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juillet 2015

戦後部落解放論争史(師岡佑行)に夢中

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150715祇園祭

Polémique autour du logo des JO 2020 de Tokyo
C'est le Studio Debie, qui a conçu le logo du théâtre belge, qui est à l'origine de cette révélation. "Bluffant" a écrit le désigner belge sur sa page Facebook.
Conçu par le créateur japonais Kenjiro Sano, l'emblème des Jeux olympiques de la capitale, présenté le 24 juillet, représente selon l'auteur un "T". Mais l'esthétique de la lettre "T" au centre du logo nippon rappelle le "L" choisi pour représenter le théâtre de Liège, avec des formes géométriques similaires. Les typographies des mots "Tokyo" et "Théâtre" sont également identiques.
Le créateur japonais "ne peut pas répondre"
Depuis que le créateur belge a fait part de sa surprise, les grands médias japonais se sont jetés avec gourmandise sur cette histoire. Le site internet de la société du designer japonais est même devenu inaccessible, et ses comptes Facebook et Twitter sont fermés, sans que l'on sache depuis quand exactement.
Son bureau a déclaré aux médias "ne pas pouvoir répondre" et a souhaité que les questions soient adressées au comité japonais d'organisation des JO de Tokyo. Devant la polémique, le porte-parole du gouvernement, Yoshihide Suga, a été obligé de réagir. Il a souligné que "le design, avant d'être rendu public, avait fait l'objet d'une enquête au Japon et à l'étranger pour s'assurer qu'il n'y avait pas de problème face à une marque déposée". Questionné sur la ressemblance en elle-même, il a refusé de commenter, tout en souriant.
Cette polémique naissante autour des logos intervient en pleine crise entourant la construction du nouveau stade olympique, dont le projet au coût exorbitant vient d'être abandonné. Un nouvel appel d'offres doit être lancé prochainement.
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夕方質問がたくさんあって対応にクタクタ.でも今日で終わりです.
戦後部落解放論争史が面白いです.もちろんケラケラ笑うようなということではなくて非常に興味深いものがあります.著者は師岡佑行さんで当時京都部落史研究所所長.まだ読み始めたばかりですが,戦後の部落解放全国委員会が全水左派のイニシアチブで始まったことや,初期の運動停滞に関しての記述に「なるほど」と思っています.

<震災遺構>仙石線旧野蒜駅を保存へ
 宮城県東松島市は30日までに、東日本大震災で津波の被害を受けた同市のJR仙石線旧野蒜駅のプラットホームを震災遺構として残す方針を固めた。市は今秋、第13次復興交付金として保存費を国に申請する。
 旧野蒜駅については、宮城県と同市が震災遺構としての保存を検討していた。市は今月、市民にパブリックコメントを実施。集まった21件の意見のうち、大半が保存に賛成だったことから保存を決めた。
 旧野蒜駅は震災時、約3.7メートルの津波に襲われた。プラットホームは線路や看板が折れ曲がった当時の状態のまま残されている。駅舎は改修され、コンビニエンスストアを中心とした観光交流拠点となっている。
 旧野蒜駅は現在、JR東日本が所有するため、市はJRから借用して遺構として整備し、将来的には買い取る方針だという。
 市復興政策課は「プラットホームは当初から保存の方向で検討してきた。住民の理解も得られると思う。現状のまま保存していきたい」と説明した。
 復興庁は遺構について、岩手、宮城、福島3県の各被災市町村1カ所に限り、保存の初期費用に復興交付金の充当を認めている。


<ツール・ド・東北>仏覇者、復興へ一緒に走る
 東日本大震災で被災した宮城県沿岸で9月13日に開かれるサイクリングイベント「ツール・ド・東北2015」(河北新報社、ヤフー主催)に、自転車レースの最高峰ツール・ド・フランス2008年覇者、カルロス・サストレさん(40)=スペイン=が出場する。
 サストレさんは1997年にプロデビューし、2008年ツール・ド・フランスで総合優勝した。11年に引退し、父が運営する財団の一員としてロードバイクの普及を図る慈善事業に取り組んでいる。世界3大ロードレースの公式コメンテーターを務める。
 大会では五つのコースのうち石巻市と女川、南三陸両町を通る「北上フォンド」(100キロ)に出る。大会前日の12日は石巻専修大で開かれる子ども向けの自転車教室に参加し、指導に当たる。
 サストレさんの参加は東京都の自転車輸入販売店「コルサ・コルサ」店主の江口静一さん(42)が橋渡しした。
 江口さんは昨年夏にスペインで面会したサストレさんから被災者に宛てた応援メッセージ入りのジャージーを提供され、河北新報社に連絡した。ジャージーはことし1月、ツール・ド・東北実行委員会に寄贈された。実行委が江口さんを通じて参加を打診し、快諾を得たという。
 サストレさんは「一人でツール・ド・フランスを勝ち抜くことはできず、震災での支援のように皆が一丸となって初めて勝利が実現できる。道のりは困難かもしれないが、精いっぱい走ろう」とメッセージを寄せた。
 ツール・ド・東北は13年に始まり、ことしで3回目。石巻、気仙沼、女川、南三陸の4市町のコースを自転車で駆け、復興と再生への思いを確かめる。全国から約3500人が出場し、順位やタイムを競わないファンライド方式で繰り広げる。


<気仙沼線>BRT復旧 南三陸町長受け入れ
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線の復旧方針をめぐり、宮城県南三陸町の佐藤仁町長は30日、JR東日本が提案したバス高速輸送システム(BRT)での復旧を受け入れる意向を示した。
 同日の定例記者会見で「これ以上、まちづくりを遅らせられない」と説明。鉄路復旧の場合、ルート移設費など地元負担が伴うことや、同線が地域交通の中心となっており、9月に土地引き渡し予定の志津川地区の商店街の設計に影響すると判断。早期決着を図る。
 これまで主張してきた、被災しなかったレールが残る陸前戸倉駅までの鉄路復旧案に関しては「年内に三陸道が町内に延びてくる。鉄路では乗り換えが多く、利便性があるとは思えない」と方針転換を示唆した。
 町は8月5日、観光協会や漁協、農協と意見交換会を開き、意向を伝える。
 気仙沼線は柳津(宮城県登米市)−気仙沼間(55.3キロ)が運休中。


礒崎首相補佐官 法的安定性損ねる暴言
 安全保障法制関連法案をめぐる参院特別委員会の審議では、法的安定性が再び論点になった。「関係ない」との発言が首相官邸内から飛び出し、政権の本音では、との疑念が強まっているからだ。
 二十七日に参院で審議入りした安保法案はきのう、安倍晋三首相も出席して三日間開かれた特別委員会での総括質疑と集中審議を終えた。来週からは週三日の定例日を設けて審議する、という。
 参院特別委で野党側が厳しく追及したのは、礒崎陽輔首相補佐官が二十六日の講演で、安保法案に関連して「法的安定性は関係ない。時代が変わったのだから政府の(憲法)解釈は必要に応じて変わる」と述べたことだった。
 法的安定性は憲法を頂点とする法体系や解釈、適用を頻繁に変えずに安定させ、人々の法に対する信頼を守る法治国家の大原則だ。時の権力者が勝手に憲法解釈を変えてしまえば、憲法が権力を制限する「立憲主義」は崩れる。
 首相はきのうの特別委で、礒崎氏を電話で注意したことを明らかにし、「法的安定性を確保するのは当然だ」と答弁した。
 歴代内閣が憲法違反としてきた集団的自衛権の行使を一転容認した昨年七月の閣議決定について、首相は「憲法解釈としての論理的整合性と法的安定性は維持されている」と強弁してきた。
 しかし、多くの憲法学者や元内閣法制局長官が指摘するように、現行憲法は他国同士の戦争に参戦する集団的自衛権の行使を認めておらず、一内閣の判断で憲法解釈を変えてしまうこと自体が法的安定性を損ねている。
 礒崎氏は安保政策を担当し、憲法解釈を変更した閣議決定や安保法案づくりを主導してきた。
 その際、礒崎氏には安全保障上の必要性さえ掲げれば、憲法をどう解釈しても構わない、との誤った考えがあったのだろう。「法的安定性は関係ない」との発言は、つい本音が出たのではないか。
 「憲法違反」の安保法案に反対する国民の声には耳を傾けようとはせず、法案成立を急ぐことは、法的安定性を損ね、憲法の平和国家理念、専守防衛政策に対する重大な挑戦である。
 誤った考えでつくられた法案を成立させるわけにはいかない。
 特別委は礒崎氏を三日に参考人招致することを決めたが、首相は礒崎氏を更迭し、安保法案を撤回すべきだ。安保政策の見直しが必要なら、法的安定性を重視する補佐官の下で出直すべきである。


厚木騒音訴訟 米軍機こそ規制がいる
 自衛隊機の夜間飛行を差し止める判断は、二審でも維持された。厚木基地(神奈川)の騒音被害は、想像以上にひどい。爆音の主因はむしろ米軍機の方で、政府は運用規制を米国側と交渉すべきだ。
 基地騒音訴訟は一九七〇年代から始まり、裁判所は住民の騒音被害を認め、国に損害賠償を命じてきた。だが「飛行差し止め」までは認めてこなかった。厚木基地の騒音訴訟で、一審の横浜地裁が初めて、午後十時から翌午前六時までの自衛隊機の飛行差し止めを命じた。二審の東京高裁もこれを支持した意義は大きい。
 とくに今回、二〇一六年末までの“未来の損害”まで許容したことは画期的だ。国が支払う金は一審より約二十億円増えて、計約九十四億円になる。厚木基地を使う米海軍第五空母航空団が一七年ごろに岩国基地(山口)に移駐することが日米政府間で合意されていることを踏まえたわけだ。
 住民たちの粘り強い取り組みが、こうした新しい判断の枠組みをつくったともいえ、大いに評価できる。横田基地(東京)や嘉手納基地(沖縄)など各地の騒音訴訟にも影響を与えるだろう。
 だが残念なのは、この司法判断が出ても、根本的な解決にはつながらないことだ。厚木基地では海上自衛隊と米海軍の飛行機が離着陸を繰り返しているが、実は自衛隊機は一審判決前から夜間・早朝の飛行は自主規制しているのだ。騒音の主因は米軍機の方にある。米空母の艦載機は年間二百日程度、基地に離着陸している。自衛隊は輸送機や哨戒機などプロペラ機が主であり、爆音を出すのは米軍の戦闘攻撃機だ。
 騒音のひどさは最高で一二〇デシベルにもなる。電車のガード下でほぼ一〇〇デシベルだから、被害の大きさは理解されよう。基地から一キロ離れた住宅街でも、七〇デシベルの騒音が五秒継続する回数が年間二万回以上もある。
 睡眠は妨害されるし、会話も電話も聞こえなかったりする。あらゆる生活の妨げだ。健康被害も生むし、精神的にも苦痛を受ける。
 今回の司法判断では米軍機について「使用を許可する行政処分がない」という理由で訴えを退けた。ならば、政府が米国側と協議すべきではないか。
 約二百万人が影響を受ける騒音問題だ。安全保障条約や日米地位協定があることは理解するが、国民の健康と生活のために政府が米国側と話し合うべき重要課題だと考える。


京大吉田寮「募集停止」で溝 築百年の旧棟、学生反発
 国立大学の学生寮で現役最古の築約100年の歴史を持つ京都大吉田寮旧棟(京都市左京区)の在り方をめぐり、大学当局と寮自治会の溝が深まっている。当局は、耐震性を満たしていない旧棟は危険として、寮自治会に入寮者の募集停止を求める文書を通知。これに対し、寮自治会は一方的な要求と反発している。背景には旧棟の老朽化対策が一向に決まらない問題がある。
 旧棟は震度6強で倒壊の恐れがあることが耐震診断で判明しており、当局は過去に何度か旧棟の建て替えを提案した。一方の寮自治会は補修による維持を主張し、長年にわたり交渉を重ねてきたが、合意には至っていない。この間、隣接地では定員94人の新棟の建設が進められ、今年4月に完成している。
 寮問題を担当する杉万俊夫副学長名の文書が当局から寮自治会に通知されたのは28日。「寮生の安全確保を最優先する観点から、新棟への転居で居住者を速やかに減少させることが必要」とし、秋以降の新規入寮者の募集と欠員補充の停止を求めた。
 これに対し、寮自治会は29日、「話し合いの場を持たずに大学側が一方的に入退寮に関することを決めるのはおかしい」と当局に抗議。杉万副学長に文書の撤回を要求し、一時は約60人の学生が本部棟に詰め掛けた。
 当局は30日、臨時の理事・副学長会議で対応を協議し、あらためて文書を公表。「今回の要請は廃寮を前提とするものではない。今後のあり方は寮自治会と慎重に検討する」と理解を求めた。
■補修模索も…決着見えず
 寮自治会の抗議の根拠は、杉万副学長と2月に交わした「確約書」の存在だ。
 確約書は、寮の運営に関する決め事を記した文書で、歴代の学生部長や副学長と寮側の合意に基づいて作成されてきた。副学長の交代に伴って2月に更新された確約書では、入退寮の決定に関し「現棟(旧棟)、新棟ともに現行の方式を維持する」と明記されている。現在、入寮者は寮自治会が京大に在籍する希望者を対象に書類と面接で独自に選んでいる。他に「寮の運営について一方的な決定を行わず、寮自治会と話し合い、合意の上決定する」とも書かれ、寮自治会は今回の当局の通知は確約書に反する不当な内容とする。
 旧棟の老朽化対策が決まらないことも、今回の騒動の原因になっている。確約書には「補修することが有効な手段であることを認める」「現棟(旧棟)の建築的意義を認め、その意義をできる限り損なわない補修の実現に向けて、今後も協議を続けていく」とあり、補修を求める寮自治会の意見が反映されている。だが、当局内部では、旧棟の一部または全体を取り壊した上で3階建て以上の新たな寮を現地に建て、空いたスペースに講義棟を建築すべきだとする意見も根強い。
 ある寮生は「大学側が寮の募集停止を求めるのは、現棟(旧棟)の居住者をなくし、取り壊しをしやすいようにするためではないのか。話し合いによって決めてきた京大の伝統を踏みにじるものだ」と語った。
 <京都大吉田寮旧棟>1913年の建築。木造2階建ての宿舎3棟からなり、延べ約3400平方メートル。定員147人。日本建築学会近畿支部は、戦前期建築の希少性やデザインの独自性などを評価し、保全と活用を京大に要望している。


福島原発事故:東電旧経営陣3人、強制起訴へ
 ◇検察審査会「業務上過失致死傷罪で起訴」と起訴議決公表
 2011年の東京電力福島第1原発事故を巡り、東京第5検察審査会は31日、東京地検が2度にわたって容疑不十分で不起訴とした東京電力の勝俣恒久元会長(75)ら旧経営陣3人を、業務上過失致死傷罪で起訴すべきだとする「起訴議決」を公表した。第5検審は「3人は『万が一にも』発生する事故に備える責務があり、大津波による過酷事故発生を予見できた。事故を回避するため原発の運転停止を含めた措置を講じるべきだった」と指摘した。3人は今後、裁判所が指定する検察官役の弁護士によって強制起訴される。
 議決は17日付。他に武黒一郎(69)、武藤栄(65)の両元副社長が起訴議決を受けた。第5検審は、3人が事故を未然に防止する注意義務を怠り、原発建屋でがれきに接触するなどした東電関係者と自衛官13人を負傷させ、福島県大熊町の双葉病院から避難をした入院患者44人を死亡させたと認定した。
 三陸沖から房総沖で大地震が起きるとした政府の地震研究機関の予測に基づき、東電は08年、想定される津波の高さを最大15.7メートルと試算した。こうした経緯から、3人が巨大津波の発生を事前に予測できたか、予測を踏まえて対策を取れば事故を回避できたかの2点が焦点となった。
 第5検審は、3人がいずれも予測や試算の報告を受けていた可能性が高いとした上で「原発の安全対策に高度な知識を持つ者として『万が一にも』『まれではあるが』発生する事故に備える責務があり、放射性物質を大量排出する過酷事故発生を予測できた」と指摘。「試算を取り入れ、安全策を検討する間だけでも運転停止を含めた対策を講じれば事故を回避できた」と述べた。
 その上で、検察の判断を「原発事故の被害の甚大さを考えると、何の説得力も感じられない」と批判。「経済合理性を優先させ、災害の可能性に目をつぶって効果的な対策を講じなかった3人に、適正な法的評価を下すべきだ」とした。
 事故後、旧経営陣や事故対応に当たった政府関係者ら計42人が告訴・告発されたが全員不起訴となった。被災者らが審査を申し立て、第5検審は昨年7月に3人を「起訴相当」と議決。地検が今年1月に再び不起訴としたため第2段階の審査を行っていた。3人の公判は裁判員裁判の対象とはならない。【山下俊輔】
 ◇東電の広瀬社長「コメントは差し控えたい」
 東京電力の広瀬直己社長は31日、東京都内で記者団に対して、「検察の下した処分に対して検察審査会が判断したことなので、私どもからコメントをすることは差し控えたい。福島第1原発の廃炉措置、汚染水対策、原子力損害賠償、除染、福島復興に向けた取り組みを全社一丸になってやっていきたい」と硬い表情で述べた。【安藤大介】
 ◇東京第5検察審査会の議決骨子
▽旧経営陣3人は、津波による事故が「万が一にも」「まれではあるが」発生した場合に備える責務があり、過酷事故の発生が予見できた
▽適切な安全対策を検討している間だけでも運転停止を含めた津波対策を講じていれば、事故は回避できた
▽事故の被害者は、がれきに接触するなどして負傷した東電関係者・自衛官13人と、双葉病院から避難して死亡した入院患者44人
 ◇福島第1原発事故
 2011年3月11日に発生した東日本大震災の津波で、原子炉の冷却用ポンプや非常用のディーゼル発電機が水没。電源を喪失し冷却機能を失った1〜3号機は炉心溶融(メルトダウン)し、格納容器の破損や建屋の水素爆発で大量の放射性物質が飛散した。福島県の12市町村が避難区域に指定された。国際事故評価尺度で、チェルノブイリ原発事故と並ぶ「レベル7」と評価されている。


本庄保険金殺人事件「八木死刑囚」の再審認められず 「直ちに特別抗告する」と弁護団
埼玉県本庄市の保険金殺人事件で死刑が確定した八木茂死刑囚(65)が「裁判のやり直し」を求めている再審請求の即時抗告審で、東京高裁(村瀬均裁判長)は7月31日、再審開始を認めない決定をした。弁護側は東京・霞が関の司法記者クラブで会見し「直ちに特別抗告する」と表明した。
八木死刑囚は確定判決で、当時45歳の男性に猛毒のトリカブトを混ぜたパンを食べさせるなどして殺害した後、死体を川に流したと認定されていた。
ところが昨年、東京高裁が行った鑑定で、鑑定人の大学教授が男性の臓器を調べた結果、男性の死因は「溺死だ」と認定された。そのため弁護側は、東京高裁が行った鑑定結果などを根拠に、男性は「溺死」だったと指摘し、再審を請求していた。
しかし、村瀬裁判長は「臓器が汚染されていた可能性が払拭できない」として、鑑定結果に依拠することはできないと判断。「再審を開始すべき明白な証拠とは言えない」として、再審開始を認めなかった。
●「鑑定内容に疑問があるなら直接話を聞くべき」
決定後の記者会見で、弁護団の趙誠峰弁護士は「専門家の意見に対し、素人目線の疑問を並べることで、鑑定の信用性を排除したのは問題だ」と指摘。川目武彦弁護士は「もし鑑定内容に疑問があるなら、鑑定人を呼んで直接話を聞くべきではないか」と主張した。
弁護団はこの日、東京高裁が再審開始を認めた場合に備えて、裁判所前で掲げる旗を持参していた。松山馨弁護団長は「再審開始という旗を用意していたが、使うことはできなかった。これから直ちに特別抗告の準備に取りかかる」と話していた。


公明内で礒崎氏辞任論が浮上
 公明党内で31日、安全保障関連法案をめぐり法的安定性を軽視したとも受け取れる発言をした礒崎陽輔首相補佐官の辞任論が浮上した。井上義久幹事長は「看過できない」と批判。進退について「政治家自ら判断するのが基本だ。私から申し上げることはない」と言及した。別の幹部は「法案審議に影響するので自発的に辞任すべきだ」と述べた。他の政権幹部や閣僚も記者会見などで相次ぎ見解を表明した。
 井上氏は、集団的自衛権の行使容認をめぐる与党協議に礒崎氏が参加していたことを念頭に「法的安定性を重視して(憲法解釈変更を)閣議決定したことは十分認識した上での発言だ」と非難した。

雷がコワい・・濡れました/体しんどいです/同和はこわい考

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150711GeorgiawineKefir

Japon : la sexualisation des adolescentes franchit un cran supplémentaire
Au Japon, la fascination pour les jeunes filles déguisées en lycéennes sexy - phénomène connu sous le nom de JK, "joshi kousei" - est totalement intégrée à la culture nippone. Au point que la frontière entre sexualisation des adolescentes et prostitution est parfois floue.
Atlantico : En mai dernier, à Tokyo, la police japonaise a effectué un raid dans un club où des hommes payaient pour pouvoir observer sous les jupes de jeunes femmes en train de fabriquer des origami. Cet événement a attiré l'attention sur le phénomène des JK - "joshi kousei", qui signifie "jeune fille" en japonais - c'est-à-dire l'exploitation à des fins sexuelles de jeunes lycéennes. Ce phénomène est-il récent ? D'où vient-il ?
Claude Leblanc : Le phénomène n’est pas récent. Il s’est intensifié depuis une vingtaine d’années sous la pression de la crise économique. Après la période de la bulle financière dans les années 1980 au cours desquelles l’argent coulait à flot, y compris pour les jeunes qui recevaient de belles sommes pour leur argent de poche ou qui pouvaient compter sur des parents généreux prêts à leur acheter n’importe quoi, de préférence de luxe, les deux décennies suivantes ont marqué un brutal coup d’arrêt. Par ailleurs, cette période a également marqué une certaine libération sexuelle et la levée de nombreux interdits en la matière comme l’apparition de femmes nues sans aucune censure dans les magazines à grand tirage.
Ce désir de consommer chez les jeunes fillescouplé à une désinhibition sexuelle a favorisé le développement de certaines pratiques. La première d’entre elles a été l’enjô kôsai ou “aide relationnelle” dans les années 1990. Pour nombre de collégiennes et de lycéennes, le fait de monnayer les quelques heures passées avec un homme – plutôt entre deux âges – est devenu un moyen comme un autre de gagner de l’argent facilement. D’autant qu’à l’époque, les petits boulots qu’on appelle arubaito au Japon très fréquents et bien payés dans la période précédente ont eu tendance à se raréfier ou à être mal payé. Dès lors, l’enjô kôsai ou d’autres pratiques comme que vous évoquez se sont développées. Au début des années 2000, le phénomène touchait plus de 4,5% des lycéennes. Une enquête menée en 1991 et en 2000 auprès de jeunes filles ayant des relations avec des hommes nettement plus âgés montre clairement la motivation financière. En 1991, 19,9% des jeunes filles interrogées donnaient comme raison l’argent de poche. Dix ans plus tard, elles étaient 36,4% à donner cette raison.
Quelle est la spécificité culturelle du Japon par rapport à la sexualisation des jeunes filles, si on compare par exemple à l'Occident ? Y a-t-il une plus grande indulgence vis à vis de la prostitution ?
Il n’y a pas plus d’indulgence à l’égard de la prostitution au Japon qu’il y en a dans la plupart des pays. Preuve en est de ces descentes de police dont vous parlez. Ce qui est peut-être une nuance par rapport aux autres pays, c’est que les jeunes filles japonaises n’ont pas l’impression de se prostituer. C’est pour elles un moyen comme un autre de se faire de l’argent facilement. Elles sont sans doute poussées à croire cela par une société qui ont fait d’elles des objets de désir. Le phénomène des “idoles” comme on les surnomme dans l’archipel à partir des années 1970 n’a cessé de prendre de l’ampleur au cours des 20 dernières années. La multitude de groupes de jeunes filles comme le fameux groupe AKB48 qui vend des millions de disques et attirent des millions de fans surtout masculins illustre parfaitement cette tendance. C’est une industrie qui génère des milliards de yens. Dans ce contexte, des jeunes filles profitent de l’aubaine pour gagner de l’argent en profitant du désir qu’elles suscitent chez les plus âgés. Mais lorsque des organisations plus ou moins mafieuses s’en mêlent, cela devient de la prostituion organisée à l’égard de laquelle il n’y a aucunes circonstances atténuantes. Dans les années 1990-2000, il y avait ce qu’on appelait les terekura (telephone club), des officines qui organisaient des rendez-vous entre des jeunes filles et des hommes plus âgés. La police a finalement fait le ménage, mais des petits malins ont trouvé d’autres idées comme ces ateliers d’origami un peu particuliers.
Le Japon est marqué dans le même temps par un phénomène de "désexualisation" de la société. D'après un sondage de 2011, 60% des Japonais célibataires n'étaient impliqués dans aucune relation amoureuse. Comment comprendre cette apparente contradiction ?
Dans une société où l’on a d’une certaine façon déshumanisé les jeunes femmes en en faisant des icones omniprésentes dans les magazines, à la télévision, dans les publicités, on peut comprendre que les Japonais ne cherche pas à construire de relations amoureuses. Ou s’ils le font, ils sont parfois capables de s’amouracher d’une poupée gonflable comme l’a si bien raconté Kore-eda Hirokazu dans son film adapté du manga Air Doll. D’autre part, la femme qui a longtemps été cantonnée au rôle de femme au foyer s’est émancipée à partir des années 1980 et savoure sa liberté à tous les sens du terme, privilégiant son développement personnel et son plaisir au détriment de relations amoureuses compliquées avec des hommes qui assument de moins en moins leur masculinité. Il y a quelque chose qui s’est rompu au cours de ces années. Voilà pourquoi, face à cette situation, on tente de trouver des solutions. On parle aujourd’hui beaucoup de konkatsu (course au mariage). Il s’agit de rencontres organisées entre garçons et filles pour qu’ils apprennent à se redécouvrir et plus si affinités. C’est une véritable tendance qui a donné des idées au gouvernement japonais. Celui-ci finance des konkatsu dans des régions où les mariages sont peu nombreux afin de relancer notamment la natalité en forte baisse depuis des années.
Il semblerait qu'il y ait une frontière assez floue entre prostitution déguisée, pornographie et industrie du disque qui produit des groupes de jeunes chanteuses hyper-sexualisées. Sans oublier parfois les liens avec les yakuza, la mafia japonaise. Comment l'expliquer ?
La frontière est floue pour beaucoup de jeunes filles qui ont juste l’impression de faire un job pour gagner un peu d’argent. En revanche, elle ne l’est pas dès que des groupes mafieux s’en emparent. Et de la même façon qu’on lutte contre la prostitution en France, on s’en prend à elle au Japon. La police effectue de nombreuses descentes et a mené au cours des dernières années de nombreuses campagnes de sensibilisation auprès des lycéennes et des collégiennes pour qu’elles ne succombent pas à cette facilité. Par ailleurs, il arrive régulièrement que des hommes soient pris en flagrant délit et ce type d’affaires occupe pas mal les médias qui dénoncent ces pratiques.
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図書館に本を返しに行かねばなりませんが,空模様がビミョーです.濡れないうちに・・・と思ってとりあえず出かけました.図書館までは雨降っていませんが,帰りには雷が恐ろしいほど大きな音で聞こえます.阪神高速の下で雨宿りします.何人かで待ちます.しばらくして雨はまだざあざあですが,勢いが落ち着いてきたので少し濡れながらも無事に部屋に帰りました.図書館から借りた本がビショビショだと弁償になるので心配しましたが,大丈夫でした.
夕方ジムに行くつもりでしたが体がしんどいのでパスです.
夕方図書館から借りてきた「同和はこわい考」を読みました.学生の時に読んだことがありますが,今でもしっくりきます.部落解放運動が失ってきた信頼を取り戻すために何ができるでしょうか?


部落問題に関心を持つ人すべてにお薦めの一書 hirokikt
 この本が出版されたのは15年以上も前のことになるが、その問題提起の意義は今もなお、まったく失われていない。
 本書が生まれた切っ掛けは、1986年の地対協部会報告・意見具申で、政府の側が事態の変化をそれなりに反映した方針転換を示してきたのに対して、部落解放運動の側が、旧来の発想に固執したまま、反論をすることに終始していることについての、著者の危機感にあったといってよいだろう。
 本書で著者は、部落解放運動に関わる二つの代表的なテーゼ「ある言動が差別に当るかどうかは、その痛みを知っている部落民にしかわからない」「日常部落に生起する、部落民にとって不利益となる現象は全て差別である」を批判し、「両側から超える」新たな部落解放運動のあり方を提唱する。本書に対し!て運動団体は、顕著な拒否反応を示したが、それだけ事の本質に迫った提起だったと言える。
 著者は本書出版後、今日に至るまで「『同和はこわい考』通信」を発行し続け、発言を継続している。本書の個々の論点を現在でも全て著者が維持しているわけではないが、部落問題に関する公式的な物言いになにかしらしっくり来ないものを感じている人はぜひ一度、本書に目を通して頂きたい。小冊子ながらそれだけの価値のある本である。


兵庫の高校生仮設住宅で演奏会
石巻市の仮設住宅で兵庫県の高校生がミニコンサートを開き、被災した人たちを励ましました。
仮設住宅でミニコンサートを開いたのは兵庫県福崎町の福崎高校のギター・マンドリン部です。
生徒たちは被災地の現状を知るとともに、被災した人たちを励まそうと去年に続いて石巻市を訪れ、30日は仮設向陽団地の集会所で演奏を行いました。
集会所には、およそ20人が集まり「上を向いて歩こう」や「津軽海峡・冬景色」など、高校生のギターやマンドリンの演奏を手拍子をするなどして楽しんでいました。
演奏を聞いた80歳の女性は「最近は仮設住宅を訪れる人が減りさびしかったので、明るい気持ちになりました」と話していました。
また、演奏した福崎高校の2年生の男子生徒は「人のために演奏するのはコンクールとは違う緊張がありましたが、励みになってくれたらうれしいです」と話していました。


旧野蒜駅を震災遺構へ
東日本大震災で被害を受けたJR仙石線の旧野蒜駅について東松島市は国の交付金を活用する震災遺構として保存することになりました。
東松島市にあるJR仙石線の旧野蒜駅は東日本大震災の津波で駅舎の1階部分が浸水するなど大きな被害を受け、山側に新しい駅ができたいまもプラットホームや線路は当時のまま残されています。
この旧野蒜駅について東松島市は今後、民間で活用する可能性が低いことなどから国の交付金を活用する震災遺構として保存する計画を示し先月からパブリックコメントを募集していました。
その結果、市民から21件の意見が寄せられほぼすべてが賛成意見だったため震災遺構として保存する方針を決めたということです。
野蒜海岸に近い旧野蒜駅は、震災前、観光の玄関口で東松島市は去年、この周辺を観光交流拠点の1つに位置づけ旧駅舎を改修してコンビニエンスストアや展示スペースが入る施設を整備しています。
市は今後、所有者のJR東日本からプラットホームなどを買い取るとともに、ことし秋には復興交付金の申請を行うことにしています。


「秋保ワイン」香り豊か 宮城の地元産復活
 仙台市太白区秋保町の秋保葡萄(ぶどう)園が自家製ブドウによるワインの商品化に成功し、今月、「秋保ワイン」と題して販売を始めた。宮城県山元町に唯一あったワイナリーが東日本大震災で被災し廃業して以来、東北で地元ワインがないのは宮城だけだったが、久々に復活する。
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 同園は南陽市の業者に醸造を依頼し、やや辛口の赤(アルコール度数12%)、やや甘口の白(11%)を生産。仙台産ブドウを100%使ったワインとしては第1号となる。赤、白ともにフルーティーな味わいが特徴という。
 原料のブドウは秋保町馬場の南向き斜面約1ヘクタールの畑で栽培し、赤ワイン用のキャンベルと白ワイン用のナイアガラの2種類計約1.7トンを昨年9月に収穫した。
 同園の板橋次男代表(67)が2009年に最初の苗を植えてから世話を続け、7年越しで商品化を果たした。「ようやく出荷にたどり着いた。新鮮なブドウを使い、香り豊かで後味にやや酸味も残るワインができた。地元で顔の見える皆さんに飲んでほしい」と話す。
 仙台国税局の調べでは14年3月末現在、東北ではワインなどの果実酒醸造所が宮城以外の5県に計40カ所ある。仙台市によると、市内で生食用のブドウを大規模生産している農家もないという。天候や地形が適した所が少ないのが理由とされるが、「稲作重視の農家が多かったため」との指摘もある。
 秋保ワインは赤200本、白1200本を製造した。ともに1本720ミリリットル入りで価格は赤3000円(税別)、白2500円(同)。秋保葡萄園で販売している。連絡先は板橋代表090(1499)0151。


<仮埋葬地>あの日の記憶 荒れ地に残る
 「ここら辺に穴を掘って埋めた。周りの景色は変わらない」
 7月上旬、宮城県気仙沼市大島の市職員菊田隆二さん(55)は久しぶりに仮埋葬地に立ち、当時を思い返した。
 菩提(ぼだい)寺の墓地がある山の斜面。雑草が生えた荒れ地に埋葬の痕跡はないが、津波に巻き込まれて亡くなった妻の順子さん=当時(53)=を仮の土葬という形で弔った記憶は鮮明に残る。
 東日本大震災の発生時は市役所にいた。大島に船で渡り、遺体を安置していた公民館で順子さんと対面したのは6日後の3月17日。その2日後にひつぎが届き、21日に仮埋葬した。
 「火葬ができないから仕方ない」。無念の思いを抱きながら妻の遺体に土をかけた。埋葬地には塔婆が立てられたが、記されたのが戒名ではなく名前だったのが心に引っ掛かった。
 5月9日に亡きがらを掘り起こして火葬するまで、毎日のように足を運び手を合わせた。「しっかり供養するからな」。葬儀と納骨を約2週間後に済ませ、戒名を授かるとようやく一つの区切りが付いた。
 「遺体が見つかっただけで幸いだった」と菊田さんは振り返る。市内では今も221人が行方不明だ。自身も幼少期、漁船員だった父が転覆事故で帰らぬ人となり、死を受け入れることの難しさを味わった。
 大切な人をしっかり供養できる現状を考えれば当時の形跡が失われることに特別な感情はない。
 「仮埋葬の受け止め方は個人差がある。誰かにとっては苦渋の決断だったかもしれないし、遺族同士で話題に上るものでもない」と菊田さん。悲しみの記憶を胸にとどめ、できる限りの弔いに思いを尽くす。


震災の犠牲者「仮埋葬地」形跡とどめず
 東日本大震災の犠牲者を一時的に土葬した「仮埋葬」の跡地の大半が、当時の形跡すらない状態になっている。宮城県内6市町の15カ所は復興工事の作業場や更地になり、伝承碑などは設けられていない。荼毘(だび)に付して弔うこともできないほど過酷だった震災の現場をどう語り継ぐのか、課題を指摘する声も出ている。(「祈りと震災」取材班=報道部・鈴木拓也)
 宮城県内で仮埋葬がなされた場所は図の通り。石巻市が最多の7カ所で、亘理町3カ所、気仙沼市2カ所、東松島市と女川町、山元町各1カ所だった。
 各地とも犠牲者の多さに火葬の処理能力が追い付かず、震災後の2011年6月までに計2108人の遺体をいったん土葬した。その後掘り起こされ、同11月19日までにようやく全て荼毘に付された。
 埋葬地には公園や墓地などが選ばれた。石巻市のうち雄勝地区では公園脇の市有地で52人を仮埋葬した。現地にはいま、被災した岸壁工事の業者向けの作業小屋が立つ。門脇地区の広場は12年秋に人工芝を敷き、早期に復旧した。
 市内の他の5カ所も当時の状況を伝えるものはない。市の担当者は「家族としては受け入れ難い緊急避難措置だった。そうした感情を考えれば残す選択はそぐわない」と語る。
 亘理町の観音院は仮埋葬地を提供。跡地には砂利を入れ、駐車場として使えるように整備した。既におはらいの法要が執り行われた。和尚の本郷正繁さん(73)は「たとえ慰霊碑を建てるにしても誰がやるのか」と戸惑う。
 仮埋葬地をめぐっては12年、宮城県内外の有識者でつくる「3.11震災伝承研究会」が15カ所を震災遺構の保存候補に挙げたが、機運は高まらなかった。
 研究会座長で減災・復興支援機構(東京)の木村拓郎理事長は「災害のスケールの大きさを物語る場所で、個人的には残念に思う。仮埋葬があった現実を伝える看板などの設置をどこか1カ所でも考えてもいいのではないか」と話す。


<復興の風景>運転士に夢膨らませ/三陸鉄道
◎岩手知事選を前に(6)
 赤と青のラインが入った白い列車が帰ってきた。岩手県久慈市にある第三セクター三陸鉄道の車両基地。4月に運転士候補生として入社した沼崎龍聖さん(18)が、車内の清掃を始めた。
 作業は洗車や給油、連結にまで及ぶ。先輩から手順を教わる日々。「安全を支える仕事に責任を感じる。一日も早く覚えたい」とやりがいを語る。
 通っていた岩手県立宮古商高で望月正彦社長の講演を聞いた。「全線復旧までの道のりを聞き、復興に貢献したい」と入社を決めた。
 故郷は岩手県山田町。よく乗ったJR山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)が2018年度にも復旧し三鉄に移管される。「今度は自分の運転で多くの人を運びたい」と夢を膨らませる。
 運転士免許を取得できるのは20歳から。「三鉄は地域に愛される鉄道。勉強を続け親しまれる運転士になります」と笑顔を見せた。
            ◇   ◇   ◇
 復興の針路を問う岩手県知事選(8月20日告示、9月6日投開票)を前に郷土再興へ歩む人々を訪ねた。
(盛岡総局・佐藤将史)


津波被災「竜の松」復活待つ 「手術」開始
 宮城県気仙沼市波路上の景勝地・岩井崎の「竜の松」の保存に向けた切断作業が29日、現地であった。市に委託された東京の業者が幹を加工処理し、2016年1月末に元の姿にして戻す。
 高さ2.7メートル、幅3.9メートルの枯死した松を業者がチェーンソーなどで切断し、根も掘り出して東京へと搬出した。市によると、保存作業では幹の中に鉄の支柱を埋め込むほか、横に張り出した部分は繊維強化プラスチック(FRP)で再現。防腐措置や変色防止のためのコーティングも施す。
 竜の松は東日本大震災の津波をかぶったクロマツで、地元住民が折れた枝などを切ったところ残った姿が竜の形になり、辰(たつ)年だった12年に注目され始めた。住民の要望で市が保存を決めた。保存費用約2400万円は寄付で賄う。
 地元の階上観光協会の辻隆一会長は「そのままの形で戻り、復興のシンボルや観光名所の一つとして多くの人に見てほしい」と願った。


タモリ杯「楽しいヨットレース」宮城に集まれ
 東日本大震災の被災地を支援しようと、タレントのタモリさんが大会名誉会長を務めるヨットレース「タモリカップ東北」が9月20日、宮城県七ケ浜町などで開かれる。レース、パーティーの参加者を募集している。
 レースはタモリさん所有のヨットを係留している静岡県沼津市で2009年に始まり、毎年全国数カ所で開催されてきた。宮城県セーリング連盟の関係者にタモリさん側から「東北で開催したい」と打診があり、七ケ浜での初開催が決まった。
 「日本一楽しいヨットレース」をキャッチフレーズに掲げる大会の参加資格は「愉快な人」「クレームを言わない人」とタモリさんらしく風変わり。
 七ケ浜町の小浜港をメーン会場に海上パレードの後、1、2人乗りの「ディンギー」と、8〜十数人乗りの「クルーザー」の2部門で競う。レースの後は塩釜市魚市場に場所を移して表彰式と、バーベキューパーティーを開く。
 レース、パーティーとも大会ホームページから申し込む。パーティーは参加費大人5000円、子ども2000円で先着順1000人程度。8月15日締め切り。連絡先は大会事務局050(5534)9991。


<回想地元負担>国と対決回避 批判も
◎復興庁VS宮城知事(下)求心力
<「市町分は国費」>
 沿岸部の「防潮堤新設」と、仙台市宮城野区への「広域防災拠点整備」。
 東日本大震災の復興事業に地元負担を求める政府方針をめぐり、村井嘉浩宮城県知事は力を注ぐ大型公共事業への影響を恐れた。特に防潮堤には神経を使った。
 6月3日、復興庁は最大3.3%の負担割合を被災地に提示した。宮城県では2016年度以降の防潮堤新設に県と被災市町で、計18億円の負担が生じることが分かった。
 その4日後、長島忠美復興副大臣が説明のため仙台市入りすることになった。
 村井知事は県の幹部会で長島氏に手渡す要望書の最初の項目に、防潮堤新設の全額国負担を据えることを決定。さらに「県よりも市町分の国費継続を優先させたい」と提案した。
 「県分も同等に要望するべきだ」。漁港を所管する農林水産部サイドが難色を示した。だが、知事は「全部を求めてゼロ回答になったら困る」と理解を求めた。
 否定的な意見も少なくない防潮堤新設をめぐっては、旗振り役となってきた村井知事への批判が根強い。
 事業の遅れは苦労して取り付けた地元同意のほころびや、自身の求心力低下につながりかねない。竹下亘復興相との良好な関係を維持するためにも、村井知事は県負担はのむ腹を固めた。
 同月18日。復興庁が発表した16年度以降の復興事業の最終方針は、市町分の防潮堤新設が地元負担の対象から外れた。岩手、福島両県で該当する工事は少なく、宮城への計らいが際立つ形となった。
<復興名目を重視>
 広域防災拠点整備は復興特別会計ではなく、負担の大きい一般会計事業に回されるとみられた。村井知事は竹下氏に、メールで何度も復興事業としての重要性を訴えた。
 県議会からも「被災地復興に直接関係ない」と指摘される大型事業は結局、社会資本整備総合交付金の復興枠に踏みとどまる。知事にとっては「復興」名目で予算措置されることが何より重要だった。
 復興推進会議で同月24日、地元負担の政府方針が最終決定されると、村井知事は「国とわれわれが要求と歩み寄りを繰り返し、ここまで来られた」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。
 県と被災市町の負担は当初想定された85億円から74億円に減った。が、国と正面からぶつからず条件闘争に持ち込んだ村井知事の政治姿勢に、違和感を覚える関係者は少なくない。
 「大人の対応」は今後の県政運営に副作用を与えかねない。


<原発事故>避難苦に102歳自殺 東電提訴
 東京電力福島第1原発事故による強制避難を苦にして自殺したとして、当時102歳だった福島県飯舘村の大久保文雄さんの遺族3人が28日、東電に約6000万円の賠償を求め、福島地裁に提訴した。
 訴状によると、大久保さんは2011年4月11日、飯舘村が原発事故で計画的避難区域に指定されることをテレビのニュースで知り、「避難したくない。ちょっと長生きしすぎたな」と漏らした。翌12日未明、自室で首をつった状態で見つかった。
 大久保さんは生まれてからずっと飯舘村で生活。当時は村で最高齢だった。原告側は「(大久保さんは)故郷を離れて暮らし、家族に迷惑掛けるぐらいなら自殺した方がいいと考えた。健康状態に問題はなく、原発事故が原因なのは明らかだ」と主張している。
 飯舘村は11年4月22日に計画的避難区域に指定され、現在も全村避難が続いている。
 福島県庁で同日、記者会見した義理の娘の美江子さん(62)は「おじいちゃんは原発事故がなければ、今でも村で暮らしていたと思う。このままでは自分自身も前に進めない。東電には命の尊さを知ってほしい」と述べた。
 東電は「訴状をまだ受け取っていないが、請求内容や主張を詳しく聞いた上で、真摯(しんし)に対応したい」とコメントした。
 原発事故に伴う避難者の自殺をめぐり、東電に賠償を求める訴訟は4件目。福島地裁は2件の訴訟で、原発事故と自殺の因果関係を認め、東電に賠償金の支払いを命じる判決を言い渡し、いずれも確定している。


飯舘102歳自殺東電提訴 遺族「避難強いられた」
 東京電力福島第一原発事故で避難を迫られ、将来を悲観して自殺したとして、飯舘村草野の大久保文雄さん=当時102歳=の遺族3人は29日、東電に約6千万円の損害賠償を求め、福島地裁に提訴した。
 遺族は、大久保さんの次男・一男さん(故人)の妻美江子さん(62)と、大久保さんの孫2人(一男さん・美江子さん夫妻の子)。
 訴状によると、大久保さんは平成23年4月11日、飯舘村が原発事故により計画的避難区域に指定されるのを報道で知った。同居していた美江子さんに「避難したくない」「長生きしすぎたな」などと漏らし、意気消沈したという。翌12日朝、大久保さんは自室で首をつった状態で見つかった。
 原告側は、102年間暮らした村を離れ、見知らぬ土地で避難生活を送るのに、大久保さんは精神的な苦痛を感じた−と主張。「故郷が失われていくさまを目の当たりにすることを避け、自死を選んだ」としている。
 美江子さんと保田行雄、石丸文佳両弁護士らは29日、県庁で記者会見した。
■「きっと元気でいたはず」
 「原発事故がなければ、きっと今も元気に生きていたはず」。県庁で記者会見した大久保美江子さんは、義父・文雄さんの遺影を見詰めた。
 38年間、一緒に生活した。食事の時、文雄さんはいつも冗談を言い、家族を笑わせた。何を作ってもおいしそうに食べ、「ありがとう」と美江子さんをいたわった。にこやかな人柄は、誰からも好かれた。
 そんな穏やかな暮らしを、原発事故が打ち砕いた。愛する古里から避難しなければならないと知った時、義父はどんなにつらかっただろう。美江子さんは「原発事故が憎い」と言い切る。
 東電に事故を起こした責任を認めさせ、謝罪してもらおうと提訴した。「おじいちゃんが自死したことを私たちは一生背負っていく。前を向いて歩いていくためにも、東電には(墓前で)手を合わせてほしい」


辺野古埋め立て:協議書取り下げ 沖縄知事が要求
 沖縄県の翁長雄志(おなが・たけし)知事は29日、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設計画を巡り、防衛省が埋め立て工事に向けて県に提出した協議書の取り下げを求めた。協議書には工事の一部の設計図しか示されていないため、海底ボーリング調査完了後、全体の設計図が整った段階で改めて提出すべきだとしている。那覇空港で記者団に明らかにした。
 翁長氏は「事前協議は全体の詳細設計が終了した時点で行うべきだ」と述べ、ボーリング調査が完了していない段階での協議書提出に疑問を呈した。同省には8月10日までに回答するよう求めた。
 早期に埋め立てを開始したい同省は24日、ボーリング調査を終えた一部区域の護岸の設計図を前倒しで県に提出した。翁長氏の要求に対し菅義偉官房長官は29日の記者会見で「工事は段階的に実施されるので、段階ごとに協議するのは問題ない。政府として取り下げる考えはない」と明言した。
 一方、翁長氏は29日、東京都内でのシンポジウムで「私は基地はつくらせない。つくれないと思っている。その視点から第三者委員会の指摘した法律的瑕疵(かし)を認識すべきだ」と述べ、県の第三者委が16日に提出した検証結果を踏まえ埋め立て承認を取り消す考えを示唆した。【佐藤敬一、高本耕太】

食虫植物/六本木でギリシア料理/深川めし/築地本願寺盆踊り

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Japon: des milliers de manifestants contre la politique de défense d’Abe
Des milliers de manifestants ont protesté mardi soir à Tokyo contre la nouvelle politique de défense du Premier ministre Shinzo Abe qui veut élargir les prérogatives des forces armées japonaises, ont constaté les journalistes de l’AFP.
Malgré la chaleur étouffante, quelque 15.000 personnes, selon les organisateurs, ont participé à ce rassemblements de délégations régionales et syndicales ainsi que d’associations diverses, de militants de partis d’opposition et de particuliers.
Brandissant des banderoles où l’on pouvait lire ≪suppression des lois de guerre≫, ≪non à la guerre≫ et des photos du Premier ministre affublé d’une moustache façon Hitler, les manifestants se sont regroupés dans le parc Hibiya au centre de la capitale, à proximité des bâtiments gouvernementaux.
≪Je viens à chaque fois à titre individuel et les rassemblements contre ces lois ont pris une ampleur telle que les médias comme le gouvernement ne peuvent plus les ignorer≫, a déclaré à l’AFP Yasumisu Shima, un sexagénaire plein d’entrain.
≪Nous nous battrons jusqu’au bout. Il faut que le mouvement grossisse encore, que nous soyons un mur sur le chemin de M. Abe≫, criait un porte-parole au micro, tandis qu’un cortège partait vers le parlement.
Cette énième manifestation se tenait alors que les textes sont arrivés en session plénière au Sénat lundi après avoir été approuvés par les députés.
Les opposants les ont baptisés ≪propositions de loi de guerre≫.
La réinterprétation de la constitution qu’entérineraient les textes en discussion rendrait possible l’envoi à l’extérieur des Forces d’autodéfense nippones - le nom officiel de l’armée - pour venir en aide à un allié, en premier lieu les Etats-Unis.
Pour le moment, l’armée ne peut agir que dans le cas d’une offensive externe sur le territoire japonais.
Cette extension des prérogatives des soldats japonais, via le principe dit de ≪défense collective≫, fait craindre aux Japonais de voir leur pays pris au piège dans un conflit lointain au côté des Américains.
Toutefois, en dépit d’une majorité de citoyens contre ces textes (selon les différents sondages) et des nombreuses voix opposées à une relecture de la loi fondamentale pacifiste, Shinzo Abe et son parti, qui domine à la Diète, ont fait prolonger de 95 jours la session parlementaire.
≪Les lois doivent passer dès que possible afin d’être en mesure de répondre à une quelconque nécessité≫, a déclaré M. Abe mardi au Sénat.
Cette volonté de faire adopter rapidement les textes est mal perçue: selon une enquête du quotidien Nikkei, 81% des sondés considèrent que le gouvernement n’a pas assez expliqué les tenants et aboutissants de cette politique.
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朝早めに出かけます.まずは吉祥寺.そこからバスで調布の植物園に移動です.というのも食虫植物展が神代植物公園であるからです.吉祥寺市という都市があると思っていましたが,武蔵野市でした.バスは吉祥寺通りを通って三鷹市を抜けて,30分くらいで植物園に着きました.食虫植物は展示室です.ちなみにフランス語ではplante carnivoreで英語だとcarnivorous plantです.いよいよご対面♪意外と小さいです.でもカワイイとか思えなくてなんだかコワイです.その後バラ園とかいろいろ見て回りました.足がクタクタです.
お昼は六本木に移動してギリシア料理です.チーズが酸味あっていい感じ.ムサカというものをたのんでみました.ラザニアのもとになった料理らしいです.ギリシアワインもおいしいです.
少し歩いて東京ミッドタウンでワインの試飲をします.ボルドーは美味しい♪でも高いのでパス.
特にあてもなく都庁に行ってみることにしました.その前にゴールデン街を通ってみました.初めてです.飲む時間ではないのでお店は空いていません.適当に新宿眼科画廊に行くと,いきなり圧倒されました.男のアレが巨大に展示されているんです.芸術ってわからないなぁ・・・
都庁の展望台からの眺めはよかったです.一周ぐるっと回っておしまいですが無料なのがうれしいです.
さて次は銀座.数寄屋橋に行きました.と言っても橋はもうありません.どのあたりなのかなぁ・・・と考えてもわかりません.そもそも川がどこにあったのかもわからないし・・・仕方ないので勝手に真知子と春樹が出会ったシーンを空想しました.
夕方は深川めしを食べにいきます.清澄白河で降りて迷ってしまいました.2階に案内されました.ご飯を炊くのに15分かかるとのことですが,急いでいないのでOKです.「清澄」を「きよすみ」と読むものだと思っていたら近くの客が「せいちょう」・・・と繰り返し言うのでそうなのかぁ・・・と思っていましたが,「きよすみ」が正しいみたいです.深川めしはあさりがたくさんです.美味しいけどゆっくり味わって食べました.
食後はだいぶ暗くなってきました.深川江戸資料館は閉まっていて残念.次の機会です.築地に行くのに一旦水天宮前で降りて人形町まで歩きます.せっかくだから水天宮みたいなぁ・・・と思ったら残念ながら工事中でした.築地駅に着くと浴衣の子どもがいます.築地本願寺の盆踊りがあるからです.とりあえずわたしも行ってみます.知らない曲ばかりですが,一つだけしっているのがありました.「松島の〜さよ瑞巌寺ほどの」の斎太郎節です.でも何となく違うような・・・

震災5年以降の復興支援は
東日本大震災からの復興支援に取り組んできた団体が集まって、震災から5年目となる来年3月以降も、どう活動を継続していくかを話し合う会議が、南三陸町で開かれました。
南三陸町の総合運動施設、「平成の森アリーナ」で開かれた会議には、被災地で活動するNPOや自治体の職員などおよそ70人が集まりました。
会議では、気仙沼市と南三陸町、それに女川町で活動する3つの団体の担当者が、「震災5年目以降の持続的な活動」をテーマにパネルディスカッションを行いました。
被災地で活動する団体の間では、国の集中復興期間が終わる来年3月以降、自治体からの財政的な支援の先細りなどが予想される中、活動をどう継続するかが課題となっています。
パネルディスカッションの中では、3つの団体が共同でイベントを開催したことなどが紹介され、活動の継続には、地域の壁を越えて、情報や人脈などを共有することが大切だといった意見が出されていました。
また、各団体は、地場産品を販売するなどして活動資金を捻出していますが、いまや「復興支援」という名目だけでは売れ行きも伸びず、ニーズにあわせた商品を提供することが大切だといった意見も出されていました。
参加した気仙沼市のNPO法人の男性は、「震災から時間がたてば徐々に運営も厳しくなっていくが、地域に根ざして活動を続けていきたい」と話していました。


米同時テロ遺族 石巻で被災者と交流
 米同時多発テロの被害者や遺族でつくる「9.11家族会」のメンバーらが28日、東日本大震災で3000人以上が犠牲になった石巻市を訪れ、被災者と交流した。
 同市の一般社団法人「震災こころのケア・ネットワークみやぎ」の施設に約30人が集まった。家族会のメンバー2人が体験や困難を乗り越えるまでの歩みを語った後、被災者と車座になって意見を交わした。
 投資会社勤務だった弟を亡くしたジーンマリー・ハーグレイブさん(58)は「長い間受け入れることができなかったが、9年後に語り部を始めた。たくさんの人と会って思いを共有することが心の癒やしになっている」と話した。
 石巻市の自宅が全壊し再建した主婦遠藤時子さん(78)は「お互い助け合って悲しみを克服していければいい」と語った。
 交流会は米日本人医師会などが主催。9.11家族会は同様の経験をした者同士が支え合おうと2012年から石巻市を訪問し、被災者と対話している。


102歳男性自殺で遺族が東電を提訴
原発事故の影響で全域が避難区域に指定された福島県飯舘村から離れることを受け入れられず自殺した102歳の男性の遺族が、「原発事故がなければ、ふるさとで天寿を全うできたはずだ」として、東京電力におよそ6000万円の賠償を求める訴えを起こしました。
福島地方裁判所に訴えを起こしたのは、4年前まで福島県飯舘村で暮らしていた、当時102歳の大久保文雄さんの遺族3人です。
4年前、原発事故から1か月後の4月11日、政府は飯舘村の全域を計画的避難区域に指定する方針を示しましたが、その翌日、村で最高齢だった大久保さんは自宅で自殺しました。
大久保さんは村を離れることを受け入れられなかったとみられ、遺族らは「原発事故がなければ、生きがいを感じていたふるさとの村で天寿を全うできたはずだ」として、東京電力におよそ6000万円の賠償を求めています。
大久保さんの息子の妻で40年近く一緒に暮らしていた美江子さん(62)は「102歳まで生きた人がみずから命を絶つことの重みや残された家族の苦しみを分かってほしい。法廷で思いを訴えたい」と話しています。
一方、東京電力は「訴えの内容や主張を詳しくうかがったうえで真摯(しんし)に対応してまいります」とコメントしています。


御嶽山噴火:捜索再開 早く一緒にしてあげたい 妻死亡、夫は依然不明 知人、発見願う
 火山災害として戦後最悪となった御嶽山の噴火に巻き込まれ、いまも見つかっていない登山者6人の捜索が29日、再開され、ふもとの長野県木曽町では家族らが待機し、捜索を見守った。同県側ではこの日の捜索にあたる約100人が陸上自衛隊の大型ヘリ2機に分乗。「何とか見つけてほしい」との行方不明者の家族や友人らの願いを胸に山頂周辺で捜索したが、ガスに阻まれて午後の捜索はできなかった。【稲垣衆史、松本光樹】
 午前6時前、御嶽山中腹にある臨時ヘリポート(長野県王滝村)で、同県の阿部守一知事は「安全確保を最優先しつつ(不明者に)一日も早く戻ってほしいと願う家族の思いに寄り添ってほしい」と隊員らに訓示。隊員の代表は引き締まった表情で「全力で捜索する」と誓った。
 山梨県甲斐市の猪岡哲也さん(当時45歳)と妻の洋海さん(同42歳)は御嶽山に夫婦で登っていて、噴火に巻き込まれた。夫婦には聴覚障害があり、洋海さんは昨年10月に遺体で見つかったが、哲也さんは行方不明のままだ。かつて夫婦で所属していた太鼓サークル「甲州ろうあ太鼓」の元相談役、小野智弘さん(75)は「ほんとに仲の良かった夫婦。せめて早く一緒にしてあげたい」と願う。
 「太鼓の腕も抜群。ひょうきんものでみんなを笑わせる人気者で中心メンバーだった」。同サークルは、哲也さんと洋海さんとの出会いの場だった。洋海さんと結婚し、長男が生まれた後に哲也さんは同サークルをやめた。「また戻って来てくれると思っていた。なのにこんなことになってしまうなんて」
 今年1月、洋海さんの遺骨は山梨県内の墓に納められた。関係者によると、高校3年生となった哲也さんの長男は、甲斐市の実家を離れ、県内の高校に通いながら東京都内で哲也さんの兄の家族と生活を始めたという。
 今月に入り、捜索の先遣隊がカメラや登山靴など他の犠牲者の遺品を見つけたことが、小野さんには小さな希望だ。「彼が持っていた何かが見つかってくれれば。何にもないと気持ちの整理がつかない」と捜索に期待を寄せた。
 長野県は山頂付近の雪解けが進んだ6月以降、調査隊や先遣隊を派遣し、捜索方法や重点捜索箇所を絞り込んできた。県警によると、6月末に積雪3メートルだった登山道・八丁ダルミ付近は今月12日には約1メートルまで減ったが、覆っていた雪が解けて傾斜が険しくなった場所があったという。
 県災害対策本部は、生存者の証言や遺留品の発見場所などから、行方不明者6人がいる可能性が高い場所の特定を進めた。火山灰に覆われるなどして登山道から滑落した可能性が否定できないため、急斜面なども捜索対象に含めており、高度な捜索技術が求められる場面も出てきそうだ。ある隊員は「現場は不確定な要素が多い」と困難な捜索を覚悟していた。
 噴火直後の捜索では、前例のない標高3000メートルでの過酷な環境に、高山病を発症する隊員が続出した。このため今回投入する隊員は高地での訓練を重ねてきた。
 一方、御嶽山では今月20日、8カ月ぶりに火山性微動を観測した。気象庁は一時的な現象とみるが、「小規模噴火の可能性はある」としている。対策本部は再噴火に備え、仮設シェルターを設置した。【稲垣衆史】
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 ■ことば
 ◇御嶽山噴火
 昨年9月27日午前11時52分、長野・岐阜県境の御嶽山(3067メートル)が噴火。土曜日で多くの登山者がいた山頂付近を火山灰や噴石が襲い57人が死亡、6人が行方不明となる戦後最悪の火山災害となった。陸上自衛隊などが捜索にあたったが、降雪などによる2次被害への懸念から10月16日に打ち切った。気象庁は今年6月、御嶽山の噴火警戒レベルを2(火口周辺規制)に引き下げ、火口から1キロ圏での警戒を呼びかけている。
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 ◇行方不明とみられる方々 
猪岡哲也さん(45)=山梨県甲斐市
野村亮太さん(19)=愛知県刈谷市
大図和彦さん(49)=愛知県碧南市
伊藤亮介さん(39)=三重県鈴鹿市
愛知県の30代男性
東京都の40代男性
※年齢は被災時


102歳自殺:「苦痛思い涙こぼれる」 東電提訴の遺族
 東京電力福島第1原発事故による強制避難を前に、福島県飯舘村の大久保文雄さん(当時102歳)が自殺したのは原発事故が原因として東電に計6050万円の損害賠償を求め福島地裁に提訴した大久保さんの遺族が29日、福島県庁で記者会見し、「102歳まで生きた人がなぜ自ら命を絶たなくてはいけなかったのか。東電には命の尊さを分かってほしい」と訴えた。
 提訴したのは大久保さんの義理の娘の美江子さん(62)ら3人。美江子さんらによると、大久保さんは飯舘村で生まれ育ち、結婚して8人の子どもに恵まれ、99歳の白寿の祝いには村民が100人近く集まった。
 しかし、穏やかな生活は原発事故で一変した。2011年4月11日、自宅で大久保さんと美江子さんの2人でテレビを見ていると、村全域が計画的避難区域になるとのニュースが流れた。大久保さんは「俺こっから出たくねえ。長生きしすぎたな」とつぶやき、翌12日朝に自室で首をつって亡くなっているのが見つかった。
 飯舘村は今も全村避難が続く。美江子さんは「村はじいちゃんの全てだった。どんな気持ちで自殺したのか、その苦痛を想像すると今でも涙がこぼれる。東電には責任を認め謝罪してほしい」と話した。【土江洋範】


安保転換を問う 首相補佐官発言
 ◇これが政権の本音では
 安全保障法制を担当する礒崎(いそざき)陽輔首相補佐官から「法的安定性は関係ない」という、あきれた発言が飛び出した。憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を認めた安全保障関連法案は憲法違反との批判が高まっているのに、法秩序の安定性など関係ないと言っているかのようだ。
 この問題は法案の本質に関わる。見過ごすことはできない。
 礒崎氏は、5人いる首相補佐官の1人で、政府内で安保関連法案の作成に中心的に関わってきた。参院での審議入り前日の26日の講演で、集団的自衛権について「法的安定性は関係ない。わが国を守るために必要な措置かどうかを気にしないといけない」と述べた。
 そもそも政府による憲法解釈の変更はどこまで許されるのだろうか。
 全く変更してはいけないわけではないが、それには限界がある。従来の憲法解釈との論理的整合性と法的安定性が保たれている必要がある。政府が便宜的、意図的に憲法解釈を変更すれば、国民が憲法を信頼しなくなるからだ。
 だからこそ、安倍政権は今回の憲法解釈変更について、1972年の政府見解などを根拠に「これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性、法的安定性は保たれている」という理屈を立て、合憲性を主張してきたはずだ。礒崎氏の発言はそういう政権の見解とも矛盾している。
 参院審議では、引き続き憲法と安保関連法案との整合性が中心的な課題になる。それなのに審議が始まろうという時、首相の周辺から憲法を頂点とする法秩序をないがしろにするような発言が飛び出した。
 礒崎氏は法案の成立について「9月中旬までに終わらせたい」とも語った。参院審議をも軽視している。
 この問題が深刻なのは、発言が、安倍政権の本音ではないかと疑われることだ。
 憲法学者が法案は違憲と指摘した際、自民党幹部から「学者の言う通りにしていたら、自衛隊も日米安保条約もない。平和と安全が保たれていたか疑わしい」と反発が出た。安保政策は憲法に優先すべきで、法秩序が犠牲になっても構わないとでも言いたいのだろう。今回の発言はこれに通じるものがある。
 安倍晋三首相はきのう、礒崎氏の発言について「憲法とともに安保環境の変化を踏まえる必要があるとの認識を示した発言だ」とかばい、民主党からの更迭要求を拒んだ。
 礒崎氏は発言を撤回すべきだが、仮に撤回したとしても、この政権が憲法を軽んじているという疑念は消えない。


東京都世田谷区:同性カップル公認へ 区が「宣誓書」発行
 東京都世田谷区が29日、同性同士のカップルについて区発行の「宣誓書」でパートナーシップを認める方針を明らかにした。9月議会での議論を経て11月から実施する意向だ。実現すれば、4月に条例化した渋谷区に続き、国内自治体で同性カップルを公的に認める制度として2例目となる。
 世田谷区の制度では同性カップルが「互いを人生のパートナーとする」と宣誓する「パートナーシップ宣誓書」に区職員の面前で署名。区は宣誓を証明する「パートナーシップ宣誓書受領証」と、宣誓書の写しをカップルに交付する。
 宣誓には、(1)双方が20歳以上(2)双方が区内に住所があるか、または一人が区内に住み、もう一人が区内への転入を予定している−−が条件。受領証に区長の署名が入る予定という。条例ではないが、宣誓書により同性カップルが緊急時の病院での面会や賃貸住宅入居などの場面で異性婚の配偶者同様に扱われる可能性がある。
 同性カップルを公的に認める制度を巡り保坂展人区長は3月、区内在住者から要望を受け、「区長の判断でできることを早くやっていきたい」と回答。宮崎健二副区長は「区長の裁量の範囲で一歩を踏み出すことにした。強制力はないが、区民が考えるきっかけになれば」と話している。【藤沢美由紀】

モロッコ料理・タジン/飯田橋で講演会/戦争法案廃案!総がかり行動

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Plus ça change, plus c'est la même chose.
--Alphonse Karr
The more things change, the more they say the same.
(lit. More it changes, more it is the same thing.)
On devient moral dès qu'on est malheurx.
--Marcel Proust
We become moral as soon as we are unhappy.
L'espérance a fui comme un songe .../ Et mon amour seul m'est resté !

--Gérard de Nerval
Hope fled like a dream .../ And my love alone remained to me !
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東京です.まず向島百花園に向かい,大輪朝顔展を見ます.自然を見るのは心安らぐものです.そういえばミンミンゼミがうるさい.大阪だとアブラゼミで鳴き声が違う感じです.墨堤通を歩いてソラマチによって飯田橋に移動です.南北線の車内にトンボがいてびっくりです.
さてモロッコ料理のお店でタジンを食べることに.初タジンです。熱くておいしいです.
いよいよ本来の目的の講演会です.なかなか参考になりました.
夕方は経産省前テントによってカンパした後,日比谷公園に向かいました.戦争法案廃案!強行採決反対の集会です.総がかり行動です.民主党・枝野,共産党・小池,社民党・吉田さんらのアピールが力強いです.神田香織,鎌田慧,雨宮処凛,佐高信,山岸良太,古今亭菊千代,落合恵子さんのアピールも素晴らしい.集会後のデモはクタクタ.永田町で解散になってほっとしたくらいでした.
集会最後に落合さんが読んだ峠三吉の詩に思いを新たにしました.

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ
こどもをかえせ

わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ

にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを
へいわをかえせ




<焦点>被災地支援団体 資金繰り四苦八苦
 東日本大震災の発生後に被災地で支援活動を続けてきた団体が、助成金の受給条件厳格化や支給期間終了により、活動資金の調達に苦慮している。復興途上の被災地での活動を維持するため、各団体は行政や企業との結び付きを強めるなど新たな財源獲得策を模索する。(武田俊郎)
<ほそぼそ在庫販売>
 NPO法人まちづくり・ぐるっとおおつち(岩手県大槌町)は年間約200万円の助成金を元に、仮設住宅に住む女性に手縫いの人形を作ってもらい、販売を代行する事業を続けてきた。それが2014年度に壁にぶつかった。
 理由の一つが助成金の受給条件の厳格化だ。13年度までは「被災者を勇気づける」「独居の被災者の見回りを兼ねる」などの条件を満たしていた。ところが14年度はいずれの制度も申請条件が厳しくなり、応募を諦めざるを得なくなった。
 小向幹雄代表は「『将来的に自主事業化が可能』など、起業家向け融資のような条件が増え、支援団体や被災者が努力できる範囲を超えた」と説明する。現在は在庫品の販売をほそぼそと続ける。
 宮城県臨床心理士会の場合は、米国の財団から受けていた助成金が昨年末で終了した。この助成金を活用して被災地で開いてきた懇話会を今後も続けようと、国に補助を申請するなど資金繰りに奔走する。
<懸命に協力者開拓>
 「3.11」の旗印ではもはや寄付が集まりにくいという現実も立ちはだかる。
 被災児童らの教育を支援する公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC、兵庫県西宮市)は、そんな危機感から独自の資金獲得策を構築。阪神大震災後にできた母体組織のノウハウを生かし、資金調達の専任者が企業訪問に力を入れる。
 CFC仙台事務局は「被災地の個々の課題を丁寧に説明し、対策費として寄付を得ていくしかない」と協力者の開拓に懸命だ。
 危機感に対応し、資金獲得に向けた勉強会を開く動きもある。公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン(東京)は6月、16の支援団体を対象に仙台市で講習を実施。ウェブサイトで寄付を募る手法や、行政と連携し被災地支援の施策に加わる方法を学んだ。
 受講団体のうち9団体が今後の財源確保に「不安を覚える」と訴えた。「安定財源を確保する方法が知りたい」との声も相次いだ。
 被災地支援団体の財務に詳しい「人と防災未来センター」(神戸市)の菅野拓研究員は、助成金や寄付金への依存度を弱めていく必要性に言及。「自主事業に力点を移すことが活動継続の可否を分ける」との考えを示す。


女川のアンテナ店 都内に8月4日オープン
 宮城県女川町は27日、飲食店経営のスタイルスグループ(仙台市)が東京にオープンする新店舗を、町公認のアンテナショップ居酒屋にする協定を同社と結んだ。町自慢の海産物などをメーンに提供し、東日本大震災からの復興をアピールする。開店は8月4日。
 店舗名は「宮城県女川町 産直鮮魚とマグロの明神丸」。女川船籍のマグロ漁船から名付けた。女川産のホタテやホヤなどの旬の食材に加えてマグロを提供する。
 江東区門前仲町にあるビル2階の約50平方メートルに32席を用意する。海の家をイメージして漁具を展示したり、漁師たちの写真を飾ったりする。アンテナショップとして店内に女川の地場産品を販売するスペースを設けるほか、町と連携して最新の復興状況や観光情報なども発信するという。
 町役場であった調印式で、須田善明町長は「店舗運営をバックアップして女川の良さを首都圏の人にアピールし、ゆくゆくは女川に足を運んでもらえるようにしたい」と期待。佐々木浩史社長は「女川の新たな町づくりに感銘を受けて打診した。女川のメッセンジャーとして地域の思いを伝えていける店にしたい」と意気込みを示した。


選挙:仙台市議選 選挙カー不許可、社民陣営に謝罪 県警、妨害意図なし/宮城
 県警が仙台市議選で法令解釈を誤り社民党新人の猪股由美候補(37)=太白区選挙区=の選挙カーの使用を許可しなかった問題で、県警は27日、猪股氏陣営が出していた公開質問状に「選挙妨害の意図はなかったが、選挙運動に支障を来したのは間違いない」などとする回答書を提出し、謝罪した。
 持参した捜査2課の佐々木幸彦次長は「候補と関係者に深くおわびする」などと謝罪。選挙カーの作り替えにかかった費用について「補償は真摯(しんし)かつ迅速に対応する」などとした。陣営側は「県警本部長が来て、公開の場で謝罪すべきだ」などと伝えた。【川口裕之】


<安保法案>学生も声あげて!宮城で連携組織
 参院本会議で審議が始まった安全保障関連法案に反対する宮城県内の大学生が、学生ネットワーク「SEALDsTOHOKU」を結成した。8月9日に仙台市内で学生デモパレードを企画。「今の政治の動きをおかしいと思っている学生は一緒に声を上げよう」と参加を呼び掛けている。
 メンバーは東北大や東北学院大、東北福祉大などの学生約20人。国会周辺で抗議活動を続ける関東の学生グループ「SEALDs」に賛同して、ソーシャルネットワークサービス(SNS)などを通じて知り合い、18日に発足した。
 宮城県庁で27日に記者発表した東北大法学部2年の久道瑛美さん(19)と安達由紀さん(19)は、法案内容や与党の審議の進め方の問題点を強調。「法案は戦争に限りなく近づく内容。改憲せず憲法解釈を変えて法案を通そうとする安倍政権のやり方は民主主義の根幹を覆しかねない」と訴えた。
 周囲には政治に無関心な学生が多いという。久道さんは「友達からどう見られているか、気にしながら活動している。それでも、普通の学生が政治に問題意識を持ち、おかしいことはおかしいと言える雰囲気をつくりたい」と語った。
 パレードは東北の学生なら誰でも参加できる。目標は500人。ツィッターやフェイスブックで情報発信している。


安保法案:公明離れの学会員次々…自民と協調に「失望」
 安全保障関連法案審議の舞台が参院に移った。日を追って国民の批判が高まる中、自民と足並みをそろえる公明党の足元で、地方議員や支持母体の創価学会員たちの反発や離反が起きている。平和を訴え、与党の「ブレーキ役」を自任する党はどこへ向かうのか。
 愛知県武豊町の本村強町議(62)は創価学会員だが、公明党を離れ10カ月になる。「失望しました。平和の看板を掲げてきたのになぜだ、と」
 まだ党にいた昨年6月、集団的自衛権に反対する意見書案を共産党議員らとともに議会に提出し、自民系議員らを説得し、1票差で可決させた。これが後に反党的だと問題視されたが、信念を貫き離党。今春、町議選に無所属で出た。学会関係者に「あなたの個人票は(学会票の)2%だ」と警告されたが前回並みの得票で3選された。一部の学会員も陰で応援してくれたという。
 和歌山県岩出市の創価学会員、春村徳龍(のりたつ)さん(53)は19日、大阪での安保法案反対デモに家族で参加した。「法案は平和を求める学会の教えにそぐわない。『自民の歯止めになる』と公明党への投票を呼びかけてきたが裏切られた思いだ」
 デモ行進では、学会のシンボルの三色旗に「バイバイ公明党」などとプリントしたプラカードを掲げた。別の学会員がデザインし、ツイッターで配布していたものという。
 ツイッターには、東京都内の抗議デモで同種のプラカードを掲げる参加者の写真も投稿されている。春村さんは言う。「今は『点』に過ぎないが、線になり面になれば党に脅威となる。法案を止めるには学会員が声を上げるしかない」
 九州地区で活動する創価学会職員も「一般の会員は同じ感覚だ」と、抗議デモ参加に理解を示す。公明党の地方組織も批判への対応に追われる。沖縄県の党県本部関係者は、「支援者に批判的な意見が多い」。遠山清彦衆院議員(比例九州)の事務所でも、寄せられる意見の大半は「法案反対」。事務所は「戦争を止めるための法案だと、なかなか納得してもらえない」と頭を抱える。【町田結子、日下部聡、門田陽介】
 ◇2年前、全員「認めない」…解釈改憲巡り参院議員11人
 集団的自衛権を巡って、2013年に当選した公明党参院議員11人は、当時の毎日新聞の候補者アンケートに「行使容認のために憲法解釈を見直すべきではない」と回答しており、今回の参院審議入りを機に、11人のうち4人から改めて話を聞いた。
 アンケートは、国政選挙のたびに全候補者を対象に毎日新聞が実施し、政治課題を巡る賛否や見解を尋ねている。13年参院選で「集団的自衛権を行使できるよう、憲法解釈を見直すべきだと考えるか」という問いを設け、公明党候補11人がそろって「見直すべきではない」と回答した。
 「覚えていない。当時どういう政治状況だったのか……」。平木大作氏(比例)に2年前の回答の理由を聞くと、当惑の表情を浮かべた。今の見解を尋ねると、一転「集団的自衛権の容認は限定的」との政府の公式見解を展開。「限定的ではなくフルサイズの集団的自衛権を認めるための解釈見直しなら、2年前も今も反対だ。やろうと思ったら憲法改正しかない」と語った。
 魚住裕一郎氏(同)は「政府の考えは深まった。自国防衛だと総理も言っている」と説明した。若松謙維氏(同)は「政府の努力を覆すような報道はフェアではない」とマスコミ批判を口にした。新妻秀規氏(同)は「今回の見直しは専守防衛の枠内だ」と強調した。【樋岡徹也、林田七恵】


安保法案:礒崎氏発言、与党も困惑…野党、辞任を要求
 礒崎陽輔首相補佐官が安全保障関連法案を巡り、「法的安定性は関係ない」とした発言について与野党から批判の声が上がっている。安保法案は27日に参院本会議で審議入りしたが、野党からは礒崎氏の辞任を求める声も出ており、入り口から波乱含みの展開となっている。【高橋克哉、村尾哲】
 礒崎氏は26日の講演で、関連法案に関し「わが国を守るために必要な措置かどうかを気にすべきで、法的安定性は関係ない」と述べ、憲法解釈を変更した場合に法的安定性が保たれる必要は必ずしもないとの認識を示した。
 内閣支持率が低下するなか、政権は参院審議での丁寧な説明で、国民の理解を得ることに力を注ぎたい考えだ。それだけに首相側近の法を軽視するような発言には、与党内にも困惑が広がる。
 公明党の山口那津男代表は党参院議員総会のあいさつで「政府の側にあって対応に当たる人たちが、足を引っ張ることがないように」と不快感を示した。自民党の谷垣禎一幹事長も「きわめて配慮に欠けたことだ」と批判した。
 野党側は勢いづいている。民主党の枝野幸男幹事長は27日、記者団に「法解釈が一方的に変更されないからみんな、法のルールに従う。首相は法の支配のイロハのイもわかっていない補佐官をいつまで使い続けるのか」と辞任を求める考えを示した。
 維新の党の片山虎之助参院議員会長も「法律は法的安定性が一番大事だ」と指摘。社民党の吉田忠智党首は「法的安定性は法治国家として欠くべからざる要件で許し難い暴言。辞任すべきだ」と求めた。
 菅義偉官房長官は記者会見で「(礒崎氏の発言は)法的安定性を否定したものではない。(辞任要求は)全く当たらない」として野党の辞任要求には応じない考えを強調した。同時に、「誤解される発言は慎まなければならない」とも指摘した。
 一方、平和安全法制特別委は断続的に理事懇談会を開き、28、29両日の首相出席の総括的質疑と30日の集中審議を決めた。総括的質疑の時間配分は3(与党)対7(野党)で、衆院の1対9よりは与党時間が増えたものの、野党に配慮した。


「安保」参院審議 再考の府の責任果たせ
 安全保障法制関連法案の審議が参院で始まった。「憲法違反」と指摘され、審議を重ねるほど国民の反対が増え続ける法案だ。政府・与党は一度、撤回か廃案とし、出直すことを決断すべきである。
 「良識の府」「再考の府」としての崇高な責任を、参院は果たすことができるであろうか。
 安倍政権が、衆院での採決を強行した安保法案はきのう参院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、参院で審議入りした。きょうからは特別委員会での審議が始まり、与党側は九月前半までの参院での可決、成立を目指すという。
 安倍晋三首相は答弁で、衆院での採決強行について、国連平和維持活動(PKO)協力法や有事法制を超える百十六時間の審議を行い、「熟議の後に決めるべき時には決める」として、正当化した。
 しかし、国民の多くが政権の強硬姿勢を嫌悪しているのが実態だろう。石破茂地方創生担当相が言う「感じが悪いよね」である。
 衆院での採決強行後に行われた報道各社の世論調査では、安保法案は「憲法違反」との答えは50%台、法案に「反対」が60%台、法案の今国会成立に「反対」が50%台、政府の説明は「不十分」が80%台に達する。
 こうした結果は、報道各社の安保法案に対する支持・不支持に関係なくほぼ一致しており、国民の姿勢は厳しいと、安倍政権は素直に受け止めるべきだろう。
 問題は安倍政権が、丁寧に説明すれば、国民は安保法案の必要性を「理解」し、支持してくれるだろう、と勘違いしていることだ。
 参院審議では、政府側が法案内容を説明する機会を増やすため、与党の質問時間を増やすという。
 しかし、世論調査で法案自体や今国会成立への「反対」が増えているのは、審議に伴い安保法案の「違憲性」や、集団的自衛権の行使を憲法解釈の変更で認める「反立憲主義性」を、国民が「理解」し始めたからではないのか。
 首相側近の礒崎陽輔首相補佐官からいまだに、憲法の法的安定性を軽視するかのような発言が飛び出すようでは、国民の支持が得られるわけはあるまい。
 戦後日本の平和主義や専守防衛政策を守ることができるのか、今や参院での審議にかかっている。
 「衆院のカーボンコピー」と批判されて久しい参院だ。衆院の決定を追認するだけなら、存在感はない。戦後七十年の節目の年、新憲法で貴族院から生まれ変わった参院にとっても正念場である。


新国立白紙も都営アパート撤去は続行 計画変更せず
 二〇二〇年東京五輪・パラリンピック大会の主会場となる新国立競技場の建設計画が白紙撤回されたにもかかわらず、東京都が、跡地の南にある都営霞ケ丘アパート(東京都新宿区)の取り壊しを旧計画通り進める方針であることが二十七日分かった。
 霞ケ丘アパートは一九六〇年から六年かけて、十棟建てられた。撤回された建設計画では、新国立競技場は旧競技場より大規模な施設とし、アパートの敷地も公園にすることにしていた。都は二〇一二年七月に取り壊しを通告。住民の立ち退きは始まっているが、残った住民の多くは住み慣れた土地を離れることに難色を示している。取り壊しは始まっていない。
 都の担当者は本紙の取材に対し、アパート取り壊しのため住民に転居を求める方針は変わらないと説明。「霞ケ丘アパートは計画敷地の対象範囲。デザインや工事、金額は見直しても(新国立競技場が)できるのは変わらない」と述べた。
 二十七日の民主党会合でも取り上げられ、出席した議員から「新国立の規模が縮小され、アパートを取り壊す必要がなくなる可能性はあるのだから、いったん白紙にすべきではないか」などとする声が上がった。

コー終わり/ヒザ痛で病院/悲しい知らせ

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Japon: le crash d'un avion de tourisme à Tokyo fait trois morts
Un avion de tourisme s'est écrasé dans une zone résidentielle de Tokyo, dans la nuit de samedi à dimanche. Le crash a provoqué la mort de trois personnes a annoncé la police.
L'appareil, avec à son bord le pilote âgé de 36 ans et quatre passagers, s'est écrasé vers 11h00 (4h du matin en France), peu après son décollage de l'aéroport de Chofu, localité de la métropole tokyoïte, selon la chaîne publique NHK. Deux passagers ont péri, la troisième victime semble être un habitant du quartier selon un porte-parole de la police de Tokyo. "Trois autres occupants de l'avion et deux personnes au sol ont été blessés. Leur état n'est pas connu" a-t-il précisé.
Un avion de tourisme s'est écrasé dans une zone résidentielle de Tokyo, dans la nuit de samedi à dimanche. Le crash a provoqué la mort de trois personnes a annoncé la police.
L'appareil, avec à son bord le pilote âgé de 36 ans et quatre passagers, s'est écrasé vers 11h00 (4h du matin en France), peu après son décollage de l'aéroport de Chofu, localité de la métropole tokyoïte, selon la chaîne publique NHK. Deux passagers ont péri, la troisième victime semble être un habitant du quartier selon un porte-parole de la police de Tokyo. "Trois autres occupants de l'avion et deux personnes au sol ont été blessés. Leur état n'est pas connu" a-t-il précisé.
Un vol d'entraînement
Au moins trois maisons et deux voitures ont brûlé et des toits ont été endommagés alentour, selon un porte-parole des pompiers. Les images de télévision montraient les pompiers tentant d'éteindre les flammes, ainsi que les débris de l'empennage de l'appareil. Le quartier résidentiel de Chofu se trouve à seulement 500 mètres de l'aéroport et les toits
Un avion de tourisme s'est écrasé dans une zone résidentielle de Tokyo, dans la nuit de samedi à dimanche. Le crash a provoqué la mort de trois personnes a annoncé la police.
L'appareil, avec à son bord le pilote âgé de 36 ans et quatre passagers, s'est écrasé vers 11h00 (4h du matin en France), peu après son décollage de l'aéroport de Chofu, localité de la métropole tokyoïte, selon la chaîne publique NHK. Deux passagers ont péri, la troisième victime semble être un habitant du quartier selon un porte-parole de la police de Tokyo. "Trois autres occupants de l'avion et deux personnes au sol ont été blessés. Leur état n'est pas connu" a-t-il précisé.
Un vol d'entraînement
Au moins trois maisons et deux voitures ont brûlé et des toits ont été endommagés alentour, selon un porte-parole des pompiers. Les images de télévision montraient les pompiers tentant d'éteindre les flammes, ainsi que les débris de l'empennage de l'appareil. Le quartier résidentiel de Chofu se trouve à seulement 500 mètres de l'aéroport et les toits
Le monomoteur se dirigeait vers l'île Izuoshima, dans le Pacifique, à une centaine de kilomètres au sud du centre de Tokoyo pour un vol d'entraînement d'une journée d'après les médias japonais.
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クローズアップ現代「小型機がなぜ住宅に」
日曜日の白昼に起きた小型機の墜落事故。住宅を直撃、炎上し、3人が亡くなった。小型機の墜落や不時着は、全国各地で起こっている。目撃証言から原因に迫り、対策を考える
国谷裕子

鶴瓶の家族に乾杯「市村正親 岐阜県美濃市」(前編)
俳優の市村正親が岐阜県美濃市を旅する前編。旧名鉄美濃駅で待ち合わせた鶴瓶と市村。しかし、市村がある事情でなかなか現れない。やっと合流後、早速、町の人から地元の名物料理を聞き、その店へ。その後、歩いているとある看板が気になった二人は、偶然、その店の女将に出会い、店の歴史や留守の夫についてしつこく質問。別れた後、鶴瓶は、山里で85歳の老人の行動に思わず仰天。市村はうだつのある町を歩きはじめると…。
市村正親, 笑福亭鶴瓶,小野文惠, 久米明


コー終わりです.一安心でもまだまだやることはたくさんあります.
膝が痛いので夕方慌てて病院に行きました.右ひざがいたいのでJ'ai mal au genou droit.です.薬と湿布をもらいました.
Hiさんから悲しいお知らせのメールです.

