フランス語の勉強?

novembre 2015

眠い1日/激辛カップラーメン/またメガネ屋さん/ペガサス?

ブログネタ
フランス語 に参加中!
あけぼの橋フジテレビ

Shigeru Mizuki: Au Japon, les yokai pleurent la mort de leur mangaka
Shigeru Mizuki a succombé à une attaque cardiaque, le 30 novembre, alors qu’il était hospitalisé suite à une chute. Le créateur de Kitaro le repoussant, de NonNonBâ et d’ Opération mort était âge de 93 ans.
La perte est d’autant plus triste qu’en près de 60 ans de carrière, Shigeru Mizuki (Shigeru Mura de son vrai nom) aura bâti une œuvre unique car bipartite : s’il a, par exemple, consacré de nombreux albums aux yokai, de petits ≪ esprits ≫ constitutifs de l’imaginaire collectif nippon, il a aussi produit plusieurs récits dénonçant l’attitude de son pays durant la seconde guerre mondiale. Une audace pas toujours bien accueillie par ses compatriotes, mais qui témoigne de l’indépendance d’esprit d’un artiste hors-norme, dont le talent est désormais unanimement loué.
Sa force de caractère, l’artiste se l’était forgée après avoir été enrôlé dans l’armée impériale, en 1942. Basé en Nouvelle-Guinée, Mizuki y fut témoin d’atrocités commises par ses camarades avant de perdre le bras gauche - celui avec lequel il dessinait - suite à un bombardement. Qu’à cela ne tienne ! Aussitôt rentré au japon, il apprit à dessiner de la main droite, avec le succès que l’on sait. Il relatera d’ailleurs, bien des années plus tard, ces événements, déterminants dans sa vie d’homme et d’artiste, dans la trilogie La vie de Mizuki (éditions Cornélius).
Un temps spécialisé dans le manga d’horreur, Mizuki était surtout (re) connu pour son chef-d’œuvre, Kitaro le repoussant. Le personnage, un chasseur de yokai, est si célèbre au Pays du Soleil levant que ses aventures ont été déclinées en anime, en film et en jeu vidéo. Plus tard, Mizuki rendra hommage à celle qui l’avait initié à l’imaginaire traditionnel qui habite son œuvre dans NonNonBâ, qui obtint le Prix du meilleur album au festival d’Angoulême 2007. Deux ans plus tard, ce même festival consacra une exposition au mangaka qui - troublant hasard - y reçut aussi le Prix Patrimoine pour Opération mort.
Désormais adulé au Japon, Shigeru Mizuki y a été honoré de nombreuses distinctions. Sakaiminato, sa ville natale, héberge même diverses attractions et un musée entièrement dévolus à l’œuvre de ≪ l’enfant du pays ≫, lesquels attirent près d’un million de visiteurs par an. Nul doute que l’annonce de sa disparition y soit vécue comme un deuil national, comme l’avait été celle d’Osamu Tezuka, surnommé ≪ le Dieu vivant du manga ≫.
フランス語
フランス語の勉強?
オイコノミア「進化が止まらない!テクノロジーの経済学」
猛スピードで進化するテクノロジー。経済学者たちは、近い将来、ロボットに仕事を奪われる日がやってくると予想しています。農業、教育、医療など、すでに幅広い分野でコンピューターの導入が進み、ロボットと人が一緒に働く工場まで登場している今、わたしたち人間はどうすれば!?“人と愛し合える”ロボットも作れると豪語するロボット博士を前に、又吉さんは…。「人間だからできること」とは何か、考える43分です。
石黒浩, 又吉直樹,大竹文雄, 朴ろ美

Eテレ・ジャッジ 箱庭おじさん「第1話」
会社員あかねには、苦手なものがある。オジサンだ。汚い・臭い・ウザい…。なかでも直属の上司、課長はオヤジ臭をぷんぷんさせている。加齢臭?徹夜続きの汗?しかも顔を合わせればガミガミお説教ばかり。うんざりしたあかねが自席に戻って、引き出しを開けると、なんと5cmほどの大きさの、課長がいた!もしかするとあなたの職場にもあるかもしれない世代間ギャップを描いたファンタジー。
中村静香,嶋崎伸夫,村松利史

東北発☆未来塾 田原総一朗“議論するチカラ”「激論!ド〜する?!東北」
テレビの討論番組の司会を30年以上続けているジャーナリストの田原総一朗さん(81歳)は、「議論することでお互いの理解が深まり、全く新しいアイデアもうまれる」と言う。その田原さんを司会に、東北と関東の大学に通う5人ずつの塾生が「新しい東北をどうつくるか?」というテーマで議論する。建前論を語る塾生を、田原流議論のチカラで、本音の話し合いに引き込んでいく…。
吉本実憂…田原総一朗, サンドウィッチマン


眠いです.でもお仕事しなくてはなりません.特に月曜日は時間がないのでいつもカップラーメンがお昼ご飯になってしまうので,大変なんです.今日のカップラーメンは激辛味でした.
どうにか仕事を終え,6時過ぎに帰りました.でも,またメガネでレンズが外れてしまったのでまずはメガネ屋直行です.なんか優しい感じのお兄さんが少し長めのネジを使って修理してくれました.
スーパーで買い物をして晩ご飯.夜になっても眠いです.
お友達から,自分はペガサス的でワイルドなんだよ♪ってメール.どう返事したらいいのでしょう?

被災地から県外への転校 依然1万人超
東日本大震災の影響で、岩手、宮城、福島の3県から県外の学校などに移りその後も戻っていない子どもは、ことし5月の時点でおよそ1万人で、85%は福島県の子どもたちであることが文部科学省の調査で分かりました。
文部科学省は東日本大震災の影響で転校したり、別の幼稚園に移ったりした子どもについて毎年、調査しています。
それによりますと、ことし5月の時点で岩手、宮城、福島の3県から震災の影響で県外に移り、そのまま戻っていない子どもは、去年の同じ時期より1181人減ったものの依然として1万271人いることが分かりました。このうち最も多いのは、福島県の子どもたちで8729人と全体の85%を占めていて、次いで宮城県が1258人、岩手県は284人となっています。移転先は沖縄県から北海道まで全国すべての都道府県で、山形県が最も多く1119人、次いで新潟県が1092人、埼玉県が821人などとなっています。
文部科学省は「移転先で新しい友人関係ができるなど子どもたちが定着している傾向がうかがえる。福島県では原発事故による放射線への不安から、ふるさとに帰るという選択ができない家庭も多いとみられ、学習支援や心のケアを続けていく必要がある」と話しています。


<検証仮設住宅>住まい点在 支援届きにくく
◎震災4年8カ月(4完)みなし仮設
<待遇違い疎外感>
 東日本大震災の被災地では「みなし仮設住宅」が初めて大量に活用された。都道府県が民間賃貸住宅を借り上げ仮設住宅として提供する取り組みだ。
 プレハブなど建設型の仮設住宅には被災者だけが身を寄せるが、アパートや一軒家を使うみなし仮設の周囲には被災者以外の人も暮らす。当然、近隣住民とは被災経験に格差がある。
 「気軽に話せる人がいる仮設住宅にいた方が良かったかもと思うこともあった。仕事など家族の事情もあり1人我慢した」。東松島市の自宅が被災し、仙台市内のみなし仮設で暮らす女性(79)は、入居当時の心境を打ち明ける。
 震災でみなし仮設は全体で最大約6万8000戸に達し、建設型の計約5万3000戸を上回った。被災者が自ら探して契約した物件なども特例で対象と認められ急増要因となった。
 既存建物を利用するため早く入居でき、避難環境の向上につながった。一方で居住地が点在。被災者を見えにくくし、支援や生活再建情報が届きにくかった。
 「(建設型の)仮設住宅には全国から支援物資が次々寄せられた。同じ被災者でありながら、待遇格差を感じる」。疎外感を抱き続けた入居者は少なくない。
 最大1万2009戸の仮設住宅のうち、みなし仮設が82%を占めた仙台。市が震災の5カ月後に始めた全戸の世帯構成や健康状態の調査は、全体の把握まで1年近くを要した。
 市社会福祉協議会がみなし仮設の高齢者らに対する見回りや交流会開催といった支援を本格化させたのは、2012年度に入ってからだった。
 仙台のみなし仮設入居者は市外で被災した人も多い。市の担当者は「仙台も避難元自治体もそれぞれの住民対応に追われ、特に市外からの避難者に手が回っていなかった」と振り返る。
<51%が継続希望>
 市は入居者の個人情報提供を、市社協にとどめた。支援物資を自力で全戸配布できる企業や団体の情報などを入居者に知らせるつなぎ役を担ったが、建設型の仮設に比べ手間が掛かった。
 被災者支援に取り組む一般社団法人「パーソナルサポートセンター」(仙台市)の菅野拓理事は「緊急的な支援もあり、行政だけでは限界がある。信頼性が確認されたNPOなどと個別に災害時のみなし仮設への支援協定を結んでおくのも一つの手だ」と提案する。
 みなし仮設は、そのまま住み続けることができる。
 人と防災未来センター(神戸市)の研究員でもある菅野理事が14年に仙台市内のみなし仮設入居者を対象に実施した調査では、居住継続を希望する人が51%に上った。避難先での生活が定着したためとみられる。
 ただ9割以上は家賃補助が必要と回答。今後、退去をめぐり混乱する恐れがある。
 借家の自宅を失った世帯や経済力がある被災者にも、一律にみなし仮設の入居期間を延長していることを疑問視する意見もある。
 菅野理事は「住まいの被害程度を基準とした今の災害法制は、入居後の実態に合っていない。経済状況や自宅の再建方針など個別事情に目を向け、適切な支援がなされる制度にしていくべきだ」と指摘する。
(震災取材班)
[みなし仮設住宅]都道府県がアパートや一軒家を借り上げ、被災者に提供する仮設住宅。コストの低さが利点の一つとされる。会計検査院は2年間の1戸当たりの平均経費を約183万円と算出。岩手、宮城、福島の被災3県で建設された仮設住宅に関する費用約617万〜730万円(厚生労働省調査)を大きく下回った。


福島の避難者 愛知で震災体験を語る
 「福島の今を教えてほしい」−。東京電力福島第1原発事故で約600キロ離れた名古屋市内に身を寄せる福島県の2人の避難者が、愛知県あま市の中学生の要望に応え、東日本大震災の体験談や心境を語った。慣れない土地での暮らしは間もなく5年を迎えるが、「私たちのことをずっと気にかけてくれてうれしい」と生徒に感謝を伝えた。
 名古屋市に近いあま市にある市立甚目寺中。「心と心をつなぐ〜福島について、いっしょに考える」と題した人権講話集会を20日に開催し、浪江町から避難する大胡晴美さん(51)と、富岡町の鈴村ユカリさん(42)を講師に招いた。
 2人は震災直後から、夫の実家などがある名古屋市に、それぞれ家族とともに避難する。古里への思いは常に頭から離れない。
 つらい避難所生活や、雑草に覆われた自宅の惨状。生徒は震災体験に耳を傾け、次々に質問した。「まだ復興していない福島を見ると、どんな気持ちになりますか」「頑張れと言われてうれしいですか」−。
 つらい震災を乗り越える一歩は何だったのか。1年女子の問い掛けに、鈴村さんは小中学生の自分の子ども3人の変化を挙げた。
 「好きなことに向き合えるようになったかな。中3のお姉ちゃんが合唱に一生懸命な姿を見ると、何かに出合えたのかなとうれしくなります」と打ち明けた。
 大胡さんも避難のため愛犬と別れたことなど苦しみを抱えているが、少しずつ歩みを進める。「娘たちとけんかもするけれど、毎日家族が一緒に居られること。くよくよせず、今しかできないことをやろうねと励まし合っています」
 震災から5年近くがたとうとする今でも、2人は福島から遠く離れた土地で支えられていることに深く感謝する。同校生徒会は「東北応援プロジェクト」に取り組み、愛知県内の避難者に思いを込めた絵手紙などを毎年送り励ましてきた。
 「私たちに何か役に立てることはありませんか」。こう問われた大胡さんは「皆さんから気に留めてもらっていることがうれしい」。鈴村さんも「みんなが思ってくれている。ここにいることを喜び、明日からまた頑張ろうと思います。ありがとう」と感謝のメッセージを送った。
 3年の長谷川竜也さん(15)は「愛犬と別れた話などを直接聞いて、胸を締め付けられた。福島が一日でも早く復興できるよう応援し続けたい」と話した。


門脇小の遺構保存 地元は拮抗
 東日本大震災で被災した石巻市門脇小の遺構保存をめぐり、石巻市は29日、市民に是非を聞いたアンケート結果を公表した。市民全体の調査では「全部保存」「一部保存」合わせて6割に迫り「解体」は4割。地元の門脇地区住民対象の調査では「全部保存」「一部保存」と「解体」がほぼ二分した。協議会は一貫して解体を求めてきたが、保存を望む声も多いことが浮き彫りとなった。
 アンケートは10月、無作為抽出した市民2000人と門脇地区の居住予定者ら243人を対象にそれぞれ実施。市役所で29日にあった、地域住民でつくる「新門脇地区復興街づくり協議会」との会合で示した。
 市民アンケートには938人が回答。「一部保存」が41.1%。「解体」40.1%、「全部保存」17.7%だった。住民アンケートには140人が答え、「解体」48.1%、「一部保存」36.8%、「全部保存」15%と続く。
 自由記述では「解体は容易だが、後世に震災を伝承するために残すべきだ」「維持管理費がかかり解体するべきだ」などの意見が寄せられたという。
 会合にはメンバー9人が出席。校舎解体をあらためて市に要請し、若者が集うまちづくりなどを求めた。保存の場合は、隣接地の南浜地区に整備される復興祈念公園への移設を求めた。
 浅野清一会長(67)は「従来通り校舎の解体を要望した。被災校舎は住宅地に合わない。見るのがつらい人も多く跡地を地域活性化に使いたい」と話した。
 市は年度内に結論を出す方針。亀山紘市長は「門脇小は地震、火災、津波の被害を受けた唯一の建物。解体しても残しても費用がかかる。それらを精査して協議会と再び話し合いたい」と語った。
 市は大勢の児童らが犠牲になった大川小の被災校舎についてもアンケートを実施。来月2日にある住民団体「大川地区復興協議会」との意見交換会で結果を明らかにする。


復興の歩みを動画配信 飯舘村
 東京電力福島第1原発事故に伴い全村避難する福島県飯舘村は、避難先で営農再開する村民の姿や小型無人機「ドローン」で撮影した村の現状など映した動画を、12月1日からインターネットで配信する。村民の古里への思いをつなぎ留め、避難指示解除後の帰還促進につなげたい考えだ。
 サイト名は「きぼうチャンネル」。避難生活を送りながらも前向きに過ごす人々を取り上げる「われら飯舘村民」、村の歴史や名所を村民が案内する「いいたて散歩」など7項目に分けてシリーズ化。来年3月末まで週1〜2本ずつ、計81本配信する。
 除染が進められる村の現状などをドローンで空撮した「空から見た飯舘」、かぼちゃなどの特産品を使った料理の献立を紹介する「までいの食卓」といった項目も用意。村の担当者は「自分の目で見るのとは違う村の姿を知ることができる。若い人にぜひ見てほしい」と話す。
 配信は12月1日正午開始。パソコン、タブレット端末、スマートフォンで閲覧できる。アドレスはhttp://kibou-ch.com/


命の尊さ 教訓伝える 「語りつぐ会」
 東日本大震災で失われた命の尊さを考え、教訓を未来につなぐ「いのちを語りつぐ会」が29日、名取市文化会館であり、児童生徒が犠牲になった同市閖上中と石巻市大川小の遺族らが震災当時の状況や現在の心境を語った。
 震災で閖上中生徒は14人、大川小児童は74人が犠牲になった。次男=当時(14)=を亡くした閖上中遺族会の大川ゆかりさん(47)は、悲嘆に暮れた4年8カ月の日々を振り返った。「生きたくても生きられなかった子どもたちがいる。私にできるのは、息子に教えられた命の大切さを伝えていくこと」と話した。
 大川小で次女=当時(12)=を亡くした佐藤敏郎さん(52)は、同校で妹を亡くした高校1年只野哲也君(16)、高校3年紫桃朋佳さん(17)と一緒に登壇。「亡くなった子どもたちの命に意味を持たせたい。未来への意味付けができれば、震災ともしっかり向き合っていけるのではないか」と述べた。
 名取市閖上地区で震災の記憶を伝える活動に取り組む認定NPO法人「地球のステージ」などが主催、復興支援に取り組むNPO関係者や一般市民ら約300人が参加した。


三陸沿岸道路 大船渡・「吉浜道路」開通
 国が整備を進める三陸沿岸道路で、大船渡市の三陸−吉浜インターチェンジ(IC)間の「吉浜道路」3.6キロが29日、開通した。仙台−八戸間359キロのうち約43%に当たる約156キロが開通したことになる。
 この区間は国道45号で結ばれているが、約8割は急勾配でカーブが連なり、事故多発区間でもある。
 開通区間は2010年2月に着工し、総事業費は約140億円。トンネルや橋が7割を占め、両IC間の所要時間は10分から4分に短縮される。安全性が高まるほか、救急搬送の迅速化や観光振興が期待される。
 吉浜IC近くであった開通式には関係者や市民ら約300人が出席。石井啓一国土交通相は「三陸沿岸道路の整備は復興のリーディングプロジェクト。復興へ明るい希望の光になる」と祝った。
 式典後、親子3代で渡り初めをした自営業大森秀樹さん(39)は吉浜IC近くに住む。「病院や買い物で大船渡市中心部に行くが、峠を通らずに済むのはありがたい」と話していた。


【東日本大震災】 旧庁舎解体を正式表明 岩手県大槌町長
 岩手県大槌町の平野公三町長は30日の町議会全員協議会で、東日本大震災の津波で40人が犠牲となった旧役場庁舎の解体方針を正式表明した。255の復興事業のうち150事業で「廃止や終了を含む見直しが必要」との考えも示し、前町長が策定した復興計画の修正を本格化させる。
 旧庁舎の解体について平野氏は「破壊されたこの町自体が遺構であり、形はなくとも震災の実情は伝えていける」と説明した。12月議会に関連予算案を提出する見通しだが、議会内では賛否が割れており、成立は見通せない情勢。
 復興見直しでは、震災で犠牲となった町民を対象に遺族らから人となりを聞き取る「生きた証プロジェクト」は継続を望む声もあったが、本年度で打ち切る。
 旧庁舎は平成25年、碇川豊前町長が一部保存を決めたが、解体を公約に掲げた平野町長が今年8月の町長選で当選し議論が再燃。町は11月に住民や関係団体と意見交換会を開き、解体の是非を検討していた。


東京でオウム逃亡犯題材2映画 長野
 指名手配されて約17年間の逃亡生活を送ったオウム真理教の人物をモチーフした2つの映画が12月8日午後6時から、東京・渋谷区のユーロ・ライブで上映される。上田市出身で信州上田観光大使を務める女優・土屋貴子さん主演の「潜伏」と、前川麻子さん主演の「愛のゆくえ(仮)」。それぞれ「菊池直子を愛した男」と「平田信を愛した女」の悲哀を描いている。上映後、主演2女優と作家の雨宮処凛(かりん)さんによるトーク・ライブが行われる。料金は2500円。問い合わせはミューズ・プランニング(電)03(6452)2565。


河北春秋
 中国・南宋の詩人、陸游は憂国の人で知られる。北方族の金にあらがう激しさを歌うとともに、酒と友を愛した。<笑うなかれ農家のろう酒濁れるを 豊年客をとどむるに鶏豚(けいとん)足れり>。笑ってくれるな、どぶろくなどと。豊作で酒のさかなはたっぷりありますぞ▼中国古典文学の第一人者が神戸大名誉教授の一海知義さんだった。陸游の本を世に出し、古代から現代に至る漢詩の世界へ豊かな言葉でいざなった。エッセーに『酒の詩人』と題する一文がある▼「酒を詠じた詩人の双璧は、陶淵明と李白であろう。2人には300年の隔たりがあるが、後人の李白が淵明を呼び寄せ、酌み交わす歌を一つ」とおっと思わせる。<両人対酌すれば山花開く 一杯一杯復(ま)た一杯>。いつもひとり酒の淵明と、にぎやかな李白を見事に対比させている▼一海さん急逝の報が届いた。ついこの前まで、東京の出版社の月刊誌に230回を超す連載を執筆していたばかり。中国古典ファンに静かな悲しみが広がる。86歳の生涯だった▼難しい詩歌をこれほど分かりやすく楽しませてくれる学者も、そういないだろう。日本と中国の文化をつなぐ一海さんのような存在が少なくなってきた。両国が、お互いに深いところで認め合う大切さを筆を通して伝え続けてくれた。

COP21:パリでデモ参加者289人拘束
 【パリ田中龍士】国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)の開幕を翌日に控えた29日、パリの共和国広場で、環境保護などを訴えるデモ隊と警官隊が衝突した。警察当局はデモ参加者289人を拘束。同時多発テロの影響でデモが禁止されるなか、「表現の自由」を求める人々と、テロの再発防止に神経をとがらせる警官隊が真っ向からぶつかり合った。
 当初、デモは見送られ、「行進」の象徴として1万足以上の靴を並べて会議を静観するとみられていた。しかし、黒いマスク姿の集団が道路封鎖用の鉄柵をどけて警官隊に突入。警官隊が催涙ガスなどで対処する事態となった。デモ隊は、テロの犠牲者追悼のために広場に手向けられたロウソク入りのビンを次々と投げつけた。
 「仲間を放せ!」「自由、自由!」。警官隊がデモ参加者の身柄を押さえるたびに、群衆から怒号が飛んだ。デモ参加者は環境保護よりも「民主主義」や「自由」を強く訴えていた。
 デモ禁止は、非常事態宣言が当初の12日間から3カ月間に延長されたことを受け、来年2月25日まで続く。


温暖化対策パリ会議 日本が取り残される
 温暖化対策パリ会議(COP21)では初日から首脳会合を開催し、新たなルール作りに意欲を見せる。脱化石燃料の時代へと、世界は一気に加速する。
 地球史的な会議になる。
 一九九七年暮れの京都会議(COP3)は、先進国に温暖化対策の法律的な義務を課し、数値目標を割り当てたという点で、当時としては画期的だった。
 パリ会議では京都議定書第二約束期間の後を受け、途上国や新興国も参加する二〇二〇年以降の温暖化対策の新たなルール作りをめざす。世界が初めて一つになって、気候変動の悪影響がさまざまに目立ち始めた地球環境を、立て直そうというのである。
◆難民問題の引き金に
 東北大学の明日香寿川(じゅせん)教授は、シリアの難民問題の引き金を引いたのも、温暖化だと指摘する。
 気候変動で降雨量が減ったため、シリアは〇六年から一〇年にかけて、史上最悪といわれる干ばつに見舞われた。
 農地は荒れ果て、家畜を失い、難民化したシリアの農民は百五十万人に上るという。
 巨大化するハリケーンなどの自然災害は、低所得者層により大きな打撃を残し、格差を助長する。温暖化は今や、世界的な社会不安の温床にもなっている。
 世界銀行は今月初め、三〇年までに適切な温暖化対策が取られなければ、貧困層が一億人以上増えるという試算を発表した。増大する危機感が、国際社会の背中を押している。
 来年、米国は大統領選挙に染まり、大きな政策決定ができなくなる。パリで合意できないと、ルール作りは大きく後退するだろう。
 温室効果ガスの削減数値を先進国に割り当てた京都議定書とは違い、パリ会議では、参加各国が自主的に提示した「約束草案(目標案)」が合意の基本になる。
◆気温抑制 目標に届かず
 いつまでにどれだけ削減するか。目標の設定は参加各国の判断に委ね、達成までの過程と成果を、互いに監視、評価し合うという形を取ることになりそうだ。
 ガス排出量世界一の中国、二位の米国、三位のインド、それに産油国のサウジアラビアなども含め、これまでに約百八十の国と地域が目標案を公表済みである。
 世界の排出量の九割以上を占める国と地域が、新たな対策ルールへの参加を決めたことになる。
 議定書か、協定か、呼び名はまだ分からない。いずれにしても法的拘束力のある、何らかの合意文書が採択されるはずである。
 ただし、今のところ、各国の目標案をすべて足しても「二度目標」には届かない。
 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、先進国の工業化が始まった十九世紀末以来の地球の平均気温の上昇を二度未満に抑えなければ、地球上の生命や社会、経済などにも、取り返しのつかない悪影響が及ぶと、警告を発してきた。
 自主目標は恐らく五年に一度、見直されることになる。二度目標の達成に向けて、各国の自主目標を引き上げていく仕組みを盛り込まないと、“歴史的合意”の意義は薄れてしまう。
 三〇年度に一三年度比26%減という、日本の目標案の国際評価は高くない。
 途上国グループのリーダーとして、削減義務受け入れ反対の急先鋒(せんぽう)だった中国は、九月の米中共同声明で「低炭素経済」へ移行する方針を打ち出した。二酸化炭素(CO2)を大量に排出する企業に対しては、公的投資を減らしていくという。
 また再来年には、発電や製鉄などの主要産業にCO2排出量の上限を設け、過不足分を取引できる排出量取引制度を導入する。
 ところが日本は、原発の停止を口実に、CO2の大量排出源である石炭火力発電所の新増設にまい進し、その技術を途上国へ輸出しようと躍起になっている。
 一方、再生可能エネルギーの普及には、電力の安定供給に支障を来すと電力会社に請われるままに、ブレーキをかけつつあるようだ。逆行というしかない。
◆原発ゼロでも削減可能
 経済協力開発機構(OECD)は、日本の高効率石炭火力技術を温暖化対策とは認めなかった。
 昨年度の日本の温室効果ガス排出量は、原発がすべて停止していたにもかかわらず、五年ぶりに前年度を下回った。原発ゼロをきっかけに省エネと再生エネの普及が進み、発電由来のCO2が減ったのが主な理由という。
 これこそ日本がパリで強調すべき、方向性ではないか。
 パリ合意の採択は再生可能エネ時代の到来を、あらためて世界に告げることになる。
 このままでは日本は独り、世界の流れに取り残されていく。


働く人と心の病 企業の意識を変えよう
 従業員50人以上の企業に社員の「ストレスチェック」を義務づける制度が12月から始まる。企業には社員の心のケアに十分注意を払う意識改革が求められる。
 この制度は従業員がストレスに関する質問に答え、自分の心の状態を知って精神的な不調に陥るのを防止するのが目的だ。
 社員本人が希望すれば医師による面接も行われ、企業側は医師の意見を基に業務の見直しなどの改善策を講じる。
 厚生労働省によると、2014年度、仕事のストレスなどで心の病を発症し、労災申請した人は1456人に上った。13年度より61人多い過去最多の497人が労災認定された。このうち自殺・自殺未遂も過去最多の99人に達した。
 労災認定された人の発症の原因は「悲惨な事故や災害の体験・目撃」、次いで「いやがらせ、いじめ、暴行を受けた」や「月80時間以上の時間外労働を行った」が多かった。
 うつ病と診断される人が増えていることに加え、労災として申請できるという意識が広がったことが背景にあるとみられる。実態は数字よりかなり深刻ではないかという専門家の指摘もある。
 うつ病予防には長時間労働の規制は欠かせない。昨年11月には過労死等防止対策推進法が施行された。週60時間以上働く人の割合を20年までに5%以下にする目標を掲げている。着実な達成を求めたい。
 企業の姿勢はどうか。厚労省の一昨年の調査によると、心のケアに取り組んでいる企業は増えているものの、6割にとどまる。
 取り組まない理由としては「該当する労働者がいない」が最も多く、次いで「取り組み方がわからない」「必要性を感じない」が多い。意識はまだ低い。
 社員と面接し助言する医師は、精神科が専門で職場に精通した産業医が望ましいが、現状では少ない。ストレスチェックの結果を生かすためには、職場の産業医と外部の精神科医との連携が必要だ。
 職場環境にとり立てて問題がなくても、うつ病になる社員はいる。ストレスを減らすため産業医と連携して社員研修に力を入れる企業もある。こうした取り組みを広げたい。
 心の病で休職した後の職場復帰を支える仕組みも重要だ。だが、同省の調査では「復職に関する職場のルールはない」企業は3割近くに上る。仕組みが整っていなければ、再び休職する可能性が高くなる。
 ストレスチェックによって、本人が不当に配置転換されるなど不利益を受けないよう企業が配慮することは言うまでもない。


難病の3歳長女「衰弱死」 母親に無罪
大阪・茨木市で先天性の難病があった当時3歳の長女に十分な食事を与えず衰弱死させたとして、保護責任者遺棄致死の罪に問われた母親の裁判員裁判で、大阪地方裁判所は「長女が、十分な栄養を与えられていないと認識していたとまでは言えない」として、無罪を言い渡しました。
去年6月、大阪・茨木市のアパートで、先天性の筋肉の難病があった当時3歳の長女に十分な食事を与えず衰弱死させたとして、父親と当時19歳の母親が殺人の疑いで逮捕され、その後、保護責任者遺棄致死の罪で起訴されました。大阪地方裁判所で開かれた母親の裁判員裁判では、検察が懲役6年を求刑したのに対し、母親と弁護士は「ほとんど毎日、食事を作り、十分な栄養を与えていた。病気の影響による呼吸不全などの可能性がある」などとして、無罪を主張しました。
30日の判決で、大阪地方裁判所の小倉哲浩裁判長は「長女の死因は、十分な栄養を摂取できなかったことによる衰弱死と考えられる」と指摘しました。そのうえで「基本的には食事を与えていたが、長女が食べようとしない時などに食べさせる十分な努力をせず、医師に相談もしなかった。母親なら子どもの健康状態に十分注意するべきだったが、長女が、十分な栄養を与えられていないと認識していたとまでは言えない」として、母親に無罪を言い渡しました。
母親とともに罪に問われた父親については、今後、裁判が開かれる予定です。
母親「冥福を一生祈っていきます」
母親の弁護人の幸田勝利弁護士は、「母親は、長女が毎日の生活のなかで少しずつ体が細くなり、体重が軽くなっていったという程度の認識でした。それが認められた判決で本人も納得していると思う」と話していました。また、母親の話として、「長女の冥福を一生祈っていきます。母親として、ほかの2人の子どもについては今後、この様なことが起きないようにしていきたい」というコメントを読み上げました。
大阪地検「判決内容を精査し対応」
無罪判決について、大阪地方検察庁の北川健太郎次席検事は「判決内容を精査し、適切に対応する」としています。


宝塚市が同性カップル認定へ
 兵庫県宝塚市は30日、性的少数者(LGBT)支援のため、同性カップルから申請があれば、パートナーとして認める「受領証」を発行すると発表した。来年3月に要綱をまとめ、6月にも施行する予定。市によると同性パートナーを認める公的書類を発行するのは、東京都渋谷区、同世田谷区に続き全国で3例目となる。
 宝塚市は4月末から検討部会を設置し、議論を重ねてきた。要綱では、市内に住む同性カップルが、ともに生きていく相手と認め合う「宣誓書」を市に提出すると、市長が受領証を交付する方針だ。
 当初は渋谷区を参考に条例制定も検討していたが、「必要なのは市が寄り添う姿勢を打ち出すこと。より多くの人に利用してもらいたい」(中川智子市長)と世田谷区にならい要綱の制定を決めた。
 渋谷区は条例に基づき「パートナーシップ証明書」を発行。不動産業者などに証明書を持つカップルを夫婦と同様に扱うよう配慮を求めている。法的拘束力はないが、是正勧告に従わなければ事業者名の公表もできる。ただ、申請には公正証書が必要で、これまでの交付数は1組にとどまっている。
 一方、世田谷区の要綱では、渋谷区のような民間事業者への規定はない。運転免許証などで申請者の確認ができれば受領証を交付し、これまでに9組が認められた。
 中川市長は「宝塚が生きやすい街として1歩を進めるため、欠かせない施策。今後は国が同性婚を認めるよう、他の自治体と協力して働き掛けたい」と話した。(土井秀人)


「地球温暖化のウソ」に騙されるな。国民は各世帯で毎年20万円を盗られている【理学博士・深井有】
 11月30日にパリで地球温暖化対策を議論する国連の会議「COP21」が開幕した。6年前の’09年11月19日、IPCC(国連・気候変動に関する政府間パネル)の不正が暴かれた「クライメートゲート事件」は世界で大々的に報道され、IPCCの「CO2温暖化論」への信頼は地に落ちた。しかし、このことは日本でほとんど報道されず、相変わらずCO2による地球温暖化が広く信奉されているのが現状だ。
地球はもう温暖化していない いま世界へ目を向けるとそこには「地球温暖化」への懐疑論が広がっている。なぜ日本人は今も「CO2温暖化論」を信じ続けるのか?「我々は世帯あたり毎年20万円を盗られている」と警鐘を鳴らすのは、10月に『地球はもう温暖化していない』(平凡社新書)を上梓した中央大学名誉教授・理学博士の深井有氏だ。
――今年11月9日、国連の世界気象機関(WMO)は2014年の「温室効果ガス」の世界平均濃度が最高を更新したと発表した。
「正確にはCO2の濃度が最高になったと言っているんです。他にも一酸化二窒素(N2O)やメタン、オゾンなどをまとめて『温室効果ガス』と言います。ただし、実際は水蒸気(H2O)が一番大きな影響をもたらしている。それが温室効果ガスとして扱われないのは、全体として増えたり減ったりしないからです。変動をもたらさないという意味で、気候変動を考える場合の温室効果ガスから除外されているのですが、実は温暖化の効果はCO2よりはH2Oのほうが断然大きい。ですから温室効果を論じるときには、決して水蒸気を無視してはいけないんです。
 IPCCをバックアップする人たちの計算結果では、CO2の増加による温暖化が水蒸気で2〜3倍に増幅されることになっている。ところが、これは観測事実にはまったく合わないんです。IPCCは都合の悪いことは徹底的に排除するので、これは報告書には書かれていない。温暖化ガスが増えたことと実際に気温上昇が起こるかは、実は別のことです。いま最大の問題は、ここ20年間に地球の気温が上がっていないことです。頭打ちになっている。CO2は増え続けているのに、です。これはCO2を温暖化の主な原因とするCO2温暖化論が破綻したことを意味しています。IPCCはこのCO2温暖化論をもとにして、平均気温が2℃以上になると地球が危機的状況になると主張していますが、その科学的根拠はほとんどありません。
 IPCCの主張はすべてがCO2温暖化論にもとづく計算結果で、このように現実と合わないことがしばしば起こるのですが、彼らはそれを殊更に無視しようとします。われわれは計算結果ではなく現実に起こっている気候変動を虚心坦懐に眺めて、正しい判断をしなくてはなりません」
日本人が感じる「体験的温暖化」は都市化によるもの
 実際に日本は温暖化しているではないか、自分はそれを体験したという声があるだろう。実は気温上昇には大きな地域差があり、過去80年間で東京は2.5℃も上がっている。対して中都市では1.5℃程度、都市を離れたところでは1.0℃以下でしかない。都市の気温上昇は「ヒートアイランド効果」という熱放出の集中が主な原因だとのこと。
「地球温暖化というのは、地球全体の平均気温が上がっているかという話です。しかし、実際どういう場所でどのように測っているか見てみると、場所によって、特にどこに温度計を置いているかによって大きく違う。結論を言うと、この100年間で東京は3℃近く気温が上がっていますが、都市を離れたところでは平均0.7℃というのが日本の温暖化です。都市化の影響は人口2〜4万の都市でも無視できないので、日本人の大多数が都市化による温暖化を経験して暮らしてきたことになります。
 世界全体でも、こうした影響を除いた見積りをすると、やはり0.7℃になるので、これが過去100年間の気温上昇ということになります。人が体感した温暖化と、都市化を除いた平均の温暖化ではかなり違うんです。ところがIPCCは都会のデータをほとんど補正しないで使っているので、見かけの気温上昇がずっと大きくなっている。これは都市化の影響をかなり受けていると指摘されています」
――IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は「地球温暖化」を判断するためのデータを正しく測定していないということなのか。
「気温は風通しのいい芝生に、百葉箱などを置いておよそ1mの高さで測るのが標準とされています。それに比べ、都市に芝生はほとんどないし、コンクリートに日が当たれば途方もない温度になり、平均温度はそれだけで上がります。さらに都市はビルに囲まれて風通しが悪くなる。それからもっと大きいのは、実は人が集まってエネルギーをうんと使うことです。そこで放出される熱が溜まってしまい、都市の周辺はどうしても気温が高くなる。それが一番大きな原因です。実地調査の結果、これらの効果はこれまでの気温データにかなり影響していることが知られたのですが、IPCCはこのような影響を小さいと仮定しているのです。
『CO2温暖化論』はサイエンスではなくなって、国家間のCO2排出権を通じての政治的なお金のやり取りの口実に変わってきたわけです。そのために先進国と途上国の利害の対立がCOP会議で先鋭化して、ますます話がこんがらがってきた。CO2が温暖化の元凶なのかどうかというサイエンスから離れたところで、おかしなことになっているんです。発展途上国はCO2による温暖化は確かなことだと主張し、そこから離れようとはしない。それを離れたら何兆円ものお金がもらえなくなるわけですから。CO2温暖化論は科学的には間違っていることが明らかになってきていますが、今や国際政治は容易には変えられなくなっています」
地球はもう温暖化していない――「COP21」には約60か国の環境相らがパリに集まり、安倍晋三首相のほか参加首脳は計100か国以上の見通しだ。会場には3万人もの人が集まるという。
「温暖化は本来、まずサイエンスの話であるべきですが、国連機関のIPCCがCO2温暖化論にもとづく報告書を出して、その国連に加盟する国の集まりがCOPですから『全体の方針に従って温暖化対策をやりましょう』という空気になっていくわけです。
 パリに約3万人が集まって、何をするかご存知ですか? 皆がディスカッションに参加できるわけではないので気勢を上げに行くんです。グリーンピースやWWFなどの環境活動家は『もっとCO2を削減しなきゃいかん』と言って、それを支えるために気勢を上げる。国連主催と言っても、主催者側には環境団体の代表や活動家がたくさん入っていて、それなのにメディアには『国連の会議に首脳が集まる』とだけ報じられている。COP会議はもはや物事を理性的に判断する場ではなくなっているんです。
 こういう批判がありました。彼らはパリの立派なホテルに集まって会議をしている。かたや外には難民が溢れていて、寒い場所で凍えている。医学的な統計では、冬の4か月で死ぬ人のほうが、残りの8か月で死ぬ人よりも20倍多いとのこと。今これから寒くなる時期に100万人近くの難民が溢れているのに、100年先の温暖化について、ぬくぬくとした会場で議論するとはどういうことかと。物事には優先順位があるはずです。今やるべきことは何で、今どれだけお金があったらどこに使うべきかと考えたとき、それは100年先の温暖化対策じゃないでしょう」
国民は世帯あたり毎年20万円を盗られている
――本書では、国民は温暖化対策のために世帯あたり年間20万円も損をしていると指摘されている。これは新卒の社会人が手にする初任給に匹敵する金額だ。
「日本は年間4兆円くらい、税金から温暖化防止と発展途上国援助のために支出しています。4兆円という額を具体的に言うと、国の年間予算は27年度で96.3兆円だからほぼ100兆円として、その4%です。文教及び科学振興費は約5.6%、防衛関係費は5.2%だから、それとほぼ同額を温暖化対策費として使っているわけです。所得税が17%だから、その約4分の1に当たります。
 100兆円の予算のうち40兆円は国債で、これは次世代への借金の振回しです。若い人がこれから背負う借金の10分の1は、毎年このために使われているんです。
 それだけではなくて、二酸化炭素を減らすための費用はまったく非生産的で、CO2を減らそうとするとエネルギーコストが上がって生産性が落ちてしまいます。毎年3兆円、4兆円を非生産的なことに使うことには、GDPを押し下げる作用があります。経済学では『逸失利益』と言って、本来ならば得られるはずだった利益が得られなかったということです。それがGDPの1〜2%になると専門家の報告書に書いてある。国民みんな、だいたい1世帯あたり20万くらいです。これはほとんど知られていない。『CO2を減らさないと100年先の地球が大変なことになるかもしれないから、この支出は仕方ない』と言われているけど、こんな途方もない支出が本当に必要なのか、役に立つのか、国民が納得しているのか疑問です。
 実は、これまでに考えられてきた温暖化対策は、費用対効果の面から全くの愚策であると指摘されています。いまパリ会議で各国が提出したCO2削減目標がすべて実現されるとしても、その効果は2100年までに気温を高々0.2oC下げるだけですが、それにかかる費用は日本だけで毎年4兆円、世界全体では気も遠くなるような巨額です。100歩ゆずってCO2による温暖化を認めたとしても、その対策は余りに馬鹿げているのではないでしょうか。なぜもっと国益にかなった、いや人類の利益になることを考えられないのかと不思議でなりません」
――具体的にIPCCは、ここ20年の気温上昇の「頭打ち」をどう論じてきたか。
「彼らはそれは一時的なもので、気温は今後また上がっていくということを前提にしているので『ひと休み、ポーズ』と言っています。しかし今後に気温が上がるというのは仮定に過ぎません。「一休み」はもう20年近くも続いています。第4次報告書まではそのことにまったく触れなかったけど、さすがに第5次報告書ではそれに触れなきゃならなくなって、報告書の第1部「自然科学的根拠」の後ろのほうに一応書いてある。CO2温暖化論による計算では、CO2の増加につれて温暖化がどんどん進むことになるので、実際との食い違いが年々大きくなっていることは、よく読むと第1部の本文には書いてあるわけです。だけど、それは1,000何百ページを読まないと出てこないようになっていて、それに先立って発表されたサマリーにはそのことがちゃんと書いていない。脚注に小さく、目立たないように書いてあるだけです。これは作為的と言われても仕方ないでしょう。
 さらに悪いのは、第2部「影響・適応・脆弱性」と第3部「気候変動の緩和策」の議論はこの破綻したCO2温暖化論による大きな気温上昇を前提にしていることです。だからここで述べられているような温暖化の脅威や対策は、すべて現実に合わない無意味なものなのです。
 普通の人は、数1,000ページに及ぶ専門的な報告書をすべて読むことはできないから、政治家もメディアも、まず最初に出されたサマリーしか読まない。批判的にすべてを読めば、今わたしが申し上げたことがわかるはずなのですが、実際にはできないので、政治家もメディアも皆がIPCCの思惑どおり温暖化の脅威に踊らされてしまうんです」
「地球温暖化」教育を改めよ
――日本人の「CO2温暖化論」信仰は、ひとえに義務教育の影響が大きい。小中学校では「地球温暖化」を教えこまれ、それが当然のことと報道されている。
「2008年以来、中学校・高等学校の理科で『地球温暖化』を教育することが文部科学省の学習指導要領で定められました。だけど実際には理科だけじゃなくて、国語の教科書には、北極圏の氷が減ってシロクマが溺れそうになっているといった文章がいろいろ出ていて、そういう例文を載せると教科書が採用されやすい。だから指導要領に書いてあることだけじゃなくて、そういう雰囲気が教育全体に行き渡っています。
 サイエンスとしてわかっていないことを、さもわかったかのように教育することはそもそも間違いだと思うんです。わたしの昔の教え子の教師が言っていましたが、例えば温暖化問題が試験に出ると『本当は違う』と思っても、答えは教わったとおりに書かなきゃいけないことになる。こんな状況で子供を教えなきゃならないのは、とても苦痛だと」
――近年、太陽活動による気候変動はより確かなものになってきているという。
「気候変動は人間がコミットする前から地球で起こっていたことです。今でも自然現象としての変動があるわけで、それを抜きにして人間活動の影響だけを考えることはできません。
 実は2000年前からの気候変動が太陽活動と相関をしていることは以前から知られていたのですが、最近ようやくその意味が分かって来ました。太陽から受け取る熱量はあまり変化しないんですが、太陽磁場の強弱によって地球に届く宇宙線の量が変化し、それが雲量を変化させることで気温が変わるということです。ごく最近、太陽活動は急激に低下して黒点が極端に少なくなりましたが、太陽物理学の進歩によってその意味が理解され、将来の予測もできるようになって来ました。それによると、太陽は300年近く続いた活動期から沈静期に向かおうとしていて、活動は2030年から40年にかけて最低になります。すると、それから約10年から15年遅れて2050年近くになって気温の谷が来ることになる。この寒冷化は100年くらい続くことになります。温暖化よりは寒冷化に備えなくてはならないんです。太陽が地球の気候に及ぼす影響は、これから急速に理解が進むに違いありません」
 ジャーナリストの田原総一朗氏は、温暖化防止キャンペーンを批判する武田邦彦・丸山茂徳両氏の対談に寄せた序文でこう述べている。「私は、戦中・戦後の体験から、世の中がある方向に向かって一斉に流れる現象というのは危険だと考えている。そして、現在の『反温暖化』一本やりの日本社会に、その危険な香を感じるのだ」。作家の半藤一利氏も、戦争に明け暮れて破滅した昭和の歴史から得られた教訓として「国民的熱狂をつくってはいけない」と危惧している。
 会議は踊る、されど進まず――CO2削減による「地球温暖化」防止というひとつの熱狂から、日本人の目が覚める日はいつやって来るのだろうか。
【深井有】
1934年生まれ。東京大学理学部物理学科(地球物理学専攻)卒。同大学院数物系研究科博士課程修了。理学博士。中央大学名誉教授、物質構造科学研究所・東京大学生産技術研究所客員研究員。近著に『地球はもう温暖化していない』
※R. J. Donohue et al., “Impact of CO2 fertilization on maximum foliage cover across the globe’s warm, arid enviroments” <取材・文/北村篤裕>

母の誕生日/エントロピー/クスクスとベリーダンス

ブログネタ
フランス語 に参加中!
全国水平社熊本県連合会荊冠旗

COP 21 : Manifestation tendue place de la République, plus de 200 interpellations
Des milliers de militants se sont rassemblés dimanche place de la République, à Paris, certains cagoulés et armés de projectiles. La police a procédé à 208 interpellations et 174 garde à vues.
Ce devait être un rassemblement pour ≪braver l’état d’urgence≫ et faire pression sur les gouvernements réunis à Paris pour la COP 21. De climat, il n’a guère été question dans la bouche de plusieurs centaines de personnes, venues cagoulées et masquées, et qui ont tenté d’en découdre avec les forces de l’ordre dimanche après midi sur la place de la République. La situation a dégénéré peu avant 14 heures, quand un cortège improvisé a tenté d’emprunter l’avenue de la République, derrière une banderole de plusieurs organisations anarchistes. Après un face-à-face tendu d’une vingtaine de minutes avec les CRS, les manifestants ont entrepris de faire le tour de la place, se heurtant à chaque artère à une haie de policiers.
Chaîne humaine
Parmi les slogans, ≪Police partout, justice nulle part≫, ≪Etat d’urgence, on s’en fout, on ne veut pas d’Etat du tout≫, ≪Police nationale, police du Capital≫ ou encore ≪Flics, porcs, assassins≫. Aux lancers de projectiles divers, les CRS ont répliqué par des charges et des tirs de grenades lacrymogènes, qui ont noyé la place de la République sous un brouillard âcre et piquant pendant près d’une heure. Certains des militants violents sont allés se servir sur le mémorial aux victimes des attentats pour récupérer des projectiles, bougies ou pots de fleurs. En réponse, d’autres manifestants, plus modérés, ont formé une chaîne humaine autour de la statue-mémorial pour la protéger.
Pendant ce temps, un gros millier de personnes continuait à scander des slogans pour la défense du climat, avant de s’extirper progressivement des lieux. ≪A la base, on devait marcher pour le climat, mais ça a dégénéré. On est déçus que le message climatique ait perdu de sa portée, racontent Lucas et Charlotte, deux jeunes d’une vingtaine d’années en service civique dans la région. Mais c’était important de venir, la rue est notre seul espace d’expression.≫ Peu après 15 heures, les fourgonnettes de la police ont commencé à investir la place de la République pour évacuer les manifestants encore présents.
Mais la place ne s'est pas vidée. Tandis qu'un groupe d'une cinquantaine de personnes, cernées contre un mur par les CRS, scandait ≪Plus chaud, plus chaud le climat !≫, la foule réunie tout autour entonnait des ≪Libérez nos camarades≫. Le face-à-face s'est longtemps poursuivi, jusqu'à l'interpellation au compte-gouttes peu après 16 heures. Les personnes arrêtées étaient ensuite placées dans un bus de la police. Acant 20 heures, la préfecture de police de Paris parlait de 208 interpellations et 174 garde à vue. Vers 18h30, la préfecture de police avait envoyé un mail à des journalistes accompagné d'une photo censé montré des projectiles envoyés vers les forces de l'ordre pendant la manifestation : cailloux, bougies, bouteilles, ainsi qu'un marteau.
Depuis Bruxelles, en marge d’un sommet de l’Union européenne avec la Turquie, le président français François a fustigé l’action ≪scandaleuse≫ d'≪éléments perturbateurs qui n’ont rien à voir d’ailleurs avec les défenseurs de l’environnement≫, et dénoncé des incidents ≪regrettables≫.
La journée avait commencé très tôt dans le secteur. Ainsi, dès 6 heures du matin ce dimanche, les bénévoles de l’ONG Avaaz ont installé sur la place de la République des milliers de paires de chaussures. Une action symbolisant la détermination de la société civile à faire pression sur les chefs d’Etat du monde entier, qui ouvriront lundi la COP 21. Et à peser pour aboutir à l’accord le plus ambitieux possible afin de lutter contre le réchauffement climatique. Puis, en fin de matinée, une chaîne humaine s’est mise en place entre République et Nation, réunissant des milliers de personnes. A l’origine, une manifestation devait se tenir sur ce tracé, mais elle a été annulée à la suite des attentats du 13 novembre.
La foule s’est dispersée dans le calme vers 12 h 30, tandis que des actions continuaient place de la République. Clowns activistes et autres activistes s’en prenaient notamment à la volonté des autorités de ≪museler le mouvement social≫ en interdisant les manifestations et en assignant à résidence de nombreux militants écologistes.
フランス語
フランス語の勉強?

今日は母の誕生日です.東日本大震災で亡くなってから5年近く過ぎましたが,悲しみはまだ消えていません.まだ母に甘えたいという思いがどうしてもあります.でもいつまでもメソメソしていては母も喜ばないはずです.前向きに頑張ろうと思います.
エントロピーを考えました.とても大切な考え方だと思いました.もちろんもともとは物理の熱学の中で熱力学第2法則が不可逆過程のことを説明したものですが,環境問題とか経済学とかに応用されています.大阪に帰ったらしっかり勉強しようと思いました.
夕方はモロッコレストランでクスクス.もちろん美味しいです.いきなり部屋の電気が消えて大音量の音楽が流れてきました.ベリーダンスです.異国情緒たっぷりで,大満足です.

被災の跡 タクシーでぐるり
 宮城県東部地方振興事務所は28日、石巻市のJR石巻駅を発着点に東日本大震災で被災した市中心部を巡る乗り合いジャンボタクシー「まちなか周遊号」の試験運行を始めた。観光需要を探ろうと、来年3月21日まで土、日曜日と祝日に1日4便運行する。
 コースは同駅を出発し、観光客に人気の石ノ森萬画館と日和山公園、復興の現状が分かる市復興まちづくり情報交流館中央館の3停留所を経由し、駅に戻る。萬画館から日和山公園へ向かう際、石巻魚市場や津波で甚大な被害を受けた南浜地区などを通過する。
 午前10時半に出発する第1便には、市外から人気ロックバンド「X JAPAN」の石巻ライブに訪れた人や市民ら7人が乗り込んだ。乗車前に振興事務所の正木毅所長らから記念品を受け取り、関係者に見送られて出発した。正木所長は「試験運行を通し、観光地としての石巻のニーズや駅からの2次交通の在り方を分析し、地元に提示したい」と話した。
 タクシーは定員9人で先着順。運賃は乗車1回につき500円。1周55分、日和山で15分間休憩がある。


<検証仮設住宅>去る住民 揺らぐ自治会存続
◎震災4年8カ月(3)コミュニティー
<組織率は落ちず>
 「今月に入って自治会の役員2人が転居した」
 宮城県石巻市大森の仮設住宅で自治会長を務める生出信明さん(59)が浮かない表情で切り出した。
 仮設住宅の自治会で組織する石巻仮設住宅自治連合推進会。その中央・北支部の会合が16日、市内の南境仮設住宅集会所であった。自治会長9人と推進会の事務局員がテーブルを囲んで近況を報告した。
 生出さんの自治会は副会長と会計が仮設を去り、後任が決まっていなかった。
 臨時総会を開き自治会を解散することも検討したが、全150戸の約40%の60世帯余りが今も暮らす。災害公営住宅の整備の遅れなどでこの先2〜3年残るとみられる入居者もおり、存続させることになった。
 「住む人が減れば治安面でも不安が増す。役員のなり手不足はみんなで協力して補うしかない」と生出さんは言う。
 東日本大震災の被災者が軒を連ねて暮らす仮設住宅は、新たに生まれた地域コミュニティー空間だった。自治会役員には入居者の共通課題などを解決するリーダー的役割が期待された。
 集会所や掲示板の管理、イベント企画、防犯活動やボランティアの調整などさまざまな役目を担った。
 宮城県によると、県内の仮設住宅の自治会組織率は10月末現在、近隣町内会に加入する形態も含め83.8%に達する。
 災害公営住宅の整備や住宅の高台移転が進むにつれ、仮設住宅からの退去者は増えていく。入居者は減る一方だが、組織率は2012年11月〜13年3月のピーク時(約90%)と比べてもそれほど落ちていない。
<社協が引き継ぎ>
 高い組織率と入居者減少のギャップ。しわ寄せは仮設住宅に残る被災者に降り掛かる。宮城県内の仮設住宅で4年間暮らした60代男性はあおりを受けた。入居率が5割を切っていた昨春以降、がんの治療で入院と通院を繰り返しながら、退去するまで自治会長を1年余り務めた。
 入居当初は一会員だったが、最初の役員交代で副会長を任された。同時に就任した2代目会長は昨春、次の住まいへ移った。副会長だった男性の他に担い手はおらず、会長を引き受けるしかなかった。
 年金の受給資格を満たさず、週に2日は仕事に出ていた。稼ぎの多くは医療費に消え、自治会活動を最小限に抑えても心身ともに負担がのしかかった。男性は「会長をやってもメリットはない」とこぼす。
 やはり入居者の減少が目立つ東松島市では、自治会活動が停滞しだした仮設住宅で、市社会福祉協議会が週1回のお茶会運営を引き継ぐケースが出てきた。
 市社協生活復興支援センターの千葉貴弘所長は「たとえ2〜3人のお茶会でも住民にとっては必要。孤立させるわけにはいけない」と強調する。
 仮設住宅の入居者だけではコミュニティーに目配りしきれない状況が進む。千葉さんは訴える。「市や社協など支援する側がより主体的に関わり、入居者全員が退去するまで支えていきたい」


<X JAPAN>復興支援 約束のライブ
◎ツアー幕開け/被災地の今を世界に伝える
 東日本大震災の復興を支援しようと、人気ロックバンド「X JAPAN」が28日、石巻市中心部でチャリティーライブを開いた。会場のライブハウス「石巻ブルーレジスタンス」には地元住民も招かれ、観客150人が圧巻のパフォーマンスに酔いしれた。約20年ぶりの日本ツアーの初日で、来年3月に始まる世界ツアーへのスタート場所にもなった。
 メンバー5人は大ヒット曲「紅」や「Forever Love」など8曲を披露。観客は両手で「X」をつくって跳びはね、手作りのメッセージを掲げて支援に感謝した。
 全国6都市で10公演を予定する日本ツアーは、1万人程度を収容できる大型ホールなどを回る。100人規模のライブハウスでの公演は24年ぶりという。
 会場は震災後、全国の音楽ファンが被災者を元気づけようと集めた寄付で開設された。バンドのリーダーでドラマーのYOSHIKIさんが2013年9月に来訪。スタッフに再訪を約束して今回のライブにつながった。
 「(ライブハウス開設の)話を聞いてジーンとした。何かできることはないかと考えた」とYOSHIKIさん。開始前の記者会見で「震災を風化させてはいけない。世界に現状を伝えられたらいい」と話した。ライブはインターネットの動画サイトで全世界に配信された。ボーカルのToshlさんは「心の復興には長い時間がかかる。被災者の気持ちは計り知れないが、少しでも前向きになれるようサポートを続けたい」と約束した。
 観客の半数は石巻、東松島両市、宮城県女川町の居住者を対象に抽選で無料招待された。残りのチケットはヤフーのチャリティーオークションに出品された。落札額計約2800万円は中央共同募金会に寄付され、被災地の子どもの支援に使われる。


X JAPAN、石巻で支援ライブ 世界ツアー初日 被災者を無料招待
 人気ロックバンド「X JAPAN」が28日、石巻市立町1丁目のライブハウス「ブルーレジスタンス」で東日本大震災のチャリティー公演を実施した。
 「いつかここでライブを」。復興支援で訪れた際の約束を果たし、世界ツアーの初日の舞台に選んだ。
 石巻地方の被災者を無料招待したほか、石巻市総合体育館ではパブリック・ビューイング(PV)もあった。
 世界を舞台に活躍するバンドとしては異例のライブハウス公演。メンバーのYOSHIKIさんが2013年9月、石巻を訪問した際にブルーレジスタンスに立ち寄り、ライブ開催を約束していた。
 開演前にメンバー5人が会見、YOSHIKIさんは「震災を風化させてはいけない。被災地の現状を世界に伝えるためこの場所をスタートに選んだ」と話した。
 震災直後に石巻を拠点にボランティアに取り組んだSUGIZOさんは「全身全霊で演奏し、魂をここに置いていく」と語った。
 メンバーは150人の観衆を前に迫力あるパフォーマンスを披露。「紅」「FOREVER LOVE」といった代表曲を演奏し、会場を熱狂に包んだ。
 観衆の半数は石巻地方2市1町の住民を招待。残りのチケットはオークションで販売された。売上金計約2830万円は被災地の復興支援に寄付される。
 PV会場は大型画面でライブを中継。大勢のファンや住民らが詰めかけ、ライブの熱気を共有した。


石巻・長面地区:行方不明者の家族ら、初の捜索
 東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県石巻市長面(ながつら)地区で29日、行方不明者の家族らによる初の捜索が行われた。北上川河口に面する同地区などでは、市立大川小の児童4人を含む36人が行方不明のまま。約6時間の捜索で人骨の可能性がある骨片15個が見つかり、県警が鑑定する。
 約80人が参加。寒風に身を縮めながら、ぬかるんだ地面を熊手などで掘り起こした。同地区の自宅にいた妻千鶴子さん(当時59歳)と両親が行方不明になった永沼梅夫さん(64)は「自分たちで捜せるのは最後かもしれない。家族じゃなくても、骨のかけらでも出てきてくれたら」と話した。【百武信幸】


仙台市で初霜と初氷
29日朝の宮城県内は各地で今シーズン1番の冷え込みとなり仙台市で初霜と初氷を観測しました。
仙台管区気象台によりますと29日朝の県内は上空に寒気が流れ込んだ上に晴れて地表の熱が奪われる放射冷却現象のため、各地で冷え込みました。
29日朝の最低気温は▼石巻市桃生で氷点下1度7分、▼大衡村で氷点下1度6分、▼仙台空港で氷点下1度2分などで県内22の観測点のうち15か所で今シーズン1番の冷え込みとなりました。
この冷え込みで仙台管区気象台は仙台市で初霜と初氷を観測したと発表しました。
▼仙台市での初霜の観測は平年より19日去年より10日遅く、▼初氷は平年より8日去年より10日遅くなっています。
日中の予想最高気温は▼仙台市で10度▼石巻市と白石市で9度▼大崎市古川で8度と平年より1度から3度低く寒い一日となる見込みですが30日の日中は寒気が抜け寒さはやわらぐということです。


海老名市議:「同性愛者は異常動物」のツイッター
 ◇ネット上で批判の書き込み 投稿削除し「不適切な表現」と
 神奈川県海老名市の鶴指(つるさし)真澄市議(71)=無所属・3期目=が28日夜以降、同性愛者について「生物の根底を変える異常動物」などと自身のツイッターに投稿していたことが分かった。ネット上で「差別であり人権侵害」など批判の書き込みが相次ぎ、鶴指氏は29日に投稿を削除。「不適切な表現だった」とツイートした。
 同性愛を巡る投稿は3件あり、同性愛者を繰り返し「異常」と表現。「異常人間が多くなれば人類の破滅」などとし、同性カップルを取り上げた報道を「倫理観に欠ける」と批判し、「異常人間の行動を正当化した報道はするな」とした。
 鶴指氏は29日、毎日新聞の取材に「酔った勢いで書いたが、いろいろと意見をいただき驚いた。迷惑をかけたすべての方に謝罪したい」と話した。同性愛者については「自由な社会で、法律でも規制はないので尊重しないといけないと思う。私は全然知識も関心もなく、深く考えたこともなかった」とした。【藤沢美由紀】


週のはじめに考える 安保法を問う 治に居て乱を求めず
 安全保障関連法の運用で、自衛隊と米軍の一体化に前のめりの安倍晋三首相。戦後ただ二人、再登板首相の大先輩に学ぶべき自衛隊創設の哲学とは。
 今にして思えば、今年の春先にはとっくに固まっていたのでしょう。今月の日米首脳会談で安倍首相が「検討」を公言した、南シナ海への自衛隊派遣の筋書きです。
 春先は三月下旬、神奈川県横須賀市にある防衛大の卒業式。三年連続となる訓示で安倍首相は、例年通り、卒業する海外留学生にも激励の言葉をかけました。その表現が今年一変したのです。
 インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムなど、南シナ海周辺国の出身が多い留学生に過去二年は「諸君には母国と日本との『友情の架け橋』になってほしい」。それが今年は「日本との『防衛協力』をさらに発展させる活躍を期待する」と。この時、首相の脳裏にはすでに、南シナ海で人工島を築く中国への軍事的な対抗戦略がよぎっていたはずです。
 ほどなく日米防衛協力指針(ガイドライン)の再改定で、自衛隊派遣の筋書きを確定させた日本政府は、具体化に向けて内々に検討を進めます。夏の安保国会を経て秋となり、自衛隊の活動範囲拡大の根拠となる安保法が成立。そして米軍艦による「航行の自由」作戦と、米国の出方を待ち受けたように突いて出た首相発言でした。
 しかし、国会でも国民にまともな説明がない筋書きを、根拠法の施行前から自衛隊の最高指揮官が先走って対米公約する。これほど前のめりになる必要がどこにあったのかと、甚だ疑問です。
◆日陰者として耐える備え
 そもそも、自衛隊による「平和の守り」とは何か。私たちは何度でも問い直します。
 再び先の卒業式です。首相は訓示で「平和国家」論にも触れ、自衛隊、防衛大創設の「父」吉田茂元首相が、防衛大一期生に託した言葉を引用しました。「治(ち)に居て乱を忘れず」。太平の世にあっても乱世になった場合の準備を忘れない−と辞書にはあります。
 大学の同窓会報などによれば、一九五七年二月、卒業を控えた一期生三人が、アルバム作成の相談で神奈川県大磯町の吉田邸を訪ねました。彼らへ贈る色紙に元首相がしたためた「居於治不忘乱」がこれです。色紙の揮毫(きごう)を銘板に写した石碑がいま、防衛大本館前に据わります。
 吉田氏は一期生たちと別れ際、こんな話をしました。「自衛隊が国民から歓迎され、ちやほやされるのは、災害や武力攻撃を受けて国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけだ。君たちが日陰者である時の方が国民や日本は幸せなのだ。耐えてもらいたい」
 これをなぞれば、吉田氏にとっての「治に居て乱を忘れず」は、日陰者として耐えながら有事に備える鍛錬を怠るな、と文字通り自衛隊員の矜持(きょうじ)でしょうか。
 しかし、安倍首相の受け止め方は、少し違ったようです。
 訓示で首相は「戦後、平和国家の実現は自衛隊の創設、日米安保条約の改定、国連平和維持活動への参加と、国際社会の変化に向き合い果敢に『行動』してきた成果だ」と持論を畳みかけました。
 要するに首相にとっての「乱を忘れず」は「行動」による備え。続けて、自身が目指す「行動」とは「グレーゾーンから集団的自衛権まで切れ目のない対応を可能とする法整備だ」と。つまり安保法そのものでした。
 安保法は突き詰めれば、日米同盟の強化で備える「平和の守り」ですが、問題は運用です。自衛隊の南シナ海派遣が果たして平和への備えになるか。むしろ不測の事態を招きかねず、言うなれば、治に居てわざわざ「乱を求める」ことにならないでしょうか。
 ここはやはり、入念な国民的議論が必要です。そこで忘れてならないのは、これら首相の前のめりが、もとは一内閣の解釈改憲に端を発していることです。
 占領下に米国の圧力を受けつつも、日米安保体制に日本復興の道を見いだした吉田茂元首相は、自衛隊と平和憲法との整合性維持に腐心しました。吉田氏の自著『回想十年・下巻』(中公文庫)に残る改憲論が、今に響きます。
◆一内閣の問題ではない
 「憲法改正のごとき重大事は一内閣や一政党の問題ではないのであり、相当の年月をかけて検討審議を重ねた上、国民の総意を体しあくまで民主的な手続きを踏んでこれに当たらねばならない」
 何かと前のめりな安倍首相の安保法運用を見定めるに当たって、私たちが常に立ち返るべき原点もここにあります。


逆転無罪判決!オウム元信者・菊地直子さんの手記を公開します
11月27日に出された元オウム信者・菊地直子さんの逆転無罪判決には驚いた人が多かったと思う。1審の裁判員裁判の懲役5年という有罪判決を、2審でプロの裁判官がひっくり返したわけで、裁判のあり方をめぐる議論も起きている。たぶん週刊誌などにもこの判決に疑問を呈する記事が出るだろう。そこでここでそれについて書くとともに、菊地直子さんが『創』8月号に書いた手記を公開しよう。
私のところへも判決について取材が入り、TBSの11月30日放送の「白熱ライブ・ビビット」の取材には応じた。そこで『創』の手記を引用したいという申し出があったので、公に刊行されたものなので出典を明記して引用はどうぞ、と応じた。ただ考えてみると、たぶんテレビなどの引用は一部を抽出してなされるので、彼女の真意が伝わらないと困るなと思い、このブログで彼女の手記全文を公開しようと思い至った。この手記を読むと、彼女の訴えていたことがよくわかるからだ。
手記の中でも書いているが、彼女はマスコミに対して相当強い不信感を抱いており、たぶん今後もマスコミのインタビューなどに応じることはないと思う。その意味では『創』に書いたこの手記が、彼女が直接社会に訴えた最初で最後の機会になるかもしれない。
その手記の前に今回の高裁判決について私見を少し書いておきたい。これはいろいろな意味で大きな問題提起であり、まずは裁判官のプロの法律家としての見識に敬意を表したいと思う。かつて「ロス疑惑」事件の三浦和義さん(故人)への無罪判決が出た時のことを彷彿とさせる。つまり、社会的イメージにとらわれず、法律に則って裁くという意志が感じられるのだ。
実は私も5月に最初に菊地さんに接見した時、彼女が控訴したのは1審の懲役5年という量刑が重すぎるという意図かと思ってそう率直に尋ねたのだが、彼女からはいやそうでなく無罪を争っているのですよ、と言われた。その後私も裁判を傍聴して審理の中身を理解するようになったのだが、特別指名手配され17年間も逃亡していた彼女への世間のイメージには「無罪」という言葉はありえなかったと思う。1審の裁判員たちもそうだったと思われる。
ただそれは恐らく社会の側のある種の先入観なのだと思う。裁判員裁判は、裁判に市民感覚を取り入れるという趣旨で私もその趣旨には賛同するが、同時にそれはある種の社会的イメージも入り込むことになる。菊地さんが接見の時に、いまだに自分に対して何か死刑相当の凶悪犯というイメージで捉えている人が多くて驚いてしまうと言っていた。彼女の特別指名手配の容疑はサリン製造に関与した殺人及び殺人未遂で、17年間、マスコミはずっとそう報道し続けてきた。彼女は今年に入ってようやくそういうマスコミ報道をただそうと、週刊誌に抗議文を送ったりしていたのだが、実はサリン事件関連では彼女は起訴もされていない。だから捜査側も相当ずさんなのだが、オウムに関連したこととなるとそういうずさんさも許容されるという社会的風潮があった。
今回、改めて菊地直子さんの裁判についての論評を検索してみたら、菊地さんの捜査のひどさをほかならぬ江川紹子さんが指摘していた。オウムをずっと追い続けてきた江川さんが論評するとすごく説得力があるので、興味ある方は下記をご覧いただきたいが、その江川さんの指摘が今回の判決では現実のものになったといえる。
http://blogos.com/article/44492/
今回の高裁判決の評価をめぐる議論はこれからなされると思うが、これは同時に、裁判員裁判による市民感覚を反映させた法廷と、プロの法律家による法解釈と、それぞれどこにメリットデメリットがあるかという大事な問題を提起しているのかもしれない。判決の報道のしかた自体、メディアごとの評価が見出しの立て方その他に反映されている。
たぶん世間の大方の受け止め方は、無罪なのだったらなぜ17年間も逃亡していたのか、という疑問だろう。ただ、私も彼女の手記を掲載し、何度か接見して話しているうちに理解できたのだが、実は順序があべこべなのだ。彼女の手記にある通り、もともとサリン事件に直接関与するような幹部でも何でもなかったのに、突然、1995年5月16日にサリン事件の殺人・殺人未遂容疑で逮捕状が出されたことから話は始まる。幹部の林泰男死刑囚らが逃亡を決めた時に、同じ逮捕状が出ていたので彼女も一緒に逃亡した。彼女にしてみれば身に覚えがないのにそうなってしまったわけだ。
じゃあ、どうして17年間も出頭しなかったの?という疑問は当然湧くだろう。彼女も思い悩んでいたらしい。私も接見の時に、弁護士さんにでも相談すれば絶対に出頭した方がよいと言われたと思う、と彼女に訊いてみたが、彼女の返事はこうだった。そんな相談をする相手はいなかった、と。確かに殺人容疑で指名手配されたら、怖くて誰かに相談することなどできなかったかもしれない。そのへんの心境も彼女は手記に書き込んでいる。
今回の判決で、彼女は再び教団に戻るのかなどとネットに書いている人もいるが、これも手記にある通り、彼女は逃亡を続けたことで教団からも除名処分になっている。もう帰る場所がなくなったまま、17年間、漂流を続けたのだ。 
彼女がマスコミ不信に陥っていると前述したが、彼女に聞いてわかったのは、これまでのマスコミ報道が相当間違っていることだ。例えばこれは極めて重要な点なのだが、彼女がオウム教団に入ったきっかけは、陸上競技で脚を痛めてヨガ道場に通い始めたということで、これはもう定説になっているのだが、接見の時に彼女は、それは全く違うんです、と言っていた。その定説自体がいったいどういう根拠に基づいているのか、今となってはわからないが、マスコミはいまだにそう報じている。そのほかにも週刊誌が大々的に報じているいわゆる菊地ノートの解釈についても、彼女は、あそこが違う、これが違うと指摘していた。考えてみればマスコミが相当量報じている菊地直子伝説は、伝聞や推定による部分がかなりあるらしいのだ。
しかし、彼女はそういうものにいちいち、自分のプライバシーをさらしてまで応える気はないようだ。逃亡中の生活についても、お世話になった人に迷惑がかかるのでいっさい話す気はないと言っていた。
ついでに言っておけば、彼女が逮捕された時に同居していた男性についても、今回の判決後、マスコミが一斉に取材をかけたようで、彼の娘にまで取材が来るような事態に当事者たちがみな怒っているという。菊地直子さんの逮捕を機に別れた男性にまで集中的に取材をかけるというのは、批判されている「集団的過熱取材(メディアスクラム)」そのものだ。新聞・テレビは一過性だから3日もすれば収まるが、これから週刊誌がそれに続く可能性があるので、それについても当事者たちが迷惑だと怒っていることをお伝えしたい。私は『創』の菊地手記掲載後、その男性から連絡をもらいいろいろ話す機会も得たが、いまだに取材が殺到していると聞いて気の毒になった。
以上、現状での感想を記したが、実は私自身、ここまですごい判決が出るとは予想しておらず、菊地さんとはしばらく連絡をとっていなかった。判決が出て落ち着いたらまた接見しようと思っていたのだが、接見どころか一気に釈放までなされてしまった。この急展開にはただ驚くばかりだ。
では、『創』8月号に掲載された菊地直子さんの手記を掲載しよう。今から読み返すと、なかなか重要な示唆をたくさん含んだ内容といえる。なおこの手記は『週刊新潮』への提訴を決めたという話で終わっているのだが、その後接見した時に確認したら、手続きに時間がかかって提訴はまだしていないとのこと。そうするうちに今回の判決になったわけだ。

「走る爆弾娘」と呼ばれた非日常すぎる状況
「過去のオウム裁判の記録を見ても、菊地さんの名前がほとんど出てこない。菊地さんはサリンの生成には関与していないのではないか」
接見室で国選の弁護人の先生からそう言われたのは、私が平成24年6月3日に逮捕されてから、それほど経っていないある日のことでした。
「えっ、そうなんですか?」
私は全国指名手配されて逃げているうちに、自分が地下鉄サリン事件で使われたサリンの生成に、なんらかの形で関与してしまったのだろうと思いこんでしまっていました。しかし、よくよく思い出してみると、指名手配になった当時は「なんで私が?」「幹部と言われている人達とたまたま一緒にいたからかなあ?」などと思っていたのです。
後になってから、「あの作業がサリンと関係していたのだろうか?」と考えてみましたが、私と一緒にその作業をしていた人は、地下鉄サリン事件では逮捕されていません。「薬事法違反」で起訴されているだけでした。「それでは何が?」と考えても他に思いつきませんでした。結局、何がサリンと関係していたのかがはっきりしないまま、私は17年も逃げ続けてしまったのです。
先生に「サリンの生成には関与していないのではないか」と言われて、ようやく気付いたのです。「ああ、私はサリンの生成には関わってなかったんだ。何がサリンと関係していたのかがわからなくて当たり前だったんだ」と。
私に地下鉄サリン事件の殺人・殺人未遂容疑で逮捕状が出たのは平成7年(1995年)5月16日のことです。地下鉄サリン事件が起きたのは、同年の3月20日のことです。事件が起きた直後、教団への強制捜査がせまった為に私が林泰男さんと逃走を始めたとか、八王子市内のマンションで潜伏していたなどの報道が一部でされていますが、それは正しくありません。逮捕状が出る直前まで、私は強制捜査の行われている山梨県上九一色村のオウム真理教の施設内で普通に生活をしていました。こんな事件を教団が起こすはずがないと思っていた私は、この騒動も直に収まると考えていて、まさかその後自分に逮捕状が出るなど夢にも思っていなかったのです(逃走生活が始まってからも、しばらくの間、私は地下鉄サリン事件は教団が起こしたものではないと信じていました)。
林泰男さん達との逃走が始まったのは、逮捕状が出た直後の5月18日のことです。逮捕状が出る直前に中川智正さんに東京都内に呼び出されていた私は、5月17日に都心の某マンションに行くように中川さんから指示をされました(中川さんはその指示を出した直後に逮捕されてしまいました)。マンションに一晩泊まった次の日に林さんがやってきました。お互い相手の顔と名前は知っていましたが、話をしたことはありません。
「じゃあ、行こうか」
と林さんに声をかけられ、
「どこに行くのかな?」
と思いながら、彼と一緒にマンションを出たのが、17年にわたる逃走の始まりとなりました。
逃走が始まったばかりの頃は、突然身に覚えのないことで全国指名手配になるという、あまりにも非日常すぎる状況に、現実が現実として感じられず、まるで映画の世界の中に迷い込んでしまったかのように感じた記憶が残っています。
しばらくして、TVで私が「走る爆弾娘」と呼ばれるようになりました。自分が地下鉄サリン事件で指名手配になった時もそうでしたが、全くの寝耳に水の出来事です。上九一色村にいた時に、中川さんに頼まれて八王子のマンションに薬品を運んだことがあったのですが、それが爆弾の原材料として使われたらしいということにこの時初めて気が付きました。
「大変なことになった。じゃあ、やっぱりサリンの生成にも関わったのだろうか?」。そうは思っても、出頭する勇気は出ませんでした。「きっと『知らなかった』と言っても信じてもらえない。私は地下鉄サリン事件の犯人として裁かれてしまうんだ」。そう思いこんでしまったのです。
私は高校卒業後、18歳の時にオウム真理教に出家しました。両親との関係はとても悪く、実家には絶対に戻りたくないと思っていました。一方、指名手配されて1カ月ぐらい後のことだったと思いますが、教団の「出頭するように」という呼びかけに応じなかった為、上祐史浩さんに除名処分にされてしまいました。私には帰る場所が無くなってしまったのです。これは、私がその後17年逃げ続けてしまった一つの要因にもなりました。
紆余曲折の17年の末、私はとうとう逮捕されてしまいました。警察につかまれば暴力をふるわれてでも嘘の自白をさせられると思っていた私は、取調官の応対が思いの外、紳士的に感じられました。
「なんだ。こちらの言い分もちゃんと聞いてくれるんだ」
私の供述の都合のよい部分だけがマスコミに流されていることを知らなかった私は、不覚にもそう思ってしまいました。
しかし、その思いは突然裏切られることになりました。
「地下鉄サリン事件について、まだ何も話していないじゃないか! まだ話していない事があるだろう!」
それまで穏やかだった取調官の態度が豹変し、私は怒声を浴びせられたのです。私を睨みつけるその目はまるで氷のようでした。
その瞬間、私の頭の中でいろんな思いが交錯しました。「地下鉄サリン事件についてと言われても、心当たりのありそうなものについてはもう話したのに。他に何を話せと言うのだろう?」「初日に『知らなかった』と話した時は信じてくれているように見えたのに」「『知らなかった』のだから、何が地下鉄サリン事件と関係があるかなんてわからないのに」「やっぱり信じてもらえないんだ」「17年間、『どうせわかってもらえない』と思っていたのは正しかった」「少しでも『わかってもらえるかも』と期待した私が馬鹿だった」……。
私は取調官に心を開きかけていたことを後悔しました。そしてこう言ったのです。
「『何も話していない』と言うのなら、もう本当に何も話しません」
そして二度と言葉を発することはありませんでした。
結局、私は地下鉄サリン事件では処分保留となり、起訴される事はありませんでした。続いて逮捕されたVX殺人事件でも処分保留になりました(この事件については、自分に逮捕状が出ていることすら知りませんでした)。そして、最後に逮捕された都庁小包爆弾事件で起訴されたのです。
起訴されて、湾岸署の留置所から東京拘置所に移った後、私は弁護人の先生が言っていた事が正しかったと知ることになりました。関係者の膨大な供述調書と裁判調書が差し入れられたからです。どのぐらい膨大な量かというと、ファイルにとじて30センチぐらいに平積みしたものが7山です。しかも、これは表と裏にそれぞれ調書4ページ分を縮小コピーしているので、実際には8倍の量です。つまり全部積み上げると、16・8mもの分量ということになります。このうち私の事に触れられているのはほんの一部なのですが、関係者の全ての調書を検察に開示請求したところ、このような量になってしまったのです。これらの調書から、私がサリン生成に関わっていないのは明らかでした。
また、厚生省(当時の教団の部署名)のメンバーのうち3人(私を含めると4人)が、地下鉄サリン事件で逮捕された後に釈放されていたこともわかりました。恐らく警察は事件の早期解決を図って、証拠が揃っていない人物にまで逮捕状を出したのでしょう。この3人はすぐに逮捕された為、私のように指名手配になることもなく、釈放されたことも大きく報道されていなかったので(もしくは全く報道されなかったのかもしれません)、私はその事に全く気付かなかったのです。もし気付けていれば、自分がサリン生成に関わっていなかったことにも気付けたかもしれません。
しかし、全ては後の祭りでした。「どうすることもできない」と私はあきらめてしまっていました。
逮捕されて約2年後の昨年の5月、私の裁判(都庁小包爆弾事件)が始まりました。この裁判の一審では、私が教団内でどのような活動をしていたのかが詳細に審理されました。つまり私がサリン生成に関与していないということが明らかにされたのです。
そして同年6月30日、私は懲役5年の有罪判決を受けました。起訴時の罪名は爆発物取締罰則違反ほう助と殺人未遂ほう助でしたが、爆発物を製造し使用することについては認識が認められず、ほう助罪は成立しないとされ、殺人未遂ほう助のみが認定されました。私はこれを不服として即日控訴しました。
この一審の有罪判決直後に、私はある報道を知ることになり、自分が今だに地下鉄サリン事件の犯人であると世間から認識されていることに気付きました。私は狐につままれたように感じました。私は地下鉄サリン事件では起訴されていません。加えて、サリン生成には関与していないことが裁判で明らかになったばかりです。傍聴席にはマスコミの専用席が設けられており、その席が割り当てられた司法記者クラブの人達は、私の裁判を通しで傍聴しているはずです。であるのにかかわらず、なぜ私が地下鉄サリン事件に関わったかのような報道が、その裁判の直後に流れるのでしょう。
裁判で有罪判決が下されたことのショックに加え、私はただただ失望を感じることしかできませんでした。
控訴審の準備を進めていた昨年の終わり頃、私は創出版・篠田編集長の『生涯編集者』という本を拘置所内から購入しました。その中に「ロス疑惑」で有名になった故・三浦和義さんの記事が載っていました。なんと彼はマスコミ相手に約500件もの裁判を起こし、そのほとんどに勝訴したというのです。初めてこれを読んだ時、「ふ〜ん、すごいね」とは思いましたが、他人事でした。自分にこんなことができるとは想像できなかったのです。
ちょうどその頃、私は両親との関係に悩んでいました。両親は定期的に面会に来てくれていましたが、私には両親が自分をコントロールしようとしているようにしか感じられず、面会の度に強い恐怖を感じていたのです。
「いったい何がこんなに恐怖なのだろう?」
この状態から抜け出したくて、私は幼少期の体験まで思い起こして、必死にその原因を探ろうとしました。そしてやっと、無意識的にある思考パターンに陥っていることに気付いたのです。そのパターンとは、「話してもどうせわかってもらえない」「わかってもらえなくて傷付くだけ」、だから「最初から話さない」、もしくは「一度話してだめだったらすぐにあきらめてしまう」というものでした。
そのことに気付いた時、私は初めて、傷つくことを恐れずに自分の思っている事を相手に伝えようと思いました。そう決意して面会したところ、それまでは全く伝わらなかったこちらの意思がすんなりと相手に伝わったのです。それは劇的な変化で、いったい何が起きたのかと呆然としてしまったほどです。
この時、伝わらなくて困っていたのは「週刊誌は読まないから差し入れないでほしい」という些細な内容でした(私の記事が載っていたわけではないのですが、読みたくなかったのです)。「入れないで」と言っているのに、「外の情報がわかった方がいいから」と親が差し入れをやめてくれなかったのです。しかし、私がそれをうまく断れないのは、「断ると相手に悪いから」という相手を思いやる気持ちから来るのではなく、「自分が傷付きたくない」という理由でしかなかったことに気付いたとたん、状況が一変したのでした。これ以降、親に対して「伝わらない」と感じることがどんどん少なくなっていきました。
この体験を機に、私の中で世界の見え方が徐々に変化していきました。この世の現実というのは、心が作り出しているのではないかと思うようになったのです。親との関係で言えば、「親にわかってもらえない」という現実が先にあるのではなく、「傷付きたくない」「どうせわかってもらえない」という否定的な想念が先にあり、その想念が心に壁を作り、その壁が言葉を遮断し、言葉を発しているのにもかかわらず「伝わらない」という現実を生み出していたのではないかと思ったのです。
そこで初めて、私にも三浦和義さんと同じことができるのではないかという思いが湧いてきたのです。三浦さんの著書『弁護士いらず』(太田出版/現在絶版)には、「きちんと話せばきっと理解してくれる、という思いがあった」など肯定的な言葉が何度も出てきます。
「私と正反対の考えで生きている人だったんだなあ。きっとこの信念こそが高い勝訴率を生み出した原因に違いない。私はずっと『どうせわかってもらえない』と思いこんでいた。その思いこみが、犯人とされることに甘んじる結果につながっていたのではないか。このままでは誰も真実を報道してくれない。だったら自分から声を上げよう。必ずわかってもらえると信じた上で、きちんと説明すれば、きっと今の現実を変えることができる。その過程で傷付くことがあったとしても、それでもかまわない」
私は次第にそう思うようになったのです。
私はそれまで、マスコミに対する極度の不信感から、徹底的に自分の報道から目を背けてきました。弁護士の先生との会話で自然に入ってきてしまうものはありましたが、特に週刊誌や新聞など紙媒体のものは、逃走中も含めてほとんど目にしていないのです。
私は初めてこれらと真正面から向き合う決意をしました。今までの自分の報道に全て目を通そうと考えたのです。そしてもし間違った報道があったならば、きちんと抗議をし、それでも間違いを認めてもらえないならば、法廷という公の場で第三者にきちんと判断をしてもらおう。そう思ったのです。
果たして裁判官が公正な判断をしてくれるだろうかという不安はありましたが、「最初から100%の結果が出なくてもいい。最初は10%か20%ぐらいしか伝わらなかったとしても、あきらめなければきっと伝わる。それに、何も行動を起こさなければ0%だけど、10%でも20%でも伝われば意味がある」と思ったのです。それは、自分の刑事裁判の体験から生じた思いでもありました。判決は「有罪」でしたが、裁判を傍聴していた(面識のない)方から、「本当に知らなかったんだなと思った」「(私の)証言に説得力があった」等のお手紙を頂いていたのです。
「裁判官には伝わらなかったけど、一部の人達には確実に伝わったんだ」
この体験は、「どうせわかってもらえない」と感じたことについては、最初から話さない癖のある私にとって、大きな成功体験になったのです。
私はまず最初に週刊誌の記事を集め始めました。案の定、事実無根の記事ばかりでした。想定していたとはいえ、あまりにもひどい内容に意気消沈しましたが、気を取り直し、その中でも特にひどかった『週刊新潮』『週刊文春』『週刊実話』の三誌に内容証明郵便を送りました。
いち早く回答が返ってきたのは『週刊新潮』でした。その回答書の内容は抗議した記事の内容以上にひどいものでした。私はサリン生成に関わったと断定する記事を載せられたことと、最高で無期懲役もあり得るなどという量刑予想を載せられたことについて主に抗議をしたのですが、『週刊新潮』は、「サリン製造に関わった」と表現することには何ら問題がないと主張し、その根拠として、「(私が)土谷正実実さん率いる第二厚生省に移った事」と「第二厚生省の拠点である『クシティガルバ棟』でサリンが製造された事」を挙げてきました。そして、サリンがクシティガルバ棟で製造された事は、過去のいくつかのオウム裁判で事実として認定されていると主張してきたのです。
しかし、私の手元にある関係者の裁判記録では、クシティガルバ棟でサリンが生成されたのは、「93年(平成5年)12月〜94年(平成6年)2月」です。これより後にクシティガルバ棟でサリンが生成されたという記録は一切ありません(95年3月に教団内でサリンが生成されたことがあったようですが、クシティガルバ棟とは別の施設でのことです)。一方、『週刊新潮』は記事の中で、「94年半ば、オウムが省庁制を定めた頃、『達成部』(私が所属していた部署名)は自然消滅。菊地は土谷正実率いる第二厚生省に移り、サリンの製造に関わるようになる」と、私が第二厚生省に移ったのは「94年半ば」だと明記しているのです。さらに回答書の中で「クシティガルバ棟は部外信者の立ち入りが禁じられた上」と書いています。サリンが作られた時期である「93年12月〜94年2月」に「達成部」に所属していた私が、いったいどのようにして、部外信者の立ち入りが禁じられていた「クシティガルバ棟」で、サリン生成に関与することができたのでしょうか?
『週刊新潮』は、私が第二厚生省に移った時期については調べることができたのに、「クシティガルバ棟」でサリンが作られた時期については調べることができなかったのでしょうか? 私の手元の裁判記録では、「クシティガルバ棟」でサリンが生成されたことと、その「時期」については、セットで記録されています。『週刊新潮』がその「時期」について、裁判記録を調べはしたけれども見落としてしまったのか、それとも見たけれども見なかったことにしているのか、もしくはそもそも裁判記録など調べていなかったのかはわかりません。そのいずれであったとしても、きちんと裏付けを取らずに「(私が)サリン製造に関わった」ことを記事にしたのは明らかです。
さらに『週刊新潮』は、「小誌は貴殿が、サリン製造の認識を持って、この作業に従事していたものと確信しております」と私を犯人であると確信していると述べた上、私がこのような抗議文を送り付けてくるのは「一連のオウム事件への反省がないことの証左」だとして、私を激しく非難してきたのです。
私はこれを読んでおかしいと思いました。もし私が実際にサリン生成に従事していてこのような抗議を行ったのなら、確かに「反省していない」と言われても仕方ありませんが、この件については完全な冤罪なのです。自分のやっていないことについて「やっていません」という権利すら、私にはないと『週刊新潮』は言うのでしょうか? 私はどんなに長くても、あとたった数年で外の社会に放り出されます。地下鉄サリン事件の犯人だというレッテルを貼られた上、社会でそれを否定することすら許されないとしたら、私はどのように生きていけばよいのでしょうか。私は『週刊新潮』に「お前には生きる権利がない」と言われているように感じました。
この回答書を呼んで深く傷ついた私は、声を上げて泣き出してしまいました。拘置所の職員さんが心配して声をかけてくれましたが、それに対して返事もできなかったのです。
以前の私なら「やっぱりわかってもらえない」と、ここであきらめてしまっていたでしょう。しかし、私は「あきらめない」と固く心に決めていました。こちらが冤罪であることを主張しても、相手側がきちんとした事実確認を行わないままに私を犯人だと決めつけ続けるのであれば、訴訟を起こすしかありません。
しかし、私はここで壁にぶち当たってしまいました。私は三浦さんにならって、マスコミ相手の民事訴訟を弁護士をつけずに本人訴訟という形で行おうとしていました。それが突然、あまりにも無謀なことのように思えてきたのです。抗議文を出しただけで、これだけ激しく攻撃されるのです。新潮社を訴えたとして、はたしてたった一人で最後まで闘えるのだろうか? と不安になったのです。
仮に弁護士に代理人を頼むとしたら、刑事裁判でお世話になっている先生に頼むのがベストです。他の先生に頼む場合、私がサリンの生成に関与していないことを一から説明しなくてはいけないからです。しかし、刑事裁判だけでも大変なのに民事までお願いしてよいのだろうか? 私はそう感じていて、「民事訴訟を起こすかもしれません」とは伝えていたものの、内容証明を出したことや、ひどい回答書が届いたことまでは説明していませんでした。
「どうしてもあきらめたくない」という思いのもと、法律関係の本をひっくり返しながら、自ら訴状等書き上げてみましたが、どうしていいものか悩んでいるうちに数週間が経ちました。
そして、今年の5月1日のことです。弁護人の先生が飛んできました。
「菊地さんが内容証明を出したことが『週刊新潮』の記事になっているんですが……」
『週刊新潮』は、私が抗議文を出したことを、本誌の記事上でも批判してきたのです。その記事には、「届かぬ被害者の言葉」という見出しのもとに、「被害者の重い言葉を踏みにじる」などと書かれていました。私としてはそんなつもりは全くありません。事実を事実として正しく報道してもらいたかっただけなのです。私はこの記事にも大変落ちこみましたが、結果としてこれがきっかけとなり、刑事裁判でお世話になっている先生に民事訴訟の代理人となって頂ける運びとなりました。
こうして私は新潮社を訴えることになったのです。
http://www.tsukuru.co.jp
篠田博之

元オウム菊地さんに無罪!!/小牧の田縣神社がスゴイ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
καλημέρα σας2

Le Japon va reprendre la pêche à la baleine dans l’Antarctique
Le Japon a annoncé son intention de reprendre la pêche à la baleine dans l’océan Antarctique d’ici la fin du mois de mars 2016, après plus d’un an d’interruption. Vendredi, le service japonais des pêcheries a informé la Commission baleinière internationale (CBI) que cette campagne reprendrait dans le cadre d’un plan révisé qu’elle estime raisonnable. Le plan prévoit 333 prises, soit une réduction des deux tiers.
Le Japon avait pourtant stoppé ses campagnes annuelles de chasse dans l’océan Antarctique après le jugement rendu en mars 2014 par la Cour internationale de justice (CIJ). Saisi en 2010 par l’Australie avec l’appui de la Nouvelle-Zélande, le tribunal onusien avait donné raison aux plaignants qui reprochaient à l’archipel nippon de maquiller une activité commerciale en programme de recherche.
Le Japon a entamé ce qu’il qualifie de pêche scientifique à la baleine en 1987, un an après l’entrée en vigueur d’un moratoire international sur la pêche du mammifère marin. Le Japon estime que la consommation de baleine fait partie de sa culture alimentaire et que la plupart des espèces de baleine ne sont pas en danger.
フランス語
フランス語の勉強?

名古屋に来ました.新聞を見ると元オウムの菊地さんに無罪判決が出たと一面に大きく載っていました.今まであまり興味なかったけど,新聞を読んで彼女に無罪判決が出てとてもよかったと思いました.
モーニングは小倉トースト.名古屋.
でも名鉄でちょっとお出かけ.小牧市の田縣神社に行きました.珍スポットだそうですが,スゴイです.
瀬戸市に少し行ってからランチはウィグル料理で平らな辛い麺です.新疆ウイグルはouïghoure du Xinjiangかな?麺はラグマンlā miànです.
桜山で少し勉強してから津島市に行ってみました.津島神社行ってみたかったんですが,今回はパス.
名古屋に戻ってフィリピン料理を食べてから,円頓寺商店街をぶらぶらしてホテルにチェックインしました.

