フランス語の勉強?

juin 2015

ウナギ屋でランチ→公園で昼寝

ブログネタ
フランス語 に参加中!
140117_CafeChameau

Incendie volontaire à bord d’un train à grande vitesse au Japon
Un incendie a fait quatre blessés graves à bord d'un train à grande vitesse Shinkansen, mardi 30 juin, près de Tokyo. Des témoins ont rapporté à la compagnie ferroviaire Central Japan Railway (Central JR) que l’incendie avait été provoqué par ≪ un passager du train s'était arrosé d'huile avant de se mettre le feu ≫, selon un porte-parole de Central JR (aussi appelée ≪ JR Tokai ≫).
Les médias japonais ont fait état de deux morts, dont l’homme qui s’est suicidé. Il y aurait également deux blessés graves et une vingtaine de personnes traitées après avoir inhalé de la fumée.
Epaisse fumée blanche
Le train à grande vitesse — un modèle Nozomi, blanc, orné de lignes bleues, reconnaissable à son long nez aérodynamique — était parti de la gare centrale de Tokyo à 11 heures (4 heures à Paris) pour Osaka. Ce Nozomi, qui peut atteindre la vitesse de 300 km/h, transportait un millier de passagers. La chaîne de télévision publique NHK montrait des images du train stoppé sur les voies à la hauteur d'Odawara, à environ 70 km au sud-ouest de Tokyo.
Selon des images tournées à l'intérieur par un témoin et diffusées par la chaîne privée TBS, une épaisse fumée blanche a envahi une ou plusieurs voitures, suffoquant les passagers, qui essayaient d’en sortir. Le feu, qui a été éteint, a pris dans la première voiture, à l'avant, non loin de la cabine de pilotage.
Le trafic du Toikaido Shinkansen était stoppé sur une partie de la ligne dans les deux sens entre Tokyo et Nagoya. Le Shinkansen, dont le premier modèle a été lancé en 1964, est l'équivalent japonais du train à grande vitesse (TGV) français.
フランス語
フランス語の勉強?

あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜 あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜
宮城・東松島市野蒜地区の高台にある定林禅寺。この寺の住職・後藤元栄さんは、幼稚園バスを寺に誘導し、園児たちの命を救った。後藤さんのとっさの指示によってバスに乗っていた孫を含む12人の園児は助かった。しかし他にも救えた命がないかという思いを消すことが出来ない。平成25年4月、寺の敷地内に慰霊碑を建て、この地区で亡くなった人たちの名前を刻み、ずっと供養していこうと考えている。



災者の生活再建や住宅復興が主体だと改めて考えさせてくれる、将来の防災を真摯に考える契機を与えてくれる本。 土筆の子
神戸市長田区の復興があまり語られないなと感じていたのですが、2700億円余かけた再開発事業、区画整理事業が暗礁に乗り上げている様子です。今後とも被災者の生活再建や住宅復興とかけ離れたところで、過剰な復興事業がなされる危惧があると繰り返し語られます。「焼け太り」という言葉を連想します。災害救助も現物支給が原則とのことで、つまりは、お金は例外的のようです。
2000年10月の島根県西部地震で、当時の片山善博県知事が300万円の住宅再建支援金を支給するという県単独の施策を実施し、従来の、住宅は個人の資産であって、国の税金を私有財産の形成に投入することは憲法違反である。といった論調を変えていったとのこと。神戸の震災では、まだそんな論調だったのだと改めて認識しました。地震国で原発が推進されている、世界一危険な国だとも正直に語られます。いずれにしても、将来の防災を真摯な視点で考える視点を与えてくれます。


前から行きたかったウナギ屋さん.でもうな重は高いので普通の定食にしました.美味しかったから○です.
商店街に行くとスイカが安く売っていました.でも今回は買うのをパス.代わりに公園でのんびりしました.岩波新書の復興〈災害〉を読みました.昼寝しながら読みました.

津波で流出…米漂着豆腐ケース 大槌に戻った
 東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県楢葉町の町民に、国がお盆前に避難指示を解除する方針を説明した懇談会が28日、終了した。町内には「早く帰りたい」と解除を歓迎する声もあるが、19日から8回の懇談会では「時期尚早」などと反対する意見が多数を占めた。「解除」に対する国と町民との根本的な考え方の違いから、議論は擦れ違いが目立った。
 「解除は『安全宣言』でしかない」。国の原子力災害現地対策本部の後藤収副本部長らは懇談会でこう説明し「帰る自由を回復するだけ。帰還を強制するわけではない」と繰り返した。
 根底には「避難指示は生命・身体の危険を回避するため」との考えがある。
 12日に改訂された福島の復興指針では、避難指示は「生命・身体に危険が及ぶ状況が解消されれば(中略)速やかに解除」との方針を提示。解除の要件に(1)年間積算線量が20ミリシーベルト以下(2)生活インフラや医療などのサービスがおおむね復旧(3)自治体や住民との十分な協議−を挙げている。
 懇談会でも、国側は「楢葉は生命・身体の危険が生じないレベル。原発事故前と同じ姿ではないが、安全は確保されている」と指摘。企業の進出が難しいなど避難指示の弊害を挙げ、「解除は復興の新たなスタート」と強調した。
 これに対し町民からは「生活環境を整えて解除するのが筋だ」と反発が相次いだ。避難指示で古里、生活の場を奪われた町民にとって、「解除」は生命の危険がないことはもちろん、再び生活できる状態に戻してこそ、との思いがある。
 20ミリシーベルト以下という基準、放射性物質への不安から「安全」に疑問を抱く町民も多い。医療機関や商業施設が復旧しておらず、防犯上の問題なども帰還意欲を鈍らせる。
 町民が懇談会で「医療機関が町内にない。おおむね復旧と言えるのか」とだたすと、国側は「近隣の医療機関と協力するなど、総合的に生命・身体の危険が出ないようにしている」と回答。「除染廃棄物の仮置き場が不安だ」との声にも「生命に危険が及ぶという状況ではない」と答えた。
 新たな福島の復興指針で、精神的損害賠償が一律2018年3月まで支払われるようになったことも「まず、帰りたい人が帰れるようにする」という国の姿勢を強くしている。
 いわき市の会場で20日、男性が訴えたことが、国の考えと町民感覚の違いを象徴した。
 「国の説明を聞くと、住める環境が一部整ったというだけ。なぜ、解除を急ぐのか。帰っても生活できる環境を整えてほしい」


ヒマワリを復興シンボルに 子どもたち企画
 東日本大震災で大きな被害が出た宮城県亘理町の子どもたちが町内全域でヒマワリを一斉に育てる「わたりひまわり化計画」が29日、スタートした。町内の10の小中学校の児童生徒約2700人が約4000本を育てて、大輪の花の列で被災地の元気をアピールする。
 初日は亘理小、荒浜小で実施。亘理小では1〜3年生約430人が育苗ポットに入れた土にヒマワリの種をまいた。3年の天野愛さん(9)と後藤花泉さん(8)は「お兄さん、お姉さんが優しく教えてくれて楽しかった。大きく育ってほしい」と声をそろえた。
 作業は亘理高普通科園芸コースの1年生約40人が指導した。丁寧に手でまく児童の様子に頬を緩めながら、「芽が出やすいように種は縦にして埋めて」などと助言。三浦寛太君(16)は「愛情と水を欠かさないことが大事。ヒマワリとともに児童にも優しい心が育まれてほしい」と願った。
 ひまわり化計画は、社会性や勤労観を養う志教育の一環として町内の小中学生が3月に開いた「亘理子どもサミット」で、町の活性化策として実施を採択。各校は7月10日まで亘理高や山元支援学校、まちづくり協議会などと種をまく。見頃は9月上旬を見込む。


南三陸町防災庁舎:震災20年後まで宮城県有化受け入れ
 宮城県南三陸町の佐藤仁町長は30日、東日本大震災の津波で町職員ら43人が犠牲になった町防災対策庁舎について、村井嘉浩知事が提案した震災20年後の2031年3月まで、県が所有し維持管理する「県有化」を受け入れ、即時解体を見送る方針を表明した。7月上旬、村井知事に受け入れを伝える。
 佐藤町長は記者会見で「悲惨な災害から立ち上がった町の歴史を、震災を知らない世代にどう伝えるか議論する時間が必要と判断した」と述べた。震災遺構として恒久的に保存するかは、町内で議論を続けるという。
 鉄骨3階建て(高さ12メートル)の庁舎には地震後、職員がとどまり、防災無線で避難を呼び掛けるなど災害対応を続けた。しかし庁舎を超える津波に襲われ、屋上に避難した職員のうち助かったのは佐藤町長ら10人だけだった。
 震災直後、保存に前向きだった佐藤町長は13年9月、「復興事業への支障と財政負担が問題」として解体を表明した。しかし、国が被災自治体ごとに1カ所について、震災遺構の初期費用負担を決めたことから、県は有識者会議を設置。同庁舎について「広島の原爆ドームにも劣らない強い発信力」との報告をまとめた。それを受け村井知事が今年1月、佐藤町長に県有化案を申し入れた。
 早期解体を求める一部の遺族などはこれに反発したが、町が4〜5月に実施した町民に対する意見公募で、県有化賛成が約6割を占めた。町議会も6月、県有化を求める請願を全会一致で採択した。
 町議会への請願者の一人、佐藤太一さん(30)は町の決定を歓迎しながらも、「今からどういう話し合いができるかが大事。今後他の地域で起こり得る災害と遺構をめぐる議論のモデルになるようにしたい」と話した。「解体を望む遺族会」副会長の千葉みよ子さん(68)は「みなショックを受けている。保存と解体のどっちが正しいということがないのは分かっている。だからこそ、佐藤町長は遺族ともっと話し合い、自分の考えを説明すべきだった」と決定を批判した。【井田純】


防災対策庁舎 県有化受け入れ
南三陸町の防災対策庁舎について佐藤仁町長は30日、震災から20年後まで県が庁舎を維持管理するという宮城県の提案を受け入れることを正式に表明しました。
震災の津波で町の職員など43人が亡くなったとされる南三陸町の防災対策庁舎をめぐっては、遺族や住民の間でも「震災の記憶を後世に伝える震災遺構として保存すべきだ」という意見と、「庁舎を見るのがつらく解体すべきだ」という意見に分かれています。
これについて宮城県は時間をかけて冷静に議論するため震災から20年後の平成43年まで県有化して維持管理する方針を南三陸町側に伝えましたが、町は回答を保留し、遺族説明会を開いたり町民を対象に意見を募ったりして検討を続けてきました。
佐藤町長は町役場で記者会見し、「意見を提出した町民のおよそ6割が県有化に賛成だったことや、町議会で県有化すべきだという結論が出たことなどを踏まえ、最終的に提案を受け入れることにした」と述べ県の提案の受け入れを正式に表明しました。
その上で、佐藤町長は、「私たちに必要なのは未来に向けて何ができるかだと思う。『未来の命』を守るために、時間をかけて庁舎をどうすべきか議論する必要がある」と述べました。
庁舎の周辺では急ピッチでかさ上げ工事が進んでいますが、庁舎については震災発生から20年間は今の状態のまま維持されます。
夫を庁舎で亡くした内海明美さんは、「自分たちは、今は、生活再建や個人的な復興への意識しかないが、そうした感情に流されずに考えるための時間ができることは、いいことだと思うので、県有化には賛成したい。これから時間をかけて、たくさんの世代の人たちが話し合いをして、次の世代の防災のために、保存する価値がある場所なのかじっくり考えていけばいいと思う」と話していました。
息子を庁舎で亡くした阿部勝衛さんは、「納得いきません。今でも庁舎を解体してもらいたい気持ちは変わりません。ただ、県有化を表明した以上、町長にはわたしたち遺族にしっかりとした説明をしてもらいたい」と話していました。
佐藤町長は、来月7日に宮城県庁を訪れ、村井知事に提案の受け入れを直接伝えることにしています。
また町では、今後、遺族に対して県有化を受け入れた経緯について説明する場を設けることにしています。


<お盆前帰還>楢葉町民と国の議論擦れ違い
 東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県楢葉町の町民に、国がお盆前に避難指示を解除する方針を説明した懇談会が28日、終了した。町内には「早く帰りたい」と解除を歓迎する声もあるが、19日から8回の懇談会では「時期尚早」などと反対する意見が多数を占めた。「解除」に対する国と町民との根本的な考え方の違いから、議論は擦れ違いが目立った。
 「解除は『安全宣言』でしかない」。国の原子力災害現地対策本部の後藤収副本部長らは懇談会でこう説明し「帰る自由を回復するだけ。帰還を強制するわけではない」と繰り返した。
 根底には「避難指示は生命・身体の危険を回避するため」との考えがある。
 12日に改訂された福島の復興指針では、避難指示は「生命・身体に危険が及ぶ状況が解消されれば(中略)速やかに解除」との方針を提示。解除の要件に(1)年間積算線量が20ミリシーベルト以下(2)生活インフラや医療などのサービスがおおむね復旧(3)自治体や住民との十分な協議−を挙げている。
 懇談会でも、国側は「楢葉は生命・身体の危険が生じないレベル。原発事故前と同じ姿ではないが、安全は確保されている」と指摘。企業の進出が難しいなど避難指示の弊害を挙げ、「解除は復興の新たなスタート」と強調した。
 これに対し町民からは「生活環境を整えて解除するのが筋だ」と反発が相次いだ。避難指示で古里、生活の場を奪われた町民にとって、「解除」は生命の危険がないことはもちろん、再び生活できる状態に戻してこそ、との思いがある。
 20ミリシーベルト以下という基準、放射性物質への不安から「安全」に疑問を抱く町民も多い。医療機関や商業施設が復旧しておらず、防犯上の問題なども帰還意欲を鈍らせる。
 町民が懇談会で「医療機関が町内にない。おおむね復旧と言えるのか」とだたすと、国側は「近隣の医療機関と協力するなど、総合的に生命・身体の危険が出ないようにしている」と回答。「除染廃棄物の仮置き場が不安だ」との声にも「生命に危険が及ぶという状況ではない」と答えた。
 新たな福島の復興指針で、精神的損害賠償が一律2018年3月まで支払われるようになったことも「まず、帰りたい人が帰れるようにする」という国の姿勢を強くしている。
 いわき市の会場で20日、男性が訴えたことが、国の考えと町民感覚の違いを象徴した。
 「国の説明を聞くと、住める環境が一部整ったというだけ。なぜ、解除を急ぐのか。帰っても生活できる環境を整えてほしい」


東日本大震災:福島第1原発事故訴訟 自殺、東電に賠償命令 「原発事故が影響」 責任認定2例目 地裁
 2011年3月の東京電力福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した福島県浪江町の男性の遺族が東電に約8700万円の損害賠償を求めた訴訟で、福島地裁(潮見直之裁判長、西村康夫裁判長代読)は30日、「帰還の見通しすら持てない多大な喪失感でうつ状態になった」と事故との因果関係を認め、東電に2700万円余を支払うよう命じた。原発事故の避難住民の自殺を巡る訴訟で東電の賠償責任を認めたのは2例目。
 原告は、自殺した五十崎喜一さん(当時67歳)の妻栄子さん(66)と次男、孫の3人。
 判決などによると第1原発から約10キロの五十崎さん宅は事故で警戒区域内となり、福島県郡山市内に避難。五十崎さんは不眠や食欲不振などを訴えるようになり、11年4月に同県二本松市のアパートに移って症状が悪化。同年7月、同県飯舘村で飛び降り自殺した。
 潮見裁判長は「古里に戻れなくなったことは人生の基盤を失ったことを意味し、強度のストレスを受けてうつ状態になった」と認定。
 東電側は「持病の糖尿病なども影響していた」と主張していたことから、判決は賠償を減額する一方、「自殺の要因としては原発事故によるストレスの方が大きな割合を占める」と判断した。
 福島地裁で今回と同じ潮見裁判長が昨年8月、福島県川俣町の女性(当時58歳)の自殺を巡り東電の賠償責任を初めて認め、約4900万円の支払いを命じる判決が東電の控訴断念で確定した。
 東電福島広報部は「判決を精査した上で真摯(しんし)に対応する」とコメントした。


川崎の殺害事件現場 河川敷の花束撤去
ことし2月、川崎市の中学1年の男子生徒が殺害された事件で、川崎市は、男子生徒の母親の了承を得て30日、現場の河川敷に供えられていた花などを撤去しました。
この事件はことし2月、川崎市の多摩川の河川敷で、中学1年の上村遼太さん(当時13)が首を刺されるなどして殺害されたもので、知り合いの少年3人が逮捕され1人が殺人などの罪で、2人が傷害致死の罪で起訴されています。
現場の河川敷には、事件のあと上村さんを悼ん、多くの花束などが供えられていましたが、相次いで花などが焼ける火災があり、今後、大雨の影響で水につかる可能性もあるとして、河川敷を所有する川崎市が30日に遺族の了承を得たうえで撤去しました。
市の担当者は、30日午前10時ごろから、およそ20人のボランティアとともに黙とうしたあと、現場に供えられたものを撤去していました。
川崎市教育委員会指導課の星野泰夫担当課長は、「ここを整理したからといって風化しないよう対応していきたい」と話していました。
ボランティアの竹内七恵さんは「少しさみしいですが、また現場に立ち寄ると思います」と話していました。


<報道圧力発言を憂える>読者と国民を愚民視
 自民党所属国会議員の勉強会で、報道機関に圧力をかけて言論を封殺しようとする発言が相次いだ。「選良」と呼ばれる人たちの言論の自由に対する鈍感さと無理解に、背筋が寒くなる。ペンの力をよく知り、それ故にその行使についてより自制的であるべき人気作家が講師役を務めたと聞いて、二の句が継げない。
 標的となったのは沖縄県の地元紙「琉球新報」と「沖縄タイムス」だった。米軍普天間飛行場の県内移設問題について、いずれも政府に厳しい論調を展開している。人気作家や勉強会の出席者は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」「左翼勢力に乗っ取られている」と、口を極めてののしった。
 エネルギー政策や安全保障問題などをめぐって、国策と地方の利害が対立することは珍しくない。地方紙が県民の声を代弁して編集に当たることはむしろ当然の任で、それに掣肘(せいちゅう)を加えるがごとき言動は異論封じ以外の何ものでもない。地方を眼下に見る高慢さが見え隠れしていないだろうか。
 東日本大震災以降、両紙は月命日を中心に河北新報など被災3県の地元紙の記事を転載するなど、震災の風化にあらがう紙面作りを続けている。東北から南に千数百キロ。友好紙への政権与党からの故なき中傷を、看過することはできない。
 「マスコミを懲らしめるには、広告料収入をなくせばいい」。これもまた、聞き捨てならない暴論だ。ご承知の通り、新聞社の経営は大きく分けて購読料と広告料収入で賄われている。二つある糧道のうち一つを断てば音を上げるはずとの読みだろうが、浅知恵と言うほかない。
 まず、スポンサーは費用対効果という経済原則に沿って広告を出稿しているのであり、時の権力者の鼻息をうかがっているわけではない。経団連を通じて圧力をかける「私案」を披露した議員もいたようだが、見くびられた経団連こそいい迷惑というものだろう。
 そしてこれが最も大事なことだが、読者の信頼を失えば権力者がわざわざくちばしを入れずとも、新聞が自壊の道を歩むことになるのは自明の理だ。
 どんな事態か。権勢を振るう者に不都合な真実に目をつぶり、広告料欲しさにへつらう。勉強会の面々が理想とする、そんな新聞の姿だ。誰が読んでくれよう。読者と国民を愚民視したという点でも、一連の報道圧力発言は根深い問題をはらんでいる。


「報道圧力」発言 安倍首相の認識を問う
 自民党若手議員の勉強会で安全保障法制をめぐり報道機関へ圧力をかけようとする発言が出たことの波紋が広がっている。
 安倍晋三首相は谷垣禎一幹事長に表現の自由に配慮する姿勢を伝えたが、言論統制への懸念を深刻に受け止める必要がある。ことは党や政権の体質に関わる。安易な幕引きを図ってはならない。
 反応が鈍かった発覚当初とは打って変わった党の対応ぶりである。執行部は勉強会「文化芸術懇話会」代表の木原稔青年局長を更迭し、1年間の役職停止とするなど収拾を急いでいる。「マスコミを懲らしめる」と広告主への圧力行使に言及した大西英男衆院議員ら発言した3議員は厳重注意処分を受けた。
 会合では作家の百田尚樹氏が沖縄の新聞2紙を「つぶさないといけない」などと語ったことも大きな問題となっている。谷垣氏が「報道や言論の自由を軽視し、沖縄県民の思いを受け止める党の努力を無にする発言がなされた」とようやく一連の発言を批判したのは当然である。
 それでも、言論統制を肯定するような発言の問題をどこまで正面から受け止めたのか、疑念がつきまとう。谷垣氏は処分について「与党の政治家はとにかく物事が進む状況を作る自覚が必要だ」と国会の与野党攻防を念頭に置いたような説明をした。会合に途中まで出席した加藤勝信官房副長官も国会答弁で木原氏について「懇話会の規律を維持する責任を果たしていない」などと述べるにとどめた。これでは安保法制が審議される国会への影響を考慮して渋々、収拾に動いたと取られかねない。
 一番の問題は、首相が発言の誤りをただし、言論の自由を守ろうとする姿勢が伝わってこない点だ。
 首相は当初、発言した議員の処分について国会で問われ「私的な勉強会で自由闊達(かったつ)な議論がある」と述べ、慎重姿勢を示していた。民主主義を守るため国民に保障された表現や言論の自由と、国会議員の暴言による政治責任はおよそ別次元の問題であろう。谷垣氏と「表現の自由は民主主義の根幹」との認識を確認したというが国会答弁では「大変遺憾」との見解を示すにとどまっている。
 自民党は党の憲法改正草案で表現の自由の保障に関し「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動」は例外とする条文を追加している。安全保障問題は公益に属するとして言論の自由を規制しても構わないという空気が党内にあるとすれば、見当違いもはなはだしい。
 「のど元過ぎれば」で済む問題ではない。首相は言論の自由をめぐる認識を国会で進んで表明し、国民からの疑念払拭(ふっしょく)に努める時である。


安保批判報道「懲らしめる」=自民・大西氏が再び問題発言−執行部が厳重注意
 自民党の大西英男衆院議員(東京16区、当選2回)は30日午後、安全保障関連法案に批判的な報道について「懲らしめなければいけないんじゃないか」と述べた。また、「誤った報道をするようなマスコミに対して広告は自粛すべきじゃないか」とも語った。国会内で記者団の質問に答えた。同党執行部は、同じ趣旨の発言が繰り返されたとして、27日に続いて大西氏を厳重注意とした。
 自民党有志の勉強会で報道機関への圧力を求める発言が相次いだ問題で、党執行部が火消しを図っているさなかだけに、与党幹部は相次ぎ不快感を表明した。自民党の二階俊博総務会長は記者団に「言いたい放題を言っていい、というものではない」と強調。公明党の大口善徳国対委員長は、自民党幹部に対し「看過できない」と伝えた。
 自民党細田派の細田博之会長は30日、東京都内で同派所属の大西氏から事情を聴いた上で、注意した。
 大西氏は25日、保守系の党所属議員有志が開いた文化芸術懇話会で、「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番。経団連に働き掛けてほしい」と述べ、党執行部から27日に厳重注意を受けた。この発言について、大西氏は30日、「政治家が財界に圧力をかけて、マスコミを懲らしめろなんてことは一言も言ってない」と釈明し、「問題があったとは思わない」との認識を示した。 
 政府・与党は、報道圧力問題が安保法案審議に悪影響を与えることを警戒している。自民党の谷垣禎一幹事長は30日の党代議士会で「国会はますます緊張した局面に入る」と述べ、引き締めを図った。大西氏の発言は、この直後に飛び出した。
 野党は批判を強めている。民主党の枝野幸男幹事長は取材に、「大変恥ずかしい、情けない事態だ。安倍晋三首相をはじめ自民党がどう対応するのか厳しく見守りたい」と語った。維新の党の柿沢未途幹事長も「感覚を疑わざるを得ない」と述べた。

凹凸失敗/グラフがダメ/ミスコピー大量に処分

ブログネタ
フランス語 に参加中!
130918_会津

La police réprime violemment la Gay Pride d’Istanbul
Gaz lacrymogènes, canons à eau et même balles en caoutchouc : la police anti-émeutes turque a violemment réprimé dimanche 28 juin la Gay Pride, qui rassemblait des milliers de manifestants pacifiques dans le centre d’Istanbul.
Lorsque des manifestants portant des drapeaux arc-en-ciel ont scandé des slogans dénonçant ≪ le fascisme ≫ du gouvernement du président islamo-conservateur Recep Tayyip Erdogan, la police, présente en nombre à l’entrée de la grande artère piétonne d’Istiklal, a chargé la foule.
Plusieurs manifestants ont publié des photos et des vidéos des heurts sur les réseaux sociaux.
Des journalistes agressés
Avant le lancement de la marche, de nombreux policiers en tenue ont fermé l’accès à la place Taksim, sur laquelle s’ouvre la rue d’Istiklal, centre de la contestation contre le pouvoir islamo-conservateur de l’été 2013. Depuis, tout rassemblement est interdit sur la place et ses abords. Au moins cinq manifestants ont été interpellés par la police.
Un groupe de civils, apparemment des nationalistes et islamistes qui s’étaient réunis près d’Istiklal, là où devait avoir lieu la marche, ont attaqué les journalistes couvrant l’événement, blessant légèrement plusieurs d’entre eux, dont un photographe de l’AFP. La police n’a pas bronché à cette agression, selon les témoins et les médias. Une vidéaste de l’AFP a, quant à elle, été brutalisée par la police alors qu’elle filmait son intervention musclée.
Jusqu’ici, les 12 marches des fiertés déjà organisées les années précédentes s’étaient déroulées sans incidents graves en Turquie, où l’homophobie reste répandue.
フランス語
フランス語の勉強?

にっぽん縦断 こころ旅 朝版▽宮城県
俳優の火野正平さんが、お手紙に書かれた“こころの風景”を自転車で目指す「にっぽん縦断こころ旅」。本州南端・和歌山県から14週かけて7月の北海道をめざす2015年春の旅は、東北の太平洋側を北上中。今週は宮城県の旅です!月曜朝版は、旅の名場面・珍場面や地元の人びととのふれあいをひとあし先にご覧いただくとともに、火野さんが訪ねることができなかった“こころの風景”を、駒村多恵さんの朗読でご紹介します!
火野正平, 駒村多恵


凹凸について失敗してしまいました.そのせいかグラフもよくありません.
先週ミスコピーをしてしまいました.300枚くらいです.捨てるしかありません.

石灯籠 被災地の灯に「喪失感癒やす遺物」
 藩制期から明治期にかけ仙台圏の物流を支えた貞山運河(堀)にちなむ石灯籠が、宮城県塩釜市の塩釜神社にひっそりとたたずんでいる。運河沿いの集落は東日本大震災で壊滅的な被害を受け、住民の喪失感は大きい。被災地の忘れかけられた歴史や先人の思いに光を当てることが被災者の癒やしにつながると、郷土史家らが石灯籠の再評価を呼び掛けている。
 石灯籠は蒲生(仙台市宮城野区)の領主で、運河の建設に当たった和田房長が寛文13(1673)年、完成祈願がかなったお礼として奉納したと伝えられる。
 塩釜神社の唐門西側と拝殿東側に1基ずつ立つ。唐門西側の石灯籠には「寛文拾三」「三月吉祥日」「和田半之助」といった文字が刻まれている。
 貞山運河は塩釜港と阿武隈川河口を結ぶ約31.5キロで、房長はこのうち、塩釜−蒲生間の御舟入堀(約7キロ)を開削した。
 房長は、湊浜(七ケ浜町)に流れていた七北田川を水害防止と航路利用のために蒲生へ付け替える工事や、七北田川沿いの鶴巻と苦竹をつなぐ御舟引堀(約5キロ、現存せず)の建設も担当。塩釜から仙台の城下町近くへと続く「舟の道」の確立に貢献した。
 房長の業績を震災後の今こそ広く伝える意義があると提唱するのは、仙台市青葉区の郷土史家で水運、利水に関する多数の著作がある佐藤昭典さん(87)だ。
 貞山運河が走る仙台湾岸は津波で被災した。房長の屋敷があった蒲生は災害危険区域となり、住宅の新築ができなくなった。
 佐藤さんは「運河沿いの地域は甚大な生命と財産が奪われ、景観も変わった。しかし先人が積み上げた歴史は失われていない。運河のルーツを示す石灯籠がますます貴重になっている」と語る。
 房長の石灯籠の存在は現在、ほとんど知られていない。佐藤さんら郷土史家のグループは塩釜市や塩釜神社に、説明板の設置や観光ガイドへの記載などを働き掛けていく。
 佐藤さんの提言に神社側も前向きに応じる。鍵三夫宮司は「神社は歴史の塊。地域のために尽くした先人の思いが詰まった石灯籠の意義を、大勢の方に知ってほしい」と話す。


<仙台いやすこ歩き>(15)ラムネ/清涼感心まで透明に
 夏はラムネの季節だと思っている。そして、「ラムネ」と聞くと、必ず思い出す短歌がある。<うすみどり 飲めば身体が水のごと透きとほるてふ 薬はなきか>。石川啄木の歌だ。
 初めてこの歌に出会った時、即座に「ラムネだ!」と思った。
 「うすみどり」「水」「透きとほる」というキーワードから、緑色のガラス瓶に入ったラムネを想起したのはもちろんだが、何よりあの爽やかな香りと炭酸飲料独特のシュワシュワした飲み心地が、心までも透明にしてくれる薬のように思えたのだ。
 以来ラムネは、啄木の歌のリリカルな印象と相まって特別な飲み物と位置づけられている。
 一方、基本的に冷たい飲み物、中でも炭酸系が苦手な画伯も、ラムネだけは特別らしい。「懐かしさを感じさせる味と、ガラス瓶のたたずまいがいい」のだそうだ。
 先日、いつものお茶っこ飲みで、ラムネの話になった時のことだ。何かをじっと考えていた画伯が、おもむろに口を開いた。「いつも不思議に思うんだけどさぁ、ラムネとサイダーって同じ味がしない? 違いは何なのかな?」。言われてみれば、確かにそうだ。透明で、甘くて、清涼感があって…。うーん。
 ならば、教えていただこう!と、仙台でラムネを作っている会社を訪ねてみることにした。名前は、トレボン食品(宮城野区小田原)。昭和25(1950)年に創業し、昭和40年代に「トレボンCナマー」という清涼飲料が大ヒットした、知る人ぞ知るメーカーだ。
 「ラムネはね、あの瓶に入っているからラムネなんですよ」と教えてくださったのは、2代目社長の鶴戸満昭さん(61)だ。鶴戸さんによれば、ラムネもサイダーも中身は同じ。あの独特の形状の容器(現在は瓶とペットボトルの2種類がある)に入っているもの以外は、サイダーに分類されるのだそうだ。「見てみますか?」と、鶴戸さんは工場に案内してくださった。
 ラムネの作り方はこうだ。まず、瓶に液糖と香料のシロップを入れ、炭酸水を加える。そこで瓶を一度逆さまにし、ガス圧を利用してビー玉で栓をする。閉栓したら、瓶を元の状態に戻して出来上がり。ラムネの作り方は、実にシンプルだった。
 「生産量は、年間約200万本。最盛期に比べれば、需要はかなり減ってはいますが、100年の時を超えて飲み継がれてきたラムネは、日本の夏の定番ドリンクで、永久不滅の商品です。なくなることはないと思っています」と鶴戸さん。
 興味深いのは、ラムネは中小企業でしか生産できないということだ。日本には大企業と中小企業が共存するための「分野調整法」という法律があり、ラムネをはじめ6品種が指定されている。トレボン食品では、そうした中小企業分野商品を中心に生産しているのだという。
 最後に、ラムネを愛してやまない鶴戸さんに、おいしい飲み方をうかがった。いわく「氷水で冷やしておいたのを、屋外で噴きこぼしながらラッパ飲みするのが一番」だそうだ。
 爽快感のみならず、楽しさも味わえるのがラムネの醍醐味(だいごみ)。それこそが、永久不滅の商品であるゆえんなのだろう。
◎おぼえがき/名称「レモネード」が転訛
 ラムネは、炭酸水に甘味・酸味・香料などを加えた清涼飲料水。材料はサイダーとほぼ同じだが、外側から王冠で栓をするサイダーに対し、ラムネはビー玉で内側から栓をするという特徴がある。
 「ラムネ」という名称は、レモン風味のソーダ水「レモネード」が転訛(てんか)したもの。この飲料が日本へ渡来した経緯には諸説あるが、嘉永6(1853)年、米国のペリー提督が浦賀に来航した際にもたらしたという説が有力とされている。当時のレモネードはコルク栓だった。
 ビー玉栓の瓶は英国で発明されたもので、日本に登場したのは明治20(1887)年ごろのこと。その後、日本でも同様の瓶が製造されるようになり、明治から昭和にかけて、ビー玉栓の容器に入った炭酸飲料「ラムネ」は、庶民の飲み物として広まっていった。
 昭和30年代以降、外来の飲料の影響や、飲料の多様化により需要が減っているものの、今もなお幅広い世代の心を捉え続けている。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住の児童文学作家(愛称「ろく」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


<報道圧力>恐怖覚える 廃案署名165万人
 憲法学者や作家らでつくる「戦争をさせない1000人委員会」は29日、「憲法9条を真っ向から否定する」として、集団的自衛権行使を容認した昨年7月の閣議決定の撤回と、安全保障関連法案の廃案を求める署名約165万8900筆を衆参両院に提出した。
 提出に先立ち、呼び掛け人が東京・永田町で記者会見し、ルポライターの鎌田慧さんは引き続き署名を集める方針を表明。自民党若手議員の勉強会で報道に圧力をかけようとする発言が出た問題について「戦争を知らない『恐るべき子どもたち』であり、こんな国会議員が現れていることに恐怖を覚える」と批判した。


核廃絶の訴え重ね400回 仙台で街頭行進
 核兵器廃絶を訴える市民有志による仙台市内の街頭行進が28日、1982年3月の第1回から通算400回目を迎えた。近年は高齢化による参加者の減少にも直面しているものの、安倍政権の動向をにらみ、参加した約40人はあらためて反戦平和の尊さを訴えた。
 「平和・民主・革新の日本をめざす宮城の会(宮城・革新懇)」が呼び掛けて実施。参加者は市中心部を「核兵器は要らない」などと訴えながら行進した。
 行進は、82年の国連軍縮特別総会に向けて地元の機運を盛り上げようと始まって以来、毎月最終の日曜日に行われてきた。
 仙台市太白区の主婦川端英子さん(79)は、3年前に他界した夫の純四郎さんと第1回からほぼ毎回参加してきた。それぞれ45年7月の仙台空襲を体験した。
 戦後70年のことし、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の交渉が決裂。集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案の成立に躍起となる安倍晋三首相の姿勢にも、危うさを覚えている。川端さんは「空襲で仙台の家を焼け出され、父母とも一時、離れ離れになった。大勢の命を奪う核兵器も、日本をもう一度戦争をする国に戻すような法律も、要りません」と話した。


政府のメディア介入 根底に隠れる不都合な事実
 英議会は2013年12月3日、米国家安全保障局(NSA)に勤務していたスノーデン元職員から入手した機密情報を基に、米政府が全世界で個人の通話・メールを無断傍受していた事実を公表した英ガーディアン紙を「英国の敵を支援する行為だ」と批判し、同紙のラスブリッジャー編集長を議会召喚した。
 約1時間半にわたり激しい質問が飛び交うなかで、同編集長は英政府が米政府と共に同盟国も対象とした大規模な監視活動をしてきたと批判。「国家の安全を脅かした」との議会の批判に対しては「英政府にとって恥ずかしい事実かもしれないが、国家の安全を脅かすような内容は含まれていない」と反論。「君はこの国を愛しているか」との問いに対しては「われわれは愛国者だ。われわれが愛国心を持つ理由の一つは民主主義であり、そしてわが国の報道の自由だ」と主張。英政府から圧力を受けていた事実も明らかにした上で、「われわれは政府の嫌がらせに屈しない」と強い意志を明示した。
 同紙と報道の自由を支持をする声明を発表し、英政府に真っ向から対峙(たいじ)するガーディアンの支援に立ち上がったのは、同じくスノーデン元職員からもたらされた情報を公表した米紙ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど13の報道機関。1972年、後に当時のニクソン大統領を辞任に追い込む契機となったウォーターゲート事件をスクープし、米政府から圧力を受けた経験を持つワシントン・ポストのバーンスタイン記者は「英政府は米国家安全保障局によるスパイ問題を報道機関の問題にすり替えようとしている」と政府が報道の自由を脅かすことがあってはならないと批判した。
 政府がメディアの報道体制に介入するとき、その根底に不都合な真実が覆い隠されているときがある。
 元NHK経営委員の百田尚樹氏の「沖縄の新聞はつぶさんといかん」発言。真につぶしたいものは何なのか、つぶすことにより誰から何を奪おうとしているのか。発言の背景にある『不都合な真実』とは何なのかを私たち一人一人がしっかり考える必要がある。(平安名純代・米国特約記者)

イタリアン/髪を切りました/日本酒バーの場所

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150505_森田屋

Mondial féminin: le Japon qualifié pour les demi-finales
Le Japon, champion du monde en titre, a rejoint samedi les Etats-Unis et l’Allemagne en demi-finales de la Coupe du Monde féminine de football en battant l’Australie 1-0 à Edmonton.
Face à de solides Australiennes, les Japonaises ont nettement dominé mais ont tardé à trouver l’ouverture. Ce n’est qu’à la 87e minute qu’Iwabuchi a profité d’un mauvais renvoi de la défense adverse pour tromper Williams.
Depuis le début du tournoi, le Japon a remporté tous ses matches par un but d’écart. Les joueuses de Norio Sasaki défendent bien et leur jeu collectif est au-dessus de la moyenne, mais elles ne sont pas très tranchantes face au but. Elles n’ont cadré que trois de leurs 14 frappes.
Un peu plus tard (23h30 GMT) le dernier quart de finale opposera à Vancouver le Canada, pays-hôte, à l’Angleterre. C’est le vainqueur de ce match qui affrontera le Japon en demi-finale mercredi à Edmonton.
Mardi, la première demi-finale mettra aux prises à Montréal l’Allemagne et les Etats-Unis, les deux premières équipes au classement Fifa.
L’Allemagne a très difficilement battu la France vendredi. Les joueuses de Silvia Neid ne se sont imposées qu’aux tirs au but face à des Françaises qui ont dominé la partie. Menées 1-0, les Allemandes n’ont égalisé qu’à la 84e minute, sur penalty.
Les Américaines, vice-championnes du monde en titre, ont de leur côté battu la Chine 1-0 grace à un but de Carli Lloyd.
フランス語
フランス語の勉強?

テレメンタリー2015「DNA鑑定の闇〜捜査機関“独占”の危険性〜」
警察がDNA鑑定の“独占”をひっそりと進めている。いまや警察のDNA鑑定件数は年間27万件を超え、その精度は約4兆7千億人に1人を特定できるとされている。かつての「自白」に代わる“証拠の王”だ。こうした中、DNA鑑定が一審有罪の決め手となった事件で、衝撃の再鑑定結果が出た。警察が「鑑定不能」としていたものを再鑑定したところ、簡単にできた上に、しかも別人のDNA型が出てきたのだ。なぜ、こうしたことが起きたのか。事件の深層をあぶり出し、捜査機関のDNA鑑定“独占”の危険性に迫る。
EXテレビ朝日 原一郎・加藤亮   寺田和弘

明日へ−支えあおう− 証言記録 東日本大震災 第42回「福島県富岡町」
富岡町にある東電福島第二原発は津波で原子炉3基の冷却機能を失う。二日以内に冷却装置のモーターを交換し、800m離れた電源までケーブルを張って冷却を始めないと原子炉が破損し放射能がばらまかれかねない。懸命の復旧作業は困難を極める。富岡町では事故の深刻化を受け急きょ全町民の避難を決めるが肝心なものが確保できていなかった。事故前の想定が崩れたときどう対応したのか、原発幹部と富岡町職員たちの証言でつづる。
畠山智之

シリーズ 戦後70年 ガマフヤー 遺骨を家族に 沖縄戦を掘る
玉川砂記子 日本テレビ
沖縄戦の死者は民間人を含め20万人以上、しかし遺骨となって発見されても、自分の墓に帰れる人は少ない。鉄の暴風と呼ばれる猛攻撃のなか、兵士も沖縄の民間人も、身元を示すものを身に着けないまま最期を迎えているからだ。戦後70年、遺骨を掘り起こし、家族の元に帰そうとする「ガマフヤー」(沖縄の方言で「ガマ(壕)を掘る人」)がいる。具志堅隆松さん(61)は33年前からボランティアとして遺骨収集に取り組んできた。しかし厚生労働省が行う遺骨のDNA鑑定で身元が判明したのは日本兵の4遺体だけ。具志堅さんは、政府や県に「希望者は誰でもDNA鑑定できるようにすべきだ」と訴える。遺骨が発する声なき叫びに耳を傾けて欲しい… 戦後70年目のガマフヤーの願いだ。

ガリレオX「重力という言葉を作った男 日本は科学をどう受け入れたか?」
「科学」という言葉すらなかった江戸時代後期の日本。そんな状況の中で、当時としては最新の西洋天文学に引けを取らない宇宙論を、独自に生み出した一人の日本人がいた。その人物は、「重力」や「引力」、「遠心力」や「真空」など、今では日常生活でも頻繁に使われる現代科学の最重要単語を、翻訳という行為を通して、たった一人で生み出し続けた。さらに蓄積した知見をもとに惑星システムが作られるメカニズムにまで迫った。「江戸時代、唯一の国際的な業績」とも評せられる彼の業績を探ることで、近代西洋科学がどのようにして日本へもたらされ、それを日本がどのように受け入れていったのか、その謎に迫る。
岡田至弘 笹原宏之 鳥井裕美子 野家啓一

バリバラ〜障害者情報バラエティー〜「外国人が見たニッポンのバリアフリー」
今回は、外国人スペシャル。日本に住む外国人の増加とともに、外国人障害者の数も増えている。そんな外国人たちは日本の福祉をどう見ているのだろうか?アンケートをとると「日本の公衆トイレは世界一!」「点字ブロックのおかげでどこでも行ける」などハード、インフラ面のすごさとともに、「障害者への接し方がつめたい」など心のバリアが浮き彫りに!日本の福祉の問題を、外国人が本音トークする。
パトリック・ハーラン,大橋グレース,山本シュウ,大西瞳,神戸浩,伊藤愛子


イタリアンのお店に行きました.久しぶりです.美味しいです.ワインはサンジョベーゼsangioveseでした.
その後髪を切りに.と言っても予約していなかったのでまず予約.5時からお願いしました.
時間があるので商店街を散歩しました.
夕方はお友達が教えてくれた日本酒バーの場所を確認しました.そのうち行ってみたいです.

<災害公営住宅>歓迎交流会にぎわう・気仙沼
 気仙沼市南郷地区の災害公営住宅「市営南郷住宅」の入居者を歓迎しようと、地元住民が企画した入居歓迎交流会が27日、南郷コミュニティセンターであり、新たな地域づくりに向け気持ちを高めた。
 市営南郷住宅は、ことし1〜3月に市内第1号の災害公営住宅として完成。集合住宅165戸に約160世帯が入居している。
 交流会では、南郷2区とともに主催した南郷1区の伊東征吉自治会長(70)が「皆さんを温かく迎えたい」とあいさつ。よさこい演舞や弦楽四重奏などが披露された。食事の提供もあり、入居者と住民が会話を弾ませた。
 3月に入居した小野寺とよ子さん(88)は「知り合いが少なく、隣近所のドアを開けるのも気が引け、茶飲み話をすることがあまりなかった。こうした機会はありがたい」と笑顔を見せた。
 南郷住宅の入居者は7月18日に南郷3区自治会を設立する。準備会会長の藤原武寛さん(49)は「歓迎の気持ちがうれしい。地元住民と入居者との間に壁を作らず、お祭りなど一緒にやれることを増やしていきたい」と喜んだ。


被災地応援筆に込め 絆のリレー書展・気仙沼
 書道を通じて被災地を応援する「絆のリレー書展気仙沼展」が27日、気仙沼市松岩公民館で始まった。河北書道展の審査員や特別顧問ら県内を代表する書家が作品を展示し、希望者にプレゼントする。28日まで。
 絆のリレー書展実行委員会が主催。河北書道展審査委員長の大友青陵さんら約50人が色紙やはがきサイズの約500点を提供した。
 会場では大友さんと河北書道展特別顧問の菊田翠谷さん、審査副委員長加納鳴鳳さんが、来場者の希望に応じ色紙に文字をしたためる揮毫(きごう)会を開催。子どもを対象に石巻市雄勝町産の硯石を使った名札などの製作体験もあった。


<復興マラソン>雨、強風もランナー充実感
 石巻市で27日に始まった復興マラソンでは、親子連れや中学生、社会人ら多数のランナーが力走した。雨と強風という悪条件の中、主会場の市総合運動公園を駆けたランナーたちは充実感をにじませ、「復興を見守りたい」と被災地にエールを送った。
 3キロ中学生女子で1位だった東松島市矢本一中1年の林瞳花さん(12)は「震災でマラソン大会がなくなっていたので楽しみにしていた」と語った。
 3キロ中学生男子で2位に入った石巻市飯野川中2年の及川達巳君(13)は「雨で走りにくかったけれど達成感がある」と喜んだ。
 大崎市の会社員加藤邦久さん(40)は、長男で古川一小2年の大誠君(7)と2キロファミリーA親子に参加。手をつないで走った。加藤さんは「親子で走るのは初めて。絆が強まった」と話し、大誠君は「疲れたけれど楽しかった」と笑顔だった。
 愛知県豊田市の会社員吉田博樹さん(35)は5キロ高校・一般49歳以下男子に出場。震災後、石巻市の半島部などでボランティア活動を続け、仲間のメッセージが寄せられたシャツを着て快走した。「復興の役に立てればと思い参加した。石巻の住宅再建は道半ば。今後も支援する」と誓った。


<復興マラソン>心つなぎ雨の中力走
 東日本大震災で大きな被害を受けた石巻市を舞台とした第1回いしのまき復興マラソン(石巻市、河北新報社など主催)が27日、市総合運動公園を主会場に2日間の日程で開幕した。初日は2キロ、3キロ、5キロの3部で計13種目があり、あいにくの雨の中、参加者は同公園内の周回コースで健脚を競った。
 3部には全国から計約670人がエントリー。5キロ高校・一般(49歳以下)男子は、三浦隆稔(南陽市)が16分11秒で優勝した。5キロ高校・一般(49歳以下)女子は、石巻専大の高橋七海が17分39秒で制した。
 2キロの部では、ファミリーやペアの種目への参加者が手をつないでコースを駆けていた。
 28日は、ハーフ、10キロの2部6種目が市総合運動公園発着で行われる。スタートはともに午前10時。
 【5キロ】
 ▽高校・一般49歳以下男子 (1)三浦隆稔(山形)16分11秒(2)星智(宮城・POJRC)16分55秒(3)佐々木佳祐(宮城・おおさきRC)16分57秒(4)石垣(宮城・仙台三高)(5)佐藤(福島・本宮市役所)(6)及川(宮城)
 ▽高校・一般49歳以下女子 (1)高橋七海(山形・石巻専大)17分39秒(2)漆戸雛(青森・石巻専大)18分9秒(3)沢田百香(宮城)18分55秒(4)寺牛(埼玉・石巻専大)(5)佐藤(宮城・倉元製作所)(6)鈴木佳(宮城)
 ▽一般50歳以上男子 (1)大和田忠行(岩手・大船渡温泉)20分00秒(2)山中一悦(岐阜・岐阜県庁AC)20分24秒(3)三浦克彦(宮城・日本製紙石巻)20分32秒(4)深瀬(宮城)(5)勝又(宮城・石巻市役所)(6)阿部幹(宮城)
 ▽一般50歳以上女子 (1)安達一恵(群馬・ママさん)22分5秒(2)小熊淳子(宮城)23分47秒(3)千葉正子(宮城・宮城フェンダー)25分45秒(4)漆山(宮城・トヨタ自動車東日本)(5)高橋(宮城)(6)江口(宮城)
 【3キロ】
 ▽中学生男子 (1)牛沢大雅(宮城・幸町)10分49秒(2)及川達巳(宮城・飯野川)11分37秒(3)阿部一希(岩手・若柳)11分57秒(4)山形(宮城)(5)木村(宮城・河南東)
(出場5人)
 ▽中学生女子 (1)林瞳花(宮城)12分36秒(2)佐治照紗(宮城)12分58秒(3)田口綾香(宮城)14分12秒(4)高橋(宮城)(5)菊地(宮城)(6)平井(宮城)
 【2キロ】
 ▽小学1〜3年生男子 (1)安部聡流(宮城・市名坂)8分4秒(2)千葉綾太(宮城・四郎丸)8分42秒(3)及川颯太(宮城)8分42秒(4)佐々木(宮城・釜)(5)内海(宮城・ウィルランズ)(6)佐藤(宮城)
 ▽小学1〜3年生女子 (1)佐藤叶望(宮城・国見)9分3秒(2)橋本柚希(宮城)9分7秒(3)川嶋心結(宮城)9分27秒(4)畠山(宮城)(5)佐々木(宮城・中津山)(6)三條(宮城)
 ▽小学4〜6年生男子 (1)安部正温(宮城・市名坂)8分15秒(2)今野真大(宮城)8分23秒(3)加藤瑠萌(宮城)8分31秒(4)斎藤(宮城)(5)川嶋(宮城)(6)津田(宮城)
 ▽小学4〜6年生女子 (1)内海菜羽(宮城・ウィルランズ)7分49秒(2)今野有珠(宮城・女川)7分59秒(3)後藤飛空(宮城)8分15秒(4)佐藤(宮城・国見)(5)山崎(宮城・蛇田陸上)(6)柳沢(宮城)
 ▽ファミリーA親子 (1)阿部宏樹・友哉(宮城・大地フーズ)9分8秒(2)安部哲也・響(宮城)9分16秒(3)杉浦康之・晴空(宮城)9分30秒(4)大崎(宮城)(5)菅野(宮城)(6)森松(宮城)
 ▽ファミリーB親子 (1)阿部広美・青希(岩手)7分30秒(2)加藤昇・桧(宮城・はまかぜ)7分34秒(3)佐伯直哉・和哉(宮城)8分30秒(4)古舘(宮城・健康ク)(5)佐々木文(宮城)(6)天野(宮城)
 ▽ペア19歳以上 (1)佐藤由希・井波達史(宮城・ウィルランズ)7分47秒(2)嶋谷美奈・嶋谷俊三(宮城・れいなーず!)8分42秒(3)石丸秀行・梅本美江(宮城・ウィルランズ)8分44秒(4)佐々木麻・佐々木亮(宮城・佐々木姉弟)(5)加藤・光沢(宮城)(6)佐々木祐・佐々木和(宮城・トヨタ自動車東日本)


富岡・最終処分場 設置場所に疑問の声
 福島県富岡町に計画されている東京電力福島第1原発事故に伴う指定廃棄物などの最終処分場をめぐり、環境省は27日、富岡町民を対象にした説明会を郡山、いわき両市で開き、既存の民間管理型最終処分場を国有化する方針や追加の安全対策などを示した。町民からは安全性や設置場所の選定に対する疑問の声が相次いだ。
 郡山市での説明会には約70人が出席した。町の第2次復興計画策定委員を務めた遠藤秀文さん(43)は、処分場が町内でも放射線量が比較的低い区域にあることに触れ「町の再生は放射線量の低い場所からスタートする。町の玄関口に処分場を設置するのは違和感がある」と発言した。
 須賀川市に避難する元日本原子力発電理事の北村俊郎さん(70)は「場所選定のプロセスやデータを示さず、ばかにしている」と批判。国有化についても「どこまで直営で管理して、いつまで管理するのか分からない」と意見を述べた。
 約50人が出席したいわき市の会場では、僧侶の早川光明さん(64)が27、28両日の計4回で終了する説明会の在り方を問題視。「町の重要問題なのになぜ議論を急ぐのか。仮設住宅でも説明会を開くべきだ。アリバイづくりだと思わざるを得ない」と訴えた。
 環境省の計画では、最終処分場は既存の産廃処分場「フクシマエコテッククリーンセンター」を転用する。「国の責任の明確化が不可欠だ」との町側の要望に応じる形で、同省は今月5日、国有化の方針を表明。地域振興策として町に自由度の高い交付金を措置する方針も打ち出し、説明会を1年ぶりに開催した。


「たま」駅長 社葬でお別れ
和歌山県の和歌山電鉄で、猫の駅長として知られ、今月22日に死んだ「たま」の葬儀が、かつて勤務していた紀の川市の駅で行われ、国内外から集まった大勢のファンが、祈りをささげました。
今月22日に死んだ三毛猫の駅長「たま」は、平成19年に和歌山県紀の川市にある和歌山電鉄貴志川線の貴志駅の駅長に就任して人気を集め、廃線の危機に直面していた路線の存続に大きな役割を果たしました。
28日は、貴志駅で葬儀が行われ、たまの飼い主の女性のほか、和歌山電鉄の社長や、和歌山県の仁坂知事、それに、たまの部下で駅長代理の猫の「ニタマ」も参列しました。
駅舎に設けられた祭壇には、「たま」の遺影などが飾られ、駅長に任命した和歌山電鉄の小嶋光信社長が、「たま駅長は、経営に困っていた地方鉄道に光を当てた救世主だった。一緒に働けたことを誇りに思います」と述べ、「たま」を「名誉永久駅長」に任命しました。
辞令の書類には、「これからも和歌山電鉄をはじめ、世界の地域公共交通を守ってください」と記されていました。
また、仁坂知事は、「和歌山の知名度を上げ、観光客を増やし、何より県民の心に明るさと温かみを与えてくれました」と感謝のことばを述べました。
駅舎の外には献花台も設けられ、集まったファンが花束やキャットフード、それに、かつお節などを供えて祈りをささげていました。
和歌山電鉄によりますと、28日の葬儀には、国内外からおよそ3000人ものファンが集まったということです。

フランス映画祭関西始まる/チゲ閉店/広島つけ麺/BARATET

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150617_梅田

La France a chaud, et cela va durer quelques jours
MÉTÉO - Depuis mardi matin le pays est confronté à une forte vague de chaleur. Ainsi, quarante départements ont été placés en vigilance orange par Météo France en raison d'un ≪épisode caniculaire précoce et durable≫ et soixante-et-un par Meteo Consult. Le point sur les vigilances et les prévisions.
Eviter toutes les activités sportives, porter des vêtements légers, beaucoup boire, s'arroser. Autant de conseils pour éviter le coup de chaud. Et pour cause, la quasi-totalité du territoire français est concerné par une importante vague de chaleur depuis mardi matin. Celle-ci devrait se prolonger jusqu'au week-end à venir. Dès lundi soir, les bureaux d'études et de prévisions météorologiques avaient placé plusieurs dizaines de départements en vigilance orange. Des épisodes de canicule sont à prévoir dans de nombreuses régions, phénomène qui n'avait pas été observé à cette période de l'année depuis 1952. Techniquement, on parle de canicule quand des températures très élevées sont observées pendant au moins trois jours consécutifs, le jour comme la nuit.
Mardi en début d'après-midi, le thermomètre flirtait avec les 40 degrés dans le Sud-Ouest, d'où est partie cette vague qui s'étend progressivement à l'ensemble du pays. À Paris où en Rhône-Alpes, la barre des 35 degrés a déjà été atteinte.
Ainsi, Météo Consult a placé soixante-et-un départements en vigilance orange. Ces départements sont:
L'Ain (01), l'Allier (03), l'Ardèche (07), Les Ardennes (08), l'Aube (10), le Cantal (15), la Charente (16), le Cher (18), la Corrèze (19), la Côte-d'Or (21), la Creuse (23), la Dordogne (24), le Doubs (25), l'Eure-et-Loir (28), la Haute-Garonne (31), le Gers (32), la Gironde (33), l'Indre (36), l'Indre-et-Loire (37), l'Isère (38), le Jura (39), les Landes (40), le Loir-et-Cher (41), la Loire (42), la Haute-Loire (43), le Loiret (45), le Lot (46), le Lot-et-Garonne (47), le Maine-et-Loire (49), la Marne (51), la Haute-Marne (52), la Meurthe-et-Moselle (54), la Meuse (55), la Moselle (57), la Nièvre (58), le Puy-de-Dôme (63), les Hautes-Pyrénées (65), le Bas-Rhin (67), le Haut-Rhin (68), le Rhône (69), la Haute-Saône (70), la Saône-et-Loire (71), la Sarthe (72), la Savoie (73), la Haute-Savoie (74), Paris (75), la Seine-et-Marne (77), les Yvelines (78), les Deux-Sèvres (79), le Tarn (81), le Tarn-et-Garonne (82), la Vienne (86), la Haute-Vienne (87), l'Yonne (89), le Territoire de Belfort (90), l'Essonne (91), les Hauts-de-Seine (92), la Seine-Saint-Denis (93), le Val-de-Marne (94), le Val-D'oise (95).
De son côté, Météo France annonce que quarante départements ont été placés en vigilance orange pour les mêmes raisons. Les départements concernés sont ceux des régions Bourgogne, Franche-Comté, Ile-de-France et Limousin, ainsi que l'Ain, l'Aisne, l'Aube, l'Allier, le Cantal, le Cher, la Dordogne, l'Indre, la Haute-Loire, la Loire, le Loiret, le Lot, le Lot-et-Garonne, la Marne, la Haute-Marne, la Meurthe-et-Moselle, la Meuse, le Nord, les Vosges, le Puy-de-Dôme et le Rhône.
Selon Météo Consult, l'évolution de la situation devrait s'observer de la sorte:
Dès mardi, des conditions très chaudes sont attendues dans le sud-ouest du pays avec des valeurs atteignant 38 à 40°C et localement plus. Les régions du Centre et du Centre-Est afficheront déjà des températures supérieures aux seuils de canicule (de 33 à 36°C). Dans le nord-est, il fera chaud, mais les températures resteront encore supportables (30°C).
Mercredi, les températures seront en légère baisse sur la frange littorale de l'Atlantique en direction de la Bretagne et de la Normandie, excluant un risque de canicule à proprement parler sur ces zones, malgré un temps particulièrement chaud et lourd. En revanche, partout ailleurs, après une nuit où les températures ne baisseront pas beaucoup, la chaleur s'étale, en direction de l'est et du nord, où l'alerte sera très probablement étendue.
Jeudi, les températures resteront très élevées sur l'ensemble du pays, malgré une légère baisse notamment sur le nord-ouest en raison d'un passage faiblement orageux amenant une fraîcheur toute relative.
La canicule se poursuivra sur l'ensemble du pays pour les journées de vendredi et samedi, avec même probablement une nouvelle hausse du thermomètre, atteignant une fois encore des valeurs proches des records. Pour la semaine suivante, la canicule se maintiendra dans le sud. Il fera encore très chaud au nord.
Une possible amélioration est attendue entre samedi soir et dimanche au nord, en raison de l'arrivée par l'océan d'une masse d'air un peu moins chaud. En revanche, les conditions caniculaires seront encore de mise au moins jusqu'en milieu de semaine suivante sur le centre-est.
フランス語
フランス語の勉強?

「明日へ-支えあおう-」 - 吉幾三 いくぞ! 北の出会い旅 仙台市~女川町 -
北海道で放送されている、「いくぞ〜! 北の出会い旅」。 今回は、仙台市から、吉幾三が高市佳明アナウンサーと共に、仙台市〜女川町の旅。案内はふくぞー。 多賀城市にある災害公営住宅ではが多賀城市桜木保育所が再開。吉らが訪問した。震災の時には保育所の隣の工場の人々と協力し避難したということ。吉がティッシュを使った芸を保育士に教えた。震災で卒園できなかった子どもたちなどの手で作られたモニュメント「SPIPRING KIDS」を紹介した。お祝いに保育所の歌を作って送ることになった。園児が歌う様子を伝えた。
多賀城駅で今回のゲスト八木沼純子を迎えた。震災後は全国のリンクをチャリティーでまわったという。七ヶ浜町へ3人で向かう。花渕浜地区の港では震災2ヶ月後にいち早く漁を再開していた。漁協の屋上は避難所になっている。この辺りは引き波で170戸の家屋が全壊した。素潜り漁をしていた漁師さんに話しを聞いた。採ってきたばかりのうにを少し頂いた。順調に漁が進んでいることのお祝いに、即興の歌をプレゼントした。
七ヶ浜自慢の海の幸で初日のしめくくり。立派なアワビや品評会で2年連続優勝したのり、ウニなどを頂いた。
宮城を代表する漁業の町塩竈市の、塩釜水産物仲卸市場を訪れた。今年50周年の市場でお祝いを探す。震災後は、津波の被害は少なかったが魚の水揚げがストップし、本格的な再開には1ヵ月以上かかった。生鮮マグロがこの市場のオススメ。ここではかった食材を市場で食べることが出来る。値切って2000円で買ったマグロを頂いた。市場にいた佐々木さんにはきょねんの12月に初孫が生まれたとのこと。その場で電話してお祝いした。また三浦さんはことし長男が結婚するということ。お祝いの記念撮影をしようとすると丁度長男から電話がかかり、話をした。ここからはふたてに別れて旅を進める。
吉は石巻市へ、八木沼と高市アナはJR仙石線が4年ぶりに全線復旧する東松島市へ向かった。津波による被害で一部区間で運休が続いていたが、海沿いの駅などを高台に移転し、ようやく全線復旧に漕ぎ着いた。矢本駅には全線復旧の喜びを伝えるメッセージが沢山届いていた。八木沼もお祝いにメッセージを送った。5月30日に全線運行再開した。
吉は震災後に炊き出しやミニライブをし特別な思いのある石巻市を訪れていた。観光協会の佐藤さんの案内で高台へ向かった。震災前の様子と現在の様子を比べ、震災で亡くなった人数や現在も行方不明の人数を聞き、吉は涙を拭った。この高台から見える辺りはいずれ国立の復興祈念公園になるということ。次に海沿いの渡波地区へ案内された。震災後炊き出しを行っていたお母さんたちが今も行っているお弁当を作る食堂へ向かった。震災から4年でこの地区にも徐々に家が立ち始めている。お母さんたちのために、リクエストされた「酒よ」と即興で作った歌を歌った。
3人合流して旅の最終目的地女川町へ向かう。15mの津波で壊滅的な被害を受けたが、現在かさ上げ工事もほぼ終わり復興へと歩みを進めている。町には「女川は流されたのではない 新しい町に生まれ変わるんだ」と書かれた横断幕が掲げられていた。新しい町のシンボルとしてことし3月にオープンした女川駅へ向かった。年内には駅前に新たな商店街も誕生する。吉は町の人にお祝いをするため仮設住宅へ向かった。到着するとお母さんたちが集まってきて、仮設住宅の広場で急遽コンサートを行うことになった。客席やステージを作って準備した。
午後6時、吉幾三のお祝いコンサートが開演した。「酔歌」を歌いながら、最近なくなったという母親を思い出して言葉が詰まった。「雪国」を会場にいたお父さんと歌った。「忘れない…」など約40分歌い、最後には100人を超える人が集まった。

高精度測位社会がやってくる
スマホ内蔵のGPSにより簡単に位置情報がわかる時代ですが、数年後には精度が大幅にアップします。鍵となるのは、日本の準天頂衛星「みちびき」。常に日本上空にとどまる不思議な軌道のおかげで、センチメートル精度で位置情報が得られる予定です。番組ではカーナビや農業などへの応用研究を紹介します。また、東京オリンピックに向けて開発の進む電波が届かないところでも位置情報が得られる技術の最新情報もお伝えします。

今日からフランス映画祭関西です.でも映画見に行くのちょっとしんどい感じ.震災の映画見てから気持ちが下向きで,まだ復活していません.
お昼はチゲのお店に・・・と思ったら閉店になっていました.代わりに・・・と思っていたら,尾道ラーメンのお店がありました.さて・・・と思ってみると,なんと広島つけ麺があるではないですか!!!うれしくなってそれを食べることにしました.ちょっと辛さが物足りないですが,久しぶりのつけ麺に大満足です.
夕方はビオワインのBARATETをいただきました.美味しい♪

<復興マラソン>聖火台準備 きょう号砲
 東日本大震災で被害を受けた石巻市で被災地支援への感謝と復興状況を発信する「第1回いしのまき復興マラソン」(石巻市、河北新報社など主催)は27日、2キロ、3キロ、5キロの各部を皮切りに2日間の日程で開幕する。28日はハーフ、10キロが行われる。
 初日の周回コースとなっている市総合運動公園では26日、コースを示すパイロンや誘導用の看板などが設置された。同公園内に設置された聖火台の周りでは、27日午後1時半からの除幕・点火式を控え、関係者が念入りに準備していた。
 伊藤和男実行委員長は「全国から集まるランナーに元気を与えられる大会にしたい。聖火台についに火がともされると思うと感慨深い」と話した。
 3キロ、5キロの各部は午前10時、2キロの部は午前11時にそれぞれスタート。同公園発着のハーフ、10キロは28日午前10時に号砲が鳴らされる。


<メガソーラー>避難の飯舘住民主導で計画
 福島第1原発事故で全村避難する福島県飯舘村の関根松塚地区に、大規模太陽光発電施設(メガソーラー)が建設されることが26日、分かった。地元住民が計画を主導し、事業者と直接、交渉を進めてきた。年内の完成予定で、村の復興を支える施設の一つと期待されている。
 関係者によると、NTTファシリティーズ(東京)が民有地を賃借して建設する。東日本大震災復興特別区域法を活用し、約30ヘクタールの農地を転用する。出力は2万3000キロワットを見込み、東北電力に売電する予定。
 地権者は約30人で2037年まで約22年間の賃貸契約を結ぶ。賃料は1平方メートル当たり年60円で、年間総額は約1800万円。うち1割弱を行政区に拠出し、地区の復興に向けた交流会などに充てる。地権者は全員、計画に同意しているという。
 経済産業省の半農半エネモデル等推進事業として補助金の交付を受ける。年内の事業完了が補助要件のため、8月に予定する村復興整備協議会で承認され次第、造成に着手する。
 飯舘村は17年3月までの避難指示解除を目指しているが、建設予定地の農地は水利環境が良くなく、避難の長期化で耕作が困難になる可能性があることから転用することにした。
 NTTファシリティーズは「現段階でコメントできない」としている。
 同村では飯樋地区で出力1万キロワットのメガソーラー建設が進んでいる。


米、同性婚全面解禁へ 連邦最高裁が容認判決
 【ワシントン共同】米連邦最高裁は26日、法の下の平等を保障する合衆国憲法を根拠に、男女と同様に同性のカップルも結婚する権利があると認める判決を出した。同性婚を禁じる一部の州法は違憲とした。全米での同性婚解禁につながる判断。性的少数派の人々にとって「歴史的勝利」(ワシントン・ポスト紙)となった。
 オバマ大統領はツイッターで「平等な社会への大きな一歩」と歓迎した。
 判事9人のうち5人の多数意見。国民の宗教観や家族観に深く関わり、米世論を二分してきた社会問題に司法が区切りを付けた。世界では欧州を中心に同性婚を認める国が増えつつあり米国も変革の流れに加わった。


自民党勉強会 言論統制の危険な風潮
 危うい風潮である。安倍晋三首相に近い自民党若手議員の会合で、今国会で審議中の安全保障法制をめぐり、報道機関に広告主を通じて圧力をかけるべきだとの議論が噴出した。講師として出席した作家は沖縄の新聞2紙について「つぶさないといけない」と発言した。
 民主主義の根幹をなす言論の自由を否定しかねない言動が政権与党の会合で出たことに驚く。非公式な議論という説明では済まされない。一連の発言内容は不適切だという認識を首相はより明確に示すべきだ。
 問題の発言は自民党議員による勉強会「文化芸術懇話会」で、NHK経営委員も務めた作家の百田尚樹氏との質疑の際に出た。安保法制の国民理解が広がらないことと報道の関連をめぐり、出席議員の一人は「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」と発言したという。報道機関をどうかつし、政権批判を封じようというのでは言論統制に等しい発想である。
 さらに耳を疑うのは百田氏の発言だ。沖縄の主要紙である琉球新報、沖縄タイムス2紙が政権に批判的だとの意見に対し、「つぶさないといけない」と応じた。「あってはいけないが、沖縄のどこかの島が中国に取られれば(県民も)目を覚ますはずだ」と語ったという。基地負担に苦しむ県民の感情を踏みにじるような暴言である。
 安保法制に国民の理解が広がらないのは政府の説明が矛盾を来し、「違憲法案」との疑念が拡大しているためだ。メディアのせいだとばかりに批判するのは責任の転嫁である。
 勉強会は首相と関わりが深い。会合には加藤勝信官房副長官、萩生田光一党総裁特別補佐も出席し、総裁選を控えた首相の応援団とみられている。百田氏も首相との親しい関係が知られている。
 自民党は昨年の衆院選で報道内容をめぐり放送局に細かく要望したり、NHKや民放番組の内容を問題視して事情を聴いたりするなど報道への関与を強めてきた。
 今回の「懲らしめ」発言はこうした傾向が一層露骨になった印象だ。国民に多様な情報を提供する言論の自由は民主主義に不可欠であるというイロハすらわきまえていないではないか。まるで戦前の言論統制への回帰を図る不穏な空気が広がっているかのようだ。政権内から「権力が自分たちのものだと思ってはならない」(石破茂地方創生担当相)など、懸念の声が出るのも当然だ。
 首相は国会で「事実とすれば大変遺憾」などと答弁するにとどめた。このような風潮を放置すれば、民主主義の基盤がむしばまれてしまう。


自民の報道批判 民主主義への挑戦だ
 自民党議員からまた「暴言」が飛び出した。広告主に働き掛けて自分たちの意に沿わない報道機関を懲らしめるのだという。民主主義の根幹をなす言論の自由への重大な挑戦であり、看過できない。
 その発言は二十五日、安倍晋三首相に近い自民党若手議員が党本部で開いた勉強会であった。出席議員が、安全保障法制を批判する報道機関について「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人、民間の方々が経団連に働き掛けてほしい」などと、講師として招いた作家の百田尚樹氏に呼び掛けたのだ。
 勉強会は冒頭以外は非公開だったが、本紙を含めた報道を受けて安保法制関連法案を審議する衆院特別委員会でも問題視された。浜田靖一委員長が発言はあったと確認し、「甚だ遺憾」と述べた。
 発言の背景には安保法案への反対が依然、国民の多数を占めることへのいら立ちがあるのだろう。
 しかし、「憲法違反」と指摘される法案を国民に理解しろということ自体、無理がある。法案に批判的な報道機関に責任転嫁するような愚を犯すのではなく、なぜ自らの非を認めようとしないのか。
 報道機関の重要な収入源である広告の出稿を、広告主に要請して止めれば、報道側が音を上げ、権力が意のままに操れる。そう考えているのなら勘違いも甚だしい。
 表現や言論、報道の自由は民主主義社会の根幹をなす。権力による言論統制や言論弾圧が日本を破滅的な戦争へと導いたことを忘れてはなるまい。自民党に限らず、政治に携わる者すべてが歴史を学び直すべきである。
 首相は遺憾の意を示したが、発言があったのは「党の正式な会合ではない」とも釈明した。
 そもそも国会議員は全国民を代表する公人であり、勉強会も党本部という公の場で開かれた。正式な会合でないから、何を発言しても許されるわけではあるまい。認識が甘すぎるのではないか。
 勉強会では百田氏が、米軍普天間飛行場の「県内移設」に反対する沖縄県の地元紙、琉球新報と沖縄タイムスを「つぶさないといけない」とも述べた。冗談では済まない。一作家の発言だが、反論しなかったのなら同意したと受け取られても仕方があるまい。
 報道の自由に対する挑発、挑戦である。平和国家として歩み続けてきた戦後日本が重大な岐路に立たされている今だからこそ、沖縄の二紙のみならず、報道機関全体で抗議すべきことである。


[自民勉強会 暴言]権力による言論統制だ
 政党であれ個人であれ批判の自由は保障されなければならないが、これはまっとうな批判とはとてもいえない。政権与党という強大な権力をかさにきた報道機関に対する恫喝(どうかつ)であり、民主的正当性を持つ沖縄の民意への攻撃である。自分の気に入らない言論を強権で押しつぶそうとする姿勢は極めて危険だ。
 安倍晋三首相に近い自民党の若手議員約40人が25日、憲法改正を推進する勉強会「文化芸術懇話会」の初会合を党本部で開いた。
 講師として出席した作家の百田尚樹氏は、沖縄の地元紙が政府に批判的だとの意見が出たのに対し、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と発言した。一体、何様のつもりか。見過ごせないのは、百田氏の基地問題に関する発言に事実認識の誤りやゆがみが目立つことだ。
 百田氏は米軍普天間飛行場の成り立ちについて、「みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」と指摘した上で、騒音訴訟の判決に触れ、「そこを選んで住んだのは誰だと言いたい」と自己責任論を展開した。
 とんでもない認識不足である。普天間飛行場は沖縄を軍事占領した米軍が本土侵攻に備えて住民を収容所に移住させ、地権者の合意もなしに一方的に建設したものだ。宜野湾市には戦後、普天間飛行場のほかにもキャンプ瑞慶覧、キャンプ・マーシー、キャンプ・ブーンなどの基地が建設された。地域の人々は、旧居住地に戻れないために基地の周りや他地域で不便な生活を強いられたのだ。
    ■    ■
 司法は騒音の違法性を認め、いわゆる「危険への接近」論を採用していない。普天間飛行場の騒音被害を自己責任だと主張するのは、周辺住民の苦痛や不安を知らない局外者の暴言というしかない。
 百田氏は米兵によるレイプ事件についても「沖縄県全体で沖縄県自身が起こしたレイプ犯罪の方がはるかに率が高い」と語ったという。人権感覚が疑われる発言である。
 勉強会では安保関連法案を批判するメディアの報道について、出席した議員から「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働きかけてほしい」との声が上がった。
 4月には自民党情報通信戦略調査会が放送内容に文句をつけ、放送法上の権限がないにもかかわらず、テレビ朝日などの経営幹部を呼びつけたばかり。国会の1強体制がもたらした「権力のおごり」は、とうとう来るところまで来てしまったようだ。
    ■    ■
 「沖縄に寄り添う」と口では言いながら、安倍自民党の対応は沖縄の多くの人々の感情を逆なでし、反発を増幅させている。
 昨年の名護市長選、県知事選、衆院選で「辺野古ノー」の圧倒的な民意が示されたことを地元メディアの報道のせいにするのは、現実から目をそむけるようなものである。
 一連の選挙でなぜ、あのような結果が生じたのか。沖縄の声に謙虚に耳を傾け、見たくない現実にも目を凝らすのでなければ沖縄施策は破綻する。


百田氏発言 開いた口がふさがらない
 ものを書くのをなりわいとする人間が、ろくに調べず虚像をまき散らすとは、開いた口がふさがらない。あろうことか言論封殺まで提唱した。しかも政権党の党本部でなされ、同調する国会議員も続出したのだ。看過できない。
 安倍晋三首相に近い自民党若手国会議員の勉強会「文化芸術懇話会」で、作家の百田尚樹氏が「沖縄の2紙をつぶさないといけない」と述べた。
 出席した議員も「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番だ。経団連などに働き掛けて」と述べた。気に入らない報道は圧力でつぶすということだ。
 国会でこの問題をめぐる質疑が出たが、自民党総裁である安倍首相はおわびを拒否し、発言議員の処分も拒んだ。言論封殺に対する首相の認識を疑わざるを得ない。
 百田氏は米軍普天間飛行場について「もともと田んぼの中にあった。まあなんにもない。基地の回りに行けば商売になるということで人が住み出した」とも述べた。事実誤認も甚だしい。
 戦前の宜野湾村役場があった場所は現在の滑走路付近だ。周辺には国民学校や郵便局、旅館、雑貨店が並んでいた。さらに言えば琉球王国時代の宜野湾間切の番所(村役場に相当)もここだ。有史以来の地域の中心地なのである。
 ここは沖縄戦のさなか、米軍が地元住民を収容所に閉じ込めている間に建設を強行した基地だ。民間地強奪を禁じたハーグ陸戦条約違反だが、戦後も居座った。土地を奪われた住民が古里の近くに住むことを金目当てであるかのごとく言うのは、誹謗(ひぼう)中傷に等しい。
 しかも日本復帰までは落下傘降下訓練が主で、今のような運用ではなかった。1974年に滑走路が整備され、76年に岩国基地から海兵航空団が移駐してきて今のような運用になったのだ。62年には既に市制に移行し、75年に人口は5万人を超えていた。市街地に航空団の方がやってきたのである。
 この情報は宜野湾市のホームページにある。少し調べれば分かる話だ。百田氏はそれすらせずに虚像を拡散させたのである。軍用地主が「みんな大金持ち」というのもうそだ。極めて悪質と言わざるを得ない。
 「沖縄2紙をつぶす」発言について、百田氏は翌日になって「冗談として言った」と述べたが、言い訳は通用しない。言論封殺を望む考え方自体が問題なのである。

W定義しなくて30分早く終了/U女/さごしを出刃で

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150324_草津温泉

Volley: la France bat le Japon, toujours invaincue en Ligue mondiale
L'équipe de France masculine de volley-ball s'est imposée jeudi soir à Tours contre le Japon, 3 sets à 0 (25-20, 25-19, 25-21), et continue son parcours de neuf victoires en autant de rencontres en Ligue mondiale.
Face aux Japonnais, les Bleus n'ont pour le moment cédé aucun set en trois rencontres. Le dernier match face à eux est prévu samedi à Rouen (20h00).
Les Français restent en tête de leur poule D, avec 27 points. Après le match contre le Japon à Rouen, les joueurs de Laurent Tillie doivent encore recevoir à deux reprises la Corée du Sud: le 2 juillet à Castelnau-le-Lez (20h00), et le 4 juillet à Brest (20h00).
La victoire de jeudi garantit à la France la première place du groupe, synonyme de qualification pour la phase suivante de la Ligue mondiale: le "Final Four".
Ils retrouveront ainsi à Sofia les premiers des deux autres groupes, ainsi que la Bulgarie les 10 et 11 juillet. Le vainqueur de cette phase se qualifiera pour le "Final Six", le plus haut étage de la Ligue mondiale, qui réunira le gratin du 15 au 19 juillet à Rio. C'est l'objectif fixé par Tillie au début de la campagne de Ligue mondiale.
Une qualification pour le Brésil viendrait confirmer la nouvelle dimension prise par la France après sa quatrième place au Mondial-2014 en Pologne. Une participation au "Final Six", ratée de peu par les Bleus l'an passé en finale du "Final Four" contre l'Australie, lui permettrait aussi de remonter au classement mondial, où elle est douzième pour l'heure.
フランス語
フランス語の勉強?