<矢巾中2自殺>SOS 担任だけ抱え込む
 自殺した岩手県矢巾町の中学2年村松亮君(13)と担任教諭の日常のやりとりが、学校の調査報告書で明らかになった。村松君が生活記録ノートに「死」や「いじめ」の言葉を記すと、担任は親身に面談を重ね、相手生徒への指導に動いた。いじめの顕在化を知らせた村松君のシグナル。学校組織で共有されず、結果的に担任が抱え込んだ。
 村松君は4月20日、ノートに「もうイヤだ。死にたいゼ☆」と書いた。担任は学校の聞き取りに「死という言葉が出た初めての日。死に結び付くような表情は見られなかったが、毎日必ず声を掛けて様子を聞いた」と答えた。
 いじめに関与したとみられる生徒の名前がノートに登場したのは5月12日。担任は「特に(村松君に)目をかけなければ」との思いを強くし、6月10日に生徒の粗暴な態度を注意した。同24日、村松君が泣いており、事情を聴くと同じ生徒から暴力を受けたと話した。担任は再び指導した。
 「もう市(死)ぬ場所は決まってるんですけどね」。同月29日、担任は記述に異変を感じ声を掛けた。村松君は「大丈夫です。(翌日からの宿泊研修の)バスの座席はどうなっているんですか」と話したという。
 担任はノートの返事を「明日からの研修たのしみましょうね」とだけ記した。理由を「少しでも明るい方向性に持っていき、研修を楽しめるようにという思いで書いた」と打ち明けた。
 亡くなる2日前の7月3日金曜、担任は発熱で欠席した村松君に電話をかけた。月曜の時間割を伝えると村松君はメモを取っている様子だった。「月曜日待っている」「はい」。最後の会話になった。
 報告書は再発防止策として「いじめを発見したときは特定の教職員が抱え込むことなく、速やかに組織的な対応をする」と記した。


<仙台市議選>選挙カー審査ミスで公開質問状
 仙台市議選(8月2日投開票)の太白選挙区に立候補した社民党新人猪股由美氏(37)の選挙カーが県警の審査ミスで告示後2日間使えなかった問題で、同陣営は26日、責任の所在などを問う公開質問状を県警に提出した。
 質問状は7項目。「前代未聞のミスで選挙カーを使えない危機的状況に陥った」と批判した上で、選挙妨害の意図の有無や責任の取り方をただした。
 告示前などの審査で県警の使用許可が得られなかったため、選挙カー計3台を急きょ準備したことに対する補償も要求した。
 陣営は、謝罪で26日に社民党県連幹部の事務所を訪れた県警の田原一成刑事部長に質問状を手渡し、一両日中に文書での回答を求めた。県連の田山英次副幹事長は「謝って済む問題ではないが、早急に県警の考えを示してほしい」と話した。


漁船員に若者続々 震災契機ネットPR奏功
 気仙沼港(宮城県)を基地とするマグロやカツオなどの遠洋・近海漁船の新規就労乗組員が急増している。長年、後継者不足が深刻だったが、東日本大震災後にインターネットでPRを強化したところ、10代、20代の若者を中心に震災後65人が新規就業した。業界や地域に「金の卵」を大切に育てる機運も高まっている。
<きつい仕事を>
 気仙沼港で4日、遠洋マグロ船「第123勝栄丸」がインド洋に出発し、福岡県久留米市からやってきた乗組員稗田寛平さん(19)は初航海を迎えた。「男の職場が憧れだった。きつい仕事がしたい」
 意欲をみなぎらせる若者を、宮城県北部船主協会(気仙沼市)労務部長の吉田鶴男(たづお)さん(45)が「頑張ってこい」と温かく見守っていた。
 漁船所有会社でつくる協会が、漁船員募集のために発信しているブログ「漁船員(漁師)になろう」。
 「やはり洋上での作業は過酷です。大変です。一番はやる気。強い心が求められます」「あなたを信じています。いつか本当の一人前になれることを」
 ブログを担当する吉田さんは、約1年に及ぶ航海で奮闘する若者の奮闘を伝えながら、エールを送り続けている。
 きっかけは震災。気仙沼市が注目されている今こそPRに動こうと2012年2月にブログを開設した。「乗組員の知られざる生活がよく分かる」。スマートフォンの普及を追い風にアクセスが急増した。新人乗組員の居住地は、宮城や山形、福岡、神奈川など23都道府県に及んだ。
<メール送り激励>
 稗田さんらやってきた若者を吉田さんらは丁寧に面倒をみている。吉田さんは「遠隔地から来る子も多い。一人一人の応援団になっている」と言う。
 業界に若者を育てようという機運も高まった。稗田さんを採用した勝倉漁業(気仙沼市)の勝倉宏明社長は「高齢化した乗組員から若者に技術の伝承ができ、若者もすぐ幹部になれる。漁船の仕事を選んでくれた若者は貴重」と話す。
 吉田さんは洋上に出た新規乗組員に激励メールを送っているほか、地域紙が新規乗組員を紹介するコーナーを開設。地元団体が「海と生きる」と書かれたTシャツを新人に贈る事業も始まった。
 「これまで目指してきた地域ぐるみの乗組員育成に近づいてきた」と吉田さん。かつて数%だった新規乗組員の定着率は震災後、57%(遠洋船は74%)まで上昇した。定着率100%が、吉田さんの大きな目標だ。


新国立競技場 情報・議論 オープンに
 情報と議論の見える化を貫いてほしい。白紙からやり直しとなった新国立競技場の建設である。二〇二〇年東京五輪・パラリンピックの主役は国民、アスリート。みんなに祝福されるひのき舞台を。
 途方もない値段に膨らんだ工費が、世論の強い怒りを買った旧計画だった。政府は内閣を挙げて仕切り直す姿勢を示し、関係閣僚会議を発足させて動きだした。
 安倍晋三首相はコストを抑えた最良の計画をつくると約束した。失態を省みて、全過程を公開し、説明を尽くし、幅広い合意を得る努力が欠かせない。
 政府は九月には規模や仕様、工費、工期などを盛り込んだ新たな整備計画をつくり、デザインと設計、施工を一括して選ぶ国際競争入札をする。事業者の決定、発注は年明けになる見通しである。
 残り時間は短い。しかし、白紙からの見直しを宣言したからには、結論ありきで整備計画をまとめては再び世論の反発を招く。
 振り返れば、旧計画に基づく工費が高騰した背景には、事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)に置かれた有識者会議からの多岐にわたる要望があった。
 コンサートや行事を開くための開閉式屋根、サッカー・ワールドカップ(W杯)の招致を期した八万人収容…。政界、音楽界、スポーツ界などの利益代表よろしく委員らから相次いだ催促に応えた結果、構想が肥大化してしまった。
 遠藤利明五輪相をトップに据えて、官邸主導で新競技場を造るのだから、有識者会議はもはや不要になった。しからば、同時にこれまで出された幾多の注文もすべて見直すのが筋である。
 今度の計画づくりは、蚊帳の外に置かれてきた国民の声に耳を澄ます最後の機会だ。
 神宮の森と相和す簡素なスポーツ文化の空間を請う人たちや、東日本大震災からの復興を願って挑戦するアスリートたちの切実な思いもある。立ち退きを迫られる近隣住民たちの気持ちもある。政府は十分に尊重せねばならない。
 新競技場をめぐる迷走劇には終止符が打たれたが、多くの公金と長い時間を浪費した顛末(てんまつ)の責任は厳しく問われるべきだ。JSCを監督する文部科学省は第三者機関を設けて検証を委ねるというが、お手盛りは許されない。
 東京五輪・パラリンピックの本番まで五年。損なわれた日本の信用を取り戻し、世界中の人たちが夢と希望と感動を分かち合えるメーンスタジアムに仕上げたい。


南部さんを悼む 知の探求を続けたい
 ノーベル賞受賞者の南部陽一郎さんの死を惜しむ声が続く。新しいアイデアで物理学の進むべき道を示してきた。実利に関心が向かいがちな今、「知」を考えろと言われているようだ。
 南部さんは今月、九十四歳で亡くなった。東京都出身で、少年時代を福井県で過ごした。大阪市立大教授から渡米し、長くシカゴ大教授を務めた。二〇〇八年に「自発的対称性の破れ」という理論でノーベル物理学賞を受賞した。ノーベル賞を二度、受賞した人はいるが、南部さんはノーベル賞級の研究業績がほかに二つある。
 物理学で対称性というのは、ある操作を行っても物理法則は変わらないことである。南部さんが語った、たとえ話を紹介する。
 「広くて開放的な場所に集まった人たちは、勝手気ままにあちこちを見ている。こういう状態を対称性という。一人がある方向を見ると、みんなが同じ方向を見ることがある。これが自発的対称性の破れだ」
 理論で大事なのは、連続的な対称性が自発的に破れた場合、エネルギーがごくわずかで遠くまで届く波がある、ということだ。
 湯川秀樹博士にあこがれて理論物理学に進んだという南部さん。終戦直後は東大で、朝永(ともなが)振一郎博士のグループに入って研究した。
 一九五〇年、朝永博士の推薦で、大阪市大教授に就任した。助教授が早川幸男氏(後に名古屋大学長)、助手が西島和彦氏(後に東大理学部長)だった。研究室はバラック建てだったが「これほど自由を楽しんだことはなかった」という。
 この研究室で「修行」したのが小柴昌俊博士だ。小柴博士は後に実験物理学に進み、超新星爆発のニュートリノを捉らえた。「ニュートリノの研究でも何か思いつくと南部先生に尋ねました」と思い出を語っていた。
 その後、南部理論は初期宇宙などで適用できない場合が見つかった。理論を拡張して適用できるようにするアイデアを考えたカリフォルニア大バークリー校の大学院生渡辺悠樹(はるき)さんが三年前、論文を発表した。渡辺さんが南部さんに報告すると「よくできていますね」と言って励まされた。
 日本は理論物理学を得意分野とし、多くの人材を輩出してきた。よき伝統には、人と人とのつながりも含まれる。知の探求を続けた偉人に「理科好きの子供たちを育てます。研究に専念できる環境を整備します」と誓いたい。


翁長・沖縄県知事:国連演説意欲 日程など最終調整
 スイス・ジュネーブで9〜10月に予定されている国連人権理事会で、沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事が、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古への県内移設問題について、人権侵害の観点から演説する方向で最終調整に入った。翁長知事は26日、「沖縄の問題は世界の皆さんにも知ってもらわなければならない。国連の中で耳を傾けてもらえるのであれば考えたい」と出席に意欲を示した。今後、日程などを検討する。

 シンガポール出張から26日朝に帰国した翁長知事は、那覇空港で記者団に対して「基地問題がらちが明かない場合には国連で理不尽さを訴えたいと、(昨年の)知事選でも話をした。具体的な日程も詰めてから、どうなるのかという話はしたい」と語った。【佐藤敬一】

菊田一夫「君の名は 下」/ろくでなし子「ワイセツって何ですか?」

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Dans les révolutions, il y a deux sortes de gens : ceux qui les font et ceux qui en profitent.

--Napoléon Bonaparte
In revolutions, there are two sorts of people : those who do them and those who profit from them.
Ce n'est pas de tuer l'innocent comme innocent, qui perd la société ; c'est de le tuer comme coupable.
--Chateaubriand
It is not killing the innocent as innocent, which destroys society ; it is killing them as guilty.
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NNNドキュメント “元少年A”へ〜神戸児童連続殺傷事件 手記はなぜ〜
藤田千代美(関西芸術座)読売テレビ
1冊の手記出版がここまで社会の耳目を集めたことがあっただろうか?今年6月、書店に並んだ「絶歌」。作者は“元少年A”。1997年に起きた「神戸児童連続殺傷事件」の加害者だ。当時14歳だった少年Aは現在32歳。10年前に少年院を退院し、社会復帰した。2年前から書き溜めていたという手記は、294ページ。出版社は、少年少女の凶悪犯罪が多発する中だからこそ手記には社会的意義があるとコメントした。しかし、事件でわが子を殺害された遺族らは、事前に知らされなかった突然の出版に大きな衝撃を受け悲しみと怒りに震えている。番組では、事件の遺族、少年院関係者、Aを知る人物、様々な立場の人の取材を通して、Aに静かに問いかける。「あなたは、なぜ手記を出したのですか?」

テレメンタリー 「シリーズ戦後70年(7) 空に舞った徒花〜風船爆弾悲劇の記録〜」
“爆弾を搭載した直径10メートルの巨大気球でアメリカ本土を攻撃する”時は第二次世界大戦、旧日本軍は荒唐無稽とも言える計画を実行に移した。ジェット気流を利用し太平洋を渡った、その兵器の名は風船爆弾。和紙とこんにゃくのりでできたその兵器は実に9000発以上が打ち上げられ、オレゴン州で悲劇が起こった。番組では日米加で取材を実施し、史上初の大陸間弾道兵器となった風船爆弾の実態に迫る。
愛媛朝日テレビ

明日へ−支えあおう−証言記録 東日本大震災▽第43回岩手県大槌町・陸前高田市
津波で水道が壊滅的被害を受け断水が続いた岩手県大槌町と陸前高田市。いち早く駆けつけた神戸市水道局は阪神淡路大震災の教訓を生かして給水、水道復旧に力を尽くした。情報が無いところに水を求める人がいる。水質がよくなくても生活用水には使える。支援は自給自足で行い、支援先に負担を与えてはいけない。そんな教訓を守る支援隊と被災地への思いを託す遠野の主婦たちの不思議な交流。支援の100日間を証言でつづる。 畠山智之
地球ドラマチック「生きものはなぜ姿を変えるのか〜“変態”の不思議〜」
毛虫からチョウへの変態。サナギの中をX線で観察すると、羽や足だけでなく、呼吸器などあらゆる組織がダイナミックに変化することがわかる。この大変身の背景には子孫を残すための重大な戦略が…。オタマジャクシは、より生き残る確率が高くなるよう、自ら変態するタイミングを決めるという。バッタの大群が畑を襲い、農作物を食べつくすのも変態のなせる技。さらに人間も“変態”する…!?(2013年イギリス)
渡辺徹

ガリレオX「オリガミと科学の出会い」
 日本の伝統文化であるオリガミ。ツルを折るかカブトを作るか−たった一枚の平面から多様な立体構造を作るオリガミの技法が、近年、科学と融合することで、日本のみならず世界的に注目を集めている。工学や建築に始まり、コンピュータ科学や生物学、果ては宇宙にまで応用され、実用化も続々と進められている。科学が出会うことで引き出される、私たちの知らないオリガミの新たな可能性。そして、そこから広がる様々な新しい科学と技術、その最前線に迫る。  斉藤 一哉 繁富 香織 舘 知宏 森 治
シリーズ医療革命「認知症をくい止めろ〜ここまで来た!世界の最前線〜」
認知症の進行をくい止める方法が見えてきた!世界の認知症対策の最前線では、全く新しいアプローチに注目が集まっている。認知症とは何の関係もない既存薬を投与したところ、記憶力の低下がくい止められた。はいかい・暴言などの症状が進行しても、ある介護法で症状を改善できることにも注目が集まっている。日米欧のホットな対策の現場を報告する。 與芝由三栄,青井実

日曜日なのでのんびり.
菊田一夫「君の名は 下」とろくでなし子「ワイセツって何ですか?」を読みました.その当時女風呂がガラガラになったというのもわかる気がします.夢中になって読みました.ろくでなし子のマンガは軽快で面白いです.



ハートに突き刺さりました。 KOW
基本的に逮捕時の実体験漫画や対談などで構成されており、
非常に楽しく、また読みやすく作者のメッセージも十分伝わる良書です。
特に最後の「これは私の物語」という短編漫画が素晴らしいです。
物凄い大きなテーマとも受け止め、心が痛みました。
物語の中でのマスコットキャラクターの表情が素晴らしく
なぜか涙が出てしまいました。
非常に元気がでる本ですし、彼女を応援したくなります。
レビューなど書いた事のない私ですが、たくさんの方に
読んで欲しく初レビューしてみました。

どうして逮捕されなくちゃいけないの? dragonhouse
帯に、どうして2度も逮捕されなくちゃいけないのって書いてあるけど、ほんとにその通りだと思う。こんなことに頭と体と時間と公金を使って働く「権力」ってバカバカしい。
本の内容は、8割くらい逮捕から留置所内での出来事などをルポ漫画としてまとめている。テンポよく読みやすく、思わず吹き出してしまうくらい面白かった。ろくでなし子さんがファンだったという園子温監督との対談は短いながら読み応えがあった。
本のタイトルが示すように「ワイセツ」って何かを考えさせられる。

笑いと怒りが一緒に入ってます。 ビッグママ
半分くらいは、ろくでなし子さんの楽しい漫画です。
あとは、逮捕された時のことや、かわいいからだの真ん中ついての彼女の思い、
大切にしなくちゃいけない体の一部について楽しく書かれてあります。
映画界の園子音監督との対談、マンボートに乗ったなし子さんの写真など
盛りだくさんで笑ったり、世の中(日本)の理不尽さに腹を立てたり、
一読をおすすめします。ろくでなし子さんのファンになりこと間違いなし!
小さいころから自分の真ん中の呼び方がどうしてオープンじゃないのかと
疑問をお持ちの女性に特に読んでいただきたいですね。
(書いてはいけないらしい呼び方を書いたら、掲載できないとのことで、泣く泣く書き直し)


仮設住宅の子どもにカブトムシ
子どもたちに人気のある大きな外国産のカブトムシなどが石巻市内の仮設住宅で暮らす子どもたちにプレゼントされました。
石巻市の仮設開成団地では現在もおよそ800世帯が避難生活を続けています。
26日は団地の中の集会場を石巻市内でペットショップを営む男性などが訪れて、集まったおよそ50人の子どもたちに国産と外国産のカブトムシなどおよそ150匹をプレゼントしました。
子どもたちは整理券を手に列に並んでくじを引き、1等の子どもには3本の大きな角が特徴のアジア最大のカブトムシ、「コーカサスオオカブト」が贈られました。
1等が当たった小学1年生の男の子の父親は「こんなに大きな虫は飼ったことがないので上手に飼育できるか心配です。夏休みの良い課題が親子でできました」と話しました。
昆虫をプレゼントした男性は、「子どもたちに笑顔になってもらいたいと毎年続けています。夏の良い思い出にしてもらえたらうれしいです」と話しました。


三陸沿岸道 工事現場を見学
国が整備を進めている三陸沿岸道路の見学会が気仙沼市で開かれ夏休み中の子どもなどがふだん見ることができない工事現場を見てまわりました。
三陸沿岸道路は仙台市と青森県の八戸市を結ぶ全長359キロの自動車専用道路で国が被災地の復興に向けて整備を進めています。
気仙沼市内の工事現場で見学会が開かれ夏休み中の子どもなどおよそ50人が集まりました。
参加者たちははじめに三陸沿岸道路の下を通る市道のトンネルの建設現場を訪れ、足場をのぼって高さ12メートルの高さから型枠にコンクリートを流し込む場所などを見学しました。
また子どもたちはクレーン車や高所作業車などに乗ったり、モルタルで自分の手形を作る体験をしたりして楽しんでいました。
小学5年生の男の子は「高い場所での作業もあって怖いと思いました。新しい道路を安全に作って欲しいと思いました」と話していました。
地元の41歳の男性は「道路が完成すると仙台まで行きやすくなって人や物の流れも変わると思う。
早く完成して欲しい」と話していました。


「快水浴場」海開き 気仙沼・大島小田の浜
 気仙沼市の離島・大島の小田の浜海水浴場が25日、海開きした。東日本大震災に伴う海岸復旧工事などの影響で、3年続けて市内唯一の開設となった。
 観光関係者らが神事を行い、気仙沼大島観光協会の白幡昇一会長が「素晴らしい環境で海水浴を楽しんでほしい」とあいさつ。曇り空で蒸し暑く、訪れた子どもたちは浮輪で海に漂ったり、波打ち際で貝殻を拾ったりしていた。
 岩手県金ケ崎町から家族や友人と訪れた会社員佐藤勝巳さん(36)は「ここは海がきれい。皆で大島の民宿に泊まって復興にも貢献したい」と話した。
 小田の浜は環境省が認定する「快水浴場百選」の中でも特に美しい12カ所の「特選」に選ばれている。昨年は約1万2000人が訪れた。ことしの営業は8月23日まで。期間中は大島のフェリー乗り場と海水浴場を結ぶ路線バスが1日計6便運行される。


原発への怒り刻む 川内村に復興祈念の石碑
 東京電力福島第1原発事故に伴い一時、全村避難した福島県川内村で、復興を祈念した石碑が建てられた。「あしたを歩く」の碑文とともに、掛け替えのない古里を放射能で汚染された怒りを彫刻で表現し、村を襲った苦難を刻んでいる。
 同村の東側は福島第1原発から20キロ圏にあり、いまなお避難区域が残る。
 石碑は高さ約1.5メートル、幅約4メートル。朱色に塗った小さな穴を約70個掘ったのが表側で、製作した彫刻家浅賀正治さん(茨城県桜川市)は「原発事故で郷土を汚された住民の、岩盤に爪を立てるような思いを表現した」と説明する。
 穴には、5円硬貨や真ちゅう製の鍵などをくくり付け、「たくさんの笑顔に包まれますように」「復興して福島にしあわせ戻れ!」などと各地から寄せられたメッセージを記した和紙を添えた。
 5円硬貨は、茨城県東海村の核燃料加工会社「ジェー・シー・オー」で1999年に臨界事故が起きた際、京都大の研究チームが放射能の影響を調べるため、周辺住民から集めたことにちなんだ。真ちゅうは、含有する亜鉛が被ばく線量の測定に使われている。
 石碑造りを提案し、御影石を提供した川内村の石材業「イシフクフタバ」の望月隆司社長は「福島第1原発をいつまでも見続けていくとの思いを込めた」と話した。
 「あしたを歩く」の碑文は、田村市の女性(31)が「あしたに向かい着実に進む村の姿」を思い描いて発案。村の公募で選ばれた。
 石碑は同村上川内の「あれ・これ市場」前に設置。15日の除幕式で遠藤雄幸村長は「新しい村づくりへ向け、『あしたを歩く』の言葉を胸に刻みながら、復興に取り組んでいきたい」と述べた。


週のはじめに考える 耳傾けぬ政治家よ
 最近、政治家が聞く耳をもたなくなった、とよく聞きます。つまり昔は聞いていたようだ。聞く耳なくしては、国民の声が政治に届くはずもありません。
 政治家が聞く耳をもたなくなった、と話した一人は先輩の元政治部記者でした。
 質問しました。
 「では、聞く耳をもった政治家はいたのでしょうか」
◆大平、宮沢、橋龍さん
 返事は、
 「首相でいうと、大平正芳、宮沢喜一さんはよく聞いた方だったね。橋龍(橋本龍太郎)さんなんかは何度も沖縄を訪ねて話を聞いていたし、首相じゃないが梶山静六さんもそうだった。聞かなかったのは佐藤栄作さん、かな」
 名前のあがらなかった政治家にももちろん聞く耳をもつ人はいたでしょうが、どうも少なかったようです。つまり聞く耳をもつことは易しくはないのです。
 もう少し詳しく、新聞などマスコミとの関係でいえば、聞く耳をもつ政治家とは、マスコミの仕事とは国民に代わって権力を監視することだと承知している政治家であり、聞く耳をもたない政治家とはそうでない人たちだということです(宇治敏彦「政(まつりごと)の言葉から読み解く戦後70年」新評論)。
 権力監視とは文字通り権力が悪事を働かないよう、国民を裏切ることのないよう、国民に知らせるべき情報を隠さないよう、税金の使途が適切か否かなどをチェックすること。民主政治のまさに基盤的部分でもあります。
 大平さんが聞く耳をもったのは若い時分から、おとうちゃんと呼ばれる人柄も手伝ったのでしょうが、目標を「信頼と合意」の政治としていました。宮沢さんはアメリカ通の合理主義者。
 人柄もあるでしょうが、ともに権力の有り様についてはそれなりの考えがあったと思われます。
◆新聞は帰ってください
 加えれば、ロッキード事件で逮捕されることになった田中角栄首相は、「マスコミもおれの悪口を書くことで生活しているのだから…」と言っていたそうですが、それはそれで庶民宰相らしい現実感覚といってもいいか。
 先輩記者に聞く耳をもたなかったと名指しされた佐藤栄作氏はテレビカメラだけが回る記者会見で知られます。
 官邸で行われた引退会見で「テレビカメラはどこにいる。新聞記者の諸君とは話さないことにしている。国民に直接話したいんだ。文字になるとちがうから偏向新聞は大嫌いだ。帰ってください」と興奮気味に述べた。応じて記者たちは出て行ってしまった。
 先輩記者は、佐藤という政治家、いや人間の本性の爆発を見たと述懐していました。
 七年八カ月の長期政権を続け、沖縄返還という大仕事をなした政治家ではありましたが、政権末期の米中国交回復、金・ドル交換停止という二つのニクソン・ショックへの対応はまずかったといわれます。マスコミはたたきました。
 しかし難事にこそ、批判に耳を傾けねば知恵は出ないだろうし、国民との間に信頼がなければ難局は乗り切れない。
 翻って今の安倍政権はどうか。
 国会の前に人々が集まるのは、危機感を募らせるからですが、政治が国民の声に耳を傾けないことの証明でもあるでしょう。
 ただの反対ではありません。憲法学者がマイクを握り老いも若きも声をあげています。そこへ行けばわかりますが、いわゆる組織の動員デモとは違う。声なき声が声をあげているのです。
 ベトナム戦争当時、アメリカではホワイトハウスに数十万人という反戦デモが押し寄せ、執務室のニクソン大統領は耳をふさいだといいます。耳はふさいでも結局は米軍の撤退を決断しました。耳を傾けざるをえなかったのです。
 世論調査では安保法制、原発再稼働に対し、多数が不安を訴えています。抗議は国会前だけではありません。
◆世論という声なき声
 六〇年安保の時、国会に押し寄せたデモ隊に対し、岸信介首相は「認識の違いかもしれないが、私は声なき声に耳を傾けなければならない」と述べました。米ソの対立、自社対決、思想対立の時代であり、国論は割れ、デモがあり、声なき声もあったのです。
 今はどうか。政府の安保法案には、デモも声なき声も反対しているのではないでしょうか。保守系議員が多いはずの地方議会でも慎重さを求める決議が次々なされています。
 国会よ、国民に耳傾けよ。
 信頼できる政治を国民は求める。国民の声を聞くのは政治本来の仕事であるはずです。
 安保法案の参院審議が始まります。声は届かねばなりません。

阿波座でドイツ料理/同対審答申から50年

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Tokyo Street View : Midtown Illuminations
Vous avez désormais pris l'habitude, le samedi sur Gameblog : Tokyo Street View vous proposera de découvrir les plus beaux lieux du Japon en vidéo et en partenariat avec notre ami Gonzague.
Tout comme Roppongi Hills, Tokyo Midtown est un autre centre urbain réputé où on y trouve un quartier résidentiel, un quartier des affaires, un immense centre commercial, un hotel de luxe, et bien d'autres occupations. Achevé en 2007, Midtown a su séduire les japonais grâce à son parc, et à toutes les activités saisonières qu'il propose incluant la fête de la bière, l'événement du Sakura Sparkle Lounge, de l'art nocturne, une patinoire éphèmere, et diverse illuminations la nuit comme vous pouvez le voir dans notre vidéo.
Nous vous assurons que nous publierons prochainement une autre video de Tokyo Midtown, de jour cette fois, de manière a en profiter sous un autre angle.
Pour les amateurs de belles images, voici la vidéo en 4K.
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戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 未来への選択(4)
国民の生存権を保障する新憲法25条のもとスタートした戦後日本。しかし、生活保護の充実を求め1957年に起こされた「朝日訴訟」の敗訴や、高度経済成長期の1965年に打ち切られた国の貧困調査など、「一億層中流」意識が広がる中、貧困問題は見過ごされていく。そしてバブル崩壊後、非正規雇用が増加し続け、ついに2012年には6人に1人が貧困という状態に。官僚や研究者、市民の証言をもとに格差と貧困の戦後史に迫る
大沼ひろみ,濱中博久, 江原正士,糸博,樫井笙人


暑いです.阿波座まで行くのにクタクタ.ドイツ料理をいただきます.ついでに?ドイツビールも.Krombach welzerです.
リバティで同対審答申のシンポジウム同対審答申 その光と影」に参加しました.昔話を聞いて元気になるのは悪くないけど,影の部分をもっとしっかり見なくてはいけないのでは?と思いました.特別展「『同和対策審議会』答申50年 〜部落差別をなくす半世紀の歩み〜」を無料で見ることができ良かったです.

野蒜駅ホーム震災遺構へ 東松島市
 東松島市は、旧JR野蒜駅のプラットホームを震災遺構として保存する方針を固めた。旧駅舎はすでに改修され、コンビニエンスストアなども入った地域交流センターとして活用されているが、ホームは被災当時のまま。市は先月、同施設を震災遺構とすることに関してのパブリックコメントを実施。現在、集計しているが、寄せられた21件の意見のうち賛成が過半数を占めた。これを受け国に復興交付金申請を行い、決定次第、整備を進めていく。
 市は昨年度、震災の記憶と教訓を後世に伝承していく震災遺構の候補としてJR旧野蒜駅プラットホームと旧野蒜小学校、旧浜市小学校、かんぽの宿松島の4施設を絞り、市民らから意見を募集。遺構としての価値の検証を進めてきた。
 その結果、特に市が整備するものとして旧野蒜駅プラットホームを選定した。理由は?同駅がかつての観光の玄関口として地域のシンボルであったこと?県内では唯一の駅施設の遺構候補であること?民間活用の可能性が低く、施設整備費、維持費が比較的安価で済むこと―などが挙げられた。
 ほかの施設については整備に多くのコストを要したり、今後も緊急避難所などとしての地域ニーズが高いことなどで、交付金を活用しての震災遺構化は見送ることになった。また、かんぽの宿については解体の見通し。
 現在、旧野蒜駅はJR東日本が所有。市はJRから借用して遺構として整備し、周辺の防災集団移転事業が終了する平成29年度をめどに買い取る方針という。市復興政策課では「遺構としての正式決定は予算がついてからになる。今後、見学者が構内に出入りできるようにするかなど、見せ方や保存方法について考えていく」と話していた。
 復興庁によると、震災遺構の支援対象は各市町村1カ所で、交付金は保存のために必要な初期費用が対象。維持管理費は市町村が負担することになる。また、対象施設を震災遺構として保存するか否かを判断するまで時間を要する場合、必要となる応急修理費と、結果として保存しないこととした場合の撤去費は復興交付金で対応することにしている。


災害住宅と店舗の一体化 着工相次ぐ・気仙沼
 東日本大震災で被災した気仙沼市内湾地区で、災害公営住宅と店舗を一体的に建設する共同化事業の着工が相次いでいる。市によると、予定する4地区で集合住宅型の住宅計86戸を建設、被災した飲食店など計35店が再建する見通しだ。
 24日は魚町2丁目地区で着工式があり、八日町2丁目、南町1丁目の両地区も今月着工した。残る南町2丁目地区は市が進める土地区画整理事業が遅れ、ことし秋の着工を見込む。
 魚町2丁目地区に建設する建物は鉄筋4階で延べ床面積約1500平方メートル。住宅15戸と3店が入り、地区内に4店が個別再建される。総事業費は約6億円。
 地権者7人でつくる魚町2丁目地区建設組合が建設し、市が災害公営住宅部分を買い取る。建設組合の菅原隆文組合長(68)は「ようやく店舗再建が見えてきた。にぎわい復活に向けて完成を待ち望んでいる」と述べた。
 共同化事業は、被災した街の人口回復や商店街再建を一体的に進めるのが狙い。災害公営住宅の入居時期は八日町2丁目(11戸)が16年5月、南町1丁目(36戸)が7月、魚町2丁目が8月、南町2丁目(24戸)が11月の予定。


<鉄路復旧断念>JR東、BRTでの復旧提案
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方針をめぐり、JR東日本は24日、宮城、岩手両県の沿線自治体5市町に対し、鉄路の復旧を断念してバス高速輸送システム(BRT)による本格復旧を提案した。各自治体はBRTのルートや駅拡充などの検討を重ね、復旧に向けたそれぞれの考えを年内に示す。
 国土交通省で開かれた沿線自治体首長会議の第2回会合で、JRは両線の現状について「鉄路復旧では多額の費用が掛かる。震災前から利用者が少なく、大量輸送機関として鉄道の特性を十分に発揮できる水準を下回っている」と報告。BRTは運行本数や駅の位置などを地域の実情に合わせられるとした。
 会合は気仙沼線、大船渡線で別々に開かれた。登米、南三陸、大船渡、陸前高田の4市町の首長はJRの提案をおおむね評価し、市民が話し合う機会を設ける意向を示した。
 一方、菅原茂気仙沼市長は「気仙沼線が果たしてきた仙台へのアクセスの確保がなされていない」と提案は不十分だと指摘。地域振興策も含め、さらなる具体案を求める方針だ。
 各自治体は復旧に向けたそれぞれの考えを年内開催予定の次回会合で示す。
 気仙沼線は柳津(登米市)−気仙沼間(55.3キロ)、大船渡線は気仙沼−盛(大船渡市)間(43.7キロ)がそれぞれ運休。JRは両線の復旧にはルートの移設費を含め計1100億円が必要とし、全額負担は困難との考えを表明していた。
 首長会議は沿線5市町の首長と宮城、岩手両県、国、JR東で構成する。


被災地縦断リレー Qちゃんら青森を出発
 東日本大震災の被災地を、ランニングと自転車によるリレー形式でたすきをつなぐ「未来(あした)への道 1000km縦断リレー2015」(東京都、同スポーツ文化事業団主催)が24日、青森県庁前を出発した。約1400人の一般参加者とアスリートら約40人のゲストランナーが、東京までの1272.7キロを15日間で走破する。
 県庁隣の青い森公園であったグランドスタート式には秋山俊行東京都副知事、三村申吾青森県知事、加賀谷久輝青森市副市長らが出席した。
 秋山氏は「震災の記憶を風化させず、復興の様子を全国に発信するために始めて3回目になる。5年後の今日、東京で開幕するオリンピック、パラリンピックを史上最高の大会にしたい」と述べ、2020年東京五輪に向けて支援を求めた。
 縦断リレーアンバサダーで、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんらゲストランナーと、一般参加者の代表が登壇。主催者側からたすきを受け取り、「未来に向かって力強く進んでいくことを誓います」と宣誓した。
 縦断リレーのゴールとなる東京都江東区のシンボルプロムナード公園では、東京五輪のカウントダウンイベントが開催されており、映像を中継してエールを交換した後、約100人の第1走者が青森市中心部を駆け抜けた。
 縦断リレーは岩手、宮城、福島、茨城、千葉、東京を走行コースとし、ランニング107区間(416.8キロ)、自転車56区間(855.9キロ)に設定。通過する各県市町村ゆかりの食品や名勝地などを「未来の種」として紹介し、復興支援につなげる。
 ゲストランナーには、アンバサダーでアテネ五輪陸上男子ハンマー投げ金メダリストの室伏広治さん、気仙沼市出身でロンドン五輪フェンシング男子フルーレ団体銀メダリストの千田健太さん、福島市出身でバンクーバー冬季五輪スピードスケート女子団体追い抜き銀メダリストの穂積雅子さんらもエントリーした。


<鉄路復旧断念>被災地への配慮不可欠
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方法で、JR東日本は24日、鉄道での復旧を断念した。背景には巨額の復旧費に加え、できるだけ早く方向性を定めた上で復興まちづくりを進めたいという沿線自治体の事情が大きく影響している。
 JRが両線で計1100億円に上る復旧費用を示した昨年2月以降、議論は1年4カ月間も停滞した。鉄路復活を求める沿線自治体と不採算路線への投資を抑制したいJR、国費投入は認めない国土交通省の議論はかみ合わず、完全な三すくみの状態が続いた。
 震災から4年以上がたち、本格的にまちづくりを進めなければならない沿線自治体は、これ以上の先延ばしはできなかった。首長会議の設置を国などに求め、JRに態度を表明するよう促した面があったのは確かだ。
 JRがバス高速輸送システム(BRT)の継続を提案したことで、判断のボールは自治体側に移った。鉄路、BRTそれぞれにメリット、デメリットがあり、住民の意見も住む場所などによって異なる。最も困るのは誰か。何を必要としているのか。地元で話し合い、持続可能な公共交通を考えるべきだ。
 JRにはBRTの専用道延長や本数の増便といった利便性を高める努力に加え、地域振興策を含めて被災地に最大限配慮した対応が求められる。(解説=報道部・山口達也)


<鉄路復旧断念>沿線首長ら提案に理解も
 JR東日本が気仙沼線と大船渡線の鉄路復旧を断念し、バス高速輸送システム(BRT)で存続させる方針を表明した24日、沿線自治体の首長は「非常に重い提案」「持続可能な公共交通は必要」と一定の理解を示した。ただ、仙台方面への利便性向上策などにはJRから言及がなく、一部首長は「不十分だ」とくぎを刺した。
 気仙沼線は柳津(登米市)−気仙沼間で鉄路復旧を断念する方針。佐藤仁宮城県南三陸町長は「土地のかさ上げや高台移転が進み、以前のルートで復旧するのは現実的に不可能。JRの考え方は一定程度理解できる」と述べ、9月までに町内の意見集約を図る考えを示した。
 菅原茂気仙沼市長は気仙沼線開通の歴史的経緯などを引き合いに「JRの考えとして受け止めるが、十分ではない。地域にとって価値の高い内容でなければ解決にならない。今の提案だけで住民に話すことはない」とJRをけん制した。
 「鉄路は将来の姿が見えやすい。BRTでしっかりと公共交通の役割を果たすという明確な姿勢を求めたい」と訴えたのは布施孝尚登米市長。村井嘉浩宮城県知事は「地域の基幹交通の在り方について議論が進展することを期待している」との談話を出した。
 大船渡線気仙沼−盛(大船渡市)間もBRTによる本復旧が提案された。戸田公明大船渡市長は「地域公共交通を担う事業者としてベストの提案。最終意見をできるだけ早い時期にまとめたい」と意欲を見せた。
 「復興街づくりで、この議論だけが置き去りにされてきた。複雑な思いはあるが仕方ない」と受け止めたのは戸羽太陸前高田市長。JRが明らかにした新ルートなどの案を評価し「市民と話し合った上で理解を求めたい」と語った。


<鉄路復旧断念>復興まちづくり影響を懸念
 東日本大震災で被災し運休中のJR気仙沼線(柳津−気仙沼)と大船渡線(気仙沼−盛)に関し、JR東日本が鉄路の復旧を断念すると正式表明した24日、地元では「仕方がない」という声がある一方で、復興まちづくりへの影響を懸念する声が挙がった。バス高速輸送システム(BRT)を継続させるJRに対し、運行の充実も求めた。
 「(700億円という)復旧費用の大きさを考えると仕方ない」。宮城県南三陸町で茶製造販売店を営む阿部忠彦さん(53)は、気仙沼線の復旧断念を冷静に受け止める。震災で店や自宅は全壊した。「BRT化で不便になり、町に活気がなくなるようなことにはしないでほしい」と訴える。
 気仙沼線は1977年に柳津−本吉間が開業し、全線開通を果たした。本吉唐桑商工会(気仙沼市)の会長を務める菅原和幸さん(63)は「先人が苦労して全通させた鉄路をなくしていいのか。観光にも影響が出る」と複雑な思いだ。
 BRTは気仙沼線で2012年、大船渡線で13年に導入。JRは専用道の割合を4割前後に高めてきた。
 通学でBRTを使う気仙沼市本吉町の男子高校生(16)は「本数が多くて便利。渋滞に巻き込まれないようにだけしてほしい」と専用道の延長を求める。
 ただ、BRTも鉄路も赤字路線は同じ。1日当たりの運行本数は気仙沼線が65本、大船渡線が53本と震災前の倍以上になったが、利用者は半分ほど。地元からは「BRT化が決まった途端に本数が減らされるのではないか。沿線自治体はJRに運行充実の確約を取ってほしい」といった要望も挙がっている。
 大船渡商工会議所(大船渡市)の斉藤俊明会頭は「車社会で、駅前だからといって商業が栄える時代でもない。後ろ向きに捉えず、持続的に人を呼び込める魅力づくりに取り組むきっかけにしたい」と話している。

河童忌/内職/Wサイテがたくさん/乾燥ケースを移動?

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Japon : des prisons aux allures de maisons de retraite
Les prisons japonaises comptent désormais 20 % de détenus de plus de 60 ans. Et une grande majorité d'entre eux récidivent pour y rester !
Le système pénitentiaire est-il en train de devenir la plus grande maison de retraite du Japon ? Dans ce pays à la population vieillissante, la délinquance a baissé, mais, bizarrement, le nombre de crimes commis par les plus de 65 ans a quadruplé ces vingt dernières années. Avec un sexagénaire pour quatre détenus, le Japon est l'un des pays industrialisés comptant la plus forte proportion de prisonniers âgés, selon Bloomberg.
Mieux vaut être en prison
En moyenne, un détenu coûte 3,2 millions de yens par an, soit 23 500 euros. Mais ces dépenses augmentent encore du fait de la hausse des coûts des soins. Le troisième âge a souvent besoin de médicaments, d'interventions, d'aides pour se nourrir, se laver, se changer. Les geôliers deviendraient presque des aides-soignants. Les frais médicaux ont doublé en neuf ans, selon le ministère de la Justice. ≪ Les prisons du Japon sont en mauvais état. La plupart du temps, il n'y a ni chauffage ni climatisation. Mais ils [les détenus, NDLR] préfèrent être ici plutôt qu'à l'extérieur. Ils ont des amis, de la nourriture, et sont bien soignés ≫, explique Koichi Hamai, professeur de criminologie à la faculté de droit de l'université Ryukoku.
Récidivistes volontaires
Chaque année, 6 400 prisonniers sont libérés alors qu'ils n'ont nulle part ou aller. En moyenne, un sur trois récidive, rapportent les statistiques gouvernementales. Ceux qui ne cessent de retourner dans le système n'ont souvent ni famille ni soutien financier. Un récidiviste de crimes mineurs – tels que les vols à l'étalage – peut être condamné à cinq ans d'emprisonnement. Un détenu de la prison de Nagasaki, âgé de 67 ans, confiait à Bloomberg être derrière les barreaux pour la quatorzième fois. Libéré en décembre, le personnel déclare prévoir son retour…
Le gouvernement japonais s'est fixé comme objectif de réduire de 30 % le nombre de détenus libérés sans domicile d'ici à 2020. Un tel objectif nécessite des mesures importantes. L'État avait déjà ouvert 47 centres de réinsertion à travers le Japon, avec un budget annuel de 184 000 euros, mais leur capacité d'accueil est limitée. Les maisons de retraite ne sont pas non plus une option, puisqu'on compte actuellement plus de 520 000 Japonais sur liste d'attente. Le gouvernement cherche également à augmenter le nombre d'entreprises acceptant les anciens détenus. Si l'action étatique est clairement indispensable, elle doit s'accompagner d'un soutien communautaire, soutient le site Bloomberg. Les criminels du troisième âge, traités comme des parias à leur sortie, peinent à trouver un emploi ou un logement et sont, finalement, bien mieux au ≪ chaud ≫.
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バリバラ〜障害者情報バラエティー〜「もっと知りたい!発達障害」
今回は、もっと知りたい!発達障害。「みんなはトイレットペーパーを1回にどのぐらい使っているんだろう?」という小学生の素朴な疑問から見えてくる発達障害の特性とは? このほか「クイズ・自閉症のキモチ」や、クスッと笑える「あるある話・バリバナ」など。発達障害の当事者や家族から寄せられた投稿をもとに、その特性について具体的なエピソードとともにお伝えする。
東ちづる,宮本亜門, 玉木幸則, 山本シュウ, 大西瞳, 神戸浩,伊藤愛子,藤沢としや,中矢由紀

ドキュメント72時間「路面電車に揺られて」
人々の生活の足として今も活躍し、利用者数日本一を誇る広島の路面電車が今回の舞台。平均時速10キロでゆったり走る車内にはさまざまなドラマを抱える人々が乗り合わせる。孫を授かり病院に向かう祖母、就職活動に行き詰まって悩む学生、勝利の余韻に浸るカープファン。電車は原爆投下の3日後に再開し復興の第一歩を刻んだ歴史も持つ。開業から100年以上、市民と共に歩んできた路面電車の車内で繰り広げられる3日間の物語。 吹石一恵
心と脳の白熱教室 第1回「楽観脳と悲観脳」
なぜ人間には楽観的な人と悲観的な人がいるのか。フォックス教授は、その鍵が「サニーブレイン(楽観脳)」「レイニーブレイン(悲観脳)」と呼ばれる脳の働きにあるという。人間の脳には危険を察知し恐怖を感じる回路と快楽や喜びを感じる回路があり、そうした強い感情を抑えようとする回路もある。そうした回路のでき方は人によって違い、悲観的な人や楽観的な人が生まれるという。脳科学と心理学で、あなたの性格に迫る。
エレーヌ・フォックス,ケヴィン・ダットン


ラジオで河童忌だと言っていました.芥川龍之介の命日なわけです.
朝内職をしている人がたくさんです.
夕方Wサイテが多くて大変でした.
乾燥ケースをどうにかしなくてはいけない・・・そうです.

JR気仙沼線 復旧断念を表明
東日本大震災の津波で一部の区間が不通となっているJR気仙沼線の復旧について話し合う会議が東京で開かれ、JR東日本は沿岸の自治体に対し、鉄道の復旧を断念する方針を正式に示しました。
JR気仙沼線は、震災の津波で大きな被害を受け、▼気仙沼駅と▼登米市の柳津駅の間の55.3キロの区間が不通となっていて、JR東日本は、線路のあった場所に専用道を整備して、列車の代わりにバスを走らせる「BRT」を運行しています。
24日はJR気仙沼線の復旧のあり方について話し合う会議が東京の国土交通省で開かれ、気仙沼市や南三陸町など沿線の自治体やJR東日本、それに国土交通省の担当者が出席しました。
この中でJR東日本は沿岸の自治体に対し、震災前から利用が低迷していたことなどを理由にBRTの運行を継続する一方、鉄道の復旧は断念する方針を正式に示しました。
JR東日本によりますと、鉄道の復旧には駅の高台移転なども含め700億円に上る多額の費用がかかるということです。
一方、BRTの運行を継続することで復興の進捗に合わせて運行ルートを変更できるほか、自治体の要望に応じて新しい駅も設置できるということです。
JR東日本の深澤祐二副社長は「鉄路の復旧よりもBRTの方が健全に経営でき、沿線住民にもよりよいサービスを提供できると考え提案させていただいた」と話しました。
次回の会議は年内に開かれる予定で、早ければこの会議で結論が出される見通しです。


南相馬再生へ自治模索 帰還前に住民が独自策
 東京電力福島第1原発事故により住民が避難している福島県南相馬市小高区で、一部の行政区がコミュニティー再生に向けた取り組みを始めた。市が掲げる帰還目標は来春。住民が集う機会を設けたり、新たな自治のありようを模索したりと独自の試みが続く。
 浦尻地区(約110戸)は、同区の最南端に位置する。7月に住民約40人が避難先から集まり、生活道路の草刈りに汗を流した。以前は地区行事として毎年実施していたが、原発事故後は実施を見送ってきた。
 呼び掛けたのは小野田治区長(65)だった。「お盆の墓参の際、荒れた土地を見たら戻る気もうせてしまう」。地区内には津波被災地が広がり、ただでさえ地域存続の危機感は強い。今後も住民の共同作業を行う予定だ。
 西部に位置する川房地区(約70戸)は8月中旬、20〜40代の若手が集まる会合を企画する。早期の避難指示解除には慎重論も根強いが、佐藤定男区長(59)は「いずれは地域の主軸となる世代。古里の未来を考えるきっかけにしてほしい」と狙いを明かす。
 小高区は帰還が始まっても住民の数は、事故前の約1万人超から大きく落ち込むと予想されている。定住人口の減少を見据え、地域コミュニティー再編に着手する例もある。
 海沿いに広がる塚原地区(約110戸)は現在、都市計画の研究者らと連携して自治の新たな姿を探る。少人数での墓地管理、葬儀時の互助の仕組みなどをテーマに組織の最適化を検討している。
 原発事故からの復興局面に入れば、各地域が高齢化などの課題と向き合わねばならない。地方振興に詳しい都留文科大の渡辺豊博教授(市民活動論)は「行政依存では地域は維持できない。行政区は自治の最小単位。住民の団結を保つことで、産業再生などへの道も開けるだろう」と話した。


壁一面に人や鳥…集団移転先遺跡で線刻画発掘
 宮城県山元町教育委員会は23日、同町高瀬の合戦原遺跡の横穴墓群から7世紀の古墳時代末期から奈良時代に描かれたとみられる線刻画が見つかったと発表した。玄室の壁一面に人や鳥などが複数確認された。東北で横穴墓が見つかった宮城、福島両県で、これだけの規模の線刻画は例がないという。
 今回の調査で確認した横穴墓群は20基で構成される。線刻画は高さ1.7メートル、幅3.3メートルの玄室の奥壁に刻まれていた。鳥の描き方は古墳時代特有の作風で、当時の位の高い人物が使ったうちわ「さしば」や矢を入れる「ゆぎ」とみられる図柄もあった。
 同じ玄室からは装飾を施した全長約1メートルの金銅製の太刀も出土した。他の横穴墓からは銅製とみられる鐙(あぶみ)や金銅張りの杏葉(ぎょうよう)などの馬具も発掘された。くぎが4本打ち込まれた壁面もあり、埋葬者を隠す幕を張った可能性があるという。
 合戦原遺跡は、独立行政法人国立病院機構宮城病院の北側にあり、調査面積は約1.3ヘクタール。東日本大震災の防災集団移転促進事業と災害公営住宅建設事業に伴う新市街地整備を前に、昨年8月から調査を進めた。これまでに今回を含めて54基の横穴墓群を確認した。
 山元町教委の担当者は「横穴墓群はこの地に勢力を張った有力者の一族をまつったものとみられる。線刻画は亡くなった位の高い人物を埋葬する際に儀礼として描かれたのではないか」と話した。
 同町坂元の犬塚遺跡からは7世紀末〜8世紀初頭の奈良、平安初期の製鉄関連の遺構が丘陵全体に分布していることも判明。同町教委は25日、両遺跡を一般公開する。連絡先は町生涯学習課0223(37)5116。
◎古代の他界観示す
 <古墳時代に詳しい福島大の菊地芳朗教授(考古学)の話>
 現地で確認したが、これほどの規模の線刻画が見つかるとは予想していなかった。横穴墓群で最上位の権力者が埋葬されたと思われる。状態も良好で、古代の他界観を知ることのできる東日本で数少ない事例だろう。


宮城7蔵元の技を結集「至高の酒」開発
 宮城県を代表する七つの蔵元でつくるグループ「DATE SEVEN(伊達セブン)」が今月、初めて共同開発した同名の新酒を発売した。製造工程ごとに各蔵元が作業を担当し至高の酒を目指した。グループの活動期間は7年で、毎年担当を替えて新たな味作りに挑戦する。
 メンバーは「山和」の山和酒造(加美町)、「伯楽星」の新沢酒造(大崎市)、「宮寒梅」の寒梅酒造(同)、「萩の鶴」の萩野酒造(栗原市)、「黄金沢」の川敬商店(美里町)、「墨廼江(すみのえ)」の墨廼江酒造(石巻市)、「勝山」の仙台伊沢家勝山酒造(仙台市)の7蔵元。
 ことし1月にグループを結成した。蔵元同士の会合でそれぞれの技術について意見交換した際、「せっかくだから、共同で1本造ろう」と意気投合した。
 1年目のことしは山和酒造がリーダーを務め、醸造場所を提供して仕込み全体を管理。他の蔵元は、新沢酒造が精米、墨廼江酒造がもろみ管理、勝山酒造が上槽(搾り)などを担当し、精米以外は山和酒蔵に集まり作業した。
 米は宮城県産の酒米「蔵の華」を使った純米大吟醸で、精米歩合は通常の40%よりもさらに磨いて33%とした。香りは控えめで、米から出るほんのりとした甘みが特徴の上品な酒に仕上げた。
 一升瓶2000本、四合瓶4000本を造った。価格は一升瓶が税抜き4000円、四合瓶が同2000円。グループ名にちなみ、7月7日に東京・渋谷のレストランでお披露目会を開いた。各蔵元と取引のある酒屋などで販売している。
 グループはそれぞれの蔵元の技術や強みを共有し、酒造りのレベルアップを目指す。新沢酒造の新沢巌夫社長(40)は「最終的に自分たちの酒の品質を向上させたい。宮城の酒文化の発展にもつながることを期待する」と話した。


被災免れたピアノ 再び音色
震災の津波で大きな被害を受け今年度で閉校する仙台市の荒浜小学校の校舎に置かれたままになっていたグランドピアノが統合先の七郷小学校で再び使われることになり、23日演奏会が開かれました。
仙台市の荒浜小学校は、震災の津波で4階建ての校舎のうち2階まで浸水する大きな被害を受けたことから、今年度いっぱいで閉校し近くの七郷小学校と統合されることになっています。
このため、市は荒浜小学校があったことを伝えるものを残そうと、4年あまりの間校舎に置かれたままになっていたグランドピアノを七郷小学校に移し再び活用することを決めました。
23日は、七郷小学校のホールで開かれた「東北青少年音楽交流会」でさっそくグランドピアノを使った演奏が行われ、ヴァイオリンやチェロとともに9曲が演奏されました。
ピアノは、4階の音楽室にあったため津波の被害を受けておらず、会場に2つの小学校の保護者や児童それにかつての荒浜地区の住民などおよそ70人が集まるなか、4年4か月ぶりの華やかな音色を響かせていました。
震災前荒浜小学校の近くに自宅があり子どもたちが荒浜小学校に通っていたという女性は「地域と身近な小学校でした」と思い出し涙ぐんでいました。
また震災前から荒浜小学校に勤務していた大内恵美教諭は「このピアノを児童がよく囲んでいました。
鍵盤にドレミを表すシールの跡があるのは児童が一生懸命練習していた名残です」と話していました。
ピアノが移された七郷小学校には来年度から荒浜小学校の生徒が通うことになり、再びこのピアノとともに学ぶことになります。


「同志」寂聴さん、鶴見俊輔氏死去に「本当に残念。残念です」
 反戦平和への決意を軸に独自の哲学を展開し続けた鶴見俊輔さんの訃報に、ゆかりのある京都の文化人からも惜しむ声が上がった。
 「同志」として鶴見さんと交友を重ねてきた作家瀬戸内寂聴さん(93)は「具合が悪いと聞いていて、ずっと気になっていたけど、本当に残念。残念です」と落胆した。大逆事件(1910年)で処刑された唯一の女性管野スガを主人公に描いた「遠い声」を執筆した時、どこも出版してくれなかったが「声を掛けてくれたのが鶴見さんでした。本当にご恩を感じている」と振り返った。安保法制の審議が進む中、「日本にとってなくてはならない方。でも、こんなろくでもない日本になるのを、情けなくて見る気もしなかったのかもしれない。もう一度ゆっくりとお話ししたかった」と悔やんだ。
 近所に住む、歌人で京都産業大教授の永田和宏さん(68)は「庭に咲いたスイセンやコスモスを届けると喜んでくださり、著作を直接郵便受けに入れてくださることもあった。鶴見さんは絶対に他人の考えに寄りかからず、いつも一から物事を考える、手作りの考えを持った人だった。残念でならない」と話した。


鶴見俊輔さん死去:反戦平和追求 貫いた「思想の巨人」
 哲学者で評論家の鶴見俊輔さんは、大衆文化に至るまで膨大な知識に裏付けられた思想だけでなく、身をもって平和を追い求めた運動家でもあった。巨人の死去を知人らが悼んだ。
 「広く深く、アメリカ文化に通じた人だった。集会の立ち話で、愉快に教えられた。『民主主義者』そのもの」。作家、大江健三郎さんはしのんだ。鶴見さんは護憲を掲げ、2004年に結成された市民団体「九条の会」で、大江さんや故・小田実さん、井上ひさしさんらと共に呼びかけ人となった。
 同会の事務局長を務める東京大学の小森陽一教授(日本文学)によると今年1月、呼びかけ人の一人で東京大名誉教授の奥平康弘さんが亡くなったときも、病床からでも運動に参加しようとする代筆のメッセージが寄せられるなど、最後まで会を気に掛け、財務面でも支え続けていたという。
 1970年代まで大衆文学などアカデミズムの研究対象とならなかった分野に積極的にかかわった鶴見さんについて小森さんは「日本の社会と文化現象とをつなぎ、人間全体を研究する姿勢で人文科学を発展させた」と振り返りつつ、「戦争体験を思想化し、反戦平和を求めて生き抜かれた。大きな存在を失ったが、遺志を受け継いでいきたい」と誓った。
 市民運動のリーダーとして、晩年まで民主主義の力を信じていた。07年、憲法改正を掲げ参院選で大敗した安倍晋三首相について、毎日新聞の取材に、「楽観はできないけれど、大衆の中に動きがあるかもしれないね。もう少し見てみたい」と語り、「民主主義は完全に成立することはない。追い込まれて盛り返す。そのパワーが重要なんだ」と話していた。
 知的なユーモアも豊かだった。08年に「鶴見俊輔書評集成 全3巻」で毎日書評賞を受賞した際は、つえをつきながら登壇し「(米国留学したために)いまだに日本語はうまくない」「知識人とは異なる『悪い本』を読み続けて80年。一本貫いてきたものがある」と語って会場を沸かせた。
 また同年、京都市内であった講演会では「自分の葬式を『ご近所葬』にしたい。無信仰者として死にたい」などと話していた。【棚部秀行、最上聡】

財布忘れて/暑中見舞い届く/本町に買物

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Tokyo 2020: le projet de nouveau stade olympique va coûter 44 millions d’euros
Le projet de nouveau stade olympique dans la perspective des JO-2020, dont la construction a été abandonnée la semaine dernière, devrait coûter environ 44 millions d’euros au Japon, ont annoncé mercredi des médias locaux.
Face aux critiques sur le coût exorbitant du projet (1,83 milliard d’euros), le Premier ministre Shinzo Abe a déclaré qu’il voulait ≪repartir de zéro≫, vendredi dernier.
La ville de Tokyo va devoir régler la majeure partie des 5,9 milliards de yens (44 millions d’euros) liés à des contrats déjà conclus, selon plusieurs grands médias japonais qui citent des données du Conseil japonais du sport (CJS).
Le CJS, qui supervise le projet, prévient que ce chiffre pourrait encore gonfler si les entreprises avec qui des contrats ont été passés décident d’intenter des procès.
Le projet futuriste de l’architecte irako-britannique Zaha Hadid s’est attiré les foudres de nombreux architectes japonais, qui ont notamment fustigé sa forme en ≪casque de vélo≫, ou bien sa taille, jugée excessivement grande.
Mais c’est surtout l’explosion de la facture par rapport aux calculs initiaux, qui a provoqué l’ire des détracteurs du projet.
Le porte-parole du gouvernement japonais, Yoshihide Suga, a indiqué que le gouvernement allait mettre en place un comité indépendant pour établir les raisons du fiasco, et veut désormais aller de l’avant.
≪L’essentiel, c’est de mettre toute notre énergie dans l’élaboration d’un nouveau projet. Notre temps est limité≫, a-t-il déclaré.
Yoshiro Mori, un ancien Premier ministre qui est à la tête du comité d’organisation pour Tokyo 2020, a indiqué qu’il espérait que le nouveau stade puisse servir au public japonais pour les décennies à venir.
Il a également rappelé que les coûts de construction étaient plus importants au Japon que dans d’autres pays.
≪J’entends dire que le grand stade de Pékin n’a coûté que 46 milliards de yens (340 millions d’euros), a-t-il déclaré à des journalistes. ≪Mais on ne peut pas comparer les salaires à Pékin et à Tokyo≫.
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寝坊する夢を見てしまいました.なんか嫌な感じ.
午前中の仕事を終え,ランチ♪と思ったらなんと財布を忘れてしまっていることに気が付きました.仕方ないので部屋に取りに帰ります.Shさんから暑中お見舞いが届いていました.高い万年筆を買ったと言っていたから,その万年筆で書いたものかな?
夕方悩んだけれども本町まで買い物に行きました.クタクタです.
中崎町に興味深々です.

<石巻再開発>事業相次ぎ白紙 市街地再生遠く
 東日本大震災で大きな被害を受けた石巻市の中心部で、街中の再生を目指し計画されていた市街地再開発事業が、相次いで白紙になった。商業空洞化に拍車が掛かる中、再生へ向けた取り組みは宙に浮いたままだ。被災地のまちづくりの在り方があらためて問われている。(高橋公彦)
<準備組合解散>
 事業が計画されていたのは立町1丁目4.5番(地権者22人)、中央2丁目4番(地権者19人)の両地区。ともに5月下旬に白紙撤回され、商店主らでつくる準備組合は解散した。
 ともに事業着手に必要な地権者全員の同意を得られなかった。同意しなかった地権者は「阪神大震災の神戸では、再開発事業が必ずしも成功したとは言えない」と指摘する。
 ただ、今回の震災では市街地再開発事業の利点は多い。国の復興交付金の基幹事業で、条件は5000平方メートルから2000平方メートル以上に緩和された。共用部分に適用される補助率は3分の2から5分の4に引き上げられた。
 立町1丁目準備組合の今村義雄元理事長は「個別での店舗再建に限界を感じ、震災を機に中心商店街が生まれ変わる絶好のチャンスとして再開発を考えた」と振り返る。
 それでも、大勢の地権者の意思統一は両地区ともに難しかった。震災から4年がたち、地区内には営業を再開した商店もある。再開発となれば、再建した店舗を解体し、完成まで仮店舗での営業を強いられる。
<熱意に温度差>
 商店主の高齢化と後継者不在という地方都市共通の問題も、新たな事業へ踏み出す決意を鈍らせた。再開発事業費は国の補助金や分譲といった保留床の処分で賄うが、処分が進まないと負担が生じる恐れがある。高齢の商店主が背負うリスクは決して小さくない。
 中央2丁目準備組合の近藤三雄元理事長は「各商店主に事情があり、熱意にも温度差があった。これ以上決断を先延ばしにすると、かえって復興の妨げになる」と断念した経緯を語る。
 東北大計画制度学研究室の苅谷智大教育研究支援員(都市計画)は「再開発はまちづくり手法の一つ。リスクを伴うため、個別再建を選んだ店主の判断は尊重されるべきだ」と話す。一方で「目指す方向が明確ならば、ハコモノを造ること自体は間違いではない。1軒だけでなく一気に変わった方が集客などの面でインパクトは大きい」と指摘する。
 市中心部は震災の影響で空き地が目立つが、災害公営住宅の整備などが進む。市の推計によると、20年には今より最大で約1万2000平方メートルの小売業売り場面積が必要になるという。
 近藤元理事長は「再開発は白紙になったが、震災後、話し合いを続けてきた実績はある。別の手段を模索したい」と前を向く。
[石巻市の再開発事業]市中心部では東日本大震災後、民間の再開発事業が6カ所で計画された。7月22日現在で3カ所で着工。断念したのは3カ所で、このうち中央2丁目3番地区は、一部の地権者が整備手法を優良建築物等整備事業に切り替えて複合ビルの建設を目指している。


<石巻再開発>まちづくり手法「優建」に注目
 東日本大震災で被災した石巻市中心部で市街地再開発事業が相次いで白紙になったことで、小規模で活用できる「優良建築物等整備事業」(優建)が注目されている。都市再開発法に基づく再開発とは違った任意事業で、手続きが簡易なのが特徴。市内初の適用となる複合ビルが8月以降に完成予定で、まちづくり手法の一つとして認知度が高まっている。
 市中心部の松川横丁で6月中旬、複合ビル「COMICHI(コミチ)石巻」(地権者4人)の上棟式があった。
 「2011年6月から勉強会を重ね、ここまでこぎ着けた。地元の人と一緒に新しいスタートを祝えることをうれしく思う」。地権者の一人で、ビルのテナントを運営するまちづくり会社の阿部紀代子代表社員が集まった住民ら200人を前にあいさつした。
 コミチ石巻は鉄骨と木造を組み合わせた一部3階で、延べ床面積約660平方メートル。1階は飲食3店舗、2、3階がシェアハウスや地権者の住宅になる。オープンは8〜9月の予定だ。
 コミチ石巻が活用した優建は、市街地再開発と同じ復興交付金の基幹事業。共用部分に適用される補助率も5分の4だ。ただ、再開発事業と比べると、補助対象となる項目が少なく、税制上の優遇措置もない。
 利点は小規模な事業に活用できることで、実施条件は地区面積がおおむね1000平方メートル以上、3階以上の建物などとなっている。
 コミチ石巻の建設地周辺は、津波にのまれたものの、残った建物も多い。地権者たちは「全てを壊して再開発をするには、合意形成に時間がかかる」と判断。小規模でも、事業に合意する人数で素早く着手できる優建を選択した。
 コンサルタント業務を担った合同会社「住まい・まちづくりデザインワークス」(東京)の野田明宏代表は「任意事業の優建は地権者の信頼関係が大事。今回は街の復興のシンボルにしたいとの思いが一致した。互いの顔が見える4人での事業だったことがポイントだ」と解説する。
 阿部さんは「それでも勉強会から始め、4年の時間がかかった。思いを形にして、支援してくれた方々に石巻がこんなに元気になったと発信したい」と言う。


津波被災庁舎 見るのはつらいけれど
 むき出しの鉄骨は、遺族には、命を奪われた家族を思い出す忌まわしい場所に違いない。同時に、何よりも雄弁に津波の猛威を知らしめる無言の語り部でもある。悲しみを越えて教訓を伝えたい。
 宮城県南三陸町が、東日本大震災で被災した町防災対策庁舎を二〇三一年まで県有化するという宮城県の提案を受け入れると表明した。一度は決めた即時解体を見送り、今後十六年かけて保存か解体かの結論を出すこととした。
 鉄骨三階建てだった庁舎は屋上まで津波に襲われ、防災無線で避難を呼び掛けていた町職員遠藤未希さん=当時(24)=ら四十三人が犠牲になった。鉄の骨組みだけが残った建物は、後に、津波被害のすさまじさの象徴として知れ渡ることになった。
 地元の人たちにとって、その廃虚は何よりも、家族や仲間の命を奪われた悲しさ、悔しさを思い出す忌まわしい場所である。残骸を維持、管理するにも、それなりの費用が必要にもなる。こうした遺族の気持ちも酌んで、町は一三年九月、解体の方針を固め、十一月には慰霊祭も営んだ。
 その一方、県が同年十二月に設置した有識者会議は約一年の検討の末、この庁舎を「震災遺構としての価値が特段に高い」とする提言をまとめた。
 解体か、保存か。震災から二十年後となる三一年まで実質的に解体を凍結する県有化である。その間に、遺族感情と震災遺構が調和していくことを期待したい。
 広島市の旧産業奨励館の残骸、すなわち原爆ドームも、悲惨な記憶を呼び起こすとして一時は取り壊しが取り沙汰された。街の復興が進む中、原爆の恐ろしさを伝えるために市議会などが保存に動きだしたのは一九六六年。つまり、被爆から二十年余。
 悲劇の跡を見続けなくてはならないつらさは察するに余りある。でも、だからこそ、そのつらさを後世に伝える使命も、今の私たちにはあるのだと考えたい。
 津波の猛威の無言の語り部は原爆ドームと同様、必ずや強いメッセージを発し続けるだろう。


<大船渡線>ドラゴンレール90年の謎とは
 JR大船渡線の開業90周年を記念したテーマ展「大船渡線 ドラゴンレールの謎を解け!」が一関市博物館で開かれている。8月23日まで。
 一関市のJR一ノ関駅と大船渡市の盛駅を結ぶ大船渡線は1925年7月26日、一ノ関−摺沢(一関市大東町)間で開業。折れ曲がった路線形状からドラゴンレールの愛称で呼ばれる。
 展示は一ノ関−気仙沼間の資料を中心に開業間もない頃の沿線の鳥瞰(ちょうかん)図、列車の行き先表示板、時刻表、切符、気仙沼の駅弁「あわび飯」の包み紙など350点を並べた。クイズラリー形式で、楽しみながら路線と沿線地域の歴史を学べる。
 大船渡線は災害でたびたび被災。東日本大震災でも大きな被害を受け、気仙沼−盛間はバス高速輸送システム(BRT)の代替運行が続く。博物館の担当者は「災害から何度も立ち上がってきた歴史を学び、地域交通機関の役割に理解を深めてほしい」と話す。
 26日には鉄道史研究家三宅俊彦氏の講演会、8月8、9日は鉄道模型走行展示もある。一般300円、高校大学生200円、中学生以下無料。月曜休館。連絡先は博物館0191(29)3180。


仮設解消、半年延期 災害住宅完成遅れ響く
 宮城県多賀城市は、市内の仮設住宅の解消時期を当初予定から6カ月遅れの2016年12月末とする方針を決めた。市内で最後に整備される宮内地区災害公営住宅(50戸)の完成入居時期が同年12月に6カ月間ずれ込むため。これを受け、市は当初計画していなかった仮設住宅の一部集約を行う。
 宮内地区住宅は土地区画整理事業用地内に建設される。新たに見つかった建築物のコンクリートくいの一部撤去と設計見直し、区画整理に伴う用地確定に時間を要した。住宅の建設開始が当初予定のことし8月から3カ月遅れ、資材や作業員の確保からトータルで6カ月の遅れを見込む。
 このため、仮設住宅からの入居予定世帯の一部を別の仮設に一時集約する。市内6カ所の仮設から転居予定の26世帯うち、国府多賀城駅南地区仮設の2世帯を15年度に、多賀城公園野球場仮設の9世帯は16年度に、いずれも勤労青少年センター跡地仮設(24戸)に集約。ほかに宮内地区の土地区画整理事業地に入る山王市営住宅跡地仮設の2世帯も、15年度中に勤労青少年センター跡地仮設に移る。
 集約に伴う引っ越し費用は市が負担する。市生活再建支援室は23、24日に宮内住宅の入居予定の全世帯を訪問し、事情を説明する。同室は「1年に2回引っ越しが必要になる住民もいる。誠意をもって対応させていただく」と話している。


かんぽの宿松島、解体へ 再利用を計画
 東日本大震災で被災し、東松島市が宿泊施設として再利用を計画していた野蒜地区の「かんぽの宿松島」について、所有者の日本郵政が解体する意向を固めたことが22日、分かった。
 市によると今月、日本郵政の担当者から、7月末までに市が買い取らなければ解体するとの連絡が市に入ったという。今秋の株式上場をにらみ、日本郵政側に資産整理を実施したいとの狙いがあったとみられる。
 かんぽの宿は鉄筋4階、延べ床面積約7200平方メートル。市は災害時の避難所機能なども見込み、民間事業者を公募し日本郵政から買い取る計画だったが、応募がなかったため2014年10月に取得を断念。その後は日本郵政主体による公募実施を働き掛けてきた。
 阿部秀保市長は「市としては受け入れざるを得ない。観光などの観点から今後も避難所整備については検討を続ける」と話した。


「ビッグイシュー」仙台発売10周年
◎路上販売 ホームレス自立後押し/青葉区で25日トークイベント
 ホームレスが路上で販売し、自立の足掛かりにする雑誌「ビッグイシュー日本版」が、仙台で発売されてから10周年を迎えた。これまでの活動を振り返るトークイベントが25日、仙台市青葉区本町のカトリック元寺小路教会大聖堂である。
 ビッグイシューは毎月1、15日発行。英国発祥で1冊350円のうち180円が、販売員を務めるホームレスの収入になる。A4判カラー32ページの最新号は、クラゲの展示で知られる加茂水族館(鶴岡市)の特集を組んでいる。
 仙台ではホームレス支援団体が中心となり、2005年7月に販売が始まった。これまでに20人を超えるホームレスが販売員となり、その多くが自立を果たした。
 現在は男性2人が、青葉区のハピナ名掛丁商店街のアエル側入り口とクリスロード商店街のダイエー仙台店前で路上販売をしている。ハピナ名掛丁で販売する橋本明さん(67)は「東日本大震災後は売り上げが減ったが、常連のお客さんに支えられている」と語る。
 トークイベントは午後2〜4時半。入場無料。第1部はビッグイシュー日本の佐野章二共同代表が講演する。第2部は仙台の販売員や支援者らが、10年間の思い出や雑誌の魅力を語り合う。
 主催する仙台ビッグイシューソサイエティの芳賀ヒロ子さん(74)は「気軽に参加してもらい、ビッグイシューを知るきっかけにしてほしい」と話す。連絡先は芳賀さん070(5620)4335。


新国立競技場 この失態を水に流すな
 前代未聞の失態を水に流すわけにはいかない。混乱を招いた責任をうやむやにしてしまっては国民は納得しないだろう。
 膨大な総工費が多くの国民の反発を招き、建設計画が白紙撤回された新国立競技場について、政府は再検討のための関係閣僚会議を発足させた。9月ごろまでに競技場の規模や仕様、総工費などを盛り込んだ整備計画をまとめ、来年1〜2月に新デザインを選定する段取りを描く。安倍晋三首相は初会合で「できる限りコストを抑制し現実的にベストな計画を練る必要がある」と述べた。
 だが、貴重な時間が空費されたにもかかわらず、問題を放置した責任の所在が明確ではない。失敗を繰り返さないためにも過去の経緯を徹底的に検証すべきだ。
 国際デザインコンペを実施して2012年11月に建築家、ザハ・ハディド氏の案を採用したのは文部科学省が所管する独立行政法人の日本スポーツ振興センター(JSC)だ。
 国際コンペの実施段階で1300億円だった総工費は13年10月に3000億円に膨らむとの試算が公表された。昨年5月、JSCは規模を縮小して1625億円の基本設計計画を公表したが、先月末には2520億円に達することが判明した。
 文科省はJSCを監督する立場にもかかわらず、首相が一転計画の見直しを表明するまで「国際公約」や工期を理由に、建築家グループの提出した代替案を真剣に検討しようとせず、旧国立競技場の解体を進めるなどして既成事実を積み重ね、軌道修正を図ろうとしなかった。
 下村博文文科相は記者会見で責任の所在について「第一義的にはJSC」とした上で「一貫して明確な責任者がどこなのかということが、よく分からないまま来てしまったところもある」と耳を疑うような発言をしている。ザハ案を推した建築家の安藤忠雄氏に批判の矛先を向けるなど責任者としての自覚が乏しい。
 民主党は下村氏に引責辞任を求めている。政府は検証作業を当事者でもある文科省に設置する第三者機関に委ねるというが、どこまで踏み込めるか。1カ月ほど前から見直しを検討していたという首相の発言についても検証が必要だろう。
 新しい計画の策定にあたって議論すべき課題は多い。維持費を抑えるためにスポーツ専用の競技場にするのか、収益の確保を優先してコンサートも開催できるような仕様にするのか。いずれにせよ、国民の大きな関心事だけに議論の過程はオープンにしてアスリートや建築家ら多様な意見に耳を傾けてほしい。
 東京五輪の開幕まで5年。残された時間は長くない。


舛添知事「処分できないなら文科相が辞任を」
新国立競技場の整備計画の見直しを巡り、東京都の舛添知事は23日、ツイッターに、文部科学省の責任を指摘したうえで、「担当の役人の処分は免れない。組織の長に処分ができないのなら、みずから辞任するしかない」と記し、担当者の処分ができないのであれば、責任者の下村大臣が辞任すべきだという考えを示しました。
オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新国立競技場を巡っては、先週、安倍総理大臣が整備計画を見直す方針を表明し、政府は、東京都も参加する形で新たな計画を策定することになりました。
東京都の舛添知事は、計画の見直しの経緯について、23日、ツイッターに、「政府は至急、今回の大失策に至る経過を検証して、責任者の処分をすべきだ。最大の責任者は文科省で担当役人の処分は免れない」と記し、文部科学省の責任を指摘しました。
そのうえで、「組織の長に処分ができないのなら、みずから辞任するしかない」として、担当者の処分ができないのであれば、責任者の下村大臣が辞任すべきだという考えを示しました。


“文系見直し”通知に学術会議が批判声明
国立大学に対し、人文社会科学系の学部の廃止やほかの分野への転換を求めた文部科学省の通知について、日本の科学者の代表などで作る日本学術会議は、「人文社会科学には自然科学との連携によって課題解決に向かう役割が託されている」として、通知を批判する声明を発表しました。
文部科学省は、先月、人文社会科学系や教員養成系の学部や大学院について廃止や社会的要請が高い分野への転換に努めるなど、組織と業務全般を見直すよう通知を出しました。
日本学術会議の会長らは23日に記者会見を開き、この通知を批判する声明を発表しました。この中では、「人文社会科学には自然科学との連携によってわが国と世界が抱える課題の解決に向かうという役割が託されている」として、人文社会科学のみを取り出して組織の廃止やほかの分野への転換を求めることに大きな疑問があるとしています。
そのうえで、「長期的な視野に立って知を継承し多様性を支え、創造性の基盤を養うことも大学に求められている社会的要請だ」として、人文社会科学を軽視することで豊富な人材を送り出すという基本的な役割を失うことになりかねず、大学教育全体を底の浅いものにしかねないと懸念を示しています。
日本学術会議の大西隆会長は「学問は人文社会と自然科学、それに理学工学が連携して発展してきた。人文社会科学のみを見直しの対象とする根拠が示されていないのが問題だ」と話しました。
この声明について、文部科学省は「人文社会科学系を学問として軽んじているわけではないが、人材育成の面などで課題を抱えていると考えており各大学は在り方を検討してほしい」と話しています。

ジムでヒザが少し痛い/遊びの予定変更?