<X JAPAN>被災者支援ライブ PVも
 人気ロックバンド「X JAPAN」は28日、東日本大震災で被災した石巻市で復興支援のチャリティーライブを開くのに合わせ、市総合体育館で無料のパブリックビューイング(PV)を実施する。
 アリーナのステージに巨大スクリーンを設置し、音響機器も搬入。ライブハウス「石巻ブルーレジスタンス」での公演を生中継する。体育館はアリーナと2階で計約3000人を収容できる。全て自由席で座席、立ち見が半数ずつの予定。午後3時開場、同4時開演。
 収益を被災地支援のため寄付するライブで、チケット150枚は完売。購入できなかったファン向けにPVが企画された。主催者は公共交通機関での来場と上履き持参を呼び掛けている。


XJAPAN被災地ライブ
被災地の復興を支援しようと人気ロックバンドの「XJAPAN」が石巻市でライブを行い詰めかけた多くのファンで盛り上がりました。
28日はライブに先立って「XJAPAN」のメンバーが石巻市の亀山市長や地元の高校生とともに記者会見しました。
この中でリーダーのYOSHIKIさんは「以前、石巻を訪れたときにここで必ずライブをすると約束しました。被災地の現状を伝えて震災の風化を防ぐとともに音楽の力で少しでも元気になってほしい」と話しました。
続いて、石巻市の高校生が「暗くなりがちなみんなのために僕たちもバンドを組んでいます。XJAPANの人たちが同じ気持ちで来てくれて嬉しいです」と話しました。
会場のライブハウスには無料で招かれた被災地のファンを含む150人が集まったほか会場に入れなかった人のために市の総合体育館ではライブ映像を映し出すパブリックビューイングも行われました。
体育館に集まったおよそ1000人のファンは曲に合わせて歌を口ずさんだり手を振ったりして盛り上がっていました。
訪れた32歳の女性は「石巻に来てくれてありがたいです。ファンの人も他県からたくさん来ているので被災地の現状を見て帰って欲しいです」と話していました。


<検証仮設住宅>広さや性能復興意欲を左右
◎震災4年8カ月(2)住環境
<築4年劣化進む>
 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県には約5万3000戸の仮設住宅が建設された。10月31日現在の入居戸数は3万1295。いまだに6万5000人近くが仮住まいを続ける。
 家を失った被災者にとって仮設住宅は生活再建の出発点。一時的な住まいとはいえ、居住環境は再起に向けた意欲を左右する。
 実態はどうか。標準の広さは1戸29.7平方メートルで4畳半4部屋分。家族で暮らすには手狭だ。暑さ寒さ、結露、かび、隣室から漏れる音…。居住者はさまざまな不満を口にする。
 最長2年3カ月の入居期間は延長され、ほとんどの仮設住宅は築4年を超えた。劣化も進む。
 岩手県では10月末までに仮設の不具合に関する苦情が2万4513件あった。福島県が実施した修繕は7月末で7989件に及ぶ。宮城県は苦情、修繕の全体数を把握していないが、2014年度末までに支出した維持管理に関する補助金が1952件に上る。
 全国のプレハブリース会社や住宅会社でつくるプレハブ建築協会(プレ協)が、仮設住宅建設の主力となる。47都道府県と災害時の協定を結んでおり、震災では3県で4万2928戸、全体の約8割を建てた。
 居住性の追求について、専務理事の合田純一さん(60)は受動的な協会の立場を説明する。「コストや工期に跳ね返る。発注側の行政がどう判断するか。最終的には国民のコンセンサスの問題になる」
 仮設住宅の基準は内閣府の告示に定められている。県と国が協議し、地域事情に配慮した仕様が決まる。
 断熱材の増量や窓の高性能化などを施せば、居住性は向上する。合田さんは「事前の取り決めがあれば、請負側として応える。平時の準備が大切」と語る。
<木の温かみ好評>
 震災では木造を中心に多様な仮設住宅が登場した。被害規模が甚大だったためプレ協単独では供給しきれず、公募で決まった各県の地元業者が独自の設計で約1万戸を建設したからだ。
 建築事務所のはりゅうウッドスタジオ(福島県南会津町)は県内の仮設住宅約1400戸の設計、配置に関わった。その一つ、本宮市の恵向公園仮設団地には県産杉を使ったログハウス型の137戸が並ぶ。
 「床も壁も木で温かみがある。避難者仲間からは『この仮設が一番』と言われる」。同県浪江町から避難する井上悦子さん(61)は住み心地を高く評価する。
 事務所を主宰する芳賀沼整取締役(57)は「仮設住宅はどうあるべきか根底から考えた。コスト、性能、再利用まで含めた仮設住宅の建築的発展を目指す努力を業界全体がしなければならない」と主張する。
 地震、津波以外に洪水、噴火、竜巻と日本列島を取り巻く災害は多様化、頻発化する傾向にある。原発事故で古里を追われ、いわき市の高久第十仮設住宅で暮らす楢葉町の高木昌〓さん(79)は「住まいを失う可能性は誰にもある。仮設の居住性を自分の問題として考えてほしい」と訴える。
〓=棋の木ヘンが示ヘン(ネ)


<検証仮設住宅>長期入居 初動から想定を
 仮設住宅の住環境をどう考えるべきか。東日本大震災の発生当時、岩手県建築住宅課総括課長として、仮設住宅の建設に当たった大水敏弘氏(45)に聞いた。国土交通省出身で現在は同県大槌町副町長。仮設住宅から通勤し、被災地の復興に取り組む。
 2013年4月から仮設住宅に暮らしている。プレハブ建築協会(プレ協)の規格建築部会が建設した最も一般的な仮設だ。無料のアパートと思えば十分だが、床の寒さはこたえる。
 地元業者の木造仮設住宅は居住性が一般的に高い。建設戸数が少ない災害の際は、工期が若干長いが有力な選択肢だ。大災害では供給力、迅速性に富むプレ協の規格部会が頼りになる。
 プレ協の仮設でも規格部会と住宅部会で、居住性に相当差がある。特に断熱性、遮音性はもう少し埋める努力をお願いしたい。1戸当たりの面積は広くすると、必要戸数分の用地確保が難しくなる問題がある。
 仮設住宅の満足度は住居の性能だけでは決まらない。人間関係や利便性、コミュニティー形成の促進、福祉支援など総合的な要素が関わってくる。
 仮設住宅はあくまでも恒久住宅完成までの仮住まいという位置付け。立派に造るとなると「最初から災害公営住宅を建てた方がいい」となる。それも手だが、日本の土地制度では用地確保は簡単ではない。避難所生活を長引かせてしまう。
 現行制度は最長2年3カ月の入居が前提となる。ただ、仮設住宅の解消まで阪神大震災は5年、中越地震は3年かかった。東日本大震災はさらに長い。大災害時は初動から入居が5年以上続く視点で仮設の在り方を考える必要はある。
 9月に茨城県常総市で水害があった。2カ月以上たつ今も避難所生活が続く。仮設住宅という受け皿をどう機能させるか、震災の教訓は全国で共有されていない。想像し難いことが起きるのが災害の常。国も都道府県も深刻に真剣に考えなくてはいけない。
 おおみず・としひろ 70年東京都生まれ。東大卒業後、建設省(現国土交通省)に入る。著書に「実証・仮設住宅 東日本大震災の現場から」。1級建築士。技術士(建設部門)。


<原発避難双葉を撮る>帰還困難実情を伝える
◎(中)2人のALT アンソニーさんとフィリップさん
 55枚のモノクロ写真が突き刺すように「帰還困難」の現実を伝える。つぶれた家、道路を切り裂く草。タイトルは「HOME TOWN(ホームタウン)」。ことし茨城と東京、埼玉で展示し、反響を呼んだ。
<町民と共に行動>
 撮影は、共に福島県双葉町の外国語指導助手(ALT)で、英国人のアンソニー・バラードさん(51)とフィリップ・ジェリーマンさん(34)。月1回は町に入り、その姿を記録する。
 アンソニーさんは2008年、フィリップさんは09年に赴任した。東京電力福島第1原発事故。2人は町民と一緒に埼玉県加須市へと避難する。
 「町の人に優しくしてもらっていた。一緒にいたいと思った」(アンソニーさん)、「友達から『子どもたちをよろしく』と頼まれ、『イエス』と答えたからね」(フィリップさん)
 事故前、2人はいつも学校で子どもたちを撮っていた。写真が趣味のアンソニーさんが始め、いつしか2人は学校カメラマンの役割も担うようになった。
 2011年7月。アンソニーさんが事故後初めて双葉町に戻るとき、1人の女子生徒に頼まれた。「私の家の写真を撮ってきて」。15歳未満は町に立ち入れない。無人の荒れ果てた町。女子生徒の家も草だらけだったが、写真を見た彼女は「私の家だ」と喜んだ。
 14年2月に撮影で町に入り、その家の前を歩いていると呼び止められた。高校生になった彼女だった。防護服姿で、手袋をはめたままピアノを2曲弾いてくれた。シャッターを切った。
 町に通い続けるうち、中学校のテニスコートが除染廃棄物の黒い袋で覆われ、「つらく悲しかった」。
 ことし5月の水戸市での展示会には、いわき市に避難する中2の女子が訪れ、入ることのできないモノクロの古里を見詰めていた。
 アンソニーさんは言う。「都会などでは双葉町の状況が分からない。泊まれると思っている人さえいる。小中学生は1度も(帰還困難区域の)家に帰っていない。実情を知ってほしい」
<「ホームタウン」>
 2人は現在、町の生徒が通う加須市の学校と、いわき市にある町立の小中学校に1カ月交代で勤務する。
 町立学校で10月に開かれた文化祭。アンソニーさんは最前列で身を乗り出し、フィリップさんは遠目でカメラを構えた。「事故前より重要な役割になった。双葉の子どもがどんな学校生活を送っているのか。今、撮ることに意味がある」
 アンソニーさんは双葉の海辺に家を建てるのが夢だった。フィリップさんも英語塾を開き、ずっと住もうと思っていた。2人は今も、その日が来たら町民と一緒に戻ろうと考えている。
 「ホームタウンだから」と口をそろえる。


河北春秋
 山田詠美さんの小説『ぼくは勉強ができない』の主人公は17歳の男子高校生。シングルマザーの母、祖父と3人暮らしだ。学校はどうも居心地が悪い。生活態度を注意する教師のステレオタイプぶりに思わず声が大きくなる▼「−女手ひとつだと、母親は、そんなにも辛酸を舐(な)めなきゃいけないって決まってるんですか? その子供は、必ず歪(ゆが)んだ育ち方をするんですか? 人間って、そんなもんじゃないでしょう」▼偏見や差別は社会にごまんとある。性的少数者(LGBT)も、その対象になりがちだが、ことしは理解が深まる動きがあった。例えばアイルランド。同性愛を認めないカトリック教徒が8割を占めるが、同性婚を問うた国民投票で62%余りが賛成した▼米の最高裁も同性婚を合憲とした。日本では今月、東京都渋谷区が同性カップルに「結婚相当」の証明書を発行した。性に関しては、倫理や宗教などの点でさまざまな意見がある。だが、まずは誰もが幸福を追求する権利を持っていると示したのだ▼居心地が悪いとか生きづらいとか、そんな日常を過ごすのは互いに変なエネルギーがいる。多様性を認め、一人の個人として付き合えば楽になる。理想主義に過ぎると言われるかもしれないけれど、理想を掲げなければ何も変わらない。

きっかけ食堂:震災語ろう…毎月11日、京都で学生が開店
 毎月11日にだけ開く、熱気あふれる食堂がある。京都市上京区の「きっかけ食堂」。東日本大震災の被災地復興を願い、現地の食材を使った料理や地酒を提供する。「東北のおいしいご飯とお酒を楽しむことをきっかけにして、震災を忘れずにいてほしい」。切り盛りする立命館大の学生らの強い思いが人の輪を広げ、開店から1年半を迎えた店は毎回、盛況だ。
 ◇東北被災地の味覚/漁師と交流も
 厨房(ちゅうぼう)に立つのは、いずれも産業社会学部3年の原田奈実さん(21)、右近華子さん(20)、橋本崚さん(20)の3人。2014年5月から、日替わりで店長が代わる飲食店「魔法にかかったロバ」を月1回借りて運営する。
 開店のきっかけは、3人が14年2月に参加した被災地へのツアー。東北3県を巡り、毎晩、他の学生たちと被災地への思いや支援のあり方について語り合った。「毎日は無理でも、月命日の11日だけでも東北のことを考えたいね」。ある学生の言葉が心に残った原田さんは、京都に戻ってから右近さんと橋本さんに話を持ちかけ、食堂開店を決めた。
 食材は3人が東北で出会った人や、紹介してもらった漁師や農家から仕入れる。毎回、特定の市町村を決めて食材をそろえる。調理技術は東北の漁師らに教えてもらい、ぐんぐん上達した。
 毎時11分には、近くの人と東北の話題を語り合う「きっかけタイム」を設ける。現地の漁師らと客が電話で会話する時間もある。11月11日のテーマは宮城県南三陸町。漁師らから取り寄せたホタテやタコのほか、東北名物はらこ飯やずんだ餅、地酒が並び、店内は客であふれた。
 被災地の語り部の話を聞く時間もあり、南三陸町出身で日本大2年の田畑祐梨さん(20)は中学3年で被災し、塾の恩師を亡くしたことを報告した。「先生に『ありがとう』『大好き』が言えなかったことを後悔している」。そう語ると、すすり泣くお客さんもいた。
 客は学生から社会人までさまざま。熊本市の無職男性(56)は「少しでも東北について考えたくてここへ来た。被災地に行きたい気持ちが強くなった」。福島県いわき市出身で同志社大2年の男子学生(20)は「京都でも東北について考えてくれる人がいると知り、うれしい」と話した。
 メンバーは「震災を忘れないことは誰でもできる。そのきっかけをこの店から生み出したい」と話す。毎月11日午後6時〜翌午前0時。問い合わせは同店(075・463・6866)。【川瀬慎一朗】


eye:見つめ続ける・大震災 語り継ぐ命 女川・御巣鷹、手を取り合い前へ
 8月8日、群馬県上野村の「御巣鷹の尾根」に東日本大震災で長男健太さん(当時25歳)を亡くした田村孝行さん(55)と弘美さん(53)夫妻が登った。1985年の日航ジャンボ機墜落事故で次男健ちゃん(当時9歳)を亡くした美谷島邦子さん(68)が先導し、当時の状況などを説明した。健太さんは事故の年に誕生し、生きていれば今年で30歳。3人は思いを分かち合い、健ちゃんが眠る墓標を目指した。
 健太さんが勤務していた宮城県女川(おながわ)町の七十七銀行女川支店では行員4人が死亡、8人が今も行方不明のままだ。健太さんらは上司の指示で2階屋上に避難し、大津波に流された。しかし、支店の前には高台があり、近隣金融機関の従業員を含む多くの人が避難して助かっている。海から約100メートルの支店でなぜ屋上に避難させたのか。銀行の説明に納得できない田村さんら一部遺族は、裁判で企業防災のあり方を問い、支店跡地近くで教訓を伝える語り部活動をしている。
 日航機が墜落した30年前の8月12日、美谷島さんは羽田空港で健ちゃんを見送った。初めての一人旅はプールで25メートルを泳いだご褒美。大阪のいとこを訪ね、甲子園での高校野球観戦を楽しみにしていた。別れ際に「ママ、一人で帰れる?」と母を気遣うやさしい健ちゃん。それが最後の言葉になった。悲しみの中、美谷島さんは520人の死を無駄にしないため、事故原因の究明や被害者支援を訴えてきた。30年の長さを問う弘美さんに「被害者も加害者も関係なく、それぞれが安全を願って登ってくる。それが30年の月日かも」と答えた。それは長年、国や日航と対話し、教訓を社会に発信することで多くの共感を得た結果だ。だからこそ、美谷島さんは「銀行は多くの行員が亡くなった事実に向き合い、遺族と対話を深めて企業防災に力を入れないと企業として信頼されない」と厳しい表情で語る。
 10月24日、美谷島さんは田村さんらが語り部活動をする女川町を訪れた。遺族と交流し、「この場所で伝えることが大事。思いは必ず伝わるから」と激励した。美谷島さんが健ちゃんの写真を取り出すと、遺族が輪になって囲んだ。写真は事故の1年前、大好きな電車の前で撮ったもの。「生意気になりそうなころでね」とほほえむ美谷島さんのまわりに笑顔が並んだ。それは悲しみを共有する遺族が心を通わせ、ともに前を向く印象的な光景だった。<写真・文 佐々木順一>


同性婚の法制化:賛成意見が過半数 研究グループが調査
 同性同士の結婚の法制化について「賛成」「やや賛成」の人の割合が約51.1%に上ったとの調査結果を国立社会保障・人口問題研究所の釜野さおりさんらの研究グループがまとめ、28日に公表した。調査は3月、全国で無作為に選んだ20〜79歳の男女2600人を対象に行い、1259人から回答を得た。
 回答の内訳は賛成14.7%、やや賛成36.4%、やや反対25.4%、反対15.9%。男女別でみると、賛成とやや賛成の割合は女性の方が高く56.7%、男性は44.8%だった。
 20代は71.6%と非常に高いが、年代が上がるにつれて反対が増え、70代では24.2%。(共同)


河北抄
 仙台から南西へ約1200キロ離れた長崎市で、心に染みる再会があった。
 といっても人同士ではない。長崎市内を今も現役で走る旧仙台市電の車両と、かつての姿を知る仙台市民。長崎市で22日あった全日本合唱コンクール全国大会に東北代表で出場した仙台拠点の混声合唱団「グリーン・ウッド・ハーモニー」が、会場移動のため1両を貸し切りで利用した。約15分間の乗車だった。
 「懐かしかった」と団員の小山睦生さん(76)=青葉区=。独特の車体音や「チリンチリーン」の音。長町−市役所間を通勤利用したころに戻り「久しぶりに長町から乗った気分だった」。
 車体前面の、「私は元仙台市電117号車です」の文字と仙台市章が入ったプレートにも心が動いた。「当時より速く、利用客も多い。なかなかいい活用だ」
 1926(大正15)年開通の仙台市電は76(昭和51)年の廃止後、5両が長崎市の長崎電気軌道に譲渡された。現役は1両。随時使用で大切に扱っている。
 仙台市地下鉄東西線開業が間近に迫る。温故知新。「あし」にも歩みがある。


菊地直子元信者「事実関係見ていただき感謝」
釈放された菊地直子元信者は、弁護士を通じて次のようなコメントを出しました。
本日の無罪判決、きちんと事実関係を見ていただき、このような判決を下していただきまして、感謝申し上げます。とはいえ、私が運んだ薬品によってつくられた爆弾により、何の落ち度も責任もない方に、重篤な被害を与えてしまいましたことは事実です。本当に申し訳ありませんでした。1審の法廷で内海様がお話しになったことは、今でも心に残っております。また、きょうの判決言い渡しの後、裁判長から『当時はわからなかったとしても、この事件で重篤な被害を受けた方がいる。それ以外にも客観的にはあなたの行為によって被害を受けた方々がいることを、心の中で整理をしてください』と声をかけていただきました。私といたしましても、内海様や、きょうの裁判長からの言葉を、今後の人生の中で、重く受け止めてまいりたいと存じます。
特に私は、事件後みずから出頭することをせず、そのために多くのご迷惑をおかけしてしまいました。法廷でもお詫びを申し上げましたが、ここで重ねてお詫びを申し上げたいと存じます。
本当にご迷惑をおかけいたしました。菊地直子


オウム裁判:高裁無罪判決 爆発負傷者「残念」 菊地被告、涙ぬぐう
 17年間逃亡を続けたオウム真理教の元信者に、プロの裁判官は市民感覚とは異なる結論を言い渡した。1995年の東京都庁爆発物事件で菊地直子被告(43)を逆転無罪とした27日の東京高裁判決。弁護人らは「証拠を厳密に見た結果」と評価したが、1審を担当した裁判員経験者からは「市民参加の意味は何なのか」と戸惑いの声が上がった。【山下俊輔、石山絵歩、山本将克】
 「被告人は無罪」。午後1時半、東京高裁102号法廷。大島隆明裁判長が主文を言い渡すと傍聴席がざわめいた。黒い髪を後ろで束ね、上下グレーのスーツ姿の菊地被告は弁護人の前に座り、目を伏せたまま判決理由に耳を傾けた。時折唇を震わせ涙をハンカチでぬぐった。
 「法律的には無罪となったが、客観的にはあなたが運んだ薬品で重大な犯罪が行われ、指を失うという結果が生じている。当時は分からなかったとしても、教団の中でやってきた作業がどういう犯罪を生んだのか。きちんと心の中で整理してほしい」。裁判長の説諭に被告はうなずき、涙でぬれた顔を両手で覆った。閉廷後に弁護人を通じて出したコメントで改めて謝罪し、「裁判長からの言葉を今後の人生で重く受け止めていきたい」と心境を明かした。
 主任弁護人の高橋俊彦弁護士(45)は報道陣の取材に「正しい判断が導かれたことにほっとした」と述べた。逮捕数日後に初めて接見した時から無罪だと感じたといい、「1審では、運んだ薬品が毒物や劇物であるという認識が、人を殺す危険性の認識にすり替えられた。検察には上告しないでほしい」と話した。
 爆発物事件で左手の指を失った元都職員の内海正彰さん(64)は「被告は長年逃亡を続けており、罪の意識は十分持っていたはず。無罪判決は、その事実を法廷でしっかりと立証できなかったということで、誠に残念」とコメントした。
 被告の裁判を1審から傍聴し続けてきたジャーナリストの江川紹子さんは「控訴審は(信者をマインドコントロールした)オウムの特殊環境に置かれていたことも考慮して彼女の内心を推し量った」と判決を評価した。
 ◇1審裁判員「ショックだ」
 逆転無罪判決について、1審で裁判員を務めた男性会社員(34)は「控訴審で刑が軽くなることはあるかもしれないと思っていたが、まさか逆転無罪とは。自信を持って出した判決なのでショックだ」と話した。1審では教団元幹部らの証言が食い違った。事実をどう認定するかが難しく、評議は約3週間続いた。男性は「事件から年月が経過し、被告の内心の認定に頭を悩ませた。決め手となる証拠もなく、真剣に話し合った」と打ち明け、「裁判員を務めた意味が何だったのか考えてしまう」と語った。
 検察幹部らからは「全く予想していなかった判決」などと驚きや疑問の声が相次いだ。判決が井上嘉浩死刑囚の証言が不自然に詳細だと指摘した点について、ある幹部は「井上死刑囚らの頭の中は今もあの時代で止まり、それぞれの場面の記憶が非常に鮮明だ。時間の経過だけで、直ちに捏造(ねつぞう)と疑うべきではない」と首をひねった。別の幹部は「地下鉄サリン事件が起き、教団が捜査をかく乱しようとしていたのだから、被告には人を傷つける認識があったと考えるべきだ」と批判した。
 一方でオウム事件捜査を担当した警視庁OBの大峯泰広さん(67)は「被告の当時の上司だった土谷正実死刑囚らから、被告に事件の計画を話したという供述を得られなかった記憶がある。状況証拠を詰め切れたとは言えず、判決は致し方ない気もする」と話した。【島田信幸、平塚雄太、深津誠】
==============
 ◇オウム真理教事件と菊地直子被告を巡る主な出来事
1995年 3月20日 地下鉄サリン事件
      5月16日 都庁爆発物事件
            松本智津夫死刑囚を逮捕
        22日 菊地被告を特別手配
  96年 4月24日 東京地裁で松本死刑囚の初公判
2004年 2月27日 松本死刑囚に死刑判決
  11年11月21日 遠藤誠一死刑囚の上告棄却。オウム裁判がいったん終結
     12月31日 平田信被告が警視庁に出頭、翌日逮捕
  12年 6月 3日 警視庁が菊地被告を逮捕
  14年 1月16日 東京地裁で平田被告の初公判。オウム裁判が再開される
      5月 8日 東京地裁で菊地被告の初公判
      6月30日 菊地被告に懲役5年の判決
  15年 5月13日 東京高裁で控訴審が始まる
     11月27日 菊地被告に無罪判決

他人のコーを見ました/Beaujolais nouveauで・・・

ブログネタ
フランス語 に参加中!
文学部スト決行中

À la une ce vendredi 27 novembre...
Une cérémonie rend hommage aux victimes des attentats, les banques alimentaires lancent leur collecte nationale... Découvrez l'actu du jour.
Hommage. Deux semaines après les attentats de Paris, François Hollande préside une cérémonie en hommage aux victimes aux Invalides, où repose la dépouille de Napoléon. Le 13 novembre, les sanglantes attaques ont fait 130 morts et 350 blessés. Pour leur rendre hommage, le gouvernement invite également les Français à prendre des selfies en bleu-blanc-rouge ou à accrocher des drapeaux tricolores à leurs fenêtres.
Banques alimentaires. "Donner, c'est se mobiliser pour mieux vivre ensemble." Par ce message, les banques alimentaires invitent les particuliers à participer à leur collecte nationale des denrées alimentaires, vendredi et samedi. Les bénévoles espèrent recueillir près de 12 500 tonnes de denrées non périssables.
Commonwealth. Le sommet du Commonwealth s'ouvre à 9 heures, en présence de la reine Elizabeth II. Le climat compte parmi les sujets principaux de ce sommet. Au total, les chefs d'État des 53 pays de la zone seront présents à Malte, pour ce grand rendez-vous. Le président français François Hollande doit également intervenir dans l'après-midi.
Coupe Davis. Le Belge David Goffin rencontrera Kyle Edmund en ouverture de la finale de Coupe Davis entre la Belgique et la Grande-Bretagne, vendredi à Gand, selon le tirage au sort effectué jeudi. Le second simple de la journée inaugurale opposera le numéro un britannique Andy Murray à Ruben Bemelmans.
Concert. Johnny Hallyday chantera à l'Accor Hotels Arena (ex-Bercy), les 27, 28 et 29 novembre, dans le cadre de sa nouvelle tournée Rester Vivant Tour. Le chanteur avait néanmoins été contraint d'annuler ses concerts à Bruxelles, en raison du niveau d'alerte terroriste dans la capitale belge.
Justice. Le procès en appel des anciens élus de La Faute-sur-Mer pour la mort de 29 personnes se poursuit, à Poitiers.
フランス語
フランス語の勉強?
JOBK放送開始90年アンコール 土曜ドラマ 夫婦善哉(1)
貧しい家に生まれた蝶子(尾野真千子)は、憧れの芸妓となったのも束の間、大商店の放とう息子柳吉(森山未來)と出会い駆け落ちする。ダメ男とアホな女の流転人生が始まる
貧しい一銭天ぷら屋・種吉(火野正平)の娘・蝶子(尾野真千子)は、親の反対を押し切って憧れの芸妓となったのもつかの間、化粧品問屋のぼんぼん・柳吉(森山未來)と出会い、恋に落ちる。放とうざんまいに怒り、父・半兵衛(岸部一徳)は柳吉を勘当。蝶子と柳吉は駆け落ちするが…。柳吉に何度も裏切られ、“踏んだり蹴ったり”の人生だが、蝶子は愛と機転で乗り越えていく。ダメな男とアホな女の笑って泣ける流転人生が始まる。
森山未來,尾野真千子,火野正平,岸部一徳,田畑智子,平田満,青木崇高,茂山逸平,桂吉弥,麻生祐未,草刈正雄
織田作之助, 藤本有紀

JOBK放送開始90年アンコール 土曜ドラマ 夫婦善哉(2)
蝶子(尾野真千子)と柳吉(森山未來)は関東煮屋を始め、二人で精を出す幸せな毎日が訪れるが、柳吉の妹藤子(田畑智子)が婿養子(大東駿介)を迎え、最悪の天敵が現れる
蝶子(尾野真千子)と柳吉(森山未來)は、関東煮屋を始める。2人で精を出す毎日が蝶子は幸せだったが、柳吉は妹・藤子(田畑智子)が婿養子・桐介(大東駿介)を迎え、父・半兵衛(岸部一徳)が完全に自分を切り捨てたことを知る。さらに、蝶子の母・お辰(根岸季衣)が倒れ、柳吉も腎臓を患って入院。手術代がかさみ、蝶子は店を売りに出す。母の死に目にも会えず、再びヤトナで働く蝶子のもとに父・種吉(火野正平)が現れる。

BS朝日 ザ・ドキュメンタリー 植木等「スーダラ伝説」〜日本一の無責任男 お父さんたちへの応援歌〜

俳優であり、喜劇人であり、歌手であった"キング・オブ・エンターテイナー"こと植木等。僧侶の道を志したが、クレージーキャッツとしてスターとなり、10年間で30本という異常なハイペースで"クレージー映画"が作られた。映画における圧倒的なキャラクターから「日本一の無責任男」と呼ばれ、歌えば「スーダラ節」が瞬く間に大ヒット! 高度成長期の日本人は、無責任男の明るさ、破天荒さに、"もう一人の自分"と出会った。社会が目まぐるしく変化していた昭和30年代。池田内閣が「所得倍増計画」を唱えるが、スクリーンの中の男はずっと変わらず≪C調≫であり続けた。
当時、サラリーマンの心の支えとして存在した植木等。昭和高度成長期、植木等が演じ続けた無責任でスーダラな男の実像とはどんな男だったのか。植木が岐路に立つとき、いつも指標になっていたのは父・徹誠さんの存在があったという。"日本を元気にした男"から、忘れかけてしまった日本人の心意気、父親たちの物語をひもとく。


昨日に続いて他の人が行うコーを見に行きました.朝早かったのですが,とてもいいコーでした.とても参考になりました.
夕方修理してもらったメガネを取りに行った後,いろいろ買い物をして早めに帰りました.
何となくBeaujolaisを飲んでみました.少しだけなのですが,ヤバくなってしまいました.

<野蒜小避難訴訟>遺族和解拒否 3月判決へ
 東日本大震災で東松島市野蒜小体育館に避難し、津波で死亡した住民と児童計3人の遺族が市に計約5300万円の損害賠償を求めた訴訟は26日、仙台地裁で結審した。判決は来年3月24日。
 遺族側は「校長は津波情報を集め、住民を安全な場所へ避難誘導する注意義務を怠った」と主張。市側はこれまで「野蒜小は津波浸水区域に含まれておらず、津波の襲来は予測できない」と反論していた。
 地裁は閉廷後、双方に和解を勧告。遺族側が「判決で真実を明らかにしたい」として和解を拒否し、協議は打ち切られた。
 訴えによると、2011年3月11日の地震発生後、野蒜地区の住民らは市が避難所に指定した野蒜小に避難し、校長らに体育館へ誘導された。高さ約3.9メートルの津波が押し寄せ、住民2人が体育館で死亡。教員から知人に引き渡された児童1人が自宅付近で津波の犠牲になった、としている。
 市の調査では、野蒜小体育館で住民ら計13人が死亡したとされる。


<検証仮設住宅>公共用地不足。窮余の校庭活用
◎震災4年8カ月(1)用地
<校舎横に60世帯>
 高さ2メートル近い防風柵が校舎の前を横切り、その南側にプレハブ住宅が並ぶ。
 気仙沼中(気仙沼市)の校庭に東日本大震災の仮設住宅の団地ができて4年半が過ぎた。駐車場を含む1万2140平方メートルの敷地に約60世帯が暮らす。
 校庭として使えるのはテニスコート4面だけ。野球、陸上、サッカーの部活動は北隣の気仙沼小の校庭を借りている。翌月の利用希望を小学校に伝えて調整し、難しいときは主に中学校体育館で練習する。体育の授業は児童の利用状況を見て校庭を使わせてもらう。
 中学校の小田島修教頭は「生徒は思い切り外で遊びたいストレスを表に出さず、限られたスペースや時間の中でできることをやろうと頑張っている」と話す。
 市はことし6〜7月、市内の仮設住宅を集約する計画を見直した。この団地の退去期限は1年3カ月延びて2017年9月になった。
 斉藤正志自治会長(71)は「生徒に申し訳なく、早く明け渡したいのはみんな一緒。でも災害公営住宅といった受け皿が整備されるまでは難しい」と明かす。
 被災者の生活再建の出発点となる仮設住宅は用地探しが難航した。被災した三陸地方は起伏の多い土地が海に迫り、もともと沿岸部の平地が限られている。津波再来の恐れから浸水区域には建てられない。校庭活用は窮余の策だった。
 被害が大きかった東北3県で現在も児童、生徒が通う学校の校庭仮設団地は図の通り。岩手は6市町村の30カ所、宮城は5市町の27カ所。福島はない。
 気仙沼市では住民の要望が集中した中心部に用地を十分準備できなかった。宮城県は市の周辺部や県境を越えて一関市にも建てた。
 同県南三陸町は隣の登米市から用地を提供されたが、浸水した町内二つの学校校庭も仮設団地の用地に選んだ。平らな公共用地がなく、近くの高台に避難場所があることから建てても大丈夫と判断。県に認められた。
<民有地の確保も>
 中心部が甚大な被害を受けた岩手県大槌町は町内の9割近くが山林だ。用地確保を担当した町職員は「お盆を避難所でなく仮設住宅で迎えてほしい一心で土地を探した」と振り返る。
 活路を求めたのは町内を流れる大槌川と小槌川の両岸の狭い平地。整備した仮設団地48カ所の6割以上を占めた。約9割は田畑や雑種地などの民有地だった。
 町役場にあった登記簿は津波で流された。職員は図面で水道や電気が取れそうな土地を見つけては、翌日の夜明け前に現地で状態を確認。午前中に近所を尋ね回って所有者を突き止めた。手探りかつ綱渡りで用地を確保した。
 町内の仮設団地に最も遅く住民が入居したのは11年8月下旬。職員は「お盆に間に合わず申し訳ないとの思いだけだった」と言う。
 国はことし3月、大規模災害に備えた対応の充実を都道府県に通知。平時から仮設住宅の建設用地確保に取り組むよう求めた。
 「仮設住宅がここにできると地域の人が前もって分かっていれば円滑な対応ができる」。大槌町の職員は震災の教訓をかみしめる。
 仮設住宅は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の後、多くの被災者が災後の暮らしをつないだ場だ。整備は緊急的な対応が求められ、場所も造りも住環境も課題を抱えたまま4年8カ月がたった。仮設の名の通りいつまでもあるわけではない。次の住まいへの移行に絡みコミュニティーのありようも問われる。(震災取材班)=4回続き
[仮設住宅]災害で住居を失った人を対象とし、入居期限は原則2年。国が認めると1年ごとに延長できる。家賃は発生しない。1戸当たり29.7平方メートルが標準。東日本大震災では岩手県で1万3984戸、宮城県で2万2095戸、福島県で1万6800戸が建設された。


<再生に挑む>地元食材使い新商品
◎藤勇酒造(釜石市)/3度目の存続危機乗り越える
 1902年創業のみそ、しょうゆ製造販売の藤勇醸造(釜石市)は、33年の昭和三陸津波で被災し、45年の釜石艦砲射撃で工場が全焼した。東日本大震災は3度目の存続の危機だった。
<みそ50トンを廃棄>
 釜石湾から約1キロの工場や倉庫は、津波で約4メートル浸水。しょうゆの瓶詰めラインや加熱装置などほとんどの設備が使用不能になった。仕込み中だったみそ約50トンは廃棄。中身が無事だったペットボトル入りのしょうゆ約3万本は、市民に無償で配布した。
 小山和宏専務(50)は「被害総額は数億円。工場の片付けをしながら、もう再開できないかもしれないと覚悟した」と振り返る。
 同社の看板商品は、まろやかな甘味が特徴のしょうゆ。唯一無二の地元の味として長年親しまれてきた。古里を離れて暮らす人や、釜石に勤務していた製鉄所の従業員ら、遠方からも注文が入る。
 「製造を再開して」「藤勇の味でないと駄目」。そんな顧客からの励ましの声が背中を押してくれた。
 従業員11人全員が無事だったことも前向きにさせた。最低限の設備を復旧し、震災発生から約3カ月後、しょうゆの出荷を一部再開。対応が早かった分、販路も順調に回復した。
 大きな痛手は、工場の建て替えが必要となって仕込みが遅れたみそだった。国のグループ化補助金を活用し建物と設備を一新したが、出荷が再開できたのは13年夏。2年半のブランクは大きく、スーパーなどの販路を取り戻せず売り上げは震災前の半分に減った。
 しょうゆとみその消費量は、食生活の変化などで震災前から全国的に減っていた。伝統を守るだけでは立ちゆかなくなると、良質なこうじを使った新商品の開発を始めた。
<他社と連携強化>
 地元産食材にこだわり、昨年5月に岩手県産米を使った調味料「しょうゆ糀(こうじ)」を発売。先月末には、県産大豆と米こうじで仕込んだ甘めのみそ「十割糀みそ」を売り出した。
 釜石の新しい特産品作りにも携わる。震災後に地元の食品製造・加工業者らが結成した任意団体「釜石六次化研究会」に加入。ことし7月の法人化に伴い、小山専務が取締役に就いた。
 老舗の看板を守るだけでなく、社としてまちの力になりたいと思うようになった。小山専務は「お世話になったお客さまや釜石のために尽くしたい」と表情を引き締める。(報道部・奥山優紀)


<検証仮設住宅>提供可能民有地 事前抽出を
◎目白大社会学部専任講師/藤賀雅人氏
 仮設住宅の用地確保をめぐる課題は何か。研究者有志でつくる陸前高田市の仮設住宅調査団のメンバーで目白大社会学部(東京)の藤賀雅人専任講師(都市計画)に聞いた。
 2011、12年度に陸前高田市の校庭にある仮設団地を調査した。一部はプレハブが詰め込まれるように建てられたり、住民の暮らす様子が校舎から筒抜けになっていたりしていた。
 校庭に仮設住宅が建てられたのはやむを得ない事態だった。地方自治体は維持管理費が掛かるリスクを避けるため、公共用地はそもそも少ない。最初に小中学校などが建設候補地に挙がってしまう。
 子どもたちの立場に立てば、事故の危険がある駐車場の設け方や、遊び場を一定程度確保できるような住宅の配置方法に、もう少し配慮があれば良かった。
 特に小学校の校庭は地域の子どもの遊び場として開放されていることが多い。学校に仮設団地を設ける場合は、より良い配置や建て方に関する議論を重ねることが必要になる。
 大災害が起こると基本的に前々から考えていたことしか対応できない。どこまでできるかを決めておかないと、やっていなかったツケが出かねない。
 公共用地が限られる中、市町村の地域単位で仮設住宅の用地として提供できる民有地をあらかじめ抽出しておく作業は欠かせない。市民と行政機関、専門家が話し合う場を設けて「この地域ではここまでできる」という情報を共有しておくことが重要だ。
[ふじが・まさと]85年広島市生まれ。明治大大学院理工学研究科新領域創造専攻の博士後期課程修了。13年4月から現職。30歳。


<なすび>全線踏破目指し蕪島を出発
 環境省の東日本大震災復興支援プロジェクト「みちのく潮風トレイル」(八戸市−相馬市、約700キロ)をPRするため、全線踏破に挑む福島市出身のタレントなすびさん(40)が26日、北端の八戸市の蕪島を出発した。
 なすびさんは福島県を中心に被災地でイベント参加を通じた復興支援を続けている。今回の挑戦は、未開通区間を含めた全線を中断をはさみながら歩き、来年3月のゴールを目指す。旅の様子はフェイスブックの特設ページで紹介する。
 なすびさんは全焼した蕪嶋神社で早期復興とトレイル踏破を願った。「同じ東北人として東北、福島の現状を広く発信したい」と語り、笑顔で出発した。
 トレイルはこれまでに約370キロが開通し、来年度末に全線開通の予定。


<常磐線>「再建に弾み」沿線から歓迎の声
 JR東日本が東日本大震災で被災した常磐線相馬(相馬市)−浜吉田(宮城県亘理町)の運転再開を16年12月末に早めると発表した26日、沿線自治体の関係者からは歓迎の声が相次いだ。
 宮城県山元町は、常磐線の休止が続く間、人口が震災前の4分の1に当たる4000以上も減った。JR側に前倒しを要望してきた斎藤俊夫町長は「人口減に歯止めをかけ、少しずつ挽回する起爆剤になる。仙台圏への通勤、通学のため町外に避難する世帯の生活再建に弾みがつく」と述べた。
 町は内陸移設される山下、坂元両駅の周辺に沿岸の被災集落の集団移転先として新市街地を整備している。山下駅周辺の「つばめの杜地区」には来年中に小学校や保育所が開設され、スーパーマーケットなどが開業予定だ。
 転入者らでつくる新山下駅周辺地区まちづくり協議会の斎藤敏次会長(68)は「来年の年越し前に拠点施設がほぼ出そろうことになる。早期に新市街地の利便性が高まるのはうれしい」と声を弾ませた。
 福島県内の沿線自治体も、仙台方面と直結する動脈の復旧に期待を寄せる。多くの住民が通勤、通学の足として常磐線を利用してきた相馬市。震災後は高速バスの利用を強いられてきた。立谷秀清市長は「経済的にも文化的にも、仙台方面と再び鉄路で結ばれる意義は大きい。心が明るくなるニュースだ」と喜ぶ。
 新地町は、新設される新地駅舎周辺で約23ヘクタールの市街地整備を計画。将来は300戸程度の居住を見込んでおり、加藤憲郎町長は「駅までのアクセス道の早期完成を県などに強く働き掛ける」と、まちづくりの加速に意欲を見せた。


<原発避難双葉撮る>「古里とは」問い続ける
◎(上)茨城大院生 小野田明さん 
東京電力福島第1原発事故で大半が帰還困難区域に指定され、全住民が避難している福島県双葉町を撮り続けている町民がいる。次代を担う若者、英国から来た外国語指導助手、90歳の女性。ファインダーから何を見詰めているのか。(いわき支局・古田耕一)
 カメラを回して3年。撮りためた映像は500時間に上る。
 避難する町民150人以上に会い、問い掛けた。
 「○○さんにとって双葉町、古里とは何ですか」
 白い防護服に身を包み、無人の町を歩く。
 「将来、街の姿は大きく変わるかもしれないから」
 今、映像を90〜120分の長編ドキュメンタリー映画に編集する。「古里」の意味を問い続けながら、原発事故の犠牲になった町の記憶と記録を残す。来年1月の完成を目指している。
<島根まで訪ねる>
 原発事故は茨城大2年のときだった。高校まで双葉町で過ごし「原発があるのが当たり前。一つの会社としか思っていなかった」。無力感に襲われ「現実を知るとつらい。考えない方がいい」と1年を過ごした。
 2012年春、英国に留学。現地で誘われ「フクシマ」がテーマの演劇に加わった。英国人に「今、どうなっているのか」と聞かれ、言葉に詰まった。12月に帰国。すぐにカメラを買い、双葉町に入った。
 初日。人が消えた街に、白い雪が積もっていた。「僕にとって、古里はどんな存在なのだろう」
 許される月1回、水戸市から一時帰宅し、カメラを回した。「みんなは、どう思っているのか」。仮設住宅や催しに顔を出し、仙台市や島根県まで町民を訪ね、インタビューを重ねた。
 家々は荒廃、崩壊し、田畑には草が生い茂る。自分を奮い立たせるとき、朝日に向かって叫んだ海は、変わらず美しい。中間貯蔵施設の予定地では、屋根に黄色いペンキで「国有化反対」と書かれていた。
 避難先で町民は語った。「何がいいのかは分からないけど、双葉が一番いいんだな」「ここと双葉町では空の色が違う」
<「待避者」に焦点>
 撮影を始めて1年後の13年12月、30分の短編をまとめた。タイトルは「ある町」。無人、カラスの声だけが響く静寂、一時帰宅での嘆き、避難先での生活、望郷の念−。四季の風景に添って映像がつづられる。
 製作中の長編では除染廃棄物の黒い袋、町民の不満の声など、より「ありのまま」を見せる。「町が復興し『こんな時期もあったよね』と振り返る日が来る。そんな希望を込めている」
 社会学を学び、執筆中の修士論文でも「待避者」という言葉をテーマに据えた。避難しながら、帰る日を待つ人たちの生活や心に焦点を当てる。
 自分もその一人。問い続けた答えは、ぼんやりと浮かんできている。
 「古里を感じる要素は人それぞれ。一言では表せない、特別な場所じゃないのかな」
[双葉町]福島第1原発5、6号機が立地し、面積の96%が「帰還困難区域」に指定されている。人口は6260(10月1日現在)で、震災時より880減。38都道府県に町民が避難する。町の約10%が、除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設予定地。原発事故後、当初は埼玉県加須市に役場機能を置き、13年6月にいわき市に移転した。

煩悩がたくさん/スト権ストから40年

ブログネタ
フランス語 に参加中!
fuera monsanto

Setsuko Hara, star du cinéma japonais, muse d'Ozu, est morte à 95 ans
Par Didier Péron
L'actrice avait tourné pour Ozu mais aussi Kurosawa, avant de mettre fin brusquement à sa carrière à l'âge de 43 ans.
Légende du cinéma japonais, muse de Yasujirô Ozu… On vient d’apprendre la mort de l’actrice Setsuko Hara, même si différentes sources indiquent qu’elle est décédée le 5 septembre d’une pneumonie dans un hôpital de la préfecture de Kanagawa. Elle avait 95 ans et derrière elle une longue vie de recluse à la Greta Garbo car, après avoir été la plus grande star nippone dans les années 40 et 50, elle avait brutalement annoncé arrêter le cinéma à seulement 43 ans. Après une conférence de presse où elle était restée vague sur les motifs de ce choix, elle n’avait plus jamais accordé d’entretien ni rencontré de journalistes.
Elle s’était retirée dans la ville balnéaire de Kamakura, à une cinquantaine de kilomètre au sud-ouest de Tokyo, à la fois décor de nombre de ses films et site du temple Engaku-ji, où furent déposés les cendres d’Ozu, mort le 12 décembre 1963. Elle avait déjà une longue carrière et près de 70 films à son actif quand elle avait tourné pour la première fois avec l’auteur du Voyage à Tokyo et de Fin d’automne. C’est lui qui fixa à jamais la douceur lumineuse de Setsuko Hara, qui oppose à toutes les déchirantes situations qu’elle doit traverser le ravissement d’un sourire où se mêlent la vaillance et le fatalisme.
Elle porte alors le surnom de la ≪Vierge éternelle≫ et il faut dire qu’elle détonne dans sa vie privée : alors que la société japonaise d'après-guerre fonctionne à plein régime sur le double registre du travail et de la famille, la jeune femme reste célibataire et sans enfant. Elle passe le plus clair de son temps au côté de sa sœur, actrice elle aussi, et du mari de celle-ci, Hisatora Kumagai, un cinéaste important dans la période d’avant-guerre qui lui permet de décrocher très tôt un contrat au studio Nikkatsu. Elle tourne notamment en 1936 dans le film germano-japonais Daughter of the Samurai, co-dirigé par le cinéaste de propagande nazi Arnold Fanck, ce qui lui vaut un voyage promotionnel en Allemagne où elle rencontre notamment Joseph Goebbels, épisode de grand malaise apparemment pour la jeune femme qui ne comprend pas très bien ce qu’on attend d’elle.
Le frère de l’actrice est le chef opérateur Yoshio Aida, qui mourra écrasé par un train sous les yeux de Setsuko Hara lors des prises de vues d’une séquence du film Shiarao, que dirige Hisatora Kumagai. Cette tragédie affecte profondément la star, qui pourtant doit commencer à peine quinze jours plus tard le tournage du Voyage à Tokyo, sa troisième colloboration avec Ozu après Printemps tardif (1949) et Eté précoce (1951). Dans Voyage à Tokyo, elle emblématise la jeune veuve de guerre qui se montre pleine de dévouement auprès des vieux parents de son mari venu en visite dans la trépidante capitale japonaise tandis que leurs autres enfants se montrent nettement moins disponibles. Cette dimension de bonté et de sacrifice n’empêche jamais Setsuko Hara de défendre sa liberté de femme autonome, qui n’apparaît jamais simplement soumise mais réellement portée par un don de soi plein d’idéal.
Dans Fin d’automne en 1960, Ozu lui donne à nouveau un rôle de veuve qui coexiste avec sa fille en âge de se marier mais toujours célibataire. Trois hommes d’âge murs venus pour une cérémonie à la mémoire du défunt s’emploient à caser aussi bien la fille que la mère. Une fois encore, le féminisme paradoxal de Setsuko Hara réside dans sa manière de sourire à des propositions intenables ou déplacées, que la chaleur et la distance qu’elle parvient à mêler en d’imperceptibles mouvements du visage ou du regard contribuent encore à rendre plus mystérieuse. Elle a joué aussi sous la direction d’Akira Kurosawa (L’Idiot, dans un registre tourmenté très différents) et de Mikio Naruse (Le Repas, Le Grondement de la montagne).
On possède peu d’éléments sur la relation privilégiée entre Setsuko Hara et Ozu, car ce dernier ne l’évoque bizarrement pas une seule fois dans ces carnets intimes. Tous deux sont restés célibataires et elle a arrêté le cinéma quand il est mort, d’un cancer, le jour de son 60e anniversaire. En 2001, le dessin animé Millenium actress de Satoshi Kon s’inspire directement de la biographie lacunaire de la star.
フランス語
フランス語の勉強?
世界入りにくい居酒屋「フランス リヨン」
美食天国、フランス・リヨンの入りにくい居酒屋は、住宅街のど真ん中にある小さな店。リヨンの伝統料理「どーんと豚肉ソーセージ煮込み」などコッテリ美味が大人気!
知る人ぞ知る美食天国の街、フランス・リヨンの入りにくい居酒屋は、住宅街のど真ん中にある小さな店。メニューは一切なく女主人の気分次第、どの料理もボリュームたっぷり&高カロリーのコッテリ美味!人気は、リヨンの伝統料理「どーんと豚肉ソーセージ煮込み」、トロトロの豚バラ肉がトマトソースとからむ逸品。食こそ人生の最高の喜びだとする、リヨンの人々の食い倒れの日々を見つめる。
いとうあさこ,南明奈

Eテレ2355
きょうの終わりにほっとひといき。『2355』は、見ると気持ちよくリラックスできる、おやすみ前にぴったりの5分番組です。
今週のおやすみソングセレクションは「三日月ストレッチ」うた:小泉今日子 皆さんもご一緒にどうぞ。
小泉今日子,細野晴臣,石澤典夫


座禅をしに行ったのですが,逆に煩悩から離れられない・・・ということに気がつきました.仕方ないかな?
国鉄のスト権ストから40年です.あの頃は労働運動がそれなりにしっかりしていたのだと思います.非正規雇用なんてありえなかったのに・・・
メガネを踏み潰してしまいました.ぐちゃぐちゃです.メガネ屋さんに直行ですが,明日取りに行くことになりました.
赤紙が届いてしまいました.マイナンバーの不在票です.受け取りに行きたくありません.

<旧野蒜駅>震災伝承館に活用 隣は記念公園
 宮城県東松島市は25日までに、東日本大震災の震災遺構として保存する同市のJR仙石線旧野蒜駅プラットホームについて、周辺の整備計画案をまとめた。プラットホーム隣に「震災メモリアルパーク」を設置し、旧駅舎を「震災伝承館(仮称)」として活用する。
 メモリアルパークは、プラットホーム北側の市有地に設ける。休憩スペースをつくり、芝生や植栽がメーンとなる憩いの場と位置づける。市独自の慰霊モニュメントの設置も検討している。
 伝承館は、現在交流スペースなどとして活用する旧駅舎内に設ける。被災した様子や復興まちづくりの状況を伝える写真、パネルを並べ、市が昨年作成した震災をテーマにしたDVDなどを放映する計画だ。
 既存駐車場の拡大も含め、総整備面積は約1.5ヘクタールで、2016年度内の完成を目指す。
 市復興政策課は「被災だけでなく、復興についても発信したい。住民の心の復興にもつながる施設を目指し、今後、地元住民や復興庁と協議を重ねる」と説明する。
 旧野蒜駅は震災時に約3.7メートルの津波に襲われた。プラットホームは看板が折れ曲がるなどした当時のままの状態で残され、市は7月、震災遺構として残す方針を決めている。


被災した思い出 陽光が癒やす
 東日本大震災の津波で流され、回収された思い出の品の天日干し作業が25日、岩手県陸前高田市気仙町で行われた。復興事業のかさ上げ工事で保管場所が解体されるためで、乾燥後に市から借り受けた場所に移される。
 2階建ての1階だけが残った燃料店には、永田宗義さん(60)が家族のアルバムや子どものノートなどを保管していた。津波で流れ出し、延べ500人のボランティアらががれきの中から拾い集めた。
 天日干しにはあいにくの曇り空だったが、地元のNPO法人「パクト」のスタッフとボランティアは建物から手際よく運び出し、冷たい風にさらした。
 現在も仮設住宅で暮らす永田さんは「家族にとって貴重な品々。ボランティアの人たちにはいつも助けられる」と感謝していた。


仮設住宅閉鎖後の入居先未定者 あす電話相談
 市民団体「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」(仙台市)は27日、同市青葉区五橋1丁目の県労連会館で、仮設住宅閉鎖後の行き先が決まっていない被災者を対象に電話相談を行う。
 弁護士や建築士、県議らが新しい入居先や災害公営住宅への入居申し込み、家賃、みなし仮設住宅の退去時の補修費用などについて相談に応じる。会場での面談も受け付ける。
 県によると、公営住宅の供与期間が5年間で終了する仙台、大崎、岩沼、多賀城、亘理、山元、七ケ浜の7市町の被災者のうち計750世帯が、新たな入居先が未定となっている。
 センターは「入居先未定の被災者は公営住宅の条件が合わなかったり家賃が払えなかったり、さまざまな事情を抱える。仮設住宅閉鎖までに、被災者が先を見通せるようにする必要がある」と話す。
 受付時間は午後1〜7時。電話番号はフリーダイヤル(0120)378060。


医療と福祉担う病院 被災地の南三陸に完成
 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町の公立志津川病院の後継となる南三陸病院・総合ケアセンター南三陸が完成し、25日に現地で落成式があった。地域医療と福祉の拠点となる施設の誕生に関係者が期待を寄せた。
 防災集団移転事業が進む志津川東地区に整備。鉄筋一部鉄骨3階で、延べ床面積1万2270平方メートル。建設費は55億8000万円。内装に南三陸杉を使った。隣り合う災害公営住宅や新役場庁舎予定地とともに新しい町中心部を形成する。
 新病院は12月14日に開院する。内科、外科、小児科など診療科は10科。病床数は人口減を見越し、震災前より36床減の90床を確保した。保健センターや子育て支援室を置き、一つの施設で医療と保健福祉を組み合わせた地域包括ケアが可能になる。
 落成式典には、台湾紅十字組織やイスラエル医療団といった支援に携わった国内外の団体から関係者約150人が出席。佐藤仁町長は「新病院は町民にとって心のよりどころになるだろう」とあいさつした。
 旧公立志津川病院は津波で5階あった建物の4階まで浸水し、入院患者や職員74人が死亡、行方不明になった。震災後、町は町内に仮設診療所を置く一方、登米市のよねやま診療所に間借りする形で38病床を持つ病院を開設し、2拠点体制を取っていたが、新病院の開院でいずれも閉じることになる。


<帰還困難区域>「大熊へ」募る望郷の念
 東京電力福島第1原発事故で福島県大熊町は全町避難が続く。原発に隣接する帰還困難区域の夫沢地区は、東日本大震災の津波と2重の災禍に見舞われた。あれから4年8カ月余り。避難先の茨城県日立市から一時立ち入りで通う多田正友さん(72)に同行した。
 沿岸の集落は住民が四散し、人の営みが消えた土地は荒れ果てていた。多田さんの自宅は津波で流され、土台だけが残る。約1.5キロ先には原発の排気筒が見えた。
 周囲の田んぼは大人の背丈ほどの雑草に覆われていた。豊かな実りを誇った光景は、もはや想像さえできない。
 「土地も仲間も失ったが、思い出だけは奪われたくない。変わりゆく古里の姿を見守りたい」。多田さんは毎月、望郷の行脚を欠かさない。
 地区一帯は除染廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設予定地になっている。「私たちはもう、ここで暮らせないんだよね」。妻の春子さん(68)がぽつりと言った。(写真部・庄子徳通、小林一成)


<勝手にノーベル賞>銅の色変化に熱中
◎化学賞 門口尚広君(17) 仙台三高理数科2年
●授賞理由●
 国際学生科学技術フェア第3位に輝く「銅箔(はく)の色調変化の研究」で特許級の発見を成し遂げ、将来のノーベル賞を期待させた功績に対して
 銅を薄く延ばして加熱すると表面が酸化し、オレンジ、紫、ピンク、緑と次々色が変化していく。
 高校生になったばかりの少年は、銅の不思議に魅せられた。「きれいに色が出て面白い」。入部した自然科学部で化学班は自分一人だけ。顧問の菅原佑介さん(38)と二人三脚で銅の加熱実験を続けた。
 加熱する温度や時間を変えているうち、色調変化の法則性を見つけた。250度で30分加熱すると、つややかに光を反射する緑色が浮かび上がるのだ。
 「工業的に重要な意味がある。これは特許を取った方がいい」。東北大の研究者が強く勧めるほど重要な発見だった。
 早速、論文にまとめて日本学生科学賞に応募すると、これが見事入賞。たちまち、ことし5月に米ピッツバーグで開かれた国際学生科学技術フェアへの出場が決まった。未来のノーベル賞候補がひしめく高校生の「科学五輪」だ。
 英語での質疑応答も、約100通りの想定問答集を用意して何とかクリア。化学部門で日本人最上位の3位入賞に輝いた。
 「どんな風に話すと相手が興味を持ってくれるかを工夫した。中身のある会話ができて自分にとっても参考になった」。科学者然として冷静に振り返る。
 将来の夢は、やっぱり研究職。光触媒や人工光合成に関心があり、人の役に立つ分野で成果を出すのが目標だ。
 通学途中や入浴中といった何げない瞬間に実験のアイデアがひらめく。「まだ誰も知らないことを自分が見つけて『こうなっているのです』と言えるのが楽しい」
 知識、発想法、意欲と三拍子そろった紛れもない俊英である。


河北抄
 定禅寺通のケヤキがLEDの衣装をまとい始めた。「飾り付けの真っ最中」とSENDAI光のページェント実行委員長の石垣光一朗さん。昨夜、仙台市中心部に初雪が舞ったが、ケヤキの枝はまだ枯れ葉を残している。
 飾り付けと共に資金集めもたけなわ。ことしの経費は昨年より1千万円多い約1億2千万円の見込みだという。市地下鉄東西線の開業日に合わせて来月6日に始まり、31日までの26日間続く。昨年より6日長くなって費用もかさむ。
 「いろんな所を回ってお願いしています。今が一番忙しい時期。資金集めは初日までが一つのヤマですが、期間中も行わないとなりません」
 光のページェントが始まったのは1986年の12月12日だった。ことしは記念の30回目になり、歴史を振り返るイベントが開かれる。85年に生まれた石垣さんもちょうど30歳で数字が重なる。
 名前に「光」の字も入っていて、いかにもページェントにふさわしい。「よくそう言われます。30年と言わず、40年、50年とずっと続けていきたい」


パリでチュニジアテロ犠牲者追悼 過激派に連帯して対抗
 【パリ共同】野蛮な過激派に連帯して対抗する―。同時多発テロのあったパリで25日、チュニジアの首都チュニスで発生した爆弾テロの犠牲者の追悼集会が開かれた。パリ在住のチュニジア人やフランス人ら数百人が参加。「すべてのテロの犠牲者を悼む」と静かに祈りをささげた。
 自由と革命のシンボル、共和国広場のマリアンヌ像の下に赤いチュニジア国旗を広げ、ろうそくを「テロリズムに対し団結する」との文字に並べた。
 パリ在住チュニジア人で詩人のカメル・ブアジラさん(58)は「沈黙はテロリストの共犯者になること。世界中どこででも連帯し行動しなければならない」と話した。


元朝日記者・植村氏、北星大の支援感謝 韓国の大学教授就任を発表
 北星学園大の田村信一学長は26日、札幌市厚別区の同大で記者会見し、日本軍慰安婦報道にかかわった元朝日新聞記者で非常勤講師の植村隆氏(57)が来年3月から、韓国カトリック大学の客員教授に就任すると発表した。北星学園大との雇用契約は本年度限りで終了する。
 植村氏をめぐっては、昨年から同大に「解雇しないと、大学を爆破する」と脅迫が続いた。同大は一度雇用打ち切りを決めたが、撤回。来年度については、警備費の負担増などから雇用打ち切りを検討していた。
 記者会見に同席した植村氏は「新たな一歩を踏み出すことができたのは、北星学園大が一緒に戦い、多くの人が支援してくれたおかげ」と感謝を述べつつ、「今後もバッシングに対し、言論、法廷の場で闘いたい」と強調した。
 田村学長は「脅迫に簡単に屈しないという思いでやってきた。広くこの経験を伝えたい」と話した。
 カトリック大は、北星学園大と提携する総合大学。北星学園大に留学したカトリック大の学生たちが植村氏の授業を評判にし、カトリック大からの客員教授就任要請につながった。


社民・吉田党首 党首選立候補の意向を表明
社民党の吉田党首は、党の常任幹事会で、来月4日に告示される党首選挙への対応について、「来年の参議院選挙は党にとって正念場であり、先頭に立って戦いたい」と述べ、立候補する意向を表明しました。
社民党は、吉田党首の任期満了に伴う党首選挙を来月4日に告示し、党所属の国会議員や、すべての党員を対象に投票を受け付けたうえで、来月21日に開票を行い、新しい党首を選出することにしています。
これについて、吉田党首は26日開かれた党の常任幹事会で、「党首選挙に立候補する決意をした。党の再建、再生を進めてきたが、去年の衆議院選挙やことしの統一地方選挙の結果をみると、まだまだ道半ばだ。来年の参議院選挙は、まさに党にとって正念場であり、党首として先頭に立って戦いたい」と述べ、党首選挙に立候補する意向を表明しました。
吉田氏は常任幹事会のあと記者団に対し、「国民に信頼される政党に脱皮するために努力し、その姿を見せられるようにしていきたい。来年の参議院選挙は、護憲政党としての存在意義をかけた重要な戦いであり、しっかりと正面から問いたい」と述べました。
社民党内では、ほかに党首選挙への立候補を目指す動きがないことから、吉田氏が無投票で再選される公算が大きくなっています。


原節子さん死去 欧米メディアも報じる
原節子さんが亡くなったことについて、欧米のメディアは、原さんの足跡を振り返りながら、「日本を代表する国際的な女優が亡くなった」と伝え、その死を悼んでいます。
このうち、アメリカの有力紙、ワシントン・ポストの電子版は「戦後、小津安二郎や黒澤明の作品に出演し高い評価を得て、国際的なスターの座に就いた日本の女優が亡くなった」と伝えました。そして、日本の女性像の原型を体現する演技で高く称賛されたと指摘するとともに、アメリカの映画評論家のことばを引用して、「彼女の演技は驚くほど緻密で繊細だ」と評価しています。
また、ウォール・ストリート・ジャーナルの電子版は、20世紀前半に活躍したあと、原さんと同じように若くして突然、引退したハリウッドの大女優、グレタ・ガルボになぞらえて、その死を伝えました。さらに、アメリカのキャサリン・ヘプバーンやイタリアのアンナ・マニャーニ、フランスのジャンヌ・モローなど各国を代表する女優に匹敵する足跡を残したと指摘し、「彼女が忘れ去られることはないだろう。その存在は今後も、未来の映画ファンたちを魅了し続ける」と称賛しています。

マイマイ180今度はOK・・・でも匂う❓

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Fig02

USA: un policier blanc inculpé du meurtre d'un adolescent noir
Un policier blanc de Chicago a été inculpé mardi du meurtre avec préméditation d'un adolescent noir, ainsi que le montre une vidéo susceptible d'aviver les tensions raciales dans cette région du nord de l'Amérique.
L'inculpation de Jason Van Dyke, 37 ans, a été annoncée par la procureure du comté de Cook, Anita Alvarez, la vidéo en question étant sur le point d'être rendue publique.
De telles poursuites visant un policier sont extrêmement rares aux Etats-Unis et en tout cas inédites depuis des décennies à Chicago.
Placé en détention préventive sans caution, Van Dyke est accusé d'avoir abattu de 16 balles un garcon de 17 ans, Laquan McDonald, une affaire qui fait désormais des vagues bien au-delà de Chicago.
Les faits remontent à octobre 2014, mais la controverse a pris une grande ampleur ces derniers jours en raison de la mobilisation d'habitants de Chicago qui ont exigé que la vidéo soit dévoilée.
Mme Alvarez se trouvait donc, de son propre aveu, sous pression pour agir, après qu'un juge a imposé aux autorités de diffuser d'ici mercredi la séquence montrant les dernières secondes de vie de l'adolescent.
Cette vidéo, filmée par une caméra embarquée dans un véhicule, "est choquante, elle est violente, elle fait froid dans le dos", a commenté la procureure dans une conférence de presse mardi.
Les proches de Laquan McDonald et les organisations de défense des droits des Noirs accusent la police d'avoir cherché à étouffer cette affaire et soutiennent que Mme Alvarez n'a inculpé le policier que parce que les images allaient être publiées.
L'analyse de la vidéo montre que 14 à 15 secondes se sont écoulées entre le premier et le dernier des seize tirs de Van Dyke, selon un compte-rendu d'enquête consulté par l'AFP.
Pendant ce laps de temps, "McDonald gît sur le sol durant environ 13 secondes", note le rapport.
L'adolescent portait un couteau et était sous l'emprise de psychotropes, assure la police. Van Dyke s'est senti menacé, ont affirmé ses avocats.
Selon un compte-rendu d'autopsie, l'adolescent présentait des impacts de balle à la tête, au cou, au thorax, aux bras, à une main, au dos et à une cuisse. Il a été atteint par des tirs de face et de dos.
Chicago, troisième ville de Etats-Unis, redoute désormais les conséquences de la publication de la vidéo et son maire, Rahm Emanuel, a tenu lundi en urgence des réunions avec des représentants de la communauté noire, pour appeler au calme.
Selon le Chicago Tribune, les autorités ont mobilisé la quasi-totalité des policiers disponibles.
Ces 18 derniers mois, des brutalités policières ayant coûté la vie à des Noirs ont déclenché des émeutes, comme à Ferguson ou à Baltimore, et des dizaines de protestations dans tous les Etats-Unis.
Les tensions sont vives également à Minneapolis (nord du pays), ou cinq personnes ont été blessées par balle mardi lors d'une manifestation après la mort d'un Noir abattu par la police.
Selon le mouvement Black Lives Matter, ces tirs émanaient de militants racistes qui prêchent la supériorité des Blancs sur les Noirs.
La police de Minneapolis a annoncé mardi l'arrestation de deux suspects.
Chicago police officer who shot black teen 16 times charged with murder
State’s attorney says officer Jason Van Dyke’s actions as seen in video of shooting of Laquan McDonald ‘were not justified or the proper use of deadly force’
A white Chicago police officer has been charged with murder over the shooting death of a black teenager, just one day before a deadline by which a judge has ordered the city to release a squad-car video of the incident.
Veteran officer Jason Van Dyke was indicted on Tuesday on a first-degree murder charge after shooting 17-year-old Laquan McDonald 16 times. The officer was denied bail at a hearing in Chicago’s main criminal courthouse hours after the state’s attorney, Anita Alvarez, announced the charges against him.
City officials and community leaders have been bracing for the release of the video, fearing an outbreak of unrest and demonstrations similar to what occurred in Ferguson, Baltimore and other cities after young African American men were killed by police. The judge ordered the dash-cam recording to be released by 25 November after city officials had argued for months that it could not be made public until the conclusion of several investigations.
At a press conference before the video’s official release, Alvarez said the officer’s actions “were not justified or the proper use of deadly force by an officer”.
“I have absolutely no doubt that this video will tear at the hearts of Chicagoans,” she said.
Documents filed in court describe the video’s contents, in which the teen is said to be shown walking away from officers on a Chicago street. As McDonald turns away, Van Dyke takes one step towards the teen and begins to fire his gun, the description says.
For 14 to 15 seconds, according the documents prepared by the state’s attorney’s office, the officers unloads his entire gun into the teen, who spends 13 seconds laying face down on the pavement with his arms and legs jerking from the shots making contact with his body. Three clouds of smoke appear during the incident that indicate shots hitting the pavement, according to officials.
Of the eight or more officers on the scene, Van Dyke is the only one to have discharged his weapon.
“With release of this video,” Alvarez said, “it’s really important for public safety that the citizens of Chicago know that this officer is being held responsible for his actions.”
Chicago mayor, Rahm Emanuel, said in a statement that Van Dyke violated “professional standards” and also the “moral standards that bind our community together”.
“Rather tahn uphold the law, he took the law into his own hands and it’s up to the justice system to hold him accountable,” Emanuel said. “But his actions are in no way a reflection of the dedication and professionalism that our police officers exemplify every day and that our residents expect throughout our city.”
Van Dyke is the first on-duty officer to be charged with murder while working for the Chicago police department in nearly 35 years.
Since the death of McDonald, the Chicago police union and the lawyer representing the officer have maintained that he felt that McDonald presented a serious danger to Van Dyke and other officers.
“I can’t speak to why the [other] officers didn’t shoot,” the lawyer representing Van Dyke, Daniel Herbet, told reporters on Friday, according to the Chicago Tribune. “But I certainly can speak to why my client shot, and it is he believed in his heart of hearts that he was in fear for his life, that he was concerned about the lives of [other] police officers.”
Since the incident, Van Dyke has been on paid desk leave while both federal and state investigations into the incident took place.
According to a freedom of information request by the Chicago Tribune, the veteran officer has had at least 15 complaints filed against him while working in high-crime neighborhoods, for accusations including using racial epithets and pointing a gun at an arrestee without justification.
In 2007, the officer was involved in a traffic stop in which he and his partner were found to have used excessive force on a man with no prior convictions, leading to a $350,000 award for damages in the case, the Tribune reported.
Chicago police also moved late on Monday to discipline a second officer who had shot and killed an unarmed black woman in 2012, in another incident causing tensions between the department and minority communities. Superintendent Garry McCarthy recommended firing officer Dante Servin for the shooting of 22-year-old Rekia Boyd, saying Servin showed “incredibly poor judgment” even though a jury had acquitted him of involuntary manslaughter and other charges last April.
Mayor Rahm Emanuel called together a number of community leaders on Monday to appeal for help calming the emotions that have built up over the McDonald shooting.
Some attendees of the community meeting said afterward that city officials waited too long after McDonald was shot to get them involved.
“You had this tape for a year and you are only talking to us now because you need our help keeping things calm,” one of the ministers, Corey Brooks, said after the meeting.
Ira Acree, who described the meeting with Emanuel as “very tense, very contentious”, said the mayor expressed concerns about the prospect of any demonstrations getting out of control.
Another minister who attended, Jedidiah Brown, said emotions were running so high that there would be no stopping major protests once the video was released.
The fears of unrest stem from longstanding tensions between the Chicago police and minority communities, partly due to the department’s dogged reputation for brutality, particularly involving black residents. Dozens of men, mostly African American, said they were subjected to torture at the hands of a Chicago police squad headed by former commander Jon Burge from the 1970s to the early 1990s, and many spent years in prison. Burge was eventually convicted of lying about the torture and served four years in prison.
The two ministers said black people in the city are upset because the officer, though stripped of his police powers, has been assigned to desk duty and not fired.
“They had the opportunity to be a good example and a model across the country on how to improve police and community relations and they missed it,” Acree said.
The Chicago police department said placing an officer on desk duty after a shooting is standard procedure and that it is prohibited from doing anything more during the investigations.
フランス語
フランス語の勉強?
だめ連の働かないで生きるには?!
神長 恒一
筑摩書房
2000-05


状況に追い越されたか  かがりひらく
「だめ」であることが反体制的である、というのはある意味新左翼の伝統的テーゼ、かもしれない。だめ連界隈のいいところは、決して斜に構えていないところ。ポストモダンの相対主義に決してはまらないところだろう。団結への肯定、労働組合など古い左翼運動に対する肯定的態度にもそういうのが良くあらわれているとおもう。
しかし最近、ついぞ聞かなくなった。どうしているんだろう。
90年代はまだ「だめ」がめずらしかったから際だったのだろうか。もはや「だめ」が当たり前になってきた現在、彼らは状況に追い越されてしまったのだろうか。
それでも今を生き抜く上で、重要な本であることはかわらない。



真剣に話を聞く  Edgeworth-Kuiper Belt
「人間は、自分の話を真剣に聞いてくれる相手こそ、最良のパートナーだと思う習性があります」「話し手にしてみれば、この男は本気で聞いてくれているようだ、と思い、話に身が入るものなのです」。
「バブル焼け跡派」を自任するライターの本。元赤軍派議長、政治家、官僚、や*ざなど、さまざまな人の取材をしてきた経験を持つ。特に、AV嬢インタビューは20年(合計640人)に及ぶという。ちなみに、「キャバクラ被害者の会」の副会長でもあるということで(笑)、これはAV嬢へのインタビューのときのネタに好評だとか。一方、彼女達の多くは心に傷を持ち壮絶な経験をしているので、きちんと真剣に接しないと心を開いてはくれないのだ。しかし、このような著者は、実は元々人と話すのがとても苦手だったのだという。
基本は人の話を真剣に聞くこと。L字型に座る。女性に対しては、笑いをとる、身につけている服やアクセサリーなど1つは話題に載せる。人はあまり言いたくないことは抽象的な表現を選ぶ傾向があるので、そういうときは固有名詞で語ってもらうにする。怒りを長時間持続させるのは困難なので、抗議に来た人にはまずどこまでも喋らせて、一息ついたところですかさず妥協点をさぐる。トップと話ができたときにはきちんとフォローもする、といったようなコツが披露されている。
また、本書に登場する数々の人々のインタビューの記録も大変興味深い。一度に10個の乳房を目の前にしながら話を聞く、なんてどんな感覚だろうか(笑)。いずれにせよ、なかなか面白かった。

BS世界のドキュメンタリー▽遺伝子組み換え戦争“戦略作物”巡る闘い 欧vs米
アルゼンチンの大規模大豆農場。特定の農薬に耐性を持つ遺伝子組み換え(GM)大豆の生産が盛んだが、大規模農場に隣接する村々では奇形や遺伝子異常を持つ子供が多い実態が報告される。地域では枯葉剤で知られる米・モンサント社製などの農薬を複数混ぜ合わせた使用もされていた。食の安全性を重視するヨーロッパ諸国はGM農業の導入に慎重な姿勢を取るがGM企業を擁するアメリカは各国に対して規制緩和を強く働きかけている。
合瀬宏毅〜2014年 フランス Premieres Lignes Television制作〜


前回マイマイ失敗したので今日こそと思って頑張りました.180のマイマイ一応OKでした.でも少し問題がある感じもします.匂います.
Hiさんからメールが届きました.よかったです.

被災地の息遣い長く発信 横浜のショップ奮闘
 東日本大震災の被災地の商品を扱う横浜市の再生支援ショップ「愛と勇気とさんま」が腰を据えた取り組みを続けている。2013年6月の開店から2年半。最近は宮城県の知人から届く河北新報の古新聞を包装紙に使い、震災から4年8カ月がたった被災地の息遣いを伝えている。
 支援ショップは横浜市の中央卸売市場南部市場や神奈川県建築安全協会の関係者らが協力して誕生させた。赤レンガ倉庫などがある横浜港近くの歴史的地区の一角に店を構える。
 ビル1階の二十数平方メートルのスペースで、宮城県女川町をはじめ石巻市や塩釜市、岩手、福島両県から取り寄せた水産加工品や菓子類などを販売している。
 今月2日に店頭で「女川のさんまのつみれ汁」の販売を始めた。店内には「がんばっぺ女川!」などと被災地を思うメッセージを記した掲示物があちこちにある。近隣で働く人らが次々と立ち寄り、にぎわいが絶えない。
 震災直後、南部市場で働く有志が支援のため女川町に駆け付けたことがショップ開設のきっかけとなった。被災地の産品を顧客にプレゼントする活動を始めた建築安全協会が店のスペースを提供した。
 店長の須藤佐和子さんは震災当時、南部市場の業務用調味料店の店員だった。女川などの支援に積極的に関わり、支援ショップの店長に就いた。
 「復興への道のりはまだまだ長い。つながりができた多くの方々と一緒に、このお店から被災地の息遣いを伝えていきたい」と須藤さんは話す。
 宮城県富谷町の会社員大沼直哉さん(44)はことし初め、支援ショップの応援団になった。仕事で横浜に出向いた際に来店。須藤さんが「河北新報で商品を包みたい」と話しているのを耳にし、協力を申し出たところ快諾された。
 大沼さんの同僚も賛同し、集まった古新聞の束をこれまで数回送った。商品は今、須藤さんが丁寧に包装してお客さんに手渡す。
 大沼さんは「再生を応援してくれる横浜の皆さんへの感謝の気持ちを込めて新聞を送っている。宮城の復興の一助になったらうれしい」と語る。


<仮設商店街>石巻市16年10月末まで延長
 宮城県石巻市は24日、年内での閉鎖を打ち出していた市中心部の仮設商店街「石巻立町復興ふれあい商店街」について、来年10月末まで設置期間を延長すると正式に決めた。移転先が決まらない商店主の要望を受け、当初の方針を転換した。
 市商工課の沓沢秀幸課長は「商売を再開する意志があるのに市街地再開発事業が遅れるなどし、街中でテナントが見つからない状況を勘案した」と説明する。
 市が商店街の17店舗に実施した意向調査では9月末現在、再建済み1、検討中10、未定2、再開困難3、退去予定1だった。移転先確保に苦しむ商店主たちは10月末、2年間の設置延長を市に要請していた。
 商店街は2011年12月にオープン。石巻商工会議所が民間の駐車場を借り上げ、中小企業基盤整備機構がプレハブ店舗などを整備した。市は土地の賃借料相当分などを助成している。
 商店街は来年11月で建設から5年になる。中小機構は完成後5年以内の施設の解体費用を助成することなどから、市は設置期限を来年10月末と決めた。市は賃借料相当分などの支援を継続する意向で、来年の市議会2月定例会に関連議案を提出する。
 電気店を営む仮設店舗会の佐藤秀博会長(59)は「次を考える時間的余裕ができ、ほっとした。早く再建の方向性を決めたい」と話した。


仙台中心部の新アーケード 愛称を募集
 仙台市青葉区一番町の藤崎北西側の市道十字路で建設が進められていた新たなアーケードが12月1日、完成する。整備した周辺3商店街は同日、アーケードの愛称募集を始める。
 新アーケードは、十字路に接する一番町一番街、おおまち、サンモール一番町の3商店街が、国と市の補助金を活用して整備。周辺三方にアーケード街があるにもかかわらず、十字路部分だけ設置されていなかった。
 高さ約15メートルの鉄骨製。樹木をイメージしたデザインで、透明な屋根から太陽光が入る開放的な設計にした。一番町一番街商店街振興組合の伊藤政博事務長は「一番町の新しいランドマークとして誰からも親しまれる名前を考えてほしい」と呼び掛ける。
 応募は1人1点のみ。はがきに愛称とその説明、氏名など必要事項を記入し郵送などで応募する。採用作品賞の受賞者には、市中心部の商店街で使える共通商品券10万円分を贈呈する。締め切りは来年1月15日(当日消印有効)。2月下旬に結果を発表する。連絡先は一番町一番街商店街振興組合022(265)5146。


避難者の内陸志向/生活優先の支援が不可欠
 被災した沿岸の地元には戻らず、いま暮らしている内陸部に住み続けたい。
 東日本大震災から5年の節目を前に、岩手県では内陸避難者の定住志向が一段と強まっている。県が20日公表した本年度の避難者アンケートでその傾向が鮮明になった。
 沿岸から県内陸部への避難者のうち「元の市町村に戻りたい」と答えたのは18.5%にとどまり、前年度調査と比べ4.2ポイント減った。県外避難者も19.8%で6.1ポイント減。ともに初めて2割を切った。
 対照的に「避難先に定住したい」と回答したのは内陸避難者が53.1%で前年度比2.4ポイントの増加。県外避難者も45.0%で1.8ポイント増えた。
 被災者が避難先への定住志向を強める要因は、復興の長期化にほかならない。
 内陸避難世帯の主な生計維持者の年齢は52.1%が65歳以上で多くが高齢だ。生活資金の工面に関する設問(複数回答)では、56.9%が「年給・恩給」、13.8%が「義援金や支援金」を挙げた。
 復興が成し遂げられるまで待つ余裕はないという切迫した現実が浮かぶ。葛藤の末に定住を選ぶ人は、今後も増えることが予想される。
 岩手の復興政策は、沿岸被災地のインフラ整備や住宅再建が要であることは言うまでもない。加えて、内陸避難者の生活再建サポートも時間の経過とともに重みが増している。国や県、避難先の自治体には手厚い支援を継続するよう求めたい。
 内陸避難者が現在住んでいる自治体への定住を望む理由(複数回答)は「利便性が高い」が46.6%で最も多かった。「住宅を再建した、再建を予定」が45.0%、「現在の場所で仕事をしている」が28.7%と続いた。生活の定着ぶりがうかがえる。
 地元帰還を諦める背景には生活不安がある。今後の支障を聞いた調査では「健康」42.6%、「高齢」36.8%、「住宅再建資金」21.7%が上位を占めた。
 望郷と実生活のはざまで揺れながらも、医療環境や経済的理由から定住を選択せざるを得ない葛藤が読み取れる。
 居住形態は、みなし仮設が最も多く5割弱。新たに自宅を新築したり購入したりした人は3割で微増した。みなし仮設の供与期間終了後については3割が検討中だが、22.9%が「みなしに引き続き居住」、16.7%が「災害公営住宅に入居」と答えた。
 定住志向の強まりは、県が検討する内陸部への災害公営住宅の建設判断に影響するとみられる。県の担当者は「できるだけ元の居住場所に戻ってもらうのが基本だが、生活再建に課題を抱える内陸避難者は多い。内陸への整備は一つの選択肢になる」と話す。
 慎重な検討が必要であることは言うまでもない。被災した沿岸市町村は震災前と比べ人口が約1割減少しており、帰還を促す体制整備を急ぐ。内陸定住は沿岸自治体の人口流出につながる。
 判断にはジレンマが付きまとうが、生活の実情を踏まえた支援は取りも直さず内陸避難者の生活復興につながる。県と沿岸自治体の政策連携に期待したい。


廃品活用し義援金「善意広がるきっかけに」
 東日本大震災の被災地を内陸から継続的に支援しようと、宮城県栗原市一迫の経営者ら5人が廃品回収を活用して義援金を集めている。一迫は2008年の岩手・宮城内陸地震で甚大な被害を受けた。「小さな善意を大きな流れに」を合言葉に息の長い取り組みを続ける。
 5人は「綿屋」で知られる金の井酒造(栗原市)の三浦幹典(もとのり)社長(54)や、栗原観光タクシー(同)の野村浩也社長(52)ら旧一迫中の同窓生。昨年9月、小さな志をノミに例えた「のみの会」を結成。三浦さんが会長に就き、廃品回収による支援を始めた。
 三浦さんは取引で出る段ボールを、野村さんは廃バッテリーを廃品回収に回した。他のメンバーは自宅でアルミ缶や雑誌などを集めた。業者に売却するなどして、これまで生み出した義援金は10万円に達した。
 会は「将来を担う子どもを支援したい」と震災孤児を支援する宮城県気仙沼市の団体などを念頭に支援先を検討する。
 三浦さんは「内陸地震では酒蔵や設備が壊れ、自己資金で回復する苦労があった。個人の生活再建は本当に大変で、復活するまでの苦労は分かっているつもりだ」と被災地を思いやる。
 野村さんは「少しでも手を差し伸べられればいい。持続可能で息の長い活動にしたい。小さな活動だが、善意が広がるきっかけになるとうれしい」と意気込みを話した。


被災地に豊かな森を ドングリ拾い苗木に
 東日本大震災の被災地で植樹活動を続ける三越伊勢丹グループは16日、仙台市青葉区の青葉神社で、植樹する苗の種となるドングリを採取した。
 全国各地のグループ店販売員ら約90人が参加した。神社境内でシラカシとアカガシのドングリを拾い、30分ほどで約3万3000個を集めた。
 ドングリは、被災地の森づくりに取り組む「瓦礫(がれき)を活(い)かす森の長城プロジェクト」の事務局(東京)などが、2年以上かけて30〜40センチの苗に育てる。
 同グループは2013年からプロジェクトに参加し、ドングリの採取と岩沼市での植樹を続けている。参加した仙台三越の渡辺憲一社長は「植えた苗が育ち、豊かな暮らしの一助になればいい」と願った。


<蕪嶋神社全焼>社殿の撤去作業始まる
 全焼した青森県八戸市の蕪嶋神社で24日、社殿の撤去作業が始まった。一方、仮設社務所は市への書類申請のため、プレハブの設置完了予定が12月1日から年末にずれ込む見通しとなった。
 作業は蕪島までクレーン車の通路を整備し、がれきを袋に詰めて神社のある蕪島頂上から運び出す。初日は通路の整備とがれきの袋詰めを実施した。12月19日までに終える予定だ。
 仮設社務所は市の指摘を受けて計画を見直した。神社側は申請が不要と判断したが、プレハブでも建築確認申請などが必要だった。
 小林真市長は5日の火災後、神社再建への支援を表明。市建築指導課は「申請の審査を急ぐなどの対応を取りたい」と説明する。
 12月6日の「納め弁財天年越感謝祭」は内容を変更し、規模を縮小して関係者だけで行う。宮司の野沢俊雄さん(65)は「形を変えてもお祭りは続けたい」と話している。


志村けん ブログで母の死を報告
 お笑い芸人・志村けん(65)の母・志村和子(しむら・かずこ)さんが23日午前2時40分に亡くなっていたことを25日未明、志村が公式ブログで明らかにした。96歳だった。通夜は26日午後6時、葬儀・告別式は27日午前10時から、いずれも東京都東村山市本町2の19の36、長坂式典センターで行われる。喪主は長男知之(ともゆき)氏。
 志村は午前3時19分に「私事ですいません」とのタイトルでブログを更新し、「私の1番のファンの母親が亡くなりました」と報告した。
 和子さんは体調を崩して2カ月前から入院していたが病状が悪化、志村は22日に「志村けんのだいじよぶだぁスペシャル」の収録が終わって病院へ行き、死に際を見取ったという。
志村は「それまでは元気で、8月の志村魂の舞台は元気で観に来ました。10年続けて志村和子は観に来ました」と和子さんをしのび、「舞台で津軽三味線を弾く時は 客席から けんちゃん 頑張って 会場に響き 緊張して間違えてしまったのを覚えてます」と一番のファンであり続けた和子さんの様子を思い描いた。
 志村は3人兄弟の末っ子。和子さんは志村と共にテレビ出演したことも多く、その際はいつも志村に「嫁さんはどうすんだ?」と尋ね掛けていた。
 志村はブログの最後に「母ちゃん有難う御座います 私を産んでくれて有難う 天国からまだまだ応援 見守って下さい」と母に贈る言葉を記した。


<核燃サイクル>曲がり角?揺れる下北半島
 原子力関連施設が集中する青森県下北半島に戸惑いが広がっている。日本原燃の使用済み核燃料再処理工場(同県六ケ所村)は通算23回目の完工延期が決定。高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)で廃炉の可能性が浮上するなど、国の核燃料サイクル政策の行方も不透明だ。立地する原発の運転再開は見通せず、地元関係者は経済的影響への懸念を強めている。
 「万が一にも、再延期がないようにしてほしい」。日本原燃が再処理工場などの完工時期延期を明らかにした今月16日、地元・青森県六ケ所村の戸田衛村長は、村役場を訪れた原燃幹部に強くくぎを刺した。
 3日前、原子力規制委員会がもんじゅの運営主体の見直しを文部科学省に勧告。対応によっては廃炉議論が本格化する可能性が出てきた。もんじゅの存廃は再処理工場の存在意義を左右する。戸田村長は「新たな体制がどうなるのか。推移を見守りたい」と言葉を選んで話した。
 下北半島には使用済み核燃料の中間貯蔵施設、原発なども立地する。エネルギー政策の先行きが見通せない現状に、地元関係者は焦りを募らせる。
 背景には原子力関連産業への依存度が高い地域経済の停滞がある。地元商工団体などでつくる青森地域エネルギー施設立地商工団体協議会が12日に六ケ所村で初めて開催したフォーラムでは、苦境を訴える声が相次いだ。
 運転停止中の東北電力東通原発が立地する東通村の商工会では、東日本大震災前に約250人いた会員が約200人に減少。事業者の倒産が4件、廃業が十数件あった。川村寛会長は「地域の経済は壊滅的だ」と危機感をあらわにした。
 原子力関連施設があるむつ市、大間町、東通村、六ケ所村の4首長は来年2月にも核燃料サイクルの堅持や立地地域への財政支援などを国に要望する方針だ。
 宮下宗一郎むつ市長は「核燃サイクルは見直しを迫られているが、国の(推進の)方向性はぶれていない」と強調。「大消費地のエネルギーを支える地域の声、実情を発信し続けることが必要だ」と語った。


就活見直し/根本から在り方の議論を
 大学生の就職活動の時期を来年から変更することを、経団連が正式に決めた。会社説明会や正式内定の解禁はそのまま据え置かれるが、企業の採用面接の開始は大学4年の8月から6月に前倒しされる。
 反対していた大学側も事実上受け入れた。しかし経団連は今年から採用日程を繰り下げたばかりで、わずか1年での方針転換だ。「朝令暮改」と批判されるのは当然だろう。
 もともと安倍政権が「学業に支障が出る」などと経済団体に要請し、4月から8月に繰り下げた。政府にも混乱を招いた責任がある。
 企業側の対応も問題だ。大手を中心に大学3年の夏休みごろからインターンシップ(就業体験)で囲い込むケースが目立った。外資系や中小企業は大手より先に選考し、学生は4月ごろから面接に追われた。
 内閣府の調査では日程繰り下げで、57%の学生が「実質的に長期化して負担が増した」と回答した。就活が5カ月以上に及んだ割合も7割を超えた。内定を盾に就活を終わるように圧力をかける「就活終われハラスメント(オワハラ)」を受けた学生も2割に上る。学業優先といいながら、学生には悪影響が出た。
 ただ、今回の日程の見直しで、学業への支障が軽減されるかは疑問が残る。6月に前倒ししても授業などへの影響を懸念する声が上がる。大学側は休日や平日の夕方に面接を行うなどの配慮を求めている。経団連も指針に盛り込む方針だ。
 この際、新卒一括採用の是非や通年採用など採用の在り方を根本から見直すべきではないか。学生や経験者らの意見を尊重し考えたい。
 就職は、人生を決める大切な選択だ。学生にはネット情報だけに頼らず直接企業訪問するなど、広く情報を収集する努力をしてほしい。
 「娘は就活で落ち込む毎日だったが、神戸新聞の就活応援の記事で、ある企業人の『汗だくになっても自分の言葉で答えてほしい』という言葉に出会い、それを生かして面接に臨み内定をもらえた」。読者からこんな体験談も寄せられている。
 一方、せっかく就職しても3年以内に辞めた人の割合が3割を超えている。企業のイメージや知名度で選ぶ傾向があり、仕事内容や働き方を理解していないのが一因だろう。早い時期から仕事について考えるキャリア教育をしていく必要がある。


テロと市民社会 憎しみで応えぬために
 パリの市民生活を無差別に襲った同時多発テロ事件から10日あまりたった。フランスの非常事態宣言は来年2月まで延長され、市民の組織的な集会は規制されたままだ。テロ実行犯が拠点にしていた隣国ベルギーでも首都圏の地下鉄が閉鎖されるなど厳戒態勢が続いている。
 それでもテロの現場となったパリ中心部のカフェや共和国広場には、犠牲者を悼む花束が絶えない。過激派のテロに抗議するイスラム教徒たちも追悼に訪れている。
 テロの恐怖を克服し、市民社会の日常を取り戻そうとしている人々の努力は心強い。テロで妻を亡くしたフランス人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさん(34)もその一人だ。彼がテロ実行犯に呼びかける形でつづったフェイスブックへの投稿が世界に共感の輪を広げている。
 「私は君たちに憎しみの贈り物をあげない。君たちはそれを望んだのだろうが、怒りで憎しみに応えるのは、君たちと同じ無知に屈することになる」
 報復ではなく、残された1歳半の息子との日常を取り戻すことこそがテロに屈しないことだという決意をつづったメッセージは22万回以上共有され、各国から励ましのメッセージが寄せられているという。
 フランスはじめ欧州各地でイスラム教徒に対する嫌がらせが増え、中東からの難民を閉め出そうとする動きも強まっている。そうした動きに反対し、冷静さを呼びかける声も広がっている。テロは憎むべき犯罪だが、それとどう向き合うべきかを市民社会も試されている。
 フランスは過激派組織「イスラム国」(IS)への空爆作戦を強化した。オランド仏大統領は米露首脳との会談でISに対抗する「大連合」の形成を目指している。軍事作戦で協調し、ISに打撃を与えることも必要だろう。しかし、それだけでテロを防ぐことはできない。
 フランス革命で勝ち取った厳格な政教分離という価値観が、イスラム教の価値観と摩擦を生んでいる。フランスへ旧植民地から渡った移民の2世にあたる若者たちは、就職難や貧困に不満を募らせている。こうした問題が解決されなければ、テロを生む土壌はなくならない。
 しかし、何より大事なのは、憎しみの連鎖を断ち切る努力である。怒りにまかせて報復するのはたやすいが、人々に恐怖心と憎しみを植え付ける。「敵と味方」に分断して争わせることこそテロリストの狙いだ。
 非常時の中でいかに冷静さを保ち憎しみを乗り越えるべきなのか。市民社会をテロの脅威から守るためにフランスの人たちと連帯してできることを考えたい。


黒人少年に16発浴びせた白人警官を訴追 米シカゴ、殺人容疑で 抗議デモが警察署取り囲む
 【ニューヨーク=黒沢潤】米中西部イリノイ州の検察当局は24日、同州シカゴで昨秋、黒人少年に16発の実弾を浴びせて殺害したとして、白人警官のジェイソン・バンダイク容疑者(37)を殺人容疑で訴追した。シカゴでは24日夜、事件に抗議する黒人住民らの抗議デモが発生し、警察署を取り囲む事態となった。
 事件は昨年10月20日に発生。ナイフを持った男が路上を歩いているとの通報で駆け付けたバンダイク容疑者が、黒人少年のラクアン・マクドナルドさん(17)を銃撃した。
 マクドナルドさんはナイフを所持していたものの、バンダイク容疑者から遠ざかるように徒歩で移動。しかし、容疑者は数発発砲し、マクドナルドさんが体を激しく回転させて路上に倒れた後も十数秒間撃ち続けた。
 事件を担当するアルバレス検察官は「明らかに行き過ぎで、権力の乱用だ。『力の行使』は不必要だった」と断罪した。
 バンダイク容疑者は過去4年半の間に、「権限の過剰行使」で住民から20件の苦情が寄せられていた。しかし、警察側はいずれの件も、不問に付していた。
 訴追発表後、警察側は判事の命令で事件当時のビデオ映像を公開。容疑者は当初、身の危険を感じたため発砲したと主張していたが、ビデオ映像で矛盾が明らかになり、黒人住民らの怒りに火が付いた。
 黒人住民らは「私たちを殺すな、(殺人について)どう感じているか私たちに言え。私たちを殺すな、(心の傷を)どう癒やせばいいのか私たちに言え」と連呼しながら激しく抗議した。厳寒にもかかわらず、デモ参加者は約300人に膨れ上がり、警官隊との小競り合いも起きた。
 ロイター通信によれば、少なくとも2人が逮捕され、釈放を求めてデモ参加者が警察署を一時取り囲む事態にもなった。
 シカゴのエマニュエル市長は黒人住民らに対し、平静を保ち、暴動を起こさないよう自制を要求。警官の過剰な対応でここ最近、命を落とした黒人住民の家族らも平和的なデモを求めた。
 米国で3番目に大きな都市であるシカゴ(人口約270万人)は、白人、黒人、ヒスパニック(中南米系)の人口がそれぞれ約3分の1を占める。2008〜14年の統計では、警察権限の過剰行使が原因で住民が犠牲となる銃撃が年平均で17件発生している。

図書館の本が濡れて・・・/熊本のさがほのか/

ブログネタ
フランス語 に参加中!
UNICUM

Saint-Denis : cinq jours après l'assaut, les familles toujours sans solution
Les 71 personnes délogées lors de l'intervention dans la nuit de mardi à mercredi derniers dorment toujours dans un gymnase, faute de pouvoir rejoindre leur appartement.
Il est assis sur un banc au milieu d’un grand gymnase bruyant, le regard dans le vide. Derrière lui, des enfants jouent sur des tapis. Des lits de camp sont dépliés aux quatre coins de l’immense pièce. Oufkir, 45 ans, est hébergé ici depuis mercredi dernier, avec 70 autres personnes. Il dort mal. ≪Je n’arrive pas à fermer l’œil. Ma tête travaille dans le vide≫.
Jusqu’ici, il habitait au 48 rue de la République à Saint-Denis, dans l’immeuble pris d’assaut par les policiers mercredi dernier. Un deux-pièces partagé avec un cousin depuis quatre ans, loué 650 euros par mois – ≪en mauvais état mais quand t’as pas le choix≫… Dans la nuit de mardi à mercredi derniers, quatre jours après les attentats qui ont touché Paris et Saint-Denis, le Raid et la BRI (Brigade de recherche et d’intervention) lancent une intervention d’envergure dans son immeuble. Son appartement est à l’étage en dessous de celui où se trouvaient les terroristes présumés. ≪Je dormais. Et d’un coup, une énorme explosion≫, raconte Oufkir. Il se planque sous le lit, casse des lattes du sommier pour se faire un peu de place, et n’ose plus bouger. ≪Ca tirait, ça tirait de partout.≫
Pieds nus, en ≪tenue de nuit≫, dehors
Il reste comme ça quasiment deux heures, sans savoir ce qui se passe, sans parvenir à communiquer avec son cousin, caché dans l’autre pièce de l’appartement. ≪Le moment le plus terrible, dit-il, c’est quand le toit est tombé sur nous. Après, ça sentait le gaz… Je n’arrivais plus à respirer. ≫ Il réussit à dégager un bout de drap de son lit pour se protéger le visage, mais cela ne suffit pas. ≪Je ne pouvais plus respirer, j’allais mourir. ≫ Il sort alors de sa cachette, frappe à sa ≪propre porte≫. Les hommes du Raid la défoncent, braquent leur arme sur Oufkir. Puis lui demandent combien ils sont dans l’appartement, avant de le faire sortir. Il est pieds nus, en ≪tenue de nuit≫, sans rien, pas d’argent, pas de papier. ≪Je suis passé de policiers en policiers≫, explique-t-il, jusqu’à se retrouver ici, au gymnase Maurice-Baquet, tout près de la gare RER de Saint-Denis.
Au total, 71 autres personnes (dont 26 enfants) tous résidents de l’un des quatre bâtiments du 48 rue de la République, ont été, comme lui, évacués et sont hébergés depuis dans ce gymnase. Abdel dit s’être enfui avec une corde qu’il avait dans son appartement depuis un incendie de l’immeuble causant un mort il y a quelques années. Prescilla, 25 ans, vivait dans le bâtiment A, ≪en face≫. Elle raconte qu’elle est restée cloitrée dans son placard avec ses deux filles de 5 et 6 ans jusqu’à 13 heures… ≪Personne n’est venu nous chercher, on est sorties par nous-mêmes, et on s’est retrouvées avec un pistolet sur la tête et conduites comme ça au commissariat. On nous a traitées comme si on était des criminelles≫, dit-elle de la colère dans la voix. La colère est montée ces derniers jours, avec ce sentiment que ≪jamais les choses ne se seraient passées de cette manière à Paris.
≪Nous voulons un engagement écrit nominatif≫
Prescilla était présente lundi après-midi, lors d’une conférence de presse organisée par la municipalité. Le maire de Saint-Denis, Didier Paillard (PCF), dit avoir fait le boulot : gérer l’urgence, en ouvrant le gymnase et finançant les repas avec le soutien logistique de la Croix Rouge. Mais s’indigne du ≪manque de considération de la part de l’Etat≫. Six jours après l’assaut, les familles sont toujours dans le gymnase, sans visibilité pour la suite. Aucun ministre n’est venu les voir, déplore le maire. ≪Nous avons vécu un double traumatisme dans notre ville : l’attentat du 13 novembre, et puis ce 18 novembre. Le préfet ne semble pas avoir conscience du traumatisme que peut causer un assaut qui a duré plus de sept heures ! L’Etat ne peut en faire fi.
Dans une lettre ouverte adressée au Premier ministre Manuel Valls, il demande que les habitants soient reconnus comme des victimes d’attentat terroriste et que l’Etat s’engage à reloger l’ensemble des familles. ≪Nous voulons un engagement écrit nominatif, pour chacun≫, réclame Widad, une habitante, assise à côté du maire. ≪Malheureusement, déplore Didier Paillard dans son courrier, la préfecture s’engage uniquement à reloger les habitants de la cage d’escalier où étaient hébergés les terroristes. ≫ Seuls les habitants du bâtiment C, donc, où vivait Oufkir. ≪5 000 balles ont été tirées. Des explosifs, des grenades… La structure de l’immeuble a bougé. Nous attendons l’expert mercredi prochain, mais il y a une forte probabilité que plus aucun des bâtiments ne soit accessible, explique Stéphane Peu, adjoint au maire au logement. L’Etat est absent, il faut qu’il s’empare du sujet, et vite. C’est impensable.
Ping-pong entre autorités
Joint par téléphone en fin de journée lundi, le préfet pour l’Egalité des chances, Didier Leschi, répond que ≪justement il est pour la troisième fois depuis mercredi dans le gymnase à la rencontre des familles. J’ai donné ma parole publiquement : toutes ces familles seront relogées dans le parc social≫, passant prioritairement devant les 90 000 dossiers en attente de logement social. Il propose de loger les familles en attendant dans des hôtels, solution qu’elles ont pour l’instant collectivement refusée de peur de tomber ensuite dans l’oubli… Elles veulent une preuve écrite. ≪Je m’y engage, a-t-il répété, pour l’ensemble des familles, contrairement à ce que dit la mairie≫. Dans cette bataille de ping-pong entre mairie et Etat, le préfet Leschi renvoie une nouvelle fois la balle à la municipalité : ≪En revanche, les logements sociaux qui seront trouvés seront pris dans le contingent commun, et donc la ville devra participer. Ce qu’elle refuse pour l’instant.
Pendant que les autorités s’écharpent entre elles, la solidarité locale s’organise. A l’entrée du gymnase, un amas de vêtements, apportés par les habitants – il manque chaussettes, culottes, déodorants et shampoing. Et cette requête formulée par Abdel : ≪Ecrivez dans votre journal qu’on aimerait que des Parisiens viennent nous voir. Qu’il y ait du monde, qu’on sente un soutien. C’est important.
Marie Piquemal
フランス語
フランス語の勉強?
プレミアムよるドラマ 仮カレ(4)「恋の四角関係」
日下部(眞島秀和)から突然キスされた杏(相武紗季)は、現場を直人(塚本高史)が目撃していたことを知らなかった。若い瞬(白洲迅)が年上の自分に近づいてきた本当の理由を知った美樹(中越典子)は、逆に瞬を利用してやろうと交際を承諾する。利益の出ない新事業を立て直そうと頑張る杏は、献身的に助けてくれる直人の優しさを改めて見直す。だが日下部から、直人が2人のキスを目撃していたと聞いて怒りがこみ上げてきた。
相武紗季,中越典子,塚本高史,白洲迅,古畑星夏,小宮有紗,我妻三輪子,田中直樹,木南晴夏,眞島秀和,秋山菜津子,紫吹淳,中嶋理乃 加藤綾子


お昼ご飯を食べに外に出た時に図書館から借りていた新書版の本2冊が濡れてしまいました.弁償とかになったら大変です.お造り定食を食べた後部屋に戻って濡れた個所に紙をはさんで重しを載せてしばらく置いておきました.
イチゴが安売りされていたので買いました.熊本のイチゴ.でもさがほのかって書いてあります.まあどうでもいいやと思って美味しくいただきました.

