬会見でも「政府案は遅いとか非現実的というものではなくなってきつつある」と述べ、移設を評価すらしているのだ。県民の代表というより、政府の代弁者へと変節しているとしか思えない。
 防衛局は17日にも海底ボーリング調査に着手する。仲井真氏は民意無視で進む移設作業について、自身の責任と見解を自分の口で県民に語る必要がある。人ごとのような態度は決して許されない。

フランス語
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ネパール料理/中之島と道頓堀で精霊流し/雨でびしょびしょ

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La méchanceté, pour se faire encore pire, prend le masque de la bonté.
Publius Syrus
 Artiste, écrivain, Poète

Sois maître de qui ne t'aime pas et esclave de qui t'aime.
Proverbe Turc

Le bonheur c'est lorsque vos actes sont en accord avec vos paroles.

Gandhi Homme politique, Philosophe, Révolutionnaire (1869 - 1948)

ちょっと考えてランチは近くのネパール料理.辛い野菜カレーとマンゴーラッシーがおいしいです.
夕方は精霊流し.中之島と道頓堀に行きました.天神橋筋商店街でもやっていました.
時々雨が降ってきました.びしょびしょになってしまいました.

社会民主党
敗戦69年にあたって(声明)

1.第二次世界大戦の終結から69年目の8月15日を迎えました。戦争の惨禍によるすべての犠牲者に哀悼の意を捧げます。かつて国策の誤りによる戦争への道が、国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大な損害と苦痛を与えました。この歴史の事実に「痛切な反省」と「心からなるお詫び」を表明した戦後50年にあたっての「村山談話」の意義が再認識されるなかで、私たちは、多くの犠牲の上に獲得した平和憲法の偉大な価値を改めて胸に刻み、二度と戦争をしない、させない国であり続けることを誓います。

2.戦後、日本は平和国家として歩み続け、他の国々との信頼を築く努力を積み重ねてきました。しかし安倍内閣は、国家安全保障会議(日本版NSC)設置法や特定秘密保護法の強行成立をはじめ、武器輸出三原則の撤廃や自衛隊の増強、平和・民主教育から国家主義教育への転換などを画策し、「戦争ができる国」づくりを進めています。そしてついに、歴代内閣がこれまで「憲法上許されない」としてきた「集団的自衛権の行使」を容認する閣議決定に踏み切りました。自衛隊が「専守防衛」から武力行使の「軍隊」に変貌し戦争に加担していくことは、世界からの信頼を失墜させるばかりでなく、国民に多大な犠牲を強いるものにほかなりません。「自衛」の名の下で、暮らし・命と平和が壊されていくことは断じて許すわけにいきません。

3.地上戦が行われた沖縄では、「普天間基地返還」「辺野古新基地建設反対」という県民総意が日米両政府によって公然と踏みにじられ、辺野古の埋立工事が強行されています。建設に反対する市民・県民への取締りも強化され、運動排除のために海上自衛隊の掃海母艦の派遣が検討されています。米軍基地建設を「護衛」するために自衛隊を派遣する構図は、日本国民に対しても武力を行使することをいとわない安倍政権と日米同盟の本質を示すものです。11月には県知事選挙が行われます。社民党は、沖縄を「戦争ができる国」の捨て石にすることを許さず、県民とともに真の「主権回復」をめざして闘います。

4.唯一の戦争被爆国となった日本は、非核三原則を固く誓ったにもかかわらず、「平和利用」という詭弁による原発政策によって三たび核の脅威にさらされました。ヒロシマ・ナガサキ・フクシマの惨禍がいまなお多くの国民を苦しめ、これから生まれてくる子どもたちにも事故処理の多大な犠牲を強いるにもかかわらず、安倍首相は「事故を経験したから安全技術が高まった」という屁理屈で原発輸出に邁進し、「世界で最も厳しい安全基準」という新たな詭弁を塗り重ね再稼働を進めようとしています。「人類と核は共存できない」という国民の怒りの声を結集し、脱原発を実現していきます。

5.「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」との決意を表明した日本国憲法前文は、戦禍を生き延びた先人たちの「国民総意」であると同時に、戦後日本の平和と繁栄を築く指針となってきました。社民党は、安倍政権による「戦争ができる国」づくりを阻止するとともに、「恒久の平和」を願ったこの決意の尊さを次世代に引き継いでいくことを誓います。


NHK
首相 今年も「加害責任」触れず

安倍総理大臣は「終戦の日」の15日開かれた政府主催の全国戦没者追悼式での式辞で、「歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻む」などと述べる一方、去年に続いて、アジア諸国に損害と苦痛を与えた責任には触れませんでした。

「終戦の日」に開かれる政府主催の全国戦没者追悼式での総理大臣の式辞では、例年、「先の大戦では、とりわけアジア諸国の人々に対し多大の損害と苦痛を与えた」などとする文言が盛り込まれており、安倍総理大臣も第1次安倍内閣当時の平成19年には言明しました。
しかし、ことしの式辞では「歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻む」などと述べる一方、去年に続いてアジア諸国に損害と苦痛を与えた責任には触れませんでした。
これに関連して菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、記者団が「去年の式辞に対して民主党の海江田代表らから批判が出ていたがどう思うか」と質問したのに対し、「総理大臣の式辞では、世界の恒久平和に能うる限り貢献し、万人が心豊かに暮らせるよう全力を尽くすと述べており、海江田氏の指摘は全く当たらない」と述べました。


河北新報
再建と誘客 両立に課題/(4完)岐路に立つ事業者/市街地再生の教訓・神戸と東北

<商店街整備>
 「被災事業者の経営再建と、新しい中心市街地のにぎわい創出をどう両立させるか。一番の課題だ」
 宮城県女川町のまちづくり会社「女川みらい創造」の幹部は、大きく息をついた。東日本大震災からの復興に向け、市街地の再生を託された。
 市街地は来年3月に営業を再開するJR女川駅を皮切りに、商業エリアの形成が計画される。町は集客性が高い公共施設も配置し、活性化を図る。
 駅から女川港にかけての目抜き通り沿いには、テナント型商店街が誕生する。自力での店舗再建が難しい事業者や、新規出店者の受け皿になる。
 みらい創造は施設の建設と管理運営、エリアの活性化を担う。町や商工会などの出資で6月に設立。役員は全て地元の経済人が務め、収入の柱はテナントの賃料だ。
<条件に困惑>
 商店街は来年秋に開業予定。建設費の大半は国の補助金を当て込む。整備方針や店舗数、収支見込みなど詳細な計画を国に提出し、認可を受けなければならない。
 オープンから逆算すると、計画に必要な出店者を固める期限は迫る。同社は7月下旬、事業者に賃料など入居条件のあらましを示した。「経費が高い」「営業時間が制約される」。困惑の声が上がった。
 事業者の多くは中心部に住宅兼店舗を構え、コミュニティーを大事に営業していた。賃料は掛からず、休業日や営業時間はそれぞれだった。
 激変する環境に、戸惑いや不安は尽きない。「賃料などが一般的な相場ということは分かる。ただ、被災した自宅の再建も背負う今の女川の事業者には、負担が重すぎる」。50代の女性商店主は、ため息をつく。
<空間演出を>
 人口が減る中、にぎわい創出には交流人口の拡大が不可欠だ。みらい創造は、海の眺望や体験観光など町の特徴を生かしたソフト事業を磨き、テーマ性のある空間づくりで集客を狙う。個々の店舗やエリア全体の魅力も欠かせない。
 60代の男性商店主は「次世代に残せる魅力的なエリアに生まれ変わるには、多少厳しくても客の視点に立ったルールや空間演出が必要。経営体力が求められる」と理解を示す。
 中心部を先行整備する方針を明確にし、国も「商業エリア復興のトップランナー」と認める女川町。一歩先んじる再生を前に、事業者は難しい決断を迫られている。(石巻総局・丹野綾子)

[女川町中心部の商業エリア再生]JR女川駅と町営温泉「ゆぽっぽ」の併設施設を軸に4.3ヘクタールの商業エリアの整備を計画する。自力再建店舗のほか(1)テナント型商店街(2)鮮魚や水産加工品の販売店が集まる「物産センター」(3)住民が集う「地域交流センター」(いずれも仮称)−などを整備。被災事業者の再建と併せて住民、観光客双方に魅力的な中心市街地形成を目指す。


朝日新聞
戦後69年の言葉―祈りと誓いのその先へ

 8月最初の土曜日、東京・渋谷で行われたデモ。「戦争反対」のコールが炎天下に響く。

 この69年間、日本において戦争といえば、多くは1945年8月15日に敗戦を迎えた過去の大戦のことであり、そうでなければ、世界のどこかで起きている悲惨な出来事だった。

 だが7月1日、集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、戦争は過去のものでも、遠くのことでもなくなった。

■戦争と日本の現在地

 国民的合意があったわけではない。合意を取り付けようと説得されたことも、意見を聞かれたこともない。ごく限られた人たちによる一方的な言葉の読み替えと言い換えと強弁により、戦争をしない国から、戦争ができる国への転換は果たされた。

 安倍首相は8月6日の広島、9日の長崎という日本と人類にとって特別な日の、特別な場所でのあいさつを、昨年の「使い回し」で済ませた。そればかりか、集団的自衛権に納得していないと声をかけた被爆者を「見解の相違です」と突き放した。

 見解の相違があるのなら、言葉による説得でそれを埋める努力をするのが、政治家としての作法である。ところが首相は、特定秘密保護法も集団的自衛権も、決着後に「説明して理解を得る努力をする」という説明を繰り返すだけ。主権者を侮り、それを隠そうともしない。

 男性23・9歳。女性37・5歳。敗戦の年の平均寿命(参考値)だ。多大な犠牲を払ってようやく手にしたもろもろがいま、ないがしろにされている。

 なぜ日本はこのような地点に漂着してしまったのだろうか。

 哲学者の鶴見俊輔さんが、敗戦の翌年に発表した論文「言葉のお守り的使用法について」に、手がかりがある。

 「政治家が意見を具体化して説明することなしに、お守り言葉をほどよくちりばめた演説や作文で人にうったえようとし、民衆が内容を冷静に検討することなしに、お守り言葉のつかいかたのたくみさに順応してゆく習慣がつづくかぎり、何年かの後にまた戦時とおなじようにうやむやな政治が復活する可能性がのこっている」

■お守り言葉と政権

 お守り言葉とは、社会の権力者が扇動的に用い、民衆が自分を守るために身につける言葉である。例えば戦中は「国体」「八紘一宇(はっこういちう)」「翼賛」であり、敗戦後は米国から輸入された「民主」「自由」「デモクラシー」に変わる。

 それらを意味がよくわからないまま使う習慣が「お守り的使用法」だ。当初は単なる飾りに過ぎなかったはずの言葉が、頻繁に使われるうちに実力をつけ、最終的には、自分たちの利益に反することでも、「国体」と言われれば黙従する状況が生まれる。言葉のお守り的使用法はしらずしらず、人びとを不本意なところに連れ込む。

 首相が、「積極的平和主義」を唱え始めた時。意味がよくわからず、きな臭さを感じた人もいただろう。だが「平和主義」を正面から批判するのはためらわれ、そうこうしているうちに、首相は外遊先で触れ回り、「各国の理解を得た」と既成事実が積み上がる。果たして「積極的平和主義」は、「武器輸出三原則」を「防衛装備移転三原則」へと転換させる際の理屈となり、集団的自衛権行使容認の閣議決定文には3度出てくる。

 美しい国へ。戦後レジームからの脱却。アベノミクス――。

 さあ、主権者はこの「お守り言葉政権」と、どう組み合えばいいのだろうか。

■8・15を、新たに

 「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」

 9日、長崎での平和祈念式典。被爆者代表として登壇した城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんがアドリブで発した、腹の底からの怒りがこもった言葉が、粛々と進行していた式典の空気を震わせた。

 ぎょっとした人。ムッとした人。心の中で拍手した人。共感であれ反感であれ、他者の思考を揺さぶり、「使い回し」でやり過ごした首相を照らす。

 まさに言葉の力である。

 デモ隊が通り抜けた渋谷でも、揺さぶられている人たちがいた。隊列をにらみつけ、「こんなことやる意味がわかんない。ちゃんと選挙行けよ」と吐き捨てる女性を、隣を歩く友人が苦笑いで受け止める。「戦争反対」とデモのコールをまねて笑い転げるカップル。日常に、ささやかな裂け目が生じた。

 お守り言葉に引きずられないためには、借り物ではなく、自分の頭で考えた言葉を声にし、響かせていくしかない。どんな社会に生きたいのか。何を幸せと思うのか。自分なりの平たい言葉で言えるはずだ。

 8月15日は本来、しめやかに戦没者を悼む日だった。しかし近年は愛国主義的な言葉があふれ出す日に変わってしまった。静寂でも喧噪(けんそう)でもない8月15日を、私たちの言葉で、新たに。

毎日新聞
8・15と戦争 記憶の継承の担い手に

 終戦記念日の8月15日は、正確には敗戦の日である。中国を侵略し、米国を奇襲攻撃した日本は、69年前のこの日、一億玉砕を叫びながら万策尽き果て、降伏した。無謀な戦争による犠牲者は、日本人だけで310万人、アジアでは2000万人以上にのぼるとされる。

 8月になると、新聞に戦争を振り返る特集が増える。夏だけの「8月ジャーナリズム」とやゆされたりするが、8・15が巡ってくるたび、内外の死者を静かに追悼し、戦争と平和について深く思いを致すのは、欠かせない儀礼である。
 ◇人を人でなくすもの

 来年は戦後70年の節目だ。戦後生まれの日本人が人口の8割を占め、戦争をじかに知る人は、大半が80代から90代の高齢者である。国民の記憶の中で戦争が風化し、戦争をゲーム感覚で考えたり、戦争への郷愁を口にしたりする風潮さえも、見受けられるようになった。

 残された時は少ない。戦争の記憶の継承は、未来を再び過たせないための、喫緊の課題だ。

 戦争を知らない世代でも、戦争体験者の語る言葉や書き残したもの、文学作品などを通じ、戦争の姿を思い描くことはできる。

 フィリピンでの戦争体験を「俘虜記」「レイテ戦記」などの文学に昇華させた大岡昇平は「兵士として、戦争の経験を持つ人間として、戦争がいかに不幸なことであるかを、いつまでも語りたい」と書いた(「戦争」岩波現代文庫)。その心情を受け止め、一人一人が記憶の継承の担い手となって、戦争の愚かさを伝えていくことが大切だ。

 学徒動員で沖縄戦を戦った元沖縄県知事の大田昌秀さんは、世界のさまざまな戦争の写真を集め、その残虐さを告発してきた。

 首をはねられる兵士、腹を裂かれた子供、焼け焦げた女性。目を背けたくなるような写真の数々を「人間が人間でなくなるとき」という題の記録集にまとめた大田さんは、次のように記している。「私たち個々人は、時と場合によっては、自らが容易に『非人間化』されてしまう存在であるばかりでなく、他人をも非人間化してしまう存在だということを確認する必要がある」

 戦争は、まさに「人間を人間でなくす」不条理であり、命の尊厳を踏みにじる狂気である。

 第一次世界大戦を描いた反戦文学として名高いレマルクの「西部戦線異状なし」は、主人公のドイツ人志願兵パウル・ボイメルの死を、読む者に知らせて終わる。

 ドイツ出身で、自ら第一次大戦に従軍した作者レマルクは、最後の場面を「その日は全戦線にわたって、きわめて穏やかで静かで、司令部報告は『西部戦線異状なし、報告すべき件なし』という文句に尽きているくらいであった」(新潮文庫版・秦豊吉訳)と描写した。

 第一次大戦の開戦から今年で100年。死者は最大で1500万人とされている。ボイメル志願兵も、歴史の片隅に埋もれていった、1500万分の1人だった。

 太平洋戦争では、米軍の東京大空襲により、一晩で10万人が犠牲になった。原爆は広島、長崎で20万人以上の命を奪った。ほかにも無数の都市爆撃があった。土岐善麿は、日中戦争をこう詠んだ。「遺棄死体 数百といひ数千といふ いのちをふたつ もちしものなし」
 ◇加害の責任も忘れず

 かけがえのない「生」の集積が、何万、何十万の犠牲である。その想像力を持つことが、戦死者を追悼するという行為である。

 であるなら、日本軍の犠牲になった、おびただしい数のアジアの死者も忘れてはならない。

 日中戦争、太平洋戦争の犠牲者はアジア全体に広がる。戦争の不条理と戦死の痛ましさに、国境はない。内外の死者を等しく追悼する誠実さを身に備えることは、アジアに計り知れない人的、物的被害を与えた日本の、当然の務めだ。

 戦争は、国と国を長きにわたって不和にし、憎しみの感情を植えつける。加害の記憶がともすれば忘れられがちなのに対し、被害の記憶はずっと残る。中国や韓国との根深い歴史対立は、加害者と被害者が、それぞれの歴史の記憶をどう継承していくかの摩擦でもある。

 歴史の記憶の仕方は、国によって異なるかもしれない。だが、その対立が、戦争の悲惨さを覆い隠すことになってはならない。

 今、集団的自衛権の論議で、武力行使のあり方が問われている。戦争には侵略に対抗する戦争も、人道支援が目的の、やむをえない戦争もある。軍事的抑止力を持つことは、平和のためにも必要だ。

 ただし、どのように始められ、どのように終わったとしても、戦争は国家と国民にむごたらしい傷と、負の遺産をもたらす。それが戦争の現実である。武力行使という言葉は、深く考えないままに、安易に使われるべきものではない。

 二度とあのような戦争は経験したくない、というのが、ほとんどの国民の願いだろう。平和を論ずるにあたっては、戦争の醜さと残酷さを、常に原点に置きたい。


毎日新聞
ヘイトスピーチ:ネット発言、在特会を提訴 在日朝鮮人ライター、18日にも

 インターネット上の人種差別的な発言で名誉を傷つけられたとして、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵(リシネ)さん(42)=東大阪市=が、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠会長や在特会に約550万円、また発言を掲載したインターネットサイト「保守速報」の運営者に約2200万円の損害賠償を求める訴えを、18日にも大阪地裁に起こす。専門家によると、在日への「ヘイトスピーチ」を巡り、個人が賠償請求する訴訟は初めてとみられる。

 李さんによると、桜井会長らは昨年初めから今年7月までインターネット上で、在日朝鮮人という李さんの出自を取り上げて、「不逞(ふてい)鮮人」などと蔑視、差別するような言葉を繰り返し投稿。「保守速報」も昨夏から今年7月まで同様の匿名による差別的な発言を掲載した、としている。

 ヘイトスピーチの法規制を研究する師岡康子弁護士(東京弁護士会)は「学校を攻撃対象とした朝鮮学校訴訟から発展して、今回の訴訟には、特定の個人に対するヘイトスピーチも違法だと確認する意義がある」と話す。【松井豊、後藤由耶】

中国国際放送局
中国外務省、安倍内閣閣僚の靖国参拝に断固反対

 日本の安倍内閣の閣僚の一部が15日、靖国神社に参拝したことに対して、中国外務省の華春瑩報道官は同日、断固反対する意向を表し、日本が責任のある態度で関連した問題を適切に処理するよう、改めて求めました。

 華報道官は「安倍内閣の閣僚が第2次世界大戦のA級戦犯14人が祀られている靖国神社に参拝し、日本の首脳が玉串料を納めたことは侵略戦争や靖国神社を美化するものであり、日本政府の歴史問題に対する誤った態度を再び反映したものだ。中国は断固反対する」と述べました。また、「靖国神社は、侵略戦争を発動した日本軍国主義の精神的な道具であり、象徴である。靖国神社問題の本質は、日本政府が侵略の歴史に対し、正しい認識を持つことができるかどうか、アジアの被害国の国民感情を尊重できるかどうか、今ある歴史問題に対し、立場や同意を守ることができるかどうかだ。日本が過去の侵略の歴史を真摯な態度で直視し、深く反省し、軍国主義と徹底して一線を画すことで初めて、安定した健全な中日関係の発展に戻ることが可能性になる」と強調しました。(万、山下)


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久しぶりにところてん/日本酒飲んでしまいました

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Ebola : le président guinéen décrète l'état d'urgence sanitaire

L'épidémie d'Ebola continue de s'étendre en Afrique de l'Ouest, où le président guinéen, Alpha Condé, a décrété l'état d'urgence sanitaire mercredi 13 août.
L'Organisation mondiale de la santé (OMS) a dressé un nouveau bilan de 1 069 morts sur plus de 1 975 cas, confirmés, suspects ou probables, essentiellement en Guinée, en Sierra Leone et au Liberia, trois morts ayant été enregistrés au Nigeria. Depuis le 11 août, 128 nouveaux cas et 56 morts ont été signalés.
Signe de la peur d'une contamination internationale, l'Allemagne a appelé ses ressortissants à quitter les pays d'Afrique les plus infectés, tandis que la Guinée-Bissau annoncait la fermeture de ses frontières avec la Guinée voisine ≪ jusqu'à nouvel ordre ≫.
DES TRAITEMENTS EXPÉRIMENTAUX AUTORISÉS
Mercredi 13 août, l'OMS a autorisé le recours à des traitements et vaccins expérimentaux non encore évalués chez l'homme, après la mort d'un prêtre espagnol ayant contracté le virus de la fièvre hémorragique au Liberia. Monrovia a recu le même jour le traitement baptisé ≪ ZMapp ≫, qui doit être administré à deux médecins libériens souffrant de la maladie.
En début de semaine, le secrétaire général des Nations unies, Ban Ki-moon, avait annoncé le renforcement prochain des actions de l'ONU contre l'épidémie, notamment l'envoi de personnels médicaux et de matériel de protection.

久しぶりに心太です.三杯酢がおいしいです.
埼玉のUeさんから「酒を飲むとメラニンが酷くなるぞ」とメールがあったのですが,飲みたくて日本酒を飲んでしまいました.

木曜ゴールデンワイド 「極旅5 達人と行くガイドに載らない(秘)ツアー」
その道を極めた達人が案内する、ディープな旅を楽しむ人気企画の第5弾!今回は、秘境駅、秘湯、ダム、廃道をテーマに旅します。“秘境駅の達人"が考案したツアーは「一泊二日!香川・徳島・高知 四国縦断秘境駅めぐり!」。“温泉の達人"推薦の秘湯は、冬になると大雪に覆われ営業中止になるという夏しか行けない東北に湧く山奥の秘湯。雄大な自然を見ながら浸かる野湯に感動!“ダムの達人"がお薦めするのは、北関東のダムの聖地めぐり。間近で見る放流は、腰を抜かすほどの迫力!“廃道の達人"推薦の旅は、使われなくなった旧道、トンネル、廃橋などを行く、獣道の探検。断崖絶壁にある旧道や、石の橋など冒険心をくすぐる廃道を楽しみます。達人だからこそ知っている穴場・意外なスポットの数々。ガイドブックには載っていない、ちょっと変わった旅を楽しみませんか?

