フランス語の勉強?

novembre 2014

朝ワイン/悲しい気分/黄色のメシア

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MujitsunoSakebi

Solidarité avec les enfants de Gaza : un numéro spécial de l'Humanité
Pour chaque numéro acheté, 2 euros reversés pour les enfants de Gaza au Secours populaires français. Un portfolio exceptionnel de 25 affiches pour gaza, une sélection de reportages de notre envoyé spécial à Gaza, les vrais raisons de la guerre de Netanyahou, des voix pour la paix...
Ce hors-série de l'Humanité "Gaza le symbole meurtri de la Palestine" reprend les affiches et reportages publiés cet été dans l’Humanité. A la Fête de l’Humanité, Julien Lauprêtre, le président du Secours populaire (SPF), a précisé que ≪ les 2 euros ≫ qui reviendront au SPF pour chaque numéro vendu ≪ seront bien utilisés ≫, expliquant que le SPF ≪ n’exporte pas la solidarité ≫ mais travaille ≪ avec des partenaires sur place ≫. Taoufik Tahani, président de l’Association France Palestine Solidarité, partenaire du hors-série, a salué ≪ la qualité du travail, avec de belles affiches et des articles extraordinaires ≫, ainsi que l’intention de venir en aide à ≪ 10 000 enfants à Gaza ≫, grâce aux 2 euros versés au SPF

明日へ−支えあおう−証言記録 東日本大震災35▽仙台空港 津波まで70分の闘い
あの日、仙台空港は大津波で水没する。しかし地震から津波到達までの70分間、被害調査用の航空機を離陸させようと懸命の努力をする男たちがいた。格納庫に閉じ込められた防災ヘリを外へ出そうと、危険を顧みずシャッターをこじ開けた整備士たち。空港当局が状況を把握できなくなったため、自ら滑走路の安全を確かめに赴いた海上保安庁のパイロットたち。自らの任務を果たそうとする空の男たちの闘いを証言でつづる。

NNNドキュメント'14 安さか味か!?コメ戦争日米中の攻防舞台裏!
海の向こうにコメ農家の活路はあるのか。アメリカ産コシヒカリの生産者は「日本食ブームで我々のビジネスも広がる」と自信を見せる。世界のコメ市場獲得競争を追った。
高川 裕也 テレビ新潟


テレメンタリ―「宝子たち、薄暮のころ〜水俣病胎児性患者と母〜」
水俣病が公式確認されたおよそ60年前に母親たちのおなかに宿った命。彼らが水俣病患者として生きる運命は、この世に産み落とされる前に既に決まっていた。彼らは水銀で汚染された魚を口にしたわけではなく、「へその緒」を通して母親の水銀を吸収して水俣病になった。胎児性水俣病の彼らの介護は、これまで主に母親が担ってきた。母親も80代になり、家を出てケアホームに入ることを決意する患者たち。母親の元を離れ、自立を目指す彼らの今を追った。 熊本朝日放送

テレメンタリ―「いばらの道へ 京大初のプロ野球選手誕生」
京都大学工学部4年・田中英祐さんは、149キロの速球と多彩な変化球を持つ投手。2年前、京大の60連敗をストップし、リーグ通算8勝をあげた田中さんに、プロのスカウトが熱い視線を注ぐ。
しかし、マスコミの取材攻勢が彼を苦しめ、今春のリーグ戦では満足のいく結果が出ない。「自分はプロに行く資格があるのか?」自らの進路に迷い葛藤する日々。そんな中、忘れかけていた、ある思いに気づいた。京大初のプロ野球選手誕生へ、田中さんの闘いの日々を追う。 朝日放送


COOL JAPAN〜発掘!かっこいいニッポン〜選「不思議なマナー」
日本のマナーには日本人には当然でも、外国人が不思議に思うものがある。「なぜ相手が見えなくなるまで見送るのか?」「なぜ足を組んで座ってはいけないのか?」「なぜ乾杯の前に飲み始めてはいけないのか?」「なぜ電車やバスの中で携帯電話で話してはいけないのか?」 日本と海外とのマナーの違いとその理由について話し合う。果たして日本のマナーは外国人たちの理解を得られるだろうか?
慶応義塾大学教授…中村伊知哉,


NHKスペシャル「攻防 危険ドラッグ 闇のチャイナルートを追う」
深刻な社会問題となっている危険ドラッグ。「ここでまん延を食い止めなければ日本は薬物汚染大国になってしまう」取締りを強化する捜査当局と危険ドラッグ業者との激しい攻防が続いている。さらに、捜査の中で浮かび上がってきたのが中国の存在。危険ドラッグの原料の供給源となっていることが明らかになってきた。NHKは、闇のチャイナルートを追跡、知られざる実態に迫る。 竹中直人,守本奈実

朝からワインを飲んでしまいました.
水俣病胎児性患者と母の番組を見て悲しい気分になりました.
黄色のメシアの本を少し読みました.
劇画「無実の叫び―差別と冤罪」を読んだのは2日前です.

河北新報
十三浜白浜(石巻)/海水浴場 人往来待つ/浜を歩く 被災地はいま
 砂浜に無数の木片が転がる。足元に子ども用のコップが一つ。動物のキャラクターがかすれた笑顔を見せる。防潮堤工事だろう。重機の排気音が冷たい風に交じる。
 石巻市北上町の十三浜白浜を今月中旬に訪れた。東日本大震災までは白浜海水浴場として知られていた。遠浅で波は穏やか。最盛期には、近くの国道まで観光バスが連なったそうだ。
 「夏にはテントを貸したり駐車場を運営したり。高齢者のいい小遣い稼ぎになったもんだ」。地元区長の佐藤富士夫さん(65)が振り返る。

<有志ら海開き>
 約40戸の集落は津波で壊滅した。犠牲者は30人に迫る。住民は散り散りになり、一部は高台移転を待っている。雑草が茂る宅地跡に、当時を想起するのは難しい。
 浜の再生に向け、昨夏から地元有志らが海開きのイベントに取り組んでいる。日程は8月の2日間。ことしは台風にたたられたものの、好天に恵まれた昨年は約880人が訪れた。
 「帰省ついでに避難者や出身者が寄ってくれたみたい」。運営に姉妹で携わった佐藤尚美さん(41)、木村綾子さん(37)が話す。
 臨時の海の家も登場し、浜はひととき活気を取り戻した。「このにぎわいをなりわいにつなげたい」。想像以上の集客に、2人は手応えを感じている。

<再開発を歓迎>
 市は現在、地区内に日帰りキャンプ場などを整備する構想を掲げている。浜はいずれ行楽スポットとして再出発する見通しだ。
 生活の場からレクリエーション施設へ。人々は地域の変化をどう受け止めるのだろう。富士夫さんに率直な思いを聞いてみる。
 「みんな歓迎しているよ」。答えはあっけないほど明確だった。
 津波で亡くなった妻、孫が地元の墓地に眠っている。「人が来るようになれば集落周辺も荒れないだろう」。再開発には、追憶の空間を守る意味も込められていた。

<再度「見たい」>
 海の家の展望が知りたくて、石巻の内陸部にある仮設住宅に立ち寄ってみた。経営者の一人が避難している。
 「バブル期は朝から休みなし。ひと夏で1年分稼ぐなんて言われたこともあったっけ」。会えたのは武山たかこさん(64)。40年にわたって浜で飲食物を提供してきた。
 プレハブの店舗は濁流に消えた。夫も行方が分からない。葬儀は震災の年の夏に執り行った。遺骨の代わりに、墓には白浜の砂を納めた。
 内陸に住宅を建てるめどが付いている。浜に戻ることも、海の家を再開することもないという。「それでも」。武山さんが言葉を継いだ。
 「朝日に輝く浜は息をのむぐらい美しいの。気持ちが落ち着いたら、海水浴客でにぎわう景色をもう一度見たいな」(報道部・斎藤秀之)


産経新聞
病気の子供にウィッグを 広がる「髪の寄付」、下を向いていた子が笑顔に
 長く伸ばした髪を切って寄付し、小児がんの治療などで髪を失った子供たちのウィッグ(かつら)に役立てるボランティアが少しずつ広がっている。髪を失って鏡を見ることができないほど落ち込んでいた子も、オーダーメードのウィッグで前向きになれるという。(加納裕子)

 ◆「役立つなら」

 「しばらく切っていないけど、長さは足りますか」

 大阪府泉南市の美容室「フォルム」で、腰まで伸びた長髪の女性がカットを依頼していた。和歌山市の主婦、山本文恵さん(40)だ。2年以上伸ばした髪を切り、子供の医療用ウィッグにしてもらうのだ。

 新聞記事で髪を寄付できることを知り、「自分の髪が役に立つのなら」と寄付を決めた。同店の美容師、公文(こうぶん)智靖さん(37)は髪の長さを測り「十分ですよ」とほほえんだ。

 フォルムはウィッグを製作、提供するNPO法人「ジャーダック」(大阪市北区)の賛同美容室だ。ウィッグに加工しやすいように客の髪をカットしてジャーダックに送っている。

 公文さんは約2年前、知人の美容師から聞いてジャーダックの活動を知り、これまでに25人ほどの寄付に関わった。「髪を切って商売するだけではなく、少しでも役に立ちたかった」という。

 ◆協力者1万3千人

 ジャーダックが活動を始めたのは平成20年11月。美容師3人が大阪市北区に美容室「ザ・サロン」を開業する際に、社会で果たせる新しい役割はないかと考え、米国ではボランティアとして根付いている「ヘアードネーション(髪の寄付)」を試みることにしたという。

 見た目が自然で、結んだり巻いたりできる人毛のウィッグは人気だが、当初、なかなか集まらなかった。転機になったのは、23年の東日本大震災。事務局の美容師、延岡瑛美さん(29)は「ボランティアが身近になったせいか一気に広がった」と話す。今では北海道から沖縄県まで約400の美容室が賛同。個人の寄付も含め協力者は約1万3千人にのぼる。

 現在は毎日、全国から約30通の封筒が届く。かつて病気治療で髪が抜けたが完治し、自分の髪を同じような子の役に立てたいと願う子や、親類が病気治療中だという人。髪と一緒に同封された手紙には、さまざまな思いがあふれている。

 ◆ウィッグで笑顔に

 送られてきた髪はまず、長さを選別。トリートメント処理を行って色も統一し、ウィッグに加工する。一つ作るのに20〜30人分を使う。長さは最低でも31センチ必要だが、長髪を希望する女の子が多いため50センチほどの長めの髪が多く必要だ。

 これまでにウィッグを受け取ったのは、小児がんや無毛症などで髪を失った約45人。市販品は数十万円と高額なため、小さくなったウィッグを何年も使い続けていた子もいた。がん治療中で下を向いていた小学生の女の子は、ウィッグを付けると顔を上げて鏡を見つめ、笑顔をみせたという。

 ウィッグを希望してからの待ち時間は半年から1年。11月中旬の時点で26人が待機中だ。需要の多い長い髪が不足していることや、すべての作業を美容師が本業の傍ら行っており、人手不足が主な理由。闘病中は病院まで出向いて採寸やカットをするため、日程調整にも時間がかかる。

 延岡さんは「髪がなくても個性だと捉えられればいいけれど、多感な子には社会復帰の足かせになることも多い。老若男女、どなたでもできるボランティアをもっと多くの人に知ってほしい」と話している。

                   ◇

 寄付の方法など詳細はホームページ(http://www.jhdac.org)。


河北新報
<衆院選>身を切ったのは庶民?/改革どこへ 有権者怒り
 12月2日公示の衆院選(14日投開票)は、前回選挙で与野党が公約に掲げた定数削減が実現しないまま選挙戦に入る。消費税率引き上げをはじめとする国民負担増の陰で、ほごにされた「議員の身を切る改革」。経営不振や生活苦にあえぐ有権者は、熱を帯び始めた舌戦に冷ややかな視線を送る。

<賞与大幅減額>
 仙台市若林区で自動車整備工場を営む佐藤一六(かずむ)さん(75)は、従業員の冬の賞与を大幅に削減することを決めている。
 消費税増税後、落ち込んだままの売り上げが回復しない。工場では電気を小まめに消し、節水を徹底する。壊れた工具も補修して使う。それでも減収分は補えない。
 「ボーナスは働く意欲の源」と考え、支給額を減らさないよう努めてきたが限界だ。4人の従業員は数十%、自分と妻、次男の分は全額をカットする。
 2012年12月の前回衆院選で、自民党と民主党はともに「衆院議員定数の大幅な削減」を掲げた。選挙後、公約実現に向けた動きはなく「身を切る改革」は捨て置かれた格好だ。
 「『庶民の身を切る改革』の間違いではないか。政治家の発言の軽さにはあきれてしまう」と佐藤さんは皮肉交じりに話す。国民との約束を軽んじる政党には投票するつもりはない。

<見切り品購入>
 東日本大震災で津波で自宅を失い、仙台市若林区の仮設住宅に住む50代女性はスーパーの総菜コーナーで働く。アベノミクスの恩恵はなく、720円の時給は全く上がっていない。
 夫と娘、認知症の義母との4人暮らし。消費税増税や円安による食品値上げが家計に重くのしかかる。1円でも安い食材や見切り品を求めてスーパーを回る日々が続く。
 震災の復興財源確保のため、12年5月から実施していた国会議員歳費の20%削減はことし4月末に廃止された。議員の「月給」は約26万円アップし、約129万円に戻った。
 女性は、これまで欠かさなかった投票を今回は棄権するつもりでいる。「市民の暮らしを分かっていない政治家を選ぶような選挙には参加したくない」

◎2012年衆院選議員定数に関する政権公約

<自民>
 定数削減は、3党合意に基づき選挙制度の抜本見直しを検討。次期通常国会終了までに結論を得た上で法改正を行う。

<民主>
 先の臨時国会で実現した5議席削減に加え、13年の通常国会で衆院議員定数を75削減、参院議員数は40程度削減する。


朝日新聞
(衆院選)憲法と首相―立憲主義には逆らえない
 12月2日に公示される衆院選には、いままでの選挙とは違った重みが加わっている。

 改憲のための法的手続きが整ってから、初めての国政選になるということだ。

 6月の改正国民投票法の成立で、衆参両院で3分の2以上の賛成があれば、改憲案を発議し国民投票にかけられるようになった。未確定だった投票年齢が、4年後までには18歳以上とすることで決着したからだ。

 いまの憲法を「みっともない」と言っていた安倍首相は、この選挙で憲法改正をどう訴えるのか。朝日新聞との会見でこう語っている。

 「憲法改正は国民的な議論と理解が不可欠だ。国会で3分の2の多数を形成するのは簡単ではない。同時に国民の中で、憲法改正の議論が深まっている状況では、残念ながらない」

 今回は訴えの正面にはすえず、機が熟するのを待つということか。党の公約でも、憲法改正は末尾でわずかに触れているだけだ。

 だが、自民党はこうした表向きとは違う動きをみせる。

■憲法の私物化

 首相は改正国民投票法が成立した直後、集団的自衛権の行使を認める9条の解釈変更に踏み切った。歴代内閣が「行使できない」としてきた憲法解釈の大転換である。

 憲法についてのこんな線引きを、いつから首相ができるようになったのだろう。

 自民党が12年に発表した憲法改正草案は、戦争放棄の9条1項の後に「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」との条文を加えている。

 その趣旨は個別的、集団的を問わず、「自衛権の行使に何らの制約もないように規定した」のだという。

 集団的自衛権の行使を認めるならば、この改正案を国会に示し、3分の2の賛成を得て国民投票に問う。これが憲法に定められた手続きのはずだ。

 野党も交えた議論や国民投票をへなければできないことを、閣議決定ですませてしまう。憲法の私物化であり、立憲主義への反逆にほかならない。

■改憲への中期戦略

 自民党の改正草案はすべての条項にわたっている。

 ただ、実際は関連する条項ごとに個別に改正案を発議することが国会法で決められており、いっぺんに全面改正はできない。

 首相は「自民党は改正全文を示している。その中で3分の2の多数派を形成できるものから行っていくというアプローチが、一番現実的ではないか」と話している。

 どういうことか。

 党憲法改正推進本部の幹部は「9条改正をやりたいが、世論を真っ二つにする問題。9条は2回目以降に延ばさざるを得ない」と話す。国民の抵抗が少ない条項から改正し、まずは国民の改憲への抵抗感をなくすとの狙いだ。

 そこで最初のテーマとして浮上しているのが、有事や大災害時に、法律と同じ効力のある政令制定を内閣に認める緊急事態条項の新設だ。

 自民党はすでに衆院憲法審査会で、このための具体的議論に入りたいと提案している。首相に極めて大きな権限を与えるものだが、首都直下型地震などが想定される中、危機への備えなら野党や国民の理解を得やすいというわけだ。

 党幹部は、16年夏の参院選をめどに最初の改正案をまとめたいと公言。改憲に向け、地方議会に意見書を可決するよう促したり、各地で党員向け研修会を開いたりしている。

 首相は憲法改正は遠い先の課題のようにいうが、実は準備は着々と進めているのだ。

■個人より国家を尊重

 憲法は不磨の大典ではなく、必要なら改めればよい。

 ただ、それにしても自民党草案は問題だらけだ。端的なのが、個人の尊重を定めた13条の扱いだ。

 一人ひとりが国家からの介入なしに自由に生きる。この近代の人権保障の核心を、13条は「すべて国民は、個人として尊重される」と規定する。

 だが、自民党草案は13条から「個」を奪い、「人として尊重される」と改めた。

 さらに、「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」の尊重には、「公共の福祉」に代え、「公益及び公の秩序」に反しない限りとの縛りをかけている。

 わずかな文言の違いではあるが、個人よりも国家に重きを置く思想が色濃い。これは、立憲主義の精神とは正反対だ。

 安倍首相の今回の衆院解散劇を見ると、新たな民意を得ることで憲法改正を含めた政策実現への推進力を得たいという狙いは明らかだ。

 だが、たとえ選挙で多数を得た者であったとしても、憲法を恣意(しい)的に操ることが許されるわけではない。


毎日新聞
教研集会判決 橋下流手法への警告だ
 労働組合に便宜供与しないと規定した労使関係条例を根拠に、教育研究集会の会場として大阪市教職員組合に市立小学校を貸さなかった市の処分は裁量権を逸脱し違法である。大阪地裁はそう判断し、市に賠償支払いを命じた。組合というだけで使用を認めないことに合理的理由はないという妥当な判決だ。

 判決はさらに、違法な処分を正当化するために、この規定を適用することは職員の団結権を保障する憲法28条に違反すると踏み込んだ。橋下徹市長は「団結権侵害の意図はない」と控訴する意向だが、司法が違憲と断じた意味は重い。組合に便宜供与を一切認めないという条例は見直しが必要だ。

 市教組は約40年前から学校を借りて教研集会を開いてきた。教職員が授業や指導のあり方を議論し地域住民らも参加する。組合活動の側面があるといっても教育上の意義があり、学校教育の支障になったわけでもない。しかし市はそれらを考慮せず、2012年に条例が施行されると途端に不許可とした。

 条例制定のきっかけは、橋下氏が初当選した11年の市長選で、市幹部や市職員の労組が組織ぐるみで橋下氏の対立候補の現職を支援したことが明るみに出たことだ。04年には市職員のヤミ年金といった職員厚遇問題が発覚しており、労使の癒着が市政不信を募らせていた。橋下氏がこうした市の体質を改めようとしたこと自体は理解できる。

 橋下氏は条例を根拠に市庁舎から労組事務所を退去させてもいた。だが、大阪地裁は9月に今回と同様、違法と認定し、規定の適用を違憲とした。このほか橋下氏は労組との関わりを尋ねるアンケートを職員に強制した。これも中央労働委員会が「組合を弱体化する意図がある」として不当労働行為と認定している。

 当該の条例は、庁舎内での労組の政治活動をなくして適正な労使関係を築くのが目的であるはずだ。労使の癒着など問題を招くとは思えない組合活動まで締め付けるのはやり過ぎだ。条例をたてに過度な規制を行えば、職員を萎縮させ、市政運営にもマイナスとなる。

 橋下氏は労組のほか議会などを既得権益勢力と決めつけて攻撃する手法で注目を集めてきた。だが、最大の公約に掲げた大阪府・市を統合再編する「大阪都構想」は議会に反対され事実上頓挫した。反対する野党議員を協議から排除するなど強引に手続きを進めたことが大きな原因だ。

 意見が異なる相手と協議を尽くさず抑え込もうとする橋下流手法はもう限界に来ている。対立ばかりを深めていては、橋下氏が唱える改革どころか市政は停滞するばかりだ。

フランス語
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亡くなった母の誕生日/映画 救いたい/パレスチナ人民連帯国際デー

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29novInternationalDayofSolidalitywiththePalestinianPeople

Journée internationale de solidarité avec le peuple palestinien
≪ En cette Journée internationale de solidarité, je demande à toutes les parties de ne pas tomber dans l’abîme. Le cycle infernal des destructions insensées doit faire place au cercle vertueux de la paix ≫
M. Ban Ki-moon, Secrétaire général de l'ONU
Message 2014


La Journée internationale de solidarité avec le peuple palestinien est célébrée tous les ans par l’Organisation des Nations Unies le 29 novembre, comme le prévoient les résolutions 32/40 B du 2 décembre 1977, 34/65 D du 12 décembre 1979, 60/37 du 1er décembre 2005 et d’autres résolutions pertinentes.
La date du 29 novembre a été retenue en raison de sa signification particulière pour le peuple palestinien. Ce jour-là en effet, l’Assemblée générale a adopté, en 1947, la résolution 181 (II) , connue par la suite sous le nom de résolution sur le plan de partage, qui prévoyait la création en Palestine d’un ≪ État juif ≫ et d’un ≪ État arabe ≫, Jérusalem étant placée sous un régime international spécial comme corpus separatum.
Au Siège de l’Organisation des Nations Unies, à New York, le Comité pour l’exercice des droits inaliénables du peuple palestinien se réunit le 29 novembre de chaque année en séance extraordinaire pour célébrer la Journée. Le Secrétaire général, le Président de l’Assemblée générale, le Président du Conseil de sécurité et les représentants des organes des Nations Unies compétents et des organisations intergouvernementales, ainsi que des représentants de la Palestine, notamment, prennent la parole à cette occasion.
En 2014, la Journée, qui est normalement commémorée tous les 29 novembre, sera célébrée au Siège de l’ONU à New York le lundi 24 novembre. Elle débutera avec une réunion spéciale du Comité pour l’exercice des droits inaliénables du peuple palestinien, en présence du Secrétaire général de l’ONU. La réunion sera suivie d’une projection de film. En soirée, l’exposition photos de l’UNRWA, ≪ Le long voyage ≫ sera lancée, suivie d’un concert du Trio Joubran.

イラン・イスラム共和国放送
パレスチナ人民連帯国際デー(音声)
パレスチナ人民連帯国際デー
ナジャフィー解説員

11月29日のパレスチナ人民連帯国際デーを前に、パレスチナ人の権利への国際的な支持が拡大しています。国連総会は、決議により、11月29日をパレスチナ人民連帯国際デーとすることを決定しました。

パレスチナ人民連帯国際デーを前に、世界では、パレスチナ人を支持する国際的な会合が開催されています。24日月曜には、ニューヨークの国連本部で、パレスチナ人を支持する国際会議が開催されました。国連のパン事務総長は、この会議で演説し、パレスチナの独立国家の樹立を支持しました。
パン事務総長は、シオニスト政権イスラエルによる50日間のガザ攻撃を非難し、ガザ地区の復興を国際社会が支援する必要性を強調しました。パン事務総長は、今年は、パレスチナ人民との世界の連帯の年だが、今年の夏には、封鎖下にあるガザで破壊的な戦争が行われ、パレスチナ人2200人以上が殉教したと語りました。
パレスチナのマンスール国連代表も、この国際会議で演説し、パレスチナ人民連帯国際デーに際し、「パレスチナ人は、自分たちの公正な要求を実現するため、国連との協力を続けていく」と語りました。マンスール代表は、「イスラエルの占領は長期にわたっており、それを終結させるときがきている」としました。
非同盟諸国会議も、国連がパレスチナ問題を解決できず、シオニスト政権にパレスチナ人に対する犯罪を続けさせていることを批判しました。
イランのデフガーニー国連代理大使は、非同盟諸国を代表し、「パレスチナ問題については、国連が66年前から取り組んでいるが、パレスチナ人はいまだに、自分たちの将来を決定し、目標を実現することにわずかな希望も抱けていない」と語りました。デフガーニー代理大使は、「パレスチナ人が誠意を持って和平への努力を行っているにも拘わらず、パレスチナ問題は、シオニスト政権の政策や行動の継続により、状況が悪化している」としました。また、「非同盟諸国は、パレスチナ人に対するシオニスト政権の攻撃、昨年夏のガザ住民に対する攻撃を改めて非難する」と強調しました。さらに、「非同盟諸国は、シオニスト政権の拡張主義的な動きを完全に停止させ、ジュネーブ第4条約など、国際法規に対する取り決めを履行させるため、国際社会が早急に措置を講じるよう求めている」と述べました。


亡くなった母の誕生日です.東日本大震災で亡くなった訳ですが,もう一度思い起こす意味も込めて映画「救いたい」を見に行きました.なんばパークスははじめて.鈴木京香と三浦友和が出ています.他には貫地谷しほり,渡辺大,中越典子,藤村志保,津川雅彦など.ところどころ思い出して悲しくなってしまう場面がありましたが,いい映画だと思いました.また見たいです.
パレスチナ人民連帯国際デーです.

河北新報
南三陸町防災庁舎 解体求め遺族会結成
 東日本大震災で43人が犠牲となった南三陸町防災対策庁舎の扱いをめぐり、解体を求める遺族有志は28日、同町歌津で会合を開き、「解体を望む遺族会」を発足させた。震災遺構として庁舎保存の方針を打ち出した県有識者会議に対し、抗議の声明書をまとめた。同会議と村井嘉浩知事、佐藤仁町長に送付する。
 会合には、遺族15人ほどが出席した。声明書で「妥当な結果が出ると待っていた遺族は激怒し混乱した。有識者はどんな考えで決めたのか、その真相を究明する。あの庁舎は見るのもつらい」と主張している。
 出席者によると、会合では「遺族の意見を全く聞かずに判断する有識者会議は、おかしい」「家族を亡くした遺族の気持ちは会議の委員には分からない」といった意見が出た。「町の解体方針を知事が凍結するのはおかしい」などと村井知事への批判もあったという。
 代表に選ばれた同町歌津の阿部勝衛さん(69)は「このままでは、ずるずる保存が決まってしまうという危機感がある。遺族の考えをきちんと示していく」と話した。


まんたんうえぶ
鈴木京香 : 地元・宮城愛語る 今の現状が「みなさんの心に残るように」
 女優の鈴木京香さんの主演映画「救いたい」が、全国公開中だ。映画は、鈴木さんの出身地・宮城県の東日本大震災から3年後の現状を描いた物語。「宮城県出身だからこそ、中途半端にはできないという思いがありました」と強い思いを語り、「実際、現地でロケをさせていただいて、地元の皆さんと触れ合いを重ねたことが私にとってありがたい思い出となりました」と語る鈴木さんに、宮城ロケの思い出や地元愛について聞いた。

 ◇ロケには幼なじみも参加

 「救いたい」は、仙台医療センターの麻酔科医・川村隆枝さんのエッセー「心配ご無用 手術室には守護神がいる」が原作。仙台の病院で麻酔科医長を務める川島隆子(鈴木さん)と、震災後に仙台の病院を休診して地域医療を立ち上げた医師で夫の貞一(三浦友和さん)を中心に、震災から3年たった宮城で前向きに生きようとする人々の姿が描かれている。「ハチ公物語」「ひめゆりの塔」「ラストゲーム 最後の早慶戦」などの名匠・神山征二郎監督がメガホンをとった。

 鈴木さんは宮城県に生まれ、大学まで地元で過ごした。今回のロケ地となった宮城県では「私の学生時代の知り合いがエキストラで参加してくれました。実際の自衛隊の方も出演してくださったんですが、それが小学校時代の同級生だったり。私が育った場所に帰って映画を撮らせてもらっているという気持ち、そしてせっかく地元で撮影させてもらっているんだから、宮城の良さを伝えたいという気持ちになりました」と並々ならぬ思いを語る。

 ◇震災後の復興は「まだまだ」

 鈴木さんは、津波が襲った被災地にも震災後に訪れた。そして今回、再び訪れた現地の印象を「小さい頃、海水浴で訪れたなじみのある場所です。震災直後よりはだいぶ生々しさみたいなものは消えている印象を受けました。家や木々が植えてあったところがただの草原のようになっていたので。かつての景色を知らない方にはそんなに分からないことだとは思うんですが、でも実際は全く違う状況のままです。整備の途中で少しずつ変わってきてはいるけれど、元に戻るというのはまだまだ先かと思うと胸が痛みます」と心情を明かす。

 一方で「震災後、3年でこうやってロケ撮影をさせていただけるのは素晴らしい復興の速さなんだと思います」といい、「宮城県出身である私が演じることは、プラスアルファを求めてくださったんだと思いますし、責任というか、やるからには今の現状をしっかり伝えていかなくてはいけないという思いがありました」と強いまなざしで語る。

 ◇地元で感じた宮城県民らしさ

 宮城県でのロケは約1カ月間。鈴木さんは「短い時間ではありましたが、地元の方々と触れ合いを重ねることができて、ありがたい時間でした」と話す。

 劇中で多用される宮城弁に他県出身の三浦さんは不安を抱いていたというが、地元のエキストラの人々は「『おかしい』というのではなくて、『それでいいですよ。そう言ってくれるだけで私たちうれしいですよ』って。何回か『これでいいんですか?』って聞いたそうなんですが、みんな『お上手です』と。何か、それが宮城県人っぽいなって私も思ったんですよね」と少し遠慮がちで温かい県民性を語る。

 ◇いつかは宮城弁の「方言指導がしたい」

 地元出身ながら、役どころが原作者の川村さんをベースにした島根県出身の女性のため、今回は方言を”封印”した鈴木さんは「方言の仕事は大好きなので、話したかったんですけどね……」と残念そうな表情。「でも、また他の作品でそういう機会もあるでしょうし、方言に関しては長いスパンできちんと演じていきたい。いつか方言指導ができるようなくらい方言をちゃんと勉強したいなと思っています」と地元愛をのぞかせた。

 そして、今作について「大変な状況の中、一歩一歩前に進んでいる現状を一人でも多くの方に見ていただけたら。監督の思い、キャストの思い、原作者の思い、地元のみんなの思いが少しずつでも皆さんの記憶に残りますように、と願っております」と強い思いを語った。

 ◇プロフィル

 すずき・きょうか。1968年生まれ、宮城県出身。1989年に映画「愛と平成の色男」で女優デビュー。91年にNHK連続テレビ小説「君の名は」でヒロインを演じて一躍注目される。2004年の映画「血と骨」で第28回日本アカデミー賞最優秀女優賞を受賞。その他の主な映画出演作に「ラヂオの時間」(97年)、「釣りバカ日誌13 ハマちゃん危機一髪!」(02年)、「男たちの大和/YAMATO」(05年)、「沈まぬ太陽」(09年)、「セカンドバージン」(11年)、「清須会議」(13年)などがある。


東京新聞
自民の「公正」要請 TV報道、萎縮させるな
 テレビの総選挙報道に「公正」を求める文書を、自民党が在京各局に出していた。形は公正中立の要請だが、街頭インタビューのあり方まで注文した内容は、圧力と受け止められてもしかたない。

 文書が出されたのは衆院解散の前日の二十日で、在京キー局の編成局長と報道局長宛て。差出人は自民党の筆頭副幹事長、萩生田光一氏と同報道局長の福井照氏の連名になっている。

 「お願い」の体裁をとっているが、プレッシャーを感じさせる内容だ。

 衆院選について、選挙期間が短く報道の内容が大きく影響しかねない、とした上で「過去にあるテレビ局が政権交代実現を画策して偏向報道し、大きな社会問題となった」と、一九九三年に民放が放送法違反を問われた事件をあえて指摘。続けて出演者の発言回数や発言時間、ゲスト出演者やテーマの選定、街頭インタビューや資料映像まで四項目を列挙し、一方的な意見に偏ることがないよう求めている。

 自民党がここまで神経質に、具体的に「要請」する狙いは何か。文書にはないが、行間には争点になっているアベノミクスや安全保障、原発再稼働などで自民党に対する批判的な識者、意見、街頭インタビューの露出を減らし、批判の広がりを抑えようとする意図がにじんでいる。

 言うまでもなく、報道番組は公正でなければならず、内容は報道機関であるテレビ局が自らの責任で決める編集権を持っている。

 報道の姿勢について言えば、賛否を足して二で割るのが「公平、中立、公正」というわけではない。政権や政策の問題点を批判し、議論の材料を提供するのは報道の重要な役割で、公正さの判断は視聴者である有権者に委ねられている。

 報道内容をそれぞれの立場で吟味し、最終的に投票先を決める。政権が公正中立を定義するようなことになれば、報道は政府の宣伝の道具になりかねない。

 政権担当者であるが故に、さまざまな批判にさらされるのは当然で、民主主義国のリーダーである首相には、厳しい批判を謙虚に聞く度量が求められる。都合の悪い報道を抑え込むかのような印象を与える今回の文書は、報道の自由に対する首相や政権の姿勢に疑問を抱かせかねない。

 文書を受け取ったテレビ局は萎縮することなく、凜(りん)とした姿勢で報道を続けてほしい。


東京新聞
米黒人青年射殺 問われる国民の融和
 米国で黒人青年を射殺した白人警官が不起訴となり、黒人らが抗議を激化させている。今なお残る差別と格差。その解消こそ、米国初の黒人大統領オバマ氏が、全力で取り組むべき課題だ。

 ミズーリ州ファーガソンで八月九日、黒人青年=当時(18)=が白人警官に射殺された。警察は暴行された警官の正当防衛と説明。大陪審は今月二十四日、警官の主張を認め不起訴処分とした。これに反発する抗議行動が全米各地に拡大、一部が暴徒化した。

 黒人らが怒りを募らせたのは大陪審の構成が白人九人、黒人三人と人種的に偏っていたためだ。黒人住民が三分の二を占めるファーガソンの警官五十三人中、黒人は三人だけだったことが警官と黒人住民との対立構図を際立たせ、警官だった担当検事の父親が黒人に殺された過去も疑念を呼んだ。

 怒りの背景にあるのは差別への強い不満だ。米国での黒人の人口比率は13%。一八六三年に奴隷解放が宣言され、五十年前に選挙、教育、雇用などでの人種差別撤廃を定めた公民権法が制定されたが、差別や格差はなくならない。

 ニューヨーク・タイムズ紙によると、服役経験者の割合は黒人男性では3%、白人男性が0・5%、親が服役中の子どもが黒人では十五人に一人だったのに対し、白人では百十一人に一人と、人種による犯罪率の高さに大きな差があった。犯罪につながるような格差をなくすことが急務だ。

 発砲した白人警官は米テレビのインタビューに、ズボンとベルトの間に手を突っ込み近づいてきた黒人青年が武器を持っていると思い身の危険を感じた、と話している。相手が銃を所持していると思い発砲−事件は銃社会の問題も浮き彫りにした。黒人のホルダー司法長官は連邦政府としても捜査を進めていることを明らかにした。

 人種間の融和を訴え圧倒的な支持で当選したオバマ大統領だが、人種問題で目立った成果はない。今月の中間選挙では上下両院とも野党共和党が過半数を制し、政策の手詰まり感、社会の分断は進むばかりだ。国連人権高等弁務官は声明で、米国では警官と衝突して死亡する黒人が多いことなどを指摘、人種問題が司法に及ぼす影響を調査するよう求めるなど、米国社会のありようには国際的にも疑問の声が上がっている。

 「初の黒人大統領」の意義を色あせさせないためにも、残り任期の二年間、国民の融和のため本腰を入れるべきではないか。


東京新聞
【金曜日の声 官邸前】 脱原発 大きな争点
 埼玉県寄居町の主婦浅見玲子さん(56) 原発事故で住めなくなった町があるのに、再生可能エネルギーへ転換しようという姿勢が見えない。忘れてしまうことは一番の罪。原発は衆院選の大きな争点だ。マスコミもしっかり報じてほしい。

 京都市の元会社員石田隆さん(64) 衆院選の争点はアベノミクスより原発や集団的自衛権ではないか。先日、長野でも大きな地震があった。原発に安全はあり得ない。初めて参加したが、再稼働反対を粘り強く言い続けないといけない。

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広島土砂災害から100日/自由と壁とヒップホップ

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Slingshot hip hop
A priori, Palestine et hip hop, ça ne va pas ensemble. La documentariste Jackie Reem Sal-loum démontre ici le contraire ! Qu'ils habitent Gaza, la Cisjordanie ou Israël, de jeunes Palestiniens -et de jeunes Palestiniennes- rappent" en Arabe pour dénoncer, protester, revendiquer. Et, peut-être, et avant tout, pour ne pas étouffer. Pendant cinq ans, la réalisatrice a filmé cette nouvelle génération qui crie ainsi sa révolte et ses frustrations. Elle s'est plus particulièrement focalisée sur deux groupes : DAM, basé près de Tel Aviv, et PR, de Gaza. Slingshot hip hop, le hip hop du lance-pierre, est plus qu'un document sur un genre musical. Il s'adresse autant aux amateurs de "flow" qu'à ceux que la question palestinienne interpelle.

Slingshot Hip Hop - The Trailer

SLINGSHOT HIPHOP- STRAIGHT OUTTA PALESTINE!!

DAM, "Born Here", Hebrew/Arabic with English subtitles

今日は広島土砂災害から100日になります.被災者の人たちはいまどうしているのか,わかりません.でも忘れないでいようと思います.
十三のナナゲイで「自由と壁とヒップホップ」を見ました.一応2回目.1回目は寝てしまったのでした.でも今回は集中してみることができました.リッダのDAMとガザのPR,女性のAbeer Alzinatyが出てきました.パレスチナの今を知るためのいい映画だと思います.ハマスの「テロ」行為だけではなく,様々な形でイスラエルへの抗議があるということを知るのはいいことです.映画の後の岡真理さんのお話もよかったです.実は彼女の講演会で一番前の席に座ったのに寝てしまったことがあり,反省していたのですが,48年組,67年組など歴史を振り返りつつの説明は大変いいものでした.ライラ・カリドLeïla Khaled ليلى خالد が今どうしているのか?とか「国境のない若者たち」ってどんな組織とかいろいろ質問が出ていました.

毎日新聞
希望新聞:東日本大震災 記憶、風化させない 映画「救いたい」各地で上映中
 東日本大震災の被災地を舞台にした神山征二郎監督(73)の新作映画「救いたい」が被災地の宮城、岩手県をはじめ東京都など全国各地で上映中だ。

 仙台医療センターで麻酔科医長を務める妻と、被災地に診療所を開設した夫。共に医師である夫婦を中心にドラマが展開する。モデルとなった麻酔科医、川村隆枝さん(65)は「映画を通じて人間の根本的な力を感じてほしい」と語る。

 「最新医療に欠かせない麻酔について知ってもらいたい」と川村さんがつづったエッセーを原案に、震災体験やエピソードが脚本に盛り込まれた。石巻市や七ケ浜町など宮城県を中心にロケを行い、住民らがエキストラとして参加した。ラストの祭礼シーンは、石巻市日和が丘2の鹿島御児(かしまみこ)神社のみこしを使い、関東地方から担ぎ手を集めた。

 「震災から3年半以上が過ぎ、自分たちは『忘れ去られるのではないか』という寂しさが漂っている」と川村さんは言う。「そういう時期に、震災後を生きる人々の姿に光を当てた映画ができたことは感慨深い。麻酔科医の重要性もさりげなく描かれている」。映画では、鈴木京香さんと三浦友和さんが医師夫婦を演じている。

 東京で今月、完成披露試写会が行われた。神山監督は「市民のみなさんの協力で完成できた。震災の記憶を風化させてはならない」と話していた。

 上映の問い合わせはAMGエンタテインメント(電話03・5720・2461)。【明珍美紀】


毎日新聞
希望新聞:東日本大震災 声・被災者から
 ●栃木
 ◇窯を失ったつらさ−−福島県浪江町から宇都宮市に避難している大堀相馬焼の窯元、小峰和子さん(67)
 「浪江で育ち、地元の伝統工芸品、大堀相馬焼の窯元の家に嫁ぎました。以来約30年、朝4時に起きて何時間制作を続けても苦にならないほど楽しかった。

 それが福島第1原発事故で自宅は帰還困難区域に指定されてしまいました。窯を併設していた自宅は野生動物に荒らされてしまいました。避難を強いられ、土と触れ合うこともできない。天職とまで思っていた仕事を失い、夜も眠れない日が続きました。

 後継ぎはおらず、年齢的にも新たに窯を作るのは難しい。自分の中で折り合いをつけて諦めました。今は少しでも福島のことを分かってもらい、今も苦しんでいる人がいることを知ってもらうため、講演会などで話しています。体験した人じゃなきゃ分からないことはありますが、思いを共有することはできるはずです」【長田舞子】


朝日新聞
滋賀)再稼働禁止請求却下、住民ら戸惑い
 県民らが関西電力高浜、大飯原発の再稼働禁止を求めた仮処分申請について大津地裁は27日、却下した。一方で住民の避難計画すらない今、「原子力規制委員会が再稼働を容認するとは考えがたい」とも指摘。「内容は勝ち」「いや負けは負け」――。決定の判断をめぐり、申立人の住民らに戸惑いが広がった。

 午後1時10分すぎ、地裁の正面玄関から、住民側弁護団の数人がゆっくりと歩いて出てきた。

 「本件各申し立てをいずれも却下する」

 地裁前に詰めかけた住民約30人に、弁護団長の井戸謙一弁護士(60)が主文を朗読。「規制委が新規制基準に適合すると判断し、再稼働を容認するとは到底考えがたい、とも書いてある」と話すと、「司法の責任逃れだ」「なぜ原発を止めないんだ」と怒りの声があがった。

 その後、弁護団は滋賀弁護士会館で会見し、申立人代表で長浜市に住む辻義則さん(67)が「却下だが、勝訴決定に等しい。関電や規制委は趣旨を受け止め、再稼働手続きを停止すべきだ」とする声明を朗読。「仮処分申請から約3年3カ月。決定は遅きに失したが、関電には大きな足かせになる」と訴えた。

 参加者からは「裁判所のメッセージは関電に届くのか。実質勝訴と言えるのか」との指摘や、「却下という結果と内容に大きな差があり、この決定を放置していいのか」と即時抗告を求める声が出た。井戸弁護士は「今回の決定が出たことを広め、規制委に働きかけるなど、再稼働させない取り組みも考える必要がある」と述べた。

 申立人の一人、高島市の中平清三さん(63)は「裁判所は司法判断を避け、命を守るという司法の仕事から逃げた」と憤った。大津市のパート今村真理子さん(60)は「原発は危険だと司法が判断した。電力会社や政府は結果を真摯(しんし)に受け止めてほしい」と話した。

■安全面の不備認めた

 「再稼働が差し迫っていない」と住民の申し立ては却下された。だが、山本善彦裁判長は、住民の避難計画などが策定されていない現状では「再稼働はあり得ない」と指摘。規制委がこのような状況で再稼働を容認するとは「到底考えがたい」とした。

 地裁が対象原発の安全面の不備を認めた形だ。

 争点となった「基準地震動」については判断しなかったが、新規制基準の合理性について関電側が説明しないことに言及した。

 関電は、重い宿題を課された。来春にも高浜原発3、4号機を再稼働させたい考えだが、大津地裁で続く本裁判を含め、「危険はない」と主張する根拠の説明を強く求められる。

 原発をめぐる訴訟で住民側が勝訴した例は3件。住民側弁護団は「7割は勝った」とするが、再稼働を止める司法判断は勝ち取れなかった。今回の決定が今後の訴訟にどう影響していくか、注目したい。(奥令)

■「内容は画期的」 嘉田由紀子前県知事の話

 決定は、原発事故に対応する組織と地元自治体との連携・役割分担や、住民の避難計画などが不十分な現状では、再稼働ができるわけのない状況だと判断している。県がこれまで主張してきた被害地元の権利を認めたと言える。形式は敗訴だが、論理的には画期的な内容であり、実質は勝訴の決定だ。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 竜田−原ノ町間、代行バス運行へ 不通・常磐線
 東京電力福島第1原発事故で運行再開が遅れているJR常磐線の復旧を促進する政府の協議会が27日、東京都内で初会合を開いた。

 事業主体のJR東日本の深沢祐二副社長は、福島県内の竜田(楢葉町)−原ノ町(南相馬市)駅間で代行バスを来年2月を目指して運行▽同区間の帰還困難区域の線量や路線の被害を調査し、今年度中に公表▽震災で壊れた富岡駅(富岡町)の再建へ調査・設計を来年度から開始−−とする方針を示した。

 協議会は復興庁や国土交通省、JR東などで構成。今後、運行再開に向けた指針を決定する。【松本晃】


神戸新聞
「政治の力必要」借り上げ復興住宅、迫る退去期限
 衆院選(12月2日公示)を控え、阪神・淡路大震災を機に供給された「借り上げ復興住宅」で暮らす高齢者らが焦燥感を募らせている。来年度から順次退去期限を迎えるが、この問題に関する立候補予定者の訴えがあまり聞こえてこないからだ。「政治の力が必要なのに…」と高齢者ら。兵庫県内に避難している東日本大震災の被災者も「関西では関心が薄れている」と指摘する。(木村信行)

 神戸市中央区のHAT神戸脇の浜。復興住宅の集会所で「すまいる喫茶」が週1回開かれ、16年間続く。

 集まった住民らの口に解散総選挙の話題が上る。同市灘区の文化住宅が全壊し、復興住宅で1人暮らしの女性(86)は突然の衆院解散に疑問を投げ掛けた。「周りは高齢者ばかり。年金も減らされ生活が苦しいのに、なんで選挙なん。誰のため? いくら使うつもり?」

 西宮市の「シティハイツ西宮北口」の女性(76)は入居から20年となり、被災地で最も早い来年9月末の退去を迫られている。

 「私たちは20年の契約をしていないのに、市に退去を迫られている。国に動いてもらうしか解決の道はない。阪神・淡路大震災の問題が今も続くことを忘れないで」と消え入りそうな声で訴えた。

 本紙の調査によると、復興住宅に被災者枠で入居している世帯の割合は約6割。65歳以上の高齢化率も年々上がっており、高齢化も深刻な問題となっている。

 東日本大震災や原発事故で県内に避難してきた人たちにも不満がくすぶる。県によると、県内避難者は10月24日時点で352世帯910人。福島市から母子避難している40代の女性は「経済政策が争点になれば、東北の復興はかすむ一方。放射性物質の除染が進み、故郷に帰れる日が来るのか。関西では、もう誰も関心がないのではと不安になる」と話した。

 神戸と東北の被災地支援を続けるNPO法人「よろず相談室」の牧秀一理事長(64)は「少数者を顧みない政治が進んでいないか。高齢化のスピードが速い東北では、神戸の20年目の現実が今、起きている。将来以上に、現在の問題に目を向けるべきだ」と訴えた。

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革命の子どもたち/梅田でチラシ配り

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Diophante d'Alexandrie
Passant, sous ce tombeau repose Diophante.
Ces quelques vers tracés par une main savante
Vont te faire connaître à quel âge il est mort.
Des jours assez nombreux que lui compta le sort,
Le sixième marqua le temps de son enfance ;
Le douzième fut pris par son adolescence.
Des sept parts de sa vie, une encore s'écoula,
Puis s'étant marié, sa femme lui donna
Cinq ans après un fils qui, du destin sévère
Reçut de jours hélas ! deux fois moins que son père.
De quatre ans, dans les pleurs, celui-ci survécut.
Dis, si tu sais compter, à quel âge il mourut.
ディオファントスの墓碑銘です.

朔風払葉きたかぜこのはをはらう,です.でもまだそんなに寒くはありません.
1540からシネ・ヌーヴォで映画です.
壁に京都大学新聞が貼ってありました.シネ・ヌーヴォの支配人・山崎紀子さんのインタビュー記事「映画館で観るという体験」です.シネ・ヌーヴォは九条ですが,近くに松島料理組合があります.微妙な雰囲気です.
見た映画は革命の子どもたち Children of the revolution.
重信メイの人生に関しては「秘密」などの本を読んでだいたい知っていましたが映像で見るとまた別です.
1800からは梅田・ヨドバシ前でチラシ配りをしました.

河北新報
亘理・浪切地蔵尊移設完了 安住の地に
 東日本大震災で被災し、敷地が復興事業用地に掛かった宮城県亘理町荒浜に伝わる「浪切(なみきり)地蔵尊」の移設工事が完了し26日、開眼供養があった。移転先は地蔵の世話を70年近く続けてきた佐藤とみ子さん(86)の自宅跡。震災を乗り越えて安住の地を得た姿を佐藤さんは「本当に良かった」と笑顔で見守った。
 供養には被災して散り散りになった住民や関係者ら約20人が参列。建立された地蔵に静かに手を合わせ安寧を祈った。
 佐藤さんは、仮設住宅で手縫いしたちゃんちゃんこを地蔵に着せた。「この日を迎えられてうれしい。これで安心した」と話す。
 地蔵は江戸後期、阿武隈川沿いにあった旧荒浜漁港近くに建立。海上安全や子どもの成長を願う象徴として住民や漁師らの信仰を集めた。佐藤さんは地蔵の隣の家に16歳で嫁いでから、毎日のようにお供えなどを続けてきたという。
 震災の津波で佐藤さんの集落は壊滅。地蔵も倒れて首などが壊れ、祭っていたほこらも流失した。住民らは地蔵の体の部位を拾って戻し、供養を続けた。佐藤さんは「地蔵さんに申し訳ない思いだった」と振り返る。
 敷地が阿武隈川の堤防拡幅工事の用地となり、住民らでつくる浪切地蔵尊奉賛会は存続を要望。町が佐藤さんの自宅跡を取得して移転先とし、移設費は国が賄った。
 佐藤さんは近く、荒浜地区の災害公営住宅に転居する。「歩いて地蔵さんの供養を続けたい」と言う。
 奉賛会の高橋紘道代表(75)は「離れ離れになった住民が集う場になればいい。震災後は中止していた夏祭りも、来年は盛大に開きたい」と再興を喜ぶ。


朝日新聞
宮城)「この石碑より上へ逃げて」 女川町に津波記憶石
 女川町の町地域医療センターで26日、「津波記憶石」の除幕式があった。御影石などで造られた記憶石は高さ2・7メートル。土地の標高と合わせると、町に押し寄せた18メートルの津波と同じ高さになる。

 表には「もし大きな地震が起きたら この石碑より上へ逃げてください 逃げない人がいても ここまで無理矢理にでも連れ出してください」という女川中学校の生徒たちのメッセージが刻まれている。

 石材会社約300社でつくる「全国優良石材店の会」が、被災地で取り組む復興支援の一環として町に寄贈した。会が設置した石碑はこれで28基で、県内では気仙沼市に続いて2基目。(加藤裕則)


石巻かほく
「森の学校」として再生 宮戸・野蒜統合小、鳴瀬未来中 校舎基本設計まとまる
 東松島市の宮戸小と野蒜小の統合校と、小野地区から高台の野蒜中下地区に移転新築される鳴瀬未来中校舎の基本設計がまとまった。両校ともに、背後に豊かな森を持ち、自然環境を生かした「森の学校」として構造、配置、外観などにも工夫した。

 統合小校舎は2016年12月完成、17年1月からの使用を見込む。鳴瀬未来中校舎は17年度内の完成、利用開始を目指す。

 統合小校舎は防災集団移転団地の一つ、野蒜北部丘陵内に建設。敷地面積1万6250平方メートル(のり面含む)に、木造平屋の教室棟と図書棟、職員室などが入る管理棟を中庭を囲む形で配置し、回遊性を持たせた。教室棟の西側に理科室などの特別教室棟と体育館、プール(25メートル6コース)、東側に校庭、メーン駐車場がある。

 校舎北側には市と一般財団法人「C・W・ニコル・アファンの森財団」が連携して整備を進める「復興の森」がある。森と校舎との一体感、親密性を重視し、教室棟を森に向けて配置した。

 鳴瀬未来中は約3万平方メートルの敷地に、鉄筋コンクリート3階の校舎、合築による武道場と体育館、プールを整備。校舎は敷地背後の森を有効活用するため、森に面した北側に配置する。

 北側中央にある谷間を自然共生ゾーンに設定。理科室や美術室、技術室などの特別教室を配置して自然に対する総合的な学習ができる空間の構築を計画している。校舎外観、内装は木造の雰囲気を感じさせるデザインと部材を採用する。


石巻日日新聞
2年半に感謝込めて…マルシェで閉場イベント
30日までセール
                
 震災で被災した地元商店の再出発の場とともに、各種イベントの拠点として多くの人に親しまれてきた石巻まちなか復興マルシェが今月いっぱいで幕を下ろす。22―23日には同所で「閉場感謝祭」が開かれた。
        
 マルシェは震災後の24年6月にオープンした仮設商店街。週末には親子で楽しめるイベントが開かれるなど、地域住民ばかりでなく被災地視察に訪れた観光客にも親しまれてきた。しかし旧北上川の河川堤防事業が来年度から始まるため、今月30日を最後に同地での営業が終了する。
        
 22日の感謝祭では、牡鹿のれん街が鯨の大和煮を使用して開発した「おしかモビーDON」を提供。積極的な被災地支援を展開する神奈川県座間市の「たい焼きプロジェクト」も応援に駆けつけ、会場ではアツアツのたい焼きをおいしそうにほお張る子どもたちの姿が見られた。
         
 またこの日は、蔵王町出身のシンガーソングライター幹(miki)さんもスペシャルライブを実施。オープニングイベントでも演奏した幹さんは、「音楽の力で、皆さんに少しでも元気を届けることができたらうれしいです」と語り、「表現者」「光」などのオリジナル曲を披露した。しっとりとした優しい歌声が会場を包み込み聴衆を魅了。同地でのマルシェの最後に華を添えていた。

 マルシェ内の各店は、30日まで商品割引セールやサービス品提供などを実施している。


朝日新聞
社民、比例1位に同性愛公表の石川氏擁立 衆院選
 社民党は26日、12月2日公示の衆院選で、同性愛者であることを公表している東京都豊島区の石川大我区議(40)を比例区東京ブロックの単独1位で擁立する方針を決めた。

 石川氏は昨年、17年ぶりの選挙戦となった同党の党首選に立候補。吉田忠智・現党首に敗れたが、党再建に向けた「党改革推進本部」のメンバーになっていた。(江口達也)

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ヴェイユ法から40年/成り行きで相対論

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Il y a 40 ans, Simone Veil se battait pour l'IVG
Rarement un débat au Parlement a causé autant de tensions. À l'automne 1974, après des mois de lutte acharnée, Simone Veil la ministre de la Santé de Valéry Giscard d'Estaing monte à la tribune de l'Assemblée nationale pour un discours passé à la postérité.

"Je voudrais vous faire partager une conviction de femme et je m’excuse de le faire devant une assemblée presque composée exclusivement d’hommes", déclare-t-elle notamment, aussi ferme que consciente de l'importance du moment.

"Je le dis avec toute ma conviction : l’avortement doit rester l’exception, l’ultime recours pour des situations sans issue", clame celle qui veut aider des milliers de femmes à échapper à "la honte et la solitude" que la loi rejette alors sur elles.

"Aucune femme ne recourt de gaieté de cœur à l’avortement", affirme-elle sous des applaudissement nourris. L'avortement est un drame, et il sera toujours un drame." Car Simone Veil en est convaincue : la société française doit "admettre la possibilité d’une interruption de grossesse pour la controler et en dissuader la femme."

Alors pénalisée, l'interruption volontaire de grossesse est le combat crucial d'une ministre qui possède un "triple défaut", comme elle l'écrira ensuite : celui d'etre une femme, juive et favorable à l'avortement dans une France profondément conservatrice. Un combat qui débouchera sur une avancée décisive le 17 janvier 1975 en faisant du projet de loi sur l'IVG la loi Veil.

福島みずほ @mizuhofukushima
昨日は、憲政記念館で、土井たか子さんのお別れの会。DVDで、懐かしいお姿を見て、また、参列して下さった皆さんたちの言葉にも感激。私は司会を務めることができて、政治のお母さんのお葬式を出した気持ちでした。土井たか子さん、本当にありがとうございました。見守ってください。

ヴェイユ法から40年だそうです.
今日もなんだかヤル気なし.でも成り行きで相対論の本を読む羽目になりました.

