フランス語の勉強?

août 2016

久しぶりにフランス映画/ダイアナの死から20年

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Japon : 11 morts à la suite du typhon Lionrock
Neuf corps ont été découverts à l'intérieur d'une résidence pour personnes âgées de la localité d'Iwaizumi assaillie par les eaux au passage du typhon.
Après le passage la veille du typhon Lionrock, onze personnes sont décédées, dont neuf résidents d'une maison de retraite, et plusieurs sont portées disparues dans le nord-est du Japon inondé.
Neuf corps ont été découverts à l'intérieur d'une résidence pour personnes âgées de la localité d'Iwaizumi assaillie par les eaux au passage du typhon, a précisé la police. Les télévisions ont montré des images aériennes du vaste bâtiment situé au bord d'un cours d'eau. ≪ La rivière Omoto située à proximité est sortie de son lit et a charrié des déchets, des branches et de la boue dans le bâtiment ≫, ensevelissant ainsi une partie de ses résidents, a expliqué un fonctionnaire de la protection civile. ≪ Nous essayons de déterminer l'identité des corps ≫, a déclaré un responsable de la police de la préfecture d'Iwate, Shuko Sakamoto.
Une femme âgée a par ailleurs été trouvée morte dans sa maison envahie par les eaux dans la ville de Kuji (préfecture d'Iwate) où les terres ont été submergées par les flots, selon des images télévisées. Un autre corps a aussi été découvert non loin de la maison de retraite inondée. Le puissant typhon Lionrock accompagné de pluies diluviennes a frappé mardi le nord-est du Japon, région sinistrée par le gigantesque tsunami de mars 2011. Lionrock, le 10e typhon de la saison en Asie, avait accosté dans la région d'Iwate en fin de journée après avoir longé la cote pacifique de l'archipel en direction du nord.
Entre 20 et 30 typhons par an
Lionrock a également provoqué des inondations dans la grande île septentrionale de Hokkaido, où une personne est portée disparue, selon les autorités locales. Au moins trois véhicules ont en outre chuté dans un cours d'eau lors de la rupture d'un pont, mais le nombre d'éventuelles victimes était inconnu. ≪ Dans la localité Minamifurano, le niveau de l'eau est encore très élevé et les sauveteurs tentent d'évacuer par hélicoptère plusieurs personnes montées sur le toit de leur maison ou sur leur voiture ≫, a déclaré un responsable de Hokkaido, Terumi Kohan. Le Japon subit plusieurs typhons par an, mais généralement ils se dirigent vers les îles méridionales ou, lorsqu'ils prennent la direction nord, ils accostent d'abord dans la partie sud ou sud-ouest de l'île principale de Honshu.
Lionrock, né le 19 août dans le Pacifique, s'est lui dirigé vers le sud, puis a soudainement fait demi-tour pour revenir vers Honshu, qu'il a contournée en partie, remontant jusque dans le nord de cette île principale. Après son passage sur la partie septentrionale de l'archipel, il a été dégradé en dépression et s'est combiné à une autre perturbation pour générer de fortes rafales de vent au-delà de la mer du Japon, près de la Corée du Nord et de la Chine, selon un responsable de l'agence nationale de météorologie. Un autre typhon, Mindulle, avait touché terre la semaine passée non loin de Tokyo avant de remonter plus au nord. Il avait tué une personne et blessé une soixantaine d'autres. Entre 20 et 30 typhons balaient chaque année l'Asie, la moitié environ affectant le Japon.
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NHKスペシャル ディープ・オーシャン▽潜入!深海大峡谷光る生物たちの王国
新たな深海の大冒険が始まる!世界で初めてダイオウイカを撮影したNHK深海取材班が再集結。新開発の超高感度・撮影機器とともに、北米モントレー湾に潜航、世界初の発光生物の生態撮影に挑む。深海一の魔魚デメニギスも登場。頭が透明で、緑色の目で真上をじっと見上げる奇想天外な姿になぜなったのか?そこには、光をめぐる進化の闘いが隠されていた。光らなくては生きられない、深海に生きる宿命を解き明かす。
久石譲 三宅民夫,久保田祐佳

内田樹 @levinassien
新潟県知事の話について新潟の友人からいろいろ裏話をお聞かせ願いました。東電は新潟日報に最近全面広告を5回も出しているそうです。一回1000万円とか。再稼働の可否は東電にとって兆単位の利益にかかわる経営問題ですからそれくらいの出費はなんてことはないでしょう。日本てもう真っ黒ですね。

久しぶりに天満にフランス映画を見に行きました.今回は軽い映画なので気楽でした.でも映画のフランス語はあまり聞き取れません.もっと勉強しないとね・・・
今日は8月31日.ダイアナがパパラッチに追われて亡くなってから20年です.

震災2000日 灯ろうで追悼
東日本大震災の発生から30日で2000日がたちました。
石巻市では2000個の灯ろうに火がともされ、犠牲になった人たちへの追悼と復興への思いを新たにしました。
これは震災の発生から2000日になるのにあわせて、地元の実行委員会が企画したものです。
会場となった石巻市門脇地区の「がんばろう! 石巻」と書かれた看板の前には、県内外から多くのボランティアが集まり、2000個の灯ろうが並べられました。
そして、灯ろうに火がつけられると訪れた人たちは、揺れるあかりに照らし出されたかつてのまちの跡を見ながら、静かに追悼の祈りをささげていました。
当時6歳の娘を亡くした佐藤美香さんは「娘と会えなくなって2000日もたったのだと思いましたが、悲しみや教訓を忘れないように語り継いでいきたいという思いを強くしました」と話していました。
この催しは31日夜11時まで行われています。


今夜 2千日追悼の灯り ボランティアら灯ろう制作
 東日本大震災から2千日が過ぎた31日午後5時、石巻市南浜町の「がんばろう!石巻」看板周辺で追悼行事が行われ、復興に向けて歩んできた日数と同じ数の灯ろう2千個に火がともる。この日は午前から会場にボランティアらが集まり、夜の点火に向けて灯ろう作りと設置作業を進めた。
 市民有志による実行委(黒澤健一委員長)が「2000日追悼の灯り」と題して実施する。震災犠牲者に祈りを捧げ、復興への思いを新たにする。
 平成25年12月5日には今回の実行委とほぼ同じメンバーで「1000日の追悼」を開催した。今年4月11日に新たな看板を石巻南浜津波復興祈念公園内(32年度完成)に移設。1千日目の時とは異なる2代目看板が照らされる。
 31日の追悼の祈りは午後11時までの予定。8時からは石巻きぼうゴスペルクワイアによる追悼コンサートも開催する。黒澤さん(45)は「区切りではなく、1日1日を一生懸命に生きて迎えた日。震災で亡くなった人への思いとともに大切な日にしたい」と話していた。


<震災資料廃棄>市民ら再検証陳情
 東日本大震災で被災した名取市閖上地区を巡る津波訴訟の提起後、市の第三者検証委員会が閖上地区の被災状況をまとめた報告書の基礎資料が廃棄された問題で、訴訟を支援する会のメンバーら市民有志が30日、犠牲者が多数に上った原因の再検証を求める陳情書を市議会に提出した。
 支援する会の杉本正勝会長ら3人が郷内良治議長を訪れ、陳情書を手渡した。(1)防災無線の故障原因とマニュアル通りの避難誘導ができなかった原因の究明(2)基礎資料の廃棄処分の事実解明と責任追及−などを求めた。
 郷内議長は「市議会に陳情内容を所管する常任委員会はないが、いずれかの委員会で審査しなければならない」と述べた。
 支援する会は31日、山田司郎市長にも同趣旨の要望書を出す。
 検証は市が2013年7月、一般社団法人「減災・復興支援機構」(東京)に事務局運営を委託。機構は14年4月に報告書を市に出したが、情報漏えいの危険性を理由に15年5月、独断で基礎資料を廃棄した。


津波で失われた4集落残したい 模型で再現
 東日本大震災の津波で甚大な被害を受け、災害危険区域に指定された宮城県石巻市大川地区の尾崎、長面、釜谷、間垣の4集落の住民有志が神戸大などの協力を得て、震災前の街の様子を模型で再現する事業を進めている。かつての街並みを住民の記憶にとどめ、後世に伝えるのが狙い。本年度中の完成を目指す。
 取り組みは、神戸大大学院の槻橋修研究室が中心となり、陸前高田市やいわき市など岩手、宮城、福島3県の約50地区で行われている「『失われた街』模型復元プロジェクト」の一環。
 今回は、釜谷地区行政委員を務める阿部良助さん(69)の声掛けがきっかけとなった。阿部さんは震災で大川小に通う孫2人を亡くしており、「街の記憶を残したい」との思いを行動につなげた。
 阿部さんは長面地区でカフェを運営する一般社団法人「長面浦海人(うみびと)」に相談。槻橋研究室が手掛けるプロジェクトを知り、同法人が取り持つ形で実現した。
 学生らが住民に聞き取り調査し、釜谷・間垣地区と尾崎・長面地区の二つの模型を作る。16日には市内の河北三反走、追波川河川両仮設住宅で、神戸大の大学院生による住民説明会があり、計約20人が参加した。
 住民は模型の大きさが一辺数メートルになることや、出来上がった模型に自分たちで色付けする作業工程の説明を受けた。
 参加者から「大川中も復元してほしい」との意見が出され、計画に反映される。大川小のある釜谷・間垣地区は11月、尾崎・長面地区は来年3月の完成を予定している。
 阿部さんは「プロジェクトによって被災者の気持ちが少しでも救われるのではないか。離れ離れになった住民が集うきっかけになればうれしい」と語った。


<ポケGO>被災地誘客 宮城県3000万円計上
 宮城県は30日、スマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」のイベント開催や、珍しいポケモンを出現させるシステム改修など関連経費3000万円を、県議会9月定例会に提出する2016年度一般会計補正予算案に計上する方針を固めた。東日本大震災で被災した沿岸部への誘客を促し、観光復興につなげるのが狙いだ。
 県内で10月に開くイベント費用として1000万円を計上。ポケモンのゲームで遊ぶ広場を開設し、被災3県と熊本地震被災地の熊本県の特産品を販売するブースも設け、数万人規模の参加者を呼び込む。
 愛好者に被災地を周遊してもらうための広報宣伝費は1500万円。ゲーム上でアイテムを入手できる「ポケストップ」を示した被災地の周遊マップを作製する。ポケモンGOの公式ホームページやポケモン関連のテレビ番組で被災地の取り組みをPRする。
 被災地限定のポケモンなど、ゲーム運営会社ナイアンティック(東京)へのシステム改修費にも500万円を盛り込んだ。県は北米や欧州でしか出現しないポケモンを、期間限定で被災地に出してもらうよう同社に提案している。
 ポケモンGOは、スマホの位置情報機能を使い、屋外を歩きながらキャラクターを捕まえたり、戦わせたりするゲーム。1カ月間で最もダウンロードされたモバイルゲームとしてギネス世界記録に認定されるなど、社会現象となっている。


「帰りたい」住民に壁 南阿蘇村・立野地区
 熊本地震で土砂崩れが多発し、住民が長期避難を余儀なくされている熊本県南阿蘇村立野地区。住民の仮設住宅入居は進むが、地区に戻って生活を再建するには多くの課題が立ちはだかっている。
 地震前、347世帯863人が暮らしていた同地区。土砂崩れと家屋倒壊で3人が死亡した。村で唯一、黒川右岸にあるが、村中心部につながる阿蘇大橋が崩落したため、住民の多くは隣接する大津町などに避難。村は同町内3カ所に仮設団地を整備した。
 県や村が6月に実施した住民アンケートでは、「立野に帰りたい」という意見が回答の6割を超えた。一方、帰る条件として「水道の復旧」「砂防・治山施設の整備」「道路や橋の復旧」を求める声が多かった。
 地区では今も全世帯で断水が続いている。対岸の水源からの送水管が、阿蘇大橋と一緒に崩落したからだ。
 村は、阿蘇大橋の上流約700メートルの橋場橋を経由する復旧ルートを検討。しかし、この計画は、地震で崩落した国道57号に送水管を新設しなければならず、国道復旧がいつになるか分からないという問題を抱える。
 そのため村は、国土交通省立野ダム工事事務所が工事用水を確保するため地区内で実施しているボーリングに着目。水量や水質が良ければ応急的に各世帯に送る案を検討している。しかし、立野は地下水が豊富ではなく、岩盤が厚くて掘削が難航しているという。
 「戻りたいが、土砂崩れの再発が怖い」と訴える住民は多い。県は5月下旬、新たな崩壊を防ぐため、地震で崩れた斜面の中腹4カ所に高さ10〜14メートル、幅75〜170メートルの堰堤[えんてい]を設置する緊急事業に着手した。来年度末までの完成を目指す。
 生活再建には、道路の復旧も欠かせない。地震で崩落した阿蘇大橋や国道57号の復旧が見通せない中、住民らが対岸へのルートとして期待を寄せるのは、阿蘇大橋の下流に架かる阿蘇長陽大橋(全長276メートル)の早期復旧だ。
 阿蘇長陽大橋を含む村道約3キロの復旧工事を代行する国交省立野ダム工事事務所によると、橋桁を支える橋台が約2メートル沈下。橋桁などにひび割れが生じているが、架け替えでなく補修による工事を検討している。
 ただ、区間内にもう一つある戸下大橋(全長380メートル)は一部の橋桁が崩落するなどしており、部分的な架け替えが必要。同事務所は「完成時期は未定」としている。
 村は、年内に村復興計画を策定する方針。住民の意向を踏まえて安全性が確保できれば、地区内での災害復興住宅の建設も検討する。地区の生活再建を支援する県のプロジェクトチームと協力し、年明けにも住民説明会を開いて砂防事業などの見通しを示した上で、再アンケートを実施する計画だ。しかし、所在がつかめない住民もおり、意見集約のための連絡手段も課題。所在の確認を進めている。
 浅尾鎮也総務課長は「皆さんが安心して元の生活に戻れるよう、早期の水道復旧と安全性の確保に努めたい」と話している。(富田ともみ)


<台風10号>東北太平洋側 初の直接上陸
 大型の台風10号は30日午後6時ごろ、暴風域を伴ったまま岩手県大船渡市付近に上陸した。台風はその後、強い勢力を保ちながら東北を縦断し、日本海に抜けた。広い範囲で非常に激しい雨となり、太平洋側の海上は猛烈なしけとなった。仙台管区気象台によると、東北の太平洋側に直接上陸するのは1951年の統計開始以来初めて。
 管区気象台によると、宮古で30日夕に80.0ミリの1時間雨量を記録し、地点の観測史上最大を更新した。降り始めから30日午後10時までの総雨量は青森市酸ケ湯248.5ミリ、岩手県久慈市下戸鎖278.5ミリ、岩手県岩泉248.0ミリ、岩手県宮古市刈屋226.5ミリ、宮城県丸森町筆甫195.0ミリ、仙台市泉ケ岳142.0ミリ、宮城県白石111.0ミリなど。
 各地の30日午後8時までの最大瞬間風速は宮古37.7メートル、岩手県遠野31.1メートル、宮城県石巻30.9メートル、宮城県女川27.0メートル、宮城県気仙沼と宮城県丸森26.3メートルなど。
 気象庁によると、台風10号は31日午前0時ごろ、温帯低気圧に変わった。
 管区気象台によると、東北の海上では、北部を中心に31日昼前にかけて大しけとなる。
 これまでの雨で地盤の緩んでいる所や増水している河川があることから、管区気象台は崖崩れや河川の氾濫などの恐れがあるとして、引き続き警戒を呼び掛けている。
 台風10号は八丈島近海で発生し、いったん沖縄・南大東島の南海上まで進んだが、高気圧などの影響で反転する異例のコースをたどり、30日午後6時ごろ上陸した。


<台風10号>岩手3市町で集落孤立
 台風10号は30日、暴風域を伴い東北に上陸して縦断、被害をもたらした。宮城県名取市で1人、青森県八戸市で2人がけが。岩手県では釜石市、遠野市、岩泉町の一部で集落民家が孤立した。岩手県8市町村が避難指示を、青森県9市町村と岩手県12市町村、宮城県丸森町がそれぞれ避難勧告を出した。
●避 難
 岩手県災害対策本部によると、釜石市橋野地区で、鵜住居川の水位上昇と土砂流出で道路が寸断され、住民66世帯142人が孤立状態となった。岩泉町のホームセンターでは床上浸水し、店員2人が孤立。それぞれ陸上自衛隊に災害派遣要請した。
 遠野市では恩徳、一ノ渡など4地区が孤立。岩泉町二升石(にしょういし)地区でも民家1棟が孤立し、4人が2階に避難した。同地区では1人が川に流されたとの情報があり、消防が救助に向かった。
 避難指示は宮古、釜石、遠野、大槌、住田、一戸、野田、普代の8市町村の1万5312世帯3万3624人が対象。宮古市は全ての仮設住宅235世帯614人に避難を指示した。
 宮古市田老の仮設住宅から近くの体育館に避難した宮森チサさん(84)は「住んで5年以上になるが、仮設では不安だ」と話した。
 岩手県で約20万7000人、青森県で約25万7000人に避難を勧告した。このうち八戸市は全域の23万4585人。石巻市は14カ所に避難所を設け、住民が身を寄せた。
 東日本大震災で自宅を失い、高台に再建した陸前高田市の吉田とくへさん(83)は市内の市の施設に自主避難。「安全な所に家を建てたが、今度は山津波が心配」と不安げに話した。
●被 害
 宮城県名取市増田3丁目の女性(75)が30日午前11時ごろ、突発的な強風により、自宅マンションのドアに左手を挟まれ、中指を切断する大けがをした。
 青森県八戸市の40代女性が自宅敷地内で風にあおられて転倒し、軽いけが。同市の60代男性も自宅の高さ約3メートルの屋根で作業中に転落し、右腕と腰を打った。
 福島県相馬市の松川浦漁港では護岸工事用の高さ5.4メートル、長さ40メートルの足場が転倒。陸前高田市ではトタン屋根が飛ばされた。いずれもけが人はなかった。
 規制雨量を超えた宮城県石巻市と女川町の県道牡鹿半島公園線(コバルトライン)は一時、全面通行止めとなった。福島市飯坂町の国道399号は一部で道路が崩落して通行できなくなった。復旧のめどは立ってない。
 ほかに、気仙沼市港町の交差点で水があふれるなど道路の冠水や通行止め、倒木が相次いだ。
●交通機関・電力
 JR東日本によると、新幹線は東北、北海道、秋田新幹線で上下計51本が運休し、約2万5500人に影響した。
 空の便は仙台空港の58便をはじめ、青森、花巻、山形、福島など各空港で欠航した。
 東北電力によると30日午後9時現在、東北6県で延べ8万3196戸が停電した。内訳は青森3万8219戸、岩手3万4716戸、秋田2349戸、宮城5194戸、山形1162戸、福島1556戸。


<台風10号>岩手津波被災地 浸水、孤立続く
 観測史上初めて東北の太平洋側に直接上陸した台風10号の激しい風雨から一夜明けた31日、岩手県沿岸では複数箇所で浸水が続いたほか、孤立が解消されない集落もあった。
 冠水した宮古市中心部では同日未明から水が引き始めたが、所々で水が残り道路は泥だらけになった。住民らはうんざりした表情でほうきでかき出したり、水で流したりした。
 同市向町では一時、大人の肩ほどの高さまで泥水が押し寄せた。家が膝上まで浸水したという吉田康子さん(46)は「この辺は冠水しやすい場所だが、まさかここまで来るとは。気付いたら道がふさがっていた」と言う。
 家は東日本大震災の津波で被災し、2011年暮れに改修した。「生活を立て直したのに、またかという思い。家の中の泥の後片付けは気がめいります」と途方に暮れた様子だった。
 釜石市橋野町では市街地と結ぶ唯一の県道が、並行する鵜住居川の水流で約70メートルにわたってえぐられ、車両が通行できなくなった。隣の遠野市に抜ける笛吹峠も通行止めとなり、3地区の66世帯142人が孤立状態になっている。
 中村地区の町内会長八幡哲夫さん(66)は「高齢者が多く、寝たきりの人もいる。道路が復旧しないと病院にも行けず不安だ」と話した。


「1000円ランチ」女子高生をたたく日本人の貧困観
藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事
貧困バッシング(1)
 貧困について語り、NHKニュースで取り上げられた女子高生に対するバッシングが止まりません。ネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)には「貧困をたたいてるんじゃない、貧困のふりをしてることをたたいているんだ!」「映画やランチを楽しんでいるのに貧困? 支援? ふざけるな」「NHKは捏造(ねつぞう)をやめろ」といった声があふれています。
 18日放送のニュースで女子生徒は、母子家庭の経済事情で専門学校進学をあきらめたことを明かしました。
 アパートの部屋に冷房がないこと、パソコンの授業のために母にキーボードだけを買ってもらって練習したことなど、番組は母と2人暮らしの女子生徒の暮らしぶりも伝えました。その映像にイラスト用の高価なペンが映ったことから、女子生徒のものとされるツイッターが特定され、1000円の昼食を食べていたこと、好きな映画を見に行っていたことが攻撃されました。
 女子生徒をたたく人たちは、「彼女は本当の貧困ではない。飢餓寸前になるまで助けるべきではない」と主張しているように見えます。ある国会議員もその論調に乗ったツイートをしました。ここに、貧困問題を考える上で重要なポイントがあります。
 つまり、「貧困とはどのような状態を指すのか」「貧困であるかどうかを決めるのはいったい誰か、そしてその基準は?」という問題です。
その社会の「普通の暮らし」ができているかどうか
 「貧困」の言葉から何を想像するかは人それぞれですが、多くの人は、貧困とはものを食べられず、服も買えず、住むところにも困っているという状態をイメージするでしょう。
 このように、肉体・生命維持で精いっぱいの極限状況を「絶対的貧困」と呼びます。発展途上国で見られるタイプの貧困で、国連は、低所得、栄養不良、健康不良、教育の欠如など、とうてい人間らしく生きられない状態と定義しています。
 貧困について、特に欧州では、19世紀半ばから議論が始まりました。絶対的貧困は社会が対応しなければいけないという認識が広がり、20世紀に入ると、社会保障で貧困をなくす動きにつながりました。その意味では、先進諸国では絶対的貧困は解決された、とも言われています。
 1960年代になって、英国の社会学者ピーター・タウンゼントが「相対的剥奪」(Relative Deprivation)という概念を提唱しました。「最低限のものを食べられて、着る服があれば貧しくないのか、人間的な生活と言えるのか」と問題提起をしたのです。これが「相対的貧困」という概念です。
 タウンゼントはいくつかの「剥奪指標」を示しました。ちゃんと食事をしているか、外食をしているか、友人関係を維持しているか、習い事や教育にお金をかけているかといった指標です。
 冷蔵庫を持っているか、ホームパーティーを開いているか、という項目もありました。国によって違いますが、通常の人が享受しているこれらの指標がもし剥奪され、その社会の人間が考える「普通の暮らし」ができていなければ、その人は「相対的に貧困である」と考えられます。
 社会生活から剥奪されたものをとらえ、先進国の貧困、普通の暮らしを定義しようとしたわけです。そして、国民の半数から60〜70%ほどが実現している指標が欠けている場合、何らかの支援、所得補償が必要と判断されます。
 この概念は「貧困を再発見した」と言われました。欧州ではこうした議論が半世紀以上続き、貧困を巡る議論はすでに成熟しています。絶対的貧困と相対的貧困の混同は起きません。
「支援を受けたいなら貧乏人らしくしろ」は傲慢だ
 ところが、今回の貧困バッシングでは、女子生徒の1000円ランチがたたかれました。「貧困であることをアピールし、支援を求める高校生がランチに1000円もかけるとは何事か」という偏狭な批判です。貧困なのだから映画を見てはいけない、アニメグッズをそろえてはいけない、と求める批判者は、支援されるべき貧困を「絶対的貧困」と考えています。そして、「貧しい者は貧しくしていろ」という懲罰的態度を無自覚に相手にぶつけています。
 「貧乏人は貧乏人らしく」という目線は、貧者を「劣った者」と見なし、隔離した16世紀英国の貧者隔離思想に近いものです。
 昔の英国社会では貧困は罪でした。本人が怠惰で、なまけていて、努力する意思もないから貧しくなったのだと見なされました。貧困の「個人原因説」です。貧困者はムチで打ってでも働かせるべきだと考えられ、懲役にも近い形の収容所に送り込まれていたのです。
 日本の憲法第25条は、相対的貧困の考え方を先取りする形で、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とうたっています。にもかかわらず、日本ではいまだに貧困バッシングが続いています。2012年の生活保護バッシングでも同じことが起きました。


ブルキニ騒動 人権大国らしからず
 イスラム教徒女性の水着「ブルキニ」をめぐり、フランスの自治体が相次ぎ禁止としたのは間違った対応だ。無効とした司法の判断に従うとともに今、本当に成すべきは何かを議論するべきだろう。
 自治体側は禁止理由を「挑発的な宗教活動」と決め付けるが、それではイスラム教徒への差別や憎悪を助長し、社会の分断を深めるだろう。かえってテロを誘発しかねず、人権大国らしからぬ勇み足と言っても過言ではあるまい。
 ブルキニとは、ムスリム女性の全身を覆う着衣「ブルカ」と水着の「ビキニ」を合わせた造語。頭から足首までつながった水着で髪や肌の露出を抑えつつ、体の線も出ないようゆったりしている。数年前に登場し、英国などでは非イスラムの女性が体形を隠すためや日焼け防止に着る場合もある。
 政教分離を国是とするフランスは、イスラム教徒のシンボルであるスカーフの着用を公立学校などで禁止し、顔まで覆い隠すブルカは公共の場で禁止している。
 問題のブルキニについては「イスラム国」(IS)などによるテロが頻発したことを受けて南仏の自治体が海岸での着用禁止に踏み切り、罰金を科したりビーチから追い出したりする例が起きた。七月にトラック暴走テロが起きたニースも禁止を決めた。
 しかし、ブルカと違い、顔を覆っていないブルキニの禁止には「人権侵害だ」とする論調もあった。イスラム教徒らが禁止令の差し止めを求めたのに対し、行政裁判で最高裁にあたる国務院は「基本的自由に対する深刻かつ明白な侵害だ」と断じたのである。
 判断は南仏の一自治体に対するもので、一部の自治体は撤回しない考えを示し、右派の政治家の中には禁止措置の法制化を目指す声もある。短絡的な禁止措置は問題をより困難にするだけだ。
 フランスはイスラム圏旧植民地からの移民が二世、三世になり、国民の十人に一人の割合にまで達する。だが、移民への配慮を欠いた強引な同化政策が機能せず、しゃくし定規に政教分離を唱えても社会の分断を深めるばかりだ。
 本来の人権大国の理念に立ち返り、移民を含めた国民の融和を進めることこそが望まれている。


警察隠しカメラ 違法捜査の背景解明を
 今夏の参院選をめぐり、大分県警別府署の署員が野党の支援団体などが入居する建物の敷地内に無断で入り込み、隠しカメラを設置していた問題で、県警が同署の捜査幹部ら4人を建造物侵入の疑いで書類送検した。刑事部門トップの刑事官が発案し、誰も異を唱えることなく実行するというあきれた事態である。
 参院選大分選挙区では、野党統一候補の民進党現職と自民党の新人候補が激戦を繰り広げ、民進党現職が勝った。
 送検容疑は公示前の6月18〜21日に、刑事課署員2人がカメラ2台を取り付けるなどの目的で、計7回にわたって無許可で敷地内に侵入したというものだ。公示後の同24日にカメラが発見されるまで、出入りする人たちを撮り続けたことになる。
 送検されたのは設置した2人のほか、上司の刑事官と刑事2課長である。署長と副署長も監督責任を問われて訓戒の処分を受けた。
 撮影は、徴税担当の自治体職員など公職選挙法で選挙運動を禁じられている特定公務員の行動を確認するためだったという。県警は「建造物侵入罪に当たる違法行為の上、他人の敷地内を撮影する必要性や相当性もない」と、不適正な捜査と認めて陳謝した。
 カメラの使用は署内の協議の際に刑事官が発案したという。県警によると、捜査でのカメラ使用はプライバシー侵害の度合いや捜査上の必要性・相当性を具体的に検討して判断する。このため、使用する際には県警本部に報告するよう会議などで各署に指示していたという。
 にもかかわらず、報告義務を負う刑事2課長は話を本部に上げず、その日のうちに署員がカメラを取り付けた。翌日、設置状況を聞いた刑事2課長は建造物侵入の疑いがあると認識したが、「いまさら本部に報告しても認められない」と放置した。他の3人も違法だという認識はあったとされる。
 違法性が分かっていながら、なぜ直ちに中止しなかったのか。理解に苦しむ。
 県警が説明しているように、特定の人物が監視の対象だったとしても、実際には出入りする不特定多数の人々が記録されている。市民のプライバシーや思想・信条の自由を侵害しかねない由々しき問題である。
 該当する捜査員の認識の甘さは言うまでもない。それにとどまらず、「他にも同じようなことが行われているのではないか」との懸念を国民に持たれたとしても、無理からぬことだろう。
 警察庁は、全国の警察にカメラの適正使用を徹底するよう通達した。信頼回復や再発防止の観点からも、警察には一連の経緯や背景などについてさらに十分な説明を尽くすよう求めたい。第三者による徹底した検証も検討すべきだろう。今回の処分をもって、全て幕引きというわけにはいくまい。


もんじゅ存廃議論 原子力行政の転換につなげたい
 原子力規制委員会から運営主体変更を勧告された高速増殖炉もんじゅ(福井県)の存廃議論が、大詰めを迎えた。所管する文部科学省が、日本原子力研究開発機構に代わる運営主体を決められない中、官邸レベルで政治決着させる動きが出てきた。
 速やかに廃炉を決断するよう安倍晋三首相に促したい。規制委が指摘したのは、最も重視されるべき安全意識の欠如だ。昨秋の勧告から9カ月が過ぎても実効性ある改善策が示されない以上、見切りをつけるのは政治の当然の責務といえる。もんじゅが中核を担ってきた核燃料サイクル政策を含め、原子力政策の転換につなげる必要がある。
 文科省は有識者検討会で議論を重ねたものの、座長を務めた有馬朗人元文相が「(運営主体は)政治判断に任せる」と発言するなど深入りは避けた。もんじゅは一般の原発とは異なるノウハウが求められる。受け皿探しを丸投げすること自体に無理があったと言わざるを得まい。
 その後、原子力機構からもんじゅの関係部門を切り離して新法人を設立する検討を進めてはいる。実務を担う態勢に大きな差異はない。看板掛け替えによる延命としか映らず、結果的に「官邸案件」への移行を加速させた。当事者能力のなさを露呈した文科省に猛省を促す。
 すでに1兆円超の国費が投じられ、廃炉には30年間で約3千億円かかるとの試算がある。一方、存続には年間200億円の維持費をはじめ安全対策費、燃料工場改造費など総額4千億〜5千億円かかると見込まれることが分かった。追加費用がかさむ可能性もある。それだけの巨費をかけても、実用化できる保証はどこにもないのだ。
 廃炉とともに、政府が固執する核燃サイクル政策の抜本的見直しも求めたい。経済産業省は「もんじゅはサイクルの一部でしかない」と予防線を張る。国のエネルギー基本計画は、運転しながら燃料のプルトニウムを増やす高速増殖炉から、放射性廃棄物の減容などの研究拠点に位置付けし直した。中核ではなくなったとしても、核燃サイクル維持の根拠にはならない。
 核燃サイクルが事実上の破綻状態にあることを直視するべきだ。経産省が期待するのは、使用済み燃料を再処理したプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を一般の原発で使用するプルサーマル。稼働中の原発の中では、四国電力伊方3号機だけで行われている。しかし青森県の再処理工場は稼働のめどが立たず、しかも使用済みMOX燃料は扱えない。問題を先送りしてはなるまい。
 自民党内には、もんじゅを廃炉にすれば「原発推進一辺倒ではない」と国民にアピールできるとの声さえある。安全重視を訴え、再稼働への批判をかわしたい思惑は明らかだ。核燃サイクルの維持が、再稼働の目的になっては本末転倒。もんじゅ存廃議論の高まりを、原発依存から脱却する契機と捉えたい。


もんじゅ見直し  廃炉を決めるしかない
 相次ぐミスから運転停止したままの高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について、計画に基づいて今後10年間運転すると、国費4千億〜5千億円の追加支出が必要になると政府が試算していることが分かった。
 着工から31年、もんじゅは実質の運転期間は250日しかないのに、これまでに国費1兆円以上を投じている。実用化のめどは見えず、再稼働には最新鋭の原発1基を建設できる額に等しい資金が必要と判明したことで、事業に採算性がないことは明らかになった。
 展望のない計画への固執に国民の理解は得られず、政府内には廃炉にすべきとの意見も出てきたという。政府のトップダウンできっぱりと廃炉方針を決め、速やかに廃炉に向けた事業転換に踏み切るべきときだ。
 高速増殖炉は、原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを燃料の一部に使う。発電しながら新たな燃料を生み出す核燃料サイクルの要とされる。実用化までの4段階のうち2段階目の「原型炉」で、1994年に初めて核分裂が続く臨界に達した。
 95年には冷却材のナトリウムが漏れて火災が起こったほか、その後、燃料交換装置が炉内に落下した。2012年以降も機器の点検ミスなどの不祥事発覚が続き、原子力規制委員会は13年に、運営する日本原子力研究開発機構に運転再開準備の凍結を命じた。
 しかし、改善の兆しが見えず、機構を「運転する基本的能力がない」とまで断じた規制委は、15年にもんじゅを所管する文部科学省に運営主体の変更を勧告した。
 文科省が設置した有識者検討会では過去の事故やトラブルの振り返りに時間を割いて議論は深まらず、今年5月に出した報告書では具体的な新運営主体を示せず、検討会の傍聴を続けた他省庁や電力業界からは文科省の当事者意識のなさに批判が相次いだという。
 政府は14年に決定したエネルギー基本計画で、もんじゅを放射性廃棄物を減らす研究拠点に位置付けた。もんじゅのつまずきは、核燃料サイクルの破綻にほかならない。もんじゅを前提にした使用済み燃料の六ケ所村再処理工場(青森県)は完成が見通せていない。
 核燃料の最終処分策が進まない中で、日本が持つ核兵器にも転用できるプルトニウムが47トンにも上る。核兵器への転用懸念は強く、もんじゅ廃炉後は積み上がった核のごみを増やさない政策にこそ資金と技術の集中を図るべきだ。


もんじゅ 廃炉決め国策見直しを
 高速増殖炉もんじゅ(福井県)の再稼働を目指す場合、数千億円規模の国費が必要になると、政府が試算していることが分かった。
 廃炉を含め対応を検討している。安全対策費や設備交換費などで4千億〜5千億円かかるという。
 もんじゅには1兆円以上の国費を投入したのにトラブル続きで、1994年以降で250日しか運転実績がない。再稼働する必要がないことは明白である。
 廃炉には約3千億円が必要とされる。そうだとしても再稼働するより少ない。維持管理には年間200億円かかっている。早急に廃炉を決断しなければならない。
 もんじゅは日本が国策とする核燃料サイクルの中核施設だ。一般原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムとウランを取り出し、加工した混合酸化物(MOX)燃料を使用する。使用する以上のプルトニウムを発電と同時に生み出す。エネルギーを自給自足できる「夢の原子炉」とされた。
 95年には冷却材のナトリウムが漏れて火災が発生したほか、2010年には燃料交換装置が炉内に落ちる事故を起こしている。12年以降には機器の点検漏れなどの不祥事が相次いだ。
 運営する日本原子力研究開発機構の体質的な問題に加え、ナトリウムの取り扱いが難しいことが実用化を阻んだ。原子力規制委員会は15年に運営主体の変更を勧告している。看板を掛け替えても結果は変わらないだろう。
 政府は核燃サイクルの軸足を一般原発でMOX燃料を使用するプルサーマルに移す方針という。
 プルサーマルも根本的な問題が解決されていない。原発の核分裂を抑える制御棒の効きが悪くなる懸念があるほか、使用済みMOX燃料の処分方法が決まっていない。使用済みMOX燃料の燃料処理工場が必要になれば、新たな経費が1兆円規模でかかる可能性がある。さらにMOX燃料加工費は通常のウランの数倍だ。
 一般原発の使用済み核燃料の再処理を進めてきた日本は、核爆弾6千発分とされるプルトニウムを保有しており、国際的な批判も受けている。プルサーマルが計画通りに進む見通しはない。原発再稼働の方針が現状のまま続くと、プルトニウムはさらに増える。
 核燃サイクルはすでに破綻している。もんじゅの廃炉を決めて、同時に使用済み核燃料の再処理からも撤退するべきだ。将来の見通しがないまま核燃サイクルを継続することは許されない。


自衛隊の南スーダンPKO派遣 孫が派遣打診され 娘と泣いた ルポ 部隊駐屯地の青森で
 「孫が『南スーダン派遣を打診された』と言ったとき、しばらく娘と一緒に泣きました。なんで銃を持って、外国に行かなきゃならないんですか」――。内戦状態が続くアフリカ・南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に、第11次隊として11月から派遣される陸上自衛隊第9師団第5普通科連隊(青森駐屯地=青森市)。安保法制=戦争法に基づく自衛隊の新任務―「駆け付け警護」や「宿営地の共同防護」の任務を付与される可能性があります。戦後初めて、海外で「殺し殺される」かもしれない隊員たちの家族に、今の心境を聞きました。(吉本博美)
 農作業着で野菜の仕分けをガレージでしていたAさんの自衛官の孫は、「人の役に立ちたい」という思いを強く持ち、4月に発生した熊本地震の支援にもかかわっていたといいます。「孫は上官から南スーダンに行かないかと言われましたが、『自分はまだ若いので、国内で経験を積みたい』と断りました。上官はあっさり引いてくれたそうですが、本当に心配なんです」。手を止めて、目に涙を浮かべます。
話してくれない
 近所に住むBさん(71)の息子は、今回の南スーダンへの派遣が決まっています。少し肩を落として言います。「もう仕事のことも、気持ちも、なにも話してくれません。隊から『何もしゃべるな』と言われてるんだと。私も表では何も関心ないようには振る舞ってはいますがね」
 一方で「やむを得ない」という家族もいます。自衛隊員の孫をもつ元隊員のCさん(75)は、「南スーダンの状況をみると心配はしていますが、隊員を出すほうもやむを得ないし、覚悟をするしかない」と腕を組みながら答えます。
本心では署名を
 青森駐屯地が近い日本共産党東青地区委員会は「青森の青年を戦場に送るな」と南スーダンPKO派遣中止と戦争法の廃止を求める独自署名を集めています。40代の息子が幹部自衛官だという元自衛隊員のDさん(69)はこぼすようにいいます。「立場上署名できないけど、本心では私も書きたいです。人間ならね、子を戦場に送りたいとは思いませんよ」
自民に入れない
 町中にある青森駐屯地は、住宅や商店と隣り合わせ。取材日は快晴、周辺には多くの若い自衛官がランニングしていました。
 市内に住む元介護職員の赤平加奈恵さん(27)は、「青森には仕事があまりないので、進路の一つとして自衛隊を選択肢に入れる学生もそれなりにいます」と話します。
 戦争法の成立からもうすぐ1年。「自民党にはもう票を入れません。安倍首相は、子を持つ親の気持ちが分からないんだと、他の隊員の親御さんたちもいってますよ」。Aさんは怒りを込めて訴えます。


「感動か笑いか、だけではしんどい」24時間テレビとバリバラに出演 義足の女優が語るリアル 障害者とメディア。問題はどこに?
「24時間的な感動か、バリバラ的な笑いか。この2つしか障害者の描き方がないと思われるのは、とても、しんどいなぁって思うんです。その両方の間に、多くの当事者がいると思うから」
淡々とした口調で語るのは、森田かずよさん(39歳)。
大阪を拠点に活動する女優であり、ダンサーだ。先天性の身体障害があり、ある時は義足を身につけ、ある時は車椅子に乗りながら、舞台に立つ。自分の身体と向き合いながら、表現活動を続けている。
森田さんは、24時間テレビとバリバラ、両番組に出演した経験がある。いま、何を感じているのか。BuzzFeed Newsの取材に語った。
日テレ「24時間テレビ」対 NHK「バリバラ」
いま、障害者の描き方を巡って、論争が起きている。
8月28日、感動的な障害者の映像が多い「24時間テレビ」放映中に、NHKが障害者が出演するバラエティー番組「バリバラ」を生放送でぶつけた。
そこで取り上げたテーマは「検証!『障害者×感動』の方程式」。
スタジオでは、24時間テレビを意識し、障害者が何かと感動的に描かれることに異を唱えた。インターネット上では、放映中から議論が巻き上がり、バリバラに賞賛の声が集まった。
森田さんは、論争をこうみる。
「私はショック療法だな、と思いました。多少、過激でもいいから描かれる側から声をあげる。それをメディアが取り上げるのは、意味があると思います」
「しかし、議論が『24時間テレビはダメ』『バリバラはいい』とか『やっぱり障害者を描くのに笑いが必要だ』となると、ちょっと違うと思うんです。それぞれに良いところ、悪いところがありますから」
それぞれの番組の功罪とは、何か。
24時間テレビが作り上げる「ストーリー」
構成作家からオファーを受け、森田さんが24時間テレビに出演したのは2003年のこと。その年のテーマは「私を一番愛する人」。
番組側が描きたかったストーリーはこうだ。
先天性の障害を持って産まれながら、ハンディキャップを乗り越えて舞台に立ち、観客に感動を与える……。森田さんが当時、取り組んでいた一人芝居に、「一番愛する人」として母が見にくる。もしかしたら、母は泣くことだってあるかもしれない。それを映像に収めれば……。
しかし、森田さん親娘はこのストーリーを蹴った。そこにはウソがあるからだ。
「私の母は、自分には自分の人生があり、娘には娘の人生があるという人です。障害があろうがなかろうが、そこは変わらない。私の舞台も滅多に見に来ません。私たちが築き上げた親娘関係と違う演出は受け入れられない、と言いました」
結果的に別の形で放映されたが、違和感は残った。
「『障害者の周りになにかハードルを作って、当事者が頑張ってそれを解消する』というのが、ひとつのフォーマットになっていると思うんですね。でも、わざわざハードルを作らなくても、等身大の姿を撮影すればいい。多少頑張らないと生きていけない社会なんだから……」
一方で、24時間テレビの影響力は絶大だとも感じた。
「道で歩いても、声をかけられましたし、実際に募金も集まりますよね。恩恵を受けている人もいるわけです。ジャニーズのアイドルが出ることも、いいじゃんと思っています。私も好きですしね。普段、関心がない人が、障害者や難病の患者に関心を向ける1日があってもいいですよね」
バリバラが笑いを強調することの是非
バリバラ最大の功績は、障害者の性と恋愛を取り上げたことだという。
「これは絶対に他ではやらない。障害者のセックスを正面から取り上げたのは大きかった。私も出演して、合コンをやった話や、自分の失恋、性の話にも触れました」
障害を持つ友人からは「よく言った」と賞賛されたが、健常者の男性からは「そこまで赤裸々に話すのは……」とネガティブな反応があった。
こうした反応も含めて、番組を見た人たちの意識に訴えたのは大きいと思う。問題は、番組の売りでもある「笑い」だ。
「これは番組の責任だけではないのですが、『笑い』が強調されすぎると、障害を笑えるようになるのがゴールだという印象になってしまう。実際は、そこをゴールだと思っていない人もたくさんいますから」
「感動か笑い」ではなく、障害者も個人として取り上げる
「結局、『感動か笑いか』という議論では、捉えられない問題があるんですよ。みんな個人として、普通に生きていて、障害が大変な場面もあれば、そうじゃない時もある。置かれた状況は違うはずなのに、まとめて『障害者』全体として語られる。本当の問題はそこにあると思っています」
「もっと個人として見てほしいと私は思っています。私の体験として語ったことが、なぜか『障害者』が語ったことになっているときがある。でも、それはおかしいですよね。私が語れることは、私と周囲で見聞きしたところまでです。全障害者を代表しては語っていないのに……」
個人の声が、全体を代弁するかのように取り上げられるとき、そこには必ず、すくい取れない声が出てくる。
健常者だらけのメディア
そして、森田さんは、メディアの本当の問題を指摘する。
「問題は、障害者を見えなくすることだと思っています」
「例えば、映画やドラマの中で、身体障害者が取り上げられるときは、主役が多いですよね。でも、リアルな学園ドラマや、街を映すときはどうですか?学校にいたはずの障害者、街を歩いているはずの障害者はそこには写ることはほぼない。障害者がいない、健常者だけの『きれいな世界』がそこにあるだけです」
「ある映画のエキストラの募集要項の中に、補助器具や介助者が必要な人はNGだとありました。彼らの意識の中に障害者を排除しようという思いはないでしょう。でも、これを読んだとき『あぁ私は参加できないんだ』と思いました。実際に、エキストラで障害者の姿はほとんどみませんよね」
「こうやって、リアルな世界の中にいるはずの障害者は、メディアからは消えていくのではないですか。私には、日常的に映らないことのほうが大きな問題に思えます」
取り上げ方よりも、メディア上から消えていくという問題があるではないか。森田さんは声を強める。
「障害者を社会からいないことにしちゃいけないし、見えないことにしちゃダメなんですよ」


体感治安 大阪最下位 警察庁が初調査、警察信頼度に比例
 都道府県ごとに住民の「体感治安」を探る全国調査を警察庁が初めて実施した。体感治安が最も悪かったのは大阪で、最も良いのは山形だった。警察への信頼度が高い都道府県ほど、体感治安も良い傾向がみられた。
 全国の警察が把握した刑法犯件数は2002年をピークに減少しているが、地域の治安への不安を訴える声が根強いため、警察庁は昨年7、8月、全国の運転免許センターなどで免許更新者を対象に体感治安調査を実施。各都道府県で1000人前後ずつ、計4万9844人から回答を得た。
 調査では「地域の治安をどの程度だと感じるか」を尋ね、5点満点で回答を求めた。全国平均は3.66。都道府県別の平均値をみると、ベスト3は4点を超えた山形、島根、秋田。ワースト3は3.5を割り込んだ大阪、千葉、愛知だった。
 「地域の警察を信頼できると感じるか」も質問したところ、全国平均は3.45。ベスト3は福島、山梨、山形。ワースト3は神奈川、大阪、千葉だった。
 昨年の刑法犯件数と比較しても、大阪は人口当たりの件数がワーストで、刑法犯が多いほど体感治安が悪い傾向にある。ワースト2だった東京の体感治安は全国平均を上回ったが、東京は警察への信頼度も全国平均より高く、体感治安を押し上げたとみられる。
 調査結果は警察庁の「住民の意識調査に関する有識者研究委員会」(座長・松本正生埼玉大社会調査研究センター長)が9月2日に札幌学院大(北海道江別市)で開かれる日本行動計量学会で発表する。松本さんは「初めて都道府県別に体感治安を客観的に比較できるデータが得られた。地域の警察がどれだけ危機感を持つかが問われる。今後も調査を実施し、経年変化を追ってほしい」と話している。【今村茜】
 ◆都道府県別の調査結果◆
    体感治安    警察信頼度
1位 山 形 4.04  福 島 3.79
2位 島 根 4.03  山 梨 3.74
3位 秋 田 4.02  山 形 3.73
4位 福 井 3.99  秋 田 3.71
5位 鳥 取 3.95  熊 本 3.70
6位 長 崎 3.92  茨 城 3.68
7位 宮 崎 3.91  福 井 3.64
8位 新 潟 3.89  岩 手 3.64
9位 岩 手 3.89  大 分 3.63
10位 長 野 3.89  鹿児島 3.62
11位 熊 本 3.88  和歌山 3.62
12位 石 川 3.88  沖 縄 3.61
13位 青 森 3.86  長 崎 3.60
14位 徳 島 3.86  岐 阜 3.59
15位 愛 媛 3.85  青 森 3.59
16位 高 知 3.84  長 野 3.58
17位 鹿児島 3.83  東 京 3.58
18位 大 分 3.82  宮 崎 3.56
19位 富 山 3.81  新 潟 3.56
20位 佐 賀 3.81  石 川 3.55
21位 山 口 3.81  鳥 取 3.53
22位 静 岡 3.80  静 岡 3.51
23位 和歌山 3.78  滋 賀 3.50
24位 福 島 3.78  徳 島 3.50
25位 山 梨 3.77  栃 木 3.50
26位 栃 木 3.76  京 都 3.49
27位 岐 阜 3.73  愛 媛 3.48
28位 沖 縄 3.73  兵 庫 3.48
29位 東 京 3.70  島 根 3.48
30位 北海道 3.69  群 馬 3.48
31位 宮 城 3.69  三 重 3.47
32位 滋 賀 3.68  富 山 3.47
33位 兵 庫 3.67  広 島 3.46
34位 群 馬 3.67  奈 良 3.46
35位 神奈川 3.66  北海道 3.45
36位 奈 良 3.66  宮 城 3.44
37位 広 島 3.65  高 知 3.43
38位 岡 山 3.63  山 口 3.42
39位 三 重 3.63  香 川 3.42
40位 香 川 3.62  福 岡 3.38
41位 茨 城 3.54  岡 山 3.37
42位 京 都 3.52  佐 賀 3.35
43位 埼 玉 3.51  埼 玉 3.34
44位 福 岡 3.50  愛 知 3.27
45位 愛 知 3.42  千 葉 3.26
46位 千 葉 3.41  大 阪 3.25
47位 大 阪 3.38  神奈川 3.21


ガザ停戦2年 進まぬ復興 国際支援実施は4割
 【エルサレム大治朋子】2014年夏に大規模な戦闘を交えたイスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスによる停戦が丸2年を迎えた。イスラエルの攻撃で大きな被害が出たガザでは住宅再建が進められているが、自宅がない人は現在も7万5000人に上る。国際社会が約束した復興支援金は計35億ドル(約3500億円)。だが今年3月時点で実際に支払われたのは約4割で、早急な支援履行が求められている。
 イスラエル軍は50日におよぶ戦闘で計6万5000発以上の爆弾やミサイルを投下。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、計14万2000戸以上の家屋が壊された。UNRWAは緊急住宅支援として1億9000万ドル(約194億円)を拠出しているが、さらに4億6000万ドル余りが必要で、確保のめどが立っていない。
 またUNRWAによると、戦時に負傷した人は1万人以上で、3436人が子どもだった。約3分の1は障害が残る可能性が高いという。精神的ケアを必要とする子どもは30万人以上。世界保健機関(WHO)は、人口の2割、約36万人に戦争ストレスなどによる精神疾患が生じている可能性があると推計している。
 14年10月、ガザ支援のための国際会議がエジプトの首都カイロで開かれ、日本など50以上の国・国際機関が参加した。計35億ドル規模のガザ支援を決めたが、世界銀行によると、今年3月までに支払われたのは約14億ドルで、約束の4割程度にとどまる。カタールは最大支援額10億ドルを表明したが、支払ったのは4割弱。支援規模2位のサウジアラビアも表明した5億ドルのうち、拠出したのは1割強だ。3位の欧州連合(EU)は約3億5000万ドルの75%、4位米国は約2億8000万ドル全額をそれぞれ支払った。日本は6100万ドル(約62億円)全額を支払い済みだ。
 イスラエルによる封鎖政策も復興の大きな障害だ。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、イスラエルは「ハマスが攻撃用のトンネル建設に使う」として建築資材の搬入を規制。住宅再建の支障となっているほか、汚水処理施設の修繕などに必要なポンプや掘削機など20種以上の器具の運び込みを「軍事転用される」と規制。衛生施設の機能不全が深刻化し、一日9000万リットルの汚水が海に垂れ流されている。市民が日常的に食べる海産物への影響も懸念されている。
 【ことば】2014年ガザ紛争
 イスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスとの間で2014年7月から約50日間続いた戦闘。ガザ側の死者が2251人(市民1462人)、イスラエル側の死者は73人(市民6人)と過去最悪。イスラエルは07年から「テロ対策」としてガザとの間で人と物の出入りを規制する封鎖政策を開始。以来、人口約180万人のガザ地区は「天井のない監獄」とも呼ばれる。両者は08年から、今回の停戦までに計3回の大規模戦闘を繰り返している。

東日本大震災から2000日/クタクタ

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Japon : le puissant typhon Lionrock frappe la région sinistrée du nord-est
Les transports enregistrent de fortes perturbations au Japon avec le passage du puissant typhon Lionrock, le 10e de la saison en Asie, qui frappe ce mardi le nord-est du pays. De hautes vagues et des pluies diluviennes ont provoqué des inondations dans cette région déjà sinistrée par le gigantesque tsunami de mars 2011.
Des trains à grande vitesse Shinkansen en direction du Nord ont été annulés et d'autres retardés, ont indiqué les compagnies de chemin de fer. Le nord-est a été arrosé par de violentes précipitations. Les autorités ont mis en garde contre le risque de glissements de terrain et la montée des eaux dus à des précipitations allant jusqu'à huit centimètres par heure. L'arrivée de la tempête sur les terres s'est produite à marée haute et a provoqué des inondations sur la cote. Les télévisions montraient des habitants marchant péniblement dans l'eau qui leur montait au-dessus des genoux dans la ville de Miyako, où il a été conseillé à 600 personnes d'évacuer. Les écoles étaient fermées dans toute la région, ont rapporté les télévisions.
Au niveau des transports aériens, cent vingt vols intérieurs ont été annulés, a rapporté la chaîne publique NHK. Le géant de l'automobile Toyota a annoncé la suspension jusqu'à mercredi de la production dans deux usines de la région, celles des préfectures de Miyagi et Iwate. Sur le site de la centrale nucléaire Fukushima Daiichi, dévastée en 2011, on s'efforçait de préserver des vents violents les grues de construction et autres équipements, a indiqué la compagnie qui en a la charge, Tokyo Electric Power Co. Certains travaux de démantèlement ont été suspendus.
Des rafales jusqu'à 162 km/h
Lionrock a accosté près de la ville d'Ofunato peu avant 18 heures locales (11 heures à Paris) après avoir longé la cote pacifique de l'archipel en direction du nord, a précisé l'agence de météorologique japonaise. Il se déplaçait à la vitesse de 50 km/h et était accompagné de vents soufflant en rafales jusqu'à 162km/h, selon l'agence. Lionrock est le premier typhon à frapper directement cette région en provenance du Pacifique depuis que l'agence météorologique a commencé à suivre très précisément les parcours des typhons, en 1951.
Le Japon subit plusieurs typhons par an, mais généralement ils se dirigent vers les îles méridionales ou, lorsqu'ils prennent la direction nord, ils accostent d'abord dans la partie sud ou sud-ouest de l'île principale de Honshu. Mais Lionrock a défié tous les pronostics. Né le 19 août dans le Pacifique, il s'est dirigé vers le sud, puis a soudainement fait demi-tour pour revenir vers Honshu, qu'il est en partie en train de contourner pour remonter jusque dans la partie nord de cette île principale.
Un autre typhon, Mindulle, avait accosté la semaine passée non loin de Tokyo avant de remonter plus au nord. Il avait tué une personne et blessé une soixantaine d'autres. Entre 20 et 30 typhons balaient chaque année l'Asie, la moitié environ affectant le Japon.
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フランス語の勉強?
上田晋也のニッポンの過去問「初めての報道協定・吉展ちゃん誘拐殺人事件」1963年
1960年代、じつは誘拐事件が頻発した時代でした。当時の報道によると、年間の発生件数が50件、じつに1週間に1度起きている勘定です。 その中でも「誘拐されたのが幼児ということ」そして、その「悪質性」で注目されたのが、60年の雅樹ちゃん誘拐殺人事件と、63年の吉展ちゃん誘拐殺人事件でした。 雅樹ちゃんの事件では、報道が過熱し、誘拐犯が「報道で追い詰められて殺してしまった」と自供。これがきっかけで報道のあり方が見直されることになりました。その後、63年に起きた吉展ちゃん誘拐殺人事件こそが「身代金目的の誘拐事件に関して報道協定が結ばれる」という最初の事例です。両事件は、ともに悲劇的な形で終わってしまうわけですが、現在に至る誘拐事件の捜査のあり方、報道のあり方に、非常に大きな手がかりを与えてくれたともいえます。ふたつの誘拐事件を通して、捜査、報道はどうあるべきかをひもときます。
上田晋也 龍崎孝 水野真裕美

NNNドキュメント 18歳・・・生徒手帳と私の一票
18歳から選挙で投票できるようになった今年、愛媛のすべての県立学校が「選挙運動」や「政治活動」の届出を校則で義務化し生徒手帳などに記された。学者らは憲法違反と猛反発し教育現場も混乱。そこには60年前から県教育委員会に「モノ言えぬ」学校現場の体質が脈々と続いていることが取材から分かってきた。そんな中、届出制という"縛り"の中で動き出した高校生たち。愛媛独自の届出制から18歳の権利について考える。
向井地美音 南海放送

テレメンタリー 「私はまだ 国籍を選べない ―揺れる20歳のホンネ―」
東京五輪も期待される、女子ゴルフ界注目の若手プロ森田遥選手(20歳)。
アメリカLPGAツアー昇格を目指し、去年挑戦した下部ツアーでは惜しくも夢の舞台に届かなかった。22試合戦って、たった1打足りなかったのだ。
森田選手は香川県で生まれ育ったが、両親が中国人で彼女も国籍は中国。彼女の心にある祖国は生まれ育った日本か、家族のルーツがある中国か。自らの意思で国籍を選択できる20歳を迎え、地元・高松で語った本音とは―。
雨宮良子 瀬戸内海放送

雨上がりの「Aさんの話」〜事情通に聞きました!〜 美容室&最強の昆虫&海外旅行
自分の思い通りにならない髪型を満足するための美容室の極意、芸人御用達のカリスマ美容師とは?最強のクワガタを指ではさんでジャッジ!海外旅行の悪質かつ巧妙な犯罪!
Aさんの話は笑い飯・西田調査員が「美容室」を調査!自分の思い通りにならない髪型を満足するための極意を紹介!やたら顔が広い千原せいじのきっかけで芸人御用達になったカリスマ美容師、ある髪型限定、お客様満足度100パーセントの謎の美容室を直撃!モンスターエンジン調査員は「真のナンバーワンはどちらなのか?」事情通の悩みをジャッジ!ジャッジ洋一が最強と言われる2匹のクワガタムシを自分の指ではさんでジャッジする!あまりの痛さにジャッジ洋一が悶絶する!?テンダラー・浜本調査員は「国際ジャーナリストの目 決して騙されるな!こんな海外犯罪には気をつけろ!」を調査!海外旅行を楽しむ日本人を狙う巧妙かつ最悪な手口にスタジオの一同が震え上がる!実際に起きている話です。要チェック!
雨上がり決死隊、ケンドーコバヤシ、海原やすよともこ、テンダラー・浜本、笑い飯・西田、モンスターエンジン、(VTR出演)2丁拳銃・修士、ブラックマヨネーズ・小杉


東日本大震災から2000日になりました.手帳にはだいぶ前に書いていて気になってはいましたが,メディアはあまり取り上げていなくて残念でした.台風が東北直撃というので被災地の話になっても2000日とかいう話題はあまりなかったです.月命日でもないしただの区切りではあるけど,なんだかさみしい気持ちです.もちろんちゃんと取り上げているメディアもあります.
今日もまたパワーポイントとワードで書類つくりでクタクタ.

<震災2000日>被災の街 一歩ずつ前へ
 未曽有の災害から想像もしなかった日々が過ぎた。東日本大震災発生から2000日目。多くの尊い命を失い、甚大な被害を受け、誰もが経験したことがない復興への道のりをわれわれは歩んでいる。
 平穏な暮らしを奪われた街はがれきに覆われた。がれきが撤去され、かさ上げ工事が進み、災害公営住宅が建設されるなど暮らしの再建は徐々に進む。
 新たな街はどうなるのか。ばらばらになった住民のつながりは−。不安や課題はまだある。それでも少しずつ前へ進む。「なかなか復興が進まない」と感じていた街を同じ場所から見続ければ、停滞しているわけではないことが分かる。
 確実な一歩の重みをかみしめながら石巻市南浜、門脇両地区、陸前高田市中心部の2000日を写真で振り返る。「一日も早い復興を」。願いをかなえるため、2001日目に歩を進めよう。


<震災2000日>新しい朝 また進む
 東日本大震災は30日、発生から2000日目を迎えた。被災地の復興は依然道半ば。「ここまできた」「先はまだまだ」。2000日は復興への通過点だ。
 復興庁によると、岩手、宮城、福島の被災3県の避難者(7月14日現在)は10万8321人。発生1週間後のピーク時(36万88838人)の3分の1以下になったが、全国14万7772人の大半を占め、仮設住宅などでの暮らしが続く。
 JR東日本は常磐線相馬(福島県相馬市)−浜吉田(宮城県亘理町)間の運転を12月10日に再開する。浜吉田駅以北は現在、仙台駅との間の折り返し運転が続く。残る福島県の富岡−浪江など3区間は順次再開され、全線再開は2019年度中の見通しだ。
 常磐線で宮城県山元町から仙台市に通学する東北福祉大2年黒沢里穂子さん(20)は浜吉田駅の南隣、新山下駅(山元町)の使用開始を心待ちにする。2000日を挟んで変化する街の風景に「早く震災前の状態に戻ってほしい」と期待する。


<震災2000日>看護部長 ゼロからのスタート
 東日本大震災の発生から2000日目を迎えた30日、東北の被災地では復興への取り組みが続いている。そのスピードは、地域によって大きく異なる現実がある。
 震災の津波被害を受けた石巻市立病院(宮城県石巻市)は沿岸からJR石巻駅前に移転新築され、9月1日に開院する。
 「市民に信頼される病院にしたい」
 看護師117人を束ねる看護部長、崎山晶子さん(54)=宮城県東松島市=は震災から2000日の歩みを振り返り、散り散りになったかつての同僚と再び働く喜び、復興へ向け住民の命と健康を守る原点を再確認する。
 2011年3月11日午後2時46分、崎山さんは当時石巻市南浜町にあった市立病院の東病棟4階ナースステーションにいた。
 長く激しい揺れ。机に潜り込んだ。ナースコールがけたたましく鳴る。消化器内科の看護師長として、受け持ちの入院患者四十数人の無事を急いで確認した。
 海までの距離は約200メートル。病室の窓から旧北上川の水位が下がるのが見えた。次の瞬間、津波が映画のような迫力で押し寄せ、周辺の2階建て住宅や車を次々とのみ込んだ。
 病院は自家発電や医療設備があった1階が天井まで海水に漬かり、医療活動に必要な機能を失った。
 少ない水や食料で急場をしのいだ。患者全員を救助に来たヘリコプターで送り出したのは3日後の14日夜。医師や看護師らは最後に、ナースステーションに集まった。
 「これからどうなるの」。それぞれが不安を抱える。「今までありがとう」「また一緒に働きたい」と語り合い、翌朝、病院を後にした。
 その後は、同僚と手分けして避難所で被災者を見守ったり、仮設住宅を1軒ずつ回って体調を尋ねたり。病院が本格再開するまでの派遣が始まると、看護師が1人、また1人と市内外の病院に散らばった。
 病院事務局に残った崎山さんは、主に調整役として仲間がいる派遣先に足しげく通った。同じ病院でまたみんなで働こうと、気持ちをつなぎたかった。その一方で、医療の現場とは違う慣れない業務に、心身ともに疲弊した。
 14年10月に着工した新病院は今春、白と灰色のしゃれた建物が姿を現し始めた。「ようやく開院する」。崎山さんは通勤途中に携帯電話で写真を撮り、仲間に励ましのメールを送った。
 崎山さんは被災した市立病院が開院した1998年1月から在籍する数少ない看護師。昨年4月に看護部長に就任した。
 「またゼロからのスタート。重責に不安はあるけど、やらなくてはいけない」
 強い決意を胸に秘める。(鈴木拓也)


<震災2000日>漂流座礁船 手付かずのまま
 東日本大震災の発生から2000日目を迎えた30日、東北の被災地では復興への取り組みが続いている。そのスピードは、地域によって大きく異なる現実がある。
 東日本大震災の津波と東京電力福島第1原発事故によって漂流した民間の投石船が、福島県富岡町の富岡川河口に座礁し、震災2000日目を迎えた今も手付かずのまま残っている。放射性物質汚染に伴う費用や処分方法に課題があり、誰が撤去するのかさえ明確になっていない。座礁船は、津波に加えて原発事故の影響が複雑に絡み、復興が長引く福島の現状を物語る。
 座礁現場は福島第1原発の南約9キロの富岡漁港付近。避難指示解除準備区域と、比較的線量の高い居住制限区域との境界近く。船体は海水に洗われ、さびて朽ちた姿が月日の経過を象徴する。現場を管理する県相馬港湾建設事務所の担当者は「今後、町の避難指示の解除や漁港を復旧するのに撤去は必要だ」と話す。
 船は高線量の放射性物質に汚染され、除染は必須。解体後の搬入先を探すのも難しい。加えて撤去には現場周辺に作業道路などの設置が必要になり、費用は数億円規模とみられる。
 投石船は全長23.5メートル。2011年3月11日、いわき市の小名浜港で防波堤の工事中に被災した。津波で約45キロ北の福島第2原発専用港湾内(富岡町、楢葉町)に流され、乗組員は救助されたが、原発事故により周辺海域への立ち入りが規制。第2原発専用港に係留できずに再漂流し、現在地に座礁した。
 船を巡っては、船主の潜水工事会社「イワキ潜建」(いわき市)が12年3月、事故に伴う規制で係留できず座礁したとして、東電に新船の建造費約1億347万円の支払いを求め、福島地裁いわき支部に提訴した。同支部は15年3月、原発事故の因果関係を認定。東電に、事故当時の船の評価額約1773万円の支払いを命じた。
 ところが、誰が撤去するかが決まらない。判決は双方とも受け入れているが、船主側は賠償額では撤去費用を賄えないと主張。船主代理人の広田次男弁護士(いわき市)は「民法上、賠償金が支払われた場合、対象の財物の所有権は賠償した側に移り、東電に撤去責任がある」と指摘する。
 東電福島復興本社福島広報部は「船は富岡町対策地域内廃棄物に当たると認識している」とし、国が撤去主体との考えだ。
 困惑した船主側が国に対応を求めたが、国は単に津波で座礁した船舶の撤去とは異なり、紛争案件だとし、民事不介入の姿勢を示したという。
 広田弁護士は「国も東電も何もしてくれない」と嘆く。東電福島復興本社福島広報部は「災害廃棄物に当たるかを環境省が判断した上で、国が処理するものと考えている」と話す。(菅谷仁)


震災2000日目の台風襲来 教訓を生かして備え
 台風10号が接近した29日、石巻市内のホームセンターでは、被害に備えて防災関連の商品を買い求める客の姿が見られた。今日30日は、東日本大震災発生から2000日目。風化が懸念される一方、大きな被害をもたらした災害を教訓に防災を強く意識する市民も多い。
 同市門脇のビバホーム石巻店(仁科聡一店長)には防災の日(9月1日)に合わせたコーナーがあり、カンパンや水など非常食をはじめ、停電に備えた乾電池、情報収集のための手動充電式FMラジオなどが並べられた。台風が近づいた29日も多くの客が足を止め、有事に想像力を働かせながら必要なものを買いそろえていた。
 同市鹿妻から来店した山口守さん(67)は、震災の津波で自宅が被災。新設した自転車置場を台風の被害から守るためのロープ止めを購入した。「震災後は気象情報にも注意し、防災を強く心がけている。2次被害を起こさないためにも、しっかりと対策したい」と話していた。
 また、石巻地方のスーパーでは台風に備えて、食料を購入する客が多く、29日夜にはパンやカップ麺が売り切れる店舗もあった。


<震災資料廃棄>犠牲の原因再検証要望へ
 東日本大震災後、宮城県名取市閖上地区の被災状況を調べた市の第三者検証委員会が作成した検証報告書の基礎資料が廃棄された問題に関連し、犠牲者が多数に上った原因の再検証を、市民有志が市に求めることが29日、分かった。近く山田司郎市長に要望書を提出する。
 市民有志によると、防災無線の故障や適切な避難誘導ができなかった原因の究明に加え、基礎資料を廃棄した責任の追及や防災安全計画の見直しなどを求める。
 メンバーの一人は取材に「基礎資料が廃棄され、元の検証は根拠が揺らいだ。山田新市長の下での再検証を強く求める」と述べた。
 同地区の検証を巡っては、市が2013年7月、一般社団法人「減災・復興支援機構」(東京、木村拓郎理事長)に事務局の運営業務を委託した。機構は14年4月に最終報告書を市に提出。情報漏えいの危険性を理由に15年5月、独断で基礎資料を廃棄した。
 基礎資料には市災害対策本部の対応や防災無線の故障に関する市幹部への聴取記録が含まれていたとみられる。市は資料の廃棄に関する規定を契約書に明記していなかった。
 廃棄問題は、閖上地区の津波訴訟で原告側が書証の入手を試みた過程で発覚。再検証を求める活動は原告を支援する会が中心で、一部メンバーは機構に約4500万円の業務委託料を返還させるよう市長に求め、仙台地裁に提訴している。


東日本大震災、きょう2000日 避難者いまだ14万人
 東日本大震災は30日、発生から2000日を迎えた。復興庁によると、避難者は7月14日現在14万7772人、このうち住んでいた県以外に避難している人は岩手、宮城、福島3県で4万8302人に上り、東京電力福島第1原発事故の影響を受ける福島県民が4万982人と約85%を占める。
 避難者全体の避難先は47都道府県の1109市区町村にわたり、総数は最多だった平成23年3月14日の約47万人から約32万人減った。警察庁によると、6月10日時点の死者は1万5894人、なお2558人が行方不明となっている。
 被災地では大切な人を失った人や平穏な暮らしを壊された人が、苦境から必死で立ち上がろうとしてきた。「あの日」から2000日を経たいま、何を考え、何を望んでいるのか。それぞれに思いを語ってもらった。
岩手県大槌町で仮設住宅の自治会長を務める芳賀広安さん(66)
 震災の津波で自宅が流失し、現在は仮設住宅に住んでいます。平成24年からは仮設住宅の自治会長と町教育委員会の臨時職員として「こどもセンター」の施設管理者をやっています。
 自治会では、さまざまなイベントを実施してきました。毎年夏に実施してきた納涼会は今年で5回目。獅子踊りや虎舞など、震災を機に見る機会が少なくなった地域の伝統芸能を楽しめる場にしてきました。
 こどもセンターは津波で居場所をなくした子供たちが集う場所として開設されました。家族を失った子供たちとの向き合い方に難しさを感じながらも、笑顔を見るのが何よりの楽しみです。当時小学生だった子が中学、高校へと進むのを見ると、2000日という月日の長さを実感します。
 大槌町は復興が遅れていると言われ、人口が減りつつあります。みんなが早く元に戻れるような町づくりを願っています。
宮城県南三陸町で仮設商店街の運営に携わる阿部ひで子さん(65)
 平成23年3月は長年勤めた南三陸町を定年退職する月で、震災のあった11日は町内の高台にある実家に母と一緒にいました。高台からは、津波で職員ら43人が犠牲になった町防災対策庁舎が見えました。
 この2000日の間に、庁舎前にお参りしたのは1度だけです。
 今でも多くの人が訪れる場所ですが、震災の2カ月前に送別会を開いてくれた同僚がそこにいたと思うと、今でもその顔を思い出し(骨組みだけとなった)庁舎を直視できません。携帯電話に入っている同僚らの連絡先も消せません。
 私は、今年1月から仮設商店街「南三陸さんさん商店街」を運営する会社「南三陸まちづくり未来」で働いています。新しい商店街は高台へ移って本格再建され、来年3月に完成予定です。地元の人にとってはより便利に、観光客には楽しんでもらえる商店街にしたいと思っています。
福島県飯舘村から福島市に避難し居酒屋を経営する遠藤利正さん(60)
 飯舘村で53年続く食堂「エンドー食堂」を営んでいましたが、原発事故後に家族6人で東京や福島市に避難しました。避難直後は村の警備をする「見回り隊」にも入りました。平成23年10月には伊達市保原町にラーメン居酒屋を開店しましたが、なかなか思うようにはいきませんでした。
 今は福島市で「さくら」という居酒屋を妻(39)と2人でやっています。エンドー食堂は「味噌ラーメン」が人気でしたが、ここはガス台が2台しかないので…。飯舘村にいたころは仕出しの大量注文や宴会もあり、自宅も店と同じ場所にあったので家族も一緒にいられました。でも、子供たちがまだ幼いので飯舘には戻らない予定です。
 「またラーメンを作ってほしい」とお客さんから言われます。新天地でそんな店ができるところを探しています。家族が生活していける基盤をしっかりと作っていきたいですね。


<原発避難>山形県職員公舎を無償提供へ
 山形県の吉村美栄子知事は29日の定例記者会見で、東京電力福島第1原発事故に伴う福島県からの自主避難者に対し、県独自の支援策として県職員公舎を無償提供する方針を明らかにした。
 福島県は自主避難者に対する住宅の無償提供を、2017年3月で打ち切る。山形県は、経済的な事情で民間の借り上げ住宅を退去する自主避難者に対し、県職員公舎約50戸の提供を検討している。期間は17年4月から2年間程度。
 吉村知事は「避難元に帰るにしても山形で生活を続けるにしても、安心して生活できるようにしたい」と説明した。民間借り上げ住宅入居者への家賃補助については、「全国的な例をしっかり把握しながら、できる限りのことをしていきたい」と述べるにとどめた。
 県によると4日現在、民間借り上げ住宅に入居する福島県からの自主避難者は467世帯1287人。


【震災2000日を歩く(5)】 「いわき米」頬張れば笑顔 避難者なお14万人
 福島県いわき市農業振興課の古川孝昭さん(35)は市内のとある一室で身構えていた。
 平成26年秋。東京電力福島第1原発事故から3年半になろうとしていた。
 地元農家の重鎮から呼び出しを受けた。大層ご立腹である。市の進める地元産コシヒカリの立て直し戦略がお気に召さないようだ。
 「ブランド名が『Iwaki Laiki(いわきライキ)』? ライキとは一体どういう意味だ」
 「ハワイ語で『コメ』です。地元レジャー施設『スパリゾート・ハワイアンズ』のおかげで、いわきは『東北のハワイ』というイメージが定着しています」
 「何だこのコメ袋のデザインは。フラガールのダンサーなんか描いて。田んぼか山の絵にせにゃならん」
 「原発事故の風評で地元米は苦戦しています。一発逆転を図るには既成概念にとらわれない斬新な発想で勝負しようと考えました」
 「俺は売れんと思うね。まあお手並み拝見だ」
 突き放す一言を浴び、役所にとぼとぼと歩いて帰った。
■   ■
 同じころ。
 いわき市教委の管理栄養士、内山久美子さん(55)は職場の電話の前で身構えていた。
 この日から、市内の小中学校の給食で地元米の提供を再開する。原発事故で食品の放射能汚染を気に病む一部の親の意見を受け、それまでの3年間、地元米の使用を見合わせていた。
 原発事故当時の苦い思い出が頭に残っている。
 福島県教委の方針で事故の1カ月半後、県産の牛乳を学校給食に使い始めた。
 「子供を殺す気か」
 市教委にクレームが殺到した。朝から電話が鳴りっぱなし。抗議のメールも1日150本。仕事どころの騒ぎでない。
 当時は食品の放射性物質検査体制が未整備で、親の不安が増幅していた。有名大学の教授が「いわき市は子供を実験台にしている」という趣旨の発言をし、火に油を注ぐ。
 北海道や九州など直接関係のない地域の人からも責められた。苦情を書き留める用紙はみるみる枚数を重ねた。
 その時と同じ紙を手元に置き、職場の席に着く。
 それを見計らうかのように電話が鳴った。
炭鉱から観光、再起の街
 「この日を待ってたよ」
 電話は激励の声だった。
 思わぬ反応に福島県いわき市教委の管理栄養士、内山久美子さんは拍子抜けした。
 このころは食品の放射性物質検査体制が整い、基準値を下回ったコメしか流通させない安全システムが確立できていた。保護者説明会を重ね、一定の理解も得た。家のご飯も「持ち込みOK」とし、不安な人にも選択肢を示した。
 電話は否定的な意見もあったが、前向きに受け入れる声が印象に残っている。用意した苦情の記録用紙の出番は、ほとんどなかった。
 今月26日、市内の小学校で2学期の給食が始まった。内山さんはこのうちの1校の様子を見に来た。
 この学校は持ち込み組はゼロ。全員が配膳された地元産のご飯を食べている。
■   ■
 いわき市の新ブランド米「いわきライキ」は平成26年10月にデビューした。
 市農業振興課の古川孝昭さんは前年に取引先の関西の業者に言われた言葉が忘れられない。
 いわき市はコシヒカリを主力とする。原発事故で価格が低迷し、60キロ当たりで全国平均のマイナス1000円に落ち込んだ。
 関西は上得意で古川さんは売り込みに足を運んだ。
 業者の反応は鈍かった。
 「福島産は他産地のコメとブレンドして『国内産』として売る。福島のコメと分かると敬遠されるから」
 いわき市のコメは「名無しさん」なのだ。混ぜ込まれ、戸籍が消される。
 泣きっ面に蜂で翌年、全国的にコメ余りになり、米価が下落した。負の烙印(らくいん)を押された福島県産米は真っ先にしわ寄せが来て、底辺の価格帯でのたうち回る。
■   ■
 「このままなら座して死を待つしかない」
 古川さんは開き直った。
 いわき市産を前面に出す。日陰の道はもういい。全量検査するため、実は福島のコメは全国で最も安全。これを最大限アピールする。分かってくれない人は結構。分かってくれる人に売り込む。
 ターゲットは若いお母さん。自分が口にしない物をわが子に食べさせるわけがない。
 こうして地元農家の重鎮が眉をひそめるエッジの利いたネーミングとパッケージのコメが誕生した。
 地元の農協と卸売業者が協議会をつくり、販売でタッグを組んだ。両者はコメの集荷で商売敵の関係にあり、仲がいいとはいえない。以前「サンシャインいわき米」というブランド米を売り出し、大コケしたのは手を結べなかったせいだといわれている。
 「ノーモア『サンシャイン米』」
 両者は過去のことは水に流し、全面協力する。
 いわきライキは地元の小売店に並んだ。発売2カ月で5キロ入りが1万袋売れ、ヒットした。昨年12月までに販売実績を8万袋に伸ばしている。この秋には東京都小金井市のスーパーで売り出し、首都圏進出の足掛かりにする。
■   ■
 いわき市は過去2回、国策に翻弄された。
 最初は昭和30年代のエネルギー政策の転換だ。石炭から石油に移り、常磐炭鉱が閉山に追い込まれた。レジャー施設「スパリゾート・ハワイアンズ」に生まれ変わり、復活を遂げる。2回目は原発事故。地域経済が破壊された。
 「炭鉱」から「観光」へ。再起を果たしたいわき市は「復興」を目指す。
 地元でいわきライキの販売会があった。古川さんも顔を出す。
 あの重鎮の姿も。こっちに近づいてきた。
 「俺の言った通りだろ。ハナから売れると思ったんだよ」 (伊藤寿行)


震災教訓をアニメで伝える 9月公開
 東日本大震災の教訓をアニメで広く分かりやすく伝えようと、仙台市の一般社団法人「東北地域づくり協会」が、映画「未来に向けて 防災を考える」を製作した。日頃の備えや防災教育の大切さを訴える。9月7日から仙台市である土木学会全国大会で一般公開される。
 虫プロダクション(東京)と共同製作した。岩手県普代村と釜石市の実話を基に、「備える」「学ぶ」の2編を約60分にまとめた。
 「備える」編は、普代村で多くの命を救った東北で最も高い15.5メートルの水門と防潮堤が題材。1970〜80年代、当時の和村幸得村長が明治三陸大津波、昭和三陸津波の悲劇を繰り返さない信念で、「無用の長物」と反対する住民や村議会を説得した。
 「学ぶ」編は、防災教育を積み重ねた釜石市の小中学生のほとんどが、津波から逃げて無事だった事例を紹介。気付いた人からそれぞれ率先して高台避難する「津波てんでんこ」の教えが、子から親へ逆に伝わる様子を描いた。
 協会は岩手県と両市村、製作に協力した宮古など岩手県内の4市町に映画を寄贈。今後、国内外で上映会を検討する。
 土木学会での上映会は7日午前10時半、9日午後1時開始の2回。場所は仙台市青葉区の東北大川内北キャンパスマルチメディア教育研究棟。入場無料。


気仙沼線鉄路復旧を 1万4000人分署名簿
 東日本大震災で被災し、バス高速輸送システム(BRT)で仮復旧中のJR気仙沼線を巡り、南三陸町の住民団体「JR大船渡線・気仙沼全線の鉄路での復旧を早期に実現する南三陸の会」は29日、鉄路復旧を求める陳情書と1万4382人分の署名簿を町に提出した。これに対し、佐藤仁町長はBRTでの復旧に理解を求めた。
 小野寺寛会長ら会員10人が同日、町役場を訪れた。80年に及んだ鉄路敷設運動に触れた小野寺会長は「先人たちの苦労を次世代につなげたい」と述べ、陳情書と署名簿を佐藤仁町長に手渡した。署名のうち、町民は3分の1だった。
 佐藤町長は「鉄路復旧に必要な400億円の自治体負担を考えると、BRT復旧という苦渋の決断をせざるを得ない」と述べた。会員は「町民への説明が不十分だ」「若者が町を離れるきっかけになる」と翻意を求めた。
 町は昨年12月、JRが提案したBRTでの復旧を受け入れた。南三陸の会は今後、国やJR東日本にも陳情書と署名簿を提出する。


<東北大>軍事研究に歯止め 指針策定へ
 東北大が、軍事用と民生用のどちらにも使える「デュアルユース技術」の研究に関し、指針の策定に乗りだしたことが29日、分かった。政府がデュアルユース技術の研究を推進する中、軍事技術に直結する研究に慎重な大学の姿勢を明文化し、一定の歯止めをかける狙いがある。
 学内に部局長クラスで構成するプロジェクトチーム(PT)と、教授や准教授でつくるワーキンググループ(WG)を発足させ、既に検討作業に入っている。
 日本学術会議が、政府のデュアルユース技術研究の推進方針を踏まえ、戦後に堅持してきた「軍事目的の研究を行わない原則」の再検討を始めており、結論を待って指針をまとめる。
 指針で「軍事に寄与する研究はしない」と姿勢を明確にするか、民生利用が明らかな技術研究に道を残すかどうかが焦点になる。
 東北大はこれまで、軍事関係機関の研究公募に応募する場合は「人類の健康と福祉、社会の安全と安寧、(中略)に貢献するよう努めなければならない」と定めた大学の行動規範などから可否を判断してきた。
 防衛省の外局、防衛装備庁が昨年度から始めた「安全保障技術研究推進制度」への応募も学内の研究推進本部で審議し、一度も認めなかった経緯がある。
 担当者は「防衛装備庁が主導するため、軍事技術に直接つながる研究に誘導される可能性が否定できないと判断した」と説明する。
 一方、政府はデュアルユース技術の研究を国家戦略に据え、本年度は予算を6億円に倍増させて推進している。国立大の基礎研究資金は年々減少しており、学内には「軍事に直接関係しない研究なら問題ない」との意見もあるという。
 PT、WG事務局の石田秀明研究推進部長は「予算獲得だけではなく、人類、社会のために研究成果を発信するのが研究者の使命。国立大という公的機関が、逸脱するような研究をしてはいけない」と話した。


川内原発の停止要請/県知事の発言は極めて重い
 原子力施設の建設や運転に対して「地元」の理解が必須なるのは当然のこと。
 この場合の地元とは普通、原発などが立地する市町村と県を指している。電力会社と結ぶ安全協定の当事者になっているからだ。
 昨年8月に再稼働した川内原発(鹿児島県薩摩川内市)を巡って三反園(みたぞの)訓(さとし)・鹿児島県知事が先週、一時停止を九州電力に要請した。
 原子炉の安全確認などを求めているほか、事故時の避難計画を問題視している。法的な権限がない知事が運転中の原発の停止を求めるのは異例中の異例だが、九電は重く受け止めなければならない。
 説明を尽くしてもなお三反園知事の納得を得られないようなら、停止の要望を真剣に検討していくべきだ。県と真っ向から対立しながら原発を運転するのは、それこそ異常極まりない事態になる。
 三反園知事は7月の知事選で初当選したばかり。選挙では「川内原発の停止」を訴えていた。
 福島第1原発事故後の新規制基準によって、国内で初めて再稼働したのが川内原発。昨年8月に1号機、10月に2号機が運転を再開した。
 だが、今年4月の熊本地震によって安全性を心配する声が強まったいきさつがある。三反園知事も今回、熊本地震後の県民の不安の声を理由の一つに挙げている。
 川内原発はそもそも、火山災害の危険性が指摘されてきた。桜島や霧島などがある南九州は火山活動が極めて活発な地域だからだ。当然、地震の危険性も伴う。隣県の地震災害に敏感に反応するのは自然の成り行きだ。
 停止要請に先立ち、原発30キロ圏内を視察した三反園知事は避難計画を見直す考えも示した。もし計画を大幅に改めるのであれば、原発は停止してから作業に入るのが県民に対する責任だろう。
 重大事故や緊急事態の際の避難計画についても、川内原発は再稼働前から多くの問題点が指摘されていた。避難ルートや避難先などが不透明なまま、地元が再稼働に同意したいきさつがある。
 例えば緊急時対応として、ケースによっては自宅にとどまる「屋内退避」が盛り込まれているが、全く無意味ではないか。福島第1原発事故でも一部の地域が屋内退避になったが、物資不足で生活維持が困難を極めた。
 福島の事故を教訓にすれば屋内退避は問題がありすぎるのは明らかだ。
 運転中の原発が停止された例としては2011年5月の浜岡原発(静岡県御前崎市)がある。南海トラフの巨大地震の影響を心配した菅直人首相(当時)が「予防的措置」として中部電力に求めた。
 もし川内原発が停止になれば福島第1原発事故後、2例目になる。1号機は10月、2号機は12月に定期検査に入るため、2カ月程度は停止することになるが、定検後の運転再開については地元の同意が必要だろう。
 その際に三反園知事がどう判断するかはまだ分からないが、九電はいずれにしても知事の意見に対して誠実に向き合っていくべきだ。


川内原発停止要求 民意背負う知事に応じよ
 稼働中の原発の一時停止を知事が求めたのは初めてだ。住民の命、安全を最優先する立場からの要請は当然の行動であり、支持したい。
 鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が、稼働中の九州電力川内原発1、2号機の一時停止と再点検、周辺の活断層調査などを九州電力の瓜生(うりゅう)道明社長に要請した。
 一時停止は7月に初当選した三反園知事の公約だ。4月に起きた震度7級の熊本地震を受け、原発を抱える不安を募らせた県民の多くの支持を得て、原発推進の前知事を破った。
 立地県の民意を背負う知事が、電力会社に原発停止を直接要請した意義は大きい。
 「安全神話」が崩れた福島第1原発事故を受け、原発の存在に不安を抱くのは鹿児島県民だけではない。三反園知事の行動を多くの国民が注視している。
 九電と政府は要請を真摯に受け止めて一時停止を決断し、安全性の再点検に臨むべきだ。知事に原発を止める権限はないという高飛車な態度で、要請を過小評価することがあってはならない。
 国が定めた原子力災害対策指針は、重大事故時、原発5キロ圏の住民は即時避難し、5〜30キロ圏はまず屋内退避することになっている。
 だが、熊本地震発生後、多数の住宅が崩れたり、道路が寸断されたりしたため、全国の原発周辺住民には円滑な避難ができるのかという不安が高まっている。
 三反園知事は「原発への県民の不安を払拭したい」として、熊本地震の影響を考慮した上で設備全般を点検し、異常がないか再確認するよう求めた。知事は、原発事故を想定した避難計画に不備があるとして見直す意向も示している。
 九電は「熊本地震後に安全性について問題はないと確認した」と主張している。原子力規制委の田中俊一委員長は「われわれがきちんと審査してきた原発の何を点検するのか」と、冷や水を浴びせた。
 政府と規制委、九電が気脈を通わせる中、九電が一時停止するかについては否定的な見方が強い。
 川内原発1号機は10月、2号機は12月に約2カ月間の定期検査に入り、運転を停止するが、検査終了後の運転再開時には地元の同意を得ることが慣例化している。知事は安全性に疑念が残るなら、同意を拒めばいい。九電は、原発稼働には地元の理解が不可欠であることを再認識せねばならない。


川内再点検要請 不安の声にも耳を傾けよ
 鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が、同県薩摩川内市の川内原子力発電所を一時停止して安全性を再点検するよう、九州電力に申し入れた。
 三反園知事は先月の知事選で「熊本地震の発生を受け、住民の不安が高まっている。川内原発を一時停止して安全性を再点検すべきだ」と訴え、再稼働を容認していた現職を破って初当選した。
 知事に原発を停止する法的権限はないが、政府は原発再稼働に当たり地元の理解を得て進める方針を示している。
 地元合意を抜きにして原発を動かすことは事実上できないはずだ。県民を代表する立場の知事が要請した事実は重い。九電は、9月初旬までに回答をまとめる方針という。真摯(しんし)な対応を求めたい。
 熊本地震で観測された九州・中四国4原発の揺れは原子炉自動停止の設定値を大幅に下回り、異常がないことが確認された。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長は「安全上の理由があれば止めなければならないが、今の状況で問題があるとは判断していない」として川内原発を停止させる可能性を否定している。
 ただ、熊本地震後は川内原発に近い熊本県南西部でも地震が一時活発化した。関連性を不安視する地元住民の声は根強い。「そもそも規制委の審査は不十分。知られていない断層は数多くある」と指摘する地質学の専門家もいる。
 申し入れには、周辺活断層の再検証に加え、避難計画の見直しという重要な課題も盛り込まれた。
 今月19日には三反園知事自ら原発が立地する薩摩川内市などを視察し、事故が起きた際の住民の避難対策などを確認している。
 熊本地震では道路の寸断が多発しており、周辺住民の不安や懸念が高まっているのも事実である。
 再稼働した関西電力の高浜原発3、4号機(福井県高浜町)は新規制基準や避難計画などに疑問が残るとして司法判断で運転が差し止められている。九電は知事の要請を地元の民意と重く受け止め、熊本地震を機に改めて広がった原発への不安に耳を傾けるべきだ。


「東電」という名の“ゾンビ”はどこまで国民の懐をむさぼり続けるのか 柏崎刈羽原発再稼働への不可解な執着
東電の”暴挙”再び
深刻な原子力事故を起こして原発の全国的な運転停止を招いた東京電力が、事故機と同じ「沸騰水型(BWR)」原発の保有事業者4社に先駆けて、原発の運転を再開するという“暴挙”が現実味を帯びてきた。
手を貸しているのは、失墜した原子力行政に対する信頼を回復するために設置されたはずの原子力規制委員会だ。
共同通信や日本経済新聞によると、同委員会は先週火曜日(8月23日)までに、東電・柏崎刈羽原発6、7号機の新規制基準に関する審査を他社原発より優先して進める方針を決め、その意向を関係各社に伝えたという。審査が順調に進めば、来年中にも、東電が原発を再稼働する見通しだ。
しかし、東電は福島第一原発事故の最中に、社長指示でメルトダウン(炉心溶融)の事実をひた隠しにした会社だ。今なお、肝心の事故原因は藪の中である。しかも、巨額の公的支援を受けているにもかかわらず、損害賠償や廃炉といった事故処理が遅れている。さらに、他の原子力事業者の収益の足を引っ張るだけでは足らないとばかりに、公益資金返済に充てるべき稼ぎを顧客の囲い込みキャンペーン費用に流用するなど、やりたい放題だ。
本当に安全が確保できるならば、多様なエネルギーの確保の観点から、柏崎刈羽原発の有効活用は検討に値する。とはいえ、株式会社として淘汰されるべきだった東電が、規制委員会の特別扱いを受けて、BWRのトップをきって運転再開に漕ぎ着けるというのは、政府と国営東電の癒着を想起させかねない話だ。同時に、国民の原子力不信を再燃させる可能性もある。
原子力事業者にもデメリット
大別して、原発にはBWRと圧水型(PWR)の2タイプがある。
このうち、国内でこれまでに再稼働に漕ぎ着けたのは、すべてPWR型原発だ。九州電力が昨年秋に運転を相次いで再開した川内原発1、2号機、四国電力が今月半ばに運転再開した伊方原発3号機、運転再開に必要な原子力規制委員会の新規制基準審査にはパスしたものの、大津地裁が運転を差し止めている関西電力の高浜原発3、4号機など、これまでに規制委員会の審査に合格した原発は、すべてPWR型原発である。
一方のBWR型原発は、当初は、原子力史上最悪の事故を引き起こした福島第一原発と基本設計が同じという理由で、審査が後回しにされた。
その後も、BWR型原発には、PWRのような猶予措置が認められず、緊急時に放射性物質の大半を除去したうえで格納容器内の気体を外部に放出することが可能な「フィルター付きベント装置」など、新たな設備を審査の段階で設置することが義務付けられた。このため、東電のほか、BWR型機を保有する中部電力、東北電力、中国電力、日本原子力発電の4社が今なお、審査にパスできない状況にある。
仮に、柏崎刈羽がパスすれば、BWR型原発の新規制基準適合のひな形となるため、他の原子力事業者も試行錯誤の現状を抜け出しやすくなるメリットはある。しかし、程度の差こそあれ、福島第一原発事故が原因で運転停止を余儀なくされ、その状態が長引いたことにより、これら4社の経営は大きく圧迫されてきた。
さらに、今回の東電に対する優先措置で、4社の原発の運転停止が一段と長引き、収益の改善や利用料金の値下げの可能性が遠のくなど、原子力事業者にとっても「デメリットの方が大きい」(原子力事業者の広報部長)と懸念を強めている。
賠償金は国民・消費者が肩代わり
東電の場合、拙著『東電国有化の罠』や本コラムで何度も指摘してきたように、2011年3月11日に起きた福島第一原発事故に伴い、膨大な損害賠償が必要なことが明らかになっており、会社更生法を適用して破たん処理を行うのが資本主義の原則だった。
事故前のバランスシート(2010年12月末)をみると、破たん処理による100%減資で3兆175億円の株主資本を流動化できるほか、使用済核燃料再処理等引当金(1兆1,976億円)、使用済核燃料再処理等準備引当金(430億円)、資産除去債務(7,721億円)を転用すれば5兆302億円をねん出できた。仮に、福島第一原発の設備や燃料の減損処理に約1兆円を費やしたとしても、東電自身の資金で4兆円の損害賠償が可能だったのである。
これらは、東電救済派が声高に懸念の声をあげた社債(4兆5,046億円)のデフォルトや、日本航空(JAL)の破たん処理で断行された前例のある金融機関の債権カット(長期借入金1兆5,666億円、1年以内に返済する固定負債1兆151億円、短期借入金3,846億円の合計で2兆9,663億円)を一切行わずに調達できる資金だった。
ところが、政府は東電の責任を追及せず、曖昧にした。翌2012年7月末付で『原子力損害賠償支援機構』(今年8月18日付で『原子力損害賠償・廃炉等支援機構』に改組)を通じて、東電に1兆円の出資を断行。議決権の過半数(50.11%)を握り、同社を事実上国有化した。
同機構は、東電の財務体質の悪化を覆い隠すため、「バランスシート上の借入金扱いをしない」という“資金”の“交付”を繰り返している。今年度に入ってからは毎月1回、1回に付き315億円から852億円を交付しており、直近の交付総額は6兆1,984億円に達している。
しかも、この交付金を実際に支払っているのは我々だ。機構の資金は、資本金140億円、政府が貸与する「交付国債」、政府保証による借入金と社債、東電が支払う「特別負担金」、東電を含む原子力事業者が支払う「一般負担金」で賄われている。
このうち一般負担金は電力会社の原価として電気料金に転嫁され消費者が負担する仕組みになっている。結局のところ、東電が破たん処理されなかったため、我々国民が税金で、また消費者として電気料金で、両面から肩代わりを強いられているのだ。
半面、東電は今年春先、電力の小売り自由化が4月からスタートするのを睨んで、巨額の公的資金の返済に充てるべき収益を、新規ユーザー獲得や既存ユーザーの囲い込みに転用する営業戦略を展開。他事業者から「アンフェアだ」と厳しい批判を浴びた。
東電ホールディングス傘下の送配電事業者が速やかに新電電に通知すべき利用者の使用量データの連絡が遅れ、料金請求ができないと複数の事業者から賠償請求される騒ぎも起きている。
「原発事故の総括が済んでいない」
さらに、忘れてはならないのは、福島第一原発事故の最中に、当時の清水正孝社長の指示でメルトダウン隠しをしていた問題だ。
この問題について、東電は今年6月の第3者検証委員会報告書で、「首相官邸」関係者の指示があったと責任転嫁を試みた。ところが、同委員会が、問題の「首相官邸」関係者にまったくヒアリングしなかったことが判明、当時の官邸関係者が事実関係を否定すると、数日経って東電は非を認める始末だった。
それから2ヵ月あまりを経た8月25日のことだ。前日付で規制委員会が柏崎刈羽原発を特別扱いすることが報じられ、残る最大のハードルがかねてから東電に対する不信感を隠さない泉田裕彦新潟県知事の再稼働への同意取り付けとなったことを受けて、東電はようやく重い腰をあげた。
姉川尚史常務ら3人が同知事を新潟県庁に訪ねて「メルトダウン隠し」に言及、第3者委員会の杜撰な報告内容も踏まえて「自らの手で事実を解明して、きちんと回答できなかったことについて、お詫びする」と謝罪したという。併せて、当時からメルトダウンを定義するマニュアルが存在したにもかかわらず、「定義がない」と答えたことも謝罪した。
しかし、泉田知事は「メルトダウンしているかどうかは住民避難の判断に極めて重要な情報で、5年間も認めてこなかったことは非常に残念だ」と述べて、改めて東電を批判したという。新潟県は月内にも、東電と合同委員会を開いて、第3者委員会が明らかにできなかった点などを検証する構えだ。
泉田知事は東電との面会後、「原発事故の総括なしには柏崎刈羽原発の再稼働の議論はできない」と突き放したという。
政府・東電の目論見
我々は、柏崎刈羽の再稼働の行方だけでなく、なぜ、政府や東電が柏崎刈羽の再稼働にここまで執着しているのかにも目を向ける必要がある。
というのは、難航している福島第一原発の廃炉問題のうち、溶けて落下した核燃料や原子炉の構造物が冷えて固まった「核燃料デブリ」の取り出し方針を決定するデッドラインが、来年6月に到来するからだ。
廃炉・汚染水対策関係閣僚会議が昨年6月に改訂した「中長期ロードマップ」で規定しているもので、これまでの政府の見積額(廃炉・汚染水対策で2兆2,048億円)を大きく上回る費用の必要性もあわせて明らかになる可能性が高い。
ちなみに、廃炉費用については、老舗シンクタンクの日本経済研究センターが2011年4月のレポート『既存原発止まれば、影響10年単位に』で、最大で「15兆円」に膨張するリスクを早くから指摘していた。最近でも「8兆円〜10兆円は必要」(中堅エコノミスト)との見方が有力だ。
廃炉費用が大きく膨らめば、現状の『原子力損害賠償・廃炉等支援機構』の資金供給力では間に合わず、新たな国民・消費者負担を迫られることになるだろう。
そこで、政府・東電は、国民や消費者に一段と重い負担を強いる際に、東電にも応分の負担をさせると釈明するために、柏崎刈羽を早期に再稼働させて増収を図る道を確保しようと目論んでいる可能性が高いのである。
そもそも破たん処理すべきだった東電の“ゾンビ企業”化はいったい、どこまで国民、消費者の懐を痛め続けるのだろうか。不透明さは募る一方である。


帰還困難区域 除染に国費「東電救済」 自民内、政府方針に異論
 東京電力福島第一原発事故に伴う避難区域のうち、最も放射線量が高い帰還困難区域の除染に国費を投入する政府方針に対し、自民党内で「事実上の東電救済だ」と批判する声が上がっている。環境省は二〇一七年度予算の概算要求に関連経費を盛り込む予定だったが、金額を明示しない「事項要求」とし、費用負担のあり方を引き続き議論することになった。 (宮尾幹成、大野暢子)
 帰還困難区域は福島県の七市町村にまたがり、滞在が原則認められていない。除染も手付かずだ。政府は五年後をめどに同区域の避難指示解除を目指し、洗浄や表土はぎ取りなどの除染に加え、線量の低下につながる公共事業を計画。具体的には、区域内に「復興拠点」を設けるための建物解体・撤去や土壌入れ替え、道路の基礎整備・舗装を想定している。
 国・地方自治体は、過去五年間に実施した避難指示解除準備区域や居住制限区域などの除染に要した約一兆八千億円のうち約七千億円を東電に請求したが、支払われたのは四千八百億円余にとどまる。除染を国が公共事業として行うことになれば、さらに巨額の国費投入につながりかねない。
 このため、二十二日の自民党・東日本大震災復興加速化本部の会合では、河野太郎前行政改革担当相が「東電に負担を求めるのが基本だ」と反発。秋本真利衆院議員も「知らない間に国民に負担させるのは絶対に駄目だ」と述べた。額賀福志郎本部長が「今後の議論とする」と引き取り、公明党の復興加速化本部と合同で安倍晋三首相に提出した提言では、費用の負担方法は明記しなかった。
 提言は「除染とインフラ整備の一体的かつ効率的な実施」との表現を残した。額賀氏は「計画分は東電負担が当然だが、計画外のことはこれから検討する」と国費投入を否定していない。