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Tokyo 2020 : le projet de nouveau stade olympique annulé
Le premier ministre japonais Shinzo Abe a annoncé jeudi dernier l'annulation de la construction du nouveau stade de Tokyo prévu pour accueillir les JO 2020 et la Coupe du Monde de Rugby 2019 pour un coût plus élevé que prévu.
Le projet de nouveau stade olympique pour accueillir l'édition 2020 à Tokyo (Japon) a été annulé par le premier ministre, Shinzo Abe, jeudi dernier. Le projet d'ouvrage dévoilé dès 2013 et imaginé par l'architecte irako-britannique Zaha Hadid, a remporté un concours international lancé par les organisateurs.
En retard sur le caalendrier, les autorités ont dores et déjà annoncé que les matches de la Coupe du Monde de Rugby 2019 ne pourraient avoir lieu dans la future enceinte olympique.
Les coûts de construction de cet édifice imposant, qui aurait culminé à près de 70 mètres de haut pour une capacité de 80 000 places, a atteint 2 milliards euros, soit 650 millions d'euros de plus que prévu. Si l'accord trouvé entre le ministère des Sports japonais et deux entreprises de BTP avait été exécuté, le Japon aurait disposé de l'enceinte sportive la plus coûteuse de l'histoire des Jeux Olympiques modernes. La construction du stade olympique pour les Jeux de Londres n'a nécessité qu'un tiers de la somme du projet de Zaha Hadid.
Cette hausse du coût inexpliquée a été attribuée au design. Or, l'architecte, qui a dessiné le centre aquatique des olympiades londoniennes, se défend sur le site internet de sa compagnie, ≪le design utilise des matériaux et des techniques standard prenant en compte les capacités des constructeurs japonais et le budget arrêté≫.
Un projet longtemps controversé
Ce projet de stade en forme de ≪casque de vélo intergalactique≫ avait provoqué la colère des amoureux de ce quartier historique de la capitale japonaise. Une pétition a recueilli quelque 80 000 signatures contre le projet qui aurait imposé sa silhouette futuriste, à un îlot de verdure au centre de Tokyo. Paradoxalement, le jardin qui borde le lieu choisi pour bâtir le stade, avait été créé à la gloire de l'empreur Meiji qui avait fait basculer le Japon dans la modernité.
Outre l'aspect environnemental, le gouverneur de Tokyo, Yoichi Masuzoe, déplorait la part prépondérante demandée à la capitale japonaise dans le financement de la coûteuse infrastructure. Le gouverneur qui ne cache pas son dégoût pour se qu'il qualifie d'≪huître obscène≫, ne demande au gouvernement de revoir sa participation dans le budget du futur stade olympique pour ≪un événement qui revêt un intérêt national.≫
Un nouvel appel d'offre a été lancé par les organisateurs. Pour l'heure, nul ne sait si l'architecte Zaha Hadid sera toujours sollicitée.
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ジムに行きました.ヒザが少し痛くてウオーキングマシンはゆっくり歩きました.
Shさんから遊びに行く日の変更をしたいとメールがありました.どうする?

<震災遺構のいま>折れた橋桁が語り部
◎被災地の選択(5完)内陸地震では/一関 防災啓発の教材に
 折れた橋桁が無残な姿をさらす。緑の濃い山あいに異様な光景が広がる。観光客が車を止め、深い川底をのぞき込む。
 一関市西部、厳美町の国道342号に架かる旧祭畤(まつるべ)大橋。2008年6月に発生した岩手・宮城内陸地震=?=で、橋を支える橋台が10メートル以上ずれて崩落した。震源から南にわずか数キロの地点だ。
 記憶の風化を防ごうと、一関市は損壊した橋を岩手県から譲り受け、遺構として管理する。災害で被害を受けた人工構造物を遺構として残すのは東北で初めてのことだった。安全性や治水面を考慮し、橋桁や橋脚の一部は撤去された。
 市は付近に説明板を掲げた「展望の丘」を整備。路面がずたずたに破断された旧342号の脇には、間近で見学できるように歩道を設置した。職員らが草刈りや枝払いをして被災当時のまま維持している。
 「実物は臨場感があり、自然の脅威を雄弁に語る。防災・減災意識を啓発する格好の教材だ」
 内陸地震の語り部として旧祭畤大橋などを案内する「いわいの里ガイドの会」会長の白沢剛一さん(76)は遺構の効果を強調する。
 内陸地震の震源付近では世界最大の加速度4022ガルを観測した。山間部で地滑りや土石流が多発し、岩手、宮城、秋田の3県にまたがる栗駒山麓から東へ流れる磐井川流域で5カ所に土砂ダムができた。
 一関市は、旧祭畤大橋や土砂ダムの復旧現場で小学生に出前講座を開くなど、防災教育にも力を入れる。地域の将来を担う子どもたちに、自然災害への理解を深めてもらうのが狙いだ。今後は遺構の認知度を高めるため、県外への観光PRにも励むという。
 東日本大震災の被災地では遺構をめぐる議論が対立しているが、旧祭畤大橋の保存に反対意見は出なかった。市は新橋を架けるルートが確保でき、人的被害がなかったことを理由に挙げる。「直接の犠牲者がいたら(保存は)難しかっただろう」と担当者は漏らす。
 隣接する栗原市は「栗駒山麓ジオパーク構想」を策定し、日本ジオパーク委員会に認定を申請。見学会などを通して地域観光にも生かしている。
 一関市の佐藤弘征市議は栗原市や大震災で被災した陸前高田、大船渡、気仙沼の各市などと広域で連携した活用法を提案する。
 「修復した場所を見せても災害の恐ろしさは実感できない。生々しく伝える遺構を地域の資源として主体的に発信しなければ」
(報道部・伊東由紀子)
<岩手・宮城内陸地震>
 2008年6月14日午前8時43分発生。マグニチュード(M)7.2、震源は岩手県内陸南部、深さ約8キロ。奥州市と栗原市で最大震度6強、一関市で震度5強を観測した。県別の死者は宮城14人、岩手2人、福島1人。行方不明者は宮城4人、秋田2人。


<津波園児訴訟>幼稚園理事「津波情報伝えた」
 東日本大震災の津波で宮城県山元町の私立幼稚園の園児が死亡したのは、幼稚園が安全配慮を怠ったためだとして、園児6人の遺族が幼稚園の経営者らに計約2億5000万円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が21日、仙台地裁であり、幼稚園の男性理事(70)が「防火管理者の女性教務主任らに大津波が来ることを伝えた」と証言し、幼稚園として津波情報を把握していたことを明らかにした。
 幼稚園側はこれまで、「教諭らは津波襲来の危険性を全く認識できず、園児を避難させるのは不可能だった」と主張している。男性理事は幼稚園側の主張と異なる証言をしたことになるが、「本当のことを話さなければならないと思った」と説明した。
 津波に巻き込まれた送迎バスの運転手2人の尋問も行われ、運転手の1人は「男性理事から津波の話は聞いたが、半信半疑だった」と述べた。
 訴えによると、園児51人が2011年3月11日の地震発生後、教諭の誘導で幼稚園そばに止めてあった送迎バス2台の中に避難。津波で2台とも押し流され、訴訟対象の園児6人を含む8人が死亡した。


水産業復旧補助金 女川町で執行されず
 女川町は21日、東日本大震災で被災した同町の水産業者の復旧を支援する2014年度分の補助金約7200万円を年度内に執行しなかったと明らかにした。同日開かれた町議会臨時会で須田善明町長が説明した。事務的な不手際によるが、不利益は発生していないという。町は未執行分の補助金などを15年度一般会計へ追加補正する議案を提案し、可決された。
 復旧支援の補助制度の実施主体は県中部施設保有漁業協同組合で、補助金の受け皿となってカキ処理場や漁船の再建などを支援する。国・県が設備費の6分の5を補助し、町が残りの設備費のうち3分の1を上乗せで補助する。
 町によると、13年度から繰り越された補助金7224万円について、組合から提出された事業報告書を確認し14年度末までに交付を決める予定だった。しかし、チェック態勢や今春の人事異動の引き継ぎに不備があり、執行しなかったという。14年度の決算作業でことし6月末に判明した。
 補助の対象だった水産業施設は既に完成。組合が県の無償融資で町の補助分を一時的に肩代わりしており、漁業者や組合に不利益は生じていない。須田町長は「事務の執行体制がしっかり機能しておらず、深く反省している」と陳謝した。
 臨時会は、再計上となる補助金7224万円を含む1億6912万円を追加する15年度一般会計補正予算、寺間地区の集会所の取得など3議案を原案通り可決し、閉会した。


山元自動車学校訴訟で視察へ
東日本大震災の大津波で犠牲になった山元町の自動車学校の教習生などの遺族が損害賠償を求めている裁判で、ことし10月に裁判官が自動車学校の跡地を訪れ視察することが決まりました。
4年前の大津波で犠牲になった山元町の常磐山元自動車学校の、教習生25人とアルバイトの女性1人の遺族は大津波は予測できた上、迅速に避難させていれば被害を防ぐことができたとして、学校側に損害賠償を求めています。
1審の仙台地方裁判所はことし1月、「学校には速やかに教習生などを避難させる義務があった」と指摘し学校側に19億円あまりの支払いを命じる判決を言い渡し、判決を不服として学校側と一部の遺族が控訴しました。
6月から仙台高等裁判所で控訴審が行われていますが、原告側の弁護士によりますと裁判の進め方を話し合う21日の非公開の協議で、裁判官が、10月7日に自動車学校の跡地を訪れ現地を視察することが決まったということです。
裁判官の現地視察は1審でも行われていますが、改めて裁判官が跡地を訪れ海岸までの距離などを確認し、検証するということです。
裁判で学校側は「震災当時、防災無線は聞こえず、仮に聞こえていたとしても大津波を予想することはできなかった」として争う姿勢を示しています。


奥松島観光を後押し 野蒜駅発着、乗合タクシーの試験運行開始
 県東部地方振興事務所は、東松島市のJR野蒜駅を発着する乗合タクシーの試験運行を始めた。5月に全線開通した仙石線と奥松島観光のアクセス向上が狙い。土日祝日限定で、10月31日まで運行する。
 タクシーは「奥松島周遊ぐるっと号」(10人乗り)。1日6便で、旧野蒜駅や奥松島縄文村歴史資料館、月浜海岸などを約50分で1周する。運賃は乗車1回につき300円。運行は地元の奥松島観光タクシーに委託した。
 初日の18日、午前9時5分発の第1便は4人が利用した。記念のセレモニーがあり、地元洋菓子店の商品や市内のイベントをPRするパンフレットなどを贈った。
 乗車した石巻市の公務員男性(46)は「試しに乗ってみたいと思って来た。縄文村が好きなので、そこまで利用したい」と語った。
 振興事務所の担当者は「観光客を呼び戻す後押しになることを期待している。試験運行を通じて本格運行に向けた地元の機運が高まればいい」と話した。
 奥松島観光タクシーの連絡先は0225(88)3048。


安保法案と世論 支持急落は国民の警鐘
 安倍内閣の支持率が急落している。安全保障法制関連法案の衆院通過を強行させたことに対する、国民の危機感の表れだ。政権は謙虚に受け止め、法案の撤回や廃案を今こそ、決断すべきだ。
 「憲法違反」と指摘される安保法案の成立を強行しようとする態度が、政権運営や政策実現の基盤となる国民の支持を確実に蝕(むしば)んでいることは否定できない。
 共同通信社が十七、十八両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、内閣支持率は37・7%で前回六月の47・4%から9・7ポイント急落、二〇一二年十二月の第二次安倍内閣発足後、最低となった。不支持率も51・6%(前回43・0%)と半数を超え、支持と不支持が初めて逆転した。
 支持率急落の原因が安保法案にあることは間違いないだろう。
 不支持理由で最も多かったのが「安倍晋三首相が信頼できない」(27・9%)で、安保法案の衆院採決強行を「よくなかった」と答えた人は73・3%に上る。安保法案が「違憲」との答えは56・6%、法案「反対」は61・5%、今国会成立「反対」は68・2%だ。
 報道各社の調査でも、政権へのスタンスに関係なく同様の結果が出ており、安保法案に対する国民の視線は厳しさを増している。
 首相は「支持率だけを大切にするなら、こういう法案を通そうとは思わない。支持率だけで政治をやっていない」と述べた。
 本当に必要な政策なら、支持率の動向に関係なく、国民を説き伏せてでも実現すべきであることは理解する。
 しかし、国民の反対を押し切ってまで、なぜ今、安保法案を成立させる必要があるのか、国民を納得させる明確な説明はない。
 憲法解釈を変え、海外での武力の行使に道を開く安保法案の成立を、安倍内閣が強行しようとすることは、憲法が権力を律する立憲主義を揺るがす問題でもある。
 本紙のアンケートでは、回答した憲法学者二百四人のうち、約九割に当たる百八十四人が法案を違憲と断じた。
 ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英・京大名誉教授ら「安全保障関連法案に反対する学者の会」の約百五十人も二十日に記者会見して廃案を訴えた。賛同する学者、研究者は一万一千人を超えるという。
 安保法案をめぐる支持率急落や学究の徒の指摘は政権への警鐘でもある。政権がこれを無視し、参院での法案審議や採決を強引に進めることがあってはならない。

守口の京街道・・文禄堤/白石温麺

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120806_広島ルール

Fukushima. Greenpeace appelle à différer le retour à Fukushima
L'organisation écologiste Greenpeace a exhorté mardi Tokyo à reporter la levée d'ordres d'évacuation qui rendrait possible le retour des habitants près de Fukushima.
Cette requête concerne particulièrement Iitate, une commune évacuée où la population a été très exposée.
"Le gouvernement de Shinzo Abe est déterminé à essayer de normaliser les effets de la catastrophe nucléaire, créant le mythe que la vie des gens peut être restaurée quelques années seulement après la contamination radioactive à grande échelle provoquée par l'accident nucléaire du 11 mars 2011", écrit Greenpeace dans un rapport rendu public mardi.
Zone inhabitable
Mais, s'appuyant sur des mesures sur le terrain, le groupe écologiste affirme que la zone évacuée n'est toujours pas habitable du point de vue sanitaire.
"Le gouvernement Abe a décidé de lever au plus tard en mars 2017 les restrictions d'habitat autour de Fukushima. Cela implique des efforts de décontamination qui s'avèrent déjà largement insuffisants et inefficaces. Aujourd'hui, les niveaux de radiation sont trop élevés pour permettre un retour des habitants", insiste le groupe écologiste.
Le cas d'Iitate
Alors que les zones évacuées des bourgades de Tamura et Kawauchi sont déjà décrétées habitables, avant Naraha qui le sera en septembre, Greenpeace insiste sur le cas emblématique de la région d'Iitate, à une distance de 28 à 47 kilomètres au nord-est de la centrale.
Cette commune de quelque 6000 âmes n'a pas été évacuée immédiatement après le désastre du 11 mars 2011, mais plus d'un mois plus tard, quand les autorités ont reconnu que les environs étaient autant sinon plus contaminés que les localités plus proches du complexe atomique Fukushima Daiichi.
Région dangereuse
"Il est clair que les niveaux de rayonnement dans Iitate restent trop élevés pour un retour en toute sécurité de ses citoyens. Cela a été confirmé par notre dernière enquête sur la contamination radiologique de cette commune de 200 km2", écrit Greenpeace.
"Même si des zones autour des habitations sont décontaminées, elles risquent d'être recontaminées par migration de la radioactivité depuis les forêts et montagnes qui ne sont pas nettoyées", a expliqué à l'AFP un expert nucléaire de Greenpeace, Jan Vande Putte, en déplacement à Iitate.
Santé et sécurité menacées
"Les résultats de l'analyse des échantillons prélevés sur place ont révélé des niveaux de rayonnement qui rendent un retour impossible du point de vue de la santé publique et de la sécurité", plaide l'organisation.
"Les plans du gouvernement japonais, s'ils sont appliqués, vont créer une prison à ciel ouvert de confinement autour des maisons et des routes", juge-t-elle.
Et M. Vande Putte d'insister sur le fait que les personnes "doivent avoir le choix de revenir ou non et être aidées financièrement si elles décident de poursuivre leur vie ailleurs".
フランス語
フランス語の勉強?

お昼ご飯は京阪守口近くのカレー屋さん.ちょっと時間があったのでいつもは見るだけの文禄堤に行ってみました.京街道です.歴史を感じるエリアです.初めて❓かな❓また来たいと思いました.
夕方はスーパーで白石温麺を買いました.そうめんみたいなものらしいですが,食べたことないんです.

JR東、気仙沼、大船渡線 鉄路復旧断念
 東日本大震災で被災したJR気仙沼線と大船渡線の復旧方針をめぐり、JR東日本が鉄路復旧を断念し、バス高速輸送システム(BRT)を存続させる方針を固めたことが20日、分かった。国土交通省で24日に開かれる沿線自治体首長会議の第2回会合で提案する見通し。
 関係者によると、JR東と国交省の担当者が16日、両県の沿線自治体を訪問。今後の会議の進め方などについて協議した。JR東はBRTについて存続を前提に、便数の増加や路線の拡充といった利便性を高める姿勢を強調。鉄路復旧の考えは示さなかった。
 6月にあった首長会議の初会合で、JR東は両線の復旧に掛かる費用が計1100億円に上るため、全額負担は困難との考えを表明。震災前から両線の利用が低迷しており、鉄路復旧に消極的な姿勢を示した。
 首長側は「次回会合までに方向性を示してほしい」とJR東に要望していた。
 首長会議は気仙沼市、登米市、宮城県南三陸町、大船渡市、陸前高田市の沿線5市町の首長と宮城、岩手両県、国、JR東で構成する。


気仙沼・大船渡線の復旧断念へ
JR東日本は、震災で被災し一部の区間で不通となっている気仙沼線と大船渡線について、駅の高台移転などにかかる費用が多額に上ることなどから復旧を断念する方針を固め、近く沿線の自治体に説明することにしています。
JR気仙沼線は、気仙沼駅と登米市の柳津駅の間がJR大船渡線は岩手県大船渡市の盛駅と気仙沼駅の間がそれぞれ津波で被害を受け不通となっていて、JR東日本は線路のあった場所に専用道を整備して列車の代わりにバスを走らせる「BRT」を運行しています。
この2つの線についてJRは復旧に向けた検討を進めてきましたが、駅の高台移転を含めた復旧費用があわせて1100億円と多額に上ることに加え、震災前から利用が低迷していたことなどから復旧を断念する方針を固めました。
JRは、今月24日に行われる予定の沿線自治体などとの会議でこうした方針に加えBRTの利便性を高めることなどを説明し、地元の理解を得たい考えだと見られますが地元の気仙沼市などは、鉄道の復旧を求めていただけに反発も予想されます。


東松島 宅地の引き渡し式
震災で被災した住民が高台などに移り住む集団移転事業が進む東松島市の最大規模となる地区で、21日宅地の引渡し式が行われました。
宅地の引き渡しが行われたのは東松島市にあるJR東矢本駅近くの「あおい地区」です。
引き渡し式には被災したおよそ60人が参加し、移転する世帯の代表者3人と阿部秀保市長が87世帯分の宅地の引き渡し書に署名しました。
そして、阿部市長が「震災から4年4か月間長い間お待たせして申し訳ない。最大の課題であるコミュニティづくりを一緒に進めていきたい」と述べました。
式のあと、地区ではさっそく地鎮祭が行われ、住宅を再建する人たちが安全を祈願していました。
この地区ではおよそ22ヘクタールの敷地に災害公営住宅307戸と自力で住宅を再建する人の宅地273区画を整備してあわせて580世帯1800人が入居する計画で市内では最大の集団移転事業になります。
宅地の引き渡しはことし4月からすでに始まっていて、残る89区画についてもことし9月に引き渡されることになっています。
家族4人で移転する60歳の男性は「父親が犠牲になった震災から4年以上がたちようやく持ち家ができるのでとても前向きな気持ちになりました」と話していました。


最後の災害公営住宅が完成 亘理町
 東日本大震災の被災世帯向けに亘理町が同町吉田に建設していた集合型災害公営住宅「大谷地住宅」(30戸)が完成し、転入予定者の内覧会が20日、2日間の日程で始まった。入居開始は8月1日の予定。町が計画した集団移転先の分譲宅地と災害公営住宅計677戸分の住まい再生は、これで完了する。
 大谷地住宅は津波で浸水したJR浜吉田駅近くにあり、鉄筋3階、延べ床面積は2412平方メートル。2DKから3LDKまでの各部屋に加え、開口部が広く確保されたエントランスホール、津波被害を防ぐために3階部分にテラス付きの集会所を設けた。当初の整備計画は50戸だったが、入居希望者が募集を大きく割り込んだため設計規模を縮小。この影響で完成が約2カ月ずれ込んだ。
 内覧会には完成を待ち望んだ転入予定者らが訪れ、町職員や関係業者から設備の説明を受けたり間取りを確認したりした。26日に斎藤貞町長から鍵の引き渡しを受ける。
 2DKに1人暮らしをする予定の宍戸譜子さん(81)は「完成が遅れるのを知った時はがっかりしたけど、震災前の自宅に近い場所に戻ることができてうれしい。近所の方も『早くおいで』と待ってくれている」と笑顔で話した。
 町は、集団移転先の町内5地区6カ所に分譲宅地200区画を、災害公営住宅として町内4地区に集合型380戸、5地区に一戸建て97戸を整備。昨年10月の荒浜地区の西木倉住宅(100戸)から順次、引き渡しを進めてきた。
 今後は空きの解消が課題となる。宅地はことし3月現在で19区画、災害公営住宅は4月の5次募集終了時で117戸が埋まっていない。大谷地住宅も入居決定は20戸にとどまる。町は町外を含め、再建方針が決まっていない被災世帯に移転を呼び掛けている。


<祈りと震災>(62)輝く生 その先へ
 あの日を思うたび、胸がふさがる。
 陸前高田市の佐々木隆道さん(52)は東日本大震災の津波で父、母、妻、妹、めいの5人を失った。今は岩手県外の大学に通う2人の子どもと離れ、市内の仮設住宅に1人で暮らす。
 妻の好きだった「DREAMS COME TRUE」の曲を耳にすると脳裏に笑顔が浮かぶ。
 佐々木さんは寺の住職だ。
 震災前、大切な人を亡くした遺族に「悲しみは時間とともに薄らぐ」と語っていた。
 被災者となり、それが間違いだったと気付いた。
 今はこう呼び掛ける。
 「悲しみは消えず、うまく付き合うしかない。泣きたいときは泣けばいい」
 震災がもたらした多くの死にどう向き合うか。私たちは答えを探す旅に出た。
 死者の魂に触れる思い。苦悩にあえぐ宗教者。亡き家族と「再会」を果たした被災者。庶民信仰や伝統の祭礼に安らぎや救いを求める人たちがいた。
 宗教が説く道ですら癒やしにつながるとは限らない。深い苦しみが被災地にあった。
 それでも人々は手を合わせ、宗教者は被災者のそばに立つ。さまざまな悼みの形を通し、魂の模索は続く。
 雲間から荘厳な光が延びてくる。
 死者が私たちを見ている。
 生きて。
 生きろ。
 生きよう。
 そんな思いに支えられ、生が輝く。死者とのつながりを築き直し、共に歩む。
 祈りの先に。心の原風景を目指して。
「祈りと震災」取材班=報道部・沼田雅佳、村上俊、柏葉竜、鈴木拓也、写真部・岩野一英、伊深剛


<復興へのきざはし>次代見据え共に動く/(下)結束を力に
<独自に課題解決>
 「委員の思いが詰まった報告書ができた」。2013年11月、「玉浦西地区まちづくり検討委員会」委員長の阿留多伎真人尚絅学院大教授は最終報告書を岩沼市に提出し、総括した。
 報告書は東日本大震災前のコミュニティーを重視し、集団移転先として当時造成中の玉浦西地区に、被災した沿岸部6地区ごとに住宅を配置。緩やかな曲線道路で公園、集会所などを結び、全体の交流が進むようにデザインした。生け垣などを統一して景観にも配慮する内容だった。
 住民の思いが全て実現したわけではない。公園の芝生化や防風の屋敷林「居久根(いぐね)」を植える計画は、整備費や維持管理の面から見送られた。貞山堀を模した水辺を築く構想もあったが、緑道へと形を変えた。
 「妥協すべきは妥協し、前に進むことを優先した」と、検討委員会の委員を務めた「玉浦西まちづくり住民協議会」会長の中川勝義さん(76)は振り返る。
 住民は14年1月、独自に設立したまちづくり住民協議会で、積み残した課題を自分たちの手で解決する方法を探り始めた。
 まずは公園の芝生化。土地に合う芝生の種類や管理に要する労力、経費などを慎重に議論し、試験的に公園の一部に植えた。住民が分担して水をやり、芝を刈ることで維持が可能と判断。近く、地区内全ての公園に芝を植えることを決めた。
<居久根再生図る>
 地区の北側と西側の外周には、居久根の苗木約2000本を植えた。公益財団法人などが主催するコンペに応募した植栽計画が最上位に選ばれ、苗木購入の助成金(800万円)を得られたことが大きかった。
 蔵王おろしの風を防ぐような立派な居久根に育つのは数十年先。年月をかけて伝統の景観を再生し、子や孫に玉浦の歴史と文化を伝えていく考えだ。
 住民は定期的に集まり、公園や緑道などの除草を続ける。「玉浦には昔ながらの結(ゆい)の力がある」と二野倉町内会役員の斎健二さん(59)。集団移転で生活環境は大きく変わったが、共同体としての地域の結び付きは引き継がれ、まちを動かすエネルギーになっている。
 地区内は高齢化率が高く、将来にわたって共同作業を続けていけるのか不安もある。「世代交代がうまく進むよう、若者が住んでみたいと思えるようなまちにする工夫が必要。しっかり道筋を付けたい」と中川さんは強調する。
 復興の願いを乗せてスタートを切った玉浦西。住民は未来を見据えて歩み始めている。


<震災遺構のいま>古里喪失 教訓未来に
被災地の選択(4)フクシマ/避難地域復興 願い込め
 記憶すべきなのは津波災害だけではない。東日本大震災は、原子炉4基が破損し、大量の放射性物質を放出する世界でも未曽有の原子力災害を引き起こした。東京電力福島第1原発事故の教訓を未来に引き継ぐ権利と責任が被災地にはある。
 原子炉建屋の爆発が伝えられたときの絶望感。見えない放射線に震えた恐怖。古里を奪われた怒り。長期避難を強いられる苦しみ。安全神話の崩壊…。
 原発事故の諸相は津波災害に比べると具象化するのが難しく見える。不磨の語り部として、事故のすさまじさを一目瞭然に伝えられる遺構は何か。
 居住禁止が続く南相馬市小高区の酪農家半杭(はんぐい)一成さん(65)は絶対に残すと決めている。置き去りにした牛が餓死する前にかじり食い、やせ細った牛舎の柱だ。
 避難指示が出た3日後の2011年3月15日、40頭の牛を残し避難した。次に牛舎に入ったのは6月10日。地獄絵図に感情を失い、立ち尽くした。
 「牛はどんな気持ちだったろう。自分のしたことが恐ろしい。命がどう失われたのか。事実を残したい」
 原発が立地する双葉町の自営業大沼勇治さん(39)は、原子力PRの看板を掲げた町内2カ所のゲートの保存を求める。
 表裏に住民公募の標語が記される。その一つ「原子力明るい未来のエネルギー」は大沼さんが小学6年生のときに考案した。「誇らしかった。通学、通勤、買い物。ゲートを毎日くぐって暮らした」と振り返る。
 信じた未来は事故で一変する。うつうつとした避難生活の中、ゲートの存在が恥ずかしく撤去を願った。
 1年後に思い直した。「原発を信じ古里を失った町の歩みを看板は象徴する。失敗を認め、反省して成長する双葉の底力を看板と共に見せたい」と強調する。
 避難区域では、人が住める状態に戻すため、除染と再開発が進む。社会学者で福島大特任研究員の開沼博さん(31)は「意識的に何を残すか考えないと、原発事故の遺構はなし崩しに新しい町にのみ込まれる」と指摘する。
 遺構を残す意味は「悲劇を繰り返さないための教訓」「危機や絶望から立ち上がるきっかけ」にあると開沼さんは説明する。
 遺構の周囲が変わり続けていけば、風景にギャップが生まれる。それが価値となり、復興状況の報告にもなる。「事故後、フクシマは世界的なブランドになってしまった。遺構を見に訪れる人が増えれば、『普通に行ける。勉強もできる』とネガティブな見方が覆される」(報道部・中島剛)


雨天中止で落胆…友情の「竿燈」天高く
 ◇…災害公営住宅が完成した気仙沼市南郷地区で先日、「1日遅れ」で竿燈の演技が披露された。
 ◇…入居歓迎交流会に合わせて行われる予定だったが、大雨で中止。落胆が広がったのを目の当たりにした秋田市竿燈会のメンバーが、翌日、別の場所での演技を終えてからわざわざ寄ってくれたという。
 ◇…急きょ約200人の住民が集まった。さおを肩や額で操る妙技と、温かい善意に、住民からひときわ大きな拍手が送られた。(気仙沼)


<塩釜みなと祭>極彩御座船 復興祈り渡御
 塩釜みなと祭が20日、宮城県塩釜市を中心に開かれた。地元の塩釜神社と志波彦神社のみこしを載せた2隻の御座船が、東日本大震災からの復興を祈りながら、約100隻の船を従えて松島湾内を巡った。
 氏子衆に担がれた2基のみこしは、極彩色の御座船に載せられ、マリンゲート塩釜を出発。大漁旗を掲げた船と共に浦戸諸島や宮城県七ケ浜町、松島海岸などを回った。岸壁を埋めた観客は勇壮な船団に手を振った。
 68回目のみなと祭は1948年、戦後復興を目的に始まり、震災の年も中断しなかった。市中心部では、塩釜伝統のハットセ踊りなどのパレードがあった。


古布細工で七夕飾り 震災支援への感謝込め
◎被災者グループ・仙台かえりびなの会「歩みと思い伝えたい」
 仙台で暮らす東日本大震災の被災者らでつくる「仙台かえりびなの会」が、8月の仙台七夕まつりに向けて吹き流しを作製した。メンバーはこれまで、震災の行方不明者が帰ってくることを祈って「かえりびな」を作ってきた。「全国からの支援に感謝の気持ちを表したい」(松崎翠代表)と初めて挑んだ七夕飾りだ。
 メンバーは仙台市内の借り上げ仮設住宅などに身を寄せる気仙沼市や南相馬市の被災者約10人。5月中旬から製作を始め、6月末には大玉3本と小玉9本の吹き流しが完成した。
 材料に着物や帯の古布を使った独特のデザインで、みやびやかに仕立てた。役目を終えた古布を吹き流しに再生することに、震災からの復興を重ね合わせた。くす玉の下で肩を寄せ合う織り姫とひこ星の人形がアクセントだ。
 古布は、以前から会の活動を支えてきた神奈川県箱根町の旅館従業員茂村ひとみさん(67)が、町内の温泉旅館や全国の支援者に呼び掛けて集めてくれた。
 出来上がった七夕飾りは8月6〜8日のまつり期間中、会が活動拠点にしている青葉区の市福祉プラザに飾る方向で調整している。
 当初、飾ろうと考えていたまつりメーン会場の市中心部は、短冊、折り鶴などの「七つ飾り」を全種類飾り付けなければならないというまつり実行委員会のルールを満たせなかったため、断念せざるを得なかった。
 それでも松崎代表は「何かを作り出し、形として見てもらうことで復興に向けて歩んでいる自分たちの思いを伝えたい」と大勢の来場を待ち望んでいる。


大津波3度乗り越え仮設で100歳
 陸前高田市小友町のモビリア仮設住宅に住む及川ミサオさんが20日、100歳の誕生日を迎え、仮設の集会所で祝う会があった。3度の大津波と戦禍を乗り越えたミサオさん。住民が手作りの金色の帽子とちゃんちゃんこを贈った。
 誕生会には仮設の住民ら約20人が参加。ミサオさんは「(100年生きても)大したことでなく、普通と思っていた」と話し、住民を笑わせた。
 ミサオさんは陸前高田市広田町で生まれ、19歳で嫁入り。2男2女に恵まれた。孫12人、ひ孫10人、やしゃご2人がいる。
 昭和三陸津波(1933年)、チリ地震津波(60年)では無事だったが、東日本大震災で小友町の自宅が全壊した。長男輝光さん(75)、妻トシ子さん(73)らと裏山を上り助かった。
 普段から畑仕事をしていて足腰は丈夫。「前の2回は大したことはなかったが、震災の津波は大きかった」と振り返った。
 いまも仮設内の草取りに率先して取り組む。自宅を再建するための土地は確保したが、施工業者が見つからない。トシ子さんは「元気なうちに家を建て直したい」とミサオさんの長寿を願っている。

林眞須美さんは無実だ/海の日・・・天皇制の強化許さない

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Japon: Les excuses d'une entreprise aux prisonniers de guerre américains forcés de travailler dans les mines
Un geste historique, 70 ans après la fin de la Seconde guerre mondiale. Le groupe japonais Mitsubishi Materials a présenté ses excuses dimanche aux ex-prisonniers de guerre américains forcés de travailler dans les mines du géant industriel pendant le conflit.
Lors d'une cérémonie au Centre Simon Wiesenthal à Los Angeles, dédié à la mémoire de l'Holocauste, Hikaru Kimura, un responsable de la compagnie, a adressé des ≪excuses pleines de remords≫ à James Murphy, 94 ans, l'un des rares prisonniers américains forcés à travailler au Japon encore vivant. Celui-ci a accepté ces excuses ≪sincères et humbles≫, déclarant: ≪Depuis que la guerre s'est achevée il y a 70 ans, les prisonniers de guerre ayant travaillé pour ces compagnies japonaises ont demandé quelque chose de très simple, ils ont demandé des excuses≫. En tout, quelque 12.000 prisonniers de guerre américains auraient été affectés au travail forcé pendant la guerre, sur fond de pénurie de main d'oeuvre. Plus de 1.100 seraient morts.
≪Conditions de travail très dures≫
≪Nous devons aussi nous excuser de ne pas avoir présenté nos excuses plus tôt≫, a ajouté Yukio Okamoto, un autre responsable. Mitsubishi est semble-t-il la première société japonaise à accomplir une telle démarche. Le gouvernement japonais avait pour sa part attendu septembre 2010 pour présenter ses excuses à d'anciens prisonniers de guerre américains pour les ≪traitements inhumains≫ endurés. ≪Nous espérons que la bienveillance de Mitsubishi s'étende maintenant à toutes les autres mines et usines qui ont employé des prisonniers de guerre américains contre leur gré≫, a déclaré James Murphy.
D'après Hikaru Kimura, près de 900 prisonniers ont été forcés de travailler dans quatre mines exploitées par la compagnie au Japon. Des milliers d'autres prisonniers américains ont été contraints de travailler dans des firmes japonaises pendant la guerre. ≪Les conditions de travail étaient très dures et les prisonniers ont été soumis à rude épreuve≫, a reconnu le dirigeant, promettant de ne jamais laisser une telle chose se reproduire. ≪En tant que société ayant succédé à Mitsubishi Mining, nous ne pouvons que ressentir un profond sentiment de responsabilité éthique pour cette tragédie du passé≫, a-t-il ajouté.
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にっぽん紀行「クロにいの船〜徳島 美波町伊座利〜」
徳島県伊座利は太平洋と山々に囲まれた人口100あまりの集落。次々と若い家族が移り住み、今では住民の約半分を占めるまでになった。人気の秘密は、移住者たちを家族のように受け入れ、優しく厳しく見守る地元の人たちの人柄だという。定置網漁の船長・クロにい(61)は、移住者を船に迎え入れる。一人前を目指すちょっとやんちゃな若者に、春休みを迎えた子どもたち…。漁で活気づく春、クロにいと移住者たちの日常を描く。西田尚美
被災地に即興で笑いを
岩手県陸前高田市の気仙中学校の生徒たちは路線バスで内陸部の仮校舎に通う。全校生徒の6割は今も仮設住宅で暮らしている。現在、気仙中学校に通う生徒は仮の校舎でしか学んでいない。生徒たちに笑いを届けたいとパフォーマンス集団のロクディムが中学校にやってきた。生徒に紙を配り、そこに書かれた言葉をセリフにして芝居を演じた。ロクディムは震災直後から積極的に被災地を訪れている。さらに生徒たちと一緒に即興で演じ、ゲームを行った。村上誠副校長はこどもたちの笑顔がなによりだと話した。
ブラタモリ スペシャル「東京駅」
東京駅の地下にはビジネス街・丸の内から華やかな銀座まで、総延長約18kmの地下空間が広がっています。実はこの巨大な地下空間こそ、江戸から平成へと続く長い歴史の「生き証人」。一見同じような地下空間も成り立ちや構造が大きく異なります。東京駅の東と西、丸の内と八重洲の違いのカギは江戸時代の古地図にあり?地下にもあった謎の高低差とは?八重洲の地下に眠る江戸城の痕跡とは?73分スペシャル版でお送りします! タモリ,桑子真帆,草ナギ剛

和歌山カレー事件から17年 林眞須美さんは、獄中から無実を訴え続けています!和歌山カレー事件 再審請求のいま そして これからという集会が大阪でありました.弁護団からの報告を聞いて,林眞須美さんは無実だ,と再確認できました.また河合潤さんのお話もとても分かりやすいものでした.
今日は海の日ですが,天皇制とのかかわりのある日です.反天皇制の集会には参加できませんでしたが,天皇制廃絶の日まで頑張っていきたいと思うのでした.
天皇出席の全国戦没者追悼式反対8・15大阪集会
―天皇と共にする全国一斉黙とう反対―
◇発題 
天皇出席の全国戦没者追悼式になぜ反対するか
吉田 宗弘さん(参戦と天皇制に反対する連続行動)
戦後70年、戦争法案・安倍談話・改憲を許さない
松村素子さん(反戦反天皇制労働者ネットワーク)
◇参加費(資料代含む) 500円(経済的に厳しい方は受付まで)
◇主催 参戦と天皇制に反対する連続行動
「詔書(ヒロヒト曰ク)国体はゴジされたぞ 朕はタラフク食ってるぞ ナンジ人民飢えて死ね ギョメイギョジ」
これは、敗戦による食糧難が極限に達していた1946年5月19日の食糧メーデー(「飯米獲得人民大会」、人民広場=皇居前広場に25万人結集)で、デモ行進中の松島松太郎さんが持っていたプラカードの文言である(松島さんは「不敬罪」で起訴さる。東京高裁、大赦令により免訴と判決。上告するも最高裁、上告棄却)
 この年の5月1日メーデー。敗戦後初めてのメーデーである。取材したアメリカ人記者、マーク・ゲインは『ニッポン日記』(筑摩書房63年)で、次のようにレポートしている。
「徳田〔日本共産党書記長・徳田球一〕は最後に演壇に上がった。……彼も主食配給の不足、金持ちや投機師の隠匿米、労働者の困窮を語った。群衆は同感の声をあげた。だが、いちばん大きなそしていちばん長い歓呼がおこったのは、徳田が両手を高く上げて『天皇を打倒しろ!』をどなったときだった。……/演説が終わると、群集は四列縦隊を組んで流れ出し始めた。……熱狂(ママ)はいっかなおさまらなかった。……」
 「空は曇っていたが、日本ではじめてみる熱狂(ママ)と確信にみちた喜びの大会であった」。
          ◆      ◆
 戦後70年に当たり宮内庁は、昭和天皇ヒロヒトが8月15日のラジオで戦争終結宣言した「玉音放送」のレコード音盤を、また、5月19日の食糧メーデーの5日後の24日にラジオ放送した「食糧問題の重要性に関する御言葉」の音盤を8月1日に公表すると明らかにした。この公表は天皇、皇后、皇太子、秋篠宮の意向を受けてのものだという。
 安倍晋三極右政権が、世界の利権と覇権を求めて、新たな帝国主義列強となるべく、米国とともに侵略戦争・解放闘争圧殺に大きく踏み出す戦後史の歴史的転換のいま、なぜ、天皇ヒロヒトの「玉音放送」と「食糧問題」放送の音盤の公開なのか。
 戦争法案と南中国海危機への「軍事介入」、辺野古新基地建設、原発再稼働と核武装の準備、労働者派遣法改悪や労働時間法制の破壊、解雇の自由の全面化、医療保険や年金制度の全面改悪、人民管理・脅迫の国民総背番号制(マイナンバー制度)の全面化、報道と学校教育の国家統制など、独占資本・国家官僚・自民党などの支配階級と労働者・人民の対立が非和解的にまで大きくなるなかでのことなのだ。それは、戦争の時代に入るいま、人民を国家に統合する最強のシステムとして天皇制が必要ということではないか。元首天皇にして「国民の天皇」が必要なのである。
          ◆      ◆
 国家最大の危機は、いうまでもなく敗戦である。天皇ヒロヒトと支配階級は、戦争終結の最大の条件を「国体の護持」においた。「国体の護持」こそ天皇と支配階級(人民ではない!)が生き延びる唯一の道だったのである。だから、「終戦の詔書」(玉音放送)は、ヒロヒトの『聖断』によって「終戦」が実現したことを報告し、戦後復興も「国体の精華の発揚」によるべし、としている。また、「(窮迫する食糧事情に)ふかく心をいたましめるものがある」とするヒロヒトのラジオを通じた「お言葉」は、国民に向けた「訓話」であり、「国民の天皇」の見え透いた演出である。食糧メーデーの5日後というところにも邪(よこしま)な意図がみえる。
こうした攻撃の日本人民の答えが戦後初めてのメーデーでの「天皇を打倒しろ!」であり松島松太郎さんのプラカード事件であった。 
          ◆      ◆
 しかし、私たち日本の人民は、戦争直後の心意気を持ち続けなかった。「一億総ざんげ」、「敗戦」ではなく戦争責任を不問に付す「終戦」イデオロギー、朝鮮戦争への加担とサンフランシスコ講和条約・日米安保体制(「戦後の『国体』)による再軍備(武装国家への転換)と新たな天皇制の復活(軍人恩給の復活、天皇の「靖国」参拝、全国戦没者追悼式など)などに敗北してきたからではないか。
 私たちは、この敗北としての戦後民主主義を問い直すことが戦争の時代に入ろうとしている今、必要なのだと思う。8月15日、戦争時代の国民統合儀礼、天皇出席の全国戦没者追悼式の弾劾は、日本の人民にとって欠くことできない一つである。 集会への参加を。


<祈りと震災>(61)信心超えて人つなぐ
 「神という言葉は使わない。時にさまざまなものを分けてしまうから」
 ロンドン北西部のブレント区にあるキリスト教会長、マギー・ヒンドレーさんは意外な言葉を口にした。
 多民族都市ロンドンの中でも多様な宗教や文化が集まる地域。コミュニティーづくりの核となる施設「ロンドン・インターフェース・センター」の共同代表を務める。
 二つのキリスト教会が同居して運営を支える珍しい施設は1998年にできた。周囲にはイスラム教の学校やヒンズー教、仏教の寺院が並ぶ。
 岐阜県高山市の僧侶で臨床宗教師の大下大円さん(61)は「違う教派が共存するだけでなく対話を持つ。揺るぎない信念を感じる」と驚いた。
 ヒンドレーさんは「利用者が信仰の立場を超え、友達になることが最も大事。より良い人生を過ごすことにつながる。いい関係を持てるよう援助している」と打ち明ける。
 活動を続けながら宗教離れを肌で感じている。
 「教会に来る人が減った。科学が権威を持つにつれ、見たり触れたりできるものしか信じない雰囲気がある。皆スピリチュアリティ(精神性)が乾いている」と嘆く。
 宗教はともすれば対立を生み出すが、異宗教間(インターフェース)の橋渡しをすればつながり合えると考える。
 キリスト教系の施設ながら、幅広い宗教イベントが開かれる。座禅を組む人がいればユダヤ教やキリスト教、イスラム教の教典を学び合うグループがある。国連NGOブラーマ・クマリスによる古代インドの瞑想(めいそう)も取り入れている。
 「信仰を尊重し介入しないことで均衡を保っている。民族の中の宗教の役割をきっちり捉えている」。大下さんは宗教家が街づくりに携わるセンターの在り方に共感した。
 センターが人々から望まれた背景には移民が多い地域事情があった。では、日本で宗教家は何ができるだろうか。
 神道やキリスト教の宗教者らと地元へのホスピス開設運動を主導した大下さん。自殺予防、遺族支援といった社会問題に取り組んできた。
 客員教授を務める高野山大(和歌山県)の大学院は9月、東京で臨床宗教師の養成を始める。東日本大震災を機に東北大で始まった育成の輪が全国に広がりつつある。「宗教の違いを超えて精神的な支援をする存在。宗教家が世の中に必要だと感じてもらえるため、力を向上させたい」
 臨床宗教師はインターフェース・チャプレンと英訳される。センターと同じインターフェースという語を冠する。
 宗教師は誰のため、何のためにあるのか−。それは人と人を橋渡しし、希望や再生の道を開くこと。多民族・多宗教都市が物語っていた。


<まち開き>妻たちの分も前へ
 安心して暮らせるまちに−。19日、宮城県岩沼市の玉浦西地区で「まち開き」があり、震災で家族を失い、悲嘆に暮れた住民も、こんな願いを胸に一歩を踏み出した。
 会社員斎藤伊一さん(55)はこの日、住民と協力して来場者におにぎりや芋煮を配った。「ただただ感謝。今はそれだけです」。白い歯がこぼれた。
 長谷釜地区にあった自宅は津波で壊滅。家には父健二さん=当時(80)=、母とみえさん=同(77)=がいた。妻成子さん=同(51)=は職場から車で2人を迎えに戻ったが、避難が遅れた。後日、3人とも冷たくなって発見された。
 斎藤さんは残された長男(30)、次男(28)、三男(28)と4人で仮設住宅に入居した。心が折れそうになるのをこらえ、慣れない家事を分担して懸命に生活再建を目指した。
 支えてくれたのは、周りの住民だった。「気心が知れた人たちが、震災前と変わらぬ笑顔で接してくれた。花見や芋煮会にも誘われるうち、少しずつ心がほぐれた」と振り返る。
 まちづくりの議論にも積極的に参加した。津波がどうしても心配で、最初は仙台東部道路西側への移転を望んだ。しかし、集団移転先は浸水区域の玉浦西に決まった。斎藤さんは悩んだ末、計画を受け入れた。
 「個別移転すれば、玉浦の住民と離れ離れになってしまう。仮設住宅で暮らすうち、住民同士の結び付きが一番大事だと思うようになった」と話す。
 昨年夏、玉浦西地区の借地に一戸建てを建てた。長男と三男は独立し、現在は次男と2人で暮らす。
 「妻や両親が生きていてくれたらどんなにいいか、と思う時もある。でも、玉浦西には親しい住民がたくさんいるし、決して寂しくはない。妻たちの分も前を向いて生きていきたい」
 まちの門出に、自身の再生を重ね合わせた。


<震災遺構のいま>学びや保存か解体か
◎被災地の選択(3)苦悩/石巻の遺族ら、続く模索
 学校管理下で前例のない惨事が起きた学びやの行く末を、遺族や住民らが懸命に模索している。
 東日本大震災で児童と教職員84人が犠牲となった石巻市大川小(宮城県)。地元では複雑な感情が交錯する。
 「どんな写真や映像より校舎が津波の怖さを伝える」「校舎を見るのがつらい。壊してほしい」「行方不明者の捜索が優先だ」…。
 震災遺構をめぐる石巻市や宮城県の有識者会合は、大川小を検討の対象から外した。「いろいろな問題があり、検討組織で踏み込むと影響がある」(市幹部)などの理由を挙げる。
 亀山紘市長も判断を保留し、大川地区の住民や遺族を含む市民の意見を2015年度内にも集約する方針を示している。
 「市や有識者は大川小を震災遺構として残す意味を考えていないのでは」。6月25日にあった住民団体「大川地区復興協議会」の会合で、遺族が切り出した。
 協議会は住民126人に実施したアンケートを踏まえて5月、被災校舎全体の保存などを市に要望した。
 協議会でも紆余(うよ)曲折があった。12年秋から冬にかけて意見の取りまとめを目指したが集約できず、時期尚早と判断せざるを得なかった。大槻幹夫会長(72)は「記憶が生々しくて本音を話せる段階にない感じがあった」と明かす。
 総意を形成する上で転機となったのが、ことし3月の全体説明会だ。参加者が保存、解体それぞれの考えを述べ合った。
 大川小を巣立った中高生6人は全部の保存を望む立場で意見を表明し、異論にもきちんと耳を傾けた。「誰も間違っていない」。そんな思いが根底にあった。
 大川小の児童を含む複数の家族を一度に失った男性は切望する。「天国の家族は私たちの対立を望んでいない。大川小の在り方を丁寧に話し合っていきたい」
 市の震災遺構の候補には3月に閉校した門脇小も挙がる。市震災伝承検討委員会は昨年12月、「津波と火災の痕跡を残す唯一の施設」と市に保存を提言した。
 現地では土地区画整理事業が進み、約1000人が暮らす新たな街ができる。住民組織「新門脇地区復興街づくり協議会」は一貫して解体を求める。あるメンバーは「地域の核となる場所に遺構があるのはいかがなものか」と言う。
 組織内には異論もある。比佐野信一副会長(69)は「震災を風化させないよう保存するべきだ」と訴え、資料館を併設した災害学習の拠点化を提案する。
 学びやの行く末は一筋縄では開けそうにない。
(石巻総局・水野良将、高橋公彦)
[大川小、門脇小]大川小の校舎は1985年完成。地域活動の中心施設でもあった。震災で児童108人、教職員13人のうち児童70人、教職員10人が死亡し、児童4人が行方不明。現在は二俣小の校舎で授業をする。門脇小は1873年創立。震災で被災し、既に下校していた児童7人が犠牲になった。ことし4月、石巻小と統合した。


<指定廃処分場>白紙撤回を 加美で反対集会
 東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設問題で、宮城県内候補地の一つ加美町で19日、住民団体が緊急の反対集会を開いた。環境省が近く再開させる方針を示す候補地での詳細調査の受け入れ拒否と、県内3候補地の白紙撤回を訴えた。
 加美よつば農協など地元46団体でつくる「放射性廃棄物最終処分場建設に断固反対する会」主催で、会場の中新田バッハホールに約1100人が集結。県内候補地の栗原、大和両市町の住民団体、栃木県内の候補地になった同県塩谷町の見形和久町長も駆け付けた。
 脱原発を目指す市民団体「原子力市民委員会」の座長を務める吉岡斉九州大大学院教授や、大槻憲四郎東北大名誉教授らが講演。大槻氏は地質学の専門家として「候補地選定は32年前の古いデータを使うなど形だけで欠陥ばかりだ」と指摘。「3候補地とも地滑り地帯で不適地」と強調した。
 最後は参加者全員で処分場計画の白紙撤回を求めるシュプレヒコールを繰り返した。


教訓胸に避難訓練 「いのちの石碑」思いを実践
 宮城県女川町の女川中出身の高校生たちが19日、津波から命を守る避難訓練を同町野々浜地区で開いた。女川中時代、東日本大震災の教訓を後世に伝える「いのちの石碑」の建立を始め、石碑に込めた思いを実践に移そうと、初めて企画した。7基目の石碑の除幕も同地区で行った。
 生徒たちは昨春の卒業生で、「女川1000年後のいのちを守る会」のメンバー約20人。中学時代に(1)絆を強める(2)高台に避難できる町をつくる(3)記録を後世に残す−の三つの対策を考え、石碑に刻んでいる。
 活動を支援する首都圏の会社員ら十数人のほか、地元住民ら県内外から約50人が参加。地震が午前10時に発生、震度7の揺れを記録したとの想定で、各自が避難先を判断して高台を目指した。
 参加者は震災前に神社があった小山に避難したり、道が途切れた高台で車いすの男性を3人で担いだりした。「ここは安全か」「海が見えないけれど、大丈夫か」などと声を掛け合った。
 気仙沼市の団体職員根岸えまさん(23)は「土地勘がない所での避難は難しいし、怖い。こうした訓練は貴重だ」と感想を語った。
 いのちを守る会メンバーの石巻工高2年山下脩君(16)は「できるだけ高い場所に逃げる大切さを体験できた。活動は今後も長く続ける」と話した。
 7基目となる石碑は、地区の災害公営住宅近くの津波到達点に設置。除幕式では野々浜区長の漁師石森孝之さん(56)が「後世に残したい」と感謝した。
 「いのちの石碑」プロジェクトは「1000年後の命を守ろう」をテーマに、町内21カ所の浜で津波到達点より高い場所に石碑を建てる。生徒たちは中学卒業後も活動を継続。防災副読本「女川いのちの教科書」作りにも取り組む。


<まち開き>生活復興へ一歩
 東日本大震災で被災した岩沼市沿岸部6地区(相野釜、藤曽根、二野倉、長谷釜、蒲崎、新浜)の集団移転先、玉浦西地区の「まち開き」が19日、開かれた。住民は新しいまちの誕生を祝い、全国から寄せられた復興支援に感謝した。
 市民会館で式典があった。まち開き実行委員長で玉浦西まちづくり住民協議会の会長中川勝義さん(76)は「避難所、仮設住宅と厳しい生活を余儀なくされ、行く先を心配しながら暮らした。ここに新しいまちができ、従来の隣人と共に生活できる」とあいさつした。
 玉浦西地区では感謝祭が開かれ、地元の子どもたちが手作りしたみこし3基が登場。のろしを合図に練り歩くと、大きな拍手が湧き起こり、会場は祝賀ムードに包まれた。
 玉浦西地区は海岸線から約3キロ内陸で、広さは約20ヘクタール。沿岸部6地区の計465戸中、282戸が集団移転に参加した。被災した旧市営住宅などの被災者も玉浦西地区に移る。移転が完了すれば、約1000人が暮らすまちになる。


視点 安保転換を問う 国会と教室 若者の不安に向き合え=論説委員・花谷寿人
 東京都内の中学を定年退職して間もない元教師は、卒業生と久しぶりに会うクラス会だったのに気持ちが沈んだという。
 自衛隊員の20代の教え子から、危険を伴う海外任務に就くことを打ち明けられた。「先生、おれ仕事がんばってるよ。本当は行きたかねえよ。でも今の仕事でいつか死ななきゃならないなら、仕方ないんだ」
 中学ではやんちゃで、ずいぶん手がかかった。その生徒が大人になり、真顔で「死」を口にする。自衛隊の活動がさらに広がれば……。「もしや自分の生徒が」という不安が初めて現実味を帯びて迫ってきた。
 安全保障政策の転換は若い世代の将来に関わるテーマだ。教育現場ではどう教えているのか。中学の複数の教師に尋ねると、ほとんど話をしないという。政治の話題は「中立性」を気にして避けているようだ。
 山口県の高校では今年6月、安保関連法案に関して生徒たちが意見を述べ合い、どの意見に説得力があるかを問う模擬投票の授業があった。教育長は、やはり中立性の観点から問題視した。選挙の投票年齢も引き下げられたのに、これでは議論が深まらない。
 一人のベテラン中学教師の話が印象に残る。
 過激派組織「イスラム国」(IS)がジャーナリストの後藤健二さんを殺害したというニュースが流れた時のことだ。多くの生徒はインターネットで映像を見ていた。「自衛隊がテロと戦うしかないのかな」。怒りとともに、強い不安を感じていることを知った。
 生徒の間でこんなやりとりもあった。
 「集団的自衛権の行使って、日本が戦争すること?」
 「違うよ。日本はずっと戦争しない国なんだよ」
 「いや。時代はもう変わったんだ」
 そして教師に投げかけてきた。「先生はいいよな、年だから。おれたちが大人になった時に、世の中どうなってるかわかんないよ」
 生徒は今、教師が想像している以上に、自分たちの将来と重ねて国の行く末を考えているのだ。教師はそう感じ、それぞれの意見をプリントにして全員に配った。教室で一緒に議論を始めた。
 これまでの国会の議論はどうか。日本はどんな国を目指しているのか、若い世代の不安や疑問に応えているとは思えない。
 自衛隊員として「リスク」を負うのも、長くテロと向き合うのも、アジアの国々とつき合っていくのも彼らだ。


学者1万人超が抗議声明=強行採決「民主主義の破壊」−東京
 さまざまな専門分野の学者でつくる「安全保障関連法案に反対する学者の会」が20日、東京都内で記者会見し、「強行採決は国民の意思を踏みにじる立憲主義と民主主義の破壊だ」などとする1万1279人の共同声明を発表した。
 学者の会は、ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英京都大名誉教授ら61人が呼び掛け人となり、賛同する学者・研究者は20日時点で1万1218人。うち150人以上が会見に出席した。
 益川さんは「安倍政権は憲法9条をなし崩しにしようとしている」と力説。池内了名古屋大名誉教授(宇宙物理学)は「法案は安倍政権の軍事化路線。軍需研究への動員が始まろうとしている」と危機感を表明した。
 千葉真国際基督教大特任教授(政治思想)は「憲法順法義務を無視している」と強調。吉岡斉九州大教授(科学史)も「次は憲法改正を必ず狙ってくる」とし、高山佳奈子京大教授(法学)は「国際世論からは、憲法を無視して推し進めていいという意見は全く寄せられていない」と指摘した。
 広渡清吾専修大教授(法学)が「国会内の雰囲気を変えるには十分時間はある」と締めくくり、全員で「廃案まで頑張るぞ」と気勢を上げた。


安全保障関連法案に反対する学者の会からの抗議声明
7月15日衆議院特別委員会、翌16日本会議で、集団的自衛権の行使を容認することを中心とした安全保障関連法案が強行採決されたことに、私たちは強い怒りをこめて抗議します。
各種世論調査では、戦争法制としての本質をもつ安全保障関連法案に反対が多数となり、8割を超える大多数が今国会での成立は不必要としていた状況の中での強行採決は、主権者としての国民の意思を踏みにじる立憲主義と民主主義の破壊です。
首相自身が、法案に対する「国民の理解が進んでいない」ことを認めた直後の委員会採決強行は、現政権が国民世論を無視した独裁政治であることを明確に示しています。
衆議院憲法調査会で3人の憲法学者全員が安全保障関連法案は「違憲」だとし、全国のほとんどの憲法学者が同じ見解を表明しているにもかかわらず、今回の強行採決が行われたことは、現政権が学問と理性、そして知的な思考そのものを無視していることのあらわれです。
戦後日本は憲法九条の下で、平和国家として存在しつづけてきました。政府の言う「安全保障環境の変化」を口実に、武力行使ができるようにしようとしていますが、戦後日本が一貫してきた、隣国との対話による外交に基づく信頼関係こそが、脅威を取り除いてきたのです。
私たちが6月15日に表明した見解は、多くの学者、大学人に共有され、いくつもの大学で、学生と教職員が一体となった取り組みが行われました。私たちは参議院での審議を注意深く見定めながら、立憲主義と民主主義を守り、この法案を廃案にするために、国民とともに可能なあらゆる行動をしていきます。

2015年7月20日
安全保障関連法案に反対する学者の会

座禅とお粥/柳原銀行記念資料館/生麩

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Japon: la cote du gouvernement au plus bas après le vote des lois de défense
La cote de popularité du gouvernement japonais de Shinzo Abe est au plus bas depuis son arrivée au pouvoir fin 2012, a révélé dimanche un sondage réalisé après le vote de lois de défense controversées.
le gouvernement ne recueille que 35% d’opinions favorables, en baisse de 7 points en seulement deux semaines, contre 51% d’opinions négatives, selon cette enquête publiée par le journal Mainichi Shimbun, dont la ligne est très critique à l’égard de M. Abe, ouvertement nationaliste.
La chambre basse a adopté cette semaine des textes rendant possible, pour la première fois depuis la Seconde Guerre mondiale, l’envoi à l’extérieur des Forces d’autodéfense - le nom officiel de l’armée - pour venir en aide à un allié, en premier lieu les Etats-Unis.
Les projets de loi doivent à présent passer devant la chambre haute mais la chambre basse peut passer en force si nécessaire.
Pour ses opposants, l’initiative de Shinzo Abe va à l’encontre de l’article 9 de la Constitution, qui bannit le recours à la guerre, et ruine 70 ans de pacifisme.
Actuellement, l’armée nippone ne peut agir que dans le cas d’une offensive externe sur le territoire japonais.
Quelque 60.000 personnes, selon les organisateurs, avaient participé à une manifestation devant le parlement mercredi soir et des échauffourées avaient éclaté. Les manifestations sont pourtant généralement de faible ampleur et très tranquilles au Japon.
≪Le mécontentement populaire envers ces lois sur la défense se renforce. La facon dont le gouvernement et le parti majoritaire ont conduit ce dossier explique la baisse de popularité du gouvernement≫, selon le Mainichi dont le sondage corrobore une précédente enquête d’opinion de Kyodo News.
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生きることは、あきらめない。少年と余命告知 
小山茉美 中京テレビ
小児がんと闘う17歳の少年に、「現状では、治る展望がない。」という言葉で、命の限りを伝える「余命告知」が行われました。少年は当初、告知を受け入れられず、副作用の強い抗がん剤治療を継続することを選びます。しかし次第に、意識に変化が…残された時間を認識し、どう過ごすかを考え始めたのです。しかし両親は、治すことを目標に治療をし続けてほしいと願います。少年と両親の葛藤は、深く激しいものでした。「治すために、副作用に苦しんでも治療を続けるのか?」それとも「副作用から解放され、より良い時間を過ごすのか?」。もし、私たちの子どもが病気になって、その病気を治すことがとても困難だとわかっとき。あなたは子どもに、なにを、どこまで、伝えますか?

1兆分の1秒を見よ! ハイスピードカメラ最前線
ミルクのしずくが落ちた瞬間に作られる王冠状のリング、カワセミが小魚を捕える一瞬の動き。超高速の世界を切り開いてきたハイスピードカメラに、今、さらなる革命が起きている。なんと毎秒1兆枚。この撮影により、「熱が波となって伝わる様子」が世界で初めて捉えられたのだ。その速さは秒速5万キロ。実に、光の6分の1の速さで起こる現象だ。世界をリードする日本の高速撮影研究の最前線を紹介する。
合田 圭介

「ママは犯人じゃない〜無実の叫び20年〜」
20年間に渡り無実を叫び続ける一人の母親がいる。その人は、青木惠子受刑者(50)。大阪で起きた東住吉放火殺人事件の“犯人”とされている女性だ。青木受刑者と実行犯役の内縁の夫は、自白を強要されたとして一貫して無罪を主張している。その自白とは、“7.3リットルのガソリンを撒き直接ライターで火をつけた”というもの。果たして、この自白は実行可能なのか!?テレビ朝日はこの自白に注目し、大規模な火災実験を敢行。放火なのか、それとも事故なのか?9年に渡る取材から、事件の真相が浮かび上がる。
テレビ朝日


朝7時半から座禅です.足がしびれてしまいました.しびれてしまうと集中できません.あまり集中できずに30分が過ぎてしまいました.
朝食はお粥です.しゅく,というそうです.普段はお粥とお漬物だけなのだそうですが,今回は一般向けということで煮物と卵焼きがついています.お代わりは再進(さいしん)といいます.自分がほしいところでストップの合図を出さないと大変なことになるそうです.梅干しが美味しかったです.
最後は1時間の法話.ちょっと長く感じましたが,紙芝居もありいろいろと参考になった気がします.
七条通を東に向かって柳原銀行記念資料館を目指します.ちょっと迷ってしまいましたが,河原町塩小路を下がったところにありました.資料をたくさんもらいました.2回の展示室には水平社創立を呼びかけるチラシと水平社宣言がありました.ひそかにある,という感じです.
アバンティ地下で軽く食事を済ませて,伊勢丹に向かいます.生麩を買うためです.

<祈りと震災>心を寄せ合う分かち合う 読者の声
 1月から連載している「挽歌の宛先 祈りと震災」は東日本大震災の被災地で信仰の意味を問い直す人々を描いてきた。これまで「魂はどこに」「宗教者の試練」「『再会』のかたち」「民の信仰」「惑う福島」「それぞれの死生観」「模索の20年」「臨床宗教師はいま」「作家からの伝言」「表現者たち」「あなたへ」の計11部58回を展開。第12部「宗教師 英国をゆく」を掲載中だ。取材班に寄せられた読者の声を紹介する。
(「祈りと震災」取材班)
◎息子を突然失った、悲しみと向き合いながら生きていく/仙台市泉区・主婦 伊藤紀子さん(81)

 私は震災の遺族ではありませんが、震災4年目の3月11日を犠牲者やご遺族の追悼で過ごした2日後、自分の息子を突然死で失いました。震災のご遺族と同じ気持ちを図らずも持つことになりました。そのショックは計り知れず、いまだに息子を思う気持ちが消えることはありません。
 それで震災のご遺族のために編集された記事でしたが、私の千々に乱れた心に染みて癒やしていただいたことに心から感謝します。
 第11部「あなたへ」の哲学者鷲田清一氏の記事は記録にとどめたいと、手帳に写しているうちに涙が染み出て、私の心に深く入って来てくださいました。
 友人から頂いたお悔やみの手紙でも気持ちが伝わり涙しましたが、この記事はそれをさらに上回り、逆さ別れをした親の悲しみの琴線に触れるのを感じました。鷲田氏の考えは心の底まで納得でき、煩悩から解放してくださいました。
 特集「被災地と信仰 私の視点」に登場した奥さまを亡くされた批評家の若松英輔氏は、奥さまが亡くなられた後も生前より身近に感じ、それはむしろ悲しみを生きている時であるとおっしゃっています。
 生きがいを失った私は鷲田氏のおっしゃるように当分喪失感から逃れることはできません。でもその度にかけがえのない対話の相手として生まれ変わってくれていると思うことにします。
 私は50歳で亡くなった親友の遺志を継いで、退職後ボランティアを続けてきましたが、その間は得難い経験をしたり、良い出会いをした後に「同行二人」という思いを感じたりしながら過ごしてきました。
 今後は悲しいけど息子が助けてくれるかもしれません。息子の残した未使用の日記にこれからをつづり、生きがいだった息子の死を受け入れていきたいと考えています。
◎「会いたい」「生きたい」桜に願う/一関市・僧侶 後藤泰彦さん(55)
 「ひともとの 今年の桜 愛別離苦」
 臨床宗教師研修で訪れた長岡西病院(新潟県長岡市)ビハーラ棟。仏教者が緩和ケアに関わる日本初の仏教的ホスピスで、死期を間近にした患者が作った句である。
 がん患者が「桜が咲くまでは生きたい」と思い願う花、命の境界線が桜である。
 「子どもが花に生まれ変わってほしい」
 石巻市大川小での桜の植樹で、ある母親が発した言葉である。
 古くから日本人に愛されてきた桜は出会いと別れ、生き死に、まさに命を象徴する花でもある。
 桜を見ると悲しさを思い出すというが、いつか必ず懐かしく華やかに見えるときが来るだろう。そのときが悲しみを乗り越えた、心の復興を成し遂げたときになるのだと思う。まさに悲嘆に暮れる人を支える「グリーフケア」の花でもある。
◎苦しむ人へ 応援してくれる人へ語る 詩に込めて/仙台市太白区・主婦 杉本レイ子さん(68)
 祈りの形、こんなにもさまざまな祈り方がなされていることにあらためて考えさせられた。
 以前の私の祈りは、仏前で先に逝ってしまった方に現在の報告と感謝をし、小さな神棚に向かって「今日もみな元気で良い一日を作れますように」と手を合わせていた。
 3.11以来、そのほかに祈りの対象や場が増えた。
 「民話語り」の活動をしている。そのときに手を合わせ、出身地の陸前高田市の声として語る「話」がある。
 震災の年の秋ごろ、高校時代の友人から届いた手紙の中に詩のコピーが入っていた。津波で家族を亡くした女性の胸の内を方言で表した「ばあさんのせなか」だった。
 この詩を読んで心が大きく揺さぶられた。「今、どんな応援ができるのか」と心を痛めていたとき、詩に導かれるように頭に浮かんだ。私には語りという形の中で何かできるのではないかと。
 それからは語りの場で民話のほかにこの詩を語りの形で聞いていただくようになった。
 震災で犠牲になった方や命は助かったが日々苦しみ続けている人たちへの思い。古里へ各地から多くの応援をくださった人々への感謝。古里をまた元気にしたいと地元で踏ん張っている人たちへのエール。そんな気持ちを合わせて語っている。
 多様な災害に備え、それぞれの地域を知り、「もしものとき」のことを食卓を囲むときに時折、話題にすることが大事なのではないかと話している。
 そしてあの3.11のとき、直接大きな被害を受けずとも心と体で感じた思いを。
 いつかは分からない「もしものとき」に備えるために話していくことが大事かなと思っている。
 私の祈りは言葉にはならない。ただ、ただ、今苦しんでいる人の心が少しでもホッとすることができますようにと心の中で思う。
 そのホッとする時間への手助けになればと思い、これからも民話語りをしていきたい。
◎冷たいものに浸され沈んだ心 明るさ取り戻す/宮城県大和町・僧侶 遠藤龍地さん(69)
 震災後にお骨を預かり、葬儀を行い、供養を途切れさせることなく続けてきた者として忘れられぬ出来事は山ほどある。
 その中の一つで、被災地で頑張る40代の保母さんから人生相談を申し込まれたことがあった。津波でご家族が行方不明となったが、保育所で預かる子どもたちのため、自分の心が崩れてしまわないため、張り詰めた糸のような毎日を送っていた。
 最近、夕刻になると幾人かの子どもに不安な表情が浮かぶという。保母さん自身も冷たいものに心を浸されるようになり、その時は抗し難くただ沈んでしまうほかなく、「どうしたらいいのでしょうか」と真剣に尋ねてきた。
 家族が冷たい海にのみ込まれたという意識から離れられない女性には、水に浸されるイメージに乗って何かが届いていたのだろう。保育所でぼうっとする子どもたちにはただ、思いのありったけを込めたスキンシップで接すればよい。
 御霊(みたま)と通じ合う宗教的感応の世界は魂がふるえるような出来事に満ちている。
 ご加持を受けた女性は法話に耳を傾け、合掌しながら伝授された真言を一緒に唱え、暗唱できるようになった。明るい声でお礼を言い、薄暗い玄関からさんさんたる陽光の世界へと踏み出した女性はまるで船出をする人のようだった。
◎最期の言葉に思いはせ/宮城県美里町・主婦 大石富久子さん(65)
 企画を尊く読ませていただいております。このような記事がたくさん載る新聞がうれしく、届くのを待ち遠しく思っていました。
 第8部の「臨床宗教師はいま」では、このような形で支えてくださる僧侶の方がいることを知り、感動で安心しました。「臨床宗教師」という言葉も初めて知りました。
 みとられた一人一人が残した言葉はどのような言葉が多かったのか気になりました。死を前にして悟ることが何かしらあるのでしょうか。
 そうした言葉があれば元気なうちに知り、日々を大切に生きていきたいと思うのです。


<震災遺構のいま>解体の葛藤経て前へ
被災地の選択(2)喪失と平穏/惨劇の痕薄れる鵜住居
 「最期」の場所は更地になった。立ち入りが禁止され、新たなまちづくりのつち音が盛んに響く。
 釜石市鵜住居地区の中心部にあった防災センター。東日本大震災で全壊し、少なくとも避難した120人以上が犠牲になったと推定される。遺族連絡会からの要望を受け、2014年2月までに市が解体した。
 「葛藤はあったが一歩前に進めた。寂しくないと言えばうそだけど」
 沼崎優さん(41)が思いを口にする。母ふみ子さん=当時(62)=と妹佐野梢さん=同(29)=、2人の幼いめいを亡くした。
 解体前は防災センターを頻繁に訪れた。4人がいるような気がした。祭壇に手を合わせ、話し掛けた。
 復興が進めば周辺は再び鵜住居の中心となり、人々が住む。建物を残した地域の将来がイメージできないと沼崎さんは思った。
 家族を失った女性は、防災センター付近を車で通るたびに、苦しくて涙が出た。月命日に行くのが義務のように感じ、気持ちが沈んだときはつらかった。
 「建物がなくなっても悲しみが癒えたり消えたりすることはない。でも心に負荷をかけず、自分のペースで家族と向き合えるようになった」と女性は話す。
 防災センターの跡地に設置されていた仮設の追悼施設は、かさ上げ工事のため500メートル離れた寺に移された。出産間近の妻理香子さん=当時(31)=を亡くした片桐浩一さん(45)の足が向くことはない。「そこに妻子はいない」
 「よりどころを残して」「多くの人が亡くなった事実や思いを消してしまう」。片桐さんは建物の保存を求めたがかなわなかった。
 鵜住居を訪ねて来た知人らに震災当時の出来事を話しても、解体前の反応と全く違う。惨劇を証言する建物が消えて現実味が薄れたと実感する。鵜住居に立ち寄る観光バスも減った。
 「訪れる人が減ってきては伝えにならない」。片桐さんには、釜石が震災と「決別」したように映る。
 釜石市は17年度までを目指し、防災センター跡地に慰霊施設、隣接地に津波伝承施設を整備する。遺族も含めた市民でつくる策定委が、基本計画をまとめた。
 「避難所や救援活動にも触れたい」「震災の悲惨さや悲しみに絞り込むべきだ」。何をどう伝えるかという入り口論で焦点がなかなか定まらず、議論は難航した。
 釜石に震災遺構はなくなった。委員でもある沼崎さんはかみしめる。「二度と同じことを繰り返さないよう教訓をどうつなぐか。解体した決断は重い」
(報道部・坂井直人)
[釜石市鵜住居地区防災センター] 開設は2010年2月。鉄筋2階建てで、公民館機能などのほか消防署の出張所も備えた地域待望の施設だった。市指定の津波避難場所ではなかったがその周知は不十分で、訓練の際に避難先となっていたこともあり、多くの人が逃げ込んだ。避難者は最大241人と推計されている。


気仙沼・災害公営住宅で初の自治会発足
 気仙沼市が南郷地区に建設した集合住宅タイプの災害公営住宅「市営南郷住宅」で18日、自治会が誕生し、入居者が新たなコミュニティーづくりを誓った。市内28地区に計画される災害公営住宅で自治会が結成されたのは初めて。
 南郷コミュニティセンターで開かれた設立総会には入居156世帯のうち50世帯の家族が参加した。新たな自治会の名称は「南郷3区自治会」。発足を決めた後、認知症サポート養成講座や救急講習会などを開いて入居者同士が支え合っていくことを確認した。
 総会に出席した菅原茂市長は「南郷住宅は抽選で市内広くから入居している。地縁が薄い分、自治会に期待される役割は大きい」と激励した。総会後は懇親会も開かれた。
 会長に選ばれた会社員藤原武寛さん(49)は「集合住宅に慣れていない住民が多いので、ごみ出しや駐車場の使い方など生活のルールを浸透させるのが課題」とした上で、「みんなで協力しながら運営していきたい」と話した。
 市は2017年5月までに2139戸の災害公営住宅建設を計画。南郷住宅はことし1〜3月に市内第1号として完成した。
◎「復興満足度」市民3000人調査 気仙沼市
 気仙沼市は東日本大震災後の復興や住まいなどに対する市民意識を探るため、18歳以上の市民3000人を対象にした市民意識調査に着手した。震災後の意識調査は初めて。
 対象者を無作為抽出し、震災前と比べた収入や満足感、生活環境の変化のほか、老後の生活設計、住まい、地域の魅力、幸福感などについて回答してもらう。市内の高校2年生と保護者計1400人を対象にした進路希望や結婚観を尋ねる意識調査も同時に行う。
 市は8〜9月に回答を集計する。調査結果は、国の地方創生事業に基づく地方版総合戦略づくりや、2017年度以降の市総合計画の策定に反映させる。


<祈りと震災>(60)あなたのままでいい
 世界のホスピスの先駆けはロンドン郊外の住宅地の一角にある。
 聖クリストファー・ホスピス。大きな窓と白を基調とした壁。明るい館内で利用者はリハビリに励んだり、庭を眺めながら談笑したり。穏やかな時間が流れている。
 「患者として固定化しない取り組みに心を砕いている」と栗原市の僧侶で臨床宗教師の高橋悦堂さん(36)。死に直面した悲壮感より、限りある命を精いっぱい生きる空気に満ちていた。
 ガイド役の理学療法士ジェニー・テイラーさんが「優雅に水面を進む白鳥が脚をばたつかせるようにスタッフはいつも忙しいの」とほほ笑む。
 「最も大切な場所よ」。テイラーさんがドアを開けたピルグリム・ルーム(巡礼の部屋)は、静寂に包まれていた。けい線のない分厚いノートが中央の台にある。リメンバー・ブックという。
 「永遠に心の中にいる」「私たちを忘れないで」。今は亡き大切な人に宛てたメッセージや思い出がページにあふれる。多様な宗教に関する本が並び、信仰や立場を問わず誰もが心を休められる。
 このホスピスは近代ホスピス運動の母と呼ばれるシシリー・ソンダース医師が1967年に開設した。国の医療制度と寄付金で4病棟48床が運営され、在宅ケアもする。
 「You matter because you are you(あなたはあなたのままで大切)」と唱え、最期まで自分らしく生きられる緩和ケアの礎を築いた。
 身体と心、魂の痛みに総合的に対応するため、 スタッフは地域の医療者やボランティアと力を合わせる。
 日本はほとんどが病院死だが、英国は5割程度。在宅ケア態勢の充実で、死を家で迎える人が増えているという。
 院内に常駐する宗教者「チャプレン」。なぜ自分がいま死の危機にさらされるのか、人生に意味はあったのかといった、根源から発する苦痛に答えを見いだそうとするスピリチュアルケアを担う。
 「キリスト教を押し付けることはしない。ケアは布教とは違う」。チャプレンのアンドリュー・グッドヘッドさんは言い切る。「どんな手助けができるでしょう」と語り掛け、答えを待つ。
 「ただそばにいて沈黙が意味を持つこともある。大事なのは親切心や優しさ。それは私たち宗教者の基礎ではないか」と高橋さんらに問い掛けた。
 震災の後、仙台市や名取市の在宅ケア専門病院やホームホスピスで傾聴に当たる高橋さん。「ちゃんと向き合えるよう、自分を磨いていくしかない」と心に期した。
 日本の信仰や風土に合ったチャプレンを目指す臨床宗教師。本場の先駆者がそっと背中を押した。


福島県と復興庁、支援策転換 戸惑う山形避難者
 福島第1原発事故による自主避難者への仮設住宅提供を2017年3月で終了するなど、福島県と復興庁が相次いで示した支援の方向転換に対し、山形県内の避難者からは戸惑いの声が多く上がっている。
 「『避難する状況にはない』という前提では、いつ支援が途切れるか分からない。放射能への不安が変わらないから避難しているのに、生活に関する不安はむしろ強まった」
 復興庁が山形市で12日開いた自主避難者向け説明会。福島市から山形市へ娘2人と引っ越した藤田亜希子さん(42)は、当初からあった行政などとの認識のずれが際立ったことに困惑、反発する心境を話した。
 復興庁は直前の10日、自主避難者らを支援する「子ども・被災者支援法」の基本方針改定案に、放射線量の大幅な低減を根拠として「避難指示区域以外の地域から避難する状況にはない」と明記。帰還や避難先などでの定住支援に軸足を移す方針を打ち出した。
 浜田昌良復興副大臣は会場で「定住して地に足をつけて生活ができる支援に変えていく」と強調した。
 山形県内には7月2日現在、自主避難者を中心に福島県から3505人が移り住む。福島県は6月15日、17年3月での仮設住宅提供打ち切りを発表。新たな支援策として、県内への引っ越し費用補助や、避難先にとどまる低所得世帯向けの家賃補助制度を掲げる。
 山形市で6月20日にあった県の説明会などで、避難者は「一方的な打ち切りは納得できない」「福島へ戻ることが前提の支援だ」と訴える。
 福島市から山形市へ母子避難している40代の女性は「事故以来ずっと、先のことを考え続けてきた。住宅提供終了が決まっても、悩み続けていくことに変わりはない」と話す。
 一方で、支援策の転換を一つの区切りとして受け止めようとしている避難者もいる。避難先の山形市へ住民票を移したという30代の女性は「家賃を払うことで、気持ち的に自立できる気もする。山形になじむにつれて、いつまでも自主避難者でいたくないと感じることもある」と複雑な胸の内を明かす。


辺野古埋め立て 作業中止し話し合いを
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐり、県の第三者委員会が、前知事による辺野古埋め立て承認の手続きに「法律的瑕疵(かし)」があったとする報告書をまとめた。
 翁長雄志(おなが・たけし)知事は承認取り消しの検討に入った。国と県の対立は、重要な局面を迎えている。安倍政権は、早急に県と話し合うべきだ。
 前知事が一昨年末に埋め立てを承認したのを受けて、国は工事の準備作業となる海底ボーリング調査を進めている。8月中にも本体工事に着手する構えだ。報告書は、有識者の立場から、国の作業の法的根拠に疑義を呈したことになる。
 報告書が、まず重視したのは「埋め立ての必要性」だ。検証の結果、報告書は、辺野古埋め立ての必要性には「合理的な疑い」があると指摘した。普天間を移設するからといって、それを直ちに、辺野古埋め立ての必要性に結びつけたことについて「審査の欠落」があると断じた。
 環境保全措置についても「生態系の評価が不十分」「措置が適正と言い難い」と批判した。
 翁長知事は約1カ月かけて報告書を精査し、8月にも対応を判断する見通しだ。「承認取り消しを含めて慎重に検討したい」と話している。
 知事が承認を取り消せば、国は埋め立て作業の法的根拠を失う。
 このため防衛省は、行政不服審査法に基づき、取り消しの無効を求めて国土交通相に審査請求をするなど対抗措置を講じることが予想される。今年3月、翁長知事が海底作業の停止を防衛省に指示したとき、国がとった対抗策と同じ手法だ。
 菅義偉官房長官は「我が国は法治国家だ。行政の継続性からも、既になされた承認に基づいて埋め立て工事を進めたい」と語っている。
 このままでは、国と県が互いに法的な対抗措置を繰り出し、県民の反発がさらに強まる中で、辺野古埋め立ての本格的工事が始まる事態になりかねない。そうなれば、両者の溝は決定的なものになるだろう。
 国は工事を強行してはならない。辺野古移設計画を見直すべきだが、まずは現在のボーリング調査を中止し、報告書で指摘された問題点について、政府の取り組みや考え方を県側に丁寧に説明すべきだ。
 とりわけ「埋め立ての必要性」に関して、普天間の移設先がなぜ辺野古なのか、沖縄はいつまで過重な基地負担を引き受け続けなければならないのかは、県民が抱く根本的な疑問だ。
 「抑止力の維持、危険性除去を考えたときに辺野古移設は唯一の解決策」と繰り返すだけでは、沖縄の疑問に答えたことにならない。


安保関連法案:寂聴さん法話「覆さないと孫や息子戦場に」
 作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(93)が19日、安全保障関連法案が衆院で可決して初の法話を京都市右京区の寂庵(じゃくあん)で開き、全国から集まった約150人に「法案を通したら今度は戦争。私たち戦争を知っている者は、本当のこと、戦争は怖いこと、絶対にしてはいけないことを言っていく」と話した。
 寂聴さんは冒頭で「こんなに悪い日本(と感じたこと)は、93年生きてきてなかった」と憂え、太平洋戦争当時を振り返って「私たちはバカだから(国に)だまされていた。良い戦争だと思い込まされていた」と言い、「今ははっきり言える。戦争に良い戦争や聖戦など絶対にない。集団による人殺しが戦争」と強調した。
 安保法制を進める政府与党にも触れ、「安倍(晋三)さんや今の政治家は戦争を知らず、恐ろしさを知らない」と指摘し、「法案を覆さないと、あなたたちのかわいい孫や息子がまた(戦場に)連れて行かれてしまう」と訴えた。
 法案の行方については「これまで無関心だった若い人も立ち上がっており、全く(廃案への)希望がないわけではない」と語った。
 石川県から来た会社員の女性(36)は「将来の子や孫のことを思うと安保法案は良くない。何とか覆ってほしい」と話した。【川瀬慎一朗】


安保関連法案:「支持率犠牲にしても成立を」自民副総裁
 自民党の高村正彦副総裁は19日のNHK番組で、安全保障関連法案の衆院平和安全法制特別委員会での強行採決後、毎日新聞の全国世論調査などで内閣支持率が急落したことを受け、「支持率を犠牲にしてでも、国民のために必要なことはやってきたのがわが党の誇るべき歴史だ」と述べ、安保法案の今国会成立を目指す考えを強調した。
 高村氏は「最後のころは繰り返しや直接関係ないような質問があり、議論は熟したと判断した」と特別委での採決の正当性を主張した。
 安保法案が参院で採決されない場合、9月14日以降に衆院で再議決できる憲法上の「60日ルール」について、公明党の北側一雄副代表は同番組で「2カ月以上もあり、そんな状況には参院のメンツをかけてしないと思う」と述べた。
 同番組では、民主党の枝野幸男幹事長が「審議するほど国民が理解し、理解すれば反対が増える。ますます反対の世論が広がり、参院で(与党が)採決できない状況を作れるのではないか」と指摘。共産党の山下芳生書記局長も「国民の戦いを盛り上げ、廃案を勝ち取りたい」と同調した。
 維新の党の柿沢未途幹事長は、衆院で否決された同党の対案について「国民の不安に応え、憲法適合性を確保する内容になっている」と参院に改めて提出する意向を示した。対案を巡る与党との協議は「今後も継続していくことになる」と述べた。
 一方、菅義偉官房長官は19日、横浜市で講演し、安保法案に世論の批判が強い現状を踏まえ、参院審議を通じて丁寧に説明する考えを表明。「野党やマスコミは戦争法案、徴兵制復活だと宣伝している」と批判したうえで、「この国会でなんとしても成立させたい」と述べた。【佐藤慶、田中裕之】

同志社でフランス・反レイシズム運動の軌跡/アベ政治を許さない!!