Wで定義の話をしなかったので予定より30分早く終了してしまいました.後で気が付きましたが,取り返しがつきません.
U女の相手をしていたら7時までかかってしまいました.クタクタ.
晩ご飯はさごしという魚をいただきました.出刃包丁でバッサリ切りました.

気仙沼は「トモダチ」米学生ら児童と交流
 東日本大震災の被災地の子どもたちを励まそうと、米テキサス州のベイラー大の学生8人と日本語講師らが25日、宮城県気仙沼市津谷小を訪れ、1、6年生の約60人と交流した。
 拍手で体育館に迎えられた大学生らは、流ちょうな日本語で自己紹介。テキサス州の小学生から預かった手紙を児童一人一人に手渡し「あなたは大丈夫」「楽しんで過ごして」などと書かれた英文を一緒に読んだ。七夕飾りの短冊に願い事を書いたほか、日本語や英語の歌を声を合わせて歌った。
 6年の佐藤太陽君(12)は「楽しくて、合唱のみんなの声がいつもより大きかった」と喜んだ。交流はことしで3年目。大学生は1カ月の研修旅行中で、市内の仮設住宅の住民や東北大の学生とも交流している。


プレハブ仮設劣化点検 宮城県方針1万4500戸
 東日本大震災の被災地で仮設住宅暮らしが長期化する現状を踏まえ、県は8月、全プレハブ仮設住宅約1万4500戸を対象に建物強度の一斉点検と補修を始める。災害公営住宅など恒久住宅への転居を促しつつ、当面移転できない被災者の生活環境改善を図る。
 点検対象は、空室を除く被災13市町のプレハブ仮設住宅。屋根や外壁、給湯器の凍結防止ヒーター、床下で建物を支える木ぐいなどを点検し、状況に応じて2016年度にかけて補修する。住居内部は市や町に対応してもらう。
 床下の木ぐいの寿命は6年程度とされ、17年度以降も居住が見込まれる仮設住宅は棟ごとに鉄製の棒を埋め込む。被災者が退去し、入居が1〜2世帯の棟は補強せず、市町に仮設住宅の集約化を求めていく。
 県は昨年12月、石巻市や気仙沼市、女川町などでプレハブ仮設団地を2〜3カ所抽出して点検。一部に劣化が確認されたため、全住宅を点検することにした。
 県震災援護室は「プレハブ仮設は5年近くたつと劣化する所も出てくる。災害公営住宅などの整備に時間がかかっており、仮設暮らしが長引く被災者が安心できるようにしたい」と話す。
 県のまとめでは、5月末現在のプレハブ仮設入居率は66.7%。災害公営住宅や防災集団移転促進事業による住宅整備が進む岩沼市や亘理町が35〜36%に下がる一方、気仙沼、石巻両市と女川、七ケ浜、南三陸3町は70%を超えている。


「希望の鶴」の恩返し 石巻被災者とCA交流
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市北上町の女性たちが製作する折り鶴を購入し、支援してきた日本航空の客室乗務員(CA)らが25日、同町の仮設住宅団地を訪れ、女性たちと交流した。客室乗務員たちは「希望の鶴」と名付けられた色鮮やかな折り鶴を国際線の機内などで飾っている。乗客らから大きな反響があるという。
 希望の鶴は「にっこりサンパーク」仮設住宅団地で暮らす女性たちが2012年に作り始めた。主に表と裏が赤と金色の厚紙を使用。扇形に羽を広げた優雅な姿が特徴だ。注文を受けて1羽を250円で販売、製作者には100円が入る仕組み。
 客室乗務員たちは有志で購入し、昨年9月から国際線のバーカウンターや空港内で展示。折り鶴を見た乗客からは「ずっと応援しています」「一日も早い復興を願っています」などのメッセージが多く寄せられた。
 25日は客室乗務員ら4人が仮設住宅の集会所を訪問。思いのこもったメッセージが貼られたボードを女性たちに手渡した。ボードには世界地図をあしらい、鶴を飾った機内の写真や日本航空社員のメッセージも添えた。「希望の鶴」の折り方を女性から教わるなど交流を深めた。
 希望の鶴を製作する漁業佐藤のり子さん(51)は「たくさんの人が自分たちのことを考えてくれていると思うとうれしい。もっと頑張らなきゃと励みになる」と感謝した。
 経営破綻した日本航空は11年、鶴丸のロゴマークを復活させ、鶴は再起の象徴にもなっている。
 鶴の展示を企画した客室乗務員伊藤希さん(28)は「少しでも安定した収入があれば早い復興につながる。以前の生活に戻れる日が来るまで一緒に支えていければいい」と話した。


小学生 復興テーマに巨大な絵
東松島市で、小学生が地元の復興をテーマに制作した縦横5メートルの巨大な絵がお披露目されました。
巨大な絵を制作したのは、東日本大震災で大きな被害を受けた東松島市の大曲小学校の6年生64人で、小学校の講堂で行われた式典で完成した絵が全校児童に披露されました。
「復興」をテーマにした絵は、縦、横5メートルで、舞台で幕が上がり巨大な絵がお目見えすると、集まった児童たちは驚いた様子で見入っていました。
絵の中央には仙台と石巻を結ぶ新たな路線で、東松島市も通るJRの仙石東北ラインの車両が描かれ、行き先には「未来」と表示されています。
また、絵の背景には地元の青空と海をイメージした水色や青が彩られ、航空自衛隊松島基地のブルーインパルスの航空機が虹色の煙を出しながら飛行している様子も描かれています。
巨大な絵は、東京のNPOが2020年の東京オリンピックでの披露を目指しているということで、子どもたちが今月上旬から制作を続けてきました。
空を描いた津田奈美帆さんは「災害公営住宅や新しい家が建ち始め、街が前よりも明るくなってきました。この絵を見た人が笑顔になってほしい」と話していました。
企画したNPOは、県内や世界各国の子どもたちが描く巨大絵をことし8月に広島市で開かれる原爆の追悼の催しで展示するほか秋には仙台市での展示も計画しているということです。


被災の庭園 修復作業
気仙沼市にある江戸時代初期に造られた煙雲館の庭園で、全国各地の職人が集まって東日本大震災で被害を受けた植木やほこらなどの修復を行いました。
気仙沼市の煙雲館の庭園は、江戸時代初期に仙台藩伊達家の筆頭である鮎貝家によって造られたとされ、池の周りを歩きながら配置された植木や置き石などをさまざまな角度から眺めることができます。
4年前の東日本大震災で植木や置き石、それにほこらなどが崩れ、ほぼそのままになっていました。
26日は、全国の文化財庭園の保存を行っている団体が被災した庭園を修復する作業が行われ、地元や全国各地から職人およそ30人が参加しました。
作業は7日目で、職人たちは、植木の伸びた枝をハサミで切り落としたり、崩れたほこらの石をいったん下ろしてから組み直したりしていました。
文化財庭園保存技術者協議会の水本隆信さんは「皆さんに喜んでもらえる姿になったと思っています。
この庭の良さを多くの人たちに感じてほしい」と話していました。
煙雲館を管理している鮎貝文子さんは「震災後にこの地域から離れてしまった人が多いので、修復された庭園をふるさととしてみんなに見に来て欲しい」と話していました。
煙雲館の庭園での修復作業は27日と28日一般に公開されるということです。


仙石線利用客 震災前の86%
先月30日に全線で運行を再開したJR仙石線の利用客は今月前半の段階で震災前の86%だったことがJRの調査でわかりました。
JR仙石線は震災の津波で4年余りの間、松島町の高城町駅と東松島市の陸前小野駅の間が不通となっていましたが、先月30日に全線で運行を再開しました。
JR東日本仙台支社が今月1日から14日までに高城町駅から石巻駅の区間の利用客数を調べたところ震災前の平成22年の同じ時期と比べて、▽上り線でおよそ90%、▽下り線でおよそ82%で、上り・下りを合わせた利用客は、震災前の86.1%だったということです。
また先月30日に開通した、東北線を一部経由して仙台と石巻を最速で結ぶ新たな路線、「仙石東北ライン」の利用客は1日平均およそ4200人で、乗車率は3割程度にとどまっているということです。
JR東日本仙台支社の松木茂支社長は「街づくりも道半ばでもあるし、被災後に別の場所に移転した人もいるので仙石線の利用客が戻るのはまだ時間がかかる。仙石東北ラインとともに推移を見守りたい」と話していました。


未来へ走れ 石巻復興マラソンあす号砲
 東日本大震災で被災した石巻市を舞台に「第1回いしのまき復興マラソン」(宮城県石巻市、河北新報社など主催)が27、28の両日、市総合運動公園とその周辺コースで開催される。全国43都道府県や石巻市の友好都市である中国・温州市などからエントリーした約3500人が健脚を競う。
 距離や年代、男女別など計5部19種目を実施する。27日は市総合運動公園内で「2キロ」「3キロ」「5キロ」の3部が行われる。28日は同公園を発着点に「10キロ」「ハーフ」の部があり、仮設住宅が並ぶ市内コースを2800人余りが駆ける。
 スタート時刻は2キロの部のみ午前11時で、その他の部は午前10時。
 27日の競技終了後には、国立競技場(東京)の建て替えに伴い、石巻市に一時貸与されている聖火台の除幕・点火式が午後1時半から行われる。誘致を進めた民間の委員会が主催する。
 聖火台は市総合運動公園やすらぎ広場の台座に設置された。昨年12月に石巻に届いてから、初めて火がともされる。


70年首相談話 形式より中身が肝心だ
 安倍晋三首相が8月に出す予定の戦後70年談話について、閣議決定の見送りを検討しているという。
 閣議決定は内閣の最高意思を決める手続きだ。戦後50年の村山富市首相談話も、60年の小泉純一郎首相談話も閣議決定を経ている。
 しかし、安倍談話が内外の注目を集めているのはその内容であって、決め方の形式ではない。
 内容が表面化する前に閣議決定見送りの話が出てくるのは、そこに政治的な思惑があるからだろう。
 安倍首相はかつて村山談話の見直しを公然と唱えていた。「政権が代わるたびに継承を迫られる。まさに踏み絵だ」という発言もある(「正論」2009年2月号)。
 戦前日本の行為について「植民地支配と侵略」と表現した村山談話は、日本政府が公式に示した歴史認識だ。それを継承するかどうかについて安倍首相は「全体として引き継ぐ」とは答えるものの、自ら明確に「侵略」と認めることはない。
 こうした経緯を踏まえると、首相には村山談話とは異なる、独自色の強い新談話を出す願望が先にあり、予想される国内外の反発をかわす方策として閣議決定の見送りを考えているように思える。
 閣議決定は政権全体の意思になるので、連立を組む公明党との意見調整も必要になる。公明党は村山談話の基本的な論理を継承するよう求めている。閣議の議題にしなければ、面倒な手続きを回避できるという計算もあるのだろう。
 閣議決定を経ない談話は「首相の談話」として「の」入りで公表される。しかし、それによって村山談話や小泉談話とは位置づけが異なると主張するのは無理がある。
 安倍首相は国民を代表する政治指導者だ。形式がどのようなものであろうと、首相の歴史認識が「個人的見解」とみなされることはない。
 首相は70年談話の作成にあたって今年2月に有識者会議(21世紀構想懇談会)を発足させ、議論を重ねている。7月には報告書がまとまる見通しだ。この会議自体も、安倍談話が公的なものであることを前提にしていたはずだ。
 歴史認識が後退したと批判を招くような談話なら、そもそも出す必要がないという意見もある。だが、70年の節目なのに日本が自らの歩みを曖昧にしか総括できない国という印象を与えては、逆にマイナスであろう。
 首相談話の目的は何か。それは政治指導者が日本の歴史について国民と認識を共有し、周辺諸国との「和解」の基礎にすること。その上に立って未来を展望することだろう。
 安倍首相が、賢明な談話を作成するよう改めて求めたい。


電力株主総会 脱原発の世論直視を
 原発の再稼働がこの夏に迫る中、電力会社が開いた株主総会では脱原発を求める株主の声が相次いだ。再稼働ありきの政府、電力会社は、鎮まることのない脱原発の世論を直視すべきだ。
 原発依存度が高く四年連続赤字の関西電力の総会では、株主が「原発の再稼働にすがるのは愚かな経営だ」「中長期の経営方針として脱原発を明確にすべきだ」と訴えた。
 中部電力でも株主が運転停止中の浜岡原発の廃炉を求めたが、会社側は「安定的なエネルギーの確保には原発の活用が不可欠だ」と反論。東京電力も含め、原発を保有する大手九社の総会は脱原発に絡む提案をすべて否決した。
 再稼働の見通しが立たない中で開かれた昨年の株主総会から一年。この間に政府は、二〇三〇年の原発の発電割合を20〜22%とするエネルギーミックス案を決定。安全が確認された原発は再稼働させる方針に基づいて、この夏に予定される九州電力・川内原発1号機に続き、関西電力や四国電力が早期の再稼働をめざしている。
 だがその一方で、いくつもの重要な変化があったことを指摘しておきたい。
 原発停止で火力発電用の液化天然ガス(LNG)などの輸入が急増し、「国富流出」の危機が声高に論じられた。しかし、昨年後半からの原油価格の急落、価格の安定ですっかり影をひそめている。
 節電意識は確実に定着し、今年の夏も原発ゼロで電力不足は避けられる見通しだ。太陽光発電では買い取り制度をめぐる混乱が起きたが、再生エネルギーに対する一般の理解は一段と深まっている。
 こうした変化の中、原発をめぐる世論はどうなっているのか。
 今月中旬の調査(日本世論調査会)をみると、再稼働に賛成が31%に対し、反対は63%に達している。新聞など各種の調査でも、再稼働に反対し、脱原発を求める世論が弱まる気配はない。
 電力各社による再稼働方針の根幹には、準国産エネルギーに位置付けている原発を一定程度確保しておきたいという政府のエネルギー安全保障政策がある。
 しかし世論は、福島第一原発の事故の反省から再稼働に反対し、政府に対しては中長期的に脱原発を実現する知恵と努力、エネルギー政策の転換を求めていることは明らかだ。
 政府も電力会社も、国民の声に耳を塞(ふさ)いではならない。


米黒人差別 南軍の旗降ろす勇気
 九人が死亡した米黒人教会乱射事件後、奴隷制の象徴とされてきた南北戦争時の「南軍旗」を排除する動きが米国で広がっている。根強い人種差別の転換につながる動きとして注目したい。
 事件があったのは、黒人の公民権運動を主導していたキング牧師が演説したこともある米南部サウスカロライナ州チャールストンの教会。白人男性のディラン・ルーフ容疑者(21)は、聖書の勉強会のさなかだった黒人信者らに向け、銃を乱射した。
 「おまえたちはわれわれの国を乗っ取ろうとしている。出て行け」などと差別をあらわに話していたという。ウェブサイトには、ルーフ容疑者が南軍旗と銃を手にする姿が掲載されていた。
 南軍旗は南北戦争(一八六一〜六五年)で、奴隷制を支持した南部諸州が使用していた。「南部の誇り」のシンボルとして公共の場で今も使われているのに対し、黒人らは人種差別や白人支配など「痛み」の象徴だとして撤去を求めていた。
 サウスカロライナ州知事は州議会議事堂に掲揚されていた南軍旗の撤去を議会に要請、ミシシッピ州議会議長は州旗のデザインから南軍旗を削除するよう呼び掛けた。バージニア州は南軍旗をあしらった車のナンバープレートの発行中止を表明。小売り大手ウォルマートやネット通販アマゾン・ドット・コムは南軍旗関連商品の販売中止を発表した。警官の黒人射殺など人種絡みの事件が後を絶たない米社会で、差別の象徴を排除する動きが党派を超え広がっていることは異例だ。差別撤廃の動きにつなげたい。
 容疑者の銃は誕生日に父親からプレゼントされたものだという。事件は、やはり度重なる乱射事件後も銃規制が進まない米社会の宿痾(しゅくあ)も、あらためて浮き彫りにした。
 二〇一六年次期大統領選の民主党有力候補ヒラリー・クリントン前国務長官が「私たちが行動を起こすまでいったい何人が犠牲になるのか」と述べるなど銃規制が大統領選の争点の一つになる可能性も出てきた。
 銃規制に向けた機運が盛り上がることも期待したい。


アイドルが政権批判して何が悪い? 「制服向上委員会」にまで圧力かける自民党の異常性
 自民党の傍若無人ぶりが止まらない。神奈川県大和市の市民団体「憲法九条やまとの会」が主催するイベントで、アイドルグループの制服向上委員会が「諸悪の根源、自民党」「自民党を倒しましょう」といった自民党批判の歌詞の曲を歌ったことにより、自民党所属の大和市議が「自分たちの党を非難する活動を後援するのか」「これは政治運動、倒閣運動、反政府運動」「名誉毀損」だと抗議。これによりイベントを後援した大和市と市の教育委員会が後援を取り消した件だ。
 憲法22条では「集会・結社の自由」が保障されており、21条「表現の自由」もある。しかも、制服向上委員会は政治結社や宗教団体として活動を行っているわけではなく、ただ政治権力に対して批判的な歌を歌っただけ。イベントにしても9条を守ることを訴えたもので、現行憲法を守るという公務員の遵守義務を主張した行動だ。それを“特定の政党、宗教、政治団体の活動に関係する”という理由で拒否することは、到底認められるものではない。同じように東京都調布市や千葉県白井市、長野県千曲市、鳥取県鳥取市、栃木県佐野市などでも地方自治体が護憲イベントの後援を拒否する事態が増えているが、こうした動きの背景に安倍政権の空気づくりがあるのは明白だ。
 というのも、昨日、安倍首相シンパの若手自民党議員たちが立ち上げた「文化芸術懇話会」では、出席した議員が「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働きかけてほしい」などと発言し、大きな波紋を広げているが、この制服向上委員会の問題も根底にあるものは同じ。“政権批判を行うものはなんでも弾圧する”という姿勢だ。これは戦前・戦中の言論弾圧のようなものではないか。
 だいたい、制服向上委員会は自民党批判だけを行っているのではない。民主党政権時には、「野田はダメ 枝野ダメ 平野ダメ 岡田もダメ」「何やってんのダメおじさん民主党No Good」という歌詞の、「悪魔NOだっ!民主党」なる楽曲も歌っていた。当然、このとき民主党から抗議など来ていないが、どれだけ自民党は度量が狭いのか、という話だ。
 しかし、もっと恐ろしいのは、今回の問題で制服向上委員会のもとに「こいつら全員ぶっ潰す」「分不相応な方言は滑稽を通り越して殺意を生むことを知れ」(TBS『NEWS23』より)などと“脅迫メール”までもが殺到していること。また、ネット上でも、「女子供を利用するのは左巻きお得意の手口」「制服向上委員会の少女たちは大人に利用されているだけ」という批判も起こっている。
 だが、彼女たちは単なる大人の操り人形ではない。舞台の上の彼女らも、いまの社会や政治に対して真剣な思いをもっている。たとえば、メンバーである齋藤乃愛は、25日のブログでこう綴っている。
「子供だから意見を言っちゃいけないなんて法律はないですよね。未成年でも言いたい事や感じた事、気になった事は沢山あります。嫌な事は嫌と子供も大人も関係なくはっきりと言える環境がもっと増えてほしいです。
決して悪い事をする訳じゃないんだから。大声で訴えるべきだと私は思います」
 さらに、同じくメンバーの齋藤優里彩は、23日、沖縄慰霊の日にこんなブログを書いている。
「戦争を経験してない者だとしても 武力は人に憎しみ、恨みを生み また武力に繋がり…それが繰り返されるだけの戦争は 絶対に良くないことは分かる。だから風化させない事 同じ過ちが繰り返されない為行動するのが 残された者のせめてもの使命だと感じます。
 それに対し危機感を持たなければと、強く思う今。
 国会で毎日交わされる安全保障法制という名の「戦争法案」の激論」
 群雄割拠のアイドル戦国時代のなか、彼女らの特長は、今回の騒動でも分かる通り、アイドルでありながら“社会”について考え、そして、“反体制”の姿勢を貫いている点。しかも、そのアティテュードはブログの文面を読めばわかるように本物だ。結成当初から社会貢献活動に積極的に参加しており、“歴史好きアイドル”や“鉄道オタクアイドル”など、とりあえずなにか特徴的な“○○アイドル”の冠をつけておけば業界内で差別化できるといった甘い考えでのものではない。
 そもそも、制服向上委員会というアイドルグループは1992年に結成された。活動が一躍注目を浴び始めたのは、2011年。「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」なる楽曲を発表したことがきっかけだ。モータウン風のポップでキャッチ―なメロディーに、「忘れないから原発推進派/安全だったらあなたが住めばいい/みんなに迷惑かけちゃって/未熟な大人ではずかしいよネ」という強烈な歌詞が乗るこの楽曲は、それ以降、原発反対を訴える集会のアンセムのひとつとなった。もちろん、ただそのような曲のCDを発売しただけでなく、制服向上委員会も原発再稼働反対のデモに参加している。
 しかも、「さようなら世界夫人よ」「赤軍兵士の歌」「コミック雑誌なんか要らない」など政治的な楽曲が問題となり、アルバムが発売中止となる大騒動を巻き起こした70年代のロックバンド・頭脳警察のPANTAは、同じ所属事務所の先輩として彼女たちに楽曲提供や歌唱指導を行っている。こういったスタッフが脇を固めていることを見ても、お遊びや話題づくりでプロテストソングをつくっているわけではないということの証左である。
 ただ、そのために“彼女たちは大人に利用されている”“大人に洗脳されている”という声があがる理由にもなっている。もちろん、そうした側面もあるのかもしれない。だが、それはおかしいというのなら、秋元康総合プロデュースのAKB48はどうなるのか。ASEAN特別首脳会議の晩餐会で踊ったり、主力メンバー・島崎遥香を自衛隊のオフィシャルマガジン「MAMOR」(扶桑社)の表紙に飾ったりと、秋元もアイドルを政治利用しているではないか。それにくらべれば、メンバー自身も“おかしなことには声を発する”という自覚をもった制服向上委員会のほうが、よほど健全であるように思える。
 そんな彼女たちのささやかな行動にさえ、「反政府運動だ」と締め付けを行う自民党。この異常事態を見ると、どうやら日本はもうすでに戦前の言論統制下に入っているようだ。(大方草)


百田氏発言をめぐる沖縄タイムス・琉球新報共同抗議声明
 百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという”言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。 
 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。
 さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。
 戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。
 政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ―という短絡的な発想は極めて危険であり、沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う。沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。
 沖縄タイムス編集局長・武富和彦
 琉球新報編集局長・潮平芳和


百田氏発言:「耳を疑うほどありえない」放送関係者
 広告を抑制し政権に批判的な報道を規制せよ、との自民党勉強会での発言は、放送業界に波紋を広げた。ある放送関係者は「あきれたとしかいえない。表現の自由が民主主義の根幹であることをわかっていない」、別の関係者は「本当に言ったのかと、耳を疑うほどありえない発言だ」と話した。
 ただ、「発言を自分が聞いたわけではない」とコメントに消極的な民放関係者も多く、取材に応じた関係者も匿名を強く求めるなど与党の目を気にする様子もうかがわれた。
 日本民間放送労働組合連合会(赤塚オホロ中央執行委員長)は26日、「不当な圧力」と抗議する委員長談話を発表。「マスコミが国家権力の監視を放棄し、沈黙すれば国民の命が危険にさらされることは、火を見るより明らか」と指摘。放送各局に「萎縮することなく批判すべきは批判を」と求めた。
 一方、「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と述べた百田氏の発言について、在阪民放関係者は「反中央の意識が強い関西のテレビの世界で放送作家として育った人物の言葉としては悲しい限りだ。東京の価値観しか分からない人ではないのに、(沖縄の)地方ジャーナリズムへの理解も低い」と憤った。【須藤唯哉、望月麻紀】


百田氏発言:「沖縄をばかにしている」 普天間から怒り
 「いったい何の勉強か」。沖縄で、各地で怒りが渦巻いている。「沖縄の二つの新聞社をつぶさないといけない」など作家の百田尚樹氏(59)らが言いたい放題だった自民党の若手勉強会。百田氏は安倍晋三首相とも親しいが、これまで何度も発言が問題視されてきた。勉強会の翌26日、ネット上で「冗談」と釈明した。
市街地の真ん中にある米軍普天間飛行場が、市面積の4分の1を占める沖縄県宜野湾市。「百田発言」を受けて、佐喜真淳(さきま・あつし)市長は市議会終了後に報道陣の取材に応じ、「戦争当時に米軍に接収されたのが普天間飛行場の歴史であり、先祖代々の土地に帰りたいという地権者がいる。その市民を『金目当てだ』というような発言は極めて遺憾だ。市民をばかにしているような感じで、失礼だ」とぶぜんとした表情で語った。
 同市軍用地等地主会によると、普天間飛行場の地主(3354人)の48.5%(1627人)が年間地料100万円未満で、1000万円以上は2.4%(81人)にすぎない。又吉信一会長は「背景を全く理解しておらず、怒りを超えてあきれている。多くの地主は今でも古里の土地に戻りたいというのが夢であり、発言は屈辱的だ」と憤った。
 普天間飛行場の北側に隣接する宜野湾市野嵩(のだけ)1区の自治会長、新城嘉隆(しんじょう・よしたか)さん(48)も、「元々基地の中に土地があり、『帰らなくちゃ』という思いで住んでいるのであり、全く勉強していない」とあきれかえった。琉球新報と沖縄タイムスの地元2紙を「つぶさないと」という百田氏の発言にも、「それが軍国主義や国のコントロールにつながっていくのでは」と危機感を募らせ、「作家がいう言葉ではない」と続けた。
 普天間爆音訴訟団事務局長の高橋年男さん(62)も、住民が住んでいた場所に米軍が滑走路を造り、鉄条網で仕切って外に追いやられた経緯に触れ「歴史を勉強してもらいたい」と苦言を呈した。
 「どこかの島が中国に取られれば目を覚ますはず」との発言には、離島から怒りの声が上がる。日本最西端に位置する与那国島の田里千代基(たさと・ちよき)・与那国町議は「ばかにしている」。1月にあった陸上自衛隊の配備を巡る町の住民投票は、賛成が上回ったものの、反対も4割を超えた。反対派の田里さんは「安保法案の議論も与那国が関わると注視してきた。そんな中、国会議員の勉強会で、こんな考え方を勉強しているとは」と批判した。
 一方、自民党沖縄県連幹事長の具志孝助県議は「沖縄2紙の基地問題に対する偏向報道に反省を求めるのは同感だ」とした上で、「『つぶせ』という表現は適切ではない。その他にも誤解を招くような発言が公の場であったことは大変遺憾に思う」と述べた。
 県外に住む沖縄出身者からも非難の声が上がった。福岡沖縄県人会会長の西表宏さん(64)=福岡市在住=は「元々集落があったところに、銃剣とブルドーザーで住民は追いだされた。明らかに無知で開いた口がふさがらない」。百田氏を招き勉強会を開いた自民党の国会議員について「沖縄を知っている人を講師として選ぶべきで何のための勉強会か。安保法案の審議も行われるなかで、火に油を注ぐような発言だ」と語った。【佐藤敬一、下原知広、青木絵美】
 ◇「冗談で言った」百田氏
 百田氏は26日、短文投稿サイト・ツイッターに「沖縄の二つの新聞社はつぶれたらいいのに、という発言は講演で言ったものではない。講演の後の質疑応答の雑談の中で、冗談として言ったものだ」などと投稿した。昨年も東京都知事選の街頭演説で複数の候補を「人間のクズみたいなやつ」と発言し、物議をかもした。
 百田氏は安倍首相と親しい。2013年11月のNHK経営委員就任の際、菅義偉官房長官は「(首相が)信頼している方にお願いするのは当然」と述べ、首相主導の人選だったとした(百田氏は今年2月に退任)。
 13年刊行の2人の対談集「日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ」によると、民主党政権を批判する百田氏の雑誌の論文に野党議員だった安倍氏から「非常に感激した」と電話があり、親しくなったという。同書で首相は「百田さんとは話が合う」、百田氏は「安倍総理の復活は本当に喜ばしい」と記している。【日下部聡】
 ◇「まるで大政翼賛会」経済界から批判
 自民党の勉強会で報道機関に圧力をかけるような発言が出た問題で、経済界からは批判の声が上がった。
 日本郵政の西室泰三社長は26日の記者会見で、メディアに広告を出している立場としての認識を問われ、「メディア規制を考えている人の方が、民主主義の原則から離れている」と指摘。大手電機の幹部からは「自分の都合の良いことだけを報道しろというのは、まるで(戦前の国民統制組織である)『大政翼賛会』のようだ」との批判まで出た。ある財界関係者は「広告の出稿は消費者へのアピール効果などを慎重に検討し、経営判断で行っている。政治に口出しされるような問題ではない」と説明、「安倍政権はせっかく経済面で成果を上げつつあるのに、こうした問題で足を引っ張られるとしたら残念だ」と困惑した様子で語った。【片平知宏】

自転車パンクでタクシー通勤→ギリギリで修理

ブログネタ
フランス語 に参加中!
130907_どて焼き

Le Japon pleure Tama, sa chatte superchef de gare
Mascotte d'une ligne de chemin de fer locale, le félin avait relancé le tourisme à Kinokawa, un village de l'ouest du pays.
Ses milliers d’admirateurs se consoleront peut-être en se rendant encore plus nombreux à Kinokawa, une petite localité de l’ouest du Japon. Ce serait le plus bel hommage rendu à Tama, petite chatte tricolore, décédée lundi à l’âge de 16 ans et deux mois, après avoir tant fait pour sauver la ligne ferroviaire dont elle était devenue une mascotte. La disparition du félin vire presque à l’émotion nationale dans ce pays qui voue une passion parfois totalement déjantée aux chats (comme en témoigne la frénésie autour de l’île aux chats Aoshima).
≪Le sauveur de Wakayama Electric Railway≫
Elle était ≪une superstar, extrêmement populaire au Japon comme à l’étranger, qui a grandement contribué à la promotion du tourisme dans notre préfecture. Je suis rempli d’une profonde tristesse≫, a déclaré le gouverneur de la province de Wakayama, Yoshinobu Nisaka, en présentant ses condoléances dans un communiqué. ≪Nous sommes très fiers d’avoir pu travailler avec Tama, qui était née pour devenir le sauveur de Wakayama Electric Railway et d’autres chemins de fer locaux à travers tout le Japon≫, a surenchéri Mitsunobu Kojima, le président de la ligne ferroviaire qui avait rendu visite au félin, dimanche, pour lui souhaiter un prompt rétablissement après une rhinite.
Tama n’était évidemment pas qu’un simple matou. Elle avait été nommée chef de gare en 2007 alors que la compagnie Wakayama Electric Railway était en perte de vitesse et de passagers. Elle trônait en lieu et place de l’ancien chef de gare. Dans un Japon vieillissant et se dépeuplant vite, Tama avait suscité la curiosité avec sa casquette et ses promenades sur le quai accompagnées de forts miaulements.
Les touristes n’avaient pas tardé à affluer de partout pour s’arrêter à la gare de Kishi, prendre des photos de la robe blanche, noire et rousse de Tama, acheter des souvenirs à son effigie et emprunter des wagons vieillots mais relookés à la mode féline. En un an, la ligne de chemin de fer avait connu une hausse de fréquentation de 10%. L’année dernière, le nombre des passagers avait bondi à 2,27 millions contre 1,92 million en 2005.
La compagnie avait promu Tama à d’éminentes responsabilités en la nommant présidente par intérim en 2013 et ≪superchef de gare≫ il y a un an. Tama recevait la visite d’officiels (Consul général britannique en septembre), de la presse des quatre coins de l’Archipel et de la planète.
≪Chef de gare perpétuel≫
Le 29 avril, Tama avait fêté ses 16 ans, entourée d’une foule d’officiels et de touristes et coupé son gâteau d’anniversaire. C’était le dernier. Lundi, la chatte est morte d’une insuffisance cardiaque aiguë. Les obsèques de l’animal auront lieu dimanche à 12h30 à la gare de Kishi où le félin sera honoré du titre de ≪chef de gare perpétuel≫. Tama rejoindra peut-être le panthéon des animaux vénérés par les Japonais qui vouent un quasi culte à Hachiko, un chien qui a attendu pendant dix ans à la gare de Shibuya son maître mort.
Arnaud VAULERIN Correspondant au Japon
フランス語
フランス語の勉強?

NEXT 未来のために「決裂の裏側で 核兵器禁止条約と一人の外交官」
最終文書が合意できず決裂したNPT再検討会議。その陰で、一人のオーストリア人外交官が世界に投げかけた「核兵器禁止条約」の議論が大きなうねりとなっていた。核保有国が徐々に進めるとしている核軍縮のあり方は、効果が薄いとし、国際法によって、核兵器を持つこと自体を禁止するという前例のない提案。ISなどによる核テロの脅威に直面する国々の心をつかみ賛同国が増えていく。4週間にわたる外交官の挑戦を追った。
クローズアップ現代「“地中海難民”〜EU揺るがす人道危機〜」
欧州を目指す密航船が次々と転覆し多数の犠牲者を出している地中海。押し寄せる難民への対応にEUは今揺れている。この人道危機にどう立ち向かおうとしているのかを追う。
中坂恵美子, 国谷裕子


自転車がパンクです.パン!といい音を出してパンク.以前からタイヤ交換必要だよ,と言われていたので仕方ない・・・という思いはありましたが.でものんびりはできません.出勤に遅刻してしまってはダメ.とりあえずタクシーをつかまえて急ぎます.初出勤の女の人の運転手でした.とても丁寧でいい感じのドライバーでなんだかうれしくなってしまいました.
夕方帰るときには自転車がないので歩きです.40分くらい歩いて弁当屋さんの前にとめてある自転車を回収して修理に向かいました.自転車屋のおじさんは「もう閉めるとこだけど,いいよ」ということでギリギリセーフ.交換するタイヤにもグレードがあって安い中国製のものにしてもらいました.1年はもつよ,とのことでした.自転車本体がもうガタガタなので,そのうち新品の自転車を買うことにします.
和歌山電鉄のたま駅長が旅立ったそうです.でもそれが世界を駆け巡るニュースになっているというのにびっくりしました.

震災関連死 2審も遺族勝訴
東日本大震災のあと、全壊した自宅で暮らすなどしたあと肺炎を悪化させて亡くなった85歳の女性を、仙台市が震災関連死と認定しないのはおかしいと遺族が訴えた裁判で、仙台高等裁判所は1審と同じく、仙台市に対して関連死と認めて災害弔慰金を支払うべきだとする判決を言い渡しました。
仙台市太白区の及川美和子さん(当時85)は東日本大震災の直後、3日間車の中で過ごし、その後全壊した自宅で暮らすなどしたあと地震からおよそ5か月後に肺炎を悪化させて死亡しました。
仙台市は「肺炎はいったん治り因果関係はない」として震災関連死として認めず、遺族は認定するよう求めて裁判を起こしました。
1審の仙台地方裁判所は去年12月、遺族の訴えを認め、仙台市に対して関連死と認め災害弔慰金を支払うべきだとする判決を言い渡し、仙台市は控訴しました。
仙台高等裁判所の2審の判決で古久保正人裁判長は、「女性は、震災後の生活環境の著しい悪化で多大な負担がかかり物をうまくかんで飲み込めなくなった。その後、誤えん性肺炎にかかりこれを悪化させて死亡し、震災と女性の死亡には相当の因果関係が認められる」と指摘し、1審と同じく震災関連死と認めるべきだとする判決を言い渡しました。
弁護士などによりますと東日本大震災で自治体に震災関連死と認められず遺族が起こした裁判は少なくとも12件ありますが、裁判所が関連死と認めるよう命じたのは今回の裁判を含め3件で、ほかの2つの裁判は判決が確定しています。
勝訴した遺族の我孫子捷夫さんは判決のあと、「裁判を闘ってきたかいがありました。妻には、『苦労かけました認められました』と手を合わせたい。また『安らかに眠ってください』と心から言いたい」と述べました。
また、亀田紳一郎弁護士は「個別の状況に応じた震災関連死の認定が十分に行われていない可能性がある」と指摘した上で、「仙台市の審査会は亡くなった人が置かれていた生活状況を具体的に調査した形跡がなく、記録が多い病院に入院後の状況を調べていた。死亡の原因となった問題は被災生活にあったのでしっかりみてもらえていれば別の判断がありえたのではないか」と述べました。


仮設集約化見直し 気仙沼18団地転居時期延期
 宮城県気仙沼市は24日、仮設住宅の集約化計画を見直し、対象となる市内19団地のうち18団地で転居時期を3カ月〜1年3カ月延期させると発表した。転居を迫られる戸数も370戸から162戸に減る見込み。
 災害公営住宅の完成が遅れているほか、仮設住宅からの転居時期を「集団移転団地の造成完了から1年半後」と緩和するなど入居者に配慮した。民有地にある赤岩杉ノ沢団地は転居時期を半年前倒しする。
 転居期限は、2016年9月末が大峠山、市総合体育館、松崎柳沢・上沢下、赤岩杉ノ沢、天ケ沢の5団地。17年3月末が小原木小、中井小の2団地。同9月末が気仙沼中、条南中、鹿折中、松岩中、水梨小、階上中、面瀬中、大島中、漁火パーク、小泉中、津谷小、大谷中の12団地。
 延期に伴い、仮設住宅が建つ小中13校の校庭の明け渡し時期も3〜9カ月遅れる。このうち11校は最も遅い18年3月末になる。市社会福祉課は「入居者に転居への理解を求め、できるだけ早く校庭を明け渡したい」と話した。
 市は4月に仮設住宅の集約化を発表。市内と一関市の92団地約3500戸のうち、校庭などにある団地を対象に当初は16年6月末からの転居を予定していた。


修学旅行は被災地へ 国交相に3県おかみPR
 東日本大震災被災地の岩手、宮城、福島3県で宿泊施設を営むおかみ4人が24日、国土交通省を訪れ、太田昭宏国交相と懇談した。被災地の観光業の復興状況を説明し、修学旅行客の誘致などによって観光振興を図る考えを伝えた。
 観光庁が今月10日、宮城県南三陸町で3県のおかみと意見交換会を開いた縁で実現した。同町の南三陸ホテル観洋の阿部憲子さんは「被災地への修学旅行は、社会性を伸ばすことにつながるはず。美しい自然があり、温泉にも特色もある」などとアピールした。
 太田氏は「大変な被害を受けた被災地を訪れることは(子どもたちの)勉強になる。東北の観光復興を本格的に支援したい」などと応じた。


「仙台七夕」渋谷東急に登場 きょうから
 東急百貨店(東京)は25日から7月7日まで、渋谷区の本店に仙台七夕まつり(8月6〜8日)の竹飾りを展示し、「仙台七夕フェア」を展開する。来店客が短冊に願い事を書いて飾るコーナーを設け、仙台の観光PR集団「伊達武将隊」のショーなども実施する。
 竹飾りは1階正面口からのメーン通路と南口に計19本掲げる。1階インフォメーションと6階子ども服売り場には笹を設置し、来店客の短冊を飾り付ける。
 正面口近くには特設ステージを用意。7月3日は伊達武将隊、4日はせんだい・杜の都親善大使と仙台・青葉まつりのキャラクター「青葉すずのすけ」が登場する。地下1階食品売り場では期間中、宮城県フェアとして県産の日本酒や水産加工品を販売。4日は人気の菓子「萩の月」を数量限定で提供する。
 東急百貨店は2月から、2020年東京五輪・パラリンピックに向けて外国人観光客をターゲットに日本の伝統文化を発信するイベントを展開している。仙台七夕フェアはその一環。


国会は「違憲法案」を通すな
 きょうから約3カ月間の延長国会が始まる。安全保障関連法案をめぐるこれからの国会審議は、戦後70年の節目に国のあり方を決める大きな岐路となる。
 ここまで1カ月の審議を通じ、関連法案は「憲法違反」であるとの批判が高まっている。それなのに政府は本質的な問題に正面から答えない。答弁がころころ変わる。自衛隊の活動拡大には、法的安定性と国民の理解が不可欠だが、どちらも欠いている。
 安倍晋三首相は先週の衆院予算委員会で「国際情勢に目をつぶって、従来の(憲法)解釈に固執するのは、政治家としての責任放棄だ」と語った。だが、従来の憲法解釈との論理的整合性を重視するのは当然のことだし、法案に反対する人たちが国際情勢に目をつぶっているわけでもない。
 政府が憲法解釈変更の根拠とした1972年の政府見解は、憲法は「自衛の措置」を禁じていないが、その措置は必要最小限度にとどまるべきで、集団的自衛権の行使は許されない、と言っている。
 新しい憲法解釈では、同じ論理を使いながら「安全保障環境の根本的な変容」を理由として、結論だけを集団的自衛権の行使は許される、と正反対に変えた。
 こんな恣意(しい)的な解釈変更を認めれば、憲法の規範性は崩れ、国民は憲法を信頼できなくなる。論理的整合性がとれないのなら、憲法改正を国民に問うべきだ。
 私たちは、安全保障環境の変化に合わせて法制を検討することは否定しない。米国の力の低下や中国との緊張が続く尖閣諸島をめぐり、国民に漠然とした不安が広がっているのもわかる。だが、そういう抽象的理由では、憲法解釈を変更してまで集団的自衛権の行使を容認する説明にはならない。
 尖閣諸島の防衛は、個別的自衛権と日米安保で対処できる。
 首相が集団的自衛権行使の典型例としてこだわる中東の機雷掃海も、安全保障環境の変化とどうつながるのか理解に苦しむ。
 政府は、他国防衛でなく自衛のための「限定容認」だという。だが、中東有事で経済的理由のために集団的自衛権を行使する事例こそが、政府の判断次第で歯止めがかからなくなることを示している。認めるわけにいかない。
 集団的自衛権の行使容認のための法案は、撤回するか廃案にすべきだ。重要影響事態法案についても、世界中で自衛隊が米軍などに後方支援できるようにする内容である以上、同意できない。
 一方、国連平和維持活動(PKO)協力法改正案や国際平和支援法案は、関連法案から切り離し、修正のうえ与野党の幅広い合意を得る方向で検討してはどうか。
 安全保障環境の変化に対応するには、まず自国の守りを固め、同時に憲法の枠内で国際協力活動に取り組む必要がある。勢いにまかせて全部やってしまおうという乱暴な発想ではなく、法案を絞り込むべきだ。


和歌山電鉄:「たま駅長」死ぬ
 和歌山電鉄は24日、貴志川線貴志駅(和歌山県紀の川市)の駅長として、長年人気を集めた三毛猫の「たま」(雌、16歳)が22日夜に死んだと発表した。先月から鼻炎のため、駅の専用駅長室で乗客や観光客を迎える「勤務」を休んでいた。人間なら80歳に相当する高齢で、死因は急性心不全だった。社葬を28日午後0時半から、貴志駅コンコースで営む。葬儀委員長は同社の小嶋光信社長が務める。
 貴志川線(和歌山市−紀の川市、14.3キロ)は2004年、南海電鉄が赤字などを理由に廃線を発表。住民団体が存続運動などを展開し、06年に両備グループ岡山電気軌道(岡山市)が運行を引き継いだ。07年1月、小嶋社長が駅近くの飼い猫で、駅のアイドル猫だった「たま」を民営鉄道で初めて正式に駅長に任命した。
 人懐っこく堂々とした姿がメディアで取り上げられると、国内外で大人気に。動物駅長ブームの先駆けとなり、たまは社長代理、特設の「ウルトラ駅長」と昇進を続けた。和歌山電鉄は、たまを「名誉永久駅長」とする。
 たま駅長目当ての観光客が訪れたことで、毎年約5%ずつ減っていた利用者は、運行を引き継いでから8年後には約17%増となった。ローカル線と地域の活性化に大きく貢献した。【道岡美波】

赤浜Rock’n Roll/3D映画 大津波3.11未来への記憶/太閤園

ブログネタ
フランス語 に参加中!
131130_bell_street

Tokyo 2020: le Japon maintient son projet controversé de futur stade olympique
Le gouvernement japonais a décidé de continuer la construction du futur stade olympique pour les jeux de Tokyo de 2020 malgré les polémiques sur le financement et l'architecture de l'enceinte, a indiqué mercredi la presse locale.
Le ministère des Sports est parvenu à un accord avec deux entreprises de BTP pour construire le nouveau "stade national" à Tokyo pour un montant de 250 milliards de yens (1,8 milliard d'euros), a annoncé le quotidien économique Nikkei.
Cette somme représente une hausse de 90 milliards de yens (650 millions d'euros) par rapport au projet initial de 162,5 milliards de yens de l'architecte irako-britannique Zaha Hadid qui avait remporté le concours international en 2012 pour réaliser le stade de Tokyo 2020, ont précisé le Nikkei et le quotidien Asahi.
Le ministère des Sports a toutefois déjà proposé de réduire la voilure du projet pour éviter tout risque de dérapage budgétaire et gagner du temps.
Il a ainsi renoncé au toit rétractable de l'enceinte pour les JO et réduit le nombre de sièges permanents de 80.000 à 65.000, selon les médias locaux.
Le ministère des Sports s'est refusé à tout commentaire.
Le chantier commencera en octobre prochain et devrait être terminé à temps pour la Coupe du Monde de rugby au printemps 2019, un an avant les JO de Tokyo.
Mais le gouverneur de Tokyo, Yoichi Masuzoe, a engagé un bras-de-fer avec le ministère des Sports à propos du financement du stade olympique.
M. Masuzoe refuse de payer la somme réclamée par le gouvernement pour couvrir les travaux de la nouvelle enceinte.
Le ministre des Sports Hakubun Shimomura a récemment demandé au gouvernorat de Tokyo de débourser plus de 50 milliards de yens (350 millions d'euros) pour contribuer à la construction du Stade national.
Le puissant gouverneur de Tokyo accuse le gouvernement central d'"irresponsabilité", en lui reprochant de vouloir faire porter "le fardeau" financier d'un stade "à vocation nationale" aux contribuables de la capitale.
La construction du stade des JO 2020 - sous la direction de l'architecte irako-britannique Zaha Hadid - est source de vives polémiques depuis deux ans, et son budget a déjà été réduit de 40%.
Le projet de Zaha Hadid a également été critiqué pour sa conception architecturale.
Un célèbre architecte japonais, Arata Isozaki, a reproché à l'enceinte olympique, qui sera bâtie dans une des rares zones vertes de la capitale, de ressembler à "une tortue".
L'ancien Stade national, érigé pour les JO de 1964, a été récemment démoli. Le chantier de la nouvelle enceinte doit commencer en octobre.
フランス語
フランス語の勉強?

ベル通りは鹿児島駅の近く.また行く機会あるかな?
十三の映画館で「赤浜Rock’n Roll」を見ました.確かに15mくらいの防潮堤があると海が見えなくなってしまうので,あまりいい感じではないです.海沿いの街で育ったこともあり,頑張る漁師さんは好きですね.
ネットカフェで時間をつぶしました.隣に妊婦さんが座っていました.
阪神百貨店で少し早目の晩ご飯です.
さて,新梅田で大津波3.11未来への記憶を見ます.サービスデーなので安い♪3D用のメガネを借りました.映像が本当に3Dで見えるんです.スゴイ.でもそのすごさゆえにいろいろと思い出してしまい悲しくなってしまいました.
最後に京橋まで移動して太閤園でホタルを見ました.

<祈りと震災>(58)生きる者への相聞歌
◎連載に寄せて/宗教学者 山折哲雄氏/亡き人は沈黙慰めの調べ
 死者はもう、何も語らない。生き残った者に何ごとも語ろうとはしない。3.11の犠牲になった死者たちも、そのときから沈黙を守り、一切語ろうとはしない。
 死にゆくときの苦悶(くもん)の表情、嘆きの声、恐怖の叫びが、その場に凍結されたまま生き残った者たちの胸を刺す。その死者たちの無念の思いに、誰も応えることはできない。その辛(つら)い悔恨の情が、いつまでもわれわれの心の中から消えることはない。
 生き残った者たちの手元にのこされているのは、死者たちの苦悶や嘆きや恐怖の思いをなだめ、その行き場のない魂を鎮めようとすることしかないからである。
 だがそれではたして、死者たちは満足するだろうか。その魂はどこかに救われていくのだろうか。残念ながら、それを明かす証拠はどこにも見いだすことはできないだろう。死者たちは何も語ってくれないからだ。死者はその胸の内を閉ざしたまま、いつまでもわれわれの前で沈黙を守っている。
 ふと、死者たちは生き残った者を許してはくれないのかもしれない、と思う。いくら死者たちへの心からの言葉をさしだしても、鎮魂や供養のまことをつくしても、芸能や儀礼を通して祈りつづけても、もうそれでいいよ、といってはくれない。そのまま悲哀の表情や嘆きの声を、その胸の内に収めてはくれない。
 時がたち、やがて生き残った者たちの記憶が薄らいでいく。死者たちの苦悶や嘆きや叫びにいつまでも直面し、それに耐えつづけることはできないからである。その現場から顔をそむけ、どこからともなくやってくる忘却の慰藉(いしゃ)へとわが身をゆだねるほかはないからである。
 無常の風が吹いているのである。自然のかなたから、それは吹いてくる。死者たちの、そのかたわらからも吹きあげてくる。
 気がつくと、災害のあと、この世に生き残った者たちが同じ生き残った者たちに寄りそい、耳を傾け、慰めの声をかけようとしている光景にどこでも出合うようになった。介護の手を差しのべる人、ケアのために献身する人、そして最期の看取(みと)りをする人、人…。死者たちが何ごとも語らない存在になってしまっている以上、それはもういたし方のないことであり、当然のことかもしれない。
 生き残った者たちが死者にたいしてできることといえば、死者にむかってしずかに別れを告げ、その魂が他界におもむくことを願うことをおいてほかにはないだろう。天国や浄土、そしてこの自然の墳墓の地にお帰りいただく、それをただひたすら祈ることだったのではないだろうか。
 このように考えてくるとき、ああ挽歌とは、生き残った者たちが同じ生き残った者たちにむけてさしだす悲しみと慰めの歌だったのだ、ということに気づく。一見それは、死者にむけられた死者たちのための歌のように考えられてきた。けれども、じつはそうではなかったのだ。そうではなくて、生き残った者たちにむかって、さらに生きよ、と語りかける、励ましと慰めの歌だったのかもしれないのである。
 挽歌とは、生き残った者たちにこそとどけられる、究極の愛の相聞歌だったと、今あらためて思うのである。


大川小訴訟 裁判官現地調査へ
東日本大震災の大津波で犠牲になった石巻市の大川小学校の児童の遺族が市や県に損害賠償を求めている裁判で、早ければことし中にも裁判官が大川小学校を訪れ現地で検証することになりました。
石巻市の大川小学校では4年前の大津波で74人の児童が犠牲になり、このうち23人の児童の遺族が石巻市と宮城県に対し1人あたり1億円、あわせて23億円の損害賠償を求めています。仙台地方裁判所で行われた裁判の進め方を話し合う非公開の協議で、担当する裁判長と2人の裁判官が、大川小学校を訪れ学校や避難経路などを検証することが決まりました。
現地での検証を要望していた原告側は、学校から裏山への避難経路や、川と小学校の位置関係などを現場で裁判長らに見てもらい、校庭からの避難は簡単だったことを確認してもらいたいとしています。
日程や方法は、原告と被告の双方の意見をもとに、8月3日に開かれる裁判で検討され、早ければことし中に実施されるということです。


被災者と住民結ぶ「おしゃべり畑」交流育む
 東日本大震災で被災し現在は宮城県登米市に住む人たちと、同市に長く暮らす住民との交流を深めようと、NPO法人「故郷まちづくりナイン・タウン」(登米市)が市内に「おしゃべり畑」を設けた。一緒に農作物を作りながら会話を楽しむ場で、被災者だけでなく広く参加者を募っている。
 おしゃべり畑は、同市中田町の畑約20アールを地元農家から借りて5月に開設。中田町の住民らも参加し、比較的育成に手間のかからない小麦、タマネギ、里芋、カボチャなどを植える。収穫した食材を使った料理を作る食事会も行う予定だ。
 ナイン・タウンは登米市と宮城県南三陸町でまちづくりの活動をしている。伊藤寿郎事務局長(55)らが「登米に避難して来た人たちが心を休めるような機会をつくり、地域で受け入れていこう」と方策を模索。遊休耕作地を有効利用し、おしゃべり畑を作ることを考えた。
 ナイン・タウンは現在、同市で暮らす南三陸町の被災者で組織する「登米市南三陸会」の代表元木静雄さん(74)らを通じて参加者を募っている。元木さんは「知り合いが少ないため家にこもる人も多い。外に出る機会があれば、地元の登米の住民と触れ合うきっかけになる」と歓迎する。
 伊藤事務局長は「津波被害のなかった内陸の人たちに、被災地のいまの実情を話すなどしてもらえれば、今後必要な支援などがもっと見えてくるかもしれない」と話す。
 参加者は、被災者だけでなく登米市に新たに住み始めた人も対象。連絡先はナイン・タウン0220(44)4301。


津波被災…ハマヒルガオ潮風に揺れて
 宮城県東松島市の野蒜海岸で、初夏を彩るハマヒルガオが潮風に揺れている。
 東日本大震災で10メートルの津波が押し寄せ、海岸沿いの群生地は絶滅が危惧された。砂の中に張った地下茎が生き延び、2012年から再び薄紫色の花が咲き始めた。
 「震災後もたくましく咲く姿に勇気づけられる」と石巻市から訪れた親子連れ。「野蒜海岸は海水浴の名所でもあり、また楽しめるようになってほしい」と浜辺の再生を願った。
 ハマヒルガオは例年5月下旬ごろから開花し、6月下旬まで楽しめる。


短い夜にゲンジボタルの光乱舞
 宮城県東松島市根古地区の水田で、ゲンジボタルが舞い始めた。一年で昼が最も長い「夏至」が過ぎ、夜ごと乱舞する淡い光跡が「短い夜」を照らしている。
 日が暮れて闇に包まれた午後8時。水田脇の沢沿いにホタルが現れ始めた。次第にその数が増え、沢沿いを往来する明かりが光の帯になっていく。雑木林の樹上高くまで飛び、星の瞬きと見まがうホタルもいた。
 「ほたる米」と名付けた環境保全米を生産する農業伊藤直義さん(63)によると、根古地区のゲンジボタルは農薬を減らした約10年前から出現。ことしは6月初めに現れ、例年より1週間早いという。「里山がくれる季節限定のプレゼント。これからも守っていきたい」と語る。ホタルは今月いっぱい観察できる。


[全戦没者追悼式]今こそ辺野古見直しを
 慰霊の日の23日、糸満市の「平和の礎(いしじ)」や「魂魄(こんぱく)の塔」には、沖縄戦で亡くなった肉親や兄弟を偲(しの)んで、朝早くから多くの家族が訪れた。
 体験者の高齢化とともに、とりわけ目立ったのは、孫やひ孫の世代にあたる小・中学生の姿が例年にも増して多かった、ことである。
 戦後70年。沖縄戦体験者が急速に減った。沖縄戦をリアルに語れる人が周りにいなくなり、若い世代が沖縄戦を聞く機会がめっきり減った。
 沖縄戦が忘れ去られ、戦争で亡くなった肉親や兄弟のことが忘れられてしまったら、沖縄はこれから先、どのような社会になるのだろうか。
 沖縄が近い将来、直面するかもしれない危機は、体験者不在による「歴史喪失の危機」「沖縄らしさ喪失の危機」である。
 次の世代にどのようにバトンを託すか。社会全体で問題意識を共有することが急務だ。
 平和祈念公園で開かれた全戦没者追悼式は、安倍晋三首相に参列者からやじや抗議が浴びせられ、異様な空気に包まれた。
 名護市辺野古への新基地建設を強行する安倍首相への積もり積もった怒りや不満が、堰(せき)を切ったように一挙にあふれ出たのである。
 参列者だけではない。あいさつに立った沖縄側代表からも政府批判が相次いだ。
    ■    ■
 照屋苗子県遺族連合会会長は「米軍普天間飛行場の県外移設を熱望すると同時に、戦争につながる基地建設には遺族として断固反対する」と強い口調で注文をつけた。
 翁長雄志知事は「平和宣言」で、米軍再編計画に基づいて基地の整理縮小を進めても「米軍専用施設の全国に占める割合はわずか0・7%しか縮小されず、負担軽減とはほど遠い」と指摘し、「固定観念に縛られず、辺野古への移設作業を中止し、沖縄の基地負担軽減策を見直す」よう求めた。
 戦没者追悼式という公式の場で、喜納昌春県議会議長を含め沖縄側代表がそろって、現行計画に異議を唱えたのである。
 安倍首相は「基地負担軽減に全力を尽くす」と言いながら、沖縄側の疑問に正面から答えることができなかった。 「不幸な歴史を深く心に刻み、常に思いを致す」とか「沖縄が忍んだあまりにおびただしい犠牲」とか、沖縄に寄り添うようなことを言いながら、いかにも空々しく心に響くような内容ではなかった。
 参列者から「言葉が軽い」とのやじが飛んだのは当然だろう。
 県立与勝高校3年の知念捷(まさる)君は「みるく世がやゆら」という詩を朗読した。今は平和でしょうかという意味だ。
「みるく世がやゆら」という題が、詩の中で何度も繰り返される。
 「戦世(いくさゆ)や済(し)まち みるく世(ゆ)ややがて 嘆(なじ)くなよ臣下 命(ぬち)ど宝」。
 いにしえの琉球人が詠んだ琉歌を朗々と読み上げると、ひときわ高い拍手が起こった。
 戦後70年の沖縄全戦没者追悼式は、辺野古への新基地建設と安保法制に対する県民の強い危機感が噴き出した異例の追悼式であった。
    ■    ■
 政府と国会は、国政に責任を持つ行政府、立法府として沖縄のこの現実を直視しなければならない。
 県民は全戦没者を追悼する公式の場で、新基地建設計画を明確に否定したのである。これ以上の意思表示はない。
 沖縄の民意に反して基地建設を強行すれば、日米関係に致命的な影響が及ぶだろう。 安倍政権には、異見を正面から受け止め、権力行使を抑制し、対話によって現状を打開するという姿勢がまったく感じられない。
 そのような強硬姿勢を取り続けたとき、どのような事態が起こるかは、今回の全戦没者追悼式を冷静に吟味すれば分かるはずである。
 政府は当事者である沖縄の声を聞く義務がある。義務さえ果たせない政府は統治能力を失ったか、専制政治に堕したか、そのどちらかである。監視役としての国会が真価を問われる局面でもある。


知事「平和宣言」 新基地は造らせない 「恒久平和の発信地」実現を
 戦後70年の沖縄全戦没者追悼式が「慰霊の日」の23日、糸満市の平和祈念公園で執り行われた。各地で慰霊祭があり、恒久平和への願いが県内を覆う一日となった。
 県民の願いに応えるように、翁長雄志知事は平和宣言で沖縄を「恒久平和の発信地」とし、「輝かしい未来の構築に向けて全力で取り組む」と約束した。
 知事は政府に対し、新基地建設中止の決断も求めた。「恒久平和の発信地」「輝かしい未来」の最大の阻害要因は米軍基地である。当然の要求だ。日米両政府の壁を突き崩し、「恒久平和の発信地」の実現に向け、新基地は造らせないことを戦没者に誓いたい。
 県民意思を最も反映
 知事の平和宣言はここ数年の平和宣言の中で、県民の意思を最も反映したものだった。高く評価したい。
 知事は「国民の自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎(いしずえ)を築くことはできない」と強調した。
 過重な米軍基地負担のことだけではない。昨年の名護市長選や県知事選、衆院選沖縄選挙区で米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する候補が当選したことを、一顧だにしない日米両政府を批判したものである。
 安倍晋三首相とケネディ駐日米国大使も追悼式に参列した。知事の言葉は多くの県民の思いを反映したものだと受け止め、政策に反映させるべきだ。
 普天間飛行場の辺野古移設が「唯一の解決策」とする政府に、知事は「固定観念に縛られず」に移設作業の中止を決断するよう求めた。ケネディ大使には米政府にも同じことが求められていると受け取ってもらいたい。
 知事は「県民の思いとは全く別に強制接収された世界一危険といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、『その危険性除去のため辺野古に移設する』『嫌なら沖縄が代替案を出しなさい』との考えは、到底県民には許容できるものではない」と述べ、新基地建設断念を重ねて求めた。
 戦後70年も危険な状態を放置し、沖縄の要求に耳を傾けようとしない日米両政府に対し、多くの県民は知事と同じ思いを抱いている。真の民主主義国家なら民意の重みを無視できないはずだ。
 普天間飛行場の危険性除去については、占領下の民間地奪取を禁じるハーグ陸戦条約に反して土地を強奪した米政府、米軍に基地を提供する日本政府が責任を持って行うべきものである。理不尽な対応に終止符を打つべきだ。
 不誠実な首相の言葉
 首相は「沖縄の人々には米軍基地の集中など、永きにわたり安全保障上の大きな負担を担っていただいている」と述べた。続けて西普天間住宅地区が3月に返還されたことを成果とし「今後も引き続き、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と述べた。
 真に基地負担軽減に全力を尽くすならば、辺野古での新基地建設はあり得ない。首相の言葉は不誠実だ。
 首相は「筆舌に尽くしがたい苦難の歴史を経て、今を生きる私たちが平和と安全と自由と繁栄を享受していることをあらためてかみしめたい」とも述べた。
 「私たち」に県民は入っているのだろうか。米軍基地から派生する事件、事故は枚挙にいとまがない。県民は「平和と安全」を享受してはいない。
 首相は「戦争を憎み」「これからも世界平和の確立に向け、不断の努力を行っていかなくてはならない」と述べた。安保法制に見られるように他国が攻撃された場合でも、参戦できる国に変節させることがその内実である。
 沖縄戦の犠牲者を哀悼する追悼式で、空疎な言葉を繰り出すのはいかがなものか。
 「軍隊は住民を守らない」ことは沖縄戦が証明している。首相はいま一度立ち止まり、沖縄戦の教訓を学ぶべきだ。


ポスドクの就職支援、横浜国大が主導 全国の大学連携
 全国の大学が連携して、博士号を取得した若手研究者(ポストドクター)向けの就職支援活動が始まった。横浜国立大学が主導的な役割を果たし、大学の枠を越えて全国からポスドクを募集。給与を支給し、長期インターンシップとして企業などに派遣する。年1万5千人程度が博士号を取得しているが、就職難が深刻だ。政府が成長戦略に掲げる産業競争力強化のためにも、高度な専門性を持つ人材の活用が焦点になっている。
 すでに横国大、東京大や京都大、大阪大、島根大などから40人を超すポスドクの登録を受け付けている。ベンチャー企業や学校などへの就職体験へつなぐ。インターンシップの期間は原則3〜6カ月。横国大の産学連携研究員という立場で、週3〜5日勤務する。最大月30万円の給与を支給する。より就職難が深刻な理工系を中心に、専攻に関係なく受け付ける。
 横国大は社会科学系を中心にポスドクの就職支援で実績があり、他の大学から連携の要請が相次いでいた。文部科学省の後押しを受け、全国規模で実施することにした。
 第1号として横国大で経済学の博士号を取得した男性(29)を聖光学院中学・高校(横浜市)が特別非常勤講師として受け入れた。今後、聖光学院は教員免許取得に必要な実務経験を積ませ、同校や他校の教師として就職する選択肢を持ってもらう。同校は来年度以降も受け入れる方針で、ポスドクから教員への道を開くとともに、専門知識を教育現場で生かす。
 ベンチャーなどではポスドクの専門知識を必要としている企業も多いという。横国大でポスドク対策を担当する成長戦略研究センターの石塚辰美教授は「どのように職探しをすればいいか分からないポスドクと、どのように募集すればいいか分からない企業との橋渡しをしたい」としている。
 政府は1990年代、専門人材の強化を狙って、「ポスドク1万人計画」を打ち出した。その結果、年間1万5千〜1万6千人が博士号を取得しているが、企業のポスドクの採用は進んでいなかった。特定分野の専門知識はあってもすぐに活用できないなどが理由で、文科省の調査によると、2012年度の修了者のうち就職者は7割以下だ。
 博士号を取ったのに安定した仕事に就けないケースが多いことから、「近年、博士課程への進学者が減少傾向にあり、望ましい能力を持つ学生が博士課程を目指さなくなっているとの指摘もある」(15年版科学技術白書)。
 国際競争が激しくなるなか、企業の方針も変化している。日立製作所はポスドクを対象にしたインターンシップ制度を設け、年15人前後を受け入れている。通常のインターンは2、3週間だが、ポスドクは専門性の高い仕事を体験してもらうため、3カ月から半年の長期で実施する。
 創薬に付加価値が集中する製薬業界では博士号取得者への期待が大きい。企業主導の臨床試験が増加したことで「医学博士号を持つ社員へのニーズが増している」(武田薬品工業)といい、こうした企業への橋渡しが課題になっている。

しの卒業/ジムでお腹ゴロゴロ/TSUTAYA

ブログネタ
フランス語 に参加中!
ptas1

Bataille d’Okinawa: paroles de survivantsde-survivants
La bataille d’Okinawa, dont le Japon a marqué mardi le 70e anniversaire, a été le dernier bain de sang de la Guerre du Pacifique (1941-1945), symbole de la débâcle suicidaire du militarisme nippon.
D’une férocité inouïe, les combats, qui ont duré 82 jours, ont fait plus de 200.000 morts, civils et soldats, Japonais et Américains, et ont laissé des cicatrices profondes.
En témoignent les paroles de survivants recueillies 70 ans après par l’AFP à Okinawa.
- Yoshiko Shimabukuro, 87 ans, une étudiante mobilisée à 17 ans sur le champ de bataille dans une unité d’infirmières:
≪Je ne pardonnerai jamais au Japon ce qui est arrivé. J’avais 17 ans. Nous n’avions appris qu’à mettre des bandages, mais les soldats blessés étaient au-delà de tout secours. Leurs jambes arrachées. Leurs intestins à l’air. Leurs visages emportés. Nous ne savions pas quoi faire≫...
≪Je revois encore en rêve mes amies chères que j’ai laissées dernière moi, qui sont mortes sans que je ne sache ni comment, ni quand, ni ou, et je me réveille en hurlant. Je m’en veux d’avoir survécu≫...
≪Quand revient le mois de juin, toutes sortes de souvenirs affluent. La peur, la douleur, la terreur: même après 70 ans je ne peux exprimer la tristesse et la frayeur qui m’assaillent≫.
- Takeko Kakazu, 97 ans, à l’époque jeune mariée et enceinte: ≪Nous étions hébétés, perdus. Les bombes explosaient partout et nous avons tenté de nous cacher dans une grotte, mais il n’y avait pas de place. C’était horrible. Je ne sais pas comment j’en ai réchappé ni comment j’ai eu mon bébé. C’est un miracle≫...
≪Ce sont des civils innocents qui ont souffert. 70 ans ont passé mais la barbarie de la guerre reste ancrée en moi≫.
– Zenichi Yoshimine, écolier quand la guerre a éclaté: ≪On nous avait appris que le Japon était un pays protégé par les dieux et qu’il ne pouvait pas perdre la guerre. On nous racontait que les Américains n’étaient pas des êtres humains mais des démons, que c’était des sauvages et que s’ils nous capturaient, on risquait de se faire couper les oreilles et le nez, de se faire crever les yeux ou de mourir écrasés sous un char≫...
≪Nous avons été pris au piège comme des rats. Il n’y avait nulle part ou s’enfuir. Très vite, il y a eu tant de cadavres qu’on marchait dessus≫.
- Eihon Arakaki, un autre écolier: ≪Ce fut un massacre. Ma mère, mon père, mon frère cadet et ma soeur ont été tués. Je suis le seul à être resté en vie≫.
フランス語
フランス語の勉強?

いつものように火曜日はしの.予想していましたが,今日で卒業ということになりました.その後近くのピザ屋さんでこれまたいつものようにピザです.マルゲリータMargherita.ピッカンテオイルをたっぷりかけていただきました.
郵便局に行って話をしていたら,がん保険を勧められました.どうしたらいいの?
夕方は頑張ってジムです.でもシューズを忘れてしまってガーン.それになんだかお腹ゴロゴロでイマイチ.とりあえずいつもより少し少ないメニューをこなしました.
帰りに久しぶりにTSUTAYAに行ってみました.ゲオで見た「救いたい」はもう少したってから借りることにします.いろいろDVDがあって4つも借りてしまいました.