河北新報
山田線の三鉄移管、近く合意 一時金30億円
 東日本大震災で被災し運休中のJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)を第三セクター三陸鉄道(宮古市)に移管する構想をめぐり、岩手県は25日、JR東日本が地元に支払う移管一時金を従来の5億円から30億円に増額する方針を伝えてきたことを明らかにした。沿岸12市町村はおおむね評価しており、12月にも移管受け入れに合意する見通し。震災後、手付かずだった同区間は復旧へ前進する。
 復旧工事は、早ければ来春までに始まるとみられる。完了すれば、山田線を挟んで三陸鉄道南北リアス線が直結される。
 盛岡市で同日あった県と沿岸市町の首長会議で示された。県によると、JRは移管協力金30億円の負担方針を提示。これまでは赤字補填(ほてん)分の「10年分5億円」だったが、大幅に上積みされた。増額を求める地元の要望を考慮したとみられる。
 内訳は赤字補填やJRと三鉄の運賃差額補助、設備更新経費など。算出の根拠は明らかにしていない。達増拓也知事は会議後、「希望が持てる内容だ。この方向でいけば、持続可能な鉄路復旧が可能になる」と述べた。
 新たに沿線に加わる自治体は補助金などの負担が予想されるが、碇川豊大槌町長は「年内に一定の方向性が出そうになったことは評価したい」と理解を示した。
 山田町の甲斐谷義昭副町長は「金額は評価する。山田、大槌両町への配慮が具体的に示されておらず、持ち帰って検討する」と語った。
 沿岸市町村は今後、議会に説明し、12月の首長会議で移管に合意する方向。関係者によると、復旧工事の着工は、震災から4年となる来年3月11日前を目指して調整が進む見通しという。
 山田線復旧の総事業費は210億円で、JRが復旧費140億円を負担する。JRは(1)車両の無償譲渡(2)施設管理拠点の整備(3)人的支援−の方針も示している。


河北新報
群馬の牧師らが仮設を慰問、歌で交流
 東日本大震災で被災した宮城県内の沿岸地域に足しげく通い、被災者と心の交流を続けている群馬県高崎市の「はるなキリストの教会」の関係者らが24日、石巻市開成地区の仮設住宅集会所を訪ね、音楽と昼の食事会を通して被災住民と心を通わせた。

 牧師小幡史朗さん(79)ら教会員4人と、高崎にある榛名野草の会のメンバーや地元音楽愛好家ら計25人が訪問した。オークラウロと呼ばれる縦笛などの演奏に乗せ「荒城の月」などの曲を演奏した。
 仮設住宅で暮らす約50人の住民が参加。再生への思いを込め、みんなで「いつでも夢を」「花は咲く」の2曲を歌った。歌の後は前日に高崎で仕込んできたという、すいとんの鍋料理「おつみっこ」を教会関係者が振る舞った。
 同教会は震災後、石巻市、東松島市、南三陸町、七ケ浜町など宮城県内の被災地を月に2回のペースで訪ね、被災した住民を元気づけている。この日参加した開成仮設住宅の住民の一人は「震災後ずっと通い続けていただき、ありがたい。家族のようなお付き合いになっています」と語った。
 小幡さんは「泣くときは一緒に泣き、喜ぶときは一緒に喜びながら、共に歩んでいきたい」と話し、被災地に寄り添う取り組みを続けることをあらためて誓っていた。


毎日新聞
長野北部地震:冬間近、どこで生活 仮設、雪に耐えられぬ
 「一生住むつもりだったのに」−−。長野県北部を震源とした地震で大きな被害を受けた同県白馬村と小谷(おたり)村では25日夕方時点で、家屋が全壊するなどした計313人が避難所生活を送っている。親戚などの家に身を寄せる人もおり、両村は被災者らが生活を再建するための基盤となる長期避難所の設置を迫られている。だが、スキー場が数多く立地する豪雪地帯で、プレハブの仮設住宅では雪の重みに耐えられない恐れがあるなど、両村は対応策を模索している。【荒木涼子、野口麗子】

 小谷村では142人が避難所生活を送る。24日に実施した村の調査で、山あいの家屋90棟(計199人)は住み続けるのは困難と判断された。

 「建て直すにも、お金も土地もない」。夫や長男と中土(なかつち)観光交流センターに避難中の主婦、小林さかえさん(74)は訴える。「親戚も被災し、これからどこに住めばいいの」

 村は仮設住宅では雪に耐えられないと判断し、宿泊施設の借り上げを検討中だが、担当者は「スキーシーズンが近づいており、いつまで使わせてもらえるだろうか」と頭を悩ませる。今後、世帯ごとに支援要望の聞き取り調査を行い、「把握を急ぎたい」と話す。

 温泉施設「サンテインおたり」に避難中の鷲沢三四子さん(77)は難病の長男(44)や夫との3人暮らしだが、バリアフリー住宅が半壊。「今後のことを考えると、涙しか出てこない」と肩を落とした。

 白馬村では24日時点で111住宅が住み続けるのは困難と判断され、171人が避難所に身を寄せている。村は「仮設住宅建設も視野に、情報を精査して対応する」とし、具体的な計画はこれから。宿泊施設へ移る意思などを尋ねるアンケートを避難者に配った。

 家屋損壊が集中した同村神城の堀之内地区に住む木工芸、高橋本栄(ほんえ)さん(61)は妻と2人で隣の大町市の親戚の家に避難している。自宅だけでなく、作業場も損壊したため仕事もできない。「いつまでも親戚の家にはいられない」と不安そうだ。

 同地区の農業、柏原裕之さん(56)は倉庫3棟と自宅が壊れ、中にあった農機具も破損した。自宅には、住み続けるのは危険と判定したことを示す赤い紙を張られた。発生当日は避難所で一夜を明かしたが「プライバシーがなく、長くいられるところではない」と、妹の家に移った。昼間は避難所の受付業務を手伝っているが、多くの人がストレスなどで具合が悪くなってきていると感じているという。「先が全く見えない。長期間住めなくてもいいので早急に個別に居住空間を与えてほしい」と望んだ。


朝日新聞
宮城)「震災を科学する」講義、ネットで公開へ 東北大
 東北大災害科学国際研究所は来年2月、「東日本大震災を科学する」と題した講座の動画を、インターネット上で無料公開する。3月に仙台市で開かれる国連防災世界会議への関心を高めてもらう。

 動画は1本あたり約10分で、合わせて20本程度。研究所長の今村文彦教授や後藤和久准教授らが、震災の被害や教訓、今後の減災対策などについて講義する。東北大が学部生向けに行っている講義をベースにしている。

 NTTドコモなどが運営する公開オンライン講座提供サイト「gacco(ガッコ)」(http://gacco.org/)でメールアドレスなどを登録すれば、参加できる。2月25日から1本ずつ公開していき、4週間で完結する予定。公開日以降にサイトにログインすればみられる。4月中旬まで参加登録が可能で、動画は4月末まで保存するという。

 3月下旬には、希望する受講者約50人に東北大に集まってもらい、学習した内容をもとに議論を深めてもらう。参加費は4千円程度という。


朝日新聞
滋賀)仮設住宅に笑いを 彦根の狂言愛好家ら
 東日本大震災で家を失い、いまも仮設住宅に住む人たちを励まそうと、彦根市の狂言愛好団体「彦根ほへと会」(篠原静代表)の会員4人が、宮城県石巻市の仮設住宅3会場で慰問公演し、計100人の住民を喜ばせた。

 主催したのは同会と「彦根地域住民の参加する吉本新喜劇実行委員会」(夏川亨介委員長)。彦根市ではこれまで3回、市民らが吉本新喜劇に出演する催しを開き、収益の一部を東日本大震災の被災地に贈ってきた。今回は直接現地で励まそうと、実行委に参加している「彦根ほへと会」の松田秀昭さん(69)らが16日に出向いた。現地に住む吉本興業所属の漫才コンビと共演した。

 狂言の演目は主人の留守に使用人が酒を盗み飲みする「棒縛(ぼうしばり)」と盆栽泥棒を持ち主がからかう「盆山(ぼんさん)」の2題。松田さんらによると、狂言を見るのは初めての人が多く、「珍しいものを見せてもらった。こんなに笑ったのは久しぶり」と喜んでもらえたという。

 石巻市の仮設住宅はかつて7千世帯を超えていたが、いまは38団地3500世帯に半減している。仮設開成第3団地自治会長の佐藤孝さん(73)は「生活もだいぶ落ちつき、みんな前向きに生きているが、励ましてもらってありがたかった」と感謝していた。


朝日新聞
さようなら、おたかさん 故土井氏お別れの会に470人
 旧社会党委員長や衆院議長を務め、9月20日に肺炎のため85歳で死去した土井たか子さんのお別れの会が25日、国会近くの憲政記念館で行われた。社民党関係者や国会議員、友人ら470人が集まり、在りし日の姿を惜しんだ。
 会場には、社会党委員長に就任した翌年の1987年に撮影された遺影が飾られた。土井さんと同じ69年に初当選した羽田孜、森喜朗の両元首相や生活の党の小沢一郎代表、親交のあった作家の落合恵子さんらが参列した。
 初代の社民党党首を務めた村山富市元首相は「低落傾向にある社会党の委員長に就任する時、『やるっきゃない』と決意し、どんな圧力にも屈せず『だめなものはだめ』といい、『山をも動かす』強い力を持った社民党に再生させた」と、お別れの言葉を述べた。
 土井さんは衆院旧兵庫2区から社会党公認で初当選。女性として憲政史上初めて、主要政党の党首や衆院議長を務めた。2005年に落選するまで12回連続で当選した。


毎日新聞
米国:黒人青年射殺 警官不起訴 37州で抗議デモ
 【ロサンゼルス堀山明子】ミズーリ州ファーガソンの白人警察官による黒人青年射殺事件の不起訴決定で24日夜から25日にかけ、ニューヨークやシカゴ、アトランタ、ロサンゼルスなど全米各地で抗議デモが行われた。CNNは25日、デモが37州に拡大したと報じた。

 ロサンゼルス・タイムズ紙によると、カリフォルニア州サンフランシスコ近郊のオークランドでは24日夜、約2000人のデモ隊の一部が投石したり、高速道路上でデモを行ったりして、43人が逮捕された。


毎日新聞
NHK:紅白出場歌手を発表 V6ら5組が初出場
 NHKは26日、大みそかに放送される「第65回紅白歌合戦」の出場歌手51組を発表した。デビュー20周年を迎えたV6ら紅白合わせて5組が初出場し、企画コーナーでは人気アニメ「妖怪ウォッチ」のキャラクターたちが登場して番組を盛り上げる。

 初出場は、紅組がAKB48の姉妹グループHKT48のほかディズニー映画「アナと雪の女王」の日本語版主題歌を担当したMay J.さん、昨年から音楽活動を再開した薬師丸ひろ子さん。白組はV6と4人組バンドSEKAI NO OWARI。最多出場は紅組が38回の和田アキ子さん、白組は47回の森進一さん。15回連続出場していた浜崎あゆみさんは選ばれなかった。

 V6のメンバーでNHKの情報番組「あさイチ」の司会を務める井ノ原快彦さんは記者会見で、初出場の感想を問われ「(出場は)正直もうないだろうと思っていた。やっと親孝行ができるという気持ちと、待ってくれたファンにも恩返しができるという気持ちです」と述べた。会見に出席できなかったHKT48の指原莉乃さんは中継先から「NMB、SKEの姉妹グループが毎年出ている中、HKTは出場できず毎回悔しい思いをしていた。アーティストの一員として少しでも盛り上げられたら」と意気込みを語った。

 放送時間は午後7時15分から午後11時45分(ニュースで中断あり)。

【須藤唯哉】

【紅組】

絢香(7)E−girls(2)いきものがかり(7)石川さゆり(37)HKT48(初)AKB48(7)SKE48(3)NMB48(2)神田沙也加(2)きゃりーぱみゅぱみゅ(3)香西かおり(18)伍代夏子(21)坂本冬美(26)椎名林檎(2)天童よしみ(19)中島みゆき(2)西野カナ(5)Perfume(7)藤あや子(20)松田聖子(18)水樹奈々(6)水森かおり(12)miwa(2)May J.(初)ももいろクローバーZ(3)薬師丸ひろ子(初)和田アキ子(38)

【白組】

嵐(6)五木ひろし(44)EXILE(10)関ジャニ∞(3)クリス・ハート(2)郷ひろみ(27)ゴールデンボンバー(3)三代目 J Soul Brothers(3)SMAP(22)SEKAI NO OWARI(初)Sexy Zone(2)T.M.Revolution(5)TOKIO(21)徳永英明(9)AAA(5)長渕剛(4)氷川きよし(15)V6(初)福田こうへい(2)


DAILY NOBORDER
【衝撃スクープ】安倍政権が在京キー局に報道圧力 メディアは一切報じず
衆議院が解散され選挙戦が始まったばかりだが、それに向けて安倍政権がメディアに対して報道圧力をかけていたことがノーボーダーの取材で明らかになった。

ノーボーダーは自民党が萩生田光一筆頭副幹事長と報道局長の連名で在京テレビキー局各社に対して政権に不利な報道をしないよう要請する文書を入手し、26日のインターネット番組「ニューズ・オプエド」の中で報じた。

「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」と題し、在京テレビキー局各社の編成局長と報道局長に宛てた文書によると、2009年の民主党政権誕生時に偏向報道があったとした上で、以下の4点について要望を出している。

1.出演者の発言回数や時間を公平にする
2.ゲスト出演者の選定についても中立公平を期すこと
3.テーマについても特定の出演者への意見が集中しないよう公正を期すこと
4.街角インタビューなどの映像で偏った意見にならないよう公正を期すこと

1については、これまでもテレビ局側の自主規制により候補の取り扱いが平等になるよう配慮されているが、2については番組の出演者にまで介入し、3は番組内容についても介入している。

特に3についてはアベノミクスなどの政策について議論することも止めろという圧力で、「事実関係について淡々と報じるように」と指示されたという証言もある。

4は、安倍総理が解散直後の19日に各局テレビに出演した際、TBSの「ニュース23」の街角インタビューでアベノミクスを批判するような映像が流れ安倍総理が番組中に激怒する一幕があり、これを受けての圧力であるとみられる。

また、この文書は11月20日付けとなっており、在京キー各局はこのような政治的圧力を加えられていながら、少なくとも6日間一切報じておらず、すでにテレビ報道が政権の意向に添う形になっている現状が明らかになった。

「ニューズ・オプエド」にゲスト出演していたジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏は「選挙管理委員会から来るならまだしも、一つの政党から来るのは一党支配の政治が存在することの証明だ」と話し、30年前とのメディアの違いを問われると、「ジャーナリストの人たちがジャーナリズムの本分を忘れている。真実を語らなければ、ジャーナリズムを失うだけでなく、国まで失ってしまう」と述べ、変わらない日本のメディアの状況を嘆いた。

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カゼひいたかも/セーターが汚れ→クリーニング

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Ferguson : colère et violences après la décision du grand jury
Ferguson s’enflamme de nouveau après la décision d’un grand jury populaire ne pas poursuivre le policier blanc qui a tué Michael Brown, jeune noir abattu en août dernier d’au moins six balles. Les centaines de personnes rassemblées dans l’attente de la décision des jurés ont laissé éclaté leur colère. Les forces de l’ordre ont fait usage de gaz lacrymogène et de grenades assourdissantes. La police a également signalé des tirs d’armes automatiques dans le quartier où Michael Brown a été tué.
Le président Barack Obama a appelé à la retenue des deux côtés. “D’abord, nous sommes une nation basée sur l’Etat de droit, il nous faut donc accepter que cette décision était du ressort du grand jury. Il y a des Américains qui sont d’accord, d’autres qui sont profondément décus, et même en colère. C’est compréhensible. Mais je me joins aux parents de Michael pour demander à toute personne souhaitant protester de le faire de manière pacifique.”
Des scènes de pillage ont également eu lieu dans cette banlieue de Saint Louis. Autant d’images qui rappellent les émeutes raciales qui avaient submergé cette ville du Missouri pendant plusieurs semaines après la mort de Michael Brown. L’adolescent qui n‘était pas armé a été tué le 9 août dernier. Un grand jury a conclu que l’officier Wilson qui a tiré à douze reprises avait agi dans le cadre de la loi. Parallèlement une enquête fédérale se poursuit, elle est indépendante de l’enquête locale a souligné le ministre de la justice Eric Holder.

里海のチカラ 第4週「海の復興にかかせないもの」で,上田さんの地元、東松島市野蒜(のびる)地区は、津波で住民の1割以上が犠牲になりました。震災から3年半が経った今も、「状況はそんな簡単じゃない」と上田さんは言います。「家族が亡くなった人などは、死ぬまで苦しみを背負っていかなくちゃいけない」。つらい思いを受けとめる塾生たち。講師の木村さんは、「復興とは、地域の人たちが優しい気持ちで暮らしていけること。そして、つらい気持ちを忘れないで立ち向かうこと」と語りました。とあった.


カゼひいたかもしれません.少し寒気がします.暖房が入っているはずなのに暖かく感じません.
寒いのでセーターを着たのですが,ガーン.汚れていました.ロッカーにおいてある黒いのに着替えました.
汚れていた緑のセーターはクリーニングに出しました.
寒い感じは4時頃なくなりましたが,大事を取って早めに帰りました.

朝日新聞
青森)走るレストラン、快走中 JR八戸線
 JR東日本が八戸線で運行しているレストラン列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」が人気だ。昨年10月の運行開始から1年以上が経つのに定員48人の指定席は発売開始と同時に完売し、予約が困難となっている。人気の理由を探った。

 「走るレストラン」の呼び名に象徴される東北エモーションは様々な趣向が凝らされている。まずその車両。個室とキッチン、オープンダイニングの3両編成で、外観は白で統一、れんがを思わせる幾何学模様が施され、清潔感とおしゃれな雰囲気を醸し出している。

 内装も凝っている。車内は茶を基調としたシックな色合いでまとめ、床にこぎん刺し、壁面には刺し子織や南部鉄、照明には琥珀(こはく)といった東北の伝統工芸をモチーフにしたインテリアを採用している。

 そして料理。格付け本「ミシュラン・ガイド」にも取り上げられる一流レストランのシェフらによる監修で、往路はフレンチやイタリアンがメインのランチ、復路はデザートブッフェ。岩手の短角牛や八戸のサバ、青森のゴボウ、岩手・葛巻の牛乳など東北の食材をふんだんに取り入れている。

 サービススタッフとして乗り込んでいるのは車内販売などを請け負っている日本レストランエンタプライズの6人。運行開始前にはホテルで接客の研修を受けて乗務に備えた。支配人の関裕次さん(45)は「待ちわびて乗っていただいたみなさんの期待を裏切ることのないもてなしを心がけています」と話す。

 もともと東北エモーションは地方路線の活性化と東日本大震災の復興支援、東北の観光振興を目的にJR東日本が企画した。一流レストランをプロデュースする企業や、世界の一線で活躍するデザイナーらによるプロジェクトメンバーでつくり上げた。

 JR東日本輸送戦略グループの新井貴之課長は「鉄道の枠にない様々な分野のスペシャリストを採用してつくってもらったレストランだけのための列車。十分満足してもらえると思う」と強調する。

 運行ダイヤは週末を中心に設定しているが、平日も旅行会社が車両を借りあげツアーを組んで走らせている。八戸―岩手・久慈間を1日1往復、JRの料金は大人往復1万600円。来年3月まで予約は既に埋まっている。

 利用客の半数は首都圏からという。11月上旬、八戸駅で反応を聞いた。東京から家族で訪れた浅沼智彦さん(48)は「ずっと乗りたいと思っていた。景色も食事も期待通り」、長男の恵太君(8)は「めちゃ楽しかった。また乗りたい」。

 職場の同僚の川人清香さん(32)と千葉友里恵さん(27)も東京からで「大漁旗を振って歓迎してもらい感激した」、友人4人で乗った千葉県の中尾亮介さん(35)は「海岸線に震災の跡を見ることができた」とそれぞれ思いを語った。

 運行のたびにホームで乗客を見送る八戸駅の福島徳美駅長(58)は「三陸復興国立公園の海原を眺めながら新鮮な食材を使った料理が堪能できる。予想を上回る人気は素直にうれしい」と話した。

■岩手・洋野、広がる歓迎の輪

 「来たぞ来たぞー」。岩手県洋野町の海岸線に、東北エモーションの白い車体が姿を現すと、沿線で待ち構えていた地元の人たちから歓声が上がった。

 スポーツ少年団の子どもやその父母らの手には「歓迎東北エモーション」と手書きされた横断幕。「ありがとうね」「いらっしゃいませ」と染め抜かれたのぼりが大きく揺れ、漁師たちが大漁旗を威勢良く振り回す。

 住民たちの前で列車はスピードを落としてゆっくり進む。思わぬ歓迎に車内の乗客たちは総立ちになり手を振って応える。列車の中と外で交わされる笑顔。旗振りは最後部が見えなくなるまで続いた。

 レストラン列車を歓迎しようと地元の人たちの間から自然発生的に広がったボランティア活動。運行開始の直後、洋野町にある県立種市高校の教師と生徒が始めたのがきっかけだった。「先生と生徒が一生懸命やってる。手伝うべ」と共感を呼び、今は川尻、宿戸(しゅくのへ)、八木、小子内(おこない)、有家(うげ)の各地区に活動の輪は広がっている。

 「復興の応援、ここまで来てくれたことへの感謝の気持ちです」。早くから活動を始めた宿戸地区で世話役をしている馬場賢一さん(57)はそう言った。雨の日、雪の日、寒風が吹き付ける日も運行日にはだれかが出て休みなしで続けてきたという。

 隣の有家地区で取り組んでいるのは地元のボランティア団体「ひまわり」の女性たち。有家の海岸はサーフィンの適地としても知られ、サーファーの若者たちが加わることもある。「乗っていて感動した八戸の女性が参加してくれたこともあったんです」と代表の十文字君枝さん(65)。

 町民の間に広がった活動を町も後押ししている。今月、沿線住民に参加を募ってレストラン列車を走らせたのもその一つ。町特定政策推進室の宮本慶子・復興支援員は「活動は町外にも広がりつつある。横のつながりを深めて息長く続けられれば」と話す。(志田修二)


河北新報
さよなら「かぼちゃ粥の会」 気仙沼・川口
 気仙沼市川口町の住民が親睦を深めてきた秋の恒例行事「かぼちゃ粥(がゆ)の会」の最後の集いが24日、市内の気仙沼プラザホテルであった。地区は東日本大震災で甚大な被害があり、来年3月には自治会が解散する。参加者は寂しさをにじませながら語り合った。
 約60人がかぼちゃ粥や料理を楽しんだほか、踊りやカラオケを披露して会に花を添えた。最後に「星影のワルツ」と「故郷」を全員で手をつなぎながら唱和し、それぞれ別れを惜しんだ。
 同市岩月千岩田に自宅を再建した畠山正三郎さん(80)、賢子さん(74)夫婦は「友達に会えて懐かしかった。3人の子供を育てた川口町には喜びも苦労も詰まっていて、思い出がよみがえった」と笑顔を見せた。
 大川の河口に位置する同地区は津波で住宅や工場が全壊し、約30人が犠牲になった。
 住民約400人が他地区に移る中、川口町自治会は顔を合わせる機会をと「粥の会」を続けてきた。全域が市の災害危険区域に指定されたため、自治会は10月に来春の解散を決めた。
 最後の集いでは参加者に、門出を祝う紅白餅もプレゼントされた。自治会の池原修会長(71)は「住民の笑顔を励みに会を続けてきた。住宅が再建できていない人も多いので数年後、みんなが落ち着いたら再会の場を設けたい」と話した。


河北新報
<宮城最終処分場>加美で反対集会1200人
◎栃木・塩谷町民も参加

 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、県内候補地の一つ、加美町の住民団体が24日、同町の中新田バッハホールで緊急の反対集会を開いた。国が年内の現地での実施を見送った詳細調査の受け入れ拒否を訴えるとともに、県内3候補地の白紙撤回を求めた。
 加美よつば農協など地元46団体でつくる「放射性廃棄物最終処分場建設に断固反対する会」が主催し、約1200人が参加した。ことし7月に栃木県内の候補地に選定された同県塩谷町の、見形和久町長をはじめ町民約50人が駆け付けた。
 加美町の米穀卸会社やワサビ園の代表者が建設反対の意見表明をし「風評被害は安全ではなく安心という心の問題。払拭(ふっしょく)するのは並大抵のことではない」「処分場ができれば加美町産は買わなくなるのは明らかだ」と主張した。
 他の県内候補地の栗原市、大和町の市民団体も建設反対を強調。塩谷町の見形町長は「被害を拡散させないため東京電力所有の敷地に集約するのがベスト」と訴えた。
 最後は参加者全員で建設反対のシュプレヒコールを繰り返した。


河北新報
八戸の鳥居2基、米オレゴンに漂着 返還へ
 東日本大震災の津波で米国のオレゴン州に漂着した2基の鳥居が、八戸市の神社に奉納された物と分かり、返還されることになった。奉納者捜しに尽力した同州ポートランド在住の内山貞文さん(59)=福岡県出身=は「多くの人たちの協力があり見つかった。このつながりを保っていきたい」と話している。
 鳥居は、八戸市の大久喜漁港にある小さな神社に、同市の漁師高橋利巳さん(86)と、無職高橋政典さん(66)の父親が、それぞれ大漁や家内安全を祈願して奉納したが、津波で流失した。
 オレゴン州の海岸には昨年3月と4月、横幅約4.5メートルの「笠木(かさぎ)」と呼ばれる鳥居の上部が相次いで漂着。現地で日本庭園の運営に携わる内山さんに、州が保管を依頼していた。
 内山さんは、1基の鳥居に書き込まれていた利巳さんの名前と「昭和六十三年三月三日」という奉納日を確認。今年5月、岩手、宮城両県の沿岸を訪れたが、見つけられなかった。7月になり、郷土史などを研究しているいわき市の酒井仁さん(40)から「八戸市の人ではないか」との情報が寄せられ、利巳さんと連絡が取れたという。
 内山さんは今月18日、返還方法を話し合うため八戸市を訪れ、利巳さん、政典さんと会った内山さんは「不思議な縁だ。会えてうれしい」と笑顔を見せ、鳥居が流された神社を見て回った。
 利巳さんは「まさか見つかるなんて夢みたいだ。戻ってきたら、元の場所に復元して大切にしたい」と喜んでいた。


毎日新聞
発信箱:女子アナ内定取り消し=小国綾子
 東京・銀座のクラブホステスのアルバイト経験を理由に、女子大学生(22)が日本テレビからアナウンサー職の内定を取り消されたと聞いて、モヤモヤしている。

 理由は二つ。一つは法的な問題。内定の際、入社の誓約書を交わしており、労働契約は成立している。取り消しには正当な理由がいるはずだ。日テレはアルバイト歴を報告しなかったことが経歴の虚偽申告に当たると主張しているというが、ウソをついたならともかく、言わなかったことが虚偽なのか。これがまかり通れば、就活生は短期バイトまですべて報告しないと、企業側に内定取り消しの口実を与えることになってしまう。

 もう一つ。女性は日テレから「アナウンサーには高度の清廉性が求められる」と説明されたという。男子アナにもそれを求めるかなあ。第一、ホステスには清廉性がないって言いたいの?

 私も大学時代、銀座じゃないけど、京都の化粧なしジーンズOKという気楽なスナックでホステスのアルバイトをしたことがある。人の顔を覚えるのが極端に苦手だったから、メモ帳に客の会話内容やカラオケ曲、たばこの銘柄などを全部書きとめ、必死で暗記したものだ。客から「何でもよく覚えてるね。君は天性のホステスだ」と言われたことや、家庭教師やホステスのバイトで親から仕送りをもらわず大学を卒業したことは、今も私の誇り。昨年、当時のお客さんが新聞に私の記事を見つけ、「頑張ってるね」と27年ぶりに会社にファクスをくれたのなんて宝物だ。

 誠実に人の話に耳を傾け、言葉の向こう側にある気持ちにまで思いをはせること。あの日の経験は今の仕事にきっと生きている。(夕刊編集部)


朝日新聞
脱・貧困のための進学が… 授業料高騰、重い奨学金返済
 「貧困と東大」

 大手メーカーに勤める朝倉彰洋さん(25)は東大生だった2009年、そんなテーマで調査した。

 東大が行った「学生生活実態調査」では、東大生の親の年収は「950万円以上」が過半数を占めている一方、「どれくらいの貧困層が広がっているのか、知りたかった」。自分が入居していた学生寮は経済的な困難を抱えた学生が多く、アンケートを配ってみた。49人の回答者のうち、親の年収が300万円未満の学生が15人いた。

 「貧困層でも支援制度の存在をもっと広く知ってもらえれば、家庭の経済状況に関係なく東大に進学できるはずだ」

 朝倉さん自身、母子家庭で育った。母親には「勉強にかかるお金は出してあげる」と言われていたが、愛知県から東京への進学を伝えると一転、「行かせるお金はない」と反対された。国立大学の授業料(標準額)も、1975年度の3万6千円が、いまは約15倍の53万5800円かかる。

 そもそも中学時代は大学進学も考えていなかった。高校の先生の助言を受けながら、授業料の免除を手にした。給付型奨学金も得て大学院にも進んだ。「制度を教えてくれた中学や高校の先生、一緒に東大を目指した仲間、どれか一つでも欠けていたら進学できなかった。自分は運が良かった」

 愛知県春日井市のショッピングセンターの一角。週に1度、約2時間、大学生のボランティアが、中学生たちにほぼマンツーマンで教える。生徒は生活保護世帯や母子家庭の子ら約15人だ。

 その一人、中学3年の女子生徒(14)も母子家庭で育った。塾に通うのはあきらめていたが、教室に通いながら、商業高校への進学をめざす。卒業したら、すぐに就職するつもりだ。「大学に行くお金はないし、就職したら母が楽になるかな、と思って」

 この教室に中学3年の長男(14)を通わせる母親(38)は、「息子はなんとか大学まで行かせたい」と話す。夫(38)は病気がち。介護の資格を取ってパートで家計を支えてきた。経済的に豊かな人はどんどん上に行くのに、貧しい人は貧しいままだと感じる。「息子には繰り返してほしくない。踏ん張って上がっていってほしい」と願う。

 貧しくても能力を発揮できれば、未来を切り開けるのが、教育だった。だが、経済格差が拡大するなか、貧困を脱するための教育の平等が揺らいでいる。

■バイトを掛け持ち「もう大学やめたい」

 経済的に苦しいと、進学しても道は険しい。授業料の借金が重なり、家庭に負担がのしかかる。

 宮城県に住む保育士の母親(50)は、非正規雇用で稼ぐ月収約13万8千円で子ども2人を育てている。私立大学に通う長女(20)は、公立高校に進学時から貸与型奨学金の「借金」を背負ってきた。大学でも奨学金を二つ借りたので、卒業時の残高は、合計260万円に上る見込みだ。中学2年の長男(14)が高校に進学すれば、新たな借金が重なる。

 小学校教諭を目指す娘は、奨学金返済のためにレジ打ちなど二つのバイトを掛け持ちする。だが朝5時に起きて夜中まで学業とバイトに明け暮れる毎日。友人とのつきあいもできず、娘は夏になって「バイトがきついので、もう大学をやめたい」と言い出した。

 「バイトをやめてもいいよ、と本当は言ってあげたい。でも、今やめたら150万円の借金はどうするのと言うしかない」。無事卒業できても、借金を返せる職につけるか、確たる保証はない。「貧乏から脱出させるための進学でも、借金が増えるだけの『降りられない賭け』になっている」。母親の悩みは深い。

■奨学金受ける割合52・5%

 子どもの貧困率が過去最悪を記録する一方、国立大学の年間授業料は40年前の約15倍。奨学金という名の「借金」に頼らざるを得ない家庭は増え続けている。日本学生支援機構によると、昼間の4年制大学に通う学生のうち、奨学金を受けている割合は2012年度に52・5%に達した。10年前より20ポイント以上も増えた。奨学金を受けている人のうち、約9割が貸与型だ。

 名古屋市の杉山智哉さん(20)は、父が交通事故による後遺障害で思うように働けず、苦しい家計状況で育った。大学2年の途中で学費を払えなくなり、除籍に。高校、大学で受けた奨学金約350万円が借金となって重くのしかかる。

 子どもの貧困対策について考える集会などに参加し、「知識が無いと解決法も分からない。無知は貧困につながる」と思うようになった。貧しいと、知識を身につけるための教育さえ受けられない。「貧乏なら働けという考えが、貧困の連鎖を生んでいると思う」(杉原里美、山本奈朱香、河原田慎一)

■学費の壁、米・豪学生も

 「格差是正の装置」と見られてきた教育が、財政状況の悪化を背景に学費の高騰によって脅かされつつある。経済協力開発機構(OECD)によると、「教育は福祉」という理念があるフランスやオランダでも学費が上がっている。

 05年からの6年間で学費が28%上がった豪州では、シドニー大3年のカイル・ブレイクニーさん(21)が怒りをぶちまける。低所得層が多い先住民アボリジニーで、「貧困から脱するための高等教育を、貧困だから受けられないのでは絶望的」と憤る。「多文化主義国家と自称しながら、先住民や移民の子に『貧乏人は弁護士や医者になるな』と言っているようなものだ」

 保守連合のアボット政権は、大学への財政支出を減らし、最大300億豪ドル(約3兆円)の歳出削減案を打ち出している。法案が国会を通れば、修士号取得までにかかる授業料は現在の数万ドルから、2年後には世界でも最高級の10万豪ドル(約1千万円)以上になるとの試算もある。

 豪州では約40ある大学のほとんどが国立で、1989年までは無料だった。「今の時代に生まれたから10万ドルかかるなんて」。低所得層の生徒が多く通うシドニー郊外の高校生グレイス・ハーリーさん(17)はため息をつく。

 米国でもこれまでは、貧しい家庭で生まれ育っても大学を卒業すればいい職につき、中流階級に入れると言われてきた。しかし、米国の大学でつくるNPO「カレッジ・ボード」によると、4年制大学の1年間にかかる費用は、昨年の私立大学の平均で約3万1千ドル(約370万円)にのぼる。インフレ率を考慮しても、30年前の約2・5倍だ。公立、一般私立大の卒業生の約6割が借金を背負い、平均借入額は約2万7千ドル(約320万円)に達するという。

 NPO「学生借金危機」の創設者、ロバート・アップルボームさんは「借金のために、卒業しても家や車の購入ができず、起業できない人は多い。経済全体にも悪影響を与えている」と指摘する。(シドニー=郷富佐子、ニューヨーク=中井大助)

■進学費用は税金で 矢野真和・桜美林大学教授

 政府は貸与型の奨学金で機会の不平等の問題を解決しようとしたが、それは借金でしかない。負の遺産は親から子に引き継がれ、固定化している。大学に行けない人には、低所得だと返さなくていい所得連動型奨学金にして、私立大も国立大並みに授業料を引き下げ、進学費用は税金で負担するべきだ。親が支払うという意識を変える必要がある。高卒者と大卒者の将来得られる所得格差が広がる中、大卒者の生涯所得から得られる税収は、公的に投入した額を十分上回る。大学の授業料は、消費税1%分の額でしかない。大学は親の負担で18歳の子が行くところから、みんなで負担して、みんなが人生で一度は勉強するところになればいいのではないか。

フランス語
フランス語の勉強?

市販の薬で歯痛が少しマシ/部屋でゴロゴロ

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121212_Kobe

Baby Pop
Les quelques sous que tu vas gagner
Faudra pour ça durement travailler
Te lever aux aurores
Automne comme été
Tu auras beau économiser
Tu ne pourras rien mettre de coté
Et là-dessus encore
Heureuse si tu peux
Aller danser
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Ne devais jamais Baby pop
Jamais revenir
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Au petit matin Baby pop
Tu devais mourir
Sur l'amour tu te fais des idées
Un jour ou l'autre c'est obligé
Tu seras une pauvre gosse
Seule et abandonnée
Tu finiras par te marier
Peut-être même contre ton gré
À la nuit de tes noces
Il sera trop tard pour
Le regretter
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Ne devais jamais Baby pop
Jamais revenir
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Au petit matin Baby pop
Tu devais mourir
Tu ne peux ignorer les dangers
Que représentent les libertés
Les menaces de guerre
Semblent se préciser
À cet instant Baby tu le sais
Où tous les soleils vont se lever
Quelque part sur la terre
Les balles sifflent
Le sang est versé
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Ne devais jamais Baby pop
Jamais revenir
Chante, danse Baby pop
Comme si demain Baby pop
Au petit matin Baby pop
Tu devais mourir


テレメンタリー2014「“3.11”を忘れない52 避難区域の開拓者」
浪江町の川村博さん(59) 福島第一原発から7kmの浪江町の畑で去年から農業を始めた川村博さん。町は全域が避難区域だが、営農再開を目指し始めた。他に続く農家はなく批判も受けた。去年は野菜から基準を超える放射性物質が検出され出荷できなかった。「野菜がダメなら花ではどうだ」今年、川村さんは観賞用の花を育て始めた。畑には日中しか入れず、売れる保証はない。無事に花を育て、売ることはできるのか?2年間の挑戦を追った。福島放送
テレメンタリー2014「その命尽きるまで… 〜闘将32回目の夏〜」
春のセンバツ優勝2回、夏の甲子園準優勝1回、甲子園通算25勝。史上初の2度のセンバツ優勝を果たした名将 上甲正典。上甲の体は病魔に侵され始めていた。しかし、命を縮めようとも甲子園の思いは尽きない。
そして、最後の夏、MAX157キロの剛腕 安楽智大を擁し甲子園を目指す。名将の体をむしばむ病魔、グラウンドに立ち続ける名将。それを知ったエース安楽は、名将を夏の全国制覇に導こうと最後の夏に挑む。 渡部篤郎 愛媛朝日テレビ

金子勝 @masaru_kaneko
若い世代で3分の1を占める非正規雇用。過労自殺するまで働かせるブラック企業。これでは結婚出産もできない。社会保障の削減・負担増で増加する老後破産。福島原発事故も収拾できず福島を犠牲にする中での原発再稼働推進。非人間的事態を放置したら社会が壊れてしまう。社会の再建を託せる候補を。

ロキソニンを全部使ってしまったので,市販の薬.というか夜中に目が覚めて薬を飲んだのに歯が痛くて3時くらいまで寝られず,今日は結局10時ころに目が覚めたのでした.歯が痛いのは薬のせいか少しましになっているかと思います.でも予定していた映画はキャンセル.
部屋でゴロゴロしながら本を読みました.

生活保護とあたし
和久井 みちる
あけび書房
2012-12


生活保護について語る人にとっては必読書である。 Gori
自助、共助、公助という言葉がある。
その自助も共助も力(ちから)及ばず、公助に頼らなければいけなかったときの
最後のセイフティネットが、生活保護である。

本書はその生活保護を受けて暮らしていた人が、
そこに至る過程、申請受給、暮らしぶりを率直につづった本である。

生活保護に当てられるお金は年間3.7兆円、
われわれに必要なのは、受給者212万人の内0.4%いるといわれる
不正受給の人を厳しく排除する事とともに、
なぜ212万人もの人が、生活保護を受けなければならなかったことを考えることである。

よく、最低年金6.6万円より生活保護費が高い事が話題になるが、
本書を読めば、それが空論であることがよくわかる。
6.6万円しか年金をもらっていなくて、働けない人は生活保護費をもらわずには暮らしてゆけない。
その際6.6万円は生活保護費に足されるのではなく、引かれるのである。

生活保護を受けているひと自体からの発言は少ない。本書ははその意味でも貴重だし、
生活保護について語る人にとっては必読書である。


あなたならどうする 孤立死
中下 大樹
三省堂
2013-03-16


生き方は逝き方 無力感の共有とはdream4ever
人は死ぬ、この当たり前の常識を人々はどの様に捉えているのか。
死する「覚悟」が出来て生きる人は強い。もちろん、それは自死などではなく、生きる「覚悟」が出来てこその死の意味を知っている人である。

中下氏が遭遇した孤立死の実態は、おそらく画像にも動画にもオープンに出来ない様な現場であろう。
仮にそれが出来たとしても、それは法医学の世界での物語であろう。
これまでの氏の著書に触れている人であれば、氏の生き様と葛藤に心を打たれるとともに、手を差し伸べたくなるだろう。
本書でも、ホスピスでの活動、大震災時の活動、東京での見回り活動等々が紹介されている。
果たして、貧困、格差、孤立、無縁、そんなテキストだらけの社会の中で、私は、そして私たちは何を考え、何をすべきか、悩み考え行動しなければならないだろう。だって一つの答えだけでは終わらない問題なのだから。

おたがいさま、と言い合える社会、迷惑をかけあえる関係性、そんな共同体があった時代があった様な気がするのである。

備忘録メモ
単身高齢者が集う、都会の限界集落と言われる都営団地
人は生きてきたように死んでいく、生き方は逝き方
2010年の税収41兆円、医療費37.5兆円(半分は70歳以上の高齢者)
自宅死と病院死の逆転、1975年から
若者の孤立死(シェアー、共有(精神的な)の流れ)
弱音を吐くことによるPTSD克服 無力感の共有
孤立死の現場を見てしまった者の責任
全国で最も自殺率が低い徳島県旧海部町の特徴(ココ凄く大切かな)
貧困というのは貧乏プラス孤立(湯浅)
サバイバーズ・ギルト(生き残ってしまった事に対する罪悪感)
社会から必要とされている事の意味 (オウム事件でオウムに入ってしまった理由)
会社という縦社会から、地域という横社会へ
年間3万人と言われる孤立死
「いきいき100歳体操」高知市 youtubueにあるそうです。

目   次
はじめに 1
第1章 さまざまな孤立死の現場 13
孤立の連鎖 14
孤立死は悪いことですか? 33
「迷惑をかけたくない」「ピンピンコロリで、ぽっくり逝きたい」という言葉の裏側にあるもの 41
若者の孤立死 50
無力感を共有すること 58
正論は通らない 66
無関心と束縛のあいだにある、緩やかな繋がり 73

第2章 〈対談〉湯浅誠×中下大樹
孤立死が増える社会とは? 83
貧困や孤立死の活動に至るまで 85
「孤立死」をつくる社会をどう捉えるか? 88
向き合いたくない…でも、どうしていくかのステップへ 92
地縁コミュニティの変容、社会の変容 103
残された人たちに何を引き継ぐことができるか? 111
パーソナル・サポート・サービスとは? 117
互いに、役割と、今できることを認める 123
支援する人たちの今、そして支援者の支援も 131

第3章 〈鼎談〉反町吉秀×鈴木ひろみ×中下大樹

孤立死をなくす街づくりを
いっしょに考えよう 147
地域の体力は残っているか? 149
孤立死にならないために必要なこととは? 162
人との距離感、そして自己肯定感 171
街づくりの中にも、たくさんのヒントがある 179
おわりに 190



河北新報
生活の基盤 徐々に/報告10−2014年11月/まちをつくる 女川・復興の軌跡
 女川町で第1号の災害公営住宅「運動公園住宅」や仮設住宅が立ち並ぶ総合運動場がある高台から、女川港に向かってなだらかな傾斜が広がる。かつては木々が生い茂る崖や急斜面だった。
 東日本大震災からの復興事業が進む町中心部は、土地のかさ上げが85%完了した。120万立方メートルという膨大な量の土砂が盛られ、一帯は震災前より5〜14メートル高くなったという。
 かさ上げを終えた土地では建築物の工事が進む。移転再建中のJR女川駅と町営温泉「ゆぽっぽ」の併設施設は、屋根部分がほぼ完成。周囲に線路や道路も見えてきた。町の基盤ができつつある。
 「一日ごとに工事が進み、関係者の努力が分かる」。野球場仮設住宅に住む無職男性(78)は感謝を口にしながらも、ため息を漏らした。「待つ身にはもどかしい。早く仮設住宅を出て、落ち着いて暮らしたい」
 中心部の復興を宣言する「まち開き」は来年3月。あと4カ月に迫るが、住宅再建の土地造成はまだ時間がかかる。被災者は、自らの復興を実感できる日を切実に待っている。


河北新報
<衆院選>被災地に影 アベノミクスのしわ寄せ
 急激に進んだ円安が、東日本大震災の被災者が目指す住宅再建に悪影響を及ぼしつつある。復興需要を背景にした輸入資材価格の上昇に拍車を掛け、建物の建設費にも跳ね返りかねないからだ。12月2日公示の衆院選では、安倍政権の経済政策「アベノミクス」が争点の一つとなる。為替変動を招く大きな要因となった政策に、被災地からは恨み節が漏れている。

◎輸入資材高騰で悲鳴

<上昇率40%超>
 高騰する資材の一つが型枠合板だ。住宅の土台造りに欠かせないものの、多くを東南アジア産の輸入品に頼る。為替相場の影響は大きい。
 大手建材商社によると、震災復旧と消費税増税前の駆け込み需要もあり、取引価格は震災前より40%超上がっているという。最近の円安で値上がり傾向がさらに強まる可能性がある。
 商社の担当者は「すでに過去20年ないほどの高水準。震災復旧が進み、消費税増税前の駆け込み需要が終われば落ち着くと思っていたのに…」と嘆く。

<木材・ガラスも>
 輸入品が多用されるのは合板にとどまらない。仙台市内に拠点を置く大手住宅メーカーは「木材、ガラスなどあらゆる納入業者から値上げを要求されている」と悲鳴を上げる。このメーカーは、震災後も住宅価格をほぼ据え置いていることもあり、採算割れが時間の問題という。担当者は「値上げは極力避けたいのだが、もはや利益が上がらない」とぼやく。
 2012年12月に安倍政権が誕生して以降、1ドル=80円程度だった為替水準は一気に反転し、円安基調が定着した。10月末には政府と歩調を合わせた日銀が追加金融緩和に踏み切り、円安が一気に加速。最近は一時119円に迫る水準にまで下落している。
 円安は、自動車など輸出産業の国際競争力を増強するとされるが、被災地に恩恵は乏しい。

<復興軽視嘆く>
 「時間がたてばたつほど物価が上がる。なぜ被災者の負担が増す政策が続くのか」。宮城県七ケ浜町の移転住民らでつくる笹山まちづくり協議会の伊藤政治会長は、憤りを隠さない。
 土地造成の遅れもあり、沿岸部ではこれから宅地建設が本格化する地域も少なくない。20年の東京五輪に伴う建築ラッシュが始まれば、資材や人件費の一層の上昇も予想される。
 被災地の懸念をよそに、師走決戦に向けて走りだした衆院選。「まるで被災地の苦しみを忘れてしまったようだ。政治家は当てにならない」。伊藤会長は、復興を軽視するかのような政治決戦を嘆いた。


朝日新聞
(プロメテウスの罠)自然エネ危機:3 あと1日しかない
 ◇No.1106

 会津電力の事務所は、9月29日朝から大騒ぎだった。

 東北電力の送電線へ新たに接続する協議が、10月1日から中断されるという情報が入ったからだ。

 「できる限りのことをやろう」

 常務の折笠哲也(おりかさてつや)(43)は、事務所にいた社員9人にはっぱを掛けた。

 固定価格買い取り制度(FIT)で自然エネルギーを売るには、国が設備を認定した後、電力会社が送電線への接続を承諾する必要がある。

 電力会社への申し込み手続きは、いくつか段階があり、一つずつクリアする必要がある。最終段階の接続検討の申し込み(本申し込み)書類を、30日中に提出しないと、当分の間、接続できなくなるという。

 永遠につなげない可能性もある。

 会津電力は来年度、約1万キロワットの発電開始を計画している。

 しかし、本申し込みの前段階まで上がっていたのは、2件の700キロワット分だけだった。

 通常なら1件分の書類を用意するのに約1週間かかる。

 29日は午前9時から翌午前2時までかけて、本申し込みを2件、その手前の申し込みを4件仕上げた。

 折笠たちは30日午前9時、書類が入った段ボール箱5箱を抱えて東北電力会津若松支社に持ち込んだ。

 書類に不備があれば、その時点でパアになる。その場で書類の点検はされず、結果は後日となった。

 この日は北海道電力や四国電力も新規契約の中断を発表、各地でFITの駆け込み申し込みが殺到した。

 電力会社の発表は「接続申し込みへの回答を保留」だった。だが、何がいつ再開されるのか、何も示されない事実上の「中断」である。

 東北電力による事業者への最初の説明会は、10月7日、仙台市の本店であった。折笠ら自然エネの発電事業者500人以上が詰めかけた。

 「9月30日に書類を持っていったが、資料の不備を指摘され、保留になると言われた。柔軟に対応してもらえないか」

 岩手県内の太陽光発電事業者は食い下がった。しかし、東北電力の答えは「保留の対象とせざるを得ない」から動かなかった。

 会津電力が提出した2件の書類について、東北電力から連絡があったのは、10月27日だった。

 「書類に不備はありませんでした」

 ほっとしたが、何か割り切れない。

 700キロワットという設備量は、来年度の当初計画の1割にも満たなかった。(石井徹)


朝日新聞
一本松のバイオリン、賢治のチェロと共演 花巻
 震災の津波の流木で作られたバイオリンと宮沢賢治が愛用したチェロを使ったコンサートが22日、岩手県花巻市文化会館で開かれた。被災地の中学生ら招待された65人と市民の計700人が共に音色に耳を傾け、復興への思いを新たにした。

 市や市民団体などによる実行委員会が主催した。バイオリンは弦楽器制作者中沢宗幸さんが制作。表と裏の板をつなぐ「魂柱」に陸前高田市の「奇跡の一本松」の一部が使われた。これを千人の演奏者がリレー演奏する「千の音色でつなぐ絆プロジェクト」の一環として催された。賢治のチェロは普段、宮沢賢治記念館に展示されている。

 この日の奏者はバイオリンが中沢さんの妻で尚美学園大学客員教授のきみ子さん、チェロが東京芸大准教授の中木健二さん。ピアノを交え、ハイドンのピアノ三重奏などを演奏した。中木さんは「温かい音がし、大切に扱われてきたことが分かった」と話した。中沢さんは「二つの楽器が語り合い、胸がいっぱいになりました」と話していた。

 最後にきみ子さんと中木さん、地元の子どもたちでつくる金星少年少女オーケストラの伴奏で、市と招待された沿岸の中学生が賢治の「星めぐりの歌」などを合唱した。大船渡中学2年の川原遥奈さん(13)は「合唱に涙を浮かべている人もいて感動を与えられて良かった」と話した。


朝日新聞
福島)仮設住宅で「ふるさと」歌う 浪江高校生ら
 一足早いクリスマス気分やふるさとの思い出を味わってもらおうと、県立浪江高校の生徒らが22日、福島市内の仮設住宅に避難している浪江町の人たちに、演奏や歌を披露した。

 訪れたのは音楽部と家庭クラブの8人。午前10時半から宮代第一仮設住宅の集会所で、「きよしこの夜」の演奏や「ふるさと」の合唱など9曲を披露。住民たちは手拍子をしたり、一緒に口ずさんだりした。

 浪江町は全町避難が続き、浪江高校生も本宮高校敷地内の仮設校舎で学ぶ。小丸美里さん(18)は「練習時間は短かったけど、喜んでもらえてよかった」。宮田美樹さん(18)は「1、2年生も頑張ってくれた。これからも続けて欲しい」と話した。

 大堀地区から避難中の高橋タカヨさん(81)は「『ふるさと』に涙が出そうだった。自分の町の子たちが来てくれるのは何よりの贈り物」と喜んでいた。

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今日も歯痛/十三でピザ/真昼の暗黒・・・八海事件

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140720_Kinokonoyama_Niigata

Plusieurs dizaines de blessés au Japon après un séisme
Un fort séisme de magnitude 6,8 s'est produit samedi 22 novembre soir au Japon, dans la préfecture de Nagano, secouant violemment un large périmètre pendant plus de dix secondes, selon l'agence de météorologie nationale.
Le tremblement de terre s'est produit vers 22 h 08 locales avec une faible profondeur de seulement 10 kilomètres, provoquant d'importants dégâts, notamment dans la station de ski de Hakuba. Des habitations s'y sont effondrées, ensevelissant une trentaine de personnes, qui ont été secourues.
Dimanche matin, le gouvernement a annoncé un bilan de 39 blessés, dont sept dans un état grave. Les secours poursuivaient leurs recherches. 1 600 habitations ont également été touchées par des coupures d'électricité et une partie du trafic ferroviaire a été interrompue.

明日へ−支えあおう− 復興サポート▽地域のつながりが新しい介護をつくる〜気仙沼
被災地で、介護の人材不足が深刻化している。宮城県気仙沼市の特別養護老人ホームでは、空きベッドがあるのに、十分な数の介護職員が確保できず、入居を希望する高齢者を受け入れられないという問題が起きている。気仙沼の介護をどう支えていくのか、住民とボランティア、行政、施設関係者が話しあう。復興サポーターは、兵庫県尼崎市で、施設と住民が協力して地域の介護を支える仕組みづくりに取り組んできた中村大蔵さん。
中村大蔵,胡摩田睦子,坂本敬子, 内多勝康


NNNドキュメント'14 基地の島・沖縄の家族ちゅら海と親子17年
オスプレイが配備された普天間基地の返還と引き換えに、17年前、名護市辺野古沖への移設計画が浮上した。「基地の島、沖縄で暮らすこと」を改めて考える。葉山いくみ    日本テレビ

今日も歯が痛いです.ロキソニンでどうにか対応.
映画を見に行く前に十三でピザをいただきました.またしてもタバスコのかけ過ぎ.でもマルゲリータはおいしい.
さて映画は「真昼の暗黒」八海事件を描いたものです.最後のシーンの「まだ最高裁がある」で涙が出てきました.警察による権力犯罪を許してはいけないという思いが強くなりました.残念ながらまだ解決されていないえん罪はたくさんあります.
刑事法専門の村井敏邦さんのトークショーもよかったです.

河北新報
被災地を桃源郷に 2年後「希望の花」
 石巻市十八成浜地区の住民らでつくる「十八成ビーチ・海の見える丘協議会」は22日、東日本大震災で被災した地区の再生を願う「桃源郷プロジェクト」を始動させた。桜とアーモンドの木を植え、砂浜が広がっていた震災前よりも美しい景観を生み出し、新たなシンボルとする。

 プロジェクトは、2011年6月から支援活動を続けるNPO法人「愛知ボランティアセンター」が協力。集団移転したり、地区外に移ったりする住民のよりどころを設け、ボランティア活動の証しにする構想だ。
 桜の植樹は、住民が発案。アーモンドは花が桜に似ていて、将来的に実の活用も見込めることから選んだ。
 桜は800本、アーモンドは1000本を植え、地名にちなんだ1800本で桃源郷をつくり出す。
 桜の苗木は被災地支援団体から提供を受ける。アーモンドは1本4000円で「オーナー」を募り、協議会とボランティアセンターのホームページで受け付けている。
 活動初日は海岸に近い丘の斜面約1000平方メートルに、住民とボランティアら約60人がアーモンドの苗木150本を植えた。2年後には白い花を付けるという。桜は12月から植樹する予定。
 プロジェクト代表の阿部栄悦さん(62)は「砂浜の再生も決まり、ようやく一歩を踏み出すことができた。希望の花を咲かせ、震災前より魅力がある地域にしたい」と夢を膨らませる。


毎日新聞
安倍政治を問う…原発再稼働 脱依存の道が見えない
 原発に頼らない社会をどう築くのか。原発過酷事故から3年8カ月を経て、なお、その姿は見えない。この2年間の安倍政権のエネルギー政策を一言でいえば、事故を忘れたかのような「原発回帰」である。

 今年4月に政府が閣議決定した「エネルギー基本計画」は、「原発依存度を可能な限り低減する」といいつつ、「重要なベースロード電源」と位置づけた。一方で、原発を含めた電源の構成比率については先送りしている。
 ◇民意くむ姿勢なく

 もし、本気で「原発に依存しない社会」をめざすなら、その道筋をきちんと示した上で、電源構成を含めた目標を持ち、総合的に政策を打っていくのが政治の役割だ。個々の原発の再稼働の可否も、脱依存政策の大きな枠組みの中で判断していくのが筋だろう。

 にもかかわらず、安倍政権はそれを怠ってきた。ここから透けてみえるのは、原発再稼働の既成事実を積み重ねることで、なるべく多くの原発を動かしたいという思惑だ。

 実際、九州電力川内(せんだい)原発についても、新しい規制基準への合格だけをよりどころに再稼働を進めようとしている。避難計画の実効性や、周辺自治体の住民の納得は、置き去りにされたままだ。毎日新聞が9月に実施した世論調査では6割近くの人が再稼働に反対しているが、そうした民意への配慮もない。これでは、「規制基準を厳しくしたから放射能の大量放出は起きない」という新たな安全神話を許してしまう。

 脱依存政策に不熱心であることの副作用は、電力会社による再生可能エネルギーの接続保留問題にもつながっている。再生エネは、脱原発依存に加え、新たな産業の創出にも、地域振興にも結びつく。それなのに、最大限導入するための政策を徹底してこなかったためにチャンスを逃すとすれば、大きな失策だ。

 原発立地自治体への交付金制度など、これまで原発推進を前提に構築されてきたさまざまな社会制度の見直しも、ほとんど進んでいない。老朽原発の廃炉を進めやすくする制度は検討されているが、全体としてまだまだ不十分で、これも脱原発依存を妨げている。

 さらに大きな問題は、原発政策の決定の仕方が事故前と変わらず、国民の合意を取りつける姿勢も見えないことだ。

 民主党政権は、討論型世論調査などの手法を用いて、まがりなりにも国民的合意を得ようとした。その結果、「2030年代に原発ゼロ」を打ち出した。一方、安倍政権は、エネルギー基本計画の策定にしても、原発政策の具体化や電源構成の検討にしても、原発推進を担う経済産業省の審議会を専ら利用する旧態依然とした方法を踏襲している。こんな体制を取り続ける限り、原発依存から逃れられないのではないか。


琉球新報
警官の強制排除 県民の信頼失いかねない
 県知事選で県民の意思がはっきり示されたにもかかわらず、国は米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古の新基地建設を力ずくで推し進めようとする。
 キャンプ・シュワブのゲート前で体を張って抗議する住民の両脇を抱え、強制排除し、連日、けが人が出た。
 その様子を撮影していた記者や映画監督も取材を妨害された。
 民主主義にもとる新基地建設で、国の手先となって強制排除を行っているのが沖縄県警だ。
 そもそも住民を守るはずの公僕が、住民の正当な抗議活動を抑え込むことは断じて許されない。
 沖縄防衛局は知事選から3日後に工事を再開した。「辺野古移設」の是非を最大の争点とした知事選で、移設に反対する翁長雄志氏が、埋め立てを承認した現職の仲井真弘多氏に10万票差をつけ圧勝した。
 住民の意思に反し、国が力ずくで基地を押し付けることなど沖縄以外には日本のどこでもできないはずだ。
 明治政府は1879年、「琉球処分(琉球併合)」を断行し、琉球を日本の版図に組み込んだ。それから間もない写真が、ことし5月見つかった。首里城の前で銃剣を装着した銃を手に整列した明治政府軍は、琉球処分の象徴に映る。
 子や孫、未来のため、自らの誇りのために県民は「辺野古移設反対」を選択した。基地建設を強行する国に対し住民は体を張って抗議するが、同じ県民がそれを排除する構図というのが何ともむなしい。
 地元の人間同士をいがみ合わせ、東京で高みの見物を決め込む国の姿勢は、植民地支配にも似ている。
 ゲート前には「泥よけ」のためと称し、山型突起付きの鉄板が敷いてある。強制排除でけがをする恐れは十分予測できる。それを無視して強制排除するのは理解できない。
 取材妨害は言語道断だ。住民の抗議活動を伝えるのが報道機関の役割だ。見られたら何か不都合なことでもあるのか。県警は「安全確保の観点」からと説明するが、取材妨害以外の何物でもない。「安全確保」と言うなら、あの鉄板を撤去する方がよっぽど安全確保になる。
 交通安全、防犯など市民の安全を守るため一緒に活動し、営々と築き上げてきた県民の信頼を失いかねないと、県警に忠告したい。


朝日新聞
(プロメテウスの罠)自然エネ危機:2 原発10基分のはずが
佐藤弥右衛門さん

 ◇No.1105

 福島県喜多方市にある造り酒屋、大和川酒造店。1790(寛政2)年からつづく老舗だ。

 電力会社各社が発表した、自然(再生可能)エネルギーの新たな受け入れ中断は、その大和川酒造店の9代目、佐藤弥右衛門(さとうやうえもん)(63)にも、信じられない話だった。

 「会津には原発10基分以上の豊かな自然エネルギーがある」

 これが佐藤の持論で、昨年8月、「会津電力」という自然エネの会社を立ち上げていた。

 今年度は総事業費8億7千万円をかけ、2540キロワットの太陽光発電を始める計画だ。

 10月29日には、会津電力初のメガソーラーとなる1千キロワットの太陽光発電所の完工式があった。

 会津盆地を見下ろす丘陵に、3740枚の太陽光パネルが並ぶ。

 「原発事故では、会津がどうなるのか、という恐怖がありましたが、少しのち、自分たちの力で未来をつくって子や孫に届けたいと思うようになりました」

 佐藤は約80人の参加者を前に、こうあいさつした。

 地元企業や金融機関の出資でできた会津電力の事業に、ひと役買っているのが、「市民風力発電」(札幌市)社長の鈴木亨(すずきとおる)(57)だ。

 社長を兼ねる「自然エネルギー市民ファンド」は第2種金融商品取引業者で、4千人以上から約25億円を集めた実績がある。

 佐藤と鈴木は、福島第一原発事故後の2012年、自然エネルギーのシンポジウムに、ともにパネリストとして参加、意気投合した。

 会津電力に対しては今年3月末から募集を開始。7月には125人から1億円を集め、予定より2カ月以上早く募集を打ち切った。

 佐藤は来年度、今年度の4倍にあたる約1万キロワットの太陽光発電を始める予定で、新たな市民出資の相談を鈴木と始めた矢先だった。

 それが東北電力の買い取り協議の中断で白紙に戻った。

 「最初は何だか分からず、きょとんとした。久しぶりに『青天のへきれき』という言葉を使ったよ」

 事業計画に合わせて14人に増えた社員の雇用も心配だ。

 「政府は『福島の復興なしに国の復興なし』と言うが、言葉が形になっていない。自然エネルギーは、最強の地域再生策のはずだ」

 原発再稼働のため自然エネを止めた。「そう思われても仕方がない」

 佐藤は言い切った。(石井徹)

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歯医者で麻酔/美女と野獣/鎮痛剤が効く

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Irrésistiblement
Tout m'entraîne irrésistiblement vers toi, comme avant
Tout m'enchaîne irrésistiblement à toi, je le sens

Comme le jour revient après la nuit
Et le soleil toujours après la pluie
Comme un oiseau qui revient vers son nid
Vers mon amour je vais aussi

Tout m'entraîne irrésistiblement vers toi, à chaque instant
Tout m'enchaîne irrésistiblement à toi, je le sens

Comme la mer qui frappe le rocher
Obstinément, sans jamais désarmer
Par le malheur on est souvent frappé
Mais l'amour seul peut nous sauver

Tout m'entraîne irrésistiblement vers toi, à chaque instant
Tout m'enchaîne irrésistiblement à toi, je le sens

Comme la joie revient après les pleurs
Après l'hiver revient le temps des fleurs
Au moment ou l'on croit que tout se meurt
L'amour revient en grand vainqueur

Tout m'entraîne irrésistiblement vers toi, comme avant
Tout m'enchaîne irrésistiblement à toi, je le sens


昨日たまたまSylvie Vartanのirrésistiblementを聞いたら,ハマってしまいました.60年代の曲とは思えません.http://www.youtube.com/watch?v=SJR5nGKNbTM&NR=1http://www.youtube.com/watch?v=bhiSitqhZ6s.サントリーのCMで聞いたからなじみがある?ウォーター・ボーイズでもあったかも?