<震災4年8カ月>2人の遺骨 家族待つ
 宮城県東松島市大塩の小さなプレハブ小屋で、東日本大震災で犠牲になったとみられる2人の遺骨が仮安置されている。震災から4年8カ月が過ぎ、身元の特定は難しくなっているが、家族の引き取りを待ちながら大事に弔われている。
 一帯は震災直後、火葬が間に合わないことから市が犠牲者を一時的に土葬した仮埋葬地だった。プレハブは警察による遺体確認などのために建てられ、市が身元不明遺骨の保管場所として使用してきた。
 当初、遺骨は50柱を超えていたが、徐々に身元が判明。祭壇には現在、大小二つの骨箱だけが並ぶ。
 大きい箱には「1043」と番号が記されている。震災から4カ月後、海上で見つかった成人男性が眠る。身長約170センチで、発見時は青いタートルネックを着ていた。小さな箱は体の一部の遺骨で、身元不明者数に含まれていない。いずれも宮城県警が身元特定の作業を続けている。
 毎月11日の月命日には市職員が掃除したり、手を合わせたりする。市建設業協会所有のプレハブの借用期限は来年3月で、市は新たな安置場所を探しているという。市の担当者は「一日も早く身元が分かり、遺族の元に帰れるよう願っている」と話している。
 被災3県で今も身元が特定できない犠牲者は岩手60人、宮城16人、福島1人。遺骨はそれぞれの自治体が管理し、寺院や墓地などに仮安置されている。(写真部・庄子徳通)


<大槌旧庁舎>町長、解体方針変えず
 東日本大震災で被災し、震災遺構として一部保存が検討された岩手県大槌町の旧役場庁舎をめぐり、平野公三町長が掲げる解体方針に関する最後の町民説明会が23日、町役場であった。参加者からは賛否両論が出た。平野町長は解体方針を変えない考えを示した。
 町内外の約100人が参加した。平野町長は「現時点で解体の考えに変わりはない。問題をはっきりさせて前に進みたい」と表明。解体費を含む補正予算案を12月定例会に提出する意向をあらためて示した。
 意見交換では賛否が割れた。津波で親族や友人を亡くした男性は「町外の人は家に帰れば旧庁舎を忘れられるが、私は毎日のように前を通る。見るのがつらい」と解体を望んだ。
 別の男性は、町議会が保存を求める請願を2度にわたり不採択にした経緯を重視。「議会は既に解体を決めた。町長が保存を決めれば、議会は不要ということになる」と指摘した。
 復興支援を機に町に移住した男性は「見せ物にしたくないと言う人がいるが、旧庁舎を訪れ手を合わせる人は町民の思いを感じ、町のことを忘れないという気持ちでいる。旧庁舎は町が外部とつながるための大事な場所だ」と強調した。
 震災で一人息子を亡くした女性は「二度と悲しみを繰り返してはいけない。旧庁舎は津波の怖さと恐ろしさを伝え、命を守るために絶対必要だ」と訴えた。
 将来を担う大槌高生徒が保存を望んだことを尊重すべきだとの発言もあった。議論を深めるため解体を先送りする提案も出た。


河北春秋
 気仙沼市役所に来月20日まで、一着の赤白横じまのジャージーが飾られている。ラグビーワールドカップ(W杯)イングランド大会の日本代表で同市出身の畠山健介選手(サントリー、仙台育英高−早大出)が、米国戦で着たユニホームだ▼胸には桜のエンブレムが咲き、自身や東北ゆかりの大野均(東芝、日大工学部出)真壁伸弥(サントリー、仙台工高−中大出)三上正貴(東芝、青森工高−東海大出)各選手らメンバー31人のサインも記されている。訪れた市民は、地元が生んだヒーローの活躍ぶりを思い浮かべ、興味深げに眺めている▼畠山選手は右のプロップ。スクラムの柱となって、最前線で相手とじかに組み合う。楽なポジションなど一つも無いけれど、ラグビー経験者なら誰もが敬意を表する、過酷で泥臭い役割だ▼日本代表右プロップといえば、新日鉄釜石V7戦士の故洞口孝治さんを思い出すファンは多いだろう。鬼の形相で献身的にプレーし、ノーサイドとなれば人懐っこい笑顔が印象的だった。まさに「気は優しくて力持ち」。畠山選手の姿に重なる▼2019年のW杯。会場となる釜石市で、畠山選手の活躍を再び見たい。その時、三陸の復興はどれほど進んでいるだろうか。道は過酷でも、東北人の粘りでやり抜くしかない。


震災以降悪化…教職員の心身不調やや改善
 東日本大震災以降、悪化傾向が確認された教職員の心身の健康が改善しつつあることが、宮城県教委がことし6月に実施した調査で分かった。一方で、専門機関によるメンタルヘルスケアが必要な教職員も一定程度いるとみられ、県教委福利課は「引き続き心身のケアに務める」と話す。
 調査は2011年12月と13年6月に続き3回目。県内の公立小中高、特別支援学校の教職員1万8859人を対象に実施した。回収率は84.2%。調査票に自己記入する方式で、健康状態や睡眠、ストレスなど計36項目を尋ねた。
 精神面の健康評価で、セルフケアで対応可能な「心配ない」「注意が必要」の教職員は前回より3.4ポイント多い87.5%。専門機関のケアが必要な「かなり注意が必要」は6.0%、「要注意」は4.8%で、ともに前回とほぼ同じ割合だった。
 仕事への意欲が低下するバーンアウト(燃え尽き)も、「心配ない」「注意が必要」が73.8%と4.6ポイント増えた。これに対し「要注意」は16.7%で、前回とほぼ変化がなかった。
 震災前との業務量の比較では「大幅に増えた」が10.2%、「増えた」34.9%とそれぞれ微増。二つの回答の合計を圏域別でみると、東部(石巻市、東松島市、女川町)が第1回調査の66.1%から56.2%に減少。南三陸(気仙沼市、南三陸町)は61.3%と横ばいだった。
 「仕事が楽しいと感じたことがある」と答えたのは78.3%で、前回比4.9ポイント増。圏域別では南三陸が80.7%で最も高く、県教委福利課は「業務量が増えたが、やりがいを持って仕事に取り組んでいる」と分析した。
 県教委は専門機関のケアを希望する教職員に、臨床心理士による個別面談やメール相談の窓口を紹介している。


被災地農産品 早大生メニュー提案し売り込む
 岩手、宮城、福島の被災3県の農産物や加工品を使ったメニューを提供するイベント「東北キッチンat早稲田」が、東京都新宿区の早稲田大周辺の飲食店で行われている。復興や農業を通じて地域協働の重要性を学ぶ早大生が、「自分たちにも貢献できることはないか」と企画。被災地の野菜を飲食店に持ち込みメニューに加えるよう粘り強く交渉して実現した。
 学生は、講座「東北復興のまちづくり−農からの地域創生−」を受講中の40人。岩手県田野畑村や石巻市、南相馬市などを訪れ農家にインタビューしたり、農作業を体験したりしている。
 担当の早田宰教授(地域計画)と新たな復興支援を話し合う中で思い付いたのが、知り合った農家の野菜や加工品を大学周辺の飲食店で食材として使ってもらうアイデア。販路拡大に一役買おうと、10月から「営業」を開始した。
 行きつけのチェーン店だけでなく、見知らぬ居酒屋などにも飛び込んだが、苦戦の連続だったという。文化構想学部2年の柴原理沙さん(20)=東京都江東区=は訪ねたすし店で「迷惑だ」と大学に通報された。それでも「以前仙台に住んでいて被災地への思いは強い」と、めげずに売り込みを続け「今回は無理だがいずれは協力したい」と次につながる返事はもらった。
 農作業体験で育てた野菜の特長を説明し、お薦めのメニューを提案するなど、学生たちの懸命な営業努力の結果、最終的に7店が賛同。各店舗で被災地の野菜や加工品を使った料理を提供してもらえることになった。気仙沼産ゆずの使用を決めた居酒屋経営の白井達昌さん(58)は「産地を限定せず仕入れる方針だったが、学生の熱意に負けた」と打ち明ける。
 「東北キッチンat早稲田」は12月16日まで。今月17、18日にはオープニングイベントがあり、学生たちも自ら売り込んだ食材を味わった。早田教授は「早大生の持ち味は度胸と突破力。学生の頑張りが被災地の励みにつながればうれしい」と話している。


出会いお手伝い「もの恋」定住化につなげたい
 未婚者が増えている宮城県石巻市桃生地区で23日、男女の出会いの場を提供して課題解決の一助にしようと、交流イベント「もの恋」が初めて開かれた。
 地域活性化を目指す住民自治組織「ものう夢ネットワーク」が主催。男性は桃生地区内、女性は石巻市内外から、20〜40代の各13人が参加した。
 会場の永井いきいき交流センターで、参加者は桃生地区特産のそばや日本茶、地区で生産された仙台牛の焼き肉などを堪能し、会話を楽しみながら交流を深めた。
 旧石巻市内から訪れた30代の女性会社員は「桃生地区を詳しく知りたいと思って来た。友人をつくり、自分の視野が広がればいい」と話した。
 ネットワークの伊藤桂子会長は「桃生地区の魅力を知ってもらうことで、地区への定住化につなげたい」と語った。


デスク日誌 文系出身
 大学では文学部で日本文学を専攻した。
 居眠りせずに受講したのは曼陀羅(まんだら)の読み解きや方言研究。教職課程で受けた書道も嫌いではなかった。分厚い古語辞典を手に平安文学も読んだが、作品名は「……」。
 大学の授業の何がどう社会で役立ったか。具体的に答えるのは難しい。だが、他学部に進学すれば良かったと後悔したことはない。
 国立大学の教員養成系や人文社会科学系学部の改組や廃止を求めた文部科学相の通知が、「文系軽視」と波紋を広げている。文科省が「誤解だ」と釈明に追われているが、安倍政権の教育改革が、グローバル人材や経済発展につながる技術革新的な研究を重んじる路線であるのは間違いない。
 かつて自社の社員採用に関わったことがある。学部は問わず、成長可能性を重視し学生を観察した。分野を超えた幅広い知識や知性、社会の多様性に対する理解度の方が、「即戦力」以上の魅力だと思っている。
 先週、都内で大学時代のサークル仲間と卒業以来約30年ぶりに再会した。全員文系。当時の成績は棚に上げ、通知の「軽さ」をつまみに楽しく飲んだ。(東京支社編集部長 石川雄康)


公共施設の利用 自由な意見交換の場に
 憲法や原発に関する市民活動をめぐり、公共施設などで利用を制限する動きが出ている。重苦しい空気を感じる。施設の利用は、できる限り自由であるべきだ。
 さいたま市では市民が利用する市の施設の管理・運営について市議会で10月に条例が改正された。市の指定管理者であるNPO法人を運営主体から外し、来春以降は当面、市の直営に変更するという。
 自民党議員が「政治的な活動をする一部の市民団体がある。施設を優先的に利用しており、公平性にかなっているのか疑問。市の直営にして管理の基準を作り直すべきだ」と指摘したのがきっかけだ。憲法9条や原発政策、拉致問題などをテーマにする14団体の活動が議会で問題視された。
 指定管理者のNPO法人は「自由な市民活動が規制される。特定の団体が優先利用している事実もない」として条例の撤回を求めている。
 施設は2007年からNPO法人「さいたまNPOセンター」が運営を任されてきた。施設には約1700の団体が登録し、会議などに利用している。
 特定非営利活動促進法(NPO法)によると、政治的な施策に関わるものもNPOの活動として認められている。さいたま市のNPOに関する条例は、この法律に準じて定められている。憲法9条や原発に関する活動が条例に反すると判断できる材料は乏しい。
 裁判所も公共施設の利用について憲法で保障された表現の自由や集会の自由を最大限尊重する判断を重ねてきた。最高裁は利用を拒否できる場合として「集会によって明らかに危険が発生すると予見できることが必要」と厳しい枠をはめている。
 だが同市だけでなく、大学などでも政治に関する市民活動と距離を置く動きがある。立教大学では10月、「安全保障関連法に反対する学者の会」が計画したシンポジウムについて、大学側が会場を貸すことを断っていた。
 「純粋な学術内容ではない」などが理由とされたが、大学側と交渉した同大教職員らは利用拒否の理由を「シンポジウムが政治的な意味を持ちうる」と説明されたという。
 各地の市民団体によると、憲法9条や安全保障関連法をめぐる会合について公共施設が近年、利用に難色を示すケースが起きているという。政治的な活動を排除したり、敬遠したりする空気が広がれば、市民活動が妨げられる。
 世論の分かれるテーマであればなおさら双方の側が自由に意見を述べられる場は大切だ。これを奪えば健全な市民社会の発展が阻害される。


「総活躍」というのなら 勤労感謝の国であれ
 労働を貴び国民が互いに感謝し合う。勤労感謝とは、そんな趣旨の祝日。働く喜びを感じられる人がどれだけいるか。総活躍と言う前にやることがある。
 体育館のような広大な作業場。えんじやブルーなど体育ジャージー用の生地が山積みとなり、裁断機やミシンの音が響き渡る。福島市に本社があるクラロンは、東北や関東の千二百の学校に納入する体育着を製造している。どこにもありそうな工場だが、働いている人たちに驚かされる。
 従業員百三十五人のうち身体、知的障害者が三十七人を占める。高齢者や女性も非常に多い。亡夫と創業した田中須美子会長は九十歳、社員最高齢は女性営業課長で七十八歳。希望すれば生涯働き続けられる文字通りの終身雇用だ。
 田中会長の夫は大戦で耳が不自由になり、障害者の働く場が必要との思いに至った。一九五六年の創業以来、障害者を正社員として雇用し、増やしてきた。
 倍換算する重程度の障害者もいるため、障害者雇用率は実に35・5%にもなった。とうの昔から「真の総活躍」を体現してきたのである。
 ここは障害者たちが生き生きと働く喜びに満ちている。一本の重さが二十キロ以上もあるロール状の生地の保管、整理という力仕事から、五百通りもある型紙の管理まで任されたT君。知的障害があり、仕事を覚えるまでに時間はかかった。でも覚えたら決して忘れないし、手抜きをしない。T君なしに会社は回らなくなった。
 3・11は新年度直前の最も忙しい時期を襲った。通勤バスは運行休止となり、水道もでない。休業は仕方ないと、田中さんは覚悟を決めた。しかし、翌朝。誰ひとり休まずに始業時に全員の顔があった。「みんな会社が大好きなんです。自家用車で相乗りし、助け合って出勤した。胸が熱くなった」
◆経済優先の発想では
 震災で子どもを持つ家庭ほど移住していき、体育着の需要は大きく減った。経営は楽ではない。それでも夫の遺志を貫きたい。「障害者が社会とつながりを持つ唯一の方法は、働くことですから」
 だが現実は、クラロンのような会社は稀有(けう)の存在だ。障害者手帳を持つ人のうち十八〜六十四歳は約三百四十万人いるが、雇用されているのはわずか三十万人弱。労働が可能なのに職に就けない人は推定二百四十万人以上になる。
 2%強の障害者法定雇用率を守らない企業が少なくない。完全な順守と、さらに法定雇用率引き上げを実現していかなければ、総活躍などとは到底いえまい。
 職業に貴賤(きせん)はない。ただ「尊敬される仕事」と「尊敬されない仕事」というのは外国でよくある。フランスはお金に縁が無い職業が「いい仕事」と尊敬を集める。パリに二十年以上暮らしたエッセイストの吉村葉子さんが書いている(「フランス人は人生を三分割して味わい尽くす」)。
 尊敬される仕事の最たるものは学校の先生で、売れない作家や芸術家も「いい仕事」とみられている。逆にお金が儲(もう)かる職業をフランス人は尊敬しない。正確にいえば、お金のにおいがプンプンする職業は蔑(さげす)まれる。仕事に誇りをもち、お金を稼ぐために働くのではないとの矜持(きょうじ)(プライド)があるからだ、という。
 安倍晋三首相は九月の訪米先で投資家らを前にスピーチした。安倍政権は「一に経済、二にも三にも経済だ」と日本への投資を促した。聞く人によっては「金、金(マネー、マネー)」と叫んだと受け取られかねない発言だった。
 首相が掲げる「一億総活躍社会」も、それが経済成長のため、経済最優先の発想が出発点だとしたら、国民の多くが望むものとは違う。低賃金で不安定雇用の非正規労働ばかりが増えたり、生産性向上のためだからと残業代ゼロで、成果が出るまで長時間労働させるようなブラック社会では看板倒れである。
◆優しい社会も目指せ
 目指すべきは、働きたい人が存分に働け、同時に働く喜びが得られる社会だ。それには健常者も、障害者も、高齢者も女性も、お互いの立場や事情を尊重し、助け合いながらそれぞれの力を発揮する。「人を大切にする」という当然の働き方を出発点にすべきだ。
 忘れてならないのは、障害や高齢などで存分には働けない人も肩身の狭い思いをしなくて済む優しい社会となることだ。勤労感謝の意味を問い直す機会としたい。


[辺野古危機]工事中止し衝突避けよ
 沖縄防衛局は、名護市辺野古の埋め立て予定海域に大型コンクリートブロックを投入するため、クレーン付きの作業船を搬入した。
 事態は日一日と悪化するばかりだ。新基地建設をめぐる状況が危険水域に入ってきたことを実感する。危険水域とは不測の事態が発生するおそれが高まってきた、という意味である。
 なぜ、そういうことが言えるのか。三つの動きを挙げたい。
 翁長雄志知事による埋め立て承認取り消し処分に対し、政府は、知事に代わって取り消し処分を取り消すことができるよう、代執行を求めて福岡高裁那覇支部に提訴した。
 対話による局面打開の道を国自ら放棄したのである。
 マニラ市内で19日に開かれた日米首脳会談で、安倍晋三首相はオバマ大統領に対し、辺野古への新基地建設を「確固たる決意で進める」と語った。
 沖縄の民意はそっちのけに、4月の首脳会談に続いて再び、辺野古推進の決意を披露したのである。
 県警・警視庁、海上保安庁の警備も目に見えて手荒になった。
 沖縄戦で甚大な被害を受け、戦後も「基地の島」であり続けた沖縄に対し、新基地建設のため、国があらゆる権力を動員して襲いかかっている、という構図である。
 これほど理不尽で、おぞましい話はない。民主主義や地方自治は、沖縄では風前のともしびだ。政府は、市民の安全を優先し、まず過剰警備をやめるべきである。
    ■    ■
 2004年に那覇防衛施設局(当時)がボーリング調査に着手したとき、海上保安庁は「流血の事態を招く恐れがある」として強制排除を拒否した(守屋武昌「『普天間』交渉秘録」)。
 だが、安倍政権になって海上保安庁の姿勢は、同じ官庁とは思えないほど変わった。 抗議船の船長(62)は、船に乗り込んできた海上保安官に体を押さえつけられて失神し、嘔吐(おうと)した。病院に搬送され、左脚の筋挫傷と過呼吸症候群で全治1週間と診断されたという。
 カヌー隊のメンバー(63)は「海水を飲まされ、おぼれてしまうかと恐怖を覚えた。無抵抗の私をうつぶせに押さえつけた」と証言している。
 23日には、ゲート前での座り込み行動で女性が右足の痛みを訴え救急搬送され、男性がもみあいの最中に一時、気を失った。選挙で示された民意を暴力で弾圧するようなことがあっては、もはや民主主義国家とはいえない。
    ■    ■
 歴代の政権は「権力の行使にあたっては、慎重で、抑制的でなければならない」という姿勢を堅持してきたが、安倍政権になって、行政権力の濫用(らんよう)というしかないような事例が目立つ。
 例えば、行政不服審査を請求し、知事の承認取り消し処分を執行停止の状態にした上で、処分取り消しの代執行を求めて提訴するという手法は、あまりにも強権的だ。全国津々浦々から「民主主義と地方自治を守れ」のコールが広がるのを強く期待したい。


大江健三郎氏講演 沖縄の正当性を再確認した
 ノーベル賞作家の大江健三郎氏が講演し、新基地建設拒否の民意を掲げて政府と対峙(たいじ)する県民の闘いに賛意と敬意を表した。沖縄の訴えが正当であることをあらためて確認する機会となった。私たちは自信を持って政府との法廷闘争という厳しい局面を乗り越えたい。
 新基地建設に対し、大江氏は「根本的には何の解決にもならない。なぜ沖縄でなければならないのか。なぜ日本人は何十年も沖縄の基地を容認してきたのか」と疑問を呈した。
 辺野古移設を普天間飛行場の危険性除去のチャンスと捉える言動を批判し「真面目な発言ではない。本質的なモラルに反する」と断じた。これらの発言は新基地建設を拒否する県民の共感を呼ぶはずだ。
 「狭い沖縄に核兵器の基地があることが本質的な問題だ。沖縄だけではなく日本、アジア全体の問題だ」とも力説した。それは半世紀にわたって「核戦争の危機」の関わりの中で沖縄を見詰め、発言してきた大江氏の基本姿勢を踏まえたものだ。
 地上戦で犠牲を払った沖縄にアジア全体に脅威を与える米軍基地が居座り続ける現状にどう向き合うべきなのか、大江氏は日本人の責任を問い続けてきた。
 今回の講演でも、その姿勢を貫いた。沖縄の民意を無視し、新基地建設を強行する安倍政権を批判し「本土でも沖縄の人たちのように拒否権を示すべきだ」と呼び掛けた。それは日本人の責任の自覚を促すものだ。
 この日の講演で、大江氏は民主主義と平和主義を規定する日本国憲法にも力点を置いた。共に「九条の会」の呼び掛け人であった故奥平康弘氏の発言を引きながら、憲法の価値が文化として日本に根付いていることを強調した。
 米統治下の復帰運動で「憲法への復帰」を掲げた経験は、米軍基地の重圧にあらがい、沖縄の民意を政府に突き付ける今日の闘いにつながっている。大江氏が言う憲法の価値は沖縄でこそ生きていると言ってよい。
 壇上で3人の大学生と対話する中で大江氏は「民主主義的な考え方をはっきりと主張する沖縄の新世代がいることが希望だ」と語った。その思いを共有したい。
 沖縄の苦悩を見詰め「日本人とはなにか」を追求する大江氏に多くの国民は学んでほしい。そのことが日本の民主主義、平和主義を確固たるものにするはずだ。


大江氏、辺野古移設「解決にならぬ」 政府の強行批判
 戦後70年企画「大江健三郎講演会〜沖縄から平和、民主主義を問う〜」(琉球新報社主催、岩波書店共催)が23日午後、那覇市泉崎の琉球新報ホールで開催された。モニター画面で聴講した人も含め740人がノーベル賞作家の沖縄への思いに聞き入った。学生との対話も催され、学生から政府の新基地建設強行について問われた大江氏は「狭い沖縄に核兵器の基地があるということが本質的問題。移設しても根本的には何の解決にもならない」と答えると大きな拍手が起きた。
 講演では、沖縄との出合いや「九条の会」の活動を振り返り、サンフランシスコ講和条約で沖縄が日本から切り離された日(4月28日)を「主権回復の日」として「天皇陛下万歳」と唱和したことに触れて、安倍政権を厳しく批判した。
 80歳になる大江氏は講演で、憲法の価値が文化として日本に根付いていることを強調し「海外で危険な目に遭いながら活動する、特に女性たちが、憲法を文化として持っていることに希望を持っている」と述べた。その上で「そのような子どもたちを育てていただきたい」と若い世代への期待を語った。
 講演に続いて、潮平芳和琉球新報編集局長の進行で県内の学生3人との対話が行われた。沖縄国際大3年の植(うえ)憲介さん、同大大学院の儀間友里花さん、琉球大4年の酒本萌子さんが質問を投げ掛け、大江さんは丁寧に応じた。岩波書店の岡本厚社長も登壇した。
 沖縄の意見を無視し行われている基地政策をめぐり「沖縄にとって何が一番大切か」という学生からの問いには「あなたたちが大事だ。はっきりと主張する新世代がいることが希望だ。具体的にどうするか、考え続けることだ。頑張ってください」とエールを送った。
 会場からの質問にも答え、著書の「沖縄ノート」(岩波新書、1970年)について「沖縄の人に読んでもらっていることで緊張が続いている」と話し、「このように多くの方が来られて討論が続いていることに敬意を持つ。呼んでくださってありがとう」と感謝を表した。


新宮下公園 野宿者追い出し批判の中、渋谷区が整備案再提出
 東京都渋谷区は、三月の区議会定例会で事実上廃案となった新宮下公園の整備事業について、二十六日からの区議会定例会に議案を再提出する。民間企業が区有地を借りて三階建て商業施設の屋上に公園と十七階建てのホテルを併設。二〇一九年度中の開業を目指す。都市計画法では公園内の建築物は二階建て以下と定めていることから、ホテルの敷地を公園区域から外す。 (小形佳奈)
 区は宮下公園の敷地約一万平方メートルに定期借地権を設定して三井不動産に三十年間貸し、同社は一階に駐車場、二、三階に飲食店などが入る商業施設、客室数約二百のホテルを整備。街のにぎわい創出と、帰宅困難者対策など防災機能の向上を狙う。商業施設屋上の公園には、フットサルコートやクライミングウオール、カフェを備える。
 三月の提案では、地元の合意が得られておらず、公園内のホテル建設にも批判が集まった。区は公園周辺の自治会や商店街に計画を説明し「一定の理解は得られた」とする。また、現在は公園区域に含まれていない、区道をまたいで公園の南北をつなぐデッキ部分を公園と一体化することで増えた分の面積をホテルの敷地に充て、公園区域から外すことにした。
 一方、宮下公園整備をめぐっては、一〇年に改修した際、区が野宿者を強制退去させたことを違法とし、損害賠償を認める高裁判決が確定している。区内で野宿者支援を行う「のじれん」スタッフ室田大樹(ひろき)さん(26)は「違法に野宿者を追い出してできた公園で、公園下の駐車場などで暮らす人もいる。その人たちをまた追い出すことを前提にした計画は許せない」と話す。
 

大阪府:小西副知事が退職「維新の急進的な手法に疲れた」
 大阪府は24日、小西禎一(ただかず)副知事(61)が任期途中で退職すると発表した。退職は26日付。理由は「一身上の都合」としている。しかし、府関係者によると、最近は職員の人事や政策などを巡り、松井一郎知事(大阪維新の会幹事長)と意見がすれ違うことが多く、周囲に「維新の急進的な手法に疲れた」と漏らしていたという。
 人事課によると、小西氏は先月27日に松井知事あてに退職願を提出した。
 小西氏は1980年入庁。2008年2月に当時知事だった橋下徹大阪市長が財政再建のために発足させた「改革プロジェクトチーム」のトップに抜てきされ、行財政改革に取り組んだ。09年4月からは総務部長を務め、職員の相対評価制度などを盛り込んだ「職員基本条例」の導入・実施にも携わった。
 松井知事は「これまで、厳しい財政状況のもと、全力で私を支えていただき感謝している」とした。12年10月、副知事に就任。任期は来年10月までだった。【小山由宇、熊谷豪】


小社会
 憎悪や怒りといった感情は、コントロールするのが難しい。まして何の罪もない最愛の人を殺されたら、憎しみに体が震え、怒りを爆発させても不思議はない。普通ならば。
 34歳のフランス人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさんは、憎悪を知性と理性で克服する道を選んだようだ。パリのテロ事件で、劇場にいた妻が犠牲になった。イスラム過激派の容疑者らに対し「君たちを憎まない」とネット上につづった文章が、世界中で共感を呼んでいる。
 「怒りで応じてしまったら」と彼は書く。「君たちと同じ無知に屈することになる」。1歳5カ月の息子と2人だけになったが、「この子がずっと幸せで自由に生きていけば、君たちは恥を知ることになる」「だから、君たちを憎むことはしない」。
 「世界ことわざ名言辞典」(モーリス・マルー編)で「憎悪」の項を引く。「われわれの憎悪があまりにも激しくなると、憎んでいる相手よりも下劣になる」。仏のラ・ロシュフーコーの箴言(しんげん)という。
 黒沢明監督の名画「生きる」で、がんを告知された主人公のせりふも思い浮かんだ。「私は人を憎んでなどいられない。私には、そんな暇はない」。憎悪に支配されれば、大切な人生を空費してしまう。
 テロへの対処も、憎悪に駆られた武力攻撃だけでは撲滅できない。人々の愛と平和を求める強い信念が、困難を乗り越える道だとレリスさんに教わった。

ラクレット/箕面大滝と紅葉/飲みすぎたかな❓

ブログネタ
フランス語 に参加中!
聖

Un emoji "préservatif" pour vos sextos ?
Il est devenu courant d’illustrer ses SMS ou ses tweets avec des emojis, ces petites icônes originaires du Japon qui représentent des émotions, des animaux, des symboles, des objets. Les amants connectés les détournent souvent pour créer des rébus invitant à la sieste crapuleuse. Mais comment introduire dans ces dialogues imagés l'idée de "sexe protégé" ? A quelques jours de la Journée mondiale de la lutte contre le sida, un célèbre fabricant de préservatifs lance une campagne pour qu'un préservatif devienne un émoji officiel, et universel.
Aubergine et donut ? Oh, petit coquin, va ! Depuis que ces petits dessins colorés ont intégré la batterie des caractères universels (décodables par tous les systèmes informatiques respectant la norme ISO associée), un grand nombre d'entre eux voient leur sens détourné dans des communications "entre adultes"… Un objet un tant soit peu phallique devient une invitation à peine voilée de monsieur à la bagatelle, toute forme présentant un orifice (coquillage, etc…) en constituant le pendant féminin.
Mais comme l'observe un célèbre fabricant de préservatifs, "aucun emoji n'a été créé pour parler d'un rapport sexuel protégé". Or, il pourrait s'agir là d’une opportunité de banaliser la question des moyens de protection, dans les échanges entre partenaires.
Une façon ludique de dédramatiser la nécessaire question d'une protection contre les infections transmissibles entre nouveaux amants !
L'industriel espère qu'un partage massif du mot-dièse #CondomEmoji et de la vidéo ci-dessous sur les réseaux sociaux incitera le Consortium Unicode, gestionnaire de l'imagier universel [1], à ajouter à une prochaine mouture ce nouveau symbole : .
Un objet auquel la santé mondiale doit beaucoup, dont l'utilisation est pourtant loin de constituer un réflexe chez les jeunes : selon une étude publiée en 2014, seuls quatre étudiants français sur dix utilisent systématiquement un préservatif. Trois garçons sur dix et quatre filles sur dix n'y auraient jamais recours.
On regrettera simplement que la campagne #CondomEmoji n'appelle pas également à la création d'une icône pour promouvoir l'usage du préservatif féminin...

[1]Le standard informatique Unicode associe aux caractères de tous les systèmes d'écritures un identifiant numérique unique, interprétable de façon non ambigue par toutes les plateformes informatiques. Par exemple, chaque caractère utilisé dans la transcription du khmer sera associé à un code unique, totalement différent de ceux employés pour transcrire le grec ou l'arabe. Le standard Unicode est développé et régulièrement mis à jour par une organisation privée sans but lucratif, le Consortium Unicode. La norme ISO associée est la n°10646.
Quand le pictogramme devient mot
Pour promouvoir son dictionnaire, les responsables du très sérieux Oxford Dictionary élisent chaque automne un "mot de l’année", sur la base de sa centralité dans les débats internationaux durant l’année écoulée, ou de son importance croissante dans la culture populaire occidentale.
En 2015, le lauréat ne fut pas un mot mais un emoji, le "visage avec de larmes de joie" . Un choix motivé par l'augmentation de l’emploi du mot emoji dans la presse, la popularité de ce symbole particulier dans les échanges informatiques, et le fait que toutes les images s'intègrent désormais comme un mode de communication à part entière.
フランス語
フランス語の勉強?
聖地・上賀茂神社 〜永遠の生まれるところ〜
今年10月に第42回の式年遷宮を迎えた上賀茂神社。この京都でもっとも古い神社に密着。聖地と言われ、1000年以上にわたり存在しつづけた上賀茂神社には、外からではうかがい知れない様々な歴史があった。聖地・上賀茂神社の周りには「社家町」と呼ばれる独特の美しい街並みが広がる。社家の住宅には、実はある秘密が秘められていた。それは上賀茂と密接につながりのある「水」にまつわるものだった。住宅に隠された水と社家の謎を解き明かしていく。上賀茂の1000年を超える歴史。その歴史をひたすら支え続けたある一族が存在する。それが「賀茂族」。 番組では遷宮を迎えた賀茂族の活動に密着し、賀茂の神とともにありつづける賀茂族の生き方を探る。上賀茂神社最大の祭「葵祭」。その祭りに欠かせない葵の葉にはある重要な意味が込められてる。それは繰り返される遷宮そのものと深いつながりのあるものだった。それは一体…?長い歴史の中で、始めてカメラが入った上賀茂神社の遷宮の映像もみどころ。

梅田でラクレットを食べました.半円形のチーズを溶かしてバゲットなどにかけます.見た感じそんなに量がいっぱいというのではないのですが,お腹いっぱいになりました.
阪急電車で箕面まで行きます.紅葉です.なだらかな坂を上って行きます.さすが観光客が多いです.結構歩いてやっと箕面大滝につきました.すごいです.どこかのカップルが立ち入り禁止のところに入って怒られてました.そりゃそうですね.
梅田で居酒屋に行ったのですが,飲みすぎてしまったようです.

<災害公営住宅>被災者以外も入居容認
◎宮城、来年4月以降
 東日本大震災の被災者が入居する災害公営住宅について、宮城県内の被災市町が来年4月以降、一定要件を満たすことを条件に被災者以外にも入居を認めることが22日、分かった。震災発生から来春で5年を迎えることから、被災者の住まい確保を優先しつつ住宅インフラの有効利用を図る。
 法律上、災害公営住宅は災害の発生から3年経過すると被災者以外にも入居が認められている。国土交通省は「今回の震災は3年では被災者全てが住まいを確保できない」と判断。被災者以外の入居は認めないよう各自治体に求めてきた。
 宮城県内では現在、災害公営住宅を建設する21市町のうち9市町については、計画戸数1040戸が完成したが、6市町で計166戸(16.0%)の空き室が発生。入居者を募集しても埋まらない事態が続く。
 国交省は9月、「県内全域の被災者向けに相当期間募集し、入居を希望する被災者が現れないことを確認した上で、一般の住宅困窮者の入居を認める」との見解を県に示した。
 県は、国の見解を踏まえ(1)各市町は災害公営住宅の整備が全て完了した後に被災者以外の入居募集を行う(2)県内全域の被災者を対象とした募集を3〜6カ月実施する(3)被災者以外の入居は2016年4月以降−との方針を策定した。
 19日、県内市町村の担当者を集めた会議で了承を得た。県住宅課は「一般募集した後に被災者から入居希望が出ないよう、各市町は丁寧に意向調査を進めてほしい」と説明する。
 県内では21市町が1万5920戸の建設を計画。10月末現在、このうち7676戸(48.2%)が完成した。15年度末には約1万戸となる見通し。


「原発再稼働反対」公開討論会
女川原子力発電所の再稼働に反対している宮城県内の市民グループが、仙台市で、原発の問題点を話し合う公開討論会を開きました。
この討論会は女川原発の再稼働に反対している県内の市民グループが共同で開いたもので、500人あまりが参加しました。
この中で、原発メーカーで原子炉格納容器の設計に携わっていた後藤政志さんが「福島第一原発のような水素爆発を防ぐ対策ができていない。特に女川原発は、東日本大震災で損傷しているうえ、福島第一原発と同じ原子炉格納容器の改良型を採用している問題がある」と指摘しました。
このあと会場から「政府は、日本の原発の規制基準は世界で一番厳しいと言っているが本当か」という質問が出されました。
これに対し東京大学の井野博満名誉教授はヨーロッパやアメリカの例を出して、「決して一番厳しいとは言えない」などと答えていました。
主催者の篠原弘典さんは「きょう出たさまざまな問題を、今後、国や県にぶつけて女川原発の再稼働に反対していきたい」と話していました。
東北電力は「資源の乏しい日本の実情を踏まえれば、安全確保を前提に原子力は一定程度必要だ」として、安全対策を強化した上で、女川原発2号機の再稼働を目指しています。


災害公営住宅 被災者以外にも
震災の被災者が暮らす災害公営住宅について、宮城県内の市や町は来年4月以降、一定の要件を満たしたうえで被災者以外にも入居を認めることがわかりました。
宮城県内では21の市と町であわせておよそ1万5000戸の災害公営住宅の建設が進められていて、先月末現在で7600戸あまりが完成していますが、各地で空きが出ています。
宮城県によりますと、こうした現状を受けて県が国に問い合わせたところ、ことし9月に「全域の被災者向けに相当の期間募集をして、入居を希望する被災者が現れないと確認したうえで、一般の住宅困窮者の入居を認める」との見解が寄せられたということです。
これを踏まえて県と各自治体が協議をした結果、来年4月以降からは被災者以外にも災害公営住宅への入居を認めるとする方針を決めました。
ただ、被災者以外に入居を募る場合は、災害公営住宅の整備がすべて完了していること、先に県内全域の被災者を対象とした募集を3か月から6か月行うことを実施の要件としています。
災害公営住宅は法律上、災害の発生から3年が経過すると、被災者以外にも入居が認められますが、東日本大震災は被害が大きく住まいの再建が長引いていることからこれまでは国が被災者以外の入居は認めないよう各自治体に求めていました。
宮城県は「一般の募集をしたあとに被災者から入居の希望がでないよう、各市町は丁寧に意向調査を進めてほしい」と話しています。


<飯舘村>神戸で被災の会社員 復興業務に奮闘
 東京電力福島第1原発事故に伴い全村避難する福島県飯舘村で、20年前に阪神大震災を経験した神戸市の会社員井土俊輔さん(53)が、復興業務に奮闘している。村内の片付けごみの量を減らす仮設焼却炉の運営責任者に就いて1年半。「未曽有の災害は人ごとではない」。震災から立ち上がった神戸の姿を重ね合わせ、村の再生にかける。
 2011年3月、原発事故で古里を追われる住民をテレビで見た。自宅を失い家族が離散する姿に、つらい記憶を思い出した。
 阪神大震災が襲った1995年1月17日。崩れた壁の下敷きになった。避難所を転々とする日々を送った。長野県の実家に戻っていた妻と生後間もない娘には、7カ月間会えなかった。
 「大災害を経験したからこそ、東北の被災地の力になりたいと思った」
 赴任したのは14年5月。勤め先の環境プラント会社などで構成する共同企業体(JV)が飯舘村の仮設焼却炉事業を受注した。避難区域での業務だったが、迷わず手を挙げた。
 初めて見る全村避難の風景に息をのんだ。時間が止まったようだった。伸び放題の雑草が広がっていた。
 「福島に比べて、神戸は再建の動きが速かった。復興を日々実感できていた」
 村は17年3月までの避難指示解除を目指す。仮設焼却炉は村内の片付けごみなどの容積を約5%に減らすのが目的。井土さんは25人の従業員を束ね、炉の安全な運転を進める。
 放射性物質を含むごみを処理する焼却炉には反対の声も少なくない。複雑な思いを抱えるが、見学に訪れた住民から感謝状を贈られ、励まされたこともあった。
 「社命ではなく、従業員みんなが使命感を持って仕事をしている」。荒れ果てた古里再生の一翼を担っているという自負が井土さんたちの心を支えている。
 6000人以上の犠牲者が出た阪神大震災の痕跡を、街で見ることは今やほとんどない。
 「原発事故で傷ついた村が元に戻るには時間がかかるだろう。でも必ず苦境を乗り越えられるはずだ」。井土さんは固く信じている。


閖上復興へ初の住民向け工事現場見学会
 東日本大震災で被災し、復興に向けた土地区画整理事業が進む名取市閖上地区で22日、初めて住民向けの現場見学会が行われた。2018年3月の事業完了を目指し、津波対策として地盤をかさ上げする工事などが急ピッチで進められており、住民は新しいまちの姿に思いを巡らせた。
 見学会は午前と午後の2回行われ、仮設住宅の住民ら計約70人が参加。市職員や施工する西松建設の社員らが説明に当たった。
 区画整理事業(約57ヘクタール)では、約32ヘクタールを海抜約5メートルの高さにかさ上げする。東京ドーム1.4杯分、約170万立方メートルの土砂が必要で、県内7カ所の山から採取している。現在53%、約90万立方メートルが搬入され、17ヘクタールで地盤を締め固める作業が終わった。
 県道塩釜亘理線の西側に建設する第1期災害公営住宅(一戸建て90戸)の建設用地では36戸分、約1ヘクタールの宅地造成が完了した。年内に建物建設に着手し、最も早い場所で来年6月末から引き渡しが始まる予定。
 かさ上げ工事の現場に立った無職遠藤スエコさん(75)は「随分地盤が高くなったと感じる。今後は店や金融機関などをしっかり整備してほしい」と望んだ。
 みなし仮設の雇用促進住宅愛島宿舎の橋浦武自治会長(72)は「各地で自然災害が起きており、安全への備えが大事。閖上は復興が遅れているので早期の工事完了を願う」と話した。


高齢者支えて17年 気仙沼ぶどうの会
 高齢者を支援する気仙沼市の市民団体「ぶどうの会」が、東日本大震災を乗り越えて活動を続けている。「お年寄りの暮らしを支えることができたら」との思いで17年。50〜70代の会員12人が手作り弁当を月1回届けるなど、地域に思いやりの心を広げている。
 同市古町3丁目にある後藤佳子会長(72)の自宅。会員5人が2日がかりで調理した切り干し大根やイワシの包み焼き、マカロニサラダ、つみれ汁を容器に詰め込んでいく。彩りが良く、栄養も十分。仮設住宅などに暮らす60〜90代の34人分の弁当が机に並んだ。
 弁当の日は、後藤さん宅が近所の高齢者が集うデイサービスの場にもなる。訪れた相沢知子さん(81)が「みんなとのおしゃべりもお昼も楽しみ」と感謝した。
 会は1998年にヘルパー資格を取った主婦らが設立。地元の福祉施設の手伝いをしながら、2000年から週1回の弁当宅配やデイサービスを始めた。後藤さんが、母の介護で集いの場などの必要性を感じたのがきっかけだった。
 震災で会員1人が犠牲になり、5人が家を失った。会の存続が危ぶまれたが、1年後に活動を再開させた。
 「困っているお年寄りをほっとけなかった」と後藤さん。副会長の佐藤盛代さん(72)と鈴木サヨコさん(73)も「会員は親の介護を経験した人ばかり。高齢者の大変さが分かるし、皆と和気あいあいと過ごせる場だから」と笑う。
 有料だった弁当の宅配は月1回に減らしたものの、助成金をもらい無料で提供できるようになった。震災後は、人手不足が深刻な福祉施設をほぼ毎日手伝うなど会員は多忙な日々を送る。年に2回、利用者を誘って出掛ける遠足が楽しみだ。
 会の名称には「一粒一粒が集まって大きな房になろう」との思いが込められている。後藤さんは「楽しみも苦しみも、1人よりもみんなで分かち合いたい。できる限り活動を続けたい」と話す。利用などの連絡先は後藤さん0226(23)1736。


新たな街の誕生祝う 宮古・田老でまちびらき
 東日本大震災で被災した宮古市田老地区で22日、防災集団移転の高台団地で宅地の提供が始まったことを記念する「まちびらき記念式」があった。地元住民ら約330人が新たな街の誕生を祝った。
 高台団地に隣接し、土地区画整理事業が進む田老の中心部で行われた式では、震災犠牲者に黙とうをささげた。山本正徳市長は「市民の協力で復興が進んできたが、まだ道は半ば。着実に一歩ずつ前進していく」と決意を述べた。
 田老一中3年の西川竜斗君(15)が作文を朗読。「田老のためにできることを一生懸命行う」と古里再興への思いを語った。
 田老地区復興まちづくり協議会会長の田中和七さん(61)は「ハード面の整備はここまで来た。真の復興は住民が主体になって進めなくてはならず、まだ時間がかかる」と話した。
 高台団地の面積は約25.5ヘクタール。161区画を設け、一部で住宅建築が始まっている。


陸前高田を等々力でPR J1川崎支援イベント
 サッカーJ1川崎−仙台の試合があった川崎市の等々力陸上競技場で22日、陸前高田市の物産をサポーターに知ってもらう「陸前高田ランド」が開かれた。
 東日本大震災直後から陸前高田市を支援するJ1川崎の主催。同市の酔仙酒造の日本酒や、広田湾漁協による蒸したホタテやカキ、ブランド米「たかたのゆめ」を使ったパエリアなど、飲食関係を中心に16店が会場周辺に並び、おいしそうな匂いを漂わせた。
 「販路拡大につなげてほしい」と各店に通販チラシが置かれ、場内アナウンスは「川崎の選手もお取り寄せしています」とPR。
 川崎サポーターの自営業田沢将一さん(39)=千葉県野田市=と弟の会社員智さん(32)=同=は、蒸しホタテとカキに舌鼓を打ち、「大きくて味が良く、この辺では食べられない」と満足そうに話した。
 震災直後、陸前高田市の教師が川崎市の知人の教師に「教材が不足している」と助けを求め、川崎が独自の「フロンターレ算数ドリル」を贈ったことをきっかけに、交流が続いている。
 ことし9月には陸前高田市と川崎の友好協定も結ばれ、関係を強化させる。川崎の担当スタッフは「陸前高田のおいしい物産目当てにお客さんが訪れれば、クラブの集客になる。ウィンウィン(相互利益)のイベントです」と話した。


部落民に勇気や励まし与え続ける 「沖浦先生ありがとうございました」
在りし日を偲ぶ
  「沖浦和光先生を偲ぶ会」が11月3日午後、大阪市内のホテルでひらかれた。主催は同実行委員会。沖浦さんは松本治一郎賞を受賞、部落問題・人権問題解決へ学問的アプローチだけでなく、各地の部落で文化、生活、芸能などで座談調査、聞き取りなどを精力的にこなすなど、机上の研究にとどまらず、フットワークを活かした活動を幅広く展開した。また、その活動は日本にとどまらずインドやインドネシアにおよんだ。
  偲ぶ会には、部落解放同盟をはじめ、桃山学院大学の教え子や教職員、全国大学同和教育研究協議会をはじめさまざまな団体や個人300人が参加し、7月8日に88歳で亡くなった沖浦さんの在りし日を偲んだ。
  黙祷、献花などのあと献杯の発声をした組坂委員長は、沖浦さんが部落解放運動に果たした運動・理論的に大きな役割や、歴史に埋もれてきた部落民の果たした役割にスポットをあて積極的に評価し、部落民に勇気や励ましを与え続けたことを賞賛した。みずからも諸著作に多くを学んだと語り、冥福を祈った。
  想い出を語ったよぴかけ人や参加者は、沖浦さんの政治や社会の変革にかけた情熱、学問への厳しい態度や研究領域の広さ、だれにでも温かく接した人柄などを紹介した。
  遺族を代表してつれあいの沖浦恵子さんは、参加者に感謝をのべながら、体がつらくなってからも研究、執筆活動に意欲を持ち続けた沖浦さんの最期の日日を語った。
  タレントのなべおさみさんは、東京の大森第8中学校で英語の教員だった沖浦さんが、英語を駆使した野球部員への温かい指導で、何の変哲もない選手を都大会の準決勝まで導いたことを紹介。「沖浦先生ありがとうございました」とパフォーマンスを込めた動きで会場を沸かせた。変革にかけた情熱や学問への厳しい態度が語られた。


大阪維新2勝 対話の政治へ転換を
 大阪府知事と大阪市長のダブル選挙は、ともに地域政党「大阪維新の会」の公認候補が自民推薦候補らを退けて当選した。維新の党の醜い分裂騒ぎは収束していないが、大阪では橋下徹大阪市長の求心力がいまだに根強いことを見せつけた。
 府知事選は松井一郎氏が再選を目指し、市長選には政界引退を表明している橋下氏の後継として吉村洋文氏が出馬した。2人は大阪市を廃止し特別区に再編する大阪都構想に再挑戦することを公約に掲げた。自民推薦の新人候補は反維新を鮮明にし、橋下政治を批判してきた。
 維新の勝因は、これまでの行財政改革が一定の支持を得たことや、東京一極集中が進む中で大阪の再生には橋下氏のような強烈な個性が必要というムードがあるからだろう。
 ただし、維新の看板政策である大阪都構想は今年5月に大阪市の住民投票で否決されたばかりだ。再び住民投票を実施するには議会との調整が必要だが、大阪維新は府議会、大阪市議会ともに過半数に届かない。実現への道筋は依然厳しい。
 選挙戦で維新側は「新しい設計図を作る」と繰り返しただけで具体的な中身は示さなかった。ダブル選での勝利に慢心して、再び議会を軽視したり、否定されたプランを蒸し返したりすることは許されない。議会との丁寧な対話に基づく府政および市政に転換すべきである。
 橋下流の政治手法は、野党や労組を敵に見立てて攻撃し注目を集めるものだ。人気獲得にはつながったが、議会との深刻な亀裂を生んだ。意見が違う相手とも冷静な議論を重ねて合意形成を図るべきだ。
 自民陣営は政権党として中央とのパイプの太さをアピールしたが、都構想に代わる大阪再生の具体策を示すことができなかった。今回の敗北を真摯(しんし)に受け止め、知事、市長との生産的な関係を目指してほしい。
 不可解なのは市長を退く橋下氏の動きだ。選挙戦で前面に出たほか、将来の政界復帰に含みを持たせる発言もしている。前言を翻して今後も政治に関わるつもりなのかどうか、大阪維新を事実上率いる政治家として身の振り方をはっきりさせるべきだろう。
 大阪維新と別に国政政党として発足した「おおさか維新の会」は、維新の党との本家争いで泥沼状態にある。今回は2勝したものの、大阪以外で勢力を拡大する展望は開けていない。
 一方、橋下、松井両氏は地元で自民と対決しながら、中央では安倍晋三首相らと親密な関係を維持している。首相官邸には憲法改正に向けて維新を与党の補完勢力として温存する思惑があるようだ。政党としてのスタンスも明確にすべきだ。


大阪ダブル選 泥沼の政争は終わりに
 大阪の有権者は、大阪府、大阪市のかじ取りをあらためて大阪維新の会に託した。大都市大阪の立て直しが急務というのなら、そろそろ反維新との泥沼の政争に終止符を打つ必要があるだろう。
 大阪維新の会を率いてきた橋下徹大阪市長は十二月での引退を表明し、立候補はしなかった。それでも、その橋下氏が事実上、今回のダブル選の主役であり、大阪の有権者は、つまり橋下流の継続を求めたことになる。
 維新はある意味、旧来の権威や権益に対する橋下氏の“けんか上手”で人々の心をつかみ、勢力を広げてきた。ところが、これからは、いわばディフェンディング・チャンピオンとして府市のかじ取りをする立場となる。民意が示すものは何かを深く考え、有権者の期待に応えてほしい。
 維新は今回、五月の住民投票で否決されたばかりの大阪都構想を再び公約の柱に据えた。橋下氏は「都構想をバージョンアップさせてください」と訴えた。だが、今回の選挙結果をもって、有権者が一転して都構想を推進させるよう意思表示したとはいえまい。
 住民投票の後、都構想に反対する自民党の提案で、大阪府、大阪市、堺市の三自治体の首長と議員で構成する大阪戦略調整会議(大阪会議)が設置された。否決された都構想に代わり、府と市にまたがる二重行政の問題を話し合う予定だったが、初会合以降、運営方法をめぐって議論が紛糾した。
 大阪会議が機能不全に陥ったことが、維新が再び都構想を持ち出した理由ではあるが、そもそも、強硬姿勢で議論を紛糾させたのは橋下氏ではないのか。
 地盤沈下が進む大阪の立て直しは、もちろん、多くの有権者が望んでいることである。二重行政の無駄を解消しようというのは、反維新の各党も同じである。問題意識は広く共有されているのに、なぜ、話が前に進まないのか。
 維新の都構想は小差だったとはいえ、大都市地域特別区設置法に基づいて結果に拘束力のある住民投票で否決された。もし、ダブル選での勝利を理由に都構想路線を復活させ、また、住民投票をすればいいというのであれば、あまりにも乱暴だ。
 非難の応酬を続けても、前には進めない。厳しい状況に置かれている大都市大阪を立て直そうというのであれば、何よりもまず、四年前のダブル選以来続いてきた維新、反維新の泥沼の政争に終止符を打つ努力が必要だろう。


W選後の国政 野党は連携に知恵絞れ
 野党がバラバラで選挙を戦えば、安倍晋三首相率いる与党を利するだけだ。来年夏の参院選。安倍政権に異を唱える民意を結集するための受け皿づくりに、野党は連携して知恵を絞るべきである。
 大阪府知事・市長のダブル選はともに、橋下徹大阪市長が代表を務める地域政党「大阪維新の会」公認候補の勝利に終わった。
 橋下氏は政治家から身を引くことをいったん表明したが、ダブル選勝利を受けて、住民投票で否決された「大阪都構想」の復活に向けて、安倍官邸との連携を模索することになるだろう。
 その際の足場となるのが、府知事選の告示直前に結成した国政政党「おおさか維新の会」である。維新の党から除籍処分された大阪系議員を中心に十九人の国会議員らが参加する。
 自民党本部は選挙戦で谷垣禎一幹事長ら党幹部が応援に入るなど「非維新」勢力を結集して戦った自民党府連を全面的に支援した。
 しかし、首相や菅義偉官房長官は橋下氏の政策や憲法改正の主張などを評価している。首相を軸に考えれば、おおさか維新は「完全野党」と言えない状況である。
 来年の参院選に向けた野党連携を考える場合「首相に近い野党」は除いて考える方が妥当だろう。
 民主党と維新の党は九月末から政策協議を始めた。維新分裂で停滞しているが、来年の通常国会前の統一会派結成を目指して協議を加速するという。
 民主党内では、前原誠司元代表と細野豪志政調会長が、年内に解党して維新の党との新党結成を主張している。岡田克也代表らは否定的だが、維新の党側では江田憲司前代表が同調する。
 共産党は、安全保障関連法の廃止に向けた「国民連合政府」構想と野党間の選挙協力を提案した。
 いずれも安倍自民党の「一強多弱」状態を脱するための試みだ。
 参院選では三十二の改選一人区が勝敗を左右する。自民党の選挙地盤を崩すのは容易ではない。野党はこの際、共産党を含めた幅広い共闘を模索したらどうか。
 候補者調整はもちろん、選挙区で無所属候補を各党が推薦し合うなど、さまざまな方法がある。
 民主党内の保守系や支持基盤の連合などに共産党との連携に慎重論があるというが躊躇(ちゅうちょ)することはない。自民党はかつて政権復帰のため、五五年体制下で激しく対立した旧社会党とも連立を組んだ。この貪欲さは見習ってもよい。

大阪市・府選挙投票/千林でアラビックフェスタ/ひざが痛い

ブログネタ
フランス語 に参加中!
全国水平社総本部荊冠旗

Bruxelles en alerte maximale
La ville de Bruxelles va passer dimanche une deuxième journée en alerte maximale, avec métros et magasins fermés et forces de l'ordre massivement déployées, par crainte d'une réplique des attentats de Paris, dont un suspect-clé est toujours traqué.
Face à une menace ≪imminente≫, le gouvernement belge avait relevé dans la nuit de vendredi à samedi son niveau d'alerte terroriste à 4 pour la région bruxelloise, l'aéroport de Bruxelles et la commune flamande de Vilvorde, d'ou sont issus plusieurs jeunes qui se sont radicalisés.
Cette décision a été prise en raison d'un ≪risque d'attentat tel que déroulé à Paris≫, a indiqué, l'air grave, le premier ministre Charles Michel, avec pour cibles potentielles ≪les rues commerçantes, les manifestations, les lieux animés et les transports≫.
Mesure la plus spectaculaire: la fermeture de toutes les stations de métro, au moins jusqu'à dimanche après-midi, avant une nouvelle réévaluation de la situation par les autorités. Le premier ministre doit présider dimanche une réunion du Conseil national de sécurité
フランス語
フランス語の勉強?
サンデーモーニング【パリ同時テロの衝撃▽報復の連鎖に出口は▽悪夢の9回世界野球】
▽総力報道・パリ同時テロの衝撃 ▽容疑者確保で新たな銃撃戦▽「ビジネス街テロ計画」の中身とは▽米露仏が空爆強化へ▽ワシントン、NYにもテロ予告▽報復の連鎖に出口は ▽スポーツご意見番は張本勲&吉井理人 ▽悪夢の9回世界野球▽白鵬猫だまし▽ハリルJ快勝の裏側▽ダンロップフェニックス松山は ▽風をよむ
関口宏 涌井雅之 浅井慎平 大崎麻子 谷口尚子 青山弘之 岸井成格   橋谷能理子 唐橋ユミ 伊藤友里 水野真裕美 張本勲 吉井理人 三枝成彰

明日へ−支えあおう− 復興サポート「今こそ 若い力でボランティア!」
減り続ける被災地へのボランティア。いま期待されているのが学生たち。マンパワーだけでなく、活動を後輩に引き継ぐことで“継続的な支援”につなげたり、若い世代が少ない地域にとっては世代間をつなぐ重要なパイプになることも。しかし参加方法が分からず二の足を踏む学生も多い。今回は大学生で女優の川島海荷さんがボランティア体験。また東北学院大学に学生が集まり、無理なく継続的にできるボランティアのあり方を議論する。
川島海荷, 畠山智之, 高橋さとみ

ガリレオX「生命科学の立役者!? 知られざる“モデル生物"の世界」
生物がみせる数々の生命現象。そのカラクリを紐解く研究に欠かせない存在がいます。 「様々な生物を代表するモデルとして、他の生物の見本・手本として研究に使われる生物」通称“モデル生物"と呼ばれる生物です。 では一体どのような特徴を持つ生物がモデル生物として選ばれるのでしょうか? そしてモデル生物を使った研究からはどんなことが見えてくるのでしょうか? 基礎生物学研究を支えるモデル生物の世界に迫ります。
上野 直人  高橋 弘樹  田中 実 野中 茂紀 新美 輝幸 星野 敦

テレメンタリー 「枯れ葉剤を浴びた島2〜ドラム缶が語る終わらない戦争〜」
サッカー場の地中から発見された古いドラム缶。表面にベトナム戦争当時、米軍が散布した化学兵器「枯れ葉剤」の製造会社名が記されていたことから、不安が広がった。現場は28年前、米軍から返還された土地。
沖縄市は調査の結果、「枯れ葉剤も含まれていた可能性」を指摘したが、防衛局は「証拠は見つからなかった」とした。2000ページ以上の報告書を通し、何も語らないドラム缶が何を突きつけているのか考える。
琉球朝日放送

NNNドキュメント 3・11大震災 シリーズ(65) 被ばく牛‘たまみ’
大橋聡子 福島中央テレビ
福島県の原発事故避難区域で生き続ける約550頭の“被ばく牛”。殺処分を拒んだ一部の農家がエサを与え続けている。農家から提供されるサンプルをもとに被ばくの影響を調べる研究も進んでいるが国などからの支援はない。さらに事故から4年半が過ぎる中、経済的負担に耐えかね殺処分に同意する農家も増えてきた。人間の都合で奪われた何万もの家畜の命と今も生き続ける牛たち…私たちに何を問いかけるのか。


最近の選挙はだいたい期日前投票をしてきたのですが,今回は忙しくてその暇がありませんでした.なので当日投票しました.もちろん維新にさよならを告げる候補のほうです.でも開票からすぐに維新候補の当確が出て残念でした.地道な努力をしないとダメですね.
千林でアラビックフェスタがあるので出かけていきました.いろんなお店が出ています.パレスチナのオリーブオイルとかも売ってました.わたしはシリアの絵葉書とクスクス,そしてアレッポ石鹸を買いました.抽選にははずれてしまったけど,なかなか楽しかったです.最後にパレスチナキーホルダーを買いました.
ひざがちょっと痛い感じがします.ヤバい❓❓❓

災害犠牲者供養の場に 仏像安置の薬師堂完成
 美里町中埣の松景院で、東日本大震災で破損し、修復された薬師如来像を安置する薬師堂が新築された。無病息災を祈願する「大根炊き」がある23日の秋の大祭で、薬師堂の落慶式を行う。
 薬師如来像は高さ約45センチの木製座像で、室町時代の1508年作。旧小牛田町で最も古い仏像とされる。中埣地区の薬師堂にまつられていたが、1950年代の圃場整備で薬師堂がなくなり、松景院本堂に移された。
 薬師如来像は、震災で頭部や左手首の部分が破損。昨年4〜8月に京都の仏師に頼んで修復した。新築の薬師堂は総ヒノキ造りで幅、奥行き1.21メートル、屋根は銅板ぶきで高さ約4メートル。地域住民ら約150人が寄進して今春着工し、12日に入仏式を行った。
 同町中埣の農業赤坂勝男さん(76)は「かつての薬師堂は田んぼの真ん中にあり、風で飛ばされることもあった。像が新しいお堂に無事安置され、ほっとした」と喜んでいる。
 薬師堂の脇には、気仙沼市で犠牲になった檀家(だんか)の遺族が建てた震災犠牲者慰霊碑を設置した。中村隆海住職(47)は「薬師如来は、かつて国家安穏を祈願して建てられた国分寺のご本尊。大災害の犠牲者を供養する場にふさわしく、活用してほしい」と話している。
 大根炊きは、二股大根を奉納して大願成就を願い、振る舞われる梵字(ぼんじ)が書かれた大根を食べると無病息災になるという行事。23日は午前10時45分からの大根奉納行列の後、11時に薬師堂落慶式を行う。


震災、町並み記憶つなぐ 石巻に伝承施設
 東日本大震災で壊滅的な被害を受けた石巻市門脇町に震災伝承施設「南浜つなぐ館」が開館し、現地で21日、記念式典があった。被災の記録や教訓を伝えながら、門脇地区と隣の南浜地区の歴史や震災前の町並みを振り返る場所にする。
 門脇地区にある「がんばろう!石巻」の看板の隣接地に設置。平屋のユニットハウスを活用し、広さは約40平方メートル。公益社団法人「みらいサポート石巻」(同市)が市有地を借り、被災地のNPOを支援する基金の助成を受けて整備した。
 施設内の中央には、石巻専修大が製作した被災前の両地区を表す縦横2メートルの立体模型を配置した。壁面には被害を伝えるパネルを展示。震災前後の両地区の移り変わりを撮影した動画も放映する。
 両地区一帯では国、県、市が復興祈念公園の整備を計画する。東北地方整備局によると工事は来年度後半に始まり、同館は「がんばろう!石巻」の看板とともに国営追悼・記念施設エリアへの移設を検討する。
 看板は自営業黒沢健一さん(44)が2011年4月11日、津波で全壊した自宅兼店舗跡地に被災したベニヤ板などを使って設置した。毎年3月11日、有志が追悼イベントを開いている。
 黒沢さんは「犠牲者の追悼と津波の恐ろしさを伝えようと活動を続けてきた。看板とつなぐ館を見て、この場所に暮らしがあったことを感じてほしい」と話した。
 式典には約50人が出席。みらいサポートの大丸英則代表理事は「震災を経験していない人にも災害時の備えを考える機会を提供できればいい」と話した。
 開館は土日祝日午前10時〜午後3時。入館無料。スタッフ1人が常駐する。連絡先はみらいサポート0225(98)3691。


震災の記憶伝える施設完成
石巻市で、東日本大震災の記憶を語り継ぐための展示施設が22日オープンするのを前に記念式典が行われました。
震災の津波と火災で被害を受けた石巻市沿岸部の南浜地区では、地元の団体が県内外から多くの人が訪れる「がんばろう!石巻」と書かれた看板の近くに震災の記憶を語り継ぐための展示施設を新たに設けました。
広さ40平方メートルあまりの平屋建ての施設では、オープンを22日に控えて記念の式典が行われ、市の職員や地元の住民などおよそ50人が出席しました。
式典では、施設を設置した団体の大丸英則代表理事があいさつし「震災の教訓を次の世代につなぐための場所にしたい」と述べました。
施設には、震災の1か月後に撮影された南浜地区の写真をはじめ、石巻専修大学の准教授2人が3Dプリンターで制作した縦・横およそ2メートルの震災前の町並みの再現模型、それに震災後のがれきから見つかったレコードやスプーンといった暮らしの品々も展示されています。
大丸代表理事は「震災がどのような被害をもたらしたのかを体験していない子どもたちや地元以外の人たちに見てもらい災害時の避難を考えるきっかけにしてほしい」と話していました。


三陸オイスターフェスティバル
旬を迎え、三陸各地で水揚げされたカキを食べ比べられる催しが石巻市で開かれました。
この催しは震災で大きな被害を受けた石巻市を特産のカキで活気づけようと県内の飲食店などがおととしに続いて開き、会場には岩手県からの出店も含め13の屋台が並びました。
このうち石巻市の水産会社が出店した屋台ではカキにホワイトソースやチーズなどをかけ焦げ目をつけて仕上げた特製のグラタンが人気を集めていました。
また気仙沼市にある県漁協の唐桑支所が出した屋台ではカキ本来の味をそのまま味わってもらおうと炭火で焼いた大粒のカキを1個250円で提供していて、訪れた人たちがおいしそうに食べていました。
亘理町の45歳の男性は「カキの身がぷりぷりとしていて口の中に海の香りが広がっておいしいです。
初めて見た料理もあったので食べ比べたいです」と話していました。
会場ではカキの身に傷をつけず、殻むきの速さを競う大会も開かれ出場した養殖業者などは専用のナイフを使い、30個のカキをはやい人で4分ほどでむき終えていました。


宮古 田老で「まちびらき式」
東日本大震災の大津波が国内最大級の防潮堤を乗り越え、大きな被害が出た宮古市田老地区で、津波で住宅を失った人たちが移り住む高台団地の完成などを記念して、「まちびらき式」が開かれました。
宮古市田老地区で開かれた「まちびらき式」には、宮古市の山本正徳市長や津波で住まいを失い、仮設住宅に暮らしている人など、およそ300人が出席しました。
式では、出席者全員で震災で犠牲になった人たちに黙とうをささげました。
続いて、山本市長が、「市民の皆さんの協力が復旧・復興への大きな力になりました。ただ、復興はまだ道半ばです。私たちに立ち止まっている時間はありません。希望あふれる未来に向かってまちづくりを進めていきましょう」とこれからの復興への意気込みを述べました。
田老地区では、東日本大震災の大津波が国内最大級の防潮堤を乗り越え、およそ700世帯が被災し、181人が犠牲になりました。
田老地区では、再び津波の被害を受けないよう、住宅を失った人たちが高台に移り住む事業が進められ、新たに造成された高台には、25ヘクタール余りの土地に161区画の住宅団地が完成し、およそ20戸で建築工事が始まっています。
また、津波で被害を受けた中心市街地でもかさ上げ工事などが行われていて、一部で商店や住宅が建ち始めるなどまちの復興が進んできています。
高台に自宅を再建する田中和七さん(61)は、「住宅の再建など復興はまだまだこれからです。住民が主体となってまちづくりをしっかりと進めていきたいです」と話していました。
また22日は、おととし、全国で初めて国の交付金を活用して残すことが決まった震災遺構の「たろう観光ホテル」の建物を保存する工事が終了します。
今後は、来年4月の一般公開に向けて準備が進められます。


被災地のケア継続を 盛岡で心療内科学会総会
 日本心療内科学会の総会が21日、盛岡市のアイーナで開かれ、東日本大震災の被災地で取り組む心のケアの必要性や現状を報告するシンポジウムがあった。
 被災地で活動する医師が事例を紹介。震災直後は被災していない人がそれをストレスと感じて身体的疾患を発症したり、最近は環境変化で体の不調を訴える人が増えたりしていることを報告した。
 原発事故避難者への支援として、医療と法律の専門家が組んで包括的に相談を受ける活動も示した。
 座長を務めた岩手医大の鈴木順准教授は「被災地では引き続きケアが必要だ。学会として次に起こる災害に備えなければならない」と述べた。
 戸羽太陸前高田市長も講演。岩手県医師会が開設した高田診療所に、県内外から心療内科医が派遣されていることを挙げ「子どもや高齢者へのケアが必要だが、行政にはノウハウがなく、学会挙げて支援してくれた。課題を解決し、災害派遣のモデルにしてほしい」と話した。


<大槌旧庁舎>解体か保存か 議論大詰め
◎民意複雑30日にも結論
 東日本大震災で被災した岩手県大槌町の旧役場庁舎をめぐり、解体か保存かの議論が大詰めに入った。「見るのがつらいという住民感情に配慮すべきだ」「震災を後世に伝承するため残してほしい」。年度内の解体方針を示す平野公三町長と関係者との計7回の意見交換会では、双方の主張が交錯した。前町長が一部保存を決断して2年8カ月。時間の経過とともに多様な主張が絡み合う中、平野町長は最終判断を迫られる。(東野滋)
<議論が白熱>
 「前は旧庁舎前を通るのが怖く、壊してほしかった。今は町外から人を呼び込むことも大切だと考え始めている」。商工観光関係者を対象にした13日の意見交換会で、出席者の一人が揺れる思いを口にした。
 一部保存が決まった後も議会は解体主張が多数を占め、具体化しなかった。ことし8月の町長選で平野氏が前町長を破って初当選。公約に掲げた年度内解体のためには12月定例会に予算案を提出する必要があり、議論は一気に白熱した。
 今月始まった意見交換会では解体、保存では割り切れない民意が表れた。「拙速は避け、復興が進んだ後に決めるべきだ」(地域代表)「ゼロか100ではない結論を探れないか」(商工関係者)。慎重な判断や議論の継続を求める声が相次いだ。
 葛藤しながらも、交流人口拡大の呼び水としての存在を再評価する意見も出た。町長選の公約を理由にした解体には「選挙の争点は復興の進め方だった。旧庁舎の扱いが勝敗を分けたのではない」(震災記録活動関係者)との反論もあった。
<理解進まず>
 関係者の議論が熱を帯びる一方で、住宅を再建できていない多くの被災町民は問題に深く向き合う余裕を持てないのが実情だ。旧庁舎は町が目指す中心市街地の再生にも影響するが、論争への理解が進んでいるとは言い難い。
 「旧庁舎は外部の人が町を訪れ、魅力を知る入り口となる」。2004年の新潟県中越地震後、震災遺構の保存に取り組んだ山の暮らし再生機構(新潟県長岡市)の山口寿道理事長は指摘する。「解体か保存かは将来に直結する重要な議論。建物を覆い、時間をかけて冷静に話し合うのも手ではないか」と提案する。
 平野町長は「さまざまな視点に立った生の声を聞き、私の中で化学反応が起きている。残すにせよ残さないにせよ覚悟が要る」と苦悩をにじませる。町内外の人の意見を募る23日の町民説明会を締めくくりに、30日の町議会全員協議会で結論を示す考えだ。
[大槌町旧役場庁舎]東日本大震災の大津波で2階天井付近まで浸水。庁舎前で災害対応に当たっていた当時の町長と職員計40人が犠牲になった。碇川豊前町長は2013年3月に一部保存の方針を表明。既に本館部分を除く約7割が解体されている。


<富岡町災害本部>混乱の跡 限定公開
 東京電力福島第1原発事故の避難区域に残る福島県富岡町災害対策本部の見学会が12月13日、初めて開かれる。東日本大震災を物語る遺物の保存を進める「ふくしま震災遺産保全プロジェクト」実行委員会が企画し、当日は仮設のミュージアムに仕立てる。「全町避難を決めた行政の中枢で何が起きていたのかを感じてほしい」と話している。
 福島県立博物館や富岡町など県内8団体でつくる同プロジェクト実行委のアウトリーチ事業「震災遺産を考える供,い錣セッション」の一環。
 対策本部が置かれたのは町文化交流センター「学びの森」の会議室。福島第1原発事故対応の痕跡が今も残る。津波被害の状況を記したホワイトボードや、避難者数を書き込んだ書類が散乱。混乱ぶりを肌で感じられる空間だ。
 見学会は、富岡町の協力で実施する。町職員と博物館の学芸員が、会議室の見取り図などを盛り込んだパンフレットを基に説明する。放置されたまま黒くなったおにぎりなど品目ごとに展示プレートを配置。停電の中で撮影された対策本部内の写真も展示する。
 プロジェクトメンバーは、書類などの記録作業を進めている。蛍光ペンの色が薄れるなど資料が劣化する恐れがあるためだ。対策本部が移設される場合に備えて正確に復元できるよう室内全体の物品の位置も測量している。
 全町避難により対策本部は2011年3月12日夕、放置された。同プロジェクト事務局を担う県立博物館の高橋満主任学芸員は「一日だけの災害対策本部がどのような過酷な状況であったのか、生で感じられる場所だ」と説明する。
 見学会は高校生以上が対象で1人200円。案内時間やスペースの都合上、定員は25人限定。バスで移動し、富岡町職員が津波被害が残る富岡駅前なども案内する。
 連絡先は出発場所のいわき市石炭・化石館0246(42)3155。申し込みは22日から受け付ける。
     ◇
 「いわきセッション」ではほかに、12月5日から20日まで石炭・化石館で震災遺産の展示会を開く。同12日はいわき市生涯学習プラザで、東北大災害科学国際研究所長の今村文彦氏を講師に招き、防災と減災を考える。


<災害公営住宅>入居者、イチョウの下で交流
 東日本大震災の災害公営住宅が建設された仙台市青葉区霊屋下地区で21日、入居者と地元住民の初めての交流会があった。約60人の参加者が公営住宅の敷地にある樹齢200年のイチョウの下に集まり、焼き芋や落ち葉拾いをして近所付き合いの一歩を踏み出した。
 霊屋下第2市営住宅(88戸)の中庭を会場に、霊屋下町内会(長門一彦会長)が主催した。焼き芋や焼きぎんなんを味わったり、敷地内に作るミニ菜園の準備をしたりした。
 山元町で被災し、10月に夫と2人で入居した遠藤栄子さん(79)は集会場でおしゃべりに花を咲かせた。「地域になじめるか不安だったが、皆さんと仲良く暮らしていこうと思えるようになった」と喜んだ。
 霊屋下地区には霊屋下市営住宅(33戸)も完成。周辺町内会などは2013年に「復興公営住宅とまちづくりを考える会」を設立し、受け入れ準備を進めてきた。長門会長は「イチョウをシンボルに、オープンな形で交流を続けたい」と話した。


デスク日誌 並行在来線
 このところ列車に乗る機会が多い。ローカル線となれば、地元のおばちゃん同士の世間話や高校生たちの方言トークに興味津々。車窓からの眺めも楽しみだ。
 第三セクターが運営する並行在来線の青い森鉄道は、近く全線開業5周年を迎える。かつての大動脈も、今は2両編成のワンマン列車が、青森駅からIGRいわて銀河鉄道につながる目時駅(三戸町)までをトコトコと走る生活路線。
 収入を支えていたJR東日本の寝台特急の運輸収入が断たれることになり、経営は厳しさを増す。手をこまねいてはいられない。
 九州新幹線の並行在来線肥薩おれんじ鉄道は、赤字を抱えつつも観光レストラン列車「おれんじ食堂」を走らせ人気を集める。駅の改装も進め、地元の人々が手作りマルシェで歓待する。JR九州に働き掛け、超豪華列車「ななつ星」が乗り入れる計画もある。
 そういえばJR東日本にも豪華列車「四季島」が登場する。北海道での運行も検討し、電化・非電化区間とも走行可能。青森県内の鉄路も、あちこち停車しながら走ってもらえないものか。自分で乗ることはなくても、沿線は盛り上がる。(青森総局長 阿久津康子)


河北春秋
 判官びいきとは、こういうことかと思った。40年前のこと。大相撲春場所は、角界のプリンスこと大関貴ノ花が初優勝に王手をかけていた。勝てば悲願達成の千秋楽。立ちはだかったのが3歳年下で21歳の横綱北の湖だ▼本割は熱戦になった。貴ノ花がこらえる度に大声援と割れんばかりの拍手。北の湖が「どうだ」と投げを打つと日本中の貴ファンが悲鳴を上げた。北の湖が敵役になったのは、このときからだと思う▼本当に憎たらしいほど強かった。勝つと座布団が飛んできた。負けた相手に手を貸さず、ふてぶてしいと嫌われた。屈辱を感じさせてはいけないという配慮なのだが外野の言うに任せていた。「横綱が頑張れと言われたら終わり」と責任と気概を大切にした▼不世出の横綱が世を去った。協会理事長として低迷した人気の復活に腐心していた最中。徐々に光が差してきただけに無念だろう。現役時代のような王道は歩めなかったが、それだけに相撲界の行く末を気に掛けていた▼貴ノ花には優勝決定戦で負けた。しかし、磨き抜いた力と技のぶつかり合いが、相撲人気を沸騰させた。一貫して「土俵の充実」を言い続けた原点は、そこにあったのではないか。国技館が大歓声で揺れるような取組を、北の湖さんもファンも待っている。

もんじゅに勧告/「延命ありき」はもはや限界
 安全意識を欠いたままの組織に突き付けられた「退場勧告」といえよう。
 原子力規制委員会が先日、高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県)を運営する日本原子力研究開発機構には適格性に重大な懸念があるとして、監督する文部科学相に対し、別の運営主体を探すよう勧告。半年の期限内に受け皿となる新組織が見つからなければ、もんじゅの在り方を抜本的に見直すよう求めた。
 もんじゅは、国策である核燃料サイクル事業の要の施設で、文科省は機構に代わる運営組織の検討を急ぐ方針だ。しかし、原子炉冷却にナトリウムを使うなど特殊な技術に精通した組織は機構以外になく、担い手探しは難航が予想される。規制委がくぎを刺したように、看板の掛け替えで済む話ではない。
 このほど行われた国の行政事業レビューでも、機構をめぐり、使われていない核燃料運搬船の維持管理費の無駄や、秘密保持条項が多い核燃料サイクル事業関連契約の不透明さが明るみに出た。福島第1原発事故を受け、聖域扱いされてきた原子力政策への国民の目は厳しく、規制委勧告を受けた議論が、もんじゅの延命ありきで進んでは、広範な理解は得られまい。
 核燃料サイクルは、原発の使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを取り出して再利用する仕組み。発電しながら消費した以上のプルトニウムを生み出すもんじゅは「夢の原子炉」と期待を集めた。
 しかし、試験運転中の1995年にナトリウム漏れによる火災事故を起こし運転を停止。2010年に再開にこぎ着けたものの、程なく燃料装置の落下事故があり止まったままだ。その後も1万点に上る機器の点検漏れや安全管理上のミスが相次いでおり、規制委が機構に見切りを付けたのは当然といえる。
 政府は昨年4月に閣議決定したエネルギー基本計画で、もんじゅを「核廃棄物の国際的な減量研究拠点」と位置付け直した。一般の原発でプルトニウムとウランを混ぜた混合酸化物(MOX)燃料を燃やすプルサーマル発電を主役に据えたサイクルへとかじを切りつつ、もんじゅの延命を図った形だ。
 プルサーマルは増殖炉に比べ消費できるプルトニウムが少ない。核兵器に転用可能なプルトニウムの保有量が積み上がることへの国際社会の批判をかわす意味からも、もんじゅの看板は降ろせないということだろうが、だからといって、実用化も疑わしい技術に巨費を投じ続けていいという話にはならないはずだ。
 核燃料サイクル事業は、青森県六ケ所村の再処理工場やMOX燃料工場の完工時期が繰り返し延期され、再処理後に発生する高レベル放射性廃棄物の最終処分場選定や使用済みMOX燃料の処理計画も何ら具体化していない。原発依存度を減らしていく中では、事業の位置付けすら揺らいでこよう。
 福島原発事故の反省から生まれた規制委の初勧告は、もんじゅの運営にとどまらず、停滞が続く核燃料サイクル事業の在りように一石を投じたと受け止めるべきだ。

桂でランチ・会議→大阪で育鵬社教科書問題を考える

ブログネタ
フランス語 に参加中!
καλημέρα σας3

Des japonais s'offrent un bain de Beaujolais nouveau !
Cette année, tout le monde n'a pas le coeur à célébrer l'arrivée du Beaujolais nouveau à cause des attentats de Paris survenus le vendredi 13 novembre. Au Japon, premier exportateur de Beaujolais, des amateurs de vin ont décidé de "ne pas changer [leur] quotidien" et d'envoyer "un signe de soutien pour la France". Certains ont donc suivi une tradition étonnante et ont pris un bain de Beaujolais nouveau comme vous pouvez le découvrir dans cette vidéo que nous vous proposons de retrouver sur notre site Non Stop Zapping.
Le Beaujolais nouveau est arrivé ce jeudi 19 novembre. Une arrivée qui contrairement aux années précédentes, n'a pas vraiment été célébrée en grandes pompes à cause des terribles attentats qui ont secoué la région parisienne ce vendredi 13 novembre. C'est mercredi soir que les vignerons ont organisé les festivités sur la place des Terreaux à Lyon : "Le choix de maintenir la fête a été difficile, mais il faut continuer à vivre. La fêtene sera pas aussi joyeuse que d'habitude" a déclaré à nos confrères du Point, Sébastien Dupré, viticulteur à Saint-Lager dans le Rhone et membre des Jeunes Agriculteurs à l'origine de l'événement.
Philippe Marx, directeur commercial d'une coopérative met en avant l'aspect culturel de la célébration du Beaujolais nouveau : "Ca, c'est notre culture, d'être ensemble. Le vin, c'est quelque chose qui se partage".
"Nous avons pensé que nous ne devions pas changé notre quotidien"
Le Beaujolais nouveau a également été accueilli à l'autre bout du monde, au Japon. L'arrivée des premières caisses a été couverte par les médias nippons comme l'événement à ne pas rater. Et, il faut dire que les Japonais ont une tradition bien à eux, pour le célébrer. Suite aux attentats de Paris, les Japonais ont également hésité à célébrer le Beaujolais: "Nous nous sommes demandés si nous devions maintenir notre soirée mais nous avons pensé que nous ne devions pas changer notre quotidien et que ce serait un signe de soutien pour la France" a expliqué le PDG de Suntory Wine International Yuji Yamazaki qui organisait une réception pour fêter l'arrivée du Beaujolais nouveau.
En effet, le pays du soleil levant est le premier client à l'étranger du Beaujolais et quoi de mieux pour célébrer son arrivée que de prendre un bon bain... de Beaujolais ? C'est en tout cas ce que font chaque année des japonais particulièrement amateurs qui se rejoignent dans des spas.
フランス語
フランス語の勉強?
時論公論「暴力団との“共生”の根を断つには」寒川由美子解説委員
暴力団組長らが接骨院と共謀して療法費をだまし取った事件では、多くの協力者がかかわっていた。暴力団との“共生”の根を断ち切るにはどうすればいいか考える。
SWITCHインタビュー 達人達(たち) アンコール「山極壽一×関野吉晴」
野生のゴリラに魅せられアフリカに通って35年、霊長類から人間を考えてきた山極と、人類の足跡をたどる5万3千kmの「グレート・ジャーニー」はじめ、壮大なスケールの旅に人生を捧げてきた関野。二人の目から現代社会のヒトを見てみると…。発情をコントロールできるのは人間の女性だけ?男が働かなくても威張るのは“肉”をとってくるから?人間が戦争をするのは言葉のせい?意外な事実の数々に、世界が違って見えてくる!
山極壽一,関野吉晴, 吉田羊,六角精児

サイエンスZERO 温泉が電気を生み出す! 注目の低熱発電
今、全国の温泉地で、お湯で発電する取り組みが始まっている。可能にしたのは「バイナリー発電」という技術。温泉の熱で水よりも沸点が低い「低沸点媒体」を加熱し、発生した蒸気で発電機のタービンを回す。従来の地熱発電では使えなかった150℃以下の低熱の温泉が活用できるうえ、大規模な発電設備も必要ないため手軽に始められるのだ。さらにこの技術を応用すれば海水までも発電に利用できるという。低熱発電の可能性に迫る。
足湯でサルもリラックス
発電も地産地消(別府大学国際経営学部 阿部博光教授)
今回のテーマは温泉などの低温の熱で発電するバイナリー発電。これにちなんでスタジオのセットは温泉! 竹内さんと奈央さんが足湯にのんびり浸かりながら、注目の発電技術について学ぶ。
バイナリー発電は地熱発電の一種。地熱発電では使えなかった150℃以下の熱を利用する。
源泉を持つ方の敷地に設置されたバイナリー発電機。巨大な施設を伴う地熱発電に比べて小規模な展開が可能。
低温の熱で発電するには「低沸点媒体」の働きが欠かせない。
低温の熱で発電を行うバイナリー発電。なんと暖かい海水からも電気を生み出せる。
今回のゲストは別府大学国際経営学部の阿部博光教授。自然エネルギーの研究が専門で、現在は温泉を活用した発電の普及について活動を行っている。

文庫版 小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯 (潮文庫)
古川智映子
潮出版社
2015-09-05


広岡浅子の「九転十起生」の潔い人生に大いに共感。朝ドラのヒロインは、すごい人でした。  たなか
NHKの朝の連続テレビ小説「あさが来た」で、広岡浅子さんの生涯をとりあげることを知り、これを機会に本書を手にしてみました。
大同生命の堂々たる社屋が描かれたカバーイラストの表紙が、広岡浅子さんの人生を象徴しているようです。
名門・三井家の生まれのお嬢さん。
大坂の豪商・加島屋に嫁いだ後、幕末・明治維新の余波で傾いた加島屋を立て直し、大同生命の創業メンバーとなるなど、実業家として剛腕をふるった。
日本女子大学の創立に関わり、東京・目白台の三井家所有の土地を日本女子大学に寄贈した。
この程度のことは知っていましたが、自分がいかに広岡浅子さんを知らなかったのかを痛感しました。
明るく超前向きな彼女が、時代の変化の大波に立ち向かいながら、次々に難題を解決し、事業を拡大していくさまは痛快。
ピストルを手に命がけで鉱山経営をしたり、とりつけ騒ぎで預金がどんどん引き出される中でも預金増加策に打って出るなど、男の経営者が束になってかかっても勝てない強さは、どこから涌いてくるのでしょう。
「最大の守りは、攻め抜くことや」。
とりつけ騒ぎの中で発したこの言葉が、まさに彼女の生き様を言い表しています。
大病や、暴漢に刺されるなど、自身に襲いかかる苦難にも果敢に挑戦し続けた姿に、拍手を送りたくなりました。
鈴木商店の鈴木米さん・尾張屋銀行の峰島喜代子さんと共に「明治の三大女性実業家」に数えられるだけあって、やはり広岡浅子さんはただ者ではなかったのだと思います。
彼女は、事業が安定すると「婦人運動」を主催したり、女子教育の講習会をひらくようになります。
この講習会の受講者の中に、のちに女性運動家・政治家となる市川房枝さんや、「赤毛のアン」で有名になる、作家の村岡花子さんもいました。
剛腕実業家は、優れた教育者でもあったようです。
「実業家」と「教育者」という2つの顔が、彼女の中に同居することを少し不思議に思いましたが、
彼女は「ひとを引き寄せ」「ひとを育て」「ひとの和を創出する」才能を持っていたのでしょう。
加島銀行や大同生命を設立するなど、近代的な企業をつくりあげたのは、商才だけでなく、企業経営の戦力である人材を育成する能力をもっていたからであり、
渋沢栄一や五代友厚、大隈重信夫人など、近代日本をつくった偉人たちが彼女の周りに集ってきたのは、それだけ人を惹きつける魅力や一流の才能があったからなのだと思います。
どうしても、情熱あふれる主人公の「女傑」の生涯に目を奪われがちですが、
本書は、幕末〜大正期にかけての日本経済の激動期を、大阪の経済を中心に丁寧に描写している点でも、よくできた書だと感じました。
自分が知っているこの時代の経済史は、東京中心のお話であって、関西経済は意外に知らなかったことに気がつきました。
少々分厚い小説ですが、主人公の胸のすくような個性と才能にひかれて楽しく読めます。おすすめです。


桂で会議です.午前中にちょっとだけ仕事して,すぐに阪急で京都に向かいました.ものすごい混雑だったけど,特急で行くことができます.駅近くのレストランでランチ.時々ライブもやっているとのこと.地図で見たら桂離宮が意外に近い感じだったけど,もちろん寄る時間はありません.バスで会場に向かいます.開始ギリギリにつきました.早めに来ていたYaさんの顔が見えました.会議はなかなか面白い話がおおくて,いくつか質問をしました.
さて大阪に帰ってきてから育鵬社の教科書に関しての勉強会.過去の侵略を正当化し,天皇制を美化しているものでとんでもないものです.子どもたちがかわいそうです.次回の採択は4年後だそうです.その時に育鵬社採択を減らすためにはどうしたらいいか考えてみました.
この教科書を考えるための参考になりそうなリンクをいくつかピックアップしてみました.
採択相次ぐ!「育鵬社教科書」本当の問題点
自由社版・育鵬社版教科書採択に反対・阻止するための緊急アピール
日本の周辺国を敵視 育鵬社の歴史教科書がもつ危険性
「護憲派」にとって、 この教科書は相当やばいです

復活の味楽しんで 産業祭へホッキガイ水揚げ
 宮城県山元町の磯浜漁港で20日、町内で22日にある町主催の「ふれあい産業祭」で振る舞うホッキガイの水揚げがあった。県内一の漁獲量を誇った自慢の味は、東日本大震災を乗り越えて復活を遂げつつある。
 漁船3隻が沖に出て、漁具「マンガ」でホッキガイを海底から掘り出した。水揚げ量は約600キロ。「大三丸」(4.9トン)は港に戻ると、貝が入った籠を漁師が次々と岸壁に上げた。
 磯浜のホッキガイ漁は、震災の津波で大量のがれきが漁場に沈んで一時休止された。がれきの撤去や新たな漁具を導入するなどし、2013年から漁を一部再開した。
 ホッキガイの資源量やがれきの分布を調査している東北大大学院農学研究科の佐々木浩一准教授は「震災前後に生まれた稚貝が着実に成長している。撤去作業が進めば、さらに良い状態になると思う」と話した。
 産業祭は町役場敷地内で開かれ、試食用に200食を提供するほか、1袋1000円で販売する。


<せんだい ひと模様>ホームレス自立支援の雑誌を売る/路上で人間観察楽しむ
◎「ビッグイシュー日本版」販売員 橋本明(はしもと・あきら)さん(67)
 ホームレスの自立を支援する雑誌「ビッグイシュー日本版」の販売が仙台で始まって10年。現在、市内にいる2人の販売員のうち橋本明さん(67)がこれまでに売った部数は5万部を超えた。支援者に勧められ、おっかなびっくり始めた仕事だが、客との会話や路上での人間観察が楽しく、街頭に立つのがいまやすっかり生きがいになった。
<「継続きつい」>
 JR仙台駅前、商店街「ハピナ名掛丁」の入り口で、手に持った雑誌を黙って高く掲げ、雑誌をアピールする。
 「店で売るのと違って、路上で、いつ来るか分からないお客さんを待つ。続けるのはきついよ」。2005年、仙台で販売が始まった当初20人余りいたホームレスの販売員が次々と消え去った理由でもある。
 ミサが開かれる日曜日は、市内のキリスト教会に販売に出向く。天気と体調が悪い日は雑誌がぬれたり飛ばされたりするから、休まざるを得ない。それ以外は午前10時ごろから午後6時半ごろまで仕事を続ける。
 1日と15日の月2回発行。A4判、約30ページで350円。1冊売れると180円が懐に入る。
 40代後半で勤めていた会社が倒産し、投げやりになって入ったホームレスの世界。あちこちを転々とし、古里仙台に舞い戻ったのが18年前。いまは広瀬川の河原に段ボールやビニールシートで作った小屋で暮らす。
<充実感大切に>
 07年8月に売りに出てからデータが確定したことし7月末までに販売したのは5万3660部。「震災前は月に600〜700部売れたが、最近は400部ぐらい。持ち直しつつあるが、まだ人助けする余裕を取り戻せていない人が多い」とみる。
 毎号買ってくれる人、そこまでは行かない常連、新規と言っていい客が3分の1ずつ。女性が3分の2を占める。
 気付いたことがある。「着飾った人は買ってくれない」ということだ。「あなたと私は違う世界で生きているのよ」。そう思っているかのように感じる。あるいは自分のことにしか興味がないのかもしれない。そんな人が増えたと思えるところに格差社会の一端を見る思いだ。
 「アベノミクスと言っても恩恵を受けているのは最上層の人たちだけ」。政治が目指す方向に疑問を膨らませる。
 そんな中で今夏接した、安全保障関連法案を危惧する人々の反対活動。「学生や子連れの主婦、戦前を知る高齢者が世代を超えて連帯したところに、小さな希望を見いだした」と話す。
 当初はホームレスから抜け出そうと思っていた。が、いまは違う。自立したホームレスとして生きている自分に満足している。その充実感を大切に、この仕事を続けようと考えている。


民間医療ヘリ長期運休へ 運航費賄えず
 東日本大震災を機に医療用多目的ヘリコプターを運航してきた気仙沼市のNPO法人「オールラウンドヘリコプター」が今月末での運航休止を決め、法人関係者が20日、市に報告した。寄付金が減少し、年5000万円の運航費確保が難しくなった。再開を模索するという。
 ヘリは2013年10月に復興支援として運航を開始。これまでに石巻赤十字病院(石巻市)や仙台厚生病院(仙台市)など12カ所と協定を結んで無償で救急患者や医師らを運び、出動件数は39件に上った。
 運航費は公益社団法人シビックフォース(東京)などが集めた寄付金で賄ってきたが、寄付は年々減少。ことしは国の助成金もなくなったためヘリを隔週運航にしたり、ファンを増やすイベントを開催したりと工夫したが、運営基盤を見直す必要があると判断した。
 現時点で撤退は考えておらず、今後はヘリやスタッフ数人を広島市内のNPO法人に貸し出して資金確保の一助とする。
 市役所を訪れた法人の渡部圭介事務局長は「利用が年々増えていただけに休止は苦渋の決断だが、基盤強化を図り気仙沼で再び活動したい」と説明した。ヘリポート用地を無償貸与した菅原茂市長は「多くの人を救う活動をしてくれた」と復帰に期待した。


ネパール地震/凍える被災者をなくそう
 4月の大地震から間もなく7カ月になるネパールは本格的な冬を目前にする。地震で倒壊した家屋は50万棟ともいわれ、約300万人の被災者がテント生活を強いられる。
 復興は進んでいない。将来への不安と厳しい寒さを乗り越えられる被災者支援を急がねばならない。
 もともと道路や上水道、電気などの社会インフラが乏しい国だ。地震で状況が悪化した上に、国内政治の混乱が今も収まらず、地震後の人々の生活再建を困難にしている。
 頼みは国連や各国政府、民間の支援だ。中長期の対応策を考えないと混迷はさらに深まるだろう。
 ネパール政府の防災担当者らが今月初め、神戸の「人と防災未来センター」を訪れ、研究者と意見交換した。こうした交流が貴重だ。
 耐震化はネパールにとっても大きな課題である。首都カトマンズにある世界文化遺産ダルバール広場がマグニチュード(M)7・8の揺れでがれきと化した。日干しれんがを積み上げた建物や住宅が大きな被害を受け、崩れたがれきの下敷きになって死傷する人が多かった。
 耐震化と併せインフラ整備をどう進めるのかも課題だが、最貧国の一つに数えられるネパール一国だけではいずれも解決困難である。
 6月の支援国会合で、各国と世界銀行は計44億ドル(約5400億円)の支援を表明した。日本は主に学校や住宅支援などに2億6千万ドルを支出する。だが受け皿となる復興庁の設置が遅れ、多くが手つかずだ。
 政治が機能しない国では自力復興は難しく、国民の窮状は果てしなく続く恐れがある。ネパールでは輸入に頼る石油やガソリン、ガスが不足し、バイク一台自由に動かすことができない。国内の政治対立がさまざまな物流の障害になっている。
 被災者支援を第一に、優先順位の高いものから早く事業化する道を見つけたい。国連は前に出ていい。
 公的支援とは別に、NPO、NGOが進める民間支援は活発だ。
 兵庫県の「CODE海外災害援助市民センター」「シーズ・アジア」「アジア友好ネットワーク」などの組織は、得意分野で独自の支援活動を行う。人を派遣し、現地の協力組織と連携する。ニーズに柔軟に対応する姿勢は手本になる。
 厳冬の前に凍える被災者を減らす支援にいま一度知恵を絞りたい。


朴教授の起訴 歴史研究への介入憂う
 慰安婦問題を扱った「帝国の慰安婦」の著者である韓国・世宗(セ・ジョン)大の朴裕河(パク・ユハ)教授が、元慰安婦に対する名誉毀損(きそん)の罪で在宅起訴された。
 著作は、女性の性をも動員の対象とした「帝国」というシステムに着目した意欲的な研究だ。帝国主義日本の植民地だった朝鮮の女性たちが「愛国」を強要され、慰安婦として戦場に送り込まれた構図を描いた。朴教授が日本向けに書き下ろした同名の日本語版は、今年の「アジア・太平洋賞」特別賞に選ばれるなど高く評価されている。
 在宅起訴は、元慰安婦らによる告訴を受けたものだ。ソウル東部地検は、慰安婦が「性奴隷」だったことは証明されていると規定。朴教授が「自発的な売春婦」であったかのように記述して被害者たちの社会的評価を著しく傷つけ、「学問の自由を逸脱した」と結論づけた。
 朴教授は、朝鮮人慰安婦と日本軍の関係を「基本的に同志的」と表現して問題視された。だが著作から読みとれるのは、「帝国」に動員された一線の兵士と慰安婦の双方を弱者と捉える視線である。朴教授は、兵士の側に朝鮮人に対する強い差別意識があったことを批判してもいる。
 著作は、「性奴隷」や「売春婦」という極論から距離を置いた冷静な姿勢故に高い評価を得たといえる。
 韓国では、近代における日本との歴史は冷静な議論になりにくい。帝国主義日本がすべて悪いという「正しい歴史認識」以外を認めない雰囲気が強く、異論を許さないからだ。
 感情論や政治性を排した歴史研究の自由を保障することは、将来世代のためにも重要だ。韓国の憲法が「学問・芸術の自由」を明記しているのは、そうした認識に立っているからではないのか。
 朴教授は高校卒業後に慶応大へ進学し、早稲田大大学院で博士号を取得した。帰国後の2000年に韓国で出した著作で、非理性的な日本たたきは偏狭な民族主義を助長するだけだと主張して注目された。
 その後も日韓双方の問題点を指摘して和解への道を模索。特に慰安婦問題では、対立に終始してきた両国から距離を置いた「第三の声」の重要性を強調してきた。
 慰安婦問題はソウルで3年半ぶりに実現した日韓首脳会談で「早期妥結」が確認されたばかりだ。両国には、互いを尊重しながら合意を導き出す努力が求められている。
 慰安婦問題は日韓両国で感情的反応を呼びやすい。そうしたテーマで学問の自由を軽視したかのような検察の判断は、韓国に対する日本社会の違和感を強める恐れがある。今回の在宅起訴は、両国の国民感情の悪化にもつながりかねない。


[慰霊の日に公示?]戦後史の認識が足りぬ
 政府・与党は沖縄戦や戦後史に対する理解を欠いているのではないだろうか。
 自民、公明両党が来年の参院選の日程を「6月23日公示−7月10日投開票」と想定して調整を進めているという。
 6月23日は沖縄戦の組織的戦闘が終結したとされる「慰霊の日」である。過去の国政選挙で公示や投票日に重なったことは一度もない。
 糸満市摩文仁の平和祈念公園では毎年、沖縄全戦没者追悼式が執り行われ、首相や衆参両院議長、政府関係者らが出席する。自民党幹部は「知らなかった」と釈明している。政治家ならよもや知らないはずはないと考えたいが、さもありなんとも思う。
 2年前の4月28日に政府主催の「主権回復記念式典」が開かれたことを思い出す。サンフランシスコ講和条約が発効した日である。確かに日本が連合国の占領から脱し、主権を回復した日である。だが、沖縄や奄美、小笠原は日本から切り離され、米軍統治下に置かれた日なのである。
 日程の背景には衆参ダブル選挙を見据えた安倍政権の思惑がある。選挙権年齢を「18歳以上」に引き下げる改正公職選挙法の適用を前提にすれば、法施行の6月19日以降で三つのパターンがある。23日公示だけではないのである。
 1981年、当時皇太子だった天皇が「どうしても記憶しなければならない」として慰霊の日、広島原爆の日、長崎原爆の日、終戦記念日を挙げている。「8・6」や「8・9」、「8・15」が公示と重なったらどうだろうか。
    ■    ■
 政府・与党の沖縄の戦後史に対する認識は、菅義偉官房長官の言葉に象徴される。
 辺野古新基地建設をめぐり、8月から9月にかけて決裂して終わった県と政府の集中協議で、普天間問題の原点を「戦後米軍が強制的に土地を接収したことだ」と主張する翁長知事に対し、菅氏は記者会見で「賛同できない」とした上で、「戦後、日本全国が悲惨な状況の中、皆さんが苦労して豊かで平和な国を造り上げた」と反論した。
 翁長知事は普天間は米軍が強制接収したにもかかわらず、代わりの土地を差し出せというのは理不尽だと指摘したのである。菅氏の反論は意図的に翁長知事の主張をすり替えたのではないかと勘ぐりたくなる。戦後史に対する認識の違いとともに沖縄の戦後史に対する無理解がある。
 「お互い別々に今日まで生きてきたんですね、すれ違いですね」との翁長知事の嘆きは解消されない。
    ■    ■
 沖縄戦の遺族関係者からは怒りや不信の声が相次ぐ。当然だ。自民党県連会長で参院選の立候補予定者である島尻安伊子沖縄担当相は「公示になじまないのではないか」と与党に働きかける考えだ。
 同じく立候補予定者で元宜野湾市長の伊波洋一氏は「沖縄軽視だ」と批判した。
 県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦は、平和を求める戦後沖縄の原点である。「6・23」は県条例によって公休日に指定され、沖縄全体が早朝から厳粛な祈りに包まれる特別な日である。政府・与党に再考を求める。


日米首脳会談 「沖縄とは共にない」首相
 「フランスと共にある」が、「沖縄とは共にない」のが今の日本政府、安倍晋三首相である。
 安倍首相は19日、オバマ米大統領と会談し、米軍普天間飛行場の辺野古移設について「唯一の解決策だ。確固たる決意で進める」と述べた。そのわずか2日前、政府は辺野古新基地をめぐり翁長雄志知事を提訴し、県民から猛反発を受けたばかりだ。沖縄の反発など物の数ではないと言わんばかりの、民意を真っ向から踏みにじる発言である。
 その2日前にはパリの同時多発テロを受け、首相は即座に「日本はフランスと共にある」と述べた。沖縄とフランス、それぞれに示した姿勢の落差は歴然としている。
 この落差は今に始まったことではない。オスプレイの暫定配備先として候補に挙げた佐賀では、住民の反対であっさり撤回した。全自治体の反対決議を無視して強行された沖縄への恒久配備とはあまりに対照的だ。露骨な二重基準は、やはり差別と言うほかない。
 注意したいのはオバマ氏の言動だ。首相の発言に対し、オバマ氏は「感謝したい。米軍も嘉手納より南の基地返還に取り組む」と述べただけである。「唯一」という発言に同意してはいないのだ。
 事実、日本の安全保障政策に多大な影響力を行使してきたアーミテージ元米国務副長官もナイ元米国防次官補も辺野古新基地に疑問を呈している。モンデール元駐日米国大使も「(普天間代替基地の場所について)われわれは沖縄だとは言っていない」と明言した。「辺野古が唯一」だなどと言っているのは日本政府だけなのである。
 首相は、大統領との会談であえて「唯一」を持ち出すことで、さも他に選択肢がないかのように国民に印象付けたかったのだろう。そんな子どもだましの印象操作は国民を愚弄(ぐろう)するに等しい。
 それにしても、首相の外交は勘所を外しているように見える。米との会談では南シナ海への自衛隊派遣の検討まで持ち出したが、肝心の東南アジア諸国を交えたアジア太平洋経済協力会議(APEC)で南シナ海への言及はなかった。対中国包囲網を形成したいという首相の思惑は不発に終わっている。
 国民の同意も全く欠いたまま、日本に何の関係もない地域への軍の派遣まで持ち出すとは何事か。安倍氏の独り善がりの外交は日本にとって危険なだけだ。

靴・自転車修理 /元気 東北物産展2015

ブログネタ
フランス語 に参加中!
樺山崎

“Vous n’aurez pas ma haine”
Antoine Leiris
Vendredi soir vous avez volé la vie d’un être d’exception, l’amour de ma vie, la mère de mon fils mais vous n’aurez pas ma haine. Je ne sais pas qui vous êtes et je ne veux pas le savoir, vous êtes des ames mortes. Si ce Dieu pour lequel vous tuez aveuglément nous a fait à son image, chaque balle dans le corps de ma femme aura été une blessure dans son coeur.
Alors non je ne vous ferai pas ce cadeau de vous haïr. Vous l’avez bien cherché pourtant mais répondre à la haine par la colère ce serait céder à la même ignorance qui a fait de vous ce que vous êtes. Vous voulez que j’ai peur, que je regarde mes concitoyens avec un oeil méfiant, que je sacrifie ma liberté pour la sécurité. Perdu. Même joueur joue encore.
Je l’ai vue ce matin. Enfin, après des nuits et des jours d’attente. Elle était aussi belle que lorsqu’elle est partie ce vendredi soir, aussi belle que lorsque j’en suis tombé éperdument amoureux il y a plus de 12 ans. Bien sûr je suis dévasté par le chagrin, je vous concède cette petite victoire, mais elle sera de courte durée. Je sais qu’elle nous accompagnera chaque jour et que nous nous retrouverons dans ce paradis des ames libres auquel vous n’aurez jamais accès.
Nous sommes deux, mon fils et moi, mais nous sommes plus fort que toutes les armées du monde. Je n’ai d’ailleurs pas plus de temps à vous consacrer, je dois rejoindre Melvil qui se réveille de sa sieste. Il a 17 mois à peine, il va manger son goûter comme tous les jours, puis nous allons jouer comme tous les jours et toute sa vie ce petit garçon vous fera l’affront d’être heureux et libre. Car non, vous n’aurez pas sa haine non plus.
フランス語
フランス語の勉強?
NHKスペシャル「パリ同時テロ事件の衝撃」
フランスのパリで起きた同時テロ事件。過激派組織ISは「恐怖はまだ続く」と声明を発表。国境を越え広がるISの脅威に、世界がしんかんしている。難民の中に紛れてテロリストが入り込むという懸念が現実のものとなったことで、ヨーロッパが掲げてきた「人権・自由・寛容」の理念が脅かされ、社会に分断が生じている。世界はテロの脅威にどう向き合えばよいのか。最新の現地ルポを軸に、国際社会に突きつけられたテロの背景に迫る
大越健介,鴨志田郷

数学ミステリー白熱教室 第2回「数の世界に隠された美しさ〜数論の対称性〜」
「数論」が持つ“対称性”に着目し、ある難問にアクロバット的解決を与えたのが19世紀のフランスの天才数学者、エヴァリスト・ガロアだ。その難問とは『5次以上の方程式に解の公式はあるか?』。ガロアは決闘に敗れて亡くなる前夜、この難問に対する驚くべき解決法を書き残した。それは「数論」の問題を正面から解くことを避け、裏に回りこんで“ハッキングする”ような手法だった。「ラングランズ・プログラム」の原点とは?
エドワード・フレンケル


靴が修理しなくてはいけない状況なので,商店街に持っていきました.スーパーとパン屋の間の小さなスペースの修理屋さんにお願い.約3000円とちょっと高いけど,仕方ないです.さらに今度は自転車修理.乗るとギコギコうるさいです.軸がダメになっていたとかいうので4000円です.心地よく乗れるようになったけど,うーん.
夕方は阪急の元気 東北物産展2015に行きました.ゆべしとしそ巻きを買いました.