河北新報
犠牲者悼む4度目の盆 東松島・野蒜

 東日本大震災から4度目の盆の入りを迎えた13日、被災した東松島市野蒜の長音寺では家族連れらが震災犠牲者や先祖の霊に手を合わせた。
 津波で本堂が流失し、敷地内に建てたプレハブで仏事を営む。墓石も多くが倒壊するなどし、爪痕が残る。水道は復旧せず、訪れた人はペットボトルなどで持参した水で墓を清めた。
 宮城県利府町の奥田功さん(70)は野蒜地区の実家が流失。義姉が犠牲になり、近くに住んでいた叔父と叔母も亡くなった。
 千葉県で暮らす娘の家族と妻とともに、造り直した墓に線香や花を手向け、冥福を祈った。奥田さんは「人の命は無常。里帰りしても周りの家などは全て流され、人もいない。寂しい」と話した。


河北新報
「復興期間延長を」被災地切実

 東日本大震災の被災自治体が、国の集中復興期間(2011〜15年度)の終了に危機感を募らせている。国が確保した25兆円の予算が枯渇し、2016年度以降は復興事業が絞り込まれる可能性があるためだ。今後本格化する事業も多く、被災地からは期間延長と財源確保を求める声が上がっている。(片桐大介)

<25兆円突破確実>
 震災に伴う津波で中心市街地が壊滅した宮城県女川町。宅地整備や災害公営住宅の中には、16年度以降の着工を見込む事業も少なくない。
 「町の最低限の機能を回復させる基幹事業は、国に面倒を見てもらわないと困る」。須田善明町長の口調に切迫感がにじむ。
 岩手、宮城、福島3県によると、復旧復興に必要な事業費の見込み額は表の通り。岩手、宮城両県は集中復興期間後となる16年度以降も防災集団移転、漁港・河川の整備、雇用創出などの推進を見込んでいる。
 原発事故対応に追われる福島県は、集中復興期間後の事業費は未定のまま。「住民の帰還見通しが立たない」(企画調整課)のが理由となっている。
 復興庁によると、復興事業費は国・地方の14年度当初予算段階で既に総額23兆円に到達した。15年度と16年度以降分を合わせれば、25兆円の枠を突破するのは確実な情勢だ。

<枠拡大言及なし>
  地域再生の途上で事業費が先細る事態を避けようと、青森、岩手、宮城、福島の被災4県は国に集中復興期間の延長を求める。7月10日には各県知事らが根本匠復興相や自民党本部を訪れ、要望書を提出するなどした。
 宮城県震災復興・企画総務課の担当者は「人材不足、資材の高騰で事業がさらに遅れる恐れもある。国を信じたい」と期間延長への期待感を示した。
 これに対し、根本復興相は「真に必要な事業は(16年度以降も)実施する」と繰り返すものの、予算枠拡大への言及はない。復興事業をめぐっては、政府内から「これまでの予算措置が例外的だった」との本音が漏れる。国政レベルの風向きは微妙な変化も感じられ、被災地の懸念は現実味を帯びつつある。
 国の方針がどうあれ、復旧後の地域活性化には自治体側の自助努力も欠かせない。女川町の須田町長は「『おねだり復興』はもはや理解されない。国に甘えずに進める覚悟も必要だ」と自戒を込めた。

[集中復興期間] 東日本大震災復興基本法に基づく基本方針の中で、政府が11年7月「(震災)当初の5年間」と定めた。当初は国・地方合わせた期間内の事業規模は19兆円程度に設定されたが、政府は13年1月、25兆円に拡充した。


河北新報
補助金頼らず集客図る/(3)インフラの発想転換/市街地再生の教訓・神戸と東北

<体育施設も>
 東日本大震災で津波被害は受けなかった岩手県内陸部の駅前開発事業が、市街地再生を目指す被災地の注目を集める。
 盛岡市の南に位置する人口3万4000の紫波町。JR紫波中央駅前で「オガールエリア」の整備が進む。
 メーンは官民複合施設。図書館、子育て支援施設などの公共施設と、飲食店や地場産品直売所といった商業施設が入る。農業が盛んな町の特色を生かしつつ、都市機能を集積する「農村と都市の共生」がコンセプトだ。
 敷地内に県フットボールセンターがあり、7月末には国内初のバレーボール専用体育館とホテルが開業。将来は町役場庁舎も移転新築される。

<融資で賄う>
 エリアを整備する「オガールプロジェクト」は、町とまちづくり会社「オガール紫波」、特別目的会社「オガールプラザ」の公民連携事業。長年塩漬け状態だった町有地11ヘクタールの開発を目指し、2009年に始まった。
 「地域の商店は、インターネット通販や大型店と競合する時代。町の中心イコール商店街という発想をやめ、消費目的ではない来場者を増やそうと考えた」
 オガールプラザ社長の岡崎正信さん(41)は、公共施設やスポーツを目的に訪れる人が買い物や飲食をする仕組みづくりを狙った。
 町と連携して公共施設を集め、フットボールセンターを誘致。複合施設はテナント入居者を固めてから規模や建設費を算出し、設計は公募した。
 国の補助金は当てにしなかった。岡崎さんは「建物のランニングコストは建設費の4倍。補助金頼みで立派な施設を造ると、後々大変になる」と説明する。
 複合施設は特別目的会社が約11億円で建て、公共施設部分を町に売却。残りの費用は町や政府系金融機関などの出資と銀行の融資で賄った。

<適正な規模>
 12年6月にオープンし、初年度の来訪者は70万人。目標の30万人の2倍以上だった。2年目は80万人と、さらに数字を伸ばした。
 「補助金に頼らず金融機関から資金調達を目指すことが、精度の高い計画策定や規模適正化につながる」と岡崎さん。人口減少が進む地方でこそ、民間の知恵や資本を生かした活性化策が必要と考える。
 「人口減少は止められないが、住む人が減っても活性化はできる。紫波を『住んで良かった』と思われる町にしたい」
 災害からの復興と事情は異なるが、人口流出に悩む被災地にとってヒントが潜んでいる。

[オガールプロジェクト] 紫波町が2009年に策定した公民連携基本計画に基づき、紫波中央駅前の町有地11ヘクタールを中心に進める都市整備事業。建築家や都市経営の専門家の意見を取り入れながら、「オガール紫波」と「オガールプラザ」を事業主体に、にぎわい拠点の形成を目指す。「オガール」はフランス語で駅の「gare(ガール)」と成長を意味する方言「おがる」を掛けた。

フランス語
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お盆の入り/精霊馬/迎え火しました

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O-Bon
O-Bon (お盆) ou simplement Bon (盆, sans le préfixe honorifique) ou Urabon est un festival bouddhiste japonais honorant les esprits des ancêtres. O-Bon existe depuis plus de 500 ans et fut importé de Chine où elle est appelée fête des fantômes.
Au fil des ans, cette fête religieuse s'est transformée en réunion de famille durant laquelle les gens des grandes villes retournent à leur ville natale et s'occupent des tombes de leurs ancêtres. Un festival de danse, le Bon-Odori ou danse Bon, est traditionnellement donné pendant ces trois jours. Ces jours ne sont pas fériés mais de nombreux japonais prennent des jours de vacances durant cette période et certaines entreprises ferment.

13日はお盆の入りの日です.キュウリとナスビで精霊馬を作って迎え火をしました.ほおずきや蓮の葉を買いに少し遠めのスーパーに行ったら,仙台麩が売っていました.ちょっとびっくりです.

河北新報
墓石の耐震化、東北で着々

 東日本大震災をきっかけに、東北では墓石の耐震化への関心が高まっている。転倒などで損壊した墓の修復に併せ、業者が工事依頼を受けるケースが増えた。金属棒の挿入や接着剤による固定といった技術開発も進んでおり、業界団体は「事故防止のためにも検討を」と呼び掛けている。(鈴木拓也)

<「震度7でも」>
 13日の盆の入りが近づいていた8月上旬、宮城県亘理町内の墓地。「下ろしていいよ」。クレーン装置でつり上げられた墓石の位置を確認すると、男性従業員は装置を操作する同僚に声を掛けた。
 転倒防止に向け、この日は墓石の間に2本のステンレス棒を挿入した。1本だと揺れで墓石が回転し、土台を傷付けるためだ。接着剤も併用して耐震性を高めた。
 作業に当たった石材店、菊地石材工業(亘理町)の菊地善孝社長(55)は「しっかり補強すれば震度7の地震でも倒れない。震災後は災害に備えたいという顧客が増えている」と話す。

<さらに普及を>
 石材店や関連業者でつくる日本石材産業協会(東京)によると、石の継ぎ目を加工する簡易な耐震化は20年以上前に始まった。その後、耐用年数が長い接着剤が開発され、金属棒や器具で固定する工法が普及し、改良も重ねられている。
 東北大研究チームの調査によると、震災では仙台市周辺だけで数百単位の墓石が倒壊したことが判明している。津波の直撃を受けた被災地全体では、被害規模が大きく膨らむのは間違いない。
 これまでも大規模地震による墓地被害があったものの、耐震施工の割合はまだ1割に満たないと業界関係者はみる。対応が各石材店に委ねられてきた上、先祖代々の古い墓地にあらためて手を加える人が少ないためだ。
 業界は2003年に研究会を設置し、報告書をまとめるなどして耐震技術の共有に取り組んでいる。日本石材産業協会の担当者は「墓石が転倒すれば人に危害が及びかねない。耐震施工をさらに普及させていきたい」と話している。


河北新報
犠牲者遺骨223柱 帰れぬ盆

 東日本大震災から4度目のお盆を迎える岩手、宮城、福島3県の沿岸自治体で、犠牲者の遺骨計223柱が家族の元に帰らぬままになっている。身元不明が大半だが、身元が分かっても引き取り手がないケースも含まれる。安置のため、被災地では納骨堂を建設する動きが出ている。

 3県の沿岸37市町村に7月下旬に聞いたところ、17市町が遺骨を預かっていると回答した。県別の安置状況は表の通り。自治体別では岩手県大槌町が77柱と最も多く、石巻市38柱、気仙沼市20柱と続いた。福島県はいわき市の1柱だった。
 全体の9割に当たる210柱は身元が分かっていない。うち頭部を含む状態で見つかったのは84柱にとどまる。
 身元が判明しても安置されたままのケースは宮城県で13件あった。遠戚しか引き取り手がおらず、親戚同士の話し合いがつかないなどの事情があるという。
 遺骨の多くはプレハブの簡易施設などで安置されている。宮城県女川町は昨年8月に設置した納骨堂で安置し、陸前高田市は共同墓地を整備した。3寺院に預けている大槌町も、不明者家族が訪れやすいよう納骨堂を建立する方針を固めている。


河北新報
手を合わせ復興に感謝 震災後4度目盆の入り

 東日本大震災から4度目の盆の入りを迎えた13日、仙台市内の寺院には家族連れや帰省客らが墓参りに訪れた。本堂や墓地の復旧が進んだ寺院も増え、檀家(だんか)らは思いを込めて震災犠牲者や先祖を供養した。
 津波でヘドロが入った本堂などを6月までに復旧させた若林区三本塚の昌林寺には、早朝から墓前に花や線香を手向け、故人の冥福を祈る姿が見られた。
 近くに住む会社員佐藤一彦さん(59)は「津波で犠牲になった伯父や先祖の供養で墓参りに来た。震災から3年余りで津波被害を受けたご近所も戻りつつあり、心強くなっている」と話した。
 仙台管区気象台によると、13日の宮城県内は高気圧に覆われ、全域で晴れ渡った。正午までの最高気温は仙台28.6度、登米市米山30.5度、女川30.2度、丸森30.1度など。
 14日は気圧の谷の影響で曇りか雨となる見込み。気温は仙台、古川、石巻で27〜28度と予想されている。


河北新報
ボランティアら不明者捜索に参加・気仙沼

 気仙沼署は12日、気仙沼市岩月千岩田の海岸で、東日本大震災の行方不明者の集中捜索を行った。夏休みなどを利用して訪れたボランティアと署員の計50人が参加した。
 署員らは午前10時に黙とうをささげ、活動を開始。台風11号の影響で砂浜に打ち上げられた海藻をよけながら、熊手などで砂をかき分けた。約5時間の捜索で、長さ10〜30センチの人骨とみられる骨片13本が見つかった。
 兵庫県篠山市の小学校教諭多根正明さん(43)は夏休みのたびに支援で被災地を訪問。1995年の阪神大震災では何の支援もできず自責の念を抱えているといい「少しでも被災地の役に立ち、現状を教え子たちに伝えたい」と汗をぬぐった。
 相模原市の東京工芸大准教授甲斐雅裕さん(53)も「いつ復興するのか、被災地は先の見えない不安がある。力になり続けたい」と誓った。
 一般社団法人気仙沼復興協会によると、協会が受け入れたことしのボランティアは前年(約6900人)の6割ほどで推移しており、積極的な参加を呼び掛けている。


NHK
被災3県 100近くの寺 再建進まず

東日本大震災の発生から3年5か月がたちましたが、宮城、岩手、福島の3県では100近くの寺が、被災後も本堂を建て直せなかったり原発事故の避難区域に入ったりして再建が進んでいないことが、NHKの取材で分かりました。

東日本大震災の被災地は、震災のあと4度目のお盆を迎えました。
これを前にNHKは、被害が大きかった宮城、岩手、福島の3県に寺がある主な15の宗派を対象に、寺の被害や復旧の状況について取材しました。
その結果、宮城と岩手にある合わせて1424の寺のうち、床上まで水につかるなど半壊以上の被害を受けたのは201で、このうち5分の1に当たる42の寺が今も本堂を建て直せないままでした。
また、福島県では1429の寺のうち半壊以上の被害を受けたのは172で、このうち今も再建できていない寺と原発事故で避難区域になっている地域の寺とを合わせて56の寺が元の状態に戻っておらず、3つ県を合わせると少なくとも98の寺が再建できていないことが分かりました。
再建が遅れている背景について各宗派は、檀家の多くが被災して再建のための寄付を集めるのが難しくなっていることのほか、寺がある場所のかさ上げ工事が遅れていることなどを挙げていて、被災地の復興の遅れが、慰霊の場となる寺の再建にも影響を及ぼしている実態が浮き彫りになりました。


河北新報
ハードより個性重視で/(2)反面教師の自戒/市街地再生の教訓

<復興失敗例>
 阪神大震災で被災した商店街の再生にずっと懸けてきた。その経験が、東日本大震災の被災地で役立てられると信じる。
 神戸市新長田駅南地区の大正筋商店街で、日本茶販売店を経営する伊東正和さん(65)。火災で焼失した商店街は、市の大規模再開発計画で生まれ変わった。
 「自分たちの復興は失敗例。同じことを繰り返してほしくない」。宮城県南三陸町などを何度も訪れ、自戒を込めて商店街関係者に助言する。
 大正筋商店街の商店主たちは、再開発の高層ビルで低層階に設けられた商業フロアで営業を再開した。木造の商店や住宅、工場が混在していた街並みは美しくなった。

<乏しい魅力>
 経営的には苦しくなった。震災前はなかったビル管理費などが発生。常連客が地元を離れるなど客足は落ち、にぎわいを取り戻せずにいる。
 再開発のメリットばかりが強調され、管理費などの負担は説明されなかった。市には山ほど文句がある。ただ、客離れの原因は「行政主導の再開発のせいばかりではない」と考えている。
 市は昨年、商店主や買い物客らを対象に、商店街に関する調査を実施した。品ぞろえや店自体の魅力不足、商店主や常連客の高齢化、商店街全体のルールの欠如…。数々の課題が浮かび上がった。
 「全国の商店街に共通する課題。ここで生きると決めた以上、文句を言うより状況を立て直さないといけない」。伊東さんは現実を受け止め、先を見る。
 以前から「そばめし」など地元の名物を生かしたまちおこしに取り組んできた。市が旗を振る官民共同の活性化プロジェクトにも加わる。

<テーマ大切>
 東北の被災地で説くのは、ハードに頼らない復興だ。行政はきれいな街をつくりたがるが、下町風情といった元の魅力は失われる。
 「価格競争では大型店に勝てない。生き残るのは独自のこだわりを持つ店で、テーマ性のある商店街。店の自信は何か、何をテーマに商店街を再生させるか。よく考え、知恵を出し合うべきだ」。経験に裏打ちされた助言は説得力を持つ。
 「仮設店舗から本格営業に移るまでに気力、体力、財力と顧客がどれぐらい残っているかを把握し、損益分岐点を計算すること。場合によっては、ハッピーリタイアも一つの選択だ」
 個々の商店主に向ける言葉には、厳しさの中にも同じ被災者として思いやりとエールが込められている。

[新長田駅南地区の活性化策]地元の商店主らでつくるNPO法人「KOBE鉄人PROJECT」が2009年、神戸市出身の漫画家、故横山光輝さんの代表作「鉄人28号」の巨大モニュメントを公園に設置。商店街に「三国志」のギャラリーを設けた。交流拠点となるコミュニティーハウスの開設といった市や商店街などによる「くにづかリボーンプロジェクト」も始まった。

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日航機事故から29年/眠くて仕事にならない/立秋

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Vol 123 Japan Airlines
Le 12 août 1985, le Boeing 747SR-46 opérant le vol 123 de Japan Airlines s'écrase dans les environs du mont Osutaka, dans la préfecture de Gunma, au Japon, à 100 km de Tokyo. En nombre de morts, cet accident reste dans l'histoire comme le pire impliquant un seul appareil et le deuxième après celui de Tenerife. Il y a 520 morts parmi les 524 personnes à bord.
Quatre passagères survivent au crash. Elles sont alors assises côte-à-côte dans la rangée 56 : Yumi Ochiai, 25 ans, une hôtesse de l'air de la compagnie JAL, coincée entre plusieurs sièges ; Hiroshi Yoshizaki, une femme de 34 ans et sa fille de 8 ans Mikiko, trouvées dans la section intacte du fuselage ; et une jeune fille de 12 ans, Keiko Kawakami, trouvée assise sur une branche au sommet d'un arbre.

立秋です.つまり暦の上では秋ということ.
今日も仕事ですが眠くて仕事になりません.

8.12日航機墜落30回目の夏生存者が今明かす“32分間の闘い”〜ボイスレコーダーの“新たな声”
 悲惨な航空機事故から30回目の夏を迎える8月12日。午後6時半から墜落現場である御巣鷹山と中継をつなぎ、『8.12日航機墜落 30回目の夏 生存者が今明かす“32分間の闘い"ボイスレコーダーの“新たな声"』をお届けする。  壮絶な事故の貴重な生き証人・吉崎博子さん(清水美沙)の思い。記憶よりも記録して残したい…。吉崎さんの証言、他の乗客の遺品、御遺族の協力などをもとに、緊迫の機内を初めてドラマ化。唯一残された機内写真の奥に秘められた真実が明らかになる。また、激しく揺れる機内で夫・正勝さん(羽場裕一)が、「子供よろしく」と自分に宛てて書いた遺書に応えようと生きてきた谷口真知子さん(有森也実)が闘い続けた29年の歳月も初めてドラマ化する。  さらに123便の挙動を最新技術で映像再現。あの日、爆発音が起きた午後6時24分から墜落までの32分、高濱雅己機長以下3人が刻んだ奮闘、そして123便の航跡・挙動を完全映像化する。  そして川上慶子ちゃんを救出した、陸上自衛隊空挺団元隊員が新事実を語る。救出後のヘリコプター機内を捉えた2枚の写真もテレビで初公開!  30回目の夏を迎える御巣鷹山の悲劇。フジテレビ制作スタッフが取材に取材を重ねて得ることができた新事実を盛り込み、事故を風化させない、させてはいけない、後世にできるだけ真実を伝えたい…という思いをこめてお届けする。 清水美沙  羽場裕一  ・  池内万作  有森也実

朝日新聞
日航機墜落29年 雨の中、遺族ら慰霊登山

 520人が犠牲となった1985年の日航機墜落事故から29年の12日、群馬県上野村の墜落現場「御巣鷹(おすたか)の尾根」に、早朝から遺族らが慰霊登山に訪れた。雨空の下、足元を確かめながら、斜面に点在する銘標に手を合わせていた。

 夫孝之さん(当時29)を亡くした小沢紀美さん(58)=大阪府豊中市=は「毎年毎年登っていて、今年は雨で、いつもと違った山の様子を見せてくれたのかな」。そして、「とにかく夫の死を生かしてほしいという思いが強くなりました。これからも、遺族同士支え合いながら進んでいきたい」と話した。事故当時おなかにいた息子の秀明さん(28)=兵庫県明石市=は「今年もまた来たよ」と父に語りかけ、「事故の後に生まれた世代として、しっかり伝えていきたい」と決意を新たにしていた。

 墜落した123便の機長だった高浜雅己さん(当時49)の妻淑子さん(70)は「見守ってください」と銘標に語りかけた。12日に登るようになったのは、事故から4年ほど経ってからだという。「同じ遺族でも、乗客と乗務員では違うものがある」。墜落機を運航した乗務員の家族として、つらい思いも抱えてきた。「空の安全と、ご遺族の方が元気に過ごせるよう、お祈りしました」(池畑聡史、藤田太郎)


毎日新聞
日航機墜落:事故29年 命の重み、忘れないで 50歳女性、亡き母と同い年に

 520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から12日で29年になるのを前に、群馬県上野村の墜落現場「御巣鷹の尾根」のふもとの神流(かんな)川で11日夜、犠牲者を追悼する灯籠(とうろう)流しがあった。事故で亡くなった藤原美代子さん(当時50歳)の長女、森下玲子さん=東京都豊島区=は母と同じ年齢になり、家族5人で参加。ロウソクのともった灯籠200個以上がゆっくりと川を下るのを見守った。

 森下さんは当時、就職活動真っただ中の大学4年生。事故当日に父の勤務先と同じ大手商社に内定が決まり、自宅に帰ると、母は「おめでとう、良かったね」と喜んでくれたという。この数時間後、母は神戸市内の親戚に会うため自宅を出た。森下さんは「行ってらっしゃい」と見送ったが、母は事故機に搭乗し帰らぬ人になった。

 「ウエディングドレスはどれが似合うと思う?」「初めての出産の時はどんな感じだったの」。女性として母に相談したいことは山ほどあった。

 今年6月、事故の遺品や機体を展示する日航安全啓発センター(羽田空港)を初めて訪れた。事故の直接原因とされる機体後部の修理ミスを確認し「このために520人の関係者がどれだけ泣いたのだろう」。体の震えが止まらなかった。

 墜落事故から29年を前にした11日午前、森下さんは家族5人で登山道を登り、母の石碑が建つ尾根へ。森下さんと次女の実莉(みのり)さん(17)はバイオリンを弾くことができ、2人で「上を向いて歩こう」を演奏した。母と事故機に乗り合わせて亡くなった坂本九さんの名曲で、つらい時期を支えてくれた歌という。森下さんは「コーラスが好きだった母はきっと一緒に歌ってくれたと思う。これから先はお母さんの分まで一生懸命生きるからね」と涙ぐんだ。この日に流した灯籠に森下さんは「命の大切さ無駄にしないで」と書き込み、「命を預かる人が少しでも安全に気をつければ、なくせる事故は必ずある」と語った。【田ノ上達也】