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アベ政治を許さない!!

Au Japon, la délinquance sénile fait pire que la délinquance juvénile
Au pays du Soleil-Levant, la délinquance juvénile est plus faible que celle des personnes âgées. Pas étonnant: plus d’un quart de la population a plus de 65 ans.
C’est la première fois depuis 1969 que la criminalité des personnes âgées dépasse celle des adolescents. Selon la Kyodo News Agency Report, 23.000 Japonais de plus de 65 ans ont été interpellés dans la première moitié de l’année 2015, contre seulement 20.000 chez les 14-19 ans.
Alors que la criminalité globale tend à baisser au Japon, celles des plus de 65 ans a augmenté de 10% entre 2014 et 2015. Une statistique étonnante en apparence, mais révélatrice du vieillissement de la population japonaise. Avec 26% de personnes de plus de 65 ans sur une population de 127 millions d’habitants, les conditions sociales des personnes âgées induites par leur nombre permettent d’expliquer cette criminalité. Elles sont seules, se sentent délaissées et sont surtout plus pauvres.
Dépendance
Le problème, pour le Japon, c’est que la tendance n’est pas partie pour s’inverser. Le ministère de la Santé prévoit une part de 40% de personnes âgées en 2060. Sauf que la population ne comptera plus que 87 millions d’habitants. En 2025, on estime le ratio de dépendance à deux personnes à charge pour trois travailleurs. Derrière ces chiffres, le Japon fait face à une problématique en matière d’emploi et, par elle, une possible déstabilisation de son système économique.
フランス語
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ブラタモリ「#13 仙台 “杜(もり)”と“都”」
杜(もり)の都・仙台のシンボル、けやき並木。しかし現在の並木は実は戦後にできたもの。江戸時代の「杜の都」の姿は今と全く違うものでした。かつての「杜の都」の名残を探して町を巡るタモリさん。今も残る巨大な杉が語る歴史とは?さらに晩年の政宗が築いた「幻の城」によって誕生した知られざる「もう一つの都」。その痕跡をたどってゆくと…たどりついたのはなんと刑務所?城の痕跡を求め、タモリさん、塀の中へ潜入します!
タモリ,桑子真帆,草ナギ剛

週刊 ニュース深読み「どうなる?新国立競技場 何のための東京五輪?」
今月7日、JSC日本スポーツ振興センターの有識者会議で、新国立競技場の建設費が当初の予算1300億円を大きく超えて2520億円になることが決まった。これに対し世論の批判が強まっていることなどから、今週17日安倍首相は“計画を白紙に”“計画を見直す”とした。開催まであと5年ー。私たちはどんな五輪を目指し、そして、その後の日本につなげていけばいいのか? 新国立競技場の建設問題から深読みする。
レッド吉田,山口もえ,仲伏達也,新雅史,為末大,刈屋富士雄,小野文惠,高井正智ほか

助けて!きわめびと「運動音痴を克服したい」
オリンピック代表選手やプロスポーツ選手のトレーナーとして活躍する廣戸聡一さん。運動が苦手な子どもが見違えるように運動できるようになる独自の指導理論が注目を集めている。人は体の構造や筋肉の使い方でそれぞれのタイプにあった運動の仕方があるという『4スタンス理論』。廣戸さんが伝授する「カラダを使い、心を知る」極意とは?番組では老若男女取り入れられる廣戸さんならではの目からうろこのカラダ活用術を紹介する。
三宅裕司,松嶋尚美,一柳亜矢子,廣戸聡一,本上まなみ


一応午前中はお仕事.JRが止まっているので大阪まで来れない人が多いらしいです.
さて同志社で「フランス・反レイシズム運動の軌跡」というイベントがあります.阪急で出かけるのですが駅には人がたくさん.昨日の大雨のせいで特急は運休になっていて準急で京都へ.烏丸で乗り換えてチケットショップで地下鉄の切符を買い,今出川まで移動です.同志社は久しぶりです.以前来たときは相当昔ですが,立て看板とかが出ていたように思います.地下鉄の出口を出るとすぐ良心館です.新しい建物でとてもキレイ.
平等への行進Les Marcheurs, chronique des années beursの上映です.
サミア・シャラSamia Chala監督とアブデラリ・アジャットAbdellali Hajjatさんが海外から招聘されています.司会は同志社の菊池圭介さんで,パネラーには一橋の森千香子さん.
なかなか有意義な時間を過ごせました.
日本各地で,アベ政治を許さない,のポスターを掲げているそうです.わたしもアベ政治を許さない,との思いはあります.
夜は京都のゲストハウスに泊まることにしました.フランス人女性と少しだけお話しました.


Les Marcheurs, chronique des années beurs Telerama_BA

<震災遺構のいま>怖さ継承 犠牲ゼロへ
◎被災地の選択(1)保存の先に/田老の教訓 長期維持が鍵
 東日本大震災の惨状を生々しく証言する震災遺構の在り方をめぐり、各地で議論が続いている。既に保存、解体を決めた地域はその選択を今どう思うのか。議論の中で何が焦点となっているのか。津波と様相の異なる福島第1原発事故や岩手・宮城内陸地震では記憶をどう伝承していくのか。震災遺構の現状と将来を考える。
 宮古市田老に息づく命を津波は繰り返し奪ってきた。「東日本大震災宮古市の記録」によると、1896年の明治三陸大津波が2655人、1933年の昭和三陸津波は901人、そして東日本大震災が181人。戦後完成した高さ10メートルの巨大防潮堤も悲劇の連鎖は断てなかった。
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 震災から4年4カ月。復興事業が進む。惨状を生々しく伝える光景は日々薄れていっている。記憶を呼び戻すかのように立つのが、津波の爪跡を刻んだ「たろう観光ホテル」だ。
 2013年11月、国費保存が初めて認められた震災遺構第1号。6階建ての4階まで波を受け、1、2階が鉄骨の骨組みだけとなった異様な姿が目を奪う。
 見学者は途切れない。宮古観光文化交流協会が行う学ぶ防災ガイドの利用者は13年度が3万1392人、14年度は2万8065人。今月1日、岩手県一戸町一戸中の3年生58人と訪れた及川圭司教諭は「全てを物語る」と感じ入った。
 約2時間、迫真の語り口で生徒を引きつけたガイドの元田久美子さん(58)は強調する。「話だけでは駄目。ホテルがあってこそ伝わる記憶、教訓がある」
 ホテル経営者の松本勇毅さん(58)は保存の意思を貫いてきた。
 津波については先人から話を聞き、本で学び、理解したつもりでいた。現実は想像とは懸け離れていた。「田老に明治や昭和の津波の痕跡は残っていない。波の高さを示す標識はあったが恐怖感がない。被害そのものを残さないと逃げない人がまた出る」と断じる。
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 ホテルは市が取得し来春の公開を目指し遺構として整備を進める。外階段から見学者を上げ6階で津波映像を上映する計画。維持費と保存期間が課題となる。
 保存の初期費用は国費だが、15年間で約1億6000万円と試算する維持費は市の負担。人件費も要る。見学料で賄えるかは見えない。建物自体の耐用年数はあと20年ほど。その後の長期保存は現時点では想定にないという。
 保存決定に際しては、表立った住民の反対はなかったとされる。それでも割り切れない感情は残る。「住民の多くは津波の爪跡をできれば見たくないと思っている」と、田老地区復興まちづくり協議会長の田中和七さん(61)は明かす。
 「被災者が遺構の価値を前向きに考えるには数十年かかる。ホテルは必ず田老の財産になる」と田中さん。次こそ大津波の犠牲者をゼロにするためにも100年、200年残さないと遺構の意味はないと考える。「住民ぐるみで遺構を守る仕組みが必要」と訴える。
(報道部・中島剛)
[たろう観光ホテル]1986年5月完成で延べ床面積2385平方メートル。国が保存初期費用2億4400万円を負担した。宮古市は土地2500平方メートルを2649万円で取得。建物は無償譲渡を受けた。市津波遺構保存基金にはこれまで740万円の寄付があった。


被災3県海水浴場、復活足踏み 復旧工事も影響
 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島各県の海水浴場の復活が進まない。18日から海開きが本格化する今夏、新たな再開予定はない。防潮堤などの復旧工事が続いていたり、砂浜消失が深刻だったりするためで、それぞれの浜に夏のにぎわいが戻るのは、まだ時間がかかりそうだ。
 3県の市町村などによると、この夏に開設される海水浴場は図の通りで、岩手7、宮城5、福島2の計14カ所。13年に再開した月浜(東松島市)は、堤防などの工事で安全確保が難しいと判断して、ことしは見送った。
 長須賀(宮城県南三陸町)、鬼ケ浜(塩釜市)は、自治体ではなくボランティアなどが運営する。
 このほか、石巻市北上町の白浜海水浴場がおととしと昨年に続き、2日間限定(8月8、9日)で海開きを行う。
 震災前、海水浴場は3県に約70カ所あったが、多くで再開のめどが立たない。
 約1.5キロの海岸線が続いた釜石市の根浜海岸は、津波や地盤沈下で83万立方メートルの砂が失われた。市は自然再生で360年以上かかると試算。砂を盛るなどして部分的な復旧を検討するが多額の費用が必要で、岩手県や国に財政措置を求める考えだ。
 気仙沼市は、宮城県内有数の集客を誇った大谷海水浴場など3カ所が利用できない。市は「緊急避難場所なども未整備。防潮堤などの工事が終わらないと再開は難しく、震災前のリピーターがほかに離れていかないだろうか」と懸念する。
 小規模な海水浴場では、地元住民が高台移転して管理できなくなったケースもある。東京電力福島第1原発事故による避難指示区域は、住民が帰還すらできていない。
     ◇
 仙台管区気象台によると、18日からの3連休期間の東北地方は、湿った気流や、台風11号から変わる見通しの低気圧の影響で曇りや雨。最高気温、最低気温ともに平年並みか平年より高くなる見込み。


<原発事故>「自主避難切捨てに」反対相次ぐ
 復興庁は17日、東京電力福島第1原発事故による自主避難者らを支援する「子ども・被災者支援法」の基本方針改定案に関する説明会を東京都内で開いた。自主避難に関する支援を縮小し、古里への帰還支援などに比重を移す改定案に対し、参加者からは「避難者の切り捨てを意味するのではないか」などと反発の声が相次いだ。
 福島県内外で暮らす避難者ら約50人が参加。復興庁の担当者は、福島県内の多くの地域で空間放射線量が大幅に低減したとして「避難指示区域以外の地域から避難する状況にない」と明記した改定案の内容を説明。帰還や避難先などでの定住に関する支援を充実させる方針を示した。
 参加者からは「今後どのような住宅確保の支援策があるのか示してほしい」「障害のある人や要援護者が帰還する環境は整っているのか」などの質問が出た。空間放射線量が低下したという復興庁の見解には「線量の高い場所から目をそらしている」などと批判の声が続出した。
 復興庁は本年度で集中復興期間が終了することも踏まえ、子ども・被災者支援法に基づく医療や住宅確保などの支援策を見直し、9月ごろに具体案を示す方針。18日には福島市でも改定案に関する説明会を開く。


<祈りと震災>(59)前向く力 取り戻す場
 東日本大震災を契機に生まれた臨床宗教師が7月上旬、各地の緩和ケア病棟の医療者と共に近代ホスピス発祥の地、英国を訪ねた。終末期患者や被災者らの悲嘆や苦悩をどう受け止めるか。現地の宗教者やケアスタッフと対話を重ねる姿を追った。
「祈りと震災」取材班=報道部・村上俊
     ◇
 灰色のビルがそびえる病院敷地に、オレンジ色のこぢんまりとした建物がたたずむ。
 マギーズ・キャンサー・ケアリング・センター。がん患者や家族のための民間の無料相談支援施設だ。
 ロンドン西部に建つセンターは一般住宅の大きさ。2階建ての吹き抜けのリビングとオープンキッチンが中心にある。天井まである窓から光が降り注ぐ。
 臨床宗教師研修を担う僧侶で東北大准教授の谷山洋三さん(43)=臨床死生学=は利用者数人と大きな食卓を囲み、言葉を交わした。相手の表情に、がんが影を落としているような暗さは見えない。
 受付はない。普段着の人ばかりで、誰がスタッフか分からない。センター長のバーニー・バーンさんは「対等な関係で話を聴くことが最も大切。利用者がリラックスできるよう、建物の設計から精神的なサポートに重点を置いている」と明かす。
 病院では患者でも、センターでは自身をよく知る専門家として扱われる。「ここは自分にとって何が必要かを見つけ、力を取り戻す場所。病気に負けない気持ちを持つ人が限られた命を最大限に生きている」
 病院で抱く孤独感や将来への不安を和らげ、病を受け入れていく温かな場が欲しい−。がんと闘った一人の女性の願いが施設の始まりだった。
 1995年に53歳で亡くなった造園家マギー・ケズウィック・ジェンクスさん。その遺志を継いだチャリティー団体が運営している。国内15カ所、香港に1カ所あり、スペインや東京でも開設の動きがある。
 ロンドンの利用者は平均1日80人で、患者や家族に加え、遺族やがんを心配する人もやって来る。
 スタッフは、がんに関わる経験豊富な看護師やセラピスト、公的援助の専門家ら10人。病院でケアに当たるキリスト者「チャプレン」と共に遺族支援にも取り組む。相談以外にヨガやアートセラピー、合唱など多様な行事がある。
 石巻市出身で35年前からロンドンで暮らす及川由利子さんは2008年、喉頭がんで声を失う可能性を伝えられた。通訳やガイドの仕事を続けられない。どうしていいか分からず、センターを訪ねた。
 「フレンドリーな話しやすい環境で、何かあったときに助言がもらえる。泣き暮らすのではなく、できるだけ自分の力で普通の生活に戻したい。そのための心の支えになっている」と今も足を運ぶ。
 谷山さんは、センターの実践は臨床宗教師が目指すものと重なり合うと感じている。
 「人に寄り添う思想が貫かれていた。自分の人生を歩むための場になっている」
 生老病死の悩みを抱えた人にいかに向き合うか。海の向こうに一つの答えがあった。


「新国立」白紙に 混乱招いた決断の遅れ
 総工費が2520億円に膨らみ、国民の批判が集中している新国立競技場の建設計画が白紙に戻ることになった。安倍晋三首相は2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長らと会談後、「ゼロベースで計画を見直し、できる限りコストを抑制したい」と話した。「負の遺産」としないためには当然の判断だが、混乱を招いた責任はどこにあるのか今後の検証が必要だ。
 財源のめどが立たず、景観を損ねるなど、さまざまな問題や矛盾を抱えた計画であることは以前から指摘されていた。事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)が7日に開催した有識者会議では、年間の修繕費が約10億円もかかり、これとは別に完成後50年間で1000億円を超える大規模修繕費が必要になることも明らかになった。五輪後に設置を先送りした開閉式屋根の工事費などを加えれば最終的には3000億円を超える恐れが出てきた。
 各種の世論調査では計画の見直しなどを求める人が圧倒的多数を占めた。それでも安倍首相は工期を理由に見直しには否定的で、菅義偉官房長官も現行案が「国際公約」であることを挙げ、「安易にデザインを変更することは、我が国の国際的信用を失墜させかねない」と計画を強行する姿勢を見せていた。
 政府が一転見直す方針を固めたことが明らかになったのは、国民の幅広い同意が得られていない安全保障関連法案を衆院本会議で強行採決した日だった。安保法案が支持率低下の要因となる中、国民の支持をつなぎ留めたいとの思惑があったのではないか。
 安倍首相は記者団に対し「国民の声に耳を傾け」、方針転換を決断したと強調した。そうであれば、安保政策、沖縄の普天間移設問題、原発政策についても国民の声に謙虚に耳を傾ける姿勢を示してほしい。
 混乱の原因は責任の所在が明確でなかったことにもある。膨れ上がった建設費の不足を補うため下村博文・文部科学相が東京都の舛添要一知事を訪ね、約500億円の費用負担を要請したが、舛添知事から負担の根拠を問われ、満足な返答ができなかった。新しい計画の策定にあたってはJSC、文科省の責任や役割分担を明確にしたうえで国民に開かれた議論を進めてほしい。
 新国立は19年9月開幕のラグビー・ワールドカップで使用しないことになり、工期に余裕は生まれたが、残された時間は長くない。代替案を公表している建築家グループは現行デザインの設計、施工を進めてきたチームが引き続き担当することで効率的な作業が可能になるとしている。ぜひ検討してほしい。


新国立競技場 やっと常識が通ったか
 やっと常識が通ったか。工費が膨らみ、強い批判を浴びていた新国立競技場の建設計画を、安倍晋三首相は白紙に戻すと表明した。民意を踏まえ、だれからも愛される競技場を造ってほしい。
 とはいえ、国民の反対の声に真摯(しんし)に向き合った結果だと、だれが素直に信じられようか。
 「違憲立法」の疑いが濃い安全保障関連法案の衆院通過を見計らったかのように持ち上がった計画の見直し論でもある。政府全体とすれば遅すぎた判断ともいえる。しかし、見直しを約束した以上、早急に本腰を入れてもらいたい。
 工費高騰の要因は、巨大なアーチ構造だった。三年前の国際コンペで選ばれたデザインが基になったが、約千三百億円の当初予算枠の二倍近くにまで増えた。
 財源のめども立たず、将来の収支見通しも大幅に悪化した。無謀というほかない建設計画だった。
 元ラグビー日本代表の平尾剛さんが「こんな不条理は断じて許せない」と声を上げたように、異議申し立てのうねりはスポーツ界にも広がった。アスリートたちがより深く不安を感じていた。白紙撤回は当然である。
 五輪招致での「国際公約」として見直しに後ろ向きの声も出ていたが、背に腹は代えられない。五輪改革の一環として経費削減や持続可能性を掲げる国際オリンピック委員会(IOC)も、きっと理解と協力を惜しまないはずだ。
 文部科学省はコンペをやり直し、五輪・パラリンピックの本番を迎える二〇二〇年の春までの完成を目指す。前年秋のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会は主会場の変更を強いられるが、代替施設もやむを得まい。
 残された時間は少ない。
 今度こそ忘れてならないのは国民への情報公開と丁寧な説明、合意づくりの手続きである。神宮外苑の歴史や文化、水と緑の環境との調和を求める声は根強い。
 文科省と現場の手足となる日本スポーツ振興センター(JSC)は権限と責任を明確にし、組織を立て直す必要もある。負担をめぐり亀裂が入った東京都との信頼関係も回復せねばならない。
 東日本大震災や原発事故の被災地の復興を願い、常識的なデザイン、予算枠で造る。そうして初めて新競技場は五輪のシンボルとなり、輝かしい遺産となる。
 安倍首相は「五輪は国民の祭典だ」と述べた。その通りだ。関係者全員が胸に刻んでもらいたい。


国会前デモ 街頭のデモクラシーよ
 安保法制に反対する若者たちが国会前に集まっている。憲法に違反し、「戦争できる国」へと暴走する政治に黙ってはいられない。同じ思いで集うデモは民主主義の表現手段である。耳を傾けよう。
 「憲法守れ! 勝手に決めるな! 国民なめんな!」
 マイクを握った若者に合わせ、激しいコールが響き渡る。プラカードを掲げ、声をからし、深夜まで沿道に人波があふれる。
 国会前のデモは、学生グループ「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」などがツイッターやフェイスブックなどで呼びかけ、法案審議が始まった五月から行動してきた。
 二十代が多いが、年上の世代とも連携する。参加者は毎回増え、衆院の特別委員会で強行可決された十五日の夜には、主催者発表で十万人にまで膨れ上がった。
 同じような思いを共有した人が国会前だけでなく、全国各地で行動を起こしている。
 四年前の福島原発事故の後、デモに参加することは市民にとって当たり前の行動となってきた。
 今、各地で行動を起こしている若者はまさに、おかしいことにはおかしいと言う、異議申し立ての手段だという感覚を持ちあわせている人が少なくない。それが行動につながる。
 原発再稼働も、特定秘密保護法も、反対する世論をまるで無視するように強行されている。
 貧困と格差が広がる中で、若者の暮らしは追い詰められている。
 ブラック企業やブラックバイトに象徴されるように、違法、脱法、長時間、低賃金の労働がはびこる。安保法案ができて、日本が他国の戦争に加担する国になったとき、だれが自衛隊に入るのか。だれが戦地に向かうのか。
 奨学金の返還に苦しむ学生の中では「自衛隊で何年か働けば、学費免除になるような制度ができるのではないか」という不安が、現実味を帯びて語られてもいる。そういう不安を考えてほしい、というのだ。
 たくさんの異論があってこそ、民主主義は成り立つし、よりよい答えを導くはずだ。
 法案の審議は参院に移る。
 日本の将来を率いる若者の叫びにじっくり耳を傾けてはどうか。
 「民意は国会の中でなく、外にある」と若者は力強く言った。
 国会前にこれだけ多くの若者が集まるのは、聞く耳を持たない政権への危機感の表れである。


反「安保」:拡大 全国で一斉抗議「アベ政治を許さない」
 安全保障関連法案に反対して作家の澤地久枝さん(84)らが呼びかけた安倍政権に対する抗議行動が18日、全国各地であり、「アベ政治を許さない」と記したポスターを午後1時ごろに一斉に掲げた。主催したスタッフは「全国各地の1000カ所前後で実施されたと見込まれる」と話している。
 澤地さんの提案にジャーナリストの鳥越俊太郎さん(75)、作家の落合恵子さん(70)らが賛同。俳人の金子兜太(とうた)さん(95)が書いたポスターをインターネットのサイトに掲載し、それぞれが印刷して持ち寄った。
 メイン会場の国会前には澤地さん、落合さん、鳥越さんらも駆けつけ、主催者発表で5000人以上が集まった。時折小雨が降る中、参加者はポスターを一斉に掲げて「安倍政治を許さない」とシュプレヒコールをあげた。
 壇上に立った澤地さんは「政治を変えるのは(政権に)反対する人たちが手をつなぐ時だ」と呼びかけた。落合さんが「平和の破壊を私たちは許さない。2015年7月を新しい一歩にしよう」と語りかけると、講談師の神田香織さんは「新国立競技場の建設案だけでなく、安保法案も撤回すべきだ」と訴えた。最後に鳥越さんが「我々が心を一つに連帯し、声を上げることが国会を動かすことになる」と締めくくった。
 東京都杉並区の男性(65)は「傍観者じゃいられないと思い、初めて抗議行動に参加した。安倍政権は安保法案が違憲だと言われても耳を貸さない」と話し、東京都江東区の女性会社員(58)は「一緒になって立憲主義を覆す政治をやめさせたい」と語った。
 名古屋市東区では市政資料館前に市民約100人が集まり「戦争反対、憲法守れ」などと声を合わせ、午後1時にポスターを一斉に掲げた。講演で同市に来ていた上野千鶴子・東京大名誉教授は「今怒らないで、いつ怒るの。このまま法案が通れば、子どもたちに顔向けができない」と訴えた。
 福岡市中央区では、終戦間際に旧満州(現中国東北部)に渡った満蒙(まんもう)開拓団の苦難を描いた映画「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」の上映会後、観客約150人がポスターを掲げた。主催者がポスターを配って賛同を呼びかけた。観客の川添緋砂子さん(79)は「戦争が起これば市民はみな苦しめられる。戦争につながりかねない安保法案に強く反対しているので、抗議行動で意思表示ができてよかった」と話した。
 大阪市北区の扇町公園では、安全保障関連法案の廃案を求める弁護士らが呼びかけた集会があり、約1万1000人(主催者発表)が参加した。「憲法9条をいかす壮大な運動を巻き起こす」との決議を採択し、周辺の約2キロをデモ行進した。【一條優太、花岡洋二、川上珠実、山口朋辰】

休みにならなくて安心?/仙台にメール/チケット購入

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Un puissant typhon fait au moins deux morts dans l'ouest du Japon
Entre 17 et 35 personnes ont également été blessées dans l'ouest de l'île d'Honshu, la plus grande de l'archipel japonais.
Plus de 600 mm de précipitations en une journée et des rafales de 185 km/h. Le puissant typhon Nangka a traversé, vendredi 17 juillet, l'île principale de Honshu, au Japon, faisant au moins deux morts. L'agence de presse Kyodo a annoncé que Nangka avait, en outre, blessé 17 personnes pendant son passage sur la région. L'agence Reuters parle de 35 blessés.
L'agence Kyodo, citant la police, a déclaré que les deux personnes mortes étaient un homme de 71 ans, qui tentait de consolider ses fenêtres, et un homme agé de 85 ans, apparemment sorti pour surveiller des terres agricoles.
Nangka se dirige vers le sud du Japon
Le typhon, qui porte le nom d'un fruit tropical, a ensuite été ramené au stade de tempête tropicale, mais les vents qui l'accompagnent peuvent encore atteindre 120 km/h en rafales, et 300 mm de précipitations supplémentaires sont attendues d'ici samedi, précise Reuters. L'agence météorologique a émis des alertes aux inondations, aux vents violents, aux glissements de terrain et aux vagues géantes dans le sud du Japon.
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台風は中国地方に上陸で大阪府は暴風警報が解除されたので仕事は普通にあることになりました.休みにならなくて安心したというか残念というか・・・
仙台にメールしました.
夜忘れないようにとチケットをファミマで買いました.

河北抄
 「何か役に立ちたい」と見ず知らずの東北へ赴任。慣れない土地で不自由な暮らしも苦にせず、黙々と仕事に打ち込む。本当にありがたい。全国から東日本大震災の被災自治体にやってくる応援職員の皆さんには、頭が下がる思いだ。
 名古屋市の女性(49)もその一人。長年勤めた会社を辞め、「思いを持って取り組める仕事がしたい」と岩手県の任期付き職員に応募した。同県の被災した市に4月から3年間勤める。
 「5年目に入った復興はまだ課題が多くマンパワーが足りない」。東京で先月あった岩手、宮城、福島の被災3県合同の任期付き職員採用説明会。小泉進次郎復興政務官はこう強調した。参加者は想定の倍の約200人。被災地に心寄せる人がまだまだいる。心強い。
 「でも、家族や家を失った人にどう接していいか迷う」「本当に役立っているのかな」。志高く被災地と向き合うほど女性の悩みは深くなる。「肩の力を抜き、まずはおいしい海の幸をたくさん食べて東北の良さを名古屋で広めてよ」。そう励ますと、女性の表情は少し緩んだ。


カツオの港で
 東日本大震災からの復興をテーマにした社内の会議があった。水産関係者を講師に迎え、気仙沼市内の中小の加工業者が集まる仮設団地などを見学した。被災した状況、事業再開までの苦労や不安を聞き、震災が残した傷の深さを知るとともに、水産都市再建に向けた熱い思いに打たれた。
 特産のカツオなまり節などをつくっている業者は、震災後は大半の販路を失った。仕入れ先を被災地からシフトせざるを得なかった以前の顧客の事情を思いやりながら「後ろを向いてもしょうがない。とにかく、新しい販路を見付けることに懸命だった」と話す。
 北海道ではカツオが好まれない、などといった多少の地域差はあるものの「自分たちが納得できる味なら、買ってくれる人は全国にいる」。実際、販路は各地に広がっているという。
 昨年まで生鮮カツオ水揚げ18年連続日本一の気仙沼港。ことしも5月の初水揚げ以来、順調のようだ。ブドウが豊作の年のワインがおいしいように「豊漁の年の魚はうまい」と聞く。生鮮、加工品を問わず「気仙沼産」の文字を見掛けたら手に取ってみてほしい。(気仙沼総局長 菅ノ又治郎)


<三陸道>唐丹第1トンネル貫通
 三陸沿岸道路(仙台市−青森県八戸市)のうち、吉浜インターチェンジ(岩手県大船渡市三陸町)と釜石ジャンクション(同県釜石市甲子町)を結ぶ吉浜釜石道路(14キロ)の唐丹第1トンネルが貫通し、釜石市唐丹町の現地で16日、式典があった。
 トンネルの長さは465メートル。工事関係者や唐丹小児童ら約130人が見守る中、模擬の発破のごう音とともにトンネル出口をふさいだ幕が取り除かれ、外の光が差し込んだ。
 唐丹第1トンネルを含む工区は約3キロで、ほかにトンネルと高架橋の工事が各2カ所で進む。事業費は計約103億円。吉浜釜石道路は2018年度の開通を見込み、大船渡、釜石両市間の移動が50分から35分に短縮
される。


野蒜小避難訴訟 仙台地裁、現地調査へ 時期や範囲を協議
 東日本大震災で東松島市野蒜小体育館に避難し津波で亡くなった住民と児童計3人の遺族3人が、避難誘導に過失があったなどとして市に計約5300万円の国家賠償を求めた訴訟の口頭弁論が16日、仙台地裁であった。
 弁論では、遺族側が裁判所に現地調査を求めていることが分かった。地裁は現地調査を実施する意向で、実施時期や範囲について現在協議を進めているという。
 訴えによると、地震発生後、亡くなった3人のうち2人は野蒜小体育館に避難した後、津波で犠牲になった。もう1人は同校児童で下校後にいったん体育館に避難したが、教員から他の児童の保護者に引き渡され、自宅付近で車を降りた後に津波で亡くなったとしている。


「東北ピクルス」第1弾は東松島のミニトマト
 JR東日本は17日、宮城県東松島市で生産されたミニトマトなどを使用した「東北ピクルス 東松島の旬」を仙台駅構内の物販専門店で発売する。同社企画のピクルス商品シリーズの第1弾で、今後も東北の野菜を使った商品を開発する予定。
 地域活性化に取り組む東松島市の女性グループ「まざ〜らいん」が製造。ミニトマトと一緒に、生食用のミニカボチャ「コリンキー」を酢漬けにした。ピクルス液には、仙台駅限定販売の地酒「仙臺驛(せんだいえき)政宗」を使った。
 商品開発はJR東の販路を生かして地域の魅力を掘り起こす同社の6次産業化事業の一環。1個150グラム入りで税込み580円。販売は原材料の収穫状況に合わせて10月下旬までの予定。


日米の架け橋に 津波犠牲ALTの足跡しのぶ
 宮城県石巻市の小中学校で英語を教え、東日本大震災で犠牲になった米国人の外国語指導助手(ALT)のテイラー・アンダーソンさん=当時(24)=の足跡を知ろうと、米国の高校生32人が同市を訪れた。
 渡波小ではテイラーさんの両親が本を寄贈してできた「テイラー文庫」を視察。本棚の製作を担った木工作家の遠藤伸一さん(46)に話を聞いた。
 遠藤さんは「日米の懸け橋になるというテイラーさんの思いはさまざまな人の協力で引き継がれ、石巻に根を張っている」と語り掛けた。
 高校生たちは渡波小の児童とゲームで交流した後、津波で被災した渡波地区の遠藤さんの自宅跡地に移動。遠藤さんが震災で失った3人の子どもを思って造った木製遊具を見学した。
 バージニア州の高校3年ジョセフィン・デニスさん(18)は「震災では悲しい思いをした一方で、それをきっかけに生まれたつながりもあることが分かった」と話した。
 被災地訪問事業は、国際交流基金(東京)が震災の伝承を目的に2011年度に開始した。今回13日が最後となり、これまでの5年間で160人が参加した。


サメ、ユズ、ハマユリ…化粧品ブランド化へ
 宮城県気仙沼市の漁業や水産加工会社など異業種の経営者らが新会社「ケセモ マリナス」を設立し、水揚げ日本一を誇るサメなどで開発したスキンケア化粧品を20日、発売する。東日本大震災後に商品開発を研究してきたメンバーが連携し、ブランド化を目指す。
 新会社には、まるきた商店、石渡商店、フカコラ美人、福寿水産の会社役員4人が参加。市が2013年11月に設立した産学官組織「気仙沼水産資源活用研究会」のサメワーキンググループのメンバーで、研究会からの会社誕生は初めて。
 商品は化粧水のフカコラーゲンミスト(100ミリリットル)と美容液のジェル(45グラム)の2種類。原料にサメ、ユズ、ハマユリなど市内の自然素材を使い、化粧品メーカーの協力を受けて開発した。価格は各2916円(税込み)。高い保湿力で肌なじみも良く、市内と首都圏で行ったモニター調査では全体の8割以上が「使用感が(とても)良い」と回答した。
 市内で16日あった記者会見で、斎藤まゆみ社長(56)は「気仙沼の資源を使って高付加価値商品を発信できてうれしい」と話した。
 市内のホテルや薬局、都内の店舗でも取り扱う。電話注文も受け付ける。連絡先はケセモ マリナス(0120)665604。


安保法案、衆院通過 民主主義の岐路に立って
 主権者である国民の多数が反対する法案がなぜ、衆院を通過してしまうのか。戦後七十年の節目の今年、私たち日本の民主主義は岐路に立たされている。
 憲法学者の多くが「憲法違反」と指摘する安全保障法制関連法案が衆院特別委で強行可決された十五日夜、国会正門前は法案に反対する人たちで埋め尽くされた。
 人の波は深夜になっても途絶えず、主催者発表の参加者数は十万人にまで膨れ上がった。法案が衆院を通過したきのう夜も、国会周辺には多くの人が集まり、安保法案反対の声が響いた。
 法案に反対する集まりは、名古屋、札幌など日本全国に広がる。
◆反対の大きなうねり
 石破茂地方創生担当相はかつて自民党幹事長時代、国会周辺で繰り広げられた、特定秘密保護法や原発再稼働に反対するデモ活動を「テロ行為」と同一視して、批判したことがある。
 その石破氏ですら、全国で反対デモが続く安保法案について「国民の理解は、まだ進んでいるとは言えない」と認めざるを得ないほど、この法案は異常さが際立つ。
 デモで示された安保法案への反対は、民意の巨大なうねりの一端にすぎない。
 共同通信社が六月下旬に実施した全国電話世論調査によると、安保法案に「反対」との回答は58・7%で、五月の前回調査から11・1ポイント上昇した。法案の今国会成立に「反対」との答えも63・1%で、前回より8ポイントも増えている。
 安保法案は、審議を重ねれば重ねるほど矛盾や欠陥が露呈した。衆院憲法審査会で参考人の憲法学者全員が「違憲」と主張したことを契機に、法案の合憲性に対する国民の疑念も一気に膨らんだ。
 時がたつにつれ、法案そのものや、今国会での成立に反対する意見が増えるのも当然だろう。
◆「白紙委任」ではない
 しかし、安倍晋三首相や法案を提出した安倍内閣、今国会成立を急ぐ自民、公明両党はいずれも、そうした国民の声を聞き入れようとせず、野党が反対する中、特別委や本会議で採決に踏み切った。
 自民、公明両党は二〇一二、一四年衆院選と一三年参院選で勝利した。その数の力を背景に、反対論を封じ、選挙で選ばれた自分たちの判断こそ、正しいと言わんばかりの態度だ。
 確かに、有権者にとって選挙は政治家や政党、政策を選択する最大の機会ではある。国民の負託をより多く受けた与党の国会議員が政策決定の主導権を握るのは、議会制民主主義としては当然だ。
 とはいえ、有権者は選挙で「白紙委任」をしたわけではない。それぞれが政治家や政党を選びながらも、熟議を通じてよりよい政策をつくり上げてほしい、というのが国民の率直な願いのはずだ。
 選挙ですべてが決まるのなら、議会で議論する意味はなくなり、議員は多数決マシンと化す。
 ましてや、憲法九条に基づく平和主義、専守防衛など戦後日本が守り抜いてきた憲法の理念や、憲法が権力を律する立憲主義に関わる問題では慎重な議論が必要だ。
 国民が、政府や国会の振る舞いをおかしいと思えば声を上げるのは当然であり、政治家が謙虚に耳を傾けることこそが、健全な民主主義の在り方ではないのか。
 にもかかわらず、自民党から聞こえてくるのは、安保法案を批判する報道機関の広告料収入をなくして「懲らしめる」などという威圧的な発言であり、沖縄県の地元新聞社をつぶせという作家に反論しない議員たちの姿である。
 言論の自由を定めた憲法を守れない自民党議員に、憲法や法律を語る資格はない。
 より深刻なことは、首相自身に戦後日本の平和主義や専守防衛、立憲主義を深刻な危機に陥れている、との自覚がないことだろう。
 海外での武力の行使に道を開く集団的自衛権の行使を認めたにもかかわらず、平和国家の歩みや専守防衛に変わりないと言い放ち、最高法規である憲法の解釈を恣意(しい)的に変更しても、立憲主義に反しないと強弁する。
 それは、戦後日本が目指してきた民主主義のあるべき姿や指導者像とは程遠いのではないか。
◆声を出し続ける覚悟
 安保法案の衆院通過を受けて、論戦の舞台は参院に移る。法案をこのまま成立させれば、安倍政権の誤った民主主義観を追認することにもなる。重大な岐路である。
 日本の民主主義が誤った方向に進まないようにするのは、主権者である国民の崇高な役割だ。おかしいと思ったことには国民自身が覚悟を持って声を出し続けなければ、権力は暴走を自ら止めることはないだろう。
 政治の決定権を、国民から遊離した権力から、国民自身に取り戻す。戦後七十年。正念場である。


安保転換を問う 衆院本会議可決
 ◇国民は納得していない
 民意と国会との隔たりはここに極まった感がある。
 国民の反対は強まっているのに、国民の代表で構成しているはずの衆院は、与党の賛成多数で安全保障関連法案を可決した。
 衆院本会議場には、7カ月前に安倍晋三首相自身の命名による「アベノミクス選挙」で当選してきた圧倒的多数の与党議員がいた。票に色はついていないのだから、国民からもらった力を何に使おうと勝手という理屈なのだろう。
 ◇自衛隊の基盤は信頼だ
 人間に特有の人柄があるのと同じように、国家にも歩んできた歴史に基づく国柄と呼ぶべきものがある。防衛政策の面で見れば、戦後日本の国柄とは、国際協調を重んじ、軍事的には極めて抑制的に振る舞うことであった。
 安保関連法案には、こうした国柄の抜本的な変更を迫る内容が数多く盛り込まれている。集団的自衛権の行使容認と、対米軍支援の世界的拡大がその中核だ。
 政府は「日本を取り巻く安全保障環境の悪化に対応する必要がある」と繰り返す。「もはや一国だけでは平和を守れない」とも言う。
 国際情勢の変化には無論注意を払わなければならない。多国間のネットワークで自国の安全保障を考えていく姿勢も大事だろう。
 しかし、防衛政策の実行にあたる自衛隊は物理的に強大な力を持つ。判断を誤った場合にもたらされる国内外への悪影響は、一般の政策とはレベルが違う。したがって、自衛隊の活動は民主的に統制され、かつ国民の幅広い同意に基づいている必要がある。
 国民の信頼なくして防衛政策は成り立たない。これが70年前、無謀な戦争に負けて、平和国家として再出発した日本の基本であろう。
 ところが、安倍首相はその柱である憲法9条の解釈を変更し、集団的自衛権を「行使可」に切り替えた。過去40年以上も「行使不可」の見解を維持してきた内閣法制局の長官人事にまで手を突っ込む、強引なやり方だった。
 集団的自衛権とは、他国防衛を意味する。他国を防衛することによって間接的に自国防衛に資することを期待する。国連憲章で認められている考え方だが、同時に日本が国際紛争の当事国になるリスクを招き寄せてしまう可能性もある。
 だからこそ、憲法9条の下で集団的自衛権の行使は容認できない、という従来の政府見解は、国民の常識的な感覚に合致したものだった。
 もしも、行使に道をひらきたいのであれば、憲法の条文改正で解決されるべきテーマである。
 その意味で、安倍内閣が採用した憲法解釈の変更は、行政の裁量権を逸脱している。内閣が超法規的な存在であってはならない。
 一時の多数派の意向で安易に変えるべきではないのが国柄であろう。安保法案に対して多くの国民が納得できない原因もここにある。
 ◇憲法の安心感取り戻せ
 内閣府が今年1月に実施した「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」によると、自衛隊に対して「良い印象を持っている」との回答は、「どちらかといえば」を含めて92.2%に上った。
 1991年に67.5%だったプラス印象の回答割合は、ほぼ一貫して上向いてきた。国の組織としては異例の高さだ。災害出動などを通して自衛隊員の献身的な姿を国民が見ていることに加え、自衛隊の抑制的な姿勢が支持されているからだろう。
 自衛隊の活動は民主的に選ばれた政府が責任を負う。しかし、政府の判断に国民の多くが同意できないのであれば、自衛隊の活動基盤は弱まる。安倍政権の性急で独善的な姿勢が、基盤を弱める方向に作用していることを認識すべきだ。
 国民の信頼をつなぎ留めるには、まず憲法に示された原則が守られているという安心感を回復させることが必要だ。憲法違反が濃厚な法案を成立させてはならない。
 そのうえで成立させるべき法案を、主要な与野党間で共有でき、かつ多くの国民が納得できるものに絞り込むべきだ。
 「切れ目のない対応」を旗印に、安倍政権が多くの内容を詰め込んだ結果、衆院の法案審議は完全に消化不良に陥った。日本有事から地球規模での対米支援、国際貢献まで広範囲に及ぶ11本もの法案を束ねて審議するのは乱暴過ぎる。
 安保法案は参院に送られた。安倍政権は仮に参院が採決しない場合でも、60日たてば否決したとみなして衆院で再議決する「60日ルール」の適用を視野に入れている。
 しかし、参院の役割とは本来、衆院段階での行き過ぎを改め、足らざる部分を補うことにある。
 衆院の与党議員が力任せに可決した法案を追認するだけなら、参院の存在意義に疑問符がつく。今こそ独自性を発揮すべきである。

公園で桃・・・眠い/台風で早めに帰宅

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hiromi6

Au Japon, la loi pour renforcer l’armée passe une étape législative cruciale
Les projets de loi de défense du premier ministre japonais, Shinzo Abe, qui visent à renforcer le rôle militaire du Japon sur la scène internationale, ont été votés, jeudi 16 juillet, en session plénière de la Chambre basse.
Cette réinterprétation de l’article 9 de la Constitution pacifiste – qui affirme le renoncement à la guerre –, rendrait ainsi possible l’envoi à l’extérieur des Forces d’autodéfense (FAD) – le nom officiel de l’armée – pour venir en aide à un allié, en premier lieu les Etats-Unis.
Pour le gouvernement, soutenu par les Etats-Unis, qui souhaite voir le Japon jouer un rôle accru dans les questions de défense, il s’agit de répondre à ≪ un environnement sécuritaire qui a fondamentalement changé autour du Japon ≫, en raison notamment de ≪ l’évolution de l’équilibre des forces ≫.
Opposition et mécontentement
Le but de ces lois est également de contrer l’influence de la Chine dans la région, qui a dénoncé, par la voix de la porte-parole de sa diplomatie, Hua Chunying, un ≪ acte sans précédent depuis la seconde guerre mondiale ≫.
≪ Il est parfaitement légitime de demander si le Japon va renoncer à sa politique exclusivement tournée vers sa défense, et quitter sa trajectoire de développement pacifique. ≫

M. Abe doit non seulement faire face à une opposition diplomatique et politique à ce projet, mais il peine également à convaincre une opinion de plus en plus mécontente. Environ 25 000 personnes ont défilé le 14 juin à Tokyo contre son projet. Le 20 juin, 15 000 femmes se sont rassemblées autour du Parlement.
Bien que la coalition de M. Abe ait la majorité également à la Chambre haute, il reste possible que celle-ci rejette les textes ou les modifie. Cependant, la Chambre basse peut ensuite revenir sur ces changements avec une majorité des deux tiers, largement à la portée de la coalition du premier ministre.
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商店街の近くでとんかつを食べた後,公園でのんびりしました.桃を食べたら眠くなってしまいました・・・
さて台風が近づいています.早めに帰ることにしました.

奥松島をぐるっと満喫…野蒜駅発着 周遊タクシー
 県東部地方振興事務所は18日から、観光客の利便性向上を図るため、JR仙石線の新しい野蒜駅を発着する乗合ジャンボタクシーの試験運行を始める。「奥松島周遊ぐるっと号」の名称で10月末まで土・日曜日と祝日に運行し、野蒜駅のほか3カ所の観光スポットを結ぶ。
 ぐるっと号は9人乗りのジャンボタクシー。市内観光の玄関口である野蒜駅に仙台方面からの仙石線が到着する時刻に合わせ 1、午前9時5分 2、11時5分 3、午後1時5分 4、2時15分 5、3時15分 6、4時15分―の6便を運行する。
 野蒜駅から旧野蒜駅、奥松島縄文村と停車し、月浜海岸で折り返す1周約50分のコースを設定。客が乗り降りする場所は、市が平日に運行する循環バスの停留所を借りた。運賃は乗降場所にかかわらず1回1人300円で、未就学児は無料。定時運行だが、原則的に行きと帰りの便を事前予約してもらう形にした。
 ぐるっと号が立ち寄る旧野蒜駅は野蒜地域交流センターに改修され、震災時や復興の様子を写真とタブレット端末で見ることが可能。コンビニエンスストアもあるほか、7月1日から仮案内所が置かれている。縄文村では資料館のほか、嵯峨渓を巡る遊覧船、大高森登山の客に対応。月浜海水浴場は今年の開設が見送られたが、奥松島体験ネットワークが自然体験を受け入れている。
 市内の年間観光客数は平成22年に過去最多の112万人を記録した。震災で減少したが、遊覧船の復活などで客足が戻りつつあり、26年は36万5540人となった。
 こうした中、5月30日に全線再開した仙石線は誘客の弾みとして期待されているものの、新しい野蒜駅周辺は整備途中で、電車を利用した観光客が駅を降りてからの2次交通が不十分だった。
 客足が戻らない中で、民間が周遊タクシーを運行するのは採算の面で困難。そこで県は国による地方創生先行型の地域活性化・地域住民生活等緊急支援交付金を活用し、地元の(有)奥松島観光タクシーを運行事業者とした実証実験を行うことにした。
 県はチラシを作成し、各駅などで配布。利用者へのアンケートを通じて、地元事業者が独立採算で実施していくための課題を整理していく。ぐるっと号の予約は同社(電話88―3048)まで。


<防災庁舎>「町内に議論の場」南三陸町長
 東日本大震災で被災し、2031年まで県が保有する方針が決まった南三陸町防災対策庁舎をめぐり、佐藤仁町長は15日の町議会臨時会で、「解体か保存かを考えるため、町内で議論の場を設けたい」と町民同士の話し合いを促していく考えを示した。
 佐藤町長は「中高生の防災教育で防災庁舎を教材として活用したい。庁舎の意義を考える場に町民も入ってもらう」と発言。加えて、「同世代の話し合いや勉強会など町民主体の動きも町が側面からサポートしたい」と述べた。
 町は建物を県に無償譲渡する案を提示し、9月上旬に土地や建物の所有権や維持管理に関する協定書を県と結ぶ方針も明らかにした。
 町議会臨時会は志津川小の大規模改修工事契約など7議案と農業委員の人事案を可決し、閉会した。


国会前で抗議集会  「10万人」と参加団体
 安全保障関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で採決された15日、国会前には「強行採決徹底糾弾」の大合唱がこだました。午前に続き夕方から深夜まで市民らが抗議集会を開き、参加団体の発表で入れ替わりも含め10万人が集った。「国民なめんな」「勝手に決めるな」の声が上がった。
 集会は「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」が主催。大学生らのグループ「SEALDs(シールズ)」の中心メンバー奥田愛基さん(23)が「俺たちはマジで怒っている。安倍政権を辞めさせよう。みんなで声を上げよう」と呼び掛けると、大歓声が起きた。
 「憲法守らぬ総理は要らない」「何か自民党感じ悪いよね」「ア、ベ、ハ、ヤ、メ、ロ」。シールズメンバーがヒップホップ調で呼び掛けると、集会の熱気は最高潮に。周辺の歩道は身動きが取れないほどで、警察が車道にあふれ出す市民らに注意を続けた。
 東京都北区の大学生斎藤鉄也さん(20)は、採決が強行されたインターネット中継を見て初めて参加。「日本が70年間戦争をしていないことは誇りだ。それが踏みにじられた気がした」と語気を強めた。
 夫婦で来た東京都品川区のアルバイト本郷甲一さん(66)は「議員が多ければ法案を通していいだろうという考えは国民をバカにしている」と憤った。
 民主党の岡田克也代表は「これからが本当の闘い。撤回に追い込もう」と演説。共産党の志位和夫委員長は採決を「政治権力が憲法を壊せば独裁政治だ」と非難した。


「違憲」立法は許さない 安保法案、採決強行
 「憲法違反」の疑いは結局、晴れなかった。衆院特別委員会で可決された安全保障法制関連法案。憲法九条の専守防衛を損なう暴挙を許してはならない。
 安倍内閣と自民、公明両党には「ためらい」はないのか。政府提出の安保法案がきのう、衆院特別委員会で与党の賛成多数で可決された。抗議する野党の怒号が飛び交う中での採決強行である。
 与党側はきょう衆院本会議でも可決し、参院に送付する方針だ。論戦の舞台を参院に移し、今の通常国会会期末の九月二十七日までの成立を目指す、という。
◆立憲主義を揺るがす
 この法案の最大の問題点は、合憲性に対する疑義である。
 自民党政権を含め歴代内閣は、集団的自衛権の行使は憲法九条が許容する自衛の範囲を超え、許されないとの憲法解釈を堅持してきた。国会や政府部内での長年の議論を経て確立したものだ。
 しかし、安倍内閣は昨年七月、憲法解釈の変更を閣議決定し、集団的自衛権の行使に道を開く安保法案を国会に提出した。
 政府側は、法案は合憲だと強調し続けるが、多くの憲法学者や幅広い分野の有識者らが違憲と断じる。報道機関の世論調査でも違憲と考える国民は半数を超える。
 政府はなぜ、指摘を重く受け止めず、法案成立を急ぐのか。
 政府自らが長年、違憲と解釈してきたものを、一内閣の判断で合憲に変えてしまえば、憲法が権力を律する立憲主義は土台から揺らぎ、最高法規である憲法の法的安定性、規範性を損なう。
 例えば政府は、徴兵制を憲法一八条が禁じる苦役に当たるとするが、集団的自衛権のように一内閣の判断で憲法解釈の変更が認められるのなら、徴兵制が将来導入される懸念は消えない、というのが国民の皮膚感覚ではなかろうか。
◆現実、切迫性欠く想定
 そもそもなぜ今、集団的自衛権の行使を認めなければならないのか、説得力ある説明を安倍晋三首相の口からついに聞けなかった。
 首相は、冷戦構造崩壊による、アジア・太平洋地域を含む国際的なパワーバランスの変化を法案提出の理由に挙げている。
 相対的に低下している米国の力を、自衛隊の支援で補い、台頭する中国との軍事バランスを保とうという発想なのだろう。
 今や国際公共財ともされる日米安全保障条約体制の信頼性を高めることは必要だとしても、なぜそれが集団的自衛権の行使容認なのか、明確に説明できてはいない。
 東・南シナ海で海洋進出の動きを強める中国に対して今、必要なことは、国際法に基づいて対応するよう粘り強く説得する、国際社会と連携した外交努力である。
 日中間で偶発的な軍事衝突を避けるための当局者間の「連絡メカニズム」構築も道半ばだ。両国間の信頼を醸成できるよう、首脳同士が率直に意見交換できる環境づくりを急ぐよう一層促したい。
 地域の軍事的緊張をやみくもに高めては、軍拡競争を促す「安全保障のジレンマ」に陥るだけだ。
 首相が海外派兵の例外として挙げたのが、中東・ホルムズ海峡での機雷除去だが、機雷を敷設して海峡を封鎖する恐れがあったイランが、激しく対立してきた欧米と核協議で最終合意した今、どれほどの現実性、切迫性があるのか。
 現実離れした想定を基にいくら議論を重ねても、深まるわけがないのは当然だ。
 国民の命と暮らしを守る安全保障政策は、国民の理解なくしては成り立たない。百時間以上審議を重ねても、首相自身が認めるように国民の理解が進んでいないことを、深刻に受け止めるべきだ。
 違憲の疑いが晴れず、切迫性も乏しいことに加え、十本もの法案を一つにまとめて提出し、一気に審議を進めていること、首相自ら「アベノミクス解散」と位置付けた衆院選が終わった途端、安保政策も信任を得たとして強引に成立させようとすることへの反発も、理解が深まらない要因であろう。
◆国民が暴走を止める
 安保条約に基づく基地提供と引き換えに日本防衛の「矛」の部分を米軍に委ね、自衛隊は海外で武力の行使をしない専守防衛政策は米国の誤った戦争に巻き込まれないための先人の知恵でもある。
 平和国家の歩みを戦後七十年の今、止めるわけにはいかない。
 安保法案はきょう衆院を通過する見通しだが、今からでも遅くはない。政府には法案撤回の政治決断を、国権の最高機関である国会には廃案にする良識を求めたい。
 審議時間をいくら重ねても、論議が深まらないまま、採決に踏み切る愚を再び犯してはならない。
 国の在り方や進むべき方向を決める主権者は私たち国民だ。政府や国会の暴走を止めるため、安保法案反対の声を上げ続けたい。


安保法案:衆院通過 野党、採決応じず 強行批判
 集団的自衛権の行使容認を含む安全保障関連法案は16日午後の衆院本会議で、与党などの賛成多数により可決され、衆院を通過した。同日夕、参院に送付される。与党が15日の平和安全法制特別委員会で採決を強行したことに反発した野党5党は採決に応じなかった。
 本会議では、民主、共産、社民の各党は討論が終わった時点で、維新の党は同党の対案の採決後に退席した。生活の党は本会議を欠席した。
 関連法案の衆院通過により、参院が議決しなくても衆院の出席議員の3分の2で再可決すれば法案が成立する憲法の「60日ルール」が9月14日以降に適用可能となる。会期は同月27日まで延長しているため、法案の今国会での成立は確実になる。


安保法案:戦争知らぬ首相 87歳女性、手紙で訴え 神戸空襲経験、夫は戦地で負傷
 「戦争の犠牲になる庶民の悲しみを、偉い方々はおわかりにならないのでしょうか」。与党が成立を目指す安全保障関連法案に、神戸市北区の材井(ざいい)あさ子さん(87)は、やり切れない思いを抱えている。70年前に神戸で空襲に遭い、2度家を焼かれた。戦時中、中国戦線に赴いた夫は大砲爆発事故で脳が傷つき、戦後も後遺症に苦しんだ。「戦場に一歩近付けば、命を落としたり、傷ついたりする人が再び生まれる」。戦争体験者として、法案の行方を案じる。【遠藤孝康】
 政府が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した昨年7月、材井さんは安倍晋三首相に手紙を書いた。「安倍さん、本当の戦争をご存じありませんね」
 材井さんが体験した「本当の戦争」は一瞬にして街が火の海となる米軍の圧倒的な爆撃だった。1945年3月の神戸大空襲。
 当時17歳で、握り拳くらいの火の粉が飛ぶ中を布団をかぶって逃げた。神戸随一の繁華街だった新開地の近くにあった家は焼け、両親が準備してくれていた嫁入り道具は灰になった。
 6月5日には474機ものB29が来襲。どぶに逃げ込み、泥につかって爆撃がやむのを待った。3月の空襲後に移り住んだ長田区内の家は再び焼けた。
 空襲への備えは万全のはずだった。地域での防火訓練では、バケツをリレーし、「火」と書かれた板に水をかけた。棒の先に縄を巻いた「火たたき」という棒で火を消す練習もした。
 だが、実際の空襲はそんな生やさしいものではなかった。「上に立つ方々は戦争の現実を知らなかったんでしょうね」
 漁師宅の納屋を借り、家族4人で暮らした。小魚を煮込む大釜や漁網の脇にむしろを敷き、体を寄せ合って眠った。惨めだった。
 20歳の時に結婚した7歳年上の夫も戦争の傷を抱えていた。戦時中、中国戦線で大砲が爆発する事故に遭い、重傷を負った。破裂した砲弾の破片がえぐった左耳の裏は5センチほど陥没したままだった。
 夫との間に3人の娘を授かったが、夫婦関係に苦労した。「怒り出すと歯止めが利かず、暴力をふるうので、何度も家を飛び出して逃げました」。定年退職後、精神科で「外傷性脳損傷による後遺症」と診断された。
 その夫も14年前に亡くなった。「本当の戦争を体験した人が減るにつれ、平和が揺らいできた」と材井さんは感じる。15日の衆院特別委での安保法案採決。ぞろぞろと起立する若い与党議員を見て思った。「結局はこういう議員を選んだのは国民。国民がもっと賢くならないといけない」
 本来なら反対デモに参加したいが、足が痛くて遠出は無理。できることと言えば、首相や与党議員に手紙で思いを伝えることぐらいだ。「自分の意思だけはちゃんと表現したい。空襲や戦場。そんな場で子孫が二度と傷ついてほしくないから」
 首相から手紙の返事はない。


<安保法案>若者に広がる不安 反対6割
 「あまりにも憲法を軽視している」「米国との同盟を強化すべきだ」。集団的自衛権行使の解禁を柱とする安全保障関連法案が15日、衆院平和安全法制特別委員会で自民、公明両党の賛成により可決された。河北新報社は東北の未来を担う10〜30代の100人に緊急アンケートを行い、「国の在り方」を変える可能性を秘めた安保法案をどう見ているのか意識を探った。
◎東北の10〜30代100人アンケート/「賛成」は2割
 アンケートは東北6県の取材網を通じ14、15の両日実施。男性53人、女性47人から回答を得た。年代別は10代23人、20代43人、30代34人だった。
 安保法案に「反対」は回答者の約6割に上り、与党単独での強行採決に批判的な声が多かった。「賛成」は約2割で、米国との同盟重視、中国や北朝鮮の潜在的な脅威を主な理由に挙げた。男女比でみると「反対」は女性の約7割、男性は6割弱。「賛成」は女性が約1割にとどまったのに対し、男性は約3割に上り、法案に対する女性の支持が男性より低かった。
 「多くの学者が『違憲』と指摘する中、解釈の変更だけでごり押ししようとしている」と語るのは、いわき市の自営業小松浩二さん(35)。法案は国の根幹を揺るがし、国民の命に関わる問題なのに政府・与党は十分に議論を尽くしていないと感じるという。
 盛岡市の会社員遠藤美穂さん(37)は「とても大事なことをこんなに急いで決める必要があるのか」と話し、郡山市の自営業久保田彩乃さん(30)も「法案を100時間審議したからいいという問題ではない」と不満を口にした。
 「戦争ができる国になってしまう」という不安を口にする回答者も多かった。青森市のアルバイト佐々木千夏さん(24)は「安心して生活できる世の中の方がいい」と語り、米沢市のNPO法人職員堀仁美さん(26)も「不安を抱えて暮らすような状況を次世代に残したくない」と話した。
 一方、賛成する回答者は、中国や北朝鮮による不安定な東アジア情勢への対応力強化を理由に挙げた。
 由利本荘市の会社員佐藤智典さん(33)は「日本の脅威に対する自衛力の向上につながる」と話し、石巻市の自営業男性(33)は「戦争反対を唱えることに力を注ぎ、丸腰でいるより抑止力を高めるべきだ」と力を込めた。
 栗原市のNPO法人職員高橋由香さん(34)のように「法案の中身が分からない」などの理由で、「その他」を選んだ回答者も約2割いた。


安保法案衆院通過:怒れる市民「歯がゆい」 国会前で抗議
 国会前には16日も、「戦争法案反対」などのプラカードを掲げた市民らが多数集まり、台風の影響で時折雨が降る中、安全保障関連法案の衆院可決に抗議の声を上げた。
 集会が始まる前には警察が設置した金属柵を巡り、小競り合いが起きる場面も。その後間もなく可決の報が伝わり、野党の幹部たちが次々現れてスピーチを行った。
 午前中から議事堂正面に陣取った東京都国分寺市の元教員、山本昭仁さん(65)は「衆院通過が歯がゆい」と悔しがった。昨年まで勤めた小学校では、児童に平和の尊さや憲法について教えてきた。「日本が70年守った平和は大切なブランド。まだまだ活動を広げたい」と、老若男女が集まった国会前の交差点を見渡した。
 川崎市の主婦、川上明子さん(36)は、ピンクのハートと「LOVE平和」の文字で彩った自作のうちわを手に訪れた。「特別な活動家じゃなくても、構えずに反対の声を届けたい」。コールにあわせてうちわを振り、「安保法案が成立すれば、子供たちだけでなく同じ日本人が戦争に行くかもしれない。それが前提の平和って嫌だなと思う」と語った。
 横浜市の販売業、清水寛さん(43)は衆院通過を聞いてはっとし、怒りを覚えて仕事後に駆けつけた。「憲法を踏みにじった法案で政府の説明は整合性がとれていない。これで終わりじゃない」と力を込めた。【三股智子】


<安保法案>「母として戦争反対」仙台で街宣
 女性約300人でつくる「『女の平和』ピースアクションみやぎ」は、法案反対を訴える街宣活動を仙台市青葉区一番町の仙台フォーラス前で行った。
 メンバー約20人が街頭に立ち、安倍晋三首相宛に法案反対の声を届けるはがきを買い物客らに配布。「女性として、母親として、子どもたちを戦争へ送りたくない。武力では何も解決せず、憎しみが広がるだけだ」と呼び掛けた。
 「『平和的』の言葉は魔法」と安倍政権を批判する歌も歌い、市民らにアピール。街宣中の午後0時半ごろに特別委可決の一報が入ると、メンバーらは「国民一人一人の声を届けていこう」と一層力を込めた。街宣活動は6月から毎月5、15、25日に実施。国会会期末が近い9月25日まで続ける予定。


中越沖地震8年:柏崎で追悼献花式「時間止まったまま」
 15人が死亡した新潟県中越沖地震から8年となった16日、震度6強を観測した同県柏崎市の市営ホールで追悼献花式が開かれた。遺族や泉田裕彦知事、会田洋市長らが参加し、発生時刻の午前10時13分に黙とうした。
 倒壊した寺の本堂の下敷きになって死亡した猪俣孝さん=当時(76)=の長男で高校教師の宏さん(54)は献花後、「心の中では時間が止まったまま。町は復興したが人の命は返ってこない」と言葉をつまらせた。
 地震では柏崎市と刈羽村で計15人が死亡。長野、富山両県と合わせ2346人が重軽傷を負い、4万4000棟以上の住宅に被害が出た。

アベを許すな!安保法案強行採決弾劾

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琉球新報_強行採決弾劾

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安保法案:今こそ「伝家の宝刀」 労組、スト権確立続々と
 政府・与党が安全保障関連法案の成立を目指して突き進む中、労働組合で同法案に反対してストライキを構えようという動きが広がっている。ストライキは春闘の賃上げ交渉の手段にとどまらず、かつては日米安保条約改定などに反対する際にも「政治スト」として盛んに行われたが、1970年代半ばをピークに件数は減少の一途をたどってきた。だが、国民の間で安保法案への危機感が高まる中、「伝家の宝刀」が再び注目されている。【東海林智】
 ◇出版労連
 出版労連(大谷充委員長、4500人)は7月10日に東京都内で定期大会を開き、産別統一スト権として「言論・出版・表現の自由を守り、憲法改悪に反対するストライキ権」を、賛成多数で確立した。スト権を巡る議論では、「若者がアレルギーを持ってしまうかもしれない。丁寧な説明を」などの意見もあったが、執行部は「産業を守る意味でも、表現の自由が脅かされかねない安保法案や憲法改正に反対する」などと訴え、賛同を得た。
 スト権は今後、出版労連に加盟する組合ごとに批准の手続きを取り、行使できるようにする。本部が全体でのストや指名ストなど方針を示し、抗議活動などに参加する。労連の平川修一副委員長は「経営者に打撃を与えるのが目的のストではないことが理解してもらえた。経営者も反対の意思表示に加わってほしい」と話す。
 ◇医療・印刷
 医療現場で働く看護師らで組織する日本医労連(中野千香子委員長、15万人)は、今月22日から開く定期大会で、産別統一スト権の6項目の中に「戦争法案・憲法改悪阻止」を入れた。温井伸二・書記次長は「経済ストと違ってハードルは高かったが、戦争が起きれば私たちは真っ先に巻き込まれる。労組として反対の意思を明確に示す必要があった」と、ストを提案する理由を語った。
 さらに、印刷業を中心とする全国印刷出版産業労働組合総連合会(是村高市委員長)でも、北海道の組織が安保法案と憲法改正に反対するスト権をいち早く確立した。東京や京都でもスト権確立が議論される予定だ。
 厚生労働省の統計によると、半日以上のストライキの件数は、70年に年間2000件を超え、74年には5197件とピークに達した。その後、景気の低迷や労組の組織率低下などを背景に件数は減少。2001年は100件を割り込み、13年は31件だった。70年代には政治ストも目立ったが、現在は大部分が経済ストだという。
 【ことば】ストライキ
 組合員が職場で一斉に仕事を放棄する行為。労働者の団結権や団体交渉権と共に労働者の権利として憲法28条で認められ、正式な手続きを踏めば会社からストを理由とした処分や損害賠償請求を受けない。春闘などで労働条件改善を目的に行われる「経済スト」に対し、政府の施策への抗議など政治に関連するものは「政治スト」と呼ばれ、以前盛んに行われた。


衆議院特別委員会における「戦争法案」の強行採決について(談話)
社会民主党幹事長
又市 征治
1.塩崎厚生労働相や石破地方創生担当相からも国民の理解が進んでいないという声が上がる中、与党は、衆議院の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会において、「戦争法案」そのものである「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律案」ならびに「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律案」の採決を強行した。立憲主義や平和主義に反し憲法違反そのものである法案を、不安や懸念を抱く多くの国民の声を無視し、院内多数の暴力で強行することは、二重三重に憲法を踏みにじるものであり、社民党は満腔の怒りを持って弾劾する。
2.与党は、特別委員会での審議が100時間を超え、中央公聴会が終わったので採決環境が整ったとするが、そもそも80時間や100時間は与党の勝手な目安にすぎないし、今回の「戦争法案」は、11もの法案を一括審議するとともに、 戦後の平和国家の歩みを転換し、いつでもどこでも自衛隊を派兵するという法案の重大な中身からすれば、決して一国会で処理すべきものではない。憲法と不可分の法案であるからこそ、全会派の参加による審議でなければなかったが、最後まで社民党や生活の党の発言の機会がなかった。
3.かつてないことに、9割以上の憲法学者や内閣法制局長官経験者が違憲であるとし、8割を超える国民も、説明不足であり今国会での成立に反対している。また、今通常国会で、衆議院に届いた安保政策関連の意見書は、39都道府県297議会の計326通(7月10日現在)にのぼるが、そのうち113議会が違憲性を指摘し、慎重・反対あわせて300に迫っている。
4.しかも、論点が尽くされたどころか、審議すればするほど問題点が浮かび上がってきている。集団的自衛権の行使要件をめぐる答弁は曖昧さが残り、憲法違反との疑念は全く払拭されていない。邦人輸送中の米艦防護が可能となるタイミングもゆれているし、「明白な危険」の判断基準も示されていない。任務が拡大する自衛隊員のリスクが増えるかどうかの論争や、後方支援と武力行使との一体化論も決着していない。PKOの「駆け付け警護」や海外での邦人救出の議論も詰まっていない。ホルムズ海峡の機雷掃海や邦人輸送中の米艦防護などの政府の想定は机上の空論が多く、リアリティのある議論も深まっていない。新たな「日米防衛協力の指針」に明記された、常設の「同盟調整メカニズム」や部隊運用の共同計画の具体像も不透明なままである。政府統一見解、資料要求もまだ半分程度しか出ていない。首相や閣僚のぼろが大きくならないうちに、法案の本当の狙いが広く国民に知られないうちに採決してしまえ、ということは断じて許されない。
5.社民党はじめ野党5党は、10日に党首会談を行い、強引な採決は認められないこと及び今後も5党で緊密に連携していくことを確認した。連日の総掛かり行動やSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)などの学生たちの行動、日弁連や国民安保法制懇、1万人に迫る安全保障関連法案に反対する学者の会の反対署名、「誰の子供も殺させない」として立ち上がった女性たち、草の根の様々な集まりなど、院外の多くの皆さんの反対の声が燎原の火のごとく燃え広がっている。各社の調査でも、安倍内閣の支持と不支持が逆転しだしている。政府案は、アメリカなど他国が海外で行う軍事行動に、日本の自衛隊が協力し加担していくものであり、明らかに憲法9条に違反している。違憲の法案が合憲となることはないのであって、審議を尽くした上での廃案しかない。衆議院本会議での上程阻止に向け全力で闘う。

安保法案強行採決弾劾/Le bal des actrices/祇園祭/岩沼 きぼうのおか

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安保法案強行採決弾劾

14-Juillet : près de 300 manifestants pour "un coup d'Etat" interpellés à Paris
Elles rêvaient d'un "coup d'Etat" pour la fête nationale. Quelque 300 personnes ont manifesté pour prendre le pouvoir, à Paris, mardi 14 juillet, avant d'être pour la plupart interpellées, ont indiqué des sources policières.
Plusieurs manifestations dans Paris
Ce rassemblement hétéroclite qui diffuse des théories complotistes s'est lui-même baptisé "Mouvement du 14 juillet". Le groupe avait appelé sur internet à se réunir place de la Concorde dans la matinée, près de l'Assemblée nationale, pour rallier à lui l'armée qui défilait à côté.
Les sympathisants de ce mouvement ont ensuite manifesté à proximité de la gare du Nord, de la place de la République, puis de Beaubourg où "près de 300 personnes ont été interpellées" dans le calme en fin d'après-midi, a ajouté une source policière. Celle-ci a précisé que ces interpellations avaient pour but de vérifier l'identité des participants sans pour autant mener à des mesures de garde à vue.
Un panel de thèses complotistes
Sur son site internet, le Mouvement du 14 juillet appelait au "devoir d'insurrection" en France pour qu'un "nouveau gouvernement remplace l'ensemble des politiciens actuels dès le 14 juillet".
"On se rassemblera place de la Concorde où se terminent les défilés ce jour-là. (...) Les forces militaires auront un choix à faire, et on espère bien qu'elles vont nous rejoindre. Ensuite, on prendra le contrôle des batiments stratégiques : Elysée, Matignon, palais du Luxembourg et Assemblée nationale", avait déclaré Myriam Vouters, porte-parole du mouvement aux Inrockuptibles.
Dans la rubrique "Informations" de leur site internet, ces militants soutiennent un panel de thèses en vogue dans la sphère complotiste. Ils souhaitent, par exemple, l'interdiction des vaccins, dénoncent la pollution du cerveau humain par les ondes ou qualifient la dette francaise de mensonge des politiques pour mieux exploiter le peuple.
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安保法案強行採決弾劾!!許せません!!
Le bal des actricesを見ました.でもよくわからなかったです.
祇園祭に来ました.岩沼市の展示があって,きぼうのおか,という本をもらいました.