仮設のつながり新天地でも 職員派遣し交流会
 宮城県亘理町が、仮設住宅で集会所の管理や見回りを担当していた町臨時職員を災害公営住宅に派遣、入居者らと交流会を開く事業に乗りだした。顔なじみとの交流で被災者の孤立を防ぎ、新天地の生活に溶け込んでもらおうという取り組みだ。
 交流会事業は今月9日からスタート。町内4カ所の集合型災害公営住宅の集会所などで平日の午前中に開く。各住宅には、それぞれの入居者が以前暮らした比率が高かった仮設住宅にいた職員を2人ずつ派遣。入居者同士の交流を促すとともに、被災者支援を担う町社会福祉協議会との情報共有も図る狙いがある。
 8月完成した大谷地住宅(同町吉田)は、丸子久美子さんと佐藤雅行さん(30)が担当。19日は、集まった10人ほどの入居者や近くに自宅を再建した住民らにお茶を出し、持ち寄った漬物を食べながらにぎやかに会話を交わした。
 1人暮らしでほぼ毎日参加するという小野てる子さん(83)は「にぎやかだった仮設を出て、話し相手が減った。顔見知りの丸子さんたちが来てくれると聞きうれしかった」と喜ぶ。
 丸子さんは「仮設を出た後、音声機能付きの冷蔵庫が話し相手という人もいた。仮設を出てから元気か心配だったし、『やっと来てくれた』と喜んでもらいうれしかった」と明かす。
 町内では、災害公営住宅や集団移転先の分譲宅地の整備が既に完了。仮設住宅(計1126戸)からの転出が進み、入居率は11.4%。町は仮設住宅の集会所7カ所のうち5カ所の常時開放をやめる一方、交流会事業を始めた。
 町は2016年度も交流会事業の継続を検討している。被災者支援課は「顔なじみがいれば、1人でも参加しやすくなる。入居者や近隣住民に安心して交流を楽しんでもらい、地域にとけ込む手伝いをしたい」と話す。


ご当地の味 山元復興を応援
◎22日「産業祭」
 東日本大震災で大きな被害が出た山元町の復興支援事業として、町内外の特産品や旬の味覚を一堂に集めた「山元町ふれあい産業祭」が22日、町役場駐車場で開かれる。
 目玉の「復興支援ブース」には、町に応援職員を派遣するなど支援を続ける全国の30の自治体や団体が出店。津市の「伊勢うどん」、北海道芽室町の「十勝めむろカレー」、愛媛県上島町の「レモンケーキ」など各地の自慢の味が並ぶ。
 地元からは64の事業所や団体が出店し、野菜や果物の地場産品などを販売。町特産のイチゴ、リンゴ、ホッキ貝も先着で各200食振る舞う。ステージで幼稚園児のダンスやイチゴ早食い競争などもある。
 産業祭は震災のあった2011年から毎年開かれ、ことしで5回目。町は3万人の来場を見込む。
 午前10時〜午後3時。会場に駐車場はなく、山下小など周辺の臨時駐車場3カ所にシャトルバスが発着する。連絡先は町産業振興課0223(37)1119。


<ノリ入札>震災後最多4106万枚が上場
 宮城県産乾ノリ「みちのく寒流のり」の今季の初入札会が19日、塩釜市の県漁協塩釜総合支所・乾ノリ集出荷所で開かれた。出荷されたノリは東日本大震災後最多の4106万枚に上り、全国から集まった約200人の仲買業者が色つやや味を吟味し、落札した。
 県漁協によると、海水温の影響がほとんどなく、成長は順調。品質も期待できるという。全国最初となった入札会に出荷された新ノリは、昨年を2300万枚上回った。平均落札価格は100枚962円で前年を40円下回った。最高は100枚3500円だった。
 県漁協のり部会の近藤正昭会長(63)は「初日の入札会にこれほど上場したのは久しぶり。色、香りが良く、おいしいので、全国の人に食べてもらいたい」とPRした。
 出荷最盛期は来年1〜3月。県漁協は昨季を1000万枚上回る4億枚の生産を見込み、震災前の6割程度まで回復する見通し。


<水産特区2年>先行社好調でも追随なし
 宮城県が導入した「水産業復興特区制度」の適用を受け、石巻市のカキ養殖漁業者などによる合同会社に区画漁業権が与えられて2年余が過ぎた。東日本大震災からの創造的復興の目玉として陣頭指揮を執った村井嘉浩知事は「新たな水産業のモデル」と胸を張るが、後に続く動きは見られない。生産態勢の復旧が進むなど、被災地の漁業を取り巻く環境の変化が背景にある。(丹野綾子)
<設備投資着々>
 「桃浦かき生産者合同会社」は2012年8月、被災漁業者15人と水産卸の仙台水産(仙台市)が出資して設立。漁業権は翌年9月に付与された。パートを含む従業員は現在42人。新規就業した漁業者は8人で、来春には地元から新卒1人の採用を見込む。
 今季は生産量90トンを目標に、全国初のカキむき専用超高圧処理装置導入など設備投資も進める。生産から加工、販売まで一体化させ、消費者ニーズや採算性を意識した漁業者育成、労働環境の整備、収入の安定化も目指す。
 特区制度は村井知事が11年5月、政府の復興構想会議で提案した。漁協に優先的に漁業権を与えるよう定めた漁業法を緩和し、企業の参入促進によって養殖漁業の早期復興を目指した。
 県漁協は当時、組織を挙げて猛反対し、全国的に関心を集めたものの、現在は追随する漁業者がないことから「既に整理が付いた問題」と静観する。
 特区は漁業者間の話題に上ることも少なくなった。石巻市内の関係者は「あれだけ県漁協が反対すれば、関心があっても手を挙げるのは難しい」と指摘する。
 カキ養殖は、シーズン中に大きく変動する価格の安定が一番の課題。「漁協を頼らず自ら販路を開拓するのは打開策の一つ。設備導入による高度化など参考にすべき点が多い」と桃浦を評価する漁業者もいる。
<知事総括せず>
 合同会社は今季、初の黒字が見込まれる。全面支援する仙台水産の島貫文好会長は「せっかく制度化されたのに、次が出てこないのは残念でならない。旗を振った県がどう考えているか分からないが、桃浦は必ず成功させる」と語る。
 これに対し県水産業振興課の担当者は「特区制度の主体は漁業者。活用したい人が現れれば、例えば企業とのマッチングなどを支援する」と強調する。
 その上で「震災直後は養殖施設から船まで何もかもやられてしまった。特区制度はそこから復興するための選択肢の一つだった」と振り返る。
 震災発生から間もなく5年。国の支援制度などで生産態勢はほぼ復旧し、状況は大きく変わったという。
 特区制度をどう総括するのか。
 「漁業権を付与した5年のうち2年までは順調に来た。適用をさらに広げるかどうかは桃浦をあと3年見守り、しっかり検証して決めるべきだ」。村井知事は評価するのは時期尚早との考えを示す。


<東西線>マンモス出現 被災地の資源生かす
 12月6日に開業する仙台市地下鉄東西線の荒井駅(仙台市若林区)北側の田んぼに、稲わらのマンモスと恐竜トリケラトプスが姿を現し、話題を呼んでいる。若林区民らでつくる「地下鉄東西線開業イベント実行委員会」アート班が、東日本大震災の被災農地の再生を象徴する稲わらを使って地域を活性化しようと企画した。完成は間近。製作を担当する学生たちは「田園地帯の資源を生かして人を呼び、開業を盛り上げたい」と精を出す。
 マンモスは高さ約5メートル、全長約7メートル。トリケラトプスは高さ約3メートル、全長約5メートル。木などの骨組みにシート状の稲わらを巻き付けて作る「わらアート」で第一人者の宮島慎吾・武蔵野美術大教授に指導を仰いだ。
 アート班班長の竹野博思さん(57)は「西の起点が八木山動物公園駅なので、東にも空想の動物園を作りたかった」と狙いを話す。
 材料の稲わらは、津波被害から復旧し、コメ作りを再開した荒井地区の田んぼ約40アールから調達。若林区内外の小学生も稲わらを束ねる作業を手伝った。
 復興支援に取り組む同区の一般社団法人「ReRoots(リルーツ)」の学生メンバーたちは23日の完成を目指し、空模様をにらみながら作業を急ぐ。
 通り掛かった人々は迫力満点の2体に足を止め、カメラを向けたり、メンバーに声を掛けたり。リルーツの東北大2年畠山紳悟さん(21)は「反応が良い。地域イベントとして定着させ、いずれ沿岸の被災地でも開催したい」と意気込む。
 卸町駅(若林区)近くの卸町神社庭園にも12月上旬から、空想の動物「オロッシー」(高さ約5メートル)のわらアートを飾ることにしている。
 展示はいずれも12月20日まで。連絡先は若林区まちづくり推進課022(282)1111。


<光のページェント>きらめく冬待ち遠しい
 仙台市の年末をイルミネーションで彩る「SENDAI光のページェント」に向け、ケヤキ並木に約60万個の発光ダイオード電球を取り付ける作業が19日、同市青葉区の定禅寺通で始まった。
 午後10時ごろから歩道寄りの車線を一部通行規制して実施。高所作業車に乗った作業員が点灯時の様子をイメージしながら、木や枝に電球を飾り付けた。作業は29日まで連日、深夜から未明にかけて行われる。
 ページェントはことしで30回目を迎え、12月6日に開幕する。定禅寺通のケヤキ約160本に電飾を取り付け、東二番丁通交差点から市民会館までの約700メートルを照らす。
 点灯時間は午後5時半〜11時で、最終日となる大みそかは元日午前0時まで延長する。


<楽天>オコエ「9」3+3+3でトリプル3
 「9番は3+3+3を意識した。将来トリプルスリーを狙えればいい」。東北楽天入団が決まったオコエは目標とともに背番号9への思いを明かした。3割、30本塁打、30盗塁を強く意識して、実は球団側にこっそりと希望を伝えていた番号。今季この記録を達成したソフトバンクの柳田が9番を背負っているのも頭にあった。
◎憧れの松井稼先輩を手本に
 50メートル5秒96の俊足を生かしたプロに引けを取らない守備、走塁は今夏の甲子園を沸かせた通り。「守備、走塁はすでに1軍で通用するレベル」。梨田監督が入団前、異例の早さでオコエを春季キャンプに1軍参加させる考えを明かすほど、チームの期待度は高い。
 比較的見劣りするのが打撃面だ。「2、3年後に主力、将来的には中軸打者になってほしい」と梨田監督は期待する一方、現時点では「内角打ちなどプロ投手を相手にするための課題はある」とも。そこは本人も自覚しており、最近は打撃練習に集中的に取り組むなど抜かりはない。
 東京・東村山市出身のオコエにとって幼少期、身近にプロ野球に触れたのは隣接する埼玉県所沢市での西武戦。チームの先輩になる松井稼は西武時代の2002年、トリプルスリーを達成し、憧れた選手だ。
 「大リーグも経験したし、松井さんはまさに鉄人。質問したいことがあり過ぎる。(話を)聞いて成長につなげたい」。プロで大きく羽ばたくためのイメージはすでに膨らんでいる。(金野正之)


<安保法>「戦争招く」街頭で廃止訴え
 宮城県気仙沼市内の商工団体関係者や主婦でつくる「戦争法に反対する気仙沼市民の会準備会」のメンバーら約20人が19日、安全保障関連法が成立してから2カ月になるのに合わせ、同市本郷の県道脇で法の廃止を求める街頭活動をした。
 参加者はパリ同時多発テロに触れながら「戦争は国際紛争の解決手段にならない。戦争を招く安保法制は間違いだ」と声を上げ、通行人に署名を呼び掛けた。
 活動に参加した気仙沼市笹が陣の無職菅野十郎さん(77)は、兄が第2次大戦後にシベリアに抑留されたという。「このままでは日本もテロの脅威にさらされかねないので、法律を廃止してほしい」と話した。


<最終処分場>政府リーダーシップなしと批判
 普段は笑顔が武器の知事が怒った。「子どもの言い訳じゃない」。宮城県内への指定廃棄物最終処分場建設をめぐり、現地調査の年内着手断念を伝えに宮城県庁を訪れた井上信治環境副大臣に、抗議した村井嘉浩知事は珍しく声を荒らげた。候補地3市町の首長や住民からは怒りや失望、候補地の返上を強く求める声が上がった。
 「政治がリーダーシップを発揮しないから、こうなった。大臣が住民に頭を下げて初めて熱意が伝わるのに、望月義夫前環境相からは何の連絡もなく、今の丸川珠代環境相は福島に来たのに宮城には来ない」
 村井知事は新旧大臣を名指しして環境省の姿勢を痛烈に批判した。井上氏は、うなだれるしかなかった。
 昨年8月の市町村長会議で村井知事が調査受け入れを表明して1年3カ月。環境省は昨年の今頃も、加美町の反対で調査に着手できず越年させた。
 「雪解け後すぐにも着手したい」(望月氏)としながら、実際に動いたのは8月末になってから。10月には同町田代岳への調査入りを連日試みたが、タイムリミットまで間がないのは誰の目にも明白だった。
 村井知事は、沖縄県の米軍普天間基地の移設問題をめぐる国の姿勢を引き合いに出し「沖縄で政府は頑張っている。政府が責任を持って住民の理解を得る努力をしなければ、こうした問題は解決しない」と井上氏に迫った。
 会談後、報道各社の「沖縄のように強制的にでもやれという意味か」との問いには「沖縄は全県民が反対でもやっているのに、宮城は住民が反対するからやらないでは、政府として矛盾しているということを突いた」といら立ちを見せた。
 2年連続の越年に、調査の受け入れは認めてきた2候補地の首長も憤りをあらわにした。佐藤勇栗原市長は「環境省は指定廃棄物を抱える自治体の苦悩を分かっていない。市町村長会議で候補地を返上する」と表明し、息巻いた。浅野元・大和町長は「市町村長会議開催を働き掛ける」とのコメントを出した。
 これに対し、調査受け入れ反対を貫く猪股洋文加美町長は「環境省は候補地を白紙撤回し、実現可能な解決策を探るべきだ。現在の分散保管が現実的だ」と従来の考えを強調した。
 田代岳の現場近くで環境省の調査入りを阻止してきた住民団体代表の高橋福継さん(73)は「他の場所を選ぶか、他の解決策を考えるか。時間をかけて話し合ってほしい」と要望した。


独自候補か、「反・越」共闘か 大津市長選、共産の動向が焦点
 来年1月の大津市長選で、共産党市議団などが加わる「いのちとくらしを守る大津市政をつくる会」の動向が焦点となっている。同会や前身の組織は1988年以降ほぼ毎回、市長選に共産単独推薦で候補を立ててきたが、今回は投開票まで2カ月を切っても候補者が決まっていない。来年の参院選や大阪ダブル選で共産が他党と連携する動きもあり、他陣営からは協力依頼が舞い込む。独自に擁立できるか、他陣営支援に回るか、組織は岐路に立っている。
■現職と対決姿勢も、人選難航
 「市民生活は悪化し、今こそ憲法と地方自治の精神を生かし市民の側に立った市政が必要。遅れているが独自候補者擁立で調整している」。17日、市役所での市長選立候補予定者説明会終了後、記者団に囲まれた同会の長田茂事務局長はあらためて強調した。同会は「市民本位の市政の実現」を目指し、今年2月と8月に政策を議論するシンポジウムを開き、再選を目指す現職の越直美市長(40)への対決姿勢を固めている。
 ただ、同会の前身組織が擁立を始めて以降、計7回の市長選での得票は1万1千〜2万2千票で当選者の半数にも届かず敗れている。同会内部には全国情勢も踏まえ今回市長選で他陣営との連携を求める声もある。当初9月をめどに予定していた候補決定は遅れ、幹部らは人選に奔走している。
 共産推薦候補が出なかった場合、「共産票」の行方が情勢を左右しそうだ。立候補表明している県議の蔦田恵子氏(54)、テレビプロデューサーの川本勇氏(56)の両新人には魅力的な票に映る。主に保守系市議と連携する蔦田氏、社民党県連や労組の有志が自主支援する川本氏の両陣営は10月以降、共産系の独自候補擁立断念への期待を込め、水面下で同会や共産関係者に「反・越で連携できないか」と接触を続けている。
■市長選は「安倍政権への審判」
 一方、同会や共産には「反・越」だけでは乗れない、との声が根強い。大津市では70年代に社会、共産両党と労働4団体による革新市政が実現し、学区ごとの市民センター設置など「市民の思いに寄り添った市政の基盤をつくってきた」(同会幹部)との自負がある。それだけに、杉浦智子党市議団幹事長は「市民負担を軽減するための国保料値下げなど、市民の側に立った政策に他陣営が本気で取り組むのか、判断つきかねる」と、安易な協力には否定的だ。
 さらに、党としては「市長選は憲法と地方自治を破壊する安倍政権への審判の意味もあり、2010年代後半の政治動向を占う重要な選挙」(井上敏一党大津湖西地区委員長)と位置付ける。この姿勢をどこまで他陣営が共有してくれるかも見通せない。実際、秋波を送る蔦田氏、川本氏の陣営内部にも「共産色が前面に出るなら支援をやめる」との意見があり、共闘は容易ではない。
 04年市長選では告示12日前に擁立を決めたケースもある。同会の長田事務局長は「門戸は閉ざしてはいないが、筋は通したい」としている。


「先生の数」論争 元気に働ける環境こそ
 少子化の歩調に合わせ、先生の数を減らせと主張する財務省。子どもと丁寧に向き合うには、応じられぬと反論する文部科学省。肝心なのは、先生が活躍しやすい環境をどう整えるかという視点だ。
 全国の公立小中学生は九百六十九万人。今後九年間で九十四万人減る。一学級当たり一・八人という今の先生の数をどう見直すか。来年度予算案の編成を控え、財務省と文科省の綱引きが激しい。
 割合を維持しても、今の六十九万四千人から三万七千人減らせると財務省ははじく。人件費の国庫負担分を抑えたい立場としては当然の主張だろう。
 文科省統計では、いじめや校内暴力は増加傾向にある。不登校の人数も高止まりだ。学級の小規模化も、学力の底上げにつながるとは限らないとする論議もある。
 先生を手当てすれば、課題は解消するのか。さらなる増員が不可欠というなら確かな証拠を示せと財務省はいう。費用対効果にこだわる気持ちも分からなくはない。
 しかし、子どもが抱える問題の背景には入り組んだ困難がよく潜んでいる。障害や貧困、虐待に苦しんでいるかもしれない。日本語に不慣れな外国人の子も多い。
 学校教育とは学力面ばかりではなく、子どもの全人的成長を支える営みである。いじめや暴力といった負の経験でも、成長のための肥やしに転化させようとする努力もまた、そこには含まれる。
 さればこそ、先生の数と子どもの成長ぶりとの因果関係を可視化するのは難しい。むしろ、うかつなデータ化は、子どもを一面的にしか評価しない風潮をますます強めかねず、かえって危うい。
 それより職場環境の改善という見えやすい議論を望みたい。先生といえども生身の労働者である。
 文科省によると、先生の一日の平均在校時間は小学校十一時間三十五分、中学校十二時間六分。加えて、成績処理や授業準備などの仕事を自宅で一時間半余り。長時間労働が常態化している。
 厚生労働省が定める月八十時間の残業を基準とする“過労死ライン”を超えている恐れが強い。それなのに、切れ目のない特殊な仕事という理由で、相応の残業代は出ない仕組みだ。
 最も深刻なのは、精神疾患で休職する小中学校の先生が年四千人前後に上ることだ。文科省も財務省も、先生の熱意や善意に甘えすぎていないか。どんな数合わせをしようとも、先生が健康的に働けなくては絵に描いた餅である。


【大阪ダブル選】 「橋下氏は野合批判しかできない!」 共産・小池氏が“自共共闘”の意義強調
 共産党の小池晃政策委員長は20日午後の記者会見で、大阪維新の会の橋下徹代表(大阪市長)が、大阪府知事・市長ダブル選(22日投開票)での自民、共産両党の共闘を批判していることについて、「橋下氏は野合批判しかできない。非常に卑劣な攻撃しかしていない」と不快感を示した。
 知事選、市長選はいずれも大阪維新公認候補と自民党推薦候補が争う構図で、共産党は自民党推薦候補を支援している。
 小池氏は「維新政治は大阪の暮らしや民主主義を壊すので、『反維新』の一点で自民党とも力を合わせている」と野合批判に反論し、「(自民党推薦候補は)急速に追い上げている。この勢いでいけば勝利できる」と語った。


安保法でテロの危険増す 成立2カ月 国会前で市民訴え
 安全保障関連法の成立から二カ月となる十九日、法の廃止を求める抗議行動が東京・永田町の国会前であった。演台の参加者は、パリ同時多発テロに言及し「日本が平和だったのは、海外で誰も殺さなかったからだ」などと声を上げた。
 主催は、国会周辺での大規模な行動を続けてきた市民団体「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」。午後六時半からのスタートで約九千人(主催者発表)が集まった。
 日本弁護士連合会の山岸良太・憲法問題対策本部長代行(62)は「パリでテロが起きた。テロに屈しないと言いながら外国に人を殺しに行き、空爆をすれば、報復が来ると分かった」と安保法での戦争協力に対する懸念を訴えた。
 憲法共同センターの長尾ゆりさん(60)も登壇し「テロを戦争では解決できず、暴力と憎しみの連鎖を生み出すだけ。日本国憲法の前文や九条の価値を、今あらためてかみしめている」と思いをぶつけた。


パリ同時テロ:ジャーナリスト・レリスさんメッセージ全文
 パリ同時多発テロで妻を亡くしたフランス人ジャーナリストのアントワーヌ・レリスさん(34)がフェイスブックに投稿した実行犯へのメッセージの全文は次の通り。
「君たちを憎むことはない」
 金曜日の夜。君たちは特別な人の命を奪った。私の最愛の人であり、息子の母親だ。だが私は君たちを恨まない。私は君たちが誰であるかを知らないし、知りたくもない。君たちは死した魂だ。君たちは、神の名において無差別な殺りくをした。もしその神が、自分に似せて私たちをつくったとすれば、私の妻の体に撃ち込まれた弾丸の一つ一つが、彼の心の傷になっただろう。
 私は君たちに憎しみの贈り物をあげない。君たちはそれを望んだのだろうが、怒りで憎しみに応えるのは、君たちと同じ無知に屈することになる。君たちは私が恐れ、周囲に疑いの目を向けるのを望んでいるのだろう。安全のために自由を犠牲にすることを望んでいるのだろう。それなら、君たちの負けだ。私はこれまでと変わらない。
 私は今朝、妻と再会した。幾日も幾夜も待ち続けてやっと会えた。彼女は金曜日の夜、出かけた時のままだった。私が12年以上前、激しい恋に落ちた日と同じように美しかった。もちろん私は悲しみにうちひしがれている。君たちの小さな勝利を認めよう。だが、それも長くは続かない。
 妻はこれからも、いつも私のそばにいて、私たちは、君たちが決して近づくことができない自由な魂の天国で一緒になる。私は息子と二人になった。だが私たちは世界の全ての軍隊よりも強い。
 君たちにかまっている時間はもうない。昼寝から目覚めたメルビルのところに行かなければならない。まだ1歳と5カ月になったばかりの彼は、いつもと同じようにおやつを食べ、私たちはいつもと同じように遊ぶ。この子の生涯が幸せで自由であることが、君たちを辱めるだろう。君たちには彼の恨みですら、あげることはない。

ペルー料理/ベラルーシ料理でウォッカ/ロシア民謡

ブログネタ
フランス語 に参加中!
みやぎ水産の日

Manifestations interdites : l’autre visage de l’état d’urgence
Le gouvernement vient d’interdire coup sur coup les manifestations contre les violences faites aux femmes (21 novembre), pour les migrantEs (22 novembre), pour le climat (29 novembre et 12 décembre).
De telles mesures d'exception ne sont pas indispensables pour mieux organiser le renseignement et arrêter des terroristes, ni pour mieux sécuriser les lieux publics. De plus, elles ne peuvent garantir qu'il n'y ait pas de nouvel attentat, très difficile à anticiper et à éviter vu la multiplicité des cibles possibles. En revanche, de telles mesures sont profondément liberticides, instituant des périodes prolongées de répression extrême contre les supposés fauteurs de "trouble à l'ordre public et atteinte à la sécurité nationale", un concept extrêmement vague et menaçant pour de nombreux militants pacifistes!
Pour nous, cesser de nourrir le terrorisme :
C’est arrêter d'engager des guerres et des bombardements, arrêter de soutenir des régimes absolutistes et de promouvoir les injustices sociales et politiques au Moyen Orient comme ailleurs.
C'est donner les moyens matériels de survivre et de vaincre aux peuples qui luttent pour leurs libertés sans se substituer à eux, aider les forces progressistes et non confessionnelles qui luttent sur le terrain tout à la fois contre l'obscurantisme sanguinaire et terroriste de l'Etat islamique/Daesh et celui du régime d'Assad qui l'a tant favorisé.
C'est aider à déconstruire l'idéologie ultra réactionnaire et ultra violente de l'EI en promouvant l'égalité et la fraternité réelles partout, contre les logiques de concurrence, de divisions et d'inégalités exacerbées.
A l'opposé, le gouvernement veut réformer la constitution pour imposer l'état d'urgence permanent. Va-t-il interdire toute manifestation jusqu’à nouvel ordre ? Jusqu’à ce qu’il n’y ait plus de guerre dans le monde ? Jusqu’à ce qu’il ait éradiqué toute menace terroriste dans le monde ?
Les manifestations pour le climat sont capitales, car elles sont une des voies pour montrer que plus que jamais, un autre monde est nécessaire.
La manifestation pour les migrantEs est vitale aussi, parce que sont eux, les premières victimes du chaos en Syrie.
La manifestation contre les violences faites aux femmes est fondamentale aussi, car les femmes, de part le monde, sont les premières victimes des guerres.
Cette interdiction est un scandale, une censure qui frappent des femmes et des hommes bien souvent victimes du terrorisme et des organisations qui le combattent. Le NPA appellent à la plus large protestation pour imposer le respect du droit élémentaire de manifester.
フランス語
フランス語の勉強?

四谷2日目です.しんみち通りでランチにしようと思ったら,ビジネスマン・ビジネスウーマンがたくさん.行列のお店もあります.どうしようかな・・・と思いつつ歩いていくと,南米料理という文字が目に入りました.さっそく階段を上って2階に行くと,意外とすいていて安心.ペルー料理のランチをいただきました.ペルーのお茶は飲み放題でしたが,1杯だけ.
夕方は国会正門前で総がかり行動に参加です.民主党の福山哲郎氏が何か演説していました.戦争法案が通ってもくじけることなく多くの人が国会前に抗議しに来ているというようなことをアピールしていました.その後弁護士の伊藤真氏が法律家の立場から戦争法案を批判していました.少しだけカンパして,経産省前のテントによって六本木に向かいます.
六本木では東京タワーが見えました.でも目的はベラルーシ料理cuisine biélorussieです.NEMIROFFというウォッカをたくさん飲みました.途中でロシアンナイト?ロシアの民族楽団の登場です.一週間Неделькаや悲しき天使Дорогой длинною(Those Were the Days)など演奏していてとてもよかったです.でも百万本のバラМиллион алых розをやってほしかったなぁ・・・

変わりゆく被災地の姿描く 仮設集会所で個展
 東日本大震災で被災した宮城県名取市閖上地区を題材にした同市出身の画家杉崎靖夫さん(70)=川崎市在住=の絵画展が、同市の愛島東部団地仮設住宅集会所で開かれている。25日まで。
 変わりゆく街の姿を油彩と水彩で記録した12点を展示。解体される校舎を名残惜しんだ「さよなら閖上小」、復興事業が進む日和山周辺の「夏草繁る閖上4丁目」など、失われる光景や再生に向かう軌跡を素朴なタッチで描いた。
 杉崎さんは「震災から立ち上がる古里の様子を絵で伝え、記憶にとどめたい」と震災直後から閖上地区に通っている。
 仮設住宅での個展は2年ぶりで、自治会が協力した。杉崎さんは「作品に込めた復興への願いも感じ取ってほしい」と話している。
 入場無料。午前10時〜午後4時(最終日は午後2時まで、日祝日は要連絡)。連絡先は杉崎さん090(3686)1576。


ラーメンで復興の力に「かもめ食堂」舞い戻る
 東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市港町に19日、かつて市民に親しまれた老舗飲食店「かもめ食堂」と同名のラーメン店がオープンする。「古里の復興の力になれば」と、同市出身で人気ラーメン店を経営する千葉憲二さん(64)=東京都=の思いがこもった店だ。
 元の食堂があった近くに新築した店は、木造平屋で客席は30席。しょうゆ味と潮(しお)味のラーメンを中心に提供する。地元からスタッフ6人を採用し、当面は無休で昼夜営業する。
 かもめ食堂は1942年創業。昔ながらのラーメンが漁港で働く人たちに親しまれたが、後継者がおらず2006年に閉店。震災の津波で建物も失われた。
 「市民が愛した店を復活させて港町を元気にしたい」。東京や仙台でラーメン店を営む千葉さんは、元店主から了解を得て、12年2月から15年4月まで新横浜ラーメン博物館(横浜市)で同名の店を開き、古里での開店準備を進めてきた。
 18日は試食会があった。来店した気仙沼市の自営業小野寺実木枝さん(64)は「店名に懐かしさを覚えた。味も抜群」と感激した。
 千葉さんは「味は一緒ではないが、愛情は引き継いだつもり。以前と同じように親しまれる店にしていきたい」と力を込めた。


パリ同時テロで傷つく仏へ 被災地からエール
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市でフランスの文化に触れてもらおうと、市内の輸入雑貨店や仙台市在住のフランス人らが29日、石巻市河北総合センター(ビッグバン)で「フランスフェア」を開く。メンバーはパリ同時多発テロ事件に心を痛めつつ「震災の被災者とフランス国民にエールを送りたい」と語る。
 フランスで30年間演奏活動を続け、写真家としても活躍するオルガン奏者小林丸人さん(57)=仙台市出身=によるピアノコンサートとトークショーをメーンに、カフェや骨董(こっとう)、アクセサリー、料理などの計7店が出店する。
 中心メンバーの菅原千益さん(51)は、石巻市西山町で輸入雑貨店「Bulan(ブラン)」を経営。買い付けの渡仏を控えて震災に遭い、同市北上町十三浜の自宅を失った。失意の中で渡ったフランスで、街並みや雰囲気に癒やされ、震災翌年から石巻でフェアを開くようになった。
 菅原さんは「大勢の人がおしゃれして来てくれ、震災後に消息不明だった人同士の再会の場にもなった。笑顔で感謝されるのが生きがいになった」と言う。
 今回のフェアは、テロ事件発生前に企画した。小林さんは「フランス人は団結心が強い。立ち向かう心を曲げないでほしい」、菅原さんも「突然愛する人を奪われる悲しみは、震災を経験したからこそ分かる。フェアを通じて、立ち止まらなければ必ず希望はあると伝えたい」と激励する。
 フェアは午前10時〜午後7時、入場無料。午後3時開演の小林さんのコンサートは、おつまみとドリンク付きで入場料3000円。連絡先は菅原さん090(2885)7814。


<東西線>開業記念フレーム切手発売へ
 日本郵便東北支社は20日、仙台市地下鉄東西線開業を記念したオリジナルフレーム切手を3000シート限定で発売する。
 82円切手10枚セットで1シート1230円(税込み)。シート上部や切手には大町西公園−国際センター間で地上に出て走行する車両などの写真を印刷した。
 市内124局で販売。連絡先は同社022(267)7666。


被災の職業訓練施設 落成式
東日本大震災で被災した再就職を目指す人などが利用する職業訓練施設が再建され、多賀城市で落成式が行われました。
多賀城市にある職業訓練施設、「ポリテクセンター宮城」は、震災の津波で被災し、仮設の実習場などで運営が続けられてきましたが、ことし2月に、元の敷地に実習場が完成したのに続き、このほど本館も再建されました。
19日の落成式には労働局や市の関係者など約50人が参加し、テープカットが行われました。
このあと見学会が開かれ、津波に耐えられるよう、2メートルのかさ上げが行われた、鉄筋コンクリートの3階建ての新しい施設を見て回りました。
新しい施設は、多賀城市と災害支援協力協定が結ばれ災害の際は、近所の人たちが屋上に避難できるほか、3日分の電気や水を供給できる自家発電装置や貯水槽などが整備されています。
宮城職業能力開発促進センターの益塚和彦所長は、「4年半を過ぎて、やっと再建することができました。離職者の皆様に再就職をしていただくためにも1人でも多くの人に利用してもらいたい」と話していました。


気仙沼「かもめ食堂」再び
震災からの復興のシンボルにしようとかつて気仙沼市の人たちに親しまれていた飲食店「かもめ食堂」の名前を引き継いだラーメン店がオープンしました。
気仙沼市の「かもめ食堂」は昭和17年の創業以降地元の人たちに親しまれてきましたが、後継者が見つからず9年前に閉店し東日本大震災による津波で建物が全壊しました。
気仙沼市出身で東京などでラーメン店を経営している千葉憲二さんが町に賑わいを取り戻し復興のシンボルにしようと「かもめ食堂」の名前を引き継いだラーメン店を19日オープンさせました。
店は元の店舗から300メートルほど離れた気仙沼漁港に面した場所にあり、午前10時のオープンと同時に大勢の客が詰めかけ30席ある客席はほとんどが埋まっていました。
メニューには気仙沼市のサンマの水揚げ量が本州一多いことにちなんでサンマの風味がする油が入ったラーメンもあり訪れた人たちがおいしそうに食べていました。
かつての「かもめ食堂」の常連客だったという気仙沼市の60歳の女性は「以前の店と味は違いますが和風な味付けでおいしいです。
店が戻ってくることで町の復興につながればいい」と話していました。
千葉憲二さんは「港の周辺が栄えて気仙沼の復興の足がかりとなるよう営業を続けていきたい」と話していました。


候補地の3市町の反応は
指定廃棄物処分場の候補地になっているの市と町の反応です。
加美町の猪股洋文町長は記者会見で「抗議活動を続けてきた住民の方々に『ごくろうさまでした』と言いたい。環境省は、今後半年間は調査に入れなくなるので、いったん計画を白紙に戻しほかに指定廃棄物の処分方法がないかなど冷静に考えてもらいたい」と述べました。
大和町の浅野元町長は「町としては調査は市町村長会議の決定事項なのでやむを得ず受け入れるという姿勢で対応してきたが、去年に引き続き年を越えることになった。
町民に対する説明責任や解決策が見いだせない状態が続くことから、引き続き栗原市とともに市町村長会議の開催を働きかけてまいりたい」というコメントを出しました。
栗原市の佐藤勇市長は「環境省は指定廃棄物を抱える被災5県の自治体の苦悩を理解していない。
これまで1年10か月調査を受け入れることとして対応してきたが、これ以上先延ばしにしても何の打開策も見えない。改めて宮城県の村井知事に対して市町村長会議の開催を要請するとともに会議の場において候補地を返上する」というコメントを出しました。


原発ゼロへ再考を 原子力は高くつく
 きょうは原発推進の人たちにとくに読んでいただきたい。原子力発電は結局、高くつく。そろばんを弾(はじ)き直し、原発ゼロへと考え直してみませんか。
 やっぱり金食い虫でした。
 原子力規制委員会が日本原子力研究開発機構に示した、高速増殖原型炉「もんじゅ」の運営を「ほかの誰かと交代せよ」との退場勧告は、その操りにくさ、もろさ、危険さを、あらためて浮かび上がらせた。
 そして、本紙がまとめた「核燃料サイクル事業の費用一覧」(十七日朝刊)からは、もんじゅを核とする核燃料サイクルという国策が、半世紀にわたって費やした血税の大きさを実感させられる。
◆巨費12兆円を投じて
 原発で使用済みの核燃料からプルトニウムを抽出(再処理)し、ウランと混ぜ合わせてつくったMOX燃料を、特殊な原子炉で繰り返し利用する−。それが核燃料サイクルだ。
 その上もんじゅは、発電しながら燃料のプルトニウムを増やしてくれる。だから増殖炉。資源小国日本には準国産エネルギーをという触れ込みだった。
 それへ少なくとも十二兆円以上−。もんじゅの開発、再処理工場(青森県六ケ所村)建設など、核燃サイクルに費やされた事業費だ。
 国産ジェット機MRJの開発費が約千八百億円、小惑星探査機「はやぶさ2」は打ち上げ費用を含めて二百九十億円、膨らみ上がって撤回された新国立競技場の建設費が二千五百二十億円…。
 十二兆円とはフィンランドの国家予算並みである。
◆1日5500万円も
 ところが、もんじゅは事故や不祥事、不手際続きで、この二十年間、ほとんど稼働していない。止まったままでも一日五千五百万円という高い維持管理費がかかる。
 もんじゅは冷却に水ではなく、大量の液体ナトリウムを使う仕組みになっている。
 ナトリウムの融点は九八度。固まらないように電熱線で常時温めておく必要がある。千七百トンのナトリウム。年間の電力消費量は一般家庭約二万五千世帯分にも上り、電気代だけで月一億円にもなるという。
 発電できない原子炉が、膨大な電力を必要とするという、皮肉な存在なのである。
 もんじゅ以外の施設にも、トラブルがつきまとう。さらなる安全対策のため、再処理工場は三年先、MOX燃料工場は四年先まで、完成時期が延期になった。MOX燃料工場は五回目、再処理工場に至っては、二十三回目の延期である。
 研究や開発は否定しないが、事ここに至っては、もはや成否は明らかだ。これ以上お金をつぎ込むことは是とはされまい。
 核燃料サイクルが、日本の原子力政策の根幹ならば、それはコストの面からも、根本的な見直しを迫られていると言えそうだ。
 欧米で原発の新増設が進まないのは、3・11以降、原発の安全性のハードルが高くなったからである。
 対策を講ずるほど費用はかかる。原発は結局高くつく。
 風力や太陽光など再生可能エネルギーにかかる費用は普及、量産によって急速に低くなってきた。
 国際エネルギー機関(IEA)の最新の報告では、太陽光の発電コストは、五年前より六割も安くなったという。
 ドイツの脱原発政策も、哲学だけでは語れない。冷静に利益を弾いた上での大転換だ。
 原子力や輸入の化石燃料に頼り続けていくよりも、再生エネを増やした方が、将来的には電力の値段が下がり、雇用も増やすことができるという展望があるからだ。
◆そろばん弾き直そう
 核燃料サイクル事業には、毎年千六百億円もの維持費がかかる。
 その予算を再エネ事業に振り向けて、エネルギー自給の新たな夢を開くべきではないか。
 電力会社は政府の強い後押しを得て、核のごみを安全に処理するあてもまだないままに、原発再稼働をひたすら急ぐ。
 金食い虫の原発にこのまま依存し続けていくことが、本当に私たち自身や子どもたちの将来、地域の利益や国益にもかなうのか。政治は、その是非を国民に問うたらいい。
 持続可能で豊かな社会へ向けて、そろばんをいま一度弾き直してみるべきだ。

四ツ谷→パレスチナ料理→新宿で味噌ピーナツ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
さよなら維新2

Rwanda : La France en accusation
L’association Survie a déposé le 2 novembre une plainte contre X visant la France complice du génocide contre les Tutsis (près d’un million de morts d’avril à juillet 1994) en livrant des armes au régime rwandais début 1994. Plusieurs documents et déclarations étayent cette plainte. Il n’y a pas de faits nouveaux, mais il existe suffisamment d’éléments convergents pour aller devant la justice pour que le role criminel de la France soit reconnu.
Officiellement, les soldats français avaient quitté le Rwanda fin décembre 1993, après plusieurs années de soutien militaire au régime du président Juvénal Habyarimana (formation et équipement en armes des troupes gouvernementales). Mais depuis cette période, une poignée de documents, ainsi que les témoignages de trois ministres français, montrent que des livraisons d’armes ont bel et bien eu lieu au profit des forces qui ont participé au génocide courant 1994.
Pour étayer sa plainte, Survie s’appuie entre autre sur un rapport de la mission des Nations unies pour l’assistance au Rwanda (MINUAR) du 22 janvier 1994 qui décrit le contenu d’un avion-cargo provenant de France, avec à son bord des munitions pour mortiers.
Il y a aussi les propos de Bernard Kouchner qui, lors des commémorations du 20e anniversaire du génocide, a assuré que ≪  le gouvernement génocidaire a été formé dans l’enceinte de l’ambassade de France en avril 1994. Paris lui a livré des armes jusqu’en août 1994 ≫.
La plainte de l’association Survie vise à mettre la politique de la France en accusation sur des faits connus à partir de différents documents et déclarations qui témoignent de sa complicité. Consciente du génocide en préparation, elle a livré des armes aux forces gouvernementales jusqu’au déclenchement des massacres et après, y compris en violation de l’embargo des Nations unies décidé le 17 mai 1994.
フランス語
フランス語の勉強?

四ツ谷で会議です.午前中は眠かったですが,どうにか耐えました.
夕方はパレスチナ料理です.おいしいです.神田のお店2回目ですが,なかなかいいです.
パレスチナビールはなかったのですが,レバノンとチュニジアのビールをいただきました.
ホテルは新宿.近くのスーパーで味噌ピーナツを買いました.雨で大変でしたが.

「気仙沼に戻って来て」避難者へ市長呼び掛け
 岩手県が内陸部に避難している被災者向けに災害公営住宅の整備を検討しているのを受け、宮城県気仙沼市の菅原茂市長は16日夜、岩手県一関市千厩町で開かれた市政懇談会で「無理やりには言えないが、気仙沼に戻ってきてほしい」と気仙沼の被災者に呼び掛けた。
 旧千厩中仮設住宅の入居者ら約20人が出席。市担当者は、岩手県内の仮設住宅2カ所やみなし仮設、雇用促進住宅に暮らす避難者数が直近のまとめで709人と、ピーク時の45.7%に減ったことなどを報告した。
 菅原市長は、12月に災害公営住宅や集団移転団地の一部で再募集を実施することなどを説明し「岩手県の配慮や一関市のお世話に感謝しているが、私たちは皆さんが気仙沼に戻れるよう未来に向けて頑張っている」と強調した。
 岩手県は災害公営住宅の内陸部整備に関し、年度内に一定の方向性を示す方針。


<平松愛理>ミニライブで被災地に華添える
 ◇…シンガー・ソングライターの平松愛理さんが歌う背景に荒れ地が広がる。東日本大震災で被害が出た宮城県山元町の津波浸水地で開いたミニライブの一こまだ。
 ◇…平松さんは同町で支援活動を続ける。関東からのボランティアや住民ら約30人に、簡易キーボードの弾き語りで代表曲「部屋とYシャツと私」など4曲を披露して励ました。
 ◇…「鍵盤の数は通常の半分ですが、気持ちはいつもの100倍」とにっこり。優しい歌声で復興途上の被災地に華を添えた。(亘理)


忘れない伝えたい震災前の古里 写真集制作中
 東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県石巻市北上地区の写真愛好家らが、震災前後の地元の風景を収めた写真集「北上川河口物語」を制作している。津波で失われた古里の姿を後世に残すとともに、震災の教訓を伝えようと企画。震災発生から5年となる来年3月の出版を目指し、支援を募っている。
 全国有数の広さを誇った震災前のヨシ原や北上川河口から昇る朝日などの写真をはじめ、被災後の様子を捉えた作品など約100点を盛り込む予定。
 北上地区の北上川河口部は、津波で大半の家屋が流された。「震災前の写真が一枚もない」という住民も多く、かつての景色を懐かしむ声が挙がっている。
 同地区では2010年までの13年間、町おこしの一環としてプロの写真家を招いた写真教室が開かれていた。風景写真の第一人者の竹内敏信さんらが講師を務めた。
 写真教室の代表を務めていた地元のアマチュアカメラマン茂木一郎さん(64)らは「震災前の豊かな自然と、復興へ歩んでいる地域の様子を一冊にまとめた本を出版したい」と写真集作りを発案。教室の生徒や竹内さんらが撮りためた写真を収録することにした。
 1000部を印刷する費用180万円は、インターネットで小額の寄付を募る「クラウドファンディング」で集める。10月に開始し、これまで約120万円集まった。期限は11月末まで。寄付額は4000円から10万円まで5段階あり、金額に応じ写真集やポストカードなどを贈る。
 北上川河口部の海岸線は最大8.4メートルの堤防が建設される。茂木さんは「子どものころから見慣れた景色はいまや写真に残るのみ。地域の豊かな自然と復興へ向かう姿を未来へのメッセージにしたい」と話した。


石巻で震災遺骨発見か
先月14日、石巻市北上町の沖合で人の骨の一部が見つかりました。
警察のDNA鑑定の結果18日になって骨は女性の骨盤の一部だったことがわかり、警察は、震災で犠牲になった人の可能性もあると見て調べています。
先月14日、石巻市北上町の白浜海岸から南におよそ500メートル離れた沖合で定置網の漁をしていた地元の男性が、人の骨の一部を発見し、警察に届け出ました。
警察によりますと、骨は、直径がおよそ15センチほどで、DNA鑑定を進めたところ、18日になって女性の骨盤の一部だと分かったということです。
警察は、骨の状況などから、震災の津波で犠牲になった人の遺骨の可能性もあると見て調べています。


福幸祭で古里の秋を満喫 野蒜の未来、語り合う 東松島
 「福幸祭2015〜のびる村に集まろう、そして、語ろう」が8日、野蒜の農業生産法人アグリードなるせ農産物処理加工施設を主会場に開かれた。
 オープニングセレモニーでは、野蒜小の5年生34人が創作太鼓「野蒜復興太鼓」を披露。震災に負けず、たくましく生きる住民の姿をイメージした演奏で盛り上げた。
 祭りでは地域で生産された野菜の販売、殻付き焼きカキと焼き芋の無料提供、ポニーと歩くウオーキングなどが人気を集めた。
 同市野蒜の小山ふくさん(81)は「山と海の幸が両方味わえるので、野蒜の魅力が実感できる。毎年の楽しみなので、これからも続けてほしい」と笑顔を見せた。
 祭りは、アグリードなるせなどの主催。住民にイベントを楽しんでもらい、地域の復興や個人の近況、未来を語り合ってもらおうと12年から始まった。


丸森町で3年ぶり甲状腺検査
東京電力福島第一原発の事故の影響で子どもの甲状腺に異常がないかどうかを調べる検査が3年ぶりに丸森町で行われました。
原発事故で放出された放射性ヨウ素は、甲状腺に蓄積してがんを引き起こすおそれがあるとされ、福島県では、18歳以下のすべての子どもを対象に甲状腺の検査が行われています。
福島県との県境にある丸森町では、平成24年に住民の放射性物質への不安に応えるため、当時18歳以下の子どもと原発事故の1年後までに生まれた子どもを対象に甲状腺の検査が行れたのに続き、ことし7月から3年ぶりに検査が行われています。
18日は丸森町保健センターに母親に連れられるなどして18人が検査に訪れ、医師が首に超音波の測定器を当ててエコーの画像を見ながら甲状腺にしこりなどがないかどうか確認しました。
5歳のこどもに検査を受けさせた女性は「こどもの体についての心配は、いまも当時から変わりません。継続して大人になるまで町には検査を続けてもらいたいです」と話しました。
また、21歳の女性は「後からガンがわかると聞くので、以前より真剣に考えています。いまになって出て来たら嫌なので、きょうは平日だけど受けにきました」と話しました。
検査は来年3月まで続けられ、結果は個別に郵送で通知されることになっています。


沖縄知事を提訴 基地負担を強いる傲慢
 住民の思いは踏みにじられ、在日米軍基地の新設手続きが進む。国家権力で住民をねじ伏せるのは民主主義の正しい在り方とは言えず、憲法に定める法の下の平等や地方自治の本旨にも反する。
 政府がきのう、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への「県内移設」計画をめぐり、翁長雄志知事を福岡高裁那覇支部に提訴した。埋め立て承認を取り消した知事の処分を、知事に代わって国が撤回する「代執行」に向けた訴訟である。
 十二月二日に第一回口頭弁論が開かれ、政府側が勝訴すれば、埋め立てを進める、という。
 政府が沖縄県知事を提訴するのは一九九五年、米軍用地強制使用の代理署名を拒んだ大田昌秀知事(当時)を、当時の村山富市首相が訴えて以来二十年ぶりである。国と県との異例の法廷闘争に、重大な危惧を抱かざるを得ない。
 普天間飛行場の危険性除去は喫緊の課題だが、同時に、問題の根源が、狭い県土に在日米軍専用施設の約74%が集中し、県民に過重な基地負担を強いていることにあることを忘れてはならない。
 米軍への基地提供を日本の義務とする日米安全保障条約体制が日本と極東の平和と安全に不可欠なら、その基地負担は日本国民ができる限り等しく負うべきである。
 しかし、政府は沖縄県民の基地負担をほかの都道府県民と同等レベルにまで軽減するために、どこまで死力を尽くしたというのか。
 根拠薄弱とも指摘される米海兵隊の抑止力を錦の御旗に、沖縄県内で基地を「たらい回し」するのは、政治の怠慢にほかならない。
 翁長知事が埋め立て承認を取り消したのは、直近の国政、地方両方の選挙を通じて県内移設反対を示した沖縄県民の民意に基づく。
 安全保障は国の責務だが、政府が国家権力を振りかざして一地域に過重な米軍基地負担を強いるのは、民主主義の手続きを無視する傲慢(ごうまん)だ。憲法が保障する法の下の平等に反し、地方の運営は住民が行う、という、憲法に定める「地方自治の本旨」にもそぐわない。
 地元住民や自治体の理解が得られず、基地が敵意で囲まれることになれば、基地提供という安保条約上の義務も円滑に果たせなくなるのではないか。
 菅義偉官房長官はきのう記者会見で「わが国は法治国家」と提訴を正当化したが、法治国家だからこそ、最高法規である憲法を蔑(ないがし)ろにする安倍内閣の振る舞いを看過するわけにはいかない。


辺野古で提訴 対話解決を放棄した国
 沖縄の基地問題をめぐる国と県の対立は、法廷に持ち込まれる異例の事態となった。
 米軍普天間飛行場の移設計画で、翁長雄志(おなが・たけし)知事が名護市辺野古の埋め立て承認を取り消したことに対し、国は福岡高裁那覇支部に訴訟を起こした。国が知事に代わって取り消し処分を撤回する代執行ができるよう求めている。本来は話し合いで解決すべき問題であり、法廷闘争に発展したのは極めて残念だ。
 裁判では、前知事による埋め立て承認は適正だったのか、翁長知事が承認を取り消したのは適法か、といった行政手続きの適否が直接の争点になるだろう。だが、この裁判が真に問いかけているのは、国の基地政策そのものや、国と地方自治体の関係のあり方と言える。
 国は、前知事による埋め立て承認に法的な瑕疵(かし)はなく、翁長知事による取り消し処分は違法と主張する。承認を取り消せば、普天間の危険除去ができず、米国との信頼に亀裂が生じるなど、公益を害すると言う。
 県側は、前知事による承認には瑕疵があり、取り消しは適法と主張する。環境保全が不十分で、移設の必要性には根拠が乏しいとも言う。
 国は安全保障という「公益」を強調し、沖縄は人権、地方自治、民主主義のあるべき姿を問いかける。その対立がこの問題の本質だろう。
 翁長知事は、提訴を受けた記者会見で「基地を押し付ける政府の対応は、沖縄差別の表れだ」と述べた。
 米軍基地問題で国と沖縄県が裁判で争うのは、1995年に米軍用地の強制使用の代理署名を拒んだ当時の大田昌秀知事を国が提訴して以来だ。翌年、国が勝訴した。高裁判決まで3カ月半、上告棄却まで全体で8カ月半のスピード裁判だった。
 今回、異なるのは、当時は国と地方が法的に上下関係にあったのに対し、2000年の地方分権改革により国と地方は対等・協力関係と位置づけられたことだ。
 国と地方が対等になった現在の制度のもとでも、代執行は認められているが、例外的な措置だ。制度の趣旨に照らせば、まず国が対話解決の努力をし、万策が尽きて初めて、代執行が選択肢になり得るのではないか。
 辺野古移設計画をめぐる安倍政権のやり方には、強引な姿勢がますます目立つようになっている。
 国は代執行とは別の行政手続きにより、すでに翁長知事による取り消し処分の執行を停止し、埋め立てに向けた本体工事にも着手している。
 国と地方の意見が対立した場合、それを調整する政治の力量が試される。国による提訴は、対話決着の放棄である。国の貧困な基地政策が見てとれる。

辺野古提訴はダメだ/ビロード革命から26年

ブログネタ
フランス語 に参加中!
LX

La révolution de velours et ses conséquences
Le 17 novembre 1989, le régime communiste réprime violemment une manifestation d'étudiants, organisée à l'occasion du 50ème anniversaire de la fermeture des universités tchèques par les nazis. En signe de protestation, la population sort dans les rues. Des manifestations et des grèves commencent un peu partout dans le pays.
Pendant la "révolution de velours ", les communistes renoncèrent au pouvoir politique. Le régime s'était épuisé de lui-même et n'avait plus la force d'affronter toute la société. La pluralité des partis politiques fut rétablie et les premières élections libres organisées en 1990. Václav Havel, qui avait mené les négociations avec les communistes, fut élu Président de la République. De nouveaux partis politiques furent créés par des groupes de personnes qui avaient les mêmes idées et faisaient partie du mouvement tchèque le Forum civique ou le mouvement slovaque La Société contre la violence .
Les représentants politiques des nations tchèque et slovaque ne réussirent pas à trouver un modèle satisfaisant de cohabitation de ces deux peuples. Il en résulta la scission de l'Etat tchécoslovaque .
La République tchèque et la République slovaque indépendantes existent depuis le 1er janvier 1993. L'objectif des deux Etats devint dès lors l'intégration dans l'Union européenne et l'OTAN. Leurs relations réciproques restent très étroites, car leurs populations se sont mélangées au cours des quatre-vingts années de cohabitation.
Le 12 mars 1999, la République tchèque est devenue membre de l'Alliance nord-atlantique . Aujourd'hui, la République tchèque n'est pas qu'un membre formel de l'OTAN et l'ONU. Ses unités participent à des missions en Irak, en Croatie, au Kosovo, en Afghanistan et dans d'autres pays.
Le 4 octobre 1993, au Luxembourg, la République tchèque a signé l'Accord d'association à l'Union européenne. Celui-ci entra en vigueur le 1er février 1995. Le 1er mai 2004, la République tchèque ainsi que neuf autres Etats, est devenue membre de l'Union européenne , achevant ainsi son proccessus de rapprochement avec la communauté européenne.
A l'heure actuelle, la République tchèque est un Etat pleinement démocratique qui possède une culture politique stable et une force économique croissante . La transformation économique et le caractère démocratique de l'administration affichent des résultats positifs : l'augmentation du niveau de vie de la population est évidente et se rapproche de certains standards de l'Union européenne.
Des élections parlementaires ont eu lieu en juin 2006. Les résultats électoraux serrés ont rendu impossible la composition du gouvernement.
Mirek Topolánek (chef du parti ODS) a été nommé au poste de Premier ministre pour la seconde fois déjà et a été chargé de composer un cabinet.
フランス語
フランス語の勉強?
時論公論「フランス 同時テロの衝撃」二村伸・出川展恒解説委員
130人近い市民が犠牲になったフランス同時テロ事件はイスラム過激派の脅威が世界に拡大していることを改めて見せつけた。事件の背景と影響、国際社会の対応を解説する。
たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学【医師たちが選んだ名医SP】
医師が自らの身体や命を託す医者…名医選出制度で選ばれた名医中の名医「ベストドクター」を徹底取材!長引く咳、原因不明のめまい、胃腸の痛み…あなたの不調を治す!?
◇長引く咳
長引く咳の2大原因を突き止めたベストドクター
20年以上前、知られていなかった2つの病を発見した名医がいた!長引く咳で悩む患者さんの7割近くは、その病のどちらかが原因だという。検査法まで開発した名医の治療法とは?「咳が出る時間帯」でわかる様々な病の可能性も解説。
◇胃腸の痛み
町のクリニックで大病院並の検査!真の胃腸の痛みを暴きだすベストドクター
三重県亀山市の静かな住宅街に名医がいた!その医師は、エコー検査を駆使し、大病院並に様々な病を早期発見していた。胃が痛いと思ったら大間違い!「胃が原因と間違いやすい3つの病」とは?
◇めまい
究明率100%!?1週間でめまいの原因を暴くベストドクター
多くの人が原因不明で悩まされているめまい。「1週間検査入院制度」を導入し、原因を100%解明する名医がいた!1年間、謎のめまいに苦しんでいた患者さんに密着。1週間検査入院で暴かれた意外な病気の原因とは?
◇出演者
ビートたけし 斎藤真美 中村玉緒、榊原郁恵、天野ひろゆき、ガダルカナル・タカ


辺野古に関して国が沖縄県を提訴しました.そんなのダメです.沖縄の民意に耳を傾けてほしいと思います.アベじゃ行っても無駄と思うかもしれないけど,翁長沖縄県知事には頑張ってほしいと思います.
チェコスロバキアのビロード革命から26年になります.今はチェコとスロバニアという2つの国になっています.スロバキアSlovaquieとスロベニアSlovénie間違いやすいですが・・・

津波で全壊…料理店「あら浜」古里で再出発
 東日本大震災の津波で宮城県亘理町荒浜地区にあった店舗が全壊した料理店「あら浜」が、来年4月下旬にも現地で再オープンする。被災後に移った仙台市中心部の店を維持しつつの古里での再出発。「荒浜に戻る」。一家の決意が5年の月日を経てようやく実る。
 町道荒浜大通り線沿いの店舗跡で16日、店主一家が地鎮祭を執り行い、新店舗の工事に着手した。店主の塚部久芳さん(64)は「店名の由来である荒浜に戻りたい一心だった」と話し、再開への一歩を踏んだ喜びを家族と分かち合った。
 震災前の店は1993年に開店。荒浜漁港で水揚げされた海産物を使った郷土料理はらこめしやほっきめしなどを提供し、地域住民や観光客の人気を集めた。
 震災で一家は無事だったが、津波で木造平屋の店舗が冠水して取り壊した。被災から約10カ月後、青葉区本町に店を構え、営業を再開。塚部さんは妻慶子さん(63)と町内の仮設住宅から店に通い、次男慶人さん(34)らと腕を振るった。
 古里に戻る思いは変わらなかった。店舗跡に唯一残った店の看板には「この地に再開めざして!」と大書したボードを掲げ、決意を表した。地元住民の「早く戻ってほしい」と願う声にも応えたかった。国のグループ化補助金を活用して現地再建することにした。
 新店舗は以前と同じ規模の約240平方メートルで50席を予定。塚部さん夫妻らが切り盛りする。車椅子に対応した空間を設けるなど、地元の高齢者が訪れやすい店を目指す。仙台の店は引き続き慶人さんが担う。
 塚部さんは「郷土料理は地元で食べてこその良さもある。住民と仙台での常連客らが気軽に集える店にしたい」と意気込む。慶人さんは「亘理に足を運んでもらい、復興の一助になればうれしい」と願う。


河北春秋
 シェークスピアの『ロミオとジュリエット』で有名なのは「おお、ロミオ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの」のせりふだろう。そしてこの文句が続く。「バラの花は、その名をどう変えようとも甘く香るものです」▼アウン・サン・スー・チーさんがこれからの立場を聞かれ、笑顔でこの言葉を口にした。ミャンマー総選挙は、自身の率いる野党が過半数を上回り、歴史的な政権交代がかなうこととなった。家族に外国籍のいる彼女は憲法の規定で大統領になれないが、「重要な決定はわたしがする」との意を込めている▼日本の終戦に当たる年に当時のビルマで生まれ、ことし70歳になる。長い自宅軟禁と軍政への抵抗運動にもかかわらず、いつもすっきりとした面立ちで民衆の先頭に立ってきた▼2年前に来日し、京都などを歩いた。黒髪の花飾りに、うっすらと浮世の陰差す表情を見せて。民主化を進めたとしても、軍部や少数民族との対話など政治的難問がある。ときに妥協を求められる悩ましさを憂いていたのだろうか▼ミャンマー人の名付け方は楽しい。アウンサンは父の名、スーは祖母、チーは母の名から取り、「世にもまれな清らかさあふれる優れた人」を意味するという。表舞台でかぐわしき香りを放つときが、いよいよ近づいた。

<蕪嶋神社全焼>シンボル再建 八戸市民一丸
 5日未明に全焼した青森県八戸市の蕪嶋神社再建に向け、市内で募金活動が広がっている。観光のシンボル復活に役立ちたいという思いが原動力だ。
 15日は日本フットボールリーグ(JFL)のヴァンラーレ八戸の試合でサポーター有志が募金活動。アイスホッケーの東北フリーブレイズ(本拠地八戸市・郡山市)も、試合後に選手が再建を呼び掛けた。
 八戸市に住むヴァンラーレサポーター伊保内佳子さんは「蕪島はアウェーのサポーターも行く観光地。再建のために少しでもできることがあれば手伝いたい」と語った。
 八つの横町がある飲食店街も再建を後押しする。1957年から続く老舗バー「プリンス」は、オリジナルカクテル「蕪島」の料金500円のうち100円を寄付金に充てる。11〜14日で延べ100人超が注文した。
 店主の佐々木良蔵さん(65)は「『蕪島』で大勢が乾杯し、1人で4杯飲む人も。みんな神社を失ってからその価値に気付いたのだと思う」と話した。
 再建は億単位の費用が掛かる見通し。募金活動が朝市やスーパーなど各方面に広がっていることに、火災発生から対応に追われる宮司の野沢俊雄さん(65)は「みんなが背中を押してくれている。本当にありがたい」と感謝する。


<福島県議選>自民2減 過半数届かず
 15日投開票が行われた福島県議選(定数58)は16日未明、無投票の8選挙区(14)を除く11選挙区44議席が決まった。党派別当選者は表の通り。単独過半数(30)を目指した自民は改選前を2議席下回った。民主は宮城県議選で見られた退潮傾向に一定の歯止めをかけ、3議席を上積みした。公明、共産、社民は勢力を維持し、維新は議席を失った。
◎投票率最低46.67%
 自民は公認33人のうち、いわきなどで現職4人が落選し、国政与党の強みを生かせなかった。最大会派は維持したが2007年から3回連続で単独過半数の獲得に失敗した。県連の杉山純一幹事長は「敗北した意識はないが、現職4人の落選は総括する必要がある」と話した。県連は16日の役員会で無所属で当選した現新3人を追加公認した。
 16人を公認した民主は期間中、岡田克也代表ら党幹部が相次いで福島入り。安保法など国政課題で自民との対決姿勢を押し出した。自民と一騎打ちの東白川で現職が落選したものの15人が当選し、11年11月の前回と同数となった(3人は離党)。県連の亀岡義尚幹事長は「反自民の受け皿としての立場を明確化したのが良かった」と喜んだ。
 公明は引退した現職の後継を含む3人が当選し、手堅く議席を維持。現職1人が引退した維新は、党本部の分裂が響いて新人1人が落選し、議席ゼロになった。
 共産は、12年ぶりの議席獲得を目指した会津若松で新人が落選し、現有5議席の維持にとどまった。合計得票数は前回より約2800票増えた。
 社民は福島の現職が議席を守り、いわきに擁立した新人が落選した。
 投票率は前回より0.84ポイント低い46.67%となり、11回連続で過去最低を更新した。内堀雅雄知事は16日の定例記者会見で「復興を前に進めるためには、県政への関心を高めることが重要だ」と危惧した。
 定数1減で1人区になる来年夏の参院選福島選挙区は、自民、民主両党の公認候補の対決が想定される。県議選での総得票数は、自民が25万8003票(45.2%)、民主が12万5816票(22.0%)だった。


被災地で起業 疑似体験し学ぶプログラム始動
 東日本大震災で被災した宮城県女川町を舞台に、地方での起業を疑似体験しながら学ぶ「創業本気プログラム」が始まった。参加者はワークショップなどでアイデアの見つけ方や資金調達方法、マーケティング、地域との関わり方などを身に付け、事業化につなげる。
 同町のNPO法人「アスヘノキボウ」が運営し、町や町商工会などが協力。今月中旬から来年1月中旬にかけ、全4回ある。第1回は14、15の両日に町内で開催。ワイン醸造や飲食店経営などを模索する町内外の20〜30代の男女5人がワークショップに臨んだ。
 「駅のホームにある自動販売機の売り上げをどのように伸ばすか」をめぐり、5人が消費者の行動を分析。取り組むサービスについては参加者間で聞き取りをして利用者の受け止め方などを探った。
 講師を務めた監査法人トーマツ(東京)盛岡事務所の嶋貫光一公認会計士は「想定外のアイデアを大事にしてほしい。新しい生き方を提供できるヒントがある」とアドバイスした。
 震災後に東京からUターンし、仮設商店街でクラフトビールバーを営む木村優佑さん(32)らが実体験を語る場もあった。
 5人のうち宿泊施設支配人の田中雄一朗さん(29)は「お客さんが望むことをより具体的に考えるようになった」と言う。明治大4年後藤大輝さん(21)は「国籍や人種の枠を超え、人と人が向き合える社会を実現するための仕事がしたい」と抱負を語った。
 アスヘノキボウの小松洋介代表(33)は「女川町は『復興のトップランナー』と言われるが、人口減少が進む。町内で起業する人を増やすだけでなく、地方の良い点と課題を踏まえ、女川に関わる人を増やしたい」と話す。


生活困窮者が仙台流入 一時支援12市未着手
 宮城県内各地から仙台へ、住まいを失うなどした生活困窮者の流入が続いている。仙台を除く県内12市が、生活困窮者自立支援法に基づく「一時生活支援事業」に着手していないためだ。緊急避難施設(シェルター)を運営し、困窮者を受け入れている福祉団体は「行政の怠慢と言わざるを得ない」と憤る。(報道部・斎藤雄一)
 町村の支援事業を肩代わりする県はNPO法人「ワンファミリー仙台」、仙台市は社会福祉法人「青葉福祉会」とそれぞれ委託契約を結び、仙台市内で困窮者向けのシェルターを運営している。
 両施設の利用者は本年度、既に178人(10月末現在)に達した。このうち判明分だけで19人が12市から受け入れた困窮者だ。ほかにも自主的に12市から仙台へ移動してきた困窮者が相当数いるとみられる。
 支援法では、住居を持たない困窮者は現在地で保護するのが原則。だが、ある市の相談支援員は「市内で住む場所が見つからない場合、仙台のシェルターに連れて行くことが多い。その手続きが完了するまで、野宿を続けてもらうこともあった」と打ち明ける。
 さらには「生活保護の受給者にならないよう自立を支援する」という法の趣旨をよそに、一足飛びで生活保護の受給手続きへと進むケースもあるという。
 支援法は「困窮者が自立できるよう支援するプランの策定」(自立相談支援)を市の必須事業としている。プラン策定まで仮の住居を提供する上でも、本来ならシェルター設置が欠かせない。
 一方で、1市当たりの相談件数は平均すると2カ月に1人前後にとどまっており、12市は「シェルターの維持はコストが割高」と自前設置に二の足を踏む。現場の支援員は「件数は少なくても、緊急性の高い相談もある。隣接市と広域連携し、仙台以外にもシェルターが必要だ」と問題意識を共有するものの、行政側から具体的な動きは見えてこないのが実情だ。
 ワンファミリーは「シェルターを足掛かりにして社会復帰を果たす人はたくさんいる。一時生活支援事業もせず、一気に生活保護に回すのは法の趣旨に照らしてもおかしい」と訴える。
[一時生活支援事業]失業や借金が原因で住まいを失ったり、失う恐れのある生活困窮者に借り上げアパートなどの宿泊場所と衣食を3カ月間提供し、新たな住居や働き口を見つけるまでの日常生活を支える事業。4月施行の生活困窮者自立支援法に基づく任意事業で、厚生労働省は福祉事務所がある市町村に実施を促している。


三陸の昭和の暮らし写す モノクロ40点
 仙台市青葉区のアマチュア写真家中嶋忠一さん(88)が、1960年代前後に三陸地方の暮らしや漁師に題材を求めて撮影した写真の作品展が、同区のアエル29階ニコンプラザ仙台で開かれている。24日まで。
 出漁までのひとときに漁船の甲板でマージャンを楽しむ漁船員たち、浜一面を使ったワカメの天日干し、ビール瓶のふたを豪快に歯で開ける船乗りなど漁港や浜の日常を捉えたモノクロ写真40点を展示している。
 中嶋さんは当時、気仙沼、大船渡、八戸などの港町で税務署に勤務し、休日などにカメラを持って撮影して回ったという。「東日本大震災で被災した三陸地方に昭和のような活気が戻ってほしい」と思いを語る。
 入場無料。日曜、祝日を除く午前9時半〜午後6時。24日は午後3時まで。連絡先は中嶋さん022(278)3078。


楽天2軍 山形の本拠地撤退へ
プロ野球・楽天は宮城県と山形県に4か所ある2軍の本拠地のうち、来シーズンから山形県の2か所については本拠地としない方針を固めました。
これは楽天の球団関係者が明らかにしました。楽天の2軍は今シーズンまで、仙台市と宮城県利府町、それに山形県天童市と中山町の4か所を本拠地としていました。
球団関係者によりますと、楽天は、日本野球機構から本拠地を1つの県にすることが望ましいという要請があったため、▼1軍の本拠地が仙台であることや、▼選手の多くが仙台に住んでいることなどから来シーズンからは2軍の本拠地を宮城県内の2か所として山形県内の2か所は本拠地としない方針を固めたということです。今シーズン、山形県では楽天の2軍の試合が、天童市と中山町であわせて8試合が行われました。楽天球団は、「山形県に本拠地を置かなくなっても来シーズンも2軍の試合は今シーズンと同じ程度行いたい」としています。


NHK勤務の仏女性、震災避難で契約解除も「解雇は無効」と勝訴
 NHKでフランス語ラジオ放送を担当していたフランス人、エマニュエル・ボダンさん(58)が、東京電力福島第1原発事故を受け東京から避難した後、業務放棄を理由に雇用契約を解除されたのは不当だとし、NHKに約1500万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が16日、東京地裁であった。吉田徹裁判長は「契約解除は無効だった」とし、NHK側に約500万円の賠償を命じた。
 判決などによると、ボダンさんは平成23年3月15日、フランス政府が日本の首都圏に住む国民に避難勧告を出したことを受け、同僚に代役を頼み国外に避難。しかしNHKから同月22日、「業務を放棄した」として契約解除された。NHK側は「代役の約束や避難の了承はなかった」と主張したが、吉田裁判長は「証拠上、NHK側の主張は不合理。また、当時の状況下では避難したことは責められない」と判断した。
 NHKは「判決を読んで対応を検討する」とした。


GDPマイナス 「この道」はどこへ続く
 七〜九月期の国内総生産(GDP)が二期連続でマイナス成長になったことは景気後退入りと判断されてもおかしくない。「この道しかない」としていたアベノミクスをこのまま続けていいのか。
 企業収益が上がれば投資や賃金が増え、消費が伸びて経済の好循環が起きる−。安倍晋三首相はアベノミクスこそ日本経済再生の切り札として「この道しかない」と繰り返してきた。
 このフレーズはとみに聞かなくなったが、それはそうだろう。企業は史上空前の最高益を記録しながら設備投資も賃金の伸びも限定的だ。好循環はどこにも起きていない。むしろ賃金が伸びず消費が増えないから投資を控える悪循環に陥っている。
 内閣府が発表した七〜九月期の実質GDP(速報値)は、前期比0・2%減、年率換算で0・8%減だった。特に設備投資は企業が示してきた投資計画を先送りする「計画倒れ」に終わり、個人消費や輸出の回復も力強さを欠いた。
 企業の投資意欲が高まらないのは、中国など海外景気の先行き不安もあるが、何より日本経済の成長への期待が乏しいからだろう。なぜ成長期待が膨らまないのか。
 アベノミクスの第三の矢である成長戦略は、法人税減税や派遣法改正、さらに残業代ゼロ制度など経営者寄りの政策ばかり目指している。先の厚生労働省の調査でも明らかになったように、非正規労働は全体の四割を超え、経営者は理由について「賃金節約のため」とする回答が最も多かった。
 要するに低賃金の労働者が増え、その人たちを犠牲に企業や株主ら富裕層が潤う構図である。しかし、上から富が滴り落ちるトリクルダウンは空論にすぎないから、格差拡大が放任され、経済を支えるべき中間層も細る。これでは消費が盛り上がるはずがない。
 第一の矢の異次元緩和で実現し政権が胸を張る円安(円高是正)も、多くの大企業にとって収益を押し上げるが、企業数で九割、従業員数で七割を占める中小企業にとっては逆風である。
 二期連続マイナスは、誤った道を突き進むアベノミクスの当然の帰結である。わかったことは、自民党への企業献金あっせんを再開した経団連が要望する政策では経済は良くならないということだ。
 アベノミクスの失敗を認め、進む道を変える。最低賃金引き上げや、内部留保に課税したり賃上げを促す大胆な法人税改革など、すぐにも実行できる政策はある。


[国、きょう県を提訴]裁くべきは基地政策だ
 国と県が基地問題をめぐって再び、法廷で争う。他県ではおよそ考えられない異常な事態である。
 名護市辺野古の新基地建設で、翁長雄志知事が埋め立て承認を取り消したことに対し、政府は17日、知事の取り消し処分を取り消すための代執行を求め、福岡高裁那覇支部に提訴する。
 「承認の取り消しを放置すれば、著しく公益を害する」というのが提訴の理由だ。
 未契約米軍用地の強制使用問題で土地調書・物件調書への署名押印を拒否した大田昌秀知事に対し、村山富市首相が職務執行命令訴訟を提起したのは1995年12月のことである。あれから20年。基地問題をめぐって国が県を訴えるという基本的な構図は、今回も変わらない。
 なぜ、このような事態が沖縄で相次ぐのか。
 本来、復帰の際に処理すべきであった基地をめぐる諸問題が、復帰後も未解決のまま残った。「本土並み」という言葉は、こと基地政策に関して言えば、言葉のまやかしであった。
 裁かれるべきは国の理不尽な基地政策である。
    ■    ■
 復帰の際、政府は安保条約と地位協定が沖縄にも適用されることを強調し、「本土並み」の返還だと喧伝(けんでん)した。事実上の軍事植民地といわれた沖縄には確かに、安保も地位協定も適用されていなかった。
 だが、ここには県民さえ気づかない大きな「落とし穴」があった。米国が返還交渉で最後まで求め続けたのは、復帰前と同じ「基地の自由使用」であった。
 政府は米側の要求を受け入れた。あの膨大な基地群が復帰後も維持され、部隊の運用や基地の排他的管理、事件事故の処理など、あらゆる局面で地位協定が適用されることになった。
 このことは、復帰によって獲得したはずの憲法と国内法に基づく主権が、地位協定に阻まれ、著しい制約を受けることを意味する。
 地位協定と関連取り決めの束が、どれほど憲法・国内法をがんじがらめにし、地方自治や特に女性の人権を脅かしてきたか。本土からはその実相が見えにくい。
 米兵による暴行事件や沖縄国際大学へのヘリ墜落事故などが起きたとき、米軍優先の屈辱的な日米合意が白日の下にさらされ、県民の激しい反発を招いた。
 政府は今も、米国に対して卑屈なほど従属的である。
 主権を回復したはずの日本政府にとって、この現実は国民に見せたくない「不都合な真実」だ。不意の来客にあわてて、汚れ物を押し入れに隠すように、基地を沖縄に押し込め、「不都合な真実」を見えにくくしているのである。 だが、このような理不尽な基地政策はもう限界だ。
    ■    ■
 政府は、契約に応じない地主の土地を復帰後も継続して使用するため、復帰前年の71年、公用地暫定使用法を制定した。返還を求める地主の主張は受け入れられず、未契約地の5年の強制使用が認められたのである。
 沖縄だけに適用される法律であるにもかかわらず、憲法で定められた住民投票は実施されなかった。
 5年後の77年になっても多くの未契約地主が残ったため、政府は沖縄の地籍明確化と未契約地の強制使用を抱き合わせた「木に竹をついだ」ような地籍確定法案を国会に提出した。
 同法案は公用地法の期限が切れる5月15日になっても成立せず、18日に可決されるまでの間、「法的な空白」が生じてしまった。
 大田元知事が代理署名を拒否したときも、強制使用の裁決手続きが間に合わず、読谷村の楚辺通信所(象のオリ)で不法占拠状態が起きている。
 政府のなりふり構わない基地維持政策は、安倍政権になって一気にエスカレートしてきた。行政不服審査制度の乱用に象徴される法制度の強引な解釈。警視庁機動隊の投入に象徴される辺野古現地での強権的な警備。政府は一体、いつまで理不尽な基地政策を続けるつもりか。
 工事を強行すれば公益は著しく損なわれるだろう。


もんじゅに勧告 廃炉こそ時代の要請だ
 福井県敦賀市にある高速増殖炉「もんじゅ」の名は釈迦如来の脇寺「文殊菩薩」に由来する。
 「三人寄れば文殊の知恵」ということわざ通り、知恵を出し合って安全、安定的な運用を図る名付けの趣旨とは全く逆の状況が続く。
 大量の点検漏れなど絶対的な価値である安全を二の次にした管理ミスが後を絶たない。原子力規制委員会は日本原子力研究開発機構の運営能力が欠如しているとして、別組織への運営移管を文部科学省に勧告した。
 半年をめどに別組織が見つけられない場合、もんじゅの在り方を抜本的に見直すよう求めている。見直しには当然廃炉が含まれる。
 失格の烙印(らくいん)を押された機構に代わる運営主体を見いだすのは困難視されている。もはや安倍政権はもんじゅの廃炉に踏み切るべきだ。
 もんじゅは、原発の使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出し、燃料として再利用する仕組みだ。消費した以上の燃料を生み出す「夢の原子炉」とされてきたが、1991年の試運転以来、事故やトラブルが相次ぎ、いまだに開発途上にある。
 通常の原発と違い、水分と激しく反応するナトリウムを冷却剤に使うため、操作が難しい。
 1995年のナトリウム漏れ事故で運転を停止し、2010年に14年ぶりに運転を再開したが、原子炉内に機材が落下する事故が起きて停止したままである。21年間の稼働日数は250日にすぎない。
 これまで約1兆円を投じたが実用化には程遠く、維持費などで年200億円が垂れ流されている。
 2012年には約1万に上る機器の点検漏れが判明し、13年5月には規制委から運転再開準備を禁ずる保安措置命令も受けていた。
 安倍政権は運営主体の変更を模索し、もんじゅ存続を図る意向だが、安全性への懸念に加え、必要性も薄らいでいる。国際的なウラン価格は安値で安定しており、経済的な開発根拠は乏しい。多くの先進国が開発から撤退している。
 勧告は遅過ぎるぐらいだが、福島第1原発事故の反省から生まれた独立機関である規制委が業を煮やして勧告に踏み切った。その重みを安倍政権は真摯(しんし)に受け止めるべきだ。
 半世紀近く安全を確立できず、実用化のめどが立たない技術開発に巨額を浪費し続けることに見切りをつけるしかない。もんじゅの廃炉こそ時代の要請である。

1969佐藤訪米阻止闘争から46年/マイナンバーの書類/パリとベイルート

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Fig01

Attentats: les morts de Paris font-ils oublier ceux de Beyrouth?
Sur les réseaux sociaux, certains s'étonnent du manque d'émotion internationale après le double attentat qui a fait 44 morts à Beyrouth la veille des attentats de Paris.
44 morts, plus de 200 blessés. Le 12 novembre, Beyrouth était frappé par le pire attentat depuis la fin de la guerre civile. Deux kamikazes se font fait exploser dans un quartier chiite, fief du Hezbollah, au nom de l'organisation Etat islamique. Un premier pour créer un attroupement, le second pour faire le plus grand nombre de victimes possibles. Deuil national. Personne pourtant pour parler d'"une attaque contre toute l'humanité et nos valeurs universelles", comme l'a fait Barack Obama au sujet des attentats de Paris, citant même la devise de la République française: Liberté, Egalité, Fraternité.
"Paris semble proche de chez soi"
Pourquoi cette différence de traitement? Sur Facebook, certains estiment qu'il s'agit d'indignation sélective. Pour ce directeur d'une ONG à Amsterdam, "Paris semble proche de chez soi pour beaucoup de gens, alors que Beyrouth fait penser à une cité étrangère où rien de bon ne peut arriver". Lui-même explique qu'il se sent involontairement plus touché par les attentats de Paris, où il n'a jamais mis les pieds, que par ceux de Beyrouth, où il séjourne régulièrement.
"Ils sont où, les #PrayForBeyrouth", se demande cette jeune femme, alors que le hashtag #PrayForParis s'est rapidement répandu sur Twitter après le 13 novembre.
Certains estiment qu'alors que les attentats de Paris sont unanimement condamnés, ceux de Beyrouth sont oubliés. Comme si les Parisiens avaient plus de valeur que les habitants de la capitale du Liban.
Il est vrai que d'autres n'avaient pas encore entendu parler des attentats de Beyrouth.
Tandis que des hommages sont rendus à Adel Temos, le héros musulman méconnu qui aurait sacrifié sa vie pour empêcher l'entrée d'un kamikaze dans une mosquée.
Les attentats à Paris, un test pour Facebook
Acerbe, la correspondante du New York Times à Beyrouth se demande aussi pourquoi Facebook n'a pas déployé l'alerte de sécurité, qui sert aux internautes à signaler qu'ils sont bien en vie. Comme le réseau social l'a fait à Paris, pour la première fois, alors que cette fonction était jusqu'à présent réservée aux catastrophes naturelles: "... comment Facebook décide dans quels pays une catastrophe est-elle assez inhabituelle (là où les vies ont assez de valeur) pour qu'il devienne intéressant de s'assurer de la sécurité des gens?", s'étonne la journaliste.
"Il faut bien des premières fois", répond Facebook, qui assume avoir fait de Paris un test, après avoir observé "beaucoup d'activité" sur le réseau pendant les attentats.
Beirut, Also the Site of Deadly Attacks, Feels Forgotten
BEIRUT, Lebanon — Ali Awad, 14, was chopping vegetables when the first bomb struck. Adel Tormous, who would die tackling the second bomber, was sitting at a nearby coffee stand. Khodr Alaa Deen, a registered nurse, was on his way to work his night shift at the teaching hospital of the American University at Beirut, in Lebanon.
All three lost their lives in a double suicide attack in Beirut on Thursday, along with 40 others, and much like the scores who died a day later in Paris, they were killed at random, in a bustling urban area, while going about their normal evening business.
Around the crime scenes in south Beirut and central Paris alike, a sense of shock and sadness lingered into the weekend, with cafes and markets quieter than usual. The consecutive rampages, both claimed by the Islamic State, inspired feelings of shared, even global vulnerability — especially in Lebanon, where many expressed shock that such chaos had reached France, a country they regarded as far safer than their own.
But for some in Beirut, that solidarity was mixed with anguish over the fact that just one of the stricken cities — Paris — received a global outpouring of sympathy akin to the one lavished on the United States after the 9/11 attacks.
Monuments around the world lit up in the colors of the French flag; presidential speeches touted the need to defend “shared values;” Facebook offered users a one-click option to overlay their profile pictures with the French tricolor, a service not offered for the Lebanese flag. On Friday the social media giant even activated Safety Check, a feature usually reserved for natural disasters that lets people alert loved ones that they are unhurt; they had not activated it the day before for Beirut.
“When my people died, no country bothered to light up its landmarks in the colors of their flag,” Elie Fares, a Lebanese doctor, wrote on his blog. “When my people died, they did not send the world into mourning. Their death was but an irrelevant fleck along the international news cycle, something that happens in those parts of the world.”
The implication, numerous Lebanese commentators complained, was that Arab lives mattered less. Either that, or that their country — relatively calm despite the war next door — was perceived as a place where carnage is the norm, an undifferentiated corner of a basket-case region.
In fact, while Beirut was once synonymous with violence, when it went through a grinding civil war a generation ago, this was the deadliest suicide bombing to hit the city since that conflict ended in 1990. Lebanon has weathered waves of political assassinations, street skirmishes and wars; Israeli airstrikes leveled whole apartment blocks in 2006. But it had been a year of relative calm.
(A reminder of the muddled perceptions came last week, when Jeb Bush, the Republican presidential candidate, declared that “if you’re a Christian, increasingly in Lebanon, or Iraq or Syria, you’re gonna be beheaded.” That was news to Lebanon’s Christians, who hold significant political power.)
The disparity in reactions highlighted a sense in the region of being left alone to bear the brunt of Syria’s deadly four-year war, which has sent more than four million refugees fleeing, mostly to neighboring countries like Lebanon. For the Lebanese, the government has been little help, plagued as it is with gridlock and corruption that have engendered electricity and water shortages and, most recently, a collapse of garbage collection. Many in the region — both supporters and opponents of the Syrian government — say they have long warned the international powers that, if left unaddressed, the conflict would eventually spill into the West.
To be sure, the attacks meant different things in Paris and Beirut. Paris saw it as a bolt from the blue, the worst attack in the city in decades, while to Beirut the bombing was the fulfillment of a never entirely absent fear that another outbreak of violence may come.
Lebanon seemed to have recovered over the past year and a half from a series of bombings claimed by Sunni militant groups as revenge for the intervention by Hezbollah, the Lebanon-based Shiite militia, in the Syrian civil war to provide critical support for the Syrian government.
Some blamed news coverage for the perception that Beirut is still an active war zone. They cited headlines — including, briefly, a Times one that was soon changed to be more precise — that refer to the predominantly Shiite neighborhood where the bombing took place as a “stronghold” of the militia and political party Hezbollah.
That is hard to dispute in the political sense — Hezbollah controls security in the neighborhood and is highly popular there, along with the allied Amal party. But the phrase also risks portraying a busy civilian, residential and commercial district as a justifiable military target.
Meanwhile, Syrians fretted that the brunt of reaction to both attacks would fall on them. There are a million Syrians in Lebanon, a country of four million; some have become desperate enough to contemplate joining the accelerating flow of those taking smugglers’ boats to Europe.
But now, the attacks could rally political pressure in Europe to stop admitting them. When evidence emerged that at least one of the Paris attackers may have posed as an asylum seeker to reach Europe, some opponents of the migration quickly used that to argue for closing the doors.
That drew sharp reactions from Syrians, who said refugees were fleeing to Europe precisely to escape indiscriminate violence.
“This is the sort of terrorism that Syrian refugees have been fleeing by the millions,” declared Faisal Alazem, a spokesman for the Syrian Canadian Council.
The compassion gap is even more evident when it comes to the situation in Syria itself, where death tolls comparable to the 129 so far in the Paris attacks are far from rare and, during the worst periods, were virtually daily occurrences.
“Imagine if what happened in Paris last night would happen there on a daily basis for five years,” said Nour Kabbach, who fled the heavy bombardment of her home city of Aleppo, Syria, several years ago and now works in humanitarian aid in Beirut.
“Now imagine all that happening without global sympathy for innocent lost lives, with no special media updates by the minute, and without the support of every world leader condemning the violence,” she wrote on Facebook. Finally, she said, ask yourself what it would be like to have to explain to your child why an attack in “another pretty city like yours” got worldwide attention and your own did not.
Back in southern Beirut over the weekend, as the government announced the arrest of seven Syrians and two Lebanese in connection with the attack, the street where the bombings took place was strewn with lettuce and parsley from pushcarts overturned in the blast. Men washed blood from sidewalks. A shop’s inventory of shoes — from small children’s slippers to women’s clogs — was scattered across the pavement. Several funeral processions were massing, ready to march to cemeteries.
Residents mourned Ali Awad, 14, passing around his picture in a scouting uniform. He had run out to see what had happened after the first blast, and was caught in the second, relatives said.
Nearby, Abdullah Jawad stood staring glumly into a shop. His friend, the owner, had died there, just after Mr. Jawad had painted the place.
“The government can’t protect us,” he said. “They can’t even pick up the trash from the streets.”
As for Facebook, it declared that the high level of social media activity around the Paris attacks had inspired the company to activate Safety Check for the first time for an emergency other than a natural disaster, and that a policy of when to do so was still developing.
“There has to be a first time for trying something new, even in complex and sensitive times, and for us that was Paris,” wrote Alex Schultz, the company’s vice president for growth, adding that Safety Check is less useful in continuing wars and epidemics because, without a clear end point, “it’s impossible to know when someone is truly ‘safe.’”
フランス語
フランス語の勉強?
未来世紀ジパング緊急生放送SP! 池上彰がパリ同時テロを徹底解説
パリを襲った同時テロを受け、予定を変更し、緊急生放送スペシャルでお伝えします。 同時テロの現場を模型を使い詳しく解説。 イスラム国の狙いとは?テロをどう防ぐ?日本への影響は?など パリからの中継も交じえ、池上彰がスタジオで徹底生解説します。
池上彰、SHELLY、秋元玲奈 パックン、坂下千里子、イザベル


エリック ・C ‏@x__ok
「安倍総理をおろすのが一番のテロ対策」というツイートがありましたが、全くそのとおりだと思います。

1969年の佐藤首相訪米阻止闘争から46年です.わたしは当時のことはよくわかりません.少し調べてみて安保条約に関しての闘いだとわかりました.佐藤栄作というヤツもよく知りません.アベと親戚だそうです.この一族は民衆の声を全く聞かない!!ダメだ.安保条約の破棄で戦争しない国に!!!
マイナンバーの書類をもらいました.12月4日までに提出とのことですが,まだマイナンバーは届いていません.できれば拒否したいのですが・・・
パリでの襲撃事件が話題になっていますが,ベイルートでも同じように40人近くの人がテロで亡くなっているというのを知りました.でもベイルートの事件はほとんど報道されていません.差別?ちょっと納得いかない感じです.
あるいはイスラエルによるパレスチナ人殺害もあまり知られていないと思います.シリアやイラクへの空爆でごく普通の市民が命を落としていても,あまり注目されていない.どういうことなのでしょう?

<その先へ>店の灯が生きる希望/20周年 出会いに感謝
◎スナック「ドリーム」のママ 小山美代子さん(石巻市)
 東日本大震災で家族らを失った悲しみは癒えない。それでも前を見据え、店の明かりをともし続ける。
 宮城県石巻市立町2丁目のスナック「ドリーム」のママ小山美代子さん(55)は10月中旬、開店20周年を記念する感謝祭を開いた。
 会場は店に近いホテルの大広間。知人ら約240人が盛大に節目を祝った。ステージでは20年来の常連客がマイクを握り、持ち歌の「壊れかけのRadio」を熱唱。店の女性従業員は「ママの振る舞いや仕事の厳しさなど全てが勉強になる」と労をねぎらった。
 終盤、振り袖姿の小山さんが壇上で声を震わせた。「20年やってきて本当に良かった。感無量です」。振り袖は長女仁美さん=当時(24)=が成人式で着た形見。仁美さんは結婚を間近に控え津波で亡くなった。
 小山さんは石巻市で生まれ育った。1男1女を授かったが、夫と離別。2人の子どもを養うため、昼間の仕事に加え、夜の仕事にも就いた。「人と話すことが好き。歌も踊りも好き。天職と思った」
 市内有数の繁華街立町地区に1995年9月、店を出した。従業員5人ほどの小所帯で始動し、激しい競争や不況にさらされながら店を守ってきた。
 「大変なことも多かったけれど、一番つらかったのはやはり震災です」
 2011年3月11日。同市大街道の自宅近くに津波が押し寄せ、高台に逃げた。市内にいた仁美さんは車で日和山へ避難する途中、連絡が途絶えた。同市北上町で民宿を営んでいた父功さん=当時(82)=と母マサ子さん=当時(80)=は行方がいまだ分からない。
 仁美さんの遺体は3月24日に見つかった。この日はマサ子さんの誕生日。「母が娘に会わせてくれた」と直感し、涙がこぼれた。
 亡くなった客もいた。ビル2階の店は浸水を免れたが、続けるべきなのか。葛藤し、来し方行く末に思いを巡らせた。
 「お客さんや従業員に支えられ、ここまで来られた。店に明かりをつけることが生きる希望になるのではないか」。震災3カ月後の5月に店を再開した。
 開店20周年に合わせ、売り上げの一部を市に寄付した。市内に整備される復興祈念公園の慰霊碑建立に役立ててほしいと考えた。
 「全ての出会いに感謝している。犠牲になった人たちの分まで、生き残った人が笑いながら楽しく生きていければいい」と願う。(水野良将)


転入被災者を孤立させない 初の食事会
 宮城県亘理町中心部の北城東行政区で15日、東日本大震災での被災に伴い転入した世帯向けの食事会が初めて開かれた。被災住民同士の融和と孤立防止などを目的に、行政区が企画した。今後は被災世帯にグループの結成を促し、定期的に集まる場をつくることで新天地での交流と情報交換を図ってもらう。
 上浜街道住宅集会所であった食事会には、45世帯の約60人が出席。お茶やビールで乾杯し、振る舞われた弁当を食べながら、転居後の暮らしぶりなど会話を楽しんだ。出席者同士や区役員の紹介もあった。
 荒浜地区で被災し、2年ほど前に自宅を再建した主婦内海扶美子さん(53)は「同じ境遇同士なので話が弾む」と笑顔で話した。
 食事代は県のコミュニティー再生事業の補助金を活用。ビール代は対象外のため、1人200円の会費で賄った。あいさつに立った鈴木〓(7712)(はやし)区長(72)は「新たな場所で多くの友人をつくり、震災前のような楽しい生活を取り戻してほしい」と励ました。
 北城東行政区は約300世帯。うち、48世帯が被災で沿岸部の集落から転入し、新築した自宅や災害公営住宅に住んでいるという。
 転居後に行政区の理事に就任した斎藤邦男さん(64)は「知らない土地で暮らすことへの心配はあり、転居後に孤立する人もいる。被災者が励まし合い、暮らしを見守る機会は重要だ」と課題を語る。
 行政区はこれまでも秋祭りに被災世帯を招くなど積極的に関わり続けている。鈴木区長は「新たなコミュニティーの構築は一朝一夕にはできない。3年間は事業を継続したい」と話す。


<七五三>七つのお祝い 被災地色付く
 七五三の15日、各地の神社は晴れ着姿で訪れる家族連れの姿が目立った。宮城県気仙沼市唐桑町宿浦の早馬神社では小雨の中、約10組の親子が参拝した。
 家族6人で訪れた同市東中才の会社員三浦喜美彦さん(30)は、長女しずくさん(6)の手を引き「元気に成長して友達をたくさん作ってほしい」と目を細めた。
 宿浦地区は東日本大震災で約15メートルの津波に見舞われた。多くの住宅が壊滅的な被害を受け、高台の神社境内にもがれきが散乱した。宮司の梶原忠利さん(75)は「周辺は住民が減って寂しくなったが、元気な子どもの姿に希望を感じる」と話した。


サンドウィッチマン、震災義援金活動で批判も受けた
 宮城県出身のお笑いコンビ、サンドウィッチマンが、東日本大震災義援金活動について当初、周囲に反対の声もあったことを明かした。
 同コンビの伊達みきお(41)と富沢たけし(41)はともに宮城県出身で、東日本大震災の発生時はロケで滞在していた宮城県気仙沼市で被災した。
 ふたりは直後に義援金口座「東北魂義援金」を開設し、現在までに3億8000万円の義援金を東北に届けている。
 サンドウィッチマンは15日放送の読売テレビ「八方・陣内・方正の黄金列伝」で、義援金活動をスタートした際「芸人なんだから震災絡みのことはしないほうがいいんじゃないか」「笑いづらくなる」「イメージついちゃうよ」という声も寄せられたことを明かす。
 伊達は「でもあの光景を見たら、どう言われてもとにかくやろう。あの現状を見た人たちって俺らくらいしか多分発信できる人がいない。僕らがやんなきゃだめだ」と考えたと話し、富沢も神妙な面持ちでうなずいた。


JR神戸線で架線切れ 5千人線路歩く、15万人影響
 16日午前8時5分ごろ、神戸市中央区のJR神戸線神戸−元町間の上り線の架線が切れて停電し、姫路−芦屋間の上下線が一時運転を見合わせた。駅と駅の間計4カ所で電車が立ち往生し、乗客計約5千人が線路上に下りて近くの駅まで歩いた。
 同日午前7時15分ごろには神戸市東灘区のJR住吉駅で新快速電車に女性がはねられ死亡する事故が発生。トラブルが重なって朝のラッシュ時のダイヤが大きく乱れ、通勤・通学の乗客計約15万人に影響した。
 JR西日本によると、住吉駅の人身事故で運転を見合わせ、その後、再開する際に想定以上の電流が流れ、架線が溶けて切れた可能性があるという。
 架線が切れたのは特急や新快速電車が走行する外側線路。停電した影響で元町、須磨、灘駅付近の計4カ所で新快速3本と快速1本が停車。乗客は車内に最大約2時間閉じ込められた後、乗員の誘導で線路に下り、最寄り駅までの最長約1キロを歩いたという。
 乗客が線路に下りた影響で、下り線も運転を見合わせ、三ノ宮駅や神戸駅などのホームや改札は通勤客らで一時混乱した。
 東灘署によると、住吉駅の人身事故で死亡したのは20代ぐらいの女性で、衝突のはずみで女性の体がホームの60代男性にぶつかり、頭を打つけがを負った。


JR神戸線 人身事故、架線切れで大混乱 急搬送の乗客も
 相次ぐトラブルが通勤・通学の足に大打撃を与えた。16日朝に発生したJR神戸線での人身事故と架線トラブル。上下線とも運転見合わせ区間が芦屋−姫路間まで広がり、駅と駅の間で何本もの電車が立ち往生した。最寄り駅まで線路を歩いて移動した乗客がいたほか、車内に長く閉じ込められて気分不良を訴える人も。多くの駅が私鉄などに乗り換える人らでごった返した。
 この日、午前7時すぎに住吉駅で人身事故が発生。約1時間後に運転見合わせが解除された直後、今度は神戸−元町間で架線切断が見つかった。
 ダイヤは大混乱し、元町駅や須磨駅周辺など4カ所で乗客計約5100人が立ち往生した電車内に閉じこめられた。車内からは神戸市消防局に「気分が悪い」などと訴える通報も相次ぎ、元町駅では午前10時半ごろ、警察官や救急隊員が回りをシートで覆う中、体調不良とみられる男性1人が担架で運ばれた。
 神戸−元町間では、架線切断の原因になったとみられる新快速電車が約1時間半にわたって停止。車体側面には、切れた架線との接触が原因とみられる茶色く焦げた跡が見られた。乗客約1600人は車両から仮設の階段を使って降り、元町駅まで線路上を約400メートル歩いて移動した。
 車内では「バーン」という音を聞いた乗客もおり、尼崎へ向かっていた神戸市西区の男性会社員(44)は「爆発かと思った。火花が見えたと言っている人もいた」と不安そうな表情。加古川市の男子大学生(24)は「外から『ぶつん』と何かが引きちぎれるような音がし、車内の照明が消え、エンジン音も鳴りやんだ」と振り返った。
 須磨駅の近くでも、新快速電車が約1時間にわたり止まった。魚住駅から乗車した男性会社員(36)は「気分が悪く座り込んでいる人もいて、何度も車内の緊急ブザーが鳴らされていた」。須磨駅の北側は振り替え輸送の山陽電鉄須磨駅に向かう人で歩道があふれた。
 運転再開が大幅にずれ込み、乗客で大混雑する駅も。神戸市灘区の六甲道駅では、神戸・ポートアイランドの病院に行く途中という同市灘区の男性(85)が「三ノ宮までは動くと聞いていたから停車中の電車内で待ってたのに」と困惑した表情を浮かべた。


自民2減 過半数届かず 県議選 民主は3増 共産、公明社民は維持
 第18回県議選(定数58)は15日、無投票の8選挙区(14人当選)を除く11選挙区で投開票が行われた。44議席を65人で争い、自民は19人が当選。無投票と合わせ改選前を2議席下回る26議席となった。民主は12人が当選、無投票と合わせて15議席で、改選前と比べ3議席増やした。共産は5議席、公明は3議席、社民は1議席をそれぞれ維持。維新は議席を失った。同時選で浪江町長選と相馬、川俣、広野、川内、大熊、新地の6市町村議選も投開票された。
 自民は党所属議員がいなかった「空白区」の会津若松市、東白川郡で計2議席を獲得した。一方、福島、いわき市、田村市・田村郡の現職計4人が落選した。
 民主は「空白区」の福島市で元職が返り咲くなど2議席を回復。いわき市、田村市・田村郡でも新たに計2議席を得た。しかし、東白川郡の現職1人が敗れた。
 共産は、福島市、郡山市、いわき市、伊達市・伊達郡で現職4人と新人1人が現有議席を守ったが、会津若松市の新人は当選を逃した。
 公明は郡山市といわき市で現職、福島市で新人がいずれも当選した。社民は福島市で現職が当選したが、いわき市の新人は及ばなかった。維新は唯一の新人が福島市で浸透できなかった。
 無所属は会津若松市、いわき市、二本松市で計4人が当選した。
■投票率過去最低46.67%
 投票率は46.67%で、過去最低だった前回の47.51%をさらに0・84ポイント下回った。男女別では、男46.41%、女46.90%で、女が0・49ポイント高かった。市部と町村部では市部が44.94%、町村部が58.12%だった。
 当選証書付与式は17日午後3時から県内各地の県合同庁舎などで行われる。任期は20日から4年。
 県議選は4月に行われてきたが、平成23年3月に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原発事故の影響で前回から11月の告示となった。


反対で「野党共闘を」 安保法めぐり集会
 共産党など革新系政党・団体などでつくる「県革新懇」は15日、佐賀市のメートプラザ佐賀で安全保障関連法に反対する集会を開いた。来夏の参院選を見据えて街頭活動の連携や大規模な県民集会の開催など法制反対で一致団結する「野党共闘」を呼び掛けた。
 集会では革新懇の地域組織や護憲団体、若者グループなど13団体の代表が、街頭でのプラカード提示など活動を報告。政治や社会問題を考える高校生のグループを立ち上げた浅川きららさんはメンバー全員が安保法制に反対ではないとした上で、「若い人の声が政治に届いているのかと思う一方で、私たちも学ばないと」と率直な思いを語った。
 全体討議では「TPPや諫早干拓、佐賀空港のオスプレイはいずれも安倍政権を打倒しない限り要求を実現できない」との声が挙がり、各地域での活動を全県的に広げるために統一行動を呼び掛ける提案などが出された。


週のはじめに考える 9・11からパリ・テロへ
 パリで起きた大規模なテロを知り、十四年前のアメリカの9・11テロを思い出した人もいるでしょう。世界は何をし、また何をし損なってきたのか。 
 9・11テロのあった日、アラブ・イスラム世界の一大中心都市エジプトのカイロはどうだったか。
 電話で中産階級の知人に聞くとこうでした。
 <街路は喜びにわいている。アメリカに一撃をくれてやったということだ。アメリカはイスラエルを助けパレスチナ人を苦しめている。鬱憤(うっぷん)が晴れたということさ>
◆アラブの街路の歓喜
 アメリカの悲嘆と怒り、欧米社会のテロ非難とは裏腹にアラブ・イスラム世界の網の目のような無数の街路は暗い歓喜に満たされていたようなのです。
 欧米で憎まれるテロは、世界を異にすれば聖戦という美名で呼ばれることは、それが間違っていようがいまいが、動かせぬ事実でもあるのです。
 アメリカはテロに対しいくつもの行動をとりました。
 一つはアフガン、イラクの戦争です。ビンラディンを追うアフガン戦争は空爆であっけなく勝利したかのような印象を与えたが、今も終わらず無人機空爆は無辜(むこ)の住民の巻き添え死を招いている。
 イラク戦争は、サダム・フセインさえいなければ民主化により、自由と経済の活性がテロを締め出すという、いわば無邪気な発想で始まったものの、その泥沼化は目を覆うばかり。最悪の予想すらこえてイスラム国(IS)誕生につながってしまった。
 テロとの戦いで武力行使の必要性は否定はしませんが、机上の戦争作戦が無視したもの、あるいは過剰に軽視したものの一つは住民感情、街路の世論だったかもしれません。
 アメリカが対テロでとったもう一つの行動は、民主化運動の推進でした。それはいわゆる「アラブの春」として結実した。
◆中東学者の見る偏見
 エジプトでネット運動をした若者は米国務省の支援を受けています。民主化運動で市民の政治参加を促し、イスラム勢力の言い分も国民参加の政治の場で聞いて問題解決しようというのは正しい。
 トルコはそのモデルでした。イスラム勢力が政権を選挙でとり、経済発展もした。政教分離が国是の国で実現したのです。アラブの春は失敗と決めつけるより、なお途上と言ってもいいでしょう。今は混乱していても、民主化の道が閉ざされたわけではありません。
 アメリカの対テロ政策は、戦争は無思慮と独善のそしりは免れないとしても、全部が失敗であったとまでは言い切れません。
 アラブ・イスラム世界の専門家らは、テロによってもたらされる偏見、その偏見を利用するテロリスト、政治家たちを警戒します。
 たとえばフランスの中東学者ジル・ケペル氏は9・11後、仏紙ルモンドにこう記しています。
 <今や「9・11」のレンズを通してのみアメリカは世界を見る>(池内恵訳「中東戦記」より)
 続けて、イスラエル右派は対テロ戦争の論理を自らの利益のために流用し、パレスチナ人はイスラエル国内で自爆テロを行うことによってアメリカでのイメージ戦争に敗れる危険を冒している、と述べます。
 その通りでしょう。
 テロはテロの悪以上に悪用されもするのです。世界を善悪二元論に分けて、亀裂を深めれば深めるほど得をするのがテロリストたちです。
 冷戦後、世界的ベストセラーになった本に米国政治学者サミュエル・ハンチントン氏の「文明の衝突」があります。よく知られるように、冷戦時代の米ソ対立に代わって、冷戦後は西欧対非西欧(特にイスラム)の対立になると予見して論争を巻き起こし、のちに9・11を予想した書とまでいわれました。
 その「文明の衝突」がアラビア語に翻訳され、イスラム過激派の発行物にしばしば引用されているそうです。衝突はテロリストに好都合に違いありません。
 衝突が世界史のうえの論考だとしても、それがテロリストたちに悪用されてはならない。テロと憎悪と復讐(ふくしゅう)の負の連鎖にならぬよう世界は、私たちは、踏みとどまらねばならない。そのためには衝突とはまさに逆方向の相互理解が欠かせない。
◆戦争とテロの犠牲者と
 それはきれい事にほかならないともいわれそうですが、米欧また日本の社会がどれほどイスラム世界を理解しているのかというとどうでしょう。二つの戦争による膨大な死者と、パリのテロの無辜の犠牲者とをならべて考えることもまた必要ではないでしょうか。おおげさにいえば、世界史の中で今私たちは試されているのです。


河北抄
 仙台市出身のフリージャーナリスト後藤健二さんがイスラム国に拘束されていたことし1月、「I AM KENJI」と書いたプラカードを掲げて生還を祈った世界の人たちがいた。
 願いはかなわなかったが、ネット上の心温かいメッセージは、家族や友人らを励ましたことだろう。
 後藤さんが危険を顧みずに伝えようとした戦争やテロの脅威は、残念ながら一向に収まる兆しがない。「憎むは人の業にあらず」と後藤さんは訴えていたが、多くの人命を奪って何とも思わない憎しみが世界にはびこっている。
 パリで起きた同時テロで130人を超える人が亡くなった。またもイスラム国の犯行とみられる。劇場やレストランで無差別に乱射するとは言葉を失う。
 世界中を歩いた作家の開高健(1930〜89年)がロンドンで偶然に見つけた文章があるという(『開高健名言辞典−漂えど沈まず』)。<おだやかになることを学べ>。壁に埋め込まれた銅板に彫ってあった。後藤さんが残した言葉の数々と、どこか響き合っている。


組幹部から借金 教授の無神経さに驚く
 暴力団に対する感覚が世間の常識から大きく逸脱していた。
 日本大の名誉教授が、指定暴力団山口組系の元組幹部から2000万円を借り受けていた問題だ。
 名誉教授は、大学院で非常勤講師として、学生に英米法を教えていた。教育者失格であり、問題発覚後に日本大が解職したのは当然だ。
 大学側は、名誉教授の聴取後に「(交際が)悪いという認識は希薄なような感じを受けた」と説明した。解職処分を受け、名誉教授は「脇が甘く非常に後悔している。真摯(しんし)に受け止め、今後自分が社会的に役立つ活動ができるよう努力させていただきたい」とコメントした。
 巨額の金銭の貸し借りについて、大学側を含めて納得できる説明がなされていない。
 日本大によると、名誉教授は十数年前、投資会社のビジネスパートナーを通じて現役当時の組幹部と知り合った。10年前と8年前に1000万円ずつを借り、今も返済していない。名誉教授は返済の義務を負っていることは認識していると釈明するが、事実上の贈与と見られても仕方ないのではないか。
 暴力団排除の社会運動を理解しない無神経さに驚く。
 暴力団排除条例が2011年までに、全都道府県で施行された。各地の条例は、社会全体で闇勢力の力をそぐことを目指し、暴力団員に対する厳然とした態度を市民に求めている。市民が暴力団関係者に利益供与することなどを禁じる。
 暴力団員との交際にも厳しい目を向ける。例えば、東京都の条例では、暴力団員と知りながら頻繁に飲食を共にする人などを社会的に非難されるべき「密接交際者」と位置づけ、警察が目を光らせる。
 交際者は、暴力団排除に取り組む事業者との契約ができなくなるなど不利益を受ける規定もある。また、青少年の教育に携わる人には、暴力団との関わりを青少年にもたせないよう指導したり助言したりする努力義務を特別に課している。
 そうした中、暴力団排除活動に関わる市民が襲われたとみられる事件が福岡県で起きている。市民の犠牲があってはならない。市民を守り、警察が前に立って暴力団排除を進めるのが大前提だ。それでも企業や市民も協力し、社会全体で粘り強く取り組むべきだ。
 名誉教授が元組幹部と会食した場には、日本オリンピック委員会(JOC)関係者も同席していたという。スポーツ界ではたびたび暴力団関係者との交際が表ざたになる。
 JOCは事実関係の調査を始めたが、しっかり調べた上で説明責任を果たしてもらいたい。