毎日新聞
日航機事故:追悼ろうそく520本 御巣鷹の尾根慰霊の園

 520人が犠牲になった日航ジャンボ機墜落事故から29年になる12日、群馬県上野村の墜落現場「御巣鷹の尾根」のふもとにある「慰霊の園」で追悼慰霊式が営まれた。遺族ら229人が祭壇に献花した後、520本のろうそくをともし、故人に思いを巡らせた。

 公益財団法人慰霊の園理事長を務める神田強平・上野村長は式辞で「(この地を)世界的な規模で空の安全を考え、事故を防ぐための戒めの心を持たせる発信基地としていくことが我々の務め」と述べた。

 この日は午後4時までに68家族計226人が慰霊登山した。尾根の慰霊碑に花を供えた日本航空の植木義晴社長は「二度と事故を起こさないと御霊(みたま)に誓った」と話した。【畑広志】


朝日新聞
あの人、あの街、刻む盆 東日本大震災の被災地

 東日本大震災の被災地は4度目のお盆を迎える。復興に向かうなか、震災の記憶が薄らぐまちもある。月命日の11日、大切な人への思いを心に刻んだ。

 ■息子へ、おめえのこと立派と思う 福島・浪江

 福島市の仮設住宅に一人で暮らす鈴木竹子さん(86)。11日、居間の仏壇に向けて手を合わせた。

 遺影の中でほほえむのは長男の謙太郎さん(当時64)。あの日、「水門が心配だ」と避難した福島県浪江町の高台から海に向かった。町に管理を委託されていた。40日後、海沿いのがれきの下で見つかった。

 震災前は一緒に園芸を営んでいた。パンジーやツタの販売が軌道にのり、取引の車が次々と訪れる忙しい毎日。だが、謙太郎さんは近所の人と1時間も立ち話。「いつまでも無駄話をして」。竹子さんはよく叱りつけていた。

 震災2カ月後の葬儀。親族にしか伝えなかったが、訪れたのは百数十人。関東に避難した友人も来た。「酒席でケンカの仲裁をしてくれた」「いつも裏方で支えてくれた」。弔問者が竹子さんの知らない謙太郎さんを教えてくれた。

 「おれ怒ってばかりいたなあ。どうして『おめえは人に慕われてるなあ』『人の相談に乗って偉いな』と言ってやれなかったのか」

 仮設住宅で自家製の漬物や軒先にできるスイカを分けると、相手は笑顔でお礼を言ってくれる。謙太郎さんが大事にした人のつながりが身にしみる。

 8人いた家族は避難でバラバラになったが、お盆には浪江町に残る墓に一緒にお参りに行く。「おめえのこと、立派な息子だって思ってる。1日だって忘れたことはないよ」。そう伝えるつもりだ。

 (小坪遊)

 ■故郷の思い出、決して忘れない 岩手・釜石

 津波に襲われ、更地が広がる岩手県釜石市鵜住居町。国道沿いにあるプレハブの花屋に、墓などに供える花を買う人が訪れる。

 「防災センターはどこですか」。11日、千葉から来たという中年の夫婦が訪れた。「祖母が犠牲になって」。店主の田中ゆかりさん(47)がすぐ裏の跡地を案内した。夫婦は花束を手向けた。

 自身も母の東梅キタさん(当時67)を防災センター辺りで亡くした。水産加工会社で働きながら育ててくれた。小学1年から通わせてくれた生け花教室で取った師範の資格をいかし、震災後に花屋を始めた。

 この夏は開店して3度目のお盆だが、店に来る客が減っている。200人以上が犠牲になったとみられ、毎月11日に多くの遺族が訪れた防災センターが2月に解体された。お盆の後はかさ上げ工事が本格化する。

 「かつてのまちの記憶が徐々に薄れそうで怖い。若い人は戻ってくるのかな」。様変わりしていく一帯を複雑な思いで見つめる。

 自身は14日、母の眠る寺の墓に参る。日々の暮らしに精いっぱいで、母を失った寂しさはまだ実感できないが、「母、そして生まれ育ったまちの思い出は決して忘れない」と思う。

 (山浦正敬)

 ■父の言葉を胸に生きてみせる 宮城・南三陸

 犠牲者を追悼する花火が11日、宮城県南三陸町の夏祭りで打ち上げられた。空を見上げた及川渉さん(32)は、父逸也さん(当時56)を思い浮かべた。

 忘れられない言葉がある。「自分が思ったように生きなさい」。高校卒業の直前、動物好きで獣医師にあこがれ、浪人して進学したいと伝えた時だった。

 1年後、岩手大農学部に入学したが、獣医師になれる学科には進めず、東京のペットフード会社に就職。1年で辞め、仙台で職を転々とするなかで震災が起きた。町に戻ると、町幹部の父は防災対策庁舎で津波の犠牲となっていた。

 父の期待に応えられなかった自分。2歳年上の兄聖(たかし)さん(当時31)も亡くし母(59)と避難暮らし。1年後、地元の同年代の仲間に声をかけられた。「町のために働かないか」。復興の仕事を請け負う一般社団法人をともに立ち上げた。

 地元米での酒造りや住宅高台移転に向けた意見集約を担うが、住民の合意づくりは難しい。でも、まちづくりは父が取り組んだ仕事。決めた以上は自分の責任で生きるよう諭した父の言葉を思い出した。

 活動を始めて2年半。ボランティアにも関わるようになり、この日の花火は会場設営を手伝った。「もっと自分が思ったように生きる」。いつか町に飲食店を開く夢も膨らんでいる。

 (古庄暢)

 ■被災3県、続く捜索

 警察庁によると、東日本大震災の死者は8日現在、1万5889人。宮城が9538人と最多で、岩手4673人、福島1611人などとなっている。

 行方不明者は2609人で、宮城1269人、岩手1132人、福島204人。3県警は捜索を続け、毎月11日前後は海沿いや住民の要望があった場所を集中捜索している。行方不明者のDNAを確認できる持ち物などを親族に出してもらい、身元確認に備えている。


毎日新聞
東日本大震災:復興誓う大輪 3県12カ所・資金難越え

 東日本大震災から3年5カ月を迎えた11日、震災犠牲者への追悼と復興への願いを込めた花火イベント「ライトアップニッポン」が被災3県の12カ所であり、2万発が夏の夜空を彩った。

 288人の死者・行方不明者(宮城県まとめ、8日現在)を出した同県亘理(わたり)町の会場は、約1500人が集まり、津波で娘が行方不明の夫婦は「空の上からも花火を見てほしい」と涙ぐんだ。今年で4回目だが、協賛金や寄付の減少で存続の危機が続く。実行委の亘理町担当、松宮純恵さん(30)は「地元の方々と来年以降も歩んでいきたい。子どもの笑顔が何よりの力になる」と話した。【近藤綾加】


河北新報
震災から3年5ヵ月 あす4度目お盆入り

 東日本大震災から4度目となるお盆が巡ってくる。震災発生から11日で3年5カ月。津波被害を受けた被災地では、行方不明のまま死亡認定された犠牲者も少なくない。「あの日から時が止まったまま」「遺骨だけでも見つかってほしい」。不明者家族は割り切れない心情のまま、思い出と向き合う。

◎釜石・田中教之さん(45)/自宅解体心に整理

 電気工事業田中教之(のりゆき)さん(45)は今夏、被災した岩手県大槌町吉里吉里の自宅兼事務所を解体することに決めた。ことし3月、釜石市内に自宅を再建している。
 母キョウさん=当時(69)=は見つかっていない。遺品となった携帯電話と車の鍵は、被災した自宅の台所で見つけた。
 携帯電話の最後の履歴は午後3時16分。田中さんへの発信だった。電話はつながらず、その直後、津波が襲った。最後に何を言いたかったのか。いまは知るすべもない。
 「悔しいが、これで心の整理がつくのかもしれない」と田中さん。現地で再建しようと、震災後いち早く修理し、事務所に使っていた。その後持ち上がったかさ上げ計画。母が最期を迎えた場とみられる自宅を解体せざるを得なくなった。
 釜石市や宮古市など遠方の避難所や遺体安置所もくまなく捜した。寺から戒名をもらい、2012年3月には死亡届を出した。位牌(いはい)に手を合わせて弔うものの、「どこかで生きていて」と願う気持ちは抑えられない。
 震災後3回迎えたお盆は、奇跡的に流失を免れた仏壇と先祖の遺影を仮設住宅から戻し、妻と子ども4人の家族で、被災した自宅で過ごした。
 ことしは新居で初のお盆を迎えた後、大槌の元の自宅で数日過ごす最後の夏になる。
 漁業を営んでいた夫を30代で亡くしたキョウさん。町社会福祉協議会に定年まで勤め、家を支えたしっかり者だった。「前を向き、一生懸命生きることが母の供養になる」。田中さんは自らにそう言い聞かせている。


◎南相馬・桜田ヨシ子さん(65)/時間止まったまま

 「あの時のまま止まっているような感じ。亡くなったと思えない」。南相馬市原町区の借り上げアパートで暮らす桜田ヨシ子さん(65)は、夫房信さん=当時(67)=の遺影に目を向けた。
 同区下渋佐にあった自宅は津波で流された。房信さんは近くの水門を閉めに出掛け、行方が分からなくなった。
 4カ月後に死亡認定を受けた。寺で戒名をもらったが、遺体が見つかったわけでもなく、葬儀を営む機会を失ったまま時間が過ぎた。
 自宅が流されて遺品と呼べる物はない。遺影の脇に置いた骨つぼには、漁師だった房信さんが仕事をしていた納屋の土を入れた。
 み霊が戻ってくる4度目のお盆。「本当にどこにいるのか。骨でなくても何か見つかってくれれば」。桜田さんがつぶやいた。

◎石巻・門馬恵子さん(56)/お墓に制服納める

 石巻市の門馬恵子さん(56)は気仙沼署鹿折駐在所で勤務していた夫の勝彦さん=当時(52)=が見つかっていない。
 昨年建て替えたお墓には制服を納めた。「亡くなってお墓に入るのが当たり前と思っていたけれど、そうじゃないこともあるのね」
 夫との再会を果たせないまま、時間だけが無情に過ぎていく。気仙沼市の風景はがれきから土盛りに変わった。駐在所跡地には、工事の作業員に事情を話して花を供えている。1人だった孫は2人に増えた。
 自身の生活も少し変化した。昨年、気晴らしに家庭菜園を始めた。カボチャやトマト、キュウリ…。土いじりの経験はほとんどなかった。
 「お父さんがいたらびっくりしているよ」。門馬さんは勝彦さんに語り掛けるように話した。


河北新報
かさむ経費 商店主圧迫/(1)巨大再開発の誤算/市街地再生の教訓・神戸と東北

 東日本大震災から3年5カ月が過ぎ、被災地では中心市街地の復興も動きだした。多額の予算が投じられるが、過疎化や高齢化といった震災前からの課題は深刻さを増す。阪神大震災後の再開発などを通して、市街地再生の教訓を探る。(石巻総局・丹野綾子)

<少ない客足>
 高層ビルの下に広がるしゃれた商店街は、あちこちでシャッターが下りていた。買い物客はまばら。閑散としている。
 神戸市のJR新長田駅南地区の大正筋商店街。一帯はかつて、商店や住宅、ケミカルシューズ工場がひしめく下町だった。1995年の阪神大震災で大規模火災に見舞われ、焼け野原と化した。
 市は「西の副都心」と位置付け、国内最大規模の再開発を計画した。総事業費は2710億円。立ち並ぶビルの地下1階から地上2階まで、商業フロアを整備した。
 街は生まれ変わった。震災前からの商店主たちが市から商業フロアを買い、商売を再開。華々しい再出発となるはずだった。

<毎月80万円>
 当ては外れた。客足は戻らなかった。
 「街をきれいにしたからといって客が来るわけではない。身の丈に合った復興をするべきだった」。商店街に面した再開発ビルの2階で、母親の代から続くオーダーメード婦人服店を営む阿多澄夫さん(65)は、ため息交じりに語る。
 10年前、50平方メートルの店を借金して購入した。震災前はなかった共用部分の管理費や修繕積立金などが生じ、固定資産税も上がった。借金返済を含め毎月の経費は80万円に上った。
 負担増に見合う売り上げはなく、リーマン・ショックが追い打ちを掛けた。店を売ろうと決めたが、不動産価値は大幅に下落。売却もできないまま、店を続けている。
 売れ残った商業フロアはテナントとして貸し出された。ビルを管理する市の第三セクター「新長田まちづくり会社」を相手に、一部の商店主たちは「管理費が高過ぎる」と返還請求訴訟を起こし、商店主同士の対立も生まれた。

<災害に便乗>
 阿多さんに「行政主導の再開発は失敗だった」という不満は残る。それでも今は、商店街の集客力アップという本来の目標に目を向ける。
 民間研究団体「兵庫県震災復興研究センター」の出口俊一事務局長(66)は、新長田駅南地区の状況を「復興がもたらした災害」と指摘し、東日本大震災の被災地にも警鐘を鳴らす。
 「市が『創造的復興』と称して高コスト体質になる再開発を進めた結果、商店主たちは疲弊した。復興を契機にあれこれやるのは災害への便乗。東北でも同じことが起きているのではないか」

[神戸市新長田駅南再開発事業]阪神大震災から2カ月後、神戸市が新長田駅南地区の再開発計画を決定。約20ヘクタールのエリアに最高30階の高層ビル44棟を建て、商業エリアやマンションを整備する計画で、現在も工事が行われている。マンション3000戸はほぼ埋まったが、商業フロア7万7000平方メートルは半分近くが売れ残っている。


河北新報
津波でカナダに漂着、山元の境界くい 無事返還

 東日本大震災の津波で流失し、太平洋を渡ってカナダに漂着した宮城県山元町の境界くいが11日、仲介した学生ボランティアの手で山元町に返還された。約7500キロ離れた住民が大切に保管していた。戻ってきたくいは公開され、震災の記憶を後世に伝える。
 くいはプラスチック製で約60センチ。町有地と民有地の境界を示すために打ち込まれるもので、沿岸部から津波により流されたとみられる。
 昨年3月、カナダ南西部にあるブリティッシュコロンビア州ユークレットという町の海岸に漂着した。約1年後、日本から漂着がれきの撤去作業に訪れたNPO法人国際ボランティア学生協会(イビューサ、東京)の学生らが町長から返還を託された。
 町勤労青少年ホームで11日に開かれた返還セレモニーには、山元町内で活動中のイビューサの学生約210人が出席。代表の3人が町まちづくり整備課の森政信課長にくいやユークレットの航空写真などを手渡した。
 森課長は「大切に取り扱ってくれた現地の方や皆さんに感謝したい。日本と世界がつながっていることが町民の心の支えになる」と喜んだ。くいは町中央公民館のロビーで公開し、イビューサを通じてユークレットに謝意を伝えるという。
 学生代表の谷口峻也さん(20)=立命館大3年=は「大津波の記憶を後世に伝えてほしい。返還を通じ、ユークレットと山元の間に交流が生まれたらうれしい」と願った。学生たちは7〜11日、町内の被災寺院で墓から流出した遺骨を土と選別し、供養する作業に当たった。
 山元町は津波で沿岸部の集落が被災し、635人が犠牲になった。2012年4月には、流された町民のオートバイが同州のグレアム島に漂着したのも見つかった。

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東日本大震災から3年5ケ月/大阪に帰ってきました

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Mais c'est surtout la gare Monparnasse, reconstruite à la fin des années 1960, qui offre une physionomie moderne ne rappelant pas l'architecture indusrielle du XIXe siècle. On peut se rappeler aussi que le musée consacré au XIXe siècle, le Musée d'Orsay, était d'abord une gare, construite en 1900, avant de devenir un musée en 1986.
ただ1960年代末に改修されたモンパルナス駅は現代的な構えで,19世紀,産業革命期の建築の面影もない.19世紀美術を展示する美術館であるオルセー美術館も,当初は駅であり(1900年築),1986年に美術館に姿を変えた.
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

東日本大震災から3年5ケ月です.といって感傷に浸ってはいられません.大阪に帰ってきたのでお仕事頑張らねばなりません.

朝日新聞
名取・閖上で慰霊碑除幕式 東日本大震災から3年5カ月

 東日本大震災から3年5カ月がたった11日、宮城県名取市で震災犠牲者の慰霊碑の除幕式があった。市が閖上(ゆりあげ)地区の旧日和山公園のそばに設置し、芳名板には名取市民の犠牲者と市内で亡くなった人の計944人の名が刻まれた。

 佐々木一十郎(いそお)市長らとともに綱を引いた高校2年生の格井晶吾さん(16)は、祖父善治郎さん(当時80)と祖母はるさん(同76)を亡くした。「刻まれた名前を見て、昔の楽しい思い出がよみがえった。今後もここへ祖父母に会いに来たい」と話した。

 高さ8・4メートルの慰霊碑は、犠牲者が天に昇ってゆく姿と、復興への決意を新たにする人々の姿を重ねて表現している。前面の碑石には公募で選ばれた「亡き人を悼み 故郷を想(おも)う 故郷を愛する御霊よ 安らかに」という言葉が刻まれた。この言葉を紡いだ海川高さん(54)は「この場所が、閖上地区に住んでいた人の安らぎの場所になれば、と考えた」と話した。(辻隆徳)


NHK
震災3年5か月 名取に慰霊碑

東日本大震災の発生から3年5か月となる11日、津波で大きな被害を受けた宮城県名取市で震災で犠牲となった人たちをしのぶ慰霊碑が完成し除幕式が行われました。

この慰霊碑は3年前の震災で犠牲となった人たちをしのぶとともに、震災の記憶を語り継ぐため名取市の閖上地区に建てられました。
11日は慰霊碑の完成にあわせて除幕式が行われ、名取市の佐々木一十郎市長や遺族など400人余りが参列しました。
慰霊碑には市民から寄せられた犠牲者を追悼する文章が刻み込まれています。
また慰霊碑とともに植物の芽をイメージして建てられた塔は、地面からの高さが8.4メートルあり、3年前の震災でこの地域を襲った津波の高さを表しています。
参列した人たちは慰霊碑に祈りをささげたあと、犠牲となった人たちの名前が書かれたボードの前に集まり家族や友人の名前を探す姿が見られました。
1人息子を亡くしたという71歳の女性は「この場所に来るのはつらかったです。息子が残してくれた震災当時、生まれたばかりの孫も3歳になりました」と話していました。
また友人を亡くした80歳の男性は「慰霊碑ができたことで残された人たちにとっては故郷を守っていかなくていけないという思いを強くしたと思います」と話していました。

毎日新聞
大震災3年:閖上で944人の名刻んだ慰霊碑を除幕

 東日本大震災から3年5カ月がたった11日、津波で大きな被害を受けた宮城県名取市閖上(ゆりあげ)で慰霊碑の除幕式があった。芳名板には、同市内で犠牲になった1000人近くのうち了承が得られた944人の名前が刻まれ、参列した遺族が次々と献花して愛する人をしのんだ。

 閖上で被災した佐藤智恵子さん(73)は、行方不明のまま死亡認定された夫章吾さん(当時72歳)の名前を刻んだ。「今まではお参りをする場所もなかった。まだ気持ちの整理は付かないけれど、これで安らかに天国に昇ってくれたと思う。家族はみんな元気だから、見守っていてほしい」と話し、碑に手を合わせた。

 慰霊碑は大地に埋められた種から芽が伸びる様子を表現したデザインで、復興への願いを込めた。高さは閖上を襲った津波と同じ8・4メートル。種の形をした石碑には、市民から公募した「亡き人を悼み 故郷を想う 故郷を愛する御霊よ 安らかに」というメッセージが刻まれた。

 慰霊碑周辺は災害危険区域に指定され、今も更地が広がっている。市は周辺をメモリアル公園として整備する予定で、完成後に碑も公園内に移設される。【金森崇之】


日本経済新聞
被災沿岸部で集中捜索 東日本大震災から3年5カ月

 東日本大震災から3年5カ月を迎えた11日、津波で大きな被害に遭った宮城県と福島県の沿岸部で、両県警などが行方不明者を集中捜索した。岩手県警も予定していたが、台風11号の影響で延期した。

 仙台市宮城野区の蒲生干潟付近では、東北大東北アジア研究センターの学生らが地中レーダーを使って砂浜を調査。そのデータを基に仙台東署員らが不明者の手掛かりを捜した。

 研究センターが開発したレーダーは震災以降、住宅の高台移転先の調査などに使っていた。佐藤源之教授(56)は「捜索にどのような協力ができるか確認していきたい。私たちの技術を有効に使ってほしい」と話した。

 また、宮城県南三陸町戸倉波伝谷の海岸では、南三陸署員が時折強い風が吹き付ける中、熊手などを使い、津波の影響で堆積した土砂やがれきを手作業でより分けた。

 同署の大場博地域課長(56)は「震災から3年5カ月がたち、手掛かりは少なくなってきているが、一つでも多く見つけられるように頑張りたい」と話した。〔共同〕


TV朝日
地中レーダーで不明者の捜索を…大震災から3年5カ月

 東日本大震災から11日で3年5カ月になります。宮城県仙台市の沿岸部では、地中レーダーを使って行方不明者の捜索が行われています。

 11日は、仙台市宮城野区の干潟で、警察官と東北大学の関係者合わせて18人が捜索しています。捜索には、東北大学が開発した新型の地中レーダーが使用されています。地中レーダーは電波を地中に放射し、その反射を分析することで深さ約1mまでにある遺留品などを見つけることができます。
 東北大学・佐藤源之教授:「こういう技術を持っているので、捜索できていない所で役に立てれば」


NHK
震災不明者 レーダーで捜索

東日本大震災の発生から3年5か月の11日、仙台市宮城野区の海岸では、警察による行方不明者の捜索が行われ、遺跡の調査で使うレーダーの装置が初めて捜索に使われました。

11日、行方不明者の捜索が行われたのは、津波の被害を受けた仙台市宮城野区の蒲生海岸で、警察官や東北大学の研究者など18人が参加しました。
捜索ではまず、広さ50メートル四方の砂浜で、研究者が、レーダーを使った装置で地面に電波を当てて、行方不明者やがれきが埋まっている可能性がある場所を探しました。
その後、警察官が1メートルほどの深さまでスコップで掘るなどして捜索を進めました。
捜索に使われたレーダーの装置は地中に埋まった遺跡や文化財を発掘するために、去年、開発され、地中の土や砂の水分と文化財などに含まれる水分の差から地中の状態をパソコン上に表示できるのが特徴です。
警察によりますと、震災から3年5か月がたち、地表の捜索だけでなく地中に埋まった行方不明者の手がかりも探そうと、今回の捜索で初めて使われたということです。
地中レーダーを開発した東北大学の佐藤源之教授は「遺跡の発掘に使われていた技術が行方不明者の手がかりにつながれば一番です」と話していました。