<祈りと震災>(57)自らの物語 再構築を
◎哲学者 鷲田清一さん/死者は無二の対話相手
 東日本大震災の2カ月後、一部が再開した仙台市青葉区のせんだいメディアテークで、阪神大震災を経験した哲学者として講演に立った。2013年4月からは館長を務め、被災者の心の復興のありようを見詰めている。
 「大事な人を失ったとき、自分の一部をもぎ取られたような喪失感にさいなまれる。なぜ死んだのか、自然に、死者に、問うても答えはない。それでも、納得できないから問わずにいられない」
 2万人近い犠牲者の周りには多くの「死なれた人」がいる。なぜ死んだのがあの人で私ではなかったのか。天災で引き起こされた死は、耐え難い感情をも抱かせる。
 「死なれるという言葉は、日本語独特の表現で欧米にはない。置いてきぼりになった人の悲しさ、苦しさをいたわる気持ちがこもっている」
 被災者自身の「語り直し」の大切さを唱え続けている。日々をどう暮らし、将来どう生きていくか。その前提となる家族、住居、仕事を失った被災者は「人生の初期設定」の書き換えを迫られる。
 「人に語るということは、少しずつ悲しみを引きはがし、一つの出来事に整える。自分という存在を組み立ててきた物語を再構築することで大切な人の死を受け入れ、心を収めていくきっかけになる」
 阪神大震災から20年を経た現在も、語り直しを続けている人がいる。いつ終わるとも知れないからこそ支援者の役割が見えてくる。
 「自分で納得するには、人に物語を与えられるのではなく、自身で語りきらないといけない。語りは誰かに向けるものだから、そばに聞く人が要る。話し終えるまで、遮ったり、せかしたりせずに待つこと。人は大事にされている気持ちを感じたとき、自分の心や魂に気付く」
 被災地に「心のケア」という言葉が氾濫する状況に抵抗を感じた。「心のケア、お断り」と張り紙された避難所さえあったと聞いた。善意の押し売りとなり、被災者の心に壁を築いてしまったのだろう。
 「出来合いの言葉で慰め、被災者の気持ちが収まったようにみえても、本当の思いをゆがめてしまったかもしれない。表面的に分かった気になり、根本的な問題が隠れる恐れもある。宛先のない万人に通じる言葉は、暴力にもなりうる」
 大切な人と「生」と「死」に分かれても、関係が断ち切られたわけではない。困難に直面したとき、信念が崩れかけたとき、きっとその人はやってくる。
 「死者は自分を映す鏡。この世にはいない思想家や作家、家族らに心で話し掛ける。人は死ぬと失われるのではない。むしろ自分にとって掛け替えのない対話の相手として生まれ変わる」


車いすでも仙石線でGO…野蒜駅バリアフリー体験
 障害のある人たちがJR仙石線野蒜駅と周辺施設のバリアフリー具合について確認する催しが20日、行われた。参加者たちは、石巻駅から車いすで電車に乗り込み、野蒜駅までの“小旅行”を楽しむとともに、新施設の快適さを実感していた。 
 催しは「仙石線でGO!駅はバリアフリーでしょ?」として被災地障がい者センター石巻が主催した。駅の使いやすさの確認とともに、障害のある人たちにも電車に乗って外出する機会を作ってもらうことが目的。
 この日は地元や仙台などからも合わせて12人が参加し、介助者とともに仙石線に乗って石巻駅を出発。約30分後に到着した野蒜駅では、乗降の際に使われる昇降板やエレベーター、改札、トイレの使い勝手などを試した。
 震災後、仙石線の不通区間は代行バスが走っていたが、車いすでは利用できなかった。そのため仙台まで石巻線を経由し東北本線で出かけなければならず、仙石線を利用した場合の2倍近い時間がかかるなど移動に不便を強いられていた。
 車いすで催しに参加した石森祐介さん(29)=東松島市矢本=は「自力で移動できる手段が増えることはとてもうれしい。これが自分を含めて障害者の皆さんが自信を持って外出できるきっかけになれば」と話していた。
  

<祈りと震災>死者の存在/悲しむからこそ身近に
 1月に連載を始めた「挽歌の宛先 祈りと震災」は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を受け、東北で信仰の意味を問い直す人々を見詰めてきた。被災地の祈りに関わる3人にそれぞれのテーマで思いを語ってもらった。
(「祈りと震災」取材班)
◎被災地と信仰 私の視点(1)批評家・若松英輔さん
 東日本大震災では、多くの方が亡くなりました。大切な人の死を悼み、今も悲しみの日々を生きている人はたくさんいます。
 震災から4年余りが過ぎようとしています。ある人々は、悲しんでばかりいてはならない、顔を上げて前に進まなくては駄目だと言います。
 しかし、私たちは本当に悲しむことをやめなくてはならないのでしょうか。むしろ、人々は、悲しみがあるから生きていける、悲しむとき、亡くなった人をはっきり感じるのではないでしょうか。
 2010年、私は妻を病気で失います。最初は強い喪失感に打ちのめされましたがしかし、次第に消えたのは彼女の肉体で、死者となった彼女は、以前よりも近くに感じるようになります。そして、もっと強く、その存在を感じるのは悲しみを生きているときであることに気が付きます。
 死者というと怪しげな感じを抱かれるかもしれません。しかし、人に言わないまでも誰もが、死者を身近に感じながら生きているのではないでしょうか。
 震災から1年たったとき「魂にふれる」という本を書きました。そこでは、死者を「協同する不可視な隣人」と呼びました。死者の姿は見えず、その声も聞こえません。しかし見えない、ふれ得ないということと、それが存在しないことは違います。
 また、死者との関係を深めていくうちに思いを新たにしたのは、生者と死者の関係を切り結ぶためには、どんな宗教も思想も必要がないことでした。私たちは静かに内なる響きを感じるだけで足りるのです。
 昔、「かなし」は、「悲し」とだけでなく、「愛し」と書いて「かなし」と読みました。「美し」すら、「かなし」と読んだと言います。これは古代の人々だけの思いではなく、死者を思うとき、現代に生きる私たちが感じていることでもあるのではないでしょうか。


<祈りと震災>賢治の世界観/人の精神は宇宙を循環
 1月に連載を始めた「挽歌の宛先 祈りと震災」は東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を受け、東北で信仰の意味を問い直す人々を見詰めてきた。被災地の祈りに関わる3人にそれぞれのテーマで思いを語ってもらった。
(「祈りと震災」取材班)
◎被災地と信仰 私の視点(3)宮沢賢治の又おい・宮沢和樹さん
 震災の数日後、俳優の渡辺謙さんが宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を朗読し、世界中に見守ってほしいというメッセージをインターネットで発信しました。大伯父の賢治が注目されるきっかけになりました。
 この詩は結核で体が弱っていた賢治が、自分に向けて手帳に記した祈りのような気持ちでした。だから最後は「サウイフモノニワタシハナリタイ」で終わります。
 震災当初、ボランティアが避難所で朗読したと聞いて心配しました。戦前、耐え忍ぶのを美徳とする宣伝に使われた過去があり、被災者に何を我慢させるのかと思ったからです。実際は多くの人が自分に向けられた言葉と受け取り、遠方から支援に訪れてくれました。賢治も喜んでいるはずです。
 震災後、死後の世界を考える上で賢治の作品が取り上げられる機会もありました。
 「農民芸術概論綱要」には「まづもろともにかがやく宇宙の微塵(みじん)となりて無方の空にちらばらう」と記されています。賢治の作品を世に広めた私の祖父の清六は、この意味を「原子と分子の世界のこと」と語っていました。
 賢治は詩人であり、地質学などに詳しい科学者でした。物質や肉体が腐って土に返るように人の精神は微粒子に分解され、宇宙を循環するイメージを持っていました。
 童話「銀河鉄道の夜」の背景にある考えは同じで、死者が列車に乗って宇宙を旅しています。法華経の熱心な信者だった賢治が輪廻(りんね)の教義を科学的に捉えようとした世界観でもあったようです。
 妹のトシが亡くなると、賢治はこの世に残された者としての鬱積(うっせき)した気持ちを詩で表現しました。詩集「春と修羅」に収録された「無声慟哭(どうこく)」といった作品がその時に書かれました。
 賢治にとって、妹の死は悲しい以外の何ものでもありませんでした。自分の心象を感じたままに言葉で表すことが、悲嘆に暮れる心のよりどころとなっていたのでしょう。


慰霊の日 犠牲の再来 許さない 沖縄戦の教訓を次代へ
 米軍の戦史に「ありったけの地獄を集めた」と刻まれた沖縄戦から70年、慰霊の日がまた巡ってきた。ことしはとりわけ胸が騒ぐ。節目の年だから、ではない。沖縄戦の教訓を無にするかのような動きが活発化しているからだ。
 先人の無念を無駄にしてはならない。戦争を憎み、平和な島を建設するという「あまりにも大きすぎた代償を払って得た/ゆずることのできない/私たちの信条」(県平和祈念資料館・展示むすびのことば)を思い起こしたい。
強いられた「共死」
 沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守らない」である。言い換えれば「軍の駐留は住民の犠牲を招く」ということだ。これは抽象的なスローガンではない。戦場の実態に即した事実である。
 沖縄戦で壊滅的被害を受けた島と日本軍が駐留していた島は、見事なほど一致する。駐留のない島の被害は軽微だ。駐留と被害は明らかに連動したのである。
 別の背景もある。沖縄戦直前、軍部は住民に壕を掘らせ、戦争準備を強いた。従って住民が投降すれば、どこに司令官がいてどこに武器弾薬があるか、敵軍に知られてしまう。だから住民が生き残るよりは住民の全滅を願ったのだ。
 それを裏打ちする文書がある。日本軍の「報道宣伝防諜(ぼうちょう)等に関する県民指導要綱」だ。「軍官民共生共死の一体化」とある。意図的に住民へ「共死」を強いたのだ。
 もっと本質的な問題もある。大本営は「帝国陸海軍作戦計画大綱」の中で沖縄を「皇土防衛の前縁」とし、現地の軍に「出血持久戦」を求めた。米軍の本土上陸を一日でも先延ばしするため、沖縄を「捨て石」としたのだ。沖縄の住民は「防衛」の対象ではなく、本土を守るために犠牲に供するものと位置付けたのである。
 これは沖縄戦全体を覆う特徴だ。1945年4月、大本営は「占領セラルハ必至」(機密戦争日誌)と知りつつ、沖縄戦に突入した。5月下旬、日本軍は主力の7割を失い、首里の司令部も維持できなくなったが、沖縄本島南部への撤退を決めた。南部に住民13万人余がひしめくのを承知の上で、である。
 占領されると知りながら敵を上陸させ、なるべく長くとどめようとする。住民が多数逃げている場所に軍が行き、紛れ込む。こんな計画のどこに住民を守る視点があろう。軍部には住民保護の意識が決定的に欠落していた。
 以降、日本軍による食料強奪や住民の壕からの追い出し、壕内で泣く子の殺害が起きた。「ありったけの地獄」はこうして現れた。
戦前想起させる動き
 沖縄戦の前年、疎開船対馬丸が米軍に撃沈された。だがその情報は軍機保護法により秘匿され、知らずに別の疎開船に乗った住民も次々に犠牲となった。特定秘密保護法がこうした事態の再来を招かないか、危惧する。
 今、安全保障法制は、日本と遠く離れた地域での出来事も「国の存立が脅かされる事態」と規定する。戦前の「満蒙は生命線」の言葉を想起する。国民の恐怖心をあおって他国での戦争を正当化する点で、うり二つではないか。
 沖縄戦体験者の4割は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症、または発症の可能性があるという。阪神大震災体験者の倍だ。専門家は「沖縄戦と今が地続きだからだ。米軍の存在が日常の沖縄では米軍による事件事故のたびに心の傷口が開く」と分析する。
 その傷口に塩を塗り込むように、政府は新たな基地の建設を辺野古で強行している。沖縄の民意がどうであろうと沖縄を基地として差し出す、という構図だ。犠牲を強いる点で、沖縄戦の構図と何が異なるだろう。
 私たちは犠牲強要の再来を断じて許さない。過去に学び、戦争につながる一切を排除せねばならない。疎開船撃沈を報じず、沖縄戦でも戦意高揚を図った新聞の責任も、あらためて肝に銘じたい。


撤回・廃案を決断せよ 「違憲」の安保法制 
 国会が約三カ月間延長されたが、「憲法違反」と指摘される安全保障法制関連法案をこのまま成立させてはならない。法案の撤回、廃案を決断すべきだ。
 今月二十四日に会期末を迎える今の通常国会の会期がきのう、九月二十七日まで九十五日間延長された。鈴木善幸内閣の九十四日間を抜いて現行憲法下で最も長い会期延長は、安倍内閣が提出した安保法制関連法案を確実に成立させるためにほかならない。
◆憲法学者の重い指摘
 安保法案は五月二十六日に衆院本会議で審議入りし、現在、衆院平和安全法制特別委員会で審議されている。衆院を通過した後、仮に参院での審議が遅れても、衆院で再び可決し、成立させられる日程を、大幅延長は想定している。
 安倍晋三首相は今年四月、米連邦議会での演説で、集団的自衛権の行使に道を開く安保法案を「夏まで」に成立させると語った。
 しかし、この法案は、どんなに審議を重ねても、成立させるわけにはいかない。憲法違反である可能性が否定できないからだ。
 歴代内閣は、集団的自衛権の行使を「違憲」とする憲法解釈を堅持してきたが、昨年七月、この解釈を変更して行使容認に転じたのが、安倍内閣である。
 従来の憲法解釈は、国会での長年の議論の積み重ねを経て確立されたものであり、一内閣の判断で解釈を正反対に変える暴挙はそもそも許されない。
 衆院特別委ではきのう参考人質疑が行われ、歴代内閣法制局長官のうち二人が、安保法案の違憲性を指摘した。今月四日の衆院憲法審査会では、自民党が推薦した参考人を含めて三人の憲法学者全員が、安保法案を違憲と断じた。
 三人以外にも、全国の憲法学者二百人以上が安保法案に反対する声明を出している事実は重い。
◆過ち繰り返す危険性
 菅義偉官房長官は「数ではない」と防戦に躍起だが、憲法学の主流の意見を故意に無視し、法案成立を強引に進めることが、賢明な政治であるはずがない。
 元法制局長官が安保法案を違憲と批判したことに対し、安倍首相はきのう参院決算委員会で「政治家は常に、必要な自衛の措置とは何かを考え抜く責任がある」と語った。その通りではある。
 ただし、憲法の枠内で、との限定が付いていることも、政治家は常にわきまえなければならない。
 憲法の枠組みを無視し、もしくは確立した憲法解釈を勝手に変えて、思うがままに安保政策を組み立てるというのなら、国家権力を憲法で縛る立憲主義は形骸化し、海外で武力の行使をしない専守防衛の歯止めは意味を失う。
 自存自衛を名目に、近隣諸国を侵略していった過去の戦争の過ちを繰り返す危険性すら高くなる。戦後日本の平和国家としての歩みにふさわしいとは到底言えない。
 安倍内閣は違憲批判を受けて、集団的自衛権の行使容認を正当化するために、最高裁による一九五九年の「砂川事件判決」を再び持ち出した。
 しかし、この判決は旧日米安全保障条約に基づく米軍駐留の合憲性が問われた裁判であり、裁判で議論もされず、判決でも触れていない集団的自衛権の行使容認について、この判決を論拠とするのは無理がある。
 そもそも、なぜ今、集団的自衛権の行使容認が必要なのか、安倍内閣は国会論戦を通じても、その根拠を明確に示せてはいない。
 首相は先週の党首討論で「全体として国際社会の変化を申し上げている」と述べ、ホルムズ海峡での機雷掃海や朝鮮半島有事の際、警戒監視に当たる米艦船の防護を行使例に挙げたが、憲法の解釈を変更してでも、すぐに可能にしなければならない切迫性はない。
 安倍内閣は法案成立に向けて、独自の対案をまとめる予定の維新の党との修正協議に前向きだ。
 しかし、法案が修正されても、集団的自衛権の行使に道を開いたり、戦闘現場近くで外国軍を後方支援できるようにする根幹部分が変わらなければ、法案がもたらす危うさに変わりはない。
◆国民を畏れなければ
 共同通信社が実施した直近の全国電話世論調査によると安保法案が「憲法に違反していると思う」との答えは56・7%に上り、法案への反対も前回五月の調査より10ポイント以上増え、58・7%に達した。
 安保法案は専守防衛を逸脱し、おびただしい犠牲の上に、二度と戦争はしないと誓った戦後日本の平和主義に禍根を残す内容だ。
 与党が衆参両院で多数を占めていても、民意を無視して法案を強引に成立させていいわけがない。
 国民を畏れ、政府自らが法案撤回を決断するか、国会が良識に基づいて廃案とすることを、会期延長に当たって強く求めたい。


<放射光施設>宮城3ヵ所に候補地絞り込む
 原子レベルで物質の構造を解析する放射光施設の東北への誘致に向け、東北6県の7国立大でつくる東北放射光施設推進会議は22日、候補地を丸森、松島、大郷各町の宮城県内3カ所に絞り込んだ。
 候補地を選定する第三者委員会が、地盤や交通アクセスの観点から誘致に名乗りを上げていた候補地6カ所を調査し、報告書を推進会議に提出した。
 丸森町の「舘矢間山田地区」は堅固な地盤があるとして「最適」、松島町の「初原、幡谷地区」と大郷町の「東成田地区」は地盤は用地に適しているが、かなりの掘削が必要として「適する」とそれぞれ評価を得た。
 東北大の「青葉山キャンパス(仙台市青葉区)」は敷地の狭さや地形、青森県の「むつ小川原開発地区(六ケ所村、三沢市)」は冬季の交通アクセス、山形大の「米沢八幡原中核工業団地(米沢市)」は地盤の弱さが指摘されて落選した。
 推進会議が誘致を目指す放射光施設は直径約100メートルのリング型。電池開発や創薬への応用が期待される。建設費は約300億円、建設期間は3年程度を見込んでいる。


安倍首相、「慰霊の日」式典でやじ浴びる 沖縄戦70年
太平洋戦争末期に住民を巻き込み多大な犠牲者を出した沖縄戦の終結から70年に合わせ、沖縄・糸満市の平和祈念公園で23日に行われた沖縄全戦没者追悼式で、あいさつのため登壇した安倍晋三(Shinzo Abe)首相が参列者からやじを浴びせられる一幕があった。
 米軍の沖縄駐留に不満を持つ地元住民らが、檀上にあがった安倍首相に「帰れ」などのやじを飛ばした。日本で首相が直接市民からやじられることはまれだ。
 安倍首相はあいさつの中で「沖縄の人々には、米軍基地の集中など長きにわたり、安全保障上の大きな負担を担っていただいている」と述べたうえで、「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と語った。
 一方、翁長雄志(Takeshi Onaga)沖縄県知事は、米軍施設の73.8%が日本の国土面積の0.6%を占めるに過ぎない沖縄に集中し、県民に負担を強いていると訴え、参列者の温かい拍手に迎えられた。

夏至le solstice d'ete/Edy登録/はも湯引

ブログネタ
フランス語 に参加中!
hiromi4

Séoul et Tokyo se promettent d'améliorer leurs relations
SEOUL (Reuters) - La Corée du Sud et le Japon se sont promis lundi d'améliorer leurs relations diplomatiques, inaugurées il y a cinquante ans mais minées par des querelles territoriales et le passé militariste de l'empire du soleil levant.
Les deux pays souhaitent travailler à l'organisation du premier sommet entre le Premier ministre japonais Shinzo Abe et la présidente sud-coréenne Park Geun-hye, qui ne se sont jamais rencontrés en tête à tête depuis leurs prises de fonctions respectives (en 2012 et 2013). Le dernier sommet nippo-coréen remonte à 2012.
"Pour les peuples de nos deux pays et pour la génération future, j'aimerais oeuvrer avec la présidente Park à améliorer nos relations, les yeux tournés vers le prochain demi-siècle", a déclaré Shinzo Abe à l'occasion du cinquantième anniversaire des liens diplomatiques entre les deux pays.
Pour l'occasion, Park Geun-hye devait assister à une cérémonie à l'ambassade du Japon à Séoul et Shinzo Abe faire de même à l'ambassade de Corée à Tokyo.
Les ministres des Affaires étrangères des deux pays, principaux alliés des Etats-Unis en Asie, se sont rencontrés dimanche pour la première fois en quatre ans, se félicitant d'une série d'échanges bilatéraux récents, sur les plans commercial et militaire notamment.
(Jack Kim à Séoul, Kiyoshi Takenaka à Tokyo; Jean-Stéphane Brosse pour le service français)
フランス語
フランス語の勉強?

飯館の灯は消さない〜全村避難の村 工場の日々〜全村避難の村 工場の日々

朝、5時半の飯舘村。菊池製作所の取締役・高橋幸一さんは誰よりも早く出社する。高橋さんは飯舘村出身。福島市内に避難中だ。高橋さんは工場見回りを10年以上続けている。高橋さんは業務報告書を作る。東京・八王子の本社に送るためだ。社長も飯舘村出身。地元の雇用に貢献してきた。朝8時過ぎに従業員たちが続々と出勤してくる。最大の武器は技術力だ。様々な技術を持つ職員がいる。レーザー加工機を駆使してどんな形にも削る技術で時代を映す製品を支え続けてきた。スポーツウォッチなどの試作品もこの工場で作られた。昼休みに従業員の多くが屋内で食事を取る。被ばくの影響を受けないように屋内でも食事が原則義務付けられている。かつては外で弁当を食べるなどしていた。

夏至le solstice d'étéです.七十二候では乃東枯なつかれくさかるる,です.
いつものように適当に忙しい日でした.月曜日はまだヒマなほうですが,最近疲れがたまっているのでちょっとしんどい感じです.
本屋さんに行ってEdy登録を勧められました.
murène japonaiseを食べました.ハモの湯引です.

石巻の現状歩いて知る 復興マラソンオープニング
 「第1回いしのまき復興マラソン」(石巻市、河北新報社など主催)のオープニングイベントとなるウオークの部が21日、石巻市中心部であった。市内外から約150人が参加し、27、28日のマラソン本番に向けて大会機運を盛り上げた。
 復興マラソンは東日本大震災の被災地支援に感謝し復興状況を発信するのが狙い。ウオーク参加者は石ノ森萬画館発着の約7キロを約2時間かけて歩いた。
 旧北上川沿いから日和大橋、日和山を回って復興が進む様子を確認。到達した津波の高さを示す標識を写真に収めたり、3月に閉校した門脇小の被災校舎を目に焼き付けたりした。
 友人と参加した仙台市青葉区の会社員熊谷友子さん(55)は「(岩壁など)海岸線の整備はだいぶ進んでいると感じた。被災後の更地が今後どのように変わっていくのか気になる」と話した。
 本番の復興マラソンには5部門に計約3500人がエントリー。27日は市総合運動公園内で2、3、5キロの各部が、28日は同公園を発着点に10キロ、ハーフの各部が開催される。いずれも午前10時スタート。


契約解除2カ月 放射線監視装置いまだ放置
 東京電力福島第1原発事故の避難指示区域などに福島県が設置した放射線監視装置(モニタリングポスト)に不具合が多発した問題で、県が納入業者との契約を解除して2カ月がたった今も、装置が放置されたままになっている。この問題をめぐっては、県が数値の異常を把握しながら公表が遅れる不手際も起きた。住民からは「対応が遅すぎる」と県の動きの鈍さを批判する声が上がっている。
 県が南相馬市など8市町村に設置した77台の装置は、4月1日の運用開始直後から数値が異常に高くなるなどのトラブルが頻発。早期の改善が見込めないとして、県は同22日に納入業者との契約を打ち切った。
 その後、県は速やかな撤去を求めて業者に電話で2度、話し合いを申し入れたものの、業者側は拒否した。装置には「調整中」の紙が貼られ、原子力規制庁のホームページを通じた公表も中断したままだ。
 業者は「昨年12月の落札直後からテスト期間が必要だと再三、県に伝えた。一方的な契約解除は納得できない」と主張する。契約解除後も調整作業を続け、4月末には機械本体の不具合は全て解消したという。
 県放射線監視室は「業者と再契約するつもりはない。あくまで撤去を求めていく」との立場だが、撤去に法的強制力はない上、協議の見通しも今のところ立っていない。
 装置は地元の要望に基づき、県が国の補助金で設置した。放射線量を正しく表示し、安心感醸成につなげる狙いがあった。13台が設置された飯舘村の担当者は「稼働しなければ『放射線量を隠しているのでは』と不信感を招く」と話す。
 装置が放置されている南相馬市原町区大谷行政区の藤原保正区長(67)は「健康問題に直結するデータなのに、県の対応は遅すぎる。住民が日々空間線量をいかに気にしているかを分かっていないのではないか。県民を守るべき県として無責任だ」と怒っている。


復興工事現場 完全週休2日制試行
 国が発注した東日本大震災からの復旧復興関連工事の現場で、県内の建設業団体が完全週休2日制を試行している。「休暇を十分に取れる職場」と若者らにアピールし、人手不足解消につなげる狙いがある。本年度内に結果を検証する。
 試行現場は防潮堤工事2カ所、三陸道工事、北上川護岸工事の計4カ所。仙台河川国道、北上川下流河川両事務所が発注し、県公共工事品質確保安全施工協議会の加盟業者が受注した。
 建設業界では工期を順守するため悪天候などで平日の作業を中止した場合、週末に作業して遅れを取り戻す慣行がある。建設業振興基金(東京)による2014年の全国調査では、労働時間や休暇への不満を持つ作業員が28%に上った。
 今回の試行現場では、平日に作業できない理由があっても週末は作業をストップする。機械化を進め、平日の工程の効率を高めて工期内に終える工夫をする。
 協議会の千葉嘉春会長は「建設業は休暇を取りにくいイメージがあり、人材が集まりやすい環境を整えたい。週末休んでも、復興が遅れるような事態にはしない」と話す。
 発注側の国も工期延長に柔軟に応じ、週末に書類提出を求めないなど実現を後押しする。仙台河川国道事務所の担当者は「十分な休暇取得は担い手確保のポイント。受注者に協力したい」と説明する。


<その先へ>消えた母校伝えたい/10月大会準備に奔走
◎坂元小PTA副会長 門間浩泰さん(宮城県山元町)
 東日本大震災で被災した宮城県亘理、山元両町に今秋、東北各地から子育て世代の親が集う。10月3、4日にある東北ブロックPTA研究大会。山元町坂元小PTA副会長の団体職員門間浩泰さん(41)は被災を乗り越え、副実行委員長として参加する約1800人を出迎える。
 既に準備は始まっている。今月17日夜、児童の声が消えた亘理町亘理小の校舎に明かりがともる。門間さんら実行委幹部は多くのテーマについて話し合った。
 式典の進行をどうするか。弁当の手配は。大会プログラムにどんな挿絵を使おうか。一段落付いたときには午後9時を回っていた。
 小中学生の親と教職員が対象の東北大会は、6県と仙台市で持ち回りで開催。震災の被災地が会場になるのは初めてだ。「大変なことだらけだが、同世代に被災地を発信するまたとない機会。学校の枠を超えて一致団結して取り組み、絆を強めたい」と意気込む。

 震災当時、母校でもある山元町中浜小のPTA会長だった。鉄筋2階の校舎は津波にのまれた。児童ら90人は屋根裏部屋に逃げて無事だったが、PTA会員5人が犠牲になった。
 自宅は高台にあったものの周囲は浸水。長期避難区域に指定されて戻れなくなったが、各家庭の安否確認や慶弔費の扱いに追われた。
 落ち着きを取り戻しつつあった2011年秋、宮城県PTA連合会から東北大会開催の打診を受けた。被災した沿岸の各校は内陸の学校に併設される形で移り、仮設住宅で暮らす家庭も多かった。「無理だ」「それどころじゃない」。保護者に反発が広がった。
 一家8人で仮設に住む門間さんも当初は否定的だったが、次第に「元気に活動することが、全国からの支援への恩返しになる」と思い直した。12年度に亘理郡PTA連合会長に就いたこともあり、まとめ役として腹をくくった。
 昨年9月の盛岡市での前回大会に参加し、パネリストとして被災経験を語った。「写真では分からない。被災地を肌で感じてください」。来場を呼び掛けた。
 中浜小は震災後の児童減少で坂元小に統合された。門間さんは毎朝、出勤途中の車窓から、壊れたままの思い出深い旧校舎を眺める。津波に耐えた建物に「自分ももっと頑張ろう」と誓っている。
 「参加者に一人でも多く訪れてほしい」。消えた母校と震災の記憶が、同じ子を持つ親たちに伝わることを願っている。(原口靖志)


鮎川にエール 鯨の缶バッジ商品化
 石巻市鮎川地区の知的障害者が、地域のシンボル鯨をモチーフに缶バッジを作り、商品化した。鮎川地区がある牡鹿半島は東日本大震災で大きな被害を受け、過疎化が進む。製作メンバーは「牡鹿半島が元気になってほしい」との願いをバッジに託す。
 バッジは2種類で、黒の学生服を着た雄の鯨「え〜るくん」と、チアガール姿の雌の鯨「ラブえ〜るちゃん」。バッジを手にした人にエールを送り、スポーツや恋愛、勉強などを応援するという意味を込めた。英語の「ホエール(鯨)」に由来する。
 社会福祉法人石巻祥心会が運営する障害福祉サービス事業所「くじらのしっぽ」(石巻市鮎川浜)に通う20〜70代の男女約15人が、専用の機械で丁寧に仕上げる。30代女性は「牡鹿とクジラのことを知ってほしいと、みんなで協力して作っている」と話す。
 鮎川地区は、かつて沿岸捕鯨基地として栄えた「鯨のまち」として知られる。旧牡鹿町の人口はことし2月末現在、約3100。震災直前の2011年2月末と比べ3割減った。
 くじらのしっぽの関係者はことし3月、県内の障害福祉関連事業所の会合で、多賀城市の事業所がバッジを作っていると聞き、クジラとバッジの組み合わせを考え、商品化した。
 メンバーらは5月30日、石巻市中心部の「石巻立町復興ふれあい商店街」に出店、観光客らにバッジを販売した。帯同した生活支援員の多田剛優さん(34)は「牡鹿半島を盛り上げたいとの気持ちを伝え、街頭で一般の人と触れ合う貴重な機会となった」と語る。
 くじらのしっぽ管理者の阿部かよ子さん(51)は「バッジの製作や販売の対価としてお金をもらうことで喜びや自信が得られる。自立に向けた活力にしてほしい」と期待する。
 バッジは1個150円。鮎川地区の仮設商店街「おしかのれん街」などで販売している。連絡先はくじらのしっぽ0225(44)1753。


河北春秋
 気仙沼市文化協会から、創立5周年の記念誌をいただいた。気仙沼市と宮城県唐桑町の合併を受けて、両市町の文化協会も2009年6月に一つになった。以来、14年度までの歩みを振り返っている▼期間は短く、歴史の浅さを感じる人も少なくあるまい。が、誌面からにじみ出る時間の積み重なりは、読むほどに厚く感じられてくる。何といっても、その間に東日本大震災という未曽有の出来事が挟み込まれているから▼加盟する郷土芸能保存会は地域の半数以上の家屋が全半壊、子どもたちを含む約30人が犠牲となった。文芸団体の一つは震災前35人いた会員が命を落としたり自宅に大きな被害があって転出したりで半数以下に激減。津波で関連資財を流されるなど、活動停止の危機に直面した団体も多い▼もとより、気仙沼ばかりではないだろう。三陸沿岸地域では、それぞれの土地に根付いた多彩な文化活動が繰り広げられていたはず。津波は各地で、古里の誇りを根こそぎ奪い去ってしまったかに見えた▼地震や噴火、戦災、冷害…。はるか昔から東北は、幾多の困難にぶつかっては乗り越えてきた。人々は今、先人を思い前を向く。記念誌の名称は「文化永久(とわ)に」。被災地に文化の華がいつまでも咲き競うよう、そんな願いがこもっている。

被災地、医療…自殺防止に「臨床宗教師」 行政初、京都府が龍谷大と 政教分離に抵触せず
 被災地や医療現場で心のケアに当たる「臨床宗教師」を自殺対策に活用しようと、京都府が今年度中に龍谷大(京都市)と提携し、委託事業を始めることが21日、関係者への取材で分かった。臨時のカフェでの「傾聴」を通じ、遺族のグリーフ(悲嘆)ケアや、死にたい気持ちを持つ「希死念慮者(きしねんりょしゃ)」の自殺防止につなげる。行政機関が臨床宗教師を活用する全国初の取り組みとして注目されそうだ。
 臨床宗教師は、宗教や宗派の違いを超えて人々の悲嘆や苦悩に耳を傾ける「傾聴」を行う宗教者。布教や勧誘を一切行わず、特定の宗教団体を利する目的がないため、府は政教分離の原則に抵触しないと判断した。
 府は平成25年度から臨床宗教師の活動に注目。東日本大震災の被災者支援として、僧侶や牧師らがボランティアで仮設住宅の集会所などをめぐる移動傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」を視察し、自殺対策に活用できないか検討してきた。
 計画では、府内の公民館などを会場に臨時のカフェを開設。臨床宗教師が、自殺者の遺族や希死念慮者の心のケアに当たる。事業費として100万円を今年度予算に計上している。
 委託先となる龍谷大は、26年度に大学院で臨床宗教師の養成を始め、これまでに11人が修了。27年度からは宗教や宗派を問わず、社会人の宗教者にも門戸を広げており、13人が受講している。すでに91人を輩出している東北大にも事業への協力を求める。
 府は「自殺の危機は何人(なんぴと)にも発生し得る」として、27年4月から都道府県としては初めて、自殺対策条例を施行するなど重点的に取り組みを進めている。
 26年度には、民間団体などと9市町で計11回、相談会も開催。主に臨床心理士が心のケアを担当していたが、死後の世界や救いの有無など、宗教的な死生観がないと答えられない苦悩が多く寄せられたという。
 府福祉・援護課の担当者は「特定の宗教に偏らず、傾聴の訓練を受けた臨床宗教師なら対応できる。生きづらさを感じる人たちの居場所をつくり、自殺防止を図りたい」と話している。


【被災地を歩く】 南三陸「語り部バスツアー」 心に寄り添い、伝える記憶 宮城
 「今ここは草しかありません。元々は1500軒の家があって橋もありましたが、全て流され、危険区域に指定されてしまいました」。宮城県南三陸町の南三陸ホテル観洋の渉外部長、伊藤文夫さん(72)が、バスの外を指さしながら説明した。
 6月10日午後、同ホテルが宿泊客向けに毎朝走らせている「語り部バス」の特別運行が行われた。乗っているのは、観光庁の久保成人長官と岩手、宮城、福島3県の旅館やホテルの女将(おかみ)らだ。
 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の影響で落ち込んだ東北地方の観光復興の加速を目指そうと、観光庁が観光の最前線にいる女将らとの意見交換会が初めて開催された。その一環で平成24年から南三陸ホテル観洋で毎日運行している語り部バスツアーが行われた。
 ◆今も残る爪痕
 バスは同ホテルを出発し、伊藤さんの案内の元、津波が最初に到達したといわれている戸倉地区や、校舎1階が大きく損壊した町立戸倉小学校などを回った。この日は、立ち入り禁止のため普段のコースには入っていない結婚式場「高野会館」も視察。海岸近くにあるため、最上階の屋上まで津波が押し寄せた高野会館は当時の被害が生々しく残っている。
 安全のため全員がヘルメットをかぶって内部に入ると、壁や配線ははがれ落ち、津波の激しさを物語っていた。これだけ多くの被害を受けたにもかかわらず、当時、集会を開いていた地元の高齢者ら327人は屋上などに避難して全員無事救助された。
 伊藤さんは「津波が静かになるまで全員で屋上に避難したんですね。寒い中でも少ない水をペットボトルの蓋に入れて回し飲みをしたり、互いに助け合ったからこそ、全員が救助されたんだと思います」と話した。
 屋上からは街と海が一望でき、造成工事など、街の復興の様子が垣間見えた。
 参加した女将の一人は「こうして上から街を見ると、津波の威力とかさ上げ工事の大変さが分かりますね。復興が力強く進んで、美しい町並みとにぎわいが早く戻るといいですよね」とエールを送った。
 その後、津波で43人が犠牲になり、鉄骨だけ残っている同庁の防災庁舎に向かった。伊藤さんは防災庁舎が7年に作られたことや保存を巡る問題になどに触れ、「想定を超える自然災害を想像できなかった。こんな悲しい思いを二度としてほしくない」と語りかけた。防災庁舎前には花や線香が手向けられており、参加者もバスを降りて手を合わせていた。
 ◆国も支援検討
 バスツアーに参加した久保長官は被災地の現状を積極的に伝え、風化を防ぐ必要があるとした上で、「語り部は被害の状況を知ってもらう大きな役割を果たしている」と評価した。語り部などの情報発信を国としても支援していきたいという。
 伊藤さんは「街の復興は徐々に進んでいますが、観光業の復興はやはりとても時間がかかります。交流人口を少しずつ増やしながらこの先もみんなで頑張っていきたい。南三陸町に足を運んで現状を見て知ってもらうのが一番の復興になると思います」と話した。
 伊藤さんは、高野会館も防災庁舎と同様に今後、震災遺稿として保存するかどうかで揺れていると話してくれた。震災の教訓を後世に伝えていくことは重要だが、津波や震災の恐怖を強烈に残す被災建物の保存には賛否両論がある。だからこそ人々の心に寄り添いながら記憶を語り継いでいく語り部の重要性を改めて感じた。(大渡美咲)


<祈りと震災>(56)記憶の中存在あせず
◎映画監督 岩井俊二さん/死者へ無限の想像力を
 古里を襲った東日本大震災を米ロサンゼルスで知った。帰郷がかなったのは2カ月後。宮城県石巻市の友人や塩釜市の親類らを訪ね歩いた。被災地で交わした言葉が、作詞を担ったNHKの震災復興支援ソング「花は咲く」に息づく。
 「亡くなった人が一緒にいるかのように話していた。人は記憶される限り存在する。記憶は創作の大きなテーマだったが、生や死の意味すら支えていると初めて実感した」
 ♪わたしは何を残しただろう
 この歌詞はつぶやくように3回出てくる。残された人は亡き人の苦しみや無念を想像するしかない。だからこそ死者からの視点を思い描いた。
 「亡くなった人たちを忘れて生き残った人のためだけの歌では聴く人に違和感が残るだろう。ただ静かにそばにあるような歌にしたかった」
 ♪真っ白な雪道に春風香る
 わたしはなつかしい
 あの街を思い出す

 歌を書き終え、気付いた。
 「浮かんだのはかつて暮らした街の景色、出会った人たち。仙台を遠く離れた自分の望郷の念と、この世にいない死者の思いが重なった」
 ♪いつか恋する君のために 歌の結びは、身内の安否確認に追われた震災直後、ツイッターで偶然見た投稿から思いついた。ある同級生を本人に知られずに探したいと、仙台の女子高生が悩んでいた。
 「なぜなら片思いで彼に好きだと伝えていないから。こんな絶望的な状況でも、花って咲くもんだな」
 震災1年後に世に出た歌は今なお被災地で口ずさまれている。歌詞の一部を変え、「復興色」を強めたバージョンもことしに入って登場した。
 複雑な思いもある。
 「ここまで長く流れると思わなかった。この歌が必要とされる限り、まだ苦しい人たちがいるということだろう。この曲が必要とされない日が来ることを願ってやまない」
 なりわいとする映画界に目を向ければ、たくさんの「起きてほしくない未来」がスクリーンに映し出される。想像の物語として。時には警告として。
 「3.11の津波と原発事故、その後も噴火などSFのような災難が次々と現実になっている。さらに原発再稼働とか集団的自衛権とか、暗い時代の幕開けと感じてしまう」
 そんな時代にクリエーターとしてどう向き合うか。震災後の第1作は2011年10月に発表したドキュメンタリー「friends after 3.11」。科学者や環境活動家らが原発の危険性や弊害を訴える。繊細な心の揺らぎを透明感のある映像で描く作風とは一線を画す。
 「目の前にいる人や知る事だけで折り合いを付けようとせず、どれだけ想像力を巡らせるか。それが万物につながると被災地で思い知った。社会全体が視野狭窄(きょうさく)に陥らないために」


日韓国交正常化50年 冷静に過去と未来語れ
 日本と韓国が国交正常化の基本条約に調印して、二十二日で五十年、最近の関係は冷え込んだままだ。もう一度、対話と協力を軌道に乗せたい。
 韓国の尹炳世外相が昨日、初めて来日し、岸田文雄外相と会談した。世界文化遺産に「明治日本の産業革命遺産」を登録する問題で、韓国が申請する古代国家、百済の遺跡群とともに登録されるよう協力することで一致した。元従軍慰安婦問題も議題に上った。正常化五十年に合わせ、両外相が直接懸案を話し合い、対立の流れを変えようと試みた。
◆互いの変化知らねば
 日韓関係の冷却化で、国民感情まで悪化している。言論NPOと韓国の東アジア研究院の調査によると、韓国に良くない印象を持つ日本人は52・4%、日本に良くない印象を持つ韓国人は72・5%に上った。
 日本はサッカー・ワールドカップ共催や韓流ブームを通じ、韓国に幅広く関心を持つようになったが、繰り返し過去の問題を持ち出され、今では疲労感がにじむ。
 韓国側は、残された歴史の懸案を解決してこそ、本当の和解が訪れると期待するが、理解を得られず、むしろ日本で嫌韓ムードさえ広がることに当惑している。
 国民感情のすれ違いはここ数年、顕著に表れているが、背景には、日韓関係の構造的な変化があるとみるべきだろう。
 五十年前、韓国は日本の協力をばねに最貧国から抜け出そうとしていた。今や民主化が定着し、IT産業を軸に経済力をつけ、国際社会での発言力を高めて、日韓は競争関係になった。
 台頭する中国の存在も、日韓関係に影響を与える。朴政権は日本より中国を重視する外交姿勢をはっきりと打ち出した。韓国の対中貿易額は、対米、対日を合わせた額より多いうえ、北朝鮮の軍拡を止める影響力を期待するからだ。一方で安倍政権は、米国との同盟を強固にして中国の拡大抑止を目指す。中韓接近には警戒感をぬぐえないでいる。
 日韓関係の冷却化は、互いの変化に冷静に対応しないまま、不信感を募らせているのが一つの要因ではないか。
◆「慰安婦」解決の道は
 正常化五十年をきっかけに、もう一度、日韓基本条約の合意を確認し、歴史の懸案への対応を考えたい。
 基本条約に付随する協定により、植民地時代に起因する請求権は「完全かつ最終的に解決した」と明記されている。
 だが、旧日本軍の従軍慰安婦の問題は事情が込み入っている。朴政権は最も重要な懸案だと一貫して主張する。日本側は「解決済み」という立場だが、協定が結ばれた当時は議題にならなかったこともあり、一九九〇年代に「アジア女性基金」をつくって救済を図った経緯がある。
 元慰安婦の生存者は五十人ほど、平均年齢が九十歳近くになったことを考えれば、人道的な見地からもう一度解決を図る必要がある。国連の人権委員会など、国際社会も取り組みを求めている。
 韓国の支援団体は国家賠償を要求するが、日本政府は応じられないだろう。人権問題の完全解決という理念はわかるが、被害者が生存中に心身ともに救済するという目的を優先する方法を探るべきではないか。
 朴槿恵大統領は先月、「外交は歴史問題に埋没しない」と述べ、経済や安全保障などでは歴史と切り離して対日協力を進める考えを示した。
 環境、防災、観光などの分野では、これまでも連携してきた。韓国で広がる中東呼吸器症候群(MERS)の対策は、隣国同士すぐにでも話し合うべき課題だ。
 経済は競争関係にあるとはいえ、IT関連での技術開発や、第三国でのインフラ整備で合弁事業を進めるなど、協力が期待できる分野がある。中国で生産される電子機器には、日韓のメーカーが作った部品、素材が使われている。経済は既に国境を越えている。足踏みしている日中韓の自由貿易協定(FTA)交渉を進めて、いっそうの経済協力ができる制度づくりを進めたい。
◆年内には首脳会談を
 韓国の外交官たちは「私たちが直面する問題について、日本の取り組みは大変参考になる」と話す。急速に進む少子高齢化、非正規ばかりが増える雇用、都市と地方の格差、欧米に比べまだ不十分な女性の社会進出−。どれも日韓に共通する課題だ。
 安倍晋三首相と朴大統領の首脳会談はまだ実現しないが、強硬だった韓国世論も軟化し、早期開催が必要とする声が増えている。多国間協議の機会を利用するなど、年内開催を目指すべきだ。


歴代の法制局長官が「憲法9条に違反する」と指摘
 国会では、安全保障関連法案に関する参考人質疑が行われ、元内閣法制局長官らが「憲法9条に違反する」などと指摘しました。政府・与党は、9月下旬まで会期を大幅に延長して法案成立を目指す方針です。
 (政治部・白川昌見記者報告)
 これまで「集団的自衛権の行使は認められない」とする政府見解を積み上げてきた歴代の法制局長官からは疑問の声が相次ぎました。
 元内閣法制局長官・宮崎礼壹氏:「集団的自衛権の行使容認は限定的と称するものを含めて従来の政府見解とは相いれないものであって、これを内容とする今回の法案部分は憲法9条に違反し、速やかに撤回されるべきものである」
 元内閣法制局長官・阪田雅裕氏:「ホルムズ海峡の機雷封鎖、これなどはどう考えても我が国の存立を脅かし、国民の生命自由及び幸福追求の権利を根底から覆すような事態に至りようがない」
 一方、森本敏元防衛大臣は「周辺諸国の脅威を考えると、現状は国の安全を守るには不十分だ」として法案の必要性を強調しました。
 森本敏元防衛大臣:「私は基本的に我が国の安全保障にとって極めて重要な意味と役割を有する法制であって、一方、この法制に対する十分な国民の理解と支持を広げることが何よりも必要である」
 安保法案を巡り、違憲、合憲という議論が続く状況を受け、政府・与党は国会の会期を9月下旬まで大幅に延長するという決断をしました。当初はお盆前の法案成立を目指していましたが、与党幹部は「憲法学者の違憲表明ですべてがおかしくなった」と嘆いています。午後には自公の党首会談を行い、夜の本会議で正式に延長を決定します。

父の日で黄色のバラ/一日ダラダラ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
140919_Tanukikoji

Ambiance amoureuse
Avec la venue de l'été et sous les bons influx du trigone Jupiter/Uranus, vous serez prévenant et doux avec vos relations amoureuses. En effet, la tendresse et la gentillesse feront partie de votre vocabulaire. Vous saurez vous mettre à la place de vos fréquentations sentimentales pour mieux les comprendre. Votre personnalité sera très puissante.
En couple
Grâce au trigone Jupiter/Uranus, avec votre partenaire, vos sentiments seront constitués d'une grande tolérance et d'une totale confiance. Votre complicité amoureuse sera également extremement forte. Vous profiterez de l'été pour mettre votre union sous les projecteurs afin de construire des projets communs. Vous formerez un très beau couple !
En solo
Un nouveau rendez-vous galant pourra vous mobiliser à cent pour cent. Dès lors, vous ferez preuve d'une très grande impatience et votre excitation sera extremement forte. Vous utiliserez au mieux votre pouvoir de séduction. C'est pourquoi, avec l'appui de Jupiter, vous ne laisserez absolument rien au hasard et vous ne négligerez aucun détail.
フランス語
フランス語の勉強?

笑顔の商店街をつくりたい!〜岩手県・山田町〜
震災後、町ににぎわいを取り戻そうと営業を続けてきた仮設商店街。今、かさ上げ事業の影響で移転を強いられる店が相次いでいる。岩手県山田町の仮設商店街もそのひとつ。今仮設から仮設へと移転中。更に将来は、新たに完成する大規模複合施設への引越しも予定されている。しかし度重なる移設で、商店主たちも疲弊し、廃業する店が出ている。商店街は“人々が集い交流する場”であり、商店街が廃れることは町の衰退にもつながりかねないと山田町の人々はいう。神戸市新長田や宮崎県日南市油津の商店街の事例なども紹介しながら、山田町の人々が、商店街を町のチカラにする方策を話し合う。
KOIに恋して  世界へ売る! “泳ぐ宝石”
「泳ぐ宝石」と評され、一級品は数百万円で取り引きされるニシキゴイ。高度経済成長期の日本では、観賞魚の花形として一斉を風靡した。しかしバブル崩壊とともに、国内市場は縮小。ニシキゴイ業者が活路を見いだした先、それは海外だった。 全国有数のニシキゴイの産地・福岡。尾形学さんは、中学の時にニシキゴイに魅せられ、開業した。毎年数百万匹ものニシキゴイの稚魚から、将来性があるおよそ1%を残す厳しい選別を行い、手塩にかけて一級品のニシキゴイを育て上げる。美しく仕上がったニシキゴイを求めて、世界中から訪れるバイヤーは年々増え、現在では販売先の9割以上が海外になった。ニシキゴイ養殖場の1年を通じて、世界にニシキゴイを広めようと奮闘する姿を描く。
テレメンタリー 「シリーズ戦70年(6) シベリアからの遺言」
「シベリア抑留」。過酷な労働、寒さや飢えで約5万5000人が死亡したとされる。日本に引き揚げず1990年代になってようやく存在が明らかになった人々がいる。
でもそのとき既に彼らには現地で知り合った妻が、子供が、孫がいた。帰国を果たした者。帰国後、再びかつて抑留された地へ戻る者。日本とカザフスタン、2つの国に暮らす元抑留者とその家族から戦後70年を迎える今年、改めて戦争とは何かを問う。
北海道テレビ放送

ライアの祈り
森沢 明夫
小学館
2012-09


『津軽百年食堂』に続く青森三部作完結編!
高倉健主演映画『あなたへ』の小説版が18万部で話題の森沢明夫最新作。今作品はベストセラー『津軽百年食堂』『青森ドロップキッカーズ』に続く青森三部作の完結編です。
青森県八戸で眼鏡店の店長を務める桃子はバツイチの35歳。弘前で100年続くそば屋の長女でもある。不幸な離婚を経験、恋に臆病になってからずいぶん経っている。そんなある日、人数合わせで誘われた飲み会で出会ったのは、何とも風采のあがらない考古学者だった。彼の手引きで遺跡の発掘に目覚めた桃子だったが……。
平成から遡ること遙か昔。縄文の村で暮らす若き狩人ライア。化け物のようなイノシシと果敢に戦い、決して弱音を吐かない勇者だ。心に「神の欠片」を持つライアは不思議な魔力を持つ愛犬ギンを従え、波乱の人生へと船出してゆく……。
平成と縄文の二つのドラマが感動のクライマックスへと読者を導いていきます。
現代人が忘れかけている温かくて懐かしい心と心の触れあいが今作品のテーマです。さらに青森の手つかずの自然、遺跡、そして思わずつばを飲み込む美味しい食べ物の数々。心が辛い今だからこそ読みたい、ハートウォーミングな傑作小説が誕生しました。


父の日なのでバラを買いに行きました.最初行ったお店では仏花くらいしかなかったのでちょっと遠出しました.というかそこがいつものお店ですが.赤いバラを買おうか迷ったのですが,父に赤は合わないだろうと考えて黄色のバラにしました.
日曜日なのでダラダラ.疲れがたまっていたこともあるので,明日から頑張るために今日は十分休養をとる必要があると考えました.明日から頑張れるかな?

復興していく石巻を見て歩く
石巻市で東日本大震災から復興していく町並みを見ながら歩く催しが開かれました。
この催しは、震災から4年が過ぎ、日々復興していく石巻市を全国に発信しようと、市や地元のNPO法人などが企画したもので、市内のほか関東や関西などから160人あまりが参加しました。
参加者は準備体操を終えると、石ノ森萬画館を出発し、土地の造成工事や災害公営住宅の建設が進む町並みを見ながら、6.7キロのコースを歩きました。
津波が押し寄せた旧門脇小学校の前を通った際には被災した校舎を写真に収める人の姿も見られました。
新潟県から参加した50代の男性は「初めて石巻市を歩きました。
ここに家が建っていたなど話を聞くと信じられないです。驚きました」と話していました。
また、市内から参加した30代の女性は、「前の町の景色を知っているだけに整備されて、町が復興に近づいているのを感じます」と話していました。


<祈りと震災>(55)命の連なり 語り継ぐ/第11部 あなたへ(上)
◎女優・倍賞千恵子さん/思い、面影 桜に重ねて
 慈しみにあふれた声で語り掛ける。映画「男はつらいよ」シリーズで演じた兄思いの妹さくらのように。
 死はなんでもないものです
 私はただ
 となりの部屋にそっと移っただけ
 私は今でも私のまま
 あなたは今でもあなたのまま
 英国の神学者ヘンリー・スコット・ホランド(1847〜1918年)が100年近く前に作った詩「さよならのあとで」。亡き人から残された者への言葉が連なる。昨年12月に出版した著書「風になって、あなたに会いに行きます」の付属CDに、自身の朗読を収めた。
 「東日本大震災が起きた後、死をどう捉えたらいいのかずっと考えた。朗読には震災で亡くなった方々への思いを込めた」
 震災の発生時、東京でナレーションの仕事をしていた。大きな地震に見舞われた後、街がだんだん暗くなる様子に異様な雰囲気を感じた。
 被災地の惨状を知ると、居ても立ってもいられなくなった。
 「鹿角市出身の父親は電話でよく方言を話していた。松竹音楽舞踊学校の同級生の実家が仙台にあり、夏休みを過ごしたこともある。私にとって東北はとても身近な地域」
 現地で不足していると聞いたおしめをたくさん買い、すぐに福島県の知人に送った。
 その後も被災した各地を訪れ、コンサートを開いたり、映画の上映会に参加したりした。
 被災地で気遣うのは、家族や友人を亡くした被災者の心情だ。
 「自然災害で大切な人の命を突然奪われた皆さんの心の痛みは計り知れない。ずっと癒えない苦しみなのかもしれない」
 自らも掛け替えのない人との別れを経験している。その代表的な一人が「男はつらいよ」でさくらの兄の寅さんを演じた俳優の渥美清さん。1996年に肺がんでこの世を去った。68歳だった。
 「さくらにとってだけではなく、倍賞千恵子にとっても兄貴みたいな存在。亡くなったと知らせを受けた時は寂しくなり、たくさん泣いた。映画という虚構の世界の関係でもそうなのだから、震災で肉親を亡くしたつらさはいかばかりかと思う」
 ことし4月、「鎮魂の桜の森」の整備が進められている石巻市の観音寺を訪れ、裏山に桜を植えた。近くの石像に向かって手を合わせ、震災の犠牲者に祈りをささげた。
 「元気に根付いてほしいと願いながら植樹した。桜が咲けば、亡くなった人を思いながら足を運ぶ人がきっといるだろう。花の咲く時期にまた行きたい」
 震災から4年3カ月が過ぎても、多くの命が失われた被災地の悲しみは尽きない。祈りは魂を鎮め、救いの道を開く。そう信じて人々は手を合わせ続ける。被災者に強い思いを抱く各界の3人に聞いた。
(「祈りと震災」取材班)


<その先へ>何度も挑戦 この地で/かさ上げ受け移転へ
◎ジャズ喫茶店主 冨山勝敏さん(陸前高田市)
 東日本大震災の津波で流された陸前高田市のジャズ喫茶の店主冨山勝敏さん(73)が昨年、店の跡地に開いたバンガロー村を、来春閉じることになった。市街地復興のかさ上げ工事にかかるため撤去する。移転先の造成が完了するのは数年後。それを待って、ジャズ喫茶と宿泊施設を再建する決意だ。撤去の失意、年齢的な不安を乗り越えて再挑戦する。
 この施設は「レインボーサライ」(虹の宿)。同市本丸公園入り口の高台にバンガロー7棟が並ぶ。
 「ボランティアや被災地を訪れる人を泊め、にぎわいを生みたい」と、津波で流されたジャズ喫茶「h.イマジン」があった跡地に昨年3月11日、私財900万円で設けた。「ここにジャズ喫茶を再建したい」と自ら図面も描いていた。
 閉鎖は、この土地が市の復興土地区画整理事業のかさ上げ工事の対象となることが分かったためだ。海抜10メートルあるが、さらに2メートル余り、かさ上げされる。
 「残念だが、やむを得ない。建築の際に、市と『工事区域に入る場合は移転する』との約束があった」
 市の中心部では大規模な区画整理が進む。移転先は新たな商業地の一角になるが、造成完了時期に2016〜18年度と幅があり、場所はまだ分からない。
 「すぐには再建すると決められなかった」と言う。迷った理由は、数年を待つ間に重ねる年齢への不安だ。「体は維持できても、気力が今のままかどうか」
 将来、どれほどの人が陸前高田に来てくれるかも不確かだった。開設から昨年末までの宿泊客は約9カ月間で約500人だったが、ことしは6カ月が経過したのにまだ170人。「大勢の人の力を求めるボランティア仕事が少なくなった。被災地への関心の風化もあるかもしれない」
 数年先の再出店を希望する市内の事業者も、当初の約300人から120人ほどに減った。それでも、再建を決断させたものは「お客さんや街がどうなるかではなく、自分がどう生きたいか−という原点を大事にしよう」との思いだ。
 郡山市出身。東京の企業を定年後、美しい三陸をついのすみかに選んだ。03年に大船渡市碁石海岸にジャズ喫茶を開いたが、火事で焼失。10年12月に開いた陸前高田市の店も津波で失った。再起して12年3月に大船渡市で仮店舗を出し、次の夢の場所がレインボーサライだった。
 「5度目の挑戦もいい。この土地で生きていくのだから。復興の行方は分からないが、新しい街に大人のジャズの店を開きたい」
 冨山さんは、もう動き始めた。仲間の商店主らと近く、中小企業再建のグループ化補助金を申請するつもりだ。
(寺島英弥)


レンズがとらえた被災地のいま
◎まちづくり「高さ」焦点
 東日本大震災から4年以上がたち、被災地の様相が日々変化している。かさ上げ、防潮堤などの工事が急ピッチで進み、JR仙石線は5月30日に全線復旧した。沿岸部は巨大な津波で多くの命が失われ、壊滅的な被害を受けた。未来の命を守る復興事業や新たなまちづくりに共通するのは、「より高く」だ。安全な空間を確保するためだが、防潮堤をめぐっては行政の計画に住民が異論を唱える地域も出ている。被災地の現状を映し出す「高さ」をレンズでとらえた。


<あなたに伝えたい>孫の成長ゆっくり見守って
◎尾形昭寿さん(東松島市)美恵子さんへ
 昭寿さん 母は何をするにも常に家族の中心で、家のことは大体母が決めていました。母は仕事柄、夜勤も多かったのですが、朝起きて家の仕事をしっかりとこなし、夜勤に出ていました。
 母を失って生活の中に、ぽっかりと大きな穴が空きました。震災後は家族で何か物事を決める際に、意見がまとまらないことが多くなりました。こんなときに母がいれば、すぐに収めてくれただろうにと思います。
 私の息子たちは表には出しませんが、寂しい気持ちを持っているようです。ふとしたときに「ばっぱが生きていれば良かった」と口にすることがあります。運動会などを見てもらいたかった気持ちがあるのではないでしょうか。
 震災後、息子たちに家事を割り当て長男には料理の手伝い、次男には風呂掃除をさせています。手伝いをするうちに、自分のことだけでなく他人のことも考えられるようになってきました。そんな姿に母も「大きくなったね」と喜んでいることでしょう。
 震災で自宅には約1メートルの津波が押し寄せました。修繕して暮らしていましたが、古くなったので現在建て替え中です。新居での暮らしは、ことし中にスタートできる予定です。
 母には、息子たちが新しい家でけがをしないように、成長を見守ってもらいたいです。今まで家のことも仕事も一生懸命にやってきたので、ゆっくり休んでもらいたいですね。
◎家族の大黒柱だった「ばっぱ」
 尾形美恵子さん=当時(57)= 東松島市宮戸で両親と夫貞男さん(63)、次男昭寿さん(34)、昭寿さんの妻佳奈さん(37)と3人の孫の9人で暮らしていた。震災発生後、自宅から勤め先の東名地区の高齢者福祉施設へ。車に物資を積み、入所者が避難する野蒜小へ向かう途中に津波にのまれたとみられる。


父の日
 きょう6月の第3日曜日は父の日。「うちは親子のコミュニケーションが取れているので、特別にそんなな日でなくても…」と言いながらも、内心そわそわしている人も多いのでは。
 もともと米国で始まったという。妻に先立たれ、6人の子どもを男手一つで育てた人がいた。子どもの一人が母の日があることを知り、父に感謝する日も必要と20世紀初めに呼び掛けたのがきっかけとされる。
 日本で知られるようになったのは1980年代。だが、母の日の父親版的に出てきたせいなのか、男たちが長年にわたり父親の権威にあぐらをかいてきたせいなのか。母の日に比べるとまだまだ広がりを欠く。
 企業の調査にも表れている。「父の日を祝うか」との問いに「祝う」としたのは4割にとどまった。母の日の際、同じ質問をしたところ、1.5倍の6割にも達したという。
 所属する部署は夜勤が多く、子どもと接する機会も少なくなりがちだ。わが子から何もなくても「外で頑張っている姿を見ていないだろうから」と言い訳はするまい。この1年の自身の振る舞いを省みる機会にしなければと思っている。(整理部副部長 細谷隆)

アンスティチュ・フランセでフランス映画 de bon matin

ブログネタ
フランス語 に参加中!
vibra3

"De bon matin" : l'enfer de la vie de bureau, sans échappatoire
C'est aujourd'hui admis, la logique des grandes entreprises capitalistes qui pousse sans cesse les employés à accroître leurs objectifs, leurs résultats, à s'adapter aux évolutions technologiques, aux contractions économiques à répétition, a quelque chose de mortifère.
De beaux films ont déjà été faits sur le sujet, comme La Question Humaine de Nicolas Klotz (2007), Elle est des nôtres de Siegrid Alnoy (2003), ou même, de manière plus biaisée, Choses Secrètes de Jean-Claude Brisseau (2001). Jean-Marc Moutout lui-même en avait fait le sujet de son premier long métrage, Violence des échanges en milieu tempéré (2003), où il suivait la trajectoire d'un jeune homme qui perdait son ame en se formant à un premier emploi dans lequel il était chargé de licencier des employés.
Avec De bon matin, le cinéaste radicalise son propos en se plaçant du côté d'un employé (Jean-Pierre Darroussin) dont la direction veut se débarrasser. L'ennui, c'est que le regard ambigu qu'il avait dans son premier film, et qui en faisait la qualité, s'est émoussé. En retraçant, sous forme de flash-back, le parcours d'un quinquagénaire brisé par le système qui va finir par tuer ses patrons avant de se suicider, Moutout met en scène une trajectoire linéaire, dont le scénario implacable est sans surprise.
La monotonie des paysages de banlieue n'a d'équivalent que la tristesse géométrique des espaces de bureaux, l'uniformité des tenues des employés de banque et le dégoût de la vie qui ne quitte pas Darroussin du début à la fin. Aucun échappatoire, pas même du côté des personnages secondaires dont l'existence est à peu de choses près anecdotique. On passe son temps à espérer un petit peu d'air, une note d'humour, qui malheureusement ne viennent pas.
フランス語
フランス語の勉強?

ETV特集 アンコール「小さき命のバトン」
熊本の慈恵病院は日本で唯一の“赤ちゃんポスト”「こうのとりのゆりかご」を運営する病院として知られる。病院がゆりかごの開設と同時に始めたのが妊娠中の女性たちのSOSを24時間無料で受け付ける電話相談だ。更に母親がどうしても育てることができない赤ちゃんを新しい家庭に託す「赤ちゃん縁組」も始めた。命のバトンを通して赤ちゃんに幸せになってもらおうと奮闘するスタッフの姿を伝える。
薬師丸ひろ子

Rの法則・選「究極のうどんバトル」
番組でアンケートを取ったところ、トッピングに「パイン」、つけ汁に「おしるこ+コーラ」など独特のレシピが多数寄せられた。そこで全国のうどんを食べ尽くした達人が考案するオリジナルうどんと10代のレシピでうどん対決。新たなうどんの楽しみ方を提案する。またコシが出るうどんのゆで方やカレーうどんをお店の味に近づける方法など、ちょっとしたコツを紹介!
クリス松村,小原正子,フードジャーナリスト…はんつ遠藤,
山口達也,秋鹿真人,
前田亜美,田中樹,山内芹那,金井勝実,石神澪,野呂汰雅,阿部悠真,西野未姫ほか


アンスティチュ・フランセでフランス映画 de bon matinを見ました.なかなか難しい映画でしたが,見てよかったと思います.
たまっていた仕事をどうにか片付けました.とりあえず安心.

<大震災>交通指導員、津波から必死の誘導
 東日本大震災で被災した気仙沼市で巨大地震発生直後、子どもの登下校などの街頭指導に当たる交通指導員が、車や人が津波に遭わないよう安全な場所に誘導した。市内では震災当日、14人が街頭で誘導に当たっていたことが分かった。車で避難途中、津波にのまれ命を落とすケースが多く、災害時の交通指導員の役割が重みを増す。
 2011年3月11日、当時、交通指導員だった気仙沼市東中才の高橋優喜さん(73)は鹿折地区で、津波が押し寄せる国道45号に車が入らないよう誘導した。隣接する陸前高田市側から車が次々とやってきたが、「この先は進めない」と停止棒を必死に振り続けた。
 高橋さんは指導員歴25年のベテラン。地震後すぐに制服を着て、自宅から誘導場所があった国道45号へ向かった。鹿折川をさかのぼる津波を目撃し「海に近い国道45号は危ない」と判断。誘導場所を内陸に移し、ドライバーを守った。
 同市三日町で精肉店を営む金沢順一郎さん(58)も配達先から戻ると制服に着替えて出動。店近くの市中心部交差点で、侵入しようとする車を次々とUターンさせた。「誘導場所は事前に決まっていたのでスムーズに動けた」と振り返る。
 震災当日は、14人が少なくとも市内8カ所で誘導した。その後も交差点などに立ち続け、市によると、震災当日から16日間、活動した交通指導員は延べ196人に上る。活動中の犠牲者はいなかった。
 スムーズに活動できたのは、常に津波を想定していたからだ。
 市は03年の三陸南地震を機に、交通指導員は想定浸水域に車が入らないよう街頭指導する防災訓練をしていた。警察などと連携し、自宅近くのエリアで誘導することも申し合わせていた。訓練を当時担当した元市職員の佐藤健一さん(61)は「自分の身の安全を確保しながら誘導する意識が浸透していた」と震災時の機敏な活動を評価する。
 市は震災後、津波災害時の交通指導員の配置場所を見直し、「浸水想定区域内を通るなど無理な参集はしない」などの活動指針を明確化した。

 災害時の交通指導員の活動には、死傷した場合の補償が十分ではないなど問題も横たわる。
 交通指導員が公務中に死亡した場合、公務災害として遺族は一定の補償を受けることができる。ただ身分が自治体の非常勤職員のため、危険性の高い職務で死亡し、補償が公務災害の1.5倍となる特殊公務災害は申請できない。
 活動の法的根拠もあいまいだ。消防団員は水防法などで水門閉鎖といった津波災害時の活動が明記されているのに対し、交通指導隊は自治体条例のみ。被災自治体の関係者からは「災害時に交通規制ができる法的権限を持たせるべきだ」という声が上がる。
 市町村によっては交通指導員の役割を「地域防災計画」に位置付けていないところもある。沿岸部を走る車が津波に襲われるリスクは大きい。
 東北大災害科学国際研究所の安倍祥助手は「想定浸水域の外など自分の身を守ることができる活動範囲を前提に、自治体は交通指導員の活用を検討してほしい」と話している。
[交通指導員]子どもや高齢者に交通安全教育をしたり、事故後などに街頭で交通指導をしたりする職員。交通安全指導員などの名称もある。自治体の条例に基づき、首長が非常勤特別職として任命するケースが多い。交通規制の権限はないが、警察などの指示で街頭指導ができる。


水没の石巻・長面 7月下旬にも初の陸上捜索
 石巻市は、東日本大震災の影響で水没した同市長面地区の一部地域で、7月下旬にも行方不明者を捜索する方針を決めた。追波湾に面した海岸への矢板の打ち込みが完了したため。6月下旬にも海水の抜き取り作業に着手する。一帯での捜索は震災直後に自衛隊などが水上から実施して以来。大規模な陸上捜索は初めて。
 対象は追波湾と北上川河口、長面浦に囲まれた約100ヘクタールの区域。震災前は住宅や水田、牛舎などがあったが、津波でえぐられたり地盤沈下したりして深い所では5メートル以上水に漬かっている。
 排水作業は、水没地区の近くにある仮設ポンプに直径約90センチの管をつないで実施する。梅雨と重なるため、捜索の開始時期がずれ込む可能性もある。
 市は水抜き作業終了後、地面に残る電柱やコンクリート片などを撤去後、捜索に着手する。捜索期間は3カ月間を予定。2人一組で重機で地面を掘り起こしながら行う。
 捜索は昨年実施する予定だったが、追波湾沿いの海岸に打ち込んだ矢板が2013年後半の台風と低気圧で倒壊。大幅にスケジュールが遅れたという。
 長面を含む大川地区は震災前、712世帯2489人が居住。382人が犠牲になり、大川小の児童4人を含む36人の行方が分かっていない。不明者の家族から捜索の要望が出ていた。
 長面周辺は震災で広範囲が水没。現在は陸化が進み、水没するのは今回の捜索エリアだけ。市河北総合支所地域振興課の男沢恵三課長は「今回の捜索ができれば、行方不明者の手掛かりが見つかる可能性がある。1人でも多く家族の元に返したい」と話した。


<お盆前帰還>楢葉住民「唐突」と国へ批判
 政府の原子力災害現地対策本部は19日、東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県楢葉町の町民を対象に懇談会を開き、避難指示をお盆前に解除する方針を説明した。町民からは「頭越しで唐突だ」「(解除前の)準備宿泊をもう少し延ばしてほしい」との声が相次いだ。
 懇談会は楢葉町と、仮設住宅がある会津美里町であり、計約100人が参加。現地対策本部の後藤収副本部長は「帰りたい人が帰れるよう早く規制を外し、一歩一歩、古里を再生することが後に続く人の支えになる」と理解を求めた。
 町民からは「準備宿泊がすぐに解除にはつながらないと説明していた。解除は喜ぶべきものだが、プロセスがないがしろだ」「住宅の修繕が進まないなど、生活環境が整っていない。なぜ、焦るようにお盆前なのか」などの批判が出た。
 楢葉町の会場では、準備宿泊中の83歳の男性が「病院がなくて心配。医療機関や福祉施設が再開し、安心して帰れるまで待ってほしい」と訴えた。会津美里町では「商業施設ができた段階で解除を」という声のほか「解除するにしても、防犯対策を万全にしてほしい」との意見があった。
 国側は「お盆前は提案であり、懇談会での意見も踏まえて解除時期を最終決定する」「企業が再開しないなど避難指示の弊害がある。解除し、楢葉は安全だと内外に示すことが復興には大切だ」などと答えた。
 楢葉町での懇談会後、小薬厚さん(61)は「帰る人が少ない状態での解除は、防犯上の心配がある」と懸念した。いわき市に避難する渡辺尚さん(70)は「当面は自宅と避難先との二重生活になるが、お盆前の解除に賛成。気分や印象が違うし、親戚や知人が心配することなく集まれる」と肯定的に受け止めた。
 懇談会は20、21、28日にもいわき市などで開かれる。


宮城・南三陸町防災対策庁舎 県有化案受け入れへ
東日本大震災の記憶を伝える「震災遺構」の1つ、宮城県南三陸町の防災対策庁舎について、町は震災から20年後まで県有化して維持管理するという宮城県の提案を受け入れる方針を固めました。
東日本大震災の津波で町の職員など43人が亡くなったとされる南三陸町の防災対策庁舎を巡っては、遺族や住民の間でも震災の記憶を後世に伝える「震災遺構」として「保存すべきだ」という意見と、「庁舎を見るのがつらく解体すべきだ」という意見に分かれています。
これについて宮城県は、時間をかけて冷静に議論するため、震災から20年後の平成43年まで県有化して維持管理する方針を南三陸町側に伝えましたが、町は回答を保留し、遺族説明会を開いたり町民全員を対象に意見を募ったりして検討を続けてきました。
その結果、町民から寄せられた意見のおよそ6割が県有化に賛成だったことや、庁舎の県有化を求める請願が町議会で採択されたことなどを踏まえ、県の提案を受け入れる方針を固めました。
南三陸町の佐藤仁町長は今月30日に記者会見を開き、町としての判断を正式に表明することにしています。


辺野古阻止へ埋め立て用土砂採取反対 北九州8団体
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先、名護市辺野古沿岸部の埋め立てに使う土砂の採取先とされる北九州市の8市民団体が20日、地元からの土砂搬出に反対する連絡協議会を設立した。同日の発足総会には約100人が参加し、埋め立て阻止へ連携を強化することを確認した。
 市民団体「門司の環境を考える会」の森下宏人会長(75)は「西日本の土砂は使わせないとの声を国に向け発信していきたい」とあいさつ。辺野古が面する大浦湾の生態系に詳しい向井宏北海道大名誉教授が講演し、採取や埋め立てが「辺野古の海と採取先の自然の両方を破壊しかねない」と警鐘を鳴らした。


派遣法改正案 待遇改善にはならない
 労働者派遣法改正案が衆議院で可決された。「派遣で働く人の待遇の改善を図るものだ」と安倍晋三首相や塩崎恭久厚生労働相は強調するが、これで本当に待遇改善が実現できるとは思えない。
 同一労働同一賃金法案も可決された。派遣でも正社員と同じ仕事をすれば同じ賃金を得られるのであれば、首相らの主張も一理あるだろうが、法案は重要な部分が骨抜きにされ、派遣法改正案を通すために利用されたと断ぜざるを得ない。
 派遣法改正案は、悪質な業者を排除するためすべての派遣事業を許可制にし、派遣先企業が派遣労働者を直接雇用するよう促すことを盛り込んだ。派遣労働者への教育訓練実施や福利厚生施設を利用できるよう会社側に求めた。企業の自主的な取り組みに委ね、それを行政指導で後押しするというものに過ぎない。
 むしろ派遣期間の上限を撤廃するため、企業はずっと派遣労働者を使い続けることができるようになる。現在は期間制限のない専門26業務も一律3年の期間制限が適用されるため、秘書などで長年働き続けた人が解雇されるリスクに直面する弊害も予想される。
 正社員の長時間労働を解消し、多様な働き方が実現できるような労働法制の改善は必要だ。自由な働き方を望む人も多い。厚労省の調査でも派遣労働者のうち正社員になりたい人と派遣のままを望む人はほぼ同じ割合で存在する。そのためには派遣労働者の待遇を改善する「同一労働同一賃金」の実現は不可避だ。
 ところが、与党と維新が修正して可決した同一労働同一賃金法案は看過できない言い換えが行われている。「法制上の措置」は「法制上の措置を含む必要な措置」に、「職務に応じた待遇の均等な実現」は「業務の内容及び責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均衡のとれた待遇の実現」に変わった。
 派遣労働者の賃金水準は正社員の6〜7割しかなく、同一労働同一賃金は人件費コストの増加を意味する。しかし、「均衡」などあいまいな表現にした修正案で、経営者は何とでも理由を付けて低賃金で派遣労働者を使い続けることができることになる。
 経営者の意向次第で従業員が残業や出張や転勤を強いられる日本型雇用には改善すべき点がたくさんある。個々の労働者の専門性が重視され、生活スタイルに合った多様な働き方を可能にするには、公的職業訓練や失業・休業補償をはじめ社会保障政策の充実が不可避だ。企業の職場慣行や意識も抜本的に変えないといけない。
 中身の伴わない法律を通したところで、現実が変わるとは思えない。


香港選挙改革 信頼揺らぐ1国2制度
 中国の特別行政区である香港の立法会(議会)は2017年の香港行政長官選挙に1人1票の「普通選挙」を導入する選挙制度改革法案を否決した。民主派の立候補を排除する制度に民主派議員が「ニセの普通選挙だ」と反対し、可決に必要な3分の2の賛成を得られなかった。
 中国は1997年の香港返還前に約束した「1国2制度」や「高度な自治」に対する不信の高まりを直視すべきだ。改革は白紙に戻り、次期長官は現行制度に基づき、各界代表で構成する選挙委員会(1200人)で選ばれるが、より民主的な普通選挙を早期に実施する必要がある。
 普通選挙は香港基本法に最終目標と明記された懸案だが、中国は有権者500万人以上が参加する選挙を認める一方、立候補に条件を付けて中国に批判的な長官の誕生を防ごうとした。基本法の最終解釈権を持つ中国の全国人民代表大会(国会)が昨年8月、指名委員会の過半数の支持を立候補の要件と決めたのだ。
 指名委員会は現在の選挙委員会と同様に各界代表1200人で構成される。民主派の勢力は200人前後とみられ、過半数確保は困難だ。民主派や学生らは全人代決定に反発し、香港主要部の道路を占拠して抗議活動を繰り広げ、「雨傘革命」として国際的な注目を集めた。
 しかし、中国は抗議活動を「国外の敵対勢力」の陰謀とみなして制度修正を認めず、香港政府は中国の意向に沿った改革法案を立法会に提出した。直前の世論調査では法案に賛成する人が反対を若干上回っており、民主派も難しい判断を迫られたが、「真の普通選挙」の実現を求め、反対を貫いた。
 中国は「我々が目にしたくない結果だ」(外務省報道官)と表明し、梁振英(りょう・しんえい)行政長官は「政府と市民は極めて失望した」と語った。中国案にノーを突きつけた民主派も今後の民主化進展に展望があるわけではない。「勝者のない結末」との悲観的な見方もある。
 懸念されるのは民主化の機運がそがれ、世界水準の民主主義実現を求める若者らの不満が一層高まることだ。中国や香港政府が法案否決を理由に選挙改革を放置すれば、占拠運動のような混乱が今後も起こりうる。
 返還後17年。全人代が解釈権を使ってたびたび香港政治に介入したり、香港政府が中国の意向を受け、愛国教育の導入を目指したりしたことで「1国2制度」への信頼が揺らいだ。香港世論は民主派と親中派に二分され、安定を損ねている。民主派を排除するのではなく、意見を取り込みながら、香港が受け入れ可能な選挙制度案を再度、模索することが中国にとっても上策ではないか。


大江健三郎さん辺野古訪問 「市民に共感」
沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画が進められている名護市辺野古をノーベル賞作家の大江健三郎さんが訪れ、現地での抗議活動について「市民の取り組みに共感を覚える」と述べました。
大江さんは戦後70年をテーマにした講演のため沖縄を訪れ、これに合わせて20日昼前、普天間基地の移設計画が進められている名護市辺野古を訪問しました。
そして、埋め立て予定地に隣接するアメリカ軍基地のゲート前で、県内外から集まったおよそ100人が計画に反対して抗議の座り込みを行う様子を見て回りました。
このあと大江さんは報道関係者に対し、「市民が市民らしく、粘り強く反対している姿に共感を覚える。私もできることをやっていきたい」と話していました。
普天間基地を抱える宜野湾市から抗議活動に参加した40代の男性は、「宜野湾市民として基地負担をよく認識しており、その負担を県内でたらい回しにすることは認められない。沖縄の実情や思いを全国に伝えてもらいたいです」と話していました。

Wは全員参加/E女子イラつく・タメ口男子

ブログネタ
フランス語 に参加中!
leotard1

La femme la plus puissante de Toyota arrêtée au Japon
Soupçonnée d’avoir importé illégalement un antidouleur dont l’usage est très strictement réglementé au Japon, une directrice américaine de Toyota installée dans l’archipel a été interrogée vendredi 19 juin par les enquêteurs locaux après avoir été arrêtée, selon la police nippone.
Le 11 juin, les douaniers avaient saisi à l’aéroport de Tokyo-Narita un colis suspect destiné à Julie Hamp, 55 ans. Dans le paquet, 57 comprimés d’un antidouleur avec de l’oxycodone, un puissant analgésique, selon The Japan Times. Sur l’étiquette précisant le contenu du colis était écrit ≪ colliers ≫ et les médicaments étaient à l’intérieur de petites boîtes renfermant des bijoux factices pour enfants, d’ou les soupçons de la police.
Au Japon, une stricte législation antidrogue
Selon les autorités japonaises, Mme Hamp ≪ a affirmé qu’elle ne croyait pas avoir importé des stupéfiants quand elle a été arrêtée ≫ jeudi dans un hôtel de Tokyo ou elle séjournait. Toyota a présenté ses excuses pour avoir ≪ causé cet incident ≫ et a promis de ≪ coopérer pleinement avec l’enquête ≫.
Dans le cadre de sa très stricte législation antidrogue, le Japon bannit certains médicaments qui sont couramment disponibles dans d’autres pays. L’antidouleur dont il est question n’est pas interdit au Japon mais ne peut être importé qu’à la condition qu’il existe une ordonnance d’un médecin et que les autorités nippones aient donné leur permission préalable. Or, Mme Hamp aurait fait venir ces médicaments sans autorisation.
Ex-cadre de General Motors (GM), Julie Hamp avait été promue au rang de directrice de la communication du constructeur nippon à Toyota City (centre au Japon) en avril dernier. Elle était auparavant membre de la direction de la division nord-américaine de Toyota.
フランス語
フランス語の勉強?