自治と人権/沖縄に共感する想像力を
 どうやら政府は、沖縄の民意をことごとく踏み付けにする腹らしい。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設に向け、ついに本体工事が始まった。
 自治と人権が著しく損なわれている点で、戦後の沖縄は災後の東北に通じる。
 住民が古里を追われた福島第1原発や、生活困窮者が取り残された仮設住宅しかり。逆境に生きる私たちだからこそ、沖縄の人々の怒りに共感する想像力を働かせたい。
 基地問題が横たわる沖縄県の戦後史は、長くだまし討ちと忍従の繰り返しだった。
 しかし、基地のない安全な暮らしを求めてきた島ぐるみ闘争が2013年1月28日、歴史的転換点を迎えていたことを、本土の私たちは正しく理解しているだろうか。
 この日、沖縄の人々が政府に提出した「沖縄建白書」には、過去の抗議行動と一線を画す要素が含まれていた。
 県内全市町村の首長をはじめ経済や各種の団体代表が、こぞって署名したのが一つ。基地容認派と反対派の対立を克服し、ここに戦後初めて沖縄の総意が打ち立てられた。
 もう一つはこうして形作られた沖縄の総意が「自己決定権」を希求していたことだ。
 島袋純琉球大教授(政治学)によると、自己決定権とは「植民地化された地域」に暮らす「固有の文化を継承する意思」を持った「被差別少数」の人民の権利とされる。
 国による差別と人権侵害を告発し、はっきりと自決権を掲げたオール沖縄の意思表示に、発足間もない第2次安倍政権は驚くほど冷淡だった。
 建白書を受け取ったその日のうちに政府は、沖縄への地方交付税や一括交付金の増額を決めている。除染廃棄物中間貯蔵施設建設をめぐり、当時の環境相が口走った「最後は金目」発言と同じ感覚だ。
 以後、現代の「琉球処分」は理不尽の度を増す。
 名護市が受け取りを拒否した米軍再編交付金は、辺野古周辺地区に直接交付する方針だ。原発被災地なら電源立地交付金に相当する一種の「迷惑料」。ついに政府は住民の分断統治に手を染めた。
 沖縄には問答無用で配備した米軍の新型輸送機MV22オスプレイ。ところが、訓練拠点を佐賀空港(佐賀市)に移転する計画は「地元の理解が得られない」とあっさり見送った。沖縄と本土の二重基準そのものではないか。
 被災地に目を転じると、原発事故で発生した指定廃棄物の処分場候補地に擬された宮城県加美町では連日、現地調査に着手したい環境省と、道路封鎖でこれを阻止する住民のにらみ合いが続いている。
 ここでは「水源を守りたい」と訴える住民に向けられた、県内の冷ややかな視線が気に掛かる。調査受け入れの根拠に「市町村長会議の決定」を振りかざすのは、果たしてそれほど説得的だろうか。
 汚染稲わらの処分を急ぎたい気持ちは分かる。だが、全体の利益のためなら特定地域が犠牲になるのもやむを得ないというのは、日米安保の影を押し付けられた沖縄の痛みに鈍感でいるのと同じだ。
 被災地の分断につながる動きには敏感でありたい。


【パリ同時多発テロ】 ベルギーに「過激派の温床」 指名手配らが暮らしたイスラム系貧困地区、武器の闇市場も
 【ベルリン=宮下日出男】パリ同時多発テロで実行犯の一部メンバーがベルギー在住だったことが判明し、同国がテロの拠点とされた可能性が強まった。焦点があたるのはブリュッセルのモレンベーク地区。イスラム系人口の比率が高い貧困地区は過去のテロとの関わりも多い。欧州の「過激派の温床」ともいわれ、同国も対応に苦慮している。
 ベルギー捜査当局は、指名手配された仏国籍のサラ・アブデスラム容疑者(26)を含む兄弟3人がパリのテロに深く関与したとみて捜査を急いでいる。欧米メディアによると、サラ容疑者は劇場襲撃に使われた車両を借り、兄(31)はパリ市内で自爆テロを実行。3人目の兄弟は逮捕された。
 モレンベークでは、サラ容疑者が暮らし、ベルギー当局が逮捕した7人のうち、3人目の兄弟が同地区で拘束。他の逮捕者の多くも一時過ごしていたと伝えられる。
 モレンベークとテロとの関係は過去にも浮上している。1月の仏連続テロ直後にベルギー当局が阻止したテロ計画の摘発で捜索対象となり、8月の国際列車テロ未遂で米兵らに取り押さえられた実行犯も犯行直前に滞在していた。
 このほか、昨年、ブリュッセルのユダヤ博物館を襲撃し、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」との関係も指摘される実行犯も一時滞在。同地区は、2004年のマドリードの列車爆破テロの犯行グループの1人の出身地でもあった。
 モレンベークは人口約9万人のうち8〜9割がイスラム教徒とされ、失業率は約25%、若者に限れば4割近くが失業中だ。
 外国人の比率も高く、警察の監視も行き届きにくい上、ブリュッセルには違法武器の闇市場もあり、テロを計画する過激派などが潜伏しやすい。専門家は「欧州の過激派の温床だ」と指摘している。
 オランダ語圏と仏語圏の対立から連邦制をとるベルギーでは、警察を含む行政が複雑化し、過激派対策で関係当局間の効率的な連携がとれていない。シリアやイラクに向かう欧州出身者の割合は、人口比でベルギーが最も多い。
 政府側もこうした状況に危機感を抱いており、ミシェル首相は「モレンベークに大きな問題があることは承知している」と述べ、治安対策を強化する考えを示している。

起きたら昼・・・/テレビと本で一日過ごす

ブログネタ
フランス語 に参加中!
金曜日151113_春画

Attaques de Paris : le point sur l'enquête ce dimanche
Sept membres de l'entourage du kamikaze identifié au Bataclan ont été placés en garde à vue. Des armes de guerre ont été découvertes dans une voiture noire utilisée par les assaillants retrouvée à Montreuil.
La série d’attaques sans précédent qui a fait au moins 129 morts et 352 blessés à Paris dans la soirée du vendredi 13 novembre a été revendiquée samedi par le groupe Etat islamique. Selon les premiers éléments de l'enquête, l’attaque a été menée par ≪trois équipes de terroristes coordonnées≫, dont sept sont morts au cours de leurs actions. Dimanche, Manuel Valls a annoncé que 103 corps ont été identifiés, et 20 à 30 sont encore non identifiés.
Cinq arrestations en Belgique
Cinq personnes ont été arrêtées samedi dans la commune bruxelloise de Molenbeek-Saint-Jean, en lien avec les attentats de Paris, a affirmé dimanche la bourgmestre de la localité, Françoise Schepmans. ≪On peut envisager qu’il s’agit d’un réseau≫, a-t-elle estimé lors d’un débat sur la télévision publique RTBF, sans préciser si ces interpellations s’étaient déroulées simultanément ou après celles déjà annoncées.
Le Parquet fédéral, qui avait fait état samedi soir de trois arrestations à Molenbeek, n’était pas joignable dans l’immédiat. C’est dans ce quartier populaire à forte population immigrée qu’ont séjourné depuis une vingtaine d’années les auteurs de plusieurs attentats jihadistes, de l’assassinat du commandant Massoud en Afghanistan en 2001 au responsable de la tuerie au Musée juif de Bruxelles, Mehdi Nemmouche, qui avait fait quatre morts en mai 2014.
Le ministre belge de l’Intérieur, Jan Jambon, devait rencontrer dimanche à Paris, à 14 heures, son homologue français, Bernard Cazeneuve, pour évoquer les mesures de sécurité et de surveillance des frontières entre la France et la Belgique mises en place après les attentats de vendredi, selon l’agence Belga. Les arrestations à Molenbeek ≪peuvent être vues en connexion avec une voiture Polo grise louée en Belgique retrouvée devant (la salle de concert du) Bataclan≫ où au moins 89 personnes ont été tuées vendredi soir, a déclaré le ministre belge de la Justice Koen Geens à la télévision publique RTBF.
≪Celui qui a loué la voiture était un Belge. On le connaissait de par son frère≫, a ajouté M. Geens, précisant que ce dernier était fiché. Les personnes interpellées devaient être entendues par un juge d’instruction, qui devait décider de les inculper ou non et le cas échéant de les maintenir en détention provisoire.
L’enquête sur les attentats et la recherche d’éventuels complices progresse ce dimanche. Les autorités doivent notamment déterminer si les trois personnes interpellées samedi en Belgique faisaient partie du commando, dont 7 membres sont morts, ou si une autre équipe est dans la nature.
Une voiture et des armes retrouvés à Montreuil
A Montreuil, trois fusils d’assaut kalachnikov, cinq chargeurs pleins et trois vides ont été découverts dans une voiture Seat noire utilisée par les assaillants et aperçue sur les lieux de trois fusillades, selon une source judiciaire.
Une autre voiture utilisée, une Polo noire, avait été retrouvée, sans armes, à proximité du Bataclan. Les deux voitures ont été louées en Belgique. La personne dont l'identité a servi à louer la Polo noire n'a pas été interpellée.
Au moins deux Français dénombrés parmi les assaillants
Un des assaillants responsables des attaques revendiquées par l’organisation jihadiste Etat islamique (EI) a été identifié quelques heures après les attentats : ce Français de 29 ans, Omar Ismaïl Mostefaï, a participé à la prise d’otages dans la salle de spectacle du Bataclan. Né à Courcouronnes (Essonne), il était fiché pour sa radicalisation islamiste, mais n’avait ≪jamais été impliqué≫ dans un dossier terroriste, selon le procureur de Paris, François Molins. Selon nos informations, il se serait rendu en Syrie pendant l’hiver 2013-2014.
Il fréquentait la mosquée de Lucé, près de Chartres (Eure-et-Loir), selon une source proche de l’enquête. Dimanche, le président de la mosquée, Abdallah Benali, a assuré qu’il ne le ≪connaissait pas≫. Condamné à plusieurs reprises pour des délits de droit commun, il n’avait jamais fait de séjour en prison. Il a été identifié par ses empreintes, prélevées sur un doigt sectionné trouvé au Bataclan.
Sept membres de son entourage familial ont été placés en garde à vue, dont son père, un de ses frères et la femme de ce dernier. Leurs domiciles, situés respectivement à Romilly-sur-Seine (Aube) et Bondoufle (Essonne), ont été perquisitionnés samedi soir. Ces gardes à vue visent à procéder à des vérifications, un usage courant dans ce type d’enquête.
Dimanche après-midi, le parquet belge a indiqué que deux Français ayant résidé à Bruxelles, dont l’un dans le quartier de Molenbeek, figurent parmi les auteurs et sont ≪décédés≫ à Paris.
Le suspect arrêté en Allemagne reste muet
Le suspect monténégrin arrêté en Allemagne avec des explosifs et des kalachnikovs dans son véhicule refuse de s’exprimer sur les attaques de Paris, affirme être étranger aux armes saisies et avoir simplement voulu visiter la tour Eiffel, a annoncé la police dimanche.
≪Nous voulons parler (des attaques de Paris) avec lui, mais il ne veut pas parler. En tout cas pas sur ce thème≫, a dit un porte-parole de la police bavaroise qui ne peut dès lors dire si l’homme est lié aux attentats. Les autorités ont indiqué samedi qu’une adresse en France avait été retrouvée sur un papier dans la voiture et dans son GPS, tout comme huit fusils d’assaut, trois armes de poing et 200 grammes d’explosifs. Le suspect, un Monténégrin de 51 ans, aurait affirmé avoir voulu se rendre en France pour ≪visiter la tour Eiffel≫ et n’avoir ≪aucune connaissance (de la présence) d’armes et d’explosifs≫ dans sa voiture, selon un communiqué de la police bavaroise.
Intox à foison
Les services de police ne sont pas les seuls à mener l’enquête : de nombreux internautes sont ainsi prompts à diffuser des informations, sans forcément prendre la peine de les vérifier. Ainsi, comme chaque fait d’actualité, les attaques ont fait l’objet de rumeurs, de faux ou de déformations diverses sur les réseaux sociaux. Le service Desintox de Libé a listé quelques exemples et prodigué quelques conseils sur la manière de s’en prémunir.
Hier, la préfecture de police de Paris, confrontée notamment à une rumeur sur une fusillade à Bagnolet (de simples pétards allumés durant un mariage…), a appelé les internautes à la prudence :
フランス語
フランス語の勉強?
明日へ〜支えあおう 忘れじの旅2015秋
山本哲也アナウンサーが被災地を訪ねる「忘れじの旅」。これまでに、およそ50か所に足を運び、人々の「声なき声」に耳を傾けてきた。今回は、宮城県の東松島市と福島県の田村市都路を訪ねる。東松島市では、今年5月に仙石線が開通し、宅地造成や移転も進む。こうした中、理容店を再建し再出発を図る夫婦に再会。困難を乗り越え顧客の開拓に取り組む姿を紹介。また、被災した自宅の思い出を大切にして暮らす人に再会し、自宅移転に向けてゆれる思いを聞く。田村市都路では、震災以来途絶えていた町の運動会が今年の秋、復活。原発事故が分断したふるさとの絆を再びつなごうとする人たちの思いを聞く。
NNNドキュメント 3・11大震災 シリーズ(64) 再稼働元年
あおい洋一郎 日本テレビ
今年、鹿児島県の川内原発1・2号機が相次いで再稼働した。ある集落は原発から5.5キロしか離れていないのに、原発が立地していないため、“原発の地元”とみなされず、電力会社からは再稼働される日さえも知らされなかった。一方、日本一細長い半島の付け根に建つ愛媛県伊方原発。近く再稼働の予定だが、そこには“避難できる地元”と“避難できない地元”があった。“原発の地元”のはずなのに。再稼働の現場を取材した。

テレメンタリー「闘病記は撮らせない〜ALSになったJリーグ社長〜」
サッカーJ2の「FC岐阜」の社長 恩田聖敬(さとし・37)は今年1月にALS(筋萎縮性側索硬化症) であることを公表した。就任1年目は元日本代表のラモス瑠偉を監督に迎え、集客を集めたが、赤字。次の展開を模索する2年目の今シーズン。そんな矢先のALS発症だった。病状が進行する中、社長としてできることを日々こなす恩田。すべてはチームのため、岐阜のためだ。我々は、密着取材を申し入れた。恩田は快諾してくれたが、条件がついた。「チームのためになる取材は受ける。しかし闘病記は撮らせない」恩田社長は厳しいクラブ経営をどのように乗り越えてゆくのか。
メ〜テレ

TOMORROW 命を救った津波模型 〜 高校生による防災教室 〜
<岩手県宮古市、ほか>
東日本大震災で大きな津波被害を受けた岩手県宮古市。ここに、震災の6年前から、沿岸各地の精巧な模型を手作りし、小中学生に津波の恐ろしさを伝える防災教室を行っている高校生グループがいる。宮古工業高校機械科の津波模型班だ。震災前に出前授業した学校では、犠牲者が出なかったという。津波模型班の生徒も代々変わり、現在は、かつて模型の実演を見て防災意識を高めたという生徒や、実際に津波の脅威を体験した生徒が模型班に参加している。彼らが津波模型と防災授業に寄せる思いとは―。震災直後、被災地に足しげく通ってはボランティア活動に従事していたダニエル・カールがリポートする。

これでわかった!世界のいま▽パリ同時テロ事件が発生。現地のいま、背景に何が?
パリで同時テロ事件が発生。120人以上が死亡し仏のオランド大統領は「前例のないテロだ」とする声明を発表し非常事態宣言。現地の今は背景には何が?【ゲスト】高橋真麻
高橋真麻, 坂下千里子,井上裕貴

認知症キャンペーン「認知症の人たちからのメッセージ(3)佐藤雅彦さん」
51歳の時、認知症と診断された佐藤雅彦さん。「認知症になったら何もわからないという偏見をなくしたい」というメッセージを社会に発信するかたわら、趣味を増やし、人生を楽しんでいる。今の夢は、最近始めた絵画の個展を開くこと。そんな佐藤さんのメッセージは、「不便ではあるけど、不幸ではない」。認知症になってからの自分のほうが好きだと語る佐藤さんからのメッセージ。
佐藤雅彦

バリバラ〜障害者情報バラエティー〜「紀伊半島700km!自立生活を広める旅」
障害者が施設ではなく地域で当たり前のように暮らす自立生活。その素晴らしさを広く伝えたいと大阪市に住む藤原拓郎さん(26歳)は電動車いすで紀伊半島一周700kmの旅に出た。脳性まひで両足と左手がほとんど動かせない藤原さんはヘルパーの助けを借りながら野宿し、多くの人びとと出会っていく。旅を通して見えてきたのは地方に暮らす障害者を取り巻く課題だった。
はるな愛, 大橋グレース, 玉木幸則, 山本シュウ, 神戸浩,伊藤愛子

日曜美術館 アートシーン ▽“一休 とんち小僧の正体 展”ほか
「一休 とんち小僧の正体」(五島美術館 10月24日〜12月6日)ほか、展覧会情報
井浦新,伊東敏恵

NHKスペシャル シリーズ認知症革命 第2回「最後まで、その人らしく」
シリーズ認知症革命、第2回は、認知症になっても、その人らしく穏やかに生きていくためのヒントを探っていく。“認知症=人生の終わり”というイメージが未だ根強いが、先端的な医療やケアの取り組みから、認知症になると何も分からなくなる訳ではなく、その心に寄り添うことで、妄想やはいかい、暴力などの症状が大きく改善できることが明らかになってきた。国内外の先進事例を紹介しながら、その最前線に迫る。
桂文枝,丹野智文,新田國夫, 武内陶子, 大沼ひろみ

東北魂TV
“笑いで東北を、日本を元気に!"をテーマに、サンドウィッチマンやマギー審司、鳥居みゆき、狩野英孝など東北出身のお笑い芸人が"東北魂"として一挙集結! 他の番組では観ることのできない、爆笑のユニットコントやロケ企画を繰り広げる!今回も爆笑コント乱れ打ち!謎の選挙プランナーが狩野英孝に迫る! 涙の長編コント「里帰り」面会編&伊達、まさかの盗作疑惑? 爆笑芸人対決でマギー絶叫!
サンドウィッチマン(伊達みきお・富澤たけし) マギー審司 狩野英孝 鳥居みゆき トミドコロ スピードワゴン(井戸田潤・小沢一敬) 片岡明日香


目が覚めたら,お昼でした.昨日沖縄ビールのオリオンをたくさん飲んでしまったからです.仕方ありません.
録画してあるテレビ番組を見て,そして図書館から借りてきてある本を読んで過ごしました.
何となく見ていた番組やすとものどこいこ?で豊中ナフコツーワンスタイルに行ってました.ソーダストリームがいい,とか言ってましたが,イスラエルによる入植地で不法に作られている製品なはずです.ソーダストリームのどこが問題?を見れば,その問題点がわかりやすく記されています.

復興の実り 新そば堪能
 東日本大震災で津波被害を受けた宮城県亘理、山元両町の農地などで収穫されたソバを手打ちで味わう催しが14日、亘理町の亘理山元いちご選果場であった。大勢が来場し、復興の願いを込めた新そばに舌鼓を打った。
 栽培を手掛ける山元町の合同会社「チームひまわり」などの主催。15人ほどのメンバーが約20キロのそば粉を来場者の前で打ち、温かいかけそばにして1杯100円で約300人に提供した。雨の中、行列に並んだ来場者は風味を楽しみながら冷えた体を温めた。
 被災農地のソバ栽培は2013年から、地元のみやぎ亘理農協、みやぎ生協(仙台市)などでつくる「食のみやぎ復興ネットワーク」が主体となって続ける。3年目のことしの収穫量は豪雨や低温の影響で昨年(16トン)の3分の1にとどまったという。
 チームひまわりの代表社員伊藤久光さん(59)は「収量は少ないが、品質は甘みと香りがあって良い。被災農地で着実にソバが育っていることを知ってほしい」と話した。
 ことし収穫のソバを使った新そばは県内のみやぎ生協などで販売する。19日からは乾麺、来月中旬には年越しそば用の生麺を取り扱う。
 催しはみやぎ亘理農協の「JAまつり復興祭」の中で実施された。復興祭は地元農産品の販売や演芸大会などでにぎわった。


見せろ仙六魂
 仙台六大学野球の担当記者だった1991年、東北福祉大は強かった。春のリーグ戦を全勝で制すると、そのままの勢いで全日本大学選手権で初優勝した。
 秋のドラフト会議で5選手が指名を受けた。その中にいたのが先日、東北楽天を最後に現役引退した斎藤隆氏であり、阪神監督に就任した金本知憲氏だった。
 好青年の斎藤氏に対し、当時の金本氏はやんちゃなタイプ。大学選手権を終え、帰りの新幹線で法大のセレクションを手違いで受けられず1浪して福祉大に入ったことなどをあけすけに話してくれた。締めくくりに「仙台に来て本当に良かった」と語っていたのが今でも記憶に残っている。
 プロ入り後の活躍は周知の通り。連続フルイニング出場1492試合の世界記録は当分破られないだろう。「浪人しなければもっと記録を伸ばせた」という見方もあるが、浪人で地方大学という境遇を「なにくそ」とはね返したパワーが鉄人を育てたと言えないか。
 阪神はファンの熱狂ぶりやマスコミの注目度も球界屈指のチーム。金本氏には仙台六大学で培われた「なにくそ」の精神でぶつかってほしいと思う。(スポーツ部副部長 佐藤克弘)


<歴史教科書>育鵬社の採択「経緯不透明」
◎仙台・県民のつどい
 宮城県立中高一貫校の仙台二華中、古川黎明中が2016年度から使用する歴史教科書に育鵬社(東京)が採択されたのを受け、「教科書問題を考える県民のつどい」(子どもと教科書みやぎネット21など主催)が14日、仙台市青葉区のフォレスト仙台であった。
 育鵬社の採択に反対する立場から開かれた集会には教員、弁護士、保護者ら約50人が参加した。県教職員組合(宮教組)から、育鵬社の教科書の問題点や採択経過が説明された。
 宮教組の高橋愛一郎副委員長は「県教委は古川黎明と仙台二華の歴史教科書を同じにすると決めたが、統一する必要はあったのか。審議も秘密会で行われ、採択経緯が不透明だ」と指摘した。
 「教育における教科書の役割」と題し、中森孜郎宮城教育大名誉教授の講演もあった。主催者は学習会を重ねて県民運動として活動を広げる考えという。


くちびる美人を探せ!
 ◇…口紅で紙に付けたキスマークの形や美しさを競う「全国くちびる美人コンテスト」が、天童市のホテルで開かれた。
 ◇…天童の特産品である紅花を使って温泉をアピールしようと始まったイベント。今回で27回目を迎えた。会場には6〜9月の宿泊客らが応募した「作品」約3000点が並んだ。
 ◇…審査員を務める旅館のおかみらは「美人の湯として知られる天童温泉に来て、さらにきれいになって」とリップサービスならぬ、熱いラブコールを送っていた。(山形)


パリ同時テロ 市民社会切り裂く蛮行
 パリの中心部で週末の夜を楽しんでいた市民に、無差別テロが次々に襲いかかった。競技場、レストラン、劇場などで、自爆や銃乱射事件が相次いで起き、少なくとも120人が死亡し、200人以上が負傷した。市民社会の平和な営みを切り裂いた蛮行に強い怒りを覚える。
 フランスのオランド大統領は、過激派組織「イスラム国」(IS)が事件を起こしたと非難し、ISも犯行声明を出した。フランスが9月からシリアでISへの空爆作戦に参加していることへの報復のようだ。
 詳細は明らかではないが、約1時間の間に6カ所が相次いで襲撃されたことは、組織的な犯行を強く疑わせる。同時多発性や、文明社会に挑戦するかのような大胆さは、14年前の9月11日、飛行機を乗っ取って米ニューヨークの高層ビルなどを襲ったイスラム過激派による同時多発テロをも連想させる。
 最初の爆発現場に近い競技場ではドイツとフランスのサッカー親善試合が行われており、オランド大統領と独外相が観戦中だった。ロックコンサートが開かれていた劇場では武装集団が満員の観客に向けて発砲し、爆発物を投げつけたという。
 事件を受けてオランド大統領は非常事態を宣言し、空港などでの国境管理が強化された。1500人の兵士が追加配置され、全土で厳戒態勢が敷かれている。
 パリでは今年1月、風刺画を掲載した週刊紙の本社などがイスラム過激派に相次いで襲撃され、17人が死亡する連続テロ事件があった。「表現の自由」をめぐる論争もあったが、暴力で異論を封じようとするテロに抗議して約200万人がパリを行進した。
 今月末からはパリで、各国首脳も参加して国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)が開かれる予定だ。仏政府は警備を強化していたが、その盲点を突くかのように無防備な市民が狙われた。事件を防げなかったことの衝撃は大きい。
 今回のテロが声明通りISの犯行だとすれば、事件が仏以外の対シリア有志連合参加国に波及する恐れもある。ISは9月にシリアで空爆を始めたロシアにも報復テロを警告している。
 国際社会は結束して、これまで以上にテロ対策を講じる必要がある。トルコで15日から開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議でも緊急の議題になるだろう。各国が情報の共有を一層緊密にすることが求められる。
 一方で欧州では冬を前にシリアなどからの難民の流入が続く。過激派の侵入を警戒し、規制強化の声が強まる懸念もあるが、人道支援を妨げない慎重な取り組みを望みたい。


パリ同時テロ/無辜の命奪う凶行許せぬ
 誰もがいや応なしに突然、命を奪われた。その無念さを思えば、非道極まりない凶行に、強い怒りと憤りを覚えずにはいられない。
 パリの中心部にある劇場や郊外にある競技場を含め、少なくとも6カ所で13日夜(日本時間14日未明)、ほぼ同時に、乱射事件や自爆テロとみられる爆発があった。
 120人以上が犠牲になったという。多数の負傷者も出た。フランスでは「前例のないテロ」であり、周到に計画が練られた同時多発テロとみられる。
 どんな理由があろうとも、無辜(むこ)の市民を標的にした卑劣な行為は、断じて許せない。強く非難する。
 実行犯らはアラビア語で「神は偉大なり」と叫び、市民に銃撃したとされる。オランド大統領は過激派組織「イスラム国」の犯行と断定した。
 当局にはその背景を含め全容の解明に全力を挙げてもらいたい。
 フランスではことし1月、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を載せたパリの週刊紙本社に男2人が押し入り、自動小銃を乱射、別の男が立てこもり事件を起こすなどして計17人が亡くなった。
 その後も事件が相次ぎ、国内警備を強化し、テロリスト「予備軍」の監視も常態化させてきたとされる。
 そうした中で今回、これまで以上に大掛かりなテロが起きたことは、フランスを含む欧州でテロの脅威が一層深刻化していることを浮き彫りにしたといえるのではないか。
 欧州各国では、「対岸」である中東の紛争や政情不安から長年にわたり移民、難民を受け入れてきた。いまや一大勢力となる中で、社会的、経済的あつれきが強まる。最近の難民の大量流入に対する強い拒否反応もあって、「融和」を求める声は、どうしてもかき消されがちだ。
 そうした社会状況とエスカレートするテロとは、無縁ではあるまい。
 フランスは9月からシリアにある「イスラム国」の拠点に対し空爆を始めた。今回の実行犯は、シリアに軍事介入していることを「容認しない」と、オランド氏を批判していたという。
 もし空爆に対する「報復」だとしたら、暴力が暴力を生む構図にほかならない。
 テロは絶対に許されない。しかし一方で、そうした暴力の連鎖を断ち切る努力をしなければ、罪のない市民の命が無残に踏みにじられる事態を招来しかねない。
 いま、国際社会がフランスと連帯しつつ取り組まなければならないのは、力ではなく知恵と英知で中東地域の安定化を図るとともに、テロの温床ともいえる貧困・差別の克服、そして国内の融和に努めることではないか。
 今回のテロを受け、安倍晋三首相は「テロ未然防止に向け、フランスをはじめ国際社会と緊密に連携し、取り組んでいく」と語った。
 現状を考えれば、テロに対する備えを強化することに異論はない。が、同時に、テロを生む状況の改善に日本がどんな役割を果たせるのか。「テロとの戦い」を語るよりも、そこに考えを巡らすべきだ。


河北春秋
 パリにきらめく才能が集い、社交サロンを花開かせたのは19世紀半ばのこと。異国からやって来たショパンは作家ジョルジュ・サンドと出会い、恋に落ちる。サンドに「恋とは、われわれの最も純粋な部分が未知に向かって抱く聖なる憧れ」の言葉がある▼人は身分や階級にとらわれることなく自由に生きていく喜びをうたっている。少し前の時代は強固な封建社会。宗教や王朝に支配されるしかなく、自由などなかった。1789年のフランス革命までは▼ことし1月、風刺週刊紙がイスラム過激派とみられる男に襲われて数日後に、370万の人々が手を組みデモ行進した。かつて流血で勝ち取った表現の自由と権利を体を張って守る。暴力への憤りと誇りにも似た表情にあふれていた▼晩秋のパリが再び、鮮血にまみれた。若者でにぎわう劇場を犯人が襲い、「神は偉大なり」と叫び銃を乱射したという。オランド大統領は「(過激派組織)『イスラム国』が実行した」と断定した▼政治や体制に不満を持ったとしても、宗教の名の下に無差別殺りくを起こすなど誰が許そう。近代フランスの父、ルソーの名句に「忍耐は苦いが、その果実は甘い」。甘みにたどり着くまで、まだ血を流さねばならぬのか。自由を尊ぶ世界の人々はそれでも屈しはしない。

パリ同時多発テロ 国際協調で暴力の連鎖断て
 フランス・パリ中心部の劇場やレストランで銃乱射があり、郊外のサッカー場近くでは複数の爆発も発生、死者は計120人以上に上ったと伝えられている。負傷者も多数出ている。周到に計画された大規模な同時多発テロである可能性が高い。
 最悪の事態だ。卑劣なテロであり、許し難い行為だ。
 オランド大統領は「前例のないテロが起きた。断固として戦う」と非難、非常事態を宣言した。さらに事態沈静化まで国境閉鎖を明らかにした。
 全容はまだ不明だが、テロ実行犯らは「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫んでいたとの証言がある。過激派組織「イスラム国」は「忠実な戦闘員らが堕落した都を攻撃した」との犯行声明を出した。
 犯人たちに法の裁きを受けさせなければならない。犯人特定と犯行組織の解明を急いでほしい。
 今回の事件はあらためて欧州全体でテロの脅威が深刻化していることを浮き彫りにした。フランス一国の問題ではなく、国際社会が共に断固として対応していくことが求められる。国際社会を挙げテロに立ち向かう体制を強化し、暴力の連鎖を断ち切らねばならない。
 欧州ではことしに入ってイスラム過激派のテロが続いている。1月にはパリの週刊紙本社への銃撃などで計17人が死亡した。2月にはデンマークで風刺画家らがいたカフェとユダヤ教会堂が銃撃され、市民2人が犠牲になった。
 背景には各国で受け入れてきた移民が一大勢力となり、これに極右勢力が反発するという状況が生まれていることがある。相互不信が深まる中、疎外感を味わう移民系の若者の一部が過激派に引き寄せられる悪循環が続いている。
 軍事的包囲網でテロを消滅させるのは難しい。イスラム国のテロリストは世界に広がっている。同組織を破壊すれば、テロがなくなるわけではない。生き残った兵士たちは別の関係国で、報復を繰り広げるだろう。
 テロ撲滅にはシリア内戦やパレスチナ問題の終結など、国際的に一致した体制で、政治面での解決に臨むことが不可欠だ。過激思想に感化されテロ組織に取り込まれる可能性があると指摘される移民系若者や難民への支援も重要だ。
 日本は国際的役割を強化していく必要がある。軍事と人道の中間と言える政治面での国際的役割を日本はもっと担うべきだ。


<ブラックバイト>「学生も声上げよう」
 労働問題に取り組む弁護士の全国組織「ブラック企業被害対策弁護団」が14日、仙台市でシンポジウムを開いた。労働組合の関係者は、大学生らのブラックバイト問題について「学生でも労働上の権利を知り、声を上げることが大切だ」と呼び掛け、高校生が団体交渉で賃金支払いを認めさせたケースも紹介された。
 若者の雇用問題に取り組むNPO法人「POSSE」の今野晴貴代表は「仕事を極端に単純化し、アルバイトの学生が労働の最下層に組み込まれて重要な戦力になり、休んだり辞めたりすることができなくなってしまう」と指摘した。
 高校生の労働組合「首都圏高校生ユニオン」を支援する首都圏青年ユニオンの山田真吾事務局長は、コンビニでアルバイトをする高3女子生徒が団体交渉で着替え時間の賃金を勝ち取った事例を挙げ「女子生徒は『声を上げ、変えることができて良かった』と話していた」と紹介した。
 弁護団は2013年に発足し、250人以上の弁護士が加入する。シンポは総会に合わせて開かれ、約50人が参加した。総会では各地の取り組みを紹介。愛知県の家田大輔弁護士は、大学と連携を進め、学生にブラックバイト対策の出前講義をしていると報告した。


「小さな問題」 発言撤回しお引き取り願う
 ジョエル・エレンライク駐沖縄米総領事、あなたもか。米外交官の口から繰り返し発せられる占領者意識むき出しの発言に、怒りを通り越してあきれるばかりだ。
 エレンライク氏は共同通信社の単独インタビューの中で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する沖縄の民意について「非常に重要で深刻な問題だが、基地負担を軽減し、日米同盟を強化する在日米軍再編計画の中では小さな問題(one small part)にすぎない」との見解を示した。
 沖縄に赴任しながら現地で起きている現実を直視しようとしないのは職務放棄に等しく、外交官としての資質を疑う。発言を撤回し県民に謝罪の上、速やかに沖縄からお引き取り願いたい。
 共同通信記者が「小さな問題」発言の真意を確認したところ「(地元が反対しているという)問題そのものは小さくない。ただ、日米関係や米国と沖縄の関係を考えれば、部分的なものという趣旨だ」と説明した。言い間違えなどではなく「小さな問題」と確信していることが分かる。
 名護市長選挙、知事選などで繰り返し確認された辺野古移設反対の民意を受け入れないことは、民主主義の否定である。米国は民主主義国家ではなかったのか。沖縄の未来に関わることが「小さな問題」であるはずはない。
 これまでも在沖米国総領事ら米政府関係者から県内の基地反対運動を過小評価する発言が繰り返されてきた。エレンライク氏の前任のアルフレッド・マグルビー氏は基地反対運動に参加する人々は「理性に欠ける」と表現した。09年に総領事に赴任したレイモンド・グリーン氏は「沖縄の世論は基地反対は2割、賛成が2割、6割はどちらでもいい」と事実誤認していた。ケビン・メア氏は総領事を務めた後、国務省日本部長に異動し「沖縄の人は日本政府に対するごまかしとゆすりの名人だ」などと発言したことが発覚し、更迭された。
 県民の心情は「小指の痛みは全身の痛みと感じ取ってください」という言葉に代表される。沖縄が米国の軍事的植民地状態に置かれていた1969年2月、祖国復帰協議会会長の喜屋武真栄さんが国会で日本国民に訴えた言葉だ。喜屋武さんが強調したように「沖縄問題に関する限り私たちは主人公」なのだ。


[米総領事発言]民意に謙虚に向き合え
 ジョエル・エレンライク在沖米総領事が、共同通信社のインタビューに答え、名護市辺野古の新基地建設に反対する沖縄の民意について、こう発言した。
 「非常に重要で深刻な問題だが、基地負担を軽減し、日米同盟を強化する在日米軍再編計画の中では小さな問題にすぎない」
 「小さな問題」とは、「日米関係や米国と沖縄の関係を考えれば、部分的なものという趣旨だ」と説明する。
 沖縄に新たな負担を押し付ける新基地建設問題は、県政運営の最重要課題であり、知事の仕事のかなりの部分を占めている。 
 反対の民意は本当に「小さな問題」にすぎないのか。
 1997年12月の海上ヘリ基地建設の是非を問う名護市民投票では、反対票が過半数の52・85%に上った。県民も大規模な集会で何度も反対の声を上げ、2013年1月には、すべての市町村長と市町村議会議長が連名でオスプレイの配備撤回、普天間飛行場の県内移設断念を安倍晋三首相に要請した。
 そして昨年、名護市長選、名護市議選、県知事選、県議補選名護市区、衆院選の五つの選挙すべてで「新基地反対」を掲げた候補が勝利した。
 これが沖縄の民意の基調である。 
 沖縄にとって、これ以上ない形で示された政治的意思を「小さな問題」と軽視し、見たくない現実に目をつぶるようでは、民意を重視する民主国家の外交官とはいえない。
    ■    ■
 沖縄戦直後、米海軍軍政府のワトキンズ少佐は「軍政府は猫で、沖縄はネズミ。猫の許す範囲でしかネズミは遊べない」と例えた。米軍政下の沖縄は、事実上の軍事植民地であった。
 普天間飛行場は沖縄が「無主権状態」に置かれていた占領下に建設されたものである。民意を無視して新基地を建設することは、その既得権を民意を無視して半永久的に維持するということである。
 今回の総領事発言は 新基地に反対する人々からすれば、「占領意識」を感じさせるもので、そこに潜むのは無意識の「二重基準」である。
 過去に米軍がハワイでのオスプレイ運用で、遺跡への影響や地元の反対を理由に計画を取り下げたことがあった。
 自国民の声には耳を傾けるのに、沖縄では「オール沖縄」の要請を無視して住宅地の真ん中にある普天間飛行場に強行配備するという、あまりにひどいやり方だ。
 これが二重基準である。
    ■    ■
 エレンライク総領事が見落としている変化がある。
 環境破壊の現場に赴き、その状況を世界に発信するNGO団体「グリーンピース」のメンバーが今月、辺野古を訪れた。安全保障関連法に反対する大学生らのグループ「SEALDs」は13、14の両日、全国各地で新基地に反対する一斉行動を展開した。米軍基地を本土に引き取り、平等な負担を目指す新たな市民運動も動きだしている。
 新基地建設に反対する民意の国際的広がりは決して「小さな問題」ではない。

パリでの襲撃事件にショック/gazelle

ブログネタ
フランス語 に参加中!
unes-paris-terror

Attaques à Paris : ce que l'on sait samedi matin
L'état d'urgence a été décrété en France après une série d'attaques ayant fait au moins 128 morts à Paris et près du Stade de France, à Saint-Denis.
• Au moins 128 personnes sont décédées vendredi soir à Paris et à Saint-Denis après une série d'attaques dans les Xe et XIe arrondissements de la capitale et près du Stade de France.
• C'est dans la salle de concert du Bataclan que le bilan est le plus lourd, avec au moins 82 morts. Quatre assaillants ont tiré dans la foule. Trois d'entre eux se sont donné la mort en faisant sauter leur ceinture d'explosifs. Le quatrième a été tué par les forces de l'ordre.
• Cette série d'attaques, visiblement coordonnées, n'a pas encore été revendiquée.
• François Hollande a décrété l'état d'urgence sur l'ensemble du territoire métropolitain dès vendredi soir, et, samedi matin, le deuil national pendant trois jours. Le contrôle strict des frontières est également rétabli. Le Président s’adressera lundi au Parlement réuni en Congrès.

Au moins 128 morts dans six lieux différents : Paris a été ensanglanté vendredi soir par des attaques sans précédent, a priori coordonnées mais pas encore revendiquées. Elles ont été menées notamment par plusieurs kamikazes à proximité du Stade de France et dans la salle de spectacle du Bataclan (XIe arrondissement), où l'on dénombre au moins 82 victimes, ainsi qu'en quatre autres lieux des Xe et XIe arrondissements de Paris particulièrement fréquentés le vendredi soir : près du canal Saint-Martin (rue Bichat et rue de la Fontaine au Roi), rue de Charonne et boulevard Voltaire. Certains des auteurs ont pu participer à plusieurs de ces attaques. Huit assaillants seraient morts, dont sept en se faisant exploser.
Bataclan : au moins 82 morts
Au moins 82 personnes sont mortes dans la salle de concert du Bataclan, située dans le XIe arrondissement de Paris, où avait lieu un concert des Eagles of Death Metal. Selon les témoins, quatre assaillants ont pénétré dans la salle en tirant plusieurs rafales, avant de mener une prise d’otages. L'assaut des forces de l'ordre a alors été décidé ≪très vite parce qu’ils tuaient tout le monde≫, a confié une source proche de l’enquête à l'AFP. Trois des assaillants se sont alors donné la mort en actionnant une ceinture d'explosifs, le quatrième étant tué par les forces de l'ordre, qui ont terminé leur opération aux alentours de 1 heure du matin.
Fahmi B., un jeune Turc de 23 ans qui se trouvait dans la salle, raconte à Libération :
≪J’étais dans la fosse, quand soudain j’ai entendu du bruit, comme des pétards. Sur le moment j’ai pensé que ça faisait partie du show, puis je me suis retourné et j’ai vu une personne qui venait de prendre une balle dans l’œil. Elle se tenait la tête et s’est effondrée. Là, tout le monde s’est mis à terre, on entendait des tirs. Les tireurs shootait au hasard sur les gens allongés, tout le monde faisait le mort mais ça ne faisait aucune différence pour eux. J’étais couché en position fœtale mais mes pieds étaient bloqués par le corps de quelqu’un. J’ai réussi à glisser mes pieds hors de mes chaussures et j’ai couru backstage, parce qu’une porte de sortie était juste à côté, avec trois autres personnes, qui étaient blessées.≫

Près du canal Saint-Martin : au moins 17 morts
Au moins dix-sept personnes sont mortes dans des fusillades autour du canal Saint-Martin, rue Bichat, rue Alibert et rue de la Fontaine au Roi, dans le Xe arrondissement. Les ≪assassins≫ ont ≪balayé avec des mitraillettes plusieurs terrasses de café≫, a déclaré le préfet de police, Michel Cadot. Rue Bichat, un homme, le visage nu, est entré et a tiré vers 21h20 dans le bar le Carillon. Deux salves ont été tirées, d'abord contre le bar puis contre le restaurant du trottoir d'en face, Le Petit Cambodge. ≪C’était surréaliste, tout le monde était à terre, personne ne bougeait≫, a raconté une femme à l'AFP. ≪Ça a duré terriblement longtemps≫, rapportait un autre témoin. Entre douze et quatorze personnes sont mortes.
Un peu plus bas vers le canal Saint-Martin, rue de la Fontaine au Roi, la terrasse de la pizzeria Casa Nostra a également été prise pour cible. Cinq personnes ont été abattues par plusieurs rafales d’une ≪mitrailleuse automatique≫, selon Mathieu, 35 ans. ≪Il y a avait au moins cinq morts autour de moi, d’autres dans la rue, du sang partout. J’ai eu beaucoup de chance.≫ Un autre témoin raconte qu’il ≪a vu une Ford Focus noire qui tirait, puis plusieurs douilles par terre≫.
Rue de Charonne : au moins 19 morts
Le feu a également été ouvert à peu près au même moment rue de Charonne, dans le XIe arrondissement, à une terrasse de café. ≪On a entendu plus de 100 balles≫, a rapporté un témoin. L'assaut aurait duré ≪deux, trois minutes≫, selon un autre témoin. L'attaque aurait visé le bar La Belle équipe, à l'angle des rues de Charonne et Faidherbe.
Une femme rapporte ce qu'elle a vu depuis sa fenêtre, rue de Charonne : ≪Deux personnes sont sorties. Elles avaient des fusils. J’ai entendu des coups de feu. Beaucoup de coups de feu. J’avais l’impression qu’il y avait des pétards en même temps. Ça a duré au moins trois minutes. Il y avait de la panique. Ensuite, ils sont remontés dans la voiture. Ils ont continué tout droit vers la station Charonne.≫
Un autre témoin, qui circulait en voiture, raconte à Libération : ≪Mon copain et un coloc disent qu’ils étaient plusieurs. Ce qui est sur, c’est que c’était une grosse berline noire. La portière était entrouverte, enfin je crois. On a vu un homme arroser vers le bar, la Belle Epoque, au 90, rue de Charonne. Je pense que c’était une arme automatique. Il y a eu deux salves, peut-être cent balles ont été tirées. Il y avait des balles qui partaient dans tous les sens. Il était alors 21h35.≫
Stade de France : attentat kamiaze, au moins un mort
En plein match amical de football France-Allemagne, trois explosions on retenti autour du Stade de France, à Saint-Denis, non-loin au nord de Paris, vers 21h20. Trois kamikazes se seraient fait exploser, ne faisant qu'un seul mort supplémentaire. Présent dans les tribunes, le Président François Hollande a alors rapidement été évacué. A la fin du match, qui s'est déroulé jusqu'à son terme, le public a d'abord été retenu sur la pelouse du stade avant d'être finalement évacué dans le calme.
Boulevard Voltaire
Une dernière attaque, dont on a peu de détails, a enfin eu lieu boulevard Voltaire, dans le XIe arrondissement de Paris. Un kamikaze est décédé, il aurait déclenché une ceinture d'explosifs sans faire d'autres victimes.
François Hollande décrète l'état d'urgence
Dans une allocution télévisée, tenue quelques minutes avant un conseil des ministres exceptionnel, François Hollande a décrété l’état d’urgence au niveau national, et a également annoncé le rétablissement des contrôles aux frontières afin ≪que les personnes qui ont commis ces crimes puissent être appréhendées≫. ≪Ce que les terroristes veulent, c’est nous faire peur, nous saisir d’effroi. Mais il y a face à l’effroi une nation qui sait se défendre≫, a indiqué le président de la République, en indiquant que des ≪les forces de sécurité faisaient assaut notamment dans un lieu à Paris≫ au moment où il s’exprimait.
Le parquet antiterroriste s’est saisi de l’enquête. Le plan multi-attentat, dit ≪rouge alpha≫, a été délenché. Près de 1 500 militaires ont été déployés. Un conseil de Défense a également eu lieu autour du président de la République samedi matin.
La préfecture de Paris a mis en place un numéro d’urgence pour transmettre toute information : 0800 40 60 05.
Aussitôt après l’annonce des attaques, les réactions politiques et internationales ont afflué.
Des revendications inconnues
Personne n’avait encore revendiqué ces attentats samedi matin. Mais des témoins rapportaient que des assaillant avaient clairement fait référence à l’intervention militaire de la France en Syrie : ≪Je les ai clairement entendu dire aux otages ≪C’est la faute de Hollande, c’est la faute de votre président, il n’a pas à intervenir en Syrie≫. Ils ont aussi parlé de l’Irak≫, a ainsi raconté un animateur radio et TV qui se trouvait dans la salle de spectacle du Bataclan.
Attentats à Paris : l'hommage d'AC/DC et les réactions des stars
Partout dans le monde, les hommages pleuvent à la suite des terribles attentats de Paris. Toute la nuit, les citoyens de la planète ont réagi sous le coup de l'émotion sur les réseaux sociaux.
Le groupe légendaire de hard rock AC/DC a posté un message de soutien en anglais et en français. ≪Nous pleurons cette perte tragique de vie et nous nous dressons avec le monde pour saluer votre joie de vivre. Paix≫ a-t-il lancé.
Des illustrateurs comme Joann Sfar ont dessiné toute la nuit. ≪Merci à tous les amis du monde qui envoient leurs prières pour Paris. Mais nous n'avons pas plus besoin de religion !≫ s'agace le dessinateur.
Certains acteurs citent des poètes. L'acteur Fabrice Luchini fait référence à Celine, la journaliste Audrey Pulvar cite René Char : ≪Je ne comprends pas, et si je comprends ce que je touche est terrifiant, relire R.Char≫ dit-elle.
D'autres s'excusent après posté des messages douteux. Le réalisateur Mathieu Kassovitz a effacé son tweet induisant que ces attentats favoriseraient Marine Le Pen, en guise de première réaction hier. Le journaliste Franz Olivier Giesbert s'excuse auprès du journal ≪Le Monde≫. ≪On attend maintenant le le mea culpa du "Monde" et de tous ceux qui ont contesté la loi sur le renseignement!≫ écrivait-il hier avant de corriger ce matin :≪Allez, c'est vrai, moi aussi, j'ai besoin du "Monde.≫. Le fils de Nicolas Sarkozy regrette platement d'avoir accusé ≪le président Hollande d'être un danger mortel pour la France≫.
Un signe est particulièrement partagé sur les réseaux sociaux, le signe de paix avec la Tour Eiffel à l'intérieur. L'acteur Omar Sy ou le chanteur Johnny Hallyday ont fait part de leur soutien avec cette image.
A l'étranger, fidèle reflet de la solidarité internationale qui s'est manifesté aux quatre coins de la planète - comme le montrent les monuments revêtus en quelques heures de couleurs bleu, blanc,rouge - l'acteur Bill Murray, les chanteurs Pharell Williams, Madonna et de nombreuses personnalités ont rapidement rendu compte de leur effroi.
La jeune prix Nobel Malala, victime d'une attaque terroriste des Talibans au Pakistan en 2012, a aussi dit qu'elle se dressait avec Paris contre le terrorisme. Découvrez les réactions des uns et des autres.
Nuit d'effroi à Paris
フランス語
フランス語の勉強?
ETV特集▽それはホロコーストのリハーサルだった〜障害者虐殺70年目の真実
ユダヤ人大虐殺に比べて、表だって語られてこなかった障害者の虐殺。終戦から70年たち、事実に向き合う動きが始まっている。きっかけの一つは5年前、ドイツ精神医学精神療法神経学会が長年の沈黙を破り、過去に患者の殺害に関わったと謝罪したこと。学会は専門家に調査を依頼、この秋、報告書がまとまった。何があったのか。日本の障害者運動を率いてきた藤井克徳さん(自身は視覚障害)が現場を訪ねる。語りは大竹しのぶさん。
大竹しのぶ

助けて!きわめびと「総点検スペシャル“極意は本当に役に立っているの?”」
放送開始から半年。お伝えした極意は今でも本当に役に立っているのか。「時間が足りない!」「好き嫌い なくせる?」「イライラが止まらない」のお悩みのその後を再取材。
放送開始から半年。お伝えした極意は今でも本当に役に立っているのかという声が寄せられている。そこで、「時間が足りない!」(6月27日放送)、「イライラが止まらない」(6月20日放送)、「好き嫌い なくせる?」(4月25日放送)のお悩みのその後を再取材。放送のダイジェストとともにお伝えする。3人のきわめびとの極意が1本に詰まった凝縮版です。
三宅裕司,松嶋尚美,一柳亜矢子,上田淳子,安藤俊介,西成活裕,本上まなみ

NHKスペシャル シリーズ認知症革命 第1回「ついにわかった! 予防への道」
認知症の人が今後急増していく日本で、今私たちには何ができるのか。2夜連続で最新研究や画期的な取り組みを紹介する。 第1回のテーマは、進歩目覚ましい「認知症予防」最前線。最近の研究で、MCI(軽度認知障害)の段階で発見して対策を行えば、認知症を予防できる可能性が明らかになった。その鍵の一つは意外にも「歩き方」。番組では他にも、予防につながる最新対策や、薬の最新情報も紹介する。
桂文枝,山本朋史,島田裕之,浦上克哉, 武内陶子

SONGS「朝ドラを彩った主題歌」
1961年「娘と私」でスタートして以来、54年間、日本の朝に元気を届けてきた「朝ドラ」。93作目の「あさが来た」が始まり、好評を博している。そんな朝ドラでは、いままで数々の歌や音楽が彩ってきた。今回、ドラマの名場面とともに、珠玉のパフォーマンスを、過去のSONGSや紅白などアーカイブス映像とともに、たっぷりとお届けする。ナビゲーターは、「あさが来た」のヒロイン波瑠さんが務める。
波瑠, AKB48,山本彩


今日は寒いと思っていて出勤したらなんだかぬくい.というよりも暑い.暖房が入っているみたいです.温度計では29℃.ありえない!!
パリで大変なことがあったようです.100人以上が亡くなったと報じられていました.ショックです.実行者がどのような意図なのかわかりませませんが,オランドのシリア空爆が間違っていると批判しています.わたしはシリア空爆に反対です.「合法的」な殺人行為で,テロと同じです.一時的にISなどの壊滅することができたとしても,多くの無辜の人々が亡くなればシリア民衆の怒りをあおるだけだと思います.その意味で実行者たちの言い分は理解できます.だからと言って,何も関係ないフランス人を殺害してもいいとは言えないはずです.オランドを支持することでイラク空爆を黙認した,という主張が聞こえそうですが,だからと言って殺害を正当化することはできないはずです.一方で「テロとの戦い」を主張する人がいるかもしれませんが,暴力の連鎖になるだけだと認識して,正しい解決を模索してほしいものです.
gazelleの映画を見ました.なかなか面白いです.

河北抄
 週末の朝、衝撃的なニュースが飛び込んできた。華やかなパリの夜を襲った多発テロ。テレビは「戦時」を思わせる光景を映していた。パリ中心部の劇場、レストラン、サッカー場近く。人の集まる所を狙った発砲、爆発による死者は約120人に上っているという。
 事件の全容ははっきりしないが、目撃証言などからイスラム過激派が関与した可能性が高いようだ。その規模の大きさ、同時多発的な犯行から、周到な計画性がうかがわれる。意図はどうあれ、断じて許してはならぬ凶行である。
 現場の一つ、多数の犠牲者を出した劇場は、1月にテロが起きた風刺週刊紙シャルリエブド本社の近く。テロの恐怖は各国に及ぶが、フランスが集中的に狙われているように見えなくもない。
 シリアをはじめ、中東の混乱は収まる兆しがなく、流れ込む難民との摩擦による社会の不安定化が欧州全域に高まりつつある。貧困、差別などを背景に過激思想が世界に拡散している。テロに備え、またその根を断つため、国際社会は連帯感と取り組みへの決意を問われている。


<大川小訴訟>校庭や裏山 仙台地裁が視察
 東日本大震災の津波で死亡・行方不明となった石巻市大川小の児童23人の19遺族が市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁は13日、現地を視察し、津波の到達状況や大川小から裏山までの想定避難ルートなどを確認した。
 約1時間半の視察には高宮健二裁判長ら裁判官3人と遺族側、市・県側の関係者ら計約40人が参加。実際の避難先となった北上川堤防付近の位置を確かめたほか、遺族側が主張する三つの想定避難ルートを通って実際に裏山に登り、傾斜角度などを把握した。
 遺族側は震災前に校長が撮影した学校周辺の写真約100枚を校内外に掲示したり、津波で消失した道路や建物の位置をテープを張って示したりし、当時の状況を視覚的に再現した。
 視察後、6年生だった長男を亡くした今野浩行さん(53)は「学校のそばに容易に避難できた山があったことを、裁判官に理解してもらえたと思う」と述べた。市側は「北上川堤防付近は校庭より6メートル弱高く、ほかに安全に到達できる高所は周囲にないことを見てもらえた」などとする談話を出した。
 遺族側は同日までに、裏山への避難時間は1〜2分だとする動画を撮影し、地裁に証拠提出した。
 訴えによると、大川小の教職員は2011年3月11日の地震発生から約45分間、児童に校庭で待機するよう指示。その後、津波が押し寄せ、訴訟対象の23人を含む児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。


<山田線>被災の橋 復旧本格化
 JR東日本は13日、東日本大震災で被災した山田線(宮古−釜石間、55.4キロ)のうち、宮古市の閉伊川にかかる橋(全長245メートル)の復旧工事に向け、現地で安全祈願祭を行った。
 工事関係者や地元自治会長ら約20人が参加。玉串をささげ工事の無事を祈った。JR東日本東北工事事務所の松沢智之復興推進担当課長は「皆さまの協力の下、安全に工事を進めていきたい」とあいさつした。
 復旧する橋は橋桁11本のうち、6本が津波で流された。新たな橋桁を設置するほか、残った橋脚や橋桁を補修し、2016年11月の完成を予定している。
 山田線の宮古−釜石間はことし3月から復旧工事が始まり、18年度の全線一括開業を目指している。同区間は工事完了後、第三セクター三陸鉄道(宮古市)に移管される。
 安全祈願祭に参加した宮古市南町町内会長の山崎博司さん(83)は「宮古−釜石間は通学などの利用者が多い。開通すれば交流が増えるはず」と期待した。


<女川町長>2期目 原発再稼働迫られる決断
 東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)が立地する女川町で13日、須田善明町長と町議12人の新たな任期がスタートした。10月16日告示の町長選と町議選はともに無投票で、原発再稼働について主張を戦わせる機会がなかった。東北電は2017年4月以降の再稼働を見込んでおり、任期中に是非の判断を迫られる可能性が高い。決断は町の将来に大きな影響を及ぼす。
 須田町長は無投票再選が決まった10月16日、報道各社の取材に「東北電が想定するスケジュールはあるのだろうが、私は規制庁に対し厳しい安全審査を要請してきた。その姿勢は今も変わらない」と持論を強調。再稼働の是非については明言しなかった。
 町は女川原発の重大事故に備え、広域避難計画の策定を進めている。「事故時は避難ルートなどの速やかな検討が重要」(町企画課)として、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)を活用する仕組みの構築も国に求める方針だ。
 町議選では12人のうち3人が再稼働反対や脱原発を公約に掲げた。一部は原発存続の是非を問う住民投票の実施を町に求めている。
 改選前の7月、町議会原発対策特別員会は鹿児島県薩摩川内市を視察。避難計画や九州電力川内原発の防災対策などを調べた。
 視察では、市が避難訓練を実施せずに避難経路を指定したケースを確認。川内原発と東京電力福島第1原発との原子炉型の違いを強調する説明も耳にした。特別委は「過酷事故が起きた場合のことを真剣に考えていないようだった」との報告書をまとめた。
 ベテラン町議は「女川原発は地域と共存共栄してきたが、福島の事故もあり町内には原発に対するさまざまな意見がある。町議一人一人が慎重を期して再稼働に同意するか否かを判断する必要がある」と語る。


<女川原発>再稼働 町民の是非揺れる
 東北電力女川原発の再稼働の是非をめぐり、女川町民の判断が揺れている。雇用や町の財政を支えてきた発電所との共存を容認する声がある一方、東京電力福島第1原発事故を踏まえ「命が最優先」と決別を求める向きがある。九州や四国で再稼働への同意が相次ぐ中、三陸の港町の民意が重みを増している。
 女川原発は東日本大震災で被災し、今も冷温停止中だが、東北電社員や協力企業従業員ら2000人以上が働く。1号機は1984年、2号機は95年、3号機は2002年に営業運転を始めた。
 町中心部に住む70代男性は2、3号機の建設に左官として携わった。「作業は過酷だったが、給料は高かった」と振り返り、「原発は国のエネルギー政策を支えてきた。電力を安定的に供給するには再稼働はやむを得ない」と語る。
 10月末現在の町人口は6911で震災当時より3割減った。単独町制を続ける町にとって、原発関連の収入は貴重だ。電源3法交付金は14年度、約8億円が交付された。使い道は医師や看護師の人件費補助やごみ収集、町役場庁舎建設など多岐にわたる。
 原発の近くで生活する高齢男性は「原発関連の税収などで地域の道路が整備され、子どもがバス通学できるようになった」と恩恵を強調する。男性は幼少時、船で通学していたという。
 東北電はことしに入り、1〜3号機で震災後の設備点検記録に約4700件の不備があったと公表した。半径5キロ圏で暮らす男性は「東北電は福島の事故を対岸の火事と考えているのだろう」と不信の念を抱く。
 2号機について東北電は、17年4月以降の再稼働を目指す。町の行政区長の一人は「町内の再稼働の賛否は割れている。住民の多くは原発は危険だと認識している」と打ち明ける。
 70代女性は町内にあった原発作業員の宿舎に約10年間勤め、作業員の料理を作っていた。「原発に対する思い入れはあるが、再稼働してほしいとは言えない。命には替えられない。(原発事故が起きた福島の状況は)明日はわが身」と再稼働には慎重な判断を求める。


被災避難者調査/孤独解消へ心のケア充実を
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故により、山形県内に移り住んでいる避難者が年々孤独感を募らせている実態が、山形県のアンケートで明らかになった。避難生活が長期化する中、交流の場の提供など心のケアの重要性が一層増している。
 心身の不調に関する設問(複数回答)で、「孤独を感じる」が25.4%に上った。「疲れやすく体がだるい」「イライラする」など、具体的不調11の選択肢のうち、回を重ねる度に増加する唯一の項目となった。全体では約8割の避難者が不調を訴えた。
 孤独感は日常的に会話し、コミュニケーションを取る家族、友人らの存在と深く関わる。アンケートでは相談相手の有無も質問。「山形県内にいる」は51.7%にとどまり、15.7%が「相談したいがいない」と回答した。
 県内で希望する相談相手は、行政機関の窓口(11.4%)が最も多く、臨床心理士、医師、友人・知人が続いた。前回に比べて友人や家族より行政への期待が高まっている数字は、孤独感の深刻さを示しているといえる。
 調査は病院や高齢者福祉施設に入所する一部避難者を除き、1291世帯に質問票を郵送し445世帯(34.5%)から回答を得た。2011年から毎年実施しており、5回目となる。避難する前の居住地は福島県87.6%、宮城県10.3%だった。
 山形県は調査後の10月末、市町村やNPOなどの支援団体で組織するネットワークの意見交換会を開いた。
 講師を務めた福島大の教員は、避難者に心身の疲労が蓄積し、自殺者が増える傾向を指摘した。交流、自治、生きがい、居場所、情報などをキーワードに、避難者の命を守るためには支援者が想像力を高める必要性を強調した。
 震災と原発事故から4年8カ月が経過した。
 国は「原発事故子ども・被災者支援法」の基本方針改定を決め、避難指示区域以外は「新たに避難する状況にない」と明記した。自主避難に関する支援を縮小する一方、古里への帰還や避難先などでの定住支援に軸足を移す。
 福島県は自主避難者に対する借り上げ住宅の提供を2017年3月に終了することを決定。宮城県も仮設住宅の入居期間について、災害公営住宅が完成しないなどの要件を満たした場合に限り、一部自治体が世帯ごとに判断する「特定延長」を導入した。
 アンケートは一連の方針転換後初の調査となった。「困っていること、不安なこと」に、生活資金に次いで住居が挙がったのは当然だろう。
 山形への定住希望者は、質問形式がやや異なるものの、前回比で4.3ポイント増えて28.3%となり、帰還の20.7%を上回った。
 復興庁によると、岩手、宮城、福島の被災3県の避難者は10月現在、約19万人いる。県外への避難者は福島県だけで4万4094人に上る。
 避難先での定住か帰還か。重い選択を迫られる中でストレスが高まることは容易に想像できる。じっくり悩みを聞く、きめ細かな相談態勢の構築を急ぐべきだ。


河北春秋
 知恵をつかさどる仏様を祭った仙台市の鷲巣(じゅそう)山文殊菩薩(ぼさつ)堂は、卯(う)年生まれの守り本尊でもある。ウサギは波と関係が深く、それをかたどった鬼瓦をお堂の屋根に見ることができる。火伏せの願いがこめられているそうだ▼同じ仏様の名前に由来する高速増殖炉もんじゅ(福井県)が、廃炉になる可能性がでてきた。原子力規制委員会がきのう、日本原子力研究開発機構の運営は不適当として、文部科学相に運営者の変更を勧告した▼資源を無駄なく使う夢の原子炉との触れ込みだった。初めて臨界に達したのが1994年。ところが翌年、冷却材のナトリウム漏れ事故を起こす。2010年に一時運転を再開したものの、装置を落下させる事故を起こしたり、機器類の点検漏れが多数見つかったりして、この20年間ほとんど動いていない▼国の核燃料サイクル政策の中核施設と位置付けられていることから、ここまで永らえてきたが、そのずさんな体質に規制委もさすがに堪忍袋の緒が切れたよう。国民も「びっくりぽん」だ▼原子力という火を扱うなら、何よりも安全に対する意識・教育・対策が優先されなければならない。福島原発事故でも実感したはずだ。不祥事を連発して改善策を示せなかったもんじゅ。1兆円もかけたけれど名前負けだった。

目が覚めたら10時30分/NHK白熱教室

ブログネタ
フランス語 に参加中!
151022-4

L'étrange laxisme du Japon envers la prostitution infantile
Tokyo a vu rouge après les propos d'une responsable de l'ONU dénonçant les lacunes de la lutte contre l'exploitation sexuelle des mineurs et la pédopornographie.
Il n’a fallu qu’un chiffre pour fâcher le gouvernement japonais. Qui a exigé d’une représentante des Nations Unies qu’elle retire, mercredi, ses déclarations sur la prostitution infantile dans l’archipel. Au terme d’une mission de huit jours, fin octobre, Maud de Boer-Buquicchio, rapporteure spéciale de l’ONU sur le trafic d’enfants et la pornographie impliquant des mineurs, avait affirmé que 13% des écolières japonaises acceptaient des rendez-vous rémunérés pouvant inclure une relation sexuelle. Une pratique communément appelée ≪enjo kousai≫ (≪aider et sortir ensemble≫) au Japon.
Ces propos ont été jugés ≪inappropriés et extrêmement regrettables≫ par le ministère des Affaires étrangères. Pour Tokyo, il est ≪inacceptable≫ que la représentante des Nations Unies cite des ≪informations non fiables≫ et non sourcées. Mardi, le porte-parole du gouvernement, Yoshihide Suga, a affirmé que le Japon ≪n’accepterait jamais≫ de telles déclarations susceptibles de ≪provoquer dans le monde des malentendus≫ sur les jeunes Japonaises. Quelques heures plus tard, Maud de Boer-Buquicchio a fait marche arrière et s’est rétractée.
≪Un pays à part≫
Les autorités japonaises n’ont pas mis autant d’énergie à commenter les autres informations de l’enquêtrice de l’ONU, bien plus consistantes. Ce chiffre de 13% est un peu l’arbre qui cache la forêt sur la sexualisation et la marchandisation des enfants dans l’archipel. ≪Nous ne savons pas d’où sort cette donnée, mais tout ce qu’a dit la rapporteure spéciale durant plus d’une heure de présentation publique est, hélas, correct et avéré, note Aiki Segawa, en charge du plaidoyer à Lighthouse, une ONG luttant contre les trafics humains et l’esclavage moderne. Le gouvernement s’est focalisé sur les 13%, mais il n’a pas opposé d’autres chiffres car il n’en a pas, et ne s’est jamais emparé sérieusement de ce problème d’exploitation sexuelle qui fait du Japon un pays à part. Il n’existe aucune enquête globale sur la pornographie infantile.≫
En 2014, la police a comptabilisé 1 828 affaires et identifié 746 jeunes victimes. Soit trois fois plus de cas qu’en 2007. ≪Cette tendance à la hausse peut être due à un plus grand effort des enquêteurs, plutôt qu’à une réelle augmentation des crimes≫, tempère Hiromasa Nakai, en charge des relations publiques à l’Unicef-Japon. Il est en tout cas fort probable que ce nombre soit sous-évalué.
≪JK Business≫
Lors de la présentation de son enquête préalable à un rapport publié en mars prochain, Maud de Boer-Buquicchio a évoqué une ≪tolérance sociale et institutionnelle≫ face à la délinquance sexuelle autour des mineurs. Et déploré l’impunité ≪relativement élevée≫ des coupables par rapport aux pays développés. La juriste néerlandaise a suggéré que les ≪contenus pédopornographiques extrêmes (soient) interdits≫ dans les mangas, les dessins animés, les jeux vidéo. Ce que ne permet pas la nouvelle loi entrée en vigueur l’année dernière.
En rencontrant des victimes et des associations de lutte, la rapporteure spéciale s’est intéressée au ≪JK business≫. Cette pratique répandue où des hommes payent des lycéennes (≪Joshi Kosei≫) pour des promenades (≪JK osanpo≫) , des massages (≪JK rifure≫) , des séances photo qui s’achèvent parfois dans un love hotel. On peut les croiser dans les boutiques, bars et showrooms de Akihabara, ce quartier de l’est tokyoïte où se mêlent des geeks, des fans de cosplay (jeux de rôle en costumes) et de jeux vidéo.
Minibikinis sur sexes imberbes
Ce ≪JK business≫ n’est qu’une facette d’une vaste économie grise qui va des mangas aux magasins et hôtels spécialisés en passant par la vente d’images et de vidéos en ligne. Dans un rapport sévère en 2013, le département d’Etat américain écrivait que le Japon ≪continue à être une plaque tournante internationale pour la production et le trafic de pornographie juvénile≫. Les associations comme Lighthouse ou l’Unicef pointent le flou entourant la définition de la pornographie infantile. Elles listent les lacunes de l’arsenal juridique et les pratiques curieusement tolérées comme le ≪chaku-ero≫ : dans ces scènes photos ou vidéo, de jeunes enfants seulement vêtus de minibikinis couvrant à peine des sexes imberbes sont obligés de se mettre dans des positions scabreuses.
Sans chercher bien longtemps, on en trouve en deux clics, même sur des sites comme Amazon.jp. ≪Le chaku-ero n’est pas réglementé par la loi et pas considéré comme de la pornographie car les enfants ne sont pas entièrement nus, explique Aiki Segawa. Mais on constate que les enfants concernés ont tendance à être de plus en plus jeunes. Parfois, ils ont moins de 6 ans.≫ L’Unicef cite des cas de garçonnets et de fillettes de 2 ou 3 ans victimes de tels abus.
Face à cette commercialisation de la sexualité, les ONG viennent d’envoyer une pétition au ministère de la Santé pour revoir la loi sur la protection de l’enfance et pousser les autorités à ≪réellement agir≫, espère Aiki Segawa. Le gouvernement n’a pas fini de se fâcher.
Arnaud Vaulerin Correspondant au Japon
フランス語
フランス語の勉強?
にっぽんの芸能「谷崎潤一郎没後五十年 文豪と上方の芸能」
今年は谷崎潤一郎没後50年。関東大震災後、関西に移住した彼は上方の文化・芸能に多大な影響を受け「細雪」「春琴抄」「蓼食う虫」ほか数々の名作を残した。神戸に残る住居「倚松庵(いしょうあん)」を訪ね彼の視点を通した文楽・狂言・地唄など上方芸能の魅力をご紹介。「名人列伝」は京舞の井上愛子(四世井上八千代)を演劇評論家の渡辺保が、「玉手箱」は江戸の芸者文化1回目を直木賞作家・山本一力と。司会:南野陽子ほか
南野陽子,古谷敏郎,たつみ都志,渡辺保,菊原光治,菊萌文子,菊寺智子,茂山正邦,茂山茂,松本薫ほか

数学ミステリー白熱教室 ラングランズ・プログラムへの招待(1)数学を統一する
第1回は「ラングランズ・プログラム」入門。数学には「数論」「調和解析」「幾何学」などさまざまな分野がある。しかしそれらの間に、どうやら奇妙なつながりが存在するらしいことがこの50年間で少しずつ分かってきた。実はそれらの分野を互いにつなぎ合わせ、いわば「数学の大統一理論」を作ろうというチャレンジこそが、現代数学の最大の課題なのだという。学校では学ばない数学の未知の姿が明らかになる!
エドワード・フレンケル


目が覚めたら10時30分です.ヤバいです.完全に重役出勤です.絶対しなく得てはいけないコーが3時からだったので,とりあえず危ないことはなかったですが,これから注意しなくてはいけないですね.
夜NHKの白熱教室を見ました.今日はイントロなので大した話ではなかったですが,今後が期待できそうです.

震災発生2時46分の時計撤去 校舎解体へ
 東日本大震災で被災し、土地区画整理事業のため近く解体される宮城県名取市閖上中の旧校舎正面の時計が12日、取り外された。針は地震発生時刻の午後2時46分を指したまま停止。震災の記憶を継承する遺物として市教委が保管する。
 時計は直径約70センチ。校舎が建て替えられた1980年に卒業生から学校に寄贈された。屋外階段の地上約7メートルの位置に設置され、震災発生まで31年間にわたって時を刻んだ。
 取り外し作業は業者が3人がかりで行った。固定金具を外し、配線を切断。時計背後の1メートル四方の壁も一緒に保管するため、大型カッターで切り抜いた。
 閖上中の旧校舎は早ければ今月末、閖上小の旧校舎も年明け以降にそれぞれ解体が始まる予定。市教委は今月中に校名板や校庭の石碑、黒板、ピアノなども市内の別の場所に移す。将来の具体的な展示方法などは未定という。
 市教委の担当者は「震災で亡くなった生徒の遺族らの意向も聞きながら残すべきものを選んだ。次世代に震災の教訓を伝えられるよう大切に保管したい」と話す。


イチゴが結ぶ被災地とタイ 諦めぬ心も土産に
 東日本大震災で大きな被害が出た宮城県亘理町に、タイ北部のコメ農家や学生ら5人が日本のイチゴ栽培を視察に訪れている。被災から立ち上がったイチゴ農家を回り、栽培の様子を見て最新の技術を学ぶ。津波で全てを流されても諦めず、生産再開にこぎ着けた農家のイチゴへの熱い思いも、本国に持ち帰ろうとしている。
 メンバーの多くはタイ北部の古都チェンマイの西にあるパパエ村の出身。人口500人ほどの農村で、新たな収入源としてイチゴの生産に取り組む。そのことを知った丸子忠志さん(63)=亘理町長瀞=ら被災農家2人が昨年8月、世界からの復興支援への感謝を表す思いを込めて、自費で村を訪れて交流が始まった。丸子さんによると、現地は高地で比較的気温が低く栽培に適した環境だという。
 5人は、丸子さんや地元の被災者支援のNPO法人「亘理いちごっこ」の招きで来日。費用は国際交流基金(東京)の助成で賄った。今月7〜15日の日程で、丸子さんら町内の被災農家5戸や宮城県亘理農業改良普及センターなどを視察する。
 11日は、小野勇悦さん(45)=同=方を訪問。30アールの栽培ハウスに入り、腰の高さの棚に苗を植える高設ベンチで、生育中の「もういっこ」の出来栄えを確かめた。小野さんは「栽培に大事なのは水はけの良い土作りだ」とアドバイスした。
 現地では大規模な施設園芸は珍しく、メンバーは設備を見て「すごい」と声を上げ、盛んに写真やメモを取った。農家のラッチャニー・プァンパイプルッさん(52)は「すぐには無理だが、いずれは亘理の栽培技術を取り入れて高品質のイチゴを作りたい」と目を輝かせた。
 丸子さんと小野さんは津波で栽培ハウスが流されたが、国の復興事業などを活用して震災後間もなく営農を再開した。
 丸子さんは「手間を掛けて大きくて甘い粒を生産できれば、都市部の富裕層に高値で売れて地域全体が豊かになる。私たちは震災で全てを失っても再び立ち上がることができた。タイのみんなもやれるはず」とエールを送る。
 一行のリサーチャーを務めるウォララック・チャンシーブットさん(37)は「丸子さんたちが村にチャンスをくれた」と感謝する。


<大川小訴訟>遺族「津波の恐怖実感を」
 東日本大震災の津波で死亡・行方不明となった宮城県石巻市大川小の児童23人の19遺族が、市と宮城県に23億円の損害賠償を求めた訴訟で、仙台地裁の裁判官が13日、現地を視察する。視察を求めていた遺族側は「裁判官は自分の目や足で震災当時の状況を確認し、判断材料にしてほしい」と望む。
 視察は非公開の進行協議と位置付けられ(1)児童が地震発生後に待機を指示された校庭の状況(2)裏山に避難した場合の移動距離と時間(3)津波襲来直前に向かったとされる新北上大橋たもとの堤防道路(三角地帯)の位置−などを調べる。
 市側は三角地帯の標高が校庭より約6メートル高く、周囲にはほかに安全に避難できる場所はないと主張し、確認を求める見通し。
 6年生だった三男雄樹君=当時(12)=を亡くした佐藤和隆さん(48)は「裁判官は裏山への避難が容易だったことを確かめ、逃げたいけれど逃げられなかった息子たちの恐怖を実感してほしい」と訴える。
 遺族側約20人は8日、大川小で視察に備えた。雨が降りしきる中、3年生だった一人息子の健太君=当時(9)=を失った佐藤美広さん(54)らが一心不乱に避難ルートの斜面を登った。震災当日の児童の動きを再現しようと、縦2列に並び校庭から移動した。校舎内には震災前の学校生活の様子を撮影した写真を掲示した。
 震災から4年8カ月。いまだ子どもの行方が分からない原告もいる。自らパワーショベルを操作して息子を捜し、一刻も早く娘を見つけて安心させてあげたいと願う。
 6年生だった長男大輔君=当時(12)=が犠牲となった原告団長の今野浩行さん(53)は語る。「全ての原告は被災当時より一層、喪失感や失望感にさいなまれている。この裁判は未来の子どもの命に関わる重要な意味を持つ。被告を含めた私たち当事者は責任の重さを自覚し、裁判と向き合わなくてはならない」


震災犠牲ALTの両親 教え子と思い出回想
 宮城県石巻市の小中学校で英語を教え、東日本大震災で犠牲になった米国人の外国語指導助手(ALT)テイラー・アンダーソンさん=当時(24)=の両親が12日、同市の鹿妻小を訪れ、かつての教え子の6年生55人と交流した。
 テイラーさんの父アンディさん(57)と母ジーンさん(57)が、テイラーさんが子ども時代に好きだった絵本「7ひきのねずみ」を児童たちに読み聞かせた。
 子どもたちは「勉強のご褒美にシールをくれた」「笑顔がかわいらしかった」などとテイラーさんの思い出を語り、教わった英語の歌も歌った。
 アンディさんは「思い出を話してくれてありがとう。勉強を頑張ってください」と述べ、ジーンさんは「テイラーはみんなを誇りに思っていた」と語った。
 1年生の時に指導を受けた渋谷ひかりさん(11)は「テイラーさんは授業で分からないことがあっても、明るく励ましてくれた。2人に会ってテイラーさんが優しかったことを思い出した」と話した。
 アンディさんが理事長を務めるテイラー記念基金は、「テイラー文庫」として市内の小中学校などに本を寄贈したり、被災地で子どもを支援する団体に助成したりしている。


大震災と中越地震 減災へ中学生が教訓共有
 2004年の新潟県中越地震で被災した旧山古志村(現在は新潟県長岡市)の山古志中の生徒が12日、東日本大震災で被害を受けた宮城県東松島市の矢本二中(生徒394人)を訪れ、震災を考えるワークショップを合同で実施した。互いに震災で学んだ教訓を共有し、防災・減災意識を高めようと山古志中が提案し実現した。
 山古志中の全校生徒14人と、矢本二中の2年生131人が参加。生徒らは「避難」「避難所生活」「復旧・復興」「防災」の4分野ごとにグループに分かれ、「自分にできることは何か」をテーマに意見を出し合った。
 各グループは「復興には笑顔のコミュニケーションが重要」「防災に向け災害時に大声を出すための練習や、避難時に役立つ物の作り方を把握する」などと意見をまとめた。
 山古志中2年の五十嵐駿君(13)は「今まで知らなった復興の状況を説明してもらえた」と話した。
 矢本二中の山内春佳さん(14)は「地震発生直後、山古志では土砂崩れで避難できなかったという話を聞き、場所によって避難方法が違うことが分かった」と語った。


<災害公営住宅>気仙沼市、160戸再募集へ
 宮城県気仙沼市は12日、市が東日本大震災の被災者向けに整備する災害公営住宅と防災集団移転団地で空きが生じていることから、それぞれ申し込みを再募集すると発表した。空きは住宅が22団地160戸(全体の7.5%)、宅地が7団地54区画(5.9%)に上り、12月に募集を始める。
 空き住宅の内訳は、集合住宅タイプ120戸、一戸建てタイプ24戸、長屋タイプ16戸。団地別に鹿折の47戸が最多で気仙沼内湾・南町24戸、切通11戸と続く。
 空き宅地の内訳は、小泉町の17区画が最も多い。次いで鹿折北15区画、松岩北8区画、赤岩杉ノ沢と面瀬が各5区画、九条四反田と舞根2が各2区画。
 市は事前に被災世帯に住宅再建方法や集団移転先の希望を確認し、住宅や宅地を整備してきたが、「時間の経過とともに自力で再建する被災者が増え、空きが生じた」(防災集団移転推進課)という。
 募集期間は12月1日〜来年1月15日。住宅の募集対象は従来通りだが、南郷10戸は、仮申し込み段階で南郷を第1希望としながら抽選に漏れた被災者を対象に今月16〜30日に募集する。
 宅地も従来基準で申し込めるが、既に集団移転への参加が決まっていたり、補助金で住宅再建したりした被災者は対象外となる。市は今回、宅地の整備区画総数を944区画から910区画に減らした。


<被災地区画整理>気仙沼・内湾1〜2年遅れ
 宮城県気仙沼市は12日、東日本大震災で被災した内湾地区で進める土地区画整理事業で、地盤をかさ上げして造成する事業区域11.3ヘクタールのうち、9.9ヘクタールで完成時期が予定より1〜2年ずれ込むと発表した。市は地権者におわびの文書を送り、25、26日に説明会を開く。
 市議会震災調査特別委員会で説明した。区域内の宅地(6.4ヘクタール)の8割で完成がずれ込み、まちづくりに影響が出るとみられる。災害公営住宅と商業施設の共同化事業が計画される南町と魚町の計3カ所のうち、2カ所でも3〜7カ月の遅れが生じた。
 かさ上げ工事に伴い移転を迫られる事業者らの仮住居や仮事務所の確保が遅れていることや、防潮堤建設工事と工期が重なることなどが理由という。市の担当者は「地権者の理解を求めたい」と陳謝した。
 内湾地区の区画整理事業は2014年10月に着工した。商業施設や駐車場の整備も計画され、地権者の換地手続きが進む。全区域の造成完了は18年度の予定。ことし9月には、市が進める鹿折、南気仙沼両地区の区画整理事業でも最長2年の遅れが明らかになった。


津被災地の養殖ノリ収穫 今年も「上々」
 宮城県内有数のノリの産地として知られ、東日本大震災で被災した東松島市大曲浜で、今季の収穫作業が進んでいる。乾燥機や加工場の数が十分にそろわない中、漁業者たちは品質の高いノリを生産し続けている。
 午前5時に大曲浜港を2隻の漁船が出港し、15分ほどで沖合約2キロに浮かぶ養殖いかだに到着。ローラーで手際よく網を巻き上げ、いかだ32台、ノリ約10万枚分を収穫した。
 大曲浜のノリは6年連続で皇室献上品に選ばれるなど、柔らかさと口溶けの良さが特徴。ことしは昨年に比べ、つやと香りが良いという。
 震災後、本格的に家業を継いだ相沢裕太さん(28)は「ノリの生育が順調で収穫量も上々。多くの方に食べてほしい」と話す。
 19日には初入札が行われ、収穫は来年3月ごろまで続く。


河北抄
 「THE EAST TIMES」は仙台を拠点とするインターネットメディアだ。編集長の安藤歩美さん(28)は東日本大震災から4年8カ月の11日、「被災者支える、地域で唯一の呼吸器内科医 南相馬市」と題する記事を配信した。
 代表で編集記者の中野宏一さん(31)と安藤さんの二人は共に全国紙の編集現場経験がある。取材に基づいた確かな情報をネットで届ける新しいメディアをつくろうと、安藤さんの新聞記者時代の勤務地仙台で6月に旗揚げした。
 多様な情報があふれるネット上には、取材や事実確認が不十分なまま拡散されていく情報が少なからずある−。そうした問題意識に立ち、書き上げた原稿を自分たちで校閲などのチェック機能を働かせた上でアップするのが特徴の一つだ。
 東日本大震災の後、仙台では情報発信の担い手を増やそうという試みが学生ら若者の間で広がった。プロの視点やノウハウを携え「既存マスコミともネットニュースとも一線を画すメディアを始める」という二人の挑戦は、仙台発の模索をさらに活性化させるかもしれない。


<歳暮商戦>学生と商品開発、被災地支援…
 仙台市中心部の3百貨店は12日までに、歳暮の特設コーナーを開設し、ことしの商戦が本格化した。東日本大震災からの復興支援として、東北の特産品をアピールした商品や大学生と共同開発したセットなど、各店はさまざまな工夫で差別化を図る。
 藤崎は12日、青葉区の本館7階に特設会場を設置。笹かまぼこや牛タンといった宮城の名産25品から3品か5品を選ぶ人気の「仙台小箱」に加え、宮城大の学生と開発したグラノーラ、東松島市のノリ漁師とコメ農家と連携したギフトなど独自商品をそろえた。
 担当者は「地域の商品を紹介し、お客さまのニーズに応えようと考えた。宮城の名産を多くの人に味わってほしい」と話した。
 仙台三越は前日の11日、青葉区の本館7階にギフトセンターを開設した。東日本大震災後は「元気です!東北」をテーマに掲げ、ことしは宮城県産カキの殻付きセットやオイル漬けセットを販売。仙台の菓子店や酒造会社と連携した仙台三越の限定商品もある。
 さくら野百貨店仙台店(青葉区)も11日、ギフトセンターを8階イベントスペースに設けた。青森、岩手各県の系列店と協力し、東北の名産24品から3品を選ぶ「福かさね」を歳暮で初めて企画。7階と地下1階の飲食店で使えるクーポン券など特典を用意した。


非正規雇用4割 「氷河期時代」の支援を
 パートや契約社員、派遣社員など非正規雇用の社員が初めて雇用労働者全体の4割に達した。2014年の「就業形態の多様化に関する総合実態調査」でわかった。「アベノミクスによって雇用は100万人以上増えた」と安倍晋三首相は主張するが、増えているのは賃金が低く身分も不安定な非正規社員だ。
 安倍政権が発足する前の12年4〜6月期と15年同期の比較でも、雇用者数全体は121万人増えているが、その内実は非正規社員が178万人増え、正社員は逆に56万人減っているのだ。
 安倍首相は好景気のため働いていなかった人がパートで働き出し、定年後に非正規で働く高齢者も増えていると主張する。たしかに60歳を過ぎても希望者を雇用する義務を企業に課したことでパートの高齢者は増えているが、正社員の減少は企業側の都合で起きている面が大きい。
 企業が非正規社員を雇用する理由で最も多いのが「賃金の節約」だ。有効求人倍率(8月)は好景気を反映して1.23倍と二十数年ぶりの高水準だが、正社員に限れば0.76倍と1倍を下回っており、狭き門であることに変わりはない。
 特に、30〜40代の非正規社員が増えていることを看過してはならない。1993〜02年ごろの就職氷河期に学校を卒業した人々は条件の良い就職先がなく、非正規の職を転々としてきたケースが少なくない。
 賃金が低いだけでなく、社会保障の不備も問題だ。非正規社員は雇用保険の加入率65.2%、健康保険52.8%、厚生年金51.0%で、いずれも99%台の正社員と大きな差がある。経済的な理由や生活の不安のため結婚や出産を断念する人も多い。
 「氷河期世代」の非正規社員は150万人(結婚している女性を除く)とも言われ、すでに40歳を超え始めた。少子化につながっているだけでなく、いずれ無年金のため生活保護を受給するようになれば、社会的負担は膨らむばかりだ。この世代の雇用の改善を急がねばならない。
 一方、今回の実態調査で、企業が非正規社員を雇用する理由のうち「正社員を確保できない」が前回調査(10年)の17.8%から26.1%へ増えた。企業側に正社員雇用の意欲があっても、必要な人材が不足していることがうかがえる。
 非正規社員の30%は正社員に変わりたいとの希望を持っている。政府は「正社員転換・待遇改善実現本部」を設置し、経済界に正社員化を求めている。企業向けの「キャリアアップ助成金」制度も始めた。
 ただ、正社員化を進めるためには、現実のニーズに合った公的職業訓練や人材育成策がもっと必要だ。


名張・死後再審 まだ、目は閉ざせない
 迷走した司法判断の末に死刑囚を獄死させた名張毒ぶどう酒事件は、異例の手続きとなる死後再審の可否が問われることになった。疑問の数々に目をつぶってしまうわけにはいかないのである。
 無実を訴え続けた奥西勝元死刑囚が先月、八十九歳で獄死するまでの長い年月の間に、司法の判断は二転三転した。
 一九六四年の一審津地裁判決は無罪。第五次再審請求では、逆転死刑判決の根拠とされた歯形鑑定の信用性が崩れた。第七次請求では二〇〇五年、一度は名古屋高裁が再審開始を決定した。
 司法判断の迷走は有罪判決を支える証拠のもろさを示し、冤罪(えんざい)の疑いは深まりこそすれ、消えることはなかった。三審制のルールに基づいて確定した死刑判決ではあったが、これでは、とても執行命令は出せまい。
 結果として、確定判決という重さの前に司法が身動きできなくなってしまい、意地の悪い言い方をすれば、タイムアップを待っていたようにも見える。一連の経過は残念ながら、司法の権威に傷をつけてしまったのではないか。
 元死刑囚の死亡を理由に第九次再審請求の審理は打ち切られ、あらためて妹の岡美代子さん(85)が第十次となる再審請求を名古屋高裁に申し立てた。
 再審自体が例外的な手続きとされ、死後再審ともなれば例外中の例外ということになる。だが、一九五三年に起きた徳島ラジオ商殺人事件で、懲役刑が確定した受刑者の死後、遺族の請求で再審が認められ、無罪判決が出された例もある。極めて困難な道だが、挑戦する意味は大いにあるだろう。
 近年の再審事件では、DNA鑑定が新証拠となって確定判決が覆ることが多いが、あいにく名張の事件の証拠には、DNA鑑定の対象となるものは見当たらない。
 数多く残ったままの疑問を検討するのに必要なものは、むしろ、検察側の手元にある数々の未提出証拠だろう。再審無罪となった東京電力女性社員殺害事件や静岡地裁が再審開始を決定した袴田事件では、検察側が未提出証拠の開示に応じ、冤罪の疑いが深まる大きな要因となった。
 証拠の評価に市民感覚を反映させようという裁判員裁判の時代を迎え、冤罪の疑いがぬぐえぬままの名張の事件で旧来の流儀にこだわる理由はなかろう。司法への信頼を守るためにも、裁判所と検察庁には、未提出証拠の開示を含めて積極的な対応を求めたい。


原子力規制委:もんじゅ運営「不適当」 文科相に勧告決定
 原子力規制委員会は13日午後の定例会合で、安全管理上のミスが相次ぐ高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)について、運営主体の日本原子力研究開発機構は「不適当」とし、新たな運営組織を見つけるよう馳浩文部科学相に求める勧告をまとめた。同日午後に、規制委の田中俊一委員長が勧告の文書を馳文科相に提出する。半年以内に適切な運営主体を示せない場合、もんじゅのあり方を抜本的に見直すことも求める。
 もんじゅは通常の原発より特殊な技術が必要で、原子力機構に代わる新組織を見つけるのは難しく、もんじゅを中核とした国の核燃料サイクル政策は大きな岐路を迎える。馳文科相は13日の閣議後会見で「国のエネルギー政策の根幹であり、関係閣僚と連携して取り組む」と述べた。
 勧告は規制委設置法に基づく。強制力はないものの、原子力施設の安全が確保されない場合は改善を求めることができる。こうした勧告権の行使は2012年9月の規制委発足以来、初めて。勧告の文書で、規制委は原子力機構について「もんじゅの運転を安全に行う主体として必要な資質を有していない」と指摘した。
 もんじゅは12年に、機器全体の2割に当たる約1万件で点検漏れが発覚。規制委は13年に原子炉等規制法に基づく運転禁止命令を出し、原子力機構に管理体制の見直しを求めたが、その後も新たな点検漏れや機器の安全重要度分類のミスなどが次々と発覚するなど改善されなかったため、初の勧告に踏み切った。もんじゅは過去に約1兆円、年間約200億円の国費が投入されたが稼働実績はほとんどない。【鳥井真平】
 【ことば】もんじゅ
 日本原子力研究開発機構が運営する高速増殖炉の原型炉の名称。知恵を象徴する(文殊菩薩(もんじゅぼさつ)にあやかって命名された。使った以上の燃料を生み出すため「夢の原子炉」とも言われた。水を使う一般の商用原発と異なり、核分裂で発生した熱を液体ナトリウムで取り出す。ナトリウムは空気や水に触れると爆発することがあり、高度な技術が求められる。1994年に初臨界に達したが、翌95年にナトリウム漏れ事故(国際事故評価尺度レベル1)を起こし、稼働実績はほとんどない。

一般相対性理論誕生100年記念の展示/トップのあいさつ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
newt3

Birmanie: Obama félicite le pouvoir sortant, l’armée prête à ≪coopérer≫
Le président américain Barack Obama a appelé jeudi son homologue birman pour le ≪féliciter≫ d’avoir permis des élections ≪libres≫ et la puissante armée birmane se disait prête à ≪coopérer≫ avec l’opposante Aung San Suu Kyi, pour la première fois aux marches du pouvoir.
L’appel de Barack Obama à l’ex-général Thein Sein avait pour objet de ≪le féliciter, ainsi que son gouvernement, pour avoir réussi à organiser des élections législatives historiques, libres et équitables≫, selon le ministère de l’Information birman.
Après trente ans de lutte contre la junte, l’opposante Aung San Suu Kyi se retrouve en position de force pour négocier avec les héritiers d’un régime militaire lui ayant fait passer plus de 15 ans en résidence surveillée.
Thein Sein, dernier Premier ministre de cette junte autodissoute en 2011, avait promis que le régime de transition ne truquerait pas ce premier scrutin promis libre depuis un quart de siècle.
Vous pouvez ≪être fier de ce succès électoral, qui est un jalon historique≫, a déclaré le président Obama, saluant les ≪réformes courageuses≫ menées en quatre ans, selon le gouvernement birman.
Au soir du scrutin, le chef de la diplomatie américaine, John Kerry, avait pourtant jugé que ≪si ces élections sont un important pas en avant≫, elles étaient ≪loin d’être parfaites≫.
Lors de ses deux visites en Birmanie, la dernière fin 2014, le président Obama avait passé plus de temps avec la lauréate du Prix Nobel de la paix qu’avec le président Thein Sein.
Depuis les élections de dimanche, le régime d’anciens généraux convertis aux réformes multiplie les signaux en faveur d’une transition pacifique, acceptant de rencontrer sous peu l’opposante à sa demande et saluant sa victoire, avant même la publication des résultats définitifs.
≪Nous voudrions féliciter≫ Aung San Suu Kyi pour ≪avoir remporté l’approbation du peuple≫, a déclaré le président Thein Sein dans un communiqué publié mercredi soir sur le site de la présidence.
Dernier geste en date: le puissant chef de l’armée birmane a promis jeudi de ≪coopérer avec le nouveau gouvernement≫ formé par l’opposante.
≪L’armée fera de son mieux, en coopération avec le nouveau gouvernement≫, a déclaré le général Min Aung Hlaing qui a appelé ses troupes à ≪l’obéissance et la discipline≫ lors d’un discours devant les hauts responsables militaires du pays, rendu public par l’armée jeudi.
- 'Bienvenue à la nouvelle garde' -
Les signes de crispation du régime en amont du scrutin s’étaient multipliés, avec une intense propagande télévisée contre toute tentation de révolution populaire de type printemps arabe.
La réaction de l’armée au raz-de-marée en faveur de la ≪Dame de Rangoun≫ était devenue un des principaux motifs d’inquiétude, Aung San Suu Kyi ayant promis de détricoter un système donnant aux militaires un pouvoir politique considérable.
Le chef de l’armée nomme en effet 25% de députés, qui sont des militaires non élus, lui donnant de facto un droit de veto au sein du Parlement. Il nomme aussi des ministres clefs comme celui de la Défense et de l’Intérieur.
Avec l’adoubement désormais du président Thein Sein et du chef de l’armée, une alternance historique est en marche. ≪Bienvenue à la nouvelle garde≫, écrivait le journal officiel Global New Light of Myanmar jeudi, du jamais vu.
- Pas de célébrations -
Aung San Suu Kyi devrait reprendre lundi le chemin de Naypyidaw, la capitale administrative située à cinq heures de Rangoun, pour la fin de la session du Parlement sortant.
Elle est en effet députée depuis 2012, à la faveur de législatives partielles. Elle a donc eu l’occasion d’apprendre les rouages du pouvoir et l’art de la négociation avec les anciens généraux.
La stratégie ces derniers jours de la Ligue nationale pour la démocratie (LND) a été de laisser au gouvernement post-junte le temps d’accepter leur défaite.
L’opposante évite les apparitions publiques et a donné à ses partisans la consigne de rester chez eux. Mais jeudi, elle a organisé une réception privée dans sa maison au bord d’un lac à Rangoun.
La foule de ses partisans n’attendent que son signal pour célébrer la victoire, dans un pays ou l’émotion suscitée par ces élections est encore intense, quatre jours après le vote.
Viendra ensuite le temps des négociations. L’arrivée réelle au pouvoir d’Aung San Suu Kyi devrait prendre du temps, l’assemblée sortante devant encore se réunir plusieurs mois avant de céder la main à la nouvelle majorité parlementaire, à partir de février 2016.
Aung San Suu Kui ne pourra pas devenir président dans la foulée (en raison d’une Constitution taillée spécialement contre elle par la junte, mais a prévenu qu’elle serait ≪au-dessus du président≫.
フランス語
フランス語の勉強?
時論公論「就活日程また変更」今井純子解説委員
経団連が大手企業の採用面接の解禁時期を前倒しする方針を表明した。なぜわずか1年で見直すのか。大学生の就活をめぐるさまざまな問題を解決するための課題は何か、考える
クローズアップ現代 どう変わる? ハケンの働き方
出演者 阿部 正浩 さん (中央大学経済学部 教授)
労働者のうち非正規雇用の割合が初めて4割を超えた今、非正規労働者の働き方をどう安定させるのか、大きな課題となっている。そうした中、労働者派遣法が改正され、派遣会社は、労働者のキャリアアップが義務化されるなど、派遣社員の雇用を安定化させるために新たに義務を負うことが定められた。しかし、中小の派遣会社の中には「これを背負ったら会社の経営が成り立たない」と不安視する声も上がっている。一方、派遣で働く人たちの間では、「法改正が待遇改善につながって欲しい」という期待とともに、「正社員への道はさらに厳しくなるのではないか」という不安も広がっている。派遣労働の現場では、今、何が起きているのか。改正労働者派遣法を機に、残された課題を考える。

NEXT 未来のために「虐待の過去を越えて〜児童養護施設 生い立ちと向き合う」
9歳のとき母親の再婚家庭で虐待を受けた司さん。社会に旅立つまで一年となった今年、司さんは、大好きなイラストを学ぶために進学できないかと考え始める。しかし、高額な授業料と、「人を信頼できず、一人で抱え込んでしまう」という心の傷が立ちはだかる。そんな司さんに、施設の職員は寄り添い続ける。司さんは、閉ざした心を開くことができるのか?そして、進路を巡って行われた母親との話し合い、その結末は?
悪夢の超特急 リニア中央新幹線
樫田 秀樹
旬報社
2014-09-17


華やかな話題の陰に潜む大きな問題点  クマ
JR東海はアメリカ北東部のワシントンーボルティモア間(約60キロ)の路線で、
リニアを売り込んでいて、もし仮にこれが実現すれば全世界へリニア技術を
発信することが可能になり、オーストラリアやインドなどへの高速鉄道の輸出の
大きな弾みとなることは間違いない。
リニアは米国オバマ大統領の推進する環境に優しい政策、「グリーン・ニューディール」
の象徴として、クリーンエネルギーのリニアを中間選挙へ向けての一大プロジェクトとして
の位置付けをはかっている。しかし、そのためには財政の安定化と予定路線における
既存の業界団体の反発をいかに抑え込むかが、大きな障害として立ちはだかっている
のも事実で実現の可能性は不透明だ。
そんな華やかなリニアの裏側には国内的にも大きな問題を抱えている。
まず、東京ー名古屋間の総工費が当初の予想より935億円増えて総額5兆5235億円と
なったこと。これに関してJR東海は2014年3月期連結決算は売上高、純利益とも
過去最高を記録、民営化後に引き継いだ5兆円超の長期債務も約半額に圧縮し、資金的に
問題ないとしている。
残土の受け入れに関して、愛知、岐阜、三重、長野などの候補地は全体の8割程度の
見通しが立ったが、東京、神奈川の候補地は情報がなく、未確定の状態にある。
またトンネル工事によって長野県大鹿村の二つの川の流量が減って、水力発電への
影響と発電量が落ち込む恐れがあるという指摘に対し、JR側はトンネル内部を防水シートで
覆ったり、特殊な薬液を注入する工法で流量の減少を少なくできると答えている。
さらにリニアが大量に消費する液体ヘリウムの供給問題についても明確にしなければ
ならないこととともに、残土の問題や河川流量、環境汚染、環境負荷などの対策が100%
大丈夫という回答が示されない限り、本格着工は見合わせるべきではないだろうか?


一般相対性理論誕生100年記念の展示があるというので出かけていきました.そもそも一般相対性理論relativité généraleがなんなのかよくわかっていないのですが・・・.Haさんが展示会場にいたのでちょっとお話をしました.
セムムの予定でしたが,昨日マイマイ大失敗なので自然とパス.
夕方は新しくトップになった人のあいさつでした.前任の○○さんは素晴らしいことをなされたので基本的にそれを引き継いでいく・・・というお話でした.