岩手放送
震災から3年5か月

東日本大震災の発生からきょうで3年5か月となりました。沿岸被災地のお寺には、犠牲者の遺族らが訪れ祈りを捧げています。
このうち宮古市で最も大きな被害を受けた田老地区の常運寺には、朝から多くの参拝者が訪れました。遺族はこれからお盆に入ることもあり、お墓の周りをきれいに掃除したり、月命日に合わせて花や飲み物を手向けたりして、犠牲者に手を合わせていました。津波が巨大防潮堤を乗り越え、200人近くもの尊い命が失われた田老地区。旧市街地を一望する墓地からは区画整理など、復興事業が進んでいる様子が見て取れます。訪れた遺族の1人は「復興に向けて田老にも槌音が聞こえてきました。しかし悲しみが癒えることはありません」と話していました。


岩手日報
移転跡地の活用が課題 きょう11日、震災3年5カ月

 11日で東日本大震災から3年5カ月。防災集団移転促進事業(防集)による高台移転を計画する沿岸市町村で、移転跡地の活用が課題となっている。国の制度上、防集で市町村が買い取る跡地は基本的に住宅地に限られる。公有地と民有地が混在する「虫食い状態」となり、まちづくりに必要なまとまった土地が確保できず、跡地利用が進まない恐れがある。自治体は頭を悩ませ、土地の集約や効果的な活用法の構築など抜本的対策を国に求める声もある。

 防集は宮古、釜石、大船渡、陸前高田、山田、大槌、野田の7市町村が計画。浸水区域で居住に適さない地域について、高台への集団移転を希望する世帯の住宅地を市町村が買い取る。跡地は災害危険区域に指定され、自治体が事業用地や農地、運動場、公園などとして活用する構想だ。事業費は実質的に国が全額負担する。

 陸前高田市は7月末時点で、災害危険区域約64ヘクタールを指定。長部地区で移転跡地の復興マスタープラン作りを6月にスタートさせ、地域住民との意見交換を進めている。

 だが防集は農地や事業所などが買い取り対象外のため、浸水区域には市有地と民有地が混在。地権者が土地売却を望まないケースもある。

 現行制度で土地集約を図るのは困難で、市町村が土地利用計画を定めても、産業用地や運動場などに必要な広い敷地が確保できない上に、大量の荒れ地が残る恐れもある。

 市復興対策局の熊谷正文局長は「土地活用の補助メニューがないことが課題だが、まずは地域住民とどのような使い方があるか議論を深めたい」と語る。


スポニチ
寛平 復興願い被災3県の駅伝マラソン出発

 東日本大震災の被災地を元気づけようと、タレントの間寛平(65)が、震災から3年5カ月となった11日、岩手県宮古市から、岩手、宮城、福島3県の沿岸部を中心に約508キロを縦走する駅伝方式のマラソンに出発した。沿道からは被災者らが声援を送った。

 出発前、「復興できるまで(マラソンを)続ける」と意気込んでいた寛平。阪神大震災で兵庫県宝塚市の自宅が全壊した経験を持ち、「津波は怖かったろうな」と被災者を思いやった。

 寛平は2012年に、マラソンで被災地を縦走。13年からは被災地にゆかりのある芸人やタレントらと、たすきをつなぐ駅伝方式にした。

 10日夜まで大雨だったが、11日は徐々に晴れ間が広がり、出発前には市民らとジョギング。小学生の子ども2人が参加した宮古市の笹原めぐみさん(42)は「忘れないで支援してくれて、ありがたい」と感謝していた。

 ゴールの福島県いわき市の温泉施設スパリゾートハワイアンズには21日に到着する予定。

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七戸で震度5の地震/高速バスの番組

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140719_Mizuhara_Yuki_Niigata

Première gare parisienne (1837), le bâtiment de la gare Saint-Lazare actuelle l'est en 1889 ; ouverte au public en 1849, la gare de Lyon est reconstruite, elle, en 1900.

そしてパリ最初の駅(1837年開業),サン=ラザール駅の現在の駅舎は1889年のものである.1849年に開業したリヨン駅は1900年に改築された.
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

一日ダラダラしていました.よくないですね.

東京〜北海道1.500km 高速バス限定の旅
高速バスを使い6日間でゴールを目指すシリーズ第2弾!ただし途中15都市に立ち寄るルール!今回は東京〜北海道へ…トラブル続出の珍道中!果たして過酷な旅の結末は!?
高速バスだけを使いゴールを目指す「高速バスの旅」第2弾!大鶴義丹、ダンディ坂野に初参加のKONANが、東京から15カ所の都市を“ゲッツ”し、ゴールの北海道を目指す!旅のルールは…
<都市の移動は高速バスのみ(観光でのレンタサイクルは可)>
<東京から北海道まで6日間で15都市に降り立つ>
無謀な高速バス旅の結末はいかに…!?
今回は「池袋」を出発し、ひたすら北へ!降り立った各地で夏の絶景や、温泉、美味、お買い物を楽しみながら進む…長距離移動を繰り返し目指すは北海道…そこには感動の絶景と出会いが待っていたしかし、全員ヘロヘロ、トラブル続出の過酷旅…果たして今回は成功なるか!?
【出演】大鶴義丹 ダンディ坂野 KONAN【ナレーター】真地勇志


河北新報
被災者の心の傷、重症化 震災から3年5ヵ月

 東日本大震災の影響で心のバランスを崩し、その後もなかなか改善しないまま、かえって状況が悪化する被災者が少なくない。住まいや人付き合いの変化に心が追いつかず、引きこもる人もいる。震災発生からあす11日で3年5カ月。重症化するケースが増加傾向にあり、行政は実態把握と対応に追われている。

 軽度の知的障害と自閉症がある30代の被災男性は震災前、仙台市内の通所施設に週1、2回通っていた。施設で作ったパンの販売やカラオケ、卓球が好きだった。
 震災で被害を受けた施設がプレハブ仮設に移ると、足が遠のいた。施設は別の場所に新築されたが、通う頻度は月2、3回と減少。活動時間が終わる間際に顔を出す程度になった。
 施設の担当者は「心が通じ合っていた利用者が、震災の影響で別の施設に移ったのが大きい」とみる。
 自宅では、カーテンで閉め切った部屋に閉じこもり、夜型生活になったという。「本人にとって施設が社会との接点だった。何とか以前のような関わりを取り戻したい」と担当者は話す。
 岩手、宮城、福島の被災3県は国の補助金を活用した「心のケアセンター」を運営している。震災前から障害のある人や、震災の影響で心に傷を負った被災者の相談に応じる。2013年度は各県で、自宅訪問や電話で延べ約5000〜1万件の相談を受けた。
 各県とも、月日を重ねるとともに、うつ病や自殺の恐れがある症状の重い被災者が増えている傾向を指摘する。
 「仮設暮らしのストレスで不調をきたす人が増えた」(岩手県)、「原発事故に伴い、今後の生活に見通しが立たない人はうつ傾向が強くなる」(福島県)などの声が上がる。
 被災者に目配りする側も次第に負担が重くなっている。保健師ら約70人態勢でセンターを運営する宮城県。仮設住宅から災害公営住宅など新たな住まいに移る被災者が増え、各地を回る訪問員らの疲労が蓄積しているという。
 県の担当者は「対応にはさらに力を入れなくてはいけない。長期的な体制が必要で、人員の増加が必要だ」と話す。


日本農業新聞
東日本大震災から3年5カ月 孤独深める高齢者 福島の仮設住宅

 11日で東日本大震災の発生から3年5カ月。被災地の仮設住宅では、若い世代を中心に転居する人が続出し、自治会の運営が難しくなっている。高齢者が大半を占める自治会が増え、孤独死も深刻化。長引く仮設暮らしでコミュニティーをどう作っていくかが問われており、専門家は社会参加の仕掛けづくりの重要性を指摘する。

・若者減り自治会衰退

 福島県浪江町の住民およそ60世帯100人が住む、同県本宮市の高木仮設住宅。6月、独り暮らしの男性(59)が仮設住宅内で死んでいるのが発見された。

 「事故から4年目に入り、多くの人はこれからどう生きるかを決断する時期になった。でも、決断できない人や行く先のない高齢者もいる。孤独死した男性は、取り残された気持ちになっていたのかもしれない。精神的な問題が大きいのでないか」。自治会役員、豊永伸治さん(54)が思いをはせる。窮屈で不便な仮設から出て行きたいと思う人は、日を増すごとに増える傾向という。

 同仮設住宅には、2012年春先のピーク時は100世帯が入居していたが、転出が激しく、世帯数は半分に減った。出て行く人が増える中で、とどまる人 は孤独感や悩みを深めていく。豊永さん自身も、先祖から受け継いできた 田畑を残して移住して良いのか、毎日自問しているという。

 同仮設住宅では、町からの助成を受け、年間予算17万円を元に、毎月祭りなど住民交流のイベントを開く。だが、任意の参加の上に、浪江町に住んでいた時に顔見知りではなかった住民同士のため、集まる人は限られる。

 「居住者が減り、どうやってコミュニケーションをとり、孤独死も防ぐことができるのかが問題になり、自治会運営が非常に厳しくなっている」同仮設住宅の自治会長で、養鶏農家だった高橋和重さん(55)は、苦しい胸の内を明かす。

 自治会運営が難しくなっているのは、同自治会だけではない。本宮市にある浪江町民の別の仮設住宅の自治会長、末永喜男さん(75)も「仮設住宅にいるのは高齢者ばかり。自治会役員を担う人がいなくなり、後期高齢者が役員をやっている。大変だよ」と現状を説明する。

 入居期間を2年と想定して作られた仮設住宅のため、最近は建物の老朽化が目立ち、壁の隙間から虫が異常発生するといった報告が相次ぐ。そうした現実も、入居者を精神的に追い詰める一因となっている。同町は「自治会運営や見守りを強化していくが、マンパワーに頼るしかないのが現状」(生活支援課)と頭を悩ます。

・社会参加促す仕掛けを

 内閣府によると、被災3県を中心に5月末時点で4万2590戸(9万3000人)が今もプレハブなどの応急仮設住宅で暮らす。1年前に比べて入居者数は約1万5000人減った。

 福島大学うつくしま未来支援センターの佐藤彰彦特任准教授は、地域のまとめ役となるような人も仮設から出て行く傾向にあり、残る人は社会的弱者が多く、行政に依存せざるを得ない状況にあると分析する。「社会参加のきっかけづくりや、仮設から転出した人や以前の集落の住民にたまに遊びに来てもらうといった仕掛けが必要だ」と指摘。震災発生から時間がたったこれからこそ、周囲の支えが必要だとしている。(尾原浩子)


河北新報
青森県三八上北で震度5弱、津波の恐れなし

気象庁によると、10日午後0時43分ごろ、青森県三八上北で震度5弱の地震があった。津波の恐れはない。


奨学金訴訟、100倍に 8年で急増 借り手困窮/機構、回収強化

 奨学金を返さないとして、訴えられる人が急増している。貸した側の日本学生支援機構(旧日本育英会)が2012年度に起こした訴訟は6193件で、8年前の100倍を超えた。借り手の貧困に加え、機構側の回収の強化が背景にある。国も、返済制度の改善に乗り出した。

 「どうしていいかわからず、怖かった」。札幌市の20代女性は2月、機構から訴えられた。大学時代に借りた奨学金約240万円のうち、未返済の約170万円を求められた。
 2007年の卒業後に就職し、返済を始めた。出産のために休職したが、子どもを預ける場所が見つからずに復職を断念。さらに夫の勤める会社が倒産した。11年9月、困窮を理由に返済猶予を機構に申請。認められたが、その後、毎年必要な猶予の更新手続きをしなかったとして、翌年10月から延滞扱いにされていた。
 「100万円か150万円を一括で払わないと、訴訟です」「あなたの話は聞けません。今のままなら(訴訟に)負けますよ」
 女性は提訴される直前、機構側に、そう言われた。
 だが、弁護士に相談して機構に返済猶予を改めて申請すると、困窮状態にあると認められて提訴はあっさり取り下げられ、延滞金も不要となった。女性は「自分だけでは動けなかった。支払いが猶予されなかったら、生活がどうなっていたか……」と振り返る。
 猶予の申請時、更新手続きの説明を受けたかははっきり覚えていないが、「訴訟前に改めて教えてくれれば、弁護士に相談せずにすんだのに」と思う。
 昨春提訴された名古屋市の50代男性は、20代のおいが奨学金約190万円を借りた際に保証人となった。おいが返していない約170万円を求められた。
 おいは発達障害で会話が不自由。卒業後に就職したが、まもなくうつになって仕事を辞めた。返済猶予の対象となる生活保護受給者だが、病気などのせいで、自分では猶予を申請できなかった。男性は司法書士の助言で提訴後に返済猶予を申請し、認められた。
 この問題に取り組む池田賢太弁護士(札幌弁護士会)は2人の例とは別に、「猶予が認められるはずなのに、提訴されて返済続行の和解案を受け入れてしまう『泣き寝入り』事例がある」と指摘。返済を続けても延滞金に充てられて元金が減らない例や、自己破産する例もあると話す。

 ■延滞33万人 機構「猶予制度を周知」
 日本学生支援機構は、約131万人に、計1兆815億円の奨学金を貸し付けている(2012年度)。無利子で月5万4千円を借りると、4年間で計約260万円。15年の完済計画ならば、毎月の返済額は約1万4千円になる。有利子の年利は7月現在で0・79%(利率固定方式)だ。
 ただ、就職難などを背景に延滞額は年々増加。12年度末時点の延滞は33万人で計925億円に上る。3カ月以上の延滞者を抽出して調べた結果、8割が年収300万円未満だった。
 機構は、09年の民主党政権による事業仕分けなどで、債権回収の甘さを指摘された。このため、債権回収会社に業務を委託し、回収を強化した。まずは延滞者に電話で催促。3カ月以上の延滞者の情報は、加盟している個人信用情報機関「全国銀行個人信用情報センター」に提供する。クレジットカードやローンの利用が制限される恐れがあるが、返済終了から5年後に削除される。12年度末までに2万件以上を登録した。
 9カ月以上の延滞者には事前通告の上、裁判所を通じて支払いを求める督促状を送付。異議申し立てがあれば提訴する。機構の担当者は「今後も猶予制度の一層の周知に努めたい」と話す。奨学金問題対策全国会議共同代表の大内裕和・中京大学教授(教育社会学)は「返済猶予や減額制度をわかりやすく説明し、提訴は本当に必要な相手に限るべきだ」と指摘する。(佐藤恵子)

 ■年収連動の返済制度 文科省、18年度返済開始から
 文部科学省の検討会は先月、年収額に応じて返済月額が変わる「所得連動返還型奨学金」の導入を提言した。現在も年収300万円以下なら返済を先延ばしできるが、さらに幅広く、経済力に応じて、月々の返済額が減らせるように弾力化する。担当者は「所得に合わせた返済制度は世界的な流れ。これまでがおかしかった」と説明する。
 2016年に国民全員に番号を割り振る共通番号(マイナンバー)制度の運用が始まると、行政側は納税の状況や会社が提供する従業員の給料などが把握できる。文科省はこれを利用し、18年度に返済を始める人から対象にする考えだ。また、現在は全体の3割に満たない無利子型を増やし、返す必要がない「給付型」の創設も議論する。(高浜行人)

 ■奨学金返済に関する現行の救済制度
 <返済の猶予> 年収300万円以下(自営業などは所得200万円以下)を目安に最長10年を猶予。災害や傷病、生活保護受給などの場合、猶予期限はなし。産休や育休中も猶予される。毎年の更新手続きが必要。
 <返済月額の減額> 経済困窮や災害、傷病などの場合、一定期間は毎月の返済額を半額に。毎年の更新手続きで最長10年。このほか、死亡や心身の障害によって返済できなくなった場合、状況に応じて全額または一部を免除。
 ※詳細は日本学生支援機構のホームページ(http://www.jasso.go.jp/

フランス語
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父の13回忌の法事/ヨークベニマルが懐かしい

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Les bâtiments des six grandes Paris tels qu'on peut les voir aujord'hui datent pour l'essentiel de la deuxième moitié du XIXe siècle : la gare de l'Est est constitute en 1849, la gare du Nord telle que nous la connaissons aujord'hui est reconstruite au début des années 1860.
現在パリにある6つの主要駅舎は,19世紀後半にできたものがほとんどである.東駅は1849年築,北駅の現在の駅舎は1860年代前半に改築されたもの.
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

父の13回忌です.父が亡くなったのは12年前のこの日.母からPHSに電話がかかってきたのを覚えています.母は悲しみに暮れていたはずですが,しっかりとした声で私に父の死を伝えてくれました.
その母も東日本大震災で亡くなってしまいました.

13回忌の法事はお寺で.と言っても震災で本堂は無くなっているので仮設のプレハブでの法事です.住職は般若心教を唱え,その後にほかのお経を唱えていました.なんとなく長く感じられました.

法事の後はお買い物.ヨークベニマルに行きました.母と何度もいったところで懐かしく思われました.

朝日新聞
平和、武力では作れない 「戦争は戦争を呼ぶ」 長崎原爆の日69年「平和への誓い」

 武力による抑止で、核の傘で、本当の平和がつくれるのか。69年前、原子野で誓った不戦の原点から、遠ざかっていないだろうか。惨禍を目のあたりにしたこの日、被爆者たちは足元の平和を見つめている。▼1面参照

 《今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です。》
 平和祈念式典で、被爆者代表として城臺美彌子(じょうだいみやこ)さん(75)=長崎市=が「平和への誓い」を読み上げた。
 「今年の『誓い』は特別なものにしなければ」。そんな思いから、集団的自衛権の行使容認に触れた。
 爆心地の南東2・4キロの自宅で被爆。畳の下敷きになったが、無事だった。戦後、小学校教員に。当初は体験を語らなかったが、原爆のことを知らない子どもが増えていると危機感を持ち、1980年代後半から人前で語るようになった。
 退職後の98年、生後間もない孫娘を亡くした。医師は被爆と関係がないと説明したが、放射能の影響を疑わずにいられなかった。そのとき、原爆で肉親を失った人の痛みが、本当に分かった気がしたという。
 「誓い」では、原爆の非人道性を訴えた。
 《たった一発の爆弾で、人間が人間でなくなり、たとえその時を生き延びたとしても、突然に表れる原爆症で多くの被爆者が命を落としていきました。》
 昨年、市から被爆者代表を打診され、いったんは断った。だが、安倍政権が特定秘密保護法を成立させ、集団的自衛権の行使容認に向けた動きを加速させた。「戦争ができる国になれば、核兵器が使われた当時と同じ状況になりかねない」と思い、引き受けたという。
 《戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか。日本の未来を担う若者や子どもたちを脅かさないでください。平和の保証をしてください。》(山本恭介)

 ■物語、私たちが伝える 「ふりそでの少女」中学生が朗読劇
 「2人の少女が横たえられていました。美しい着物を着て薄化粧をしてもらい、花までそえられて、まるで日本人形のようでした……」
 被爆死し、振り袖姿で火葬された2人の少女を描いた絵本「ふりそでの少女」をもとにした物語だ。9日、長崎市立小ケ倉中学校では、平和ボランティア部の生徒たちが、作品を題材とした朗読劇を披露した。
 絵本の作者で被爆者の松添博さんは4月、がんのため83歳で亡くなった。被爆から10日後に見た火葬の光景が忘れられず、1974年に1枚の絵に描き、その後、絵本をつくった。2011年に咽頭(いんとう)がんで声を失ったが、人工喉頭(こうとう)を使って語り部を続けた。
 小ケ倉中教諭の豊坂恭子さん(42)は、松添さんの地元にある滑石中学校が前任校。平和学習の一環で、09年から松添さんと親交を持った。小ケ倉中でも、子どもたちに平和の大切さを伝えたいと、この春、平和ボランティア部を設立。「ふりそでの少女」を活用しようと思っていた矢先、松添さんの悲報に接した。
 9日は、最後に松添さんと会ってからちょうど1年。豊坂さんは、天国の松添さんや2人の少女に向けてこう語るラストシーンに自身の思いを込めた。「平和を守り続けることは、未来を生きる私たちから、あなた方への約束です」
 生徒たちの朗読を見届け、豊坂さんは「新しい学校での取り組みが天国の松添さんに届いたと思う。今度はこの子たちが、少女の物語を伝えていってくれるのでは」と話した。(岡田将平、菅野みゆき)

フランス語
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新宿3丁目の居酒屋その2/歌舞伎町が近いです

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Ah ! grande ville féroce, comme le Petit Chose avait raison d'avoir peur de toi !
ああ!ばかでかくて恐ろしい街よ.プチ・ショーズが怖がったのも無理はない!
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

今日もまた新宿3丁目の居酒屋で一服.その後時間つぶしのためで歌舞伎町のネットカフェ.なんとなくYoutubeで音楽を聞きました.