今日は,虹蔵不見にじかくれてみえず,だそうです.二十四候では小雪です.でもまあ割と暖かでした.
午前中歯医者に行って治療してもらいました.麻酔の注射で口の右下の感覚が変です.麻酔は英語でanesthesiaでフランス語だとanesthésie.
L'anesthésie locale chez le dentisteに短い説明があります.こども向けなのでton, teが使われています.
L'anesthésie locale permet d'endormir une petite zone de ton corps avant de te faire un soin douloureux.
Cette anesthésie est utilise par le dentiste quand il doit te soigner une dent .
歯医者の後天ぷらを食べました.ご飯おかわりしてしまいました・・・
夕方は映画.大阪駅の上の方にある映画館で美女と野獣.La belle et le bête. 途中寝たりしなかったけどイマイチかな?それよりも歯が痛くなってきました.麻酔が切れて感覚が普通になったのが2時過ぎだけど夜になって痛み出すなんて困る.仕方ないので頭痛・生理痛に聞くというロキソニン.歯痛にも効くはずです.確かに効いている気がします.
長野で震度6新潟で震度5の地震があったそうです.

河北新報
南三陸防災庁舎 最も訴える遺構と高評価
 「震災遺構で最も訴える力がある」「世界的な慰霊の場」。東日本大震災の津波で43人が犠牲となった宮城県南三陸町の防災対策庁舎について21日、「保存」の方針を確認した県の震災遺構有識者会議。8人の外部委員の全員が書面での意見提出も含め、震災遺構としての価値を高く評価した。

 長坂俊成立教大大学院教授は「住民や職員の命を守る行政施設をどこに立地するべきか、根本的な教訓を示した。震災遺構で最も訴える力がある」と主張した。松本純一郎建築家協会東北支部復興支援委員長は「遺族や住民に十分配慮するべきだ」とした上で、「震災の悲劇と減災の教訓を未来に伝える貴重な財産。国を挙げて残さなけばならない」と話した。
 鈴木勝雄利府町長は「小さな自治体では長期の保存は無理。町に財政的な負担を掛けない手法が必要だ」と語った。
 奥山恵美子仙台市長は保存・解体で町民が分かれている現状を懸念し、「保存の可否を県が主体的に精査することも含めて考えてほしい」と提言した。
 これらの意見を受け、座長の平川新宮城学院女子大学長は鎮魂、教訓など評価4項目全てで庁舎保存の意義を高く評価。「県と町は重く受け止めてほしい」と求めた。
 会議では、保存に際しては財政面で町の負担を軽減し、県に支援を求める方針が確認された。
 防災対策庁舎は鉄骨3階で、津波が屋上まで達し骨組みだけが残った。町は昨年9月、解体を表明したが、解体を見合わせている。
 庁舎で娘が犠牲となった同町歌津の千葉正志さん(67)は「家族が流された場所はもう見たくない。解体してほしい」と訴えた。町内の30代男性は「保存、解体いずれにせよ、町民不在の議論で決まるのが不安だ」と懸念を示した。


河北新報
被災漁船の解体撤去始まる 浪江
 環境省は21日、東日本大震災で被災し、福島第1原発20キロ圏内に残る船舶の解体、撤去作業を始めた。原発事故の避難区域内のため仮置き場の確保や所有者の確認に時間を要し、震災から3年8カ月が経過して、ようやく作業が始まった。来年3月までに撤去を終える予定。
 初日は、福島県浪江町請戸地区で漁船の解体に着手した。作業員が重機で船体を壊し、繊維強化プラスチック(FRP)や金属類、木くずなどに分別。FRPや金属類などは福島県内の産廃業者が引き取り、それ以外の可燃物は浪江町内の仮置き場に搬入し焼却する。
 撤去するのは、福島県沿岸部に残された漁船や釣り船で、浪江町62隻、富岡町6隻、南相馬市1隻、楢葉町1隻の計70隻。撤去費用は約2億3000万円。


毎日新聞
阪神大震災:被害免れた原液 20年かけた熟成ソース完成
 阪神大震災で本社工場が焼失した食品会社「オリバーソース」(神戸市)は21日、被害を免れたタンクに残った原液で作った20年熟成のソースが完成したと発表した。同社で唯一犠牲になった社員が震災4日前に仕込んでいた原液で、今回の限定約2700セットで全て使い切る。25日から予約を受け付け、震災20年の来年1月17日に発売する。

 同社は震災で壊滅的な被害を受けたが、焼け残ったタンクに原液約5トンが残っていた。出勤途中に亡くなった開発担当の男性社員(当時41歳)が仕込んでいたものだった。

 1997年に新しい本社・工場でソース作りを再開。供養を兼ねて丁寧に熟成させ、2005年と10年にそれぞれ限定販売した。最後となる今回は「クライマックス二十年仕込みソースセット」(税抜き4630円)。ウスター▽どろ▽とんかつの3種類で、深みとコクのある味に仕上がったという。

 道満(どうまん)雅彦社長(61)は記者会見で「つらい時期もあったが、原液を使い切るまでの20年で会社は復興できた。震災の負の遺産を振り返るのをやめ、未来を向いて進みたい」と話した。収益は東日本大震災の遺児のために寄付する。通信販売でホームページ(http://oliversauce.com)から予約できる。【久野洋】


朝日新聞
大地震でも壊れぬ絆を 級友失った児童と先生の20年
 1995年1月17日の阪神大震災から、来年で20年になる。震災でクラスメートを失った、ある子どもたちと先生の歩みをたどった。

阪神大震災から20年

 「しんどいことしたら、ええことあるで」

 兵庫県西宮市の小学校に勤める松田満(まつだみつる)さん(59)は、教壇に立って36年。毎年この言葉を学級目標に掲げてきた。でも、経験しない方がよかったと思っている「しんどさ」がある。1人の教え子の命を奪った阪神大震災だ。

 西宮市立樋ノ口(ひのくち)小学校6年3組。41人の担任だった。アルバム撮影を終え、もうすぐ卒業――。そんなときだった。

 「上出真理子(かみでまりこ)ちゃんが亡くなった」。あの日の昼過ぎ、自宅がつぶれたと聞き、家々が倒れ、電柱が傾いた街を走った。たどり着いたところで近所の人から知らされた。樋ノ口小では児童5人が命を落とした。

 数日後、隣の中学校の理科室で、上出さんと対面した。いつもニコニコしていた彼女は、棺(ひつぎ)の中で眠るように横たわっていた。一緒にいたクラスの子どもたちは泣き崩れて座り込んだり、呆然(ぼうぜん)と突っ立ったままになったりした。

 授業が再開されたのは約2週間後。避難所になっている教室の代わりに図工室に集まった子どもたちに、上出さんの死を自分の言葉で伝えようとしたが、できなかった。その代わり、こう声を掛けた。「さあ、『ばこちん』書こか」

 語呂の良さで名付けた学級通信で、意味は特にない。毎日終わりの会で書いた作文をまとめ、次の日に配っていた。同級生、そして、多くの人の命を奪った震災への思いをはき出させたかった。

 人間がつくるものがこんなにもろく、よわいものなのかと、わたしは少し悲しかった。人が死んでしまうことがどんなに悲しいかわかった。

 女子の1人は、そうつづった。松田さんも書いた。

 “0(ゼロ)からの出発”

 41人みんなの力ですばらしいものを創って行こう、どんなに大きな地震がきてもこわれない、そんなものを創っていこうな。

    ■

 「先生、話したいことがあります」

 2009年夏、松田さんは6年3組時代の教え子から、市内の居酒屋に呼び出された。小学校教諭になり、別の学校に勤めていた宍戸優治(ししどゆうじ)さん(31)だ。指導に悩んでいるのかと思い、参考資料を抱えて行ってみると、隣に同じクラスの教え子、川地(かわち)かおりさん(32)がいた。

 「僕たち、結婚します」

 翌年2月、神戸市での結婚式。松田さんは言葉を贈った。「『しんどいことしたら、ええことあるで』。この言葉を震災にぶつけてやりたい」。そして心の中で言った。「まりちゃん、見てるか。この2人が結婚したんやで」

 学校を替わっても、毎年1月には担任するクラスに震災体験を語り続けてきた。上出さんを奪った震災は、なくしてしまいたい事実だ。でも、震災がつくり出したものもあると思うようになった。

 宍戸さんは教師10年目。4年生の担任で、恩師と同じ学級目標を掲げている。

 これからもぼくはぜーったいこのことを忘れない。いや、忘れたくない。

 震災直後、作文でそう誓った。同級生の作文とともに「6年3組の阪神大震災」(絶版)という本になった。毎年あの日が近づくと読み返す。震災の授業で子どもたちに、「隣の子がいなくなったらどう思う?」と問いかける。

 かおりさんは、上出さんの家まで歩いて3分のところに住んでいた。毎日一緒に登下校し、放課後もクッキーを焼いたり、電子ピアノを弾いたりして遊んだ。

 上(かみ)ちゃんのことを知らされて、びっくりしたどころじゃなく、いっしゅん、気を失いそうやった。

 親友を亡くした衝撃を、作文につづった。卒業式には遺影を持って出席した。

 上出さんの家があった場所のすぐ隣に公園がある。

 ピアノを習っていたかおりさんは高3の冬、音大に進むか専門学校へ行くか迷ったとき、初めて訪れた。心の奥にしまっていた上出さんのことがふと浮かび、背中を押してもらおうと思った。それから毎年1月17日に訪れ、「(音大の)専攻科に進むよ」「コンサートを開くことになったよ」と報告してきた。

 震災15年のこの日、2人で公園を訪れ、一角に花を手向けて話しかけた。

 「かみちゃんのおかげで宍戸君とめぐり合えて、結婚することになったよ」

 卒業後、偶然出会って付き合い始めた2人。あの時、あのクラスに一緒にいた安心感から距離が縮まった、と思っている。

 新居は樋ノ口小の近くを選んだ。12年6月、長男の陽一(よういち)君が誕生。かおりさんのおなかにはいま2人目の命が宿る。

 新しい住宅が建ち、震災の傷痕が見えにくくなった街。でも家族で散歩すると時折、路地で笑顔の上出さんと出会いそうな気がする。震災4日前の金曜日、バイバイと手を振って別れたときのように。(千種辰弥)


朝日新聞
(衆院選)安倍政治への審判―有権者から立てる問い
 衆議院が解散された。総選挙の公示は12月2日、投開票は14日に決まった。

 私たちはこれまで社説で、安倍首相による今回の解散に疑問を投げかけてきた。

 首相はきのうの記者会見で、こう語った。「アベノミクス解散だ。消費税率引き上げを18カ月延期し、税制に重大な変更を行った以上、選挙をしなければならないと考えている」

 また、「代表なくして課税なし」という米独立戦争で語られた民主主義と税との関係も引き、「大義」を強調していた。

 だが、透けて見えるのは「いまなら負けない」という打算。長期政権を狙う首相自身のための選挙との色合いが濃い。

 とはいえ、解散となったからには、有権者がなすべきことはひとつだ。

 主権者として一票を行使する。その判断のもととなる問いかけを、政党指導者や候補者にぶつけていく。

 菅官房長官は「何を問うか問わないかは、政権が決める」と言い放った。それは審判を受ける側の身勝手な理屈、あるいは逃げに過ぎない。

 決めるのは、有権者だ。

■憲法軽んじる姿勢

 安倍首相の消費増税の延期と2年間の経済政策への評価は大切な論点である。そこはこれからじっくりと論じていきたいが、まず問われるべきなのは、首相の政治姿勢だ。

 昨夏の参院選をへて、衆院で3分の2、参院で半数を超える与党勢力を得た安倍政権には、数の力頼みの姿勢が著しい。

 その典型は、自らの権力に対する「縛り」となっている憲法への態度である。

 首相に返り咲いた直後の13年の通常国会で、安倍氏は「憲法を国民の手に取り戻す」と、改憲手続きを定めた96条の改正を唱えた。憲法改正案の発議に必要な議員の賛成を、3分の2以上から過半数に改めるという内容だ。

 だが、憲法で権力を縛る立憲主義に反するとの理解が広まると、首相は96条改正にはほとんど触れなくなった。かわりに進めたのが、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認である。

 首相は今年7月、私的懇談会の報告からわずか1カ月半後、与党協議をへただけで行使容認の閣議決定に踏み切った。

 来月に迫った特定秘密保護法の施行も、憲法に基づく報道の自由や知る権利を侵しかねないとの懸念を押し切っての、強行採決の結果である。

 首相が長期政権を確保したうえで見すえているのが、憲法の明文改正だ。自民党は、再来年夏の参院選の前後に改正案を発議できるよう、準備を始めようとしている。

■前のめりの原発回帰

 もうひとつの大きな問いは、安倍政権の「原発回帰」への動きである。

 原子力規制委員会の審査と鹿児島県などの同意を得た九州電力の川内原発は、近く再稼働する見通しだ。

 民主党政権時代に起きた福島第一原発の事故を受け、安倍氏も前回の衆院選では「できる限り原発に依存しない社会をつくっていこうと決めている」と語っていた。

 だが、政権に就くと安倍氏は「規制委が基準に適合すると認めた原発は再稼働を進める」との方針のもと、過酷事故への備えが不十分なまま、「まずは再稼働」に前のめりである。一方で、「脱原発依存」への道筋は描けていない。

 安倍政権の大きな課題は来年から動き始める。

 集団的自衛権の行使に向けた関連法案は、来年の通常国会に提出する予定だ。川内原発も、原子炉が動き出すのは年明けになりそうだ。

 来年はまた、戦後70年の節目の年でもある。歴史認識や領土をめぐって冷え込んだ中国や韓国との関係では、正常化に向けた道のりはなお遠い。

 安倍政権に対し欧米も抱きはじめた「歴史修正主義」との疑いをぬぐい去り、近隣諸国と和解の握手を交わす8月を迎えることができるかどうか。

■「これから」の選択

 朝日新聞社の緊急調査に対し、6割を超える有権者が首相の掲げた解散理由には「納得しない」と答えている。

 だが、ここまで挙げてきたように来月14日の投票は、2年間の安倍政権の評価とともに、日本の「これから」を選ぶ重要な機会になる。そう考えれば、一票の重みもまた格別である。

 こうした問いはまた、野党にも向けられる。

 あまりの大敗に茫然自失(ぼうぜんじしつ)で時を浪費した民主党。第三極として躍進しながら、分裂や解党に追い込まれた旧日本維新の会やみんなの党。いずれもこの2年、政権を奪うために政策を磨いてきたとは言い難い。

 それでも選択肢がなければ困るのは有権者だ。政党としての責任は、果たしてもらわなければならない。

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ホテルでバイキング/数式/くしゃみが出る

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140228_Dojima

Le produit de Wallis
\[{\huge
\lim_{n \to\infty}\frac{\left(2n\right)!!}{\sqrt n \left(2n-1\right)!!} = \sqrt{\pi}
}\]
La formule de Stirling
\[{\huge
\lim_{n \to\infty}\frac{n!}{\sqrt n\quad n^n e^{-n}} = \sqrt{2\pi}
}\]

Japon: après la mort de son 4e mari, la ≪veuve noire≫ cherchait une nouvelle victime
Une Japonaise de 67 ans soupçonnée d’éliminer ses compagnons pour faire main basse sur leur fortune était d’après la presse locale à la recherche d’une nouvelle victime alors même que son quatrième mari mourrait empoisonné au cyanure.
Chisako Kakehi a été arrêtée mercredi pour le meurtre en décembre 2013 de Isao Kakehi, son époux de 75 ans, dans cette affaire qui fait les choux gras des medias japonais depuis plusieurs jours. Mais les policiers enquêtent aussi pour savoir si elle n’a pas joué un rôle dans les morts mystérieuses de ses conjoints précédents.
Au fil du temps et des décès de ses partenaires, cette ≪veuve noire≫ présumée, qui nie farouchement être pour quoi que ce soit dans leur destin funeste, a hérité d’un total d’un milliard de yens (6,7 millions d’euros), en assurance vie, biens immobiliers et dépôts bancaires, rapporte la presse japonaise vendredi.
Mais cette ancienne employée de banque, qui détenait des dizaines de comptes bancaires sous des noms différents, avait perdu une grande partie de sa fortune après des placements financiers malheureux, explique le journal Yomiuri. Quand elle a épousé Isao Kakeki, elle était endettée jusqu’au cou, selon l’agence Jiji.
D’après le journal Asahi, qui cite des sources policières, la veuve noire présumée a eu pendant 20 ans des relations avec une dizaine d’hommes, dont sept sont passés de vie à trépas. Elle avait rencontré la plupart d’entre eux par l’intermédiaire d’agences matrimoniales, qui lui présentaient des hommes ≪âgés≫, fortunés, sans enfants et vivant seuls. Elle aurait également spécifié préférer quelqu’un ≪avec une maladie≫.
- Cyanure dans la poubelle -
Son dernier mariage ne l’a pas empêchée de partir en chasse, explique Jiji, disant qu’elle avait organisé un ≪rendez-vous matrimonial≫ peu après avoir dit oui à son promis. Le Nikkan Sports Daily raconte qu’elle était en relation avec plusieurs hommes au moment du dernier décès.
Lors de perquisitions à son domicile jeudi à Kyoto, la police a trouvé des traces de cyanure dans la poubelle. Les enquêteurs ont également retrouvé les accessoires nécessaires à l’administration de médicaments ainsi que des ouvrages médicaux.
L’enquête avait démarré lorsque la police a décidé d’autopsier le quatrième mari, après s’être rendue compte que le précédent petit ami de la suspecte était décédé subitement en septembre 2013 après un dîner du couple au restaurant. L’autopsie a révélé des traces de cyanure dans le sang du défunt époux.
La police la soupçonne désormais d’avoir pu provoquer la mort de six de ses conjoints. Elle n’est en revanche pas considérée comme suspecte dans le décès de son premier époux, en 1994, alors qu’il était âgé de 54 ans.
Il y a un mois, la suspecte avait expliqué à la chaîne privée NTV qu’elle cherchait à multiplier les relations pour vivre une fin de vie tranquille. ≪Je veux une vieillesse paisible sans devoir faire des pieds et des mains pour obtenir de l’argent, grâce à un homme droit≫, avait-elle expliqué.
Le Japon a déjà connu quelques affaires de ≪veuves noires≫, baptisées ainsi car leur comportement rappelle celui de la femelle d’une espèce d’araignée, réputée manger le mâle après l’accouplement.
En 2012, Kanae Kijima avait été condamnée à la mort par pendaison pour le meurtre de trois hommes rencontrés sur internet. Elle empoisonnait ses victimes au monoxyde de carbone après les avoir préalablement endormies à l’aide de somnifères. La décision en appel doit être rendue prochainement.
Miyuki Ueta, ancienne hôtesse de bar, est elle aussi dans l’attente d’un arrêt de la Cour suprême après sa condamnation à mort pour le meurtre de deux hommes.

昨日に続いてヤル気なし.のんびりと仕事して,ホテルでバイキングに行くことにしました.当然食べ過ぎてしまいました.やはり反省.
ブログで数式が表記できるようになりました.ちょっと嬉しい.
山本義隆の本を読みたいです.
くしゃみが出ます.カゼかな?

河北新報
ふんばろう東日本支援プロジェクトに栄冠
◎ベストチーム・オブ・ザ・イヤー2014

 ことし最もチームワークを発揮し、実績を重ねた団体をたたえる「ベストチーム・オブ・ザ・イヤー2014」に、東日本大震災直後から被災地を支援する「ふんばろう東日本支援プロジェクト」が選ばれた。交流サイト「フェイスブック」などを活用して輪を広げ、多面的に展開する活動が評価された。

 東京都内で20日あった授賞式で、同プロジェクトをリードしてきた早稲田大大学院客員准教授、西條剛央さん(40)=仙台市出身=は「ビジョンの下書きをみんなで塗って実現していく、新しいチームの形を構築できたかなと思う」と喜びを語った。
 50以上を数えるプロジェクトの支援チームの一つ「ふんばろう宮城プロジェクト」に参加する大崎市古川西中3年、中川野乃香さん(15)も登壇。「復興が遅れている東北を、私たちの世代が協力して完全に復興できるよう頑張りたい」と決意の言葉を述べた。
 ふんばろう東日本支援プロジェクトは震災発生から間もない2011年4月にスタート。これまでに各支援チームに3000人以上が参加し、被災者の生きがいづくりや被災地の学習支援など多様な支援を展開。フェイスブックなどで緩やかにつながり、持続的な取り組みを実践している。
 ベストチーム・オブ・ザ・イヤーの実行委員会は「リーダーに頼らず自律的に動く、かつてないボランティアチーム」と高く評価した。
 子どもに大人気の妖怪ウォッチのプロジェクトチームが最優秀賞を受賞。ベストチームには次世代車いす「WHILL」プロジェクトチームも選ばれた。


毎日新聞
希望新聞:東日本大震災 声・被災者から
 ◇地域の枠超え支援したい−−福島県浪江町から家族4人で茨城県土浦市に避難した田中研二さん(49)

 「東日本大震災の発生時、東京電力福島第2原発で警備員として働いていました。原発事故直後は作業員の除染作業などをしていましたが、警備会社の指示で現場を離れ、家族と避難しました。近所の方が子どもにランドセルや体操着を分けてくれ、とてもありがたかったです。

 周囲に助けてもらったことで復興に関わる仕事がしたくなり、今年5月から浪江町の復興支援員を務めています。茨城に避難している町民は約450世帯の約950人。戸別訪問のほか、自立に向けた取り組みを支援しています。

 避難者が今、抱えているのは『先の見えない不安』。いつ地元に戻れるか分からず、原発事故は収束しない。浪江町以外の避難者も同じ気持ちだと思うので、今後は市町村の枠を超えた支援活動をしたいと考えています」【佐久間一輝】


毎日新聞
希望新聞:東日本大震災 記者通信 今でも「街の時計店」−−宮城・気仙沼
 店舗なんて構えていなくたって、古くからのお得意さんにとって川口憲一さん(70)は今も、頼りになる街の時計屋さんだ。スイス製高級腕時計の修理から、仮設住宅に住むお年寄りの老眼鏡の相談まで、電話で依頼があると、車に工具や検眼機を積み込み、せっせと足を運ぶ。

 宮城県気仙沼市の目抜き通りにあった「川口時計店」の創業は大正時代。子どもの頃から見よう見まねで修理を始め、東京の大手時計宝飾店で修業を積んだ後、3代目として店を継いだ。年齢もあって一度は店をたたんだものの、昔からの顧客に請われてJR南気仙沼駅近くで再開。その5年後、東日本大震災の津波が店も自宅も、計3000万円近い貴金属・宝石類も奪い去った。今度こそ引退と思ったのもつかの間、「避難所にいるうちから電池交換を頼まれたりで、すぐ仕事始めることになって」。同じ被災者同士、生活再建の第一歩に役立てるのがうれしかった。

 遺体がつけていた腕時計の修理依頼も受けた。「最近の時計は防水が優れ、ずっと水につかっていても使える。『形見として長くもたせたいから』とオーバーホールを頼まれるご遺族が多いんです」。川口さんが何度も電池交換して見覚えのある腕時計が、知人の身元確認の決め手になったこともあった。

 このところは、復興事業関連で滞在中の人からも修理依頼が舞い込む。「手が震えて目がきかなくなったら終わり。でも、まだまだ大丈夫」と胸を張った。【井田純】


神戸新聞
震災復興、市民目線で考えるシンポ開催 22日、神戸
 阪神・淡路大震災20年と東日本大震災4年を前に、有識者や市民ボランティアらが思いを語るシンポジウムが22日、神戸松蔭女子学院大(神戸市灘区)で開かれる。元神戸市職員で、都市政策が専門の池田清・同大教授が「災害資本主義と『復興災害』」をテーマに講演する。

 同大くらし・まちデザイン研究会が主催。池田教授は、阪神・淡路や東日本が投げ掛けた課題を踏まえ、「災害」や「復興」の位置付けや在り方について問題提起する。

 シンポジウムは2部構成で、塩崎賢明・神戸大名誉教授や広原盛明・京都府立大元学長ら4人の有識者が、二つの震災で得た教訓などを語る。続いて、村井雅清・被災地NGO恊働センター代表や、宮定章まち・コミュニケーション代表理事ら4人が市民目線で思いを述べる。

 午後1時半〜5時。無料。事前申し込みは不要。神戸松蔭女子学院大の増永理彦研究室TEL078・882・6102(小川 晶)


東京新聞
震災 忘れぬために 成田国際高の中村さんが一人芝居
 県立成田国際高校演劇部は二十二日、同校文化ホールでオリジナル作「一人芝居 繭(まゆ)の中」を上演する。二十八日から始まる県高校演劇研究中央発表会の参加作品で、東日本大震災と引きこもりをテーマに制作した。主演はただ一人の部員、同校一年の中村恵さん(15)。中村さんは「震災を忘れないため、被災者一人一人を知る大切さを伝えたい」と話す。 (渡辺陽太郎)

 芝居は震災直後、被災地を取材する新聞記者が、八年間引きこもり続けた部屋と一緒に津波に流された少年を知ることから始まる。なぜ逃げなかったのか。記者は少年の家族や同級生に取材し、いじめなど引きこもりの原因や少年が部屋に留まった理由を解明していく。少年の生死も劇中で明かされる。中村さんが男女八人を演じ分ける。

 顧問の伊三野(いさの)友章教諭(51)が見つけた新聞記事を参考に、八月下旬から中村さんと台本作りを始めた。中央発表会の地区予選まで三週間ほどしかなかった。そんなとき、部員二人が退部。三人で演じる予定が一人芝居になってしまった。

 教諭は休部も提案したが中村さんは「一人でもやる」と練習を続けた。張り詰めた緊張感からか、予選十日前、「部屋から出られない」と学校を休んだこともある。「理由は分からないけど、怖くて引きこもってしまった」と中村さん。翌日には何とか登校し「最後までやる」と宣言。演技の必要がない少年役と音響は他の部の生徒の協力を得て予選に臨んだ。

 高校から演劇を始めた中村さんだったが、地区九校の中から代表に選ばれた。一日の引きこもりを経験したことで「ほんの少し、少年の気持ちに近づけた」と話す。芝居の中の少年と向き合い、被災者一人一人の思いを知ることで、震災は風化しないのではと考えるようになった。

 「自分の演技で伝えられるか、見てもらいたい」。当日、来場者にアンケート用紙を配り、演技の改善点を探る。入場無料。午後二時開演(開場一時半)。問い合わせは同校・伊三野教諭=電0476(27)2610=へ。


産経新聞
桜の木で被災地に笑顔を 宮城・石巻の保育園などで植樹
 東日本大震災の記憶を後世につなごうと、NPO法人「さくら並木ネットワーク」は20日、石巻市内の保育園と公園で、桜の木を植樹した。

 同ネットワークは、震災の記憶を風化させないための取り組みとして、植樹活動を実施。避難の目標になるようにと、震災の津波到達最終地点に桜を植えてきた。

 今回の植樹は、復興支援を行う富士通エフサス(川崎市)と共同で企画。同社の今井幸隆社長(61)と沖縄県出身のシンガー・ソングライター、普天間かおりさん(41)らが、地元住民らとともに桜の苗木計9本を植えた。

 同市中里のなかよし保育園では、園児らも参加。津波で1メートルの浸水被害にあった同園の大橋巳津子園長(61)は「津波で園の桜は枯れてしまった。植えることができてうれしい」と喜んだ。

 JR石巻駅前のちびっこ広場では、市民ら20人が集まり、7本を植えた。駅前親交会の菊沢調和(としかず)会長(67)は「桜の花で地元の人を元気にしたい」と笑顔を見せた。

 ラジオ番組の収録中、福島で被災した普天間さんは「被災したとき周りの人の優しさに感謝した。恩返しの思いで復興支援活動を続けたい」。毎年、県内の被災地を訪れている今井社長は「(被災者が)普通の生活に戻る手伝いができればと思う」と話した。


河北新報
「門脇小、震災遺構に」検討委が提言へ
 石巻市震災伝承検討委員会は20日、市役所で第6回会合を開き、東日本大震災で被災した門脇小を震災遺構として保存することなどを盛り込んだ提言案を固めた。門脇小は、減災意識の醸成や防災教育の教材として活用していくことを示す。検討委は12月下旬までに提言書をまとめ、亀山紘市長に提出する。
 提言案は門脇小について「津波被害だけでなく火災の痕跡も残す唯一の施設で、防災・減災を後世に伝えるために重要」と評価した。
 保存の手法は、校舎全体が望ましいとしながら、維持費用などの面で一部解体もやむを得ないと付帯意見を付ける。周辺住民の意向を考慮する必要性も指摘。「被災した校舎を見るのがつらい」といった意見があることから、目隠しを設けるなど最大限の配慮を求める。
 門脇小以外に当初震災遺構の候補に挙がった中瀬北地区と住吉公園に関しては、護岸整備などに際して遺構性を維持するデザインの検討を提起する。
 提言案ではこのほか、震災に関連する記録を収集してアーカイブ化を進めることや、被災・復興状況などの情報を周辺市町と連携して共有・発信することなども明記する。
 検討委の平川新委員長は「門脇小の保存は市の財政的な問題もあり、手法を限定しなかった。住民への配慮を含め、適切な保存方法を十分に吟味してほしい」と話した。


朝日新聞
敦賀原発―廃炉促す環境整備を
 福井県敦賀市の敦賀原発2号機直下にある断層について、原子力規制委員会の有識者会合が改めて「活断層」と判断した。

 事業者の日本原子力発電(原電)が独自調査をもとに再考を求めていたが、退けた。原電が再稼働を申請しても規制委は認めないとみられ、廃炉に追い込まれる公算が大きくなった。

 福島第一原発事故の教訓を踏まえれば、原発の安全審査は「疑わしきはクロ」を大原則とすべきである。支持したい。

 有識者会合は原電の調査結果を検証し、「活断層ではない」とする証拠としては不十分だと結論づけた。

 原電は「科学的判断とはとうてい言えない。反証したい」と徹底抗戦の構えだ。敦賀市長も「遺憾」との談話を出した。

 原電が持つほかの原発2基は運転開始から44〜36年たち、再稼働に必要な規制基準をクリアするのは難しい。まだ27年の敦賀2号機は命綱だ。

 多くの市民が原発とかかわる敦賀市にとっても廃炉となれば死活問題である。

 だが原発の安全性は、そうした事情とは別に専門的見地から厳格に検討されるべきものだ。

 敦賀原発は建設後に敷地内で活断層が確認され、他の原発に比べても地震が起きる危険性は高いといえる。有識者会合の判断は、真っ先に影響を受けかねない地元住民を先んじて守るものとみることもできるだろう。

 廃炉にするかどうかの最終決定権はあくまで原電にある。

 安倍政権は原発再稼働をめぐり「規制委の判断を尊重する」と強調してきた。「クロ」判定も重く受け止め、原電に廃炉を促していくべきだ。そのための環境整備を急ぐ必要がある。

 廃炉経費は600億円を超すといわれる。放射性廃棄物の処理も難題だ。

 原電は57年、電力業界の主導で原子力開発を担う会社として発足した。株式の大部分は電力各社が保有している。

 今の原電は原発を動かしていないのに、電力5社からの「基本料金」で食いつないでいる。今年度も1100億円の見込みだ。これは電気料金の原価とされ、利用者が負担している。

 原電の先行きが見通せないまま、こんな仕組みをずるずると続けてはいけない。

 近い将来、国内で多くの原発が廃炉時期を迎える。すでに1基の廃炉に着手している原電を、廃炉専門機関に改組しては、との案も出ている。

 国は電力業界に働きかけ、原電の今後のあり方を協議していく場を早急に設けるべきだ。

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ヤル気がない/Beaujolaisの日なので

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130816_china_town

L'Amérique
Ah que je voudrais prendre l'avion pour
L'Amérique
Ah que j'aimerais connaître à mon tour
L'Amérique

Ah que c'est tentant d'aller visiter
L'Amérique
Quand on a rêvé depuis 17 ans
D'Amérique

J'irai voir le Texas
Et le Colorado
Sans parler du Kansas
Et de San Francisco

Au centième étage
Du plus haut des grattes-ciel
Pousser les nuages
Pour toucher le soleil

On dit qu'à Broadway brillent les lumières
D'Amérique
Ah si je pouvais voir le nez en l'air
L'Amérique

Lécher les vitrines des grands magasins
D'Amérique
Acheter des jeans et des mocassins
D'Amérique

Gouter à la cuisine
Du garcon du Drug Store
Qui vend de l'aspirine
Et des alliances en or

Voir les majorettes
Ouvrir un rodéo
Et musique en tête
Marcher sous les bravos

J'ai vu tous les films et j'ai tous les disques
D'Amérique
Mais ca ne suffit pas il faut que je voie
L'Amérique

Et comme ce sera trop grand pour mes yeux
L'Amérique
J'irai avec toi découvrir à deux
L'Amérique


ヤル気ないです.どうしようもありません.11月8日にもヤル気がない,と記していますがよくありません.気持ちが下向きというのではないのでまだマシなのですが・・・
KiさんとYoさんは水槽を掃除です.ご苦労様.
北陸からの人が来てなんか話をしているみたいでした.
とりあえず今日もJ参観.
Beaujolaisの日なので早めに帰って安い白ワインを飲むことにしました.

NHK
サケの遡上は? 被災地の川で調査開始
震災から3年8か月がたち、東北地方にはこの秋、震災前に海へと旅立ったサケが続々と戻ってきています。
こうしたサケが津波のため環境が大きく変わってしまった川をうまく遡上(そじょう)できるのか、東京大学のグループが大規模な調査を始めました。

調査を始めたのは、東京大学大気海洋研究所の兵藤晋准教授らの研究チームです。
サケは生まれた川の匂いを記憶することにより、再び元の川に戻るため、震災前に川を下ったサケは、津波の影響で川底や護岸などの環境が大きく変わった川には、うまく戻れないのではないかと心配されています。
サケは生まれて3年から5年で故郷の川に戻るため、震災後3年8か月がたった今は、震災の前と後に生まれたサケが同時に戻ってきていて、その遡上の様子には差が出るおそれもあります。
このため、東京大学の研究チームは、岩手県の大槌湾に戻ってきた70匹余りのサケを捕獲して、超音波の発信器をつけ、震災の前と後に川を下ったサケの遡上に、違いがないかを調べる大規模な調査を始めました。
調査は湾で捕獲したサケに発信器を埋め込み、その超音波を受信することで進めます。
沿岸の定置網漁に研究者が同行して、水揚げされたサケに船の上で麻酔をかけ、背びれの下に長さ10センチほどの筒状の発信機をくくりつけたうえで、再び海に返します。
一方、大槌湾の沿岸から河口にかけては、受信機を15か所にわたって設置し、サケが発する超音波を受信することで、どこを泳いだかを細かく追跡します。
また、サケが川を下ったのが震災の前か後かを明らかにするため、ウロコを採取しておき、顕微鏡で調べて年齢も記録します。
去年、この東京大学のグループが試験的に行った調査では、震災前に生まれて海に下り、再び大槌湾に戻ってきた18匹のうち、スムーズに川を上ったサケは6匹にとどまり、全く川を上らないサケも7匹いました。
東京大学大気海洋研究所の野畑重教特任研究員は「サケの行動は分かっていないことが多く、こうした調査を積み重ねることで、震災のサケへの影響を明らかにし、被災地の漁業の復興に少しでも役立ちたい」と話しています。
調査はサケの遡上が続く冬まで行われ、来年秋以降も続けるということです。


朝日新聞
福島)「お帰りなさい」 川内村の看板の文字変わる
 「負けないぞ!!川内村」。川内村役場の屋上の看板に掲げられていたキャッチフレーズの文字がこのほど、「お帰りなさい!!川内村」に書き換えられた。

 長さ8メートルある看板の文字は原発事故後に「全村避難」した村が役場を再開させた2012年3月末に掲げられた。「ふくしまは負けない」という言葉が広がるなかで、より力強さを込め「負けないぞ」とした。

 村民の半分がようやく村に戻り、10月には避難指示区域の一部が解除された。これを機に、少しずつ前に向かっている村の姿を象徴する言葉に変えようと役場内で検討され、複数の候補の言葉から遠藤雄幸村長が選んだ。村長は「少し肩の力を抜き、温かみのある言葉になった」。職員が名刺に入れていた「かえる かわうち」の言葉も「ただいま、かわうち」に変えた。

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ZAZなどCD3枚借りる/牛ステーキ丼で混雑/J参観/Ky会議

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140503_Komyogatsuji

Beaujolais nouveau: Le Japon trinque mais boit toujours
De notre correspondant à Tokyo,
Mercredi soir dès minuit, le Japon s’apprête, avec huit heures d’avance sur la France, à faire sauter les bouchons de Beaujolais nouveau. Le pays, à qui le décalage horaire permet chaque année d’être parmi les premiers de la planète à trinquer, déroule encore une fois le tapis rouge au vin français, malgré un contexte économique difficile.
Dès le 4 novembre, les premières caisses du nectar prisé par les Japonais ont été accueillies à l’aéroport comme des stars par les médias nippons. Le pays, deuxième consommateur au monde de Beaujolais nouveau juste derrière la France, avec 7 millions de bouteilles importées en 2013, et loin devant les Etats-Unis (3e avec 1,8 million de bouteilles), devrait selon les premiers éléments en importer au moins autant cette année.
Terre extrêmement favorable à cet événement automnal qu’il accueille depuis 1985, le Japon entretient une relation particulière avec le breuvage. Les Nippons ont par exemple été les premiers à boire du Beaujolais nouveau rosé en 2006, avant qu’il ne soit vendu en France l’année suivante. Plus récemment, l’Archipel a aussi servi de ≪terrain d’essai≫ à des vins de meilleure qualité: ≪On a de plus en plus de demande pour des cuvées haut de gamme≫, remarque Jean Bourjade, délégué général de l'interprofession des vins du Beaujolais. ≪Des vins travaillés de manière différente par les vignerons, avec des temps de vinification plus longs. Cette tendance, qui a commencé au Japon il y a deux ou trois ans, est en train d’arriver en France≫, explique-t-il, estimant ≪qu’il y aura dans les années à venir de moins en moins de Beaujolais nouveau d’entrée de gamme≫, au profit de ces vins plus chers.
Un Beaujolais pas toujours nouveau
Outre l'attrait irrésistible des produits français au Japon et un goût prononcé du pays pour l’alcool, cette popularité s’expliquerait par une histoire de calendrier. ≪Les Japonais adorent les fêtes et festivals saisonniers, cela explique en grande partie le succès du Beaujolais nouveau≫, pense Yasunari Fujiwara, gérant de deux bars à vin dans le quartier animé de Jiyugaoka, au sud de Tokyo. De fait, d’opérations spéciales en formules ≪boisson à volonté≫, très populaires dans l’Archipel, le Beaujolais nouveau s’affiche un peu partout, accommodé dans des chocolats, versé dans des bains thermaux et servi jusque sur les vols en première classe et business class de la compagnie Japan Airlines.
Sous le charme de l'événement, les Japonais sont parfois victimes d'une certaine confusion dans le marketing et les appellations. Des patrons de bars interrogés par 20 Minutes assurent ainsi servir à leurs clients du vin blanc en guise de Beaujolais nouveau, qui n’existe pourtant qu’en rouge et rosé.
Evolution des modes de consommation
D'autres maux guettent le vin: ≪Avec le tapage médiatique permanent, il y a un effet de lassitude≫, admet le gérant d’un magasin de la chaîne de boutiques de vin Enoteca. Plus préoccupant, avec la baisse du cours du yen qui entraîne une augmentation des coûts d’importation, et la récente augmentation de la TVA, le Japon, en récession au troisième trimestre 2014, surveille également son porte-monnaie.
Pour autant, le gérant du magasin ne prévoit pas de baisse de ses ventes pour cette année, constatant plutôt une évolution des modes de consommation: ≪Au lieu d’aller dans un bar, de plus en plus de gens boivent chez eux≫ pour réduire les coûts, note-t-il. Et ainsi ne pas déroger à la tradition.

CDを3枚借りました.70年代のヒット曲とBrigitte Fontaine est ...とZAZ~私のうた.
お昼はバランスランチですが,すごく混んでいます.若い男の人が多いのですが,なぜかと思ってよく見ると今日明日だけ牛ステーキが安く提供されているためでした.Aの3年目の人が何か受賞したそうです.
お昼からJ参観.最初は眠くてしんどかったのですが,2回目はいい感じかな?
夕方はKy会議.なんか疲れました.評価が悪いと反省文,というのに皆「そんなのはじめて聞いた」「実名あげるのはどうも?」

河北新報
<解散へ>政争より被災地の復興優先を
 東日本大震災の被災地では18日、21日の衆院解散を表明した安倍晋三首相への批判が渦巻いた。「政争より復興を」「忘れられたよう」。津波被害や原発事故の影響は続き、震災から3年以上が過ぎても再生の実感は乏しい。国政に届かぬ思いに、被災者のいら立ちが募った。
 「何でいま、選挙なのや」。宮城県南三陸町歌津の漁業高橋七男さん(65)はあきれ顔で話す。「政権を維持したい安倍さんの保身策に見える」と切り捨てた。
 衆院選に投じられる国費は約700億円。高橋さんは「その金を復興や社会保障、財政再建に回せないのか」と憤った。
 石巻市鮎川浜の仮設商店街「おしかのれん街」で食堂の店長を務める高橋賢次さん(34)も「選挙で税金を使うのは無駄」と突き放す。現地で計画される商業エリアは未整備のまま。「復興が進んだとは到底感じられないのに」と不満顔だ。
 被災地の復興には国の後押しが欠かせない。が、衆院選となれば政治空白が生じるのは避けられない。
 宮城県山元町で仮設住宅の自治会長を務める引地とも子さん(63)は「震災直後は政治に期待したけど…。小さな仮設には支援が十分に届かない。被災地は忘れられたんだね」とため息をつく。
 東京電力福島第1原発事故は収束しておらず、先の見えない生活を強いられている被災者も数多い。南相馬市小高区から埼玉県三郷市に避難する馬場昭久さん(66)は「内閣改造で環境相や復興相が新しい人になったばかり。落ち着くまで交代しない方がいい」と話した。
 安倍首相は衆院解散の理由に消費税率の引き上げ先送りを掲げる一方、再延期は明確に否定した。
 岩手県山田町の主婦木村真知子さん(61)は「消費税が8%になって生活が苦しくなった。増税先送りは助かるが、(解散の判断は)いまひとつ理解できない」と複雑な表情を浮かべた。
 仙台市若林区のパート菅野智穂さん(29)は、自宅を9月に現地再建したばかり。「消費税増税で生活が良くなる実感があるなら喜んで払う。でも、そんな感じは全くない」と疑問を投げ掛けた。


河北新報
健さん「被災地の心に」 少年の写真を台本に
 東日本大震災の被災地への思いは、1枚の写真との出合いがきっかけだった。気仙沼市でがれきの中、唇をかみしめて水を運ぶ少年。10日死去した俳優の高倉健さんは、最後の主演映画「あなたへ」(2012年公開)の台本にこの写真を貼り、持ち歩いていたという。高倉さんは被災地のことを常に胸に刻み、少年と心の交流を続けていた。

 がれきの中を歩く少年は、同市鹿折中2年の松本魁翔(かいと)君(14)。震災の津波で同市新浜町の自宅が全壊し、近くの親類の家に身を寄せていた当時小学4年の松本君は「みんなの役に立ちたい」と黙々と井戸水を運んでいた。
 高倉さんは新聞から切り抜いた写真を「宝物」と言って台本に貼り付け「毎朝、写真を見るとぎゅっと気合が入る」と語っていた。
 高倉さんと松本君は手紙も交わしている。「気仙沼を立派にして健さんを招待したい」と松本君が送った手紙に昨年4月、高倉さんから返事が届いた。「常に被災地を忘れないことを心に刻もうと映画の台本に魁翔君の写真を貼って毎日撮影にのぞんでいました」
 「私は魁翔君があまり注目されすぎてしまうことをのぞみませんでした。人生で一度しか味わえない子供時代の日常生活を、できるだけ平穏に過ごしてほしいと願っているからです」と、松本君を思いやる心情もつづられていた。
 手紙は「遠くからですが、貴方(あなた)の成長を見守っています。負けないで!」と締めくくられていた。
 「健さんは心が熱い熱い人。俺もこういう人になりたいと思った」と松本君。手紙をもらったことはこれまで秘密にしてきたが「俺のように、読んだ人が元気をもらってくれるならうれしい」と言う。
 松本君は「健さんには大きな力をもらった。気仙沼が復興する姿を見守っていてほしい」と、高倉さんに復興を誓った。


朝日新聞
宮城)被災地応援職員、仙台市が3人から28人に
 仙台市は18日、被災自治体への応援職員を来年4月から大幅に増やすと発表した。仙台市の復興事業がピークを超すことから、被災地で不足している土木、建築職員の派遣を拡大する。

 現在は石巻、気仙沼両市に計3人を派遣している。来春からは両市を含む県内の沿岸8市町と石巻地方広域水道企業団へ新たに25人を出し、計28人とする。

 派遣期間は原則として1年以上で、復興の進み具合や必要とされる職種に応じて、1年ごとに見直す。

 県によると、沿岸15市町で必要とされている職員数は1546人。全国の自治体から応援を受けたり、任期付き職員を採用したりしているが、なお211人足りない。特に土木部門が深刻だという。

 仙台市は今年度、災害公営住宅や地下鉄東西線など大型工事が山場を迎えている。奥山恵美子市長は「全国から受けた支援の恩返しとして、復興で学んだ技術と経験を還元して早期復興につなげたい」と述べた。

朝日新聞
今年の『流行語大賞』候補50語決定
 今年最も話題となった言葉を選ぶ『現代用語の基礎知識選 ユーキャン新語・流行語大賞』のノミネート50語が19日、同賞事務局より発表された。

【一覧表】今年の流行語大賞 ノミネート50語

 空前の大ヒットを記録した映画『アナと雪の女王』から「ありのままで」「レリゴー」の2語が選ばれたほか、大ブレイクしたお笑いコンビ・日本エレキテル連合のギャグ「ダメよ〜ダメダメ」、スポーツ関連では、プロ野球・広島カープを応援する女性を指した「カープ女子」、全米オープンテニスで準優勝するなど今年世界トッププレーヤーの仲間入りを果たした錦織圭の「勝てない相手はもういない」などがノミネートされた。

 広く社会情勢や世相などを映した言葉では、今年猛威を振るった「デング熱」「エボラ出血熱」、記者会見が話題となった理化学研究所・小保方晴子氏の「STAP細胞はあります」、同じく“記者会見もの”で政務調査費を巡る不正を追及された野々村竜太郎・元兵庫県議の「号泣会見」などが選ばれた。

 大賞・トップ10は来月1日に発表される。

◇ノミネート50語は以下の通り

輝く女性/STAP細胞はあります/バックビルディング/まさ土/トリクルダウン/デング熱/ダメよ〜ダメダメ/2025年問題/危険ドラッグ/アイス・バケツ・チャレンジ/家事ハラ/マタハラ/ありのままで/レリゴー/こぴっと/ごきげんよう/リトル本田/J婚/ゴーストライター/タモロス/マイルドヤンキー/リベンジポルノ/JKビジネス/絶景/レジェンド/ゆづ/妖怪ウォッチ/塩対応/マウンティング(女子)/こじらせ女子/女装子/号泣会見/セクハラやじ/集団的自衛権/限定容認/積極的平和主義/勝てない相手はもういない/カープ女子/ワンオペ/ハーフハーフ/消滅可能性都市/壁ドン/ミドリムシ/壊憲記念日/イスラム国/雨傘革命/昼顔/塩レモン/ビットコイン/エボラ出血熱


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 中間貯蔵の土地契約交渉、地権者の半数連絡つかず 全町避難の大熊、双葉町
 東京電力福島第1原発事故で出た汚染土などを保管するため、環境省が福島県大熊、双葉両町に建設する中間貯蔵施設の土地契約交渉が進まない。避難により、地権者の行方が分からないケースが多発しているためだ。登記簿上の地権者2365人のうち、連絡先が判明したのは1300人程度。目標とする来年1月搬入開始は極めて困難な状況だ。【喜浦遊、土江洋範】

 中間貯蔵施設は、第1原発を囲むように両町の帰還困難区域16平方キロに建設予定。今年9月に県が受け入れを表明したのを受け、環境省は登記簿から地権者2365人を抽出したが、登記簿は震災後は更新されておらず、記載の住所も避難前のもの。町に避難先の照会を依頼したが、既に死亡していたり、住民票が町になかったりして、登記簿と町の資料で地権者情報が一致し、避難先が判明したのは1269人だった。

 判明した地権者には地権者説明会の通知を郵送。このほか、報道などで知り、問い合わせてきた人が30人程いた。通常は建設地を回って住民や隣人から情報を得るが、全町避難が続く現状ではそれもできない。

 「地権者の理解」を前提に県の受け入れ表明を容認した両町は、こうした現状を問題視。また、説明会に出席した地権者からも土地の補償額などに不満の声が上がっており、両町長は10月23日、小里泰弘副環境相に「地権者への丁寧な説明」を申し入れた。建設受け入れを正式に表明していない両町に配慮し、同省は連絡先が分かっている地権者との個別交渉も自制している。

 同省の担当者は「町に納得してもらうためにも地権者の7割程度を割り出したい」と話すが、打つ手は乏しい。建設地の行政区長を頼って住民の情報を求めているほか、転送を期待して避難前の住所に通知を送ることを検討中。行方が分からない地権者に代わり、家庭裁判所が選任した弁護士らから土地を買い取るという、民法の「財産管理制度」も視野にあるが、「安易に使えば反発が増すだけ。最後の手段」と話す。

 環境省は、施設が完成しなくても契約が済んだ土地に汚染土を仮置きする方針。それでも来年1月に搬入を開始するなら、入札など早急に土地整備の手続きに入る必要がある。今月7日、竹下亘復興相が計画の見直しに言及した。同省の関係者は「11月になっても土地が手に入る見通しすら立っていない」と漏らす。正式に搬入開始の延期を決めざるを得ないところまで迫られている。

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久しぶりの丸善ジュンク/ブリ大根

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Japon : Abe va dissoudre la chambre basse du Parlement
Le premier ministre conservateur japonais Shinzo Abe a annoncé aux dirigeants du Parti libéral démocrate (PLD), dans l'après-midi du mardi 18 novembre, sa décision de dissoudre la chambre basse du Parlement vendredi et de convoquer les électeurs aux urnes deux ans avant l'échéance, ont rapporté les médias.
M. Abe, qui doit tenir une conférence de presse dans la soirée, s'est exprimé lors d'une réunion extraordinaire de sa formation, au lendemain de l'annonce d'un retour de la récession, qui l'oblige à différer une deuxième hausse de taxe sur la consommation.
M. Abe dit avoir murement réfléchi et a promis de poursuivre une politique de relance au bénéfice des citoyens, tout en promettant d'assainir les finances publiques pour maintenir la confiance extérieure. ≪ Il n'y aura pas de deuxième report ≫, a-t-il insisté.
SCRUTIN LE 14 DÉCEMBRE
Le premier ministre semble n'avoir plus guère le choix : les statistiques de la croissance sont tombées lundi matin, et elles sont catastrophiques.
Le produit intérieur brut (PIB) du Japon a en effet dévissé de 0,4 % au troisième trimestre après – 1,9 % au deuxième. Se retrouvant dos au mur, Shinzo Abe ne devrait pas se contenter de différer à des jours meilleurs, vraisemblablement à avril 2017, un passage de la TVA à 10 % ; il devrait aussi dévoiler un énième plan de relance, de l'ordre de 2 000 milliards à 3 000 milliards de yens (13,5 milliards à 20,5 milliards d'euros) afin de donner un coup de pouce aux dépenses des ménages.
M. Abe compte sur cette dissolution, qui sera actée vendredi, et le scrutin qui s'ensuivra probablement le 14 décembre pour réaffirmer sa légitimité avant d'engager de nouvelles réformes jugées indispensables.

福島みずほ @mizuhofukushima
アベノミクスは失敗した。失敗だった。これ以上貧困と格差を作ってはならない。



隠れた課題を公にした名著 宮
 スクールセクハラは、公然の秘密であり、タブーである。私も20年相談にかかわり、よく聞くことである。だが、本書の様にここまで公に書ききれることは稀である。問題ゆえ、被害者への配慮に限らず、繊細な問題があるからだ。テーマの新しさもそうだが、内容もルポとして一気に読ませるものがある。10年以上の時を掛けて書いたというだけあって、迫真の作品である。
 一章では、スクールセクハラという題名を超えた、スクールレイプ被害者と加害者の教員との物語である。著者は被害を受けた女性が教員を呼び出して、過去の事実を確認する場に立ち会う。その被害女性の過去の壮絶な経験は、読んでいてこちらが辛くなるほどだ。女性が教員と向きあうのも事件から8年が経過している。著者のサポートがあったとしても、いかに、声を上げづらい問題かが分かる。真実を丹念に取材したためだろう、当時のこの女性の言語に絶する気持ちも強く伝わってくる感覚に陥るリアリティがあった。
 二章では、逆にスクールセクハラを行い、免職になった側の教員の気持ちが、取材から掘り起こされている。被害すら、なかなか表に出てこない現在、強烈に指弾される加害側の気持ちというのは、まず公に現れることはない。筆者は教員が免職になった後も、加害者と人として関わることで、加害側の証言を得ている。これを読むと熱心な教員でも、いや真面目な教員ゆえに、問題を起こす可能性が示唆されている。そうなると、スクールセクハラは、誰にでも起こりえる可能性があるとも言える。以上の二章は、表面的な取材では書けない内容になっていると私の経験からは感じる。著者のテーマへの熱意が感じられる。
 また、3章4章と事例とともに、スクールセクハラの起き易い学校のシステムを解説している。部活動、内申書等、教員の持っている権力について詳細な分析と、日本では数少ない支援機関への取材や専門家のコメントもある。現在、スクールセクハラは広く薄く蔓延しているが、秘されている深刻な問題だからこそ、悩んでいる人々にはサポートのヒントになるであろう。
 ただ、残念なのは余りにも内容がプライバシーに配慮しているとはいえ、それでもリアルでありすぎることである。ごく一部の教員の起こす問題であることは著者も指摘しているが、ルポとしてよく出来すぎており、あってはならない問題を複数示しているゆえに学校への警戒を起こさせるかもしれない。
 その意味では、教員の座談会形式でもよいから、犯罪に走る教員と、そうでない教員の違いなどについて、教員の気持ちや思いを知るような内容が欲しかった。また、ルポとしては一章や二章だけでも充分に心を打つ作品だが、支援機関を行っている代表が教員だった頃、彼女がセクハラ問題に踏み込むきっかけになるセクハラ教員への取材も、仮に断られたにしても一章のように、加害側の立場も記載して欲しいと思った。
 長い年月、言葉にならないくらい被害者を苦しめるスクールセクハラだが、それに対して、教育委員会や教員そのものが隠蔽する状態、問題が公にならない状態を、教育や心理、福祉関係者以外に顕在化させた本書は、親や子ども達にとっても一読の価値があるだろう。 



ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 (ちくま新書)
杉山 春
筑摩書房
2013-09-04


圧巻の書。 天丸
信田さよ子氏の「よい母になろうとしてなぜ虐待が起きるのか?それに答える圧巻の書」
という帯びの文句を、少し大げさではないかと感じながら本書を手に取りました。
しかし、それは決して煽り文句などではなく、真実でした。
文字通り、「圧巻の書」です。

この事件が発覚した2010年7月からずっと、何があったのか?
母親である彼女は何故そんな事をしたのか?彼女はどういう人でどんな背景を持つ人なのか?
という疑問を持ちながら報道される情報や裁判の経過を見て来ました。
でも、納得できる結論は導き出せず理解もできませんでした。
その答えが、本書にはあります。

彼女が頑なに、「殺意はなかった」と主張し続けた事。
彼女がそう言う理由は、感覚的には理解できてはいたものの
「なぜ?」という思いが強かった。
でも本書を読んでやはりそうだったのかと、そういう事だったのかと腑に落ちました。

懲役30年。このセンセーショナルな量刑に世間は溜飲を下げましたが
果たしてそれは、孤独と恐怖と飢えの中、死んで行くしかなかった3歳の女の子と1歳9ケ月の男の子を、
弔う事になったのでしょうか?