<震災4年8カ月>被災者に寄り添いたい
 東日本大震災から4年8カ月となった11日、気仙沼署は気仙沼市本吉町道外の海岸で、震災による行方不明者を集中捜索した。
 署員12人と一般社団法人気仙沼復興協会が受け入れたボランティアら35人が参加。堆積した石をかき分け、人骨の可能性がある長さ5〜10センチの骨片6本を見つけた。
 一関市千厩町の岩手県職員高井沢悠さん(28)は同僚ら8人とボランティア休暇を取って参加した。「年月がたって捜索が難しくなったと聞いたので、できる限り手伝いたい」と地面に目を凝らした。
 気仙沼市では220人の行方が分かっていない。埼玉県杉戸町から参加した美容師戸賀崎弘道さん(40)は「手掛かりを捜し続けている遺族がいることを知り、胸が痛んだ。骨1本でも見つけたいという思いに寄り添いたい」と語った。


<震災4年8カ月>手掛かり一つでも
 東日本大震災発生から4年8カ月となった11日、宮城県警河北署と仙台中央署は津波で大きな被害を受けた石巻市長面地区で、行方不明者の集中捜索を行った。
 両署員の計11人が巨大なコンクリート片などが残る北上川河口付近の更地約1600平方メートルの範囲で、レーキを使い砂を掘り返した。捜索は約6時間続けられたが、不明者の手掛かりは得られなかった。
 長面地区は津波と地盤沈下の影響で一部が水没。市が排水作業をした後、河北署などが8月4日から捜索活動を続けている。
 河北署の佐藤友彦地域課長は「一つでも多くの手掛かりを見つけるという強い気持ちで取り組んだ。これから冬に入るが、可能な限り捜索する」と話した。
 長面地区を含む市大川地区は津波で382人が死亡し、現在も36人の行方が分かっていない。


<震災4年8カ月>再起の地 希望と不安
 念願の「ついのすみか」に希望が湧く。東日本大震災から4年8カ月。沿岸部の津波被災地で防災集団移転が本格化している。
 住民がいち早く住宅再建に立ち上がった宮城県気仙沼市唐桑町舞根(もうね)地区。舞根2区防災集団移転団地は高台の3.9ヘクタールに23世帯の宅地が造成された。
 新居への引っ越しは今夏に始まった。来春までに、全世帯が新たな生活をスタートさせる予定。仮設住宅暮らしから開放され、住民たちは安堵(あんど)の表情を見せる。
 高齢者だけの世帯も少なくない。震災が起きなければ、建て替える必要はなかった。9月に入居した年配の女性は「生きるためのすみか。心からは喜べない」と複雑な心境を明かす。
 舞根2区は津波で52世帯の8割以上が流失。住民は集団移転の期成同盟会を結成し、移転準備を進めた。畠山孝則会長(71)は「今後もさまざまな課題を結束して乗り越えていきたい」と表情を引き締めた。(写真部震災取材班)


津波犠牲者含む殉職者を慰霊 宮城県警
 東日本大震災の津波で殉職した警察官14人を含む県警の殉職警察職員の慰霊祭が11日、仙台市青葉区のパレス宮城野であった。遺族ら約120人が参列し、故人の冥福を祈り献花した。
 黙とう後、中尾克彦本部長は震災で殉職した14人について「大津波警報が発令される中、一人でも多くの命を救おうと危険を顧みず身をていした。功績を心に刻み、職務にまい進したい」と式辞を述べた。
 本年度の慰霊祭で新たな合祀(ごうし)はなかった。県警の殉職者は記録が残る1881年(明治14年)以降、76人に上る。


<全町避難5年目>「17年3月解除」厳しく
 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県浪江町の町長選は15日、投開票される。双葉郡8町村で最も人口が多く、住民約1万8800人が県内外で避難生活を送る。町は2017年3月以降の避難指示解除を目指すが、除染やインフラ復旧は当初の計画より遅れ、町の展望は描けていない。事故から4年8カ月。町が抱える課題を追った。(福島総局・桐生薫子)
◎福島・浪江のいま(上)帰還への道
 10日前に閉めたはずの寝室の扉が開いている。床はふん尿でぬれ、異臭が鼻を突く。「また入られたか」。侵入したのはサルかイノシシか。
 浪江町役場から北西に6キロ。立野中地区(72世帯229人)の農業中野弘寿さん(62)は10日、一時帰宅した。自宅は居住制限区域にあり、空間放射線量は庭先が毎時3マイクロシーベルト、茶の間でも1マイクロシーベルトといまだに高い。
 「家屋解体も除染もいつになるのやら。こんな状態でどうやって帰れというのか」。足を踏み入れるたび、帰還意欲がそがれる。
 中野さんが腹を立てているのは、国の意向が実態とそぐわないからだ。6月に閣議決定した新たな福島復興指針は、避難指示解除準備区域と合わせ、居住制限区域も17年3月末までに解除する方針を打ち出した。
 町は解除見込みを「17年3月以降」と示すにとどめ、時期の明示に慎重姿勢を貫いてきた。比較的放射線量の高い居住制限区域の解除は見送られると想定されてきただけに、中野さんは「現場を知らない机上の空論だ」と憤る。
 宅地除染が終了したのは全体のわずか2割。町の担当者には、現場の除染作業員から「現状では解除目標時期に間に合わない」と報告が上がっているという。
 町南部の谷津田地区(97世帯320人)は北側を除いた3方を、除染が手付かずの帰還困難区域に囲まれている。
 日中の立ち入りができる居住制限区域とはいえ、除染廃棄物を保管する仮置き場の整備計画も遅れている。地権者が仮置き場設置に同意した割合は町全体で9割を超えたのに対し、同地区は7割に満たない。
 行政区長の原田栄さん(62)は「自宅を除染したとしても、高線量地区に囲まれた空間でどうして安心して生活できるだろうか」と不満を漏らす。
 生活インフラも見通しが立たない。下水道は整備完了が17年度にずれ込み、今後開所予定の診療所も人材確保に苦戦している。原発事故前に町内で営業していた約1000事業所のうち、再開したのは22事業所にすぎない。
 町長選の立候補者はいずれも無所属で、新人の元町議会議長の小黒敬三氏(59)と元副町長の渡辺文星氏(65)、3選を目指す現職の馬場有氏(66)。解除時期について、小黒氏は「除染やインフラ復旧が進まない中で議論すべきでない」と主張。渡辺氏は「不公平感が生まれないよう、時期を見ながら居住制限、避難指示解除の両区域を同時に解除する」とし、馬場氏は「段階的な解除も視野に入れて判断する」と訴える。


被災地支援に感謝 復興ポスター第5弾
 宮城県県は、東日本大震災の被災地支援に対する感謝を全国に発信する震災復興ポスターの第5弾を作成した。
 今回は、名取市の「閖上さいかい市場」の店主らと塩釜市の「塩釜蒲鉾(かまぼこ)連合商工業協同組合」の組合員らの集合写真に、それぞれ「ありがとう」の文字を添えた。
 名取市版では営業を再開した被災店主らが、仮設商店街をバックに笑顔でガッツポーズを決めている。塩釜市版は「もう一度かまぼこ日本一のまちに!」と意気込みをつづった。全国の自治体や省庁、JRの各主要駅など約5800カ所に送り、掲示してもらう。
 県は2013年9月、前を向く被災者の姿を通して支援への感謝を伝えようと、第1弾のポスターを発表。これまでに石巻市の魚市場、山元町の災害公営住宅など8市町8種類のポスターを配布している。


只見線、三鉄、石巻線…沿線風景描き復興支援
 東北のローカル線などを描き続けている鉄道風景画家の松本忠さん(42)=さいたま市=が18〜24日、画業15年の歩みを振り返る作品展を仙台市泉区泉中央のアリオ仙台泉で開く。大学時代を過ごした仙台で約100点を展示販売し、売り上げの5%を東日本大震災で被災した鉄道の支援や被災地への義援金に充てる。
 作品はJR只見線(福島県)や三陸鉄道(岩手県)、JR石巻線(宮城県)などの沿線風景を詩情豊かに描いた。来場者には作品のポストカードや、震災、豪雨災害などで被災したローカル線の切符を貼ったはがきをプレゼントする。
 松本さんは東北大を卒業後、化学メーカーに就職。各地のローカル線に魅せられ、2001年に脱サラして郡山市に移り住み、画家としてスタート。その後、故郷の埼玉県に戻り、被災路線の切符を購入して運営を支援する「応援切符」の活動にも取り組んでいる。
 松本さんは「震災の記憶が薄れがちになる中、作品が被災地の風景や人々の営みを思い出すきっかけになってほしい」と語る。
 作品展は午前10時〜午後9時(最終日は午後5時まで)。観覧無料。期間中は松本さんが会場に常駐する。


津波で全壊…番屋再建 決意新たに
 岩手県大槌町の新おおつち漁協が建設した「コミュニティー番屋」が完成し、大槌漁港の現地で11日、式典があった。漁業者が作業したり休憩したりする拠点となる。地域の集会所としても使用できる。
 番屋は木造平屋で床面積約290平方メートル。三つの会議室や和室、キッチンと食堂を整備した。漁を終えた後にリフレッシュするための浴室とシャワー室も設けた。
 漁協の番屋は東日本大震災の津波で全壊し、現在は仮設でしのいでいる。建設費約5000万円は日本財団の支援で賄った。財団は岩手、宮城両県の被災地で番屋再生プロジェクトを進め、完成は13カ所目。
 平野栄紀組合長(61)は「作業環境が改善され、漁業生産の拡大に積極的に取り組める。復興の原動力になるはずだ」と語った。


復興応援職員 岩手沿岸730人必要
 岩手県は11日、東日本大震災で被災した沿岸9市町村の来年度の復興関連業務で、730人の応援職員が必要となる見通しを示した。本年度とほぼ同数の職員確保が必要で、県は全国の自治体に協力を求める。
 内陸自治体や県外から派遣されている職員は1日現在725人。本年度並みの人数を確保できたとしても不足が生じる。事業内容の変化や現在の派遣人数が確保できない場合は、必要数が増える可能性がある。
 現時点で実際に必要な応援職員数は784人に上る。これと比べ来年度の必要数は54人減少する。必要数が前年度比で減るのは震災後初めて。県は「徐々に事業のめどがつき始めた自治体があるのではないか」と分析する。職種別では一般事務433人、土木214人、建築46人など。
 県は来年4月に採用する任期付き職員を現在の120人から20人程度増やし、必要数の確保に努める。宮城、福島各県とも合同で全国の自治体に協力を要請している。県市町村課の佐藤隆浩総括課長は「必要数は減ったが楽観視できない。震災から5年近くが経過し県外自治体の理解を得ることが徐々に難しくなっている。引き続き努力する」と話す。


震災追悼施設を高台に 津波リスク考慮
 宮城県気仙沼市は、東日本大震災の犠牲者を慰霊する追悼の場を震災級の津波でも浸水しない高台に整備する検討に入った。被災した低地は、浸水の可能性があると判断した。庁内で建設地や規模を詰め、年明けにも概要をまとめる。
 建設地の要件は(1)震災級の津波がかぶらない高台(2)人々が集う一定の広さが確保できる(3)復旧復興する街や海が一望できる−などとした。菅原茂市長は「施設の性格を考えると二度と浸水する恐れのない場所に設けるべきだ」と話した。
 慰霊の場は、大半の自治体が被害が甚大な沿岸部を建設地とし、復興交付金も活用しやすかった。一方、白河市のように災害公営住宅整備の効果促進事業を活用して内陸部に設けるケースがある。復興庁は「他の復興事業と関連付ければ高台にも整備は可能だ」と説明する。
 追悼施設をめぐり、気仙沼市は6月、復興交付金事業で調査費約1350万円を予算化した。基本計画策定に向けて9月に職員12人で庁内検討会を開始。翌月、コンサルタント会社に調査業務などを委託した。
 検討会は今後、コンサルタントが挙げた10カ所程度の候補地を絞り込み、慰霊碑の在り方を考える。意見公募(パブリックコメント)も行う。
 市は当初、鹿折地区に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」や安波山の一帯に復興祈念公園の整備を検討したが、船は2013年に解体・撤去され、練り直しを迫られていた。


河北春秋
 去年は「壁ドン」、ことしは「アゴクイ」だそうだ。男の子が、向き合った女子のアゴを人さし指でクイッと持ち上げるしぐさだ。初めて知った。恋愛物のマンガや映画で描かれるときめきシーン。ドン、クイときたら、娘を持つ父親は来年が心配…▼年末恒例の新語・流行語大賞にノミネートされた50語が発表された。「アゴクイ」はその一つだが、「駆けつけ警護」「早く質問しろよ」など政治絡みの言葉が多い。安全保障関連法の審議が国民的に注目されたからだろう▼今回が32回目。山ほど言葉が生まれ、多くが忘れ去られた。生き残っても、なじめないものはある。例えば「ワタシ的には〜」(2000年)。曖昧なニュアンスを残す「ぼかし言葉」だ。「〜のほう」「〜とか」なども仲間▼相手との程よい距離感を意識した当時の、独特の言い回しだった。いまや、さも正しいように使われてしまっている。はっきり断定しないので、仮に間違った発言でも逃れられる。首相も「早く質問とかしろよ」と言えばよかった?▼閑話休題。時代の空気が言葉を造るから面白い。ことしのトップテンはどうなるだろう。筆者的には「ましゃロス」とかが好き。選ばれるかどうか賭けのほうをしてみようか。おっと、これはことしのNGワードだった。



ブラックバイト 調査踏まえた指導を
 「ブラックバイト」が社会問題となっていることを受け厚生労働省が行った初の実態調査で、六割が労働条件でトラブルになった経験があることが分かった。学生バイトの不当な扱いは許されない。
 働いた時間通りの賃金が出ない。アルバイトなのにテスト期間も休めず、単位を落とした。ノルマのため商品を自腹購入させられた。学生らに過酷な労働や不当な扱いを強いるブラックバイトが広がっている。
 厚労省がアルバイトを経験した大学生ら千人を対象に実施した調査で、六割が労働条件でトラブルになった経験があった。
 「準備や片付けの時間に賃金が支払われなかった」「一日に労働時間が六時間を超えても休憩時間がなかった」「実際に働いた時間の管理がされていない」−。労働基準関係法令違反が疑われるものも多く、問題の深刻さをあらためて浮き彫りにした。そのほか「採用時に合意した以上のシフトを入れられた」という回答も多かった。
 このため、「試験の準備期間や試験期間に休ませてもらえない」「シフトを多く入れられ、授業に出られなかった」といった、学業に支障が出ている実態も明らかになった。
 千人が経験したアルバイトのべ約二千件のうち、法律で定められている労働条件の書面での提示をしていないケースが六割近くあり、口頭ですら説明がなかったものが19%に上った。
 企業側が学生の労働法規への知識不足や立場の弱さにつけ込んでいる面もあるとみられ、悪質だ。
 ブラックバイトが広がる背景には、全体の労働者に占める非正規労働者の割合が四割に達し、正規社員が行っていた責任の重い仕事を、非正規の労働者が担わざるを得なくなったことがある。アルバイトを長く働かせなければ現場運営ができない職場が増えている。
 アルバイトにも労働基準法などは適用される。厚労省は経団連や業界団体に法令順守を要請するほか、大学での出張相談会を実施するなどの対策をとる。労働基準監督署による指導・監督を強化することも必要だ。
 学生側には、アルバイト開始前に労働条件を書面で確認することを求めたい。書面を受け取っていない学生の方がトラブルを経験する割合が高いという。そして、おかしいと思ったら労働組合などに相談しよう。
 若者を使いつぶすブラックバイトの被害を食い止めたい。


[知事、撤回指示拒否]県と国 法廷闘争へ突入
 辺野古新基地建設をめぐり埋め立て承認の取り消しを撤回するよう求めた国土交通相の指示に対し、翁長雄志知事は拒否すると正式表明した。
 地方自治法に基づく国の「代執行」手続きで、翁長知事が勧告に続き指示を拒否したことから、国は県を来週にも福岡高裁那覇支部に提訴する。県と国は法廷闘争に入る。
 翁長知事が埋め立て承認を取り消して以来、国の対抗措置を振り返ると、法の趣旨をねじ曲げており、とうてい納得できない。
 翁長知事の埋め立て承認取り消しに対し、防衛省沖縄防衛局は行政不服審査法に基づき国交相に審査請求と執行停止を申し立てた。同法は「国民の権利利益の救済を図る」のが目的である。米軍に提供する新基地を造ろうとする防衛局が「私人」のはずがない。行政法学者ら100人近くが審査請求・執行停止申し立ては「不適法」で、「法治国家」にもとると指摘していることからも分かる。
 国交相は執行停止を認めた。同じ国の行政機関である身内の国交省が審査するから当然である。国交相は新基地建設の工事が継続できる状態にした上で、さらに代執行の手続きをとった。代執行では本来、判決が出るまで工事をすることができないが、私人と国の二つの立場を都合良く使い分け、工事の既成事実を積み上げる考えである。
 翁長知事はこれらの問題で石井啓一国交相に公開質問状を出している。回答期限は13日だ。国の対抗措置に正当性があるのかどうか、根幹に関わる。石井氏が回答しないのなら、正当性がないことを自ら認めることになることを覚悟しなければならない。
    ■    ■
 安倍晋三首相らは基地問題で「県民に寄り添う」「負担軽減に取り組む」などと耳当たりの良い言葉を使う。
 だが、実際は問答無用の強権的な姿勢がむき出しだ。民主主義の国で最も尊重されなければならない選挙で、県内では昨年、名護市、県知事、衆院のすべてで新基地建設に反対する候補が勝利したにもかかわらず、民意に一切耳を傾けることをしない。
 新基地は普天間飛行場にはない軍港機能や弾薬庫を備える。周辺の米軍基地と一体的に運用され、沖縄本島北部の軍事要塞(ようさい)化である。負担軽減にならないのは明らかだ。
 佐賀空港のオスプレイの訓練取り下げに見られるように翁長知事は沖縄と他の都道府県との不平等な扱いを「いじめ」に例えたことがある。
 参院予算委員会の閉会中審査でも福島瑞穂氏(社民)が「沖縄いじめ」と強調した上で、「嫌だ、嫌だ、嫌だと言っているのに、なぜ強行するのか」とただした。「沖縄差別」というほかない。
    ■    ■
 米政府は基地問題で県が要請するたびに、日本の国内問題と逃げるが、基地を使用するまさに当事者である。
 辺野古では陸で海で市民と警備当局が衝突している。警視庁から100人規模の機動隊が派遣され、力で市民をねじ伏せようとしている。
 不測の事態が起きかねない水位に達していることを日米両政府は肝に銘じるべきだ。


「是正指示」拒否 民主国家の看板が問われる
 「わが国は法治国家である」とは安倍政権がよく使う言葉だ。米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設計画で、石井啓一国土交通相の埋め立て承認取り消し処分の是正指示に対し、翁長雄志知事は是正勧告に続き、指示も拒否する意思を表明した。政府は知事の拒否を受け「法治国家」の名の下、代執行提訴など法的手続きを進める見込みだ。
 しかし、考えてみてほしい。日本は「民主主義国家」である。民主的手続きを踏まえず、沖縄からの異議申し立てを却下することが「民主主義」の名にふさわしいのか。政府は再考すべきだ。
 民主主義の手続きとは最低限(1)必要な情報を共有する(2)議論し互いの主張を擦り合わせる(3)互いに納得できる合意点を見いだす−といった過程が必要だ。
 辺野古埋め立てに当てはめれば、この条件をまるで満たしていない。普天間飛行場の危険性除去という前提は国、県とも一致するが「なぜ辺野古でなければならないのか」という県民の疑問に、国は何一つ答えていない。
 埋め立て承認の取り消しをめぐって、知事は第三者委員会の調査に基づき「違法」と判断し、その根拠を説明した。国は県の判断を無視し、代執行手続きを進めながら「承認取り消し」の執行停止も認めている。矛盾する手続きを並行することについて、県から公開質問状が提出されたが、石井国交相は「回答の義務はない」として、議論に応じる姿勢すら見せない。
 議論ができない状態では、当然一致点を探ることも不可能だ。「国家事業に口を挟むな」というのであれば、それは独裁であり「民主国家」ではない。
 「主権在民」「基本的人権の尊重」は民主主義にとって当然のことだ。主権者、とりわけ当事者たる沖縄県民の7割以上が辺野古新基地建設に反対する中、法的手続きを踏めば国は何をしてもいいわけではあるまい。
 翁長知事は是正指示拒否を表明する記者会見で「国と地方は対等であり、安全保障で地方は黙っておれというのは一人一人の人権を無視するものだ。多くの意見を聞きながら進むのが当然で、それが民主主義国である」と述べた。
 知事の言葉を首相らは深く心に刻んでもらいたい。新基地建設を強行すれば日本は「民主主義国家」の看板を下ろさねばなるまい。


セウォル号船長の無期懲役確定 最高裁が殺人罪認定=韓国
 【ソウル聯合ニュース】韓国旅客船セウォル号の沈没事故で、乗客を救助せずに船を脱出したとして殺人罪などに問われた船長のイ・ジュンソク被告(70)ら乗組員15人の上告審判決公判が12日、大法院(最高裁)であり、裁判官は全員一致でイ被告に殺人罪を適用した二審判決を支持。被告の上告を退け、無期懲役の控訴審判決が確定することになった。
 昨年4月16日に韓国南西部の珍島沖で起きた事故では修学旅行中の高校生ら295人が死亡し、9人が依然行方不明のままだ。
 大法院はイ被告に対し、「適切な時期の脱出命令だけでも相当数の被害者の脱出や生存が可能だった」と指摘。「だが、船内で待機命令を出したまま、自分は警備艇に乗って脱出し、結局、乗客らが自力で脱出することが不可能となる結果を招いた」とした。その上で、乗客らが溺死するしかないことを十分に予見したにもかかわらず先に脱出したのは、船長の役割を意識的かつ全面的に放棄したことになるとした上で、「イ氏の不作為は作為による殺人の実行行為と同等の法的価値がある」と「未必の故意」を認めた。大規模な人命事故に対し、「不作為による殺人罪」を適用した初の大法院の判断となる。
 1等航海士や2等航海士、機関長らの乗組員14人に対しても上告を棄却し、懲役1年6カ月〜12年が確定することになる。
 裁判は乗客を助けず、脱出した船長らに殺人罪を適用できるかどうかが争点となった。検察は船長や1・2等航海士、機関長を殺人罪で起訴。昨年11月の一審ではイ船長の殺人罪を認めず、遺棄致死罪などで懲役36年を言い渡した。今年4月の二審は殺人罪を認めて無期懲役とした。

東日本大震災から4年8ケ月/マイマイ大失敗

ブログネタ
フランス語 に参加中!
さよなら維新1

Vol d’essai réussi du premier avion de ligne à réaction japonais
Le Japon a réussi mercredi le vol d’essai de son premier avion de ligne à réaction, étape cruciale d’un projet de longue date visant à entrer sur le marché des avions régionaux dominé par les Canadiens et Brésiliens et convoité par les Chinois et les Russes.
Le départ du MRJ avait été reporté cinq fois. ≪C’était fantastique≫, a assuré le pilote Yoshiyuki Yasumura, un vétéran, lors d’une conférence de presse quelques heures après la fin du vol.
≪C’est un succès, proche de la grande réussite, j’éprouve une joie sans limite≫, s’est enthousiasmé Hiromichi Morimoto, patron de Mitsubishi Aircraft, filiale dédiée du conglomérat Mitsubishi Heavy Industries (MHI).
≪Il va falloir désormais accumuler des milliers d’heures de vol de test≫, a-t-il ajouté.
Le Mitsubishi Regional Jet (MRJ), aéronef de près de 100 places s’est élancé de l’aéroport de Nagoya sous un ciel bleu et quasiment sans vent, a constaté un journaliste de l’AFP sur place.
Il s’agit du premier avion civil japonais conçu depuis un demi-siècle. Le précédent, appelé YS11, était un modèle à hélices. Les deux ont bénéficié de l’aide financière des pouvoirs publics japonais.
Le groupe nippon, également actif dans les secteurs de l’énergie nucléaire, des éoliennes et des machines industrielles, ambitionne de compter parmi les principaux fournisseurs mondiaux de cette gamme d’appareils de taille inférieure à ceux proposés par Airbus et Boeing dont MHI est depuis longtemps un grand fournisseur de pièces.
MHI vante depuis l’origine le confort de la cabine (plus spacieuse que pour les autres avions régionaux) et les caractéristiques écologiques de son nouvel aéronef, principalement en termes de réduction des nuisances sonores et des émissions polluantes, le tout par comparaison aux ≪deux grands du marché≫, une référence implicite au brésilien Embraer et au canadien Bombardier.
Sur ce même marché les Russes tentent de percer avec leur Superjet 100 mis en service en 2011 tandis que les Chinois ont conçu un premier avion régional l’ARJ-21, qui connait cependant des déconvenues.
≪Nous sommes ravis de la réussite du premier vol d’essai≫, s’est félicité le porte-parole du gouvernement, Yoshihide Suga, souhaitant ≪que se poursuive la collaboration public-privé pour le succès du programme MRJ≫.
Le vol s’est déroulé sans problème, sous les exclamations réjouies des commentateurs des télévisions japonaises.
L’appareil, d’environ 35 mètres de long sur 29 mètres d’envergure, a atterri en douceur après un trajet de près d’une heure et demie dont le tracé n’a pas été rendu public.
Il était escorté par deux avions chasseurs des forces d’autodéfense.
Une centaine de journalistes et autant d’invités, dont des représentants du ministère de l’Industrie, étaient sur place pour assister à ce moment important dans l’histoire de l’aviation civile japonaise.
≪C’était un avion de papier qui est devenu une réalité et cela devrait avoir un impact auprès des potentiels clients≫, a espéré M. Morimoto.
Ce vol d’essai devait avoir lieu le mois dernier après quatre changements antérieurs de calendrier de développement, mais un souci de pédale avait conduit MHI et sa filiale dédiée Mitsubishi Aircraft à différer une nouvelle fois ce test.
Développé depuis près d’une décennie avec plusieurs changements de conception, le MRJ existera d’abord en deux versions, de quelque 70 et 90 sièges, avant l’extension de la gamme à une troisième variante d’une centaine de places.
- 400 commandes, 1ère livraison en 2017 -
MHI a reçu à ce jour plus de 400 commandes (options comprises) pour ce programme dont la phase industrielle a débuté en 2008 après des années d’hésitation.
La première livraison, à la compagnie japonaise ANA, est prévue au printemps 2017.
≪Il va nous falloir recruter des personnels expérimentés, notamment du côté des Etats-Unis≫, a souligné M. Morimoto.
Le développement et les tests divers se poursuivent parallèlement au Japon et aux Etats-Unis dans le but d’accélérer l’obtention des certifications requises.
Pas moins de cinq usines au Japon participeront à la production en série du MRJ équipé d’un nouveau type de moteur dit ≪Turbofan≫ du groupe américain Pratt & Whitney (P&W)
L’assemblage final aura lieu à Komaki (centre du Japon), tandis que les ailes seront fabriquées à Kobe (sud-ouest) et réunies avec le fuselage à Tobishima (centre).
Un des complexes industriels utilisés, à Matsutaka, a pour ambition de combiner la production de pièces métalliques pour les avions à celles des automobiles afin de mutualiser des moyens industriels et logistiques nombreux dans la région de Nagoya, aussi bien fief des activités aéronautiques de MHI que des usines de voitures Toyota.
Mitsubishi Heavy prévoit de construire dix appareils par mois avec, pour chacun, un million de pièces.
フランス語
フランス語の勉強?
BS世界のドキュメンタリー▽提案8号への挑戦〜カリフォルニア州 同性婚の認定
カリフォルニア州では2008年に同性婚が認められたが、その半年後には同性婚の禁止をうたった州憲法改正案「提案8号」が住民投票により可決される。LGBTである自分たちと、子供の人権を守るため、ジェフとポール、クリスとサンディーの2組のカップルは「同性婚の禁止は憲法に定められた法の下の平等に反する」と主張し提訴。最終的には勝利を勝ち取る。結婚とは、平等とは何かを問う作品。サンダンス映画祭監督賞を受賞。
クリス松村〜2014年 アメリカ Tripod Media,Moore’s Filmed Goods and Services制作〜


東日本大震災から4年8ケ月です.月命日です.時々悲しくなってしまうけれども,11日だから特別にというのはないような気がします.
マイマイをしばらくぶりに,つまり約2ヵ月ぶりに,頑張ろうとしたのですが,大失敗でした.何となくまずいかな・・・という予感はあったのですが,やはりダメでした.次は正しく頑張ろうと思います.

東日本大震災から4年8か月 死亡・不明2万1000人超
東日本大震災の発生から4年8か月になり、警察がこれまでに確認した死者と行方不明者は1万8460人となっています。また、避難生活などで亡くなった、いわゆる「震災関連死」は、国のまとめで3000人以上と、「関連死」を含めた震災による死者と行方不明者は2万1000人を超えています。
警察庁によりますと、警察によって死亡が確認された人は、宮城県が9541人、岩手県が4673人、福島県が1612人、茨城県が24人、千葉県が21人、東京都が7人、栃木県と神奈川県がそれぞれ4人、青森県が3人、山形県が2人、群馬県と北海道がそれぞれ1人で、合わせて1万5893人となっています。
死亡した人の99%は身元が確認されましたが、依然として78人の身元が分かっていません。
また、警察に届け出があった行方不明者は、宮城県が1237人、岩手県が1126人、福島県が200人、千葉県が2人、茨城県と青森県がそれぞれ1人で、6つの県で合わせて2567人となっています。
一方、復興庁によりますと、避難生活による体調の悪化などで亡くなった、いわゆる「震災関連死」は、ことし3月末現在で、福島県で1914人、宮城県で910人、岩手県で452人、茨城県で41人、千葉県で4人、長野県と神奈川県でそれぞれ3人、山形県で2人、東京都と埼玉県でそれぞれ1人の、少なくとも合わせて3331人となっています。
福島県では、「震災関連死」で亡くなった人が、津波など震災の直接の影響で死亡した人の数を上回っています。
これで、東日本大震災による死者と行方不明者は、「震災関連死」を含めて、少なくとも2万1000人を超えています。


震災4年8か月行方不明者捜索
東日本大震災の発生から4年8か月となる11日、津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市では、今も行方が分からない人の手がかりを見つけようと、捜索が行われました。
気仙沼市では、今も220人の行方が分かっておらず、気仙沼警察署は、月命日などに、ボランティアの人たちと共に、行方不明者の捜索を行っています。
11日は、気仙沼市本吉町の海岸に、警察官とボランティアの人たち、約50人が集まり、海に向かって黙とうを捧げたあと、捜索を始めました。
参加者たちは、岩場の陰をのぞき込んだり、スコップなどを使って砂利を掘り起こしたりして、手がかりを探していました。
埼玉県から参加したという40代のボランティアの男性は、「インターネットで募集を見つけて、初めて、参加しました。1人でも早く見つかればいいと思います」と話していました。
また、気仙沼警察署の花釜隆弘地域課長は、「ご家族は今でも行方不明の方の帰りを待っていますので、1つでも手がかりを見つけることができるよう捜索を進めたい」と話していました。


震災から4年8か月 依然2万3000人超が仮設住まい
県内で6000人を超える死者、行方不明者が出た東日本大震災の発生から、きょうで4年8か月です。県内では依然、2万3000人を超える被災者が、仮設住宅での生活を余儀なくされています。
2011年3月11日に発生した東日本大震災で、県内では先月31日現在、関連死455人を含む5127人が死亡し、1126人の行方が今なおわかっていません。住宅の再建は遅れていて、民間のアパートなど「みなし」を含む仮設住宅で暮らす被災者は、最大時より2万人ほど減ったものの、2万3469人に上ります。このうち応急仮設住宅の人数は市町村別に、多い順で釜石市が3909人、陸前高田市が3411人、山田町が3283人となっています。


被災地の介護現場人手不足続
東日本大震災の被災地の介護現場では慢性的な人手不足が続いています。
NHKが震災で被災した宮城県と岩手県の特別養護老人ホームを取材したところスタッフの不足で高齢者を定員まで受け入れることができなかったりサービスを縮小したりするなど何らかの影響があった施設が全体の30%あまりに上ることがわかりました。
東日本大震災の発生から11日で、4年8か月がたちましたが被災地では介護が必要な高齢者が増える一方介護の現場では慢性的な人手不足が続いています。
NHKが、震災で被災した宮城県と岩手県の83か所の特別養護老人ホームに取材した結果、「震災後、人手不足が起きた」もしくは「いま起きている」と答えた施設は40か所で全体の半数近くに上りました。
このうち▼施設の定員に余裕があるのにスタッフの不足で高齢者を定員まで受け入れることができなかったりいまも受け入れていない施設は12か所ありました。
また、▼高齢者を一時的に受け入れるショートステイや▼外出支援・施設の催しなどのサービスを中止したり縮小したりしている施設をあわせると何らかの影響があった施設は26か所と全体の31%に上ることがわかりました。
人手不足の要因については「新規の採用が難しい」という回答が目立ったほか、「自宅が被災するなど家庭の事情で離職するスタッフが相次いだ」とか「賃金が比較的高い復興事業に人が流れた」などと回答する施設もありました。
介護の人手不足の問題に詳しい東北福祉大学の関田康慶教授は「復興需要などで経済が活性化し若い人などから介護の仕事が選ばれにくくなっている。被災地の現状は日本の未来を先取りしており対策を急ぐ必要がある」と指摘しています。


<私の復興>家族の日常選び取る
◎震災4年8カ月〜自主避難先の山形から再び福島へ 郡山市・中村美紀さん
 東京電力福島第1原発事故の放射能汚染から子どもを守ろうと、原発事故のあった2011年の夏に自ら選択した自主避難生活。夫を福島市に残し、娘3人と母子4人で暮らした山形市での2年7カ月を経て、再び福島に帰る選択をやはり自分で決めた。
 14年3月18日、自主避難先のアパートを引き払い、自宅のある福島県郡山市に戻った。引っ越しを翌日に控えた17日深夜、交流サイト「フェイスブック」に「ありがとう、やまがたのみんなへ」と題し避難生活について長文で思いをつづった。
 <子どもを守るって、どういうことなんだろう。避難できたからそこで終わるわけでない>
 <どの選択をしても、みんな必死に何が自分たち家族にとっての幸せかを考え続けている気がします>…
 郡山市での暮らしを再開してちょうど1年半がたったことし9月中旬、夕暮れ時が近づく自宅のリビングルームは、美紀さんの子どもたちが思い思いの時を楽しく過ごしていた。
 郡山に戻って間もなく生まれた長男の天晴(たかはる)ちゃん(1)がよちよち歩きしている。3人の娘が温かなまなざしを注ぐ。
 娘3人は、11年夏に母子避難した時は3女が現在の天晴ちゃんぐらいの幼児だった。長女は当時小学校3年生。4年8カ月がたち今は中学1年生だ。みんな成長しお姉ちゃんになった。
 美紀さんは山形で山形避難者母の会の代表を務めた。自主避難者家族が向き合う難題を先頭に立って世に問い掛けてきた。闘いながら、思いは福島と山形を行き来した。
 山形で天晴ちゃんを身ごもって少ししたころ、郡山に戻ろうと決断した。放射線量はだいぶ下がったとはいえ心配が消えたわけでもない。「ちゅうちょした自分もいた」と打ち明ける。
 あえて福島に帰り第4子を産むという選択。決断の大きな理由を語る。「ここ福島で恋愛して結婚して、安心して産み育てていけるということを自分の実践で娘たちに見せたい」
 山形で出会った多くの人に支えられ山形を大好きになったが、それでも自分はあくまでも福島人だとの思いもあった。
 いろいろなことに折り合いをつけた。家族の「日常」を選び取った。
 自主避難していたころ、仕事が休みの日に山形にやって来るパパが福島に戻る時、娘たちは泣いた。今もパパは福島市での単身赴任生活だが、赴任先に戻る時は笑顔で送り出す。そうした日々の家族の光景に、日常が戻ってきたことのありがたさを実感している。(松田博英)
●私の復興度・・・8割方
 不安には向き合い尽くした。自ら避難を選択するほどだったわけだけれど、時がたち、原発事故から間もない時期に考えたよりはだいぶ良くなっている。日々の暮らしの中で非日常のウエートがかなり少なくなった。私の幸せの基本は「家」。アイデンティティーを育ててくれた所の大切さを感じる。私個人としては日常が8割方戻った。


<災害公営住宅>孤立させない近隣住民と交流
 東日本大震災の被災者向けに仙台市青葉区霊屋下に整備された災害公営住宅「霊屋下復興公営住宅」の集会室で、入居者と近隣住民の双方が出展する「みんなの作品展」が開かれた。新しい環境の中で入居者が孤立したりすることのないようにと、市社会福祉協議会の呼び掛けで企画された。今後、市内のほかの地区でも同様の催しを開催していく予定だ。
 第1弾となった今回の作品展は7、8の両日、行われた。会場には入居者と地域住民19人が出品した川柳、写真、竹細工、着物への刺しゅうなど67点が展示された。
 作品を媒介にして来場者の会話は弾んだ。作品に見入りながら、「味わい深いね」「講師となって講習会を開いたら?」などと楽しく言葉を交わした。
 作品展は、市社協が共通の趣味を通じて自然体で交流を深めてほしいと企画。希望する地域を募り、手を挙げた霊屋下町内会と共催した。入居者4人、地域住民15人が出品。協力して準備に当たった。
 2月に入居が始まった霊屋下復興公営住宅には32世帯が暮らす。岩手県沿岸部も含む各地から被災者が集まり、高齢者が多い。震災のショックを今も抱え、引きこもりがちな人もいるという。コミュニティーづくりは大きな課題だ。
 同住宅は地元町内会に一つの班として加わり、少しずつ地域との関係を築きつつある。班長となった入居者の狩野裕吾さん(54)は「(作品展が)地域に溶け込むきっかけになればいい」と話す。町内会役員の菅野志津子さん(76)も「災害公営住宅や入居者の方々を知る機会になった。一住民としてなじんでもらえるよう、お付き合いしていきたい」と語る。
 市内の災害公営住宅整備率は87%で、本年度中に全て完成する予定。市社協は年内に地域から要望のあったほかの3カ所の災害公営住宅でも作品展を開く。その後も希望に応じて開催を検討する。
 市社協中核支えあいセンターは「最初は気を使ったり、戸惑ったりすると思う。作品展による交流が地域活性化の一助になればいい」と期待する。


月替わりで三陸伝統芸能 写真と動画で紹介
 東日本大震災の復興支援団体「SAVE IWATE(セーブイワテ)」(盛岡市)が、月めくりの「三陸復興カレンダー2016」を発売した。2012年版から続き、ことしで5年目。収益金は被災地の支援費に充てる。
 月ごとに岩手沿岸12市町村の祭りや伝統芸能の写真を掲載。QRコードを読み取るとインターネット上の動画を見ることができる。
 重さ約6トンの山車を引いて練り歩く陸前高田市の「うごく七夕」、豊漁を願う普代村の「鵜鳥(うのとり)神楽」などの様子を写し取った。各地の主な行事の開催情報もある。
 動画は東北文化財映像研究所(北上市)などが提供した。田野畑村の「羅賀(らが)みなと祭り」を撮影した盛岡市の主婦軽石敏子さん(80)は「写真と動画でいつでも祭りの活気を思い出せる。復興の励みになればうれしい」と話す。
 1部1000円。岩手県内の主な書店、セーブイワテのホームページで注文できる。連絡先セーブイワテ019(601)6482。


東日本大震災 防集事業の現実/数字合わせでは禍根を残す
 東日本大震災の被災地で進む防災集団移転促進事業で、事業の進展に伴い空き区画が生じる事例が相次いでいる。震災から5年近くがたち、被災者の高齢化や経済的事情の変化が相まった需要と供給のミスマッチが背景にある。
 気仙沼市では10月末現在、計画する47地区944区画のうち500区画(31地区、53.0%)の造成が完了した。市は15年度末までに全体の98.4%の造成を完了させる方針だが、当初の希望者が別の場所で自力再建したり、災害公営住宅への入居を決めたりして既に数十区画の空きが発生している。
 仙台市では整備した13団地843区画のうち1割超の90区画が宙に浮く。宮城県山元町は災害公営住宅の490戸が全て埋まる一方で、分譲宅地は4次にわたる募集にもかかわらず、251区画のうち50区画以上が空いている。石巻市、宮城県女川町でも同様の事態に直面しており、住宅用地の計画戸数を縮小するなどの対応に追われる。
 防災集団移転促進事業や災害公営住宅整備など、被災地の住宅再建事業は地域により大幅な遅れが出ている。被災者の生活状況は時間の経過とともに変化し、待ちきれずに自力で再建に踏み切る被災者、逆に一戸建てを諦めて公営住宅への入居に切り替える被災者もいる。
 自治体は意向調査を重ねるが、希望と建設の戸数を一致させることは困難で、需給のギャップが今後さらに広がることは避けられまい。
 国土交通省は2014年7月、住宅団地の空き区画について、本来対象外の災害危険区域外の世帯にも分譲を認める決定をした。それまで対象外の世帯への譲渡は目的外使用として復興交付金の返還を求めていたが、需給の実態と自治体の窮状に対応した。
 税金を投入している以上、自治体が空き解消に努めるのは当然だ。ただ、地縁の維持、地域コミュニティーの醸成といった被災者本位の暮らし再建が脇に追いやられてしまっては本末転倒だろう。
 住宅再建に関する論議は「遅れている」「整備を加速させる」というスピード論が先行しがちだ。遅れは需給ギャップ拡大の要因にもなり得るが、ややもすると復興は被災地の実態を置き去りにしたまま、積み上がる数字で評価されてきた側面がある。
 空き区画問題は計画と被災地の現状のずれで、政策のほころびでもある。被災自治体は焦りを募らせるが、数字合わせを優先する形で対応すれば、地域コミュニティー再生や持続するまちづくりに向けて禍根を残しかねない。
 20年度を最終年度とする被災自治体の復興計画は来年度、後半に入る。住宅復興をめぐり、自治体は20年、30年先を見据えた計画の見直しや修正に取り組むことも必要だ。
 国の集中復興期間は本年度で終了する。安倍政権は復興政策で「現場主義」を掲げてきたが、国の対応は現実の後追いに終始してきた印象が否めない。来年、6年目に入る復興の加速化が実態を伴って進展するよう、自治体の裁量を大幅に拡大するなど、柔軟な対処が求められる。


生活保護率 震災直後低下…翌年再び上昇
 東日本大震災で被災した宮城県沿岸15市町について、高齢化率など福祉分野の震災前後の変化を河北新報社と東北大災害科学国際研究所(災害研)が共同調査したところ、生活保護率は震災直後の2011年度に軒並み低下し、翌年に上昇に転じたことが分かった。復旧関連の仕事などが一時的に保護率を押し下げたが、12年度以降は被災のダメージが率を再び高めたことをうかがわせた。
 結果はグラフ、表の通り。集団の中から同じ傾向を示すグループを見いだして分類するクラスター分析の結果、A〜Eの5グループに分かれた。生活保護率や1人当たりの医療費はおおむね同じ傾向を示した。
 震災前に全体的に上がっていた生活保護率は、11年度に仙台市や七ケ浜町など4市町を除く11市町で低下。がれき処理など復旧関連の就労機会が増えたり、義援金が収入にみなされたりしたことで率が下がったとみられる。
 12年度から再び上昇傾向になったが、比較的被害が小さかった塩釜市は引き続き低下し、松島町は横ばい状態が続く。
 14年度の保護率が最も低かったのは利府町の3.51パーミル。仙台市(16.52パーミル)松島町(14.12パーミル)塩釜市(11.81パーミル)多賀城市(11.02パーミル)などは10パーミルを超えた(パーミルは千分率)。
 国民健康保険(国保)の加入率は震災前は右肩下がりだったが、11年度にほぼ全ての市町で上昇。震災による失業者らの加入が影響した。その後の雇用回復などに連動する形で、再び低下傾向に戻った。
 高齢化率は震災前から全市町で上昇していたが、震災後はクラスターD(仙台市、多賀城市、松島町)で鈍化した。出生率が震災前に上昇傾向だったクラスターB(名取市、利府町、亘理町)は震災前の水準に回復していない。
 調査データを解析した災害研の佐藤翔輔助教(災害社会情報学)は「クラスターA、B、Cの自治体では震災以降、高齢化の傾向がさらに強まっている。震災による人口構造の変化が読み取れる」と分析する。
 調査は震災発生から4年半が過ぎ、被災地の生活がどう変化したかをデータで推し量ろうと、河北新報社と災害研が共同で実施。10月にまとめた住まいなどの暮らし分野に続き、今回は福祉分野に焦点を当てた。
[調査の方法]宮城県内沿岸15市町の福祉に関するさまざまなデータを年度ごとに集計。東日本大震災前後の2006年度からおよそ10年間の変化を、従来の傾向に基づく推定値と実測値とのずれに注目してグループ分けするクラスター分析などの手法で分析した。項目は「出生率」「高齢化率」「生活保護率」「国民健康保険加入率」「自殺率」。データは県から入手した。


<復興相問題>復興へ影響懸念 辞任求める声
 慶弔費の支出や週刊誌の下着窃盗報道など、高木毅復興相をめぐる問題が衆院予算委員会で取り上げられた10日、被災地選出の国会議員からは、震災復興への悪影響を懸念する声や大臣の辞任を求める意見が相次いだ。
 民主党の安住淳衆院議員(宮城5区)は「復興の議論が全くされず、不祥事の説明ばかり。被災地にとって何の役にも立たない。政府がいかに被災地を軽んじているかを体現している」と批判し、徹底して辞任を求める構えだ。
 共産党の高橋千鶴子衆院議員(比例東北)は、自民党支部の担当者が私費の香典を誤って政治資金収支報告書に記載したとする高木氏の説明について「そもそも香典は私費であり、政治資金収支報告書の担当者に報告することはあり得ない」と指摘。女性の下着を盗んだとの疑惑についても、事実関係を明らかにするよう女性議員連名で同氏に申し入れる方針を示した。
 復興相としての高木氏の資質を疑問視するのは民主党の金子恵美衆院議員(比例東北)。「原発推進派の高木氏が復興相になったことで、福島は切り捨てられるとの思いが県民に強くある。なぜこのような人に大臣をさせるのか」と憤る。
 一方、有権者に線香セットを配った公選法違反事件で2000年に議員辞職した経験がある自民党の小野寺五典衆院議員(宮城6区)は「国民が納得すれば復興相を辞任する必要はない」との立場。「そのためにもしっかりした説明が必要。被災地の中にも大臣が訪れていない自治体は多い。早く決着させてもっと足を運んでほしい」と話す。


ミャンマー選挙 円滑な政権移行を望む
 ミャンマーの総選挙で、アウンサンスーチー氏が党首を務める最大野党、国民民主連盟(NLD)が事実上の勝利宣言をした。スーチー氏が唱える民主化に多くの国民が期待した結果であり、このまま確定すれば、半世紀にわたって軍が支配した体制からの歴史的転機となる。真の民主国家に向けた改革につながることを望みたい。
 現在のテインセイン政権を支える親軍政党の連邦団結発展党(USDP)とNLDが対決する構図となった。公式集計は途中だが、NLDは独自集計で「7割超の議席を獲得した」と述べ、与党は敗北を認めた。
 国会(上下両院)の議席のうち、それぞれ4分の1が軍人枠と規定されているため、NLDが改選議席の3分の2以上を占めて全体の過半数を獲得するかが焦点となる。
 新議員で構成する国会で大統領を選び、来年3月に新政権が発足する。ところが、現憲法には「外国人の家族がいる人物は正副大統領になれない」という条項があるため、英国籍の息子2人を持つスーチー氏は大統領にはなれない。
 民意はスーチー氏がトップに就くことを望んでいるのに、憲法の規定がそれを阻んでいるのが現実だ。民意と現実を整合させるため、憲法改正も課題になるのではないか。
 5年前の総選挙にはNLDなど有力野党が参加せず、親軍政党が圧勝した。その前の1990年選挙ではNLDが8割の議席を得たが、軍が選挙結果を無視して政権に居座った。そうした事態が二度と繰り返されてはならず、民意を反映した新政権へとスムーズに移行すべきだ。
 今回の選挙では、軍と少数民族武装勢力との紛争が続く地域で投票が中止になったり、NLDの候補者が襲われて負傷したりするなど一部で混乱があったが、おおむね自由で公正な形で行われた。民主化が前進しつつあると評価したい。
 2011年に軍事政権から民政に移管して以来、テインセイン大統領の下で報道の自由や経済開放など一定の改革が行われた。しかし軍が実権を握る構造は変わらず、長年にわたって独裁体制を敷いた軍に対する国民の不信は根強い。
 NLD主体の新政権が成立すれば、長年対立してきた軍との関係が最大の懸案となる。スーチー氏は軍とも協調していく姿勢を示している。軍も選挙結果を受け入れ、国内の安定維持に協力していくことが肝要だ。
 軍事政権時代に通算15年にわたって自宅軟禁下に置かれながら民主化を訴えてきたスーチー氏は欧米諸国と良好な関係にある。スーチー氏が率いる政権が誕生すれば、国際社会との関係改善も望めるだろう。


行政事業レビュー:核燃批判続々…4回運搬の船100億円
 政府の行政改革推進本部は11日、国の事業の無駄を点検する「行政事業レビュー」の公開検証を行った。高速増殖原型炉「もんじゅ」を運営する日本原子力研究開発機構については、ほとんど使われていない核燃料運搬船の維持費などに年間12億円かかっていることに「打ち切り、見直しも含めた将来的な選択肢」を示すよう注文が付くなど、批判が相次いだ。
 核燃料サイクル事業関連の経費の公開検証では、原子力機構の入札や契約資料に非公表部分が多く、河野太郎行革担当相は「国民に説明できないものにお金は使えない」と批判した。
 原子力機構が2006年度に建造した使用済み核燃料運搬船「開栄丸(かいえいまる)」は、03年に運転を終えて解体中の新型転換炉「ふげん」(福井県)の使用済み核燃料などを輸送するために造られ、開発費や維持費に延べ100億円がつぎ込まれたが、実際の輸送は4回のみ。09年11月以降は一度も使われていない。有識者から「なぜ必要なのか分からない」との意見が相次いだ。
 Jパワー(電源開発)が申請中の青森県大間町の大間原発に対する経済産業省の補助事業も批判が相次いだ。同原発は全炉心にウランとプルトニウムの混合酸化物(MOX)燃料を使う世界初のフルMOX商業炉。同省は1996年度以降、技術開発費補助金として290億円を同社に交付したが、この3年間の予算執行率は0〜4%。有識者は「執行率が極めて低く、抜本的に見直すべきだ」と指摘し、Jパワーに収益から交付額の相当分を国庫返納させるよう求めた。
 ただ、公開検証は国策の是非を問わない方針。政府がエネルギー基本計画に掲げる核燃料サイクル事業の必要性は議論の対象外で、もんじゅについても存廃は議論されなかった。
 この日は文部科学省が所管する全国学力・学習状況調査の実施費用(50億円)なども議論された。現在は小学6年と中学3年の全員が対象だが、「サンプル調査も検討すべきだ」「調査結果を積極的に公開する必要がある」と指摘された。
 行政事業レビューは、事業の廃止・存続を判定する「事業仕分け」とは異なり、各省庁が自らの事業の無駄をチェックして結果を公表する仕組み。今回は河野氏の意向で計55事業中、原発関連で19事業を公開検証の対象に選んだが、強制力はない。河野氏は来年度予算の編成に向け、各閣僚と折衝する意向を示している。【斎藤広子、青木純】


【私説・論説室から】 ほんまかいな?
 「もうバカらしいて、やってられまへんで〜」。第三次安倍改造内閣が発足した先月七日の深夜、旧知の中央省庁幹部から電話がかかってきた。
 彼が怒っているのは、首相が表明した新しい「三本の矢」とその数値目標だ。「一億総活躍」をスローガンに(1)GDP六百兆円(2)出生率一・八(3)介護離職ゼロ−という内容だ。
 「介護離職ゼロ。あんなのインチキに決まってるやん。ボンボンのたわ言や。口先でできるなら、今ごろすでに解決してる。そんな簡単なことなら、あのタレントの清水さんも介護心中なんかしてまへんよ」
 六年前、歌手でタレントだった清水由貴子さん=当時(49)=が父親の墓前で亡くなっているのが見つかった。傍らには衰弱した車いす姿の母親がいた。介護疲れによる自殺とみられる。清水さんはその三年前、介護に専念するため芸能界を引退していた。
 清水さんの自殺は介護問題の深刻さをあらためて浮き彫りにしたが、氷山の一角だ。介護疲れなどを理由とする家族による殺人、心中で亡くなる人は年間二十人以上という。
 「新三本の矢」については、来年の参院選向けの人気取り、安全保障関連法でついたタカ派色を薄めるためのもの、など評判は悪い。だが、首相が宣言したのだ。口先だけでなく、本気で取り組んでほしい。清水さんのような悲劇をなくすために。 (上坂修子)

家賃振込み遅れました/仮カレが面白い

ブログネタ
フランス語 に参加中!
東大0

Le Japon ferme ses portes aux migrants
Le pays du soleil levant refuse d'accueillir des migrants au motif qu'il possède une triste expérience en la matière.
Le porte-parole du gouvernement japonais Yoshihide Suga a réaffirmé aujourd'hui que le Japon n'était pas prêt à accueillir des migrants même pour remédier à la pénurie de main-d'œuvre dans le pays.
Selon lui, de nombreux Etats étrangers ont une "expérience fâcheuse" en la matière.
"Il faut adopter une attitude très prudente envers l'accueil des migrants", a déclaré Yoshihide Suga.
Cette question est venue en discussion après que le ministre de la Réforme administrative, Taro Kono, ait proposé d'étudier la possibilité d'accueillir de la main-d'œuvre étrangère en raison du vieillissement de la population japonaise. Selon les prévisions démographiques, d'ici 2040, plus de 36% des habitants du pays seront âgés de plus de 65 ans.
Il n'en reste pas moins que les autorités nippones n'ont pas l'intention d'accueillir des migrants issus de pays moins riches.
L'agence Sputnik a demandé au président du Club russe de Tokyo, Mikhaïl Mozjetchkov, de commenter cette situation.
"Dans l'histoire du Japon, il y a eu un moment où le pays a accueilli des ressortissants iraniens. Cela s'est passé il y a une vingtaine d'années, lors de la guerre irano-irakienne. Après l'opération Tempête du désert, les Américains ont persuadé les Japonais d'accueillir un certain nombre d'Iraniens pour les employer sur les chantiers. Or, avec le temps, ces migrants se sont dispersés à travers le pays pour se livrer à des activités criminelles telles que la prostitution, le trafic de stupéfiants, etc…", a raconté Mikhaïl Mozjetchkov.
Selon lui, le pays a besoin de gardes-malades, car sa population ne cesse de vieillir.
"Il s'agit d'un travail difficile et mal rémunéré. Les Japonais prêts à l'exercer ne sont pas nombreux. Alors, on a décidé d'inviter des femmes philippines et malaisiennes pour qu'elles acceptent de soigner des vieillards moyennant une modeste rémunération. Or, ce projet a échoué lui aussi, car pratiquement aucune de ces femmes n'a réussi à passer l'examen de japonais, et la plupart d'entre elles sont revenues dans leur patrie", a indiqué l'interlocuteur de l'agence.
"Il est donc facile de comprendre pourquoi le gouvernement japonais ne veut plus de migrants", a conclu le président du Club russe à Tokyo.
フランス語
フランス語の勉強?


★クラスでいちばんかわいい女の子しずかちゃんが、いちばん凡庸な男の子の妻となる現実。
★最大の武力の持ち主ジャイアンと最大の資金力の持ち主スネ夫が、タッグを組まなければならない現実。
★たとえいじめられても、いじめっ子と絶縁する道を選べない最下層カーストにいるのび太の現実。
★ドラえもんが歩いていても驚かれない、地域コミュニティが崩壊した郊外に住む野比家の現実。
ああ、よくよく考えればふしぎ極まりない、なんともせつない人間ドラマ――。
そう、『ドラえもん』で描かれる人間関係は、はからずも現代社会の縮図なのである。
1970年に登場して以来、いまや日本人に生まれて知らない人はいない(?)、いやいや、世界的にもファンが多い、わが国の国民的マンガ『ドラえもん』。あまりにも有名で、まるで空気のような存在のためなのか、はたまた子ども向けマンガと軽く見られたからなのか、正面きって論じられることはこれまで少なかった。
しかしその作風は、たんなる生活ギャグマンガにあらず。『鉄腕アトム』直系のSFロボットアニメであり、『新世紀エヴァンゲリオン』の先を行く「セカイ系」でもあり、『けいおん! 』に代表される「日常系・空気系」の元祖ともいえる、マンガ・アニメ史のパイオニアなのである。しかも『サザエさん』同様、主人公が成長しない「ループ物語」でありながら、調べていくと、なんと村上春樹氏もビックリのパラレルワールドだったのだ……。
そして何より、政権交代、フェミニズム、スクールカースト、世代論、郊外論、戦闘美少女と、戦後からいまにいたる日本社会の推移をまるで予見でもしているかのような、社会学者が舌なめずりして飛びついてもおかしくないほど格好の研究対象なのである。
『ドラえもん』を読めば日本社会のふしぎがわかる!
ドラえもんワールドが好きで好きでたまらない人も、そうではない人も、じつは深すぎる『ドラえもん』の世界観にふれてみよう。
【目次】
第1章 しずかちゃんの行動は冷静に考えればよくわからない
第2章 ジャイアンとスネ夫はまるで民主党政権である
第3章 「ドラえもん世代」は存在するのか
第4章 のび太はスクールカーストの日本最初の被害者なのか
第5章 野比家は郊外に住んでいなければならない
第6章 じつはパラレルワールドだった!

「おっさんレンタル」日記
西本 貴信
大和書房
2014-12-19


不思議な体験、貴重な時間を過ごしている偉大な男性の足跡  kuma
文字が大きくて、とても読みやすい本でした。
社会貢献のような活動に理解や信頼を示す家族の絆。
お客様に対しても常に誠実でありながらも、向上心が高く、
このサービスで相手は満足しているかどうかと自問自答している苦悩を感じます。
優しく包容力に溢れた著者の相手への理解・思いやりが、じわじわと伝わってきます。
おっさんレンタルというか、牧師さん、いえエンジェルレンタルですね。
こんな世界や、こんなやり取りがあったんだと、、書籍を通して体験させて頂きました。
タイムイズマネーのこの時代、人はモモの童話のように時間に行き急いでいます。
そんな中、プロのスタイリストという肩書きももっているのに、人と人との関わりを大切にしながら、
家族への愛情も忘れない。まさに「おっさん」を代表する、キングオブおっさんだと思いました。
とてもお勧めの書籍です。

プレミアムよるドラマ 仮カレ(1)<全8回>「本命じゃない恋人」
ネット通販会社を舞台に仕事命のアラサー杏(相武紗季)と一途に結婚を願うアラフォー美樹(中越典子)の“恋と仕事と毒舌”の日々を、切なくも爽快に描くラブコメディー。
ネット通販会社に勤める豊島杏(相武紗季)は上昇志向の強い29歳・独身。斬新な結婚サービスを企画し、成功と昇進をもくろんでいた。事務職の原田美樹(中越典子)は十年付き合った営業部員の佐野(田中直樹)との結婚を控え、杏の企画の広告モデルを引き受ける。だがある日突然、佐野が退職し美樹と別れると言い出した。怒った杏は制止する美樹を振り切って佐野をロビーに追うが、そんな杏を一人の男(眞島秀和)が見つめていた
相武紗季,中越典子,塚本高史,白洲迅,古畑星夏,小宮有紗,我妻三輪子,田中直樹,木南晴夏,眞島秀和,秋山菜津子
大林利江子

クローズアップ現代「日本酒ルネサンス〜人気の秘密に迫る〜」
今、従来のイメージを大きく覆す個性豊かな日本酒が次々と誕生。飲み方や食べ合わせなど、新たな楽しみ方も広がっている。進化を遂げる日本酒の秘密とブームの背景を探る。
穂坂賢, 国谷裕子

タモリと鶴瓶「その7 SMAP」(前編)
タモリと笑福亭鶴瓶のコラボ企画。毎回ゲストを迎えて、タモリと鶴瓶がNHK放送センター内で繰り広げるすれ違いミニドラマ。ゲスト:「のど自慢70」SMAP。
SMAP, タモリ,笑福亭鶴瓶

ゼロの真実〜監察医・松本真央〜
ついに最終回!若い女性の転落死をきっかけに、真央がいよいよ母の死の解明に挑む!その時、立ちはだかるのは母を解剖した印田恭子…真央は真実を解明できるのか!?
高層ビルから転落死した女性。自殺と推測されることから印田(真矢みき)は「解剖の必要なし」と判断。しかし、真央(武井咲)は判断を押し切り、遺体を中央監察医務院に搬送する。 真央には、解明しなければならない転落死がもう一つあった…。8年前の母の死。中央監察医務院の記録から印田の仕業なのか、真央の母の解剖写真はすべて削除されていた。そこで真央は、屋敷(佐々木蔵之介)にある取り引きを持ちかける…。
武井咲、佐々木蔵之介、生瀬勝久、和田正人、六角精児、小松和重、水沢エレナ、宮崎香蓮、青柳翔・尾美としのり、でんでん、橋爪功(特別出演)、真矢みき
霧島れいか、黒川芽以、小島藤子

めざせ!2020年のオリンピアン「女子バスケ大神雄子が未来の司令塔に喝!」
女子バスケのカリスマ大神雄子が若き日本代表の司令塔に超絶技を伝授!課題のリーダーシップを鍛える独特の練習を課すが、なかなか変化しない16歳にしびれを切らして…
抜群のスピードとテクニックで若き日本代表の司令塔に抜てきされた16歳を女子バスケ界のカリスマ大神雄子がサプライズ訪問。超絶技を披露し、不利な状況を突破するドリブル術を指南!さらに、足りないリーダーシップを鍛えるため、本場アメリカ仕込みの独特の練習を課す。だが変化がなかなか見えない新星に、大神はしびれを切らして…。バスケ愛全開のMC北川悠仁(ゆず)とズブの素人の体操・田中理恵がスタジオで珍トーク!
北川悠仁, 田中理恵,大神雄子,木村亜美, 山上智

プレミアムよるドラマ 仮カレ(2)「イタい女の恋」
ネット通販会社を舞台に仕事命のアラサー杏(相武紗季)と一途に結婚を願うアラフォー美樹(中越典子)の“恋と仕事と毒舌”の日々を、切なくも爽快に描くラブコメディー。
社内で暴力沙汰を起こした杏(相武紗季)は新事業で2か月以内に利益が出せなければクビだと日下部(眞島秀和)から宣告される。結婚が破談になった美樹(中越典子)や杏の“つなぎの彼氏”直人(塚本高史)もメンバーとなって、その新プロジェクトが始まった。婚活にはげむ美樹は年下の瞬(白洲迅)から告白され、直人には若い沙耶(古畑星夏)が接近してくる。そんな浮かれたメンバーに杏はイライラを募らせつつも孤軍奮闘する。
相武紗季,中越典子,塚本高史,白洲迅,古畑星夏,小宮有紗,田中直樹,木南晴夏,眞島秀和,秋山菜津子,吉田ウーロン太,大重わたる 大林利江子その他


すみません.家賃をやっと振り込みました.お金がなかったのではなくて,ちょっと忙しくて忘れていたんです.来月から注意です.
NHKの仮カレが面白いです.相武紗季演じる杏になった気持ちで見ています.

大船渡、気仙沼両線 鉄路復旧へ市民一丸
 東日本大震災で被災しBRT(バス高速輸送システム)で仮復旧しているJR大船渡、気仙沼両線の鉄路での復旧を求める集会が8日、気仙沼市の気仙沼中央公民館であった。同市や南三陸町から約120人が参加し、「鉄道実現への先人たちの努力や歴史と向き合い、今後も全線鉄路での復旧を訴えていく」とのアピールを採択した。市民でつくる「JR大船渡線・気仙沼線全線の復旧を早期に実現する会」が主催した。
 同会の畠山光夫代表が「水産と観光を柱とする沿岸地方にとって、誘客には鉄道が必要だ」とあいさつ。菅原茂市長は「鉄路による復旧を求めて挙げた手を、自分から下ろすことはない。市民と連携しながらJRと話し合っていきたい」と祝辞を述べた。
 岩手県沿岸部住民の足となっている三陸鉄道の望月正彦社長が、経営の奮闘ぶりや被災から復旧までの足どりについて講演。「鉄道からバスに転換し栄えた町はない。車社会と公共交通のバランスを取ることが大切だ」と話した。
 JRは7月に大船渡、気仙沼両線沿線5市町に対し、鉄路復旧の断念とBRTによる本格復旧を提案した。


<蕪嶋神社全焼>再建へ募金を呼び掛け
 5日未明に全焼した八戸市の蕪嶋神社について、神社や町内会などの地元関係者が「蕪嶋神社再建実行委員会」を設立し、市役所で9日、記者会見を開いて再建への募金を呼び掛けた。
 実行委によると、再建時期や費用は見通しが立っておらず、計画がまとまり次第、公表する。再建準備と並行し、火災の後片付けや仮設拝殿の土地を蕪島周辺で探す作業も進める。
 神社再建は、ウミネコの繁殖時期の3〜7月には工事を行わない方針のため、完成まで数年かかる可能性がある。宮司の野沢俊雄さん(65)は「元通りの形にしたい」と訴えた。
 また、野沢さんは火災の原因について「警察は漏電の可能性を指摘するが、納得できていない。近くで不審火があったことや、出火時に蕪島から人が出てきたとの情報もあり、捜査を見守りたい」と話した。
 募金の申し込みは平日と土曜日の午前9時〜午後4時、実行委事務局で受け付ける。連絡先は同事務局0178(96)3363。


44歳チアリーダー ドラマに
プロ野球・楽天の創設に伴い結成されたチアリーダーの一員として挑戦を続けた40代の専業主婦の実話をもとにNHKが制作するドラマ「44歳のチアリーダー」の撮影が仙台市内で始まりました。
ドラマは、仙台市を舞台に女優の堀内敬子さん演じる44歳で3人の子どもを持つ母親でもある専業主婦が、楽天のチアリーダーの一員となり家族や仲間に支えられながらさまざまな挑戦を続けていくドキュメンタリードラマです。
このドラマのロケが仙台市内で始まり、コボスタジアム宮城でチアリーダーのコスチュームを身につけた堀内さんがホーム最終戦でパフォーマンスを披露する撮影に臨みました。
ロケには、試合を観戦する客の役として楽天のファンクラブの会員などがエキストラで参加し、チアリーダーたちに声援を送るシーンなども撮影されました。
堀内さんは「私も主人公と同じ44歳です。”何歳になっても挑戦はできるぞ”というエールを込めて作品を作っていきたい」と意気込みを語っていました。
ドラマ「44歳のチアリーダー」は12月20日午後10時からBSプレミアムで放送予定です。


<福島の断面>自立支援チームに業者冷ややか
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難区域の商工業者の自立を支援する「福島相双復興官民合同チーム」をめぐり、目的や実効性を疑問視する声が上がっている。東電が営業損害賠償を2016年度で事実上終了する方針を示したのと同時に設立された経緯がある上、訪問チームに経営の専門家がいないからだ。「支援が遅すぎる」「賠償打ち切りの口実にならないか」。福島県議選で双葉、南相馬・飯舘両選挙区は無投票になり、事業者らは不満をはき出す機会も失った。
<助言なく不満>
 単なる「ガス抜き」ではないか。面談はそんな印象を残して1時間ほどで終わった。
 浪江町の40代自営業男性がチームの訪問を受けたのは9月下旬。男性が経営状況をひたすら説明し、チームから助言はなかった。
 男性は事故から半年後、中通り地方で事業を再開。取引先の多くは休業状態で、売り上げは事故前の1割に落ち込んだままだ。国のグループ化補助金の対象にもならず、営業損賠で赤字を穴埋めする経営が続く。
 「これまで事業者の実態に即した援助が見当たらなかった。それなのにこれからまっとうな支援ができるのだろうか」。男性は疑問を投げ掛ける。
 国は6月、15〜16年度を事業者への自立支援策を集中的に講じる期間と位置付ける新たな福島復興指針を決定した。東電は指針に基づき、ことし3月以降2年分の逸失利益をまとめて支払い、その後は個別対応するとの賠償方針を示した。
<首相自ら表明>
 官民合同チームの設立は、指針策定に先立ち、安倍晋三首相自らが視察先の福島県内で表明した指針の「肝」ともいえる施策だ。
 チームは国や東電からの出向者計140人で構成。2人1組で12市町村の約7900事業所を訪問する。年内をめどに支援策をまとめる予定で10月末までに約1000事業者を訪ねた。
 新たな経営支援策への期待は大きいものの、事業者らの評価は総じて低い。
 「支援策の方向性などを説明してくれるものと思っていたが、何を聞いても答えてくれなかった」と、ある事業者は振り返る。双葉郡内の商工会幹部は「聞き取りは商工会などで何度もやっている。膨大な人件費を投じて訪問するなら、事業資金を回してほしいぐらいだ」と冷ややかだ。
 チームの角野然生事務局長(内閣府審議官)は「賠償打ち切りを前提とした支援ではない。徹底的に寄り添い、経営を支えていく」と強調。2回目以降の訪問では、税理士ら専門家チームを派遣するという。
 県商工会連合会の佐藤敏文広域指導課長は「今後は避難指示解除が進み、地元で再開する事業者も増える。人口を戻す施策も併せて講じるなど、息の長い支援が必要だ」と求める。
[メ モ]福島県商工会連合会によると、避難区域のあった12市町村の加盟事業所2720カ所のうち、営業を再開したのは9月20日現在で、55.3%の1504カ所だった。


くにゃくにゃの体温計を開発 貼るだけで瞬時に測定、東大など
 薄くて軟らかく、くにゃくにゃと曲げられるフィルム状の体温計を開発したと、東大と米テキサス大のチームが10日付の米科学アカデミー紀要電子版に発表した。
 皮膚に貼り付けるだけで、瞬時に正確な温度を計測できる。チームは3年ほどかけ実用化したい考え。染谷隆夫東大教授(電子工学)は「ばんそうこうのように貼り付け、赤ちゃんやけがの患部などを継続的に優しく観察することができる」と話している。
 チームは、厚さ0・015ミリのプラスチックのフィルムに、温度センサーの役割をする特殊な樹脂を使った回路を作製した。


生稲晃子 5度の手術も…初めて明かす乳がん闘病4年8カ月
「再建手術を受けて昨日退院したばかりです。乳がんに関する手術は5回目。もう本当にこれで終わりにしたいと思っています」
ゆっくりと言葉を選びながら語るのは、女優の生稲晃子(47)。おニャン子クラブの一員として芸能活動を開始、解散後は女優として活躍を続けている。’03年に実業家の男性と結婚。’06年には長女が誕生している。仕事と育児のかたわら、難関である心理カウンセラーの資格も取得するなど、公私ともに充実した日々を送ってきている。だが、一方では過酷な現実を抱えていたのだ。
実は彼女は、’11年に乳がんが見つかっていた。しかし、家族とごく身近な関係者に打ち明けただけで、仕事を休むことなく手術や放射線、薬物療法を続けていた。そして冒頭の言葉のとおり、今年10月27日、乳房再建手術を受けたという。5年近くにわたる闘病の経緯と現在の思いを、本誌に初めて明かしてくれた。
最初にがんが見つかったのは、’11年4月28日のこと。くしくもその日は、生稲の43歳の誕生日だった。
「主治医の先生からは、『これだけ早期に発見できたのは幸運ですよ』と言っていただいて、腫瘍のある部分を切除する乳房温存手術が受けられるということでした」
5月6日に手術を受け、リンパ節などへの転移もなく、このときは「あとは治っていくだけ」と前向きにとらえていた。仕事も生活も、何ひとつ変わることなく、いままでどおり続ける道を選んだ。再発を防ぐため右乳房全体に放射線を照射する治療を受け、薬を服用しながらも、どうにか仕事と治療を両立させていた。“早期発見のラッキーな患者”といわれていたはずだった。
しかし、翌’12年の夏の終わり、再発が判明する。右乳房の表面に「にきび」のようなできものを発見し、病理検査を受けた結果、悪性だった。再手術は日帰りで、最初の手術と同様に、がんのできた部分の切除術を受けた。
「初めてがんが見つかったときよりも、数倍ショックでしたね。再発後は不安を抱えながらも、『このあと、何もなければ』という思いで過ごしていたのですが……。2度目の再発を発見したのは主治医の先生でした」
3度目の切除手術は’13年10月のことだった。温存した乳房のなかでの再発……。
「いつも優しく私の質問に耳を傾けてくださる主治医の先生が、『ちいさくてもがんはがん。あなどれませんよ。おそらくこれが最後の手術ではありません。次に再発をしたら、もう(命の)保証はできません』と厳しい宣告をされました。命の安全のために、右胸は全摘をするしかないということでした」
主治医の女性ドクターは生稲と同年代。“娘さんが成人するまではお母さんが死ぬわけにはいかないでしょう”と諭され、いつも真摯に納得できるまで説明をしてくれる病院の姿勢を信頼し、’13年12月27日に全摘手術を受けることを決めた。
「このときは、『もう、右胸ともお別れなんだ』というなんとも言えない気持ちでしたね。娘が前から行ってみたいと言っていた近所の銭湯に一緒に行って。2人で湯船につかりながら、“こんなふうに銭湯に来るのは最後になるのかな”なんて考えていました。これからは人の目が気になってしまうんだろうなと……。全摘手術を受けた患者さんたちは、みんなつらく悲しい思いをしているんだろうとか、いろいろなことに思いをはせました」
術後はそれまでに経験したことのない激痛が続いた。手術時に、乳房再建を視野に入れ、生理食塩水を少しずつ足しながら、右胸の隆起を作っていく手法をとったためだった。どの方向を向いても寝られないほどの激痛で、夜を明かしたこともあった。このときすでに、乳がんの手術は4度目になっていた。
そして5度目の手術となったのが、冒頭の右乳房の再建手術だ。
「右胸を失ってみて、人間の体ってバランスが大切なんだと改めて思いました。衣装を着用するとずれるんです。テレビに出るには、やはり再建はしたほうがいいだろうと考えました」
退院の翌日にインタビューに応じてくれた生稲は、血色もよく、テレビで見るとおりの元気で明るい印象だった。病の影などはみじんも感じさせない。彼女にとって、この4年8カ月でもっとも苦しかったのは、人に話せないことで、同じ病気の人たちと思いを「共有できなかった」ことだ。
「でもこれからは違います。言葉は悪いかもしれないけど、せっかく生きるか否かの病気になったのだから、私の体験がひとりでも多くの人の参考になれば。勇気を持ってもらえたらと思います。温泉番組なども、依頼があれば出たい。たとえがんにかかっても、これだけ元気に働けるんだということを見てほしいんです」


BPO意見書 介入への批判は当然だ
 NHK「クローズアップ現代」のやらせ疑惑問題をめぐり、高市早苗総務相がNHKを厳重注意したことや、自民党がNHK幹部を呼び説明させたことを、放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会(検証委)が厳しく批判した。
 放送法の本旨に照らせば、政府・与党の介入に対する批判は当然だ。
 意見書においてBPOは、高市総務相の対応を「政府が放送法の規定に依拠して個別番組の内容に介入することは許されない」と批判した。NHKが再発防止策を検討していたにもかかわらず注意したことについて、「放送法が保障する『自律』を侵害する行為」との認識を示した。
 また自民党情報通信戦略調査会がNHKの幹部を呼んで、番組の説明をさせたことも「放送の自由とこれを支える自律に対する政権党による圧力そのもの」と断じた。
 BPOは、放送の問題を自主的に解決するため、NHKと民放が設立した第三者機関である。検証委は、民放バラエティー番組の捏造(ねつぞう)問題で番組に対する国の規制強化の動きが強まったことから、自浄作用の確立を目的に2007年に新設された。
 自民党には、BPOに対する政府の関与を探る動きがある。総務相と自民党への指摘は、それをけん制しつつ第三者機関としての役割を果たそうとしたとみることもできる。
 放送法の第1条は、表現の自由を確保し、民主主義の発達に資するとの目的をうたう。そのうえで第3条は、放送番組は法律に定める権限がなければ何人からも干渉され、規律されないと編成の自由を保障する。誤った報道をした場合などに放送局が自ら訂正するのは当然としても、その運営は自律が原則である。
 高市総務相は批判を受け、政治的公平などを定めた放送法の番組準則に違反したか否かは、まず放送局が判断すべきだが、最終判断は総務相が行うと反論した。しかし検証委の設置以来、政府は放送の自律を尊重してきた経緯がある。社会的な影響力が大きく、電波の周波数には限りがあるという放送メディアの特性はあるにしても、政権の関与は抑制的でなければならない。
 一方、BPOは放送に携わる者が、干渉や圧力に対する毅然(きぜん)とした姿勢を堅持して、行動することも求めた。
 昨年5月に放送した「出家詐欺」の特集について、NHKは今年4月「過剰演出があった」とする調査報告書をまとめた。それを疑問視したBPOが、「重大な放送倫理違反があった」と指摘した意味は大きい。
 放送の自由には、もちろん責任を伴う。視聴者の感覚とはなお距離があるやらせの捉え方の再考を含め、NHKは重い課題を背負った。


放送法と政治 公権力の介入を許すな
 NHKの報道番組をめぐる問題で、放送倫理・番組向上機構(BPO)が総務省と自民党の介入を批判した。「圧力そのもの」と述べたのだ。公権力の干渉を許しては「表現の自由」が損なわれる。
 問題となったのは、NHKの報道番組「クローズアップ現代」が出家詐欺を取り上げた中で、やらせがあったとされる点だ。これについては、BPOの放送倫理検証委員会が「重大な放送倫理違反があった」「検証が不十分である」などと意見書で述べた。
 NHKが真摯(しんし)に受け止め、再発防止に努めねばならないのは当然として、注目すべきは、この意見書が公権力の介入について、鋭い指摘をしていることだ。
 総務相がこの問題で文書による「厳重注意」をしている。大臣名では二〇〇七年以来の出来事だった。また、自民党の情報通信戦略調査会がNHKの幹部を呼び、説明させるという出来事もあった。このときは、テレビ朝日の幹部も呼び付けられた。ニュース番組に出演した元官僚のコメントが問題視されたのだ。
 意見書は「行政指導で政府が介入することは、放送法が保障する自律を侵害する」「政権党による圧力そのものだから、厳しく非難されるべきである」と記した。
 放送法の第一条二項では「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保する」と定められている。この原則を守るよう求められるのは、公権力の側であるはずだ。BPOも同じ見解だ。
 権力は放送を自在に操りたがる欲望を潜在的に持っているため、法で放送の「自律」を保障しているのだ。「不偏不党」の言葉も放送局の義務ではなくて、公権力に向けられている。権力の干渉を防ぐためだ。歴史を見れば、強権が「真実」さえ、ねじ曲げることがあるのは自明の理であろう。
 放送の自由は、そのような保障の上に成り立っている。その一方で電波法により、放送免許や監督の権限を政府に握られている。
 それゆえ放送局は政治の圧力を受けやすい体質があるわけだ。公権力がやらせ疑惑などに乗じて、その権限をちらつかせれば、「表現の自由」に対する威嚇と同義である。BPOの判断に賛同する。
 ジャーナリズムの本質は、権力監視だ。強権政治におもねる風潮がある中で、放送人もまた萎縮や自粛があってはならないし、権力への毅然(きぜん)たる姿勢が求められる。


[取り消し撤回指示]問うべきは政府の品格
 石井啓一国土交通相は9日、名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事に対し、地方自治法第245条に基づき、取り消し撤回を指示する文書を発送した。勧告を拒否した知事に代わって国が埋め立てを承認する「代執行」手続きを、さらに進める措置である。
 日米で合意された米軍普天間飛行場の辺野古移設が進まなければ、周辺住民の危険性は除去されず、米国との信頼関係にも悪影響が及ぶとし、「取り消し処分を放置することにより、著しく公益を害することは明らかだ」と主張している。
 その言い分は、基地をめぐる歴史的経緯を何一つ考慮しない一方的な決め付けである。そもそも著しく公益を害するようなことをしてきたのはどっちなのか。
 この70年間、沖縄は地上戦で甚大な被害を受け、戦後は日本の主権回復と引き換えに米軍支配下に置かれ、「無主権状態」の下で土地接収と基地建設が強行された。復帰後も米軍専用施設の約74%が集中し、日米地位協定により基地は実質的に自由使用されてきた。
 つい最近も、普天間所属のオスプレイ訓練の佐賀空港移転が地元の反対で白紙に戻されたのに、沖縄では反対の民意を無視し警視庁の機動隊を投入して、工事が強行されている。
 本土が嫌がるからとの理由で、沖縄に米軍基地を押し付ける差別的政策は既に破綻しており、問われるべきは政府の品格だ。
    ■    ■
 2012年、在日米軍再編見直しに伴い、在沖海兵隊の一部を山口県の岩国基地に移したいという米側の打診を拒否したのは日本側だった。政府は山口県と岩国市の強い反発に困難と判断した。
 海兵隊の撤退論が浮上するたびに、日本政府がブレーキをかけ、沖縄に引き留めてきたのである。
 海兵隊の配備先について「軍事的には日本国内であればよい。政治的にできないから官僚が道をふさいでいるだけ」と説明したのは森本敏元防衛相だ。ジョセフ・ナイ元米国防次官補は「中国の弾道ミサイルの発達で在沖米軍基地の脆弱(ぜいじゃく)性が高まっている」と、沖縄に基地が集中することのリスクを指摘した。
 日本の安全保障政策を支えてきたのは、米国に対する過度の従属的姿勢と、沖縄に基地を押し込める構造的差別である。米軍基地の存在によって沖縄の地方自治・人権は脅かされ、地域の公益は著しく損なわれている。
    ■    ■
 今回の代執行手続きと行政不服審査法に基づく取り消しの執行停止に対し、県が出した公開質問状に国交相はまだ答えていない。説明責任を果たさないのは不誠実である。
 政府は口を開けば、普天間の危険性除去を強調するが、危険性除去を本当に急ぎたいのであれば、別の方法が早道だ。政府が主張する「危険性除去」も「負担軽減」もいずれも中途半端で、ヘリ基地を沖縄に半永久的に固定化する道を開くものである。
 それを負担軽減とは呼ばない。


「是正」指示 試される人権と民主主義
 安倍内閣の強権国家ぶりが露呈したやり方だ。とても同じ国の同胞に対する行為とは思えない。
 米軍普天間飛行場移設に絡む辺野古新基地建設問題で、石井啓一国土交通相が翁長雄志知事に対し、埋め立て承認取り消しの撤回を求め「是正指示」を出した。
 「代執行」手続きの一環だが、「指示」の前段に当たる「勧告」を知事が拒否してからわずか3日後だ。週末を挟んだので実質的には翌日である。知事の勧告拒否の意味を吟味しようというそぶりすらない。
 勧告拒否の際、知事は公開質問状を政府に提出した。その質問に一切答えぬままの「指示」である。まさに「問答無用」だ。
 公開質問で知事は、沖縄防衛局が「私人」の立場で行政不服審査を申し立てたことの是非をただした。多数の行政法学者も違法と指摘している。政府が応答していないこと自体、法からの逸脱を認めたようなものだ。これで菅義偉官房長官が「法治国家」と繰り返すのだから噴飯物である。
 行政不服審査は防衛局が出して国交相が認めた。同じ政府内だ。選手と審判を一人で兼ねるようなもので、これが認められるなら政府は万能である。
 是正指示に知事が従わない場合、政府は今月中にも代執行を実施するため高裁へ提訴するという。内閣法制局長官の首をすげ替え、解釈改憲をやってのけた安倍内閣のことだ。政府の勝訴間違いなしと踏んでいるのであろう。
 人事権を駆使して思うまま法の解釈を変え、都合に合わせて「国」にも「私人」にもなり、選手であり審判ともなる政府である。裁判所の判決も意のままとみる。普通はこれを「人治国家」と呼ぶ。
 それにしても最近の政府の振る舞いは常軌を逸している。県も市も飛び越え、区に直接お金を渡すという。植民地の人々を仲間割れさせ、宗主国への反発を弱体化させる「分断統治」は植民地政策の常だが、まさに教科書通りである。さらには中央から機動隊を送り込み、市民運動を露骨に弾圧する。開発独裁の軍事政権と何が違うだろうか。
 米紙ニューヨーク・タイムズ社説の表現を借りれば、まさに「平和、人権、民主主義を約束する国家を自称する日本と米国の主張が試されている」。この試験に合格できないなら、安倍政権に民主国家を名乗る資格はない。

【衝撃事件の核心】 「反戦」京大中核派のバリケード封鎖 新左翼運動に垣間見える猜歇蕾臭瓠ゝ‘安皺霪前に撤去したのは一般学生だった
 京都市左京区の京都大吉田南キャンパスで10月下旬、反戦や大学への不満を訴える20〜30人の学生らが、吉田南1号館を一時、バリケード封鎖し、教職員や学生らが建物内に入れなくなる騒ぎがあった。学生運動によるバリケード封鎖といえば、昭和44年1月の東大紛争が有名だ。このときは、東大・安田講堂に警視庁機動隊が突入して封鎖が解除されたが、今回の京大バリケードは、周囲にいた一般学生たちが「他人に迷惑をかける」とバリケードを解いた点が興味深い。安保関連法案をめぐり、学生団体「SEALDs(シールズ)」が注目を集めるなど、従来と異なる潮流がみられる中、バリケード封鎖という反対運動の手法の歴史をひもとくと、40年以上にわたり伝統的な手法を守り続ける新左翼運動の猜歇蕾臭瓩盂栖峺える。
学生の意思示すため…
 京大でバリケードをつくったのは、中核派系全学連のメンバーだ。マイクで主張をアピールしていた学生たちによると、京大だけでなく、法政大や広島大などの学生も加わっていたという。これらは、以前から中核派が犁鯏盛鮫瓩箸靴討た学校でもある。
 メンバーは10月27日早朝、吉田南1号館にある5カ所の出入り口を立て看板などで封鎖。「10・27 京大ストライキ決行」と書かれた看板の前で順番にマイクを使い、反戦や大学への不満を訴えた。
 今回の爛好肇薀ぅ瓩梁緝修箸いΦ大工学部の男子学生(24)は校舎を封鎖した理由について、次のように説明した。
 「安倍政権が戦争の道に進んでいることに対し、大学は反対の姿勢を示していない。学生の意思を示すためにストライキを行った」
 訴えたいことはもう一つあったという。「昨年の京大の公安侵入などに対し、山極(寿一)総長は『学内での捜査に協力したい』と述べた。もはや京大は『中立』でも『リベラル』でもない」
 この発言には少し補足が必要だろう。
 京大では昨年11月、過激派対策などを担当する京都府警警備2課の警察官がキャンパス内に入り、学生らに取り押さえられる騒動があった。府警と京大との間には、警察官が大学構内に立ち入る際には事前通告を行うという申し合わせがあった。
 このとき、警察官が大学構内に立ち入ったことについて、京大側も「事前通告なしに警察が立ち入ったことは誠に遺憾」とするコメントを発表していた。しかし、バリケード封鎖を行ったメンバーたちは、こうした大学側の対応にも納得できなかったようだ。
 代表を名乗る学生は、封鎖を行った意義について「キャンパスで授業が平常に行われる限り、大学の現状維持をどこまでも許すことにしかならない」としていた。
一般学生「他人に迷惑」
 10月27日の京大バリケードに話を戻す。
 学生や教職員が建物内に入ることができなくなると、授業などを行うことができなくなる。この事態を受けて京大は、教室の振り替えなどの措置をとるとともに、京都府警に出動要請をした。
 府警では機動隊員ら約170人が大学近くの川端署に待機。威力業務妨害容疑でバリケードを強制排除する検討を始めた。
 しかし、警察の出動を待たずして午後1時ごろに事態が動いた。バリケードのメンバーとは別の学生たちが、「他人に迷惑だ」などとして立て看板を撤去し始めたのだ。
 バリケードを撤去した学生の1人で、工学部1年の男子学生(19)は「封鎖を迷惑だと感じた学生たちで自然に集まって行動した」と説明した。
 封鎖を行っているメンバーについて、「ストをしている人は『大学が意見を押しつけている』と主張していたが、建物を勝手に封鎖することも、ほかの人に対する意見の押しつけじゃないか」と指摘した上で「個人的に意見を主張するのは構わないが、封鎖は迷惑」と話した。
 京大はこの日、問題を起こしたメンバーを対象に、威力業務妨害などの罪で府警に刑事告訴する検討を始めたと明らかにしている。
周囲の反応も封鎖に手厳しく
 こうした様子を周囲から眺めていた学生たちの反応はどうだろうか。
 「自由の学風」を誇る京大だけあって、学生グループが、反戦や大学の態度を批判していることについては「表現の自由だし、構わないのではないか」といった声も少なくなかった。
 ただ、校舎を封鎖したという手法については、手厳しい声が多かった。
 ある男子学生は「他の大学の人が多いみたいで、外部の人に大学をめちゃくちゃにされているようにしか感じない」。法学部1年の女子学生(20)は「封鎖された校舎はリポートの提出場所で、授業も変更になったりして迷惑」と話していた。
かつてのバリケード封鎖では…
 歴史を振り返ると、全国各地の大学で相次いでバリケードがつくられた時期もあった。全共闘運動が広がった昭和40年代だ。
 当時、ベトナム反戦運動などがきっかけになって、学生運動が盛り上がり、大学の校舎にバリケードをつくり、授業が長期間中止されるということも珍しくなかった。
 当時の彼らにも大学でバリケード封鎖をしたそれぞれの猴由瓩あった。
 当時バリケードの中にいた人たちは、今は70歳前後の年齢だ。大学時代にバリケード封鎖をしたことがあるというある男性は「当時は今と異なり、携帯電話もインターネットもない時代。何か主張を伝えようと思ってもビラをまくぐらいのことしかなかった」と説明する。「強引なやり方ではあったが、バリケードをつくれば学生たちの注目が集まる。それに乗じて、多くの人に問題に関心をもってもらおうという狙いがあった」
 別の経験者は「大学の先生たちも、昔はもっと偉そうで、権威的だった。その割に授業はいい加減。そうした大学の姿勢を批判する思いがあった」と話した。
 バリケードのなかでは、みんなで飲酒をするなど、お祭り騒ぎのようなこともしていたというが、封鎖している学生たちが研究者たちを講師としてバリケードの中に招いて「自主講座」を開催するなど、勉学の場となったこともあったという。
「批判は議論のきっかけになる」
 また、関西の大学で、学生運動の経験がある別の男性は「昔も封鎖を行えば、それを批判する学生もいた。それは議論を行うきっかけにもなった」と振り返る。「理解してもらえないことはあったが、議論する中で、自分たちの意見に賛同してもらえるきっかけになったこともあった」
 しかし、今回の京大バリケード封鎖については、やや冷ややかだ。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)やスマートフォンの普及を指摘した上で「自分たちの主張を広く伝えるツールは昔と比べて格段に増えた。にもかかわらず、あえて半世紀近く前から続く伝統的な学生運動の手法を選ぶなんて、やり方が保守的だと感じた」。
 一方で「主張の中身にかかわらず、学生が世の中のことを考え、自由に何かをできるのも学生の特権かもしれない。バリケードを批判する学生がいたら、バリケードをつくっている学生にとっても議論の好機でもあったはず。じっくりと討論したら良かったのに」と話していた。
 バリケードをつくったメンバーは、一般学生に撤去されたことについてどう感じたのか。
 中核派全学連のメンバーの1人は、バリケード封鎖が解除された後、マイクを持ってこう訴えていた。
 「どういう思いでバリケードを破壊したのか分からない。破壊した学生たちには、今まさに始まろうとしている戦争に対してどう考えているのか問いたい」
 実は今回、バリケード封鎖をした学生たちのほとんどは、校舎を封鎖するのは初めてだったという。
 「批判は議論のきっかけになる」と説いた先述の男性は「学生は卒業などでどんどん入れ替わってしまうので、学生団体側も何年かに1度、バリケード封鎖をしないと、そういう手法が引き継がれない。今回のバリケード封鎖も伝統継承の儀式のようなものだったのかもしれない」と話していた。


相武紗季、悪女演技に開眼したのは「甘い恋愛ものが苦手だったから」
 NHK・BSプレミアムで3日にスタートしたドラマ『仮カレ』(毎週火曜 後11:15、全8話)に出演する相武紗季。本人曰く「苦手」な恋愛ドラマに真正面から取り組んだ。
 2009年“月9”ドラマ『ブザー・ビート〜崖っぷちのヒーロー〜』で見せた悪女っぷりが話題になって以降、悪女演技が評判の相武。連続テレビ小説『マッサン』ではヒロインの恋敵役を好演。今年2月から3月までのWOWOW『硝子の葦』では個性の強い主人公を演じて話題になった。
 「実は、若い頃からあま〜い恋愛ものは、観るのも読むのも苦手で。壁ドンが流行りましたけど、壁ドンの何がいいのか…わからない」と目を丸くして、周りを笑わせた。
 「恋愛ドラマのヒロインは、真っ直ぐでけがれのない人しかやっちゃいけない気がして、気が引けて自分が同化できない。それよりも、より物語的な広がりを出すスパイスになることにやりがいも感じて、“悪女”に流れていったんでしょうね(笑)」と自己分析。
 本作は、アラサーとアラフォーの二人の女性を主人公に、仕事や結婚、出産など、女性たちの葛藤まみれの恋愛事情を赤裸々に、本音トークを盛りだくさんに描く少し毒のある甘辛ラブストーリー。劇中で中越典子とバディを組むことで、相武はメインとなる素材にも、素材を生かすスパイスにもなり、「毒は吐くけど、真っ直ぐで、媚びない恋愛ドラマは気持ちいい。恋愛ドラマといってもいろいろあって、面白いな、と思いました」と苦手を少し克服できた様子だ。
 タイトルの「仮カレ」とは、結婚相手としてはピンとこないけれど、手軽なところでとりあえず付き合っている男性のこと。恋人よりも今は仕事を一番に考えたい、自分の人生に妥協はしたくない、その一方で、「私には彼氏がいる」という安心感も得たい。そんな現代女性のリアルな葛藤が生み出した呼称だ。
 相武のリアルな恋愛話は世間も関心を寄せるところだが、「自分がもっと器用な人間だったら、“仮カレ”もありなのかも。でも、私は器用じゃないから、とりあえず誰かと付き合うくらいなら、一人でいた方が楽だと思う」と誠実な人柄をのぞかせた。
 11月10日放送の第2話では、社内で暴力沙汰を起こした杏(相武)は新規事業で2ヶ月以内に利益が出せなければクビだと上司の日下部(眞島秀和)から宣告される。結婚が破談になった美樹(中越)や杏の“つなぎの彼氏”直人(塚本高史)もメンバーとなって、その新プロジェクトが始まった。婚活にはげむ美樹は年下の瞬(白洲迅)から告白され、直人には若い沙耶(古畑星夏)が接近してくる。そんな浮かれたメンバーに杏はイライラを募らせつつも孤軍奮闘する。


米国の大学で黒人差別が横行 猛抗議受けて総長辞任 アメフト部が試合をボイコットする事態に
 【ニューヨーク=黒沢潤】米中西部ミズーリ州のミズーリ大学(同州コロンビアなど)で黒人差別が横行しているとして、黒人学生らによる抗議やボイコットが相次ぎ、9日に総長が混乱の責任をとって辞任を表明する事態となった。昨年、白人警官が丸腰の黒人少年を射殺する事件が起きた同州では、黒人差別への不満がくすぶり続けている。
 ミズーリ大で激しい抗議活動が起きたのは9月中旬。学生連盟の代表を務める黒人学生が大学の構内で「ニガー」という黒人への差別語を何度も浴びせられたことをフェイスブック上で告発したのが発端だ。先月にはユダヤ人などの絶滅政策を遂行したナチス・ドイツの「カギ十字」が学生寮内に掲げられ、黒人学生の怒りが広がった。
 しかし、大学側は迅速な対応をとらず、怒った黒人学生がウルフ総長の車の通行をたびたび妨害。一部の学生は今月上旬、ハンガーストライキまで始めた。
 8日には、アメリカンフットボール部の黒人学生30人以上がウルフ氏の辞任を求めて対外試合のボイコットを表明し、全米メディアの注目を浴びた。試合に伴う収益は大学の貴重な財源であるほか、近く予定される他大学との交流戦が中止された場合、100万ドル(約1億2千万円)の違約金が発生することになっていた。
 ウルフ氏は9日、「(黒人学生の)不満の全責任をとる」と辞任を表明。ニクソン州知事も声明で「キャンパス内に和解をもたらすための不可欠な一歩だ」と辞任を歓迎した。同大は4大学の連合体で、コロンビア校のロフティン学長も辞任を表明した。
 ロイター通信によると同大コロンビア校では学生(約3万5千人)の大半が白人で、黒人の割合は7%。大学は3カ月以内に黒人差別一掃に向けた抜本策を発表するという。


生活保護以下の貧困 “下流老人”への落とし穴(2)
 ささいな出来事がきっかけで、日々暮らすのもやっとの“下流”に転落してしまう――。NPO法人で、高齢者をはじめ生活困窮者への支援にあたる藤田孝典さんに具体的な事例と備えについて聞きました。(アドバイス NPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典)
CASE2 病気をきっかけに生活が激変
 Bさんは地方銀行に勤務し、多いときには1000万円の年収を得ていました。ところが50代半ば頃から体に変調をきたし、仕事がうまくいかなくなったストレスを家族にぶつけるようになります。感情の起伏も激しくなり、娘は耐えかねて家を出てそのまま結婚。Bさんは銀行から退職を促され、61歳で離職しました。
 その後はせっかくの退職金を湯水のごとく飲食代に使い、夫婦関係も破綻。協議離婚し、資産や年金は半々に分配されることになりました。その結果、Bさんの年金は月額約12万円に。金銭管理もうまくできず、アパートの家賃も滞納するようになり、ついには路上生活を始めます。
 私が初めてBさんと面会した日、身なりはボロボロで、意思疎通もうまくいきませんでした。認知症の疑いがあるので検査をしたところ、やはり不安は的中。そこでNPOが運営するシェアハウスで保護し、介護保険の申請や病院への同行などを行ってきました。
 おそらく50代半ばでの変調は、若年性認知症の症状だったのでしょう。そのことに本人も家族も気づかず、治療しないまま離婚し、資産や年金を折半したことが、下流化の要因でした。このように、現役時代にかなり高収入でも、病気などをきっかけに生活が立ち行かない水準にまで落ちてしまう可能性があるのです。
CASE3 予想外の子どものリスク
 70代後半になるCさんの現役時代の年収は多い時期で約800万円。持ち家もあるので年金で夫婦2人問題なく暮らせると思っていたところ、娘さんが統合失調症になり、病状が悪化していきました。
 娘さんは働けず、医療費もかかるため、20万円の年金で3人がこれ以上生活していくのが難しいと、相談にみえたのです。結局、家を約2000万円で売り、ご夫婦は妻の郷里に帰りました。40代前半の娘さんは生活保護を受けてアパートでひとり暮らし、訪問看護師やヘルパーを入れて見守り態勢を作って暮らしています。
 最近は、成人した息子や娘が自立できないために、下流化してしまう方が増えています。その原因が、非正規雇用やブラック企業の増加でしょう。今や全労働者の約4割が非正規雇用です。非正規雇用の場合、不安定なうえ生涯賃金も低く、自分の力だけでは生活が成り立たない。その分を親世代が支えているのが、今の社会の構造です。
 最近、年収200万円以下のワーキングプアの若者がどこに生活の拠点を置いているか調査をしたところ、約8割が実家でした。実家を出ることができず、結局、親が助けなくてはいけない。その状態だとお互いにストレスがかかってしまい、中には家庭内で傷害事件に至ってしまうなど、不幸な事例も増えています。
 しかし、たとえ非正規雇用であっても、働けるだけましかもしれません。最近はブラック企業に勤めた結果、精神疾患にかかり、働けなくなる若者が増えています。残業が月に80〜150時間というケースがざらにあり、一日18時間の長時間労働も珍しくない。これでは病むのも当然です。
 今、20代、30代の人が病院に行く場合、どの診療科にかかるのかを健康保険組合が調査したところ、なんと5割が精神科や心療内科などを受診しているという結果が出ました。若年層の精神疾患はうなぎ登りに増えていて、これは終身雇用の崩壊などでストレスが多すぎることが原因のひとつと考えられます。その結果、統合失調症や不安神経症、うつ病などを発症して、30代で働けなくなるケースが増えているのです。
 そのため親世代も、老後に困窮化せざるをえない。これはもう、個人レベルでどうこうできる話ではありません。国としてどうしていくのか。早急に制度政策をなんとかしないと、この国に未来はありません。
 一方、個人としての心構えは、年金プラスアルファで何か仕事ができないか、ある程度若い頃から構想を練っておくこと。年金世代になったら生活をダウンサイジングすること、そして孤立化しないよう人間関係を豊かにしておくことです。いよいよ困ったら、プライドにこだわってはいけません。生活保護制度やNPOなどをどんどん頼ってください。
プロフィル
 ふじた たかのり 1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。ソーシャルワーカーとして現場で活動する一方、生活困窮者支援のあり方に関する提言を行う。著書に『下流老人』など。

ミサキから久しぶり/早めに帰宅でテレビ

ブログネタ
フランス語 に参加中!
151022ゆうパックキティ

≪Stop - ça suffit≫ : une campagne contre le harcèlement sexiste dans les transports
≪Stop, ça suffit≫: le gouvernement veut mettre un frein au harcèlement des femmes dans les transports publics. Affiches dans les métros et gares, clip vidéo sur internet, dépliants… Il lance lundi une campagne nationale, en coordination avec la RATP et la SNCF, pour rappeler que le harcèlement sexiste dans les transports est puni par la loi, et inciter les témoins à réagir. Le mot-dièse #HarcèlementAgissons a par ailleurs été lancé sur Twitter.
Annoncée il y a quatre mois dans le cadre du plan de ≪lutte contre le harcèlement sexiste et les violences sexuelles≫ dans les transports en commun, cette campagne devait être présentée dans la matinée gare Saint-Lazare à Paris par les secrétaires d'État Pascale Boistard (Droits des femmes) et Alain Vidalies (Transports). Elle ≪vise à faire évoluer les comportements, pour qu'aucune agression ne soit banalisée ou ignorée. L'objectif est de donner à chacun et chacune des outils pour réagir≫, explique Pascale Boistard.
A partir de lundi, des affiches et panneaux numériques dans les métros, gares et transports en commun de plusieurs grandes villes vont rappeler avec des mots parfois crus les situations auxquelles peuvent être confrontées les femmes. Ces affiches décrivent notamment les interpellations d'un agresseur, représentées sur une ligne de métro fictive et devenant de plus en plus violentes à chaque station: de ≪Mademoiselle!≫ à ≪vous êtes charmante≫ ou ≪c'est pour moi cette petite jupe?≫, jusqu'à ≪je vais te serrer≫ et ≪répond sale chienne≫. En bout de ligne: ≪Stop - ça suffit≫. D'autres panneaux reflètent sur le même modèle la peur de la victime ou les hésitations d'un témoin.
100% des femmes harcelées?
Cette campagne, également déclinée sur internet et les réseaux sociaux (vidéo interactive…), rappelle les peines encourues par les agresseurs (6 mois de prison et 22.500 euros d'amende pour injures ou menaces, 5 ans de prison et 75.000 euros d'amende pour baisers forcés, mains aux fesses, frottements). Elle conseille aussi aux victimes et témoins comment réagir, rappelle les numéros d'urgence à contacter (17 ou 112, sms au 114 pour les sourds et malentendants).
Dans le cadre du plan de lutte contre le harcèlement annoncé début juillet, des arrêts de bus de nuit à la demande sont par ailleurs expérimentés à Nantes depuis le 1er novembre. Enfin, à partir du 7 décembre, le numéro d'alerte de la SNCF (3117) sera également accessible par SMS, ce qui permettra de signaler une situation d'urgence plus discrètement qu'en téléphonant.
Dans un rapport remis au gouvernement en avril, le Haut conseil à l'égalité entre les femmes et les hommes (HCEfh) soulignait que 100 % des utilisatrices de transports en commun ont subi au moins une fois dans leur vie du harcèlement sexiste ou une agression sexuelle, d'après des ≪consultations citoyennes≫ menées en mars. Un chiffre très contesté, étant donné la faible représentativité de l'échantillon choisi: le site Contrepoints avait révélé que seule une ≪soixantaine de questionnaires avaient été collectés≫.
フランス語
フランス語の勉強?
地球ドラマチック「巨大空港の舞台裏 到着編〜ロンドン・ヒースロー空港〜」
一日25万人が訪れる巨大空港、ヒースロー。安全でスムーズな運営のために多種多様なスタッフが働いている。手荷物の上げ下ろしはスピードが命。猛獣を預かることも少なくない。また、空港内にソーシャルワーカーが常駐し、強制送還された人のために奔走する。さらに、ネットで知り合った恋人との初対面をドキドキしながら待つ青年も。到着を巡ってさまざまな物語が渦巻く空港の舞台裏に密着する。(2015年イギリス)
渡辺徹

鶴瓶の家族に乾杯「斉藤由貴 山形県山形市」(後編)
女優の斉藤由貴が山形市を旅する後編。一人旅になった斉藤と鶴瓶。斉藤は職人に出会いたいと旅を続けるが、山形の名物を味わうことになる。一方鶴瓶は、山形大学の近くで出会った大学1年生の恋愛状況を調査。その後、日本一の芋煮会の準備をする人に出会い、貴重な物を拝見する。一方、斉藤は鋳物職人の工場で○○を見て思わず大興奮。その後、大好きな「桃」があきらめきれず、果樹園が広がる地域へと足を運ぶが、そこで…。
斉藤由貴, 笑福亭鶴瓶,小野文惠, 久米明

吉田類の酒場放浪記「東池袋・江戸一」
酒場詩人“吉田類”が東京の下町を中心にほっとする酒場を飲みめぐる。「青森・鎌蔵」「住吉・万葉」「駒込・もつ田」
吉田類 河本邦弘
闇市の雰囲気を残す横丁に3坪ほどの店舗が並ぶ栄町通り。カウンター4席と長卓と手狭なのが横丁の証。山形から上京した初代が開いたのはおよそ50年前。祭り好きの三代目夫婦が次いで18年。まずは刺身とカウンターに並ぶ惣菜で一杯二杯。名代とも言うべき銀たら煮とつないだら鯛スープで粋に〆る。繁華街から迷い込んだような異質な空間に勇気を出して踏み込もう。

未来世紀ジパング【池上彰が解き明かす!反ロシア未知なる小国】
池上彰の「注目国シリーズ!名前が変わったジョージア」反ロシアの急先鋒…緊迫境界線ルポ▽長寿の秘密“伝統食”に世界最古のワイン▽戦火を逃れた元力士・黒海に密着
アメリカの州でも、缶コーヒーでもない。今年「グルジア」から名前が変わった国「ジョージア」。ジョージアは、シルクロードが走る黒海沿岸の旧ソ連国。実は、今何かとニュースを騒がしているロシアとただならぬ因縁がある。7年前にロシアと戦火を交え、国土の2割にあたる地域がロシアの影響下に置かれているのだ。
小国「ジョージア」から見えてくる世界の縮図と、日本との意外な関わりをジャーナリスト池上彰が徹底解説する。
SHELLY 秋元玲奈 池上彰 パックン、坂下千里子、鈴木ちなみ


月曜日は忙しくてお昼御飯がカップラーメンなんです.食べ終わってジツジツに向かおうとしたら,若い女性が声をかけてきました.「久しぶり♪」すぐに誰かわわからなかったのですが,ミサキでした.明るく元気なのはいいんですが,時々ついていけないです.
ジツジツを早めに終えて,少し早めに帰りました.テレビ番組をたくさん見ました.たまにはこういうのも悪くないね.