あなたに夢中


愛と死をみつめて

河北新報
政府、福島に総額3千億円提示へ 焦点の中間貯蔵交付金

 東電福島第1原発事故に伴う除染廃棄物を保管する国の中間貯蔵施設建設をめぐり、石原伸晃環境相と根本匠復興相は8日、福島県郡山市で佐藤雄平知事や候補地の双葉、大熊両町長と会談し、施設使用の30年間で総額3010億円の交付金を拠出する方針を提示した。
 中間貯蔵施設の交付金額は政府と福島側の交渉で最大の焦点。政府はこれまで水面下で示してきた金額を3倍に増やし大幅に譲歩、難航する交渉が進展する可能性が出てきた。
 同知事は交付金の内容について「今後、精査していく」と述べた。大熊町の渡辺利綱町長と双葉町の伊沢史朗町長は「具体的な数字が示されたのは前進」などと語った。


毎日新聞
大震災:津波犠牲者3遺体 別人と認定し遺体引き渡し

 宮城県警は8日、東日本大震災の津波で犠牲になった3人の遺体を取り違え、別人の遺族に引き渡していたと発表した。いずれも同じ集落に住んでいた別人の遺体と認定されていた。3人の遺骨は本来の遺族に返した。

 県警によると、新たに判明したのは▽石巻市の女性(当時59歳)▽同(同64歳)▽名取市の男性(同66歳)。いずれも震災直後の2011年3月下旬、顔や体格で確認できたとして別人の遺族が引き取っていた。

 しかし、各集落で1人ずつ残っていた行方不明者と身元不明遺体のDNA型が一致しなかったため、集落内の身元確認済み遺体と照合し直したところ、取り違えが判明。さらに、身元不明だった別の3遺体が、DNA型鑑定で取り違えられた3人と特定された。

 名取市の男性の長男(42)は取材に「当時は混乱していたので間違いは仕方ない。遺骨が戻ってきてくれてうれしい」と話した。

 震災の遺体を巡っては、12年までに岩手県で8人、宮城県で1人、福島県で4人の取り違えが判明している。【伊藤直孝】


barks
AKB48 岩田華怜の被災地訪問番組がオンエア

8月11日23:05よりNHK総合テレビにて、AKB48の岩田華怜がナビゲーターを務める番組『明日へ支えあおう カレンの復興カレンダー2014夏』がオンエアされる。

番組では、東日本大震災の津波によって岩手県釜石市の自宅を失い、現在仮設住宅で暮らす一家が、この夏新しい家の上棟式を迎える様子を紹介する。また、茨城県北茨城市の大津漁港で30年以上漁を続けている夫婦の井上淑恵さんを岩田が訪問。震災で大きな被害を受け、なんとか漁は再開したものの魚の値段はつかないという状況の中、人々の励ましの1つとなっているのは「恋するフォーチュンクッキー 北茨城市Ver.」(市民約500人が踊っているVTR)だという。岩田も「恋するフォーチュンクッキー」を披露した。

NHK東日本大震災プロジェクトのポータルサイトで展開する『現地発・明日へブログ』では、被災地域の約30人が、ニュースで取り上げられることのない日々の暮らしとその復興を継続的に発信している。震災から4回目の夏、自身も被災経験者である岩田が被災地の様子をブログとともに伝えるこの番組をお見逃しなく。

■番組情報
『明日へ支えあおう カレンの復興カレンダー2014夏』
放送予定:
8月11日(月)23:05〜23:15 総合テレビ
[再放送]8月12日(火)03:45−03:55 総合テレビ
[再放送]8月13日(水)09:05−09:15 総合テレビ ほか 随時再放送予定
ナビゲーター:岩田華怜(AKB48 TeamA)
URL:http://www.nhk.or.jp/ashita-blog/


沖縄タイムス
長崎69年目の「原爆の日」市長、集団的自衛権言及へ

 長崎は9日、69年目の原爆の日を迎える。長崎市松山町の平和公園で午前、平和祈念式典が営まれ、投下時刻の午前11時2分に黙とうする。田上富久市長は平和宣言で「集団的自衛権」に言及し、安全保障の議論で国民の間に広がった不安と懸念に、真摯に耳を傾けるよう政府に求める。6日の広島の宣言では触れられなかった。

 平和公園は屋外のため、台風11号の影響により、風雨で参列者の安全が確保できないと判断した場合、中止となる。式典は「文化祭」と呼ばれた1948年から毎年開催され、中止になれば朝鮮戦争当時の50年以来。市は9日早朝に式典を開くかどうか決める。

フランス語
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東京に来ました/新宿3丁目の居酒屋

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De portière en portière, un homme allait, avec une petite lanterne, en criant : « Paris ! Paris ! Vos villets ! » Malgré moi, je rentrai la tête par un movement de terreur. C'était Paris.
一人の男が,小さなランタンをさげ,ドアからドアへとわたりながら大声で叫んでいた.「パリ〜!パリ〜!切符を拝見!」思わず恐ろしくなって首をすくめた.それがパリだった.

「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

東京に来ました.朝みんみんゼミが鳴いています.関東なのに阪神の帽子の子供がいて,なんだか嬉しかったのでした.夕方は新宿3丁目の居酒屋で日本酒.

河北新報
酷暑の立秋、七夕そよぐ 震災後初のバスツアー

 仙台七夕まつり2日目の7日、仙台市周辺部の七夕飾りを楽しむバスツアーが東日本大震災後初めて行われた。「立秋」の同日も仙台の最高気温は正午現在で34.2度を記録。8日連続の真夏日となった。参加者は日傘などで暑さをしのぎながら、中心部の豪華絢爛(けんらん)な竹飾りとひと味違う、手作り七夕の情緒を楽しんだ。
 事前に申し込んだ約70人が、バス2台に分乗して青葉区の仙台商工会議所前を出発。北回りの「おりひめコース」は宮町、上杉、根白石、南回りの「ひこぼしコース」は原町、連坊、長町の各地区でバスを降り、昔ながらの伝統的な七夕飾りが連なる商店街を散策した。
 ひこぼしコースが訪れた原町地区では、長さ1.2キロの商店街に店や子ども会、地区住民らが手作りした色鮮やかな七夕飾り60本が掲げられた。原町本通商工親ぼく会の志羽久法雄会長(67)が45年続く飾り付けについて説明、休憩所では冷たい飲み物やお菓子でツアー客をもてなした。
 参加した泉区の主婦渡辺のり子さん(35)は「中心部の七夕飾りより小ぶりだが、一本ずつの個性が輝いている。周辺部の七夕の素晴らしさを知る貴重な機会だった」と話した。周辺部バスツアーは2002年から行われていたが、震災後は実施していなかった。


朝日新聞
ガザ停戦―安定の道を探らねば

 パレスチナの死者1800人超。うち、子どもが400人。負傷者1万人。イスラエル側も60人超が命を落とした。

 1カ月弱ですでにこれほどの痛ましい犠牲を出したのだ。パレスチナ自治区ガザをめぐる紛争を収束させねばならない。

 イスラエルとイスラム組織ハマスは、5日から72時間の停戦に入った。イスラエル軍の地上部隊はガザから撤退した。

 だが、この停戦はまだ一時的に過ぎない。恒常的な停戦へつなぎ、さらに長期的な安定への足がかりを築く必要がある。

 イスラエルとパレスチナの交渉団はカイロで、本格的な停戦に向けた交渉をしている。主張の隔たりは大きいが、一歩ずつ環境を整えてゆくべきだ。

 そのためにパレスチナ自治政府のアッバス議長が、もっと積極的な役割を果たせるはずだ。今後の和平交渉を進めるパレスチナ側の代表としても、指導力を発揮してもらいたい。

 近年のパレスチナは身内同士で分断されてきた。議長の率いる主流派組織ファタハと、ハマスとの対立が、和平の機運を遠のかせる一因となってきた。

 紛争が起きる前の6月、両組織は暫定の統一政府づくりにこぎつけていた。停戦で再び力を合わせ、パレスチナ全体の結集を図らなければならない。

 イスラエル側も、「ハマスが支援する政府とは交渉しない」という、かたくなな態度を改めねば何も進展しない。ハマスは170万人が暮らすガザを実効支配している。その現実を見すえ、対話の道を開くべきだ。

 パレスチナ側は、ガザを経済的に窒息させている境界の封鎖を解くよう求めている。イスラエル側は、ハマスの完全な武装解除を要求している。

 その折衷点を見いだし、紛争を繰り返さず、共存の道を探るには何が必要か。パレスチナの人びとの人権と生活基盤をどう改善し、安定的に統治するか。 そうした難題の答えを探るためには、いま仲介役を務めているエジプトや米国にとどまらず、国連や欧州連合(EU)、周辺アラブ諸国も加わった枠組みが求められる。

 内戦が続くシリアや、国家分裂の危機にあるイラクを含め、中東は流動化している。その全体情勢も視野に入れ、国際社会は包括的な中東和平に対する取り組みを強めねばならない。

 ガザでは今や人口の3分の1が避難民となった。イスラエルも国際的な非難を浴び外交的に傷ついた。当事者全員が頭を冷やすときである。これ以上の流血は決して許されない。


東京新聞
笹井氏の自殺 理研は解体的出直しを

 理化学研究所が進めるSTAP問題の解明にとって、キーマンだった笹井芳樹氏の自殺は大きな痛手だ。世界的な科学者を立ち直らせることはできなかったのか。悲劇を克服し、出直しを求めたい。

 理研発生・再生科学総合研究センターの副センター長を務め、傷ついた臓器や組織を治す再生医療研究の権威だった。万能細胞の一つのES細胞から網膜や脳の組織を作る研究で成果を収め、高く評価されていた。

 笹井氏の死は、日本にとどまらず世界の科学界にとって大きな損失だ。人命を救うための研究現場で自らの命を絶ったのは悔やまれる。

 とはいえ、いくつもの不正や疑義が指摘される羽目になったSTAP細胞論文が、なぜ英科学誌ネイチャーに載ったのか。最後までその最大の疑問に答えずじまいだったのは残念でならない。

 理研の調査委員会は四月、研究ユニットリーダーの小保方晴子氏による画像の切り貼りや使い回しを認めた。笹井氏は監督責任を問われながらも、STAP現象を有力仮説として擁護していた。

 しかし、その後、マウスの臓器からSTAP細胞を作った証拠とされるデータに疑義が生じるなど、論文の根幹を揺るがす問題が相次いで発覚した。理研は調査する考えだが、遅きに失した。

 七月のネイチャー誌の論文撤回に際し、笹井氏は一転、STAP細胞の存在について「疑念なく語ることは困難」とのコメントを出した。ネイチャー誌は、共著者の名声だけを信頼して掲載を決めたと自己反省的に分析している。

 小保方氏宛ての笹井氏の遺書には、STAP細胞再現への願いがつづられていた。確証を欠いたまま、小保方氏の論文作成を指導していたのではないか。理研での検証実験の結果を待つほかないが、そんな疑いを感じさせる。

 見過ごせないのは、理研の対応だ。日本の科学界の信用を根底から失墜させる非常事態なのに、笹井、小保方両氏ら個々人のみに責任を負わせている。

 外部有識者の改革委員会は六月の提言で、理研トップ層の責任の自覚が薄いと指弾した。危機管理能力の欠落が、笹井氏を追い込んだ面も否めまい。真相解明に尽力するよう組織全体で支えるべきだったのではないか。

 自殺現場の先端医療センターは、iPS細胞を使った初の臨床研究の舞台となる。最良の環境を整えられるのか。世界が注視している。理研は肝に銘じるべきだ。

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広島69年目の夏/髪を切りました

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Japon : 69e anniversaire de la bombe atomique à Hiroshima
La Japon marque le 69e anniversaire du lancement de la première bombe atomique.

Des dizaines de milliers de personnes se sont rassemblées ce mercredi matin à Hiroshima pour marquer le 69e anniversaire du lancement de la première bombe atomique de l'Histoire qui avait ravagé cette ville de l'ouest du Japon.
Quelques survivants, des parents de victimes, des responsables gouvernementaux ainsi que des délégations étrangères se sont figés à 08h15 lorsqu'a retenti une cloche donnant le signal d'une minute de silence. A l'heure précise où, le 6 août 1945, le bombardier américain Enola Gay avait largué la bombe qui avait transformé la ville en un enfer nucléaire.
140.000 victimes
140.000 personnes trouvèrent la mort soit immédiatement, soit du fait de l'exposition aux radiations, entre le moment du largage de la bombe et le mois de décembre suivant.
Le bombardement d'Hiroshima avait été suivi par celui de Nagasaki le 9 août, qui avait fait plus de 70.000 morts. Ces attaques avaient précipité la capitulation du Japon et la fin de la Deuxième guerre mondiale, le 15 août 1945.
Militant inlassable contre l'armement nucléaire, le maire d'Hiroshima, Kazumi Matsui, a appelé le président américain Barack Obama "et tous les dirigeants des nations possédant l'arme nucléaire à "venir visiter les villes de la bombe A le plus vite possible"."Si vous le faites, vous serez convaincus que les armes nucléaires sont le mal absolu et qu'il ne doit plus etre permis qu'elles existent", a poursuivi l'édile.
Hasard de l'histoire: selon la presse américaine, le dernier membre de l'équipage de l'Enola Gay, Theodore van Kirk, est décédé à l'âge de 93 ans et a été enterré le 5 août.

髪を切りました.

中国新聞
8月6日に寄せて 9条危機 正念場迎えた被爆地の訴え 田城 明(中国新聞社客員特別編集委員)

 「どうか眠りから目覚めてください 過ちを繰り返させないために」

  広島・長崎の被爆から69年を迎えた8月の朝。広島市の平和記念公園にある原爆慰霊碑前に立った私は、慰霊碑内の原爆死没者名簿に納められて眠る29万余の被爆者に心の内でこう呼びかけていた。

 原爆慰霊碑には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」との碑文が刻まれている。原爆犠牲者の冥福を祈り、核廃絶と同時に、戦争という過ちを再び繰り返さないことを、碑前に立つ一人一人が誓う言葉である。

 しかし、この夏、私には「過ちは繰返しませぬから」と、亡くなった多くの被爆者に向き合うだけの確信が持てなかった。かなうものなら、過ちを防ぐために、人類初の核戦争の惨禍を体験した先人たちの力を借りたいのである。

 こんな思いを抱くのも、1年8カ月前に誕生した安倍晋三内閣の下で、軍事優先の施策が次々と進められているからだ。防衛計画の大綱改訂、軍事予算の増大、特定秘密保護法の制定、武器輸出三原則の撤廃…。

 中でも、7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定は、従来の政権が一貫して維持してきた「自衛のための専守防衛」という憲法解釈を覆し、他国の戦争のために自衛隊の海外派遣を可能にするものだ。独善的で立憲主義に反したこのような憲法の解釈は、到底容認できない。

 戦争の放棄と、国際紛争を解決するために武力の行使を禁じた憲法第9条。それは第2次世界大戦で300万人もの犠牲者を出した日本人自らへの誓いであり、大きな犠牲を強いた近隣諸国など国際社会への誓いでもある。

 原爆の廃虚の中から歩み始めた被爆地広島の思想の「原点」は、終戦2年後の1947年8月6日、第1回平和祭(現在の平和記念式典)で発せられた浜井信三市長(1905〜1968年)の「平和宣言」に凝縮されている。周りにバラックが立ち並ぶ平和公園北端に設けられた会場。浜井市長は被爆者ら市民を代表してこう訴えた。

 「戦争の惨苦と罪悪とを最も深く体験し自覚するもののみが、苦悩の極致として戦争を根本的に否定し、最も熱烈に平和を希求するものである」「今われらがなすべきことは全身全霊をあげて平和の道を邁進(まいしん)し、もって新しい文明へのさきがけとなることでなければならない」

 そこにうたわれているのは、同じ年の5月3日に施行された日本国憲法第9条の戦争放棄の考えと重なる。

 軍都広島から平和都市広島へ―。生き残った被爆者は、その歩みに希望を見いだしながらも、現実は厳しかった。差別や偏見、頼れる肉親の喪失、がんなど放射線後障害による疾病…。さまざまな障害を乗り越えながら、戦後を必死に生き抜いてきた。

 時の経過とともに多くの被爆者は、原爆投下国への憎しみを克服していった。核兵器廃絶や戦争否定を訴えるだけでなく、戦争で敵対しあった国民同士の和解の大切さも唱えた。憎悪と暴力ではなく、対話による信頼醸成の必要も説いた。

 「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ナガサキ」の言葉には、「同じ苦しみを二度と、地球上のだれにも味わわせたくない」という被爆者の願いがこもる。それは、原爆で無残に命を奪われたあまたの犠牲者から被爆者が託された、人類に対して負う使命とも言えた。

 「核と人類は共存できない」と核実験が行われるたびに慰霊碑前で抗議の座り込みを続けた倫理学者、「再び教え子を戦場に送ってはならない」と平和教育に打ち込んだ被爆教師たち、広島を訪れる修学旅行生らに「生き地獄」の体験や命の尊さを伝え続けた被爆語り部たち、詩や短歌、小説、絵画、音楽、漫画、映画などを通して原爆を告発し続けた芸術家たち…。

 すでに逝ってしまった私の知る多くの被爆者も、平和憲法の精神を体現した「ヒロシマの心」を、日本人や世界の人々に伝えようとしてきたのである。

 だが、「戦後レジームからの脱却」を唱え、日米軍事同盟の強化を目指す安倍首相の向かう方向は、被爆者らが築いてきた平和の道とは逆方向に向かっている。

 「原爆の悲惨を体験した日本人は、人類の平和な未来を照らす第9条にもっと誇りと自信をもって、積極的に紛争の調停役を果たし、核兵器や貧困のない世界実現のために貢献してほしい」

 平和学の第一人者で、日本社会にも詳しい元オスロ国際平和研究所長のヨハン・ガルトゥング博士は、かつて京都でインタビューした際に、私にこう言った。

 博士が唱えた「消極的平和」と「積極的平和」という概念は、平和学のみならず世界的に定着した言葉だ。前者は戦争のない状態を指し、後者は単に戦争がないだけでなく、貧困・抑圧・差別などの構造的暴力がない状態を意味する。安倍首相が好んで使う、軍事優先の「積極的平和主義」は、ガルトゥング博士ならきっと「歪曲(わいきょく)だ」と批判することだろう。

 米国の「核の傘」に依存し続ける日本の安全保障政策。地球上の核兵器の削減も、核保有国間の政治的利害が絡んで、遅々として進んでいない。

 ただ、こうした状況を打ち破ろうと、近年、核兵器廃絶を求める力強い潮流が国際社会に生まれている。被爆者をはじめ、被爆地の行政、国際NGO、国際機関、国内外の多くの市民らの取り組みによって、広島・長崎の被爆の惨状がこれまで以上に流布し、核兵器の非人道性に焦点を当てた核兵器禁止条約を求める国々が大幅に増えているのだ。

 核兵器禁止条約では、核拡散防止条約(NPT)で核保有が認められている米ロ英仏中5カ国を含め、すべての国・団体・個人に対して核兵器の開発、実験、製造、備蓄、委譲、威嚇、使用を禁止している。日本政府は、「極限状況」における核兵器使用を認めており、禁止条約を求める戦列には加わっていない。

 核廃絶を訴えながら核兵器に依存する日本政府の矛盾したダブルスタンダード(二重基準)外交。今や被爆国日本は、核兵器禁止条約の早期実現を目指す多くの非核保有国やNGOからは、足を引っ張る「抵抗勢力」と見なされているのだ。

 被爆70年を迎える来春には、5年に1度のNPT再検討会議がニューヨークの国連本部で開かれる。米ロを中心にいまだに1万7千発近い核兵器が地上に存在し、偶発核戦争や核テロの危険性も現実味を帯びている。

 ウクライナ東部やクリミア半島をめぐる欧米諸国とロシアの対立、イラク、シリア、パレスチナ、イスラエルなど中東諸国をめぐる紛争、今も続くインドとパキスタンの緊張、中国の軍事増強や北朝鮮の核・ミサイル開発…。

 核軍縮・廃絶は、核保有国に対する圧倒的な国際世論の圧力と、核保有国間の相互信頼が深まってこそ前進する。が、現状では、来年のNPT再検討会議で成果が生み出せるかどうかは楽観できない。

 こうした行き詰まりの状況下で、核廃絶・軍縮の流れに強いインパクトを与えることができるのは被爆国日本であろう。いざというとき、「米国が核兵器を使って日本を守ってくれるだろう」というのは幻想にすぎない。そもそも核兵器は使用してはならない兵器なのだ。今こそ、核抑止論の呪縛から勇気をもって抜け出し、核兵器禁止条約の交渉開始を求める世界の圧倒的な数の国々、市民の輪に加わることだ。

 被爆者を先頭に、核廃絶と不戦、平和を願って地道に活動を続けてきた被爆地広島・長崎。その訴えは、国際社会から大きな支持を得、多くの人々に勇気も与えてきた。政府もその活動と連携して力を合わせるなら、「平和国家」日本の国際的評価はどれほど高まるだろう。

 武力で問題が解決しないことは、アフガニスタン、イラク、シリアなどの状況を見ても明らかだろう。すでに日本は世界で有数の軍事力を保持しているのだ。これ以上の軍備増強や、日米の軍事一体化を進めて米国の戦争に加わっても、安倍首相がいう「世界の平和と安定」には寄与しないだろう。

 今は厳しい関係にある中国、韓国、北朝鮮とも粘り強く対話を重ね、中東など紛争地でも積極的に調停役を果たす。国際協力機構(JICA)が派遣する青年海外協力隊や紛争地などで活動に当たるNGO、民間企業の協力も得て平和外交を強める。それこそが原爆、戦争体験を教訓に「平和の道を邁進し、新しい文明へのさきがけ」となるべく、戦後日本が目指した、人類に貢献する道ではないか。

 その道とは逆に、安倍政権は民意に諮ることもなく、集団的自衛権行使によって平和憲法を実質的に葬ろうとしているのである。

 ヒロシマ・ナガサキの訴えも、その礎である憲法第9条の平和主義が失われるとき、世界の人々の心に響かなくなるだろう。9条の危機は、先人が積み重ねてきたヒロシマ・ナガサキの精神的遺産の危機でもある。

たしろ・あきら
 中国新聞社客員特別編集委員。1972年入社。販売局発送部、編集局報道部、編集委員などを歴任し、2003年特別編集委員。2008〜2014年2月ヒロシマ平和メディアセンター長兼務。同年4月から現職。主な著書に「核時代 昨日・今日・明日」(中国新聞社)、「知られざるヒバクシャ 劣化ウラン弾の実態」(大学教育出版)、「核超大国を歩く―アメリカ、ロシア、旧ソ連」(岩波書店)、「戦争格差社会アメリカ」(同)。共著に「世界のヒバクシャ」(講談社)など。ボーン・上田記念国際記者賞、日本記者クラブ賞など受賞。


朝日新聞
8月6日に寄せて―核アレルギーという人道エネルギー

 核を拒絶する「核アレルギー」は、人間を人間たらんとするための、「人道エネルギー」である。ここふた月近くの核取材の旅すがら、そんな確信を強く抱くようになった。

   ◇

 スタートは、6月14日。ぜひ見たい展示物があって、ミュンヘンにあるドイツ博物館に行った。

 それはまさに、実験器具というのがふさわしいような、簡素な部品と配線の組み合わせだった。今の水準からみると、失礼ながらずいぶんとお粗末な仕様。でも、幅1・5メートルほどの机に置かれたその実験器具が実は、核時代の到来を最初に証すことになった。

 1938年。ドイツ人化学者のオットー・ハーン(ノーベル化学賞受賞)らはウランへ中性子を照射すると、ウランよりも原子量の小さいバリウムができることを確認した。のちに核分裂反応と名付けられる大発見だった。そのハーンたちが使ったのが、目の前の実験器具だった。

 ハーンは原爆投下を知った時、大きな衝撃を受けたという。良かれと思って進めた自分の研究が思わぬ方向に転がっていったことに痛恨の念を抱き、第2次世界大戦後は反核運動にも加わった。

 歴史的な実験器具を見ながら、デジャブーの感覚を禁じ得なかった。25年前の、あの時と同じような思いにかられたからだ。

 1989年の夏。米国のニューヨーク州ハイドパークにあるフランクリン・D・ルーズベルト大統領記念図書館で、ある手紙の現物を見せてもらった。天才物理学者アルバート・アインシュタイン(ノーベル物理学賞受賞)が1939年に、時の米国大統領だったルーズベルトに核研究を促した手紙だった。