宇宙白熱教室 第3回「宇宙は膨張している!そして暗黒物質へ」
今回からいよいよ最先端の宇宙論へ突入。まずは1929年の「宇宙の膨張」の発見。宇宙には始まりがあった、という驚くべき事実が浮かび上がったのだ。すると次の疑問は宇宙の未来はどうなるのか? これを理解するためには「エネルギー」の概念を理解することが重要だ。クラウス教授は、物理の初歩からエネルギーの概念を解説する。そしてその考察は、なんと宇宙に「暗黒物質」が存在するという驚嘆の事実を引き出すことになる!
ローレンス・クラウス


朝からテスですが,Wの人は全員参加でよかったです.
昼過ぎのCはまあまあ.最初書類が見つからなかったけどWの棚にありました.
夕方のEで女子が一人イライラしています.一方で男子はタメ口.
夜宇宙白熱教室を見て面白かったです.ネーターの定理がよくわかりませんでしたが・・・

<復興費負担>住民「被災地支援と矛盾」
 本年度まで全額国費負担だった東日本大震災の復興事業の一部に地元負担を導入する国の方針が近く、正式決定される見通しになった。被災地では、復興の事業の遅れを懸念する声の一方、負担を機に事業の在り方を見直すべきだとの冷静な受け止め方も出ており、反応は一様でない。
 石巻市は災害危険区域に指定した津波被災地の低平地整備事業を、半島部の漁村集落など65以上の地区で実施する。地元負担が生じる効果促進事業で実施し、総事業費140億円のうち1億円弱が市の持ち出しとなる。
 同市十八成浜(くぐなりはま)地区は約1.2メートル沈下した地盤をかさ上げし、県道を高台に付け替える。津波で消滅した砂浜を再生し海水浴客の誘致を図る計画はまだ着手に至らない。地元負担の導入でさらに遅れが生じ、工費も増加するのではないかとの不安が静かに広がる。
 「十八成ビーチ・海の見える丘協議会」代表理事の沼倉憲一さん(67)は「砂浜は地元の財産。再生は大切な事業だ。最大被災地の石巻に負担を求めるのは復興支援に矛盾する」と国の姿勢を批判する。
 ただ住宅の新築が制限される地域で進める低平地整備事業の必要性には懐疑的な意見もある。半島部の住民男性は「排水のための盛り土は必要だが、人口減が進む地域に大金をつぎ込んでどれだけの効果があるのだろうか」と話す。
 市町村が新設する防潮堤は、5月に国が打ち出した復興事業方針の見直しに関する当初案から一転、国費負担が継続する見通しとなった。気仙沼市が22カ所分の7億6000万円と試算していた地元負担は取り越し苦労に終わる見込みだ。
 「地元負担が消えるのはいいが、釈然としない気持ちも残る」と語るのは同市本吉町の漁業菊地敏男さん(67)。住んでいる前浜地区は、市が示した防潮堤新設計画をめぐって住民同士で勉強会を重ね、計画の一部変更を要望している。
 菊地さんは「津波対策は地区ごとの実情に合わせるべきだ。あれほど巨大で一律に整備する防潮堤計画は、国の全額負担でなければあり得なかった」と述べ、地元負担の導入方針が防潮堤のありようを見直す契機になったと指摘する。
 「避難道の整備や被災者の生活再建の方が急務。単純ではないだろうが、防潮堤にかけるカネと労力があるのなら、そちらに向けてほしい」と訴える。


<復興費負担>宮城・福島は評価 岩手は不満
 東日本大震災の復興事業に2016年度以降導入される地元負担の最終方針が国から示された18日、被災3県知事の受け止め方には温度差が出た。要望が認められた宮城、福島両県は前向きに受け止め、復興支援道路の全額国負担が認められなかった岩手県からは不満の声も上がった。
 「市町分の防潮堤新設費用について全額国負担の継続が認められたことは評価できる」。村井嘉浩宮城県知事は最終方針を了承する意向を示した。
 当初、市町に一部負担が求められた新設費用は全額国負担となり、15市町の負担額は30億円から19億円に減少する。村井知事は「宮城の要望はおおむね認められた。感謝したい」との談話を出した。
 福島県は、常磐道と東北道を結ぶ東北中央道相馬福島道路(45キロ)や避難区域を含む12市町村の県事業が全額国負担となった。内堀雅雄知事は「原子力災害の影響が広範囲かつ長期に及ぶ福島の特殊性を踏まえた内容。県や市町村の訴えを受け止めてもらった」と好意的な談話を発表した。
 一方、岩手県が求めていた宮古盛岡横断道路(100キロ)と東北横断道釜石花巻道路(80キロ)は全額国負担が認められず、17億円の地元負担が生じることがほぼ確実になった。
 達増拓也知事は「(沿線の)市町村の期待が大きかっただけに残念。国の判断が示された以上、復興を前に進めるためにも苦渋の決断として受け入れざるを得ない」とのコメントを出した。


<復興費負担>国と意識差「切り捨てだ」
 復興庁が18日発表した復興事業費の地元負担最終案は、負担軽減を求める被災地の要望をそれなりに酌んだものとなった。ただ、復興の進み具合に関わらず事業別に一律負担を求める方針は変わらなかった。被害が大きく、手付かずの事業が多い自治体ほど負担は重く、復興格差は縮まりそうにない。(震災取材班)
 震災から5年がたっても、家も店舗もほとんど再建できそうにない。
 津波で市街地が消滅した陸前高田市で計300ヘクタールの土地区画整理事業が進む。事業費は1200億円。東京ドーム約9杯分の土で最大海抜約12メートルにかさ上げし、高台12カ所も造成する。
 地権者が2000人を超え、手続きにも時間がかかる。造成工事が始まったのは震災発生の2年後。計画通りだが、工事のピークは国の集中復興期間が終わった2016年度以降だ。
<さらに増大も>
 市は地元負担を約3億8000万円と試算する。下水道整備や震災前からあった埋設物の撤去など、区画整理と不可分な効果促進事業の負担分が最も大きい。
 戸羽太市長は再三にわたり国に負担軽減を訴えたが、区画整理については受け入れられなかった。18日の発表を受け、「まさにこれからという時にルールが変わった。影響は避けられないが仕方ない。大きく事業が遅れることがあってはいけない」と語った。
 被災跡地の整備関連など他自治体が既に費用を試算に計上した事業でも、そこまで至らず試算に含めていないものもある。負担はさらに膨らむ可能性を秘める。
 市税収入は震災前より減っている。隣接する大船渡、気仙沼両市の水産業のような目立った産業がなく、被害の大きかった岩手県南から宮城県北の自治体で財政力は最低水準だ。
 ある市幹部は「産業振興や高齢化対策など、復興後は震災前より厳しい課題に対処しなければならなくなる。負担をできるだけ抑えたい」と打ち明ける。
<再建130止まり>
 陸前高田商工会によると、震災前は市中心部の五つの商店街に380の事業所があった。区画整理で整備する新市街地に再建を望むのは130にとどまる。
 和雑貨店の本格再建を目指す磐井正篤さん(58)は仮設店舗で営業を続けながら、基盤整備が終わるのを待つ。震災前に比べ市の人口は16%減っている。事業の遅れはさらなる人口流出にも直結すると心配する。
 「スピードアップこそ重要なのに、被災自治体の個別事情を見ず一律負担させることが平等なのか。切り捨てられた思いだ」。磐井さんは、国の方針と被災地の感覚の違いに戸惑う。
 「これ以上、お金をかけていいのか」という市外からの冷めた視線も感じる。
 事業再建を後押しするグループ化補助金などは制度継続の見通しだが「いつか削られるのではとびくびくしている」と磐井さん。不安を拭えないでいる。


<復興費負担>政治駆け引きでさじ加減するな
 【解説】2016年度以降の復興事業費の地元負担額は、当初案の約300億円から約220億円まで軽減されて決着する見通しとなった。「被災地負担」ありきの政府に、地元の知事や議員らが要望を重ねて妥協点を探る手続きは、さながら公共事業の予算をめぐる復活折衝のようだった。
 復興庁幹部は「地元負担の軽減は政治要因に尽きる」と言い、被災地選出の国会議員は「われわれを無視できなかった」と誇る。結果として地元負担額は圧縮されたが、この間、被災地は復興の遅れを心配し、将来への不安を増大させた。
 東日本大震災の特異性と被災地の現状、単なる復旧にとどまらない日本や世界のモデルを目指すとした創造的復興を考慮すれば、復興事業が通常の公共事業とは異なる次元であることは明白。政治の駆け引きで事業規模のさじ加減をするたぐいでのものはない。
 被災地では地域間の復興格差も顕在化している。復興を担う政と官の意識があらためて問われている。(東京支社・中村洋介)


<復興費負担>220億円 防潮堤は全額国費
 復興庁は18日、2016〜20年度の東日本大震災復興事業の最終案を発表した。被災自治体の要望を踏まえ、地元自治体に財政負担を求める事業の対象を見直し、全額国費負担の継続事業を追加。岩手、宮城、福島3県の試算を基とした被災自治体の復興事業の地元負担額は、当初案の約300億円から約220億円に軽減される見通しとなった。
◎岩手横断道は実現せず
 5年間の国の復興事業費が総額約6兆5000億円となることも公表。新規の増税はせず、一般会計から復興特別会計への繰り入れなどで工面する。政府は、財源の枠組みを含めた新たな復興方針を今月末までに正式決定する。
 復興庁が当初案で事業費の1.0〜3.3%の地元負担を求めるとした一部事業のうち、最終案で全額国費負担となった事業は表の通り。宮城県内の市町の負担が大きい防潮堤新設や、復興の遅れが目立つ福島県内の事業が対象となった。一方で、岩手県などが求めた内陸部と沿岸部を結ぶ復興支援道路の全額国負担は実現しなかった。
 当初は一般会計での整備を求めた福島県の東北自動車道より西側の道路事業は、大半を復興事業として継続するよう改めた。
 当初案を見直した結果、県と市町村を合わせた地元負担は、岩手約90億円、宮城約80億円、福島が約50億円となる見込み。
 竹下亘復興相は記者会見で「この案なら被災地の復興が遅れることはない。被災地は必死で復興に取り組んできたが、ギアをもう一段上げてほしい、との思いで負担をお願いした」と語った。
 復興庁は、集落の高台移転など基幹的事業や、原発事故からの復興事業などは全額国費負担を維持する。


<原発PR看板>年内撤去 展示視野に保管
 東京電力福島第1原発が立地する福島県双葉町は18日までに、町内2カ所に設置されている原子力のPR看板を計画通り撤去すると決めた。原発事故の「負の遺産」として現地保存を求める署名が提出されたことを踏まえ、将来的な展示も視野に復元可能な状態で町内に保管する。
 伊沢史朗町長は「看板は劣化し危険な状態。一時帰宅する町民の安全性を第一に考えた」と説明。「将来どうするのかは、現時点では断言できない。展示可能な施設を造ることも含めて、再現や復元ができるよう保管する」と述べた。撤去は年内の予定。
 二つの看板は帰還困難区域内にあり「原子力明るい未来のエネルギー」「原子力正しい理解で豊かなくらし」と標語が記されている。町は老朽化を理由に、本年度予算に撤去費用410万円を計上。標語を考案した大沼勇治さん(39)が現地保存を求め、6502人の署名を町に提出していた。
 大沼さんは「看板の撤去の決定は残念。町は展示方法などの具体的な計画を早く策定し、示すべきだ。倉庫に眠ったままにならないよう、町に働き掛けたい」と話した。


真心のコーヒー 東京から仮設に出前4年間
 東日本大震災で被災した岩沼市に毎月キャンピングカーで通い、仮設住宅の住民らにコーヒーを無料で提供してきた東京都中野区の保険代理業佐藤和男さん(63)の活動に対し、被災者が感謝状を贈った。「沈んだ気持ちが癒やされた」。住民たちは復興の歩みをともにした笑顔の交流が続くことを願った。
 長野県軽井沢町で喫茶店経営の経験がある佐藤さんは震災直後、ボランティア活動をしようと決意。インターネットで偶然見つけた岩沼市に駆け付け、仮設住宅そばで「カフェ すまいる」を始めた。毎月第2土・日曜日に開店し、一度も休むことはなかった。
 仮設住宅の退去が進み、支援活動が一段落したことから、住民は感謝状の贈呈を企画。集団移転先の玉浦西地区集会所で14日に贈呈式を開いた。長谷釜町内会の菊地幸一会長(66)は「あなたが入れた1杯のコーヒーで心が落ち着き、沈んだ気持ちが癒やされました」と感謝状を読み上げた。
 佐藤さんは「多くの方のサポートがあって続けられた。いつも笑顔で受け入れてくれた住民の皆さんに私の方が力をもらった」と目頭を熱くした。
 移動経費など負担は小さくなかったが、活動を知った岐阜県や愛知県の有志がコーヒー豆を提供するなど支援の輪が広がった。佐藤さんは「ご縁を大事にし、できればこれからも岩沼に通いたい」と語る。
 玉浦西まちづくり住民協議会の小林喜美雄副会長(67)は「コーヒーから心の交流が生まれ、強い絆になった。今後も住民に笑顔を届けてほしい」と話す。


震災ごみ減り手応え 蒲生海岸3回目清掃
 東日本大震災で被災した仙台市宮城野区の蒲生海岸地区で、地域住民らによる清掃活動が続けられている。水をテーマに環境保護に取り組む「アクアソーシャルフェス」(河北新報社主催)の一環で、これまで3回実施。ごみは徐々に減ってきており、関係者は「早く震災前の海岸に戻したい」と願っている。
 13日にあった3回目の清掃活動には、市民ら約150人が参加。それぞれがごみ袋を手に持ち、海岸に散らばったごみを拾い上げた。立ち会った環境省職員の指導の下、生物のすみかとなる流木などはそのままとし、漁具の残骸やビニールひもなど計約150キロのごみを集めた。
 同フェスはトヨタ自動車(東京)が2011年12月、小型ハイブリッド車「アクア」を発売したのを機に、全国の地方紙に呼び掛けて始まった。蒲生海岸地区では14年6月と10月にも実施されたが、ごみの量はそれぞれ約395キロ、約325キロと13日を大きく上回っていた。
 清掃活動に3回とも参加した宮城県利府町の会社員森山聡さん(47)は「以前は家具やタイヤなど、津波の影響とみられるごみもあったが、今回は見当たらなかったし、ごみの量も減った。震災前の自然に戻すため、こうした活動を定期的に続けていく必要がある」と強調する。
 蒲生海岸地区ではサーファーも日常的に清掃を行っているという。同フェスの次の清掃活動は、ことし秋ごろに予定されている。
 トヨタグループから参加したトヨタマーケティングジャパンの西沢直子さんは「多くの方に、地元の海をきれいにしようという活動に興味を持ってほしい。次回はさらに多くの参加者が集まることを期待したい」と話した。


サメ肉でフカフカ団子 高校生考案、給食に
 宮城県気仙沼市で水揚げされたサメの肉を使って気仙沼向洋高の生徒が考案した商品「気仙沼フカフカ団子」が18日、同市の唐桑小と小原木小の給食に提供された。
 団子はモウカザメの肉に鶏肉を混ぜて作った。給食には団子の甘酢あんかけが登場。唐桑小では約90人の児童が頬張り、「おいしいね」と歓声を上げた。
 2年の小川空さん(7)は「とても柔らかく、サメの肉がおいしいことが初めて分かった。また食べたい」と笑顔を見せた。
 団子は、気仙沼水産食品事業協同組合(同市)が昨年8月に開いた高校生料理コンテストで、グランプリに選ばれた気仙沼向洋高生の作品。組合が業務用として商品化し、学校給食での活用を働き掛けた。
 組合は今後、市内外で給食のメニュー化を目指す。団子はことし1月から、東京ドームホテル内のレストランでも提供されている。


「生活が…」泣き崩れる傍聴者 派遣法改正案 衆院通過へ
 働く人を交代させれば企業が派遣労働者を使い続けられる労働者派遣法改正案は十九日午前、衆院厚生労働委員会で採決され、自民、公明両党の賛成多数で可決された。民主、維新、共産の三党は反対した。与党は同日午後の衆院本会議に緊急上程して衆院通過させ、参院に送る方針。政府・与党は今国会中に成立させ、九月一日施行を目指す。
 厚労委では自民、公明、維新三党が提出した「同一労働同一賃金推進法案」の修正案も三党の賛成多数で可決された。共産党は反対し、民主党は採決に応じず退席した。
 厚労委で、安倍晋三首相は派遣法改正案について「時代は多様な働き方を求めている。正社員化への支援を行い、派遣を選ぶ人には待遇の改善を進める」と理解を求めた。
 改正案は、現在派遣期間が最長三年の製造業や一般事務などの派遣労働者について、受け入れ企業が労働組合などから意見を聞き、働く人を代えれば、派遣労働者を同じ職場で働かせ続けられる。派遣期間の制限を事実上撤廃する。契約更新すれば無期限で雇える通訳や秘書などの「専門二十六業務」は、その区分をなくす。
 三年を迎えた労働者の雇用を守るため、派遣会社には、受け入れ企業に直接雇用を求める▽派遣会社で無期雇用する▽新しい派遣先を紹介する▽これら以外で雇用安定の対策を取る−のいずれかの実施を義務付けた。受け入れ企業にも正社員募集などの情報提供を義務付けた。
 同一労働同一賃金推進法案修正案は、同じ仕事なら受け入れ企業の正社員と派遣労働者らの待遇の格差是正を目的とする法案。だが、両者の待遇格差を残す余地がある文言が盛り込まれたため、同じ処遇が実現するかは不透明だ。
 当初案は維新のほか民主、生活の三党が共同提出したが、維新が労働者派遣法改正案の採決に加わることを条件に、修正案を自民、公明と提案することで合意した。
 当初案は均等待遇実現を図るとしたが、修正案は均等待遇にこだわらない内容に後退した。
◆専門職に「3年後辞めて」
 十九日の衆院厚生労働委員会を傍聴した都内の派遣社員の女性(56)は「三年後には辞めてもらうと言われている。一人一人の生活がかかっていることを、賛成した議員はどう考えているのか」と話し、泣き崩れた。
 この女性は専門業務で十五年同じ職場で働いているが、改正案では、現在は派遣期間制限がない専門業務の人も、同じ職場で最長三年しか働けなくなる。
 傍聴席には法案に反対の派遣労働者や弁護士、労働組合関係者らが詰め掛け、民主、共産両党の反対討論の後、改正案が賛成多数で可決されると「派遣労働者のためになる法案ではない」と口々に話した。
 「雇用が途切れないよう派遣先企業や他の企業で働けるようにする」。安倍晋三首相は、改正案に盛り込んだ派遣労働者の雇用安定措置の意義を繰り返し強調したが、野党からは「実効性がない」などと批判の声が上がった。
 委員会室は時折、与野党議員の大声のやじに包まれた。

朝ダラダラ・・・なのにU女子に質問されて・・・

ブログネタ
フランス語 に参加中!
hiromi3

Japon: Le gouvernement lance un concours de design de toilettes
Le gouvernement japonais va organiser pour la première fois un concours national de design de toilettes, du modèle courant au plus sophistiqué. Ce concours s’inscrit dans le cadre de la politique de promotion des femmes du Premier ministre Shinzo Abe, même s’il ne concerne pas seulement les toilettes dédiées à ces dernières.
Condition féminine et JO de 2020
Selon un rapport gouvernemental de 145 pages, les sanitaires doivent puissamment contribuer à l’amélioration de la condition féminine au Japon. La compétition est aussi lancée en vue des Jeux olympiques et paralympiques à Tokyo en 2020, afin que le confort au petit coin soit un des fleurons de la traditionnelle ≪ hospitalité ≫ nippone.
≪ J’espère que les efforts déployés par le Japon pour concevoir les meilleures toilettes au monde se diffuseront partout ailleurs ≫, plaidait récemment la ministre chargée de la Promotion des femmes, Haruko Arimura.
Le Japon est célèbre pour la conception high-tech de ses toilettes, déconcertantes de prime abord pour le non initié, avec cuvette chauffante, jets d’eau chaude et autres gadgets.
Un concours des plus sérieux
Le jury sera constitué de sept experts, dont des architectes et un représentant de l’Association japonaise des toilettes. Il a retenu cinq critères de sélection : la propreté, la sécurité, le confort, l’innovation et la durabilité.
Les promoteurs du concours sollicitent également des idées pour des sanitaires simples à utiliser pour les étrangers et les handicapés, bon marché pour les pays pauvres et écologiques en cas de désastres naturels.
Les projets sont acceptés jusqu’à la fin du mois et les vainqueurs seront annoncés en septembre par la ministre.
フランス語
フランス語の勉強?

朝やる気がなくて少しのんびり.モーニングバードで篠田桃紅さんの「一〇三歳になってわかったこと 人生は一人でも面白い」が紹介されていました.その後のそもそも総研では「そもそも砂川判決は本当に集団的自衛権の行使を認めているのだろうか?」ということでアベのウソを暴露していました.
さてのんびり出勤したところ,U女子が3人もいて質問攻めにあってしまいました.

今日もつかれた一日でした.シャワーを浴びなくてはならないのに,図書館から借りてきたミスター味っ子と美味しんぼを読んでダラダラしてしまいました.

<避難解除>一方的で時期尚早 楢葉住民反発
 避難指示をお盆前に解除する政府方針に対し、福島県楢葉町議会の全員協議会では「一方的だ」などと批判が相次いだ。行政区長らも「時期尚早」などと不満を漏らし、国との認識の違いが浮き彫りになった。
 町議会では議員が「医療や福祉、買い物など生活環境が整っていない。唐突な提案だ」などと反発。「準備宿泊を3カ月は延ばし、住民の意見を聞いて判断すべきだ」と国に迫った。行政区長会議でも、区長の一人は「準備宿泊をしても寂しくて、買い物も不自由な状態だ」と訴えた。
 町側には生活環境が一定程度、復旧した後に解除を望む声が強い。国が今回示した楢葉町の復興状況は、準備宿泊が始まった4月から大きな進展はない。青木基町議会議長は「生活環境が整わない中で唐突に解除時期が示され、違和感がある。秋には環境に変化も出てくる。宿泊を3カ月は延ばすべきだ」と強調する。
 これに対して国側は町議会などで「帰還を強制はしない。帰りたい人が帰れるようにすることが大切。避難指示のさまざまな悪影響を取り除くことが新たな復興段階に必要」と説明した。
 こうした強気の背景には、精神的賠償(慰謝料)を一律2018年3月まで支給するとした政府の福島復興指針がある。全町避難の楢葉町では、空間放射線量や住環境などで個人差が大きいが、帰還時期にかかわらず同額の慰謝料を約束した。高木陽介経済産業副大臣は町議会後、「多くの人が避難する楢葉の解除で、浜通り全体の復興が加速する」との考えを示した。
 町の大半は警戒区域に指定され、12年8月10日に避難指示解除準備区域に再編された。町議の一人は「国は再編から3年という節目に合わせようとしているではないか」と推察。行政区長の松本哲雄さん(67)は「準備宿泊を始めて3カ月目に入ったら、解除の話が出てきた。ストーリーが決まっているようだ」と冷めた見方をした。


<マッサン>効果絶大 ニッカ「宮城峡」品薄
 ニッカウヰスキー仙台工場の宮城峡蒸留所(仙台市青葉区)が製造するウイスキー「宮城峡」の売れ行きが好調で、全国的に品不足になっている。国産ウイスキー造りを題材にしたNHK連続テレビ小説「マッサン」でウイスキー人気が高まり、製造が追いつかないためだ。
 ニッカは原酒不足に対応するため、現行の「シングルモルト宮城峡10年」「12年」「15年」などの販売を8月末で終了。9月1日からは熟成年数の異なる原酒をブレンドした「シングルモルト宮城峡」に一本化して新たに販売する。
 「これまでの宮城峡を飲めるのは当面、今回が最後かも。酒屋から次の注文には出荷できる保証がないと言われている」
 仙台市中心部の居酒屋で5月下旬、宮城峡を注文した客に従業員がこう話し掛けた。「このまま入荷しなければ昔からのファンをがっかりさせてしまう。酒屋にも在庫がないようで同じニッカのアップルワインを勧めるが、代わりにはならない」と続けた。
 ニッカ親会社のアサヒグループホールディングス(アサヒGH、東京)によると、宮城峡の出荷量は1〜4月、前年同期比223%を記録。ことし3月まで放映された「マッサン」の反響が大きく、全ての注文に応じられない状況が続く。
 業務用酒類卸売業のカネサ藤原屋(仙台市)の担当者は「宮城峡は発注しても入荷できず、顧客に迷惑を掛けている」と申し訳なさそうな様子。「ハイボール人気も加わり、これまでウイスキーを飲まなかった人たちが興味を持つようになったようだ」とみる。
 熟成年ごとに区別していた商品販売は終わるが、「宮城峡」のブランドは維持。宮城峡蒸留所のモルトウイスキーだけで造ったシングルモルトウイスキーという基本は変えない。蒸留所のさまざまな原酒を基にブレンド技術を駆使し「華やかでスイートな味わい」に仕上げたという。
 ニッカ余市蒸留所(北海道余市町)で製造された「余市」も同様に熟成年別の商品販売を8月で終了。ブレンドして造る「シングルモルト余市」に集約する。
 ウイスキーは仕込んでから商品になるまで最低でも5年かかる。アサヒGHの広報担当者は「原酒の製造は急には増やせない。今ある原酒を最大限出荷できるよう、瓶詰め工程をフル稼働させている」と理解を求めている。


「佐々直」遺構計画、名取市いったん白紙に
 東日本大震災で被災した宮城県名取市閖上地区の笹かまぼこ製造「佐々直」の旧本店工場を震災遺構とする市の計画について、市は「より丁寧な合意形成を図る」として、いったん白紙に戻す方針を決めた。選定経過などを疑問視する声が寄せられたことを踏まえた。18日の市議会震災復興調査特別委員会で説明する。
 市は昨年9月に佐々直を震災遺構とする方針を表明。津波の脅威や教訓を伝える震災メモリアル公園(仮称)と一体的に整備するため、同社から建物の寄付を受け、敷地約1350平方メートルを市有地と等価交換する計画を策定した。復興交付金の第10次配分では保存に向けた耐震診断・補修補強調査設計費として1100万円が認められた。
 計画に対し、市議会は「決定が唐突」「多くの意見を聞いてから決めるべきだ」などと反発。市民からも疑問視する声が上がった。
 市は現状のまま計画を進めるのは難しいと判断。あらためて計画を練り直すこととした。メモリアル公園内に被災建物の一部を移設して残す案など、広く意見を聞きながら具体的な方法を模索していく考えだ。
 佐々直の旧本店工場は鉄筋コンクリート2階。日和山の南側に位置し、市が建立した慰霊碑に隣接する。津波で大破したが、外壁などは流されず残った。


<長谷部誠>笑顔で元気に 南三陸園児と再会
 サッカー日本代表主将の長谷部誠選手(31)が17日、東日本大震災後で被災し、再建を支援した宮城県南三陸町志津川の「あさひ幼稚園」を1年ぶりに訪れ、園児と再会した。サッカーや絵本の読み聞かせをして交流した。
 長谷部選手は出迎えた園児41人とハイタッチして登場。16日のワールドカップ予選でシンガポールと引き分けた試合結果について「昨日は勝てなくてごめんね」と謝った。昨年12月に訪れたスマトラ沖地震の被災地インドネシア・バンダアチェの幼稚園の様子を説明。あさひ幼稚園児が描いた寄せ書きを届けたことを報告した。
 園庭で一緒にサッカーをした佐藤優多ちゃん(6)は「サッカーをする姿がかっこいい」と喜んだ。佐藤あいらちゃん(5)は「いつもテレビで試合を応援している」と笑顔を見せた。
 長谷部選手は日本ユニセフ協会を通じ、津波で園舎が全壊したあさひ幼稚園に1億1700万円を寄付。園舎は完成し来年から使用する。震災後、毎年訪れ今回が5回目。長谷部選手は「子どもたちの笑顔を見て元気をもらった。シーズン終了後に真っ先に来たい場所だ」と語った。


“復興のあかり”準備完了…聖火台 運動公園に設置
 国立競技場の建て替えに伴い石巻市に貸与されている聖火台が18日、市総合運動公園やすらぎ広場に設置された。点火用バーナーなどが据え付けられ重さ約3トンとなった鋳鉄(ちゅうてつ)製の聖火台が、この日のために製作された器具を用いてクレーンに吊り下げられ、台座に固定された。
 台座は、市民組織の2020年東京オリンピック・パラリンピック聖火リレー出発地・聖火台誘致委員会(委員長・浅野亨石巻商工会議所会頭)が遠藤興業(株)=同市大街道=など数社の協力を得て製作した。
 聖火台設置作業を見守っていた浅野委員長は「多くの皆さんの協力で無事に設置が完了した。復興への希望のあかりとして被災地の力になれば」と期待を込めていた。遠藤興業の鎌田裕祟取締役は「心を込めて台座の製作や設置を担当した。復興を象徴するものとして地元に元気を与えてほしい」と話した。
 聖火台が貸与されるのは新国立競技場が完成する平成31年3月まで。誘致委は27日に除幕・点火式を開催するほか、さまざまなイベントを企画していく。


<18歳選挙権>被災地再生へ 自分たちも
 改正公選法が17日、参院本会議で成立し、18歳から選挙で投票できることになった。東北では東日本大震災を機に、被災地をはじめ各地で、将来の地域を担う多くの若者が古里再生への思いを強めている。「もう子ども扱いさせない」。高校生たちは不安や責任の重さを感じながらも、大人任せだった、まちづくりに参画する期待を膨らませる。
 「選挙権を持つことで、自分たちの意見を行政により反映できる期待がある」
 宮城県の石巻高2年の近藤日和さん(17)は、東日本大震災で被災した石巻市の復興を考える小中高生の「子どもまちづくりクラブ」に所属する。「自分が住むまちの復興を人任せにしたくない」とメンバーに加わった。
 クラブは2011年7月、公益社団法人「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」(東京)が設立。商店街の活性化に向けた地図作りや、震災の風化防止を図るモニュメント製作などに取り組んできた。
 近藤さんらは現在、市の復興の課題を自ら調べ、解決策などを今夏、復興庁や石巻市に提案しようと、市や地域の関係者に話を聞くなどの活動に取り組む。
 数年後に復興を果たす地域を担うのは10代の自分たちの世代だが、市の復興計画は大人が決めた。「子どもも地域の復興を真剣に考えているのに、子どもだからと軽んじられる」との疑念があった。行政に目を向けてもらうためにも「選挙権年齢の引き下げは活動の後押しになる」と感じる。
 石巻市で14日にあったクラブの会合では、中高生9人が市職員から復興状況を聞き、「海岸にあった松林が震災でなくなった。今度津波が来たら心配だ」などと率直な思いをぶつけた。
 最も関心があるのは、津波で全壊した自宅があった南浜地区に計画される復興祈念公園。
 「公園には幅広い世代の人に訪れてほしい。鎮魂の場だからといって、『子ども向けの遊具を置いてはいけない』などと大人だけで決めてほしくない」
 同じメンバーの石巻西高2年の千葉彩寧さん(16)は「18歳はまだ未成年。未来を左右する投票への不安もある」と胸の内を明かす。でも、「活動を通して学んだことが多い。未来が明るくなるよう責任ある一票を投じたい」と胸を張る。
 18歳からの投票は来年夏の参院選から。東北では高校3年を含む18歳、19歳計約17万人が有権者になる。


福島の避難者 切り捨てぬよう支援を
 原発事故の被災者支援に区切りをつける動きが続いた。
 政府が福島の復興指針を改定し、「居住制限区域」と、「避難指示解除準備区域」の避難指示を2017年3月までに解除する目標を閣議決定した。両区域の住民への精神的損害の賠償も18年に一律終了する。
 一方、国から避難指示が出ていない地域から避難した自主避難者について、福島県は避難先の住宅の無償提供を17年3月で打ち切る。
 今回の決定で避難者たちは、帰還するか否かの選択を強く迫られる。
 避難者は、いつかは自らその決断をする必要がある。支援の期間に区切りがつくことで、再出発へ踏み出す住民もいるだろう。ただし、先が見通せない状況は今も深刻で、福島に戻るか決めあぐねている人も少なくあるまい。政府や福島県の結論は、避難住民と十分に対話を重ねて出したとは言い難い。決定が避難者の切り捨てにつながってはならない。
 原発事故による福島県内外への避難者は今も11万人を超える。
 政府や県は、帰還を促すが、被災地の生活環境やインフラの整備は遅れている。除染も順調とは言えない。放射線に対する避難住民の不安はいまだ大きい。
 川内村や田村市の一部で避難指示が解除されたが、住民の帰還は進んでいない。地域の産業や商圏の復活が容易ではないことを物語る。
 賠償をめぐっては、訴訟提起や原発ADR(裁判外紛争解決手続き)の申し立てが、多くの住民から今も相次ぐ。政府による放射能汚染の実態調査や、損害の全体像把握の取り組みが十分とは言えない中で、賠償指針が十分に機能していない。
 避難指示解除と賠償打ち切りをなぜ今セットで掲げるのか。住民を納得させる説明が必要だろう。対話を通じ、避難者が冷静に帰還か移住かを選択できる環境を整えてほしい。
 避難者の4人に1人、約2万5000人とされる自主避難者の置かれた状況は、政府指示の避難区域の避難者と比べて、なお厳しい。
 月額10万円の精神的損害の賠償はない。子ども連れで家族が分散して生活する例も多い。自主避難者も、原発事故がなければ通常の生活を送っていたはずだ。個人の責任に任せて済む話ではないだろう。
 住宅の無償提供が廃止されれば、生活の困窮につながる家庭も予想される。県は、低所得者への家賃補助など代替の支援策を打ち出したが、個別の事情に応じたきめ細かい対策をとるべきだ。
 12年に成立した「子ども・被災者生活支援法」が、自主避難者の選択の自由や住宅・就労支援などを打ち出した精神を忘れてはならない。


「安保」党首討論 「違憲」拭えぬ首相答弁
 集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制が再び主要な議題となった党首討論。法案には「憲法違反」との指摘が相次いでいるが、安倍晋三首相の答弁は、違憲性を払拭(ふっしょく)するには至らなかった。
 今国会二回目、四週間ぶりに開かれた党首討論。安倍内閣が提出した安保法制関連法案を、国権の最高機関たる国会の場で三人の憲法学者がそろって「違憲」と断じた後、首相が国会の場で議論に応じるのは初めてだ。
 安保法案は、政府が自らこれまで認めてこなかった集団的自衛権の行使に道を開き、外国軍の武力の行使と一体化する恐れがある後方支援に踏み込む内容だ。
 この法案が外国での武力の行使を禁じてきた憲法の枠内に収まるのか、それとも憲法違反なのか。党首同士の討論にふさわしい大きなテーマではある。
 しかし、残念ながら議論が深まったとは言い難い。むしろ、法案が違憲であるとの指摘に対して、首相が説得力のある反論をできなかったと言うべきだろう。
 岡田克也民主党代表は、どんな状況になれば集団的自衛権を行使する存立危機事態に当たるのかとただしたが、首相は「(武力の行使の新)三要件に当てはまるかがすべて。その時々に適切に判断する」「いちいちすべてを述べるリーダーは海外にはいない」などと詳細な説明を避けた。
 そもそも違憲と指摘される集団的自衛権の行使だ。行使の基準を明確にせず、政府の判断に委ねろというのでは国民は納得すまい。
 首相が「法案は憲法の範囲内。正当性、合法性には確信を持っている」といくら強調しても、説得力を欠く。「とても憲法に合致しているとは言えない」と、岡田氏が指摘するのも当然だろう。
 志位和夫共産党委員長は、後方支援は外国軍の武力の行使と一体化し、憲法違反と指摘した。
 首相は、後方支援は戦闘現場でない「安全な場所を選んで支援する」として武力の行使とは一体化しないと強調したが、後方支援は戦闘と一体化し、攻撃対象になり得るという戦場の現実を無視した合憲論は意味を成さない。
 安倍内閣は維新の党に安保法案成立への協力を期待するが、松野頼久代表は「独自案を党でまとめてしっかり示す」と述べる一方、与党との修正協議に「応じるつもりは全くない」と断言した。
 その言葉を違(たが)えず、違憲と指摘される安保法案の成立に手を貸すことがあってはならない。

五条橋と曽根崎心中/イタリアワイン/蛍lucioles

ブログネタ
フランス語 に参加中!
vibra2

Le Japon abaisse l'âge du droit de vote à 18 ans
Le Japon a adopté mercredi la législation permettant d'abaisser l'âge du droit de vote, de 20 à 18 ans, pour s'aligner sur les autres pays développés.
Environ 2,4 millions de Japonais - dans la tranche d'âge des 18 et 19 ans - sur une population totale de 127 millions, vont en bénéficier.
Sauf imprévu, les nouveaux électeurs déposeront leur premier bulletin dans l'urne lors des prochaines sénatoriales partielles à l'été 2016.
Le dernier changement remontait à l'immédiat après-guerre, au lendemain de la défaite, lorsque l'âge de la majorité était passé de 25 à 20 ans.
Plus d'un quart de la population nippone a déjà plus de 65 ans et la proportion va aller croissant pour atteindre quelque 40% vers le milieu du siècle, un vieillissement démographique d'autant plus prompt que l'espérance de vie ne cesse d'augmenter et le nombre annuel des naissances de diminuer.
De fait, cette pyramide des âges inversée, alliée à un profond respect, tout confucéen, pour les personnes âgées, fait du Japon un pays gouverné en priorité par et pour la classe senior.
Par Shingo ITO
フランス語
フランス語の勉強?

性格ミエル研究所
怖いほど当たる!斎藤工と禁断の相性診断&カップル続出!ガケっぷち芸能人が一般人にガチ告白 男と女の相性診断SP!
人気俳優・斎藤工と共演女優&タレントの相性を徹底分析!1位のご褒美はキス!?更に彼氏いない女性タレントが一般男性と本気でお見合い!まさかの告白成功!?
加藤浩次  川田裕美  ディグラム・キハラ(木原誠太郎)  斎藤工  相武紗季  青木さやか  板谷由夏  井森美幸  小島瑠璃子  佐藤かよ  ダレノガレ明美  堀口ひかる  井上裕介(NON STYLE)  博多大吉(博多華丸・大吉)  平山浩行  三宅弘城  真地勇志
ディグラムとは、心理学と統計学を掛け合わせて、人間の性格を科学的に分析する診断法。
開発したのは、心理学と統計学のスペシャリスト、ディクラム・キハラこと木原誠太郎。
たった20問の質問に答えるだけという、お手軽な診断にもかかわらず、約37万人のデータ分析に基づいた診断は正確無比!
日本人の性格を、分類しパターン化することでグラフ化されたパターンが「心の波形」となって現れる。
これによって、自分自身も知らない“本性”や“近未来”までを見通すことができる。
芸能人の知られざる本性、視聴者の皆さん自身の近未来も丸裸に。
【ディグラム・キハラ 木原誠太郎(ディグラム・ラボ株式会社 代表取締役)】
【プロフィール】
電通、ミクシィなどでマーケティングリサーチを担当。その後、ディグラム・ラボ株式会社を立ち上げ現在に至る。
心理学×統計学をベースに人間の本音を分析するディグラム診断のサンプル数は現在約37万人。
ディグラムの波形は、CP(厳しさ)、NP(優しさ)、A(論理性)、FC(奔放性)、AC(協調性)の5つの指標で表され、27の波形タイプに分別される。
ディグラムとは、木原誠太郎によって開発された、37万人のデータをもとに、統計学と心理学を組合わせて生み出された性格診断法で、わずか20問のアンケートに答えることで、「厳しさ」「優しさ」「論理性」「奔放性」「協調性」という5つの指標を導き出し、人の性格を27のタイプに分類するもの。「なんでそんなことまでわかっちゃうの!?」「性格がバレすぎて怖い!」というほどの正確さで芸能人の本性が丸裸に!
今回は、今最もセクシーな俳優・斎藤工との「結婚相性No.1」の女性芸能人を分析!正確無比の性格分析に基づいて、斎藤の知られざる本性が丸裸になるとともに、斎藤と相性の良い女性像が明らかに!つまり、斎藤との結婚のチャンスを増やしたい女性必見の内容になっているのだ!
さらに、ディグラムを用いて、相性診断やアドバイスを行うことで、成功率が100%の回もあったという合コン、「ディグラムコン」を発展させた、「ディグラム恋活」を実施。恋人のいない女性芸能人に本気の彼氏が誕生する!
女性のみならず、37万人のデータに基づいた性格分析は必見!
ご自身がどの性格類型にあてはまるのか、しっかり見つめて下さい。

診断結果はこの通り.あたっている感じもありますが・・・
元気がない性格です。盛り上がりに欠けるので、周囲から良い人なんだけど、堅物でつまらない人と評価されてしまっているかもしれません。また、ストレスが多分に溜まっているので、精神疾患などに要注意です。

昼過ぎから文楽を見に行きました.演目は弁慶・牛若丸の五条橋とお初・徳兵衛の曽根崎心中.実は少し眠くなってしまったのですが,とても楽しめました.特に曽根崎心中のお初がよかったです.途中で解説もあってわかりやすいものでした.灘高校の生徒も見に来ていたようでした.
ネットカフェで時間をつぶしてエノテカに向かいました.イタリア赤ワインの会です.でもまだ時間があったのでパイプオルガンのところで上野千鶴子・田中美津の「美津と千鶴子のこんとんとんからり」を読んで時間を過ごしました.イタリアワインはバローロとかサンジョベーゼやアマローネの名前を知っているだけなので,結論的にはよくわかりませんでした.まあ勉強にはなったかも,という程度でした.
西梅田から新梅田まで移動して滝見小路に行きました.ひと大勢でしたが,蛍が点滅しているのを見ることができました.よかったです.蛍はluciolesかな?

原発自主避難者 支援はまだまだ必要だ
 原発事故で県内外に自主避難した住民に対し、福島県は来年度末で避難先での住宅の無償提供を廃止する方針だ。避難者は提供の継続を求めている。一方的な廃止では避難者を追い詰めかねない。
 原発事故などで県内外に避難している県民は現在約十一万二千人。このうち政府の避難指示を受けていない人は約二万五千人で、大半が原発事故による自主避難者とみられる。
 避難者への住宅提供は県が災害救助法に基づいて行い、国の避難指示を受けたかどうかにかかわらず、仮設住宅や県内外の民間アパートなどを借りて一律無償で提供する。入居は原則二年間で一年ごとに延長を重ね、現時点では二〇一六年三月末まで。今回さらに一年延ばして一七年三月末の廃止を決めた。
 放射性物質の除染が進んで生活環境が整い始め、住民の自立や帰還を促すためだという。だが、県が行った避難者アンケートでも提供住宅の入居延長を求める声が半数に上った。除染も放射線量を下げ切るまでに至らず、生活環境を不安に感じている人が多い。今、住宅提供の廃止を決めるのは避難者の実態に合わない。県は家賃補助などの代替策を検討しているが、支援の縮小でしかない。
 政府は避難指示区域の賠償について一七年度末の一律終了を打ち出した。水俣病などかつての公害と同じように、被害をできるだけ小さく見積もって事業者負担を減らし、賠償や支援を早く終わらせたいという行政的計算が働く。それでは被害者は納得できない。
 自主避難者には一貫して支援が足りない。国が避難指示を出した地域と線引きされ、東京電力が支払う月十万円の精神的慰謝料など賠償は何もない。福島市や郡山市などは放射線量が高かったが、避難指示が出なかったために、大勢が自主避難を選ばざるをえなかった。原発事故がなければ避難の必要もなかった被害者である。
 避難先での状況や抱える事情はそれぞれに違う。故郷に夫や親たちを残し、母子だけで避難した「二重生活者」も多い。避難先でなんとか落ち着いていても、住宅提供を打ち切られると生活できず、やむなく地元に帰らざるをえない人が少なくない。
 住宅という命綱を切ることは強制的な帰還につながる。どこに住むのかは避難者が選ぶこと。国や県は支援に徹するべきだ。原発事故の復興は通常の災害とは違うことを忘れるべきではない。


米首都で原爆展 「投下は誤り」伝えねば
 広島、長崎の被爆の実相を伝える展示会が米ワシントンで始まった。米国民の多くは原爆投下は不可避だったと言うが、人類の最も悲惨な出来事を伝える資料と正面から向き合ってほしい。
 展示は広島、長崎両市が企画しワシントンのアメリカン大学が協力、会場を提供した。首都での展示は一九九五年にも企画されたが、この時は米退役軍人らの反発で事実上、中止に追い込まれた。
 今回は二カ月間で、原爆の熱線で溶け、変形した懐中時計や十字架など二十五点が出展された。関心を集めているのが、画家の故丸木位里、俊夫妻が描いた連作絵画「原爆の図」の六点だ。
 鮮烈な赤で描かれた炎が、大人も子どもも包んでいく「火」。全身焼けただれた人たちが夢遊病者のように歩く「幽霊」。広島の収容所にいて被爆した「米兵捕虜の死」と、犠牲になった朝鮮人徴用工を描いた「からす」も出展された。原爆がもたらした惨状には民族など関係がなかった。
 原爆の図を見た米国人からは「大変動揺している。苦しむ人々の中に子どももいるのが衝撃だ」「米国政治の中心地で決めたことが世界にどういう影響を及ぼすか、よくわかった」などの声が聞かれたという。
 現在でも米国民の大半は「原爆投下が日本を降伏させて戦争終結を早め、さらに多くの犠牲者が出るのを防いだ」と言い、正当化する考えが根強い。米研究者には、日本を攻撃したが、戦後台頭するとみたソ連を核の威力で威嚇するのが大きな目的だったとの分析もある。ワシントンのスミソニアン博物館には、広島に原爆を投下した爆撃機「エノラ・ゲイ」が展示されているが、地上でどんなことが起きたのか説明はない。
 日本側の資料は、核兵器を国際政治の視点ではなく、人間の体と心を通して考えるべきだと訴えている。被爆直後だけで二十万人以上が死亡し、深刻な後遺症をもたらした原爆の投下は誤りだったと伝えたい。
 核廃絶の歩みは進まない。米、ロシアなど核保有国が核兵器を削減する「軍縮」、新たな保有国をつくらせない「不拡散」の論議はともに最近、目立った成果がない。
 一方、「核兵器禁止条約」の制定を目指す動きもあり、既に百七カ国が賛同している。日本政府は核の非人道性をめぐる議論に積極的に関与して、指導力を発揮する努力が求められる。

ライアの祈り C'est un bon film!/新梅田で蛍はまだ?

ブログネタ
フランス語 に参加中!
No_mynumber

Japon. Petite éruption du mont Asama
Le mont Asama, un des volcans les plus actifs du Japon situé à 140 km de Tokyo, est entrée en éruption sans faire de victimes ni de dégâts.
La dernière éruption du mont Asama, situé sur l'île de Honshu, remonte à 2009. Elle avait duré plusieurs mois. Pendant cette période, le volcan avait éjecté des roches jusqu'à un kilomètre de distance et avait dégagé un important nuage de cendres.
L'actuelle éruption se semble pas être accompagnée de panache de fumée ou de cendres mais le sommet du volcan, qui culmine à 2 570 mètres, est dissimulé par de lourds nuages.
Le Japon compte 110 volcans en activité, dont 47 sont surveillés en permanence.
L'augmentation des séismes volcaniques et la détection de certains gaz ont incité les services météorologiques à relever le niveau d'alerte sur Asama la semaine dernière. Il est conseillé de rester à plus de deux kilomètres du sommet.
フランス語
フランス語の勉強?

今日は七十二候で梅子黄うめのみきばむ,になります.
午前中に梅田に映画を見に行きました.ライアの祈り,です.八戸で過ごしたことがあるのでよくわからないまま見たのですが,2人の男女のラブストーリーで,結構良かったです.
妙では知らないおじさんから話しかけられました.よく見るよ・・・と言ってもらえたのは意外にうれしいです.出雲国・彩雲堂の朝汐をいただきました.
その後新梅田で蛍を見ようとしましたが,まだ十分暗くなっていなかったので見ることできませんでした.

<南三陸防災庁舎>県有化の請願採択
 宮城県南三陸町議会は15日、東日本大震災対策特別委員会を開き、津波で被災した町防災対策庁舎の県有化を求める請願書を賛成多数で採択した。6割が県有化に「賛成」だったパブリックコメント(意見公募)の結果とともに、佐藤仁町長が今月中に示す県有化受け入れ可否の最終判断に影響を与えるのは必至だ。(16.26面に関連記事)
 県有化に関する請願書を特別委が審査するのは15日が初めて。委員長を除く委員14人で採決をとり、10人が賛成に回った。16日に始まる町議会6月定例会の本会議で正式に採択される見通し。
 委員会には参考人として請願者の3人が出席し、「時間をかけて広く町民と議論を尽くすべきだ」と意見を述べた。
 県有化に反対する委員は「2年9カ月前に議会は解体に賛同した。その時の遺族の気持ちを尊重したい」と一度行った議決の重みを強調。賛成の委員は「震災から4年がたち、町民の気持ちが移ろっている。教訓として何を残すか一から話し合うべきだ」と語った。
 佐藤町長は「県有化について初めて議会から発信していただいた。結論を踏まえて総合的に判断させていただく」と述べた。
[南三陸町防災対策庁舎]東日本大震災の津波で被災し、職員33人を含む43人が犠牲になった。町議会は2012年9月、庁舎の早期解体を求める陳情を採択し、佐藤仁町長が13年9月、解体の方針を発表した。村井嘉浩知事がことし1月、議論を尽くすため一定の期間が必要だとして31年まで県有化し維持管理することを町に提案。町は町民に県有化の是非を問う意見を公募し、回答率14%で約6割が「賛成」だった。


<自主避難者>仮設提供16年度末終了
 福島県は15日、東京電力福島第1原発事故の被災者向け仮設住宅について、避難指示区域以外からの「自主避難者」に対する提供を2017年3月で終えることを決めた。除染や災害公営住宅の整備が進み、生活環境が整うと判断。17年度以降は引っ越し費用の一部補助といった帰還に向けた支援策に移行する。
 県によると、東日本大震災と原発事故で約4万3700世帯、10万1900人が県内外の仮設住宅で生活。うち9000世帯、2万5000人が自主避難とみられる。国による避難指示が解除された田村市や広野町などからの避難者も提供終了の対象となる。
 仮設住宅の提供終了に当たり、県は災害救助法に基づく応急的な支援から新たな生活再建策に軸足を移す。県外の借り上げ住宅から県内への引っ越し費用を補助するなどして帰還を促す。提供終了後も避難先にとどまる低所得世帯向けには、家賃補助制度なども検討する。避難者の多い山形県などに職員を派遣して相談会を開く。
 内堀雅雄知事は「新たな支援策に踏み切る時期だと総合的に判断した。2年間で安心して帰れる環境をさらに整えたい」と語った。
 楢葉町など避難指示区域7町村の被災者については、17年3月まで提供を延長した上で、避難指示解除の見通しなどを見据えて再延長を判断。津波や地震による避難者は、区画整理事業の進展状況などを踏まえ、世帯ごとに延長を決める。


<南三陸防災庁舎>最終判断 十分な議論を
 南三陸町議会東日本大震災対策特別委員会は15日、町防災対策庁舎の県有化を求める請願を採択した。佐藤仁町長の判断にどう影響するか注目される。
 町議会は2012年9月、防災庁舎の「早期解体」を求める陳情を全会一致で採択。これに先立つ特別委の採決は賛成7、反対6と拮抗(きっこう)した。今回の委員会は県有化に賛成10、反対4と差がついた。
 背景に議員構成と環境の変化がある。町議会は13年10月の改選で「解体」に回った議員が減り、新人議員4人が県有化を求める請願の紹介議員に名を連ねた。県有化の提案で町の財政負担がなくなり、大きな壁が取り払われた。町民に県有化の可否を尋ねたパブリックコメント(意見公募、回答率14%)で「賛成」が約6割に上ったのも大きい。
 県有化が解体、保存いずれでもない第3の道として示される中、「解体派」は全会一致の重みを訴え、請願審査を先延ばしにしてきた。この日ようやく始まった委員会でも議論の入り口論に終始した結果、県有化のデメリットまで踏み込めず流れを変えられなかった。
 請願審査は1日のみで議論が十分だったとは言い難い。県有化の方法や経緯への疑問が払しょくされず、傍聴した遺族の不信感は膨らむ一方だ。
 舞台は16日開会の6月定例会に移る。最終判断を託された佐藤町長とどれだけ議論を深められるかが焦点となる。通告された一般質問に県有化を問う設問は今のところ見当たらない。デリケートな問題だからこそ、議員が公の場で住民の声を代弁しなければならないだろう。(解説=南三陸支局・古賀佑美)


<南三陸防災庁舎>「議論の時間必要」
 「議論の時間が必要だ」。「いまさら、なぜ」。宮城県南三陸町の防災対策庁舎の県有化を求める請願を、町議会が賛成多数で採択した15日、議場にいた人々の間に、それぞれの思いが交錯した。東日本大震災から4年3カ月を経て、町議会は一度は決めた「早期解体」の方針を転換。遺族からは戸惑いの声も上がった。佐藤仁町長は近く、県有化の可否を最終判断する。
 町議会の東日本大震災対策特別委員会で行われた請願の採決の結果は、賛成10、反対4だった。
 2012年9月の同特別委では、庁舎の早期解体を求める陳情を全会一致で採択した経緯がある。
 採決後、当時、早期解体の立場だった山内孝樹委員長は「あの頃、町議の多くは解体しか頭になかった」と説明。別の町議は、宮城県が提案した31年までの県有化が実現すれば、町側の維持管理費が掛からなくなることから「庁舎を取り巻く状況が変わった」と解説した。
 審議では賛否両論の立場で町議3人が発言した。
 請願を出した3人も参考人として意見を述べた。町職員の父親が犠牲になった団体職員及川渉さん(33)は「庁舎の扱いは時間をかけて考えるべきだ」と、保存や解体の判断を県有化によっていったん棚上げする必要性を訴えた。
 採決を受け、及川さんは「関心が高まり、庁舎の扱いは遺族だけの問題ではなくなった。町の未来を考える人々と議論を尽くしたい」と、佐藤町長に責任ある答えを求める。
 傍聴席には遺族ら約15人が集まった。解体を望む遺族会副代表の千葉みよ子さん(68)は「いったん町は解体を決めたのに、状況が変わってきた理由を知りたい。どっちが良い悪いではなく、納得できる説明がほしい」と嘆いた。
 別の町民は「解体を望んでいるが、時間がたてば気持ちが変わることもあり、じっくり議論したいという気持ちも理解できる」と複雑な表情を浮かべた。


<自主避難者>賛否相半ば
 福島第1原発事故の自主避難者への仮設住宅提供を2017年3月で終了すると福島県が決めた15日、避難者の間には「生活が苦しくなる」「将来を考えやすくなった」と賛否が相半ばした。除染など原発事故をめぐる行政の対応に不信感を抱く避難者も多く、今回の方針が住民帰還の後押しになるかは不透明だ。
 「打ち切られれば生活が成り立たない。政治の都合を優先した無責任な決定だ」。いわき市から都内に自主避難する非常勤講師鴨下祐也さん(46)は憤った。仲間とともに撤回を求め、国や県に要望を続ける。
 災害救助法に基づき、民間賃貸住宅などを活用した仮設住宅の提供は1年ごとに延長が決まっていた。福島市から新潟市に自主避難している村上岳志さん(39)は「将来設計が難しかった。古里に戻るか戻らないか考えやすくなった」と評価。一方で「生活再建策が不十分なら、避難者と県の信頼関係が崩れる」と丁寧な対応を訴えた。
 避難指示解除後も郡山市に残っていた川内村の農業矢吹一郎さん(86)は、無償提供終了と同時に村に戻る予定だ。「村の医療は貧弱で少し心配。除染廃棄物が残っていることを気にする住民もいるのではないか」と話した。
 住民帰還を望む首長は、決定を「一定期間の延長」ととらえて評価した。
 避難指示解除後、村民の6割が戻った川内村の遠藤雄幸村長は「帰村にはある程度の準備期間が必要」と歓迎。4735人が今も自主避難する郡山市の品川万里市長は「避難者が一日も早く戻ることを選択していただけるよう、環境整備に尽くす」とコメントした。


<原発事故>「汚染」転校先で差別
 東京電力福島第1原発事故で南相馬市から仙台市へ避難した10代の姉妹が15日までに、転校先で放射能汚染をめぐって差別されたとして、東電に計400万円の慰謝料を求め、政府の原子力損害賠償紛争解決センター(ADR)に和解の仲介を申し立てた。
 申し立てによると、姉妹は自宅がある南相馬市原町区が緊急時避難準備区域に指定されたため、2011年6月に家族と仙台市に避難。市内の中学校で、同級生から「汚染されているんじゃないの」「放射能のところから来たんでしょ」などと、何度も心ない言葉を浴びせられた。
 姉妹は1年以上、不登校になり、長女は自殺を図ったこともあった。現在はいずれも高校に進学し、通学しているという。姉妹側は「差別発言を繰り返され、大きな精神的苦痛を受けた。東電は慰謝料を払うべきだ」と主張している。
 東電広報部は「ADR手続き中の事案は回答を控えたい。引き続き誠実に対応していく」と話した。


<原発賠償と分断>交渉自治体が主導を
◎(下)元東海村村長 村上達也氏
 −1999年にJCO臨界事故が起きました。
■ 風評被害は今も
 「放射能汚染がほとんどなかったにもかかわらず、翌日には『農産物が売れない』と連絡が相次いだ。村特産の干し芋は売り上げが8割減った。近隣市町村だけでなく、風評被害は県全域に及んだ。風評被害が今も残っていると感じている村民もいる」
 −営業損害に対する賠償は十分でしたか。
 「JCOは10キロ圏内で1カ月分の損害を補償するという基準を打ち出したが、被害の実態とかけ離れていたため村民が猛反発した。その後、補償期間は2カ月に延びたが、村は県とは別に交渉を行い、期限を設けず、損害が生じれば補償するよう要望し、JCOと協定を結んだ」
 −営業損害賠償について、福島でも被害が続く限り賠償するべきだとの声が上がっています。
 「一定の線引きをしなければ交渉が始まらない面もあるが、風評被害は個々の事情によって規模も継続する期間も異なる。まして福島では地域間で避難状況に違いが大きく、賠償を一律に終了すれば住民が不幸になるのは当然だ」
 「そもそも、原子力災害における賠償がどうあるべきか十分な議論がなかったのが問題だ。国も電気事業者も原発推進を見直すつもりがなく、事故を一刻も早く幕引きにすることしか考えていない。JCO事故当時も今も、住民を守るという姿勢が感じられない」
 −賠償の継続が自立を妨げるとの意見もあります。
■ 地域産業育たず
 「もともと原発立地自治体は構造的に原子力マネーに依存してきた。農林水産業も商業も育たず、伝統や文化は消え、地域の誇りが失われた。原発事故による汚染と長期避難によって、福島ではさらに多くの地域が金に依存せざるを得なくなっている。事態はより深刻だ」
 −賠償はいかに進められるべきでしょうか。
 「個別の事情に応じるのが大事だが、福島の事故は規模が大きく、一人一人に合わせた賠償は難しい。せめて地域ごとに異なる賠償基準が必要ではないか」
 「避難区域を抱える市町村の働きが重要になる。首長や役人は住民の代弁者だ。住民の現状を把握し、思いをくみ取り、自治体が前面に立って交渉していかないといけない。町や村が住民に寄り添って行動しなければ、国や東電は画一的な対応しか取らない。被災者の自立も遠くなる」
(聞き手は福島総局・高橋一樹)
[JCO臨界事故]1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」で起きた。大量のウラン溶液を沈殿槽に投入したために発生し、臨界が20時間続いた。従業員2人が死亡し、住民ら600人以上が被ばくした。現場から半径350メートル以内の住民に避難勧告が出された。


引っ越しごみ 被災自治体が苦慮
 東日本大震災の被災自治体が、避難者の引っ越しごみへの対応に苦慮している。復興の進展に伴い、仮設住宅の集積所などに家財道具を放置するケースが相次ぐ。所有者を突き止めるのは難しく、関係者は「住民のモラルに訴えるしかない」とあきらめ顔だ。
 今春に災害公営住宅の整備が完了した相馬市では、4月ごろから仮設に家具、パソコン類などが捨てられるようになった。積み上げられたごみが崩れ、集積所が破損したこともあった。
 市は回収できないごみを一定期間放置した後、業者に引き取ってもらっている。担当者は「所有者が自分で処理するのがルール。仮住まいとあって帰属意識が低いのも影響しているようだ」と話す。
 同様の事例は隣接する南相馬市でも。仮設の自治会長を務める佐藤昭さん(67)はことし4月、大量の台所用品などが集積所を埋めているのを発見した。夜間に投棄されたとみられる。
 佐藤さんは「自治会にも住民の転居情報などは伝えられていない。これでは注意を促すこともできない」と憤る。
 ごみ問題は仮設にとどまらない。仙台市では、転居先となる災害公営住宅でルール違反が目立つ。仮設退去時に不用品の持ち出しを徹底していることもあり、市は「一度新居に持ち込んでから投棄する例が多い」と分析する。
 仙台市内には完成待ちの災害公営住宅もある。市は「行政がすぐに回収してしまったらマナー違反を助長しかねない。まずは張り紙などで注意喚起に努めたい」(復興公営住宅室)と話している。


自慢の海の幸 あがいん 女川にオープン
 東日本大震災で大きな被害を受けた女川町の中心部に14日、町の水産加工などの特産品を販売し、水産業体験もできる施設「あがいんステーション」がオープンした。3月に開業したJR女川駅前で整備が進む商業エリアでは、初の本格的な集客施設。水産業と観光の復興に向けた拠点となる。
 木造平屋で、延べ床面積約130平方メートル。外観は震災前の女川駅をイメージした。総事業費は5000万円で、キリンなどから支援を受けた。
 水産業体験エリアと特産品販売エリアの二つに分かれる。体験エリアではホタテやホヤの殻むきや調理、サンマの昆布巻きなどの加工品製造などができる。販売エリアでは特産品の独自ブランド「AGAIN(あがいん)おながわ」の商品約30種類を販売。全国の名産品も取りそろえる。
 運営主体の復幸まちづくり女川合同会社の阿部喜英代表社員は「施設完成で、町の観光客受け入れ態勢が充実する。特に子どもたちに水産業への興味を持ってもらいたい」と話した。
 月曜定休。水産業体験は予約制で人数や希望などに応じメニューを組む。連絡先は合同会社0225(98)7839。

樺美智子さん追悼の日/コーヒーこぼして資料だいなし

ブログネタ
フランス語 に参加中!
JR_delay_20150615

Pratiqué avec sérieux, le sport n'a rien à voir avec le fair-play. Il déborde de jalousie haineuse, de bestialité, du mépris de toute règle, de plaisir sadique et de violence ; en d'autres mots, c'est la guerre, les fusils en moins.
George Orwell Artiste, écrivain (1903 - 1950)
Le chat est un lion pour la souris.
Proverbe Albanais
フランス語
フランス語の勉強?

2015/06/15 声なき声の会 6・15集会 樺美智子さんへの追悼 (東京・池袋)
 「声なき声の会」は1960年の日米安保条約改定阻止運動(60年安保闘争)の中で生まれた反戦市民グループ。運動が終息した後も「日米安保条約反対」と、60年安保闘争の中で死亡した東大生・樺美智子さんへの追悼を掲げて毎年6月15日に東京で集会を開いており、今年で55回目。だれでも参加できる。
■日時:6月15日(月)18時〜20時
■会場:豊島勤労福祉会館第2会議室 (東京都豊島区西池袋2−37−4。池袋駅西口下車徒歩10分)
■献花:集会後、国会南門で(21時ごろ)
■主催:声なき声の会

『ガリレオX』#102「食虫植物の不思議な世界 どのようにして“肉食”になったのか?」
 昆虫などを捕食する「食虫植物」。現在この植物は約600種が見つかっており、世界各地で生育している。しかしそれらの生育場所はどこも栄養が乏しい場所ばかり。食虫植物は、そんな場所でもなんとか生き抜いていけるように進化した姿だった。そしてこの食虫植物が虫を捕まえる構造やその進化を辿った道筋などは未だに謎が多い。しかし近年、この食虫植物の遺伝子レベルの研究が進み、それらが解き明かされようとしている。


樺美智子さん追悼の日です.あの日から55年.日本がより危険な方向に行ってしまわないように,彼女にならって行動しなくては・・・と思いました.
コーヒーを資料の上にこぼしてしまいました.だいなしです.Yuさんからコピーの仕方を聞いて再度準備です.

樺美智子さん、没後55年(日米安保)
1960年1月19日、日米間で「日米安全保障条約」が締結され、5月19日〜20日に岸信介内閣は、衆院での強行採決を行います。この強行採決には、三木武夫ら自民党議員からも批判が出ました。日米安保に反対し、強行採決に抗議する市民、労働者、学生のデモが激化、6月15日には、国会議事堂正門前までデモ隊が押しかけ、一部学生が国会に突入する事態に発展しました。この闘いの中で、東大の学生であった樺美智子さんが圧死、その後長く安保闘争の象徴的存在となります。今日、日本の平和主義、非戦主義に一つの断絶を余儀なくされる安保法制関連法案や集団的自衛権の議論が行われている中、当時のような熱気が国民から失われているのは否むべくもありません。私たちは将来に責任を持てるのでしょうか。ところで、この大転換の立役者安倍晋三首相は、奇しくも、60年安保の牽引役であった岸信介の外孫。一族の執念のようなものを感じます。


昭恵夫人が安倍首相の本音を暴露!「主人は今も女性が働くことをよく思っていない」
 国会の安保法制論議が迷走を続けるなか、安倍首相の“家庭内野党”を自認するアッキーこと昭恵夫人は元気だった。先頃も安倍首相批判を比較的多く展開する週刊誌「週刊現代」(講談社)6月13日号のインタビューに応じ、驚きのエピソード、持論の数々を披露している。
『夫にも、マスコミにもこの際、言わせてもらいます』
 こんな刺激的タイトル記事の中で、アッキーは、しかし意外なマスコミ批判を展開した。
「『中身はともかく、どうしてこんな写真を使うの!?』って思うんです。私、いつもヘンな写真ばっかり載せられているから……」
 記事の内容より自分の写真写りが大事。しかも「他人からどう見られているか気になっていました」というアッキーは、巨大掲示板「2ちゃんねる」もチェックし、「バカ」「ブス」と書かれたことにご立腹のようなのだ。
 なんともアッキーらしい50代女性の乙女心(笑)だが、しかし話が夫の安倍首相や政治、そして自身が熱心に取り組む環境問題に及ぶと、家庭内野党ぶりがどんどん出てくる。特に沖縄・普天間基地の辺野古移転問題に関し、かつて大喧嘩になったエピソードとしてこう語っている。
「今も覚えているのは、結婚前に環境問題で言い合いになったんです。私は、当時揉めていた石垣島の新空港の建設に『飛行場を作るとサンゴ礁が壊されてしまう』と言って反対していたんですが、そうしたら主人が『そんなこと言うけどじゃあどうするんだ』って。あの時は全く議論になりませんでした」
 その上で辺野古問題に言及した。
「本心を言うと辺野古の飛行場も海の上には作らないでほしい。私は昔から海を守りたくて、それで東北の防潮堤建築にも反対しているんです」
 もちろん、安倍夫妻のこうした“政策不一致”は今に始まったことではない。憲法、原発、韓国への姿勢まで、ことごとく違っている。例えば今年5月に発売された「文藝春秋」(文藝春秋)6月号のインタビュー『安倍昭恵 新しいファーストレディー宣言』では、憲法9条について「今の憲法は時代に合っていないところもあります」「(安倍首相は)今回こそ日本人が自分たちで考えた憲法を作りたい、と考えているんだと思います」と夫に一定の理解を示したのち、ズバリ9条堅持を「でも私自身は、9条は守ってもいいかなという考え方なので」と語っている。
 だが、この「文藝春秋」インタビューでさらに驚かされるのは、安倍首相が成長戦略として大きく位置づける「女性の活用」について、アッキーがその“欺瞞”とも思える本質をこう暴露してしまっていることだろう。
 安倍首相はアッキーがいろいろな話を喋っても、「基本的に自分の関心があることしか聞いていない」という。そして問題の「女性の活用」だ。
「女性活用のようなテーマも、主人と話す機会はほとんどありません」
「主人はもともと保守的な考え方の持ち主ですので、女性がみんな働くことが良いとは、今も思っていないのかもしれません。女性には社会で活躍してもらいたいとの思いがある反面、あまりにも多くの女性が社会に出ることで、伝統的な日本のよき家庭の形が崩れてしまうことを恐れているような気がします」
 これぞ家庭内野党。夫に遠慮してか曖昧な言い方になってはいるが、アッキーが語っている安倍首相の実像は、女性の社会進出など本音では望んでいない。そして労働者派遣法改正や「3年育休」などにしても、女性の社会進出を阻み “家庭”に縛ろうということではないか!
 ツッコミどころ満載なアッキーが語る安倍首相の“本当の姿”だが、こうしたファーストレディーの肉声を発することは、アッキーの最大の功績なのかもしれない。
 さらに、アッキーは前出「週刊現代」で夫からこんな圧力を受けたことまで披露している。
「実はUZU(アッキーが経営する居酒屋)は主人からもおカネを借りて開いたお店なので、『借金を返さない場合はオレが乗っ取る』『社長になってチェーン店にする』と脅されました」
 アッキーは「余計なことはしないで」と現在のところ突っぱねているらしいが、安倍首相には、日本を戦争に突き進ませる前に是非とも首相を辞めて居酒屋チェーンの社長になって欲しい。マジでそう思う。(伊勢崎馨)


砂川根拠「間違った理解」 長谷部氏ら批判
 安全保障関連法案について、衆院憲法審査会の今月四日の参考人質疑で「憲法違反」と明言した長谷部恭男(やすお)早稲田大教授と小林節慶応大名誉教授は十五日午後、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見した。冒頭発言で長谷部氏は、政府・与党が砂川事件の最高裁判決(一九五九年)を根拠に安保法案は「合憲」と主張していることに対し「砂川事件判決は、集団的自衛権についてなにも議論していない。間違った理解だ」と批判した。
 小林氏は冒頭発言で「改憲せずに安保法案の政策を推進することは法の支配を壊す」と法案に強い懸念を示した。同時に「安保法案は違憲だ」との見解も重ねて表明した。
 長谷部氏は、自民党内から憲法学者に批判が出ていることに対し「今の安保法案は日本の安全をむしろ危うくする。日本の安全を守りたいなら学者の意見を聞くべきだ」と述べた。
 長谷部、小林両氏は憲法学の第一人者。四日の参考人質疑には、笹田栄司早稲田大教授を含めた三人で出席し、全員が安保法案を違憲と明言した。長谷部氏は自民党からの推薦で参考人出席していた。
 これに対し、安倍晋三首相は「憲法の基本的論理は全く変わっていない」などと反論。長谷部氏らに対し、自民党内からは「憲法の番人は最高裁であり、学者ではない」(高村正彦副総裁)といった反発も出ている。


安保関連法案:長谷部と小林両氏、政府・与党を厳しく批判
 ◇憲法審で「違憲」表明に続き日本記者クラブで記者会見
 衆院憲法審査会で安全保障関連法案を「違憲」と表明した長谷部恭男早稲田大大学院教授と小林節慶応大名誉教授が15日、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見した。長谷部氏は、1959年の最高裁砂川事件判決が「集団的自衛権を排除していない」と政府・与党が主張していることを「法律学の基本原則と衝突する考え方」と厳しく批判。「数多くの重大といえる欠陥を含む法案を直ちに撤回すべきだ」と訴えた。
 長谷部氏は、砂川判決で問われたのは「日米安全保障条約の合憲性であり、日本が集団的自衛権を行使するか否かは全く争点になっていない」と強調。集団的自衛権の行使を限定的に容認した昨年7月の閣議決定について「個別的自衛権のみ憲法上認められるという従来の政府見解の論拠に基づき、集団的自衛権行使も限定的に認められるかのようにみせかけようとするもの」と批判した。
 小林氏も安保関連法案について「法的には憲法9条に違反する海外派兵法だ」と主張した。
 自民党の高村正彦副総裁が「安全保障政策のような高度に政治的な問題については、国会と内閣に委ねると最高裁は言っている」と主張していることに対して、長谷部氏は「最高裁が違憲と言わないからといって、政治が違憲の法律を作ってよいことにはならない」と反論。小林氏も「判決文の引用が珍妙だ」と指摘した。
 憲法審査会での長谷部氏らの発言が注目されたため、与党からは「憲法学者は安全保障の専門的知識がない」などと沈静化を図る声が相次いでいる。これに対し、長谷部氏は自身がかつて国会で特定秘密保護法に賛成意見を述べたことを紹介し、「自民党は、安全保障に不可欠な(秘密保護)法案の参考人として、私のような安全保障の素人を呼んだことになる。明らかな人選ミスだ」と皮肉を交えて切り返した。
 小林氏も「今の自民党は意見が違うと怒る人が多い」と述べ、「首相は丁寧に説明するというが、丁寧な説明をされた実感はない」と強調した。【高橋克哉、田中裕之】


安保関連法案:「国民を愚弄」「珍妙な引用」 長谷部・小林両氏の与党批判詳報
 6月4日の衆院憲法審査会で、自民党が推薦した長谷部恭男・早稲田大大学院教授ら憲法学者3人が集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案を「憲法違反」と明言した。その後、自民党幹部からは「憲法学者はどうしても(憲法)9条2項の字面に拘泥する」「学者の言う通りにしていたら、自衛隊も日米安全保障条約もない。平和と安全が保たれたか極めて疑わしい」といった発言が飛び出し、安保法案を巡る議論は加熱している。憲法審査会で参考人として意見を述べた長谷部氏と小林節・慶応大名誉教授が15日、日本記者クラブで会見を開いた。「違憲」を主張する両氏は果たして「現実を知らない」学者なのか。その発言の真意に迫った。【石戸諭/デジタル報道センター】
 ◇「自民党の政治家は『憲法とは何か』という話に納得してくれない」

 会見は小林氏の「自民党の政治家はいまだに憲法とは何かという話に納得してくれない」という嘆きから始まった。「憲法は主権者が権力担当者、政治家、公務員に課した制約」(小林氏)。これは立憲主義と呼ばれる考え方だ。長谷部氏は「世の中には多様で、衝突しあう価値観がある。それでも公平な形で社会生活を送るための枠組みをつくるという考えだ」と補足する。
 「自民党の勉強会に行くと、毎回『どうして憲法は政治家だけを対象にしているのか』という話になり、そのうち『国民が守らなくていいのか』という話になり、『権力者も一般国民も守る』ものだとなり、(国民が政府に)協力するという話が入ってくる。憲法はそんなものではない」。小林氏はそう語気を強めた。
 ◇安保法制「違憲」の理由
 安保法制はなぜ「違憲」なのか。「9条の法意は『専守防衛』。9条は侵略戦争を放棄し、交戦権も認めていない。しかし、自衛は認めており、だから腕力の大きな第2警察としての自衛隊がある。他国を防衛するために海外派兵する集団的自衛権は国際法上、保持していても、憲法の制約があり行使できない」(小林氏)
 「違憲」発言でメディア露出が急増した長谷部氏は「合憲性を基礎づけようとしている論理が破綻している。自衛隊の活動範囲の法的安定性を揺るがしている」とこれまでの主張と同様、厳しく批判する。「憲法9条の下、行使が許されるのは個別的自衛権の行使。すなわち『日本に対する外国からの直接の武力攻撃によって、わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険が切迫している場合』。これが従来の政府の憲法解釈。集団的自衛権行使は典型的な違憲行為だ。憲法9条を改正することなくありえない、と繰り返し政府によって表明されてきた。自国防衛の個別自衛権の行使の論理、他国防衛の集団的自衛権行使の論理は本質を異にする。前者のみ容認されるという論理が、後者容認のための論理にはならない。安倍首相は『あれもしない、これもしない』と答弁するが、それは彼が今、そのつもりであるというだけで明日になって、来年になって彼が考えを変えればそれまでの話であって、歯止めは存在しない」と指摘する。
 ◇政府・与党の反論 「国民を愚弄」(長谷部氏)「珍妙な引用」(小林氏)
 こうした批判に対し、政府や、高村正彦副総裁ら自民党幹部が持ち出すのは1959年の砂川事件の最高裁判決を根拠にした集団的自衛権「合憲」論だ。砂川事件では駐留米軍が憲法9条の「戦力」に該当するか否かが問われた。最高裁判決は該当しないと判断し、1審判決を破棄して差し戻した。安保条約そのものについては憲法判断を避け「内閣や国会の高度の政治的、自由裁量的判断」(統治行為論)とするにとどめている。政府・与党は同判決にある「自国の平和と安全を維持し、存立を全うするために必要な自衛の措置」は集団的自衛権と個別的自衛権を区別していないとし、集団的自衛権は「合憲」としている。さらに「安全保障政策のような高度に政治的な問題については、国会と内閣に委ねると最高裁は言っている」(高村副総裁)という主張も展開している。
 小林氏は統治行為論の専門家。「(統治行為論は)選挙で選ばれた国会議員、選出された内閣、閣僚に一時的に判断を委ねると言っているだけで、最終的に委ねるとは言っていない。最終的には主権者たる国民が決めると言っている。高村副総裁のような解釈は初めて聞いた。司法制度は問われたことしか答えられない。砂川判決で問われたのは在日米軍の合憲性であって、日本の集団的自衛権はどこにも問われていない。(政府・与党は最高裁判決を)フルテキスト読んだような引用をしていない。珍妙な引用だ」という。長谷部氏も同調する。「政府が引用する段落は『憲法9条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではない』という結論で締めくくられている。その結論を導くために最高裁は日本には自衛権があると指摘するにとどまる。それだけだ」。
 長谷部氏はさらに批判を強める。「例えるなら、妻と自動車で出かけようとした際、夫が車のキーを忘れたことに気がつき、妻に『キーを忘れた。取ってきてくれ』と頼んだとします。妻が家の中にあるありとあらゆる鍵をすべて持ってきた時、夫は『僕の言葉通りに何ら区別することなくすべての鍵を持ってきてくれてありがとう』と感謝するだろうか。自民党が言っているのはそれと同じ。国民を愚弄(ぐろう)していると思う。最高裁が判断を示していないからといって『違憲』の法律を作っていいものではない。わらにもすがる思いで砂川判決を持ち出してきたかもしれないが、わらは、しょせんわら」。
 ◇自衛隊は「合憲」
 両氏は「自衛隊そのものが違憲」だとして安保法案に反対しているわけではない。そもそも自衛隊合憲論者だ。「30歳から大学教員を務めてきたが、そのときから自衛隊合憲説をとってきた。国家には自然権としての自衛権があり、憲法9条は侵略戦争は放棄しているというもの。自衛隊合憲説は学会でそんなに少なくない。国連による国際安全保障に参加することは否定しない」(小林氏)。長谷部氏の立場はこうだ。「自衛隊は合憲であると考えている。立憲主義と絶対平和主義という9条解釈は両立しないと考えている。絶対平和主義で国民の生命・安全を保障することはできない。絶対平和主義という価値観を憲法に読み込むのは特定の価値観の強制である。そもそも学者の中でも9条で論文を書く人は少ない。その中で自衛隊違憲説の方はいるが、それをもって憲法学者の多くが(自衛隊を)違憲だという結論を導くものではない。私は安保法制にしても全部が全部、違憲とは思わない。例えば国連平和維持活動(PKO)の武器使用基準拡大は憲法違反とは考えていない」
 ◇政府・与党に都合が「いいと『専門家』」「悪いと『素人』」
 「(憲法学者は)現実を知らない。安全保障問題の『素人』だ」という批判に対しても、こう反論する。「英オックスフォード大出版局が刊行した比較憲法の辞典がある。世界の研究者が参加している。憲法による軍事力行使の制限について各国の法制を分析する『戦争権限』の項目は私が執筆している」と長谷部氏。「仮に私が素人だとしましょう。そうすると、自民党は『素人』を特定秘密保護法という、安全保障に不可欠な歯車というべき法律の参考人に呼んだことになる。明らかな人選ミス。立法過程に重大な問題がある以上、同法を作り直したほうがいいのではないか」
 小林氏はこうだ。「学者が『字面に拘泥』するのは当たり前。政治家が拘泥しないときに、『ちょっと待って』と言うためにいる。そうでないと法治主義がなくなる」
 学者の見解をどう受け止めるか。政府・与党の姿勢にも厳しい言葉が続く。「今の与党の政治家は参考人が都合のいいことを言った時は『専門家』、都合が悪い時は『素人』だという」(長谷部氏)。「自民党の政治家には意見が違うと怒り出す人がいる。思う通りにならないと我慢がならないというのはどうなのだろうか」(小林氏)
 長谷部氏は淡々とした口調で自身の考えをこう述べた。「自民党の推薦で(憲法審査会の)参考人となった。国会の参考人と呼ばれたことはあるが、自分がどの政党の推薦かわからないこともある。どの党の推薦か自覚して発言したわけではない。私は自分の発言が周囲にどういう反響をもたらすか気にしない人間。いつも、聞かれたことには私が正しいということを答えるだけ」

サムソンとデリラ・カルメン/奈良の地酒

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Samson_et_Delila_Carmen

Japon: des milliers de pacifistes dénoncent les projets de défense de M. Abe
Des milliers de militants pacifistes ont manifesté dimanche à Tokyo contre la politique de défense du Premier ministre conservateur Shinzo Abe, qui souhaite accroître le rôle militaire du Japon, a constaté l’AFP.
La foule, importante à l’aune des manifestations habituelles au Japon, s’est rassemblée autour du bâtiment de la Diète (Parlement) pour dénoncer les projets de révision constitutionnelle entrepris par M. Abe pour redéfinir les règles d’engagement de l’armée japonaise en dehors de l’Archipel.
Les manifestants - 25.000, selon les organisateurs - brandissaient des pancartes arborant symboliquement le chiffre ≪9≫, le numéro de l’article de la Constitution qui interdit,depuis son entrée en vigueur en mai 1947, au Japon de faire la guerre.
Le gouvernement de Shinzo Abe a approuvé il y a un mois le paquet législatif nécessaire à l’extension du rôle militaire du Japon, au moment ou des rivalités territoriales attisent les tensions en mer de Chine.
Mais le Premier ministre a essuyé un sérieux revers le 4 juin lorsque trois constitutionnalistes reconnus - dont l’un mandaté par son propre Parti libéral-démocrate (PLD, droite) - ont estimé que la clause d'≪autodéfense collective≫, pilier de la nouvelle politique de défense prônée par M. Abe, était contraire à la Loi fondamentale du Japon.
Le Premier ministre japonais, un nationaliste convaincu, s’était engagé, en particulier auprès de son allié américain, à faire passer les projets de loi controversés avant la fin de la session parlementaire le 24 juin.
Cet échec, pour l’instant provisoire, va vraisemblablement forcer le Parlement à prolonger sa session jusqu’au mois d’aout, selon les analystes politiques.
Promue par M. Abe depuis son élection en décembre 2012, la nouvelle législation liée à la sécurité du Japon valide le principe de ≪l’autodéfense collective≫.
Cette évolution doit permettre aux forces armées nippones - officiellement appelées ≪Forces d’autodéfense≫ - de voler au secours d’un allié, a priori les Etats-Unis, même si le Japon n’est pas directement attaqué.
Le principe d’autodéfense collective, applaudi par Washington qui veut depuis longtemps que Tokyo assume un rôle plus actif au sein du pacte de sécurité associant les deux alliés, rencontre une vive opposition au Japon.
Non seulement il va à l’encontre des dispositions de la Constitution pacifiste, imposée par les Etats-Unis après la Seconde Guerre mondiale, mais il risque aussi d’entraîner le Japon dans ≪une guerre américaine≫, notamment au Moyen-Orient, selon les opposants au projet.
L’initiative de M. Abe se heurte également à l’hostilité de la Chine qui dit craindre que le Japon renoue avec son passé militariste.
フランス語
フランス語の勉強?