震災漫画、記憶残したい 鎮魂の思い描く
 東北高講師の山下秀秋さん(63)=仙台市宮城野区=が、東日本大震災のドキュメンタリー漫画を描き続けている。想像を絶する惨状に一時、創作活動から遠ざかっていたが、被災者の励ましが再起のきっかけになった。「私なりの鎮魂の形を残したい」ときょうもペンを執る。
 作品は「生きる」「しあわせ」「いのち」の全3部作。2012年に「生きる」編を自費出版し、現在は「しあわせ」編の制作に取り掛かっている。
 「生きる」編では震災直後の混乱した状況を描いた。余震が続く中、家族と明かした避難所の夜や沿岸部に知人の生死を尋ねた体験を描いた。
 津波被害に圧倒され、創作意欲は減退した。個人的体験を描くことにためらいもあったが「いま描かないでどうするんですか。後世に震災を伝えましょう」と被災した知人が背中を押してくれた。
 「しあわせ」編と「いのち」編では、福島第1原発事故が山下さん一家にもたらした影響や、若くして亡くなった教え子との関わりを描く予定だ。
 山下さんは、プロの漫画家を多数輩出してきた東北高漫画部の顧問を40年務める傍ら、同校卒業の漫画家やイラストレーターでつくる漫画家集団「てづくり漫画工房」の一員として地域に生きる人々の物語をつむいできた。
 市販のトーンなどは使わず、ペンだけで描くほのぼのとした作風が持ち味だ。山下さんは「時間はかかるが、フリーハンドだと気持ちが込められる。震災から生き残った人々にエールを送りたい」と机に向かう。
 「生きる」はA5判、130ページ。700円。連絡先は青葉区のゴコー書店小松島店022(272)4682。


鉄路復旧を 気仙沼で市民集会
JR東日本が震災の津波の被害を受けた気仙沼線と大船渡線の復旧を断念する方針を示したことを受けて、この方針に反対する住民グループが8日、気仙沼市で集会を開きました。
JR東日本は、震災の津波で被害を受けた気仙沼線と大船渡線について、専用道を走るバスの「BRT」を運行していますがことし7月、鉄道の復旧を断念し、BRTを継続して運行する方針を示しました。
これを受けて、8日、JRの方針に反対する気仙沼市の住民グループが、菅原茂市長を招いて市内で集会を開き、およそ100人が参加しました。
はじめに、菅原市長が「BRTはあくまで仮の復旧で、鉄道での復旧が原則なので、地域の公共交通を守るためにも、住民の皆さんとも連携していきたい」とあいさつしました。
このあと、岩手県沿岸を走る「三陸鉄道」の望月正彦社長が講演し、津波の被害を受けながらも去年4月に全面復旧したことに触れた上で、「鉄道は地元の安心安全な生活の足になるだけでなく、観光客の誘致にもつながっている」と必要性を訴えました。
そして、集会では最後に、鉄道での全面復旧の必要性を訴えるアピール文が読み上げられました。
集会を開いた住民グループの畠山光夫代表は「鉄道は地域の足として欠かせない財産なので、今後も全面復旧を国やJRに訴えていきたい」と話していました。


立冬を過ぎ季節逆戻り? 宮城県内 気温上昇
 宮城県内は9日、前日から降り続いた雨が上がり、雲間から薄日の差す朝を迎えた。立冬(8日)を過ぎて冬の入り口に立ったはずの仙台だが、正午までの最高気温は18.4度とやや高め。各地で季節が逆戻りしたような陽気になった。
 仙台市青葉区の勝山公園ではモミジやケヤキの落ち葉で地面が埋め尽くされた。親子連れが雨にぬれて色を増した紅葉の回廊を散策していた。
 県内の正午までの最高気温は丸森23.0度、名取22.8度、亘理22.4度など。南部を中心に気温が上昇した。
 仙台管区気象台によると、前線を伴った低気圧に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、東日本では9日夜遅くにかけて大気が不安定な状態が続くという。
 10日の県内は、曇って雨の降る所もあるが、午後からは晴れる所が多くなる見込みだ。


SEALDs女子を襲うネットの闇
安保法制への反対運動で注目を集めた学生団体「SEALDs(シールズ)」。「憲法読めない総理はいらない」「民主主義ってなんだ?これだ!」というデモのコールに象徴されるような、主権者として声をあげる姿に、多くの人々が勇気づけられ、自らも行動を起こすようになった。しかし、それ故か、SEALDsへのバッシング、特に女性メンバーへの猛烈なバッシングが、安倍政権支持派のネットユーザーから行われており、その中には、嫌がらせを通り越して犯罪というべきレベルのものも。だが、ネット上の匿名性も絶対ではない。他人を誹謗中傷し、嫌がらせを続けるなら、それなりのリスクもあるということだ。
○「毎日、毎時間」の罵詈雑言、猥褻画像やグロ画像を送りつけられることも
安保法制への抗議行動の盛り上がりに「これまで大人しかった日本の人々が行動をついに起こした」と海外メディアも報じたが、こうした機運が高まった大きな要因のひとつとして、若い世代が、顔出しで最前線で活動したことは大きいだろう。しかし、彼ら、彼女らへ向けられる悪意、特にとりわけ、SEALDsの女性陣への攻撃は凄まじい。例えば、本人が公表していないフルネームをさらされる、遺体などグロテスクな画像や猥褻画像を送りつけられる、本人のSNS等に繰り返し卑猥かつ、侮辱的な書き込みをする等の嫌がらせが「毎日、毎時間」(SEALDs女性メンバー談)行われているという。こうした嫌がらせは、主に安倍政権や安保法制を支持する人々から行われている。政策について議論をネット上ですること自体は今日においては普通のことだが、SEALDsの女性メンバー達へ一方的に送り付けられるものは、もはや議論ですらなく「クズ、死ね、売国奴、キチガイ、慰安婦」など罵詈雑言。このような行為は、政治的に保守かリベラルかという以前に人間として最低である。
○ネットメディアも便乗
呆れたことに、こうしたネット上での嫌がらせを助長するネットメディアまである。J-castウォッチは、SEALDsの女性メンバーが嫌がらせを繰り返している誹謗者達を「クズよばわり」「物議をかもしている」との記事を配信した。同記事は、これまでどれだけ多くの、また酷い罵詈雑言が繰り返されたか、プライバシー侵害、猥褻画像やグロ画像が送るつけられたかなどの、SEALDsの女性メンバー達の被害には、具体的に触れることなく、「引用に耐えない下品な表現のつぶやきも多い」とだけ書いてお茶を濁す一方で、SEALDsの女性メンバーの個人名を記事の中で晒した上で、彼女への批判的なコメントをいくつも紹介している。お世辞にもフェアな記事とは言えず、「自業自得」というようなバッシングを助長するような内容だ。筆者は、どのような意図を持って問題の記事を書いたのか、J-castウォッチに取材を申し入れたが、現時点までに回答はない。同ニュースの運営会社の代表取締役は、大手新聞の出身だが、ジャーナリズムの倫理や作法というものは、同ニュースの編集には活かされていないようである。
*その後、J-castウォッチは個人名を削除
いわゆる「まとめサイト」も、SEALDsバッシングの温床になっているようだ。中でも非常に攻撃的な右系まとめサイト「保守速報」などでは、SEALDs女性メンバーの言動を監視、前後の文脈を排した上で部分的切り取り、あげつらう投稿が頻繁に行われている。また巨大匿名ネット掲示板「2ちゃんねる」でも、同じようなことが行われており、これらのネット右翼のたまり場で増幅された憎悪が、SEALDs女性メンバーらが使うSNSにも吹き出ている、という構図がある。
○あまりに悪質な行動は訴えられることも?!ネットの匿名性は絶対ではない
だが、ネットの匿名性に乗じて嫌がらせを繰り返す人々は、いつまでも、やりたい放題ではないかもしれないことは、理解しておくべきだろう。民事裁判で損害賠償請求されたり、場合によっては、犯罪として刑事告発され、処罰されることもあり得るのだ。被害を受けた側が警察署などに訴え、警察側が名誉毀損罪や侮辱罪などの疑いがあるとして捜査を開始した場合、プロバイダ側は、当然、警察の捜査に協力する。また、刑事ではなく民事の損賠賠償等の訴えでも、プロバイダ責任制限法第4条第1項により、ネット上で被害を受けた人は、その権利が侵害されたことが明らかであって、損害賠償請求権の行使のために必要である場合や、その他開示を受けるべき正当な理由がある場合、プロバイダに対し、権利侵害の情報の発信者(つまり掲示板やSNSなどに書き込んだ人)の氏名、メールアドレス、住所などの情報の開示を請求することができるのだ。すでにSEALDsのメンバーらや支援者、弁護士等は、悪質なケースについて訴えることも視野に入れているという。ネット上に他人の誹謗中傷を書き散らかす以上、それなりのリスクも伴うということだろう。
○女性ゆえに各方面からたたかれる日本社会のおかしさ
SEALDs女性メンバー達へのネット上の反応を見ていて、つくづく感じることは、日本では21世紀の今日も、女性が自由に発言することに反感を持つ、前時代的な発想を持つ人間が少なくないということだ。あるSEALDsの女性メンバーのSNSには、「女のくせに黙ってろ」というような書き込みすらあった。また、嫌がらせとまではいかないまでも、SEALDs女性達の振る舞いや恰好にまで、苦言や小言を言う人々が政治的にリベラルとみられる層にもいる。やれ、「デモなのに服装が派手だ」「臍を出すな」「自撮りをするな」……なぜ女性というだけで、あらゆる方面からいちいち批判されたり、説教されないといけないのか。他人がどんな格好をして、どのような発言をしても(悪質な差別発言、セクハラ発言でない限り)、基本的に本人の勝手であろう。
安保法制をめぐり、SEALDsやそれに限らず様々なグループや個人の立場で、女性たちが声をあげている。こうした女性たちへの悪意に満ちた攻撃を許さないこと、彼女たちの言動は彼女たちの自由であることを、支持すること。それが「民主主義国家」として当然のことであり、「憲法を守る」ということでもある。そのことを今一度、日本社会全体として確認する必要があるのではないだろうか。(了)

東京大空襲から70年/FBIを捜査する市民委員会1971年

ブログネタ
フランス語 に参加中!
καλημέρα σας1

COINTELPRO(1956 – 1971) (Counter Intelligence Program) est un programme de contre-espionnage du FBI sous la direction de John Edgar Hoover qui enquête sur et perturbe les organisations politiques dissidentes aux États-Unis.
Histoire
Les cibles de COINTELPRO étaient les organisations qui comportaient des éléments politiquement radicaux, allant de groupes révolutionnaires (Weathermen, Black Panther Party, Parti communiste des États-Unis d'Amérique) aux militants non-violents des droits civiques (Southern Christian Leadership Conference, les Amérindiens de l'American Indian Movement, Leonard Peltier, Jean Seberg, et Martin Luther King), en passant par les groupes violents et racistes comme le Ku Klux Klan ou le Parti nazi américain.
Le document fondateur de COINTELPRO ordonne aux agents du FBI d’exposer, perturber, discréditer, ou sinon neutraliser les activités des mouvements dissidents et leurs chefs.
Révélé par la Commission citoyenne d'enquête sur le FBI (Citizens' Commission to Investigate the FBI (en)), un groupe de gauche qui avait cambriolé des bâtiments du FBI pour récupérer des dossiers confidentiels, le programme COINTELPRO a été sévèrement critiqué par la Commission Church de 1975.
Selon l'historien controversé Ward Churchill (en), 27 Black Panthers furent ainsi assassinés entre 1968 et 1976 ainsi que 69 membres de l'American Indian Movement (AIM).
フランス語
フランス語の勉強?
Rの法則・選「クイズ!あなたの知らないジャージの世界」
北海道に根づいた独自のジャージ文化、10代のこだわりを大調査!オリジナルのジャージを作るデザイナー・きみどりかえるさんの生み出した常識を打ち破るデザインのジャージファッションとは?そしてジャージをこよなく愛するシンガーソングライター・奥華子さんがそのこだわりを激白!そして即興で生み出したジャージ愛あふれる初公開のオリジナルソングとは?ゲストのパンサー初公開のジャージコントも!
パンサー,IVAN,浮世満理子,奥華子,きみどりかえる, 山口達也,秋鹿真人, 阿部悠真ほか

ピカイア! #06「すすめ、フナクイムシ作戦!」
5億年以上も前のカンブリア紀の海を舞台に繰り広げられるヴィンスとハナの大冒険。古代の生物がぞくぞく登場。生物の多様性と進化の面白さを伝える科学アニメ。
前にはオレノイデス、上にはアノマロカリス。ロスト・コードにたどり着くためにパーカー博士がふたりに与えたのは、フナクイムシのバイオミメティクスだった。フナクイムシは木に穴を掘り、更にその穴を補強しながら進むのだ。そしてそれを元に開発されたのがトンネルを掘るシールドマシンだった。BMSにフナクイムシ・モードをインストールし、ふたりはBMSを合体させてロスト・コードを目指す!
田谷隼,諏訪彩花,水橋かおり,大川透,野島裕史,稲田徹,田中あいみ,辻美優,花房里枝,高橋美衣,
アンドリュー・パーカー
藤咲淳一  冨安大貴,  西田健一

明日へ−支えあおう−「ふるさとに咲け未来のなでしこ福島・高校女子サッカー部」
福島一の実力を誇る「富岡高校女子サッカー部」。全国大会出場の常連だったが震災で環境が一変。原発から10km圏内の富岡町は全町民が避難を強いられた。部員は福島市の仮校舎で授業を受け、飯坂温泉の旅館を借りて寮生活を送る。部員も激減、学校も2017年の休校が決まった。しかし今年、広野町に開校した「ふたば未来学園高校」との合同チームを結成、全国大会を目指す。「逆境に負けない!」語りはTOKIOの城島茂。
畠山智之, 城島茂

NNNドキュメント シリーズ戦後70年 凍土の記憶 シベリア抑留を伝える女子高校生 
読売テレビ
今年10月、ユネスコの「世界記憶遺産」に登録が決まった「舞鶴引揚記念館」(京都府舞鶴市)のシベリア抑留関連資料570点。終戦後、約57万人を超える日本人がソ連によって捕えられ少なくとも5万5千人の命がシベリアの凍土と化した。零下30度、飢えやノルマに追われる過酷な労働を体験し命からがら舞鶴港に引き揚げた90歳の原田二郎さんと地元の女子高校生の交流を通して「記憶の継承」の重要性について考える。

ガリレオX「オリガミと科学の出会い」
 日本の伝統文化であるオリガミ。ツルを折るかカブトを作るか−たった一枚の平面から多様な立体構造を作るオリガミの技法が、近年、科学と融合することで、日本のみならず世界的に注目を集めている。工学や建築に始まり、コンピュータ科学や生物学、果ては宇宙にまで応用され、実用化も続々と進められている。科学が出会うことで引き出される、私たちの知らないオリガミの新たな可能性。そして、そこから広がる様々な新しい科学と技術、その最前線に迫る。
斉藤 一哉 繁富 香織 舘 知宏 森 治

テレメンタリー  シリーズ戦後70年(12) 蔵王に消えたB29〜墜落の謎 70年目の真実〜」 
1945年3月10日未明。10万人の犠牲者を出した東京大空襲と同じ夜、宮城・山形県境の蔵王連峰・不忘山(ふぼうさん)に3機のB29が墜落した。3機のB29は別々の部隊に所属。にもかかわらず、東京から300キロも離れたこの山に、何故そろって飛んで来たのか?彼らの目的は?そして、墜落の原因は?地元に残る目撃証言。残された米軍資料や気象データ。記者が日米の関係者を取材し、墜落の謎に迫る。東日本放送
スポーツ酒場“語り亭”▽Nスポ スポーツと音楽の深〜い関係【スポーツ・ラボ】
大きなプレッシャーの中で戦うトップアスリート。そんな時、音楽を支えにする選手は少なくない。集中力を高めるため…。闘争心をかきたてるため…。そして音楽によって人生が大きく変わった選手も。今回は「スポーツと音楽」をテーマに、語り亭が公開収録の特別営業。田口壮さんのメジャー昇格のきっかけになった歌とは? 鈴木明子さんのスケート人生を支えた音楽に涙。五輪を彩った名曲やサプライズのアーティストも登場!

「戦争を忘れた東京の70年・ドイツと中国で考える被害と加害」と「FBIを捜査する市民委員会1971年」 を見ました.1945年3月10日の東京大空襲で10万人以上の都民が亡くなったということに衝撃を受けました.JR錦糸町駅近くにある錦糸公園は死体であふれていたそうです.錦糸町で下車したことはあって,確かに公園があったのは覚えていますが,そんな場所だったとは気が付きませんでした.慰霊碑のようなものはないそうです.公的な博物館もないとのこと.
もう一つはFBIから資料を盗み出して,FBIが人権無視の捜査を行っていたことを明らかにした映像で,見ながらドキドキしました.もちろん機密文書の窃盗自体は議論が分かれるところだろうが,FBIの悪事は悪事としてみなければならないと思います.日本では秘密保護法ができてしまったので権力側が悪事を働いたとしても私たちは知ることができません.湘南合同法律事務所のサイトの記述がいいと思います.

<あなたに伝えたい>2人の無念背負って生きる
◎佐々木浩史さん(仙台市)から鉄也さん、美海ちゃんへ
 浩史さん 震災から5日ほどして仙台から宮城県石巻の実家にやっとたどり着いたら、弟の車がありません。美海と一緒に津波にのまれたようだと分かり、遺体安置所に毎週通って2人を捜しました。
 弟はその年の夏に発見されました。小学校に入学直前だった美海はいまも見つかっていません。
 6歳違いの弟とは年が離れていたせいか、子どものころは兄弟間の接点はどちらかといえば薄かったかもしれません。俺のことは嫌いだったんじゃないかな。「うるせー、ガキ」とかいつも言っていたから。
 大人になってからは、逆にとても仲良くなりました。2人とも仙台で働いていた時期もあり、よく酒を飲み、いろいろと面倒を見ました。めんこかった。付き合いの深さから、妻から「なんかいい年して気持ち悪いね、あんたたち」とか言われるほどでした。
 弟は両親と同居していましたが、離婚していたため、ほとんど男手一つで美海を育てていました。美海は「何でわたしにお母さんいないの?」と一度も言わなかったそうです。幼い彼女なりに父親に気を使っていたんだと思います。
 弟は「せめて寂しい思いはさせたくない」と全てを美海のために優先し、遠足や運動会には欠かさず出ていたはず。めちゃくちゃかわいがっていました。
 生きていてもらいたかった。自分はこの無念な現実を背負っていきます。「俺と美海の分まで生きてほしい」と弟から託されているような気がします。
◎仲の良い弟 男手一つで娘を育てていた
 佐々木鉄也さん=当時(43)=、美海(みみ)ちゃん=同(6)= 仙台市で飲食関係の会社を営む佐々木浩史さん(54)の弟鉄也さんは、実家の石巻市宜山町の自宅で娘の美海ちゃんと両親の4人で暮らしていた。震災時に運送関係の仕事中だった鉄也さんは、車で美海ちゃんが通う保育所に迎えに行き、その後2人とも津波にのまれたとみられる。


<祈りと震災>寄り添い傾聴 被災者の心ほぐす
 高野山大(和歌山県高野町)大学院の臨床宗教教養講座の実習が6〜8日、東日本大震災被災地の宮城県気仙沼市で行われている。院生は市民との交流の中で、難局にある人たちの心の健康をどのように確保していくか、思いを巡らせた。
 講座は、布教を目的にせず心のケアをする人材の養成を目的に9月に開講し、東京都内を中心に授業が行われている。院生は僧侶や医療、福祉関係者ら男女16人。
 今回、気仙沼市を訪れたのは大下大円客員教授ら教職員を含め10人。7日は市内の海岸で震災犠牲者を慰霊供養した後、市民健康管理センター「すこやか」で実習した。
 大下さんは約50人の市民を前に講話し、ユーモアたっぷりに瞑想(めいそう)法などを指導した。座談会ではグループに分かれて、市民と院生が交流した。
 「仕事の悩みがあったが気持ちが楽になった」「人に優しく接したい」などの市民の声に、院生たちは熱心に耳を傾けた。院生の松崎緑さん(57)は「感極まって涙を流す方もいた。困っている人に寄り添う仕事をしていきたい」と感想を述べた。
 この日は面瀬地区の仮設住宅も訪問。8日は市内で宗教関係者の話を聞く。


原発事故で陶芸家離散…女子大生移住し修行中
 東京電力福島第1原発事故で避難区域となり、陶芸家が離散した福島県浪江町の伝統工芸「大堀相馬焼」復活の力になろうと、ことし大阪の女子大生が福島に移り住んだ。関西外国語大4年の五藤かおりさん(22)。「大好きな福島に人生ささげる」と意気込み十分に、陶芸家の組合で働きながら基礎から学んでいる。
 大阪府門真市の出身。高校卒業直前に東日本大震災と原発事故が起きた。大学入学後に参加した福島県主催の大学生交流事業に触発され、学生団体「ふくしま福光プロジェクト」を設立。毎年夏に交流ツアーを組み、学生を募って福島を訪問した。
 「事故で多くのものを失った地だからこそ、福島の青く澄んだ空、おいしい空気、そして地元の人の何げない生きざまに掛け替えのない価値を感じた」
 何度も足を運ぶうち、福島に夢中になり、「福島に住んで再生の力になりたい」と思うようになった。
 交流ツアーの中で大堀相馬焼を知った。広がるひびと馬の文様が特徴の伝統工芸品。原発事故で休業を余儀なくされた浪江町の陶芸家は、伝統を残そうと県内各地で窯を再開している。だが後継者不足は深刻で、産地の未来は見通せない。
 「300年続く伝統工芸でありながら、使うほどに手になじみ、色つやも輝く。こんないいものが無くなるのはもったいない」。大堀相馬焼の「松永窯」4代目の松永武士さん(26)が作品の海外展開を目指して起業したと知り「福島で自分にできることがここにある」と来春の入社を決めた。
 卒業単位は足りており、思い切って8月に本宮市に移住。原発事故に伴い二本松市に移転した浪江の陶芸家協同組合の工房で電話応対や会計処理をこなしながら、県内の窯に通って少しずつ陶芸を学んでいる。
 「いずれどこかの窯の後を継ぎつつ、世界へのPRに携わりたい。大堀相馬焼を通じ、多くの人が福島に目を向けるきっかけも作れれば」。時間をかけて福島になじみ、自分にしかない輝きを放とうと夢を描いている。


復興ツーリズム方策議論 仙台でシンポ
 シンポジウム「東日本大震災被災地の復興ツーリズムの可能性」が7日、仙台市青葉区の東北学院大であった。産学官それぞれの立場で復興ツーリズムに関わる専門家が、被災地を訪ねて教訓を学ぶ意義や、交流人口拡大や地域振興につなげる道筋について議論した。
 同大東北産業経済研究所が主催し、市民ら約150人が参加。パネリストを務めた宮原育子宮城大事業構想学部教授は「震災の悲惨さよりも、インフラや心をどう立て直したかを学び、そこに暮らし続ける人に思いをはせられる来訪者になってほしい」と訴えた。
 間庭洋仙台商工会議所専務理事は「東北の魅力にめりはりをつけ、6県が一体となって情報発信することが大切だ」と強調。JTBグローバルマーケティング&トラベルの阿部昌孝地域交流推進部長は「観光も地域の宝を掘り起こす時代。地域がステップアップするような新たな価値創造につなげたい」と語った。
 守本憲弘東北経済産業局長は「被災地の人たちが頑張れる産業をつくる手伝いをするのが復興政策。復興ツーリズムは産業をつくる手段の一つだと思っている」と述べた。


「内閣は法軽視」憲法学者が講演
「憲法9条を守り生かす宮城のつどい2015」が7日、仙台市宮城野区の仙台サンプラザホールであり、憲法学者の森英樹名古屋大名誉教授が講演した。森氏は、沖縄県名護市辺野古の基地建設をめぐる県と国の攻防などに触れながら、安倍内閣が法を軽視する姿勢に疑問を投げ掛けた。
 森氏は沖縄県知事による埋め立て承認取り消しに対し、防衛省沖縄防衛局が行政不服審査法に基づく審査請求と取り消しの効力停止を国に求めた経緯を説明。「行政不服審査法は本来、行政の行為に個人が申し立てるための法律。この取り扱いに日本中の行政法学者が怒っている」と述べた。
 さらに、集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法を大多数の法学者が憲法違反と考えていることを指摘し、「安倍内閣は法律をめちゃくちゃに扱っている」と訴えた。
 つどいは仙台市の市民団体「みやぎ憲法九条の会」が主催し、九条の会会員ら約1400人が参加した。


パグウォッシュ 科学者の発信力高めよ
 1957年、カナダの漁村パグウォッシュに世界の科学者22人が集い、核兵器の危険性や科学者の社会的責任について議論した。湯川秀樹、朝永振一郎も参加した会議のきっかけは、核兵器がもたらす地球規模の破壊を警告し、平和的手段による紛争解決を呼びかけた「ラッセル・アインシュタイン宣言」だ。
 この流れをくむ「パグウォッシュ会議」の第61回会合が今月、長崎市で開催された。採択された「長崎宣言」は、「長崎を最後の被爆地に」と訴え、核兵器の法的禁止をめざすことを提言している。
 戦後70年、会議を取り巻く環境は楽観できない。核拡散防止条約(NPT)再検討会議が決裂し、今月の国連総会の委員会でも核を持つ国と持たない国の溝が際立つなど、核廃絶の道は険しい。こうした世界情勢の中、科学者の集まりがどれほど影響力を持てるか、疑問を感じる人は多いかもしれない。
 しかし、こういう時だからこそラッセル・アインシュタイン宣言の精神に立ち返り、科学者が担うべき役割を改めて考えることが大事だ。
 今回は、「原子力の平和利用のリスク」も議題となり、原発の使用済み核燃料の再処理で生じた民生用プルトニウムが過剰に蓄積していることが論点となった。世界で長崎型原爆3万発分に相当するという。専門の作業グループでは核兵器に転用できるプルトニウムをこれ以上増やすべきではないとの見解で一致した。事実上、再処理中止の合意だ。
 日本は英仏露に次いで多くの民生用プルトニウムを持ち、国内外あわせて47トンに上る。高速増殖原型炉「もんじゅ」も頓挫している今、青森県の再処理工場を動かせば余剰プルトニウムがますます増加する。
 核廃絶のためにも再処理中止に向けた政治決断が必要だ。作業グループの合意を生かすためにも、科学者は再処理の高コストや核拡散のリスクを客観的データで繰り返し示すことで決断を後押ししてほしい。
 日本では安全保障政策の転換により、政府が軍民両用技術を推進する動きもある。防衛省が大学などに支給する研究費はひとつの表れだ。初年度の今年、109件の応募があり9件が採択された。研究結果は公表されるというが、こうした研究費が結果的に科学者の政治利用、軍事利用に結びついていく恐れは否定できない。
 「長崎宣言」は、現代科学技術が多くの分野で急速に進展する今、科学者の社会的責任はかつてないほど重大だと呼びかける。その責任を果たすには、科学技術が社会にもたらす影響を客観的に示し、国際世論に訴えていくことが重要だ。科学者ならではの発信力を高めてほしい。


野党選挙協力 民主党が主体的に動け
 来夏の参院選、さらには次の衆院選に向けた野党間の選挙協力話が出ている。しかし、連立政権構想まで打ち出した共産党とは対照的に、民主党の受け身の姿勢が目立つ。野党第1党がこの状況では政治に大きな影響を及ぼす動きとはならない。
 共産党の構想は(1)衆参の選挙で野党が選挙協力して政権交代を果たす(2)そこで「国民連合政府」を作り、集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を撤回し、先の国会で成立した安全保障関連法を廃止する−−というものだ。安保関連法廃止を目的とした特命政権構想といえる。
 安保関連法に反対してきた人たちからは成立後「次の選挙が重要なのに野党がバラバラでは反対票が分散してしまう」と野党結集を求める声が出ていた。共産党の構想はそんな声に素早く対応したものだろう。
 とはいっても安保関連法廃止だけで一致する連立内閣はやはり無理がある。民主党の岡田克也代表が選挙協力には前向きな姿勢を示しつつ、連立を前提にした話には乗れないと語っているのは理解できる。
 ただし「自民党1強」が続く中、まず来夏の参院選で野党勢力を伸ばし、安倍政権の独走に参院でブレーキをかけるというのであれば、選挙協力は検討してみる必要がある。
 参院選は政権を選択する選挙ではない。一方で衆院小選挙区と同様、参院選も「1人区」の勝敗が選挙結果を左右する。「1人区」で野党が候補を一本化した方が選挙戦略上、有利になるのは確かだからだ。
 共産党は2009年の衆院選で「民主党への政権交代は確実」とみて全選挙区に候補を立てる従来方針を転換し小選挙区での擁立を自主的に控えた。民主党は今回も同じ対応を共産党に期待しているのかもしれない。民主党内には共産党と選挙区調整の共同作業をすること自体に抵抗がある議員が多い事情もある。
 だが、当時と状況は違う。世論調査では安保関連法に反対する国民があれだけ多かったにもかかわらず、民主党の支持率はさして上がっていない。民主党には政権は任せられないとの声は今も根強いと思われる。
 だとすれば本来なら民主党が率先して野党の連携を呼びかけるべき局面なのだ。自らの力不足を認め、謙虚に他党の協力を仰ぐくらいでないと実際には前に進まない。
 同時に、なぜ国民の信頼を取り戻せないのか、改めて真剣に問い直すべきだ。安保政策をはじめ政党として中核となる政策が、民主党は依然明確でない。どんな政権を目指すのか。足元を固める作業も必要だ。
 もっと主体的に動かないと、仮に選挙協力が実現したとしても単なる数合わせと見透かされてしまう。

10・8山崎博昭氏の羽田闘争/山本義隆氏講演会/ペピー

ブログネタ
フランス語 に参加中!
LLOYDHOTEL

Osaka aide HCM-Ville dans son plan d’adaptation au changement climatique
Ho Chi Minh-Ville (VNA) – Le vice-président du Comité populaire de Ho Chi Minh-Ville, Le Thanh Liem, a reçu le 5 novembre le maire adjoint de la ville japonaise d’Osaka, Seigo Tanaka, en visite de travail dans la mégapole du Sud.
Il a hautement apprécié les résultats de coopération entre les deux villes ces derniers temps, notamment dans l’économie, les sciences et technologies, l’adaptation au changement climatique et le traitement de la pollution de l’environnement.
Osaka a aidé Ho Chi Minh-Ville dans l’élaboration de son plan d’adaptation au changement climatique, dont des projets d’aide et d’investissement sur l’environnement, contribuant à promouvoir le développement de la ville.
Il a souhaité continuer de recevoir des aides et le partage des expériences de la ville d’Osaka dans la protection de l’environnement et l’adaptation au changement climatique, et renforcer la coopération avec Osaka dans l’industrie auxiliaire, manufacturière, l’électricité, les technologies de l’information, la biotechnologie, etc.
Le maire adjoint d’Osaka, Seigo Tanaka, a de son côté affirmé qu'il ferait tout son possible pour promouvoir la coopération dans ces domaines avec Ho Chi Minh-Ville.
"Osaka aidera la ville dans la formation de personnel qualifié et la mise en œuvre des projets de protection de l’environnement, de résilience au changement climatique", a affirmé le maire adjoint d’Asaka, Seigo Tanaka. -VNA
フランス語
フランス語の勉強?
恋するオスが進化する (メディアファクトリー新書)
宮竹貴久
メディアファクトリー
2011-10-28


オス頑張れ。メスも頑張れ。 Otake Tadahiro
性的対立の本。性的対立とはオスとメスの進化上の利害にズレがあるためにおきる競争関係のこと。昔はプロの生物学者の間でも、種の繁栄のために繁殖はオスとメスの仲良しこよしな共同作業だと考えられていた。けれども60年代にこの考えのマズさが指摘されて、オスとメスの間にも激しい競争があり、それは協調と同じくらい重要だと考えられるようになった。最初は理論的な分析だったが、80年代には実験・野外観察を通して理論のただしさがわかり、最近では分子・神経レベルでの解明も進みつつある。
性的対立は広い意味では性選択の一部なので、最初に有性生殖の起源と性選択、ついでに自然選択も簡単に説明される。そこからは動物のさまざまな求愛行動、縄張り戦略、トレードオフ、精子競争などが紹介される。
性的対立について日本で初めての本…と言っているが長谷川真理子の『雄と雌の数をめぐる不思議』のようにわりといろいろ出ている。長谷川本は理論色がより強くしかも幅広い現象を扱っているのに対して、本書は理論の細部よりも実際の動物行動に焦点が当てられているのが特徴。乱婚性シカネズミには精子レベルで血縁間の協力があるのに単婚性シカネズミにはそれがない、などおもしろい発見がたくさん取り上げられている。表現が下世話なところがあったり、いちいち人間社会と絡めた与太話に話がずれるのはどうかと思うが、ご愛敬だろうか。


お昼は淀屋橋のスペイン料理でパエリアPaellaで,その後南御堂に向かいました.10・8山崎博昭プロジェクトの企画に参加です.プロジェクトは67年10・8羽田闘争で山崎博昭氏が権力に虐殺されてから50年を迎える2017年に,山博昭を追悼するためのモニュメントの建立を目指しています.今日は元東大全共闘議長の山本義隆氏の講演会です.「日本の科学技術―理工系にとっての戦争」と題した講演はなかなか面白いものでした.休憩をはさんで今度は政治学者の白井聡さんの講演.「ネオリベラリズムと反知性主義」というもので,これもまた面白いものでした.ちょっと難しかったですが・・・
この集会でペピーから声をかけられました.久しぶりです.

【大阪発】あかんで、日本!―理工系にとっての戦争―
 11月7日(土)に講演会「【大阪発】あかんで、日本!―理工系にとっての戦争―」を開催します。13:30開場、御堂会館(大阪市中央区)です。
 この講演会は、2014年に発足した「10・8山博昭プロジェクト」の大阪での最初の講演会です。1967年10月8日に戦争に反対して死んだ山博昭(大阪府立大手前高校卒。当時、京都大学1回生)を追悼し、半世紀後の現在、ますます戦争への道を歩んでいる日本に対して、関西弁で戦争に反対する声を上げたい、関西弁で考え、語りたいという講演会です。
 戦前・戦中にかけて、理工系の専門家たちはどのように戦争を迎え、戦後どのように反省したのか、しなかったのか。現在の日本の「科学技術立国」という思想は、戦時下の総力戦体制の中で生まれています。その歴史をふり返り、3・11以降の現在、原発に反対し、戦争に反対するほんとうの声を新たに求めたい。世代を超えて、その展望を見つけるための講演会です。
【大阪発】あかんで、日本!―理工系にとっての戦争―
講師: 山本義隆(科学史家、元東大全共闘議長)「日本の科学技術―理工系にとっての戦争」
白井 聡(政治学者、京都精華大学専任講師)「ネオリベラリズムと反知性主義」
日時:11月7日(土)13:30開場、14:00開演
場所:御堂会館・南館5階ホール

ニッポンぶらり鉄道旅「“東京ジャポニスム”を探して 都営地下鉄大江戸線」
全国の鉄道に乗って日本の魅力を再発見する『ニッポンぶらり鉄道旅』。川久保拓司さんが都営地下鉄大江戸線に乗って「東京ジャポニスム」を探す旅に出発!外国人観光客に人気の神楽坂では、落語が上手なフランス人に遭遇!まさにジャポニスム!清澄白河では、昔ながらの駄菓子屋さんで子どもが大はしゃぎ。中井では、浮世絵職人の繊細な技に感動!練馬春日町では、伝統野菜に情熱を注ぐ農家に出会う。古くて新しい東京を感じる旅。
川久保拓司, TARAKO

週刊 ニュース深読み「どう減らす? 高齢者の交通事故」
先月28日宮崎市で起きた暴走事故を始め、いま高齢者の交通事故が後を絶たない。ハンドルやブレーキの操作ミス、道路の逆走など原因や事故の種類も様々だ。一方、公共交通機関が少ない地域では車を手放しにくい事情も…。高齢化・過疎化が進む中、こうした事故は減らせるのか? 開催中の東京モーターショーで注目される自動運転や街なかでの実証実験など最新技術も交え、これからの時代、どう交通事故を減らすのか、深読みする。
高田延彦,村上知子,上村直人,桃田健史,寒川由美子, 小野文惠,高井正智, 南利幸ほか


仮設入居期限迫る 家賃負担懸念で転居進まず
 東日本大震災の仮設住宅の入居期限が来春に迫った一部の被災自治体で、民間賃貸住宅(民賃)への転居が進んでいない。家賃負担が生じることなどから早期の退去に二の足を踏む被災者もいるためだ。転居が来春に集中するとの予想もあり、支援に当たる関係者は「物件の争奪戦になりかねない」と懸念している。(若林雅人)
<条件に合わず>
 仙台市は10月24日、民賃への転居を検討している仮設入居者向けの相談会を初めて開いた。多くの仮設住宅で来年4〜6月に入居期限を控えており、「余裕を持って準備をしてもらうため、約半年前のタイミングを選んだ」(生活再建推進室)という。
 若林区のプレハブ仮設住宅で1人暮らしの女性(70)は近隣のアパート数件を紹介された。「古かったり家賃が高かったりと、なかなか条件に合わない。(家賃負担のない)仮設住宅にぎりぎりまで居たい気持ちはある」と話した。
 市は4月から、物件探しの相談に応じる支援事業を一般社団法人パーソナルサポートセンター(PSC、青葉区)に委託している。9月末までに相談のあった86件のうち、転居が決定したのは10件にとどまる。
 宮城県も9月、物件や不動産業者の情報を提供するコールセンターを開設。同月末までの相談は1カ月で42件と、1日当たり約20件の想定を大きく下回った。県震災援護室の担当者は「退去期限が迫ってから動く被災者が多いだろう」とみている。
<減少率が鈍る>
 動きの鈍さは仮設入居者の減り方と表裏一体の関係にある。仙台市の仮設入居世帯数の前月比減少率はグラフの通り。
 本年度に入居が始まった市内の災害公営住宅26団地のうち、4月の入居スタートが13団地と半数を占めた。退去期間は鍵の引き渡しから1カ月以内とされているため、4〜5月に退去が進み、6月の減少率が大きく伸びた。その後は、特にみなし仮設で退去のペースが落ちている。
 仙台市と隣接する多賀城市も同様の課題を抱える。仮設入居約900世帯のうち、約400世帯が民賃への転居を計画。市生活再建室の担当者は「物件探しに火が付きすぎる(一定時期に殺到する)と考える余裕を失う」と懸念する。
 物件数自体が不足気味との指摘もある。県宅地建物取引業協会によると、震災以降、特に沿岸部の被災地で空き物件の登録数が減っている。
 PSCの「住まいと暮らしの再建サポートセンター」の平井知則センター長は「物件が少なくなる時期に探すと選択の幅が狭まる。転居先が『ついのすみか』になる人は多いだけに、納得できる部屋に住んでもらいたい」と早めの準備を呼び掛けている。


震災犠牲者遺族の霊体験 周囲が受け止めて
 東日本大震災の犠牲者と遺族が再会した「不思議な体験」の聞き取りを、ジャーナリストの奥野修司さん(67)=東京都在住=が被災地で続けている。切々とした告白からは、喪失感の大きさ、魂と再び巡り合った喜び、体験を周囲に理解してもらえない苦しみ…といった遺族の心の深奥が垣間見える。
 奥野さんはこれまで約20人の遺族を取材した。多くの場合、亡き人の霊や魂の存在を感じた体験が、寂しさ、悲しさに沈む遺族に安らぎをもたらしている。
 小学2年生の子を失った母親は、足音にまつわる体験を話してくれたという。時々起こる仮設住宅の天井を踏む音が、亡き子の歩き方にそっくりで家族全員が確認した。母親は「そんなに悲しまないで、と励ましてくれているのかな」と前向きに感じている。
 兄の死亡届を書いた妹の携帯電話に「ありがとう」と兄からメールが入った話。行方不明の夫が発見された後、就寝した妻の布団に何かが入り込み「お父さんだ」と直感した話。いずれも遺族は肯定的に受け止める。
 「墓は作りたくない。いつまでも成仏してほしくない」。子の霊の出現を重ねて願う母親もいた。そうした率直な思いが誤解を生むケースもある。「被害者意識が強い」「非科学的だ」などと周囲の冷たい目を感じた遺族は少なくない。
 霊体験を語ることを否定的に捉える面がある風潮について、奥野さんは「遺族の悲しみを現代社会が受け止め切れていない」との考えを示す。霊がいる、いないではなく、遺族の体験そのものを素直に尊重すれば「遺族が語りやすくなり、悲しみのセルフケアにつながる」と説く。
 石巻市の遠藤由理さん(42)は震災の2年後、津波の犠牲になった長男の康生(こうせい)ちゃん=当時(3)=に心の中で声を掛けた時、愛用のおもちゃが突然動いた体験を奥野さんに語った。
 「私の体験は紛れもない事実。こうちゃんは私を見ていると100パーセント確信できた。息子が生きた証しを残すために取材を受けた。もっと楽に霊体験を話せる世であってほしい。話すことで自分の心が開けた。奥野さんは全部聞いてくれた」と遠藤さんは話す。
 奥野さんは今後も聞き取りを続け、書籍化を目指す。「単なる霊的体験集ではなく、死者と遺族が一緒に生きた歴史を物語にしたい」と述べ、聞き取りに協力してくれる人を募集する。


<蕪嶋神社全焼>社殿内部から出火
 青森県八戸市鮫町の蕪嶋(かぶしま)神社が5日未明に全焼した火災で、窓や出入り口が全て施錠されていた社殿の内部から出火していたことが6日、青森県警への取材で分かった。周囲には放火を疑わせる油性反応もなく、実況見分した県警は電気系統のトラブルが原因とみている。
 県警などによると、火元とみられる社殿には不審者の侵入や火災などを検知する警備会社の警報器が付いており、今回は出火に伴い作動した。駆け付けた警察官らが社殿の内部から火が出ているのを確認していることもあり、放火の可能性は低いと判断した。
 一方、蕪嶋神社では関係者による後片付けが始まった。社殿は奥側の本殿周辺が特に激しく燃え、焼け崩れていた。お守りを販売する授与所がわずかに残っているだけだった。
 神社によると、本殿の近くにはストーブ用の灯油が置いてあったといい、引火して被害が大きくなった可能性があるという。
 蕪島入り口には、再建に向けた浄財を募る箱が設置された。市内の女性(87)は「何で焼けたのか。地域で愛されている神社だからこそ、早く再建してほしい」と涙目で語った。


震災被害と復興の現状、中学生が聞き取り
 東日本大震災の被害と復興の現状を調べようと、宮城県七ケ浜町向洋中の1年生が6日、町内の漁師や農家、役場職員、NPO関係者を訪ね、聞き取りをした。本年度中に調査結果を報告する予定で、学校側は「どう生きるか、この町をどうするかを考えるきっかけにしてほしい」と期待する。
 総合学習の一環として生徒94人が2〜5人に分かれて訪問。対象はノリ養殖の漁師、仮設店舗で営業する理容店主、復興支援を続けるNPO関係者ら24の事業所・個人に上った。
 生徒5人の訪問に応じた菖蒲田浜の漁師鈴木直也さん(45)は津波が漁港を襲った時の様子や、がれきの撤去作業など4年8カ月の歩みを振り返り「自分は仕事に誇りを持っている。七ケ浜で捕れた魚をぜひ、地元の人たちに食べてもらいたい」と語った。
 佐藤真和君(13)は「船が流され、漁業を再開するのに時間もお金もかかり、大変だったことが分かった」と感想を話した。
 1年生は9月から被災状況を学んだり、当日の中学校の様子を振り返ったりして、大震災を見つめ直している。担当の瀬成田実教諭(57)は「中学1年生は当時、小学2年生だった。今だからこそ表現できる面はある思う」と述べ、教訓を伝える授業の意義を語る。


<被災地の議員>語り部経験原点に
◎決意の新顔(下)宮城・山元町議 岩佐孝子さん/元町職員、人口減に危機感
<涙浮かべて説明>
 10月25日に投開票された宮城県山元町議選で初当選を飾った岩佐孝子さん(61)は、町民636人が犠牲となった東日本大震災の語り部として活動している。
 歓喜から間もない同27日も、宮城県七ケ宿町の団体を津波で損壊した山元町の旧小学校校舎などに案内した。「全町民の25人に1人が亡くなりました」。当時の過酷な状況を説明すると、いつの間にか目に涙が浮かんだ。
 2014年3月まで41年間、町役場に勤めた。定年退職を間近に控えた13年、山元町坂元支所長を務めながら、地元有志とボランティアガイド組織を設立。全国から視察に訪れる人たちに被災地を案内し、教訓を伝える活動を始めた。
 「犠牲になった多くの住民を忘れないため、語り部活動をメーンに過ごしたい」。人柄を買われ、周囲から町議選への立候補を勧められても当初は首を縦に振らなかった。
 考えが変わったのは告示まで1カ月を切った9月下旬。被災して町外に転校した児童が漏らしたひと言を耳にしたのがきっかけだった。
 「町に帰りたい」
 町はコンパクトシティー型の復興まちづくりなど町の大改造を進める。完成を待ち切れない住民の転出が相次ぎ、人口は震災前の4分の1に当たる約4000も減った。元町職員として自責の念に駆られた。
<安心できる町へ>
 「他人頼みでは駄目。離れた住民が安心して帰ることができる土壌をつくるため、町の復興計画を見直したい」。思いに共感した若者らに支えられ、13人の当選者のうち2位の票を集めた。
 任期は13日から。議会活動の合間を縫って、今後も語り部の活動を続けるつもりだ。「現場に出て生きた声を町政に反映させるのが私の役割」と力を込めた。
(亘理支局・原口靖志)


「クロ現」やらせ問題 「NHKに自民圧力」
 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は六日、NHKの報道番組「クローズアップ現代」でやらせがあったと指摘された問題で、「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を公表した。この中で、総務省がNHKを厳重注意したことについて「極めて遺憾」とし、自民党によるNHKへの事情聴取を「政権党による圧力そのもの」と強く非難した。NHKと民放が放送界の第三者機関として設立したBPOが、政府・与党を批判するのは極めて異例。 
 意見書は、総務省によるNHKへの厳重注意について「政府が個別番組の内容に介入するのは許されない」と批判。自民党の情報通信戦略調査会がNHK幹部を呼んで説明を求めたことについても「放送事業者の自己規律やBPOを通じた自主的な検証に委ねる本来の姿に立ち戻るよう強く求める」と訴えた。
 審理対象となった番組は、昨年五月放送の「追跡“出家詐欺”〜狙われる宗教法人〜」と、その基になった関西ローカル「かんさい熱視線」で、多重債務者がブローカーを介して出家し、名前を変えて融資などをだまし取る詐欺の手口を紹介する内容。
 番組内で詐欺に関わるブローカーとして匿名で紹介された大阪府内の男性が「NHK記者の指示で架空の人物を演じた」と週刊誌で告発した。委員会は、多重債務者とブローカーの相談場面を問題視。視聴者に誤解を与える過剰演出があった一方、やらせはなかったと結論付けたNHKの調査報告書について「深刻な問題を演出や編集の不適切さに矮小(わいしょう)化している」と批判。会見で川端和治委員長は、ブローカーの活動実態など「事実と異なることを視聴者に伝えた」と指摘した。
 NHKは同日、板野裕爾(ゆうじ)専務理事・放送総局長らが会見。「真摯(しんし)に受け止める。事実に基づき正確に報道するという原点を再確認し、再発防止策を着実に実行していく」と語った。
<放送倫理・番組向上機構(BPO)> NHKと民放が2003年、言論・表現の自由の確保や放送による人権侵害の被害救済などを目的に、放送界の第三者機関として設立。虚偽の内容で視聴者に著しい誤解を与えた疑いのある番組について議論する「放送倫理検証委員会」など、有識者による三つの委員会で構成。視聴者の意見や苦情は内容に応じ各委員会で話し合う。


県の公開質問 政府の反論が見ものだ
 ある時は私人に成り済まし、ある時は国の機関だと主張する。いったい沖縄防衛局はどちらなのか。国土交通相ははっきり示すべきだ。
 辺野古新基地建設をめぐる埋め立て承認の取り消しに対し、石井啓一国交相が撤回を求めて是正を勧告したが、翁長雄志知事はこれを拒否した。当然だ。「是正」すべきは政府の方である。
 知事は同時に、国交相宛てに公開質問状も送付した。非常に興味深い。
 政府は今回、二つの行為をした。一つは知事の承認取り消しの効力を止める「執行停止」だ。沖縄防衛局が国土交通省に申し立て、国交相が決定した。
 もう一つは知事の代わりに国が承認を実行する「代執行」である。
 執行停止は行政不服審査法に基づく。同法は、行政庁の権限行使に対する国民の救済が目的だ。だから申し立ての資格があるのは行政庁でなく国民である。そのため今回、国は防衛局を民間事業者と同じ「私人」と位置付けた。一方で政府は、新基地建設を「日米両政府の合意の履行」という。それなら「国家の事業」であるはずだ。
 自らの主張の内容に応じて、都合よく正反対の立場を使い分ける。これを「ご都合主義」と呼ぶ。質問状はこの矛盾を突いている。
 翁長知事は会見で、国交省が行政不服審査では審判役となりながら、代執行では執行当事者となる矛盾も指摘していた。
 政府のご都合主義はこれらにとどまらない。地方自治法は、他に方法がない時に国が高裁に代執行の訴えを提起できると定める。今回、国交相は、代執行でなければ知事の取り消しの「是正を図ることは困難」と主張してその手続きに入った。一方でこれに先立ち、国交相自ら執行停止を決定している。いったい知事の取り消し処分は生きているのかいないのか。
 この矛盾に政府がどう反論するのか見ものである。興味深いというのはそういう意味だ。公開質問に答える法的義務はないというが、会見で翁長知事が述べたように、「説明責任は行政の基本」である。政府はこの公開質問に答えてもらいたい。むろん一般論で抽象的にではなく、個別具体的に、である。
 県が政府に公開質問を出すのは極めて異例だ。異例のことをしなければまともに応答しないからだ。それであぶり出される政府の非合理性を、国民はよく見てほしい。


辺野古停泊却下 環境破壊の不条理隠すな
 一体、何を恐れているのか。
 名護市辺野古への新基地建設と表裏一体の環境破壊の不条理が、世界に発信されることを阻む政治的思惑があるとしか思えない。
 安倍政権は、国際環境保護団体「グリーンピース」によるキャンペーン船「虹の戦士号」(855トン)の辺野古沖周辺への停泊申請を初めて却下した。
 申請窓口となった沖縄総合事務局は「海上での抗議活動などに混乱が生じて安全確保ができない恐れがある」と説明したが、想定される具体的事例は一切示していない。根拠に乏しい恣意(しい)的通告だ。
 グリーンピース側は、安倍政権が新基地建設のために設定した臨時制限区域から約1キロ離れた沖合に停泊すると伝えていた。船長は「立ち入り禁止区域に入る意図は全くない。大浦湾破壊を隠蔽(いんぺい)しようとしている」と反発している。
 工事を妨げる意思がないことを明確にした上で、離れた海域で環境破壊反対をアピールする停船申請を退けた。大浦湾の広さ、制限区域と停船予定海域の距離からすれば、却下判断は過剰反応にほかならない。
 表現の自由、集会の自由を根本から揺るがす憲法違反のそしりを免れない異常な事態である。
 世界中の現場を巡る「虹の戦士号」が、停泊さえ認められなかったのは初めてという。
 グリーンピースは国連で非政府団体に与えられる最も高い地位のの一つ「総合協議資格」を持ち、総会を含む会議にオブザーバー資格で出席している。旗艦的存在の「虹の戦士号」の辺野古停泊は2000年の沖縄サミット、05年、07年にはすんなり許可されていた。
 非暴力の抵抗を続ける市民を拘束する過剰警備に加え、安倍政権は平和的手段を用いたアピールさえ封じ込み、開き直っている。
 果たして日本は民主主義国家なのか。狭量極まる姿勢は、国の体制や政策に抗(あらが)う国民の人権を抑圧する前近代的な独裁国家を連想させる。
 沖縄の民意を組み敷いて強行する新基地建設は大浦湾の環境を破壊する。日本の“恥部”に国際的関心が寄せられることを避けたいのだろうが、安倍政権の判断は逆に世界に恥をさらすことになる。
 「安全を脅かしているのは軍事基地建設を進める日米両政府だ」。世界基準の普遍的価値観を示す船長の言葉が核心を突いている。

ヘッドフォンこわした/Stand by me/コスタリカのサイト

ブログネタ
フランス語 に参加中!
151022-3

Heurts à Londres pendant une manifestation anticapitaliste
Des affrontements ont éclaté dans la soirée de jeudi 5 novembre entre police et manifestants anti-capitaliste dans le centre de Londres, ou ont défilé des milliers de personnes pour la ≪ Marche des millions de masques ≫. Cinquante personnes ont été arretées pour troubles à l’ordre public et des policiers blessés ont été transférés à l’hôpital, a indiqué la police.
La marche avait lieu le ≪ jour de Guy Fawkes ≫, célébré chaque 5 novembre en Grande-Bretagne. Il commémore l’échec de l’attentat fomenté par ce rebelle catholique, qui avait voulu dynamiter le Parlement britannique en 1605. ≪ Une solution : la révolution ≫ ou ≪ A qui sont les rues ? A nous ≫, scandaient les manifestants qui étaient nombreux a porter un masque à l’effigie Guy Fawkes, devenu symbole du mouvement Anonymous.
Des protestataires ont lancé des feux d’artifice et des bouteilles sur les policiers, dont certains ont été renversés de leurs chevaux, tandis que plusieurs manifestants en sang ont été pris en charge. Les affrontements ont eu lieu devant le palais de Buckingham et le bureau du premier ministre, David Cameron. Certains manifestants se sont aussi engagés dans le principal quartier commerçant de Londres autour de Oxford Street, brisant plusieurs vitrines, alors que de nombreux commerces fermaient leur porte.
La police avait décrété des mesures de sécurité spéciales avant la manifestation, qui avait également donné lieu à des affrontements et des arrestations l’an dernier. Selon ces mesures, les manifestants devaient rester dans certaines zones du centre de Londres, devaient enlever leurs masques si demandé par la police et devaient se disperser à 22 heures.
フランス語
フランス語の勉強?
時論公論「延命は必要か 高速増殖炉“もんじゅ”」水野倫之解説委員
安全管理の問題が相次ぎ、事実上、試験運転の禁止命令を受けている福井県の高速増殖炉「もんじゅ」。点検漏れなどの不祥事が続く背景と今後どうすべきかを解説する。

クローズアップ現代「繁華街に潜む“死角”〜“メイドカフェ火災”の波紋〜」
広島で起きた雑居ビル火災。建物が建築基準法に違反していた疑いがあるが行政は把握していなかった。背景に「既存不適格」という建築確認を巡るルールの盲点が見えてきた。
長谷見雄二, 国谷裕子

NHKスペシャル 東日本大震災▽“津波の海”を潜る〜三陸・破壊と回復の5年間
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた三陸の海。あの日、海の中で何が起き、それによって生態系にどういう影響が出たのか、さまざまな分野の研究者たちが調査を続けている。それによると、思わぬ形で複雑に影響が出たことやその影響が今も出続けていること、一方で、場所によっては想像以上に回復しているところもあるなど、知られざるメカニズムが少しずつ明らかになってきた。さまざまな水中映像によって海の生命力に迫る。
鎌田靖, 渡邊佐和子

ドキュメント72時間「街角のダビング店 よみがえる映像」
再生できなくなった昔の映像や音声が持ち込まれる街角のダビング店が今回の舞台。フィルムやVHS、カセットテープなどが、DVDやCDに形を変え、次々とよみがえっていく。夢を語り合った仲間に学生時代の映像を送るOL。娘が赤ん坊だった頃の思い出にひたる父親。若くして亡くなった家族の姿を見つめる女性。都内のダビング店に3日間密着。二度と戻らない時が刻まれた宝物をよみがえらせようとする人々の思いに耳を傾ける。
仲里依紗

あの年この歌〜時代が刻んだ名曲たち〜1971年「赤い鳥/翼をください」
1971年、「世界に通用する日本のポップス」として世の中に生まれた赤い鳥の「翼をください」。日本のポピュラーミュージックとして初めて音楽の教科書に載り、今も多くの若者たちに合唱曲として親しまれているこの曲の魅力とは?
高見沢俊彦  野瀬泰申  佐々木明子  富澤一誠

おんな酒場放浪記「下北沢・酒亭 二軒茶屋」寺澤ひろみ
厳選された名酒場の暖簾を、“お酒大好き女子”がふらりとくぐります。「町屋・栃木屋」(倉本康子)
寺澤ひろみ 河本邦弘
下北沢の茶沢通りに昭和46年に創業した「酒亭 二軒茶屋」。屋号の由来は京都に昔あった二軒の茶屋から。切り盛りする姉妹はもちろん京都出身。静かな店内に姉妹の心地よい京都弁が響く。つまみは季節の旬の野菜や魚が多い。普段お目にかかることの少ない「わわ菜」という野菜もあったりする。お酒は日本酒もあれば、銘酒「メローコズルエクセレント」もボトルで入れている。大人の時間が流れる酒場である。
TBSビジョン・BS-TBS



夫婦必読の書? 怪盗アンデス VINE
妻が夫を、「話をしても生返事ばかり」とか「髪型を変えたのに気付いてくれない」と愚痴るのは良く聞く話である。「妻を怒らせてしまったが、理由が思い当たらない」と嘆く夫もいる。男女、特に夫婦が、こうしたお互いの「理解不能な言動」を少しでも納得し、思いやる気持ちをはぐくむのに、本書は役立つと思う。
本書では、「女が地図を読むのが苦手で、男が新聞を読んでいるとき何も聞こえないのは、根本的に変えようがない。しかし脳の構造が違うことを理解しておけば、異性に対して寛容になる」ということが、繰り返し語られている。ここで、男女で言動に差異のあることには、異論は少ないと思う。本書で取り上げられている例に、心当たりのある人も多かろう。空間能力や言語能力に性差があることは、広く知られた事実である。
本書の記述に問題があるとすれば、男性性・女性性(本書の言葉では、男脳・女脳)には個人差があり、バラツキがあるとは断ってはいるものの、標準的(と著者が考えた)男性像・女性像に沿った断定口調が多いことだろう。面白おかしく読める反面、画一的な見方を強いる危険性がある。特に、血液型で性格分類ができると思っているような、ステレオタイプな見方をする人は要注意である。
本書の読み方としては、「性差を認めつつ、男女平等を如何に実現するのか」などと難しいことを考えず、二人で笑いながら読み、お互いを理解したような気になるのが良いのでは? 妻が夫に話をするときは、「男は一つのことしかできない」のだから、まず「新聞を取り上げよう」。円満にできれば、大成功!


ヘッドフォンをこわしてしまいました.仕方ないのでお昼に買いに行きました.
ドラえもん ずっとそばにいてね 〜STAND BY ME〜 を聞きました.いい曲だと思います.
最初はOASISのSTAND BY MEを聞きたかったのですが.
キソキソは30分早く終わってしまいました・・・
夕方マイクロに関して調べ物をしていたら,なんとコスタリカのサイトにたどり着きました.国別コードトップレベルドメインがcrなのでした.

<仮設商店街>石巻市長「1年は延長可能」
 宮城県石巻市が12月末での閉鎖方針を打ち出していた市中心部の仮設商店街「石巻立町復興ふれあい商店街」について、亀山紘市長は5日の定例記者会見で「1年は延長可能だと思っている」と述べ、商店街存続に前向きな考えを示した。
 設置期間を延長する場合、市が助成する土地の賃借料相当分などの財源が必要になる。市は今月中に、来年の市議会2月定例会に関連議案を提出するかどうかを最終判断する見込み。
 亀山市長は「1年間延長した上で、自立再建をしてもらえるよう支援を進める。新たな商店街施設の整備も検討したい」と語った。
 市が商店街の17店舗を対象に実施した意向調査では9月末現在、再建済み1、検討中10、未定2、再開困難3、退去予定1だった。移転先確保に苦しむ商店主たちは10月末、市に2年間の設置延長を求める要望書を提出していた。
 仮設商店街は2011年12月にオープン。石巻商工会議所が民間の駐車場を借り上げ、中小企業基盤整備機構がプレハブ平屋の店舗などを整備した。


はらこめしで元気アップ 復興派遣職員味わう
 東日本大震災で被害が出た山元町の復興業務などに従事する全国からの派遣職員を対象にしたランチ交流会が5日、町中央公民館であった。派遣職員たちは、それぞれの地元であまりなじみのない秋の味覚を堪能した。
 メニューは郷土料理はらこめしのほか、地元産野菜をふんだんに使った芋煮、大根とホウレンソウのナムルなど。町食生活改善指導員の女性12人が調理し、一部の職員ははらこめし作りにも挑戦した。
 派遣職員66人に斎藤俊夫町長ら町幹部を加えた計84人が会費500円を払い、会話を楽しみながら一緒に味わった。兵庫県佐用町から3年ぶりに再派遣された農業基盤整備推進室の井土達也さん(44)は「懐かしい味で、まるで古里に帰ってきたよう」と笑顔で口に運んだ。
 町に在籍する派遣職員は現在114人で、特別職を含む全職員の4割に当たる。ランチ交流会は、単身赴任が多い派遣職員の健康への意識向上と地元の味に親しんでもらおうと、町が2013年2月から定期的に開いている。


巨大重力波望遠鏡「かぐら」完成
 遠い宇宙から届く「重力波」の世界初検出を目指す巨大重力波望遠鏡「かぐら」が、岐阜県飛騨市神岡町の地下にこのほど完成した。東大などが6日、報道陣に公開した。
 ノーベル物理学賞に決まった梶田隆章東大宇宙線研究所長が中心となって進めたプロジェクトで、ニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」と同じ鉱山跡に建設された。最先端の研究で世界をリードする神岡に、宇宙の謎に迫る新たな装置が加わった。
 東大などは機器の調整を進め、本年度中に試験観測を開始する。
 重力波は、ブラックホールなどの重い天体が動いた時に、周囲の空間が伸び縮みして波のように伝わる現象。


<辺野古取り消し>知事、国の勧告拒否
 沖縄県の翁長雄志知事は6日、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設先、名護市辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消した自らの処分に対し、国が撤回するよう求めた勧告を拒否する旨の文書を石井啓一国土交通相宛てに発送した。勧告と並行して国交相が決定した取り消し効力の停止に関し、見解をただす質問状も併せて送付した。県庁で会見し明らかにした。
 国交相は、翁長氏に代わって取り消しを正式に撤回する「代執行」手続きの一環で勧告していた。国交相は続いて、来週前半にも翁長氏に撤回を指示する方針。翁長氏はこれにも応じない考えで、政府側は代執行を行うための裁判を月内にも起こす見通しだ。


愛媛の高校生、被災体験談に涙
 東日本大震災の被災地で震災の教訓を学ぼうと、松山市の済美高の2年生4人と教諭が5日、気仙沼市の東陵高を訪れ、防災、減災への思いを新たにした。
 東陵高の2年生7人が、小学6年だった震災当時の体験を紹介した。生徒会長の吉田奈央さん(17)は祖父を失ったことを明かし「津波がいったん引いても低地に戻らず、避難を一番大事にしてほしい」と涙ながらに訴えた。
 石巻市で被災した吉野精隼君(16)は「災害はいつ起きてもおかしくない。日ごろから感謝の言葉を大切な人に伝えてほしい」と語り掛けた。済美高生も涙を流して聞き入った。大垣馨瑚君(16)は「つらい体験を聞いて、より具体的に震災を感じた。愛媛にしっかり伝える」と誓った。
 済美高は3月11、12日に東陵高生約30人を迎えて交流した。その後、校内で「被災地に足を運びたい」との声が上がり、訪問が実現した。体育館では交流イベントがあり、済美高からプロ野球東北楽天にことし入団した安楽智大投手が在学中に使った硬式ボールが、東陵高野球部に贈られた。


校舎保存是非 元住民「意志を示させて」
 東日本大震災で被災し、宮城県石巻市の震災遺構候補に挙がっている門脇、大川両小の保存の是非などを問う市民アンケートで、門脇、大川両地区の対象者選びをめぐり異論が出ている。市は「現在住所のある人や今後住む予定の人の回答で意向は十分反映される」などと判断し元住民を対象外とした。元住民は震災の影響で移住を余儀なくされた人が多く「地元の一員として意思を示したい」と訴える。
 60代男性は門脇地区の自宅跡地で河川堤防の復興工事が行われるのに伴い、新蛇田地区に移転。門脇小の解体を求める住民組織「新門脇地区復興街づくり協議会」の役員を退いた。「アンケートに参加したいとは思う。門脇地区の住民には被災校舎を見たくないという切実な思いがある。今後も現地に住む人への配慮をお願いしたい」と望む。
 アンケートは9項目で、両校舎の保存方法で考慮すべき点や、「解体」「一部保存」「全部保存」のどれを望むかの選択、震災伝承の必要性などを問う。
 対象者は(1)門脇地区の地権者と災害公営住宅の事前登録者243人(2)旧大川小学区に住所がある490人(3)18歳以上の無作為抽出した2000人−。市は10月28日に発送、今月10日までの返送を求めている。
 児童と教職員計84人が犠牲となった大川小は災害危険区域にある。別地区へ移った児童遺族は「校舎は子どもが勉強や運動に励み、友情を育んだ場所。地元を離れた今でも愛着があり、アンケートで保存の意思を伝えたい」と強調する。
 堀内賢市市復興政策部長は5日の定例記者会見で「対象外の方についても市のホームページや文書を通じて遺構に関する意見を頂けると判断した」と説明。「意見は事務担当が見ておしまいではなく、亀山紘市長に報告したい」と話す。
 亀山市長はアンケートや両地区住民との意見交換などを踏まえ、年度内に保存の是非を判断する方針。市は意見交換の対象に、新門脇地区復興街づくり協議会と、大川小校舎全体の保存などを市に求めている住民団体「大川地区復興協議会」を検討しているという。


<東西線>復興への期待背負う
◎結ぶ・切り拓く−開業まで1カ月(5完)二つの被災地
<黒字転換厳しく>
 関西の中心都市の一つ神戸市。21世紀に入った2001年に開業した地下鉄海岸線は、仙台市地下鉄東西線と共通点が多い。
 繁華街の三宮・花時計前駅と新長田駅を結ぶ。延長7.9キロ、結ぶ時間15分は東西線の13.9キロ、26分より短いが、取り巻く環境が似通っている。
 古くからの住宅地や工業団地が広がる。沿線の風景は仙台市東部と重なる。市内で2本目の新線という状況も一緒だ。
 新長田駅周辺は阪神大震災後に再開発された。被災地復興への期待も背負う点が合致している。
 開業から15年目。海岸線は決して快走しているとは言い切れない。
 1日当たりの利用客は14年度実績で4万3520人。開業時8万5000人、開業後5年(06年)で13万人に増えるとの当初予測には遠く及ばない。
 14年度の年間収支は62億円の赤字。当初計画した19年度の黒字転換はとても厳しい状況だ。
 「人口減少」「高齢化」「復興事業の遅れ」…。市が07年にまとめた報告書は利用客低迷の原因をこう分析する。
 苦境は解消されていない。マンション開発が進んだ御崎公園駅周辺のような例もあるが、市の担当者は「多くの課題は変わっていない」と説明する。
 市はことし、有識者を交えたコンソーシアムを設置。今後、打開策を探る。
 委員の一人、和田真理子兵庫県立大准教授(都市計画)は「完成された街に地下鉄を通すだけでは大きな変化は起きにくい」と一筋縄ではいかないとみる。
<かじ取りが重要>
 採算性への懸念は仙台の東西線にも付きまとう。市は12年、1日の需要予測を約8万人に下方修正し、03年に示した約11万9000人から3割減らした。開業10年目の黒字転換を含め、市には計画達成に向けた努力と工夫が求められる。
 神戸市が13年に実施した沿線事業所対象のアンケートは参考になり得る。
 海岸線は従業員の通勤手段でJR線とともに26%で最多だったが、次いで多いマイカーも16%に上った。地下鉄駅で乗り換えるパーク・アンド・ライドへの誘導は仙台でも鍵を握る。
 海岸線と同様に東西線でも一部残る並走バス路線の在り方も課題として残る。
 採算性と利便性のバランスをどう取るか。被災地復興のためにも今後のかじ取りこそ重要になる。
 12月6日の開業まで1カ月。奥山恵美子市長は4日の定例記者会見で「沿線開発の遅れなど課題はあるが、仙台経済の復興に欠かせない存在になる」と力を込めた。
 地域を結び、未来を切り拓(ひら)く役割を担う東西線。開業へのカウントダウンとともに、期待が一段と高まっている。(報道部・熊谷吉信)


<蕪島神社全焼>心のよりどころ失い市民消沈
 5日未明に全焼した青森県八戸市の蕪島神社には朝から市民がひっきりなしに訪れ、変わり果てた姿を見て「信じられない」と肩を落とした。年間約10万人が訪れる観光地でもあり、関係者は早期再建に向けて動きだした。
 神社は文化財ではないもののウミネコ繁殖地の真ん中に立ち、観光のシンボル的存在だった。弁財天を祭り、漁業の守り神として特に浜の人々から大切にされてきた。
 八戸署の実況見分で、5日は立ち入りが終日禁止された。様子を見に来た市内の主婦市沢節子さん(68)は「行事の手伝いなどで毎月よく訪れていた。船の安全をすがる場であり、心のよりどころだったのに…」とため息をついた。
 ウミネコの繁殖期は3〜7月で、火事の影響はないとみられる。一方で、蕪島は種差海岸などと共に三陸復興国立公園の北の玄関口に位置付けられており、神社の焼失は観光面で大きな痛手になる。
 蕪島の観光拠点化を進める小林真市長は「北海道新幹線の開業を来年3月に控え、三陸復興国立公園をPRしようと考えていた。再建に向けて支援したい」と語った。
 神社は7日、市内で総代会を開き、今後の方針を話し合う。宮司の野沢俊雄さん(65)は悔しさをにじませながら「ご神体を含め全て燃えてしまった。残念だ。プレハブでもいいから再建を進めたい」と話した。


もんじゅ やはり廃炉にすべきだ
 原子力規制委員会は高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の運営者を代えるよう、文部科学省に勧告した。そもそも、もんじゅはその名の通り、人間の手に余る。夢から覚める時が来た。
 繰り返し述べてきたように、やはり廃炉にするしかない。
 勧告権は、いわば“伝家の宝刀”だ。規制委は初めて、刀を抜いた。日本原子力研究開発機構に、もんじゅを運営する資格はないという、つまりレッドカードである。
 使用済み核燃料を再利用、発電すればするほど、燃料が増えていく−。そんな“夢の原子炉”という触れ込みだった。だが文殊菩薩(ぼさつ)の御名を冠したこの原子炉には、初めから不運や不正がつきまとう。
 通常の軽水炉とは違い、もんじゅの冷却材には液体ナトリウムを使う。空気に触れると激しく燃える、管理が難しい物質だ。
 一九九五年暮れ、発電開始から四カ月足らずでナトリウム漏れ事故を起こした。
 当時の運営主体、動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が事故の実態を隠そうとしたため指弾を浴びて、長い停止を余儀なくされた。
 この間、動燃から核燃料サイクル開発機構、そして日本原子力研究開発機構へと運営者は代わったが、その体質は変わっていない。
 二〇一二年十一月、約一万点にも上る機器の点検漏れが見つかった。規制委は改善を求めたが、その後も新たな点検漏れや安全管理上のミスが相次いだ。
 運転は止まっていても、ナトリウムが固まらないよう電熱で温める必要がある。二十年間ほとんど発電できなかったもんじゅの維持に、大量の電気を使い、一日五千五百万円の巨費を投じている。これでは“悪夢の原子炉”だ。
 三年前に閉館したもんじゅのPR施設には、二十五分の一の配管模型があって、毛細血管を思わせる構造を「配管の化け物」と呼ぶ人もいた。ひと目見て、こんな複雑な設備と危険な資材が必要な原子炉を、そもそも人間が安全に管理し続けられるのかという疑問が湧いてきたものだ。
 この際、速やかに廃炉にし、もんじゅそのものを廃炉の研究施設などに“リサイクル”する道筋をこそ、検討すべきではないか。
 使用済み燃料を再利用する核燃料サイクルは、日本の原子力政策の根幹で、もんじゅはその中心に位置している。規制委の勧告は、この国の原子力政策そのものを問うているともいえないか。


[警視庁機動隊投入]辺野古から撤退させよ
 名護市辺野古の新基地建設をめぐり、市民の抗議行動が続く米軍キャンプ・シュワブゲート前に、警視庁の機動隊が100人規模で投入されている。辺野古で県外の機動隊が市民に直接対峙(たいじ)するのは初めてだ。少なくとも年内の予定で、来年まで延長する可能性もあるという。
 警視庁の機動隊といえば、「鬼」「疾風」などの異名を各隊が持つ屈強な部隊。都内でデモ対応などの経験があり、即応力を備える「精鋭」たちだ。
 かたやゲート前で反対の声を上げるのは、辺野古に新基地を造らせない、との一念で集まった市民ら。過酷な沖縄戦やその後の米軍支配下を生き抜いてきたお年寄りの姿もある。
 国内外の要人が出席するイベント開催に伴う一時的な警備ならともかく、非暴力の市民の行動に対応するために、「精鋭」部隊を投入するのは極めて異例だ。
 ゲート前の警備態勢が長期化し、県警内での人繰りが厳しくなる中、県公安委員会を通し警視庁に応援部隊の派遣を要請していたという。
 政府側は県警の要望だったと強調し、関与を否定している。だが、何が何でも新基地を造るという強硬姿勢を再三見せられてきた県民にとって、反対運動を萎縮させ、弱体化を狙う意図が働いているとしか思えない。
 そもそも、これまでの政府の強権的な姿勢が、抗議活動の「激化」を招いた。政府はその事実を重く受け止めるべきだ。
    ■    ■
 警察法は、警察の責務の遂行に当たり「日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用(らんよう)することがあってはならない」と定めている。
 抗議のために座り込みをする市民を警察官が強制的に排除し、老若男女を問わず力ずくで押さえ込む。機動隊とのもみ合いの中でけが人も出ている。こうした状況は、法の理念に反しているというほかない。
 環境保護団体グリーンピース・ジャパンへの沖縄総合事務局の対応も疑問だ。同団体の船「虹の戦士号」が辺野古沖に停泊するための申請を、総合事務局が却下した。「混乱が生じやすくなるため安全確保ができない」というのが理由だ。
 だが、詳細な予定行動表や停泊ポイントは事前に海上保安庁に伝えていた。停泊を認めないのは、辺野古の実態を世界に発信するのを阻むためではないか。
    ■    ■
 方自治法に基づく国の代執行の手続きで、翁長雄志知事は6日、埋め立て承認取り消しの是正を求めた国土交通相の勧告に対し、拒否する意向を文書で通知する。これを受け国交相は、勧告の次の段階に当たる是正の「指示」をするとみられる。
 沖縄の民意を無視し、権力で押さえ付けて意に沿わせようとする。新たな「琉球処分」とも指摘されるこうした事態が進めば、不測の事態が起こりかねない。政府は、正当性のない新基地建設工事を止め、警視庁機動隊を撤退させるべきだ。


警視庁機動隊投入 人権脅かす警備はやめよ
 非暴力に徹した抗議行動に対する不当な弾圧だ。市民の人権を脅かす過剰警備は即刻やめるべきだ。
 名護市辺野古への新基地建設で、警視庁の機動隊100人余がキャンプ・シュワブゲート前での警備に初めて投入された。男性1人が公務執行妨害容疑で現行犯逮捕され、負傷者が救急搬送された。
 異常な事態だ。ゲート前の警備に対し、県公安委員会は9月の定例会で「今後も細心の注意を払って警備を行ってもらいたい」と求めていた。
 警備による不測の事態を県公安委は懸念したのである。警視庁の機動隊投入は、まさにその懸念通りの過剰警備にほかならない。
 新基地建設の阻止を訴える市民の抗議行動は、戦後70年も生命・財産を脅かし続ける基地の重圧から脱したいという県民要求に基づくものであり、憲法が保障する表現の自由に照らしても正当だ。
 ゲート周辺での座り込みやデモは、新基地建設を強行する安倍政権に対する最低限の異議申し立てである。それを威力によって封じ込める行為は許されない。
 男性逮捕も疑問だ。本紙や市民が撮影した動画を見ると、先に機動隊員の手が男性の背後から伸び、バランスを崩した男性が機動隊員の方を向いて右足を上げるような動作をしているのが確認できる。
 市民逮捕の原因をつくったのは誰なのか厳しく問われるべきだ。市民をいたずらに挑発し、とっさに抵抗してきた市民を公務執行妨害容疑で逮捕するような理不尽があってはならない。
 現場では歩道上を鉄柵で囲った場所に、ゲート前から排除した市民を一時拘束するような事態も続いている。いったんゲート前から排除した市民を引き続き拘束するのは「予防拘禁」とも言うべき不当な行為ではないか。
 高江ヘリパッド通行妨害訴訟に関わった横田達弁護士は「令状もなく1カ所に閉じ込めることは法律から逸脱している」と批判した。法的に疑義がある警備を放置してはならない。
 そもそも、県が埋め立て承認を取り消したにもかかわらず、国が「私人」を装った不服審査請求や代執行着手などを通じて工事を継続すること自体、公正な法手続きを踏みにじるものだ。
 シュワブゲート前の異常事態を解消するためにも政府は直ちに工事をやめ、警視庁機動隊も沖縄から離れるべきだ。


シールズ「安保法と辺野古は同根」
 政府が沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設に向けた埋め立て本体工事に着手したことを受けて、安全保障関連法に反対する学生グループ「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」のメンバーらが六日、東京都内で会見し「安保法と新基地建設は、憲法の理念を揺るがす同根の問題だ。建設工事の中止を求める」と訴えた。
 会見したのは東京で活動するシールズのほか、沖縄の学生らでつくる「シールズ琉球」と「シールズ関西」のメンバー四人。
 東北と東海も含めたシールズ五団体の連名で抗議声明を出し、「県民の支持を受けた知事の措置を国家が不公正な手段でしりぞけるのは、憲法の掲げる地方自治の原則をないがしろにし、民主主義の根幹を否定する暴挙だ」としている。
 辺野古を日本全体の問題と捉えようと、各地のシールズで十三、十四両日、新基地建設に反対する全国一斉行動も行う。
 シールズ琉球の玉城愛さん(21)=名桜大三年=は「前知事の承認は沖縄県民の大多数の民意ではない。反対、と言っても民意が届かないこの国の在り方とは何なのか」と政権を批判した。


「辺野古、安保法は同根」SEALDsが抗議声明
 【東京】安全保障関連法に反対し国会前などで集会を続けてきた大学生らの団体「SEALDs(シールズ)」が6日、国会内で会見し、政府が進める名護市辺野古での新基地建設について「県民の圧倒的支持を受けた翁長雄志知事の措置を退けることは、民主主義の根幹を否定する暴挙だ」と批判し、政府に工事中止を求める抗議声明を発表した。
 声明は沖縄の学生らでつくる「シールズ琉球」や東京、関西、東北、東海のシールズ5団体の連名。各地のシールズは13、14日の両日、新基地建設に反対するの全国一斉行動を実施する。今後も辺野古の問題を日本全体の問題でとらえようと活動を展開し、ツイッターやフェイスブックでも発信する。
 声明では、知事による辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消しの効力を、国が停止した決定について「憲法が掲げる地方自治の原則をないがしろにするもの」と批判。沖縄に米軍施設の大半が集中していると指摘し「沖縄の直面している問題は、全国の人にとって人ごとではない」と呼び掛けている。
 会見に出席した名桜大3年の玉城愛さん(21)は「なぜ多くの人が辺野古移設に抗議するのか理解してほしい。県民は普通の生活が送りたい」と訴えた。宜野湾市出身で国際基督教大4年の元山仁士郎さん(23)は「政府の強硬な手続きにノーを突き付ける」と語った。


同志社大学長に松岡敬氏 安保法賛成の村田氏破る
 同志社大(京都市上京区)は6日、任期満了に伴う学長選を実施し、理工学部の松岡敬教授(60)が選出されたと発表した。教職員の投票で村田晃嗣学長(51)を破った。任期は2016年4月から4年間。
 村田氏は今年7月、衆院平和安全法制特別委員会が開いた安全保障関連法案の中央公聴会に与党推薦で出席、賛成意見を述べた。これに対し、松岡氏を含む同志社大教職員有志が村田氏を批判する声明を出していた。
 松岡氏は奈良県桜井市出身で1979年同志社大卒。専門は材料力学。
 投票できるのは教職員約930人。大学は実際に投票した人の数や、松岡、村田両氏の得票数を明らかにしていない。


BPO:政府の介入批判、異例の意見書…NHKやらせ問題
 NHK報道番組「クローズアップ現代」のやらせ疑惑の問題で、NHKと日本民間放送連盟による第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会(委員長・川端和治弁護士)は6日、「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を公表した。その中で、この問題をめぐって放送に介入する政府・与党の動きが見られたことから「放送の自由と自律に対する圧力そのもの」と厳しく批判。BPOが政府・与党を批判する意見書を出すのは極めて異例。政治による放送への介入を許さない立場を示した。
 問題の番組は、昨年5月14日に放送した「出家詐欺」の特集。多重債務者が、ブローカーを介して出家の儀式を受けて名前を変え、融資などをだまし取る詐欺の手口を伝えた。放送後、ブローカーとして登場した男性が「やらせだった」と訴えていた。
 BPOの意見書は「記者が積極的に演技をさせて事実に見せかけたという意味での『やらせ』があったとは言い難い」とした。一方で「NHKのやらせの概念は視聴者の一般的な感覚とは距離があり、問題を矮小(わいしょう)化している。放送倫理の観点から自己検証すべきだった」と断じた。その上で、記者が裏付け取材をせずに男性をブローカーとして番組に登場させ、男性が登場した場面を隠し撮りに見せるなどして「報道番組で許容される演出の範囲を著しく逸脱した」ことから、重大な放送倫理違反があったと結論付けた。
 また、自民党国会議員らの6月の会合で「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい」との発言があったことなどを「圧力」の例として列挙。高市早苗総務相が4月末、NHKを厳重注意したことも問題視した。放送局側にも「干渉や圧力に対する毅然(きぜん)とした姿勢と矜持(きょうじ)を堅持できなければ、放送の自由も自律も侵食され、やがては失われる」とし、努力を促した。
 ただ、NHK内では、来年4月の番組改編期に向け、「クローズアップ現代」の見直しが検討されている。複数のNHK関係者によると、放送開始時からの国谷裕子キャスターを交代させ、放送時間も現在の午後7時半から午後10時に移す案が浮上しているという。
 BPOから批判を受けた高市総務相は6日、談話を発表。NHKに対する厳重注意の行政指導について「昨年5月に放送された『クローズアップ現代』の内容が放送法に抵触すると認められたため、放送法を所管する立場から必要な対応を行った」と説明。「放送法の番組基準は(放送事業者が自律的に守るべき)倫理規範ではなく、(拘束力がある)法規範性がある」と反論した。【丸山進、須藤唯哉】
 ◇第三者の立場示した…音好宏・上智大教授(メディア論)の話
 放送事業者が設置した第三者機関で自主的、自律的に番組の問題を議論する健全性を、政府や政権与党が尊重していないことを問題提起した点でBPOの指摘の意義は大きい。政権与党がBPO改革をしばしば求め、総務省がBPOの議論を待たずに厳重注意をしたことを問題視し、圧力に毅然(きぜん)と対応できていない放送局側にも注文を付けており、第三者機関の立場を示した。
 ◇クローズアップ現代の「やらせ」疑惑◇
 NHKの報道番組「クローズアップ現代」が昨年5月14日、多重債務者がブローカーを介して出家の儀式を受け、名前を変えて融資をだまし取る詐欺の手口を紹介した。ブローカーとされた男性が「記者の指示で演じた」と主張。NHKの調査報告書は、「過剰な演出」や「視聴者に誤解を与える編集があった」と結論付けた。やらせは否定した。

津波防災の日/細胞の本読んだけど

ブログネタ
フランス語 に参加中!
放射能は今でもこわいよ151107_1

≪Neko Atsume≫, le tamagotchat
Très populaire au Japon, ce jeu consistant à collectionner des chats vient de sortir en version anglaise.
C’est un bout de jardin avec six emplacements disponibles. Sur l’un, on dispose une gamelle de pâtée. Sur les autres, une balle en caoutchouc, une pelote en laine, un griffoir, une boîte en carton et un coussin en forme de mouton. Voilà, les pièges sont dressés. Quand on reviendra dans une dizaine de minutes, on a de bonnes chances de tomber sur un petit chat s’ébattant joyeusement dans le paradis qu’on lui a aménagé.
C’est ça, le but de Neko Atsume, et uniquement ça : équiper, arranger et agrémenter le jardin encore et encore pour y attirer tous les chats du quartier. Et pas question de les adopter : ils sont libres, les minous ! Si les jouets leur plaisent, ils pointeront le bout de leur museau. Si la nourriture les répugne – ou pire, si la gamelle est vide –, ils iront voir ailleurs.
Très populaire au Japon depuis un an, l’application pour Android et iOS vient de sortir en version anglaise. Ce n’est pas comme si les fans hardcore attendaient cette nouvelle avec impatience : ils avaient déjà rédigé des guides entiers pour apprendre à naviguer dans le jeu et son menu en idéogrammes. Mais le marché de Neko Atsume vient de s’agrandir de plusieurs millions de joueurs potentiels, qui comprennent désormais qu’on achète les jouets et la nourriture dans le ≪Shop≫, qu’on prend des photos de ses petits protégés avec la ≪Camera≫ et qu’on consulte l’album de ses visiteurs réguliers dans le ≪Catbook≫.
Bien sûr, c’est gratuit. Et bien sûr, on peut accélérer la progression du jeu en achetant des stocks de poissons (la monnaie locale) avec quelques euros sonnants et trébuchants. Enfin, quand on dit ≪le jeu≫... Vu le peu d’objectifs et de règles imposées à l’utilisateur, hormis celui de recevoir la visite d’un maximum de matous pour remplir son album photo, on a plutôt envie de considérer Neko Atsume comme le Tamagotchi des temps modernes. Ca ne sert à rien, ça vit sa vie tout seul dans notre poche, mais on y est tellement dépendant qu’il faut sortir le smartphone toutes les demi-heures pour renouveler le stock de bouffe et espérer surprendre Spooky ou Snowball en flagrant délit.
Gentiment ridicule ? Mais pas du tout. Quand on sera assez riche pour se payer un arbre à chat à trois étages, une canne à peche à papillon, un vase en cristal à renverser, l’extension pour rentrer à l’intérieur de la maison, des sashimis et un hamac bicolore, et que notre parc d’attractions félin sera fréquenté par huit ou neuf poilus simultanément, on verra bien qui rigole le dernier.
Camille Gévaudan
フランス語
フランス語の勉強?
所さん!大変ですよ「若い女性を惹(ひ)きつける!?奇跡の街のヒミツ」
千葉の銚子市から、去年だけで若い女性が300人以上、隣町に引っ越してしまった。一体、何が原因なのか?取材で浮き彫りになったのは“女性たちを惹(ひ)きつけてやまない街”の秘密。
所ジョージ,久保田祐佳,
澤口俊之,モーリー・ロバートソン,犬山紙子,
徳永圭一,
吉田鋼太郎




津波防災の日だけど,何もしませんでした.
夕方Yaさんが紹介してくれた細胞関係の本を読んでみましたが
よくわからなかったです.

<畠山健介>桜のジャージ 故郷の被災地へ
 ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会の日本代表で、宮城県気仙沼市出身の畠山健介選手(サントリー、仙台育英高−早大出)が大会で着用したユニホームが4日、市役所に寄贈された。
 後半途中から出場した10月11日の1次リーグ米国戦で着たもので、日本代表選手31人のサイン入り。小中学校時代に練習した鹿折少年ラグビースクール(同市)の木戸浦雄三校長(72)の元に畠山選手から届けられた。
 市役所で木戸浦校長からユニホームを受け取った菅原茂市長は「多くの人に見てもらえる場所に飾りたい」と感謝した。木戸浦校長は「気仙沼を元気づけたいという思いが詰まっている。直接見てもらい、ラグビーに興味を持つ人も増えてほしい」と話した。
 畠山選手は、イングランド大会の1次リーグ全4試合に出場。南アフリカからの歴史的勝利を含め3勝を挙げる原動力になった。


火災:蕪嶋神社を全焼 青森・ウミネコ繁殖地
 5日午前4時半ごろ、青森県八戸市鮫町の蕪島(かぶしま)にある蕪嶋神社の火災報知機が作動し、駆け付けた消防隊員が神社が燃えているのを見つけた。本殿など木造平屋建て約280平方メートルを全焼し、午前9時過ぎに鎮火した。けが人はなかった。蕪島はウミネコ繁殖地として知られ、国の天然記念物に指定されている。
 八戸消防本部などによると、神社は夜間は無人だったという。県警八戸署が出火原因を調べている。
 蕪島は約1.8ヘクタールの小島で、1942〜43年の埋め立て工事によって陸続きになった。東日本大震災後の2013年に指定された三陸復興国立公園に含まれている。蕪嶋神社は丘の上にあり、13世紀後半の鎌倉時代創建と伝えられる。神社の総代長を務める福島哲男さん(74)は「驚いている。再建をどうするか考えたい」と話した。【塚本弘毅、宮城裕也】


創建719年 蕪島神社が全焼
 5日午前4時20分ごろ、青森県八戸市鮫町の蕪島神社から出火、木造平屋の社殿や社務所など約280平方メートルが全焼した。ウミネコ繁殖地として国の天然記念物に指定されている蕪島の頂上にあり、市を代表する観光名所として知られていた。
 八戸署などによると、午前4時25分に警備会社から火災感知器が作動したと通報があり、火は約5時間後の午前9時15分ごろに消し止められた。けが人はなかった。建物内に火の気はなかったという。
 付近では使われていないビル内で3日早朝、ごみが燃える不審火があったことから、同署は関連を含めて出火原因を調べている。
 神社は来年で創建720年の歴史を持ち、漁の安全を祈願する漁業者をはじめ地元の多くの人に親しまれていた。宮司の野沢俊雄さん(65)は「参った。夜間は無人で、発光ダイオードのぼんぼりの明かりがついているだけだった。本当に残念」と肩を落とした。


被災地の光景と肖像 仏写真家が母国で紹介
 仙台市の国際姉妹都市フランス・レンヌ市の市役所前広場で、10月下旬までの1カ月間、フランス人ポートレート写真家ドゥニ・ルーブルさんが東日本大震災で被災した東北を訪ねて撮影した、被災地の光景や被災者の肖像を紹介する野外写真展「LOW TIDE(根底)」が開かれた。
 津波の惨状を刻む写真と仮設住宅などで出会った人々の表情を捉えた写真を大人の背丈の倍ほどもあるパネルに収めた30枚を展示。道行くレンヌ市民らは、一枚一枚から伝わってくるものをそれぞれ受け止めた。
 レンヌ仙台姉妹都市協会の菅原雅美会長(50)によると、野外写真展はレンヌ市と現地のフォト協会の共催で毎年行われている。
 ルーブルさんが被災地で写した肖像写真の一つ「津波を生き残ったコンノトクさん」は、2012年世界報道写真展ポートレート部門で3位になったという。
 ルーブルさんは一連の写真を収めた写真集に「彼らの顔に私が読み取ったのは仮借のない現実だった。でも打ちのめされてはおらず、試練に立ち向かおうとしていた」と言葉をつづる。
 写真展会場には、主催者が「世界の脆弱(ぜいじゃく)さを想起させ、人間関係と地球と共に生きる方法について再考を促した」などのメッセージを掲げ、多くの命を奪った大震災が意味するものを問い掛けた。


被災小学校活用で民間募集へ
震災で被災した2つの小学校の旧校舎を活用してもらおうと東松島市は民間の事業者を公募することになりました。
活用する事業者を公募するのは震災の津波で校舎が大きな被害を受けた野蒜小学校と浜市小学校の旧校舎です。
東松島市は2つの小学校の旧校舎の保存についてパブリックコメントなどで住民に意見を募ったところ、大規模な災害時に住民が避難できる施設として保存するよう要望する意見が相次ぎました。
一方で市が県内外の企業、およそ50社を対象に行った聞き取り調査では、スポーツ施設や物産施設など具体的な活用方法に関する提案が出されたということです。
このため東松島市は災害時に住民が一時的に避難できる施設として活用することを条件に旧校舎の改修と活用を行う事業者を公募することになりました。
契約期間は平成38年3月末までの10年間で貸し出す料金はそれぞれ1年あたり野蒜小学校がおよそ340万円、浜市小学校がおよそ520万円となっています。
東松島市は「震災で地域の人口減少が進む中交流人口の拡大や雇用の確保など新しい可能性に期待するともに地域の安全を守る施設にしたい」と話しています。


<被災地の議員>地元の可能性追求
◎決意の新顔(中)釜石市議 大林正英さん/東京から来て支援活動が転機
<ものづくり応援>
 9月の岩手県釜石市議選で初当選した大林正英さん(51)の左手に指輪が輝く。
 市内の企業が国内で唯一製造する特殊合金のコバリオン製。非常に硬くて加工が難しい分、傷が付かないのが自慢だ。「指輪を着ける趣味はないけど、釜石のものづくりをPRしたい」
 出身地の東京で情報セキュリティー対策の仕事を続けてきたが、東日本大震災で岩手県大槌町の友人が被災し、被災地支援に関心を持った。2013年8月、市が国の復興支援員制度を活用してつくった「釜援隊」に採用された。
 住民らの主体的な取り組みのサポート役を担う釜援隊。産業復興支援の一環で携わったのが、中小企業の連携によるコバリオンの商品開発だった。各社が利害を超え、技術を共有することが求められた。企業や省庁、研究者の調整役を務めた東京での経験を生かし、奔走した。
<行政への橋渡し>
 着任1年が過ぎたころ、引退する市議から立候補を促された。「議員の仕事は行政と市民の橋渡し。釜援隊の活動と同じだ」。ことし6月に挑戦を決めた。
 選挙戦では約4000人が暮らす仮設住宅を回り、名前を覚えてもらうことに徹した。獲得した745票に「現状を変えてほしいとの被災者の思いを託された」と感じた。早速、9月定例会で一般質問に立った。仮設住宅のごみ回収頻度を増やせないかをただした。
 釜石での2年間、真面目で一度決めたことはやり抜く地元の人たちの資質に触れた。再生可能エネルギーが豊富な場所であることも知った。
 「二つを組み合わせた方向に釜石の大きな可能性があるはず。追求し続ける4年間にしたい」。言葉が熱を帯びた。(釜石支局・東野滋)


異論出る中、復興懇打ち切り…反発受け撤回
 宮城県気仙沼市浦の浜地区で県が計画する防潮堤事業などをめぐり、3日夜に大島公民館で開かれた県、市、住民でつくる4回目の復興懇談会で、住民から計画への異論が出る中、行政側が懇談会の継続を打ち切ろうとする一幕があった。最終的に座長を務める菅沼真澄副市長が「もう1回やります」と発言を翻した。
 約20人が、県と市から示された防潮堤や観光拠点ウエルカムターミナルの新たな計画案に関して意見交換。住民から「手直しが必要」と指摘が相次いだが、2時間が経過したところで菅沼副市長が「おおむね理解を頂いたので、次のステップに移るため懇談会を打ち切りたい」と宣言した。
 県気仙沼地方振興事務所の幹部も「今後は個別事業ごとに協議したい」と打ち切りを迫ったが、住民は「納得するまで何回でも議論すべきだ」と声を荒らげ、反対した。
 最終的に市側は打ち切りを撤回。菅沼副市長は「一定の方向性を出したいと思っていた。住民の理解が深まっていないと分かった」と釈明した。
 懇談会は、住民側が「複数の復興事業が重なる地域なので同じテーブルで協議したい」と県や市に要請し、6月に設置された。唐突に打ち切りを突き付ける行政の姿勢に、住民の一人は「納得いく事業にしてもらえるのか」と今後の議論に不安を感じていた。


<東西線>協働活動 広がり欠く
◎結ぶ・切り拓く−開業まで1カ月(4)市民参加
 地下鉄は単なる交通手段ではない。開業を弾みに、新たなまちづくりの推進力にしたい。
 こんな発想から仙台市は、東西線の開業PRに市民参加を掲げた。柱とした事業が「WE(ウィー)プロジェクト」。東(East)と西(West)の頭文字をつなぎ、「私たち(We)でつくる地下鉄に」との願いを込めた。
<養成講座を展開>
 2日夜、プロジェクトの決起集会が市内であり、開業の盛り上げを図る沿線各地の活動が報告された。集まった約250人がまちの未来に期待を寄せた。
 先導してきたのは仙台市出身のクリエーター志伯健太郎さん(40)やコピーライター、建築家ら6人。昨年の始動以来、市民プロデューサーや市民メディア隊養成講座を展開してきた。まちづくりの若手リーダーを育てる狙いもあり、奥山恵美子市長が重視する市民協働の理念がうかがえる。
 プロジェクトは沿線の街歩き撮影会や東西線をテーマとしたドラマ制作などに結実したが、開業前PRの難しさを差し引いても、市民の幅広い層に浸透したとは言い難い。
 「意識の高い若者が夢中になった印象で、地元からすれば何がなんだかという感じ」。沿線で長年、まちづくりに取り組む人からはそんな声も聞かれる。
 当の志伯さんは「市長からのミッションは『地下鉄に市民参加を』だった」と振り返り、こう打ち明ける。「人とまちの絆を強くする意義は大きかったが、テーマは地下鉄でなくてもよかった面がある」
<新提案に待った>
 計画の大枠は広告代理店電通東日本(仙台市)が主導。市は2年間で事業費計2億6000万円を実行委員会経由で拠出した。
 市市民局の白川由利枝担当局長は「こんなにお金を掛けたのにという思いはあるが、107万市民に一気には広がらない。開業後が本番だ」と率直に語る。
 民間事業者との関わりでも、お役所仕事ととられかねないことがあった。
 地下鉄南北線の一部駅で7月に先行導入した駅業務の民間委託。受託した警備業セノン(東京)が提案した乗客向けの傘の無料レンタルサービスについて、交通局が「一部での実施は混乱を招く」と待ったをかけた。傘のレンタルは結局、予定より3カ月遅れて10月に始まった。
 駅業務の民間委託は東西線の全13駅中9駅で行う。民間ならではのサービスがどう提供されるかは不透明だ。各駅周辺の企業や団体に呼び掛けた副駅名の命名権売却も、公募開始が開業直前の9月下旬にずれ込んだ。
 市の佐藤清交通事業管理者は「横一線の意識や慎重さが組織内にあるのかもしれない」と腰の重さを認める。東西線の成功には市民、民間の協力が欠かせない。利用者重視の姿勢が求められる。
[WEプロジェクト]仙台市が2014年3月に始めた。沿線活性化に取り組む人材を育てる「スクール」、沿線情報を映像で発信する「チューブ」、映像取材の機材を集めた「スタジオ」の3本柱で構成。スクールは14年10月〜ことし3月にあり、約80人が受講した。クリエーターらが企画を立案し、地元の経済・NPO関係者らが実行委員会を組織し運営している。


津波被災地 観光客入り込み数大幅増
 7〜9月に宮城県内を訪れた観光客入り込み数が、2014年の同期を7.9%上回ったことが県の調査で分かった。東日本大震災前の10年同期の水準には4.5%及ばなかったものの、石巻市など津波被災地で大幅増の傾向がみられた。県は期間中に展開した「仙台・宮城『伊達な旅』夏キャンペーン2015」などが奏功したとみている。
 調査は県内の観光客動向を把握するため、観光施設や宿泊施設、祭り・イベント、交通機関の計104カ所を抽出して実施した。
 圏域別では、14市町村からなる仙台・松島が12.3%増えた。7月の仙台うみの杜水族館開業や、仙台七夕まつりが好天に恵まれたことが影響した。
 津波被災地の三陸(5市町)は23.9%増。石巻市の道の駅「上品の郷」などが好調だったのに加え、石巻川開き祭りなど祭り・イベントが44.7%増とけん引した。5月のJR仙石線全線開通で、利便性が向上したことも後押しした。
 これに対し、県北(7市町)は3.4%、県南(9市町)は10.8%それぞれ減った。県南の減少幅が目立つのは、4〜6月に蔵王山(蔵王連峰)に火口周辺警報が発令されたためとみられる。
 全県の宿泊観光客数は2.0%増で、10年比でも4.6%増加した。県が本年度実施している宿泊代などを割り引く「観光王国みやぎ旅行割引」の影響が大きいという。
 県が夏場に観光キャンペーンを展開したのは初めてで、海も山も楽しめる宮城の夏を「体験」「食」「復興」の三本柱でPR。お薦めコースや夏祭り情報を掲載した総合ガイドブックを30万部発行した。


無線付き電動ピペット開発 検査結果すぐ把握
 精密機器製造アイカムス・ラボ(盛岡市)は4日、無線通信機能付きのペン形電動ピペット「pipetty−Pro(ピペッティ・プロ)」を開発し、9日に発売すると発表した。
 同社によると、ピペッティ・プロは長さ約19センチ、重さ70グラム。2年前に開発したペン型電動ピペット「pipetty」を改良し、無線通信「ブルートゥース」を世界で初めて搭載した。
 ピペットは大学や企業の研究室、病院などで、検査や実験のため液体を扱う際に使う。ピペッティ・プロは無線通信でパソコンと連動させることによって、分注作業データの自動記録や検査状況の表示が可能になる。作業時間の大幅な短縮と実験の信頼性向上、分注ミスの防止に役立つ。
 ピペッティ・プロは1本12万円(税別)。今後1年間で250本以上の販売を目指す。国内の展示会や学会に出展し、2016年度は従来のピペッティと合わせて電動ピペットの国内シェア10%(約600本)を目標に掲げる。
 片野圭二社長は「高い質の研究ができるよう、快適で安心できる作業のサポートをしたい」と語った。連絡先は同社019(601)8228。


<集団移転>多世代支合う「福祉モール」整備
 宮城県南三陸町社会福祉協議会は、志津川東地区に高齢者生活支援施設「福祉モール」を整備する。2017年4月開設予定で、高齢者のデイサービスに加え、障害者や子どもが集える場にもする。東日本大震災で被災した町で新しい福祉サービスの形を目指す。
 モールは、病院や町役場庁舎がある志津川東地区のうち、高齢者の入居者が半数を占める災害公営住宅の隣接地に建設する。木造平屋、延べ床面積約900平方メートルで、総事業費は約4億7000万円。外壁をガラスで覆うデザインを採用し、災害公営住宅の集会所と歩道でつなぐ。
 定員17人のデイサービス、居宅介護支援事業に加え総合相談コーナーを設けて地域包括ケアの中核を担う。住民ボランティア組織「ほっとバンク」による高齢者見守りの拠点としても活用し、ショートステイ事業も行う。
 世代間の支え合いが大きな特徴で、子どもの一時預かりや障害者の就労訓練の場としてカフェレストランを併設。高齢者自ら1人暮らし世帯に食事を配る有償サービスの展開も計画する。
 町社協の猪又隆弘事務局長は「施設を中心に地域力を復活させ、元気な高齢者を増やしたい。町を被災地から福祉の先進地に押し上げる」と意気込む。
 町は高齢化の加速が予想される志津川東地区で介護予防や生活支援のための拠点施設の建設を計画。公募型プロポーザルの結果、町社協の提案を選定した。町が国の復興交付金で施設整備を補助する。