「溶融燃料」県外処分訴え 世耕経産相に内堀知事、周辺首長
 内堀雅雄知事と原発周辺の13市町村長は29日、世耕弘成経済産業相に対し、東京電力福島第1原発事故で溶け落ちた核燃料(デブリ)や原発内の使用済み核燃料集合体などの放射性廃棄物について、廃炉作業後に確実に県外で最終処分するよう訴えた。政府が近く帰還困難区域の方向性を決定するタイミングで、改めて中長期的な復興の不安要素となり得る放射性物質の除去に関する基本方針を念押しするのが狙い。
 要望は経産省で行われ、内堀知事が「デブリは世界の英知を結集し安全かつ確実に(原発から)取り出してほしい。使用済み燃料などの放射性廃棄物は、原子力政策を推進してきた国の責任で処分方法の議論を進め、県外で適切な処分を」と求めた。市町村長を代表し、渡辺利綱大熊町長も「足掛かりとなる復興拠点の整備を大川原地区で進めている。大熊町内の安全、安心を確保するため、放射性廃棄物は(原発の)敷地内に長期間保管されることなく県外での適切な処分を要望する」と訴えた。
 世耕氏は「まずはしっかりと要望を受け止めさせていただきたい。国としては燃料デブリなどの処理、処分が適切になされるよう最後まで責任を持って対応していく」と応じた。要望後に取材に応じた内堀知事は「県と13市町村が合同で原発関係で国に要望したことはまれ。デブリの撤去に向け強い意志を示すことができた」と語った。
 燃料デブリを巡っては、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が7月に公表した廃炉作業に関する新たな「戦略プラン」で、取り出さずに建屋をコンクリートごと覆う「石棺」に言及し、地元の激しい反発を受けて文言を削除した経緯がある。


もんじゅに4000〜5000億円 再稼働試算 存続白紙論も
 原子力規制委員会が運営主体の変更を求めている日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)が再稼働を目指す場合、大幅な国費の追加負担が必要と政府が試算し、菅義偉(すがよしひで)官房長官を交え廃炉も選択肢に対応を検討していることが分かった。原子力機構関係者によると、新規制基準への対応費や設備の維持費などで四千億〜五千億円かかるとの観測も機構内にある。
 所管の文部科学省は原子力機構から関係部門を切り離し、新法人を設置する方向で調整していたが、政府内には、文科省案は看板の掛け替えにすぎず、廃炉を決断すべきだとの見解もある。存廃が政治判断され、存続前提のシナリオが白紙に戻る可能性が出てきた。
 廃炉が決まれば、核燃料サイクル政策の見直しは必至だ。
 もんじゅは保守管理上の問題が相次ぎ、規制委が昨年十一月、文科相に運営主体の変更を勧告。有識者検討会で存続を前提に在り方を議論していたが、受け皿の特定には至らず、文科省は二十九日までに、規制委への八月中の回答を断念した。
 菅氏は同日の記者会見で「文科省、関係省庁・機関が連携して、政府として対応を検討しているところだ」と述べた。


NHKの生番組で解説委員が反乱!? 7人の委員のうち6人が政府の原発政策を徹底批判する快挙!
 本日、台風10号が東北地方を直撃した。東日本大震災からの復興が進んでいないなか、各地の被害が心配されるが、とくに専門家が危機感を募らせているのが福島第一原発だ。同原発では、台風のたびに地下の汚染水の水位が上昇し、流出の可能性が指摘されているが、今回は大量の汚染水が海に流れ出てしまうのではないのではないか、との声が高まっているのだ。実際、すでに護岸近くの汚染地下水の水面が、地上まで十数センチに迫っているという報道もある。
 こうした事態に直面するたび、原発事故は安倍首相の言うように「アンダーコントロール」などされていないことがよくわかるし、再稼働へ積極姿勢を見せる政府、電力会社に対する怒りが込み上げてくる。
 そんななか、8月26日深夜、NHKで生放送された討論番組『解説スタジアム』が大きな反響を呼んでいる。この日のテーマはズバリ「どこに向かう 日本の原子力政策」。NHKの7人の主要解説委員が、日本の原発政策を多角的に議論するという番組だが、驚くべきは、解説委員7人のうち6人が政府や原子力規制委員会、そして電力会社の問題点を徹底的に批判していたことだ。さらには「原子力再稼働を認めない」という驚きの発言まで飛び出していた。そのためネット上でも「国民必見」「解説委員の勇気か反乱か!」「NHKはまだ腐っていなかった」など絶賛されている。
 この日の出席者をまず紹介すると、司会に西川吉郎解説委員長、以下、島田敏男、板垣信幸、関口博之、竹田忠、水野倫之、盒桐寛陲箸いΣ鮴皸儖たちだった。内容もたしかに原発再稼働の是非や核のゴミ問題、そして原発の将来像などかなり踏み込んだものだったが、なかでももっとも鋭く切り込んでいたのが財政・金融・エネルギー担当の板垣委員だった。
 番組がまず指摘したのは、各地で相次ぐ再稼働の可否そのものであり、原発の安全性についてだった。これについて板垣委員は再稼働の基準の甘さを指摘したうえで、「再稼働は認めたくない」とまで断言した。
「たとえばアメリカの基準のなかには避難計画がちゃんと入っています。で、日本の避難計画は自治体に丸投げ。こんな甘い基準はないと私は考えているんですね。ですからこういうでの安易な再稼働は、僕は認めたくないと思っています。(略)日本を見ればですね、地震、津波、火山の原発リスクの三大要点が揃っている日本がですね、やっぱり原発に多く依存するのは問題だと思うわけです」
 たしかに、8月12日に再稼働した愛媛県の伊方原発も、地震と津波についてのリスクが非常に高く、避難計画の杜撰さが指摘されている。伊方原発は佐田岬半島の入り口、付け根部分に立地していて、その先の半島部分には実に5000人もの住人が生活していることから、もし事故が起きたとき、住民の避難が事実上“不可能”になる。だが、NHKの解説委員がここまで突っ込んだ発言をするのは異例のことだ。
 しかも、原発の問題点を指摘したのは、板垣委員だけではなかった。社会保障・経済担当の竹田委員は、そもそも規制委員会が原発の安全性について保証をしていないことを問題にした。
「原子力規制委員会の田中(俊一)委員長は会見のたびによく何を言っているかというと『安全性を保証するものではない』。明確に何度も言うんですよ。規制委員会は基準に適合したかどうかを審査しているのであって、安全性を保証するものではないと何度も言っているわけです。じゃあ地元住民はどうすればいいんですか? ようするに電力会社はそこでどんどん再稼働の動きを進める。規制委員会が安全性をきちんと審査してそれにお墨付き付けたと思ったら、いや、規制委員会は安全性は保証しません、と。そうすると地元住民はそれでは(高浜原発訴訟のように)裁判所に判断してもらうしかないじゃないか。こうなるわけですよね」
 科学分野が専門の水野委員も、これに強く同意したうえで、政府の責任に踏み込んでいた。
「規制委は『じゃあ審査しろ』と言っても(それは)我々の仕事じゃありません、と。その法律の枠組み上そうなっていない、と言うんですね。だったらその法律を変えればいいんですけれど、その枠組みを変えようという動きが政府からも規制委からもどこからも起こらない」
 規制委員会は安全を保証しない。政府も動かない。では一体誰が再稼働の、そして事故の責任をもつのか。板垣委員も重ねてこう疑問を投げかける。
「これまで政府はなかなか自分たちが仕切るとは言わなかったけれど、政府として責任を取るという言葉を吐いたことはあるんです。だけれども責任ってどうやって取るんでしょう? いまの福島の第一原発の惨状を見てて、お金を渡せば責任を取ったことになるのか。ならないわけですよ。災害関連死の人も沢山いるわけですから。そういうことが起きたら責任を取れないのに責任を取ると強弁することこそ問題なのであって、むしろそういうことじゃなくて、きちっと現状を説明して、こうなったらこうしますと説明をしないからいけないんだと思いますね」
 板垣委員はさらに、コストの面での欺瞞についてもこう暴露した。
「なぜいま原発を再稼働するかというと、原発はいま再稼働したら、非常に安く電気がつくれます。それはなぜかと言うとですね、裏側にあるコストが入っていないからです。(略)原発はこの60年間で国家予算で15兆円つぎ込んでいるわけですよ。現在価格でいえば45兆円くらいです。それからいま、事故の対応でも9兆円使っている。こういうことですと、コストが一体安いのか、いや安くはないんだということにならざるを得ないわけですよ」
「(こうした)裏負担を国民は知らないうちにずっとやってきたし、(事故対応の)9兆円の枠も使ったらそれは(今度は)電気料金で(国民から)取るんですよ。つまり、これから原発事故要因で電気料金が上がってくる。だからいま、再生可能エネルギーで料金が上がっているなんて理屈も一方でありますけど、原発で上がってくる分も相当大きいってことを、やっぱり知っておく必要がある」
 実際、時事通信によれば、福島原発事故収束への国民負担額は、2015年度末までに4兆2660億円に膨れ上がり、日本の人口で割ると一人につき約3万3000円になることが明らかになっている。東電は政府にさらなる支援を求めており、中間貯蔵施設に1兆1000億円が支出されることになっているが、これは電源開発促進税の名目で電気料金に含まれているもの。つまり、巨額の税金が事故後の処理で使われたうえに、さらに消費者の電気料金に上乗せされているのだ。
 番組ではほかにも、40年を超えた老朽原発に対する運転延長決定、避難前提となる電力会社や政府による情報公開の不備など、さまざまな問題が指摘され、地元住民の安全など二の次という杜撰さや、政府と規制委員会、そして電力会社の無責任ぶりが炙り出されていった。そういう意味では、日本のテレビで原発の問題点をもっとも正確に指摘した画期的番組だったと言えるだろう。
 しかし、不思議なのは、あのNHKがなぜこんな番組をつくることができたか、だ。たしかにNHKはもともと電力会社への広告依存がないため、原発については民放よりも踏み込んだ報道をしてきた。しかし、「政府が右といえば右」という安倍応援団の籾井勝人が会長の椅子に座って以降、政権に批判的な報道はめったにできなくなり、原発についても問題点を追及するような報道はほとんどしなくなっていた。それがどうして、ここまで踏み込むことができたのか。
「いちばんの理由は、この放送が上層部が厳しくチェックできる録画ではなく生放送だったということでしょう。しかも、籾井会長が来年1月の会長選で再選されることなく交代する可能性が高くなって、恐怖支配が少し緩くなっている。その間隙をぬって、良識派の解説委員たちが勇気ある発言をしたということでしょう」(NHK関係者)
 もちろん、こうした番組が放送されたからといって、NHKの状況はけっして楽観できるものではない。今回の『解説スタジアム』にはたまたま良識派が数多く顔を揃えたが、報道局幹部や解説委員の多くは、籾井会長の動向にかかわらず、政権の顔色をうかがって官邸に尻尾をふり続ける“安倍政権の犬”のような連中がほとんどだ。
 現に、今回の番組でも、“安倍首相とマスコミ幹部の会食会”の常連で“島田スシロー”の異名をもつ島田敏男解説委員は、原発の問題点を指摘するどころか、ほとんど議論に参加しようとしなかった。唯一、高速増殖炉「もんじゅ」については「結論からいうと、高速増殖炉の事業はもう辞めるべきだ」と発言していたが、実はこれも、政府の「もんじゅ」廃炉の方針転換を知って先取りしたのではないかと言われている。
「しかも、島田氏は番組の最後に原子力政策についての考えと提言を聞かれ、今回のテーマとはほとんど関係のない、テロ対策の必要性を力説していた。これも、安倍政権が9月の臨時国会で成立をめざしている共謀罪を意識してのものでしょう」(全国紙政治部記者)
 しかし、それでも、今回の番組はNHKに安倍官邸の恐怖支配に屈しない良心が残っていることを証明した。深夜、生放送で見ることのできたこの勇気ある抵抗が広がって、NHKの報道そのものが変わってくれることを切に望みたい。(伊勢崎馨)


ふるさと納税/本来の目的に立ち返ろう
 個人が応援する自治体に寄付をすると住民税などが軽減される「ふるさと納税」が急増している。総務省によると、2016年度のふるさと納税の控除額は998億円超で、前年度の5・4倍に膨らんだ。適用者数は約3倍の130万人に上る。
 背景には、高級牛肉や家電製品など豪華な返礼品の人気に加え、15年から控除額が拡充されたことや手続きが簡素化されたことがある。
 本年度からは、国が認めた自治体の事業に企業が寄付すると税負担が軽減される「企業版ふるさと納税」もスタートした。
 ふるさと納税の広がりは、財政難に苦しむ地方の活性化を支援し、大都市と地方の格差縮小につながる可能性がある。一方で、返礼品の自治体間競争や税収が減る自治体が相次ぐなどの問題が指摘される。高額の寄付ができる富裕層ほど減税の恩恵を受けられることにも疑問が残る。
 寄付行為は善意に基づき自己負担で行うことが原則だろう。総務省は自治体に行き過ぎた返礼品の自粛を要請したが、それで問題が根本的に解決するわけではない。控除の上限額は、年収300万円の夫婦2人家族で1万9千円に対し、年収2500万円では83万1千円に上る。税の公平性の点からも首をかしげざるを得ない。
 ふるさと納税の増加に伴い、大都市を中心に住民税収が大幅に減少した。都道府県別の減収額では、東京都が約104億円で最も多く、神奈川県、大阪府などが続く。兵庫は21億円で5番目だった。
 地方の自治体でも返礼品を用意していないところは寄付を集めにくく、他団体への寄付額が受け入れ額を上回る「赤字」となっているケースもある。これでは、大都市と地方の税収の差を縮小し、地方を応援するという理念がかすむ。こうした問題点を踏まえ、本来の目的に立ち返って制度を見直すべきではないか。
 企業版は、国が認めた地域活性化事業に寄付すれば、法人税や法人住民税などから寄付額の約6割を軽減されるが、見返りは禁じている。
 第1弾として6県と81市町村の計102事業が認定され、兵庫県内からも子育て支援や観光振興など6事業が選ばれた。継続的に寄付を集めるためには、事業の中身が大切になる。自治体が取り組みの創意工夫で競い合うことが望まれる。


テロ準備罪 本当に必要性はあるか
 「テロ等組織犯罪準備罪」の新設を政府が検討している。国会で3度廃案になった「共謀罪」の内容を、成立要件を絞って盛り込むものだ。9月召集の臨時国会で、組織犯罪処罰法改正案を提出予定という。
 共謀罪は、具体的な犯罪について2人以上が話し合って合意するだけで成立する犯罪だ。小泉政権時代の2003年から3年連続で関連法案が提出されたが、「一般市民が漠然と犯罪の実行を相談しただけで処罰されるのでは」との懸念が強く、いずれも廃案に追い込まれた。
 20年の東京五輪・パラリンピックを前に、政府はテロ対策の一環と位置づけるが、立法の必要性について国会での徹底的な議論が必要だ。
 テロをめぐる国際状況は、確かに小泉政権時代と一変した。過激派組織「イスラム国」によるテロが世界で頻発している。7月のバングラデシュでの人質テロ事件では日本人7人が犠牲になった。国内でのこうしたテロ防止は政府の最重要課題だ。
 政府は昨年末に「国際テロ情報収集ユニット」を発足させ、テロ対策に取り組んでいる。共謀罪が、テロの芽をいち早く摘む重要手段になると考えたのだろう。とはいえ、10年以上再提出の動きがなかった法案である。リオデジャネイロ五輪の盛り上がりに便乗し、にわかに持ちだしてきたような唐突感は否めない。
 00年に国連総会は、国際組織犯罪防止条約を採択した。条約は、国境を越える組織犯罪へ対処するため、重大な犯罪について共謀罪などを設けることを各国に求めた。ただし、共謀罪がその国の法体系になじまない場合があることが条約の起草段階で検討され、「各国が国内法の基本原則に従って(条約を)実施する」と明文化された。
 日本も条約に署名し、03年に国会が承認した。しかし政府は、条約締結には共謀罪の新設が必要だとの立場で、いまだ締結に至っていない。
 一方、日本の刑法では、一定の重大犯罪について、予備罪や準備罪などで、未遂より前の段階で処罰ができる規定が既にある。法律家の中には、テロに絡む犯罪でも既存の法の枠内で摘発ができ、条約締結は可能だとの意見がある。共謀罪の必要性は、改めて議論する際の重要な論点だ。
 政府は今回、適用対象を絞り込む方針だ。また、合議に加え、犯罪の準備行為が行われることも要件に加えるとみられる。
 だが、定義の仕方によっては、幅広い解釈が可能になる。廃案になった法案と同様、対象罪種は600を超えるとみられる。既遂の処罰を原則とする刑法の原則は大きく変わる。テロをめぐる環境変化を踏まえても副作用は大きい。


「共謀罪」法案  乱用の恐れなお消えぬ
 過去に3回廃案になった「共謀罪」法案を、政府がまたも国会に提出する見通しという。今度は「テロ等組織犯罪準備罪」と名を変えて、である。
 共謀罪は、重大な犯罪を実行に移す前に計画に加わっただけで処罰するものだ。安易な見込み捜査や不当な身柄拘束につながる危険性を、わたしたちは再三指摘してきた。野党や日弁連、刑事法学者も「市民団体や労働組合が対象になり得る」と批判し、小泉政権下で提出された法案は3回とも廃案になった。
 今回の法案が以前と違うのは、単なる「団体」としていた適用対象を「組織的犯罪集団」に変え、犯罪の計画だけでなく資金集めなどの具体的な「準備行為」を構成要件に加える点にあるようだ。
 だが組織的犯罪集団とは実際に何を指すのか。テロ組織や暴力団の他にどんな団体が含まれるのか。準備行為とそうでない行為の線引きはどこか。そこをはっきり示さなければ、対象者を実質的に限定することにはならない。
 一方で、対象の罪種は過去の法案を引き継ぎ、重大犯罪に必ずしも当たらない窃盗や詐欺罪などを含めて600超に上る。法案の本質を変えずとも、4年後に迫った東京五輪・パラリンピックのテロ対策強化と言えば国民の理解が得やすいと政府が踏んでいるのなら、極めて危うい。
 特定秘密保護法をはじめとして、政府の裁量や捜査機関の権限を広げる法整備が安倍政権下で相次いでいる。これまで抑制的だった電話やメールの傍受も、5月の法改正で比較的軽微な犯罪にまで対象が拡大した。こうした国権強化の先に待つものが、息苦しい「監視社会」であり、人権の抑圧であることは歴史の示すところだ。
 現行法にも殺人など一部の犯罪を準備段階で処罰する規定はある。それを多くの犯罪に広げれば「刑法体系を根底から覆す」ことになるとの日弁連の指摘にも、謙虚に耳を傾けるべきだろう。
 政府は、共謀罪の創設は国際社会の要請という。180カ国以上が締結する国連の国際組織犯罪防止条約に日本は署名しているが、正式な締結には、国内法に共謀罪の規定が不可欠と説明する。
 頻発するテロの封じ込めへ、各国との連携はむろん必要だ。一方で、人権の保障も国際社会の原則である。捜査の行き過ぎや冤罪がなくならない中、権力を持つ者はまずは自制し、治安と人権を両立する手だてを講じるべきだ。


[高江資材 自衛隊空輸?]どこからそんな発想が
 本土ではしないことを、沖縄では何が何でもやる。米軍の意向は重視するが、選挙で示された住民の意向は顧みない−その典型的な例が「高江」「辺野古」である。
 米軍北部訓練場で進められているヘリパッド建設工事の大幅な遅れを取り戻すため、沖縄防衛局は「H」「G」「N1」の3地区の工事を同時に進めるほか、自衛隊ヘリを投入して資材空輸に当たらせることも検討しているという。
 「自衛隊機使用のハードルは高い」と防衛省関係者も認めてはいるが、大きな政治問題に発展しているヘリパッド建設工事に自衛隊機を投入するという発想自体に驚きを禁じ得ない。
 自衛隊投入の話は今回が初めてではない。防衛省は2007年5月、キャンプ・シュワブ沿岸部に海上自衛隊の掃海母艦「ぶんご」を停泊させ、環境アセス法に基づかない大規模な現況調査(事前調査)を実施した。サンゴの産卵状況を調べるため着床具を設置する作業を海上自衛隊の隊員が支援したのである。
 04年のボーリング調査の際、海上での反対行動にあった防衛省は、海上保安庁に強制排除を依頼したが断られたため、自衛隊の艦船を投入し、自衛隊法第82条に基づく「海上における警備行動」を発動することも検討していた(守屋武昌・元防衛事務次官「『普天間』交渉秘録」)。
 権力は抑制的に行使しなければならないというのが歴代保守政権の知恵だったはずだ。工事を中断し、説明責任を果たすべきである。
■    ■
 海上保安庁は07年度以降、中城保安署を保安部に格上げするなど職員を大幅に増やし、海上での抗議行動を力ずくで排除する方針に転換した。そして今年7月22日。政府は全国から約500人の機動隊員を投入し、ヘリパッド建設工事に着手した。
 米軍属による女性暴行殺人事件を受け政府が警察官100人の増員や「沖縄・地域安全パトロール隊」の創設などの再発防止策を打ち出したのは6月3日のことである。
 ところが、防衛省の呼び掛けで全国の地方防衛局から沖縄に派遣された職員は、「米軍関係者による悲惨な事件を二度と繰り返さない」ための防犯パトロールには参加していなかった。
 高江周辺でヘリパッド建設に反対する住民の行動を監視し、警戒する業務にあたっていたのだ。「増員される100人の警察官」は、果たしてどのような業務に従事するのか、政府の説明が必要だ。
■    ■
 高江では着工後、作業ヤードなどを確保するため立木の伐採が続いている。3地区で同時に工事を進めれば、住民生活や野生動物へのさらなる影響は避けられない。07年に防衛局が提出した環境影響評価図書は「動物の影響をより少なくするため1地区ずつ実施する」としており、3地区同時進行を想定していない。
 「いざとなれば自衛隊ヘリで資材を空輸」という考えがあるとすれば、あまりにも安易な発想だ。沖縄戦を体験した県民の傷口に塩を塗るようなものである。


子どもの自殺 救いの手を差し伸べたい
 青森県東北町の中1男子が自殺した。いじめが理由という趣旨の書き置きがあったという。青森市では中2女子が列車にはねられ、死亡した。自殺とみられる。
 子どもの自殺は、2学期が始まる9月1日をピークに、その前後でも多発することが、内閣府の調査で分かっている。青森県は夏休みが短く、2人がこの世を去ったのは始業式の前後だった。
 長い夏休みが終わると、生活のリズムが一変する。学校でつらい目に遭っている子どもにとっては苦しい日々の始まりだ。
 子どもは悩みを隠そうとする。言葉や態度に表れる小さなSOSも見逃さないようにして、何とか救いの手を差し伸べたい。
 警察庁によると、2015年の自殺者は2万4025人で、6年連続で減少した。一方、中高生の自殺は343人で、前年より31人増えた。この10年で最多である。
 もちろん原因はいじめだけではない。進路の迷いや学業不振、友人との不和などといった悩みが、子どもを死に追い込む。家族関係のもつれや、親からしかられたことが契機になることもある。
 この春、施行された改正自殺対策基本法は、学校に保護者や住民と連携しながら、自殺を防ぐための教育や啓発に努めることを求めている。
 命の尊厳を教え、思いやりの心を育む大切さは言うまでもない。だが、それだけで、自殺を防ぐことは難しいのも現実である。
 14年の中1男子いじめ自殺を受け、仙台市は今年4月から「子どもの見守
り」の中核を担ういじめ対策専任教諭を市立小中学校に配置し始めた。
 長崎市でフリースクールを運営するNPO法人などが始業式前後、小中高校生を対象に「駆け込み居場所」を開設する。子ども支援に携わる他の団体にも広がってほしい試みだ。
 子どもを見守り、頼れる「命綱」を整えるにはどうすべきか。
 毎年9月1日前後に繰り返される悲劇を防ぐ手だてを社会全体で考え、実践していきたい。


合意反対の元慰安婦ら提訴 韓国政府に損害賠償請求
 【ソウル共同】旧日本軍の元従軍慰安婦ら計12人が30日、慰安婦問題解決を確認した昨年末の日韓合意で精神的苦痛を被ったなどとして、韓国政府に1人当たり1億ウォン(約910万円)の損害賠償を求めソウル中央地裁に提訴した。合意に反対する市民団体などでつくる「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」が明らかにした。
 財団によると、提訴したのは支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺対協)や「ナヌムの家」の支援を受けている元慰安婦ら。「日本政府に対する賠償請求権を奪われる損害を被った」とも主張しているという。


台風10号、東北縦断 岩手で猛烈な雨
 大型の台風10号は30日、暴風域を伴ったまま日本列島の東海上を北上し、岩手県大船渡市付近に上陸した。強い勢力を保ちながら東北を縦断し、同日夜、日本海に抜けた。
 気象庁によると、東北の太平洋側からの上陸は1951年の統計開始以来、初めて。
 東北では局地的に猛烈な雨が降り、岩手県宮古市では1時間に80・0ミリを観測した。
 台風の影響でけが人や家屋の被害も出た。宮城県名取市では、70代の女性が強風であおられた自宅のドアで左手中指を切断。同県登米市で家の屋根が飛ばされたり、岩手県軽米町で住宅に土砂が流れ込んで30代男性が頭にけがをしたりするなどした。

台風10号Lionrock初めての東北上陸???

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Fait rare au Japon : une fusillade fait 1 mort
Une entreprise située dans la ville de Wakayama (ouest du Japon) a été le théâtre d’une fusillade ce lundi matin.
C’est une scène très rare pour la société japonaise, commente Europe 1 qui relaye la fusillade qui a éclaté ce lundi matin. Un homme dont l’identité n’a pas été révélée est entré dans les locaux d’une entreprise de construction. Il a alors ouvert le feu tuant ainsi un employé et blessant 3 autres. La personne décédée a reçu une balle dans le ventre. Il s’agit d’un homme agé de 45 ans. Les blessés, dont une dans un état grave, ont été transportés à l’hôpital.
Après son forfait, l’assaillant, toujours armé a pris la poudre d’escampette. Ses motivations ne sont pas encore connues. Et selon la chaîne de télévision publique NHK, il connaissait ses victimes. Selon un porte-parole des autorités locales, "L’enquête est en cours" pour appréhender le tireur.
Au Japon, le taux de criminalité impliquant des armes à feu est relativement faible et les fusillades sont très rares.
Le Japon se prépare à un nouveau typhon
Le Japon se préparait aujourd'hui à l'arrivée dans les prochaines heures d'un nouveau typhon, une semaine après des intempéries qui ont fait deux morts et fortement perturbé les transports.
Ce puissant cyclone tropical, Lionrock, dixième de la saison en Asie, a eu un parcours inhabituel depuis sa formation dans le Pacifique le 19 août, au large de Tokyo. Il a dans un premier temps dévié vers le sud, se dirigeant vers les Philippines, puis a soudainement fait demi-tour pour revenir vers le Japon.
Il devrait finalement accoster d'ici à demain soir dans la région du Tohoku (nord-est), avant de traverser le pays et de repartir en mer en direction de la Russie et de la Chine, selon l'Agence météorologique japonaise. Si ces prédictions se confirmaient, ce serait la première fois depuis la compilation des données en 1951 qu'un typhon débarquerait directement en cette partie de l'archipel.
Accompagné de rafales de vent pouvant atteindre 216 km/h, Lionrock se trouve aujourd'hui au-dessus du Pacifique à quelque 330 km à l'est de l'île Hachijo, elle-même située à près de 300 km de la capitale nippone. Les autorités ont émis des bulletins d'alerte pour fortes précipitations, inondations et vents violents. "A l'approche du typhon, nous prévoyons des pluies abondantes dans de larges zones de l'est et du nord du Japon", a prévenu un responsable de l'agence météo lors d'un point presse.
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台風10号Lionrockが迫っています.報道では初めての東北上陸とのこと.なんだか心配です.

被災松の観音像お堂へ 5000人がのみ
 東日本大震災で被災した名勝・高田松原の松で作った観音像が、同じ陸前高田市内の米崎町の高台に再建された立山観音堂の本尊として迎えられ、落慶法要が28日、現地で行われた。
 復興への願いを込め「あゆみ観音」と名付けられた観音像は、童女をイメージして作られた。復興支援で同市に滞在した奈良県葛城市職員、同市の寺関係者らが立案。5000人以上がのみを入れた。本尊が流失した立山観音堂が再建されるまで、別の寺に仮安置されていた。
 法要には地域住民ら約40人が参列。焼香し、観音像に手を合わせた。
 堂守の大和田智広さん(37)は「たくさんの人の思いがこもった観音像を頂き、光栄だ。海が見晴らせる鎮魂の場として、多くの人にお参りしてほしい」と話した。
 兵庫県西宮市の藤田敏則さん(67)と英美さん(62)の夫妻も、のみを入れた。陸前高田市で暮らしていた長女菊池朋さん=当時(29)=を震災で亡くした。観音堂には、朋さんの祖母が作った千羽鶴もつるされている。
 参列した夫妻は「(あゆみ観音が)ようやく公開され、感無量」と語った。


食文化伝えよう 「捕鯨の町」でまつり
 宮城県石巻市鮎川浜の牡鹿公民館跡地の特設会場で28日、牡鹿鯨まつり(実行委員会主催)が開かれた。かつて捕鯨基地として栄えた地区の一大行事で、市内外から5500人が訪れ、終日にぎわった。
 特設ステージでは牡鹿中の全校生徒47人による「侍ソーラン」、鮎川小児童が「銀鱗(ぎんりん)太鼓」を披露。鯨の食文化を伝えようと地元の捕鯨会社が提供したツチクジラの炭火焼き約100キロを無料で振る舞い、来場者は鯨肉の味をかみしめていた。
 東日本大震災で被災し転居した住民も地元に戻り、旧友との再会を楽しむなど地区は活気に包まれた。
 塩釜市塩釜一小の小栗武琉(たける)君(8)は「鮎川浜には初めて来た。鯨肉はおいしかった」と話した。
 斎藤富嗣実行委員長は「古里の良さをみんなで感じ、楽しい思い出を作ることができた」と語った。
 鯨まつりは1953年から続く伝統のイベント。震災で中断したが、2013年に復活した。


被災地復興 若い力ですてきに
 宮城県亘理町観光協会は、町の観光地や特産品を宣伝する地元の男女「伊達なわたりgroovy girls&boys」を本年度初めて公募し、4人を選んだ。「groovy」は「すてきな」などの意味。地元関係者に限った男女のPR役は珍しく、観光協会は「誇りを持って町をアピールしてもらえると思う」と活躍に期待する。
 地元に住んでいるか仕事をしている18歳以上の未婚の男女を公募。町への愛着などを基準に書類選考と面接を経て、いずれも町内在住の大学生佐久間一輝さん(21)、専門学校生西村苑加(そのか)さん(19)、アルバイト宍戸和香奈さん(19)、大学生岡崎翼哉(よくや)さん(19)を選んだ。
 15日に荒浜漁港周辺であった「わたりふるさと夏まつり」の会場で4人のお披露目式が行われ、町観光協会長の斎藤貞町長から委嘱状を受け取った。4人は早速、山車に乗り込んでパレードの盛り上げに一役買った。任期は1年。今後、町の主催行事に参加したり町をPRするラジオ番組に出演したりする。
 4人はいずれも「東日本大震災からの復興に向け町の活性化に貢献したい」と張り切っている。町観光協会の担当者は「意欲のある若者が集まった。町を盛り上げるためのアイデアもぜひ提供してもらいたい」と話す。


【震災2000日を歩く(4)】 草木が全てを覆っていた! 福島第1原発事故 荒れた土地、下がらぬ放射線量… 
 人の手が入らなくなった田畑は、黄色い花をつけたセイタカアワダチソウで埋め尽くされていた。
 東京電力福島第1原発事故で福島県いわき市に避難する高校1年、遠藤瞭さん(15)は昨年10月、事故後初めて、生まれ育った大熊町の自宅に戻った。誕生日の2日後だった。第1原発からは4キロほど。放射線量が高い「帰還困難区域」となり、大人でも立ち入りが制限されている。
 「大熊が今どうなっているのか、見たくって」
 誕生日が待ち遠しかった。15歳になれば、区域内への立ち入りが許されるからだ。ただ放射線の影響を心配して、町に戻る同級生はほとんどいない。
 途中、白い防護服で体を覆い、帽子とマスク、手袋を身に着ける。靴カバーまで渡された。
 「自分の家に入るのに、ここまでしないといけないのか」
■■
 玄関。取っ手にはツタが絡まっていた。ドアを前後に動かして引きちぎる。すぐ脇のガラス戸は何者かに激しく割られ、先に一時帰宅していた両親がビニールで覆っていた。
 一目散に自分の部屋へ。
 「あのころのままだ」
 文房具が好きだった、小学4年の頃を思い出す。
 父の書斎は雪崩を打ったように、棚いっぱいの本が崩れ落ち、足の踏み場を奪っていた。
 姉の部屋には動物が入ったような形跡が残る。台所では食器棚の扉が開け放たれ、室内には瓶や袋が散乱し、東日本大震災の発生直後の姿をとどめていた。
 自分の家なのに、どこか違う場所にいるような感覚。「予想はしてたけど…」。気持ちの整理がつかないまま、デジカメのシャッターを切った。書斎の中を撮った一枚は、ひどくぶれていた。
 「町が、見えないおりで囲まれている感じ」
 すべてが止まってしまったような空間。子供のころに遊んだ公園の電波時計だけが静かに、正確に時を刻んでいる。
 友達の家や空き地、公園の滑り台にブランコ…。全ての思い出にふたをするかのように、名も知れぬ草木が覆いかぶさっている。通っていた小学校の運動場のトラックには松が群生していた。
 故郷なのに、そこが自分の育った町だと最後まで受け止められなかった。
 「人がいないと、こんなふうになるんだ」
 故郷を追われて2千日。
 福島県大熊町出身の遠藤瞭さんは町の様子を初めて自分の目で確かめてから、ずっと考え続けている。
 「生まれ育った町に戻りたい。どうしたら人が戻れるようになるのか」
■■
 小学4年のとき、町内の小学校で激震に襲われた。一度は家に戻れたものの、翌朝には町から避難を呼び掛ける放送が流れる。川内村、三春町、いわき市、そして東京…。両親や姉と避難先を転々。町の小学校再開に合わせて、大熊から90キロ離れた会津若松市に移った。
 中学生になると、避難先での授業で、役場の職員が町の復興計画を説明してくれた。どの場所をどう再生していくか。今の様子を写真で見せ、熱を込め、丁寧に語る。
 〈みんな、頑張っているんだ〉
 大人の奮闘を見た。
 授業では放射線や風評被害の実態と併せて、原発のことも学んだ。第1原発にある放射性廃棄物の処理方法は、いまだ確立されていない。汚染水の対策も課題が山積−。
 夢ができた。
 原発の放射性廃棄物の処理方法を研究したいと思うようになった。
 「廃炉への手助けができれば、町の復興に貢献できるはず。故郷に戻れず、つらい思いをしている人を減らしたい」
 町のために、自分も何かしたい。何もできない−。そんなもどかしさが、着実に夢を育んだ。
■■
 進路は決まった。故郷に近い、広野町にある県立ふたば未来学園高校。地域の復興を担う人材を育てるため、平成27年4月に開校したばかり。卒業後を見据え、学外の人たちとの交流にも力を入れているところが魅力だった。
 入学からほどなく、原発事故と向き合う1人の大人の姿に、背筋が伸びた。事故の収束拠点となっている学校近くの「Jヴィレッジ」を訪れたときのこと。
 「被災者さま」
 案内に立った東京電力の男性がこう口にした。
 今、自分の日常生活には不便も不満もない。その陰で、「多くの人の故郷を奪った加害者」という十字架を背負いながら生きている人がいる。
 強い意志と覚悟。廃炉を成し遂げなければならないという、仕事への責任を垣間見た。
■■
 今年7月23日、3度目の一時帰宅。
 視線の数メートル先にわが家がある。その行く手に、背丈を優に超える草木が立ちはだかった。「何か出てきたらどうしよう…」。それ以上、足は進まなかった。
 小学校の校庭で、町から配られた簡易型の放射線量測定器を取り出す。地表から1メートルほどの高さ。9・99マイクロシーベルト(1時間当たり)−。測定器の限界値を示した。国の基準の40倍以上だ。
 静寂の中に、鳥や虫の鳴き声だけが不気味に響く。
 人間が近づけないほどに荒れた土地、下がらぬ線量…。目の前の事実を、受け入れ始めている自分がいた。
 「町は変わってしまっている。だけど、これが当たり前じゃない。受け入れちゃいけない。受け入れてしまったら、なんとかしようっていう思いが弱くなってしまうから」
 原発に近い沿岸部を南北に貫く国道6号の通行が再開し、常磐自動車道も全線開通した。周辺の市町村では避難指示の解除も進んでいる。復興の槌音は、少しずつ大きくなってきた。
 好き嫌いが多く、運動が苦手。スヌーピーのぬいぐるみが好きで、夜は一人で寝られない。そんな少年は、あの日から20センチ以上も背が伸びた。
 課外活動では自らの将来をこう記した。
 「自分の力で復興が進められるようになっていたい」。少年は大人への階段を一歩ずつ駆け上がっている。(野田佑介)


【東日本大震災2000日】 被災地に咲け「あいりちゃん」 現場に咲いた名もなき花を商標登録
 東日本大震災で亡くなった宮城県石巻市の幼稚園児、佐藤愛梨ちゃん=当時(6)=が犠牲になった現場に咲いた名もなき花が、「あいりちゃん」の名称で商標登録されることが決まった。これを記念して9月9日、仙台市泉区の東北生活文化大高で、追悼のフラワーアートイベントが開かれる。
 愛梨ちゃんは通園バスで帰宅する途中、石巻市南浜地区で津波に遭った。バスが炎上し、他の園児4人とともに命を落とした。現場一帯は平成30年度までに復興祈念公園として整備される計画で、現在、かさ上げ工事が進んでいる。
 花は震災から4年後の昨年5月、現場の道端に群生しているのが見つかった。フランス菊の一種とみられ、白い花を咲かせる。遺族の支援者で芸術家の菅原淳一さん(52)が1輪を持ち帰り、同県利府町の自宅で栽培。今年春に再び開花した。
 菅原さんは「花は愛梨ちゃんの分身。彼女の名で商標化し、生きた証しを残そう」と特許庁に商標登録を出願し、承認を得た。花は種が取れ、水素水を使った培養法で株を増やしている。
 イベントは東北生活文化大高の生徒と東北生活文化大の学生が菅原さんらの取り組みに共鳴して企画された。校内の花壇に花「あいりちゃん」を植え、周りに「カプセルシード」と呼ばれる工作物を差し込んで一体的な芸術作品にする。カプセルシードの中には字を書き込める紙が入り、追悼メッセージを記入する。
 菅原さんらの取り組みは「アイリンブループロジェクト」と名付けられ、「花の里親普及運動」として全国の賛同者に種分けし、植栽の輪を広げる。復興祈念公園にも植える計画だ。愛梨ちゃんと遺族を主人公にする短編映画を制作する計画も進行している。
 愛梨ちゃんの母、美香さん(41)は「娘の生存証明を残す活動の輪が高校生、大学生にも広がり、ありがたいの一言。震災の風化を防ぐ一助にもなってくれれば、なおうれしい」と話している。
 活動の問い合わせは菅原さん((電)080・3198・3874)。


復興支え5年、仮設食堂が幕…岩手・大槌
 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町で5年間にわたり、住民やボランティア、復興工事作業員らに愛されたプレハブ仮設食堂「よってったんせぇ」(同町吉里吉里)が今月末で閉店する。
 地元女性たちが起業し、震災から5か月後、町内のプレハブ仮設で最も早く開店した「憩いの場」の閉幕に、全国から多くの惜しむ声が上がっている。
 「今日も暑いねぇ。かき氷ちょうだい。カレーも」「はいよぉ。イチゴでいい?」。調理場からカウンター越しに常連客と掛け合う芳賀紀子店長(39)は5年間、店に立ち続けた看板娘だ。津波で自宅は全壊し、今も仮設住宅で暮らすが、「5年で店の前の景色も変わった。最初は『働かなくちゃ』と始めたけど、店があったから前を向けた。全国に友達も出来たしね」と笑顔で振り返る。
 震災直後、町にはがれきが山積みだった。「みんな下を向いて、会話も聞こえない。とにかく人が立ち止まれる『居場所』を作りたかった」と語るのは、店の発起人で、店の運営団体「マリンマザーズきりきり」の芳賀カンナ事務局長(48)。震災から2か月後に店の構想を思い立ち、商店街だった通りの一角にプレハブ小屋を建て、地元女性6人で2011年8月に開業した。
 ウッドデッキに机とイスを並べ、ドアも窓もない空間は浜辺の「海の家」を連想させる。開店直後は町にほとんど店はなく、1日100人以上が訪れ、店外のがれきに座ってラーメンをすする人もいたほどだ。カレー350円など「毎日通える価格」を心がけ、地元特産のワカメを練り込んだ手作りかりんとうも土産品として定着した。ラーメン、焼きそば、カレーから始まったメニューは、ワカメと魚介が入ったスープカレーなど25種類近くに増え、多くの人に愛された店の歴史を物語る。
 震災ボランティアで町を訪れる度に通う明治学院大学4年の女性(22)は「店と外の仕切りがないので道路越しに住民の方とおしゃべりもできる。本当にあたたかい場所」と語り、近くの復興工事現場で働く50歳代の男性は「安くてうまい。ここに来るのが昼の楽しみだったのに」と惜しむ。
 芳賀事務局長は「一面がれきだった町から、盛り土をして家も建ち始めた。『人が集える居場所作り』という当初の目的は、皆さんに支えられて果たすことができた。閉店は後ろ向きではなく、一つの区切り。いつかまたみんなで、町を元気にする活動をしたい」と感謝と夢を語った。
 営業は31日まで。29日は定休日。営業は昼のみ。(柿沼衣里)


お堂再建 復興への歩み祈る
◆陸前高田 被災マツでご本尊
 東日本大震災の津波で流された陸前高田市米崎町の立山観音堂が再建され、高田松原の被災マツを使った新たなご本尊「あゆみ観音」が28日、落慶式でお披露目された。
 観音堂は気仙三十三観音霊場のひとつで、震災の津波で流され、観音像も失った。観音像の制作は、復興支援で2012年に約2か月間、同市に派遣された奈良県葛城市職員の西川好彦さん(43)が発案。当麻寺中之坊(奈良県葛城市)などが協力して実現した。
 復興への歩みを祈る意味で「あゆみ観音」と名付けられた像(高さ約1・3メートル)は、13年から1年がかりで関西を中心に約30か所の寺院などをまわり、5000人以上の参拝者らが一彫りずつ手を入れた。足を踏み出す姿の観音像は右足の親指が上がっており、復興前進への思いが込められている。
 観音堂は震災前の場所から約1キロ離れた標高約70メートルの高台に移った。お堂の再建にあたっても善光寺(長野県)から柱の寄付を受けるなど、全国各地の善意が寄せられた。
 この日の落慶式には約40人の地域住民らが集まった。堂守の陸前高田市職員、大和田智広さん(37)は「多くの支援や人の縁で震災前より立派な再建を果たせた。海を見渡せる場所なので、観音様が地域の復興を見守ってくれると思う」と支援に感謝した。
 奈良県から駆け付けた西川さんは「全国5000人以上の思いが観音像に込められている。これからも交流を続けていきたい」と笑顔だった。


熊本地震被災者が仮設訪問 仙台・長町
 ◆集会所活用など学ぶ
 東日本大震災の被災地の経験を学ぼうと、熊本地震で被災した熊本県益城町の仮設住宅に住む被災者2人が28日、仙台市太白区の長町仮設住宅を訪れ、長町仮設の元自治会長・飯塚正広さん(55)らと意見交換した。飯塚さんは「住民のコミュニティーづくりが大切」とアドバイスを送った。
 長町仮設を訪れたのは、熊本県最大の「テクノ仮設団地」(516戸)に住む吉村静代さん(66)と夫の長洋さん(66)。
 長町仮設で長年自治会長を務めた飯塚さんと、長町仮設のコミュニティーづくりを支援した東北工業大の新井信幸准教授(44)が今月22〜23日、益城町を訪れたことが縁で今回の訪問が実現した。
 吉村さんらは飯塚さんらから集会所の活用方法やボランティアとの連携の大切さについて説明を受けた後、仮設住宅を歩き、ボランティアが描いた壁画や住民が手作りした倉庫などを見学した。
 吉村さんは益城町の避難所でコミュニティーづくりを進めてきたが、テクノ仮設にはまだ自治会は結成されていない。吉村さんは「長町仮設のように楽しい仮設住宅を作り上げていきたい」と話した。飯塚さんは「私たちの経験をこれからも伝えられたら」と意気込んだ。


<防潮堤>5m超 住宅破壊率を軽減
 東北大災害科学国際研究所などの調査チームは、東日本大震災やチリ地震(1960年)の津波で、防潮堤の高さが5メートル超の市町村では住宅が破壊された割合が低下したとする分析結果をまとめた。震災後、防潮堤の有効性を疑問視する見方があるのに対し、被害軽減に一定の効果があったと結論付けた。
 調査では宮城、岩手両県の沿岸市町村ごとに、全壊家屋数を全家屋数で割った「住宅破壊率」を算出。破壊率を津波と防潮堤の高さなどに照らし合わせ、統計学の手法で分析した。
 それによると、防潮堤の高さが最大5メートルだった市町村の住宅破壊率は29%。最大15メートルの市町村は23%と6ポイント下がった。
 防潮堤が無かった時代に発生した明治三陸大津波(1896年)と昭和三陸津波(1933年)の住宅破壊率のデータを加味した「住民死亡率」も算出。防潮堤がない場合の市町村の死亡率は7%だったのに対し、最大15メートルの防潮堤があった市町村の死亡率は6%に低減した。
 防災研究者の間では、震災で多くの津波犠牲者が出たことを踏まえ「防潮堤があったために住民が安心し、避難しなかったことで犠牲者を増やした」などの指摘がある。
 災害研のジェレミー・ブリッカー准教授(土木工学)は「防潮堤には一定の効果があることが分かった。高さにかかわらず、防潮堤があれば死亡率は低下していた」と説明した。


<さんま祭り>朝市で秋の味覚に行列
 東日本大震災で被災した名取市閖上地区のゆりあげ港朝市で28日、31回目となる「さんま祭り」(同朝市協同組合主催)が開かれ、大勢の来場者が秋の味覚を楽しんだ。
 会場には北海道根室沖で捕れた生サンマ2000匹が用意され、1人1匹ずつ無料で配られた。毎年恒例とあって午前5時台には長い行列ができ、サンマを受け取った来場者は早速、長さ約40メートルの炭火焼きの網に載せて焼き上がった身をほおばっていた。
 水揚げが始まって間もないこともあり、現在のサンマの価格は1キロ当たり2000〜1300円と、通常より1000円以上高い。1匹当たりに換算すると約250円という。
 組合の桜井広行理事長は「震災以降、ずっと地域の皆さんに支えてもらった。多少、高くても、感謝の気持ちを表したかった」と話した。


難病と闘い撮り続けた被災と復興
 東日本大震災の被災地を撮影し、巡回写真展を開いてきた長野市のアマチュア写真家新井栄司さん(44)が9月、最終回となる46カ所目の写真展を神戸市で開く。原因不明の腸の病気「クローン病」を患いながら現地に何度も足を運び、シャッターを押し続けた。最終回に向け、宮城県を再訪し「病気と闘う自分の作品を通し、震災に負けないでというメッセージを伝えたい」と訴えた。
 新井さんが撮影先に選んだのは宮城県七ケ浜町。7月28日、多聞山から一望できる被災した日本三景の松島を写した。松島を訪れるのは2012年1月以来。「枯れ木が目立った当時と比べ、緑が多い印象だ」とカメラを構えた。
 写真展は13年2月に始まり、岩手、宮城、福島を中心に開催。今年8、9月は九州を巡り、最終回の神戸市を含め、30都道府県計46会場に上る。「津波被害が予想される地域はほぼ回った」と区切りを付ける。
 最初の一枚は11年9月、陸前高田市の「奇跡の一本松」だった。造園業を営む傍ら、青森県から茨城県の沿岸を軽乗用車で走り、撮影を重ねた。「一度来た場所でも少しずつ復興が進み、景色が変わっている」。被災地入りは30回を数え、展示作品は当初の50点前後から約100点に増えた。
 伝えるのは被災地の惨状だけではない。青空を泳ぐこいのぼり(東松島市)や浜辺に咲く花(気仙沼市大島)など、復興の息吹を感じさせる風景も写真に収めた。桜を前景に、街の移り変わりを毎春捉えた陸前高田市の作品もある。
 17歳の時、約4000人に1人の割合で発症するクローン病と診断された。完治療法はなく、薬の服用と食事に気を付けながら日常生活を送る。北海道の自然に魅せられ、30代前半に写真を始めた。「デジタルでは出せない色合いがある」とフィルムカメラを愛用する。巡回写真展を終えた後も被災地を訪れるという。
 最終回の写真展は9月20日〜10月5日、神戸市中央区の市生涯学習支援センターで開く。入場無料。今年1月、写真集「必ず明日はやって来る 東日本大震災 5年の記憶」を河北新報出版センターから刊行した。

<再生する医療拠点>身近で安心 他院と連携
 東日本大震災で被災した石巻市立病院(宮城県石巻市)が移転新築され、9月1日にJR石巻駅前で再開する。未曽有の災禍で疲弊した地域医療に力を与える新拠点のオープン。多くの人の期待が集まる。(石巻総局・鈴木拓也)
◎石巻市立病院9月再開(上)高まる期待
 「地域医療の再生にとって極めて大きな一歩を踏み出す日となる」
 10日に市立病院であった記念式典で、亀山紘市長は力強く宣言した。
 市立病院は内科や外科、リハビリテーション科など6診療科で構成し、外来患者は1日当たり約200人を想定。180床の入院ベッドを用意する。
 病院から約500メートル離れた災害公営住宅の無職男性(67)は「肺に持病があり、徒歩圏内に大病院ができるのは安心。公営住宅は年寄りが多く、みんな喜んでいる」と歓迎する。
<回復期受け入れ>
 市立病院再開を待ち望むのは市民だけではない。地域医療を支える他の病院も期待を寄せる。
 注目されるのは市立病院の新しい役割だ。社会生活に戻るための回復期の患者を受け入れるほか、痛みを和らげる緩和ケアも担う。震災を機に、急性期中心の医療から方向転換した。
 救急医療の核となる石巻赤十字病院地域医療連携課の佐々木功課長は「頼れる連携先が増えるのは大きなメリット」と言う。
 赤十字病院は464ある病床の稼働率が90%超の状態が続く。地域の救急患者の大半を受け入れるが、患者を一時的に治療した後、病床を確保できず、別の病院に入院してもらうケースも少なくない。
 症状が安定した患者を市立病院に引き受けてもらえれば改善が見込まれる。赤十字病院の石橋悟副院長は「入院が必要な患者を全て受け入れられないのはもどかしい。病床を確保できれば、より良い医療を提供できる」と語る。
<在宅患者も対応>
 市立病院の機能として、在宅患者への対応も加わる。介護や予防活動も含めた地域包括ケアにおける医療の中心的立場となる。
 団塊世代が75歳になる2025年を見据え、市内では地元の開業医らが先行して在宅医療に取り組む。
 石巻市医師会の千葉淳会長は「具体的な連携に向けた話し合いはこれからだが、市立病院には遠隔地診療の支援や在宅患者向けのバックアップ用ベッドの確保をお願いしたい」と将来像を描く。


<道しるべ探して>地域の復元力高めよう
◎とうほく共創 第3部恵み/東京都市大環境学部教授 枝廣淳子氏に聞く
 東京電力福島第1原発事故で首都圏の人たちは、初めて自分の家の「コンセントの向こう側」を知り、自分の責任を考えた。悲劇的な方法ではあったが、福島の人たちに迷惑を掛けながら電気を使わせてもらっていたことに気付き、罪悪感を抱くきっかけになった。
 こうして心情的に「脱原発は当然」と考えるようになった人たちに再生可能エネルギーという新しい選択肢を示したのが、東日本大震災後の5年間だった。
 日本は間違いなく再エネの時代に入りかけている。この時間軸が進めば、原発か地球温暖化かという「地獄の選択」を回避できる。
 実際、九州電力では毎日、発電量の10〜30%を再エネで賄うようになった。「ドイツでは再エネ率が30%」と聞いて驚いていた時代が、実は既に私たちの足元で育っている。
 世界の国々が再エネを推進するのは「温暖化を食い止めたい」などという地球市民的発想ではなく、その方が単に経済的だから。
 原発の立地地域が再稼働を求めているのも理屈は同じで、雇用と地域経済を回したいための再稼働推進であって、別に原発そのものが必要だからではない。
 風力発電に積極的で、地域がエネルギーで自立することを国家目標とするデンマークでは、風車の8割以上が地元所有になっている。地元を吹き抜ける風は地元のものであるから地元の利益にするのが当然というお国柄。風車がビュンビュン回る音が、地元の人にはチャリンチャリンとお金が落ちてくる音に聞こえるとか。
 日本にも3.11後、始まった再エネの固定価格買い取り制度(FIT)ができた。だが再エネ発電量を増やすことが目的となり、どこが出資するか、利益がどこに戻るかは二の次だった。その結果、動きの速い大企業に利益を奪われる植民地型になっている。
 震災では、個人も企業も地域もポキッと折れてしまわない「レジリエンス(しなやかな復元力)」が問われた。特に地域レジリエンスでは、エネルギーと食料の外部依存性を下げておくことが大事なポイント。この点で一番折れやすいのは東京、となる。
 私は子ども時代を宮城県柴田町で過ごした。ここでは、地元で消費できるだけの米や野菜を作って売っていた。経済活動は盛んなのだが、域内経済の全体像は膨張することなく常に一定という「定常経済」の状態にあった。
 一方で国全体は成長経済路線を突き進んでいたが、地域経済の中で暮らしている人なら、定常経済の方が実感を持って理解できる経済システムではないだろうか。
 東北は東京に供給する対価として補助金をもらうような関係性を断ち切り、地域の人たちの幸せのためにエネルギーをどれだけ使えるかと発想してほしい。


<原発避難>住宅支援 打ち切り撤回を
 東京電力福島第1原発事故の影響で福島県から山形県に移り住んだ自主避難者や支援者が28日、「住宅支援の延長を求める会」を設立した。山形県米沢市内で発足式を同日開き、来年3月で自主避難者に対する住宅無償提供を打ち切る方針を示している福島県に方針撤回を求めるとともに、支援の輪を山形県内外に広げていくことを確認した。
 式には避難者と支援者ら約100人が出席した。井上肇会長が「つらい避難生活は今でも続いており、打ち切りはあり得ない。延長を求める動きを、会の発足を機に全国的に広げていきたい」とあいさつ。福島県秘書課を通じ、文書で内堀雅雄知事との面会を求めたことを報告した。
 避難者4人が現状を訴え、そのうち福島市から子ども2人と母子避難している米沢市のパート竹内桃子さん(47)は「子どもに転校を強いたくない。2人の高校卒業までは今の避難生活を続けさせてほしい」と話していた。
 28日現在、求める会の趣旨に賛同し署名したのは828人。9月4日には山形市でも発足式が開かれる。


<賢治誕生120年>高畑監督「描写が細やか」
 27日に生誕120年を迎えた宮沢賢治(1896〜1933年)の作品世界と映画や音楽のつながりを、多彩なゲストが紹介する「イーハトーブフェスティバル」(実行委員会主催)が28日までの3日間、岩手県花巻市の宮沢賢治童話村野外ステージで開かれた。
 28日は「セロ弾きのゴーシュ」のアニメ映画化を手掛けた映画監督の高畑勲さん(80)が講演した。「賢治の童話は動作や情景の描写が細やかで、映像が脳裏に浮かぶ。さながら映画のようだ」と語った。
 一番のお気に入りという詩の「岩手軽便鉄道七月(ジャズ)」についても解説。「3拍子に区切られた文章が次々と繰り出され、文字で書いた音楽のように思える」と説明し、約1000人の賢治ファンが聞き入った。
 岩手県金ケ崎町出身の声優桑島法子さん(40)による詩や童話の朗読ライブもあった。


鼓笛隊300人、街をパレード 東松島夏まつり
 宮城県東松島市の「東松島夏まつり2016」(実行委員会主催)が27日、同市中心部であった。大勢の人が繰り出し、出し物や出店を楽しんだ。
 市商工会館に設置されたステージでは、ダンスを中心とした演目が披露された。蔵しっくぱーく近くの広場では友好都市の東根市や埼玉県東松山市がブースを設け、特産品などを販売した。
 多くの出店が並んだ商店街では、市内の矢本西、大曲、大塩の3小学校の鼓笛隊計約300人がパレード。リングバトンを担当した大曲小6年遠藤成奈さん(11)は「緊張したけれど上手にできた。出店を回るのが楽しみ」と話した。


<台風10号>東北に初の直接上陸の恐れ
 大型で非常に強い台風10号は29日、東京・八丈島の南海上を北寄りに進んだ。30日には進路を北西に変え、北海道や東北、関東に接近。強い勢力で暴風域を伴ったまま東北に上陸する恐れがある。仙台管区気象台によると、台風が太平洋側から東北に直接上陸すれば、1951年の統計開始以来、初めてとなる。管区気象台は東北、北海道を中心に大荒れの天候となる可能性があるとして、厳重な警戒を呼び掛けている。
 気象庁によると、台風10号は29日午前9時現在、八丈島の南南東約350キロを時速約25キロで進んだ。中心気圧は945ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は45メートルで最大瞬間風速は60メートル。中心の南東側150キロ以内と北西側110キロ以内では風速25メートル以上の暴風域となっている。
 29日は小笠原諸島で大しけに。北日本や東日本は30日未明から非常に強い風が吹き、さらに強まる見込み。
 管区気象台によると、東北は30日から31日にかけて非常に強い雨が降り、局地的に雷を伴って1時間に80ミリの猛烈な雨となる。
 台風接近に伴い仙台市内では29日、朝から雨模様となり、傘を差した市民が足元を気にしながら歩いた。
 30日にかけて予想される最大風速(最大瞬間風速)は、東北の太平洋側海上で35メートル(50メートル)、太平洋側陸上と日本海側海上で25メートル(35メートル)、日本海側陸上で20メートル(35メートル)。
 30日午前6時までの24時間予想雨量は、東北の太平洋側の多い所で150ミリ。31日午前6時までの24時間予想雨量は東北の多い所で300〜500ミリ。


イタリア地震 「来るのが遅くてごめんね」消防士が手紙
 【ローマ福島良典】イタリア中部地震で、がれきに埋まった少女を助けられなかった男性が27日の国葬で、「来るのが遅くてごめんね」と手書きの手紙をひつぎに寄せた。男性は消防士とみられ、心情を素直に吐露した内容が共感を呼んでいる。
 被災地の一つ、ペスカラ・デル・トロントで、倒壊した建物の下敷きになったジョルジャ・リナルドさん(4)は地震発生から16時間後、救助隊員に救出された。だが、がれきから妹のジョルジャさんをかばうようにしていた状態で見つかった姉ジュリアさん(8)は助からなかった。
 ジュリアさんにあてた手紙の差出人は、2009年4月に大地震のあった中部ラクイラから救助に駆けつけた「アンドレア」さん。手紙で「がれきから君を引っ張り出そうとしたけれど、来るのが遅くて、もう息をしていなかった。でも、天上で、私たちが全力を尽くしたことは知っていてほしい」と記し、署名の後ろにハートマークが描かれていた。
 28日付イタリア紙コリエレ・デラ・セラによると、両親は謝意を伝えるため、消防署を通じて「アンドレア」さんを探したが、見つからなかったという。 国葬は被災地から約20キロ離れたアスコリ・ピチェーノで営まれ、デルコレ司教は「ジュリアさんは亡くなったが、ジョルジャさんという命を救った」と追悼。マッタレッラ大統領は国葬参列後、入院中のジョルジャさんを見舞い、人形を贈った。
手紙全文の日本語訳
 消防士とみられる「アンドレア」さんがジュリアさんのひつぎに寄せた手書きの手紙(イタリア語)の全文の日本語訳は以下の通り。
 こんにちは、お嬢さん。僕は、がれきの牢獄(ろうごく)の中から君を引っ張り出そうと手を貸しただけなんだ。僕たちが来るのが遅くなったとしたら、ごめんね。残念だけど、(来た時には)もう君は息をしなくなっていたんだ。でも、天国にいる君には、僕たちが君をそこから引っ張り出そうとできる限りのことをしたのを知っていてほしい。(被災地近くのイタリア中部)ラクイラの自宅に僕が戻ったら、空から僕を見ている天使がいるのを知るだろう。夜には、君は光り輝く星になっているだろう。じゃあね、ジュリア。君は僕と知り合うことはなかったけれど、大好きだよ。
アンドレア (ハートマーク)


川内原発停止要請 県民代表の声 真摯に受け止めよ
 鹿児島県の三反園訓知事が、九州電力に対し、稼働中の川内原発(薩摩川内市)の一時停止と施設の再点検・検証を要請した。「熊本地震後、県民の不安の声は高まっている」ことが理由だ。知事に原発を止める法的権限はないとはいえ、稼働には地元の理解と協力が絶対に不可欠。立地県民を代表するトップの申し入れを、九電は真摯(しんし)に受け止めなければならない。
 川内原発は昨年8月、全国の原発に先駆けて再稼働した。当時の知事は総務官僚出身の伊藤祐一郎氏。周辺自治体の住民から再稼働への不安の声が上がる中、政府の意向を受け「地元」の範囲を薩摩川内市と県だけに絞り、短期間で同意した。
 三反園氏は今年7月の知事選で、その伊藤氏を破って当選した。当初「脱原発」は明確な公約ではなかったが、反原発団体が推す候補との一本化調整の結果、川内原発の一時停止で政策合意した。要請は公約を実行に移したもので、民意を反映させるための努力を尽くすべきだ。
 三反園氏は停止以外に、原子炉容器や使用済み燃料の保管設備などの安全性確認、周辺の活断層の調査、非常時の正確な情報発信などを求めた。いずれも事故を防ぎ、万が一事故が起きた場合には被害を最小限に食い止めるための正当な要求だ。
 九電の瓜生道明社長は「内容を確認して検討を進める」と述べるにとどめた。1号機が10月6日、2号機が12月16日にそれぞれ定期検査に入る予定で、それまで時間稼ぎをするつもりなら到底容認できない。
 九電が「安全性」の根拠とするのは原子力規制委員会の審査だが、合格したのは2年前。今年4月の熊本地震は震度7の大地震が連続して発生するという想定外のものだった。新たな知見を基に原発の施設や周辺の活断層を調べ直すのは、事業者として当然の責務だ。
 「熊本地震後に点検し、安全性を確認した」としているが、住民の不安は拭えていない。だからこその異例の申し入れである。原発を一時停止した上で、三反園氏、そして県民が納得のいく再検証を実施するべきだ。
 三反園氏は九電に対し、事故時の避難計画に対する支援強化も要請した。就任後の視察で計画の不備に気付いたという。避難計画の実効性については、今月再稼働した四国電力伊方原発でも疑問視されている。そもそも避難計画が規制委の審査対象になっていないこと自体が大きな問題だ。国が責任を持って避難計画へ関与し、実効性のある対策を打ち出す必要がある。
 立地自治体の意向で原発が止まることになれば、他の原発にも影響を及ぼす。逆に言えば、これまで立地自治体の同意さえあれば、周辺住民の不安は軽視されてきた事実の裏返しでもある。三反園氏の背後には鹿児島県民だけではなく、伊方原発の周辺住民をはじめ、原発の安全性に疑問を抱く多数の国民がいることを忘れてはならない。


<もんじゅ>再稼動には数千億 廃炉含め検討
 原子力規制委員会が運営主体の変更を求めている高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)が再稼働を目指す場合、数千億円規模の国費の追加負担が必要と政府が試算し、菅義偉官房長官も交え廃炉も選択肢に対応を検討していることが29日、分かった。
 直接所管する文部科学省は現運営主体の日本原子力研究開発機構からもんじゅの関係部門を切り離し、新法人を設置する方向で調整していたが、存廃が政治判断される可能性が出てきた。
 もんじゅは保守管理上の問題が相次ぎ、規制委が昨年11月、文科相に運営主体の変更を勧告。有識者検討会で存続を前提に、在り方を議論していた。


もんじゅ 10年で6000億円 政府試算、廃炉含め検討
 管理上の相次ぐミスで停止中の高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について、現行計画に基づいて今後10年間運転する場合、国費約6000億円の追加支出が必要になると政府が試算していることが28日、分かった。既に約1兆2000億円をつぎ込みながら稼働実績がほとんどなく、政府は菅義偉官房長官の下のチームで、廃炉も選択肢に含めて今後のあり方を慎重に検討している。【岡田英、阿部周一】
 もんじゅを巡っては、原子力規制委員会が昨年11月、運営主体を日本原子力研究開発機構から他の組織に代えるよう所管の文部科学相に勧告。それができなければ廃炉も含めた抜本的な運営見直しをすることも求めた。文科省はもんじゅの運転・管理部門を同機構から切り離して新法人に移す方向で調整していた。
 複数の政府関係者によると、もんじゅの再稼働には、福島第1原発事故を踏まえた高速増殖炉の新規制基準を規制委が作った上で、これに適合させる改修工事が必要になる。運転には核燃料198体を4カ月ごとに4分の1ずつ交換しなければならないが、もんじゅの燃料を製造する茨城県東海村の工場も新規制基準に対応しておらず、耐震補強などが必要だ。内閣官房を中心にした費用の検討では、こうした対策費に10年間の燃料製造費や電気代、人件費などを加えると追加支出額は約6000億円に達するという。停止中の現在も、維持費だけで年間約200億円がかかっている。
 政府内には「(原型炉の次の段階の)実証炉を造れる金額。それだけの支出に見合う存続の意義を国民に説明するのは難しい」という厳しい意見など、廃炉論さえある。原子力機構は2012年、廃炉には約3000億円かかるとの試算をしており、再稼働するかどうかに関わらず今後も多額の国民負担が必至だ。
 もんじゅは1985年に着工、95年8月に発電を開始したが、約3カ月後に冷却材のナトリウム漏れ事故で停止した。10年5月に再稼働したが3カ月半後に燃料交換装置の落下事故が起き、稼働・発電実績は1年に満たない。
 文科省の担当者は「再稼働後の運営方法の想定次第でいろいろな試算があり、それぞれ精査中。金額についてはコメントできない」と話している。
 【ことば】もんじゅ
 通常の原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを燃料とし、使った以上のプルトニウムを生み出す「高速増殖炉」の実用化に向け試験を行う原型炉で、国の核燃料サイクル政策の中核。冷却に使うナトリウムは空気や水に触れると発火する恐れがあるため扱いが難しく、1995年には漏えい事故が発生。2012年には約1万件の機器点検漏れが発覚し、規制委から運転禁止命令を受けた。


NHK 「障害者を感動話に」方程式批判
 NHKのEテレの情報バラエティー番組「バリバラ」で28日夜、「検証!『障害者×感動』の方程式」と題した生放送があった。「清く正しい障害者」が頑張る姿を感動の対象にすることを「感動ポルノ」と表現し、「感動は差別だ」との障害者の声を伝えた。同時間帯は日本テレビ系で障害者の姿を伝えるチャリティー番組「24時間テレビ」が放送中だった。
 番組では、自身も障害者で「感動ポルノ」の言葉で問題提起した豪州のジャーナリスト兼コメディアン、故ステラ・ヤングさんの「障害は体や病気よりも、私たちを特別視してモノ扱いする社会の方」との発言を紹介した。
 出演者は「笑いは地球を救う」と書かれたそろいのTシャツ姿。難病の大橋グレース愛喜恵さんを主人公にした模擬ドキュメンタリーも流した。生活の大変さや障害者になった衝撃、明るく前向きな姿を強調。本人の実感や意思を無視して「感動ポルノ」に仕立てられるさまを示した。大橋さんは今回の24時間テレビにも出演した。
 「障害者の感動的な番組をどう思うか?」と健常者と障害者100人ずつに聞いた調査では、「好き」は健常者が45人に対し、障害者は10人。健常者の好きの理由は「勇気がもらえる」「自分の幸せが改めて分かる」など、障害者は「取り上げてもらえるなら、感動話でも仕方ない」だった。英BBCが障害者を英雄や被害者として描くことが侮辱につながるとしたガイドラインを20年前に策定したことも紹介した。
 出演した脳性まひの玉木幸則さんは番組内で「(障害者と健常者が)同じ人間として怒ったり笑ったり、思いを重ねることがホンマの感動。一方的な感動の押しつけは差別だ」と話した。
 「バリバラ」は「バリアフリー・バラエティー」の略。2012年に始まり、障害者の性や結婚、高齢化などを当事者らが本音で語る場を提供してきた。「笑い」の要素も大きく、障害をネタにする当事者も出場する、お笑いコンテスト「SHOW−1グランプリ」も開催。今春からは障害者のほか性的マイノリティーなどに対象を広げ、生きづらさを抱える当事者の声を伝えている。【鈴木英生】


『24時間テレビ』の裏で障害者番組『バリバラ』が“感動ポルノ”批判! でも溜飲を下げる前に考えるべきことが
 放送直前にパーソナリティのひとりだった高畑裕太容疑者が逮捕され、注目を集めた『24時間テレビ 愛は地球を救う』(日本テレビ系)だが、今年も「サライ」の大合唱で無難に幕を閉じた。しかし、その一方でネット上では、ある裏番組の“ぶっこみ”に話題沸騰となった。
 その番組とは、テレビ業界で「もっともチャレンジングな番組」と評判の“日本初の障害者のためのバラエティ番組”である『バリバラ』(NHK Eテレ)。『バリバラ』はなんと、『24時間テレビ』が佳境に入りはじめた真裏の28日19時からの放送で「検証!〈障害者×感動〉の方程式」と銘打ち、真っ正面から「障害者に感動は必要なのか?」と疑問を投げかけたのだ。
 番組はまず、「24」という字がプリントされたボードがアップで写され、出演陣全員が「笑いは地球を救う」と書かれた黄色地Tシャツに身を包むという手の込みようでスタート。もうこの時点で“『バリバラ』の本気”を見た思いだが、番組は骨形成不全症を抱え2014年に亡くなったジャーナリスト・コメディアンのステラ・ヤング氏によるこんなスピーチを紹介したのだ。
「手がない女の子が口にペンをくわえて絵を描く姿、カーボンファイバーの義肢で走る子ども、こうした姿を見たとき、みなさんは『自分は人生は最悪だけど、下には下がいる。彼らよりはマシ』だと思うでしょう。私たちはこれを“感動ポルノ”と名付けました」
 感動ポルノとは一体、どんなものなのか。『バリバラ』は「たぶんこんな番組のこと」と言いながら、一例として架空の番組を放送した。そのタイトルは「感動ドキュメンタリー 難病になんか負けない!」。しかも出演者は、本家『24時間テレビ』に今回出演した、オリンピック柔道の元代表選手で現在は多発性硬化症を患っている大橋グレース愛喜恵氏だ。
 悲壮感漂うピアノのBGMに乗せて紹介されるグレース氏。ナレーションは暗い調子で彼女の障害の重さを切々と伝える。──さっきまで『バリバラ』のスタジオでノリのいいトークを見せていたグレース氏を視聴者は観ているだけに、この典型的な“障害を抱えた大変な人”という描かれ方だけで大爆笑だ。
 次に、グレース氏は口からご飯を食べることができないため、胃に開けた穴にパイプを差し込み直接栄養を摂っていると伝えられるのだが、そこでディレクターが「大変ですよね」と声をかける。当然、ここでテレビが欲しいのは苦労の言葉だが、グレース氏はとくに表情も変えず「いや、意外と食べる手間も作る手間も省けるので、そんなことはないですけどね」と返答。「いや、大変でしょ」とディレクターは畳みかけるが、グレース氏は「楽ですよ、むしろ」。このグレース氏のあっけらかんとしたコメントは、感動ポルノでは「放送しない部分」だとテロップ解説が入る。
 また、多発性硬化症を発症したときのことを回想するシーンでは、ディレクターが「相当ショックだったでしょうね」と、発症して柔道もできなくなってしまった当時のことを質問すると、やはりグレース氏は「いや、でもその病院にめっちゃイケメンの先生がいて、めっちゃテンション上がりまくりでした」。もちろん、これも「放送しない部分」だ。
 大変な生活なのだという演出に加え、「過去の栄光」がクローズアップされ、「悲劇」を畳みかける。その上で「仲間の支え」が語られ、締めは「いつでもポジティブ」……。まさに『24時間テレビ』をはじめとする障害者ドキュメントの“お約束”の数々だが、これこそが「感動ポルノ」だというわけだ。
 まさに「感動」を日本中に届けている『24時間テレビ』の真裏で、障害をもつ当事者たちが「感動の材料にしないで」と声を上げる……。この『バリバラ』の問題提起がネット上で大きな話題となったのは、『24時間テレビ』の“感動の押し売り”に違和感をもっていた人たちにとって、溜飲が下がるものだったからなのだろう。
 実際、現在の『24時間テレビ』は、「感動ポルノ」と批判を受けても仕方がないものだ。というのも、今年の同番組は、いつものように障害者のチャレンジ企画を放送する一方で、7月に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起こった殺傷事件について、番組として言及することは一切なかったからだ。
 相模原事件の容疑者は「障害者なんていなくなればいい」「障害者はすべてを不幸にする」「障害者には税金がかかる」という考えから障害者の命を奪ったが、この事件は同時に、社会には容疑者と似たような価値観が広がりつつあることをも明らかにした。そして、いまもなお、障害を抱える人びとはその社会に対し、自分も襲われるのではないか、いなくていい存在だと思われているのではないかと、大きな不安を抱きながらの生活を余儀なくされている。
 そんななかで、障害者との共生をひとつのテーマにしてきた『24時間テレビ』が真っ先にやるべきことは、事件に触れた上で障害者の生を全面的に肯定し、「なくなっていい命などない」というメッセージを発信することだったはずだ。そうした問題に向き合うことなく、ただ障害者の悲劇とポジティブさを描いて感涙しているだけなら、それは「感動ポルノ」と誹りを受けて当然というものだ(ちなみに『バリバラ』は、事件発生後まもなく緊急で事件のことを特集し、優生思想が社会に広がっているのではないかと警鐘を鳴らしている)。
 だが、それでも注意しなければいけないのは、こんな世の中では『24時間テレビ』も重要な意味を果たしている、ということだろう。ネット上では『24時間テレビ』を否定するために、今回の『バリバラ』を賞賛する向きがあるが、それは違う。現に、番組司会者の山本シュウ氏は番組中一貫して「きょうは障害者がもっとも注目されるお祭り」「We are親戚」と語り、『24時間テレビ』へのリスペクトを示していたし、出演者は“『24時間テレビ』からオファーがあったら出演するか?”という質問に全員が手を挙げていた。
 それはきっと、『24時間テレビ』のように年1回でも障害者を大々的に扱う番組がなくなってしまえば、障害者はさらに社会から蚊帳の外に追いやられてしまう可能性があるからだろう。たとえ健常者による上から目線の番組だったとしても、障害に対する理解があるとはいえない現在の社会状況では、『24時間テレビ』が「感動ポルノ」だったとしても、「こんな難病があるのか」と知る機会になったり、「何か手伝いをしてみたい」と考える、貴重なきっかけになっていることは否めないからだ。
 今回の『バリバラ』のなかで、脳性麻痺を抱える番組レギュラーの玉木幸則氏は、こんなことを言っていた。
「同じ人間として一緒に怒ったり、一緒に笑ったり、一緒に思いを重ねていくということが、実はホンマの感動なんじゃないか」
 イギリスでは、1992年に障害者を一面的にしか取り上げないチャリティ番組に対して抗議が起こり、96年に公共放送局のBBCは「障害者を“勇敢なヒーロー”や“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」というガイドラインを定めたという。そのことを考えると、日本の『24時間テレビ』をはじめ、テレビでの障害者の描かれ方はまったく前時代的なまま止まっているといえるし、その背景には、日本の障害者福祉が地域に根付いていない実態も関係しているだろう。
 一緒に怒り、一緒に笑い、一緒に思いを重ねる──。そんな「感動」がある社会なのならば、相模原のような事件が起こっても、容疑者の歪んだ思想にもっと大きな拒否の声をあげ、なにより障害者の不安を取り除くために何をすればいいかを主体的に考えることができる、そんな番組がつくられていたのではないか。そう思うと、『24時間テレビ』を糾弾するより前に、わたしたちはまず、この社会の障害者を取り巻く環境から考えなくてはいけないのではないだろうか。
 今回の『バリバラ』は、たんに『24時間テレビ』をあげつらったのではなく、「障害者と健常者が一緒に感動できる社会をつくるには?」という根本の問題まで投げかけていた。そのことは、けっして忘れてはいけないはずだ。(編集部)


[相模原事件] 「脆い社会」でいいのか
 重度の障がいがありながら地域の小学校に通う女の子を取材したことがある。
 歩くことも話すこともできず、生活のすべてにおいて介助が必要な児童への対応に戸惑う教育委員会や学校関係者をよそに、級友たちの振る舞いはごく自然だった。
 車いすのタイヤにぞうきんを結び一緒に掃除をしたり、目の高さに合わせてしゃがんで本を読んだり、クラスの係決めではリモコンを押すテレビ係に任命するなど、大人が考えつかない方法や工夫で上手にコミュニケーションをとっていた。
 女の子は声の代わりに、目の動きやしぐさで感情を表した。「顔を見れば、何を考えているか分かる」と話した男の子の言葉が印象に残っている。
 相模原市の知的障がい者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害され、27人が負傷した事件から1カ月余りがたった。
 「障がい者は生きていても仕方がない」という容疑者の身勝手な主張は、今も当事者や家族の心に澱(おり)となって残っている。
 「意思疎通できない人たちを刺した」といった内容が事件の動機として伝わるが、あまりに一方的で短絡的だ。
 障がい者施設で働きながら、入所者と言葉によるコミュニケーションを超えた深い関係を築くことができなかったのは、人としての未熟さゆえんである。
 容疑者が障がい者の人権を軽視する差別思想を膨らませていった背景に迫り、事件の全容解明につなげたい。
  ■    ■
 これほどあからさまではないにしても「障がい者はかわいそう。家族も気の毒だ」という考えが、私たちの社会に根を下ろしてはいないか。
 戦後最悪といわれる犠牲者を出した凶悪事件にもかかわらず、今回、亡くなった19人の氏名は公表されていない。
 神経筋疾患ネットワークや日本障害者協議会などは「一人一人、積み重ねてきた歴史があり、人とのつながりがあった。その存在が消されたように思えてならない」「一人一人の死を悼みにくく、強い違和感を覚える」と匿名扱いに異を唱えている。
 神奈川県警は事件で深く傷ついた遺族の要望とするが、そう望む背後に障がい者への偏見があることを理解すべきだ。
 遺族へのケアが大切な時でもある。怒りや悲しみを押し殺し、沈黙せざるを得ない状況も変えていかなければならない。
■    ■
 事件当時、やまゆり園には食事や排せつ、入浴などの介助を必要とする150人ほどが入所していた。平均在園年数は約18年という。
 国は障がい者が暮らす場を施設からグループホームなど地域へと移す政策をとっている。しかし現実には十分なサービスが提供できず、全国で13万人余りが、やまゆり園のような施設で生活している。
 1981年の国際障害者年に発表された行動計画には「障がい者を締め出すような社会は弱く脆(もろ)い」とうたわれている。根本的な問題にも向き合う必要がある。


原発停止要請  住民の不安受け止めよ
 鹿児島県の三反園訓知事が九州電力に対し、川内原発(薩摩川内市)を直ちに一時停止し、施設の安全性を点検、検証するよう要請した。稼働している原発の停止を知事が求めるのは初めてだ。
 三反園氏は7月の知事選で、脱原発や川内原発の一時停止を公約として掲げ、再稼働を容認した前知事を破って初当選した。要請は原発に対する県民の不安を反映したもので、九電は重く受け止めなければならない。
 異例の要請の背景には、隣の熊本県で震度7を2回観測した4月の熊本地震がある。
 国の原子力災害対策指針では重大事故時、原発5キロ圏の住民は即時避難し、5〜30キロ圏はまず屋内退避することになっている。熊本地震では多くの住宅が損壊し、道路も打撃を受けたため、地域住民の避難や退避に対する不安が高まった。
 三反園氏は九電に対し、熊本地震の影響を考慮した上で施設や設備全般を点検し、異常がないことを確認するよう求めた。さらに、川内原発周辺の活断層の調査や自治体の避難計画に対する支援の強化、地震などの災害発生時や原発で事故が起こった際に包み隠さず正確な情報を発信することを申し入れた。
 いずれも、住民の安全確保に責任を負う知事として当然の要求といえる。
 これに対し、九電は「要請内容を確認して検討を進める」としつつも、「熊本地震後に安全性について問題はないと確認した」と主張している。9月初旬をめどに回答をまとめる方針だが、一時停止が実現するかどうかは見通せない状況だ。
 しかし、稼働中の川内1号機は10月6日、2号機は12月16日にそれぞれ定期検査に入り、2カ月程度にわたって運転を停止する予定だ。知事に原発を止める法的権限はないが、検査終了後の運転再開時には地元同意を得ることが慣例となっている。
 運転再開を認めるかについて三反園氏は「九電が要請に対し、どういう対応を取るかによって総合的に判断したい」としている。原発の安全性に疑問が残るようなら、難航する可能性もある。
 九電は定期検査入りを待たず、要請に基づいて速やかに安全点検を行い、住民が納得するだけの対応策を示すべきだろう。地元の理解がなければ原発を動かすことはできない、という原則を改めて肝に銘じる必要がある。


安倍デタラメ原発政策を一刀両断 NHK番組の波紋広がる
 ライブだったからか、NHKが26日(金)深夜に放送した討論番組「解説スタジアム」は衝撃だった。
 NHKの解説委員7人が、「どこに向かう 日本の原子力政策」というタイトルで議論したのだが、日本の原発政策のデタラメと行き詰まりを赤裸々に語っているのだ。
 番組を見た元外交官の天木直人氏は、翌日のブログにこう書いている。
〈たまたま途中からそれを見た私は、たちまちその議論に引き込まれ、あっという間に見終わってしまった〉〈この番組は国民必見の番組だ〉〈そして、この番組を見た国民は、もはや日本が原発を維持する事は不可能だと知るだろう〉〈NHKの解説委員たちに敬意を表したい〉〈このような番組を作って放映したNHKは捨てたものではない〉
 番組を見た視聴者は、天木氏と同じような感想を持ったのだろう。ネット上では、NHKに対する驚きと称賛の声が上がっている。
〈解説スタジアム、すごい。是非ゴールデンタイムにやってほしい〉〈国会議員は全員観てほしい〉〈これがNHKかと、わが目、わが耳を疑うこと請け合い〉〈各委員の現政権の原子力政策に対する強烈な批判内容に驚いた〉
 7人の解説委員が口にしたことは、当たり前といえば当たり前のことがほとんどだったが、安倍政権の“御用メディア”NHKの幹部が原発政策を批判したことに、視聴者は驚いたのだろう。
■日本の原発政策を完全否定
 実際、解説委員7人の批判は強烈だった。
 ある解説委員は、「アメリカは、地震の多い西海岸には設置しないようにしている。日本は地震、津波、火山の原発リスク3原則が揃っている。原発に依存するのは問題だ」と日本の国土は原発に適さないと指摘。
 再稼働が進んでいることについても、「規制委員会が慎重に審査しているとしているが、審査の基準が甘い。アメリカの基準には周辺住民の避難計画も入っているのに、日本は自治体に丸投げだ。こんな甘い基準はない。安易な再稼働は認めるべきじゃない」と正面から批判した。
 その規制委員会や政府に対しては、こんな言葉が飛び出した。
「規制委員会は(再稼働にお墨付きを与えておきながら)『安全性を保障するものではない』としている。だったら地元住民はどうすればいいのか」「政府は責任を取ると口にしているが、(事故が起きた時)どうやって責任を取るのか。カネを渡せば責任を取ったことになるのか。災害関連死も起きている。責任を取れないのに、責任を取ると強弁することが問題だ」
「もんじゅ」を中核とする核燃料サイクルについても、「破綻している」「やめるべきだ」とバッサリ斬り捨てた。
 そして、最後に解説委員長が「福島原発事故では、いまだに9万人近い方が避難生活を強いられている。安全神話は完全に否定され、事故を起こすと、いかに手に負えないかを知ることになった」と締めくくっている。
 要するに、日本の原発政策を完全に否定しているのだ。改めて天木直人氏はこう言う。
「政治、経済、国際、科学……とさまざまな専門分野を持つ解説委員が、原発の危険性、核燃料サイクルの破綻、原発の高コスト、最終処分場が決まらないこと、さらに政府と官僚の無責任さなど、問題点を次々に明らかにする議論に引き込まれた。日本の原発政策がいかに矛盾しているか浮き彫りにしてくれた。よくぞ、放送したと思いました」
安倍首相が方針転換する可能性
 確かに、よくぞNHKは、日本の原発政策を全面否定する内容を放送したものだ。
 深夜23時55分〜午前0時49分という視聴者が少ない時間帯だったから、自由に討論ができたのだろうか。あるいは、上層部は腐っていても番組を作る現場はジャーナリズムを失っていないのかも知れない。
 いずにしろ、安倍政権にショックを与えたことは間違いない。本来なら参院選の前に放送すべきだったのだろうが、いったん再稼働した高浜原発が裁判によって止まり、鹿児島県知事が川内原発の停止を九州電力に要請したタイミングで放送した意味は大きい。
 この先、「解説スタジアム」の番組内容が広く行き渡っていけば、国民世論と安倍政権の原発政策に影響を与える可能性もあるのではないか。
「もし、多くの国民が番組を見て原発の実態を知り、“原発反対”の声が広がったら、政府の原発政策が変更される可能性もあると思います。安倍首相は、世論に弱いからです。ポイントは、それほど原発に対して思い入れがないことです。原発にストップをかけた方が支持率がアップすると判断したら、あっさり政策を変えると思う。小泉純一郎は、『なぜ、安倍さんが原発をやめないのか分からない』『やめたら国民は拍手喝采しますよ』と一貫して主張している。日本が原発を放棄することにアメリカが反対しているという声もあるようですが、アメリカが了解したら、安倍首相は決断すると思います」(天木直人氏=前出)
 この5年間、「原発即時ゼロ」をしつこく訴えている小泉元首相の運動も、安倍政権にはボディーブローのようになっているという。
■「即時ゼロ」でも困らない
 安倍首相さえ決断すれば、日本は簡単に「原発即時ゼロ」を実現できる。原発を全面的に廃止しても、まったく困らないからだ。
 この5年間、実質「原発ゼロ」でやってきたが、弊害はひとつもなかった。
「3.11の後、原子力ムラは『原発を稼働させないと電力が不足する』『突然、停電したら医療機器がストップして死者が続出する』と散々、国民を脅してきました。でも、原発を稼働させなくても電力は十分に足りた。国民の節電意識が進み、省電力家電が増えたからです。これから人口が減る日本は、さらに電力需要が減るでしょう。その後、原子力ムラは『原発を稼働させないと電力料金が上がる』と新たな理屈を持ち出したが、その主張も説得力を失っています。原油価格が下落したために、火力発電のコストが大幅に下がっているからです。それに、NHKの解説委員が指摘した通り、『原発はコストが安い』という電力会社の言い分にはマヤカシがある。確かに、短期的なランニングコストは安いですが、建設から廃炉までトータルで考えたら、原発のコストは高い。イギリスでは、原発の建設に対して金融機関が融資しなくなっているほどです」(原発問題に詳しいジャーナリスト・横田一氏)
 そもそも、いまだに福島原発事故の原因さえ解明されず、いつ廃炉できるのかメドさえ立っていないのに、危険な原発を再稼働させようという発想が間違っている。
 福島原発は100年後も廃炉できないのではないか。
 それでも、安倍政権と原子力ムラが世界を騙し、危険な原発ビジネスに血道を上げているのは、カネになるからだ。その正体がバクロされれば、安倍政権は窮地に陥り、さらに「原発即時ゼロ」に追い込まれていくだろう。
 NHKの解説委員長が番組の最後に語ったように、原発は人間の手に負えないモンスターである。NHKが正面切って批判したことで、原発という悪魔の退治が始まるのか。政府のデタラメがことごとく明らかになった以上、それを決めるのは世論の盛り上がりなのである。


自由と民主主義を強調 安倍首相“中国対抗フレーズ”の噴飯
 ケニアで開かれたアフリカ開発会議に出席した安倍首相が、3年間で総額3兆円の投資を表明した。いつもの“バラマキ”外交だが、目立ったのが安倍首相の中国への対抗心だ。
 アフリカ諸国への投資で、中国は金額や規模で圧倒的に先行している。そのため日本は「量」ではなく、「質」と「技術力」をことさら強調。さらに安倍首相は基調講演で、「自由で開かれたインド太平洋戦略」という方針を打ち出し、こう締めくくった。
「アジアで根付いた民主主義、法の支配、市場経済の下での成長が、アフリカ全土を包むことが私の願いだ」
「自由」「民主主義」「法の支配」は、中国との差別化で安倍首相が毎度持ち出すフレーズだ。しかし、違憲の解釈改憲で憲法を踏みにじり、国民から自由や権利を奪うような国家優先の改憲草案を作成した自民党の総裁が、よく言うよ、である。
「市場経済」にしたって怪しい。官製相場で株価を左右したり、賃上げや設備投資を官主導で指図したりと、今や日本は“統制経済”だ。
 聖学院大教授(憲法・フランス法)の石川裕一郎氏もこう言う。
「中国包囲網の一環で安倍首相は以前も、『米や豪、インドなど自由主義の国々とともに』と言い、自由や民主主義といった『価値観共同体』を強調していました。しかし、米ニューヨーク・タイムズや仏ルモンドなどがたびたび書いている通り、欧米の知識人は、安倍首相が欧米と価値観を共にしているという主張に疑念を抱いています。自民党改憲草案のQ&Aには『我が国の伝統を踏まえたものにする必要があるため、天賦人権論は見直した』と書いてある。天賦人権論とは『人は生まれながらに人権を持っている』というもので、欧米の価値観の根底にあるものです。それを否定する政党のトップが、一方で欧米との『価値観共同体』を持ち出す。底の浅さを感じます」
 発展途上のアフリカでは、中国以上の強権国家も少なくない。安倍首相の言う“価値観”が通用するのかどうか。欧米だけでなくアフリカにも相手にされず……、ってことになるんじゃないか。


「共謀罪」提出へ 民主主義崩す「悪法」だ
 罪名を変えたところで、市民活動を抑え込み、思想・信条の自由を侵す危うさは消えない。「共謀罪」の新設は必要ない。
 安倍政権は、国会で3度も廃案を重ねてきた「共謀罪」をつくろうとしている。罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変える組織犯罪処罰法の改正案を、9月の臨時国会に提出する見通しだ。
 2020年の東京五輪に向けたテロ対策を前面に押し出す構えだ。
 昨年11月のパリ同時多発テロ後、自民党内からテロの不安に便乗し、「共謀罪」創設を求める声が出たが、首相官邸は火消しに走った。
 なぜか。国民生活を縛る「悪法」との印象が根強く、今年夏の参院選への悪影響を懸念したからだ。
 7月の参院選で大勝した後、政府は「共謀罪」創設に走りだした。国民受けの悪い施策を封印し、選挙後になって推し進める。安倍政権お決まりのやり方である。
 「共謀罪」とは何か。具体的な犯罪行為がなくとも、2人以上が話し合い、犯罪の合意があるだけで処罰対象となる。
 これまで「団体」としていた適用対象が「組織的犯罪集団」に変わった。市民団体や労働組合を標的にした乱用の恐れがあるとの批判をかわしたつもりだろう。一方、謀議だけでなく、犯罪実行の「準備行為」も罪の構成要件に加えた。
 犯罪集団や準備行為の定義はあいまいで、捜査当局が組織的犯罪集団か否かを判断する構図は変わらない。恣意(しい)的な判断による立件の恐れがある。謀議や準備行為を巡り、盗聴や密告奨励など監視社会が強まる危険性は拭えない。
 治安維持法の下で言論や思想が弾圧された戦前、戦中の反省を踏まえ、日本の刑法は犯罪が実行された「既遂」を罰する原則がある。
 政府は「共謀罪」をテロなどに対処する国連の「国際組織犯罪防止条約」への加入条件とするが、現行刑法でも予備罪や陰謀罪など、未遂以前の段階で処罰する仕組みはある。
 特定秘密保護法、集団的自衛権行使に道筋を開く安全保障関連法の成立など、安倍政権は立憲主義を軽んじてきた。名護市辺野古や東村高江では、新基地にあらがう市民を力ずくで排除している。
 政権への批判に対し、度を越えた反発を示して威圧する狭量が色濃い。この政権が「共謀罪」を手中にする危うさも考えたい。民主主義を掘り崩す制度は要らない。


大分隠しカメラ “署の暴走”幕引きへ説明迷走
 大分県警別府署が参院選の公示前後に、大分県別府市にある野党の支援団体の敷地に隠しカメラを設置した事件は、県警が26日、署幹部ら4人を建造物侵入容疑で書類送検し、“署の暴走”として幕引きを図った。しかし発覚後、署を指導すべき県警本部の説明自体がころころと変わり、対応は迷走した。さらに、一般市民になじみの薄い隠し撮り捜査が、日常的に繰り返されている実態も露呈し、その是非を含め追及の舞台は国会や県議会へと移る。【西嶋正法】
 「カメラの設置は必要に応じて県警本部に報告しなくてはいけない。今回は当然報告すべきだった」。県警本部の江熊春彦・首席監察官は26日、そう強調した。
 ところが県警本部は、問題が表面化した3日、「カメラは署長の判断で設置でき、本部に報告する必要はない」と正反対の説明をしていた。どちらも「だから本部には責任はない」という結論だけは共通している。
 迷走はまだある。県警本部は3日、「署員はカメラの設置場所を公有地だと誤認した」と説明していたが、2日後には「私有地と分かっていた」と一転させた。設置の目的も、当初は選挙違反の捜査だと認めなかったが、相次ぐ報道と「選挙妨害」批判に耐えかねたのか26日、「選挙運動が禁止されている特定の人を録画するためだった」と認めた。捜査関係者によると、選挙運動を禁じられた自治体の特定公務員「徴税吏員」の出入りを確認するためだったという。
 県警はこの間、署幹部らの「独断」だった点を強調。上司の署長と副署長は懲戒処分でない訓戒にとどめ、本部の監督責任は認めていない。しかし、支援者が監視された形の足立信也参院議員=民進党=は国会質問で取り上げる方針で、9月の県議会でも野党の追及は必至だ。
 そもそも、捜査手法に問題はないのか。
 県警は26日、「これまでカメラを使う捜査はあったか」と聞かれ「あった」と認めた。ただ「ガイドラインはない。侵害される利益の重大性と、撮影の必要性、緊急性などを(比較し)個別に判断していく」と説明した。これは大阪府警が大阪市西成区のあいりん地区に設置した監視カメラを巡り、1998年の判決で最高裁が示した「正当性や必要性、妥当性などを検討すべきだ」との判断を踏まえた発言とみられる。
 捜査によるプライバシー侵害は「必ずしも不相当とは言えない」とする甲南大法科大学院の渡辺修教授(刑事訴訟法)は、「行きすぎた捜査を認め、カメラ設置の経緯や署員の処分理由を明確にした。大分県警は一定の説明責任は果たした」と評価する。一方、一橋大の村井敏邦名誉教授(刑事法)は「よほどの緊急性がない限り、隠しカメラは肖像権の侵害にあたり、行動の自由を萎縮させかねない。今回の事例は緊急性がなく、選挙期間に出入りした不特定多数の人のプライバシー権を侵害しているので、国家賠償訴訟が起きれば敗訴するのでは」と指摘している。
 【ことば】大分県警別府署の隠しカメラ事件
 7月10日投開票の参院選を巡る捜査で、別府署員が6月18〜21日、民進、社民両党を支援する連合大分・東部地域協議会などが入る別府地区労働福祉会館(同県別府市)の敷地に計7回無許可で侵入し、隠しカメラ2台を設置したとされる。カメラを見つけた会館側が同24日に通報し、8月3日に表面化した。県警は26日、署の刑事部門を統括する刑事官(警視)、刑事2課長(警部)、刑事2課の捜査員2人(警部補と巡査部長)を建造物侵入容疑で大分地検に書類送検した。


<花岡事件71年>歴史認識や和解考える
 1945年6月、秋田県花岡町(現大館市)の花岡鉱山周辺で強制労働に従事させられた中国人が一斉に蜂起した花岡事件を題材に、日中の教育学研究者や教員志望の学生が歴史認識や和解の在り方を考える勉強会が先日、2日間にわたり、大館市であった。学生らは現場を視察して意見交換し、自国の中学校で教えるとの設定で模擬授業の内容を考えた。
 岩手大、秋田大、弘前大、東北大、広島大の5大学の研究者らによる「東北アジア歴史認識研究会」が主催し、日本人学生と中国人留学生計39人と日中の研究者13人が参加した。
 初日は市民団体「日中不再戦友好碑を守る会」(大館市)の富樫康雄さん(80)らの案内を受け、中国人殉難者供養塔や花岡平和記念館などを見学。2日目は8班に分かれて議論し、模擬授業案を発表した。
 日本人学生は「戦争のさなか、中国人を敵と見なし、人扱いしていなかったという背景を知る必要がある」「自分のこととして捉えてもらうため、慰霊碑の草取りなど現地の環境を少しでも疑似体験させる」などの案を出した。
 中国人留学生は「花岡事件は中国では知らない人も多い。事件そのものを丁寧に説明する必要がある」「慰霊式を行うなど和解を目指す地元の取り組みや、日本人の歴史に対する真剣な態度を紹介したい」などの案を発表した。
 清華大(北京市)の王中忱教授(比較文化学)は「戦争を知らない学生が現場を見て、自分のこととして捉えていた姿が印象に残った」と語った。
 研究会代表の今野日出晴岩手大教授(歴史教育)は「花岡事件は加害行為だけではなく、和解の在り方を考えることができる事例。国や大学を超えて意見を交わせたことは意義深かった」と話した。


[ルポ]「ベトナムピエタ像と少女像、戦争加害に対する謝罪と反省の面では本質的に同じ」
「少女像」作ったキム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻、27日に東京で講演 
韓国のベトナム戦争責任を問う「ベトナムピエタ」を紹介 
「少女像と反省しない日本、どちらが日本国の品格を落とすものなのか」

 27日午後6時30分、東京都文京区の文京区民会館2階会議室。駐韓日本大使館前の「平和の少女像」を作った彫刻家のキム・ソギョンさん(51)とキム・ウンソンさん(52)が「ベトナムピエタと少女像-自国の加害とどう向き合うか」をテーマに講演を行った。この日の行事には少女像に対する日本社会の高い関心を反映するかのように、150人を超える市民が会場を埋め尽くした。昨年1月、東京練馬区で開かれた「表現の不自由展」で初めて日本国内で展示された少女像が、キムさん夫妻の隣で講演を見守った。
 しかし、同日の中心テーマは、少女像ではなく、「ベトナムピエタ」を通じて自国の加害責任と向き合おうとする韓国社会の努力だった。キム・ウンソンさんは講演の冒頭で、「ベトナム戦争についてはあまり知らなかった。韓国とベトナムとの間には敵対関係や領土問題がなかった。平和紀行としてベトナムを訪れた際に、韓国軍による民間人虐殺がとても多かった事実を知った」と、ベトナムピエタを作った理由について説明した。
 キムさんが訪れたベトナムの村の怨恨碑や憎悪碑などには、当時韓国軍によって虐殺された人々の名前が刻まれていた。「ベトナム語で(まだ名前も付いてない)『0歳の赤ちゃん』などと書かれていた。とても悲しかったし、申し訳なく思った。何か謝罪と反省をしなければならないという思いで、ベトナムピエタ像を作ることになった」。キム夫妻は今年4月、ベトナム戦争の責任究明のために発足した「韓ベトナム平和財団」と共同で縦横がそれぞれ70センチメートル、高さ150センチメートルのピエタ像を作って公開した。同財団とキムさん夫妻は、今後この像をベトナム現地に設置する予定だ。
 日本の市民たちはこれに対する韓国社会の抵抗はないのかなどと質問し、彼らの活動に高い関心を示した。話題は自然に日本政府が執拗に撤去を要求している少女像へとつながった。キムさんは「安倍政権は少女像が日本(の国益)を損なうものだという。しかし、本当に日本国の品格を落としているのは、日本の戦争犯罪を隠して少女像の撤去を求めることなのか、過去について心から謝罪し反省することなのかについて、よく考えてほしい」と述べた。さらに、キムさん夫妻は、初めは大使館前に単なる「平和碑」を建てようとしたのに、日本政府の圧力で少女像へと拡大し、また日本政府がその撤去を求めることによって少女像が世界各地に拡散されていく現実を皮肉った。
 同日、キムさん夫婦の講演には多くの日本人が共感を示した。立教大学の小野沢あかね教授は「ベトナムに対する加害責任と向き合おうとする韓国の民衆美術界の努力は、自国の加害となかなか向き合えない日本と日本の美術界にも、大きな問いかけになるのではないかと思う」と指摘した。今回の討論会を企画した独立編集者の岡本有佳さんも「日本では慰安婦運動に反日というレッテルが貼られているが、自分の加害責任とも向き合おうとする韓国社会の姿を見れば、このような主張が正しくないことが分かるだろう」と話した。キム・ソギョンさんは「平和は連帯を通じて生まれると信じている」と述べた。
東京/キル・ユンヒョン特派員