NHKスペシャル「沖縄戦 全記録」
太平洋戦争中、住民を巻き込んで日米両軍が繰り広げた「沖縄戦」。地上戦による住民の犠牲者は国内最大、判明しているだけで9万人超が亡くなったとされる。なぜ、これほどまでに犠牲が拡大したのか…。NHKは、非公開とされてきた膨大な戦死者の記録を入手。さらに、アメリカ軍が撮影した秘蔵フィルムや、住民の生々しい証言テープなどから、沖縄戦の全体像を再構築。兵士や住民を狂気に追い込んでいった地上戦の真実に迫る。

ムジークフェストなら2015に行きました.Samson et Dalila (Saint Saëns)とCarmen(Bizet)を聞くためです.歌うのはマリアンヌ・デラカサグランドMarianne Dellacasagrandeさん.男性の歌い手は日本人でした.歌うのはうまいのでしょうが,フランス語の発音がイマイチのように感じました.でもMarianneさんは上手い.デリラよりもカルメンの時のほうが感情がこもっているような気がしました.
来週の第九はチケット売り切れでした.残念です.
オペラの後,ドイツ祭りに行ったらアルプホルン (Cor des Alpes)で演奏をしていました.でも人が多すぎ.ビール買うのはあきらめました.代わりに適当に歩いて奈良の地酒のお店を発見したのでそこで少しお酒をいただきました.ちょっと高いのは地酒だから仕方ない?
帰りに鶴橋によって,キムチチゲを食べて帰りました.疲れました.

<内陸地震>胸の痛みあの時のまま 遺族献花
 岩手・宮城内陸地震から14日で7年を迎えるのを前に、13人が死亡し、6人が行方不明となった栗原市で13日、遺族や佐藤勇市長らが3カ所の慰霊碑に花を供え、冥福を祈った。
 栗原市花山の慰霊碑では遺族や地元関係者ら約20人が黙とうと献花をした。
 弟の仙台市泉区、会社員森正弘さん=当時(61)=夫婦を亡くした青葉区の主婦伊藤千秋さん(72)は「ここに来ると地震の直後を思い出す。過ぎてしまえばあっという間の7年。気持ちは切り替えられない。何につけても弟夫婦を思い返している」と話した。
 栗原市栗駒では遺族らが、市の設置した碑と、駒の湯温泉を経営していた菅原昭夫さん(59)らが建立した慰霊碑に花を供えた。
 駒の湯温泉の従業員だった高橋恵子さん=当時(55)=の娘、菅原恵美さん(38)=栗原市若柳=は「毎年慰霊碑に来るが、1年が短く感じる。さみしい。手を合わせながら『母に会いたい』と思った」と亡き母をしのんだ。
 佐藤市長は「この地で起きた悲惨な災害を忘れてはいけない。自然災害にどう対処すればいいか、これからも考え続けていきたい」と述べた。
 佐藤市長ら市幹部は例年、地震発生の14日に慰霊碑を訪れている。ことしは同日に市総合防災訓練があるため献花を前倒しした。


<その先へ>未来担う子育てたい/今春から郷里で教員
◎復興大学第1期修了生 武山愛さん(石巻市)
 宮城県内の大学などが共同で開設した「復興大学」の第1期修了生、武山愛さん(23)は今春、郷里の石巻市で小学校教員としてのスタートを切った。「教育を通じて古里の復興に貢献したい」。決意を胸に教壇に立つ一方で、座学にはなかった被災地の教育現場の現実に向き合う。
 復興大学は東日本大震災の被災地の復興を担うリーダー育成を目的に、東北大や東北工大など21大学が連携して実施している教育課程。開講した2012年度、宮城教育大教育学部3年だった武山さんは、第1期生として履修した。
 講義は思想、政治、科学技術など6科目。1時間半の講義が年90あった。開講は土曜と夏休み期間中が中心。所属学部の単位に振り替えられないなど専攻する授業との両立が難しく、修了できたのは42人中15人という難関だった。
 災害や凶作という極限状態を先人がどう乗り越えたか。震災の教訓から建物の耐久性をどう発達させたか。講義を通して「日本の歴史は災害とともにある」と感じた。地盤沈下した現場の見学など、被災した塩釜市での実習は古里の光景と重なり、つらかった。
 修了しても履歴書に書ける資格にはならない。「学んだことを石巻に持ち帰りたい」。その一心で難解な課題にも挑み続けた。
 武山さんは津波で大きな被害を受けた石巻市渡波地区出身。大好きな地元で教員になるのが夢で石巻高から宮教大へ進学した。震災当日は仙台市内にいた。交通網がまひし、地元へ入れたのは3日後。しばらくの間、津波で亡くなった親族らの身元確認に追われた。
 復興大学を1年で修了し、教員採用も決まった。教壇に立った当初は、学んだことを地域の復興にどう生かせばいいか、具体策を見つけられずにいた。
 着任した石巻市二俣小は全校児童105人の小規模校。受け持つ2学年は13人と少ない。児童の1割は震災後の転入生で、津波で自宅が流され、仮設住宅から通う。
 転機は着任からひと月後。地域の農家や保護者らが、校外学習の準備などで頻繁に学校に訪れる姿を見た。「学校は地域のよりどころなんだ」。そう再認識した。
 被災直後、学校は地域の避難所となった。奔走する先輩教員の姿を思い出した。子どもたちを教えるだけではない。「子どもの命を守り育てることは、地域の未来を担うため。教員の使命感って、そういうことなのかな」
 地域と向き合う現場での問いは続く。(武田俊郎)


<祈りと震災>(54)鎮魂の能 天命と舞う
 宵闇の中にライトアップした特設舞台に、能面と白い衣の舞い手が姿を現す。乾いた笛の音が響くと、優美な動きで舞を演じ始めた。
 東京都の能楽師八田達弥さん(52)は4月中旬、塩釜市の塩釜神社で能を演じた。
 東日本大震災の後、「能楽の心と癒やしプロジェクト」を始めた。岩手、宮城両県を中心とした被災地で能を上演し、これまで100回以上になる。笛を担当する能楽師寺井宏明さん(48)=東京都=と主に2人で各地を巡る。
 「能は鎮魂の芸能。多くの命が失われた被災地で舞うのは天命」と八田さんは言う。
 能は死者が重要な役どころを担う世界でも珍しい芸能だ。死者が主役として登場し、関わりの深い現世の演者と深い思いを通わす。
 背景はその成り立ちにあると言われる。能が完成した室町時代は戦乱や飢饉(ききん)で多くの民が亡くなった。当時の人々にとって、死は日常と背中合わせにあった。
 震災から4年となった3月11日、大津波の被害を受けた仙台市若林区荒浜の深沼海岸で能の演目「松風」を上演した。
 松風は平安時代の歌人、在原行平と恋に落ちるも再会の約束が果たされなかった海女の名。命が尽きて霊となった後、浜の松に行平の幻を見て舞い狂う。
 海岸の砂地に足袋の姿で立って、この世に強い思いを残す死者、松風を演じた。震災犠牲者の追悼に訪れた30人近い地元住民らがじっと見守った。
 八田さんの後ろには津波に耐えた大きな松の木が立っていた。
 「能舞台の背景には神が宿る老松の絵が描かれる。現代でもわれわれは神にささげる気持ちを忘れず、能を続けている」
 震災後初めて被災地に入ったのは発生から3カ月後。全国巡業の能の公演で出会った子どもたちの様子を確かめたかったが、地元につてがなく願いはかなわなかった。何をすればいいのか分からず、ボランティアとして石巻市の避難所で掃除を受け持った。
 慰問に来たテノール歌手に避難所で会い、「自分も能で力になれるかもしれない」と感じた。すぐさま持参していたはかま姿に着替え、被災者の前で舞った。
 それ以来、仮設住宅の集会所や地域の祭りに手弁当で駆け付ける。
 「能には死者の魂を鎮めるだけでなく、生きる人を癒やす力がある」。八田さんを駆り立てるのは能楽師としての強い信念だ。
 600年以上受け継がれた能という「鎮魂歌」がいま、新たな祈りとなって被災地に響き渡る。


<東日本大震災>「まだ海の中つらい」気仙沼で集中捜索
 気仙沼署は13日、気仙沼湾に面した気仙沼市岩月千岩田などの海岸で、東日本大震災の行方不明者の集中捜索をボランティアと合同で実施した。
 署員と一般社団法人気仙沼復興協会が受け入れたボランティアら計約50人が参加。スコップで砂浜を掘ったり、津波で壊れた防潮堤をのぞき込んだりして手掛かりを捜した。人骨の可能性がある骨25本が見つかった。
 参加した同市幸町1丁目の無職杉山運吉さん(86)は、南三陸町で親類2人の行方が分からない。「2人が冷たい海の中にいるんじゃないかと思うと、つらい。不明者の骨を見つけてやりたい」とスコップで砂浜を掘り続けた。
 横浜市の会社員佐藤しおかさん(40)は会社の同僚10人とボランティアで訪れた。「(全国的には)被災地が話題にならなくなったが、現地を見てサポートがまだまだ必要だと感じた。この光景は忘れない」と話した。
 気仙沼市内では12日現在で221人の行方が分かっていない。


<内陸地震>災害の爪痕 防災教育に
 岩手・宮城内陸地震は14日で発生から丸7年を迎えた。2008年6月14日朝、マグニチュード(M)7.2の地震が発生し、栗駒山麓を激震が襲った。大規模な地滑りや土石流が相次ぎ、23人が犠牲になった。栗原市はこの大規模山地災害を記憶にとどめようと、「栗駒山麓ジオパーク(地形や地質を生かした自然公園)構想」を策定し、日本ジオパーク委員会に認定申請した。市は地滑りによる大規模崩落地を構想の中核的地形と位置付けており、小中学生や自主防災組織の防災教育に活用したい考えだ。
 4年前に関連死を含めて2万人以上の犠牲者が出た東日本大震災が発生したことにより、7年前の内陸地震の記憶は地元でさえ急速に薄れつつある。こんな状況に危機感を強める栗原市は、大規模崩落地の見学を通し、小学生の防災教育推進を図っている。
 国内最大級の地滑りである同市栗駒の荒砥沢崩落地。「冠頭部」と呼ばれる崩落地を一望できる崖の上に立つと、足元には約150メートルの崖が切り立ち、約1300メートル向こうまで大地がスライドしたことが見て取れる。山々の緑の間に刻まれた茶色いむき出しの山肌は、災害の爪痕だ。
 地元の一迫小4年生55人が5月29日、「総合的な学習の時間」で、冠頭部などから荒砥沢崩落地を見学。林野庁の職員から地滑りの規模などについて説明を受けた。
 菅原紗和さん(9)は「地滑りの場所を見たのは初めて。びっくりするぐらい崖が高かくて、すごい災害があったことが分かった」と緊張した表情で話した。
 栗原市西部の山岳地帯には地層深くに火山灰が堆積した滑りやすいシルト層があるため、幾度も大規模な地滑りが発生している。秋田大の協力を得て、小学生が地滑り発生のメカニズムを学べるプログラムを授業に取り入れるなど、地元の災害特性を知る教育に力を入れる。
 市は小学校教諭や防災担当者、編集業者をメンバーに、ジオパーク構想を土台にした小中学生向けの「防災ジオ読本」を作成中だ。市の担当者は「内陸地震から学ぶべきことは何かを分かりやすくまとめ、年内に配布したい」と話す。


<内陸地震>栗駒再興一歩ずつ
 17人が死亡し、6人が行方不明になった2008年の岩手・宮城内陸地震から14日で7年となった。大きな被害を受けた栗原市の栗駒山麓は地震前、観光客でにぎわった。かつての風景はいまだ戻らないが、栗駒の温泉跡では、日帰り温泉施設の計画が具体化してきた。地域は模索しながら一歩ずつ前へ進む。
 内陸地震は08年6月14日午前8時43分、岩手県内陸南部を震源に発生した。マグニチュード7.2、栗原、奥州両市で最大震度6強を観測した。死者は宮城県14人、岩手県2人、福島県1人。宮城県の4人、秋田県の2人が依然、行方不明になっている。
 土石流で7人が亡くなった栗原市栗駒耕英の旅館「駒の湯温泉」跡地では、旅館を経営していた菅原昭夫さん(59)が日帰り温泉施設として再建計画を進める。「ようやく気持ちの整理がついた」と言う。
 栗原市では14日、耕英地区の住民が慰霊碑前で犠牲者の冥福を祈る。市は同市栗駒で市総合防災訓練を実施するほか、発生時刻に防災行政無線でサイレンを鳴らし、市民に黙とうを呼び掛ける。


<福島第1>いわき市漁協、サブドレン反対多数
 東京電力が福島第1原発建屋周辺の井戸「サブドレン」から地下水をくみ上げ、浄化後に海洋放出する計画について、いわき市漁協は12日の理事会で対応を協議し、「現状では容認できない」との考えが大勢を占めた。漁協は計画を認めるかどうかの意見集約を見送り、25日に再度協議することを決めた。
 漁協によると、意見を求められた7支所の大半が、汚染雨水の外洋流出などトラブルが相次いでいることから、反対の姿勢を示したという。
 漁協は今後、一般組合員を対象に第1原発の視察会を開き、現状を確認した上で、25日の理事会で意見の集約を目指す。翌26日の福島県漁連組合長会議で報告したい考えだが、先行きは不透明な状況だ。
 理事会後、矢吹正一組合長は「個人的には漁業再生のために、計画を前に進めたいと考えているが、今の状態では反対という意見が多かった。第1原発の視察などを通じ、根気よく漁業者の理解を求める必要がある」と述べた。


安保法案「ノー」訴え 仙台でデモ
 国会で審議中の安全保障関連法案をめぐり、集団的自衛権の行使容認と法案成立に反対する作家落合恵子さん(70)の講演会が13日、仙台市青葉区のフォレスト仙台であり、市民ら約300人が耳を傾けた。
 仙台弁護士会の主催で、落合さんは「いのちの感受性 『戦後』を『戦前』にしないために」と題して講演。太平洋戦争で負傷し手足を失った元軍人の姿、友人の父や叔父の遺影など幼少期に目にしたことを挙げ「私たちはまたその時代を迎えようとしている。この場にいる一人一人が、いかに危険な法案か5人ずつに伝えよう」と呼び掛けた。
 参加者は講演会後、市中心部約1.5キロを「集団的自衛権 異議あり」などと声を張り上げながらデモ行進した。

マサラ黒カレー/南草津でただ酒

ブログネタ
フランス語 に参加中!
130831_Hiroshima

Japon: Le couple Sarkozy-Berlusconi, objet de fantasme d’un dessin animé
Nicolas Sarkozy et Silvio Berlusconi dos à dos, torse nu et musclé. Comment ? Che ? Ou plutôt, ≪ nani ? ≫, car l’image nous arrive tout droit du Japon. Les deux anciens dirigeants, bien à leur insu, incarnent en effet un curieux fantasme dans un dessin animé nippon, comme le révèle le Huffington Post.
Le dessin animé Genshiken Nidaime, adapté d’un manga éponyme, raconte la vie d’un groupe d’étudiants otaku, c’est-à-dire des fans de mangas, jeux vidéo et dessins animés, un terme relativement péjoratif. L’épisode en question est un bonus présent sur le DVD japonais, disponible sur l’Archipel depuis décembre 2013, mais tout juste repéré par les fans français, raconte le Huffington Post.
Au cours d’une discussion, l’une des protagonistes avoue son penchant pour les hommes plus âgés. ≪ Comme Poutine et Medvedev ? Ou Obama et Clinton ? ≫ lui demande une autre jeune fille. Plutôt Sarkozy et Berlusconi, répond la première, provoquant l’apparition des deux hommes politiques. ≪ Et s’ils ne courraient les jupons que pour cacher leur relation secrète ? ≫ s’interroge l’une des héroïnes, tout à son fantasme yaoi, la romance homosexuelle entre deux hommes dans les mangas japonais.
フランス語
フランス語の勉強?

週刊 ニュース深読み「稼ぐ力に注目!! 景気のカギは中小企業」
日経平均株価が15年ぶりに高値を更新、大企業を中心に好決算が相次ぐなど、沸き立つ日本経済。しかし、雇用の7割を支える中小企業が、収益があがらない、後継者がいないなどの理由で相次いで廃業している。一方で、新たに事業を始める起業も進んでいない。日本の経済を支える中小企業は、なぜ今、収益を上げることができないのか?日本経済、そして私たちの暮らしはこれからどうなるのか?深読みする。
渡辺徹,安田美沙子,中嶋修,立石裕明,今井純子, 小野文惠,高井正智ほか


お昼は何となくマサラ黒カレー.甘いのに酸っぱいという感じ.真っ黒なカレーです.美味しいです.
ちょっと用を済ませてJRで南草津まで出かけます.報告会に参加します.というのは建前でその後の無料の交流会でただ酒を飲むのが目的?です.ビールばかりなのにいい気分になりました.

石巻の仮設 住民2割がぜんそくの疑い
 国立医薬品食品衛生研究所(東京)と独立行政法人国立病院機構相模原病院(相模原市)の研究者らは、東日本大震災で被災した石巻市の仮設住宅で昨年実施した呼吸器アレルギー集団検診の結果をまとめた。受診者の2割以上にぜんそくか、その疑いがあることが分かった。13、14両日に入居者を対象に再び検診を実施する。
 集団健診は昨年6〜10月、仮設住宅でのカビの大量発生などを受け、開成や城内団地などで住民341人を対象に実施。ぜんそくやその疑いのある人は約23%に当たる77人に上った。このうち57人は仮設入居後に発症したり症状が悪化するなどしていた。
 同研究所衛生微生物部第3室(真菌研究)の渡辺麻衣子室長は「一般住宅で過去に実施した調査のぜんそく発症率は5〜10%。単純比較はできないが、仮設の住環境が関係している可能性は高い」と指摘する。
 ぜんそくの恐れのある人のうち、ダニアレルギーの陽性反応を示したのは36%。仮設住宅は気密性が高く、湿度が高くなりがちで、ダニが増える条件がそろっているという。狭い空間に物が多く、掃除が行き届かない面もダニアレルギー増に関わるという。
 調査の発端となったカビアレルギーについては7種のカビを調査。陽性反応は最大約6%の居住者が示した。ダニやカビを恒常的に吸い込むと、ぜんそくや過敏性肺炎などを発症する確率が高まる。
 渡辺室長は「治療開始が遅れると呼吸不全に進行する恐れがある。早期発見のためにも、昨年は異常がなかった人も再受診してほしい」と話す。


<祈りと震災>(53)沈黙の空間 花は語る
 「ピー、ピー」。簡易線量計の警告音が続く中、鎮魂の花の置き場を探す。
 堺市の華道家、片桐功敦(あつのぶ)さん(41)は5月中旬、帰還困難区域の福島県浪江町大堀の神社を訪れた。
 大堀は江戸時代から続く大堀相馬焼の産地で知られる。東京電力福島第1原発から北西に10キロ。原発事故で陶芸家約25人が離散を強いられた。
 雑草が生い茂る境内で片桐さんが足を止めた。「風景が寂しいでしょ」。周辺の窯から許可を得て持ってきた大堀の焼き物を地面に置いた。神社の外で摘んだばかりの黄色いアイリス、紫色のアヤメなどを挿し入れた。
 10分の作業中、線量計の値は毎時5〜15マイクロシーベルト。原発事故前の100倍を超す。
 「盆踊りで活気づく神社は住民にとってハレの場だった。手つかずのここが一瞬でもにぎやかになってほしかった」。片桐さんは願う。
 祖父が興した流派「花道みささぎ流」の家元。生徒に稽古をつけ、展覧会に作品を出す。父は1985年の日航ジャンボ機墜落事故で亡くなった。当時小学6年生だった片桐さんは24歳で跡を継いだ。
 福島との縁ができたのは2013年秋。福島県立博物館(会津若松市)から頼まれた。震災後に浜通りの津波被災地に群生した準絶滅危惧種ミズアオイの花を芸術作品に残そうとする企画だった。
 まずは浪江町と南相馬市で花を採り、屋内で縄文土器に生けた。花を探しに避難区域に入るたび、無人の集落に空虚な世界が広がっていた。「生活の痕跡が残る風景にもっと生けたい」。創作に打ち込むため、13年末から8カ月間、同市のアパートを借りた。
 津波をかぶった漁村や海岸に足を運び、人がいた気配を感じながら野に咲く花を生けた。漁協では残っていた長靴を花器に見立てた。別の家屋では婦人靴に菊を盛った。そばの窓枠には石を配し、涙をイメージして海水をかけた。
 生け花は死者への弔いという意味合いがある。「華道が確立された室町時代は戦乱が絶えず、道端のしかばねに手向けられた花もあった。生けなければという心情が湧いたのだろう」と想像を巡らす。
 人の命を、咲いて散る花のはかなさと重ねる。30年前、父の不慮の死に接し「人が消えるのはこんなにあっけないのか」と感じた。多くの命を奪った津波も「人の力は自然にあらがえない」と冷静に受け止める。
 放射能汚染にさらされても草木がたくましく育つ現場に立ち、この地を離れた人々の悲壮感や憤りに身を沈める。
 「自然の中でむき出しになった感情がここにある。それを見える形にしたい」。言葉では伝え切れない福島の現実を、花を通して描き表す。


<原発賠償と分断>一律終了 理屈通らず
◎(上)福島大准教授・丹波史紀氏(41)
 東京電力福島第1原発事故の賠償指針などを盛り込んだ新たな福島復興指針が12日、閣議決定された。精神的賠償を一律に延長するなどの新方針をめぐり、避難区域では歓迎と反発が交錯、さらなる地域の分断を懸念する声もくすぶる。賠償と自立に向けた支援はどうあるべきか。専門家ら3人に聞いた。
 −新たな福島復興指針で賠償格差がさらに広がる懸念があります。
<不公平感生じる>
 「慰謝料は本来、避難に伴う精神的苦痛に対する賠償であり、帰還時期と無関係に支払われるなら理屈が通らない。分断が生じないようにとの配慮かもしれないが、理屈が成り立たないだけにかえって不公平感が生まれてしまう恐れがある」
 「慰謝料の支払いが始まった当初は、被災者の生活補償金としての性格もあった。本来なら補償金と慰謝料は別にすべきだった。事故から4年がたっても見直されず、矛盾が生じている。政策的な不作為の結果だ」
 −賠償格差による不満を縮小する手だてはありますか。
 「南相馬市では、市が自主避難を呼び掛けた原発30キロ圏外の住民に義援金などが支払われず、住民の不満が高まった。市は独自の見舞金を支給し、住民間のあつれき解消を図った事例もある。独自の支援策は選択肢になりうるが、金銭的賠償だけで地域の復興は進むとは思えない」
 −遅くても2017年3月までに帰還困難区域以外の避難指示を解除する目標が設定されました。
 「政府は放射線量が下がれば避難指示をすぐに解除できると考えている節がある。被災者が帰還できる環境が整わなければ避難指示を解除すべきではない。地域社会の再建をきちんと進めなければ、賠償を打ち切るための目標設定と受け止められても仕方がない」
 −事業者の自立支援を集中的に実施する施策も盛り込まれました。
<使い勝手が悪い>
 「復興庁によると、事業主の7割以上が60代以上で、全体の8割が事業再開できていない。避難先に住み続けるか、古里に戻るか見定められない人が多くいる。個人事業主にとって従来の支援メニューは使い勝手が良くなかった。営業損害賠償はあくまでもマイナスをゼロにするだけで、自立や再開は被災者任せにされてきた。ゼロからプラスに発展できる支援策が必要だ」
 「除染やインフラ復旧が進んでも、各種サービスを提供する事業者が帰還しなければ住民も戻らない。商工業者は、町内会や防犯活動など地域社会で果たしていた役割も大きかった。経済的な損失を補償するだけにとどまらず、事業者の公共的な役割に注目し、支援することが地域再建につながる」
(聞き手は福島総局・横山浩之)
[新たな福島復興指針]居住制限、避難指示解除準備の両区域の避難指示を2017年3月までに解除し、住民に精神的賠償(慰謝料)を18年3月分まで一律に月10万円支払う。商工業者については15〜16年度の2年間を集中的に自立支援施策を展開する期間と位置づけた。
[たんば・ふみのり]2004年3月から福島大行政政策学類准教授。専門は社会福祉論。同大うつくしまふくしま未来支援センターの地域復興支援担当マネージャーとして、福島県大熊町や浪江町などの復興計画策定に携わった。


<山田線>一括開通を 沿線首長、要望へ一致
 東日本大震災で被災したJR山田線宮古−釜石間(55.4キロ)の復旧の方向性を検討する沿線首長会議が12日、宮古市であり、JR東日本が示した先行部分開通は困難と判断し、2018年度までの一括全線開業を求める方針を決めた。近くJR東に要望する。
 宮古、釜石、大槌、山田の沿線4市町長らのほか、岩手県と復旧後の経営主体となる第三セクター三陸鉄道の担当者が協議した。
 終了後の記者会見で一括開業を要請する理由を説明。先行開業を想定すると、(1)列車集中制御装置などの整備に時間がかかり安全確保が難しい(2)朝夕の混雑に対応したダイヤ編成ができない(3)沿線のまちづくりが途上で利用者が見込めず三鉄の経営を圧迫する−などを挙げた。
 山本正徳宮古市長は「住民は一日も早い復旧を望んでいる。地元とJR、三鉄の事情を調整しながら前へ進めたい」と話した。
 県政策地域部の大平尚部長は「JR東の復旧工事や復興まちづくり事業が計画よりも早く進めば、先行部分開業も考えられる」と指摘した。
 JR東の試案では宮古−豊間根間(15.4キロ)と鵜住居−釜石間(8.3キロ)を16年秋までに、豊間根−吉里吉里間(24.3キロ)が17年度中にそれそれ先行復旧。残る吉里吉里−鵜住居間(7.4キロ)は18年度中に開通を目指す。


<気仙沼線>市長「BRT継続も選択肢」
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方法について、菅原茂気仙沼市長は12日、鉄路による復旧を目指すものの、仮復旧として導入されているバス高速輸送システム(BRT)の継続も選択肢の一つと考えていることを示唆した。
 市議会の東日本大震災調査特別委員会で「鉄路復旧の方針は決して下げないが、鉄道が走っているのを見たいわけではない。機能が戻ったり、もっと良くなったりして復興に資することが望みだ」と強調した。
 JR東日本に対しては「通勤や観光の足として、BRTや鉄路でどこまでできるかを考えてほしいと伝えている」と説明。仮に鉄路を復旧させない場合については「JRは相当の(代替)条件を出さなければならない」とも語り、より利便性を高める方策を引き出したい意向も示した。
 両線の復旧をめぐっては、国土交通省で5日にあった沿線自治体首長会議で、菅原市長ら沿線首長が復旧の方向性を早急に示すようJR東に求めている。


<災害公営住宅>気仙沼913戸入居時期遅れ
 気仙沼市は12日、市内に建設する災害公営住宅で、用地の造成や資材確保が難航し、全体の4割の戸数に当たる18地区913戸で入居時期が1〜10カ月遅れると発表した。遅れの公表は3回目で、入居予定者にとって厳しい状況が続く。
 市議会の東日本大震災調査特別委員会で説明した。入居が最も遅れるのは宿・明戸(17戸)で、10カ月遅れて2017年1月にずれ込む。階上3工区(12戸)が9カ月、内湾・南町(60戸)が4〜8カ月遅れる。
 3〜6カ月遅れは内湾・入沢(61戸)の23戸、内湾・魚町(15戸)の全戸、九条(30戸)の22戸、切通(72戸)宿・旧唐桑小跡(14戸)鮪立(9戸)小鯖(17戸)牧沢1、2工区(203戸)面瀬(127戸)のそれぞれ全戸。階上1工区(76戸)の28戸、大島(39戸)の9戸、大谷(72戸)山谷(13戸)津谷2工区(15戸)が全て。
 1、2カ月遅れは内湾・八日町(11戸)大沢(28戸)大浦(18戸)牧沢3工区(64戸)階上2工区(18戸)の全てと大島(39戸)の30戸、津谷1工区(16戸)の全戸。
 市は17年5月までに、28地区2139戸で災害公営住宅の建設を計画。14年6月と15年1月にも一部で入居時期が遅れると発表していた。今回の遅れによって入居時期が3回ずれ込んだところが4地区ある。
 菅原茂市長は「入居を待つ皆さんに心からおわびしたい。これ以上遅れないよう、全力を尽くす」と謝罪した。市は入居予定者におわびの文書を郵送し、地区ごとに説明会を開く。


岩手・宮城内陸地震:7年 土石流にのまれ、7人犠牲の「駒の湯」 温泉再開へ
 7年前の2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震で、客や従業員ら7人が犠牲になった宮城県栗原市の旅館「駒の湯温泉」が、8月中旬にも日帰り温泉として営業を再開する。「間を置くほど忘れられるかもしれないし、後押ししてくれる人もいるから」と、社長の菅原昭夫さん(59)は近く、仮設の湯小屋建設に着手し、悲願の温泉復活を目指す。
 同市では震度6強を観測し、旅館と沢を挟んだ対岸から崩れ落ちた土砂が流れをふさいだ。このため、上流から流れてきた土石流が手前の旅館側へと押しやられ、菅原さんの母と兄、従業員、宿泊客をのみ込んだ。菅原さん自身も土砂に埋まったが、救出され一命を取り留めた。
 旅館があった辺りは整地され、現在は小屋が建っている。菅原さんが知り合いの大工らと一緒に作り、12年にオープンさせた足湯だ。雪のない時期の週末を中心に無料開放している。対岸は木々がなく、赤土色をした斜面がむき出しのままだ。
 湯小屋は、足湯の沢寄りに男湯と女湯をそれぞれ建てる。旅館の自慢だった「木が生い茂った森の景色がよく見える風呂」を再現するため、山側に大きな窓を設ける計画だ。ただ、約80メートル離れた源泉から湧き出る湯は37〜38度と、地震前より3〜4度下がり、再開をためらう原因の一つになっていた。新しい湯小屋は、冷めにくくするため小さめの浴槽にし、湯を通すパイプを加温するなど少しでも安く作る方法を検討している。
 「お客が戻ってくれればいいですが」と菅原さん。地震前の宿泊客の目当ての一つだった渓流の魚は、川底の形が大きく変わったことなどから戻っていない。さらに、東日本大震災で被災した三陸沿岸のお客が来てくれるのかなどと、不安は尽きない。それでも「もうすぐ60歳。それをきっかけに再スタートです」と前を向く。日帰り温泉の客足次第としながらも、その先には旅館の再建も思い描く。
 ◇慰霊碑に献花
 駒の湯近くの慰霊碑では13日午前、栗原市の佐藤勇市長や菅原さんら住民が参拝し、献花した。同市は震災7年にあたる14日に総合防災訓練を実施。地震発生の午前8時43分にサイレンを鳴らし、市民らに黙とうを呼びかける。【山田研】
==============
 ■ことば
 ◇岩手・宮城内陸地震
 2008年6月14日午前8時43分に発生。マグニチュードは7・2、宮城県栗原市と岩手県奥州市で震度6強を記録。消防庁によると、人的被害は両県を中心に死者17人▽行方不明者6人▽負傷者426人に上った。


ホームレス、知的障害疑いが3割 名古屋市で調査
 名古屋市中心部で生活する路上生活者(ホームレス)の3割に知的障害が疑われるとの調査結果を医療関係者や支援団体でつくるグループが13日までにまとめた。2009年の東京での調査でも同様の結果が出ており、支援団体は「障害者が多いことを前提とした国レベルの政策や支援が必要」としている。
 14日に名古屋市で開かれる精神保健調査報告会で発表する。
 調査は昨年11月、精神科医らが駅近辺などで暮らすホームレスに直接対面して実施。男性106人、女性8人の計114人に知能検査を受けてもらった結果、約34%に当たる39人が、知的障害が疑われる知能指数70未満の人だった。

日隅一雄さんの死から3年/もう一人の美咲

ブログネタ
フランス語 に参加中!
mihoko2

Paris : A Belleville, les prostituées chinoises sont sous pression
Elles auront un œil sur l’assemblée nationale, ce vendredi. Pour lutter contre la prostitution, les députés devraient valider la pénalisation des clients, mesure contre laquelle les travailleuses du sexe de la capitale sont vent debout.
Mais les prostituées chinoises du quartier de Belleville ont d’autres soucis ces jours-ci. Depuis le 20 mai, elles disent faire face à une recrudescence des contrôles policiers, accompagnée parfois d’abus et d’humiliations.
Papiers déchirés et photos forcées
Le collectif Rose d’acier, qui fédère quelque 300 prostituées chinoises du quartier, a listé les témoignages. Les procédés décrits sont souvent les mêmes : contrôle d’identité inopiné, papiers déchirés par le policier et prostituées contraintes de se laisser photographier. Parfois, le vice est poussé plus loin, à écouter Yiyi. Après un premier contrôle, ≪ j’ai poursuivi mon chemin, mais j’ai à peine fait quelques mètres qu’il [le policier] m’a rattrapé et m’a demandé à nouveau mes papiers [qu’il venait de déchirer]. ≫ Lili évoque pour sa part ce policier qui, pour lui demander quel métier elle exerce, avait fait mine de prendre son sexe entre ses jambes.
Pas facile de vérifier ces dires. ≪ Elles ont porté plainte ? Non ?, commente François Dagnaud, maire PS du 19e arrondissement. Je n’ai pas eu écho de ces dérives policières et je n’y crois pas une seconde. ≫
Rappel des consignes aux policiers
Aying, présidente des Roses d’acier, date ce changement d’attitude policière au 20 mai dernier. Quelques jours avant, François Dagnaud évoquait lors d’un conseil de quartier sa volonté de mettre fin à la prostitution à Belleville. ≪ J’ai dit que Belleville n’a pas vocation à être ou à devenir la grande scène de prostitution à ciel ouvert de Paris ≫, confirme-t-il. L’élu évoque aussi en parallèle des réunions avec le préfet de police de Paris et le procureur de la république pour évoquer la prostitution chinoise dans ce quartier. ≪ Un rappel des consignes a été passé aux policiers en matière de lutte contre le proxénétisme, explique le parquet de Paris. Nous ne leur avons pas demandé de changer de méthode mais il a été dit qu’il convenait d’établir des procédures de racolage. ≫
Des prostituées encore plus fragilisées ?
A première vue, cette politique marche. Les prostituées chinoises sont bien moins nombreuses ces derniers jours à Belleville. Pourtant, les ≪ passes ≫ se font toujours, assure Aying : ≪ Nous devons les faire dans des endroits plus reculés et moins sécurisés. Et, comme l’activité baisse, nous devons prendre plus de risques, en acceptant des clients réputés violents. ≫
Le docteur Jean-François Corty, directeur des missions France à Médecins du monde, ne comprend pas non plus la logique des contrôles incessants. ≪ Nous observons cette pression policière sur le terrain, via notre programme Lotus Bus qui vient en aide aux prostituées chinoises de Belleville. Cela accentue encore la défiance des prostitués vis-à-vis de forces de l’ordre. Vers qui vont-elles se tourner si elles sont victimes d’un viol ou de violences ? ≫
François Dagnaud dit le problème complexe. ≪ Nous ne misons pas que sur les contrôles policiers. La ville de Paris finance aussi des dispositifs d’aide à la sortie de la prostitution. Comme le Lotus Bus. Mais cela ne suffit pas. ≫ L’élu voit alors dans les contrôles policiers un moyen de rendre l’espace public de Belleville à ses habitants. ≪ Place Marcel-Achard, nous avons eu jusqu’à 100 prostituées au milieu des habitants, même la journée. ≫
フランス語
フランス語の勉強?

バリバラ〜障害者情報バラエティー〜「アナタならどうする?〜職場編〜」
今回は「アナタならどうする?職場編」。障害者と一緒に働く機会が増えた今、さまざまな場面を想定してアナタならどんな行動をとるかを検証する。「障害のある社員が、仕事を一人で頑張ろうとするが時間がかかりすぎる」や「発達障害の同僚が送別会で空気を読まない発言をした」とき、アナタならどうする?
細川貂々,森公美子,望月昭, 大橋グレース, 玉木幸則, 山本シュウ, 大西瞳, 神戸浩,伊藤愛子

宇宙白熱教室 第2回「入門編(2)物理学者の秘密のお仕事」
宇宙のような複雑な世界を捉えるには非常に緻密な考え方が必要かと思いきや、クラウス教授は「大ざっぱに捉えることこそ大事なんだ!」と力説する。実は巨大なスケールを相手にする宇宙論で肝心なのは「概算」なのだ。この手法を身につければ、太陽の形から中心付近のエネルギー源の正体まで推測することができたり、素粒子が崩壊するまでの寿命も計算できたりするというのだ。物理学者の秘密の思考方法を身につける!
ローレンス・クラウス


家族という病 (幻冬舎新書)
下重 暁子
幻冬舎
2015-03-25


親にうんざりエッセイ、役にたちました kino
著者の体験談が中心で、客観的なデータはほぼありません。エッセイです。独白に近いです。タイトルと内容は合っています。ただし、社会に訴えかける、という本ではありません。親子関係に苦しむ人向けの本です。円満な家庭をもつ方には不要です。
それと、「しんどい家庭環境で育った著者の独白」ですから、学問的に「現代社会における家族の〜〜」というようなことを勉強したいと思って手に取った方には大不評まちがいなしでしょう。コミックの「母がしんどい」くらい、直球のタイトルであればよかったかもしれません。エッセイとはわかりにくい見ためで、ちょっと紛らわしいです。
内容について。
家族関係に悩んでいたので、私にはうってつけの本でした。私よりもずいぶん昔から悩んで苦しんで結論を出した方の文章の中に、私が言葉にしたかった文がいくつもあったのですっきりしました。人を傷つける本、というレビューがありましたが、それは正解です。
「お互いを理解し助け合って生きている。そんな家族がいたらいっそ気持ち悪い」
著者の、家族に対する憎悪・嫌悪感がにじみ出ています。「お互いを理解し、助け合って生きている」家庭をもつ人が読んだら、大ショックです。たぶん。
私は一部「わかる〜」と思ってしまいますが……。著者は自分の家族への嫌悪で目がくらんでいます。
「そんな家族がいたら(うちがもしそんな家族だったら……無理、想像できない、ありえない)いっそ気持ち悪い」
ということなのかな、と勝手に解釈しました。家族に向き合うということは、著者からいまだ冷静さを奪うほどしんどいことのようです。
価値が無い本ではありません。人を選ぶ本です。
「家族なんだから」「親なんだから」「育ててもらってるんだから」「親のことそんなに悪く言うもんじゃないよ」という無責任な言葉におしつぶされそうな人には、適した本ではないでしょうか。
親の犠牲になるべきかどうか、選択を迫られている人にはおすすめです。


2012年に日隅一雄さんのご冥福をお祈りしますと記していました.あれから3年です.日本は悪い方向に進んでしまっていてとても残念です.
カントクのときもう一人の美咲がいました.そういえば以前話した記憶があります.
夜部屋でYoutubeで第九を聞きました.いいですね.

<震災4年3カ月>南三陸で不明者合同捜索
 東日本大震災の発生から4年3カ月となった11日、南三陸署と南三陸町は同町戸倉の海岸で行方不明者の合同捜索を実施した。
 捜索範囲は小浜地区の海岸約400メートル。署員9人と町職員10人が海に向かって黙とう後、熊手で堆積物をさらい手掛かりを探した。約10センチの骨が見つかり、同署が人骨かどうか調べる。
 町職員で高台移転先の設計を担当する佐藤貴俊さん(38)は「住宅再建など復興の姿は見えつつあるが、いまだ行方不明者を案じる家族のことを忘れてはいけない」と話した。
 同町の行方不明者213人のうち、戸倉地区は57人。同署は今回、住民からの要望を受けて小浜地区を捜索場所に選んだ。


<挽歌の宛先 祈りと震災>(52)被災地の不条理描く
 縦5.4メートル、横16.4メートル。仙台市青葉区の水彩画家、加川広重さん(38)はこの空間に東日本大震災の不条理さを凝縮する。
 「巨大絵画」と呼ばれる。主な発表の場にしている青葉区のせんだいメディアテーク1階の広々とした室内空間に展示できる最大サイズだ。
 震災から1年がたとうとする2012年1月に発表した代表作「雪に包まれる被災地」。津波に遭った沿岸のあの日の情景を写実的に描いた。
 津波で壁や天井が壊されて鉄骨がむき出しになった建物、そして打ち上げられた巨大船が印象的だ。絵に近づくと積もった雪の中から被災家屋や樹木が姿を現す。
 「普段は動かないものが流され、大きさや重さの感覚がまひした。自ら抱いた精神の喪失感を表した」。加川さんが背景を語る。
 臨場感のある絵を志向し巨大絵画に着目。03年に描き始め、模索の中で銀河系の半抽象画などを仕上げてきた。
 震災発生時は、宮城県蔵王町の実家から、講師を務める仙台市の美術予備校に車で向かっていた。惨状を目の当たりにしたのは2日後。連絡の取れない岩沼市の祖母、叔母夫婦を自転車で捜し歩いた。
 浸水域では家畜の豚が無残に絶命し、壮絶な光景を呈していた。生存率が著しく下がるとされる災後72時間が迫る。捜索中の消防団員からは「動いている人がいたら声を掛けて」と言われた。
 生と死が交錯する現場に心が揺さぶられた。祖母と叔母は無事だったが、叔父は1週間後に遺体で見つかった。
 予備校の片付けを手伝って2カ月が過ぎた。「今でないと描けないものがあるかもしれない」。焦りに近い気持ちが生じた。何を表現できるかは分からない。宮城と岩手の沿岸に車を走らせ、被災地の今を写真に収めた。
 現場では炊き出しや支援活動が行われていた。惨禍を絵にすることは人々の心の傷に塩を塗りかねないとも思った。揺れ動いた。自分のすべきことは描くこと−。自問自答の末に思いを固め、11年7月に制作を始めた。
 巨大絵画は縦2枚、横12枚のパネルに分かれる。下絵の構図に合わせ、1枚ずつ集中して色を塗っていった。
 メディアテークの展示場につるして完成作を初めて見たのは半年後。意識していなかった静寂が漂っていた。震災と向き合う自分の心象が思わぬ形で投影された気がした。
 13年に宮城県南三陸町の防災対策庁舎、14年に東京電力福島第1原発の建屋をテーマに巨大絵画を発表した。
 「芸術でしか表せない感覚的な記憶を後世に残していく」。胸の内に湧き上がる瞬間を捉え、被災地の本質を描こうと筆を握る。


石巻に「七福神横丁」誕生 めでたさを表現
 石巻市の中心市街地にあり、これまで名称がはっきりしなかった通りに「七福神横丁」という新たな愛称が付けられた。住民や観光客への説明に不便を感じていた沿道の事業者たちが命名した。記念の割引企画などを展開し、愛称の浸透とにぎわい創出を図る。
 七福神横丁は、同市立町2丁目にある市道約70メートル。両側には飲食店を中心に葬儀会社などが並ぶ。江戸期には尼僧の庵(いおり)があったことから「尼通り」などと呼ばれたというが、定着はしていない。
 通りに面する12の事業主は来訪者に分かりやすく説明でき、親しんでもらえる名前を付けようと協議。めでたく、各店舗の持ち味を生かす意味を込めて七福神横丁に決めた。
 事業主を代表し、飲食店を営むグローバルダイニングの武山雄樹代表取締役らは5月に市役所を訪問。亀山紘市長に表示板設置などでの協力を求めた。
 亀山市長は「名前を付けるだけではなく、人を呼び込む仕掛けをしてはどうか」と提案する一方、表示板設置については「(使える)補助制度があるかどうか検討する」と述べた。
 武山代表取締役は「通りに名前が付くと愛着が湧く。記念のお祭りを実施するなどして街中のにぎわい復活に貢献したい」と意気込みを語った。


防災・減災 被災の記憶/「あの日」忘れず語り合おう
 「あの日」は東日本大震災だけではない。東北の5月と6月は大きな地震被災の記憶とともにある。
 5月23日はチリ地震津波(1960年)が三陸沿岸を襲った。宮城県南三陸町の41人をはじめ死者・行方不明者142人に上る惨事だった。
 5月26日は秋田県沖を震源とする日本海中部地震(83年)が起き、秋田、青森両県を中心に津波などで小学生ら104人が犠牲になった。
 きょう6月12日はマグニチュード(M)7.4のプレート境界型地震、宮城県沖地震(78年)が起きている。ブロック塀の倒壊が相次いで28人が犠牲になり、仙台市の都市機能が長期間まひした。
 あさって6月14日はM7.2の山岳直下型地震、岩手・宮城内陸地震(2008年)が起きた日だ。栗駒山麓を中心に土石流や土砂崩れなどで17人が犠牲、6人が行方不明になり、鎮魂が続く。
 大震災の発生で地震被災の記憶の多くが「3.11」一点に置き換わりつつあるが、こうして「あの日」の連なりをたどってみれば、発生地も被害の様相も異なるさまざまな被災の経験を重ね、東北の今があることに思いは及ぶ。
 数ある「あの日」が防災の誓いを新たにする基点となってきたことを思い返し、教訓を語り継ぐ覚悟をもう一度確かめ合う必要がある。
 中でも、近い間隔の周期性が指摘されてあらゆる備えの原点となった6.12と、突発的な断層型地震の脅威が鮮明に記憶に残る6.14は、格別の重みを持つ。
 津波の被災ではなく、揺れに伴う内陸都市部や山間地の惨状を伝える点で、二つの被災の振り返りは3.11を補完する。防災・減災の構えを大きく保ち続けるための重要な機会と捉え直したい。
 心配なデータがある。公共施設を中心に全国平均を上回るペースで進む宮城県内の建物の耐震化だが、宮城県沖地震後の81年に設定された新基準を満たさない木造住宅はいまだ全体の4分の1、13万棟以上に上っているという。
 仙台市では木造住宅の耐震診断の申請が、震災後に6分の1まで激減した。いずれも「大震災でも大きな被害がなかった」と安心して、耐震化の意欲がしぼんだことが背景として指摘されている。
 被害につながる揺れの質が地震ごとに異なることを踏まえれば、大震災の経験は保証にはならない。耐震化の停滞は、備えの原点を忘れない覚悟が地元でも薄らいできた表れと言えないか。
 6.12にちなむ「みやぎ県民防災の日」の訓練が各地で展開されるが、行政や関係者が被災対応の手順を確認するだけでは十分ではない。
 防災・減災の輪の最小単位は、家族や知人関係だ。
 この機会に改まって、身近な人たちと「あの日」を語り合ってみてはどうだろう。
 耐震化や津波避難も含めて地震に対する備えの詳細を身の回りで確かめ、遠くに暮らす家族や友人にも「備えて」の一声をかけてみたい。
 6.12と6.14は、世代や地域を超えて地震被災の記憶と教訓を深く共有し合う「誓いの日」であり続ける。


<内陸地震7年>栗駒山麓 遠い観光回復
 岩手・宮城内陸地震の発生から14日で丸7年を迎える最大被災地の栗原市では、大規模地滑りが発生した栗駒山麓を訪れる観光客が伸び悩む。内陸地震前年の2007年、栗駒山麓の観光客は市全体の約6割を占める120万人だったが、14年は43万人にとどまった。復興途上の11年に起きた東日本大震災や福島第1原発事故の影響がいまだ色濃く、観光復興の道のりは容易ではなさそうだ。
 栗原市全体と、そのうち栗駒山麓、栗駒登山に訪れた観光客数の推移はグラフの通り。市によると栗駒、花山両地区にまたがる栗駒山麓の観光目的は温泉入浴や登山が中心だ。
 山麓の観光客は内陸地震があった08年が27万5000人、09年は18万8000人に落ち込んだ。10年は46万人に回復したが、震災が起きた11年は31万5000人に再びダウン。その後は年数万人ペースで増えるが、勢いがない。
 中でも、登山客の回復が思わしくない。07年の75万5000人が08年は8万1000人に激減。09年は登山道に通じる県道が閉鎖されたためゼロ。県道が開通した10年は14万人が訪れたが、11年は6万4000人に再び落ち込んだ。13年は8万人、14年は8万2000人と伸びは極めて鈍い。
 市田園観光課は観光客が伸び悩む原因について「原発事故に伴う放射能汚染の風評被害が大きい。内陸地震により山麓で営業する温浴施設が11から7に減った上、キャンプ場が休業していることも響いている」と分析する。栗駒山麓は山菜の宝庫。放射能の影響で出荷停止が続く現実もある。
 温泉施設関係者によると、以前は石巻市や南三陸町など沿岸部からの観光客が多かったが、震災後は激減。「生活再建に追われ、観光マインドが低下したままのようだ」とみる。
 市は内陸地震で傷んだ登山道を再整備し、昨年までに全6コースを開放。市観光物産協会は6月と9、10月の土日を中心に、JR東北新幹線くりこま高原駅から栗駒山麓へ向かう観光バスを運行するなど、誘客に力を入れる。
 栗駒山観光協会の炭屋一夫会長は「売り上げが大きくダウンした宿泊施設もある。海外を含め新たな誘客を図らないと、栗駒山麓観光は復活しない」と厳しい表情で語る。市と連携し、栗駒山麓の魅力を発信したい考えだ。


“山田線不通区間一括復旧を”
東日本大震災で被害を受けて現在も不通になっているJR山田線の岩手県沿岸部の区間について岩手県や沿線自治体はJR東日本に対し、一部区間を先行して復旧させるのではなく、不通区間の一括した復旧を要望することになりました。
JR山田線は震災の影響で宮古駅と釜石駅のおよそ55キロの区間が不通になっていますが、JR東日本は鉄道施設を復旧した上で、列車の運行を三陸鉄道に移管する予定です。
12日は、岩手県の担当者や沿線の自治体の首長、そして三陸鉄道の担当者などが宮古市に集まり、今後の復旧のあり方について話し合いました。
この中ではJR東日本が示した一部区間を先行して復旧させて平成30年度中の全線復旧を目指す案ではなく、JRに対して不通区間の一括した復旧を求めることで意見が一致したということです。
その理由としては、信号や踏切などを制御するシステムの整備が間に合わないことや、復興のまちづくりの途中で部分開通をしても利用者の確保が見込めず三陸鉄道の経営に負担がかかることなどがあげられたということです。
会議の終了後、岩手県政策地域部の大平尚部長は「今後の工事の進行状況によって、残された課題が解決すれば部分開通も視野に入るが、基本的にはJRに対して一括した開通を目指すことを要望していきたい」と話していました。


セブンーイレブン 県内初出店
コンビニ最大手の「セブンーイレブン・ジャパン」が、青森県に進出し、12日、県内で初めてとなる店舗が青森市などにオープンしました。
「セブンーイレブン・ジャパン」は、全国に1万7000以上の店舗を構える業界最大手のコンビニで、12日、青森市や弘前市、八戸市などあわせて6つの市と町に8店舗が同時にオープンしました。
このうち青森市浜田の店舗では開店前に式典が開かれ、古屋一樹副社長などがテープにはさみを入れてオープンを祝いました。
開店前の店の外には30メートルほどの行列ができていて午前7時に店がオープンすると詰めかけた人たちは、弁当やパンなどお目当ての商品を買い求めていました。
「セブンーイレブン・ジャパン」は青森市、弘前市、八戸市のエリアを中心に3年後までに県内で
100店舗の展開を目指す計画です。
近所に住む50代の女性は「東京に住む友人から弁当がおいしいと聞いていたので、セブンーイレブンが青森に出店するのを待っていました」と話していました。
また、古屋副社長は「やっと青森に開店することができてうれしいです。青森出店をチャンスとして生かし、しっかりとした商品とサービスを提供したい」と話していました。
青森県内では、「ローソン」や「サークルKサンクス」「ファミリーマート」など大手コンビニチェーンがすでに500店舗以上展開していて、業界最大手の進出で県内のコンビニ業界の競争は一段と厳しさを増すことになります。


<宮城沖地震37年>連携強化の重要性確認
◎「県民防災の日」総合防災訓練
 1978年の宮城県沖地震発生から37年となった「県民防災の日」の12日、県は東日本大震災クラスの地震と大津波に備えた総合防災訓練を実施した。過去最多の約120人の県職員を全35市町村に派遣し、大規模災害時の連携強化の重要性を確認した。仙台市は初めて夜間訓練を実施する。
 県の訓練は午前9時、三陸沖を震源とするマグニチュード(M)9.0、最大震度7の地震が起き、16分後に大津波警報が発表された想定で行われた。
 県庁内に地震発生を伝える放送が流れると、講堂に設置された災害対策本部に県の各部局や陸上自衛隊から約250人が集合。被害情報の収集や救助手順を確認した。
 各市町村に派遣された県職員は、衛星携帯電話の通信状態を確認。県の総合防災情報システム(MIDORI)に被害情報などを入力した。1時間半以上経過してもMIDORIに入力されないトラブルが2町であった。午後は地震発生から2日後を想定し、被害状況などを収集した。
 訓練には県や仙台管区気象台、東北電力など101機関から約3000人が参加した。笹出陽康県危機管理監は「普段から初動の確認が重要で、関係機関との連携は不可欠だ。円滑に動けなかった点は反省し、次に生かしたい」と話した。
 仙台市の夜間訓練は、午後5〜6時にM7.5の直下型地震が発生して市内で最大震度7を観測し、停電が起きたとの想定で行う。


<宮城沖地震37年>東北 大震災の影響大
 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。次の宮城県沖地震を含め東北で想定される大地震や耐震対策をあらためて考える。
 トンネル、高速道路、ビル、マンションなど市民生活を支えるコンクリート構造物の劣化が問題になっている。高架橋やビル外壁からコンクリート片が落下する事故も各地で相次ぐ。災害時に住民の安全確保や避難に重要な役割を担う公的な建物や橋、道路には高い耐震性能が求められる。東日本大震災をはじめ、多くの揺れを経験した東北のインフラは次の地震に耐え得るのだろうか。
 高度経済成長期に集中して造られたインフラは一斉に老朽化が進む。山梨県の中央自動車道笹子トンネル崩落事故(2012年)を機に顕在化した。
 一般にコンクリートの耐用年数は数十年とされているが、維持管理によっては長くも短くもなる。東北大大学院工学研究科の久田真教授(コンクリート工学)は「震災や冬の寒さがダメージとなり、東北では過酷な環境にさらされている」と説明する。
 コンクリートは強い力や温度変化、塩分などの影響を受けると劣化しやすい。何度も地震に見舞われ、津波で海水に漬かったり、がれきがぶつかったりした被災地の建物や橋は相当なダメージが加わっているとも考えられる。
 ひび割れた部分から水が入って内部の鉄筋がさびつくと、強度が下がる。建物や橋の崩壊は人的被害につながるだけでなく、救助や復旧活動の妨げにもなる。
 しかし、被災地では震災の復旧・復興事業が優先され、コンクリート構造物の補修や補強に向けた点検にまで手が回らないのが現状だ。復興事業で大型車の交通量が増えていることも道路や橋には負荷になっているという。
 久田教授は「震災で持ちこたえても次にどうなるかは分からない。今の状態をきちんと把握し、管理と対策を急ぐ必要がある」と指摘する。


<宮城沖地震37年>謎多い活断層予測困難
 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。次の宮城県沖地震を含め東北で想定される大地震や耐震対策をあらためて考える。
 大地震は内陸でも発生する。震源が浅い場合は直下型地震と呼ばれ、M7前後でも大きな被害を及ぼすことがある。内閣府の「ゆれやすさマップ」によると、国内の平野や盆地のほとんどの場所で、自分がいる場所の真下が震源(深さ4キロ)となり、M6.8の直下型地震が起きた時、揺れは震度6強以上に達する。
 東北地方で大きな被害をもたらした内陸地震としては、2008年6月の岩手・宮城内陸地震(M7.2)が記憶に新しい。最大震度は6強で23人が犠牲となり、426人が負傷した。住宅は30棟が全壊した。
 03年7月には宮城県連続地震(M6.2など)が発生。震度6弱以上の揺れを1日に3度記録し、負傷者677人、住宅全壊1276棟の被害を出した。
 明治時代までさかのぼると、1894年10月の酒田を中心とした庄内地震(M7.0)で死者726人、2年後の96年8月に岩手・秋田県境で起きた陸羽地震(M7.2)で死者209人と、内陸部の地震で多くの命が奪われている。
 国の地震調査研究推進本部は、東北の内陸で大地震を引き起こす可能性がある17の活断層について研究評価している。
 位置と概要は地図と表の通り。北上低地西縁断層帯や福島盆地西縁断層帯が活動した場合、M7.8程度の地震が発生し、断層近辺では4〜5メートルの段差が生じる可能性があるとしている。
 活断層の活動間隔は一般的に1000年以上から数万年と長い。そのため30年以内の地震発生確率は、最も高い山形盆地断層帯北部で0.003〜8%、北上低地西縁や福島盆地西縁はほぼ0%とされる。
 ただ、阪神大震災の発生確率は直前の段階で0.02〜8%だった。確率が低いから地震が発生しないというわけではない。
 活断層の全容はまだまだ解明されていない。岩手・宮城内陸地震を含め、能登半島地震(2007年)、新潟県中越地震(04年)、鳥取県西部地震(00年)などここ十数年の間にあった内陸地震は、大きな活断層が分布していないとされる地域で発生した。
 東北大地震・噴火予知研究観測センター長の松沢暢教授は「現在の知見では大地震の予測は極めて困難。確率の低さは、現在得られているデータでは危険度の高い証拠が見つからなかったという程度の意味だと思ってほしい」と油断を戒める。


<宮城沖地震37年>「長町−利府断層」の危険性
 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。次の宮城県沖地震を含め東北で想定される大地震や耐震対策をあらためて考える。
 宮城県沖地震に加え、宮城県や仙台市が甚大な被害をもたらすと考えているのが「長町−利府断層」による直下型地震だ。仙台市は死者数や建物損壊の棟数などの被害想定と、危険度を地域別に示した市全域のハザードマップをホームページ(HP)で公開し、市民に備えを促している。
 長町−利府断層は宮城県村田町から仙台市を経て利府町に延びる長さ約20〜40キロの活断層。この断層で直下型地震が起きた場合、想定される地震の規模はM7.0〜7.5。同市内のほぼ全域、特に平野部を含む東部で建物の損壊や液状化現象などの激しい被害があると考えられている。
 市は2013年3月、この断層による直下型地震の被害想定を見直した。東日本大震災の被害実態を踏まえ、地震規模や建物の損壊状況を中心に、被害予想の一部を上方修正した。
 市内では最大震度6強、死者・行方不明者1014人、負傷者2271人、建物の全半壊約14万棟、避難者約10万6000人などと想定。今後30年以内の発生確率は1%以下とした。
 ハザードマップは地質の調査データを基に市が02年に作製し、08年に改訂した。「液状化」「建物被害」「揺れやすさ」について、それぞれ危険度を色分けしてHPで公開している。
 田中礼治東北工大名誉教授(建築耐震工学)は「東日本大震災や宮城県沖地震とは発生の頻度やメカニズムが異なる。『3.11があったから当分の間、来ない』と考えずに、建物の耐震や免震の対策をしっかりと施し、大災害に備えるべきだ」と訴える。
 東北地方の直下型地震 太平洋プレートが陸のプレートを押し付ける力が断層に伝わることで発生すると考えられている。地下の比較的浅い部分で起きるため、甚大な被害をもたらす。断層には縦ずれ型と横ずれ型があり、長町−利府断層は縦ずれ型の一つである「逆断層型」に当たる。断層に対して両側から力が加わり、北西側の地層が南東側の地層に乗り上げる形になる。


<宮城沖地震37年>「震災に耐えた」油断禁物
 1978年6月12日に発生したマグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震は、28人の命を奪い、生活インフラに大きな被害をもたらした。宮城県沖地震には周期性がある。2011年に東日本大震災が起きた後、発生確率は「不明」となったが、震災前の平均発生間隔は37.1年だった。ことしはちょうどその37年後の「6.12」となる。次の宮城県沖地震を含め東北で想定される大地震や耐震対策をあらためて考える。
 宮城県沖地震を受け、1981年に住宅の新耐震基準が定められた。阪神大震災の教訓を踏まえ、2000年6月には筋交いの接合部の規定を追加するなど強化されている。震度6強以上の地震で倒壊しないことを求め、この基準に則した耐震化率向上の取り組みが続いている。
 耐震化率は5年おきに国が調査する。2013年に行われた直近の調査では、宮城県内の耐震化率は84%(推計値)だった。
 県内の住宅の耐震化状況はグラフ左の通り。
 総戸数約93万1000戸のうち、新基準で建設されたり、改修工事が行われたりして「耐震性あり」と判断された住宅は計73万8000戸。耐震性が不明の古い住宅の中にも「新基準以上の強度がある」と推計されるものが約4万7000戸あり、これを合わせた約78万5000戸が耐震化基準を満たしていると推計された。
 残りの14万6000戸が「耐震性なし」と推計され、約9割の約13万6000戸が木造住宅という。
 宮城県などは、本年度末に耐震化率を90%とする目標を掲げている。木造住宅の耐震診断や耐震改修工事への助成を行う。
 耐震診断と耐震改修への助成件数はグラフ右の通り。改修の助成件数は東日本大震災直後の12年度に増加し339件となったが、13年度になると減少に転じ、14年度は100件にまで減った。診断の助成件数も減り続けている。
 同県建築住宅課の千葉晃司課長は「建物が震災に耐えたという安心感や、所有者の高齢化が改修工事への意欲を阻害している」と分析。「油断なく備えてほしい」と呼び掛ける。


反安保デモ 合憲根拠を批判 「都合の良いところだけ」
 国会で審議中の安全保障関連法案に反対する市民約1700人(主催者発表)が11日、国会周辺に集まり「戦争をする国にはさせないぞ!」「戦争法制整備法、反対!」とシュプレヒコールを繰り返した。数百メートルにわたり歩道を埋め尽くした参加者は「九条壊すな!」などと印刷した紙を掲げて反対を訴えた。
 これに先立ち、東京慈恵医大の小沢隆一教授(憲法学)が議員会館内の集会で講演し、政府や自民党が集団的自衛権行使容認の論拠とする砂川事件の最高裁判決について「安倍首相や自民党の高村正彦副総裁は判決の都合の良いところだけ抜き出している」と批判。理由として「砂川判決は、自衛隊がよその国を守る(集団的自衛権)という点は判断していない」と述べた。その上で「砂川判決は高度に政治的なものは最高裁が判断すべきではないと(日米安保条約についての判断を)門前払いにした」と指摘。「自衛権(に関し述べた部分)は『傍論』であり、判決は先例としての意味を持たない」と主張した。


安保法案:保守系の重鎮4人が反対表明
 集団的自衛権行使容認を柱とする安全保障関連法案について、山崎拓・元防衛庁長官ら戦前生まれの政治家4人が12日、日本記者クラブで記者会見を開き、「歴代政権が踏襲してきた憲法解釈を一内閣の恣意(しい)によって変更することは認められない」などと反対を表明した。出席したのは山崎氏のほか亀井静香・元金融担当相=無所属、武村正義元官房長官、藤井裕久元財務相。亀井氏以外は政界を引退しているが、いずれも要職を経験した名だたる保守系政治家だ。彼らがなぜ、反対の声を上げたのか。会見の模様を詳報する。【石戸諭/デジタル報道センター】
 「我々の共通点は戦前生まれで、戦争を直接、間接に体験した」。防衛政策に詳しい山崎氏はこう切り出した。4人に共通するのは、集団的自衛権行使容認に対する強い危機感だ。
 「安保法制は集団的自衛権行使容認の法整備、自衛隊の活動の舞台を地球規模に広げること。この二つが大きな柱になっている。前者に注目が集まり、自衛隊の海外活動の強化という観点が議論されなくなっている。(安倍晋三総理は)『積極的平和主義』の名の下に、審議を進めているが、この言葉に確たる定義はない。今でも日本は積極的平和主義に徹している。裏付けになっている憲法上の理念は9条に書かれている。『積極的平和主義』は、軍事力を使うことが『積極』の部分に当たるのではないか。これはやってはならない。後方支援は兵站(へいたん)活動であり、戦闘行為をやるということだ」(山崎氏)
 亀井氏は国会での議論を批判した。「(自衛隊員に)リスクがあるかないかなんて生易しいものではない。一内閣で議論を進め、しかもそれを一国会でやる。子供が考えてもむちゃなことがまかり通ろうとしている。国会議員だけで国是を変更していいのか。(国の)基本の問題は国民の意思を問うのが当たり前だ」
 藤井氏は「集団的自衛権行使容認に問題の根がある。(存立危機事態など武力行使の)『新3要件』はインチキだと思っている。すべて個別的自衛権の話だ」と語気を強めた。「集団的自衛権とは対等な軍事同盟を意味する。中国との問題は、軍事同盟ではなく国連で対応すべきだ。このままでは日本が誤った道を歩む」と警告した。
 武村氏は「安倍さんは70年続いた『平和主義』をがらりと変えようとしている。海外で武力行使をしない日本が、行使できる国になる。『専守防衛』こそが最大の抑止力ではないか。安易な解釈改憲という道で、議論が未成熟なまま一挙に手をつけようとしている」と指摘。さらにこう提起した。「自衛力を強化する道を選ぶことはあってもいいだろう。集団的自衛権の導入が必要と考えるなら堂々と国民投票を前提にした憲法改正の道を歩むべきではないか」
 山崎氏は自身の戦争体験にも触れ、「空襲で天井を突き抜け焼夷(しょうい)弾が落下してきた。不発弾だったので、命は助かった。山に上がったら福岡市全体が燃えさかっていた。翌日、町中に遺体がごろごろしていた。目を背けるような状況があった」と振り返った。
 自民党内で戦争を体験した議員が減るにつれ、安全保障関連の議論が変質してきたという。「今の自民党の政治家はことごとく戦争を知らない世代。平和と安全は、空気や水と同じようにタダで手に入るという感覚を持った世代。安全保障問題に関心がない」(山崎氏)
 藤井氏は会見に先立って配布した声明文で、安倍政権に対してこう警告した。「現総理の祖父・岸信介(元首相)が現行憲法では海外派兵はできないし、したがって憲法改正が必要だと考えていたことを重く受け止めるべきである」


【安保法制】 山崎拓氏の反対声明「不戦国家から軍事国家への大転換を意味する」
 今次政府提出の安保法制に係る諸法案については、問題点が多々あり、十分な審議を尽くすべきであり、本国会における成立にわれわれは反対である。
 そもそも先の衆院憲法審査会において、公述人となられた名だたる憲法学者3氏が集団的自衛権の行使を事実上の解釈改憲で認めることについて憲法違反にあたると反対意見を述べられた。歴代政権において踏襲されてきた憲法解釈を一内閣の恣意によって変更することは認めがたい。
 またこれらの安保法制整備法案が仮に成立することになれば、わが国の安保政策の重大な転換となり、平和国家としての国是は大いに傷つくことになる。
 専守防衛政策は他国防衛容認へ。自衛隊の海外派遣止まりから海外派兵容認へ。国際紛争を解決する手段としての武力行使の永久放棄から、後方支援限定ながら武力行使容認へと大転換を意味している。総じて言えば、不戦国家から軍事力行使国家への大転換を意味し、国策を大きく誤ることになる恐れなしとしない。
        山崎拓

東日本大震災から4年3か月/今日も美咲

ブログネタ
フランス語 に参加中!
140920_鉄道むすめ

Et m'apparaissait peu à peu cette vérité pourtant éclatante que qui aime le bien est indulgent au mal.
--Antoine de Saint-Exupéry
And revealing itself to me little by little this nevertheless bright truth that whoever loves the good is lenient with evil.
Cet appareil fait la mise au point automatiquement.
This machine foucses (lit. does the focus) automatically.
Parce que la passion est un excès de vie, un excès de lumière, impossible à étaler dans un quotidien.
--Tahar Ben Jelloun
Because passion is an excess of life, an excess of light, impossible to display in daily life.
フランス語
フランス語の勉強?

東日本大震災から4年3か月です.思い出すけど,以前ほど悲しくはありません.いいことなのか,風化しているのかどうなのかよくわかりません.
今日も朝から美咲.頑張るので応援したい気持ちはありますが,こっちがクタクタにならないようにしないとね.