仮設集約を亘理町見送り 来年4月から閉鎖へ
 宮城県亘理町が町内5カ所のプレハブ仮設住宅の集約を見送る方針を固めたことが14日、分かった。10月をめどに集約を検討していたが、5年間の入居期限を1年間延長できる特定延長の対象が9世帯にとどまることを踏まえた。今週中に各世帯に周知する。
 現在、仮設住宅5カ所の計1126戸のうち入居は24%に当たる227世帯。町の調査の結果、住宅再建の進行状況などに応じ世帯ごとに判断する特定延長の対象が少なく、集約に伴う転居を望まない意見も多かった。
 各仮設住宅とも、原則として来年4〜7月の入居期限を迎えた時点で閉鎖する。特定延長の対象世帯などには、建物の傷みが比較的少ない中央工業団地仮設住宅への転居を促す。
 町は8月1日の吉田大谷地住宅30戸の入居開始をもって、集団移転の分譲宅地200区画と災害公営住宅477戸の整備が終了する。再建方針を決めていない約30世帯には、空きがある災害公営住宅への入居の働き掛けや民間賃貸住宅の情報提供など、個別事情に沿った支援をする方針。
 町被災者支援課は「度重なる転居は住民の心身に負担を掛けかねない。特定延長の対象世帯の多くも工期が入居期限から2、3カ月延びる程度で、大きな影響はないと判断した」と説明した。


ALT震災犠牲 米―石巻の学生が災害研究
 宮城県石巻市内の小中学校で英語を教え、東日本大震災で犠牲になった米国人の外国語指導助手(ALT)テイラー・アンダーソンさん=当時(24)=の出身大学と石巻専修大(石巻市)が、交流事業に乗り出すことになった。互いに学生を派遣して震災や洪水といった両国の災害について調査、研究し、風化防止につなげる。
 テイラーさんの両親らが設立した記念基金が昨夏、事業を提案した。石巻専大と、テイラーさんが卒業した米バージニア州のランドルフ・メーコン大が協議した結果、ことしと来年、学生を相互に派遣することが決まった。
 ことしは18〜24日にランドルフ大の学生4人が石巻市や宮城県南三陸町を訪れる。被災地の復興状況を調べるほか、記念基金の寄付で石巻専大図書館にできたテイラー文庫も見学する。
 石巻専大からは、学生5人が9月に約2週間の日程でランドルフ大を訪問する。日米の防災対策の違いや災害発生後の復興への取り組みなどのテーマで研究し、政策提言をまとめる。
 ランドルフ大を訪問する学生たちは6月から週1回、事前研修に取り組む。3日には4人が集まり、それぞれの研究の方向性を発表し、グループ討論をした。
 経営学部3年の細川義人さん(20)は「震災で仙台の自宅が全壊したが、当時のことを忘れかけている部分もあった。研究を通して少しでも意義のある成果を残したい」と意気込む。
 学生たちの研究は10月の大学祭で発表、冊子などにまとめる予定。石巻専大の岡野知子国際交流センター長は「学生たちがテイラーさんの人生に思いをはせ、震災を風化させずに後世に伝えていく役割を担ってほしい」と期待した。


<安保法案>元裁判官2人「反対」街頭演説へ
 元裁判官も「ノー」−。集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案は憲法違反だとして、仙台高裁秋田支部長と仙台地裁所長をそれぞれ務めた元裁判官2人が16日、仙台市内で街頭に立ち、法案への反対を表明する。元裁判官が審議中の法案に旗幟(きし)を鮮明にするのは極めて異例。
 2人は元仙台高裁秋田支部長の守屋克彦さん(80)と元仙台地裁所長の泉山禎治さん(79)。定年退官後、ともに仙台弁護士会に所属する。与党が15日に法案を衆院特別委で採決、16日に衆院本会議で可決させる動きに出たため、同弁護士会が街頭演説への参加を打診し、両氏が快諾した。
 泉山氏は河北新報の取材に「国民の権利に大きく関わる問題であり、歴史的な曲がり角に差し掛かっている」と指摘。最高裁が「必要な自衛の措置」を認めた1959年の砂川事件判決に触れ、「最高裁判決を乱用し、国民の意思に反して強行採決することは看過できない」と語った。
 仙台弁護士会の北見淑之副会長は元裁判官2人の異例の意思表示に「非常に強い危機意識が背景にある。多くの市民に元裁判官の肉声を聞いてほしい」と呼び掛けた。街頭演説は16日午後5時半から、仙台市青葉区の一番町平和ビル前。東北大の小田中聡樹名誉教授(刑事訴訟法)ら識者計5人がマイクを握る。


<安保法案>地方から問う暴挙の意味
◎編集局次長兼報道部長 今野俊宏
 戦争は嫌だ、子どもを戦場に送りたくない、という生活者の純粋な感情に右も左もない。政権与党は15日にも安全保障関連法案を衆院平和安全法制特別委員会で強行採決する構えだ。それがなぜ暴挙なのか。地方の視点で考えてみたい。
 先週の土曜日、宮城県内に安倍晋三首相の姿があった。復興予算の一部を地元負担とする方針を決めてからは初の被災地入りだ。南三陸町の仮設商店街で被災者と懇談する写真が紙面に掲載された。その満面の笑みと、「安保法制と徴兵制を結び付けるのは無責任なレッテル貼り」と国民の不安視に全く耳を傾けようとしない姿勢のギャップは何なのだろう。
 前日の10日、筆者も南三陸町にいた。仙台市で11日に開かれた「日韓地方紙フォーラム」に参加する韓国の地方紙幹部らの被災地視察に同行した。案内役をお願いした地元の語り部後藤一磨さん(67)の最後の言葉が心に響く。
 「最近、おじいさんの仲間入りをした。1歳半の孫のかわいい姿を見るたびに、将来、こんな素晴らしい町に生まれて良かったと言ってもらえるか、それともどうしてこんな町にしてしまったのかと怒られるのか、そればかり考えてしまう」。再生へ向けたまちづくりの話だが、安保法制の議論とも深くつながる。このままでは将来、私たち一人一人が「どうしてこんな国にしてしまったのか」と問われかねない。
 河北新報の調査では、安保法案をめぐり、東北6県の県議会と市町村議会で廃案や徹底審議などを求める意見書・請願を6月定例会や臨時会で審議した自治体のうち、半数以上の54議会が可決、採択した。各報道機関の世論調査でも法案への支持は過半数が反対で、安倍政権が法案を十分に説明しているかは8割以上が不十分と答えている。
 数字だけではない。安保法案に対する論調は地方紙の方が批判的だ。なぜか。地方紙は読者との距離が生命線と言える。太平洋戦争末期に2度襲った艦砲射撃を生き延び、体験談を伝える釜石市の和田乙子さん(85)は、本紙取材に「戦争のにおいがしてきた」「戦争は誰も幸せにしない」と語った。何事も賛否はあるが、地域で生活する人々の肌感覚こそ大切にしたい。
 警鐘を鳴らすことに臆したとき、新聞はその役割を失う。戦後70年。河北新報は常に地域の読者に支えられてきた。地域の代弁者として政権を監視していく。


安保転換を問う きょう採決 歴史に責任負えるのか
 安全保障関連法案をめぐり国会が重大な局面を迎えている。衆院平和安全法制特別委員会の浜田靖一委員長は15日に採決に踏み切ることを職権で決めた。反発する野党側と与党の対立が強まっている。
 審議すればするほど法案への疑問が深まる中での採決方針だが、有力閣僚からさえ国民の理解を危ぶむ声がこの段階で出ている。安倍晋三首相はこの事態をどう受け止めるのか。とても採決の機が熟した状況とは言えまい。
 重い指摘である。石破茂地方創生担当相は14日の記者会見で各種世論調査を引き合いに「国民理解が進んできたと言い切れる自信がない」と語った。
 毎日新聞の世論調査では81%が法案の「説明が不十分」だと答えている。法案の採決が迫る中で、石破氏はあえて、そんな状況を率直に認めたといえる。
 自民党前幹事長で安保政策通で知られる石破氏から国民理解への懸念が示された。にもかかわらず、政府・与党からは採決の機は熟したとの発言が相次ぐ。首相は「私も丁寧に説明し、理解は進んできた」と語り、菅義偉官房長官は「いつまでもだらだらやるべきではない」と言う。
 谷垣禎一幹事長は「賛成と反対の視点が固まっていれば、(審議は)同じことの繰り返しになる」と語った。もはや説明は無意味だと言わんばかりである。だが、本当は石破氏の発言通り、政権全体が「自信がない」まま、成立ありきで進もうとしているのではないか。
 衆院での審議時間の目安を80時間とし、110時間を超えたことで採決を正当化するような与党内の理屈も根拠に乏しい。「80時間説」は国連平和維持活動(PKO)協力法の87時間を念頭に置いたものだが、今回は40年以上続いた憲法解釈を変更し、憲法学者の大半が違憲と指摘する法案だ。しかも2法案のうち一つは10法の改正案をたばねたものだ。他の法案と同列には論じられない。
 与党は野党で対案を提出した維新の党と2度目の修正協議を行ったが物別れに終わった。野党と一致点を真剣に探るのであれば、野党案も衆院で徹底審議すべきだった。
 与党が採決を急ぐ一方で、法案成立に反対する声も広がっている。14日夕に東京・日比谷で行われた反対集会は大勢の人たちで埋め尽くされた。地方議会も14日現在で405通の法案に関する意見書を採択したが、大半は法案に反対したり、慎重審議を求めたりする内容である。
 首相は歴史に責任を負えるのか。国会に汚点を残してはならない。


「違憲」安保法制 「理解せよ」と迫る傲慢
 憲法違反と指摘される安全保障法制関連法案を理解しろと言われても、そもそも無理な話だ。安倍政権は、国民の理解が深まったとして採決を強行しようとするが、あまりにも傲慢(ごうまん)ではないのか。
 審議時間は百時間を超え、中央公聴会で与野党がそれぞれ推薦した有識者から意見も聞いた。安倍内閣が提出した安全保障法制関連法案の今国会成立を目指す与党としては、委員会採決の環境が整ったということなのだろう。
 衆院特別委員会は理事会で、安保法案の締めくくり総括質疑と採決をきょう行うことを、委員長職権で決めた。与党側は、早ければ十六日の衆院本会議で法案を可決し、参院に送付したい考えのようだ。
 安倍晋三首相(自民党総裁)は十三日の党役員会で「私も丁寧に説明してきて理解が進んできたと思う」、菅義偉官房長官もきのう「いつまでもダラダラとやるべきでない。決めるときには決めることが必要だ」と述べた。
 しかし、報道各社の世論調査を見ると、首相が述べたように「理解が進んできた」とは言い難い。
 共同通信社が六月下旬に行った全国電話世論調査によると、安保法案が「憲法に違反していると思う」との答えは56・7%に上る。法案に「反対」は五月の前回調査から11・1ポイント上昇して58・7%、今国会成立に「反対」も8ポイント増の63・1%に達する。
 今月に入って報道各社が相次いで行った世論調査でも、同じ傾向の調査結果が出ている。
 歴代内閣が憲法違反としてきた集団的自衛権の行使に一転、道を開き、海外で戦闘に巻き込まれる危険性を高めるなど、戦後日本の専守防衛政策を根本から変質させる安保法案である。
 憲法学者の多くが違憲と断じたにもかかわらず、法案を合憲だとして押し切ろうとする政府・与党と、「違憲」立法を認めない国民との乖離(かいり)は広がるばかりだ。
 閣内からはようやく「国民の理解は世論調査の通り、まだ進んでいるとは言えない」(石破茂地方創生担当相)「世論調査などを見ると、説明が十分だという理解は進んでいない」(塩崎恭久厚生労働相)との意見が出始めた。
 遅きに失した感はあるが、閣内から採決強行への慎重論が出た今こそ、法案撤回・廃案の潮時ではないか。法案への国民の理解が進まないのは、説明が足りないからではない。理解しがたい内容だからだと警鐘を鳴らしておきたい。


松沢参院議員が森会長いさめよと訴え 新国立問題
 新国立競技場の建設費が2520億円に高騰した問題に関連し、次世代の党の松沢成文参院議員が14日の参院連合審査会で、森喜朗・2020年東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長を名指しして、「森さんをいさめたり、進言する人が誰もいないことが、今のスポーツ界における最大の危機だ」と訴えた。
 組織委員会会長に加え、先月まで日本ラグビー協会会長を務め、政界引退後も、政界、スポーツ界で存在感を示す森氏。松沢氏は、その森氏に国会議員もスポーツ界も物が言えない状態だと危機感を示す中で、「あえて発言する」と前置きし、持論を展開した。
 松沢氏は、新競技場で19年にラグビーW杯、20年に東京五輪を開く、現行計画の見直しを要求。特に、ラグビーW杯を代替施設で行えば、新競技場の工期が約10カ月伸び、整備費も節減できるとの持論を示した。
 その中で、今月7日、新競技場をめぐり開かれた有識者会議に触れた際「議事録を読んだが、森さんがいるから、だれひとり、(計画を)考え直すべきと言う人がいなかった」と指摘。遠藤利明五輪相と下村博文文科相に対し、「今の(計画の)状況は危険だと、(森氏に)説明してほしい。安倍首相と舛添(要一)都知事と(森氏の)5人で、政治決断をしてほしい」と要請。「そうしないと、五輪もW杯もうまくいかず、後に残るのは膨大な負の遺産になりかねない」と訴えた。
 これに対し、遠藤氏は「示唆に富むいろんなご意見を頂いた。『二兎(にと)を追う者は一兎も得ず』ではなく、二兎を得ていく努力をしたい」と述べた。
 松沢氏は、森氏と同じラガーマン。民主党の衆院議員時代には、森氏とラグビー議員連盟でともに活動したこともある。
 一方、生活の党と山本太郎となかまたちの山本太郎共同代表は14日の会見で、新国立競技場の問題に関する質問に、「誰のための五輪か、はっきりしたということ」と述べた上で「『森喜朗記念競技場』の話だと思いますが。何のためにそこまでお金をかけるのか」と指摘。政府の対応を批判した。


新国立問題で公開質問状 市民団体が文科相らに
 二〇二〇年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場(東京都新宿区)の工費が二千五百二十億円に高騰した問題で、計画の見直しを求めている市民団体「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」は十四日、下村博文文部科学相と事業主体の日本スポーツ振興センター(JSC)の河野一郎理事長に対し、工費の内訳など十四項目の公開質問状を郵送した。
 文科省とJSCは現行案を変更できない理由として、女性建築家ザハ・ハディド氏のデザインを基にするとした「国際公約」に反することや、一九年のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会に間に合わないことなどを挙げる。
 質問状では、これらの根拠を尋ね、ハディド氏との契約書の公開を要求。完成後の設置となる開閉式屋根などの費用を含めた「ほんとうの総工費」や、計画の責任者が誰かも明らかにするよう求めている。
 会は、「現行案を承認しない」とする同会の主張がネット上で四万七千人超の賛同を得ていると強調。公開質問状には二十八日までの回答を求め、内容は会のホームページでも公開するとしている。
 JSCは九日、施工業者の大成建設とスタンド部分の一部資材の発注契約を結んだが、会の共同代表の建築家大橋智子さんは「今からでも止められる」と話す。会は計画見直しを求める請願を国会に提出するため、八月末までに二十五万人を目標に署名を集める。


ノーベル平和賞:昨年に続き「憲法9条」が候補に
 主婦や元教員らでつくる市民団体「『憲法9条にノーベル平和賞を』実行委員会」(相模原市)が15日、東京・永田町の参院議員会館で記者会見し、ノルウェー・ノーベル委員会から先月、平和賞候補に選ばれたと発表した。受賞を逃した昨年に続き2度目。
 会見は集団的自衛権の行使などが可能となる安全保障関連法案の国会審議が続く中で行われた。実行委員の主婦、鷹巣(たかす)直美さんは「憲法にとって危機的な状況だが、みんなで声を上げ続ければ、現実が9条に近づくと信じる」と話した。
 ノーベル委員会への推薦人には今年から超党派の国会議員61人が名を連ねる。平和賞推薦の署名は54万筆以上。受賞対象は昨年同様「憲法9条を保持している日本国民」としている。【川上晃弘】


響く囃子、天候祈る山鉾町 祇園祭・前祭宵々山 祇園祭の前祭(さきまつり)は15日、宵々山を迎えた。京都市中心部の山鉾町かいわいでは、大勢の市民や観光客が繰り出し、鳴りわたる祇園囃子(ばやし)に祭りムードがいっそう高まった。
 午後6時に歩行者用道路(歩行者天国)が始まると、巨大な鉾が立ち並ぶ四条通や露店が連なる烏丸通は人波であふれた。京都市内は3日連続の猛暑日となり、訪れた人々はうちわをあおぎながら、山や鉾の豪華な懸装品を眺めたり、厄よけのちまきを買い求めたりしていた。
 接近する台風11号に備えて鉾の上部を地面とワイヤで固定した様子も見られ、関係者らは天候の行方を気に掛けていた。
 京都府警によると、人出は午後11時現在、24万人で、昨年の宵々山より4万人少なかった。

久しぶりの門真→ハワイアンでロコモコ

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Le mont Fuji passe au wi-fi
Depuis le 10 juillet, les randonneurs qui se bousculent pour faire l'ascension du sommet japonais disposent d'un accès internet directement sur les pentes.
Il reste des zones encore vierges de connexion sur le globe. Le mythique mont Fuji en était une. Mais, depuis le 10 juillet, les alpinistes qui s’attaquent aux pentes les plus hautes du Japon qui culminent à 3 776 mètres d’altitude peuvent disposer du wi-fi. Gratuitement.
Les préfectures de Yamanashi et de Shizuoka, entre lesquelles cette montagne sacrée est située administrativement, ont mis en place des hotspots de wi-fi à huit endroits sur la montagne, notamment dans trois chalets avoisinant le sommet et dans la cinquième station à environ 2 300 mètres d’altitude. Implanté par le biais d’un partenariat avec l’entreprise de télécoms NTT Docomo, l’accès à Internet sera disponible entre le 10 juillet et le 10 septembre. Mais les grimpeurs ne pourront en disposer que pendant 72 heures à partir de la première connexion. A première vue, pas de quoi arranger les randonneurs lents, mais l’ascension du mont Fuji prend en moyenne entre trois et huit heures.
Une question de sécurité
Si le service s’adresse à tous les marcheurs, il cherche surtout à appater les touristes étrangers, avides de communiquer leurs expériences via mail et les médias sociaux. ≪Nous espérons que les gens vont utiliser le service non seulement pour témoigner des attraits du mont Fuji à des interlocuteurs à l’étranger, mais aussi pour consulter les conditions météorologiques et autres informations nécessaires pour assurer leur sécurité≫, a déclaré un responsable de la direction du tourisme de la préfecture de Yamanashi au quotidien japonais Asahi Shinbun.
Pour promouvoir la bonne nouvelle et surtout communiquer la marche à suivre comme le mot de passe d’accès au service, 70 000 brochures et des flyers en langues étrangères vont être diffusés dans les stations 5 et 6 du mont Fuji, par ailleurs inscrit depuis 2012 au patrimoine mondial de l’Unesco. Chaque année, le nombre de gens qui gravissent le mont Fuji est estimé entre 100 000 et 200 000 personnes dont 30% d’étrangers. Ces derniers sont de plus en plus nombreux chaque année : ils ont été entre 40 000 à 50 000 à réaliser l’itinéraire Yoshidaguchi en 2014.
C’est suite à de nombreuses demandes adressées aux pouvoirs publics japonais que ceux-ci ont décidé de connecter le mont Fuji au wi-fi… Beaucoup de grimpeurs européens et américains ont visiblement du mal à concevoir un monde provisoirement sans Internet, un monde où il n’est pas possible de montrer ses instants de vie aux autres en direct, selfie ou autre.
Frédérique ROUSSEL
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クローズアップ現代「なぜ広がる“ブラックバイト”被害」
長時間労働や残業代未払いなど過酷な条件で働かされる“ブラックバイト”のトラブルが後を絶たない。背景に潜む「若年層の貧困」と「学生バイトの基幹労働化」の実態に迫る
大内裕和, 国谷裕子


土曜日に門真に行こうと思ってから3日.今日はお昼に時間があるので図書館に行った後門真に行ってみることにしました.目指すは門真市立図書館ですが,まずはお昼ご飯.京阪西三荘までは問題なかったのですが門真駅あたりで迷ってしまいました.目印はイズミヤ.どうにか見たことのある街並みが見えてきました.ちょっとだけ迷ってハワイアンのお店に.7月に入って2回目のハワイアンです.前回はタコライスだったので今日はロコモコです.
夕方妙に行きました.集中はイマイチ.バームクーヘンはおいしかったです.
梅田では緑の党の人たちが集団的自衛権に反対のアクションをしていました.

復興のシンボル「あまころ牡蠣」お披露目
 県漁協志津川支所(南三陸町)は、東日本大震災で被災した漁業を復活させようと試験養殖してきた1年物の小さくて丸いカキ「あまころ牡蠣(かき)」の試食会を、同町の「タブの木直販所」で開いた。復興のシンボルとなる新しい特産品のお披露目。来場者は海の恵みに舌鼓を打った。
 あまころ牡蠣の身は通常の半分以下の大きさで、女性でも一口で食べられる。産卵前のため、雑味がなく甘いのが特徴。今月から首都圏のオイスターバーなどへの提供を予定している。
 11日の試食会では志津川湾で採れた250個が用意され、町内外の家族連れが列を作った。登米市の会社員菅原祐子さん(51)は「甘みが凝縮されていておいしい。日本酒やワインに合いそう」と話していた。
 志津川支所は2013年、県水産技術総合センター(石巻市)などと協力してあまころ牡蠣の試験養殖を始めた。志津川湾の種苗を一粒ずつ取り出し、カゴに入れて育てるため、殻がぶつかり合って丸くなる。採苗から出荷まで半年程度と短く、漁場を有効利用でき、災害リスクも軽減できる。
 同支所戸倉出張所カキ部会は震災後、カキの養殖いかだを3割程度に減らし、量から質に発想を転換した。後藤清広会長(55)は「半年で十分な実入りが見込めるのは漁場改革のおかげ。あまころ牡蠣は志津川湾が豊かな海だという証だ」と力を込めた。


<モリウミアス>廃校舎、体験型施設で復活
 東日本大震災で被害を受けた石巻市雄勝町で、旧桑浜小(2001年度閉校)を改修した複合型施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」が完成し、住民ら関係者へのお披露目会が12日あった。小中学生が宿泊して1次産業を学んだり、自然に触れたりするプログラムを提供する。オープンは18日。
 雄勝地区に伝わるホタテやカキの養殖のほか、間伐、野菜の収穫、沢登りなど時季に応じた多彩な体験プログラムを用意した。約10人のスタッフが常駐し、食事などをサポートする。
 旧校舎の教室を改修し、備え付けのベッドなどで最大44人が宿泊できる。まきで湯を沸かす露天風呂をつくり、旧校庭には水田を整備して田植えや稲刈りが体験できるようにした。
 施設を運営する公益社団法人「sweet treat 311」が中心となり、住民やボランティアらが改修。同校卒業生やボランティアらが12日集い、完成を祝った。分校時代に通った東京都小金井市の社会福祉士小田代陽子さん(66)は「母校が生まれ変わり、うれしい。子どもたちに時間を忘れて自然を体験してもらいたい」と喜んだ。
 sweet treatの立花貴代表(44)は「国内外の子どもたちが自然の営みの中で生活し、体験を通じて多くのことを学んでほしい」と話した。
 宿泊プランは、主に1〜2泊の短期と1週間の2種類ある。予約制でモリウミアスのインターネットサイトで受け付ける。


<原発自殺訴訟>東電が遺族に直接謝罪
 東京電力福島第1原発事故で避難した福島県浪江町の無職五十崎喜一さん=当時(67)=の自殺をめぐり、東電に約2700万円の賠償を命じた福島地裁判決を受け、東電福島原子力補償相談室の近藤通隆室長らが13日、妻の栄子さん(66)ら遺族と面会し、謝罪した。栄子さんは「やっと報われた」と応じた。
 近藤室長らは栄子さんが避難する二本松市の自宅を訪問。遺影が飾られた仏間で焼香し「喜一さんのご家族の平穏な日々を奪うことになり、本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
 栄子さんは「事故による精神的な苦しみを東電に分かってほしかった。直接謝ってもらい、気持ち的には一区切りになる」と穏やかに話した。一方で「もっと避難者に寄り添い、自分と同じような境遇の人に今後も謝罪してほしい」と力を込めた。
 喜一さんは二本松市に避難していた2011年7月23日、福島県飯舘村のダム付近の橋から飛び降りて死亡した。福島地裁は6月30日、自殺と原発事故の因果関係を認め、東電に約2700万円の支払いを命じた。東電、遺族双方とも控訴しない方針で、判決が確定する。


世論は安倍ハンターイ!不支持ついに逆転
 与党が、安全保障関連法案を明日15日にも衆院特別委員会で採決する構えを見せる中、報道各社の安倍内閣支持率調査で、不支持が支持を上回る現象が起きている。高い支持率を背景に続いてきた「安倍1強」の潮目は変わり、首相の政権運営が厳しさを増すのは避けられない。
 朝日新聞社は13日、全国電話世論調査(11、12日実施)で、内閣支持率が39%、不支持が42%と発表。不支持は前回(6月実施)の37%から、5ポイント増加。法案に賛成は26%、反対は56%だった。NHKも同日「支持する」が41%と先月から7ポイント下落したのに対し、「支持しない」は43%で、9ポイント上昇したと発表した。
 日本テレビのNNN世論調査(12日発表、10〜12日実施)では、「支持する」が39・7%で、「支持しない」が41・0%。第2次安倍内閣発足後、不支持が支持を上回るのは初めて。「首相が十分に説明していると思わない」は78・5%にのぼった。5日発表の毎日新聞社の全国世論調査(4、5日実施)も支持は42%で不支持が43%だった。
 一方、首相は13日夜、自民党のネット番組で説明する最後の放送に出演。「戦争をするための法案ではなく、全く逆」とあらためて主張。「これからもこういう機会を通じ、国民に説明したい」と述べた。首相自身が「決めるべき時は決める」と述べるなど与党は正面突破の構え。自民党の谷垣禎一幹事長は、明日15日に衆院特別委員会で締めくくり総括質疑を実施する意向を表明。当日中にも採決を目指す。維新の党を含め、野党は早期採決に反対しているが、党幹部は「いずれ支持率は低下する。早いほうが傷は浅い」と述べるなど、強行採決も辞さない構えだ。


自民・総務会「新国立競技場」に批判相次ぐ
自民党の総務会で、新しい国立競技場を当初よりおよそ900億円多い2520億円をかけて建設する計画について、「ずさんな計画で看過できない」などといった批判が相次ぎました。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとなる新しい国立競技場について、国は、デザインの大幅な見直しをせず、当初よりおよそ900億円多い2520億円をかけて建設する計画です。これについて、14日開かれた自民党の総務会で出席者から、「国民の納得は得られておらず、しっかりと議論しなければ将来に禍根を残す」といった指摘や、「ずさんな計画に基づいて、高額な改築を行おうとするもので看過できない」といった批判が相次ぎました。
このあとの記者会見で二階総務会長は、「各種の世論調査の結果を見ても、国民の大半が計画に対して疑問を持っており、われわれとしても重要な関心を示さざるをえない。国民がひとしく関心のある問題であり、しかるべく説明ができる人から話を聞きたい」と述べ、計画の内容や経緯などについて文部科学省などに説明を求める考えを示しました。
細野氏「必要あれば計画変更しきちんとしたものを」
新国立競技場について、民主党の細野政策調査会長は、記者会見で、「計画の変更は、必要に応じて行うべきだったし、これからもやるべきだ。オリンピックを、みんなから喜ばれるようにしていくことは当然の責務であり、それをやれるのは政権の側だ。必要があれば、計画をしっかり変更して、きちんとしたものを造るべきだ」と述べました。


新国立競技場:自民が警戒 二階氏「国民の大半疑問」
 政府・自民党で14日、総工費が膨らむ新国立競技場に対する世論の反発の拡大を警戒する声が上がった。自民党総務会では「国民の理解が得られない」との批判が続出。二階俊博総務会長は記者会見で「国民の大半が疑問を持っている。重要な関心を示さざるを得ない」と語った。同党役員は15日、政府から建設計画の経緯の説明を受ける。
 二階氏は、開閉式屋根や2本の巨大な弓状の構造物(キールアーチ)を持つデザイン案について「決定した後に意見(批判)が出ている。しかるべく説明ができる人に来てもらいたい」と語り、決定のいきさつを聞く考えを示した。
 自民党で懸念が高まるのは、安全保障関連法案への国民の理解が広がらない中、新国立競技場の建設問題が一層の反発を招く可能性があるためだ。10日の衆院平和安全法制特別委員会では野党側が「国民の多数が理解できない安保法制と、新国立競技場に突き進む姿が重なる」(民主党の辻元清美氏)と指摘。安倍晋三首相は「民主党政権時に現行案で行くと決まった」と反論した。
 政府は「デザイン変更は国際的信用の失墜を招く」(菅義偉官房長官)と見直しに応じない姿勢だが、世論の関心は高まる一方だ。政府内でも「安保法制より新国立競技場が痛手になるのではないか」(官邸関係者)との懸念は強い。谷垣禎一幹事長は14日の記者会見で「文部科学省の努力が必要だ。問題点を丁寧に説明するよう指示したい」と述べるにとどめた。【高本耕太、中島和哉】

アンケートにビクビク/東京マカロンラスク

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Hayao Miyazaki : le Japon doit exprimer ses remords pour son passé militariste
Le maître de l'animation s'exprimait alors que Shinzo Abe, le Premier ministre japonais, doit faire une déclaration pour marquer l'anniversaire de la fin de la Guerre du Pacifique.
Le Japon doit continuer de faire part de ses remords &agarve; l’égard des pays voisins pour son passé militariste, a jugé lundi le maître japonais de l’animation, Hayao Miyazaki, lors d’une rare conférence de presse. ≪Le Japon doit dire clairement que la guerre d’agression était une erreur qui a causé d’énormes dommages &agarve; la population chinoise≫, a-t-il déclaré. Et d’ajouter : ≪peu importe la situation politique actuelle, le Japon doit exprimer ses remords pour sa longue période d’activités militaristes en Chine, c’est le devoir des hommes politiques même si beaucoup souhaiteraient oublier ce passé≫.
Les propos de cet influent artiste interviennent alors que le Premier ministre conservateur japonais, Shinzo Abe, un nationaliste convaincu, prépare une déclaration pour marquer les 70 ans de la fin de la Guerre du Pacifique. Or, le chef du gouvernement a laissé entendre qu’il n’était pas enclin &agarve; reprendre les formules d’excuses sinc&egarve;res de ses prédécesseurs envers les nations victimes de l’impérialisme nippon durant la guerre.
Hayao Miyazaki, officiellement retraité du monde de l’animation, a par ailleurs réfuté avoir romancé la guerre dans son dernier long métrage sorti en 2013, Le Vent se l&egarve;ve. Ce film relate la vie d’un ingénieur aéronautique, Jiro Horikoshi, concepteur de l’avion de chasse Mitsubishi ≪Zéro≫, porte-étendard de l’armée de l’air japonaise durant la Deuxi&egarve;me Guerre mondiale. Hayao Miyazaki a renouvelé son opposition &agarve; la présence d’une base américaine dans le sud du Japon.
≪Les Japonais sont des humains qui veulent vivre en paix≫
Le cofondateur du studio Ghibli est le porte-drapeau d’un nouveau fonds qui a pour but de bloquer la relocalisation tr&egarve;s controversée de la base aérienne de Futenma sur un autre site de l’archipel d’Okinawa. Les habitants veulent que cette installation jugée nuisible quitte totalement l’archipel.
Hayao Miyazaki s’est également dit lundi contre la volonté de Shinzo Abe de donner plus de latitude aux Forces d’autodéfense (nom de l’armée japonaise) pour intervenir &agarve; l’extérieur en appui d’un allié, en l’occurrence les Etats-Unis. C’est selon le réalisateur une position ≪stupide≫ qui va &agarve; l’encontre du pacifisme de la constitution du Japon. ≪Les Japonais sont des humains qui veulent vivre en paix≫, répond-il quand on l’interroge sur le sens de sa nationalité.
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サラメシ
運送会社に勤める事務職の女性、ときどきお弁当を10個も作ってきます。若手ドライバーたちに贈る“男子の胃袋をつかむ”弁当を拝見!▽平塚七夕まつりでおよそ40年間、毎年巨大な竹飾りを作ってきた男性。その創作を支えていたのは、愛妻が作る自家製梅干のおにぎりでした。▽推理作家・山村美紗が愛した季節の京料理ランチ。 中井貴一

アンケートにビクビクです.いろいろと批判的な意見が届きます.でも良薬は口に苦し,なのでガマンして受け入れることにしなくてはいけないですね.
Yoさんが東京出張のお土産に東京マカロンラスクを買ってきてくれました.美味しいです.

津波被害の漁港で不明者を捜索
東日本大震災の発生から、4年4か月がたち、津波で大きな被害を受けた南三陸町の漁港で行方不明者の捜索が行われました。
捜索は、南三陸町歌津地区の中山漁港周辺の海岸で行われ、警察官9人が参加しました。はじめに警察官が震災の犠牲者を悼んで海に向かって黙とうを捧げました。そして、熊手を使って海岸の砂利や衣類などの漂流物をかき分けながら、行方がわからない人たちの手がかりを探していました。南三陸警察署では、毎月の月命日の頃に行方不明者の捜索を行っていますが、町では今も212人の行方がわかっていません。南三陸警察署の五十嵐岳次長は「復興工事などが進み少しずつ捜索できる範囲は狭くなっているが、手がかりを見つけてご家族にお返ししたいという思いは変わらないので、今後も継続して捜索を続けていきたい」と話していました。


英語指導助手しのび交流
アメリカの高校生が石巻市を訪れ、震災の津波で亡くなったアメリカ人女性が勤務していた小学校で子どもたちと交流を深めました。
国際交流基金は、石巻市で英語の指導助手をしていて津波で亡くなったアメリカ人女性のテイラー・アンダーソンさんをしのび、4年前からアメリカの高校生を宮城県や岩手県の被災地に招く交流事業を行っています。
13日は、アメリカの高校生32人がかつてテイラーさんが勤務した石巻市の渡波小学校を訪れ、テイラーさんの両親が寄贈した「テイラー文庫」を見学しました。
このあと高校生たちは4年生の児童29人と交流し、相手の体に触れて勝ち負けを競うアメリカの遊びをしたり一緒に七夕の短冊を書いたりしていました。
ノースカロライナ州から来た女子高校生は「とても楽しかったです。
テイラーさんが亡くなってしまったのは悲しいけれど、文庫として彼女の思いが残っているのはすばらしいです」と話していました。
アメリカの高校生たちは、このあと、15日まで仙台市や名取市に訪れるということです。


津波被害の漁港で不明者を捜索
東日本大震災の発生から、4年4か月がたち、津波で大きな被害を受けた南三陸町の漁港で行方不明者の捜索が行われました。
捜索は、南三陸町歌津地区の中山漁港周辺の海岸で行われ、警察官9人が参加しました。はじめに警察官が震災の犠牲者を悼んで海に向かって黙とうを捧げました。そして、熊手を使って海岸の砂利や衣類などの漂流物をかき分けながら、行方がわからない人たちの手がかりを探していました。南三陸警察署では、毎月の月命日の頃に行方不明者の捜索を行っていますが、町では今も212人の行方がわかっていません。南三陸警察署の五十嵐岳次長は「復興工事などが進み少しずつ捜索できる範囲は狭くなっているが、手がかりを見つけてご家族にお返ししたいという思いは変わらないので、今後も継続して捜索を続けていきたい」と話していました。


沖縄の米軍基地を大阪に 市民団体が「引き取る」運動
 大阪で沖縄の米軍基地を引き取る運動を始めた市民団体が12日午後、大阪市大正区で集会「辺野古で良いのか もう一つの解決策」を開催した。会場の大阪市大正区コミュニティーセンターホールに約220人が参加し、照屋義実照正組社長(前沖縄県商工会連合会長)と「沖縄の米軍基地『県外移設』を考える」(集英社新書)を出版した高橋哲哉東京大大学院教授の講演や討論に耳を傾けた。
 高橋氏は辺野古新基地建設阻止が喫緊の課題だとした上で「復帰後、米軍基地は日米安保条約が根拠となっている。さまざまな世論調査で安保条約の支持率は80%を超えている。米軍基地は本土にあるべきで、沖縄に押し付ける差別をやめるべきだ」と主張した。照屋氏は本土の人たちの当事者意識のなさを強調し「高橋さんの本を読んで、はっきり言わないといけないと思った。日米安保が何たるかを知らないまま現状を是認している国民が増え、沖縄がスルーされている。大阪の人たちが基地を引き取る運動を立ち上げたことに敬意を表したい」と述べた。
 主催したのは「沖縄に基地を押しつけない市民の会」と「沖縄差別を解消するために沖縄の米軍基地を大阪に引き取る行動(略称=引き取る行動・大阪)」。市民の会から金城馨さん(62)(関西沖縄文庫主宰)、引き取る行動から福祉職員の松本亜季さん(32)も登壇し、運動の中での葛藤や会立ち上げに至った経緯を報告した。ことし3月に「引き取る行動」を立ち上げた松本さんは「新聞に載ったりしたが、バッシングよりも好意的な反応が多い」と語った。
 両団体はそれぞれ、大阪での移設場所の議論や自治体への働き掛けを進めていくことにしている。


宮崎駿監督が安倍首相を批判「歴史に名前を残したいのだと思うが、愚劣だ」
沖縄県名護市辺野古への米軍普天間飛行場の移設に反対する「辺野古基金」の共同代表に就任したアニメ映画監督の宮崎駿さん(74)が7月13日、東京都内で記者会見を開いた。質疑応答で、記者から安保法案の成立を急ぐ安倍晋三首相について問われると、宮崎さんは「憲法解釈を変えた偉大な男として歴史に名前を残したいのだと思うが、愚劣なことだ」と批判した。
●「辺野古に埋め立ての基地をつくることは反対だ」
宮崎さんは「となりのトトロ」や「千と千尋の神隠し」などのヒット作で知られる映画監督。2013年に長編アニメの制作からの引退を表明したが、現在は「毛虫」をテーマにした短編アニメの制作に取り組んでおり、「引退前とあまり生活は変わっていない」という。
今年5月には、辺野古移設の反対運動を支援する「辺野古基金」の共同代表に就任した。宮崎さんは「沖縄の人の過半数以上が辺野古に基地を作ることに反対している。これから困難な道があるが、永続的にあらゆることをやっていく」「僕は辺野古に埋め立ての基地をつくることは反対だ」と述べた。
●「平和憲法は占領軍から押し付けられたものとはいえない」
会見の質疑応答では、憲法違反の指摘を受けながらも、安保法案の成立を急ぐ安倍首相について、記者から質問が出た。宮崎さんは「私と逆の考えだ。軍事力で中国の膨張を止めることは不可能で、もっと別の方法を考えるために、日本は平和憲法を持ったのだと思う」「憲法解釈を変えた偉大な男として歴史に名前を残したいのだと思うが、愚劣なことだ」と語った。
さらに、「なぜ日本人は憲法を大事にしているのか」という質問に対しては、「15年にわたる戦争は、惨憺(さんたん)たる経験を日本人に与えた。平和憲法は光が差し込むようなものだった」「平和憲法は(第一次大戦後の)不戦条約の精神を受け継いだもので、必ずしも、歴史的に孤立したものだったり、占領軍から押し付けられたものとはいえない」と答えていた。
今回の宮崎さんの記者会見は、外国特派員協会のメンバー限定で開かれたが、その模様はインターネット動画サイト「YouTube live」にある同協会のチャンネルで生中継された。会見の様子を録画した動画は、外国特派員協会のチャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=F_z8FaBU7x0)で見ることができる。


安保法制審議 成立ではなく廃案しかない
 集団的自衛権の行使を可能にする安保関連法案について、与党は15日の衆院平和安全法制特別委員会で採決し、16日の衆院本会議で可決・通過させる考えだ。審議が10日で100時間を超え、十分に審議が尽くされたと判断しているようだ。国民の理解が十分に広がらない中、多くの憲法学者が「違憲」と批判している法案を強行採決することなど許されない。
 安倍政権が集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更を閣議決定した昨年7月から1年間で、全国の地方議会が国会に提出した安全保障政策関連の意見書は少なくとも469件あり、うち463件が閣議決定の撤回や安保関連法案の廃案や慎重審議を求めている。これだけ地方議会から政府の姿勢に懸念が示されているのに、なぜ採決を急ぐのか。
 与党が16日の衆院通過を目指すのには理由がある。今国会での成立を確実にするよう「60日ルール」を使う余地を残すためのようだ。衆院が可決した法案を参院が受け取って、60日以内に採決されない場合は「否決された」と見なすことができる。その上で衆院で3分の2以上の賛成による再可決をすれば成立することができるのだ。
 自民が単独過半数に足りない参院で審議が滞って国会最終日までに再可決できなければ時間切れで廃案となるため、衆院通過を急ぐ必要がある。参院の存在を否定する再可決などもっての外だ。
 安倍晋三首相は自民党のネット番組で法案への理解を深めるために麻生太郎副総理兼財務相を「アソウさん」として登場させ「不良」に殴られたという例えを持ち出し「私もアソウさんを守る。これは今度の法制でできる」と述べている。あまりに国民をばかにしている。こうした例えをしなければ理解されないと思っていることこそ、法案が国民に浸透していないことを自ら示している証拠ではないか。
 審議では集団的自衛権の行使要件となる「存立危機事態」の定義の曖昧さも浮き彫りになっている。10日の委員会で安倍首相は朝鮮半島有事の際に集団的自衛権を行使する条件について「ミサイル警戒中や、邦人輸送中の米艦が攻撃される明白な危険がある時点で認定し得る」との見解を示し、従来説明より条件を緩めている。政府に行使要件の定義が存在していないのは明らかだ。欠陥だらけの法案は、成立ではなく廃案しか進む道はない。


安保法制:5人中3人「違憲」…中央公聴会、有識者が意見
 衆院平和安全法制特別委員会は13日午前、有識者の意見を聞く中央公聴会を開いた。憲法や外交・安全保障の専門家ら5人が出席。野党推薦の3人が法案に否定的な見解を表明し、与党推薦の2人が賛意を示した。中央公聴会は採決の前提と位置づけられており、与党側は採決の環境が整いつつあるとして、週内の衆院通過を目指す構えだ。
 野党推薦は小沢隆一東京慈恵医大教授(憲法学)▽木村草太首都大学東京准教授(同)▽山口二郎法政大教授(政治学)−−の3人。小沢氏は、法案に盛り込まれた集団的自衛権行使の規定が「歯止めのない行使につながりかねない」と批判。「学界には、政府の閣議決定に合理性・正当性がないという点で幅広い一致が見られることを重視してほしい」と求めた。
 木村氏は集団的自衛権の行使容認は「日本への攻撃の着手がない段階で武力行使を根拠付けるもので、明白に違憲だ」と指摘。こうした見解で「法律家の大半が一致しており、裁判所も同様の見解をとる可能性は高い」と述べ、行使容認には憲法改正が不可欠との見方を示した。山口氏も集団的自衛権の行使容認を「専守防衛を逸脱し、憲法違反だ」と批判。政府側が行使の判断を「総合的に決める」と説明していることを挙げ「明確な定義がなく、武力行使を制約する縛りにはならない」と懸念を表明した。
 一方、与党推薦は外交評論家の岡本行夫氏と、村田晃嗣同志社大学長(政治学)の2人。岡本氏は海外で外国軍隊が日本人を救出した事例を紹介し、安保法案に関し「各国の善意と犠牲で国民の生命、財産を守ってもらい、『それでよし』としてきた日本のあり方を転換する歴史的な分岐点だ」と高く評価した。
 村田氏は関連法案を巡って憲法学者から「憲法違反」との指摘が出ていることについて、「憲法の精神を守るのは言うまでもないことだが、これは安全保障の問題でもある。安保の学会では多くの専門家が肯定的回答をするのではないか」と主張。集団的自衛権行使の規定などにあいまいさが残ることを認めたうえで「いまだ起きていない事態を想定し、あいまいさを払拭(ふっしょく)するのは難しい」と理解を示した。【青木純、飼手勇介】


安倍内閣 「支持する」41%「支持しない」43%
NHKの世論調査によりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は先月より7ポイント下がって41%で、「支持しない」と答えた人は9ポイント上がって43%でした。第2次安倍内閣の発足以降、初めて「支持しない」という回答が「支持する」を上回りました。
NHKは、今月10日から3日間、全国の20歳以上の男女を対象に、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかける「RDD」という方法で世論調査を行いました。調査の対象となったのは1538人で、67%にあたる1024人から回答を得ました。
それによりますと、安倍内閣を「支持する」と答えた人は先月より7ポイント下がって41%でした。一方、「支持しない」と答えた人は9ポイント上がって43%でした。
平成24年12月に第2次安倍内閣が発足して以降、初めて「支持しない」と答えた人が「支持する」と答えた人を上回りました。
支持する理由では、「他の内閣より良さそうだから」が36%、「実行力があるから」が21%、「支持する政党の内閣だから」が17%だったのに対し、支持しない理由では、「政策に期待が持てないから」が45%、「人柄が信頼できないから」が22%、「支持する政党の内閣でないから」が11%となっています。
安倍内閣の経済政策について尋ねたところ、「大いに評価する」が7%、「ある程度評価する」が42%、「あまり評価しない」が33%、「まったく評価しない」が12%でした。
景気が回復していると感じるかどうかについて、「感じる」が16%、「感じない」が50%、「どちらともいえない」が31%でした。
安倍内閣が、集団的自衛権の行使容認を含む安全保障法制の整備を進めていることを評価するかどうか聞いたところ、「大いに評価する」が8%、「ある程度評価する」が24%、「あまり評価しない」が31%、「まったく評価しない」が30%でした。
集団的自衛権の行使を可能にすることなどを盛り込んだ安全保障関連法案を、いまの国会で成立させるという政府・与党の方針について尋ねたところ、「賛成」が18%、「反対」が44%、「どちらともいえない」が32%でした。
安全保障関連法案について、これまでの国会審議で議論は尽くされたと思うか聞いたところ、「尽くされた」が8%、「尽くされていない」が56%、「どちらともいえない」が28%でした。
「安全保障関連法案は憲法違反だ」という指摘があるのに対し、「憲法違反ではない」としている政府の説明に納得できるかどうか尋ねたところ、「大いに納得できる」が4%、「ある程度納得できる」が20%、「あまり納得できない」が37%、「まったく納得できない」が29%でした。
参議院の「1票の格差」の是正に向けた選挙制度改革で、隣接する2つの選挙区を1つにするいわゆる合区を2か所で行うなどして、選挙区の定数を「10増10減」するとした自民党が決めた案について、「賛成」が19%、「反対」が20%、「どちらともいえない」が49%でした。
北朝鮮が拉致被害者らに関する調査結果の報告を延期すると日本に連絡してきたのに対し、政府は北朝鮮が速やかに調査結果を報告するよう引き続き求めていくとしていますが、政府のこの対応を評価するかどうか聞いたところ、「大いに評価する」が13%、「ある程度評価する」が35%、「あまり評価しない」が29%、「まったく評価しない」が14%でした。


憲法学者ら会見、強行採決に反対 「違憲、重大な欠陥ある」
 憲法学者らでつくる「国民安保法制懇」は13日、東京都内で記者会見し、安全保障関連法案について「数多くの重大な欠陥を含む憲法違反の法律。国民の多数が反対している状況での強行採決は断じて許されない」として廃案を求める声明を発表した。
 声明は、法案が合憲だとする政府・与党の説明を「論理が破綻している」と断じ「日本の安全保障に貢献するかも疑わしい」としている。
 会見では樋口陽一東大名誉教授(憲法学)が「何十年も積み重ねてきた国会審議を一気に吹き飛ばすような法案であり、国会や歴史に対する侮辱だ」と批判した。


「安保法案強行採決阻止を」若者らが訴え
安全保障関連法案の審議が今週、大きな山場を迎えるなか、札幌市では若者らが街頭に立って、強行採決を許してはならないと訴えました。
安全保障関連法案を巡っては、衆議院の特別委員会で13日、中央公聴会が開かれ、与党側は今週15日に委員会で採決し、翌16日にも衆議院通過を図る構えです。
こうしたなか、札幌市の中心部では大学生やフリーターなど10人ほどの若者らが街頭に立ち、法案に反対する緊急のアピールを行いました。
そして「もっと国民の声を聞いてほしい」とか、「法案成立を止められなければ、私たち国民も間接的に戦争の加害者になってしまうのではないか」などと呼びかけ、法案の強行採決を許してはならないと訴えました。
若者らの訴えに足を止めて聞き入る人たちの姿も見られました。
このグループでは先月にも札幌市内で法案に反対するデモ行進を行っていて、呼びかけ人の高塚愛鳥さん(20)は「多くの反対の声を押しつぶしてまで採決しようとしている理由が分からない。強行採決は絶対にやめてほしい」と話していました。


KABA.ちゃん「戸籍も変えたい」性別適合手術へ
 おネエ系タレントKABA.ちゃん(46)が13日、フジテレビ系情報番組「ノンストップ!」で男から女への戸籍変更を目指し、海外で性別適合手術(性転換手術)を受ける予定であることを明かした。
 昨年、睾丸摘出手術を受けたが、戸籍を含めた完全性転換のため、8月に性転換手術を前提に海外でカウンセリングを受けるという。また最近、女性らしい顔にするための整形手術も受けた。KABA.ちゃんは「女性になるという形だけでなく、戸籍も変えたい」と話した。

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Batman Arkham Knight : la publicité japonaise compl&egarve;tement déjantée
Si Batman : Arkham Knight est sorti le 23 juin dernier, du côté du Japon, le titre de Rocksteady n'a pas encore fait ses premiers pas puisqu'il arrivera le 17 juillet prochain. Sony en a profité pour lancer une publicité afin de promouvoir le jeu... Et ça ne manque pas de piquant.
Et c'est l'acteur japonais Takayuki Yamada qui est de retour pour une nouvelle publicité PS4, et cette fois avec le costume de Batman.. Le scénario est le suivant : on le voit discuter avec son responsable au restaurant. Son manager lui demande de retourner travailler. Yamada s'excuse car il a pris une pause pour un jeu PS4. Son responsable lui demande alors naturellement, si c'est pour le jeu Batman, Yamada surpris, demande comment il a pu savoir ça.
Son supérieur lui dit que c'est évident, il porte un costume... du Dark Knight. Outre les détails concernant le jeu, Yamada indique ensuite que ce n'est pas juste un costume, mais qu'il EST Batman.
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明日へ−支えあおう−「真っ赤に輝け!夏イチゴ〜IT×熟練農家 宮城山元町〜」
「被災地の農業をよみがえらせよう!」宮城県山元町でユニークな挑戦が始まっている。東京でIT会社を経営する若者が、震災で傷ついた故郷を目にし、基幹産業イチゴをIT技術で復活させようと決意。ベテラン農家のチカラを借りて職人技と最新技術を融合させ、一粒1000円の高級イチゴ「食べる宝石」を実現した。そして今年、新たに挑むのが栽培が難しい“夏イチゴ”。大手百貨店の店頭を飾れるか!?悪戦苦闘の舞台裏に密着!大竹しのぶ
NNNドキュメント シリーズ 戦後70年 90歳のサッカー記者 −日韓 歴史の宿命− 
安富史郎 読売テレビ
日本最高齢のサッカー記者、賀川浩氏(90)。長年にわたる国際取材が評価され今年、FIFA国際サッカー連盟・会長賞の栄誉を受けた。ルーツとなる少年時代。神戸一中(現神戸高校)で選手として全国制覇、ライバル校は当時日本の植民地だった朝鮮半島の代表校だった。その後、学徒出陣で賀川氏は陸軍の特攻隊に入隊、奇しくも出征先は朝鮮半島だった。しかし出撃の直前に終戦。「平和がなければサッカーは出来ない」。戦後、記者となり日韓サッカーの歩みを特別な思いで記録し続けた70年。残された記者人生、宿命と向き合うため、日本統治下で日の丸を背負い国際舞台で戦った朝鮮人選手の足跡を追うため再び朝鮮半島(韓国)に向かった。人生をサッカーに賭けた90歳の記者が平和の意味を問う。

ガリレオX「ルポ!原発“廃炉"役割を終えた発電所をどう処分するか?」
原子炉の運転を終了し、原子力発電所を解体する「廃止措置」いわゆる「廃炉」。いま廃炉と聞くと、事故をおこした福島第一のイメージが強いが、本来は役割を終えた原子力発電所を安全に更地に戻すまでの工程を指す言葉だ。世界でもまだ10基ほどしか廃炉の先行事例がない中、日本で現在、廃炉作業が進む東海発電所と浜岡原子力発電所1号機2号機にカメラが入り、その解体の現場に取材した。
石川迪夫 市川直樹 神長一彦 木村秀明 白石邦生 村松立也 山内豊明

世界の日本人妻は見たSP!【イタリア・ミラノ&アルゼンチン〜奥様は美魔女!?】
ファッション業界の第一線で活躍する日本人妻。自宅にはウン十万円のブランド服がズラリ! ミラノで聞く日本人男性のNGファッションは?本場コーディネートで出川哲朗大変身!?
ブエノスアイレス/アルゼンチン 「南米のパリ」と呼ばれる美しい街並み。 「世界一」に熱くこだわる国民性…「世界一危険な動物園」とは? スタジオでは南米出身パネラーやマダムたちの論争勃発に爆問大忙し!
爆笑問題(太田光・田中裕二) 《マダムなでしこ》 デヴィ・スカルノ MEGUMI 《ゲスト》 石田純一 出川哲朗 眞鍋かをり 中村アン 《マダム・ザ・ワールド》 日本在住外国人女性のみなさん

ドキュメンタリーWAVE▽働く子供たちは守れるか〜ボリビア10歳児労働許可の衝撃
今年6月、ILO(国際労働機関)の総会で、南米ボリビアが新たに制定した法律が議論の的となった。ボリビアであえて「10歳以上の子供の労働を認める」という法律が施行されたのだ。貧困対策として児童労働を認める一方、教育を受ける権利などを保護するものだが、英米を中心とする先進国は、過酷な児童労働の追認であるとして非難している。ボリビア最大の「子供労働組合」に密着し、制度導入の波紋を見つめていく。

お昼をどうしようかな?とぼんやりしながら外に出ると,ポストに不在票が.あれれ???なんだろう??と思って郵便局に.不在票をよく見ると現金書留とあります.またしても謎が深まります.
ゆうゆう窓口で現金書留の封筒をよく見ると,宮崎のホテルからでした.なるほど・・・
夕方少しワインをいただいて,夜に図書館から借りてきた「君の名は」を読みます.60年以上前の,当然まだ私が生まれていない頃のお話.でもドキドキします.当時番組が放送される時間帯は女湯がガラガラだったというのは本当なのでしょうか?

<東日本大震災>行方不明者の集中捜索
 東日本大震災から4年4カ月となった11日、気仙沼署は気仙沼市本吉町下宿の外尾川河口で、震災による行方不明者の集中捜索をボランティアと実施した。
 署員や一般社団法人気仙沼復興協会が受け入れたボランティアら約130人が参加。気仙沼の最高気温が30.7度と厳しい暑さの中、大粒の汗を流しながら砂浜や河川敷を捜した結果、人骨とみられる長さ5センチの骨片三つが見つかった。
 山梨県甲斐市からボランティアで訪れた会社員河相朱音さん(23)は「気仙沼は家族で旅行した思い出の地。捜索は大変だが、一つ一つ積み重ねるように続けることが大切だと感じた」と汗をぬぐった。
 4月から復興支援業務で気仙沼市に暮らす中西司充さん(47)は「捜索に参加して知人も増えた。これからもできることをしていきたい」と話した。
 気仙沼市内では10日現在で220人の行方が分かっていない。


<南三陸防災庁舎>敷地は県に無償貸与
 2031年まで県有化される南三陸町防災対策庁舎をめぐり、村井嘉浩知事と佐藤仁町長は11日、防災庁舎の敷地については県が町から無償で借り受けることを決めた。県と町の契約内容を明記した協定書を、県議会9月定例会の開会までに締結することも申し合わせた。
 被災地を視察した安倍晋三首相の来町に合わせ、村井知事が町役場を訪れ佐藤町長と会談。協定書の具体的な内容や31年までの保存の手法、今後のスケジュールなどを詰めた。
 被災した防災庁舎の建物は町が県に譲渡するが、敷地は無償で貸し出す。町が庁舎周辺を「震災復興祈念公園」として整備する計画のため、県有化の範囲を最低限にとどめた。無償貸与する土地の範囲は、人が立ち入らないよう県が設置する外柵までを想定する。
 防災庁舎正面に設置する献花台については、町が建設する方針も確認した。佐藤町長は7日、村井知事に県有化受け入れを正式に伝えた際、献花台の維持管理を申し出ていた。
 協定書には建物と敷地の契約内容に加え、知事や町長が交代しても31年までは県有化を保持する方針を明記する。調印式は仙台市内で行う予定だ。
 県は、鉄骨の塗装作業や鉄柵整備などに掛かる事業費を今秋申請する第13次復興交付金に計上。保存経費などを見積もる調査費の捻出も検討する。


<震災4年4カ月>家族の元へ一日も早く
 東日本大震災から4年4カ月の11日、最大被災地の一つ、宮城県石巻市でも行方不明者の集中捜索が行われた。
 河北署は児童と教職員84人が犠牲となった大川小近くの山林に入った。署員10人が約5時間、高さ約8メートル、幅約10メートルにわたって斜面をスコップなどで掘り、骨3点が見つかった。
 大川小がある旧河北町地区の行方不明者(6月末現在)は42人で、同小では児童4人の行方が分からない。河北署の北浦敏郎次長は「一日も早く発見して家族に帰したい」と話した。
 この日、大川小では当時6年生の次女を亡くした佐藤敏郎さん(51)が首都圏から訪れた約40人に震災当時の状況を説明。「悲しいことがあったが、事実と向き合い、未来を開く場所になってほしい」と語った。
 宮城海上保安部などは旧雄勝町唐桑の海で行方不明者を捜した。捜索を要請した家族らが見守る中、潜水士が海に入りスキー用の靴やマグカップを回収。水中で撮影した皿や船の破片などの画像を家族に見せた。
 旧雄勝町地区は71人が行方不明。巡視船「くりこま」の寺門嘉之潜水班長は「ご家族の期待に沿えるよう、可能なかぎり手掛かりを捜したい」と話した。


<矢巾中2自殺>もうイヤだ 悩み綴り3カ月
 岩手県矢巾町で列車にひかれ死亡した中学2年の村松亮君(13)が担任教諭と交わした生活記録ノートには、自殺をほのめかす記述が約3カ月にわたって残っていた。いじめに遭っているとの訴えに、担任は周囲の生徒への指導に動いたが、解決につながらなかった。村松君が亡くなって12日で1週間。「市(死)ぬ場所は決まってるんですけどね」。最後の6月29日の欄にはこう記されていた。
 「この今日を大切に、でだしよく、終わりよくしたいです」
 最初の記述は2年生が始まった4月7日。新学期への期待がにじみ、担任は「みんなと協力してがんばろう」と記した。
 異変が現れたのは4月中旬。クラスや部活動への不満を漏らし始めた。20日には「しっぱいばっかりだし、もうイヤだ。死にたいゼ☆」と記した。
 5月に入ると、体育で使うジャージーがなくなるトラブルがあった。13日には「づっと暴力、づっと悪口、そろそろ休みたい氏(死)にたい」。担任は「全体にも言おうと思います」と対処を模索する。
 町教委によると、学校が5月に行った悩みアンケートで村松君は「悪口を言われている」と答えた。担任は相手生徒と面談し、問題は解決したと考えた。
 その認識とは逆に6月に入ると、いじめを示唆する記述が急激に増える。
 「○○とけんかをしました。ついにげんかいになりました。もう耐えられません」(3日)「解決してません。またこりずにやってきた」(9日)
 担任は「きのう話ができてよかったです」などと励ました。村松君は「先生はぼくにとってなくてはならない存在」(19日)としたため、信頼を寄せていたことをうかがわせる。
 28日には「生きるのにつかれてきたような気がします。氏(死)んでいいですか?」と記した。最後の29日は「ボクがいつ消えるか分かりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました」と書き残した。
 矢巾町教委は、村松君がいじめを苦にして自殺したとみている。近く第三者委員会を設けて究明する。


<震災4年4カ月>思い出の地一つ一つ捜索
 東日本大震災から4年4カ月となった11日、宮城県気仙沼署は気仙沼市本吉町下宿の外尾川河口で、震災による行方不明者の集中捜索をボランティアと実施した。
 署員や一般社団法人気仙沼復興協会が受け入れたボランティアら約130人が参加。気仙沼の最高気温が30.7度と厳しい暑さの中、大粒の汗を流しながら砂浜や河川敷を捜した結果、人骨とみられる長さ5センチの骨片三つが見つかった。
 山梨県甲斐市からボランティアで訪れた会社員河相朱音さん(23)は「気仙沼は家族で旅行した思い出の地。捜索は大変だが、一つ一つ積み重ねるように続けることが大切だと感じた」と汗をぬぐった。
 4月から復興支援業務で気仙沼市に暮らす中西司充さん(47)は「捜索に参加して知人も増えた。これからもできることをしていきたい」と話した。
 気仙沼市内では10日現在で220人の行方が分かっていない。


<あなたに伝えたい>家族みんなを見守ってくれ
◎高橋武義さん(宮城県石巻市)からつる子さんへ
 武義さん おっ母、どうして逃げなかったんだ。津波が来るまで20分はあったのに。裏はすぐ山だったのに。家の片付けでもしてたのか?
 岸壁が割れるほどのものすごい地震だった。一緒にいたおっ母に「津波が来っから早く逃げろ」って叫んで、俺は長男と辨天(べんてん)丸で沖に出た。
 夜明けに福貴浦に戻ったら家も集落も何もない。船が戻るころいつも岸壁で待ってるおっ母の姿が見えねえから、不思議な感じがしたよ。毎日あちこちを探し回った。でもどこにもいなかった。
 結婚したのはおっ母24歳、俺が28歳。見合いではさっぱりしゃべらなかったな。結婚してからはその日あったことをよく聞かせてくれたけど、人の悪いことはけっして口にしなかった。いつも明るく、面倒見が良かった。
 休みには2人でよく出掛けたっけ。近くの日帰り温泉は全部回った。震災がなければ金婚式だったんだよな。
 時々、おっ母の夢を見る。はっとして目が覚めて、ああもういないんだって思うときが一番つらい。
 震災の後、がくっと体調が悪くなった。薬も病院通いも増えた。周りの人に助けられながら、仮設住宅に長男と住んでる。俺はもう福貴浦には戻らねえだろう。
 <おっ母、家族みんなを見守ってくれよな。おっ母のことを俺は一生忘れないよ。俺にとっては日本一のおっ母だった。大事な宝物を亡くしてさびしいよ>
 仏壇におっ母への手紙を飾ってるんだ。福貴浦の方角にも手を合わせてる。気持ち、届いてるか?
◎明るく面倒見の良い日本一のおっ母
 高橋つる子さん=当時(73)= 石巻市福貴浦(ふっきうら)の自宅で夫武義さん(81)、長男と暮らしていた。震災が起きた後、船を沖出しする2人と自宅前の岸壁で別れたのが最後となった。遺体は2011年4月に近くの大原湾で発見され、同年12月にDNA鑑定でつる子さんと確認された。


<山崎武司>震災育英募金に寄付
 カーレーサーに挑戦している元東北楽天選手の山崎武司さん(46)が11日、震災遺児を支援する宮城県の「東日本大震災みやぎこども育英募金」に100万円を寄付した。
 レース出場のため訪れた宮城県村田町のスポーツランドSUGOで贈呈式があり、山崎さんが県保健福祉部の伊東昭代部長に目録を手渡した。
 山崎さんは「モーター活動、野球評論家としての活動を通して、子どもたちに少しでも何かできるのであればうれしい」と述べた。


<安保法案>「反対」95%超 大阪市民投票
 国会審議中の安全保障関連法案に対する賛否を問う「市民投票」を大阪市の市民団体が実施し、開票結果が12日、発表された。投票総数2516票のうち、反対が2409票で95%超に上った。賛成は4%弱の92票で、残る15票は無効だった。
 投票は「平和と民主主義をともにつくる会・大阪」が主催し、12日に大阪市内で開いた集会で結果を報告した。安倍晋三首相や国会にも文書で届ける予定という。
 3日間の「期日前投票」のほか、4〜11日の8日間、大阪市内に投票箱を設置して年齢や国籍を問わずに参加を呼び掛け、賛成の場合は「〇」、反対なら「×」を書いてもらう方式で実施した。


ミラノ万博で復興祭りパレード 「東北の元気届けたい」
 【ミラノ共同】イタリア・ミラノ国際博覧会(万博)は11日、日本の文化を紹介するジャパンデーを迎えた。目玉行事として、東日本大震災の復興支援への感謝を込めて東北各県の祭りが集結する「東北復興祭りパレード」が行われた。
 大震災の月命日のこの日、万博会場では数百人の踊り手たちが行進。「東北の元気を届けたい」(実行委員会)との願い通り、威勢のよい掛け声や華麗な踊りが披露され、会場からは「ブラボー」と称賛する声も。
 青森ねぶた祭、秋田竿灯まつり、盛岡さんさ踊り、仙台七夕まつり、山形花笠まつり、福島わらじまつりなど東北6県を代表する祭りと福島県内の四つの祭りも参加。


中2男子の自殺 SOSを阻んだものは
 岩手県矢巾町(やはばちょう)の鉄道で中学2年の村松亮(りょう)さんが自ら命を絶った。
 亮さんは学校でいじめられ、暴力を振るわれた。担任教師と交わす「生活記録ノート」でつらさを繰り返し訴え、死も示唆していた。
 その「SOS」は担任のところでとどまり、情報を共有できなかったと学校側は言う。学校もいじめ防止対策組織が事態把握に機能せず、調査の手抜かりも指摘されている。
 だが、問題はそこにのみあったのだろうか。「課題の抱え込み」や「言い出しにくい」風土も横たわっていないか。深く掘り下げ、徹底した検証が必要だ。
 相次いだ深刻ないじめ事件を受け、2013年に施行された「いじめ防止対策推進法」は、早期発見と連携した対応を主眼にしている。
 子供が孤立無援のまま追い詰められないよう、学校に対策組織の常設を義務づけ、情報を共有し、場合によって警察との連携も求めた。
 しかし、教師個人が抱え込んでしまう傾向がなかなか改まらない。
 例えば、東京都教育委員会の昨年の調査では、公立の小中高校で、いじめに学校の対策組織が取り組んだケースは20〜25%にすぎない。多くは担任が個別に対応していた。
 全体で情報共有しにくいいじめ問題の背景には、いじめ発生が、学校や教師のマイナス評価になるという受け止め方もあるといわれる。
 このため文部科学省は12年、いじめを早くに見いだし、隠さずに対応した学校をむしろ高く評価するよう都道府県教委に通知もしている。
 しかし、そうした考え方が徹底されているか。文科省の集計では、13年度に全国の学校で認知されたいじめは18万6000件近くに上るが、地域で発生度合いに大きな差異があり、とらえ方のばらつきを映しているようだ。今回の中学校も、いじめはないことになっていた。
 担務が多岐にわたり、教師が多忙な実情も見る必要がある。
 文科相の諮問機関、中央教育審議会は、多様化する学校の課題に対応するため、福祉の専門家であるスクールソーシャルワーカーなど幅広いスタッフも連携して当たる「チーム学校」構想を打ち出している。いじめはそうした対応が最も必要な課題の一つである。期待したい。
 だが、その大前提は、いうまでもなく、学校も地域社会も含め、いじめに対し「傍観者」にならないことだ。亮さんは「生活記録ノート」に<誰一人いない世界に一人ぼっちになったようなかんじ>と書いた。
 13歳の少年が抱いた孤立無援の絶望感を改めて思い、「SOS」に反応できなかった痛恨の教訓を、着実に生かしたい。


自民「違憲」批判ショック 憲法審査会ブレーキ
 衆院憲法審査会の審議がストップしている。先月の審査会で、自民党推薦を含む参考人の憲法学者三人全員がそろって安全保障関連法案を「違憲」と批判したため、党執行部が安保法案審議への影響を懸念して、審査会開催にブレーキをかけたからだ。憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使を可能にする安保法案の今国会成立を目指すと同時に、改憲に向けた審議も急ぐ両にらみの国会運営は進んでいない。 (大杉はるか)
 六月四日の審査会で、参考人として出席した自民推薦の長谷部恭男・早稲田大教授のほか、民主推薦の小林節・慶応大名誉教授、維新推薦の笹田栄司・早稲田大教授の三氏全員が安保法案を「違憲」と指摘。法案の問題点がさらに鮮明になった。
 自民党執行部は、審査会の審議に関し「安保法案に影響のないやり方をしてほしい」(佐藤勉国対委員長)と求めた。審査会幹事を務める船田元・党憲法改正推進本部長は「審査会はしばらく休む予定だ」と明言。その時点で開催が決まっていた六月十五日の地方公聴会を最後に、審査会は開かれていない。
 昨年末の衆院選で、与党は衆院での改憲発議に必要な三分の二以上の議席を維持した。自民党は緊急事態条項や環境権の新設に絞った改憲なら各党の賛同を得やすいとみて、審査会の審議を急ごうとした。来年夏の参院選で、次世代などを含めた改憲勢力で三分の二以上の議席を参院でも確保して最初の改憲を実現し、二回目以降の改憲で九条見直しを視野に入れる。
 これに対し、審査会委員がいる党のうち、民主党は「安倍晋三首相の下での憲法論議は危ない」(岡田克也代表)と慎重。護憲を掲げる共産党は審議自体に反対で、公明党も審議を急いでいなかった。
 一方、世論の反対にもかかわらず、政府は五月に安保法案を国会に提出した。首相は提出に先立つ訪米時に「この夏までに成立させる」と表明。「国会無視だ」と野党が反発する中、法案審議が始まった。法案をめぐる与野党対立の余波が、審査会に及ぶのは時間の問題だった。
 参考人の違憲発言で当面は審査会を開けなくなり、首相周辺は「安保法案と改憲を同時に進めようとして、改憲スケジュールに影響が出てしまった」と悔やむ。自民党に改憲論議をせかされていた公明党幹部は「改憲、改憲と急ぐから、回り道する結果になるんだ」と皮肉った。
 <憲法審査会> 憲法に関する総合的な調査や改正原案を審査する国会の機関。憲法改正手続きを定めた国民投票法に基づき2007年8月、衆参両院に設置された。委員数は衆院50人、参院45人で、各党の議席に基づき配分される。11年11月から実質的な審議が始まり、現在は改正が必要と主張する項目などをめぐる議論に入っている。改憲原案が提出された場合、両院の憲法審査会が審査後、両院でそれぞれ総議員の3分の2以上が賛成すれば60〜180日の間に国民投票が実施される。

東日本大震災から4年4か月/水平社宣言を世界記憶遺産に

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水平社宣言

Japon : les idoles du troisi&egarve;me âge
POP JAPONAISE
Ces 33 chanteuses et danseuses d'Okinawa, en moyenne 84 piges au compteur, font un carton au Japon.
A croire que le public japonais ne raffole plus des petites minettes qui se contorsionnent sur des vidéos épileptiques &agarve; la musique excessivement ≪acidulée≫. Non, les nouvelles idoles pop s’appellent KBG84 – littéralement Chorale de Grand-m&egarve;res de Kohamajima – et n’ont rien des icônes sexy over-maquillées que l’on peut voir &agarve; la TV. Elles pourraient être arri&egarve;res grand-m&egarve;res mais font salles combles &agarve; Tokyo en tournée.
Originaire de la petite île de Kohama – 600 habitants pour 8 kilom&egarve;tres carrés, dans l'archipel d'Okinawa – leur musique folklorique mêlées &agarve; des sonorités pop leur a valu le surnom d’≪idoles les plus proches du paradis≫, en référence au livre l’Ile la plus proche du Paradis, de Katsura Morimura. ≪Je pensais que les idoles étaient des personnes qui avaient vécu longtemps et étaient proche du paradis≫, témoigne Tomi Menaka, 92 ans, &agarve; l’AFP.
D’idoles, elles s’en sont inspirées. Leur nom est tiré du groupe AKB48. En activité depuis 2005 et avec 6 albums &agarve; son actif, ce girls-band compte 140 membres qui s’exhibent sur une J-pop répétitive, interminable. Les mamies n’en sont pas arrivées &agarve; ce point. Avec un single intitulé ≪Viens et danse, île de Kohama≫ (aguicheur !), produit par un musicien professionnel, le groupe de danseuses et chanteuses a signé un contrat d’enregistrement pour de nouveaux morceaux &agarve; venir.
Mais la bande existerait depuis quelques années. Dans la vidéo qui suit, o&ugarve; le groupe s’appelait d’ailleurs Ufudaki, les artistes du troisi&egarve;me âge se livrent &agarve; des chorégraphies traditionnelles. Quoi qu’il en soit, cannes au placard et danse synchronisée, la sc&egarve;ne permet aux grands-m&egarve;res de la pop japonaise de retrouver leur jeunesse tout en satisfaisant le public, et c’est bien le plus important.
Paul LORGERIE
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週刊 ニュース深読み「世界に広がる“同性婚” どうなる?結婚のカタチ」
先月、米連邦最高裁判所が全州で同性婚を認める判断を示すなど世界各地でLGBT=性的マイノリティーの権利を擁護する動きが加速。日本でも今月、同性愛者ら455人が同性婚の法制化を求めて初めて日弁連に人権救済を申し立てた。なぜ同性婚の合法化の動きが広がっているのか?日本に13人に1人いるとされるLGBTの人たちとどう向き合い、新しい家族のあり方をどのように考えていけばいいのか?深読みする。
増田英彦,小椋久美子,ブルボンヌ,中川重徳,石原英樹,高橋祐介,小野文惠,高井正智,南利幸ほか

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「園子温×永井豪」
「デビルマン」「マジンガーZ」「ハレンチ学園」、貴重なカラー原画を目にした園は「このコマ覚えてる!」「カット割りがヌーベルバーグのよう」と大興奮。永井には映像が「見え」ており、それを漫画のコマに落とし込んでいくという。今年4本、来年6本の映画公開を控える超売れっ子の園は、人間の狂気を描いた出世作「冷たい熱帯魚」を「全然やりたくなかった」など衝撃告白。過激な作風とは裏腹な二人のキュートさに胸キュン!
園子温,永井豪,吉田羊,六角精児

戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたのか 未来への選択(2)
戦後、女性の参政権が認められ、新憲法に男女平等が掲げられた。しかし職場では結婚退職制や若年定年制が行われており雇用差別に裁判を起こす女性たちが現れる。1985年に男女雇用機会均等法が制定され、1999年、男女共同参画社会基本法が施行。すべての活動において男女平等を推し進められたが、非正規雇用など新たな問題も生まれた。赤松良子、堂本暁子、上野千鶴子ら、多角的な証言で男女平等をめざす道のりを描く。伊東敏恵

東日本大震災から4年4か月.悲しい気持ちもかなり薄れてきました.風化したということのような気もして,逆に悲しい気もします.
お昼は梅田でロシア料理です.ボルシチLe bortschとピロシキLe pirojkiが美味しいです.グルジアワインもbon.ヨーグルトみたいなケフィアLe kéfirもいいです.大満足です.
千日前のネットカフェで時間つぶして芦原橋のリバティ大阪に向かいます.「水平社宣言」世界記憶遺産を目指す大阪シンポジウムに参加です.奈良県知事はリップサービスかもしれないけど,この動きに好意的だそうです.京都の議会も同じ.でも大阪はダメかもね・・・なんて話をしていました.シンポジストは黒川みどりさん(静岡大学教授),赤井隆史さん(部落解放同盟大阪府連合会書記長)そして大阪人権博物館の朝治武さんでした.コーディネーターは同じく大阪人権博物館の吉村智博さん.時代的な限界があったとしても水平社宣言はとても素晴らしいものだと再確認しました.
久しぶりに門真に行ってみたいと思いました.