ブルキニ禁止法は「違憲」 仏内相 、取り返しつかない結果に警鐘
フランスのベルナール・カズヌーブ(Bernard Cazeneuve)内相は28日に掲載された地元紙のインタビューで、同国でイスラム教徒の女性向けの全身を覆う水着「ブルキニ」の着用を法律で禁止するのは憲法違反だと指摘するとともに、こうした法律を制定すれば取り返しのつかない悪影響を及ぼす恐れがあると警鐘を鳴らした。
 日刊紙ラクロワ(La Croix)のインタビューに応じたカズヌーブ内相は、国内の一部自治体が導入して物議を醸しているブルキニ規制について、政府としては反対という立場を重ねて示した。この問題は女性の権利やフランスの厳格な世俗主義をめぐって、国内外で大きな論議を招いている。
 カズヌーブ内相は「政府が(ブルキニ禁止の)法制化を拒否しているのは、こうした法律が違憲かつ無効であり、対立や取り返しのつかない緊張を生む恐れがあるからだ」と説明。その上で「イスラム教徒側にも、引き続き私たちと共に男女平等や、共和国の不可侵の原則、寛容さに関わっていってもらいたい」と注文した。
 仏沿海のリゾートでブルキニ着用を禁止した自治体の数は約30に上っているが、フランスの行政裁判の最高裁にあたる国務院は26日、うち1つの自治体による禁止措置を凍結する判断を下した。この判断は他の自治体にも影響を及ぼす判例になるとみられている。
 一方、来年の次期大統領選に出馬を表明した二コラ・サルコジ(Nicolas Sarkozy)前大統領を先頭に、右派勢力はブルキニ着用を全国で禁止する措置の法制化を強く求めている。


和歌山発砲 逃走の車発見か
29日午前、和歌山市の建設会社で、男が拳銃を発砲して逃走し、従業員1人が死亡、3人がけがをしました。男が逃走に使ったとみられる車が見つかり、警察は、発砲したのは、建設会社の経営者の親族の45歳の男とみて、行方を捜査するとともに殺人などの疑いで逮捕状を請求する方針です。
29日午前9時前、和歌山市塩屋の建設会社「和大興業」で、「発砲のような音が聞こえた」と通報があり、警察官が駆けつけたところ、会社の事務所で、40代の男性従業員4人が、腹などを撃たれているのが見つかりました。
4人は、病院で手当てを受けましたが、石山純副さん(45)が死亡し、ほかの3人もけがをしているということです。
警察によりますと、午後3時すぎに、男が逃走に使ったとみられる車が現場からおよそ4キロ離れたJR和歌山駅近くで見つかりました。
また、けがをした従業員の1人は、「会社の関係者の男と5人で話し合いをしていたら、男がかばんから拳銃を取り出して撃った」と話しているということです。
警察は、発砲したのは、建設会社の経営者の親族の45歳の男とみて、行方を捜査するとともに、殺人などの疑いで逮捕状を請求する方針です。


発砲 4人撃たれ1人死亡、男は逃走 和歌山の建設会社
 29日午前8時50分ごろ、和歌山市塩屋1の建設会社「和大興業」(溝畑順子社長)で「銃声のような音を聞いた」と従業員から110番通報があった。和歌山県警和歌山西署員が駆けつけたところ、40代の男性従業員4人が腹部などを撃たれており、救急搬送された。石山純副(じゅんすけ)さん(45)が死亡し、残る3人は意識はあるという。現場から男が逃走しており、県警はこの男が拳銃を発砲したとみて県内全域に緊急配備を敷き、殺人、殺人未遂容疑で行方を追っている。県警は同署に捜査本部を設置する方針。
 県警によると、逃走したのは元従業員で経営者の親族の男(45)とみられる。撃たれた従業員は「朝から会社で(男と)話し合いをしていたところ撃たれた」「カバンから拳銃を出して撃った」などと話しているという。男は会社の建物内で、銃弾数発を発射したとみられる。黒っぽい服を着ていたという。
 警察関係者によると、暴力団抗争との関係は確認されていないという。
 和大興業は1979年設立で、民間信用調査会社によると、和歌山県や和歌山市、民間の建設会社などを相手に、土木建築業などを展開している。2015年10月期の決算では、年間の売上高は約7億円。
 現場はJR宮前駅の南西約1キロの住宅街。近くに病院や幼稚園などがある。【最上和喜、稲生陽、阿部弘賢、倉沢仁志】
◇犠牲者が出た最近の主な発砲事件
2010年1月   大阪府羽曳野市の居酒屋で男女3人が男にライフルで撃たれ死亡。男は店の外で発砲し自殺
 13年12月   京都市山科区で「餃子の王将」を展開する王将フードサービス社長の大東隆行さん(当時72歳)が撃たれ死亡
   同    北九州市で市漁協組合長が撃たれ死亡
 15年10月   長野県飯田市で神戸山口組系組織に加入しようとしていたとみられる男性が撃たれる。その後死亡し、山口組系幹部を逮捕
 16年5月31日 岡山市南区の駐車場で神戸山口組系幹部が射殺される。山口組系組員ら3人を逮捕
   7月15日 名古屋市内で神戸山口組系幹部が射殺される


再審無罪で刑事補償を請求
21年前、大阪で女の子が死亡した火事の再審=やり直しの裁判で、今月、無罪が確定した青木惠子さん(52)ら2人が、長期間、不当に身柄を拘束されたとして、それぞれ9000万円あまりの刑事補償を大阪地方裁判所に請求しました。
青木惠子さんと朴龍晧さん(50)は、平成7年、大阪・東住吉区で青木さんの娘が死亡した火事で、殺人などの罪で無期懲役判決を受け服役していましたが、今月10日のやり直しの裁判で大阪地方裁判所は、「自然発火の可能性があり、警察が虚偽の自白をさせた」として無罪を言い渡し、確定しました。
2人は、逮捕された平成7年から釈放された去年10月までの20年あまりにわたって不当に身柄を拘束されたとして、29日、大阪地方裁判所に刑事補償を請求しました。
刑事補償は、無罪が確定した人に拘束期間に応じて、国が1日あたり1000円から1万2500円の範囲で補償する制度で、2人への補償額は、上限まで認められれば9190万円になる見通しです。
今後は、裁判所が補償額を決めることになります。


立場使い分け、集う場ない…仙台のハーフたち
 テレビ番組で引っ張りだこのハーフタレントやハーフ芸人。リオデジャネイロ五輪ではハーフの選手がメダルを獲得するなどスポーツ界でも活躍が目立つ。国際都市を掲げる仙台にもハーフはたくさんいる。イスラエル人の父、日本人の母を持つ記者が、仙台のハーフについて考えた。(報道部・吉川ルノ)
 「オリンピックでは日本を応援したけど、バスケだけは強豪国のアメリカを応援した。いいとこ取り」
 笑顔で話すのは、米国人の父と日本人の母を持つ青葉区の大学1年林沙彩(さあや)さん(18)。歩きスマホを注意された際、日本語を話せないふりをしてその場をしのぐなど、ハーフの立場を使い分けている。
 泉区の会社員小原竣さん(24)は母が中国人、父は日本人。「二つの国の文化に接して育ち、文化的背景の違いや他者への理解と興味が増した」と話す。
 一方、ハーフならではの悩みもある。小原さんは中学時代に来日した後、日本国内の反中感情を気にして中国人とのハーフを公言しない時期があった。林さんもバイトの面接で「日本人を雇いたい」という不合理な理由で断られた苦い経験を持つ。
 中国人男性と国際結婚した宮城野区の会社員小野教子さん(38)は「子どもはほとんど中国語を話せず、顔も名前も日本風。日中ハーフとしてのアイデンティティーを確立できるだろうか」と長女愛実(まなみ)ちゃん(5)の行く末を案じる。
 都市の「創造性」を測るアンケートを実施したNPO法人イシュープラスデザイン(東京)によると、仙台市は「異文化交流」の項目が他項目より低く、内向きな傾向が浮き彫りになっている。
 神奈川県横須賀市で生まれ、中学から母の古里仙台で育った林さんは「首都圏の住民は外国人を見慣れている」と指摘。ハーフが集う「ハーフ会」が首都圏では定期的にあったが、東北にはなく「疎外感を感じる時もある」と打ち明ける。
 海外に目を転じると、日本のように珍しがられる国は少数派で、そもそも「ハーフ」を意味する言葉すら存在しない国もあるという。
 取材をしながら、半分を意味する「ハーフ」から2倍の「ダブル」に言い換えようという運動があることを思い出した。自己紹介のしやすさなどから、記者は以前からハーフという言葉を使っている。今後もハーフという個性は一生ついて回ることも自覚している。
 芸能界やスポーツ界で活躍するハーフたちを心から応援する一方、ハーフである点だけが注目されず、個人として評価される時代の到来を願っている。
[メモ]厚生労働省の2014年人口動態統計によると、仙台市内で夫妻の一方が外国籍の婚姻数は101件、父母の一方が外国籍の出生数は100人で、それぞれ63件に1件、92人に1人の割合だった。東京特別区ではそれぞれ18件に1件、26人に1人となっている。


代表曲の「世界に一つだけの花」にちなんで…
 代表曲の「世界に一つだけの花」にちなんでファンは「花摘み」と呼ぶ。国民的人気グループのSMAPが年末に解散するという発表から半月。ファンの間で、CDを購入して売り上げを伸ばそうという動きが広がっている。最後まで彼らを応援するという思いを伝えるためだ。CD店では品切れが相次いでいるらしい▲この曲にこんな歌詞がある。「一人一人違う種を持つ その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」。メンバーは「それぞれの花」を咲かせる道を選んだのか。不仲説が流れるが、真相はいまだやぶの中だ▲読者から本紙に投書があった。SMAPは自分たちの番組で東日本大震災の被災地への義援金を募っている。その取り組みはどうなるのか、と心配する声だ。彼らはアイドルというだけでなく、大きな社会的役割を担うようになった。アジアにファンが多く、日中韓の友好の象徴でもある。東京パラリンピックのサポーター活動が終わることを残念がる人も多い▲メンバーはラジオ番組でファンに謝罪している。個々の気持ちは伝わるが、すっきりしないのは所属事務所が経緯を説明しないからではないだろうか。影響はもはや音楽、テレビ業界にとどまらない▲ヒット曲「夜空ノムコウ」の歌詞にはこうある。「あのころの未来にぼくらは立っているのかなぁ」。時が流れて「未来」が「今」になった時、過去を振り返る曲だ。SMAP世代にとって「あのころ」は彼らの曲の中にあるのだろう▲平成の時代とともに歩んだSMAPは来月9日にデビュー25年を迎える。活動は残り4カ月。花は散り際も人の心に残る。

いとうせいこう・アジカン後藤が「音楽に政治をもちこむな」炎上に本質的批判!「そんなバカ言ってるのは日本だけ」
 今年6月、SEALDsの奥田愛基氏がFUJI ROCK FESTIVAL’16に出演することがアナウンスされた直後、「フジロックに政治を持ち込むな」と大炎上したことは記憶に新しいが、この件にかぎらず、日本では、ミュージシャンが政治的発言をしたり、政治的行動を起こすたびに必ず「音楽に政治を持ち込むな」「ミュージシャンが政治に口を出すな」という批判が起きる。
 こうした風潮に対して、「『政治と音楽を混ぜるな』って未だにバカみたいな事言ってるのは日本だけでしょ」と、切って捨てたのは、作家のいとうせいこうだ。いとうは日本語ラップのパイオニアとしても知られ、『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)の審査員としても活躍中だが、「BRODY」(白夜書房)2016年10月号に掲載されたインタビューで、パブリック・エネミーやザ・ポップ・グループやリントン・クウェシ・ジョンソンといったポリティカルなメッセージを音楽に織り込み続けたミュージシャンをあげながら、音楽と政治がいかに不可分であるかを語っている。
「海外では逆に政治的な意見を言えない奴はバカにされるし、それが当たり前の音楽のあり方だと思うよ。ミュージシャンもそういう発言やアプローチが出来ないと、自分たちの制作や創造、流通自体が締め付けられるような事態が起こった時に、それに抗せない。日本も悪い意味で世界状況に追いつかざるを得なくなっていると思うし、音楽と政治が関係ないなんてノンキな事を言ってる場合じゃない状況になってて」
 いとうの語っていることはまさに正論で、欧米ではミュージシャンが政治的発言をするのはごくごく当たり前のこと。たとえば、先日のUK離脱に関する国民投票の際には、デーモン・アルバーン(ブラー)やジョニー・マーなど数多くのアーティストが各々の意見を発言していたのは記憶に新しい。また、アメリカ大統領選においては、「フェスに政治を持ち込むな」と炎上した今年のフジロック3日目にメインステージのトリを飾ったレッド・ホット・チリ・ペッパーズ(ご承知の通り、彼らは1997年の第1回目のフジロックのトリも務めている)はバーニー・サンダースの支持を表明。彼らはサンダースの支援集会で演奏するなどもしている。
 だが、これらの発言や行動はごくごく「当たり前」のことなので、それらの意見に対する賛否が議論されることはあっても、政治的メッセージを発する行動それ自体が炎上するなどということはありえない。それは、ポップミュージックの根っこには、差別や貧困など、マジョリティの側への怒りがあることを皆がきちんと理解しているからだ。
「ソウルもレゲエもヒップホップも基本的にレベル・ミュージックだから、そういうものが音楽の根本にある事が、基本として叩きこまれてるよね」
 そう話すいとうがミュージシャンたちの政治行動の一つの例としてあげるのが、マーガレット・サッチャーが首相として君臨していた時代のイギリスだ。新自由主義を押し進め、労働者階級の弱い者たちを徹底的にイジメ抜いたその政策に対して、多くのミュージシャンが立ち上がった。
 モリッシーによる「マーガレット・オン・ザ・ギロチン」は有名だが、ポール・ウェラーやビリー・ブラッグは当時、保守党政権打倒のための団体「レッド・ウェッジ」を設立し、音楽だけでなく直接行動でも自らのメッセージを世に広めようとしていた。
 リントン・クウェシ・ジョンソン(LKJ)もそのひとりだ。LKJはレゲエのトラックに乗せてサッチャーの政策への怒りを歌ったのだが、いとうせいこうは小池百合子とサッチャーを重ね合わせながらこう語る。
「今の都知事と同じだから、サッチャーが権力を握るっていうのは。だからLKJの切実な演説に耳を貸さなければなって」
 彼の音楽は一貫して黒人に対する差別や、虐げられている者たちを顧みない社会への怒りで覆い尽くされているのだが、決して説教臭くはなっていない。それはどの曲も、レゲエ・ダブとして現在でも聴き継がれる素晴らしいダンストラックになっているからだが、いとうはそこに「政治と音楽を混ぜるな」言説に対抗する方法論を見出す。
「イギリスでもこれを聴きながら、怒りながら踊ってたと思うんだよね。日本だと真面目な事を言って人の心を変えようとするのに、体に訴えかけないでしょ。それがおかしいと思うんだよね。俺は自分の言葉と音楽で踊らせたいし、踊ってるうちに色んな事を考えて欲しい。だからダンスとポリティカルが一緒になってるっていうのは一つのテーマなんだ」
 ちなみに、いとうは日本で歌詞による政治的メッセージと音楽の両立ができている数少ないアーティストとして、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文を挙げているが、その後藤も、今回のフジロック炎上騒動についてはいとうと同様、はっきり「バカ」と言い切っている。
「ホント、またそこから説明するのかよって感じですよね(笑)。でも、やっぱりそこはスルーしちゃいけないんだと思う。バカなことを言うやつがいたら、そこは真顔でバカって言わないとダメだから」
 これは「ミュージック・マガジン」16年8月号での発言だが、しかし、続けて彼はこんな本質的なことも語りかけている。
「今は思ってることをちょっと言うだけで、すぐ活動家みたいに言われちゃうけど、そうじゃないだろうと。そういうのはフツーに言おうぜって」
「どんな仕事も誇りをもってやるべきだし、思ってることはちゃんと言ったほうがいい。(中略)社会と文化は絶対に切り離せない。だからこそ、みんなで一緒にやっていきたいんですよ」
 ネットの安倍応援団や中立厨たちは少しでも体制に対して批判的な意見を表明する者がいれば全力で妨害しようとする。それが有名人であればより露骨だ。そんななか、決してひるまずに筋を通そうとする表現者たちのことを本サイトではこれからも支持していきたいと思う。(新田 樹)

仙台七夕in姫路/小保方さん「あの日」を読んで

ブログネタ
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Italie : l'émouvante lettre d'un pompier à une petite fille morte lors du séisme
"Pardonne-nous d’être arrivés trop tard. Malheureusement, tu avais déjà arrêté de respirer", a écrit un pompier, qui a participé aux recherches et qui a sorti la fillette des décombres.
Trois jours après le violent séisme qui a fait au moins 291 morts en Italie, l’Italie est en deuil et rend hommage aux victimes. Le site du quotidien italien La Repubblica (en italien) a relayé la lettre qu'un pompier a adressé à la petite Giulia, 9 ans, qui est morte à Pescara del Tronto, lors du tremblement de terre.
"Salut ma petite, pardon d'être arrivé si tard. Malheureusement, tu avais déjà cessé de respirer, mais je veux que tu saches, depuis là-haut, que nous avons tout fait pour t'extraire de là. Quand je retournerai chez moi à L'Aquila, je saurai qu'il y a un ange qui me regarde depuis là-haut et, la nuit, tu seras une étoile brillante. Salut Giulia, même si tu ne m'as jamais connu, je te veux du bien. Andrea", a écrit le pompier sur un papier scotché à son petit cercueil blanc.
Giulia a perdu la vie en protégeant sa petite sœur, Giorgia, 5 ans. Cette dernière a été extraite des décombres, sans une égratignure mais couverte de poussière.
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あの日
小保方 晴子
講談社
2016-01-29


復活を願います。 rin
以前、理研に同じ科学者として務めていらっしゃった方からお聞きしたことがあるのですが、理研は、「権力」構図で成り立つ組織の典型の職場だと。
メディアでは、小保方さんへの批判が主に表だっていましたが、個人としては、黒幕は、権力を持つ上の方であり、弱い立場にある小保方さんも、、犠牲者の一人でもあると感じます。本を読んでも、メディアに登場されていた彼女を拝見しても、確かにメンタルは弱そうな感じは受けましたが、この本を読み、彼女へ同情心が湧かずにはおれませんでした。
真の悪人である権力者が表だって叩かれるべきであると思います。
小保方さんは、理系だけでなく文才もお持ちで、頭脳明晰で、研究者としても海外から、声もかかっていらっしゃるようですし、心の傷が回復されたら、また世の中の為に活躍して欲しいと思います。

内容は皆様まとめられているので、感想だけ とらねこ38
あまりの理不尽さと非情さに、読んでいるだけで、怒り、悲しみ、苦しみ、後悔、絶望、無力感、孤独感、人間不信、自尊心や存在価値の喪失、・・・いろんな感情を追体験して辛かったです。
当事者のそれは想像を絶するでしょう。
あの極限状態の中、よく生き抜いてくださったと思います。
STAP騒動にはずっと違和感がありました。
「世界中の専門家や天才的な人々が注目するネイチャーで、見破られる危険、研究者生命が絶たれる危険を冒してまで、わざわざ虚偽の発表などするだろうか?」というものです。
(私の主観的な印象でしかありませんが)記者会見で見る彼女からは純粋で真っ直ぐな探究心しか感じられず、この人が信念に背いて意図的にデータ改竄などするだろうか?
百歩譲って故意だったとしても、なぜ殺人犯でも受けないほどの壮絶な社会的制裁を、国民は許すのか?
関係者でも専門家でもない視聴者が、一体何を「裏切られた」「失望した」というのか?
ベッキーさんの時も感じましたが、「わかりやすい”悪”と公認されたもの」をスケープゴートにして、日本中が鬱積した気持ちを、一人の生身の人間にぶつけているようでした。
「自業自得」という大義名分のもと、相手がどれ程深い傷を心身に負うか、想像もせずに。
今なお「あの日に戻れるよ、と神様に言われたら、私はこれまでの人生のどの日を選ぶだろうか・・(中略)・・
でも、もう一度、最初から人生をやり直すことができたとしても、私はやはり研究者の道を選ぶだろう」と語る彼女のひたむきさに、心を打たれました。
本の中に救いは見いだせませんでした。
でもドイツでも再現されたというSTAP現象は、やはり存在するのかもしれません。
いつか日の目を浴びて、少なくとも疑惑が晴れて、小保方さんの心が救われること、大好きな研究に戻れる日が来ることを、切に願います。


仙台七夕in姫路を見に出かけました.新快速で45分ですが約1000円.距離的には仙台―石巻よりも遠いのでびっくりです.駅から西二階商店街まで歩きました.みゆき通りとその東のおみぞ筋は知っていましたが,初めてです.魚町通りの一本北にあります.
まず駅前の横丁で姫路おでんをいただきました.おいしいです.
ケイタクのライブは実はあまり期待していなかったのですが,とてもいいです.黄緑のTシャツの姫路東北人会の人が予想以上にたくさんいました.熊本名物の黒糖ドーナツ棒がおいしかったです.
オレンジのTシャツの気仙沼復興協会の方のお話は参考になってとてもよかったです.
小保方晴子さんの「あの日」を読みました.毎日新聞の須田桃子記者の取材が大変だったのを知りました.亡くなられた笹井さんや理研の何人かには謝辞が捧げられていますが,そうでない研究者もいます.小保方さんからするとその方には困った・・・ということなのでしょう.
夜白い巨塔をYoutubeで見ました.やはり里見先生はいいですね.

東北への支援に感謝 姫路で“仙台七夕まつり”
 東北三大祭りの一つ「仙台七夕まつり」の飾りや東北の特産品などを楽しむイベントが28日、兵庫県姫路市・西二階町商店街で開かれた。市内在住の東北出身者でつくる「姫路東北人会」が、故郷の復興支援に感謝したいと、初めて企画した。仙台から“嫁入り”してきた色とりどりの吹き流しが街を彩り、来場者らは遠い被災地へ思いをはせた。
 同会は2011年3月の東日本大震災後、仙台市出身の島田睦美さん(39)が設立。チャリティーバザーや募金活動などを続けてきた。今回は、東北とともに熊本地震の被災地の復興を願おうと催しを企画した。
 この日は、仙台市の「一番町四丁目商店街振興組合」から七夕飾り6本を譲り受け、アーケードにつるした。赤や青、黄色の飾りに囲まれた会場では、東北や九州から取り寄せた洋菓子や料理を販売。観光客らも足を止め、山形の玉こんにゃくや熊本の黒糖ドーナツなどを満喫していた。
 九州出身の男性デュオ「ケイタク」のライブも。さわやかなハーモニーが商店街に響き、観客らは体を揺らして手拍子を送った。
 宮城県の気仙沼復興協会による講演では、千葉貴弘事務局長と福岡麻子さんが登壇。「市民の8割以上が何らかの被害を受け、みなし住宅を含めると約7千人がまだ仮設住宅で暮らす」と現状を語った。福岡さんは「被災者の心のケアと、震災を次世代に伝えていくことが大切」とメッセージを送り、来場者は熱心に聞き入った。
 吹き流しを物珍しそうに見上げたり、記念撮影を楽しんだりする通行人も多く、東北人会の島田さんは「想像以上のにぎわいでうれしい。あらためて減災や防災を考えるきっかけになれば」と話していた。(末永陽子)


<あなたに伝えたい>形見を身に着け生き方自問
◎近藤百合さん(仙台市宮城野区)寛さんへ
 百合さん 長年、写真関係の仕事に携わり、2009年からフリーカメラマンとして活動していたあなた。あの日の朝、多賀城市の小学校へ出勤する私を玄関先で見送ってくれたのが最後となりましたね。
 利府の遺体安置所であなたの亡きがらに対面した時、遺留品のダイバーウオッチだけが動いていました。津波の水圧にも耐えたんですね。思い出の品は何もかも家ごと津波に流されてしまったので、この腕時計が唯一の形見です。今でもずっと身に着けています。
 震災の年の秋、結婚25周年を迎えるはずでした。「銀婚式はどこで挙げようか」。そんな相談をしていた時、突然の別れとなりました。しばらくの間、あなたの後を追うことばかり考えていました。
 百人一首、旅行、化石や火山岩の採取−。あんなに2人で楽しんだ趣味は、もう続ける気力が湧いてきません。受け持つ児童には「前を見て歩め」と教えているのに…。「今の自分はそんな生き方ができているか」と自問する毎日です。
 ただ一つ、県内で開催される星の観望会でボランティア活動は続けています。約15年前から震災直前まで、あなたと参加し、思い出がたくさん詰まっていますから。
 「ねえ、今日の晩ご飯、何にしようか?」。ふと、あなたに語り掛けたくなる瞬間が、日に何度もあります。あなたに聞きたい、話したい思いが、募るばかりです。
◎震災の年の秋、銀婚式を迎えるはずだった
 近藤寛(かん)さん=当時(54)= 仙台市若林区荒浜新2丁目で、小学校教員の妻百合さん(57)と2人で暮らしていた。東日本大震災発生当日、フリーカメラマンの仕事を終えて帰宅後、自宅かその周辺で津波に遭ったとみられる。10日後、遺体安置所の宮城県利府町の県総合運動公園総合体育館で、寛さんと確認された。


<コンポジウム>鎮魂、復興…祈りを表現
 東日本大震災犠牲者の鎮魂と古里の復興を祈る「コンポジウム気仙沼2016」が19日夜、気仙沼市民会館であった。震災をテーマにした画家加川広重さん(仙台市)の巨大水彩画を舞台に据え、市民の合唱や郷土芸能、メッセージ発表などで地域の未来を見つめた。
 市民らでつくる実行委員会が主催し、イベント名はコンサートとシンポジウムを組み合わせた。
 巨大水彩画は、南三陸町防災対策庁舎をモチーフにした「南三陸の黄金」。加川さんは、リアス・アーク美術館(気仙沼市)の山内宏泰学芸係長と対談し、「今後も、震災を描いていきたい」と決意を語った。
 気仙沼アマチュアコーラス連絡会は「大切なふるさと」「とうさんの海」などを合唱した。また、震災後、市民会館など気仙沼市に佐賀県からピアノ24台が贈られたプロジェクトの橋渡し役をしたピアニスト住江一郎さんも登場。ベートーベン「月光」などを演奏した。
 舞台に立った高校生や大学生は古里気仙沼に寄せる思いを発表。「街づくりに積極的に関わっていきたい」などと語った。


<熊本地震>宮教大生が被災児童ケアへ
 宮城教育大の学生10人が28日〜9月3日、熊本地震で被災した熊本県内の小学校で学習支援ボランティアに取り組む。教員を目指す学生として被災した児童をケアしながら、将来の防災教育にも役立つ学びを得るつもりだ。
 学生たちが訪れるのは熊本地震で2度の震度7を記録した熊本県益城(ましき)町に隣接する熊本市東区と、同県御船町にある四つの小学校。
 4月14日の発生後、各小学校は約3週間の休校を余儀なくされた。2市町の教育委員会は夏休みを1週間短縮して授業時間の確保を図っている。
 学生たちは学習支援ボランティアの期間中、教員を補佐する形で児童に勉強を教えたり、放課後に一緒に遊んだりする。
 参加メンバーの半数は東日本大震災の被災地で学習支援に携わってきた。メンバーの一人、4年の菊田真由さん(21)は震災で気仙沼市の自宅が全壊した被災者でもある。
 小学校の教員を目指す菊田さんは「くじけない心を持つ大切さや勉強の楽しさを伝えたい。災害時の子どもの守り方も学びたい」と意気込む。
 熊本市教委の担当者は「地震で心に傷を負ったり、学習環境が整っていなかったりする児童もいる。彼らの心が明るくなるような触れ合いをしてほしい」と期待する。


<石巻東消防署>地域防災拠点に期待
 東日本大震災の津波で被災した石巻市の石巻消防署渡波出張所と湊出張所を統合し、同市渡波新千刈に完成した石巻東消防署で27日、開庁式があった。9月1日に運用を始める。
 関係者約100人が参加。テープカットの後、石巻地区広域行政事務組合理事長の亀山紘石巻市長が「市東部の防災拠点として機能するほか、主要道へのアクセスも良く、応援出動などの機動力も期待できる」とあいさつした。
 消防音楽隊の記念演奏や救助隊の公開訓練、内覧会もあった。訪れた地域住民らは、地域の防災を担う施設の完成を祝った。
 石巻東消防署は鉄筋コンクリート2階、延べ床面積は約1100平方メートル。総事業費は約11億5000万円。県内の消防署で最も高い21メートルの訓練棟やヘリポートなどを設けた。
 管轄するのは渡波、湊両地区と稲井地区の一部。約1万1000世帯、約2万5000人の安全と安心を守る。


<七十七銀津波犠牲>遺族、交流深め慰霊の行脚
 東日本大震災の津波で死亡した七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の元行員田村健太さん=当時(25)=の両親が、阪神大震災(1995年)や日航ジャンボ機墜落事故(85年)など全国の災害、事故の関係者と交流を深めている。悲しみや苦しみを共有し、心を通わせる。30日で震災から2000日となるのを前に「安全な社会をつくり、命を守りたい」と覚悟を強める。
<不条理な死防ぎたい> 
 27日、支店跡近くの高台にある慰霊花壇前で、父孝行さん(55)と母弘美さん(53)が阪神大震災の被災者らと再会した。128人が犠牲になった神戸市長田区の御菅(みすが)地区を1月に訪れ、住民有志による慰霊法要に参列した。
 田村さん夫妻は、震災当時の周辺の写真などを示し健太さんらの被災状況を説明。弘美さんは「高台への避難が命を守る最善の方法だった。平凡な生活がいかに幸せでありがたいかに気付かされた」と語った。
 慰霊法要の住民有志代表を務めた田中保三さん(75)は再会を喜び「生きているだけで尊いということを伝えていってほしい。不条理な死を防いでいかなければいけない」と激励した。
 田村さん夫妻は慰霊花壇前での語り部や講演を通じ、命の大切さや企業防災の向上を社会に発信する。
<2度目の御巣鷹登山> 
 今月、520人が犠牲となった日航ジャンボ機墜落事故現場の御巣鷹の尾根(群馬県上野村)を訪ね、2度目の慰霊登山を行った。墜落事故で兄夫婦とめいを失った橋本毅さん(62)と再会した。昨年8月の慰霊登山で初めて会っていた。
 墜落現場付近で橋本さんは「父がここにいるような気がする」と声を震わせた。今年4月、93歳だった父栗原哲さんを亡くした。栗原さんの自分史を編集し、寡黙だった父の深い喪失感に触れた橋本さん。「二度と事故や災害が起きないようにするのが大事」と言う。
 「520人の命が安全な社会の必要性を訴え続けている」と孝行さんは御巣鷹の尾根の重みを改めて実感した。「企業の心を動かし、天国で息子と会った時に『あなたの命は大きな役目を果たした』と言えるよう、命の尊さを語り継いでいく」と誓う。


熊本地震被災者が仙台の仮設に
熊本地震で被災し仮設住宅で暮らしている女性が、仙台市内の仮設住宅を訪れ、自治会などのコミュニティー作りなどについて意見を交わしました。
仙台市太白区の「あすと長町仮設住宅」を訪れたのは、熊本県益城町にある仮設住宅で暮らす吉村静代さん(66)です。
吉村さんは、「あすと長町仮設住宅」で自治会長をつとめていた飯塚正広さん(55)をたずね、自治会などのコミュニティー作りなどについて意見を交わしました。
吉村さんの暮らす仮設住宅には、熊本県で最も多い、およそ500世帯が生活していますが、自治会などの組織はまだ作られていないということです。
飯塚さんからは、外部の支援を積極的に取り入れるなどしてコミュニティーを維持していくことが必要だなどとアドバイスを受けていました。
また、このあと吉村さんは仮設住宅をまわり、震災から5年が経過した仮設住宅の傷み具合などをみていました。
吉村さんは「きょう学んだことを生かして、これから、楽しい仮設住宅作っていきたい」と話していました。
飯塚さんは「わたしたちの5年間の経験を伝えることで、熊本でも明るく楽しい仮設住宅を作ってほしいです」と話していました。


<復興へのペダル>大島出発を架橋に託す
◎ツール・ド・東北2016を前に(5)完 気仙沼
<数十人 島に前泊>
 気仙沼市は昨年、気仙沼ワンウェイフォンド(95キロ)の新設で、石巻市に続く第2の出発地となった。今年は約400人が気仙沼でのスタートを予定する。
 「出発地になった意義は大きい。宿泊需要が生まれる。ちょうどカツオとサンマの水揚げが重なる最高の時期。宿泊して気仙沼の味覚を楽しんでほしい」と気仙沼市観光課長補佐の畠山勉さん(49)が歓迎する。
 昨年は気仙沼湾に浮かぶ大島に前泊した出場者が数十人いた。島とはいえ、本土へは穏やかな内湾をフェリーで25分。港に着けばスタート地点の気仙沼プラザホテル前は目の前にある。
 大島は面積8.5平方キロで周囲24.3キロ。人口は7月末現在で2678と、東北地方の島で最多だが、ピークの5678(1964年)からは3000人減った。複雑な地形と豊かな自然が織りなす景色は「緑の真珠」とたたえられる。
 「島内は車が少ない。安心して練習できる。観光と大会。両方を楽しみたい人に大島宿泊は最適」と国民休暇村気仙沼大島営業課長補佐の新井洋次郎さん(37)はアピールする。昨年は20人前後の出場者が宿泊した。今年も同程度の予約があるという。
 2018年度には本土と結ぶ全長356メートルの大島架橋が開通する予定。島内の観光関係者が望むのは、気仙沼ワンウェイフォンドの島内スタートだ。
 「島の宿泊者を数百人単位で増やせるチャンス」。気仙沼大島観光協会長の白幡昇一さん(64)は、島を会場に30年以上続く春の「気仙沼つばきマラソン」と並ぶ一大イベントになり得ると期待する。
<地元の準備が鍵>
 島の観光にとって架橋は功罪両面があるという。車でのアクセスが向上する半面、宿泊者の減少や本土の宿泊施設との競争激化などが懸念される。「功の部分をどう大きくするか。ツール・ド・東北を入り口にした通年型のサイクルツーリズム振興には可能性がある」と白幡さんは語る。
 気仙沼大島観光協会青年部会長で旅館椿荘花月を営む村上盛文さん(42)は昨年、宿泊した大会出場者のために館内の多目的室を駐輪場として開放した。盗難防止への配慮だった。「自転車客の宿泊は初めて。サービス面をもっと研究したい」と話す。
 橋の完成で島の観光の形は一変すると村上さんは予測する。「ツール・ド・東北を島の活性化に生かすには住民が一体にならないといけない。架橋開通まであと2年。今から準備を進めていく」と意識を高める。(ツール・ド・東北取材班)


【震災2000日を歩く(3)】 石巻市立病院再開へ シンディ・ローパーさんの贈り物・被災ピアノの調べ
 新病棟の真新しいフロアにグランドピアノの音色が響き渡る。
 今月10日、東日本大震災で被災した石巻市立病院(宮城県)の再スタートを祝う式典が開かれた。
 「Cyndi Lauper(シンディ・ローパー)」
 ピアノの側面に、米国の人気歌手の名が刻印されたプレートが貼り付けてある。
 このピアノも被災し、修復されたものだ。修復したのは市内の楽器店「サルコヤ」の店主、井上晃雄さん(87)。一般家庭で使われていたが、津波で弦が外れ、脚も折れた。「従業員は無謀だと反対したが、直したら絶対に良い音が出ると確信した」と引き取りを決断した。
■  ■
 ローパーさんと井上さんの出会いは震災1年後の平成24年3月。復興支援のため来日していたローパーさんが井上さんの店を訪ねたときのことだ。
 数多くの被災ピアノを修復・再生した井上さんに関心を持ったローパーさんは、被災した施設に寄付してほしいと、被災ピアノを購入した。
 実は、井上さんはこの世界的アーティストのことを知らず、「背の低い米国人女性」としか思わなかった。通訳を担当した音楽評論家の湯川れい子さんに「競争の激しい米国で、長年、トップ歌手として活躍するすごい人」と聞いて驚いた。
 井上さんが振り返る。
 「来店したときに被災ピアノを買うと即決してくれたうえ、商品を買って応援したいと、鍵盤ハーモニカまで購入してくれた」
 「震災を受けた人やまちを心配し、応援する気持ちを持つ人だ」と意気に感じたという。
 今年4月、修復作業を開始。「津波を被って約5年塩漬けになっていた。超音波を使って塩を抜くのに一番苦労した」。修復費は100万円を超えたという。
 「超一流歌手と地元の思いが詰まったすばらしいプレゼント。きっと患者を元気づけてくれるはず」
 開院式での演奏曲はドビュッシーの「花火」。石巻市では夏の花火大会が復興の象徴になっており、病院の再起を記念する場で奏でる曲にふさわしいとして選ばれた。
 被災ピアノも、病院の再建に自身の復活を重ね合わせているようだった。
■  ■
 石巻市立病院の開院式には看護部長の崎山晶子さん(54)の姿もあった。
 診療再開は9月1日。東日本大震災から2002日を数える。
 「ようやくここまで来ることができた」
 避難所、仮設住宅で出会った患者や全国の医療関係者からの励ましと応援−。家族や自宅を失いながら、辛い気持ちを表に出さずに懸命に働く職員−。
 ピアノの調べを聴きながら、一人ひとりの顔を思い浮かべ病院復活までの長い道のりを振り返っていた。
■  ■
 旧病棟は1階が水没した。電源が落ち、自家発電も機能せず、医療機器が使えない。けが人や避難者が殺到し、野戦病院の様相を呈する。当時の入院患者は153人。症状の重い人を中心にヘリコプターで別の病院に緊急搬送した。
 病院の周りは見渡す限り泥の海。日が暮れて闇に包まれる。
 「ガソリンに引火した炎がゆらゆらと揺れながら暗闇の水面を漂っていた」
 その時の不気味な光景が今も目に焼き付いている。
 入院は不要でも治療に注意を要する患者向けの「特別避難所」を設け、診療を継続した。ベッドは段ボールで急ごしらえした簡易な寝床だった。
 看護師は分担して仮設住宅を回り、住人の健康状態の把握に努めた。震災翌年の24年5月には仮診療所を開設。開設当初は医師2人の小規模体制だったものの、次第にその数を増やしながら地域医療の灯を守り続けた。
■  ■
 病院の再建構想も本格化した。旧病棟は海に近くて津波を受けやすいとして、数キロ内陸部に移転する案が浮上した。建物がもともとあった場所に建て直さないと予算措置されない国の交付要件が見直され、再建に向けて歯車が回り出す。
 この動きに合わせ、崎山さんは今年2月、元同僚の看護師に再び市立病院勤務を募るメールを一斉に送った。旧病院の看護師は約140人いたが、震災で他病院に移ったり、辞めたりして散り散りになっていた。
 約80人と面談し、「また戻って来て」と呼び掛けた。古巣の復活は誘いを受けた元同僚にとっても朗報で、看護師の一人は「先が見えてきましたね」とうれし涙を流して復帰を即答したという。
 25年の正月。石巻市役所内の市立病院本部に、元患者の男性から崎山さん宛ての年賀状が届いた。男性は震災直後に設けた特別避難所で約半年間暮らし、住まいが仮設住宅、災害公営住宅へと移っても欠かさず年賀状を送ってきた。診療再開へ奔走する崎山さんの心の支えになった。
■  ■
 新病棟は地上7階。免震構造のほか、重要設備と医療機器は津波対策として2階以上に設置している。在宅医療を支える拠点を目指し、伊勢秀雄院長は「総合診療を実践し、魅力的な病院にしたい」と意気込む。
 開院式には、横浜市から2人の看護師がお祝いに駆け付けた。
 2人とは、昨年6〜10月に同市で継続開催された管理者向けの勉強会で知り合った。崎山さんが被災地の病院勤務と知り、いつも「応援しています」と温かい言葉を掛けてくれた。
 演奏中のピアノのそばには2人が連名で贈った胡蝶蘭。新たに始まる病院の未来を見守るように、太陽の光に包まれて明るく咲き誇る。
 「地域の人たちに信頼される病院となるよう、安心で温かい看護をしていきたい」
 崎山さんは強い決意で開院の日を待つ。(岡田美月)


東北太平洋側に直接上陸おそれ
大型で非常に強い台風10号は30日以降、台風としては観測史上初めて東北地方の太平洋側に直接上陸するおそれがあり、気象台は、今後の台風の進路や情報に注意するよう呼びかけています。
仙台管区気象台によりますと、台風10号は午後3時には、日本の南の海上を1時間に30キロとやや速度を上げて北東へ進んでいます。
中心の気圧は940ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は45メートル、最大瞬間風速は65メートルで、中心の南東側150キロ以内と北西側110キロ以内では、風速25メートル以上の暴風が吹いています。
仙台管区気象台によりますと、台風はこのあと、進路を次第に北西へと変え、30日から31日にかけて、東北地方を縦断する可能性があります。
宮城県では、29日にかけて、湿った東よりの風の影響で、大雨となる所があり、30日から31日にかけては、局地的に雷を伴って、非常に激しい雨が降り、大雨となる見込みです。
29日午後6時までに予想される24時間雨量は、多いところで50ミリ、30日午後6時までに予想される24時間雨量は、多いところで100ミリから200ミリです。
また30日は海上を中心に猛烈な風が吹き、陸上でも非常に強い風が吹く見込みです。
海は、うねりを伴い猛烈なしけとなるおそれがあります。
仙台管区気象台の栗田邦明主任予報官は「これまで台風が東北地方の太平洋側に直接、上陸した例はない。しかし今回は海上から強い勢力を保ったまま、直接上陸するおそれがある」と話しています。
気象台は、土砂災害や低い土地の浸水など、自分のいる場所でどのような災害が起きやすいかをあらかじめ確認して、早めに安全を確保するとともに、今後の進路や情報に注意するよう呼びかけています。


遮水効果明示が鍵、凍土壁進行に正念場 東電、9月後半に評価
 東京電力は、福島第1原発の汚染水対策の切り札「凍土遮水壁」について、遮水効果を9月後半にまとめる。しかし、3段階に分けて全面凍結させる計画のうち、7月までに建屋海側(東側)全体と山側(西側)95%の凍結が完了する予定だった第1段階は、いまだ一部に未凍結の部分があり、原子力規制委員会の外部有識者からは「破綻している」と厳しい指摘が出ている。計画を第2段階に進めるためには規制委の認可が必要で、東電が明確な遮水効果を示すことができるか、この1カ月が正念場だ。
 ◆◇◇海側残り1%
 「遮水能力が高いというのはほとんど破綻している」。18日に都内で開かれた規制委の会合で、外部有識者を務める首都大東京大学院教授の橘高義典氏は、東電が凍土壁を採用した理由を痛烈に批判した。
 東電によると、延長690メートルにわたり深さ30メートルの氷の壁を造る建屋海側は16日現在、約5千の温度計の測定で99%が氷点下となっていることが確認された。残り1%の未凍結部分は、原発建設時に埋め戻した拳大の石などがあることに加え、地下水の流れが速いため凍りにくくなっている。結果、1%の未凍結部分から大量の地下水が護岸へ流れ、遮水効果の目安となる護岸での地下水くみ上げ量に明確な変化が見られない。
 それでも東電は、護岸での地下水くみ上げ量は徐々に減っていると効果を強調したが、橘高氏は「短絡的な説明」と切り捨てた。
 ◇◆◇一筋の望み
 検討会合では、時間をかけて凍土壁の効果を見極めるべきとする意見もあった。東京大大学院教授の徳永朋祥氏は効果について「まだ分からない」とし、未凍結部分で実施されている追加工事に期待を残した。
 凍りにくい部分があることは想定済みという東電は6月から、未凍結部分の地盤にセメント材を注入して地下水の流速を下げ、凍結を促す追加工事を続けている。海側全体の凍結に約3カ月の遅れが生じているものの、追加工事の効果で未凍結部分は3%から1%まで縮小した。
 徳永氏は、追加工事で「地中温度の低下幅が大きくなっている。未凍結部分を凍結できれば、東電が期待する効果が出てくるのではないか」とする。ただ、低下傾向の弱い部分について「どんな対策をするから、今後凍結が期待できるという説明が欠けている」と指摘、東電に丁寧な説明を注文した。
 ◇◇◆猶予1カ月
 凍土壁の効果を巡る議論が過熱する中、東電福島第1廃炉推進カンパニーの増田尚宏最高責任者は25日の会見で「あと1カ月見守ってもらえれば、凍土壁がもくろみ通りなのか、そうでないのか評価できると思う」と猶予を求めた。
 9月半ばに追加工事を終え、あと1カ月で海側を凍結しきれるとの増田氏の見込み通り、遮水効果が発揮できれば、規制委の認可を得て山側の残り5%の凍結を進め、汚染水の発生量を抜本的に減らせる見通しが立ってくる。一方、遮水効果が期待できない場合、コンクリートの壁で凍土壁を補完したり、建屋周辺での地下水くみ上げ能力を強化するなど、新たな対策が求められそうだ。


貧困たたき 新宿で緊急抗議デモ 作家の雨宮処凛さんらも
 子どもの貧困問題を扱ったNHKのニュース番組で体験を語ったひとり親家庭の女子高校生がインターネット上で中傷され、人権を侵害された問題で、「生活苦しいヤツは声あげろ 貧困たたきに抗議する新宿緊急デモ」が27日、東京・新宿であった。最低賃金引き上げを求める若者グループ「AEQUITAS(エキタス)」が主催し、作家の雨宮処凛さんらも参加した。
 約500人(主催者発表)の参加者が「貧困たたきは今すぐやめろ」「貧困知らない政治家いらない」とコールしながら繁華街を歩いた。都留文科大3年、栗原耕平さん(21)は「当事者の女子高校生に見てほしいと思い、デモとスピーチをした。ものすごく生活が苦しい人しか声を上げられないというのではおかしい」と話した。
 番組に登場した女子高校生は、ネット上でプライバシーをさらされたうえに発言や容姿を中傷され、持ち物や趣味についても「ぜいたくだ」「貧困ではない」などと非難された。エキタスのメンバー、原田仁希(にき)さん(27)は「貧困状態にある人が抑圧されて声を上げられなくならないよう、バッシングを許さない人がいることを示したかった」と話した。平均的な生活水準を下回る「相対的貧困」では貧困とみなさないかのような風潮に対し、原田さんは「どこまで貧困だと声を上げられるというのか。貧困のラインが必要最低限の衣食住を満たせない『絶対的貧困』の方に引き寄せられようとしている」と危惧する。
 28日には名古屋市や京都市でも同様のデモが予定されている。【西田真季子】


空襲の実像語り残す 仙台で研究者ら全国大会
 戦災の歴史を風化させないため、全国の市民団体や研究者が情報交換する「空襲・戦災を記録する会全国連絡会議」仙台大会が27日、仙台市青葉区の市戦災復興記念館で始まった。28日まで。
 仙台で全国大会が開かれるのは33年ぶり。約140人が参加した。
 初日は米国側の開示資料を分析している工藤洋三・元徳山工業高等専門学校教授が「米軍資料から見た日本本土空襲と仙台空襲」と題して記念講演した。
 工藤さんは、1944年12月29日早朝に塩釜市の483戸を焼失させた空襲が、仙台市を標的にしていたことを明らかにした。「当時は9000メートルの高度から爆弾を投下しており、目標を誤った。戦争の実像をさらに解明していく必要がある」と訴えた。
 青森、岩手県などで戦災を語り継ぐ活動をしている団体のメンバーや個人による活動報告もあった。
 28日は「防空壕(ごう)と防空政策」をテーマにしたシンポジウムや、防空壕などを見学するツアーがある。


<電磁過敏症>日本人の3.0〜4.6%に症状
 北條祥子尚絅学院大名誉教授(環境医学)が代表を務める早稲田大応用脳科学研究所の研究グループが、電磁波にさらされると頭痛や皮膚症状などが起こる「電磁過敏症」について、日本人の3.0〜4.6%が症状を訴えているとの研究結果をまとめた。調査を今後も続け、診断基準や治療法の開発につなげたい考えだ。
 国際学術雑誌「バイオエレクトロマグネティックス」の最新号に論文が掲載された。英国では、2万人を対象にした調査で人口の4%に電磁過敏症の症状が見られるとの報告があり、日本人も同様の高率で症状を示す人がいる可能性が出てきた。
 実態調査は12〜15年、北條名誉教授らが開発した問診票を32都道府県の一般市民2000人と、電磁過敏症を自己申告している自助組織メンバー157人に送付して実施。症状の有無や電磁波を出す家電製品などとの関連を尋ね、それぞれ1306人、127人から有効回答を得た。
 研究グループは、「電磁波の発生源とその症状を二つ以上記述している」といった暫定基準を設定し、超えた人を「自己申告患者」と同等の症状を訴えていると判定。一般市民のうち60人が基準を超過した。
 60人が訴えた症状は、鬱(うつ)や集中力の欠如などの神経症状が最も多かった。吹き出物や腫れ、赤みといった皮膚症状、頭痛、筋肉・関節症状が続いた。
 症状と電磁波を出す機器などとの関連に関しては、自助組織の回答者127人のうち76人(複数回答)が家電製品を一番に挙げた。次いで携帯電話(74人)、パソコン(53人)、携帯電話基地局(39人)、テレビ(24人)、蛍光灯(23人)、送電線(16人)、電子レンジ(15人)、ラジオ・テレビ塔(7人)の順だった。
 自助組織メンバーはアレルギー疾患の既往率が65%と高く、その80%以上がシックハウス症候群や化学物質過敏症を併発していた。
 電磁過敏症は発症の仕組みがよく分かっておらず、診断基準も定まっていない。北條名誉教授は「電化製品のあふれた現代では誰がいつ発症してもおかしくない。アレルギーのように患者が急増しないうちに何らかの予防策を提案できるよう、さらに調査を進める」と話す。


<道しるべ探して>卒原発へ地銀が後押し
◎とうほく共創 第3部恵み(下)ガリバーに挑む
 鳴り物入りで設立された新会社の本社に、常駐する社員はいなかった。
 地域電力会社「やまがた新電力」(山形市)は、全国初の県主導による電力会社だ。山形県と民間企業18社の共同出資で昨年9月に誕生した。
 県内の太陽光、風力発電所から、一般家庭1万2000世帯分に相当する年間約4800万キロワット時の電力を買い取り、半分を県施設70カ所に供給、残り半分を市場に卸す。
 安定供給のため東北電力からも調達するが、それでも自然エネルギー比率は74%以上。市場に続々参入する新電力会社の中では群を抜く。
 だが−。やまがた新電力総務担当で山形パナソニック事業部長の井上喜男さん(53)は「期待先行という感じ」。県民の熱視線と現状の落差に戸惑っていた。
 「卒原発」に向け、東北電力の金城湯池に割って入る新会社。原発に由来しない電気なら「ぜひわが家でも使ってみたい」と問い合わせが相次いだ。
 ところが、いざふたを開けてみると当面は取扱量が少なく、供給先は公共施設に限られた。期待は瞬く間に落胆へと変わった。
 急ごしらえの地域電力会社がガリバーに放つ最初の一矢がか細いのは、当然と言えば当然。一般家庭や民間企業への供給拡大を将来目標に、自然エネルギーによる発電量を増やすことが今後、最大の課題となる。
 「それを後押しできるのは地方銀行しかない」。山形県で荘内、秋田県で北都の両銀行を傘下に置くフィデアホールディングスの議長を務めた町田睿(さとる)さん(78)が熱く語る。
 欧州で再生可能エネルギー開発の3原則とされる「地元組織」「地元決定」「地元利益」。その鍵を握るのは「地元金融機関」であると看破したのが町田さんだった。
 東京電力福島第1原発事故を踏まえて自然エネルギー開発への関心が高まっていた2012年、秋田市に設立された風力発電会社への融資を決めた。
 経営者や会社ではなく、事業の収益性に信用を置く。「プロジェクトファイナンス」と呼ばれる新たな融資手法はその後、自然エネルギー開発の一つの潮流になっていく。
 「自然エネルギーは一過性のブームじゃない。すさまじい変化の始まりだ」「電力事業にも競争が必要。地域独占は資本主義の死を意味する」。進取の気性に富んだバンカーが、時代の先を読む。


原発と知事/県民の負託にどう応える
 7月の知事選で「脱原発」を掲げて初当選した鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が、九州電力に川内原発(薩摩川内市)の一時停止と施設の点検・検証を申し入れた。原発周辺の活断層の調査や、原発事故時の避難計画に対する支援強化も求めた。
 知事には稼働中の原発を止める法的権限はないが、三反園知事は「県民が不安に思っているなら発言するのがトップの役割だ」と主張する。異例の行動ではあるが公約実現への強い決意を示したといえる。
 ただ、原発立地県で「原発に依存しない社会」をどう具体化するかはまだ見えてこない。険しい道だが、県民との対話を重ねながら歩みを進めてもらいたい。
 川内原発は、東京電力福島第1原発事故後にできた新規制基準の下、1号機が昨年8月に全国で初めて再稼働し、同10月に2号機が続いた。今年4月の熊本地震後も目立ったトラブルは報告されていない。国や九電は安全を強調し、運転継続に理解を求めるとみられる。
 ただ、もともと1号機は10月、2号機は12月に定期検査で停止することになっている。地元同意は再稼働の前提とされており、知事が検査後の稼働に同意しなかった場合、九電がそれを無視して運転を再開するのは難しくなる。
 政府と九電は、県民の支持を得た新知事の意向を尊重し、真剣に耳を傾けるべきだ。
 先の知事選は、4選を目指した現職有利の予想を覆し、新人の三反園氏が8万票以上の大差で勝利した。原発30キロ圏の9市町では、三反園氏が6市町を制し、原発が立地する薩摩川内市でも僅差で競り勝った。
 昨年の再稼働を巡って、周辺自治体から「地元同意」の対象に加えるよう求める動きがあったが、県は対応しなかった。盤石に見えた現職が敗れた背景には、多選批判だけでなく、「再稼働ありき」の姿勢に対する懸念もあったのではないか。
 三反園氏は当選後「鹿児島を自然再生エネルギー県にしていくことで雇用を生みだす」と抱負を語った。立地自治体にとって原発は地域経済に深く関わり、住民の賛否も分かれている。
 県民の総意を得て脱原発社会を目指すには、再生可能エネルギーの普及と新産業育成の取り組みにも力を注がねばならない。


負担額4兆2000億円超す=福島原発事故で国民転嫁−除染・廃棄物費用など
 東京電力福島第1原発事故で掛かる除染や廃炉、損害賠償などの費用のうち、国民の負担額が2015年度末までに4兆2660億円を超えたことが28日、分かった。日本の人口で割ると、1人3万3000円余り。東電は政府にさらなる支援を求めており、今後も拡大する見通しだ。
 時事通信は15年度までの復興特別会計の決算状況などを精査。原子力災害関連予算の累計執行額や東電など電力7社が電気料金の値上げ分に含めて賠償に回す一般負担金などを集計した。
 その結果、除染や汚染廃棄物の処理、汚染土などの中間貯蔵施設の費用に計2兆3379億円支出されたことが判明。政府が原子力損害賠償・廃炉等支援機構などを通じて立て替えている。
 除染や汚染廃棄物処理の費用は最終的に同機構が保有する東電株の売却益が充てられる計画。東電株の取得に際して金融機関が行った融資には政府保証が付き、株価低迷などで返済が焦げ付けば税金で穴埋めされる仕組みだ。
 政府は東電株の売却益を約2兆5000億円と見込むが、株価の大幅上昇が必要な上、環境省は今年度中に除染費用などの累計額がその額を上回る可能性があるとみている。
 中間貯蔵施設の費用にはエネルギー特別会計から計約1兆1000億円が支出されることになっており、その大本は電源開発促進税で、電気料金に含まれている。
 これ以外に、政府は直接の財政支出で廃炉支援や食べ物の放射能検査、研究開発の拠点整備などを実施。計1兆3818億円が使われた。
 また、東電など電力7社は事故後の電気料金値上げで、既に一般負担金分として少なくとも3270億円を上乗せ。さらに、東電は汚染水処理装置の保守管理費や賠償相談のコールセンター運営費などで2193億円以上も消費者に転嫁した。


[「高江」同時着工]無謀な計画が明らかに
 東村高江周辺の米軍北部訓練場のヘリパッド建設を巡り、沖縄防衛局が当初の計画を翻し、残り3地区4カ所の工事を同時並行して進める方針であることがわかった。
 防衛局が7月に県に提出した「北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設事業(仮称)環境影響評価検討図書」に明記されている。本紙が情報公開請求して入手した。
 2007年の那覇防衛施設局(当時)の「環境影響評価図書」では「工事の施工は動物の影響をより少なくするため、1地区ずつ実施する」と明記していた。
 新たな図書では3地区同時着工し、遅れている工期を短縮するために自然環境を改変する関連工事を行う。にもかかわらず、「環境への影響を回避・低減できる」と結論付けている。矛盾しているのは明らかである。
 これまでの計画にはなかった関連工事は、例えば、北部訓練場内に約5200平方メートルに及ぶ作業ヤードを設置。市民らの反対行動によって各進入口から資材搬入が困難であるとして約1・2キロ区間の工事用モノレールを敷設し人員や資材を輸送する。さらに建設資機材の一部はヘリでの輸送を計画している。
 ある地区の進入路では資材運搬車両の走行台数が当初見込みの1日当たり33台から124台と4倍近くに増える。動物が車両に巻き込まれて死ぬ事故の可能性が高まると指摘しながら、進入防止柵や速度制限などで回避・低減できると言っている。我田引水と言わざるを得ない。
■    ■
 生活環境に与える影響も大きい。ヘリパッドは高江集落を取り囲むように6カ所の建設が計画され、2カ所はすでに完成している。日本政府はオスプレイによる運用をひた隠しにしてきたが、完成した2カ所のヘリパッドではオスプレイが連日訓練している。特有の排ガスや猛烈な下降気流と熱風などが動植物に与える環境負荷についてきちんと調査されていない。
 夜間(午後7時〜翌午前7時)の騒音回数も激増しており、耐えかねた住民が避難するケースも出ている。
 防衛局が県に提出しているのは、アセス法や県条例の対象にならない「自主アセス」である。本来なら、オスプレイ配備を前提に、自治体や住民、専門家らから広く意見を聴取し、環境保全について適正な配慮がなされなければならないが、防衛局は県の求めに応じていない。「アリバイ作り」というほかない。
■    ■
 高江のヘリパッド建設と辺野古新基地建設は連動している。防衛局がヘリパッド工事を強行しようとする背景には、辺野古新基地建設の遅れを懸念する米側への「配慮」がある。政府が重視しているのは米側の意向なのである。
 ヤンバルクイナやノグチゲラなどそこにしか生息しない動植物が多く、やんばるの森は世界的にも生物多様性に富む。動植物の生態系は微妙なバランスの上に成り立ち、森の改変は全体に影響を及ぼす。県民の「水がめ」のダムもあり、オスプレイの事故が懸念される。防衛局は無謀な計画を直ちに撤回すべきだ。


始まらない再審 救済の目的果たすべき
 殺人事件の犯人とされ続けた高齢の男性2人が、再審(裁判のやり直し)が始まるのを一日千秋の思いで待っている。
 「袴田(はかまだ)事件」の袴田巌(いわお)さん(80)と、「松橋(まつばせ)事件」の宮田浩喜さん(83)だ。
 いずれも地裁が再審開始決定を出したが、検察側が異議を唱えて高裁に即時抗告し、決定が確定に至っていない。
 再審開始決定は、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」が見つかった場合などに言い渡される。
 ならば、司法は速やかに再審を始め、審理を先に進めるのが筋である。検察は、争いたければ再審の場で主張すればいい。
 1966年に静岡県で起きた一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田さんが、静岡地裁から再審開始決定を受けたのは2年以上も前の2014年3月だ。
 決定の根拠となったのは、袴田さんが犯行時に着ていたとされたものの、無関係の疑いが生じた血痕付きの衣類である。
 弁護側のDNA鑑定で明らかになった。ところが検察側はもっと調べるべきだと主張し、東京高裁で即時抗告審が続いている。
 地裁が決定で「捜査機関が捏造(ねつぞう)した疑いがある」とまで言い切った証拠である。それなのに、検察側が「証拠は間違いない」とこだわるのは理解に苦しむ。
 弁護団が「時間の引き延ばしだ」と批判するのも無理はない。
 熊本県松橋町(現宇城市)で1985年に起きた男性刺殺事件で、懲役13年が確定し、服役した宮田さんの状況も同じだ。
 熊本地裁は今年6月、「自白に疑義が生じており、有罪認定に合理的な疑いが生じた」と判断し、再審開始決定を出したが、やはり検察側が即時抗告している。
 最高裁は75年の「白鳥決定」で、再審に関しても「疑わしきは被告人の利益に」の原則は適用されると判断。80年代には死刑確定事件で再審無罪が相次ぎ「開かずの扉」に変化の兆しが見られた。
 ただ、その後も厳しい証拠認定などが壁となり、再審請求自体が棄却されるケースも少なくない。制度はなお揺れているのが実情といえよう。
 忘れてならないのは、再審制度は誤った裁判で有罪が確定した人の救済を目的としていることだ。少なくとも、冤罪(えんざい)の可能性を認めたに等しい開始決定への対応は急がなければならない。
 80代の人たちをこれ以上、「扉」の前に立たせるのは酷だ。


「ブルキニ」着用禁止 なお混乱 仏3自治体、撤回拒否
 フランスの約30の地方自治体が、イスラム教徒女性向けの全身を覆う水着「ブルキニ」の着用を禁止した問題で、仏行政裁判での最高裁に当たる国務院は26日、うち1自治体の禁止令を無効とする判決を下した。しかし一部の自治体の市長は禁止令を撤回しない構え。イスラム教徒の間の不安は収まっておらず、混乱が続いている。
 判決は、南部の町ビルヌーブルベの禁止令を「基本的自由に対する深刻かつ明白な侵害だ」と無効にした。英紙ガーディアンによると、判決を受けて、少なくとも3自治体が禁止継続を表明した。
 ブルキニ禁止令をめぐっては、浜辺で警官がヘジャブ(頭髪を隠す布)姿の女性を取り囲み、強制的に衣服の一部を脱がせる写真がツイッター上で公開され、人権団体などから批判が相次いでいた。イスラム教徒の女子学生はガーディアンに「(判決が出ても)何も変わらない。いつも暴力に遭うのではないかと恐怖感の中で暮らしている」と話した。
 仏ではイスラム過激派による相次ぐテロを受けて7月下旬以降、「宗教を強調するような着衣で、トラブルを招きかねない」などの理由で、南部を中心とした約30自治体がブルキニを禁止した。【福岡静哉】

リバティおおさか裁判支援/和太鼓/青木理さん講演

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山本太郎

Journée de deuil national en Italie trois jours après le séisme
L’Italie se prépare à une journée de deuil national, samedi 27 août, en hommage aux 284 morts du séisme de mercredi dans le centre de la péninsule.
Les drapeaux seront en berne dans tout le pays pour les funérailles des victimes d’Arquata del Tronto, une des trois localités des Apennins les plus touchées. La cérémonie, avec une trentaine de cercueils dont plusieurs d’enfants, aura lieu en fin de matinée à Ascoli Piceno, au pied des montagnes meurtries, en présence du président de la République, Sergio Mattarella et du chef du gouvernement Matteo Renzi.
Une autre cérémonie, sans les corps, est prévue la semaine prochaine pour les victimes d’Accumoli et surtout d’Amatrice, sur l’autre versant de la montagne.
En attendant, certaines familles ont commencé à enterrer leurs morts. A Pomezia, au sud de Rome, l’évêque du diocèse a célébré vendredi après-midi les funérailles de six victimes, dont un garçon de 8 ans et deux adolescentes.
Les secours se relaient
Selon un dernier bilan de la protection civile, le nombre de décès constatés s’élève désormais à 284 morts, dont 224 à Amatrice, tandis que 388 blessés ont été hospitalisés. Aucun survivant n’a été retrouvé depuis jeudi.
Dans le froid de la nuit, à la lumière des projecteurs ou dans la chaleur étouffante du jour, les efforts se poursuivaient pourtant sans relache, en particulier à Amatrice, avec un va-et-vient incessant de secouristes et maîtres-chiens dans des volutes de poussière.
≪ Nous allons continuer à fouiller et à creuser jusqu’à avoir la certitude qu’il ne reste plus personne ≫, a assuré Luigi D’Angelo, responsable local de la protection civile. Mais les secouristes ont commencé à déblayer les décombres avec des pelleteuses, signe que l’espoir de retrouver des survivants s’amenuise.
Dans le village, une longue file de voitures : les familles des victimes viennent reconnaître les corps, faute de quoi la justice interdit leur évacuation. Une démarche délicate et d’autant plus compliquée que ce village touristique accueillait aussi des étrangers dont les familles sont encore loin.
Le travail des secouristes était aussi compliqué par les multiples répliques : plus d’un millier enregistrées depuis mercredi, en particulier une secousse d’une magnitude de 4,8 vendredi à l’aube. A chaque réplique, un nouveau mur s’écroule, un autre se fissure... Ainsi, un pont menant à Amatrice est devenu inutilisable, obligeant les secours à aménager à la hate une déviation.
Deux mille cinq cents personnes privées de toit
Dans les bourgs aux alentours, la tension restait vive. A l’entrée du hameau de San Lorenzo et Flaviano, tout près d’Amatrice, la petite route serpentant dans la montagne était ainsi bloquée, une pelleteuse de l’armée tentant frénétiquement de déblayer les décombres d’une maison sur la chaussée.
≪ Les secours sont tous à Amatrice, ils oublient les hameaux autour ≫, déplorait Marco Barba, arrivé dans la matinée de Rome pour apporter des vêtements et des provisions à ses proches, tandis qu’un homme chargé de livrer des toilettes chimiques se désespérait de parvenir à destination.
De nombreux sinistrés étaient de passage, venus en touristes ou dans leur famille, et sont rentrés chez eux. Mais la protection civile a recensé près de 2 500 personnes désormais privées de toit, qui ont passé, vendredi soir, une nouvelle nuit dans l’une des grandes tentes aménagées.
フランス語
フランス語の勉強?
週刊 ニュース深読み「あなたの家は倒れない? 地震から命を守る」
災害大国ニッポン。皆さんの備えはできていますか?非常持ち出し袋や避難訓練など「災害が起きたあとの備え」は、もちろん大切。でも本当に“命”は守れるでしょうか。
50人が犠牲になった熊本地震。およそ3分の2は、建物の下敷きになって亡くなりました。命を守るために大切なのは「家の耐震」。国の調査では、大地震で倒壊の可能性がある住宅は、日本全国のおよそ5軒に1軒、900万軒にのぼるというんです。でも「耐震化」に対する人々の意識はなかなか高まらないのが実情。耐震化って、何をすればいいの?お金はいくらかかるの?命を守ってくれる家って?今回はとことん考えます。
高田延彦,壇蜜,木谷正道,中林一樹,福和伸夫,山崎登ほか

助けて!きわめびと「今すぐ使える極意スペシャル」
8月はオリンピック放送のため3回お休みしましたが、明けた初回は特別版の極意スペシャルです。これまでお伝えした「きわめびとの極意」のなかから、今すぐ使えるものを一挙まとめて大公開します。紹介する極意は…洗濯物が片づく方法、ネットショッピング術、ベランダガーデニング、献立が簡単にたつ方法、簡単ダイエット体操、不眠解消術、赤ちゃんの夜泣きを減らす作戦など。きわめびとはこれからも、お悩みに向き合い続けます
三宅裕司,松嶋尚美,一柳亜矢子, Emi,池谷裕二,石原和幸,足立洋子,ダイエットコーチEICO,杉之原冨士子,吉村昇洋,清水悦子, 本上まなみ

明日へ―つなげよう―悲しみもよろこびも 〜認知症グループホームの5年〜
認知症になっても、自分らしく穏やかに生きたい。そんな願いに寄り添い続けてきたグループホームが被災地にある。18人の認知症の人たちが暮らす「なつぎ埜」。5年前、津波で建物が全壊。避難した先の小学校で7人が命を落とした。助かった人たちは、終の棲家(ついのすみか)を失い転々としてきたが、急激な環境の変化から症状を悪化させる人も少なくなかった。おととしの春、ようやくグループホームを再建し、今穏やかな暮らしを取り戻しつつある。悲しみも喜びもわかちあってきた認知症の人たちの5年を見つめる。
SWITCHインタビュー 達人達(たち)「佐々木蔵之介×藤原かんいち」
俳優・佐々木蔵之介と旅行家・藤原かんいち、旅好き2人のクロストーク。旅を職業とする「旅行家」とは?海外体験は演技にどう影響する?旅・仕事・人生を語り尽くす!
少しでも休みがあると1人で海外へ行くという佐々木は、これまで世界を2周、日本を5周し、雑誌への執筆やユニークな企画性のある旅を実現することで企業の支援を受け生活する藤原の、プロの“旅行家”としての素顔に迫る。いっぽう藤原は、「舞台はこわい。やりたくない」と言いながらも舞台出演を続ける佐々木の芝居に賭ける思い、そして遅咲きながらも役者を続けていく原点となった人生の転機について、掘り下げてゆく。
佐々木蔵之介,藤原かんいち, 吉田羊,六角精児

ETV特集 アンコール「むのたけじ 100歳の不屈」
先日亡くなったジャーナリストむのたけじ。戦時中に「大本営発表のウソを書いた」責任をとって敗戦と同時に朝日新聞を辞職。その後は故郷の秋田で地方紙「たいまつ」を30年にわたって発行した。百歳を迎えても、気力は衰えない。「必ず戦争を絶滅させる。今の若者たちと話すと、新しい日本人が出てきたという希望を感じる」。これまでの歩みと百歳の日常を描き、この国の未来を考えるヒューマンドキュメントのアンコール放送。
むのたけじ, 山田孝之



南裕子
自閉症の息子を含む、三人の子の母。1958年、神奈川県生まれ。清泉女学院高等部卒業。女子美術大学洋画科卒業。コアジュニアクラブにて英会話教師を勤める。1983年、結婚。1986年、長女誕生。1989年、長男誕生。1994年、次男誕生。2015年、現在、潰瘍性大腸炎及び末期乳癌の闘病中


リバティおおさかという人権博物館が大阪市によってつぶされようとしています.ハシモトと「考えが違う」からダメという独善的な理由でつぶされるというのは全く理解できません.今度の裁判は10月21日というので傍聴に行きたいと思います.初めに和太鼓の演奏があって,ものすごく力強いものでした.スゴイという言葉では十分に伝えきれないのですが,とてもよかったです.青木理さんの講演もよかったです.控え目ながらも運動団体への批判もしっかりしていました.人権運動が何か胡散臭いものとして見られているなどの指摘はとても大切かと思いました.
イタリアの地震はまだ詳細がよくわからないながらも300人近い死者が出ているとのこと.悲しみに打ちひしがれるイタリアの被災者と気持ちを通わせることはできるでしょうか?

<賢治誕生120年>被災地の支えに詩碑建立
 27日に生誕120年となる宮沢賢治(1896〜1933年)の精神を顕彰し東日本大震災後の生き方の支えにしたいと、岩手県大槌町民らでつくる「大槌宮沢賢治研究会」が詩碑の建立を計画している。賢治が作品で「イーハトーヴォ海岸」と表現し愛した三陸海岸は、震災で深く傷ついた。賢治関連碑がある他の地域とも連携し、沿岸部の交流人口拡大を目指す。
 賢治は1925年1月、釜石以北の沿岸部を旅行した。その際に詠んだと伝わる詩のうち、大槌にゆかりがあると考えられる2編を別々の石碑に刻む計画だ。
 2編のうち「暁穹(ぎょうきゅう)への嫉妬」では、冒頭に登場する鉱石「薔薇(ばら)輝石」に着目した。賢治が父への手紙に「大槌産の薔薇輝石」と記したのを知った研究会会長の佐々木格(いたる)さん(71)が、町内の鉱山跡地で実際に見つけ産出を確認した。浪板海岸を望む高台に碑を建てる予定で、9月に除幕する。
 もう1編は「旅程幻想」。大槌付近の情景を詠んでいると推察し、大槌川近くに設置を検討する。資金不足のため、実現に向けた支援を町に求めた。
 佐々木さんは震災後、高台の自宅敷地に回線がつながっていない「風の電話」を置き、亡くなった人に家族らが思いを伝える場を設けるなどした。
 賢治の童話展も開く中、作品に込められた「利他の精神」は全国の支援に助けられた自分たちの生き方の指標になると考え、昨年2月に研究会を発足させた。
 賢治は童話「ポラーノの広場」で、三陸海岸を「イーハトーヴォ海岸」と呼んだ。出張で訪れた主人公が地元の歓迎を受け「たびたびわたくしはもうこれで死んでもいゝと思ひました」とまで言う場面がある。
 三陸海岸は、賢治誕生の年に明治三陸大津波、亡くなった年に昭和三陸津波に襲われた。震災で再び災禍に遭ったとき、賢治の詩や童話は人々の共感を呼んだ。佐々木さんは「津波にまつわる作品は残していないが、賢治と三陸、津波の不思議な関わりを感じずにはいられない」と語る。
 岩手県沿岸には普代村、田野畑村、宮古市、釜石市、陸前高田市に計8基の賢治碑がある。普代村の1基は震災後に建った。陸前高田市の高田高にあった碑は銅板が津波で流失したが、将来的に復元する予定。
 研究会会員は6月に北部の碑を訪れ、関係者と交流した。今後は連携し、周遊ルート作りを模索する。


被災の消防出張所を統合し再建
東日本大震災の津波で被害を受けた石巻市の、2つの消防の出張所を統合して、消防署として再建され、9月からの運用を前に27日開庁式が開かれました。
海の近くにあった石巻消防署の渡波出張所と湊出張所は、震災の津波で被害を受け半壊し、補修をして業務を続けてきました。
石巻市は2つの出張所を統合して、新たに「石巻東消防署」として再建し、新たな庁舎は渡波出張所から300メートルほど内陸に建てられました。
27日の開庁式は、亀山紘市長などおよそ150人が参加し、テープカットをして庁舎の完成を祝いました。
亀山市長は「震災で被災した管轄地域の防災力の向上や、住民の命や財産を守るために、署員は全力で精進して欲しい」とあいさつしました。
新たな庁舎は鉄筋コンクリート造りの2階建てで、これまでの出張所にはなかったヘリポートが設けられたのに加え、県内の消防署のなかで最も高い、高さ21メートルの訓練塔も整備されました。
石巻東消防署の庁舎は、石巻市東部の防災拠点として9月1日から運用が開始されます。


伝統の歌や舞で追悼と復興願う
震災の犠牲者を追悼し、東北沿岸部の伝統の歌や舞を披露して被災地の復興を願う催しが、南三陸町で開かれました。
「三陸海の盆」と題されたこの催しは、宮城と岩手の沿岸部などに伝わる伝統・創作芸能の保存会が震災のあと、会場を変えながら毎年開いています。
ことしは南三陸町の志津川港で行われ、県内や岩手県宮古市などから10の地域の団体が集まりました。
会場では、南三陸町歌津地区の創作太鼓、「歌津魚竜太鼓」や地元で歌い継がれる大漁の祝い唄などが披露され、訪れていた人たちは大きな拍手を送っていました。
また、200年以上前の浅間山の噴火で大きな被害を受けた群馬県嬬恋村の人たちも参加し、噴火以来唱え続けられている念仏を披露して東日本大震災の犠牲者を弔いました。
催しの副実行委員長の村岡賢一さんは「かつて同じように大きな災害を乗り越えた地域からも来て頂きありがたいです。これからも亡くなった方々を思いながら、残された私たちが地域を盛り上げていきたい」と話していました。


<熊本地震>亡父の故郷に届けるコメ収穫
 栗原市栗駒の水田で26日、熊本地震の被災者に送る新米の収穫が始まった。ブラジルから移住し農業を始めて6年目の日系2世永田ユキオさん(42)=同市金成=が、30アールに作付けしたひとめぼれをコンバインで刈り取った。永田さんの実父学さん(故人)は熊本県八代市出身。収穫したコメ1トンは、ボランティア団体を通じて被災者に届ける計画だ。
 永田さんは「新米を早く食べたい」というニーズに応えようと、昨年から4月下旬に作付けし、8月下旬から収穫を始めている。今年も周りの農家より早めに苗代作りをしていたさなかに熊本地震が発生。「父の古里、熊本の被災者に栗原のうまいコメを食べてほしい」と思い立った。
 熊本地震では、余震を恐れて車中泊をする被災者が多く、胸が痛んだ。永田さんも東日本大震災では自宅が大規模半壊し、作業小屋で暮らした。
 長男叶生(かなう)君(6)はまだ生後11カ月だった。ボランティア団体から生活物資の支援を受けたことが忘れられない。熊本から来たボランティアもいたという。
 コメは5キロ入りの小袋に分けて9月半ばに届けられる予定。永田さんも、稲刈りが終わる10月には学さんの実家の墓参りのため熊本を訪れる。
 永田さんは「震災の時の恩返しをしないと気持ちが収まらない。今年は天候に恵まれ、コメの粒が大きいからうまいはず。熊本に行ったら、被災者と語り合いたい」と父の古里に思いをはせた。
 永田さんは16歳でブラジルから来日した。10年前に栗原市で日本人の妻と知り合い、日本永住を決めた。


<復興へのペダル>官民挙げて台湾客歓迎
◎ツール・ド・東北2016を前に(4)南三陸
<観光をセットに>
 今年のツール・ド・東北では、サイクルツーリズムの盛んな台湾からの旅行者をターゲットにツアーが組まれた。東武トップツアーズ(東京)の企画旅行で、東北でのインバウンド(訪日外国人旅行者)拡大を目的とする復興庁の「『新しい東北』交流拡大モデル事業」に選ばれた。
 人口約2350万の台湾から2015年、日本へ367万人が訪れた。訪日客の8割がリピーターとされる。東京、富士山、京都、大阪を巡る「ゴールデンルート」では物足りず、新たな発見を求める台湾人旅行者が少なくないという。
 同社マーケット開発部長の米田稔さん(51)も、「台湾からのリピーターの獲得には体験型など日本人と同じような旅の提案が必要になっている」とトレンドを分析する。サイクルツーリズムと東北の被災地観光をセットにした今回のツアーに期待を寄せる。
 ツアー客は気仙沼スタート、石巻ゴールの「気仙沼ワンウェイフォンド」(95キロ)への出走に加え、台湾とつながりの深い宮城県南三陸町などを訪問する。
<就業体験を開始>
 南三陸町は震災で全壊した町立病院を新たに建設する費用56億円のうち、台湾赤十字から22億円の支援を受けた。官民挙げて台湾との交流に力を入れる。町観光協会は今年、台湾の大学生のインターンシップ(就業体験)の受け入れを始めた。
 計19人が7月から最長2カ月、民泊しながら交流拠点「南三陸ポータルセンター」などで実習。案内表示の多言語化やフェイスブックを活用した台湾への情報発信、イベントのサポートなどに取り組んでいる。
 被災地の復興に役立ちたいと訪れた長栄大(台南市)の陳忠慶さん(22)は、日本語通訳や観光業界への就職を希望する。台湾のサイクルツーリズムについては「台湾一周や距離の長い旅行が人気だ」と説く。
 町観光協会は昨年から、住民を対象に中国語講座も開く。講師は台湾出身で町在住の佐藤金枝さん(49)が務める。受講生は台湾人観光客と接する機会のある商店主や民泊の受け入れ住民ら。2年目の今年は15人の募集枠が早々に埋まった。
 町は、台湾からのツール・ド・東北のツアー客を歓迎しようと趣向を凝らした食事や観光案内などを計画中。町観光協会の及川和人さん(35)は「まだ種まきの段階だが、今から実績を重ねて将来のインバウンド拡大につなげたい」と力を込める。


【震災2000日を歩く(2)】 娘が生きた証し「娘の死に場所を粗雑にしておけない」
 8月の太陽が無残な姿をさらす岩手県大槌町役場旧庁舎の壁に照りつける。
 上野ヒデさん(74)が旧庁舎前の献花台から枯れた花を取り出す。水を換え、ごみを拾い集める。日差しを遮るものはなく、足下の影がアスファルトに色濃く映る。
 旧庁舎は東日本大震災の津波にまるまるのみ込まれた。当時の町長と39人の職員らが死亡。一人娘で町職員の芳子さん=当時(33)=も命を落とした。
 献花台の掃除は1〜2週に1回のペースで続けている。
 「娘の死に場所を粗雑にしておけない」
 旧庁舎は震災遺構として残すかどうかで振り子のようにゆらゆらしている。
 「震災の教訓を後世に伝えるため、残存させる必要がある」
 「庁舎を見るたびにつらい記憶がよみがえり、一日も早く取り壊してほしい」
 町民が保存派と解体派に分かれて意見をぶつけた。
 上野さんは保存を望んでいる。
 「役場は娘が10年近く勤め、生きた証し。このまま跡形もなくなったら娘の死が無駄になってしまう。壊してから残しておけばよかったとなっても、後の祭りだ」
 存廃の適否を話し合う町検討委員会の意見陳述の場で持論を述べた。
 存廃問題は、町長の殉職に伴う町長選で当選した新しい町長が一部保存を決断し、一応の決着を見た。
  ■   ■
 ところが、昨年8月にあった次の選挙で、解体を主張する新人が勝利し、議論は振り出しに戻った。
 旧庁舎をめぐるごたごたは町の復興全体にも影を落とし、事業の遅れを招いている。被災者の居住拠点となる災害公営住宅の整備率は43・6%で、岩手県全体(67・0%)に大きく水をあけられている。人口減少率も23・2%。県内の被災市町村で最も大きく、町の将来像を危うくする。
 庁舎問題は震災から2千日を迎えようとする今も結論に至っていない。町内を二分する議論が続く。
 「結(ゆい)」
 町には助け合いの心意気が根付いていた。その相互扶助の精神が、庁舎問題で揺れている。
   ■   ■
 上野ヒデさんは娘の芳子さんの勤め先だった岩手県大槌町の旧役場庁舎の片付けを続ける使命を自分に課している。
 「娘にUターンを勧めなかったら、死ぬことはなかった」
 芳子さんに、地元に呼び戻した責任を感じている。
 芳子さんは県内の高校を出て茨城の大学、東京の大学院に進んだ。そのまま向こうに根付く選択もあったが、ヒデさんが「町職員の募集をしているから受けてみない?」と水を向け、地元就職を実現させた。
 芳子さんは震災時は税務課に所属し、当日は確定申告の受け付け業務をしていた。
 職員には災害時に受け持つ役割分担がある。芳子さんは避難誘導を担っていたと聞く。
 遺体は庁舎裏で見つかった。責任感の強い子だ。住民の避難を優先させ、自分は後回しにしたのだろう。
 「何で早く逃げなかったの? 地震が起きたらすぐに高台に避難しろといつも言っていたじゃない」
 娘を失った悲しみ。親の警句を聞かなかったことに対する怒り。わが子が住民の安全を真っ先に考える公務員の本務を果たしたことへの誇り。
 娘の遺体と対面したとき、ヒデさんの胸中にさまざまな感情が去来した。
  ■   ■
 震災1年半後の平成24年9月、旧庁舎前で行われた追悼行事に参加した。2階建ての建物は津波にえぐられ、中が空洞になっている。
 正面に献花台が設けられている。長机2台。風が強く、机を覆うビニールシートがバサバサと音を立てていた。
 みすぼらしい光景が胸に刺さり、涙が出た。
 旧庁舎前の片付けはその時から始まった。
 町はいずれ新しい姿に生まれ変わる。この町が大惨事に見舞われ、1285人の住民が犠牲になったことは忘れ去られるだろう。そうなっても、悲劇の現場となった旧庁舎が残っていれば風化のテンポを遅らせることはできるだろう。
 ヒデさんはそう思う。
 「震災遺構でもいい。書物でもいい。震災の記憶と記録を残す作業は必要だ」
 ヒデさんは震災で夫=当時(69)=も亡くしている。3人家族が1人になった。日中は気丈に振る舞っても、夜になると寂しさに襲われる。
 震災から2千日が近づく。身内を失った悲痛は深化するばかりで、薄らぐことはない。
  ■   ■
 今年7月、旧庁舎正面を通るメーンの復興道路が完成した。
 避難先を盛岡市に移した地元の知り合いから電話が入る。開通を伝えるテレビのローカルニュースを見たという。
 「徐々にだけれど、進んでいるってことか」
 もどかしさを感じながらも、復興の歩みを確かめる。
 今日も片付けのお勤めを終えた。目の前の復興道路を、土砂を運ぶダンプ車が土ぼこりを上げて走る。
 「今はこの庁舎が私と娘とをつなぐ唯一の手段だね」。ヒデさんはまぶしそうに旧庁舎を見上げた。(上田直輝)


「ブルキニ」着用禁止の条例は無効 仏の裁判所
フランスで、イスラム教徒の女性が身につける肌を露出しない水着の着用を自治体が相次いで条例で禁止していることをめぐって、フランスの裁判所は条例は無効だとする判断を示しました。
フランスでは、イスラム教徒の女性が身につける全身を覆う「ブルカ」と「ビキニ」を合わせ、「ブルキニ」と名付けられた肌を露出しない水着をめぐって、先月、南部ニースで起きたテロ事件のあと、地中海沿岸などの30余りの自治体が条例で相次いで着用を禁止しています。
憲法で保障されている政教分離の原則を背景に、公共の場から宗教色を排除し、対立を避けることが狙いとみられていますが、イスラム教徒の人権団体などは、不当な差別だとして、行政訴訟を担う最高裁判所に当たる国務院に条例の効力の停止を求める訴えを起こし、判断が注目されていました。
国務院は26日、「宗教の自由や人権を著しく侵害している」として条例は無効だとする判断を示し効力を停止するよう自治体に命じました。
これについてイスラム教徒の団体は声明を発表し、「水着を自由に選んで海水浴を楽しめることをうれしく思う」としています。
一方、条例を設けた自治体のトップの1人は地元メディアの取材に「浜辺で激しい口論になるなどすでに問題も起きていて、この条例を取り下げるつもりはない」と話していて、今後の対応が注目されます。


川内原発 知事の停止要請は重い
 7月に初当選した鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事が、九州電力川内原発1、2号機の一時運転停止と再点検、周辺の活断層調査などを九電の瓜生道明社長に要請した。「熊本地震による原発への県民の不安の声の払拭(ふっしょく)」を理由に挙げている。
 ただ、知事に原発を停止する法的な権限はない。九電は、一時停止には応じない方針だとみられる。
 しかし、要請は4月の熊本地震を重視した三反園知事の選挙公約で、多くの有権者の支持を得た。知事は、原発事故に備えた現行の避難計画に問題があると指摘し、見直す意向も示している。九電と政府は、要請を重く受け止めるべきだ。
 震度7の揺れが2度も発生した熊本地震では、耐震基準を満たしていても被害を受けた避難所があった。交通網も各地で寸断された。隣の鹿児島県で、原発の過酷事故と大地震が重なる複合災害への不安が高まったのは当然のことだろう。
 知事は今月、川内原発周辺の避難道路や福祉施設を視察した。道幅が狭いことなどを確認し、住民の声を聴いた。その後、避難計画を見直す必要性に改めて言及していた。
 伊藤祐一郎前知事は、福島第1原発事故後、全国に先駆けて川内原発の再稼働に同意した。ところが、原発から10〜30キロ圏の医療機関や福祉施設の入所者の避難先を事故後に決めることにするなど、避難計画の不備が指摘されていた。
 安倍政権は、原子力規制委員会の安全審査に合格した原発について、地元の理解を得て再稼働する方針を掲げている。原発が立地する道県と市町村の同意が前提となるが、鹿児島県ではこの構図が崩れた。
 そもそも、三反園知事は県の避難計画策定の最高責任者だ。前任者が策定した計画に問題があると言うのなら、自らの責任で、速やかに実効性ある計画づくりに取り組む必要がある。選挙で公約した、有識者による原子力問題検討委員会(仮称)の設置を急ぎ、県民にも開かれた議論を進めてほしい。
 避難計画の策定義務は原発30キロ圏内の自治体が負っている。ただし、規制委の安全審査の対象外で、再稼働の要件ではない。避難計画を原発の安全審査の対象にするよう、国に要請することも必要だ。
 知事は「原発に頼らない社会」の実現も掲げる。そのために、鹿児島でどのような施策を実施していくのかも問われよう。
 川内原発1号機は10月、2号機は12月に法定の定期検査で停止する。2基の稼働による収支改善効果は月約100億円というが、住民の安全が最優先だ。九電は、県の意向をおろそかにしてはならない。


三反園知事 真価は秋に試される
 原発推進の現職を破り、先月鹿児島県知事に初当選した三反園訓(みたぞのさとし)氏が、公約通り川内原発の一時停止を九州電力に要請した。住民の安全本位をこのまま貫徹できるかどうか。日本中が注視している。
 「県民の不安は高まっている」と、三反園知事は言う。
 震度7級の激しい揺れが頻発した熊本地震は、地震学の常識さえ揺さぶり、覆す衝撃だった。
 日本は地震国。原発に不安を感じているのは鹿児島県民だけではない。一時停止、再点検を求めた知事の背中を押しているのは、「国民」に違いない。
 二十五日、福島第一原発の“メルトダウン隠し”の謝罪に訪れた東電幹部に、泉田裕彦新潟県知事は「真実を明らかにし、事故を総括してほしい」と要請した。
 たとえ地元で十分な避難計画が策定されたとしても、福島の事故は終わっていない。
 福島の事故原因が明らかになり、被災者の補償を含む事故処理が終了し、放射能に故郷を追われた人々が無事帰還できるまで、多くの国民が共有する再稼働への不安はぬぐえない。
 3・11ですべては変わった。そして熊本地震で、変革の必要性は高まった。県民や国民の安全が最優先だと言うならば、一時停止、安全再検討の要請は、現段階では立地県の知事として当然の判断に違いない。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長は「われわれがきちんと審査してきた原発の何を点検するのか」と、三反園知事の方針に疑問を投げかけた。
 しかし、規制委の審査は「安全を保証するものではない」と田中氏自身が明言しているではないか。それなのに、政府の方針転換に従って、原発事業者は再稼働を急ぎ、中立であるはずの規制委も、それに沿うかのようにも映る。
 このような状況下で「再点検が必要ない」という方が無責任ではないのだろうか。
 九電が要請に従う見込みはなく、稼働中の原発を止める法的な権限は知事にもない。しかし、定期検査などで停止した原発の再稼働に際しては「地元同意」を取り付けるのが通例で、知事には影響力がある。知事の同意のないままで再稼働させた例はない。
 川内原発1号機は十月、2号機は十二月、約二カ月間の定期検査に入る予定だ。
 三反園知事が掲げた住民本位、安全本位。真価はその時表れる。


[「川内」停止要請] 民意受けた知事の判断は極めて重い
 知事の直接の申し入れは極めて重い。
 鹿児島県の三反園訓知事が稼働中の川内原発1、2号機(薩摩川内市)の一時停止と再点検を、九州電力の瓜生道明社長に求めた。
 一時停止と再点検は4月の熊本地震を受け、知事選の公約に掲げていたものだ。
 就任から約1カ月。知事は「県民の不安を解消するのがトップの役割」と語ってきた。
 知事に稼働中の原発を止める法的権限はないが、公約の実現へ向けた具体的な動きとして前向きに受け止めたい。
 九電は、来月初めにも知事に回答する見通しだ。要請に応じるのか。自社の経営問題だけでなく、国内の他の原発にも影響が予想され、全国で注目されている。
 対応の仕方によっては、県との関係がぎくしゃくすることも考えられ、難しい判断を迫られよう。九電は真摯(しんし)に対応すべきだ。
 知事にも注文したい。
 日本の原発事業は「国策民営」で進められてきた。そこに東京電力福島第1原発事故が起き、「安全神話」は吹き飛んだ。
 知事は「原発に頼らない社会を目指す」としているが、理想を語るだけでは前進しない。具体的な工程表を示すべきだ。
 公約にうたった避難計画の見直しや、原発の諸課題を検討する委員会設置も急いでほしい。
■問われる九電の対応
 知事と瓜生社長が会うのは初めてで、要請は県庁で行われた。
 知事は「原発を直ちに一時停止し、施設の安全性を点検・検証するよう求める」とした要請書を手渡した。
 これに対し、瓜生社長は「しっかり検討したい」と応じ、即答は避けた。今後、社内で論議し対応を決める見込みだ。
 要請書で原発周辺の活断層の調査も求めたのは、活断層が動いた熊本地震を踏まえたものだろう。
 川内原発は、福島原発事故後にできた新規制基準の下、全国で初めて1号機が昨年8月、2号機は10月に再稼働した。1号機は再稼働からまる1年になる。
 知事が要請した背景には2つの要因があろう。
 まず熊本地震だ。4月14、16日に発生した2度の震度7の揺れは熊本県を中心に甚大な被害をもたらした。
 川内原発は自動停止するほどの揺れはなく安全も確認できたとして、運転を続けてきた。この対応に理解を示す住民がいる一方で、原発に不安を抱く住民に動揺が広がったのは間違いない。
 もう一つが知事選で交わした政策合意だ。選挙には反原発グループも出馬を予定していたが、現職に対抗するために三反園氏への一本化でまとまり、公約に川内原発の停止などを盛り込んだ。
 しかし、九電は停止要請を容易に受け入れられまい。停止すれば経営が厳しくなるからだ。
 さらに、原子力規制委員会が安全に問題はない、とした川内原発を電力会社独自の判断で停止すれば前例ができてしまい、他の原発に波及する恐れもある。
 ただ、停止要請とは関係なく、川内原発1号機は10月6日、2号機は12月16日に定期検査に入り、運転がそれぞれ2カ月以上にわたって一時的に止まる予定だ。
 九電としては要請に応じられなくても、定期検査の前倒しで知事の理解を求めることも考えられる。その場合、知事が受け入れるかどうかが焦点になる。
■避難計画をどう見直す
 川内原発で重大事故が起きた際の避難計画への懸念は根強い。
 5キロ圏の住民が先に避難し、5〜30キロ圏の住民は、屋内退避を原則に空間放射線量に応じて避難することになっている。
 だが、段階的に避難できるのか。一斉避難の混乱を防ぐための情報をどう住民に伝えるのか。さまざまな懸念や疑問がある。
 在宅の高齢者や入院患者、施設入所者らの移動手段も十分確保されていないのが現状だ。
 知事は先日、川内原発周辺の道路や医療・福祉施設など34カ所を視察した。現場に知事自ら足を運んで、住民の不安の声や要望を聞くことは重要である。
 熊本地震は、いざという時の事故対応の難しさを想像させた。
 川内原発周辺の道路は山や海、川が迫り、大型車の離合もままならない箇所も少なくない。熊本のように橋の崩落や土砂崩れで道路が寸断されれば、逃げられなくなる恐れがある。
 現在の避難計画は、県と30キロ圏の9市町が策定し、政府の原子力防災会議で了承されたものだ。
 知事は視察後、「早急に対応が必要なことが分かった」と述べている。
 現状では不十分ということだろう。今後、関係自治体との協議が必要だ。特に薩摩川内市との密接な話し合いは欠かせない。
 解せないのは、知事が岩切秀雄市長といまだに会談していないことである。
 再稼働に同意した岩切市長は一時停止は現実的に難しいという立場だ。たとえ考えは違っても、市長に会うのが筋ではないか。
 県、薩摩川内市、九電は安全協定を結んでいる。今後の原発対応で連携が不可欠であることを忘れないでもらいたい。


道内の電力供給 「泊」を議論する契機に
 全国的な電力供給の司令塔とされ、大手電力の社員も出向している国の認可法人、電力広域的運営推進機関が、2016〜25年度の電力供給余力の見通しを示した。
 道内は、停止中の北海道電力泊原発(後志管内泊村)を再稼働しなくても、供給には十分余裕があるとしている。
 北電は、泊原発を再稼働させないと安定供給が困難になると主張してきた。それが大きく揺らいだといえる。
 少なくとも、電力供給面では再稼働を急ぐ理由はなくなった。これを、原発の是非を含めた電力供給のあり方を道民全体で議論する契機にしたい。
 広域機関が示したのは、電力需要のピーク時の供給余力の割合である「予備率」だ。
 道内の16〜25年度の見通しは、使用量が多い1月でも予備率が11・9%〜26・2%で、安定供給の基準となる8%を大きく上回る。
 人口減少や、節電意識の浸透が背景にあるようだ。
 北電は原発再稼働を急ぐ理由の一つに、フル稼働してきた火力発電所の老朽化を挙げる。トラブルが生じれば「安定供給できない」ため再稼働が不可欠としている。
 老朽化は事実だが、すぐに発電能力を失うような状態なのか。
 19年以降は、液化天然ガス火力で3基計170万8千キロワットの石狩湾新港発電所(小樽市)が順次、運転を始める。泊原発3基計207万キロワットに匹敵する規模だ。
 石狩湾の1号機稼働後の19年度には、予備率が前年度の2倍の23%に達する。北電がそれでも再稼働が不可欠というなら、道民が納得できるだけの説明が要る。
 北電はまた、電気料金を下げるためにもコストの安い原発の再稼働が必要とする。
 しかし、本紙の7月の全道世論調査では、泊原発が原子力規制委員会の審査基準を満たしても「再稼働すべきでない」が「してもよい」を上回った。
 2度の値上げがあっても原発への不安は拭えていない。そうした道民世論にも向き合うべきだ。
 北海道には、01年施行の省エネルギー・新エネルギー促進条例がある。原子力を「過渡的エネルギー」とし、風力、太陽光など新エネルギーの促進をうたっている。
 予備率の数値は、この条例の趣旨を生かす環境が整いつつあることを意味するのではないか。
 原発再稼働「ありき」ではなく、北海道のエネルギーの将来像を探る議論が求められよう。


側溝の堆積物/具体策を示し早期に除去を
 除染に取り組む市町村で、道路の側溝にたまった放射性物質を含む土砂などの堆積物が処分できない状況が続いている。国は早期に処分の仕組みをつくり、除去に向けた道筋を示すべきだ。
 堆積物の処理については県や県内の各種団体、自民党県連が政府に対し、福島再生加速化交付金を財源として推進を求めている。
 側溝の堆積物は市町村が道路の除染の中で除去する計画だった。しかし、時間経過による放射性物質の自然減衰などで放射線量が除染の基準を下回り、除染の対象から外れたため処理が滞っている。
 堆積物の問題を抱える市町村は世帯数が多い福島、郡山、いわき各市など中通りを中心に10市町村を超える。市町村や県は数年前から国に除去に向けた対応を求めてきたが、国から具体的な方針は示されていない。国は、市町村の環境回復に向けた取り組みを支えるためにも対応を急ぐべきだ。
 処理が滞っているのは、除去後の堆積物を保管する仮置き場や、埋め立てる処分場を新たに確保することが難しいためだ。
 除染で出た土壌などは、中間貯蔵施設に搬入することを条件に、仮置き場が確保された。しかし同施設に搬入できるのは除染で出た土壌や、放射性セシウム濃度が1キロ当たり8000ベクレルを超える指定廃棄物に限られる。
 セシウム濃度が8000ベクレル以下の堆積物は一般的な廃棄物として扱われ、市町村が埋め立てなどで処分することになっているが、放射線の不安の声はまだ根強い。国は、除染の延長として中間貯蔵施設への搬入を認めるのか、原則通り一般廃棄物と同じく処分するかなど検討を進める必要がある。
 一方で、側溝の堆積物は調査が進んでいないため、全体量などの詳細が分かっていない部分も多い。このため市町村や国は、処理にどれだけの費用が必要なのかも想定できていない。今後は財源の確保も課題になってくる。
 いわき市は国の方針決定に先行し、除去のモデル事業に取り組むことを決めた。除染対象外の市道の側溝から堆積物を除去し、溶融処理するなど、効果的な処理方法などを検証する。国は、同市の取り組みを参考により効果的な処理方法を構築してもらいたい。
 側溝の堆積物は、降雨時に道路が冠水したり、夏場には悪臭や害虫が発生する原因となっており、住民の生活環境の悪化につながっている。国には、県民の健康や生活環境を守ることを最優先として対策を講じることが求められている。


福島原発汚染水 最優先でめどを付けよ
 東京電力福島第1原発事故の汚染水処理の先行きが不透明になっている。原子力規制委員会は、汚染水抑制策の凍土遮水壁について「効果が出ていない」と指摘した。
 原発建屋には大量の地下水が流入し、汚染水が増え続けている。凍土遮水壁はその対策の柱。事故4基の周囲に多数の凍結管を埋め込んで地盤を凍結させ、地下水の流入を遮断する。
 しかし、計画通りに凍らない場所があり、遮水効果が表れていない。
 実は、当初から効果を疑問視する声はあった。本来はトンネル工事などで地下水を一時的にせき止める工法で、例のない今回の工事では困難が予想された。
 東電は追加工事で凍結の完成を目指すようだが、実現できるのだろうか。
 建設に約350億円という巨額の国費が投入された凍土遮水壁。このまま対策の柱に置くのか、あるいは代替手段を検討するのか。判断を迫られることも予想される。
 東北大流体科学研究所の円山重直教授は今年開かれた日本学術会議のフォーラムで、「福島第1原発は阿武隈山系から地下水が流入する場所にある。原子炉建屋は原則的に岩盤の上に建設されるが、なぜか同原発は泥質層上だ」と立地の特殊性を指摘した。
 つまり「水が流れている所に原発が建てられた」ことが困難な対策を余儀なくしている。円山教授はこれまでに、多数の水位計やポンプ設置などを提言。フォーラムでは本格的廃炉に向けて、凍土壁以後の恒久的な対策の検討を促した。
 汚染水をめぐっては、浄化処理を経てタンクに大量にたまる水の処分もめどが立たない。どうしても取り除けない放射性物質があるためだ。規制委は希釈して放出すべきとしているが、地元の漁業者は反発を強めている。
 このように、福島原発事故は汚染水問題一つを取っても課題は山積している。
 そんな中、東電柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)が、本年度にも規制委の審査に合格する可能性が出てきた。
 両機は福島第1原発と同じ沸騰水型。新規制基準策定後、同型の合格はこれまでになく、規制委は優先して審査する方針を固めた。
 しかし、福島の事故が収束していない中で、同じ東電の原発が再稼働に向けて動きを進めることに反発が出ている。隠ぺい体質に対する不信感も根強い。
 まずは事故の収束に向けた事業に全力を注ぐべきではないか。汚染水は福島だけでなく、本県など広い範囲に波及しかねない問題だ。最優先で対策にめどを付けるよう求めたい。