殉職警察官の慰霊の地蔵で祈り
東日本大震災の発生から4年3か月となった11日、宮城県気仙沼市では津波に巻き込まれ殉職した警察官を慰霊しようと、地元の人たちが立てた地蔵の前で、子どもたちが手を合わせ祈りをささげました。
気仙沼市本吉町の大谷地区には、震災当時大谷駐在所に勤務し殉職した警察官の千田浩二さん(当時30)を慰霊する地蔵が立っています。
4年前の3月11日、千田さんは、海岸沿いにいる人たちを高台に避難させようと誘導していた際、津波に巻き込まれ亡くなりました。
小学校のそばに立つ地蔵は、震災翌年の8月、地区の振興会長を務める鈴木治雄さん(67)と妻の美和子さん(66)が中心となってつくりました。
地域の行事に毎回参加したり、通りかかる人に積極的に声をかけたりするなど、多くの人に親しまれていた千田さんに対する感謝と哀悼の思いが込められています。
月命日となった11日朝、鈴木さんたちは、地蔵を訪れて新しい花を手向け、千田さんの死を悼みました。
そして小学校に登校する子どもたちも、地蔵の前で立ち止まり手を合わせ、祈りをささげていました。
小学3年の女の子は、「自分が犠牲になっても地元の人たちを助けてくれてありがとうという思いでお祈りしました」と話していました。
鈴木治雄さんは、「地域の人から本当に信頼され一生懸命なお巡りさんだった」と話していました。
また美和子さんは、「お地蔵さんがここに立っている意味を私たちが子どもたちに伝えていくことで、震災の記憶を風化させないようにしていきたい」と話していました。


震災から4年3か月不明者捜索
東日本大震災から4年3か月となる11日、山元町の海岸で警察がいまも行方がわからない人の捜索を行いました。
山元町の海岸では捜索活動に参加する亘理警察署の警察官9名がはじめに震災で亡くなった人たちに黙とうをささげました。
そしてクマデなどを使って行方がわからない人の手がかりがないか、探していました。
亘理警察署の管内ではいまも行方が分からない人が23人いて、少なくとも毎月1回は海岸で捜索活動を行っているということです。
亘理警察署の松村地域課長は「震災で行方がわからない人の手がかりとなるものを見つけて家族のもとに届けたい」と話していました。


被災地で「ダンベル体操」交流
東日本大震災から4年3か月となる11日、石巻市では震災後、布袋に玄米や鉄粉などを詰めた「ダンベル」を使った体操を通して地域のつながりを維持してきた人たちの交流会が開かれました。
この体操は玄米や鉄粉などを詰めた布袋をダンベルに見立てて両手に持ち、ストレッチやダンスをすることでお年寄りの健康維持などにつなげようというもので、11日の交流会には石巻市内7つの地区から愛好者150人あまりが参加しました。
このうち震災の津波で大きな被害を受けた雄勝町からは24人が参加し、リーダーを務める山下美枝子さんが「雄勝の会員は全員、津波で家を流されて散り散りになりましたがダンベル体操を通して絆を保ちさまざまな支援で勇気づけられています」とあいさつしました。
続いて参加者たちは「ダンベル体操」の基本となる12のポーズを確認したり音楽に合わせてダンスをしたりしてさわやかな汗を流しました。
また体操の合間に震災前に脳梗塞を患ったという雄勝町の80代の女性が、地域の人たちに助けられて津波から逃れ、ダンベル体操のおかげで体を動かせるようになったという体験談を披露し、涙をこぼす参加者の姿も見られました。
雄勝町を離れて内陸部の仮設住宅で暮らす女性は「最近は気持ちも落ち着いてきた一方で、津波のつらい記憶がよみがえることもありますが、ダンベル体操で仲間と過ごすことで力づけられます」と話していました。
交流会を主催した石巻市ダンベルクラブの伊藤たか子会長は「ダンベル体操は健康面だけでなく地域の交流を深める効果もあり今後は災害公営住宅でも普及を図りたい」と話していました。


亡き妹へ 追慕の手紙200通
 相馬市の主婦中島忠子さん(74)が、東日本大震災で亡くなった妹に宛てた手紙を書き続けている。日々の出来事などをつづった封書は、既に200通を超えた。差し出すことはできないが、「いつか自分で天国に持っていってあげたい」と筆を走らせている。
 中島さんは仙台市出身。宮城野区蒲生に住んでいた妹の川下孝子さん=当時(67)=が津波の犠牲になった。「幼いころから、けんか一つしたことがなかった」。互いに結婚してからも頻繁に連絡をとり、一緒に旅行を楽しむ仲だった。
 手紙は2年ほど前から書き始めた。「きょうは満月だよ」「誕生日おめでとう」。思いついたら、近況や思い出を便箋に書き連ねる。月に10通程度。連日筆を執ることもあるという。
 季節や内容に合わせて封筒に絵を描いたり、写真を貼り付けたりする。慰霊祭などがあれば新聞記事を同封する。「手紙を書くことで、妹と会話しているような気持ちになれるんです」
 震災後、月命日には孝子さんの自宅跡を訪れてきた。花を添え、線香が燃え尽きるまで景色を眺めた。復旧工事で今春から立ち入りが禁止されても、近くの慰霊碑へのお参りは欠かしていない。11日も慰霊碑を訪れ、手を合わせるという。
 時折、封筒を開けて便箋を読み返す。中島さんは「悲しみが癒えることはないと思う。2人の思い出をこれからもつづっていきたい」と話す。


「なでしこ」福島でも奮闘中 除染員チーム結成
 東京電力福島第1原発事故に伴い避難区域に指定されている福島県川俣町山木屋地区で、除染を担う女性作業員がグループ「FKYなでしこ」を結成し、復興の最前線を支えている。夏場もヘルメットにマスク、手袋、長靴、長袖の完全防備姿の現場で、女性ならではの視点と気配りが労働環境の改善に貢献している。
 FKYは福島、川俣、山木屋の頭文字を並べた。2014年6月に活動を始め、現在は21〜63歳の女性作業員約70人全員が所属する。月に一度の会合で意見を集約し、管理責任者に伝える。2カ月に一度は、独自に現場を巡回。毎回30人近くが参加し、注意が必要な場所をチェックする。
 除染作業員は草刈りや土のはぎ取り、ダンプカーの運転、フレコンバッグ(廃棄物保管専用袋)のタグ付けなどを行う。作業内容は男性と同じだが、もともと男性のみの職場だったため、女性が入った当初は作業環境の不備が目立った。
 なでしこ結成以来、女性用のトイレや更衣室を増設し、手洗い所にはハンドソープを用意した。小さいサイズの手袋や長靴を取りそろえるなど、メンバーの要望を受けて女性が働きやすい環境を整えた。
 女性同士がコミュニケーションを取る場ができたことの相乗効果も大きい。昨年11月から働く荒宏美さん(34)は「女性にしか話せない悩みを打ち明けることができる。他の女性と考えを共有できるのもいい」と安心して働いている。
 リーダーの小松恵美子さん(57)は「入れ替わりの多い職場だが、女性でもまた働きたいと思えるような場所にしたい」と話す。
 山木屋地区では現在、約2200人の除染作業員が働く。環境省によると、宅地の除染は既に終了し、年内には農地を含め、全て完了する予定。


大震災から4年3カ月、沿岸部で集中捜索
 東日本大震災の発生から4年3カ月となる11日、津波による大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の沿岸部で、各県警が行方不明者の手掛かりを求め集中捜索した。
 岩手県では大船渡署など3警察署の約30人が、草むらや海岸の石や砂をかき分けて捜索。148人が行方不明の山田町では宮古署の警備船も出動し、陸と海の両方から不明者の遺留物などがないか調べた。
 初めて捜索に参加した宮古署の田中洋輝巡査長(28)は3月末で埼玉県警を退職し、故郷の岩手県警に再就職。「遺体が見つからず心配している家族はたくさんいる。1人でも多く返せるよう尽力したい」と話した。
 宮城、福島両県警もそれぞれ不明者を捜索。警察庁によると、10日現在、3県で計2572人が行方不明となっている。


被災地「生活の足」バス維持に懸念 震災4年3カ月
 被災地の仮設住宅と病院や商店を結ぶバス運行などを支援する国の特定被災地域公共交通調査事業について、2016年度以降の方針が決まっておらず、各自治体の懸念が広がっている。現在は全額国費負担で運行されているが、復興事業費への地元負担導入に合わせて復興庁が今後の対応を検討。一部地元負担が生じれば路線維持に影響が出る可能性がある。東日本大震災から11日で4年3カ月。いまだ多くの被災者が仮設住宅で暮らす中、被災者の「生活の足」確保のため、各自治体は全額国費負担の継続を求める。
 同事業は沿岸10市町村で実施。15年度は釜石市16路線、岩泉町14路線など計89路線で活用されている。16年度以降の方針は未定で、復興庁は今後の対応を検討している。
 大槌町は14年度、約4500万円の補助を受けて運行。高橋新吾総合政策部長は「人口の約3分の1が今も仮設で暮らす中、運行をやめることはできない。バスがなくなれば交通弱者には不利で、国の支援を求めたい」と強調する。
 陸前高田市は、同調査事業のほかに復興交付金の効果促進事業を活用して予約型乗合タクシー「デマンド交通」を実施。復興庁は復興交付金の効果促進事業について、1・0%の負担割合を求める方針を示しており、市の負担が増える恐れがある。戸羽太市長は「まだまだ仮設住宅がたくさんあり、交通弱者が多い。(国の全額補助を)維持してほしいが、もし駄目ならば効果促進事業の使い勝手を改善してほしい」と求める。


震災4年3カ月の月命日 大川小近くで不明児童の捜索
 東日本大震災から11日で4年3カ月です。児童ら84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の近くでは、今も行方が分からない児童4人の捜索が行われています。
 大川小学校では今も児童4人が行方不明のままです。11日は、家族の要望を受けて警察官が学校近くの山の斜面を手作業で捜索しています。宮城県内では1200人以上が行方不明のままで、今も定期的に捜索が行われています。


【想う 5年目の被災地】 6月 「つながり途絶えさせてはいけない」住民に安心安全な暮らしを
 □あすと長町仮設住宅元自治会長・飯塚正広さん(53)
 仙台市太白区のあすと長町地区にある「あすと長町仮設住宅」は、県内外のさまざまな地域で東日本大震災の被害に遭った人が集まり、ピークには約230世帯が入居した。この市内最大規模の仮設住宅で、飯塚正広さん(53)は3年間、自治会長として、住民の安心で安全な暮らしを目指して奔走してきた。
 「最後の1人が出ていくまで、自分の仕事は終わらない」
 今年3月11日に自治会は解散したが、約500メートル離れた同地区の復興公営住宅に引っ越した今も、思いは変わらない。
               × × ×
 宮城県岩沼市の戸建ての自宅は津波の被害に遭い、唯一無事だった1室で、妻と長男と3人で過ごした。すでに結婚していた長女を除く家族3人で、あすと長町に来たのは平成23年8月16日。同月下旬に発足した運営委員会には副会長として参加した。
 直後に、各地から移ってきた被災者と、集団で暮らす難しさを知った。例えば、ごみの捨て方は各地で異なる。このため、ごみ捨て場は乱れ、住民間でもめ事が頻発した。
 「このままではスラム街のようになる」
 切実な思いから、見回りや声かけを始め、行政には住民からの要望を伝えた。
 運営委員会発足時、活動に賛同してくれたのは半分以下の約60世帯だったが、同年12月には190世帯に増えた。その頃、運営委員会を自治会にする準備が始まった。しかし、運営委員会の会長が病気を理由にやめてしまう。誰かがやらなければならないと、覚悟を決めて手を挙げた。
 「火中の栗どころか、火を拾った気持ちがした」
 自治会が発足し、会長に就任した日、住民の前で3つの誓いを立てた。「孤独死を出さない」「安心安全で楽しく暮らせる仮設住宅にする」「仮設住宅から住民がいなくなるまで責任持ってリードしていく」。24年3月11日、震災から1年が経過した日だった。
 就任後は、住民の暮らしを最優先にして動き回った。お汁粉カフェやコーヒーサロンなど、イベントを何度も開催。集会所で行っていた健康診断や心理カウンセリングは、足が悪い人や自ら訪れない人のところには個別訪問してもらうようにした。長期化する仮設生活への住民の不安をぬぐい去ろうと、明るく声をかけ続けた。仙台市内の勤務先に通いながらの活動だったが、「他の自治会役員の協力があったからやってこれた」と振り返る。25年8月には長男が東京に就職し、仮設を出たため、妻と2人暮らしになった。
 自治会発足とともに立ち上げた「あすと長町コミュニティ構築を考える会」では、勉強会を開催し、組織づくりを考えてきた。復興公営住宅の建設計画や、共同体の維持について話し合う中で、あすと長町地区に残りたいという住民が次第に増えていった。
               × × ×
 発足から3年を迎えた3月11日、復興公営住宅への引っ越しが進んだため、自治会は解散。4月には、あすと長町地区と周辺にある計3棟の復興公営住宅に自身も含め、約80世帯が引っ越した。各地から集まった住民が、この先も、同じ地区で暮らすことを選んだ。
 復興公営住宅はプライバシーが保たれる分、仮設よりも他の住民の姿が見えにくい。だから、こう思う。
 「仮設で培ったつながりを、復興住宅への転居で途絶えさせてはいけない」
 一方、仮設住宅には約60世帯が残り、うち15世帯は行き先が決まっていない。「取り残された気持ちにさせてはいけない」と、今も仮設住宅に顔を出し続ける。3年前の会長就任時の3つの誓いは今でも変わらない。(上田直輝)
                    ◇
【プロフィル】飯塚正広
 いいつか・まさひろ 昭和36年、宮城県岩沼市生まれ。仙台市内の医療福祉関連会社に勤務。平成23年8月、あすと長町仮設住宅に入居。24年3月〜27年3月まで、同仮設自治会長を務めた。


<その先へ>蒸しホヤで販路開け/経験の味加え商品化
◎漁業 阿部誠二さん/水産加工業 佐々木清孝さん(石巻市)
 東日本大震災の津波と、福島第1原発事故後の韓国の輸入規制で二重の打撃を受けた石巻市鮫浦のホヤ養殖漁業者が、近隣の水産加工業者と手を組んで「蒸しホヤ」を商品化した。ホヤ養殖を断念した宮城県女川町の津波被災者の夫婦が仲間になり、味付けに経験の技を加えた。保存の利く地元の伝統食を売り込み、新しい販路開拓に挑戦する。
 ホヤを養殖する阿部誠二さん(31)は養殖施設と自宅を流された。ボランティアの支援を得て父忠雄さん(64)と再起した。昨年、水揚げを再開したが、韓国の販路を失った。希望を託す蒸しホヤ作りの模索は同12月、本紙「その先へ」で報じられた。
 完成した商品は「宮城県鮫浦港 栄漁丸 活ほや蒸し」。栄漁丸は誠二さんがホヤ養殖に使う船の名で、生産する誠二さん親子の写真が商品の袋を飾る。
 蒸しホヤは、傷みやすいホヤを加工した保存食。誠二さんは遠来のボランティアに自家製の蒸しホヤを振る舞った。「『初めての味。うまい』と好評で、商品化を思い立った」と話す。
 パートナーは、鮫浦に近い同市大原浜で水産加工場を再開して1年の佐々木清孝さん(57)。「震災前、阿部さん親子のホヤを買っていた縁で、苦境打開を共にする同志になった」
 蒸しホヤの試作が始まったのは、2年目の水揚げが始まった後のことし5月。佐々木さんは蒸し機械を導入し、心強いスタッフも採用した。女川町小屋取の阿部邦晴さん(67)、知子さん(65)夫妻だ。
 2人は長年ホヤ養殖を手掛け、自ら製造許可を得て蒸しホヤも作っていた。だが、津波に被災して養殖を諦め、邦晴さんも失意から病気になった。が、「経験の技を生かして」との依頼に意欲をよみがえらせた。
 「うちの蒸しホヤは塩で味付けしたが、誠二さんのは酒蒸し。それぞれの良さを合わせ、さらにうまい味を吟味した」と邦晴さん夫妻。朝に水揚げした新鮮なホヤを材料に工夫を重ねた。加工場の8人のスタッフが味見をし、「皆がうまいと思う味で決めた」。
 「復旧支援で出会った1000人以上の友がいる。蒸しホヤを店で出したいとの要望も横浜や山梨からあり、新しいつながりを財産に販路を広げたい」と誠二さん。
 「活ほや蒸し」は200グラム入りで600円。仙台や東京の居酒屋、料理店、各地の物産展にも味を伝え、「ホヤを知らない人の口に入れてもらおう」と佐々木さんは張り切る。連絡先は「やまき」090(4043)1998、ファクス0225(24)2459。(寺島英弥)


<祈りと震災>(51)弔いも寂しさも詠む
 釜石高(釜石市)の国語教諭で俳人の照井翠(みどり)さん(52)の脳裏には、東日本大震災当日の夜空が鮮明に焼き付いている。
 津波被害を免れた高校の体育館に生徒たちが避難していた。ふと外に出ると、見たことのない無数の星が空にさえ渡っていた。
 「大津波で亡くなった人のみ霊が昇天しつつある」。目を閉じ、冥福を祈った。
 <春の星こんなに人が死んだのか>
 むごたらしい被災の衝撃から俳句が救いの道を開いてくれた。時がたつにつれ、思い起こす言葉は句に昇華した。
 高校には両親を失った生徒が4人、父か母を亡くした生徒が16人いた。
 <寒昴(かんすばる)たれも誰かのただひとり>
 家族のように寄り添うプレヤデス星団を意味する季語を用いた句だ。「亡き人はみんな誰かにとって掛け替えのない存在。心の中でずっと生きている」と照井さん。
 「震災後の極限状況の中でも、俳句があったから正気を保てた」と振り返る。
 初任地の福岡高(二戸市)で教師の句会に誘われ、1986年に俳句を始めた。
 90年には句作の腕を磨くため、「人間探求派」と呼ばれた俳壇の重鎮、加藤楸邨(しゅうそん、1905〜93年)主宰の俳誌「寒雷」に参加する。同じ岩手の一関市で少年期を過ごした加藤からはよく目をかけてもらったという。
 加藤は戦争の本質に迫る俳人だった。照井さんは「先生と違い、平凡な俳句人生になるかと思っていたら震災に遭った。先生と同じ真剣さで震災に向き合いたい」と誓う。

 震災の翌年に句集「龍宮(りゅうぐう)」を出版した。
 <逢(あ)へるなら魂にでもなりたしよ>
 人間以外の何かになってでも亡き人の近くに行きたいという願い。
 <初蛍やうやく逢ひに来てくれた>
 蛍火の明滅によって亡き人と心を通わせる姿。
 句集に出てくるのは、自身が目にした光景にとどまらない。イタコのように誰かに成り代わる気持ちで詠んだ句も多かった。
 句集の表題に込めた意味は何か。「罪のないたくさんの命が突然奪われたことがふに落ちなかった。竜宮城のような安らかな世界で違う生を送っていてほしいと思った」
 「龍宮」は文学界や一般の読者からも反響を呼んだ。
 「俳句はぎりぎりまで研ぎ澄ました言葉と深い沈黙で成り立っている。だからこそ、冗舌な言葉より大きな苦しみを抱える被災者の心に染み込んだのではないか」
 照井さんはあらためて俳句の持つ力を思い知った。


大震災4年3カ月:記憶の中の娘の笑顔…こけしに刻む
 「空の上でこんな顔をしているといいな」。東日本大震災で宮城県石巻市立大川小6年生だった次女みずほさん(当時12歳)を亡くした元美術教諭の佐藤かつらさん(49)が、娘をモチーフにしたこけしを制作した。震災後に中学校を辞め、絵筆も持てずにいたが、最近創作意欲が出てきたという。11日で震災から4年3カ月。「娘を形に残したい」との思いを強くする。
 「ひだまり」と名づけたこけしは、柔和な表情を浮かべ、胴体に大輪のひまわりをまとう。佐藤さんは記憶の中に生きる「素直でおとなしくて、家族思い」の娘の姿をそのまま表現した。ひまわりをあしらったのは、震災の年の夏、自宅の庭の一角に突然芽を出して咲き、「天国のみずほが花になって帰ってきた」と、それ以来家族で大切に育てているためだ。「あっちで友達と一緒に笑って暮らしているはず、と思いながら作った」と語る。
 みずほさんの遺体は震災2日後、校舎近くでみつかった。砂だらけの顔や耳を、佐藤さんは水でぬらしたタオルでそっと拭き「やっと会えたね」と声をかけた。約1カ月後、勤務先の中学校が再開し、迎えた入学式。新入生の姿に、同じように中学に入学していたはずの娘が重なり、涙をこらえることができなかった。同僚や生徒に励まされながら仕事を続けたが、1年後の2012年3月、学年主任として指導した3年生を送り出すと「みずほを中心に考える生活がしたい」と退職した。
 だが、教職を離れても天国のみずほさんとゆっくり対話する時間は持てなかった。なぜ学校現場で74人もの児童が犠牲になったのか。原因究明を求める大川小保護者の声に市教育委員会は向き合っているように思えず、事実検証を求めては失望の繰り返し。年賀状用にと絵筆を執っても、凍りつく寒空に浮かぶ月の絵しか描けなかった。
 落ち込みがちだった昨年12月、長女そのみさん(18)と、友人のクリスマス会に久しぶりに参加した。笑い合う人たちを見ていると、ふと腹を抱えて笑うみずほさんの姿が浮かんだ。「みずほも近くにいて喜んでるんだろうな」。降ってくるようにイメージが浮かび、その夜、空の上で羊と戯れるみずほさんのイラストを一気に描き上げた。久しぶりに描いた明るい絵だった。
 年賀状にこのイラストを使うと、石巻市のこけし工人、林貴俊さん(41)から、こけし制作を依頼された。今も震災当時を思い出すと涙がこぼれるが、気持ちを切り替え、みずほさんへの思いを描いた。佐藤さんは「生きている間、描けなかった分までみずほを描き、残したい」と決意を語り、こけしの中のみずほさんそっくりの穏やかな表情を浮かべた。
 作品は、14日まで石巻市立町の林さんの工房「Tree Tree Ishinomaki」で開催中の「アートなこけし展」で展示している。【百武信幸】


震災前のまちを次代へ 中野小学区の模型制作
 来年3月に閉校する中野小(仙台市宮城野区)の地元住民が企画する講座「中野ふるさと学校」が始まった。東日本大震災で散り散りになってしまった住民たちだが、震災前の地元の姿を模型で再現するなど、さまざまな企画でふるさととのつながりを模索していく。
 宮城野区高砂市民センターで先月15日にあった初会合には6人が参加し、模型の制作が始まった。仙台港が整備される以前の1958年と震災前の2006年、二つの時点の中野小学区を再現する。
 参加者は「昔は七北田川に渡し舟があった」「自分が住んでいた地域を作るのはすごく楽しい。細かい作業は大変だけど完成が楽しみ」などと話しながら作業を進めた。10月の市民祭りで模型のお披露目を目指す。
 中野小学区は震災後、大半が災害危険区域に指定され、居住が制限されている。学区内にある港、蒲生、西原、和田の4町内会も小学校の閉校に合わせて解散が決まった。
 住民全員がふるさとに住み続けることはできなくなってしまったが、皆で集える場をつくり、交流を維持するのがふるさと学校の目的だ。高砂1丁目公園仮設住宅自治会長の佐藤政信さん(69)は「昔を思い出して語り合いながら絆を形にして次世代に伝えていきたい」と話す。
 ふるさと学校では、模型制作のほか、地域のシンボルである「日本一低い」日和山登山、ダーツ大会などの行事を企画する予定。随時、参加者を募集している。連絡先は高砂市民センター022(258)1010。


河北抄
 「37年」という数字を覚えている人もいるかもしれない。宮城県沖で大きな地震が起きる平均的な間隔。東日本大震災まで「今後30年以内に99%の発生確率」と、専門家はしきりに訴えていた。
 マグニチュード(M)7.4の宮城県沖地震が起きたのは1978年の6月12日。穏やかに晴れた夕方だった記憶がある。仙台市内の小さな本屋で立ち読みしていた時に揺れだした。外に出て歩道のガードレールにつかまったら、辺りの電柱や建物が激しく揺さぶられている。「全て倒壊してしまう」と恐怖を感じた。
 下宿のおばさんに頼まれて家電販売店に行ったら、人でごった返していた。都市ガスが止まって風呂を沸かせず、銭湯は大混雑。翌日か翌々日、友人のアパートがある青葉区の米ケ袋に行くと、ブロック塀が倒れていて驚かされた。
 きっちり37年周期だとすればことしが該当するが、自然はそんなことにはお構いなし。4年3カ月前、とっさに「これは宮城県沖地震か」と思った人も多いはず。地震の呼び方は何でもいいにせよ、M9というのはあまりに巨大すぎた。


安保法制 説得力欠く「合憲」見解
 集団的自衛権を行使するための安全保障法制を「合憲」とする文書を、安倍内閣が示した。憲法学者三人が「違憲」と断じたことへの反論だが、説得力を欠き、合憲だとは、とても納得できない。
 集団的自衛権の行使容認を正当化するため、最高法規である憲法を、下位法の安保法制に無理やり当てはめたとしか思えない。
 文書は、日本を防護するための集団的自衛権の行使は、日本への攻撃が発生した場合に限って武力行使を認める従来の憲法解釈の「基本的な論理」を維持し、「論理的整合性、法的安定性は保たれている」と結論づけている。
 安倍内閣が、集団的自衛権の行使容認を正当化するための論拠として再び持ち出したのが、最高裁判所が一九五九年、自衛権の行使を「国家固有の権能の行使」と認めた、いわゆる「砂川判決」だ。
 ただ、この判決では、旧日米安全保障条約に基づく米軍駐留の合憲性が問われ、日本が集団的自衛権を行使できるか否かは議論されておらず、判決も触れていない。
 この判決後、岸信介首相は集団的自衛権の行使について「自国と密接な関係にある他国が侵略された場合、自国が侵害されたと同じような立場から他国に出かけて防衛することは、憲法においてできないことは当然」(六〇年二月十日、参院本会議)と述べている。
 砂川判決が行使を認めた自衛権に、集団的自衛権が含まれていないことは明らかではないのか。
 歴代内閣はその後も、集団的自衛権を有しているのは当然だが、その行使は日本防衛のための必要最小限度の範囲を超え、許されないとの憲法解釈を堅持してきた。
 国会や政府部内での長年の議論の積み重ねを軽んじ、一内閣だけの判断で、違憲としてきた集団的自衛権の行使を合憲と変えてしまうことが許されるはずはない。
 自民党が衆院憲法審査会の参考人として推薦した憲法学者までもが、国権の最高機関である国会の場で、安保法制を違憲と断じた意味は重い。安倍内閣は謙虚に受け止め、一連の法案を撤回すべきではないのか。合憲と主張する憲法学者の実名をいくら並べても、国民は納得するまい。
 日本を取り巻く国際情勢が変化しているというのなら、集団的自衛権の行使ありきで非現実的な事例を持ち出すのではなく、変化に即した現実的な防衛政策を検討すべきだ。それが海外で武力を行使しない「専守防衛」の枠内にとどまるべきことは当然である。

菖蒲園がキレイ/ジムで頑張る

ブログネタ
フランス語 に参加中!
部落解放

"Brutalité" ou "humanité"? La polémique continue sur les migrants à Paris
La polémique s'est poursuivie mardi sur la gestion des migrants à Paris, associations et partis de gauche dénonçant la "brutalité" du gouvernement, qui les accuse en retour de "démagogie".
"Le gouvernement agit avec humanité. Il est plus difficile d'agir avec humanité et responsabilité que de commenter sur tous les plateaux de télévision avec la plus grande démagogie et la plus grande irresponsabilité les difficultés auxquelles le gouvernement est confronté", a martelé le ministre de l'Intérieur Bernard Cazeneuve à l'Assemblée nationale, interpellé par une députée écologiste.
Depuis l'évacuation le 2 juin du campement sous le métro aérien place de la Chapelle, dans le nord de Paris, où près de 350 personnes, principalement des Soudanais et des Érythréens, s'entassaient depuis des mois dans des conditions indignes, clandestins et policiers se livrent au jeu du chat et de la souris.
Plusieurs dizaines de migrants ont notamment été délogés ces derniers jours du parvis de l'église Saint-Bernard - célèbre depuis son occupation par des sans-papiers en 1996 et l'évacuation par les forces de l'ordre - et de la halle Pajol, dans le populaire 18e arrondissement de Paris, lors d'opérations policières très médiatisées.
Des migrants africains à bord d'un bus après leur évacuation d'un campement le 2 juin 2015 à La Chapelle à Paris
"La façon dont ont été traités ces migrants a aboli toute frontière politique entre les pratiques" de la droite et "celles du gouvernement en ce qui concerne l'immigration", a jugé mardi le Mouvement contre le racisme et pour l'amitié entre les peuples (Mrap), dénonçant la "brutalité de la rafle".
"On ne réglera pas la question des migrants par la force", a estimé le Front de gauche qui appelle le gouvernement à "accueillir dignement ces milliers de réfugiés".
- Centre d'accueil -
Face aux associations qui réclament un "plan d'urgence" et aux militants politiques qui dénoncent des "violences policière", le ministre de l'Intérieur a assuré que le gouvernement propose un hébergement "à tous ceux qui relèvent de l'asile en France".
Mais beaucoup parmi les migrants ne souhaitent pas demander l'asile en France, préférant aller s'établir en Grande-Bretagne ou en Allemagne.
"Ceux qui ne veulent pas demander l'asile n'ont pas vocation à rester sur le territoire", avait prévenu lundi le préfet de police de Paris, Bernard Boucault.
De son coté, la mairie de Paris a dit mardi "étudier avec l'Etat" la possibilité d'ouvrir un "centre d'accueil" pour les migrants, "dans quelques semaines". Ce centre serait un "guichet unique d'accès au droit", permettant aux migrants d'obtenir des informations sur les procédures d'asile; il servirait aussi de "lieu d'hébergement temporaire" pour les migrants en transit, selon un porte-parole.
Les associations d'aide aux migrants seraient mandatées pour gérer le centre.
"Les exilés provenant de pays en guerre ont besoin d'explications et d'accompagnement", a souligné le président de France Terre d'Asile, Pierre Henry. "On ne répond pas à ces besoins par des démonstrations de force", ni "par des slogans", a-t-il ajouté, pointant "le manque de solidarité des politiques européennes".
Plus de 100.000 migrants et réfugiés sont arrivés en Europe depuis le début de l'année via la Méditerranée, a relevé mardi le Haut Commissariat des Nations unies pour les réfugiés.
Originaires essentiellement d'Afrique subsaharienne et du Moyen-Orient, ces migrants fuyant la violence et les conflits s'efforcent de gagner l'Europe à la faveur du chaos régnant en Libye. Ce pays, véritable plaque tournante de l'émigration africaine, est le lieu de transit de nombreux ressortissants, notamment de la Corne de l'Afrique et d'Afrique de l'Ouest.
フランス語
フランス語の勉強?

近くの菖蒲園に行きました.紫色などとてもキレイです.
夕方ジムで頑張りました.先週は全然ダメでしたが,今日はまあまあ.継続が大事だと思いました.
サクドをしなくてはならないのですが・・・

被災3県の横軸道路4路線、全額国費継続へ
 東日本大震災の復興事業で、政府が2016年度から地元負担を導入するとしていた岩手、宮城、福島3県の道路4路線について、復興庁が全額国負担の継続を検討していることが9日、分かった。いずれも東北自動車道と太平洋沿岸を結び物流の軸となる「復興支援道路」。地元負担に反発する被災自治体や、与党国会議員らに配慮を示し、理解を得る狙いがある。国負担が決まれば3県は計30億円程度の負担をしなくて済む。

 路線と区間は、岩手県の宮古盛岡横断道路(100キロ)と東北横断自動車道・釜石−花巻間(80キロ)、宮城県のみやぎ県北高速幹線道路(24キロ)、福島県の東北中央自動車道・相馬−福島間(45キロ)。「ふくしま復興再生道路」8路線を全額国負担とする案も浮上している。
 4路線は震災以降、全額国費で工事が進められていた。各県によると、地元負担が導入された場合、その額は16〜20年度の5年間で岩手17億円、宮城2億円、福島10億円になる。
 政府は、太平洋岸の被災地を南北に結ぶ三陸沿岸道路に関しては地元負担を求めない方針を示している。4路線についても、与党議員から「全額国費とすべきだ」とする意見が続出。復興庁と被災自治体との意見交換でも、全額国費の継続を求める声が相次いだ。


<祈りと震災>(50)歌ならきっと一つに
力感にあふれ、伸びやかな歌声が響き渡る。
 ♪限りない大地へ
 叫びつづけて
 私の祈りが
 水平線に重なるまで
 遙(はる)かなる旅路の
 坂道を越えて
 歩いてゆくわ
 あなたのもとへと

 4月下旬、仙台市内のライブハウス。宮城県気仙沼市のシンガー・ソングライター熊谷育美さん(30)がキーボードを弾きながら歌った。
 曲目は「旅路」。見知らぬ死者を追悼しながら放浪する男性を描いた映画で、2月に全国公開された「悼む人」の主題歌だ。
 曲を作る時、「東日本大震災への思いが重なった」と熊谷さんは言う。
 津波で親類や同級生の両親、かつてのアルバイト仲間ら親しい人を亡くした。「この世にいないことがいまだに信じられない」

 震災後、被災した各地で歌った。厳しい現実に負けそうになりながら故郷に励まされる「雲の遙か」といった自作の曲を歌うと、会場のあちこちですすり泣きが聞こえた。
 「歌うことで、そこにいる人たちと一緒に祈りをささげていたのかもしれない。祈ればきっと報われるという感覚が自分にはある」
 被災地の明日を信じ、古里で歌を紡ぎ続ける。
 「歌は聴き手の心や魂に直接触れる。歌でなければ伝わらない微妙な感情がある」
 こう唱えるのは神職の資格を持つ京都大こころの未来研究センター教授(宗教哲学)の鎌田東二さん(64)。
 自ら作った「日本人の精神の行方」などと題する曲を携え、「神道ソングライター」を名乗る音楽活動を1998年から続けている。
 森羅万象に歌が宿り、宗教の底流に歌があると考える。曲に込めた精神性は神道にとどまらず、神仏が習合する。

 震災翌年の2012年夏、被災地で一度だけ歌った。
 被災地の調査で岩手県大槌町を訪れた際、「町にはもう夢がない」と言った老人がいた。慰めの言葉は相手の心に響かないような気がして、ぐっとのみ込んだ。
 歌なら思いが届くかもしれない−。後に町内の仮設住宅を訪ね、ギターの弾き語りをした。
 30人近い被災者を前に「夢は祈りの中でもう一度よみがえる」という願いを込めた曲を歌った。終わると、年配の男性が寄ってきて言った。
 「歌のことはよく分かんねえけど、あんたの気持ちは分かった気がする」
 鎌田さんは「歌は言葉の意味を超えて深く響く。それは祈りの次元だ」と言う。
 今昔を問わず人々が親しんできた歌。震災後も多くの被災者の心に灯をともす。

 古来、死者への追悼の思いを込めた歌や踊りがあった。震災後もまた、鎮魂の芸術と芸能が、被災地で犠牲者と残された者を優しく包み込む。どうして人は祈りを芸に託すのだろうか。


「浦霞」醸造元で日本酒「初呑み切り」
 日本名門酒会宮城支部は3日、塩釜市の「浦霞」醸造元の佐浦で、日本酒の品質を確かめる行事「初呑(の)み切り」を開いた。加盟する酒販店31店の44人が参加。4種類を利き酒し、投票で最上の一つを選んだ。限定酒として7月に販売する。
 色、香り、味などの品質を検査するため、貯蔵タンクの出口から酒を抜き出すことを「呑み口を切る」と呼ぶ。佐浦で初呑み切りを行うのは3年目。参加者は、いずれもササニシキを原料に使い、貯蔵期間などが異なる4種類を試飲。七夕の時期に飲み頃になりそうな酒を選んだ。
 宮城支部の浅見周平支部長は「醸造元を訪れて、販売前の酒を確かめる機会は意外と少ない。投票で選んだ酒を自信を持って客に薦めたい」と話す。
 選んだ酒は「初呑み切りの酒 浦霞」(720ミリリットル入り、1620円)として6000本を7月10日、宮城支部加盟店で発売する。


病院行きました(特別)/美咲はうれしい

ブログネタ
フランス語 に参加中!
vibra1

Salma Hayek élue femme la plus torride de la décennie
Salma Hayek était très fière de monter sur l’estrade ce week-end pour recevoir le prix de la femme la plus sexy au cours des dix dernières années.
Une robe noire décolletée juste ce qu’il faut, une frange qu’on ne lui pas vue jusqu’ici et quelques bijoux : Salma Hayek n’a eu besoin de rien d’autre pour monter sur scène ce samedi 6 juin et recevoir le prix de la femme la plus torride de la décennie que lui a remis l’acteur Liam Neeson. Cette éminente distinction lui a été accordée lors du Spike Guys’ Choice Awards, une cérémonie organisée par une chaîne de télévision américaine qui s’appuie sur les votes de fans et de téléspecta-teurs. Salma Hayek succède à Sandra Bullock, qui avait reçu ce prix l’an dernier. Et l’actrice et réalisatrice est extrêmement fière d’en être la lauréate cette fois-ci. ≪ Vous appréciez vraiment qu’on vous qualifie de “torride” après vos 40 ans ≫, a-t-elle indiqué d'après People.
Il n’en a pas toujours été ainsi, a-t-elle admis. ≪Quand on commence dans ce métier, on se dit : “J’aimerais tant que l’on me reconnaisse pour mon talent et qu’on me voie comme une actrice” ≫, a expliqué Salma Hayek. La première fois qu’on l’a qualifiée de ≪bombe ≫ après son rôle dans Desperado, elle déplorait même qu’on voie en elle une femme sexy et pas une femme qui joue la comé-die. Les choses ont bien changé : ≪Maintenant, puisqu’ils veulent me donner le prix de la décennie torride, je dis plutôt : “J’arrive !” ≫
フランス語
フランス語の勉強?

先人たちの底力 知恵泉「日本一の金持ち男 商売を繁盛させろ!淀屋常安」
資産100兆円という日本史上空前の大商人が登場!秀吉、家康とわたりあい大坂を「天下の台所」と呼ばれる一大商都に発展させた淀屋常安。もともと小さな材木商からスタートした常安。あっと驚く低価格で城郭工事を入札したり、巨大な本陣を無償で提供したり、度を越したサービスで天下人の心をわしづかみ。さらに米商人としても大成功。世界ではじめて米の先物取引も導入した。テレビの通販番組でおなじみ高田元社長も登場!
高田明,ビビる大木,山本博文,
近田雄一,浅井理


病院行きました.本当は夕方からにしようと思っていたのですが,ちょっと考えて午前中に行きました.でも受付時間が過ぎていたようです.看護師の女性がこそっと耳打ちして今回は特別です,と.どうもありがとうございました.
昼過ぎ,美咲はうれしいのでした.本人が頑張ったのが報われたようです.
夕方妙に行きましたが,眠くてダメ.

「本当に帰れるのか」村民から疑問の声・飯舘
 東京電力福島第1原発事故について、自民、公明両党が「2017年3月までに福島県の避難指示区域解除を」と政府に提言し、帰還を急がせる政治の動きに、同県飯舘村の住民から疑問の声が上がっている。放射線量が現在も高めの地区では、国が住宅周辺の除染を行った後も線量が減らない家が多く、水田に造成された汚染土の仮々置き場の撤去時期も示されず、村と住民の懇談会で「このままで帰村できるのか」との訴えが聞かれた。
 比曽の農家で元区長、菅野啓一さん(60)=福島市に避難中=は先月から、住宅周辺の除染が終わった住民宅を回り効果検証の測定をしている。家々の周囲を歩きデータを集める。
 土を5センチはぎ取り客土する除染方法で、ある家では玄関側の空間線量が毎時2.2マイクロシーベルトから0.5マイクロシーベルトに下がった。どこの家でも7〜8割減の数値になった。
 だが、土のはぎ取りが行われない居久根(屋敷林)に面した裏手では、ある家では7.1マイクロシーベルトから3.5マイクロシーベルトにしか下がっていない。「6マイクロシーベルトという高線量のままの家もある」と菅野さんは指摘する。
 比曽は村南部の居住制限区域で、帰還困難区域の長泥に隣接する。原発事故後の11年4月に、村の定点測定で9マイクロシーベルト近かった線量は、4年間の自然減を経てもなお約3分の1のレベルだ。国の除染の効果を期待した住民からは、疑問が出ている。
 「健康で安全に生活できる空間線量の確認・検証がが(帰還への)原則。国は避難指示区域の解除の根拠を、住民に示すべきだ」。先月末に村が開いた比曽住民との行政区懇談会に、同地区は区長名で質問書を出し、こんな指摘を連ねた。
 菅野さんは12年9月、放射線専門家らの協力で、自宅の居久根(杉林)の除染実験をした。高さ10メートル近くまで枝を切り、深さ十数センチのはぎ取りをし、やっと空間線量を2マイクロシーベルトに下げた。
 住民や支援者と地区全域の線量や土壌の測定も重ねている。役員らでつくる地区の除染協議会に環境省の飯舘村担当者を招き、高線量地域の実情に合う除染方法を要望し続けてきた。
 「だが、居久根では落ち葉や堆積物などを取り除くだけ、といった一律の基準を国は変えず、『帰村』を現実に迫られる今になって、問題があらわになった」
 比曽の中心に広がる水田では現在、国が約30ヘクタールを借り上げて除染土の仮々置き場を造成中だ。農地除染は今春スタートし、黒い袋の山が積み上がり始めたばかり。これが17年3月までに撤去される、という回答も地区に示されていない。
 行政区懇談会ではこれらの指摘とともに「2年後に戻って営農できるのか。本当に暮らせるのか」との問いが住民から上がった。


<その先へ>試練を重ね古里描く/亡き母への思い胸に
◎名取・閖上出身アーティスト 半沢由紀さん(仙台市太白区)
 失われた古里の風景を思い、心を込めて描いた。青い海に浮かぶ船、橋の上で羽を休めるカモメ…。東日本大震災で被災した名取市閖上地区をモチーフにした絵やポストカードが並ぶ。
 仙台市青葉区宮町3丁目の雑貨店「イハニア・レイキモッキ」。閖上出身のアーティスト半沢由紀さん(28)が営む。「ここは自分の頭の中。いるだけで幸せです」とほほ笑む。
 閖上4丁目で生まれ育った。高校の美術科で学んだ後、専門学校を経て東京のアクセサリーを製造・販売する会社に勤めた。震災が起きたのは就職して2年目の春だった。

 古里が津波にのまれていく様子がテレビに映し出された。父と兄は無事と分かったが、母優子さん=当時(49)=と連絡が付かない。数日後、優子さんは閖上中付近で、車の中から伯母=同(52)=と一緒に遺体で見つかった。
 ショックで、現実を受け入れられなかった。笑うことができなくなり、会社では販売から事務の職場に異動になった。「自分は何をしたいのか。何ができるのか」と自問した。
 葛藤の末、絵筆を取った。幼少期から絵が好きで、アーティストになりたかった。誰よりも応援してくれたのが優子さんだった。「母自身、童話作家にあこがれていた。いつか親子で絵本を作りたいね、と話し合っていた」。忘れかけていた夢を思い出した。
 2013年夏、会社を依願退職。海外のアートを学ぶためフィンランドと英国を訪れ、約半年間滞在した。現地のアートスクールで日本人講師を務める傍ら、スケッチブック片手に歩き、感性を磨いた。念願の店を開いたのはことし4月8日。母の誕生日を再出発の日に選んだ。海外で購入した雑貨も多数並べた。
 閖上で過ごした日々は、今も脳裏に焼き付いている。「遊ぶ場所がたくさんあった。私の記憶には、楽しかったころの閖上の風景しかない」と懐かしむ。

 津波に耐えた日和山の桜の木を素材にした作品も手掛ける。来春には閖上と縁のある木工作家と一緒に作品展を開き、販売収益で日和山に桜の苗木を植えようと計画している。
 雑貨店には閖上時代の友人・知人が訪ねてくれる。店を拠点に少しずつコミュニティーの輪を広げたい。アートの力で閖上の記憶をつなぎ、復興への願いを発信していきたい。
 「愛する家族や友人を失った人は多い。心の傷はなかなか癒えないけれど、絵を見て少しでも温かい気持ちになってもらえたら」
 作品の中に、太陽に向かって1本のはしごが伸びている不思議な絵がある。表現したのは「天国はそんなに遠くない」という思い。一緒に夢を語った母の存在を今も身近に感じている。(成田浩二)


<災害公営住宅>亘理町、4分の1空き室続く
 亘理町は、4月に東日本大震災の被災世帯を対象に実施した災害公営住宅の5次募集の結果を公表した。新たに入居を希望したのは25件にとどまり、整備戸数の4分の1近くが埋まらなかった。
 5次募集では、4カ所に整備する集合型に20件、5カ所の一戸建ては5件の申し込みがあった。町内からの応募は22件、町外は3件だった。1〜4次募集で決定した分との総計は360件となり、全整備戸数477のうち24.5%に当たる117戸が残った。
 空き室は集合型(計380戸)が115戸と30.2%に上る。中でも、荒浜地区の津波浸水地に整備した西木倉住宅(100戸)が53戸と最多で、内陸の亘理地区の上浜街道住宅(125戸)は42戸空いている。一方、一戸建て(計97戸)は2戸を残すのみとなった。
 町内の災害公営住宅は、8月に入居を開始する吉田地区の大谷地住宅(30戸)を残して全て完成した。町は10月をめどに町内5カ所の仮設住宅の集約を検討する方針だ。
 町都市建設課は「仮設住民のセーフティーネットとして災害公営住宅は必要だ。(5年間の)入居期限が目前になれば需要は増えると思う」と説明。町外も含めた募集を引き続き行うほか、再建方針を明確にしていない約60世帯に入居を働き掛けることにしている。


<復興費>地方負担「軽減を」 県、国と議論
 2016年度以降の東日本大震災の復興予算に一部地方負担を導入する政府方針をめぐり、岩手県の達増拓也知事と沿岸の12市町村長は8日、盛岡市で小泉進次郎復興政務官と意見交換した。市町村側は道路や防潮堤整備に関わる負担軽減、復興交付金事業の柔軟な運用などを求める要望書を提出した。
 協議は非公開。市町村側はインフラ整備や復興交付金の効果促進事業を活用した下水道整備で、地方負担を軽減するよう要望した。復興交付金の使途を限定せず、自由度のある制度にすることも求めた。
 会合後、戸羽太陸前高田市長は「広大な面積で下水道を整備しなければならず、1%の負担でも影響が大きい。残された時間で協議を続ける」と話した。戸田公明大船渡市長は「県整備の防潮堤に地方負担が発生すると、市町村が負担を求められる懸念がある」と全額国負担の継続を求めた。
 達増知事は「復興庁は市町村の状況を丁寧に把握し、方針を決めてほしい」と語った。
 小泉氏は「市町村の率直で具体的な意見を聞くことができた。大臣に伝え、月末までにしっかりまとめたい」と述べた。


原発PR看板残して 標語考案者が署名簿提出
 東京電力福島第1原発が立地する福島県双葉町の2カ所に設置され、町が撤去を検討している原子力PR看板の現地保存を求め、看板の標語の考案者で、茨城県古河市に避難している自営業大沼勇治さん(39)が8日、6502人分の署名を伊沢史朗町長に提出した。
 大沼さんは、いわき市にある町仮役場で伊沢町長に署名簿を手渡し、「看板は原発事故の遺構として歴史的価値がある」と強調した。伊沢町長は「町民にはさまざまな意見がある。署名の中身を検討し、大局的に判断したい」と応えた。判断の時期については、報道陣に「もう少し時間がかかる」と述べるにとどめた。
 大沼さんによると、3月からウェブサイトや各地の集会などで署名を集めた。全署名のうち、双葉町民と確認できるのは「50人以上」と言う。
 二つのPR看板は帰還困難区域にあり、大沼さんが考えた「原子力明るい未来のエネルギー」などの標語が記されている。
 町は老朽化を理由に、本年度一般会計予算に撤去費410万円を計上した。だが、大沼さんが3月に要望書を提出し、町議会の一部にも慎重な意見があることなどから、伊沢町長は予算成立後、「あらゆる状況を排除せず、幅広く対応を考える」との方針を示した。


「ひだんれん」 人ごととは思えない
 略称は平仮名で「ひだんれん」。原発事故被害者団体連絡会が設立された。被災者の悲しみ、怒りは、激しく、深く。共に訴え、助け合うため団結した。それは私たちとも無関係ではあり得ない。
 福島が求めているのは、当然そうあるべきことだけだ。
 謝罪と被害の完全賠償、暮らしと生業の回復、詳細な健康診断と医療保障、および被曝(ひばく)低減策、そして、事故の責任解明−。
 先月二十四日、福島県二本松市で開かれた設立総会で、会が掲げた目標だ。
 集団訴訟の原告や裁判外の紛争解決手続きを申し立てた住民ら、十三団体約二万三千人が連携する初の全国組織である。
 原発事故でふるさとを追われ、帰還できずにいる人たちは、発生から四年を経てなお、十一万人にも上る。国や東京電力の責任を問う裁判は、全国二十地裁で二十五件、原告は一万人を超えた。
 共通して訴えるのは、ふるさとをなくした痛みである。
 家や家族、家業など生活の基盤を失っただけではない。
 学校、職場、近所の人間関係、祭りや年中行事、慣れ親しんだ自然、文化や歴史、思い出までも奪われた人の悲しみは、察するにあまりある。
 「ふるさと喪失」の精神的損害に対する責任を、東電は認めていない。被災者と東電の間で賠償の仲立ちをする原子力損害賠償紛争解決センターの指針の中にないからだ。
 「指針を超える賠償を認めれば、不公平になる」と、東電側は主張する。終始一貫、“加害者”とは思えない立ち位置だ。
 原子力損害賠償法は、国の責任を明確にしていない。電力会社を資金面で支援するだけだ。だから、国は帰還を勧め、補償の額を抑えようとするのだろう。
 与党は、避難指示解除準備区域などへの慰謝料を、二〇一八年三月で一律に打ち切る方針を打ち出している。
 原状回復が損害賠償の基本である。元へ戻せ、ということだ。しかし、ふるさとを元に戻すすべはない。
 原発の安全を保証してくれるものはない。福島の事故で明らかになったのは、原発事故の責任を負いきれるものもいないということだ。責任があいまいなら、事故の教訓もあいまいになるだろう。
 なのに国も電力会社も、再稼働へとひた走る。「ひだんれん」の訴えは、人ごととは思えない。


「植民地支配」「おわび」明示を=70年談話で村山・河野氏
 村山富市元首相と河野洋平元衆院議長は9日、日本記者クラブでそろって記者会見し、安倍晋三首相が今夏発表する戦後70年談話について、「植民地支配と侵略」「心からのおわび」を盛り込んだ戦後50年の村山談話などを継承する姿勢を明確にするよう求めた。
 村山氏は「(首相は)村山談話を継承すると言っているが、それなら談話に素直にはっきり明示した方がいいのではないか」と強調。河野氏も「歴代内閣が継承してきた談話から、誰が見ても『後退だ』と思われるような談話を出してはいけない」と述べ、首相にくぎを刺した。
 河野氏はまた、「70年目だからといって談話を出す必要があるのか」とも語り、談話自体の必要性に疑問を呈した。

Anさんから何度も電話/キソキソが1時間延長→クタクタ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150607_Akan_Ohgimachi

Claire Chazal: Son fils ≪ a gommé toute envie d'autre enfant ≫
La maternité: une expérience unique pour la journaliste
Elle lui a donné naissance à l'approche de la quarantaine. Il a fait d'elle une autre femme. Mais si François, dont le père n'est autre que Patrick Poivre d'Arvor, a bouleversé la vie de Claire Chazal, il a également totalement suffi à son besoin de materner. La journaliste s'explique…
Il est né le 29 avril 1995. Il s'appelle François, du latin ≪ francus ≫ signifiant ≪ homme libre ≫…
De son père, Patrick Poivre d'Arvor, qui a officialisé leur filiation dans son livre Confessions, en 2005, il a hérité sa longue silhouette athlétique, ses boucles indisciplinées et son goût des voyages. Ses yeux doux, son sourire courtois et son souci de la discré¬tion sont ce que lui a transmis sa mère, Claire Chazal.
Jamais mis en avant dans les médias, aperçu à quelques rares occasions au côté de la journaliste, essentiellement lors de manifestations culturelles, le jeune homme étudie actuellement à Londres et se satisfait de n'être qu'un prénom pour le grand public. Il n'empêche. Pour Claire, ≪ il est l'être qui compte le plus ≫, comme elle le confie dans l'émission ≪ Le Divan ≫ de Marc-Olivier Fogiel, diffusée le 23 juin prochain, à 23h10, sur France 3.
Plus qu'aucun autre homme, il est sans doute celui qui lui a permis de s'émanciper de ses trop charismatiques parents et de s'incarner autrement que par le travail. ≪ Femme de la deuxième moitié du 20e siècle ≫, la reine du JT de TF1 ne cache pas avoir longtemps poursuivi une seule obsession: sa réussite professionnelle. Et puis, l'envie de devenir mère, si peu évidente, est survenue, ≪ très forte ≫, ≪ irrépressible ≫.
La naissance de François fut un tel accomplissement que ≪ cet enfant unique a gommé toute envie d'autre enfant ≫, dit-elle. Devenir mère fut un besoin. Devenir mère d'une famille ne fut jamais un désir. ≪ Il n'y aurait pas eu de place pour un deuxième ≫, estime-t-elle.
De Claire et son garçon, Renaud Donnedieu de Vabres, parmi leurs intimes, dit: ≪ elle a un côté mère juive, il est tout pour elle ≫. La journaliste confirme admirer l'intelligence de son fils, avoue ≪ prendre de la force ≫ en lui, se déclare fascinée par ≪ son mystère ≫. Mais, bien qu'insatisfaite en amour, elle refuse de considérer leur relation comme une forme de compagnonnage. Elle sait qu'il fera sa vie d'adulte séparément d'elle (…)
フランス語
フランス語の勉強?

テレメンタリー「ベトナム戦争40年目の真実」
20世紀最悪の泥沼戦争と言われたベトナム戦争終結から40年。驚きの事実が明らかになる。1975年に戦争終結の象徴として世界中に配信された南ベトナム大統領官邸に突入した戦車の映像が、実は再現映像だったというのだ。さらに、世界最強と言われたアメリカが追い詰められ、撤退へと追い込まれた裏には、北ベトナムが送りこんだスパイがいた。40年たった今、初めて関係者が口を開く。
戦争が引き起こす現実とプロパガンダ戦の実態を描く。
朝日放送


間違えて電話してしまったのですが,それに対してAnさんが何度も電話をかけてきました.どうも御怒りのようです.すみません.
夕方のキソキソは1時間以上予定時間をオーバーしてしまいました.クタクタになりました.

被災者向け割安木造住宅
 釜石地方森林組合(釜石市)などが岩手県内の東日本大震災の被災者を対象に、新工法の割安な木造住宅を提供している。スギの角材を連結したパネルを組み合わせる工法が特徴。強度と保温性を確保し、改築もしやすい。地元の間伐材をふんだんに使うことから、組合は「間伐の促進と林業活性化による雇用創出にもつながる」とPRする。
 組合によると、延べ床面積約100平方メートルの2階建て住宅の場合、工費は1300万円から。通常の木造住宅と比べ価格は2〜3割安く、工期は約半分の1カ月半で済む。
 解体も容易で、壁などのパネル部材は再使用が可能。被災者の生活環境の変化に伴う転居やリフォームの希望に対応できる。
 合板向け丸太の製材で通常の3倍以上のスギを使用するため、1棟当たり1ヘクタールの間伐が進む。延べ100人の雇用につながる。
 震災の津波で沿岸部の合板工場が被災し、組合は合板向け丸太の販路を失った。本来は建築材に向かないが、住宅再建に貢献しようと結設計(東京)など3団体とともに新工法を開発した。岩手県林業技術センターの強度試験を受け、改良を重ねた。
 2012年6月、モデルハウスも兼ねた仮設事務所を建て、注文を受け付け始めた。既に釜石市などで4棟が完成し、3件の商談が進む。ことし4月に開いた見学会には仮設住宅の住民ら約30人が訪れ、問い合わせもある。
 組合はことし5月、住宅と同じ工法で延べ床面積約385平方メートルの2階建て事務所を新設した。高橋幸男参事は「大型建築物にも対応できることを示せた。本格化する復興の街づくりの中で提案したい」と話す。


被災者成り済まし?横行
 東京電力福島第1原発事故の避難者を対象とした高速道の無料通行制度をめぐり、不正利用が疑われる事例の報告が相次いでいる。東日本大震災直後の混乱期に発行した被災証明書を悪用しているケースが多いとみられる。東日本高速道路東北支社は「不正利用かどうかの確認は難しい。利用者のモラルに訴えるしかない」と話す。
 制度を利用するには、インターチェンジ(IC)を通過する際、市町村発行の「被災証明書」など被災時の住所が確認できる公文書と、本人確認のための「身分証明書」をセットで提示しなければならない。
 河北新報がIC料金所関係者から集めた証言によると、被災証明書について(1)公印がない(2)感熱紙に印字されている(3)手書き(4)複写されている−など不自然さが認められる事例が多数あった。
 ある料金所では、短時間のうちに通過した車両2台が、同一人物の名前や住所を記した証明書を提示した。複写した証明書とともに、健康保険証などを借りて提示すれば、被災者に成り済ますこともできる。
 明確に不正と認定できないが、特定の運送会社の運転手の大半が被災証明書を提示する例や、遠足の小学生を乗せているとみられる大型観光バスが証明書を提示するケースもあった。無料通行制度は2012年4月からは原発事故の避難者だけが対象で、運用目的は一時帰宅の負担軽減など生活再建支援に限定している。
 南相馬市などでは震災後、窓口に殺到する被災者に配慮し、公印を省略した被災証明書が多数発行された。遠隔地に避難した被災者のため、証明書をファクス送信するケースもあった。
 料金所職員は「ドライバーに証明書が原本かどうかを問いただしてトラブルになることもある」「複写した証明書を提示され『今まではこれで通ってきた』と言われれば、疑わしくても通行を制限できない」と困惑している。


新防潮堤「国負担で」 宮城知事ら復興庁に要望
 東日本大震災の復興事業に2016年度から一部地元負担を導入する政府の新方針をめぐり、村井嘉浩宮城県知事と県内19市町の首長らは7日、仙台市内で長島忠美復興副大臣と意見交換した。村井知事と被災首長らは、新たに市町に負担を求められた防潮堤新設費用の全額国負担や、事業復興型雇用創出助成金の継続など5項目を要望した。
 要望はほかに、(1)みやぎ県北高速幹線道路の全額国負担(2)津波浸水区域に進出する企業への津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金の継続(3)復興庁と被災市町による個別意見交換の実施−の3点。
 要望書を受け取った長島副大臣は「復興が減速しないよう検討する。各市町との意見交換は、復興局で対応可能な部分は早急に対応する」と話した。
 意見交換は非公開で約1時間半行われた。報道各社の取材に気仙沼市の菅原茂市長は「防潮堤建設が遅れる自治体ほど負担が増えるのは不適切」、南三陸町の佐藤仁町長は「負担の半分は防潮堤。長い目で面倒を見てほしい」と新設防潮堤の国負担を要求。栗原市の佐藤勇市長は「県北高速幹線道路は内陸と沿岸をつなぐ復興支援道路。国が負担すべきだ」と語った。
 政府は6月末にも復興予算の枠組みを決定する。村井知事は「国が示した方向性にほぼ異論はない。後は市町の個別事業の問題。復興庁は市町の意見を丁寧にくみ取ってほしい」と注文した。


東日本大震災:避難生活の福島出身ママ歌手「復活」
 「歌うことは希望。夢は世界中のホールで歌うこと」−−。震災後、娘2人と東京都内で避難生活を送る福島県いわき市出身の女性シンガー・ソングライター、YUKARI(本名・笹木ゆかり)さん(43)が、再び歌の世界に戻り、今月下旬にパリで初の海外公演に臨む。震災前は地元のピアノバーで専属歌手として活躍したが、震災後は歌どころではなかった。「復活」を果たした今、「私の歌で多くの人が福島に目を向けてくれたら」と願う。
 高校卒業後、都内の会社に5年間勤め、23歳で帰郷してピアノバーに勤めた。結婚を機に29歳で歌手をやめたが、客だった女性に「もう一度歌ってみたら」と言われ、2009年に活動を再開。その1年半後に震災が起き、バーは閉店した。
 それから2年間は歌っていたことさえ忘れた。当時小学生だった娘2人のシングルマザーとして、毎日を生きるのに必死だったからだ。そんなある日、10人ほどのグループの前で歌う機会があった。涙を流して聴いてくれた人の姿に歌の力を実感し、体験を話すより歌おうと思った。13年、故郷への思いを込めた曲「マイライフ」を作った。
 もしも悲しみが襲って立ち止まっても そっと波が寄せて 運ぶよ 行くべき道へと
 結婚や震災で途切れながらも続く歌の世界。これからも、笑って生きるために歌を続けたいと思う。
 夏には復興への祈りを込め、2000枚限定のアルバムを制作する予定で、出資を呼びかける「クラウドファンディング」で今月10日まで賛同者を募る。詳細は「福島復興支援を世界にアピールするためのCDを作成したい!」プロジェクト(https://readyfor.jp/projects/3939)。【川畑さおり】


夫の味と地域の記憶つなぐ 全壊民宿、飲食店に
 東日本大震災で大きな被害が出た宮城県亘理町の荒浜地区にあった民宿「見晴(みはる)」が10日、JR亘理駅東側に移転して飲食店として再オープンする。店主の山川みゆきさん(54)は、夫を震災直後に失った悲しみを乗り越えて再起。メニューには、荒浜地区の震災で消えた集落名を入れ、夫が愛した店と荒浜の記憶を、一緒に切り盛りする長男夫婦と3人でつなぐ。

 駅から約400メートル先の同町東郷に構えた店は木造平屋で広さは約100平方メートル。テーブルやカウンターの約40席がある。明るい性格の山川さんは「準備で大変なことも多かったが、いまは全て忘れた」と笑う。
 メニューは荒浜漁港で水揚げされたカレイなどを使った海鮮料理に加え、中華料理店で勤務経験のある長男洋嗣さん(28)が手掛ける麺類やご飯ものが中心。秋には自慢の郷土料理はらこめしも復活させる。
 民宿時代から人気だった「鳥の海ラーメン」(1000円)は麺の上にアカガニが1杯丸ごと乗る豪快な一品。海鮮風の「荒浜5丁目焼きそば」(800円)は、災害危険区域に指定されて解散した行政区の名称を掲げた。「震災で消えた集落名など荒浜の記憶を残したい」と思いを語る。
 家族で切り盛りした民宿は津波で全壊。夫の晴夫さん=当時(58)=は5日後、店の被災状況を確認して避難先に戻る途中に脳梗塞を発症して亡くなった。
 「しばらくは何もする気力も湧かなかった」と振り返る山川さんを、昔の味を懐かしむ多くの常連客の声が背中を押した。国のグループ化補助金を活用し、震災から4年3カ月を目前に再建を果たす。
 店先の看板には夫の似顔絵を載せた。「お父さん(晴夫さん)は先に逝ってとんでもない。お客を呼び込む仕事をしてもらわないとね」。冗談交じりに語る山川さんの表情に、亡き夫への思いがにじむ。
 被災で散り散りになった荒浜の被災者と内陸の住民らが、以前のように和気あいあいと楽しむ店にするのが夢。洋嗣さんも「母を支えたい」と意気込む。
 連絡先は見晴0223(36)9909。


福島 原子力推進看板の現場保存求め署名提出
原発事故が起きる前、福島県双葉町の象徴ともなっていた原子力の推進をPRする標語が書かれた看板の撤去を町が決めたことについて、この標語を考えた男性が、「原発事故の教訓を後世に伝えるべきだ」として、看板を撤去せず現場での保存を求める6500人余りの署名を町に提出しました。
看板は、東京電力福島第一原子力発電所が立地する双葉町の中心部2か所に設置され、原発事故の前まで原発との共存を掲げてきた町の象徴ともなっていましたが、原発事故のあと町の全域が避難区域になったことで老朽化が進んだことから町が撤去することを決めていました。
これについて、2つの看板のうち、「原子力明るい未来のエネルギー」という標語を小学6年生のときに考えた大沼勇治さん(39)が「原発事故の教訓を後世に伝えるべきだ」として、撤去せずに現場で保存することを求め、これまでに集まった6502人分の署名を8日、伊澤史朗町長に手渡しました。
これに対し、伊澤町長は「さまざまな状況を否定せず総合的に判断したい」と答えました。
大沼さんは「看板は原発事故を次の世代に伝える歴史的な価値があるので、町だけの問題にしてほしくない。議論を重ね、現場保存を求めていきたい」と話していました。


附属池田小事件から14年 追悼集会
大阪・池田市の大阪教育大学附属池田小学校で、8人の児童が男に殺害された事件から8日で14年になり、学校で追悼の集いが開かれました。
大阪教育大学附属池田小学校では、平成13年6月8日、刃物を持った男が校内に侵入し、8人の児童が殺害され、教師を含む15人がけがをしました。
学校では、毎年、事件が起きた日に追悼の集いが開かれ、事件から14年となった8日は、児童や保護者、教職員などおよそ1400人が出席し、追悼の鐘が鳴るなか、全員で黙とうしました。
このあと、佐々木靖校長が「事件を決して風化させることなく、学校の安全に関わる取り組みを継続していく使命を改めて心に刻みたい」と述べました。
そして、児童を代表して3人の6年生が「二度と悲しい事件が起こらないようにするため、先輩から教えてもらった『命の尊さ、大切さ』が、下級生にも受け継がれるよう伝え続けていきます」と、誓いのことばを述べました。
大阪教育大学附属池田小学校では、事件を教訓に「安全科」という授業を設け、子どもたちの命を守るための教育を続けています。
当時のクラスメート「涙が止まらない」
大阪教育大学附属池田小学校には、8日、献花台が設けられ、訪れた人たちが花を手向け、静かに手を合わせていました。
事件で亡くなった本郷優希ちゃん(当時7)の幼稚園時代のクラスメートで、大阪・池田市に住む大学生、田村春香さん(21)は追悼に訪れ、「来年から社会人になり、なかなかこの日に来ることができなくなると思い、来ました。優希ちゃんが生きていれば、一緒にいろんなことができたと思うと
涙が止まらなくなりました」と、涙ながらに話していました。
また、同じく幼稚園のクラスメートだった大阪・箕面市の大学生、津波古奈穂さん(21)は「優希ちゃんには、たくさんやりたいことがあったと思います。社会人になる私たちが優希ちゃんの分まで頑張っていきたいです」と話していました。


池田小事件:お姉ちゃんに届け…犠牲者の弟、祈りの鐘
 包丁を持って乱入した男に襲われ、児童8人が亡くなった大阪教育大付属池田小学校(大阪府池田市)は8日、事件から14年となる朝を迎えた。癒えることのない悲しみに向き合う遺族らは、命の大切さ、子どもの安全確保や再発防止策といった事件の教訓を社会に伝え続けている。【大森治幸、田辺佑介】
 犠牲になった塚本花菜さん(当時7歳)の弟(12)は事件2年後に生まれ、今は付属池田小の6年生。8日に同小であった追悼式典で「祈りと誓いの塔」の鐘を鳴らす役を担った。
 母有紀さん(48)は保護者として同小の通学路に立った時や自宅近くなどで、我が子だけでなく1人で歩いている小さい子を見かけると、心配になって大通りや大人の目が届く場所にたどり着くまで見届けている。「子どもの安全を守るためには大人の目が大事。見守るのは大人の大きな役割だという意識が社会に浸透してほしい」と願っている。
 酒井麻希さん(当時7歳)を亡くした母智恵さん(54)は昨年から、教育現場で事件・事故にどう対応するかを考える文部科学省の有識者会議委員として提言を続けている。
 付属池田小事件では、夫の肇さん(53)とともに学校側とのやりとりを手探りで始め、事実解明に消極的な姿勢に不信感を募らせたこともあった。最終的には、遺族の働きかけがあって教職員と共同で調査に取り組み、数カ月をかけ報告書の形になった。
 事件や事故の後、被害者と学校側が関係をこじらせるケースは多い。智恵さんは「公平な目線での検証作業と結果の公表が、ますます求められる社会になった」と感じている。肇さんも「学校や教育委員会によって対応に違いがあってはいけない」と考えている。事実の解明も再発防止も、被害者支援にとっては重要で、被害者が関わりながら検証できる仕組みづくりが欠かせない。2人は「そうした仕組みづくりが娘の死を無駄にしないための願いであり、私たちが一歩前に進むための課題だ」と話す。
 本郷優希さん(当時7歳)の父紀宏さん(50)は先月9日、滋賀県立国際情報高校で生徒約700人に「あなたの命はあなただけのものではありません。あなた自身も自分を大切にしなければなりません」と語りかけた。
 2004年から学生や行政関係者らを対象にした講演を続け、100回を超えた。事件を思い出しながら話をするとぐったりと疲れ、講演後1〜2週間は気が重たくなるという。しかし「優希を守ってやれなかったことへの責務だ」と自らを鼓舞してきた。講演は、優希さんの写真を手元に置きながらの「二人三脚」だ。


事件風化させない 秋葉原無差別殺傷7年
 東京・秋葉原で二〇〇八年に七人が死亡、十人が重軽傷を負った無差別殺傷事件は八日で発生から丸七年を迎えた。現場となった交差点では通行人らが足を止めて手を合わせ、花や千羽鶴を供えて犠牲者に祈りをささげた。
 岡山市の運送業八代哲明さん(31)は、毎年この日に現場を訪れる。「大好きな街で起きた衝撃的な事件。亡くなった方や被害に遭われた方の無念を忘れてほしくない」と話した。
 事件を起こした加藤智大(ともひろ)死刑囚(32)については「亡くなった方が戻ってくるわけではないので…」と視線を落とした。
 事件当日に現場に居合わせたという東京都足立区のパート従業員の男性(25)は「事件を知らない人が増えていると感じる。風化させないでほしい」と話し、ろうそくに火をともした。

鳴子地ビール・あわびのバター炒め/扇町公園の集団的自衛権反対で寝てしまう

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150118_Bastille

Tomomi a un nouveau compagnon, Pepper le robot.
Lundi 8 juin, pour le dernier numéro de la saison, L'Angle éco se pose la question de l'avenir de nos métiers face aux robots. Les robots vont-ils nous piquer nos boulots ? Si les robots français ont bonne réputation, le Japon est aussi le berceau des robots. Face au vieillissement de la population et au manque de main-d'œuvre, les robots sont vus comme une solution d'avenir. Au pays du Soleil-Levant, ils sont accueillis à bras ouverts.
Un ami high-tech
Tomomi, une blogueuse de 29 ans, a un nouveau compagnon, Pepper. Il lui a coûté trois mois de salaire mais ils ne se quittent plus, il l'accompagne dans la rue, en taxi, dans le métro, et le soir, Pepper lui raconte des histoires avant de dormir. Si la jeune Japonaise ne le compare pas aux membres de sa famille, "ce n'est pas non plus un animal domestique, Pepper, c'est Pepper", explique-t-elle à François Lenglet croisé dans la rue, lors de la promenade du robot.
フランス語
フランス語の勉強?

明日へ−支えあおう−▽生命に何が起きているのか〜阿武隈山地・科学者たちの挑戦
原発事故によって放射能に汚染された福島第一原発周辺の山。人影が消えたその山に、いま多くの生物学者が分け入って動物の調査を続けている。野鳥や魚、残された牛…。長期間にわたる低線量被爆は生物にどんな影響をもたらすのか、解明されていない謎に挑むためだ。調査には住民も協力し、自分たちの村の山はどうなってしまったのか、注目を続けている。阿武隈山地に分け入って奮闘する科学者と住民の4年間を記録した。
畠山智之

あいつは、ミナだ
差別と闘い 新潟水俣病50年
中里雅子 テレビ新潟
四大公害病の一つ「新潟水俣病」。新潟・阿賀野川に工場から有機水銀が垂れ流され川魚が汚染された。それを食べた住民が、手足のしびれなど健康被害を訴えた。公式に確認されてから、5月31日でちょうど50年となる。発生当初は、「タタリ」「伝染病」「遺伝する」という誤解が生まれ、原因がわかった後も、結婚や就職の時に多くの人が差別された。「おい、ミナだ、ミナだ。」これは患者を差別した呼び方だ。また患者として国に認められなかった人は、金目当ての「ニセ患者」と中傷されたため、多くの被害者が症状を抱えながらも名乗り出られなかった。患者と認められるための国の認定基準は厳しく、半世紀がたった今も救済されない住人がいて、「体の痛み」だけでなく「心の苦しみ」を抱え続けている。
ガリレオX「バイオロギング 小型センサーでのぞく動物だけの世界!」
バイオロギングとは、小型のセンサーを動物につけて、その行動を記録する新しい研究手法だ。センサーの技術革新により動物の移動場所だけでなく運動性能や採餌、生理状態認知能力、社会性に至る情報をたった一匹の動物から得られるようになってきた。これまで棲息場所までおもむき見て歩くほかなかった野生動物の生態研究が様変わりをしている。バイオロギングにより次々と明らかになる動物たちの謎の生態のほんの一端を紹介する。
奥山 隼一  市川 光太郎  島谷 健一郎  渡辺 伸一 



生き方を探すすべての人にお薦め。 ひかり
思春期の方々にも、どの年齢の方々にも、大切なことは何かの示唆を多く含んでいる本です。。石田さんは全盲という言葉をタイトルに入れることにかなりの抵抗をされたという。全編に彼女が全盲であることは明らかな事実として、赤裸々に彼女の苦闘が語られている。しかし彼女の苦闘を通して学びとったことは、障害のあるなしに関らず人間一人ひとりにとって大切なことだった。全盲で人から助けてもらうことしかできず、自分が他人のために何かできるなどと思えなかった彼女が自分も誰かのためになにかができるということを発見した。

城北公園で地ビール.まずは宮城・鳴子の地ビール飲み比べ.鳴子には小学生の頃家族で行ったことがあります.4種類のビールで甘いのが美味しく感じました.
会場をぐるっとまわると一関の地酒・世嬉の一の生酒があったのでそれをいただくことに.あてはアワビのバター炒めです.美味しい.
さて一服して扇町公園に行きました.集団的自衛権に反対する日弁連主催の集会です.でもお酒飲んでいたせいで上野千鶴子さんのお話を聞き逃してしまいました.眠ってしまいました.全日本おばちゃん党の谷口真由美さんのお話は聞きました.