 大きな二重封筒に入れられた、わら半紙色の2枚のタイプ用紙。びっしり並んだ字の末尾に、小さく「A・アインシュタイン」のサインがあった。

 ナチが先に核兵器を手にすれば世界は大変なことになるとの危機感が、天才物理学者を政治的な行動に突き動かした。だが、ナチが降伏したあとも原爆開発は進み、広島、長崎に投下された。のちにアインシュタインは核研究を促したことを悔やんだ。

 その痛恨たるや、いかばかりだろうか――肉筆のサインを見つめながら抱いた、そうした思いがかけめぐった。そしてミュンヘンで実験器具をじっと見つめた時、同じような思いに包まれた。そんなデジャブーだった。

 どれだけ優秀な頭脳でも、人類の進む先は読み切れない。だからこそ、である。核時代の創世記の巨人たちの悔恨は、この瞬間、地球で暮らす何億もの人たちに、絶え間ない問いを投げかけてくるのではないだろうか。

 果たして、核エネルギーと人類は共存できるのだろうか――と。

   ◇

 核時代における、宿命とも言える、根源的な問い。これに正面から向き合った人物と今年7月8日に会った。国際司法裁判所(ICJ)裁判長をつとめたモハメド・ベジャウィさんだ。パリ近郊の自宅でゆっくり話を聞けた。インタビューの冒頭に、こんな言葉をかけてくれた。

ちょうど、18年目の日ですね―――確かにそうだった。1996年にICJが、核兵器の使用・威嚇が国際法上、違法かどうかの勧告的意見を出したのは、7月8日だった。

 インタビューの中で、ベジャウィさんは当時の「本心」を語ってくれた。

  「世界法廷」の審議の途中、広島、長崎市長が意見陳述に立ち、被爆の実相と核の非人道性を訴えた。両市長の重い言葉を、裁判官席の中央で聴き入っていたのが、ベジャウィさんだった。「核兵器の違法化に向けて、できることは何でもやろうという思いが強まった」。あの場面をそうふり返った。

 だが、勧告的意見は、ベジャウィさんの思いにそったものにはならなかった。

 核兵器の使用・威嚇は人道法などの国際法規に照らして、一般的に違法である。ただし、国家存亡に関わるような極限状況において合法か違法かの結論は見送る。

 核兵器の使用・威嚇を明確に禁じる国際法がない現状では、これが精いっぱいの、できるだけ個人的信条に近づけた口上だった。

 そこでベジャウィさんは、勧告的意見の末尾に加えられた個々の裁判官の「宣言」において、「本心」をこうつづった。

 《ICJが、国際法の現状からこれ以上言えないことを、核使用・核の合法性を認める余地があるとの意味と解釈してはならない》

 《国家の存亡がかかる極限状況において、ある国が核使用したとする。その場合、核戦争がエスカレートして、人類の存亡が危機に瀕(ひん)するのも事実だろう。人類の存続などへの考慮よりも、ためらうことなく国家の存続を優先するのは無謀なことだ》

 日本に帰ったあと、この「宣言」を読み返した。と同時に、ベジャウィさんのインタビューメモを何度も見直した。すると、メモに走り書きしたある言葉が急速に、しかも、とてつもなく、深みのある表現として頭の中に広がった。

 核兵器は、「悪魔の兵器なのです」。

 悪魔の持ちもの、それはすなわち、人間の世界には本来あってはならないものである。

   ◇

 次は東京都内でのことだ。ベジャウィさんに会った2日後の7月10日。吉永小百合さんのインタビューに同席した。吉永さんは、「原爆詩」の朗読を通じて、反核、非核を静かに、でも力強く訴えてきた方だ。たくさん、含蓄のある言葉が心に響いたが、最も印象に残ったのは、米国の「核の傘」に依存する日本のジレンマが話題になった時のことだ。

 「『核の傘』の下に入っているにせよ、どういう形にせよ、日本人だけはずっと、未来永劫(えいごう)、核に対してアレルギーを持ってほしい。あれだけひどい広島、長崎の被害があったのだから。みんなそれをしっかり知って、核兵器はノーと言ってほしい。どんな状況でも」

 私には吉永さんのこの言葉が、ベジャウィさんの言葉と共鳴しあった。

 そうか、悪魔の兵器なのだから、人間はこれを受け入れがたいと思うのがむしろ当然であり、であればこそ、被爆体験をした日本人が核アレルギーを持ち続けて、核廃絶を訴えていかなければならない。人の道を大きく踏みはずした兵器だからこそ、私たちが核アレルギーを強くもち、そのことに鈍感な人たちに説いていかなければならない――そんな思いがかけめぐった。

 それから3週間ほどたった8月2日。長崎で、核廃絶をテーマにしたシンポジウムが開かれた。パネリストの一人だった東京大学大学院教授の西崎文子さんが、こう語った。

 「広島・長崎の原爆体験は、その絶対的な悲惨さでもって、無条件で許せないものがこの世に存在しうるという強力なメッセージを私たちに突きつけてきます。許されない悲惨さがあることを、超えてはならない残酷さがあることを、有無を言わさぬ悪が存在することを気づかせてくれるのが原爆体験です。この悲惨さを許せば人間が人間でなくなってしまう――被爆体験が突きつけるのはそのような感覚です」

 その通りだと、ひざをうちたくなるような思いだった。私たちの前にあるのは、実にストレートな問いかけである。

 核をやめますか、それとも人間をやめますか?

 答えは明らかだ。すぐにとはいかなくても、人間であり続けるために、核をやめていく他はない。そのために、人間であろうとする本能的な叫びのような核アレルギーを持ち続け、びんのフタが開いて人間世界に飛び出してしまった悪魔をびんに戻さなくてはいけない。

 そう、核アレルギーは、人間を人間たらんとするための、人道エネルギーなのである。(論説委員・吉田文彦)

     ◇

 よしだ・ふみひこ 朝日新聞論説委員。1980年入社。外報部、科学部、経済部記者、ワシントン特派員、ブリュッセル支局長、論説副主幹などを歴任。主な著書に「核解体」(岩波新書)、「証言 核抑止の世紀」(朝日選書)、「『人間の安全保障』戦略」(岩波書店)、「核のアメリカ トルーマンからオバマまで」(同)。編書は「核を追う」(朝日新聞社)。


朝日新聞
被爆69年の夏に―核兵器の違法化・禁止を

 声楽家の佐藤しのぶさんが、昨年発表した曲「リメンバー」(なかにし礼作詞、鈴木キサブロー作曲)を各地のコンサートで歌っている。

 なぜ、リメンバー(覚えておこう)なのか。もともとは核兵器廃絶を訴え続けている芸術家オノ・ヨーコさんが、被爆国日本から世界に発信すべき言葉として口にした。「だって、覚えていない人、多いでしょ」と。

 ノーモアと言う前に、世界の人々に原爆の悲惨さを知ってほしい。思い起こしてほしい。

 それは、被爆者らが長年、世界に訴え続けてきた痛切な思いと重なる。国際政治の冷徹なかけひきや核軍縮をめぐる綱引きのなかで、ともすると、かき消されがちだった声でもある。

 だが、被爆69年の今、核の非道が改めて注目されている。

 「人道に反する兵器であることを根拠に、核兵器を禁止できないか」。核廃絶を求める国々による、そんな動きが急速に高まっているからである。

■救援が不可能な破壊

 ウクライナ、イラク、パレスチナ自治区ガザ……。今も戦いで多くの命が失われている。

 殺すのは、核も、化学兵器やミサイル、銃も同じ、兵器は一様に非人道的と考える人もいるだろう。だが、やはり、核は別に考えるべき兵器なのである。

 過去2年間、核を巡る国際会議が4回開かれた。非人道性に関する共同声明がその都度、提案され、賛同国は16、34、80、125と膨らんだ。そして今年2月、メキシコのナヤリット。核の非人道性を問うこの会議に5大国は参加しなかったが、146もの国が集まった。

 席上、議長は核兵器の特徴と現状をこう表現した。

 核爆発の影響は国境を越えるほど広がり、インフラ破壊や放射線障害の影響は極めて長く続く。救援がいくら必要でも、どこの国も国際機関も対処しきれない。なのに核兵器を持とうとする国やテロ集団は後を絶たず、ミスやテロによる核爆発の危険は増す一方だ――。

 甚大な被害をもたらす核が、気が遠くなるほど多く存在する。何を根拠に、この危うさを抱えたままで人類が生きながらえると言えるだろうか。そんな問いかけが、そこにはある。

■廃絶めざし原点回帰

 20世紀後半、人類は資源の大量消費と枯渇、地球温暖化といった難題に直面した。人類が生き延びるには、日々の活動が一部制約されてもやむを得ないと考えられるようになってきた。

 安全保障にも同様な感覚が必要だろう。人類と文明を滅亡のふちに追いやるに十分な核兵器が、依然として頭の上にぶら下がっているのは放置できない。

 核兵器に関しては、核不拡散条約(NPT)が保有国を5大国に限り、5大国は誠実に核軍縮を進めることを定めている。だが、思うような成果は上がってこなかった。核で国の安全を確保する「核抑止」の考え方が染みついているからだ。

 ならば原点に返り、非人道性を根拠に核兵器を違法化していくことだ。たとえば核の先制使用の禁止から入り、さらに使用全般を人道法上違法化して、将来の廃絶につなげる。化学兵器が使用禁止から、全面禁止へと進んだことを思い起こしたい。

■市井から決める未来

 ナヤリット会議では冒頭、被爆者ら5人に1時間以上の発言機会が確保された。外交の舞台では画期的なことだ。

 69年前の今日、広島で13歳で被爆したサーロー・節子さん=カナダ在住=は、同級生や親類らの死にゆく姿を英語で生々しく語った。一般討論に立った70人以上の代表の大半が、被爆者らの発言に共感を表明した。

 議長は総括で、核兵器禁止条約づくりなどを念頭に、具体的に動き出そうと呼びかけた。ここ5年ほどの核の非人道性をめぐる議論をまとめ、核に頼り続ける保有国への対抗軸を明確に打ち出したものとして、注目を集めた。

 今年12月、ナヤリットを受けた国際会議がウィーンで開かれる。1カ国でも多く、5大国も参加して、議論に耳を傾けるべきである。

 日本政府は核の非人道性を批判する共同声明について、賛同を3度見送った。広島、長崎両市長をはじめ、市民の側が「被爆国の立場、核廃絶を求める政策と矛盾しているではないか」と政府の対応を強く非難した。4度目にやっと姿勢を変えた。

 広島市長が会長を務める平和首長会議には今、世界で6千を超す首長が参加する。非人道性の国際会議に限らず、核リスクへの危惧は確実に強まっている。多くの首長たちが参加するのは、市井に広がるそうした危惧を感じとってのことだろう。

 安全保障の問題だからと国任せにはしない。人の道に外れているかどうかを決めるのは、普通に暮らす私たちである。そこを強く自覚していきたい。


毎日新聞
原爆の日 記憶を継承し伝えよう

 広島は6日、長崎は9日、「原爆の日」を迎える。被爆から69年。被爆者の平均年齢は80歳に迫り、生存者は20万人を切った。原爆を直接体験した人が年々減り、記憶の継承がますます重要になっている。

 長崎で5月、残念な出来事があった。修学旅行の中学生が原爆の爆心地を案内する被爆者に「死に損ない」などの暴言を吐いた。「原爆」の意味が若い世代に伝わりにくくなっていることを象徴している。

 米国では7月、広島に原爆を投下した米爆撃機「エノラ・ゲイ」に搭乗していた最後の生存者が死去した。投下状況を直接知る証言者がいなくなった。

 いずれの側からも、原爆の記憶を風化させず、後世に伝える取り組みを強めるべき時代を迎えた。

 長崎市の平和祈念式典で読み上げられる今年の平和宣言は、集団的自衛権など安全保障をめぐる議論の中で、戦争をしない被爆国の原点から外れ、平和国家のあり方が変わるのではないか、との不安が国民に広がっていると指摘する。

 一方、広島市の平和宣言は「平和主義をうたうことで、十分言及できる」(松井一実市長)として集団的自衛権には触れないものの、日本が平和主義のもとで69年間戦争をしなかった事実を重く受け止め、平和国家の道を歩み続けるよう求める。

 表現に温度差はあっても、共通するのは、安全保障政策の転換に伴って再び戦争の悲劇を招く危険性が高まるのではという懸念だ。安倍政権には被爆地の思いをしっかり受け止めてもらいたい。

 オバマ米大統領が「核なき世界」を唱えて5年。しかし、核を持つ国と持たぬ国、「核の傘」に依存する国とそうでない国。それぞれの国の事情と思惑が交錯し、その歩みは遅々として進まない。

 米国の核抑止力に頼る日本も、核廃絶に向けたリーダーシップを示せないままだ。今年4月に広島で開かれた「軍縮・不拡散イニシアチブ」外相会合の宣言には、核兵器の非人道性を初めて盛り込んだ。だが、多くの被爆者たちが望む「核兵器禁止条約」実現への具体的な道筋は打ち出せなかった。

 戦争を回避し、核兵器をなくすために何が必要か。「最後は人間の英知が問われる」。広島原爆で姉を亡くし被爆体験の証言を重ねる竹本成徳さん(82)は言う。悲惨な戦争や原爆を経験した人類だからこそ、徹底した議論を通じて暴力を避けられると信じるからだ。

 「核なき世界」に一歩ずつでも近付くため、被爆国としての英知を示したい。被爆体験が伝わりにくくなっている今こそ、核の恐ろしさをこれまで以上に世界に伝えたい。

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理研・笹井氏が自殺/過去のNHKテキストを処分

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Cellules Stap : suicide d'un grand scientifique

L'éminent biologiste japonais Yoshiki Sasai, un des protagonistes de l'affaire dite des cellules Stap, a été retrouvé pendu aujourd'hui sur son lieu de travail, énième rebondissement dans ce scandale qui agite le monde scientifique nippon depuis six mois. Spécialiste des cellules souches, Yoshiki Sasai, 52 ans, a été découvert dans la matinée par un employé au Centre de biologie de l'institut de recherche public Riken, à Kobe (ouest). Transporté à l'hôpital, son décès a été officiellement confirmé deux heures plus tard. Quatre lettres étaient posées près de son corps et sur le bureau de sa secrétaire, a indiqué un directeur de la communication du Riken, Satoru Kagaya, lors d'une conférence de presse.

"C'est un homme à la pointe de la recherche cellulaire qui a disparu et de ce point de vue c'est une grande perte", a réagi un responsable du ministère de la Science. L'histoire avait pourtant bien commencé: une jeune et brillante chercheuse, Haruko Obokata, fait une découverte scientifique extraordinaire, les cellules Stap, aux étonnantes propriétés de pluripotence recouvrée grâce à un procédé chimique inusité. Ces cellules revenues au stade indifférencié et susceptibles d'évoluer en différents tissus et organes pouvaient constituer une révolution pour la médecine régénérative, au même titre que les cellules dites iPS (génétiquement reprogrammées) qui ont valu à son créateur, le japonais Shinya Yamanaka, le prix Nobel de médecine en 2012.

Haruko Obokata était épaulée par le professeur Yoshiki Sasai, qui l'avait même accompagnée lors d'une conférence de presse à la veille de la publication des résultats de ses travaux dans la prestigieuse revue scientifique britannique Nature. Mais la gloire allait tourner court: quelques jours plus tard, des doutes avaient commencé à émerger sur les illustrations associées à sa communication scientifique. La presse s'empara du sujet et le Riken fut contraint de lancer une enquête interne pour démêler le vrai du faux. D'où il ressortit que Haruko Obokata avait un peu triché avec les images censées prouver la véracité de ses travaux, accrédités par son mentor Sasai. L'intéressée a reconnu avoir retouché des visuels, mais affirmé qu'il s'agissait d'une erreur de jeunesse.

Responsable de ne pas avoir détecté les "contrefaçons"

A la décharge de Haruko Obokata, Yoshiki Sasai avait expliqué lors d'une conférence de presse en avril que, selon lui, "si l'hypothèse des cellules Stap n'existait pas, plusieurs phénomènes observés ne seraient pas facilement explicables", laissant entendre qu'il croyait en la possibilité de leur existence. Il recommandait cependant que les articles soient retirés de Nature afin de lancer des nouvelles expériences probantes. Les deux articles incriminés avaient in fine été supprimés par la revue début juillet, après obtention au forceps de l'accord Haruko Obokata et des 13 coauteurs. Parallèlement, le Riken a autorisé Haruko Obokata à prendre part aux nouveaux travaux devant prouver ou infirmer ses dires. Hospitalisée durant plusieurs semaines en raison d'un état psychologique fragile, elle avait commencé à retravailler au Riken avec une nouvelle équipe, sous étroite surveillance.

Yoshiki Sasai était quant à lui rendu responsable de ne pas avoir détecté les "contrefaçons" dans les données présentées par Haruko Obokata. Ces accusations l'avaient durement affecté, selon des proches. "Il avait dû séjourner à l'hôpital en mars, et même en mai-juin, il n'était pas en forme", a témoigné M. Kagaya. Le contenu des lettres laissées par Yoshiki Sasai, dont une serait adressée à sa cadette, restait encore secret aujourd'hui en fin de journée. L'annonce du suicide de Yoshiki Sasai a "fortement choqué Haruko Obokata" selon le Riken, et remis à la une un scandale scientifique qui était aussi parfois perçu comme le résultat d'une rivalité entre professeurs.

Yoshiki Sasai lui-même avait opposé les cellules Stap aux iPS en janvier, avant de revenir sur ses propos en avril. "Nous allons faire en sorte que les circonstances actuelles (créées par le suicide de Yoshiki Sasai) n'aient pas de conséquences sur les autres recherches", a assuré jeudi le responsable du Riken. Il y a un mois, une autre chercheuse de ce même institut, chargée des premiers essais cliniques au monde de médecine régénérative au moyen des cellules iPS, avait menacé de jeter l'éponge. Masayo Takahashi disait alors ne pas comprendre que le Riken n'ait pas encore sanctionné Haruko Obokata pour ses arrangements sur les cellules Stap.

Researcher’s death shocks Japan

Yoshiki Sasai, one of Japan’s top stem-cell researchers, died this morning (5 August) in an apparent suicide. He was 52.

Sasai, who worked at the RIKEN Center for Developmental Biology (CDB) in Kobe, Japan, was famous for his ability to coax embryonic stem cells to differentiate into other cell types. In 2011, he stunned the world by mimicking an early stage in the development of the eye – a three-dimensional structure called an optical cup — in vitro, using embryonic stem cells.

But lately he had been immersed in controversy over two papers, published in Nature in January, that claimed a simple method of creating embryonic-like cells, called stimulus-triggered acquisition of pluripotency (STAP). Various problems in the papers led to a judgment of scientific misconduct for their lead author, Haruko Obokata, also of the CDB. The papers were retracted on 2 July.

Sasai, who was a co-author of both papers, was cleared of any direct involvement in the misconduct. But he has been harshly criticized for failure of oversight in helping to draft the paper. Some critics, often on the basis of unsupported conjecture, alleged deeper involvement of the CDB. An independent committee recommended on 12 June that the CDB, where Sasai was a vice-director, be dismantled. Sasai had been instrumental in launching the CDB and helped it to develop into one of the world’s premier research centres.

Just after 9 a.m., Sasai was found hanging in a stairwell of the Institute of Biomedical Research and Innovation, next to the CDB, where he also had a laboratory. He was pronounced dead just after 11 a.m., according to reports by Japanese media. A bag found at the scene contained three letters: one addressed to CDB management, one to his laboratory members and one to Obokata.

In a brief statement released this morning, RIKEN president Ryoji Noyori mourned the death of the pioneering researcher. “The world scientific community has lost an irreplaceable scientist,” he said.