相模原事件 共有したい生きた証し
 相模原市の障害者殺傷事件から一カ月余。大切な人生を奪われたのは誰なのか。いまだに社会は知ることができない。事件を深く記憶に刻み、教訓を学び続けるためにも、生きた証しを共有したい。
♪僕らはちゃんと生きてきたよ
 ちゃんと夢だって見ていたよ
 風や空や海だって感じることが できたのに
 僕らをどうして不幸せと、勝手 に決めるのか?
 「19の軌跡」という歌詞の一節である。脊髄性筋萎縮症を患うさいたま市の見形(みかた)信子さん(47)らが、犠牲になった十九人を悼み、創作したものだ。
 犠牲者のいのちの痕跡を表現したかったというだけではない。むしろ、これまでとこれからの自らの生の証しとして書いたという。
 それぞれが名前を持ち、守られるべき尊厳のある人間なのに、なぜ「十九」という無機質な数字でしか語られない世の中なのか。その理不尽への怒りや悲しみ、「自分は消されたくない」という心の叫び。切実な思いが伝わる。
 障害の有無を超えて、同じ心境にある人も多いのではないか。
 犯罪被害者を実名、匿名のどちらで発表するかは、犯罪被害者等基本法に基づき、警察の判断に委ねられている。いつもは重大事件の被害者を実名で発表するのに、今度の事件では伏せたままだ。
 身元にまつわる情報は、社会の光と影を映し出す手掛かりとなりうる。そうした公益性や公共性よりも、犠牲者に障害があったことや遺族のプライバシー保護、また遺族の要望を警察は重視した。
 その価値判断そのものに、障害者への偏見や差別意識が潜んでいないか。犯罪史に残る事件の風化に手を貸すようなものだ。そんな批判が絶えないのもうなずける。
 障害のある子を持って恥ずかしいとか、兄弟姉妹の結婚や就職に差し支えると思い、泣く泣く施設に託す家族もいる。優生思想的な風潮がそうさせるとすれば、国を挙げて根絶せねばならない。
 見形さんも「隠されて育った」と言う。施設で生涯を終えることに耐えられず、家族の元を飛び出した。いまでは障害者の自立を手助けする活動に携わる。
 周りに支えられて、地域で暮らす障害者は増えている。以前よりも、多様な個性を守る仕組み、いのちを慈しむ意識が徐々に広がっている事実もまた知ってほしい。
 遺族や被害者が声を上げられる社会づくりへ向けて、メディアとしても使命と責任を銘記したい。


イタリア地震/悲劇繰り返さない対策を
 イタリア中部をマグニチュード(M)6・2の地震が襲った。
 首都ローマから約100キロ離れたラツィオ州アマトリーチェ、アックモリなどが大きな被害を受けた。未明に起きた地震で就寝中に被災した住民が多い。死者は260人を超え、建物の下敷きになった人たちはまだいるとみられる。
 生存率が下がるとされる発生から72時間が迫ってきた。4千人規模の救助隊員らが捜索を続けるが、損壊した建物が余震によってさらに崩れ、難航している。何より命を守る活動に全力を挙げてほしい。
 震源に近いアマトリーチェは山あいにある人口約3千人の町で、夏は避暑地としてにぎわう。古代ローマの遺構も残る歴史の町でもある。そんな美しい町の中心部がほぼ壊滅した。町が名称の由来となったパスタ料理「アマトリチャーナ」の祭典が週末に予定され、観光客も多く滞在していた。町にどれだけの人がいたのかを把握するのは難しい。
 町には築数百年の石造りの建物が多く、壁や屋根が崩れ落ちた。サンタ・アゴスティーノ教会など、周辺も含め300近い歴史的な文化遺産が被害を受けたという。ぼうぜんと立ち尽くす住民の姿に胸が痛む。
 イタリア中部は地震の多い地域だ。今回は半島を縦に貫くアペニン山脈沿いで発生した。イタリアはアフリカ、ユーラシアの両大陸プレート(岩板)の境界にあり、両側から引っ張る力がかかる正断層型の地震が起きやすい。だが、対策は十分でなかったと言わざるを得ない。
 2009年にはM6・3の地震が起き、今回の被災地に近いラクイラなどで309人が死亡した。やはり古い石造りの建物の損壊が目立った。この時にアマトリーチェも被害を受けたが、耐震化は進んでいなかった。倒壊した建物の修復も必要で、対策が追いつかなかったという。
 イタリアでは新築建物には厳しい耐震基準が適用されるが、既存の建物の強化は遅れているとされる。特に観光資源となる歴史的建造物の耐震化は大きな課題だ。文化的な価値を生かしながら、いかに安全性を高めるか。悲劇を繰り返さないため、教訓を生かした取り組みを進めていく必要がある。
 そうした面でも同じ地震国の日本がこれまでの経験を生かし、できる限りの支援を行いたい。


駆け付け警護 自衛隊を危険にさらすな
 「憲法違反」の疑いが根強い安全保障関連法に基づいて、自衛隊の新たな任務の訓練が始まった。
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)を巡り、武装集団に襲われた国連職員らを隊員が武器を使って救出する「駆け付け警護」の実施に向け、準備が本格化する。
 自衛隊員が海外で銃撃戦を行う事態が現実味を帯びてきた。これまで一発の銃弾も撃たず、一人の戦死者も出さなかった自衛隊にとっては大きな転機となる。
 あえて自衛隊員の生命を危険にさらすような新任務には賛成できない。
 南スーダンに11月、11次隊として派遣される陸自第5普通科連隊(青森市)を中心とする部隊が、派遣準備訓練を始めた。関係法令など基礎知識を習得した上で、「駆け付け警護」や、他国軍と共に宿営地を警護する「宿営地の共同防衛」の実動訓練に入る。
 実際に新任務を付与するかどうかは、現地情勢や部隊の習熟度を見極めて判断する。
 首都のジュバでは7月に、キール大統領派と、マシャール前第1副大統領派の元反政府勢力の間で大規模な戦闘が起き、270人以上が死亡したばかりだ。陸自部隊の宿営地があるジュバの国連施設周辺でも銃撃戦が確認された。その後も、兵士の略奪行為や性犯罪が報告されている。
 自衛隊が参加している国連南スーダン派遣団(UNMISS)の軍司令官は、陸自部隊の新任務で危険性は増えないとの見方を示したが、治安については「安定したが今後は予測不可能」と指摘した。
 南部イエイ近郊では先日、大統領に忠誠を誓う部隊とマシャール氏派の武装勢力の衝突が起きたもようだ。
 日本政府は「紛争当事者間の停戦合意」などPKO参加5原則は維持されているとの立場だが、大丈夫なのか。
 自衛隊のPKO参加は、憲法に基づき、海外で武力行使をしないのが大前提である。
 ところが、安倍政権はPKOでは停戦合意がある以上、「国または国に準ずる組織」は敵対勢力として登場しないとし、「駆け付け警護」を認めた。
 現在、南スーダンでは、陸自第7師団(北海道千歳市)が主力の約350人が10次隊として、ジュバの道路舗装や避難民キャンプの整備に従事してきた。
 このように現地を支援する貢献の在り方こそが、平和国家の日本にふさわしい。
 もちろん、治安の状況次第では、現地からの自衛隊撤退を検討すべきである。
 安倍政権は、参院選の争点になるのを避けて、新任務の訓練と付与を先延ばししてきた。選挙が終われば実施するというのは、ご都合主義のそしりを免れない。
 集団的自衛権の行使に関連する米艦の自衛隊による防護などの訓練も実施されるとみられる。他国軍への後方支援も含め、自衛隊を「戦場」に近づけてはならない。


新たな才能 注目したい/県出身、ゆかりの作家
 県人ただ1人の芥川賞作家三浦哲郎さん(八戸市出身)が2010年8月29日に死去して間もなく6年になる。
 三浦さんが文学界に偉大な足跡をしるしたのは、あらためて言うまでもない。早稲田大学在学中に「十五歳の周囲」が新潮同人雑誌賞に。1961年「忍ぶ川」で芥川賞を受賞した。みずみずしい文体、磨き上げられた表現力で胸を打つ作品を生み出し、野間文芸賞、大佛次郎賞、川端康成文学賞など著名な賞を数々受けた。多くの文学ファンが、その不在を今も惜しんでいることだろう。
 三浦さんのほかにも、石坂洋次郎、太宰治、寺山修司ら本県は日本を代表する作家を数多く輩出してきた。先人が耕した豊かな文学の土壌が、本県に存在していると言えよう。そして、現在も新たな世代の才能が登場し、独自の創作世界を紡ぎ出していることに注目したい。
 先月発売の文芸誌「新潮」8月号表紙は、2人の作家の名前が大きなスペースを占めているのが目を引いた。木村友祐さんと高橋弘希さんだ。
 木村さんは1970年八戸市生まれ。2009年に「海猫ツリーハウス」で、すばる文学賞を受賞。12年「イサの氾濫」が三島由紀夫賞候補になった。「イサ−」は南部弁を多用した作品だ。東日本大震災をテーマにした「聖地Cs」は、文芸評論家斎藤美奈子さんらが高く評価した。
 高橋さんはこれまで3度、芥川賞候補となった。残念ながら受賞に至っていないが、第一作「指の骨」は新潮新人賞に輝いた。1979年十和田市生まれ。関東で育ったが、毎年夏休みを本県で過ごした。本紙取材に「何かしら青森の風土とかが自分にも染みついている」と語っている。
 文壇が注目する2人の創作活動は、県民としても目が離せない。作家として、今後どのような結実を見せてくれるか楽しみだ。大きな期待とともに見つめていきたい。
 昨年は、八戸市出身の呉勝浩さん(81年生まれ)が江戸川乱歩賞を受賞するという話題もあった。推理小説界の新星として活躍してほしい。
 折しも、東奥日報社主催の東奥文学賞は第4回を迎え、文学界に新風を吹き込むような意欲的な作品を募っている。選考委員は弘前市出身の作家長部日出雄さんと文芸評論家三浦雅士さんが務める。新たな才能の発掘につながることを願う。


暴走止まらぬ安倍政権 “共謀罪”圧倒多数で強行成立の恐怖
 予想通り、7月の参院選で大勝した安倍政権が暴走を始めている。過去、3回廃案になった「共謀罪」を、秋の臨時国会で強行成立させるつもりなのだ。
「サラリーマンが居酒屋で『上司を殺してやろう』と同僚と意気投合しただけで罰せられる」――と批判された「共謀罪」は、実際に犯罪を犯していなくても相談をしただけで罰することができるシロモノ。2003、04、05年と関連法案が国会に提出されたが、さすがに廃案になっている。
 国民の批判をかわすために、臨時国会に提出する法案では適用対象を単なる「団体」から「組織的犯罪集団」に限定するなど、一見ソフト化しているが、「組織的犯罪集団」は定義が曖昧で警察がいくらでも拡大解釈できるようになっている。安倍政権の誕生後、大分県警が隠しカメラで市民を盗撮するなど、ただでさえ警察組織は違法行為に手を染めているだけに「共謀罪」が成立したら、気に入らない組織を片っ端から摘発する危険がある。対象になる犯罪は、法定刑が4年以上の懲役・禁錮の罪としている。その数は600を超え、道交法違反にも適用される。
 もし、臨時国会に提出されたら国会が大モメになるのは間違いない。それでも、安倍政権はなにがなんでも成立させるつもりらしい。
「安倍首相は来年、もう一度、衆院を“解散”するつもりではないか、とみられています。解散総選挙となったら、自民党は議席を減らす可能性が高い。だから、圧倒的多数を握っている間に評判の悪い“共謀罪”を成立させるつもりなのでしょう。衆参とも3分の2を確保し、改憲の発議が可能なのだから解散するはずがないという声もありますが、安倍首相は改憲する時は、野党第1党の賛成を得る必要があると腹を固めたフシがある。与党単独での3分の2を失っても仕方ないと思っているのでしょう。もうひとつ、支持層である右翼を喜ばす狙いもあると思う。共謀罪は、右翼が嫌いな“市民”や“左翼”を取り締まる武器になるからです」(政界関係者)
 安倍首相にどんな思惑があるにせよ、「共謀罪」は成立してしまえば、政権や警察が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用するのは目に見ている。絶対に成立を阻止しないとダメだ。


沖縄で記者排除 知る権利侵害する暴挙だ
 国民の「知る権利」が警察によって侵害された。許し難い暴挙と言わざるを得ない。
 沖縄県の米軍北部訓練場に防衛省が建設しているヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)の工事現場近くで、反対派住民らを取材していた地元紙、琉球新報と沖縄タイムスの記者が警察の機動隊に強制排除された。
 両社によると、機動隊員約30人は20日午前、車両搬入を阻止しようと県道に座り込んだ反対派を強制排除した。
 機動隊はその際、取材中の記者の腕をつかんで移動させたり、背中を押して拘束したりした。
 このため、記者は反対派が排除される模様を取材することができなかった。
 両社は「報道の自由を侵害するもので強く抗議する」「通常通りに取材し、県民の知る権利に応えようとしていた。断じて許すことはできない」との声明を出した。両社の主張を支持したい。
 釈然としないのは、県警が「記者は腕章を腕ではなくカメラに付けるなどしていたため、反対派と区別しづらかった」と説明していることだ。
 記者は機動隊に対して、腕章や社員証を提示したと話している。県警と記者の言い分が食い違っているのである。
 県警が「報道を規制する意図は全くない」というなら、記者排除の経緯を調査し、公表してもらいたい。これは民主主義の根幹に関わる重大な問題だ。
 ヘリパッド6カ所の建設は、北部訓練場を部分返還する条件である。日本政府は7月、返還区域にあるヘリパッドを、米軍側に残す部分に移す工事に着手した。
 だが、沖縄県の翁長雄志知事と県議会は安全性に懸念のある新型輸送機オスプレイが運用される計画があるとして反対している。
 現場周辺では、反対派と全国から派遣された機動隊員がもみ合いになり、公務執行妨害容疑で逮捕者が出た。
 記者排除の背景には、沖縄県の民意を無視して工事を強行する政府の態度があったといえよう。
 政府は工事着手とともに、宜野湾市の米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を巡り、翁長知事を相手取って訴訟を起こした。9月に判決が言い渡される。
 また、2017年度予算の概算要求で沖縄振興費を、16年度当初予算から140億円減額する方針を提示した。
 菅義偉官房長官は辺野古移設など米軍基地返還が進まなければ、振興費を減らす可能性を示していた。翁長知事をけん制する狙いがあるのは明らかである。
 国があらゆる手段を用いてヘリパッド建設と辺野古移設を進めようとすれば、反対運動は高まり、対立が深まるだけだ。
 沖縄の保守陣営からも「米軍基地全体の存続を危うくする事態が起こりかねない」と懸念する声が出ている。
 基地問題を解決するためには、沖縄県民との信頼関係が不可欠だ。政府には話し合い路線への転換を強く求める。


高畑裕太容疑者の性癖質問で批判の大村アナ 謝罪&釈明「ご迷惑を…」
 フリーアナウンサーの大村正樹(49)が27日、自身のフェイスブックを更新。前日26日に行われた女優・高畑淳子(61)の謝罪会見で、強姦(ごうかん)致傷容疑で逮捕された俳優の高畑裕太容疑者(22)の性癖について質問し、インターネット上などで批判が殺到したことについて「昨日からお騒がせしてしまい、皆さんにご迷惑をかけてしまいました」と謝罪した。
 また「ご批判を真摯に受け止め、これからの日々を精いっぱい頑張っていく所存ですので、またよろしくお願いいたします」と釈明した。
 フジテレビ「直撃LIVEグッディ!」(月〜金曜後1・45)のフィールドキャスターを務める大村アナは会見で、強姦致傷という罪状に関連し「性癖に関して気づくことはなかったか?性欲が強いとか、性的嗜好(しこう)がおかしいとか」と矢継ぎ早に質問。淳子は「男の子というのはこういうものかなあ、というぐらいのことしかない」などと真摯(しんし)に回答したが、不快感を覚えた視聴者からはネット上などで「不快だ」「母親にそんなこと聞くな」などと非難の声が多数上がった。


尾木ママ絶賛も…高畑淳子 配慮欠けた“被害者とされている女性”表現
 俳優の高畑裕太容疑者(22)が強姦(ごうかん)致傷容疑で逮捕された事件で、母親で女優の高畑淳子(61)が26日、都内のホテルで謝罪会見を行った。会見を受け、元検事の大沢孝征弁護士は、淳子が“被害者”ではなく“被害者とされている女性”と繰り返したことに言及。有罪判決が出るまでは被害者と断定することができないため「弁護士の中には言い方を指示する者もいる」と説明した。
 しかし、加害者側の淳子がこのような言い方をする場合、被害者側への配慮が欠けていると誤解を招く恐れもある。「余計な言葉を使うのが弁護士の指示なのであれば、それは淳子さんのためにも、裕太容疑者のためにもならない」とした。
 一方で、淳子の“どんなことがあってもお母さんだから”という発言に対しては「容疑者を責めるだけでは自暴自棄や殻に閉じこもってしまう恐れがあるので、家族はある程度優しくするという意味で、この対応は適切」と評価した。
 教育評論家の尾木直樹氏は「女優だけど演技することもなく、本当に誠実なものだった。ある意味感動すら覚えました」と評価。「一生懸命になりすぎて一人で抱え込みすぎたのかな」と気遣った。
 会見時の服装についてファッション評論家の石原裕子氏は「謝罪会見なのにファッショナブルすぎる」と指摘。パールのピアスやヒールの靴は不適切で、メークも決まりすぎていたとし「謝罪というより、女優としての自分の会見になってしまっていた」と語った。


慰安婦被害者ハルモニ「日本が謝罪しなければ金は受け取らない」
キム・ボクドン、キル・ウォンオクさんが記者会見 
「日本は謝罪・賠償し、名誉を回復させるべき 
慰労金受け取るのは、韓国政府がハルモニを売り渡すようなもの」

 「日本政府が、私たちの前で謝罪するまでは、お金を受け取ることはできません。1億(ウォン)でなく、100億、1000億ウォン(約90億円)でも受け取りません」
 26日、日本軍「慰安婦」被害者ハルモニ(おばあさん)のキム・ボクドンさん(90)は怒りを露わにした。韓日政府の12・28合意によって発足した「和解・癒やし財団」が、日本側が拠出する予定の10億円をハルモニたちに現金で分割支給するという方針を明らかにした翌日、キムさんはキル・ウォンオクさん(89)と共にソウル麻浦(マポ)区の韓国挺身隊対策協議会(挺対協)の憩いの場で記者会見に臨んだ。
 1992年から続いている水曜集会や、韓国のみならず世界各地の証言台でハルモニたちが数十回、数百回も繰り返してきたにもかかわらず、日本政府とこのような合意をした韓国政府に対し、2人はいつも以上に決然とした表情でこう語った。「このような道を選ぶなら、韓国政府は(「慰安婦」問題から)手を引いた方がいい。私たちは私たちなりに(生存者が)一人になろうとも最後まで戦います」
 キムさんは「安倍(首相)自らが法的に謝罪し、賠償をすることで、ハルモニたちの名誉を回復させるべきなのに、今さら慰労金だとして(差し出した)お金を受け取るのは、(韓国)政府がハルモニたちを売り渡すようなもの」だとしたうえで、「ここまで韓国政府がハルモニたちを苦しめたのは初めてだ」と声を荒げた。彼女はまた、「(日本政府から)そのお金をもらって少女像を撤去するというのではないか」としながら、「私たちは絶対にそうはさせない」と強調した。
 ソウル鍾路区の旧日本大使館前に建てられた「平和の少女像」の撤去・移転問題についても反対意見を明らかにした。「過去に韓国にこのような悲劇があったことを後世に伝えるために国民が少しずつ(お金を)集めて建てたものです。(日本)大使館の門の前に建てたわけでもなく、道を隔てた向こう側の平和路に建てたものなのに、それを撤去しろというのですか?」
 ハルモニたちは和解・癒やし財団のキム・テヒョン理事長が前日あるメディアとのインタビューで、「被害者たちと会ってみたら、賠償金は多くはないが、受け入れるという方がほとんど」と言ったことについても、「もどかしくて堪らない」としながら、怒りを露わにした。キムさんは「政府は被害者の家族たちに『ハルモニたちがいつ死ぬかも知れないから、いくらかでも受け取った方がいいのではないか』と協力を要請し、(受け取りを)そそのかしている。ハルモニたちは今微動だにしていない」と伝えた。彼女は「キム理事長から連絡があったのか」との記者の問いに「反対する人には(連絡も)しない」と批判した。キム理事長は、挺対協とナヌムの家にいるハルモニ9人には会っていないという。
 現在、韓国政府は日本軍「慰安婦」被害者として245人を公式認定しており、このうち生存者は40人だ。韓日政府は、日本軍「慰安婦」被害者245人を対象に、生存者に1億ウォン(約900万円)、死亡者の遺族には2千万ウォン(約180万円)の範囲で現金を支給することにしたと、25日発表した。
コ・ハンソル記者


セウォル号の真実のため、元人権委員らが特別調査委員会を守れと緊急声明
チェ・ヨンド、アン・ギョンファン元人権委員長など18人 
「国民の基本権を守れなかった状況は惨憺たる事態」 
緊急声明発表後、リレー座り込み

 チェ・ヨンド、アン・ギョンファン元国家人権委員長をはじめ、クァク・ノヒョン、チョン・ガンジャ、チョ・グクなど元人権委員らが、4・16セウォル号惨事特別調査委員会(特調委)を守るために立ち上がった。彼らは政府と国会、そして現在の国家人権委員会に向けて「特調委の活動期限を保障し、特調委問題に対する意見を表明せよ」と要求した。
 国家人権委員会の元人権委員18人は26日、ソウル光化門(クァンファムン)広場で記者会見を開き、「特調委の活動持続を保障せよ」という緊急声明を発表した。彼らは声明書で「国民の自由と権利が国家権力に侵害されないよう監視する任務を与えられた我々は、(特調委が強制活動終了を通告された)この事態に暗澹たる思いであり、国民に申し訳ない」とし、「真実を引き揚げよ」と要求した。また、現在の国家人権委員会に対して「過去事、疑問死の真相究明委員会の活動期限延長のために緊急意見表明までした決定を思い出してほしい」とし、特調委の活動を保障するための意見表明を要請した。人権委員たちが声明を発表する後ろで、セウォル号事件の遺族たちは23日から始まったハンストを続け、黄色いリボンのグッズを作った。
 この場でチェ・ヨンド元人権委員長は「私たちは子どもたちを死に追いやっても何もできなかった。何かしようとすれば政府が邪魔をした。一体、国家とは何のために存在しているのか」と声を高めた。チェ・ヨンエ元人権委員も「生存権は人権の中でも最も厳かな権利だ。子どもたちの生存権を奪い、今は(特調委の活動期間保障を要求する)ハンストによって、遺族らの生存権も脅かされる状況にあり、惨憺たる思いだ」と語った。
 緊急声明を発表した元人権委員たちはこの日、ハンスト中の遺族を慰労し、一緒にリレー座り込みを行う予定だ。
パン・ジュンホ記者


生命の起源 宇宙空間に痕跡? ISS収集の微粒子分析へ
JAXAなど 「たんぽぽ実験」に注目高まる
 地球の生命の起源は他の惑星や彗星(すいせい)など宇宙から飛来した−−。この仮説を検証するため、宇宙空間に漂っているかもしれない生命の痕跡を捉える装置が日本時間27日午前1時前、国際宇宙ステーション(ISS)から米カリフォルニア沖約500キロの太平洋上に戻った。命の“種”が綿毛のようにふわふわ飛んでいるイメージから、名付けた取り組みは「たんぽぽ実験」。何か捉えているか、分析結果は早ければ来年度初めに出る。
 地球の生命は、大気や海洋の物質から化学反応でできた有機物が基になったとする説が有力だ。一方、スウェーデンの科学者、スバンテ・アレニウスは20世紀初頭、「生命の材料は宇宙から飛来した」とする「パンスペルミア仮説」を提唱。荒唐無稽(むけい)と思われてきたが、米航空宇宙局(NASA)が1996年、火星由来の隕石(いんせき)にアミノ酸が含まれていたと発表し、注目されるようになった。
 実験には宇宙航空研究開発機構(JAXA)など国内26の研究機関と大学が参加している。地上約400キロのISS船外に昨年5月〜今年6月、多数の微細な穴が開いたガラス製の捕集パネル「エアロゲル」(縦横各10センチ、厚さ2センチ)を8枚設置。これを積んだ米スペースX社のドラゴン宇宙船は同26日午後7時過ぎにISSから切り離され、地球に帰った。今後、研究者らが穴に飛び込んだ微粒子から有機物や他の生物の痕跡を探す。一連の作業は2019年まで計4回行う。
 これまで微生物の浮遊が確認された最高高度は地上約58キロ。はるかに高いISSで生命の痕跡が見つかれば、宇宙から地球へ、地球から宇宙へと旅している可能性が見えてくる。
 実験の予算は約2000万円。JAXA宇宙科学研究所(相模原市)の矢野創(はじめ)助教は「(小惑星から岩石などを持ち帰る)はやぶさ2計画の1000分の1だが、それに負けない成果を目指したい」と意気込む。【阿部周一】


大阪大レーザー研究に米軍資金 3千万円、兵器開発の最先端分野
 米軍が2013年から3年間に、大阪大レーザーエネルギー学研究センターに研究資金として計27万ドル(約3千万円)を提供していたことが27日分かった。米軍に関しては既に、日本の大学などに対する2億円超の研究費提供が明らかになっている。新たに判明した資金提供により、兵器開発を目指す最先端分野への高い関心が浮かび上がった。
 軍事研究はしないとの日本学術会議の姿勢があり、研究者には軍事関連機関からの資金受け入れに慎重な意見が根強い。ただ米軍の資金提供に法律的問題はなく、大阪大は取材に対し「奨学寄付金として受け入れた。学内規定に基づき必要な手続きを経た」と回答した。

高畑淳子さん会見/activation/プロジェクタチェック

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Japon: un gouverneur demande l'arrêt de deux réacteurs
Le gouverneur de la préfecture japonaise de Kagoshima (sud-ouest) a officiellement demandé vendredi l'arrêt de deux des trois réacteurs nucléaires actuellement en service dans l'archipel, jugeant les mesures de sureté insuffisantes face au risque de catastrophe naturelle.
"Nous allons étudier avec sincérité la réponse à apporter", a indiqué la compagnie accusant réception du document.
Satoshi Mitazono, élu en juillet à la tête de cette province qui héberge la centrale Sendai, avait promis aux citoyens qu'il s'opposerait à son fonctionnement. Il justifiait cette position par "la peur d'une catastrophe naturelle renforcée par la série de séismes survenue au printemps dans la région limitrophe de Kumamoto".
Vendredi après-midi, il a remis en main propre au patron de la compagnie Kyushu Electric Power sa demande d'arrêt et la réalisation de nouveaux examens de sureté.
C'est la première fois qu'un gouverneur exige que soient stoppés des réacteurs remis en exploitation après l'entrée en vigueur de normes durcies à la suite de l'accident de Fukushima.
L'élu réclame aussi la garantie d'une diffusion d'informations en cas d'incident ou accident.
La compagnie n'étant pas légalement tenue de se conformer à sa requête, nul ne sait pour l'heure si Kyushu Electric acceptera ou non de suspendre l'utilisation de ces unités avant l'arrêt prévu pour une maintenance de routine.
Les tranches Sendai 1 et 2, relancées en 2015 alors que la préfecture était dirigée par un autre élu, doivent en effet dans tous les cas être stoppées respectivement en octobre et décembre, pour une durée de deux à trois mois, afin de réaliser un entretien obligatoire après un an et un mois de fonctionnement commercial.
Sur un parc de 42 unités (contre 54 avant l'accident de Fukushima en mars 2011), il n'y a actuellement que trois réacteurs opérationnels dans l'archipel, dont l'un, Ikata 3 (sud-ouest), vient d'être relancé mais n'est pas encore commercialement exploité. Il ne le sera qu'en septembre.
Le gouvernement de droite de Shinzo Abe est favorable au redémarrage des réacteurs, mais la certification technique de l'Autorité de régulation est requise ainsi que l'assentiment des élus locaux.
Les écologistes sont contre, estimant que n'ont pas été tirées les leçons de la catastrophe de Fukushima provoquée par un gigantesque tsunami et alors que tous les réacteurs nucléaires du Japon sont situés en bord de mer et en zone sismique.
La justice les a en partie suivis, ordonnant l'arrêt de deux unités (Takahama 3 et 4) qui avaient été réactivées en début d'année.
La population est aussi en majorité opposée à la relance des réacteurs nucléaires, mais la mobilisation s'est essoufflée après un pic dans l'année suivant le désastre de Fukushima.
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朝高畑淳子さんの会見を見ました.彼女の息子が強姦事件を起こし逮捕された件です.まだ真実がわかっていないとはいえ,強姦は大問題です.ただ20歳を超えた成人の親が謝罪すべきことなのかなぁ・・・という思いはあります.もちろん親として,というのはわかるつもりです.さて会見では高畑さんはひとつひとつの質問に丁寧に誠実に答えていました.政治家でこのように誠実な対応をする人が少ないのは誠に残念です.アマリとかやめた舛添とか.言葉だけは美しいけど何もしないアベも同じ.高畑さんへの質問は???というのもありましたが,すべてに本当に誠実に答えていて,見ていてじいんと来ました.
ソフトウエアが変なのでactivationをしてどうにかよくなりました.午後からプロジェクタチェックをしました.

<野蒜小津波訴訟>高裁和解打診 遺族側難色
 東日本大震災で東松島市野蒜小体育館に避難した後、津波で亡くなった女性=当時(86)=と同小3年の女児=同(9)=の遺族が、学校設置者の市に計約4000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、仙台高裁(古久保正人裁判長)は25日、遺族側、市側の双方に和解を打診した。
 同日あった非公開の進行協議の場で、高裁が和解の意向を尋ねた。関係者によると、遺族側は和解協議入りに難色を示し、審理は継続されることになった。
 遺族側は津波を予見できたとして、学校教職員と住民計5人程度の証人尋問を求めているという。
 今年3月の仙台地裁判決は、担任教諭から同級生の親に引き渡された後に自宅付近で亡くなった女児の遺族の請求を認める一方、体育館内で死亡した女性2人に関する請求を棄却。当時86歳の女性の遺族と市がそれぞれ控訴した。


津波被災の山元・山下二小 念願の校舎完成
 東日本大震災の津波で被災し、内陸部で再建を進めていた宮城県山元町山下二小(児童99人)の新校舎が完成し、25日、落成式があった。町の新市街地「つばめの杜地区」に建つ校舎に保護者ら約300人が集い、新しい学びやの完成を祝った。
 沿岸部の笠野地区にあった同校は被災し、児童らが5年5カ月間、別の小学校を間借りした。式辞で斎藤俊夫町長は「将来を担う子供たちの学びやにふさわしい施設が完成した」と喜びを語り、富田栄子校長は「6年生が新校舎で卒業式を迎えられることに心から感謝したい」と述べた。
 新校舎は元の校舎から約2キロ離れており、敷地面積約1万6500平方メートル。木造2階で延べ床面積は約4700平方メートル。建築費は約18億5000万円。天板などの元の校舎の部材を一部再利用した。
 震災の年に入学した6年森こはるさん(12)は「あの震災から5年。夢だった新校舎が目の前に出来上がった。これまでできなかったことを精いっぱいしたい」と抱負を語った。


<千年希望の丘>復興願う地蔵3体建立
 宮城県岩沼市が東日本大震災で被災した同市沿岸部に整備を進める「千年希望の丘」に、犠牲者を追悼し復興を願う地蔵3体が建立され、24日、除幕式が行われた。
 建立はNPO法人「被災地に届けたい『お地蔵さん』プロジェクト」(山形市)などでつくる実行委委員会が企画。地蔵は白御影石製で、真ん中に約1.2メートルの地蔵、両脇に約0.5メートルの童地蔵を置いた。
 京都伝統工芸大学校(京都府南丹市)の学生が制作し、趣旨に賛同する宗教学者の山折哲雄さんらが絵本を出版するなどして資金を集めた。
 除幕式には約100人が出席。実行委員長を務めた井口経明前岩沼市長は「丘の名前は、1000年先まで子どもが笑顔でいられるように願って付けた。お地蔵さんは子どもの守り神。我々の願いにふさわしい」と話した。
 プロジェクトは岩手、宮城、福島3県の沿岸市町村に地蔵を贈る予定。岩沼は8カ所目で、宮城県内では5カ所目となる。


<復興へのペダル>進む町づくり広くPR
◎ツール・ド・東北2016を前に(3)女川
 ツール・ド・東北2016は、全6コースのうち5コースが宮城県女川町を走る。町観光協会事務局長の遠藤琢磨さん(48)は「女川の今を広くPRできる。とてもいい機会になっている」と歓迎する。
 女川は東日本大震災の津波で中心部が壊滅し、人口の8.25%、827人の町民が犠牲となった。
 震災で大きな被害を受けた自治体の一つだが、遠藤さんは「ずっと被災地、被災者とは言われ続けたくない。町づくりを進める姿を全国に発信したい。新しい女川を見てほしい」と語る。
<商店街盛り上げ>
 「新しい女川」を象徴する場所が、テナント型商店街のシーパルピア女川だ。昨年12月、JR女川駅前に開業した。27店が広いれんがの歩道の左右にある平屋6棟に入る。周囲には自立再建の店も立ち始めた。ゆくゆくは合わせて約60店で駅前商店街を形成する。
 シーパルピアで衣類・雑貨店「MARUSAN」を営む高橋敏浩さん(39)は両親と祖母、そして店と自宅を津波で失った。「動いた方が気が紛れる」と、震災直後の2011年3月末に石巻市で営業を再開。町内の仮設商店街を経て、移ってきた。
 独自にデザインするTシャツが人気を集める。ツール・ド・東北に出場する地元のグループにもユニホーム代わりのオリジナルTシャツ作製を依頼される。注文は年々増えている。
 「女川が廃れる姿は見たくない」と商工会青年部長を引き受けた。地域全体を盛り上げようと、20日にはシーパルピアで青年部主催の盆踊りを催した。
 大会当日は駅前のエイドステーションでシーパルピアをアピールする。「大会中は商店街を回る余裕はないだろうが、後日、再訪してほしい」と呼び掛ける。
<すっかりとりこ>
 「ランニングより遠くに行け、1日10時間以上の運動も可能。楽しめる年代も幅広い」。女川町地域医療センター長の斎藤充さん(52)は震災後、支援に来た医師仲間の勧めで、体力づくりにと自転車に乗り始め、すっかりとりこになった。ツール・ド・東北には4年連続で出場する。
 斎藤さんの姿を追うようにセンターでもライダーが増え、今年は10人近くが出場する。「美しい海と走り応えのある道。自転車乗りにとって女川周辺はとても魅力がある」と評する斎藤さんは、女川をサイクリストが集う町にしようと、観光協会にマップ作りを提案している。自転車文化は新しい町に根付き始めている。


震災語り継ぐ高校生が講演
東日本大震災の体験を語り継ぐ活動を続けている宮城県東松島市の高校生が、25日夜、南海トラフの巨大地震が想定されている和歌山県田辺市を訪れ地元の中学生に対して災害に備えることの重要性を訴えました。
田辺市を訪れたのは、小学5年のときに震災を体験した宮城県東松島市に住む高校生、雁部那由多さん(16)です。
雁部さんは、防災学習に取り組んでいる地元の中学生、およそ30人を前に講演し、震災の状況について説明しました。
この中で、大地震のあとに避難した小学校で見た津波について、「あっという間に校庭に押し寄せ避難しようとしていた5人の大人が巻き込まれた」と述べ、予想外の速さだったことを証言しました。
そのうえで、「どこにいても災害に襲われる危険性はある。ふだんからどれだけ真剣に災害への備えについて考えておけるかが重要だ」と訴えました。
田辺市には南海トラフの巨大地震で最大12メートルの津波が押し寄せると想定され、中学生も地域の防災意識の向上や、避難所の運営などに一定の役割を果たすことが期待されています。
参加した生徒の1人は「貴重な話を聞けた。災害が起きた際には、学校に避難してきた人を助けたい」と話していました。


【震災2000日を歩く(1)】 娘の火は消えたの? 早いよ 婿の再婚「つらい」
 今月30日で東日本大震災から2千日、そして来月11日には5年半を迎える。身内を亡くした遺族、暮らしを台無しにされた被災者は心の痛みを癒やし、再起を図る長い道のりを歩み続けている。
    ■  ■
 お茶をいれようと台所に立つと、子供のように後を付いてくる。いつもと様子が違う。何か言いたそうな顔をしている。
 「どうかしたん?」
 「いえ、別に」
 ぎこちない笑みを浮かべ、言葉を濁す。
 山形県酒田市の菊池真智子さん(53)は娘婿(32)を実家に招いていた。平成26年のお正月のことだ。
 娘の歩さんは23年3月11日、嫁ぎ先の宮城県女川町で東日本大震災に遭い、孫の凛ちゃんとともに命を落とした。結婚して1年半。歩さんは26歳、凛ちゃんは生後6カ月だった。
 お婿さんの不自然な振る舞いを見て、第六感が働いた。
 「誰か好きな人でもできたん?」
 黙ってうなずく。
 頭の中が白くなった。
 「へー、どんな人?」
 顔がこわばるのを悟られないよう、努めて明るく聞いた。
 震災ボランティアで知り合った女性だという。
 「結婚すんの?」
 「するかもしれません」
■ ■
 心が波立つ。
 いつかこの日が来るだろうとは頭では分かっていた。彼も若い。死んだ娘に純愛を貫く十字架をいつまでも背負わせるわけにいかない。こういう局面に直面しても動じない準備をしないと、といつも自分に言い聞かせていた。
 だが、いざそうなったらろくな反応もできない。
 「ごめん、ちょっとお風呂入ってくるわ」
 さしで向き合う状況に耐えかね、席を立った。
 湯船につかる。息が乱れているのが自分で分かる。
 〈あの時、『アユとリンは絶対見つけだします』と言って毎日、がれきをかき分けて捜し続けてくれたじゃない〉
 〈火葬で炉に入る娘の棺を見送るとき、握りこぶしを震わせていたあなたの姿は今でも私の目に焼き付いているよ〉
 娘と孫が死んで1千日とちょっと。3年たっていなかった。
 早いよ。いくら何でも。
 「ワー」
 茶の間に残した彼に聞こえないよう、顔を湯に沈めて叫んだ。
  人の心は移ろう。娘婿に突き付けられた人間の性(さが)を受け入れるのは難しい。
 菊池真智子さんは婿に再婚話を切り出された2カ月後、彼と再び話す機会を設けた。
 「あなたにとって娘と孫は2番目になる。あなたには幸せになってほしいが、その幸せの先に娘と孫はいない。それは母としてつらく、悲しい」
 彼は黙って聞いていた。
 彼は別の女性と新しい人生を歩む。娘と孫の思い出は色あせ、過去に追いやられる。
 自分の中では違う。ついさっきのことのようによみがえる。棺を汚す土ぼこりさえも。火葬場のにおいさえも。
 「わが家との関係はこのまま続けてほしい」
 そんなお願いもした。
 親戚付き合いを絶つ考えはなかった。娘の夫、孫の父に変わりない。
 「娘さんの怒ったときの口調、お義母さんにそっくりなんですよ」
 「ゲームばかりしてると『没収!』とかね」
 「そうそう」
 自分の中にいる娘と彼に内在する娘は似ている。娘の残像を共有したくて、義母と婿の関係を保ちたいのかもしれない。
 数カ月後、彼からメールが届いた。
 「入籍します」
 今どきの若者はこういう大事な報告もメール1本で済ます。返信する気になれず、放っておいた。
■ ■
 お酒が入ると、怒りの沸点が下がる。
 地域の運動会の役員の打ち上げがあった。
 「俺にも子供がいるから、あんたの気持ちはよく分かる」
 向かいの席の男性から同情の言葉を掛けられた。
 「ん?」
 スイッチが入った。酒量はだいぶ上がっている。
 「子供死んでないのに何で分かんの?」
 男性は言葉に詰まる。
 「がれきの海、見たことある? もしかしたらこの下で娘と孫が潰れているかもしれない状況で」
 「安置所に並ぶ膨大な遺体の顔写真の中から娘と孫の顔を捜す気持ち分かる?」
 言うに任せ、畳み掛けた。男性に悪気がないのは分かっている。気にしてくれているのだ。無関心な人よりよほどありがたい。それでも、好意を受容する心境になれなかった。
 震災後5回目の正月を迎えた。まだ年賀状を出せない。「おめでとう」の言葉が引っ掛かる。今回も寒中見舞いにとどめた。
■ ■
 今月6日、地元で花火大会があった。震災から2千日になろうとしている。夫(51)らと見に行った。胸には娘と孫の遺影。娘が花火大会を見たのは、震災の前の年に里帰り出産で帰省したときが最後だった。
 大輪が夜空を焦がす。
 遺影を照らす。
 お婿さんとの関係は続いている。命日。娘の誕生日。思い出話に花を咲かせる。
 新しい生活のことは聞かない。知ったら今の関係が壊れる気がする。彼も進んでは話さない。談笑しながらも、「地雷」を踏まないようお互いに気を使う。
 彼が帰る。部屋に1人になる。
 〈彼とはこのままでいいのだろうか〉
 仏壇に向き合う。
 「アユはどう思う?」
 歩さんはほほえんでいる。
 「成り行きに任せるか。家族って成り行きの部分、結構あるし」
 娘は変わらぬ笑みを浮かべている。(伊藤寿行)


イタリア地震の死者267人に 「72時間」迫り捜索懸命
 【ローマ共同】イタリア中部で24日未明に発生した地震で、地元当局は26日、死者が267人に達したと明らかにした。倒壊した建物の下敷きになった人々の生存率が低下するとされる発生から72時間が迫り、救助隊員らによる懸命の捜索活動は時間との闘いとなっている。
 25日には新たな生存者は発見されず、死者数だけが増加。救助当局幹部は国営イタリア放送協会に「まだ望みのある段階だ」と強調し、捜索と救助活動に全力を尽くすとした。
 地震発生以降、余震が多発しており、26日までに900回以上記録された。


<キラリこの技>鏡面加工ナノレベルで
◎東北のものづくり(1)ティ・ディ・シー(宮城県利府町)
 東北の地で、ものづくりの技術やユニークな発想で付加価値を生み出し、存在感を発揮する企業がある。激しい競争にさらされつつ、キラリと光る技と個性で生き抜こうと、自らを磨き続ける企業を訪ねる。(5回続き)
 小惑星「りゅうぐう」に向け、飛行を続ける探査機「はやぶさ2」。最大の目的は太陽系誕生の解明につながるかもしれない物質を地球に持ち帰ること。その物質を回収するカプセルの製作に、世界最高水準の鏡面加工技術で参加した。
 カプセル内面の粗さが1ナノメートル(10億分の1メートル)以下になるまで研磨した。凹凸を極限までなくすことで、打ち上げ前に地球の微粒子が付着する可能性を排除。小惑星で採取する岩石のかけらが削れたり、取り出しにくくなったりするリスクもなくした。
 赤羽優子社長(40)は「カプセルが未知の物質を持ち帰るかもしれない。夢のある仕事ができてうれしい」と語り、2020年末の帰還を心待ちにする。
 金属やガラスなど多様な素材を扱い、取引先は半導体や自動車、電子製品のメーカーなど国内外の3000社以上に上る。14年には経済産業省の「グローバルニッチトップ企業」の国内100社に選ばれた。
 大小さまざまな約100台の加工機を使う。研磨テーブルの回転速度や圧力、研磨剤の量などは全てマニュアルで設定。技術者の経験と感覚を基に微調整を繰り返し、ナノレベルの寸法を実現する。
 世界に誇る技術を手にした理由は何か。赤羽社長は「できるまでやる。それを繰り返しただけ」と笑う。
 電子部品製造を請け負っていた90年代後半、主力を鏡面加工に転換した。先例のない難問に挑み、試行錯誤で一つずつ解決してきた。「社員の諦めない気持ちのたまもの」と赤羽社長は胸を張る。
 東日本大震災では工場が地震被害を受けた。再建後、地域振興への思いがより強くなったという。赤羽社長は「技術力が高い地元企業と連携し、『メイドイン宮城』を世界的なブランドにしたい」と語る。
◎ここに感心/若い社員第一線で活躍
 会社のモットーは「『できない』を言わない」。赤羽社長は「苦労することしかない」とさらりと言う。技術を確立するには何度も失敗し、そのたびに工夫を重ねてきたに違いない。工場内は若い社員が目立つ。30代前半が第一線で活躍しているという。技術が確実に継承されている証しだ。(保科暁史)


PKOの新任務 派遣前に丁寧な議論を
 3月に施行された安全保障関連法に基づく自衛隊活動の訓練が始まった。政府は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)へ11月から派遣する陸上自衛隊の部隊に「駆け付け警護」の訓練をさせ、その他の活動の訓練も順次、実施していくという。
 「駆け付け警護」は、PKOで、離れた場所にいる国連職員や他国軍が武装勢力に襲われた時、自衛隊が武器を持って助けに行くことだ。
 他国軍とともに活動拠点を守る「宿営地の共同防護」も可能になり、訓練が行われる。
 安保関連法のうち、集団的自衛権の行使容認や地球規模での後方支援にかかわるものは別として、PKOなどの国際協力活動には、日本は憲法の範囲内で積極的に取り組んでいく必要がある。
 ただし、そのためには、自衛隊員の安全確保が不可欠だ。
 南スーダンPKOには、約60カ国から約1万2000人が参加し、日本からは道路整備などを担う陸上自衛隊の施設部隊約350人が派遣されている。当初は「国づくり」が主眼だったが、混乱の長期化で「文民の保護」というリスクの高い活動に中心が移っている。
 7月には、首都ジュバで、政府軍と元反政府勢力の戦闘により約300人が死亡し、在留邦人も国外退避する事態になった。
 治安の悪化は深刻で、国連安全保障理事会は今月、南スーダンPKOに約4000人の地域防護部隊の増派を決議した。
 日本のPKO参加には、「紛争当事者の間で停戦合意が成立している」など「参加5原則」が満たされている必要がある。
 南スーダンでの戦闘について、政府は「武力紛争が発生したとは考えておらず、参加5原則が崩れたとは考えていない」(菅義偉官房長官)という。現地情勢を正確に踏まえた判断なのか、疑問が残る。
 PKOの新任務のための訓練はしても、実際に派遣部隊にその任務を付与するかどうかは政府が判断する。慎重な検討を求めたい。
 安保関連法により、PKOの自衛隊部隊は「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」のほか、巡回、検問などの「安全確保業務」も法的にはできるようになった。政府は当面、安全確保業務の訓練はしないというが、将来的にどうしようと考えているのか、はっきりしない。
 安保関連法は実質計11本の法律を束ねたもので、論点が多岐にわたり、昨年の通常国会で改正PKO法はほとんど議論されないまま成立した。秋の臨時国会では、自衛隊員に無用な不安を抱かせないためにも、丁寧な議論が必要だ。


駆け付け警護 任務付与前に徹底論議を
 政府は、今年3月に施行した安全保障関連法により拡大した自衛隊活動のほぼ全ての新任務について、自衛隊に訓練を開始させると発表した。これにより、安保法制は本格的な運用段階に入った。
 新任務は多岐にわたるが、任務付与が具体的に想定されているのは、国連平和維持活動(PKO)に伴う「駆け付け警護」である。
 政府は現在、南スーダンのPKOに陸上自衛隊の施設部隊を派遣し、道路整備などを行っている。11月に現部隊と交代で派遣する陸自第9師団第5普通科連隊(青森市)に駆け付け警護などの訓練を実施し、派遣時に新任務として付与する方針だ。
 駆け付け警護とは、離れた場所にいる国連職員や他国軍兵士などが、武装したグループや暴徒に襲われた場合、自衛隊が武器を持って助けに行くことである。
 新法制では、この際に自衛隊の行動を妨害する相手を排除するための警告射撃ができるようになった。相手に危害を与える射撃は、従来の原則通り正当防衛や緊急避難に該当する場合に認められる。
 自衛隊が武装した相手と向かい合う「駆け付け警護」には、従来の人道支援とは次元が違う危険や障害が伴うことは避けられない。
 警告射撃でかえって相手が興奮し、本格的な戦闘に発展すれば、自衛隊員に犠牲者が出る恐れがある。任務遂行と部隊の安全確保のバランスをどう取るのか。
 また逆に、自衛隊員が暴徒と間違えて民間人を誤射する可能性もある。処罰の手続きや、国としての責任の取り方も不明確だ。事前に論議し、一定の方向性を示しておくべき課題が山積している。
 安全保障関連法は昨年の通常国会で成立したが、質疑の大半は集団的自衛権に関わる憲法論争だった。PKO任務拡大についての論議が尽くされたとは言い難い。
 安倍晋三首相は、自衛隊員のリスク増大に関して曖昧な答弁を繰り返してきた。リスクもはっきりさせないまま、隊員に新任務を付与してはならない。秋の臨時国会で徹底的に論議すべきだ。


駆け付け警護 自衛隊の危険が高まる
 安全保障関連法に基づく新任務の訓練が、陸海空の各自衛隊で順次始まる。違憲の疑いが強く、いまも反対世論が根強い安保法がいよいよ運用段階に移行する。
 政府がまず実施を検討しているのが、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」だ。他国の部隊や国連職員らが武装勢力に襲われた際、現場に向かい武器を使って助ける。
 正当防衛や緊急避難の場合に限られていた武器使用基準が安保法で緩和され、任務遂行のための警告射撃が可能になった。
 現在活動中の陸自北部方面隊第7師団(千歳市)と交代で11月から派遣予定の青森県の部隊に任務が付与される可能性がある。
 実施すれば自衛隊が戦闘に巻き込まれて隊員の命が危険にさらされかねない。相手を殺傷する側に立つことも否定できない。
 海外での武力行使を禁じた憲法9条との関係でも大きな問題がある。駆け付け警護に反対する。
 自衛隊が襲われたら他国に助けてもらうのに、自衛隊が何もせず他国を見殺しにはできない―。
 駆け付け警護が必要な理由として語られてきた主張だが、南スーダンの情勢に照らし合わせれば、そんな話では片付けられない。
 7月に大統領派と副大統領派の戦闘が再燃し、270人以上が死亡した。反政府勢力の指導者だった副大統領は更迭され、国外に避難した。政情は予断を許さない。
 PKO参加5原則の柱である「紛争当事者間の停戦合意」は崩れているとみるのが自然だ。
 それなのに「反政府勢力は国家に準ずる組織ではなく、紛争当事者に該当しない」として停戦合意は守られているという政府の説明に、まず無理がある。
 こうした紛争地で武装勢力と銃火を交えることなど、専守防衛に徹してきた自衛隊としてあってはならないことだ。
 隊員が血を流すだけでなく、刻々と変化する状況の中で正確な判断をできず、非戦闘員の民間人を誤射するリスクも生じるだろう。
 安保法の新任務では集団的自衛権の行使と後方支援活動についても、日米共同の訓練を早ければ10月にも実施する方向となった。
 北朝鮮の核・ミサイル開発が進展し、中国が海洋進出を図る東アジアの現状は確かに憂慮される。だが、日本は個別的自衛権の行使で対応できるはずだ。
 PKOのあり方をはじめ、秋の臨時国会では安保法にいま一度徹底的な議論が求められる。


駆け付け警護  立ち止まって再考せよ
 稲田朋美防衛相が、安全保障関連法に基づく自衛隊の新任務の訓練開始を表明した。国連平和維持活動(PKO)に関する任務をはじめ、他国軍の後方支援、平時からの米軍艦船などの防護、海外テロ発生時の邦人保護・救出などを想定した訓練が順次始まる。
 国民の不安の声を押し切っての安保法成立から約1年。政府は今夏の参院選で議論を再燃させまいと、訓練を先送りしてきた。この間、自衛隊の武器使用基準の見直しなどが内々に進んだ一方、安保国会で指摘された多くの課題は手つかずのままだ。
 とりわけ当面の焦点であるPKO派遣部隊の新任務については、安保法をめぐる憲法論争に時間を費やしたこともあって、説明も審議も不足している。政府は「駆け付け警護」などの新任務を今後派遣する部隊に付与する方針だが、立ち止まって再考すべきだ。
 国連やNGOの職員が武装集団に襲われた際、武器を持って助けに行く「駆け付け警護」は、PKO部隊に現場で瞬時の判断を迫る難しい任務だ。警告射撃などが新たにできるようになるぶん、相手を刺激して本格的な戦闘に発展する危険性もある。市街地での混乱した状況では、誤って民間人を撃つ恐れも否定できない。
 安保国会では、軍法をもたない自衛隊が海外の戦闘で過失を犯した場合の外交への影響や、隊員の法的地位の不備が指摘されたが、対策は置き去りだ。訓練をどれほど積んでも不測の事態が生じる可能性はある。多様な場面を想定した訓練をすればするほど、隊員が向き合わねばならないリスクの深刻さが明らかになろう。
 政府はこれまで、安保法で自衛隊員のリスクが高まることはないと繰り返してきた。一方、紛争地の状況は刻々と変化している。国連の南スーダンPKOも当初は国づくり支援が目的だったが、3年前に新たな内戦が勃発して市民保護が最重要任務となり、今年7月に戦闘が一時拡大した際には中国人のPKO隊員が巻き込まれて死傷している。
 そもそも違憲の疑いが拭えない安保法である。自衛隊員や日本の平和主義が傷つくリスクを曖昧にしたまま、訓練を進め、新任務の付与への地ならしをすることは容認できない。
 国際平和のための活動のうち、日本が担うべき役割は何か。取り得る手段とリスクの範囲はどうか。9月には臨時国会が始まる。平和主義のあり方をいま一度、与野党で議論しなければならない。


自衛隊の新任務/リスクの増大を直視せよ
 自衛隊が、この春に施行された安全保障関連法に基づく新任務に向けた訓練をきのうから始めた。
 他国が攻撃された際に武力を用いる集団的自衛権の行使や、他国軍に弾薬や燃料などを提供する後方支援などが順次、運用段階に入る。
 最も懸念されるのは、現場の隊員が直面する危険性の高まりだ。
 11月に南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣される陸上自衛隊の部隊に対して、政府は武装集団に襲われた国連職員らを救出する「駆け付け警護」を新たな任務として付与する方針とされる。
 その場合は、他国軍とともに実施する「宿営地の共同防衛」も同時に発令することになるという。
 いずれの任務も、武器使用基準の緩和によって、銃を示しての威嚇や警告射撃が可能になる。同時に、相手を刺激して戦闘行為に巻き込まれる事態も十分に予想できる。
 自衛隊はこれまで一発の銃弾も撃たず、一人の戦死者も出さなかった。しかし、今後は全く異なる状況下に置かれる。そのことを国民も認識しておく必要がある。
 リスクの増大に関して、安倍晋三首相は昨年の国会で曖昧な答弁に終始した。国民の反発を恐れたからとされる。新任務の付与も、予定された5月ごろから参院選後に先送りした。選挙での争点化を避ける対応は姑息(こそく)といわれても仕方がない。
 新任務が必要というのなら、危険の程度も国民に語るべきである。
 稲田朋美防衛相は就任直後のインタビューで「自衛権行使の過程で犠牲者が出ることも考えておかねばならない」と述べた。だが、所管の大臣として心を砕くべきは、いかに任務遂行上の犠牲を防ぐか、だろう。隊員の安全確保策についても丁寧に説明する責任がある。
 南スーダンでは7月に政府軍と反政府勢力による戦闘で300人近くが死亡し、対立が再燃した。自衛隊の宿営地にも流れ弾が飛ぶなど緊迫した状況で、肝心の和平協定が既に暗礁に乗り上げ、PKOの前提が崩れたとの見方もある。
 政府は自衛隊への新任務付与について10月末までに最終判断する方針だが、「新任務ありき」の姿勢では現場に立つ隊員や家族の理解も得られないだろう。多くの命を危険にさらすリスクを無視せず、可否は慎重に考えるべきだ。


相模原事件1カ月 障害者を地域の隣人に
 相模原市の知的障害者入所施設「津久井やまゆり園」で重度障害者19人が殺害され27人が負傷した事件から1カ月が過ぎた。
 殺人容疑で逮捕された植松聖容疑者が事件5カ月前に精神科へ措置入院していたことから、現在、厚生労働省は再発防止のため措置入院や退院後のフォローのあり方について検討している。各地の自治体や障害者施設では防犯体制の強化、警察との連携などを模索している。
 「障害者は不幸を作ることしかできない」という容疑者の言葉に社会が揺れた1カ月でもあった。障害者や関係団体は声明や集会で抗議の声を上げ、賛同の輪が広がった。その一方で容疑者に共感を示す意見がネットなどで散見された。障害者を否定的に見る社会の暗い一面が事件によって表に出たとも言える。
 容疑者は措置入院するまで同施設で働く職員だった。勤務中から障害者に対する虐待行為や暴言があったという。施設側の指導や改善策も含め、どのような状況で容疑者がゆがんだ障害者観を形成していったのかを詳細に検証する必要がある。
 容疑者は声を掛けて返事がなかった重度の障害者から殺害したと供述したとされる。しかし、近隣の住民や友達、ボランティアに囲まれ、地域に溶け込んで暮らしている重度障害者も最近は増えている。家族が介護を担うのではなく、少人数のグループホームで暮らし、ヘルパーや通所施設などを利用して生活しているのである。
 入所施設の職員だった容疑者は「保護者の疲れ切った表情」を見て「障害者は不幸を作る」と思ったというが、最近の地域福祉の現場では障害のある子に愛情を注ぐ保護者の顔をいくらでも見ることができる。
 もちろん、入所施設で働く職員にも熱意や善意がある人が多く、自傷他害などで支援の難しい障害者の貴重な受け皿になっている施設もある。しかし、施設入所によって地域社会での豊かな人間関係から障害者を切り離し、社会から障害者の素顔を見えなくしていることについても深く考える機会にしたい。
 施設の施錠を強固にし監視カメラを増設して防犯体制を強化しても、障害者への偏見や優生思想の侵入を防ぐことはできない。地域福祉の現場では施錠や壁ではなく、理解や配慮で障害者を守っているのである。
 悲惨な事件ではあったが、障害者を守りたいとの善意も広がった1カ月だった。障害者は「施設内でしか生きられない特別な人」ではなく、「地域で暮らすふつうの隣人」であるはずだ。多様性を身近に感じられる社会を築くことで偏見をなくしていきたい。


共生社会実現、被害者追悼に 相模原殺傷事件1カ月
 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、27人が負傷した事件から26日で1カ月となる。「障害者はいなくなればいい」などと命と尊厳を踏みにじる植松聖容疑者の言動に対し、京都府内の障害者らは「それは違う」とあらためて悲しみと憤りの声を上げている。社会に潜む差別意識を指摘し、障害者との共生の意味を問いかけている。
 「悔しくて悲しくて胸がいっぱい」。脳性まひで言語障害がある廣瀬ゆみ子さん(64)=亀岡市=は、全身を使ってゆっくりと言葉を絞り出した。安楽死を掲げ障害者を標的とした犯罪を正当化する植松容疑者の主張を廣瀬さんは否定し、「誰でも年を取れば障害が出てくる可能性がある。障害者のせいで税金が無駄になっているとは考えてほしくない」と訴える。
 障害者への不当な差別的扱いを禁止した障害者差別解消法が4月に施行された。しかし、廣瀬さんは「いまだに差別や偏見はある」と言い切る。日常生活で車いすを使っているが、駅などでうまく進めない時、周囲の人から冷たい視線が送られることがあるからだ。事件後、植松容疑者の独善的な考え方に同調する人がいるのではないかとの不安は消えないという。
 そううつ病の徳山環さん(49)=京都市上京区=は「役に立たないとみなし、差別するならば、精神障害者も標的になりかねない」と話す。大学院生の時、研究や人間関係のストレスで発症し、現在は障害者就労支援施設を利用する。「私たちは生産性は低いかもしれない。でも、働けるかどうかで人間の価値を決める社会は異常だ。違いを受け入れることが社会の豊かさにつながる」と強調する。


障害者殺傷事件から1か月 追悼の花絶えず
相模原市の知的障害者施設で入所者が刃物で刺されて19人が死亡、27人が重軽傷を負った事件から26日で1か月です。施設の前に設けられた献花台では26日も亡くなった人たちを悼み、大勢の人たちが花を手向けました。
この事件は先月26日の未明、相模原市緑区の知的障害者の入所施設「津久井やまゆり園」で入所者が刃物で刺されて19人が死亡、27人が重軽傷を負ったものです。警察は、施設の元職員、植松聖容疑者(26)が入所者9人を包丁などで刺して殺害したとして殺人の疑いで再逮捕し、事件の全容解明を進めています。
施設の前に設けられた献花台では1か月がたった26日も亡くなった人を悼み、花を手向ける人たちの姿が見られました。車いすで献花台を訪れた東京の40代の女性は「障害のある仲間として悔しい気持ちでいっぱいです。障害者に対する社会の差別的な考え方を変えていかなければなりません」と話しました。また、神奈川県厚木市の60代の女性は「亡くなった人や家族のことを考えると涙が止まりません。罪の大きさを自覚してほしいです」と話していました。
これまでの調べに対し植松容疑者は、事件の動機として逮捕直後から一貫して計画を記した手紙に書かれていた障害者を冒とくするような供述をしているということで、警察は計画に固執した理由や事件を起こす動機を持つようになったいきさつを調べています。
津久井やまゆり園を運営する社会福祉法人「かながわ共同会」の米山勝彦理事長は、「日がたてばたつほど、悲しみと、残忍・卑劣な行為に強い憤りを抑えることができません。今後は、県の指導のもと、家族会や関係機関の協力をいただきながら、利用者の生活の安定や園の再生に向けて、法人を挙げて全力で取り組んでいく覚悟です」というコメントを出しました。
神奈川県の黒岩祐治知事は「凄惨(せいさん)な事件が発生してから1か月が経過し、改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、負傷された方々に心よりお見舞い申し上げます。引き続き入所者やご家族、職員への支援に全力を挙げていくとともに、今後は、園の再生に向けた取り組みも本格的に進めてまいります」というコメントを出しました。
この事件で重傷を負い、1か月がたった今も入院している入所者の両親がNHKの取材に応え、「日がたつごとに容疑者への憎しみは増していますが、まずは息子に早く元気になってほしいです」と今の心境を語りました。
神奈川県座間市の尾野剛志さん(72)と妻のチキ子さん(74)の息子の一矢さん(43)は、(かずや)この事件でのどや腹などを刃物で刺され、重傷を負いました。一矢さんは、1か月がたった今も入院していますが、起き上がって歩ける程度まで回復したということです。しかし、先週ごろから精神的に不安定な状態が続き、今月17日に両親が病院を訪れた際はほとんど目を合わせようとせず、落ち着かない様子だったということです。
両親は26日、自宅でNHKの取材に応え、事件から1か月がたった今の心境を語りました。このうち父親の剛志さんは、「日がたつごとに容疑者への憎しみは増していて絶対に許せませんが、まずは息子に早く元気になってほしいです。時間をかけて心のケアをしていくことが必要だと思います」と話しました。また、母親のチキ子さんは、「一矢は本当に大事な宝です。状態が落ち着かず、心配は尽きませんが、少しずつでいいから良くなっていってほしいです」と話していました。
来月中旬めどに復旧急ぐ
事件が起きた知的障害者施設では、事件から1か月たった今も多くの部屋が使えない状態になっていて、92人の入所者が体育館などでの不便な生活を余儀なくされています。神奈川県は来月中旬をめどに改修か建て替えかの方針を決め、施設の復旧を急ぐことにしています。
「津久井やまゆり園」は、(つくい)神奈川県が設置し、社会福祉法人「かながわ共同会」が運営する県立の知的障害者施設で、県によりますと、事件から1か月たった26日の時点で、34人が同じ社会福祉法人が運営する別の施設や県立の障害者支援施設に移ったということです。施設では、現在、男性63人、女性29人の合わせて92人の入所者が生活を続けていますが、多くの部屋が使えない状態になっていて、30人余りは、体育館などでの生活を余儀なくされているということです。この30人余りの入所者について、神奈川県は、優先的にほかの施設に移ってもらうことにしています。
神奈川県は入所者の家族などの意向や、工事にかかる期間などをふまえたうえで、来月中旬をめどに改修か建て替えかの方針を決め、施設の復旧を急ぐことにしています。


相模原事件が問いかけるもの
 相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害された事件から1カ月がたった。全容はまだ解明されていないが、社会的な弱者を狙ったこの事件が私たちに問いかけているものは重い。
 調べに対して容疑者は、一貫して「障害者はいなくなればいい」などと主張しているという。事前の準備や犯行状況をみても妄想や薬物の影響ではなく、極めて偏った強固な思想による犯行だったことをうかがわせる。
 なぜ容疑者は障害者への強い差別意識を抱き、それが強い殺意にまで飛躍したのか。同じような悲劇を繰り返さないために、容疑者に対する医学的見地からの調べはもちろん、こうした犯罪を生む土壌が広がっていないかどうか、私たちの足元を見直してみる必要がある。
 欧米では近年、自分と異なる民族や宗教、性的少数者などを敵視し、攻撃する「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」と呼ばれる犯罪やテロ行為が目立っている。相模原の事件は、障害者を一方的に敵視する姿勢や犯行を予告するゆがんだ自己顕示欲などに、憎悪犯罪と似通ったものを感じさせる。
 憎悪犯罪の背景には、他者の行動や考えに不寛容な風潮や、格差の拡大といった社会の分断があるとされる。どんなに極端な主張でも、インターネットで検索すれば同じ思想の人たちに行き当たるという問題も指摘されている。
 周りを見渡せば、だれにでも思い当たるような場面があるはずだ。障害者や高齢者に対する虐待や差別は、日常の生活の中でも見聞きする。今回の事件は、「特異な容疑者による特異な犯罪」ではないかもしれない。
 障害者に限らず、子どもやお年寄りのための施設を、この事件のような悪意からどう守っていくかも大きな課題だ。高い塀で囲って隔絶することが望ましい対策とは思えない。行政や自治体、警察などが一体となって、「地域に開かれ、犯罪にも強い」施設づくりに知恵を絞っていく必要がある。


相模原殺傷事件から1カ月 「やまゆり園」の再開を望む声
 県立の知的障害者施設「津久井やまゆり園」がある相模原市緑区千木良(ちぎら)は八百六十九世帯、千八百九十四人(今年四月一日現在)の静かな山あいの集落だ。二十六日で事件から一カ月。住民らは捜査の進ちょくを見守りつつ、地域の絆の維持を図りながら、園の再開を期待している。
 やまゆり園は前回の東京五輪と同じ一九六四年開設。以降、千木良の住民が多数、同園の職員となった。やまゆり園生が地域の運動会や文化展に参加し、住民も同園の納涼祭に招かれるなど交流を深めてきた。
 九つある自治会の連合会長を務める長谷川兌(とおる)さん(69)によると、同園の存続や廃止を求める具体的な住民の動きはない。ただ、これまでの交流から事件後も廃止を求める声は聞かれず、「何とか再開してほしい」と話す。
 地元の障害者地域作業所「マーブリングハウス」の山口泰司所長(72)も「自分の施設の通所者の保護者には、高齢になって(障害がある子どもの)面倒を見切れなくなったら、やまゆり園に入れたいと言っている人も多い。この地域に欠かせない施設」と話す。
 長谷川さんによると、規模は縮小したが今年も例年同様、事件後の今月十一日に地域の盆踊り大会を開いた。「事件で近所関係までおかしくならないように」との声が多かったという。
 長谷川さんは発生一カ月にあたり「植松聖(さとし)容疑者も、ここの小中学校を卒業しており、どうしてという思いが一番ある」と話し、犯行のいきさつを気に掛けている。
 一方、園には二十五日も献花に訪れる人の姿が多数見られた。県内から夫と訪れた主婦(66)は自身の長男(36)も重度の障害があり、厚木市内の施設に入っているという。「生きていることだけで尊いことを息子に教えられてきた。今回の事件は、ひとごとではない」と献花台の前で手を合わせていた。 (井上靖史)


相模原殺傷 「どんな重度の知的障害者も意思疎通できる」
 相模原市の知的障害者施設殺傷事件は、26日に発生から1カ月を迎えた。凄惨(せいさん)な事件に傷付きながらもそれぞれの居場所で日々を懸命に生きている知的障害者や障害者福祉の関係者は、事件をどう受け止めているのか。神奈川県内の作業所を訪ねた。【太田圭介】
 川崎市多摩区のNPO法人織風(しふう)会(名古屋洋一理事長)が運営する知的障害者の小規模作業所「クラフトヌプリトック」。登戸駅から徒歩約10分の賃貸アパート1階で、20〜40代の15人(男性4人、女性11人)が機織りした生地で名刺入れなどの小物を作っている。
 同区のグループホームに住むナオミさん(35)=仮名=は前身の施設と合わせて約17年間、ここに通う。養護学校で学んだ機織り技術を生かせる作業所はナオミさんにとって「大切な居場所」だ。一生懸命作った小物を両親が買ってくれることに幸せを感じている。ナオミさんは「よそでは嫌なこともあるけど、ここでは落ち着ける。ずっとここに通いたい」とほほ笑む。
 利用者を支えるのは、理事長の名古屋さんと6人の職員だ。パートの田口和美さんは「利用者が楽しんでくれているから自分も楽しい」とやりがいを語る。「かまってほしい」との思いで、軽いいたずらをしてくる利用者にも「分かりやすい言葉で繰り返し諭すように注意する」ことで対話してきた。
 名古屋さんも「不安を訴える利用者と(無料通信アプリの)LINE(ライン)でやり取りすることもある」といい、年2、3回は家族懇談会を開いてきた。福祉の現場はどこも人手不足で職員が疲弊しており、「職員には愚痴でもいいから言ってもらい、悩みを一人で抱え込ませないのが大事」と話す。
    ◆
 相模原市での事件は障害者福祉の現場に大きな衝撃を与えた。ナオミさんは「すごくショック。もし友人が入所していたらどうなっていたかと思うと怖くなる」と声を震わせる。田口さんも植松聖容疑者(26)が襲撃された施設の元職員だったことに胸を痛める。「障害者は生きている価値がない」などの暴言に、「どんな重度の知的障害者でも表情や仕草などからある程度のコミュニケーションは取れる」と反論する。
 クラフトヌプリトックの前身となる施設は1984年に川崎市中原区内に開設されたが、障害者施設に不安を抱く近隣住民の反対運動でたびたび移転を余儀なくされたこともあった。そんな経験から、名古屋さんは事件を機に「地域の人に障害者を見守ってほしい」との思いを強くしているという。


相模原殺傷 知的障害者交流誌で特集 9月号
 知的障害者の親や支援者らでつくる「全国手をつなぐ育成会連合会」(久保厚子会長)は、会発行の月刊情報交流誌「手をつなぐ」の9月号で、相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件を受けた特集を組む。知的障害のある人が家族や友人らと笑顔で写った200枚以上の写真や実名のメッセージを掲載する。
 警察の匿名発表のため報道を通じた被害者の実像が見えづらい中、「かけがえのない人生を生きる障害のある人の姿を社会に提示しよう」と会員に呼び掛け、写真を募集した。
 「障害者はいなくなればいい」という容疑者の言葉に不安を感じる仲間もいるため、「だいじょうぶ、手をつなごう」と題し、10ページの特集を組んだ。表裏の表紙も写真で埋め尽くし、「『障害者』という記号ではなく、一人ひとりの大切な人間。(写真の)一枚一枚からは困難はありながらも幸せに、懸命に生きる力が感じられるはず」と訴えた。
 同会統括の田中正博さんは「知的障害の本人たちが不安にならないように楽しく生きている姿を仲間や社会の多くの人に知ってほしい」と話した。9月号はB5判48ページで、20日ごろ発売予定(350円)。購入は、同誌の取り扱いを担当する日本発達障害連盟(03・5814・0391)へ。【山田泰蔵】


嘉手納爆音訴訟結審 司法の良心問われている
 嘉手納基地周辺住民が日米両政府を相手に、米軍機の夜間・早朝の飛行差し止めなどを求めた第3次嘉手納爆音訴訟が結審した。
 1982年の第1次、2000年の第2次訴訟とも、司法は米軍飛行場の運用は日本政府の支配が及ばないとする「第三者行為論」で飛行差し止め請求を退けた。司法は今度こそ憲法に基づき判断すべきだ。「第三者行為論」に逃げてはならない。
 過去2回の判決は爆音被害に対する賠償を国に課した。ならば、その原因除去も国に命じるべきだった。飛行差し止めまで踏み込むことは司法の在り方として当然だ。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」との憲法25条とも合致する。
 爆音被害に苦しむ住民を憲法に基づき救済する。それこそが国民の司法への信頼につながる。憲法で保障された生存権、基本的人権が脅かされ続ける状況を司法が容認していいはずがない。
 ところが、米軍機に対する夜間・早朝の飛行差し止め請求は、嘉手納爆音訴訟に限らずことごとく退けられてきた。その結果、どうなったか。
 嘉手納基地周辺に設置された測定局21カ所中8カ所で15年度は環境基準値を超えた。外来機の飛来も常態化している。沖縄防衛局が15年度に目視で確認した離着陸4万3467回のうち、30・3%に当たる1万3170回が外来機である。司法は結果的に爆音被害の放置に加担していることになる。
 第1次約900人、第2次約5500人、そして第3次では約2万2千人が原告に名を連ねた。提訴を重ねるごとに原告が増えたことは、爆音被害がより深刻化していることの証しである。
 新川秀清原告団長は法廷で「私たちは人間として、当たり前に生きていける平和な生活を求める」と訴えた。池宮城紀夫弁護団長は「憲法の原点に立ち、憲法と良心によって、原告らの基本的人権を擁護する判決を下すと確信する」と述べた。当然の主張である。
 司法の良心が問われている。「静かな夜を返して」との住民のささやかな願いをかなえるため司法は今こそ、その責務を果たしてほしい。爆音被害を解消する抜本対策を国に求めるべきだ。違法状態を改善させることは司法の大きな役目である。飛行差し止め判決でしか、正義は実現できない。


大分・隠しカメラ 別府署刑事官ら4人を書類送検
建造物侵入容疑で大分地検に
 大分県警別府署が野党支援団体の施設の敷地に隠しカメラを設置した問題で、県警は26日、カメラの無断設置を直接指示するなどした同署の50代の刑事官ら署員4人を、建造物侵入容疑で大分地検へ書類送検した。
 書類送検されたのは刑事官のほか、署の40代の刑事2課長▽カメラを設置した刑事課員の30代の警部補と巡査部長。送検容疑は、参院選公示前の6月18〜21日に計7回にわたり、別府地区労働福祉会館(大分県別府市)の敷地内に無許可で侵入したとしている。
 県警は26日、カメラ設置の目的について、公職選挙法で選挙運動が禁止されている人物が、運動をしているとの情報を入手し「違反行為の証拠を採取するためだった」と説明。だが、無断で設置する行為が建造物侵入罪に当たる上、「他人の敷地内を撮影するだけの必要性・相当性は認められない」として不適切な捜査と判断した。
 県警は26日、刑事官を減給10分の1(6カ月)、刑事2課長を戒告の懲戒処分、課員2人を県警本部長訓戒とした。県警の松坂規生本部長は「県民に心よりおわびします」とのコメントを発表した。【田畠広景、安部志帆子】


隠しカメラ設置で別府署長ら6人処分 大分県警「不適正な捜査」
 大分県警別府署員が野党の支援団体が入る建物敷地に無断で隠しカメラを設置した問題で、県警は二十六日、建造物侵入の疑いでカメラを設置した署員二人と、二人の上司に当たる同署の刑事官、刑事二課長の計四人を書類送検した。
 県警は同日、敷地への侵入を指示、容認したとして刑事官、刑事二課長をそれぞれ減給六カ月や戒告の懲戒処分とした。署員二人のほか、横山弘光署長、衛藤靖彦副署長についても監督責任を問い、本部長・所属長訓戒とした。
 県警によると、今年の参院選に絡む選挙違反捜査の一環でカメラを設置。徴税を担当する自治体職員など選挙運動を禁じられている特定公務員に関する情報が署に複数寄せられており、その人物の行動確認が目的だった。
 県警の江熊春彦首席監察官は記者会見で「(捜査手法は)建造物侵入罪に当たる違法行為である上、他人の敷地内を撮影する必要性、相当性はなく、不適正な捜査だった。プライバシーの侵害にも当たる」との県警の見解を明らかにし、陳謝した。
 四人の書類送検容疑では参院選公示前の六月十八日〜二十一日、社民党支援団体や、連合大分東部地域協議会が入る別府地区労働福祉会館(別府市)にカメラ二台を設置するなどの目的で、敷地に計七回無断で侵入したとされる。県警によると、四人は「軽率だった」と容疑を認めている。


警察の隠し撮り/「不適切」で済まされない
 6月の参院選の公示直前に大分県警別府署の署員が、野党候補を支援する団体などが入る建物の敷地内に隠しカメラを設置、出入りする不特定多数の人たちを隠し撮りしていたことが明らかになった。
 カメラは2台で玄関と駐車場に向けられ、見つかりにくいようカムフラージュが施されていた。建物の管理団体には無断で設置され、1週間近く人の動きを撮影していた。
 大分県警は「署員が他人の管理地と気付かず設置した」と釈明するが、公有地ならいいという問題ではない。隠し撮りは人権とプライバシーを侵害する行為で、安易に行うことは許されない。
 適正な手続きを踏んでいない捜査は違法である。別府署のカメラ設置は明らかに一線を踏み越えており、犯罪の疑いが濃い。過去にも同じような行為に手を染めていたのではないか、とみられても仕方ない。
 大分県警は「不適切な行為」と謝罪し、建物の管理団体の被害届を受理して建造物侵入容疑で捜査を始めた。今月中にも同署の刑事部門の統括者や設置した署員らを書類送検するという。しかし、いまだになぜカメラを設置したかについての正式な説明はない。事実を明らかにして、きちんと説明すべきだ。
 参院選大分選挙区は、野党統一候補の民進党現職と自民党新人との激戦が予想され、実際に大接戦となった。隠し撮りは、公職選挙法で選挙運動を禁じられている選挙管理委員会の職員ら「特定公務員」の出入りを確認することが目的だった、とも報じられる。
 建物には連合の地域組織や地区の平和運動センターが入り、運動や相談活動の拠点となっている。野党陣営の動向を調べるためではなかったか、市民運動の監視などほかの目的があったのでは−。そう危惧する声が上がるのは当然である。真相をあいまいにしては警察への不信感は募るばかりだ。検察も捜査をチェックし厳正に処分しなければならない。
 民進党大分県連は解明チームを設置した。岡田克也代表は「断じて許されない」と語り、臨時国会で追及する姿勢を示している。
 5月に成立した改正通信傍受法でも、行き過ぎた盗聴による人権侵害を懸念する声が上がる。警察は捜査手法に厳しい視線が向けられていることを自覚すべきだ。


別府署隠しカメラ、4人を書類送検 署長ら6人処分
 参院選で野党候補を支援する団体が入る別府市内の建物敷地に、別府署員が無断で侵入してビデオカメラを取り付け、人の出入りなどを隠し撮りしていた問題で、県警刑事企画課は26日、カメラの設置を指示した同署幹部の刑事官ら関与した4人を建造物侵入の疑いで、大分地検に書類送検した。併せて、県警監察課は、送検した刑事官ら2人を懲戒処分とし、残る署員2人と上司に当たる署長、副署長の計4人を本部長訓戒などとした。
 県警はビデオカメラを使った捜査手法についての検証結果も公表。「建造物侵入罪に該当する違法行為である上、カメラを設置し、他人の敷地内を撮影するだけの必要性および相当性は認められないことから、不適正な捜査と判断した」と結論づけた。
 送検されたのはいずれも別府署の▼阿南和幸刑事官(警視)▼守口真一刑事2課長(警部)▼同課員の男性警部補(30代)▼同課員の男性巡査部長(同)―の4人。
 送検容疑は4人は共謀。参院選公示前の6月18〜21日の間、7回にわたり、連合大分東部地域協議会や別府地区平和運動センターなどが入る「別府地区労働福祉会館」の敷地に、ビデオカメラ2台の設置や記録媒体の交換のため許可なく侵入した疑い。
 県警によると、4人は容疑を認め、「軽率だった」と話している。侵入したのは課員の2人で、阿南刑事官と守口課長も侵入したことの認識があったとして共犯として送検した。
 県警監察課の江熊春彦首席監察官らが26日午前、県庁で関係者の処分を発表して謝罪。処分内容は▼阿南刑事官が減給10分の1(6カ月)▼守口刑事2課長が戒告▼横山弘光署長と課員2人が本部長訓戒▼衛藤靖彦副署長が所属長訓戒―。阿南刑事官と守口課長は無断侵入を指示・容認し「責任が重い」と判断し、懲戒処分とした。県警本部はカメラを設置したことなどの報告も受けておらず処分の対象とはしなかった。
 県警によると、ビデオカメラの設置は、公選法で選挙運動が禁止されている特定の人物が選挙運動をしているとの情報を受け、証拠を押さえるために実施したと説明。カメラには建物に出入りする人や車が録画されており、映像データは大分地検に証拠として送致した。県警は今後、カメラを使った捜査に関するガイドラインをつくる必要性を検討するという。
 松坂規生本部長は書面でコメントを発表。「犯罪の捜査に当たる警察官が、捜査目的とはいえ、建造物侵入罪を犯して撮影装置を設置するなどしたことは、不適正な捜査と言わざるを得ないものであり、誠に遺憾。ご迷惑を掛けました関係者の皆さまをはじめ、県民の皆さまに心よりおわび申し上げます。今後はより一層、適正捜査の推進に尽力するとともに、このようなことがないよう指導を徹底する」としている。
県公安委員長「厳正な処分と解釈」
 この日、処分について諮った県公安委員会の臨時会議が、県庁であった。
 高橋治人委員長ら委員3人と県警幹部が出席。県警が事件を報告し、別府署刑事官ら6人を減給などとする処分について意見を求めた。委員は「今回のような事案が発生したことは大変遺憾。今後は全組織を挙げて適正な捜査に努めていただきたい」と指示した。
 高橋委員長は今回の処分について、「詳細に調査され、厳正なものであったと解釈している」と話した。


過熱する高畑裕太レイプ事件報道で被害者のプライバシー暴き、セカンドレイプが横行! ネットでは被害者の年齢中傷も
 俳優の高畑裕太容疑者が起こした強姦致傷事件でいま、テレビはもちきり状態になっているが、そこで信じがたい報道が横行している。
 テレビ局は今回、被害女性の勤務先であるビジネスホテル前から事件をレポート。ぼかし処理を施しているとはいえ建物の特徴は捉えており、周辺に詳しい人が見ればすぐにわかる。さらには、ホテルの常連客に取材をし、“40代と聞いてあの人だとすぐに思ったくらい美人”という趣旨のコメントを流すなど、デリケートに扱うべき事件被害への配慮のかけらもない報道を展開しているのだ。
 実際、報道を受けてネット上ではすぐさまホテル名が特定され、結果、ホテル従業員の女性とされる写真(別人の可能性が高い)が投稿される事態まで巻き起こしている。
 それだけではない。24日放送の『バイキング』(フジテレビ)では、母・高畑淳子の親友だというピーターが「示談になるっていう可能性は……どうなんですか?」と述べ、さらに本日25日放送ではアンガールズの田中卓志が「テレビ復帰、絶対無理ですかね?」などと言い出した。
 田中のこの発言には、MCの坂上忍が「復帰って話じゃないよ、これは。被害者の方がいるわけであって、心の傷も癒えてないのに、いま、復帰の話なんて冗談じゃないよ」と本気の説教を行っていたが、当然の反応だ。示談の話にしても、強姦致傷は非親告罪であり示談の成立は起訴・不起訴に関係しないが、高畑本人も犯行を認めているなかで示談の話をもち出すこと自体が「性犯罪は金で解決できるのでは」という歪んだ発想があるとしか思えない。
 相手が芸能人だったために過剰な報道に巻き込まれ、犯罪を矮小化するかのような発言が当然のように公共の電波に乗る。そして、被害者のプライバシーがどんどん暴かれ、二次被害が広がっていく。──これは、テレビの過熱報道がセカンドレイプを誘発している状態であり、被害者を苦しめる犯罪行為だ。
 しかし、こうした状況に疑義が呈されないばかりか、ネット上では事件が発覚して以降、被害者の年齢が40代であることから、とんでもない反応が垂れ流されている。
「40のババア大袈裟すぎんだよ、金が欲しいだけだろ」
「40代のババアが女として見られただけいいと思えよ。何通報してんだよ」
「高畑裕太許してあげなよ どうせ40のババアだし てかいいじゃん俳優とやれたんだし」
 40代のババアは被害を受け入れろ、黙っていろ──。つまり、女性の価値を年齢で推し量り、犯罪を犯罪とも捉えていないのである。
 もちろん、現在の日本で性暴力のターゲットになっているのは圧倒的に10〜20代の女性たちではあるが、2014年度の犯罪白書によると、強姦犯罪の被害者は40代が4.4%、50代が1.0%、60歳以上が1.1%。昨年には愛知県で、農作業中の80代の女性が38歳の男性に襲われ、強姦未遂で逮捕される事件も起こっている。
 こうして実際に年配の女性が性暴力の被害に遭っているにもかかわらず、今回のネット上の反応のような社会の視線に晒されることを恐れて、被害の実態を訴えていない女性が多くいることは想像に容易い。すべての性暴力の被害者が被害を訴えにくい世の中ではあるが、中年や高齢者の場合、肉親や配偶者、子どもに知られたくないという思いや、今回のように世間からの「いい年して」という年齢差別や犯罪を過小評価する視線が、被害者たちに泣き寝入りを強いているはずだ。
 しかも、今回のテレビ報道が被害者のプライバシーへの配慮があまりになさすぎる要因に、この年齢の問題があるのではないか。性犯罪の被害者に対しては、週刊誌などは被害者特定につながりかねない情報を出すことがあるが、テレビはそれにくらべればまだ慎重に扱っている。それが今回は、そうした配慮がまったく見えない。相手が芸能人であることだけではなく、被害者女性を「年齢も年齢だから」と、どこかで軽んじて扱っているのではないか。社会の反応を見ていると、そんな気さえしてくるのだ。
 あまりに当然のことだが、性犯罪の恐怖、尊厳を台無しにされることの暴力性、そして犯罪は犯罪であることに、年齢は関係ない。だが今回、「年増は被害者面するな」という価値観が露呈したように、この社会は女性への年齢差別に無関心すぎる。これから先、事件が司法の場に移れば、「なぜ抵抗しなかったのか」「回避できたのではないか」という被害女性をさらに貶める意見が必ず出てくるだろうが、そのまえに、テレビ報道関係者と被害者叩きをしている者たちは、自分が第二の加害者になっていることをしっかり認識するべきである。(田岡 尼)


ワンセグ機能付き携帯「受信契約の義務ない」との判決
NHKの放送受信契約をめぐって、いわゆるワンセグの機能が付いた携帯電話を所持することで、受信契約を結ぶ義務があるかどうかが争われた裁判で、さいたま地方裁判所は、契約義務はないという判決を言い渡しました。NHKは判決を不服として控訴する方針です。
NHKは「NHKの放送を受信できる設備を設置した人は放送受信契約をしなければならない」と定めた放送法に基づいて、テレビを所有せずワンセグの機能が付いた携帯電話を所持することについても、受信契約の締結と放送受信料の支払いを求めています。
埼玉県の男性は「携帯電話は持ち歩くもので契約の対象にならない」と主張してNHKを訴え、裁判ではワンセグの携帯電話を所持することで受信契約の義務があるかどうかが争われました。
判決で、さいたま地方裁判所の大野和明裁判長は「放送法の『設置』という言葉はテレビなどを念頭に一定の場所に据えるという意味で使われてきたと解釈すべきで、携帯電話の所持は受信設備の設置にはあたらない」と述べ、契約義務はないとする判決を言い渡しました。
これについて、NHKは「判決は放送法64条の受信設備の設置についての解釈を誤ったものと理解しており、ただちに控訴します」としています。


ワンセグ携帯、NHK受信料不要 地裁判決
 埼玉県朝霞市議の男性(40)が、ワンセグ付きの携帯電話を所有する人はNHK受信料の契約を結ぶ義務があるかどうかを争った訴訟で、さいたま地裁(大野和明裁判長)は26日、契約義務がないとの判断を示し、市議側の訴えを認めた。受信料の支払い義務がないことを認めた。
 大野裁判長は判決理由で、携帯電話の所持は放送法上、受信契約を締結する義務があると定める受信設備の設置には当たらない、とした。
 放送法64条は「受信設備を設置した者は受信契約をしなければならない」としている一方、同法の別の条文では「設置」と「携帯」の用語を区別して使っている。そのため、64条で定める「設置」に、電話の「携帯」の意味を含めるのは「無理がある」と指摘した。
 NHK広報局は「判決は受信設備の設置についての解釈を誤ったものと理解しており、ただちに控訴します」とのコメントを出した。
 判決などによると、男性は単身赴任生活で自宅にテレビがなく、ワンセグ付きの携帯電話を所有しているものの視聴はしていない。男性は「ワンセグは持っているだけで設置していない。仮に設置に当たるとしても、放送の受信が目的ではないので契約義務はない」などと主張。NHK側は「ワンセグも受信設備であり、放送が受信できる状況にある以上、契約義務はある」と反論していた。


NHK 携帯のワンセグ 受信料、契約義務ない
さいたま地裁判決 埼玉・朝霞市議の訴え認める
 携帯電話のワンセグ放送でNHKに受信料を払う義務があるかを巡り、埼玉県朝霞市の男性市議が受信契約を結ぶ必要がないことの確認を求めた訴訟の判決が26日、さいたま地裁であった。大野和明裁判長は「携帯電話の所持は放送法上の受信機の設置に当たらない」と判断し、市議側の訴えを認めた。
 NHKはこれまで、ワンセグ機能付きの携帯電話やカーナビを所有していれば、受信料を支払う義務が生じるとの見解を示してきた。
 市議は昨年8月から住み始めた現在の自宅にテレビはなく、NHK側にワンセグ機能付きの携帯電話を所有していれば放送受信契約を結ぶ義務があるか確認。NHK側から「ある」とされたため、義務がないことの確認を求めて提訴していた。【内田幸一】


<ワンセグ敗訴>受信料制度に一石 NHK、徴収にも影響
 NHK受信料を巡り、さいたま地裁が26日、携帯電話のワンセグ放送だけでは受信契約を結ぶ義務はないと判断したことで、現行の受信料制度の限界が改めて明らかになった。
 放送法は「(NHKの)放送を受信することのできる受信設備」がある世帯や事業者に、受信料支払いを定めた契約の締結を義務づけている。
 NHKは、この「受信設備」にワンセグが視聴できる携帯電話や、テレビが視聴できるパソコン、カーナビも含まれると解釈。戸別訪問で「テレビがない」と答えた世帯にも、こうした機器の有無を尋ね、所有者には契約を結ぶよう求めてきた。
 判決により、こうした営業が難しくなりそうだが、営業局の関係者は「ワンセグ視聴だけで契約するケースはまれで、経営への影響はほとんどない」と言う。
 テレビによる番組視聴を前提として作られた現行制度の見直しは、視聴する機器が多様化する中、NHK内でも今後の検討課題とされながら手つかずだった。インターネット時代を迎え、NHKはネット経由での番組の同時配信を目指し、今秋から受信料制度の議論をようやく本格化させる。
 総務省の有識者会合も7月、「ネット時代に合ったサービス提供と公平負担を両立する制度の検討を」と求めている。自民党内には受信料義務化を求める意見もあるが、NHK内には「国営放送化だ」と反発も根強い。
 判決は受信料制度見直しの論議に一石を投じた。視聴者にわかりやすく、公平負担を実現する制度を目指し、根本的な議論が求められる。【丸山進】


鹿児島県知事 川内原発の一時停止を要請
鹿児島県の三反園知事は26日午後、九州電力に対し鹿児島県の川内原子力発電所を一時停止して安全性を再点検することなどを要請しました。
川内原発の一時停止を訴えて先月の鹿児島県知事選挙で初当選した三反園知事は26日午後、鹿児島県庁で九州電力の瓜生道明社長と面会しました。
三反園知事は「熊本地震のあと県民から不安の声が多く上がっている。川内原発をいったん停止して安全性を再点検、再検証してほしい」と述べ、瓜生社長に要請書を手渡しました。
要請書では、原発を直ちに停止したうえで施設の点検や周辺の活断層の調査を行い安全性を確認することや、事故の際に避難に使う車両の確保など自治体の避難計画への支援を求めています。さらに要請書では、正確な情報発信などについて改善策を検討し報告するよう求めているほか、原発に頼らない社会を作るため再生可能エネルギーの推進に協力してほしいと口頭で要請しました。
瓜生社長は「社に帰って真摯(しんし)に検討したい」と答えました。知事に原発を停止させる法的な権限はなく、今後、九州電力がどう対応するかが焦点となります。
九州電力は今回の要請とは別に、川内原発の定期検査に伴って1号機でことし10月から、2号機でことし12月から原子炉を停止する計画です。
知事「県民の声に耳を傾けて」
鹿児島県の三反園知事は要請のあと、「できるだけ早くいったん停止してほしいという思いだ。九州電力は県民の声に真摯(しんし)に耳を傾けて誠意ある対応を取ってほしい」と述べました。
九州電力「安全性 経営課題として対応」
要請書を受け取ったあと九州電力の瓜生道明社長は「社に持ち帰ってしっかり内容を確認して検討を進めたい」と述べました。また、「熊本地震後、安全に問題はないと確認しているが、住民に安心してもらえるような対応を進めるとともに、原子力の安全性を継続的に高めていくことを第一の経営課題としてしっかりと対応したい」と述べました。
反原発グループ「安全性の確認は当然」
原発の運転に反対する鹿児島県薩摩川内市の市民グループの鳥原良子会長は「今回の知事の要請は住民の不安の声を反映したもので非常に評価しています。熊本地震という大きな地震もあり、安全性をもう一度確認することは当然で九州電力には1日も早く原発を止め、安全性や情報発信の在り方を確認してほしい」と話していました。
商工会議所副会頭「元の状態に戻る不安ある」
鹿児島県薩摩川内市の川内商工会議所の荒木貞夫副会頭は、「原子力発電所は薩摩川内市の経済を支える大きな企業の1つです。停止していた時は飲食業や宿泊業などに大きな影響がありましたが去年再稼働したことで、先が見えてきたという安心感が戻ってきています。今回のことでまた止まると元の状態に戻ってしまうという不安があります」と話していました。
原子力規制庁「対応考えていない」
鹿児島県の三反園知事の九州電力への要請について、原子力規制庁の松浦克巳総務課長は会見で、「川内原発は新たな規制基準の審査に合格し熊本地震が起こったあとも規制委員会は安全性に問題はないという判断していて、現時点で何か対応をとることはないと考えている。いずれにしても九州電力が対応を決めた段階で規制庁の対応も決めることになる」と述べました。


東電原発の優先審査
 原子力規制委員会は、福島第1原発事故を起こした東京電力が運営する柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)を優先審査する方針を固めた。順調に審査が進めば、年度内に合格する見通しで、福島と同じ沸騰水型での第1号となる。ただ、福島の事故が収束したと言えない状況で東電の原発が再稼働の動きを早めることには、地元から疑問の声も上がっている。
 これまで規制委の安全審査をクリアした原発は、九州電力の川内1、2号機(鹿児島県)、関西電力の高浜1〜4号機(福井県)と美浜3号機(同)、四国電力の伊方3号機(愛媛県)で、全て西日本の電力会社の加圧水型だ。
 沸騰水型は国内30基中17基を東京電力が運営しており、人材、経験値とも他社と比べ、豊富なことが今回の優先審査の背景にあるのだろう。とはいえ、国民の感覚からすれば、「東電優先」はまさかの思いではないか。
 福島原発事故から5年が過ぎたが、原発周辺の住民は今も故郷に帰ることができない。東電が事故の賠償金や除染費用が必要だからと再稼働を急ぐのは、被災者にとって割り切れないだろう。
 また放射性物質の汚染水の流出を防ぐために、福島第1原発を取り囲むように「凍土遮水壁」をつくっているが、一部で土が凍らず、その効果は不透明だ。いつになれば、国や東電は放射性物質を完全に制御し、事故は収束するのか。先は見えない。
 東電の隠蔽(いんぺい)体質への不信感も根強い。福島の事故時に、当時の社長が「炉心溶融(メルトダウン)の言葉は使うな」と隠蔽の指示を出していたことを今年6月になって、ようやく認めた。
 東電は今月25日、事実関係の説明を求めていた新潟県に常務を派遣して謝罪したが、同県の泉田裕彦知事は「炉心溶融が伝わらなければ、住民の避難に影響が出る。何が問題で言えなかったのか明らかにすべきだ」と注文をつけた。原発立地自治体のトップとして当然の憤りだろう。
 事故の初動対応でも問題はなかったのか。最初から官邸との連絡を密にしていれば、原子炉に冷却水を注ぐための電源車の配備など、もっと迅速な対応ができたのではないか。企業として、「人災」に対する総括が終わっていないように思える。
 東電が柏崎刈羽原発を再稼働するには新潟県の同意が事実上必要だが、泉田知事は「福島の事故の検証なしには再稼働の議論はない」と強い姿勢を示している。
 昨年8月に川内1号機が再稼働したのを皮切りに、安全審査に合格する原発が続いている。その流れで関西電力の高浜と美浜の老朽原発までが延命措置で審査をクリアした。安全性を高めるための「稼働40年制限」のルールが形骸化しようとしている。
 そして今度は福島の問題を抱える東電の原発が合格への“レール”に乗った。規制委は原発に依存していた時代へ時計の針を戻しているようにも見える。
 しかし、再稼働したばかりの高浜原発の運転を大津地裁が差し止めたように、司法は規制委の判断に必ずしも納得していない。規制委や電力会社は国民の不安に正面から向き合うべきだし、国民との信頼構築ができなければ、原発の運転は任せられない。(日高勉)