家族よ 自ら捜す諦めない 女川港重点捜索
 宮城海上保安部と石巻署は6日、宮城県女川町の海で、東日本大震災の行方不明者を捜索した。12人が死亡、行方不明となった七十七銀行女川支店の行員の家族から要望を受け、女川港付近で重点的に捜した。
 家族や関係者が岸壁から見守る中、およそ1時間半、約20人態勢で実施。巡視船「くりこま」の警備救難艇を出し、潜水士が海に入ったり、水中の音波を探知する機器を使ったりして調べた。行方不明者の手掛かりは見つからなかった。
 潜水した担当者は「海底に堆積しているヘドロや泥が巻き上がると見えなくなる状態。震災で流されたと思われる車やがれきがある場所は丹念に捜したが、発見には至らなかった」と家族らに説明した。
 長女絵美さん=当時(26)=の行方が今も分からない成田正明さん(58)=石巻市=は「難しいことは分かるが、諦めるわけにはいかない」と話した。
 成田さんと、妻祐子さん=当時(47)=が行方不明の高松康雄さん(58)=女川町=はともに潜水士の国家資格を取得。1カ月に数回、娘や妻の姿を捜し求めて女川の海に潜っている。成田さんは「協力してくれる仲間がいる。体を壊さない限り捜していきたい」と誓った。


東京・山谷簡宿街:なお3000人 「明日は我が身」 川崎と同じ木造、火が出たらあっという間よ
 火災で10人が死亡した川崎市の簡易宿泊所(簡宿)には、身寄りのない高齢の生活保護受給者が多数いた。簡宿街は高度成長期、建設労働者が日雇い仕事を求めて集まる「寄せ場」にでき、今は働けなくなった高齢者の受け皿だ。現在も150軒近い簡宿に、3000人前後が暮らす東日本最大の寄せ場、東京・山谷(さんや)(台東、荒川区)を訪ねた。【市川明代】
 「川崎では動けない人間が死んだのかな。明日は我が身だよ」
 玉ちゃん(64)が言った。本人の事情で本名は明かせない。私が初めて彼と会ったのは1999年。90年代初めのバブル崩壊で仕事は減り、野宿者が増え、路地に小便の臭いが漂った。そんな山谷にもまだ当時、働き盛りの労働者たちがいた。彼もその一人だった。
 地下鉄日比谷線の南千住駅に近い山谷の中心、泪橋(なみだばし)交差点の風景は一変してしまった。簡宿は1泊約4000円の外国人向けの観光ホテルに次々と姿を変え、そばに東京スカイツリーがそびえる。野宿者は見かけず、小便の臭いもない。
 それでも「パレスハウス」は残っていた。64年東京五輪の直前に建ち、最盛期には3棟で500人を収容する簡宿で、山谷の象徴と言われた。ただし3棟のうち1棟は観光ホテルに改装され、全100室は常時満室だ。
 玉ちゃんはパレスに30年以上住む。熊本出身で自称「最後の山谷労働者」。全国各地の工事現場を渡り歩き、やがて山谷へ流れ、元気に働いて日本の経済成長を支えてきた。15年前に糖尿病で倒れ、入院を機にパレスを住所地として生活保護を受け始めた。
 作業ズボンにベストという現役時代の格好だが、体は痩せ、パーキンソン病で手足の震えが止まらない。自室に案内された。3畳間で1日1900円。冗談めかして「おれの城」と言うが、息苦しく、逃げ出したくなった。冷たい廊下を足の不自由なお年寄りが歩く。「隣が静かだと思ったら、亡くなってた。そんなのしょっちゅうだよ」
 手あかで黒ずんだメモ帳を見せてくれた。<かいこ棚、うなぎのねどこ、蜂の巣みたいな所で生活しているといつの間にか心がすさんでくる>。眠れぬ夜に書くという。<誰が好んで山谷にいると思う。欠かん人間だから住んでいるんだ>
 「でも、よそなら孤独に耐えられない」と打ち明けた。住人はみな高齢で生活保護をもらう。「素性は分からなくても同じ境遇の連中に囲まれてると、安心できるんだ」
    ◇
 簡宿街の一角で、テツさん(72)がカップ酒を飲んでいた。「俺の宿はそこの木造。川崎と同じで火が出たらあっという間よ」。青森の中学を出て各地の工事現場で働いた。
 55歳を過ぎて働き口を失う。野宿するうちに心臓発作で倒れ、生活保護を受けるために山谷へ連れて来られた。今いる宿は5軒目。帳場のおかみは「部屋は汚すし、飲んだくれだし、よそじゃ預からないわ」と苦笑する。
 携帯電話で労働者を集める日雇い派遣の普及などで寄せ場の役割をとうに失い、生活保護で潤ってきた「福祉のまち」山谷にも、陰りが出ている。貧しい高齢者を囲い込む無料低額宿泊所など新手の「福祉ビジネス」が取って代わっている。
 燃えやすい木造で老朽化した簡宿が目に付く。資金難で建て替えや改装に踏み切れないところも多い。「やめたくても、住人がいてやめられない」。そんな声も聞いた。
 テツさんは言った。
 「青森に帰りてえ」
    ◇
 夕方、玉ちゃんにカラオケスナックに誘われた。客は元は日雇い労働者たちだ。「ちゃんと食べてる?」「もっと上品な歌をやってよ」。店を40年営む74歳のママの説教に全員うなずく。
 「昔はいつも満席で十分もうけさせてもらったから、お返しだと思ってやってる。今年は赤字かな」。5年後、再び東京五輪がある。「それまで頑張りたいけど、もたないな」
 店内に玉ちゃんのか細い歌声が響いた。
==============
 ■ことば
 ◇簡易宿泊所
 東京・山谷では1964年の東京五輪前後から増え始め、最盛期は200軒超に1万5000人が宿泊したとされ、「ドヤ」と呼ばれた。都の3年前の調査では、観光客などを除く現在の簡宿利用者約3000人の75%が60歳以上で、87%が生活保護を受給する。


G7サミット会場周辺で抗議デモ ドイツ
G7サミット=先進7か国首脳会議が開かれるドイツ南部のエルマウの周辺では、サミットに対する抗議デモが行われ、警察官が一時、催涙スプレーを放ちデモ隊を鎮圧するなど騒然とした雰囲気になりました。
ドイツ南部のエルマウでは日本時間の7日夜からG7サミットが開かれます。
これを前に6日、サミット会場からおよそ8キロ離れたガルミッシュ・パルテンキルヒェンでは、サミットに反対する市民団体などがデモを行いました。
地元の警察の広報担当者によりますと、デモにはおよそ2500人が参加し、「資本主義に反対」とか「経済自由協定に反対」などと、シュプレヒコールを上げながら町の中心部の通りを行進しました。
現場には数千人の警察官がデモ隊を取り囲むようにして配置されましたが、デモ隊の一部の参加者が消火器を使ったため警察が催涙スプレーを放ち、現場周辺は一時、騒然とした雰囲気になりました。
デモに参加した1人は「こんなに暑いのに、警察官に動きを制限されたら
雰囲気が悪くなり、暴動を誘発しているようなものだ」と話していました。
サミットの期間中、ドイツ政府は隣国オーストリア側の警察と合わせ、およそ2万人の警察官を配置し、テロやデモなどの警戒に当たることにしています。


線路は続く?
 東日本大震災で大きな被害を受けたJR仙石線が全線再開し、特集紙面をはじめ5月30日夕刊、31日の朝刊で紹介した。4年2カ月ぶりに仙台−石巻がレールでつながった喜び、あの日を忘れないという思い、沿線のまちづくりの課題など多面的に展開した。
 あらためて日本地図を広げたみた。狭いながらも細長い日本列島の縦横に、鉄路は人間の血管のように走る。仙石線は石巻から仙台を経由し、東北線や東北新幹線で東京へつながっていることが分かる。
 さらに北の岩手に目をやると、同じく被災した気仙沼線、大船渡線が沿岸を通る。両線とも一部を除きバス高速輸送システム(BRT)で仮復旧したが、鉄路で復旧するのかどうかの方針さえ、いまだに決まっていない。
 費用や復興まちづくりとの整合性など課題が多く、議論は停滞する。東北の沿岸部は青森から東京、さらに西へと、1本でつながっていた鉄路が震災を機に、途切れる可能性もある。
 「♪線路は続くーよ、どーこまでも」。夢や希望を込めて誰もが歌える歌が、現実離れする日が来るとは考えたくないのだが。(報道部副部長 玉應雅史)

何を怖れる フェミニズムを生きた女たち/大阪府警の不当弾圧をはね返そう!

ブログネタ
フランス語 に参加中!
150324_kabukicho

Japon: un coussin en forme de silhouette pour des conversations téléphoniques plus sensuelles
Rendre la communication téléphonique plus sensuelle, tel est le but d’un coussin de forme presque humaine muni d’une pochette pour accueillir un mobile, objet à étreindre en parlant que s’apprête à commercialiser une société japonaise.
Cette sorte de traversin en forme de silhouette rembourrée, couvert de tissu doux coloré, a la taille d’un enfant d’un an environ.
Baptisé ≪Hugvie≫, cet objet a été développé avec le professeur Hiroshi Ishiguro, spécialiste japonais des androïdes.
Hugvie, dans lequel il faut glisser son téléphone avant de le prendre dans ses bras, est censé rendre la communication interpersonnelle distante plus tangible et relaxante.
L’utilisateur serait en effet plus détendu en serrant cet objet tout en conversant, selon les recherches effectuées sur deux groupes de personnes, les unes avec ≪Hugvie≫, les autres sans.
C’est la combinaison de deux sens (l’ouïe et le toucher) qui créerait l’illusion de la proximité de l’interlocuteur et aurait cet effet apaisant.
≪Hugvie donne réellement la sensation de serrer l’autre personne dans ses bras, impression que ne confere pas seul un mobile≫, expliquent les concepteurs de la créature à l’institut de recherche ATR.
Hugvie, dont des prototypes avaient été présentés il y a plusieurs années, sera proposé à partir du septembre au Japon au prix de 10.000 yens (environ 75 euros).
フランス語
フランス語の勉強?

週刊 ニュース深読み「火山国日本 これからどうなる?どう備える」
先週、口永良部島で起きた新岳の噴火。全島民が島から避難し、気象庁は最も高い“レベル5”の噴火警報を出して警戒を呼びかけている。戦後最悪の犠牲者を出した御嶽山、火山性の地震があいつぐ箱根山、そして噴火によって面積が拡大した小笠原諸島の西之島など、このところ火山のニュースが続いている。日本の火山活動は活発化しているのか? 予知はどこまでできるのか? 防災や避難などの備えは大丈夫なのか? 深読みする。
高田延彦,優木まおみ, 山中漠,山岡耕春,二宮徹, 小野文惠,高井正智,  南利幸ほか

大阪府警の不当弾圧をはね返そう!
米軍基地はどこにもいらない!
戦争立法を許さない闘いを!

6 月4日・5日、“道路運送法違反”(いわゆる”白バス”営業)を口実に、大阪府警が主導して一斉に十数か所に強制捜索が行われ、3 名が逮捕されるという、近年まれにみる大弾圧が起こりました。
昨年9 月28 日に京都府京丹後で、米軍Xバンドレーダー基地建設に抗議する行動が行われました。この行動に米軍Xバンド基地反対・近畿連絡会が大阪から大型バスを準備して、参加者が費用を出し合って参加したことを「金儲けの営業行為」と決め付け、法に違反しているというのです。
米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会/近畿連絡会では、“京都にも沖縄にもどこにも米軍基地はいらない!”を合言葉に、沖縄・岩国・神奈川など全国の米軍基地反対の闘いと結びついて闘いを進めてきました。いま、国会では憲法を踏みにじる安保法制が審議されています。集団的自衛権行使を実質化する戦争立法は、何としても日米軍事一体化を進めようとする安倍政権の野望です。この野望は、全国の米軍基地強化に具体化されています。沖縄では辺野古の新基地建設をめぐって、人々の粘り強い基地建設阻止の闘いが大きな煮詰まりを作り出し、全国世論調査でも安倍政権を追い詰めています。経ヶ岬でも住民の立ち上がりが始まっています。そうした状況が今回の弾圧の背景にあります。
平和のために、米軍基地に反対し、戦争立法に反対する人々の大きな立ち上がりを抑えつけ、分断しようと目論む、安倍政権・警察権力の弾圧をはね返そう!たたかう人々は権力の弾圧に決して屈することなく続々と立ち上がり続けることを、奴らの目の前に示していきましょう。
たたかう労働者・市民の圧倒的な連帯を求めます。
2015.6.5
米軍Xバンドレーダー基地反対・京都連絡会/近畿連絡会
代表世話人 服部良一 大湾宗則
連絡先 京都市上京区四番町121-5 大湾方
(Tel/Fax) 075-467-4437 (Email) kyogamisaki2013@yahoo.co.jp
【ご協力のお願い】
1.抗議行動・抗議声明FAXへの参加・賛同をお願いします。
裏面の抗議声明の賛同欄に署名してFAXして下さい。
抗議先(大阪府警本部) FAX 06-6941-6484
2.支援のカンパをお願いします。
これから逮捕された3 名の救援活動や、起訴された場合には裁判闘争の費用など、大きな費用
が予想されます。カンパのご協力を訴えます。
郵便振替口座 名義:京都連絡会 番号:00950−9−303127

ETV特集アンコール「頑張るよりしょうがねえ〜福島・南相馬 ある老夫婦の日々」
福島県南相馬市では、原発事故の影響で若い人たちが地元を離れたため震災後介護人材が急減した。新設された高齢者施設に介護スタッフが集まらず、新規の入所希望者を受け入れられない事態も起きている。介護現場の危機が深刻化する中、震災で家族を亡くし、家を失った多くの高齢者が困難に直面している。妻を介護しながら自宅を再建しようとしている86歳の老人に出会った。希望を失わず必死に生きる老夫婦の日々を見つめた。
國村隼


昨日に続いて映画.「何を怖れる〜フェミニズムを生きた女たち」です.70年代のリブとかほとんど知りません.田中美津の名前を知っていたくらい.伝説的な彼女のお話を見れてよかったです.
米軍Xバンド反対運動へのイジメのような弾圧に反対です.

JR気仙沼・大船渡線 国費投入、国は否定的
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方針をめぐり、宮城、岩手両県の沿線5市町の首長と国、県、JR東日本による「沿線自治体首長会議」の初会合が5日、国土交通省で開かれた。国は、JRが試算した両線の復旧費計1100億円のうち公的資金を充てるとした670億円について、国費投入に否定的な考えを示した。次の会合は7月下旬の予定。

 会議は大船渡、気仙沼両線ごとに非公開で開かれた。大船渡線には大船渡、陸前高田、気仙沼の3市の首長と、岩手、宮城両県の副知事が出席。気仙沼線には気仙沼、登米、南三陸(宮城県)の3市町の首長と宮城副知事が出席した。
 JRは、鉄路復旧で必要となるルート移設の費用負担や、仮復旧で一部区間に導入したバス高速輸送システム(BRT)の利用者が震災前の鉄道利用者を下回る現状など課題を報告した。意見交換では、首長たちから「JRは復旧について考え方をきちんと説明すべきだ」との要望が出た。
 JR東日本の深沢祐二副社長は会議後「次回会合が将来に向けてどう考えるかを話し合う場になるのであれば何らかの提案をする形になる」と述べ、鉄路復旧か断念かを含め具体案を提示する可能性を示唆した。
 両線の会議に出席した気仙沼市の菅原茂市長は「復興を急ぐ観点から、いつまでも議論を続けられないというのが各自治体の共通認識。なるべく早く結論を出したい」と話した。
 両線の復旧をめぐっては、東北運輸局の呼び掛けで沿線自治体の担当者らが話し合う「復興調整会議」が2011年7月に発足したが、JRが復旧費用の試算を示した14年2月以降は開かれていなかった。


石巻地方への修学旅行、研修が増加傾向
 東日本大震災後、石巻地方の被災地を訪れる修学旅行や研修が増えている。子どもたちはボランティア活動で被災者と触れ合い、被災現場を見学。津波の怖さや復興の様子を肌で感じ取り、教訓を学んでいる。

 バラやハーブなど色とりどりの草花が咲く庭園に、子どもたちの声が響いた。5月28日、石巻市雄勝町味噌作。北上市黒沢尻東小の6年生約130人が、地元住民とラベンダーの苗をプランターに移す作業に汗を流した。
 同校は昨年から、修学旅行で雄勝地区を訪れ、復興を支援する。庭園を手掛ける徳水利枝さん(53)が児童に語り掛けた。「ここは津波で全てが流され、母は犠牲になった。全国のボランティアが花を一つずつ植え、このような庭園になった」
 高橋虹葉(このは)さん(11)は「活動のお手伝いができてうれしい。沿岸に住むとしたら、大きな地震が起きた時はすぐに高い所へ逃げる」と話した。
 石巻観光ボランティア協会は、ボランティアの住民が修学旅行の児童・生徒らに震災体験などを語る「震災学びの案内」を実施。2012〜14年度に活用した全国の小中高生は約7800人に上る。
 酒田市若浜小も修学旅行先に石巻市を組み込んだ。6年生55人は5月、学びの案内を利用し、津波と火災で被災した石巻市門脇町付近に足を運んだ。「門脇小の子どもたちや地域住民は高台の日和山へ逃げた」などボランティアの説明に真剣に耳を傾けた。
 田中泰校長は「震災の爪痕を見て防災の意識を高めてほしかった」と意義を強調。若浜小は日本海の近くに位置し、災害時に津波が到達する恐れがある。
 東松島市には今夏、災害時相互応援協定を結ぶ福岡県豊前市の小中学生約20人が訪れる。宮城県女川町では8月、高校生が国内外の大学生らと交流する初の「東北サマースクール」があり、復興が進む町内を歩くワークショップなどに多くの生徒が参加する予定だ。


岩手被災住民の心理的苦痛、全国統計より高く
 東日本大震災の岩手県の被災地で、心理的苦痛を抱える住民の割合が全国統計と比べて高いことが、岩手医大いわて東北メディカル・メガバンク機構の調査で分かった。分析を進め、被災住民の心理状況の実態把握を目指す。
 2013年に久慈市や大船渡市など7市町村でアンケートを実施。20代以上の男女計7919人の回答を分析した。
 「心理的苦痛がある」と判定された人は30代以下9.6%、40代6.2%、50代6.4%、60代2.5%、70代2.0%だった。厚生労働省の同年の全国調査と比べ、50代(全国は2.3%)が3倍近くになるなど各年代で上回った。
 気分が落ち込むなど抑うつ傾向の住民は全体の約27%。年代別では若い世代の方が高かった。震災を思い出すことで生活に支障が出るなど外傷後ストレス反応(PTSR)の疑いがある人は約3%で、高齢になるほど割合が高くなった。
 調査協力者は健康意識が高いとみられ、心の健康に問題を抱える人の割合は調査より多い可能性がある。機構は14年以降の調査結果を加えながら震災との因果関係を調べる。臨床研究・疫学研究副部門長の丹野高三准教授(衛生学公衆衛生学)は「心に影響を及ぼしている要因を明らかにしたい」と語った。


安保法制審議 違憲でも押し通すのか
 やはり憲法違反との疑いは免れない。集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制である。安倍内閣は憲法学者の指摘を重く受け止め、「違憲法案」を強引に成立させることがあってはならない。
 粋な人選か、それとも「墓穴」を掘ったのか。政権与党の自民、公明両党などが衆院憲法審査会の参考人として推薦した有識者が、政府提出の安全保障法制を憲法違反と断じる異例の展開である。
 四日の同審査会で自公両党と次世代の党が推薦した長谷部恭男早稲田大教授が、集団的自衛権の行使を認めた昨年七月の憲法解釈変更に基づく安保法制について「従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかず、法的安定性を大きく揺るがす」と指摘した。
 民主党推薦の小林節慶応大名誉教授と維新の党推薦の笹田栄司早稲田大教授も同様に違憲との見解を示した。妥当な指摘だろう。
 憲法九条は、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇と武力の行使を放棄している。憲法で許される自衛権の行使は、日本を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであり、集団的自衛権の行使はその範囲を超え、憲法上許されない。政府はそうした憲法解釈を堅持してきた。
 長年の国会審議を通じて積み重ねてきた集団的自衛権の行使を違憲とする憲法解釈を、安倍内閣が一内閣の判断で変え、行使容認を反映した安保法制の成立を強引に図ることはやはり許されない。
 ところが、安倍内閣は意に介していないようである。
 菅義偉官房長官はきのうの記者会見で「現在の解釈は、従来の政府見解の枠内で合理的に導き出せる。違憲との指摘は当たらない」と強調し、中谷元・防衛相も衆院特別委員会で「憲法解釈(変更)は行政府の裁量の範囲内で、憲法違反にはならない」と述べた。
 法律が憲法違反か否か、最終的に決定する権限を持つのは最高裁判所ではある。
 しかし、著名な憲法学者がそろって、それも国権の最高機関である国会で、安保法制=違憲論を展開したことの意味は重い。
 長谷部氏ら三氏以外にも、全国の憲法学者二百人近くが法案に反対する声明を出している。
 政府は法案撤回に応じるか、せめて今国会成立は断念すべきだ。憲法学者の警告を無視し、国会での議論も尽くさず、「夏までに」という米国との約束を盾に、違憲法案の成立を急ぐべきではない。


安保転換を問う 「違憲法案」見解 根本的な矛盾あらわに
 集団的自衛権の行使は、憲法上「許されない」としてきた解釈を「許容される」へと逆転させる。こんな解釈改憲を認めれば、憲法の規範性は損なわれ、憲法に対する国民の信頼は失われかねない。安全保障関連法案がもつ根本的矛盾が改めて突きつけられたと言えよう。
 衆院憲法審査会で、与野党の推薦により参考人として出席した憲法学者3人がそろって、集団的自衛権の行使を認める安全保障関連法案は「憲法違反」との見解を示した。
 とりわけ自民党が推薦した長谷部恭男・早稲田大教授までもが違憲と断じたことを、政府は重く受け止めるべきだ。長谷部氏は「従来の政府見解の基本的論理の枠内では説明がつかないし、法的安定性を大きく揺るがす」と強い懸念を示した。
 この機会に今一度、憲法と集団的自衛権の関係を整理しておきたい。
 憲法9条は、戦争を放棄し、戦力を持たず、交戦権を認めないと定めている。ただ、憲法前文の平和的生存権と13条の幸福追求権から、自衛のための必要最小限度の武力行使は認められると解釈される。一方、日本が直接攻撃されていないのに、他国への攻撃に反撃する集団的自衛権の行使は、必要最小限度の範囲を超え、憲法上許されない−−。歴代政権はこのように解釈してきた。
 ところが安倍政権は、自衛のための必要最小限度の武力行使は認められるという考え方は維持しつつ、安全保障環境が変わったため、その中に集団的自衛権の行使も一部、含まれると、解釈を変更した。
 憲法学者からの「違憲」との指摘に対し、菅義偉官房長官は「憲法解釈として法的安定性や論理的整合性は確保されている。違憲という指摘はあたらない」と語った。中谷元防衛相も「行政府の憲法解釈の裁量の範囲内だ」と述べた。
 だが、安全保障環境の変化という抽象的理由で結論を正反対に変える憲法解釈変更について、法的安定性は維持されていると強弁しても説得力はあるまい。
 憲法審査会では、自衛隊による他国軍への後方支援も議論になった。
 長谷部氏は、関連法案で後方支援の範囲が広がることについて「武力行使と一体化する恐れが極めて強い」と違憲の恐れを指摘した。
 小林節・慶応大名誉教授も「後方支援は日本の特殊概念で、戦場に後ろから参戦するだけだ」と語った。
 関連法案の根幹をなす集団的自衛権と後方支援の2分野で、重大な違憲の疑義が示された。与野党は、憲法との関係について、集中審議を開くなど徹底的に議論すべきだ。


自転車の講習 マナー向上に生かそう
 危険な交通違反を繰り返した自転車運転者に講習の受講を義務付ける改正道路交通法が施行された。
 自転車は子どもからお年寄りまで手軽に乗れる。環境にもやさしく、特に東日本大震災後は都市部を中心に利用者が増えているといわれる。
 一方で、免許制度がないため、安全教育を受ける機会が限られる。スピードを落とさずに歩道を通行するなどルール違反が目立つ。法の施行を、自転車運転者の安全への意識向上につなげたい。
 改正法では、信号無視や歩道上の徐行違反、酒酔い運転など14類型を危険行為と規定する。14歳以上の人が3年以内に2回以上、危険行為で摘発されれば、有料講習を受けなければならない。講習を受けないと、5万円以下の罰金が科される。
 スマートフォンを利用しながら自転車を運転し、事故を起こせば安全運転義務違反で、危険行為と認定される可能性がある。
 自転車事故は、全交通事故の約2割を占める。交通事故に関与した自転車運転者の3分の2には何らかのルール違反があるという。
 道交法で軽車両に分類される自転車は、原則として車道の左側を走らなければならない。道路標識で指定されていない歩道を例外的に走っていい年齢は「13歳未満か70歳以上」だ。だが、そうした初歩的なルールさえ十分に守られていない。
 その結果、歩道上での歩行者との衝突事故が増えている。死亡させたり、大けがをさせたりした場合、数千万円の高額賠償が命じられる司法判断も定着してきた。運転者が未成年でも例外ではない。
 安全運転を心がけることと同時に、万が一に備えて自転車保険に入っておくことが被害者救済の観点からも必要だ。未成年の子どもを持つ親は、特に目配りをしたい。
 小中高校では、警察と連携しての交通安全教室が盛んだが、その裾野を広げるべきだ。大学や企業が通学や通勤での自転車利用者を対象に教室を開く事例も増えてきた。地域や警察は、交通教育を受ける機会が少ない高齢者対象の自転車教室を積極的に開いてほしい。
 違法駐車を減らし、自転車が安心して車道走行できる環境を作ることも大切だ。欧州の自転車先進国に比べて遅れている自転車専用の走行レーン設置を進めてもらいたい。
 警察庁は2011年、車道の端に設置されているパーキングメーターのうち、利用率の低いものを撤去し、自転車レーンを確保するよう都道府県警察に通達を出し促した。線を引くだけでレーンを確保できる道路も少なくない。地域の交通事情に即した対応が求められる。


再審請求:証拠開示、拡大を 現状は裁判官次第「検察独占は不当」 日弁連が議論始める
 刑事裁判の再審請求審での証拠開示の拡大を目指し、日本弁護士連合会が特別部会を設置して議論を始めた。刑事訴訟法に規定がないため、現状では検察側が保管している証拠がどこまで開示されるかは裁判官の考えによるところが大きい。このため全国の再審事件の事例紹介やアンケートを通して問題意識を共有し、証拠開示の法制化につなげたい考えだ。【島田信幸】
 通常の刑事裁判については、2009年の裁判員制度導入に伴い証拠開示制度が整備され、争点に関連する証拠は弁護側に事前に開示されるようになった。さらに政府は今国会に提出した刑事訴訟法などの改正案に、証拠リストの交付を検察側に義務付ける制度の導入を盛り込んでいる。
 一方で、再審請求審は証拠開示、リスト交付ともに法律の対象外のままだ。弁護士らは証拠開示が再審開始につながると指摘するが、検察はこれまで多くの再審請求審で、新証拠を見つける義務は弁護側にあるとし、自主的な証拠開示を拒んできた。
 特別部会は日弁連再審部会に今年1月に設けられた。証拠開示を巡る事例を紹介し、ノウハウの共有を図っている。
 今年3月に開かれた第2回会合では、埼玉県狭山市で1963年に女子高校生が殺害された狭山事件の弁護団の取り組みが報告された。06年から東京高裁で続く第3次再審請求審で、検察側は今年1月に物的証拠のリストを弁護団に交付。リストには279点の証拠物が記載され、うち44点は未開示の証拠だった。弁護団事務局長の中北龍太郎弁護士は「1、2次請求審は裁判所が証拠開示に消極的だった。担当裁判官の考えで状況が大きく違ってくる」とした。
 部会では今後、各弁護団にアンケートを実施し、証拠開示を巡るこれまでの裁判所の対応などを分析することで、証拠開示やリスト交付の実現を目指す。日弁連再審部会長の泉沢章弁護士は「証拠は捜査機関が税金で集めた公共物で、検察が独占するのは不当。弁護側にもアクセスする権利が平等に認められるべきだ」と訴えている。


人模様:岩手から長崎で海女修業 大川香菜さん
 成り手の少ない海女への熱い思いを抱き、長崎県の壱岐島(壱岐市)で地域おこし協力隊「海女さん後継者」として活動する岩手県陸前高田市出身の女性がいる。大川香菜さん(30)だ。
 父親が漁師で、海を身近に感じ育った。東京都内の百貨店で働いていた2011年、故郷を襲った東日本大震災が転機となった。親戚のいる長崎市に家族と一時避難した際、「自分は何がしたいか」を真剣に考え、たどり着いた答えが「大好きな海と魚に囲まれた生活のできる海女」だった。海女の道を探っていた13年、壱岐市が募集していることを知り、飛びついた。
 5月から漁期が始まった。保温に優れたウエットスーツ着用だと乱獲につながる恐れがあるため、レオタード姿で潜る。「まだ長く息が続かず、潜れる深さも10メートルほど」と技術を磨く。島の宝ともいわれるウニが旬。「濃厚でおいしいので、食べに来てほしい」。昨年、島の海士(あま)と結婚した。島の魅力を発信するゲストハウスを開くのが夢だ。【池乗有衣】


安保法制:憲法学者が不信感 シンポに1400人
 安全保障関連法案の衆院審議が続く中、京都大名誉教授で憲法学者の佐藤幸治氏が6日、東京都内で講演し、「憲法の個別的事柄に修正すべきことがあるのは否定しないが、根幹を変えてしまう発想は英米独にはない。日本ではいつまでぐだぐだ(根幹を揺るがすようなことを)言うのか、腹立たしくなる」と述べ、憲法を巡る現状へのいらだちをあらわにした。法案を巡っては4日の衆院憲法審査会で、自民党推薦の参考人・長谷部恭男氏を含む憲法学者3人全員が憲法9条違反だと批判。自民は当初佐藤氏に参考人を要請したが断られ、長谷部氏を選んでいた。
 佐藤氏は「(憲法という)土台がどう変わるか分からないところで、政治と司法が立派な建物を築くことはできない」とも語り、憲法の解釈変更で安保法制の整備を進める安倍政権への不信感をにじませた。
 講演は「立憲主義の危機」と題するシンポジウムで行われた。続く討論で安保法制について、樋口陽一・東京大名誉教授が「(関連法案の国会への)出され方そのものが(憲法を軽んじる)非立憲の典型だ」と、また石川健治・東京大教授が「憲法9条の論理的限界を超えている」と、憲法学の立場から政府のやり方を厳しく批判した。
 会場の東京・本郷の東京大学構内では、開始前に700人収容の会場から人があふれ、急きょインターネット中継を利用して300人収容の別会場が用意された。だが、そこも満員で立ち見が出る盛況ぶりで、最終的に約1400人が詰めかけた。開始20分前に着き、別会場へ誘導された埼玉県入間市の日本語教師の男性(66)は、「安保法制の進め方は民主主義とは違うと感じていた。それが確かめられ、すっきりした」と満足そうに話した。
 主催した「立憲デモクラシーの会」は昨年4月に設立され、樋口、石川両氏のほかノーベル賞を受けた理論物理学者の益川敏英氏など日本の代表的知識人約60人が呼びかけ人に名を連ねている。【林田七恵、太田誠一】

ピペの下取り依頼/みんなの学校

ブログネタ
フランス語 に参加中!
mihoko1

Au Japon, un quart des hommes trentenaires sont puceaux
Contrairement à ce que pourraient laisser penser les karaokés olé olé et les mangas érotiques, la vie sexuelle des Japonais se distingue par une activité moindre par rapport à d’autres pays industrialisés. Ainsi, selon l’Institut national de recherche sur la population, un quart des hommes trentenaires seraient vierges au Japon, soit une progression de 3 % entre 1992 et 2010.
A titre de comparaison, les jeunes Européens sont beaucoup plus nombreux à avoir franchi le pas au même âge, selon un sondage réalisé la même année par le fabricant de préservatifs Durex : plus de 80 % des Allemands, par exemple. La situation des femmes est légèrement différente : la proportion de Japonaises trentenaires qui ont gardé leur virginité a sensiblement diminué depuis 1992 (25 % en 2010 contre plus de 40 % en 1992).
Un tabou dans la société
Comme pour maints phénomènes sociologiques au Japon, les chercheurs en scrutent d’abord la cause dans l’économie. L’explication résiderait dans les ≪ deux décennies perdues ≫ après l’éclatement de la bulle financière au début des années 1990. ≪ Beaucoup d’hommes japonais semblent avoir perdu leur confiance sexuelle avec l’émasculation économique ≫, avance Yoko Itamoto, une spécialiste du marché matrimonial au Japon. ≪ Ces vingt dernières années, la situation a été très difficile, très compétitive, pour eux ≫, confrontés à des emplois précaires, rappelle Itamoto.
Un autre expert, Shingo Sakatsume, relève un paradoxe contemporain : le sexe est partout au Japon, dans la rue, à la télé, dans les mangas, mais il est malvenu d’en parler sérieusement. ≪ Actuellement, il n’y a nulle part au Japon où apprendre la sexualité et comment bâtir une relation amoureuse ou comment se marier ≫, déplore Sakatsume.
フランス語
フランス語の勉強?

『みんなの学校』(制作:関西テレビ)
普通の公立学校、大阪市立南住吉大空小学校は「みんなの居場所」を大事にしている。発達障害を抱えた子、自分の気持ちをうまくコントロールできない子など、いろんな理由で学校へ行けない子たちを教職員、保護者、地域の大人たちだけでなく、子供同士でも支えあっている。そんな大空小学校の子供たちや大人たちのありのままの一年間に密着し、大阪や日本の教育問題や進められる教育改革のあり方について問い直す。
 お互いの違いを理解し、お互いを尊重しあえるような子供たちを育てる。「それぞれが違っていていい」という言葉の意味を心に響かせるような大空小学校の1年間をカメラは見つめ続ける。子供たちや教職員、地域の人たちの生き生きとした表情をとらえた映像から、あるべき公教育の姿や、子供たちのために親や地域の人は何をなすべきなのか、そして、今の大阪や日本で行われている教育改革の方向を深く問い直す番組である。
「自分が作りたい学校はたった一つ、すべての子供に居場所のある学校を作りたい」と話す木村泰子校長。大阪市立南住吉大空小学校が大事にしているのは、みんなが学校に通い続ける「不登校ゼロ」である。大空小学校は「居場所を作る」ことをみんなで共有しながら、開校から6年間、児童と教職員だけでなく地域の人も加わって作り上げてきた。
 この学校には特別支援の対象となる子供たちが他よりも多く通っているが、この学校では、みんなが同じ教室で学ぶ。大空小学校では「障害」という言葉を使わない。知的障害や身体障害だけでなく、発達障害などで席に座っていられない子、こだわりが強くて、すぐに友達とトラブルを起こす子たちなど、子供たちのどんな状態も、一人一人の個性だと捉える。この姿勢は、周りの子供たちにとっても“ちょっと自分と違う友達”たちが抱えている「いま困っていること」が何なのかを、一人一人が思いやることのできる強い力が育っていくきっかけになっている。
 4月から4年生に転校してきたセイシロウは、前の学校では特別支援のクラスに通っていたが、1日1、2時間しか学校にいることができなかった。「普通に学校に通ってほしい」という願いを持つ母と一緒に、大空小学校の校区に引っ越してきた。初めのころのセイちゃんは、みんなと一緒に教室にいることも、我慢できずに、学校を何度も飛び出していた。「大空を引退します」が口癖のセイちゃんをこの学校でサポートしていくのは、担任の先生や特別支援担当の先生だけではなく、校長先生をはじめとする、すべての大人と子供たち、大空小学校の「みんな」だった。
 6年生のカズキは、朝、学校に来ない日が多い。それでも、大空小学校では先生たちが家まで迎えに行くことで、ずっと学校に通い続けていた。開校2年目に新入生として入学した頃のカズキは、「あの子が行くなら大空には行きたくない」といううわさを立てられるような存在だった。そんなカズキのことを校長は、「じゃあ、そんな子はどこへ行くの?そんな子が安心して来られるのが地域の学校のはず」と話し、大人たちみんなで見守っていた。カズキは、大空小学校という居場所で成長を続け、春に卒業を迎えるのだが…。
セイシロウと同じように学校に通えなかった3年生が、この学校のうわさを聞いて、新たに転校してくる。暴力がやめられない4年生は、泣きながら「今の自分の気持ち」をみんなの前で話し始める。次から次に起こり続ける、子供たちの「困ったこと」を大人や友だちみんなは、どのように関わって解決をして行くのかを生き生きと描いた作品である。
ディレクター・真鍋俊永(関西テレビ報道局報道番組部)コメント
「障害を持つ子も普通の子も同じ教室で学んでいる市立小学校があるという話がきっかけでニュースの特集を放送しましたが、その後、2012年4月からの学校の1年間を取材してもらっていいという決断を校長先生からいただけたので、取材が始まりました。前の学校では特別支援の教室に1日2時間くらいしか通えなかった子が転校してくることや、4人に1人が特別支援の対象という6年生たちを番組の中心と考えて取材を始めたんですが、学校に通い始めたら、子供たちは家で過ごすより長い時間こんな日々を過ごしているんだ、という驚きの連続でした。そして、ちまたにあふれている教育に対する批判、特に大阪市では公務員全体への厳しい目があるのですが、これは、何かがかけ違っていると感じました。そんな思いを1年間の子供たち、大人たちの生き生きとした表情など、ありのままの姿を撮影し表現したので、考えるのではなく、感じてほしい番組です」

TOMORROW選「女性が安心できる避難所運営」
震災直後、避難所での生活を余儀なくされた女性たちの多くは“間仕切りがなく着替えや授乳に困った”“下着を干す場所がない”など、さまざまな女性ならではの悩みを抱えながらも「非常時にぜいたくは言えない」と我慢していた。だが、非常時でもできる女性への配慮があるはずだ。女性リポーターのボニー・ウェイコットが、当時避難所で女性たちを悩ませていた問題を検証。女性のニーズに配慮した避難所運営や支援のあり方を探る。
金曜プレミアム・池上彰緊急スペシャル知ってるようで知らない韓国のナゾ
 普段何気なく見ているニュース。実はそのニュースの背景には、私たちの生活に大きく関わる出来事が存在する。今回の『池上彰緊急スペシャル!』で扱うテーマは「知っているようでよく知らない韓国のナゾ!」。1965年6月22日、日韓基本条約の調印があり、国交正常化してから今年で50年という記念すべき年にも関わらず、今年はセレモニーも行われないばかりか、首脳会談すらまだ一度も行われていない。そんな今だからこそ、「知っているようでよく知らない韓国のナゾ!」を池上彰が徹底解説!  日韓基本条約締結から50年という節目の年、仲良くしたいけど、なかなかうまくいかない隣国韓国との問題を学びながら日本の歩むべき道を探る。
池上彰  高島彩 柴田理恵  千秋  中村アン  平泉成  宮下純一  山里亮太(南海キャンディーズ)


ピペの下取りに関して依頼することにしました.下取りはあまりしないそうですが,費用を少しでも抑えるために必要です.
夕方からナナゲイに「みんなの学校」を見に行きました.大阪市内の学校だったとは!市長が困ったひとでも校長が頑張ればよい学校になるのだと思いました.

復興事業の当て外れ…仕事少なく路上生活
 東日本大震災の復興事業を当てにして被災地に来た人が、思うように仕事に就けず、仙台市内で路上生活に陥るケースが出ている。路上生活者は近年、全国的に大幅に減る傾向にあるが、仙台は微減にとどまる。4月には生活困窮者自立支援法が施行されたが、復興が少しずつ進む一方で、こうした生活不安定者がさらに増えることが懸念される。
 秋田県出身の30代男性は4月、仙台で路上生活を始めた。震災後約3年間、福島県内で除染作業に従事。ろくに給料を支払わない雇用先が嫌になり寮を抜け出した。別会社で働く知人を頼ったが「除染が進み仕事が少ない」と断られた。
 仕事があることを期待して仙台に来たが、住所すら定まらない中、職業安定所でも職を見つけることができなかった。所持金も尽きた。現在は支援団体が用意するアパートで暮らし、自立の準備をしている。「早く住所を持ち、安定した職に就きたい」と願う。
 厚生労働省が1月に行った調査では、全国の路上生活者数は震災前の2011年1月より約40%減った。支援態勢の向上や景気回復による雇用増加が要因とされる。
 一方、仙台市の路上生活者は110人(1月現在)だが、震災前に比べ約15%減(20人減)にとどまった。同規模の政令指定都市はさいたま、広島両市が約50%減、千葉市約35%減などだが、仙台市は全20政令市で最も減少率が低かった。
 困窮者支援のNP0法人「仙台夜まわりグループ」によると、新たに路上生活をするようになった相談者の大半が宮城県外出身。何らかの理由で復興の工事や除染作業を続けられなくなり、故郷にも戻れない人が多いという。
 同法人は「建物の解体など単純作業の需要はかなり減ってきている。仕事にあぶれる人がもっと増える可能性もある」と心配する。
 今春、生活困窮者自立支援法が施行され、職と住まいを失った人への給付金支給が自治体に義務付けられた。これに先駆け、仙台市は昨年相談窓口を開設。個別事情に応じた支援に取り組む。市保護自立支援課は「路上生活に陥る前に支援につなげたい」と強調する。
 仙台夜まわりグループの青木康弘事務局長は「不安定就労を繰り返さないためにも、免許や資格取得の機会を提供し、就労の選択肢を広げられるようにする必要がある」と指摘する。
[生活困窮者自立支援法]困窮状態から早期に抜け出すための支援を制度化した。4月1日施行。福祉事務所がある自治体が主体となり、相談窓口を設置することなどを定めた。担当支援員が個別に作成した具体的プランに基づき、就職や住居、家計管理、子どもの学習などを包括的にサポートする。就職活動を条件とした家賃相当額支給などを必須事業と位置付けた。
◎あすNPOが炊き出し支援
 NPO法人「仙台夜まわりグループ」は6日正午から、仙台市青葉区の市福祉プラザで無料食事会を開く。ネットカフェや漫画喫茶、車内で生活する人たちにも来場を呼び掛けている。
 同法人によると、こうした生活不安定者が仙台市内にどれだけいるかは調査されていない。実態を把握して今後の活動につなげたいという。連絡先は仙台夜まわりグループ050(5539)4443。


<原発賠償と分断>解除時期で不公平感/(下)一律終了
 「町と議会が要望したことが、ほぼ網羅された」
 東京電力福島第1原発事故で全町避難し、避難指示解除に向けた準備宿泊中の福島県楢葉町。5月25日の町議会全員協議会で、松本幸英町長は与党の第5次提言案を評価した。
<「最低3年必要」>
 提言は居住制限区域と避難指示解除準備区域を2017年3月までに解除するよう求めた。これに伴い月額1人10万円の精神的賠償(慰謝料)は18年3月に一律終了することになる。
 町は慰謝料をめぐり、生活環境が整わないなどの理由で「解除から最低3年は必要だ」と主張してきた。終了時期に関し「避難指示解除から1年を目安」とする国の原子力損害賠償紛争審査会の指針が既に避難区域で適用されているため、早期解除に難色を示す声があることも理由の一つだ。
 提言は解除が早い自治体ほど恩恵を実感しやすい。昨年4月に避難解除され、1年間で慰謝料を打ち切られた田村市都路地区東部はことし3月にさかのぼり、慰謝料が復活することになる。一方、解除の目標時期が18年3月に近い自治体からは「生活再建のスタートラインが異なるのに、終了時期が同じなのは不公平だ」と不満が漏れる。
<地域展望描けず>
 17年3月以降の解除を目指す浪江町。「除染やインフラ復旧も進まないのに1年で打ち切られるのか」。町役場には町民から問い合わせが相次いでいる。
 檜野照行副町長は「自治体ごとに実情は違う。個々の復旧状況に応じ、納得できる賠償を決めるべきだ」と訴える。時計店を営んでいた商工会長の原田雄一さん(66)は「小さな田舎で客とのつながりを大切に商売をしてきた。解除してもコミュニティーは容易に戻らない」とため息をつく。
 早ければ17年4月の帰還開始を目指す富岡町。三春町の仮設住宅に避難する松本政喜さん(68)は帰還を心待ちにする一方、「解除後1年では元の暮らしには戻れないだろう」と地域の先行きを案じる。
 一時帰宅する際、車で走る県道付近は急ピッチで除染が進み、廃棄物の黒い袋が日々増えていく。片や、自宅周辺の本格作業はこれからだ。「国は計画通り除染を終えられるのか。放射線量はどのぐらい下がるのか」と疑問を抱く。
 同町の除染は17年3月の完了が目標で、提言が掲げる解除時期と重なる。解除準備区域だけの楢葉町に比べ、放射線量が高い居住制限区域も広範囲だ。慰謝料終了の18年3月までに帰町環境が整うかは不透明だ。
 「提言では慰謝料を一律に支払うと言っているが不公平感がある。整合性に欠き、住民感情は一律にはなり得ない」。松本さんは自治体間の分断を心配する。
[慰謝料増額をめぐる訴訟・ADR] 避難区域の住民が増額を求めて集団提訴や裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てる動きがある。福島県浪江町の約1万6000人が参加するADRが最大規模で、一律5万円を上乗せする和解案が提示されたが、和解は成立していない。


夢風船、無限の空へ 石巻小500個放つ
 東日本大震災の被災地で小中学校を中心に桜を植える「桜3.11プロジェクト」が4日、宮城県石巻市石巻小(児童358人)であった。校庭の一角にエドヒガンザクラ1本が植えられ、児童が復興の願いを込め約500個の風船を空に放った。
 児童は紫、ピンク、白の風船に将来の夢や「世界で一番笑顔がたえない石巻に」などと思いを書き込んだ。校庭から飛ばされた色とりどりの風船は青空を舞い上がり、児童から歓声が上がった。
 石巻小はことし4月、震災の影響で閉校した石巻市門脇小を統合し、新たな歴史を歩み始めた。門脇小出身で6年の遠藤あいさん(12)は「両校の児童が協力し、学校生活を頑張るという思いで飛ばした」と話した。


鉄道むすめとパチリ 空港鉄道アプリ新キャラ
 仙台空港アクセス線を運行する仙台空港鉄道(宮城県名取市)が提供するスマートフォン用カメラアプリケーションで一緒に撮影できるキャラクターに、青い森鉄道(青森市)の「モーリー」と「八戸ときえ」が仲間入りした。
 アプリ「杜みなせカメラ」は、仙台空港鉄道が2014年10月から無料で配信。撮影した写真に鉄道むすめの「杜みなせ」や仙台空港鉄道のキャラクター「サッとくん」のスタンプを押すことができる。
 両鉄道は3月に共同乗車券を青森駅などで発売し、売れ行きは好調。スタンプ配信はさらなる連携と盛り上げを図る狙い。青い森鉄道営業企画課の加藤健太郎さん(27)は「カメラアプリをきっかけに、関連グッズを販売している浅虫温泉駅(青森市)も訪れてほしい」と期待する。


被災地のいま2人芝居に 釜石の劇団が公演へ
 釜石市民ら8人が2月に旗揚げした市内唯一の劇団「もしょこむ」が、7日に岩手県雫石町で開催する舞台に向け稽古に励んでいる。公演は2回目で市外では初めて。仮設住宅で暮らす姉妹が主人公の2人芝居を通じ、東日本大震災の被災地の現状を伝える。
 劇団は同市の会社員の小笠原景子さん(31)と菅野結花さん(24)が「観客の近くで芝居をやりたい」と意気投合して結成した。加わった建築士や主婦らのイニシャルを並べ「もしょこむ」と名付けた。
 脚本は同県葛巻町の劇作家こむろこうじさんが書き下ろした。震災で両親を亡くした姉(小笠原さん)と妹(菅野さん)の日常生活を描く。
 長引く仮設暮らしで募るいら立ち、ボランティアの善意を素直に受け取れない複雑な感情…。2人は時に衝突しながらも、家族のつながりの中に小さな幸せを見つけていく。
 菅野さんは「釜石の劇団である以上、震災は避けては通れないテーマ。劇団員同士でせりふや表現について話し合い、内容を練り上げた」と説明する。
 3月に市内の仮設住宅団地であった初公演では、涙を流す観客がいた。アンケートには「自分の生活そのもの」「つらいシーンはあったが、被災地の外でも上演してほしい」との感想が並んだ。
 雫石公演は劇団員の知り合いの依頼で実現した。小笠原さんは「内陸の人にどう受け止めてもらえるか不安だが、共感するせりふや心に引っ掛かる部分がきっとあるはず」と言葉に力を込める。
 7日は雫石町の「しずく館」で午前10時と午後1時半から。大人が前売り800円、当日1000円。高校生以下はいずれも500円。連絡先は同館019(692)6282。


大イチョウ復興見守る 希望の丘と一体保存
 東日本大震災の津波に耐えた宮城県岩沼市長谷釜地区の神社「神明社」境内の大イチョウが、市が造成中の「千年希望の丘」と一体で保存されることが決まった。地域の歴史と震災の記憶を後世に伝える復興の象徴として、被災した氏子たちが大切に維持・管理する。
 大イチョウは樹齢約350年で、高さは20メートル以上ある。震災時、周辺は海抜約8メートルの津波に襲われて壊滅。住民約280人のうち37人が犠牲になったが、神社と大イチョウだけは奇跡的に流失せず残った。
 大イチョウはその後も樹勢が衰えないことから、市は保存のため境内を取り囲む形でメモリアルパークを整備する。市内の南北約10キロにわたる「千年希望の丘」の避難丘15基程度の一部と多目的広場を造成するほか、神社の隣には流失した民家の基礎や生活道路を保存する「遺構広場」を整備する。現在、必要な用地買収を進めており、本年度中に整備を終える方針だ。
 神社を管理してきた氏子たちは玉浦西地区に集団移転したため、当初は境内を市の管理にすることも検討された。しかし、その場合は神社としての存続が難しくなるため、最終的には氏子たちが移転先から通う形で必要な管理を継続することを決めた。
 長谷釜町内会の菊地幸一会長(66)は「秋にはぎんなん拾いを楽しむなど、大イチョウはみんなに愛された地域のシンボル。震災の教訓を忘れないためにも大切にしていく」と話す。
 神明社の禰宜(ねぎ)照井正光さん(64)は「震災で辺りの風景は一変したが、神社と大イチョウがあるだけでここに古里があったと分かる。これからも住民の心のよりどころであってほしい」と願う。


<復興費負担>気仙沼市は10億円見込む
 復興庁が東日本大震災の復興事業で地元負担の割合を発表したのを受け宮城県気仙沼、多賀城両市は4日、地元負担額の試算を公表した。気仙沼は約10億円を見込む。
<気仙沼/新防潮堤負担大>
 気仙沼市は、2016年度以降に約10億円の財政負担が新たに生じるとの試算を発表した。
 農山漁村地域整備交付金事業で、市が管理する漁港など22カ所の防潮堤新設に7億6000万円の負担が見込まれるのが大きい。事業費は304億6600万円で、負担率は2.25〜2.5%となっている。
 他の負担額は、市魚市場の整備に1億1000万円(負担率1.65〜2.5%)、避難道路など社会資本整備総合交付金事業で8000万円(2%)、土地区画整理事業地内の排水施設など効果促進事業で6000万円(1%)。
 菅原茂市長は「防潮堤は整備箇所が多く、事業が遅れている自治体だけに負担が生じるのはおかしい。国が全額負担するよう訴えていきたい」と話した。
<多賀城/避難道路5630万円>
 多賀城市は、16年度からの地元負担額が約1億円になるとの見通しを、市議会東日本大震災調査特別委員会で示した。
 主な事業は、復興交付金の効果促進事業による下水道事業630万円、社会資本整備総合交付金(復興枠)による津波避難道路・笠神八幡線の5630万円。
 県市の負担割合が未定の県事業の大規模圃場整備は、地元負担の増加分を震災復興特別交付税の割合でそれぞれ負担した場合で、2480万円と試算した。


愛川欽也さん:しのぶ会でうつみ沈痛「悲しみは癒やされそうにありません」
 「キンキン」の愛称で親しまれ、4月15日に80歳で他界したタレントの愛川欽也さんをしのぶ会が4日、東京・グランドプリンスホテル新高輪で行われた。妻でタレントのうつみ宮土理(71)は取材には応じず、会場で、別れを惜しんだ約700人に向かって「私の悲しみは癒やされそうにありません」と声を詰まらせながらあいさつした。
 喪服姿のうつみは涙声で「キンキンが天国に召されてから50日がたちましたが、まだまだ私の悲しみは癒やされそうにありません」と喪主としてあいさつした。
 愛川さんの死去を受け、先月10日に東京都内で行った会見では最期の様子について聞かれると、「そんな質問は酷です」などと声を荒らげる不可解な言動が目立った。それ以来の公の場。対応に注目が集まったが、質疑応答には応じなかった。
 うつみの悲しみが癒えない背景に浮上しているのが、愛川さんの愛人の存在。この愛人は、04年に愛川さんが主宰する「劇団キンキン塾」に所属した女優。
 周囲からは、うつみについて、「愛川さんがこの女優にマンションを買い与えていたことを死後に知り、ショックを受けている」「愛川さんが亡くなる前後の約1週間、うつみさんが家から出なかったのは自分が留守にすると、愛人が来てしまうと心配したようだ」との声が出ている。
 このため、この日、取材に応じないのは、愛人について問われるのがつらいのではとの見方があったが、スタッフは「喪主で忙しいので」と説明した。
 愛川さんには、前妻との間にもうけた2人の子供がいるが、財産分与問題についても、うつみが語らないため不明。会の終了後に報道陣が「愛人報道についてどう思うか」と声を掛けると、表情をこわばらせ、無言で会場を後にした。
 ▼主な参列者 関口宏、久米宏、峰竜太、山田五郎、井ノ原快彦、高橋英樹、富司純子、堺正章、鳩山由紀夫、石田純一、中山秀征、神田うの、美川憲一、楠田枝里子、八塩圭子、大江麻理子、由紀さおり、橋田壽賀子、石井ふく子、テリー伊藤、八木亜希子、河野景子、長野智子、中野浩一、せんだみつお、山口もえ、押切もえ、水野真紀、川島なお美、瀬川瑛子、渡辺徹、大和田伸也、生島ヒロシ(順不同、敬称略)(スポニチ)


競泳の冨田選手:控訴断念の意向 有罪確定へ
 アジア大会でカメラを盗んだとして、韓国・仁川地裁が有罪判決を言い渡した競泳の冨田尚弥選手(26)が4日、名古屋市内のホテルで記者会見し「これ以上、闘っても意味がない」と控訴しない意向を明らかにした。有罪判決が確定する。
 冨田選手は「裁判所は私の話を聞いてくれなかった。これで有罪になるなら、控訴しても仕方がない」と説明。同席した弁護団は「控訴審では新しい証拠が必要だ。今の段階で1審判決を覆すのは難しい」と補った。
 冨田選手は今後について「競技生活を続けるのは難しい」と話した。騒動となったことには「迷惑をかけ、反省している」と述べ「裁判で有罪と言われるのはつらい。納得できないことはたくさんあるが、もう一度、味わうのは耐えられない」と話した。
 会見場で弁護団は監視カメラの映像を上映。代理人の国田武二郎弁護士は、犯行現場を写した場面に登場する人物が冨田選手という前提で有罪判決を出しているとして、「事実誤認だ」とあらためて潔白を強調した。
 冨田選手は仁川アジア大会中の昨年9月、競泳会場で韓国メディア記者のカメラを盗んだとして略式起訴され、罰金を納付。その後、一転して無実を訴え、正式裁判を申し立てたが、仁川地裁は5月に求刑通り罰金100万ウォン(約11万円)の有罪判決を言い渡した。(共同)


天安門事件 過去に向き合ってこそ
 北京で民主化運動が武力弾圧された天安門事件から四半世紀が過ぎた。中国は事件の記憶を薄れさせようとしているが、きちんと歴史に向き合ってこそ国際社会で信頼される大国といえるだろう。
 事件で当時十七歳の一人息子を亡くした元大学助教授の女性は本紙の取材に「言論封殺は誤りだ」と述べ、中国が事件の歴史に向き合い責任を認めるよう主張した。
 だが、中国政府は会見で「八〇年代末の政治風波」と表現する事件について、今年も歴史的な反省や総括に踏み込まなかった。
 事件後に中国が成し遂げた成果が「中国が選んだ発展の道が完全に正しいものであると証明している」とも言う。だが、経済発展とは裏腹に言論の自由が目に見えて失われるいびつな社会に、国際社会は懸念をもっている。
 胡錦濤主席・温家宝首相の時代には、まだ政府高官が公に政治改革を求める雰囲気があった。
 習近平主席・李克強首相の時代になり「法治」こそ口にするが、政治改革の言葉が消えたのが気がかりだ。その「法治」も司法の独立を保障するものではなく、党中央の意思を司法の枠組みで体現するものにすぎないように映る。
 若者たちが一九八九年の天安門広場で求めたものは、共産党独裁体制に対する政治の民主化である。その民主を支える大きな基盤こそ言論の自由であるといえる。
 改革派メディアへの圧力が強まっている。憲法で保障されているはずの自由な言論は、残念ながら危機的な状態であるといえる。
 事件を記念するシンポジウムに参加した人権派弁護士は「民族間の憎しみをあおった罪」などで起訴され、改革派女性ジャーナリストには国家機密漏えい罪で懲役七年の実刑判決が言い渡された。
 人民日報系の環球時報は最近、中国が「動乱」としてきた事件について異例の評論を発表し「(事件の記憶を)薄れさせるのは、中国社会が前向きに進む哲学的な一つの選択」と指摘した。
 果たしてそうだろうか。日中関係について、歴代の中国指導者が「歴史を鑑(かがみ)に」と口にしてきた。
 真に民主的な長官選挙を求める香港では、今年も事件の再評価を求める抗議デモが続いた。
 歴史の真実に学んでこそ新たな一歩を踏み出せるというのは、国を問わず過去と向き合う正しい姿勢なのではないか。事件から顔を背けて、「薄れさせる」ことなどあってはならない。


沖縄知事訪米 辺野古阻止への一歩に
 沖縄県の翁長雄志知事が訪米を終えた。米軍普天間飛行場の「辺野古移設」に反対する民意を米政府や議会に直接伝えるのが目的だった。日米両政府の壁は厚いが、辺野古阻止に向けた一歩にしたい。
 昨年十一月の県知事選で初当選した翁長氏にとって、就任後初めての訪米である。ホノルルでイゲ・ハワイ州知事、ワシントンでマケイン上院軍事委員長ら議会関係者、国務省のヤング日本部長、国防総省のアバクロンビー副次官補代行ら政府関係者と会談したほか、シンクタンク関係者との意見交換にも臨んだ。
 翁長氏が一連の会談で訴えたのは、国土面積の1%にも満たない狭隘(きょうあい)な沖縄県に在日米軍基地の約74%が集中し、普天間飛行場(宜野湾市)返還のためとはいえ、同じ県内の名護市辺野古に新基地を建設する県内移設では基地負担の抜本的軽減にならず、県民の多くが反対しているという現実だ。
 これに対し、「辺野古移設」方針を堅持する米側の反応は「想定の範囲内」(翁長氏)とはいえ厳しいものがあったのではないか。
 国務省は会談後に発表した声明で、辺野古移設について「新基地ではなく、既存基地に機能を追加するものだ」「普天間飛行場の継続使用を回避する唯一の解決策」などと、知事の主張を一蹴した。
 マケイン氏も同様に「沖縄の米海兵隊を移設する現在の計画を支持する」と声明を発表した。
 とはいえ、全くの無駄足だったというわけでもないようだ。
 翁長氏は記者会見で、会談した議員から「沖縄を訪問して調査したい」との発言があったことを紹介し、「一歩一歩前進している。まったくの暗中模索の中から一筋の光が見えてきた」と総括した。
 日米両政府は、翁長氏が訴える普天間飛行場の国外・県外移設には、選挙という民意の裏付けがあることを忘れてはなるまい。
 外交・防衛は国の仕事だが、米軍基地周辺住民の理解と協力が得られなければ、基地提供という日米安全保障条約上の義務も円滑には果たせまい。
 日米両国が民主主義という基本的価値を共有するというのなら、米軍統治下で基地建設のために土地を強制収用され、今も過重な基地負担に苦しむ沖縄県民の思いに真摯(しんし)に耳を傾けるべきではないか。
 それができないのなら、どこかの独裁国家や一党支配国家と同じだ。それでいいのか。翁長氏の訴えは、日米両政府に民主主義のありようも問い掛けている。


特集ワイド:続報真相 「安倍語」なぜ共感できないか
 ◇「ごまかし話法で脅し」/「最前線・沖縄、隠す狙い」
 「バカヤロー」や「無党派は寝ててくれたらいい」のような歴史に残る暴言があったわけではない。だが、安全保障法制を巡る一連の答弁は、いかがなものか。安倍晋三首相の国会論戦での「言葉」だ。野党からは「長過ぎる」「質問に答えていない」と非難ごうごう。国家の根本方針の大転換にもかかわらず、議論は深まらない。そのカギを握る「安倍語」を探った。
 ◆「丁寧な説明をしたい」と言いつつ「一概に申し上げることはできない」
 誰もが「またか」と思っただろう。5月28日の衆院平和安全法制特別委員会で、辻元清美議員(民主党)が質問に立った時だった。
 辻元氏 「『ちょっとだけ』といって、いつも大きな戦争に広がっていってるわけです。総理、こうもおっしゃってますよ」
 安倍首相 (着席したままで)「早く質問しろよ!」
 2月の衆院予算委で、首相は西川公也前農相の献金問題を追及する民主党議員に「日教組もやっているよ!」と事実でないヤジを飛ばし、陳謝に追い込まれた。にもかかわらず、品のない発言を繰り返した。直後に「言葉が少し強かったとすればおわび申し上げたいと思います」と述べ、1日の特別委でもわびた。が、「少し強かったとすれば」という留保がひっかかる。
 「歴代首相の言語力を診断する」の著者で、立命館大の東照二教授(社会言語学)は「『言葉にパンチを利かせすぎたが、内容は誤っていない』と言っているよう。国民の理解を得たいと思っているか疑問です」と言う。
 首相は一連の法改正について「残念ながら国民の理解が進んでいない。委員会を通じ、国民的な理解を深めたい」(5月28日、維新の党の太田和美議員への答弁)と述べ、また「丁寧な説明をしたい」と何度も口にしている。だが、言行が一致しているとは思えない。例えば、こんな具合だ。
 27日、松野頼久議員(維新)は「法改正をしなくてはならない何か相当な危機が迫っているのか」と問うた。首相は「では危機が起こらないと言えるのか」と反論した。東さんは「この逆質問は『あなたとは価値観を共有しない』と相互理解を拒む姿勢の表れです」と解説する。
 さらに松野議員が「(武力行使できる新3要件に盛り込まれた)『国民の幸福追求権を根底から覆す事態』とは何か」と具体的な説明を求めると、「実際に発生した個別具体的な状況に即して判断する必要がある。一概に申し上げることはできない」「どういう危機になるか個別的に申し上げられない。(言うことは)むしろ無責任ではないか」と突っぱねた。
 ここで思い出すのは、小泉純一郎元首相のあの発言だ。2003年7月。イラク復興特別措置法案の審議中、陸上自衛隊の派遣先を「非戦闘地域」と限定し、その具体例を問われた。小泉元首相は「どこが非戦闘地域かと聞かれても、わかるわけがない」と答弁。野党の激しい批判を浴びた。
 だが、東さんは違った角度から分析する。「確かに無責任な発言といえますが、本音を正直に語っている。事態は刻一刻と変化するので、『わからない』はある意味で事実。国民は『そりゃあわからないよね』と共感を覚えてしまう」。一方の安倍首相。「答弁に具体性がないのは小泉さんと同じですが、安倍さんの『一概に言えない』『答えるのは無責任』は、国民からすれば質問した側に問題があると反論されたように思い、不誠実だと感じます。国民が共感するのは、情緒的でわかりやすく、身近に感じられる言葉。安倍さんの言葉遣いは、国民を引きつけて納得させるという点では、小泉さんに及びません」
 事実、直近の共同通信社の世論調査では、安倍政権の姿勢について「説明不足」の回答が約81%だった。国民の納得や共感にはほど遠いのだ。
 ◆海峡封鎖で「病院にエネルギーが供給されない事態が起こってもいいのか」
 ◇「ごまかし話法で脅し」
 「特集ワイド」は「安倍語」を何度も取り上げてきた。例えば「安倍首相の消費増税スピーチを読み解く」(13年10月3日)▽「核心答えぬ『安倍語』」(14年7月11日)▽「見過ごせない! 安倍首相のヤジ」(2月26日)などだ(いずれも東京本社発行版)。昨年7月に閣議決定された集団的自衛権行使容認を説明する記者会見や国会での答弁について、「自分の信念から導いた結論だけをぽんぽんと打ち上げて、それらがどうつながっているかの論理的説明が乏しい」と「飛び石的話法」を指摘する識者もいた。
 「今回は論理をすり替える『ごまかし話法』と呼ぶのがふさわしい」。成蹊大の高安健将(けんすけ)教授(比較政治)は評する。27日の大串博志議員(民主)とのやりとりが典型という。
 大串議員 「活動エリアが広がるから自衛隊のリスクが高まる、と考えるのが普通ではないか」
 安倍首相 「今まで自衛隊に死傷者が出ていなかったかのごとくの認識ですが、それは違いますよ」「新法にのっとって、自衛隊はしっかりと訓練を重ねていくことによってリスクを低減する」
 高安さんは「これまでの自衛隊の犠牲は、ほとんどが訓練中や災害時等の事故死であり、戦闘行為による死者はゼロ。全く質が違う両者をわざと混同させている。さらに危険な地域に近付くことによる戦闘のリスクの質問なのに、訓練で低減できるリスクを語っており、質問に正面から答えていない」。
 高安さんが特に驚いた発言がある。前出の松野議員が「きちんと細かくシミュレーションして示すべきだ」と詰め寄ると、首相は「(石油輸送の要衝である中東)ホルムズ海峡が封鎖されて誰も何もしませんよということなら、病院にエネルギーが供給されない事態が起こってもいいのか」と語気を強めた。
 一見、具体例に踏み込んだように聞こえる。しかし「ホルムズ海峡を通るのは日本の石油タンカーだけではない。海峡が封鎖されて、国際社会が全く手を打たない事態は現実味が乏しい。このように現実離れした状況を提示したうえで、『生活に不可欠な施設が混乱してもいいのか』とたたみかける。これでは国民への脅しに聞こえます」。
 もう一点気になるのが「異なる立場の人への敬意のなさ」だという。例えば−−。
 「与党側はこんなに静かに礼儀正しく聞いてるじゃないですか。みなさんも少しは見習ったらどうですか」▽「議論の妨害はやめていただきたい。学校で習いませんでしたか」▽「我々は国民の生命と幸せな暮らしを守る責任があるわけです。大きく変化する安全保障状況に目をそらすわけにはいかない。(民主党衆院議員の)長妻(昭)さんにそれはないかもしれませんが」(いずれも27日)
 政治的立場の違いを尊重しあうのは、自らの主張が誤っている可能性があるためで、議論の前提、ひいては民主主義の基本だろう。議院内閣制の先輩・英国議会に詳しい高安さんは「英国議会での議論が常に充実しているわけではありません。しかし、答弁する側は、野党議員も国民の代表であることに敬意を払い、厳しい質問にも誠実に答えるのが常識です。安倍さんの言葉からはそういう姿勢や品位が感じられません」と嘆いた。
 ◆「武力行使はホルムズ海峡での機雷除去しか今は念頭にない」
 ◇「最前線・沖縄、隠す狙い」
 米軍基地が集中する沖縄では「安倍語」はどう受け止められているのか。
 沖縄県在住の映画監督、三上智恵さん。政府が名護市・辺野古沖に進める基地建設に反対する住民を描いた「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」が公開中だ。首相が「武力行使はホルムズ海峡での機雷除去しか今は念頭にない」と強調するのは「カムフラージュだと思う」と言うのだ。
 どういうことか。「米国は中国海軍の動きを封じ込めるため、沖縄の自衛隊の活用を考えています。万一、米中の軍事衝突があった場合には、日本が集団的自衛権を行使すれば共同対処できるという思惑がある。つまり米中間の戦争に日本が参加することになり、最前線の沖縄がその舞台にされてしまう。例えば宮古島には軍艦を撃沈する自衛隊の地対艦ミサイル部隊の配備が予定されており、攻撃対象になりかねない。安倍首相は『石油がなくなったら大変』というわかりやすい例を繰り返すことで、沖縄で起きている事態から目をそらさせようとしているのでは」
 「安倍語」は国民の不安を減らすどころか、かえって増大させたのではないか。このまま審議を終わらせ、採決に持ち込もうとするなら、それは許されない。【江畑佳明】

両親を夢で見ました/筋肉痛/1か月ぶりのマイマイ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Leila3

Japon: une source thermale fermée pour cause d'orgies
La petite ville de Shiobara vient de fermer l'une de ses attractions touristiques, une source d'eau chaude, en raison des orgies qui s'y déroulaient.
Même au pays de L'Empire des sens, les riverains ont été choqués. Une source thermale, à une centaine de kilomètres au nord de la capitale japonaise, vient d'être fermée après que des plaintes ont été déposées en raison d' orgies organisées en son sein.
L'association locale de Shiobara (préfecture de Tochigi) qui gère les sources d'eau chaude de Fudo no Yu a annoncé la fermeture de son site touristique, raconte le Tokyo Reporter . Les touristes des alentours et de la capitale appréciaient ces sources d'eau chaude et la magnifique vue panoramique sur la rivière Hoki, et la forêt avoisinante.
Trois mètres de diamètre pour dix personnes
La source est de taille modeste, pas plus de trois mètres de diamètre, selon le correspondant du Guardian . Seules dix personnes peuvent se baigner en même temps. Isolé, le site thermal n'est pas gardé. Les gens qui passent sont juste invités à déposer 200 yens dans une cagnotte à l'entrée.
Cet isolement a sans doute encouragé la venue de baigneurs indélicats, estiment les médias japonais. Les premiers signalements de pratiques "obscènes" remontent à un an. Plus récemment, des vidéos pornographiques et des photos voyeuristes de curistes se sont retrouvées sur internet. Les fautifs avaient même lancé des appels à se joindre à leurs ébats, précise le quotidian Asahi Shimbun. Récemment, les résidents et d'autres baigneurs se sont plaints de véritables orgies organisées sur place, en présence d'adolescents d'une quinzaine d'années. C'en était trop. Le site a été fermé pour une durée indéterminée. Un crève-coeur pour les autorités de la région qui vantaient les mérites de leur onsen, le bain thermal tant prisé des japonais.
フランス語
フランス語の勉強?

所さん!大変ですよ「亡くなった夫がよみがえった?」
今回取り上げる事件は「亡くなった夫がよみがえった?」。去年10月、埼玉県に住む80代の女性の元に、2年前に亡くなった夫が突然戻ってきたというのだ。その真相を調べ始めた番組ディレクターは、日本、そして世界で開発が始まっていた驚きの“よみがえりテクノロジー”の現場を見つけることに。
所ジョージ,久保田祐佳,徳永圭一, 澤口俊之,犬山紙子,モーリー・ロバートソン, 吉田鋼太郎


両親を夢で見ました.優しい父と母でした.2人とも亡くなっていますが,夢で逢えたのはとてもうれしいです.
しかし.筋トレのせいで筋肉痛です.大して運動していないのに….胸が少し痛い感じです.
1か月ぶりのマイマイ.いつもは水曜日なのですが,今回はスケジュール的な関係で木曜日です.とにかく疲れました.