以下はこの事件に対する私見になりますが
亡くなった2人の子供の幸せを望み、守ってあげられる大人は
結局、誰1人としていなかったという事なのだと思います。
母親以外の家族である、祖父母4人と子供の父親、この5人全員に行動する力も意思もなかった。
結果として、惨い結果を招いた。
母親の浮気を重罪として断罪し、その罪を2人の子供にまで背負わせる事で
「何もなかった事にした。」
そういう事なのだと思います。
妻の、嫁の、娘の、罪を問う前に5人にはすべき事があったはずです。
2人の子供の幸せをどう守るべきか考える事。

子供と3人だけになった後、助けを求める能力のない彼女が、かろうじて出した行政へのSOSも
組織の仕組みの複雑さと、マンパワー不足によって
何度も拾い損なわれ、結果として助けは及ばなかった。

これは本書に何度も出てくる、母親の言葉です。
「私と子供たちの事はなかった事にしたいんだなと思いました。」
著者は静謐な文章でこれが現実であったという事を浮き彫りにしています。

私は、この事件の発端である、夫婦の離婚の原因と推測される
母親の浮気や出奔を正当化したいのではありません。
原因が何であれ彼女の行動に共感はできない。

ただ……彼女には一人ではどうにもできない、解決できない病理があった。
専門家による治療が必要だったのです。
それに向き合い、2人の子供達を守る義務が夫と祖父母にはあったと思います。

「託児所にいくらかかるのか費用は知らなかった」
「子供が大きくなったら渡せるように貯金はしていた」
法廷で言う、養育費を払わない父親。
元嫁に「極刑を望む」と言う姑。
舅は本書でさえ、存在感はない。
逮捕後、半年間、娘を無視する父親。
自身も心を病み、娘に寄りそう力のない母親。

感情的になっては説得力も何もないのは承知していますが
あなた達、母親の懲役30年をみんなで分け合ったらどうですか?
と言いたい。

だからと言って、もし私が彼女と同じマンションに住んでいて
子供の泣き声を確認し、そこから何ができたのかと
自分に問うと、何度も虐待ホットラインに匿名で通報した30代女性がした事
以上の事が出来たとは言えないのも現実です。
ではどうすればよかったのか?と言う答えのヒントも本書にはあるように思います。

最後に、、本書が新書という形で出たのが残念です。
なぜなら、この事件に興味を持って資料を探している人しか手に取らない可能性が高くなるから。
もっとたくさんの人の目に留まるべき本だと思います。
母親に課せられた懲役30年という刑。
それだけで事件を終わらせない力が本書にはあります。


妙では絹ほのか(鼓月)をいただきました.
その後,梅田の紀伊国屋に行くか堂島のジュンクに行くか迷ってどちらもいかないことにしたのですが,茶屋町の丸善&ジュンクに寄ってみることにしました.久しぶりです.丸善という響きが好きです.前回来たときは1階の雑誌コーナーだけを見たのですが,エレベーターで上のほうにも行ってみました.
夕方はブリ大根です.ブリが美味しいです.英語だとyellowtailと思いますが,フランス語では?わかりませんでした.

河北新報
被災者医療費免除、仙台市15年度も継続
 仙台市は17日、東日本大震災で被災した国民健康保険(国保)加入者の医療費窓口負担の免除措置について、市民税の非課税世帯に絞った現在の基準で2015年度も継続する方針を固めた。介護保険利用料の免除も同様に続ける。

 対象は非課税世帯のうち、(1)自宅が全壊もしくは大規模半壊(2)家計を支えていた家族が死亡もしくは行方不明−のいずれかに該当する世帯。
 国保は約1万人、介護保険は約2000人となる想定で、市は負担額を本年度と同規模となる約3億円を見込む。
 国保加入者の負担免除措置は当初、半壊以上が対象だった。国や県は13年度、財源不足を理由に、措置をいったん打ち切ったが、被災者の要請を受け、仙台市などが14年度に対象を限定して再開。更新は自治体ごとに、年度単位で判断する。
 後期高齢者の医療費窓口負担は、県内の全市町村でつくる県後期高齢者医療広域連合(連合長・奥山恵美子仙台市長)が協議して決める。


河北新報
吉田沙保里選手 被災地に「元気」届ける
 レスリング女子で五輪3連覇中の吉田沙保里選手(ALSOK)が13日、東日本大震災で大きな被害が出た宮城県亘理町を訪れ、被災者らを励ました。

 吉田選手は、被災した約1000人が暮らす公共ゾーン仮設住宅の集会所で住民ら約20人と懇談。12連覇を飾った9月の世界選手権などで獲得した2個の金メダルを住民らに持ってもらったり、一緒に写真撮影したりして親睦を深めた。
 金メダルに触れた秋藤道子さん(74)は「いい思い出になった。握手もしてもらえて元気が出た」と喜んだ。
 吉田選手は甚大な被害が出た荒浜地区も訪問。復興事業で10月に開所した鉄筋3階の町水産センター「きずなぽーと“わたり”」の屋上から被災地を見渡した。郷土料理のはらこめしを地元の商業、漁業関係者と一緒に味わった。
 吉田選手は「元気な顔を拝見できてうれしい。私がパワーをもらった気がする」と話し、2年後のリオデジャネイロ五輪で4連覇を目指すことを住民らに約束した。
 吉田選手は、仙台市であった世界選手権12連覇の祝勝会出席に合わせ、被災地訪問を希望した。長島忠美復興副大臣も同行した。


沖縄タイムス
演技に込めた「人生の切なさ」健さん被災地への思い
 「人生は切ない。切ないからこそ、何かに『うわっ』と感じる瞬間がある」。10日死去した俳優高倉健さんは、2011年12月のインタビューでそう語っていた。最後の主演映画の台本には、東日本大震災で被災した少年の写真を貼り、自らを奮い立たせた。切なさを抱えて生きる人の思いを、演技に込めた。

 生涯で205本の映画に出演したが、何度も俳優をやめようと考えた。晩年も「俳優の仕事とは何なのか」と迷いがあった。だが震災を機に「持ち時間がない」と思い直し、6年ぶりに映画「あなたへ」で主演した。

 新聞を切り抜いて台本に貼ったのは、震災のがれきの中、唇をかみしめて水を運ぶ少年の写真。毎朝音楽を聴きながら見つめる。「宝物です。ぎゅっと気合が入る。被災地をずっと思っています」


朝日新聞
5拠点に集約計画 大船渡の仮設36団地
 【杉村和将】大船渡市内36カ所の仮設住宅団地について、市は2017年6月末までに31団地を撤去し、五つの拠点団地に集約する計画をまとめた。仮設住宅の撤去にあたっては、学校や地権者から返還を求められている民有地を優先。仮設が建つ9小中学校の校庭は16年9月末までに開放することを目指す。

    ◇

 市内の仮設住宅は1792戸で、このうち1374戸に被災者が入居している。今回の撤去・集約計画は、高台への集団移転や災害公営住宅の完成時期、自力再建のペースなどをもとに、それらが順調に進むという前提で作られた。15年度から本格的な集約作業に着手する。

 集約化に向けて移転を求められる人が出てくるが、対象になるのは、撤去予定の団地に住んでいて、住宅再建の方法や時期が未定か検討段階の人になる。ただし、再建方法が決まっていても、防災集団移転など事業の進捗(しんちょく)が遅れるような場合には、拠点団地への移転を求められることがある。

 移転は強制ではなく、市は早いところでは今年度中から入居者らに説明を始め、理解を求めていく。仮設から仮設への引っ越し費用は市が負担する。

 市の担当者は「仮設住宅はあくまでも仮設。学校や民有地では撤去が必要なところが出てきており、自立に向けた心の準備をして頂く意味でスケジュールを公表した」と話す。

 5団地に集約されれば、市内の仮設住宅は360戸程度になる見込みだが、仮設住宅から出るめどが立たない人たちについては、原因や問題点を探り、市としてどのような対応ができるか検討するという。

 仮設住宅の集約計画は今年4月に釜石市が公表しており、大船渡市が2例目になる。

岩手日報
児童の料理で被災者に温もり 岩泉・小本仮設住宅
 岩泉町の小国小(色川秀一校長、児童10人)と中沢小(井口亘校長、児童7人)は18日、同町の小本仮設住宅集会所で復興支援の屋台村を開いた。温かい料理でもてなし、被災者らと交流を深めた。

 両校計17人が手分けして豚汁やホットケーキ、焼きそばなどを調理し「おいしいですよ」と元気な声を響かせた。訪れた住民らはおいしそうに頬張り、食後は児童のトランペット演奏と合唱を楽しんだ。

 小国小6年立花泉紀(みずき)さんは「小本の人たちに少しでも楽しんでもらえるよう頑張った」、中沢小5年中村さくらさんは「笑顔になってもらえるようにと焼きそばなどを作って良かった」と達成感に浸った。


東京新聞
GDPマイナス アベノミクスの失敗だ
 七〜九月期の国内総生産(GDP)速報は予想以上の落ち込みで消費税再増税などできる環境にないことを示した。増税先送りは当然のこと、アベノミクスを見直し、国民の所得底上げを図るべきだ。

 事前の民間予測は年率換算でプラスの2〜4%台が大半だった。それがふたを開けてみれば、マイナス1・6%。二・四半期連続のマイナス成長は事実上、景気後退に陥ったといえ、衝撃を受けた関係者も少なくないはずだ。

 GDPの六割を占める個人消費が四月の消費税増税後の落ち込みから回復せず、消費が増えないから設備投資も減少。輸出も企業が生産拠点を海外移転させたことで円安が進んでも伸びなかった。

 この経済状況を招いたのは、十七年ぶりの消費税率引き上げの影響を過小評価した判断ミスであり、アベノミクスの限界ではなかったか。政府は、五・五兆円の補正予算や低所得者への一時給付金により景気の落ち込みは限定的で、七〜九月期にはV字回復すると言い続けてきたのである。

 しかし、異次元緩和で物価を上昇させ、さらに消費税増税が家計に追い打ちをかける政策には無理があった。アベノミクスは企業や富裕層を富ませる一方で、その滴は下層に浸透せず、トリクルダウンは幻想だった。

 安倍政権は、当初こそ経済再生、デフレ脱却を最優先課題に掲げたが、在任二年の多くは特定秘密保護法や集団的自衛権の行使容認など「安倍色」の強い政策に傾注した。目立った経済政策といえば「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指す経営者寄りの政策ばかりだ。残業代ゼロや派遣労働の増大・固定化につながる法改正には力を入れるが、経済弱者を救い上げる発想は無きに等しい。

 企業の経常利益はこのところ、右肩上がりで増える一方、雇用者の平均年収や正規雇用者数は逆に右肩下がりで減り続けている。裏返せば、人件費コストを減らすことによって企業ばかりが潤ってきたのである。

 消費活動を支えるのは本来、中間層である。だが、アベノミクスは格差を広げ、中間層を先細りさせる。GDPの過半を占める個人消費が伸びないのは当然の帰結である。

 行き詰まりを見せるアベノミクスは転換すべきだ。内部留保を積み増すよりも給与や一時金に回させる。法人税減税よりも所得税減税を実行する。そんな家計に直結する支援こそが成長戦略になる。

フランス語
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金盞香きんせんかさく/虫歯見つかる

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Japon: un gouverneur hostile aux bases américaines élu à Okinawa
Les électeurs de l'île d'Okinawa ont élu ce dimanche 16 novembre un gouverneur opposé au déménagement de la base militaire américaine de Futenma dans une autre zone de cette île de l'extrême sud du Japon, un revers pour le gouvernement japonais.
Ras le bol des bases, nous ne voulons plus des Américains à Okinawa ≫. Le refrain a été celui de toute la campagne, il se traduit aujourd’hui dans les urnes. Pour Naha Takeshi Onaga, un nouveau chapitre de l’histoire de l’île a commencé. L’ancien maire a promis de tout faire pour empêcher le déménagement de la base américaine de Futenma comme l’avait validé le gouverneur sortant.
L’annonce de ce transfert remonte en 2013. Il a suscité la colère d’une partie de la population, opposée à cette décision visant à déplacer la base aérienne située dans une zone de forte concentration urbaine, vers une région littorale peu peuplée, dans l’est de l’île.
Mais pour monsieur Onaga, quel que soit l’emplacement de ces bases, c’est la présence même des marines qui est ≪ nuisible≫. Okinawa abrite en effet la plus grande partie des 47 000 soldats américains basés au Japon, et cette présence est mal vécue par une grande partie de l’opinion.
Ces élections ont donc été suivies de très près à Washington mais aussi à Tokyo car il s’agit aussi d’un désaveu pour Shinzo Abe. Pour faire passer le déménagement, le Premier ministre nippon avait proposé une aide financière de 2,1 milliards d’euros (300 milliards de yens) par an versée à l’économie locale et cela jusqu’en 2021.
Le vote de ce dimanche prouve que cela est loin d’avoir convaincu la majorité des plus de 1,1 million d’électeurs appelés aux urnes et aujourd'hui en grande partie hostiles à la présence américaine dans l’île.

金盞香きんせんかさく,です.水仙のことですが,大阪だとどこで見ることができるでしょうか?
今日はJ参観.ブツブツbで,とても参考になりました.
CとAの人の質問に答えているうちに歯医者の時間になってしまったので,あわてて自転車でGO!どうにか間に合ったと思いきや30分近く待たされました.奥歯が痛い,と衛生士の人に伝えると,噛みあわせが悪いから・・・と言って,歯科医師が機械でガー.ちなみに今回の衛生士はいつもの人ではない人です.いろいろ見ていて「ここ痛くない?」と聞かれて鏡で見ると,歯に穴が開いています.要するに虫歯.痛くないってことは神経もやられているかもしれない・・・ということでした.ほかにも虫歯があるみたいで次回の予約を取らねばなりませんが,手帳を持ってきていなくて予定がわからなかったので明日電話します.
晩ご飯のときに,りんごと梨を食べ過ぎてしまいました.

河北新報
海の復興、食べて実感 石巻でホタテまつり
 石巻市雄勝地区の仮設商店街「おがつ店こ屋街」で16日、地元産のホタテを格安で販売する「ホタテまつり」(実行委員会など主催)があった。訪れた人は雄勝の味を買い求めることで、東日本大震災からの漁業の復興を肌で感じた。
 朝に水揚げされたホタテ11個入りが、1箱1000円で販売された。朝早くから多くの人が並び、用意された約1100箱は開始から1時間待たずに完売した。
 購入した市内の会社員阿部みつ子さん(61)は「埼玉県に住む長女らに送る。イベントなどを通し地区に人が集まることが、復興につながると思う」と語った。
 会場にはホタテ釣りや網焼きコーナーが設けられ、ステージでは雄勝法印神楽も演じられた。実行委の高橋頼雄委員長(47)は「今が旬の雄勝のホタテは、大きくて甘い。いろいろな料理で楽しんでほしい」と話した。


朝日新聞
宮城)日系米国人監督がみた被災地 仙台で上映会
 日系アメリカ人と被災地の人々の縁をたどったドキュメンタリー映画「東北の物語(Stories From Tohoku)」の上映会が15日、仙台市で開かれた。監督を務めた日系3世のダイアン・フカミさん(58)は、「撮影を通して日本のルーツを改めて実感した」と話した。

 映画は2011年10月〜13年6月、石巻市や南三陸町、福島県いわき市の仮設住宅などで撮影した。

 海水につかった着物を人形に作り直す女性や、自らも被災しながら炊きだしやボランティアに奔走した男性らを紹介。若い日系アメリカ人たちが、南三陸町の防災対策庁舎跡を視察した様子もおさめた。

 フカミ監督とプロデューサーのデブラ・ナカトミさん(61)は日系3世。震災直後、米国の日系人社会で寄付を募り、400万ドルを集めた。支援がどのように役立てられてるかを記録し、日系社会とのつながりを伝えようと映画化を思い立った。

 取材で感じたのは、両親や祖父母世代の経験と被災地の共通点だった。

 第2次大戦時、日系アメリカ人は強制収容所へ送られた。「家や仕事、生活を突然失って将来が見通せない。それでも収容所内で日系人の新しいコミュニティーをつくろうと力を合わせていた」とフカミさん。

 ふたりとも、収容所体験がある両親から、我慢することや他者を敬うことなどを、子どものころから繰り返し言い聞かされた。被災した人と接するうち、「共通の祖先を持ち、我慢など同じ文化や習慣がある。自分のルーツが日本にあり人生の一部だ」と気づいた。

 映画の中で、仮設に住む女性が「忘れないで」と語りかける場面がある。フカミさんは言う。「私たちは東北を忘れない。それを日米で伝えたい」(長嶋晶子)


朝日新聞
宮城)震災で耐えた大川の桜に仲間入り 気仙沼
 防波堤の建設が進む気仙沼市の大川周辺に桜の名所を復活させようと、「大川桜並木を保全する会」が桜を育てている。16日には、震災後に芽を出し、1メートル近くに育った苗木5本を市内の空き地に植え替えた。復興工事が終わった後、震災に耐えた桜とともに川沿いに植え直す。

 会によると、大川沿いにあった桜179本のうち、65本が津波で流されたが、残った木はその後も花を咲かせて市民に親しまれた。しかし、防波堤建設のため、移植用の桜7本を除き今年夏までに伐採された。

 この日は、昨年11月から移植用の7本を育てている空き地に、苗木5本が仲間入りした。大川沿いで自生していた芽が今年3月に会に届けられ、会員が鉢で大切に育ててきた。いまでは数十センチ〜1メートル近くに伸び、花芽もついて桜らしい姿に。会の7人がショベルで苗木の根元に土をかけ、成長を願った。(青瀬健)


産経新聞
【被災地を歩く】
三陸鉄道 全線再開7カ月 住民と「地域の財産育てる」

 第三セクターの三陸鉄道(本社・岩手県宮古市)が全線再開して7カ月がたち、白、赤、青のトリコロール(三色旗)カラーの車両が走る姿にも見慣れてきた。東日本大震災からの復興の象徴となった鉄道には、平日の昼でも観光客が目立つ。ただ、多くの夢を積んだ列車の前には、経営環境の悪化という現実の壁が立ちふさがる。本当の意味での三鉄の復興は、鉄道を生かしたまちづくりができるのか、三鉄と住民双方の努力が不可欠だ。

 北リアス線の車両基地がある久慈市で3日、感謝イベント「秋のさんてつ祭り」が開かれ、全国から観光客が集まった。会場には、NHKの連続ドラマ「あまちゃん」の舞台となった小袖海岸で海女をしながら歌やダンスを披露している地元高校生のアイドルグループ「あまくらぶ」も登場。ミニコンサートで、会場を盛り上げた。三鉄で通学する県立久慈東高3年の小原翔太さん(17)は「地域の祭りだったが、外からたくさんの人が来てくれるようになってうれしい」と話した。

 ◆黒字の裏に

 平成26年度上半期の業績(10月22日発表)では、赤字経営に転落した6年度以来、21年ぶりに本業のもうけを表す経常利益が5800万円の黒字となった。観光客が前年度比で倍増したことなどが要因だが、沿線自治体からの明るい応援とは裏腹に、経営環境は逆風が増すばかりだ。

 燃料費の高騰や設備の修繕工事が始まることなどから、通期の経常損失は21期連続となる約1億円の赤字に。今年度上期の乗車人員も震災前の約9割にとどまる。安定的な経営に欠かせない定期乗車人員は半分以下で、人口減少が続く被災地では、回復は厳しい。

 震災後、災害復旧費用として24年度に10億円、25年度には63億円を計上。これまでの事業規模をはるかに超える決算構造となっている。今年度も災害復旧費用約18億円の補助金が充てられる。9700万円の最終利益も、約6千万円の赤字補填(ほてん)など県や市町村からの補助金によるところが大きい。

 地震発生からわずか5日後に、一部区間で運転を再開させた三鉄。30年前の開通から連綿と続く地域の“マイレール”としての誇りと意地のなせる業だった。

 一部運行が再開した昨年、南リアス線運行部の吉田哲部長(51)は列車を、再開を祝う子供の絵で飾るため、沿線の幼稚園を訪れた。しかし、園児たちは三鉄の列車を覚えていなかった。「2年間、鉄道が走らないことがどんなに記憶の風化をもたらすのか、肌で感じた。三鉄は走り続けなければいけない」

 ◆理想で終わらせない

 車両の3色は、白は誠実、赤は情熱と太陽、青は海を表すという。現場では、数十年も地域の振興と経営改善に向き合ってきた三鉄マンと数多く出会った。この3色が示す通りの人たちだった。一方、巨額の補助金で存続しているのも三鉄のもう一つの姿だ。

 8月、不通になっているJR山田線の宮古−釜石間(55・4キロ)が三鉄に移管されることが事実上決まった。北リアス線と南リアス線がつながり、県内の沿岸部が1本の鉄道で行き来できるようになることへの期待が高まっている。ただ、山田線は県内でも屈指の赤字路線だ。

 「生活になくてはならない三鉄。地域の財産としてこれからも守り育てることを宣言します」

 10月26日に大船渡市で開かれた三陸鉄道利用促進シンポジウムで、県立大船渡高2年の木川田志保さん(16)はこう宣言した。夢をただの理想で終わらせないため、沿線の住民らは今一度、三鉄と向き合うときがきた。(高木克聡)


産経新聞
20年前の被災地に思いはせ震災モニュメント交流ウォーク 三宮で開催
 阪神大震災の被災地にある慰霊碑などを巡る「震災モニュメント交流ウォーク」が16日、神戸市中央区で開催された。初参加の若者や震災遺族ら約30人が参加。市中心部に残る震災の爪痕をたどり、20年前の被災地に思いをはせた。

 震災の教訓を過去に伝えようとNPO法人「阪神淡路大震災『1・17希望の灯(あか)り(HANDS)』」が平成11年から開催しており、56回目。

 参加者らは、中央区の東遊園地にあるガス灯「1・17希望の灯り」などを清掃した後、歩き始めた。震災で折れた鳥居の一部に「甦れ 神戸」と刻んだ石碑がある小野八幡神社など3カ所を巡った。

 最後に訪れた生田神社では、権(ごん)祢(ね)宜(ぎ)の酒井康博さん(42)が、震災で倒壊した拝殿を再建した経緯などを説明。「1人1人が心をつないでいけば必ず建て直せる」と語った。

 歩きながら震災経験者や遺族らの体験に耳を傾ける若者の姿もみられ、初めて参加した三田市の大学3年、有岡穂乃香さん(21)は「普通に街を歩いていても気づかない震災の歴史を学ぶことができた。自分たち若い世代に震災の経験を受け継いでいきたい」と話した。


朝日新聞
沖縄県知事選―辺野古移設は白紙に戻せ
 沖縄県知事選で、新顔の翁長雄志(おながたけし)氏(64)が現職の仲井真弘多(なかいまひろかず)氏(75)らを大差で破り当選した。「これ以上の基地負担には耐えられない」という県民の声が翁長氏を押し上げた。

 最大の争点は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非だった。1月の名護市長選、9月の同市議選に続き、知事選も移設反対派が制したことで、地元の民意は定まったと言える。

 「沖縄に寄り添う」と繰り返してきた安倍政権である。辺野古への移設計画は白紙に戻すしかない。

■「保革」超えた動き

 政権側は辺野古移設を「過去の問題」として、知事選での争点化を避けようとした。

 だが、翁長氏は「あらゆる手法を駆使して辺野古に新基地をつくらせない」と主張。仲井真氏は「一日も早い普天間飛行場の危険除去には、辺野古移設が具体的で現実的な方策」と応じた。民意は翁長氏についた。

 県民にとって、今回の知事選には特別な意味があった。

 普天間飛行場の海兵隊は、山梨県や岐阜県の基地から、米軍政下の沖縄に移ってきた。米軍は「銃剣とブルドーザー」と呼ばれる強権的手段で住民の土地を奪い、基地を建設した。

 そして、国土の0・6%の沖縄に、全国の米軍専用施設の74%が集中する不公平。

 「基地は県民が認めてできたわけではない。今回、辺野古移設を受け入れれば、初めて自ら基地建設を認めることになる。それでいいのか」。県内にはそんな問題意識が渦巻く。

 それは「本土」への抜きがたい不信であるとともに、「自己決定権」の問題でもある。自分たちが暮らす土地や海、空をどう使うのか、決める権利は本来、我々にこそある、と。

 前那覇市長で保守系の翁長氏は「イデオロギーでなく沖縄のアイデンティティーを大切に」と訴え、保守の一部と革新との大同団結を実現した。とかく「保革」という対立構図でとらえられがちだった沖縄の政治に起きた新しい動きだ。

■公約違反に「ノー」

 96年に日米両政府が普天間返還に合意し、移設先として辺野古が浮上して18年。この間ずっと沖縄では、辺野古移設が政治対立の焦点となってきた。

 転機は2009年、「最低でも県外」と訴えた民主党の鳩山政権の登場だった。迷走の末、辺野古移設に逆戻りしたものの、「県外移設」に傾いた県民感情は収まらない。

 辺野古容認派の仲井真氏も、前回10年の知事選では「県外」を求め、再選された。

 以来、自民、公明を含めた沖縄の主要政党が辺野古移設反対で一致。「オール沖縄」と呼ばれる状況が生まれた。

 ところが、自民が政権に復帰すると、激しい巻き返しが始まる。党本部の圧力で、党国会議員団、党県連が、辺野古容認に再転換。仲井真氏も昨年末、埋め立てを承認した。

 今回有権者が突きつけたのは、本土の政権に屈して公約を覆した地元政治家に対する「ノー」だったとも言える。

 政府がこの夏、ものものしい警備のなか、辺野古のボーリング調査を強行したことも、県民の怒りを増幅させた。

 政府が打ち出す基地負担軽減策も、県民には「選挙対策か」と空々しく映っただろう。

■唯一の選択肢か

 なぜ、日本政府は沖縄に基地負担を強い続けるのか。

 最近は、中国の海洋進出や尖閣諸島の問題があるからだと言われる。だがそれは、米海兵隊の恒久的な基地を沖縄につくる理由になるのだろうか。

 尖閣周辺の対応は海上保安庁が基本だ。万が一の場合でも、少なくとも海兵隊が沖縄の基地に張り付いている必要はない。

 日米両政府は「辺野古が唯一の選択肢」と強調するが、米国の専門家の間では代替策も模索されている。フィリピンや豪州に海兵隊を巡回配備し、ハワイやグアム、日本本土も含め地域全体で抑止力を保つ考え方だ。

 米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授は「中国の弾道ミサイルの発達で沖縄の米軍基地は脆弱(ぜいじゃく)になった」と指摘する。沖縄だけに基地を集める発想はかえって危ういという意見だ。

 「辺野古移設か、普天間の固定化か」。第三の道となる代替策を無視して二者択一を迫る政府の手法は、適切ではない。

 しかし、政権内に辺野古移設を見直す気配はない。新知事となる翁長氏に、沖縄への一括交付金の削減で対抗するという声すら聞こえてくる。

 明白になった沖縄の民意をないがしろにすれば、本土との亀裂はさらに深まる。地元の理解を失って、安定した安全保障政策が成り立つはずもない。

 知事選を経て、普天間問題は新たな段階に入った。二者択一の思考停止から抜け出す好機だろう。政府は米国との協議を急ぎ、代替策を探るべきだ。


河北新報
<解散風>社民、比例東北の議席奪還へ
 社民党東北ブロック協議会(議長・高橋啓介山形県連幹事長)は16日、仙台市青葉区の党宮城県連で役員会を開き、次期衆院選に向け各県連が小選挙区での候補擁立を急ぐ方針を確認した。
 役員会には各県連の幹事長ら9人が出席。前回衆院選で失った比例東北の議席奪還を目指すことを確認した上で、前回同様に選挙区と比例で重複立候補させる方針を決めた。
 各県連は擁立可能な選挙区の抽出や候補者の選定作業を本格化させ、それぞれ26日までに対応を最終決定する。高橋議長は「各県連とも厳しい情勢だが、何とか選挙区で候補者を擁立してもらいたい」と話した。
 前回衆院選で社民党は青森県で選挙区への擁立を断念したが、5県で各1選挙区に立てた。7人を名簿登載した比例東北は5県の選挙区候補者を重複1位とし、比例単独を6、7位に置いた。
 しかし1議席も獲得できず、旧社会党時代を含めて戦後初めて、東北選出の国会議員がゼロになった。


河北新報
<地下鉄東西線>来年12月6日開業
 仙台市が、市地下鉄東西線の開業日を2015年12月6日に固めたことが17日、分かった。18日にも公表する。東日本大震災の影響で建設工事が半年遅れ、復興需要の拡大で資材・人員不足の影響も受けた。一方で、レール敷設工事などはほぼ予定通り進んでいるため、約1年後の完成にめどが立ったと判断した。
 これまで開業時期は「15年」にとどまっていたが、月日が明示されたことで運転開始に向けた機運が高まりそうだ。
 東西線は八木山動物公園駅(太白区)−荒井駅(若林区)間の13駅、13.9キロを26分で結ぶ。南北線に続く2本目の市営地下鉄で、完成によりJR仙台駅を起点に、東西南北に十字に延びる交通軸が整う。
 東西線整備は、定時性に優れる鉄道網を都市交通の主役と位置付け、道路の渋滞緩和や沿線まちづくりの推進を目指すのが狙い。07年2月、本体工事に着工した。震災で約3カ月工事を中断し、13年7月に当初計画より半年遅れて地下トンネル全線が貫通した。
 ことし9月には、使用する車両全15編成60両のうち1編成4両を荒井車両基地に先行搬入。10月に試験走行が始まった。車両搬入を進めるとともに、電力設備や各駅構内の電気・設備工事などを急ぐ。
 総事業費2298億円。事業進行率は3月末現在で75%。市は、1日約8万人の利用を予測している。


毎日新聞
映画:福島原発をルポ「無知の知」
 福島原発をルポした映画「無知の知」が東京・ポレポレ東中野などで上映中だ。石田朝也監督は「誰もいない駅や海岸線の震災の傷跡を見て衝撃を受けた」と撮影のきっかけを語る。

 避難生活を送る人々にインタビュー。「どんどん疑問が膨らんで政治家や原子力政策の関係者に話を聞くことにした」。菅直人、細川護熙の両元首相ら政治家のほか、原子力委員会の藤家洋一元委員長や内閣府原子力安全委員会の班目(まだらめ)春樹元委員長ら原発推進派を取り上げた。

 「予備知識なしにぶつかることで、本音を聞き出せると信じた」。結果、細川元首相からは都知事選出馬をにおわせる発言を引き出し、班目氏からも意外な事実を聞き出すことに成功している。

 一方で避難生活を送る人々への眼差(まなざ)しは温かい。「僕が被災者全員を救うことはできないけれど、少なくとも話を聞いた人たちは救いたいと思って作った」【木村光則】


朝日新聞
(記者が歩く)国道復旧、無人の沿道 高線量で降車禁止、民家壊れたまま 東日本大震災4年目
 福島県沿岸部の国道6号で、一般車の通行規制が解除されて2カ月がたった。3年半ぶりに通行が自由になり、人や物の流れは加速する。ただ、周囲の帰還困難区域の放射線量は高いまま。沿道には、取り残されたように無人の町並みが広がる。

 ■双葉〜富岡14キロ
 規制が解除された国道6号は、双葉町から富岡町までを結ぶ約14キロ。14日、双葉町から南に向かった。
 手前の浪江町で国道を封鎖していた柵は消え、警備員の絵が描かれたパネルが立っていた。交差点の信号は、ほとんど黄色の点滅か青色で、流れはスムーズだ。
 沿道に人の姿は見えない。一帯は放射線量が高い帰還困難区域に指定されている。国道わきに民家が並ぶが、いずれも不審者の侵入を防ぐゲートが塞いでいた。車窓から見える民家は屋根が壊れ、柱が傾いたままだ。
 東京電力福島第一原発に近い双葉町と大熊町の町境。海側に原発の排気筒が見えた。車内に置いた放射線量計は一時、毎時9・66マイクロシーベルトに。多くの自治体が除染目標とする「0・23」の42倍だ。
 交差点には車の進入を防ぐ警備員が立っていた。放射性物質が入り込むのを防ぐマスク姿だ。駐車する車はない。放射線量が高く、駐停車や降車が禁止され、バイクも通れないからだ。
 富岡町に着くまで約20分。土砂を運ぶダンプや軽トラックとすれ違うが、沿道は閑散とした景色が続いた。区間を通り過ぎるまで、線量は1マイクロと8マイクロ程度の間を不規則に動いた。
 規制が解除されたのは9月15日。除染や復興業者以外は、通勤や通院のために避難自治体の許可証を持つ住民が主に日中しか通行できなかったが、誰でも24時間通れるようになった。
 解除区間の南側のいわき市。双葉町から避難する新田久枝さん(59)は「本当にうれしい」という。区間の北側にある南相馬市の仮設住宅に母親が暮らす。「もう少し一緒にいたいと思っても時間制限があった。帰りの心配もなくなった」
 解除5日後、がれきの間で見つかった品々が浪江町のがれき処理業者の事務所で展示されると知り、国道6号を通って訪れた。「あ、これ私のだ! この字、間違いないです」。働いていた配管工事などの会社の印鑑を見つけ、思わず声を大きくした。「すごい収穫でした」と笑顔を見せた。

 ■被災者「人が住んでこそ」
 国道6号を使う被災者のなかには、規制が解除されても、複雑な思いの人もいる。
 南相馬市で被災し、市内の仮設住宅に暮らす西美智子さん(47)は3週間に1度、国道6号を利用する。南へ約70キロ離れたいわき市にいる次男勇二君(13)を迎えに行き、一緒に週末を過ごすためだ。
 勇二君は重い知的障害がある。施設への入所が必要で、西さんにも仕事があるため離れて暮らす。原発事故後は国道6号の通行が規制され、内陸部を片道3時間以上かけて移動した。昨夏から通行証で通れるようになり、今は通行証なしで約2時間で行き来できるようになった。
 送り迎えする間に目に入るのは、公園やショッピングセンター。原発事故で全町避難が続く富岡町にある施設は、事故前に勇二君と一緒に遊びに行った。6号沿いにある福島第二原発の「エネルギー館」はボールプールがあり、何度も通った。
 「自由に通れるようになり、前に進んでいると思う。でも、人が住んでこそのまちですよね」
 原発事故による避難指示で、福島では今も約8万人がふるさとを追われている。解除区間沿いにある双葉、大熊両町では、人口約1万7千人の大半の自宅が帰還困難区域にあり、国や町の調査に「戻らない」と答える人も多い。
 解除区間の近くの沿道でも、かつての街並みは戻ってこない。
 解除区間の南にある楢葉町。国道6号沿いでそば・うどん店を営む横田峰男さん(49)は規制解除後、交通量の増加に伴って利用客が増えると見込み、昼過ぎまでの営業時間を延長するかどうか考えた。だが、楢葉町もいまだに全町避難が続く。店員集めにも不安があり、「今はちょっと保留する」と話す。(小坪遊、根岸拓朗)

 ■往来、解除前の1.5倍に回復
 国道6号の通行規制が解除され、人、モノの流れは進む。国土交通省磐城国道事務所によると、解除区間の往来は10月で1日平均約1万台。震災前年の1日約2万台の半分だが、解除直前の8月に比べれば1・5倍まで増えている。南相馬市の道の駅のスタッフは「親類に会いに行く人など、普通の利用者が戻ってきている」。同市の宅配業者は「仙台に荷物を運ぶのに、内陸部の東北道を回るより便利」と話す。
 ただ、県内のシンクタンク「とうほう地域総合研究所」は「復興にプラスだが、増えた人の消費の受け皿が不足している。規制解除の経済効果を確認するには、もう少し見守る必要がある」とみる。
 事故は増えている。解除区間を含めた双葉郡8町村を管轄する双葉署管内で、10月の物損・人身事故が325件と昨年同期を90件上回った。10月9日には双葉町の国道6号で乗用車がトラックに追突し、運転手が1カ月のけがを負った。署幹部は「沿道の風景に目をとめ、ブレーキを踏むのが遅れる人がいる」という。

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北大阪オータムフェスタでマッコリとチヂミ

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Novembre Votre Horoscope du mois Balance
Balance, votre humeur
Voici un mois au cours duquel vous allez devoir vous reprendre en main. Certains faits vont vous rappeler que vous pouvez parfois manquer de réalisme, comme par exemple du côté de vos finances. Vous aurez l'occasion de vous structurer, de revoir vos méthodes et votre plan de vie. Le sérieux vous gagnerait-il soudainement ? Tout porte à le croire. Vous n'hésiterez pas à prendre un petit carnet et à noter tout ce qui sera bon pour votre avenir. Tout ceci ne vous empêchera pas d'être de bonne humeur, optimiste et très présent avec vos proches.

北大阪オータムフェスタに行きました.上新庄のあたりで場所がわかるかなと心配でしたが,大経大の近く.新幹線わき.Fuさんが裏方の仕事を頑張っていました.
公開授業で日本語の授業はわかりますが,それ以外はよくわかりません.数学で比例をやっているのは見てわかりましたが・・・パソコンなどを使ってきっとわかりやすい授業だったのではないかと思います.ハングルで英語の授業もありました.一番印象に残ったのは幼稚班.元気で明るい子供たち.そういえば中級部で女子はチマチョゴリの制服でした.
12時からは出し物で各学年に分かれて歌や踊りを披露していました.
近畿大学と大阪教育大学の学生も見学に来ていました.
大阪市議会の民主党議員のながお秀樹さんが挨拶していました.
中国帰国者と交流してみませんか,ということで大阪中国帰国者センター(柴島3-10-19)と井高野連合振興町会集会所(北江口3-3-21)の案内ビラをもらいました.屋台でも出ていました.
わたしはマッコリMakgeolli(막걸리)とチヂミJeon(찌짐)をいただきながら楽しみました.沖縄ミミガーやモンゴルのパンも美味しかったです.
ミルクせんべいは食べませんでした.スジクッって何か聞くの忘れました.
大阪朝鮮第四初級学校一般公開/XバンドGOホームと題して書いたのが7月5日ですから,結構時間がたっています.上新庄は生野と違って近いのでまた来ようかな?というところです.
これからの行事で大阪在日朝鮮学生芸術祭が11月22日に東大阪市民会館で,また大阪朝高文化祭「朝高祝典」が11月29日に大阪朝鮮高級学校で開催されるそうです.

河北新報
東松島で福幸祭 一日限りのカフェも
 東日本大震災で大きな被害を受けた東松島市野蒜地区で9日、「福幸祭」があった。秋の実りも祝う祭りは2012年から開かれ、今回のテーマは「のびる村に集まろう、そして、語ろう」。住民らは多彩なイベントを楽しみ、地域の明るい未来を願った。
 地元の農業生産法人「アグリードなるせ」などが主催。地区の自然や復興の現状に触れるウオーキングは約50人が参加し、地域の魅力を再確認した。
 防災集団移転団地近くの「復興の森」に昨年設置されたツリーハウスでは、一日限りのカフェがオープン。訪れた人がコーヒーなどを味わいながら、秋が深まる森の雰囲気を満喫した。
 法人事務所前の広場では地元産のナス、ミニトマトなどを直売。焼きガキや豚汁が振る舞われ、大勢の人でにぎわった。
 法人の安部俊郎社長は「野蒜地区は農産物も海産物も豊富だということを知ってもらうことができた」と手応えを感じていた。


河北新報
被災地、駆ける感じる 亘理で復興マラソン
 東日本大震災で被災した亘理町を駆ける「わたり復興マラソン」(町主催)が9日、亘理浜吉田ロードコースであった。最長10キロの男女16種目に全国から1700人がエントリーし、復興途上の被災地の現状を走って感じ取った。
 レース後には郷土料理はらこめしと、地元の女性たちが調理した豚汁が振る舞われ、選手らは住民との交流も温めた。

 1.5キロ親子ペアに出場した寒河江市の会社員天野康史さん(40)と小学2年の次男太智君(8)は、東京電力福島第1原発事故の影響で南相馬市から避難中。天野さんは「同じ浜通りでも復興が進んでいる感じがする」と話し、太智君は「来年は1位を目指す」と誓った。

 大会は1990年から景勝地鳥の海で開かれてきたが、津波で沿岸のコースが損壊。名称と場所を変えて2012年に再開された。斎藤貞町長は「一日も早く復興し、風光明媚(めいび)な以前のコースで開催したい」と語った。


スポーツニッポン
大阪朝鮮、6年連続出場決めた 全国高校ラグビー予選・大阪第1
 第94回全国高校ラグビー大会の大阪府予選が16日に各地であり、大阪第1は大阪朝鮮が大産大付を36―14で破り、6年連続9度目の全国出場を決めた。

 前半にターンオーバーから2度トライにつなげ、呉英吉監督は「相手はよく走るので、バックスで仕掛けてくる。相手の強みのところでデフェンスをしかけようと練習してきた。よくやったと思う」と、大産大付のストロングポイントを消しての勝利を喜んだ。

 チームをまとめるロックの李承記主将の存在については目頭を押さえる場面も。「彼は1年生の7月に母親を亡くした。3人息子の長男で、苦労苦労できた子。ただそれを表に出したことは一度もなかった」。試合終了後の表彰式が終わると、呉監督は主将と握手をしてねぎらった。花園では4強の壁を突破して頂点を狙う。


読売新聞
大島と本土結ぶ架橋工事着工
 気仙沼市の離島・大島と本土をつなぐ橋の本体工事が15日始まり、関係者が集まり着工式が行われた。2018年度の完成予定で、東日本大震災で港が被災するなどして孤立した大島にとって念願の工事となる。

 橋は長さ356メートルで、総工事費約206億円。この日の着工式では、橋の正式名称を「気仙沼大島大橋」、愛称を「鶴亀大橋」とすることが発表された。震災後に物資の搬送路や避難路として橋が必要との認識が高まり、県が12年度から橋に続く県道のトンネルなど関連工事を始めていた。大島への移動手段は現在、船に限られているが、橋が完成すれば、市中心部からの移動時間は現在の約50分から約20分に短縮できるという。

 大島架橋促進協議会の小松武会長(39)は「震災時は約10日もの間、孤立を強いられた。橋が完成すれば、産業や観光の復興にもつながる」と話した。


河北新報
山川みゆきさん(宮城・山元町)から晴夫さんへ/名前継いだ食堂、来春開店へ
 みゆきさん 震災直後のあの日のことは、一生忘れられません。3月16日、山元町に避難していた私たちは、夫の強い希望で、営んでいた民宿「見晴」に向かいました。思い出深い地で見たのは、むごい惨状でした。
 1階の壁は津波で抜け、浸水しなかった2階も何者かが侵入した形跡がありました。金庫は破られ、現金などが持ち去られていました。主人は「ここに住むしかねえだろう」と再建を考えているようでしたが、内心はショックだったと思います。心労からか帰りの車中で突然倒れ、3日後の朝に収容先の病院で息を引き取りました。

 「荒浜っていいところ。食べ物はうまいし、みんないい人だ」。夫はいつもそう言っていました。民宿で出す料理も、荒浜漁港で水揚げされたヒラメなどの地魚を使うよう心掛けていました。秋には、郷土料理はらこめしを食べに来る多くの客でにぎわいました。

 主人を失い、しばらく何もする気力が湧きませんでしたが、「あの味をまた食べたい」と再開を求める周囲の声に背中を押されました。亘理町内に土地を求め、来年春にも長男と食堂を始める準備を進めています。自慢のはらこめしも復活させます。

 実質的に店を切り盛りする長男に店名を決めるよう言ったら、返事は「『見晴』しかないでしょ」って。民宿と家族の歴史を受け継ごうという思いをうれしく感じました。

◎民宿「見晴」を営んでいた夫

 山川晴夫さん=当時(58)= 宮城県亘理町荒浜で妻みゆきさん(53)、長男(28)と民宿「見晴」を経営していた。震災当時、3人は同居していた次男(26)と、たまたま遊びに来ていた長女(29)、孫(5)と車に分乗して津波から逃れ、みゆきさんの実家がある山元町に避難。3月16日に脳梗塞を発症し、3日後に亡くなった。現在、みゆきさんは実家に暮らす。

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ヒザが痛いj'ai mal au genoux/天満で飲み会

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Japon: Une chaîne de fast-food propose un burger au chevreuil
Les chaînes de fast-food japonaises ne reculent devant rien. Après le burger noir de Burger King et les sandwichs Halloween noirs et blancs de McDonald’s, sans parler des ≪classiques≫ burgers au riz de MOS Burger, l’enseigne Becker’s propose en ce moment un burger au chevreuil. Ce ≪burger au gibier≫, en français dans le texte, arrosé d’une sauce au vin, est proposé seul à 690 yens, (4,70 euros) soit légèrement plus cher que le commun des sandwichs.
Ces dernières années, la chaîne de fast-food Becker’s, qui appartient à la compagnie ferroviaire JR East, a passé des accords de partenariat avec des agriculteurs pour offrir des produits locaux et ≪faire redécouvrir les régions du Japon≫. Ce burger est lui préparé avec de la viande de chevreuil de la préfecture de Nagano, au nord-ouest de Tokyo, connue mondialement depuis les Jeux olympiques de 1998.
Les autorités locales, confrontées à la surpopulation de chevreuils qui dévastent les forêts et les exploitations agricoles, encouragent la consommation de l’animal, la région disposant même d’un site officiel intitulé ≪Shinchu Gibier≫ (Shinchu est l’ancien nom de la région de Nagano) qui propose des recettes pour l’accommoder. Becker’s, qui propose aussi un hot-dog avec une saucisse au chevreuil, espère vendre 12.000 de ses burgers d’ici fin décembre.

ニッポンぶらり鉄道旅「“じぇじぇじぇ”を探して JR八戸線」
日本各地の鉄道に乗って、沿線の魅力を再発見する『ニッポンぶらり鉄道旅』。JR八戸線に乗って岩手のから青森へ。「あまちゃん」の舞台としても知られる久慈を出発した旅人の吉木りささんのお目当ては、びっくりな“じぇじぇじぇ”を探すこと。ドラマにも登場した「南部もぐり」の技をはじめ、日本最大級の朝市や、話題の工場夜景など、旅は驚きの連続!どこか懐かしい東北の風景もうれしい八戸線の旅。 吉木りさ, TARAKO

なんだかヒザが痛いです.座っている時や歩いているときは大丈夫ですが,階段を上がるときに痛いです.とはいえ激痛というわけではないので,しばらくはガマンかな?年とったせいかなぁ・・・
夕方は天満で飲み会です.その前の会議には簡単なレジュメを作りました.

朝日新聞
宮城)6年の命、絵本に 津波で犠牲の愛梨ちゃん
 仙台高裁で14日、来月に和解する見通しとなった石巻市の私立日和(ひより)幼稚園をめぐる津波訴訟で、原告の佐藤美香さん(39)が、犠牲になった長女愛梨ちゃん(当時6)の絵本づくりを進めている。短かった命。でも、絵本は語りかける。「与えられた6年分の命を たくさん たくさん たくさん生きた。しっかりと生ききった」

 美香さんは12日、前橋市の絵本作家空羽(くう)ファティマさん(52)を、愛梨ちゃんを探し出した場所などに案内した。愛梨ちゃんは震災発生から3日後、焼けて黒こげになった幼稚園の送迎バスの中から見つかった。

 「わずかに残っていたジャンパーの切れ端で愛梨とわかった。壊れてしまいそうで抱きしめてあげることさえできなかった」。美香さんの話を、空羽さんは涙をぬぐいながら聞いた。

 空羽さんは3月、テレビで美香さんを知った。11歳の娘をもつ同じ母親。つらさを分かち合えればと便箋(びんせん)8枚に思いをつづり、命や愛をテーマにした自身の絵本11冊を添えた。受け取った美香さんは「ずうずうしいかも」と悩んだ末、9月になって絵本づくりをお願いした。空羽さんはその日にあらすじを書き上げた。

 あの日。天国に帰った愛梨ちゃんは、記憶がよみがえる。6年という命は自分で選んだ。短いけれど、何げない日々の尊さを伝える大切な役割があった。神様は「長く生きた人に負けない楽しい毎日をすごせる」と約束してくれた。

 それは本当だった。もぐもぐ食べたカレーや肉じゃが、ハンバーグ。駄菓子屋では、3歳違いの妹の珠莉(じゅり)ちゃんと「きなこ棒」を必ず買った。お絵かきは虹とハートをよく描いた。運動が得意で、折り紙も上手に折れた。七五三の着物は大好きな水色だった。

 あの時。海と地面は大きく揺れた。おびえて泣きじゃくる子どもたちを乗せて、高台の幼稚園からバスが海の方向に出発した。

 「だいじょうぶ。こわくないよっ」。バスの中で、愛梨ちゃんはみんなを元気づけようと、卒園式用に練習していた歌を何回も歌った。最後の瞬間まで生き抜いた。美香さんが何人もの園児から聞いた話だ。

 絵本の22枚の絵は、前橋市内の子どもたちが描く。妹の珠莉ちゃんの絵も加わる。森の中で姉と笑いながら手をつなぐ絵。姉の年を1歳超えたが、絵の中の姿は3歳年下のままだ。

 美香さんは「同じ悲しみを繰り返させないように、多くの教育関係者に読んでもらいたい。そして生きたくても生きられなかった娘の話を通じて、子どもたちに命の尊さを伝えたい」。空羽さんは「愛梨ちゃんは体がなくても、本を通じて生きてほしい」と願う。(茂木克信)

■自費出版への募金受け付け

 空羽さんは絵本の自費出版代100万円を募るため、15、16日に前橋市元総社町のノイエス朝日(027・255・3434)でチャリティー朗読会を開く。募金はゆうちょ銀行(10440―15311291、麻生まゆみ名義)で受け付けている。

 問い合わせは、空羽さんの事務所(027・257・9038)へ。


東京新聞
原発事故調書 原因不明、責任不在
 新たに公開された政府の原発事故調査・検証委員会での証言は、現場の混乱と恐怖をよく物語る。事故の原因も責任の所在も明らかにできないまま、再稼働になだれを打ってもいいのだろうか。

 新たに公開の五十六人分の調書から、今何を読み取ればいいのだろうか。

 原子力安全・保安院の西山英彦審議官(当時)は「(会見で)あえて炉心の溶解や溶融などの言葉は使わないようにした」という。

 混乱回避という言い訳はもはや通じない。政府には、国民に真実を伝えようという意思が欠けていたようだ。

 寺田学首相補佐官(同)は「統括する安全委が米国に比べると月とスッポンくらいの危機管理能力しかない」と述べた。

 そして、それは改善されたのか。

 3・11からすでに三年八カ月。福島原発事故については、いまだ知らされていないこと、分からないことが多すぎる。

 そもそも、事故の原因さえ、判明したとは言い難い。政府事故調も国会事故調も、原因を特定できないままである。貴重な証言が公表されても、その内容を事故原因の究明や、新たな事故の防止につなげなければ、意味はない。原発の是非論にも深く関わる。

 国会事故調は、揺れによる配管損傷など、地震そのものが原因になった恐れを指摘して、調査継続の必要性を訴えた。津波が到達する前に電源が喪失していた可能性があり、1号機の原子炉建屋で出水が目撃されていたからだ。

 ところが原子力規制委員会の分析検討会は、東電の独自調査の結果を踏襲し、電源喪失は津波による浸水の時刻とおおむね一致しており、出水は配管ではなく、燃料貯蔵プールからの水漏れによるものと断じている。

 このような見解に基づいて、川内原発は災害に対する備えが整ったと認められ、3・11後の新たな審査基準に適合すると判断された。その判断を基にして、高浜や伊方など同じタイプの原発の審査が、“合格”に近づいているという。

 地震の揺れに対する備えは、本当に十分だといえるのか。

 事故原因が十分解明されず、責任の所在をあいまいにしたままで、なし崩しに再稼働を急ぐのは、理性的といえようか。いつかまた、過ちを繰り返しかねない。

 現場の混乱を伝える調書から読み取るべきは、事故原因の調査がさらに必要だという警告だ。


河北新報
<日和幼稚園訴訟>遺族と園側が来月、和解へ
 東日本大震災の津波により、私立日和幼稚園(石巻市、休園中)の園児4人が送迎バスで亡くなったのは園が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が園側に計約2億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審の和解協議が14日、仙台高裁であり、12月3日の次回協議で和解が成立する見通しになった。
 協議終了後、遺族の代理人が「次回で和解が成立する可能性が高い。成立後に和解内容は明らかにしたい」と述べた。
 津波犠牲者の遺族が管理責任をめぐって起こした主な損害賠償訴訟で、一審で請求が認められた唯一のケースだった。
 仙台地裁は昨年9月、園は送迎バスを低地に発進させれば被災するという程度の予見はできたと認定し、園側に計約1億7700万円の支払いを命じた。園側が控訴し、控訴審はことし6月に結審したが、高裁は判決期日を指定せずに和解協議を続けていた。
 地裁判決によると、園児12人を乗せた園のバスは2011年3月11日午後3時ごろ、海に近い石巻市南浜町方面に向けて出発。7人を降ろして園に引き返す途中の午後3時45分ごろ、津波に巻き込まれ、園児5人が死亡した。


河北新報
災害公営住宅47戸完成 東松島最大の移転団地
 東松島市が東日本大震災で整備を進めるあおい(東矢本駅北)地区の防災集団移転団地で災害公営住宅47戸が完成し、入居式が14日、現地であった。市内最大規模の集団移転団地で、住宅が引き渡されたのは初めて。
 完成したのは、いずれも木造の一戸建てタイプ31戸と長屋タイプ16戸。式典には市や工事関係者ら約40人が出席し、入居者代表の会社員川村和之さん(45)に阿部秀保市長が鍵のレプリカを渡した。
 大曲浜地区の自宅が流失し、家族5人で市内の仮設住宅で暮らしてきた川村さんは「やっとこの日が来た。市内各地から住民が集まるので、コミュニティーづくりに力を入れたい」と新生活に希望を膨らませた。
 あおい地区は災害公営住宅307戸と集団移転の一戸建て用地273区画が整備される計画。全ての災害公営住宅が完成するのは2016年8月と見込まれ、一戸建て用地は15年4月から順次供給される予定。


河北新報
「福島第2廃炉決定を」内堀知事、東電に要望
 東京電力福島第1原発事故後初の福島県知事選で初当選した内堀雅雄知事は14日、就任後初めて第1原発を視察した。東電の広瀬直己社長に「県内原発10基廃炉という県民の思いを託されている。第2原発の廃炉を事業者として早急に決定してほしい」と要望した。
 広瀬社長は「要望をしっかり受け止めて結論を出したい」と述べた。
 県内原発10基廃炉は県の方針として決定。第2原発の4基について東電は明確な方針を示していないが、県などが廃炉を求めてきた。広瀬社長は報道陣の取材に対し「まずは第1原発の廃炉作業を進めていくことが安心につながる」と述べた。
 内堀知事は東電社員ら約200人に「厳しい環境で作業してきたことに感謝したい」と激励。10月22日に始まった1号機建屋カバーの解体に向けた作業や多核種除去設備(ALPS)の稼働状況を視察し、使用済み核燃料の移送を終えた4号機なども見て回った。
 視察を終えた内堀知事は「作業が前に進んでいることを実感できた。溶融核燃料取り出しなど、まだまだ時間がかかる戦いになる」と語った。


毎日新聞
東日本大震災:福島第1原発事故 中間貯蔵改正案、19日成立見通し 福島県外で最終処分
 東京電力福島第1原発事故で出た汚染土を中間貯蔵施設で保管し、30年以内に福島県外で最終処分することを明記した改正法案が19日に成立する見通しとなった。14日、与党幹部が明らかにした。

 衆院解散に伴い、廃案になる可能性があった。改正法成立を施設受け入れ条件としている福島県の内堀雅雄知事は13日、「これがないと中間貯蔵施設の議論が前に進まない」などと懸念を示していた。法案には、貯蔵開始から30年以内の県外での最終処分と、それに国が責任を持つことを盛り込む。【渡辺諒】


毎日新聞
野田前首相:定数削減なし「首相約束違反」批判
 野田佳彦前首相は14日、東京都内で講演し、安倍晋三首相が来週中にも解散する方針を固めていることについて「国会議員の定数削減の約束をしたが、やっていない。重大な約束違反だ。強い憤りを覚える」と厳しく批判した。

 野田氏が首相だった2012年11月に自公民3党が結んだ合意では、衆院の定数削減について13年の通常国会までに「結論を得る」としていた。しかし、抜本的な定数削減は実現していない。

 野田氏は、伊吹文明衆院議長の諮問機関「衆議院選挙制度に関する調査会」で定数削減を含めた議論が続いていることについて「その結論を待つこともしない」と指摘。「身を切る覚悟もしてこないで、消費税を上げられる環境を作ってこなかったのが安倍政権の責任だ」と約束不履行を責めた。【葛西大博】

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電気ストーブで暖かい/J参観を忘れてた!/ブツブツに納得

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Laurent Fabius, ministre le plus apprécié des Français
52% des personnes interrogées par OpinionWay se disent satisfaites de l'action du chef de la diplomatie française. À l'inverse, Michel Sapin ne recueille que 25% d'opinions favorables.
Le mécontentement des Français à l'égard de l'action gouvernementale se poursuit à en croire le dernier baromètre Clai-metronews-LCI réalisé par OpinionWay. En novembre, la plupart des douze ministres du gouvernement Valls chutent. Sans surprise, Laurent Fabius, le ministre des Affaires étrangères, reste toujours en tête avec 52% de satisfaits (stable), devant Jean-Yves Le Drian (Défense) à 46% de satisfaits (-6). À la Culture, Fleur Pellerin est elle à 40% (-5), à égalité avec celle de la Santé Marisol Touraine (40%, +1).
Au sortir de la polémique sur le barrage de Sivens, la ministre de l'Ecologie Ségolène Royal signe la plus grosse dégringolade parmi les membres du gouvernement avec 35% d'opinions favorables, soit sept points de moins qu'en octobre. D'abord en retrait sur le dossier, elle a ensuite choisi la médiation en proposant des ≪solutions alternatives≫ au projet. Avec 37% de satisfaction, le ministre de l'Intérieur Bernard Cazeneuve perd quatre points et limite la casse par rapport à sa collègue de l'Ecologie. ≪Le ministre de l'Intérieur subit les effets du désordre et des débordements qui ont eu lieu autour du dossier Sivens, et le sentiment qu'ont pu avoir les Français que le gouvernement ne les avaient pas anticipés≫, analyse Bruno Jeanbart, directeur général adjoint d'OpinionWay.
En sixième position, la garde des Sceaux Christiane Taubira gagne elle deux points (36% d'opinions favorables) et devance d'un point Stéphane Le Foll. Avec seulement 25% de sondés satisfaits de son action, le ministre des Finances Michel Sapin figure en dernière place du palmarès.
*Sondage réalisé les 7 et 8 novembre par téléphone auprès d'un échantillon de 1014 personnes représentatif de la population de plus de 18 ans (méthode des quotas).