もはや外国人の「ブラック労働」なしでは成り立たない新聞配達の過酷な現場 「奨学金留学制度」の功罪
新聞配達。もはや外国人なくしては、成り立たない仕事の一つだ。しかし、彼らがどれだけ過酷な労働を強いられているか、知る人は少ない。話題の一冊『ルポ ニッポン絶望工場』から「朝日奨学会」の実態を描いたパートを特別公開する。
「朝日」と「ベトナム人」
朝日奨学会が招聘したベトナム人は、2年間にわたって日本語学校に通いながら新聞配達の仕事に就く。なかには、日本語学校を卒業した後も、専門学校や大学に進学して新聞配達を続ける者もいる。
最近では朝日奨学会とは無関係に、個々の販売所が来日中のベトナム人留学生をアルバイトとして雇うケースも急増中だ。そうしたアルバイトを含めれば、首都圏の朝日新聞販売所だけで少なくとも500人以上のベトナム人が働いていると見られる。
仮に500人が一人300部の新聞を配達していれば、首都圏の朝日新聞だけで15万部がベトナム人によって配られていることになる。それにしても、なぜ「朝日」と「ベトナム人」なのか。
朝日奨学会による外国人奨学生の受け入れは、もともと「中国人」がターゲットだった。1982年、朝日新聞東京本社と「中国の関係機関が、友好事業の一環」(朝日奨学会東京事務局)として始めたのである。
その後、中国のほかにも韓国やモンゴルからも新聞奨学生を受け入れるようになる。だが、これらの国からの受け入れは盛り上がらなかった。そんななか、唯一成功したのが「ベトナム」だった。
ベトナム人が奨学生として受け入れられ始めたのは、1990年代初めのことだ。きっかけは、朝日新聞系の週刊誌「アエラ」に載った一本の記事だった。記事では、当時としては珍しく日本に留学経験のあるベトナム人が、母国でつくった日本語学校が紹介されていた。その記事を見た朝日新聞販売所の経営者が、日本語学校の校長に会うためわざわざ現地を訪ねた。
バブル期ではあったが、販売所に人が足りないわけではなかった。事情を知る関係者によれば、その経営者は純粋にベトナム人の人材育成を目指していたのだという。
「日本が貧しかった時代、朝日に限らず新聞奨学生は、地方の若者にとってはありがたい制度でした。恵まれない家庭の子どもたちでも、都会の大学で勉強することができた。彼(経営者)も元新聞奨学生なんです。1990年代初めのベトナムは、今にもまして貧しかった。日本語学校で勉強しても、日本に行くチャンスなどほとんどありません。そんな若者たちに彼は、日本で学べる道を開こうとしたのです」
経営者と日本語学校の校長は意気投合した。そして帰国後、経営者が朝日奨学会に話をつけ、ベトナムからも招聘奨学生を受け入れることになった。
ベトナム人奨学生の受け入れだけが成功したのも、この経営者の存在が大きかった。奨学生は来日後、新聞配達に必要な原付バイクの免許を取得する。もちろん、試験は日本語で受ける。そのサポートから始まって、仕事を始めた後の悩みの相談まで、経営者はまさに親代わりとなって時間を割いた。
一方のベトナム人たちも、招聘奨学生となる道をつくってくれた経営者や販売所、さらには出身校であるベトナムの日本語学校の期待に応えようと、懸命に仕事と勉強の両立に励んだ。その結果、日本語学校を卒業後、国立大学に合格するような奨学生も相次いだ。
そんな話がベトナムに届くと、現地の日本語学校にはさらに優秀な学生が集まるようになっていく。ベトナムでは政府関係者の子弟でもなければ、海外留学など高嶺の花だった。しかし、新聞奨学生になれば、日本という先進国への留学の道が開かれるのだ。
販売所でも、ベトナム人は次第に評価されていった。働きぶりは真面目で、しかも学業でも優秀な成績を収める。奨学会がベトナムの同じ日本語学校に絞って受け入れていたこともよかった。仕事や勉強、生活面に至るまで先輩が後輩に指導する態勢ができたことで、販売所から逃げ出して不法就労に走るような者もいなかった。
こうして朝日新聞を通じ、ベトナム人が日本に留学する道が開かれた。するとベトナムの若者の間で、「日本に行けば、働きながら勉強できる」という噂が広まっていく。
もちろん、朝日の招聘奨学生の場合は、あくまで「仕事」よりも「勉強」がメインである。しかし、そのほかの留学希望者は必ずしもそうではない。時が経つうち「仕事」と「勉強」の比重がすっかり逆転し、「日本に留学すれば働ける」という話に変わっていく。
一方、日本では人手不足が急速に進んだ。政府も2008年に始めた「留学生30万人計画」の実現に向け、途上国出身者であっても留学生を喜んで受け入れた。そんな日本の状況に目をつけ、ベトナムでは留学を斡旋するブローカービジネスが広まった。そして「日本留学ブーム」が巻き起こる。つまり、現在のブームに火をつけたのは「朝日新聞」だったのである。
留学生を送り込むブローカー
朝日奨学会によるベトナム人奨学生の受け入れが大成功すると、各紙の新聞販売所で「留学生」が注目を集めるようになった。過去数年間で朝日に限らず販売所の人手不足が深刻化したからだ。
出稼ぎ目的で来日している“偽装留学生”にとっても、新聞販売所の仕事は悪くない。なんといっても、日本語のできない留学生が就ける仕事は限られる。多くは徹夜の重労働で、時給は最低賃金レベルである。しかも「週28時間以内」という留学生アルバイトの制限をかいくぐるためには、2つ以上の仕事をかけ持ちする必要がある。その点、1つの仕事で月20万円近くを稼げる新聞配達は、留学生には魅力的なのだ。
留学生を販売所に斡旋する業者も生まれた。そうしたブローカーはベトナム人に限らず、さまざまな国から来た“偽装留学生”たちを販売所に斡旋する。最近では、新聞販売所で働く留学生の国籍もかなり多様になった。ベトナムに加え、ネパールやインドネシア、ミャンマーなどの出身者もよく見かける。
現地の日本語学校と提携し、組織的に販売所に留学生を斡旋するような業者もある。ビザ取得のため日本の日本語学校に留学させ、新聞配達の仕事に使うのだ。朝日奨学会がベトナムで始めたビジネスモデルを真似てのことである。
だが、新聞配達の仕事は決して楽ではない。朝日奨学会によるベトナム人の受け入れがうまくいったのは、前述したように関係者らの全面的なバックアップがあったからなのだ。
ブローカーが斡旋する他の留学生たちには、そうした支援は望めない。日本語にも不自由な外国人が、いきなり販売所に放り込まれるのだ。販売所で働く日本人とコミュニケーションは取れず、仕事もなかなか覚えられない。原付免許もないため、配達は自転車でやることになる。仕事の大変さは原付の比ではない。新聞配達に自転車で密着した私にはよくわかる。
当然、配達時間も長くなる。嫌になって仕事を辞め、さっさとほかのアルバイトへと移っていく留学生も少なくない。すると販売所は、また新たに留学生を探す必要に迫られる。そうした悪循環も、人手不足のなかで生まれている。
もちろん、新聞を留学生が配ること、それ自体に問題はない。だが、違法就労が横行しているとなれば話は違ってくる。
完全にアウト
私が仕事に密着したアン君の朝刊配達は、午前6時に終わった。午前2時に出勤し、広告の折り込みなどをした後、配達に3時間少々かかった。朝の仕事時間は約4時間である。その後、夕刊の仕事を午後2時から始めた。配達を終えたのが午後5時だ。この日の労働時間は合わせて7時間だった。そしてアン君は週6日働いている。
日曜日は夕刊がない。しかし、休みが日曜と重なるときもある。また、夕刊配達を終えた後、翌日の朝刊分の広告の折り込みなどで居残るケースも少なくない。アン君によれば、仕事時間は平均して「週40時間」程度になるという。
新聞奨学生も「留学ビザ」で来日している。新聞配達はアルバイトという扱いだ。そのため仕事は「週28時間以内」しか許されない。アン君の場合、週12時間は違法に働いていることになる。
アン君だけが特別なのか。それを確かめようと、私は50人以上のベトナム人に直接会って話を聞いた。OBを含め皆、首都圏の朝日新聞販売所で奨学生として働いた経験者である。
労働条件は配属された販売所によって大きく違った。配達する朝刊の数も300部から550部程度まで開きがあった。新聞配達だけでなく、チラシのポスティングや古紙回収、朝日奨学会が外国人奨学生にはやらせないよう指導している集金業務までやっている者もいた。
また、新聞の配り忘れである「不着」1軒につき、販売所から数百円の罰金を取られていたりもする。経営者の方針次第で、仕事の中身から待遇までまったく違ってくるのである。
ただし、1つだけ共通していたことがある。それは私が取材したベトナム人の奨学生経験者全員が「週28時間」を超える仕事をしていた、ということだ。なかには、週50時間近くも働いている奨学生もいる。
もちろん、朝日新聞の販売所で働くベトナム人奨学生のすべてが法律に違反していると言うつもりはない。しかし少なくとも、アン君が特別なケースでないことは確かである。
朝日奨学会は販売所に文書を配布し、「週28時間」の労働時間を守るよう求めている。だが、実態はまったく伴っていない。アン君が働く販売所の経営者も、彼が週28時間以上の仕事をしていることを認めた。
「確かに、法律に定められた時間以上の仕事をベトナム人奨学生はやっています。ほかの店に聞いてもらっても同じだと思いますよ。そもそも(奨学会が販売所に求める)一日5時間(週5日、夕刊のない日曜は3時間で計28時間)では販売所の仕事は終わりません。配達の現場を多少でも知る人なら、誰でもわかっているはずですけどね」
ほかにも数人の販売所経営者に話を聞いたが、答える内容はほぼ同じだった。販売所の仕事は、とても「週28時間以内」で終わるようなものではないのだ。留学生に法律を守らせようとすれば、彼らの仕事だけを減らし、特別扱いする必要が生じる。だが、そんな余裕は今の販売所にはない。
経営悪化の煽りを受ける外国人労働者
この数年で、新聞販売所の経営は軒並み悪化している。定期購読者と広告の両方が減っているからだ。アン君が働く販売所では、毎日約1500部が売れ残る。朝日から購入する朝刊の実に3割に達する数である。こうして売れ残る新聞のことを、関係者は「残紙」と呼ぶ。
なぜ、売れもしない新聞を販売所は新聞社から購入するのか。そこには販売所と新聞社の力関係が影響している。売れ残るからといって、販売所は簡単には新聞社に部数カットを言い出せない仕組みなのだ。ちなみに、朝日に限らず新聞社の「公称部数」は、こうした残紙も含んだ数字である。
購読者が減ったため、アン君の販売所では最近になって配達の区域分けを1つ減らした。そのぶん一人が担当する区域は広がり、配達部数と労働時間が増えた。
なにもアン君の働く販売所に限った話ではない。経営状態が悪化しているため、どこの販売所でも人件費は安く抑えたい。たとえ留学生が日本人より安価な労働力であっても、無制限に数は増やせないのだ。
実は、「週28時間以内」という労働時間の制限は、ベトナム人を雇う販売所にとっては都合がよいシステムでもある。実際にはそれ以上の仕事をしていても、法律を逆手に取って残業代を支払わないですむ。週28時間を超える分の残業代を出せば、販売所が公に法律違反を認めたことになるからだ。こうして日本人には残業代が支払われても、ベトナム人は「未払い残業」に甘んじることになる。
結局、移民を受け入れられる態勢ではない?
今、日本でも移民の受け入れをめぐっての議論が始まっている。だが、私から見れば、受け入れ賛成派、そして反対派にも大きな勘違いがある。それは、「国を開けば、いくらでも外国人がやってくる」という前提で議論を進めていることだ。
日本が「経済大国」と呼ばれ、世界から羨望の眼差しを注がれた時代は今や昔なのである。にもかかわらず日本人は、昔ながらの「上から目線」が抜けない。
日本で働く外国人労働者の質は、年を追うごとに劣化している。そのことは長年、現場を見てきた身から断言できる。
本書で取り上げてきた実習生、介護士の問題もそうだ。日系ブラジル人の場合は、年齢が若く、可能性を秘めた人から母国へ帰国している。留学生に至っては、出稼ぎ目的の“偽装留学生”の急増は目立つが、本来受け入れるべき「留学生」は決して増えていない。すべては、日本という国の魅力が根本のところで低下しているからなのだ。そんななかで、「移民」受け入れの議論が始まった。
移民の受け入れを主張する人たちに尋ねたい。「あなたたちは、いったいどこの国から、どれだけの数の人たちを、どんな条件で受け入れるつもりなのか」と。
安倍晋三首相は、移民の受け入れを繰り返し否定している。だが、裏では着々と準備が進められてもいる。人手不足に直面する経済界の声、さらには米国などからの「外圧」に押されてのことだ。
2016年3月に開かれた自民党「労働力確保に関する特命委員会」の初会合では、テレビのコメンテーターとしても有名な米国人エコノミストからこんな提言があった。
「日本の大学で、日本語で授業を受けて卒業した留学生に対し、自動的に日本の永住権を与えるべきだ」
エコノミストは「移民」に対して日本人のアレルギーが強いことをわかって、「永住権」という言葉で置き換えている。だが、永住権の付与は移民の受け入れと同じことだ。
「大卒の留学生」に限って受け入れると聞けば、もっともらしく響く。もちろん、このエコノミストも「留学生30万人計画」で急増する“偽装留学生”の実態は知っているはずだ。金さえ払えば、彼らに卒業証書を出す大学はいくらでもある。そんな大学を卒業したところで、日本語は不自由で、単純労働者としてしか使えない。つまり、出稼ぎ目的の犁響留学生瓩魄槎韻砲泙任靴討靴泙θ瓦影擦鯆鶲討靴討い襪里澄
人手不足は、低賃金・重労働を嫌がって日本人が寄りつかない仕事ほどひどい。そのことを素直に認めたうえで、なぜもっと正直な議論をしないのか。いつまで外国人を騙し、都合よく利用するつもりなのか。これでは日本が国ぐるみで「ブラック企業」をやっているも同然だ。
私は移民の受け入れをいっさい拒むべきだといっているわけではない。ただし「移民は一日にしてならず」である。今やるべきことは、将来「移民」となる可能性を秘めた外国人労働者、留学生の受け入れ政策について、一から見直すことだ。現状の制度は、嘘と建て前のオンパレードなのである。
単純労働者受け入れの裏口である「外国人技能実習制度」では、依然として「国際貢献」や「技能移転」といったお為ごかしがまかり通っている。「日本人と同等以上」と定められた実習生の賃金は、官民のピンハネのせいでまったく守られていない。ピンハネ構造を改め、実習生の再入国を認めるだけで「失踪」の問題は大幅に減り、現場にも役立つ制度になるはずだ。
経済連携協定(EPA)を通じての外国人介護士・看護師の受け入れにも、改善の余地は大きい。せっかく優秀な人材を集め、多額の税金まで遣って育成しながら、日本は「国家試験」というハードルを課して追い返してきた。受け入れの目的すら定義せず、意味不明な政策を取り続けてきた結果である。
「留学生30万人計画」は即刻中止すべきだ。出稼ぎ目的の留学生が歓迎される国など、世界を見回しても日本だけである。


フランスのビーチを揺るがす「女性用水着」問題の理不尽 なんでこれがいけないの?
「ブルキニ」とは何か
「ブルキニ」というのは、ブルカ(イスラム女性の全身を覆う衣装)+ビキニという意味で、素材は水着と同じだが、フード付き長袖の上着と、長いパンツになっている。イスラム女性のために考案された水着で、これを着れば、人目に触れるのは顔と手と足先だけになる。つまり、コーランの教えを守って泳ぐことができる。
ところが、これがフランスで大問題に発展している。ニースやカンヌやコルシカ島など南フランスの12の自治体が、ブルキニでの海水浴を禁止したからだ。
理由は、海辺の風景に合わないとか、イスラム教の女性差別の象徴だとか、あるいは、テロが頻発しているために、このような女性がいると皆が不安を覚えるとか、いろいろ挙げられているが、どれも説得力に欠ける。
ドイツのプールでは以前から、不衛生だという理由でブルキニを禁止していたところが多く、それはそれで一応、納得できたが、海では、誰がどんな格好で遊ぼうが、泳ごうが、勝手ではないのか? 私には、砂浜に全裸で寝転がっている男性の方がよっぽど目障りだ(北ドイツの海岸にもイヤというほどいる)。
一部には、もっと正直(?)に、「我々の西洋文化がイヤなら帰れ!」という声もあるが、フランス人だって、今まで郷に入って郷に従ってきたとは思えない。そもそも、かつて武器を携えて世界中にキリスト教を広めたのはいったい誰だったのか?
そんなわけでニースでは、ある人権保護団体が、ブルキニ禁止は不当であるとして訴えを起こしていた。女性が何を着れば差別されており、何を着れば自由であるかを他人が決めることこそ、女性の人権無視であると。
ところが8月22日、行政裁判所がこの訴えを退け、ブルキニ禁止は妥当であるという判断を下した。体を覆い隠すことは女性蔑視を助長し、民主主義の理念に合わないからだそうだ。これにより、少なくとも現在ブルキニを禁止している12の自治体では、当局のお墨付きが得られたわけである。ニースでは、違反金が38ユーロだそうだ。
ちなみに、ビキニは発表された当時は、風紀を乱す破廉恥でスキャンダラスなものとみなされ、アメリカでも60年代初めまで着用禁止だった。ほんの50年ほど前の話だ。当時は肌を出すのがダメで、今は肌を出さなければダメ。ずいぶん勝手な話ではないか。
ブルカの禁止はともかく
ドイツでもブルキニと検索すると、各ショップの広告がたくさん出る。写真を見ると、モデルが着ているので、もちろん格好がいい。ダイバーやサーファーのウェットスーツを思わせる。ウェットスーツとの違いは、フードがあり、上下が分かれていることだが、それ以外はそっくりだ。
ではなぜ、ウェットスーツがよくて、ブルキニが悪いか。それはもちろん、イスラム教が絡んでくるからだ。
イスラムの服装には、いくつか段階があり、ドイツに住むイスラム女性には、普通の服(長袖)を着ていて、髪だけをスカーフで隠している人が多い。これはヘジャブと呼ばれ、預言者ムハンマドが、男性を惑わさないよう、女性の美しい場所を隠すように求めたことが始まりだと言われている。
チャドルは、頭から体全体を覆う黒色のベールで、外に出るときに服の上に羽織る。顔は隠さない。多くのアラブの国はこれだ。
その次がニカブと呼ばれるもので、顔も覆われ、目のところに細いスリットが開けてある。ドイツでは滅多に見ない。
そしてブルカは、テントのように頭から足先まですっぽりと覆うもので、目のところは網状になっている。中からは外が見えるが、外からは中にいる人間が一切見えない。色はたいてい薄いブルーで、アフガニスタンのタリバン支配下ではこれが強要されているようだ。
そういう意味では、水着のブルキニは顔が出ているので、ブルカ+ビキニの定義は正確ではないが、まあ、それはいいとして、本物のブルカの方は、中に男が入っていても、まったくわからない。
2009年、当時のサルコジ大統領は「ブルカはフランスの価値観に合わず、女性の屈服の印である」として、ブルカ禁止法案を提出(目だけを出すニカブも含む)。それが絶対的多数で認められ、学校など公共の場でのブルカ・ニカブの着用が全面的に禁止された(2011年4月から施行)。
オランダでもすでにこれらは禁止されており、実はドイツやスペインでも現在、公共の場での禁止が検討されている。
対イスラム強硬姿勢が受けるワケ
裁判所や役所、車の運転中、あるいは学校で顔を隠してはいけないというのはわかる。今のフランスがイスラムテロに神経質になっているのもわかる。だから、公共の場で顔を隠すことに制限をかけるのには一理ある。
しかし、浜辺のブルキニ女性は顔を隠しているわけではない。浜辺からブルキニ女性を追い出して、どんな効果があるというのだろう?
さらにわからないのは、女性蔑視との関係だ。だいたい、本当に抑圧されている女性がブルキニを着て泳ぎに来るだろうか? 抑圧されていた女性が、顔を出せば解放されるわけでもなし、そう主張すること自体が傲慢だ。
そもそも、今、ブルキニを着て海岸にいる女性など、ものすごく少数でしかない。これから泳ごうと思ってブルキニを奮発した女性も、もう、怖くて海辺には行けないだろう。
ニースやカンヌというのは、アラブ富豪の集まる場所としてつとに有名だ。超高級ホテルは、サウジアラビアやアラブ首長国連邦の富豪が落としてくれるお金で年中潤っている。
その一方で、ニースの公共の浜辺では、先週、警察が3人のブルキニ女性に警告を促したという。注意されたうちの一人はブルキニを脱いで泳ぎに行き、2人は帰った。富豪はプライベートビーチで自由に振る舞い、公共の浜辺ではブルキニ禁止で、38ユーロの違反金? 何だかおかしくないか?
フランスは政教分離を重視し、公共の場から宗教を象徴するものを排除するという国策を取ってきたが、それは元はと言えば、この国のカトリックやプロテスタントの政治への影響力が強すぎたからだった。現在のイスラム排除の動きとは別の話だ。
テロの頻発しているフランスでは、現在、対イスラム強硬姿勢が国民受けする。それはドイツでも同じだ。どちらの国も右派政党が伸びており、それを阻止するためには、今の与党自らが対イスラムを掲げなくてはならなくなっている。フランスもドイツも、来年は総選挙だ。
ただ、政治のこういう動きは、新たなイスラムテロにつながる可能性が高い。そうなれば、犠牲になるのはまた国民だ。
そんななか、イタリアのフィレンツェのあるイスラムのイマームが、先週、自分のフェイスブックに、1枚の写真をコメントなしでポスティングした。カトリックの尼さんが8人ほど、グレーの尼僧服に身を包んだまま楽しそうに浜辺で水遊びをしている写真だ。
ほのぼのとした写真。あっという間に拡散したのは、これがブルキニ遊泳禁止の理不尽さを余すところなく表していたからだろう。
多くのイスラム教徒たちは、もう何年もヨーロッパで暮らしている。そんな彼らは、今あちこちで起こっているイスラム排斥の動きをどんな気持ちで眺めているのだろう。
女性蔑視、反民主主義、テロリスト……。この写真は、そんな謂れなき非難に晒された彼らの冷めた視線がひしひしと伝わってくる見事な1枚であった。


初の試み!テレビ欄を関西弁で表記…27日の読売テレビ
 読売テレビは、8月27日放送の「あさパラ!」「特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル」「八方・陣内・方正の黄金列伝!」「土曜はダメよ!」の各番組について、新聞テレビ欄、EPGを関西弁で表記すると発表した。
 同局では初の試みで、同日を「夏のスペシャル」と位置づけており、関西の放送局らしいユニークで親しみやすい地域色豊かな試みという。

福島原発事故の責任を問い続けよう!/日本酒がおいしい♪

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会津あかべこ

L’érotisme japonais est-il érotique ?
Conférence du 27 mai 2016 au musée Guimet d’Agnès Giard, anthropologue, chercheuse associée au Sophiapol.
En bonne scientifique, Agnès Giard commence par définir ce dont elle parle : l’érotisme. Elle décrit son champ : les vidéos japonaises et ces étranges sextoys que sont ces poupées grandeur nature en silicone, les love dolls. Pendant la conférence, les objets de ce champ viennent en projection. En matière érotique, il vaut mieux voir, n’est-ce pas ? Agnès Giard met ces deux productions (vidéos et love dolls) en parallèle. La première circule chez nous, avec des différences notables de contenu, et la deuxième nous est quasiment inconnue.
Ces poupées d’amour du Japon sont traitées comme des personnes : leur création est nommée naissance, leur achat mariage, elles meurent dans les honneurs funéraires du bouddhisme parfois. D’une apparence hyperréaliste, elles sont cependant calculées pour qu’on ne puisse pas croiser leur regard. Elles arrivent à la maison en pièces détachées, tête et corps séparés, démembrées… il faut acheter à part un ersatz de vagin, vendu comme accessoire, qui semble-t-il tient mal en son encoche s’il est sollicité trop fort et est susceptible de se carapater dans le ≪ ventre ≫ de la belle au meilleur moment de l’homme, ou au contraire, s’échapper au dehors, collé au pénis. Nombre de propriétaires (maris ?) ne sont pas pratiquants et se montrent fiers d'être dans un amour platonique, fait de rapprochement et de frustration. Ces love dolls brisent la frontière ente le vivant et l’inanimé, et font du désir en soi la valeur inépuisable de l’érotisme, dans un romantique impossible amour.
Dans les vidéos, les sexes sont pixelisés, on voit des formes floues, on voit les gestes, d’une façon suggérée, non réaliste. Avant le numérique, l'union des corps se passait derrière des pots de fleurs, ou des mains tendues charitablement retiraient au regard l’exactitude du réel, de la façon la plus artificielle qui soit.
Cet état des choses est aussi tenu par des lois de censure, certes, mais qui correspondent à un état d'esprit bien partagé : ce qu'on ne peut pas voir (le désir) est plus important que ce qu'on peut voir (le plaisir).
On voit beaucoup le visage de la femme. Le scenario qui plaît le plus est celui de la réticence vaincue. L'héroïne est torturée par des émotions contradictoires qui confinent au martyr. Ce n'est pas l'action sexuelle qui est érotique, sont érotiques les émotions, la peur, le désarroi, le conflit intérieur, la révolte, la résistance qui tombe. Il faut voir la femme perdre ses moyens. C'est pourquoi l'érotisme japonais contient beaucoup de contraintes et de violence.
Les homos des deux sexes sont dans le réel et n'intéressent pas les producteurs des love-dolls. Les tentatives de fabrication de poupées masculines n'ont pas eu le succès commercial suffisant pour les pérenniser.
Le chemin compte, au Japon, infiniment plus que l'accomplissement : l'ouverture de l'ame est un abandon à conquérir et à donner ensemble, y parvenir n'est pas essentiel. Là est l'érotisme japonais, tel qu'Agnès Giard nous le décrit : nous sommes, nous sujets humains, êtres de désirs infinis qu'il faut chérir, exalter, tandis qu'il ne sert à rien de vouloir les combler.
Agnès Giard a écrit des livres sur le sujet, (Les Objets du désir au Japon, entre autres, elle est une grande spécialiste) et tient un blog sur Libération : les 400 culs. C'est une vraie scientifique, elle ne juge pas, elle dit ce qu'elle voit, comment c'est, d'ou ça vient... on sent bien que c'est une praticienne éclairée qui connaît son sujet par tous les bouts, avec pour satisfaction d'avoir toujours un ton juste, d'être parfaitement à l'aise ; c'est une chroniqueuse (sans jeu de mots, quoique...) et on apprend toujours quelque chose sur ces 400 culs.
フランス語
フランス語の勉強?
BS世界のドキュメンタリー「初めての“民主憲法”〜ジンバブエ〜」(前編)
30年以上もムガベ大統領の独裁が続くジンバブエで、敵対する与野党の代表2人が交渉を重ね、さまざまな駆け引きを経て新しい民主憲法を作り上げるまでの3年間を追った。
ムガベ独裁が続くジンバブエでは国際社会の圧力によって2009年に与野党による連立政権が誕生。与党と野党からそれぞれ代表の弁護士を選び新しい民主憲法の草案を作ることになった。民主化を進めることを目指す野党(MDC)代表・ムウォンゾラ弁護士はさまざまな嫌がらせに遭いながらも辛抱強く交渉を続けるが、各地で行われた新憲法に関する公聴会では野党支持者が発言を阻まれ死者が出る暴動にまで発展してしまう。(前編)

あさイチ「JAPA−NAVI 壇蜜が歩く神楽坂」
JAPA−NAVI 壇蜜が歩く神楽坂▽ピカピカ学園「なぎなた部」(ピンボケたろう)▽解決!ゴハン「蒸し鶏の豆腐ソース」【ゲスト】壇蜜、林修 井ノ原快彦、有働由美子、柳澤秀夫 
脇雅世,駒村多恵, ピンボケたろう,古野晶子, 一龍斎貞友

ペットの王国 ワンだランド 耳が聞こえない人を支える聴導犬密着▽ペンギン幼稚園
ほぼ両耳が聞こえない女性は聴導犬と出会って出産を決意した!耳となって生活をサポートする聴導犬の驚きの能力と仕事ぶりとは?▽ペンギンがいる幼稚園!一緒にプール遊び
関根勤、篠田麻里子 横尾渉(Kis-My-Ft2)
“ペット超大国”となった日本!イヌの飼育数は約992万匹、ネコは987万匹、合わせると15歳未満の人口を優に越える。かつてないほどに人間とペットの距離が近くなった今、その生活には様々な形の「ペット愛」が溢れている。涙あり笑いありのペットライフに密着!
ペットと暮らす素晴らしさと大変さ、いろいろな動物の楽しい生態、全てリアルにお伝えします! 番組MCは関根勤と篠田麻里子!そして、ペット介護士の資格を持つKis-My-Ft2の横尾渉!



「敗北の歴史だったが、恵まれた職場で働くことができ、多くの仲間たちとも出会えた」  つくしん坊
2011年3月11日に勃発した東日本大震災に伴う東京電力福島第一発電所の事故の後、不安の中で事故の成り行きを見守っていた多くの人たちにとって、政府や東電発表への不信感を癒してくれたのが小出さんを始めとする京都大学原子炉実験所の「熊取六人組」(海老澤徹、小林圭二、瀬尾健[故人]、河野眞治、小出裕章、今中哲二)のメンバーからの情報発信だった。ラジオ放送や講演、インターネットでの放射能調査結果の発表など、彼らの情報発信がなければ、原発事故やその収束過程の全体像把握は、事実から遠い歪んだものになってしまったであろう。その小出さんが2015年3月に定年を迎えるにあたり、2月27日、第111回原子力安全問題ゼミとして行われた講演「原子力廃絶までの道程」を再録したのが本書である。コンパクトな中に小出さんの主張がすべて込められている。ゼミの雰囲気や小出さんの人柄も伝わってくるような記録である。
講演では、見慣れた小出さんの図表も交えて、次のような内容が語られる。広島・長崎に落された原爆の途方もない殺傷力とそれによる惨憺たる被害、「原子力平和利用」のキャンペーンとその虚しい夢、ウラン資源の有限性、100万kWの原発1基が1年で生み出す核分裂生成物の量は広島原爆の1000発以上であること、構造的差別としての原発立地、いまだに収束しない福島第一原発事故、それがもたらした全地球的な放射能汚染、放射線管理区域を超える汚染が福島を中心に広範囲に広がる実態、除染は不可能で移染が正しい、誰ひとり責任を取らない原子力マフィア、大飯原発差し止め訴訟の素晴らしい判決、隠された核兵器保有の野望、「騙された」だけではすまない、など。
この他、小出さんが福島第一原発事故直後の2011年3月18日の第110回原子力安全問題ゼミでの講演、川野さんによる伊方原発訴訟の頃の振り返りなども収録されている。
小出さんは、講演の最後で自らの人生を振り返り、「敗北の歴史だったが、恵まれた職場で働くことができ、多くの仲間たちとも出会えた」と述懐している。小出さんに「長い間、お疲れ様でした」と伝えるとともに、これからも自由人としての情報発信を期待したい。

幾つかの発見、絶望そして希望  Amazonのお客様
・エネルギーに変わるのは、質量の1/1000、あとは廃棄物だ。
・2013/11-2014/11に行われた使用済み燃料の移動は、燃料が溶けるようなことがあれば、東京に人が住めなくなるほど危険なものだった。
・IAEAは「原子力マフィアの頭目」
・ウラン濃縮・原子炉・再処理の全てを持っている非核保有国は日本だけだ。
・(旧)科学技術庁が進める、ロケットと原発は核武装への道なのか?
・ばらまかれた放射能は東電のものだから、東電に返せばいい(除染の土壌など)
小出氏が40年、訴え続けてきたにもかかわらず、起こった福島の事故。まだ収束もしていない。
ただ、こう締めくくっている。
「しかし、気を取り直そう。いつの時代も、何の問題もない世界など存在しなかったし、今後もそうだろう。宗教を持っている方には叱られるかもしれないが、天国なんてありはしない。もし、天国があるなら、私はむしろそこに行きたくない。もし天国があるというなら、多くの苦しみ、多くの悲しみを一つひとつ乗り越えて行く中にそれがあるのだと私は思う。」
それから、小出氏の活動に、京大からは、一切圧力はなかったという。これも希望です。


福島原発告訴団関西支部主催の武藤類子さん講演会が京都であるので,聞きに行きました.前に聞いたことあるような・・・というのもありましたが,やはり福島の方のお話を聞くのは意味が大きいとおもいました.一方で
福島原発事故の責任を問い続けよう!という運動を進めていくうえでの問題点も何となく見えてきた感じがします.
講演会の後はせっかく京都に来たので軽く飲んでいこうかな??と思って二条・押小路あたりの居酒屋で日本酒をいただきました.とてもおいしいです.終電の少し前の阪急で無事大阪に帰りました.

大川小で語り部研修
東日本大震災の風化を防ぐため「語り部」を目指すタクシードライバーたちが24日震災の津波で多くの児童が犠牲になった石巻市の大川小学校を訪れ遺族の話しに耳を傾けました。
これは震災の教訓を伝承し風化を防ごうとタクシー協会などが行ったもので「語り部」を目指すタクシードライバー6人が参加しました。
6人のドライバーは24日、震災の津波で児童ら84人が犠牲になった石巻市の大川小学校の旧校舎を訪れました。
そして当時6年生だった次女を失った佐藤敏郎さんから当時の状況について説明を受けました。
佐藤さんは震災前の地区の写真を示しながら当時を振り返った上で「あの日の出来事を伝えるだけでなく子どもたちがあの日までどのように暮らしどんな営みがあったのかを話すことでより深く伝わると思います」と語り部のポイントを説明していました。
参加したドライバーたちはメモをとりながら真剣な表情で佐藤さんの話しに耳を傾けていました。
参加したタクシードライバーの塩谷清さん(58)は「震災からまもなく5年半になりますがきょう見聞きしたことを被災地を訪れたお客さんにしっかりと伝えていきたい」と話していました。


<復興へのペダル>銀輪の風 牡鹿語り継ぐ
◎ツール・ド・東北2016を前に(2)石巻(下)
<走り応え 十二分>
 石巻市小渕浜の民宿「めぐろ」の2代目、目黒繁明さん(42)は2015年、友人に誘われツール・ド・東北に参加した。
 自転車とは中学、高校の通学で乗って以来、疎遠になっていたが、女川湾などを巡る60キロの「女川・雄勝フォンド」を完走して魅力にすっかり取りつかれた。「自転車で走ることで気付く景色や風が心地よかった。牡鹿半島の自然や景色を楽しむには最適な乗り物だと思った」と振り返る。
 今年のツール・ド・東北では、石巻専修大(石巻市)を発着点に半島を周遊する「牡鹿半島チャレンジグループライド」(100キロ)が新設された。半島の景観と起伏やカーブに富んだ走り応えのあるルートが魅力という。
 「めぐろ」では大会を先取りして、今年5月に無料レンタサイクルのサービスを始めた。「ツール・ド・東北をきっかけに牡鹿半島に自転車観光が根付いてくれたらうれしい」と夢を膨らませる目黒さん。牡鹿地区を巡るコースマップの作製、目黒さん自身がガイドを務めるサイクリングツアーなど、自転車を生かした誘客の青写真を描く。
<現状 じかに見る>
 牡鹿コースには、被災状況や復興の足跡を聞ける4カ所の「語り部ステーション」が設置される。牡鹿地区は観光客に震災の状況を伝える「語り部」のボランティア組織がなく、大会は牡鹿地区の「いま」を知る貴重な機会ともいえる。
 語り部役を務める石巻市鮎川浜の石巻観光協会副会長斎藤富嗣さん(56)によると、牡鹿地区は家族を亡くしたり自宅や漁船を流されたりした被災者が多く、これまで語り部ボランティアを募るような雰囲気はなかったという。
 斎藤さんは「牡鹿の震災をどう伝えていくか真剣に考える時期に来ている」と話し、大会がそのきっかけになればと考えている。
 牡鹿コースは、参加ライダーの期待も高い。今年で3年連続の参加となる栃木県野木町の会社員阿部進さん(59)もその一人。迷わず牡鹿チャレンジグループライドに申し込んだ。
 阿部さんは仙台市出身。小学校の遠足では鮎川港を訪れ、捕鯨船などを見学した。牡鹿コバルトラインが開通した1971年には家族でドライブを楽しんだ大切な思い出もある。「被災状況や復興の様子を自分の目で見られて、さらに語り部の話を聞けるのはとてもありがたい」と心待ちにする。
          ◇         ◇         ◇
 東日本大震災で被災した宮城県沿岸部を自転車で巡る「ツール・ド・東北2016」(河北新報社、ヤフー主催)は9月17、18両日に開催される。大会は今年で4回目を迎え、会場となる石巻、気仙沼、女川、南三陸の2市2町では、まちづくりに自転車を生かそうと取り組みが始まっている。観光振興や外国人旅行者の誘客などに励む現場を訪ねた。(ツール・ド・東北取材班)


被災3県縦走「寛平マラソン」ゴール
 タレントの間寛平さん(67)らが東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県を駅伝形式で縦走する「RUN FORWARD KANPEI みちのくマラソン」を完走し、岩手県宮古市鍬ケ崎小で24日、ゴールテープを切った。
 間さんは、児童や地域住民の声援に応えながらゴール。得意のギャグで笑わせたり、子どもたちとスイカ割りをしたりして被災地を元気づけた。
 マラソンは10日にJヴィレッジ(福島県楢葉、広野町)をスタート。仮設住宅など40カ所で被災者と交流しながらたすきをつなぎ、15日間で34市町村690.2キロを走破した。
 間さんは「(被災地の風景は)少しずつ変わっているが、まだまだ時間がかかりそう。みんなに忘れられたら困るから、仮設住宅に住む人が最後の1人になっても続けたい」と話した。
 マラソンは阪神大震災で兵庫県宝塚市の自宅が全壊した経験を持つ間さんが2012年に企画し、今年で5回目。よしもとクリエイティブ・エージェンシー主催。河北新報社が取り組む復興支援活動「スマイルとうほくプロジェクト」が共催。


河北抄
 石巻市渡波のお寺「洞源院」は東日本大震災で最大約400人の被災者を受け入れた。高台にあって津波被害を免れ、約5カ月にわたり避難所の役割を担った。円滑に運営できた理由の一つに、長年の炊き出しの慣習があった。
 庫裏の奥に調理場を構え、1月と8月の年2回、寺の参拝者に食事を振る舞う。かつては300人ほどに提供。檀(だん)信徒ら約20人が作業を手伝う。震災では多くの食器を生かした。プロパンガスが使えず、まきでお湯を沸かしたことも。支給の弁当はご飯を温め直してから出した。
 食事の用意を仕出し店に頼む所が増え、供養や祈祷(きとう)の機会に炊き出しをする寺は少なくなった。洞源院でも以前、「外部に任せたらどうか」との声が役員から出たが、小野崎秀通住職(68)は「食事を通したおもてなしが供養になる」と継続を唱えてきた。震災を振り返り、小野崎住職は「いざというときに命をつなぐことができた」と言う。
 9月1日の「防災の日」が近づく。震災で得た多くの「気付き」。災害への備えにつながるヒントを探し続けたい。


被災農家の離職報告せず 交付金要件抵触か
 東日本大震災で被災した農家の参加を要件とする交付金事業で、白石市の農作物生産販売会社「蔵王グリーンファーム」が被災者に退社を求めていた問題で、同社が国と宮城県に対し、被災農家が「離職」し、勤務実態がないことを1年以上、報告していなかったことが24日、分かった。現状は交付要件を満たしていないとみられ、県が事実関係の調査に着手した。
 同社は2011年6月、名取市の被災農家5人を役員に招き入れ、「震災農業生産対策交付金」として国や県から計約1億円を得て、ビニールハウス132棟と出荷施設を建設した。同交付金事業は原則5戸以上が参加し、被災農家が半数以上を占める必要がある。
 5人は事業開始から2〜3年で「病気や高齢などを理由」(会社幹部)に相次ぎ辞意を伝えた。最後に残った男性(76)は15年3月中旬、「年齢的に退社する時期だ」「1カ月後に退職を」と記載された「退社願い」を社長から提示された。現在は全員出勤しておらず、報酬も払われていない。
 職場の人間関係を理由に2度辞表を提出したという60代の被災農家は「今も正式に受理されていないようだが、理由は分からない。出社しておらず、勤務はしていない」と話す。同社幹部は「5人は今も役員。辞められては困る。現在も一部の役員からは無償で電話などによる営農指導を受けている」と釈明している。
 国の交付金の窓口業務や指導監督をしている白石市農林課は取材に対し、「毎年生産量の報告を受けており、5人が実績を上げていると認識していた。詳しい勤務実態やトラブルの報告は受けていない」と述べた。県農産園芸環境課は「早急に事実関係を確認する。状況によっては交付金の返還を求める可能性もある」と話した。
 同社幹部は「役所に言えば5人が会社に戻れなくなる懸念があり、相談するかどうか迷っていた。市に状況を報告し、判断に従う」と語った。
 同社を巡っては、交付金申請の名義人となった76歳の被災農家の男性が4月、「最初から交付金目当ての誘いだった」として、損害賠償を求める訴訟を仙台地裁に提起している。


<帰還困難区域>地元の意見考慮を 首長注文
 東京電力福島第1原発事故に伴う帰還困難区域を巡り、与党が24日、政府に提出した第6次提言に対し、同区域を抱える福島県の自治体首長は「地元の意見を踏まえた制度設計を」「復興拠点以外も国が責任を持って除染を進めてほしい」などと注文を付けた。先の見えない避難生活が続く被災者からは「移住先での生活支援にも目を向けてほしい」との声が上がった。
 帰還困難区域が96%を占める双葉町の伊沢史朗町長は「5年という一つの目安と、全域の復興・再生に向けた与党の決意が示されたことは前進だ」とコメント。政府に対し「提言にあるように、地元の意見を十分踏まえて制度設計を進めてほしい」と訴えた。
 飯舘村の菅野典雄村長は、集会所など復興拠点地区以外での施設整備への支援が盛り込まれた点を評価する一方、「復興拠点以外は除染しないのであれば、村の一部が取り残されかねない」とくぎを刺した。
 内堀雅雄知事は「区域の全域で国は復興、再生に最後まで責任を持って取り組んでほしい」との談話を出した。
 避難者からは生活再建の支援を優先すべきだとの声も上がる。
 浪江町の帰還困難区域から二本松市に避難する無職永井辰夫さん(74)は「この5年の除染の進み具合を見ていると、さらに線量が高い場所に5年後に帰れるとは思えない。住民の生活支援にもっとお金を回してほしいと思う人が多いのではないか」と指摘した。


老朽原発の運転延長批判 小泉元首相、札幌で講演
 小泉純一郎元首相は24日、札幌市で講演し、法定上限の運転開始から40年を超えた原発の運転延長について「(東京電力福島第1原発の)原発事故後、40年で廃炉にするとしていたのに『安全第一』でなく、収益第一、経営第一だ」と批判した。
 事故後の廃炉や賠償費用が膨大になることに触れ「原発の低コストはうそだった。費用の一部でも自然エネルギーに注げば、原発の電力を賄えるようになる」と主張。「変人じゃなくても分かる」と述べ、聴衆を沸かせた。
 講演は、雪を利用した冷房設備の普及に取り組む団体が主催。小泉元首相は、設備を導入した札幌市の円山動物園などを視察した。


東電役員 「炉心溶融」隠し新潟知事に謝罪
 東京電力福島第一原発事故の当初、当時の清水正孝社長が「炉心溶融という言葉を使うな」と社内に指示していた問題で、同社役員らが二十五日、柏崎刈羽原発を抱える新潟県の泉田裕彦知事と新潟県庁で会談し、謝罪した。
 清水社長の指示は、東電の第三者検証委員会が明らかにしたことを念頭に、姉川尚史原子力・立地本部長が「自らの手で事実を解明してきちんと回答できなかったことについておわびする」と述べた。
 泉田知事は「炉心溶融が伝わらないということは、避難する際の自治体や住民の行動に大きな影響がある」と批判。「何が問題で言えなかったのか(県と東電で設置を決めた)合同検証委員会で明らかにして対応を講じてほしい」と求めた。
 福島事故を独自に検証している新潟県の技術委員会の求めに応じた調査で、炉心溶融(メルトダウン)の判断基準が示されたマニュアルが社内で五年間見過ごされていたことが判明。六月には清水社長が「炉心溶融という言葉を使うな」と指示していたことも分かった。


沖縄・高江で取材中の琉球新報、沖縄タイムス記者を警察が拘束!「報道の自由」侵す暴挙も中央マスコミは一切無視
 安倍政権が現在、強権的に進めている沖縄県の東村高江米軍北部訓練場ヘリパッド建設工事。連日、工事に抗議する住民らが必死の抵抗をつづけているが、先日20日、信じられないような事件が発生した。
 なんと、市民による抗議活動を取材していた琉球新報と沖縄タイムスの記者2名が、警察によって強制的に拘束されたのだ。
 この日は約50人の市民が工事のための砂利を積んだ車両の搬入を止めようと県道70号にある高江橋の上に座り込んでいたが、そこに約30人の機動隊が現れ、次々に市民を力づくで強制排除した。そのなかに記者もおり、社の腕章を見せて自分が記者であることを訴えたが、聞き入られることなく、〈背中を強く押されながらバスとバスの間に連れて行かれ、すでに拘束されていた市民ら15人と一緒に押し込められた〉(沖縄タイムス記事より)という。
 しかも、沖縄タイムスによると、〈県警に「取材中である」ことを訴えると、一度は解放された〉のだが、解放されて約10分後には別の機動隊員が記者を再び拘束したのだ。
 これは明確な取材活動の妨害であり、憲法に保障された報道の自由を奪う常軌を逸した行為だ。しかも、このように警察が力に任せて報道記者を拘束することは、私たちの知る権利も踏みにじっている。もはや沖縄は民主主義が守られない公権力の無法地帯であり、安倍政権による沖縄いじめはすでに、ここまで極まっているのである。
 当然、琉球新報も沖縄タイムスも警察に対して抗議しており、23日には沖縄タイムスが石川達也編集局長名で抗議声明を発表。琉球新報も、21日付の記事で普久原均編集局長が以下のように述べている。
〈本紙記者は琉球新報の腕章を身に着け、住民の抗議行動を記録するための正当な取材をしていた。現場には県民に伝えるべきことがあった。警察の妨害によって、その手段が奪われたことは大問題だ。警察官が記者を強制的に排除し、行動を制限した行為は報道の自由を侵害するもので、強く抗議する〉
 しかし、事件そのものもさることながら、驚愕すべき事態がその後に待っていた。警察が記者を拘束するという報道の自由が脅かすこの大事件に対し、大手メディアはこれを完全に無視したのだ。
 この事件を報じた沖縄以外のメディアは、ブロック紙である東京新聞が23日付の「こちら特報部」が〈警察 報道の自由侵害〉というタイトルで大々的に報道。あとは地方紙の信濃毎日新聞や高知新聞が社説で事件を取り上げ、〈取材活動の妨害であり、見過ごすわけにいかない。(中略)経過を説明して責任の所在を明らかにするよう、政府に求める〉(信濃毎日新聞)などと政府の姿勢を糺した。
 だが、その一方で大手メディアは 22日付で共同通信が短く報道したのみ。24日現在、読売や産経はいわずもがな、朝日や毎日までもが一行も記者拘束の事実を伝えていないのだ。
 本来ならば、報道の自由を脅かす事件が起これば、保守もリベラルも関係なくペンで抗議を展開するべきだが、今回はそうした動きもなく、しかもリベラル寄りの朝日や毎日でさえ沈黙する。──これは一体、何を意味しているのか。
 それは、“中央”のメディアがいかに沖縄を軽んじているという現実だ。いま、高江で起こっていることは、一地方の市民運動などではない。選挙によって再三示してきた「基地はいらない」という沖縄の民意に対し、時の政権が牙を剥き出しにし、ためらいもなく民主主義を徹底的に破壊しにかかるという、とんでもない暴走が繰り広げられているのである。
 現に安倍政権は、約150人の住民しかいない村に全国から500人以上の機動隊を集結させ、米軍属による女性暴行殺人事件後の防犯パトロールとして派遣した防衛省の約70人の職員を高江の反対派市民の警備に就かせている。さらに抗議の現場では、昨日も70代の女性が押し倒され後頭部を打ち出血、救急車で搬送され、40代の男性は5〜6人の機動隊員に囲まれた挙げ句、公務執行妨害で逮捕された。他方、同じ日に安倍政権は参院選で落選した島尻安伊子前沖縄担当相を大臣補佐官に任命した。
 公然と警察が暴力をふるい、不当な弾圧を続け、ついには報道の自由も認めない……。このように民主主義が奪われた“最前線”で何が起こっているのかを伝えないということは、結局、中央の大手メディアも政府と同じく「沖縄は我慢しろ」と強いている証左だろう。
 昨年、菅義偉官房長官の質問の中で、時事通信社の記者がこんなことを言った。記者は、那覇空港第2滑走路建設事業の工期短縮に“協力しない”沖縄県議会を「国として見限っていいような気がする」「そんな連中はほっといてもいいと思う」と述べたのだ。
「そんな連中」「国として見限ればいい」。中央の大手メディアで胡座をかき、「公平中立」などと言いながら政権の顔色を伺う記者たちは、この時事通信社の記者と同じような気持ちで沖縄を捉えていたのではないか。だからこそ、報道の自由の危機にもっとも敏感に反応しなくてはいけない時に、ペンを握ろうとしない。それどころか政府と同調し沖縄いじめに加担する。そんなふうにしか思えない。
 大手メディアのこうした態度もまた、この国がいかに民主主義の危機的状況にあるのかを伝えているのである。(水井多賀子)


蓮舫氏、岡田代表への「つまらない男」発言を猛省
 民進党の蓮舫代表代行は24日までに、自身のツイッターで、同党の岡田克也代表を「つまらない男」と指摘した自らの発言を後悔した。
 フォロワーの苦言に、「はい。言い方も含め本当にダメだと猛省してます」とつぶやき、「だめだ…激しく後悔中」とも記した。23日の日本外国特派員協会の会見で、党代表選への出馬表明に関して「私が代表になり、党のイメージを変えたい」「岡田克也代表が大好きですが、1年半いっしょにいて、本当につまらない男だと思いました」と発言。「人間にはユニークさが必要。私にはそれがある」と、きまじめな岡田氏との違いを強調してみせた。


日本維新の会/「おおさか」外してどこへ
 おおさか維新の会が臨時党大会を開き、結成1年足らずで党名を「日本維新の会」に変更した。橋下徹前代表が2012年に国政政党を結成した当時の名称に先祖返りするだけで目新しさはない。
 強い発信力を誇った橋下氏の政界引退で党勢の陰りが否めない中、「おおさか」の看板を「日本」に掛け替えて何を目指すのか。「第三極」を掲げ一定の支持を集めてきた政党は正念場を迎えた。
 旧日本維新は一時、衆参合わせて60議席を超え、第三極を代表する存在感を示した。今年7月の参院選では7議席を獲得したものの、大阪と兵庫を除く選挙区では議席を得られなかった。党内から「全国で勝負できる党名ではない」との声が上がったのは当然だろう。
 松井一郎代表は「これ以上おおさかにこだわると、改革ではなくエリアにこだわっていると誤解を招く」と述べ、党名変更で全国的な支持拡大を目指す考えを示した。
 ただ、党名の地域色を薄めても党勢回復につながるとは限らない。
 旧日本維新は「維新の党」から「おおさか維新」へと、目まぐるしい離合集散と党名変更を繰り返した。火種はいつも、大阪系とそれ以外の議員との主導権争いだった。
 昨年10月の「おおさか維新」結党の際は、橋下氏が地域名を冠した党名を「日本の政治史を変える挑戦」と強調した。だが、大阪都構想や大阪の副首都化を掲げ、党常任役員は大阪系に限るなど、直後に控えた大阪府知事・市長ダブル選挙向けの体制固めを優先したのは明らかだ。
 全国的な政党を目指すなら、党運営の「大阪純化路線」そのものを改める必要がある。
 政権との距離も問われる。安倍政権には是々非々で臨むとしながら、先の通常国会の法案賛否は与党とほぼ足並みをそろえた。一方で、野党第1党の民進党に対する批判や中傷を繰り返した。安倍晋三首相が重視する憲法改正論議には前向きで、野党共闘路線とは一線を画す。政権への安易なすり寄りは、党の存在意義を失う恐れがある。
 既存政党にできない改革を実現し、地方から国政を変える。兵庫や大阪での根強い支持は、そうした新しい政治への期待があるからだ。「維新」結党の原点に返り、政党としての土台をしっかり固め直す時だ。


志布志事件 教訓は可視化の拡大だ
 限度を超えた警察の取り調べの違法性を断罪した内容だ。
 2003年の鹿児島県議選をめぐり、起訴された12人の無罪が確定した志布志(しぶし)事件で、福岡高裁宮崎支部が、逮捕や起訴されなかったものの「違法な取り調べを受けた」とする住民6人の訴えを認め、595万円の支払いを県に命じた。双方とも上告せず、判決はこのほど確定した。
 志布志事件は、取り調べの録音・録画(可視化)の法制化が進むきっかけになった事件だ。今回の裁判所の判断を踏まえれば、任意の取り調べであっても、可視化の仕組みが必要だといえる。
 住民らの取り調べは、公職選挙法の買収などの容疑で行われた。
 「取り調べ中の交番の窓から外に向かって『2万円と焼酎2本をもらったが、それ以外はもらっていません』と大声で叫ばせた」「高血圧性脳症の疑いと診断されて入院したのに外出許可を取らせて連日の取り調べを強行した」「大声で怒鳴りながら机をたたくなどの取り調べを連日長時間繰り返し、入院を余儀なくさせた」−−。いずれも判決が認定した内容である。1審よりも違法な取り調べの範囲を広くとらえた。
 これは取り調べの名に値しない。住民が「人権侵害だ」と訴えたのもうなずける。結果的に、警察の見立てに沿う自白調書ができた。
 志布志事件では、逮捕や起訴された住民の裁判でも信じられないような取り調べが明らかになった。心理的に追い込むため、親族の名前などを書いた紙を取り調べ中に踏ませた「踏み字」もその一つだ。
 刑事事件は07年に無罪が確定した。無罪の住民と遺族が国家賠償を求めた訴訟でも「公権力をかさに着た常軌を逸した取り調べだった」と認定され、計5980万円の賠償を命じた判決が昨年確定している。
 今回の控訴審判決が確定し、志布志事件の裁判は、刑事・民事とも終結した。
 この事件で明らかになったのは、いったん捜査機関が事件の筋を見立てると、自白を得るために相当強引な取り調べをすることがあり得るということだ。なぜ捜査は強引に推し進められたのか。同じことを繰り返さないためにも、県警は住民らの意向を踏まえ、事件を検証して原因を明らかにする責任がある。起訴して公判を続けた検察の責任も大きい。
 5月に成立した刑事司法改革関連法では、捜査機関への可視化の義務づけを、主に裁判員裁判対象事件で身柄拘束中の容疑者に限定した。これは、全逮捕・勾留事件の3%程度にとどまる。だが、志布志事件の教訓を生かし、可視化の範囲はさらに広げていくべきだ。


[インタビュー]慰安婦問題知らせるため、大学生が自転車で米大陸横断遠征
自転車の米大陸横断「3Aプロジェクト」第2期
大学生3人、砂漠渡り山脈を超え2カ月間慰安婦問題を知らせに 
「スペックよりも心が惹かれることがしたい」「やり遂げるために」休学 
「12・28慰安婦合意は当事者の意見が反映されておらず無効」 
 
 米ロサンゼルスからワシントンまで、65日間3400マイル(約5472キロ)を自転車で走った。7月のうだる暑さのなか米国南部の砂漠を渡り、8月末は豪雨のなか中部と東部を隔てるアパラチア山脈を越えた。日本軍慰安婦問題を米国人たちに知らせようと、韓国からやって来た3人の大学生は、雨の降る道で滑り、脱水状態に陥り、膝に痛んでもペダルを踏み続けた。
 互いに顔も知らなかったキム・ハンギョルさん(24・慶熙大学体育学科)、キム・ヒョングさん(24・漢城大学情報通信工学科)、キム・テウさん(23・慶熙大学体育学科)ら3人は、「3Aプロジェクト」で一緒になった。「3A」とは、日本政府が慰安婦を強制動員した事実を認め(Admit)、これに対し謝罪し(Apologize)、さらに被害を受けた元慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちに魂と心を添わせ同行する(Accompany)という意味を込め、昨年初めてスタートした大学生の「自転車米国横断」プロジェクトだ。3人の大学生は、昨年の第1期生たちの「面接」を受けて選抜された。
 意欲だけで始めた大遠征だった。ヒョングさんを除いて自転車をまともに乗った経験もなかった。昨年よりも関心が増えたが、支援も不足していた。韓国から出発するとき彼らが手にしていたお金は、所属する大学で用意してくれたお金を合わせ500万ウォン(約45万円)が全てだった。飛行機のチケットもそれぞれ個人のお金で買った。日本のマーケットを意識した自転車会社が後援を避けたりもした。幸い、ロサンゼルス、ダラス、シカゴなど、韓国人が多く住む米国の大都市で彼らの意思に心を共にし、誠意で補充してくれた。
 現地時間22日にバージニアに到着し、23日フェアファックス郡庁舎に設置された日本軍慰安婦の平和ナビ(蝶)記念碑の前で記者会見を行った彼らに、このプロジェクトに参加した動機を尋ねた。ハンギョルさんは「このプロジェクトに参加していなければ韓国でアルバイトや英語の勉強など、いわゆる『スペック作り』をしていただろう」と言い、「でも今回は、本当に心が惹かれることをしたかった」と話した。ハンギョルさんは高校2年のとき、母親とともに京畿道広州(クァンジュ)市の「ナヌムの家」でボランティア活動を行った後、毎月1000ウォンずつ募金をしてきた。
 ヒョングさんは軍隊から除隊した後、自転車が趣味になった。自転車に慣れた頃、目標を持って自転車に乗りたくなった。彼は第1期「3Aプロジェクト」の活動を知り、何か意味のあることができると思った。日本軍慰安婦問題に関連する本も読み、記事も探した。彼は今回の取り組みの準備のために今年は休学した。「せっかくやるならしっかりとやろうと思った」と語った。
 テウさんは普段から人権問題に関心が高かったという。彼は「昨年の韓日政府間の12・28慰安婦問題合意を見て、被害者のハルモニの意見が排除された韓日政府間合意がはたして国際法的に可能なのだろうかという疑問を抱くようになった」と話す。
 米国の地理もまともに知らない状態で出発した旅程では、多くの思わぬアクシデントに出くわした。8月11日にシカゴを出発し、ワシントンに22日に到着した12日間の日程は、彼らにとって特に手強い区間だった。ワシントンでの行事に参加する日程のため、一日も休まず強行軍を行った。さらに、6日連続で雨を迎えた。雨足が強いときは10キロ先も見えなかった。前が見えないことも心配だったが、後ろの車が自分たちを見落とすのではないかというのがもっと心配だった。雨で滑り、打撲傷を負い、ブレーキが故障して冷や汗をかきながら下り坂を下りた。上り坂と下り坂が何度も繰り返されるアパラチア山脈は、なかなかゴールを告げてくれなかった。最年少のテウさんは膝がびりびりする症状も抱えた。
 大遠征の初期の6月末から7月初めまで、10日以上かかったカリフォルニア州やテキサス州の砂漠区間も彼らを苦しめた。46度を超える天気、果てしなく続く砂漠の中で脱水症状にもなった。しかし必ず最低限60〜70マイルは進まなければ宿にたどり着けなかったため、ペダルを踏まなければならなかった。自転車のスポークが折れたり、パンクすることも日常茶飯事だった。
 1日5〜6時間、休憩や食事を合わせれば8時間ほどを道端で過ごした。食事はお金を節約するため、サブウェイやバーガーキングようなファーストフード店で済ませた。 それでも田舎を通るときにはファーストフードすらもなく、携帯食の「エネルギーバー」を食べて乗り越えたという。ハンギョルさんは「体重が8kgも減った」と話した。宿は自転車旅行者たちに寝床を無料で提供してくれる「ウォームシャワー」を主に利用した。
 彼らは自転車の旅で会った米国人のうち、テキサス州フォートワースで出会った2002年米国ハンドルサイクル・チャンピオンのミッチェル・ボンド氏が最も印象に残ると語った。彼らの話を聞いたボンド氏は、自分が獲得したメダルのリボンをほどいて三等分し、学生たちに分けてくれた。共感の印だった。ABC放送やFOXニュースなどをはじめ、地方の小さなメディアまで合わせると約10社の米メディアに報道された。
 彼らはこの日記者会見で12・28合意について「被害当事者の意見を尊重しない状況で行われた合意であるため無効だと思う」と話し、「日本政府の心からの謝罪がなされるまでこのプロジェクトを継続するよう支援する」と改めて強調した。
 彼らは28日にワシントンを出発し、9月2日ニューヨークに到着した後、9月7日にニューヨークの日本総領事館の前で水曜デモを行い、84日間の大遠征を締めくくる。
ワシントン/文 イ・ヨンイン特派員


「日本は慰安婦被害者に謝罪せよ」 芸術家たちがミュンヘンでデモ
「生存被害者に法的補償を」プラカードデモ
 日本軍慰安婦問題は人類の犯罪行為であり、日本政府の心からの謝罪なしにはこの問題を解決できないという声が、ドイツのミュンヘンの街に鳴り響いた。性格も不明な支援金10億円で慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的」に覆い隠そうとする韓日政府の行動に対する批判が相次いでいる。
 欧州に住む革新志向の同胞の集まりである「進歩韓国のための欧州連帯」は、今月13日(現地時間)にドイツのミュンヘンで世界の芸術家たちと人権活動家たちが参加し、慰安婦問題の真の解決を求めたことを、15日(現地時間)、フェイスブックへの書き込みや写真の掲載で全世界に知らせた。第4回全世界慰安婦メモリアル・デーの共同行動を迎え、キャンペーンを展開した彼らは、ミュンヘンの街で「反人類犯罪は我々皆にかかわる出来事」(Crime Against Humanity is Everyone's Business)と書かれたプラカードを持って、慰安婦問題に対する現地人たちの関心を呼びかけた。
 イベントに参加した映画監督のビヨーン・イェンスン(ドイツ)氏は「第2次世界大戦中、日常的な強姦および暴力の被害者である慰安婦生存者たちは、まだ日本政府の公式謝罪を待っており、大多数の人々はなぜこの問題が日本国内で公論化されないのかを理解できずにいる」としたうえで、「現在の日本政府が約70年前のことに対して直接的な責任はないとしても、慰安婦被害当事者たちと将来の世代を向けて日本軍慰安婦の歴史が忘れられないように、適切な処置を取るべき責任がある」と指摘した。イェンスン氏は今年6月、ソウル国際女性映画祭に「忘れられたフィリピン慰安婦」(Forgotten Sex Slaves – Comfort Women in the Philippines, 2015)を出品した。
 チリの女性人権活動家であり、画家のコリナ氏は「過去に人類が犯した犯罪を記憶することで、犠牲者の存在を心に留め、再発を防ぐことは極めて重要だ。日本政府は慰安婦犯罪について明確に謝罪し、生存している被害者たちに法的補償をすべきだ」と指摘した。 ブラジルから来た人権活動家のクリストファー氏は、「1960〜80年代にわたる軍事独裁時代に、多くの女性たちが刑務所で拷問と性的な暴力を受けたブラジルの不幸な過去を思い出す。 家父長的社会における反女性的暴力は、全世界が関心を持つべき問題」だと話した。
 欧州連帯は「自分の名誉回復だけでなく、人間の尊厳性が尊重される社会を作るために25年という長い歳月を戦ってきた元従軍慰安婦ハルモニ(おばあさん)たちを心から尊敬する。被害生存者たちが、正義が実現されたことを目にする日が来ることを願っている」とあるミュンヘン市民が話したと伝えた。
チョン・ジョンフィ記者


安保法新任務 リスク増大を危惧する
 安全保障関連法施行に伴って飛躍的に拡大した自衛隊活動のほぼ全ての新任務に関し、稲田朋美防衛相は24日以降に訓練に着手すると表明した。自衛隊活動が大きな転機を迎えたことになる。
 歴代政権が禁じてきた集団的自衛権の行使や国連平和維持活動(PKO)派遣部隊に付与される「駆け付け警護」などの実動訓練が順次始まり、運用段階へ本格的に移行する。自衛隊活動の拡大により、隊員のリスク増大が危惧される。
 隊員を危険な局面にさらすことのないよう、政府には新任務付与に際して慎重な判断を強く求めたい。憲法学者から指摘されている安保関連法の違憲性も含め、同法の本格運用で想定される問題点に関して国会で審議を尽くすべきである。
 訓練開始によって差し迫った問題となるのは、11月に交代するアフリカ・南スーダンPKOの陸上自衛隊派遣部隊に新任務を付与する方向で政府が検討している点だ。
 PKO任務では武器使用基準が緩和され、自衛隊の活動区域から離れた場所で武装集団に襲われた国連職員らを救出する駆け付け警護や、他国軍と共に宿営地を警護する「宿営地の共同防衛」などが解禁された。
 しかし、南スーダンの治安は急激に悪化しており、7月には政府軍と反政府勢力の間で300人近い死者が出る戦闘が起きている。そうした状況下で新任務を付与された隊員が派遣されれば、隊員の危険性が増すのは確実だろう。
 11月中旬に11次隊として現地に派遣される予定なのは、陸自第9師団第5普通科連隊(青森市)を中心とする部隊だ。陸自秋田駐屯地には「現段階で派遣要請はない」というが、本県近隣の部隊が実際の武器使用を想定した訓練に入ることには緊張感を覚える。
 11次隊に新任務を付与するかどうかは現地情勢や部隊の習熟度を見極め、国家安全保障会議(NSC)で10月末までに判断するというが、「新任務ありき」で進めるようなことがあってはならない。安全環境を厳しく分析し、状況によっては部隊引き揚げも検討すべきだ。
 密接な関係にある他国への攻撃を自国への攻撃と見なして反撃する集団的自衛権行使に関わる訓練は、朝鮮半島有事で日本防衛のため活動する米艦を自衛隊が防護することなどを想定したものになるとみられる。
 米軍などとの共同訓練が本格化すれば、中国や北朝鮮を刺激して東アジアの緊張が一層高まることも懸念される。
 戦後日本の安全保障政策の大転換となった安保関連法の施行については国民の間で賛否が割れており、憲法が掲げる平和主義が損なわれるのではないかという不安は依然強い。同法が本格運用に入る中、その運用状況や政府の対応を国民も厳しく監視していく必要がある。


PKO新任務へ訓練/見切り発車は許されない
 自衛隊の海外活動を拡大する安全保障関連法(3月施行)の「封印」が、いよいよ解かれた。ほぼ全ての新任務を巡る訓練が解禁され、運用段階へ向けて本格移行することになった。
 稲田朋美防衛相がきのう記者会見で正式に表明した。
 国連平和維持活動(PKO)では、11月中旬に南スーダンへ派遣予定の陸自第9師団第5普通科連隊(青森市)主体の11次隊に、「駆け付け警護」「宿営地の共同防衛」の新任務が付与されることを想定した訓練を始める。
 安倍政権は7月の参院選以降に、PKO新任務の付与とそれに先立つ訓練を先送りしてきた。「憲法改正」と同様に、こちらも争点隠しの選挙戦術だったのでは、という疑念が拭い切れない。
 国会での答弁も曖昧だった。活動とともにこれまで以上に高まる隊員のリスクをどれだけ国民に説明し、理解を得る努力をしてきたのか。実績づくりを優先させる「初めに新任務ありき」の見切り発車は許されない。
 駆け付け警護は、離れた場所で武装集団に襲われた国連職員らを、自衛隊員が武器を使って救出する任務。宿営地防衛はPKOに共同派遣された他国軍とともに、宿営地を共同で警護する。
 いずれも安保法によって、正当防衛などに限られていた従来の武器使用基準を緩和したものだ。ただ、武装勢力に敵と見なされれば、交戦も起こり得る。場合によっては双方に死傷者も出かねない。憲法9条が禁ずる「海外での武力行使」に発展する恐れはないのだろうか。
 当面は実動訓練だけで、実際に付与するかどうかは現地の情勢や部隊の習熟度合いを見極めるという。慎重に判断するのは当然である。9月招集の臨時国会で徹底的に是非を論議してほしい。
 PKO参加の前提として「紛争当事者間で停戦合意」など5原則が設けられている。そもそも、南スーダンの情勢が果たしてこの条件を満たしているかどうか疑問が残る。
 南スーダンは7月に政府軍と反政府勢力の間で戦闘が再燃し、数百人が死亡したとされる。現地では自衛隊の部隊が宿営地以外での活動を一時見合わせた。2015年8月に成立した和平協定は事実上破綻したとの見方もあり、実際、今もなお地方では散発的な衝突が続いている。
 にもかかわらず、政府はあくまで紛争の解釈にこだわり、「停戦合意は崩れていない」との立場を堅持している。しかし、自衛隊の部隊が置かれている環境が、安全に保たれているかどうかによって判断すべきだ。
 そのためには、現地での情報収集活動はいうまでもなく、治安が悪化するような兆候があれば、直ちに派遣の規模を縮小したり、完全撤退したりすることを躊躇(ちゅうちょ)すべきでないだろう。PKO5原則を形骸化させてはならない。
 自衛隊は12年以来、施設部隊を南スーダンに派遣し、インフラ整備などで国際貢献を果たしてきた。新たな任務の付与によって、自衛隊員が海外で銃の引き金を引くような事態を招いてはならない。


クローズアップ2016 安保法、課題残し運用 駆け付け警護、訓練開始へ
 稲田朋美防衛相は24日、安全保障関連法に基づく新任務の訓練に着手することを表明し、自衛隊の活動は新たな段階に入る。国連平和維持活動(PKO)として南スーダンに11月から派遣する陸上自衛隊の交代部隊による新任務の訓練は9月中旬から本格的に始まる予定で、離れた場所で襲撃を受けたPKO関係者らを救援に向かう「駆け付け警護」が最初の任務付与になりそうだ。だが、南スーダンは治安悪化が懸念されており、隊員の安全を確保しつつ国民の理解をいかに得るかが課題となっている。
政府内外に不協和音
 「万全な準備をし、いかなる場合でも対応できるようにすることが重要だ」。稲田氏は首相官邸で記者団に訓練の意義を強調した。国連南スーダン派遣団(UNMISS)に参加する交代部隊を、東北方面隊の第9師団(青森市)から編成することも明らかにした。
 交代部隊は新たに、各国部隊が集まる宿営地の共同警備に自衛隊も加わる「宿営地の共同防護」も想定。武装集団の襲撃などがあった場合、他国軍と連携して対処する。
 訓練を巡っては、政府内外でも不協和音が目立った。安保関連法を巡る議論の再燃を嫌がる官邸が7月の参院選前の任務付与や訓練開始を先送りしたが、部隊を抱える自衛隊は「隊員の安全のために早く訓練をしたい」と焦りを見せた。3月の法施行後も慎重姿勢を崩さない日本政府に対し、同盟国の米国も「慎重すぎる」といらだった。交代部隊に駆け付け警護を実施させる場合、2〜3カ月の訓練期間が必要なため、8月中の態度表明がぎりぎりのタイミングだった。
 政府は安保関連法の本格運用を通じ、核・ミサイル開発を進める北朝鮮や東シナ海での軍の活動を活発化させている中国を念頭に、日米同盟の実質強化につなげたい考えだ。今後は集団的自衛権行使や後方支援の拡大などの任務拡大を前提として訓練を実施できるようになる。防衛省は10月に米グアム周辺で実施する日米共同統合演習「キーンソード」で、有事の際の米艦防護など集団的自衛権の想定を検討している。
 さらに日米は近く、安保関連法に基づいて日米物品役務相互提供協定を改定し、日米が融通する物資の対象を拡大する。平時の米艦防護も日米の調整が終わり次第、速やかに訓練に入る。これらは「日米同盟強化の核心」(防衛省関係者)とされ作業を急いでいる。
 防衛省幹部は「最初の運用で失敗は絶対に許されない」と強調する。南スーダンへの交代部隊については、現地の治安状況や隊員の練度を見極め、国家安全保障会議(NSC)で任務付与の可否を最終判断するが、部隊の安全確保をどう担保するか、難しい判断を迫られそうだ。防衛省は、訓練の一部公開を調整しており、国民の理解を得ながら派遣に向けた環境づくりを進めたい考えだ。【村尾哲】
自衛隊、戦闘の懸念
 大勢の群衆が陸自部隊に接近してきた。「数人、武器を所持している者を確認!」。隊員は英語で停止するよう呼びかけたが、押し寄せる住民は部隊に投石を始めた。「止まれ、撃つぞ」と隊員が叫ぶが、投石はさらにエスカレート。隊員の一人は「警告射撃を実施する」と、上官に指示を仰いだ−−。
 PKOなど海外派遣部隊を教育する陸自の専門部隊「国際活動教育隊」で行われている訓練。冒頭のシナリオは「陸自宿営地にデモ隊が迫っている」という想定だった。米国の海兵隊や陸軍なども使う「VBS」(Virtual Battle Space)というシミュレーターで自由にシナリオを設定でき、隊員はパソコン上の仮想空間に映し出されたアニメーションを見ながら、武器使用の手順に従って操作を体得していく。
 PKOの現場で重要なのは隊員の状況判断だ。駆け付け警護は、国連や非政府組織(NGO)関係者、他国軍などを救援するため、状況は冒頭のシナリオよりも一層複雑になる。24日に新任務に関わる訓練を政府が“解禁”したことを受け、11月中旬から南スーダンに派遣される第9師団第5普通科連隊などの交代部隊要員に対し、国際活動教育隊などが訓練指導するとみられる。
 駆け付け警護では、従来より踏み込んだ武器使用が可能となる。自分や管理下に入った人を守るためだけでなく、妨害する相手を排除する武器使用も認められる。一方で、民間人を誤射したり、本格的な戦闘に発展したりする懸念も指摘される。
 自衛隊幹部は「武器を使用しないことが一番だが、使うとしても事態を悪化させない(部隊の)統制が重要だ」と語る。
 現在、南スーダンで活動する陸自PKO部隊は約350人。政府は重機などを使って道路整備や施設の補修をする「施設部隊」と位置づけている。警護対象者から救助要請があった場合、一義的には、現地の治安当局や治安任務にあたる他国軍の歩兵部隊が救援に駆け付け、陸自部隊の出動は現場が近かったり、治安当局などが手が回らなかったりするケースとされている。しかし、実際に陸自部隊に出動要請があった場合、断ることができるのかは不透明だ。
 昨年の安保関連法の国会審議中、「自衛隊で犠牲者が最初に出るとしたらPKO」と指摘する政府関係者もいた。特に事態が突発的に起きる駆け付け警護では、出動の可否の判断、武器使用を含めた現場の行動などを短時間で冷静に対処しなければならない。交代部隊の派遣まで約3カ月。急ピッチで課題を克服する必要がある。【町田徳丈】
南スーダンPKO 衝突続き内戦再燃も
 7月に首都ジュバで大規模な戦闘が発生した南スーダンでは、その後も一部で散発的な衝突が続くなど治安は極めて不安定で、内戦が再燃しかねない。13日には首都ジュバの南西約150キロのイエイ近郊でキール大統領派とマシャール前第1副大統領派がぶつかった。ロイター通信によると、民間人2人と兵士1人が死亡。イエイ周辺では戦闘が頻発しており、油田がある北東部の上ナイル州などでも「緊張が続く」(地元記者)一触即発の情勢だ。
 南スーダンでは内戦終結を目指し4月に統一暫定政権が発足した。だが、キール派とマシャール派の部隊統合や民兵の武装解除は停滞。7月の首都での戦闘は2013年末の内戦勃発以降、最悪規模となった。死者は300人を超えた。米国の援助関係者が狙われるなど治安は極度に悪化し、現地で活動する国際協力機構(JICA)関係者ら在留邦人は国外退避を強いられた。その後、キール氏はマシャール氏や同派の閣僚6人を解任。マシャール氏は隣国スーダンに脱出し、暫定政権は崩壊の危機にある。
 難民の発生も続く。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、7月の戦闘以降、新たに約8万3000人が隣国ウガンダなどに逃れ、国内外の避難民は180万人以上だ。
 国連安全保障理事会は12日、4000人規模の部隊をPKOに増派すると決議した。南スーダン政府は当初反発したがその後軟化。首都を逃れたマシャール派もPKO部隊の増派は歓迎する。だが報道担当者は「事態が打開されなければ首都に攻め込む構えだ」と内戦再燃も辞さない強気の姿勢を見せる。【ヨハネスブルク小泉大士】


外国人労働者が絶望する「ニッポンのブラック工場」の実態 安すぎる給料、過酷な労働条件…
日本の低賃金・重労働に絶望を募らせる外国人が増えている。外国人労働者の実態を取材した『ルポ ニッポン絶望工場』から、その一部を公開する――。
外国人労働者の悲鳴が聞こえる
近年、外国人の働く姿を見かける機会がますます増えてきた。
都会のコンビニエンスストアや飲食チェーン店では、外国人の店員が当たり前になった。建設現場でも、外国人作業員をよく見かける。田舎に行けば、農業や水産加工業などで外国人は貴重な戦力だ。
外国人が増えていることは統計でも明らかだ。
日本で暮らす外国人の数は昨年1年間で約11万人増え、過去最高の約223万人に達した。こうして増加した外国人の半分以上は「実習生」と「留学生」として日本にやってきている。実習生は15パーセント増えて約19万3000人、留学生も同じく15パーセントの増加で約24万7000人となった。私たちが普段見かける外国人労働者も、その多くは「実習生」や「留学生」として入国した人たちだ。
実習生と聞けば、日本に技術を学びに来ている外国人のように思われるかもしれない。しかし、実態は短期の出稼ぎ労働者である。留学生にも、勉強よりも出稼ぎを目的とする者が多く含まれる。
では、外国人の出稼ぎ労働者たちは、なぜ「労働者」ではなく、「実習生」や「留学生」として日本にやってくるのか。
少子高齢化によって、日本の労働人口は減り続けている。とりわけ体力が必要で賃金の安い仕事は働き手が不足している。しかし、「単純労働」を目的に外国人が入国することは法律で許されない。そこで「実習生」や「留学生」と偽って、実質的には単純労働者が受け入れられているのだ。
私が「外国人労働者」をテーマに取材を始めたのは2007年、ある月刊誌で連載を始めたことがきっかけだった。
すでに当時から、一部の職種で人手不足は深刻化しつつあった。外国人実習生の数は15万人を超えていた。実習生と同様、バブル期の人手不足によって受け入れられ始めた日系ブラジル人の出稼ぎも、全国で30万人以上に上っていた。翌2008年には、東南アジア諸国から介護士・看護師の受け入れも開始されることになっていた。
そうやって外国人労働者はどんどん増えているというのに、世の中の関心は現在にもまして低かった。
欧米諸国を見れば、外国人労働者や移民の受け入れは、国論を二分するテーマになっている。やがて日本でも、外国人労働者や移民の受け入れが大きな議論となるに違いない。そう考え、以来私は、10年にわたって外国人が働く現場を訪ね歩いてきた。
生臭さが充満する職場で…
私には今も忘れられない光景がある。外国人労働者の取材を始めた際、最初に訪れた北海道猿払村で目にした光景だ。
猿払村は、日本最北端の宗谷岬からオホーツク海沿いに少し下った辺りにある。人口は3000人に満たないが、ホタテの水揚げ量で全国一を誇る「ホタテの町」だ。ホタテの殻を剥く作業には人手が要るが、地元では確保できなくなっていた。そこで村では、約100人の実習生を中国から受け入れ、人手不足を補うことにした。
実習生の働くホタテの加工場は、殺風景な海岸にポツンとあった。そこに足を踏み入れた瞬間、私は思わず息を止めた。加工場には潮の香りとホタテの生臭さが充満していて、むせ返りそうだったのだ。
そんななか、中国人実習生たちは顔色ひとつ変えず、黙々とホタテの殻剥きに励んでいた。皆、20代の若い女性である。一緒に働く地元の日本人女性たちは60〜70代で、作業のスピードは明らかに実習生たちのほうが早い。
「実習生なしでは、この加工場、いや村はもうやっていけない」
加工場の経営者が漏らした言葉に、私は軽い衝撃を受けた。外国人労働者なしでは「やっていけない」職場が、日本のあちこちで増えていくに違いないと悟ったからだ。少子化による人手不足は、なにも猿払村や水産加工業に限った話ではないのである。
あのときの私の予感は現実のものとなった。コンビニや飲食チェーン店のような目につく職場だけではない。外国人頼みの現場は、むしろ私たちが普段、目にしない場所に数多く存在する。コンビニやスーパーなどで売られる弁当やサンドイッチの製造工場、宅配便の仕分け現場、そして新聞配達……。いずれも日本人が嫌がる夜勤の肉体労働ばかりである。
コンビニは24時間オープンしてもらいたい。
弁当はできるだけ安く買いたい。
宅配便は決まった時間にきちんと届けてもらいたい。
新聞は毎朝毎夕決まった時間に配達してほしい。
しかし、私たちが当たり前のように考えているそんな“便利な生活”は、もはや低賃金・重労働に耐えて働く外国人の存在がなければ成り立たなくなっている。いや、彼らがいなくなれば、たちまち立ちゆかなくなる。
そうした実態は、日本人にほとんど知られていないのではなかろうか。
「反日化」と「復讐」
取材を続けながら、私が強く実感することがある。それは就労先としての「日本」という国の魅力が、年を追うごとに低下しているという現実だ。
かつての日本は、世界第2位の経済大国として君臨していた。途上国の人々にとって日本は「夢の国」であり、その日本で働くことには憧れもあった。
しかし近年、アジア諸国を中心として多くの途上国が急速な経済成長を遂げた。ひとことで言えば、経済格差が縮まったのである。日本は「夢の国」から「安い国」へと転落し、カネを“稼ぐ”ための場所から“使う”ための国へと変わった。“爆買い”で有名になった中国人観光客を見れば、そのことがよくわかる。
日本に出稼ぎにやってくる外国人の顔ぶれも大きく変化した。かつて実習生や留学生の7割を占めた中国人は減少が止まらない。中国の経済発展で賃金が上昇し、日本への出稼ぎ希望者が減ったからだ。そして日系ブラジル人も、ピーク時の半分近くまで激減している。
代わって増えているのが、経済発展に乗り遅れた国の人々だ。
たとえば、ベトナム人である。
2010年末には約4万2000人に過ぎなかった在日ベトナム人の数は、わずか5年で約14万7000人と、10万人以上も急増した。ネパール人も約1万8000人から約5万5000人へと増えている。さらには、ミャンマーやカンボジアといった国々の出身者も増加中だ。彼らが今、「実習生」や「留学生」として増えている外国人労働者の正体なのである。
職業に貴賎はない。とはいえ、誰もがやりたがらない仕事はある。そうした最底辺の仕事を彼らが担っている。今後も、外国人頼みの職種は増えていくことだろう。老人の介護は外国人が担い、外国人の力なしにはビルや家も建たない時代が近づいている。
日本人の嫌がる仕事を外国人に任せ、便利で快適な生活を維持していくのか。それとも不便さやコストの上昇をがまんしても、日本人だけでやっていくのか。私たちは今、まさにその選択の岐路にいる。
貧しい国に生まれ育った外国人であろうと、彼らも同じ人間である。日本人にとって嫌な仕事は、彼らも本音ではやりたくない。これまで私は、日本に憧れてやってきた若者たちが、やがて愛想を尽かして去っていく姿を何度となく目の当たりにしてきた。“親日”の外国人が、日本で暮らすうち“反日”に変わっていくのである。
「実習生」や「留学生」だと称して外国人たちを日本へと誘い込む。そして都合よく利用し、さまざまな手段で食いものにする。そんな事実に気づいたとき、彼らは絶望し、日本への反感を募らせる。静かに日本から去っていく者もいれば、不法就労に走る者もいる。なかには凶悪な犯罪を起こす者すらいる。
自分たちを食いものにしてきた日本社会に対し、彼らの“復讐”が今まさに始まろうとしているのだ。
“奴隷労働”が支える新聞配達
「外国人技能実習制度」(実習制度)で来日した実習生が、日本でひどい待遇を受けているとの報道は多い。「実習」という名のもと低賃金・重労働の仕事に就き、しかも残業代の未払いやパスポートの取り上げといった人権侵害を受け、悪い企業の餌食になっているというのだ。欧米の人権団体などには、日本の実習生を「現代の奴隷」と呼ぶところまである。
しかし私に言わせれば、出稼ぎ目的の留学生たちが置かれた状況のほうが、実習生よりもずっとひどい。彼らは多額の借金を背負い入国し、実習生もやらない徹夜の重労働に明け暮れる。そうして稼いだアルバイト代も、留学先の日本語学校などに吸い上げられるのだ。
現在、日本で最底辺の仕事に就き、最も悲惨な暮らしを強いられている外国人は、出稼ぎ目的の“偽装留学生”たちだと断言できる。
実習制度の問題については頻繁に取り上げる新聞やテレビも、留学生の実態についてはほとんど報じない。確かに“偽装留学生”たちは「留学」と偽って日本で働こうとしたかもしれない。だが、そんな彼らを餌食にしているタチの悪い輩が存在する。日本語学校は留学生たちからボッタクり、企業は“奴隷労働”を強いている。にもかかわらず、メディアは知らんぷりである。
新聞やテレビが留学生問題に触れないのには理由がある。それは、そもそも新聞が、留学生たちの“奴隷労働”に支えられているからだ。
新聞配達は、人手不足が最も進んだ職種の1つになっている。留学生の存在なしには、配達すらできない現場も少なくない。とりわけ都会では、配達員がすべて留学生という新聞販売所まであるほどだ。
かつて都会の新聞配達といえば、地方出身の日本人苦学生によって成り立っていた。大手紙の新聞奨学生となれば、大学や専門学校の学費は負担してもらえ、そのうえ衣食住も保証された。しかし、最近では希望者が激減している。新聞配達の仕事では、真夜中から早朝にかけて朝刊、加えて午後には夕刊の配達も待っている。人手不足でアルバイトなど選び放題の時代、若者に敬遠されるのも当然だろう。
そうした日本人の働き手の減少を補っているのが、ベトナムをはじめとする途上国出身の留学生たちなのである。
もちろん、留学生が新聞を配達しようと構わない。しかし、新聞配達の仕事は「週28時間以内」では終わらない。つまり、留学生たちは初めから違法就労を強いられることになる。
こうした留学生の問題を紙面で取り上げれば、みずからの配達現場で横行する「違法就労」にも火の粉が及ぶ。そのことを恐れ、新聞は「留学生」がいくら日本でひどい目に遭っていようが、記事にしようとはしない。そして、新聞社と資本関係のあるテレビ局も、新聞に気を遣い、留学生問題については触れない。
新聞配達の現場で今、何が起きているのか。私は東京都近郊の朝日新聞販売所の経営者と交渉し、ベトナム人留学生の新聞配達に密着取材させてもらうことにした――。
ベトナム人が支える新聞販売所
午前3時、シーンと静まり返った住宅街に原付バイクのエンジン音が響いていた。ハンドルを握るアン君(20代)は、1年前にベトナムから来日し、日本語学校に通いながら新聞配達を続けている。
奨学生としての生活は厳しい。午前2時に起きて朝刊を配り終えた後、午前中は日本語学校で授業を受ける。そして午後から夕方にかけては夕刊の配達がある。その後、アパートに戻って夕食を食べ、日本語学校の宿題と向き合う。睡眠時間は毎日3時間ほどだ。仕事が休みになるのは月4日と新聞休刊日だけで、大晦日も元旦も配達があった。
「スピード、大丈夫ですか?」
バイクを後ろから自転車で追いかける私を気遣い、アン君がマスク越しに声をかけてきた。柄モノのマスクはベトナムに残した彼女からのプレゼントだ。
気温は零度近くまで冷え込んでいた。アン君の顔はマスクとマフラー、ヘルメットで隠れている。新聞配達の姿を見ても、彼が外国人だとわかる人はほとんどいないだろう。
配達する朝刊は約350部、夕刊が200部以上に及ぶ。外国人であっても、配達部数は日本人と変わらない。バイクのカゴと荷台に分けて積む新聞の重さは約20キロ。1回ではすべて積みきれず、配達の途中で販売所に戻って積み直さなくてはならない。
「朝、起きるのは大丈夫です。でも、雨の日は大変。風の(強い)日も大変です」
アン君はベトナムでも日本語学校に通っていたが、言葉はまだ流暢とは言いがたい。配達先の表札にも読めない漢字は多い。そのため仕事中は、いつも「順路帳」が手放せない。絵と記号を使って、配達の順路が記された帳面である。
バイクを止めては前のカゴから新聞を抜き取り、配達先のポストに入れていく。そんな作業が延々と続く。
4時半頃になると、空が白んできた。しかし、道行く人は皆無だ。聞こえてくるのは、他紙の配達員が運転するバイクの音だけである。そんななか、1軒の配達を終えたアン君が、踵を返して私に尋ねてきた。
「新聞配達がいちばん楽しい日は、いつか知っていますか?」
日本人の友だちは1人もいない…
答えに窮していると、彼は笑顔で言った。
「雪の日です。配達に10時間もかかりました」
最初は皮肉かと思ったが、配達を終えた後に話を聞いて理解した。
アン君は以前、大雪のなかで配達したことがあった。ベトナムの故郷では、ほとんど雪は降らない。何度もバイクで転んでしまったが、それでも配達をしないわけにはいかない。仕方なく歩いて配達していると、見かねた近所の人たちが次々と手伝ってくれたのだという。
日本にやってきてからずっと、アン君は販売所と日本語学校の往復だけの生活を送っている。接する機会のある日本人といえば販売所の従業員と日本語学校の教師や職員くらいで、日本人の友だちも一人もいない。そんな彼にとって、思わぬかたちで経験することになった日本人のやさしさが身にしみたのだった。
アン君が働く販売所では、数年前からベトナム人奨学生を受け入れてきた。販売所を経営する男性は、彼らの働きぶりに満足しているという。
「ベトナム人の若者は皆、真面目です。不着(配達漏れ)もほとんどなく、むしろ日本人よりも優秀。ベトナム人抜きでは、うちの店はもう成り立ちません」
男性の販売所には10の配達区域があるが、そのうち8つはベトナム人留学生の担当だ。確かに、ベトナム人抜きでは「成り立たない」状況である。
アン君は、朝日新聞販売所に奨学生を送り込む「朝日奨学会」に採用された後、この販売所に配属された。朝日奨学会では、彼のような外国人奨学生のことを「招聘奨学生」と呼ぶ。招聘奨学生となると、日本人の奨学生と同様、学費を負担してもらえ、アパートも提供される。
一方、販売所にとっては、日本人よりも外国人の奨学生を採用したほうが金銭的なメリットがある。日本人奨学生の場合、奨学金と給料、アパート代などで月25万〜26万円程度の負担となるが、外国人だと月4万〜5万円ほど少ない。外国人が通う日本語学校は、大学よりも学費が安いからだ。
そもそも、最近では日本人の若者で新聞奨学生を希望する者は少ない。珍しく希望者がいて採用しても、仕事が嫌になって短期間で辞めてしまうケースが多い。販売所を逃げ出しても、ほかにアルバイトはいくらでもある。
その点、外国人の場合は、途中で逃げ出す心配がない。人生をかけて来日している彼らは、簡単に日本を離れるわけにもいかない。販売所を辞めたところで、学費が免除され、しかも衣食住の心配もない新聞奨学生を上回るアルバイト先など、そうそう見つからないからだ。
社会人の日本人を雇えば、奨学金の負担はなくなる。ただし、販売所の仕事はアパート付きが基本だ。フルタイムで一人雇えば、首都圏では最低でも月30万円前後はかかってしまう。それでも日本人を雇いたい販売所は多いが、希望者は現れない。そのため仕方なく、外国人に頼る状況が生まれている。
新聞販売所で働く外国人留学生のなかでも、際立って多いのがベトナム人だ。とりわけ朝日新聞の販売所では、ベトナム人頼みの状況が著しい。朝日奨学会東京事務局が、組織的にベトナム人を奨学生として採用しているからだ。この2〜3年は毎年春と秋、100人単位での受け入れが続いている。ちなみに同事務局で採用する日本人奨学生は、1年で100人にも満たない。つまり、ベトナム人奨学生の数が日本人の2倍以上に達しているのだ。


井筒監督が「在日差別」描いた映画めぐるマスコミの差別的対応を暴露! 電通が土下座、産経は取材ドタキャン
 ヘイトスピーチ対策法が施行されてから2カ月ちょっと。しかし、同法が罰則などは設けない理念法であるためか、ネット上では今も露骨な差別表現が飛び交い、ヘイトデモも頻繁に行われている。
 それどころか、マスコミではむしろ逆の現象が続いている。反差別、反ヘイトの理念をもった映画やテレビが圧力や自主規制によって公開できない、放送できないという現象だ。
 映画監督の井筒和幸氏と、映画プロデューサーの李鳳宇氏が「ローリングストーン日本版」(セブン&アイ出版)2016年8月号のヘイト問題特集で、そんなマスコミの実態を語っている。
 2人は在日差別問題をテーマにした05年の大ヒット映画『パッチギ!』の監督とエグゼクティブプロデューサーとしてタッグを組んだ関係なのだが、改めてこの『パッチギ!』という作品をめぐって、既成のメディアがどれだけ腰が引けた対応を行っていたのかを暴露しているのだ。
 11年前の映画なので、覚えていない人のために、まずはざっくりとあらすじを説明しておく。舞台は1968年の京都。同地の府立東高校と朝鮮高校は反目し合って常日頃からケンカが絶えず、鉄ゲタなどの凶器を用いて殴り合うなどの暴力が横行していた。その背景には、もちろん、日本人による在日コリアンへの差別や、それに対する朝鮮高校の生徒たちの怒りがある。そんななか、ひょんなきっかけで塩谷瞬演じる松山康介が沢尻エリカ演じるリ・キョンジャに一目惚れ。時に二人は国籍の壁によって引き裂かれそうになったりもするが、それでも恋の力をバネに周囲も巻き込みながら相互理解を深めていくという青春映画である。
 2007年にはキャストを一新して続編となる『パッチギ!LOVE&PEACE』が公開。ここでは、舞台が1974年の東京に移り、女優への道を歩み出したリ・キョンジャ(沢尻エリカに代わり、二作目では中村ゆりが演じている)が芸能界における在日差別の壁に苦しんだりと、前作の登場人物たちが大人になってぶち当たる困難が描き出されていた。
 前述の対談では、まずプロデューサーの李氏がテレビCMを打とうとした時に直面したトラブルをこう明かす。
「『パッチギ!』公開の時ってワールドカップの予選をやってたんですよ。で、日本対北朝鮮戦にスポットCMを打とうとしたんです、沢尻エリカ演じるリ・キョンジャが鴨川沿いで『このままずっと私と付き合って結婚したら、あんた朝鮮人になれる?』って言うシーンの。で、CMを作り考査も通ったんですけど、オンエアの1週間ぐらい前に、電通の人とテレビ朝日の部長が訪ねてきて『変えてくれないか』って。でもあの台詞があの映画を象徴している言葉なので『変えられない』って何度も断ったんですが、最後は『自分たちはこのままじゃクビになっちゃう』って言って帰られないんですよ。もう土下座みたいな感じで……参ったなと思って」
 このシーンは、それまでも何となく好き合っているという空気はあったものの、完全な恋仲ではなかった二人が遂にお互いの恋心を理解し、それと同時に、この恋には障壁があるということを理解するシーンだ。確かに、この映画のなかで最も重要なシーンである。ただ、あくまでも画としてはロマンチックなシーンであり、街中の建物が破壊されるパニック映画やゾンビがうごめくホラー映画のCMは何の問題もなく、これがダメというのは、理解しがたいメディアの保守性を象徴するようなエピソードである。
 ただ、メディアのダメさを表すエピソードはこれだけにとどまらない。李氏は続けてこんな思い出を語る。
「それと、監督に名古屋のラジオに出てもらった時の話もすごかった(笑)」
「そのラジオ番組のスタッフの方が、“いやー素晴らしかったですよ、泣きました”って言ってね。“映画の話をして、じゃあこの辺で1曲”っていう流れだったんです。事前にリクエストしていたわけです。もちろん『イムジン河』を。そしたら“『パッチギ!』、素晴らしい!”って言ってたその人が、“いや『イムジン河』は流せないんですよ”って(笑)」
「ちょっと待ってください。これ、流しちゃいけない歌なんかないっていう映画なんだよ。その映画を観て、素晴らしいって言ってくれたのに、今まで語ってきたこと全部、吹っ飛びますよ、って(笑)」
 ここで語られる「イムジン河」は、言うまでもなく、朝鮮歌謡の原曲をザ・フォーク・クルセダーズが日本語に訳して歌い話題となった名曲。北と南で故郷が分断された朝鮮半島の悲しみを歌ったこの曲は、政治的配慮から当時、発売中止および放送自粛の憂き目にあっている。
 映画のなかで主人公は、大友康平演じるラジオ局のディレクターに誘われ、素人参加の歌番組で「イムジン河」を弾き語りすることになるのだが、いよいよ出番という段になってプロデューサーから「これは北朝鮮の歌だ」とストップがかかる。そこで大友康平は「歌っちゃいけない歌なんてないんだ!」と怒鳴って上司であるプロデューサーをボコボコに殴ったうえスタジオから締め出し、放送を強行するという感動的なシーンがあるのだが、これとまったく同じ自粛が、21世紀に入ってからも残り続けていたという、もはや苦笑するしかない話である。結局、映画とは違い、現実ではそのまま放送は自粛となってしまったらしい。
 そして、極めつきは、映画に関して取材を申し込んでおきながら、映画の内容を見て急にドタキャンしてきたメディアまであったということだ。二人はこう語っている。
李「産経新聞なんてインタヴューを申し込んできて、やっぱり無理ですって言ってきて。なぜですか?って聞いたら、上から“うちの社は、強制連行は無かったという方針なので掲載できません”と。思い返すと、そういうことばっかりだったんですよ」
井筒「やっぱりスゴい新聞社でほんとに笑った」
 産経新聞のひどさは井筒監督にして「スゴい」と皮肉を言わせるほど一貫していたものであったわけだが、一連の軋轢から李氏はこんな感想を漏らす。
「結局、メディア側の人たちが最も臆病で、最も何かを変えたくない人たちなんだなっていうのは凄く身に染みてわかりましたね」
 そのようなマスコミの差別意識に関する遅れは、これまで挙げてきたような広告や報道の世界だけではない。芸能界も同様だ。先ほど紹介した通り、続編となる『パッチギ!LOVE&PEACE』では、女優となったリ・キョンジャが徹底してその出自を隠すことを迫られたり、在日であることが分かると一斉にバッシングが起こるという理不尽な状況が描かれる。同対談で井筒監督はこのように語る。
「実際、映画界もテレビ界も多いし、露骨だよ。10年前、『パッチギ!』の時でも、キャンペーンでテレビにたくさん出たけど、控室にいたらプロデューサーが『監督! 映画、すごいっすねぇ』って来てね。『ありがとうございます』言ったら、『僕らも若い時にチョン高のヤツら、殺してやろうかと思いましたよ。まんまですもんね、この映画』って。それ、ただの懐かしさだけで片付けてんのか? って(笑)」
 差別があった過去を振り返り、その反省をこれからの未来につなげようという映画のメッセージがこのプロデューサーには何も伝わっていなかったわけである。
 芸能界における差別意識はひどいものだ。「キネマ旬報」(キネマ旬報社)07年5月15日で井筒監督はこのようにも語っている。
「芸能界というのは、いい加減な社会の縮図ですよ。突飛なことをすれば撥ね除けられ、朝鮮人だと分かるとスポイルされる。力やコネクションを持った人だけが生き残る。これは典型的な日本社会の縮図です。でもキョンジャのような在日の若い子たちは、OLや銀行員にはなれませんから、ホルモン屋で働くか、華やかなことをしたいと思うと芸能界に入るしかない。その芸能界は、何か共同体が生まれるわけではなくて、自分の出自を隠して絶えず孤独に晒される、ゲットーみたいなものなんです。そのことを描きたかった」
 井筒監督のフィルモグラフィーをたどっていくと、初の一般映画にして出世作である『ガキ帝国』にも在日コリアンが登場したりと、『パッチギ!』のみならず、差別があるという現実とその差別を強いられている人々の姿を描こうとしてきたが、彼はその理由を前述「ローリングストーン日本版」の対談でこのように語っている。
「運命というか、宿(しゅく)ですね、これが例えば東京の高級住宅街・成城で生まれたとしたら、宿命じゃなかったでしょうね。ところが、関西には在日の人間って数多くいるから、物心ついた頃から近所に在日の人がおって、ブタの飼育ゴミ集めとかしてたわけよ。何の隔たりもなく、普通に接してた」
 彼が不当な差別を受けている人々に勇気を与える作品をつくり続けているのは、そんな子どもの頃の思い出があったからなのである。
 ところで、『パッチギ!』には、「俺はセックスと暴力が描かれてこそ映画だと思ってる」(「週刊文春」12年6月14日号/文藝春秋)という井筒イズム溢れる突出した暴力描写が多く登場する。
 対立する高校生同士のケンカシーンでは、口いっぱいにビー玉を含ませた状態で顔を殴りつけたり、ボコボコにされてのびてしまった相手に放尿したうえセメントを浴びせかけたり、見ているだけで痛みが伝わってくるような描写が多く登場するわけだが、これにも井筒監督のメッセージが込められている。「オリコン」(オリコン)05年2月7日号で監督はこのように語っている。
「“ケンカしたらあかんで、いいかげんにしときや”って映画なんです。今の日本人は、日本の視点だけでものを見すぎているんじゃないか、アジアの他の国があるから日本がある、人間も自分がいて他者がいて両者があって、それで生きている。それを僕と李鳳宇プロデューサーは伝えたかった」
 しかし、ヘイトスピーチが大手をふって流通している一方で、こうした表現は自主規制によってますます居場所をなくしつつある。ヘイトスピーチ規制法ができても、この国の状況はますます悪化している。(新田 樹)


岡田氏、妻に言われたらショック 「つまらない男」巡り
 民進党の岡田克也代表は25日の記者会見で、蓮舫代表代行から「つまらない男」と評されたことに関し「妻に言われたらショックを受けるが、蓮舫さんは冗談のつもりだし、性格もよく分かっているのでショックはない」と語った。
 蓮舫氏は23日の日本外国特派員協会の記者会見で「岡田代表が大好きだ。ただ(執行部で)1年半一緒にいて、本当につまらない男だと思う」などと述べた。
 岡田氏は、23日夜に蓮舫氏から「ユーモアのつもりだったが、そうは伝わっていないようで申し訳ない」と電話で陳謝されたと明かし、「全然気にしていない」と応じたという。

XPP続き→トラブル/ワードとパワポでクタクタ

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Pokémon Go au volant: une femme meurt au Japon
Une femme est morte au Japon après avoir été fauchée par un automobiliste qui jouait à Pokémon Go, selon la police. C'est le premier accident mortel de ce type dans l'archipel selon les médias.
Keiji Gooh, un agriculteur de 39 ans, a été arrêté pour avoir renversé deux femmes hier soir dans la ville de Tokushima (ouest), alors qu'il chassait des Pokémon tout en conduisant, a indiqué un porte-parole de la police à l'AFP. Une des victimes, âgée de 72 ans, est décédée des ses blessures, tandis que l'autre, 60 ans, a été gravement blessée.
Il s'agit du premier accident mortel pour cause de Pokémon Go au volant, a précisé l'agence de presse Jiji. Elle a recensé 79 accidents de circulation (véhicule ou vélo) au Japon liés à la pratique de ce jeu au succès planétaire, qui a conquis des millions d'adeptes depuis son lancement en juillet. Partout dans le monde, les autorités ont lancé des appels à la prudence, certains utilisateurs étant prêts à tous les risques pour attraper des Pokémon.
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中居正広のミになる図書館 最新ワケあり物件&新企画「貴方もある日突然犯罪者に」
中居正広が“ミ”になる情報をお届け!
知らずに住みたかった物件 知ってしまったら気になってしょうがない! 家賃は激安なのに…最新ワケあり物件 新企画 「あなたもある日突然加害者に」 歩きスマホにSNS 日常で普通にやってしまっているその行動が 犯罪になったり多額の賠償金を支払う可能性がある! あなたの行動は大丈夫?段田安則&鈴木浩介が愛してやまない 大人気こってりラーメン 週2回は通う! と豪語する鈴木浩介が 茫然自失となってしまう衝撃の知らなきゃ良かったを発表
中居正広 劇団ひとり  清水俊輔 段田安則 鈴木浩介 池田美優 吉村崇(平成ノブシコブシ) ヒロミ 佐藤勝利(Sexy Zone)


昨日に続いてXPPです.一応うまくできたのですがSAC→STCでトラブってしまいました.でもとりあえず無事?終わったので一安心です.
お昼からはワードとパワーポイントでパワーアップ資料つくりです.パソコンに向かって1日過ごしてクタクタです.