震災4年4カ月で集中捜索 署員やボランティアら
 東日本大震災の発生から4年4カ月となる11日、津波の深刻な被害を受けた岩手、宮城、福島の沿岸部で、各県警が行方不明者の手掛かりを求めて集中捜索した。
 宮城県の気仙沼市本吉町の海岸では、気仙沼署員約10人や市職員とボランティアらが、スコップなどを使って手作業で、不明者の遺留品がないか調べる。
 岩手、福島両県警もそれぞれ不明者を捜索。警察庁によると、10日現在、3県で計2570人が行方不明となっている。


宮城 大川小周辺で震災の行方不明者捜索
東日本大震災の発生から4年4か月となる11日、津波で多くの児童が犠牲となった宮城県石巻市の大川小学校の周辺で、行方が分からなくなっている人たちの捜索が行われています。
児童と教職員合わせて80人が犠牲になった石巻市の大川小学校がある地区では、児童4人を含む36人の行方が分からなくなっています。
11日は警察官10人が、小学校から800メートルほど東に離れた山林で捜索を行っています。この場所は、重機による捜索が行われていないところで、警察官たちは、スコップやくわを使って、津波で浸水した斜面の土を掘り起こし、行方が分からなくなっている人たちの手がかりがないか捜索していました。
石巻市では、この地区で行方が分からない人を含めて、今も428人が行方不明となっています。
河北警察署の北浦敏郎次長は「可能性のある場所はすべて捜索して、1日でも早く発見して、家族のもとに返してあげられるよう捜索していきたい」と話していました。


みんなの夢列車 発車…野蒜小デザインの仙石線
 東松島市立野蒜小学校(相澤日出夫校長)の6年生20人と絵本作家による絵をラッピングしたJR仙石線の運行が11日から、あおば通―石巻駅間で始まった。「夢をのせたふるさと“ゆめのまち”」をテーマに、野蒜地区の豊かな自然と子どもたちの夢が描かれている。車両はこの日12本走り、平成29年3月まで随時運行される。
 NHK仙台放送局が主催し、県が共催する復興応援キャンペーン「大好き(ハートマーク) 東北」の一環。同校6年生と絵本作家の荒井良二さんが全線再開した仙石線の列車に、さらなる復興への願いを込めた。
 列車には山と海をイメージした背景に、子どもたちが「自然」から連想する1文字が描かれている。
 相澤校長は「児童が思いを膨らませて考えたデザインが、列車に乗って走るのは胸がわくわくする。この列車を見るたびに未来に向かっての決意を新たにしてほしい」と語っていた。
 ラッピングデザインの制作の様子はNHK総合「宮城!やっぺぇTV“走れ!ゆめのまち列車”」で7月31日午後7時30―55分に放送予定。問合せはNHK仙台放送局(電話022―211―1001)。


仮設商店街でソバふるまう
東日本大震災の発生から4年4か月となる11日、南三陸町の仮設の商店街では被災した人たちを元気づけようと長野県のソバの生産者たちが信州そばを振る舞いました。
南三陸町の歌津地区にある仮設の商店街「伊里前福幸商店街」でソバを振る舞ったのは長野県松本市のソバの生産者、20人あまりです。
震災後に、歌津地区の仮設住宅の住民と知り合ったことをきっかけに、被災した人たちを元気づけようとおととしから、毎年、商店街で信州そばを、無料で提供しています。
11日は、仮設住宅の住民や仮設商店街で働く人たちが、香りが豊かな打ち立てのそばを味わっていました。
自宅が津波で流され、仮設住宅に1人で暮らしている80歳の女性は、「遠くから、時間をかけて来ていただいて、涙が出るくらいうれしいです。仮設住宅から友人が出て行ってしまったのでさびしかったのですが、おいしいそばを食べて元気になりました」と話していました。
生産者の百瀬藤男さんは「地元の人たちに少しでもお腹いっぱいに笑顔になってもらえればと思います。今後も支援を続けていきたい」と話していました。


東日本大震災:がれきの街、祈り描く 岩手・陸前高田の知的障害男性 亡き人の絵、遺族ら慰め
 脳性まひで、重度の知的障害がある岩手県陸前高田市の田崎飛鳥さん(34)が、東日本大震災で被災した街や人々を描き、注目を集めている。優しかった近所の人や住み慣れた家が津波にのまれ、一度は絵筆を置いた。だが、父に背中を押され、せきを切ったように描き始めた。優しさがこもる作品は遺族らの心にも響いている。【竹内良和】
 新しい自宅の脇に1月、作品に共感した人たちの支援を得て、プレハブ建てのアトリエ兼サロンが完成した。壁には陸前高田の「奇跡の一本松」を描いたアクリル画などが掛かる。力強い輪郭線や色彩が特徴だ。県内外の展覧会に出品され、「一本松」は3月に仙台市であった国連防災世界会議の関連イベントで配られたバッグのデザインにもなった。
 22年前、飛鳥さんの中学進学を機に、母美代子さん(63)の古里・陸前高田に埼玉から一家3人で引っ越してきた。当時、埼玉の地元中学が荒れ、彫金作家の父実さん(68)が「いい環境で生活させよう」と決断した。
 転居後、「障害がある子なので」と夫婦は飛鳥さんを連れ近所をあいさつして回った。登下校では飛鳥さんが一人になるため、地域の理解が必要だ。近所の人は家族のように見守ってくれた。
 「感性に障害はないはず」。実さんは飛鳥さんが幼い頃から大好きだった絵のアドバイスを続けた。中学卒業後は福祉施設に通いながら家で絵を描く日々。他人に見せたことも入賞の記憶もあまりない。それでも動物などを描き続け200点近くがたまっていた。
 震災で市街地は壊滅し、近隣8世帯25人のうち10人が亡くなった。一家の自宅も絵も流された。1週間後、避難所から帰りたがる飛鳥さんを自宅跡に連れて行った。一面のがれき。遠くの山をじっと見つめたまま動かなかった。
 精神的に不安定だった飛鳥さんが絵筆を再び握ったのは3カ月後。実さんが「今しか描けない絵があるんじゃないか」と話してみたのがきっかけだった。最初の1枚は、亡くなった近所の住民6人が花を前に笑顔で肩を並べる絵。「覚えていてくれたんだね」。遺族も喜んでくれた。
 亡くなった人の肖像画や、昔から大好きなフクロウを描いて遺族に贈った。
 何枚も作品を仕上げるうちに色づかいが優しくなる。再び自宅跡に行った。がれきに立つ3本の十字架を見つけた。よくおかずを分けてくれた一家3人の家があった場所。実さんがまた促した。「もっともっと、できることがありそうだね」
 これまでに描いた「震災の絵」は50点近くに上る。
 飛鳥さんは、計算ができず、発する言葉も家族以外には聞き取りづらい。「自分たちが老いて死んだら……」と夫婦の不安は消えない。元の家から8キロ内陸に再建した自宅前には、美代子さんがパン工房を構えている。新たな土地でも交流を深め、近所の人に飛鳥さんを見守ってほしいとの願いからだった。
 地元で支援する人たちが、プレゼントしてくれた飛鳥さんの名刺がある。裏にこう記されていた。「Artist ASUKA」


南三陸の防災庁舎「当面保存」 揺れる遺族
 11日で東日本大震災から4年4か月です。一時、解体の方針が打ち出された宮城県南三陸町の防災対策庁舎は、今月、一転、当面の保存が決まりました。庁舎で家族を失った人たちの受け止めはさまざまです。
 「防災対策庁舎の解体をいったん保留する」(南三陸町 佐藤仁町長)
 今月7日、南三陸町の佐藤町長は、防災対策庁舎について「震災20年後の2031年まで宮城県で維持管理する」とした村井知事の申し出を受け入れました。
 あの日、町の職員が防災無線で避難を呼びかけていた防災対策庁舎。43人が津波の犠牲になりました。町がおととし、一旦解体を決めたものの、有識者の会議で「保存すべき」と指摘され、県が「待った」をかけていました。
 この4年4か月、遺族は翻弄され続けました。漁師の千葉正志さん(67)です。町の職員だった長女は、庁舎で津波に遭い、今も行方不明です。震災直後、千葉さんは庁舎に足を運ぶたび、募る悔しさに打ちひしがれていました。
 「孫、子の代までこういうことはいらないね。たくさんだ。もう」(庁舎で娘を失った千葉正志さん)
 その後、庁舎が見るのがつらくなり、足が向かなくなったという千葉さん。一日も早い解体を望んでいただけに、町の方針転換に落胆しています。
 「今でも週に1、2回は目頭が熱くなるね。そういう気持ちを考えてもらいたい」(庁舎で娘を失った千葉正志さん)
 一方で、従来から「時間をかけて議論すべき」と考える遺族も少なくありませんでした。教育委員会職員の夫を失った内海明美さんも、その一人です。
 「自分の生活のことでいっぱいいっぱいなので、(庁舎について)考える状況がなかなかできないと思う。なので、時間をいただけたことはよかったのではないかと」(庁舎で夫を失った内海明美さん)
 「防災対策庁舎が南三陸町にとって必要なのかそうではないのか、(今後)若い世代の皆さんに考えてもらいたい」(南三陸町 佐藤仁町長 今月7日)
 当面保存されることになった防災対策庁舎。震災を風化させず、後世に伝えていくという重要な役割を担うことになります。


震災から4年4か月、遺族らが不明者の一斉捜索
 東日本大震災から4年4か月を迎えた11日、福島県では県警や消防団、遺族ら計約370人が、津波被害に遭った県内の海岸や河口付近などで行方不明者の一斉捜索を行った。
 福島県警によると、県内の行方不明者は10日現在で201人。
 大熊町の帰還困難区域にある熊川海水浴場では、地元の消防団員ら25人が防護服を着用し、スコップやくわでがれきをかき分けながら捜索にあたった。
 津波で11人が犠牲になった同町では、小学1年だった木村汐凪さん(当時7歳)だけが、今も行方不明のままだ。捜索に参加した父紀夫さん(50)は「地元の人たちが汐凪のことを忘れずに捜索してくれて、ありがたい」と話した。


震災犠牲者と遺族の人生、戯曲に 作家の司さん
 震災犠牲者の数だけさまざまな人生があり、遺族らの悲しみがある。宮沢賢治作品の絵本などで知られる画家で、東京都武蔵村山市在住の作家司修(つかさおさむ)さん(79)が、東日本大震災の犠牲者と遺族との対話をテーマにした戯曲「幽霊さん」を執筆した。創作の原点は九歳の時の空襲体験。「戦争でも、震災でも、忘れてはいけないことがある」と語る。作品は劇団文化座(東京・田端)代表の女優、佐々木愛さん(71)の一人芝居で上演される。 (五十住和樹)
 「津波で亡くなった家族のおもかげが、暗がりの海に浮かんでいることもある」。司さんは二〇一三年夏に宮城県と岩手県を訪れたとき、通りがかった人からこんな話を聞いた。
 一方で「最近は幽霊が出なくなって、寂しいんです」と口にするおじいさんも。不安定な生活が続くが、生きる自信がでてきたのか。死者へのあきらめの気持ちが幽霊の夜を消してしまったのか。「(幽霊に)会えなくて寂しい、という言葉が被災者の生活を物語っている」と感じた司さん。この話に着想を得て翌年、「幽霊さん」を書き上げた。
 司さんにも、大切にしている死者とのつながりがある。一九四五年八月五日に出身地・前橋市を焼き尽くした空襲から、母とともに生き延び、「生きている喜び、不思議さを感じた」。街や人間を破壊する戦争は震災とも共通している。
 その母が七九年、最後に「すいせん」という言葉を残して八十三歳で亡くなった。翌年から毎春、自宅の庭にラッパスイセンの花がたくさん咲いた。司さんは「死んだ母が帰ってきた」と、母が好きだった酒を飲みながら悩みごとなどの話をしたという。はたから見ると独り言にしか見えない死者との会話。だが「その独り言は携帯電話の会話より確かなもので、自分を納得させる」と感じる。
 「幽霊さん」は、震災後の三陸海岸で「最近は津波で死んだ爺(じ)さまの幽霊も出ない」と嘆くおばあさんが、「爺さまの元へ行く」と首をくくろうとする。現れた爺さまの幽霊が首の縄を外し「もっと生きて」と励ます。
 全編が東北の方言で語られ、岩手県出身の宮沢賢治の幽霊も登場する。司さんは「戦争や震災の体験が忘れられ、高齢者など弱者が見捨てられていく現実を伝えたかった」と話す。司さんは以前に見た文化座の佐々木さんによる一人芝居「越後つついし親不知(おやしらず)」に感動し、芝居形式で物語を書き上げた。これを受け文化座は二十九日から八月二日、東京・両国のシアターΧ(カイ)で上演する。
 佐々木さんは「何万人という死者の数ではない。亡くなった一人一人に体温があり、人生があったことを伝えられたら」と話す。
 入場料は五千円。問い合わせは文化座=(電)03・3828・2216。


<福島商圏喪失>帰郷困難、自立懸ける
◎原発事故の現場(下)新天地
 なりわいの土台は突如、根こそぎ奪われた。残ったのは無力感と焦燥感。だが、試練に耐えるだけでは、活路は切り開けない。
<国新方針に複雑>
 東京電力福島第1原発事故で全町避難している福島県楢葉町のパン職人八橋真樹さん(43)は5月、いわき市小名浜に新たな店を構えた。「ベーカリーハウス アルジャーノン」。楢葉町で営んでいた店の再出発だ。
 「生まれ育った町に戻りたいが、現実を考えると無理。商売が成り立たない」
 町役場近くに店を開いたのは2001年。間もなく借金完済、という矢先に原発事故が起きた。「10年かけて一から築いたもの全てを、一瞬で失った」
 いわき市の仮設住宅脇のプレハブで12年6月、店を再開したが、売り上げは事故前の3割止まり。自立のため新天地を選んだ。
 滑り出しは順調だ。夕方に700個が売り切れる日もある。売り上げも楢葉時代に戻りつつある。ただ、唯一の専門店だった楢葉と違い、すぐ近くにパン屋ができるなど競争は激しい。
 営業損害賠償を16年度末で打ち切り、2年間で自立支援策を集中的に実施する−。国の新方針に、八橋さんは複雑な感情を抱く。
 「いつまでも賠償に頼っていられない」。その気持ちは強いが、店が本当に軌道に乗るのか不安は消えない。国のグループ化補助金を使えず「楢葉のときとは比べものにならない額」の借金を背負った。集中支援に「いまさら」とも思う。
 楢葉町は9月5日に避難指示が解除される。「商売が難しい環境は同じ。将来どうするかは分からないが、今はただ、新しい店が地域に愛されるよう、一つ一つ丁寧にパンを作りたい」
<2年間ほぼ無休>
 飯舘村から避難し、福島市で美容室「ラチュール」を営む細山巳幸(みゆき)さん(38)は最近、経営に手応えを感じている。新規の顧客が9割を超えた。
 高校卒業後に上京し、美容師の腕を磨いた。10年夏に帰郷し、母ハルヨさん(68)の「はる美容室」を手伝い始めた直後、原発事故が起きた。
 首都圏に避難中、被災者向けの融資制度を知った。600万円を借り、11年12月に店を再開した。
 おばちゃんたちが漬物を持ち寄って茶飲み話をする「はる美容室」の雰囲気も捨てがたかったが、将来を見据え、若い人にも来てもらえるおしゃれな店づくりを目指した。
 開業当初こそハルヨさんの顧客が多かったものの、今は新しい客が大半を占める。2年間はほぼ無休で働き、村で月50万〜60万円だった売り上げは2倍近くに増えた。それでも家賃など差し引けば、やっと利益が出るぐらいだ。融資の返済も間もなく始まる。
 村は17年3月までの避難指示解除を見込む。「若い人がどれだけ戻るだろうか。時間と労力をかけて、ここまで店を育てた。商売を考えると、村に帰るのは現実的ではないと思う」


大学自治への政治介入「多様な価値観 尊重を」
◎国立大学協会長・東北大総長 里見進さんに聞く
 国立大学運営交付金の増減をちらつかせて安倍政権が、大学自治への政治介入を強めようとしている。この事態を最高学府のトップに立つ里見進国立大学協会長(東北大総長)はどう受け止めているのか、聞いた。(聞き手は報道部・野内貴史)
 −政府内で議論されている運営交付金の重点配分などの国立大改革を、どう受け止めますか。
予算減に疑問
 「大学は今、少子化の進展、教育にかける国家予算の減少という問題に直面している。国立大の数や規模は現状のままでいいのかどうか、厳しく問われる時代だ」
 「だが、財政難を理由に教育予算を減らせば国の力は弱くなる。高等教育にかかる予算を減らしていいのだろうか」
 −成果主義に傾く文部科学省は、人材育成につながらない人文社会系の学部廃止や転換を求める通知を出しました。
人が育つ要素
 「人文社会系の素養がなければ国際的なリーダーにはなれない。非常に大事な学問だ。ただ、古い学問体系を縦割りで教えてきた手法の見直しを求めるというメッセージなら十分納得できる」
 −先日の国立大学長会議で下村博文文部科学相が入学式や卒業式での国旗掲揚、国歌斉唱を要請し、波紋が広がっています。
 「それは各大学が決めること。多様な価値観を持った人たちがたくさんいるというところに人の育つ要素がある。ときには権威に対して批判的なことを言うのも大学の役割だ。各大学の判断を尊重してほしい」
 「東北大では国旗の掲揚はしているが、国歌の斉唱はない。そのまま続けようと思っている」
 −本土復帰前の沖縄から国費留学生として東北大に入学した自身の思いは?
方法いろいろ
 「父が事業に失敗し、大学進学など望めなかった私にとって、国費留学制度は本当にうれしかった。国にすごく感謝しているし、国を愛している。ただ、それは国歌や国旗に向ける姿勢で象徴されるものではない。国を愛する気持ちを表明する仕方はいろいろあっていい」
 「私も留学生だった。お金の心配なく日本で学ばせてもらったという留学生をたくさんつくりたい。親日国を世界中につくる安上がりの戦略と言えるのではないか」


「違憲」安保法制 審議尽くさず採決とは
 憲法違反との指摘が相次ぎ、対案が提出されたにもかかわらず、なぜ成立を急ぐのか。戦後日本の専守防衛政策を根本から変える法案である。審議を尽くさないまま、採決に踏みきるべきではない。
 衆院平和安全法制特別委員会はきのう、政府提出の安全保障法制関連法案に加え、民主、維新両党が共同提出した武力攻撃に至らない事態に備える「領域警備法案」と、維新が単独提出した対案についても審議を始めた。
 とはいえ、政府・与党は、集団的自衛権の行使に道を開く政府提出法案がどれだけ違憲と指摘されても、法案の撤回や廃案、修正に応じるつもりは全くないようだ。
 首相は特別委で領域警備法案について「必要と考えていない」と一蹴、維新の対案についても、高村正彦自民党副総裁は維新との協議後、「画然とした差がある。埋めるのは大変だ」と語っている。
 政府・与党の関心はもはや、議論を深めることよりも特別委の審議をいつ打ち切り、衆院を通過させるかにあるのだろう。
 首相は特別委で「委員会で議論が深められ、時期が来れば採決することが民主主義の基本だ」と述べ、谷垣禎一自民党幹事長もきのうの党役員連絡会で「来週はヤマ場だ」と述べた。政府提出法案を早ければ十五日に特別委で、十六日に衆院本会議で可決し、参院に送付したい考えのようだ。
 首相が、米連邦議会で夏までの安保法案成立を約束したことが、それほど大事なのだろうか。憲法順守を求める日本国民と米国の、どちらを向いているのか。
 憲法学者の多くや世論調査では国民の過半数が「憲法違反」として反対する法案である。対案も含めて慎重に審議し、日本の安全保障のあるべき姿についての議論を尽くすべきではないのか。
 本紙のアンケートでは、回答した憲法学者二百四人のうち、九割に上る百八十四人が政府提出法案を違憲と断じている。
 菅義偉官房長官は「どのような意見が多数派か少数派かは重要ではない」と述べた。数に意味がないというのなら、与党多数の数の力を頼りに、法案成立を押し切ることがなぜできるのか。
 歴代内閣が堅持してきた、集団的自衛権の行使を違憲とする憲法解釈を一内閣の判断で変えた上、国民多数の反対を顧みずに安保法案を成立させようとする。憲法が権力を制限する立憲主義を、二重の意味で蔑(ないがし)ろにする行為である。断じて許すわけにはいかない。


<指定廃棄物>大和で900人反対集会
 東京電力福島第1原発事故で発生した指定廃棄物の最終処分場建設に反対する集会が10日、県内候補地の一つ、大和町のまほろばホールで開かれた。町内外の24団体で組織する「大和町指定廃棄物最終処分場に断固反対する会」が主催し、約900人が参加した。
 くろかわ商工会、あさひな農協の代表者らが「処分場があると風評被害が起き、安全な農産物を作る努力が台無しだ」「不安を感じる若年層が地域を去り、中山間地の集落は存続が危ぶまれる」などと意見表明した。
 浅野元町長は「過去に場外跳弾のあった陸上自衛隊王城寺原演習場の隣を候補地に選ぶのは危険」と主張。黒川郡内の大郷、富谷、大衡の3町村長もそろって反対を訴えた。
 同演習場で沖縄駐留米軍が先月行った実弾砲撃訓練の録音を会場に流し、着弾音や振動の大きさを強調。参加者全員で建設反対のシュプレヒコールを繰り返した。

納豆の日/自己評価シート/刈るの反省

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Une grappe de raisin vendue 7500 euros
Ça fait cher le grain ! Au Japon, une grappe de raison s’est vendue jeudi pour la somme record d’un million de yens, soit près 7.500 euros, ce qui correspond à 288 euros le grain, une coquette somme même au Japon, où les fruits sont un luxe.
Des grains de la taille d’une balle de ping-pong
La grappe de 26 grains de raisin de variété rouge, proposée aux premières enchères de cette année à Kanazawa, à 300 km au Nord-Ouest de Tokyo, a pulvérisé le record de 550.000 yens atteint l’an dernier.
Chaque grain était, il est vrai, de la taille d’une balle de ping-pong et pesait au moins 20 grammes, selon le bureau local de l’agriculture.
Remporter le lot ≪ à tout prix ≫
Le vainqueur des enchères, Masayuki Hirai, chef cuisinier de l’hôtel Nikko de Kanazawa, a expliqué à la presse qu’il avait reçu l’ordre de responsables du tourisme de remporter le lot ≪ à tout prix ≫ afin d’attirer l’attention sur la région à l’occasion de l’arrivée d’une nouvelle ligne de shinkansen, le train à grande vitesse japonais.
Cette année déjà, une paire de melons Yubari de Hokkaido, dans le nord du Japon, considérés comme un signe de statut social, avaiet été remportée pour la somme de 1,5 million de yens. Un grand magasin n’a pas hésité non plus à débourser 300.000 yens pour deux mangues impeccables.
Les Japonais offrent souvent des fruits délicats en cadeau et les boutiques spécialisées prospèrent malgré le manque de vigueur de l’économie japonaise. Les pastèques carrées ou même en forme de coeur font fureur et une pêche blanche de la taille de la tête d’un nouveau-né peut se vendre 2.000 yens (15 euros).
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時論公論「司法取引制度・捜査への期待とえん罪の懸念」
犯罪捜査のあり方を見直す改革の一つとして司法取引の導入が検討されている。捜査への期待がある一方でえん罪の懸念も指摘されている。司法取引の課題について解説する。
NHK解説委員…橋本淳

ドキュメント72時間「福岡・久留米 とんこつラーメン物語」
とんこつラーメン発祥の地・久留米。国道沿いに毎日3000人が訪れるラーメン店がある。休日には必ず一緒に“朝ラーメン”をすする夫婦。青森から鹿児島へのドライブ中に立ち寄るトラック運転手。15歳の頃から夜勤明けに通い続け、まもなく定年を迎える工員も。東京タワーができた昭和33年に創業。全国でもいち早く24時間営業に乗り出し久留米人の胃袋を温め続けてきた店で、それぞれのラーメン人生に耳を傾ける。
小出恵介

あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜
「後ろを向いたら(車が)ブクブクと沈んでいきました。「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りながら自分たちは屋根に上がりました」と語ったのは津波の被害にあって大勢の職員やお年寄りがなくなった、宮城県東松山市にあった特別養護老人ホーム不老園で臨時職員をしていた大泉照男さん。お年寄りを避難所へ連れて行く途中に津波の被害に襲われたという。あの日大泉さんはお年寄りの入浴の介助をしている時地震にあった。その様子を「ストレッチャーに覆いかぶさる状態になった。地震が収まってから「釜石の方に津波が来ているからすぐ利用者を避難させてください」という館内放送があった」と語った。大泉さんは4人のお年寄りと2人の女性職員を車に乗せて指定避難場所になっていた野蒜小学校へ向かった。
不老園から2キロ離れていた野蒜小学校へは普段なら車で5分の距離。大泉さんは「対向車はそんなに多くなかったが小学校へ行く方向は渋滞していた」と語った。小学校の200メートルほど手前の踏切の遮断機が降りていたので渋滞していた。「津波が来ると思ってすごい焦りがあった。そのうちサラサラとちょうどタイヤのホイールの半分くらいまで波が来て、このくらいの津波かぁ、と思っていたら一瞬にして真っ黒になった」と大泉さんは語った。
大泉さんの車は一瞬にして津波に飲み込まれた。後部座席の窓に電信柱がぶつかり、車内に水が入ってきたという。「どうしようもないという感じで、このまま死ぬのかと思いました。助手席に乗っていた女性職員がドアを開けたら10センチくらい開いた」と大泉さんは語った。大泉さんと2人の女性職員は車の外に脱出。その時の水かさは足がつかないほど。すると目の前に民家の屋根が流れてきたので3人は屋根に登ろうとした。その直後車が沈み始めた。3人はどうすることもできなかったという。津波の様子の映像が流れた。
日が暮れ始め雪が降る寒さの中大泉さんたちは救助を求めてむかいの民家の二階に移動した。「「すいません」と声をかけながら2階に上がって、そこの二段ベッドの毛布を取りだして裸になって暖を取った」と大泉さんは言う。夜になり水が引いてから集まってきた住民たちの助けを借りて屋根に残っていた女性職員を救助することができた。2日後、車の中から4人のお年寄りが遺体となって発見された。お年寄りを助けることができなかった大泉さんは今も後悔の念を抱き続けている。「助けられなかったことが一番苦になっている、できれば生きてもらいたかった。残念だ」と語った。

BS世界のドキュメンタリー あなたの脳は男性?女性?
脳の活動パターンは男女間で大きく異なり、女性が右脳と左脳を結ぶ横の動きが活発なのに対して、男性は右脳・左脳それぞれで内部の情報のやり取りを活発に行っているという。男女の行動や感情は生まれつき脳に左右されているのか、それとも社会的な役割として学んだものなのか。男女2人の番組ホストがさまざまなテストに基づき、議論を交わしながら検証していく。
原題:Is Your Brain Male Or Female?制作:BBC (イギリス 2014年)


今日は納豆の日です.いつも食べているので特別な感慨はないのですが.
自己評価シートを提出しなくてはなりません.評価がマイナスにならないよういろいろ苦労しました.
刈るのについて反省しました.

被災地に笑顔あふれる公園を 中学生が着手
 宮城県石巻市門脇中の1年生81人が、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた門脇地区に整備される公園の構想を練っている。地区では土地区画整理事業が進み、災害公営住宅や一戸建て用の宅地ができる。被災地支援を続ける日本ユニセフ協会などが、新たな街の公園に地元の子どもの声を反映させようと提案。5月からワークショップ形式で検討を始めた。生徒らは10日の授業参観で構想を発表する。
 ワークショップでは、座学で専門家に公園づくりの考え方を学んだほか、現地見学や町内会長への聞き取りを実施。6人程度のグループに分かれアイデアを詰め込んだ図面も描いた。
 先月からは模型の製作に着手。発泡スチロールの土台に芝生に見立てたフェルトを敷いたり粘土で遊具をつくったりした。今月3日に同中の武道館であったワークショップで仕上げ、発表に備えて模型に込めた意図や思いをまとめた。
 生徒の中には震災で被災し、4月に石巻小に統合された門脇小の最後の卒業生29人がいる。阿部実空さん(12)は「門脇は震災で何もなくなってさみしい。たくさんの人が来る公園をつくり、にぎやかにできたらいい」と語る。
 阿部さんのグループは公園に高齢者向けの釣り堀や休憩所を用意したほか、子どものためにブランコや砂場といった遊具を配置。阿部さんは「年代に関係なくみんなが遊べ、笑顔になる場所にしたい」と話す。
 門脇地区の区画整理事業は2014年8月に始まった。23.7ヘクタールの土地に一戸建て用の宅地と災害公営住宅計約400戸分を設ける。居住人口は約1000人を想定する。
 公園は東、西、中央の3カ所に造成。最も広い中央は被災した門脇小と、震災の復興祈念公園に隣接する。3公園は18年度までに完成する予定。子どもたちのアイデアは、区画整理事業の事業委託を受けた都市再生機構(UR)などが計画に反映させるという。


<戦災と震災>戦争は駄目だ。人の災いだ
◎(1)仙台空襲と津波(下)
 空襲と津波。西野さんは2度死のふちをさまよった。
 「何遍、丸裸にされればいいんだか」
 不運だと思う。そのたびに生き延び、運がある気もする。
 津波は天災だからしょうがない。それが定めなら受け入れる。水が流れ込み、駆け上がった2階でいっとき「死んだじいちゃんの所に行ってもいい」と覚悟を決めた身だ。
 戦争は駄目だ。人の災いだ。自分の所の国民とよその国民に殺し合いをさせる権限は誰にもない。
 7月10日になると思い出す。
 孫に話して聞かせる。話したいからなのか。使命感からなのか。多分両方なのだろう。
 「ふーん」
 聞いているんだかいないんだか。
 あの時、小6の孫は高校生になった。
 甲子園に出たいと気仙沼の強豪校に進んだ。寮生活でもまれている。
 5月の連休に帰ってきた。家は元の所に再建している。
 玄関で脱いだ靴をそろえていた。いつも脱ぎっぱなしでお母さんに怒られていたのに。気のせいか顔もシュッとしたようだ。
 「ばっぱ、甲子園に出たら応援に来てよ」
 「なら長生きせんといかんね」
 新聞は、外国で戦争できる法案を通そうとする政権の動きを伝える。
 恵太。
 ばっぱはお前に武器を取らせる国にしたくない。


<戦災と震災>死のふち 重なる記憶
(1)仙台空襲と津波(上)
 戦災と震災。二つの惨禍をくぐり抜けた人がいる。戦前や震災前、冷遇されながらも国が誤った道を進まぬよう警告を発した人もいた。戦後70年。彼らは何を思う。(報道部・伊藤寿行)=5回続き
 津波で1階がえぐられた家の前で途方に暮れていたら、がれきの向こうに小さな人影が見えた。こっちに近づいてくる。震災の次の日だっけか。次の次の日だっけか。足を取られないよう探り探り歩を運んでいる。
 背にランドセルのシルエット。孫だ。生きていた。
 「ばっぱのこと心配で帰って来た」
 避難所から一人で歩いて来たという。震災の朝に学校に行ったきりで音沙汰がなかったから、気が気でなかった。別の所に避難した親とは連絡がついたようで、「あとはばっぱだ」と本人なりに意を決して舞い戻ったらしい。
 「周りの人に止められなかったか」と聞いたら、エヘヘみたいな顔をしている。きっと制止を振り切ってきたのだろう。
 西野真津江さん(84)=宮城県石巻市=は孫の体を引き寄せ、息ができなくなるぐらい抱き締めた。
 70年前のあの日、14歳の少女は父の腕の中にいた。
 1945年7月。
 西野さんは仙台市立病院の看護師養成所の生徒だった。石巻の家を出て寄宿舎住まい。そこで仙台空襲に遭い、北仙台の養老所に身を寄せた。
 父が迎えに来た。病院の壁に書かれた生存者一覧に娘の名はなく、一時は諦めたそうだ。無事と知った時は大喜びで、顔を見るなり抱きすくめられた。
 空襲の時は部屋で寝ていた。跳び起きて廊下伝いに病院の地下に逃げ込んだ。
 熱かったことを覚えている。誰かが「このままだと蒸し焼きになる」と叫んだ。高熱の重い防火扉を何人かで押し開け、脱出した。
 外は明らんでいた。正面の出入り口に焼け焦げた死体がごろごろしている。片合掌してまたぎ、表に出た。病院は焼け残った。周りの建物は跡形もなかった。
 父に連れられ、家に戻った。看護師を諦め、地元の漁師の元に嫁ぐ。自分の着物をつぶして娘の服を仕立てる母の姿を見たら、勝手は言えなかった。  
[仙台空襲]1945年7月10日午前0時すぎから約2時間半、仙台市中心部に123機の米軍機B29が焼夷(しょうい)弾約1万3000発を投下した。死者1064人、負傷者1683人。被災世帯は約1万2000戸で約500ヘクタールが焼け野原となった。


川内原発 なぜ説明できないの?
 避難計画のあいまいさ、予知不能の火山…。多くの不安や疑問を置き去りにしたままで、九州電力川内原発(鹿児島県)は再稼働へ突き進む。安全に自信があるなら、なぜ、説明に応じないのか。
 聞く耳を持たぬとは、このことか。時代劇でも見るようだ。
 今年三月、鹿児島県内の百近い市民団体で組織した実行委員会が、約十万人の署名を携え、福岡市内の九州電力本店に、対話を求めて訪れた。
 住民側が要望したのは、次の三点だった。
 (1)3・11後に国の指針で避難計画の策定を義務付けられた川内原発三十キロ圏内の九自治体で、住民説明会を開催すること(2)再稼働について、九自治体の正式な議決を求めること(3)住民の要望があれば、三十キロ圏外でも、説明会を開催すること。不安に答えるに、無理な要求とは思えない。
 「頭から再稼働反対を訴えるつもりはない。対話を求めて落としどころを探りたい」という住民側の姿勢にもうなずける。
 しかしこれらは広報担当の段階で、ことごとく拒否された。
 屋久島や種子島など県内六市町の議会が求める住民説明会の開催にも、九電は応じていない。
 電力側がよって立つのは、3・11後の新規制基準に適合したという原子力規制委員会の判断だ。
 「あくまでも規制委の基準に沿って、再稼働を進めていく」と、人ごとのように繰り返すだけの政府が、後ろ盾になっている。
 ところが当の規制委は「安全を保証するものではない」とこちらも繰り返す。万一の責任は誰が取ってくれるのか。
 福祉の現場や専門家などからも、避難計画の不備や周りに多い火山対策の甘さを指摘する声が引きも切らない。ヨウ素剤配布や避難計画が必要になるものは、そもそも動かすべきではない。
 遠くない口永良部島の突然の噴火で、住民の不安は増した。
 広範囲の住民がより詳細な説明を求めるのは当然で、九電にはその責任があるはずだ。
 火山対策について、巨大噴火の兆候がもしあれば、原子炉を停止して核燃料を運び出せるという。
 川内原発1号機では核燃料の装填(そうてん)作業が完了した。二十四時間体制で三日がかりの作業になった。
 噴火の予測はかなうのか。核燃料を運び出す余裕はあるか…。素朴な疑問に十分な答えが出せない限り、再稼働は許されない。


漫画で満足食べて満腹「石巻カレー全集」発売
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の飲食店と水産加工会社などが共同で、漫画本をイメージしたパッケージのレトルトカレー「石巻カレー全集」を開発した。見ても食べても楽しめるカレーを新たな名物として売り出し、復興に向かう石巻をアピールする。発売は19日。
 第1弾として販売されるのは第1〜5巻の5種類。日本料理店や食堂、バーなど5店舗がそれぞれ自慢のカレーを考案し、地元の水産加工会社が一つずつレトルト製品に仕上げた。
 パッケージ製作には石ノ森萬画館などを運営するまちづくり会社、街づくりまんぼう(石巻市)が協力。B5判で、表紙には「クッキングパパ」で知られるうえやまとちさんら5人の人気漫画家がカレーの絵や自画像を書き入れた。
 見開きには5人の漫画家がカレーや石巻についての思い出を漫画で書き下ろした。帯には各店舗と縁のあるアニメソング歌手の水木一郎さんや遠藤正明さん(石巻市出身)、落語家の林家たい平さんら5人の著名人がメッセージを寄せた。
 これまでの石巻の土産物は海産物がメーンで、日持ちがいい商品が少なかった。カレー全集は新たな魅力を発信しようと企画された。今後も新たな店が考案するカレーを商品化する。
 「老舗割烹のまかないカレー」を商品化した日本料理店八幡家の阿部紀代子社長は「カレーと漫画の二つの切り口で石巻を味わってほしい」と期待した。
 価格は税抜き700円。市内の石ノ森萬画館などで販売し、百貨店やインターネットを通し全国販売も計画する。連絡先は街づくりまんぼう0225(23)2109。


<福島商圏喪失>賠償終了見据え必死
◎原発事故の現場(中)模索
 何もしないでいるのが結局、一番得なのかもしれない−。赤字の帳簿を見るたびに、再生への決意が揺らぎそうになる。
<新規開拓に注力>
 福島県浪江町で食品卸会社「伊藤商店」を営んでいた伊藤健秀さん(52)は原発事故から半年後、南相馬市で事業を再開した。取引先の8割は避難したままだった。「地域の復興は地域の人間が担うべきだ」と気持ちを奮い立たせた。
 病院や介護施設など残っていた2割の納入先は、避難区域外の同業者に奪われていた。古くからの顧客に「今ごろ何しに来た」と追い返されることもあった。
 「新しい会社を立ち上げたと思えばいい」。悔しさを押し殺し、新規開拓に乗り出した。除染や廃炉に携わる建設会社のプレハブ事務所に飛び込み営業を掛けた。ことし3月には東京電力の給食センターとも納入契約を結んだ。「とにかく仕事が欲しい」。必死だった。
 取引先は事故前の3分の2の400社に回復し、売り上げも8割まで戻した。だが、取引先が点在しているため輸送費などの経費がかさんで赤字が続く。
 東電は営業損害賠償を2016年度まで支払い、その後は個別対応とする方針を示した。伊藤さんは、2年後に賠償が打ち切られる可能性が高いとみる。「賠償終了時期を先に示すなんて、患者をろくに見ずに処方箋を出すやぶ医者のようだ」
 賠償の後ろ盾がなくなれば、資金繰りの面から信用を失い、取引を打ち切られる恐れがある。「一刻も早く黒字にし、会社の信用度を高めなければならない」。怒りと焦りが募る。
<赤字解消されず>
 川俣町山木屋地区で、養豚など畜産施設の電気設備工事を手掛けていた「杉田屋電建工業」。山木屋や相双地区に大半の取引先があった。事故でその6割を失った。
 「従業員の生活だけは守らなければならない」。社長の紺野希予司さん(63)は避難指示が出ていなかった町中心部に作業場を移し、従業員8人と共に仕事を続けた。
 過去の取引先などに頭を下げ、畜産業者を紹介してもらい、新たな取引先を捜した。岩手や栃木など近県だけでなく、北海道や島根などにも出張して工事を行った。
 売り上げは少しずつ持ち直したが、遠距離の出張を増やすと経費がかさみ赤字は解消されていない。賠償で穴埋めする状況が続く。
 賠償終了を見据え、新たな生き残り策に踏み切った。事業の中心を取り付け工事から製造と販売にシフトするため、空調機器の制御盤を生産する新工場を山木屋に建設する。
 工場の操業開始は来年5月を見込む。「うまくいくかどうかは分からない。自立への道筋を付けるには、いま手を打つしかない」と前を向く。


東日本大震災:福島第1原発事故訴訟 避難者自殺 東電が控訴断念、賠償判決確定へ 13日に謝罪
 福島第1原発事故に伴う避難生活中に自殺した福島県浪江町の五十崎喜一(いそざききいち)さん(当時67歳)の妻ら遺族3人が東京電力に損害賠償を求めた訴訟で、東電は9日、自殺と事故との因果関係を認め2700万円余の支払いを命じた福島地裁判決を受け入れ控訴しないことを遺族側に伝え、発表した。原発事故の避難者の自殺を巡り東電の賠償責任を認めた2例目の判決も、1例目に続き確定する。
 妻の栄子さん(66)らは9日、東京都千代田区の東京電力本店を訪れ、控訴断念と謝罪を求めた。
 近藤通隆・福島原子力補償相談室長は「(自殺の原因に喜一さんの持病も関係しているという)こちらの主張もくみ取った妥当な判決。裁判を引き延ばす必要はない」と応じた。近藤室長が13日、栄子さんが避難する福島県二本松市の自宅を訪れ、謝罪することも決まった。
 栄子さんは「きちんと謝罪してもらえれば夫も成仏できる。私の気持ちも落ち着き一区切りになる」と話した。【土江洋範】

家賃催促/42と45を間違え/スイカ108円が美味しい

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Kendall Jenner se dénude pour Calvin Klein
Égérie de la marque depuis plusieurs saisons, c'est cette fois-ci en sous-vêtements que Kendall Jenner pose dénudée pour la nouvelle campagne Calvin Klein.
Alors qu'elle vient de défiler pour les maisons Versace et Chanel lors de leurs défilés Haute Couture à Paris, c'est pour la marque américaine Calvin Klein que Kendall Jenner prête sa silhouette le temps d'une nouvelle campagne publicitaire. Après avoir été l'égérie de la ligne Calvin Klein Jeans cet hiver, elle rejoint donc son ami Justin Bieber comme ambassadrice de charme pour la ligne de sous-vêtements.
Superstar des podiums depuis plusieurs saisons, la petite sœur de Kim Kardashian poursuit sa carrière à une vitesse fulgurante en enchaînant les contrats prestigieux les uns après les autres. Égérie beauté Estée Lauder en incarnant leur nouveau parfum Modern Muse tout en créant son rouge à lèvres, favorite de Karl Lagerfeld, en couverture des Vogue Chine et Japon cet été, mannequin inaugurant la prochaine collaboration de Balmain avec le géant H&M... La jeune Californienne de 19 ans est sur tous les fronts.
Un mariage payant
Et c'est cette fois-ci plus sensuelle que jamais qu'elle dévoile sa silhouette athlétique pour la lingerie siglée ≪MyCalvins≫. En toute assurance, la fille de Caitlyn Jenner pose topless et en string pour de nouveaux clichés qu'elle a directement publiés sur son compte Instagram ce 8 juillet. Sans surprise, il n'aura fallu que quelques heures pour que les photos fassent le tour de la toile et des réseaux sociaux pour finalement cumuler plus d'un million de ≪likes≫. Une nouvelle fois, les marques s'appuient sur l'incroyable popularité du top en herbe pour promouvoir leurs produits en l'espace de quelques clics.
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所さん!大変ですよ「謎の“高齢者”公園」
高齢者ばかりが集まる不思議な公園が神奈川県にある。人気の秘密は、今年設置された高齢者向け“健康遊具”にあった。幼い子供が遊ぶには大きすぎる健康遊具。調べてみると、遊具メーカーの中には、今や子供向けより高齢者向けに力を入れるメーカーまであることが判明。一体、何が起きているのか?超少子高齢化時代の“公園事情”が浮かび上がる。
所ジョージ,久保田祐佳,徳永圭一,
澤口俊之,牛窪恵,モーリー・ロバートソン,
吉田鋼太郎

モーガン・フリーマン 時空を超えて 「時間」は存在するのか?
俳優モーガン・フリーマンがいざなう未知の世界。3月に放送したシリーズ第2弾。「時間」について第一線の研究者が持論を展開する。そもそも時間の定義は何か?1日を数字で刻むもの。脳で構築しているもの。時間は存在しない…。事故にあった時、起きたことをスローモーションのように感じるのは、脳の働きによるものだという。時間認識の違いは何をもたらすのか?考え始めると眠れない時間を過ごすことに!?(2011年米)
〜ディスカバリー制作〜


世界ノーブラデーだそうです.
でもそれよりも大事なこと.家賃催促されてしまいました.振り込み忘れていました.ごめんなさい.
もう一つごめんなさいがあります.42と45を間違えていました.すみません.
お昼商店街で徳用の小玉スイカを買いました.108円です.このためにスプーンを持ってきましたからね.いつもの公園でのんびり食べます.美味しいです♪

まち歩きを手助け 旧野蒜駅に暫定観光案内所 東松島
 東松島市は、旧JR仙石線野蒜駅にある野蒜地域交流センターに観光案内所を開設した。市内を中心に、石巻地方、松島町などの観光情報や交通案内に当たる。午前9時から午後4時まで。年中無休。業務委託された第三セクター奥松島公社の職員2人が常駐する。
 観光案内所は、地域交流センター1階の交流スペースの一角に1日開設された。高台の野蒜北部丘陵に移転した野蒜駅を利用して訪れる観光客に対応する。
 新しい野蒜駅周辺には本年度内に「野蒜観光交流物産センター」が整備される予定で、観光案内所は、それまでの暫定的な開設になる。
 市商工観光課の担当者は「野蒜駅にも観光パンフレットを置かせてもらっているが、現状では十分な案内業務はできない。当面は観光案内所を起点に、まち歩き、広域周遊観光の振興につなげたい」と話した。
 市内の仮設住宅住民らが作る手工芸品や農水産加工品などの紹介、販売も検討している。
 連絡先は奥松島公社0225(86)1511。


<被災JR線>鉄路復活に暗雲 BRT模索も
 東日本大震災で被災し、バス高速輸送システム(BRT)で仮復旧中のJR気仙沼線と大船渡線をめぐり、鉄路の復活は厳しいとの認識が沿線自治体に広がっている。震災発生から4年4カ月が近づいても復旧議論が進まず、総額1100億円に上る復旧費用を確保する見通しが立たないためだ。
<国費投入なし>
 6月5日、東京の国土交通省であった「沿線自治体首長会議」。出席した宮城、岩手両県の沿線5市町の首長に対し、JR東日本は復旧費用の全額負担は困難との姿勢を強調した。国も「黒字企業に補助金を出すのは国民の理解を得られない」と公的負担を否定した。
 JRの試算によると、復旧に必要な費用は気仙沼線が700億円、大船渡線が400億円。JRはこのうち、ルート変更などに必要な気仙沼線の400億円と大船渡線の270億円の負担を国や自治体に求めてきた。
 陸前高田市の戸羽太市長は「国鉄時代なら別だが、相手が民間である以上、強気の交渉はできない。市民が『鉄道がいい』と言っても、そうできる裁量権がわれわれにはない」と苦しい立場を表現する。
 巨額の復旧費を工面する当てがない中、関係首長からは鉄路以外の道も探るような発言が相次ぐ。
<総合的に判断>
 気仙沼市の菅原茂市長は6月12日の市議会東日本大震災調査特別委員会で「鉄道が走っているのを見たいわけではない。機能が戻ったり、もっと良くなったりして復興に資することが望みだ」と答弁。鉄路復旧の方針は堅持しつつ、BRTの継続も選択肢の一つと示唆した。
 5日後の17日。宮城県南三陸町の佐藤仁町長は、町議会6月定例会の一般質問で「現実を見つめ直して復興まちづくりを進めざるを得ない」と説明。中心部の志津川地区の復興を優先するため、全線復旧にこだわらない考えを示した。
 翌18日には、大船渡市の戸田公明市長が市議会で「総合的に判断しなければならない。鉄路もBRTもなくなることがあってはならない」と答弁した。市は今後の交渉が、BRTの路線延長や新駅設置などといった条件闘争になる可能性も視野に入れる。
 次回の首長会議は今月下旬にも開かれる。陸前高田市の戸羽市長は「丸5年を迎える来年3月までに結論を出さなければいけない。必要なのは持続可能な公共交通。JRには早く方向性を示してほしい」と訴える。


<被災JR線>鉄路なければ観光衰退と危機感
 東日本大震災で被災したJR大船渡線と気仙沼線の鉄路復旧の見通しが立たない中、沿線では仮復旧で導入されたバス高速輸送システム(BRT)が住民の足として定着しつつある。一方、復興事業が本格化している被災地では、定まらない復旧方針がまちづくりに影響を与えている。
 大船渡線のBRTは、気仙沼−盛(大船渡市)駅間を1日当たり上下29〜53本が走る。震災前の列車19本から増え、地元からの要望で新駅として長部、奇跡の一本松、高田高校前、高田病院(陸前高田市)碁石海岸口(大船渡市)の五つができた。大船渡魚市場前駅(同)の新設も検討中だ。
 「小回りが利き、新駅を設置しやすいBRTの良さが生かされている」と大船渡市幹部は評価する。
 1日当たりの輸送密度は2014年度265人と前年度より65人増えた。陸前高田市竹駒町から岩手県立高田病院に通う女性(74)は「家族は日中おらず、自分は車に乗れない。BRTは通院に欠かせない」と言う。
 同市気仙町の女性(60)は地区に一つだけの駅が遠く、通院には市が運営する乗り合いタクシーを利用する。BRTは路線バスより停車先が少ないのがデメリット。「低料金のBRTを使いたい人は多い」と駅の増設を求める。
 宮城県南三陸町は、気仙沼線のBRTを前提に復興まちづくりを進めようとしている。
 町が昨春実施した町民アンケートでは、鉄路復旧を望む声が48.5%とBRT継続(18.2%)を上回った。ただ、地盤を約10メートルかさ上げした中心部に商店街がオープンする「早期まちびらき」が来冬に迫り、鉄路再開を待てないのが実情。町は陸前戸倉駅(南三陸町)までの鉄路復旧を求めており、その先はBRTの活用を想定する。
 正式な方針が決まらなければ、具体的なインフラ整備を進めるのは困難だ。気仙沼市では、気仙沼線沿線で震災前は年20万人の海水浴客でにぎわった大谷海岸のまちづくりに支障が出ている。
 BRTが固定化しつつある流れに、三陸沿岸でホテルや水産加工場を営む阿部長商店(気仙沼市)の阿部泰児会長は「地域は衰退の一途をたどる」と危機感を隠さない。震災後の人口減が著しい地域には交流人口の拡大が必須。「路線図でつながっていなければ、観光客は訪れる気持ちがなくなる」と警鐘を鳴らす。


<被災JR線>高齢者の足確保、最優先に
◎岩手県立大教授・元田良孝氏
 JR気仙沼線と大船渡線は、JR東日本、国ともに復旧の全額負担に難色を示し、鉄路復活は厳しい情勢だ。被災地の公共交通はどうあるべきか。岩手県立大の元田良孝教授(総合政策)に聞いた。
 −震災から5年目を迎えても復旧方針について結論が出ていない。
 「高度な政治的問題になっており、簡単に結論を出せないのは仕方ない面もある。復興計画では、鉄道かバス高速輸送システム(BRT)かだけでなく、地域の公共交通の在り方を考えておくべきだった。そこまで進んでいないのは残念だ」
 −議論で重視すべきことは何か。
 「最も必要としているのは車を運転できない高齢者。両線の沿線自治体では、高齢化が急速に進んでいる。高齢者の移動手段をどう確保するかが最も大事だ」
 「高齢者に必要な交通の在り方を考え、一番効率的なものを選択すればいい。バス利用者が少ない場合は無理に運行せず、タクシーで代替することがあっていい。それが地域に即した公共交通だろう」
 −被災地では人口減が深刻だ。
 「将来の人口減を考慮しない復興計画は意味がない。鉄道を残したいという声は大きいが、利用者がほとんどいない状況では、何のために多額の費用を掛けるのかという話になる。両線は震災前から利用者が少なく、今後も劇的に増えることは考えにくい」
 −BRTの継続と充実を求める声もある。
 「BRTは駅を増やしやすく利便性は高いが、拡大しすぎれば地元の路線バスが打撃を受ける。あくまで鉄道の代替との立場を崩さず、専用線を延ばしていけば鉄道と変わらないパフォーマンスを出せるのではないか」


<安保法案>岩手県議会、廃案求める
 岩手県議会(定数48、欠員4)は6月定例会最終日の8日、安倍政権が今国会成立を目指す安全保障関連法案の廃案を求める意見書を賛成多数で可決した。議会事務局によると、都道府県議会で廃案を求める意見書が可決されたのは全国で初めて。
 意見書は「法案は集団的自衛権の行使容認を前提としており、武力行使の一体化につながりかねない」と批判。「集団的自衛権の行使は許されないとしてきた歴代の政府見解を一内閣で変更するのは立憲主義に反する」として廃案を求めている。
 採決は賛成29、反対14。民主、共産、社民各党と生活の党系の会派などが賛成した。自民、公明両党会派などが反対に回った。


<福島商圏喪失>4年の空白 再起遠く
◎原発事故の現場(上)すくむ
 東京電力福島第1原発事故で、避難区域の商工業者は商圏を一気に失った。打撃は大きく、事故から4年以上たった今も多くが営業を再開できず、継続しても東電の賠償が命綱となっている事例が少なくない。賠償の「打ち切り」が2年後に迫る中、苦難にあえぐ事業者の今を追った。(福島第1原発事故取材班)
 骨付き肉が入ったショーケースは、動物の格好の餌場になった。片付け後もハエが飛び交い、ネズミのふんが靴にへばりつく。
<再建の余裕なし>
 原発事故で無人となった福島県浪江町の駅前商店街。「小さな店だが、地域にかわいがってもらったな」。精肉店を営んでいた川合陽一さん(67)は、さびたレジカウンターを触りながらつぶやいた。
 豚肉の解体ショーが好評だった。混雑時に電話が鳴ると、お客さんが代わりに出てくれた。昔ながらの商店街の肉屋として親しまれた。今も震災前の懐かしい光景が夢に出てくる。
 原発事故で町民約1万9000人は全国に散った。町は2017年3月以降の避難指示解除を見込むが、どれだけ町民が戻るのか見通せない。縁もゆかりもない桑折町に避難した川合さんは、商売再開の身動きが取れず途方に暮れる。
 「全町避難で商圏は壊された。田舎の小さな肉屋が新天地で再開するなんて、とても無理だ」
 避難指示解除後、浪江で再建する余裕もない。東電から営業損害賠償として4年分の逸失利益9600万円が支払われたが、7000万円は融資の返済に充て、残りは法人税に消えた。店を取り壊して設備投資するには、新たに5000万円の資金が要る。
 行く末は次男(37)に委ねている。「4年のブランクは長すぎた。自分はもう体力も気力もなくなった」。店を畳む覚悟もしている。
<2年前いわきに>
 全域が避難区域の富岡町。海の近くで旅館業を営んでいた吉田松恵さん(66)も再開するかどうかで日々悩んでいる。
 「気持ちだけは前に進もうとするけれど、どの方向に足を踏み出していいのか、正直分からない」
 60人ほどが泊まれるこぢんまりとした宿だった。サッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)に近く、クラブユースの子どもたちの合宿でにぎわった。
 震災前のように合宿利用は見込めなくても、当面は廃炉作業員らの宿舎として需要が増えるとの算段はある。妻と東京都内に避難していたが、2年前、町に近いいわき市にも単身用アパートを借りた。建築士らに相談し、損傷が激しい旅館の再建を模索する。
 ネックになっているのが後継者問題だ。首都圏に住む長男(37)は旅館を引き継ぐかどうか決めかねている。今の状況で投資して建物を改修していいのか、諦めるべきか…。尽きぬ悩みにため息をつく。
 「再建に踏み切ってもあと何年やれるか。今のままだと私の代で終わりだろう。ただ、(一時全町避難した)広野町の同業者が再開した姿を見ると、もう一度頑張ろうかなとも思うんだ」
[メモ]6月に策定した新たな福島復興指針で、国は今後2年間を事業再建に向けた支援策を集中的に展開する期間と位置付けた。東電は営業損害賠償を2016年度末で終了し、その後は個別対応とする方針。福島県商工会連合会によると6月20日現在、避難区域のあった12市町村で、営業を再開したのは52.9%の1353事業所。


<鉄のまち未来へ>市を挙げ接客意識醸成
◎釜石・橋野高炉跡 世界遺産決定(下)変わる
 釜石市が釜石観光物産協会に委託する橋野鉄鉱山・高炉跡ガイド付きツアーバスが6月7日、初めて運行された。乗客は約1時間かけて高炉跡を回り、ガイドの話に耳を傾けた。
 一関市の会社員小野寺英徳さん(33)は「移動が楽だし、解説で遺跡の概要や意義がよく分かった」と満足そうだった。
<殿様商売 課題>
 世界文化遺産登録に向け、市は観光客の受け入れ準備を進めてきた。JR釜石駅前発着のバス導入もその一環。高炉跡は市中心部から30キロ以上離れ、直通の交通機関はない。土日祝日の運行で6月は10本が走り、53人が利用した。
 石組みだけの高炉跡の価値を分かりやすく伝えることにも力を入れる。ガイドは車内で紙芝居や写真で高炉建造の背景を説明する。市は4カ国語対応の音声ガイドも用意する。
 世界遺産となることが決まり、トイレ不足や進まない土産開発など待ったなしの課題は山積している。最大の問題点に指摘されるのが長年の「殿様商売」だ。
 新日鉄釜石製鉄所の企業城下町。現在3万6000の人口は9万を超えた時代もある。内陸との交通アクセスが悪かったため顧客流出の心配はなかった。市外からの客が飲食や宿泊料金の設定、接客態度に不満を漏らすことは少なくない。
 市観光交流課の菊池公男課長(53)は「努力せずに物が売れた時代が続き、観光客を相手にする意識や経験がなかった」と振り返る。
<25団体が連携>
 最大の誘客チャンスを前に、おもてなし意識の醸成は欠かせない。釜石観光物産協会は6月、観光関係の約25事業者・団体による会議を設けた。町内会なども加わり、市を挙げての運動に広げる。
 震災から5年目。市の復興計画期間は来年度で折り返す。宿泊施設や飲食店を支えた復興需要が収束していくことへの危機感が、じわりと広がる。
 沢田政男会長(67)は「世界遺産登録を機に、まちが生まれ変わらなくてはいけない。観光客を満足させ、リピーターを増やすことが将来の釜石の活力になる」と強調する。
 2016年に岩手国体、19年にはラグビーワールドカップが迫る。「鉄のまち」が目指す「観光のまち」。今後の取り組みと覚悟に懸かる。


<マイナンバー>仙台市民「何だべ」24%
 国民一人一人に番号を割り振るマイナンバー制度の名称と内容をともに知る人は2割を切り、認知度が低いことが8日、東日本リサーチセンター(仙台市)が仙台市民1000人を対象に実施した調査で分かった。
 調査結果によると「名称も内容も知っている」は18.0%、「名称は知っている」が56.8%。「初めて聞いた」は24.9%だった。
 マイナンバー制度で知っていることを尋ねた設問(複数回答)では「住民票を持つ人に番号を与え、複数の機関に存在する情報を確認するために活用される」が最多の72.6%。次いで「10月以降、市区町村から12桁のマイナンバーが通知される」の43.3%だった。「来年1月に制度が始まる」は17.2%にとどまった。
 不安に思うことでは「個人情報が漏えいすることでプライバシーが侵害される恐れがある」が60.4%と目立った。対策として「不正利用や情報漏えいへの罰則強化」や「政府から独立した強い権限を持つ第三者機関による監視」を挙げる意見が多かった。
 リサーチセンターの担当者は「調査は年金の個人情報流出問題以前に実施したが、それでも情報漏えいを心配する声が多い」と指摘した。
 調査は20〜60代の男女の登録モニターを対象に4月に行い、全員の回答を得た。


被災の金鵄像修復へ 仙台城跡から搬出
 仙台市青葉区の仙台城跡で8日、東日本大震災で壊れたブロンズ彫刻「金鵄(きんし)像」の搬出作業があった。東京のブロンズ像製造業者に持ち込んで修復した後、2017年3月に再展示する。
 像はトビをかたどり両翼約6.7メートル、重量約4.7トン。1902(明治35)年に東京美術学校(現東京芸大)の若手研究者らが制作した。東北では最も古いブロンズ彫刻の一つとされる。
 高さ約20メートルの戦没者慰霊碑「昭忠碑」の尖塔(せんとう)部に据え付けてあったが、震災で鋼鉄製の支柱が折れて落下。左翼と頭部が断裂した。
 修復は文化庁の震災復興事業で費用は約8000万円。像を管理する青葉城資料展示館によると、修復後は昭忠碑前に台座を設けて展示する。


震災遺構保存断念 豊間中の旧校舎解体始まる
 東日本大震災の津波で被災し、福島県いわき市が震災遺構としての保存を断念した豊間中旧校舎の解体が本格的に始まった。
 校舎は鉄筋3階、延べ床面積2455平方メートルで、5月の連休明けから内部の備品の取り外しなどが進められた。今月6日に重機が入り、建物本体の取り壊しに着手した。今月中に地上部分の解体が終了する予定。跡地は福島県が整備する防災緑地となる。
 旧校舎は海岸のすぐそばにあり、1階が津波の被害を受けた。市は震災遺構の候補に選定したが、地元の賛同が得られず、昨年12月に保存を断念。震災当日が卒業式だった3年生の寄せ書きが残る黒板など、思い出の品を保存・展示する方向で検討している。


特集ワイド:「忘災」の原発列島 国が避難指定解除→支援打ち切り 「20ミリシーベルトは安全」の非情
 東京電力福島第1原発事故で古里を汚された住民が、国の避難政策の見直しで再び翻弄(ほんろう)されている。国は2011年11月までに局所的に放射線量が年間20ミリシーベルトを超す場所を特定避難勧奨地点に指定。昨年12月に基準を下回ったとして福島県南相馬市の指定を解除し、支援を打ち切ったが、住民808人は「安全だ」と繰り返す国を相手取り、解除取り消しなどを求める集団訴訟を東京地裁に起こした。住民の思いに触れようと、現地を歩いた。【石塚孝志】
 ◇福島県南相馬市、住民808人が取り消し求め集団訴訟
 南相馬市原町区の馬場行政区。福島第1原発から約25キロ離れた農村は休耕田が広がり、西方に阿武隈山地を望む。原告の小沢洋一さん(59)が、指定地点だった民家の壁近くで手にした放射線測定器の表示は「毎時2・0マイクロシーベルト」。「高いなあ」と声を上げた。住民組織「南相馬・避難勧奨地域の会」事務局長。県内で除染業務ができる資格を持っている。
 「毎時2・0マイクロシーベルト」とはどのようなレベルなのか。国が特定避難勧奨地点に指定した年間20ミリシーベルトを時間に換算した毎時3・8マイクロシーベルトより低いが、単純計算では年間11ミリシーベルトにも相当する。法令で定められた一般人の被ばく限度年間1ミリシーベルトの10倍以上だ。
 年間20ミリシーベルトという値は、原発など放射線管理区域で働く作業員と同じ制限基準になる。そこでは防護服に身を固め、飲食や喫煙、滞在時間までも制限される。同地点に指定されると、避難の強制はないが、東電から1人当たり月額10万円の慰謝料のほか、避難者には行政からも固定資産税の減免などさまざまな支援を受けられた。ただ、指定は地域ではなく地点。そのため指定された民家の隣が非指定というケースも珍しくない。
 国は南相馬市の山沿いの8行政区約800世帯のうち152世帯を指定した。他にも同県伊達市と川内村の一部を指定したが、共に12年12月に「基準を下回った」と解除。残った南相馬市も住民の声を無視して解除したため、8行政区の区長を先頭に未指定の世帯を含む206世帯808人が裁判に訴えた。
 小沢さんが説明する。「放射性物質を含んだ雲は海からの風で北西に流れて山間部を汚染しました」。原発事故から4年。除染作業は進められてきたが、「山を汚染した放射性物質が西風に乗って飛んできます。国は安全と言いますが、放射性物質が集積されやすい雨どいの下などは依然として線量が高い」。
 放射線量は、地面からの高さや向きでも変わる。場所を移動し、農道で小沢さんが測定器を差し出した。高さ1メートルで毎時3・84マイクロシーベルトだったが、高さ10センチに下げると、4倍強の同16マイクロシーベルトに上がった。「農作業や草むしりでは、土ぼこりを吸うこともある。特に土で遊ぶ小さな子どもには危険です。それなのに田畑などを含めた生活環境全体を測定していないのはおかしい」。測定器を山の方角に向けただけで数値が1・5倍に上昇した場所もあった。「指定前、私も国の測定に付いて回りました。その様子を見ると、玄関と庭先しか測定せず、測定する時も数値の低い値の方角を探しているようでした」。言葉に怒りがこもる。
 指定解除で住民の帰還は進むのか。大谷(おおがい)行政区の自宅が指定され、市中心部の仮設住宅で避難生活を送る原告、林マキ子さん(66)は現在、長男(43)と孫(19)の3人暮らし。「指定が解除されたからといって自宅に帰れない。地区から離れた若い人には帰ってきてほしいと思うけど、(線量が)高い所があるのに、酷だよね」とつぶやく。
 約80世帯約300人が住んでいた高倉(たかのくら)行政区には、70歳以上の120人程度しか残っていないという。自宅に残る元市議会議長で同行政区長の菅野(かんの)秀一原告団長(74)は「指定が解除されても若い人は帰ってこないよ。婦人会、PTA、消防団など地域のコミュニティーが崩壊した」。3人いる孫も遊びには来ない。「将来、もし孫に健康被害が出たら、大きな責任があるからね」。寂しそうな表情を浮かべる。指定解除については「20年の東京五輪開催までに福島は落ち着いたと世界にアピールしたいからではないか」と国への不信感を漏らした。
 家の周囲や庭土などで詳細な放射線量と汚染の度合いを調べ、東京・霞が関と比較したい。こう訴えるのが、押釜行政区に住む「南相馬・避難勧奨地域の会」会長の末永伊津夫さん(67)。「国は南相馬を甘く見ている。ここで泣き寝入りしたら、将来、孫やひ孫らにお墓をけっとばされる」と一歩も引かないと語った後に「いずれ20ミリシーベルトの基準で避難指示を受けた地域が次々と解除されると、必ず問題になる」と訴えた。
 末永さんの懸念は、国が6月に17年3月までの避難指示解除準備区域(放射線量が年20ミリシーベルト以下)と居住制限区域(同50〜20ミリシーベルト超)の避難指示を解除することなどを閣議決定したことだ。「南相馬市だけの問題ではないのです」
 さらに、前出の小沢さんは「居住制限区域まで解除されたら、年間20ミリシーベルト以上の地点があったとしても南相馬市と同じように帰還を促されてしまうのではないか」と懸念する。確かに国や自治体は、住民の帰還を急がせているようにも見える。
 そもそも年間20ミリシーベルトという基準は、どのようにして決まったのか。国が参考にするのは国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告で、緊急時を過ぎた復興期での「現存被ばく状況」で示す「年間1〜20ミリシーベルト」の上限に当たる。一方、南相馬の住民側が20ミリシーベルトを違法と主張する根拠は、事故前から国が各種法令の基にしているICRP勧告の公衆の被ばく限度「年間1ミリシーベルト」による。
 国は「20ミリシーベルト以下だから安全」と繰り返すが、本来の意味は違うと説明するのは原子力規制委員会の「帰還に向けた安全・安心対策に関する検討チーム」で委員を務める森口祐一・東京大学教授(環境システム学)。「20ミリシーベルトという基準は、政府が『住んではいけない』と強権的に決めた場所ですが、もし数値が下がったら『帰りたい』という住民に対応するという考えを基に設けました。20ミリシーベルト以下なら即帰還ではなく、国は、帰りたい人、帰りたくない人の意思を尊重しないといけない。だから解除イコール支援打ち切りではないはず」と話す。
 除染した土を集めた保管場所、復興工事のため粉じんをあげて走る大型ダンプの列、カーテンが閉められ人けのない民家……。南相馬で目にした現状だ。原発事故はいまだに収束していない。


川内核燃料装着 住民避難は置き去りか
 九州電力は、川内原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)の原子炉に核燃料を装着する作業を始めた。8月中旬の再稼働を目指している。川内原発は原子力規制委員会の安全審査に合格しており、新規制基準に基づく初の原発再稼働に向け、手続きは最終段階に入ったことになる。
 だが、再稼働が目前に迫りつつあるにもかかわらず、事故に備えた避難計画は不十分な状態で置き去りにされている。政府は川内原発をひな型に、原発の再稼働を順次推し進める考えだが、こうした課題を積み残したまま、原発回帰に踏み出すことには大きな疑問がある。
 政府は昨年9月、鹿児島県と川内原発30キロ圏内の9市町の避難計画を「具体的かつ合理的」として了承した。ところが、それから約10カ月を経ても、事故への備えが整ったとは言い難い状況にある。
 策定された計画を円滑に進めるには住民参加の訓練が不可欠だが、県や関係自治体はまだ実施していない。県は、再稼働前は九電の態勢に余裕がなく、十分な協力が得にくいことを理由に挙げるが、再稼働よりも訓練を優先するのは当然だ。
 事故時の甲状腺被ばくを低減するため、原発5キロ圏の住民には安定ヨウ素剤を事前配布する。使用方法などに関する説明会への住民参加が停滞し、配布率は7割にとどまる。避難した住民の放射能汚染状況をチェックし、除染する場所をどこに設けるかも決まっていない。
 県は先月、県バス協会などと事故時の緊急輸送協定を締結した。ただし、放射能が大量に漏れ出る事故が起きた場合、バス事業者にどこまで協力を求められるか不透明だ。「本当に事故が起これば自衛隊頼みだ」と漏らす県幹部もいるという。
 九電は川内原発の再稼働に際し、県と薩摩川内市から同意を得た。他の自治体から同意を得る義務はないものの、県内外の自治体の議会で九電に住民説明会の開催を求める動きが広がっている。九電は応じていないが、住民の不安を受け止め、再稼働前に説明会を開くべきだ。
 私たちは、避難計画を含めた原発の安全性確保を前提に、最小限の再稼働は否定しないものの、できるだけ早く原発ゼロを実現する道筋を描くよう求めてきた。一方、政府が近く正式決定する2030年の電源構成で、原発比率は「20〜22%」とされた。この目標は、経済産業省の審議会で話し合われたが、国民の間で論議を深めた結果ではない。
 どんなに対策を強化しても事故のリスクはゼロにならない。脱原発依存の道筋を示さず、国民の懸念にも向き合わずに、再稼働を進める政府の姿勢は容認できない。


新国立競技場 負の遺産は造れない
 今のままでは東京五輪の負の遺産となりかねない。新国立競技場の巨額費用と決め方の不透明さは納得できるものではない。まだやり直せるはずだ。
 まるで、結論ありきのようだった。東京都内のホテルで、おととい開かれた国立競技場将来構想有識者会議。新国立競技場の事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)に置かれ、さまざまな提言をするはずの場である。
 工事費は基本設計時に千六百二十五億円だったのに、甘い見積もりが災いし、実施設計時には二千五百二十億円に達した。大会後にもろもろの追加工事も予定され、さらに膨れ上がる。
◆国民の理解得られるか
 ところが、政界、財界、スポーツ界などの重鎮たちから異論はほとんど出ずじまい。国民の理解を得る努力を求める声は一部に聞かれはしたが、JSCの計画を追認し、お墨付きを与えてしまった。
 普通の感覚からはひどく懸け離れている。財源確保もおぼつかないままの見切り発車を憂え、軌道修正を訴えた外部の声は無視された。千兆円を超す借金を抱えながら誰のため、何のための祭典か。
 理解し難い疑問がいくつも残っている。JSCはもちろん、所管する文部科学省も、国民への情報開示と丁寧な説明、合意づくりをないがしろにしてきた結果だ。
 二〇一九年九月に予定されるラグビーワールドカップ(W杯)の日本開催が決まり、旧競技場の建て替え構想も重なった。
 新競技場は開幕戦と決勝戦が行われる主会場となる段取りだ。完成を間に合わせるには十月着工は譲れないぎりぎりの線という。
 けれども、W杯の主会場の目安は六万人以上の収容能力とされていた。とすれば、例えば横浜国際総合競技場(日産スタジアム)でも開催できるのではないか。主会場の変更を検討するべきだ。
◆見直す時間まだある
 そうすれば、新競技場の計画を見直す時間を捻出できる。
 施設のチェックを兼ね、本番の前年に行われるプレ五輪を心配する向きもあるが、日程について知恵を絞る余地はあるだろう。
 加えて、キール(竜骨)と呼ばれる巨大なアーチ構造への強いこだわりである。斬新なデザインは国際公約というのだ。
 しかし、この構造こそが工事費を押し上げ、工期の遅延を招きかねない最大の要因だ。特殊な技術や膨大な資材を要し、発注先もかなり限られているという。
 ただでさえ物価や人件費は高騰しているのに、その上積みとなっている。値段もよく分からずに採用するとは、ずさんというより無謀そのものである。耐震性への懸念も拭えない。
 新競技場の工事費は、当時のレートでロンドン五輪の主会場の四倍、北京五輪の六倍に及ぶ。さらに、完成後五十年間で千四十六億円の大規模改修費も必要だ。この間の収支見通しは、現時点で年二十億円余の赤字と予想される。
 神宮外苑は都心の緑のオアシスである。その歴史や文化の薫りを損ね、景観を壊し、国民に重いつけを回して箱物を造る。かつて繰り返された巨大公共事業の再来のようだ。
 経費を削り、環境に優しい五輪を目指す国際オリンピック委員会の改革理念に明らかに逆行する。
 財源はどうするのか。国と東京都が五百億円ずつ出し合うという。とても足りず、スポーツ振興くじの売り上げや新競技場の命名権の売却益などを当て込んでいるが、それらは皮算用にすぎない。
 子どもからお年寄りまで誰もがスポーツに親しめる環境づくりや、選手や指導者を育てるために使われるべきお金を箱物につぎ込むのは筋違いだ。
 JSCの河野一郎理事長は「われわれのミッションはあのデザインを前提に工事を進めること。やめる、やめないは、われわれが決めることではなく、文科省が判断した」と語った。
 そうならば、政府は出直しを決断するべきではないか。時間は残り少ない。
 東京都は半径八キロ圏内に施設の85%を集めるコンパクト五輪を見直し、二千百億円近くを圧縮した。舛添要一知事はその経費を新競技場に投じるつもりなのだろうか。都民はしっかりと見ている。
◆おもてなしの心こそ
 日本が大震災や原発事故に見舞われて以来、国際社会は手を差し伸べてくれている。私たちは支え合いの大切さ、ぬくもりを身に染みて感じ取ってきたはずだ。
 復興五輪では、世界に向かって感謝を届けたい。オリンピアンたちは、巨大な箱物ではなく、日本人ならではのおもてなしの心を期待しているのではないか。私たちは、質朴でありのままの日本を見てほしいと考える。



「無罪一日も早く」 大崎事件第3次再審請求 [鹿児島県]
 無罪を勝ち取るにはもう時間がない−。「大崎事件」で、原口アヤ子さん(88)が第3次再審請求を申し立てた8日、鹿児島地裁前には支援者約30人が集まり、「無実の罪を早く晴らしてほしい」と訴えた。地裁近くの市中央公民館では日本弁護士連合会主催の報告集会があり、冤罪(えんざい)に詳しい映画監督の周防正行さんや冤罪被害者が原口さんを激励し、日本の刑事司法の問題点を指摘した。
 原口さんが地裁前に車椅子姿で現れると、支援者たちは大きな拍手。第1次請求から支援している福一涼子さん(67)=鹿児島市=は「原口さんももう米寿。物忘れがあり、3日前のことは忘れてしまうが、事件のことはしっかり覚えていて『罪を晴らすまで頑張る』と言っている。一日も早く再審無罪が出るように応援を続けたい」と語った。
 約100人が集まった報告集会では、痴漢冤罪が題材の映画「それでもボクはやってない」(2007年)で知られる周防監督が、大崎事件でも焦点になった知的障害者の供述の信用性の問題について、法務省の姿勢などを批判。「最近の裁判所は最後のとりでではなく、権力擁護の場になっている。再審請求では、原口さん個人とちゃんと向き合ってほしい」と求めた。
 また、1990年に栃木県足利市で女児が殺害された「足利事件」で再審無罪となった菅家利和さん(68)は「取り調べの際はカメラ、録音がないと冤罪は絶対になくならない」と述べ、冤罪防止のために取り調べの可視化を完全実施するよう求めた。12人全員の無罪が確定した「志布志事件」の国家賠償訴訟の原告団長を務めた藤山忠さん(67)は「一番悪いのは証拠開示に消極的な裁判所。原口さんにはもう時間がない」と迅速な証拠審理を促した。


<報道圧力>出版協が声明「憲法無視の言論統制」
 自民党若手議員の勉強会で報道機関に圧力をかける発言が相次いだ問題で、中小の出版社でつくる日本出版者協議会(出版協)は9日、「憲法を無視した報道・言論統制だ」とする抗議声明を出した。
 勉強会では、講師役の作家百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと発言。声明は「自民党議員が百田氏の発言をうながした」とした上で「安倍政権が憲法無視の戦争参加への道を進もうとする中での沖縄への差別発言で、見逃すことができない」と批判した。


<矢巾中2死亡>教員間ノート共有せず
◎父親「学校には不信感しかない」
 岩手県矢巾町のJR東北線矢幅駅で同町の中学2年村松亮君(13)が列車にひかれて死亡し、担任に提出したノートに自殺をほのめかす記述があった問題で、ノートを見ていたのは担任だけで、教員間で共有されていなかったことが8日、学校や父親(40)への取材で分かった。父親は「息子の強いSOSを無視した学校側には不信感しかない」と話した。
 学校によると、一日の出来事を書く生活記録ノートは生徒と担任だけでやりとりされていた。記述内容に関し担任から校長らへの報告はなく、他の教諭がノートを見る機会はなかった。
 校長は7日夜の記者会見で「いじめがあったとするならば、(ノートは)予防策として十分に機能していなかった言わざるを得ない」と述べた。
 父親によると、亮君は4月下旬から「嫌なやつがいる」「教科書がなくなった」などと家族に漏らしていた。
 同じころ、ノートには「死にたい」などの書き込みが見られるようになった。6月下旬には「消えたい」「疲れた」「市(死)ぬ場所はきまってるんです」と自殺を示唆するような記述が連日続いていた。
 父親は亮君が亡くなった後にノートの存在を知った。「息子は家族に言いづらい悩みをノートで打ち明けていたように思う。なぜ死ななければならなかったのか、徹底的に調査してほしい」と訴える。
 亮君は5日夕、矢幅駅付近の駄菓子屋へ行くと言って外出した。父親は「悩んでいたことに気付かなかったことが悔しくてたまらない。息子の笑顔は宝物だ」と涙を浮かべた。


岩手中2自殺:多数生徒いじめ目撃「髪つかまれ机に強打」
 ◇全生徒対象のアンケートなどで回答
 岩手県矢巾(やはば)町の中学2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺したとみられる問題で、自殺後に学校側が全生徒を対象に実施しているアンケートなどで、多数の生徒が男子生徒へのいじめを目撃したと回答していることが分かった。男子生徒は担任とやり取りしていた「生活記録ノート」でいじめを訴えていたが、日常的にいじめがあったことがこのアンケートでも裏付けられた。
 男子生徒が5日に自殺したのを受け、学校側は7日からいじめの事実関係を調べ始めた。全校生徒にアンケートしたうえで、見たり聞いたりしたと回答した生徒には聞き取りを実施。また、男子生徒が所属していた運動部の部員と、同じクラスの生徒にも、聞き取りを進めている。町教委によると、これらの調査で、かなり多くの生徒がいじめを目撃したと回答しているという。
 一方、同じ2年生の保護者が子供から聞いた話によると、男子生徒は同級生に髪をつかまれて机に頭を打ち付けられるなど悪質ないじめを受けていたという。今春の運動会の予行演習中には、複数の同級生から砂をかけられ、男子生徒が「やめて」と言っても、しつこく続いた。
 また、クラスメートらによると、男子生徒が体をぶつけられて言いがかりを付けられたり、給食の配膳中に体を押されたりすることもあったという。
 矢巾町教委は「暴行や悪口など具体的ないじめについては、アンケートや聞き取り調査の結果を見て精査したい」としている。【近藤綾加、二村祐士朗】


中2死亡 見逃されたSOS ノートで暴行、自殺を示唆
 岩手県矢巾町(やはばちょう)のJR矢幅駅で列車にひかれ死亡した中学二年の男子生徒が担任に提出したノートに同級生からの暴行や自殺を示唆する内容をつづっていた情報が、校長や他の教諭らに伝わっていなかったことが分かった。
 校長は「情報は共有できていなかった。亡くなる前に(ノートを)見たのは基本的に担任。報告もなかった」と話しており、学校側の対応が問われそうだ。町教育委員会は、いじめの有無などを調査するための第三者委員会の設置も検討している。
 男子生徒は矢巾町の村松亮君(13)。担任に提出していたのは、一日の反省などを記す「生活記録ノート」で、同級生との交友関係についての悩みを連ねていた。「ボクはついにげんかいになりました。もう耐えられません」と苦しい心中を明かした内容が記述されていても、担任の返信欄にコメントはなかった。
 別の日には「市(死)ぬ場所はきまってる」という村松君の訴えに対し、担任は「明日からの研修たのしみましょうね」と記しただけだった。
 学校によると、担任の女性教諭は村松君が亡くなった翌日の六日は出勤したが、七日からは体調を崩して休んでおり、同日の保護者説明会も欠席した。
 校長はノートの内容を、村松君の死後、父親に見せられて初めて知ったと説明。学年主任や他の教諭に伝わっていたかどうかは「調査中だ」と述べたが「情報が共有されていれば、私にも報告があったはずだ」と話し、他の教諭らも村松君の状況を認識していなかったことを認めた。
 また、この中学校では、いじめの早期発見のため、生徒や保護者からの情報収集を年数回、実施すると定めているが、本年度はしていなかった。校長は「行事などの関係でできなかった。まさに今度やろうという矢先だった」と釈明した。
 村松君の死について岩手県警は、列車の運転士などの話から自殺とみている。


担任教師いじめ気づかないふり?対応が面倒だった?岩手中2自殺
岩手で中学2年生が列車にはねられ自殺した。教師と交わしていた生活記録ノートにはいじめに苦しみ自殺をほのめかすSOSが書き込まれていたが、担任教師は対応せず、学校もいじめを知らなかった。
死んだ村松亮君(13)は生々しく、いじめ、悪口、いじめる生徒の名前を書き、最後にははっきりと「死」を口にしていた。しかし、担任の答えはまるでよそ事のようでそっけなく、校長に話すことすらしていなかった。校長も「(いじめを)校内で共有していた事実はありません」という。なんという日本語だ。
「生活記録ノート」村松亮君のSOSはぐらかすような返事
父親は「(ノートは)警察から知らされた。そこまでひどいとは知らなかった」「担任が親身になっていないし理解していない。対応していない。知っていたらそんな学校に行かせなかった」と悔やむ。同級生の父兄は「学校も先生も信じられないですね。SOSですよ。ノートがすべてを物語っていると思います」と話す。
4月から女性教師が担任になった。ノートにはこんな風に書いてあった。新学期がはじまって10日ほど、「最近◯◯(人名)に『いかれてる』とかいわて、けっこうかちんときます」
4月20日。「もうイヤだ。嫌―です」。そのあと「だったら死にたいゼ」と書いて消した跡があった。父親はこのころ、亮君が「学校が嫌いだ。嫌なヤツがいるから行きたくない」というのを聞いていた。「そんなヤツ気にするな」といったという。
5月初めには、ジャージのズボンがなくなったことを繰り返し訴えていた。5日「今日も見つからない。ほかの先生とかにもきいてみてください。おちてなかったか。(涙目状態)」。6日「どうかおねがいします、先生(極限状態)」
担任はこれに対して、「学校でもさがしてみますけど。おうちでももう一度ね」
13日「づっと暴力、づっとづッと悪口。やめてといってもやめないし、もう学校やすみたい。氏(死)にたい」。メモ欄には、雨の中を人が歩くようなイラストに「迷走中」「どこだ」とあった。6月8日「ボクさんざんいままで苦しんでたんスよ?なぐられたりけられたり首しめられたり」
担任「そんなことがあったの?? それは大変。いつ?? 解決したの?」
飛び込む1週間前「ぜったいだれにも言わないでください。もう生きるのにつかれてきたような気がします。氏(死)んでいいですか?たぶん最近おきるかな」
担任からは「どうしたの?テストのことが心配?クラブ?クラス?元気を出して生活しよう」とかみあわない。
6月29日が最後の書き込みだった。「ボクがいつ消えるかはわかりません。先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もうすこしがんばってみます。ただ、もう市(死)ぬ場所はきまってるんですけどね。まあいいか」
担任の返事は「明日からの研修たのしみましょうね」だった。
他の教師や校長にも連絡・相談せず
教育評論家の武田さち子さんは「わざと気づかないことにしたい。気づくといじめに対応しないといけないから。わざと鈍感なふりをしている。絶対に放置してはいけないレベルです」という。
司会の小倉智昭「担任には別の言葉で和らげようとする意図があったのかも」
取材した平野早苗レポーター「かもしれないけど、他の先生にも相談していないし、父兄の不信感は強いですね。また、いじめ防止策も形骸化していたのではないでしょうか」
小倉「自殺以前にどこまで受け止められるか。先生との関係が密なら、なになにちゃんが・・・となるはずだが、恐くて言えないのかな」
宋美玄(産婦人科医)「ここまではっきりしていたら、ノートだけじゃなくて、本来ナマのやり取りになるべきでしょう」
それができないのが現代。病の根は深い。


戦後70年首相談話 個人の見解なら出す必要がない
 安倍晋三首相が夏に発表する戦後70年談話について、閣議決定をせず、「個人的な見解」とする方向で調整に入った。談話の発表を終戦記念日の8月15日より前倒しすることも検討しているという。
 首相はもともと、先の大戦に関する「おわび」や「植民地支配と侵略」の表現を談話に盛り込むことに消極的だった。戦後50年の村山談話や60年の小泉談話を継承することを「踏み絵」と表現したことも。歴代内閣の歴史認識を「全体として継承する」としながらも、個別の文言を必ずしも踏襲しない考えを示していた。
 今度の談話では「個人的な見解」として自らの考えを表明する一方、閣議決定しないことで「過去の首相談話は上書きされず生きている」と説明し、国内外からの批判をかわそうとする思惑が透けて見える。国の最高責任者の態度とは思えず、失望を禁じ得ない。
 形式がどうであれ、首相が表明した歴史認識が「個人的な見解」と見なされることはあり得ない。そこまでして出したい見解こそが、逆に首相の本心だと考えるのが普通だ。そんな危険をはらんだ「個人的な見解」なら、談話を出すこと自体をやめるべきだ。
 首相が閣議決定を避けようとするのは、大幅に会期が延長された国会審議で、野党からの追及を「閣議決定ではない」と言い逃れる意図がうかがえる。安全保障関連法案の審議を最優先させたい意識も働いているようだ。面倒な議論を回避しようとする姿勢は、言論の府である国会をないがしろにしている。
 しかも首相は、村山談話の継承を求める連立与党の公明党との合意も省こうとしている。閣議決定となれば、公明党の太田昭宏国土交通相の署名が必要になるからだ。事前に相談する姿勢は見せているが、与党の統一見解にもならない談話は出すべきではない。
 70年談話に向けて首相が設置した私的諮問機関「21世紀構想懇談会」の意見もある。座長代理の北岡伸一国際大学長は、近くまとめる予定の報告書に「侵略した事実は書くだろう」としている。この報告書を無視するようなら、懇談会はアリバイづくりに使われただけになる。
 また、5月には欧米などの著名な日本研究者450人余りが共同声明を発表し、安倍首相に「従軍慰安婦など第2次大戦とそれ以前の歴史を直視し『偏見なき精算』に踏み切る」よう呼び掛けた。戦争被害国ではない中立的な立場からの忠告として受け止めなければならない。
 これら国内外の声を無視することは許されない。安倍首相は4月の米議会演説で「アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない」と述べた。今の姿勢は「言動不一致」のそしりを免れない。歴代内閣の歴史認識を踏襲した首相談話を、きちんと閣議決定した上で発表するべきだ。

中古自転車購入/おめでとうランチ/初スイカ

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La sagesse vaut mieux que le génie, l'estime que l'admiration, et les douceurs du sentiment que le bruit de la renommée.
-- Jean Le Rond d'Alembert
Wisdom is better than genius, esteem better than admiration, and the sweetness of feeling better than noise of fame.
On risque autant à croire trop qu'à croire trop peu.
-- Denis Diderot
We risk the same believing too much as believing too little.
La manière la plus profonde de sentir quelque chose est d'en souffrir.

-- Gustave Flaubert
The most profond way to feel something is to suffer from it.
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自転車がいつダメになってもおかしくない状況なので新たに自転車を買うことにしました.とはいえ,中古自転車でOKです.歩いて少しのところで買いました.お店の人は中国人のようでした.
お昼はおめでとうランチ.なでしこ準優勝は正直あまり興味ないのですが,少し安いのでそれにしました.
夜にスイカを食べました.この夏はじめてです.とてもおいしいです.