福島みずほ @mizuhofukushima
秘密保護法廃止法案を国会に提出をしました。社民党と共産党と山本太郎さんと糸数慶子さんで提出をしました。希代の悪法は廃止するしかありません。今国会ではもう議論する可能性がほとんどなくなってしまいましたが、これからも声を上げて、廃止すべきだと言っていきます。
社畜解放軍 @LiberateShachik
みんなすごいな。デモ中の学生に難癖つけて逮捕する、学生の出身校にスパイを送り込んで偵察する、そのスパイが学生にばれて恥かかされたから報復のために完全武装の警官隊を投入する、まるで軍事独裁国家みたいなことをやってる政府を見ても「過激派が悪い」で片づけるんだもんな。

今日も寒いのですが,電気ストーブの導入で暖かくなってうれしいです.
いつものようにバランスランチを食べて午後いろいろ仕事をしていたのですが,ひょんなことからJ参観を忘れていたことに気が付きました.来週どうにかします.
ブツブツをしなくてはいけないことに対して納得ができたような気がします.

河北新報
北東北、大荒れ 秋田で初雪
 東北地方は13日、強い冬型の気圧配置の影響で、北部を中心に雪を伴う荒れた天気となった。仙台管区気象台は、14日にかけて北部を中心に暴風雪や高波に注意するよう呼び掛けた。
 13日午後4時までの最大瞬間風速は青森県大間24.6メートル、秋田県八森25.6メートル、酒田市飛島30.6メートル、山形県小国26.5メートルなど。
 青森市合子沢の青森公立大付近では、傘を持っていかれるような強い風とともに湿った雪が断続的に舞った。秋田では平年並みで昨年より2日遅く、初雪を観測した。
 管区気象台によると、日本海側の山沿いを中心に湿った雪が断続的に降り続き、大雪となる所がある見込み。14日夕までに予想される山沿いの降雪量は、日本海側、太平洋側北部ともに30センチを見込んでいる。


河北新報
住民の会、復興代替案提出へ 石巻・雄勝
 東日本大震災からの復興まちづくりに住民の声を反映させようと、石巻市雄勝地区の住民有志が「持続可能な雄勝をつくる住民の会」を設立し、活動している。県が中心部に計画する防潮堤(海抜9.7メートル)の見直しなどを求め、話し合いを重ねる。行政が描くまちづくりに対して代替案をまとめ、年内の提案を目指す。
 「豊かな自然や景観を壊してまで、人が住まない場所を守る防潮堤を造る必要があるのか」「中心部での再開を迷っている商業者が『またここで営業したい』と思える町にしたい」
 6日夜にあった会合には7人が集まり、防潮堤を計画通りの高さにすることへの疑問、中心部に形成される予定の商業エリアの活性化策について意見を出し合った。
 中心部の土地利用計画は海岸に防潮堤を整備し、被災した雄勝硯伝統産業会館の再建や商業施設の建設を見込む。防災集団移転の宅地は、海岸から約80メートル離れた海抜20メートルの高台に整備される予定だ。
 メンバーの一人、雄勝硯生産販売協同組合の高橋頼雄さん(47)は「行政主導で、血税で無駄なハード整備を進めるのはおかしい。生活する住民が10〜20年先も見据えたまちの在り方を考える必要がある」と語る。
 住民の会は8月、中心部への移転希望者やまちづくり団体関係者ら11人で結成。これまで7回、意見交換してきた。防潮堤の変更に加え、グリーンツーリズムなど環境を生かした町おこし案も探っている。
 住民の中には「行政の計画を見直せば、集団移転が遅れるのではないか」と懸念する声もあるという。
 発起人の一人で、被災した自宅跡地にローズガーデンを整備する一般社団法人「雄勝花物語」の徳水博志共同代表(60)は「行政と対立するのではなく、協力して復興を加速したい。今ある資源を守り、自分たちの手で高齢者の知恵や若者のパワーを生かした町をつくりたい」と話している。


朝日新聞
宮城)「世界に一つ」ツリーの飾り作り 気仙沼
 気仙沼市立気仙沼小学校で児童30人が12日、クリスマスツリーの飾りづくりに取り組んだ。白い紙で家や靴を組み立て、思い思いにクレヨンを塗ったり、模様がついた紙を貼ったりして「世界に一つだけの飾り」をつくった。

 主催した日本ユニセフ協会によると、市内では小学校や福祉施設の子どもたち350人が飾りをつくっており、23日に市内の仮設商店街「復興屋台村 気仙沼横丁」にお目見えする高さ8メートルのツリーを彩る。


毎日新聞
東日本大震災:日和幼稚園訴訟 送迎バスの園児、津波で死亡 年内和解見通し−−仙台高裁
 東日本大震災の津波で送迎バスの幼稚園児が死亡したのは園側が安全配慮を怠ったためとして、園児4人(当時5〜6歳)の遺族が宮城県石巻市の私立日和(ひより)幼稚園を相手に計約2億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審は、仙台高裁(中西茂裁判長)で年内に和解が成立する見通しとなった。遺族側の弁護士が14日の和解協議後、明らかにした。園児の犠牲について園側が一定の責任を認める内容になるとみられる。

 遺族らは震災5カ月後の2011年8月に提訴。13年9月の1審・仙台地裁は「巨大地震を体感したのに、園長が津波に関する情報収集を怠り園児の被災を招いた」と認定し、園側に計約1億7600万円の支払いを命じた。園側は「予見できなかった」と控訴していた。

 地裁判決によると、高台にある同園は11年3月11日の地震発生約15分後の午後3時ごろ、園児を送迎バス2台に乗せて発車。1台が避難所から園に戻る途中、低地で津波に巻き込まれて横転、園児5人と女性職員1人が死亡した。

 津波を巡って学校や勤務先など管理者の責任を問う訴訟は仙台、盛岡両地裁で少なくとも15件あり、この訴訟を含む3件で1審判決が言い渡されたが、管理者側の賠償責任を認めたのは日和幼稚園訴訟のみだった。【伊藤直孝】


毎日新聞
NHK連続テレビ小説:朝ドラ「あまちゃん」ミャンマーで放送へ 10の国と地域、海外急速展開
 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」が12月15日からミャンマーの地上波民間放送局ミャンマー・ナショナル・テレビ(MNTV)で放送されることが決まった。海外放送はこれで10の国と地域に広がり、NHKは「『おしん』以来の海外ヒット作になるかも」と期待している。

 国内での放送終了から1年あまりで、これほど急速な海外展開は「最速ペース」とも。

 NHK関連事業局の山本浩副部長は「アジアの民間放送局が商業的に成功し、海外のコンテンツを買うようになった」と背景を説明する。

 またアジアの放送局は、1日に数話をまとめて放送するため、話数の多い番組を好む。日本の連続ドラマは1クール3カ月で10話程度しかないが、朝ドラや大河ドラマは話数が多いため放送局側のニーズに合う。「しかも、朝ドラは誰が見ても安心して見られる内容であることも好まれる理由」と言う。

 ただ、現地語に吹き替えたのはカンボジアとベトナムの2局だけ。米・ハワイや台湾などでは、費用が安い字幕放送だった。流行語にもなった「じぇじぇじぇ」は「J,J,J」(米・ハワイ)、「接、接、接」(台湾)などと音に合った文字が当てられたが、「コメディーのテンポの良さを伝えきれない」と山本副部長。

 番組の魅力を現地の放送局に知ってもらうため、NHK側で数話を現地語に吹き替えるなどの営業努力も行い、さらなる海外展開を目指している。【望月麻紀】


河北新報
議論の作法/冷静さを欠いては深まらぬ
 こんな物言いでは議論が深まるわけがないではないか。
 政治の場で最近、政治家による発言の荒れが目立っている。
 少し前の話になるが、安倍晋三首相の「捏造(ねつぞう)発言」には耳を疑った。政治資金収支報告書問題をめぐり「『撃ち方やめ』になれば良い」と発言したとする報道を否定。国会答弁で「私は言っていない。火のないところに火をおこすのは捏造だ」と、報道した朝日新聞社の名を挙げて批判した。
 首相が出席した昼食会で同席者が自身の「撃ち方やめ」発言に対し首相が同意したことを、首相が述べた形で記者団に紹介してしまったようだ。そうならそうと説明すればいい。「捏造」とは穏やかでない。
 元をたどれば、同席者の稚拙な対応が発端だ。首相に発言内容を確かめなかったにしても、各紙が一斉に報じており、名指しした朝日新聞の萎縮を狙うとともに、メディア全体へのけん制を狙ったようにさえ映る。
 確認を取ることもなく、「安倍政権を倒すことが社是」と発言するに及んでは、もはや暴言と言わざるを得ない。
 「政治とカネ」をめぐって野党の集中砲火を浴びていたことからすれば、火に油を注ぎかねない報道だけに、いら立つ気持ちは分からないではない。
 ただ、過激な言い回しで鬱憤(うっぷん)を晴らすかのような振る舞いは、議論の場にそぐわない。熟議を遠ざけるばかりか、思慮を欠く発言は著しく品位を損ね、国民の嫌悪感を呼ぶに違いない。
 同席者の説明のまずさをこそ指導すべきだろうに、「首相1強」の自民党内に首相の対応をいさめるふうもなかった。危うさを禁じ得ない。
 冷静さを失い、慎重さをかなぐり捨てる発言を繰り返すようでは、首相が求める建設的な政策論議も期待できまい。
 政治家のあぜんとする言動は首相に限らない。
 大阪市の橋下徹市長はヘイトスピーチ(憎悪表現)で「在日特権を許さない市民の会」(在特会)会長と面談した際に、「あんた」「うるせえ、おまえ」などと激しくののしり合った。後味の悪さだけが残った。
 市長の対応に批判が殺到したのは当然だ。とても市民を代表する政治家の受け答えとは思えず、威圧的な構えでは議論がかみ合うはずもなかった。
 政策をめぐって議論を重ね、練れた結論に導くのが民主政治の基本中の基本だ。最後は多数で決するにしても、時間をかけて理解を得る手続きが要る。
 利益の分配から負担・不利益の分かち合いへ、政治の差配は難しさを増すばかりだ。立場によって見解は大きく分かれ、調整の手間もかかる。
 相手を敬い、議論を深める姿勢がなければ、説得できるわけがない。けんか腰では論戦の質が高まりようもない。
 解散・総選挙ともなれば今後、攻撃的な発言があちこちで繰り返されることになろう。ここは議論の作法、発言の巧拙をじっくり問い直してみるべきだ。


毎日新聞
増税先送り論 努力も議論も尽くさず
 安倍晋三首相が来年10月に予定される消費税率10%への増税を先送りする方針を固めたという。景気回復の足取りが重く、増税すればデフレ脱却が揺らぎかねないとの理由があげられている。衆院を解散し、総選挙で国民に是非を問う流れだ。

 増税を先送りするほど経済状況が深刻なのか。仮にそうだとすれば、安倍政権が取り組んできた経済政策に問題はないのか。それは国会でまず議論すべきだ。私たちは歳出削減や低所得者対策など、増税の前に政治が実現すべき「宿題」があるとの指摘を続けてきたが、その成果も出ていない。努力を尽くさず、議論もなおざりにして解散に打って出るとすれば、その姿勢は安易すぎる。

 消費税率を4月に8%に引き上げた後、消費の回復が遅れ、設備投資も伸び悩み、景気の停滞が続いているのは事実だ。消費増税法には経済状況を総合的に見て判断する「景気条項」がある。

 ただ、増税は2012年の自公民3党による「税と社会保障の一体改革に関する合意」で決めたものだ。増え続ける社会保障費と、財政の危機的状況に正面から取り組み、将来世代への負担のツケ回しをやめ、国民に痛みを求める責任を主要政党が分担する意味があった。政権与党はその原点を忘れてはいないか。

 景気条項を発動し、増税を先送りするのはリーマン・ショックや東日本大震災のような緊急時というのが3党の共通認識だった。合意当時に比べ今の経済状況は明らかに持ち直している。株価は上昇し、企業の業績も改善している。合意を覆すような危機的状況なのか、与野党で改めて意見を戦わせ、議論の結果、必要となれば法改正に進むべきだ。解散ありきでこうした手続きを飛ばすというのは乱暴だ。

 長期的に影響を及ぼす増税先送りの判断を、17日に発表される7〜9月期の国内総生産(GDP)の速報値といった、ごく短期間の動きを重視して決めるというのも疑問だ。

 そもそも経済的な弱者に配慮する政策を怠ったことが、景気の停滞を招いたのではないか。食品など生活必需品への軽減税率を8%時に導入していれば、消費の落ち込みは抑えられたはずだ。

 政権与党は「1年半先送り」を軸に調整を進めているようだ。しかし、今の景気情勢で先送りするなら、次も先送りしないかとの疑念が湧く。国の借金は1000兆円を超す。増税を先送りすると、国債の価格が暴落する心配がある。金利が急騰すれば、財政が破綻する危険は一段と高くなる。政権与党がこうしたリスクに対し、納得できる説明をしないまま解散に進むのであれば、無責任と言わざるをえない。


東京新聞
【金曜日の声 官邸前】 地元の声 無視された
 横浜市の介護職 飛田水己(みずき)さん(43) 福島第一原発は汚染水もまだ漏れていて、何も解決していない。自然豊かな福島が元に戻ってないのに、再稼働はおかしい。政治家は、原発に頼らないと成り立たない経済から転換していくすべを考えるべきだ。

 埼玉県狭山市の主婦 酒葉典子さん(67) 川内原発は地元でも不安の声があるのに、無視されてしまった。人間にはミスを犯す不完全さがあり、制御できない原発は手に負えない。原発に反対している人はぜひ、金曜日のデモに参加してほしい。


毎日新聞
北朝鮮・拉致問題:めぐみちゃん、覚えてくれているよね 拉致前日、父に贈り物 横田さん「また抱きしめたい」
 1977年11月、新潟市で横田めぐみさん(行方不明時13歳)が北朝鮮に拉致されてから、15日で37年を迎える。先月末、10年ぶりに日本政府の代表団が訪朝したものの、家族が待ち望む進展はなかった。「もう一度、この腕で抱きしめたい。それまでは、一生懸命頑張って生きないと」。父滋さん(82)と母早紀江さん(78)はその一心で、娘の帰りを待ち続けている。【斎川瞳】

 「毎日持ち歩いていたから、だいぶ汚れてしまったな」。滋さんは、携帯用のくしを見つめた。茶色い革製のケースは少し黒ずんでいる。拉致される前日の77年11月14日。45歳の誕生日にめぐみさんからプレゼントされた。「これからはおしゃれにも気をつけなきゃだめよ」。中学生になり、急に大人びた言葉が胸に残る。うれしくてその夜は大好きなビールが進んだ。翌日、姿が見えなくなるとは思ってもいなかった。

 97年に拉致の疑いが浮上してから、滋さんと早紀江さんは全国を飛び回り、拉致問題の解決を訴えてきた。しかし最近は高齢による体力の限界を感じる。10月には滋さんが自宅近くで転倒し、前歯を折るけが。早紀江さんも声が思うように出なくなってきたという。政府代表団帰国後の説明会ですら、通院のため二人して欠席した。「このままではめぐみを助け出す前に私たちが倒れてしまう」。年内の講演活動の休止を決めた。

 37年前の新潟での夜を忘れることはない。「めぐみちゃん、どこにいるの」。震える手で懐中電灯を握り、廃業したホテルや空き地、松林に囲まれた神社、人けのない海岸を、家族で捜し回った。「寒くて真っ暗で、思い出すのもつらい」と早紀江さんは言う。

 あの日から、滋さんはスーツの胸ポケットに、プレゼントされたくしを入れて持ち歩いた。「そんなにとかしたりはしないんだけどね。時々触ったりしていた」。ケースは所々すり切れている。傷まないよう、最近はめぐみさんの写真を飾った自宅の棚の一番上の引き出しにしまっている。

 滋さんは、きょう14日で82歳。37年の間に髪は白く染まったが、くしの歯は1本も欠けていない。「すごく丈夫なくしなんです」と滋さんは笑みを浮かべた。早紀江さんは「こつこつためたお小遣いで、お父さんのためにくしを買ったこと、めぐみちゃんも覚えているかな。きっと、覚えてくれているよね」。


朝日新聞
過激派に加わる学生、今どきの理由 対策に本腰の大学も
 デモ行進の警備に当たっていた警察官に暴行したとして、京都大生ら3人が公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕された事件で、警視庁公安部は13日、京都市左京区にある京都大の学生寮「熊野寮」を家宅捜索した。中核派の機関紙「前進」やUSBメモリーなど計43点を押収したという。

 今回、捜査対象になった中核派は「過激派」と呼ばれ、2000年以降も成田空港の拡張に絡み、車や事務所を燃やすゲリラ事件に関与したとされる。今も過激派組織に加わる若者は少なくない。なぜなのか。

 西日本の国立大に通う女子学生(21)はこの春、ある過激派組織に加わった。ストレートの黒髪に丁寧な言葉遣い。「自分たちこそ革命ができる」と言った。

 サラリーマンの父と主婦の母は「ノンポリ」。テレビ番組はNHKとニュースしか見せず、携帯電話も持たせないほど厳格だった。歴史学者を目指したが志望大学には入れず、別の専攻に。政治や歴史の話をしたかったが、周りは恋愛の話ばかりで物足りなかった。

 学生新聞を発行する団体の「委員長」に誘われて新聞作りを手伝うようになった。委員長は過激派の活動家だった。入会の誘いを何度も断ったが根負けした。政治を語り、知的好奇心も満たしてくれた。水商売のアルバイトを始めると親身になって叱ってくれた。

 5月、東京都内の集会にヘルメットとマスク姿で参加した。居合わせた別の過激派組織のメンバーから罵声を浴び、顔を殴られた。思わず殴り返した。今では「委員長の命令は絶対」と言い切る。

 関東の大学1年の男子学生(20)は父も兄も活動家だ。小さい頃から父に連れられてデモに参加し、過激派は身近だった。浪人中の2月、都知事選のある陣営を手伝ったのをきっかけに過激派組織に加わった。「間違っていることを間違っていると言っているだけ」。ただ、就職で不利に働かないか、逮捕されないか、時々不安になる。

 中核派全学連の活動家、坂野陽平さん(26)は中核派の拠点「前進社」(東京都江戸川区)に住み込み、デモや街宣活動、ビラ作りを担当する。東京の有名私立大に通っていたが、学費未納で除籍に。今は毎月、組織から支給される活動費で暮らす。

 「若者は孤立し、非正規雇用や失業、過労死が横行しているのに、政治も選挙も機能していない」。活動は退潮傾向だが、「最近は秘密保護法への反対運動を入り口に中核派に入る学生は増えている」という。

 多くの過激派はこれまで大学に拠点を置き、自治会の実権を握って自治会予算を資金源にしていた。少子化が進むなかで対策に本腰を入れる大学も増えている。

 早稲田大では1990年代後半、大学側が「学園祭実行委員会が特定のセクトに操られてきた」として学園祭を中止した。法政大は2000年代後半以降、過激派系の団体の立て看板を一斉に撤去した。

 警察当局によると、過激派はピークだった69年の約5万3500人から、現在は約2万人まで減った。一方で過激派によるとみられる事件が相次ぐ。10月にも埼玉県で金属弾がビルに撃ち込まれ、過激派組織が犯行声明を出した。80年代以降では成田空港建設工事をめぐる千葉県収用委員会の会長襲撃事件や過激派同士の内ゲバ殺人事件も起きている。警察当局は「組織の維持拡大のため、暴力性を隠して大衆運動、労働運動を展開している。暴力で共産主義社会をめざす方針は堅持している」と警戒を緩めていない。

■寮生は屋根に、囲む機動隊

 捜査関係者によると、京都大で捜索を受けたのは、逮捕された3人のうち、京都大生の2人が暮らす寮の部屋など。3人は中核派全学連の構成員で、調べに対して黙秘しているという。

 3人は2日午後4時ごろ、東京都中央区銀座6丁目の路上で、国鉄職員の解雇撤回などを求めるデモ行進の警備に当たっていた機動隊員3人に体当たりしたり、殴ったりした疑いが持たれている。

 熊野寮には13日午後2時20分ごろ、警視庁の捜査員と機動隊員ら計120人が姿を見せた。寮生らは正門前で、「令状を見せろ」「公権力の不当介入だ」などと激しく抗議。敷地内に入ろうとする捜査員らともみ合いになり、周囲は一時騒然となった。

 捜査員らは抵抗を振り切って寮内に入り、午後5時ごろまで捜索した。捜索には大学職員が立ち会った。寮生らは寮の屋根に上り、「自由な議論を封じるな」「捜索の理由をしっかり説明しろ」などと拡声機で叫んで抗議。機動隊員らは寮を囲んだ。

 熊野寮は1965年4月に学生寄宿舎として開設。定員は約420人。自治会が設けられ、寮生が管理、運営している。90年に京都御所に金属弾が撃ち込まれた事件や、同年に京都府八幡市の派出所が放火された事件に絡み、同府警の捜索を受けた。警視庁公安部は寮が中核派の活動拠点になっているとみているという。(成沢解語)


NHK
飯舘村 住民の約半数が賠償を申し立て
原発事故の影響で今も全域が避難区域に指定されている福島県飯舘村の住民2800人余りが、「村の歴史が失われようとしている。ふるさとを返してほしい」と主張して、東京電力に賠償や謝罪などを求める申し立てを国の紛争解決センターに行いました。

福島県飯舘村は、原発事故の影響で全域が避難区域に指定され、各地で除染作業が進められていますが、事故から3年8か月がたった今もすべての住民が避難生活を余儀なくされています。
こうしたなか、飯舘村の人口のおよそ半数に当たる2837人が14日、「避難の長期化で住民や家族が分断され、先祖代々築き上げた村の歴史が失われようとしている」と主張して、東京電力に賠償や謝罪などを求める申し立てを国の紛争解決センターに行いました。
申し立てでは、現在1人当たり月額10万円の避難による慰謝料を35万円に増やすことや、村での生活が破壊されたことへの慰謝料として1人当たり2000万円を支払うことなどを求めています。
集団で申し立てた理由について、住民の代表の長谷川健一さんは「3年8か月たっても何も生活が進展しない状況で、村の住民は怒っているという意思表示をしなければならないという思いに至った。われわれにふるさとを返してほしい」と話していました。
今回の申し立てについて東京電力は「申し立て書が届いていないため詳細は承知していませんが、紛争解決センターに申し立てのなされた内容については、和解仲介手続きにのっとって真摯(しんし)に対応してまいります」というコメントを出しました。


NHK
飯舘村102歳の男性 自殺で東電提訴へ
原発事故の影響で村の全域が避難区域に指定された福島県飯舘村で、102歳の男性が村からの避難を受け入れられず自殺したことを巡り、遺族が「原発事故がなければ生涯、大切にしてきた村で天寿を全うできたはずだ」と主張して、東京電力の責任を追及する裁判を起こすことになりました。

原発事故から1か月後の平成23年4月11日、政府は飯舘村の全域を計画的避難区域に指定する方針を示しましたが、この翌日、当時、村で最高齢の102歳だった大久保文雄さんが1世紀にわたって暮らしてきた村からの避難を受け入れられず、自宅で自殺しました。
大久保さんの遺族3人は「原発事故がなければ、生涯、大切にしてきた村で暮らし続け、天寿を全うできたはずだ」と主張して、東京電力に少なくとも3千万円の損害賠償を求める訴えを来月にも東京地方裁判所に起こすことを決めました。
飯舘村は事故から3年8か月が経過した今も、全域が避難区域に指定されたままで、訴えを起こす大久保さんの息子の妻の美江子さん(61)は「おじいさんが愛した村で、家族に見守られながら幸せな最期を迎えてほしかった。残された家族が前を向いて生きていくためにも、原発事故がなければみずから命を絶つことはなかったと証明したい」と話しています。
遺族が提訴の方針を決めたことについて、東京電力は「大久保文雄さんがお亡くなりになられたことについて、心よりご冥福をお祈りいたします。当社としましては、提訴の有無にかかわらず、ご主張を詳しく伺ったうえで、真摯(しんし)に対応してまいります」と話しています。


TBS
『テレビ未来遺産 ORANGE 〜1.17 命懸けで闘った消防士の魂の物語〜』(仮)阪神淡路大震災から20年… 命の最前線で闘った消防士100人以上に取材をして作り上げた魂の舞台「ORANGE」をついに映像化! 2015年1月19日(月)よる9時から放送!
1995年、1月17日、阪神淡路大震災…。
あの時、現場で何があったか知っていますか?

この作品は当時、救助に当たった消防士達100人以上に取材をして作り上げた物語です。

助けられなかった数えきれない命。
救えなかった仲間。
神戸消防の隊員達はその悔しさと悲しみを乗り越え、日々、命の最前線で闘っています。

彼らの思いを受け取ってください。
なぜ彼らが、自分の命を顧みず、人を救おうとするのか。
その意味を知ってください。

一秒で奪われた命。
一日をどう生きるのか。

それが、この物語には描かれています。
『ORANGE』
それは、最後の望みの色でもあり、消防士の魂の色でもある。


2015年1月で阪神大震災から20年。その節目にTBSではスペシャルドラマ『テレビ未来遺産 ORANGE〜1.17 命懸けで闘った消防士の魂の物語〜』(仮)を放送する。
「オレンジ」とは、人命救助の為に特別な訓練を受けた、全消防士のわずか3%の人間、特別救助隊の隊員だけに着ることが許された救助服の色。「オレンジ」は消防士にとって誇りであり、憧れでもあり、ヒーローの象徴だ。しかし、そんなヒーローにも、助けられなかった数えきれない命がある。たった一秒で失われてしまった命がある…。震災で味わった悔しさ、どこにもぶつけられない憤りや無力感、そして果てしない悲しみを乗り越え、今も命の最前線で戦い続ける彼ら。彼らは、どんな想いを持ち、自分の命を顧みず人を救おうとするのか--。

阪神大震災から20年を機に、人の命を守る仕事を命がけで続ける彼らに改めて目を向け、その奮闘の日々をドラマで描く。

原案は、脚本家の宇田学が主宰する神戸の劇団「PEOPLE PURPLE」の代表作で、阪神淡路大震災発生当時、実際に救助に当たった消防士100人以上に取材をして作り上げられた舞台「ORANGE」。同公演は、2004年の初演より再演を重ね、
20年の節目を機に全国公演が決定。大阪を皮切りに全国9か所で上演される。また、本ドラマでも宇田学が脚本を担当した。

主人公の特別救助隊の隊員・小日向雄治(こひなたゆうじ)役には、ドラマ、舞台、映画と幅広く活躍中の上川隆也。阪神大震災のときの悔しい思いを繰り返さないように日々奮闘する猪突猛進型の消防士を演じる。小日向とは対照的に理性的に物事を考えるタイプで、小日向からよく叱責を受ける若手消防士・山倉隆志(やまくらたかし)役には、日曜劇場『ルーズヴェルト・ゲーム』での好演で注目の的となった工藤阿須加。誰からも信頼される優しい中隊長・桜井祐司役を、幅広い層から支持を集める杉本哲太が演じる。ほか、倍賞美津子、谷村美月、板谷由夏、小池栄子ら演技派の役者が脇を固める。また、秋元才加が、特別救助隊を目指す女性消防士役をまさに体当たりで演じる。

神戸市消防局の全面協力を受け、出演者は実際に神戸市内の消防学校などで訓練を行い、撮影現場でも随時神戸市消防局の特別救助隊の指導を受けた。

命の大切さ、仲間との絆、消防士の熱い思い、防災意識の向上、そして、命をつないで生きていくことの重みを再確認するきっかけになればと制作された『テレビ未来遺産 ORANGE〜1.17 命懸けで闘った消防士の魂の物語〜』(仮)。ご期待下さい。


〈上川隆也コメント〉
諸装備、本物。消防車、本物。消防署、本物。
訓練所、本物。現場指導員・SUPER-EAGLEこうべ、本物。燃え盛る焔、勿論ホンモノ。『ORANGE』は命を考えるドラマ。だから嘘はつけません。私も嘘の無い気持ちで、精一杯演じました。

〈工藤阿須加コメント〉
このドラマを観た人が、日々の生活の中で、大事な人との時間をもっと大切にしようと思うきっかけになればと思います。
当時のことを自分なりに調べ、撮影していく中で、自分自身震災に対しての思いが強くなりました。

〈プロデューサー・佐野亜裕美コメント〉
この作品は、脚本家の宇田学さんが、阪神淡路大震災の現場で命と向き合った100人近い消防士の方々に取材をし、そこで聞いたお話を再構築して作り上げた物語です。
原案となった舞台を初めて観たとき、圧倒的な悲しみに涙し、それを乗り越えて輝く希望の光に涙が止まり、笑顔になりました。
2015年1月、阪神淡路大震災から20年という大きな節目を迎えます。当事者でない人々の記憶と関心が薄れ、風化していく速度は、時に残酷なほど早すぎるものです。
だからこそ今、改めてあの震災のことを思い出し、当時生まれていなかった若者たちにもその経験を語り継いでいく必要があると思います。
主人公の小日向は特別救助隊の一人。人命救助の為に特別な訓練を受けてオレンジの救助服を着る事を許可された、全消防士のわずか3%の特別な人間です。つまりオレンジとは、消防士にとって誇りであり、ヒーローの象徴なのです。
だけど、そんなヒーローでも、助けられなかった数えきれない命がある。
たった一秒で失われてしまった命がある。
震災で味わった悔しさ、どこにもぶつけられない憤りや無力感、そして果てしない悲しみを乗り越え、今も命の最前線で戦い続ける彼らの思い。彼らが、どんな想いを持ち、自分の命を顧みず人を救おうとするのか。その意味を知ってほしい。
命の大切さ、仲間との絆、消防士の熱い思い、防災意識の向上、そして、命をつないで生きていくことの重みを再確認するきっかけになるようなドラマをお届けします。


〈スタッフ〉
  製作著作
    TBS
  脚本
    宇田 学
  音楽
    木村秀彬
  プロデュース
    佐野亜裕美
  協力プロデュース
    武藤 淳
  企画
    石井康晴
  企画協力
    荒木宏幸(アミューズ)
    木村昌美(アミューズ)
  演出
    渡瀬暁彦
  協力
    神戸市消防局

〈出演〉
  小日向 雄治 … 上川隆也
  山倉 隆志 … 工藤阿須加
  木村 優子 … 谷村美月
  雪村 華 … 秋元才加
    ○
  小日向 夏希 … 板谷由夏
  山倉 亜紀 … 小池栄子
  楢崎 克彦 … 音尾琢真
    ○
  伊藤 香織 … 倍賞美津子
  桜井 祐司 … 杉本哲太

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Japon: une compagnie veut faire fonctionner 2 réacteurs nucléaires pendant plus de 40 ans
La compagnie régionale d’électricité Kansai Electric Power, qui alimente une partie de l’ouest du Japon, s’apprête à demander une dérogation pour faire fonctionner deux de ses réacteurs nucléaires plus de 40 années au total, malgré des normes de sûreté durcies depuis l’accident de Fukushima, selon la presse nippone.
Actuellement, les 48 unités de l’archipel (sans compter les six condamnées de la centrale accidentée Fukushima Daiichi)sont stoppées.
Kansai Electric envisage cependant de relancer plusieurs de ses tranches et a déjà déposé des dossiers en ce sens auprès de l’Autorité de régulation nucléaire.
Au-delà de ces réacteurs relativement récents pour lesquels elle attend désormais la certification de cette institution indépendante, Kansai Electric prévoit de demander une prorogation de la durée d’exploitation de ses unités 1 et 2 de la centrale de Takahama (ouest) qui vont prochainement atteindre 40 ans, a affirmé jeudi en une le quotidien économique Nikkei.
Au Japon, depuis le drame de Fukushima provoqué par un tsunami en mars 2011, les réacteurs nucléaires ne doivent pas fonctionner plus de 40 ans. Mais, moyennant des controles poussés et modifications techniques, ils peuvent en théorie obtenir une dérogation pour 20 ans supplémentaires.
Le gouvernement japonais a récemment demandé à toutes les compagnies d’électricité du Japon de déclarer rapidement leurs intentions au sujet des réacteurs atteignant la limite d’age.
Toutes sont donc tenues de faire des savants calculs pour comparer les différentes options (démantèlement, travaux de mise en conformité, etc.) en fonction des avantages et inconvénients matériels et financiers qu’il y a à faire tourner ou non chacun de leurs réacteurs.
Kansai Electric estimerait pour l’heure qu’elle aurait intérêt à prolonger le fonctionnement des unités 1 et 2 de Takahama, sous réserve toutefois d’examens plus approfondis. La décision officielle de lancer les procédures requises doit être prise la semaine prochaine, selon le Nikkei.
Les investisseurs à la Bourse de Tokyo ont bien accueilli ces fuites médiatiques: le titre gagnait 2,70% dans les premières minutes de transactions jeudi, pour s’établir à 1.200 yens.
Parmi la dizaine de compagnies régionales nippones, Kansai Electric, avec ses 11 réacteurs (4 à Takahama, 4 à Ohi et 3 à Mihama), était celle qui était la plus dépendante à l’énergie atomique avant la catastrophe de Fukushima.
A l’instar des autres producteurs de courant du Japon, pour pallier le manque après l’arrêt de ses tranches, elle a remis en exploitation des centrales thermiques et fait payer la facture d’hydrocarbures aux clients pour lesquels le prix de l’électricité a fortement augmenté.

とても寒いです.上着もう一枚羽織りたい気分.
今日は珍しくKoさんとYaさんと3人でランチ.いろいろお話したのもそれなりに楽しかったです.
その後マレーシアの人のお話を聞きました.

読売新聞
被災食堂 宮城・野蒜で再出発
 津波で流失した東松島市野蒜地区の食堂「えんまん亭」が、同じ地区で営業を再開した。

 周辺に民家は残っていないものの、かつての常連客や復興作業員が訪れ、市内の仮設住宅から通う店主の遠藤惣之助さん(73)は「住み慣れた野蒜の力になりたい。しばらくは休まず営業する」と意気込んでいる。

 食堂は1968年、遠藤さんが妻のキヨさん(71)と市内の別の地区に開店。野蒜地区の海岸近くに自宅を兼ねた店を建て、80年に移転した。91年からは長男の満さん(45)も手伝うようになり、住民や観光客でにぎわったが、津波で流された。

 震災7か月後の2011年10月に市内の仮設商店街で営業を再開したが、「ずっと暮らしていた野蒜で、もう一度お客さんの笑顔が見たい」と願い続けてきた。元の土地は集団移転に伴って市が買い取ったため、野蒜地区の他の場所に候補地を探していたところ、1キロほど内陸にあり、津波で骨組みだけになった石材加工場を借りられることになった。

 約600万円を投じて改装し、新たな「えんまん亭」を開いたのは先月26日。平屋の店は約130平方メートルと、仮設店舗に比べて2倍の広さになり、キヨさんと満さん、女性従業員の4人で切り盛りする。名物は、カキやホタテ、エビなど地元の海産物をふんだんに使った「海幸(うみさち)ラーメン」(税込み1450円)。毛ガニが丸ごと1匹、豪快に盛りつけられている。

 客は1日約100人。復興作業員のほか、かつての常連客も訪れる。市内の仮設に住む建設会社員の市川恒一郎さん(56)も、その一人。4日昼に仲間と2人で来店し、海幸ラーメンを味わった市川さんは「昔も今も変わらない味で、ほっとする。自分も生活再建の真っ最中だから、遠藤さんの決断には元気づけられる」と語った。

 一帯は災害危険区域に指定されて居住が制限されているため、一家は仮設から通う。遠藤さんは「景色はすっかり変わり果てて、夜になれば真っ暗。先のことは分からないけど、とにかく今は、被災した土地で頑張る姿を見せられれば」と力を込めた。

 営業時間は午前10時30分から午後8時まで。問い合わせは遠藤さん(080・5579・3769)。


読売新聞
被災地支援へ「たる募金」
 広島市の土砂災害で被災した地域の復興を支援しようと、広島交響楽団は12日、演奏会会場で「たる募金」を行った。集まった善意は、市に寄付される。

 この日は第344回定期演奏会で、開場と終演後の2回に分けて、常任指揮者の秋山和慶さん(73)や団員らがロビーに立って、「募金をお願いします」と呼びかけた=写真=。

 8月20日以降、被災地でボランティア活動を行った団員も多いといい、「少しでも復興の力になれば」と募金を企画。また、今回の定期演奏会から、先着20人で被災者の無料招待も始めている。秋山さんは「微力ではあるが、私たちにできることをしたい」と話した。次回の定期演奏会は来年1月。問い合わせは広響事務局(082・532・3080)。

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地始凍ちはじめてこおる/科学の歴史/Yaさん喪中ハガキ

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Cécile Duflot pense à 2017
L’ancienne dirigeante d’EELV 
n’est pas encore candidate mais n’écarte plus cette éventualité.
L’ancienne ministre du Logement du gouvernement Ayrault se met en piste pour la prochaine élection présidentielle. Certes, l’ex-patronne du parti écologiste n’a pas fait franchement acte de candidature, mais dans une interview vidéo pour la revue Charles elle a franchi un pas vers 2017 : ≪ La vie politique, c’est toujours du mouvement, toujours des événements. Il faut se tenir prête. Est-ce que comme il y a cinq ans j’estime que je n’ai pas les épaules ? Je peux vous répondre : non. Je n’estime plus ça, je pense que j’ai les épaules. ≫ Un peu plus tôt, Noël Mamère, député de la Gironde et maire de Bègles, lui-même candidat EELV à la présidentielle de 2002, estimait qu’elle avait la carrure. Désormais étiqueté divers gauche, il avait indiqué que ≪ Cécile Duflot sera sans doute candidate. Je ne vois pas très bien qui d’autre sort du lot ≫. Un optimisme qui ne réjouit guère Jean-Vincent Placé, le président EELV au Sénat, qui n’approuve toujours pas la sortie du gouvernement de sa formation lors de l’arrivée de Manuel Valls. Dès juin il notait que, ≪ quelle que soit la qualité de la candidature (écologiste), la prochaine fois, elle finira à 1 % ≫. En 2012, Eva Joly n’avait pas dépassé les 2,3 %. Comme cette dernière l’a fait lors de l’université d’été du mouvement à Bordeaux, Jean-Vincent placé défend l’idée d’une ≪ grande primaire à gauche ≫ pour la présidentielle. Ce qui n’a pas empêché l’intéressée ou ses proches de réserver deux noms de domaine sur Internet : cecileduflot2017.fr et duflot2017.fr. Au cas où… Cécile Duflot bénéficie d’un capital de sympathie de 39 % dans l’opinion alors que Jean-Vincent Placé ne dépasse pas les 17 %.

地始凍ちはじめてこおる,です.寒くなってきました.とりあえずまだ室温は20℃くらいで,そんなに寒くはありませんが・・・
科学の歴史の本を読みました.ほとんどが物理の歴史???って感じです.
Yaさんから喪中ハガキが届きました.東日本大震災で母を亡くして喪中ハガキを準備するのがしんどかったのを思い出しました.いまでも年賀状の気分ではありませんが,おつきあいなので仕方ありません.

岩手日報
震災3年8カ月、墓前に祈り 不明者の集中捜索も
 東日本大震災発生から3年8カ月を迎えた11日、岩手県沿岸各地では、今も変わらぬ思いで墓前に祈りをささげる家族の姿があった。宮古署と大船渡署は行方不明者の集中捜索を行い、手掛かりを懸命に捜した。

 夫正男さん=当時(61)=が行方不明で、陸前高田市小友町の仮設住宅で暮らす中村美紀子さん(67)は、同じく震災で夫享(すすむ)さん=当時(72)=が犠牲になった姉の菅野公子(きみこ)さん(72)と、同市気仙町の龍泉寺で墓参りをした。

 冬が迫る墓前。姉妹はたまった落ち葉を掃き、夫が手作りした湯飲み茶わんを供えて、静かに手を合わせた。寺周辺は高台造成工事が進み、訪れるたびに景色が変わる。それでも、同市ではいまだに207人が行方不明のまま。2人は月命日の墓参りを欠かさない。

 ◇  ◇

 宮古署は山田町中心部の地下を流れる西川で捜索。町と工事業者の協力を得て改修工事中の川に入り、署員16人が泥の中を探った。地下に潜った署員は膝まで水に漬かりながら熊手やスコップで汚泥をかき分けたが、手掛かりは発見できなかった。

 大船渡署は陸前高田市気仙町の要谷(ようがい)漁港近くの海岸線で活動した。宮崎県警から4月に同署に出向した轟木栄爾(えいじ)巡査部長は「一つでも手掛かりになる物を」と捜索に励んだ。同署は同日の捜索で骨18本、診察券3枚、名前入りのかっぽう着1着を発見した。今後、鑑定や確認を進める。


産経新聞
震災3年8カ月「復興の種は芽吹き始めた」 被災3県
 東日本大震災から3年8カ月となった11日、岩手、宮城、福島の3県の沿岸被災地では、海に向かって手を合わせ静かに祈りをささげる人々や、地域の主要産業の復興に向けて新たな一歩を踏み出す姿などがみられた。福島では佐藤雄平知事(66)が任期満了で退任会見し、「復興の種は芽吹き始めた」と復興の手応えを強調した。

                   ◇

 ■「元気を取り戻してきた」 佐藤福島知事が退任会見

 佐藤雄平知事は県庁で退任会見し、「課題に心残りはあるが、復興の種は確実に芽吹いている」と、2期8年を振り返った。

 佐藤氏は平成18年に初当選。2期目の23年3月に東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が発生した。

 「世界で類を見ない複合災害に見舞われた。県政史上、最も厳しい状況の中、県民の命・財産を守るため全身全霊を尽くした」と強調。「あの日から3年8カ月、福島は着実に元気を取り戻してきた」と語った。

 10月の県知事選では、事実上の後継指名を受けた前副知事の内堀雅雄氏(50)が初当選、12日に新知事に就任する。「情熱、果敢な行動力で福島を必ず復興再生へ導き、子供の夢が実現できる福島の実現を期待する」と新知事にバトンを託した。

 佐藤氏は午後4時半過ぎ、職員らに見守られ、県庁を後にした。

                   ◇

 □岩手・大槌町

 ■孵化場が竣工「再生」後押し 

 大槌町は、サケの稚魚を育てる「さけます第2孵化(ふか)場」を竣工(しゅんこう)させた。この施設の完成で、岩手沿岸部の孵化場の復旧計画が完了した。

 新しい孵化場は、総事業費3億9100万円で、復興交付金などを活用した。新おおつち漁協が管理運営する。38基の水槽で約1千万匹の稚魚を育てることができる。町はすでに復旧している第1孵化場と合わせ、2千万匹の放流計画を立てている。

 サケは約4年間、海を回遊して元の川に戻ってくるといわれる。震災の年に稚魚を放流することができなかったため、今シーズンの遡上(そじょう)量の減少が懸念されている。

 大槌町は江戸時代初期に新巻鮭を考案した「新巻鮭発祥の地」とされる。碇川豊町長は「秋サケ漁は町の水産業の象徴。復興へ向けた再生の取り組みに一丸となって取り組む」と話した。新おおつち漁協の阿部力(つとむ)組合長は「サケ資源を回復させ、漁協の経営を安定させることで大槌の復興を後押ししていきたい」と前を向いた。

 施設は週明けごろから本格稼働する予定。来年3月ごろから稚魚の放流が始まるという。

                   ◇

 □仙台・荒浜地区

 ■手を合わせ「見守っていて」

 津波の犠牲者を弔うため観音像が建てられた仙台市若林区荒浜地区でも、遺族や被災者が訪れ、冥福を祈った。

 当時、近所に住んでいた同区の無職、佐藤萩江(はぎえ)さん(75)は津波で石巻市に住んでいた息子夫婦を亡くした。震災後は行方不明となっていた息子夫婦を捜す日々だったという。「ずっと見守っててね」と静かに語りかけた。

 月命日には毎月荒浜を訪れているという同区の自営業、村松善徳さん(46)は「かさ上げ工事も進んで、景色が変わり始めている」と陸地で進むかさ上げ工事に目をやった。震災直前に同地区に住む計画があったが、白紙になったという。「(白紙になっていなければ)自分が流されていたかもしれないと思うと人ごとではない。早く復興が進んでほしい」と話した。


河北新報
<震災3年8カ月>息子の勇姿、心の支え
◎西武・星捕手の両親、移転先に自宅再建「これから応援する番」

 プロ野球西武の星孝典捕手(32)=仙台育英高−東北学院大出=の両親で、東日本大震災で被災した名取市の会社員星徳夫さん(60)、洋子さん(60)が集団移転先に自宅を再建し、今月から居住を開始した。3年8カ月の苦難の日々を支えたのは、孝典さんの全力でプレーする姿だった。

 星さん夫婦は仙台空港東側の沿岸部にある北釜地区に住んでいて津波に襲われた。自宅は全壊したが、徳夫さんは近所の集会所の屋根の上に、洋子さんは空港ビルに避難して無事だった。しかし一緒に暮らしていた徳夫さんの両親と、地区内に住んでいた徳夫さんの弟夫婦は津波にのまれた。
 当時、孝典さんは巨人に所属していた。「1軍に定着して祖父母を球場に招くことが孝典の夢だった。亡くなったと聞いて大きなショックを受けていた」と徳夫さん。
 孝典さんは両親を気遣い、何度も電話をかけてきた。このまま野球を続けていいのか、悩んでもいた。「あなたの仕事は野球。やるべきことをしっかりやりなさい」。洋子さんはそう言って孝典さんを励ました。
 孝典さんは震災直後の5月、巨人から西武に移籍。今季は11試合に出場した。出場機会に恵まれない時期も全力で練習を続けた。チームメートやファンからの支援物資を被災地に届けたほか、子どもたちの野球教室にも繰り返し出向いた。息子の懸命な姿に星さん夫婦も勇気をもらった。
 北釜を含む下増田地区の集団移転事業では、海岸線から約3キロ内陸に移転先団地が造成され、現在少しずつ住宅建設が進む。息子の心配を一日も早く取り除こうと、星さん夫婦は団地内で最も早いペースで住宅完成にこぎ着けた。
 仮設住宅にいる間は、たまに孝典さんが妻子を連れて帰省してもホテルに宿泊するしかなかった。徳夫さんは「やっと自宅で迎えられる。今まで支えられた分、これからは応援する側になって孝典を温かく見守っていきたい」と話している。


河北新報
復興への道力走 女川うみねこマラソン復活
 女川町女川小(児童251人)の子どもたちが11日、マラソンイベント「女川うみねこキッズランナー」で力走した。東日本大震災で休止している「女川うみねこマラソン」が、小学生限定で4年ぶりに復活した。
 学校近くの町総合運動場周辺をコースに1、2年生が約900メートル、3、4年生が約1600メートル、5、6年生が約2000メートルに挑戦。沿道では、住民らが大漁旗や応援メッセージが書かれた旗を振って応援した。
 6年女子で1位になった遠藤優花さん(12)は「坂道がつらかったけれど、声援で励まされた」と息を弾ませた。
 町など主催のうみねこマラソンは震災前、小学生からシニアまで1000人以上が出場していた。中心部などで復興工事が続いていることから、来年も女川小の学校行事で開催される予定。


朝日新聞
「なんで」…今も 震災3年8カ月 宮城・女川で慰霊
東日本大震災から3年8カ月。12人の行員が犠牲になった七十七銀行女川支店跡(宮城県女川町)に11日、慰霊のために遺族が集まった。行員で長女の美智子さん(当時54)を亡くした丹野長子さん(83)は座り込み、「なんで山に逃げなかったのかねえ」とつぶやき、涙を流した。現場近くには4階建ての江島共済会館が倒壊したまま残り、この日も多くの人が足を止めた

(矢木隆晴)


朝日新聞
除染作業員の健康診断書偽造か 75人分、内容に疑問
 福島県田村市で行われた国直轄の除染事業で、作業を請け負った業者側が、労働安全衛生法で義務づけられている作業員の健康診断の書類75人分を偽造した疑いがあることが分かった。発注した環境省と同法を所管する厚生労働省が調査に乗り出す。

 環境省などによると、この除染事業は、ゼネコンの鹿島などの共同企業体が受注し、2012年7月〜13年6月に行われた。今年6月、下請けした横浜市の派遣会社の男性作業員1人について、診断書が偽造されていたことが判明。鹿島が、事業に参加した作業員約2300人の健康診断書を内部調査したところ、75人の診断書で、実施されたはずの医療機関には記録が残っていなかったり、架空の医師が診断したことになったりしていた。医療機関などが個人情報を理由に調査協力を拒んだケースもあるという。

 同社は、10月末に環境省と厚労省に調査結果を報告。環境省は、作業員や雇い主の下請け会社への追加調査を求めた。除染事業者は、作業者の雇い入れ時などに健康診断し被曝(ひばく)歴とあわせて個人票をつくり30年間保管することが、労働安全衛生法で定められている。違反の場合は50万円以下の罰金が科される。


朝日新聞
「脱原発」の意見、1万7665件で94% エネルギー計画のパブリックコメント
 安倍内閣が4月に閣議決定したエネルギー基本計画をつくる際、国民に意見を募った「パブリックコメント」で、脱原発を求める意見が9割を超えていたことがわかった。朝日新聞が経済産業省に情報公開を求めて開示されたすべてを原発への賛否で分類した。経産省は基本計画で原発を「重要なベースロード電源」と位置づけたが、そうした民意をくみ取らなかった。

 経産省が昨年12月6日に示した基本計画の原案に対し、対象の1カ月間にメールやファクスなどで約1万9千件の意見が集まった。同省は今年2月、主な意見を発表したが原発への賛否は分類していなかった。

 開示されたのは全部で2万929ページ。複数ページに及ぶものを1件と数えると1万8711件だった。うち2109件はすでに今年5月に開示され、今回残りが開示された。

 廃炉や再稼働反対を求める「脱原発」は1万7665件で94・4%。再稼働を求めるなどした「原発維持・推進」は213件で1・1%、賛否の判断が難しいなどの「その他」が833件で4・5%だった。

 脱原発の理由では「原案は民意を反映していない」「使用済み核燃料を処分する場所がない」などが多かった。「原発維持・推進」の理由では、電力の安定供給や温暖化対策に原発が必要との意見があった。

 開示文書は、個人情報保護のため名前が消されており正確な把握はできないが、「脱原発」の意見には同じ文面のファクスが数十件あるなど、何度も意見を送った人もいたようだ。

 経産省は、今回の基本計画をめぐるパブリックコメントのとりまとめでは「団体の意見も個人の意見も1件。それで数ではなく内容に着目して整理作業をした」として、原発への賛否は集計しなかった。

 民主党政権は2012年、30年の原発比率について国民的議論を呼びかけた。パブリックコメントでは約8万9千件が集まり、約9割が「原発ゼロ」を支持した。

 (編集委員・小森敦司)


毎日新聞
川内原発:1400人が異議申し立て
 原子力規制委員会が新規制基準に適合していると判断した九州電力川内(せんだい)原発1、2号機(鹿児島県)の原子炉の設計変更許可について、再稼働に批判的な立場の計約1400人が行政不服審査法に基づき許可の取り消しを求める異議申し立てをした。規制委が12日、発表した。川内原発の許可への異議申し立ては初めて。規制委は今後、内容の審理をする。

 規制委によると、申し立ての代表は3人だが、具体的な名前などは非公開。異議申し立て書によると、許可取り消しを求める理由として、規制委が東京電力福島第1原発事故の真相解明をせずに新規制基準の作成と審査を優先した▽避難計画の実効性を確認していない−−などを挙げている。【鳥井真平】


ガザに自由を! パレスチナに公正な平和を! ≪イスラエル・ボイコット≫マラソンデモ (2014年11月12日〜12月24日)
今年の夏、イスラエルが2100人以上のガザ住民を殺戮したことに対し、国際社会からは多くの批判の声が上がりました。しかし、パレスチナでは違法な占領とアパルトヘイト政策が今も続けられています。その上、安倍政権は、イスラエルとの経済・軍事交流を急速に深めつつあります。

いつまでこのような不条理が容認され続けるのでしょうか?かつて南アフリカでは、国際的なボイコット運動が広く取り組まれ、アパルトヘイト廃絶に大きく貢献しました。今、パレスチナでも同様の呼びかけが行われ、イスラエルに対するボイコット運動が世界中に広がりつつあります。

そこで私たちは、これ以上ガザの悲劇を繰り返させないため、また、パレスチナにおける占領・封鎖・人権侵害を終わらせるため、42日間にわたる≪イスラエル・ボイコット≫マラソンデモを行います。

メインのターゲットはヨドバシカメラです。ヨドバシカメラは、パレスチナ西岸地区内のイスラエル入植地で製造されている家庭用炭酸水製造機ソーダストリームを販売し続けています。また、パレスチナ人の移動の自由を奪うイスラエル軍検問所における生体認証システムを開発・納入しているヒューレット・パッカード社のパソコンやプリンターを
販売しています。

さらにヨドバシカメラは、イスラエル軍・警察の通信システムや、入植地におけるレーダー監視システムを供給しているモトローラ・ソリューションズの入庫管理システムも利用しています。また、最近ガザの虐殺現場ではソニー製CCDカメラ内蔵の兵器が発見されています。ガザ虐殺やパレスチナの封鎖・占領に直接かかわっている企業が、ヨドバシカメラを通じて何も知らされていない消費者から利益を得ているのです。

11月12日から12月24日にかけての42日間、私達は毎日、ヨドバシカメラに対して、戦争・占領協力企業の製品販売やサービス契約を行わないよう要請します。また、戦争のない平和な世界を築くため、より多くの方がイスラエル・ボイコット運動に参加してくださるよう呼びかけます。

■レッツ・アクション!!

11月12日(水)から12月24日(水)までの間、下記のアクションを行ってください!

≪大阪方面の方へ≫
ヨドバシ梅田前でのアピール行動に参加してください。(平日は18:00から18:30まで、土日祝は11:30から12:00まで)

≪京都方面の方へ≫
京都ヨドバシ前でのアピール行動に参加してください。(平日の16:30から17:00まで)

■呼びかけ:≪イスラエル・ボイコット≫マラソンデモ実行委員会

■賛同団体(11月11日現在):

ATTAC関西
アハリー・アラブ病院を支援する会
がらくた茶房 どるめん
関西共同行動
キリスト教事業所連帯合同労働組合
「ストップ!ソーダストリーム」キャンペーン
占領に反対する芸術家たち
日本キリスト教団大阪教区社会委員会
日本キリスト教団羽生の森教会
パレスチナと仙台を結ぶ会
パレスチナの平和を考える会
靖国・天皇制問題情報センター

■連絡先

Email: palestine.forum[at]gmail.com
Tel: 06-7777-4935(市民共同オフィスSORA)

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東日本大震災から3年8か月/土居でクリスマスソング/A女子3人Q

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La Chine et le Japon ≪ont besoin l’un de l’autre≫
La Chine et le Japon ≪ont besoin l’un de l’autre≫ car leurs destins sont liés, a affirmé mardi à Pékin le Premier ministre japonais Shinzo Abe, au lendemain de son premier sommet avec le président chinois.
≪Japon et Chine, nous avons besoin l’un de l’autre. D’une certaine facon, nous sommes liés de manière inséparable≫, a déclaré M. Abe après sa première rencontre formelle avec Xi Jinping, en marge du sommet de l’Apec, alors que les relations entre Pékin et Tokyo sont très dégradées depuis plus de deux ans.
Shinzo Abe a confié trouver ≪regrettable≫ qu’aucun sommet sino-japonais n’ait pu être organisé durant cette longue période.
Mais, a-t-il ajouté, ≪je pense que ma rencontre cette fois-ci avec le président Xi est une étape majeure pour l’amélioration de nos relations bilatérales≫.
La réunion annuelle de l’Asie-Pacifique a ainsi permis aux dirigeants de la Chine et du Japon de tenir de premiers entretiens au plus haut niveau depuis décmbre 2011, ainsi que plusieurs mises en contact devant les caméras.
La Maison Blanche a salué mardi la rencontre, jugeant qu’elle représentait une occasion de ≪réduire les tensions≫ entre les deux pays.
Mais les poignées de mains échangées entre MM. Xi et Abe ont été particulièrement froides, illustrant le poids des tensions qui restent vives entre les deux pays, voisins et rivaux.
Les relations entre la deuxième et la troisième économies mondiales se sont envenimées en raison principalement d’un différend territorial et de fortes dissensions portant sur l’Histoire.
Arrivés au pouvoir à peu près au même moment fin 2012 et début 2013, Shinzo Abe et Xi Jinping n’avaient jamais tenu de sommet bilatéral.

フランス人の不思議な頭の中 (単行本)
山口 昌子
KADOKAWA/角川学芸出版
2014-07-24


悪くはないですが、タイトルから受ける印象とは少し違いました Edgeworth-Kuiper Belt
フランス人の国民性について語った本。著者は産経新聞社のパリ支局長を21年間務め、フランスで勲章も貰っている。著者の体験よりも、一般的な傾向やフランスのマスコミの記事から集めたようなネタが多い。

五輪報道に見る勝利至上主義。好戦的な国民性。アメリカやイギリスへの微妙な国民感情。「恋愛結婚」ではなく「政略結婚」といわれるドイツとの関係。悪口を言ってはいけない3人、ジャンヌ・ダルク、ナポレオン・ボナパルト、シャルル・ドゴール。高級官僚養成所・国立行政学院(ENA)の1978〜80年の「ヴォルテール」と呼ばれるクラス出身者の影響力の強さ。大学入学資格試験(BAC)。「プレパ」と呼ばれる「グランドゼコール・準備クラス」。男も女もリベルタン(好色)の国。第5共和制の歴代の大統領で女性問題のスキャンダルが無いのはドゴールだけ。「人口は国力」という考え方。様々な移民と問題。厳しくなった国籍取得制限。治安の悪化。ロマ、ユダヤ人、イスラム教徒。極右の台頭。有給休暇は権利というより義務。日曜開店は罪。美食大国。

一方、芸術、映画、ワイン、地域性、ツールド・フランス、科学技術といったフランスに関するよくある話題はあまり出てこない。

全体的に手堅くまとめてあり、フランス人気質を知るには悪くないものの、正直、それほど面白くはない。「フランス人の頭の中」というタイトルは、やや大げさに感じる。

尚、フランスの農業大国ぶりを紹介している文章の中に「主食の米さえ輸入に頼る日本人」という記述があるが、これは正確ではない。確かに日本は一部米の輸入を行っているが、それは主にミニマムアクセスによるものである(将来、TPPが調印されたらそれも変わるかもしれないが)。


東日本大震災から3年8か月.最近震災で亡くなった母のことをよく考えてしまいます.そのせいかどうかはわかりませんが,今日は気持ちがイマイチ.力が入らないというか,やる気がないというか.お昼はオムライスランチを食べてその帰り土居商店街を通ったらクリスマスソングが流れていました.もろびとこぞりて(Joy to the World)と赤鼻のトナカイ(Le Petit Renne au nez rouge).もうそんな季節なんですね.
ブルーバックスを読んで時間をつぶしていたのですが,A女子3人がQしに来たので相手していました.でも妙に行く時間になってしまったのでNaさんに代わってもらいました.