「交付金受領後に退社要請」被災農家が会社提訴
 東日本大震災で被災した名取市の農家の男性(76)を役員に招いた白石市の農作物生産販売会社「蔵王グリーンファーム」が国の交付金で農業施設を整備した後、男性に退社を求めたとして、トラブルになっていることが23日、関係者への取材で分かった。
 退社を求められたとされる男性は「交付金目当ての誘いだった」と批判。地元での営農再開が難しくなったとして、同社に損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。
 宮城県や白石市によると、同社は2011年度、被災者の参加を要件とする「東日本大震災農業生産対策交付金」を受領。国や県から計約1億円の交付金を受け、ビニールハウス132棟や出荷施設を建設した。
 訴えによると、同社幹部が震災直後、知人だった男性を役員に招き入れて事業を立ち上げた。男性は交付金で整備されたハウスを使い、妻や仲間と野菜を栽培し、多い月は約800万円を売り上げたという。
 同社は15年3月、「年齢的に退社する時期だ」「1カ月後に退職して」と明記した「退社願い」を男性方に一方的に送付した。男性は翌日以降、出社しなかったが、報酬はその後も支払われ、会計検査院が事業の完了確認を終えた同年6月以降、支給が止まった。
 県農産園芸環境課によると、交付金で整備した施設は事業を実施した同社の所有となる。県の担当者は「交付金支給の要件に『被災農家の参加』があり、本来は『退社願い』を出すべきではなかった」と言う。
 交付金申請には男性の名義が使われた。男性が居住地の名取市で同様の交付金を申請しても、既に受けた実績があるため、通常は認められないという。
 男性側は「交付金が受けられなければ地元で営農を再開できない」と訴え、今年4月、計約1790万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。
 蔵王グリーンファームの幹部は河北新報社の取材に「人助けをしたいという純粋な思いで声を掛け、男性の身分は現在も役員のままだ」と説明。「退社願い」を送ったことについて「経営方針を話し合う場を持ちたいとの趣旨で、実際に退社は求めていない」と話す。
[東日本大震災農業生産対策交付金]被災した農家が営農再開に向けビニールハウスや農業機械を整備する際、国が事業費の2分の1を上限に交付する。都道府県が上積みできる。交付対象は農家5戸以上で組織する団体や農業生産法人など。被災者が半数以上を占めるといった条件がある。


<台風9号>白石で鉄砲水 住宅全壊
 台風9号は23日、東北を縦断した後、各地に爪痕を残した。奥州市では突風が発生し、住宅などが破損。白石市では沢の鉄砲水による流木が住宅を直撃し、1棟が全壊した。青森、宮城、山形3県の計9市町村が出した避難勧告は23日午前までに、解除された。
 奥州市胆沢区では22日午後10時ごろ、突風が発生。倒木で民家3棟が一部破損、車庫や牛舎など9棟が倒壊したり、トタン屋根が剥がれたりした。けが人はなかった。盛岡地方気象台は23日、竜巻の可能性があるとみて現地を調べた。胆沢区ではほかにブルーベリーや梅の木が倒れる被害もあった。仙台管区気象台は24日、大崎市でも突風が起きたとみて現地調査する。
 白石市によると、22日午後8時ごろ、同市福岡深谷の住宅1棟が、大雨で増水した裏手の沢から流木や土砂などが流れ込んで全壊した。住宅には当時2人いたが、逃げて無事だった。
 仙台市では台風が去った後の23日午後、一部地区で再び大雨に。前日の避難準備情報を解除した後の午後6時20分、氾濫の恐れがあるとして泉区の七北田川沿岸に避難勧告を発表。青葉区大倉地区に再び避難準備情報を出した。いずれも午後9時までに解除した。
 青森、山形両県の住宅など7棟が床上浸水。青森、秋田、山形の3県、10市町村の26棟が床下浸水した。
 米沢市の滑川温泉と姥湯温泉は22日夜、道路の土砂崩れで宿泊客らが一時孤立状態となったが、23日に解消された。
 岩手県岩泉町の観光地「龍泉洞」は23日、大雨による増水で閉鎖。再開は約1週間後になる見通し。


<復興へのペダル>自転車 観光振興の軸に
◎ツール・ド・東北2016を前に(1)石巻(上)
 東日本大震災で被災した宮城県沿岸部を自転車で巡る「ツール・ド・東北2016」(河北新報社、ヤフー主催)は9月17、18両日に開催される。大会は今年で4回目を迎え、会場となる石巻、気仙沼、女川、南三陸の2市2町では、まちづくりに自転車を生かそうと取り組みが始まっている。観光振興や外国人旅行者の誘客などに励む現場を訪ねた。(ツール・ド・東北取材班)=5回続き
<日常の変化 実感>
 石巻市の街中からリアス海岸へ、色鮮やかなウエアのサイクリストたちがロードバイクで風を切っていく。
 「めったに見なかったスポーツタイプの自転車がここ数年で珍しくなくなった。愛好家から石巻が知られてきているのではないか」
 ツール・ド・東北の開始から4年、石巻観光協会長の後藤宗徳さん(57)は日常の変化を実感していた。
 経営する石巻グランドホテルの入り口付近に、自転車を立て掛けるサイクルラックを置いた。客室には自転車を持ち込める。「イベント開催時にとどまらず、春、夏、秋の3シーズンを自転車で楽しんでもらえるようになればいい」と期待を寄せる。
 市内では、自転車イベントが盛り上がりを見せる。
 2014年には、「ポタリング牡鹿」が始まった。石巻市中心部から牡鹿半島や宮城県女川町を回るコース約85キロ。1泊2日で、風光明媚(めいび)な景観や、復興プロジェクトを見る。
 東京の建築家千葉学さん(56)が被災地支援で通ううち、趣味の自転車で牡鹿半島を回る観光を思い立ち、同市の一般社団法人「ISHINOMAKI2.0」に持ち掛けた。ツール・ド・東北を主催するヤフーの協力も得て回を重ねる。
 毎回40人ほどの参加者は、7割近くが東京から。事務局を務める2.0の小泉瑛一さん(31)はツール・ド・東北への参加をきっかけに自転車が趣味になった。「車だと見逃してしまう景色や興味深い場所、建物を自分のペースで楽しめる」と魅力を語る。
<利便性を高める>
 ツール・ド・東北は年々規模を拡大し、15年は前年を500人ほど上回る約3500人が参加。入場が自由のフードイベントには約1万5000人が訪れた。
 今年は、通年型サイクルツーリズムの推進を目指す石巻市の意向を受け、牡鹿半島を10人一組で走るチャレンジグループライドを新設する。市は、出場者へのアンケートでニーズを把握し、環境整備に生かす。
 サイクリスト向けの案内板をルート沿いに取り付けたり、サイクルラックを複数箇所に常設したりして、利便性を高める。市観光課の中村恒雄課長は「県や周辺自治体とも連携して、サイクルツーリズムの可能性を探りたい」と話す。
 国内では、愛媛、広島両県をつなぐ「瀬戸内しまなみ海道」や、滋賀県の琵琶湖を一周する「ビワイチ」がサイクルツーリズムの先進地と目される。「いずれは三陸も国内を代表するコースになってほしい」。関係者は前を見据える。


<仮設商店街>閉鎖前に感謝の特産品セット
 宮城県気仙沼市鹿折地区の仮設商店街「鹿折復幸マート」の店主たちが、9月7日で商店街が閉鎖するのを前に、地元物産品を詰め込んだ「ありがとうセット」を販売している。仮設営業を支え続けてくれた顧客に感謝の気持ちを込めた。
 セットは、地酒やフカヒレスープ、熊本県産のお茶など8品を厳選した大(4000円、税込み)と7品が入った小(3000円)の2種類。養殖用ブイを加工して作ったプランターの中に詰め込み、感謝を伝える手紙も添えた。
 塩乾物や土産品を扱う小野寺商店の小野寺由美子さん(51)が企画し、酒屋と茶販売店、飲食店が賛同した。ボランティアで店を訪れたことがある人々からの注文が多く、小野寺さんは「人も光もないところから仮設商店街を始めて4年余り、多くのご縁に支えられた」と感謝しきりだ。
 4店は仮設商店街が閉店した後、再建用地の整備が間に合わないといった理由で店を当面構えることができない。小野寺さんは「本格再建するまでお客さんとのつながりを大切にしていきたい」と話す。
 注文は31日まで。連絡先は小野寺商店0226(22)9085。火曜定休。


東北被災地に京都学生の地蔵
津波で大きな被害を受けた宮城県の岩沼市で整備が進む公園「千年希望の丘」に京都の学生たちが制作した手彫りの地蔵が設置されることになり24日、除幕式が行われました。
宮城県岩沼市の「千年希望の丘」では市民らの植樹によって緑の防潮堤の整備が進められているほか津波で流された土砂やがれきを積み上げた避難用の丘が設けられています。
24日、被災した人たちを励まそうと京都の学生たち3人が石を彫ってつくった地蔵が設置され除幕式が行われました。
贈られた地蔵はあわせて3体でおよそ10か月かけてすべて手で彫られていて最も大きいものは高さがおよそ1メートルあります。
地蔵は海の方向に手を合わせるように立てられて訪れた人たちに親しんでもらおうと柔らかい表情に仕上げたということです。
制作した京都伝統工芸大学2年の田中芙磨さんは「被災地のことを思いながら彫り続けました。みんなになでてもらえるように背を低くしたのでぜひ触れてほしいです。
」と話していました。
地蔵を見た被災地の女性は「かわいらしい顔をしていて気に入りました。遠い京都から被災地のことを思ってくれていてとてもありがたいです」と話していました。


着陸帯抗議で負傷者 全ての責任は政府にある
 米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)に対する阻止行動で、機動隊の強制排除により2人の負傷者が出た。過度の警察活動に自制を求めるとともに、改めて政府の責任を指摘したい。
 住民、市民との激しい対立を生んだ原因者は政府だ。反対の声を無視し工事を強行したことが負傷者を出す事態を招いた。緊迫を深める局面を放置し、なお住民との対話を拒んだまま新たな負傷者、重大事故を招くことがあれば、全ての責任は政府にあることを指摘しておく。
 機動隊ともみ合う中で高齢の女性1人が指を切り、男性1人が胸に打撲を負った。着工後の緊急搬送は計5人となった。
 工事車両を止めようと公道に立ちふさがる。あるいは路上に車を駐車し車両の通行を阻む。こうした状況に機動隊が、市民や車両を排除する最小限の対応を取るのはやむを得ないかもしれない。それでも反対行動の市民を負傷させる過剰対応があってはならない。
 住民に負担を強いる基地建設に反対することは憲法が保障する権利だ。警察官職務執行法は警察職権に「必要な最小限度の行使」のたがをはめ、「濫用(らんよう)があってはならない」と戒めている。
 そもそも500人もの機動隊を投入し、県道を封鎖するなどの警察活動に対しては「明らかに必要最小限度を超えた市民活動の抑圧であり、基本的人権の尊重の観点から憲法違反の疑いがある」と憲法学の専門家は指摘している。
 2人が負傷した今回の事態の中で、機動隊の車両と隊員に囲い込まれた大勢の市民は、炎天下で2時間近くも行動を制圧された。
 飲み物もなくトイレにも行けない状態で長時間「監禁」したことは人権無視の批判を免れない。
 先日は本紙記者が現場から排除、拘束される事態もあった。報道の自由、知る権利の侵害、基地建設に反対する市民の表現の自由の侵害と、憲法違反を疑われる事態が続いている。
 県民の反対を無視し、あくまで建設を強行する政府の下請け機関の立場に、警察は自らをおとしめてはいないか。
 「個人の権利と自由を保護し、公共の安全と秩序を維持」(警察法第1条)することが民主警察の在るべき姿だ。基地建設の「国策」防護に偏り、「個人の権利と自由の保護」を忘れては国民、県民の信頼は得られない。


技能実習生/労働力代わりでいいのか
 人手不足を背景に、製造業や農林水産業などで外国人技能実習生の受け入れが広がっている。
 実習生は最長で1〜3年、報酬を得ながら働いて、技術や専門知識を学ぶ。工場や農場などに限られるが、経済界の要望もあり、受け入れ先は拡大傾向にある。
 ただ、実習生の不当待遇は深刻だ。過酷な労働環境や日本の生活習慣になじめないなどの理由から、行方をくらます実習生もいる。法務省によると、2015年中に約5800人が実習先から失踪している。実習生の受け入れに力を入れるのであれば、態勢づくりが急務だ。
 実習生は15年10月時点で全国で約16万8千人で、前年から約2割増えた。兵庫県内は約5千人で、外国人労働者全体の24%を占めるが、郡部では半数以上が実習生という地域も少なくない。特にベトナムからの実習生が急増している。
 厚生労働省によると、15年の立ち入り調査では、実習生を受け入れている5173事業所のうち、7割に当たる3695事業所で労働基準法などの法令違反があった。長時間労働が最も多く、中には月169時間という違法な時間外労働もあった。書類送検されたケースも46件あり、前年の1・7倍に上った。
 兵庫でも、123事業所のうち7割で法令違反があった。書類送検されたケースはなかったが、長時間労働や残業の割増賃金未払いなどの違反は後を絶たない。悪質な事業所の摘発を徹底したい。
 成長戦略の一環として、政府は受け入れ拡大に積極的だ。兵庫県も、外国人旅行客の急増などで人手不足の状態にあるホテル・旅館で、実習生の受け入れ期間を現在の最長1年から3年にするよう、国に規制緩和を求めている。
 ただ、実習生はあくまでも新興国への技術移転や人材育成が目的だ。日本は単純労働者の受け入れを認めておらず、「実習」という名目で労働力の代用になっている面は否めない。人権問題として海外からも厳しい目が向けられている現状を放置してはならない。
 日本人住民とのトラブルの不安や、対応できる職員の不足などで、自治体からも受け入れ拡大には戸惑いの声が上がる。受け入れるのなら、国が労働者としてきちんと処遇する法整備に踏み切るべきだ。


福島の除染 国費投入の理由がない
 なし崩しの東京電力救済は許されない。
 東電福島第1原発事故による帰還困難区域の除染費である。政府が「復興拠点」を設けて国費を投入して集中的に除染し、インフラ整備も一体的に進める方針を固めた。5年後をめどに避難指示の解除を目指すという。
 帰宅困難区域は放射線量が年間50ミリシーベルト超と高く、原則立ち入りが制限されている。避難対象の住民は約9千世帯の約2万4千人に上る。これまで本格的な除染作業は行われていなかった。
 東電が負担する除染費用は政府が2013年に試算した2・5兆円から、本年度までに2・9兆円に膨らんでいる。帰宅困難区域を含めると最終的には大幅に増える可能性がある。
 帰りたくても帰れない住民のため、政府が除染を急ぐ方針には異存はない。それでも除染費用は東電が原則負担することになっていたはずである。安易に国民負担に寄り掛かるべきではない。
 東電の責任を曖昧にはできない。他の地区の除染費用と同様、一時的には費用を国が肩代わりしても、東電に請求するべきだ。
 東電は迅速な事故処理より経営の維持を優先する姿勢を明確にしている。
 東電ホールディングスの数土文夫会長は先月下旬の記者会見で、事故の賠償や除染費用が想定を上回る可能性が高まったとして、政府に負担を求める方針を明らかにした。国費投入は政府が要請を受け入れたことになる。
 会見で数土会長は、電力自由化による競争激化や、柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働の遅れ、電力需要の減少など経営環境の変化を理由に挙げている。除染など費用の上振れは「経営に多大なインパクトを与える」という。
 そうした経営上の理由が、なぜ国費を投入する理由になるのか。東電は16年3月期決算で1400億円超の純利益を計上した。除染を進める責任の一部を放棄する理由は現時点で見当たらない。
 東電は第1原発の建屋地下にたまる高濃度汚染水への対応でも、責任感のなさを露呈している。
 原子力規制委員会は汚染水が津波などで外部に流出するリスクを懸念し、タンクなどを増設して処理を加速するよう東電に要請。東電はこれを拒否し、今後数年かけて段階的に処理をする従来方針を繰り返している。
 事故を起こした企業として何を最優先するべきなのか。改めて自問しなければならない。


東電は汚染水問題の判断欠如 規制委が定例会見で苦言
 東電福島第1原発の汚染水対策「凍土遮水壁」に明確な効果が出ていないと指摘されている問題に関し、原子力規制委員会の田中俊一委員長は24日の定例記者会見で「国費が出て経産省の所掌だが、東電が責任を持つのが基本だ。染水問題について自ら判断する姿勢が欠けている」と述べた。汚染水処理の速化を求める規制委に対して、数年かけて進めるとの従来方針を譲らない東電に苦言を呈した。
 世耕弘成経産相は同日「凍土壁の効果は表れ始めている」との認識を示したが、田中氏は「経産相は凍土壁だけで議論しているようだが、規制委は(廃炉全体を)広く、長期的な視点で見ていく必要がある」と指摘。


流入の雨水で「放射性物質」濃度上昇 福島第1原発・K排水路
 東京電力は23日、福島第1原発の1〜4号機建屋の西側を通る「K排水路」で、流れ込んだ雨水から、ストロンチウム90などベータ線を出す放射性物質を1リットル当たり2300ベクレル検出したと発表した。過去最高値を更新した。東電は台風に伴う降雨で汚染土砂が流れ込み、濃度が上昇したとみている。
 東電によると、K排水路は第1原発構内の雨水などを集めて、港湾内に排出している。検出は22日午後9時30分ごろで、同日午後11時40分ごろの分析では、740ベクレルまで下がっていた。東電は、同排水路の水から3000ベクレル以上の放射性物質を検出すると、排水を停止する運用基準を定めている。第1原発では同日午後2〜11時ごろ、断続的に雨が降り、総雨量は約60ミリだった。
 K排水路では原発事故以降、降雨のたびに汚染雨水が流入し、外洋に流出するトラブルが起きている。東電は3月、排出先を港湾内に付け替えており、外洋へ流出することはないとしている。


長崎被爆者、首相に抗議文 米紙報道「事実なら遺憾」
 長崎の被爆者5団体は24日、オバマ米大統領が検討しているとされる核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相が米側に反対の意向を伝えたとする米紙報道を「事実であれば、極めて遺憾」とした文書を安倍首相らに宛てて郵送すると発表した。核兵器禁止条約の早期制定に力を尽くすことも求めた。
 国連の作業部会は19日、核兵器を法的に禁止する措置について、2017年からの交渉開始を国連総会に求める報告書を採択した。5団体の文書は採決を棄権した日本政府を「卑劣」と非難。「『世界唯一の核兵器被害国日本』の肩書は信頼を失っている」と指摘した。


核兵器禁止条約/被爆国として積極姿勢を
 核兵器ほど人道に反する兵器はない。それは広島、長崎の被爆者の痛切な思いであり、世界中の多くの人が共有する考え方だろう。
 ところが唯一の被爆国である日本は、核兵器の開発や実験、使用などを禁止する条約の制定に消極的な姿勢を見せている。「核廃絶」の訴えと矛盾した態度と受け取られても仕方がない。
 核軍縮に関する先日の国連作業部会で「核禁止のための法的措置」が議論され、2017年の交渉入りを国連総会に勧告することに100カ国以上が賛意を示した。同時に、勧告方針を含む報告書の採択も賛成多数で可決した。
 交渉入りの時期を初めて明示したことに、被爆者団体などから評価する声が上がる。
 だが、日本は欧州諸国などとともに勧告に反対の立場を取り、報告書の採択では棄権に回った。東南アジア諸国やオーストリアなどの賛成国と距離を置き、「反対派」とみなされる状況だ。
 米国の「核の傘」に安全保障を依存している現実を踏まえ、段階的に核廃絶を目指す−。それが日本の基本的な考え方とされる。
 ただ、そうした姿勢は国際社会の流れに沿ったものとはいえない。
 「核なき世界」を提唱するオバマ米大統領は、核兵器を先に使用しない「先制不使用」政策の採用を検討しているという。これに対して安倍晋三首相が米軍高官に反対の意向を伝えたとする報道がなされた。
 首相は否定しているが、そもそも日本は先制不使用を歓迎していないとされる。前向きに受け止める広島、長崎両市とのずれが目立つ。
 世界には1万5千発以上の核兵器がある。1980年代の7万発超からみれば削減が進んだが、核保有国の米国とロシアの対立、北朝鮮の核開発などで緊張は高まっている。
 核の抑止力の現状を追認するだけでは、廃絶は実現しないだろう。まずは「絶対悪」とされる核の禁止に向けて各国が足並みをそろえることが重要だ。その上で削減について具体的な協議を進める。反対や棄権では一歩も前に進まない。
 政府は核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任する。ならば核保有国を説得して条約の実現に力を尽くすべきである。それでこそ被爆国にふさわしい対応といえる。


「ポケモンGO」初の死亡事故、39歳男逮捕=運転中プレー、女性はねる−徳島県警
 23日午後7時25分ごろ、徳島市方上町の県道で女性2人が車にはねられる事故があり、病院に搬送されたが1人が死亡、1人が重傷を負った。徳島県警徳島東署は自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)容疑で、運転していた農業五王敬治容疑者(39)=同市南二軒屋町=を現行犯逮捕した。県警によると五王容疑者は、スマートフォン用ゲームアプリ「ポケモンGO(ゴー)」をしながら運転し、「前を見ていなかった」と供述している。
 警察庁によると、運転中にポケモンGOで遊んでいたことが原因とみられる交通死亡事故は初めて。
 県警によると、美容師中西幸子さん(72)=徳島市北山町=が頸椎(けいつい)損傷などにより病院で死亡が確認され、パート従業員井川佳代子さん(60)=同=が肋骨(ろっこつ)などを折る重傷を負った。2人は散歩中で、道路を横断していたところ、走行して来た五王容疑者の軽四ワゴン車にはねられた。
 現場は片側1車線の直線道路で、信号はなかった。五王容疑者は仕事を終え帰宅する途中で、事故当時、時速50キロ程度で走行していたとみられる。県警は容疑を過失運転致死に切り替え、詳しい事故の状況を調べる。


イタリア中部でM6.2の地震 少なくとも38人死亡
イタリア中部で日本時間の24日午前、マグニチュード6.2の地震があり、ロイター通信などは、政府当局の担当者の話としてこれまでに少なくとも38人が死亡したと伝えています。
アメリカのUSGS=地質調査所によりますと、24日午前3時半ごろ(日本時間24日午前10時半ごろ)、イタリア中部でマグニチュード6.2の地震がありました。震源地は首都ローマの北東およそ100キロで、震源の深さはおよそ10キロと推定されています。
ロイター通信などはイタリア政府当局の担当者の話として、これまでに少なくとも38人が死亡し、150人の行方がわかっていないと伝えています。
震源地から近い中部ラツィオ州のアマトリーチェの町の様子を撮影した映像からは、多くの建物の屋根や壁が完全に崩れ、大量のがれきが道路に散乱している様子が確認できます。
現地では救助隊などが、がれきの下に取り残された人たちを助け出す作業を進めていますが、現場付近が山あいのため、救助活動や被害状況の把握が難航しているということです。
ローマにある日本大使館によりますと、今回の地震を受けて周辺の地域に住む日本人の安否を確認していますが、今のところ被害の情報はないということです。
イタリアでは北部から中部にかけてこれまでも地震が相次ぎ、このうち2009年にはマグニチュード6.3の地震がおき、300人以上が死亡しました。
被災地の1つ アマトリーチェとは
イタリア中部の地震で大きな被害が出ている町の1つ、ラツィオ州のアマトリーチェは、首都ローマから北東に100キロ余りの山あいにある、人口およそ2600人の町です。
地元のメディアによりますと、アマトリーチェは避暑地として知られ、夏の観光シーズンには、ローマなどから毎年多くの観光客が訪れるということです。
また、2009年に発生した地震で300人以上が犠牲になった同じイタリア中部のアブルッツォ州のラクイラからは50キロほどしか離れておらず、この地域では、これまでもたびたびマグニチュード6を超える地震が起きています。
専門家「震度6程度の揺れか」
イタリア中部で起きたマグニチュード6.2の地震について、地震のメカニズムに詳しい東京大学の三宅弘恵准教授は「イタリア中部には活断層が多くあり、ふだんから地震活動が活発だ。今回の地震は7年前の平成21年4月に発生し、中部の都市ラクイラに大きな被害をもたらしたマグニチュード6.3の地震の震源の北側で発生したと見られる。深さが10キロと浅かったため、震源の近くでは震度6程度に相当する激しい揺れが襲ったと考えられ、今後の地震活動に注意する必要がある」と話しています。


【イタリア地震】 「がれきの下から『助けて、助けて』と叫ぶ声」 外務省やツアー会社など情報収集急ぐ
 イタリア中部で24日未明(日本時間同午前)に起きた地震で、外務省や日本のツアー会社などは日本人の被害情報がないか確認に追われた。
 震源に近いノルチャ付近では多くの建物が倒壊し、伊ANSA通信は、生存者らの証言として「がれきの下から『助けて、助けて』と叫ぶ声が聞こえた」「子供を抱え、絶望した様子で助けを求める人がいた」「10秒で全てが破壊された」と被害の状況を伝えた。
 ノルチャのホテル従業員、エロス・バルトリーニさん(38)は、産経新聞の電話取材に「客も従業員も、けが人はいないが、とても強い揺れを感じ、ものすごく怖かった」と地震の瞬間の恐怖を語った。
 揺れは震源から北に約250キロ離れたフィレンツェにも伝わった。同所でホテルを経営する八文字美和さん(48)は、「夜中に揺れを感じた」と話し、「イタリアは日本のように建物の耐震化が進んでいない。町中には1920〜30年の古い建物も多く心配だ」と被害の拡大を懸念した。


夕張支線廃止へ 他の鉄路と条件が違う
 夕張市の鈴木直道市長とJR北海道の島田修社長は、JR石勝線の夕張支線(新夕張―夕張、16・1キロ)廃止で合意した。
 異例だったのは、沿線自治体である夕張市側が条件を付けて、自ら廃止を申し出たことだ。
 老朽化し利用客も少ない鉄路を残すよりも、バスなど代替交通網を整備し、まちづくりに生かしたい。そんな考えが根底にあった。地域再生に向けた一つのアイデアと受け止めたい。
 気になるのは、JR側が他路線でも廃止を検討していることだ。
 夕張の場合はあくまで例外的であり、他路線への「とば口」と考えてもらっては困る。
 鈴木市長は、支線廃止に向け《1》市内の交通網見直しへのJRの協力《2》JR施設の無償譲渡《3》JR社員の市への派遣―を条件とした。
 支線は2014年度の輸送密度(1キロ当たりの1日平均輸送人員)が117人で全道で3番目に少ない。大正時代に造られ老朽化したトンネルや橋も多い。存続させるにも多額の改修費が必要だ。
 夕張市は市内の中央部にホールや図書館、それに子育て支援機能を併せ持つ「拠点複合施設」を新たに整備し、各地区とバスなどで結ぶコンパクトシティー構想を描いている。
 夕張支線廃止と引き換えに、ここにJR北海道を引き入れたい―。そんな思いは鈴木市長が「座して廃線を待つのではなく、こちらからモデルづくりを提案する」と話したことでも分かる。
 JR側は、夕張市側が求めた事項に誠実に対応してほしい。同時に、バスより割安なJRを利用する夕張高校生の通学手段も確保すべきだ。
 今回の市長の行動は、住民に諮ったとは言えない部分がある。JR側から譲歩を引き出すため急いだとみられるが、代替交通を検討するにあたっては、住民の声を十分に反映させてもらいたい。
 JRは秋までに「JR単独では維持困難な線区」を公表し自治体と協議に入りたい考えのようだ。
 鉄路を失った地域が住民の足を確保するのは簡単ではない。代替バスを運行するにしても、赤字補填(ほてん)は自治体財政を圧迫する。
 夕張支線は、沿線が夕張市だけのまれなケースだ。他路線は複数の自治体にまたがり、今回の廃止合意は参考にはならない。
 赤字鉄路の見直しにあたって、JR北海道は公共交通機関として沿線自治体と納得いくまで協議する。それがすべての前提だ。


防衛白書 安保法の現実伝わらぬ
 先に発表された防衛白書は、集団的自衛権の行使を容認した安全保障関連法の成立後、最初の白書となった。
 日本の防衛政策を変質させ、いまも反対世論が根強い安保法制をどう記述するのかが注目された。
 国会論議で置き去りにされた疑問点への丁寧な説明が求められたが、従来の政府見解の羅列に終わった。これでは防衛政策の透明性を高め、国民の理解を得るという白書の目的にはほど遠い。
 白書は安保法制について20ページの章を設け、本文以外に10本のコラムを付けて解説している。
 憲法と集団的自衛権の関係については、「必要な自衛の措置をとりうる」とした1959年の砂川事件最高裁判決や、72年の政府見解を引き、合憲性を強調した。
 この論理を多くの憲法学者が批判していることや、市民の大規模な抗議デモがあったこと、主要野党が反対する中で採決が強行されたことには触れていない。
 集団的自衛権の行使が認められる存立危機事態の新3要件は「憲法上の明確な歯止め」などと説明し、他国の戦争に巻き込まれるリスクは「決してない」という。
 南スーダンで想定する国連平和維持活動(PKO)の「駆け付け警護」についても、自衛隊員が戦闘にさらされ、殺す側にも立ちうる可能性は素通りしている。
 政府白書は公式見解を伝えるものと言ってしまえばそれまでだ。
 だが仮に安保法制が日本の平和と安全に欠かせないものだというのなら、想定される事態を具体的に挙げ、危険性も率直に認めてこそ、説得力を持つのではないか。
 結局、政府は不都合な真実を国民に隠そうとしているとの疑念をかえって膨らませる。
 白書は中国の海洋進出に「強い懸念」を表明し、北朝鮮の核・ミサイル開発の進展を「重大かつ差し迫った脅威」と強調した。
 そうした「厳しさを増す安全保障環境」を理由に、日米同盟の抑止力を高める安保法制が必要だとの考えが白書にも貫かれている。
 だが、考えてほしい。今月、日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した「ノドン」とみられる北朝鮮の弾道ミサイル発射の兆候を、日本はつかめなかった。
 沖縄県・尖閣諸島周辺で領海侵入を続ける中国の挑発的行動や、南シナ海での軍事拠点化の動きも止められてはいない。
 挑発の応酬に陥ることなく、専守防衛政策の下で外交努力を尽くすことが、いまこそ求められる。


”親子関係なし”求める手続き 夫だけ可能は憲法違反と提訴
夫と子どもとの間に親子関係はないことを裁判所に認めてもらう手続きを、夫しか行うことができないとする民法の規定は憲法に違反するとして、兵庫県に住む女性などが国に賠償を求める訴えを神戸地方裁判所に起こしました。女性は夫の暴力から逃げて別の男性との間に生まれた娘の出生届を出すことができず、民法の規定のためおよそ30年間、娘の戸籍がない状態が続いたと主張しています。
裁判を起こしたのは神戸市に住む60代の女性と、いずれも無戸籍の娘と孫2人の合わせて4人で、24日は代理人の弁護士が神戸地方裁判所に訴状を提出しました。
訴えによりますと、女性は30年余り前、夫の暴力から逃げて別居し、離婚が成立する前に別の男性との間に娘が生まれましたが、夫に居場所を知られるのを恐れたことなどから、娘の出生届を出すことができなかったということです。
離婚前に生まれた子どもは、法律上、夫の子になってしまい、夫と娘との間に親子関係がないことを裁判所に認めてもらう手続きができれば、夫に知られることなく出生届を出すことができますが、民法の規定で手続きは夫にしか認められていません。
このため女性は娘の出生届を出せず、およそ30年間娘と孫2人の戸籍がない「無戸籍」の状態が続いていたと主張し、民法の規定が男女平等を定めた憲法に違反するとして、国に220万円の賠償を求めています。
代理人の作花知志弁護士によりますと、この規定が憲法違反だと訴える裁判は全国で初めてだということで、「社会の変化に合わせて法律も見直すべきで、今回の裁判は無戸籍の問題の解決に向けた大きな一歩になる」と話しています。


「嫡出否認」なぜ夫だけ 女性4人が違憲と提訴
 親子関係を法的に否定する「嫡出否認」の訴えを夫だけに認める民法の規定は男女不平等で違憲として、兵庫県内に住む60代の女性ら4人が24日、国に対して1人当たり55万円の損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に起こした。代理人弁護士によると、規定の違憲性を正面から問う訴訟は全国で初めてという。
 原告4人は女性のほかに30代の娘と孫2人。訴状などによると、女性は約30年前、当時の夫の暴力で別居し、離婚成立前に別の男性との間に娘を出産。民法の規定で、娘は当時の夫の子どもとされるため、出生届を提出しなかった。その結果、娘のほかに孫2人も無戸籍となった。
 女性は、娘と孫が無戸籍となったのは民法の規定が原因と主張。妻や子どもにも嫡出否認の権利を認めるように民法を改正しておけば、無戸籍は避けられたとしている。
 娘の無戸籍は女性の元夫が2012年に死亡したことにより、実父の認知調停などを経て今年1月に解消した。孫2人も2月に戸籍を得た。
 女性は提訴を受けて「夫にしか否認権がない嫡出否認制度によって、多くの人が長年苦しんできた。私たちが訴えることにより、苦しんでいる人が少しでも救済されるきっかけになれば」とコメントした。

戦争の夢でコワイ/久々のXPP→たくさんミス

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Japon : un mort et une soixantaine de blessés après le passage du typhon Mindulle
Le typhon Mindulle, après avoir arrosé le sud-est de l'archipel lundi, est monté vers le nord-est en direction de l'île d'Hokkaido.
Le typhon Mindulle, neuvième de la saison en Asie, a provoqué quelques dégâts dans la partie est du Japon et fait un mort et plus de 60 blessés, selon les décomptes de la chaîne publique nippone NHK.
Nombreuses personnes évacuées. Arrivé lundi matin sur le sud-est du Japon, ce cyclone tropical est monté ensuite vers le nord-est de l'archipel, traversant Tokyo et sa banlieue. Dans les huit préfectures concernées, dont la capitale, des crues ont été observées et les autorités, craignant des inondations et glissements de terrain, ont conseillé à plus d'un demi-million de personnes d'évacuer leur domicile par précaution. Une femme de 58 ans est morte à Sagamihara, dans la banlieue sud de Tokyo, après avoir chuté le long d'une route, a rapporté la NHK qui a aussi fait état de 25 blessés à Chiba, 16 à Ibaraki, 8 à Kanagawa, 6 à Saitama et 3 à Tokyo.
500 vols annulés. Les transports ont été fortement perturbés lundi, avec plus de 500 vols annulés, et quelques trains restaient encore à quai mardi matin alors que le typhon a progressé jusqu'à l'île de Hokkaido, où il continuait de déverser d'importantes quantités d'eau. Cette même région de l'extrême-nord de l'archipel avait été traversée auparavant par un autre typhon et des fortes pluies.
Inquiétude à Fukushima. Mindulle a suscité également des inquiétudes dans la région de Fukushima. A la centrale Fukushima Daiichi, ravagée par le tsunami de mars 2011, les niveaux de radioactivité dans les fossés ont augmenté du fait du déluge d'eau drainant des substances contaminées, a signalé dans un courriel l'opérateur Tepco. Entre 20 et 30 typhons balayent chaque année l'Asie, la moitié environ affectant le Japon.
フランス語
フランス語の勉強?

なぜか戦争の夢を見てしまい朝からコワイです.でもアベちゃんがこのままいくと,本当に戦争になるかもしれません.イヤだなぁ・・・
若い2人とXPPです.久しぶりなので少し緊張していましたが,案の定ミスってしまいました.反省です.それなのに若い2人は「忙しいのに時間を割いていただきありがとうございました」だって.うれしくなりました.

<雄勝に生きる>灯籠流し思いつなげる
◎半島の再生記(2)/(下)祈る
<淡い灯 湾照らす>
 東日本大震災から6度目のお盆を迎えた石巻市雄勝町中心部で14日夕、灯籠流しがあった。
 約1000個の淡い灯が雄勝湾を照らした。波間に赤や黄の明かりが揺れる。岸壁から住民らが震災犠牲者や先祖の冥福を祈った。
 灯籠は雄勝町の被災者や被災地支援の大学生ボランティアらが用意した。運営に携わった雄勝硯生産販売協同組合製造管理部長の高橋頼雄さん(49)が言う。「雄勝に人がいる限り、供養やお祭りなど年中行事を途切れさせてはいけない」
 雄勝町出身の高橋さんにとって、灯籠流しは子どもの頃から慣れ親しんだ風習だ。以前は中心部の約600世帯が灯籠を作り、地区ごとに集約して雄勝湾に浮かべていた。
 2011年3月11日の震災で雄勝湾の津波は高さ約16メートルに達し、中心部は壊滅的被害を受けた。高台に逃げた高橋さんは「全部終わった」とさえ思った。町内の大須小へ避難し、避難者対応などに奔走した。
<涙流して見守る>
 高橋さんは11年夏、灯籠流しの継続を知人らに呼び掛けた。大切な人をしのぶ伝統を絶やしたくない。その思いで実現にこぎ着けた当日、多くの人が泣きながら灯籠を見ていた。「続けるべきだったんだ」。改めてそう感じたという。
 雄勝町のまちづくり関係者によると、中心部の人口は震災前の約1600から100程度に激減した。
 中心部の高台では防災集団移転団地の造成が進んでいる。町内の仮設住宅で生活再建途上にある高橋さんは「いずれは、以前のように住民主体の灯籠流しになればいい」と話す。
 山下昭子さん(74)は中心部にあった自宅が津波に流され、石巻市桃生町の仮設住宅に1人で暮らす。
 夫の時彦さんは11年4月7日、登米市内の病院で世を去った。75歳。時彦さんは震災後、疲弊した様子で「俺はいいから、おまえは先に逃げろ」と口にした。心臓を悪くし、あまり眠れなくなっていたという。
<元気を取り戻す>
 「震災のショックで亡くなった。責任感が強く、優しい人だった」と山下さん。喪失感を埋められず引きこもりぎみになり、体重が10キロ以上も減った。11年秋ごろ、知人に誘われて外に出るようになり、少しずつ元気を取り戻した。
 夫婦は夏に灯籠流しを見て、各地のお祭りを巡るのが楽しみだった。あの日から巡ってきた6度目のお盆。山下さんは時彦さんが眠る雄勝町内の墓を訪ね、伝えた。「前向きに楽しく生きているよ」


<台風9号>東北、交通網が混乱
 東北でも22日、大雨と強風の影響で、鉄道や空の便で運休や欠航が相次いだ。帰宅ラッシュの時間帯と重なった地域ではターミナル駅のバスプールに家路を急ぐ人の長い列ができた。
 JR東日本仙台支社などによると、山形新幹線は午後1時すぎから福島−新庄間で運転を取りやめ、上下17本が運休した。秋田新幹線は午後6時以降出発の上下6本が盛岡−秋田間で区間運休した。東北新幹線は通常運行した。
 在来線は宮城県内で東北線や仙山線など7路線で上下175本が運休した。阿武隈急行は午後6時から全線で運休。秋田、山形、福島などでも多くの路線で運行を見合わせた。
 JR仙台駅前のバスプールでは列車の運休に伴い、バスで帰路に就く会社員らの長い列ができた。
 国土交通省仙台空港事務所によると、仙台空港発着の31便が欠航。秋田、大館能代、山形、庄内の各空港を発着する計19便も欠航した。


釜石で26日から市民有志の映画祭
 映画館のない釜石市に映画文化を再興し、東日本大震災の被災者が交流する機会をつくる「釜石てっぱん映画祭」が26〜28日、同市のライブ施設「釜石PIT」で開かれる。市民有志でつくる実行委員会の主催。25日まで市内で前売り券を販売する。
 「かもめ食堂」「フラガール」など市民の投票で決まった6作を含む9作を上映する。特別作品として実行委が選んだ「あん」「我が人生最悪の時」に出演する俳優の永瀬正敏さんのトークイベントもある。
 釜石市ではかつて複数の映画館が営業していたが、全て閉館して20年以上たつ。震災後、実行委の平松伸一郎代表(45)は公民館などで映画上映会を開催した。仮設住宅で孤立しがちな男性高齢者が参加し、交流を深めるなど「映画の力」を実感した。
 「鉄板」は「間違いない」という意味で若者らが使う言葉で、釜石が製鉄業で栄えた歴史にもちなんだ。
 平松さんは「大きなスクリーンで映画を見て笑い、泣き、感動する時間を共有することで『心の復興』につなげてほしい」と話す。
 1作を鑑賞できる前売り券は500円(当日800円)。特別作品は専用券が必要。連絡先は平松さん080(1823)1571。


「決して忘れられない」 飲酒事故10年、遺族が談話 [福岡県]
 福岡市東区の海の中道大橋で起きた3児死亡飲酒運転事故から10年を前に、遺族で父親の大上哲央(あきお)さん(43)が23日、弁護士を通じて談話を公表した。「あの日の出来事は決して忘れられません」。幼いわが子を奪われた両親の心は、今なお癒えていない。
 大上さん一家の車は2006年8月25日夜、海の中道大橋で飲酒運転の車に追突され、海中に転落。長男紘彬(ひろあき)ちゃん=当時(4)、次男倫彬(ともあき)ちゃん=同(3)、長女紗彬(さあや)ちゃん=同(1)=が命を落とした。
 大上さんは、加害者の元福岡市職員の男(32)=危険運転致死傷罪などで服役中=について「事故直後に現場から逃げずに救助活動をしてくれていれば、子どもが3人も死なずに済んだのではないかと悔やまれます」と苦しい心境を吐露。男と家族からは一度も謝罪がなく「自分のしでかしたことを本当に反省しているのです? なぜ、謝罪の手紙を書こうとはしないのですか?」と投げ掛けた。
 事故後、大上さん夫妻は天国へ行ったわが子を呼び戻す思いで、1男2女の新しい命を授かった。弁護士には「ちょっとしたしぐさが亡くなった3人の面影と重なって、再び帰ってきたとの思いで暮らしています」と語ったという。ただ、妻のかおりさん(39)は今も時々悪夢がよみがえり、不安になるという。
 事件後、加害者の弁護団やインターネットの掲示板で、大上さんの居眠り運転などを疑う根拠のない中傷を受けた。裁判で完全に否定されたが、夫妻の心に受けた傷は深く、今も「絶対に許せません」。
 25日は10年の節目となる命日。「家族全員で、3人の子どもたちの冥福を祈って静かに過ごします」


福岡3児死亡事故10年 遺族「忘れ去るにはまだ時間」
 2006年8月に福岡市東区の海の中道大橋で起きた3児死亡事故から25日で10年を迎えるのを前に、3児の父親の大上哲央(あきお)さん(43)が23日、弁護士を通じてコメントを発表した。事故については「早く忘れたい」とする一方、今でも妻かおりさん(39)が時折精神的に不安になることを明かし「忘れ去るにはまだまだ時間がかかる」としている。
 大上さん一家5人が乗った車は06年8月25日夜、福岡市職員(当時)の今林大(ふとし)受刑者(32)が飲酒運転する車に追突され、博多湾に転落。1〜4歳の3きょうだいが水死した。今林受刑者は現場から逃走し、酔いざましに大量の水を飲むなどの隠ぺい工作をした。
 大上さんは「事故直後に加害者が逃げずに救助活動をしてくれたら、子供が3人も死なずにすんだのではないかと悔やまれる」と振り返った。また、今林受刑者から「1度たりとも謝罪の言葉も手紙もない」ことを明かした上で「あなたは自分のしでかしたことを本当に反省しているのですか」と呼びかけた。
 一方、大上さん一家が故郷の福岡を離れて生活している理由について「加害者の弁護団が私が居眠りや飲酒運転をしていたと根拠のない主張をし、鵜呑(うの)みにした心ない市民から誹謗中傷を受け続けたため」と説明した。
 事故後に新たに授かった3人の子供との生活については「亡くなった子供たちが再び帰ってきたとの思いで暮らし、明るい笑顔にいやされている。飲酒運転の事故によって兄さんや姉さんたち3人が天国に行ったと伝えている」としている。
 一方、夫妻の代理人をしていた羽田野節夫弁護士もコメントを出し、かおりさんが今も心身の不調を抱えていることや、インターネット掲示板などで被告側の根拠のない主張を基に中傷が続いていることに触れ「10年前の事故の余韻はいまだに被害者のあらゆる生活に影を落としている」と指摘。飲酒運転対策として「事故後に積極的に人命を救助した加害者の刑を軽減する仕組みを作るべき」と訴えた。【前谷宏】


核兵器禁止条約 一歩進めた意義はある
 「核兵器のない世界」の実現に向け一歩前進した。
 スイスのジュネーブで開かれていた国連の核軍縮作業部会が、核兵器禁止条約の締結交渉を2017年中に開始するよう国連総会に勧告する報告書を採択した。
 具体的な年を盛り込んだ報告書の採択は、核兵器の非人道性に着目して禁止条約の締結を求める国際世論が、かつてないほど高まっていることを反映したものだ。
 ただ全会一致にはならなかった。投票で多数決により、賛成68、反対22、棄権13で採択された。日本はスイスやスウェーデンなどとともに棄権した。核兵器廃絶への道の険しさを見せつけたとも言える。
 賛成したメキシコやオーストリアなどは、作業部会の設置を主導した国々だ。昨年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の決裂を受けて、核軍縮の停滞に業を煮やし、禁止条約の早期締結を目指している。
 一方、日本や豪州、北大西洋条約機構(NATO)諸国など、米国の「核の傘」に依存する国々は、安全保障を考慮しながら段階的に核軍縮を進めるべきだという立場から、禁止条約は時期尚早と考える。
 これら段階的な核軍縮を求める国々の間でも、豪州、韓国、ドイツなどは反対、日本などは棄権と、対応が分かれた。非核保有国の間にも幾重にも溝がある。
 非核保有国と、米露英仏中の核保有5カ国の分断状況はさらに深刻だ。核保有国は禁止条約に反対し、2月、5月、8月と開かれてきた作業部会に一度も参加しなかった。
 報告書は秋の国連総会に提出される。メキシコなどが勧告をもとに、禁止条約の交渉開始を求める決議案を提出すると見られている。国連加盟国の過半数の107カ国が交渉入りを支持しているとされ、決議案が採択される可能性は十分にある。
 「唯一の戦争被爆国」として核廃絶を訴えながら、「核の傘」に依存する日本は、核保有国と非核保有国の「橋渡し役」になると言ってきた。だが、その姿は見えず、棄権が象徴するように苦しい立場にある。
 禁止条約は、内容が定まっているわけではない。メキシコなどが考えているのは、非核保有国だけでも核兵器の使用や保有を禁止する条約とされる。だが他にも、核廃絶の大枠をまず条約で定め、具体的内容はその後の交渉で決めていくという、枠組み条約などの考え方もある。
 日本は、米国など核保有国を動かし、核廃絶の理想と安全保障の現実を結びつける議論にもっと積極的に参加する必要がある。報告書採択という意義ある一歩をいかす道に貢献すべきだ。


核禁止交渉 国連総会へ 日本、消極姿勢でよいのか
 「核なき世界」は単に唱えるだけの「理想論」なのか。日本は唯一の被爆国として非人道性の極みである核廃絶を訴えながら、大国の「核の傘」にすがる矛盾を抱えている。必要なのは不屈の行動力である。
 国連核軍縮作業部会は、核兵器禁止条約の締結に向け、2017年中に交渉を開始するよう国連総会に勧告する報告書を賛成多数で採択した。
 これまで「空想的」といわれてきた核兵器禁止条約だ。今秋の国連総会では、核兵器の使用や配備、製造、貯蔵などを禁じた条約の制定交渉を求める決議案提出の公算が大きい。大きな前進であり、具体的な取り組みが始動するだろう。
 核保有5カ国が拒否権を持つ安全保障理事会とは違い、国連総会は多数決方式で決まる。決議案が採択される可能性は極めて高い。 しかし、現実は作業部会で核保有国と非核保有国間との亀裂がより鮮明になった。報告書の採決は賛成68、反対22、棄権13に分かれ、全会一致には程遠い状況。日本は棄権した。
 部会では目指す「総意」に近づいたかにみえた最終盤、オーストラリアが異を唱えた。「国際社会や国家の安全保障に関わる深刻な問題がある」という主張だが、いかにも核に依存する国際社会の姿を映し出す。報告書が投票で決まること自体が異例であり、深刻な対立の構図を露呈した。
 国連加盟国で核兵器禁止条約の支持国はメキシコや中南米、アフリカ、東南アジアなどの107カ国。加盟193カ国の過半数を占める。反対・慎重は米国、ロシア、フランス、中国など核保有9カ国と日本や韓国など24カ国だ。
 この24カ国は、北朝鮮の核の脅威に直面する韓国やロシアに隣接するリトアニアなどバルト三国、東欧諸国など、さらに米国の核抑止力に国家安全保障を依存する日本、オーストラリアや北大西洋条約機構(NATO)加盟国などである。
 核保有国は2月から議論してきた作業部会に最後まで姿を見せなかった。米国の意向に沿う日本は交渉入りに反対の立場。「核軍縮は安全保障を考慮しながら進めるべきだ」と主張し、長期戦略で徐々に削減していく「漸進的なアプローチ」に固執しているからだ。
 日本が報告書採決で棄権に回ったのは「投票による採択は、核軍縮を巡る国際社会の分断を一層進めることになりかねない」(外務省筋)との判断だったようだが、唯一の戦争被爆国として「橋渡し役を果たす」(岸田文雄外相)役割は何ら果たせていない。
 核廃絶を叫びながら主導性を発揮できず、結局は核兵器禁止条約に背を向けているではないか。安倍晋三首相は、オバマ政権が検討している「核の先制不使用政策」に反対の意向を伝えたとの米紙報道を否定したが「賛同」もしていない。
 「私たちが生きている間に核廃絶は無理だろう。でも少しでも前に進みたい」と国際署名活動を続ける被爆者の声に、安倍政権は困難を超えて応えるべきだ。


核兵器禁止条約 日本も「推進」へ踏み出せ
 ジュネーブで開かれていた核軍縮に関する国連作業部会は先週末、核兵器禁止条約について2017年に交渉開始するよう国連総会に勧告する報告書を採択した。
 この勧告を受け、今秋の国連総会から核兵器禁止条約の論議が本格化する見通しだ。もし禁止条約制定が実現すれば、核兵器廃絶に向けた大きな一歩となる。
 核兵器禁止条約とは、核兵器の開発や実験、使用などを全面禁止し、保有国に核廃棄を義務付ける条約で、現在は構想の段階だ。非保有国グループが熱心に提唱し、今回の勧告にこぎ着けた。
 ただ、この条約構想には懐疑的な見方も少なくない。
 米国、ロシア、中国、英国、フランスの五大核保有国や、米国の「核の傘」の下にある日本などは段階的な核軍縮を主張し、禁止条約に賛同していない。今後、保有国や反対派が巻き返しを図れば、論議の行方は見通せなくなる。
 たとえ条約が制定されたにしても、条約の効力が及ぶのは締約国だけであり、核保有国が参加しないのならば実質的な核削減につながらない、との指摘もある。
 しかし、こうした厳しい現実があるにせよ、核兵器禁止条約を推進する意義は大きいと考える。
 多数の国々が締約する条約で核兵器を禁止すれば、「核兵器の保有は倫理に反する」という国際的な規範がつくられる。それは保有国に削減を迫る圧力となる。
 また、禁止条約の論議は、世界の大多数を占める非保有国が核廃絶への主導権を握る契機となる。これまで国際社会は核拡散防止条約(NPT)体制下で保有国に核削減交渉を任せてきたが、保有国のエゴで削減は進んでいない。
 問題は日本政府の姿勢だ。今回の作業部会で日本は条約に賛成せず、採決を棄権した。政府の言い分は「保有国と非保有国との橋渡し役を務める」だが、言うほどの仲介役を果たしているのか。
 日本政府は「橋渡し役」などという曖昧なスタンスを捨て、唯一の戦争被爆国として、禁止条約推進に踏み出すべきである。


甘利氏の責任/説明の約束はどうなった
 甘利明前経済再生担当相らの現金授受問題で、東京地検特捜部は、あっせん利得処罰法違反容疑で告発された元秘書2人を再び不起訴処分とした。5月に出した最初の不起訴処分に対し、検察審査会が「不当」と議決したため再捜査していた。
 議決が「起訴相当」ではなく、今後、再議決による強制起訴の対象にはならない。既に不起訴が確定している甘利氏本人を含め、一連の捜査は終結する。
 甘利氏は問題が発覚した1月、自身と元秘書が現金計600万円を受け取っていたと認めて閣僚を辞任した。病気療養を理由に国会を欠席し続けていたが、今月の臨時国会に約半年ぶりに姿を見せ、「私の件は決着した」と復活をアピールした。
 だが、国民の不信感は消えていない。甘利氏は「元秘書の問題も第三者の弁護士による独自調査を行い、しかるべきタイミングで公表する」と述べていた。その約束は果たされず、いつ公表するかも明らかでない。「捜査への影響」を考慮する必要もなくなった今、結果を速やかに公表し、説明責任を果たすべきだ。
 甘利氏側を巡る疑惑は、道路工事の補償交渉で都市再生機構(UR)へ口利きする見返りに、千葉県の建設会社側から現金を受け取った−という内容だ。URが公表した面談記録では、元秘書とUR側が補償交渉に絡むやりとりを繰り返していたことも明らかになった。
 建設会社関係者は、取材に対し「口利きへの謝礼」として甘利氏側に総額1400万円を超える資金を提供したと証言しており、甘利氏の説明と食い違う部分もある。
 検審が元秘書らへの議決理由で指摘したように「補償交渉の謝礼」と考えるのが常識的ではないか。
 不適切であっても違法ではない−。そんな理屈が通る法律にも問題がある。政治家や秘書が口利きの見返りに報酬を得ることを禁じるあっせん利得処罰法は、元建設相の受託収賄事件をきっかけに成立した。だが「議員の権限に基づく影響力の行使」があったか、などの要件が厳格で、2001年の施行以来、国会議員とその秘書への適用例はない。
 相次ぐ「政治とカネ」の問題に国民の目は厳しくなっている。信頼を取り戻すためには、与野党を問わず国会議員一人一人が襟を正し、法律も実効ある内容に見直すべきだ。


むのさん逝く ジャーナリズムを貫く
 百一歳のジャーナリスト、むのたけじさんが亡くなった。新聞記者として戦争取材にかかわった自責の念を戦後の原点とした。戦争を憎み、平和を求める。発言や行動には反骨精神が貫かれていた。
 「戦争を絶滅する」。人間を幸せにしない。肯定できる要素は何一つない戦争。人類がどうやったら争いなく暮らせるのか。それがむのさんが生涯かけて考え続けたことであり、願いだった。
 戦後を生きる原点としたのは、新聞記者として戦争報道にかかわった悔恨だ。大本営発表のまま負け戦を勝ち戦のように、空襲被害も軽微と報じた。本来、民のものであるはずの新聞が国民を裏切った。敗戦の日、新聞人としてのけじめをつけるために退社したむのさんの証言には、新聞をつくる私たちにとっての教訓がある。
 「戦時中、憲兵や特高、内務省の役人が新聞記事の内容に細かく干渉してくることはなかった。軍部と対立すれば新聞社の経営に困るから、会社側が原稿のチェック体制を作った。これが新聞社の活気を失わせた。新聞社をダメにしたのは自己規制だった」。本紙のインタビューにはこう語った。
 今も同じ過ちを繰り返していないか。権力におもねって真実を伝えることを放棄していないか。報道機関の私たちが沈黙したときに戦争は忍び寄るのではないか。
 新聞記者を辞めたむのさんが故郷の秋田県横手市で創刊した週刊新聞「たいまつ」には、地域に根差した民衆の目があった。
 憲法改正に警鐘を鳴らし、安全保障関連法案に反対を唱えたむのさん。百歳を迎えても人々は、むのさんの発言を求めた。
 公の場での最後の発言は五月三日、東京で開かれた憲法集会だ。車いすで現れたむのさんは白い髪を風になびかせ、張りのある大きな声で語った。「戦争は人間をけだものにする。ぶざまな戦争をやって残ったのが憲法九条。九条こそが人類に希望をもたらす。憲法のおかげで、戦後七十一年間、日本人は一人も戦死せず、相手も戦死させなかった」
 戦後生まれが人口の八割を超え、戦争体験の継承もまた切実な課題だ。
 むのさんは言った。三百六十五日、日々の営みの中で考えよう。どうしたら戦争をなくせるか、平和を実現できるか。「戦争は始まったら止められない。大切なのは、七十億分の一が変わること。一人一人の力だ」。戦後の暗闇を照らした「たいまつ」の精神を私たちは受け継いでいきたい。


101歳で死去 反骨のジャーナリストむのたけじ氏の“遺言”
 戦時中、中国戦線やジャワ戦線の悲惨さを目撃し、戦後は反戦運動で活動──。むのたけじ氏(享年101歳)は最期まで反骨を貫いたジャーナリストだった。戦争を「狂い」と表現し、平和の大切さを訴え続けたむの氏を失うことは、安倍首相の下で保守化している現代の日本にとって大きな損失だ。
 むの氏は1915年生まれ。東外大を卒業後、朝日新聞などで中国や南方戦線の従軍特派員を務めた。有名なのが敗戦時のけじめだ。1945年8月15日、「負けた戦争を『勝った』と言い続け、うそばかり書いていた。けじめをつけたい」と朝日を退社。郷里の秋田県で週刊新聞「たいまつ」を発行し、「反戦」「反権力」を訴えてきた。
 昨年11月、日刊ゲンダイのインタビュー欄にも登場。戦後70年を経て、平和憲法が大事だと思う日本人が育ってきたことを喜ぶ一方で、「それじゃあダメだというのが安倍首相で、米国と手をつなぎ、強国と一緒に発展していきたい。そのために、米国との軍事同盟を強くして、戦死者が出てもやむを得ないような体制に持っていこうとしている」と安倍政権の危険性を糾弾した。
 また、敗戦とともに日本の国民と政府は戦争の締めくくりをするべきだったのに、それがなされていないとも主張。あの戦争を誰がいつ始めたのか、南京虐殺や従軍慰安婦など、戦場で何が起きていたのか。そして侵略した中国、韓国への償い。この3点の締めくくりがなされていないと批判した。
「ジャーナリストとして尊敬すべき人物でした」と言うのは政治評論家の森田実氏だ。
「戦争の本質を明らかにし、その惨劇を語ることで平和の尊さを次世代に伝えられるという信念を抱いた人でした。ご自身は退職できっちりけじめをつけたが、日本人は戦争責任を曖昧にしてきた。しかも現在、戦争を経験した世代は戦争の苦しみを痛感しているが、安倍首相を筆頭に戦争を知らない世代は戦争を甘美なものと捉える傾向がある。政治権力は国民を抑えつけようとしている。こうした実情への憤りと使命感が、長寿につながったのだと思われます。むの氏は日本民族にとって偉大な宝です」
 むの氏が語る戦争の実態は悲惨きわまりない。戦場は殺さなければ殺される二者択一の世界。人は兵士として戦地に派遣されると3日で理性を失い、「狂い」の中に放り込まれる。中国では兵士が婦女子を強姦し、中には襲われる前に刃物で自殺する女性もいた。戦後、復員兵士が戦争を語らなかったのは、こうした事実に遭遇したからでもあるという。
「戦後71年間、日本人は戦争の恐ろしさを忘れようとしています。だからこそ、むの氏のようなジャーナリストがいたことを語り継ぎ、戦争の問題点を検証しなければなりません」(政治評論家の山口朝雄氏)
 前述の森田氏は「あと10年長生きして後進のジャーナリストを育てていただきたかった」と残念がる。言論界の巨星が日本人に語りかけたメッセージはあまりにも重い。


伊江島着陸帯強行 新たな基地負担を拒否する
 地元の伊江村や県に詳細な説明もないげ求めるのも当然だ。
 伊江村だけの問題ではない。耐熱特殊コンクリートの着陸帯建設は辺野古新基地建設と連動したものと見るべきだろう。
 辺野古を拠点に北部訓練場ヘリパッド、伊江島間をオスプレイが本格運用され、北部の空を縦横無尽に飛び交う事態が懸念される。
 米海軍が14年から運用する新型「アメリカ級強襲揚陸艦」は海兵隊のオスプレイとF35戦闘機の運用を計画する。伊江島の新着陸帯が、新型揚陸艦運用に向けた訓練拠点であることは明白だ。
 辺野古新基地には強襲揚陸艦の接岸が可能な護岸が計画される。同基地のF35運用について沖縄防衛局職員が「運用は可能。あり得る」と説明した経緯もある。
 政府は辺野古新基地へのオスプレイ配備を長年隠蔽(いんぺい)し、ヘリ以外の航空機の運用についても明言を避けてきた。
 伊江島補助飛行場の新着陸帯は、新たな基地負担を強いる米軍運用の重大な変更だ。日米間の協議の内容を日本政府は明らかにすべきだ。米新型強襲揚陸艦の運用との関連や辺野古新基地との連動など、説明責任を果たしてもらいたい。


卑劣! NHK貧困女子高生に“貧乏人は贅沢するな”攻撃! 片山さつきも乗り出し生活保護バッシングの悪夢再び
 先日8月18日放送の『NHKニュース7』の番組内容が、いまネット上で炎上している。番組では、家庭の経済的事情から進学を諦めざるを得なかったという高校3年生の女子生徒(番組では実名で登場)が登場したのだが、番組終了後に彼女の“暮らしぶり”が炎上したのだ。
 この女子高生は、両親の離婚によって母子家庭で育ち、経済的にも困窮。中学時代には自宅にパソコンがないためキーボードだけを買ってパソコン授業の練習をしたといい、いまも家にはクーラーがないため暑い時期は保冷剤を包んだタオルを首に巻いて過ごしているという。
 そして、高校卒業後にアニメのキャラクターデザインを学ぶ専門学校への進学を希望したものの、入学金の50万円を工面することができず進学を断念。彼女は「夢があって、強い気持ちがあるのに、お金という大きな壁にぶつかってかなえられないという人が減ってほしい。いろいろな人に知ってもらって、助けられていく人が増えてほしい」と話した。
 子どもの貧困は年々深刻化しており、番組はこのようにその現実のひとつを伝える内容だったのだが、ネット上では番組終了後から彼女の“粗探し”がスタート。Twitterアカウントを見つけ出し、『ONE PIECE』のグッズを購入したり、EXILEのチケットが届いたと喜んでいるつぶやきを次々にピックアップ。また、1000円以上のランチを食べているなどとあげつらい、猛批判をはじめたのだ。
「趣味満喫してて貧困層wwww」「完全にデタラメじゃん」「私よりはるかに贅沢な生活してる…」「母子家庭の子供が中小企業リーマンの子供より豊かなのはわかった」「家族そろって徹底的に追い込んで欲しいね」
 希望の進学ができない子どもがいるという現状を訴えたのに、逆に「贅沢しすぎ」と炎上する……。マンガ本やグッズ(それも缶バッチやトートバッグなどといったものだ)を買い、コンサートに行き、アニメイベントに参加する。このようなささやかな愉しみさえ犠牲にして学費にあてろ、というのである。
 まさに暗澹たる思いに駆られるが、さらに唖然としたのは、この騒動に自民党の片山さつきが乗り出してきたことだ。
 片山はこの騒動を、嫌韓本を数多く出版しているKAZUYA氏のツイートで知ったらしく、それをリツートするかたちで、こう女子高生を批判しはじめたのだ。
〈拝見した限り自宅の暮らし向きはつましい御様子ではありましたが、チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思い方も当然いらっしゃるでしょう。経済的理由で進学できないなら奨学金等各種政策で支援可能!〉
〈私は子ども食堂も見させていただいてますが、ご本人がツイッターで掲示なさったランチは一食千円以上。かなり大人的なオシャレなお店で普通の高校生のお弁当的な昼食とは全く違うので、これだけの注目となったのでしょうね。〉(原文ママ)
 貧困を訴えるのなら、1000円のランチなんて食うな。アニメグッズやコンサートになど行くな。──つまり、曲がりなりにも国会議員である片山は、未成年の女子高生に「貧乏人は贅沢するな!」と公然と批判したのである。
 よくもまあ片山はこんなことが言えたものだ。片山は2013年、政治資金で自著を買い上げ、その本代に計136万8000円も支出していたことが発覚しているが、そのような政治家としてのモラルもへったくれもない人物が、女子高生を批判する権利などあるはずがない。
 だが、恥知らずの片山は、さらに騒動を拡大。片山に対し、〈児童の貧困問題を訴えて、対策会議やらを利用し、補助金やら、募金やらを食い物にしている人達がいる可能性が、図らずも暴露されたかもしれない〉と訴える者が出てくると、それを受けて片山はこんなことまで言い出したのだ。
〈追加の情報とご意見多数頂きましたので、週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!〉
 片山はNHKに対して「どうして貧困じゃない子どもを出演させたのか」とでも言うつもりなのだろうか。だが、国会議員が番組内容に口を出すことは政治的介入であり、現場は貧困問題を扱うことに萎縮するだろう。これは以前、片山が火を付けた次長課長・河本準一を「税金ドロボー」と叩きつぶしたときと同じで、メディアをグルにして“貧困と自称する者の生活実態は贅沢”などと弱者バッシングを目論んでいるとしか思えない。
 実際、片山が巻き起こした生活保護バッシングによって、「生活保護費は削るべき」「不正受給許すまじ」という空気が見事につくり出され、その後、安倍政権はここぞとばかりに生活保護費を削減した。
 だが、これははっきり言って異常事態だ。本来の国の仕事は、生活保護費を削ることではなく、貧困の原因となっている非正規労働の見直しや最低賃金の引き上げを行うことなのだ。現に、日本政府は2013年5月、国連の社会権規約委員会から〈生活保護につきまとうスティグマを解消〉するようにという勧告さえ受けているが、安倍政権にこれを是正する動きはまったく見られない。そればかりか、片山は相変わらず生活保護を「ずる貰い」などとテレビでがなり立てている。
 そして、今回の騒動で片山がネットでの炎上に相乗りして主張した「貧乏人はつましく生活しろ」「貧乏人には趣味の支出も許さない」という貧困者バッシング……。もちろん、こうした世論形成の先には、憲法改正の問題が待っている。
 事実、片山は2012年に発売した自著『正直者にやる気をなくさせる!? 福祉依存のインモラル』(オークラ出版)において、“生活保護の不正受給が起こるのは憲法のせい”と述べている。
〈現行憲法の第3章「国民の権利及び義務」は、日本人が従来持っていた美徳とは異なり、義務や責任を軽視する一方、権利と自由を強調するものです。(中略)現行憲法はまるで、責任や義務を果たすよりも権利と自由を要求することの方が重要だと言わんばかりなのです〉
 同書の巻末にわざわざ自民党の憲法改正草案を掲載していることからもわかるように、本来なら政治が解決すべき貧困とその背景にある問題には取り組まず、正当な社会保障を訴える「権利」や「自由」を人びとから奪うことに主眼があるのだ。
 つまり、今回の女子高生叩きは、自民党による“改憲後の世界”の先行事例でもあるのだろう。貧困をなくすことを第一に考えるべきなのに、「権利ばかり主張するな」と猛攻撃し、貧乏人は生活を厳しく監視される。そんな世の中で得をするのは政治家と一握りの富裕層だけだが、同じように我慢を強いられている人びとも同じようになって「自分たちはもっと我慢している!」と、権利を主張する人を叩くのである。
 ともかく、貧困問題に対してこうした偏狭な世の中をつくり出した張本人である片山は、この国の“ガン”としか言いようがない。今後、この問題に対してどんなアクションを起こすつもりなのか、本サイトは“監視”していきたいと思う。(編集部)


ガザめぐり再び非難合戦=和解直後に暗雲−トルコとイスラエル
 【エルサレム時事】関係正常化したばかりのイスラエルとトルコが、イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの報復攻撃をめぐって非難合戦を繰り広げ始めた。トルコがイスラエル軍の攻撃を非難すると、イスラエルは猛反発。両国関係の先行きに再び暗雲が垂れ込めている。
 暗転の始まりは、21日にガザからのロケット弾がイスラエル南部スデロトに着弾したことだった。イスラエル軍は報復として、ガザ北部のイスラム原理主義組織ハマスの拠点に対し空爆や砲撃を加えた。パレスチナ側は、1カ所の攻撃に対し何十カ所も報復攻撃を受け、イスラエル側には人的被害はないが、パレスチナ側には複数の負傷者がいると主張している。
 トルコ外務省は22日、声明を出し「不均衡な攻撃を強く非難する」とイスラエルに通告した。「イスラエルとの関係を正常化しても、パレスチナ人に対するこのような攻撃に対して黙っているわけではない」と警告している。
 これに対し、イスラエル外務省は「トルコとの関係を正常化しても、事実無根の非難にまで黙っているわけではない」と言い返した。7月のトルコのクーデター未遂後、トルコ政府が進めている粛清に当てこすり「トルコは他国の軍事行動を批判する前によく考えた方がいい」と嫌みまで述べ、言葉の応酬は自制が利かなくなってきた。


F35を岩国に16機配備へ 米軍増強で住民負担増の懸念
 武井俊輔外務政務官と宮沢博行防衛政務官は二十二日、山口県岩国市を訪れ、福田良彦市長に対し、米軍岩国基地に来年一〜八月に計十六機の最新鋭ステルス戦闘機F35が配備されると伝えた。米国外でのF35配備は初。村岡嗣政知事とも県庁で会談し、同様の説明をした。
 十六機は垂直離着陸が可能な海兵隊仕様。米軍は現行のFA18戦闘攻撃機、AV8ハリアー垂直離着陸機と代えて来年一月に十機、同八月に六機を配備する。部隊の交代に伴い、常駐する軍人や家族も約百三十人増える。
 米軍再編計画に基づき、岩国基地には来年をめどに、厚木基地(神奈川県)から空母艦載機五十九機も移駐する予定。武井政務官は福田市長に「今回の配備はあくまで機種の更新であり、米軍再編とはリンクしない」と強調した。
 福田市長は会談で、両政務官に「米海兵隊の計画で配備が明らかになった後も日本政府からの情報がなく、不満の声がある。速やかな情報提供を」と注文を付けた。会談後、報道陣に「国内初の配備であり、機体の安全性や運用についてさらに照会したい」と話し、回答を見て市の対応を決める考えを示した。村岡知事は「地元の意向を尊重したい」と述べた。
◆中朝反発で緊張も
 最新鋭のF35が米国外では初めて米軍岩国基地(山口県)に配備されるのは、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発をにらんだ「米国のアジア重視政策の一環」(防衛省日米防衛協力課)だ。だが、基地周辺住民の負担が増える懸念に加え、中国や北朝鮮の反発により日本周辺の緊張が一層高まる可能性がある。
 オバマ政権は外交・軍事の重心をアジア太平洋地域に移す「リバランス(再均衡)政策」を進めている。これに伴い日本各地で米軍の基地機能が強化されている。
 岩国基地に配備される海兵隊仕様のF35はレーダーに感知されにくいステルス性能に加え、垂直離着陸能力を備える。奇襲上陸に用いる強襲揚陸艦への搭載も可能となる。自衛隊は次期主力戦闘機に空軍仕様のF35の導入を決め、二〇一七年三月までに四機の引き渡しを受ける予定だ。
 在日米軍を強化する動きは他にもある。米国は一四年、新たな国防戦略を発表し、二〇年までに米海軍艦船の六割をアジア太平洋地域に重点配備する方針を打ち出した。これを踏まえ、米海軍横須賀基地(神奈川県)では一五年、高いレーダー性能で弾道ミサイルを探索するイージス艦二隻を追加配備し、原子力空母も最新鋭艦に交代した。一七年までにイージス艦一隻がさらに追加され、横須賀基地の米軍艦船は計三隻増の十四隻態勢となる。
 一方、米軍基地機能の強化は地域住民の負担増と裏表の関係にある。岩国基地には一七年、厚木基地(神奈川県)から空母艦載機の移駐も予定されているため、今後は騒音対策の強化が不可欠となる。岩国市の福田良彦市長は二十二日の政府側との会談で「初めて国内に配備される機種で不安な要素がある」と、F35の騒音データの提示を政府側に求めた。
 米軍が日本周辺で活動を活発化させれば、中国や北朝鮮が対抗措置を取り、沖縄県・尖閣諸島を巡る日中間の対立などに影響する恐れもある。(新開浩)


京都・化野念仏寺で「千灯供養」 無縁仏ろうそくが照らす
 ろうそくをともし、無縁仏を供養する京都の晩夏の風物詩「千灯供養」が23日、京都市右京区の化野念仏寺で始まった。24日まで。風雨にさらされて丸みを帯びた数千の石仏や石塔が風に揺れる炎に浮かび上がり、参拝客が手を合わせた。
 暑さの和らいだ午後6時ごろ、読経の声が響く中、参拝客らが「西院の河原」に並べられた石仏の前でろうそくに火をともし、境内は幻想的な雰囲気に包まれた。
 寺の周辺は、平安時代から葬送の地として知られる。千灯供養は明治時代に僧侶らが周辺の石仏を集めて弔ったのが始まりとされる。24日は午後5時半から午後8時半まで参拝を受け付ける。


千灯供養 無縁仏の冥福祈る 京都・化野念仏寺
 京都市右京区、奥嵯峨にある化野(あだしの)念仏寺で23日、境内に並ぶ数千体の石仏や石塔にろうそくをともし無縁仏の冥福を祈る「千灯供養」があった。柔らかい光が風に揺れる中、参拝者らは静かに手を合わせていた。24日も営まれる。
 化野は平安時代から葬送場所として知られた。一帯に埋もれ散乱していた石仏を明治期に僧侶や地元住民らが集めて並べたのが千灯供養の始まりとされ、晩夏の風物詩となっている。
 この日は午後6時過ぎ、読経が響く中で参拝者らが境内の「西院(さい)の河原」で1本ずつろうそくをともし、合掌。風雨にさらされて丸みを帯びた石仏たちがオレンジ色の光にぼんやりと照らされていた。【篠田直哉】


晩夏の祈り照らす炎 京都・化野念仏寺で千灯供養
 京都の夏を送る風物詩、千灯供養が23日、京都市右京区嵯峨鳥居本の化野(あだしの)念仏寺で始まった。約8千体の石仏が、ろうそくの炎に照らされて浮かび上がった。
 同寺によると、化野は古くは葬送の地で、供養のために石仏や石塔が祭られた。無縁となったものも多く、1904(明治37)年に地元住民が集めて始めたという。毎年、地蔵菩薩(ぼさつ)の8月の縁日(24日)、地蔵盆に合わせて実施している。
 午後6時ごろ、地蔵堂で読経が始まり、6人の僧侶が境内に石仏を並べた「西院(さい)の河原」を、読経しながらまわった。続いて参拝者が入り、石仏にろうそくを献じて手を合わせた。ろうそくの炎は日が暮れるにつれて赤みを増し、境内は幻想的な雰囲気に包まれた。兵庫県姫路市から約50年ぶりに訪れた安東和子さん(76)は「以前は今ほど有名ではなく、人もまばらでした。境内が整備され、いい雰囲気でした」と話した。
 24日夜も営まれる、中学生以上千円。


貧困JK騒動に便乗 懲りない片山さつき氏のスタンドプレー
 NHK「NEWS7」で紹介された“貧困JK”をめぐる騒動に片山さつき参院議員(57)が首を突っ込み、コトを大きくしている。「次長課長」河本準一(41)の生活保護費問題でも火ダルマになったくせに、懲りていないようだ。
 18日放送の特集「“貧困の現状知って”進路悩む高校生」で取り上げられたのが、神奈川県内に住む高3のUさん。アルバイトの母親と2人暮らしで、進学を希望しているものの、経済苦が壁になっているという。自宅アパートに冷房設備はなく、中学時代はPCを購入できず、母親が買い与えた約1000円のキーボードで練習を重ねて授業について行ったとのエピソードを明かした。
 反応したネット住民が映り込んだ自室内の様子にカミつき、〈貧乏ならこんなに雑貨があふれていない〉〈貧困どうのではなく、無駄遣いしすぎ〉などと批判。家電をリストアップしたり、ツイッターのアカウントを探り当てて私生活を暴露。自宅を割り出すなどの騒ぎになっている。
 素人の女子高生を袋叩きにする連中のバカさ加減はもはや異常だが、これに便乗しているのが片山氏だ。
 ツイッターで〈私はたまたまこのニュースはライブで見て〉と参戦し、〈暮らし向きはつましい御様子ではありましたが、チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょう〉などと書き込み。〈週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!〉と腕まくりしているのだ。放送では「チケット」「グッズ」「ランチ」に触れておらず、キーボードは中学時代の話。どうやら、ネット情報をうのみにしているらしい。
 政治評論家の伊藤達美氏は言う。
「東大卒の元財務官僚という優れた経歴を持つ片山議員がネットの書き込みを真に受け、あおるような行動をとるのか、はなはだ疑問です」
 片山氏の学習能力にも疑問符だ。生活保護費問題では河本を吊るし上げ、世論の猛反発を食らった。その時も千原せいじ(46)の発言を誤解したままヤリ玉に挙げ、カンニング竹山(45)にまで〈ネットを信じ込んで、それもテレビというマスコミで言ってるんだと。それおかしいでしょ!?〉とあきれられる始末だった。
 スタンドプレーにみなうんざりしている。


SMAP木村拓哉 “空港で生謝罪”はジャニーズ事務所の戦略か
 年内での解散が決まったSMAPの木村拓哉(43)が22日午後7時過ぎ、バカンス先のハワイから報道陣の待ち構える成田空港に帰国した。
 10人以上のスタッフや関係者にガードされて到着した木村はゲートでは無言だったが、ロビーに出ると足を止めて取材に応対。ファンへのコメントを求められると「本当に急な話の流れだったので、驚かせたと思いますし、すごくごめんなさいという言葉です」と切り出し、解散決定についてはハワイで知らされたことを認めた。
「ファンの皆さんが一番納得していないと思います。納得というよりかは、去年の末から今回の騒動に至るまで自分自身は全然、変わっていない」と語った木村。この微妙な言い回しの裏には、自分は首尾一貫しているにもかかわらず他の4人のメンバーから裏切り者扱いされていることへの抗議もにじんでいるかのようだった。
「当初はもっと早い段階で帰国する予定だったが、解散発表で国内が大騒ぎになってしまったため延期したそうです。それでも24日に都内で『SMAP×SMAP』(フジテレビ)の収録があるため、22日が帰国のリミットだったようです」(テレビ関係者)
 SMAPの解散発表後、木村も含めたメンバー5人はそれぞれのラジオ番組で解散の核心にこそ触れないものの胸中を告白しファンに謝罪。報道陣の前に姿を見せ、肉声で対応したのはキムタクが初めてだったが、そのあたりにもジャニーズ事務所サイドの配慮がうかがえるという。
「ハワイにはジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長、その娘の藤島ジュリー景子氏がプライベートジェットで駆けつけキムタク一家と合流していました。空港に報道陣が待ち構えているのはわかっているのでプライベートジェットで隠密帰国する方法もありましたが、あえて帰国便をマスコミに流して木村をメンバーの中で一番先にカメラの前で生謝罪させ誠意を見せた。それもこれも1月の分裂・解散騒動以後、SMAPファンの間で“戦犯”扱いされているキムタクのイメージアップのためです」(ジャニーズ事情に詳しい芸能関係者)
 メンバー5人は24日に「SMAP×SMAP」の収録で解散発表後、初めて顔を合わせる。29日放送の人気コーナー「ビストロSMAP」の収録で、ゲストはリオ五輪柔道男子90キロ級で金メダルを獲得したベイカー茉秋だという。どんな顔をしてどんな料理を振る舞うのか。メンバー同士の温度差も注目の晩餐になりそうだ。


木村拓哉帰国にあわせジャニーズが“裏切り者”イメージ払拭のためになりふりかまわぬ情報操作
 ここまでわかりやすいともう笑うしかない。SMAP解散発表から8日目の昨夜。木村拓哉が休暇を過ごしていたハワイから帰国した。
 リオ五輪閉会を待ったかのような帰国。しかも、空港のゲートで「ファンに一言」という質問が飛ぶと、キムタクは報道陣のほうに戻ってきて「心配かけて申し訳ありません」と立ち止まって謝罪の言葉を述べた。そのあとも車に乗り込む際に取材に応じ、メンバーに対しては「一緒にやってきたメンバーなので、気持ちというか……やってきたという事実は事実であるので」、解散には納得しているのかとの問いには「ファンのみなさんが一番納得していないと思います」「納得というよりかは去年の末から今回の騒動に至るまで自分自身は変わっていない」と語った。
 これを受けて芸能マスコミは「SMAPメンバーではじめて、取材に応じた」「率直に思いを語った」と好意的な報道を大々的に展開している。
 だが、これはもちろん、ジャニーズ事務所の仕込んだ演出だ。各マスコミは一昨日までキムタクがいつどこに帰国するか分かっておらず、成田、羽田で張り込んでいたが、昨日の朝にはジャニーズ事務所から、キムタクが夕方、帰国するとの情報がもたらされ、詳しい便名まで知らされたという。
「キムタクはわざわざ報道陣のいるゲートから出てきましたし、最初から取材させることが前提の帰国であることは明らかです。他の4人の口を封じておいて、キムタクだけに、生の声、言葉でファンに謝罪させる。それで、生取材に応じていない他の4人とのちがいを見せつけて、イメージアップをはかろうという作戦だったんでしょう」(スポーツ紙ジャニーズ担当)
 木村のハワイ旅行は家族で行っていた。ところが、今回の帰国では、自分ひとりだけわざわざ別便で帰ってきた。これだけをみても、マスコミを意識したパフォーマンスだったのは明らかだろう。
「リオ五輪閉幕を待っての帰国というのも、香取や草なぎたちとちがってとキムタクは五輪に配慮してます、というアピールでしょう。五輪中に発表したのは、ジャニーズ事務所の意向で香取たちに罪はないんですが、今のジャニーズはそんな理屈が通じる状態じゃない。とにかくどんな手を使っても、香取、なぎが悪で、キムタクが正しいことをアピールしろ、という姿勢ですから」(前出・スポーツ紙ジャニーズ担当)
 実際、ジャニーズ事務所はこれまでも、木村の“裏切り者”イメージを払拭するため、関係者も驚くような露骨な演出と強引な情報操作を行ってきた。
 いや、そもそも、この間、木村がハワイに滞在していたこと自体、ジャニーズの仕掛けだったのではないか、と言われている。
 実は、14日の解散発表直後、ジャニーズ事務所から御用マスコミに「木村は活動休止で決まったと思い込んで家族と出かけており、解散は寝耳に水だった」という情報が一斉に流された。また、同時にメリー喜多川副社長、藤島ジュリー景子副社長もハワイに行っていることが明かされたという。
 スポーツ紙各紙はこれを受け、「木村のいない間に4人の意志で解散が決まった」「4人は木村の不在を狙って解散を申し入れた」「知らせを聞いた木村は、電話で知り絶句していた」と書き立て、御用週刊誌の「女性セブン」にいたっては、「木村さんは“解散なんて聞いてない!”と立ち尽くしたといいます」と、いったい誰がそれ見たんだよ、と言いたくなるようなコメントまで載せていた。
 しかし、常識で考えてみればいい。今の4人に、木村のいないところで勝手に解散を言い出し、ジャニーズ事務所に対して自分たちの意志を押し切るような力があるわけがないだろう。もしそんな力があるなら、なぜ彼らはあんな公開処刑のような生謝罪をやらされたのか。説明がつかないではないか。
 また、木村についても、その行動を見ると、解散に反対だったとはとても思えない。本当に反対なら緊急帰国してもよさそうなケースだが、木村は解散を阻止しようと動いた気配さえなかった。
 ようするに、これ、真相はまったく逆なのだ。ジャニーズ事務所は最初からSMAPを解散に追い込むつもりで、木村もそれを知っていた。ただ、解散を発表したら、再びメリー氏や木村に非難が集中する。だから、それを避け、自分たちは無関係であることをアピールするため、あらかじめハワイ旅行に脱出し、ジャニー社長が全責任を負うかたちにしたのだろう、と関係者は口を揃えている。
 実際、御用マスコミがいくらジャニーズのリークに乗っかって、「木村は解散を知らなかった」という記事を垂れ流しても、ほとんどのファンは信じなかった。むしろ、木村一家がメリー氏やジュリー氏と合流していたとの情報が流れ、「やっぱりメリーとキムタクがグルになって4人をハメた」と事務所に抗議が殺到する事態となった。
 ところが、懲りないジャニーズと御用マスコミは、さらに失笑ものの情報操作を行っている。木村とメリー氏がハワイで合流していたとの情報を打ち消すため、「スポーツニッポン」がこんな記事を載せたのだ。
〈ジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長(89)が、11日にSMAP解散が正式に決定した後、休暇のためハワイ入りしていたことが15日、分かった。メリー氏の長女で事務所副社長の藤島ジュリー景子氏(50)、歌手の竹内まりや(61)、女優の大地真央(60)という豪華メンバーと共に“セレブ女子ツアー”中。目撃した人は「オシャレな方たちばかりなので目立ち、すぐに分かりました。意外なメンバーでびっくりしました」と驚いていた。〉
 つまり、メリー、ジュリー親子は“セレブ女子ツアー”(笑)中を目撃されており、キムタク一家と合流なんてしているわけがないというのである。ハワイでメリー、ジュリー親子を特定できるって、どれだけ芸能通の目撃者なんだ、とツッコミたくなるが、これもやはりジャニーズ事務所のリークだったらしい。
「しかも、メリーさんの周辺からの情報のようですよ。記事に『オシャレな方たちばかり』などと、気持ちの悪いヨイショが散りばめられているのは、そのせいでしょう(笑)」(スポーツ紙記者)
 もはや笑うしかない芸能マスコミの奴隷ぶりだが、ジャニーズの情報操作は、木村の帰国が近づくにつれて、さらにエスカレートしていった。象徴的なのが、今回の帰国直前、各メンバーがラジオで出すコメントを使ったイメージ操作だ。
 香取慎吾、草なぎ、稲垣は、解散発表のコメントとほとんど同じことしか口にしなかった。中居もリオ五輪中に世間を騒がせたことへの謝罪がプラスされていたものの、解散についての文言は「申し訳ありません」という定形だった。一方、キムタクは19日に放送されたラジオ『木村拓哉のWhat's up SMAP!』(TOKYO FM)でファンに「すべてのSMAPファンのみんなに、ただただ、申し訳ない、本当にゴメン」と肉声で語りかけた。マスコミはキムタクだけが自分の言葉で誠実に謝罪したように報道したが、裏事情はぜんぜん違ったのだという。香取に近いジャニーズ関係者は呆れた様子でこう語っていた。
「あれはジャニーズサイドが4人に解散コメントと同じことしか言うなとストップをかけているんだよ。キムタクだけに生の言葉で謝罪させ、『SMAP×SMAP』で一人だけ謝らなかった悪いイメージを挽回させようとしたんだ。しかも、その直後、キムタクがこのラジオ番組の実際の収録では、メンバー一人一人にメッセージを語っていたが、放送でカットされたという話をテレビ朝日がやったでしょ。あれなんて、ジャニーズのリークじゃないと絶対に報道できない話。ジャニーズが意図的に、キムタクだけが解散に反対で、メンバーに思いを伝えたがっているということをアピールしたんですよ」
 そして、こうしたイメージ操作の極め付けが今回の木村の帰国パフォーマンスだったのである。
 事実、木村の会見を受けて、スポーツ紙やワイドショーがさっそく、「やはり木村はスジを通していた」「木村は一貫してSMAP解散に抵抗していた」と木村擁護の大合唱を始めている。しかも、中には木村擁護のためにこれまで報道されてきた事実を捻じ曲げようとする動きまで出てきた。
 今日の「スポーツニッポン」が帰国の際の「去年の末から今回の騒動に至るまで、自分自身は変わってない」という発言を取り上げ、こんな記事を書いているのだ。
〈スポニチ本紙の取材では昨年6月に女性マネジャーがメンバー全員を集め、独立話があることを初めて説明した。その場で木村は「それ(独立)がいいとは思わない」と独立の意思がないことを表明。事務所と確執もないのに退社するのは筋が通らないという主張だった。
 ところが同12月。元マネジャーが水面下で活発化させていた独立への行動にメリー喜多川副社長(89)が激怒。事務所が初めて公式にメンバー全員の意思確認をすることになった。木村以外が独立の意思を表明する中、木村は半年前と変わらず残留の意思を示した。これに驚いたのがほかのメンバー。元マネジャーから、木村も独立に賛同していると説明を受けていたからだ。これがグループが分裂する決定的な原因になった。〉
 もはや開いた口がふさがらない。木村が昨年の時点で一旦独立に同意したのは、「週刊文春」はもちろん「女性セブン」などの御用メディアでさえ認めていた明らかな事実ではないか。だいたい、木村が行動を共にしてくれるという確信なしに、飯島マネージャーが独立に動くはずがない。実際に、木村の映画などについても権利配分の話が進んでいたことは、今年の初め、ジャニーズ関係者も認めていた。
「おそらく、一旦独立に同意をしていたということを否定しないと、“裏切り者”のイメージは消えないと判断。今頃になって、飯島マネージャーが嘘をついていたことにして、事実をひっくり返そうとしているんでしょう。まずは、一番の御用マスコミであるスポニチに書かせ、これから先、ワイドショーや週刊誌にもその線でがんがん書かせる作戦じゃないですかね」(前出・スポーツ紙記者)
 ただ、ジャニーズがいくら強引な情報操作をして、御用マスコミがいくらそれを垂れ流しても、世間にはもうその手口がすっかりバレてしまっている。下手にあがけばあがくほど、キムタクのイメージは悪くなり、メディアの信用性がなくなっていくだけのような気もするのだが……。(時田章広)


蓮舫氏「岡田代表が大好き。ただ、本当につまらない男」 民進党代表選に向け会見
民進党の代表選挙(9月2日告示、9月15日投開票)への出馬を表明した蓮舫参議院議員が8月23日、日本外国特派員協会で記者会見した。
党代表代行でもある蓮舫氏は、代表選挙の「最有力候補」とみられている。会見の中で蓮舫氏は、安倍首相の経済政策アベノミクスを「昭和の時代には機能した」と批判。その上で「(民進党は)人への投資を明確にしっかりと示す」とし、予算の組み替えによって給付型の奨学金や保育士・介護しの待遇改善を目指す政策を訴えた。
また、蓮舫氏は岡田克也代表について、「ここが大事なので、ぜひ編集しないでいただきたいのですが…」と前置きした上で、「私は岡田克也代表が大好きです。ただ、1年半一緒にいて、本当につまらない男だと思います」と冗談交じりに発言。
その上で、「人間はユニークが大事です。私にはそれがあると思います」と述べ、自身が代表に選出されることで、民進党のイメージアップを図れるという考えを示した。蓮舫氏は、岡田代表から代表選での支持を取り付けている。
■民進代表選、蓮舫氏の対抗馬は?
民進党代表選をめぐっては、岡田克也代表が蓮舫氏を支持する意向を示唆している。一方で、現執行部に批判的なグループが蓮舫氏への対抗馬を模索しているが、意見を集約できていない。
NHKニュースなどによると、早くから次期代表の有力候補の一角とみられていた前原誠司元外相や、現執行部に批判的な長島昭久元防衛副大臣らが立候補に踏み切るかどうかが焦点になるとみられている。
朝日新聞デジタルによると、旧民主党代表も務めた前原氏は早くから次期代表候補の有力候補と見られてきた。8月に入ると、党内最大勢力である旧「維新の党」出身議員や、現執行部に批判的な大畠章宏元幹事長と会談。また、出馬に意欲を見せる長島昭久元防衛副大臣とも面談。連携の動きを加速させている。
ただ、前原氏と政治理念も近いとみられてきた細野豪志元環境相は、8月上旬に蓮舫氏の支援を表明しており、党内から幅広い支持を得られる見通しは立っていない。
江田憲司代表代行ら旧維新の党出身議員ら約20人は8月3日、代表選の主導権を握ろうと新たなグループを立ち上げたが、前原氏や江田氏のほか、党内の若手議員らからは世代交代を進めるべきだとして、党国対副委員長の玉木雄一郎衆院議員を推す声もあり、候補を絞り切れていない状況だ。


イスラム教徒用水着への罰金、実業家が肩代わり申し出 仏
フランスの一部の海岸でこの夏、イスラム教徒の女性向けの全身水着「ブルキニ」が禁止されたことに対し、アルジェリア人実業家のラシド・ネカズ氏が女性たちの罰金を肩代わりすると表明した。
ブルキニは顔と手、足以外の全身を覆うタイプの水着。仏南部カンヌでは7月28日から8月31日まで暫定的に禁止され、違反者には罰金38ユーロ(約4300円)が科されることになった。
ネカズ氏は裕福な起業家で人権活動家でもある。仏市民権を持っていたが2013年に放棄した。罰金を肩代わりする理由について「女性たちにブルキニ着用の自由を保障するため、そして何よりこの抑圧的で不公平な法律の適用を無効化するため」と語った。
フランスでは11年4月、イスラム教徒の女性が全身を覆い隠す「ブルカ」や目以外の顔を覆う「ニカブ」を公共の場で着用することが欧州で初めて禁止された。違反者は罰金150ユーロの支払いまたは公共奉仕活動への参加を命じられる。
こうした動きはほかの欧州諸国でも相次いでいる。ドイツの内務相は先週、学校や政府庁舎などの場でブルカとニカブの着用を禁止する方針を明らかにした。
ネカズ氏は、パリの新聞社襲撃事件や南部ニースのテロ事件の後、一部の政治家が市民の間に広まるイスラム教への恐怖に便乗し、自由を制限しようとしていることは「容認できない」と強く抗議。フランスのほかにもベルギー、スイス、そしてドイツなどで同様の動きがあると非難した。
そのうえで「欧州の民主国家を民主国家たらしめているのは基本的自由の尊重だと、各国に再認識させることが私の義務だ」と語った。
ネカズ氏の妻はブルキニなど伝統的なイスラム女性の装束を着用しないという。同氏自身、「ニカブやブルキニを着用することが欧州社会に溶け込む最良の方法だとは思わない」と話す。ただそれでも、かつて「君の意見に賛成できないが君が意見を述べる権利は命を懸けて守る」と述べた仏哲学者ボルテールに言及し、「女性たちの表現の自由を死んでも守る」と断言した。
ブルキニの禁止をめぐっては、ほかの人権活動家らも「緊張をあおるばかりで逆効果」といった批判の声を上げている。
ネカズ氏によると、これまでに15人の女性から罰金支払いの依頼があった。禁止令の期限が切れる今月末までに罰金を言い渡される女性は100人前後になると予想される。

台風が気になる/サイボーグ009をはじめて読んで

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Lucua160729

Japon : un puissant typhon se dirige vers Tokyo, des vols annulés
Des "pluies terribles" et des vents pouvant atteindre 180km/heure sont redoutés avec l'arrivée du typhon.
Un typhon, Mindulle, le neuvième de la saison en Asie, se dirigeait lundi matin vers Tokyo, avec de puissantes rafales de vent et des pluies diluviennes, forçant les compagnies aériennes japonaises à annuler des centaines de vols et perturbant la circulation sur les routes et voies ferrées.
"Des pluies terribles". Le typhon, dont les pointes de vent peuvent atteindre 180 km/heure, est arrivé vers 8h locales (3h, heure française) sur la péninsule d'Izu au sud de Tokyo et se dirigeait ensuite vers la capitale qu'il devrait atteindre à la mi-journée. Des avis de préparation à l'évacuation concernant des dizaines de milliers de foyers ont été lancés pour plusieurs localités ou risquent de se produire des inondations et glissements de terrain. "Des pluies terribles sont redoutées dans toute la partie Est du pays avec des vents extrêmement forts", précisait la chaîne publique NHK.
Les transports très perturbés. Des trains ont été stoppés ou retardés aux heures de pointe et ceux qui circulaient étaient ralentis et bondés. Les taxis étaient pris d'assaut dans la capitale. Au moins 387 vols ont été annulés par les compagnies aériennes, dont 145 pour Japan Airlines (JAL) et 96 pour All Nippon Airways (ANA). Le nombre pourrait augmenter au fil des heures.
フランス語
フランス語の勉強?
大阪のおっさん。 ‏@OosakanoOtusan
かって、一国の宰相が、オリンピックの閉会セレモニーに中心舞台に、しゃりでて、パホーマンスを❗❗
他国の首長の貴賓席からの観覧は観たことは有るが❗
安倍の「幼児性」が丸出しだ❗❗


台風が東京から東日本を北上するとのこと.宮城を直撃.なんだかとても気になってしまいます.
お昼にカジキマグロをいただいたのですが,たまたまあったサイボーグ009のマンガを読みました.サイボーグ009は何となく知っていたもののマンガを読むのは初めてなんです.石巻にある石ノ森萬画館に行ってみたいなぁと思うのでした.