産経
「理研内部で皆が保身に回った」 香山リカさん

 精神科医の香山リカさんの話 「笹井芳樹氏は批判の矢面に立たされるというこれまで経験したことのない状況に立たされ、精神的に追い詰められていたのだろう。ただ責任を取るのであれば、事実を振り返り、きちんと説明するという方法があったはずだ。理化学研究所の内部でも対応の足並みはそろわず、皆が保身に回った。日本の科学をどうするのかという大きな志が置き去りにされていた。理研は改革委員会の提言を受け入れ、発生・再生科学総合研究センターを解体して一から出直すしかない」


昼暑かったのですが,通帳に記帳のため少し遠くの銀行まで行きました.その後図書館に行きました.電気がついてなくてアレ???と思っていたのですが,係員の人に万葉集の本を借りたいことを告げると,持ってきてくれました.でもよく見たら閉館中だったのでした.
お昼ご飯の後はアンケートへのコメントへの返答などをして過ごしました.
夜帰ってきてからは,部屋の掃除を少し.と言っても過去のNHKのテキストと雑誌ふらんすを処分しただけですが・・・

病気なんだから治療に専念すべきだったと思うが、センター長を辞めたいと言っても辞めさせてもらえなかったらしいし、ケアする人が皆無だったのであろう。マスコミも含めて周囲が殺したようなものだ。

河北新報
河北春秋

 仙台在住の作家佐伯一麦さんのエッセーには、高校時代の思い出がつづられる。授業をサボって友人と海を見に行こうと仙石線に乗り、野蒜駅で降りる。松林を抜けると見渡す限りの砂浜。「これぞ太平洋って気がする。松島湾辺りじゃ、プールみたいでな」(『読むクラシック』集英社新書)

 ▼3年半前、地区は津波に襲われた。廃虚のようだった駅にいま、ともしびが戻っている。観光触れ合いの場「地域交流センター」がオープンし、コンビニエンスストアに客がひっきりなしに訪れる▼地元の女性スタッフが笑みをたたえ、「近くにスーパーがないので宮戸島の漁師さんが寄ってくれます。上の階で復興支援のジャズライブも開きました」。駅舎活用を手掛ける東松島市は地場野菜即売へと策を巡らす

 ▼遠く離れた内陸高台で白い高架橋の建設が進んでいる。駅も新しく設けられる。寸断されていた仙石線について、JR東日本は来年6月までに全線再開させると発表した▼代行バスに乗り換える不便は解消され、通勤通学、買い物の動脈復活となろう。旧駅かいわいとのつながりを忘れたくはない。新駅から、目を遮る物のない海原にいざなうラインを、いつかつくれたらいい。通過駅になることなく全通の喜びを皆でかみしめられるように。

河北新報
秋保に「ご湯治」アイドル 温泉街の魅力発信

 仙台市の奥座敷、秋保温泉(太白区秋保町)に女性5人組の「ご湯治」アイドルグループ「Are 湯 Lady(アー・ユー・レディー)」が誕生した。イベント出演や温泉をPRする歌を通じて温泉街の魅力を発信する。

 異色のアイドルグループは、仙台市の10〜20代のモデルや女子大生で結成された。秋保温泉旅館組合と市内のインターネットテレビ局「アリティーヴィー」が共同で企画した。
 温泉街にあるホテル佐勘で7月31日にあったお披露目会では、露天風呂をステージにデビュー曲「dance with 湯(ダンス・ウィズ・ユー)」を熱唱。浴衣姿のメンバーは、秋保の名物や観光名所をちりばめた歌と軽快なダンスを披露した。
 メンバーの東北学院大2年阿部望さん(19)は「秋保には、温泉だけでなく秋保大滝など自然を楽しめるスポットも多い。同年代の若者にも足を運んでもらえるようPRしたい」と意気込む。
 グループをプロデュースした仙台市の作曲家ヒザシさん(35)は「温泉の『泉』にちなんで1000人の観客の前で歌うことを当面の目標としたい」と話す。
 活動第1弾として今月9、10の両日、太白区の秋保・里センターで開かれる「秋保温泉夏祭り」のオープニングライブに出演する。夏祭りの連絡先は実行委員会022(398)2251。


毎日新聞
東日本大震災:浄石2万個、見守る観音 震災供養施設、建立目指す−−宮城・石巻

 東日本大震災の津波で全壊した宮城県石巻市の寺の跡に有志らが供養施設を造る構想を進めている。がれきの中から見つかった寺の観音像を本尊に、震災犠牲者数とほぼ同じ約2万個の小石を並べる「見守り観音堂」だ。来年秋の建立を目指す賛同者らは、被災地の沿岸各地で法要を営みながら、石を拾い集めている。

 長野県佐久市の僧侶、増田友厚さん(66)らが観音堂建立を進めている。震災で物資支援に努めたが、「今後は心の支援を」と方針を変えようとしていたところ、津波で全壊した石巻市の洞仙(とうせん)寺の観音像(高さ約70センチ)が、ほぼ無傷で救出されていたと知り、建立を思い立った。

 観音像の周囲に置く石は津波犠牲者があった青森県から千葉県の海岸で拾う。「あの瞬間、海辺の小石は津波にのまれた人の『生きたい』『助けて』という叫び声を聞いたに違いない」と増田さんは話す。経文の文言を書いた「浄石」として位牌(いはい)に見立て観音像に見守ってもらいたいと願う。

 419人の死者・行方不明者が出た岩手県大船渡市でも7月末、同じ数の石が集められ、地元の僧侶や戸田公明市長ら約100人が霊を慰めた。増田さんは「震災を『忘れない』との思いで、観音堂を祈りの拠点に供養の行脚を続けたい」と話している。

 観音堂建設のため、昨年2月から4000万円を目標に募金活動を始めた。神社の宮司やキリスト教牧師の善意もあり、これまでに約3400万円が寄せられているという。問い合わせは「見守り観音堂建立の会」(0267・82・6183か、88・7182)。【根本太一】


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 指定廃棄物最終処分場、宮城県が調査受け入れ 加美町反対、提訴も

 東京電力福島第1原発事故で飛散した放射性物質を含む「指定廃棄物」の最終処分場建設問題で、宮城県の村井嘉浩知事は4日、国が県内の候補地3カ所で実施する詳細調査の受け入れを表明した。今週中にも石原伸晃環境相に報告する。受け入れ表明は初めてで、環境省は調査実施へ手続きを一つ踏んだが、3候補地とも建設に反対。加美町(かみまち)の猪股洋文町長は調査拒否の姿勢を崩さず、差し止めへ提訴も辞さない構えで、なおも難航が予想される。

 詳細調査を巡っては、先月25日に同県内35市町村長を集めた会議で、石原環境相が受け入れを要請したものの集約できず、判断を村井知事に委ねていた。村井知事は4日に開いた同会議で、県と市町村の総意として調査を受け入れることで意見をとりまとめた。

 村井知事は会議冒頭「指定廃棄物は県内各地に大量に保管され、早急に処理する必要がある。(候補地)3市町の懸念に応えるためにも調査すべきで、詳細調査の受け入れはやむを得ない」と述べ、意見を求めた。候補地の栗原市の佐藤勇市長と大和町(たいわちょう)の浅野元(はじむ)町長は条件付きで調査受け入れを認めた。

 一方、加美町の猪股町長は「(同町の候補地が)面積要件を満たしていない」などと、詳細調査以前に建設候補地の選定基準を満たしていないことを訴え、県内処理を原則とする国の基本方針の見直しを求めた。同調する意見も出たが、調査を受け入れて議論を進めるべきだとの声が多数を占め、村井知事が「全体としてはまずは調査を進めていく」とまとめた。

 会議後、猪股町長は「住民の理解なくして調査に入るべきではない。強引に入れば混乱が生じる」と、住民が実力で阻止する行動に出る可能性にも言及。一方、村井知事は加美町の反対について「住民はどこもみな反対。住民に責任を押しつけることはあってはならない」とけん制した。

 詳細調査は、地中掘削(ボーリング)をして地盤の固さや地下水の浸透度合いなどを確かめる。環境省は3カ所の調査結果が出そろった段階で有識者会議を開いて安全面を評価し、1カ所に絞り込む。【百武信幸、金森崇之】
 ◇環境省、冬前の終了にらむ

 環境省は宮城県での詳細調査を、現場に雪が積もる冬までに終えたい考えだ。調査は3自治体同時に進めた場合も2〜3カ月かかる見通しのため、着手の期限は迫っている。村井嘉浩知事の調査受け入れ表明を受け、同省幹部は「一歩前進だが調査中止を求めている自治体もあり、県からの正式な伝達を待たないと今後のことは何も言えない」と慎重な姿勢を崩していない。

 東京電力福島第1原発事故によって生じた1キログラム当たり8000ベクレル超の指定廃棄物は、6月末時点で12都県に計約14万6000トンあり、国は各都県内で処理することとしている。このうち宮城▽栃木▽群馬▽茨城▽千葉−−の5県は既設の処分場で対応できず、国が最終処分場を造る計画だ。しかし、風評被害や安全性への懸念が強く、いずれも建設場所の選定は進んでいない。

 民主政権時代の2012年、環境省が栃木県矢板市と茨城県高萩市を候補地に選んだものの住民の猛反発で白紙になった。自公政権は候補地の選定基準を策定するなどしたものの、現時点で候補地として示せたのは宮城県3市町と栃木県塩谷町のみ。4市町いずれも建設に反対している。

 環境省は宮城県での詳細調査を通じて施設の安全性に問題がないことを明らかにし、事態打開につなげたい考えだ。【阿部周一】


東京新聞
長時間労働 働く人の悲鳴聞こえる

 牛丼チェーン「すき家」で過酷な長時間労働がまん延していた。平均残業時間が月百九時間で過労死ラインを超えている。同社だけの問題ではない。違法労働を野放しにしてきた行政の罪は重い。

 業界最大手となった企業の成長の陰で、どれほど多くの労働者が泣かされていたか。すき家を運営するゼンショーホールディングスの外部識者でつくる第三者委員会が、七月に公表した社員やアルバイトのアンケートからは、非情な実態が浮かび上がる。

 「月五百時間以上働いた」「二十キロやせた」「二十四時間連続の勤務」。すき家は店舗に最低限の人員しか配置しないことで知られる。深夜も一人で働く「ワンオペ」が常態化し、それを狙った強盗事件が多発していた。

 休憩がとれず、トイレにもいけない。うつ病を発症したり、居眠り運転による交通事故は二〇一二年度に少なくとも七件起きた。

 アンケートは、人手不足から休業店舗が相次いだ今春、労働実態を調べるために行われた。第三者委はワンオペの解消などを提言したが、経営側は努力するとしながら目標時期を示していない。これでは、人権侵害を続けるだけだ。劣悪な労働でコストを下げ、働く人を使い捨てにするやり方は、ビジネスとして破綻している。

 国や監督機関の対応にも問題がある。労使協定を超える残業などは労働基準法で規制され、違反には刑事罰が問える。だが、すき家の場合は、労働者側から違法な職場の是正指導を求める訴えがありながら、適切な処分に動いていたとは言い難い。

 労働基準監督署は一三年度だけで同社に四十九回勧告したが改善されていない。労働者を守る法律が建前になっているからではないか。取り締まる権限を持つ監督官も他の先進国に比べ少なすぎる。

 長時間労働はすき家だけの問題ではない。一三年度の労災請求で、精神疾患は千四百九件と過去最多となった。二十代、三十代が半数を占める。正社員を減らす“合理化・効率化”の影響が学生アルバイトにも及ぶ。学業に支障をきたす重労働と、社員並みの責任を課されている。

 学生側も経済状況が苦しい。親の仕送りが減る中、劣悪な職場でも簡単に辞められない。そんな事情に付け込む企業も少なくない。

 先の通常国会で過労死防止法が成立した。過労死につながる長時間労働を許さない。声を上げ、働く人の命を守る意識を広げたい。

東京新聞
夏休み本番 五感を研ぎ澄ませよう

 暑さなんかには負けないで目いっぱい遊び、学びたい。夏休み本番。自然と触れ合い、友だちと交わり、家族のつながりを確かめ合う絶好の機会だ。自己の世界を広げ、将来へのバネにしてほしい。

 長い夏休みには、学校や塾では体験できない活動にこそ目を向けてみたい。子ども時代に五感を通じて経験した出来事が豊富だったかどうかで、その後の人生が大きく左右されるという。

 国立青少年教育振興機構による四年前のリポートはなお記憶に新しい。子どもの体験活動の実態に関する調査研究だ。

 育ち盛りに多様な体験をした大人はやる気や生きがいを持ち、自尊心やモラルが強く、人づき合いもうまい。学歴も年収も高く、結婚して子宝に恵まれていた。そんな好影響が浮き彫りにされた。

 家族や友だちと山や海、川で遊んだり、昆虫や魚を捕まえたりするのももちろん楽しい。地域のごみ拾いに参加するとか、家の炊事や洗濯を手伝うとか、身近な人が喜ぶことにも取り組みたい。

 「一日一善」を心掛けてみるのも一案だろう。バスや電車で体の不自由な人やお年寄りに席を譲る。道に迷っている人がいたら案内する。近所の小さい子の遊び相手になる。例えばそんな具合に。

 都市化が進み、自然環境や屋外の遊び場は損なわれている。少子化や電子メディアの広がりは友だちの輪を狭めがちだし、内向き志向を強めかねない。

 地域のつながりは薄れ、家庭や学校でのコミュニケーションさえままならない。仕事に追われる親や先生たちと、勉強や部活動に忙しい子どもたちとの断絶だ。

 自然や周りの人に支えられて生きているという実感が、社会全体で衰えていないだろうか。「命の重み」を説いて聞かせても、実体験の乏しい子どもの心には響かないような気がしてならない。

 今年の「子ども・若者白書」は世界七カ国の若者の意識を比べている。自己肯定感も、意欲も、社会問題への関心も、日本は一番低い。逆に、将来への希望を持てず、悲しく、憂鬱(ゆううつ)な気分に沈みがちな傾向が最も顕著だ。

 思い切って、東日本大震災の被災地でボランティアに挑んではどうだろう。自然や命の尊さ、人の支え合いの大切さを見つめ直す骨太の体験になるに違いない。

 復興庁のホームページからも多くの募集案内にたどり着く。小学生から参加できる活動もある。勇気と自信を培う夏休みにしたい。


毎日新聞

ガザ攻撃:中止訴え200人行進 占領・封鎖の問題も−−京大・岡教授 /京都

 イスラエルのパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃・虐殺に反対する緊急集会とデモが2日、京都市であった。ミサイルなどで子供や女性らが殺され、住宅街が破壊されている状況を京都大大学院の岡真理教授が報告。今回だけでなく、イスラエルが国際法や国連決議を無視して続ける占領・封鎖という抑圧的暴力の問題を再認識した。

 NGO主催の緊急集会に約100人が参加。岡教授は人口180万人のガザ地区の死者が1400人に達した時点で、日本の人口換算で9万3000人になる深刻さを伝え、イスラエルによる「ジェノサイド(集団殺害犯罪)」と批判した。

 前提として、1967年から軍事占領を続け、2006年ごろから完全封鎖で住民の基本的人権を奪ってきた問題を指摘。子供の栄養不良が5割に及ぶなど、封鎖は人々の生命を損なう「緩慢なジェノサイドだ」と形容し「許しているのは国際社会であり、私たちでもある」と訴えた。

 日本政府についても、先月23日の国連人権理事会のイスラエル非難決議案で棄権するなど「共犯者とも言える」と指摘。昨年にはイスラエルも購入を予定する最新鋭戦闘機F35の日本製部品の輸出を当時の武器輸出3原則の例外とし、今年4月には武器輸出を緩和する新3原則を策定、5月にイスラエルと軍事協力強化を合意したことを踏まえ、「日本も開発に協力した兵器が使われるかもしれない」と懸念した。

 集会後には参加者らも加わり、中京区の河原町通を計約200人の市民がデモ行進した。ガザ地区出身で同志社大大学院グローバル・スタディーズ研究科博士課程に在籍するイヤース・サリームさん(53)は「今日のデモは日本の良心。ガザにいる友人や家族に伝えると喜んでくれた」と話し、「まず真実を理解してほしい。パレスチナは正義、人権、尊厳のために闘っている。自由を求めるシンプルな問題なのだと分かってほしい」と訴えた。【太田裕之】

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保津峡下り/嵐山/二条城プロジェクトマッピング/京の七夕

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Israël-Palestine: "rassemblement pour la paix" et contre l'importation du conflit à Paris
Plusieurs centaines de personnes ont manifesté ce dimanche à Paris pour la paix et la fraternité, à l'initiative d'une étudiante sur Facebook. Réunissant juifs et musulmans, la manifestation était soutenue par plusieurs associations.

Plusieurs centaines de personnes se sont rassemblées dimanche après-midi à Paris pour proner la paix et la fraternité dans le contexte de l'offensive israélienne à Gaza, à l'appel d'une étudiante sur Facebook, excédée par la "montée de haine" en France.
"J'ai voulu montrer à tous les pessimistes qu'on pouvait être unis malgré nos désaccords", a déclaré, sur le lieu du rassemblement, à deux pas du Louvre, cette étudiante de 18 ans, Celena Azouaoui, "émue" de l'ampleur de la mobilisation. Celena avait créé une page Facebook réunissant d'abord ses amis puis, de fil en aiguille, plus de 3000 personnes qui avaient annoncé leur participation à ce rassemblement "apartisan".
"Tous unis dans la fraternité"
Ni drapeaux palestiniens ni drapeaux israéliens : les manifestants étaient invités à venir avec des drapeaux bleu, blanc, rouge et des fleurs blanches. Ils se sont réunis derrière une banderole proclamant "Tous unis dans la fraternité", tenant des panneaux sur lesquels étaient inscrits "tolérance", "amour", "dialogue" ou "fraternité", tandis que la sono diffusait "Imagine" de John Lennon ou "We are the world" de Michael Jackson. Ils ont aussi entonné la Marseillaise.
Ce "Rassemblement républicain pour la paix" était soutenu par plusieurs associations dont SOS Racisme, l'Union des Etudiants Juifs de France (UEJF), ou l'association la Paix Maintenant.
Rabbin et Imam réunis
Des messages du grand rabbin de France et de l'imam de Bordeaux ont été lus au micro. "Non, ici, nous ne sommes pas en guerre, non ici juifs et musulmans ne sont pas opposés", a affirmé le président de l'UEJF, Sacha Reingewirtz.
"La France, elle est forte quand elle montre qu'elle est ensemble", a affirmé Dominique Sopo, président de SOS Racisme. "La haine ne peut être un objectif et doit être combattue" a-t-il ajouté, "je préfère la naïveté à la guerre civile".
Présent également, Patrick Klugman, adjoint a la maire de Paris chargé des relations internationales, a qualifié l'organisatrice de "petite Marianne" qui défend les valeurs de la République.
Dimanche, 450 personnes ont participé, selon la police, à une manifestation propalestinienne à Lille. La veille, des milliers de manifestants avaient défilé partout en France dans le calme pour marquer leur soutien à la population de Gaza, bien qu'on ait relevé 48 interpellations à Paris en marge du rassemblement.
L'offensive israélienne lancée le 8 juillet a déjà coûté la vie à plus de 1760 Palestiniens. Coté israélien, 64 soldats et trois civils ont été tués.

朝早くおきて阪急で嵐山に向かいます.Shさんは待ち合わせの時間の1時間前にトロッコ嵯峨駅に着いたっていうから焦りました.トロッコ電車は眺めがよくてよかったです.でもトロッコ亀岡駅に着くと何もないので,しまった・・・と思いました.保津峡下りのために京阪バスに乗って移動して,順番を待ちました.結構ギュウギュウづめで,どうなるかな???と思っていましたが,動いてみるとなかなかいい感じです.予想以上に楽しいです.嵐山まで2時間近くかかりましたが,とても楽しかったです.お昼は湯葉を含む定食を食べて,Shさんと嵐山観光.
そして7時からは京の七夕です.二条城に行ってみると,入場無料となっていて,キレイなプロジェクトマッピングを見ることができました.堀川通りと東堀川通りの間にある堀川遊歩道でいろいろな展示があり,楽しめました.一条戻り橋に着いた頃には9時くらいになっていました.烏丸に移動してShがよく行くお店で乾杯をしました.

河北新報
震災慰霊碑除幕式 仙台高専生が演出

 東日本大震災犠牲者の慰霊碑の除幕式が11日に名取市閖上地区で行われるのを前に、仙台高専の学生が会場のレイアウトを考えたり、花で飾ったりする計画を進めている。式典終了後も慰霊空間の整備に取り組む方針。行政に全て任せるのでなく、市民参加で心が安らぐ祈りの場をつくりたいという。
 慰霊碑は名取市が日和山向かいの市有地に建てる。将来は閖上地区内に震災メモリアル公園を整備し、慰霊碑なども公園に移す計画。今回は仮の建立となる。
 一帯は災害危険区域に指定され、現在も荒涼とした風景が広がる。市内にキャンパスがある仙台高専建築デザイン学科の7人が「市民が手を合わせるのにふさわしい環境にしたい」と、市に協力を申し出た。
 5月に準備を始め、式典会場に扇状に椅子を並べるなどのレイアウトを決めた。雰囲気を明るくするため300本近いプランターの花で飾る計画。花き農家のアドバイスを受けながら花の種類や配置を考えている。
 今秋からは慰霊碑の周辺に花壇を整備するなど継続的な緑化に取り組む方針。できるだけ多くの市民を活動に巻き込み、メモリアル公園を整備するころには、市民総ぐるみの公園造りになるような機運を醸成したいという。必要な資金は、インターネットで出資を募る「クラウドファンディング」で確保する計画だ。
 4年の星祐希君(19)は「閖上の復興は進んでいないが、明日への希望が感じられる場所にしたい」と意気込む。指導する小地沢将之准教授は「多くの方の思いが詰まった慰霊空間になってほしい。こうした活動が少しでも復興の足掛かりになればいい」と期待する。


朝日新聞
フランス―武器輸出よりも結束を

 隣国の領土の一部を武力で併合し、その後も軍事介入をやめない。ロシアの振る舞いに国際社会は手を焼いている。

 そんな折に、フランスが最新鋭の軍艦をロシアに輸出しようとしている。欧米はじめ多くの国々が懸念するのは当然だ。

 ロシアの軍事力を増強させるだけではない。フランスが主要な地位を占める欧州連合(EU)の立場も台無しになる。

 国際ルールを守らないロシアを批判しながら、一方で新鋭の武器を渡す。そんな矛盾する姿勢では、正義と和平を説いてきたEUの主張も説得力を失う。

 フランスは立ち止まり、この輸出を見直すのが賢明だ。

 マレーシア航空機の撃墜事件後、欧米はロシアへの制裁を強めている。制裁は結束して進めてこそ効果がある。

 この軍艦の問題も含め、今後ロシアとどうつきあうべきか。足並みをそろえるようEU内で十分話し合うべきだろう。

 問題の軍艦は強襲揚陸艦で、ヘリコプター16機や上陸用船艇を搭載し、数百人の兵員を運べる。病院機能も備え、上陸作戦で司令塔の役割を担う。

 3年前、約12億ユーロ(約1700億円)で2隻分契約された。フランス政府は、苦境にある自国の軍需産業の再建とともに、欧米とロシアの政治関係を深めようとしたともいわれる。

 ところが懸念されたとおり、関係は進展せず、むしろ対決姿勢が強まった。ウクライナ紛争で決定的になり、英国やバルト3国はフランスを名指しで非難し、輸出撤回を求めている。

 それでもフランスは1隻目を10月に引き渡す予定を変えていない。造船業界の雇用を守り、契約を貫いて兵器市場の信頼を得たいからだとみられる。

 英国も、ロシアとの金融取引など自国の利益を守る関係は続けており、フランスが反発するのは必ずしも理不尽ではない。

 だとしても、いまの国際情勢の混迷のなかで、EUが内輪もめに陥るようでは困る。

 強硬姿勢を変えないロシアに対し、フランスが決然と契約を破棄すれば、強い政治メッセージとなろう。自国の経済より国際秩序を重んじる姿勢は、国際的にも評価されるはずだ。

 EUの結束のためには、破棄によってフランスが被る損害を、場合によっては各国で支える道も考えねばなるまい。

 この軍艦は、日本海に面したウラジオストクにも配備される可能性が高い。隣国ロシアとどんな関係を築いていくのか。欧州同様、日本にとっても重要で切迫した外交課題である。


朝日新聞
(被災地から)故郷として残すためには 東日本大震災

 福島市内のビルの一室に先月中旬、東京電力福島第一原発事故で全村避難が続く福島県飯舘村の住民約10人が集まった。

 「農業再開は無理。色々な可能性を探っていくしかない」「農地を有効活用するにはどうすればいいか」

 再生可能エネルギーを自分たちの土地で作れないか。脱原発を目指し県内で太陽光発電所建設を進める会社の幹部を招き、身を乗り出して質問攻めにした。

 帰還の見通しが立たず、農地は草が伸び放題。除染廃棄物を入れた黒い袋があちこちに積まれる。菅野慎吾さん(30)は、荒れた農地を、長く農業を続けてきた祖父に見せたくない。だが、「作物を育てても売れる見込みが低い土地を耕すのも」と徒労感が募る。

 住民を集めたのは村商工会青年部長の佐藤健太さん(32)。村の若手の中心として、原発事故前には地域の行事を担い、村の将来を真剣に考えてきた。

 「使えない」ままでは、土地を手放す人が増えると危惧する。「避難指示が解除されても生業がない。次世代に土地を資産としてつなげ、住民の気持ちもつなぎたい」

 古里を故郷として残すために何ができるか、人々はもがき続ける。(福島総局・永野真奈)

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イタリアン→グラスワイン2杯でいい気分

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honeydew_melon3

Toute la cour est impressionnée par la démonstration du talent de Cao Zhi (曹植), mais Cao Pi (曹丕) lui demande alors de créer un poème sur le vif, avec pour thème leur relation fraternelle, mais en lui interdisant l’usage du mot ≪ frère ≫. Cao Zhi récite immédiatement, sans même se donner le temps de réfléchir :

煮豆燃豆萁,豆在釜中泣。
Des haricots cuisants cuisaient sur le feu,
du fond de la marmite s’élevèrent des pleurs :
本是同根生,相煎何太急!
≪ Nous naquîmes de la même racine et de la même branche,
dès lors pourquoi tant d’acharnement à vouloir me faire mijoter ? ≫

Comprenant l’allusion du grand frère qui persécute le petit frère, Cao Pi verse des larmes silencieuses et lui laisse la vie sauve, sur l’injonction de sa mère, mais lui retire ses titres de noblesse, ses charges et le condamne à retourner dans son fief.

de Cao Zhi

お昼はイタリアン.パスタはまあまあかな?グラスワインを2杯も飲んでしまい,すっかりいい気分です.