<防災庁舎県有化>南三陸町、管理に積極関与
◎宮城知事に受け入れ正式報告
 東日本大震災で43人が犠牲になった宮城県南三陸町防災対策庁舎をめぐり、佐藤仁町長は7日、村井嘉浩知事に県有化の受け入れを正式に伝えた。佐藤町長は献花台の清掃など維持管理に積極的に関与する方針を明らかにした。
 県庁を訪れた佐藤町長は会談で「県有化後もこれまで通り線香や献花の管理は町職員に任せてほしい」と提案。村井知事は「意見を尊重したい」と答えた。
 県と町は近く、仮に知事や町長が交代しても2031年3月まで県有化を維持する方針や、建物の無償譲渡など契約内容を盛り込んだ協定書を締結する。
 さらに県は老朽化の程度を確認するため実施する現地調査の結果を踏まえ、鉄骨の塗装作業や鉄柵整備などに掛かる事業費を、今秋申請する第13次復興交付金に盛り込む。
 村井知事は「町民の皆さんが真剣に考え、下した苦渋の決断。震災を象徴する施設でもあり、県が責任を持って管理することを約束する」と話した。


<防災庁舎県有化>涙浮かべ「職員が守る」
◎16年かけて保存是非議論
 宮城県南三陸町の佐藤仁町長は7日、県庁で村井嘉浩知事と会い、町防災対策庁舎の県有化を受け入れると伝えた。佐藤町長は献花台の管理などで、今後も町が防災庁舎に一定の関わりを持つ意味を強調。「やっとスタートラインに立った」とも述べ、16年間をかけて保存の是非を町民と話し合う決意を新たにした。
 会談で佐藤町長は、1月28日にあった県有化の提案に対する回答書を村井知事に手渡した後、「私からお願いをさせてほしい」と切り出した。
 防災庁舎の前にある献花台について「従来通り、町役場職員に管理をやらせてほしい」と訴え、ぐっと涙をこらえた佐藤町長。報道各社の取材に「犠牲になったのはわれわれの仲間たち。未来永劫(えいごう)、南三陸町の職員があの場所を守る」と語った。
 ほかにも佐藤町長は、防災庁舎は復興祈念公園の中心施設となるため町と十分に協議すること、「保存前提」と捉えられないようドームなどの構造物はつくらないことを県に要望した。
 会談後、村井知事は「佐藤町長が涙を浮かべて伝えられた思いは町民の総意と受け止める」と前向きな姿勢を示した。「県民全体の問題としてとらえ、ご遺族にも配慮して(保存の方法を)考えたい」と話した。
 防災庁舎は震災発生からちょうど20年後の2031年3月10日まで、今の姿をとどめることになる。
 「これからまだまだハードルを越えなければならない」。佐藤町長は町内で震災遺構を議論する難しさをにじませながら「中高生が防災教育の中で防災庁舎の教訓を考えてほしい」と将来を担う若者に投げ掛けた。


<川内原発>燃料装填に「福島の痛み知って」
 九州電力川内原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)で7日、核燃料の装填(そうてん)が始まった。東京電力福島第1原発事故で福島では今なお11万人が避難し、青森では原発の長期停止で経済が疲弊する。最も遠く離れた原発で進む再稼働の動きに、廃炉が決まった福島第1原発のほか8基の原発を抱える東北は怒り、安堵(あんど)、不安など複雑な表情を見せた。
 「やめてほしいの一言。距離の離れた福島の痛みが伝わっていないのではないか」。福島県川内村から岡山市に避難する大工の大塚愛さん(41)が怒りをあらわにする。
 「事故から4年4カ月しかたっていない。再稼働は早過ぎる」と話すのは、福島県浪江町の自宅を追われ、いわき市に避難する会社役員新谷保基さん(60)。「コミュニティーを破壊されたわれわれの立場はどうなるのか。国や電力会社の『安全』は信頼できない」と突き放した。
 東北電力東通原発(青森県東通村)を抱える下北地域にとっては、原発停止の歳月が長く、重くのしかかる。むつ商工会議所の其田桂会頭は「ようやくここまで来たという感じだ。下北の経済は冷え込んでいるが、少しだけ明るい希望が出てきた」と歓迎する。
 東日本大震災の津波を受けた東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)は事故を免れたが、住民の思いは複雑だ。
 女川町の無職男性(82)は「地元の判断を尊重するしかない」と語る一方で「事故が起きた時のことを考えると怖く、人ごとではない」と危ぶむ。別の無職男性(73)は「電力の安定供給のためにはやむを得ない」と話しつつも「川内原発の安全対策が本当に万全なのか」と疑う。
 原発と無縁だった福島県飯舘村から、新潟県柏崎市に避難する無職斎藤力さん(67)は「住民が再稼働に反対するのは共感できる。ただ、対案を出さずに反対する風潮には疑問がある。単に賛成、反対ではなく冷静な議論をするべきだ」と訴えた。


<矢巾中2死亡>いじめ?ノートに死にたい
 岩手県矢巾町で5日、町内の中学2年の男子生徒(13)が列車にひかれて死亡した事故で、生徒が担任教諭に提出したノートに「ボクがいつ消えるか分かりません」「市(死)ぬ場所は決まっているんです」などと自殺をほのめかす記述をしていたことが7日、分かった。県警は自殺の可能性があるとみて動機を調べている。
 男子生徒の父親(40)は同日、取材に応じ、ノートには4月下旬ごろから「死にたい」などの記述があったことを明らかにした。「先生から電話は1本もなかった。助けてほしいというメッセージだったのに」と涙を浮かべた。
 学校などによると、一日の出来事を記す生活記録ノートに書かれていた。「悪口を言われた」「殴られたり、首絞められたり」など他生徒とのトラブルを示唆する内容もあった。
 学校は7日夜、保護者への説明会を開いた。出席した保護者によると、亡くなった生徒が数人の男子生徒から日常的に殴られたり、蹴られたりしているのを目撃した生徒がいる。
 説明会後に記者会見した校長は「年2回のいじめに関するアンケートでは、いじめは確認されなかった。生徒の死は絶対に防げなかった事故ではないと思う」と述べた。学校は同日、いじめの有無を調べるため、全校生徒対象のアンケートも行った。
 紫波署によると、男子生徒は5日午後7時半ごろ、JR東北線矢幅駅構内の線路で普通列車にひかれて死亡した。


<災害公営住宅>気仙沼で完成遅れ相次ぐ
 宮城県気仙沼市が2017年5月までに市内28地区に2139戸の建設を計画する災害公営住宅で、完成の遅れが相次ぐ。市は各地区で説明会を開き、難航する用地造成や資材確保への理解を求めるが、入居予定者の不満は募る一方。仮設住宅が建つ校庭も明け渡せなくなっている。
 同市唐桑町の宿・明戸地区(17戸)を対象にした6月28日の説明会では、完成が10カ月遅れの17年1月になると報告された。
 「震災から6年も待つなんて」。会場に、ため息が広がった。自営業の女性(70)は「寝たきりの夫と『来春入居できる』と励ましあってきたが、心が折れそう。仙台にいる息子の世話になるかも…」と嘆いた。
 別の説明会に出席した女性は「ほとんどの地区が遅れるので、『自分だけじゃない』と怒りをこらえている」と漏らす。
 市は6月半ば、18地区913戸で完成が1〜10カ月遅れると発表した。遅れの発表は14年6月、ことし1月に続き3回目。これで28地区のうち25地区で最長1年2カ月ずれ込んだ。
 今回は宿・明戸をはじめ、面瀬、大谷など集団移転団地に建てる災害公営住宅で遅れが目立つ。市によると、造成工事中に硬い岩が出てくるなど計画変更が生じたのが理由。「計画変更は人手や資材が余計に必要だが、どちらも不足していてカバーできない」と担当者は語る。
 市は地元工務店などでつくるネットワークに一戸建てと長屋計806戸の建築を委託しているが、組織内に市外業者も入れて建築のピークを乗り切る考えだ。
 住宅の遅れは、仮設住宅が建つ14校の校庭の明け渡しにも影響する。多くは17年6月末で解消される見通しだったが、12校が最長の18年3月まで遅れることになった=表=。
 半数は代替の運動場を確保。残りも近隣校の校庭などを使っているが「代替運動場が狭い。部活動に影響がある状況が震災から丸7年も続くのか」(中学生の保護者)など戸惑いの声も大きい。
 菅原茂市長は「校庭の明け渡し時期はこれ以上、遅らせない。集約を前倒しができるよう努力する」と説明している。


亡き夫の意志継承 被災地に金字経の額装寄贈
 名古屋市の写経作家西村真理子さん(58)が7日、東日本大震災で被災した宮城県七ケ浜町を訪れ、金色の字で写経した「金字経(きんじきょう)」による般若心経の額装を、町内の同性寺に贈った。名古屋と七ケ浜は被災地支援で縁が深く、昨年急逝した西村さんの夫が勤めていた会社も支援活動を続ける。金字経に七ケ浜再生の思いを託し、西村さんは亡き夫と共に震災犠牲者の冥福を祈る。
 般若心経の金色の文字がびっしりと書かれた額装は縦約170センチ、横約50センチ。7日は同性寺に檀家(だんか)総代ら約10人が集まり、納経式を行った。西村さんは「金色に輝く般若心経の文字が、心を慰めていただくことにつながったらありがたい」と語った。
 金字経は金粉を膠(にかわ)で練ったものを墨に見立てて写経し、磨いて文字が光り輝くように仕上げる珍しい技法。西村さんは取り組んで約20年になる。震災を機に被災地のために書き始めた。2年前には気仙沼市の地蔵堂に納めた。
 今回完成させた金字経は、昨年11月に病気のため59歳で急逝した夫博明さんの思いも受け止めて写経した。震災後、社を挙げて七ケ浜の支援をしているブラザー工業(名古屋市)に勤めていた博明さん。生前はよく七ケ浜のことを家庭で話題にしていたという。
 七ケ浜を拠点に支援活動を続けるNPO法人レスキューストックヤード(名古屋市)の橋渡しで、同性寺へ納経することになった。「七ケ浜との縁を大切にし、鎮魂と子孫繁栄を金字経に託した」と西村さん。
 総代長の鎌田節夫さん(80)は「とてもありがたい般若心経。震災で命を落とした妻にも見せたい」と語る。住職の渡辺俊道さん(58)は「金字経に込められたメッセージを檀家に伝えていきたい」と話した。


<鉄のまち未来へ>偉業と気概 復興の力に
◎釜石橋野高炉跡 世界遺産決定(上)生かす
 岩手県釜石市の橋野鉄鉱山・高炉跡が、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産になった。東日本大震災からの復興を目指す「鉄のまち」は、未来に受け継がれる「原点」とどう向き合えばいいのか。意義と課題を探る。(釜石支局・東野滋)
 「震災の被害を受けた後の世界遺産決定だ。新しい釜石が今から始まる」。6日朝、釜石市役所前であったセレモニー。市民約100人を前に、野田武則市長が力強く宣言した。
 被災地に誕生した世界遺産。復興の推進力となることへの希望が膨らむ。
<誘客に期待感>
 真っ先に期待が集まるのが誘客効果だ。ユネスコの諮問機関が「登録」を勧告した5月、橋野鉄鉱山インフォメーションセンターには6344人が訪れ、昨年度(4〜12月)の6036人を1カ月で上回った。
 シンクタンクの岩手経済研究所は、釜石への観光入り込み客数が5万5833人増え、岩手県内に7億2000万円の経済波及効果があると試算する。
 同じ世界遺産「平泉の文化遺産」の63億6000万円に比べると控えめだが、観光産業は裾野が広い。研究所は「宿泊客を増やし、食事や土産で地産地消を進めれば効果は高まる」と指摘する。
 別の角度から意義を見いだす声もある。官民でつくる世界遺産登録推進委員会の大滝粂夫会長(72)は「市民が古里の歴史や価値を見詰め直す機会だ。愛着が生まれ、より良くしようと考える人が増えれば大きな力になる」と語る。
 盛岡藩士の大島高任が釜石に高炉を建造し、近代製鉄の第一歩を記すことに成功した背景には、たたら製鉄や鍛冶といった伝統技術、大量の木炭を供給した豊かな自然の存在がある。
<ツアーを企画>
 「地域資源をフル活用して起こしたイノベーションだった」。釜石市出身で一般社団法人「三陸ひとつなぎ自然学校」の代表理事を務める伊藤聡さん(35)は偉業をたたえる。
 震災後、地元の人と協力して自然や文化など地域の魅力を掘り起こし、「釜石ファン」を増やすツアーの企画に取り組む。目指す釜石の将来像は「地域のために立ち上がり、挑戦する人が多いまち」だ。
 地元が市外から来た人と一緒に復興へ歩む。その姿を歴史と重ね合わせる。「高任が成功した後、多くの人が釜石に集い、切磋琢磨(せっさたくま)しながら鉄のまちを発展させた。今と似ていてわくわくする」
 震災を経て、再び光を放ち始めた先人たちの誇り。釜石を支える気概が脈打つ。
<橋野鉄鉱山・高炉跡> 現存する国内最古の洋式高炉跡3基、鉄鉱石採掘場、運搬路などで構成。1858年、盛岡藩士大島高任(1826〜1901年)の指揮で建造された。大島はこれより前、釜石市内で鉄鉱石を原料に本格的な製鉄に成功。明治初期には釜石、遠野両市で13基の高炉が稼働し国内最大の工業地帯となった。近代製鉄業の礎を築いた歴史的価値から「明治日本の産業革命遺産」に追加された。大半が国有林で採掘場と運搬路は立ち入りできない。


新国立競技場 無謀な国家プロジェクト
 巨大な「負の遺産」となることが誰の目にも明らかなのに本当にこのまま突き進むのか。
 2020年東京五輪・パラリンピックの主会場となる新国立競技場(東京都新宿区)について検討してきた日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議は総工費約2520億円で、8万人収容、開閉式の屋根(遮音装置)を支える巨大アーチ構造が特徴的な実施設計案を了承した。今年10月に着工し、19年5月の完成を目指す。
 工期短縮のため屋根の設置などは五輪後に先送りされた。「国家プロジェクト」をうたいながら、財源のめどが立っていない状態での見切り発車だ。不足分は命名権の売却益や国民からの寄付、スポーツ振興くじの売り上げなどで賄うという甘い目算で、完成後は赤字が見込まれるため五輪後の運営・管理を民間に委託することを検討するという。あまりにも無責任ではないか。
 そもそも巨大アーチを備えたスタジアムは世界にも前例がなく、技術的な問題は解決されていない。アーチ構造を取りやめる代替案を公表している槙文彦氏らの建築家グループは先日、下村博文・文部科学相への提言書で「太平洋戦争末期に戦艦武蔵に無謀なレイテ島突撃を指示した軍参謀本部の姿勢と酷似したものがある」と指摘している。
 下村文科相は代替案を検討した結果、新たに設計をやり直すと19年9月開幕のラグビー・ワールドカップ日本大会には間に合わないとして現行案の維持を決めた。だが、槙氏らはアーチ構造をあきらめれば1000億円程度の費用削減につながるだけでなく、工期も短縮でき、十分間に合うと主張している。文科省はどんな検討をしたのか説明すべきだ。
 なぜアーチ構造にこだわるのか。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長はJSCの有識者会議で現行案を支持する理由として国際オリンピック委員会(IOC)との「国際公約」を挙げた。だが、東京五輪の準備状況を視察するため先日来日したIOCのジョン・コーツ副会長は本紙の取材に「変更したいと思えば、すればいい。総工費が増大して負担となることは心配している」と懸念を示している。現行案に固執する理由はない。
 建設資材や人件費の高騰などを受け、東京都は招致段階でIOCに提出した会場計画の見直し作業を進め、約2000億円を削減した。新たな施設の建設をとりやめ、千葉や埼玉などの既存施設を利用する。開催都市の財政負担の軽減などを目的にIOCが昨年まとめた「アジェンダ2020」の精神に沿ったものだ。新国立も例外ではない。


辺野古の市民運動に「反社会的」 長尾敬衆院議員がツイッターで
 自民党の「文化芸術懇話会」で沖縄のメディアについて「左翼勢力に完全に乗っ取られている」などと発言していた長尾敬衆院議員(比例近畿)が、名護市辺野古の新基地建設に反対する市民運動に対し、「反社会的行動」と主張している。4日付の自身のツイッターに掲載されている。
 ツイッターには、辺野古漁港からキャンプ・シュワブ向けに撮影された写真とともに「4カ月ぶりに、たくさんの反社会的行動を目の当たりにし、周辺住民の困り果てたお声を聞かせて頂きました。今後、じっくりと公開致します。ちなみにこの写真にも悪事が写り込んでおります」と書かれている。
 長尾氏は同懇話会で、「(地元2紙の)牙城の中で沖縄の世論は、あのようにゆがんでいる」「沖縄の特殊なメディア構造をつくってしまったのは戦後保守の堕落だった」などと発言し、党から厳重注意処分を受けている。

ひざ痛で病院/ブーイング/新梅田で笹舟燈籠

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Le Japon se rebranche au nucléaire
DECRYPTAGE
L'alimentation en combustible de la centrale de Sendai, qui a débuté ce mardi, vise à relancer en aout le parc nucléaire à l'arrêt depuis 2013.
C’est bientôt la fin du ≪zéro nucléaire≫ au Japon. La compagnie d’électricité Kyushu Electric Power a commencé ce mardi à charger du combustible dans le réacteur 1 de la centrale de Sendai (préfecture de Kagoshima, sud-ouest) et envisage de relancer la production à compter de la mi-aout. Depuis septembre 2013, aucun des 48 réacteurs ne fonctionne dans l’archipel et les 6 unités de Fukushima sont en voie de démantèlement. Un an plus tôt, l’Agence de régulation du nucléaire (ARN) avait édicté des règles strictes de sécurité et enjoint les neuf compagnies électriques du pays à entamer des travaux de mise aux normes si elles souhaitaient redémarrer leurs unités. Celle de Sendai a reçu l’aval du gendarme du nucléaire en septembre dernier, suivi des autorités préfectorales et municipales. Le gouvernement Abe est donc en passe de remporter son bras de fer avec les Japonais opposés au nucléaire, mais de moins en moins entendus depuis 2011.
157 barres de combustibles au coeur du réacteur
Si tout se passe comme prévu, Sendai sera la première centrale à redémarrer avec de nouveaux impératifs techniques et sécuritaires depuis Fukushima. Pendant quatre jours, des ouvriers vont se relayer 24 heures sur 24 pour glisser une à une les 157 barres de combustibles dans le cœur du réacteur à eau pressurisée construit en 1984 par Mitsubishi Heavy Industries. A la fin du mois, les techniciens de l’ARN vont revenir sur le site pour vérifier si le combustible a été chargé correctement et si Sendai 1 est apte au redémarrage. Les ouvriers du site devront également se prêter à des exercices de sécurité visant à simuler un grave accident. Sendai 2 pourrait connaitre le même sort dans les semaines qui viennent.
Pour l’instant, ces deux unités seront les seules du parc nucléaire à repartir. Trois autres sites sont en attente. Takahama 3 et 4 (préfecture de Fukui, centre) et Ikata 3 (préfecture d’Ehime, sud) ont reçu le feu vert de l’ARN. Mais pour les deux premières, les antinucléaires ont obtenu une suspension de l’autorisation. Ils font valoir que des risques sismiques n’ont pas assez été pris en compte. Pour la dernière, des travaux complémentaires doivent être finalisés et les élus locaux doivent se prononcer sur un éventuel redémarrage. Il est peu probable que cela intervienne d’ici à la fin de l’année.
20% de nucléaire en 2030?
Les autorités japonaises doivent se montrer vigilantes sur le volet de la sécurité si elles veulent relancer une partie des réacteurs. Elles ambitionnent, à l’horizon 2030, d’avoir 20 à 22% de nucléaire dans leur mix énergétique. Rien n’est moins sur. Sur les 54 réacteurs en service avant le 11 mars 2011, date de la catastrophe de Fukushima, onze vont être démantelés car endommagés ou trop agés. Positionnés sur des failles sismiques ou contraint à des travaux de mise aux normes faramineux, d’autres ne seront probablement pas relancés. Etant donné le temps pris par l’ARN pour inspecter tous les sites, le redémarrage des réacteurs pourrait s’avérer très lent. ≪Le maximum qu’on peut attendre est 15% de nucléaire d’ici à 2030, si tous les réacteurs redémarrent et que la règle des quarante ans est strictement observée≫, a expliqué à Reuters Mutsuyoshi Nishimura, ancien ambassadeur pour les négociations sur le climat.
Le gouvernement Abe table sur un délai extrêmement court de deux ans pour relancer tous les réacteurs viables. Il a derrière lui tout le village nucléaire nippon qui tente de survivre à l’après-Fukushima, notamment en s’exportant à l’étranger (pays arabes, Turquie, Europe de l’est). Ainsi Tepco, propriétaire de Fukushima Daiichi, s’active pour faire repartir Kashiwazaki-Kariwa, l’une des plus puissantes centrales nucléaires au monde. Mais vu ses états de service, la compagnie japonaise a toutes les peines du monde à faire croire qu’elle a changé depuis l’accident de 2011 et son chaotique démantèlement. Elle a demandé à l’Agence internationale à l’énergie atomique (AIEA) d’évaluer les sept unités Kashiwazaki-Kariwa. Verdict le 13 juillet.
Arnaud VAULERIN Correspondant au Japon
フランス語
フランス語の勉強?

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「最強の高校生フェンシング姉妹」の東莉央(あずま・りお)と晟良(せら)。小学生の頃から国内外の大会で1位、2位を独占。東京五輪での優勝を夢に、苦しいトレーニングもともに乗り越えてきた。しかし今、成長した姉妹は「ライバル」となり、新たな悩みを抱えるようになった。手を差し伸べるのは、ロンドン五輪銀メダリストの三宅諒。「IQフェンサー」の異名を持つ知性派剣士が、3段階の解決策で悩める姉妹と向き合う。
北川悠仁,田中理恵,三宅諒,東莉央,東晟良,山上智

NEWS WEB
▽えん罪被害者をどう救済?▽過労うつなど労災認定最多▽みなさんのツイートを番組で活用します▽えん罪被害者をどう救済するか?日本版「イノセンス・プロジェクト」とは▽過労うつなどの労災認定過去最多 どう減らす
影山知明,鎌倉千秋,小見誠広,斉田季実治


ヒザが痛いので病院に行きました.4年前と同じところだね・・・とのことで湿布と痛み止めをもらいました.
お昼を食べた後歩道橋の下で雨宿りしながらブラックコーヒーとスイスチョコで一休み.
その後VUでブーイングを受けてしまいました.ガーン.反省です.
妙では長崎カステラをいただき.その後新梅田シティによって笹舟燈籠をしました.

<キラリ部活動>セリフの発音 丁寧に
◎(4)聖ドミニコ学院高・フランス語部/文化祭でペロー童話読み聞かせ劇
 聖ドミニコ学院高(仙台市青葉区)のフランス語部は、11日に迫った同校文化祭「ドミニコ祭」に向け展示発表の準備に忙しい。
 ことしの展示テーマはルイ14世に仕えた詩人、シャルル・ペローの童話の世界。歴史背景やグリム童話との違いを調べ、登場する主人公の家を段ボールで再現する。部員がそれぞれ役割を分担し、一つの展示をつくり上げる。
 「ことしは劇を演じたい」。部員のたっての希望をかなえ、フランス語でペローの童話集に入っている「赤ずきん(Le petit chaperon rouge)」の読み聞かせもする。セリフの発音を一語一語確認しながら、練習を重ねている。
 ドミニコ学院高の母体となるキリスト教カトリックの修道会はフランス語が共通語。以前は全員が1年生から必修だったという。今はキャリアデザインコースの2、3年生が学ぶ。
 現在の部員はドミニコ学院中の1人を含む12人。日頃は顧問の柚木洋子教諭(57)の指導の下、会話文や文法の習得に励む。父親がフランス人という心強い1年生部員がおり、発音の「先生」として活躍する。
 文化祭後に引退する部長の3年内谷まどかさん(17)は「フランス語の成績が伸びた。何より先生がしてくださるお話が楽しい」と活動を振り返る。
 部員の入部目的は「フランスに旅行したい」「宗教を学ぶ上で役立つ」などさまざまだが、「部の和やかな雰囲気がとても気に入っている」と口をそろえる。
 柚木教諭は「生徒の自発性を重んじている。勉強だけでなく、楽しくフランス語を身に付けてほしいですよね」とほほ笑んだ。


<小暑>短冊と 梅雨の晴れ間に 願い込め
 7日は二十四節気の「小暑」。本格的な暑さが始まるころとされる。宮城県内は朝から梅雨の晴れ間が広がり、各地で暦通りの夏日になった。
 七夕と重なったこの日、仙台市宮城野区のあけぼの幼稚園(245人)では、子どもたちが願い事を書いた短冊や吹き流しを竹に結んで、七夕飾りを掲げた。
 仙台管区気象台によると、正午までの県内の最高気温は登米市米山28.6度、栗原市築館28.5度、大衡村大衡28.4度、南三陸町志津川28.3度、白石27.7度、仙台25.8度など。
 梅雨前線の影響で夜遅くから曇り、8日は曇りで雨の降る所がある見込み。


鯨の食文化発信、復興へ 挑戦3度目の夏
 鯨肉の販売を通し、捕鯨で栄えた牡鹿半島の食文化を全国に発信する。東日本大震災の後、人口流出の進む集落を自ら復興させようという宮城県石巻市十八成(くぐなり)浜の挑戦が3度目の夏を迎える。「住民の力で地域を元気に」。金華山沖で捕れたツチクジラの水揚げ時季を迎え、浜はかつての活気を取り戻す。
 海を望む十八成浜の高台に、鯨肉を加工・販売する一般社団法人「牡鹿半島 海のめぐみ協会」の加工場が立つ。2012年11月、被災した住民9人が出資して設立した。代表の会社経営及川伸太郎さん(66)は「食文化を継承し地域を活性化したい」と話す。
 十八成浜に隣接する鮎川港は、国内有数の沿岸捕鯨基地として栄えた。捕鯨会社「鮎川捕鯨」は被災から再建し、国際捕鯨委員会の規制対象外のツチクジラ漁を行う。間もなく、ことし初めての地元割り当て分のツチクジラが鮎川港に揚がる予定だ。車を持たない地域の高齢者から注文があったブロック肉を、海のめぐみ協会のスタッフが無料で配達する。
 「この時季は気分が浮き立つね」。鮎川捕鯨の元社員で海のめぐみ協会の工場長を務める木村武雄さん(72)は、目尻を下げる。
 主力商品として売り出すツチクジラの漬けや薫製は独自に開発した品。木村さんは「鯨は切り方で食感が変わる。おいしく食べてほしい」と加工に気を配る。
 鮎川捕鯨から入手したミンクやナガスの冷凍肉、缶詰、薫製など十数種類をインターネットで販売。市価より2割ほど安いという。
 まだ利益が出ていないため、スタッフはボランティアで働き、商品のラベルを手作りする。加工場は及川さんが自宅敷地に建てた。
 目標は販売額を伸ばし、スタッフに給料を払えるようになること。「あと3年で軌道に乗せ、持続的な経営をしたい。浜に残る住民の働く場になれば」。及川さんは意気込む。
 連絡先は海のめぐみ協会0225(44)1123。火、水曜日定休。


東松島 被災地で大豆試験栽培
震災の津波で広大な農地が浸水した、東松島市の野蒜地域で去年に続き農作物への塩の被害の影響を調べるため大豆の試験栽培が始まりました。
東松島市沿岸部の野蒜地域では、津波で浸水した農地の復旧に向け、県や市、それに地域の農業者らが去年から農作物のコメやソバなどの試験栽培を行っています。およそ60アールの畑に関係者およそ30人が集まり、県東部地方振興事務所農業農村整備部の原野三男部長が「この畑は去年5月まで水につかった状態で特に塩害の影響が懸念される場所ですが、排水などの技術を高めて秋には質の良い大豆を収穫したい」と述べました。
続いて地元の農家の人たちがトラクターで畑に入り鳥が食べないように色をつけた大豆の種をまいていきました。畑の中心部には地下水の塩分濃度を計測する機器が設置され、除塩を2回行った区画と除塩を全くしていない区画に分けて、ことし11月下旬から12月にかけて大豆を収穫し、塩害の影響について調べるということです。
その上で来年40ヘクタールの水田で営農を再開し、将来は80ヘクタールの農地を復旧する計画です。地元の農家でつくる「奥松島の農業を考える会」の山本一博さんは「試験栽培は今回の大豆で5品目目となり、目に見えて復旧が進んでいる。こうした試験に参加しながら営農再開に向け頑張っていきたい」と話しています。


集団移転地に初のスーパー マツキヨも出店
 東日本大震災で被災した宮城県岩沼市沿岸部6地区の集団移転先「玉浦西地区」に7日、食品スーパー伊藤チェーン(同県柴田町)による「フーズガーデン玉浦食彩館」がオープンする。震災の集団移転地に大型商業施設が開業するのは県内初。関係者向けの内覧会が6日、現地で開かれた。
 同社は昨年4月に市と立地協定を締結。約1万6400平方メートルの市有地を借りて同10月から建設を進めていた。鉄骨平屋の店舗の売り場面積は約4300平方メートル。同社は県内で既にスーパー7店を展開しているが、新店舗が最大規模となる。
 県内産の農産物や海産物を扱う100以上の事業者と契約した産直コーナー、地元食材を使った飲食コーナーを併設。テナントとしてドラッグストア「マツモトキヨシ」が出店する。
 内覧会には県や市、住民代表ら約100人が参加し、充実した品ぞろえの店内を見学した。鈴木博則店長は「集団移転地という特別の場所だけに、単にモノを売るだけでなく、まちのコミュニティーの中心となる店を目指したい」と話す。
 営業は午前9時半〜午後8時(7〜9日は午前9時開店)。連絡先はフーズガーデン玉浦食彩館0223(23)1140。


<なでしこ>被災地・石巻「胸を張って」
 日本代表を応援しようと、パブリックビューイング(PV)が宮城県石巻市のみやぎ生協文化会館アイトピアホールであった。東日本大震災直後の4年前の前回、初優勝で被災地に勇気を与えた「なでしこジャパン」。市民は2連覇を期待し、試合を見守った。
 PVはNPO法人石巻スポーツ振興サポートセンターの主催で、200インチの大型スクリーンで中継した。平日の早朝のため来場者は少なめだったが、選手のプレー一つ一つに熱い視線を送った。
 前半、米国代表の得点ラッシュに困惑してため息が漏れたが、後半に日本が2点差に詰め寄ると「まだ行ける」と沸き立ち、終盤の猛攻には「惜しい」「頑張れ」と歓声が上がった。
 同市の自営業中村健さん(61)は「米国は強かったが、選手からは悔いのない戦いをした思いが伝わってきた。胸を張って次につなげてほしい」と健闘をたたえた。


<安保法案>みやぎ九条の会反対声明 17日集会
 みやぎ憲法九条の会(共同代表・河相一成東北大名誉教授ら5人)は6日、県庁で記者会見し、政府が安全保障関連法案を早期成立させるため、国会会期を大幅延長したことに抗議する声明を発表した。
 声明では「安保法案は戦争への道に直結する」と戦争体験者の立場から廃案を訴えた。自民党若手議員の報道圧力発言には「民主主義を根本的に否定する」と政府の責任を指摘。河相氏は「安倍政権は戦後最悪の政権。安保法案は『積極的戦争主義』だ」と述べた。
 九条の会などは17日午後6時から、安保法案廃案を訴える緊急県民集会を仙台市青葉区の元鍛冶丁公園で開く。


日韓・世界遺産 歴史の光と影を見よう
 世界遺産に「明治日本の産業革命遺産」が登録される。戦時中に一部施設で朝鮮人労働者の徴用があったと日本が公式に言及し、韓国側も評価した。対話と交流を軌道に乗せる契機としたい。
 日韓関係のさらなる悪化は何とか食い止めた。もし韓国の反対で明治の産業遺産の登録が見送られたならば、日本側の不信感は強まり韓国との文化、教育交流に深刻な影響が出たのではないか。
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)が登録を決めた遺産は、九州各県と山口県を中心とした二十三施設。西欧以外で最初の産業国家となり、アジア諸国のモデルになった明治期の発展が、あらためて評価された。近代史の光の部分である。
 政府代表は議場で、朝鮮人労働者らについて「一九四〇年代に意思に反して連れて来られ、厳しい環境で働かされた」と述べた。政府は当初、遺産の対象期間は幕末から一九一〇年までであり、「戦時中の朝鮮人徴用と時期が異なる」と主張したが、譲歩して韓国の見解を発言に反映させた。
 炭坑や製鉄所は明治以降も存続した。戦時には植民地から多数動員され、日本人とともに過酷な労働に従事したという史実は否定できない。日本側が歴史の影の部分にも言及し、「犠牲者を記憶にとどめる措置を取る」と一歩踏み込んで表明したのは、国際社会の理解を高めるのではないか。
 だが、火種は依然として残る。韓国最高裁が二〇一二年、日韓基本条約に付属する協定に反して、徴用工など個人請求権は消滅していないと判断を示したため、韓国では日本企業を相手取る賠償請求訴訟が相次いでいるからだ。
 日本政府が世界遺産になる施設でも厳しい環境で労働させられたと認めたことで、係争中の元徴用工の訴訟に影響を与える恐れがある。日韓条約で合意した以上、韓国政府は賠償を求める動きとは一線を画すよう望む。
 遺産登録の場に、日韓は政治介入をしすぎたとの批判がユネスコ側から出ている。日韓双方はもっと早い時期から意見交換をし、対立を会議終盤まで持ち込まないよう努力すべきだった。
 ユネスコは今回、朝鮮半島で四〜七世紀に栄えた国家、百済の遺跡群についても世界遺産登録を決めた。百済は当時の大和政権に漢字と仏教、儒教を伝え、技術者が渡来して寺建立や仏像づくりに携わった。古代の日韓交流が選定の理由だったことにも注目したい。


ギリシャの「ノー」 独仏は指導力の発揮を
 ギリシャの国民が、欧州連合(EU)などによる財政緊縮策に「ノー」を突きつけた。5日行われた国民投票の結果は、「賛成」39%、「反対」61%と予想外の大差だった。国民に反対を呼びかけていたチプラス政権は、「民主主義の勝利」などと自信を深めているようだ。
 しかし、正当性にも交渉上の効果にも疑問符が付く今回の国民投票に、果たして勝者など存在するのか。
 何といっても今回の国民投票は、有権者が具体的に何を問われているのか判断し難い内容だった。「6月25日の債権者側の提案」を受け入れるかという質問だが、10ページ以上ある提案を吟味して1票を投じたという国民がどれほどいただろう。
 一方、交渉半ばでの突然の国民投票実施決定や、運動期間中の非難合戦は、ギリシャと債権者側の信頼関係を著しく損ねた。
 EUをテロリスト呼ばわりし、攻撃的な交渉スタイルで知られるバルファキス財務相が辞任を発表したことで、進展を期待する向きもある。合意に不可欠な信頼回復の努力を特に求められているということをチプラス政権は肝に銘じるべきだ。
 だが、ギリシャ支援交渉が再開しても、もはや時間的余裕はない。これまでのような交渉の進め方では、早晩、ギリシャの銀行の現金が底をつき、政府が借用証書など事実上の国内通貨を発行せざるを得なくなる。ユーロ離脱が現実のものとなる。
 そうなる前に、大胆で新しい解決策が必要だが、それを提示できるのは、欧州統合を主導してきた独仏両国をおいてほかにない。
 ギリシャの債務危機が表面化して5年以上が経過した。財政緊縮策と追加金融支援をセットにした従来型の対応では、問題をより深刻化させるだけだ。ギリシャの債務残高は高止まりしたままで、大幅な債務カットや返済期間の延長なしに改善は見込めない。債権団の一角を成す国際通貨基金(IMF)がそれを認めている。独仏は、債務再編の議論をこれ以上、先送りすべきではない。
 金融市場が大混乱に陥っていないから、もうギリシャのユーロ離脱を認めても構わないのではないか。そんな声も広がってきたようだ。確かに、経済規模がユーロ圏全体の2%に満たないギリシャである。
 しかし決定的な問題は、あり得ないはずだったユーロ離脱に先例を作ってしまうことだ。小国への対応で今、サジを投げ、長い歳月をかけて実現させた通貨統合を崩壊へと導くようでは、あまりにももったいない。
 7日にはユーロ加盟国首脳らによる会議が予定されている。歴史的視野に立った独仏の英断と指導力に希望をつなぎたい。


川内原発:燃料装着「再稼働を許すな」反対市民ら抗議の声
 ◇地元の商店街「秒読みに入った」と歓迎の声も
 川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働を目指す九州電力が7日、核燃料の装着作業を始めるのに合わせ、同原発前には朝から再稼働に反対する市民ら100人以上が集まり、抗議の声を上げた。一方、地元の商店街などでは「再稼働への秒読みに入った」と歓迎の声が聞かれた。
 「福島の悲しみを無駄にはしないでください」。警備員や警察官が警戒する物々しい雰囲気の中、原発ゲート前で午前8時から行われた抗議集会には、福島県からの避難者が書いた横断幕も掲げられた。
 川内原発建設反対連絡協議会長の鳥原良子さん(66)は「福島のことを考えると再稼働を許してはならない。住民をないがしろにしている」と訴え、市内の元会社員、上原正利さん(67)は「民間企業が説明会も開かず、一方的に再稼働を進めていることが腹立たしい」と憤った。
 薩摩川内市に隣接するいちき串木野市でデイサービスを運営する「ふるさと共生福祉会理事会」代表の江藤卓朗さん(58)は、高齢者や障害者ら要援護者の避難計画に触れ「事故が起きれば逃げるのが難しい。命が軽々しく扱われている」と声を張り上げた。
 一方で、地元には停滞する地域経済への再稼働効果を期待する声も大きい。原発作業員らの宿泊が大きな収入源という薩摩川内市ホテル旅館組合の福山大作組合長(64)は「待ちに待った再稼働の日が近づいた。万全を期して一日でも早く再稼働してもらいたい」と歓迎した。
 飲食店を営む若松愛美さん(33)も「やっとここまで国の規制委員会に認めてもらった。再稼働して、元の活気ある薩摩川内市に戻ってほしい」と語った。
 この日は、昨年10月に再稼働を求める陳情を採択した市議会の川内原発対策調査特別委員会が、現地で安全対策などを視察。委員が原発構内に入り、海水ポンプエリアの津波対策のための防水設備などを確認した。
 使用前検査がほぼ終わるのに合わせ、核燃料の装着とは関係なく計画していた視察だったが、森満晃・副委員長は終了後「津波や竜巻など最終的な安全対策を見た。細かいところまで対策がなされており、一安心した」と話した。【杣谷健太、宝満志郎】


リバティおおさか:土地明け渡し求め、市が提訴へ
 大阪市浪速区の大阪人権博物館(リバティおおさか)が市有地の無償貸与を打ち切られた問題で、大阪市は今月中にも、運営する財団法人を相手取り、土地の明け渡しを求めて大阪地裁に提訴する方針を固めた。財団は争う構えだが、訴訟の行方次第では博物館が閉鎖に追い込まれる可能性もある。
 リバティおおさかは1985年、大阪府や市、民間企業が出資する財団が開設した。約6900平方メートルの市有地に建つが、市は「社会教育施設の役割を果たしている」として土地を無償で貸与。固定資産税も免除してきた。しかし、無償貸与は今年3月末で打ち切られ、財団は市有地を不法占拠する状態で運営を続けている。
 きっかけは2012年、橋下徹市長と松井一郎知事が博物館を視察し、「子に夢を与える展示になっていない」と批判したことだ。両氏は行政からの自立を求め、財団への府市の補助金(12年度で約1億6700万円)を13年度に廃止した。
 さらに市は昨年11月、4月以降は無償貸与契約を結ばない考えを財団に伝えた。約2700万円の賃料と約700万円の固定資産税を毎年納めることを土地使用の条件としたが、財団が応じなかったため、市は2月、建物を解体して3月末までに土地を明け渡すよう求めていた。
 朝治(あさじ)武館長は「借地料の減免がないと存続は難しい。交渉に応じず裁判に持ち込むのは乱暴だ」としている。【大久保昂】


共産・不破氏が安保法案を批判 4年ぶりテレビ出演
 共産党の不破哲三前議長(85)は7日、BS11の番組収録で、安全保障関連法案について「日本を戦争に参加させる法案だ」と批判した。共産党によると、不破氏のテレビ番組出演は約4年ぶり。安保法案の廃案に向け、党の総力を挙げる姿勢を示したとみられる。
 不破氏は「メディアの調査で国民の反対の声は明らかだが(安倍政権は)政治を知らない者の言い分だと踏みにじっている」と強調。採決強行も辞さない与党の姿勢については「政治家の資格がない」と反発した。

朝ビリビリ/ガウガウがうまくできない・・・

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Mondial féminin: les Américaines championnes du monde en balayant le Japon
Les Etats-Unis ont remporté dimanche à Vancouver leur troisième Coupe du monde féminine après celles de 1991 et 1999 en écrasant le Japon 5-2 (mi-temps: 4-1), grace notamment à un match exceptionnel de leur N.10 Carli Lloyd, auteure d’un triplé.
Montées en puissance tout au long du tournoi, les Américaines sont désormais championnes du monde et championnes olympiques. Elles ont aussi pris leur revanche sur les Japonaises, qui les avaient privées du titre en 2011 en Allemagne en les battant aux tirs au but en finale.
Dimanche à Vancouver, il y a eu du spectacle tout du long mais la finale n’a en fait duré qu’un quart d’heure. Le temps pour des Américaines déchainées, emmenées par leur capitaine Carli Lloyd qui a joué le match d’une vie, de tout emporter sur leur passage.
Au bout de cinq minutes, les Japonaises étaient menées 2-0 alors qu’elles n’avaient pas encore mis un pied dans la surface de réparation de Hope Solo.
Les deux buts étaient signés Lloyd, à chaque fois sur des coups de pied arrêtés (3e et 5e). A la 14e minute, Holiday marquait le troisième but d’une belle volée sur une nouvelle errance de la défense japonaise.
Et le chef d’oeuvre venait à la 16e minute quand Lloyd, encore, trompait Kaihori d’un lob de 50 mètres ! Le fameux but que Pelé n’a pas marqué en 1970 contre la Tchécoslovaquie.
A la 18e minute, Lloyd a mis une tête à côté et il y a eu comme un instant de stupeur dans les tribunes du BC Stadium de Vancouver tant la N.10 américaine semblait absolument marcher sur l’eau.
4-0 après moins de 20 minutes, que pouvaient bien faire les Japonaises ? Se réunir en cercle après chaque but encaissé, réorganiser une défense naufragée avec la sortie de la malheureuse Iwashimizu, prise sur les trois premiers buts, et surtout marquer.
Le but inscrit par Ogimi à la 27e, le premier encaissé par les Américaines depuis le premier match du tournoi, a ainsi redonné un souffle de vie aux Nadeshiko et à cette finale, disputée devant plus de 53.000 spectateurs.
Et celui de la 52e minute, marqué par Johnston contre-son-camp a pu laisser penser que les Américaines étaient en danger. Mais cela n’a pas duré plus de deux minutes, Heath redonnant immédiatement trois buts d’avance aux joueuses de Jill Ellis (5-2, 54e).
La suite a été équilibrée et a montré que le Japon valait beaucoup mieux que son cataclysmique premier quart d’heure.
Le scenario du match et les faiblesses japonaises ne doivent pas non plus faire oublier la qualité du parcours des Américaines, sorties de la poule la plus relevée puis tombeuses de l’Allemagne championne d’Europe en demi-finale et du Japon, tenant du titre mondial en finale.
Quant à Abby Wambach, légende de la discipline, elle est entrée en jeu à un quart de la fin et a enfin réalisé son rêve: elle est championne du monde.
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朝かがむとビリビリ.ヤバいです.でも誰にも気が付かれなかったからセーフ?
ガウガウがうまくできませんでした.反省.

<復興の風景>移りゆく人・まち/仮設と災害住宅
◎岩手知事選を前に(4)
 西日が差す仮設住宅に、買い物袋を提げた住人が帰って来た。向こうの隣接地には、マンションのような8階建て災害公営住宅がそびえる。
 岩手県釜石市上中島。東日本大震災直後の2011年5月に設けられた仮設住宅は、市内最大規模の185戸が並ぶ。災害住宅への移転や自宅再建が進み、仮設の窓には「空き家」の張り紙が増えてきた。
 現在は119戸に生活の明かりがともる。家族連れの多くが引っ越し、自宅再建をためらう高齢者や1人暮らしの世帯が多い。岩手県内ではまだ2万5000人(5月末現在)もの被災者が仮設に身を寄せる。
 仮設で暮らす住民は「以前は週末ごとに住民同士で集まっていたが、参加者が少なくなって開かれなくなってしまった」とこぼす。住人と顔を合わせるのは、見守り活動だけという団地も多くなった。
 3月に入居が始まった隣の上中島災害公営住宅は、全210戸が埋まった。各戸のバルコニーには隔て板がない。自由に行き来ができ、コミュニティーづくりに役立つという。
 人生の基盤となる住まいをめぐり、不安と希望が交錯する。


<運動会復活>地域懐かし賞品は「笑顔と絆」
 2013年に閉校した宮城県気仙沼市の旧浦島小に、住民たちの歓声が響いた。住民でつくる浦島地区振興会が5日、東日本大震災後に離れ離れになった住民の交流の場をつくろうと、地区の運動会を復活させた。
 校庭には仮設住宅が立ち、体育館が会場。住民ら約80人がラグビーボールを手渡しで送る種目やスプーンリレーなどを地区対抗で競い、爽やかな汗を流した。
 同市小々汐の無職畠山トシ子さん(82)は玉入れなどを楽しみ、「懐かしい人にも会えた。みんな笑顔で輝いていた」と喜んだ。
 気仙沼湾に面する浦島地区には震災前、約240世帯が暮らしたが、多くが津波で被災し約3割まで減った。高台に集団移転団地が順次完成しており、住宅を再建する住民も出ている。振興会はお花見会を開くなど住民交流を続けてきた。
 振興会会長の尾形健さん(71)は「震災から4年が経過して住民の気持ちも落ち着きつつあり、ようやく運動会ができた。地域の絆を強める行事として続けていきたい」と話した。


娘頼り神奈川へ避難…90歳元気なうち石巻へ
 東日本大震災の津波で自宅を流された宮城県石巻市雄勝町波板地区出身の阿部ふぢのさん(90)は、神奈川県内で長い避難生活を送る。古里は人口が激減。それでも、2016年春にも波板地区に完成する災害公営住宅への入居を心待ちにする。震災から4年4カ月。望郷の念が募る。

◎「家族のお墓のそばにいたい」。涙がこぼれた。

 阿部さんは娘を頼って神奈川県厚木市内に避難し、みなし仮設住宅のアパートに1人暮らす。
 近所に住む三女律子さん(56)に心境を明かす。「こんなに長生きすると思わなかった。近くにいてくれてありがたいけれど、家族のお墓のそばにいたい」。涙がこぼれた。
 11年3月11日、浜辺の約20戸の小集落を津波が襲った。昭和三陸津波(1933年)やチリ地震津波(60年)では経験しなかった大災害。阿部さんは両親と夫清さんの位牌(いはい)、健康手帳などを手に、偶然帰省していた律子さんらと高台へ逃げ九死に一生を得た。
 石巻市内の避難先などを経て13年8月、今のアパートに入った。顔見知りがほとんどいない都会の片隅であまり外出せずに過ごす。狭心症を患う。律子さんは「母が少しでも元気なうちに波板に帰してあげたい」と望む。
 阿部さんは20代で同郷の清さんと結婚、3人の娘に恵まれた。波板地区で親族から送られた玄米を食べ、畑で野菜を育て、自給自足に近い生活を送ってきた。清さんはホタテやワカメなどの養殖を営み、09年に84歳で亡くなった。
 古里は人の流出が激しい。震災前、約4300人が暮らした石巻市雄勝町の人口は16年度以降、約3割にまで減少すると推計されている。現在、波板地区に残っているのはもともと高台に住宅があった4世帯。高台移転を希望しているのは阿部さんを含む6世帯にとどまる。
 災害公営住宅ができたら、阿部さんは長女順子さん(63)=厚木市=と同居する予定だ。「波板の自然が好き。やはり住み慣れた場所がいい」
 波板地区の地区会副会長青木甚一郎さん(63)は「生まれた地に戻って最期を迎えたいという思いは理屈ではない。周辺の地域とも協力し、支え合っていく」と阿部さんを待つ。

<東北地方選>7月以降集中 震災延期分続々
 東北では7月以降、東日本大震災に伴う特例で春の統一地方選が延期された岩手、宮城、福島の被災3県を中心に、首長選と議員選が相次いで実施される。首長選は岩手県知事選をはじめ県庁所在市の盛岡、山形両市長選などがある。議員選は3県議選に加え、沿岸部の被災自治体などで多数予定されている。
 首長選は5日投開票が行われた白河市長選を皮切りに、現時点で岩手県知事選と28市町村長選が年内に実施されることが決まっている。28市町村長選の県別内訳は青森4、岩手3、宮城9、秋田1、山形4、福島7となっている。
 このうち震災特例の延期分は岩手県知事選と、会津若松、塩釜両市などの9市町長選。延期分以外では米沢、新庄両市長選なども行われる。
 議員選は5日投開票された平川、白河両市議選を含む59県議選・市長村議選の投開票日が決定済み。3県議選を除く延期分は27市町村議選で、県別内訳は岩手10、宮城9、福島8となっている。
 ほかにも年内に任期が満了するが、まだ投開票日が決まっていない首長選・議員選がある。特例分で未決定なのは11月12日任期満了の宮城県女川町長選、亘理町議選、山元町議選、女川町議選、同19日任期満了の福島県大熊町長選、川俣町議選、広野町議選、川内村議選、大熊町議選、葛尾村議選、新地町議選。


新旧住民親睦深める 災害住宅歓迎会 大船渡
 大船渡市猪川町の長谷堂地域公民館は5日、地区内に完成した災害公営住宅の長谷堂東団地などに移り住んだ住民の歓迎会を長谷寺境内で開いた。新たな地で暮らす被災者の孤立を防ごうと企画した。新住民約40人を含む計約200人が参加し、親睦を深めた。
 嫁ぐ女性を迎える伝統の道化行列が、長谷堂東団地に住民を迎えに行き、歓迎会が始まった。12のテーブルに分かれて料理や余興を楽しみながら、住み心地などを話し合った。
 数日前に団地に入居した女性(70)は「すぐにこうした会があり、心配や不安はなくなった」と安心した様子で話した。昨年6月に自宅を再建した伊藤一男さん(56)は「行事参加にためらいがあったが、今後は加われそうだ」と楽しんでいた。
 震災前、同地区は約150世帯だった。震災後は22世帯が住宅を建てて移り住んだ。ことし5月末には団地の入居が始まり、53戸のうち46戸で被災者が暮らす。地区の世帯数は震災前と比べ約1.5倍増となる。
 田村敏夫館長(68)は「新住民の不安は大きい。新しいまちづくりの仲間として迎え、交流を深めたい」と話す。団地を自治会に組み入れ、地域行事や日帰り旅行を企画する。


宮城の観光客152万人増 沿岸部は伸び悩む
 宮城県が公表した2014年観光統計概要(速報値)によると、14年1〜12月に県内を訪れた観光客は5722万人で、前年から152万9000人(2.7%)増えた。東日本大震災前の10年比では県全体で93.4%まで回復した。ただ沿岸部は6割程度にとどまるなど圏域間の格差が浮かび上がった。
 圏域別の入り込み数と宿泊客数は表の通り。県は入り込み数の前年比プラスの要因として、県南の桜関連イベントが好調だったことや観光集客施設の再開を挙げる。栗原は、テレビCMなどPR活動の強化が増加につながった。
 入り込み数の10年比を圏域別に見ると、栗原36.4%増、仙南8.7%増、仙台3.0%減、登米3.8%減、大崎6.5%減、石巻36.2%減、気仙沼44.7減%。内陸部に比べ、津波被害を受けた沿岸部で低迷が続いている。
 宿泊者数は861万5000人で、前年より24万7000人(2.8%)減った。復興工事関係の宿泊者が減少し、震災前水準に落ち着きつつある。石巻と気仙沼は宿泊施設の復旧遅れが影響し、震災前の6〜7割程度にとどまった。


<高校野球>忘れ得ぬ 夏の球譜
 1962年夏の高校野球で、気仙沼が初めて出場した甲子園で奮闘した。初戦の相手は作新学院(栃木)。エース八木沢荘六投手(後にプロ野球ロッテで活躍)を病気で欠いたとはいえ同年春の選抜大会を制した強豪と、互角の熱戦を繰り広げた。延長十一回、1−2で惜敗したが、無名校が存在を全国に知らしめた。
 その後、作新学院は甲子園史上初の春夏連覇を成し遂げる。もし気仙沼が作新学院に勝っていたら、球史が変わっていただけに、気仙沼市民の胸は誇らしい気持ちで満たされた。
 2011年、東日本大震災が気仙沼の街を襲った。今も爪痕が残る中、懸命に白球を追う球児たちに、地域復興の思いを託す市民は多いのではないだろうか。
 第97回全国高校野球選手権宮城大会が7日、開幕する。気仙沼の甲子園出場時のエースで主将の熊谷猛郎さん(71)と、一塁手の郷古良英さん(70)=共に気仙沼市在住=が母校のグラウンドを訪れ、高校野球の持つ力を語り合った。
◎1962年 気仙沼 甲子園で奮闘/頑張りが街盛り上げる
 グラウンドの脇でグラブをはめた2人は、軽くキャッチボールを始めた。自然と笑みがこぼれる。後ろには、土をならす後輩たちの姿があり、懐かしそうに目を細める。
 郷古さん「53年前、気仙沼は県内でも注目されていなかった。4年連続で甲子園に出場し、後にプロ入りする選手が何人もいた東北がその年も大本命。ところが、東北が途中でまさかの敗退。運が良かった」
 甲子園で作新学院を相手に善戦し、地元は沸いた。選手らが帰ると、気仙沼駅は出迎えの人でごった返した。その光景は今でも目に焼き付いているという。
 熊谷さん「相手の加藤斌(たけし)投手(後にプロ野球中日入り)は180センチくらいの長身の横手投げ。あんな投手は見たことがなかった。これは駄目だと開き直って戦った」
 郷古さん「地元の熱気はすごかった。駅では、建物の屋根に上って出迎えてくれる人もいた」
 グラウンド整備を終えた球児たちが2人を囲む。熊谷さんはボールを見せ、「縫ったことはあるか」。きょとんとするナインを前に、戦後復興の緒に就こうとしていた時代を振り返る。
 熊谷さん「物がない時代で、ボールは自分で縫った。親にやってもらうと、縫い目が緩くて先輩に怒られた。今はボールもグラウンドも立派で恵まれている」
 郷古さん「みんな貧しく、遠征先にコメを持っていって節約した。野球ができるだけでありがたかった」
 戦後の混乱と激動の中を生きた2人にとっても、震災は「比べることのできない惨状」だった。高校野球が持つ力を知るからこそ、被災地の球児に託す言葉に力がこもる。
 熊谷さん「復興のためには、甲子園に行かないと駄目だ。頑張れば街は盛り上がる。人の気持ちを動かすことができるはずだ」
 郷古さん「野球部の活躍は市民にとっては特別。野球で一つになれる。誇りを持って戦ってほしい」
<第97回全国高校野球選手権宮城大会>
・会期 7月7〜14、16、17、19、20日
・会場 楽天Koboスタジアム宮城(コボスタ宮城)、仙台市民球場、石巻市民球場、蔵王球場、鹿島台中央野球場
・開会式 7日午前10時、コボスタ宮城


気仙沼湾横断橋の工事本格化へ
東日本大震災からの復興道路として国が整備を進める「三陸沿岸道路」の一部で、気仙沼湾を横断する新たな橋の建設に関する国と地元漁協との補償交渉がこのほどまとまり、工事が本格化することになりました。
仮称・気仙沼湾横断橋は、三陸沿岸道路の一部として市内の松崎地区と小々汐地区を結んで気仙沼湾を横断するように建設される1.3キロほどの橋です。
6日、気仙沼市役所で国と地元漁協の代表者が漁業補償に関する契約書に調印しました。
横断橋の建設にあたっては土台部分が、養殖場や漁場に設置されることで収入が減ると見込まれるため国側が地元の漁協におよそ8400万円を補償することで合意したということです。
調印により横断橋の建設工事が今後、本格化することになり、港の岸壁で気仙沼市の菅原茂市長や工事業者などが参加して安全祈願祭が行われました。
国土交通省東北地方整備局によりますと、横断橋は、津波などの災害時の緊急輸送路として期待されるほか水産物などの輸送の効率化にもつながると見込まれています。
気仙沼市の菅原市長は、「地元の防災や産業振興、観光業にとって、この橋の果たす役割は大変大きいと思っている。1日も早い開通を願いたい」と話していました。
横断橋は、工事が順調に進めば平成29年度に橋の土台部分が完成する見込みということです。


東日本大震災:福島第1原発事故 楢葉の避難指示解除、9月5日に 1カ月先延ばし
 政府は6日、東京電力福島第1原発事故(2011年3月)で全町避難となった福島県楢葉町の避難指示を9月5日午前0時に解除すると、同町に伝えた。「8月のお盆前」の解除方針を先月示していたが、町議会や町民から「生活環境の整備が不十分」との反発が強く、約1カ月遅らせることにした。
 政府原子力災害現地対策本部長の高木陽介・副経済産業相が6日午後、町役場を訪れ、松本幸英町長に伝達した。
 避難指示の解除は、昨年4月の田村市都路(みやこじ)地区、同10月の川内村東部に続き3例目で全町村避難の県内7町村では初。政府は楢葉町を双葉郡復興の拠点と位置づけ、残る自治体の避難指示解除を本格化させる方針だ。
 政府は今年4月、「解除の環境はおおむね整った」とし、準備宿泊を開始。6月にお盆前解除の方針を示した。しかし、町議会が「解除は時期尚早」と反発していた。【栗田慎一、岡田英】


労災認定最多 「心の病」生まぬ職場に
 仕事のストレスなどで「心の病」を患い、労働災害と認定される人の数が過去最多を更新し続けている。長時間労働が影響しているものも多く、職場環境の改善が待ったなしだ。
 厚生労働省によると、二〇一四年度の精神障害による労働災害の請求は前年度よりも四十七人多い、千四百五十六人。認定された人は六十一人増え、四百九十七人だった。そのうち過労自殺の認定は未遂も含め前年度よりも三十六人多い、九十九人だった。
 年代別では、働き盛りの三十代、四十代が多い。原因別にみると、「嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」「一カ月に八十時間以上の時間外労働を行った」「悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」が目立って多かった。
 業種別にみると、運送業や福祉・介護が上位にきている。
 体の病でも、脳・心臓疾患で一四年度に労災認定されたのは二百七十七人で、高止まりしている。
 心の病で労災認定された人のうち、「過労死の危険ライン」とされる時間外労働、月八十時間以上の人は四割を占めている。百六十時間以上の人も一割強いた。
 国際労働機関(ILO)によると、週あたり四十九時間以上働いている長時間労働者の比率は、日本は23%と、英国、フランス、ドイツの倍に上っている。長時間労働の是正は急務だ。
 こうした事態を受け昨年、過労死防止対策推進法が施行された。厚労省の協議会は、二〇年までに週六十時間以上働く人の割合を5%以下にすることなどの数値目標を盛り込んだ大綱素案をまとめた。週六十時間以上働いている人の割合は三十代男性で17%に達し、全体で四百六十八万人の「過労死予備軍」がいるとされる。
 今年十二月からは五十人以上の従業員がいる企業には、心理的な負担の程度を検査する「ストレスチェック」の実施が義務付けられる。年一回、従業員に「ひどく疲れていないか」「職場の雰囲気は友好的か」などの質問をし、ストレスの度合いを調べる。部や課などの集団ごとの従業員の状況を分析し、問題があれば職場環境を改善することも求める。
 しかし、一連の対策に逆行するのが、今国会に提出された「残業代ゼロ法案」だ。一日八時間の時間規制の適用が除外され、労働組合などは「過労死促進法案」と批判する。
 働く人の命や健康を脅かす法案を成立させてはならない。


牧太郎の大きな声では言えないが…:官邸前の焼身自殺
 1967年秋、国論が二分していた。
 北ベトナム爆撃を支持する佐藤栄作首相が訪米する前日、11月11日夕方のことだ。訪米反対のデモ隊が首相官邸前に近づいた時、1人の老人が、突然炎に包まれ、あおむけに倒れた。頭、顔、胸……全身やけど。髪は燃え尽きていた。
 エスペランティスト(世界共通語のエスペラント語を話す人)の元講師、由比忠之進さん。73歳。カバンに「佐藤総理に死をもって抗議する」と書いた便箋があった。
 「ベトナム民衆の困苦を救う道はまず、北爆を開始した米国はこれを無条件に停止する以外ないのだ。ジョンソン大統領に圧力をかける力を持っているのはアジアでは日本だけだが、その首相が圧力をかけるどころか……深い憤りを覚える」
 抗議の焼身自殺。衝撃的だった。新聞記者になりたての僕は、勤務地の新潟で、各界の反応を取材したが、多くは「デモは三派全学連だけがやっていることと思っていた」と意外そうだった。テレビの映像はいつも「三派全学連」。政府は「過激派学生だけの抗議」と言い続けていた。
 いつの時代でも、権力者は「……だけ。反対は少数派だ」と言い張る。最近の安保法制反対デモも「年寄りだけ」と言うが、本当は「老若男女のデモ」に膨れ上がっている。
 あの昔、南北ベトナムの戦いは冷戦を背景とした米ソの代理戦争だった。ジョンソン大統領は積極的に介入。佐藤さんは予定通りアメリカに向かい、日米共同声明で「日本は北爆を支持する」と確認した。
 しかし「北爆」は失敗だった。世界各国で大規模な反戦運動が起こり、73年のパリ協定を経て、ニクソン大統領はアメリカ軍を撤退させた。
 その後も戦闘は続き、多大な犠牲者を出し、75年4月30日のサイゴン陥落でようやく終戦した。
 アメリカの戦争はいつも失敗である。湾岸戦争、イラク戦争……戦争の行方を占うのは、政治家ではなく、庶民の洞察力である。
 アメリカのための「集団的自衛権行使」がどんな結末を迎えるのか?
 安倍さんは「……だけが反対」と言わず、冷静になってくれ! 気がつけば「安倍さんだけの戦争ごっこ」だった!なんてことにならないように。(客員編集委員)


特集ワイド:なぜ見直せない「新国立」 核燃サイクルと同じ“国策の暴走” 「復興五輪」の理念どこへ
 これはもう「無謀な国家プロジェクト」と呼ばざるを得ないのではないか。巨額な資金を投じることに反対の声が強まる中、2020年東京五輪・パラリンピック大会の主会場になる新国立競技場(東京都新宿区)の建設計画が進んでいることだ。総工費は当初予算を895億円上回る2520億円になるが、財源が確保できていない。国の借金は1000兆円超なのに、なぜ、一度動き出した国策は止まらないのか。【堀山明子、吉井理記】
 「(東京五輪誘致で)支持を獲得できた大きなポイントは、あの新国立競技場の姿のはずだ」。大会組織委員会の調整会議が行われた6月29日、会長を務める森喜朗元首相は、アルゼンチンのブエノスアイレスで13年9月に行われた国際オリンピック委員会(IOC)総会の最終演説を思い起こさせた。「あの姿」とは、キールアーチと呼ぶ2本の巨大な構造物を備えた現計画案だ。
 確かに、この総会で東京五輪の開催が決まり、関係者らは歓喜した。しかし、総工費が倍近くに膨らむ前の話だ。
 巨額な総工費を懸念する建築家らは計画の見直しを提案してきた。だが、建設主体の日本スポーツ振興センター(JSC)を管轄する下村博文・文部科学相は「国際公約だから」とほぼ原案通りの設計で建設を進める方針だ。
 JSCは7日に開く新競技場の将来構想有識者会議で、契約内容を報告。その後、施工予定業者の大成建設と竹中工務店と正式に契約を結ぶ段取りになっている。
 新国立の建設予算に895億円の追加がポンと決まる2日前の6月27日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市で、震災後初の「復興マラソン」が開かれた。市は、壊す前の国立競技場から聖火台を借りており、市総合運動公園に設置。この日、初めて「復興の火」がともされた。聖火は1964年の東京五輪で戦後復興のシンボルとされた。その聖火に被災者を励まそうという願いを込めていた。同公園周辺に仮設住宅が建ち並び、市全体では1万人以上が仮設住宅で暮らす。
 主催者は当初、火を絶やさないことを検討したが、断念した。理由は予算不足。火をともし続けるには発火装置の修繕が必要で費用は約800万円。だが、地元企業や市民の寄付は260万円を集めるのがやっと。復興マラソンでは、仮設の簡易発火装置で除幕式とハーフマラソンの4時間だけ聖火を維持するのが精いっぱいだった。
 復興マラソンの事務局関係者は語る。「今後も修繕費を集め、聖火をともし続けられるようになったら、仮設住宅に聖火台を持って行きたい」
 800万円と895億円−−。被災地がコツコツと資金を集めている時、新国立の巨額の追加予算が決まった。どう考えても金銭感覚がずれていないか。思い出してほしい。安倍晋三首相は「なんとしても『復興五輪』にしたい」と訴えてきた。石巻市で建設中の復興公営住宅は4000戸に約1000億円かかる見通しだが、もし895億円が被災地に回れば、単純計算で住宅3580戸分の財源になる。
 「国際公約というなら、震災復興を世界に示す『復興五輪』こそ、東京が支持された理由です。復興五輪、環境五輪、コンパクトな五輪という公約の原点に立ち返るべきではないでしょうか」
 こう話すのは、宮城県岩沼市の復興計画を支援してきた石川幹子中央大教授だ。新国立の建設問題が焦点になるあまり本来目指すべきビジョンが失われていると懸念する。
 石川さんは、日本を代表する科学者の組織、日本学術会議の分科会委員長として今年4月、新国立建設計画の修正案をまとめた。約1500本の樹木を伐採して人工地盤を造る現計画案は、自然への配慮が欠けると批判。樹木を残し、地下に眠る水循環を復元して競技場建物周辺に「本物の森」を創り出す案を提示している。学術会議は、首相所管の専門家機関で、政府に勧告ができる。現行案の反エコぶりを見かねて「最低限これだけは修正できるはず」と現実的な案をまとめたという。提案に文科省は「検討する」と答えたというが、採用されるかは未知数だ。
 なぜ、日本は走り出すと止まらないのか。公共事業に詳しい千葉大名誉教授の新藤宗幸さんは「ありえないずさんさ。公共事業の常識からもかけ離れている」とあきれ顔だ。公共事業で当初予算より増加することはあるが、倍増はほとんどありえないという。図面を作る「基本設計」、構造上の強度などを計算する「実施設計」、建設材料を定める仕様書など何段階も確認するのが常識だからだ。
 新藤さんは、思い起こす数少ない非常識の事例として八ッ場ダム(群馬県)を挙げた。建設費は86年の当初計画では2110億円だったが、現在では4600億円に倍増した。首都圏の水需要増加を見越して始まった計画だが、節水技術の進化や人口減で水需要は減少。このため政府は09年にいったん計画を中止したが、11年に「洪水を防ぐ治水」という新たな目的で建設を再開した。「必要性などおかまいなく、造ることや予算を維持すること自体が目的化した典型例です。新国立も、本当にあのデザインが必要なのか、吟味しないで決まったのでしょう」と疑問を呈した上でこう批判する。「文科省などは、五輪は国家威信を懸けた事業という時代錯誤的な意識が抜けていない」
 青森県六ケ所村で建設が進む核燃料再処理工場を取材し続けるルポライター、鎌田慧さんも「国家威信」のワナにはまっていると警鐘を鳴らす。国が音頭を取って始めた核燃料サイクル計画に基づく工場建設の予算は、93年の建設開始当初は7600億円だったが、現在は約3倍の2兆2000億円まで膨らんだ。「核燃サイクルは、技術的問題やコストなどの課題が多すぎ、諸外国はとっくに撤退したのに、日本だけが夢物語にしがみついている。一度決めたら変えない官僚主義のせいです。原子力船むつ、そして新国立も一緒。これでは、日本軍が『撤退は恥』と大勢の兵士を玉砕させた発想と、今も変わっていない」と批判する。そして市民にもこう問い掛ける。「国威発揚のために無謀な新国立計画を進めることは、必ず民衆にツケが回ってくる。私たち自身、なめられたままで本当にいいのですか」
 IOC調整委員会のジョン・コーツ委員長は6月末、現行の奇抜なデザインでなければ国際公約違反かを問う毎日新聞の単独取材に、けげんそうな表情を浮かべて答えた。「(日本)政府が決めること。IOCが象徴的な施設を求めたものではない」
 国際公約でないなら、市民はもっと声高に叫んでいいのではないか。「この暴走、おかしい」と。


放射光施設 誘致先送り
宮城県は「放射光」と呼ばれる光を使って物質の構造を解析する研究施設の誘致を進めていましたが、村井知事は定例会見で建設費などで多額の地元負担が生じるとして誘致を先送りする考えを示しました。
宮城県が誘致を進めていたのは「放射光」と呼ばれる強いエネルギーを持った光を使い、物質の構造を解析する研究施設です。
村井知事は定例会見で、「施設の規模がかなり大きいのでとても地元が一部負担できる金額ではない。
今年度の事業として優先度を下げた」と述べ、国と建設費の分担などの調整が折り合わず地方負担が多額になるとして誘致を先送りする考えを示しました。
宮城県によりますと、建設費の半分にあたる150億円程度に加え毎年20億円から30億円の維持管理費も地元負担になる可能性があるということです。
その上で村井知事は、「2020年のオリンピックがあって、文部科学省もなかなか科学研究費に大きな予算を回せないという事情もわかるので文部科学省を批判するつもりはない。タイミングが合えば東北への誘致に手を挙げたい」と述べました。
また村井知事は放射光の研究施設を視察するためこの夏、フランスを訪問する予定でしたが、取りやめたということです。


制服向上委員会「ゴマする太田さんの方が痛々しい」
 脱原発や人権など社会問題をテーマに活動している異色のアイドルグループ、制服向上委員会の斎藤優里彩(18)と斎藤乃愛(15)が、爆笑問題の太田光(50)の「痛々しい」というコメントに反論した。
 同グループは、政治的なメッセージを積極的に発信する社会派アイドル。先月13日に神奈川県大和市で行われた市民団体「憲法9条やまとの会」のイベントでは、「諸悪の根源自民党」という歌詞の含まれた楽曲を歌い、同市がイベントへの事後の後援取り消しを検討する騒動へと発展した。
 太田は先月30日深夜放送のラジオ番組「爆笑問題カーボーイ」(TBSラジオ)で、制服向上委員会について「あれ、やらされてるんだろうなぁ」と憶測し、「さすがにちょっと痛々しいよね」と感想を述べた。
 太田の発言に対し、同グループのスタッフは、太田が今年4月に行われた安倍晋三首相主宰の「桜を見る会」に出席した際の画像をアップして「おもろい歌詞じゃんと思ってても、これだけ安倍さんに擦り寄ってたら、痛々しいと言うしかないよね」とツイート。そのツイートを引用したうえで、優里彩も太田に「私からすると安倍さんにゴマをすってる太田光さんの方が痛々しく見えます」とツイッターで反論。さらに乃愛も「メンバーは全員、自分の意思で活動しているんですよ♪」と明言した。


報道圧力発言:経団連会長が批判…広告働きかけ「しない」
 自民党の若手勉強会で報道機関への圧力を求める発言が相次いだ問題に関し、経済界から厳しい批判の声が上がっている。
 若手勉強会で「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけてほしい」などと名指しされた経団連の榊原定征会長(東レ相談役最高顧問)は6日の定例会見で「広告は企業独自の判断であり、経団連として働きかけることがあってはならない。仮に要請があっても絶対にしない」と断言。「言論の自由は民主主義の根幹。それを否定するような発言はあってはならない」と一連の問題を批判した。
 経団連は今国会で審議が続いている安全保障関連法案などの早期成立を求めてきた。その採決が直前に迫る中での国政の混乱に、「(一連の発言は)非常に残念だ。重要法案が国会で審議されている時でもあり、与党議員であることを十分自覚、反省をして、今後の行動は慎重にやっていただきたい」と苦言を呈した。
 中小企業などが加盟する日本商工会議所の三村明夫会頭(新日鉄住金相談役)も2日の定例会見で「報道の通りだとすれば、誠に好ましくない」と指摘。「自民党首脳部もはっきりと『こういうことがあってはいけない』と言っている。私も同じ意見だ」と強調した。【赤間清広】

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Mondial féminin 2015 - Finale États-Unis-Japon : la revanche de 2011
Comme lors de la dernière Coupe du monde, les Américaines défient en finale une sélection japonaise qui peut prétendre à obtenir son second titre.
Par Alexandre Ferret
Il n'est pas dans les habitudes des joueuses américaines (quatre médailles d'or olympiques et deux titres mondiaux à leur palmarès) de reproduire deux fois de suite la même erreur. Finalistes malheureuses en 2011 face au Japon, les filles de Jill Ellis n'ont pas l'intention de perdre leur deuxième finale mondiale de rang. Qui plus est face à la même sélection. En effet, en 2011, les Japonaises avaient créé la surprise en dominant à Francfort la formation américaine à l'issue de la séance de tirs au but (2-2 a.p, 3-1 t.a.b) pour un premier sacre. Quatre ans plus tard, c'est à Vancouver, à 1 heure du matin, heure française, que les deux sélections joueront donc une revanche qui a également les allures de ≪ belle ≫ entre les deux pays.
Depuis 2011, il s'agit en effet de leur troisième opposition dans une grande compétition. Et si ce match constitue bien la revanche de 2011 dans une Coupe du monde féminine, les Jeux olympiques de 2012 ont eu lieu entre-temps, à l'avantage des Américaines, qui se sont imposées en finale (victoire 2-1 grace à un doublé de Carli Lloyd). Dans cette finale mondiale, il s'agit donc de départager la sélection la plus en forme de ces quatre dernières années.
Finale rêvée
Si les Japonaises sont les seules à avoir remporté tous leurs matches dans ce Mondial, elles ne se sont pas toujours montrées extrêmement brillantes et spectaculaires, remportant systématiquement leur rencontre avec un unique but de plus que leurs adversaires. En face, les États-Unis ont concédé le nul contre la Suède (0-0) en poule, mais depuis leur premier match du tournoi contre l'Australie (victoire 3-1), elles n'ont plus encaissé le moindre but, même contre les Allemandes - tombeuses des Françaises - en demi-finale (succès 2-0). De quoi offrir une opposition explosive au BC Stadium de Vancouver entre les deux sélections les plus en forme de la compétition, mais surtout entre les deux équipes les plus ≪ imprenables ≫ du moment.
D'un côté, la qualité technique et le jeu en mouvement du Japon, de l'autre, la puissance athlétique et le mental d'acier des États-Unis, qui courent après un titre mondial depuis 1999. Leurs deux victoires remontent en effet à 1991 et 1999. Après deux médailles de bronze (2003, 2007) et une finale perdue (2011), cela ferait mauvais genre pour les joueuses de Jill Ellis de rentrer à la maison une nouvelle fois sans le trophée. D'autant qu'au Canada, elles évoluent presque à domicile. Mais attention à ne pas confondre vitesse et précipitation.
≪ Nous ne sous-estimons pas le Japon une seule seconde. On n'a rien gagné et on sait ce que ça fait de perdre une finale. Ça n'est pas un sentiment agréable ≫, a assuré la grande Abby Wambach, qui à 35 ans rêve toujours d'un premier titre. Et l'attaquante américaine n'a vraiment pas oublié cette défaite de 2011 à Francfort, quand son équipe avait mené deux fois au score avant de céder aux tirs au but. ≪ C'est cette défaite qui alimente notre flamme. C'est elle qui nous motive à faire ce sprint supplémentaire, à aller encore au duel pour gagner ce ballon. C'est toujours présent. C'est ce qui se passe quand on a le coeur brisé. Ça ne s'en va jamais. ≫
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フランス語の勉強?

明日へ−支えあおう−「三十一文字の思い〜福田こうへいと“震災の短歌”〜」
今年もNHKでは、震災にまつわる短歌を募集し、全国各地から385首の歌が寄せられた。そこには「今も癒えずに残る震災の傷」「亡き人への追慕」「変わり果てた故郷への思い」など、4年の月日の中でたどりついた思いが凝縮されている。番組では、岩手県出身の歌手・福田こうへいさんが、短歌を詠んだ人々の元を訪ねてじっくりと語り合い、三十一文字に刻みつけた心の叫びと、4年の月日がもたらした変化をたどっていく。
福田こうへい, 畠山智之, 合原明子

NNNドキュメント コメ サバイバル 密着!ブランド米の攻防
須山 司 テレビ新潟
人口減少にコメ離れ…。国内のコメの消費が減る中、産地間競争は激しさを増している。こうした中、各地のコメ産地では新品種を開発して市場に投入し、ブランド力を高めようとしている。コメ王国でコシヒカリの産地・新潟県は、ブランド力で頭一つ抜けているが、近年は北海道や山形県などで新たにコメが開発され人気を獲得している。また青森県などブランド力の弱かった産地も、新品種を市場に投入し生き残りを狙う。そしてついに新潟もコシヒカリに続く大型ブランド米誕生を目指して新品種を開発した。日頃、私たちが口にしているコメは、多くの選抜作業を潜り抜け、生き残ったまさに「コメのエリート」でもある。そのコメのエリート・新品種を手に生き残りを狙う産地の熾烈な競争に迫る。

テレメンタリー「親育て〜91歳の助産師の教え〜」
和歌山県田辺市で助産所を営む坂本フジエさん。91歳の助産師だ。70年間で4000人以上の赤ちゃんを取り上げてきた。今は、病院で出産する人が大半だが「坂本先生のところで産みたい」と訪れる妊婦は絶えず、「母乳が出ない」など悩みを抱えたお母さんたちが気軽に相談をしにくる。たとえ初対面でも優しく、時には厳しい助言を惜しまない。70年間、赤ちゃんとお母さんに寄り添ってきた坂本先生に、“命の育み方”を教えてもらう。
朝日放送

「未来への選択」 日本人は何をめざしてきたのか 第1回 高齢化社会 〜医療はどう向き合ってきたのか〜
急速に高齢化が進む日本。戦後、高齢者のケアはどのように進められてきたのか。
貧しい農村部では、戦後も老人にとって医療はお金がかかる贅沢なものだった。そんな状況を変えようと岩手県沢内村では1960年に“老人医療費無料化”を実施。保健師が各家庭を回って予防活動を活発に行った結果、病気を減らすことにも成功した。
1973年、国はこの“老人医療費無料化”を制度化し全国に拡大する。その結果、病院に老人が押し寄せ、医療費が急激に膨れ上がる。沢内病院の元院長加藤邦夫医師(84)は「われわれは医療と予防と保健を組み合わせた包括的なケアを目指した。無料化だけが一人歩きしたのは残念だ。」と語る。
1980年代には介護が必要な老人が次々に病院に「収容」される事態となり、「寝たきり老人」が社会問題化する。多摩市で老人病院を開業した天本宏医師(72)は、地域に住む高齢者を在宅で支える仕組みづくりを独自に模索し始めた。厚生省は1989年に「介護」の充実をうたった「ゴールドプラン」を打ち出し、医療から介護への転換を図る。その頃、女性の立場から社会全体で介護を支えるべきだと訴えたのが評論家の樋口恵子さん(83)だった。「これからは核家族化が進み、老老介護の時代が来る。“嫁”に介護を頼る現状を変えなければならない。」
そして2000年に介護保険が導入された。しかし高齢化は猛スピードで進み、今後急激に増えると予想される認知症の高齢者には対応が追い付いていないのが現状だ。天本宏医師は、「これからの高齢社会は、モデルなき挑戦だ。これからも現場から発信していく」と述べる。
医療から介護・福祉へ―。高齢化社会に戦後日本がどのように向き合ってきたのかを描きながら未来へのヒントを探る。

NHKスペシャル 生命大躍進 第3集「ついに“知性”が生まれた」
シリーズ『生命大躍進』最終回は、なぜ私たち人間だけが、これほど賢い生き物に進化できたのか、究極の謎に迫る。最新研究から、祖先が知性への階段を昇りはじめたきっかけは、思いがけないDNAの事件によるものだった…。そして氷河期に絶滅した別種の人類ネアンデルタール人のDNA復元計画から、人が人となれた理由に迫る。新垣結衣さんが一人二役で演じる“姉妹”と一緒にタイムトラベル!マンモスや恐竜をリアルCGで体感
新垣結衣, 伊藤雄彦,久保田祐佳, 江原正士,河本邦弘,樫井笙人


疲れているのでダラダラして1日を過ごしました.
ちょっと買い物に出かけようと思ったらまたパンクです.