<雄勝に生きる>地域の宝 浜辺で育てる
◎半島の再生記(2)/(中)楽しむ
<海で思い出作り>
 浜辺に子どもたちの笑顔が広がった。
 7月下旬、石巻市雄勝町桑浜地区。「うみねこキャンプ」と称する同市大須小の催しがあった。海での活動や学校での宿泊を通じて思い出を作り、古里への理解を深める。
 2〜6年の全児童5人が漁船に乗り、カレイやアイナメを釣った。海中の養殖ホヤ、体長50センチ以上のハモも見た。桑浜漁港では、同市大須中の生徒と一緒にスイカ割りやバーベキューを満喫した。
 5年永沼海生(かいせい)君(11)は「みんなで釣りをしたりスイカ割りをしたりして楽しい」と声を弾ませる。
 永沼君と妹の4年ちはるさん(9)は年に数回、父親の仁一さん(58)の漁船で海に出る。日頃は桑浜地区の自宅でウニの殻むきの手伝いをする。
 仁一さんは桑浜地区に生まれ育ち、幼い頃はよく浜で遊んだ。地元の高校を卒業後、1990年ごろまでは遠洋漁業をしていた。
<大須小は統合へ>
 現在、地区に暮らすのは約15世帯。東日本大震災で住宅や船が被災し、少子高齢化が加速した。同じく大須小学区の羽坂、熊沢両地区に児童はいない。
 「子どもは宝。地域で子どもを大事に育てている。学校生活や豊かな自然との触れ合いを楽しみながら、将来やりたいことを見つけてほしい」。仁一さんの望みだ。
 大須小は2002年4月、旧大須小と旧桑浜小の閉校に伴い誕生した。だが、児童数の減少や震災の影響で本年度限りで学校を閉じ、来年4月に同市雄勝小と統合する。
 桑浜地区の高台に複合体験施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」がある。築約90年で木造の旧桑浜小校舎を改修。全国や海外から子どもたちが訪れる。宿泊して農林漁業を学ぶなどするプログラムを提供している。
<子どもの姿励み>
 桑浜漁港の近くに住む永沼きよ子さん(81)は、旧桑浜小が学びやだった頃を思い出す。児童の給食や単身赴任の先生らの食事を提供していた。「おいしそうに食べてくれるのがうれしかった」と懐かしむ。
 夫と長男は震災前に亡くなった。2人が残した自宅は津波の被害に遭わずに済んだ。今はのんびりと日々を過ごす。
 地区に子どもの姿が少なくなった。「地元に子どもがいるとにぎやかで、見ている私も楽しくなる」。浜辺に響く笑い声が消えないでほしい、と願う。


<熊本地震>寄り添う歌声美しく
 熊本地震で被災した障害者や現地で活動するNPOなどを支援しようと、「熊本支援チャリティーコンサート」が21日、仙台市太白区文化センター・楽楽楽(ららら)ホールで開かれた。
 市内を拠点に活動するNPO法人や一般社団法人などでつくる実行委員会が主催。仙台市出身のメゾソプラノ歌手後藤優子さんや、気仙沼市出身のシンガー・ソングライター熊谷育美さんら県ゆかりのアーティストら14組が出演し、約7時間にわたって美しい音色を響かせた。コンサートの収益は熊本県に寄付する。
 演奏の合間には、被災地に入って支援活動をした団体が現地の様子やボランティア活動の内容を報告した。


<熊本地震>チェロの音色で恩返し
 学齢期を県内で過ごしたチェロ奏者、矢内ジョイ奈鶴さん(24)の「熊本地震チャリティーリサイタル」が21日、仙台市青葉区の市シルバーセンターであり、約100人を魅了した。
 人形浄瑠璃を表現した故黛敏郎作曲「独奏チェロのための『文楽』」など、普段はあまり弾かないという3曲を演奏し、チェロの知られざる音色を披露した。
 矢内さんはボストン在住。小中学校時代を仙台、石巻両市で過ごし、現在も実家は石巻市にある。今回は東日本大震災時の支援に恩返ししようと、帰省した機会にリサイタルを開いた。
 入場無料とし、会場には募金箱を設置。集まった義援金は日本赤十字社を通じ熊本地震の被災地に送る。
 矢内さんは「音楽で被災地の力になれないかと思った。熊本も一日も早く復興できればいい」と語った。


<むのたけじさん死去>悼む声 続々
 故郷の秋田県を拠点に、反戦・平和を訴え続けたむのたけじさんが亡くなった21日、地元関係者から悼む声が上がった。
 50年来の交流がある元聖霊女子短大教授で、あきた文学資料館名誉館長の北条常久さん(77)=秋田市=は「戦争を止めるにはどうしたらいいか、といったことを、真剣に考え続けた人だった」と語る。
 昨年、100歳の誕生日にお祝いの電話をかけた際には「おめでたくない。俺はまだ死なない」と言われた。「(反戦・平和のために)やり残したことがあったと思う」と残念がる。
 元横手市長の千田謙蔵さん(84)は「むのさんが52年ごろ、横手市でつくった『平和の戦列』という団体には、教師や農民ら約200人が参加し、原水爆禁止運動などに取り組んだ。あの頃が、ジャーナリストとして最も輝いていたのではないか」と振り返る。
 むのさんと同居していた次男武野大策さん(63)=さいたま市=は「これまで良く頑張ってくれた。最後はやすらかに旅立ちました」とのコメントを発表した。


河北春秋
 <はじめにおわりがある。抵抗するなら最初に抵抗せよ。歓喜するなら最後に歓喜せよ。途中で泣くな。途中で笑うな>。この第1編から『詞集たいまつ』(1967年)は始まる。むのたけじさんが横手市で創刊した「たいまつ新聞」に書いた片言隻句(せっく)や時評を集大成した▼平和や人権、政治などをテーマに2千を優に超す。重い戒めのメッセージとして、短詩型文学としても乾いた現代人の心に染み渡った。「自分の歯でかみ砕き思うままに活用してほしい」▼終戦の日に朝日新聞記者を辞め秋田に戻った。「明治以来さげすまれてきた東北をここで考えたかった」という東北人意識と共に、戦前の戦争報道への反省が心の内に常にあった。「歴史がどこに向かっているかを伝えよ」と、ジャーナリズムに警鐘を鳴らし続けた▼100歳を超えてなお、安全保障関連法や改憲の反対集会に出向き、「戦争のなかったこの70年間を考えてほしい」と、安倍政権を批判したむのさん。きのう、101歳で亡くなった。71回目の終戦忌を見届けた後の旅立ちだった▼『詞集たいまつ』で一番のお気に入りは<夜が朝を産む>だった。「矛盾や対立するものを受け止めながら、躍り上がる精神を持たないと歴史はつくれない」。夜をくぐり抜ける勇気が湧く。

むのさん死去 戦争起こさせない遺志継ぐ
 反戦を訴え続けたジャーナリストむのたけじ(本名武野武治)さんが亡くなった。
 生前こう語っていた。
 「私の知っている範囲で、軍部と一緒になって旗を振った記者はほとんど見当たらなかった。しかし、戦争が始まってしまってからでは、新聞も政党も思想団体もまったく無力。国家は自分に反対するものは全部吹っ飛ばしてしまいます。抵抗できません。戦争と戦うのであれば、戦争を起こさせないことです」
 むのさんの遺志を、しっかり胸に刻み、戦争への道を許さず、国民の知る権利に応える報道を貫かなければならない。
 「負け戦を勝ち戦と報じ続けてきたけじめをつける」として、1945年8月の敗戦を受け朝日新聞社を退社した。故郷の秋田県横手市で週刊新聞「たいまつ」を発刊し、反戦記事を書き続けた。
 むのさんは、従軍記者としてインドネシアに派遣された。「本当に戦争をたくらんだのは昭和13、14、15年に日本社会に巣くった連中だ。われわれは新聞社にいて何も知らなかった」と語り、新聞が本来の役割を果たせなかったことを悔やんだ。戦争が始まると、新聞は萎縮して自縄自縛に陥ってしまった。
 沖縄も例外ではない。国家による「一県一紙」の言論統制によって「沖縄新報」が創刊された。「沖縄新報」は、国家の戦争遂行に協力し、県民の戦意を高揚させる役割を果たした。
 沖縄戦で日本軍の組織的戦争が事実上集結した後、安倍源基内務大臣は「沖縄の戦訓」を発表した。「ことに沖縄新聞社が敵の砲弾下にありながら一日も休刊せず友軍の士気を鼓舞していることなども特記すべきである」と語った。言論統制がうまくいったことが、国家にとって沖縄戦の教訓なのである。
 安倍政権下で特定秘密保護法が施行された。秘密指定の基準が曖昧で市民がそれと知らずに「特定秘密」に接近し、処罰されることもあり得る。報道機関も同様だ。萎縮効果を狙う手法は戦前の言論統制と酷似している。集団的自衛権の行使を可能にした安全保障関連法も施行された。
 平和憲法の下で戦後を歩んできた日本が、再び戦争に向かいかねない事態が進んでいる。今、最も問われているのはジャーナリズムの在り方である。


101歳、反骨のジャーナリスト むのたけじさん死去
 アジア・太平洋戦争で大本営発表をそのまま報道した責任に向き合って敗戦を機に朝日新聞社を辞め、戦後は反戦平和を訴え続けた反骨のジャーナリストむのたけじ(本名武野武治)さんが二十一日午前零時二十分、老衰のため死去した。百一歳。秋田県出身。葬儀・告別式は近親者のみで営む予定。しのぶ会の開催が検討されている。
 一九三六年に東京外国語学校(現・東京外大)卒業後、報知新聞、朝日新聞の社会部記者として活躍。四二年にインドネシア上陸作戦に従軍。終戦日の四五年八月十五日に退社した。
 四八年二月、故郷でタブロイド判二ページの週刊新聞「たいまつ」を創刊。同紙は米国占領下の検閲に屈せず、教育や農業問題を中心に社会の矛盾を掘り下げた。七八年一月の七百八十号で休刊した。
 近年は安全保障関連法や特定秘密保護法の廃止を訴えていた。
◆戦時報道省み 反戦平和訴え
 反戦平和を願うジャーナリストはどんな時も渾身(こんしん)の力を込めて語り続けた。「今が人生のてっぺん」。戦後還暦を迎えた二〇〇五年、社会部の企画取材のために秋田県横手市のご自宅を訪ねた時、むのさんは九十歳を超えて講演に執筆に多忙だった。
 米国が始めたイラク戦争に日本が自衛隊を派遣し、改憲の動きも活発になっていた。一九四五年の敗戦の日、「戦争の本当の姿を伝えられなかった新聞人としての戦争責任を取る」と、朝日新聞を退社したむのさんは「再び戦争に向かおうとしている」ことに黙っていられなかったのだ。
 むのさんを戦争体験の語り手として二〇〇六年夏、企画の一環としての対談が実現した。お相手はむのさんには孫世代に当たる、作家雨宮処凛(かりん)さん。昼食を挟んで六時間以上語りあった。むのさんは人々が惰性に流されて体制に従い、戦争に巻き込まれていった怖さを語った。
 「戦争を始めたのは陸軍でも、それを止められなかった、許した国民にも責任はある」と。社会の公器である新聞は統制対象になり自由な言論が許されなくなっていくが、「統制よりも怖いのは自主規制。家族や周りが怖い」と強調した。
 「風化していく戦争体験をどうしたら受け継げるのか」という問いには「戦争は経験したから分かるというものではない。戦争が重大な問題だと思ったら、若い人は自分で勉強してほしい」と励ました。
 一九四八年に郷里で「たいまつ」を創刊。一度は捨てたペンを再び握らせた原動力は、その前年の連合国軍総司令部(GHQ)が出した2・1ゼネスト中止命令への怒りだ。「民主主義を掲げた米国の占領政策はうそ」と、創刊号に書き付けたのは中国の作家魯迅の言葉。「沈黙よ! 沈黙よ! 沈黙の中に爆発しなければ、沈黙の中に滅亡するだけである」。憲法の精神が崩されようとしている今、死ぬまで敬愛する文学者の言葉を叫んでいたのではないか。
 「どんな悪い平和でもいい戦争に勝る。平和は意識的な戦いの中でしかつかめない」と説いたむのさん。原点は、戦争中に三歳のまな娘を病気で亡くした経験にある。二度と子どもが犠牲になる世の中にしない。一人一人が変われば大きな力になる。
 数々の名文句を残したむのさんが語った言葉がある。平和を願うなら、そのための記事を毎日書き続けることで、願いは「主義(イズム)」となり、「ジャーナル(日記)」は「ジャーナリズムになる」。書き続けなくてはならない。私たちはむのさんの思いを受け継ぐ。 (編集委員・佐藤直子)
◆「憲法9条こそが人類に希望をもたらす」
<むのたけじさん最後の演説要旨>
 むのたけじさんは今年五月三日、東京臨海広域防災公園(東京都江東区)で開かれた憲法集会に参加し、車いすに乗って拳を振り上げながら憲法九条の大切さを訴えた。これが公の場での最後の姿となった。当日の演説要旨は以下の通り。
 私はジャーナリストとして、戦争を国内でも海外でも経験した。相手を殺さなければ、こちらが死んでしまう。本能に導かれるように道徳観が崩れる。だから戦争があると、女性に乱暴したり物を盗んだり、証拠を消すために火を付けたりする。これが戦場で戦う兵士の姿だ。こういう戦争によって社会の正義が実現できるか。人間の幸福は実現できるか。戦争は決して許されない。それを私たち古い世代は許してしまった。新聞の仕事に携わって真実を国民に伝えて、道を正すべき人間が何百人いても何もできなかった。戦争を始めてしまったら止めようがない。
 ぶざまな戦争をやって残ったのが憲法九条。九条こそが人類に希望をもたらすと受け止めた。そして七十年間、国民の誰も戦死させず、他国民の誰も戦死させなかった。これが古い世代にできた精いっぱいのことだ。道は間違っていない。
 国連に加盟しているどこの国の憲法にも憲法九条と同じ条文はない。日本だけが故事のようにあの文章を掲げている。必ず実現する。この会場の光景をご覧なさい。若いエネルギーが燃え上がっている。至る所に女性たちが立ち上がっている。新しい歴史が大地から動き始めた。戦争を殺さなければ、現代の人類は死ぬ資格がない。この覚悟を持ってとことん頑張りましょう。


生活困窮者支援/先進自治体はここまでやる
 2015年4月に施行された生活困窮者自立支援法の世評が芳しくない。いわく「国は地方に責任を押し付けようとしている」「生活保護の受給抑制が真の目的ではないのか」。
 生活保護の一歩手前にいる人をすくい上げ、就労へと導く法の理念は是としつつ、多くの自治体が具体的運用に戸惑い、立ち止まっているかのようだ。
 一方で生活保護の受給世帯は毎月のように過去最多を更新し、地域社会の活力が日々奪われているのも事実。もはや国と地方が責任を押し付け合っている場合ではない。
 立ちこめる暗雲をどうやって打ち払うべきか。この難問に滋賀県野洲市が今夏、一つの答えを示した。法施行以前からの地道な取り組みを明文化した「くらし支えあい条例」の制定である。
 強引な訪問販売など身近な消費トラブルに対応するうち、問題の背景に経済困窮が横たわっていると見抜いたのが野洲市だった。
 条例は、訪問販売を登録制にして悪質業者を排除すると同時に、行政組織を挙げて多重債務に陥った市民の発見に力を注ぐことを目的とした。着目したのは、税や公共料金の滞納だ。
 市民生活相談課を中心に、滞納しているのが税なら税務課、学校給食費なら学校教育課から職員が集まってチームを結成。就労の支援や債務返済計画の策定を手助けし、困窮市民一人一人が自立するまで行政が伴走する。
 各担当課が場当たり的に取り立てを始めれば、生活困窮者が破綻するのは火を見るより明らか。野洲市は、徴税を強化するより納税できる市民を育てる方が、地域社会の利益になると考えた。
 滞納という決して褒められない行為を、むしろ困窮者支援の入り口と受け止める柔らかな発想に注目したい。
 多くの自治体は正反対の対応に終始しているのが現実で、例えば宮城では公的債権の回収を目的に県と市町村が徴税Gメンを結成。滞納者からの取り立てを強化し、実績を挙げている。
 課税公平の原則を守ろうとする趣旨は分かるが、公権力の行使が生活困窮者を破綻へと追い込んでいないか、ここは冷静な検証も必要だろう。
 特に東日本大震災の被災地では、住民の経済的貧困が地域再建の障壁になりつつある。被災自治体が今後採るべき方策は宮城モデルか、それとも野洲市モデルか、よくよく吟味してほしい。
 くらし支えあい条例は、自治体政策法務の見地からも重要な意味を持つ。
 条例23条は「市は、その組織および機能の全てを挙げ、生活困窮者の発見に努める」としている。つまり、福祉は行政の一部門ではなく、存在意義そのものであると宣言したに等しい。
 野洲市の条例は、明文化することで過去の取り組みを後世に担保し、既成概念を突き崩して新しい価値を打ち立てた。北海道ニセコ町のまちづくり基本条例(2000年)、北海道栗山町の議会基本条例(06年)に比肩し得る成果と言えるだろう。


シールズ解散 「次」にどうつなげるか
 昨年成立した安全保障関連法の廃止などを街頭で訴えてきた学生グループ「SEALDs(シールズ)」が解散した。昨年の結成以来、活動は全国に広がり、先の参院選では民進、共産両党などによる野党共闘が実現するきっかけを作った。その意義は決して小さくない。
 「民主主義って何だ」「これだ」−−。こんなラップ調の掛け合いでシールズが安保関連法に反対する活動を国会周辺で始めたのは昨年6月だった。彼らはごく自然にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を駆使する世代だ。その呼びかけに応じて、高齢者も含めて多くの人がデモに集まった。
 そうしたスタイルは「デモは政党や労働組合など既存の組織や団体が動員するもので、古臭い(=ダサい)」といったイメージを一変させたといっていい。組織に属さない個々の市民をつなげる新しい市民運動の一つのモデルとなるだろう。
 安保関連法成立後は各地でメンバーや学者、市民グループによる「市民連合」が結成され、参院選での野党共闘を後押しした。その結果、1人区(改選数1の選挙区)すべてで野党4党が候補者を一本化し、一定の成果を上げたのは記憶に新しい。
 これも実際には野党共闘を各地で進めるために政党側が彼らに頼った面が大きい。「最近の若者は政治に無関心」という世間の常識を変え、野党レベルとはいえ現実の政治に影響を与えたことは特筆されていい。
 ただし、過大評価されるのはメンバーにとっても重荷だったろう。安保関連法は自民党などの多数で成立し、参院選でも野党が掲げた「参院での改憲勢力3分の2阻止」の目標は果たせなかったからだ。
 各種の世論調査やアンケートを見ても、彼らの行動に共感してデモに参加したいと答える人は同じ若い世代でも少数にとどまっている。
 シールズが目指してきたのは政治を一部のプロだけに任せるのではなく、一人一人の日常生活と政治をどう結びつけるかだったという。今後に残された課題だと受け止めたい。
 言うまでもなく、デモに参加することだけが政治参加ではない。そして誰でもできる政治参加が選挙である。ところが先の参院選も投票率は54%。特に憲法や安全保障への関心は総じて薄いのが実情だ。
 政府や政党は、まず国民全体の政治への関心を高める努力をしていく必要がある。
 日々の暮らしの中で政治を考え、語り合うのが当たり前になる社会。時の政権が行き過ぎていると思ったら、市民が異議を唱え、政権側もきちんと耳を傾ける政治。それを進める契機としたい。


シールズ解散 社会に強烈な問題提起
 71回目の終戦記念日を区切りとして、若者グループ「SEALDs(シールズ)」が解散した。参院選後の解散は昨年から表明していた。
 そもそも「自由と民主主義のための学生緊急行動」を名称の由来とする組織だけに、永続性は想定していなかったに違いない。引き際も含め、一連の取り組みは社会に強烈な問題提起と言える。
 シールズは代表を置かずに「個」を前面に押し出し、かつての学生運動とは一線を画した。毎週金曜日の国会前の集会は、打楽器に乗せてラップ調の掛け声が延々と続く。
 スピーチは「私」が主語。定刻になるとピタリとやめ、各自ごみを拾いながら帰途に就く。「金曜集会」は本県はじめ全国に波及した。
 先の参院選では、安全保障関連法廃止を掲げた野党共闘の接着剤となった。道半ばの解散とも映るが、個々の思いが集まって一つの運動になったとすれば、その受け止め方も基本的には個々の問題と解釈するべきなのだろう。
 主催者発表で12万人が参加した国会前の集会から間もない昨年9月に、マスコミ各社の会議に招かれた主力メンバーらは口々に「東日本大震災と東京電力福島第1原発事故が、社会に問題意識を抱くきっかけ」と語った。
 組織のまとまりを探るような質問は、的を外していただろう。メンバーの一人が今後の方向性に触れると、それを聞いた他のメンバーは「もう(活動を)やめようかと思っていた」と言葉を重ねた。
 そう言ったのは、安保関連法案を審議する参院特別委の中央公聴会で公述人となるなど、グループの中心的役割を担った奥田愛基さんだ。奥田さんは「記者の方々に『政治に関心があって偉いね』と言われるのが一番むかつく」とも言っていた。
 「僕らが問われているように、あなたも問われていますよ、と言いたい」
 こうした発言が示唆するのは言いしれぬ閉塞(へいそく)感だろう。「生まれた時から格差社会。絶望し切っているからこそ何かやらないと」と奥田さん。以後の活動の広がりは、同じ思いが世代を超えて拡散していることを印象付けた。
 野党勢力が分散して「自民1強」の対抗軸となり得ない中で、安保関連法は違憲の疑いを引きずったまま成立。戦後日本を貫いてきた平和主義が脅かされかねない現状への危機感が共鳴し合い、活動を盛り上げたに違いない。
 街頭で何度となく繰り返された「民主主義って何だ」というコールが、彼らの訴えを象徴する。活動に対する評価はさまざまあっても、主権者である国民一人一人が考え、よりよい方向を目指す契機としての意義は大切にしたい。


[取材妨害・住民排除]工事止め協議の場作れ
 この工事は一体全体、誰のための、何を目的にした工事なのか。
 違法性の疑いのある検問が現場の県道で実施され、事前協議もなしに勝手に立木が伐採された。機動隊による力ずくの警備によって住民は強制排除され、長時間の道路封鎖によって地元住民の日常生活にも支障が生じた。
 20日には、記者も抗議行動中の市民とともに一時的に拘束状態に置かれ、取材活動を妨げられた。
 米軍北部訓練場でのヘリパッド建設工事が進む東村高江。ヘリパッド建設に反対する住民ら約30人はこの日朝、工事車両の搬入を止めようと県道70号にかかる高江橋の上に座り込んだ。
 機動隊は、座り込む市民らを抱え上げ、強制的に場所を移動させた。その上で、抗議する市民を機動隊の車両と車両の間に押し込め、隊員が人垣を作って身動きの取れない状態にした。市民らはおよそ30分にわたって道路脇に閉じ込められた。
 度を越した拘束であり、市民の権利をないがしろにする警備と言うほかない。
 沖縄タイムスの記者は、県警の腕章をつけた隊員に社員証を提示し、取材中なので出してもらいたい、と申し入れた。いったん拘束を解かれたものの、しばらくして別の機動隊員が近寄ってきて別の場所に押し込められたと言う。
 琉球新報の記者も腕章を示して取材記者だということをアピールしたが、正当な取材活動を妨害され、工事車両の資材搬入の現場に近づくことができなかった。
■    ■
 この状況は1950年代の島ぐるみ闘争を思い出させる。米軍の強制的な土地接収と、軍用地料の一括払いや新規土地接収に反対して行政・議会・地主・住民が立ち上がった、あの島ぐるみの闘いである。
 北部訓練場やキャンプ・シュワブは、本土に駐留していた海兵隊を沖縄に移駐させるため、あのとき建設されたものだ。本土の負担軽減が進んだ半面、沖縄は「基地の島」として過大な基地負担を背負わされることになった。
 日米特別行動委員会(SACO)は基地の整理・統合・縮小計画に合意した。だが、ほとんどが県内移設で、北部訓練場の過半約3987ヘクタールの返還は、SACOの返還合意面積を大きく見せるための措置だった。
 米軍は不要な部分を返還する見返りに、6カ所のヘリパッドの移設と、海への出入りを確保するための土地と水域の追加提供を勝ち取った。
■    ■
 半世紀以上も前に建設された沖縄最大の基地の不要部分を返還し、日本の予算によって新たな機能を備えた訓練基地としてリニューアルし、恒久使用する。それが米軍の狙いだ。
 一方、ヘリパッドが高江の集落を取り囲むように移設され、オスプレイの訓練に使用されることは、高江の住民にとっては生活破壊を伴う大きな負担増となる。
 政府が過半返還を強調するのは高江の暮らしや豊かな自然環境への破壊的影響を無視した一方的な主張である。


高江で記者排除 報道の自由侵害を許さない
 思想・信条の自由に基づいた市民の抗議行動を国家権力が容赦なく組み敷く。今、そんな現場は国内で沖縄の名護市辺野古と東村高江をおいて、ほかにない。
 この国の民主主義の成熟度が鋭く問われる現場を歴史に刻むことは報道機関の責務だが、機動隊を投入した強権的な警備は、取材中の記者の排除、拘束に行き着いた。
 民主主義の根幹を支える報道の自由を侵害する行為であり、強く抗議する。
 米軍北部訓練場の新ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)の建設に抗議する市民を取材していた県内2紙の記者が、市民と共に機動隊車両の間に閉じ込められた。
 機動隊は20日午前、資材を搬入する工事車両を止めようと、県道70号の高江橋の上に座り込んだ市民約50人の排除を始めた。
 排除の模様を撮影していた本紙記者は機動隊員に2度も両腕をつかまれ、背中を押されて約40メートルも移動させられた。2度目は車両の間に押し込められた。約15分間の不当な拘束により、記者は市民排除の様子を取材できなかった。
 県警は「安全確保のため。記者とは明確に分からなかった」と釈明しているが、琉球新報の腕章をして記者と名乗り続け、あらがう記者が力ずくで排除された事実は動かない。明確な意図に基づく取材妨害があったことは間違いない。
 新基地建設現場の辺野古でも、市民と、機動隊や海保とのせめぎ合いが続く。大浦湾の海域で2015年1月に起きた「馬乗り」問題は、報道によって過剰な警備の真相が照らし出された例だ。
 海上保安官が船上で撮影中の女性映画監督に馬乗りになった。本紙が連続写真を掲載して検証したことで、「馬乗り」を否定していた海上保安庁は「体全体を使って(女性が)転落しないようにした」と説明を一転させた。報じられなければ、海保は「知らぬ存ぜぬ」を貫いていただろう。
 国連は4月に日本の表現の自由に関する暫定調査結果を出し、安倍政権が新基地建設に抵抗する市民に対して「過度な権力を行使している」と警鐘を鳴らした。国際基準に照らせば、過剰な警備は明らかに人権を侵害しているのである。
 行き過ぎた権力行使に歯止めをかけるには、現場に身を置いた取材が不可欠だ。記者の拘束は、民主主義と人権を危機に陥れる。二重、三重の意味で許し難い行為だ。


核兵器禁止条約  日本の立場が問われる
 スイスで開かれていた国連の核軍縮に関する作業部会が、核兵器禁止条約の締結交渉を2017年中に始めるよう国連総会に勧告する報告書を賛成多数で採択した。
 投票の内訳は賛成68、反対22、棄権13。日本はスイスやスウェーデンなどとともに棄権に回った。
 唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴える半面、現実の安全保障政策では米国の「核の傘」に依存する日本は、核兵器保有国と非保有国の対立が先鋭化するたび「思考停止」を余儀なくされてきた。政府は双方の橋渡し役を自任するものの、むしろ今回、後ろ向きの姿勢を各国により強く印象づけてしまったのではないか。
 核兵器のもたらす壊滅的な被害を改めて認識し、核廃絶への新たな取り組みを求める機運が、非保有国を中心に高まっている。
 条約の構想は、国際司法裁判所が1996年、核兵器の使用は「国際法や人道法に一般的に反する」と勧告的意見を出したことに端を発する。2010年代に入って国際赤十字社・赤新月社連盟などを軸に議論が活発化し、15年には国連総会でオーストリア主導の「核兵器禁止と廃絶に向けた人道の誓約」決議が139カ国の賛成多数で採択された。
 背景には、米ロなど核保有国が主導する核軍縮の取り組みの停滞がある。保有国や「核の傘」の下にいる国々は、安全保障の現実を踏まえた段階的な軍縮を主張する。だが、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効時期は見通せず、核拡散防止条約(NPT)再検討会議も決裂したままだ。
 むろん現行の枠組みを前進させることは重要だ。新たな条約を制定するにしても、保有国の参加なくしては実効性は期待できない。大切なのは、既存の枠組みに固執することではなく、いかにして保有国に対して軍縮圧力を強め、具体的行動を促すかだろう。
 今回の報告書に賛成した国を含め、核兵器禁止条約の締結交渉入りに賛同する国は100を超え、国連加盟国の過半数を占める。ここで被爆国・日本がどんな立ち位置をとるのか、重大な選択を迫られているとも言えよう。
 米国もジレンマを抱えつつ、核兵器の「先制不使用」宣言を含めた核政策の見直しを検討しているとされる。オバマ大統領は5月の広島訪問で核なき世界の実現への決意を新たにし、安倍晋三首相も「絶え間なく努力を積み重ねていく」と述べた。
 その言葉を忘れてはなるまい。


【関西の議論】 「橋下氏がビビって公開討論受けない」猩佳のエリカ様瓩挑発 恋人は“恫喝秘書”でなくショーンK似イケメン実業家
 「歴史はいつでも敗者に背を向けて、勝者を正しいとする」。20世紀のオーストリアの作家、シュテファン・ツヴァイクが遺(のこ)した格言。抗争に敗れていったん野に下っても、勝者の栄光を得るべく再起を期する人物は政界でも少なくない。昨年、国会をサボって男性秘書と旅行に出かけた疑惑が報じられ、旧維新の党から除名処分を受けた猩佳のエリカ様瓩海半綫松百合衆院議員(33)=無所属=もその一人だ。セクシー自叙伝の発売、バラエティー番組の出演…。除名処分以降、さまざまな犂餾瓩鯱しながら、疑惑を「濡れ衣(ぬれぎぬ)だ」と訴え続けている。このほど産経新聞のインタビュー取材に応じ、自らを追い出した維新の裏側や政界での生き残り策を暴露した。
金払わないと嫌がらせ
 《上西氏は地域政党「大阪維新の会」が掲げた「既得権益打破」や「大阪都構想」のスローガンにひかれ、大阪維新の会の国政進出に参画。平成24年12月の衆院選に国政政党「日本維新の会」(当時)公認で出馬し初当選した》
 −−維新の理念は今でも正しいと思っているのか
 「かつての維新は自民党との対立軸が明確だった。『既得権益の打破』や『既成政党ではできない改革』などはその一つ。ところが現在の維新は当時の理念を失っている。中には自民に入るために画策している者もいる。これはまさに大阪の有権者に対する裏切りにほかならない」
 《弁護士の橋下徹前大阪市長を中心に結成した日本維新の会はその後、国会議員の離合集散を繰り返し、「維新の党」を経て現在は「おおさか維新の会」へと名称を変更している》
 −−具体的に現在の維新のどこが問題なのか
 「金銭スキャンダルにまみれている。(小林由佳堺市議による)政務活動費の不適切支出や、(一部報道があった)党の幹部による高級飲食店での飲み歩きなど。自民はきれいごとを打ち出していないけど、維新は『身を切る改革』とのたまっている。言っていることとやっていることが違いすぎる」
 −−政治家はお金の取り扱いを厳格にすべきか
 「もちろんです。襟を正していかないと」
 −−上西さんも金銭トラブルに巻き込まれたことがあるのか
 「ええ。(平成24年12月に)初めて衆院選に出馬した際、『広報費』としてまず100万円を納めるようにと党から求められた。チラシやポスターなどの代金といわれたが、明細が送られてくることもなく、実際にお金がどう使われたのかは分からないまま。百歩譲って100万円は選挙のための費用だと割り切ったとしても、(100万円とは別に当時現職だった)元地方議員が私にお金をたかってきたのは許せない」
 −−どういうことですか
 「簡潔な話しかできずに申し訳ないんですが、初当選後に元議員の方にお金を要求されたんです。私は領収書をいただけないお金は支払うつもりはなかったので断った。すると『俺の断りもなく行事に顔を出すな』と怒鳴られたりと嫌がらせを受けた。怒られても怒られても顔を出し続けましたけどね」
 《元議員は上西氏の主張に「ウソで塗り固められている。嫌がらせをして行事の出席を妨害したことなどない」と反論し、次のように語る。「上西氏は地元の協力を得て衆院選に当選した。だから、(上西氏が党本部から受け取った)政党交付金1200万円のうち100万円を地元の地域支部に寄付するよう求めたことはあった。上西氏側には請求書類を送付しており、資金移動があれば当然領収書を発行するつもりだったが、結局お金は一銭も回ってこなかった。上西氏の主張は理解できない」》
除名「納得していない」
 《上西氏は昨年3月、病気を理由に衆院本会議を欠席した直後に、京都府内へ家城大心(いえき・だいしん)秘書と旅行に出かけた疑惑を週刊誌に報じられた。家城秘書は民放テレビ局の複数の記者らによる突撃取材に対し、「コルァ」「ワシの車に何しとんねん」と激しい言葉を向けたため、獨喝(どうかつ)秘書瓩覆匹畔鵑犬蕕譴拭上西氏は昨年4月3日の記者会見で「本会議2日後に京都に行ったが、旅行ではなく公務だ」と釈明したが、翌4日に旧維新の党と大阪維新の会から除名処分を受けた》
 −−除名処分は正当だったと考えるか
 「もちろん納得していない。私的な旅行というのは事実無根ですし。私は当時の維新の橋下代表を許すことができない。疑惑が報じられた直後に街頭で『上西はお金のために議員を続けている』とおっしゃった。政治家がもうかる商売でないことは、タレント弁護士から転身した橋下さんが最もよく分かっている。事務所の維持や選挙活動などでお金がかかりますし。私が知る限り、お金がほしくて国会議員を続けている人はいません」
 −−疑惑が事実無根であれば、橋下氏とは決着をつけないといけないのではないか
 「テレビ番組でも公開討論会でも何でもいい。とにかく公開の場で議論を交わしたい。私は維新をつるし上げるようなことをするつもりはありませんが、橋下さんはビビって受けてくださらない」
恋人と結婚…「ご縁あれば」
 −−今年5月に週刊誌で上西氏に恋人が存在すると報じられたが、事実なのか
 「事実ですよ。昨年3月初旬に知り合って、9月ごろからお付き合いさせていただいています。(学歴詐称疑惑で情報番組を放送開始直前に降板した)タレントのショーンK(ショーン・マクアードル川上)さんに似た50代の実業家の男性です」
 −−どういう部分が魅力的だったのか
 「私の仕事に理解があるところかな。浮気もしなさそうなタイプですし」
 −−「旅行疑惑」の際には励ましてもらったのか
 「もちろんです。交際前でしたけど、電話で『報道はそのうち落ち着くから心を強く持ってね』と優しく支えてくれました」
 −−結婚も考えているのか
 「具体的には決まっていないけど、私もいいトシなので…。ご縁があればね」
タレント転身「考えてない」
 《上西氏は除名処分の直後からバラエティー番組への出演を繰り返し、昨年8月にはフォト自叙伝「小百合」を発売するなど、メディアへの露出が目立つ》
 −−メディアに露出する狙いとは
 「ああいう騒動が報道されると、1年くらいは私のまじめな話なんて誰も聞いてくれないだろうと思った。そうした中で存在感や発信力を維持するためにはテレビ出演という手段もアリなのかなと考えた。おかげで私のテレビ出演を通じて、若い人たちも政治に興味を持つきっかけにはなってくれた」
 −−テレビ番組中にコメンテーターから攻撃されたこともありましたね
 「私の化粧が変だとか、コメンテーターに『あの人嫌い』とか言われた。確かに腹は立ったけど、けんかしても仕方ないし、私も公人である以上は何を言われても割り切るしかないことは自覚している」
 −−フォト自叙伝「小百合」は上西さんのセクシーな写真が50カットも掲載された。今後も出版を考えているのか
 「本は出したいと考えますけど、次は写真はないかもしれません」
 −−若者と政治の距離を近づけるため、テレビ出演以外に具体的に取り組んでいることはあるのか
 「今年、選挙権の年齢が18歳以上に引き下げられたのに伴って、高校の授業に参加するようにしている。バラエティー番組に出て知名度が上がったことや、特定の政党に所属していないことなどから、高校の方から『生徒が喜ぶのでぜひ授業に来てほしい』とオファーがかかるようになった。国民に政治の本当の姿を発信する義務が私にはありますから」
 −−政治家を辞めてタレントに転身することは考えてはいないのか
 「周囲から同じようなことを聞かれることはある。でも、選挙では地元の皆様に私の名前を書いてもらった。一度政治家の道を志した以上は、一生政治家でありたいと思っている。維新に入って除名されて今は無所属だけど、維新が掲げた理念はほかの誰よりも私が一番大事にしている。実は最も「維新らしい」政治家は私だ。国民の皆様のために何ができるのか。常にそれを考えて前に進んでいきたい」

 【プロフィル】上西小百合(うえにし・さゆり) 昭和58年4月30日生まれ。大阪府出身。神戸女学院大卒。損害保険会社勤務などを経て、平成24年12月の衆院選に大阪7区(吹田市、摂津市)から旧日本維新の会公認で出馬し、比例近畿で初当選。現在2期目。昨年3月、国会本会議を病欠した直後に旅行に出かけた疑惑が報じられ、翌4月に維新から除名処分を受け、無所属となった。活動報告は本人ブログ( http://ameblo.jp/uenishi-sayuri/


元副総裁・山崎拓氏が苦言 「今の自民は猿山の猿と同じ」
 防衛庁長官や自民党副総裁などを歴任。今なお政界に影響力を持つ重鎮は、議員生活35年間のすべてを手帳に克明に残していた。毎日どこで誰と会って、何を話したか。それは日本の近現代政治史の生々しい記録でもある。この備忘録をまとめた「YKK秘録」が発売され、話題を呼んでいる。永田町の表も裏も知り尽くした政治家が、過去の知られざる事実、そして現政権への苦言まで縦横無尽に語る。
――山崎拓(Y)、加藤紘一(K)、小泉純一郎(K)の「YKK」は90年代から2000年代にかけての日本政治の主役でしたが、誕生のきっかけは意外とあっさりしていたのですね。
 3人とも72年に初当選した同期で、なぜか加藤とは最初からウマが合った。小泉とは、第33回総選挙初当選36人の「さんさん会」という同期会で顔を合わせる程度の間柄でした。90年の大晦日、福岡の自宅で紅白歌合戦を見ていたら、加藤から電話があって「政界の同志づくりをしたい」と言う。私が所属する政科研(中曽根派)と、加藤の宏池会のほか、清和会から1人選んで3派で「反経世会」グループをつくろうという提案でした。
――それで、小泉氏に声をかけた。
 同年代が小泉しかいなかったんですよ。本会議場で加藤と席を並べていた時、「小泉はエキセントリックな男だから話が合わないよ」と私が言うと、加藤が「本人に聞いてくる」と。それで「君はエキセントリックなのか」と聞いたら、小泉は「そうだよ、オレはエキセントリックだ」と答えたそうです。面白い男だと加藤も気に入った。それで仲間にしたんです。
――盟友YKKの立場が割れた「加藤の乱」のくだりは読み応えがありました。野党が提出した森内閣への不信任決議案に賛成するかどうかで、何度も議事堂へ行きつ戻りつしていたのですね。
 あの時、あくまで加藤との友情を全うするために付き合った。派閥の仲間は「一緒に討ち死にする」と言ってくれたが、道連れにするわけにいかず、「アンタと俺だけで本会議に出席しよう。それで党を割ろう」と、加藤とハイヤーに乗り込んだ。ところが国会議事堂に着いた途端、加藤が弱気になって「やっぱり戻ろう」と言い出した。戻る途中、矢野絢也(元公明党委員長)から電話があって「何やってんだ、早く行け! 行かないと政治生命を失うぞ」と言われ、再びその気になって議事堂に向かうのですが、また加藤の心が折れてしまった。すっかり脱力してホテルオークラに戻り、ソファで横になっていると、加藤がまた「拓さん、行こう」と。さすがに「三度目の正直というわけにもイカン」と突っぱねたのですが、ひとりで出ていった加藤は案の定、すぐ戻ってきた。あの時、本会議場に行っていれば、日本の政治史は確実に変わっていました。
■「YKKは友情と打算の二重奏」の意味とは
――何が岐路になるか分からない。政治は「一寸先は闇」というのは本当です。
 その点、小泉はドライで、YKKの友情より森派会長として勝者の側に立つことを選んだ。それが後に首相に上りつめるきっかけになった。夏目漱石が言った「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」を地で行く3人でしたね。智の加藤、情の山崎、意地の小泉という三様です。
――YKKの中で早くから首相候補と目されていた加藤氏と山崎氏は首相になれず、異端の小泉氏だけが首相になった。加藤の乱の失敗が、小泉政権を生んだと分析していますね。
 加藤の乱の失敗直後、恒例の私の誕生パーティーがありました。そこに、呼んでもいないのに突然、小泉が乗り込んできた。そして、マイクを片手に「YKKは友情と打算の二重奏だ」「この場には友情ではなく打算で来た」と言ったのです。参加者はみなあっけに取られていましたが、私は小泉の言葉の意味を理解した。「あんたらは失敗した。次はオレの勝負を応援しろ」ということですよ。加藤の乱で、宏池会はかなり切り崩されたけれど、山崎派は最後まで一糸乱れなかった。そこを小泉は見ていたと思います。
――その小泉元首相は、14年の都知事選で細川元首相とタッグを組んで「脱原発」を訴えました。
 小泉とは今もたまに飲みますが、信念の男ですからね、本気で脱原発を訴えれば、後継者の安倍首相が応えてくれると思ったのでしょう。すげなくされて面白くないと思います。そういえば、この本を出した直後に細川からも電話がかかってきました。「懐かしかった」と言っていましたね。実は、69年の総選挙に初出馬して落選した細川は、浪人中しばらく福岡のわが家に寝泊まりしていた時期があるんです。その2人が晩年、タッグを組むことになるとは思いもしなかった。因縁を感じますね。
「今は政治家もサラリーマン化している」
――因縁でいえば、細川氏、小泉氏の薫陶を受けた小池百合子氏が都知事に就任しました。
 今回の都知事選は彼女の作戦勝ちでしたが、大変なのはこれからですよ。議会運営だけでなく、政権との距離感を間違えると有権者の支持を失いかねません。
――現政権は、よく小泉政権時代と比較されます。安倍首相のワンフレーズ政治や官邸主導の人事など、小泉氏の手法を真似しているといわれます。
 小泉はセンスが抜群で、政局勘の鋭さも超一流です。何より、郵政民営化にしろ、経世会打倒にしろ、強い信念を持っていた。安倍首相とはかなり違いますよ。小泉は唯我独尊、安倍は官僚に支えられている。
――そうはいっても、安倍政権の支持率は高く、長期政権になっています。その理由はどこにあるのでしょうか。
 何より、タイミングがよかったということに尽きます。民主党政権が失敗して、野党は四分五裂。国会内に対抗勢力がないのだから、政権運営は楽なものですよ。これが仮に岸田首相でも石破首相でも、同じように安定政権になっていたでしょう。
――党内にも有力なポスト安倍は見当たらず、首相に公然と反旗を翻すような動きもない。「YKK秘録」に記されたような熾烈な権力闘争が自民党内から消えてしまったのはなぜでしょう?
 昔は井戸塀政治家なんてのもいたけれど、今は政治家もサラリーマン化しています。政治資金は党から出る。それも政党助成金という税金です。権力闘争が活力を生むのに、政治家は小物になり、政治のダイナミズムが失われてしまいました。みな上ばかり見て、ボスの意向を気にしている。猿山の猿と同じですよ。
――安倍首相に従順な人が人事でも引き立てられるといわれています。防衛庁長官の経験者から見て、内外から注目されている稲田防衛相という人事はどう思われますか。
 完全なミスキャストですね。安保・防衛分野の知識と経験がないだけでなく彼女は自民党の中でもかなりの右派とされている。戦争の悲惨さを知らない世代が勇ましいことを言って、周辺国との軋轢を生んでいる現状には危うさを感じます。
■「いまは私も加藤の考えを理解できる心境」
――自民党きっての国防族と呼ばれ、01年のテロ対策特別措置法や、03年のイラク特措法の審議時は自民党幹事長として法案を成立させた立場から、昨年成立した安保法をどう見ていますか。
「積極的平和主義」という名のもとに、米国追随主義に走っている。あのタカ派の中曽根元首相でさえ「現行憲法の下では集団的自衛権は行使できない」という立場を貫いたのは、日本が法治国家だからです。安倍政権は、憲法があるのに、解釈を変えて行使を可能にするという無謀なことをした。衆参ともに安定多数を確保したので、この際「やりたかったことを全部やってしまえ」ということなのでしょうが、これを「時代の変化」の一言で見過ごしてはならないと思います。
――安倍首相は任期中に憲法改正をしたいとも言っています。
 改憲は私にとってもライフワークのひとつで、9条改正が眼目と考えてきました。ただし、1項の戦争放棄は変えず、2項で自衛のための軍事力を保持することを明記するというものです。宏池会の加藤は憲法9条改正そのものに反対の立場だった。いまは私も加藤の考えを理解できる心境になっています。平和ほど尊いものはありません。(聞き手=本紙・峰田理津子)


野球評論家・川藤幸三さん語る 「19年現役は酒のおかげ」
 通称「浪速の春団治」。記憶に残る名代打として野球ファンを魅了した元阪神タイガースの川藤幸三さん(67)。球場を離れれば、球界屈指の酒豪として知られた――。
  ◇  ◇  ◇
 ワシは現役時代、「いい生活したい」思うて野球したこと、一回もないんや。「いい酒飲みたい」「いい遊びしたい」、それだけやった。
「いい酒」「いい遊び」とは何ぞや? っちゅうたらすなわち、「いい仕事する」ことや。
 いい仕事したら、酒もおいしいなるし、遊びも楽しい。両方がうまくいくように努力してこそプロ、こう思うて野球やっとった。
 入団したんは68年。当時は猛者ゆうか、個性的な先輩が多てな。入団してすぐある先輩に、「カワ、おまえ、何しに来たんや」って聞かれて、「野球しに来ました」ゆうたら「ドアホ!」ってえらい怒られた。「ええか。いい成績残したら、18、19のガキでも、芸者遊びできるのがこの世界や。伝書鳩みたいに、球場と寮や家の往復しとるだけやったら、プロに入った意味ないやろ」と。
 高校出たばっかの小僧にしてみたら、衝撃的ですわね。ほんでも、それはプロで飯食うことの本質でもあるんや。そんな諸先輩方の中でも、ワシにとって特別の存在が遠井吾郎さんやった。酒でも野球でも、ワシの大師匠やね。
 ワシより10歳上で60年代半ばから70年代初頭までタイガースの4番。「仏のゴローちゃん」てゆわれるぐらい温厚ながら、他を寄せつけんくらいの酒豪でね。口は上手やなくて、酒は淡々と飲むタイプ。そんなところが似とったせいか、「飲みに行くぞ」ゆうて、ようけ可愛がってもろうた。
 行けば必ず、ハシゴで朝までコース。朝日が昇るころに「そろそろ帰りませんか」「そうやな、あと5分だけ」……。こうゆうてそれから1時間や。夜遊びするんは女目的の人が多いんやけど、遠井さんは酒だけやった。
■「憂さ晴らしなら飲むな」の教え
 朝まで飲んでも、その日に試合って時は球場に早う来て、減量中のボクサーが着るカッパみたいなコート着て、黙々と外野のフェンス沿いを走る。汗をガッとかいてアルコールを抜くっちゅうワケや。自他ともに認める鈍足で、普段は走るのが大嫌いやのに、真夏のカンカン照りの日でも走っとった。
 しかも、「おまえもせえ」とは一切言わん。不言実行、背中で後輩にものを教えてくれとった。それ見て、「この人は単なる大酒飲みやない」と思うたね。それこそホンマの先輩や。怖い、やかましいだけの先輩とは違う。
 それと基本、飲む時は自腹。タイガースの4番ゆうたら、どこ行ってもタニマチはおるもんやけど、人に気ぃ使うて飲みたないってタイプやから、付き合いは大事にしとったけど、媚は売らんかった。
 そして何より酒を飲むことが明日への活力、明日への糧やった。「明日、ヒットを打つんか」って聞かれて「打ちます」と答えると「よし、ほんなら飲め」。「打てるかわかりません」って返事したら「帰れ」。「明日へつながる酒やったらなんぼでも飲め」「憂さ晴らしなら飲むな。酒に失礼やろ」とね。
 そんなワシも、1回だけヤケ酒したことがあった。3シーズン目の70年。この時は不振も不振、大不振。せやのに二軍降格に納得いかんかって、若手連れて神戸・三宮の馴染みのスナックへ行ったんや。よほど怖い形相しとったんやろな。飲みだしたのに、ホステスもママも誰も近寄ってこん。若手も縮こまっとる。いつものブランデーがなんもおいしない。
 で、40分で1本空けた時、たまたま有線放送から村田英雄さんの「無法松の一生」が流れてきた。3小節の「愚痴や未練は玄界灘に 捨てて太鼓の乱れ打ち」……。これ耳にした途端、ハタと気がついた。「ワシは何をしとるんや」「周りに気ぃ使わせて、酒もまずい。最悪や」と。
 それから新しいボトル持ってきてもらって、ママに「ワシが悪かった。すまんな」って謝っていつもの飲み方に戻したんや。それがひとつの大きな転機やな。成績の良し悪しは全部、自分自身にある。いい仕事して、いい酒飲もう……。
 ワシの野球人生、ゆうたら、ずっと首の皮一枚でつながっとった。それで19年も現役でおれたんは、なんちゅうても酒のおかげやね。


五輪メリットは「国威発揚」 NHKが憲章と真逆の仰天解説
 ビックリ仰天した視聴者も多かっただろう。21日のNHKの番組「おはよう日本」。オリンピックを扱ったコーナーで、「五輪開催5つのメリット」としてナント! 「国威発揚」を挙げていたからだ。
「リオ五輪 成果と課題」と題し、刈谷富士雄解説委員が登場。刈谷解説委員は、まず、過去最多の41個のメダルを獲得したリオ五輪の日本勢の活躍について「目標を達成した」と評価。そして、2020年の東京五輪に向け、競技人口の底上げやスポーツ環境を整える必要性を訴えた。驚いたのは次の場面だ。
「何のためにオリンピックを開くのか。その国、都市にとって何のメリットがあるのか」と投げ掛けると、五輪のメリットとして真っ先に「国威発揚」を示したのだ。
 オリンピックを国威発揚の場にしたのがナチス・ドイツだ。聖火リレーの導入やサーチライトを使った光の演出など、ヒトラーは権力を世界に見せつけるため、徹底的に政治利用した。その反省から生まれたのが、オリンピック精神の根本原則を示した「オリンピック憲章」だ。JOC(日本オリンピック委員会)のホームページでも「オリンピズムってなんだろう」と題したコーナーで、こう記している。
〈『人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励する』というオリンピック憲章の精神は、戦争や独裁政治、国威発揚とは相いれない〉
 つまり、NHKの解説はオリンピック憲章の理念とは真逆なのだ。ついでに言うと、同憲章は〈オリンピック競技大会は、個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない〉ともある。JOCもわざわざ、〈みんなはメダルの数を国別で数えたりして、ついついオリンピックを国同士の競争のように見てしまいがちだろう? でも、オリンピックで勝利をおさめた栄誉は、あくまでも選手たちのものだとオリンピック憲章では定めていて、国別のメダルランキング表の作成を禁じているんだよ〉と説明している。
 NHKを含む大メディアが「メダル41個で過去最高」と大ハシャギしているのも、本来であればオリンピック精神に反する行為なのだ。スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏はこう言う。
「NHKがオリンピック憲章を理解していないことがハッキリした。そもそも国威発揚で国家間競争を煽るような勝利至上主義が、五輪のドーピングの問題を生み、スポーツ競技そのものを壊している。メディアならば、それをきちんと認識する必要があります。影響力があるテレビ、それもNHKが先頭に立って国威発揚をメリットに挙げてどうするのか。許されません」
 リオ五輪で、柔道の日本選手が「銅メダル」を獲得したにもかかわらず、「すみません」と謝罪していた姿に違和感を覚えた人は少なくなかったはず。これも勝利至上主義が招いた悪しき慣習だ。メディアがその片棒を担いでどうするのか。


リオ五輪閉会式 安倍首相の“スーパーマリオ”に非難と嘲笑
「一国の総理大臣のやることか?」「国辱ものだ」――リオ五輪の閉会式にサプライズ登場した安倍首相に国内外から非難と嘲笑が巻き起こっている。
 閉会式では2020年の東京五輪への引き継ぎ式が行われ、巨大モニターに8分間のプレゼンテーション映像が流れた。キャプテン翼やドラえもんなどアニメのキャラクターに交じって、なぜか公用車の後部座席でふんぞり返る安倍首相の姿も。これだけでも顰蹙ものだが、映像の後、会場中央に置かれた円筒の中から赤いボールを持ったスーパーマリオの着ぐるみが登場。その中から出てきたのが、なんと満面の笑みを浮かべた安倍首相本人だったのだ。
 早速、ネットでは「アニメを使って楽しかったが、最後に“汚物”が出てきて絶望」「世界に日本の恥をさらした」「安倍は土管から出てくるためにわざわざ税金を使ってリオまで行ったのか」といった声があふれ返った。
「ちょうど80年前、ナチス政権下のドイツで開かれたベルリン大会で、ヒトラーは国威発揚のため自ら開会宣言を行った。オリンピックの政治利用の最悪のケースとして歴史に刻まれています。安倍首相もセレモニーに登場することで“東京五輪まで首相を続けるぞ”とアピールしたのです。再来年9月までの自民党総裁任期を延ばそうという動きと連動した姑息な延命PRです」(自民党事情通)
 ヒトラーといい安倍首相といい、独裁者がやることはソックリだ。


日本の恥! リオ五輪閉会式で安倍首相がアスリートをさしおいて政治宣伝…背後に官邸と組織委のグロテスクな思惑
 こいつら、頭がおかしいんじゃないのか。リオ五輪の閉会式、2020年の開催都市・東京のプレゼンテーションで、土管からマリオのコスプレをした安倍首相が登場したとき、まず、口をついて出たのはこの言葉だった。
 断っておくが、本サイトが安倍嫌いだから言っているわけではない。閉会式で行われる次期開催都市のプレゼンテーションについては、前々から誰がサプライズ出演するのか、と注目されていた。北京五輪閉会式でのロンドンのプレゼンテーションのクライマックスにはベッカム、ロンドン五輪閉会式のリオのプレゼンテーションにはペレが登場しており、今回の東京のプレゼンテーションにも、日本を代表するアスリートが抜擢されるのだろうと思われていた。ネットでも、北島康介、高橋尚子、中田英寿、イチロー、錦織圭の名前、さらにはキャプテン翼などアニメキャラの名前などが飛び交っていた。
 ところが、登場したのはアスリートでもなんでもない、日本の民主主義を壊している総理大臣・安倍晋三だったのである。しかも、安倍がクローズアップされたのは現地でのショーだけではなかった。
 ショーではまず、国家主義的な匂いがプンプンする日の丸・君が代斉唱パフォーマンスが繰り広げられ、続いてプロモーション映像が流された。その映像は、水泳の北島康介や、マラソンの高橋尚子らメダリストが赤いボールをパスしていくというものだが、ここで最後にボールを受け取ったのが安倍首相だった。そして、ボールを受けとった安倍首相は、永田町の国会議事堂から黒塗りの車でリオに向かうのだが、このままでは間に合わない、と車内で突如マリオに変身。前述の現地会場のショーにつながるわけだ。
 この映像に映っている時間も北島らアスリートよりはるかに長く、しかも、世界的にほとんど顔を知られていないことへの対策か(だったら出すなという話だが)、安倍首相が登場するカットにだけわざわざ「SHINZO ABE」「PRIME MINISTER」というテロップまで付ける特別扱い。
 ようするに、このショーは最初から最後まで、完全に安倍首相が主役だったのである。
 東京という都市で行われるスポーツの祭典をアピールする映像であるはずなのに、なぜ、アスリートを隅に追いやり、国家の政治権力者を主役にする必要があるのか。
 しかも、五輪は「都市」で開催される祭典であって、「国家」のものではない。もちろん、開催都市によるセレモニーは、その都市や国の特色やエスニシティ(あるいはステレオタイプ)をモチーフにして、世界へ向けアピールするのが常だ。しかし、理念はスポーツと平和の祭典であり、事実、競技中の宗教的、政治的アピールの一切が禁じられている。
 過去の五輪閉会式の例をみても、セレモニーでその都市が位置する国の政治権力のトップがメインを張るなんていうのは前代未聞だ。北京五輪の中国ですらこんなことはやらなかった。ソチ五輪のロシアでもプーチンがショーに登場することはなかった。これから先も、北朝鮮などの独裁国家でオリンピックが開かれないかぎり、こんなショーはありえないだろう。
 そういう意味では、今回の東京セレモニーは日本が民度の低い前近代的独裁国家であるかのようなイメージを世界に振りまいていしまったといってもいい。
 それにしても、いったいなぜ、次期五輪開催都市のプレゼンテーションが安倍の政治宣伝パフォーマンスに堕してしまったのか。この東京セレモニーのクリエイティブスーパーバイザーを担当したのは、ソフトバンクのCMで知られる元電通の有名CMディレクター・佐々木宏氏と歌手の椎名林檎で、総合演出と振り付けはPerfumeのライブ演出などで知られるMIKIKO氏だが、安倍首相の起用は、彼らだけのアイデアでなく、東京五輪組織委員会との相談で決まったらしい。
「目玉のサプライズキャストについては、当初、アスリートを起用する案の他に、ゲームやアニメキャラでいくという案が出ていると聞いていた。それが、いつのまにか安倍首相がマリオをやることになったんです。そんなところから五輪組織委と電通が裏でプッシュしたんじゃないかと言われています」(JOC関係者)
 五輪組織委は、安倍首相の元ボスである森喜朗元首相が会長として君臨しており、役員や理事にも、御手洗冨士夫経団連名誉会長やプロデューサーの秋元康など、安倍応援団がずらりと名を連ねている。しかし、今回、安倍首相の出演の仕掛人は、側近の組織委理事に送り込まれた安倍首相の側近中の側近、萩生田光一内閣官房副長官ではないかといわれている。
「いま、安倍首相は自民党総裁の任期を延長して、東京五輪まで首相を続けることを狙っている。側近の萩生田氏が動いて、安倍首相に閉会式の主役をはらせ、それを既定路線にしようと考えたんじゃないでしょうか」(全国紙政治部記者)
 しかも、スーパーバイザーの佐々木宏氏や椎名林檎もこうした安倍周辺の意向を率先して取り入れていった気配がある。安倍首相の登場以外でも、今回のショーでは、やたら日の丸が出てくる、国威発揚、国家主義的演出が露骨だったが、これはおそらく、政権の空気や国旗・国歌にこだわる森喜朗会長の意向を汲んだ結果だろう。
「今回、評価が高ければ、2020年の東京五輪本番の開会式・閉会式のプロデュースや演出を任される可能性が高くなる。明らかに今の組織委の意向や、そのバックにいる安倍政権の好みを反映させるでしょうからね」(前出・JOC関係者)
 いずれにしても、リオ閉会式でのプレゼンテーションが、この国の歪んだ空気感を反映したグロテスクな政治宣伝だったことは間違いない。そのことの危険性に気づかず「安倍ちゃんがマリオのコスプレwwうはwww」と喝采しているようでは、2020年東京五輪がナチスドイツ下で開催されたベルリン五輪の再現になる可能性だってゼロではないだろう。(編集部)


SMAP解散報道でジャニーズが厳命、テレビが絶対に触れないタブーとは? でもミタパンがそのタブーに…
 しょうげきのSMAPかいさんはっぴょうからいっしゅうかん。わいどしょーはまいにちのようにこのわだいをとりあげつづけているが、このかん所に残留し、SMAPとしてやり直そうとしいていた。ところが、ジャニーズ事務所が存続の条件に、木村拓哉以外の4人に対して『SMAP×SMAP』での謝罪を迫ったわけです。しかも、木村が4人を従えて強制的に謝罪させるという構図。謝罪の内容も事務所が決め、木村への感謝まで無理やりしゃべらせた。香取や草なぎにとってこれが決定的でした。自分たちの恩人である飯島マネージャーを裏切った木村がリーダー然としてふるまい、その木村に感謝の言葉を述べなければならないのか。それで気持ちが完全に切れてしまったわけです。なんとか収録だけはすませたが、その不本意な思いは放映をみてもひしひしと伝わってきました」(ジャニーズ関係者)
 ところが、どのワイドショーを見ても、この生謝罪が解散に大きく影響したことについて一切ふれないのだ。
 それどころではない。たとえば、解散発表から週が明けた15日、各ワイドショーは、一斉にこれまでの騒動の経緯を振り返ったが、どの番組もこの生謝罪の部分については、「番組で存続を表明した」「生放送で謝罪、またやっていこうとなった」と簡単に説明しただけで、『SMAP×SMAP』という番組名すら口にしない番組も多かった。
 それは『スッキリ!!』(日本テレビ系)や『ひるおび!』(TBS系)『モーニングショー』(テレビ朝日系)など他局の番組だけではない。『SMAP×SMAP』の放映局であるフジも同じだった。資料映像としてあの生謝罪を再放送するのかと思いきや、一切なし。自局の番組なのに、番組名も口にしなかった。
 たとえば、16日放送の『とくダネ!』では、「当時のコメント」というテロップとともに『SMAP×SMAP』での生謝罪コメントがごく一部、読み上げられたが、謝罪部分をカット。『SMAP×SMAP』の番組名はおろか、「テレビ番組で」「生番組で」とさえいわなかった。
 この“生謝罪”封印はなぜか。すでにお察しだと思うが、各局にジャニーズ事務所から圧力が加えられたのだ。
「当初は各局ともあの生謝罪の映像を使うつもりで使用許可をジャニーズに要請したようですが、完全に拒否された。それどころか、東京のキー局には『生謝罪には触れるな』という要請があったようです」(ワイドショースタッフ)
 理由はもちろん、それが解散の最大の要因であり、そのことをもちだされるのがジャニーズ事務所にとって一番のダメージになるからだ。
「あの生謝罪では、ジャニーズ事務所にファンから非難が殺到。公開パワハラじゃないかとBPOに申し立てる動きまであり、キムタクのイメージも一気に悪化した。今回の解散でまた、この公開謝罪の問題がクローズアップされると、再びジャニーズ事務所とキムタクへの非難が高まりかねない。だから、ジャニーズとしては、とにかくあの生謝罪のことは絶対に触れられたくないんです。15年前に壊れていたとか、木村の結婚のせいというような話をリークしているのも、そのことから話をそらせるためです」(前出・ワイドショースタッフ)
 生謝罪問題はまさに、ジャニーズと御用メディアにとって最大のタブーになっているわけだが、しかし、このタブーに敢然と挑戦したテレビ局員がいた。
 それは、フジテレビのアナウンサー、“ミタパン”こと三田友梨佳だ。ミタパンは『直撃LIVE グッディ!』にレギュラー出演しているのだが、“事件”が起きたのは15日放映でのことだった。同番組も経緯説明ではご多分に漏れず、『SMAP×SMAP』の生謝罪についてほとんど触れず、自局の番組なのに「5人いっしょの番組で」と番組名も伏せていた。
 ところが、その後、スポーツ紙各紙の解散報道を紹介するなかで「スポーツ報知」のアンケートで「解散を支持する」がほぼ半数にのぼったことが紹介されたのだが、ミタパンは解散支持が意外に多いその結果についてこんな意見を述べたのだ。
「わたしは、1月の『SMAP×SMAP』の生謝罪を見ていて、なんだか正直、5人のみなさんがすごく苦しそうに見えて、ファンのみなさんも、ああいうふうに苦しんでる姿を見たくないんじゃないか。それぞれ解散してしまっても、それぞれが生き生きとソロ活動をされているほうがいいとファンのみなさんは考えているじゃないかなと思いました」
 そう、ミタパンは『SMAP×SMAP』という番組名を口にしたのはもちろん、生謝罪が無理やりだったことまで示唆したのだ。その結果、スタジオは水を打ったように静まりかえり、安藤優子ら司会者も芸能担当デスクも沈黙してしまったほどだった。
 しかしこれ、たんに口がすべったというわけではなさそうだ。ミタパン、実はかなりのSMAPファンなのか、この間の報道でも、かなり細かい知識を披露し、芸能デスクの解説を情報訂正するほどだった。
 そんなSMAP 愛の強いミタパンにとって、解散の本質がネグられてメンバー間の確執に仕立て上げられている現状は許せないものだったのだろう。そして事務所のあの生謝罪強制が彼らを追い込んだことをきちんと言っておきたい、そう考えたのではないか
 実際、ミタパンは8月19日の同番組でもSMAP愛を見せている。この日は各局とも稲垣吾郎のラジオでの謝罪を取り上げ、稲垣が「『SMAPの稲垣吾郎です』と言わず『稲垣吾郎です』としか言わなかった」ことをクローズアップ。解散は香取、草なぎ、稲垣らが主導していたことを強調しようとしていた。
『グッディ!』でも芸能デスクが同様の解説をしたのだが、ミタパンは「わたし、最後まで聞いてましたけど、最後は「SMAPの稲垣吾郎です」って言ってましたよ」と猛然と反論。芸能デスクから「冒頭以外は、解散発表前に収録したものなので」と再反論を受けても、ミタパンは「発表前であっても、内々ではこういう事態になってるわけじゃないですか。わたしは、稲垣さんのSMAP愛を感じましたよ」と言い返し、一歩も引かなかった
 ほとんどのマスコミ関係者が、ジャニーズ事務所に完全にひれ伏し、ジャニーズの意向にしたがった報道を垂れ流している中で、この勇気。これもSMAP愛のなせるわざなのだろう。
 実は今回のSMAP解散騒動では、ミタパン以外にも、やはり猛烈なSMAPファンの芸能レポーター・駒井千佳子がジャニーズの情報操作に流されない勇気ある姿勢を見せている。
 駒井は、ジャニーズ大本営である日刊スポーツが「中居が他のメンバーに『木村と口を聞くな』と命じた」という記事を載せた時などは、「番組関係者に取材したけど誰もそんな言葉聞いてない」と涙目で否定したのだ。
 事務所の意向にさからって、タレントを守ろうとする出演者が出てくるというのは、これまでの芸能報道では見られなかったこと。それくらい、SMAPの存在感が大きいということだろう。
 ミタパン、駒井レポーターはこれからもSMAP愛をつらぬき、大本営発表だらけの報道を少しでも風通しの良いものにしていってもらいたい。(本田コッペ)


脱原発テント、未明の撤去 経産省の敷地内に5年
 東京・霞が関の経済産業省の敷地内に市民団体が脱原発を訴えて設置したテントの立ち退きを命じる判決が最高裁で確定したことを受け、東京地裁は二十一日未明、国の申し立てに基づき、テントの撤去を強制執行した。
 午前三時四十分ごろ、地裁の執行官らが、テント内にいた団体メンバーらを退去させ、周囲をバリケードで囲み、解体を開始。大きな混乱はなく、同九時までに撤去作業を終えた。
 テントは二〇一一年九〜十月、市民団体が経産省北側の歩道に面した敷地に三張り設置。メンバーらが常駐して国の原発政策を批判する看板を掲げ、約五年間、脱原発運動の象徴的な場所として知られた。
 国は一三年、テントの撤去と土地の使用料の支払いを求めて提訴。一審東京地裁は、国有財産の適正管理を目的とした提訴は不当でなく、他の手段での意見表明は妨げていないとして国の訴えを認め、二審東京高裁も支持。最高裁が七月二十八日付で、団体側の上告を退ける決定をした。経産省によると、土地の使用料は一部を回収したが、二十一日時点で約三千八百万円が未回収となっている。


脱原発テントは消えても 避難者を優しく支えた場「またみんな集まってくる」
 日曜未明の強制執行だった。東日本大震災後から約五年、脱原発運動の象徴的な場所として知られていた東京・霞が関の経済産業省敷地内のテントが東京地裁によって撤去された。東京電力福島第一原発事故で避難生活をしている人や、福島で畜産業を続ける人からは「第二の古里を返して」「国への抗議のやり方は別にある」という声が上がった。 (萩原誠、神野光伸)
 「何も持たずに逃げてきた。こんな私をテント村の人たちは優しく支えてくれた。その第二の古里を返して」
 原発事故直後、福島県双葉町から避難し、東京都港区で暮らす主婦亀屋幸子さん(72)は、テントのなくなった経産省前で涙ながらに語った。毎週金曜の集会に通い続けた。市民団体のメンバーからの電話で未明に駆け付けたが、テントの撤去作業を見守るしかできなかった。
 テントを設置した市民団体代表の淵上太郎さん(74)は「今ここにテントはないが、脱原発の行動をやめるということはあり得ない」と話した。
 強制撤去が始まったのは午前三時四十分。静まり返った暗がりの官庁街に、東京地裁の執行官らが現れた。市民団体のメンバーによると、テントの中には五人の男性が寝泊まりしていた。ガタガタという音が聞こえて目が覚めたという国立市の男性会社員(53)によると、「強制撤去を執行します。十分以内に私物を持って出てください」と通告された。
 寝泊まりしていた男性らが執行官に囲まれるようにテントから出てきた。ほとんどの人が抵抗することなく皆自分たちの荷物を持ち、テントひろば向かいの歩道まで追い出された。
 テントの中にいた北区の無職の男性(63)は「寝ている時に来るなんて、汚いやり方。悔しい」と嘆き、もう一人の北区の男性(64)は「テントは霞が関のオアシスのようだった」と語った。
 午後一時から、テントの跡地で開かれた抗議集会には約百人が集まった。たまたまこの日、テントを訪れる予定で上京した福島県浪江町の畜産農家吉沢正巳さん(62)も参加。吉沢さんは福島第一原発事故で被ばくした牛を飼育しており、「福島の原発事故の反省もないまま国は原発を動かしていく。私たちの街は原発事故でチェルノブイリの状態になり、多くの人や家畜が亡くなった」と訴えた。
 さらに「テントは脱原発の象徴だったが、抗議のやり方は別にある。テントがあった場所にまた皆集まってくるはず。命そのものがどう扱われてきたか訴えることは変わらない」と強調した。
 捜査関係者によると、抗議集会では、吉沢さんが持ち込んだ牛のオブジェをどけようとした男性警察官にぶつかって抗議したとして、丸の内署が公務執行妨害の疑いで、六十代の男性参加者を現行犯逮捕した。男性は黙秘しているという。
◆有無言わさぬ国の意思
 武蔵大・永田浩三教授(メディア社会学)の話 テントは再稼働反対や脱原発を多面的に考える拠点になっていた。原発の再稼働を目指す現在の政権下では、そういう日が来るだろうと予想された。不法占拠と言われれば、そうではないとは言いにくいが、判決では表現の場として一定の評価をしていた。国が強制執行を申し立てたのは、参議院選挙での勝利で政権として信任され、有無を言わさないという意思表示だ。
◆都合の悪い主張の排除
 高千穂大・五野井郁夫教授(政治学)の話 省庁の敷地内で5年近く活動を続けたのは前例がない。賛否両論はあるが、党派を超えた人々が集まり、権力に対して議論をする場となっていた。今回の強制執行は、政治に対して声を上げることへの不寛容さの表れだ。テントの撤去は不法占拠という理由だが、政府にとって都合の悪い主張の排除と受け取られてもしかたがない。


袴田さん逮捕50年で集会 支援者ら再審開始訴え 静岡
 2014年3月の静岡地裁の再審開始決定で釈放された袴田巌さん(80)の逮捕から今月18日で50年を迎え、事件が発生した清水市(現在の静岡市清水区)で長年活動してきた「袴田巌さんを救援する清水・静岡市民の会」(楳田民夫代表)主催の集会が21日、同区で開かれた。
 約80人が参加。袴田さんの姉秀子さん(83)が登壇し、「逮捕直後は口裏を合わせないよう家族全員が別々の警察署に呼ばれた。無実を訴えたくても、それができなかった」と悔しがった。また、弁護団の小川秀世事務局長は、東京高裁で続く再審請求審即時抗告審の進捗(しんちょく)状況などを説明し、早期の再審開始を訴えた。
 集会では他に、釈放直後の袴田さんを撮影した映像が流されたり、支援者代表が壇上に立って袴田さんや秀子さんにメッセージを送ったりした。


殺人ロボ兵器の歯止め模索へ 初の専門家国際会議を来年開催
 攻撃目標を探知し、自ら敵を選別して殺傷する「殺人ロボット兵器」の規制策を話し合う初の公式政府専門家会議が、来年ジュネーブで始まる見通しとなった。条約策定に向けた議論が始まることを意味する。人工知能(AI)の急速な発達と対照的に殺人ロボットの規制論議は進んでおらず、非政府組織(NGO)の間では開発禁止を求める運動も広がってきた。
 殺人ロボットはまだ存在しないとされ、表向き開発に関心を示している国はない。ただ実戦に投入すれば、自軍兵士の犠牲を減らすことが期待できる。「国際法に基づくプログラムを組み込めば、非人道的殺傷はしない」との考え方もある。
 しかし問題点は多岐にわたる。機械は故障がつきもの。テロリストが入手した場合の危険は計り知れない。兵士の人命を気にする必要がなくなり、開戦のハードルが下がりかねない。法的責任は誰が負うのか。そしてそもそも人間の生死を機械に委ねていいのか、という倫理的問題もはらむ。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は、米国や中国など少なくとも六カ国に開発能力があると分析している。HRWのメアリー・ウェアハム氏は「数十年後ではなく、数年後に開発される可能性がある」と警鐘を鳴らす。
 殺人ロボットについては、特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)締約国会議が二〇一三年から非公式専門家会合を重ねてきた。今年十二月の会合で、各国による公式政府専門家会議の開催が正式に決まる段取りだ。
 ただCCWの関係者は、殺人ロボットをどう定義するかなど多くの論点が残され、規制条約の草案を直ちに作成できる状況ではないと指摘。「論議の進展を期待するのは早計」としている。HRWや日本の「難民を助ける会」など二十カ国以上のNGOや市民団体が連帯する「殺人ロボット反対キャンペーン」は、いったん開発されれば規制が難しくなるとして「先制禁止」を求めている。 (共同)
◆進む兵器の自動化 民生用技術との境界曖昧
 無人攻撃機が実戦に投入されるなど「兵器の自動化」は進んでおり、殺人ロボットを予感させる兵器も登場している。ただ民生用ロボット技術との境界が曖昧なことや、現時点では存在しないとされる兵器であることが、殺人ロボットの規制を巡る議論を難しくしている。
 日本政府は「人間の意思を介さずに人を殺すロボットを開発する計画はない」(防衛省)との立場だが、日本はロボット大国でもあり、民生先端技術の開発を阻害しないよう国際社会に慎重な議論を求めている。
 殺人ロボットに近いと指摘されるのは、韓国軍が北朝鮮との軍事境界線を挟む非武装地帯(DMZ)に配置する固定型の歩哨ロボット。熱や動きを感知して遠方の目標を捉え、機関銃などで攻撃できる能力があるとされる。しかし実際の攻撃には人間の承認が必要だ。
 米ボストン・ダイナミクス社の四足歩行型ロボットは、先端技術の軍事転用を研究する米国防高等研究局の出資で開発された“兵器”。険しい坂を上り下りする姿は生き物のようだが、任務は攻撃でなく荷物の運搬だ。米海兵隊は昨年末、駆動音が大きいとして現段階では実戦に採用しない方針を決めた。しかし同社は騒音を低減させた上、人間の指示を待たず自律的に動く改良型の開発に取り組んでいる。

経産省前テントの撤去強行・高江での機動隊による記者締め出しに抗議する

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王寺町 タバコ

Japon: 30 ans après sa création, le boys band SMAP se sépare
Depuis 1988, les cinq membres de SMAP, célèbre groupe de J-Pop, la musique pop japonaise, constituaient un monument de la culture au pays du Soleil Levant. L'annonce de leur séparation, le 14 août, constitue un choc pour la population.
Avec notre correspondant à Tokyo, Frédéric Charles
Le titre le plus populaire du groupe japonais SMAP s'intitule ≪ L'unique fleur du monde ≫. Sorti en 2003, il a conquis y compris la Chine pourtant officiellement allergique à la J-pop, la pop music japonaise. SMAP (pour ≪ Sports And Music Assemble People ≫, ≪ le sport et la musique rassemblent les peuples ≫ en anglais) avait été créé en 1988 et ses cinq membres ont aujourd'hui la quarantaine.
Durant 25 ans, ils se sont assuré la popularité d'un public avant tout féminin. L'émotion causée au Japon par l'annonce de la séparation du groupe SMAP peut être comparée à la fin des Beatles au Royaume-Uni à l'époque. Le Premier ministre libéral-démocrate Shinzo Abe a même tenté de convaincre ses membres de revenir sur leur décision.
Conséquences sur l'économie
Le groupe a vendu plus de 35 millions de disques et fait des apparitions dans des films, des séries télévisées et des spots publicitaires. Il disposait également de sa propre émission hebdomadaire de télévision, ≪ SMAPxSMAP ≫, diffusée chaque lundi sur la chaîne Fuji TV. Son impact dans la société japonaise était profond. Dans ce programme, les membres de SMAP cuisinaient des mets pour les hôtes, un acte considéré comme unique en son genre.
Le ministre de l'Economie japonais, Yoichi Miyazawa, se demande même si le choc de la séparation de SMAP et la mélancolie de ses millions de fans ne vont pas entraîner un ralentissement de l'activité économique.
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テレメンタリー「ゲンよ、中国へ渡れ〜被害と加害の狭間で」
漫画「はだしのゲン」を中国で出版しようと奮闘する女性がいる。坂東弘美さん(68)。
9年前から「はだしのゲン」を中国語に翻訳する作業を進めてきた。
しかし中国の出版社が見つからない。
加害者である日本を被害者として描くのは時期尚早、という理由からだ。坂東さんは贖罪の意味も含めて「はだしのゲン」を中国に伝えたいという。
そこには日本が被害者としてだけではなく、加害者としても描かれているからだ。
平泉 成 名古屋テレビ放送

NNNドキュメント 命の砂時計 ママの"がん" どう伝える
もし、あなたが突然に「命の砂時計」を渡されたら...重度のがんを宣告された濱田友規さん(35)は、幼稚園に通う息子の母としてその立場にいる。子育て世代のがん患者の多くは、幼い我が子とどう向き合っていけば良いのかに悩んでいる。「親のがんをどう子どもに伝えるのか?」「母として子どもに何を残す?」「大切な人の為に懸命に生きるとはどういう事なのか?」彼女は探し求めている、タイムリミットを生きるという、その意味を...
平松愛理 日本テレビ

和風総本家「日本という名の惑星〜ザンビア編」
アフリカ国営テレビ局が初来日!日本紹介番組を制作▽仰天!通勤ラッシュ&中古車市場…潜入取材▽紅葉の日光(秘)温泉リポ▽あ然…本気の忍者探し
アフリカ大陸の南部、ビクトリアの滝や野生動物の宝庫としても知られるザンビア共和国の国営放送局が初来日。日本紹介番組を制作する様子に完全密着する。「はじめての日本」というコンセプトで“観光”をテーマにした取材では、紅葉シーズン真っ只中の日光で体当たりの温泉取材。またザンビアで大人気の日本車…アフリカ向けに中古車を輸出している千葉のある場所に潜入!約1週間の取材、その放送を観た現地視聴者の反応は?
萬田久子 東貴博 前田吟 内藤剛志 滝沢沙織 増田和也 上妻 宏光、KOBUDOー古武道ーfeat.上妻宏光

バリバラ「セクシュアルマイノリティーの性の悩み」
トランスジェンダーの芸人が故郷の両親、同級生にカミングアウト。同性愛者の座談会も交え多様な性のあり方を考える。
セクシュアル・マイノリティーの「性」の悩み。「体は女、心は男」の芸人として活動するトランスジェンダー万次郎の悩みは、故郷の両親や同級性に「男として生きたい」気持ちをきちんと話せていないことだ。今回、里帰りしカミングアウトを決行!両親や同級生の反応は?また、同性愛者には、世間から偏見の目で見られがちという悩みがある。座談会を交え多様な性のあり方を考える。
IVAN,万次郎,中村キヨ,下平武, 山本シュウ, 玉木幸則, 大西瞳, 神戸浩

熱唱!昭和フォーク!3「卒業写真」から中央線フォークまで 一挙お届け!伝説の名曲集
歌とトークで時代を振る返る人気企画第3弾!フォーク界のレジェンドたちがスペシャルライブを披露!ユーミンの“卒業写真"誕生秘話!フォーク史に名を刻む高田渡に迫る!
日本フォーク界のレジェンド5人が集結し、スペシャルライブを披露!「翼をください」「悲しくてやりきれない」などをお届けする。そして、伝説の名曲が生まれた土地を訪ね、名曲誕生の秘密とそこに秘められたドラマにも迫る。さらに、日本の音楽シーンを変えた荒井由実や、東京・中央線沿線を愛した高田渡など、伝説のシンガーの魅力にも迫る。
ばんばひろふみ、堀内孝雄、杉田二郎、因幡晃、高山厳(他)

船越英一郎 京都の極み▽涼を求めて 夏の美味めぐり
しそビール、牛若餅、しゃぶしゃぶ…。今回は涼しさと夏の美味いものを求めて大原をスタート。源義経ゆかりの鞍馬を経由して、京の奥座敷と呼ばれる貴船を目指します。
船越英一郎
映画・ドラマの撮影を通じて京都に通うこと30年。船越英一郎が「世界から最も魅力ある観光都市」に選ばれた町の魅力をご紹介します。京都マイスターが教える極みとは?

中島みゆき名曲集〜豪華トリビュートライブ&貴重映像〜
世代、時代を超えて愛されるシンガーソングライター中島みゆき。彼女の名曲を、豪華出演者によるトリビュートライブ、そして本人の貴重な映像でたっぷりとお届けします。
去年11月に行われた「中島みゆきRESPECT LIVE 歌縁」。大竹しのぶさんから満島ひかりさんまで。幅広い世代の豪華アーティストがステージで披露した名曲の数々。さらに中島みゆきさん本人のライブや「夜会」の映像もたっぷりとお届けします。演奏曲:「糸」「命の別名」「空と君のあいだに」「わかれうた」「化粧」「あばよ」「黄砂に吹かれて」「怜子」「ファイト!」「地上の星」「世情」「麦の唄」「時代」ほか。
中島みゆき,大竹しのぶ,華原朋美,クミコ,研ナオコ,坂本冬美,中島美嘉,中村中,満島ひかり

杉原こうじ(NAJAT・緑の党) ‏@kojiskojis
8月21日未明、経産省前テントの撤去強行。2011年9月11日、経産省包囲行動の際のあっという間の設置以来、約1800日。蚊にも寒さにも右翼の襲撃にもめげずに支えてこられた方々に感謝。撤去されるべきは原発と経産省。
肉球新党「猫の生活が第一」 ‏@cat_pad299
これまで経産省前の反原発テントを維持されたみなさま、本当におつかれさまでした。国会デモの帰りに、よく立ち寄らせていただきましたにゃ。
猫とすべての生きものは、原発は共存できない。
反原発テントを撤去できても、反原発の運動を「撤去」することはできませんにゃ。


今日はとても残念です.
経産省前テントが撤去強行されてしまいました.午前3時だなんてほとんどだまし討ちみたいな感じ.
しかも沖縄・高江では機動隊が記者を締め出して取材をさせなかったという民主国家とは思えない取材制限です.両方とも強く抗議したいと思います.

<間寛平さん>風化あきまへん 被災地縦走
 タレントの間寛平さん(67)らが東日本大震災の被災地を駅伝形式で縦走する「RUN FORWARD KANPEI みちのくマラソン」が20日、宮城県石巻市や南三陸町、気仙沼市を駆け抜けた。仮設住宅では触れ合いイベントが開かれ、住民らと交流した。
 石巻市北上町の仮設にっこりサンパーク団地の集会所では出発前、間さんがトークで「僕も阪神大震災で家がつぶれた」と語った。集会所前から午前8時半、第1走者がスタート。住民らが手を振って見送った。
 間さんは「復興はまだまだで、震災を風化させないためにもこのマラソンを続ける」と励ました。同仮設団地の佐藤富士夫自治会長(67)は「われわれも地元が団結し、コミュニティーのたすきを後世につなげたい」と話した。
 マラソンは10日にJヴィレッジ(福島県楢葉、広野町)をスタート。宮古市までの約680キロを約2週間かけ、芸人らがたすきをつないで走破する。よしもとクリエイティブ・エージェンシーの主催で5回目。河北新報社が取り組む復興支援活動「スマイルとうほくプロジェクト」が共催。


七回忌前 恩人へ感謝 遺族が歯科医訪問
 東日本大震災で長女を亡くした陸前高田市の夫妻が、かつて娘が通った盛岡市の歯科クリニックを訪ねた。震災直後、院長から受け取った歯の治療記録が娘の身元確認につながった。震災から5年5カ月。夫妻は「気持ちが落ち着いてきた」と院長に感謝の気持ちを伝えた。(大船渡支局・坂井直人)
 夫妻は上野和雄さん(65)トモ子さん(60)。震災で陸前高田市臨時職員の長女公子(こうこ)さん=当時(26)=を亡くした。海に近いプール施設から市指定避難所の市民会館に避難し、津波に遭った。
 夫妻は19日、盛岡市の菜園矯正歯科クリニックの院長古町瑞郎さん(50)を訪問。「先生のおかげで娘が見つかり(自分たちで)火葬や葬儀ができました」と感謝した。
 2011年3月11日の震災後、和雄さんはほぼ毎日、陸前高田市や大船渡市などの安置所を回った。ノートに遺体の番号を記しながら捜したが、公子さんは見つからなかった。
 3月下旬、古町さんに頼んで公子さんの歯やエックス線の写真をもらった。カラーコピーして、顔写真と一緒に各安置所の警察官に渡した。
 4月15日午前、いつものように安置所を回っていると携帯電話が鳴った。
 「娘さんが見つかったかもしれません」。古町さんからだった。
 犠牲者の身元確認に当たっていた別の歯科医から聞いたという。番号は「米崎中372」だった。
 4月6日に対面していた。似ていると感じたが、顔はむくんでいた。身長は161センチとあり、公子さんより5センチも大きかった。
 DNA鑑定の結果、5月3日に遺体は公子さんと判明した。良かったと思う半面、生きている可能性が消え、がくぜんとした。
 当時のノートを手に、「恩人」の古町さんに経緯を報告した和雄さん。「もっと早くにと思っていたが、気持ちが整理できていなかった。七回忌を前に一区切り付けられて良かった」と語った。
 それでも複雑な思いは消えない。身元判明に時間がかかり、お骨になって受け取ったり、まだ家族が見つからなかったりする人もいるからだ。
 古町さんから思いがけないプレゼントを渡された。09年6月、クリニックで矯正治療を終えた公子さんが記した感想文だった。
 「勇気を出して一歩ふみ出してみて、良かった」
 中学生のころ、矯正治療を勧めても嫌がった公子さん。素直な思いに触れ、上野さん夫妻は笑った。娘の思い出が一つ増えた。
[東日本大震災の遺体の身元確認] 警察庁によると今年6月現在、岩手、宮城、福島3県で身元が確認された遺体は1万5751人。うち歯型による確認は全体の7.9%に当たる1249人。沿岸部の歯科医院が被災して記録が流失したり、誰が不明者か情報が不足したりして作業は難航した。


「5年半、今も悲惨な状況」首長ら現状報告
 東京電力福島第1原発事故で避難区域が設定された福島県内の首長や議員らが原発事故の経験を語る「福島を忘れない!全国シンポジウム」が20日、福島市のホテルであった。原発事故の教訓を共有し、脱原発の機運を高めようと、県内外の住民グループなどが主催した。
 約150人が参加。全町避難が続く浪江町の馬場有町長は、国や東電から情報がほとんど入らず、住民避難に苦労した事故当時の様子を紹介。「5年半がたとうとする今も帰れない悲惨な状況だ。原発はもういらない」と強調した。
 川俣町議は、除染土の搬出が進まない現状を説明し、「帰還後も負の遺産を目にしながら生活していかなければいかない」と嘆いた。今年6月に避難指示が解除された川内村の村議は「帰還するかどうかは被災者が決めるべきだ。避難指示解除後、一方的に賠償を打ち切るのは問題だ」と訴えた。


復興、地域づくり熱論 東京で被災地の学生ら
 東日本大震災の復興支援イベント「STAND UP SUMMIT 2016」が東京都江東区の東京ビッグサイトであり、東日本大震災や熊本地震の被災地の学生、首都圏の学生ら約350人が復興の課題や地域づくりについて意見を交わした。
 プログラムの一つ「復興ディスカッション」には東北と熊本、東京から7人の代表が出席。宮古市の宮古一中3年の織笠倖亘さんは自宅が津波で流失した経験を語り、「地元には震災を『思い出したくない』と言う人もいる。被災者の心の復興が大切だ」と話した。
 東北福祉大2年の三浦貴裕さんは出身地の宮城県南三陸町の復興について「きっかけがあれば被災地に足を運んでもらえる。私もツアーを企画し、語り部となって多くの人に震災を伝えたい」と語った。
 熊本県阿蘇中央高2年の中嶋勝太さんは、地元の南阿蘇村の現状を「阿蘇大橋が崩落して交通が不便になり、人口も減った」と報告。「熊本のことを伝えていきたい」と力を込めた。
 学生が東北の企業関係者らと復興について議論するプログラムもあった。三陸鉄道(宮古市)や綾里漁協(大船渡市)、「スマイルとうほくプロジェクト」を運営する河北新報社など東北の新聞3社を含め、15の企業・団体が参加した。


<あなたに伝えたい>人のため頑張れる人間に
◎大壁吏理佳さん(仙台市宮城野区)から勇喜さんへ
 吏理佳さん 東日本大震災から5年がたち、長女(13)は中1、次女(10)は小5、長男(8)は小3になりました。震災発生から40日後に生まれた三女(5)は、部屋のお片付けができるぐらい成長しました。4人とも、優しく穏やかなところはパパにそっくりですよ。
 責任感の強かったパパ。あの日、カキ養殖作業から戻り、「消防団の任務がある。水門を閉じてくる。行ってくるね」と言ったのが最後になりましたね。本当は「行かないで」と、怒ってでも引き留めたかった。
 今でもパパが死んだなんて、受け入れられません。震災の年のクリスマス。おばあちゃんから電話で、パパの遺体がDNA鑑定で見つかったと聞いた時も、詳しく尋ねる気になれませんでした。「パパ、愛してる」って毎日毎日、心の中で叫んでいます。
 パパとは16年前、結婚相談所を通じて知り合いました。当時、韓国籍だった私は、日本語をほとんど話せなかったけれど、パパは私の希望通り、すぐに結婚してくれました。出会った日の日付を刻んだ結婚指輪は、震災後も一度だって外したことはありません。
 津波で石巻の家は全壊し、仙台のマンションで暮らしています。でも、今も被災前の家と同じように部屋の壁という壁を家族写真でいっぱいにしています。
 子どもたちには、「人生、何が起きるか分からない。どんな人とも仲良くしてね」と教えています。そしてパパのように、人のために頑張れる人間になれるよう、願っています。
◎4人の子パパに似て優しく穏やか
 大壁勇喜さん=当時(49)= 自宅があった石巻市清水田浜の消防団員として水門を閉めに向かった際、津波に遭って亡くなった。同居していた父親=同(79)=も遺体で見つかった。母親(80)と妊娠中の妻吏理佳(りりか)さん(47)、子ども3人は無事だった。


大震災と熊本地震 被災者支援へ募金呼び掛け
 東日本大震災と熊本地震の被災者を支援しようと、聖ドミニコ学院中高(仙台市青葉区)のボランティア部が20日、仙台市中心部の2カ所で街頭募金を行った。
 青葉区の仙台三越前では部員8人が募金箱を持ち、「募金のご協力をお願いします」と通行人に呼び掛けた。同部は震災直後の2011年5月から、募金活動を毎月続けている。部長の高校3年佐藤智晴さん(18)=青葉区=は「自分たちが活動を継続することで、被災者の助けになればうれしい」と話した。
 集めた募金は震災の遺児と熊本地震の被災者を支援するため、県などに寄付する。


<雄勝に生きる>離れてもつながる古里
◎半島の再生記(2)/(上)集う
 東日本大震災で被災した石巻市雄勝町は、震災から6度目の夏を迎えた。復興途上にある古里で再出発を期す人々がいる。海での学びを成長につなげる子どもたち。そしてお盆には故人をしのぶ。雄勝町の暑い日々を伝える。
(石巻総局・水野良将)
<交流拠点が完成>
 震災から5年3カ月となった6月11日、石巻市雄勝町水浜地区は祝賀ムードに包まれた。
 住民の交流拠点「水浜漁村センター」に約40人が集まり、センター完成と防災集団移転完了を祝った。取れたての地元産ホヤを味わい、昔話に花が咲く。
 センターは海抜約20メートルの高台に立つ。木造平屋(床面積約155平方メートル)でホールや和室、多目的トイレ、調理場を備える。窓からは海が見える。
 自治会組織「水浜区有会」が整備した。会長の秋山紀明さん(74)が住民の思いを代弁する。「活気が戻ってきた。前を向き、新生水浜の船出にしたい」
 地区には約30世帯70人が暮らす。集団移転に伴い、高台に整備された災害公営住宅などへの入居は5月末までに終わった。
<住民8人犠牲に>
 震災前は約120世帯330人が住んでいた。多くの民家や漁船、地域のよりどころだった旧センターなどが被災し、8人が犠牲となった。
 遠く内陸部の仮設住宅などへの入居を余儀なくされた住民も、自宅が津波被害を免れた住民も立場を超え、定期的に顔を合わせた。道の駅でお茶を飲んだり、温泉で新年会を楽しんだり。「地域の結び付きはより強くなった」。地区に残り続けた紀明さんが言う。
 内陸の仮設住宅から今年4月、地区に戻った秋山秋夫さん(75)と妻勝子さん(71)は、災害公営住宅に暮らす。ホヤの養殖に精を出し、顔なじみの隣人と魚や野菜を分け合う。
 震災当時、夫婦は主にホタテの養殖で生計を立てていた。「あと5年ほど働いたら遊んで暮らそう」。そう思い描いていたが、濁流が築約12年の自宅や第二の人生の楽しみを奪った。
<陸より海が好き>
 朝早くに仮設住宅を出発し、車で約40分かけて古里の海へ通う日々を送ってきた。秋夫さんは昔、カツオ船やマグロ船に乗り、世界の海を股に掛けた。「海と共に生きてきた。海の上は空気が澄んでいる。陸(おか)よりも海が好きだ」と故郷への帰還を喜ぶ。
 勝子さんは区有会の女性部会長として約30人のメンバーをまとめる。地域の草取りや花植え、祝い事などをもり立てる。
 地区を離れても住民の気持ちはつながっていた。勝子さんはそう実感する。「残った人たちが基礎を築いてくれた。それを土台に今まで通り力を合わせ、この地で歩んでいきたい」。決意は固い。


「サンド」の2人がふるさと大使に
 伊達市が合併10周年を記念して創設した「伊達なふるさと大使」の第1号に、仙台市出身のお笑いコンビ、サンドウィッチマンの伊達みきおさん(41)と富沢たけしさん(42)が就任した。同市の保原総合公園で20日、委嘱状交付式があった。
 2006年に5町が合併して誕生した伊達市は仙台藩祖・伊達政宗に連なる「伊達氏」発祥の地。伊達さんが9代政宗の弟・宗行の子孫であることから、市の知名度向上や地域の魅力を発信する大使への就任を要請した。
 「伊達な太鼓まつり」のステージ上で、仁志田昇司市長が2人に委嘱状を手渡した。伊達さんは「自分が第1号でいいのでしょうか」と苦笑しつつ「福島は宮城と同じぐらい好き。どんどんPRしていきたい」と語った。


復興支援に感謝の壁画描こう
 盛岡市が運営する東日本大震災の復興支援施設「もりおか復興推進しぇあハート村」は27日、同市本宮5丁目の市道に面した倉庫の壁面に絵を描く「壁面アートプロジェクト」の制作会を開く。壁画は10月の岩手国体に参加する選手や観客に見てもらい、復興支援への感謝の思いを伝える。作業を手伝うボランティアを募っている。
 壁面の原画となる絵は「笑顔で手を振る人」をテーマに、ハート村近くの小学校や保育園から募集した。209作品が寄せられ、ハート村の寮に入居する沿岸被災地出身の学生らが5作品を選んだ。
 このうち制作会では本宮小5年中山梨々夏さん、城南小5年大平未空さん、下太田保育園の今野隼ちゃんの3作品を壁に描く。
 壁画は縦約3.5メートル、横約1.8メートル。絵を描く倉庫は国体の水泳会場の市立総合プールや体操会場の市アイスアリーナの近くにあり、選手や観客の目に触れやすい。
 制作会には入寮学生やハート村に入居する復興支援団体が参加。ボランティアはペンキで色を塗る作業に取り組んでもらう。
 残る2作品は後日、学生らが描く。9月3、24の両日に完成した壁画の披露会を開く。
 制作会は午前10時から。参加無料。連絡先はもりおか復興推進しぇあハート村019(601)5043。


河北春秋
 <大きな地震が来たら、この石碑よりも上へ逃げてください>。そう刻まれた石碑が宮城県女川町に12基立つ。女川中を2014年3月に卒業した高校3年生たちが、中学時代から建立している。最終的に21基まで増やす計画だ。このほど、やっと折り返し点を迎えた▼「女川いのちの石碑」と呼ばれる。発端は東日本大震災から1カ月後、中学1年の社会科の授業。「古里のために何ができるか考えてみよう」。先生の問い掛けに生徒たちが応じた。「津波の被害をなくす方法を考えたい」「石碑を建てよう」▼女川町は震災で巨大津波に襲われ、人口の8%に当たる約830人が死亡・行方不明になった。生徒にとって一人一人の命こそ尊いものだった。「一人の命もなくさないでほしい」との願いを込め、津波到達点近くに石碑を設置する。合言葉は「1000年後の命を守るために」▼活動に参加する仙台市の常盤木学園高3年の神田七海さん(18)は、大好きだった祖父を津波で亡くした。祖父は津波から逃げない人の家に行っては連れだし、3度目に戻った際、流された。「どうすればいいの?」。話し合いの場で涙ながらに訴えた▼<逃げない人がいても、無理やりにでも連れ出してください>。碑には生徒たちの切実な思いが刻まれている。

学術研究と軍事 科学者は転用に警戒を
 戦争や軍事を目的とする科学研究は行わない。科学者の代表機関である日本学術会議は、戦後、2度にわたる声明で宣言している。
 戦時中の戦争協力への反省に立ったもので、この規範にのっとり、大学などの科学者は軍事研究とは一線を画してきた。
 その大原則が揺らごうとしている。学術会議は6月から、「安全保障と学術」の関係について検討を始めた。声明の見直しもテーマになるというが、安易な変更には反対だ。
 検討のきっかけは、防衛省が昨年度から開始した新制度だ。大学などの研究者を対象に、防衛装備品に応用できる先端研究を公募し、審査した上で研究費を配分する。昨年度は109件の応募があり9件に配分した。今年度は44件の応募から10件が選ばれた。年間最大3000万円が原則3年間支給される。
 制度の背景には、軍事にも民生にも使える「デュアルユース(軍民両用)技術」を活用したい政府の意向がある。防衛省が内部で行う技術開発にはコストがかかり、人材も必要だ。その不足を補うため大学などの「外部資源」を利用する戦略と考えられる。
 一方、大学側の事情を考えると、学術研究に自由に使える交付金は減り続けてきた。文部科学省が基礎研究に配分する助成金も頭打ちだ。防衛省の新制度は、研究費が足りない研究者の弱みを利用しているのではないだろうか。
 研究の中身が公開されていれば問題ないとの見方や、自衛技術に限定すればいいとの声もある。しかし、軍事応用されれば非公開の部分が出てくるだろう。使い道を研究者が限定することもむずかしい。研究費を受け取れば、防衛省の方針に異を唱えることもできなくなる。
 軍事用技術と民生用技術の線引きは難しく、軍事転用できる研究の否定は時代にあわないという考えもあるだろう。しかし、線引きが難しいからこそ、なんらかの基準を採用する必要がある。そして、基本的な基準になるのは研究費の出所以外に考えられないのではないか。
 防衛省の制度自体の問題は大きいが、研究者側も自分の研究が軍事転用される可能性には自覚的であってほしい。基礎研究を行っただけで使い方には責任を負えない、と言うだけではすまされない時代だろう。
 研究費の出所によらず、成果の使い道に一定の歯止めをかける方策を考えることも必要かもしれない。独立した監視機関の設置もひとつの手法として考えたい。
 もちろん、これは科学者だけの問題ではない。一般市民も関心を持ち、発言していくことが大事だ。


[「辺野古訴訟」結審]異様な裁判 浮き彫りに
 名護市辺野古の新基地建設を巡る違法確認訴訟が結審した。判決は9月16日。新基地建設問題で国と県の対立に初の司法判断が下される。
 埋め立て承認取り消し処分を取り下げないのは違法として、石井啓一国土交通相が7月に翁長雄志知事を相手に起こした訴訟である。
 第2回口頭弁論が福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)で開かれ、翁長知事に対する県側の主尋問と国側の反対尋問が行われた。
 2回の口頭弁論で見えてきたのは裁判の異様さである。
 この日も国側代理人は翁長知事に「最高裁の判断で違法だと確定した場合に是正するのは当然だという理解でいいか」と繰り返し尋ねた。多見谷裁判長も「県が負けて最高裁で確定したら取り消し処分を取り消すか」とただした。
 審理中の訴訟について、県が敗訴することを前提に最高裁における確定判決に従うかどうかを質問するのは裁判所の矩(のり)を超えている。
 多見谷裁判長と国側代理人の示し合わせたような尋問をみると、3月に成立した国と県の和解は、国への助け舟で仕組まれたものだったのではないかとの疑念が拭えない。
 多見谷裁判長は昨年10月30日付で福岡高裁那覇支部に異動している。国が代執行訴訟に向けて動き始めていた時期と重なっていたため、さまざまな臆測を呼んだ。
 同裁判長と国側代理人を務める定塚誠・法務省訟務局長は成田空港に隣接する農地の明け渡しを求めた「成田訴訟」で、それぞれ千葉地裁、東京高裁の裁判官を務めていたことがある。定塚氏は和解条項の案文や和解受け入れにも深く関わっている。
■    ■
 多見谷裁判長は今年1月、国と県に出した和解勧告文で「現在は、沖縄対日本政府という対立の構図になっている」と双方に反省を求めた。
 1999年の地方自治法改正に言及し、「国と地方公共団体は独立の行政主体として役割を分担し、対等・協力の関係となることが期待されたものである」として「改正の精神にも反する状況になっている」と指摘していた。
 米軍基地建設を巡り、国と県が激しくぶつかり合う前例のない訴訟である。だからこそ多見谷裁判長も国地方係争処理委員会(総務省の第三者機関)も話し合いによる解決を促したはずである。
 和解条項では確かに訴訟と協議の2本立てになっているが、政府は「辺野古が唯一」との姿勢を変えることはなく、訴訟だけが一方的に進んでいるのが現状だ。
■    ■
 違法確認訴訟が国と県の初めての訴訟であることからもわかるように、そもそもこうした事態に陥ることを地方自治法は想定していなかった。
 福岡高裁那覇支部が「円満解決に向けた協議」、係争委が「真摯(しんし)な協議」を促したのはそのためではなかったか。
 翁長知事は協議が先行するとの見通しを持っていたことを法廷で明らかにしたが、政府は県との協議に真摯に応じていない。県の方が筋が通っている。福岡高裁那覇支部には地方自治法の精神にのっとった判決を望みたい。


機動隊の強制排除、根拠説明なし 羽交い締め、記者の抗議聞かず
 ヘリパッドの建設作業とこれに反対する市民らの取材をしていた本紙記者らは、座り込みの排除の現場にカメラのレンズを向けている際、機動隊員に両腕を抱えられて強制的に移動させられ、車両と隊員らで囲われた道路脇のスペースに閉じ込められ、この間も続いていた排除の現場を取材することはできなかった。
 午前10時25分、県道70号の高江橋で機動隊による強制排除が始まった。開始直後、機動隊員の1人は本紙記者に「プレスの方ですよね」と確認すると、その場から動かすことはしなかったが、対応は隊員によって違った。
 市民が排除される様子を撮影していると、何の確認もないまま、後ろから羽交い締めにされた。2人の機動隊員に両腕をつかまれた記者は「やめてください」と声を出したが「移動してください」とさらに背中を押された。約40メートルほど移動させられた際、近くにいた小口幸人弁護士が「新報の記者だぞ」と大きな声で指摘。このタイミングで機動隊員は記者を放した。
 同10時45分ごろ、記者が高江橋に戻り、写真を撮影していると、沖縄県警の腕章を付けた警察官が「危ないですよ」と言いながらカメラの前に立ち、両肩をぐっとつかんだ。本紙記者であることを告げると「はい、移動して」とだけ答えたが、そのまま別の機動隊員2人に両腕をつかまれ、さらに背中を1人に押される形で排除され、約40メートル離れた場所で機動隊員の人垣の中に閉じ込められた。
 記者は琉球新報の所属であることを告げ、排除の根拠を聞いたが、隊員らは終始無言のまま。約15分後に解放されるまで、橋上では排除が続いていたが、記者はその現場を見ることはできなかった。