明日へ−支えあおう−証言記録東日本大震災31▽釜石〜身元確認歯科医師たちの闘い
岩手県釜石市で最も多くの犠牲者を出した鵜住居地区。580人が亡くなり、急造の安置所に遺体が運びこまれた。混乱の中、歯の照合による身元確認を行ったのは、自らも被災した地元の歯科医師たち。津波に襲われた医院から泥まみれのカルテを探し出し、遺体の歯の記録と照合する。遺体の多くは数日前まで一緒に暮らしていた町の住人たちだった。一日も早く、間違いなく家族を元に帰すために苦闘した歯科医師の証言を伝える。 畠山智之

NNNドキュメント'14 クジラ漁に待った!反捕鯨国との闘い調査捕鯨の危機と疑惑
捕鯨砲を使う近代捕鯨の発祥地、山口県下関市。国際司法裁判所は、日本の南極海調査捕鯨に中止を命じた。規模を縮小した上での調査捕鯨継続に科学の探求はあるのか。
二又 一成   山口放送


河北新報
「お寿司列車」運行 三鉄南リアス線

 東日本大震災で被災した岩手県沿岸部を走る三陸鉄道南リアス線で2日、車内ですしを楽しむ「お寿司列車」が走り、県内外からの参加者約40人が三陸の海の幸や日本酒を楽しんだ。
 列車は午後6時すぎに釜石駅(釜石市)を出発。東京都のすし職人、岡田大介さんと聖也さん兄弟が事前に握ったすしを出し、ネタを解説した。乗客は地元の酒とともに、新鮮なウニやマンボウなどに舌鼓を打った。
 夫婦で参加した東京都品川区の自営業萩原幸一さん(51)は「三鉄に乗るのは初めて。ホタテが大きくてすごくおいしかった」と笑顔だった。
 すしを楽しむ三鉄のイベント列車は初めて。県沿岸広域振興局などが、三陸の食材をPRしようと企画した。


毎日新聞
ガザの惨状 殺りくやめて交渉を

 パレスチナ自治区のガザを舞台に戦闘を続けるイスラム組織のハマスとイスラエルの「72時間の人道停戦」は、たった2時間で崩壊した。停戦合意に伴う国連と米国の共同声明は、イスラエルとパレスチナ両代表団がカイロで交渉するとしていたが、実現は流動的だ。だが、ガザの惨状は放置できない。恒久停戦に向けて米国やアラブ関係国などが引き続き仲介に努力するよう望みたい。

 停戦崩壊についてイスラエルや米国はハマスが破ったと非難している。だが、日本時間1日午後2時の停戦発効後、イスラエル南部へのロケット弾などの着弾と、ガザにおけるイスラエル軍戦車の砲撃がほぼ同時刻に起きており、どちらが停戦を破ったか断定するのは難しい。

 パレスチナ人の死者数は1600人を超え、2008〜09年の衝突時の規模をはるかに上回った。08〜09年のイスラエルの攻撃は23日間に及び死者は1300人以上とされた。今回は衝突が本格化した7月8日から25日が過ぎても戦闘停止の気配はない。死者数が天井知らずに増えていくのは恐るべき事態である。

 私たちが何より望むのは、市民の犠牲者をこれ以上増やさないことだ。ハマスがイスラエル領内に通じるトンネルを掘って攻撃拠点としているのは、確かに大きな問題だ。ガザ住民はハマスの「人間の盾」に使われているというイスラエル側の主張にも耳を傾けたい。今回、ハマスがイスラエル兵を拉致したのが事実なら、その行為は非難されて当然だ。

 だが、狭いガザには180万人もの人が住み、イスラエルが造ったフェンスと海に囲まれて自由な移動ができない。エジプトとの境界にも検問がある。そんな「天井のない監獄」とも呼ばれる人口密集地での軍事行動は死者を際限なく増やすだけだ。武力使用を戒める国連憲章や非戦闘員の保護を定めた国際条約に照らしても、イスラエルの軍事行動が行き過ぎているのは明らかである。

 これ以上の流血はイスラエルのイメージを損なうだけだろう。ハマスも市民を巻き込まないようにすべきである。双方とも、問題を棚上げした「平穏のための平穏」に意味はないと言う。では「戦闘のための戦闘」にどんな意味があるのか。市民の死体の山を築いて、何を実現しようとしているのか理解に苦しむ。

 もはや武器を置き、言葉で戦う時である。イスラエル・パレスチナ交渉のホスト国エジプトは、停戦は破れても交渉の枠組みは残っているとの見解だ。パレスチナ自治政府は交渉に向けて、ハマスのメンバーも含めた代表団の人選を進めているという。イスラエルもこれに応じて交渉が始まるよう期待したい。

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久しぶりのスパスパ/赤ペンチェック

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Je me précipitai vers la portière. Pas de maisons. Rien qu'une campagne pelée becs de gaz, et ça et là de gros tas de charbon de terre ; puis là-bas, dans le loin, une grande lumière rouge et un roulement confus pareil au bruit de la mer.
列車のドアの方へ駆け寄った.家一つない.あるものといえば,草木一つない荒れ地と,いくつかのガス灯,そしてそこここに積まれた大きな石炭の山だけ.それから遠くに,大きな赤い灯が見え,海のうねる音のようなごうごうという鈍い音が響いた.
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

久しぶりのスパスパです.このあたり去年と似ています.Yaさんが大阪に来て,その後でスパスパを頑張るというところが.午前中は普通に頑張れましたが,3時くらいになって集中力が緩慢になってきました.ダメですね.
夕方になって赤ペンチェックをしました.

毎日新聞
大阪府警の偽装 あきれる治安回復工作

 大阪府警の全65署が2008年から5年間、刑法犯の認知件数約8万1000件を計上せず、警察庁に過少報告していた。実際より約1割少なく見せかけていたことになる。

 ひったくりや自転車盗など街頭犯罪の認知件数は、大阪府が10年連続で全国最悪だったが、10〜12年は東京都を下回りワースト2に改善したと発表していた。ところが実態は最悪のままだった。数字をごまかしてワースト1を脱しようというあきれた発想だ。治安回復を組織ぐるみで偽装した責任は極めて重い。

 過少報告が始まったのは「汚名返上」が最優先課題となった時期だ。08年、当時の橋下徹知事が府議会で「ワースト1を返上する」と表明し、府警はプロジェクトチームを発足、各署に専門班を設置している。目標達成時期も11年と設定した。

 08年に8810件だった過少報告は11、12年には2万件を超えた。自転車盗の被害届があっても1カ月以内に見つかったり、窃盗未遂事件で実害がなかったりすれば計上しないという独自ルールを一部の署の統計担当者らが作り、各署に広まった。

 不正処理は昨年、堺署で発覚したことから府警が調査していた。署の幹部が発生件数に一喜一憂し、実際の認知件数を計上しにくい雰囲気も生まれたという。ワースト1返上に精神的重圧を受けたと答えた統計担当者も複数いる。上司の顔色をうかがい、不都合なことは隠そうという体質があるのならば一掃すべきだ。

 府警は幹部や署員ら280人を処分したが、組織的な不正指示はないとしている。だが、なぜ全署で不正が起きたのか、上層部は治安回復策をどう指示し、不正に関与しなかったのかなど解明すべき点は多い。

 昨年以降、府警では虚偽調書作成や証拠品捏造(ねつぞう)、誤認逮捕などが次々と発覚している。規律が緩んでいるとしか思えない。

 刑法犯の認知件数は治安情勢を示す重要指標として警察白書にも掲載され、防犯カメラや街路灯の設置場所などもこれに基づいて決まる。地域住民もパトロールなどに取り組む。でたらめな統計は、協力する市民を欺く犯罪行為に等しい。

 警察の不正な統計処理は後を絶たない。04年に発覚した兵庫県警の捜査書類偽造事件は、検挙実績を上げるためで163人が処分された。今年6月には、窃盗事件を検挙したように処理したとして、滋賀、三重両県警の警察官3人が公電磁的記録不正作出・同供用容疑で書類送検された。

 数字に結果を求めるばかりでなく、数値化しにくい業務を適正に評価できる体制が必要だ。府警は組織全体の問題と深刻にとらえて信頼回復に取り組まねばならない。


時事通信
「まだ信じられない」=被害生徒の両親が手記−高1女子殺害

 長崎県佐世保市で殺害された県立高校1年の女子生徒(15)の両親が2日、娘の初七日に合わせ、代理人の弁護士を通じて手記を公表した。全文は次の通り。
 大切に育ててきた、またこれからも育てていくつもりの娘との突然の別れがどうしてもまだ信じられずにおります。
 少しづつですが娘を失った事を実感するのがやっとで他の事は何も考えられずにいます。
 そしておそらく自分の身に何がおこったかわかってないであろう娘がただただかわいそうです。
 私達の最愛の娘の命と将来をうばった犯人を決して許すことはできません。
 今は、今後の捜査の行方を静かに見守りたいと思います。
 警察関係の皆様や捜査に御協力いただいている皆様や私達家族の事を心配して下さっている皆様には感謝の気持ちで一杯です。

フランス語
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カントクで疲れた/不明のファイルが見つかる

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cherry3

J'entendis l'infirmier dire à sa femme :
-- Nous y sommes.
-- Où donc ? demandai-je en me frottant les yeux.
-- À Paris, parbleu !

看護師が妻に「着いたぞ」と言うのが聞こえた.
「どこに?」と私は目をこすりながらたずねた.
「パリにきまってんじゃないか!」
「鉄道の誕生とリヨン駅」 ドーデ『プチ・ショーズ Le Petit Chose』(1868)
作家とともにパリ散歩  井上 櫻子 いのうえ さくらこ Vincent Brancourt ヴァンサン・ブランクール

カントクが3つ.思っていた以上に疲れました.夕方ナノザに行ってみると,記録のファイルが不明になっています.いろいろ探してOhさんが見つけてくれました.よかった.

河北新報
旧女川交番など保存求める声 震災遺構で会合

 東日本大震災で津波被害を受けた遺構の保存価値を議論する県震災遺構有識者会議(座長・平川新宮城学院女子大学長)は31日、仙台市青葉区のパレス宮城野で会合を開き、女川町の旧女川交番など5件について話し合った。

 地震の液状化と大津波の浮力と引き波で転倒したとされる鉄筋コンクリートの旧女川交番に、委員からは5月の前回会合に続き「津波避難ビルの構造設計の見直しにつながった」と保存を求める声が多く上がった。
 東松島市のJR仙石線野蒜駅プラットホームは「線路が破壊された風景は津波の恐ろしさを十分に伝える」と評価された。一方、同市が宿泊施設に再整備する計画のかんぽの宿松島は「遺構保存のための交付金をホテル再建に使うのはどうか」などの慎重意見が出た。
 委員の牛尾陽子東北活性化研究センターフェローは「時間の経過とともに遺構の原点がぼやけがちになる。保存価値や住民の意向をしっかり検証したい」と語った。
 会議は年内にも、全ての検討対象を「ぜひ保存」「保存する意義はある」「それ以外」の3段階で判断する総合評価をまとめ、各自治体に伝える。平川座長は「全体を見渡した上で個別に判断し、多様な意見を反映させたい」と話した。
 31日は、東松島市の野蒜、浜市両小も検証。次回は仙台市若林区の荒浜小と周辺の住宅跡、石巻市門脇小、気仙沼市の気仙沼向洋高、山元町中浜小、南三陸町防災対策庁舎の5件を取り上げる。
 これまで候補だった石巻市の住吉公園と中瀬北地区の2件は地元の意向で取り下げられた。


河北新報
被災地応援 寛平さんら、ことしもマラソン

 タレントの間寛平さん(65)は31日、東京都内で記者会見し、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県を励ます「みちのくマラソン」を、3年連続でことしも実施すると発表した。
 コースは過去最長の508キロで、8月11日に宮古市の道の駅「みやこ」をスタートし、同21日にいわき市の「スパリゾート・ハワイアンズ」でゴールする。昨年同様、芸人仲間や被災地ゆかりのタレントらでたすきをつなぐ。
 マラソンは、阪神大震災で被災した間さんが「震災から1年過ぎると被災地が忘れられてしまうため、マラソンを通じて現状を伝えたい」とおととしに企画し、1人で3県を走った。昨年は「人と人のつながりの大切さも発信したい」と、芸人仲間に呼び掛け駅伝方式とした。
 記者会見した間さんは「仮設住宅に寄って被災者と話をすることを楽しみにしている。復興するまでマラソンは続けたい」と話した。
 みちのくマラソンは、被災地に笑顔を広げる運動「スマイルとうほくプロジェクト」(河北新報社など主催)との共催。


岩手日報
集中復興期間の延長を 本県被災地の首長ら要望

 2013年度の東日本大震災の復興予算のうち35・3%が使われなかったことに対し、本県被災地の首長からは資材高騰や人手不足に対する抜本的な対策や集中復興期間の延長を求める声が上がった。

 復興予算の未使用は、人手不足や資材高騰による入札不調、工事の遅れなどが要因。大槌町の碇川豊町長は「工事したくても用地を取得できない、入札に参加する業者がいないなど課題は多い」と厳しい表情を浮かべる。

 陸前高田市の戸羽太市長も「東京五輪もあり、さらなる高騰が予想される。根本的に何か解決策を考えていかければならない」と危機感を募らせる。

 被災地の復興は道半ばで、ようやく復興工事が本格化したばかり。政府が定める2015年度までの集中復興期間内に事業が完了しないのは確実。着実な復興と予算確保のため、自治体は期間の延長を求める。


朝日新聞
宮城)石巻で川開き祭り始まる 5千個灯籠流し

 震災から4度目の夏を迎えた街に、今年も灯籠(とうろう)の明かりがともった――。

 約4千人が犠牲になった石巻市で31日、恒例の川開き祭りが始まり、旧北上川河口近くでは、亡くなった家族や友人らの名前を記した灯籠約5千個が川面をゆっくりと流れた。

 川開き祭りは大正時代に始まり、今年で91回目。市内では今年3月に震災がれきの処理が終わり、5月には初めて集団移転先の造成地が完成するなど少しずつ復興が進む。

 震災で知人を亡くした石巻市新田町の伊藤伸彦さん(50)は「震災をしっかり語り継いでいこうという気持ちを新たにしました」と話した。

 川開き祭りは1日まで。1日は午前9時から伝統の孫兵衛船競漕(きょうそう)の準決勝・決勝がある。午後7時半からは約6200発の花火が打ち上げられる予定だ。


朝日新聞
原発事故原因―究明求める声を聴け

 3年前の原発事故は何だったのか。私たちは納得いく答えをまだ得ていないではないか。

 そんな国民の不満が反映された議決とみるべきだろう。

 福島第一原発の事故をめぐり検察審査会が、東京電力の元幹部3人について、「起訴相当」とする議決書を公表した。

 いったん不起訴処分とした東京地検は、起訴するかどうか改めて判断することになった。

 刑事責任の追及がどうなるかはさておき、この議決には、事故について徹底究明しようとしない政府と国会、東電に対する社会のいらだちが映し出されているのは確かだろう。

 政府と国会には、事故に関する膨大な情報を集めて、教訓を引き出す権限と能力がある。国民が与えているのである。

 にもかかわらず、政府も国会も、原因究明を求める国民の思いにまったく応えていない。

 その不満は、世論調査からも読み取れる。朝日新聞社による7月の全国世論調査では、九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県)の再稼働について「賛成」が23%、「反対」が59%だった。

 安倍首相の政策に事故の教訓が生かされていると思うかとの問いには、そう思う人が19%、否定が61%だった。

 政府と国会が事故直後、別々につくった事故調査委員会は、いずれも1年前後で活動を終えた。どちらも引き続き究明を求めたが、今に至るまで具体的な動きはないに等しい。

 これだけの事故を起こしながら、駆け足の調査で済ませていいわけがない。両事故調が集めた証言録や資料も死蔵されたままである。

 関係者の記憶が薄れぬ前に、早く本格的な調査を再開して教訓をきちんと示すべきだ。

 東電元幹部が問われている容疑は、業務上過失致死傷罪である。事故の避難途中に入院患者が死亡し、住民が被曝(ひばく)したなどとして、福島県内の被災者らが告訴・告発したものだ。

 刑事責任を問ううえでは、地震や津波の予見可能性などの立証が重みをもつ。だが、教訓を引き出すうえでは、そうした司法の視点だけでなく、幅広い視野からの検証も重要である。

 住民が安全に避難できるかどうかは、原発を再び動かすかどうかをめぐる最大の焦点のひとつだ。なのに、再稼働の前提となる基準には今も、避難態勢の整備は含まれていない。

 あのとき、住民に何が起きたのか、電力会社の対応はどうだったのか。あらゆる角度から、事故の徹底検証を進めることが不可欠である。


毎日新聞
検審「起訴相当」 原発の安全神話を指弾

 地震や津波の発生予測に目をつぶった東京電力の姿勢を市民の立場から厳しく非難する内容だ。

 東日本大震災に伴う巨大津波によって発生した福島第1原発事故で、業務上過失致死傷容疑などで告訴・告発され不起訴処分になった東電元幹部に対し、東京第5検察審査会が「起訴相当」と議決した。

 審査会は、不起訴とした検察の判断について疑問を投げかけた。検察は速やかに再捜査に着手し、刑事責任を問う余地が本当にないのか、徹底的に捜査を尽くすべきだ。

 「起訴相当」の議決が出たのは、最高責任者だった勝俣恒久元会長と、原子力担当だった武藤栄、武黒一郎両元副社長の3人だ。

 議決はこう指摘する。

 地震活動の調査や研究、評価に当たる政府の地震調査研究推進本部は2002年、「福島第1原発の沖合を含む日本海溝沿いでマグニチュード8クラスの津波地震が30年以内に20%の確率で発生する」と予測した。予測を踏まえ東電が試算したところ、15・7メートルの津波が発生するとの結果が出た。だから試算を踏まえ東電幹部は対応に当たるべきだった。だが、対策にかかる費用や時間の観点から、東電は予測の採用を避け、土木学会に調査を依頼するなど時間稼ぎをした。3人は責任者として、適切な措置を講じなかった−−。

 業務上過失致死傷容疑で刑事責任を問う場合、事故の予見可能性と結果回避可能性が焦点になる。

 議決は、推進本部の予測から、予見可能性はあったと判断した。

 さらに、全電源喪失を防ぐために、武藤、武黒両元副社長が15・7メートルの津波発生の試算について報告を受けた08年8月時点から、一部設備を高台に移設するなど回避措置を取ることは十分可能だったと指摘した。

 検察は、高台移設をするにはケーブル接続の工事が必要で、行政の許可を得るのに3年以上かかると判断した。しかし、審査会は「安全対策を取ることに長期間を要するとする根拠が明確ではない」と批判した。 検察の不起訴理由に説得力がないということだ。検察はこうした具体的な指摘を真摯(しんし)に検討すべきだ。検察が再び不起訴にしても、改めて「起訴議決」ならば3人は強制起訴される。

 議決は、3人の刑事責任とは別に、速やかな対策を講じる方向で動かなかった東電や規制当局を「本来あるべき姿から逸脱している。安全神話の中にいたからということで、責任は免れない」と指弾した。

 新規制基準に基づく原発再稼働も現実的になっている。政府や電力会社は、原発を動かすに当たっては何より安全が優先されるべきだとの市民からの警告と受け止めるべきだ。


東京新聞
東電「起訴相当」 誠実な再捜査を求める

 東京電力の元会長ら三人を「起訴相当」と検察審査会が議決した。福島第一原発事故は津波対策を怠ったため起きたという明快な結論だ。検察は誠実な再捜査を尽くさないと市民の信頼を失う。

 理路整然とした議決文といえる。市民の検察審査会が重視したのは、政府の地震調査研究推進本部の長期評価である。マグニチュード(M)8クラスの津波地震が「三十年以内に20%程度の確率で発生する」と予測されていた。

 それを基に二〇〇八年の段階で、明治三陸地震をモデルに試算すると、一五・七メートルもの大津波が押し寄せると東電内部で報告されていた。だが、まるで時間稼ぎをするかのように土木学会に検討を委ね、対策を先送りしていた。国側に試算の報告をしたのは東日本大震災の直前だ。

 「大津波が来る」と試算しているのは、明らかに予見可能性があった証拠ではないか−。市民がそう判断したのは当然だろう。しかも自ら試算しながら、東電は何の手も打たずにいた。

 東北電力の女川原発(宮城)は津波に備えて、三十メートル近くに「壁」をかさ上げしたのとは好対照だ。東電が対策を怠ったのはなぜなのか。市民はこう考えた。

 「原発の運転停止のリスクが生じると考えたとうかがわれる」「東電は対策にかかる費用や時間の観点から、津波高の数値をできるだけ下げたいという意向もうかがわれる」−。この推察は、国会事故調査委員会が「シビアアクシデント(過酷事故)対策を経営上のリスクとしてとらえていた」と指摘したこととも響き合う。

 東電は〇六年段階でも、津波によって非常用海水ポンプが機能を失い、炉心損傷に至る危険性があることや、全電源喪失の危険性があることも分かっていた。それを市民は議決文に書き込んだ。

 東電幹部六人のうち、津波の情報に接していても、判断できない立場の二人は「不起訴相当」にし、一人は「対策の決定権がなかった」とし、「不起訴不当」にとどめた。冷静さが感じられる。「起訴相当」としたのは、情報を知りつつ、判断できる立場の幹部に絞り込んだわけだ。

 業務上過失致死傷罪での刑事責任を問うテーマをふたたび検察が負うことになった。東電を強制捜査もせずに、「想定外だから罪は問えない」と一蹴した判断をそのまま維持するのか。被災者らは注視している。「人災」なのか、その真相に肉薄してほしい。


毎日新聞
小泉元首相:「川内再稼働おかしい」

 小泉純一郎元首相は31日、九州電力川内原発1、2号機の再稼働に関連し「政府が安全だから(再稼働を)進めると言うが、原子力規制委員長が安全とは言えないとしており、矛盾している。おかしい」と述べ、安倍政権が進める再稼働を強く批判した。細川護熙元首相と東京都内で開かれた太陽光発電などに関する展示会を視察後、記者団に語った。小泉氏は「原発はあきらめるしかない。夢のある(再生可能)エネルギーは政治次第でうんと伸びる」と強調した。

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Le petit prince
On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. (Le petit prince)
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