<祈りと震災>鎮魂願い 山元・青年僧ら行脚
 東日本大震災の犠牲者の鎮魂と復興を願い、県内の浄土宗の若手僧侶10人が3日、住民636人が犠牲になった山元町の沿岸部で念仏行脚を行った。
 僧侶らは、被災した同町花釜地区の浄正寺を出発して南下。旧中浜小近くに建立された犠牲者を悼む「千年塔」で折り返し、往復約14キロを約4時間かけて歩いた。
 復興事業の工事車両が行き交い、雑草が茂る集落跡が広がる中を行脚。小雨が時折降る中、ひたすら「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱え続けた。
 念仏行脚は宮城教区浄土宗青年会が呼び掛けた。昨年から2年間で仙台市や気仙沼市など5カ所を回る計画で、山元が3カ所目。会長を務める常念寺(仙台市)の石山誠治(じょうち)住職(44)は「被災地に出向いて鎮魂と復興を祈ることが、自分たちの修業にもなる」と語った。


<復興費負担>復興道 横軸3路線の遅れ懸念
 復興庁が3日発表した東日本大震災の復興事業費の一部に地元負担を導入する案で、国直轄の「復興道路・復興支援道路」は、縦軸と横軸で明暗が分かれた。縦軸の三陸沿岸道路は国費負担継続となったが、岩手、福島両県の横軸3路線は自治体の負担が発生。開通の遅れも懸念される。「命の道だったはずなのに、なぜ?」。復興のけん引役として国が強く推進してきた事業だけに、はしごを外された地元では落胆や憤りの声が上がった。

 岩手県では三陸沿岸道路に直結する宮古盛岡横断道路(総延長100キロ)と、東北横断自動車道釜石花巻道路(同80キロ)の横軸2路線の整備が進む。
 2015年度の事業費はそれぞれ約348億円と約100億円。県の試算では、直轄事業負担金として県が支出する額は、16年度以降の5年間で17億円程度になるとみられる。
 県道路建設課の遠藤昭人総括課長は「ほかの道路整備や復興事業全体に影響が出ないようにしたい。工事を予定通り進められるかは懸念が残る」と話す。
 釜石花巻道路は18年度、釜石市の釜石ジャンクション(JCT)で三陸沿岸道路とつながる計画だ。19年秋のラグビーワールドカップ(W杯)を控え、内陸と沿岸の連携に期待が高まる。
 釜石商工会議所の佐々木重雄専務理事は「W杯までにつながらないと打撃だ。工事の遅れは復興にも影響する。産業振興の面でも横軸の整備は必要だ」と訴える。
 三陸沿岸道路や横軸のルートは、住民の避難や物資輸送に役立つ「命の道」として国の復興の基本方針に位置付けられた。国土交通省は11年、「10年以内の完成を目指す」と早期整備の方針を打ち出している。
 佐々木専務理事は「震災の多大な犠牲の上に、道路の重要性が認識された。命の道を推進してきた国が、わずか4年で方針を変えるとは」と失望を隠さない。
 常磐自動車道と東北自動車道を結ぶ福島県の東北中央自動車道相馬福島道路(45キロ)は、原子力災害時の広域避難道路にもなる。
 16年4月に避難指示解除を予定する南相馬市小高区は、原発事故避難12市町村の前線基地の役割も担う。小高商工会幹部は「復興事業は本格化したばかり。東北道との連結は重要で、工期の遅れは住民帰還を阻害しかねない」と懸念する。
 一方、地元の強い要望に応える形で三陸沿岸道路は全額国負担が継続される。気仙沼市の菅原茂市長は「一安心だ。復興に弾みがつく」と歓迎した。


<復興費負担>石巻は8億5000万円と試算
 復興庁が3日、2016年度以降の東日本大震災の復興事業で導入する地元負担の割合を発表したのを受け、県内の自治体でも負担額の試算が行われた。石巻市は約8億5000万円、仙台市は約3億6000万円、南三陸町は約1億円になると見込んでいる。

<石巻市>
 石巻市の対象事業の総額は484億円に上り、約8億5000万円の財政負担が新たに生じる可能性があることが分かった。
 市がまとめた一部負担の対象は、復興交付金の効果促進事業が最も金額が大きい206億円。負担率は1%で2億600万円の地元負担となる。被災した半島など周辺部の漁港背後地整備や避難タワー建設、南浜地区の復興祈念公園整備などを計画している。
 次いで、鎮守大橋(仮称)などの避難道路を整備する社会資本整備総合交付金事業(復興枠)が144億円。市が管理する漁港への堤防新設に活用する農山漁村地域整備交付金が134億円。ともに負担率2.3%で、地元負担は計6億4000万円が見込まれる。
 亀山紘市長は「被災自治体の財政状況が悪化している中で新たな負担が生じるのは厳しい。国と協議をしながら復興だけは遅らせないという覚悟を持って取り組みたい」と話した。

<仙台市>
 仙台市の影響額は約3億6000万円にとどまる見通し。内訳は、循環型社会形成推進交付金による埋め立て処分場整備の3億4000万円が主で、復興交付金の効果促進事業による雨水幹線導水管整備の千数百万円が加わる。
 市は当初、土地区画整理事業に伴う下水道や津波避難タワー、避難道路など今後100億円超の整備費を必要とする効果促進事業への影響を懸念したが、いずれも一括配分済みの復興交付金を充当でき、追加負担が生じないことが分かったという。
 市は一括配分済みの復興交付金のうち、使途未定分が東北3県の被災市町村で最大の211億円に上る。今後、効果促進事業や震災遺構保存などに充てる予定。

<南三陸町>
 南三陸町が公表した試算額は約1億円。内訳は町営漁港10カ所の防潮堤整備事業が5000万円、町道整備が4000万円。1000万円の負担を見込む効果促進事業には、災害公営住宅の駐車場整備や復興祈念公園整備などが含まれる。追加負担分は財政調整基金の取り崩しなどで対応する方針。


<復興費負担>被災地「個々の実情踏まえて」
 東日本大震災の2016年度以降の復興事業をめぐり、復興庁が地元負担割合の具体的な数字を提示した3日、被災自治体には歓迎と不満が交錯した。

 「地方の負担率は非常に低い。復興を粛々と果たせる」。村井嘉浩宮城県知事は臨時記者会見で安堵(あんど)の表情を浮かべた。
 村井知事は被災市町と共に国に負担軽減を求めてきた経緯に触れ「われわれに寄り添い、頑張ってくれた。感謝する」と復興庁に賛辞を贈った。宮城県南三陸町の佐藤仁町長も「この負担割合なら復興が遅くなることはない」と述べた。
 達増拓也岩手県知事は「復興がストップするのではと不安を抱いた市町村もあるが、それほどではない内容だ」と一定の評価をした。負担額は県と市町村合わせ90億円程度の見通しで「すぐに捻出できる額ではない」と指摘。今後も負担軽減を求める考えを示した。
 一方、内堀雅雄福島県知事は「国とわれわれの思いが明らかに食い違う事業がある」と不満を漏らした。全額国負担の枠組みから外れた避難区域を含む12市町村での県事業などを挙げ「除染が進まず、集中復興期間内に事業着手できない福島の特殊性を理解してほしい。国との協議はきょうがスタート」と力を込めた。
 市町村との個別協議を国に求める声も高まった。
 東北市長会会長を務める奥山恵美子仙台市長は「復興の進行に不安を抱かせる点もある。個々の実情を踏まえてほしい」とくぎを刺した。亀山紘石巻市長は「国の全額負担を求めていたので残念だ。政府と意見交換したい」と語った。
 三村申吾青森県知事は「地方財政への配慮を引き続き国に求めたい」との談話を出した。


<復興費負担>宮城は県52億円、市町33億円
 2016〜20年度の復興事業で導入される地元負担について、宮城県が被災市町も含めた負担額を計85億円と見積もっていることが3日、分かった。負担が増す復興事業費の総額は3988億円。県全体の平均負担率は2.1%となる。
 県は新たな負担額を、地方の通常時の事業負担割合の5%として算出。それによると負担額の内訳は県(事業費1926億円)が52億円、市町(2062億円)は33億円となった。
 事業別に見ると、基幹事業を補完する効果促進事業は8億円。地方の大規模インフラ整備に充てられる社会資本整備総合交付金(社総交)は23億円だった。
 道路整備事業は3億円。ごみ処理施設建設の財源の循環型社会形成推進交付金が10億円、農村地域復興再生基盤総合整備事業は4億円などとなっている。
 社総交と農山漁村地域整備交付金を財源とする防潮堤新設費用では、県が15億円、市町は3億円が新たに求められることになる。
 県は今回、20年度までに必要となる復興事業費をあらためて精査。これまでに比べ400億円多い2兆5569億円と算出した。うち全額国負担の基幹事業は1兆2365億円。一般会計で対応し、他地域と同水準の負担となる事業は355億円だった。県、市町単独事業は計8806億円。


<復興費負担>福島県は400億円 県試算
 復興庁が発表した2016年度以降の復興事業の地元負担をめぐり、福島県は3日、県の負担額見通しをまとめた。東北自動車道以西の道路整備に通常と同じ負担が必要になった場合には、復興庁想定の100億を大きく上回る400億円に上り、「原発災害を過小評価しているのではないか」などと国の方針をいぶかる声が県庁内に広がった。
 東京電力福島第1原発事故の避難区域を抱える浜通りと福島市を結ぶ全長45キロの自動車専用道「相馬福島道路」(国道115号)は、20年度までの事業費600億円のうち10億円が県負担となる見通しだ。
 避難区域と中通りを結ぶ「ふくしま復興再生道路」8路線を含む計110路線の整備では地元負担が60億円に上る。再生道路は除染廃棄物の中間貯蔵施設への搬入や避難者の一時帰宅に利用されることを想定する。県幹部は「事業の遅れが復興全体の遅れにつながらないか」と危惧する。
 会津地方などの31路線の整備ではさらに260億円の負担が発生する。復興庁の説明では、東北道西側の地元負担額に触れておらず、別の県幹部は「県の負担見通しを国は把握しているはず。公表しないのはなぜなのか」と憤った。


<復興費負担>三陸道は全額国費を維持
◎被災3県で300億円弱

 復興庁は3日、東日本大震災の2016年度以降の復興事業で導入する地元負担の割合を1.0〜3.3%とする方針を発表した。岩手、宮城、福島の被災3県の負担総額は20年度までの5年間で300億円弱と見込まれる。政府が復興道路と位置付ける三陸沿岸道路(仙台市−八戸市)は全額国負担による建設が維持された。

 主な事業別の地元負担率は、公共事業のうち国直轄による道路・港湾整備が1.7%となった。国の「社会資本整備総合交付金」を使って自治体が実施する道路整備は、3県で東北自動車道より東側の事業は2.3%。一般会計に組み込まれた西側については通常の負担割合(36.0%)にするかどうかを今後決める。
 復興交付金を財源とした街づくり、観光開発などの「効果促進事業」は1.0%。配分済みの約2100億円を使って16年度以降に実施する事業は地元負担ゼロとなる。「循環型社会形成推進交付金」でごみ処理施設を建設する事業は3.3%で、負担率が最も高い。
 被災3県の地元負担総額は、各県試算の事業規模に基づき、復興庁が想定。内訳は岩手70億円、宮城50億円、福島100億円で、それ以外は市町村負担となる。
 三陸沿岸道路は5月中旬の基本方針発表時点から一転して全額国負担になった。東京電力福島第1原発周辺の12市町村の道路整備も負担対象から外れた。
 復興庁は近く、被災各県や市町村に説明して理解を求める。政府は6月末にも財源を含めた復興予算の枠組みを決める。
 竹下亘復興相は「財政が最も厳しい自治体に合わせ最小限の負担にした。安心して復興に取り組んでほしい。財務省と交渉し必ず財源を確保する」と話した。


<原発賠償と分断>打ち切り 不満尽きず/(中)疎外感
 「あいうえお」「1.2.3」。自宅の壁の学習ポスターが色あせている。かつて幼い孫のために貼ったものだ。無用と分かっていても、まだはがす気になれない。

<「家族そろわず」>
 南相馬市原町区高倉の無職佐藤勝治さん(80)は、東京電力福島第1原発事故で、自宅が特定避難勧奨地点に指定された。原発20キロ圏外だがホットスポット的に放射線量が高く、避難を促された。息子夫婦は宮城県に引っ越し、孫の姿もなくなった。
 「当時3歳だったのが、今では小学生。家族全員がそろう機会もなくなっちまった」と力なくつぶやく。
 除染は3度試みた。敷地内の空間放射線量は一定レベルに落ち着いたものの、毎時1マイクロシーベルトを超える地点が残る。万が一を考えると「帰ってこい」とは言えない。
 指定は昨年12月に解除され、1人当たり月額10万円の慰謝料はことし3月に打ち切られた。だが、地区民の半分は戻ってきていない。佐藤さんも市内の仮設住宅に住む。
 原状回復にはほど遠いのに、与党提言の賠償対象から外された。「慰謝料が終わったことで、東電や国が責任を果たしたことになるのが悔しい」

<やり切れぬ思い>
 原発20〜30キロ圏に位置する広野町。5月下旬、町が開いた説明会で、町民の胸の奥底にたまっていたやり切れなさが噴き出した。
 「隣の楢葉町など避難区域との格差が大きすぎる」「町長は全世帯から嘆願状を集め、国に持って行くべきだ」
 町は緊急時避難準備区域が2011年9月に解除され、慰謝料は12年8月で終了した。避難指示解除準備区域の楢葉町は18年3月まで慰謝料が継続される見通しで、両町民が受け取る慰謝料の差額は1人670万円に上る。
 復興への貢献が評価されていない−。町民の怒りの根底にはそんな思いもある。避難指示区域から外れたことで、町内には作業員宿舎が次々と建った。現在も帰還した町民の1.5倍、3000人を超える作業員が居住。町民からは「町内に見知らぬ人が大勢いて、不安だ」との声も漏れる。
 町に戻った篠崎昭次さん(70)は「復興の最前線で協力しているのに切り捨てられた気分。生活基盤を失ったのはわれわれも同じなのに、なぜこんな扱いを受けなければならないのか」。別の男性(62)は「20キロでばっさりシャッターを下ろされた。原発被災地で住民感情のもつれがひどくなるのではないか」と懸念する。

[精神的賠償の支払い状況]5月29日現在、東京電力は国と原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援で、約4兆9640億円の賠償金を支払った。4月末時点の精神的賠償の合意額は8424億円。国によると、2013年12月末の避難区域の人口は計8万942。


3参考人全員が「違憲」表明 衆院憲法審、安保法案で
 衆院憲法審査会は4日、憲法学の専門家を招いて参考人質疑を実施し、集団的自衛権行使を可能にする安全保障関連法案について、慶応大の小林節名誉教授ら3人の参考人全員が「憲法違反」との認識を表明した。
 早大の長谷部恭男教授は、集団的自衛権の行使について「憲法違反だ。従来の政府見解の基本的な論理の枠内では説明がつかない」と指摘。
 小林氏も「憲法9条は、海外で軍事活動する法的資格を与えていない」と述べ、9条違反との見解を表明した。
 早大の笹田栄司教授は安保法案に関し、従来の法制の枠組みと比べて「踏み越えてしまっており、違憲だ」との認識を示した。


安保法制・私はこう考える:米追従では嫌われ者に ジャーナリスト・西谷文和さん(54)
 安倍晋三首相や中谷元防衛相の国会での答弁を聞くと、「この人たちはリアルな戦争の現場を知っているのだろうか」と疑問に思えてくる。
 例えば、自衛隊による米軍や他国軍への後方支援は「現に戦闘行為が行われている現場」以外で行うとしているが、アフガニスタンやイラクでは、比較的安全とされた地域が急な情勢の変化で最も危険な地域になることがあった。その時に「日本は撤退します」と抜けることができるのか。そんなことは他の国が許さないだろう。
 国連平和維持活動(PKO)協力法の改正案では自衛隊が治安維持任務に就くことも可能とされているが、アフガン戦争後の治安維持に当たった国際治安支援部隊では3400人以上が亡くなっている。不審な車両が近付いてきた時には、相手を撃たなければ自分が殺される。それが現実だ。政府は「そんな場所へは派遣しない」と言うが、米国からすれば、危険な任務を他国にも分担させたいというのが本音だろう。
 そもそも、9・11後の対テロ戦争はすでに破綻している。アフガンやイラクの市民を巻き添えにした末に、新たなテロリストを生んだだけだった。米国はすっかり中東の嫌われ者になった。
 いま必要なのは、紛争で荒廃した地域の人々に食料や毛布、テントを届ける「太陽政策」で人心を静めることだ。希望が生まれれば新たなテロリストは生まれない。日本は、米国に追従して嫌われ者になってはいけない。【聞き手・遠藤孝康】
==============
 ■人物略歴
 ◇にしたに・ふみかず
 大阪府吹田市在住。フリージャーナリストとしてアフガニスタンやイラク、シリアの戦地を取材。医療支援や難民支援も行う。


東大女子:なぜ増えない…「お得感なし」学歴隠す卒業生も
 東大生の女子比率が20%の壁を越えられない。同大は「2030年までに30%」の目標を掲げ、対策を打ってきたが一向に効果が上がらないのだ。東大女子はなぜ増えないのだろう。【小国綾子】
 「高校では東大を敬遠する雰囲気がありました。男は自分より学歴が高い女を敬遠するから、結婚相手の選択幅を増やすなら私大がいい、と」。中高一貫の女子校出身、国立大医学部1年生(19)は打ち明ける。
 実際に東大を避けた友人も。「東大進学を期待されていた文系女子は『遊びたいから』と指定校推薦で慶応へ。東大のオープンキャンパスに行った理系女子はプライドの高そうな男子が多そうだから、と別の国立大に。東大に行ったら東大生としか付き合えないというイメージもあります」
 その母親(50)が隣で「ママ友の中でも東大卒は学歴を隠します。慶応大卒の専業主婦はブランドになるのに、東大だと『税金を使って』みたいな目で見られるし、職場でも『東大卒の女は使いにくい』と色眼鏡で見られがち。女は男に比べ、東大を目指すだけのお得感がないのかも」。
 東大学部生の昨年度の女子比率は、1万4003人中2621人で18.7%。03年に18%台に乗って以降、20%に届かず足踏みしているのが現状だ。入学生ベースでは04年と06年に20%を超えたこともあったが今春は3144人中580人で18.4%だった。
 東大も手をこまねいていたわけではない。06年に男女共同参画室を設置。在学女子学生約70人を毎年母校に派遣したり、女子高生向けの大学説明会を開いたり、「身近なロールモデルを示すことでチャレンジしてもらおうと努力してきた」(同室)が結果につながらない。男女共学校では東大受験をクラスメートに隠す女子高生もまだいるという。
 当の東大女子たちは「『東大』の肩書は気になりません。学校名を聞かれたら『渋谷近くの学校』と言うけど」「女子が少ない分、まとまり良くて楽しい」と言うのだが……。
 他校の女子率を見れば、慶応大は35%、早稲田大は36%(昨年度)。文系学部の定員が多い私大とは単純比較できないが、理系学生の多い国立でも筑波大は39%(昨年度)と高い。京大は東大と似た傾向にあり、ここ数年は22%台。一方、米国の名門ハーバードは50%に近く、理工系のマサチューセッツ工科大で45%、英国の名門オックスフォード大は46%だ。
 学生だけでなく、東大の教える側の女性比率(昨年度)も准教授で11.5%、教授ではわずか5.1%。
 元ハーバード・ビジネス・スクール日本リサーチ・センター長の江川雅子さんはこの春まで東大理事を務め、女子を増やそうと尽力してきた。「韓国のソウル大も男女半々です。アイビーリーグと呼ばれる米国の名門大8校中3校が女性学長ですが、東大では学部長ですら女性が出ていない。グローバル時代に、日本人男子ばかりという多様性を欠いた教育環境は良くない」と残念がる。女子率が伸びないのは「不況や少子化の影響で、東京で1人暮らしをさせたがらない親が増えたうえ、息子なら無理をしてでも東大進学をサポートするが、娘には『そこまでしなくても』という家庭がまだ多い」と分析する。
 「女女格差」の著書がある橘木俊詔(たちばなき・としあき)京都女子大客員教授(労働経済学)は「東大の女子率の低さは、女子に不人気な工学部系の定員が多いのに加え、優秀な理系女子は東大以外の医学部受験に流れていることがある」と指摘。医師になるなら最難関の東大でなくてもいい、というわけだ。先の医学部生も「出産後のキャリアを考えて医師の道を選んだ。東大を出たって一生安泰じゃないから」と話す。
 安倍晋三首相は社会のあらゆる分野で20年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とする目標を掲げている。東大と首相、どちらも「30%」の達成は難しい?


御嶽山噴火:不明6人の捜索、7月に再開 長野県
 57人が死亡した昨年9月の御嶽山(おんたけさん)(長野・岐阜県境、3067メートル)の噴火で、長野県災害対策本部は4日、行方不明者6人の捜索を7月の梅雨明けにも再開すると決めた。今月9〜11日ごろ、山頂付近の雪解けや火山灰の状況などを把握する調査隊を派遣する。
 調査隊は警察官や火山の専門家ら約25人で編成。再噴火に備え、登山道沿いの山小屋が捜索隊員の退避所として使えるかなどを地上から確認する。
 噴火直後、自衛隊員ら延べ1万5000人が山頂付近を捜索。積雪などで2次災害の危険があるとして昨年10月16日、捜索がいったん打ち切られた。【稲垣衆史】


水平社宣言:記憶遺産再申請 創設メンバー・阪本清一郎直筆の備忘録を資料追加 差別体験つづる /奈良
 ◇御所の博物館で特別展 9月まで
 部落差別の解消を目指し、人間の尊厳と平等を訴えた「全国水平社創立宣言」。水平社博物館(御所市)を運営する奈良人権文化財団などが3日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産への登録を目指し、昨年に続いて再度の申請をした。今回は関連資料として、新たに水平社創立メンバーの一人である阪本清一郎(1892〜1987)の直筆備忘録を資料に追加した。備忘録には、小学生時代に差別を受けた体験、水平社創立に向けた切実な思いがつづられている。【塩路佳子】
 「畜生、泥棒、人殺、云ふ暴言よりも穢多(えた)と云はれる事ハ、実に残念でもあり、又心臓の奥までも聞へたのである」
 備忘録は、県内の被差別部落出身で1922(大正11)年の水平社創立の中心メンバーだった阪本が14〜22年にかけて、子供時代を振り返りながら思いを書き留めたものだ。「穢多と云ふ事はどんな事か、なぜ私等の者丈(だけ)がキラワレタリ、井ジメラレタリスルのか」。一冊の色あせたノートに、怒り、悲しみ、疑問といったさまざまな心情がにじむ。備忘録を所蔵する同博物館の駒井忠之館長は「この感情がエネルギーとなり、水平社創立につながったのだろう」と話していた。
 水平社は22年3月3日、阪本や西光万吉ら被差別部落の青年グループによって創立された。創立大会で読み上げられた「人の世に熱あれ、人間に光あれ」で締めくくられる水平社宣言は、今回の申請資料の中核だ。
 水平社創立の直前に書かれた備忘録の記述を見ると、水平社の創立が歴史的な意義を持つことへの期待がにじむ。「三月三日は何んの日である? 全国に散在する吾々三百万の部落民にとって之程意義深い日は嘗(かつ)て無い」
 水平社宣言は、差別を受けたマイノリティーが自ら連帯して立ち上がった「人権宣言」とも言える。駒井館長は「被差別部落の人々だけでなく在日朝鮮人やハンセン病患者らにも勇気を与え、翌年にはアメリカの雑誌で取り上げられた」と指摘し、その普遍性を強調する。
 今回改めて世界記憶遺産に申請された水平社宣言。駒井館長は「ヘイトスピーチの問題など、今は人権意識が低下しているように感じる。水平社の思想を世界中の人と共有できれば、意識が高まっていくのではないか」と期待した。
  □   □
 同博物館では9月13日まで特別展「全国水平社創立宣言を世界の記憶に」を開催している。阪本清一郎の備忘録を始め、水平社を象徴し、いばらの冠をモチーフにした「荊冠旗(けいかんき)」など申請資料が展示されている。入館料は大人500円、中高生300円、小学生200円。問い合わせは同博物館(0745・62・5588)。

新梅田シティでベルギービール

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Adolf_Tezuka_Takarazuka

Japon : des WC et de l’eau dans les ascenseurs en cas de séisme
Les fabricants japonais d'ascenseurs envisagent de stocker de l'eau potable et des toilettes portables dans les ascenseurs pour les usagers qui auraient l'infortune de se retrouver coincés, en cas de séisme notamment. Selon les simulations du gouvernement concernant le ≪Big One≫, le séisme dévastateur qui pourrait frapper un jour Tokyo, quelque 17.
000 personnes pourraient être bloquées dans des ascenseurs.
≪Nous avons décidé d'examiner ces dispositions afin d'améliorer la sécurité la prévention des risques≫ dans les ascenseurs, indique mercredi Takeshi Miyata, représentant d'une association des industriels de la profession. ≪Il existe déjà des produits spécifiques dans le commerce et certains immeubles en sont déjà équipés, mais nous allons voir dans quelles conditions leur usage pourrait être généralisé≫, précise Takeshi Miyata.
Diverses modèles réduits de toilettes portables ont déjà été concus pour les situations d'urgence et font partie du ≪kit de survie≫ dont s'équipent certains Japonais en prévision de tremblements de terre ou autres désastres. Il existe, spécifiquement pour les seniors, des ascenseurs munis de sièges où l'on pourrait placer l'eau et des toilettes.
Le Japon compte près de 700.000 ascenseurs, dont plus de 150.000 uniquement à Tokyo. Lors du dernier puissant séisme ressenti à Tokyo, samedi dernier, quelque 19.000 ascenseurs ont été stoppés en plein mouvement. Quatorze appareils se sont arrêtés entre deux étages, bloquant momentanément leurs passagers, selon le ministère de la Construction. Depuis 2009, tous les ascenseurs sont dotés d'un dispositif censé éviter qu'ils ne restent coincés entre deux étages.
フランス語
フランス語の勉強?

梅田新シティーでHiさんとベルギービールを飲みました.甘いような酸っぱいような味わいが素敵です.天気予報では雨だったのですが,降らなくてよかったです.

気仙沼線と大船渡線 鉄路復旧5日意見交換
 東日本大震災で被災したJRの気仙沼線と大船渡線をめぐり、国土交通省が宮城、岩手両県の沿線5市町の首長と県、JR東日本関係者による会議を東京都内で5日に開くことが2日、分かった。バス高速輸送システム(BRT)で代替運行している区間について、鉄路による本格復旧を目指すか断念するかを含め、継続した意見交換の場とする方向だ。
 両線の復旧方針をめぐっては、東北運輸局が中心になり、沿線自治体の実務担当者らによる「復興調整会議」がそれぞれ開催されてきたが、話し合いは滞っているのが現状。国交省はトップレベルの会議で着地点を見いだしたい考えとみられる。
 関係者によると、出席するのは気仙沼、登米、南三陸(宮城県)、大船渡、陸前高田の5市町の首長と両県、JRの幹部ら。会議は気仙沼と大船渡の各線ごとに開催し、初会合では各自治体から意見を聴く予定だ。
 両線に関する復興調整会議は震災後の2011年7月に初めて開催されたが、JRが復旧費用の試算を示した14年2月以降は開かれていない。
 鉄路による復旧が課題となっている区間は、気仙沼線が柳津(登米市)−気仙沼間(55.3キロ)、大船渡線が気仙沼−盛(大船渡市)間(43.7キロ)。JRによると、復旧費用はそれぞれ700億円、400億円で、JRはこのうち計670億円の公的支援を国や県、沿線自治体に求めている。


復興地元負担:「はしご外された」進捗遅れ自治体が反発
 東日本大震災の復興事業を巡り、復興庁が3日発表した2016年度以降の自治体負担率は、被災規模や財政状況に関わらず適用される。復興の進捗(しんちょく)状況が遅いほど負担感が強くなるため、一部自治体から「理不尽だ」との声が上がった。岩手県宮古市議会はこの日、地元負担の撤回を求める意見書案を全会一致で可決するなど、被災地の懸念は払拭(ふっしょく)されていない。
 岩手県によると、16年度からの5年間で市町村分と合わせて約90億円の負担が生じる。このうち県負担分は約73億円。達増(たっそ)拓也知事は3日の記者会見で「すぐ手が打てる数字ではない」と述べた。
 同県宮古市では、県事業の防潮堤工事が3カ所・計約3.4キロ分にわたり、負担増の対象になる。市の担当者は「完成が遅れれば、避難先から住民も簡単に戻って来られない」と不安視する。
 同じ沿岸部の同県大槌町も地元負担を求められることに難色を示す。町税収入は年間約9億円と財政規模は小さいが、5年間で約1億円の負担増になる見通し。町復興推進課の中野智洋課長は「東日本大震災は被災規模が大きいため『国が面倒を見ます』と言ってスタートしたはず。はしごを外される思いだ」と話した。
 宮城県でも気仙沼、石巻、東松島市など復興に時間を要する自治体から不満の声が上がった。東松島市の阿部秀保市長は「被害が大きく復興に時間を要しているところに負担を求めるのはフェアではない。無駄遣いは被災地ではなく、別の省庁がしたことだ」と反発している。
 一方、津波被害が比較的少なく、負担増が200万円程度にとどまる自治体の担当者は「大きな打撃にならずに済んだ」と話すなど、負担感の格差が浮き彫りになっている。【春増翔太、近藤綾加、百武信幸、岡田英】
 ◇自主避難者へ情報支援継続
 東京電力福島第1原発事故に伴う「県外自主避難者等への情報支援事業」について、復興庁は3日、2015年度で終了するとの政府案を修正し「今後も継続される必要がある」と方針転換した。具体的な支援方法は今後検討する。5月の政府案では、終了する10事業に含まれていたが、福島県は「国が全額負担する『原発由来』の事業だ」と継続を求めていた。
 また、15年度で終了する「緊急雇用創出事業」を巡り、一部自治体が仮設住宅の見守りや避難指示区域のパトロールに使っていることに配慮し、復興庁は「16年度以降も別の形で支援を行う」との方針を示した。【松本晃】


<ミラノ万博>復興の歩み発信 東北の祭り披露へ
 仙台市は2日、イタリアで7月11日にあるミラノ万博のジャパンデーで、東北の代表的な祭りを一挙に披露する「東北復興祭りパレードinミラノ万博」を実施すると発表した。東日本大震災の際に世界から受けた支援に感謝し、復興に歩む姿をアピールする。
 青森ねぶた祭や盛岡さんさ踊り、仙台七夕まつり、秋田竿燈まつり、山形花笠まつり、福島わらじまつりの各祭りのほか、「いわきじゃんがら念仏踊り」「会津彼岸獅子舞」など福島県内四つの祭りも参加する。
 ハローキティなど海外で人気の高いキャラクターも加わり、万博会場内の中央大通り「デクマーノ」の日本館前から中心部までの約500メートルを約1時間20分かけて練り歩く。
 パレードは東北の県庁所在地の6市長や6商工会議所会頭らでつくる実行委員会が主催。実行委員長で法被姿で参加予定の奥山恵美子仙台市長は「世界中の方々が集う場で、震災からしっかり立ち上がってきたことを伝えたい」と語った。
 パレードは現地時間午後2時半と同4時半の2回で計6万人の観客を見込む。


<祈りと震災>(49)書き手の私 死を経験
◎作家からの伝言(下)熊谷達也さん/言葉紡ぐ難しさ直面

 明日も今日と変わりなく続くはずだった日常が、あの日、いともたやすく分断された。
 地震と津波という、それ自身には何の悪意もない自然の身震いが、私たちをあの世の者とこの世の者に、あっけなく引き裂いた。あの日以来、この世に肉体は残っていても、生きながら死んでいる者、あるいは、死につつも生き永らえている者、そんな人々が私たちの隣人として当たり前に存在するようになった。
 実は私自身もその一人だったのだと、東日本大震災から4年以上も経過した今、ようやくにして気付いた。気付いてはいたが目を背けていたのかもしれない。ものを飲んで食って、眠って目覚めてまた飲み食いしてという、生き物としての私は、幸いにもあの震災によって特に傷つくことなく済んだ。しかしおそらく、いや、間違いなく、小説を書く者としての私は、あの時一度死んでいる。
 これまで誰にも話したり何かに書いたりしたことはないのだが、震災後、ある時期まで、異様なまでに筆の速度が速くなった。確かに異常とも言えるレベルで、自分でも不可解でならなかった。そうして、震災前からスタートしていた連載小説をいくつか書き終えて本にした。
 同時に、新たな作品はもう書けないだろうと思っていた。あの現実を前にして、フィクションとしての言葉を新たに紡ぎ始めるのは不可能だ。実際、震災前からの連載を継続しながらも、小説が全く読めなくなっていた。小説を読めない者が小説を書いているという自己矛盾の中にいた。小説だけではなかった。活字そのものが読めなくなった。
 だから、毎日届く新聞は、一行も目を通さず保管用の段ボール箱に溜(た)まり続けた。外からの情報は、しばらくの間テレビだけで得ていた。当時の自分をあらためて振り返ってみて分かった。どうやら、あの異常なまでの筆の速さは、小説家として死にゆく私の、断末魔の痙攣(けいれん)だったようだ。
 ところが今の私は、自分の予想を裏切って、新たな作品を書き始めている。だが、今度は異様なまでに筆の速度が遅い。一つの言葉を選ぶのに、半日近くかかることもある。が、それは当然のことなのだと今は観念している。小説の書き手としての私は、おそらくいまだに半分死んだままだ。この世にありつつも、夥(おびただ)しい死者とともに生きている。原稿に向き合うたびにこちらの世界とあちらの世界を行き来しなければならないのだから、困難な行為になるのは当然だ。
 この地で小説を書く者が、彷徨(さまよ)い続ける死者の魂を置き去りにして安易に生き返ることは許されていないのだろう。


<山元自動車学校津波訴訟>配慮義務学校側認めず
 東日本大震災の津波で常磐山元自動車学校(宮城県山元町)の教習生ら26人が死亡したのは、学校が安全配慮を怠ったためだと、遺族が学校や経営者らに約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審の第1回口頭弁論が2日、仙台高裁であり、学校は約19億1300万円の支払いを命じた仙台地裁判決の破棄を求め、遺族は経営者ら個人の賠償責任を認めるよう主張した。
 学校側は「地震を受けて教習は終了しており、その後も残った教習生らに安全配慮義務を負うべきだとする地裁判決は極めて不合理だ。そもそも学校は津波の浸水予測区域から外れていた」と訴えた。
 遺族側は「学校の経営者らは避難マニュアルを作成せず、避難訓練も実施していなかった。地裁判決が学校という組織の責任を認めた点は評価するが、個人責任を否定したのは不当だ」と述べた。
 地裁はことし1月の判決で、学校前の県道で消防車が避難を呼び掛けた事実に着目。「教官らは呼び掛けを聞いたと推認され、津波襲来を予期できた」と指摘し、学校の責任を認めた。経営者らの個人責任については、呼び掛けを聞いたと認定できないことなどから退けた。遺族、学校の双方が控訴した。


<最終処分場>国の振動調査 大和町が拒否
 福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設をめぐり、環境省が候補地の一つ、大和町下原地区に隣接する陸上自衛隊王城寺原演習場の振動・騒音調査を実施したいと町に打診し、町が拒否していたことが2日、分かった。
 町によると、環境省は5月13日、演習場で今月4日に始まる沖縄駐留米軍の実弾砲撃訓練に合わせ、砲撃の振動・騒音の影響を調べようと、事前協議の開催を申し入れてきた。町は認めれば詳細調査を他候補地に先行して受け入れる形になるとして、5月25日に拒否の意向を伝えた。
 下原地区は演習場に隣接し、町は「誤射の危険性がある」「建物が常に振動にさらされ、影響を受ける」と処分場建設に反対している。町は独自に演習場周辺の振動や騒音を計測している。
 浅野元町長は河北新報社の取材に「詳細調査の着手は3候補地同時、という条件を譲るわけにはいかない」と話した。


熱血!与良政談:主体的判断と首相のヤジ=与良正男
 安全保障関連法案の国会審議を聞いていて改めて思うのは、憲法9条を改正せずに解釈の変更だけで集団的自衛権を行使するのは、やはり無理があるということだ。
 例えば「専守防衛」。従来、政府は相手からの武力攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使すると定義してきた。もっぱら日本への攻撃に限るから専守。これが9条のぎりぎりの解釈だと私も思ってきた。だが、今度は米国など同盟国への攻撃も含まれるという。しかも「定義の変更では」と問われると安倍晋三首相らは「専守防衛の考え方は全く変わらない」と繰り返す。
 そんな無理をしてまでなぜ、法案の成立を急ぐのか。
 昨年、本欄で何度かこんな話を書いた。日本の喫緊の課題は沖縄県・尖閣諸島だ。でも尖閣で日中が軍事衝突したら国力の落ちている今の米国は日本を助けてくれないかもしれない。日本も米国のために血を流さないと見捨てられる……。外務省幹部が私に語った話だ。この「見捨てられ論」は元々、集団的自衛権を行使できる「普通の国」になりたいと願ってきた人たちが生み出した理屈にも聞こえるが、本音でもあるのだろう。今回の大転換に突き進む原動力となっているのは間違いない。
 日本が攻撃されれば米国は日本を守る。代わりに日本は米軍に基地を提供するのが日米安保条約だ。今のままでも尖閣は米国が守る対象だ。米国不信の表明となるから政府が「約束を破るかも」と表立って口にできない事情は分からないではない。だが、そもそも米国から見捨てられると心配している人たちが、今後米国の要請を断ることなどできるだろうか。そこが核心の一つだと思う。
 これまでは「9条があるから」と断れたが、今度の法案はその制約を相当部分取り払い、首相らの裁量=政治判断を大きくするものだ。安倍首相は「米国の戦争に巻き込まれることは絶対ない」と断言するが、一方の米国は負担減となるから当然、大歓迎ムードだ。米国の要請に応じる形で自衛隊の海外活動の「例外」がなし崩しで拡大し、実質改憲となってしまう恐れがある。
 すぐ感情的になって「早く質問しろよ」などと乱暴なヤジを飛ばす首相に冷静な判断ができるだろうかという話でもある。(専門編集委員)


エンドレスウォー:序章 対IS最前線/1(その1) 「反イスラエル」増幅
 ◇ISが便乗、貧困少年ら動員 ハマス支配のガザにも触手
 中東で猛威を振るうイスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)が、「イスラエルの壊滅」を旗印に少年兵らを鼓舞している。パレスチナ自治区ガザ地区で2200人以上の死者を出した昨年夏の戦闘を受け、アラブ諸国などで高まった「反イスラエル感情」に便乗する広報戦略とみられる。深刻化する脅威に圧倒的軍事力で対峙(たいじ)するイスラエルとの間で、新たな憎悪の連鎖を生み出している。イスラエルを巡る「終わりなき戦い(エンドレスウォー)」から時代の流れを読み解く長期シリーズの序章として、対ISの最前線を追う。【アンカラで大治朋子】
 トルコの首都アンカラのスラム街。シリア難民や麻薬中毒者が住む廃虚の一角にテント張りの礼拝所がある。ここで生まれ育ったハッターブさん(16)は「シャリア(イスラム法)の厳格な順守」との教えにひかれて通っている。住民の一人が言った。「今夜10時に礼拝所に来たら、ISに入る住民に会えるよ。これまで数百人がシリアに渡っている」。ISに戦闘員を送り込む勧誘拠点とそのルートは「ジハード・ハイウエー」とも呼ばれる。
 ハッターブさんは昨年5月、同級生らとシリアに入った。自爆テロの訓練は厳しく、仲間の7人は帰国。1人だけ残留した。翌6月、ちょうどISが「国家」樹立を表明したころ、野外演習に数人の司令官が現れ声を張り上げた。「イスラエルを壊滅させるため特殊エリート部隊2万人を養成中だ。希望者はついて来い」。チェチェン人グループら200人以上が喜んで同行したが、自分は決断できなかった。後日、同行者はイラクの前線に送られ、一部は死んだと聞いた。
 ハッターブさんはその後、11歳の児童が暴発させた実弾を下肢に受け、トルコに搬出された。一部地元紙は「IS戦闘員の少年、負傷して帰国」と報じた。
 今春、シリアからトルコへ脱出した元IS戦闘員のシリア人少年(16)は、シリア北部ラッカの住民の紹介で取材に応じた。司令官に「お前は気が弱い」と言われ、15日間で100人以上の処刑に立ち会った。大半が地元住民で「不信心者」「イスラエルのスパイ」などとして殺された。同じイスラム教徒の殺害を疑問に思い、「ユダヤ人こそ殺すべきでは」と遠回しに尋ねると、司令官は「アサド政権を倒したら次はイスラエルだ」と繰り返した。
 ユダヤ教徒中心のイスラエルは聖地エルサレムの帰属などを巡り、イスラム教徒中心のアラブ諸国などと争いを繰り返してきた。昨年夏のガザ紛争で過去最悪の死者数を出すとイスラエルの「過剰攻撃」を批判するデモが世界各地で拡大。反ユダヤ主義も台頭し、ユダヤ人襲撃事件が相次いだ。
 IS支持の波は、イスラム原理主義組織ハマスが支配するガザ地区にも忍び寄る。中部アルヌサイラット難民キャンプ。宗教指導者の仲介で取材に応じたアブドゥジャナと名乗る男性(34)は、ガザでIS支部の設置を目指している。今年1月には、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を掲載した仏週刊紙が襲撃された事件を支持するため、ISの旗を掲げて約200人の仲間と共に行進。仏文化センター前で仏国旗を燃やした。
 その後、ハマスの治安施設などが何者かに攻撃されたため、ハマスは多数のIS支持者を逮捕。関連のモスク(イスラム礼拝所)などを破壊した。IS支持グループは1日、ハマスに対し、逮捕者の釈放と48時間以内の摘発停止を求め警告を突き付けた。ガザでは圧倒的な力を誇るハマスだが、男性は「我々はシリアやエジプト・シナイ半島のIS組織と連携している。イスラエルとの戦闘で多数の市民が死んだのに何も変わらない。ハマスに失望した若者たちが我々に共鳴し始めている」と話した。


エンドレスウォー:序章 対IS最前線/1(その2止) イスラエル、過ぎた抑止力
◇敵生み出す悪循環
 イスラム過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)による「反イスラエル・プロパガンダ(宣伝)」の背景には、イスラエル・パレスチナ間の和平交渉の行き詰まりに加え、イスラエルの過剰な抑止力が新たな「敵意」を再生産するという悪循環がある。ISの戦略は外国人戦闘員の流入やISに共鳴する「ローンウルフ(一匹オオカミ)」のテロを加速させる一方、エジプトのシナイ半島から対イスラエル攻撃を繰り返す武装組織にも影響力を及ぼしている。【ガザ市(パレスチナ自治区ガザ地区)大治朋子、パリ宮川裕章】
 イスラエルは昨年9月、ISをテロ組織と認定。IS戦闘員としてシリアなどに渡ったパレスチナ人数十人を拘束した。占領地のヨルダン川西岸でも「IS組織を作ろうとした」として数十人を逮捕している。
 「軍や市民に対するさまざまな攻撃を想定している」。イスラエル軍のアリク・ヘン大佐は3月、一部記者団に対し、エジプト・シナイ半島を拠点とする武装組織について強い懸念を示した。イスラエルへの攻撃を繰り返してきた過激派組織「アンサール・バイト・マクディス(エルサレムの支持者)」が昨年11月、ISへの忠誠を表明し、「ISシナイ州」を宣言したからだ。
 イスラエル軍は2月、ISがこうした分派を通じて攻撃を仕掛けて来るのは「時間の問題」と指摘。シナイ半島との境界のフェンスをレーダー搭載のコンピューター制御式に切り替えていることを明らかにした。
 だが、ガザ地区でISを支援している男性(34)は「昨年夏の(イスラエルとハマスの)戦闘前後までは仲間を密輸トンネルでシナイ半島に送り、そこからシリアに行かせてIS本体と連絡を取っていた。その後、エジプト政府の取り締まりで行き来は難しくなったが、シナイ半島との連携は続いている」と話す。
 この男性はハマスの軍事部門「カッサム旅団」の元戦闘員。ガザのIS支持者の多くはハマス出身者だと明かす。パレスチナ問題アナリストのイスラエル人、アーノン・レギュラー氏は「ガザのIS支持者の大半は実戦経験のある戦闘のプロだ。その危険性は大きい」と分析する。
 イスラエルはヨルダン川西岸でユダヤ人入植地を拡大する一方、ユダヤ人に対する攻撃には、容疑者の家族が暮らす自宅を爆破して破壊するなど報復を徹底している。未成年の逮捕・拘束も続け、国際社会の非難を浴びてきた。ガザ地区でのハマスとの戦闘は過去7年で3回に及び、ガザ側の死者は多数の民間人を含む計3600人以上(イスラエル側は87人)に達した。
 こうしたイスラエルの方針に通底するのは、抑止力の発想だ。圧倒的な攻撃こそが敵の戦意を喪失させ安全確保につながると考える。だが、パレスチナをこれ以上追い詰めれば、内外のより過激な組織を伸長させかねない。抑止力を追求するあまり、新たな敵を自ら作り出すという皮肉な連鎖にとらわれていくことになる。
 ◇IS、巧みな広報戦略
 「息子はイスラエルのスパイではない。ISにだまされた」。今年4月16日、エルサレム郊外に住むパレスチナ人、サイード・ムサラムさんが悔しがった。ISは3月10日、ムサラムさんの三男、ムハンマドさん(19)がイスラエルの情報機関「モサド」のスパイだとして「処刑映像」を公開した。オレンジ色の服を着たムハンマドさんは、迷彩服姿の少年に銃で撃ち殺されたように見える。
 仏紙「リベラシオン」(3月15日付)によると、少年は12歳のフランス人で、傍らに立つ男は仏南部トゥールーズ出身の31歳の義父、サブリ・エシドという人物。男は2012年3月、トゥールーズでユダヤ人学校を襲撃し、子供ら4人を殺害したイスラム教徒の兄弟で、今年1月にパリで起きたユダヤ教徒向けスーパー襲撃事件への関与も疑われている。「処刑」を見届けて、男は宣言する。「ユダヤ人の不浄からエルサレムを解放する」。イスラエルに併合された聖地エルサレムの奪還は、多くのイスラム教徒の悲願だ。
 ムハンマドさんは昨年7月に始まったイスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとの戦闘の様子を熱心にテレビで見ていた。重傷を負ったガザ市民の一部が東エルサレムの病院に搬送されると、「持っていたお金を入院患者に全部あげていた」(ムサラムさん)。
 ISはこの時期にイスラエル批判を展開。イスラエル国内でもパレスチナ人がユダヤ人を襲撃する事件が相次いだ。ムハンマドさんが家族に秘密でシリアに向かったのは、戦闘終了後の昨年10月のことだ。ムサラムさんによると、ISでイスラエル攻撃要員にヘブライ語を教える仕事を任されていたようだという。
 米国家対テロセンターによると、ISに参加した外国人は90カ国から累計2万人以上。過去20年間でアフガニスタンなど紛争地に向かった外国人戦闘員の総計を上回る規模だという。ベルギーやフランスでは昨年以降、ISの元戦闘員やISに感化された「一匹オオカミ」がユダヤ系施設を単独で襲撃する事件が相次いでいる。
 イスラエルのシンクタンク「国家安全保障研究所(INSS)」は5月26日、ISについての討論会を開催。カーミット・バレンシ研究員は「現時点でISは対イスラエル攻撃の具体的な指示を出していない。だが、その広報戦略はイスラエルやユダヤ人への攻撃を世界各地で誘発している」と指摘した。

自分でお好み焼き・・・失敗/久しぶりのジムでくたくた

ブログネタ
フランス語 に参加中!
nbr3

Voilà à quoi ressemble le métro du Japon à l'heure de pointe
Il faut être courageux pour prendre le métro aux heures de pointe au Japon. Ces passagers veulent monter dans leur train completement bondé. Les agents ferroviaires sont même littéralement obligés de les pousser pour qu'ils puissent rentrer dans le wagon. Une situation qui doit mettre de bonne humeur le matin.
フランス語
フランス語の勉強?

「かんさい熱視線」震災20年 支えあってきたけれど-復興住宅の現場から-
神戸市中央区にある復興住宅「コミュニティ春日野」は住民の9割が高齢者。取りまとめ役を務めてきた坂上さん79歳は掃除や連絡事項の張り出しを行なってきた。最近病気を患うが今でも住民の様子を気にかけている。坂上さんがここに移り住んだのは震災から4年後のことで見ず知らずの人たちが集まっていた。平成16年の映像には食事会を開催するなど住民同士のつながりを必死につくろうとする坂上さんの姿があった。コミュニティ春日野で一人で暮らす松山さん86歳は4年前に倒れ身体が思うように動かなくなり食事会には行かないという。さらに高齢化は孤独死という問題も生み出ている。孤独死は復興住宅全体で800人を超えている。行政は孤独死を防ぐため見守り支援を行なってきた。西神井吹台住宅で見守り推進員を務める富永さんらは、孤独死を防ぐために住民の安否を確認している。見守りによって命を救われた女性もいる。この見守り推進員は財源不足で維持できなくなる可能性があり、財源確保が模索されている。
高齢化の問題が解決できないのは、震災直後に復興住宅を建てたが、その後にどういう地域を作るのかに関する想像力が十分ではなかった、プライバシーを重視した空間を作ったため住民の交流が生まれにくい空間になってしまったと平山教授は指摘した。また住民が高齢化し、若い人の入居が少なく、地域に参加出来ない状況があり、復興住宅をどうするかという時の世代交代がうまくできていないと語った。
神戸市須磨区の「新大池東住宅」で夜間の見守りを行うNPO法人阪神高齢者・障害者支援ネットワークの黒田裕子さんを取材。看護師の資格を持つ黒田さんは市の許可で一室を借り上げ、夜間体調不良を訴える高齢者のもとに駆けつけられるよう泊まり込んでいる。
神戸学院大学では、NPO法人よろず相談室・牧代表が学生たちに復興住宅への入居を呼びかけ、自治活動の活性化を図ろうとしていた。牧さんは格安家賃で学生に住んでもらい自治会への参加を義務付ける県営住宅でのモデルを参考にしているが、復興住宅に学生が一人暮らしすることは法的に認められていない。牧さんは今後、署名活動を行い行政に積極的に働きかけていこうとしている。
平山教授は復興住宅に学生を入居させるというアイデアについて、根本的には復興住宅にこれからどんな人に入ってもらうかを表していると思うと話した。また、公営住宅は住宅に困っている人から入居することとなっているが、一方で高齢者ばかりの地域が出来ることを考えると若い人の入居があってもよいと思うと話した。平山教授は震災から20年たった今からより復興について考えなければならないと話し、東北の復興も含め今後の災害についても考えるべきと話した。また、阪神淡路大震災の経験をもとにして国全体で高齢者の街をどう支えるのかも重要となると話した。

「ドキュメント72時間」 - 原爆ドームの見える岸辺で -
8月6日をはさんだ3日間、原爆ドームの見える岸辺に密着。
8月4日、元建設業の男性は原爆ドームが見えるベンチでぼんやり過ごすのが好きだという。
8月4日夜、ライトアップされた原爆ドームに佇む女性は仕事で疲れるとこの場所を訪れるという。
8月5日、岐阜から来た親子、男の子は戦争に興味を持ち始め歴史学者になりたい、何が起きたか調べたいと話した。そして記念式典を明日に控えいろんな人が会場に集まり始めた。
8月5日、被爆者の両親から生まれた男性はこの時期の公園のあり方に思うところがあり出会った人と意見を交わすという。自転車で80キロ離れた山里から来た応谷文夫さんは8月6日の平和公園を感じたいなどと話した。
8月5日、夜になってもみんな原爆ドームの前を去ろうとしない。京都から来た大学生のグループは自主制作の映像作品を作っていた。地元の泉田加代子さんは被爆者だった父親を数年前に亡くしたという。
8月6日、43年ぶりの雨となった。原爆が投下された8時15分まであと数時間、公園の隅々まで人が入り乱れていた。
8月6日、ダンサーを目指している牧野史和さんは戦争を体で感じ踊ってみようとやってきたという。
8月7日、対岸には日常が戻っていた。

新・にほん風景遺産 日本の海 2時間SP 「瀬戸内 小豆島と三陸 気仙沼」
4年目の三陸 港町・気仙沼〜甦る海と旬 誇り高き漁師たち〜
東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市は県の最北端、岩手との県境に位置する日本有数の港町。作家・島田雅彦が海と生きる町・気仙沼を訪ね、名産のサメ料理など港町の復興のカギとなる海の幸を食べ尽くす。さらに、早朝から始まる定置網漁にも同行。豊かな海を目の当たりにして気仙沼の現状を知り、漁の後の番屋では絶品の“漁師めし"をいただく。
島田雅彦  下平さやか

「謎」の進学校 麻布の教え (集英社新書)
神田 憲行
集英社
2014-10-17


外部から見た有名校の真実 t_tt

進学校の話題が上がる場合,何も知らない人は「生徒は勉強ばかりしていてひ弱」だとか,「勉強以外のことはろくに知らない」というようなことを口にします.東大を目指すために無茶をする漫画やドラマの影響かもしれません.そういう学校が存在することは確かですが,そのような学校ばかりではありません.本書では漫画やドラマに出てくるような進学一本の学校とは全く異なる,東京の学校を取り上げています.新制高校になってから一度も東大合格者数ベスト10から落ちたことがないという進学実績を誇ることは知られていますが,学校はそのことを売りにしていません.むしろ,東大に入るためだけに中高一貫の6年間を過ごすのはバカバカしいとまで言い切っています.それではこの学校では,いったいどういう教育がなされているのでしょうか.前半を読むと生徒のあまりの脱線ぶりに唖然とするかもしれません.取材した著者も度々呆れています.ところが後半へ進むにつれ,生徒一人一人にきちんと居場所のある暖かい学校を支えていくのだという,先生方の親身の努力が伝わってきます.校長先生が退職の際に在校生に贈った言葉は,ここの在校生でなくても心に響くのではないでしょうか.お子さんの進路について考えている保護者や,学校の先生方に特に読んでいただきたい本です.子供たちにとって理想の教育とは何か,考えるきっかけになると思います.

朝図書館によってからの出勤なのでだいぶのんびりです.お昼は新しくなった商店街のお好み焼き屋さん.自分で焼くお店です.でも失敗してしまいました.自分が食べるから少しくらい焦げすぎていてもあまり関係ないのですが・・・
夕方は久しぶりのジム.いつもの筋トレができません.少し負荷を小さくしました.それなのにクタクタになりました.

<祈りと震災>(48)不安や怨みと決別を
◎作家からの伝言(中)玄侑宗久さん/思考の蓄積苦しみ生む

 「老子」第5章に「天地に仁なし」という言葉がある。簡単に言えば、天地自然には思いやりなどなく、自然災害に遭って死ぬのも生き残るのも100%偶然であり、そこには何らの因果も読み取る必要はないということだ。
 東日本大震災から4年以上たった今、私はなおも家族を喪(うしな)った悲しみから立ち直れない人々にこの言葉を贈りたい。
 だから生き残ったことに自責の念を感じすぎないでほしいし、そろそろ自然を見習い、津波の翌日のあの凪(な)いだ海のように、蓄積した思いを手放してほしいのである。
 蓄積こそが文化じゃないかと、反論が聞こえてきそうだが、たしかにそういう面はあるものの、日本では古来、神道も仏教も鏡に喩(たと)え、思いを祓(はら)い清め、解こうとしてきた。思いの蓄積こそが人間を苦しめることをよく知っていたのだろう。
 
ある実験によれば、人間は1日に約5万回近くさまざまなことを「思考」するという。思考の一部は口に出されるものの、ほとんどは表出されることなく、潜在意識に記憶される。そして潜在意識は、反論も批判もすることなくそのまま受け止め、その思考を実現するため、四六時中働いているのである。われわれが何を口にし、何を思考するかが人生を決めると言っても過言ではない。
 おそらく今、被災地に住む人々の心を占めるのは、さまざまな「不安」に違いない。なかには「怨(うら)み」という人もいるかもしれない。「不安」も「怨み」も、思考の蓄積が生み出す人類最大の敵である。敵はすでに外部にはおらず、われわれの内部で増殖しようとしているのだ。
 
2、3日で戻れると思って自宅を離れ、4年も戻れない人々。震災後に自殺した人の家族。2年8カ月もかかった牛や豚の安楽死にいや応なく従事した獣医さんたち。各地で霊媒の方々に家族を降ろしてもらう家族…。そんな人々に「不安」や「怨み」を抱かないでと言っても、難しいことは百も承知である。しかしそんな人々だからこそ、これ以上苦しみを増やさないでほしいと切に願うのだ。
 自然は怨まないし不安も感じない。むろん祈りもしない。本当は自然に学び、どれもない状態にできればいいのだが、人は募る不安を打ち消し、怨みに代替するために祈る。
 まず希望する状態を明確に思い描き、それがかなったときの感情もリアルに言葉にして朝晩必ず念じてほしい。あとは潜在意識が寝ていてもそれをかなえるべく働いてくれる。これはマーフィーの法則と呼ばれるが、どの宗教にも共通する正当な祈りである。


早く帰還させたい 除染作業員の思いのぼりに
 <山木屋に 子供の笑顔を もう一度>
 <精一杯 誠意いっぱい 除染中!>
 東京電力福島第1原発事故で避難区域となっている福島県川俣町山木屋地区の除染現場にのぼりがはためく。古里への帰還を心待ちにする住民に向けた除染作業員の秘めた思いが込められている。
 山木屋地区で除染を行う大成建設などの共同企業体(JV)が4月、のぼり540本を県道わきなどに立てた。黄、青、オレンジの3色に6種類のメッセージを記した。
 発案したのは現在は福岡県在住で、元大成建設社員の中村和也さん(58)。2013年5月に山木屋に赴任し、JVの品質安全責任者を務めた。
 「福島の復興に役立ちたいという決意や自然豊かな山木屋への愛着など、作業員の思いを地元の方々に伝えよう」と提案した。
 13年12月に作業員から初めて作品を募り、480点から10作品を選び600本立てた。ことし2〜3月の再募集には作業員とほぼ同数の800点近い作品が集まり、表に出にくい作業員の気持ちなどを率直に表現した6作品が選ばれた。

 <おかえりなさいを言いたくて 春夏秋冬がんばります>
 南相馬市の高柳裕さん(57)は、住民が一日も早く故郷に戻ってこられるよう、除染に全力で取り組む意思を作品に込めた。
 山木屋地区では国による除染が行われ、5月現在、約2200人の作業員が働く。宅地は終了し、平均空間放射線量は除染前に比べ半減した。農地の進捗(しんちょく)率は20%で年内の完了を見込む。町は16年3月までに、避難指示解除の目標時期を示すとしている。


暑がりさんお待たせ 仙台市クールビズ開始
 仙台市は1日、軽装にして冷房用電力消費を抑えるクールビズを始めた。東日本大震災後の2011〜14年は電力不足に対応するため5月から実施していたが、5年ぶりに6月に戻した。
 市環境局では、職員が半袖シャツとノーネクタイという涼しげな格好で仕事に当たった。空調は切っており、環境企画課の車田浩一主査は「パソコンなど熱を出す機器が多いので半袖は過ごしやすくて助かる」と話した。
 市は今回、東北電力が夏に電力を安定供給できる見通しを示し、5月は肌寒い日も多いことからクールビズの前倒しを見送った。だがことしの5月は夏を思わせる暑さが続き、職員からは「昨年と同じにしていれば…」との声も聞かれた。
 仙台市議会は既に5月からクールビズに移行。市、市議会ともに10月末まで実施する。


震災で全壊 磐城農高の新校舎完成
 東日本大震災で校舎が全壊した磐城農高(いわき市、生徒457人)の新校舎が完成し、同校で1日、式典が行われた。
 新校舎は鉄骨鉄筋コンクリート3階のT字形(延べ床面積約7100平方メートル)で、事業費は20億1500万円。式典では佐久間秀夫校長が「一人一人が新たな歴史を築いてほしい」と述べ、生徒代表らがテープカットで完成を祝った。
 磐城農高は2011年度1学期まで勿来工高、勿来高の校舎を借り、2学期からプレハブの仮設校舎に移った。現在も屋外での体育や部活動は、勿来高の校庭などを借りている。今後、実習棟やグラウンド工事が行われ、16年秋に整備が全て終わる予定。
 学友会(生徒会)会長の草野智貴君(3年)は式典で「3年間、仮設校舎で学んだ先輩の思いも胸に、新しい校舎で良き伝統を受け継ぐ」と誓った。


安保法制審議 国会権威貶おとしめる不見識
 安全保障法制をめぐる衆院特別委員会での審議。やじを飛ばすなど、安倍晋三首相の不誠実な態度に、与党議員も苦言を呈す。国会は国権の最高機関だ。敬意を持ち、誠実に答弁すべきである。
 安保法制を審議するきのうの特別委は冒頭、首相の謝罪から始まった。浜田靖一委員長が「不必要な発言は厳に慎むようお願いしたい」と注意すると、首相は「重ねておわび申し上げるとともに、指示を踏まえて真摯(しんし)に対応する」と述べた。
 発端は先月二十八日の特別委。発言している民主党の辻元清美氏に、首相が自席から「早く質問しろよ」と挑発した。野党側は「立法府に対する冒涜(ぼうとく)だ」と反発したが、同感である。
 この首相発言がいかに異常か。自民党ナンバー2の高村正彦副総裁が「首相の勇み足。首相たる者、言わない方がよかった」と指摘したことからも明らかだ。
 全国民の代表である国会は国権の最高機関であり、唯一の立法機関である。首相は国会の議決により指名されているとはいえ、国会の権威を貶(おとし)めることは、断じて許されるはずはない。
 安倍首相は、この憲法規定の重さを理解する見識を欠いている。だからこそ、政府が長年の国会審議を通じて積み重ねてきた、集団的自衛権の行使を違憲とする憲法解釈を一内閣の判断で変えたり、専守防衛に変更しないと言いながら、自ら定義を変えてしまっていることに気付かないのだろう。
 首相は「さきの衆院選で平和安全法制の速やかな整備を明確に公約として掲げた以上、選挙直後の今通常国会でその実現を図ることは当然」とも答弁している。
 しかし、昨年暮れの衆院選を経済政策が争点の「アベノミクス解散」と名付けたのは首相自身だ。選挙に勝った途端、公約に書き込んだ全項目が信任されたと強弁するご都合主義に唖然(あぜん)とする。
 共同通信社の最新世論調査で安保法制への反対は依然、賛成を上回り、五割近くに上る。安保法制を「十分に説明しているとは思わない」との回答も八割を超える。
 安倍内閣の安保法制が平和主義の憲法九条に違反し、戦後日本が貫いてきた専守防衛が変質するとの危機感を、国民が広く共有する証左だろう。
 安倍内閣はまず、国会軽視の態度を心から改め、国民の思いに誠実に耳を傾けるべきだ。自らの誤りに気付かず、平和主義を変質させる恐れのある法案の成立を「数の力」で強行すべきではない。


新潟水俣病50年 救済の扉を閉ざすな 
 四大公害病の一つ、新潟水俣病の公式確認から50年を迎えた。だが、いまだに救済されていない被害者がいる。熊本の水俣病にも共通する問題だ。政府は救済の扉を閉ざしてはならない。
 新潟水俣病は1965年に公式確認された。新潟県北部の阿賀野川流域で、メチル水銀に汚染された魚介類を食べた人に起きた中毒性の神経系疾患だ。昭和電工の排水に含まれていたメチル水銀が原因だった。原因物質が同じ熊本での水俣病の公式確認から9年後の確認で、再発を防げなかった国や企業の責任は重い。
 水俣病、新潟水俣病に関する国の救済制度は継ぎはぎを重ねてきた。
 患者認定は、公害健康被害補償法(公健法)に基づいている。
 政府は77年に定めた基準で、しびれなどの感覚障害に加え、運動失調や視野狭さくなど複数症状の組み合わせを原則とした。環境省は2013年の最高裁判決を踏まえ、感覚障害だけでも患者と認める新通知を出したが、メチル水銀を摂取したことの証明を患者側に求めたため、救済枠は拡大していない。新潟水俣病では、約2500人が法律に基づく患者認定を申請したが、認定された患者は約700人にとどまる。
 未認定患者の救済を巡っては、被害者への一時金支払いなどを盛り込んだ95年の政治解決、09年の水俣病被害者救済特別措置法(特措法)の制定と政府は2度、決着を図った。特措法による申請は12年7月で締め切られた。だが、最終決着には至っていない。
 新潟水俣病50年の記念式典で、泉田裕彦新潟県知事や患者団体の代表は、差別や偏見などから声を上げることができない潜在被害者の存在を指摘した。加齢とともに症状が悪化し、初めて水俣病と名乗り出る人もいる。司法に救済を求める被害者の訴訟も続く。こうした状況から、新潟県は従来、特措法の申請に期限を区切ることに反対してきた。
 特措法では、感覚障害など水俣病の症状がある人に、一時金を支払ったり、医療費を無料化したりする。その申請が認められなかった場合、環境省は異議申し立てを認めていない。熊本県なども従っている。これに対して新潟県は、独自に92人の申し立てを受理し、これまでに3人を一時金対象とした。一時金の支払い義務を負う昭和電工も県の判断に従う方針を明らかにしている。
 できる限り被害者を救済する姿勢を示すものとして評価できる。
 どうしたら救済の網の目からこぼれ落ちる被害者を無くすことができるのか。政府は、特措法の申請受け付け再開や認定基準の見直しなどの議論を進める必要がある。


男の気持ち:妻とのラーメン 東京都八王子市・関山正雄(無職・65歳)
 妻が天国に旅立って半年が過ぎました。7年間がんと闘った末でした。
 一時は命の危機から脱したかのように思えました。抗がん剤の副作用も克服しつつ、入退院は繰り返していましたが、術後5年間は元気そのものでした。
 ある時、退院が決まった日、私はうれしくて午前10時までに迎えに行きました。病室に入ると妻もうれしそうにベッドに座って待っていました。私は思わず手を握りしめて喜びを分かち合いました。
 退院の手続きを済ませて車に戻った妻は突然、これから電車に乗ってあのラーメン屋さんに行こうと言い出しました。
 退院の日の思いがけない言葉に私は耳を疑いました。
 何度も、大丈夫?と聞き返しました。妻は黙ってうなずきました。私も決断しました。
 バスに乗り、電車に揺られて30分ぐらいでそのラーメン屋さんの入る駅ビルに着きました。妻はほかの用事を済ませ、ベンチで待つ私のところまで軽やかな足取りで戻ってきました。
 ラーメン屋さんに入りました。以前にも2度ほど来ていたので、店員さんにも顔を覚えてもらっていました。いつものラーメンでいいですか、と楽しげに注文を聞かれました。
 ラーメンを待つ間、妻はおなかがすいたよ、と繰り返しました。
 私より食欲があり、体力があったように思えました。
 58年間の妻の一生は、あまりにも短かったと思う、今日このごろです。

今日から冷房/健康診断だけど便がでない

ブログネタ
フランス語 に参加中!
nbr2

L'avion Solar Impulse forcé d'atterrir au Japon en raison de la météo
L'avion Solar Impulse 2 qui tentait de rallier la Chine à Hawaï, va devoir se poser au Japon en raison de la détérioration de la météo. Au total, l'appareil doit parcourir autour du globe 35 000 kilomètres, en survolant deux océans.
Parti la veille de Chine pour une traversée du Pacifique, l’avion solaire Solar Impulse 2 est contraint d’atterrir à Nagoya, au Japon, en raison des mauvaises conditions météorologiques sur sa route prévue vers Hawaï.
"La fenêtre météo vers Hawaï s'est détériorée. Nous avons décidé de réaliser un atterrissage intermédiaire à Nagoya !", a annoncé le site Twitter officiel des organisateurs de ce tour du monde.
"Nous disons merci à nos amis japonais qui ont été très accommodants pour nous donner l'autorisation, à la dernière minute, de nous poser sur leur territoire", a également expliqué Bertrand Piccard, l’un des pilotes suisses de l’appareil.
L'avion révolutionnaire avait décollé dans la nuit du samedi 30 au dimanche 31 mai pour la plus périlleuse des étapes de son tour du monde. Le pilote suisse André Borschberg devait tenir six jours et six nuits.
Propulsé par la seule énergie solaire, l'appareil avait pris son envol dimanche à 2 h 40 (heures locales) depuis la ville orientale chinoise de Nankin, ou il était cloué au sol depuis le 21 avril. Ce vol de 8 500 km jusqu'à Hawaï devait durer environ 130 heures, ce qui aurait constitué un record pour un pilote seul aux commandes de son appareil, selon les organisateurs. Jamais Solar Impulse 2 n'a encore au-dessus d'un océan et il n'est pas encore resté en l'air plus de 24 heures.
Le départ de Nankin avait été reporté à plusieurs reprises en raison d'une météo défavorable, notamment mardi dernier pour cause de couverture nuageuse au-dessus de la Chine et de la mer du Japon.
フランス語
フランス語の勉強?

今日から冷房が入ります.よかった.
今日は健康診断の日なのですが,朝便が出ませんでした.受付で言うと,「後日でいいよ.」とのこと.安心しました.
キソキソはタイスウでしたが,よかったです.

<挽歌の宛先>第9部 作家からの伝言(上)/池澤夏樹さん
◎亡き人いつも近くに/幸せに生きてこそ鎮魂
 多くの不条理な悲しみと深い苦悩を突き付けた東日本大震災。人々は祈る意味をあらためて思う。それぞれの死生観や無常観が言葉を紡ぎ、災後の精神風土を耕す。被災地と向き合う3人の作家に思いを寄せてもらった。(「祈りと震災」取材班)
 ぼくたちは、つまりこの国に住む人の大半は、死とはこの世界を離れて別の世界へ行くことだ、と考えることにしている。
 科学的に言えば死は無になることなのだろうけれど、それでも亡くなった人は遺(のこ)された者たちの記憶の中に残っている。かつて共有したものを通じて、こちらの心の中にその人は生きている。
 では今もどこかにいるのだ、と思うのは当然で、だからそのどこかとして別の世界を想定する。仏教の言葉を借りてそこを彼岸と呼んでも、具体的な教義のことなど知らず、ぼんやりとあちら側と思う。
 いや、死者はいつも近くにいるのだ。だってその人の記憶はこの自分の心の中にあるのだから。話しかけることができるのだから。
 例えば、孫が生まれたことを亡き母に報告する。四つの世代がつながったことを伝える。生まれた子が一族の誰の面影を引いているか、架空の会話をする。その時、亡き母は、無き母は、彼岸という遠いところではなく、あなたのすぐ近くにいる。
 死者が穏やかな顔をしているとはかぎらない。安らかな死ばかりではない。それはつまり本当ならば死には準備が要るのであり、本人が納得した上でというのが望ましいからだ。そうであれば周囲もそれを受け入れやすい。
 そうでない場合、唐突に、いきなり奪い去るような死の場合、遺された者は無念という思いをどうしようもない。もういないという事実が理解できない。
 いちばん無念なのは亡くなった当人であるはずで、その思いを想像して悲嘆に暮れる。うまく彼岸に渡ることができないだろうと心配する。
 ぼくは駅の事故で死んだ子のことを「キップをなくして」という小説で書き、津波で死んだ人や動物のことを「双頭の船」で書いた。死者たちは向こう側への道を探す。遺された者はその実現のための方策を考える。
 あれから4年。こちら側に遺った者が幸福に生きることが、唐突に逝った者を慰め、無念の思いを鎮めることである。たぶん、歳月が手を貸してくれるのだろう。遺族とはそういう営みを続ける者のことなのだろう。
[いけざわ・なつき]1945年北海道帯広市生まれ。88年「スティル・ライフ」で芥川賞、93年「マシアス・ギリの失脚」で谷崎潤一郎賞を受賞。東日本大震災の被災地に通い、ルポ「春を恨んだりはしない」を刊行。札幌市在住。



石巻の2地区で270名が震災不明者捜索

 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市門脇、南浜両地区で31日、市消防団石巻地区団や石巻署などの関係者約270人が行方不明者の捜索を行った。両地区の一斉捜索は自衛隊が活動を終えた2011年以来で、不明者の家族が再捜索を要望していた。
 捜索は午前9時前から、門脇町3〜5丁目と南浜町の全域約32ヘクタールを対象に行われ、消防団員らが手掛かりを捜した。約2時間の活動で、長さ5センチほどの骨片1個のほか携帯電話など十数点が見つかった。
 対象の地域には震災前、約4700人が暮らしていた。津波では277人が犠牲になり、不明者は147人に上る。
 今回は参加者の関係から捜索範囲を絞らざるを得なかった。市危機対策課の佐藤勝治課長は「一部には回れない所もあった。不明者の家族の声があれば再度の捜索を検討したい」と話した。


自宅跡から「もう一度」 集中捜索切望の荻原さん
 石巻市南浜地区で約4年ぶりに実施された集中捜索。無職荻原哲郎さん(77)は市などに再捜索を求め続けてきた。行方不明になっている妻友子さん=当時(73)=が震災時にいたとみられる自宅跡から作業の様子を見守った。
 哲郎さんは震災時、内陸部の病院にいて難を逃れた。3日後にたどり着いたわが家は基礎が残るだけ。自宅周辺や遺体安置所なども回ったが、友子さんは見つからなかった。
 震災から1年後に死亡認定を受けた。今も毎週、自宅跡に線香を手向ける。「つい『おっかあ〜』と呼び掛ける。ばかみたいと思うけれど、返事があるかもしれないと期待してしまう」
 南浜地区には多くの行方不明者がいる。哲郎さんは2011年後半から、再捜索を市や国、警察などに要望してきたものの、色よい返答はなかった。
 地区内には20年度末までに復興祈念公園が建設される予定だ。有識者による委員会が基本計画をまとめ、来年度からの工事着手を見込んでいる。
 不明者の再捜索なしに工事が進んでは困ると思い、哲郎さんは公園のワークショップなどで「南浜地区は捜索が終わっていない」と説明してきた。ことし3月には同席した亀山紘市長に直接訴えたという。
 再捜索はようやく実現するかに見えたが、31日は人手不足で、自宅周辺は対象から外れてしまった。それでも哲郎さんは作業着姿で友子さんの位牌(いはい)を入れたリュックを背負い、捜索隊を待ち続けた。
 「捜索をしてもらったことはありがたいが、満足はできない」と哲郎さん。「犠牲者が眠るかもしれない土地に公園ができたとしたら、足を踏み入れることができない。せめて『やるだけのことはやった』『ここまで頑張った』とおっかあに報告するため、もう一度捜索してほしい」と訴えた。


<六魂祭>東北の復興を共に願い閉幕
 東北6県の夏祭りが秋田市に集った東北六魂祭(実行委員会主催)は31日、昼のパレードが行われて閉幕した。2日間で計26万人(主催者発表)が詰め掛け、東日本大震災から5年目に入った東北の復興を参加団体と共に願った。
 パレードでは青森ねぶた祭、盛岡さんさ踊り、仙台七夕まつり、秋田竿燈まつり、山形花笠まつり、福島わらじまつりが競演。1050人が市中心部を練り歩いた。最後には参加者が一緒になって観客に手を振って声援に応えた。
 震災時は仙台市在住だった酒田市の会社員菅原典明さん(25)は「六魂祭を見るのは4回目。東北を盛り上げようと頑張っている姿が伝わる」と話した。
 東北六魂祭は5回目で、これまで青森市を除く東北5県の県庁所在市で開催。実行委によると、来年の開催については今秋をめどに決まる見通しという。


新潟水俣病:胎児性患者 50年、歩けず語れず 「ふつうのせいかつ、女のしあわせできない」
 新潟水俣病が公式確認されて31日で50年を迎えた。新潟水俣病でただ一人の胎児性水俣病患者、古山(ふるやま)知恵子さん(50)=新潟市=が、毎日新聞の取材に応じた。「ふつうのせいかつできない。しゃべることやあるくこと。女のしあわせできない」−−。生まれつき両手足が不自由で話すことができない古山さんが、公害病に翻弄(ほんろう)された半生を振り返り、右手に握ったペンを動かし、思いを明かした。【真野敏幸】
 古山さんは公式確認から2カ月前の1965年3月、漁師の一家に長女として生まれた。生後11カ月を過ぎても首が据わらず、ほとんど声も出さない娘を心配した家族が新潟大病院を受診。4歳のとき、水俣病と認定された。
 主治医で木戸病院名誉院長の斎藤恒医師(84)によると、当時の古山さんの毛髪水銀濃度は77ppm(ppmは100万分の1)。世界保健機関(WHO)が「成人で神経症状の出現が疑われる」とする50ppmを大幅に上回っていた。漁師だった祖父が「丈夫な初孫を産んでほしい」と、妊娠中の母親に阿賀野川のコイを食べさせていたことが原因だった。
 新潟市内の養護学校に通い、言語訓練や歩行訓練に取り組んだ。卒業後は障害者通所施設などに通い、機関紙の発行の仕事をしながらリハビリを続けた。電動車いすに乗って1人で買い物に行き、筆談で簡単な会話もできるようになった。携帯電話のメールでタクシーも呼べる。友達もでき、働くことの楽しさも知った。

 人は心を打つことがある/それは絵や書物 人と人とが/ふれあい語り合い信じあえる喜びあえる時/そして人の優しさにふれた時/人は心を打つものである
 
 今年3月、長年通った障害者通所施設を退所するに当たり、仲間に贈った詩だ。タイトルは「人間」。198文字の詩には生きる希望が込められた。
 だが、水俣病から離れることはできない。長年、食事から入浴まで身の回りの世話をしてくれた母親が高齢となり、2年半前からは障害者支援施設で暮らす。ささやかな「1人暮らし」の夢さえ、かなえられない。「水俣病はこうがいひがいをうけた病気。今でもくるしんでるしなおらないびょうき。二度とおこしてはいけない」。公式確認から50年への思いを尋ねると、口元を固く結び、そうつづった。
    ◇
 新潟水俣病の認定患者は古山さんを含め現在702人。この半世紀で500人以上が亡くなった。一方、認定患者以外にも、差別や偏見を恐れ、いまだ名乗り出られない潜在患者はかなりの数に上るとみられている。被害者の救済はいまだ道半ばにある。


ネパール地震:仮設の教室だけど…やっと学校再開
 大地震に襲われたネパールの被災地域で5月31日、4月25日の地震発生以来、休校になっていた学校が再開した。全国で少なくとも約1600校が全半壊しており、竹などで造った仮設の教室に子どもたちが姿を見せた。
 首都カトマンズでは、両親が子どもに付き添い、注意深く建物の安全性を確認する姿があった。家族や友人を亡くした児童や生徒も多いことから、政府は今後、カウンセリングなど精神的なケアにも取り組む方針だ。
 学校では、当初ゲーム形式の授業などを実施。市内の中学校のビジェイ・カネル校長は、子どもたちに「まず学ぶ楽しさを感じてもらい、本格的な授業再開は週の後半からだろう」と話した。
 ネパール政府は当初、5月中旬に再開する予定だったが、5月12日にマグニチュード(M)7.3の地震が発生したため、延期していた。(共同)


安保法制反対 みやぎ九条の会が集会 仙台
 市民団体「みやぎ憲法九条の会」などは31日、仙台市青葉区の錦町公園で、新たな安全保障法制と憲法9条改正に反対する県民集会を開いた。約1000人が参加し、安倍晋三内閣に政策の転換を求めた。集会後は、参加者が仙台市中心部をデモ行進した。
 実行委員長の後藤東陽氏はあいさつで「恐るべき戦争法制が国会で審議されている。平和の美名の下で国民をだます集団的自衛権行使は絶対に許されない。戦争をしない日本を命がけで守ろう」と呼び掛けた。
 昨年11月に亡くなった仙台市出身の俳優菅原文太さんの妻文子さんは「政権は国民中心の国から、国家中心の国に変えようとしている。リベラルな勢力がまとまって歯止めとならなければならない」と訴えた。
 沖縄県平和委員会の大久保康裕事務局長も参加し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設阻止に向けた活動を報告した。


ポツダム宣言「受諾し降伏したことに尽きる」
安倍総理大臣は衆議院の特別委員会で、1945年のポツダム宣言について、「当時の連合国側の政治的意図を表明した文書で、政府としては、宣言を受諾し、降伏したということに尽きる」と述べました。
安倍総理大臣は、先月の党首討論で、ポツダム宣言への認識を問われたのに対し「『日本が世界征服をたくらんでいた』ということ等は、その部分をつまびらかに読んでおらず、承知はしていないので論評は差し控えたい」などと述べました。
これに関連して、安倍総理大臣は、安全保障関連法案を審議する衆議院の特別委員会で「ポツダム宣言は、第6項の世界征服の部分を含め、当時の連合国側の政治的意図を表明した文書だ。政府としては、同項を含め、ポツダム宣言を受諾し、降伏したということに尽きる」と述べました。
そのうえで、安倍総理大臣は「先の大戦の結果、日本は敗戦を迎え、多くの人々が貴重な人命を失った。アジアの人々にも多くの被害を及ぼしたことも厳粛に受け止め、戦争の惨禍を2度と再び繰り返してはならないとの決意で、戦後の平和国家としての歩みを進めてきた」として、「そうした結果を生み出した日本人の政治指導者には、それぞれ多くの責任があるのは当然のことだ」と述べました。
また、安倍総理大臣は「わが国としては、サンフランシスコ平和条約によって、極東国際軍事裁判所の判決を受け入れており異議を唱える立場にはそもそもない。ポツダム宣言を受諾し、その後の東京裁判の諸判決を受け入れたということで、それに尽きる」と述べました。


文鳥:拍子で求愛の歌彩る くちばしこすり「ギリッ」 北大チーム発表
 文鳥のオスが求愛のさえずりのとき、決まった鳴き声の前後に規則的にくちばしをこすって音を出していると、北海道大のチームが米科学誌プロスワンに発表した。人間が歌いながら手をたたくように、さえずりの歌に合わせて拍子をとっていると考えられるという。
 文鳥がくちばしをこすって「ギリッ」という音を出すことは知られていたが、鳴き声との関係は不明だった。チームは30羽のオスのさえずりを録音し、くちばしの音が入るタイミングなどを調べた。
 文鳥は、鳥によって求愛のさえずりのパターンが異なり、くちばしの音が入るタイミングは、鳥ごとに決まった鳴き声の前後に限定されていた。また、求愛のさえずりは父から子に受け継がれ、くちばしの音を発するタイミングも父子で似る傾向があった。
 一方、父や他の文鳥から隔離して育てられ、独自のさえずりを発する鳥も規則的にくちばしの音を発していた。チームは、くちばしの音は歌とセットに学ぶのではなく、拍子を取るような性質があると結論付けた。
 人間以外で音楽などに合わせて拍子を取る動物は、オウムなど非常に少ない。チームの相馬雅代・北海道大准教授(行動生態学)は「文鳥のメスは複雑なさえずりを好むと言われる。オスはくちばしの音を入れて、より魅力的な歌にしているのかもしれない」と話す。【大場あい】
Le petit prince
On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. (Le petit prince)
acces
  • 累計:

archives
commentaire
retrolien
谷口将隆 (あやのつぶやき)
大麻で逮捕
  • ライブドアブログ