朝日新聞
震災3年8カ月 娘と孫失い、婿が再婚する
 山形県酒田市の菊池真智子さん(51)は、47歳でおばあちゃんになった。大崎市で看護師をしていた長女の歩さんが、女川町で働く同い年のゆう君と出会い、結婚。震災の前の年の9月、男の子が生まれ、凛と名付けられた。

 お産を終え、酒田の実家から女川に送り出すとき、言った。「アユもお母さんになったんだから、凛を守らなくちゃだめよ」。歩さんは「マチコの説教がまた始まった」と笑って聞いていた。

 ちゃんとした式は挙げていなかった。春に凜と一緒にお披露目をしよう――。その日は来なかった。

 津波は、JR女川駅近くの4階建てアパートを丸ごとのみこんだ。地震の後、公園に避難していた歩さんは、凛くんを抱いて石垣を登ろうとしたが、手が届かなかった。誰かが「赤ちゃんを放して」と叫び、歩さんはそうせずに流された、との目撃証言がある。

 職場にいたゆう君は難を逃れた。1週間後に駆けつけた菊池さんらと、避難所を、次に遺体安置所を捜した。たくさんの写真の中から「これ、アユじゃないか」と気づいたのはゆう君。違う、と菊池さんは言い張った。DNA型鑑定の結果は歩さんだった。葬儀は6月12日。ゆう君は拳をぎゅーっと握り続けていた。

 岩手県出身のゆう君は末っ子。「僕は岩手に帰ることはない。酒田にアユと凜のお墓を建てさせてください」と言い、菊池さんの家近くのお寺を探した。墓石には「凛」と彫り、今も見つからない遺体の代わりに、アパートで捜しだしたへその緒を、歩さんの骨と一緒に入れた。

 仙台に移ったゆう君は、酒田まで車を飛ばして墓参りに来ては、菊池さんらと過ごした。まるで息子のように。

 菊池さんは言う。「ゆう君は私たちの家族の中にアユと凛を感じて、過ごして行くのだと思う。私たちも同じ。埋まらない気持ちを埋め合っているようだった」

 今年1月、酒田にいたゆう君が次の日に帰るという晩。「実は、おつきあいしている人がいる」と、突然言った。「ふーん。で?」「結婚することになります」

 菊池さんはそのままお風呂に入った。心が波立つ。

 彼が一番苦しいのはわかっていた。26歳で妻と子を亡くし、友達や同僚の家族も。一度にたくさんの死とかかわった。電気のつかないアパートで数カ月を一人で過ごし、捜索に明け暮れた。どんなに逃げ出したかっただろう。

 幸せになってほしい、と思う。生きている彼には未来の道がある。でも、一緒に進むと約束したはずのアユと凜には、その道がない。

 どうして?

 3月、酒田に来たゆう君に泣きながら言った。「2人は離婚したわけじゃない。ここへ来るときは、あなたはアユの旦那だから。家族なのは変わらないんだから」

 「自分もそう考えていました」。ゆう君は答えた。

 入籍の報告を受けたのは5月。少し経ってから、メールを返した。「いつか凛に会った時、『父ちゃんはカッコ良かったよ!』と言われる人生を歩め。アユにはいっぱい怒られてね」。気持ちの整理はまだつかない。

 8月2日、酒田で花火大会があった。2日前が歩さんの30回目の誕生日。菊池さんはお祝いにと、メッセージつきの花火を申し込んだ。夜空にド、ドンと大きな花束が二つ咲き、「凛と一緒に見てますか。ずっと大好きだよ」とアナウンスが流れた。

 お金を一緒に出したゆう君も、隣で見上げていた。再婚の話は、二人とも口にしなかった。

(石橋英昭)


河北新報
大震災きょう3年8ヵ月 気仙沼で集中捜索
 東日本大震災から3年8カ月となる11日を前に、気仙沼署は10日、気仙沼市本吉町の沖の田、野々下両地区の海岸で、震災による行方不明者を集中捜索した。
 署員と一般社団法人「気仙沼復興協会」が受け入れたボランティアの計25人が参加したほか、気仙沼市も初めて職員2人を派遣した。
 強い浜風を受けながら、胴長姿の署員が波打ち際の砂浜を探ったり、ボランティアが熊手で浜辺の石やがれきをかき分けたりした。人骨の可能性がある長さ2〜20センチの骨7本が見つかった。
 東京都の会社員岩崎真紀さん(44)は勤続25年記念の休暇を利用し、初めてボランティアに参加した。「この浜辺のどこかに、家族の元へ戻りたい人がいると知って胸が痛んだ。何とか役に立ちたい」と、熊手を慎重に操った。
 埼玉県熊谷市の無職福島祐二さん(61)は「復興が進んでいないことを知り、被災地支援をしたいという気持ちが強くなった。継続的に参加して不明者の手掛かりを見つけたい」と話した。
 市内ではいまも226人の行方が分かっていない。


NHK
関連死含め震災の死者不明者2万1574人に
東日本大震災から3年8か月となりますが、警察がこれまでに確認した死者と行方不明者は1万8486人となっています。
また、避難生活などで亡くなった、いわゆる「震災関連死」は国のまとめで3000人を超え、「関連死」を含めた震災による死者と行方不明者は少なくとも2万1574人に上っています。

警察庁によりますと、警察によって死亡が確認された人は、▽宮城県が9538人、▽岩手県が4673人、▽福島県が1611人、▽茨城県が24人、▽千葉県が21人、▽東京都が7人、▽栃木県と神奈川県がそれぞれ4人、▽青森県が3人、▽山形県が2人、▽群馬県と北海道がそれぞれ1人で、合わせて1万5889人となっています。
死亡した人の99%は身元が確認されましたが、依然として87人の身元が分かっていません。
また、警察に届け出があった行方不明者は、▽宮城県が1257人、▽岩手県が1132人、▽福島県が204人、▽千葉県が2人、▽茨城県と青森県がそれぞれ1人で、6つの県で合わせて2597人となっています。
一方、復興庁によりますと、避難生活による体調の悪化などで亡くなった、いわゆる「震災関連死」は、ことし3月末現在で、▽福島県で1704人、▽宮城県で889人、▽岩手県で441人、▽茨城県で41人、▽千葉県で4人、▽長野県と神奈川県でそれぞれ3人、▽山形県で2人、▽東京都と埼玉県でそれぞれ1人の少なくとも合わせて3089人となっています。
このうち、警察庁のまとめと重複している1人を除くと、東日本大震災による死者と行方不明者は「震災関連死」を含めて少なくとも2万1574人に上っています。


岩手日報
古里の海や川と生きる 震災3年8カ月、養殖業励む
 11日で東日本大震災から3年8カ月。大槌町の阿部清寿(せいじゅ)さん(46)は震災後、地元で養殖漁業を始め、挑戦の日々を前に進んでいる。カキ養殖に地元の清流を活用するなど試行錯誤を重ね、「全部が研究の毎日です」と意欲的。以前は遠洋漁船の乗組員だったが、震災で母親と自宅を失い、古里の海や川と生きると決めた。「やれることは何でもやりたい」と、逆境の中でつかんだ仕事にやりがいを感じながら打ち込んでいる。

 養殖を始めたのは震災翌年の2012年。それまでは漁船専業で「養殖は全然知らなかった」が、いとこの漁師に学んでワカメ養殖を始め、13年からカキにも取り組む。

 かつて砂金が採れた金沢地区の山から流れる大槌川を使う独特の育て方から、「金山牡蠣(がき)」と名付けた。数カ月に1度、ネットごと川に漬けて「洗浄」し、付着物を取り除く一工夫を加えている。「小さいころから親しんだ大槌川。干潮の時、河口にカキがきれいな状態でくっついていたことをふと思い出し、面白いんじゃないかと思った」。生まれ育った地元だからこそ考えついた自然環境を生かす方法だ。

 「漁師業界を活気よくさせたい。仕事の養殖だけでなく、人や、大槌の環境も育てながらやっていきたい」。大きな夢が相棒だ。


毎日新聞
東日本大震災:ハワイ沖漂着の水上バイク帰還 福島
 東日本大震災の津波で米ハワイ沖の環礁に漂着した福島県大熊町の会社員、松永友宗(ともむね)さん(49)所有の水上バイクが10日、同県いわき市の小名浜港に届いた。

 水上バイクは東京電力福島第1原発から約3キロ、海から数百メートルの場所にある自宅の倉庫にあったが、津波で流失。松永さん一家は無事だったが、自宅と倉庫は全壊した。

 今年5月、米国の生物研究者が水上バイクを発見し、日本の海洋環境団体を通じて持ち主を特定。ハワイ沖で遠洋航海実習中の福島県立いわき海星高が協力し、船で運んだ。

 いわき市に避難中の松永さんは10日が誕生日。船を出迎え「親戚の子どもたちを乗せた思い出深いバイク。皆さんの善意が詰まった奇跡に近い贈り物でうれしい」と目を潤ませた。(共同)


朝日新聞
岩手)小友地区に野球場 工藤公康さんが中学生に指導
 津波で被災した陸前高田市の小友(おとも)中学校跡地に野球場が誕生した。9日の完成式には、プロ野球ソフトバンクの新監督・工藤公康さん(51)が駆けつけ、地元の中学生に野球を指導した。球場の愛称は「あきらめない心スタジアム」。工藤さんが命名した。

 この日は高田東中、第一中、気仙中の野球部員62人が、工藤さんからさっそくキャッチボールやノックなど野球の指導を受け、新しい球場を動き回った。

 始球式で工藤さんの投球を捕球した高田東中2年の熊谷南海(みなみ)君(14)は「球の伸びが違う。工藤さんに『ナイスキャッチ』と声を掛けられ、信じられない気持ちです」と興奮した様子。「投手をしっかりリードできる捕手を目指したい」と目を輝かせた。

 球場は両翼82メートル、奥行き100メートルで、市が復興交付金約8千万円を活用した。工藤さんは、ゴーゴーカレーグループ、日刊スポーツ新聞社と支援プロジェクトを立ち上げ、カレーの売り上げの一部約1千万円を寄付。このお金はバックネットなど設備を充実させる費用にあてられた。

 野球指導で4回目の陸前高田訪問となった工藤さんは「野球の楽しさやがんばりの中で、子どもたちにチームワークや思いやりの大切さを伝えたいと思ってきました」と話し、「あきらめず、前に進んでほしい」とエールを送った。


日本経済新聞
東日本大震災から3年8カ月、沿岸で集中捜索
 東日本大震災から3年8カ月を迎えた11日、津波で大きな被害に遭った岩手、宮城、福島の3県沿岸部で、各県警が行方不明者の手掛かりを求め、集中捜索した。

 宮城県南三陸町戸倉の海岸では、南三陸署員が岩場を掘り起こしたり、堆積した土砂やがれきをより分けたりした。この場所ではかさ上げなどの工事が進んでおり、同署の大場博地域課長(56)は「捜索は難しくなってきているが、家族の気持ちに寄り添って、これからも続けたい」と話した。

 福島県浪江町請戸地区の沿岸やがれき集積所では、県警や遺族らが約100人態勢で捜索。浪江町から避難し福島市の仮設住宅で暮らす舛倉美津枝さん(61)は、津波で姉夫婦を亡くし母は行方不明のままだ。

 「捜しに来る人も少なくなってきたが、母が見つかるとの希望を今も持っています」と話し、がれきの山を熊手で掘り返していた。

 警察庁によると10日現在、3県で計2593人が行方不明となっている。


岩手放送
震災3年8か月 月命日の犠牲者供養
東日本大震災の発生から3年8か月。月命日の11日、被災地では犠牲となった人々へ鎮魂の祈りが捧げられました。陸前高田市広田町の慈恩寺では、地震発生の午後2時46分に境内の鐘が鳴らされ、遺族や檀家が海に向かって黙とうしました。そして慰霊塔に線香を上げて、犠牲者の冥福を祈りました。広田町泊地区にある寺の周辺は今も更地が目立ちますが、山側では高台移転のための造成工事が、そして海では漁港の復旧工事が進められています。本堂の床ぎりぎりまで津波が押し寄せ、避難所ともなった寺は静けさを取り戻し、周囲に復興の兆しも現れてきました。しかし犠牲者への追悼は変わることなく続いています。

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メランコリ―の予感/通帳記帳/りんご/ベク解

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Le président chinois a rencontré le Premier ministre japonais
PEKIN (Reuters) - Le président chinois, Xi Jinping, et le Premier ministre japonais, Shinzo Abe, ont eu un entretien officiel lundi pour la première fois depuis l'arrivée au pouvoir des deux dirigeants dont les pays affichent des relations tendues.
La Chine et le Japon, respectivement deuxième et troisième puissances économiques de la planète, se disputent la souveraineté d'un certain nombre d'îles ainsi que le leadership régional avec, en toile de fond, le souvenir amer de l'occupation de la Chine par le Japon lors du conflit sino-japonais de 1937-1945.
Shinzo Abe a qualifié sa rencontre avec Xi Jinping de pas en avant dans la réparation des relations bilatérales entre les deux pays. Cette rencontre au sommet, a-t-il dit, était souhaitée par de nombreux Etats de la région.
Le Premier ministre japonais a indiqué être tombé d'accord avec Xi Jinping pour enclencher les préparatifs d'un mécanisme de résolution des différends d'ordre maritime.
La Chine espère que le Japon continuera à suivre le chemin d'un développement pacifique et adoptera des politiques prudentes en matière de défense et de sécurité, a pour sa part déclaré le président chinois à Shinzo Abe, selon l'agence de presse officielle Chine nouvelle.
La rencontre entre les deux dirigeants a eu lieu au Palais de l'Assemblée du peuple, imposant bâtiment où siège l'Assemblée nationale populaire (ANP), le parlement chinois.
Trois jours avant cette rencontre, les deux pays avaient décidé de travailler à améliorer leur relation et fait part de leur volonté de mettre en veilleuse leur revendications territoriales sur les îles qu'ils se disputent.
(Leika Kihara et Ben Blanchard, Danielle Rouquié pour le service français)




朝から元気がなくメランコリーの予感.でも夕方くらいには元気になりました.
元気になったのに関係していたかどうかわかりませんが,ベク解が関係しているかもしれません.
4か月ぶりに通帳記帳をしたついでに,リンゴをたくさん買ったんです.
お昼だけでなく晩ご飯のときも食べました.

エイガドットコム
宮城出身の鈴木京香、被災地描く主演作に「中途半端には出来ないという恐怖心もあった」
被災地で地域医療に従事する麻酔科医の姿を描いた映画「救いたい」の完成披露試写会が11月10日、東京・よみうり大手町ホールで行われ、主演の鈴木京香、三浦友和らキャスト陣と製作陣が舞台挨拶に出席した。

本作は、東日本大震災の被災地で暮らす人々の生活を、鈴木扮する麻酔科医の視点から描いたヒューマンドラマ。被災地である宮城県出身の鈴木は、出演に関して「宮城県出身だからこそ声をかけて頂いたのかもしれないですが、だからこそ中途半端には出来ないという恐怖心もちょっとありました」と心境を吐露。不安はあったが「それでもやりたいと思いました」と特別な思いを口にした。

さらに鈴木は、震災と復興という繊細なテーマについて「被災地の大変なことだけではなく、現地で自分の職業をまっとうしようと努力している人たちを、奇をてらわずに描いている」と語り、「とにかく素直に、正直に演じようと思いました」と脚本の素晴らしさを称えていた。また、「夫婦のあり方がとっても素敵。憧れました」と夫役の三浦を見てニッコリ。これには三浦も「鈴木京香さんが奥様ですから。楽しく演じさせて頂きました」と笑みをこぼした。

この日登壇した鈴木、三浦、渡辺大、貫地谷しほり、中越典子、原作者の川村隆枝氏、神山征二郎監督監には、映画化の発起人である広島大学麻酔科医講師・讃岐美智義(みちよし)氏ら麻酔科医と看護師から花束が贈呈され、感無量の面持ち。三浦は、全国公開に先立つ試写会に集まった観客に向かって「普段はあまり言わないのですが、必ず勧めて頂きたい作品です」と力強く語っていた。

仙台医療センターに勤める優秀な麻酔科医・川島隆子(鈴木)は、多忙な毎日を送りながらも、被災地に診療所を立ちあげた夫・貞一(三浦)を妻として支えていく。被災後、苦悩を抱えながらも前向きに生きようとする人々の再生を描く。「救いたい」は11月22日から東京・新宿ピカデリーほか全国公開。


朝日新聞
復興の願い、お好み焼きに 広島被爆者、福島でふるまう
 神奈川県相模原市でお好み焼き店を営む夫婦が9日、福島県郡山市を訪れ、福島の食材を使ったお好み焼きを無料でふるまった。夫は広島で原爆に被爆し、妻も広島育ち。東京電力福島第一原発の事故に苦しむ福島の姿を故郷に重ね、復興への願いを込めた。

 夫婦は相模原市緑区でお好み焼き店「むぎわらぼうし」を営む江島昇一さん(70)と令子さん(70)。郡山市の子育て支援施設「ニコニコこども館」の祭りで、そばと野菜がたっぷり入った広島のお好み焼きを焼き上げた。親子連れが長い列をつくり、「おいしい」「もっと食べたい!」と歓声が上がった。

 69年前の8月6日、当時1歳の昇一さんは爆心地から約3キロの広島市内の自宅で被爆した。母親の話では、昇一さんは蚊帳の中で眠っていて、蚊帳には爆風で吹き飛ばされた無数のガラス片が突き刺さっていたという。造船所勤めの父親はその日、たまたま寝坊して家にいたが、閃光(せんこう)に気づいて伏せたため、かすり傷で済んだ。母親も伏せて無事だったという。

 昇一さんは焼け焦げた遺体が転がる惨状を聴かされて育った。進学のため上京し、神奈川県内で就職した後も、放射能の影響で健康を害する不安は常につきまとった。「いつ発症するか不安で、将来に夢を持てなかった」。医療機関を受診する際も、周囲に知られるのが嫌で、被爆者手帳は使わなかった。

 令子さんは当時暮らしていた朝鮮半島で敗戦を迎え、広島で育った。物心ついたころ、配給の粉を使ったお好み焼きが広島で広まった。野菜がたっぷり入り、ソースの味が子どもを引きつけた。「練炭のにおいがただようバラックで、近所のおばちゃんが焼いてくれた。私たちにとっては平和と復興の象徴」と令子さんは言う。

 夫婦がともに大好きなお好み焼きを食べてほしいと、自宅を改装して相模原(当時は津久井町)に店を開いたのは2000年。昇一さんは自動車関連会社の定年まで間近となり、令子さんの念願にこたえた。

 店には5年ほど前から折り紙を置き、焼けるのを待つ間に、客に鶴を折ってもらっている。その折り鶴は毎年、広島に送ってきた。

 福島の原発事故後、政府の対応の遅れで住民の被曝(ひばく)が拡大したり、福島の人や食べ物への差別が広がったりしたことに、夫婦で胸を痛めた。広島の教訓が生かされていないと感じた。

 今年6月、千羽鶴を折りながら原爆症と闘い、広島平和記念公園の「原爆の子の像」のモデルとなった故・佐々木禎子(さだこ)さんのおいで、ミュージシャンの佐々木祐滋さん(44)らが来店した。

 令子さんが「広島の復興の象徴であるお好み焼きを、被災地でふるまいたい」と話すと、同席していた広島出身の知人が、お好み焼き用ソースで有名なオタフクソース(広島市)に相談。同社にキッチンカーやソースを提供してもらい、郡山市でつくる話がトントン拍子で決まった。

 9日は佐々木さんも同行。福島産のキャベツやタマゴ、豚肉などでお好み焼きをつくった。焼き上がる前にはやはり、親子連れに鶴を折ってもらった。昇一さんは「広島の苦しみを繰り返さぬよう、福島の人たちに応援の気持ちを届けたかった。また来たい」と話していた。(太田泉生)

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ラザニアが美味しい♪/水平社宣言/家賃の催促

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140112_Taimeshi_Onomichi

Les Allemands fêtent les 25 ans de la chute du mur de Berlin
Le week-end s'annonce particulièrement festif à Berlin. Deux millions de visiteurs sont attendus dans la capitale allemande pour les célébrations des 25 ans de la chute du Mur de Berlin. Ce vendredi soir, les célébrations débutent avec une chaîne de 8 000 ballons lumineux suit le tracé de l'ancien Mur sur une quinzaine de kilomètres.

Ces ballons seront lâchés dimanche soir dans le ciel, 25 ans jour pour jour après l'ouverture du Mur. Une grande ≪fête populaire≫ marquera cet événement historique, prélude à la réunification de l'Allemagne, onze mois plus tard. De nombreux concerts sont prévus dimanche, dont celui du Britannique Peter Gabriel. L'ex-chanteur et fondateur du groupe Genesis, interprètera ≪Heroes≫, tube enregistré en 1977 près du Mur par David Bowie, qui vivait à Berlin-Ouest.

明日へ−支えあおう−「やるぜ、為末“大”運動会」
元・世界陸上銅メダリストの為末大さんが一念発起。「東北の町で運動会をやろう!」大学生が協力し、手探りで運動会を企画する。舞台は、震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市雄勝町。住民はかつての3割に減り、町を離れる若い世代も多い。子どもからお年寄りまで参加でき、楽しめる運動会にするには、どうすればいいか?プログラム、会場、支援者…課題は山積み。スポーツで町の人を元気にすることはできるのか?語り:木村文乃

NNNドキュメント'14 放射線を浴びた60年後被ばく資料があった!
1954年、アメリカの水爆実験で被ばくしたとされるマグロ漁船乗組員の被ばく実態について、乗組員や有識者の証言を元に、開示された文書と事件を改めて検証する。
鈴木省吾  南海放送


大阪城・野外音楽堂で開かれる「とめよう!戦争への道 めざそう!アジアの平和 2014関西のつどい」に行こうと思っていたのですが,雨でくじけてしまいました.その代り近くのイタリアンでラザニア(les lasagnes)をいただきました.アツアツで美味しかったです.マンゴージュースをたのんだのですが,コーヒーにすればよかったと思いました.
水平社宣言に関する本を読みました.宣言は西光万吉が書いたものだと思っていたのですが,平野小劔が添削したことがわかりました.それにしてもいい文だと思います.
部屋に帰るときに郵便受けをみると封筒が入っていました.大家さんからなにか用があるのかな?と思っていたら家賃の催促でした.ガーン.払込みに行くの忘れていました.明日ATMにダッシュです.

石巻かほく
福幸祭2014〜のびる村に集まろう、そして、語ろう
「福幸祭」で語り合おう
農産物販売や歌謡ショー
9日、東松島・野蒜地区

 東日本大震災で大きな被害があった東松島市野蒜地区で9日、「福幸祭2014」が開かれる。震災の津波被害から復旧した農地が広がる会場に住民らが集まり、イベントを楽しみながら地域の復興を願い、それぞれの近況や未来を語り合う。農産物販売や各種飲食、歌謡ショーなどが用意される。入場無料。

 福幸祭は2012年度から毎年開催。震災後、いち早く農地の除塩作業などを行い、生産を再開した地元の農業生産法人「アグリードなるせ」と、市の自治会制度移行に伴い行政区を再編し設立した「のびる多面的機能自治会」が主催。実行委員会が主管し、アグリードなるせ前広場を主会場に展開する。

 午前11時に野蒜小5年生有志による野蒜復興太鼓で開幕。開会あいさつなどに続き、登米市出身の演歌歌手さかえ里美さんの歌謡ショー、餅まきなどがある。農地の除塩作業に使った農業機械も展示される。復興の森にあるツリーハウスでは午前10時からカフェがオープンする。終了予定は午後2時。

 会場近くには防災集団移転団地として造成が進み、宮戸小と野蒜小の統合校も建設される野蒜北部丘陵があり、一般社団法人C・W・ニコル・アファンの森財団が整備を進める「復興の森」もある。甚大な被害から復旧、復興の道を歩む。

 今回のサブタイトルに「のびる村に集まろう、そして、語ろう」を掲げた実行委のメンバーは「新しい野蒜づくりが進んでいる。かつて、ここは野蒜村だった。みんなで集まって語らい、もう一度前へ進もうというメッセージを込めた」と話した。

 連絡先は実行委事務局のアグリードなるせ0225(88)3645。


水平社宣言の熱と光
解放出版社
2012-03-10


「水平社宣言」は部落解放という課題に意味をもつだけでなく、実は歴史的連続性を有する日本社会を生き抜く私たちにとって、なにがしかの重要な意味を投げかけており、部落解放より射程の長いものに他ならないものと言えるでしょう。(略)近年では水平社運動史研究も斬新な視角から進められるようになり、それらをふまえて「水平社宣言」は新たに検討すべき段階に達したと言えます。言うまでもなく「水平社宣言」は今日的な部落問題の状況をふまえて多角的に論じられるべきですが、そのためにも私たちは「水平社宣言」を成立過程のみならず内容や特徴、歴史的意義、国内外への影響に至るまで歴史的に解明すべきであると考えています。(略)2012年の三月三日には、全国水平社が創立されて九〇周年を迎えます。部落解放運動をはじめとして部落問題の状況は大きな転換期の真っ只中にありますが、今日的到達点に立って水平社運動の内実と歴史的意義が再検討される可能性が大きいと思われます。そのために「水平社宣言」の歴史的アプローチによって歴史的意味を問うことを目的とした本書が一定の役割を果たすことになれば、これに優る喜びはありません。


河北新報
釜石中心街の復活へ前進 共同店舗仮オープン
 東日本大震災で被災した釜石市中心部に共同店舗「タウンポート大町」が整備され、8日、仮オープンした。被災店舗や新規創業した店が入居し、大型店と連携した新たな商業拠点を目指す。

 商店街型グループ化補助金を活用。運営するまちづくり会社フェリアス釜石によると、同補助金を利用して営業を始めるのは岩手、宮城、福島の被災3県で初めて。
 タウンポート大町は、ことし3月にオープンしたイオンタウン釜石の隣接地に整備。鉄骨2階、延べ床面積約560平方メートル。事業費は1億5000万円。応募で決まった飲食店、雑貨店など9店舗が入居する。8日は5店が営業を始め、12月5日に全面開業する。
 イオンタウンと再建が進む地元商店街との中間に位置し、イオンによる集客を商店街に誘導する役割もある。
 市は周囲に市民文化ホール、災害公営住宅などの整備を計画する。8日は、来秋完成の情報交流センター内にオランダ関係者の支援で開設する「ミッフィー・カフェ」の事前イベントもあり、市民らは様変わりする街に期待を膨らませた。
 被災し、共同店舗に入居したエプロンハウスHOTの高橋つね子さん(60)は「個性ある店が力を合わせ、にぎわいをつくりたい」と話す。新規創業した小島かふぇ店長の菊地菜月さん(26)は「伝統食と新メニューで釜石の食の魅力を提案したい」と意気込んだ。


河北新報
女川の児童ら復興へ夢語る 4年ぶり大会
 女川町の町民弁論大会が8日、女川小であった。町恒例の行事は、東日本大震災の影響で4年ぶりの開催。小中学生が復興に向かう地域への思いや将来の夢などを語った。
 小学生の部は6人、中学生の部は4人が登壇し、学校や家庭での体験を踏まえた意見を発表。審査の結果、女川小6年の山本彩乃さんと女川中3年の遠藤南美衣さんが最優秀賞に選ばれた。
 山本さんは「神戸の町を見て」と題し、阪神大震災で被災した神戸市を修学旅行で訪れた際の経験を紹介。「復興の力と支援のありがたさを実感した。女川も必ず復活できる」と訴えた。
 遠藤さんの演題は「笑顔の家、笑顔の町」。建築士になるという幼いころの夢が、震災で目標に変わり「住む人を笑顔にできる家を造り、町の復興に関わっていきたい」と述べた。
 弁論大会は石巻高同窓会女川支部「女川鰐陵会」と地元の経済人団体「金曜会」が主催。1964年に始まり、震災前は一般の部も設けられていた。子どもたちが未来を切り開く機会にしようと、小中学生の部門を先行して再開した。


毎日新聞
視点…冷戦終結25年=論説委員・大木俊治
◇新たな壁作らぬために

 冷戦時代に欧州の東西分断の象徴だった「ベルリンの壁」が崩れてから25年たった。だが今ウクライナ危機に端を発したロシアと米欧の対立で、世界に再び亀裂が生じている。新たな壁を作らぬためには、危機を固定化させない努力が必要だ。対立の克服と新しい世界秩序を目指して対話を重ねた冷戦終結当時の理想を、今の指導者たちは思い起こしてほしい。

 1989年11月9日、当時の東ドイツ政府は、共産主義の一党独裁政権に反対する市民デモの圧力を受け、東西ベルリンを隔てていた壁の国境検問所を開放した。東欧諸国で相次いで共産政権が倒れ、12月3日には米ソ首脳が「冷戦終結」を宣言。翌年、東西ドイツは統一され、91年にはソ連が崩壊した。

 この流れを呼んだのはソ連の改革だった。これを主導したゴルバチョフ大統領は「欧州共通の家」の構築を提唱し、欧米の指導者と対話を重ねた。しかしその理想は、25年後の今も実現していない。

 冷戦終結で「独り勝ち」となった米国の一極支配体制の下で北大西洋条約機構(NATO)は東へ拡大し、ロシア国境に迫った。そして今、米国はロシアの「兄弟国」ウクライナも勢力圏に取り込もうとロシアに制裁の圧力をかけている−−。ロシアのプーチン大統領の目にはそう映っているようだ。

 10月末、内外のロシア専門家を集めた会議でプーチン大統領は、「冷戦終結後、新たな規範作りに合意して平和に到達することはできなかった」「冷戦のいわゆる勝者が全世界を自分の利益のために作り替えてしまった」と米国に不満をぶつけ、対等な立場で新しい国際秩序作りに取り組む必要性を訴えた。

 むろんその「秩序作り」が世界を「勢力圏」で分けるような冷戦時代の旧思考に基づくのなら受け入れられない。ウクライナ南部クリミア半島の一方的な編入やウクライナ東部の混乱を「民族自決」を理由に正当化することも、国際法を都合良く解釈しているにすぎない。

 経済のグローバル化が進んだ今は、冷戦時代のような世界の分断は考えにくい。だがロシアを孤立させ、新たな「鉄のカーテン」の向こうに追いやっては冷戦後の「宿題」として残された新しい持続可能な国際秩序の構築は望めない。

 台頭する中国は欧米主導の既存秩序に異議を唱え、イスラム過激派の脅威も増している。国際社会が協調して取り組むべき今、日本も隣国ロシアを国際秩序作りに取り込んでいく努力を惜しむべきではないだろう。

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ヤル気がないです/阪神大ワイン祭

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Chiave3

Sacré charlemagne
Qui a eu cette idée folle
Un jour d´inventer l´école
C´est ce sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne
De nous laisser dans la vie
Que les dimanches, les jeudis
C´est ce sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne

Ce fils de Pépin le Bref
Nous donne beaucoup d´ennuis
Et nous avons cent griefs
Contre, contre, contre lui

Qui a eu cette idée folle
Un jour d´inventer l´école
C´est ce sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne

Participe passé
4 et 4 font 8
Leçon de français
De mathématiques
Que de que de travail
Sacré sacré sacré Charlemagne

Il aurait dû caresser
Longtemps sa barbe fleurie
Oh Oh sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne

Au lieu de nous ennuyer
Avec la géographie
Oh Oh sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne

Il n´avait qu´à s´occuper
De batailles et de chasse
Nous n´serions pas obligés
D´aller chaque jour en classe

Il faut apprendre à compter
Et faire des tas de dictées
Oh Oh sacré Charlemagne
Sacré Charlemagne

Participe passé
4 et 4 font 8
Leçon de français
De mathématiques
Que de que de travail
Sacré sacré sacré Charlemagne

Car sans lui dans notre vie
Y n´y aurait que des jeudis
Oh Oh sacré Charlemagne
Oh Oh sacré Charlemagne
Oh Oh sacré Charlemagne...


ETV特集「2014 ガザからの報告〜イスラエル・パレスチナ紛争〜」
今年夏イスラエルは、イスラム抵抗運動(ハマス)を武装解除するとして、パレスチナ暫定自治区のガザに大規模な空爆と地上戦を行った。パレスチナでは500人の子供を含む多数の民間人が死亡、一方イスラエルではハマスのロケット弾攻撃で4人の一般市民が亡くなった。8月末の停戦後も東エルサレムで衝突が起こるなど、パレスチナとイスラエルの紛争はより深刻さを増している。悲劇はなぜ繰り返されるのか。専門家とともに探る。
フリージャーナリスト…土井敏邦,日本女子大学教授…臼杵陽,跡見学園女子大学…森まり子,


重信房子さんが高槻市で逮捕されたのが2000年のこの日.悲しいことに彼女はテロリストと烙印を押されていますが,旅券法違反はよくありませんが,刑務所に20年も閉じ込められねばならないほど何を悪いことをしたのでしょうか?

今日は朝からヤル気なしです.どうにかセムムを頑張りました.
夕方阪神百貨店に.阪神大ワイン祭があるからです.
これまではタンニンの強い赤ワインが好きだったんですが,今日は渋いと感じるだけ.味覚が変わってしまったのかもしれません.バローロなどのイタリアワインがイマイチなのは以前と同じですが.試飲は少しづつですが,飲み過ぎた感じです.

朝日新聞
宮城)閖上の佐々直工場、名取市の震災遺構候補に選出
 名取市閖上にあったかまぼこ老舗「佐々直」の本店工場の建物が、市の震災遺構候補に選ばれた。ほとんどの家がなくなった閖上で、奇跡的に流されなかった1棟だ。佐々木直哉社長(68)は、津波が街をのみこんだあのとき、2階にただ1人残っていた。

 転勤が集中し、土産物がよく売れる3月は忙しい。あの年もそうだった。佐々木さんは遅い昼食を自宅でとった後、激しい揺れに襲われた。すぐに3カ所ある工場を見回り、従業員に帰宅を指示した。事務所の中はめちゃめちゃだが、機械は無事のようだった。

 「3日もすれば出荷できるだろう」。津波のことは思いも寄らない。防災行政無線も鳴らなかった。

 やがて車載テレビで「岩手に4メートルの津波」と聞いた記憶がある。「閖上は1、2メートルか」と考えを巡らせ、会社に残ることにした。大正5年創業の3代目。「残って守れるものでもないが、踏ん張るしかない」と思った。

 2階の外階段に出た。ブルブルと震えていると、前方の松林の間から水がちょろちょろ出始め、ロープの切れた3隻の船が向かってくるのが見えた。あっという間に水が膨らみ、押し寄せる。手前にあった建物2棟が工場にぶつかった。その陰になる形で、2階は浸水を辛うじて免れた。

 佐々木さんはその瞬間を「本当に津波が来たのか、という驚きだった」と振り返る。驚きが恐怖に変わったのは、しばらくして第2波か、横一線の白い波頭が海から迫ってくるのを見たときだ。津波は何度も押しては引き、すべてを流し去ってゆく。「閖上で生き残ったのは自分だけかもしれない」と思った。

 午後5時、閖上小に避難した家族と1度だけ携帯電話が通じた。その夜は2階で段ボールにくるまり、横になった。流れ出した油が爆発する音とヘリの音がやまず眠れない。翌朝、工場を出て家族と再会した。

 「我々はどうしても災害のことを忘れてしまう。いつか宮城県沖地震が来ると言われながら『来てほしくない』が『来ないんじゃないか』になっていた」と佐々木さんは率直に話す。100人余りいた従業員のうち、5人が犠牲になった。

■再建の励みに シンボルにも

 佐々直の閖上3工場は壊滅したが、内陸部にあった休止中の工場を整備し、2011年4月25日に操業を再開。12年春には名取市内に仮設工場を完成させ、生産量は震災前の8割にまで戻した。

 佐々木社長は「あれだけの津波を経験した以上、同じ場所での工場の再建はない」と言う。ただ、建物を残すかどうかは社内で議論になった。「我々の励みになる。撤去が必要ならいつでも壊せる」と決めた。何もなくなった閖上で、工場は日和山と並ぶランドマークになっている。そばに市の慰霊碑も建てられた。

 名取市は一帯を災害危険区域に指定。震災メモリアル公園を整備する計画で、津波の破壊力を伝えるシンボルとして保存を打ち出した。ただ、佐々直の工場が急に浮上したことから、市議会には異論もある。(石橋英昭)


河北新報
<川内原発再稼働>複雑な福島県民の反応
 鹿児島県で一気に進んだ川内原発再稼働の動きに、福島第1原発事故にあえぐ福島県民は「置き去りにされた気分」「経済優先の判断だ」などと複雑な表情を見せた。
 「福島のことは人ごとなんだろう」。浪江町から福島市に避難している無職大島まゆみさん(44)は話す。
 今回の一連の手続きに、今も12万人以上が避難する福島の苦い教訓が生かされたとは感じられない。大島さんは「私たちのことは置いてけぼりなのか」と嘆いた。
 川内原発再稼働の同意範囲は、鹿児島県と立地市だけ。浪江町の馬場有町長は「周辺自治体の意見をしっかり聞かなければいけない」とくぎを刺した。
 「また事故が起きれば、日本は終わりだ」と話すのは開沼幸一さん(75)。農業を営んでいた飯舘村を離れ、今は伊達市に避難している。「経済を優先しても命がなければどうにもならない」と語気を強めた。
 一方、原発が立地している大熊町の渡辺利綱町長は「それぞれいろんな事情があると思うし、そう簡単に割り切れないこともある」と、地元の立場を思いやった。


河北新報
川内原発再稼働へ/地元同意も不安解消されず
 九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働が決まった。同県議会がきのう、再稼働を求める陳情を採択し、伊藤祐一郎知事も同意を表明。再稼働を認める地元の手続きが事実上完了したためだ。
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故を受けた新たな規制基準に基づく再稼働は、川内原発が初めてとなる。
 安倍晋三首相や、原子力規制委員会の田中俊一委員長は過酷事故に対して「世界でもっとも厳しい」と評する新基準をクリアしたとするが、火山噴火の影響など原発の安全性や避難計画の不備といった防災への不安が解消されたわけではない。
 先月あった審査結果についての住民説明会で、参加者から批判と反発の声が相次いだ。聞くにつけ、国、県、九電に不安を訴える住民に真摯(しんし)に向き合い、思いをくみ取る姿勢が十分だったとは言えそうにない。
 事故の際、被害が及ぶ可能性がある原発の半径30キロ圏に位置し、避難計画の策定を求められながら、再稼働の地元同意をめぐり、蚊帳の外に置かれた近隣自治体の住民らの不満も強い。
 原発のリスクをゼロにはできないし、これで絶対安心ということもない。だからこそ、リスク回避に向けての徹底した取り組みが欠かせない。
 万一の際の「責任の所在」をはっきりさせておく必要もある。説明会では九電や規制委の担当者が答弁に窮したといい、住民らの不安は消えない。宮沢洋一経済産業相は「国の責任」を約束したが、一連の対応を見れば、極めて心もとない。
 「事故」と「被害」発生の両面でゼロを目指す努力を積み重ね、住民らの理解を深めていくことなしに、安定稼働はあり得ないことを肝に銘じるべきだ。
 安全神話が崩壊する様を見せつけられた被災地、東北の住民、とりわけ、いつ終わるとも知れない過酷な生活を強いられている福島の避難住民は再稼働を認める地元の判断を、どのように受け止めただろうか。
 「福島の原発事故の全容も解明されていないのに、なぜ動かすのか」
 福島県双葉町から鹿児島市に避難している自営業者は前のめりの対応が納得できない。多くはそれに似た思いではないか。
 地域経済の活性化は住民の安全確保が大前提だ。再稼働への同意を「やむを得ないと判断した」知事はもとより、強く働き掛け誘導した国も、決断の責任から逃れられない。
 福島の事故の検証も終わっておらず、教訓を生かす課題も残る。被害実態を踏まえれば、同意を得る範囲を広げるべきだ。
 再稼働は年明け以降の見通しだが、万一に備えた対策の、より一層の充実を図っていかなければならない。
 まずは何より、住民避難の実効性を高めることが肝要だ。あらゆる事態を想定し、被害回避に万全の備えを講じるべきだ。
 手続きの終了はゴールではない。安全審査中の他の原発についても拙速は許されない。


朝日新聞
川内原発の再稼働―「ひな型」にはなり得ない
 九州電力川内(せんだい)原発の再稼働を鹿児島県知事が受け入れた。県議会と立地自治体である薩摩川内市の市長、市議会の意見を踏まえての判断だという。周辺30キロ圏内にある8市町の首長も、最終的に異議を唱えることはしなかった。

 原発再稼働の可否について立地地域に法的な権限はない。しかし、実務上は「地元の同意」が不可欠になっている。知事の判断で川内原発の再稼働はほぼ確実となった。新しい規制基準に基づいた原子力規制委員会の審査を経た再稼働は、川内原発が第一号となる。

 全国では12原発18基が規制委の審査にかかっている。合格した原発はすべて再稼働するとしている安倍政権は、川内を今後のひな型と位置づける考えだ。

 しかし、川内原発の再稼働を巡る手続きを振り返ると、とてもこのままでいいとは考えられない。原発の過酷事故に対する備えが不十分なまま再稼働に進んでいるからだ。

■住民の安全は不十分

 まず、避難計画だ。

 住民の安全に直結するものなのに、いまだに避難に必要なバスの確保や渋滞対策に見通しがつけられていない。いずれも、福島での事故の際に現場が最も混乱し、住民が危険にさらされた要因となった問題だ。

 福島での事故で、原発には制御しようのない危険があり、100%の安全はないことが明らかになった。

 それでも原発を動かすなら、被害を受ける立地地域の住民のリスクをできるだけ小さくする手立てを講じ、さらに十分なのか検証し、住民が納得するプロセスは欠かせない。

 10月に入り、県内で住民説明会が計6回開かれたものの、5回までは規制委の専門的でむずかしい審査内容に関することに限定して開催された。住民の再稼働に対する素朴な不安や提案をすくいとり、対策に反映させる場にはならなかった。

 参加者への事後アンケートでも「良くなかった」「あまり良くなかった」が47%に達し、6割の人が説明を受けても理解できなかった項目が一つ以上あったと答えている。

 県知事をはじめ首長や議会が最後は「(安全対策や住民避難も)国の責任」とした。県や市町村など地元自治体が再稼働の手続きに絡むのは、住民の安全が関係しているからだ。

 その国の対応も同様だった。県の要請を受けて、政府職員や幹部を送り込み、議会の場などで繰り返し「国が責任をもつ」と表明した。今月3日には宮沢経産相も乗り込んで、再稼働の必要性を訴えた。

■「責任をもつ」とは

 だが「責任をもつ」とはどういうことなのか。具体的には何も見えてこない。

 事故が起きた福島のその後を見ても、被災者の生活再建、廃炉・汚染水対策、除染作業や放射性廃棄物の処理と、国が責任をとりきれているものはない。事故の直接的な責任を負っているのは東京電力であり、賠償や国費の投入も、結局は電気の利用者や国民の負担だ。

 いったん過酷事故が起きてしまえば、立地地域は国の責任では対応しきれない打撃を受け、その影響は少なくとも数十年に及ぶ。そんな現実に目をつぶった責任論は空論だろう。

 むしろ国が立地地域に対して責任をもってやるべきことはほかにある。脱原発のための支援だ。安倍政権も原発依存の低減を掲げているではないか。

■脱原発依存こそ急務

 立地自治体がおしなべて再稼働に前向きなのは、過疎化が進み、原発を受け入れて交付金や税収を得ることでしか「まち」を維持できないからだ。

 原発依存から脱していくためには、原発に頼らざるをえない現実を変えていく努力が欠かせない。当然、立地自治体だけでは解決できない難題であり、だからこそ今から取り組むことが必要であるはずだ。

 地域の資源を活用した循環型の産業や人材の育成、あるいは原発推進に偏っていた予算の組み替え、電力システム改革や再生可能エネルギーの振興などと組み合わせたエネルギー政策――。電気の消費地も巻き込んでの議論を進めることこそ政府の責任だろう。

 朝日新聞が10月25、26日に実施した世論調査では、原発の運転再開に55%が反対した。各紙の世論調査でも国民の過半は再稼働には慎重だ。

 川内原発再稼働の手続きが規範となれば、原発の再稼働は立地地域が判断する問題となって、国民全体の民意と離れていく。果たしてそれでいいのだろうか。

 原発政策には使用済み核燃料の貯蔵や放射性廃棄物の処分など、地域と全体が対立しかねない問題が山積している。

 川内原発再稼働を巡る論議は、地域と国民全体の民意をどうすりあわせるのか、という問題を投げかけてもいる。

毎日新聞
川内再稼働同意 住民の安全守れるのか
 住民を危険にさらす過酷事故は起き得る。それが福島第1原発事故の教訓である。この教訓を軽視したまま、再稼働に向けた手続きが着々と進められていくことに大きな疑問を感じる。

 九州電力川内原発の再稼働について審議していた鹿児島県議会は再稼働を求める陳情を採択、伊藤祐一郎知事も同意した。川内原発が立地する薩摩川内市の市長と市議会はすでに同意しており、事実上、地元の同意手続きはこれで完了する。新規制基準ができて以来の大きな節目となるが、再稼働に向けた課題がこれで解決したとは言い難い。

 そもそも、原子力規制委員会の手続きが終わっていない。再稼働までには、審査書に基づく工事計画と保安規定の認可を受ける必要がある。それなのに、なぜ、これほど急いで同意を表明する必要があるのか。来春の県議選での争点化を避けようとしたとの見方もあり、十分な検討を尽くした結果なのか、疑問が残る。

 私たちは再稼働を認めるにはいくつか条件があると主張してきた。特に、過酷事故が起きた時に住民の生命と健康を守ることは、地元の首長にとって絶対条件のはずだ。しかし、それに備えた避難計画は、要援護者への対応や、避難者の受け入れ体制などに不十分なところが残されている。計画を国が審査する体制もなく、実効性が担保されたとはいえない。このままでは事故時に混乱が避けられないのではないか。

 住民の納得が得られたかどうかも重要な要素だ。鹿児島県は周辺5市町で原子力規制庁の職員とともに住民説明会を開いたが、再稼働の必要性や、避難計画の実効性を問う声に、十分な説明はなく、補足説明会でも疑問の声は収まらなかった。

 出席者へのアンケートも、説明会への全体的な感想や、理解できなかったテーマを問う表面的な内容にとどまった。本来なら、住民の意見をくみ取り、納得を得るための仕組みが必要だが、その努力も工夫も足りなかったと考えられる。

 川内原発が過酷事故を起こせば、その影響をこうむるのは薩摩川内市にとどまらない。にもかかわらず、知事や九電が立地自治体と県の同意で十分としたことに納得していない住民も多いだろう。

 もちろん、再稼働の責任は地元だけにあるわけではない。本来なら、政府が原発に頼らない社会をどう構築していくかの道筋をきちんと示した上で、個々の原発の再稼働の可否を判断すべきだ。

 こうした条件が整わないまま、なしくずしに再稼働の手続きを進めることは、拙速であり、見切り発車と言わざるを得ない。

東京新聞
3・11前に戻るのか 川内原発
 鹿児島県が同意して、手続き上、川内原発の再稼働を妨げるものはない。ゼロから3・11以前へ。多くの疑問を残したままで、回帰を許すべきではない。

 何をそんなに急ぐのか。残された危険には目をつむり、不安の声には耳をふさいだままで、流れ作業のように淡々と、手続きが進んだようにも見える。

 「安全性は確認された」と鹿児島県の伊藤祐一郎知事は言う。

 原子力規制委員会の審査書は、規制基準に適合すると認めただけである。田中俊一委員長も「安全を保証するものではない」と話しているではないか。
◆責任など負いきれない

 「世界最高レベルの安全対策」とはいうが、未完成や計画段階にすぎないものも少なくない。

 知事は「住民には、公開の場で十分説明した」とも主張する。

 しかし、鹿児島県が先月、原発三十キロ圏内の五市町を選んで主催した、規制委による住民説明会の会場では「本当に安全なのか」「審査が不十分ではないか」といった不信や不満が相次いだ。

 再稼働への懸念を示す質問が司会者に遮られる場面もあった。なぜこんなに食い違うのか。

 「万一事故が起きた場合、政府が責任を持って対処する」

 鹿児島県の求めに応じ、政府が入れた一札である。

 だが、どのように責任をとるのかは、明らかにしていない。

 今年もあと二カ月足らず。何万という被災者が、放射能に故郷を追われて四度目の新年を迎えることになる。補償問題は一向に進展しない。

 原子炉の中で溶け落ちた核燃料の取り出し作業は延期され、地下からわき出る汚染水さえ、いまだに止められない。繰り返す。原発事故の責任を負える人など、この世には存在しない。
◆はるか遠くに降る危険

 議会と知事は、川内原発の再稼働に同意した。だが起動ボタンを押す前に、明確な答えを出すべき課題が、少なくとも三つある。

 法的根拠はないものの、地元の同意が再稼働への最後の関門だとされている。

 第一に、地元とはどこなのか。

 伊藤知事は「県と(原発が立地する)薩摩川内市だけで十分」というのが、かねての持論である。「(原発による)苦労の度合いが違う」というのが理由である。気持ちはわからないでもない。

 原発事故の被害は広い範囲にわたり、長期に及ぶというのも、福島の貴重な教訓である。

 福島の事故を受け、避難計画の策定などを義務付けられる自治体が、原発の八〜十キロ圏内から三十キロ圏内に拡大された。

 福島の事故から二週間後、当時原子力委員長だった近藤駿介氏は、半径百七十キロ圏内でチェルノブイリ同様強制移住、二百五十キロ圏内で避難が必要になるという「最悪のシナリオ」を用意した。

 原発事故の深刻な被害が及ぶ地域には、「地元」として再稼働を拒む権利があるはずだ。

 次に、火山のリスクである。

 九州は、火山国日本を代表する火山地帯である。川内原発の近くには、カルデラ(陥没地帯)が五カ所ある。巨大噴火の痕跡だ。

 約四十キロ離れた姶良(あいら)カルデラの噴火では、原発の敷地内に火砕流が到達していた恐れがある。

 ところが規制委は、巨大噴火は予知できるという九州電力側の言い分を丸ごと受け入れてしまった。

 一方、「巨大噴火の予知は不可能」というのが、専門家である火山噴火予知連絡会の見解である。

 これほどの対立を残したままで、火山対策を含めて安全と言い切る規制委の判断は、本当に科学的だと言えるのか。適正な手続きと言えるのだろうか。

 三つ目は、避難計画の不備である。県の試算では、三十キロ圏内、九市町の住民が自動車で圏外へ出るだけで、三十時間近くかかってしまうという。

 入院患者や福祉施設の人々は、どうすればいいのだろうか。福島では、多くの要援護者が避難の際に命を落としているではないか。

 知事の自信と現場の不安。ここにも深い溝を残したままである。
◆代替エネルギーはある

 そもそも、新潟県の泉田裕彦知事が言うように、福島の事故原因は、まだ分かっていない。

 原因不明のまま動かすというのは、同じ事態が起き得るということであり、対策が取れないということだ。根拠のない自信によって立つ再稼働。3・11以前への回帰であり、安全神話の復活である。

 川内をお手本に次は高浜、そして…。原発再稼働の扉をなし崩しで開いてしまうことに、多くの国民は不安を抱いている。再生可能エネルギーという“国産”の代替手段はあるのに、である。

毎日新聞
イスラエル侵攻:ガザの子癒えぬ心 37万人家族や家失う
 イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を拠点とするイスラム原理主義組織ハマスの停戦合意から2カ月。50日間の戦闘で2200人以上の死者を出したガザ地区では、約10万人が家を失った。うち半数は18歳以下の子供だった。現地で復興に携わる国連やNPOは「ガザの将来を担う子供たちが心に深い傷を負った。子供に希望を持たせる努力が不可欠だ」と訴える。

 停戦から数週間を経た9月中旬、ガザ地区南部ハンユニスにある児童館に、40代の母親が12歳と7歳の姉妹を連れて現れた。「家を失ったショックで子供が親から離れることができなくなり、学校に行けなくなった。ここで遊ばせてほしい」

 児童館を運営する日本のNPO法人「パレスチナ子どものキャンペーン」によると、施設には紛争後、1日当たりの収容定員の2倍に当たる約400人が訪れている。空爆による精神的ショックで学校へ行けなくなった子供たちだけでなく、多くの学校が破壊されたり、今も一部が避難所として使われたりしているため、学校で十分な時間を過ごすことができない子供たちも大勢いるからだ。

 子供たちの中には、連日の猛爆撃で植え付けられた恐怖が消えず、不眠になったり、夜に突然叫び出したりという症状が出ている。感情が抑制できずに暴力を振るうケースも多いという。児童館ではスタッフが子供と一緒に絵を描いたり、スポーツをしたりしながら気持ちを発散させ、「安心していいんだよ」と声をかけ続ける。田中好子事務局長は「8割の子供は徐々に回復するが、2割は医師の診察が必要だ」と厳しい表情をみせる。

 国連児童基金(ユニセフ)によると、家族や家を失った子供は約37万人。学校でも子供の心理サポートに力を注ぐ。学校運営を支援するユニセフ・パレスチナ事務所の功刀(くぬぎ)純子・特別代表は「紛争の影響でガザでは暴力が横行し、親による家庭内暴力の割合も7割を超える。対話で問題を解決することを、子供たちに教える必要がある」と話す。

 戦闘中、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校はイスラエル軍に位置を伝えていたにもかかわらず、7校が爆撃され、学校内にいた30人が死傷した。ガザ全域で約7000発と言われる不発弾の一部は、学校周辺に埋まったままだ。UNRWAのピエール・クレヘンビュール事務局長は「市民を攻撃しないというルールが全く守られずにガザ全域が攻撃され、安全な場所はどこにもなかった。爆撃は国際法違反の可能性があり、国連などによる調査に期待したい」と語った。【三木幸治】
 ◇ハマスと戦闘「日常化」

 イスラエルと鋭く対立するハマスがガザ地区を武力制圧した2007年以降、両者の大規模な戦闘は08〜09年と12年に続いて、今回で3回目。戦闘期間は今回が最も長く、死者数も最大となった。ガザで暮らす6歳以上の子供にとって戦闘は「日常化」しており、心身に与える影響は想像を絶する。

 今回の戦闘の発端は、イスラエル占領下のヨルダン川西岸地区でユダヤ人少年3人が拉致、殺害された事件にさかのぼる。イスラエルはパレスチナ人の大規模な摘発を行い、これに反発したハマスがガザからイスラエル南部へロケット弾を撃ち込み、イスラエル軍の空爆を招いた。

 イスラエル側の死者は70人。ロケット弾による死者はわずかで、ほとんどはガザへ投入された地上部隊の兵士だった。一方、ガザ側の死者は2200人以上。イスラエル軍が狙ったハマスの戦闘員だけでなく、18歳以下の子供たち500人余りも命を落とした。約2万戸の家屋が壊され、住民には絶望感が漂う。家を再建しても、また数年後には壊されるのではないか、という不安がぬぐえないからだ。

 ガザ在住の人権活動家ラジ・スラーニ氏はこう語る。「(イスラエルとパレスチナの2国家共存を目指した)1993年のオスロ合意はもう死んだ、と言ってもいい。イスラエルが何を望んでいるのか分からないし、彼ら自身も分かっていないのではないか」

 一方、イスラエル政府関係者はガザへの攻撃についてこう答えた。「北朝鮮のミサイルが日本に着弾したことを想像してほしい。日本も(イスラエルと同じように)国民を守ろうとするはずだ」

 繰り返される破壊と殺りくから、罪のない子供たちをどう守ればいいのか。国際社会はいまだ答えを見つけられずにいる。【三木幸治】

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立冬/ジムに行くつもりが・・・/川内原発再稼働反対

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川内原発再稼働反対

Japon: feu vert au redémarrage des 2 réacteurs nucléaires Sendai
Le gouverneur de la préfecture japonaise de Kagoshima a donné vendredi son accord pour le redémarrage des réacteurs nucléaires Sendai 1 et 2, les premiers conformes aux normes durcies depuis l’accident de la centrale Fukushima Daiichi en 2011.
Le plus haut responsable des autorités locales, qui a le dernier mot, a approuvé cette relance dans l’après-midi (heure du Japon) sur la base des garanties offertes par la compagnie exploitante, Kyushu Electric Power, et par le gouvernement disposé à relancer toutes les installations jugées sures.
≪Tenant compte de divers facteurs dans leur ensemble, j’ai jugé que le redémarrage des unités 1 et 2 de Sendai était inévitable≫, a déclaré le gouverneur Yuichiro Ito lors d’une conférence de presse.
Avant qu’il ne prenne la décision finale, l’assemblée préfectorale réunie vendredi matin avait suivi l’orientation favorable donnée la veille au soir par un comité spécial.
La municipalité de Satsumasendai, qui héberge la centrale, avait auparavant aussi donné son accord et le gouverneur avait décidé de ne pas consulter les autres agglomérations alentour, la loi ne l’y obligeant pas.
Pour Sendai, la prochaine étape sera le ≪oui≫ du gouvernement de droite de Shinzo Abe, approbation assurée qui sera suivie de quelques procédures techniques encore inachevées mais qui devraient avoir lieu début 2015.
Les écologistes avaient dénoncé par avance la décision de Kagoshima.
Quelque 16.000 personnes avaient manifesté en septembre à Tokyo contre le redémarrage de réacteurs nucléaires et les sondages indiquent que la majorité de la population y est opposée.

ドキュメント72時間「山手線一周徒歩の旅・東京都心の“幸福論”」
日本で最も有名な環状線・山手線。電車に乗ればあっという間だが、街はひと駅ごとに全く違う表情を見せる。最近はそれを味わおうと徒歩や自転車で沿線を歩く人も増えている。今回、番組スタッフも3日間かけて1周35キロの道のりを踏破。「若者の渋谷」「大人の新宿」という街のイメージはどう変わろうとしているのか。そして人々は何を楽しみに日々を暮らしているのか…。線路沿いを歩きながら東京のリアルな今を記録した。

朝ヨーグルトをこぼしてしまいました.なんだかなぁ・・・
立冬です.つまり暦の上では冬.今日は山茶始開つばきはじめてひらく,です.
ジムに行こうと思って早めに仕事切り上げてきたのですが,寝てしまいました.気がついたら夜の8時を過ぎていました・・・
川内原発再稼働絶対反対.