<なでしこ>震災後復活のサッカー少女がエール
◎「戦う姿勢が励み、ぜひ優勝を」
 サッカー女子のワールドカップ(W杯)で、決勝へ進んだ日本代表「なでしこジャパン」に、宮城県のサッカー少女がエールを送る。石巻市の中学生以上でつくる「LFCサンファンガールズ石巻」の選手たち。東日本大震災の影響で活動を縮小、ことし4月に本格復活したチームは、なでしこの活躍を励みにする。6日の決勝を前に「ぜひ優勝して」と声援を送る。
 石巻市内で4日にあったプレナスなでしこリーグ仙台レディース選手によるサッカー教室。LFCサンファンの選手12人のうち中学生4人が参加した。「W杯決勝が楽しみ」と目を輝かせながらボールを追った。
 「なでしこの選手たちがゴールして喜ぶ姿を見ると、自分もやる気になる」と話すのは石巻市青葉中1年のMF阿部実由さん(13)。選手数は少ないが、なでしこのように一体感があるチームを目指している。
 石巻市河南東中1年のFW鈴木若奈さん(13)は小学2年のとき、通っていた市内のサッカー場が津波で使えなくなった。サッカーから一時遠ざかったが、2011年のW杯で日本代表が優勝する姿を見て奮起、競技を再開した。「パスをつないで、たくさんゴールして、優勝してほしい」とメッセージを送る。
 石巻市青葉中1年の松本みなみさん(12)、石巻市万石浦中3年の木村歩佳さん(14)も勝利を祈る。
 07年に発足したLFCサンファンは、震災で保護者による送迎が難しくなるなどして選手数が減少。13、14年は日本協会にチーム登録せず、数人で練習会を開いて細々と活動してきた。
 チームは、ようやく試合ができるまで選手が増え、ことし4月に再登録。代表の小学校教諭福井和子さん(54)は「チーム名は石巻を出航した慶長遣欧使節船サン・ファン・バウティスタ号のように、世界に羽ばたいてほしいとの意味がある。なでしこがひたむきに戦う姿勢は、子どもたちの目標になる」と感謝する。
 保護者は、子どもたちが刺激を受け、サッカーに打ち込む姿に目を細める。石巻市の公務員松本直美さん(42)は「なでしこの活躍でサッカーをする女の子がもっと増え、試合の機会が増えてほしい」と期待した。


<女川原発>事故時30キロ圏7市町高線量か
 東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)で東京電力福島第1原発並みの事故が起きた場合、原発から30キロ圏の全7市町の役場所在地が高い空間放射線量になる恐れがあることが4日、民間シンクタンクの環境総合研究所(東京)のシミュレーションで分かった。研究所顧問の青山貞一東京都市大名誉教授(環境政策)が女川町で講演し、明らかにした。
 7市町の役場所在地で事故直後、1時間当たりの空間放射線量が最も高くなる東寄り、南寄りの風向を条件に試算。数値は高い順に女川町156マイクロシーベルト、石巻市65マイクロシーベルト、東松島市48マイクロシーベルト、南三陸町25マイクロシーベルト、涌谷町22マイクロシーベルト、登米市13マイクロシーベルト、美里町5.2マイクロシーベルトと推計した。
 青山氏によると、福島第1原発事故直後、福島県内の30キロ圏の飯舘村と浪江町では毎時約50マイクロシーベルトが観測された。原子力規制委員会の基準では、500マイクロシーベルトは即時避難、20マイクロシーベルトは1週間程度以内に避難することが求められる。
 青山氏は「事故直後にいかに被ばくを避けるかが重要。美里町の数値は低いが安全ではない。シミュレーションの結果を踏まえて一人一人が対応を考え、行政は有効な避難計画を策定してほしい」と語った。
 研究所は同様に30キロ圏の住民の主な避難先についても試算。塩釜市8.8マイクロシーベルト、栗原市8.4マイクロシーベルト、大崎市3.3マイクロシーベルトなどとした。
 講演会には県内外の約170人が参加した。美里町の70代女性は「町は放射性物質の広がり方に関する基本的な情報を知った上で避難計画を作ってほしい」と訴えた。仙台市の50代女性は「自分たちの頭で事故対策を考え、身を守らなければいけない」と話した。


<復興の風景>高さ37メートル「命の道」/沿岸道路
◎岩手知事選を前に(3)
 高さ37メートルの真新しい高架橋が姿を現した。三陸沿岸道路の一部、吉浜道路(大船渡市三陸町、3.6キロ)は本年度中の開通を見込む。
 「高台を通るので津波浸水の恐れはない。カーブが少ないので移動時間は短縮できる」。工事責任者は新たな動脈に胸を張る。
 縦軸の三陸沿岸道、内陸と沿岸を結ぶ横軸の道路は東日本大震災の際、避難や物資輸送を担う「命の道」となった。国は三陸沿岸道とつながる横の幹線2路線を復興のけん引役とし、全額国費で整備してきた。
 復興予算の地方負担導入で縦横の明暗が分かれた。
 国は震災後、三陸沿岸道路を「復興道路」、横の宮古盛岡横断道路(100キロ)と東北横断道釜石花巻線(80キロ)を「復興支援道路」と位置付けた。「震災から10年以内に開通させる」と整備してきた。
 2016年度以降、復興支援道路2路線は「復興との関連が深い」とされたが、自治体負担となった。沿線住民は「命の道と言っていたのに、はしごを外された。県の財政負担が重くなり復興が遅れるのでは」と不安を隠さない。
 支援道路の県負担額は5年で約15億円。財源確保へ県債発行を迫られる公算が大きくなった。


町民バス復活へ 缶バッジ販売で高校生活躍
 東日本大震災で被災した町民バスを復活させようと、志津川高の生徒が制作販売する「モアイ缶バッジ」などのモアイグッズの売上金が650万円を超えた。寄付を受けた町は小型バスを購入し、本年度内の運行再開を検討している。
 寄付金の目録は6月25日、生徒代表の3人が町役場で佐藤仁町長に手渡した。情報ビジネス科3年の山内幸輝君(18)は「先輩から受け継ぎ、全国から支援をいただいて達成できた。自分たちの代でバス復活をやり遂げたい」と話した。
 志津川高は2010年、「南三陸モアイ化計画」を始めた。チリ地震津波からの復興を祈念して町が建てたモアイ像を地域活性化に利用する方針だった。
 生徒たちは翌年の震災発生を受け、地域の役に立ちたいと決意。部活動利用も含めて地域の足となってきた町民バス「いしゃりくん」の復活を目指すことにした。
 復興商店街などで12年2月から販売する缶バッジのモアイのデザインは約250種類。伊達政宗に扮(ふん)したり魚竜に乗ったりしている。
 缶バッジ発売から約3年半。志津川高は大阪市の企業からの寄付を合わせた計850万円を町に寄付した。
 生徒たちは復活させるバスを「さんりくんバス」と名付け、車体のデザインにも取り掛かった。千葉比呂さん(17)は「町民が親しみを持てるバスにしたい」と意気込んでいる。


視点 安保転換を問う…自民党の変質
 ◇大平氏の「楕円」はどこへ=論説委員・人羅格
 安倍晋三首相の政治スタイルと対照的な保守政治家として、故大平正芳元首相が引き合いに出されることがある。大平氏はハト派派閥といわれる宏池会(現岸田派)を率い、首相在職中の1980年に急逝した自民党のリーダーだ。
 没後35年の命日にあたる先月12日、岸田派名誉会長の古賀誠元幹事長と同派国会議員7人が東京・多磨霊園に墓参した。議員引退後も安保法制をめぐり首相への批判を強める古賀氏は墓前で「良質な保守(勢力)が日本の政治に必要だ」と訴え、ハト派勢力の再建を訴えた。
 吉田茂、池田勇人らの系譜を継ぐ自民党のいわゆるハト派勢力は党是である改憲よりも実際には「軽武装・経済重視」路線だった。故宮沢喜一元首相の「海外での武力不行使」という憲法観はこれを体現していた。
 一方、外交では大平氏の掲げた均衡重視の政策がその路線を象徴した。大平氏は日米同盟を重視するだけでなく経済、食糧、文化など非軍事の要素も活用して平和を維持する「総合安全保障」を掲げた。太平洋の国と地域がゆるやかに連帯する「環太平洋連帯構想」は現在のアジア太平洋経済協力会議(APEC)の原形となった。
 日米同盟一辺倒でないこれらの構想には「楕円(だえん)の哲学」という独自の理念が反映していた。大平氏は物事は中心がひとつの「円」よりも「楕円」のようにふたつの中心が均衡、緊張する状態が好ましいと考えていた。それはバランスと合意重視の政治手法にもつながっていた。
 翻って今「海外での武力不行使」原則は大きく揺らいでいる。日米同盟強化に強く傾斜する首相の路線は国際情勢の変化を差し引いても、大平氏の均衡重視とは異質だろう。
 「安倍1強」構図がそれを支える。谷垣禎一幹事長、岸田文雄外相ら大平氏の流れをくむ主要メンバーは今や安保法制の担い手だ。首相支持派の若手議員の勉強会で出た「報道圧力」発言の収拾に谷垣氏が追われるのは皮肉だ。「ハトとタカ」の二つの中心が均衡したかつての力学は大きく変容している。
 異論の存在を認めないような風潮もこれに重なる。ハト派復活を図る若手議員の勉強会は党側の意向でいったんは開催中止に追い込まれたという。
 大平氏は党内抗争の激化で衆院解散に追い込まれるなど、実際の政権運営が成功したわけではない。かつての自民党政治を美化するつもりもない。だが、大平流の「楕円的なもの」の衰退が、政治から大切なゆとりを奪っているのではないか。


<あなたに伝えたい>やっと納骨 悲しみ一区切り
◎高野紀恵子さん(福島・浪江町)からフサさんへ
 紀恵子さん 母はとても明るい人で、自宅はいつも近所の人がお茶飲みに来るたまり場になっていました。自分で料理も洗濯もこなし、庭では毎日、花の世話をし、90歳目前とは思えないほど元気でした。
 原発事故による避難生活で一変しました。二本松市の体育館や北塩原村のペンションを一家で転々としましたが、やることがなくなり、話し相手もいない母はじっと動かなくなりました。食事も取れなくなり、みるみる痩せていきました。
 二本松市の仮設住宅に入って4カ月後に入院、その4カ月後の2012年4月1日に亡くなりました。事故がなければもっと生きられたと思うと残念です。震災関連死の認定を受けようと考えましたが、健康だったころの書類が足りず、諦めざるを得ませんでした。
 私と夫は共働きだったので、長女と長男の子育てはほとんど母に任せていました。母にとって初めての孫で、それはもうかわいがっていました。私が出掛けるときも「孫は置いていって」と必ず言ってきました。
 2人の子どもも母が好きでした。特に息子は帰ってくるなり、母がいないと気付くとすぐ探しに出掛けていきました。母が作るかぼちゃの煮付けやひじき炒め、漬物にうどん、どれも2人の大好物でした。
 実家のお墓の修理が終わり、ことし4月にようやく納骨をしました。気持ちとしては一区切り。相変わらず先の見えない避難生活ですが、支援を頂きながら元気に暮らしています。
◎2人の孫を優しく見守る
 高野フサさん=享年(89)= 福島県浪江町の自宅で、娘の紀恵子さん(58)夫婦と孫の計4人で暮らしていた。東京電力福島第1原発事故により避難先を転々とするうちに体調を崩し、一家で二本松市の仮設住宅に入って8カ月後、心不全で亡くなった。


<福島退職金訴訟>佐藤元知事控訴「事件は冤罪」
 福島県発注のダム工事をめぐる汚職事件で有罪が確定した佐藤栄佐久元知事(76)の退職金をめぐる訴訟で、佐藤氏は4日までに、約7726万円の返納を命じた福島地裁判決を不服として仙台高裁に控訴した。
 6月23日の判決は、汚職事件について、最高裁が上告を棄却し有罪が確定していると指摘。収賄行為があったとされる4期目だけを返納対象にすべきだとの原告の主張に対しても、3〜4期にかけて一連の収賄行為があったと認定した。
 佐藤氏は取材に「事件は冤罪(えんざい)で、真実を探して判断してもらいたい」と話した。


凍土遮水壁 年度内完了困難に
 東京電力福島第一原発の汚染水対策の柱となる凍土(陸側)遮水壁は、目標とする今年度末の本格凍結の完了が困難な状況となった。4月末に始めた試験凍結で、地中の温度を十分に低下できない技術的な問題が生じ、工程に遅れが生じている。さらに、原子力規制委員会が遮水壁運用の条件とする建屋周辺の井戸「サブドレン」からの取水などのめどが立っていない。本格凍結の遅れは今後の汚染水対策全体に影響を与える可能性がある。
■想定外
 東電は4月末から凍土遮水壁(全体で凍結管1551本)のうち約4%に当たる部分(58本)で試験凍結を実施している。
 地中の温度を調べる計測器を凍結管近くの18カ所に設置して観測している。今月1日までの2カ月間の平均地中温度は、12カ所で氷点下にならなかった。地点によって10・1度からマイナス20・9度まで約30度の温度差もあった。
 さらに1号機建屋周辺では、凍結後に地下水の水位が想定外の変動を見せた。
 東電の担当者は「どの程度地中が凍結しているかは目視できない。現在はまだデータを集めている状況」と説明。今後、原因究明や対策などを進めるとしている。試験凍結は数週間で完了する計画だったが、「終了時期の見通しは立たない」という。
■サブドレン難航
 規制委の検討会は1日、サブドレンからの取水などができない限り、遮水壁の運用を認めない方針を示した。サブドレンが機能しないと、建屋内の汚染水の流出を抑えている地下水の水位を調整できなくなる恐れがあるためだ。
 これを受け、規制委事務局の規制庁は、サブドレンでくみ上げた水を浄化後に海洋放出できない場合、試験凍結の次の工程となる本格凍結の作業を認めない考え。東電は地元の漁協関係者らに海洋放出を認めるよう求めているが、汚染雨水の流出などのトラブルが相次ぎ、理解を得られていない。
 東電はサブドレンを稼働しなくても、凍土遮水壁を安全に運用できるとする試算結果を公表しているが、規制庁は「試験凍結で既に予測できない事態が生じており、机上の試算では認められない」との姿勢を見せる。
■廃炉工程に影響
 遮水壁は国費320億円を投じ、政府が「汚染水問題の抜本的対策」に位置付けている。汚染水を減らす工程を示した政府の中長期ロードマップでは、今年度内に全体の凍結を完了、28年度内には1日約300トンの汚染水発生量が3分の1に減少すると見込んでいる。
 規制委検討会に参加している高坂潔県原子力専門員は「年度内の凍結完了は難しい。このままでは廃炉工程に影響が出る可能性がある」と指摘。経済産業省資源エネルギー庁の担当者も「前例のない取り組みでどれだけの期間で凍結が完了できるかは分からない。規制庁の認可も必要になるので年度内に終了するかは不透明」との見解を示した。
 県原子力安全対策課は「汚染水の発生量を抑えられない状況が続くと、将来的にタンク容量が逼迫(ひっぱく)することも見込まれる。早急に対策を講じてほしい」としている。
□背景
 陸側遮水壁は地下水の流れを遮断する目的で凍土方式による凍結工法を用いる。1〜4号機の建屋周辺の約1500メートルに1551本の凍結管を設置し、冷却した冷媒(ブライン)を移送管で送り、地中に配置した凍結管の中を循環させ周辺の地盤を凍結させる。今年4月末から試験凍結を開始している。

本町でフレンチ/中央図書館/真夏の第九

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Le Japon offre 6,1 milliards de dollars à cinq pays riverains du Mékong
Le Japon, qui accueillait samedi les dirigeants de cinq pays riverains du Mékong, a annoncé une aide de 6,1 milliards de dollars pour cette région où Tokyo cherche à étendre son influence face à la montée en puissance de la Chine.
Le Premier ministre, Shinzo Abe, a fait cette promesse en recevant ses homologues du Cambodge, du Laos, de Birmanie, de Thailande et du Vietnam à l’occasion du 7e sommet annuel Japon-Mékong, organisé à Tokyo.
≪Le Japon apportera son soutien au développement (de ces pays) à hauteur de 750 milliards de yen (6,1 milliards de dollars) sur les trois prochaines années≫, a-t-il déclaré lors d’une conférence de presse à l’issue du sommet.
Il n’a pas précisé si cette aide incluait celle qui avait déjà été annoncée précédemment, ou bien s’il s’agissait de programmes nouveaux.
≪La région du Mékong, qui a d’immense besoins en termes d’infrastructures, est une région particulièrement importante pour nous. Le Japon va contribuer au développement de l’infrastructure de cette région à la fois en qualité et en quantité≫, a-t-il ajouté.
La veille, le grand quotidien économique japonais Nikkei avait annoncé que trois sociétés japonaises avaient obtenu un contrat de près d’un milliard de dollars pour construire un réseau ferré pour la banlieue de Bangkok.
Le gouvernement japonais avait l’intention d’offrir des prêts couvrant une partie de ce cout, avait précisé le quotidien, une pratique commune en matière de gros projets de ce genre.
Le gouvernement Abe cherche ces derniers temps à augmenter les ventes japonaises d’autoroutes, de réseaux ferrés et de centrales électriques dans le monde, pour aider l’économie du pays.
Avec le sommet de samedi, le Japon entend également renforcer ses liens avec ces pays, alors que la Chine accroît son influence dans la région.
Dans la même optique, le Japon avait annoncé en mai un projet d’investissements sur cinq ans en Asie, d’un montant de 10 milliards de dollars.
De son côté, Pékin ne cache pas ses ambitions économiques et territoriales - via la construction d’îles artificielles dans des zones disputées de la mer de Chine méridionale.
Le ministre chinois des Affaires étrangères a ainsi indiqué en mars vouloir renforcer ses échanges bilatéraux avec les 10 membres de l’Association des nations d’Asie du Sud-Est (Asean), pour les doubler d’ici à 2020, à 1.000 milliards de dollars.
Dans cette bataille pour asseoir sa domination, la Chine mise aussi beaucoup sur la nouvelle Banque asiatique d’investissement dans les infrastructures (BAII) qu’elle vient de lancer, forte du ralliement de 50 Etats et d’un capital de 100 milliards de dollars.
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週刊 ニュース深読み「残業大国ニッポン “朝型勤務”で変わる?」
今月から2か月間、中央省庁が朝型勤務を導入。早いところで勤務開始を7時半、夕方4時15分の退勤を目指す。今や朝型勤務は地方自治体や企業にも広まってきている。実際に先駆けた大手商社では、残業や時間外手当が減少するなどの結果も。こうした朝型勤務を国が普及させようとするねらいには、長時間労働の抑制や労働生産性の向上があるというのだが…。果たして効果は?残業大国ニッポンは変われるのか?深読みする。
デーブ・スペクター,山田まりや,
常見陽平,大塚万紀子,竹田忠,
小野文惠,高井正智ほか

マサカメTV「モデルって表だけじゃなく、裏もスゴイんです!」
モデルの皆さんって、自分の変顔写真をネットに公開すること多くないですか?何でかな〜って調べたら、変顔できないとモデルの仕事ができなくて、しかも変顔を続けて、顔のある部分を「自力整形」できるってことまで分かったんです。他にも、カッコイイポーズをきめているモデルさんの背中が、すっごく恥ずかしいことになっていたり、女子中学生に大人気の雑誌の編集部に突入したり、今まで見たことないモデルの姿がてんこ盛り!
荒俣宏,黒沢かずこ,壇蜜,葵わかな,
オードリー,牛田茉友,
三拍子,なすなかにし,オジンオズボーン,
中井和哉

ブラタモリ「#11 奈良の宝」
奈良の大仏様でおなじみ東大寺は、2度の大きな火災に見舞われながらも、鎌倉、江戸と繰り返し修復が行われ、現在にその姿を残してきた。今回特別に大仏様に近づくと、その痕跡を発見!さらに高さ50メートル、国宝・大仏殿の屋根裏には、大仏様を守り続ける驚きの巨大構造物が!また現在修復中のお寺を訪ねたタモリさん、なんと宮大工に弟子入りする事に!?過去から未来へと文化財を守り続ける技術と人々の思いに触れます。
タモリ,桑子真帆,草ナギ剛


本町にフレンチを食べに行きました.美味しかったのですが,ブツブツのことばかり考えてしまってちょっとよくなかったです.
ネットカフェで時間をつぶしたあと,西区の中央図書館に行って河北新報を読みました.
その後,大阪城の近くで真夏の第九です.指揮者が80過ぎのおじいさんなのは私にとってイマイチでしたが,いつものようにソプラノの歌声が素晴らしい♪濃い緑のドレスに白いネックレス.とてもよかったです.

仙台駅ビルに「ほやショップ」観光客にPR
 水産加工の水月堂物産(石巻市)が、JR仙台駅ビルのエスパル仙台店(仙台市青葉区)の地下1階に、ホヤの加工品を集めた「ほやショップ」をオープンした。全国から訪れる観光客にホヤをPRし、ファン拡大を図る。
 ショップは土産品売り場の一角に開設された。刺し身用の冷凍ホヤ(税込み972円)や一夜漬けの瓶詰(972円)せんべい(1200円)乾燥珍味(350円)など常時10種類以上を扱う。
 阿部壮達常務(33)は「ホヤの生産者は大口取引先だった韓国の禁輸措置で苦しんでいる。知名度を高め、国内での消費拡大につなげたい」と話す。
 営業時間は午前10時〜午後8時半。連絡先は水月堂物産0225(97)5225。


<女川原発>事故時「仙台など高線量の恐れ」
 原発の重大事故に備える避難計画をめぐり、前提となる放射性物質の拡散想定の在り方が問われている。民間のシミュレーションでは、東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)が東京電力福島第1原発並みの事故に陥った場合、空間放射線量は県内の広範囲で高くなる恐れがあると判明。ただ原発から30キロ以上離れた仙台市などが避難対象に含まれる事態は想定されていないのが実態だ。(石巻総局・水野良将)
 「放射性物質は『見えない津波』。汚染の広がり方には地形や風向、風速などが大きく影響する」。民間シンクタンクの環境総合研究所(東京)顧問の青山貞一東京都市大名誉教授(環境政策)はこう強調する。
 研究所のシミュレーションによると、女川原発の事故想定では、風向きなどによっては、仙台市でも1時間当たりの空間放射線量が数十マイクロシーベルトに達する可能性があるという。
 地形を考慮した結果は図・上の通り。女川町周辺では西よりの風が多いが、陸地への影響が懸念される「東北東」の風を想定し、風速2メートルの場合の空間放射線量を色分けした。
 原発から数キロ圏は数百マイクロシーベルトと非常に高く、30キロ圏外の仙台市や七ケ浜町なども20〜50マイクロシーベルトに上った。100キロ近く離れた白石市や蔵王町などは10〜20マイクロシーベルトなどとなり、地形を考慮しない場合(図・下)より、高線量地域が広かった。
 原子力規制委員会の新たな基準では、毎時500マイクロシーベルトは即時避難、20マイクロシーベルトは1週間程度以内の避難に該当する。一方、規制委が2012年10月に公表した拡散予測では、避難が必要となるのは女川原発から最大18.3キロと試算されていた。
 女川原発の事故に備える広域避難計画については、立地自治体を含む周辺7市町が策定中だが、宮城県がガイドラインで示した対象はあくまで原発の半径30キロの区域にとどまる。
 しかも、国は実際の避難は放射線量の実測値を基に判断し、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)は活用しない方針。
 ただ、30キロ圏で区切ったり、予測を避けたりする傾向には反発の声も出ている。女川原発30キロ圏の登米市の布施孝尚市長はSPEEDIの有用性を指摘し「予測は避難する上で必要な情報だ」と述べている。
 環境総合研究所のシミュレーションのシステム開発に関わった青山氏は「シミュレーション結果を避難計画の策定などにどう活用するかが重要だ」と訴える。
 研究所の予測結果について宮城県原子力安全対策課の担当者は「詳細が分からないのでコメントできない」と話している。
[環境総合研究所のシミュレーション]2011年11月〜13年4月に開発したシステムで実施。大気汚染研究用などの計算モデルを福島第1原発事故に適用。国土地理院の地形データや気象庁の気象データも活用した。事故の規模、風向、風速などの違いに応じて放射性物質拡散状況を試算、1時間当たりの空間線量を色分けして表示する。約1000パターンをデータベース化。影響が及ぶ人口や事故後に同じ場所に住み続けた場合の積算外部被ばく線量も推計できるという。


原爆養護ホーム 入居待ち約2800人
戦後70年となることし、広島と長崎に投下された原爆で被爆した人たちの平均年齢は初めて80歳を超えました。こうした被爆者が身を寄せる「原爆養護ホーム」に入ることを希望しても空きがなく、入居を待っている人は広島と長崎で合わせておよそ2800人いることが分かり、支援の在り方が課題になっています。
厚生労働省が今週発表した被爆者健康手帳を持つ国内の被爆者の平均年齢は去年より0.69歳上がって初めて80歳を超え、80.13歳となりました。
高齢の被爆者たちがいわば「ついの住みか」として身を寄せるのが被爆者のための福祉施設「原爆養護ホーム」で、広島と長崎に合わせて6か所あります。経済的な負担が少なく入居できることや、被爆者の医療を専門にする医師が定期的に診療に訪れるなどのメリットがあり、入居を希望する人が増え続けていますが、広島と長崎で合わせておよそ2800人が入居できず、空きを待つ状態になっていることがNHKの取材で分かりました。
広島では2427人が待機
広島県と広島市によりますと、施設に入居を希望したものの待機状態になっている人はことし3月末の時点で2427人と、この10年間で1.8倍に増え、これまでで最も多くなったことが分かりました。
施設への入居を待っている広島市中区で1人暮らしをしている竹下イクヨさん(87)は広島に原爆が投下された3日後に広島市に入り被爆しました。
竹下さんは3年前にがんを患ったうえ、心臓にも持病があって、去年2月広島市に施設への入居を申し込みました。しかし広島市からは5年から6年は待つことになると告げられたということです。
竹下さんは「今は動けるが1人で生活することがままならなくなったらホームに入りたい。頑張らないといけないと自分で自分を励ましている」と話していました。
原爆養護ホームを運営する団体の鎌田七男理事長は「もう1か所くらい施設があってもいいという見方もあるが、そこは国の判断だ。私たちは思い出したくない経験や記憶を持っている入居者が穏やかに生活していけることを最優先に考えている」と話しています。
長崎では待機者350人超
長崎にある高齢の被爆者が暮らす施設では入所を待つ人が350人を超える状態が続いています。
長崎県内には健康上の理由などで自宅で生活することが難しくなった被爆者たちが暮らす老人福祉施設が2か所あります。これらの施設は民間の団体が運営していますが、被爆者援護法に基づいて、国と長崎県、それに長崎市が補助金を出しているため、被爆者は負担が少なく入所できるほか、被爆者に対する医療が専門の医師が定期的に診療に訪れるなど支援の態勢が整っているため、入所希望者が多く、施設では40年ほど前から増改築を繰り返して受け入れ定員を増やし、現在2つの施設で405人が暮らしています。
しかし、それでも被爆者の高齢化の進行に伴って入所を待つ人は増加する傾向にあり、長崎市と長崎県によりますと、入所待ちの被爆者はことし3月末現在で2つの施設合わせて376人で、少なくとも過去3年間は350人を超える状態が続いているということです。
このうち長崎市三ツ山町にある「恵の丘長崎原爆ホーム」では、常時介護を受ける必要がある被爆者と、介護の必要度はやや低いものの自宅で暮らすことが困難な被爆者、合わせて350人が暮らしています。毎年60人から70人程度退所する人はいますが、入所待ちの被爆者は328人に上っており、中には2年間入所を待ったあと、94歳になってようやく入所できた被爆者もいるということです。


反原発・反安倍政権の制服向上委員会、アイドルの主張どこまで許される?
 アイドルグループの制服向上委員会が、6月13日に神奈川・大和市で開催した「憲法九条やまとの会」主催のイベント『若者と国家−自分で考える集団的自衛権』に参加した。その際に歌った自民党を批判する替え歌がニュースとなり、大和市が後援名義を事後的に取り消すという異例の騒動へと発展していった。その渦中にいる制服向上委員会とは、いったい何者なのだろうか? いちアイドルグループが、政治色の強い活動をすることの意義と是否について改めて考えてみたい。
◆正統派アイドルグループから政治的思想の強いグループに変化した制服向上委員会
 <大きな態度の安倍総理 おじいさんと同じ>(「大きな古時計」の替え歌)で始まる「おじいさんと同じ」という曲を歌う制服向上委員会が、いま何かと物議を醸している。6月30日に深夜放送されたラジオ番組で、爆笑問題の太田光が「あれ、やらされてるんだろうなぁ」と笑い混じりで語ると、田中裕二も「歌っている映像見たけど、生気なかったよ。歌いたそうな感じじゃなかったよ」と答え、再び大田は「あれはさすがにちょっと痛々しいよね」とコメント。『週刊文春』7月9日号では、制服向上委員会を“左派アイドル”と紹介、「憲法解釈変えないで!」「安保法制絶対!反対!」などと書かれた紙を持った写真が掲載された。
 そもそもこの制服向上委員会(現在は略してSKiともいう)の名は、現在30代半ば以上の男性なら、少しは聞き覚えがあるかもしれない。デビューは1992年の“アイドル冬の時代”のど真ん中。当時は、お嬢様女子高生風の制服をトレードマークに活躍する正統派アイドルグループで、メンバーの中心的存在だった南国系美少女の吉成圭子が、一部でカリスマ的人気を博していた。メンバーチェンジを繰り返しながら、大手レコード会社に所属したが、1995年にインディーズレーベル「アイドル・ジャパン・レコード」を設立。2006年には“卒業”という形でグループの活動を終了。その後、2010年に“地デジ放送反対”の曲「TVにさようなら」を発表して再始動する。その後も、2011年には脱原発ソング「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を、2012年には民主党政権批判の「野田・悪魔・TPP」を発表。「Ohズサンナ」という曲では、「諸悪の根源、自民党」とまで歌っている……となると、これは立派な左派アイドル・脱原発アイドルといっていいだろうが、メンバーは10代のごく普通の少女たち。果たして彼女たちは、本当に政治的思想を持ち合わせているのだろうか?
 グループの背後には、プロデューサー的な形で、1970年代前半に活躍した伝説的な反体制ロックバンド・頭脳警察のパンタの存在がある(頭脳警察は制服向上委員会と同じ事務所に所属)。また、憲法第9条をテーマにした曲では、同じく反体制のフォーク歌手・中川五郎とユニットを組んでいる。曲の内容もさることながら、このあたりに、彼女たちが左派アイドルとされる由縁もありそうだが、各イベントでもそれなりの渦を巻き起こしているようだ。
◆ロックではなくアイドルが“反体制”を歌うことに違和感も
 2011年の『FUJI ROCK FESTIVAL』では、「大手スポンサーの圧力で出演が取りやめになった」と公式ブログで発表したが、その後、そもそも『FUJI ROCK FESTIVAL』側からのオファーはなかったと謝罪。今年6月には、「憲法九条やまとの会」主催のイベントで、自民党批判の曲を歌い、神奈川県大和市教育委員会が、同イベントの後援を取り消す方向で検討していると報道されたことは、記憶に新しいところだ。その他、社民党や日本共産党絡みのイベントやメディアにも、多数登場している。こうなると、もはや最近流行の“炎上商法”といえなくもないし、うがった見方をすれば、一連の騒動は、所属事務所側にしてみれば“狙い通り”なのかもしれない。
 そもそも反体制的な主張は、ロック系ミュージシャンの“お箱”でもあり、当たり前のことでもある。脱(反)原発ソングにしても、THE BLUE HEARTSの「チェルノブイリ」や、RCサクセションの故忌野清志郎さんの一連の曲を筆頭に、佐野元春、加藤登紀子、Dragon Ash、海外では、アリス・クーパー、スティング、ブルース・スプリングスティーン等々、錚々たるメンツが発表している。2011年には、斉藤和義の「ずっとウソだった」が話題にもなった。ただ、ロックミュージシャンではなく、いわゆる“アイドル”が、こうした体制批判、反体制的主張をすること自体に、強烈な違和感や“そぐわなさ”を感じるのも否めない。前述した爆笑問題の発言ではないが、何か“やらされてる感”すら見て取れるのは、“アイドル”である彼女たちの“本音”が見えないことと関係しているだろうし、ある種、アイドルが抱える“宿命”なのかもしれない。
 一方、選挙権が満18歳以上に引き下げられることも決定し、なにかと言論弾圧問題が叫ばれる昨今、“アイドル”にはこれまでのように、単純な可愛さやファンタジー的な曲ばかりを求めるのではなく、制服向上委員会の少女たちが発するような“主張”にも、ある程度、耳を傾ける必要が出てきたということではないか。時代の要請なのか、“アイドル”としての新しいバリエーションのひとつにすぎないのか。それは、今後の彼女たちの活動によって、自ずと答えが出てくるだろう。(文:五目舎)


菅官房長官:百田氏の沖縄侮辱的発言を陳謝…翁長知事に
 菅義偉官房長官と沖縄県の翁長雄志知事が4日夜、東京都内のホテルで夕食を取りながら会談した。菅氏は、自民党の若手勉強会で作家の百田尚樹(ひゃくた・なおき)氏が沖縄への侮辱的発言をした問題に自ら言及して「申し訳ない」と陳謝した。2人は対話の継続でも合意し、次回は沖縄での会談開催を調整する。
 菅、翁長両氏の会談には安慶田(あげだ)光男副知事が同席した。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設問題を巡る政府と県の対立の激化を避ける狙いがあった。
 会談では2人が卒業した法政大や互いの孫の話題などで会話が弾んだが、移設問題は取り上げられなかったという。
 終了後、翁長氏は記者団に、会談の意義を「難しい話は抜きにして、これから何回かの話し合いのベースにする」と説明。「これから以降はもっとシビアな話になる」とも語った。【高本耕太、前田洋平】


同性婚:「法律、日本でも」 451人、日弁連に人権救済要請へ
 同性同士の法律婚が認められないのは人権を保障した憲法に違反するとして、同性との結婚を望む451人が7日、日本弁護士連合会(日弁連)に集団で人権救済を申し立てる。日弁連から首相や衆参両院に対し、同性婚について定める法律の立法化を勧告するよう求める内容。先月26日には、米連邦最高裁が同性婚を認めない州法を違憲とする判決を下しており、関係者の期待は高まっている。【藤沢美由紀】
 申し立てを呼び掛けたのは、性的少数者の問題に取り組む弁護士らでつくる「LGBT支援法律家ネットワーク」の有志25人。米国の連邦最高裁で2013年6月に結婚を男女間のものと規定する結婚保護法(連邦法)の条項を違憲とする判決が出ていることなどを踏まえ、「法律家としてできることを」と発案した。
 同性カップルの場合、法的な配偶者でないことを理由に、パートナーの手術の同意書にサインできなかったり、術後の面会が制限されたりすることがある。また、婚姻関係がないため、遺言がない限り遺産を相続することもできない。公営住宅への入居は認められないことが多く、民間の生命保険では相手を受取人に指定できないこともある。申し立てでは、結婚できないことで生じるこれらの「人権侵害」を数十例挙げる予定という。
 日弁連は、人権救済の申し立てを受けると人権侵害に当たるかどうか調査し、警告や勧告などの必要な措置を取る。措置に法的な強制力はないが、公的機関の見解を引き出すなど一定の影響力がある。同ネットワークは「措置が必要と判断されれば社会へのインパクトもあり、行政府や立法府も考慮するのでは」と期待している。
 国内の同性婚を巡っては、昨年6月に青森市の女性カップルが、今年4月にはタレントの一ノ瀬文香さんと女優の杉森茜さんが役所に婚姻届を提出したが、婚姻は「両性の合意」のみに基づいて成立すると定めた憲法24条の規定や、「不適法」を理由にそれぞれ不受理になっている。
 同ネットワークの永野靖弁護士は「先月の米連邦最高裁の違憲判決で、欧米の先進国のほとんどが同性婚を認めることになった。日本も将来の課題としてではなく、今すぐ検討してほしい」と話す。
 ◇結婚で社会の理解進む 実名女性、生活の不利益に「風穴を」
 千葉県の教育機関勤務、鳩貝啓美(ひろみ)さん(49)と会社員、河智(かわち)志乃さん(43)の女性カップルも申し立てに名を連ねる。共に性的少数者の女性を支援するNPO法人「レインボーコミュニティcoLLabo」の理事を務め、「社会を変える大事な動き」と賛同した。
 2人は2007年から交際し、09年にはホテルの結納プランを利用して両家の顔合わせを行った。互いへの相続を指示した遺言書や、事故や病気で手術の同意などが必要な際に互いを配偶者と同様に扱うよう求める「意思表示書」も作成した。それでも実際の手術で希望通り扱われるかは病院の判断に委ねられる。
 配偶者控除や健康保険の被扶養者としての保険給付もない。「異性なら婚姻届で解消できる問題」に日常的にぶつかってしまう。
 NPOの活動を通じ、住まいや経済面などカップルとして生きることへの不安を、多くの当事者から聞いてきた。親や職場に秘密にしている当事者は多いが、結婚という「お墨付き」が得られたら、社会の理解も進むと期待している。
 顔や実名を出しての申し立ては勇気がいる。それでも2人は決意した。
 「私たちも表に出ることで、風穴を開けられたら」
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 ◇同性婚を巡る世界の動き
2001年4月 世界で初めてオランダで同性婚法施行
  05年7月 スペインで同性婚法施行
  13年5月 フランスで同性婚法施行
     6月 アメリカの連邦最高裁が結婚を男女間のものと規定する連邦法の条項を違憲と判断
  14年6月 国連が職員の同性婚相手に移住ビザなどの取得を全面的に認める新制度を導入
  15年5月 アイルランドで同性婚を認める憲法改正の是非を問う国民投票が実施され、賛成多数で承認
     6月 アメリカの連邦最高裁が同性婚を認めていない4州の州法を違憲とする判決。全米で同性婚容認へ

京都の宿予約/東京までも予約

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Au Japon, des pastèques en forme de coeur ou de cube en guise d’ornement
Au Japon, où les consommateurs sont prêts à débourser des sommes folles pour s’offrir des fruits de luxe, les pastèques en forme de cube, de coeur ou de pyramide s’exposent désormais en rayons, sonnant le début de l’été.
Des boutiques spécialisées ont donné le coup d’envoi des ventes de ces fruits destinés à la contemplation, et non à la dégustation.
≪Ils sont là pour le plaisir des yeux, et n’auraient pas très bon gout si vous décidiez de les manger≫, explique Mototaka Nishimura, directeur d’une enseigne située dans le quartier branché de Shibuya à Tokyo.
≪Ce sont des pastèques d’ornement que l’on peut disposer au même titre que des fleurs≫, explique-t-il.
Pour leur donner ces apparences insolites, les cultivateurs les font pousser à l’intérieur de boîtiers en acrylique de la forme souhaitée.
De manière générale, les Japonais raffolent des fruits de luxe, offrandes particulièrement prisées.
≪Les fruits sont les représentants des saisons et nous portons une grande attention à l’emballage, car depuis longtemps au Japon, nous avons la coutume de les offrir en cadeau≫, rappelle M. Nishimura.
Mais attention, pour une pastèque-cube, il vous en coutera tout de même... 12.960 yens (96 euros).
Rien, cependant, en comparaison à la somme astronomique de 350.000 yens (près de 2.600 euros) récemment dépensée par un grand magasin pour une pastèque Densuke de Hokkaido (nord).
Les melons cantaloups s’arrachent à des prix encore plus délirants, le record en la matière s’établissant à 2,5 millions de yens (18.500 euros).
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先週京都の宿を予約しそこなってしまったので,別のところに予約.朝7時からのイベントなので4時半に起きればいいのですが,朝が弱い私にはちょっと苦しいのでお泊りにしました.
ついでなので東京出張の予約もしました.

<災害公営住宅>東松島市、市外住民も対象
 宮城県東松島市は1日、東日本大震災の被災者向けに市が整備する災害公営住宅の入居希望者について、調査対象を拡大して同市に居住経験のない市外の住民も含めると発表した。市外で被災し、市外で暮らす被災者を入居させる被災自治体は珍しい。
 市は6月、市内の全世帯と、市内で被災し市外のみなし仮設住宅に暮らす世帯に災害公営住宅の入居希望表明書を配布。6月30日までに入居対象になる世帯のうち、約50世帯が新たに入居を希望したという。
 市はこのほかに、石巻市などを中心に調査範囲を広げ、市民以外の希望者も探る。11月ごろまでに調査結果をまとめる。
 市はこれまで、住民の意向などを踏まえ、16地区に1010戸の災害公営住宅を計画した。入居希望者の増加を見越し、100戸を追加する方針。追加分を含め、現段階では143戸の空きがあるが、今後の調査により計画戸数を確定する。
 阿部秀保市長は「調査は入居の申し込みではない。人口減少を防ぐ観点と、災害公営住宅整備が最終段階に入り、丁寧に進める必要性から調査対象の拡大を決めた」と述べた。
 入居希望の受け付けは今月末まで。連絡先は市建設課0225(82)1111。


<復興の風景>高さ37メートル「命の道」/沿岸道路
◎岩手知事選を前に(3)
 高さ37メートルの真新しい高架橋が姿を現した。三陸沿岸道路の一部、吉浜道路(大船渡市三陸町、3.6キロ)は本年度中の開通を見込む。
 「高台を通るので津波浸水の恐れはない。カーブが少ないので移動時間は短縮できる」。工事責任者は新たな動脈に胸を張る。
 縦軸の三陸沿岸道、内陸と沿岸を結ぶ横軸の道路は東日本大震災の際、避難や物資輸送を担う「命の道」となった。国は三陸沿岸道とつながる横の幹線2路線を復興のけん引役とし、全額国費で整備してきた。
 復興予算の地方負担導入で縦横の明暗が分かれた。
 国は震災後、三陸沿岸道路を「復興道路」、横の宮古盛岡横断道路(100キロ)と東北横断道釜石花巻線(80キロ)を「復興支援道路」と位置付けた。「震災から10年以内に開通させる」と整備してきた。
 2016年度以降、復興支援道路2路線は「復興との関連が深い」とされたが、自治体負担となった。沿線住民は「命の道と言っていたのに、はしごを外された。県の財政負担が重くなり復興が遅れるのでは」と不安を隠さない。
 支援道路の県負担額は5年で約15億円。財源確保へ県債発行を迫られる公算が大きくなった。


震災関連死訴訟 判決確定へ
東日本大震災で全壊した自宅に暮らしたあと肺炎の症状が出て死亡した85歳の女性について、仙台高等裁判所が仙台市に震災関連死と認めるよう命じた裁判で、仙台市は上告しない方針を決め、判決が確定することになりました。
この裁判は、震災のおよそ5か月後に肺炎の症状が出て死亡した仙台市太白区の及川美和子さん(当時85)について、仙台市が震災関連死と認めなかったことに対し、女性の遺族が関連死と認めるよう求めて訴えたものです。
先月25日、仙台高等裁判所は「震災と女性の死亡には因果関係があった」と指摘して1審と同じく、仙台市に対し震災関連死と認めて災害弔慰金を支払うよう命じました。
判決を受けて対応を検討してきた仙台市は「医学的に見て女性の死亡は震災と関係がないと主張してきたが、上告しても裁判所の判断を覆せる新たな証拠がない」として3日までに上告しない方針を決めました。
原告の遺族の男性も上告しない方針を示していることから、これによって2審の判決が確定することになります。
遺族の男性は「良かったです。これでようやく妻の遺影に問題が解決したよと報告して手を合わせられます」と話していました。


沖縄ライバル2紙が異例の共同会見 報道圧力発言を批判
 【東京】作家の百田尚樹氏を招いた自民党の勉強会で沖縄2紙を含む報道機関への圧力を求める発言が出た問題で、沖縄タイムスの武富和彦編集局長と琉球新報の潮平芳和編集局長が2日、都内の日本外国特派員協会と日本記者クラブで会見し、一連の発言は「表現と報道の自由を否定する無責任な暴論であり、断じて許せない」と批判した。
 武富氏は県内で発生する米軍による事件・事故に触れ「沖縄は戦後70年間、苦しみを背負わされてきた。県民をばかにした発言だ」と非難した。
 昨年の知事選や各種世論調査で新基地建設反対の民意が示されているとし「世論がゆがんでいるとの発言は、自分たちの意に沿わないものは許さないという傲慢(ごうまん)な考え。民主主義を否定する安倍晋三政権の姿勢が表れたのが、今回の自民議員の発言だ」と指摘した。
 潮平氏は、報道では「国民に信頼される持続可能な日米関係を築くべきだ」と主張していると強調。「なぜこの主張が世論をゆがめることになるのか。『偏向』と言われるのは心外だ」と批判した。また、安倍首相が1日、公明党の山口那津男代表に陳謝したことを挙げ、「タイミングと場所を間違っている。なぜ国会で謝罪しないのか。問題発覚後すぐに国民へ謝罪すべきだ」と訴えた。
 沖縄の世論が左翼勢力に乗っ取られているとの発言に関し、両氏は戦後の新聞の成り立ちに言及。武富氏は「戦争のために二度とペンを取らないとの決意が出発点で、今後も姿勢は変わらない。社の論説は世論に突き動かされたものであり、県民の思いを反映したものだ」と反論。
 潮平氏は「戦争につながる報道は二度としないとの考えがベースだ。世論をもてあそぶ新聞ならとっくに支持を失っている。地域の支持なくして新聞は成り立たない」と強調した。


「ビール電車」の運行始まる
車窓の景色を眺めながら冷たい生ビールが楽しめる「ビール電車」の運行が、島根県の松江市と出雲市を結ぶ一畑電車で始まりました。
「ビール電車」は毎年夏に運行され、夕暮れの宍道湖の景色を眺められるよう、窓に向かってテーブルの付いた席のある車両が使われています。
電車は松江市の松江しんじ湖温泉駅を午後6時半前に出発し、出雲市の雲州平田駅までの23キロをおよそ2時間かけて往復します。
車内には生ビールのサーバーが用意され、サラリーマンなど20人余りが車窓の眺めや会話を楽しみながらビールをお代わりしていました。
松江市の50代の男性は「ビール電車に乗るのは初めてですが、車窓から見る景色がきれいでビールが進みます」と話していました。
このビール電車は今月と来月に合わせて4回運行されます。


銃持てば巻き込まれる ノーベル賞・赤崎さん、安保法案絶対反対
 青色発光ダイオード(LED)の実現により昨年のノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇・名城大教授(86)が2日、本紙のインタビューに応じ、空襲で九死に一生を得た自身の戦争体験を打ち明けながら、反戦への思いを語った。集団的自衛権の行使容認など、日本が守り続けてきた平和主義の在り方を変容させかねない安全保障関連法案について「絶対に反対です。歯止めが利かなくなる危険があります」と力を込めた。 (今村太郎)
 赤崎さんは特攻隊の出撃拠点だった鹿児島県知覧(ちらん)町(現南九州市)の生まれ。鹿児島市に住んでいた旧制中学時代には、学徒動員で旋盤工として潜航艇の部品などを作っていた。一九四五年の鹿児島大空襲では実家が焼夷(しょうい)弾により全焼。焼け野原で機銃掃射を受けた経験などから反戦への思いは強く、学問に励む時間を奪われたつらさを振り返り、「いかなる理由でも戦争はいけない」と語気を強めた。
 また他国を守るため、海外での武力行使に道を開く集団的自衛権の行使容認について「自国に踏み込まれたら自衛するというのが、自衛隊の本来の在り方。専守防衛に徹するべきです」と強調した。「戦争は偶発的に起きる。銃を持っていれば、どこでもありうる。(海外での武力行使によって)日本も巻き込まれかねません」と懸念を示した。
 <あかさき・いさむ> 京都大理学部を卒業し神戸工業(現富士通)に入社。1959年名古屋大工学部助手、その後助教授。松下電器産業(現パナソニック)を経て81年名大教授。92年名城大教授。窒化ガリウムの結晶化に成功し、89年に青色LEDを実現した。天野浩・名古屋大教授(54)、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(61)とともに昨年のノーベル物理学賞を受賞した。91年中日文化賞。紫綬褒章、文化勲章などを受章し、2014年日本学士院賞・恩賜賞。名大特別教授。名古屋市西区在住。

二日酔いです・・・なので「おっはー」と言われても

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hiromi5

Mondial de football féminin: la finale opposera le Japon aux Etats-Unis
FOOTBALL - En battant l'Angleterre, les japonaises ce sont qualifiées pour la finale du tournoi. Elles affronteront les Etats-Unis dimanche à Vancouver.
C'est un remake de la finale de l'édition précédente, en 2011. Les Japonaises tenteront de conserver leur titre alors que les Américaines, qui n'ont plus gagné de coupe du Monde depuis 1999, voudront prendre leur revanche après leur défaite aux tirs au but il y a quatre ans.
L'Angleterre éliminée cruellement
Mercredi , la demi-finale s'est dénoué de façon cruelle pour les Anglaises avec un but contre son camp de Bassett à la toute fin de match.
Jill Scott et ses partenaires avaient jusqu'alors fait mieux que résister et semblaient prêtes à créer une nouvelle surprise en emmenant les tenantes du titre japonaises en prolongation.
Histoires de pénalties
Comme la première demi-finale de mardi entre l'Allemagne et les Etats-Unis (un pénalty raté par l'Allemagne, un réussi par les Etats-Unis), le match avait auparavant été une affaire de pénalties.
Le Japon était d'abord récompensé de sa domination et de sa maîtrise collective par un pénalty obtenu par Ariyoshi, peut-être à l'extérieur de la surface, et transformé par Miyama (33e).
Mais comme depuis le début du tournoi, l'Angleterre a encore surpris par sa capacité de réaction et a rapidement égalisé, également sur pénalty.
La capitaine Houghton est tombée très facilement sur un contact pour le moins minime avec Ogimi et Williams a égalisé (1-1, 40e).
Mais c'est donc le coup de théatre signé Bassett qui a décidé du sort du match. Les Japonaises rencontreront les Etats-Unis en finale dimanche à Vancouver.
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所さん!大変ですよ「謎の“コンテナ族”出現」
ある城下町に突然現れた謎の構造物。正体は貨物コンテナを組み合わせた奇妙なオフィスだった。調べてみると“コンテナ団地”も発見。住民たちの抱える複雑な事情とは?
所ジョージ,久保田祐佳,徳永圭一,
澤口俊之,牛窪恵,モーリー・ロバートソン,
吉田鋼太郎

新日本風土記・選「博多」
古くから大陸文化の入り口として栄えてきた福岡市。その中心をなすのが博多。その名は「土地広く、物産多し」に由来し、自由かったつな気風を育んできた。7月半ば、博多は「山笠」の祭りで一色になる。この季節「のぼせもん」と呼ばれる男たちは仕事を放り出してそっちのけで祭りにのめり込み、舞台裏を「ごりょんさん」と呼ばれる女たちが支える。ベテランののぼせもんから新米のごりょんさんまで山笠とともに生きる人々の夏物語
松たか子,伊東敏恵,石澤典夫

モーガン・フリーマン 時空を超えて「死からよみがえることはできるか?」
今年3月に放送したシリーズの第2弾。「死からのよみがえり」をテーマに第一線の研究者らさまざまな角度から検証する。クローン技術などを駆使すれば、近い将来、肉体を再生させることは可能になるかもしれない。しかし、故人の経験や記憶はどうなるのか?心も再生できるのか?脳をコピーし、心をコンピューターの中で再生できるという研究者もいる。それで“生きている”と言えるのか?究極の答えとは!?(2012年アメリカ)〜ディスカバリー制作〜

二日酔いです.昨日は飲みすぎました.でも朝出勤するとミサキが「おっはー」と声をかけてきました.弱弱しくしか返事ができませんでした.

青い鯉のぼり被災地で泳げ 石巻・門脇中
 東日本大震災で被災した石巻市の門脇中と、被災地を支援する作新学院中等部(宇都宮市)の2年生が1日、「青いこいのぼり」を共同製作した。震災で犠牲になった子どもたちを供養するため東松島市で毎年5月にある「青い鯉のぼりプロジェクト」に寄贈する。
 会場の門脇中体育館には両校の生徒計約250人が集まった。縦1.2メートル、横3メートルの白い布に、青や水色などの絵の具で、うろこに見立てた手形を丁寧につけ、3匹を仕上げた。
 参加した作新学院中等部の青木海都さん(13)は「交流を通して震災の記憶を忘れてはいけないと思った」と話した。門脇中の伊藤莉歩さん(13)は「遠くから来てくれてうれしい。作品を協力して作ったことが楽しかった」と話した。
 作新学院中等部は2013年から毎年2年生が宮城県などの被災地を訪問。門脇中とは同学年の2年生と門脇地区の花壇造りをするなどして交流している。


<中村雅俊>被災地再生への道は必ず開ける
 宮城県女川町出身で俳優、歌手の中村雅俊さんが1日、河北新報社を訪れ、東日本大震災からの復興に向けて故郷にエールを送った。「再生への道は必ず開けてくると信じて、一人一人ができることをしていこう」と呼び掛けた。
 中村さんは、県内の被災地の今を伝えようと県の企画で6月中旬に関東で放送が始まったTBSのテレビ番組「中村雅俊が行く 伊達な海道探訪〜みやぎでのふれあいを求めて」に出演中。同30日から南三陸町などで収録後、同社を訪れた。
 収録先の被災地で出会う人々の笑顔や心意気が心に刻まれたという中村さん。「ハード面の復興の先に心の再生があると思う。寄り添い続け再生を後押ししたい」と語った。
 番組は日曜昼に関東限定で放送。既に放映した分はTBSのウェブページで動画を閲覧できる。


仙石線再開1か月思わぬ声も
5月30日に全線で運転を再開したJR仙石線についてです。
仙台と県内第2の都市、石巻を結ぶ県内の主要路線の再開で、沿線住民の利便性は大幅に向上しました。
全線が開通して2週間で、利用客が、震災前の9割近くに回復するなど徐々に市民の足としての機能を戻しつつある一方で、利用者からは思わぬ声もあがり始めています。


福島復興論:対談・森林汚染と都路の林業
 原発事故による森林汚染は深刻だ。福島県田村市都路(みやこじ)町はコナラやクヌギなどの広葉樹を植えてシイタケ原木を生産する日本有数の産地だが、出荷の見通しは立っていない。地域の雇用を生み森林環境を保全していた林業はどうなるのか。ふくしま中央森林組合参事の吉田昭一さんと、震災後の福島県の林業を研究している山形大准教授の早尻正宏さんに再生の課題を聞いた。【聞き手・冠木雅夫専門編集委員、写真・小出洋平】
 ◇切って植える循環で線量減 製材品に国の安全基準必要 ふくしま中央森林組合参事・吉田昭一さん
 ◇全国でも珍しい広葉樹の森 除染の枠組みで再生事業を 山形大准教授(林業経済学)・早尻正宏さん
−−都路地区の森林組合は2011年の原発事故直後はどんな対応をされましたか?
 吉田 最初の3カ月間は森林整備は何もできませんでした。山で切羽詰まっていたのは下草刈りです。植林して5、6年の小さい木は、夏に雑草がはびこると日があたらずに枯れてしまうので、国、県と協議して20〜30キロ圏で5月25日に作業を再開しました。一方、都路の民有林の3分の1がある20キロ圏内は(14年4月の避難指示解除まで)立ち入り禁止でした。都路のシイタケ原木の半分を生産している地域なので大打撃です。
−−早尻さんが福島の林業を研究するようになったのは?
 早尻 山形大に来て3年たった13年4月に、東京のある研究機関から福島の林業についてリポートしてほしいと依頼を受けたのがきっかけでした。最初に話を聞いたのが吉田さんで、双葉地方、飯舘村など六つの森林組合を回りました。最初は調査を受け入れてもらえるか不安だったのですが、「よく来てくれた、これを発信してくれ」と真剣に対応してくれたのが印象的でした。
−−都路の林業は全国でも珍しいということですが?
 吉田 収益の約7割が広葉樹からというのは非常に珍しい。ここは戦前から木炭の産地でナラやクヌギを植林していた。戦後は電気、ガス、石油に押されて木炭の利用が減ったんですが、同じ木をシイタケ原木に使えることが分かった。最初はやみくもに切っていましたが、専門家の指導で植林するようになりました。
 早尻 当時は官民挙げてスギやヒノキなど針葉樹に転換しましたが、ここは広葉樹の森を活用した。全国でも珍しい森林組合です。役場の職員数を上回る地域最大の雇用も作ってきた。
 吉田 うちの森林組合は他に3事業所ありますが、都路以外はシイタケ原木の比率が低いので、経営的にそれほど落ちたわけではありません。
 早尻 原発に近い双葉地方は別として、スギが中心の森林組合はここほど打撃を受けていませんね。会津地方やいわき市でも盛んに生産を続けている。
−−森林の汚染状況は変化してきていますか?
 早尻 農地ほど詳細なデータはありませんが、放射性セシウムは樹木や落葉層から表層土壌へ移り森の中でとどまっているようです。空間線量率は全体的には下がっていて、県の調査地点では原発事故直後から2年で半分程度に下がったようです。
 吉田 木を切って植える循環をすれば線量は下がる。樹皮をはいだ幹も下がります。
−−県が始めた「ふくしま森林再生事業」は事実上の森林除染と見ておられますね。
 早尻 森林除染をしてくれという福島県の要請に除染を所管する環境省が対応しないので、林野庁が応えた事業といえます。汚染地域を中心に営林が停滞しているので全額国費で伐採する。材木はバイオマス発電用に出荷する狙いでしたが、発電の方は頓挫しています。しかし、伐採事業そのものは進み始めている。林道や作業道など基盤整備もできるので、現場では歓迎しているようです。
 吉田 うちの都路でも始まるところです。出た木材は売っていいというのはうれしい。
 早尻 対象エリアは汚染が比較的低いので売れる木材は売っている。問題は公共事業なので、いつ打ち切られるか分からないことです。私は公共事業でなく環境省の除染の枠組みに入れ、東京電力が費用負担する形で長続きさせるべきだと思います。
 吉田 森林は林齢に応じて整備するものなので5年や10年で終わるものでは困ります。
−−安全基準はキノコやシイタケ原木にはありますが丸太や製材品にはありません。
 早尻 国としては基準を設けることで他県の汚染問題を掘り起こしたくないのかもしれませんが、やはり国が責任を持って丸太や製材品も基準値を示すのが本格的な営林再開の最低条件だと思います。安心して生産するためにも基準は必要です。
 吉田 数値を決めるか、区域で分けるか、何らかの国の基準が示されないと、消費者に安心してもらうのは難しい。例えば20キロ圏内から出る木は別扱いして、その区域の木は流通させないということであれば消費者は安心できるのではないか。
−−再生の課題は何でしょう?
 吉田 組合の作業員は震災前は100人以上だったのが半分以下に減りました。森林組合は営業賠償で何とかやっていますが、雇用を守るには収入が必要です。森林整備によって汚染度を下げていけるので、作業員の被ばく低減策や樹皮をはぐ工場設置に公的助成が必要になります。都路では農業や畜産をしながら森林組合の仕事もやっていた人が多い。林業を再生するには農業や畜産の人たちにも戻ってもらわないといけません。
 早尻 避難指示が解除され精神賠償や仮設住宅が打ち切られると帰還せざるをえない人も出てきます。その時に山間地では林業が一つの就業の場になりうる。被災地域の森林管理を担う森林組合を一般の会社とは異なる論理で支援していかなければならないと思います。
 吉田 森林組合は会社のようにほかの土地に出ていくわけにいかないですからね。
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 ■ことば
 ◇田村市都路町の林業
 全国有数のシイタケ原木産地。民有林の大部分を、ふくしま中央森林組合(永沼幸人組合長)に属する都路事業所(組合員514人、民有林4473ヘクタール)が管理する。事業所の収益の約7割がナラ、クヌギなど広葉樹から。同組合全体の年間収益約10億円の半分を得ていた。年に約100ヘクタールを伐採し7割を原木に、3割を紙材に出荷していたが、今は紙材だけの出荷に。
 ◇林産物の基準値、指標値
 林野庁はキノコ原木について1キログラム当たり50ベクレルという指標値を設定。都路産の原木は低いもので100ベクレル、多くが300ベクレルを超え出荷の見通しは立っていない。丸太や製材品には国の基準がなく、県木材協同組合連合会が製材品の自主管理基準を設定している。キノコ、山菜類については100ベクレルの食品基準値が適用され、福島県内の広範囲で出荷制限中。
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 ■人物略歴
 ◇よしだ・しょういち
 1956年田村市都路町(当時は都路村)生まれ。双葉農高土木科卒後、当時の都路村森林組合に勤務。4森林組合が合併したふくしま中央森林組合で都路事業所長、同森林組合本所長などを経て2011年4月より事務方のトップの現職に。
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 ■人物略歴
 ◇はやじり・まさひろ
 1979年広島県呉市生まれ。北海道大大学院農学研究科博士後期課程修了。2010年3月山形大助教、12年4月より現職。ふくしま中央森林組合「21世紀の森プロジェクト委員会」委員。共著に「福島に農林漁業をとり戻す」(みすず書房)など。


集団的自衛権容認1年 立憲主義を守らねば
 安全保障法制に国民の半数以上が反対しているのは、憲法違反の疑いがあるからだ。集団的自衛権の行使を認めた閣議決定そのものを見直すべきである。
 「光陰矢のごとし」である。
 安倍内閣が昨年七月一日、政府の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使容認に転じる閣議決定をしてから一年たった。
 昨年十二月の衆院選を挟み、自民、公明両党は今年二月、安保法制関連法案をめぐる協議を再開。五月には政府が、集団的自衛権の行使に道を開く安保関連法案を国会に提出し、現在、衆院平和安全法制特別委員会で審議中だ。
◆審議とともに反対増
 特別委での審議時間は、安倍晋三首相も出席する三日の集中審議を終えれば、与党がめどとする八十時間を超える。六日の沖縄、埼玉両県での参考人質疑に続き、与党側は八日に中央公聴会を開くよう提案するなど、委員会採決のタイミングをうかがう。
 しかし、これだけ審議時間を重ねても、安保法制は国民の理解を得るには至っていない。
 共同通信社が六月二十、二十一両日に実施した全国電話世論調査では、安保法案「反対」は58・7%で、五月の前回調査から11・1ポイント増えた。法案の今国会成立「反対」も前回より8・0ポイント増の63・1%。審議を重ねるほど、法案反対が増えているのが実情だ。
 なぜ、国民の理解が広がらないのか。それは安保法案の柱である集団的自衛権の行使が、多くの憲法学者から「憲法違反」と指摘されているからにほかならない。
 法案がよりどころとしている、行使を認めるために政府の憲法解釈を変更した閣議決定の正当性にも疑問が投げかけられている。
 安倍政権はまず、こうした指摘を重く受け止めるべきである。
◆「砂川」持ち出す無理
 昨年七月の閣議決定は、一九七二年の政府見解「集団的自衛権と憲法との関係」の基本的な論理を受け継いではいる。
 憲法九条は、日本の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を禁じておらず、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される急迫、不正の事態に対処し、これらの権利を守るためのやむを得ない措置としての必要最小限度の武力の行使は許容される、というものだ。
 七二年見解では、この基本的な論理から、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は憲法上許されないとの結論を導き出しているが、昨年七月の閣議決定は結論を入れ替え、憲法が認める「自衛」には集団的自衛権の一部も含まれると主張した。
 七二年見解は、それまで国会で積み上げてきた議論を基に組み立てられており、それ以降も自民党政権を含めた歴代内閣が四十年以上堅持し、定着したものだ。
 現行憲法が、他国同士の戦争に参戦する集団的自衛権の行使を認めていると読み解くのは無理がある。一内閣の判断で憲法を正反対の意味に強引に読み替える「解釈改憲」は到底許されない。
 集団的自衛権を行使しなければ日本の平和と安全を維持できないのなら衆参両院で三分の二以上の賛成を得て憲法改正を発議し、国民投票に判断を委ねるのが筋だ。
 憲法学者の多くが安保法案を違憲と批判したことを受けて、政府が再び持ち出したのが五九年の砂川事件判決である。
 首相は衆院予算委員会での答弁で「砂川判決で、自衛権はあると最高裁は判断した。判決では個別的自衛権、集団的自衛権について触れていないが、時々の内閣が必要な自衛の措置とは何かを考えるのは当然だ」と述べた。
 しかし、砂川事件では米軍駐留の合憲性が問われ、日本が集団的自衛権を行使できるか否かは議論されていない。判決が認める自衛の措置に集団的自衛権が含まれると解釈するのは強引に過ぎる。
 安倍首相は、国際情勢の変化を口実に、憲法解釈など変えてもいいと考えているようだが、そのようなことをすれば最高法規としての憲法の規範性が揺らぐ。憲法で国家権力を縛る立憲主義の本質にあまりにも無自覚ではないか。
◆憲政に汚点を残すな
 海外で武力の行使をしない「専守防衛」を貫いてきた現行憲法の平和主義は、日本国民だけで三百十万人の犠牲者を出した先の大戦の反省にも基づく。
 国会会期は現行憲法下で最長の九十五日間延長され、政府と与党は安保法案を会期内に成立させる構えだが、そもそも法案が根拠とする閣議決定自体に無理がある。
 安保法案の撤回、廃案はもちろん、安倍内閣は閣議決定を白紙に戻すべきである。国民多数が反対する法案の成立を強行し、憲政史上に汚点を残してはならない。

くずは/ドラえもん英語版/飲み会でヘロヘロ

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Mondial féminin: le tenant japonais face à la surprise anglaise
Le Japon, tenant du titre, tentera mercredi à Edmonton (23h00 GMT) de se qualifier pour une nouvelle finale de la Coupe du monde féminine face à l'Angleterre, l'invitée surprise du dernier carré.
Les joueuses japonaises n'ont pas tellement changé depuis quatre ans et leur sacre de Francfort face aux Etats-Unis. Les "Nadeshiko" s'appuient toujours sur une irréprochable circulation de balle pour contrôler le tempo du match.
Mais elles manquent parfois un peu de tranchant et ont pour l'instant remporté tous leurs matches au Canada par un seul but d'écart (trois fois 1-0 et deux fois 2-1).
Leur statut de championnes du monde et leur expérience du très haut niveau (elles étaient également finalistes des jeux Olympiques en 2012) font tout de même d'elles les nettes favorites de cette demi-finale.
Car l'Angleterre de son côté n'était pas attendue aussi haut. "Mes filles ont écrit une nouvelle page d'histoire. Cette équipe est la troisième à atteindre les demi-finales. Nous voilà dans le même club que les générations masculines de 1966 et 1990. Je suis incroyablement fier de ce groupe", a ainsi rappelé le sélectionneur Mark Sampson, cité sur le site de la Fifa.
Les Anglaises, battues d'entrée par la France (1-0), n'ont rien proposé d'extraordinaire depuis le début du tournoi avec quatre victoires 2-1 après leur revers contre les Bleues.
Solides, bien organisées, physiquement au point et courageuses, elles ont surtout eu la chance ou la bonne idée de finir deuxièmes de la poule F, ce qui les a envoyées dans une partie de tableau moins relevée.
La Norvège en 8es de finale et le Canada en quarts étaient certes des adversaires coriaces mais eux aussi sans grand génie et à la portée des partenaires de la capitaine Stephanie Houghton.
Les Japonaises ont tout de même une excellente raison de se méfier de l'Angleterre: sur la route de leur titre mondial en 2011, elles n'avaient connu qu'une seule défaite. C'était face à l'Angleterre, victorieuse 2-0.
Dans l'autre demi-finale mardi soir à Montréal, les Etats-Unis ont battu l'Allemagne (2-0).
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有村架純主演の映画も大ヒットした、「笑えて、泣けて、最後には自分自身も“絶対無理”にチャレンジしてみたくなる」との大反響を得ている感動の実話小説。通称ビリギャル。
本作は、高校2年の夏にして学力は小学4年レベル、全国模試の偏差値は30、英語はかろうじてローマ字が読める程度だった金髪ギャルのさやかが、塾講師である著者・坪田信貴から心理学を駆使した指導を受けてやる気に目覚め、I , my , me , mineを覚えるレベルから始めて1年で英語の偏差値を40上げ、ついには最難関レベルの私立大学である慶應義塾大学に現役合格するまでの1年半を綴ったノンフィクション小説です。
所属する高校から当時、たった2名しか慶應義塾大学に受からなかったその1枠に、学年でビリだったギャルが入ったその奇跡を描いた本作は、単行本の発売から1年半で累計100万部を突破するほどの支持を受け、2014年度新風賞も受賞しています。
ギャルのおバカ発想に大いに笑えて、その頑張りと苦闘ぶりに涙できる感動作で、受験物語とともに、崩壊しかけていたギャルの家族の再生をも同時に描いているため、10代から中高年までの幅広い層からの支持を得ることに成功しています。
1300人以上の子ども達を個別指導した経験から、「地頭の悪い子などいない。どの子も、可能性に満ちている」「ダメな人間なんて、いないんです。ダメな指導者がいるだけなんです。でも、ダメな指導者も、ちょっとした気づきで、変われるのです」という著者による、子どもや部下のやる気を引き出す心理学テクニックも満載(※角川文庫版では、そうした心理学テクニックや受験テクニック等の実用情報を大幅に削除し、物語だけを純粋に楽しめる形での再編集が施されています)。
読みがなもたくさんふられており、「さくさく読めて、やる気になる!」とご好評をいただいている本作を、ぜひよろしくお願いいたします。




楽しみながら、会話の勉強ができる。 デカ
ドラえもんは誰もが知ってる漫画で、英語バージョンを読んでも違和感なく楽しく読めるのですが、同時に学問的に取り組むなら、英会話の教材に最適だと思います。
僕が英会話の練習法について語るのもなんですが、英語の会話力をつけようと思えば、会話の例文を1センテンスごとに覚えることは非常に非効率的だと思います。僕も前まではその方法で会話表現集などを買って会話の練習をしていたのですが、やはりいざ外国人の前でしゃべるとなると、スラスラでてこないのが事実でした。また、会話表現集はフォーマルな表現が多く、ネイティブの人に聞いてもこんな表現は絶対使わないといったものが多い一方で、ドラえもんの表現はけっこう自然なかたちだとのことでした。
僕は会話などのCDを使ってリスニングして声に出すことが一番いい方法だと思っているのですが、本書を使ったトレーニング方法も実に効果的だと思いました。
なぜなら、ドラえもんは漫画の中でもサザエさんと同様に日常生活を題材にしてるので、使える会話表現が多く、なんといっても絵がついているので頭に入りやすい。さらに、おもしろいということもあり、他の堅苦しい英語教材と違って退屈しないということがメリットだと思います。
どのように勉強するのかといえば、ひたすら何回も絵をみながら音読して、慣れてきたら、日本語を見ながら英語がすらすらでてきたらOKです。僕はこの勉強法で前よりも断然しゃべれるようになった気がします。なので、この本はぜひぜひお勧めする一冊です。ただ、一つ言うならば、CDがついてないところが残念な点だと思います。


くずはでお昼ご飯です.チゲのお店に行こうかな?と思っていましたが,気が変わってハワイアンのお店へ.タコライスがおいしいです.今日もまた岩波新書の赤を読みました.バスでお話を聞くために移動.ふとそこに図書館があったので,見てみるといろいろ面白そうな本がありました.ドラえもんの英語版も借りました.面白いです.帰りの京阪の中でクスクス笑ってしまいました.
お寿司屋さんで飲み会です.飲みすぎでヘロヘロになってしまいました.

<防災庁舎県有化>南三陸町長 苦渋の選択に涙
 「震災遺構を議論することは、こんなにも難しいのか」。南三陸町防災対策庁舎を県有化する方針を発表した佐藤仁町長は30日の記者会見で、曲折を経て決断に至った心境を吐露した。自ら同庁舎で被災した体験に触れながら、町が一度決めた解体方針を覆した理由に「時間の経過」を挙げた。最終判断までの猶予期間は2031年度までの16年。これから始まる町民との合意形成の進め方は示されなかった。
 震災から4年、庁舎保存の賛否が拮抗(きっこう)した状況に関し、佐藤町長は「この問題には『間違い』がない。保存も解体も全て正しい。どう選択すべきか悩んだ」と話した。
 町は2013年9月、いったん庁舎の解体方針を決めた。当時の雰囲気を「防災庁舎という言葉を口にするのもはばかられた」と振り返った。
 方針転換の主な理由は維持管理費を県や国が肩代わりし、町の財政負担がなくなったため。佐藤町長はそれらに加え、「将来に向かって庁舎が果たす役割を議論できる環境になってきた」と指摘。「三陸地方にはまた津波が来る。命をどう守るのかを中心に据えながら議論しなければならない」と強調した。
 33人の職員を含む43人が死亡、行方不明になった同庁舎では佐藤町長も津波に襲われた。「判断の根っこにあるのは犠牲になった仲間たち。どんな思いでわれわれを見ているのかと常に考えている」と語ると、涙ぐんでうつむいた。
 県有化受け入れ表明について、町内には「スタートラインにすぎない」との見方もある。記者会見では、今後必要な合意形成の在り方や進め方、開始時期は示されなかった。次の一歩をどう踏み出すのか。佐藤町長は「まず遺族に町の考え方を伝えたい」と述べるにとどめた。


<防災庁舎県有化>遺構保存 難しい合意形成
 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島3県では多くの被災建物や船、車などが、津波の脅威を後世に伝える震災遺構として保存が検討された。比較的すんなりと保存が決まった遺構がある一方で、「つらい記憶を思い出す」といった住民の反対から解体された施設もある。今なお検討中もあり、遺構をめぐる合意形成の難しさを物語る
 <保 存>
 遺構をめぐっては復興庁が2013年11月、各市町村1カ所に限り保存のための初期費用に復興交付金を充てる方針を発表。費用がネックとなっていた被災自治体の背中を押した。
 宮古市の「たろう観光ホテル」は市が建物を取得して整備工事を進めており、防災学習拠点として16年春の一般公開を目指す。
 陸前高田市は、国や岩手県と高田松原地区に整備する復興祈念公園に道の駅高田松原「タピック45」と「奇跡の一本松」を残し、象徴的な遺構として生かす。
 仙台市では宮城野区の中野小校舎が解体され、市の住民意向調査で7割以上が保存に賛成した若林区の荒浜小校舎は保存される。
 <解 体>
 気仙沼市は津波で打ち上げられたいわき市の大型漁船「第18共徳丸」の保存を検討したが、船主が保存を望まない住民感情を考慮して解体を決断した。
 津波の威力で別方向に横倒しになった女川町の「江島共済会館」「女川サプリメント」「女川交番」の3施設は、当時の女川中生たちが町などに保存を呼び掛けた。江島共済会館と女川サプリメントは老朽化や復興工事に支障を来すなどの理由で解体され、女川交番のみ残される。
 <検討中>
 石巻市では津波と火災に遭った門脇小校舎と、児童と教職員計84人が犠牲になった大川小校舎の保存の是非が検討されている。
 門脇小は市震災伝承検討委員会が市に保存を提言したが、地元住民から反対の声が上がった。大川小は地元住民の賛否が分かれ、住民有志の団体が3月に行ったアンケートでは保存が解体を上回った。
 両校舎については市の庁内会議が10月にも市民アンケートを行う方針。会議の報告を受け、亀山紘市長が最終的に方針を決める。


<防災庁舎県有化>知事 熟考重ね「第三の道」提案
 宮城県が提案した南三陸町防災対策庁舎の2031年までの県有化が30日、決まった。「解体」でも「保存」でもなく、判断に一定の猶予期間を設ける新たな選択肢は、当初から保存を強く望んだ村井嘉浩知事が熟慮の末に導き出した「第三の道」だった。
 「遺構の保存の是非を話し合ってもらう有識者会議を設ける。その場で防災庁舎についても検討したい」
 13年11月上旬、県内の被災地であったイベント会場で、村井知事が佐藤仁町長に耳打ちした。佐藤町長が防災庁舎の解体を表明してから、約1カ月半後のことだった。
 同年12月に有識者会議が発足すると、村井知事は維持や管理の在り方の検討を水面下でスタートさせた。
 町に維持管理の財政的余裕はない。一時は首都圏のNPO法人に管理を委ねる計画も出るなど、議論は迷走した。
 県庁内には「県内のあらゆる遺構から県有化を求められたら大変」と慎重意見もあった。そこで浮かび上がったのが「県が何年か所有し、町に返却する」(村井知事)との代案だった。
 それでも保有期間が課題として残った。「説得力のある説明が必要だ」と考えた村井知事。広島市の原爆ドームをいったん市が所有し、原爆投下から21年後に市議会が保存を決議した歴史を調べ上げ、20年の猶予期間を提案する決断を県の担当者に伝えた。
 同時並行で議論を重ねた有識者会議は14年11月、防災庁舎について「原爆ドームに劣らない印象を与える遺構」と評価した。「第三の道」のシナリオが完成した瞬間だった。


<防災庁舎県有化>保存か解体か 16年後へ願い交錯
 東日本大震災で43人が犠牲となった宮城県南三陸町の防災対策庁舎を解体するか保存するかの結論は、2031年まで持ち越された。30日、佐藤仁町長が県有化の受け入れを発表。早期解体を望む町民は「長すぎる」とため息をつき、保存を願う人は「妥当だ」と町長の判断を支持した。解体か否か。結論を出せないでいる町民もいる。長い年月をかけた議論が始まる。
 「見るとつらくなる」として解体を望む遺族会副代表の千葉みよ子さん(68)は「高齢者が多い町で、これからの16年は長すぎる」と漏らした。「2年前に町は解体方針を決めたのに」という憤りはある。だが、「どっちが良い悪いではない。庁舎が無くなろうと残ろうと遺族の苦しみは変わらない。残すにしても町長はしっかりと遺族に説明してほしい」と望む。
 南三陸町の会社役員男性(59)も早期解体を求めるが、これからの議論には前向きだ。「町が二分しないような方策を打ち出してほしい。解体推進派、保存派共に納得できる形が望ましい」と注文を付けた。
 南三陸町で被災し登米市の仮設住宅で暮らす無職男性(72)は、震災の教訓を伝えるため保存すべきだという立場。県有化の町の判断を評価した上で、「町民の感情が対立するのは良くない。時間とともに少しずつ冷静になり、解決に向かうかもしれない」と今後を見据えた。
 県有化を求める請願を町議会に出した町民の一人、会社役員佐藤太一さん(30)は「防災庁舎をめぐる議論はここからがスタート。特定の人の意見が重んじられるのではなく、皆が平等の発言権を持つような場を町がつくれるかどうか。見守っていきたい」と話す。


<防災庁舎県有化>議論の進め方明示を
 宮城県南三陸町の佐藤仁町長は30日、東日本大震災で被災した町防災対策庁舎を2031年まで県有化する県提案を受け入れると表明した。一度は決めた庁舎の即時解体を見送り、結論を出すまで十分に時間をかけることを決断した。町は、町民が今後16年かけて震災で経験した悲しみにもう一度向き合う重い選択だと認識し、議論の進め方を具体的に示す責任がある。
 佐藤町長は13年9月、保存による財政負担や復興まちづくりへの影響を考慮し即時解体の方針を表明。翌月の町長選でも庁舎問題は争点にならなかった。同年11月には庁舎前で慰霊祭を行い、町として一度は区切りを付けた。
 その後、国が震災遺構の保存への財政支援を打ち出し、流れが変わる。県が有識者会議を組織し、解体は保留に。県は「保存の価値あり」との会議の結論を受け、県有化を申し入れた。
 国内外から注目される議論だが、町民が積極的に加わっているとは言えない現状だ。町が4、5月に実施した県有化の是非に関する意見募集の回答率は14%にとどまった。遺族への配慮から、表立って話し合いにくい状況は今も続く。
 家族や知人を失った悲しみは癒えず、生活再建も途上。震災を振り返るためには時間が必要だ。
 今後の意見集約の方法について、佐藤町長は30日の記者会見で「若い世代を含めて話し合いたい」と述べるにとどまった。県有化が単なる時間稼ぎにならないよう、多くの人を巻き込んだ議論の場づくりに知恵を絞る姿勢が求められる。
(解説=南三陸支局・古賀佑美)


<原発自殺訴訟>2例目 因果関係を認定
 東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされた福島県浪江町の無職五十崎喜一さん=当時(67)=が自殺したのは「避難生活による精神的苦痛でうつ病を患ったためだ」として、妻の栄子さん(66)ら遺族3人が東電に約8700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、福島地裁は30日、自殺と原発事故の因果関係を認め、約2700万円の支払いを命じた。
 原発事故後に自殺し、遺族が東電に慰謝料などを求めた訴訟は2例目。昨年8月の福島地裁判決に続き、東電の責任を認めた。
 潮見直之裁判長(西村康夫裁判長代読)は「避難によるストレスでうつ状態になり、自殺に至った」と認定。一方、事故前から患っていた糖尿病が精神的負担を増幅させたとして、慰謝料などを4割減額した。
 原告側は「自殺したのは避難生活でうつ病になったためだ」と主張。東電側は「持病の糖尿病も一因」と訴え、自殺と原発事故の因果関係が認められた場合でも、減額を求めていた。
 判決によると、2011年3月の原発事故で、喜一さんは家族と共に浪江町幾世橋地区から避難し、郡山市の体育館や二本松市のアパートなどに身を寄せた。11年7月23日に同県飯舘村のダム付近の橋から飛び降り、翌日に遺体で発見された。
 東電は「五十崎さんのご冥福を祈りたい。今後については、引き続き真摯(しんし)に対応する」とコメントした。


<原発自殺訴訟>遺族「東電は謝罪して」
 「お金で命や幸せは買えない。一番求めているのは東京電力の謝罪です」
 東電福島第1原発事故で避難した福島県浪江町の無職五十崎喜一さん=当時(67)=の自殺をめぐり遺族が損害賠償を求めた訴訟。妻の栄子さん(66)は、自殺との因果関係を認めた30日の福島地裁判決を評価しつつ、「夫は戻ってこない」とあらためて悔しさをにじませた。
 喜一さんは浪江町で生まれ育ち、原発関連の会社に勤めた。退職後は畑仕事や釣りが趣味だった。事故後は家族と共に郡山市の体育館などに避難。夜眠れなくなり、二本松市のアパートに移ると、「俺だけでも浪江に帰る」としきりに訴えた。欠かさず観戦した孫の野球の試合にも行かなくなり、目に見えて気力がなえていった。
 喜一さんは原発事故から4カ月後、同県飯舘村のダム近くの橋から身を投げた。「原発事故で自殺に追い込まれた人がいることを知ってほしい」。栄子さんら遺族3人は2012年9月、提訴に踏み切った。
 判決は原発事故以外の要因もあるとして慰謝料を減額した。栄子さんは「納得いかない」としながらも、「位牌(いはい)の前で『勝ったよ』と伝えたい」と静かに語った。


変わるお葬式 主流は家族葬
超高齢化社会を迎え、人生の最期や、亡くなってからのことをより深く考える人が増えています。
そうしたなか今、「お葬式」が変わってきています。
最近の主流とも言えるのが家族など少ない人数で行い費用を抑えた「家族葬」です。
仙台市内で暮らす芳賀徳芳さん80歳です。
芳賀さんは自分が亡くなっても友人や近所の人には知らせず、身内だけで「家族葬」を行いたいと考えています。
去年からは友人の住所録をまとめる作業を始めました。
自分が亡くなったことを葬儀が済んだ後、知らせるためです。
「みんな年金生活者なんですよ昔からのお友達は、余計な負担もかけたくないし迷惑もかけたくない」葬儀費用のグラフです。
家族葬の普及が進み、葬儀にかける費用が下がっています。
平成15年の236万6000円をピークにおととしは188万9000円とこの10年で50万円近く下がりました。
おととしの葬儀費用の内訳です。
▼飲食費が33万円、▼お布施や戒名代が44万6000円などとなっています。
全体の葬儀費用は抑える一方で、料理にはこだわりたいという人が増えています。
葬儀業者が主催する終活セミナーです。
葬儀や通夜の際に提供する料理のサンプル。
ふだん葬儀の会食では提供されない鰻丼や冷やし中華が並んでいます。
「故人が好きだったものを1品入れて召し上がってもらおうと用意しました」。
「1品つけるのはいい。私は岩手なのでそば出します」。
「料理を通して故人をしのび、参列者にも満足してもらいたい」。
こう考える人が増えているといいます。
「家族葬の中でもこだわるところにはすごくこだわるのが今のお客さん。料理であったりお返しものであったり亡くなった人を偲べるようなものを選べる時代に来ているのかなと」。
「家族葬」よりもさらに小さな葬儀を求める人もいます。
仙台市中心部で、もとは倉庫として使われていたオフィスビルの一室です。
祭壇が置かれているのは8畳の部屋。
全体で2部屋しかなく、10人程度しか入れません。
葬儀会社に25年勤めた後、独立した山内吉利さんです。
3年前に倉庫を改装し、この小さなスペースで低料金の葬儀を提供しています。
通夜から火葬までほぼ1日で終え、葬式は20万円からです。
もともとは身よりのない人の遺体を火葬する前に預かる施設として利用していました。
しかし最近は、「町の葬送会館では会場が大きすぎるという」人から、葬儀の依頼が増えています。
「当初は葬儀という形態でなく預かりを中心にやっていたんですが、預かっただけでは満足しない。お客さんから葬儀の相談が多くなったもんですから葬儀までお手伝いするようになったんです」。
この日、65歳の女性が母親の葬儀の依頼に訪れました。
母親は93歳で亡くなりました。
母親の友人はすでに亡くなり、葬儀に参列するのは高齢の家族と親戚、6人です。
女性がこの業者を選んだのは、料金の安さや交通の便がよいことに加え、納棺から火葬までを1日で終えられるためでした。
「1日で終わるし街なかなので、母に近い親戚の人も高齢の方ばかりなのでだったら便利な方が」と話していました。
Le petit prince
On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. (Le petit prince)
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