もんじゅ廃炉へ現実味 核燃料サイクル計画破綻
 高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)の廃炉が現実味を帯びてきた。原子力規制委員会は点検漏れ問題で文部科学省に対し、信頼できる運営主体を探すか、安全対策を抜本的に改善するかを勧告する。どちらかを実現しないと、廃炉は避けられない。もんじゅは国が推進してきた核燃料サイクル計画の中核的な存在。なくなれば、十兆円をつぎ込んできた計画は名実ともに破綻する。 (小倉貞俊、榊原智康)
 規制委は四日、現在の運営主体の日本原子力研究開発機構では、停止しているもんじゅの保全管理もできておらず、運転は任せられないとの判断を下した。
 かつて「夢の原子炉」とうたわれたが、二十年以上も前に造られ、稼働期間はわずか二百五十日。冷却材に爆発的燃焼の危険性が高いナトリウムを使い、維持費もかさむ。機構は二十年前のナトリウム漏れ事故以降、甘い管理体制を改善する機会は何度もあったが一向に進まない。まだ待てというのか−。
 規制委の委員五人は全員一致で、文科省への勧告という重い決断をした。
 核燃サイクルは、一般的な原発系と高速炉系の二系統で、使用済み核燃料を再利用する計画。十兆円が投じられてきたが、どちらの循環も回るめどはない。原発で核燃料をMOX燃料として再利用するプルサーマルは、海外で製造した燃料を使って一部始まったが、使用済みMOXをどうするのかは白紙。もんじゅがなくなれば、高速炉系の「輪」は名実ともに消える。
 もんじゅの新たな担い手を半年以内に見つける必要に迫られる文科省は「運営主体は幅広くいろいろなことを検討していきたい」(高谷浩樹研究開発戦略官)と話す。
 考えられる担い手には、(1)文科省所管の別の研究開発法人(2)機構から独立したもんじゅ部門(3)民間の原子力事業者−などがあるが、どれも難しい。
 原子炉の運転経験は絶対に必要な条件で、単なる機構内の看板の掛け替えでは規制委が納得しない。
 文科省幹部は「日本原子力発電(原電)は、もんじゅの次につくる実証炉を受け持つ予定だった」と原電の名を挙げつつも、「不備だらけの現状で、もんじゅを受け取る経営判断をするだろうか」と話す。
 来週にも勧告の具体的な内容が決まり、文科省に出される。これまでの経過からすると、文科省からは中途半端な回答しか出てこないこともあり得る。中途半端で認めれば、規制委の存在理由が問われる。
 一方、文科省の回答を不十分とし、もんじゅの廃炉まで踏み込めば、昨年四月のエネルギー基本計画で核燃サイクルの維持ともんじゅ存続を打ち出した政府の方針と対立する。
 四日の記者会見で、田中俊一委員長にあらためて覚悟を問うと、「(核燃サイクルを)どうするかは国の政策マター(問題)で、私たちがどうこういう話ではない。申し上げているのは、もんじゅの安全の問題への懸念だ」と述べた。


もんじゅで勧告 運営者交代より廃炉だ
 多数の点検漏れなど不祥事が相次ぐ高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)について、原子力規制委員会は、運営主体である日本原子力研究開発機構の「退場」を求める勧告を出すことを決めた。勧告は規制委設置法に基づき、原子力機構を監督する馳浩文部科学相に出される。
 文科相が半年以内に新たな運営主体を示せなければ、廃炉も含めてもんじゅのあり方を抜本的に見直すことを、あわせて求める方針だ。
 もんじゅは1995年のナトリウム漏れ事故以来、ほとんど稼働していない。この間、原子力機構や文科省は組織改革や安全管理体制の見直しに取り組んだが、不祥事は後を絶たなかった。このような事業者に、もんじゅの運転を託すことはできないとする規制委の判断は当然だ。
 政府は、使用済み核燃料を再処理し、抽出したプルトニウムを燃料として使う核燃料サイクルの推進を掲げる。高速増殖炉はその要の施設で、文科省は民間や海外との連携も視野にもんじゅ存続を図る考えだ。
 しかし、高速増殖炉は技術的にもコスト的にも課題がある。
 もんじゅは、空気や水に触れると燃える液体ナトリウムを冷却材として使う。水で冷却する通常の原発に比べ、高度な技術が求められる。これまでに1兆円以上の国費が投入され、維持費などで年間約200億円かかっている。それでも実用化のめどは立っていない。いまや施設の老朽化が心配されている。
 運営主体の変更で、こうした根本的な問題が解決するとは思えない。政府には、もんじゅの廃炉に踏み切ることを改めて求めたい。
 もんじゅを巡っては、2012年11月に約1万点に及ぶ機器の点検漏れが発覚し、規制委は13年5月、事実上の運転禁止命令を出した。その後も新たな点検漏れなどの不備が次々に発覚したことが、今回の勧告の直接のきっかけとなった。
 勧告はあくまでも原子力施設の安全上の問題に対するものだが、もんじゅのあり方の見直しは、核燃料サイクルの行方に直結する。
 もんじゅと並ぶ核燃料サイクルの要である再処理工場も、稼働の時期が見通せない。日本原燃が青森県六ケ所村に建設中だが、相次ぐトラブルや規制委の安全審査で完成時期の延期が続く。建設費用は当初の7600億円から3倍に膨れあがった。
 たとえ稼働したとしても、高速増殖炉が頓挫したままでは抽出したプルトニウムの行き場に困る。通常の原発でプルトニウムを燃やすプルサーマルも簡単には進まない。
 核燃料サイクルの行き詰まりは明らかであり、政府は今こそ幕引きに向けた検討を始めるべきだ。


夫婦別姓訴訟 普遍的な人権の尊重を
 夫婦同姓を求める民法規定が女性に差別的で憲法に反するとした訴訟で最高裁大法廷が最終弁論を開いた。夫婦別姓も選べる制度の導入は人生の選択肢を広げる。普遍の人権として判断すべきだ。
 夫婦が結婚時に「夫か妻かどちらかの姓を名乗る」と定めた規定が男女平等を定める憲法に反していないか。家族のあり様や結婚、人生に対する考え方が多様になった今、東京や富山などに住む男女五人の原告がこの規定を不合理だと訴えたのは自然なことだ。
 最高裁は、新しい憲法判断や過去の判例を変更する場合に十五人の裁判官全員による大法廷に審理を移す。夫婦別姓をめぐる訴訟は四日、最終弁論を終えた。
 「夫婦同姓」は家を重視した明治民法の規定が戦後も残された制度だ。「夫または妻の姓を称する」という表現は中立的でも、姓を変えるのは今でも96%が妻である。
 夫婦の話し合いで決める場合もあるだろうが「女性は結婚によって姓を変えるもの」という社会通念が作用し、民法規定が生み出す必然の結果ともいえる。高裁で人格権の一部だと判断された姓を一方だけが変えなくてはならないのは差別的だろう。普遍的な人権問題として考える必要がある。
 改姓をめぐり周りと摩擦や職業的な不利益を感じる人が増えた。結婚前の旧姓を通称として使うことを認める職場は増えたが、職場によって認めたり、逆もある。公には認められない場面が多い。
 夫婦が希望によって別姓を名乗る制度が導入されても不利益を被る人はいない。現状では女性に不利益が多い。「家族の一体感を壊す」という反対派に対し、政府の世論調査では「家族の絆と姓は関係ない」と答えた人が六割に上る。選択的別姓制度の導入もとくに若い世代では賛成が多数派になった。だが、人権にかかわる問題で賛否の割合を条件にしてはいけないのは言うまでもない。
 法相諮問機関の法制審議会は一九九六年に出した民法改正案要綱で、選択的夫婦別姓導入や再婚禁止期間短縮、婚外子差別是正などをまとめた。子どもの人権にかかわる婚外子相続については一昨年、違憲とする最高裁の判断で是正されたが、女性の人権にかかわる規定は放置されたまま。女性差別撤廃条約にも反する。
 女性の活躍を期待するのなら、基本の人権問題を正すべきだ。最高裁は違憲審査権を発揮し、その判断では規定の違憲性や立法府の怠慢に踏み込んでほしい。


生活保護以下の貧困 “下流老人”への落とし穴(1)
平凡な未来予想図が一転して
 人並みに頑張って生きてきたのだから、それなりに余裕ある暮らしを送れるだろう……。誰もが願う、“普通”の老後です。しかし、ささいな出来事がきっかけで、日々暮らすのもやっとの“下流”に転落してしまう高齢者が後を絶たないのだとか。NPO法人で生活困窮者への支援にあたる藤田孝典さんに聞きました。(アドバイス NPO法人ほっとプラス代表理事・藤田孝典)
5人に1人は下流に落ちてしまう
 “下流老人”という言葉は私の造語で、生活保護基準相当の収入で暮らさざるをえない高齢者および、そうなる恐れのある高齢者を指しています。生活保護費の額は自治体によって違いますが、首都圏で暮らす一人暮らしの高齢者の場合、月額13万円程度。これに加えて医療扶助や介護扶助金が支給されます。
 しかし、生活保護費より低い水準の年金で暮らしている人は、かなりの数に及んでいるのです。内閣府の調査によると、65歳以上の相対的貧困率は22%。つまり5人に1人は、下流老人ということになります。
 私が『下流老人』という本を書いたのは、高齢者は二極化し、逼迫している人がかなりいるということを知ってもらいたかったから。高齢者はゆとりがある、金持ちだというイメージを抱いている人も多いけれど、実態はそうではない。実際、私が主宰している生活困窮者をサポートするNPOに来る年間300人ほどの相談者のうち、約半分は高齢者です。
 下流老人は特殊なケースだと思われがちですが、そうではありません。誰もがなる可能性があります。
 たとえば夫が65歳で定年を迎え、妻が専業主婦であった場合。退職後は収入がなくなるので年金で生活することになりますが、支給基準が予想より低いケースが少なくありません。
 現在、一般サラリーマンの平均年収は約400万円。その場合、国民年金と厚生年金を合わせた年金は夫婦で20万円をちょっと切るくらいです。その額で2人が生きていくのが、平均モデル。ということは、年金しか頼りにならないとすると、首都圏の生活保護基準とそれほど変わらないことになります。
 そこに医療費が必要になったり、介護施設に入るとなると、一気に生活が苦しくなる。有料老人ホームは1人あたり月額20万円以上かかる場合も多いので、これだけで年金が飛んでしまいます。ですから現役時並みの生活を維持したいのであれば、年金プラス貯金や資産が必要ですし、ローンを払い終わった持ち家がないと生活自体が成り立ちません。
 しかし、思い通りにいかないのが人生。ちょっとしたきっかけで予測がくるい、困窮化する場合があります。
 具体的な事例を見ていきましょう。
CASE1 熟年離婚で2人とも下流に
 私どものところに相談に来た女性、Aさんは、67歳で離婚しました。町工場で働いていた夫から日常的なDVや暴言を受け、ずっと我慢していたのですが、2008年の法改正で、離婚しても夫の年金を分割してもらえると知り、離婚を決意しました。
 夫の年金額は、国民年金と厚生年金を合わせて15万円ちょっと。Aさんは専業主婦で国民年金のみなので約6万円です。2人合わせると約22万円。持ち家があるので、なんとか暮らせます。
 しかし夫の厚生年金を分割し、2人で分けると、どちらも年金総額が11万円くらいになる。つまり下流老人が2世帯できてしまうわけです。
 Aさんは家を出てアパート暮らしを始めましたが、11万円の年金で家賃を払うと、とても暮らせません。リウマチの持病があり、医療費もかかる。困り果てて相談にみえたので、生活保護申請をしてもらい、今はなんとか暮らしています。
 Aさんはそれまで40数年、ごく普通の生活レベルだったものの、離婚をしたという一点によって下流老人になってしまいました。このように熟年離婚は、かなりリスクが高いと考えたほうがいいでしょう。高齢男性のみの世帯の相対的貧困率は38・3%、高齢女性のみの家庭では52・3%です。つまり女性単身のほうが1.5倍ほど、下流老人になるリスクが高いのです。
 だからといって、DVを我慢して婚姻関係を続けたほうがいいとは、とても言えません。こういう女性をどう支えていくかは、今後の制度政策の課題だと言えます。
リストラによるリスクも
 また、最近は夫のリストラによってリスクを抱える家庭も増えています。厚生年金の支給額は現役時代の総収入によって変わるので、50歳で夫が失業したとすると、その分、将来の厚生年金の額も下がる。すると老後の計画も狂ってしまいます。
 2015年7月、東海道新幹線で放火・焼身自殺事件がありました。事件を起こした男性は年金支給額が約12万円で、そこから4万円ほどの家賃を払っていたとか。自分が予想していたより年金額が少なく、そのことが精神を圧迫していたそうです。
 12万円というのはそう悪い額ではありませんが、首都圏で家賃を払って生活をしようとすると、かなりキツいでしょう。光熱費や食費など最低限の生活に必要なものを減免する、あるいはヨーロッパ諸国のように低所得者向けの低家賃の住宅を整備するといった措置をとらないと、今後も生活苦に端を発する事件が起こりかねません。
 ただし地方では、6万円の国民年金のみで生活していても、下流化を意識しないで暮らしている高齢者はいくらでもいます。持ち家があり、畑で自給自足をし、近所の人たちとおかずを持ち寄るなど地域のつながりがある。たとえ子ども世帯と同居していなくても、生活が成り立つ。場所や暮らし方で状況は変えられる、とも言えるでしょう。
プロフィル
 ふじた たかのり 1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。ソーシャルワーカーとして現場で活動する一方、生活困窮者支援のあり方に関する提言を行う。著書に『下流老人』など。

Inさんが部屋に/夕方から会議

ブログネタ
フランス語 に参加中!
newt2

Ambiance amoureuse
Une courte période de flottement se fait sentir dans votre vie privée. Vos amours ne sont pas épanouissantes et vous pensez que cela vient de vous. Pluton dissonant à votre signe vous expose à une remise en question. Durant ces quelques jours et dès aujourd'hui, essayez de ne pas prendre au premier degré les remarques venant de la part de votre partenaire.
En couple
L'ambiance à la maison est morose. Les planètes proposent d'accepter la routine et cela n'est pas facile, car Uranus est là pour amener du changement dans les habitudes. Faire les tâches domestiques vous rebute et c'est à contrecoeur que vous participez à ces activités. La sexualité est mise de coté et une baisse de désir est ressentie par vous deux ensemble.
En solo
Si vous avez quelqu'un qui fait battre votre coeur, attendez quelques jours avant de lui déclarer votre flamme. Cette attente tombe bien, car finalement vous avez besoin de savoir ou vous mettez les pieds avant tout engagement. Prenez le temps de savourer chaque étape du jeu de la séduction, entretenez le mystère. Des doutes s'immiscent dans vos amours.
フランス語
フランス語の勉強?
BS世界のドキュメンタリー選「誰よりも強く!〜インド 女性ボクサーの闘い〜」
インド社会の最底辺とされる不可触民として生まれた一人の女性が、カーストと性別という二重の差別と闘いながら、ボクサーとして自分らしく生きようとする姿を描く。結婚を強いる両親の元を14歳で逃げ出したトゥラシー。地元のクラブに所属する彼女の目標は、政府主催の養成コースに選抜され、プロになって自立すること。しかし、選抜テストを受けようとするトゥラシーに、クラブを運営する男たちは賄賂や性的な行為を要求する…
〜2013年 ノルウェー FRI FILM制作〜

ベルサイユのばら 27話 たとえ光を失うとも

昼過ぎにInさんが部屋にやって来られました.HyさんとKiさんと何か打合せがあるようですが,いつものように私も励ましていただきました.ガンバロー!!という気持ちです.
夕方から会議です.終わったのはかなり遅い時間.クタクタ.

被災2校舎貸します 東松島市が事業者公募
 東松島市は、東日本大震災で被災した2小学校の旧校舎の活用を望む民間事業者を公募する。災害時の一次避難所としての機能を残しながら、施設を活用できる企業の誘致を目指す。
 旧校舎は野蒜小と旧浜市小のもので、ともに鉄骨。延べ床面積は野蒜小が約2450平方メートル、旧浜市小が約2580平方メートル。校舎の改修・維持管理費は事業者の負担で、市が来年4月から10年間、貸し出す予定。
 事業者の受け付けは24〜30日。活用提案の審査などを経て来年1月に決定する。事業内容は問わないが、避難所として運用できる態勢を整えることや、雇用面などでの地元への貢献などを基準に選定する。
 市行政経営課によると、既に農業や福祉関係の事業者から問い合わせがあるという。担当者は「復興や地元住民に貢献できる事業者に進出してほしい」と応募に期待する。
 両校舎は津波で浸水したが、一次避難所の役割を果たし、住民の多くから保存を求める声が出ていた。


<被災地の議員>「古里に人を」奔走
 東日本大震災と東京電力福島第1原発で大きな被害が出た岩手、宮城、福島各県で、政治と縁遠かった人たちが市町村議選に挑戦し、新人議員として歩みだしている。傷ついた古里の役に立ちたいと決断したUターン、支援に入った被災地への移住、復興に懸ける第二の人生。震災をきっかけに転機を迎え、地方自治の現場に飛び込むことになった3人の姿を追った。
◎決意の新顔(上)福島・鮫川村議 遠藤貴人さん/競輪選手から転身
<原発事故が契機>
 12年間の競輪選手生活にピリオドを打った。4月の統一地方選で福島県鮫川村議に無所属で初当選した遠藤貴人さん(35)は、競輪の勝負服からスーツに着替えて地域を飛び回る。
 「人生で立ち止まる契機となったのが、震災と原発事故だった」
 鮫川村で生まれ育ち、10代のころは都会生活に憧れた。競輪選手として活躍し、20代でスポーツカーなど欲しいものを次々と手にした。しかし、30代でどこか満たされない気持ちを感じるようになった。
 通算成績は115勝。実力者が競い合うS級で戦った自負もある。地元に目を向けると、同級生が家業を継ぎ地道に頑張っている。「自分のことだけを考える人生でいいのか」と自問していた時、東日本大震災が起きた。
 「面倒を見てくれた地域のため、役に立ちたい」
 足元を見つめ直し、村議を志した。阿武隈高原南部にある山あいの村は人口約3600人。少子高齢化は深刻で、同世代と共に村を支えようと決心した。
<おしかりは平気>
 政治に関心はあった。だが全くの素人だ。「側溝のふたを掛けてほしい」といった声を丁寧に拾い歩く。新人として、時に手厳しい意見も浴びせられるが、じっくりと耳を傾ける。
 「競輪選手時代、レースで負けると、お客さんから『ばか』だの『金返せ』だのと言われていた。おしかりを受けるのは平気ですよ」と冗談めかして笑う。
 収入は選手時代の5分の1に減ったが、充実感は大きい。村議になって半年。議会では一般質問に立ち、高齢化で増える遊休農地を市民農園として貸し出す「クラインガルテン」の必要性などを訴えた。
 「若い人とお年寄りが手を組むことで、定住人口増加のきっかけにしたい」
 かつて古里の田舎臭さが嫌だった若者が、地域に人を呼び込むために奔走している。(郡山支局・吉田尚史)


<文化祭で震災遺産>津波・原発の惨状伝える
 若松商高(福島県会津若松市)の文化祭「若商祭」が3日あり、生徒有志がふくしま震災遺産保全プロジェクト実行委員会(事務局・福島県立博物館)の協力を受け、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の惨状を物語る「震災遺産」を展示した。訪れた高校生や地域住民は、複合災害の生々しい爪痕に驚いた様子だった。
 教諭の呼び掛けに賛同した3年の女子生徒5人が、若い世代に被災地の実情を知ってもらおうと企画した。プロジェクト実行委が集めた震災遺産のうち、津波で湾曲した橋の欄干や、2時46分で止まったままの美容室の時計など30点を借りて教室に陳列した。避難区域内の遺物は放射線量を測定し、基準値を下回ることを確認した上で収集している。
 被災地の現状を学ぼうと、生徒は事前に南相馬市や富岡町など県内の沿岸部を訪問。会場には参加生徒の感想文も並べた。
 訪れた会津若松ザベリオ学園高2年の広瀬歩さん(17)は「会津では日常生活で津波のことをじかに感じる機会はない。折れ曲がった道路標識を見て、災害の大きさをあらためて痛感した」と衝撃を受けていた。


<文化祭で震災遺産>福島の現実 語り続ける
 「震災を経験した福島県民として、見て見ぬふりをしてはいけないと思う」
 被害が甚大な浜通り地方に比べ、100キロ以上離れた会津地方では震災への関心が薄れがちだ。3日の若松商高(福島県会津若松市)文化祭「若商祭」で、震災遺産を展示した生徒には、被災地の今を自らの心に刻み、同世代に伝えたいとの思いがあった。
 「県外に出掛けた時に『福島は大丈夫?』と尋ねられる。でも、いつもと変わらない生活を送れているから、風評被害など正直ピンとこない。被災地のことをきちんと理解したかった」。柳橋優衣さん(17)は参加理由をこう語る。
 松木温子さん(18)はテレビや新聞でしか震災を知らない自分自身に、歯がゆさを感じていた。「会津に大きな被害がなかったから関係ないと思ったらそれで終わり。生かされた者としてできることは、あの時何があったのかを知り、誰かに伝えること」
 津波の残痕が生々しい震災遺産を通して、津波の強烈な破壊力を思い知った。学芸員と被災地に足を運び、理解が深まった。放射能の不安と隣り合わせで暮らす人々の悩みを思うと胸が苦しくなった。
 松木さんが特に頭に焼き付いているのは、全町避難が続く富岡町だ。いまだ手付かずの被災家屋にがくぜんとした。津波で被災したパトカーの前では立ちつくした。「あんなにぺちゃんこになるなんて。どれくらい巨大な津波だったのだろう…」
 今回参加した5人は来春卒業を迎える。柳橋さんは京都府の医療系専門学校に進学し、松木さんは東京都内の大学を目指す。「福島を離れる前に震災と向き合い、受け止めることができた」。県外に出た後も、福島のことが忘れられないように語り続けるつもりだ。


<東西線>高齢化対策の盾に 郊外は孤立化も
◎結ぶ・切り拓く−開業まで1カ月(3)コンパクトシティー
<「盾」を構え対峙>
 仙台市は南北、東西両線の地下鉄を「十字の盾」に例える。盾を構えて対峙(たいじ)するのは今後加速する高齢化と人口減少。地下鉄沿線を中心に住居を集約し、効率的に行政サービスを進めたい考えだ。
 氏家道也経済局長は「東西線はコンパクトシティーに向けた武器。住民サービス維持のためにもなるべく沿線に集まってもらうことが欠かせない」と力を込める。
 裏を返せば「都市機能の集約」という武器が使える範囲は限られる。地下鉄駅から離れた地域は、置き去りにされる恐れがある。
 市北東部の鶴ケ谷団地(宮城野区)。最寄りの地下鉄南北線旭ケ丘駅までは団地中心部から約3.5キロ。バスで約10分かかる。JR東北線の東仙台駅も遠い。
 1970年代前半に移り住んだ鶴ケ谷地区社会福祉協議会会長の佐藤泰彦さん(71)は「仙台全体でも東西線の恩恵を受ける人は少ないのではないか。市の都合でコンパクトシティーを進めても、郊外の孤立が深刻になるだけだ」と話す。
 鶴ケ谷1〜8丁目の人口は10月現在で約1万2000。78年の約2万2000からほぼ半減した。子どもの遊び声が響き渡った公園はいま、静けさが漂う。住民のほぼ3人に1人が65歳以上と高齢化も著しい。
<都心回帰鮮明に>
 まちづくりの検討材料とした市の内部資料がある。
 2013年の市全体の高齢化率は20.2%。居住域別では、東西線を含む鉄道駅1キロ圏内が17.3%に対し、その他地域は23.3%と高い。若年層は駅近くに集まり、離れた地域を敬遠する傾向がうかがえる。
 住宅団地が郊外に広がった時代から一転、高齢化・人口減社会を迎えて都心回帰が鮮明だ。
 長年、仙台市内の地価公示調査を担当する不動産鑑定士の高橋幾夫さんは「これからの住居選びは利便性や環境が重要視される。エリアによる人気差が著しくなる」と見通す。
 「十字の盾」は2本の地下鉄を軸に面的な広がりを持ってこそ意味を持つ。市は鶴ケ谷地区で市営住宅の再整備などを進めてきたものの、地域を再生させる十分な処方箋を示していない。
 東西線沿線のまちづくりに携わるNPO法人都市デザインワークス(仙台市)の榊原進代表理事は、「人口減少社会で住民サービスの費用をどこまで許容できるかが課題。まずは行政が住民と対話して地域課題に向き合う必要がある」と指摘する。
 東西線開業で浮かび上がる人口107万都市の光と影。コンパクトシティーの名の下に「影」の切り捨てがあってはならない。


気仙沼でジュウガツザクラ満開
気仙沼市本吉町にある老人ホームの庭で秋にも花を咲かせるジュウガツザクラが満開になり施設で暮らすお年寄りなどを楽しませています。
このジュウガツザクラはサクラの一種で、春だけでなく秋にも花を咲かせ花びらの数が10枚以上と多いのが特徴です。
気仙沼市本吉町の特別養護老人ホーム春圃苑では、平成3年に建設した時に職員が自分の庭にあったジュウガツザクラの苗木を移植したとのことで、その後毎年春と秋の2回枝一杯に花を咲かせ今年も先月上旬頃から咲き始めました。
淡い紅色や白い色をした2センチほどの八重の花が満開となって、施設で暮らす人や見舞いに訪れた人たちの目を楽しませています。
施設の周りでは木々の紅葉が終わりに近づきましたが、施設で働く人は「毎年この時期は紅葉とサクラの花が同時に見られて一番好きな季節です」と話していました。
このジュウガツザクラは今月一杯楽しめるということです。


民主党の責任 新基地建設反対を掲げよ
 辺野古の問題で野党第1党の役割は重大だ。民主党の岡田克也代表は今こそ一歩踏み出し、新基地建設に反対してもらいたい。
 先月末に来県した民主党の細野豪志政調会長が米軍普天間飛行場の移設問題で「辺野古移設が本当に正しいのか検証に入りたい。沖縄の皆さんがこれだけ反対している。やり方が間違っていないか再検証すべきだ」と述べた。
 名護市辺野古への移設を容認してきた党政策を見直す可能性に言及したものだ。細野氏はこれまで移設に否定的見解を示していたが、政府が工事を強行したこの時期に再検証する考えを示したことは意義がある。政策を正式に見直すよう求めたい。
 普天間返還と辺野古をめぐる問題は2009年9月の民主党政権発足が大きな転機となったことはあらためて言うまでもない。
 鳩山由紀夫首相(当時)が普天間移設問題で「最低でも県外」を掲げたが、外務、防衛官僚らが抵抗する中で本格的な議論には至らず、民主党政権は1年足らずで辺野古移設に回帰した。
 県内では時の仲井真弘多知事が県外移設を公約するなど移設反対の世論が高まったが、防衛省は手続きを強行。12年12月の第2次安倍政権発足後は民意無視の姿勢がより鮮明となり、仲井真氏が公約を翻して埋め立てを承認した。
 安倍政権は力ずくで作業を進めているが、当然ながらこの現状は民主党にも大きな責任がある。
 岡田代表は先月の翁長雄志知事との会談で、作業の強行について「政府には沖縄に寄り添って協議する姿勢がない」と厳しく批判した。だがその一方で「対案がない状況の中で無責任に辺野古反対とは言えない」と辺野古移設容認の立場を堅持する考えも示した。
 岡田氏はかつて県外移設を唱えながら鳩山政権の外相就任後、辺野古容認に転じた過去がある。その発言には対米追従の呪縛から抜け出せない状況もうかがえるが、極東最大の米空軍嘉手納基地など数多くの軍事拠点を残す中での辺野古の海兵隊新基地計画は、「抑止力」の観点からも必然性に乏しいことを党内でぜひ冷静に議論してほしい。
 民主党は「消費者や生活者の立場に立つ改革政党の原点」で党を再生すると掲げている。民主主義や法治主義に反した手続きが進む辺野古の現状に際し、立脚すべき立場は明らかなはずだ。


「九条壊すな」「政権にNO」 憲法公布69年にちなみ集会
 憲法公布から六十九年となる三日、安倍政権が九条の解釈を変更して安全保障関連法を成立させたことに反発して、各地で憲法にちなむ集会が開かれた。参加者らは「憲法違反の政治が加速している」「違憲の安保法の廃止を求めよう」と声を上げた。
 東京都新宿区で行われた集会には約百人が参加。主催した「若者憲法集会実行委員会」メンバーの小山農(みのる)さん(28)は「憲法は生まれた直後からさまざまな攻撃を受けながら命と尊厳を守ってきたが、違憲の戦争法が成立して危機にある。法廃止を求めて声を上げよう」と呼び掛けた。
 参加した大学生らは「野党共闘を求め、賛成議員を落選させる運動を今後も続けたい」などと発言した。
 神戸市で開かれた集会では、五歳の双子を連れて参加した同市東灘区の運転手硲(さこ)富雄さん(47)は「憲法の大切さを理解してほしいと思い連れてきた。戦争を起こさないことの大切さは分かってくれたみたい」と話した。
 高知市では憲法学者の小林節慶応大名誉教授が講演。約千二百人の聴衆を前に「政府が九条をたたき壊した。野党が手を組んで政権をとり、法律を廃止しなければならない」と訴えた。
◆国会前
 安全保障関連法を成立させた安倍政権への抗議として、「アベ政治を許さない」とメッセージの書かれた紙が三日午後一時、各地で一斉に掲げられ、平和憲法を守ろうとの思いが広がった。
 取り組みの呼び掛け人は作家の沢地久枝さんで、安保法案が衆院を通過した直後の七月十八日に続き、この日が二回目。俳人の金子兜太さんが揮毫(きごう)したメッセージを、参加者各自がインターネットからプリントして持ち寄るなどした。
 東京・永田町の国会正門前には約六百人(主催者発表)が集まった。午後一時になるのに合わせ、女優の木内みどりさんと作家の落合恵子さんがカウントダウンを開始。参加者は、国会に向けて高々とメッセージを掲げ「戦争反対」「九条壊すな」と叫んだ。
 ステージに立った落合さんは、沖縄県の米軍普天間(ふてんま)飛行場(宜野湾(ぎのわん)市)移設に伴う名護市辺野古(へのこ)の新基地建設計画や原発再稼働などにも触れ「政権にレッドカードを出し続け、七月の参院選で答えを出しましょう」と訴えた。
 メッセージを掲げる抗議行動は、今後も毎月三日午後一時に、全国各地で実施したいという。
 小学五年の孫娘(11)と参加した江戸川区の小寺千恵子さん(65)は「孫たちの世代のためにも、戦争のない世の中を守っていきたい」と力を込めた。
 名古屋市であった「憲法九条を守ろう 2015愛知県民のつどい」でも冒頭、参加者約千五百人が一斉に紙を掲げた。
 沢地さんも、講演のため訪れた長野県で紙を掲げた。


九州の子ども 2割が「貧困」 約42万人、深刻さ浮き彫り 13‐14年度 本紙が試算
 就学援助を受けるなど、経済的に貧困状態にあると推測される子ども(18歳未満)の数が、九州7県で約42万人に上ることが、2013〜14年度の統計データを基にした西日本新聞の試算で明らかになった。全体の19・4%で、ほぼ5人に1人となる。同じ手法で試算した全国平均は15・6%で、九州の深刻さが浮き彫りになった。県別の貧困率は福岡が23・0%と最も高く、鹿児島21・3%、長崎18・5%と続いた。
 子どもの貧困率については、厚生労働省が経済協力開発機構(OECD)の基準に基づき公表。平均的な可処分所得(いわゆる手取り年収)の半分(2012年、4人世帯で244万円)を下回る世帯を「相対的貧困層」とし、貧困層に含まれる子の割合が12年に16・3%と過去最悪を更新した。
 だが、厚労省の調査は全国から無作為抽出したデータを基にしており、都道府県別の算出はできない。このため、自県の子どもの貧困率を独自に調査した奈良県の手法を参考に、本紙が九州7県の貧困率を試算した。奈良県の手法は、実際に何らかの公的援助を受けている子どもの数から試算したのが特徴だ。
 小中学生については、自治体による就学援助(福岡市の場合は生活保護支給基準の1・25倍の年収以下程度の世帯が対象)を受給している子どもとし、九州7県で19万6352人(13年度)となった。
 高校生や高専生については、おおむね世帯年収250万円未満程度が対象となる低所得世帯向け奨学給付金の受給者を対象とした。高校の授業料無償化見直しの影響で、14年度の1年生(九州で計2万3830人)しか実数がないため、これを3倍して約7万人と試算した。
 未就学児童については、小中学生の就学援助受給率を当てはめ、貧困層を約15万人と試算。これらの合計が約42万人となり、九州7県の18歳未満の人口約216万人のうち、19・4%に当たった。
 ただ、就学援助や奨学給付金はあくまで申請した人が対象だ。奈良県こども家庭課は「援助を受けていないが貧困状態にある子どももおり、実際の貧困率は、もっと高い可能性がある」としている。

休日出勤で書類など/録画番組をたくさん

ブログネタ
フランス語 に参加中!
明治村入場券151011

Un infini de passions peut tenir dans une minute.
De Gustave Flaubert / Madame Bovary
La couleur surtout et peut-être plus encore que le dessin est une libération.
De Henri Matisse / Les Problèmes de la peinture
Les pensées sont comme les fleurs, celles qu’on cueille le matin se conservent le plus longtemps fraîches.
De André Gide / Isabelle
L'histoire c'est la passion des fils qui voudraient comprendre les pères.
De Pier Paolo Pasolini / Le pornographe
Le bonheur c'est lorsque vos actes sont en accord avec vos paroles.
De Indira Gandhi
Les seuls beaux yeux sont ceux qui vous regardent avec tendresse.
De Coco Chanel
フランス語
フランス語の勉強?
ニッポン人のギモン「日本国憲法」
安保法制をめぐる議論などから出てきた日本国憲法に関する様々な“ギモン”。憲法を解釈するとはどういうこと? 憲法と法律ってどう違う?? そもそもjavascript:void(0)憲法って何??? そんなギモンの数々にNHKの解説委員たちが“モヤモヤ”を解消すべく結集。タレント軍団が連発するモヤモヤしたギモンに解説委員はどのように答えていくのか?モヤモヤは晴れるか?憲法のイロハのイから、深〜い話まで、今知っておきたい知識と情報が満載。
中田敦彦,藤森慎吾,小峠英二,紫吹淳,足立梨花,
西川吉郎,島田敏男,石川一洋,安達宜正,
向井慧, 沢城みゆき, 六角精児

NHKスペシャル 新・映像の世紀 第1集「百年の悲劇はここから始まった」
山田孝之 、伊東敏恵
第一次世界大戦は、今も世界を覆う不幸の種子をばらまいた。毒ガスを初めて開発した天才科学者、フリッツ・ハーバー博士の悲劇。ロシア革命を成し遂げたレーニンは、恐怖政治の創始者でもあった。砂漠の英雄・アラビアのロレンスの裏切りが今に至る中東紛争のきっかけと言われる。私たちの生きている世界自体が、第一次世界大戦の産物なのである。世界を動かした人々の人間ドラマを通して、歴史の深層に切り込んでいく。

NHKスペシャル「きのこ雲の下で何が起きていたのか」
 1945年8月6日、広島への原爆投下直後、きのこ雲の下の惨状を記録した写真が、わずか2枚だけ残っている。爆心地から2キロの「御幸橋」の上で撮影されたものだ。
 今年、NHKは最新の映像技術、最新の科学的知見、生き残った被爆者の証言をもとに、初めて詳細にこの写真に映っているものを分析し、鮮明な立体映像化するプロジェクトを立ち上げた。白黒の写真に映る50人あまりの人々の姿を追っていくと、これまで分からなかった事実が次々と見えてきた。70年の時を経て、きのこ雲の下にあった真実に迫る。

NNNドキュメント シリーズ戦後70年 南京事件 兵士たちの遺言
日本テレビ
古めかしい革張りの手帳に綴られた文字。それは78年前の中国・南京戦に参加した元日本兵の陣中日記だ。ごく普通の農民だった男性が、身重の妻を祖国に残し戦場へ向かう様子、そして戦場で目の当たりにした事が書かれていた。ある部隊に所属した元日本兵の陣中日記に焦点をあて、生前に撮影されたインタビューとともに、様々な観点から取材した。


液体金属の流れで電気 電池が不要に!?
 東北大金属材料研究所の斎藤英治教授(物性物理学)のグループは2日、細い管に液体金属を流すだけで微弱な電気が発生することを突き止め、実際に電気を取り出すことにも成功したと発表した。大学院生の高橋遼さん(27)が原理を発見した。
 グループは、石英でできた直径0.4ミリの管に液体金属の水銀やガリウム合金を秒速2メートルで流し、1000万分の1ボルトという極めて微弱な電気を取り出した。発生する電気量は流れの速さに比例する。
 管の中を流れる液体金属は摩擦で渦を巻き、その影響で金属の中の電子も自転を始める。自転の強弱によって電気が生じるという。
 研究で中心的な役割を担った高橋さんは「液体金属流が電気を発生させる原理は理論計算で発見した。実験で証明できたのは、絶縁体である石英を管に用いることを思い付いたことが大きかった」と話す。
 斎藤教授は「発電装置の超小型化が可能。家電製品のリモコンに装置を組み込めば、ボタンを押す力で発電し、電池が不要になるかもしれない」と実用化に期待した。


「核使用禁止」決議採択 日本は棄権
 【ニューヨーク共同】国連総会第1委員会(軍縮)は2日、核兵器の使用禁止や廃絶のための法的枠組みづくりの努力を呼び掛ける決議案を賛成多数で採択した。唯一の被爆国として賛否が注目された日本は棄権に回った。
 128カ国が賛成し、29カ国が反対、18カ国が棄権した。五大核保有国では米英とフランス、ロシアが反対、中国が棄権した。日本は、米国の「核の傘」に依存する安全保障政策と合致しないと判断したとみられる。
 決議は核兵器の非人道性に関する議論を主導するオーストリアなどが共同提案。「いかなる状況下でも核兵器が二度と使用されないことが人類の利益」だと指摘した。


<おもと復活祭>震災前よりにぎやかに願い
 岩手県岩泉町小本地区の東日本大震災からの復興を祝う「おもと復活祭」が1日、同町小本支所であった。多くの出店が並び、多彩なステージショーもあり、町民が爽やかな秋晴れの1日を楽しんだ。
 地元漁協や企業がサケ、シイタケなどを販売。小本産サケを使ったさけ汁が無料で振る舞われると、求める人の長い列ができた。ステージでは郷土芸能「七頭舞(ななずまい)」の披露や鳥羽一郎さんの歌謡ショーがあった。
 同地区では毎年秋に開いていた鮭(さけ)まつりを震災後、「復興祈願おもと青空市」として開催。今回は三陸鉄道小本駅の駅舎や役場支所、避難所を兼ねた複合施設が12月に完成することに合わせ「復活祭」に変更した。
 主催した小本地域振興協議会の竹花敏明会長は「支援していただいた皆さんへの感謝の気持ちでいっぱい。震災前よりも、にぎやかな街にしたい」と話した。


被災の浄化センター 新施設の一部が稼働
 東日本大震災で甚大な被害を受けた仙台市南蒲生浄化センター(宮城野区)で2日、市が新規に整備した汚水処理施設の一部が稼働を始めた。震災後に使ってきた仮施設からの移行で処理能力が高まり、水質の浄化機能も向上する。
 センターは市内の汚水の7割を処理する施設。当面は汚水処理に必要な微生物を増やす作業を並行して進め、フル稼働時の3分の1程度の処理に取り組む。
 本格稼働は来年9月の予定。1日最大43万立方メートルの処理が可能になり、水質浄化の指標となる生物化学的酸素要求量(BOD)も震災前の水準に戻る。
 新施設は2012年3月に着工した。敷地全体をかさ上げし、非常用電源設備を整備するなどして津波対策にも万全を期した。
 加藤公優所長は「通常なら10年はかかる新施設の整備を迅速に進めてきた。さらに環境に配慮した処理を目指す」と話した。


「経験役立てる」任期付き職員辞令交付式
 東日本大震災の復興事業に従事する任期付き職員の辞令交付式が2日、宮城県庁であり、慢性的な職員不足にある土木職と保健師の計17人が辞令を受け取った。累計の採用数は506人となった。
 今月1日発令の土木職の男性14人、保健師の女性3人が出席。三浦秀一副知事は「被災地は皆さんを心待ちにしている。ハード、ソフト両面の事業加速が求められている」と期待を込めた。
 最年少は保健師の24歳女性で、最年長は土木職の82歳男性。気仙沼土木事務所に配属された元会社員佐藤武司さん(62)=仙台市宮城野区=は「これまでの経験を土台に被災地の役に立ちたい」と意気込んだ。
 2日には来春採用の大卒新人のうち、1日に前倒しで発令された5人の辞令交付式も行われた。


<集団移転>安全・生活 不安隠さず
◎石巻まちびらき(下)東西格差
<てこ入れ限定的>
 10月にあった県議選で、ある候補者の陣営が石巻市渡波地区の商業施設前で演説した。
 「東日本大震災後、被災しなかった西部の蛇田地区は多くの人が移転し発展しているが、(海に近い)渡波や湊など被災した東部地域は人口減少が続く。東部の復興は西部と比べて遅れている」
 旧北上川を境にした西部と東部の均衡ある発展−。震災後にあった市長選や市議選などで度々語られてきたテーマの一つだ。
 渡波地区の9月末の人口は1万4711。震災前と比べ2351人減った。市は被災者向けの住宅再建事業を進めるが、減少に歯止めがかからない。集団移転地の新渡波(171区画)、新渡波西(83区画)の両地区に住みたいという世帯の申し込み状況を示す「登録率」は、それぞれ30%、31%と振るわない。
 一方、内陸部の西部では商業施設が集積し、交通網も充実するため、新蛇田地区の登録率は73%、あけぼの北地区に至っては90%に達している。
 市は東部への人口誘導策として、市街地の災害公営住宅で新渡波、新渡波西の両地区に限り、一戸建てタイプを用意した。庭付きとあって全て埋まったが、人口増への効果は限定的だ。
 市復興事業部の近江恵一部長は「津波の被害が大きかった渡波は、防護施設で安全を確保するといっても、不安な市民が多いのかもしれない」と話す。
 市は東部の防災・減災対策として、市街地と海の間に防潮堤と防災緑地の二重防護を講じるほか、内陸部への避難道路などの整備も進める。しかし、まちの将来像が見えにくく、住民の不安は払拭(ふっしょく)されていない。
<便利さ選ぶしか>
 震災前から指摘されてきた医療の東西格差は、さらに拡大した。
 東部地域では、被災した医療機関の多くが廃業したり移転したりした。病床数は震災前の2010年10月に202だったが、現在は25に激減している。
 渡波地区から蛇田地区の災害公営住宅に移転した無職男性(64)が胸の内を明かす。「愛着のある地域に住みたかったが、高齢で車を手放すことを考えると通院や買い物に便利な場所を選ぶほかなかった」
 市は東部への医療機関進出を促すため、14年に用地購入費の補助制度を創設。新渡波地区へ内科診療所を誘致したが、補助制度の活用はこの診療所だけだ。
 渡波地区区長行政衛生連合会の安倍清義会長(84)は「学校の運動会でも蛇田は運動場が子どもでいっぱいだが、渡波は少ない。子どもがいなければ地域は立ちゆかない」と危機感を募らせる。
 震災から4年8カ月。渡波地区の復興の歩みは加速しない。安倍さんは「事業所を誘致し地元で雇用を促進するなど、もっと東部に力を入れて偏りのない復興を進めてほしい」と願う。


<山田NPO横領>元代表に懲役8年求刑
 岩手県山田町から東日本大震災の緊急雇用創出事業を受託したNPO法人「大雪りばぁねっと。」(北海道旭川市、破産手続き中)の元代表理事で、業務上横領罪などに問われた同市の岡田栄悟被告(36)と妻光世被告(34)の論告求刑公判が2日、盛岡地裁(岡田健彦裁判長)で開かれた。検察側は岡田被告に懲役8年、光世被告に懲役3年6月を求刑した。判決は来年1月19日。
 検察側は論告で、岡田被告が「不動産購入や私腹を肥やすために復興資金を用い、事業を破綻させた身勝手極まりない犯行」と指摘。「大災害からの復興に充てられるべき国民の善意を踏みにじる行為で、悪質性が際立っている」と述べた。
 弁護側は最終弁論で「支出は全て業務内容に関連している。業務上横領罪には当たらない」と無罪を主張した。岡田被告は意見陳述で「震災を食い物にしたわけではない」と述べた。
 起訴状などによると、岡田被告は2011年11月〜12年11月、勤務実態のない従業員への給与や、事業に関連がないマンションや土地、スーツなどの購入費として事業費計5400万円を横領したとされる。13年5月には、法人の財産である水上バイクなど19点(購入価格計約1520万円)を十和田市に持ち去ったとしている。
 光世被告はこのうち約1300万円の横領に関与したとされる。


東日本大震災:被災2校活用へ、法人募集 東松島市、雇用創出にも期待 旧野蒜小・浜市小、月末締め切り /宮城
 東松島市は2日、東日本大震災で被災した旧野蒜小学校と旧浜市小学校の校舎について、来年度から建物を利用して事業を行う民間企業やNPOなどの法人を募集すると発表した。地域住民から両校舎を緊急避難場所として利用したいとの要望があり、民間の力を借りて活用していくことを決めた。被災校舎の民間転用は異例の試みで、市は雇用創出にも期待する。【伊藤直孝】
 両校舎は津波で1階部分が浸水した。旧野蒜小は鉄骨3階建てで、損壊部分に板張りをした上で被災者支援NPOが拠点として利用。旧浜市小は鉄骨2階建て(一部3階建て)で、現在は利用されていない。
 両校舎は当初、震災遺構としての保存が検討されたが、旧野蒜駅が遺構に選定され候補から外れた。一方で両校舎とも耐震性には問題がないことから、近隣で住宅再建した住民から「緊急避難場所として残してほしい」との要望があった。また民間事業者から農業施設や福祉施設として利用したいとの問い合わせが3件寄せられたといい、市は活用策を広く募ることを決めた。
 建物と土地は原則として10年間の有償貸与だが、住民の雇用など復興に貢献する場合は無償とする。維持管理費は業者負担。災害時には緊急避難場所として住民を受け入れることが条件となる。阿部秀保市長は2日の記者会見で「民間の力を借り、交流人口の増大にもつながれば」と期待を寄せた。
 応募受け付けは30日まで。12月18日にプレゼンテーションを実施する。募集要項は市ホームページで閲覧できる。問い合わせは行政経営課電話0225・82・1111(内線1222)。


南部弁で昔話を楽しむ
方言の魅力を知ってもらおうと、南部弁で語られる昔話などを楽しむ催しが八戸市で開かれました。
この催しは八戸市の是川縄文館などが企画したもので、会場には八戸市などからおよそ180人が訪れました。
語り手は「八戸童話会」のメンバーが務めこのうち柾谷伸夫さんは若い女性のおならをめぐる昔話を披露しました。
柾谷さんが南部弁の独特な言い回しやイントネーションで大きなおならをする女性が嫁入りをする昔話をおもしろおかしく披露すると、会場から大きな笑いが上がっていました。
また関下斉さんは八戸市でクジラの化石が見つかったことにちなみ、山の生き物だったクジラと海の生き物だったイノシシが神様によってすみかを交換するという昔話を話しました。
訪れた人たちは、南部弁の響きを味わいながら、盛んに拍手を送っていました。
八戸市から訪れた78歳の女性は「昔、話していたけど忘れてしまっていたことばもあったので懐かしく感じました」と話していました。
また津軽弁で育った弘前市出身の37歳の女性は、「ことばは分からなくても雰囲気が伝わってくる、いいことばだと思いました」と話していました。


分かりやすい憲法の本が人気に
11月3日、文化の日は日本国憲法が公布された日です。安全保障関連法を巡る議論をきっかけに憲法への関心が高まっていることから、東京の書店では憲法に関する書籍を集めた特設コーナーが設けられ、分かりやすく憲法を伝える本が人気を集めています。
東京・神田神保町の書店では、安全保障関連法を巡る議論をきっかけに日本国憲法の本を集めたコーナーを設けていて、憲法に関連した本の売り上げが、ことし9月は去年の2.3倍に伸びています。特に人気なのは一般向けに分かりやすく書かれた本です。ことし8月に出版された本は、日本国憲法の英文を現代の日本語に改めて翻訳したもので、憲法の条文をできるだけ分かりやすいことばで理解してもらおうと工夫されています。
また、若者が多く集まる別の書店で女性の注目を集めているのは7月に発売された「日本国憲法」というタイトルに「ハートマーク」がついた本です。憲法9条には平和を喜ぶ若い男性の姿、「学問の自由」を保障した憲法23条は学校生活など、条文ごとにイラストが描かれ、人気の男性声優が朗読する憲法の条文の音声をダウンロードできる特典もついています。さらに、20年以上前に初版が発売され、憲法の教科書として広く知られる憲法学者、芦部信喜さんの本もことし9月は去年よりも20%ほど多く売れているということです。
三省堂書店神保町本店の岡崎史子さんは「秋に入ってから売り上げが急激に伸びて驚いています。これまで憲法を読んでいなかった人にも関心が広がっていると感じています」と話していました。
男性客「憲法の根本的なことを学びたい」
書店の憲法コーナーを訪れた男性客は「学生の時以来ですが、安全保障関連法の議論を受けて改めて憲法の本を読むようになりました。憲法改正も議論されているだけに立憲主義や人権など、根本的なことを学びたい」と話していました。
出版社「身近な存在と感じてほしい」
若い女性向けの「日本国憲法」を出版した宙出版によりますと、声優のファンという理由で購入した小学生や中学生から「憲法が好きになった」といった反響が寄せられているということです。担当した編集部の中江陽奈さんは「70年近く受け継がれて重みがある憲法ですが、この本を通じて非常に身近な存在なんだと感じてもらえればうれしい。読んでみると好きな条文も見つかると思うのでぜひ手に取ってほしい」と話していました。


公布から69年、各地で集会 - 「憲法違反の政治が加速」
 憲法公布から69年となる3日、安倍政権が9条の解釈を変更して安全保障関連法を成立させたことに反発して、各地で憲法にちなむ集会が開かれた。参加者らは「憲法違反の政治が加速している」「違憲の安保法の廃止を求めよう」と声を上げた。
 東京都新宿区で行われた集会には約100人が参加。主催した「若者憲法集会実行委員会」メンバーの小山農さん(28)は「憲法は生まれた直後からさまざまな攻撃を受けながら命と尊厳を守ってきたが、違憲の戦争法が成立して危機にある。法廃止を求めて声を上げよう」と呼び掛けた。


「戦争法は廃止を」 憲法公布の日、京都で集会
 憲法公布から69年となる3日、京都市内では「憲法ウォーク」が行われ、約2800人が参加した。9月に成立した安全保障関連法を念頭に、「戦争法は憲法違反」と市民が法の廃止や平和尊重を訴えながら、東山区の円山公園から中京区の市役所前まで行進した。
 市民団体「憲法9条京都の会」と「京都96条の会」が毎年、市民に護憲を訴えようと行っている。
 参加者は「世界に輝け憲法9条」と書いた旗などを手に歩いた。中にはドラムをたたきながら「戦争する国、絶対反対」とアピールする一団や、公布を記念して1946年につくられた「平和おどり」を披露するグループもあった。
 「ウォーク」の前には、「11・3憲法集会in京都」が円山公園音楽堂で開かれ、岡野八代同志社大教授(政治学)が「市民の力で民主主義をとりもどそう」と題して講演した。


ガザ地区子どもたち釜石で交流
紛争が続くパレスチナ暫定自治区のガザ地区の子どもたちが釜石市を訪れ地元の小学生と一緒にたこ揚げなどを楽しみました。
この交流は、パレスチナなどで支援活動を行うNPOが主催したもので、東日本大震災からの復興を願い、ガザ地区の子どもたちが現地でたこ揚げを行っていることが縁で実現しました。
3日は、ガザ地区で暮らす13歳と14歳の男女3人が釜石市平田地区にある仮設住宅を訪れ、地元の子どもたちに紛争の体験を話したり、東日本大震災の話を聞いたりしました。
そして、集まったおよそ100人の地元の子どもたちとたこ揚げを楽しみ、日本とパレスチナの旗が描かれたたこが、澄み渡った秋の空にあがっていました。
ガザ地区では、去年夏のイスラエル軍による大規模な軍事作戦で、多くの犠牲者が出ていて紛争の終わりが見えていません。
パレスチナ人の女の子は、「忍耐強く希望を持ち続けてください。
私たちは同じような困難を経験していますが、それを乗り越えていかなければなりません」と話していました。
また、地元の小学生の男の子は、「震災で暮らしは大変ですが、精一杯生きなければならないと思いました」と話していました。


日本の原子力政策を批判 パグウォッシュ会議
 核兵器廃絶を目指す科学者らの国際組織「パグウォッシュ会議」は3日、長崎市で開催中の世界大会で、原子力利用のあり方などを討議した。海外の科学者らは、コストの高さや兵器転用の恐れを指摘し、核燃料サイクルなどの日本の原子力政策を批判した。
 米プリンストン大の物理学者フランク・フォン・ヒッペル教授は、日本原燃が青森県六ケ所村で建設を進める使用済み核燃料再処理工場を操業した場合を想定し「プルトニウム分離はコストが高く、経済的に成り立たない」と主張した。代わりに、導入コストを低くできることを理由に、特殊な容器で使用済み核燃料を貯蔵する方法を提案した。

阪神ワイン祭→また飲みすぎ?/再度文献調査

ブログネタ
フランス語 に参加中!
Jacinta3

Corée du Sud et Japon tentent de tourner la page de leurs différends
La présidente sud-coréenne, Park Geun-Hye, a rencontré lundi 2 novembre le premier ministre japonais, Shinzo Abe, lors d’un sommet bilatéral inédite. Cette rencontre doit permettre à ces deux alliés de Washington en Asie d’apaiser leurs relations, troublées par des contentieux historiques et territoriaux.
Park Geun-Hye a accueilli M. Abe à la Maison bleue, la présidence sud-coréenne, où les deux dirigeants se sont serré la main en souriant. ≪ Il ne faut pas trop attendre ≫ de ce premier sommet en près de quatre ans, a estimé auprès de l’Agence France presse le politologue Hong Hyun-Ik, de l’Institut Sejong de Séoul.
≪ L’important est de créer un canal normal de dialogue pour permettre ensuite des discussions et une coordination plus technique. ≫
Depuis son arrivée au pouvoir en février 2013, la présidente sud-coréenne refusait une telle rencontre tant que Tokyo n’aurait pas fait amende honorable, notamment sur la question des femmes dites de ≪ réconfort ≫, ces dizaines de milliers d’Asiatiques enrôlées de force dans les bordels de l’armée impériale nippone. Le Japon avait reconnu en 1993 sa culpabilité dans l’exploitation de ces femmes. Un fonds avait alors été établi pour verser des réparations financières à ces femmes. Toutefois, il n’a été financé que par des dons privés, et non par le gouvernement japonais, au grand dam de Séoul.
Tokyo estime en outre que les questions liées à la Guerre ont été réglées en 1965 à la faveur de l’accord qui a rétabli les liens diplomatiques entre Tokyo et Séoul. Les deux voisins s’opposent aussi sur la souveraineté d’îlots isolés en mer du Japon, les îles Dokdo, selon l’appellation coréenne, et les Takeshima selon l’appellation japonaise. Situées à mi-chemin entre les deux pays, ces îles sont contrôlées par la Corée du Sud, mais revendiquées par Tokyo.
Premier sommet trilatéral avec la Chine depuis 2012
La brouille entre les deux pays avait également été la cause de la fin des rencontres trilatérales annuelles entre la Corée du Sud, la Chine et le Japon. Les trois pays se sont à nouveau réunis dimanche à Séoul, pour la première fois depuis 2012.
フランス語
フランス語の勉強?

4万円の書籍が届きました.試読です.購入するかどうかは未定.
夕方阪神百貨店へ.ワイン祭です.神の雫とタイアップしている感じです.それはともかく,試飲なのに飲みすぎてしまいました.
今日もまた文献調査をしました.

あの日忘れぬ 屋上タワーへ1300人
 「津波防災の日」(11月5日)を前に、仙台市は1日、東日本大震災で津波が到達した東部地域の「津波避難エリア」を対象に、津波避難訓練を実施した。津波避難タワーや校舎屋上につながる外階段の整備後、初めてとなる大規模な訓練。地元住民や企業の従業員ら約1300人が参加し、それぞれ最寄りの避難施設約20カ所への経路を確認した。
 訓練は午前8時半、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0、最大震度6強の大地震が発生し、45分後に7メートルの津波が仙台港に到達するとの想定。市は屋外拡声装置や緊急速報メールなどで大津波警報の発表を伝え、消防車や広報車でも避難を呼び掛けた。
 宮城野区中野5丁目にある津波避難タワーには、地元住民ら約90人が身を寄せた。500メートルほど離れた職場から同僚と歩いた会社員菅野晃正さん(57)=同区=は「タワーは見た目より頑丈そうで、安心して避難できることが分かった」と話した。
 同区の岡田小には、児童や住民ら約460人が集まり、3階建ての校舎に新設された外階段などで屋上に逃げた。市消防局のヘリコプターが校舎屋上から避難者をつり上げて救助する訓練も行われた。


津波で流失…みこし渡御5年ぶり
 東日本大震災で被災した宮城県山元町の青巣稲荷(いなり)神社の秋の例祭が1日あり、みこし渡御が5年ぶりに復活した。前のみこしが津波で流されて休止していたが、熊本の神社から使われなくなったものを復興支援で寄贈された。
 みこしは高さ1.6メートル、幅と奥行きが各1.4メートルで重さは約300キロ。住民や学生ボランティアら約30人が担ぎ、境内を出発して津波被害が大きかった地元の花釜地区の集落を練り歩いた。子どもたちは小さなみこしを担いで後に続いた。
 震災前に集落の中心だったJR旧山下駅前では住民が沿道に出て渡御を見守り、「ワッショイ」という威勢のいい掛け声に目を細めた。住民の佐藤敏子さん(70)は「花釜に神様が帰ってきた」と笑顔で話した。
 みこしは、災害ボランティアを通じて窮状を知った熊本県苓北(れいほく)町の富岡神社から贈られた。青巣稲荷神社の氏子総代長の渡辺庚午郎さん(85)は「再び渡御を目にすることができてうれしい。支援に感謝したい」と喜んだ。


<集団移転>孤立懸念 支援の輪必要
◎石巻まちびらき(上)コミュニティー
 東日本大震災の被災者向けに集団移転地を整備している宮城県石巻市は3日、土地区画整理事業で造成を進める新市街地5地区の「まちびらき」を行う。震災から4年8カ月。住み慣れた地域を追われ、仮設住宅で不自由な生活を余儀なくされてきた被災者にとって、ついのすみかへの期待は大きい。新たなまちづくりの現状と課題を探った。(石巻総局・高橋公彦)
<被災地で最大級>
 商業施設が立ち並ぶ市街地に、新築の住宅が次々に姿を現している。
 石巻市の新蛇田地区。木の香りが新しい集会所に9月末、市や市社会福祉協議会の職員、支援団体のメンバーが顔をそろえた。
 「人間関係を築くには、大規模な災害公営住宅はハードルが高くなる。入居者任せでなく、行政やNPOが先手を取る必要がある」
 ある参加者の発言が、集まった人々の問題意識を代表していた。
 会合の開催は、市内の被災者らでつくる石巻仮設住宅自治連合推進会が呼び掛けた。4月に同地区内に事務所を移設し、近隣の災害公営住宅入居者のコミュニティー形成に携わる。
 新蛇田地区は、集合タイプの災害公営住宅と一戸建て住宅に約1260世帯が住む見込み。隣接する新蛇田南地区(約750世帯)と合わせ、被災地で最大級の集団移転地となる。
 新蛇田地区の災害公営住宅は3月、入居が始まった。各地から住民が集まり、新たなコミュニティーづくりは喫緊の課題だ。
 新蛇田地区の災害公営住宅に暮らす増田敬自治連会長(64)は、危機感を強める。「災害公営住宅はもちろん、一戸建て住宅にも高齢世帯が多く、自治組織の結成や維持に難しさがある。10年、20年後の町を見据えた対策が必要だ」
<問題共有の場を>
 4月の市の高齢化率は29.52%だが、新蛇田地区の災害公営住宅居住者の高齢化率は34.7%と5ポイント以上高い。中には、50%に迫る住宅もある。
 高齢の独居世帯も多い。地区の三つの災害公営住宅の入居者のうち、高齢の単身世帯は18%に上る。孤立を懸念する声が既に出ている。
 市は市社協に委託して災害公営住宅で見守り事業を実施しているが、市内ではことし、2件の孤独死が見つかった。ともに1人暮らしの50代と60代の男性。比較的若く、支援を必要としなかったとみられる。
 市包括ケア推進室の担当者は「復興が進み、支援が先細りになるため、地域の住民らで支え合う仕組みが必要だ」と話す。
 増田会長は行政の制度設計に期待する。「植栽の手入れなど、地域の仕事に携わる人に少額の報酬を支払うシステムができないか。コミュニティーづくりはもちろん、生きがいの創出にもつながる」
 災害公営住宅に限らず、地区内に住宅再建した移住者や周辺に暮らす従来の住民とのコミュニティーづくりをどう進めるのか。自治連の内海徹事務局長は「住民や市、支援団体などで問題を共有できる場があるといい」と提案する。
[まちびらき]巻市が整備する集団移転地のうち、新市街地と位置付ける5地区は新蛇田、新蛇田南、あけぼの北、新渡波、新渡波西。一部で宅地や災害公営住宅を供給し始めたのを受け、復興状況を市民らに発信するイベントを開く。3日午前9時半〜午後4時に被災直後からの記録映像の上映や記念植樹のほか、地場産品販売や郷土芸能披露などがある。


ありがとう心の支え 津波「漂流犬」天国へ
 東日本大震災の津波で海に流され、3週間後に救助された宮城県気仙沼市の「漂流犬」が死んでいたことが分かった。復興事業関連の車両にはねられたとみられる。数奇な運命をたどった愛犬に、飼い主は「心の支えになってくれた」と感謝している。
 震災当時2歳の雌犬「バン」は、同市本吉町の団体職員小野寺賀代さん(57)が飼っていた。自宅が被災し、バンの行方も分からなくなった。
 2011年4月1日、海上保安庁のヘリコプターが気仙沼沖で漂流する住宅の屋根に犬を発見。首輪などからバンと確認され、小野寺さんと再会すると、盛んに頬をなめたり尻尾を振ったりしたという。
 自宅の修繕などに取り掛かり、「共働きでバンの世話をするのも大変だったが、前向きになれた」と小野寺さん。生活再建の道を一緒に歩んでいた。
 昨年1月、深夜に「ドン」と大きな音が聞こえた。自宅が面した国道45号は昼夜を問わず、復興事業の大型トラックや重機が往来していた。胸騒ぎを覚え、急いで外に出ると、バンが無残な姿で息絶えていた。
 悲しみから1年がたったことし初め、シバイヌを飼い始めた。小野寺さんは「バンに2度出合えたことに感謝し、心の中に思い出として大切にしまっておきたい」と目を潤ませる。


<福島県議選>脱原発一変 言及候補は一部
 任期満了に伴う福島県議選(5日告示、15日投開票)で、河北新報社は立候補予定者のリーフレットなどを基に、原発やエネルギー政策に関する訴えを調べた。東京電力福島第1原発事故から半年後に行われた前回選挙は「脱原発」一色だったが、今選挙で言及している候補は一部にとどまっている。
 10月27日までに立候補を表明した79人中、68人からリーフレットやはがきを取り寄せた。原発やエネルギーに関する政策を、「原発再稼働反対」「再生可能エネルギー推進」など5項目に分類した上で、党派別に分析した。
 集計結果は表の通り。全体の65%に当たる44人が5項目のいずれかに触れていた。「再生可能エネルギー推進」は41%の28人が記載。原発の再稼働反対を明記したのは10人(15%)だった。
 党派別は自民、公明で原発再稼働に言及した候補はいなかった。「再生可能エネルギー推進」は自民が31人中9人、公明は3人中1人が盛り込んだ。
 民主は13人中2人が「県内全基廃炉」の訴えを記載し、4人が「脱原発」を公約としていた。共産は5人全員が脱原発を記載した。
 無所属で「原発再稼働」に言及した候補は12人中1人。6人が「再生可能エネルギー推進」に賛成の立場を示した。
 リーフレットで原発政策に触れなかった自民現職は「県外原発の再稼働反対は県民共通の理解だ。あらためて載せる必要性は薄い」と説明。民主県連幹部は「県内原発全基廃炉などは県連が作成したマニフェストに明記している」と話す。
 原発・エネルギー政策以外では、風評被害対策をはじめとする復興施策や産業振興、子育て環境の充実などを取り上げる候補者が多かった。
 東北大大学院の河村和徳准教授(政治学)は「この4年間で、復興の課題は複雑化した。さまざまな課題が山積する中、脱原発のように賛否の分かれる問題にあえて触れる必要はないと考える候補者が多いのではないか」と分析する。


<やまがた新電力>脱原発の選択肢 災害は?
 都道府県が主導する全国初の地域電力会社「やまがた新電力」が9月30日、山形県と民間企業18社の出資で発足した。電力小売りが全面自由化される来年4月、県内の再生可能エネルギーで発電された電気を買い取り、供給する事業を始める。原発由来でない電力購入の選択肢が生まれ、再生エネの広がりに期待が高まるが、災害時に役立つとは言い切れず、設立効果に懐疑的な見方もある。(山形総局・宮崎伸一)
<6000世帯分に相当>
 「経営が軌道に乗り取扱量が増えれば、一般家庭への売電も検討する」。吉村美栄子知事は設立総会後の記者会見で、新電力の将来性に強い期待感を示した。
 新会社は資本金7000万円。県が2340万円を出資し、地方銀行、発電事業者、需給調整専門会社など18社が残りを負担し株主になった。
 太陽光、風力、バイオマスなどで発電された電気を年間2300万キロワット時買い取る方向で、県内の発電事業者13社と契約交渉中。一般家庭6000世帯分の消費電力に相当し、当面は70カ所の県有施設に供給する。
県内供給の0.3%
 買い取り価格と売電価格は当面、東北電力と同水準に設定し競争しない。ただ、発電事業者の売電先、県有施設の電力供給元は東北電から切り替えてもらう。
 東北電は顧客を奪われる形だが、山形支店の担当者は「電力小売り自由化で、さまざまな動きが出てくる。やまがた新電力もその一つ」と冷静に受け止める。東北電の県内供給量は79億キロワット時。新電力の規模はわずか0.3%に過ぎない。
 新電力の設立は、吉村知事が目指す「卒原発」の一環で、県エネルギー戦略に基づく。10月20日の定例記者会見で、知事は東日本大震災時に県内の約8割が停電したことに触れ「最大限教訓として生かすべきだ」と力を込めた。
 新電力の目的を(1)電力の地産地消(2)地域経済の活性化(3)災害対応力の向上−と説明。原発を含む県外の電源に依存せず、県内の再生エネで県内の消費電力を賄うことで、地域経済活性化と危機管理の二つを狙う。
<自前送電網なく>
 全国では群馬県中之条町が2013年に「中之条電力」を設立し、自治体の新電力に先鞭(せんべん)をつけた。その後も鳥取、浜松両市が相次いで参入し、少しずつ広がりを見せる。
 市民団体「やまがた自然エネルギーネットワーク」代表の三浦秀一東北芸術工科大教授は「震災以降、原発に頼らない生活を願う人が増えた。電気を選べる可能性が高まった意義は大きい」と新電力を評価する。
 ただ、設立目的の「災害対応力の向上」には懐疑的な声も上がる。新電力は自前の送電網を持たず、東北電と託送契約を結ぶためだ。災害で東北電の送電網が被災すれば、新電力は電気を届けられず、代替手段になり得ない可能性がある。
 自民党県議の一人は「設立目的の達成が見通せない中で、県が多額の税金を投じ新電力に乗りだす必要があるか」と疑問を呈する。
 吉村知事は「今すぐは災害対応力(の向上)につながらないが、第一歩にはしたい。災害時、地域で電力を自給自足する仕組みを一つずつ整える」と語った。
[山形県エネルギー戦略]東日本大震災の教訓を踏まえ、2012年3月に策定した。吉村美栄子知事が掲げる「卒原発」を具現化した政策。太陽光、風力、バイオマスなどの再生可能エネルギー導入を促進し、30年までに原発1基分に相当する101万キロワットの開発を目指す。電力のエリア供給システム構築も明記し、特定規模電気事業者(新電力)設立も事業展開のモデル例として挙げている。


女子高生が過疎地で奮闘 漫画で活性化熱く
 人口減少など地方都市が抱える課題を漫画を通して多くの人に考えてもらおうと、秋田市の漫画家こばやしたけしさん(43)が「地方は活性化するか否か マンガでわかる『地方』のこれから」(学研プラス)を出版した。インターネット上の連載が好評で書籍化した。
 架空の地方都市に暮らす女子高校生が主人公。高齢者が増えて出生率が減少することを新聞などで知り、地元の将来に関心を持つ。大学進学を期に首都圏を目指す友人や、経済的な不安で結婚相手探しに苦労する大人、若者が少ない地域や自治体が取り組む再開発など、身の回りのさまざまな課題に気付き、活性化に向けて奮闘するという内容だ。
 こばやしさんが地方活性化を題材に自身のブログで漫画の連載を始めたのは約2年前。衰退する地元の現状について友人たちと語り合った際、「どうしたらいいか分からない」という声が多かったことから、身近な問題として捉えられるよう漫画で表現することにした。
 ことし1月ごろからネット上で話題になり、アクセス数は280万を超えた。「手応えを感じた。出版は地方都市でもできると証明することで、クリエーティブな仕事を目指す若者にも影響を与えたい」と語る。
 四六判、199ページ。1080円。全国の書店やインターネットなどで販売している。


<集団移転>東松島、名称「野蒜ヶ丘」に
 東松島市の防災集団移転団地「野蒜北部丘陵地区」の名称が1日、「野蒜ケ丘(のびるがおか)」に決まった。野蒜、宮戸両地区の住民による名称案の公募や移転住民の投票などで、親しみやすさと新しさを兼ね備えた名前に落ち着いた。
 移転住民らでつくる野蒜北部丘陵振興協議会の臨時総会で、正式に承認された。協議会は住所表示を地区東部、中央、西部の各エリア順に「野蒜ケ丘1〜3丁目」としたい考えで、市議会12月定例会での審議を目指して市と調整を図る。
 協議会は7月に野蒜、宮戸両地区の住民から名称案を募った。集まった103点を10点に絞り込み、移転住民らの投票を経て9月に「野蒜ケ丘」に集約した。
 協議会の斉藤均会長は「野蒜を愛する気持ちがこもった名称になった。今後は移転団地と移転元の地域が一体となったまちづくりを考える」と話した。
 野蒜北部丘陵地区は、一戸建て用地278区画と災害公営住宅170戸が整備される市最大規模の移転団地。宅地と公営住宅の引き渡し完了は、それぞれ2016年11月と17年8月を見込む。


被災者の内陸定住/意向の把握きめ細かく
 3467人。岩手県沿岸で東日本大震災に遭い、県内の内陸に避難している被災者の8月末現在の数だ。県外への避難者も1594人に上る。
 県内の避難先は、盛岡市が最も多い1123人。北上市435人、花巻市413人、一関市396人、遠野市259人と続く。仕事の確保や子どもの通学、買い物に便利で、医療環境も整う都市部で暮らす人が多い。
 震災から間もなく4年8カ月。「沿岸の古里に戻らず、内陸部に定住したい」と考える被災者が一段と増えている。県のアンケートでは、内陸と県外への避難者のうち住宅未再建の約5割が、内陸部や県外での定住を希望した。
 こうした状況を踏まえ、県は内陸の災害公営住宅建設について、年度内に一定の方向性を打ち出す方針を示した。
 望郷と実生活のはざまで葛藤する被災者は多い。沿岸自治体は懸命に帰還を促す。ただ、避難の長期化に伴い、より現実的対応が求められていることも確かだ。
 県は災害公営住宅の内陸部への建設をめぐり、沿岸6市町と、県境を越えて一関市に約770人が避難する気仙沼市との協議に入っている。
 沿岸自治体には、避難者が戻ってこなくなることへの懸念がある。自治体の理解を得るのは言うまでもないが、避難者が求めるニーズをきめ細かく把握することが最も大事だ。突っ込んだ議論と万全の意向調査を通じて、建設の是非を判断してほしい。
 一つの指標になるのが県のアンケートだ。住宅未再建の内陸避難者を対象に1〜2月に実施した。「今住んでいる市町村に残る」が38.9%、「県内陸部に転居」は3.3%、「県外に転居」は9.9%で、計52.1%が沿岸部に戻らない選択を示した。
 内陸に災害公営住宅を建設した場合の対応も聞いている。「入居したい」は8.5%、「入居を検討」が6.4%、「建設場所など条件を見て検討」は27.2%で、計42.1%が入居に前向きだった。数字からは、内陸の災害公営住宅が被災者に一定の希望をもたらすことがうかがえる。
 仮に建設する場合、入居は内陸に避難している世帯に限定し、沿岸の災害公営住宅に入居希望を出している世帯は対象外にするなどの要件を想定する。被災者の混乱を招かない制度設計が必要だ。
 安倍政権は「被災者の心に寄り添い、スピード感を持って復興に全力を尽くす」と強調するが、被災地との間に感情的なずれが生じている印象は否めない。
 6月には被災地の反対を押し切って復興予算の一部地元負担を導入した。第3次改造内閣では再び、被災地選出ではない議員を復興相に起用した。率直な疑問を抱く被災者は少なくない。
 国の動きが鈍いのなら、被災地から積極的に働き掛けることが求められる。地元自治体は震災の風化にあらがい、国を揺り動かすような施策立案を続けるべきだ。
 岩手県が打ち出した内陸部への災害公営住宅の整備検討を、政権が言う「被災者の心に寄り添うスピード感」ある対応の一つと捉えたい。


河北春秋
 松島湾に浮かぶ大小の島々が色づいている。もちろん、代表的な景観を形づくる松林が紅葉しているわけではない。宮城県によると、一部の島で近年、広葉樹林化が進んでいる▼東北歴史博物館(多賀城市)の子ども向けシアターに、東北大の研究者が監修した『松島に松がはえた日』がある。柿の実の妖精コロリンが松島湾沿岸の植生の成り立ちをクイズ形式で解説してくれる。「大昔、一帯は雑木林に覆われていました…」▼それは、地層からコナラやブナの花粉が見つかっていることから明らかだ。ところが、奈良、平安時代になると木々は姿を消す。薪用に伐採されたとみられている。当時、盛んに生産されていたのは塩だ。沿岸の製塩遺跡は約140カ所に上る▼「国府多賀城の管理下、軍事用の塩を供給する一大生産地だったと考えられます」と博物館の学芸員。樹木は切り尽くされ、自然環境は激変する。薄い表土でも生え、風雪にも耐えられるのは、松に限られた▼現在の景観は人為的な影響が色濃い。松島町史によると、明治から大正にかけて、約1042ヘクタールの山野に松など83万本が植栽された。人の手が入らなければ、松林は次第に広葉樹林に変わる。名勝は有史以前の姿に戻りつつあるのかも。島々の紅葉を眺めていて、ふと思う。

【STAP問題】 「失望しています」小保方氏、早大博士号取り消しでコメント 代理人が会見「審査は不公正」
 早稲田大が2日、STAP細胞論文の著者の小保方晴子氏に授与した博士号の取り消しを正式決定したと発表したことを受け、小保方氏の代理人を務める三木秀夫弁護士が同日、大阪市内で会見。「失望しています。(審査は)不合格を前提とした手続きで、不公正なものだった」などとする小保方氏のコメントを発表した。今後、法的手段に訴えるかどうかは検討中という。
 小保方氏はコメントで、「大学の調査委員会に指摘された問題点をすべて修正して論文を再提出した」と主張。審査にあたる教官から「博士として認められないのは一連の業界の反応を見ても自明」と告げられ、「学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論」とした。
 また、三木弁護士は「小保方氏と同時期に問題があるとされた別の論文の著者が約200人いるが、部分的な修正だけで済まされており、ダブルスタンダードだ」と指摘した。
 一方、小保方氏は現在もSTAP細胞の研究に取り組むことを望んでいるといい、再提出した論文や関連データを今年度内に公開する意向という。


小保方晴子氏:再提出した博士論文など公開へ コメント全文
 早稲田大が発表した博士号の取り消しについて、小保方晴子・元理化学研究所研究員(32)が代理人を通じて発表したコメントの全文は以下の通り(原文のまま)。「当初から不合格を前提とした手続きだった。私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまった」と嘆きつつ、「今回再提出した博士論文や関連データを年度内をめどに随時公開する」と結んでいる。【中村美奈子/デジタル報道センター】
                             2015年11月2日
       今般の早稲田大学の決定について
                           小保方 晴子
 私は、学位論文について、実質的な審査対象論文と異なった初期構想時の論文を誤って提出したことに対し、論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えて頂きました。このため、大学設置の調査委員会によって指摘された問題点をすべて修正して論文を再提出したところ、このたび、前回の授与時判断と異なった結論を出されました。
 昨年、総長からは、指導過程および学位授与の審査過程に重大な不備・欠陥があったとの理由から、猶予期間を設けて論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えるとし、これが適切に履行された場合には取り消さず学位を維持する、とのご決定を戴きました。私はこれに従い履行したにも関わらずの今回の決定には失望しています。
 このような経緯の下での今回の判断は、総長のご決定の趣旨及びその背景にある大学調査委員会報告書のご意見に大きく外れるものであり、学位規則の取消要件にも合致しないものであると思います。
 前回の学位授与は、私の在学中に研究活動を指導し研究の進ちょく状況等の報告をさせて頂いていた教官の先生方らによって、正式な審査過程を経たうえで授与されたものです。しかし、今回の同じ研究科における再度の審査過程では、今回の修正論文は博士に値しないとされることは、前回の授与時判断と大きくかい離する結論であり、指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります。
 今回は、修正論文提出前から、担当教官によって、「今回は合格する可能性はとても低い」と伝えられ、不合格の理由においても、審査教官から「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論を出されたことは明らかです。また、今回の修正作業は、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出しておりましたが、ほぼ6年前の米国に保存されている研究資料を提出することなどを求められ、しかも厳しい時間制限等が課されるなど、心身への状況配慮などは一切なされず、むしろそれが不合格の理由にも採用されました。
 修正論文提出後、「審査教官とのやり取りは始まったばかり」との説明を受けましたが、一回のやり取りだけで不合格の判定をされ、それに対する私の意見も聞く耳を全く持って頂けない状況でした。これでは、当初から不合格を前提とした手続きであり、とても不公正なものであったと思います。この点については、大学にも改善をお願いしましたが、残念ながら聞き入れて頂けませんでした。
 博士論文の骨子となる内容はSTAP研究の足掛かりとなった研究成果であり、理研で行われた検証実験においても一定の再現性が認められているものです。
 博士論文執筆当時、この研究が広く役立つ研究に成長していく事を夢見て日々を過ごしていました。私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまいましたが、いつか議論が研究の場に戻る日を期待し、今回再提出した博士論文や関連するデータは年度内をめどに随時公開して参る所存です。                      以上


[子の性被害と貧困]「負の連鎖」断つ施策を
 児童ポルノや児童買春の調査で来日した国連特別報告者のマオド・ド・ブーア・ブキッキオ氏は記者会見で、日本の子どもの貧困が世界的に見ても深刻な状態にあることを示した。
 欧州評議会事務次長を務めた経験を持ち、性的虐待から児童を守る条約採択などに関わってきたブキッキオ氏。先進7カ国で唯一、児童ポルノ所持を規制していなかった日本でことし7月、改正児童ポルノ法が施行されたことを受け、現状を調査するため10月19日に来日した。
 ブキッキオ氏が今回調査地として選択したのは、東京など3カ所と那覇市だ。沖縄を選んだ理由を「首都の状況だけでは全体を見ることはできない。失業率や貧困率が高い沖縄に関心があった」と説明した。
 8日間の調査を終えて日本記者クラブ(東京)で会見に臨んだブキッキオ氏は「援助交際」「JK(女子高校生の略称)お散歩」と呼ばれる子どもの性を売りにした形態が日本にはいくつもあると指摘した。これらは子どもの性被害と直結しやすく「(日本には)こういった事態を受け入れてしまう社会の寛容性があるのではないか」と語った。
 印象的だったのは、ブキッキオ氏が「子どもの性被害の主要な原因を沖縄で目の当たりにした」と語ったことだ。それは「貧困」と「ジェンダー(社会的性差)不平等」であるという。
 同氏は、子どもの貧困と性被害の関わりの一例として、家族のアルコール乱用が起きたために、いたたまれず家出を繰り返す少女が、生きるため性産業にたどりついた事例を挙げた。
    ■    ■
 ジェンダーとの関係では、沖縄の失業率で、特に女性の失業率が高いことを指摘。そうした状況と沖縄での10代の妊娠・出産の多さが、子どもの貧困につながる「負の連鎖」を生み出しているとした。
 ブキッキオ氏が指摘する妊娠・出産の若年化はここ数年全国でも顕著な傾向を示している。厚生労働省の統計によると19歳以下の出産は1985年1万7877人をピークに2013年は1万2963人に減少したが、同じ時期の14歳以下の出産は23件から51件へ倍増した。15歳以下の人工妊娠中絶も12年度までの5年間で150件増え1476件となった。
 この傾向は、全国で格差・貧困問題が表面化した時期と重なるが、日本では子どもの性被害と貧困問題が関連付けられた個別のケースは散見されても、公的データは現在までに見当たらない。
    ■    ■
 ブキッキオ氏は「(子どもの性被害の撲滅には)根源的な原因究明が必須であり、それは日本政府と沖縄県の共同の責任であると思っている」と強調した。性被害の根底にある貧困問題に目を向けよ、とのメッセージである。
 性被害は、受ける被害の重篤さから「魂の殺人」ともいわれる。子どもの貧困を背景にそうした被害が繰り返されることは、何としても止めなければならない。実態を把握し、「負の連鎖」を断つ施策が急がれる。


警視庁辺野古投入 抗議行動の弾圧許されない。
 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設で、キャンプ・シュワブゲート前の抗議行動への警備活動に警視庁の機動隊百数十人が投入されることが分かった。現場では移設を阻止しようとする多くの市民が抗議行動に取り組んでいる。警視庁の機動隊投入が、こうした意思表示と表現活動を封じるための弾圧が目的ならば、断じて容認できない。
 政府は翁長雄志知事の埋め立て承認取り消しを「執行停止」にした上で、埋め立て本体工事の着手に踏み切った。本体工事が始まった10月29日からは連日、100人以上の市民がゲート前で抗議を続けている。
 30日には工事車両を止めるために路上に出ようとした男性が4、5人の警察官に押さえ付けられた。解放後に自力で立つことができず、救急車で搬送されている。警察官が男性の首元を足で押さえ付けていたとの証言もある。安全確保を逸脱した拘束があったなら問題だ。
 県警はゲート前の対応について「違法または危険な場合に市民に対して処置を行っている」と説明している。しかし現場ではこれまで、県警が説明する「処置」とは到底思えないことが起きている。
 ことし7月、ゲート前で抗議をしていた市民に対し、警察官が一人一人を指さしながら実名を呼び「採証」と発言して、部下に全員の顔写真を撮るよう指示した。「採証」とは警察が逮捕、摘発や裁判に備えるために証拠を集める行為を指す。さらに6月には機動隊の指揮官が市民に対して「犯罪者」と発言している。抗議行動を犯罪視して取り締まっていると受け取られても仕方ない。
 知事はことし1月、第11管区海上保安本部と県警本部の両本部長に対し「大変憂慮している。県民の安心安全を守ることを最優先にしてほしい」と異例の抗議と申し入れをした。
 政府は知事の承認取り消しを「私人」として執行停止を求め、その要求を同じ国が認めた。さらに代執行の手続きを進め、知事の承認取り消しを取り消そうとしている。沖縄の民意を無視することが法治国家のすることだろうか。圧倒的で強大な権力を行使して工事を強行する政府に対し、ゲート前の抗議行動は市民によるやむにやまれぬ最低限の抵抗だ。警視庁の機動隊によって弾圧されるようなことがあってはならない。


人模様:社内でゲイ公表し啓発活動 川田篤さん
日本IBM(東京都)のソフトウェア事業本部で部長を務める川田篤さん(54)は、ゲイであることを社内で公表した。「多様性こそビジネスの源泉」。そう確信し、同性愛者ら性的少数者(LGBT)に関する啓発に取り組む。
 大卒で入社以来、周囲には本当の自分を隠していた。2003年、米国で開かれたLGBT社員の国際会議に参加し、人事部だけに明かした。その後は同部の協力で講師を招き、社員向けのセミナーを開くなどの活動を続けてきた。
 今春、本業の業績が認められて賞を受けた際のスピーチで、ゲイであることを告白し、多様性を尊重する会社の文化によって成長できたと話した。体が震えるほど勇気が必要だったが、自身を偽っている負い目を払拭(ふっしょく)したかった。
 6日には同社などの主催で職場とLGBTをテーマにしたイベント「work with Pride」を東京都千代田区で開く。「正しく伝えれば世の中は変わる。LGBTが当たり前の存在となる社会が楽しみ」【藤沢美由紀】

疲れて部屋でのんびり/Toussaint

ブログネタ
フランス語 に参加中!
151022-2

Lettre d'amour - Déclaration : Tu me manques – cruelle distance
Que c'est difficile, tout à coup, de te savoir si loin quand nous nous sentons si proches ! Après ton coup de téléphone, je me suis sentie toute triste. Bien sûr, tu t'es montré contrarié de cette prolongation de séjour, mais en même temps, tu étais plutôt satisfait puisque cela prouve, si j'ai bien compris, que tout se passe bien pour toi et dans l'équipe. Et tu as raison !
Je me dis que ma réaction est ridicule. Je devrais montrer enthousiasme et patience, cela t'aiderait à encore mieux vivre ces quelques semaines. Mais en commençant cette lettre, je ne vois que la distance entre nous et elle me donne une sorte de vertige, comme si elle construisait une immense digue qui m'empêche de voir ton visage, ton sourire… Est-ce parce que nous nous connaissons depuis peu ? Est-ce que cela s'atténue avec le temps ??
Comment te dire que tu me manques, tout en t'exprimant cette immense confiance que j'ai en nous, en toi ? Je me suis plongée dans mon travail si prenant, je me suis mise à entamer d'énormes livres, je suis allée voir quelques films, mais c'était en attendant de te retrouver cette semaine. Comment ne pas être déçue ?
Alors, oui, patience, m'as-tu dit. Une fois passée cette sensation pénible, je vais me reprendre, mon amour. Sinon, tu vas me voir sous un jour peu réjouissant !
Promis, ma prochaine lettre absorbera la digue, adoucira la distance et te dira tout mon bonheur de te connaître. Promis !
Je t'embrasse aujourd'hui, avec un mélange étrange d'impatience, de tristesse et de confiance
フランス語
フランス語の勉強?
携帯電磁波の人体影響 (集英社新書)
矢部 武
集英社
2010-11-17


優れた取材で、日本の無策が浮き彫りに straysheep
通勤の電車の中で一気に読めた。非常に読みやすい。ジャーナリストとして長年数多くの取材にあたってきた著者の力量が発揮されているように思う。米国では携帯電磁波による健康被害での訴訟が数件あり、労災認定で勝訴した例も含まれているが、その原告である人たちが語る内容は、多くの日本人に驚きを与えるのではないだろうか。携帯電磁波の健康影響を探っている、著名な海外の研究者の証言や声も多く取り上げられている。重要な疫学研究の結果もわかりやすく要領よく紹介されていて、疫学にはじめて接する人でもつまづくことはないだろう。著者は自分の主張を読者に示そうとしているわけではなく、電磁波問題のいわば素人として、虚心に安全性について検討しようとしているのだが、そのことでかえって、日本が無策であることの深刻さが浮き彫りになっている。携帯電話を小さいときから無邪気に使う子どもたちの数を増やしこそすれ、将来に起こるかもしれない脳腫瘍などの被害への予防をまったく促そうとはしない日本の姿は、どうも世界の中でも特異であるようなのだ。多くの人にこの本が読まれ、現状を変えていくきっかけになればと思う。
サンデーモーニング
▽南沙で米中緊迫▽データ改ざんさらに▽辺野古で再び衝突 ▽タカV2で▽フィギュア羽生▽菊花賞▽世界体操で内村が▽風をよむ
関口宏 姜尚中 大宅映子 堤伸輔 青木理 岸井成格 橋谷能理子 唐橋ユミ 伊藤友里 水野真裕美 張本勲&山本昌 三枝成彰

テレメンタリー 「富士山は誰のものか〜世界遺産3年目の理想と現実」
世界遺産になって3年目の富士山。夏には2〜30万人が登り、山頂付近では渋滞も発生。ユネスコは来年2月までに「保全報告書」の提出を求め、その諮問機関イコモスの幹部は「入山規制」も検討すべきと話す。しかし、山小屋経営者からは、マイカー規制や入山料など強化されていく規制に「世界遺産は嬉しくない」との声も。そんな中、ふもとから5合目へと登る鉄道を建設する構想が浮上。保全と観光の両立は可能なのか、富士山は誰のものなのかを描く。静岡朝日テレビ
明日へ−支えあおう−「被災地 極上旅〜福島 いわき市〜」
原発事故の影響で、いまだ観光客離れに悩む福島県いわき市。起死回生を目指していわき市の女性たちが町の魅力を掘り起こした「裏マップ」がいま話題となっている。震災があったからこそ生まれた名所、味覚、そして人との出会いが満載。女優・秋元才加が、この地図を片手に旅をする。そこから見えてきたものとは…。被災地を深く知り、真正面から楽しむ“極上旅”へいざなう。
秋元才加, 畠山智之

NNNドキュメント シリーズ戦後70年 妹、和子より 
小山茉美 福岡放送
第二次世界大戦の激戦地だったフィリピン・レイテ島に戦後、約80回渡っている福岡市の88歳の女性。戦死した兄の面影を追いながら日本兵8万の慰霊を続けています。一方、この戦争では日本軍によって多くのフィリピン人が命を奪われました。憎しみの対象だった日本人。女性は長年の訪問の中で“過去”を乗り越え現地の人との間に強い絆を結んできました。「悲惨な戦争を繰り返さないために」戦後70年、女性の思いとは―。

ガリレオX #111「原発のゴミをどうするか?」
原発を保有する全ての国で大きな課題となっている使用済燃料による高レベル放射性廃棄物の処分問題。現在、処分方法としては廃棄物を地下深くに埋める"地層処分"が計画化している。日本ではその処分地をどこに設けるのかという問題について2015年度に「新たな方針」が打ち出された。世界に先駆けて処分地決定がなされたフィンランドの事例も踏まえつつ、原発のゴミにどのように向き合っていくべきなのか、打ち出された新しい方針の内容を検討しつつ、地層処分の現状と今後の課題を探る。
オルキルオト原子力発電 フィンランド雇用経済省  エウラヨキ町会議議長  栃山 修さん  近藤 駿介さん

目撃!日本列島「山へ 息子の面影を探して」
死者行方不明者63人。戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火。所清和さんは恋人と一緒に亡くなった息子の面影を探し、息子が生前に行った場所をたどってきました。きっかけは遺品のカメラから出てきた写真。恋人と一緒に写った息子の表情は、親にはほとんど見せることがなかった優しい表情でした。息子の成長を実感する前に亡くなった息子。喪失感を胸に面影を探す父の旅を追いました。
徳田章

ブラタモリ「#21 富士山頂」
「人はなぜ富士山頂を目指す?」をテーマに、霊峰富士に挑み続けてきた日本人の憧れと思いを、山頂に残るさまざまな痕跡からタモリさんが読み解いていきます。圧巻の雲海と雄大な火口にタモリさんも感動!山頂の神社で発見した江戸時代に山をめざした人たちの思いの痕跡とは?昭和のはじめに作られた測候所が今も現役な理由とは?最後に立ちはだかる急坂に、坂マニアのタモリさんもさすがに悪戦苦闘…。
タモリ,桑子真帆, 草ナギ剛

NHKスペシャル 私たちのこれから #雇用激変 〜あなたの暮らしを守るには〜
日本の未来の姿をシミュレーションし、対策を探る「私たちのこれから」。今回のテーマは「激変する雇用」。労働者派遣法の改正論議などが進む中、今、専門家たちが警告しているのが将来の日本に訪れるかもしれない「中間層が消えた活力なき格差社会」。それを招くのが現在進む雇用の「二極化」だ。低収入の非正規労働者が増える一方で、正社員は体を壊すほどの激務を強いられるという「働く人の二極化」。このままでは、老後破産が相次ぎ、それを支えるはずの社会保障が税収減から危機を迎えるという最悪のシナリオも浮上している。番組では雇用の現状を伝えるとともに、暮らしを守るために今からどんな手が打てるのか。新たな中間層を作るための「限定正社員」といった多様な働き方や、非正規の人々を支えるための「処方せん」を専門家や市民の討論を通して探る。また、放送中にスマホ・パソコン・データ放送から視聴者の皆さんに参加を呼びかける「視聴者ライブ投票」を実施、ツイッターやメールで寄せられる意見や質問も紹介、視聴者と一緒に考えていく。

テレメンタリー「“3.11”を忘れない59 花咲く田んぼ」
福島第一原発の20km圏内、来春には避難指示が解除される予定の南相馬市小高区。原発事故後の避難で荒れ果てた農地を前に、農家は3年半にわたって農業を取り戻すための挑戦を続けてきた。検査用の米作りから始めて、食べるための米を収穫するまでに至った。
しかし今、農家は米作りに代わる農業の模索を本格化させている。避難指示が解除される土地で、どうすれば採算がとれる農業が出来るのか。
挑み続ける農家の取り組みを追った。
福島放送

ETV特集 いのちを結ぶ手紙 いじめ自殺 21年目の対話
ことし7月、岩手県の中学2年の男子生徒が列車に飛び込み、みずから命を絶ちました。同級生からのいじめを苦にした自殺でした。「この20年、何も変わっていない・・・」。今回の事件に強い憤りを感じているのが、愛知県西尾市に暮らす大河内沈欧気鵝複僑杭弌砲任后
1994年11月27日、当時中学2年生だった息子・清輝君が、いじめに耐えかねてこの世を去りました。真実を明らかにしようとしない学校側の姿勢に不信感を募らせた大河内さんは、遺書を地元紙に公開。それは人々に大きな衝撃を与え、大河内さんの自宅には、いじめに苦しむ全国の子どもたちから1000通を超える手紙が寄せられました。
手紙をくれた子どもたちとの交流は、20年におよびます。今彼らは大人になり、親となった人もいます。痛ましい事件が繰り返されるたびに、大河内さんのもとには、かつて家を訪ねてきた子ども達から「いじめを受けた記憶がよみがえる」といった悲痛な叫びが寄せられます。いじめの傷は、長い時を経ても、癒えることなく深く刻まれたままです。
21年前、清輝君がみずからの命と引き換えに訴えたいじめの苦しみ。しかし、悲劇は後を絶ちません。大河内さんは旧態依然の学校や社会の姿に憤る一方で、子どもたちとの交流を重ねてきました。
手紙をきっかけに生まれた、いじめをめぐる対話の日々をみつめます。
柴田祐規子

NNNドキュメント 島が学校 〜ある女子高校生の離島留学〜
羽佐間道夫 日本海テレビ
島根県の隠岐に、東京の女子高校生が離島留学にやって来た!東京にはない美しい自然や地元の人とのふれ合いを通して彼女は成長を遂げていく。そんな島の秘密、それは島留学を受け入れる高校が島全体を学校とする独自の教育。生徒は全国から集まるようになり全学年2クラスにまで増えた。そして彼女たちは、地元の人たちにも影響を与え、人口減少が問題となっている離島が活気づいてる。小さな島で今、何が起きているのか?

サイエンスZERO「マリモ 球体の謎に迫る!」
北海道の阿寒湖に群生する丸い「マリモ」。しかし「球」という形は、内部に光が届かないため光合成の効率が非常に悪く、生物学上「ありえない形」と言われる。マリモは、いったいどうやって、何のために丸くなるのか?去年行われた調査で、阿寒のマリモが球化する詳細なメカニズムがついに明らかになってきた。世界で唯一、奇跡的に残されたマリモ群生地の神秘を詳細にひも解く。
若菜勇, 竹内薫,南沢奈央, 筒井亮太郎


疲れているみたいです.部屋でのんびり過ごしました.というか,録画して見ていない番組がたまっていたし・・・
フランスはToussaint,お盆みたいなものらしいです.

被災地に笑顔 プロマジシャン公演
 東日本大震災の被災地でボランティアを続ける東京のプロマジシャン「トリックマスター ソラ」さんの慰問公演が1000回を超え、宮城県気仙沼市の海鮮市場「海の市」で31日、記念公演があった。笑顔を届け続ける姿に、観客から多くの拍手が送られた。
 ソラさんは家族連れなど約40人を前に、風船がステッキになったり、金属の輪に時計や指輪を通したりする手品を披露。観客の目をくぎ付けにした。
 ソラさんは震災後の2011年5月から、被災地の仮設住宅や商店街、学校を慰問し、手品を披露している。今月中旬に東北6県での公演が1000回を記録した。被災地の中でも気仙沼市での公演が最も多いという。
 東京で生まれ育ったソラさんは「東北には縁もゆかりもなかったが、各地に友人ができた。ショーで観客の目が輝いているのを見ると、こちらが力をもらえる」と笑顔を見せる。
 公演で出会った人たちは2万人を超えた。「震災直後の大変な状況を知っているので、『魔法使い』として被災地に笑顔を届けたいという気持ちはいまも変わらない。2000回を目標に続けたい」と力を込めた。
 記念公演は11月3日まで海の市で開かれる。


気仙沼・防災集団移転、半数の造成完了
 気仙沼市が進める東日本大震災の防災集団移転促進事業は10月末で、47地区に整備を計画する944区画のうち500区画(53.0%、31地区)と半数以上の造成が完了したことが、市のまとめで分かった。宅地の引き渡しと住宅建設が進む一方、空き区画も生じており、市は近く希望者を再募集する。
 造成が完了した区画は3月末時点で10団地123区画だったが、4月以降に小泉町(68区画)や階上長磯浜(65区画)、所沢(45区画)など大規模な団地造成が完了。宅地の地盤強度に不具合が生じた11区画では補強工事を施した。
 引き渡し区画の住宅着工戸数は9月末で約280戸と、6月末の約160戸から急増。うち9月末までに70戸が完成し、被災世帯が新しい生活を始めている。
 市は造成工事を加速させ、2016年3月末までに全体の98.4%に当たる46地区で造成工事を完了させる見通し。残る南気仙沼(15区画)は、同地区の土地区画整理事業の遅れにより18年3月末に引き渡す。
 一方で、造成までに時間を要したことから、希望者が別の場所で自力再建したり、災害公営住宅への入居を決めたりして空きが生じた区画もある。市は6月に全体の造成区画数を996区画から944区画に減らしたが、それでも市によると「数十区画」(担当者)の空きが出ているという。
 市防災集団移転推進課は「造成工事は着々と進んでいる。空きが確認できた区画は年内に希望者を再募集したい」と説明している。


パグウォッシュ会議 きょうから長崎で開催
世界各国の科学者が核兵器廃絶について話し合うパグウォッシュ会議が1日から被爆地・長崎で始まります。日本での開催は10年ぶりで、核廃絶への道筋が見えないなか、被爆地からどのようなメッセージを打ち出すことができるか注目されます。
パグウォッシュ会議は、物理学者のアインシュタインらが核廃絶を訴える宣言を出したことをきっかけに、1957年、カナダのパグウォッシュに日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士や原爆の開発に加わった物理学者らが集まって以降、定期的に開かれています。日本での開催は10年ぶりで、ことしは被爆70年を迎えた長崎で初めて開かれ、およそ40か国から200人近い科学者らが参加します。
参加者は、1日、原爆で命を落とした父親をみずからだびに付した経験を持つ被爆者の男性から話を聞いたあと、議論に入ります。
会議では、世界の核兵器の大半を持つアメリカとロシアの政府高官を招き、核軍縮の見通しについて議論が交わされるほか、中東や北東アジアなどでの非核化の方策や核兵器の非人道性などについて話し合いが持たれます。
世界では1万5000発を超える核兵器が保有され、ことし国連本部で開かれた核軍縮に関する国際会議でも合意文書がまとまらず、核廃絶への道筋は見えないままです。
会議では、最終日の5日に、核廃絶に向けた「長崎宣言」が発表されることになっていて、被爆地からどのようなメッセージを打ち出すことができるか注目されます。


大阪ダブル選 橋下市長は何を問いたいのか
 大阪府知事と大阪市長の同日選に向けて、橋下徹市長がまたも、新党を旗揚げした。
 政界引退を表明し、政治家としては今後の責任を負わない立場での新たな行動であり、違和感を禁じ得ない。
 橋下氏と、維新の党を除籍された国会議員らが、国政政党「おおさか維新の会」の結党大会を開いた。橋下氏が12月の引退までの暫定的な代表に、松井一郎府知事が幹事長にそれぞれ就く。
 橋下氏は「地方から改革を進めて、日本の行政・統治機構を変えていく」と強調した。基本政策には、「大阪都」をつくり、「副首都」にすることなどを掲げる。
 大阪系の議員は、維新の分裂の方法などを巡って、残留組と泥仕合を続けている。新党に参加する国会議員は19人の見通しだが、一部は合流が遅れるという。
 この時期の新党旗揚げは、大阪ダブル選の投票が今月22日に迫っているためだ。5日に知事選、8日には市長選が告示される。
 ダブル選は、橋下氏らが擁立する独自候補と自民党推薦候補の対決が軸となる。民主、共産両党も自民系候補を支援する構えだ。
 橋下氏にとって、知事と市長の一方でも失えば、大きな痛手だ。結党大会で注目を集めて「改革勢力」を強調し、選挙を有利に運びたい。そんな思惑があろう。
 理解に苦しむのは、「大阪都」構想への再挑戦をダブル選の争点に据えようとしていることだ。
 大阪市民が住民投票で構想を否定したのは、わずか半年前だ。本来なら、敗北を総括して修正した構想を示すか、「二重行政の解消」という目的に向けて別の方策を模索するのが筋ではないか。
 構想の見直しを後回しにして選挙に臨む橋下氏は、市民に何を問うつもりなのだろうか。
 一方、攻勢をかけたい自民党もちぐはぐさが目立つ。
 自民陣営は、相次ぐ企業流出で地盤沈下の続く大阪経済の再生のため、政権政党として「国とのパイプ」を訴える戦略だ。
 だが、最近も松井氏が菅官房長官と会談するなど、橋下、松井両氏は安倍首相や菅氏との親密さをちらつかせる。松井氏は知事選に出馬予定で、自民党推薦の栗原貴子府議と対決するだけに、地元の党関係者からは不満が漏れる。
 橋下氏は2008年の知事当選後、勢力を拡大し続けてきた。大阪府、市の両議会では今、最大会派を占める。自民党がこの状況を転換したいなら、内輪もめをしている場合ではなかろう。
Le petit prince
On ne voit bien qu'avec le coeur. L'essentiel est invisible pour les yeux. (Le petit prince)
acces
  • 累計:

archives
commentaire
retrolien
谷口将隆 (あやのつぶやき)
大麻で逮捕
  • ライブドアブログ