河北新報
三鉄が野球チーム設立 GMは岩隈
 東日本大震災で被災し、ことし4月に全線運行を再開した第三セクター三陸鉄道(宮古市)が6日、野球チーム「三陸鉄道キットDreams」を設立した。ゼネラルマネジャー(GM)には米大リーグ、マリナーズの岩隈久志投手を招いた。地域密着を旗印に日本一の草野球球団を目指す。

 東京都内で発表会があり、記者会見には岩隈投手、オーナーの望月正彦三陸鉄道社長、監督の山本正徳宮古市長らが出席。望月社長は「チームの活動が被災者を笑顔にするきっかけになれば」と意気込みを語った。
 岩隈投手はプロ野球東北楽天に在籍していた縁で「復興の力になりたい」とGMを引き受けた。「チームのDreamである日本一を達成できるよう応援していく」と支援を約束した。
 三鉄復旧を支援してきたネスレ日本(神戸市)が、被災地支援の新たな手段として野球チームの設立を呼び掛けたことが契機となった。
 選手は野球経験のある三陸鉄道社員や沿線市町村の職員ら29人。震災の津波で流され、宮古市田老地区に2016年3月に再建予定の田老野球場が本拠地になる。
 今後は沿岸各地で週2〜3日、練習したり、地元チームと試合をしたりする。来年3月のネスレ日本主催の草野球大会で日本一を目指す。
 7日には岩隈GMが宮古市を訪れ、旧田老野球場跡地を見学する。野田村で中学生対象の野球教室も予定している。


毎日新聞
希望新聞:東日本大震災 声・被災者から
 ●新潟
 ◇趣味の編み物、喜ばれ−−福島県南相馬市から新潟県三条市に夫と避難した松崎トシエさん(74)

 「福島県南相馬市小高区で、夫(76)と小さな雑貨店を営んでいました。毎日子どもたちでにぎわったものです。新潟には小高区の人たちが多く避難したと聞いて来ました。こちらで元気な子どもたちを見ると涙が出ます。小高区には、かつてのような子どもたちの姿はありませんからね。

 新潟では毎日趣味の編み物をして過ごしています。ベストや人形を作って小高区に一時帰宅した時、ご近所の昔なじみに渡すと、とても喜んでくれるからです。そんな時『ここでまたお店やってよ』と言われると心が揺らぎます。

 いつか避難指示が解除されて店を再開し、また昔のようにみんなと交流できるなら、どんなにいいか。でも実際に元のような生活に戻れるでしょうか。踏ん切りがつきません。だから『ふるさと』という言葉を聞くと、切なくなります」【堀祐馬】


河北新報
南門、想定上回る大きさ 多賀城跡調査
 多賀城市の多賀城が最も栄えていた2期(762〜780年)にあった正門に当たる南門(外郭南門)が従来の想定より大きいことが6日、県多賀城跡調査研究所による発掘調査で分かった。東西10.5メートル、南北6.6メートルと推定され、東西方向が従来より1.5メートル大きく、多賀城で見つかった門跡として最大級という。
 国特別史跡「多賀城跡」の遺構は8〜10世紀の計4期に分けられる。市は多賀城創建から1300年の2024年に合わせ、2期の南門を復元する方針で、研究所は正確な規模と構造を解明するために再調査した。
 その結果、2期の基礎工事の範囲が従来考えられていたより広かったことが判明した。初期(1期、724〜762年)の南門跡で使われた工法の跡は確認されなかった。1期の南門跡は今回の調査区の約120メートル北側で見つかっており、2期造成時に移転されたと考えられるという。
 研究所の担当者は「南門では、前面の土を削り出して門の威容を強調していた可能性があることも分かった。豪華に造成し、民衆に朝廷の権威を示そうとする意図があった」と説明した。
 研究所は8日午前10時半から、一般向けに現地説明会を開く。連絡先は研究所022(368)0102。


河北新報
仙台市の災害住宅1444戸 10日から募集
 仙台市は10日、東日本大震災の被災者向け災害公営住宅の「一般抽選」枠の募集を始める。2014〜15年度に整備する住宅の最終募集で、36地区計1444戸が対象となる。締め切りは28日(消印有効)。応募書類は10日から、各区役所などで配布する。
 先行させた募集枠で入居辞退があったため、一般枠の募集戸数は10月10日現在の1432戸から12戸増えた。募集するのは(1)泉区泉中央南(105戸)(2)太白区茂庭第2(99戸)(3)青葉区落合(84戸)−など。
 市は利便性の高い住宅に希望が集中する事態を想定し、一般枠募集を3回実施する。今回募集分の抽選会を12月16日に行った後、第2回募集を来年1月7〜23日、第3回を2月23日〜3月6日に実施する。
 募集期間の延長に伴い、市役所本庁舎1階にある入居相談窓口も、来年3月6日まで開設することにした。
 仙台市は災害公営住宅全3206戸を整備する。これまでに「優先入居」「優先順位」枠などで半数強の約1700戸の入居が決まった。


毎日新聞
忘れない:「未解決」を歩く 9年前の府中・信金職員刺殺事件 「諦めない」街に立つ 両親、月命日にチラシ配り
 「どんなささいなことでも構いません。情報を寄せてください」。10月中旬、東京都府中市の多摩信用金庫府中支店の前で、チラシを配りながら通行人に声を掛け続ける男女の姿があった。2005年2月14日、同支店駐車場で何者かに刺殺された支店職員、後藤博樹さん(当時39歳)の父正夫さん(80)と母リウさん(71)。発生から来年で10年を迎えるが事件は未解決のままだ。「なぜ息子は殺されたのか」。犯人につながる情報提供を求め、2人は今も月命日前後に現場に立つ。

 「パパが救急車で運ばれた」。2人が悲報を知ったのは、後藤さんの妻からの電話だった。八王子市の自宅から搬送先の多摩市内の病院に駆けつけると、後藤さんは既に意識がなく、頭や首の包帯には血がにじんでいた。家族の呼び掛けにも答えず、心電図の心拍数は下がり続けた。「息子の命が少しずつ消えていくようだったが、ただ見ているしかなかった」

 2人が最後に後藤さんに会ったのは事件の3日前。妻と当時小学1年の長女の3人で久しぶりに実家を訪ねてくれた。正夫さんは3人からチョコレートをもらった。バレンタインデーを控えたプレゼント。「仕事が一段落したら、また来るね」。これが息子の最後の言葉になり、バレンタインデー当日、事件は起きた。

 後藤さんは3人きょうだいの長男で、幼いころは弟や妹の面倒をよくみていた。職場の同僚からも慕われ、多くの弔問客がその死を悼んだ。「寝ても覚めても息子のことが頭から離れない。あの日から時間が止まってしまった」とリウさんは言う。

 なぜ息子は殺されたのか、親としてできることはないか−−。時間がたつにつれ、こうした思いが強くなり、事件の3年後からチラシの配布を始めた。「事件を風化させたくない」と、警視庁府中署員と一緒に毎月続けている。

 通行人から励まされることもあるが、「犯人はもう海外に逃げたよ」などと心ない言葉を浴びせられることもある。それでも「私たちが諦めたら終わり」と気持ちを奮い立たせている。【神保圭作】

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 ■ことば
 ◇府中・信金職員殺人事件

 2005年2月14日午後11時50分ごろ、東京都府中市宮西町1の多摩中央信用金庫(現多摩信用金庫)府中支店の駐車場で、残業を終えて同僚男性と通用口から出てきた同支店営業課長の後藤さんが、男に包丁で腹などを刺されて死亡した。男は身長170〜180センチのやせ形で年齢20〜40歳くらい。現場には犯人が着けていたとみられる米GUESS(ゲス)社製の腕時計が落ちていた。警視庁は男が支店内の現金を奪う目的で、通用口付近で待ち伏せしていたとみている。情報提供は府中署(電話042・360・0110)。


京都新聞
柏崎原発再稼働「議論しない」 新潟県の泉田知事 
 新潟県の泉田裕彦知事は7日、柏崎刈羽原発の再稼働を目指している東京電力との協議について「福島第1原発事故の検証と総括が終わらない限り、再稼働の議論はしない」と述べた。訪問先の経済産業省で記者団の質問に答えた。

 泉田知事は、福島第1原発事故後、東電が炉心融解(メルトダウン)を「隠蔽していた」と指摘。「情報を正しく出せない組織と議論はできない。(東電は)本当に原発を運転する資格があるのか」と東電の経営体質を批判し、「(再稼働に向けた)手続きを含め、まったく(議論)できる段階ではない」と話した。


朝日新聞
ヘイト対策―市民は動く。政治は?
 「ヘイトスピーチは世界にいらない」。3連休の中日、東京・新宿の街にコールが響いた。

 特定の人種や民族への憎悪をあおるヘイトスピーチに反対し、差別の撤廃を求める「東京大行進」。昨年に続き2回目の開催で、約2800人(主催者)が参加した。先導する車から流れ出る音楽にあわせて参加者が身体を揺らし、ラッパーがマイクを握る。「こんなでっけえビルが建っても、スマートフォンだiPhoneだ持っていても、差別がある世の中は貧困ってことなんだよ。マインド豊かにいこうぜ!」

 スーツ、和服、かわいくアレンジされたチマ・チョゴリ。飛び入りで加わる人。笑顔で隊列にピースサインを送る外国人。沿道に手を振り、沿道から手が振り返される。国籍や性別といった枠を超え「一緒に生きよう」のメッセージが広がった。

 昨年、「殺せ」「レイプしろ」などと過激化するヘイトスピーチに対し、政治もメディアも有効な手立てを見いだせずにいた時、市民社会から自発的に、ヘイトスピーチ団体と直接相対し、抗議する動きが生まれ、育った。参加者は感慨深げに語った。「国会でヘイトスピーチが議論されるなんて、1年前には考えられなかった。抗議の声をあげてきた成果だ」

 民主党は、人種等を理由とする不当な差別的行為を禁止する法案の骨格をまとめた。各党に呼びかけ、今国会に提出する方針だ。罰則は設けず、国や地方自治体がヘイトスピーチなどの差別をなくすための施策を講じる根拠法として位置づける。

 自民党も「ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム」が検討を進めている。だが、その議論は前提がずれているのではないか。先日の会合では、韓国の対日ヘイトスピーチの実態や、規制の検討状況を調査するよう、関係省庁に求めたという。

 「日本でヘイトがいろいろ行われているのは、韓国の中での(日本に対する)ヘイトが厳しいからだという声もある」「(韓国が)自分のことを棚にあげて日本にだけ言うのは、誰が考えても理屈に合わない」とは、座長の平沢勝栄氏の弁だ。政権与党から漏れてやまないこの種の発言が結果的に、ヘイトスピーチをする側に一定の正当性を与え、国際社会の疑念を招いてしまうことに思いが至らないのだろうか。

 いま政治に求められるのは、「ヘイトスピーチは許さない」と一息で言い切ること。その姿勢を国内外に示すことである。


毎日新聞
特集ワイド:続報真相 再生エネ停滞の深謀遠慮
 のど元を過ぎれば熱さを忘れるという。東京電力福島第1原発事故への反省から始まった再生可能エネルギー普及への動きが頓挫した。九州、四国、沖縄、東北、北海道の電力5社が「固定価格買い取り制度」(FIT)に基づく再生エネの新規買い取りを中断したのは「制度設計が悪かったから」とされるが、それだけか。国、電力会社の「やる気」の問題ではないのか。
 ◇電力5社買い取り中断、制度のせい? スペインは弱点克服し導入率40%

 「2011年に総発電電力量に占める再生エネの比率が20%台となり、初めて原子力を上回りました。福島第1原発事故の惨状を見た国民が再生エネを選択し、エネルギーシフトが進んだのです」。10月21日、東京・永田町の衆院第2議員会館。民間組織「FoE(環境自然保護連盟)ドイツ」のフーベルト・バイガー代表理事の報告に、国会議員やFoEジャパンのメンバーら約70人が聴き入った。

 バイガーさんは、今年改正されたドイツの再生エネ法で再生エネの比率について25年40〜45%、35年55〜60%との目標が設定されたことも紹介。22年までの原発脱却を掲げる同国で、再生エネが電力の「主役」になりつつあることをうかがわせた。

 翻って日本はどうか。総発電電力量に占める再生エネの比率(13年、水力を除く)は、わずか2・2%だ。

 FITは、原発事故の反省を踏まえて12年7月に始まった制度。経済産業省が認定した再生エネ(太陽光、風力、地熱、バイオマス、中小水力)を電力会社に最長20年間、一定価格で買い取ることを義務づけた。価格は事業者に利益が出る水準に設定され、買い取りに必要なコストは電気料金に上乗せされる。経産省は買い取り価格を年々下げている。6月時点で認定を受けた再生エネは全国で計7178万キロワット。その9割超は、風力などより買い取り価格が高く環境影響調査などの手間も少ない「太陽光」だ。

 高値での買い取りが裏目に出て太陽光発電の申請が急増したことを受け、電力5社は「電気を安定的に供給する容量を超えそうだ」として新規の買い取りを停止した。電力の安定供給には需要量と供給量の一致が必要で、天候に左右される太陽光が増えれば周波数や電圧が乱れ、停電のリスクがあるというのが理由だ。FITの根拠となる再生可能エネルギー特別措置法には「電気の円滑な供給確保に支障が生ずる恐れがある」場合は買い取らなくてもいいとの一文がある。経産省は買い取り価格の引き下げなど制度の見直しに着手したが、再生エネ導入が大幅に遅れるのは避けられない状況だ。

 FoEドイツの報告会に参加した菅直人元首相に話を聞いた。自らの退陣と引き換えに、再生エネ特別措置法の成立にこぎつけた経緯がある。「民主党政権下では再生エネ増加を見越し、北海道で送電網の整備も始まっていました。経産省と電力会社が再生エネ受け入れ対策を積極的に進めていれば、こんな事態にはならなかったはずです。サボタージュと批判されても仕方がない」と憤る。矛先を安倍晋三首相にも向けた。「首相は国会で『再生エネを積極的に進める』と述べている。申請された約7000万キロワットは原発15基分に相当するクリーンエネルギーなんですよ。それをもっと活用しようとしないのは、民主党の政策を否定したいためなのか」

 その民主党は、10月にFIT見直しへの対策チームを設けた。座長で元副経産相の増子輝彦参院議員は「短期的には認可された事業者が権利を他社に転売して利益を得たりしないよう制度上の問題を解決したい。その上で再生エネの導入目標や受け入れ可能な国民負担などを議論し、党として提言します。『再生エネは駄目』と決め付け、原発の再稼働や輸出を進める政府と対峙(たいじ)していきます」と語る。

 「『再生エネを入れるとパンクする』という日本は世界の潮流に乗り遅れています」。電力問題に詳しい東京財団の平沼光研究員は手厳しい。「参考になる国」として挙げたのが再生エネ導入率約40%(13年)のスペインだ。

 スペインの電力業界の特徴は複数の発電会社と送電会社1社に分離していることだ。送電会社は06年に「再生エネ監視制御センター」を設立。再生エネは天候や風力に影響され電力が安定しないという弱点があるが、センターは情報技術を駆使して再生エネと火力発電を監視・制御している。「気象予測システムを活用して翌日の再生エネの発電量を計算。多ければ火力発電を抑制し、少なければ増やす。いわばオーケストラの指揮者のような役目です」。センターからの制御指令を風力、太陽光発電所に伝え、実行させる時間は15分以内。「世界は、円滑に発電をコントロールする技術の開発に力を入れているのです」(平沼さん)

 だが、スペインのシステムを取り入れようとしても日本には「壁」が存在する。自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長が言う。「地域独占の経営をしてきた大手電力会社には、再生エネを受け入れるために自社の発電を抑制するという発想がなかったのです。再生エネの電力が余るというなら、送電線を使って受け入れ可能な電力会社に回せばいいが、地域独占の壁を越え、変動する電力を効率的に運用する制度そのものがありませんでした。政府も無策だった。独立的な第三者機関が関与し、適切な送電線利用料金の設定など運用計画をつくる仕組みが必要です」
 ◇「原発再稼働優先が国の本音」

 再生エネ普及に暗雲が漂い始めた折も折の3日、宮沢洋一経産相が川内(せんだい)原発のある鹿児島県を訪れ、「再稼働」への協力を関係各方面に要請した。着々と進む再稼働、行き詰まってしまったFIT……この激しい「落差」をどう考えればいいのか。

 「その二つの動きが重なったのは、決して偶然の一致ではない」とみるのは、元経産省官僚の古賀茂明さんだ。どういうことか。「福島第1原発事故後しばらくは、経産省も電力会社も“免罪符”として再生エネを進める姿勢を見せ、再稼働の議論を封印していました。反原発の世論が沈静化するのをじっと待っていたのです。ところが、政府が4月にエネルギー基本計画を閣議決定し、原発を『重要なベースロード電源』と位置付けると、経産省は『原発を維持するための政策が必要だ』と言い始めた。電力自由化後も原発による電気の価格を保証する案もその一つです。さらにここにきて川内原発の再稼働が確実になった。原発の電気さえあれば、再生エネなど滞ろうが構わないというのが経産省、電力会社の本音。だからこそ、タイミングを見計らってFITの不備を表ざたにしたのではないか」

 政府は、原子力や再生エネなどの電源比率の将来目標「エネルギーベストミックス」の数値について、4月の時点で「速やかに示す」としながら、いまだに策定していない。脱原発を目指す民間シンクタンク「原子力市民委員会」の松原弘直さんは「実際に原発が再稼働するのを待ち、それを前提に決めようとしているのでしょう。多くの国民の声を無視した原発ありきの姿勢がここにも表れている。しかし、事故の損害賠償、安全対策の費用を含めれば原発のコストは他の電源よりも決して安くはありません。優先すべきは再生エネ拡充です」

 松原さんは、核燃料サイクル事業などに掛かる巨額の費用を再生エネ拡充に振り向けるべきだとも訴える。「送電網の整備などに充てれば導入はさらに進む。FITの見直しが課題になっていますが、それでも再生エネ拡充を選ぶか、原発依存に回帰するか、今が岐路なのです」。ドイツやスペインでも国民の負担増などへの批判はあるものの、再生エネの比率を高めることを選択し、実現したのだ。

 環境省は毎年、再生エネの潜在的な発電能力を調査し公表している。国立公園など開発不可能な場所を除いて発電施設を可能な限り設置したとしての試算だ。12年度の報告によると、太陽光1億5000万キロワット▽洋上風力13億キロワット▽中小水力898万キロワット▽地熱233万キロワット。設備が最大限に稼働した場合の発電能力を示す全国発電設備容量が約2億キロワット(10年度)であることを考えれば、「日本は再生エネのデパート」と平沼さんが言うのもうなずける数値だ。

 中でも突出している洋上風力について、平沼さんは「機械の保守点検などは漁業関係者らに任せ、『電気を養殖する』との発想で進めたらどうでしょう」と語る。日本風力発電協会の斉藤哲夫企画局長も「政府が洋上風力発電の開発エリアを選定すれば、企業の進出が進む。造船技術も生かせるし、雇用創出が期待できる」と可能性を強調する。

 今なお数万人が避難生活を強いられている原発事故を繰り返さないためにも、再生エネの灯を消してはならない。【瀬尾忠義】

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Taylor Swift : plus forte que Britney Spears, elle débarque avec le sourire au Japon !
Après assuré la promotion massive de son nouvel album "1989, qui pourrait lui permettre de détrôner Britney Spears, aux Etats-Unis, Taylor Swift a pris la direction du Japon, et de Tokyo, où une horde de fans l'attendait à l'aéroport.
Taylor Swift peut avoir le sourire, la nouvelle reine des charts, c'est elle !
La semaine dernière, la chanteuse américaine de 24 ans a enfin dégainé son nouvel album tant attendu 1989, et malgré une fuite quelques jours avec son arrivée sur le marché , les fans sont au rendez-vous et pas qu'un peu.
Taylor est pressentie pour battre le record du meilleur démarrage pour un album féminin, jusqu'alors détenu par Britney Spears. La reine de la pop avait écoulé 1 319 millions d'exemplaires de son opus Oops! … I Did It Again en une semaine en 2000, Taylor Swift devrait faire encore mieux d'ici dimanche avance Billboard.
C'est donc toute pimpante et toute joyeuse que la star US a débarqué hier (mardi 4 novembre) au Japon où elle va poursuivre la promotion de son opus ces prochains jours. A peine est-elle apparue dans le hall de l'aéroport de Narita, aéroport international de Tokyo, qui Taylor a déclenché une vague d'hystérie. Une horde de fans l'attendaient depuis des heures avec impatience.
Poupée élégante dans son petit look preppy, la chanteuse est allée volontiers à la rencontre de son public. Elle avait le regard tourné vers eux jusqu'au dernier moment.
Spontanée et naturelle, Taylor s'autorise parfois à relâcher la pression, des instants de folie qu'elle partage volontiers avec ses fans sur les réseaux sociaux.
Quand Taylor a appris qu'elle avait vendu 1 287 millions copies de son album, voilà ce que cela a donné...

滋賀の人に資料を送りました.
Saさんが来てくれました.XPのことでマセマしてみたそうです.
ゴータイの質問がわかりませんでした.本を見ていたら理解できましたが・・・
11月3日の部落解放のコピーを読みました.ピノキオの中の障がい者への差別にショック.そしてまた差別に対して鈍感な文学者に対しても.韓流ドラマの記事も面白い.白丁(ペクチョン)が登場していたりするようです.

河北新報
3.11を東日本大震災の日に 法案提出へ
 自民党の有志議員は5日、党本部で会合を開き、東日本大震災が発生した3月11日を「東日本大震災の日」と定める法案の骨子をまとめた。来年の3月11日に間に合わせるため、今国会での成立を目指す。議員立法で法案提出し、各党に賛同を求める方針だ。
 呼び掛けたのは、鈴木俊一元環境相、小野寺五典前防衛相、大島理森前自民党副総裁ら東北地方選出の議員を中心とする計14人。骨子には、制定目的として「東日本大震災の教訓の伝承を図るとともに、国民に広く災害対策についての関心と理解を深める」などと明記した。


河北新報
逃げる勇気と備える力を 大川小教訓冊子に
 東日本大震災の被災地支援に取り組む「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の一環で、津波から命を守るため、意識と備えの向上を図る「 東日本大震災の被災地支援に取り組む「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の一環で、津波から命を守るため、意識と備えの向上を図る「スマートサバイバープロジェクト」が本格始動した。独自の調査・研究に基づき冊子「大川小学校の教訓に学ぶQ&A」を作成。希望する各地の学校に配布し、防災教育への活用を呼び掛けている。

 冊子は、震災から間もない時期に東日本支援プロジェクトを提唱し、活動をリードしてきた早稲田大大学院客員准教授の西條剛央さん(人間科学)=仙台市出身=がまとめた。
 A5判で27ページ。津波で児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった石巻市大川小の悲劇を独自に分析した。それを踏まえ、「避難マニュアルさえ守っていれば命は守れるのか」「想定外の事態に対応するにはどうすればいいか」など15のQ&Aを掲載した。
 希望する幼稚園や保育園、小中高校などに無料配布し、防災教育の実践に役立ててもらう。つながりのある学校などに既に約1万5000冊を配った。9月には同プロジェクトのウェブページを開設し、活動を本格化させた。
 西條さんは冊子作成に当たり、大川小の津波被災の全体像を図式化して分析。Q&Aは平易な文章で、津波から命を守るために必要なことを説いた。「悲劇がなぜ起きたのかを見極め、『どうすれば助かるのか』を問題提起した」と説明する。
 東日本支援プロジェクトは震災後、支援活動の一つとして、大川地区で「大川きぼうプロジェクト」を実施してきた。遺族らをサポートしながら、津波が襲来するまでに大川小で何が、なぜ起きたのかを調査。その積み重ねが今回のプロジェクトに結び付いた。
 西條さんは「再び悲劇が起きないよう、逃げる勇気や備える力を育むことに冊子を役立ててもらえたらうれしい」と話している。
 スマートサバイバープロジェクトは、防災教育の講師も派遣。冊子は同プロジェクトのウェブページからダウンロードもできる。」が本格始動した。独自の調査・研究に基づき冊子「大川小学校の教訓に学ぶQ&A」を作成。希望する各地の学校に配布し、防災教育への活用を呼び掛けている。

 冊子は、震災から間もない時期に東日本支援プロジェクトを提唱し、活動をリードしてきた早稲田大大学院客員准教授の西條剛央さん(人間科学)=仙台市出身=がまとめた。
 A5判で27ページ。津波で児童と教職員計84人が死亡・行方不明となった石巻市大川小の悲劇を独自に分析した。それを踏まえ、「避難マニュアルさえ守っていれば命は守れるのか」「想定外の事態に対応するにはどうすればいいか」など15のQ&Aを掲載した。
 希望する幼稚園や保育園、小中高校などに無料配布し、防災教育の実践に役立ててもらう。つながりのある学校などに既に約1万5000冊を配った。9月には同プロジェクトのウェブページを開設し、活動を本格化させた。
 西條さんは冊子作成に当たり、大川小の津波被災の全体像を図式化して分析。Q&Aは平易な文章で、津波から命を守るために必要なことを説いた。「悲劇がなぜ起きたのかを見極め、『どうすれば助かるのか』を問題提起した」と説明する。
 東日本支援プロジェクトは震災後、支援活動の一つとして、大川地区で「大川きぼうプロジェクト」を実施してきた。遺族らをサポートしながら、津波が襲来するまでに大川小で何が、なぜ起きたのかを調査。その積み重ねが今回のプロジェクトに結び付いた。
 西條さんは「再び悲劇が起きないよう、逃げる勇気や備える力を育むことに冊子を役立ててもらえたらうれしい」と話している。
 スマートサバイバープロジェクトは、防災教育の講師も派遣。冊子は同プロジェクトのウェブページからダウンロードもできる。


河北新報
<オスプレイ>東北7日飛行に抗議活動
◎仙台市長、慎重運用求める
 仙台市の奥山恵美子市長は5日の定例記者会見で、6〜9日の大規模災害訓練「みちのくALERT(アラート)2014」に参加する米軍の新型輸送機オスプレイについて、「市民には不安があり、慎重に運用してほしい」と述べ、安全確保の徹底を求めた。
 訓練は陸上自衛隊東北方面隊が主催。オスプレイは7、8の両日、若林区の陸自霞目駐屯地に飛来する。奥山市長は「(陸自からは)なるべく住宅密集地の飛行は避け、回転翼の角度変更は海上で行うと伝えられている」と説明した。
 先週末の日銀の追加金融緩和を契機とした急激な円安の進行に関して、「燃料代高騰や輸入品の値上げにつながり、産業活動や市民生活を直撃する。過度な円安は仙台経済、東北経済にとって憂慮する事態になりかねない」と警戒感を示した。
 政府が掲げる「地方創生」に対し「若年層の地方定着という方向性は一緒でも、復興事業は別枠で財源が確保されるべきだ」と指摘。「地方創生に取り込まれる形で復興という課題が忘れられては、被災地として踏んだり蹴ったりだ」とけん制した。

◎大規模災害訓練あす仙台に飛来
<100人デモ>
 大規模災害訓練「みちのくALERT(アラート)2014」の実施を前に、共産党県委員会などで組織する「震災対処訓練対策県連絡会」は5日、陸上自衛隊霞目駐屯地(仙台市若林区)近くの遠見塚東公園で反対集会を開いた。
 駐屯地は訓練で、米軍新型輸送機MV22オスプレイの拠点となる。集会には地域住民ら約100人が参加。横断幕やのぼりを掲げ「オスプレイは来るな」などと訴え、周辺をデモ行進した。
 連絡会は期間中、オスプレイの離着陸時間や飛行ルート、騒音を記録する監視活動を実施する。

<260人集会>
 4日夜には県護憲平和センターと社民党県連などが、オスプレイ飛行反対集会を青葉区のハーネル仙台で開き、市民ら約260人が参加した。
 講演で、NPO法人ピースデポ(横浜市)の湯浅一郎代表は「オスプレイ参加は日米の軍事同盟強化が目的。そもそも構造上の欠陥があり、日本の航空法では飛行できない」と指摘。
 社民党県連の岩渕義教代表は「みちのくALERTは『防災』を名目にした軍事訓練。自衛隊と米軍の一体化を許してはならない」と話した。センターなどは5日、気仙沼市内でも同様の集会を開いた。


朝日新聞
宮城)流された自宅跡にスケボー・パーク 仙台・荒浜
 津波で家々が流され、今は誰も住まない仙台市若林区荒浜の一角に10月、手作りのスケートボード・パークが仮オープンした。ここで育った中島悠さん(31)が「もう一度、人が笑って集まる場所にしたい」と、自宅跡にコンクリートを打った。「荒浜」にちなんで「Rough(ラフ) Beach(ビーチ) Park(パーク)」と名付けた。

 荒浜地区は津波で約190人が亡くなり、一帯は災害危険区域に指定された。海のそばに建つ慰霊碑には多くの人が訪れる。

 中島さんは震災1年がたったころから、次第にたまらなくなった。「荒浜から『楽しい』ってワード(言葉)が消えてしまった。そろそろ、悲しむだけじゃなくていいんじゃないか」

 スケボー歴は15年、インストラクターをしたこともある。区役所に問い合わせると、屋根のないパークなら許可は不要。父親にかけあい、敷地を使う了解も得た。200万円を銀行から借り、今年1月に勤めていた建設会社を辞め、準備を始めた。

 25メートル×13メートルのパークに、手すりや高さ1・6メートルのクオーターパイプ(斜面)。大きなテントも設け、電気が通れば照明をつける。利用料は1日500円で、週末には20人ほどが集まっている。来年初めに本格オープンさせる予定だ。

 荒浜は仙台市民にとって一番親しみのある海辺だった。子どもは海水浴を楽しみ、サーファーは波に乗った。「そんな荒浜が忘れられてゆくのが、地元の俺には嫌だった」と中島さん。

 将来は音楽イベントを仕掛けたり、子ども向けの教室やサーフショップを開いたりしたいという。(石橋英昭)


朝日新聞
岩手)大槌町の高台移転、工事終了は最大1年2カ月遅れ
 大槌町は4日にあった町議会全員協議会で、高台移転や区画整理などの工事終了が、9月につくった工程表から最大1年2カ月遅れることを明らかにした。工事終了は最も遅い地区で3年後の2017年秋ごろとなり、仮設住宅暮らしの長期化が見込まれている。

 町によると、高台移転を予定している17地区のうち10地区で、工事終了が9月の工程表よりも遅れる。

 工事終了が1年2カ月遅れるのが安渡地区の二渡神社付近の住宅団地。46戸の高台移転を予定しているが、工事終了は17年夏ごろになる見通し。土地相続や抵当権の手続きに時間がかかり、用地買収が難航しているためだという。

 工事終了の時期が最も遅くなる一つが、寺野地区の住宅団地だ。最多の178戸が高台移転を予定しているが、移転先には仮設の小中学校が立つ。新設される小中一貫校の施工業者が入札不調で決まらないため、この仮設校舎を解体するめどが立たず、工事終了は早くても17年秋ごろになるという。

 地区ごとに工事の進み具合に差があることから、町は、高台移転の宅地が応募者少数で再募集になった場合、震災時に住んでいた地区以外からも募集できるようにする方針を示した。

 大水敏弘副町長は仮設住宅暮らしが長引いて家族構成が変わることについての対策を問われ、「子どもが生まれたらもう少し広い部屋に転居したり世帯分離したりしていただき、柔軟に対応する」と述べた。


中日新聞
大飯原発訴訟 関電「差し止めは事実誤認」
住民側、控訴棄却求める

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを求めた訴訟の控訴審の第一回口頭弁論が五日、名古屋高裁金沢支部(内藤正之裁判長)で開かれた。関電側は差し止めを命じた五月の一審福井地裁判決は「重大な事実誤認がある」などとして、あらためて争う姿勢を示した。住民側は一審判決の意義を強調し、「原発事故前への後戻りは許されない」と訴えた。

 関電側は控訴理由書で、原発には「万が一の危険性がある」と認めた一審判決に対し、「原発に内在する危険が顕在化しないよう適切に管理、統制できるかが問題だ」と主張。「個々の事実認定でも、科学的・専門的知見に基づかない誤った認定があるなど司法判断として不当な点が多い」と批判した。

 住民側は控訴理由書などで、一審では認められなかった原発から二百五十キロ圏外に居住する原告二十三人についても人格権を認め、関電側の控訴を退けるよう求めた。中嶌哲演(てつえん)原告団長(72)は意見陳述し、関電を「相変わらず安全神話を前提としている」と非難。代理人弁護士らは一審判決の意義を「万が一でも事故を繰り返さないという福島原発事故の経験を踏まえた」と強調した。

 関電側は次回期日の来年二月九日までにほぼ全ての主張を書面で提出し、証人尋問は予定していないことを明らかにした。

 住民側の河合弘之弁護士は閉廷後、判決まで時間はかからないとの見通しを示した。

 五月の一審判決は、原発の安全対策には構造的な欠陥があり、二百五十キロ圏内の原告には人格権が侵害される具体的な危険性があるとして、原発の運転の差し止めを命じた。

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patata3

Le meilleur whisky au monde vient du Japon
Pour la première fois, c'est un whisky single malt japonais qui a été désigné comme le meilleur au monde par la Bible du Whisky de Jim Murray, qui recense et note tous les whiskies fabriqués dans le monde. Le Yamazaki Single Malt Sherry Cask 2013 a été décrit comme "consistant, sec, aussi rond qu'une boule de billard", par le prestigieux guide britannique publié lundi 3 novembre.
C'est aussi la première fois qu'aucun scotch ne figure aux premières places de ce classement britannique. Ce sont deux bourbons américains qui arrivent aux deuxième et la troisième places, le William Larue Weller et le Sazerac Rye 18 Year-Old.
"Il est temps pour une certaine dose d'humilité"
La première distillerie japonaise a été fondée dans la région de Kyoto dans les années 1920, avec l'aide de Masataka Taketsuru, qui a étudié à Glasgow avant de rentrer au pays avec son épouse écossaise.
Dans son éditorial d'introduction à son guide, Jim Murray écrit qu'il est temps pour les distilleries de scotch d'arrêter de se reposer sur leurs lauriers.
Où sont passés les whiskies complexes? Où sont les mélanges qui offraient des couches surprenantes de profondeur?", écrit-il.
Jim Murray juge qu'"il est temps pour une certaine dose d'humilité..., de retourner aux bases. De réaliser qu'il manque quelque chose"

今日はmatricesの勉強をしました.Ryさんなら知っているだろうと思って,Shさんにメールしたらその通りでしたが,説明がわかりにくいとのこと.
昼からセムム.約2週間ぶりです
Naさんから消しゴムをもらいました.図書館から借りた本に鉛筆でいろいろメモした跡があって気持ち悪いです.

河北新報
岩手めくる四季 15年版三陸復興カレンダー発売
 東日本大震災の復興支援団体「SAVE IWATE(セーブ イワテ)」(盛岡市)は、2015年版「三陸復興カレンダー」を販売している。
 製作は12年版から続き4年目。昨年からことしにかけて撮影された岩手県沿岸の12市町村の祭りや伝統芸能を月ごとに紹介。沿岸の主なイベントの開催情報もある。
 表紙の釜石市の「曳舟祭り」を撮影した同市の写真館経営菊地信平さん(66)は「小さいころから見慣れた祭りの風景を被災後も撮り続けられることに幸せを感じる」と語った。
 寺井良夫代表は「祭りや伝統芸能は沿岸の住民にとって心のよりどころ。県外や内陸に避難して祭りに参加できない人も写真を見て元気を出してほしい」と話している。
 カレンダーは1部1000円で、収益金は被災地の支援費に充てる。岩手県内の主な書店で販売しており、インターネットでも注文できる。実費負担で郵送も受け付ける。連絡先はセーブイワテ080(6006)9201。


朝日新聞
川内原発―再稼働同意は早すぎる
 九州電力川内(せんだい)原発の再稼働をめぐり、きょうから7日まで地元の鹿児島県議会が臨時議会を開く。再稼働推進の陳情が採択される公算が大きい。

 だが現段階で川内原発の再稼働を進めることは無責任であり、反対である。

 原子力規制委員会も原発の安全設備の詳細な審査や保安規定に関する審査をまだ終えていない。県議会と知事は再稼働同意を急ぐべきでない。

 何よりも大きな問題は、住民の避難計画である。

 原発事故を経て、規制委は放射性物質が飛散する過酷事故が起こりうることを原発審査に採り入れた。過酷事故の際の対応手順などを審査するようになったのは前進である。

 だが、過酷事故が起こりうる前提で原発の防災対策を眺めると、他の部分に比べ住民避難計画の弱さが目立つ。整然と避難できることになっていたり、避難に必要なバスの台数さえ未確定だったりという具合だ。

 原発事故を踏まえ、道府県とおおむね30キロ圏内の市町村に避難計画策定が義務づけられた。しかし、規制委は計画作りに直接関与せず、国は地元自治体に「丸投げ」状態だ。

 現状では、避難計画をだれも審査しておらず、いざというときに使える保証がない。

 北陸電力志賀(しか)原発の事故を想定して実施された国の原子力総合防災訓練では、悪天候で船による住民避難ができなかった。同様なことが起きかねない。

 原発30キロ圏の全国155の自治体の首長を対象に朝日新聞が実施したアンケートでは、4割近い59人が避難計画も国の審査対象に含めるべきだと答えた。

 早急に何らかの法制化によって、実効性が担保された避難計画を策定すべきである。

 川内原発と名指しはしていないものの、規制委の火山噴火リスクの取り扱いには日本火山学会が異議を唱えている。噴火予測の限界やあいまいさの理解が不十分というのである。

 福島第一原発事故では、津波の危険性を主張する専門家はいたが、事故を防げなかった。

 規制委や各電力会社は、火山学会の主張に謙虚に耳を傾けるべきである。

 火山リスクは、原発に100%の安全をだれも保証できないことの象徴ともいえる。

 なのに立地自治体首長からは「福島で起きた津波や地震、原発事故に対応するのは十分、100%と言っていいと私は信じている」との発言も飛び出す。

 安全神話に回帰して、同じ失敗を繰り返してはならない。


毎日新聞
京大:構内に私服警官 通告なし 学生ら取り囲み騒然
 4日午後0時20分ごろ、京都市左京区の京都大学で、無断で構内に立ち入った京都府警の私服警察官を学生らが一時取り囲む騒ぎがあった。京大と府警の間には、大学自治の観点から警察官が学内に入る際は事前通告するなどの申し合わせがあったが、守られていなかったという。京大はこの警察官に説明を求め、「事前通告なしに警察官が立ち入ることは誠に遺憾」とのコメントを出した。

 府警や京大によると、立ち入ったのは警備2課の30代の男性警察官。学生らが見つけて教室に連れて行き、20人ほどで警察官を問い詰めた。その後、杉万俊夫副学長らが大学に入った目的などを聴いた。学生、警察側ともけが人はなかった。

 今月2日に東京都内であったデモ行進で、警視庁が公務執行妨害容疑で京大生らを逮捕。京大で4日、これに反発した抗議行動があるとの情報を受け、府警が警戒していた。

 当時、現場付近には別の私服警察官もおり、「課員が学生に囲まれた」と府警に通報。機動隊の車両が京大周辺に集結し、数十人の機動隊員が出て一時は騒然とした雰囲気になった。府警川端署は「警察官と学生とのトラブルがあったのは事実だが、詳細は確認中」とコメントした。【岡崎英遠、村田拓也、松井豊】


朝日新聞
(天声人語)予告安楽死の波紋
 詩人の吉野弘さんは、漢字を素材にした佳作をいくつも残した。「往と住」という詩はわずか2行である。〈この世を往かなくてはなりません/この世に住んだものは誰でも〉。やさしい言葉で表された真実の前には、ただ一人の例外もない▼授かった命を返す日は必ずやってくる。返し方は百人いれば百通り。死生観も違うから「授かる」「返す」という言い方に反発を抱く人もおられよう。生き死にをめぐる議論はどこまでも深い▼安楽死を予告し、その通りに亡くなった米国の女性(29)の最期が波紋を広げている。末期がんで余命半年を告げられ、医師が処方した薬を飲んで生を終えた。安楽死が法律で認められている州に、他州から転居しての選択だったという▼「11月1日」と日にちまでネットで宣言していた。残された時間はまだあったのに砂時計を割ってしまった。そんな印象もある。是非を簡単には語れないが、精神科医で病や死について著作の多かった神谷(かみや)美恵子さんが、こう述べていたのを思い出した▼死と直面した人の心にみられるのは、すべてのものへの「遠のき」だという。「世界が幕一枚へだてたむこうにみえるというとき、そのひとはすでにみんなの住む世界からはじき出されて、べつの世界から世を見ている」▼続けて、「その眼(め)のくだす判断も、すでにべつの価値基準で行われはじめている」と。女性はどうだっただろう。安楽死の一つの危うさがこの辺りにあるように、異国のできごとから考えた。

フランス語
フランス語の勉強?

lineaireとcomplexe/カンボジアのお菓子/ジュンク

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fiammifero3

Un Nobel d'économie s'alarme de la ≪japanification≫ de l'Europe
Selon l'Américain Paul Krugman, les pays de la zone euro n'ont rien retenu des lecons qui ont précipité le Japon dans la spirale de la déflation à partir de la fin des années 90.
C’est l’heure du grand pardon aux Japonais. D’abord dans les colonnes du New York Times puis quelques heures plus tard lors d’un forum de l’innovation organisé par Hitachi, le prix Nobel d’économie Paul Krugman a demandé pardon le week-end dernier aux décideurs politiques japonais qu’il avait abondamment critiqués à partir de la fin des années 90. Aux côtés de l’économiste Ben Bernanke, il fustigeait alors les mauvaises décisions des leaders nippons en matière de fiscalité, d’investissements publics et de politique monétaire alors que l’Archipel s’enlisait dans la déflation.
≪Je dois m’excuser. Ils n’ont pas toujours bien répondu à la crise. Mais l’Occident fait maintenant bien pire≫, a déclaré Paul Krugman vendredi à Tokyo en comparant la crise actuelle avec celle qui a frappé le Japon entre 1990 et 2012. Il a pris pour cible les politiques d’austérité mises en place dans la zone euro qui font courir le risque d’une ≪japanification≫ de l’Europe. ≪L’Occident a plongé dans un marasme similaire à celui du Japon, mais en pire. Et cela n’était pas censé se produire≫, écrivait-il dans le New York Times, avant de poser une question: ≪Pourquoi l’Occident, avec tous ses économistes réputés - sans parler de la possibilité de tirer des enseignements du malheur du Japon – parvient à un gâchis encore pire que le Japon a connu?≫ Pendant vingt ans, l’Archipel a tenté de combattre les conséquences de l’éclatement des bulles boursières et immobilières du début des années 90. Elle a relancé son économie via une hausse de ses dépenses publiques. Mais cet effort a tourné vite court et dès 1997, Tokyo a procédé à une hausse de 2% de sa TVA.
≪C’était une grave erreur, mais ce n’est rien en comparaison des politiques d’austérité extremement destructrices de l’Europe, note Paul Krugman. La politique budgétaire de l’Occident détruit activement la croissance. ≫ Concernant les mesures monétaires, le prix Nobel pointe les atermoiements et les empressements de la Banque du Japon face à cette crise que l’Archipel traversait dans ces années-là. ≪Mais la banque centrale japonaise n’a jamais rien fait d’aussi aberrant que la Banque centrale européenne qui a relevé ses taux en 2011, contribuant à renvoyer l’Europe dans la récession.≫
Face a au péril déflationniste qui guette l’Europe, Krugman ne s’est pas montré très optimiste. En juin, il recommandait aux leaders européens de lancer à leur tour des Abenomics, cette politique inflationniste nippone faite de relance budgétaire, de réformes structurelles et d’assouplissement monétaire. Tout le contraire de ce qui est fait en Europe.

linéaireとcomplexeを一通り勉強しました.もちろんまだこれからですが,理解できてきたのは嬉しいです.
妙でNOM THONG MUNGをいただきました.カンボジアのお菓子だそうです.その帰り道に北新地を通って,ちょっといい気分?で堂島のジュンクに行きました.久しぶり.お昼に別の本屋さんに行っているのだけれども,大きい本屋さんはいろいろあって楽しいです.結局本は一冊も買いませんでしたが,満足した感じです.

河北新報
1200世帯、移転へ一歩 石巻・新蛇田地区
 石巻市が東日本大震災の防災集団移転促進事業などで整備する新蛇田地区の宅地供給開始式が3日、現地であった。市街地5地区に計画する集団移転団地で、一戸建て用地が引き渡されるのは初めて。新蛇田地区は災害公営住宅と合わせて1200世帯以上が入居し、被災地で最大規模の団地となる。
 新蛇田地区は46.5ヘクタールで、2017年度までに一戸建て用地727区画が順次供給される予定。集合タイプの災害公営住宅535戸や公園、緑地なども整備される。
 先行して造成が完了したのは86区画。大型商業施設、医療機関などに近いことから人気が高く、入居者は抽選で決まった。1戸当たりの面積は平均約250平方メートルで、住民は今月から分譲や賃貸の契約を結ぶ。
 供給開始式には市や工事の関係者ら約100人が出席した。移転する住民を代表し、門脇地区の自宅が津波で流失、仮設住宅で暮らす会社員佐々木雄一さん(53)が亀山紘市長と引き渡し契約を交わした。
 佐々木さんは来年初めから住宅を建築し、3月に入居する予定。「あの日から時間が止まった気がしていたが、ようやく一歩を踏み出せる。明るい未来が迎えられるよう頑張りたい」と話した。
 市街地5地区では計約1440区画の宅地造成が計画され、完了は18年度の見込み。新渡波地区(171区画)も今月15日に供給が始まる。亀山市長は「他の集団移転団地も一日も早く完成させたい」と語った。


河北新報
気仙沼カツオ、台風で不漁 連続日本一は確実
 三陸沖でのカツオ漁が例年より半月早く終盤を迎えた。台風18号、19号の影響で水温が下がって群れが薄くなったためで、三陸沖で操業していた約50隻の漁船のほとんどが10月下旬で漁を切り上げた。カツオ漁船の基地・気仙沼漁港の水揚げ量は18年連続で日本一になることが確実だが、前年を下回り、東日本大震災後の回復傾向にストップがかかった。
 気仙沼漁港の生鮮カツオの水揚げ量は10月31日、一本釣り漁、巻き網漁合わせて1万9332トンに上った。前年実績(2万2415トン)を現時点で14%下回り、震災前の2010年実績(3万9751トン)の48%にとどまる。特に10月の水揚げは1391トンと、前年同月の半分以下だった。
 気仙沼市魚市場によると、例年三陸沖では11月中旬までカツオ漁が続けられる。特に9〜11月の戻りガツオは脂が乗って、高値で取引されるが、ことしは極端に量が少なかった。今後も戻りガツオが食卓に並ぶのは難しい状況という。
 10月22日に2.5トンを水揚げした一本釣り漁船の森下靖漁労長(41)は「ことしは黒潮の潮流が弱かった。北の漁場の群れが少なくなる傾向は年々強まっている」とも指摘する。
 菅原茂市長は「10月の水揚げが少なかったのは非常に痛い。運送、資材など関連産業への影響が大きい」と肩を落とす。魚市場の関係者は「漁場に残っている船は一日でも長く漁を続けてほしい」と話した。
 気仙沼漁港のことしのカツオの水揚げは6月7日にスタート。春先に不漁の懸念も伝えられたが、漁業情報サービスセンター(東京)などによると、7月までは巻き網漁が好調で、8月に1位の座を争う千葉県の勝浦漁港を追い抜いた。勝浦漁港の水揚げ量は10月31日現在9405トンで、追い上げは難しいという。


河北新報
出演住民「勇気出た」 映画「救いたい」鑑賞
 東日本大震災の被災地を舞台に製作された映画「救いたい」(神山征二郎監督)の上映会が1日、主要ロケ地となった宮城県七ケ浜町の中央公民館であった。エキストラとして出演した同町の住民約50人が招待され、完成した作品を鑑賞した。

 上映会は映画の製作委員会、せんだい・宮城フィルムコミッションが開催。「9月に仙台で開かれた完成披露試写会に足を運べなかったエキストラの皆さんに、ぜひ映画を見てもらいたい」と企画した。

 映画は、被災地で暮らす人々が苦悩を抱えながらも前向きに生きようとする姿を医師夫妻の視点で描いた。出演は鈴木京香(仙台市出身)、三浦友和、貫地谷しほり、津川雅彦、中越典子の各氏ら。

 ロケは昨年10月に仙台市、塩釜市、石巻市などで約1カ月間行われた。七ケ浜町では仮設住宅での生活の様子や菖蒲田浜など海辺の光景を撮影した。

 ロケに参加した七ケ浜町汐見台の合田紀代子さん(74)は「ロケはとても楽しかった。仮設住宅暮らしだが、映画を見て勇気が出た」と話した。
 映画「救いたい」は、22日からMOVIX仙台などで公開される。


朝日新聞
境界あいまいな土地、復興に壁 地権者散り散りで塩漬け
 全国各地に残る、境界や地権者のあいまいな土地。震災では復興の足かせとなるが、解消に向けた調査は苦戦が続いている。

 「本当はここで再起したかった」。東日本大震災で津波に襲われた岩手県山田町で、大山純一さん(53)はつぶやいた。町役場からほど近い立地。行方不明のままの母、貞子さん(当時74)が40年近く旅館を経営していた。

 震災後、法務局の図面を確認したところ、自分の土地は、斜めにのびた、いびつな九角形で表されていた。長方形で使っていた実態と異なり、場所も違う。再活用したり売ったりするには、周辺地権者との話し合いや立ち会いで、境界を画定する必要があった。

 しかし地権者は津波で散り散りになり、亡くなった隣人の相続人とは連絡がつかない。図面には聞いたことがない人の土地も存在していた。境界の画定は「ほぼ不可能。さじを投げるしかなかった」と大山さん。旅館再建のため別の土地を買う予定だが、3千万円以上かかる。「登記はしているから、図面もちゃんとしていると思っていた。こんなことになるとは」と肩を落とす。

 隣の大槌町に住む自営業の男性(55)も震災で苦い思いをした。

 所有する山を売るため、境界を明確にしようと隣の地権者との立ち会いに臨んだ時のこと。境界がわりの竹やぶが刈り取られていた。地権者が震災で亡くなり、代替わりした親族は竹やぶがあった所まで踏み込んだ境界を主張。最終的に「こちらの土地が狭く画定されてしまった」という。

 「震災の影響で、つきあいの無い人が突然交渉相手になる。震災前に画定させていれば……」と悔やむ。

 両町の地籍調査の進捗(しんちょく)率は、震災時30〜50%。そのため境界や所有者の不明な土地が各所にあり、復興の足かせにもなっている。

 山田町は昨年、土地問題に対処する専門の「用地課」を新設。しかし、被災者向けの団地を造成するための高台確保にいまも苦労している。土地の所有者も相続人も不明な土地が、次々見つかったからだ。

 大槌町も震災翌年「都市整備課」を立ち上げたが、登記上の所有者が江戸時代生まれのままの土地が相次ぎ見つかったという。青木利博課長は「時が経つほど、地権者や境界を突き止めるのは難しくなる」と焦りをにじませる。

■一つの地番に地権者100人の例も

 阪神大震災でも混乱は起きた。

 神戸市兵庫区の湊川町10丁目と、隣接する菊水町10丁目。計400戸以上の家屋が倒壊した。震災後、住民たちが土地を担保に住宅再建資金の融資を受けたり売買したりしようとして行き詰まった。登記簿も図面上も、土地の境界や所有が明確でなかったからだ。

 「図面ではため池になっていたり、地番一つに実質100人以上の地権者がいたり。メチャクチャだった」。神戸市の土地家屋調査士、藤原光栄(みつひで)さん(66)は振り返る。

 住民らは「湊菊十丁目復興協議会」を立ち上げ、藤原さんや神戸市の担当者と連携しながら、境界を画定するのに必要な地権者の同意を得るため説明に回ったという。協議会の会長を務めた山平幸男さん(84)は「『ほっといてくれ』『金がかかるのは嫌だ』という人たちを一人ひとり説得した」と話す。合意をまとめて法務局に図面の訂正を申し出た時には、震災から1年半近く経っていた。(赤井陽介)

     ◇

 〈日本災害復興学会長の中林一樹・明治大大学院特任教授の話〉 平時は意識しにくい問題だが、個人の生活再建でも行政の復興事業でも土地問題が必ず絡む。時が経つほど地権者が相続で各地に枝分かれし、記録や境界の目印もたどりづらくなるので、対策を急ぐべきだ。大都市の木造住宅密集地域や高台移転先の山林ほど、地籍調査が進んでいない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震では大混乱をもたらすだろう。


毎日新聞
東日本大震災:「反転」誓う11.3 3.11津波被害、宮城・石巻の老舗こうじ店再開
 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市で唯一のこうじ店「島津麹(こうじ)店」が3日、震災後初めて店を開けた。「さあ、やるべし」。1909(明治42)年から100年以上続く店を守ろうと、いとこから店を引き継いだ佐藤光弘さん(29)は建材会社の営業マンからの転身。店先に真新しいのれんを掲げ、「伝統の味」の再出発を誓った。【近藤綾加】

 午前8時45分、JR石巻駅に近い住宅街の一角。店の前にエプロン姿の主婦や親子連れが行列を作った。「震災に負けず、逆境を覆したい」との思いから3月11日をひっくり返した11月3日を再開日にした。3年8カ月ぶりの営業に、地元客らは「何十年も前からここのこうじやおみそをいただいてます」と笑顔で佐藤さんに話しかけた。

 母弘美さん(57)の実家である店は、旧北上川の河口から約2・5キロにあり、震災では川を遡上(そじょう)した約1・2メートルの津波にのまれた。代々使い込んだ木だるは凍り、機械はヘドロまみれ。5代目店主だった母方のいとこはいったん廃業を決めた。

 福島県郡山市で会社員をしていた佐藤さんは2011年9月、退職して店を継ぐ決意をした。宮城県女川町で父憲光さん(64)が約40年続けた行政書士事務所と自宅は津波で流失。避難所を訪ねた時に「友人においしくて健康なものを食べてもらいたい」と感じたことがきっかけだった。憲光さんも店を手伝った経験があり、一緒に働くことになった。

 小さい頃から店の仕事ぶりを間近で見ていたので不安はなかったというが、被災家屋解体で店周辺の湿度や温度は微妙に変化し、雑味が入るなど商品作りは難航した。試作を重ね、今秋に宮城産ササニシキを使ったこうじ飲料「華糀(はなこうじ)」を新開発。ほんのり甘く「牛乳やシリアルに混ぜて、新しい朝食のスタイルを提供できる」という自信作だ。

 佐藤さんは「先祖に恥じないよう、地元に愛されるものを作り続けたい」。憲光さんも「今日から前に進めることがうれしい。これが復興の始まりって言うんでしょうね」と、のれんを見上げた。

読売新聞
被災児、ぜんそく発症2倍…仮設生活影響か
 東日本大震災で被災した子供のうち6・3%の子供がぜんそくを発症し、被災していない子供の発症率3・3%を大きく上回っていることが、厚生労働省研究班の調査でわかった。

 アトピー性皮膚炎の割合も高く、研究班は震災後の住環境の変化が影響している可能性があるとして分析を進めている。

 調査は、震災時に3、4歳(調査時5、6歳)だった子供を対象に、2012年9〜11月に実施した。被災地を含む全国の保育所を通じ、計約6万人分のデータを集めた。

 それによると、「被災あり」と回答した約850人のうち、6・3%の子供が医師からぜんそくとの診断を受けていた。

 アトピー性皮膚炎と診断された子供も4・8%に上り、「被災なし」でアトピー性皮膚炎の診断を受けた3・4%を上回っていた。

 また、「被災した」子供のうち「家が全半壊」した子供では、「被災なし」の子供に比べ、ぜんそくやアトピーを発症する可能性が、ぜんそくで2・1倍、アトピーで1・6倍高かった。

 調査にかかわった東北大災害科学国際研究所の栗山進一教授(疫学)は、「被災した子供にぜんそくやアトピーの割合が高いのは、避難所や仮設住宅へと住環境が変化する中で、アレルギーの原因となるカビやダニに触れる機会が増えた可能性がある」と指摘する。

 仮設住宅は、天井や畳の裏などにカビが生えやすく、国立医薬品食品衛生研究所(東京都)の調査では、室内の空気中のカビ濃度が一般的な住宅の50〜100倍に達していた部屋もあった。


朝日新聞
廃炉と自治体―財政依存脱する支援を
 運転開始から40年を過ぎた原発をさらに動かすのか。申請期限が迫るなか、円滑な廃炉が進むような仕組みづくりを急がなければならない。

 福島での原発事故後の法改正で、原発の運転期間は40年に制限された。1回だけ最長20年の延長ができるが、そのためには原子力規制委員会に申請し、通常より厳しい検査に合格しなければならない。準備を考えると、電力各社は年内にも結論を出す必要がある。

 商業原発の廃炉は、日本原子力発電の東海原発、中部電力の浜岡原発1、2号機で始まっているものの、今後をにらむと課題が山積している。その一つが、立地自治体の財政だ。

 原発のある県や市町村には、電気料金に含めて徴収される税金を財源とした交付金が配られている。モデルケースだと原発1基を構想してから運転終了までの50年間で1千億円以上のお金が市町村にもたらされる。

 使い道も、近年は保育園や図書館、公民館などの人件費や乳幼児への医療費補助など、一般財源とほぼ同じ。ほかに固定資産税や電力会社からの寄付もあり、歳入を原発に依存する市町村は多い。

 廃炉となれば翌年度から交付金はなくなる。そのために住民生活が脅かされることは避けるべきだ。経済産業省も対策の検討を始めたが、原発依存を減らすうえでも、立地自治体に対する何らかの経過措置や支援を考える必要はある。

 それにも当然、節度が求められる。交付金制度については、新規建設に向けた積立金が多すぎると会計検査院に再三指摘されてきた経緯がある。

 検討に際しては、原発推進を目的とした国の支出全般を根底から見直し、廃炉や立地自治体の再生にあてるものへと組み替えてはどうか。「もんじゅ」を含む核燃料サイクル事業も当然、その対象となる。

 自治体自身の取り組みも大切だ。立地市町村はもともと経済力に乏しく、だから原発を受け入れてきた経緯がある。原発のない過疎地で町おこしに成功した事例なども参考にしながら、電力消費地も巻き込んだ「原発後」を考えてほしい。

 2年程度で完了する火力発電所の廃炉とは異なり、原発の解体には放射線の問題などがあって、20〜30年の歳月がかかる。今後は規制や収益性の面で、予定より早く廃炉となる原発も出るだろう。廃棄物の処分地も決めなければならない。

 廃炉できる環境の整備。それが政府の役割だ。

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ご飯を大盛りでおかわり!/部落解放のコピー

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Mes premières vraies vacances
Mes premières vraies vacances
J'en rêvais depuis longtemps
Et cette année j'ai la chance
De partir sans mes parents
Ce n'est pas que ma famille
Soit vraiment collet monté
Mais moi je suis grande fille
J'ai besoin de liberté

Fini de toujours dire où l'on est
Fini la trempette où l'on à pied
Fini de s'habiller pour dîner
Bien fini
J'aurai le droit de marcher nus pieds
J'aurai le droit d'être décoiffée
J'aurai le droit d'aller me baigner
Sans bonnet

Mes premières vraies vacances
Moi je veux en profiter
Pour sortir de mon enfance
Par les portes de l'été
Mes premières vraies vacances

Comme elles me semblaient loin
Et voilà qu'elles commencent
Je serai là-bas demain

Faudra que je me trouve un garcon
Faudra qu'il danse comme un champion
Faudra qu'il soit pas trop polisson
Faudrait pas
D'accord pour la ballade en bateau
D'accord pour qu'il m'offre des gâteaux
D'accord mais s'il m'en demande trop
Pas d'accord

Mes premières vraies vacances
Je ne veux pas les gâcher
En écoutant ces romances
Qu'il ne chante qu'un été
Car je pense, quand j'y pense
Que c'est trop pour quinze jours
Des premières vraies vacances
Et un premier grand amour
Des premières vraies vacances
Et un premier grand amour.....

絶望の隣は希望です!
やなせ たかし
小学館
2011-09-26


NHKスペシャル 2014.01.05  こうせつ

大震災に打ちひしがれ、復興の道を模索する日本人へ綴られた愛と勇気のメッセージです。

幼いころに両親を失い、ようやくつかんだ小さな幸せをも最愛の妻の死によってまた失い、
何度も絶望の淵を覗き込んできたやなせさん。
心優しいアンパンマンも、あの名曲『手のひらを太陽に』も、
孤独と絶望の果てに生まれてきたことを初めて知り、涙が頬を伝いました。

「どんなにつらくても、生きていれば必ずなんとかなる」

アンパンマンが世に出るまで60年以上も己が人生と格闘し、
92歳のいまも第一線で活躍するやなせさんだからこその深く重い言葉です。
「何歳になっても、人生は捨てたものではない」
絶望の隣は希望であることを、やなせさんが身をもって教えてくれる一冊です。

追伸

やなせたかしさんの訃報を知り、
改めて本書を開いた。
読みながら涙で文字が霞んでしまった。

わずか2年前に刻んだはずのひとつひとつの言葉が、
あの頃よりも少しだけ体感として理解できた。
これから年齢を重ねることで、やなせさんが遺したメッセージの意味がもっとわかるのかもしれない。

「何歳になっても人生は捨てたものではない」

やなせさんの叱咤と激励に背筋がのびる。
やなせさん、ありがとう!!!

※年明けに放送されたNHKスペシャルは、やなせさんの生きざまと信念を凝縮したこの本を映像化しているかのようでした。
こんなにも懸命に生き、人々に勇気を与え、いまなお輝き続けるやなせさんに、心から敬意を表しますm(__)m


ご飯を大盛りでお願いしてしかもおかわりまでしてしまいました.無料でもよくありません.ダメだこりゃ.おデブになってしまいます.
雑誌「部落解放」のコピーを依頼していたのが届きました.でも読む時間がないです.これもまたダメ.

朝日新聞
(思いはいま)妊娠・育児、経験伝える 東日本大震災4年目
 ■宮城
 石巻市、荒木裕美さん(35) 震災の2カ月後、妊婦や新米ママが集まるサロンやイベントを開く団体を立ち上げました。今は月に15回ほど、おしゃべりしたり、親子で体を動かしたりする場をつくっています。メール会員は600人になりました。
 震災のときは、2人目の男の子を妊娠中でした。自宅は無事でしたが、とにかく情報がなかった。そんなとき、知っているお母さんたちに会うと安心したし、子どもも落ち着きを取り戻してくれました。日頃からのつながりの大切さに気づかされました。
 身重で買い出しに行くのは大変でした。避難所で出産した人もいます。でも、必要なものが足りなくて困った経験や、どうやっておなかの子を守ったかという妊婦のノウハウは受け継がれにくいと感じました。
 当事者が体験を伝えなければと考え、いろんな場で話をしています。「被災地のお母さん」と言っても、体験はバラバラ。団体を通じて経験を共有し、みんなで発信したい。子育て政策を考える市の委員にもなりました。地域の防災計画に妊婦の視点を採り入れてほしい。
 震災ではたくさんの命が失われました。だからこそ、これから生まれる命を守ること、生まれた命を育てることに力を注いでいきたいです。
     *
 <黄金色の稲穂、4年ぶり実る>
 仙台市、佐藤善一さん(66) 約100軒の農家が所属する若林区荒浜地区の「荒浜集落営農組合」の代表です。一帯の180ヘクタールの田んぼは津波をかぶり、平均で約50センチ地盤沈下しました。正直、もう復興は無理だと思いました。
 ただ、行政や農協の支援があった。震災の数カ月後、がれきの撤去が始まり、一昨年には田んぼの復旧工事もスタート。今年から稲作を再開することができ、4年ぶりに黄金色の稲穂が実りました。
 組合は来年1月、協力して農作業にあたる農事組合法人にして、耕作の集約化を図ります。軌道に乗せ、豊かな水をたたえた田んぼを次の世代に残すことが使命と思っています。

 ■福島
 <観光客に泊まって欲しい>
 いわき市、高木重行さん(57) 江戸時代から続く旅館は、1万本のワインの在庫と、近くの漁港直送の魚を使った料理が売りでした。その1階を津波は突き抜けていきました。初めはがれき撤去で必死。支援のための補助金制度をボランティアから教わり、8月に「ホテル高木屋」として再建しました。
 魚はまだ十分取れません。宿泊客も東京電力福島第一原発の廃炉現場などで働く人がほとんどです。でも、将来は観光宿として利用してほしい。30室ほどある部屋の半分は、あいだの壁が取り外せる作りにしています。いつか家族連れに広い部屋に泊まってもらいたいからです。
     *
 楢葉町、横田峰男さん(49) 生まれ育った楢葉町の避難指示区域にある唯一の仮設商店街で、立ち食いそば店「おらほ亭」を経営しています。
 東京電力福島第一原発事故前は、富岡町で有機栽培野菜などの問屋をしていました。飲食業は初めてで、味付けも手探り。仮設住宅に避難中で、町の復興を考える余裕はありません。
 それでも、原発の廃炉作業員に「温かい料理が食べられるのは最高にうれしい」と言われると、やりがいを感じます。一時帰宅した避難者とカウンター越しに話すと元気が出ます。「喜びを売る」。そんな意識で困難を乗り越えたいです。

 ■岩手
 <おやじと共に漁業に生きる>
 宮古市、川畑亮輔さん(23) 津波で全壊した海藻の養殖施設をなんとか再建し、おやじと力を合わせて漁業を頑張っています。今はワカメの種まき準備で忙しい日々です。
 ここ千鶏(ちけい)漁港では、漁師は震災前の半分に減りました。亡くなったり、再起を諦めたりして。うちも以前は家族総出でしたが、母が津波にのまれ、祖父母も震災後に病死したので、養殖の規模を縮小しました。
 でも、このふるさとで漁師として生きていくと決めています。風評被害にも負けず浜に活気を取り戻したい。みなさん、三陸の海の幸をたくさん食べてください。俺たちも働きがいがありますから。
     *
 釜石市、三浦紘子さん(69) 仮設商店街の食堂の調理場を任されて8カ月。郷土料理研究の仲間や、私が部長を務める漁協女性部のメンバーが集まって、店を使ってくれます。
 女性部は50人余りで、震災前の5分の1に減りました。漁港前の集落は今も復興の兆しが見えません。私ら夫婦も海の近くにはもう住まないつもりでしたが、子や孫がそれでも故郷がいいと言うので、結局はとどまることにしました。
 女性部で最近、地域の行事に合わせて、サンマなどを使う「うみバーガー」を開発しました。料理研究の場にかつてのメンバーが集まって来たらいいです。


毎日新聞
風知草:「SMバー」で見えたこと=山田孝男
 政治資金疑惑、続編の意表を突く舞台は「SMバー」だった。宮沢洋一経済産業相(64)の秘書の探訪が露見、宮沢は「私は行ってない」と釈明した。

 どうにも止まらぬ調査発掘報道の中でも滑稽(こっけい)味あふれる逸話として、好奇の目が注がれている。

 だが、問題の核心は主役の性的嗜好(しこう)ではない。政治資金とその公開制度に対する政治家の無関心、無防備だ。雇い主と世間をナメてかかった秘書の無自覚、無規律である。

     ◇

 経産相(参院広島選挙区選出)の政治資金管理団体「宮沢会」から、広島市内のSMバーに「政治活動費1万8230円」の支出があった。2010年の収支報告書を洗った共同通信の特ダネである。

 毎日新聞によれば、それは「下着姿の女性をロープで縛り、客も参加するショー」を見せる店だ。男性4000円、女性2000円で飲み放題。経産相は「地元秘書が情報収集目的で利用」と説明した。

 どう見るか。政治資金の実務を知る政治家、秘書に聞くと、異口同音、宮沢の監督不行き届きと説明のまずさを指摘した。中でも秘書時代から百戦錬磨、自ら訴追され、服役もした鈴木宗男元衆院議員(66)がこう言っている。

 「SMバーに私は行ってませんってね、そんなこと言ってどうすんだって。オマエが行ってどうすんだって話ですよ。『宮沢さんが行ったんですか』って興味本位で聞くマスコミもどうかと思うけどネ。問題の本質は、自分で報告書を見ていない、監督責任を果たしてないってことです。申し訳ない、私がチェックしていなかったと認めて謝ったらいいんですよ」

 民主党政権でも似た騒ぎがあった。09年、閣僚や参院議長の政治活動費にキャバクラなどの代金が含まれていたことが発覚。10年には閣僚の事務所費にキャミソール(女性用下着)の購入代金が記載されていたことが暴かれ、いずれも批判、嘲笑を浴びた。

 一般に地盤が安定して選挙が楽な議員の事務所ほど緩みが出る。なまめかしい醜聞の背後に暗い秘密があるとは限らない。

     ◇

 宮沢は東京電力株を600株(時価約20万円)持っていた。経産相は東電の株価に影響を与え得る立場であり、保有はご法度だ。指摘されて信託銀行に預けたが、感度が鈍過ぎると鈴木が首をひねった。

 「私なら就任の記者会見で自分から言うね。必ず突かれるポイントですよ。情報の透明性が大事なんだから。秀才なのに、なんで頭が回らないかネ」

 もう一つ。宮沢は、外国人が50%超の株を保有する企業から40万円の寄付受領を指摘され、返却した。その企業は地元のパチンコ店運営会社である。

 11年、民主党政権の外相が似た問題で辞任した。法律は政治活動への外国人の寄付を禁じているが、定住している人の、巨額とも言えぬ寄付を国事犯のように騒ぎ立てる追及がまかり通れば、わざと政敵に寄付して葬ることも可能。微妙な問題をはらむ。

 政治資金疑惑は、他の閣僚に飛び火し、首相をいらだたせ、追及する野党へ燃え移り、疑わしいものと難癖に近いものが入り交じって鳴動している。

 世論の深層を突き動かすものは、暴かれる不祥事の数ではなく、質だ。消費税再引き上げの是非を問う折から、指導的地位にある人々の、浪費、公私混同に厳しい視線が注がれるのは当然である。(敬称略)


朝日新聞
男の成功像、生き方縛る 「逃げたっていいんだ」
 「10月から、あなたのポストはありません」。メーカーに勤める都内の男性(47)は今夏、会社から言い渡された。課長級50人への「肩たたき」だった。
 営業成績は常に上位、年収は1千万円を超えた。自宅を買ったばかりで、子どもは私立小に通う。妻がパートに出れば助かる。だが、「働いてくれなんて、妻には絶対言いたくない」。
 子どものころ、小さな会社を経営していた父と、内職で家計を支えていた母はお金をめぐり口論が絶えなかった。妻にはお金で文句を言わせたくなかった。
 退職勧奨を断り続けたのは会社への意地だ。しかし、夫婦の関係が変わることへの恐怖がもっと大きかった。妻が好きなブランドバッグ、私立小、海外旅行。自分も「高い給料を稼ぐ夫」という一種のブランドなんじゃないか――。
 9月末、当面の仕事もなく、自宅待機を命じられた。家に戻り、月給が7万円下がることを伝えると、妻は言った。「足らなくなったら、私が働けばいい」
 拍子抜けした。結婚20余年、妻の口からこんな言葉が出るとは。それでもプライドが許さない。「やっぱり、妻を働かせたくない」
 妻に去られた、家族への暴力がやめられない……。大阪市内の産業カウンセラー吉岡俊介さん(59)のもとには、悩みを抱えた男性たちが訪れる。
 講師を務める中高年男性向けのセミナーでは、オランダ生まれの作家レオ・レオニ作の「ひとあし ひとあし」という絵本を読み聞かせる。動物の体の大きさを測る冒険を続けた小さな尺取り虫は、最後に、鳥から「わたしのうたをはかってごらん」と難題をふっかけられ、できなければ食べてしまうと脅される。
 ここで、参加者にたずねる。「尺取り虫はどうするでしょう?」
 男性たちの答えは「仲間を集めて知恵を絞る」「歌を採点する」。どう解決するかばかり考えていた彼らは、絵本にある予想外の結末に拍子抜けする。
 答えは「逃げる」。
 吉岡さんも大手損保会社の管理職だった。「理不尽なことがあっても立ち向かう。逃げるなんて発想はなかった」。社内のトラブルの責任をとらされ、47歳で辞表を出した。妻に誘われ、今の活動と出会った。
 ふだんは疑うことのない「らしさ」の意識が、男たちをからめとる。(高橋末菜)

 9月20日、映画「ハリー・ポッター」のハーマイオニー役で知られる英国人俳優、エマ・ワトソンさん(24)が、ニューヨークの国連本部で演壇に立った。
 「性別をもとにした考え方に疑問を持ったのは8歳の時だった。親向けの劇で演出をやりたがったら、『親分みたい』とからかわれた。男の子は言われないのに」
 国連機関「UN Women」の親善大使として、男女平等には男性の意識改革が必要だと訴えた。
 「男としての成功像に対するゆがんだ感覚のせいで、精神的に弱くなってしまう人もいる。男性が固定観念から解放されれば、女性が置かれている状況も自然と変わる」
 インターネットで公開されたスピーチの動画は130万回以上再生された。日本でも「『男らしく』『女らしく』振る舞うことを強要する社会を変えようということ」「単なるフェミニズム」など、ツイッターなどでは賛否が分かれた。
 英国では、20歳から49歳の男性の主な死亡原因は自殺が占め、がんや交通事故を上回るという。日本でも、男性の自殺死亡率(2013年)は10万人あたり30・3人と女性13・0人の倍以上にのぼる。

 ■89歳で料理教室、錯覚気づく
 男たちはどんな時、「らしさ」に気づくのか。
 9月26日、東京都品川区の「今井学院」で、キュウリを切る男性がいた。昨年11月から、学院の高齢男性向け料理教室で、料理の基本を習っている。89歳。過去最高齢の「新入生」だ。
 20歳で終戦を迎え、「生活費を稼いで」と母に言われ、公的機関の研究員になった。「一家の大黒柱になるのが当たり前だった」。結婚後、給料袋は封を切らず、妻に渡してきた。
 一昨年、妻に先立たれた。野菜を買っては腐らせて一人暮らしに行き詰まった。
 料理や掃除の傍ら「大変なの」と漏らしていた妻を思い出す。「女として当たり前」と当時は気にも留めなかった。大黒柱と言いながら、稼ぐこと以外は妻に頼ってきたのは自分だった。「錯覚してたんです」
 約30年男性たちに教えてきた今井美津恵学院長(79)は言う。「仕事一筋だった人が多い。老いて料理が仕事になった時初めて、生活面で自立してこなかった自分に向き合う」
 福岡市の男の子料理教室「厨房(ちゅうぼう)男子」。5年通っている中学3年の長谷部圭司さん(15)は働く両親に代わり時々台所に立つ。「料理って生きるために必要だから」
 主宰の北川みどりさん(49)は「生きるのに欠かせない食事を女性だけになぜ任せるんでしょう?」。
 日本の「男性が稼ぎ、女性は家事」の枠組みは、近代以降の産業化で作られた。家族を養う責任を男性が担うと同時に、男性優位の労働市場ができあがった。戦後は、終身雇用や年功序列といった日本独特の仕組みの中で働く男性が「標準」となり、経済成長を支えた。「定年までまじめに働いていれば、家族や社会の期待に応えられた」と多賀太・関西大教授(男性学)は話す。
 90年代からの「失われた20年」で、失業や収入減、非正規社員の増加などから「標準」が揺らぐようになった。家族や地域での孤立や自殺など、「男らしさ」が生きづらさにつながる問題が目立ち始めた。
 ここ数年、若い世代を中心に育児を担う男性を指す「イクメン」という言葉も生まれ、変わったようにもみえる。だが、伊藤公雄・京都大教授(男性学)は「社会や家族が変わってきたのに、男中心の家父長制に基づく家族観や男女観に男性はまだ、無自覚にしがみついている」と指摘する。

 ■制服交換、「当たり前」見直す
 「常識を乗り越え、最も身近な常識『男らしさ』『女らしさ』から離れてみる」。今月11日、そんなメッセージを掲げた催しが、山梨県立富士北稜高校(富士吉田市)で開かれる。
 「セクスチェンジ・デー」と呼ぶ。「sex」(性)と「exchange」(交換)の造語だ。生徒が男女で制服を交換して、1日を過ごす。ルールも決めた。サイズを合わせて無作為に交換する。トイレはいつもの方へ。全校生徒約800人のうち約300人が、制服を取りかえる予定だ。
 昨年10月、社会問題の解決策を競う「全国高校デザイン選手権」で、当時の3年、川口智矢さん(19)ら生徒3人のチームが企画を提案し、優勝した。
 きっかけは、テレビ番組で見た「おねえキャラ」のタレントたち。そこから性的少数者の人たちにまで関心を広げた。「『男らしく』『女らしく』という僕たちにとって当たり前の意識が、彼らを生きづらくさせているのでは」
 昨年9月、女子の制服を着て1日過ごした。チェックのキュロット、襟元にリボン。頭は丸刈り。足をそろえていすに座った。
 この体験から、自分の置かれた状況を考えるようになった。男で野球部員で、学級委員長。率先して場を盛り上げ、皆を引っ張るのが好きだった。「周りも自分にその役割を期待し、自分も応えようとしていた」
 ほかの「当たり前」も違って見えてきた。例えば、食器洗いをしなくても自分や兄は怒られないのに、妹はやらされる。自ら食器を洗うようになった。
 担当教諭だった菅沼雄介さん(40)は「他者から期待されたり、自らを規制したりし、何らかの役割を演じていると気づくことが大切。『らしさ』の意識にとらわれず、社会の仕組みやルールをつくってほしい」と生徒たちに期待を寄せる。
 (錦光山雅子、高橋末菜、石原孝)


朝日新聞
同性婚さん、いらっしゃい ホテルが挙式プラン ゼクシィも実例掲載
 法律で結婚が認められないからこそ、式だけでも挙げたい。そんな同性カップルを受け入れるホテルや式場が増えている。後押ししているのは同性婚=キーワード=を認める海外の流れだ。国内では、実生活で法律婚と同等の権利が保障されていない。式を挙げやすくなったのは、ささやかな一歩だ。

 「結婚おめでとう」
 手をつないで赤じゅうたんを歩く男性2人が、祝福の声に包まれた。左指には交換したばかりの指輪。「幸せ」「自信になった」。2人は笑い合った。
 10月11日、大阪市北区で開かれた性的少数者の祭典「関西レインボーフェスタ」。公募で選ばれた男性カップルが式を挙げた。性的少数者の結婚式をプロデュースする団体「glitter(グリッター)」(大阪市中央区)の桜井秀人さん(35)が企画した。桜井さんは両性愛者。「結婚は誰でも平等にできると伝えたい」
 フェスタに初めて協賛、出展したホテルグランヴィア京都(京都市下京区)は3月、「同性婚式プラン」を発売した。寺院での挙式と、ホテルでの3泊朝食付きで77万7千円。当面は外国人客が対象だが、日本人からの問い合わせにも応じる。池内志帆・担当室長(46)は「式と観光を兼ねたハネムーンにすることで、旅行に壁を感じてきた人に踏み出してほしい」。
 式場となる「春光院」(京都市右京区)は4年前から同性婚式を受け入れている。米国留学中、同性愛者の友人がいた川上全龍副住職(36)は「支援者が増えれば安心して式を挙げられる。ここでできるよ、と伝えていきたい」と話す。
 同性婚式を受け入れる動きは広がってきた=表。20代の3人が運営する「Juerias(ジュエリアス) LGBT Wedding」(東京都世田谷区)は、2011年9月の発足から3組の式をプロデュース。両性愛者で共同代表の本間創一さん(25)は「同性婚式を広めれば、性的少数者に寛容な社会に変わる」と主張する。
 リクルートが発行する結婚情報誌「ゼクシィPremier(プレミア)」は12年8月発売号(当時はゼクシィAnhelo=アネーロ)から毎号、結婚式の実例を紹介するページで同性カップル1組を取り上げている。小林隆子編集長(46)は「同性婚を合法化する国が増え、世界で同性婚式の市場が広がるなか、日本企業も動き始めたのではないか。同性カップルも『自分にもできる』と意識が変わってきている」と分析している。

 ■国内での浸透、法律が壁
 それでも国内では厚い壁がある。民法や戸籍法が異性婚を前提としており、同性同士の婚姻届は受理されないことが影響している。
 9月にハワイで式を挙げた東京都の女性カップルは「男女カップルと同じように、大手にお願いしてみたかった」と言うが、国内の式場は大手数社が拒んでいると旅行業者から知らされた。「法律婚しか扱えない」ことが理由だという。
 業界大手のある経営者は「契約している聖職者の宗教観や会場にいる他の客の抵抗など壁は多い。法律で認められていないことで収益を上げてよいのか、という迷いもある」と明かす。
 大阪市に住む女性(32)とパートナー(31)は11年8月、カナダ・トロントの教会で挙式した。カナダは05年に同性婚を合法化し、外国人にも市が結婚証明書を発行する。「社会に認められたい。2人の関係を残す『紙』がほしかった」という2人だが、実生活では法律婚にない困難が多い。
 今年3月、2人でお金を出し合ってマンションを買おうとローンを組んだが、名義を1人分にしかできなかった。共同名義は婚姻関係や親子関係が条件。返済は2人でするが、所有権は1人にしかない。遺産相続や生命保険金の受け取り、相手の手術への同意も簡単には認められない。
 男性弁護士同士で式を挙げた南和行さん(38)は「法制度を変えるには、家族に関する価値観の抜本的な転換が必要。式を通じて同性愛者を身近に感じる人が増えれば、差別をなくすことにつながる」と訴える。
 (花房吾早子)

 ◆キーワード
 <同性婚> 日本では法律上、認められていないが、海外では容認する国・地域が増えている。米連邦最高裁は昨年6月、婚姻を男女に限定した連邦法を違憲とする判決を出した。
 日本学術会議などによると、米国は全50州のうち30州と1市で合法化。英、仏、ニュージーランド、ウルグアイも昨年容認した。婚姻と同等の制度や判例も含めると、20以上の国・地域で認められている。国内ではNPOなどが法改正や新制度づくりを国会議員に働きかけている。

 ■同性婚式の受け入れ・支援をする主な企業や団体
 ◇式場運営「テイクアンドギヴ・ニーズ」(東京都品川区)
 4月から国内外の同性婚の現状などを学ぶ研修を実施
    *
 ◇ウエディング会社「銀座クチュールナオコ」(東京都中央区)
 約款を改定し、来年1月から受け入れ
    *
 ◇カフーリゾートフチャクコンド・ホテル(沖縄県恩納村)
 9月に性的少数者向けのウエディング事業を開始
    *
 ◇プランナーや法人が加盟する「全米ブライダルコンサルタント協会日本オフィス」(東京都中央区)
 3月に米ニューヨーク市での挙式プランを発売。結婚証明書を受け取れる
    *
 ◇RAINBOW AISLE(レインボー・アイル、横浜市) VALENTY WEDDING(ヴァレンティー・ウエディング、名古屋市) Novia Novia(ノヴィア・ノヴィア、東京都渋谷区)などの仲介会社
 プランナーらが式場や衣装業者と交渉し、式をプロデュースする


毎日新聞
サラリーマン:「こころの定年」どう克服?
 若いころにがむしゃらに働いたサラリーマンが40歳前後で先が見え始め、組織で働くことの意味に悩み始める。現役サラリーマンで評論家の楠木新さん(60)は、そんな状態を「こころの定年」と名づけ、会社人間だけではない、もう一つの自分を持つことを勧めている。

 10月中旬。大阪市中央区のビジネス街にあるビルの一室で、楠木さん主催の「こころの定年研究会」が開かれた。仕事帰りの男女ら約10人が参加した。

 「こころの定年」とは、サラリーマン人生の前半戦と後半戦の境目にあたる40歳前後で、働く意味を見失っているような状態を指す。研究会はこれを理解し、克服する方法を考えようとスタートし、今回で52回目。座学もあればグループワークもあり、何度も参加する人も多い。

 この日の参加者は、3グループに分かれ「5年後、10年後のイキイキした自分の姿」を書き出した。

 「副業を成功させる」「子供たちを教える場を作る」「趣味のブログを多くの読者に読んでもらう」。参加者はそれぞれ、仕事の時とは違う、もう一つの自分の姿を語った。さらに「自分が何をすべきか、分かっておく」「年齢を否定せず動き出すべきだ」など、もう一つの自分になるための方策も次々と挙がった。

 大阪市東住吉区の会社員(60)は、出向先でこれまでのやり方が通用しなくなり、こころの定年の状態になったという。「研究会でいろんな価値観に接して刺激され、仕事とは別の自分の立場で、組織の姿を見直した。すると、これまでと違った景色がみえるようになった」と振り返る。

 ●自らの体験もとに

 楠木さんは生命保険会社で人事労務関係の課長を務めるなど、順調なサラリーマン生活を送っていた。しかし、出身地の神戸で阪神大震災に遭遇したことをきっかけに、会社だけで働く意味に疑問を持ち始めた。

 仕事は続けていたが、47歳の時の転勤を契機に「もっと出世したい」という気持ちと「誰のために働いているのか分からない」との感情に引き裂かれ、出社できなくなり、うつ状態と診断された。

 職場に復帰したものの平社員に降格。何をしていいのか分からない状態の中で、仕事を辞めて別の道を歩んでいる人たちに興味を持ち、片っ端から話を聞きに行った。
 通信会社の社員からちょうちん職人、市役所職員から耳かき職人−−など、中年になってからこれまでと全く違った職に転身する人たち。収入は下がったものの、皆いきいきとしていた。

 しかし、だれもが転身して成功するわけではない。楠木さん自身も「会社を辞める、辞めないの二者択一では精神的に追い込まれる。平社員をしながら、もう一つの自分の仕事をする第三の道もある」と、会社は辞めずに空き時間を使って、働き方についての執筆活動を始めた。

 ●二つの自分を持つ

 楠木さんは、外でいきいきと活動することで、会社での仕事にも打ち込めるようになったという。「二つの自分を持てば、これまでと違った視点で会社が見え、負の側面ばかりでなく、良いところが分かってくる。サラリーマンをやっていると無形の情報を取り入れられる。複数の道を持てば、働き続けられることを伝えたい」と話す。

 9月には東京都内で楠木さんのセミナーが開かれ、40人ほどの会場は満員に。参加者からは「励まされた」「もう一度話を聞きたい」という感想が多く挙がったという。中高年の先行きが見えない時代だけに、もう一人の自分をもつ必要性を訴える主張に共感が広がっている。

 厚生労働省の2011年の患者調査によると、40〜50代のうつ病患者は男性が約16万1000人、女性が約18万人に上る。自殺者は中高年の男性に多い。

 中高年のうつに詳しい新潟青陵大学の碓井真史教授(社会心理学)は「かつて中高年の男性は職場や家庭内で尊敬される存在だった。しかし近年、終身雇用や年功序列は崩れ、コンピューター操作の能力は若手のほうが上。これまでの経験がいかせないなど、職場でストレスがたまることも多い。家庭でもないがしろにされ、父親としての権威も失っているケースもある」と指摘する。その上で「職場や家庭以外の場所にやりがいをみつけることは、相対的に苦しみが減るので、ストレス解消に効果的な方法の一つといえるだろう」と話している。【柴沼均】

フランス語
フランス語の勉強?

明治神宮→トルコ料理→模索舎→六義園→巣鴨→神保町で激辛カレー 

ブログネタ
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N'écoute pas les idoles
De toutes les chansons
Celles que tu retiens
Ne sont rien qu'un mot cruel
Sans lendemain

C'est la raison pour laquelle
Je n'aime rien
Rien de ce qui me rappelle
Tous ces refrains

N'écoute pas les idoles
Écoute-moi
Car moi seule je suis folle
Folle de toi

Ces chansons que tu fredonnes
Comment veux-tu
Que je les aime
Personne ne l'a jamais pu

Me faire croire que l'on se donne
À cœur perdu
Pour se quitter à l'automne
Bien entendu

N'écoute pas les idoles
Écoute-moi
Car moi seule je suis folle
Folle de toi

J'ai peur et je te résiste
Tu sais pourquoi
Je sais bien ce que je risque
Seule avec toi

Pourtant j'irai chez toi puisque
C'est comme ça
Rien que pour casser tes disques
Tu ne pourras

Plus écouter les idoles
Ça t'apprendra
Que moi seule je suis folle
Folle de toi
Folle de toi
Folle de toi


東京にいます.朝代々木で降りて明治神宮の中を散歩.緑が多くていい感じ.
山手線でぐるっとまわって新宿に戻って,トルコ料理をいただきました.
ちょっと歩いて模索舎へ.ミニコミ誌を買いました.ここでしか売っていません.
石神井公園を「しゃくじいこうえん」と読むことをしりました.勉強になりまし.
午後は駒込で降りて六義園散策.紅葉にはまだ早いのですが,とてもリラックスできました.園内では津軽三味線の演奏をしていました.山中信人さん.お話しもうまく楽しめました.最後は東京音頭.
せっかくなので巣鴨のとげぬき地蔵にいってみました.赤いパンツのお店はスゴイ!
お茶の水から神保町まで歩きました.神田古本まつりでにぎわっていました.私は激辛カレー(辛さ70倍)を食べにエチオピアというお店に向かいました.辛いけどおいしい♪

河北新報
坂元に震災犠牲者追悼の観音像建立
 山元町坂元の戸花山に、東日本大震災の犠牲者を追悼する観音像が建立された。同町では635人が犠牲になり、町域の4割が浸水した。「被災地をいつまでも見守って」。被災体験を語り継ぐ住民グループの願いに賛同した県内外からの支援で、実現した。

 観音像は「戸花慈母観世音」の名称で、戸花山の南側登山口に津波で壊滅した沿岸集落の方を向けて建立された。1メートルの台座の上に立つ像は高さ1メートル20センチ。子どもを抱いた女性が被災地を慈しむように優しく見つめる。
 10月18日に現地で開眼供養を行い、集まった住民や支援者ら約50人が、真新しい像に手を合わせた。建立に動いた「やまもと民話の会」代表の庄司アイさん(80)は「建立できて胸がいっぱい」と感慨深げに話した。
 建立地の近くに自宅があった庄司さんは震災の津波にのまれ、九死に一生を得た。震災後は会員9人で震災体験の講演や被災住民の話をまとめた証言集を出版するなど、震災を語り継ぐ活動を続けている。
 像は庄司さんの講演を聴いて感銘を受けた丸森町の石材店2社から寄贈された。菊地石材店の菊地清明社長(62)は「庄司さんの熱意に心を打たれた」と理由を話した。
 建立は民話の会と地元の戸花念仏講が共同で企画し、東京のライオンズクラブなど町内外の個人、団体から経費の支援を受けた。地元のボランティア団体は建立作業を手伝った。
 庄司さんは「多くの方が訪れて被災地に心を寄せる場になればうれしい。観音像にいつまでも被災地を見守ってほしい」と願う。


朝日新聞
男らしさ女らしさって… ありのままの自分でいたいのに
 「男なら泣くな」「女は愛嬌(あいきょう)」。知らず知らず、私たちは「男/女らしさ」を意識する。でも、らしさってなんだろう。追い詰められる性的少数者の人たちや、とらわれる男たちの姿を通して考える。

 茶色い短髪、太い眉、つぶらな瞳。写真の中の姿は幼さが残る少年のようだ。

 廣田爲佐(ひろたいさ)さん。心は男なのに女の体で生まれた。2012年1月、吐瀉(としゃ)物をのどに詰まらせ、21歳で亡くなった。薬の過剰摂取を繰り返すなど不安定で、最後の日にもブログに「死んでいい」と書いていた。

 小5の時、女子児童から「男女(おとこおんな)」といじめられた。03年4月、横浜市にある中高一貫の女子校に入学。自伝「暁の空」(文芸社)によると、セーラー服が届くと母親が言った。「女の子らしくしないと、学校でやっていけなくなるわよ」

 「性同一性障害に生まれて」という廣田さんの詩から葛藤の跡がみえる。「自分で自分をおかしいと思いたくなくて/必死になってふつうを振る舞い続けた」

 しかし、心と体の不一致は大きくなる。先生に配った4枚の手紙によると、制服に耐えられず、高1で体操服の着用を願い出た。「自分を偽り、耐えてきた。もう限界なんです」

 高2で、男子制服の着用が認められる通信制高校のサポート校に転校。男性ホルモンの投与を受けるため、18歳と偽り、東京・新宿のクリニックを訪れた。注射の後、恩師に「人生で初めて生きててよかったと思えた」とメールした。

 コンビニのアルバイトに明け暮れ、手術費用をためた。08年12月からの2年で3回手術し、男の体を手に入れた。11年1月、戸籍上の性別を男性に変更した。

 ところが、心は満たされない。ブログにはこうある。「自分らしくの前に男/女らしくにこだわってしまう。性別なんて……そう言っている当事者が一番性別のことを気にしている」

 同居していた准看護師の大久保亜希子さん(43)には「全部終わったら死んじゃう気がする」と漏らしていた。「手術しても『ふつう』になれないと絶望していたのかもしれません」

 ノートには廣田さんの乱れた文字が残る。「ふつうを求めてなにがいけない」

 「女らしさ」を強いられた廣田さんは、あらがうように「男らしさ」を求め、苦しんだ。性同一性障害などの性的少数者は20人に1人とされる。彼ら彼女らがありのままに生きることを、何が阻んでいるのか。

■らしさの圧力

 10月25日、性的少数者のLGBTといじめを考えるシンポが、都内であった。テーマは「男らしさ・女らしさの圧力を考える」。

 同性愛者であることを公表し、教育現場でのいじめ対策に取り組む大磯貴廣(たかひろ)さん(37)は「10代の頃から、女っぽい、気持ち悪い、オカマといじめられ、引きこもり、高校中退、自殺未遂を経験した」と明かした。教師に相談しても「男らしくなればいじめられない」と諭され、家では長男として結婚して一家を支えることを期待された。

 「子ども同士のいじめだけでなく、親や教師や社会にまで『戦線』が拡大して苦しかった。私個人の問題なのか、日本の社会の問題なのか、追究したいという一心で活動してきた」

 大磯さんが共同代表を務めるLGBT支援団体「いのち リスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」が5月に発表したアンケート結果では、いじめを受けたことのあるLGBTは7割で、3割が自殺を考え、2割が自傷に及んでいた。

 「男らしくない男がゲイ」「女らしくない女がレズビアン」という見方は偏見だ。だが、調査では「男らしくない男」が標的になりやすい傾向も浮かんだ。

 「あんたみたいな人が生きてるなんて信じられないんだけど」。北日本で専門学校に通う男子学生(18)は、中2の時、同級生の女子生徒から投げつけられた一言が忘れられない。

 自らの性的指向に気づいてすぐの頃だった。立ち振る舞いが「男らしく」なかったせいか、「ゲイではないか」とうわさされていたと、後で知った。

 「ゲイだと言ったら、こんな目に遭うんだな」と思った。家でも学校でも隠し続けたが、「自分の体の一部をなくして生きているみたい」だった。ありのままの自分でいたいと、高校卒業を控えた昨年10月、同世代の集まる場でカミングアウト(公言)した。

 「僕はゲイです。日本では多くの同性愛者が拒絶を恐れ、本当の自分を隠しています。日本で同性愛者であることは、とても孤独な生き方なのです」

 「偏見も無関心もない世界を」とも呼びかけた。しかし、この記事で彼の名前は紹介できない。両親が就職への悪影響を懸念したからだ。両親は「誰が豹変(ひょうへん)するか分からない」「良い方向に転がるとは思えない」と言い、実名で取材を受けないよう説得したという。

■同性カップル、北欧で生きる

 社会に窮屈さを感じ、日本を離れる人もいる。

 IT企業に勤めるローセ・木村謙介さん(37)。2009年春、観光で来日したデンマーク人男性のヨーンさん(58)と交際を始めた。自然と結婚を意識し、11年6月、東京からコペンハーゲンに移り住んだ。

 デンマークは25年前、世界で初めて同性カップルに相続などで男女の夫婦とほぼ同等の権利を認めた。就職の面接で移住の理由を聞かれ、同性愛者だと説明したら、「あ、そう」という感じで拍子抜けした。

 日本ではIT企業など3社で勤めたが「仕事の障害になるかもしれない」と隠し続けた。両親に初めて話したのも移住の5カ月前。しかし、デンマークでは自分を偽る必要はなかった。

 大学を出て、就職し、女性と結婚し、子どもができて、マイホームを買い……。日本にいた頃は「ふつうの男のレール」から外れるのが怖かった。そんな意識からも、いつの間にか自由になっていた。「もう息苦しさは感じない」

 日曜の朝、2人でコーヒーを飲む。夏がくれば2人で海へ行く。共働きなので、掃除はヨーンさん、洗濯は木村さん、料理は早く帰った方。自然体の暮らしがここにはある。

 「幸せです」。ためらうことなく答えた木村さんは「今は日本に戻るつもりはない」と言った。

■雄々しくない男は変ですか

 米アップルのティム・クック最高経営責任者(CEO)が10月30日、ゲイだとカミングアウトした。

 米通信社ブルームバーグに寄せた手記で、クック氏は「人は性的指向や人種や性別だけで定義できない。それを理解することが社会の進歩の一つだ」と訴えた。「世界は大きく変わったが、今も数えきれないほどの人たちが恐怖や虐待に直面している。孤独を味わう人たちの力になれるならと考えた」

 日高庸晴・宝塚大看護学部教授らの調査では、同性愛者・両性愛者の男性の66%が自殺を考え、14%が自殺を図ったことがあった(有効回答5731人)。日高氏らの別の調査では、自殺未遂のリスクは異性愛者の男性の6倍だった。

 約20年前からLGBTの相談を受けてきた精神科医の平田俊明氏は「異性愛を前提とする社会の中で、性的指向がネタにされ、いじめられるかもしれないと恐れることで、幼い頃から自分を押し殺す癖を身につけてしまう」と解説する。

 「侍ジャパン、なでしこジャパンという日本代表の愛称に、日本におけるらしさの意識が凝縮されている」。佐々木瑞枝・武蔵野大名誉教授(日本語ジェンダー論)は指摘する。「雄々しい」などの言葉には「社会的にすり込まれた、雄々しくない男への差別意識が潜む」という。

 雄々しいのが男であって、そうでない男は男でない――。らしさを強いる意識は、そんなふうに異質なものを排除しようとする心の動きと結びつく。

 LGBTをめぐる問題を25年取材している米在住のジャーナリスト、北丸雄二氏は語る。「相手がどんな偏見や差別意識を持っているのか、どれだけ正義で公正なのか。カミングアウトしてわかるのは、カミングアウトした人の正体ではなく、された側の正体なのです」(二階堂友紀、石原孝、高橋末菜)

     ◇

 〈LGBT〉 レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の総称で、頭文字をとっている。電通総研が国内の成人約7万人を対象にした調査では5・2%。国や人種に関係なく、人口の5%程度とされる。

 同性愛は恋愛感情が同性に向くこと。トランスジェンダーは心の性と体の性の食い違いから違和感を生じる。その違和感が強い状態について、日本精神神経学会は今年、診断名を「性同一性障害」から「性別違和」に改めた。


毎日新聞
首相の「捏造」発言 冷静さを欠いている
 一国の首相の口からこんな発言が軽々しく飛び出すことに驚く。

 安倍晋三首相が朝日新聞を名指しして、その報道を「捏造(ねつぞう)だ」と国会の場で断じた。だが、捏造とは事実の誤認ではなく、ありもしない事実を、あるかのようにつくり上げることを指す。果たして今回の報道がそれに当たるかどうか、首相は頭を冷やして考え直した方がいい。

 経過はこうだ。首相は先月29日昼、側近議員らと食事した。終了後、出席者の一人が報道陣に対し、首相はその席で政治資金問題に関し「(与野党ともに)『撃ち方やめ』になればいい」と語った、と説明した。これを受け、朝日のみならず毎日、読売、産経、日経など報道各社が、その発言を翌日朝刊で報じた。

 ところが首相は30、31両日の国会答弁で朝日の記事だけを指して「私は言っていない。火がないところに火をおこすのは捏造だ」などと批判し続けた。一方、当初、報道陣に首相発言を説明した出席者はその後、「発言者は私だった。私が『これで撃ち方やめですね』と発言し、首相は『そうだね』と同意しただけだ」と修正した。つまり発端は側近らのミスだったということになる。

 首相は「発言を本人に確かめるのは当然」と言う。その通りである。ただし現在、首相と担当記者との質疑の場は実際には首相側の都合で時折設定されているに過ぎない。首相がそう言うのなら、小泉純一郎首相時代のように1日2度、定期的にインタビューの場を設けてはどうか。

 首相はかねて朝日新聞を「敵」だと見なしているようで、今回の記事も「最初に批判ありきだ」と言いたいようだ。「安倍政権を倒すことを社是としていると、かつて朝日の主筆がしゃべったということだ」とも国会で発言している。だが、朝日側はその事実はないと否定しており、首相がどれだけ裏付けを取って語っているかも不明である。

 あるいは慰安婦報道や東京電力福島第1原発事故の「吉田調書」報道問題で揺れる朝日を、「捏造」との言葉で批判すれば拍手してくれる人が多いと考えているのだろうか。

 いずれにしても今回、報道に至る経過を首相が精査したうえで語っているようには見えない。「私は語っていない」と報道各社に修正を求めれば済む話だったと考える。

 従来、批判に耳を傾けるより、相手を攻撃することに力を注ぎがちな首相だ。特に最近は政治とカネの問題が収束せず、いら立っているようでもある。しかし、ムキになって報道批判をしている首相を見ていると、これで内政、外交のさまざまな課題に対し、冷静な判断ができるだろうかと心配になるほどだ。


日刊スポーツ
小泉氏「原発再稼働?気が知れない」
 小泉純一郎元首相(72)は1日、東京・国立市の一橋大で講演した。安倍晋三首相が進める原発再稼働の方針について「もし私が今総理なら、どんな反対でもやっている。まだ原発を使ってやっていこうということの、気が知れない」と、激しい調子で批判した。

 先月起きた御嶽山の噴火を引き合いに、「日本は地震や津波、火山噴火が多い。御嶽山の噴火もあったが、想定外は許されない。原発は1度事故を起こせば、取り返しがつかない。日本は原発をやっちゃいけない国だと思う」と指摘。「原発は、金まみれで金食い虫。小泉の言っていることはうそだと、資源エネルギー庁などが抗議してくると思ったが、誰も来ない」と皮肉もまじえ、「日本人は環境に優しいことに協力的。LED(の普及)がいい例だ。国が再生可能エネルギーに支援策をとれば、(普及体制が)広がる」と、政府に発想の転換を求めた。

 いすに座らず、立ったまま90分間、しゃべり通した小泉氏。「原発ゼロの仕事には夢がある。70を過ぎたが、まだまだできる」と、意気盛んだった。


毎日新聞
反ヘイトデモ:見て見ぬふりできない…2800人が訴え
 差別の撤廃とヘイトスピーチ(憎悪表現)への反対を訴えるデモ「東京大行進2014」が2日、東京・新宿の新宿中央公園周辺であった。参加した約2800人(主催者発表)が「ノーヘイト」と差別の撤廃を訴えた。

 ヘイトスピーチやインターネット上での差別的表現が増えていることを受け、市民団体などが呼びかけ、昨年9月に初めて開催した。今回が2回目。

 マーチングバンドの演奏や韓国のポップ音楽が流れる中、参加者は約4キロのルートを歩いた。朝鮮の民族衣装「チマチョゴリ」を着た人や外国人の姿もあった。東京都の大学3年生、奥田愛基(あき)さん(22)は「見て見ぬふりをするのではなく、反対している人がいることを表すために声を上げることが大切」と話した。【深津誠】

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1ヶ月ぶりのお墓参り/水淵高?が気になる

ブログネタ
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140804_Hozugawa

Ne sois pas si bête
Il est très timide, avec ses copains
Mais avec les filles, il ne craint plus rien
Chaque fois qu'on danse, il nous snob un peu
Et dans ses bras, oui dans ses bras
Il nous tient des propos, comme ça

Ne sois pas si bête, bête, bête
Serre-moi plus fort, et plus fort encore
Ne t'en fais pas, ne crains rien de moi
Car tu es encore une petite fille pour moi

Il nous raccompagne, jusqu'à notre porte
Sans nous embrasser, le Diable l'emporte
C'est presqu'une offense, c'est un drôle de jeu
Quand dans ses bras, oui dans ses bras
Il nous tient des propos, comme ça

Ne sois pas si bête, bête, bête
Serre-moi plus fort, et plus fort encore

Ne t'en fais pas, ne crains rien de moi
Car tu es encore une petite fille pour moi

Il croyait vraiment qu'il était le plus malin
Mais heureusement, il n'en était rien
Un soir de vacances, qu'il m'accompagnait
Moi je l'ai pris, oui dans mes bras
En lui disant Chéri, crois-moi

Ne sois pas si bête, bête, bête
Serre-moi plus fort, et plus fort encore
Ne t'en fais pas, ne crains rien de moi
Car tu es encore une petite fille pour moi

Voyant qu'il était trop bête, bête, bête
Il m'a embrassé
Encore embrassé et depuis c'est lui qui est mené
Mené par le bout du nez


お墓参りをしました.雨でした.前お墓参りをしたのがお彼岸の9月21日なので約1ヶ月ぶりです.父の命日が8月9日,母の命日が3月11日なので,半年に一度となるはずですが,今回は運がよく短い間にお墓参りができました.

水淵高?が気になります.あまりよくありません.

吉田山田の日々をテレビでやっていました.いい曲ですね.

おじいさんはおばあさんと目を合わせ あまり喋らない
寄り添ってきた月日の中 ただ幸せばかりじゃなかったんだ

分厚いガラス眼鏡 手のひらのシワ
写真には写らない思い出 笑い出す二人

出逢った日 恋に気づいた日
結婚した日 別れたいと思った日
子供を抱いた日 手を離れた日
溢れる涙よ これは幸せな日々

おじいさんはおばあさんを呼ぶ時も 名前じゃ呼ばない
おこった顔がいつもの顔 ただ嬉しい時には口笛ふく

お気に入りのニット帽おばあさんが編んだ
子供の頃のようにありがとうが伝えられない

泣かせた日 家を出て行った日
抱き合えた日 背を向けて眠った日
希望を持たせた日 それを恨んだ日
溢れる涙よ やけにデコボコな日々

おじいさんは からだをこわして
おばあさんは 独り泣いた
伝えなくちゃ大切な気持ち
いつも毎日本当に、、、、

出逢った日恋に気づいた日
結婚した日別れたいと思った日
子供を抱いた日手を離れた日
溢れる涙よ これは幸せな日々

涙の数だけ きっと幸せな日々


河北新報
8割以上「復興遅い」 南三陸町住民調査
 南三陸町における東日本大震災からの復興について、町民の8割以上がスピードが遅いと感じていることが、町が町民全世帯を対象に実施した調査で分かった。
 復興のスピードは、49.2%が「遅れている」、32.5%が「やや遅れている」と答え、合計で81.7%を占めた。「着実に進んでいる」は5.0%、「進んでいる」は9.9%だった。
 復興の進み具合を1(進展なし)から10(復興完了)まで10段階で評価する問いでは、「3」と答えた世帯が34.7%と最も多く、「4」の19.9%、「2」の17.1%が続いた。「7」以上の高評価を付けた世帯は1.6%にとどまった。
 復興のまちづくりに望むこと(三つまで選択可)は「保健・医療・福祉の充実」が72.0%と最多で、次いで「住宅地の整備」37.4%、「商店街の強化」31.1%だった。定住の条件(三つまで選択可)の1位に挙がったのは「買い物の利便性」で51.5%。2位が「保健・医療サービス」の40.8%だった。
 今後の居住地については、78.5%が南三陸町に住みたいと答えた。町内で働きたいと回答したのは59.6%だった。
 佐藤仁町長は「多くの町民は自分が思い描くスケジュール通りに復興が進まず、もどかしさを感じている。ただ、事業費ベースでは復興の進展状況は本年度末、全ての項目で目標の6〜8割に達する。愚直に事業を進めていく」と話した。
 調査は町が8月、全世帯5190戸に配布する広報に調査票を添付し、世帯の代表に回答を求めた。回収率は22.1%。


河北新報
古里に笑いを 女川出身の女性芸人FM生出演
 東京を拠点に活動する若手女性お笑いコンビ「ちむちむちぇりー」が31日、女川町の臨時災害放送局「女川さいがいFM」の番組に生出演した。コンビの一人、あべみなさん(24)=本名・阿部美奈さん=は同町出身で自宅が東日本大震災で被災。復興に向かう古里を笑いで元気づけようと意気込む。

 あべみなさんは相方のみゆちむさん(24)=本名・三原美雪さん=と昼の情報番組「おながわ☆なう」に出演した。物まねやネタを披露し、地元での思い出やお笑いを志したきっかけをユーモアたっぷりに語った。
 2人は松竹芸能所属。コントや一発芸を磨きながらお笑い番組などのオーディションを受け、ブレークする日を夢見ている。
 あべみなさんは高校まで女川で過ごし、北海道の大学に進学した。2年生の春休みに帰省中、震災に遭ったが、家族も無事だった。被災した実家は復興事業で立ち退きを余儀なくされ、家族は町内のみなし仮設住宅で暮らしている。
 安定した仕事に就き、普通の人生を歩むつもりだったが、「震災を経験し、何をしていいか分からなくなった」とあべみなさん。就職も決まらないままでいた時、大学の1年先輩で「人を笑わせるのが大好き」というみゆちむさんに、お笑いの道に誘われた。
 最初は、乗り気ではなかった。出場したコンテストで失敗し、悔しい経験をするうち、本気で芸人を目指すようになった。「人前に出るタイプではなかったので、友人には驚かれている。でも、こんな自分が何かできたら周囲に夢を与えられる気がする」と語る。
 笑顔でボケをかます相方に突っ込みを入れながら、あべみなさんは「震災後の女川には多くの人材が入ってきていて、将来きっとすごい町になる。その中で自分も役に立ちたい」と目を輝かせた。


河北新報
復興へ集客持続が鍵/(上)沸く沿線/新生三鉄
 東日本大震災で被災した第三セクター三陸鉄道(宮古市)が、4月に全線復旧して半年余りがたった。「復興の象徴」として全国に発信され、上半期は観光客の大幅増で21年ぶりに経常黒字となった。それでも沿線の人口減少は著しく、下半期以降はさらに安定した経営が求められる。この半年を振り返り、今後を展望する。(盛岡総局・斉藤隼人)

<ツアー1日20件>
 「ここはかつて学生でにぎわった場所です。家は全て流されました」
 10月中旬に運行された三陸鉄道南リアス線の釜石発盛行きの震災学習列車。社員が沿線の津波被災地で説明し、三重県からのツアー客23人が聞き入った。
 出発時は和やかだった表情が、みるみる険しくなっていく。参加した自営業成井房枝さん(69)は「ただ復興を祈るばかり。私も防災について真剣に考えようと思う」と誓った。
 完全復旧した三鉄。その存在自体が観光資源となり、全国から人を呼び込む。
 宮古市で10月22日にあった取締役会で、三鉄は上半期(4〜9月)の経常収支が6000万円超の黒字となることを報告した。黒字転換は実に21年ぶり。列車内での会議は明るいムードだった。
 三鉄によると、団体ツアーは平日を含め1日20件前後。観光など定期外客は昨年同期比で倍増した。昨年約6600人だった震災学習列車の利用はことし、予約を含め1万人超。南北リアス線を全線乗る個人客も多く、9月に平日用の1日フリー切符を発売した。

<宿泊などに波及>
 三鉄の運賃は乗客1人当たり700円程度だが、波及効果は大きい。観光客は宿泊や買い物を通じて1人当たり平均約1万5000円を地域で使うとみられている。沿線で活動する観光団体にとっては励みだ。
 田野畑村のホテル羅賀荘は7月、島越駅近くの港を拠点とする観光船クルーズを震災後初めて再開した。村内で自然体験の場を提供するNPO法人「体験村・たのはたネットワーク」も小型漁船を使ったサッパ船ツアーと併せ、三陸ジオパークを観光拠点にしようと住民ガイドの活用などに乗り出している。
 体験村の佐藤辰男副理事長は「現在は復興支援を目的にした客が多い。観光資源は十分あり、企画次第で現状を持続できる。三鉄と一緒に滞在型観光の受け入れに努める」と張り切る。
 三鉄は年度内に沿岸と内陸部をつなぐツアー商品を打ち出し、さらなる集客を図る。望月正彦社長は「地域を周遊する客が増え、震災復興に貢献できている。乗客確保へこれまで以上に努力する」と意気込む。


朝日新聞
首相の発言―「捏造」は看過できない
 NHKやネットで中継されている国会で、首相が特定の新聞社の報道を取り上げ、「捏造(ねつぞう)」だと決めつける。

 いったいどこの国の話かと思わせる答弁が続いている。

 おとといの朝刊で朝日新聞は、安倍首相と自民党議員との昼食会の模様を報じた。

 その席で、民主党の枝野幹事長の政治資金収支報告書に収入の不記載が見つかったことが話題になった。政治とカネをめぐる野党の追及について、安倍氏がこれで「撃ち方やめ」になればと語ったという内容だ。

 その枝野幹事長が衆院予算委で事実関係をただすと、首相はこう答えた。

 「きょうの朝日新聞ですかね。これは捏造です」

 驚くべき答弁である。なぜなら、毎日、読売、日経、産経の各紙や共同通信も「撃ち方やめ」を首相の発言として同じように伝えていたからだ。枝野氏も、朝日の報道に限って質問したわけではない。

 首相は「私が言ったかどうか問い合わせがないまま、言ってもいない発言が出ているので大変驚いた」と述べた。

 だが、各紙の報道は、昼食会に出席した首相の側近議員による記者団への説明に基づいている。この議員の事実誤認であるなら、そう指摘すればいいではないか。実際、この議員は後に「『撃ち方やめ』は自分の言葉だった」と説明を修正した。

 首相はまた、「朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としているとかつて主筆がしゃべったということだ」とも語った。

 それが朝日新聞だけを名指しした理由なのか。

 権力監視は民主主義国の新聞として当然の姿勢だ。それでも時の政権打倒を「社是」とするなどばかげているし、主筆がしゃべったというのも、それこそ事実誤認の伝聞だろう。

 朝日新聞は慰安婦問題や福島第一原発事故の吉田調書について一部の記事を取り消し、その経緯を検証している最中だ。だが、それと政権に対する報道姿勢とは別の話である。

 メディアを選別し、自身に批判的な新聞に粗雑なレッテルを貼る。好悪の感情むき出しの安倍氏の言動は、すべての国民を代表すべき政治指導者の発言とはとても思えない。

 予算委で安倍氏は、閣僚の不祥事を追及する野党議員に対し、「公共の電波を使ってイメージ操作をするのはおかしい」と反論した。

 では、問いたい。「イメージ操作」をしようとしているのはどちらなのか。


朝日新聞
晩年まで平和の尊さ訴える 元長崎市長・本島等さん死去
 反核の座り込みに参加し、日本の加害責任にもこだわった元長崎市長の本島等さん(92)が31日、亡くなった。ともに活動してきた人たちは、晩年も平和の尊さを訴え続けた姿勢をたたえた。

 「ぽっかり穴があいてしまったようだ」。本島さんと縁戚にあたる長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会議長の川野浩一さん(74)=同県長与町=は話した。「平和問題には常に彼の姿があった。天皇の戦争責任発言を撤回しなかった姿に強い信念が表れていた」と振り返る。

 在外被爆者支援連絡会の共同代表で本島さんと親交が深かった平野伸人さん(67)は「急にこんなことになるとは」。3週間ほど前に会った際には日本の戦争責任について話していたという。

 来年1月で銃撃から25年になることから、当時身につけていた血染めのシャツや穴が開いたブレザーなどを展示する計画があり、実行委員会をスタートさせた矢先のこと。展示について「ありがたい」と話していたという。

 被爆体験の語り部をする人たちも落胆した。森口貢さん(78)=長崎市=は「残念です。平和な世界をめざし、最後までぶれずにやってくれた」。下平作江さん(79)=同=は「被爆の実相を伝えるため、様々な活動でリーダーシップを発揮してくれた。これからは本島さんの分も伝えていかないと」と話した。

 本島さんは今年の正月も長崎市で座り込みに参加。被爆者らと核兵器廃絶を訴えた。一方、日本の加害責任にもこだわり、第2次世界大戦で中国から連行され長崎の炭鉱で強制労働をさせられたとして、中国人の元労働者らが国や企業に損害賠償などを求めた訴訟を支援した。

 訴訟で原告側代理人を務めた龍田紘一朗弁護士は「未来に目を向けていたから、過去をしっかり総括しないと、との考えだったと思う」と話した。

 長崎市の田上富久市長は「退任後も自分の思いに忠実に、生涯を通じて、核兵器廃絶と永遠の平和の実現を強く願い、最後まで行動し続けられた。遺志をついで、核兵器廃絶、世界平和の実現に向けて行動し続けたい」とのコメントを発表した。

■僕以上に戦争の恐ろしさを肌で知る人

 〈首長として同じように襲撃を受けた柳川喜郎・元岐阜県御嵩町長の話〉 お互いに異端者は消せということで襲われた。言論と思想の自由は根源的自由だ。物言えば唇寒しという風潮が、強まっているいま、彼が亡くなったことは残念だ。僕が襲撃された直後の町民大会に彼は駆けつけてくれた。入院中の僕は会えなかったが、10年ほど前にお礼に長崎に行った。彼は、僕以上に戦争の恐ろしさを肌で知る人だった。僕はいまの風潮に戦争への足音を感じる。それを知る人がまた1人亡くなってしまった。

■ともに核廃絶を訴えてきただけに、寂しい

 〈同じ被爆地・広島市の市長として親交があった平岡敬(たかし)さんの話〉 1995年に東京の日本外国特派員協会で一緒に講演した際、本島さんが「原爆の使用はユダヤ人大虐殺(ホロコースト)と並ぶ、人類が犯した二十世紀最大の罪だ」と語り、米国人特派員たちが反発したことが忘れられません。自らの考えを丁寧に説明することが不得手だったのかもしれませんが、強い信念のもとでの発言だったと思う。ともに核廃絶を訴えてきただけに、寂しい。

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