機動隊が記者排除し閉じ込め 東村高江 弁護士「報道の自由侵害」
 【ヘリパッド取材班】東村と国頭村に広がる米軍北部訓練場の新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設をめぐり、東村高江で抗議活動をする人たちを県道上で取材していた本紙記者が20日午前、機動隊に強制排除され、約15分間、隊員による人垣と車両の間に閉じ込められた。この間、工事車両の資材搬入などの現場に近づくことができず、取材機会が奪われた。沖縄タイムスの記者も同様に排除され、一時閉じ込められた。弁護士らは報道の自由の侵害と問題視している。
 朝から抗議行動をしていた市民ら約50人は、東村高江のN1地区ゲート前から南下し、工事車両の搬入を止めようと県道70号の高江橋の上に座り込んだ。午前10時25分、南側から約30人の機動隊員が近づき、座り込む人たちの腕や体をつかんで強制的に排除した。
 排除される際、本紙記者は機動隊員に腕章を示した上で「琉球新報だ」と訴えたが、解放されず、その後、閉じ込められた。現場にいた小口幸人弁護士は「記者排除は大問題だ。国家権力が、強制力を持って市民を排除する場から記者を排除して、報道させないのは、報道の自由の根幹部分の侵害だ。絶対に許してはいけない行為だ」とした。
 座り込みを排除した後、砂利を積んだ工事車両10台が警察車両に守られながら、ゲート内へ入っていった。
強く抗議する
 普久原均琉球新報編集局長の話 本紙記者は琉球新報の腕章を身に着け、住民の抗議行動を記録するための正当な取材をしていた。現場には県民に伝えるべきことがあった。警察の妨害によって、その手段が奪われたことは大問題だ。警察官が記者を強制的に排除し、行動を制限した行為は報道の自由を侵害するもので、強く抗議する。


機動隊、沖縄タイムス記者も拘束 弁護士「報道する権利の侵害」
 20日、東村の高江橋で機動隊が市民らを排除する様子を取材していた本紙記者ら報道関係者も拘束され、バスとバスの間に押し込められた。「記者である」ことを訴えたが最終的に聞き入れられず、取材活動を制限された。
 本紙記者は午前10時26分すぎ、排除の様子を取材していたところ、機動隊4人に囲まれた。背中を強く押されながらバスとバスの間に連れて行かれ、すでに拘束されていた市民ら15人と一緒に押し込められた。
 県警に「取材中である」ことを訴えると、一度は解放された。だが午前10時41分すぎ、別の機動隊に再び拘束され、バスとバスの間で身動きが取れず、取材活動を制限された。他社の記者も同じく拘束された。
 小口幸人弁護士は、記者の拘束について「主権者が知るべきことを報道する権利を侵害する行為で許されない」と話した。交通を妨げるなど、排除される理由がなかった中での拘束に「法律に基づいた行動だとは思えない」と述べた。
 沖縄平和運動センターの山城博治議長は「マスコミを萎縮させることにつながりかねない行為で、あり得ない」と語気を強めた。
 県警警備2課は、バスとバスの間に市民や記者を拘束したことについて「危険防止や安全確保のため。取材を規制する目的ではない」と答えた。


「日本国民の問題」 沖縄基地問題を議論 自治体学会日田大会
 自治体職員や有識者らが地方自治、地域づくりの方策を考える「第30回自治体学会・おんせん県おおいた日田大会」が20日、日田市のパトリア日田であった。地方分権を担う人材育成の在り方などを主要テーマに、分科会形式で活発な議論を展開した。
 分科会は▽地方分権で求められる議員像▽地域資源としての人材▽子どもの貧困対策―など。県内外から約300人が参加した。
 沖縄県の米軍基地問題を通して国・地方の関係を考える分科会では、パネリストの佐藤学・沖縄国際大学教授が米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡る国と県の対立について「安全保障上の国策として一つの県をつぶそうとしている」と政府の強硬姿勢を批判した。
 その上で「『沖縄さえ黙ればいい』というのは違う。これは日本国民に関わる問題だ」と提起した。
 基地問題に詳しい元共同通信社編集・論説委員の尾形宣夫氏は「(日本政府は)抑圧された沖縄の歴史を踏まえて普天間問題を見据えなければ解決できない」と指摘した。
 このほか、東京大学名誉教授の大森弥(わたる)氏(地方自治論)が記念講演。地域づくりには自治体職員の資質向上が必要と強調し、「“上っ面”の政策では地域の劣化を招くだけ。職員は感性と思考力、行動力を磨いてほしい」などと呼び掛けた。


アイヌ遺骨返還を評価 市民会議声明「補償も検討を」
 第2回アイヌ政策検討市民会議(世話人・丸山博室蘭工大名誉教授ら)が20日、北大で開かれ、アイヌ民族への遺骨返還の望ましいあり方についての声明を採択した。
 遺骨返還訴訟の和解を受け、北大が12体の遺骨を日高管内ゆかりのアイヌ民族らの有志団体「コタンの会」(清水裕二代表)に7月に返還し、同管内浦河町に埋葬されたばかり。会議ではその経緯や意義が原告から報告された。
 声明は、遺骨返還を「アイヌコミュニティーへの返還という集団的権利が認められたという意味でも画期的」と評価。個人への返還にこだわって、返還は認められないという考えを北大はやめるべきだと求めた。返還の受け皿となる団体を支え、アイヌ墓地を維持して、伝統的埋葬を可能にするコミュニティーを復活させるような財政支援こそ重要なアイヌ政策で、補償も前向きに検討すべきだとした。


ピーコがNHKに戦争批判コメントをカットされたと告白!「放送を見て力が抜けた」…永六輔追悼番組で
 放送作家の永六輔、そして大物司会者の大橋巨泉と、今年の夏はラジオ・テレビという放送メディアをつくり上げてきた巨星が立て続けにこの世を去った。そして、このふたりはともに一貫して戦争に反対してきた人物でもあった。──安倍政権という戦後もっとも危険な男が総理の座に就くいま、警鐘を鳴らしてきた著名人がひとり、またひとりと鬼籍に入る現状に不安を覚えている人も少なくないだろう。
 それはこの人も同じだったらしい。双子の弟・おすぎとともにテレビで活躍してきた、ファッション評論家のピーコだ。
 じつは「おすぎとピーコ」の名付け親は永六輔であり、長年にわたってふたりをかわいがってきたという。今月、朝日新聞のインタビューに登場したピーコは、「声高に言わないけど、立場の弱い人たちの側に立ってものをしゃべったり、見たりすることが大事だといつも語っていました」と永について語った。
 だが、このインタビューでピーコは、現在の放送界で進行する“もの言えぬ空気”をもあきらかにしている。それは、NHKが7月17日に放送した永の追悼番組『永六輔さんが遺したメッセージ』に出演したときのことだった。
「「永さんは戦争が嫌だって思っている。戦争はしちゃいけないと。世の中がそっちのほうに向かっているので、それを言いたいんでしょうね」と言ったら、そこがばっさり抜かれていた。放送を見て力が抜けちゃって……。永さんが言いたいことを伝えられないふがいなさがありますね」(朝日新聞8月20日付)
「戦争はしちゃいけない」という故人のメッセージさえ伝えられない──。これはNHKに限らず、永の訃報に際してこうした永の想いをほとんどのニュース番組は触れようとしなかった。しかも、今回ピーコが告白したように、実際はゆかりのある人が言及していても、それをテレビ局はカットしていたのだ。
 しかし、これは今回に限ったことではない。2014年12月、俳優の菅原文太が亡くなったときには夫人がコメントを発表し、そのなかで菅原の晩年の活動について〈一つは、先進諸国に比べて格段に生産量の少ない無農薬有機農業を広めること。もう一粒の種は、日本が再び戦争をしないという願いが立ち枯れ、荒野に戻ってしまわないよう、共に声を上げることでした〉と触れたが、NHKはこの部分を丸々カットして放送した。
 また、大橋巨泉が亡くなった際も、大橋は亡くなる直前に「週刊現代」(講談社)7月9日号掲載の連載コラム最終回で、〈最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉と書き遺していたにもかかわらず、やはりNHKも民放もことごく無視。『報道ステーション』(テレビ朝日)でさえ最後のコラムの〈今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずなことが連日報道されている〉という部分までしか紹介せず、安倍首相について言及した部分まで報じたのは『NEWS23』(TBS)だけだった。
 ピーコは、知識の幅や魅力ある話術をもっていた永や巨泉について、「「戦争はいやだ」っていう話も、永さんや巨泉さんの口から出るとみんな聞いてくれる」と言う。だが、彼らはもういない。そのためピーコは、「そういう人たちがいなくなるのは、大きな財産を失っちゃったんだなと思う。私なんか、その人たちについて行っていればよかったわけですから」と無念さを滲ませるのだ。
 しかし、だからこそいま重要になってくるのは、こうした故人の想いを引き継いでいくことなのだろう。ピーコは以前、永に「ピーコとおすぎは炭鉱のカナリアになりなさい」と言われたというが、実際、そのことを実践してきた人物でもある。
 たとえば、特定秘密保護法が国会で審議されていたときには、「何でこんな拙速に前のめりで、人権を侵害する秘密保護法案を成立させようとしているのかしら。本当に怖い気がするの」「特高警察ができて、治安維持法ができていった戦前みたい」(「赤旗」13年11月10日付)と語り、昨年の安保法制議論の際は、こうも話していた。
「すごく恐ろしい人が総理大臣になっていると思うの。安倍さんはよく「総合的に判断する」と答弁するけれど、判断するのはその時の政府で、今でいえば安倍さんでしょ。野党に痛いところを突かれれば感情的になり、やじまでとばし、国会を無視して自分の思い通りにしたい人が判断する。ファッショね」
「安倍さんの言う平和ってなんなんだろうね。「南シナ海で埋め立てしている国がある」なんて言って、まるで中国を名指しして、戦争したいと言ってるようなものじゃない」(同前15年6月7日付)
 また、ピーコは憲法改正についても、真っ正面からNOと言ってきた。
 小泉政権下で憲法改正の動きが活発化していた05年に発売された『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言』(岩波書店)のなかでピーコは、「私が生まれたのは昭和二〇年の一月です。ということは我が国の“平和憲法”と一緒に生きて来たといっていいでしょう」と述べ、「私は、誰がなんと言おうと日本にとってこの“平和憲法”はなくてはならないものと思っています」と断言している。
「何故かというと憲法9条の反戦、非戦という考え方が大好きだからなのです。私はどんな種類の戦争も嫌いです。どんな大義名分を揃えても戦争はあってはならないのです。正義の戦いなんてないのです。大きな顔をして“正義”“正義”と言う人ほど信用できないものはありません」
「今一度日本人全員が第9条の素晴らしさを認識すべきです。人の命よりも大事な国家などないのですから。守らなくてはならないのは“命”なのです」
 永から「炭鉱のカナリアになりなさい」と言われ、同じように抱えもってきた反戦の気持ちを言葉にして訴えてきたピーコ。ピーコにとってテレビやラジオに出演することは、重要なことだった。なぜなら〈何かあった時に“戦争はしてはいけない!”と大きな声で全国に向かって言うことが可能なのです。それ は、人間としてとても価値のあるお仕事〉(自著『片目を失って見えてきたもの』文藝春秋)だからだ。
 ただ、一方でピーコは、こうも語っている。
「私は「戦争反対」ときちんと言おうと思ってテレビやラジオの仕事をしてきたし、今もそう思っています。ただ、政治について話せる番組は、どんどん少なくなっています」(前掲「赤旗」15年6月7日付)
 このピーコの危機感は、“世の中が戦争に向かいつつある”と感じていた永の気持ちを代弁したメッセージさえNHKがカットした一件とも重なる。もうすでに「戦争反対」という当たり前の言葉さえ、テレビやラジオでは放送にのせられないNGワードになりつつある。そして同時に、社会のなかでも「戦争反対」と言うことが「政治的発言だ」などと受け取られつつある。これがいかに異常なことなのか、その流れのなかに身を置いていると見えづらくなっていき、それを「ふつうのこと」と受け止めはじめる。──それこそが、まさしく“戦前”の空気なのだ。
「炭鉱のカナリア」の鳴き声が潰されている。そんな時代にいま、突入しているということを、わたしたちはもっと強く意識しなくてはいけないだろう。(水井多賀子)


安倍首相のワシントンポスト報道否定こそ大嘘だ! 過去にも核武装発言を「発言してない」と虚偽の弁明
 オバマ大統領が現在、検討しているとされる「核兵器の先制不使用宣言」をめぐって、安倍首相がハリス米太平洋軍指令官に反対の意向を示していたことを先週、各紙が報じた。元となったのは15日付けのワシントンポストの報道だ。
 だが、昨晩、安倍首相は記者団に対し、「ハリス司令官との間において米の核の先制不使用についてのやりとりは全くない。どうしてこういう報道になったか分からない」と、ワシントンポストの報道を全否定した。
 しかも、この安倍首相の否定を受けてネット上では安倍応援団が、ワシントンポストにそういうくだりはなく報道を後追いした朝日や毎日が記事を捏造した、などとわめき立て始めた。
「ワシントンポストの原文を読んできて下さい。反対を示す言葉はどこにも書かれていません」「朝日は英語も読めないのか」「完全にマスゴミの仕業だな」「反日どもがいつものように大嘘を喚いているだけ」
 まったく、バカに構うと日が暮れるとはこのことか。調べればすぐわかるのに嘘ばかり垂れ流すネットの安倍応援団は、元となったワシントンポストの記事をとくと読めばいい。以下が原文と翻訳したものだ。
〈Japan, in particular, believes that if Obama declares a “no first use” policy, deterrence against countries such as North Korea will suffer and the risks of conflict will rise. Japanese Prime Minister Shinzo Abe personally conveyed that message recently to Adm. Harry Harris Jr., the head of U.S. Pacific Command, according to two government officials.〉
〈もしもオバマが核の「先制不使用」を宣言したら、北朝鮮のような国に対する抑止力が損なわれ紛争のリスクが高まると、日本は信じている。2人の政府官僚によると、日本の安倍晋三首相は、このメッセージを最近ハリス太平洋司令官に直接、伝えた。〉
 ワシントンポストは、安倍首相が直接、ハリスに「抑止力が損なわれ紛争のリスクが高まる」と伝えた、しかも、2人の政府官僚が証言したとはっきり書いているのだ。これを読んで「反対とは書いていない」と言うのは、もはや英語力以前の問題だろう。これでもまだ捏造と言うのなら、寝言は寝てから言え、という話である。
 だいたい、怪しいのは「ハリス司令官との間において米の核の先制不使用についてのやりとりは全くない」という安倍首相のほうだ。
 実は、安倍首相が7月26日にハリス司令官と会談し、反対の意志を伝えたことは、日本の官邸、外務省関係者も一部のメディアにオフレコで認めていた。日本のメディアは自主規制して報道しなかったが、今回はアメリカ側がそれを報じたため後追いしたのである。
 さらにいえば、日本は国連で一貫して「核兵器禁止条約」の交渉開始決議に棄権しており、核軍縮の進展を目指す国連作業部会の会合でも、佐野利男軍縮大使は安全保障上の問題を理由に核が必要とし「核兵器を削減・廃絶するのはほとんど非現実的」と主張。「核兵器禁止条約」の締結に対して反対し続けている。オバマ大統領が打ち出そうとしている核兵器の先制不使用宣言についても、外務省や政府高官は非公式に反対の意志を示してきた。
 また、安倍首相自身も、2006年に「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」と答弁書に記すなど、積極的な核武装論者であることは論を待たない。
 ワシントンポストの記事以前に、こうした事実を総合するだけでも、安倍首相が直接、ハリス司令官に反対の意志を伝えていたと可能性は極めて高いといえるだろう。ようするに、安倍はワシントンポストの報道で、世論から予想外の批判を受けたため、慌てて「発言していない」など得意の二枚舌で否定しただけではないのか。ましてや背後でこれだけの動きをしておきながら、「どうしてこういう報道になったか分からない」などと嘯くのはサイコパスとしか言いようがない。
 実は、安倍は、以前も“核武装”をめぐって発言したことを「発言していない」と大嘘をついたことがある。発端は、官房副長官時代の2002年、早稲田大学で開かれた田原総一朗氏との学生向けシンポジウムのなかで、こんなことを語ったことだった。
「憲法上は原子爆弾だって問題ではないですからね、憲法上は。小型であればですね」
 まさに明確な核武装を肯定する発言で、「サンデー毎日」(毎日新聞出版)がこれをスクープしたのだが、安倍はなんとそんな発言はしていないと完全否定したのだ。「サン毎」編集部はこの講演会の録音テープを入手しており、そのテープの内容を詳細に公開していた。にもかかわらず、この発言を追及された国会では、安倍は「使用という言葉は使っていない」と主張しながら、こんなことを言いはじめたのだ。
「本来静かな学びやであるべき大学の教室にサンデー毎日が盗聴器とまた盗撮ビデオを仕掛けて、そしてそれによってセンセーショナルな話題にするということは、私はそれは学問の自由を侵すことにはならないかと、強い私は危惧を持つものでございます」
 自分にとって不都合な報道には「盗聴器と盗撮ビデオを仕掛けられた」とメディアを一方的に犯罪者扱いする──。もちろん、「サン毎」が盗聴器や盗聴カメラを仕掛けていたという事実はまったくなく、この発言もまた大きな問題になったのだが、保身のためならどこまでも嘘をつき通し、卑劣な罵倒を繰り出す性格は、このころから何も変わっていないのだ。今回のワシントンポストの報道を否定しているのも、それで逃げ切れると考えているのだろう。
 しかし、先日も夏季休暇中に日枝久フジテレビ会長とゴルフに興じていた安倍首相だが、海外メディアを国内メディアのようにゴルフや会食で手なずけることも、官邸が圧力をかけることもできない。実際、国内と違い安倍政権を“忖度しない”海外メディアは安倍首相の極右思想を客観的事実に基づいて冷静に分析、報道してきた。
 だが、そんな報道に対して、首相は「捏造された」と言わんばかりの態度をとっている。今回の問題だって、記事を否定するのであれば核兵器の先制不使用に対する自身の考えをあきらかにするべきだが、それさえしていないのだ。そして、ネット右翼が「反日の捏造だ」と沸き返り、反知性主義丸出しの安倍首相擁護を繰り出す──。つくづく、この国のレベルはどうなっているのか、と溜息をつくほかない。(編集部)


反戦訴え、むのたけじさんが死去 「たいまつ」発刊ジャーナリスト
 新聞記者として戦争取材に関わった反省から、故郷の秋田県で週刊新聞「たいまつ」を発刊しながら反戦を訴え続けたジャーナリストむのたけじ(本名武野武治)さんが21日午前0時20分、老衰のため、さいたま市内の自宅で死去した。101歳。秋田県出身。葬儀・告別式の日取りは未定。後日しのぶ会の開催を検討している。
 東京外語大卒。太平洋戦争中に朝日新聞記者として海外特派員を務めたが、敗戦と同時に退社。1948年、秋田県横手市で「たいまつ」を創刊し、反戦・平和や農村、教育問題などで評論活動に当たった。

広島土砂災害から2年/死刑・えん罪をなくそう

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Un premier trailer pour Puyo Puyo Chronicle
Afin de fêter les 25 ans de la licence, Puyo Puyo s'offre un nouvel épisode. Cette fois-ci le jeu proposera un côté RPG.
La licence Puyo Puyo fête cette année son 25e anniversaire. Et comme il y a cinq ans, le jeu voit une édition spéciale débarquer. En effet, Sega vient de diffuser un premier trailer pour le jeu prévu au Japon le 8 décembre prochain : Puyo Puyo Chronicle
A travers la vidéo, nous pouvons retrouver Arle Nadja, accompagnée de Carbuncle qui se voient transporter dans un autre monde au travers d'un livre magique. Le célèbre puzzle game prendra cette fois-ci une direction RPG, proposant des rencontres, des combats, de l'exploration mais aussi bien entendu des puzzles. Bien que la série soit très peu exportée dans nos contrées, espérons que pour une fois, Puyo Puyo Chronicle le soit.
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ETV特集「加藤周一 その青春と戦争」
戦後日本を代表する評論家・加藤周一の「青春ノート」が公開された。戦争の時代、若き加藤は何を悩んでいたのか。立命館大学の学生たちが読み解き、今の時代を考えていく。
戦後日本を代表する評論家・加藤周一の「青春ノート」が公開された。詩や評論、翻訳など新発見のノートは8冊。日中戦争から太平洋戦争の時代、若き加藤は社
会の中で孤独を感じ、戦争協力に雪崩をうつ知識人に批判のまなざしを向けていた。立命館大学の学生たちがノートを読み解き、今の時代を考える。さらに作家
の大江健三郎、池澤夏樹、詩人の山崎剛太郎、憲法学者の樋口陽一ら加藤ゆかりの人々の証言で、その思想の原点を考える
西島秀俊, 中條誠子

人生デザイン U−29「リペア家具デザイナー」
主人公は山形で古くなった家具を新たにデザイン・修理するリペア家具デザイナーの須藤修さん(28)。依頼主から家具への思いを聞きとる時間を何よりも大切にしている。
今回の主人公は、山形で古くなった家具を新たにデザイン・修理するリペア家具デザイナーの須藤修さん(28)。須藤さんが最も大切にしているのが、依頼主か
ら家具にまつわる思い出や、エピソードを聞きとる時間だ。新品同然の状態に戻すことが「直す」ことではない、と考えている須藤さんは、家具に残った傷やシ
ミをあえて残すことも。依頼主の思いによりそい、古い家具に再び命を吹き込む。そんな須藤さんの人生デザインとは。
松坂桃李

ETV特集 アンコール▽名前を失(な)くした父〜人間爆弾“桜花”発案者の素顔
父はいったいどんな人間だったのか。戦争中、特攻兵器の飛行機爆弾“桜花”を発案、戦後は名前を変えて生き延びた。何も語らずに死んだ父。その素顔と苦悩を息子が探る。
戦争中、海軍が開発を進めた特攻兵器“桜花”。人間が操縦しロケットを噴射、敵艦に体当たりする「人間爆弾」だ。これを発案した大田正一は、終戦直後零戦で
海に飛び込み自殺したと思われていた。しかし大田は名前を変えて生き延び、新しい家庭を築いていた。息子の大屋隆司さん(63)は中学生の時、父の本名が
大田正一だと明かされた。しかしそれ以上何も聞けず時が過ぎた。父の過去と向き合うことで浮かびあがる戦争の傷跡。
三浦貴大, 園部啓一,佐々木啓夫,樫井笙人,土田大

第59回日弁連人権擁護大会、プレシンポ
1.ドキュメンタリー映画「ふたりの死刑囚」上映
2.弁護団等からの報告
3.基調報告
4.パネルディスカッション
【 登壇予定者 】
門脇康郎氏「ふたりの死刑囚」映画監修者
小林修弁護士「名張毒ぶどう酒事件」弁護団
戸舘圭之弁護士「袴田事件」弁護団
加藤高志弁護士「東住吉事件」弁護団
石塚伸一教授 龍谷大学法務研究科教授(刑事法学)
問い合わせ先:TEL.06-6364-1227
主催:近畿弁護士会連合会


広島土砂災害から2年です.幸か不幸かあの時の悲しい気持ちを思い出すことができます.被害を受けた人はどうされているでしょうか?とりあえず今一度災害を忘れずに過ごしたいと思います.
お昼は西天満でフレンチ.最初行こうと思っていたお店ではなく,通りすがりのよさそうなお店なのですが,入ってみるととても高級感があってびっくり.バジルがおいしいです.
大阪弁護士会でふたりの死刑囚をみて,袴田事件・名張ぶどう酒事件を考えました.東住吉事件で無罪を勝ち取った青木さんのお話も聞きました.やはり死刑は廃止すべきだと思いますし冤罪をなくすため取調べの全面可視化をすべきだと思いました.帝銀事件についても考えていきたいです.

<山田病院>高台に再建 9月外来診療開始
 東日本大震災の津波で被災した岩手県山田町の県立山田病院が再建され、現地で19日、落成式があった。9月1日に外来診療と入院受け入れを始める。
 新病院は以前の場所から2.4キロ南に造成された標高約30メートルの高台に建設された。災害時の停電に備えて全施設を3日間維持できる自家発電機を整備した。鉄筋コンクリート2階で延べ床面積は3528平方メートル。総工費は約20億円。
 病棟は50床。常勤医は内科3人、外科1人で震災前の外科、整形外科各1人より増えた。小児科、整形外科、眼科、リハビリ科も応援医師が診療する。
 病院周辺には消防署と交番を建設する。防災集団移転の高台団地(162戸)も隣接地に造成中で、復興と防災の中核エリアとなる。
 式では達増拓也知事が「災害に強い病院として新たにスタートする。今後も医療の再生と地域の再建に取り組む」とあいさつした。
 宮本伸也院長は「入院できるようになり、町民には便利になる。いい医療を提供できるよう頑張りたい」と意気込みを語った。
 旧病院は津波で1階の天井付近まで浸水し、無事だった2階で診療を続けた。2011年7月に町民総合運動公園敷地内の仮設診療所で保険診療を再開した。
 沿岸の県立病院再建は、4月の大槌病院(大槌町)に続き2件目。残る高田病院(陸前高田市)は17年度の開院を目指す。


被災地閖上の復興実感 小学生が工事見学
 夏休み中の子どもたちに東日本大震災からの復旧・復興工事を間近で見てもらおうという催しが19日、被災した名取市閖上地区であり、公募に応じた名取、仙台、塩釜3市の児童ら14人が広浦橋の架け替え工事現場を見学した。
 架け替え工事は7月中旬に始まり、現在は被災した橋の代替となる仮橋の設置が進められている。児童らは、仮橋の基礎くいとなるH鋼が海底に打ち込まれる様子を興味深そうに見つめていた。
 見学後は最新重機の試乗会や、測量器械の操作体験なども行われた。
 名取市愛島小5年の椎谷蒼太郎君(11)は「広浦橋が完成するまでの流れが分かって良かった。名取が復興してきていると思うので、うれしい」と話した。
 催しは将来の建設業の担い手確保も念頭に、県建設業協会と工事発注者の県が初めて主催した。


被災地の子どもが自然満喫 宿泊体験で交流
 東日本大震災で遊ぶ場所が減った被災地の児童らが宿泊しながら交流する「がんばれ!!みやぎっ子」(宮城県子ども会育成連合会主催)が17〜19日、宮城県栗原市の花山青少年自然の家であった。
 石巻、気仙沼、登米3市の小学4〜6年計20人が参加。ゲーム形式の自己紹介で親睦を深めた後、山の散策や沢登りで大自然を満喫した。夜にはろうそくの火をリレーする時間もあり、子どもたちは幻想的な雰囲気に魅了された。
 石巻市大街道の自宅が津波で全壊した同市蛇田小4年の木村友里愛さん(10)は「震災後は海が怖くて行く機会が減っていた。沢であった水遊びは久しぶりで、すごく楽しかった」、同市鹿妻小6年の石田拳介君(12)は「いろんな人と交流することができて良かった」と満足げだった。
 「がんばれ!!みやぎっ子」は、被災地で遊び場が減ったり子ども会の解散が相次いだりしたことを受け企画。3カ年計画で、2017年度は仙台市、18年度は大崎市と県南の児童を対象に行う。


広島土砂災害から2年、遺族らが慰霊
 77人が死亡した広島市の土砂災害から、20日で2年です。被災地には遺族などが慰霊に訪れています。
 「あの世で笑顔いっぱいで生活しているイメージを多く持てるようになったが、思うたびに涙が出る」(娘夫婦を亡くした女性)
 77人が犠牲となった2014年8月20日の土砂災害では、およそ4700棟の住宅に被害が出ました。広島市は自宅が全半壊した被災者に無償で仮の住宅を提供していましたが、今月末で終了します。
 一方で、新たな住まいの費用がかかりつつ、自宅の跡地に買い手がつかないため、税金を払い続けるなど、経済的負担を強いられている被災者も数多くいます。


広島土砂災害から2年 77人の犠牲者に追悼の祈り
 77人が犠牲になった広島市の土砂災害から20日で2年です。
 被災地では、災害が発生したとみられる午前3時ごろから犠牲者の冥福を祈る人の姿が見られました。
 追悼に来た遺族:「(この2年は)短かったですね。亡くなったらいけない。息が絶えたらいけない。生きていてほしかったですね」
 おととしの土砂災害では、関連死を含めて77人が犠牲になりました。国と県が建設する緊急砂防ダムは28カ所で完成し、用地取得ができていない1カ所を除くと、計画されたすべてが今年中に完成する予定です。一方で、広島市による仮住まいの無償提供は今月末で終了することになりました。復興は進んでいますが、コミュニティーの再生といった課題も残されています。


広島の土砂災害から2年 遺族などが祈り
77人が犠牲となった、おととしの広島市の土砂災害から20日で2年になりました。被災地では遺族などが亡くなった人たちに鎮魂の祈りをささげています。
おととし8月20日に広島市で起きた土砂災害では、集中豪雨によって166か所で土石流やがけ崩れが発生し、災害関連死の3人を含め、土砂災害としては平成に入ってから最悪の77人が犠牲になりました。
災害から2年となる20日は、被害が起きた未明から遺族などが被災地を訪れ、鎮魂の祈りをささげています。
このうち、土砂に巻き込まれて住民2人が亡くなった広島市安佐南区八木3丁目の県営緑丘住宅では、住宅の前に設けられた献花台の周辺で、追悼のためのろうそくに火がともされ、午前3時ごろから遺族や地元の人たちが集まりました。
新婚生活を始めたばかりで亡くなった湯浅康弘さん(当時29歳)とみなみさん(当時28歳)夫妻の両親やきょうだいも訪れ、みなみさんの母親の若松直美さん(54)は「去年ここへ来たときは被災当時の思いがまだ残っていましたが、ことしは自分の中で気持ちの整理ができました。これからもできるだけここに来て娘たちを思い出したい」と話していました。
また、住民4人が亡くなった広島市安佐南区八木3丁目の阿武の里団地では、兄夫婦を亡くした遺族の立川新三さんが(79)、亡くなった兄・洋二さん(当時81歳)の自宅の跡地を訪れ、手を合わせながら静かに祈りをささげていました。
立川さんは「おととしのこの日、人が土砂の下敷きになった様子やがれきの山ができていたことを思い出します。何もできなかった思いを今でも背負っています。一方で、新しい町づくりも進み、安全できれいな町になることを見届けたい」と話していました。
復旧・復興進むも人口減少が課題に
広島市の土砂災害の被災地では、この2年間、復旧・復興や防災対策の工事が進められてきました。
このうち、新たな土砂崩れに備えるため、国と県が緊急に行っている砂防ダムの工事は、予定の31か所のうち28か所で完成しました。
また、災害の際に住民の避難に使うため、広島市が整備を進めている「広域避難路」は、早ければことし秋にも一部の地域で着工する予定です。
一方、住宅再建の難しさや土砂災害の懸念から、住み慣れた土地を離れる人もいて、被害が大きかった地区の多くで人口が減少しています。
このうち、最も多くの犠牲者が出た安佐南区の八木3丁目では、災害が起きる前のおととし7月に2400人余りいた住民が、先月末現在で1900人余りと、およそ20%減りました。
被災地の復旧・復興や防災対策が進むなか、どのようにして人口の減少を食い止め、地域のコミュニティーを維持していくかが課題となっています。


広島 土砂災害から2年 犠牲者を追悼
77人が亡くなったおととし8月の広島市の土砂災害から2年となった20日、大きな被害が出た広島市安佐南区では追悼式が営まれ、遺族などが犠牲者を悼みました。
広島県と広島市が合同で行った追悼式には、遺族をはじめ、湯崎英彦知事や松井一実市長など関係者合わせておよそ500人が参列し、はじめに全員で黙とうを行いました。
式では、松井市長が「全国から支援をいただいて復興が徐々に進み、日々の営みの再生も本格化しています。災害を尊い教訓として胸に刻み、市民の誰もが安全・安心に暮らせる『まち』の実現に向けてまい進することを誓います」と、まちの復興に全力で取り組んでいくことを強調しました。そして、遺族を代表して両親を亡くした市井由佳利さんが「まさか裏山が崩れるとは思っておらず、今でも受け入れがたい悔しい気持ちは消えません。同じ悲劇を繰り返さないことがいちばんの慰霊になると思います」と訴えました。
のあと、参列した人たちが1人ずつ祭壇に花を手向け、静かに手を合わせていました。
遺族「さみしい気持ち」
遺族代表として参列した市井由佳利さん(56)は式典のあと、「きょうは母の形見のネックレスをつけて出席しました。両親と会えないのはさみしい気持ちに尽きますが、悲しんでばかりもいられないとも思っています。両親に頑張っている姿を見せられるよう前向きに進んでいくつもりです」と話していました。
小学校に献花台
土砂災害で多くの犠牲者がでた広島市内の地区には、献花台が設けられ、大勢の人が訪れて花を手向けました。
広島市安佐南区八木にある梅林小学校では、地元の自主防災連合会などが慰霊碑の前に献花台を設置しました。そして、近くの人たちや関係者が次々と訪れて花を手向け、手を合わせていました。職場の同僚を亡くしたという62歳の女性は、「2年たった今でも信じられず、一緒に働いていたときのことをよく思い出します。この地域の明かりが被災前と比べてかなり減って寂しく感じます」と話していました。また、職場の先輩を亡くしたという69歳の男性は、「先輩とは旅行にもよく一緒に行き、お世話になりました。砂防ダムの建設工事の一部はまだ終わっておらず、不安に感じることがあります」と話していました。


広島土砂災害2年 「息子」が帰ってきた 遺品の自転車
先月発見される 父、サイクリングを日課に
 2年前の広島土砂災害で、長男の湯浅康弘さん(当時29歳)を亡くした両親の元に先月、警視庁から一本の電話がかかってきた。「息子さんの自転車が見つかりました」。災害前に康弘さんが東京で働いていた際に盗まれたものだった。「『もう若くないんだから健康のために運動しなさい』って言ってるのかな」。思いがけない息子からの“プレゼント”で自宅前の堤防沿いを走るのが父吉彦さん(63)の日課になった。
 広島県三次市の康弘さんの実家では毎朝6時半、持ち主のいなくなった携帯電話のアラームが響く。「おはよう。今日も見守ってね」。母玲子さん(58)はアラームを止め、遺影に語りかける。
 玲子さんは「真夏の土砂の中に1週間も眠っていたんだから、のども渇くよね」と麦茶の入ったコップを新しいものに置き換え、郵便局員の吉彦さんも「行ってくるな」と声を掛けて仕事に出る。
 2014年8月20日朝、新婚だった息子夫妻が暮らす地域が土石流に襲われたと知り、両親はすぐに現場に向かった。香川県から駆けつけた妻みなみさん(当時28歳)の両親と一緒に、捜索活動を見守る日々が続いた。「自分の手で助け出してあげたかった」と玲子さんは振り返る。
 災害直後、息子宛ての郵便物が実家に次々と転送されていたが、やがて途絶えた。「ああ、本当にいなくなってしまったんだな」。息子の死を実感することも多くなった時にかかってきたのが警視庁からの電話だった。
 見つかった自転車はすぐに広島に送ってもらった。久しぶりに息子が帰ってきたような不思議な気持ちになった。「案外乗り心地がええんですよ」。吉彦さんの表情が緩んだ。
 あれから2年。夫妻も含め入居する4世帯8人全員が死亡した広島市安佐南区八木3のアパート「ルナハイツ」の跡地には20日未明、吉彦さんと玲子さんの姿もあった。花を手向け、「ここに来ると涙が出るけど、前向きに生きていかないとね」と語った。【石川将来】


【広島土砂災害2年】 「会いたい」「忘れない」 住宅跡で犠牲者しのぶ
 「安らかに眠って」「もうこんな思いは」。77人が亡くなった広島土砂災害から2年。被災地では遺族らが土砂で押し流された住宅跡を訪れ、思い思いの時間を過ごした。追悼の紙灯籠(とうろう)に明かりがともされ、犠牲者への鎮魂の祈りが続いた。
 「本音を言えば、実際の孫に会いたかった」。妊娠7カ月だった湯浅みなみさん=当時(28)=と康弘さん=同(29)=夫婦を失った、みなみさんの母、若松直美さん(54)は、あふれる思いを口にした。
 夫の順二さん(53)、康弘さんの両親とともに20日未明、娘夫婦が住んでいた広島市安佐南区八木3丁目の自宅跡地を訪れた直美さん。若い夫婦の写真とともに、2人の顔を合成して作った男の子の写真も並べた。「天国で3人が仲良く生活してくれていると思う」と語った。
 「土砂災害を忘れず伝えていきます」「明日はもっと笑顔になろう」などと書かれた紙灯籠が灯されるなか、同地区に設けられた慰霊碑付近では亡くなった住民らの追悼式が行われ、約70人が参列。追悼と復興への願いを込めたヒマワリが供えられた。
 犠牲者の1人、広兼龍典さん=同(62)=と中学校が同じだったという稲村孝さん(65)は、家族ぐるみでキャンプに出かけるほどの仲だったといい、「寂しさは変わらないが、あいつの分もしっかり生きていく」と静かに話し、手を合わせた。


広島土砂災害犠牲の2人「結婚式」 新婦の妹が企画
 広島土砂災害で犠牲になった二人の「結婚式」が今春、高松市で開かれた。新郎は湯浅康弘さん=当時(29)、新婦はみなみさん=同(28)。披露宴会場の一角に置かれた仲良く寄り添う二人の写真を、みなみさんの父若松順二さん(53)が見つめていた。
 みなみさんの妹が自分の結婚式に合わせ、まだ式を挙げていなかった姉夫婦のために提案した。「みなみは結婚式をしたかったと思う。提案はうれしかった」と順二さんは話す。
 二十日午前二時半。順二さんと妻の直美さん(54)は、あの日みなみさん夫婦が土砂に襲われた安佐南区八木のアパート跡地を訪れ、手を合わせた。直美さんは「天国で楽しく、笑顔いっぱいで生活していると思えるようになった。でもまだ涙が出る」。
 康弘さんとみなみさんは東京都内の同じ職場で知り合い、康弘さんの実家がある広島県に移った。災害の十カ月前には婚姻届を出したが、式を挙げていなかった。
 今春の披露宴の会場には、二人の顔を基に合成して作った男の子の写真も並んだ。みなみさんは当時、妊娠七カ月。災害のあった年の十一月に生まれるはずだった。


福島原発の凍土壁/「効果なし」なら次善の策を
 東京電力福島第1原発の放射性汚染水対策として建設された「凍土遮水壁」に対し、国の原子力規制委員会が「効果なし」という否定的な評価を突き付けた。
 地下水の流入によって増え続ける汚染水の対策は、当面の最重要課題。その切り札と目された凍土壁が役に立たないとしたら、対策は振り出しに戻るしかない。
 流入する前に地下水をくみ上げておくといったこれまでの対策を強化しながら、代替策がないかどうか早急に検討する必要に迫られている。
 メルトダウン(炉心溶融)を引き起こした福島第1原発は、事故後ずっと地下水の流入に悩まされてきた。
 3年前の国の試算では、1〜4号機の原子炉建屋周辺で1日に約1000トンもの地下水が流れ、そのうち400トンが建屋の地下に流入して放射性物質に汚染されていると見積もられている。
 さらに300トンが建屋の地下とつながっているトレンチ(地下道)の中の汚染水と混じり合って、海に流れていると推定された。
 井戸を掘って地下水をくみ上げる対策によって流入量は150トン程度に減ったとみられるが、汚染水が増え続けることに変わりはない。
 抜本的な対策として考え出されたのが凍土遮水壁。1500本の凍結管を地中に打ち込んで長さ1.5キロ、深さ30メートルの凍土壁をつくり、1〜4号機への地下水流入を食い止めようとした。凍結作業は今年3月末に始まった。
 ところが7月の流入量は1日170トンに達し、凍結前より20トンしか減らなかった。凍土壁で遮ることができず、地下水が通過しているらしい。
 約50トンまで流入量を減らすという当初の見通しに遠く及ばず、18日の規制委の会合で「効果が見られない」「(遮水効果が高いという)東電の主張は破綻している」と批判されてしまった。
 東電は追加工事で遮水効果を高められると期待しているが、それでも好転しなければ失敗という結末になり、350億円もの国費を投入して建設した凍土壁が無用の長物と化すかもしれない。
 ただ、凍土壁の計画は経済産業省が東電に「指示」して動き出したことを考えれば、仮に失敗に終わったとしても東電だけを責めるわけにはいかないだろう。
 地下水の流入を完全に食い止めるのは極めて難しい作業であり、凍土壁の効果を疑う意見は当初からあった。規制委も有効性や安全性に疑問を呈していた。
 国の組織の中でも意見の食い違いがあったわけで、結果に対する責任は東電と共に負わなければならない。
 規制委が指摘したように凍土壁の効果がないとしても、それに代わる抜本的な地下水対策はおいそれと見いだせないだろう。
 結局はくみ上げて保管するか、または浄化してどこかに放流するかしか手はない。
 いずれにせよ早く凍土壁の効果を見極め、必要なら次善の策の検討に乗り出さなければならない。でないと対策は後手後手に回り、汚染水問題が深刻化するだけだ。


「福島」凍土壁 汚染水対策は見直しを
東京電力が福島第1原発の汚染水対策の柱とする凍土遮水壁(凍土壁)が役割を果たせるのか、疑問が深まってきた。
 原子力規制委員会は、現状では原発敷地内に流れ込む地下水を遮断する効果が見られないとの認識を示した。東京電力は重く受け止めるべきだ。
 汚染水の増加を食い止めることは、事故収束の大前提である。
 この問題が解決しない限り、廃炉に向けた本格作業に支障を来すうえ、汚染水や処理後の水をためたタンクが敷地内に増え続けてしまうからだ。
 東京電力には、恒久的な遮水施設の設置を含め、対策の抜本的な見直しを求めたい。
 凍土壁は、1〜4号機の周囲1・5キロにわたって地中に凍結管を打ち込み、冷却材を循環させて土壌を凍らせる工法だ。
 ところが、東京電力は18日の規制委の検討会で、山側の一部が凍っていないため地下水の流入が続いていると報告した。
 しかも、凍結による効果などの質問には明確に答えず、委員から「はぐらかしている。失礼だ」と憤りの声すら出た。
 一部の外部専門家が、凍土壁の遮水能力が高いとしてきた東京電力の説明が「破綻している」と指摘したのもうなずける。
 遮水の工法を巡っては、計画段階からさまざまな議論があったことを思い返したい。
 凍土壁はトンネル工事などで用いられるが、長期間使われた例はない。総延長1・5キロという規模の大きさも初めてだ。
 廃炉に必要とされる30〜40年にわたる耐久性があるかどうかや、凍結にかかる多額の電気代も問題視されてきた。
 東京電力は、主に3カ所ある未凍結の場所への薬剤注入を進めているというが、こうした対応で目標の100%凍結を達成し、その状態を維持できるのか。
 他の工法との併用や、原発の敷地全体をコンクリートで囲う本格的な土木工事なども、あらためて検討してみるべきだろう。
 本来、原発事故の責任は電力会社にあるが、早急な汚染水対策を目指す政府の意向で、凍土壁の工事には国費約350億円が投じられた。
 それなのに、事故の収束のめどどころか、汚染水問題も滞るようでは、避難者の不安解消は遠のくばかりだ。
 政府と東京電力には、誠実に対応する義務がある。


甘利氏の責任  国民への説明を尽くせ
 甘利明前経済再生担当相らの現金授受問題に関連し、あっせん利得処罰法違反容疑で告発された甘利氏の元秘書2人について、東京地検特捜部は再び不起訴処分(嫌疑不十分)とした。
 5月に出した最初の不起訴処分を東京第4検察審査会が「不当」と議決したのを受け再捜査していた。議決が「起訴相当」ではなかったため検審は再審査に進まず、すでに不起訴が確定している甘利氏も含め一連の捜査は終結する。釈然としない結果である。
 元秘書は、都市再生機構(UR)と道路工事をめぐる補償交渉を進めていた千葉県の建設会社の担当者から陳情を受け、UR職員と10回以上面会。その後、補償金は上積みされ、約2億2千万円で決着し、元秘書は会社側から500万円を受け取った。
 共同通信の取材に会社側は「補償交渉を有利に進めるため口利きしてもらった謝礼や経費だった」と説明、ほかにも計800万円を元秘書らに提供したと証言した。
 有力政治家の威光を背景にした口利きの構図は明らかであり、検審が「現金受領は補償交渉の謝礼とみるのが普通で、不起訴は納得できない」と再捜査を求めたのは当然だろう。だが特捜部はあっせん利得処罰法の要件とされる「議員の権限に基づく影響力」を行使した十分な証拠がなかったとして不起訴の結論を変えなかった。
 同法は公務員らに対する政治家や秘書の口利きを取り締まるのが目的だが、国会質問権や国政調査権による圧力の行使がなければ立証が難しく、ザル法とも指摘されている。今回のような事実が明らかになっても立件できないのでは政治不信は深まるばかりだ。国会議員は襟を正し、自ら法の見直しを進めてほしい。
 捜査終結で3人の刑事責任が問われる可能性はなくなったが、甘利氏には、政治とカネをめぐる不信を招いた責任と現金授受の経緯などについて国民への説明義務がある。今年1月の閣僚辞任表明以降、病気療養を理由に国会を欠席し、閉会に合わせるように政治活動を再開した。だが、弁護士による調査結果を公表するとした約束はいまだに果たされていない。
 甘利氏の事務所は再び不起訴となったのを受け、「元秘書らが法に触れるようなことはしていないと信じていたので安堵(あんど)した」とのコメントを出したが、法に触れなければ済む話ではあるまい。国民に納得のいく説明がない限り、幕引きにはできない。


甘利氏のけじめ 調査の約束どうなった
 あくまで刑事責任は問えないということだ。一件落着にはできない。
 甘利明前経済再生担当相事務所の口利きと現金授受問題で、東京地検特捜部が元秘書2人について最終的に容疑不十分で不起訴とした。
 甘利氏の不起訴は既に確定しており、一連の捜査は終結した。
 今年1月に発覚した疑惑は、典型的な口利きの構図だった。
 道路工事の補償をめぐって都市再生機構(UR)と問題を抱えた建設会社側の依頼を受け、元秘書2人はUR側と何度も面談を重ね、補償交渉の口利きをした。補償額は上積みされ、甘利氏と元秘書は建設会社側担当者から計600万円を受け取ったというものだ。
 甘利氏は1月下旬の閣僚辞任会見で「全容解明に至っていない。調査を進め公表する」と述べた。
 その調査はどうなったのか。甘利氏は自らの不起訴を受けて6月に政務復帰したが、政治家としてのけじめのつけ方を国民が注視していることを肝に銘じるべきだろう。
 気になるのは、甘利事務所が元秘書2人の不起訴を受けて出したコメントだ。「元秘書らが法に触れるようなことをすることはないと信じていた。安堵(あんど)した」と記している。
 法治国家である以上、「法と証拠」に基づいて処罰の可否が判断されるのは当然だ。だが、法による線引き以前に、問われるのは政治家としての行動とその説明責任だ。
 元秘書による執拗(しつよう)なUR側への接触、大臣室などでの自身を含めた現金授受、元秘書の多額の接待は、甘利氏も認める客観的事実だ。
 国民は、こうしたカネに絡む政治家や秘書の活動に不信の目を向けている。「秘書がやったこと」という甘利氏の言い分も、丁寧な説明がなければ、多くの国民は額面通りに受け取れないだろう。
 今回、あっせん利得処罰法の不備が改めて浮き彫りになった。
 同法の適用には「国会議員の権限に基づく影響力の行使」を具体的に証明しなければならない。たとえば、国会で質問をすることをちらつかせることなどが典型例だ。
 政治が介入しての典型的な口利きでありながら特捜部が甘利氏と元秘書2人を不起訴としたのは、そこまでの立証ができなかったからだ。
 立法時、「権限に基づく影響力の行使」の要件について「大物政治家などが顔を利かせて働きかけても適用できない」と見直しを求める声が出た。だが、与党が応じなかった。
 国会議員やその秘書にこの法律が適用された例がない現状に照らしても、実態はザル法だ。国民の政治不信を払拭(ふっしょく)するためにも、国会は早急に法を見直す必要がある。


核の先制不使用 理念の後押しが必要だ
 米国のオバマ大統領が核兵器の「先制不使用」宣言を検討しているという。相手が核攻撃をしてこない限り核兵器を使わない政策で、実現すれば米核政策の大転換になる。
 核の先制不使用は偶発的な核戦争のリスクを回避できる利点がある。米国が先制核攻撃はしないと宣言すれば米国の意図を誤解して核戦争が起きる可能性は大幅に小さくなる。
 川口順子元外相とエバンズ元豪外相らアジア各国の元閣僚や学者ら40人が連名で「アジア太平洋の米国の同盟国が先制不使用を支持するよう求める」とする共同声明を発表し、日本に支持するよう促した。
 両氏を共同議長とする核軍縮の国際委員会は2009年の報告書で、核廃絶実現までの経過措置として「すべての核保有国が核の先制不使用を宣言すべきだ」と提案している。核の先制不使用は国際的な世論だ。
 一方で、核戦力を強化する中露や核開発を進める北朝鮮など日本は核の脅威にさらされている。日本は米国の「核の傘」を自国を守る安全保障の大きな柱にしてきた。
 米紙ワシントン・ポストによると、核の先制不使用について、安倍晋三首相は北朝鮮への抑止力が低下すると米側に懸念を伝えたという。
 米国がただちに核の先制不使用を宣言した場合、米国の「核の傘」が弱まらないかと懸念を抱くのはもっともだ。反対論は同盟国の韓国や英仏などに加え、オバマ政権の主要閣僚からも出ているという。
 しかし、唯一の被爆国として「非核三原則」を堅持する日本が、核廃絶に向けた新たな動きにブレーキをかけるだけでいいのか。問題は、「核なき世界」を掲げるオバマ氏の構想と、核の脅威に対する抑止力を維持するという現実に、どう折り合いをつけるかだ。
 中国はすでに核の先制不使用を宣言しており、ロシアも旧ソ連時代は宣言していた。米国が主導する形で米英仏中露の国連安保理常任理事国がそろって核の先制不使用に合意することが最善ではないか。それを後押しするのが日本の役割だ。
 仮に米中が合意して宣言しても日本の安全が守られるか疑問が残るが、核保有5カ国が足並みをそろえれば核戦争のリスクは格段に下がる。実現すれば北朝鮮への圧力ともなろう。
 オバマ政権は10年に核戦略を見直し、核兵器の役割を低減させる一方、圧倒的な通常戦力の構築で抑止力を維持する方針を示した。
 安倍首相はオバマ氏と訪問した広島での演説で「核なき世界」への責任を誓った。「核兵器依存」からの脱却を試みるオバマ氏とともに核の先制不使用につながる環境整備に力を尽くすべきだ。


核政策の矛盾 被爆国の使命を果たせ
 オバマ米大統領が検討している核兵器の先制不使用宣言について、安倍晋三首相が反対の意向を示したという。核軍縮につながる措置になぜ賛同できないのか。核政策の矛盾がまた表面化した。
 米紙ワシントン・ポストによると、安倍首相はハリス米太平洋軍司令官と会い、米国が核先制不使用を宣言すれば、北朝鮮などへの抑止力が低下して地域紛争のリスクが高まると懸念を伝えたという。
 「敵の核攻撃を受けない限り、核兵器を使用しない」という政策が実現すれば、誤った情報や判断による核攻撃の危険性が減る。さらに、複数の核保有国が歩調を合わせれば、兵器削減にもつながると期待される。
 日本政府は米紙の報道内容を確認していないが、水面下で懸念を伝達したとみられる。米の同盟国でも、ウクライナ情勢でロシアと対立する英国やフランス、また北朝鮮の核・ミサイルの脅威に直面する韓国が米の核先制不使用宣言に反対しているという。
 それでも、五月末、オバマ氏が広島を訪問し、「核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と訴え、国民の多くは軍縮に向けた、新たな一歩を踏み出したと受け止めた。
 日本は安全保障政策を米国の「核の傘」に頼るという矛盾を抱えているが、米大統領の広島訪問を弾みにして、被爆国としての使命をより明確に果たすべきではないか。安倍首相は年内の中国、ロシアとの首脳会談を調整中だが、地域安定とともに核軍縮を促す必要がある。
 世界ではいま、核兵器を持たない国々が中心となり、核兵器禁止条約を制定しようという動きが広がる。使用されたら壊滅的な被害をもたらす「核の非人道性」を深く憂慮するからだ。スイス・ジュネーブで国連核軍縮作業部会が開かれ、来年中に条約交渉を開始しようとする報告書を取りまとめている。
 日本政府は条約制定でも、慎重姿勢を崩さない。米国の抑止力に頼る以上、核軍縮は段階的に進めるのが現実的と考えるからだ。だが、核の非人道性の議論に踏みこまないと、国際社会の共感は得られないだろう。
 オバマ氏は九月にも、国連安全保障理事会で核実験禁止の決議採択を呼びかける考えだ。日本も国連の場で、被爆国として説得力ある発信ができるか、試されることになる。


川内原発停止、早期に要請へ 鹿児島知事
 鹿児島県の三反園訓知事は20日、九州電力に川内原発(薩摩川内市)の一時停止を求める要請を早期に行う考えを改めて示した。鹿児島市内で記者団に「周辺視察結果を踏まえ、できるだけ早く文書をまとめ、今月下旬にも九電に申し入れたい」と述べた。
 「原発に頼らない社会を着実に少しずつでも進めたい」とも発言し、7月の知事選で公約に掲げた「脱原発」を推進する方針を強調した。
 三反園知事は19日に川内原発周辺で、避難道路の状況を確認したほか、住民からも意見の聞き取りを実施。その際、前知事時代に作成された原発事故時の避難計画を見直す意向を示した。


伊藤美誠、白井健三、池江璃花子…五輪選手の親はみんな“毒親”なのか? 感動物語の裏で虐待スレスレの英才教育
 日本選手たちの期待以上の活躍、メダルラッシュに、日本中が湧き返っているリオ五輪。マスコミも五輪一色で、朝から晩まで感動物語を伝え続けている。
 その盛り上がりに水をさすつもりはないが、一方で、どうしても違和感がぬぐえないのが、メダリストが誕生するたびに報じられるあの“親と子の絆”の話題だ。「5歳の頃から父親が徹底的に鍛え上げてきた」「小学生の頃から母親と二人三脚で夢に向かってきた」……親による英才教育エピソードがやたら美談として垂れ流されているのを見ていると、思わず「大丈夫かよ」とつぶやいてしまいたくなるのだ。
 たしかに、リオでメダルを取ったり活躍をしている選手は、親が小さい頃からつきっきりで英才教育をしていたケースが多い。体操の内村航平、卓球の福原愛、レスリングの吉田沙保里、重量挙げの三宅宏美など、五輪の常連選手はもちろん、今大会ではじめて注目されたニューフェイスもほとんどがそうだ。
 たとえば、15歳で卓球女子団体の代表選手に選ばれ、銅メダルを取った伊藤美誠選手は、元実業団選手だった母親が妊娠中から胎教で卓球の試合実況中継を聞かせ、3歳の頃から毎日7時間ものスパルタ訓練をさせていたという。
 16歳という若さで6位入賞の快挙となった水泳の池江璃花子選手も、元陸上選手だった母親から徹底的な幼児英才教育を受けてきたことで有名だ。0歳から運動能力向上のためうんていにぶら下げ、2歳には逆上がりができるようになった。
 女子レスリング63キロ級で金メダルをとった川井梨紗子選手は、両親とも競技経験者でレスリング選手という一家だ。とくに母親は全日本で優勝経験もあり現役時代五輪を目指したが、当時、レスリングは正式種目ではなかった。川井は小学2年生のときから母のその思いを引き継いだというエピソードが大々的に報じられた。
 体操男子団体で金メダル、種目別で銅メダルを獲った若手のホープ・白井健三選手も両親が元体操選手で父親はジュニア体操クラブを運営していた。幼少期に特注のトランポリンをつくり、両親と二人三脚でひねりの才能を開花させたというエピソードが紹介されていた。
 また、体操に関しては、今回のリオ五輪に出場した団体選手5人のうち実に4人は実家が体操教室を営んでおり、同じように幼い頃から英才教育を受けていたという。
 とにかくどの選手も、「小さい頃から親と……」のオンパレード。親が同じ競技種目をやっていた元アスリートで、徹底した英才教育を行っていたケースもかなりある。
 でもこれって、本当に美談として賞賛されるような話なのだろうか。むしろ「3歳の頃から毎日7時間トレーニング」とか「0歳から運動能力向上のためにうんていをさせる」とか、一歩間違えば“毒親による幼児虐待”ではないのか。
 実は、こうした幼児期からの早期英才教育は最近になって、その弊害が指摘されはじめている。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏の著書『追いつめる親』(毎日新聞出版)では「あなたのため」という大義名分のもとに親が子におこなう行き過ぎた「しつけ」や「教育」が「教育虐待」となり、結果的に子どもの精神を蝕んでいる現状が明らかにされている。
 たとえば、1980年代に東京郊外に生まれた知佳さんのケース。知佳さんは学歴コンプレックスを持つ母親に幼いころから「なんとしても大学に行きなさい」と言われ育った。
〈物心がついたころから、毎日ピアノの練習と勉強をさせられていた。遊んだ記憶は、ほとんどない。
 ピアノは夕飯前に毎日約2時間。間違えると罵倒された(略)。勉強は夕食後、毎日4時間。夕食を食べ終わると1分も休まずに勉強を始めなければならなかった。〉
 しかも中学になると英検や漢字検定の勉強をさせられ、体調に異変をきたしていく。体の震えやめまいなど自律神経失調症の症状も出たが、しかし母親の対応は驚くべきものだった。
〈不調を訴えると、母親は病院に連れて行くどころか、『あんたはその程度の人間だったのね。これだけやってあげているのに、残念よ』と吐き捨てた。〉
 その後、知佳さんは大学卒業後、家を出て結婚するが、苛立ったり、「子どもなんていらない」という思いに悩まされ続けているという。
「私はまるで母親の所有物でした。自分の人生ではなく、母親の人生をいきてきました」(知佳さんのコメント)
 同書では親から過干渉とも思える「教育虐待」を受け摂食障害やうつ病を患ったり、自殺したケースも紹介されているが、それは勉強に限らない。スポーツ界での「教育虐待」も厳しく批判している。
〈教育虐待というと新しいタイプの虐待のように聞こえるかもしれませんが、スポーツの世界では昔から当たり前のように行われて来たことではないかと思います。〉
〈スポーツ界のサラブレッドが幼少期から英才教育を受け、テレビカメラの前で親から罵倒され涙を流している姿を見ることは多い。親子の感動の物語という演出になっているが、一歩間違えればあれも教育虐待かもしれない。〉(同書より)
 さらに問題なのが、親たちはこうした押しつけや教育虐待を自覚するどころか、子どもたちが“自主的”に決めたことだと錯覚していることだろう。
 8月18日付読売新聞社会面に掲載された「五輪選手の育て方」という特集では、106人の選手の親から「子育て」について聞き取りを行っていたが、多くの親たちが「自主性の尊重」を強調していた。
「子供がしたいことを尊重して後押しし、環境を整えた。前向きな言葉をかけ、褒めて伸ばした」(体操・内村航平選手の両親)
「本人の好きなように決めさせる。頑張っていることには協力を惜しまない」(水泳・萩野公介選手の母親)
 だが“子どもが望んだから”というのは本当なのだろうか。多くの選手が時に3、4歳という幼少期から競技生活をスタートさせたことを思えば、それを言葉通りに受け取るわけにはいかない。
 “自主性”というのは、子どもが親からの愛情を得るために、親の顔色をうかがい期待に応えようと先取りした結果である可能性が高いからだ。
〈子供のほうが親に遠慮している。本当のことを言ってしまったら親を傷つけてしまう。場合によってはなおさら親子関係が悪くなってしまうかもしれない〉(同書より)、そんな思いから、やりたくないことを「やりたい」と言ってしまうケースも多いのだという。
 しかも、子どもが一旦「やりたい」と言ったら、親はその言葉を利用して、“約束”という言葉で子どもを追いつめていく。
〈「あなたは約束を破った」「やるって言ったじゃない!」。親はそのことを責める。約束を破るのは人の道に反することだとされているので、親はそれを厳しく叱る正当性を得る。子供は言い逃れができない。追いつめられてしまう。〉(同書より)
 実際、福原愛に3歳の頃から卓球を教え込んできた母・千代さんもこんなことを語っている。
〈卓球を始めたいと言い出したのは愛自身。私がお願いしてやってもらっているわけではありませんから。これが愛には一番、効きました。当時、毎日できる練習相手は私しかいませんので、私が「もうやらない」と言ったら、卓球ができなくなってしまうわけです。〉(「PRESIDENT FAMILY」09年3月号/プレジデント社)
 これはまさに、子どもの“自主性”を利用した一種の虐待と言っていいだろう。
 こうした批判をすると、その教育の結果、オリンピックに出られるほどの選手になれたんだからいいではないか、という反論が返ってくるかもしれないが、それはあくまで結果論だ。
 こうした教育虐待で成功を得られるのはほんの一握りであり、多くの子どもたちは途中で挫折し、「青春を奪われた」と親を恨むようになるケースも少なくない。前述したように、精神を蝕まれて、摂食障害やうつ病などになったり、自殺したりしているケースもある。
 親が自分の果たせなかった夢を子どもに仮託するケースも多いため、共依存や親の精神状態が壊れることも少なくない。
 また、小児神経学の権威である古荘純一青山学院大学教授らの著書『教育虐待・教育ネグレクト』(光文社新書)は、スポーツの英才教育についてこんな危険性も指摘している。
〈スポーツ、音楽、芸能関係の練習や活動を、学校や家庭教育よりも優先していくことで、協調性が乏しく、人格的にも、またさまざまな能力のバランスとしても、極めて偏りのある子どもたちが存在するようになっているのは事実であり、それを問題視する意見も出てきています。つまり、当事者自身はそう思っていない(気づいていない)が、周囲から見ると、子どもに有害な行為がなされているのです。〉
〈早期教育の一方向性は、子どもの立場からすれば「あるがままの自分に愛情を提供されない」「親が先回りして危険なものを取り除いたり、親が必要と考えるもののみと触れさせることで、実体験から学ぶことができなくなったり、実体験が乏しくなったりする」というネグレクトの側面も持ち合わせています。〉
 そのうえで、同書はこう断じている。
〈もちろん、その指導には本人も同意しているばかりでなく、周囲のほとんどの人は肯定的に見ており、『虐待』とはかけ離れたイメージを持っていると思います。しかし、その指導や、要求に基づいた練習や生活が、本人にとって『有害なこと』であれば、虐待と考えなければいけません。〉
 ところが、マスコミはこうした虐待につながりかねない、幼児期からのスポーツ英才教育を絶賛し、「世界で勝てる人間を育てるためにはそこまでやる必要がある」と主張するのである。
 たしかに、前述したように、今のオリンピックで優秀な成績をおさめるためには、幼児期からの英才教育は必須になっている。だが、これは考え方が逆だろう。むしろ、そういう人間しかオリンピックで活躍できない状況が異常であると考えるべきなのではないか。
 実際、これはスポーツの問題だけではない。格差の拡大と競争の激化によって、勉強や芸術、文化といった分野でも、家庭が裕福で小さい頃から英才教育を受けているものだけが成功できるという状況が起きている。貧困家庭やシングルマザーやシングルファザー家庭の子どもは、たとえ才能があってもそれを開花させるチャンスさえ与えられない。一方で、富裕層の教育はどんどん過熱して、信じられないような年齢からエリート教育を受けさせるようになっている。
 つまり、今、オリンピックが英才教育を受けている者たちに独占されているのも、こうした格差社会の結果なのだ。
 ところが、マスコミはこうした状況を批判するどことか、“親子感動物語”を垂れ流すことで、逆に、格差を煽り、歪な“英才教育”をエスカレートさせる役割を演じている。
 メダル獲得に喜ぶな、とは言わないが、一方で、こうした教育や社会構造の問題に深い洞察の目を向ける報道もあって良いと思うのだが、今の日本のマスコミにそれを望むのはやはり無理なのだろうか。(エンジョウトオル)

激辛ネパールカレーで考える/久米島お菓子

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Le Japon prépare le plus gros budget militaire de son histoire
Le gouvernement japonais présentera pour l'exercice 2017 le plus gros budget militaire de l'histoire du pays prévoyant, en particulier, le coût du renforcement de la protection contre les missiles balistiques nord-coréens et de la construction d'un sous-marin pour faire face à la Chine près des îles contestées en mer de Chine orientale.
Selon la chaîne de télévision NHK, les dépenses de défense augmenteront de 2,3% en 2017 pour atteindre 5,16 trillions de yen (environ 46 milliards d'euros).
L'augmentation des dépenses militaires japonaises est associée aux essais de missiles en Corée du Nord, y compris le récent lancement d'un missile balistique d'une portée de plusieurs milliers de kilomètres, susceptible d'atteindre avec succès la zone économique exclusive du Japon, en dépit du fait que Tokyo et Washington possèdent des systèmes d'alerte rapide et d'interception des missiles.
Selon NHK, le renforcement de la défense antimissile par des complexes de missiles contrôlés PAC-3 Patriot coûterait 105 milliards de yens (927 millions d'euros).
En outre, le budget prévoit que le Japon va acheter pour la première fois les derniers missiles antiaériens américains guidés SM-3 Bloc IIA, déployés sur des navires militaires avec le système d'alerte rapide Aegis.
Le sous-marin que Tokyo veut développer se dotera de fusées d'une portée de 300 kilomètres. Il devrait être déployé d'ici 2023 près des îles Senkaku contestées.
Ainsi, le Japon compte renforcer sa position dans le différend territorial avec la Chine dans la région des îles Senkaku en mer de Chine orientale. Les relations sino-japonaises se sont détériorées après qu'en 2012 le gouvernement japonais a racheté à un propriétaire privé trois des cinq îles, que la Chine considère comme faisant partie de son territoire.
JO 2016: Le Jordanien Abu Ghoush d’origine Palestinienne remporte l’or au taekwondo
Ahmad Abu Ghoush né à Jérusalem en Palestine représente la Jordanie, il remporte l’or aux jeux olympique à Rio!
Rio – Les Jordaniens célèbrent la victoire de Ahmad Abu Ghoush originaire de Palestine. Il a remporté l’ or dans l’épreuve du taekwondo, ce vendredi, la première médaille olympique pour la Jordanie.
Les célébrations ont commencé après la victoire à travers la Jordanie et dans la ville d’Abou Ghoush, à l’ouest de Jérusalem en Palestine.
Il bat le Russe Alexey Dinisenko 10-6, du haut de ses 20 ans, il est le plus jeune dans la compétition de taekwondo à Rio au Brésil.
≪ Je suis ravi d’avoir pris un départ gagnant ≫, a déclaré l’étudiant basé à Amman. Le comité olympique Jordanien prépare une fête de bienvenue pour leur héros! ≫
Ahmad Abu Ghoush et sa famille se réfugient en Jordanie peu après sa naissance suite au climat d’injustice et de guerre mené par l’état Israélien.
フランス語
フランス語の勉強?

暑いです.久しぶりに職場に他の人も出てきました.お昼は図書館に行った後何となくネパール料理.激辛カレーをお願いしましたが,痛くなるほど辛いです.食べながらふと思いました.近頃メディアはオリンピック一色だけど,ネパールからオリンピック出ている人いるんだろうか?と.日本人選手を応援するのを批判する気持ちはないですが,頑張っているのは日本の選手だけではないはずです.日本の中でも資金的に恵まれず頑張っている人も多いでしょうが,スポーツは金のなる樹のように見られている気がします.ネパールなどの貧しい国ではどうなんだろう???気になります.あるいはパレスチナの選手たち.カンボジア代表ということで猫ひろしがとりあげられていますが,他のカンボジア選手はどうなんでしょう?せっかくの祭典ならいろいろな国の選手がいろいろ頑張っているのを見たいなぁと思いました.
事務の人から結果の報告の催促がありました.ネットにアップロードするだけなのですぐですが,とりあえず頑張りました.その女性からは久米島のお菓子をいただきました.みそクッキーですが,そもそも久米島ってどこ???

被災児童に笑顔を 遊具「ゆめはうす」再建
 東日本大震災で被災した名取市閖上地区などの住民が交流する同市植松の「館腰サロン」に、家を模した被災児童ら向けの遊具が完成した。子どもたちはこれまで別の段ボール製の家で遊んでいたが、歳月とともに壊れ、見かねたサロン利用者が手作りした。夢が詰まった家になるように「ゆめはうす」と名付けられた家は19日から利用される。
 ゆめはうすは高さ1.5メートル、幅2.35メートル、奥行き1.2メートル。壁や屋根などは段ボール製で、柱やはりに木材を使って頑丈にした。木材を段ボールで包んで子どもたちの安全に配慮。親しんでもらえるようにと、壁は模造紙などで装飾した。
 子どもたちは以前、全て段ボールでできた家で遊んでいた。サロン利用者が2013年に作ったが、完成から3年が過ぎ、経年劣化もあって壊れてしまった。
 「子どもたちが再び楽しく遊べる家を作ってあげたい」。利用者の渋谷一二(かつじ)さん(75)が再建を決断。6月上旬に作り始め、サロン仲間の日下憲昭さん(68)らの助けを得て7月末に完成した。
 ゆめはうすは19日、サロンを運営する「名取市サポートセンター どっと.なとり」が開く会でお披露目される。
 渋谷さんは「震災以降、いろいろつらいこともあったが、子どもの笑顔は力になる。思う存分、遊んでほしい」と話す。日下さんも「ゆめはうすを通して将来への夢を育んでほしい」と期待する。


デスク日誌 熱くて涼しい
 暑いのは苦手だ。普段は全身にみなぎる(本当かな?)仕事への意欲が低下してしまう。活力維持には、まず食べ物だが、涼を感じる音楽で気分を紛らわせるのもいい。
 夏にふさわしい音楽ジャンルで、思い浮かぶ一つがハワイアン。先日、ハワイの少女ウクレレデュオ「ホノカ&アジータ」が宮城、岩手両県の東日本大震災被災地8カ所を訪れ、無料コンサートを開いた。
 東北を回る前、宮崎で熊本地震の慈善コンサートにも出演してきた2人は「私たちにできることは音楽しかない。小さなウクレレで人を支えたい」と話す。
 気仙沼向洋高軽音楽部とも共演。ホノカこと片山穂乃花(ほのか)さん(18)は「被災地を自分の目で見て、震災を経験した同年代の人と一緒のステージに立てるなんて奇跡のようだ」と強調する。
 アジータ・由加里・ギャンジャリさん(15)も「音楽は薬と同じ。癒やしになればいい」とほほえむ。
 2人の演奏はスピーディーで熱気にあふれながら、決して透明感、清涼感を失わない。優しい人柄も、うかがえた。熱くて涼しく、温かい演奏をありがとう。(気仙沼総局長 菅ノ又治郎)


<福島第1>凍土遮水壁 規制委「効果見られず」
 原子力規制委員会は18日、東京電力福島第1原発の廃炉作業に関する検討会合を開いた。東電が汚染水の発生抑制策として3月末から運用している凍土遮水壁について、規制委側から「効果が見られない」などと厳しい指摘が相次ぎ、効果を主張する東電側が釈明に追われた。
 東電は第1原発1〜4号機を取り囲むように地盤を凍らせ、建屋への地下水流入を抑制している。東電の報告によると、全体の95%で凍結作業を進めるが、計画通りに凍らない場所もあり、地下水流入量は凍結前と比べ大きく変わらない。
 7月の流入量は1日当たり約170トンで、凍結前の3月に比べて減ったのは20トンほど。遮水壁を通過してしまい、井戸からくみ上げられる地下水の量も当初の想定を上回っている。
 規制委の更田豊志委員長代理は東電の報告に「今のところ効果は見られない」と述べ、当面の汚染水対策として井戸から地下水をくみ上げる「サブドレン」を重視すべきだと指摘。会合メンバーの有識者からも「『遮水能力が高い』という東電の主張はほとんど破綻している」と批判が出た。
 東電は、計画通り凍結していない3カ所でセメント系材料を注入する追加工事を行っている現状を説明。「全体として壁を作れば流入量は減少する。破綻はしていない」と反論し、追加工事の効果を来月中にも実証する考えを示した。
 東電は全体の凍結完了まで8カ月間程度と見込んだが、追加工事などで遅れ、時期は見通せていない。
 会合ではこのほか、東電側が溶融燃料が残る原子炉建屋を除き、2020年内に建屋内の汚染水処理を終える目標を示した。規制委側は作業効率化に向け、浄化後の処理水をためる屋外タンクの増設を促した。


77人犠牲の広島土砂災害から2年、がれき処理、支援にめど立つ 20日に追悼式典
 77人が犠牲になった平成26年8月の広島土砂災害から20日で2年を迎えるのを前に、広島市の松井一実市長が19日、被災した安佐南、安佐北両区を訪れ、各地域の慰霊碑などに献花した。
 防災服を着た松井市長は午後、甚大な被害が出た安佐南区八木地区の慰霊碑に花を手向けた。その後、市の担当者に復興計画の進み具合を確認したり、近くの住民に暮らしぶりを尋ねたりした。 松井市長は報道陣に「長いようで短く、短いようで長い2年だ。災害の傷痕はまだ残るが、地域の意見を受け止めて支援していく」と述べた。 災害は26年8月20日未明に発生。短時間の局地的な豪雨により大規模な土石流や崖崩れが起き、住宅が巻き込まれた。74人が亡くなり、3人が災害関連死と認定された。
 市によると、土砂やがれきの災害廃棄物は約52万トンに上り、今年3月までに処理が完了。被災者に無償で提供していた住宅支援も8月末で終える。再建した自宅に戻るなど、残っていた36世帯のめどが立ったという。
 20日は、早朝から被災地で追悼の催しや献花が行われる予定。市と広島県は午前中、安佐南区で追悼式を開く。


被災ビルのシャッターに絵 熊本大学院生ら
 熊本市中央区の下通アーケードで、熊本大の大学院生らが、熊本地震で被災したビルのシャッターに絵を描いている。暑さにもめげず、大学院生らは「市街地の新たなシンボルになれば」と口をそろえる。
 熊本大教育学部の松永拓己准教授(50)と菊岡由紀さん(22)、池畑緑さん(23)、山嵜桃子さん(22)の大学院生3人。熊本地震で店先のガラスが破損するなどし、下りたままになっている呉服店「帯屋」の2枚のシャッター(縦5・6メートル、横3メートル)をキャンバス代わりに絵筆を動かす。
 同店の宮崎雅士代表(52)が「通りに面した店先の一部がシャッターのままでは寂しすぎる」と、阿蘇市の商店街で壁画を描くなどの実績がある松永准教授に話を持ち掛けた。
 7月29日に制作を開始。2枚のシャッターにはそれぞれ朝日の下に肥後六花と妖精、月下にクジャクと花を描く。4人は「店のイメージに合わせて、花の絵で周辺を華やかに元気づけたかった。描いていく過程も見てほしい」と話す。
 宮崎代表は「人の心を和ませるような作品になれば」と、今月末の完成を楽しみにしている。(西國祥太)


熊本・阿蘇の小中学生 震災経験を聞く
 東日本大震災被災地の経験を防災や減災に役立てようと、熊本県阿蘇市の一の宮小と一の宮中の児童生徒計10人が18日、宮城県亘理町高屋小を訪れた。同小の荒明聖(きよし)校長が心のケアなどをテーマに講話し、子供たちは熱心に耳を傾けた。
 荒明校長は東日本大震災当時、校舎が津波で被災した東松島市大曲小の教頭だった。避難住民への対応とともに学校外で犠牲になった児童の身元確認を行ううちに、感情を失い、泣くことができなくなったことを振り返った。震災発生数年後に悪夢を見るようになったことも説明した。
 自身の体験や被災した児童の心のケア対策を行った経験から、「悲しい、つらいという思いを声にすることが、ストレスの原因を外に出すことにつながる」と語った。また、「話をうまくできなくても、作文や工作などで気持ちを表現できる」と述べた。
 阿蘇市は熊本地震で家屋約120軒が全壊し、一の宮小は避難所になった。一の宮中3年の高橋京将(きょうま)さん(14)は「震災からしばらくたって心の状況が悪くなることがあると分かった」と感想を話し、一の宮小6年の木村勝彦(まさひこ)君(12)は「今日の話を友達や家族に伝えたい」と語った。
 両校は本年度、国の防災教育事業のモデル校に指定されており、亘理町には事業の一環で訪問した。この日は、石巻市も訪れた。


<リオ五輪>伊調 亡き母との約束果たす
 レスリング女子58キロ級で史上初の4連覇を果たした伊調は2014年11月、65歳だった母トシさんを亡くした。競技を続けることをずっと望んでいた亡き母にささげた金メダル。「最後はやっぱりお母さんが助けてくれた」。表彰台に立った第一人者は最愛の理解者に万感の思いを伝えた。
 アテネ、北京の銀メダリスト姉千春さん(34)と共に現地で観戦した父春行さん(65)の懐には、母の遺影があった。
 「試合なんだから負けるな、死んでも勝て」。強気な母のDNAを娘はしっかりと受け継いだ。
 「母は根拠のないプレッシャーをかけてくる。自分はそれが嫌ではない。んじゃ勝つよ、みたいな」
 今も時々、母に話し掛けたり、質問したり。そうすることで「これまで以上に近くにいると感じる」。
 マットに立つ前、母にそっと語り掛けた。「偉大なことをしようとしているんだよ、あなたの娘は」
 約束を守った女王は「四つ目の金メダル、喜んでくれるかな」と深いえくぼを見せた。母の遺影は笑っているようだった。(リオデジャネイロ・剣持雄治)


<気仙沼漁港>サンマ船13隻 北の海へ
 全国有数のサンマ水揚げを誇る気仙沼漁港(宮城県気仙沼市)で18日、同港を基地とするサンマ船13隻が一斉に出港した。北海道の港で準備し、漁解禁日の20日に出漁する。気仙沼市での水揚げは早くても今月下旬の見込み。
 出港前に恒例の「出船送り」があり、大勢の市民や魚市場関係者が岸壁に駆け付けた。乗組員の家族らは降りしきる雨の中、5色の紙テープを船につなぎ「大漁を祈ってるから」「航海安全を」などと声を掛けて出港を見送った。
 気仙沼漁港の2015年の水揚げ量は1万1770トン(全国3位)で、前年比6割減と振るわなかった。ここ数年、サンマの群れが日本近海に近づく前に、公海で台湾や中国の大型漁船が大量に漁獲していることが一因とみられている。
 第81豊清丸の中舘捷夫漁労長(74)は「サンマの群れが年々薄くなり危機感がある」と打ち明け、「国は早く国際的な漁獲ルールをまとめて外国船と共栄できるようにすべきだ。われわれも漁に全力投球する」と力強く語った。


<洋上風力>宮城導入へ官民研究会
 再生可能エネルギーの普及促進を目指す宮城県は、宮城県内未導入の洋上風力発電について、導入可能性を探る官民の研究会を9月に設置することを決めた。事業の採算性や設置可能場所などを関係機関と協議する。東日本大震災の被災地復興にも役立てたい考えだ。
 研究会は東北経済産業局など関連する国の出先機関や学識経験者、沿岸自治体などで構成する予定。海上や沿岸部での事業展開を視野に、県漁協にもメンバーに加わってもらう。
 県は海底や海岸、港湾などに基礎を造って風車を据え付ける「着床式」の設置を軸に検討を進める方針。1基当たりの出力は3000キロワット程度の規模を想定している。
 設置地域については、震災の津波が浸水し、住民が住めなくなった土地の利用に加え、三陸復興国立公園に設定され、開発規制がある三陸沿岸での立地可能性も探る。
 年度内に大まかな地域を絞り込み、来年度には風の強さや採算性など事業実施に向けた可能性調査に着手する計画だ。
 風力発電は一定の風速があれば24時間電力を生み出せるが、発電量は風の強弱に左右されるため、安定供給が難しい。東北では青森、岩手、秋田3県で導入が進んでいる。
 県内では石巻、気仙沼両市で民間事業者による整備計画がある。県は「これまでの再生可能エネルギー利用は太陽光に偏りがちだった。内陸部に比べ強い風が期待できる洋上で、風力発電の導入を目指したい」としている。


河北抄
 「道行く人に、ハンドマイクを通して聞こえる私の話がどう思われるんだろうかと、とにかく心配でした」。「SEALDs TOHOKU」(シールズ東北)のメンバーだった東北大法学部の女子学生(20)が街頭で初めて「安保関連法反対」を訴えたのは、ちょうど1年前。
 場所は仙台市中心部の東二番丁通。不安だらけで話し始めたが、そのうち「どう思われるかでなく、自分でできる限りのことをしようというふうに気持ちが変わったことを覚えています」。
 シールズに加わるきっかけは他の大学の学生と開いたゼミで人権問題を勉強したこと。「学ぶことも大事だけど、行動を起こすのも大事だと」
 この社会が抱えるさまざまな問題について、シールズの仲間と遠慮なく話し合うのは楽しかったという。
 15日にシールズは解散し、「少々寂しい気はします。でも、私たちの活動によっていくらかは政治への関心が高まったのでは」。世の中は「安保法もありか、というムードかな」と話すが、個人的には今ももちろん「安保法は反対」。


川内避難計画「見直す」 三反園知事が周辺視察
 鹿児島県の三反園訓(みたぞのさとし)知事は十九日、九州電力川内(せんだい)原発(薩摩川内市)周辺を視察し、前知事時代に作成された原発事故時の避難計画を見直す考えを示した。避難道路の状況を確認し、住民からも意見を聞き「道路や避難訓練の問題など、早急に対応が必要なことが分かった」と述べた。記者団の質問に答えた。
 今回の視察は、七月の知事選で川内原発の一時停止を公約として掲げて当選した三反園知事にとっては、実現に向けた初めての具体的な行動。
 三反園知事はこの日、薩摩川内市や原発三十キロ圏内のいちき串木野市を視察。避難道路となっている橋などを見て回り、県職員から住民の避難方法について説明を受けた。川内原発の施設内には入らなかった。住民らは主要な避難道路が一本だけで幅も狭く、緊急時の移動に不安があると訴えた。三反園知事は視察結果を踏まえ、今月下旬から九月上旬の間に、熊本地震の影響の点検で川内原発を一時停止するよう九電に求める考えを示している。知事に原発を止める法的権限はないが、原発稼働に関してできるだけ地元の理解を得たい九電側とどう調整を図るか、今後の対応も注目される。
 川内原発は三反園知事の停止要請がなくても1号機が十月六日、2号機は十二月十六日に定期検査に入り、九電は運転を止める予定にしている。
<川内原発> 鹿児島県薩摩川内市にある九州電力の加圧水型軽水炉。1号機は1984年、2号機は85年に営業運転を開始した。出力はともに89万キロワット。東京電力福島第一原発事故後の2011年に定期検査に入り、運転を停止。九電は13年7月、新規制基準施行当日に適合性審査を申請し、14年9月に全国の原発で初めて審査に合格した。15年8月11日に1号機、同年10月15日に2号機が再稼働した。


軍事と学術研究 開かれた議論で歯止めを
 日本の科学者は軍事研究から距離を置いてきた。その姿勢に迷いが生じているのか。
 科学者の代表機関である日本学術会議が委員会を設け、安全保障と学術に関する議論を始めた。軍事目的の研究を否定した2度の声明の見直しも検討されるという。
 情報技術(IT)や人工知能(AI)、ロボット工学といった先端科学の基礎研究分野では、民生活用と軍事活用の線引きが難しさを増している。軍事分野への応用は既に海外で一般化している。
 だからといって、声明を廃し、軍事研究を無制限に解禁することは許されまい。1950年と67年の声明には、先の大戦で多くの科学者が軍に関わった深い反省が込められている。学問の自由や平和を掲げる憲法の理念に即した決意表明である。
 政府は民生にも軍事にも活用できるデュアルユース(軍民両用)技術の研究を推進している。
 防衛省は昨年度、防衛装備品に応用可能な基礎研究を対象に、研究費を支給する公募制度を創設した。有害ガス吸着シートや可搬性の超小型バイオマス発電システムの開発など9件が採択された。うち4件は大学の研究である。
 国からの交付金削減などで大学が研究費の確保に悩む中、政府の姿勢を歓迎する声もあるという。
 インターネットや衛星利用測位システム(GPS)は軍事研究から生まれた。しかし、科学が大量破壊兵器などを生み出した脅威の歴史も直視しなければならない。
 安倍政権は「防衛装備移転三原則」を制定し、戦後の武器輸出禁止政策を転換した。デュアルユース推進が軍需産業の拡大につながり、歯止めがなくなるのではないか、との懸念もある。
 民生と軍事のあいまいな境界にどんな線引きの基準を設けるか。防衛省が主導する研究委託の是非や研究成果の事後検証、情報公開の在り方なども含め、検討すべきことは多い。科学者にとどまらず市民を含めた幅広い層から意見を聴く必要があろう。委員会には開かれた議論を求めたい。


シールズ解散 民主政治の「原点」映した
 安全保障関連法に反対し、立憲主義擁護を訴えた若者グループ「SEALDs(シールズ)」が15日に解散した。市民、とりわけ若者には距離感のある政治にどう参加するか、独自のスタイルで社会に提起した意味は大きかった。
 「民主主義って何だ」のかけ声、ラップ調のリズム、手作りプラカード−毎週末の国会前での集会は各層に共感と行動の輪を広げた。昨年8月には約12万人の参加者(主催者発表)が国会周辺を埋めた。メンバーの奥田愛基(あき)さんは国会の公聴会で意見を述べた。
 シールズの日本語名称は「自由と民主主義のための学生緊急行動」。昨年5月、首都圏の学生を中心に結成され、関西や沖縄などにも誕生した。今夏の参院選では、ほかの市民団体とともに4野党の「接着剤」となり、1人区全てで統一候補擁立につなげた。
 学生の政治運動は安保闘争の挫折以来、低迷を続ける。火炎瓶などの過激な闘争が批判を受け、一般学生を遠ざけた。今や政治的無関心が主流で、選挙での20代の投票率は著しく低い。政治への関心、とりわけ批判的視点は就職などに不利との風説もささやかれる。
 シールズも批判を浴びた。結局、安保法は成立し、参院選では衆院に続いて憲法改正に前向きな「改憲勢力」が3分の2の議席を占めた。彼ら自身も活動が「十分だったとは思わない」と認める。
 ただし、挫折ではないという。周囲では解散を惜しむ声も多い。シールズが
ネット上に残したメッセージにはこうある。
 「市民が立ち上げる政治は、ようやく始まったばかりです」
 「『わたし』の声で日常の目線から政治を語ること」
 「始めるのは私であり、あなたです」
 特定の団体に所属して連帯することが政治参加というわけではない。まずは市民それぞれが主権者として政治を見つめ声を上げていく−。当たり前のようだが、そうした「原点」を見据える若者たちが生まれたことは、社会変革への胎動として前向きに捉えたい。


「給付型」奨学金/学び支援へ改革の第一歩を
 家庭の経済事情によらず、若者が学費の心配をしないで大学で学ぶことができるようにするためには経済的支援の拡大が必要だ。財源の手当てなどの課題はあるが、早期の実現に努めてほしい。
 文部科学省は、大学生らを対象にした返済の必要がない「給付型奨学金」の創設に向けて制度設計の検討を進めている。
 給付型奨学金の導入は1億総活躍プランに盛り込まれている。文科省は2018年度の進学者からの給付開始を目指しており、年末の予算編成で、予算規模や対象人数などの結論が出る見通しだ。
 奨学金を利用する学生の割合は年々上昇し、最近は2人に1人が奨学金に頼っている。授業料が高騰する半面、経済の長期低迷で家庭の平均収入が減少してきたからだ。一方で、卒業後に返済に苦しむ人が多く、給付型奨学金の制度化を求める声が高まっている。
 日本の公的な奨学金制度は、一部の地方自治体などを除けば、返済が必要な貸与型だ。多くの学生が利用している日本学生支援機構(旧日本育英会)の奨学金は、有利子と無利子の2種類あり、有利子枠が7割近くを占める。実態は「教育ローン」といえる。
 同機構は無利子枠の奨学金の拡大を進めるとともに、卒業後の所得に応じて返済額が異なる「所得連動型」の奨学金を17年度から導入して負担軽減を図るが、それでも給付型奨学金との差は大きい。卒業後は奨学金の返済に苦しむ例が多い。14年度に同機構の奨学金を滞納した人は約33万人に上る。
 家庭の収入が少ないほど大学進学率が低くなることが知られている。ほとんどが貸与型の奨学金制度に、その現状を改善する力はない。経済力の有無によって教育の機会均等が左右されることがあってはならない。「貧困の連鎖」を断ち切るためにも、奨学金制度の充実を、教育行政上の最重要課題の一つとして位置付けるべきだ。
 ただし、給付型奨学金の実現に向けては、いくつかの大きな課題があり楽観できない。まず財源をどう確保するか。厳しい国家財政を考えれば、財政当局は簡単には支出拡大を認めまい。対象者をどう選定するかも難しい。文科省はできるだけ早く具体案を示し、広く議論を起こしてほしい。
 日本は教育への公的支出が極めて低いが、学ぶ意欲を持った若者への支援は、必ず社会に利益をもたらす長期の投資と考えるべきだ。給付型奨学金も、まずはできる範囲で始めてはどうか。とにかく改革に向けての第一歩を踏み出すことが肝心だ。

冷房効いていない/センケイ

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Fig30

Arme nucléaire: le Japon désapprouve le principe de non première frappe?
L’espace médiatique considère comme possible que le président américain Barack Obama, en fonction jusqu’en janvier 2017, puisse annoncer un changement crucial dans la politique nucléaire de son pays: adopter un principe du non première frappe nucléaire.
Selon l'article publié dans le journal Washington Post, plusieurs pays, dont le Royaume-Uni, la France, la Corée du Sud et le Japon, s'inquiètent de l'initiative attendue du président américain d'adopter un principe du non-usage en premier de l'arme nucléaire.
Une telle décision, serait-elle un pas important vers un monde dénucléarisé? Alors que cette question attend une réponse, l'intention japonaise de désapprouver le principe de non première frappe en pose d'autres. La situation régionale marquée par la rhétorique nord-coréenne dans le domaine nucléaire pourrait pousser le Japon vers cette posture politique.
Selon Da Zhigang, directeur de l'Institut d'études de l'Asie du nord-est de l'Académie des sciences sociales de la province chinoise du Heilongjiang, qui donne son point de vue à ce sujet dans une interview accordée à Sputnik, la position actuelle de Shinzo Abe, premier ministre japonais, entre en contradiction avec les principes de son pays à savoir soutenir: les activités anti-nucléaire, l'utilisation de l'énergie atomique à des fins pacifiques ainsi que l'élimination des armes nucléaires et de la menace nucléaire.
"Le Japon est le seul pays ayant jadis souffert d'une frappe nucléaire, et ainsi, il se rend compte des dommages qui peuvent être causés par une telle arme", souligne l'expert.
Le chercheur indique que la lutte pour l'élimination de l'arme nucléaire devrait être poursuivie au Japon. Le pays lui-même n'en possède pas, sinon il serait attaché à la politique du non-usage de ce type d'arme.
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残念ながら今日も仕事です.少し暑いような感じがしますが,とりあえず少しでも頑張らなくては・・・
夕方センケイを勉強しなくてはいけないと気が付きました.ネットで調べて何となく理解したと思います.
さて帰る時間になって今日は冷房効いていなかったのだと気が付きました.そりゃそうです.申請していませんでしたから.

<3.11と今>遺骨、遺族に寄り添う
◎震災5年5カ月/6度目のお盆(5完)横山周豊さん=福島市
 「手のひらから砂がこぼれるように、地域のつながりが失われていく」
 福島県浪江町西中部の山間地・南津島地区にある長安寺の住職横山周豊さん(75)は、無念さを抱えながら福島市内の別院の本尊に手を合わせた。別院には東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後に亡くなった檀家(だんか)の遺骨約100柱を安置している。
 原発事故で仕事を失い、家族を養うため茨城県の原発施設へ働きに出て自殺した20代の男性。長距離避難中に「寒い寒い」と訴え、病気が悪化して亡くなった70代の男性−。
 横山さんは一人一人の生前の姿に思いをはせる。「こんな形で亡くなりたくはなかったろうに。死んでも古里の墓に帰れないと誰も思わなかっただろう」
 寺のある南津島地区は原発事故後、帰還困難区域に指定された。墓地の墓石は多くが倒壊。高い空間放射線量が復旧を阻む。納骨は難しく、横山さんが2014年3月、避難先に場所を借りて設けた別院で遺骨を預かり続ける。
 ついのすみかが決まらなければ埋葬場所も決まらない。「汚染された遺骨」。いわれなき風評を避けるため、寺に預けたまま避難する遺族もいるという。
 預かる遺骨は12年に約30柱、14年初めには100柱を超えた。二本松市などで火葬した遺骨は浪江の本院に運び、法要などを行ってきた。別院を避難先に設けて遺骨を置くのは、遺族が故人に会いに来るのが楽なようにとの思いからだ。
 11年3月12日、福島第1原発1号機の原子炉建屋が水素爆発した。寺には約130人の町民が身を寄せた。横山さんは不安に陥る住民や檀家の家族と眠れない夜を共に過ごした。
 双葉厚生病院(福島県双葉町)に入院していた檀家の男性が避難中に亡くなった。15日、火葬に向かった二本松市で、今度は4号機の原子炉建屋が吹き飛んだとニュースで知った。
 寺には戻れなかった。二本松市の斎場で葬儀を終え、迎えに来た妻が運転する車で、そのまま埼玉県の次女の家に身を寄せた。
 横山さんの携帯電話には、避難中に家族が亡くなったと、檀家からの連絡が後を絶たなかった。事故から間もない4月6日、福島市に戻り、避難した檀家を回り始めた。「遺族と一緒に故人を供養するのが自分にできるただ一つの仕事だと思った」
 震災と原発事故後、6度目のお盆。この時期は檀家を回り、仏前でお経を上げる。約500軒あった檀家の65%は福島市や二本松市など県内に残った。ほかは首都圏、関西圏などに散らばった。県外に檀家を訪ねる日も多くなり、年齢的にはきついが、今年も8月は休みなく、避難先に檀家を訪ね歩く。
 今年に入って、避難先で自宅とお墓を再建する人が目立つようになった。
 原発事故後の復興は、兆しが見える地域と、南津島のように先が見通せない地域が明暗を分ける。
 「地域のつながりが失われ、避難する檀家が孤独になっていく。今こそ、そばにいないと」。横山さんが寄り添うのは、骨となった仏だけではなかった。(菅谷仁)


<フラ甲子園>震災や不登校…苦境越え舞う
 宮城県石巻市の石巻北高飯野川校(昼間定時制)の生徒4人が、21日にいわき市で開かれるフラガールズ甲子園に初出場する。東日本大震災や不登校などそれぞれの苦境を乗り越え、華麗な舞を披露しようと練習に励む。4人は「楽しく踊る姿を見せて勇気を伝えたい」と意気込む。
 メンバーはリーダーの4年阿部瑠奈さん(18)、3年高橋春奈さん(18)、1年の佐々木希星(きらら)さん(16)と佐藤彩奈さん(16)。夏休みも登校し、振り付けに磨きをかける。
 出場のきっかけは、踊りを指導する星亜紀養護教諭(38)が5月上旬ごろ、阿部さんにフラガールズ甲子園の大会情報を伝えたこと。阿部さんは「きれいな衣装で踊ってみたい」と出場を志した。
 保健室で単独練習を始めると、そこによく出入りする他の3人も興味を持ち、6月下旬ごろにフラダンスのチームを結成した。
 加わった3人は中学時代、人付き合いなどが原因でそれぞれ不登校を経験。飯野川校でも本来の自分を出せずにいた面もあったが、佐藤さんは「踊ることで自然と笑顔になれた」と変化を実感。佐々木さんも「毎日学校に来るのが楽しくなった」と頬を緩める。
 震災で阿部さんと高橋さんは自宅を津波で失い、親族や友人も犠牲になった。東松島市の応急仮設住宅から通う高橋さんは「人前に出るのが不安だったが、自信がついて素直な自分を出せるようになった。震災支援への感謝の気持ちも込めて踊りたい」と話す。
 チーム名はハワイ語で「感謝」「愛」を意味する「ALOHALOHA(アロハロハ)」。大会は、いわき市のいわき芸術文化交流館アリオスで開かれる。阿部さんは「私たちが楽しんで踊る姿を見せて誰かを勇気づけられたらうれしい」と力を込める。


倒壊寸前の市役所解体工事始まる 熊本・宇土
 熊本県宇土市は18日、熊本地震で倒壊寸前になった市役所本庁舎の解体工事を始めた。来年3月までに撤去する予定。現在、市役所敷地の2階建てプレハブ庁舎を中心に業務を続けているが、庁舎の再建は「現時点では白紙」としている。
 庁舎は1965年に建設され、地上5階建て。4月16日未明の本震で4階部分がつぶれ、倒壊寸前になった。立ち入りできず、書類などが残ったままになっている。市はまず4、5階について、月内にもクレーン車を使って棚ごと運び出す。
 この日は庁舎南側の1階部分の解体に着手し、重機が建物に近づけるようにした。並行して各階の窓の日よけ板も外していった。市の担当者は「倒壊の危険があり、一刻も早く解体に着手したかった。安全に作業を進めていく」と話した。


4カ月ぶり無言の帰宅 大和晃さん、親元へ
 熊本地震による土砂崩れに車ごと巻き込まれて行方不明となり、14日に死亡が確認された熊本学園大生、大和晃[ひかる]さん(22)の遺体が18日、約4カ月ぶりに阿蘇市の自宅に戻った後、火葬された。家族らは無言の帰宅を悼み、冥福を祈った。
 遺体は、安置されていた大津署から父親の卓也さん(58)と母親の忍さん(49)らが引き取り、正午すぎに霊きゅう車で自宅に到着。親族ら約20人が出迎え、ひつぎを中に運んだ。
 忍さんは「おかえり。やっと一緒にいられるね」とひつぎを抱きしめ、家族で折った千羽鶴や大和さんが成人式のときに買ったスーツを納めた。
 近所の住民も訪れて手を合わせた後、出棺。卓也さんは「大勢の方のおかげで奇跡的に晃を見つけ、家に連れて帰れた。まだ心の整理はできないが、少しずつ前を向きたい」と語った。
 通夜は20日午後6時、葬儀は21日正午から、阿蘇市黒川の清峰院市民斎場で。(堀江利雅)


核政策の矛盾 首相はきちんと説明を
 オバマ米大統領が検討する核兵器先制不使用政策に対し、安倍晋三首相が反対の意向を米軍幹部に伝えた―。米紙が報じている。
 事実なら、核兵器の廃絶を目指すと国内外で言いながら、核の力にしがみついていることを明確に示すものだ。
 核政策で二枚舌を使っているとのそしりは免れない。核廃絶を求める被爆者らの願いに逆行するもので、見過ごせない。
 このままでは、首相が核廃絶を訴えても、国際社会は耳を貸さなくなるのではないか。日本の信用にも関わる問題である。
 報道された反対表明は事実なのか、核廃絶へ具体的にどう取り組むのか。首相は国民や国際社会にきちんと説明するべきだ。
 核の先制不使用とは、敵から核攻撃を受けない限り、核兵器を使用しないとする政策である。
 オバマ氏は5月下旬、被爆地・広島を初めて訪問した。その際、自身が提唱した「核兵器なき世界」の実現を目指す決意を改めて表明。その後、核の先制不使用宣言を含む新たな核政策を検討していることが明らかになった。
 オバマ政権は政策変更について詳しいことを公にしていない。米メディアによると、米国と同盟関係にある日本や韓国、ドイツなどが懸念を示しているとされる。北朝鮮の核開発やロシアの強硬姿勢などが背景にあるようだ。
 米政権内でも先制不使用を宣言すればこれらの国々に不安を与えることになるとし、反対する声が出ているという。日本が独自に核武装を選択することへの懸念も根強い。このため、核政策の変更がいつ、どのような内容でまとまるか、はっきりしない。
 こうした中、核廃絶の道筋を探る賢人会議で共同議長を務めた川口順子元外相とオーストラリアのエバンズ元外相ら、アジア太平洋地域の元閣僚ら40人が、オバマ政権に先制不使用政策の採用を求める声明を発表した。
 先制不使用によって、即時発射態勢を取っている現行の核運用政策より危険性が軽減されることになるなどとしている。
 脅威がある限り核兵器が必要という論理では、いつまでたっても世界から核兵器はなくならない。幅を利かせている核抑止論から脱却するにはどうするか。
 オバマ氏ら各国首脳に求められるのは、核なき世界に向けての構想力と具体的な道筋づくりだ。国連で話し合っている核禁止条約もその一つだろう。議論を前へ進めなくてはならない。


[核先制不使用政策]被爆国が反対するとは
 オバマ政権が検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相はハリス米太平洋軍司令官に対し、「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対の意向を伝えた。
 15日付の米紙ワシントン・ポストが、米政府高官の話として報じた。
 核政策に関して、被爆国の日本の中に深刻な二重構造が存在することが、あらためて浮き彫りになったといえる。
 仏教用語の「顕教」と「密教」という言葉を使ってたとえると、被爆体験を踏まえ切実に核廃絶を求めてきた一般庶民の思いは「顕教」、米国が提供する「核の傘」に依存し核兵器禁止条約の制定にも不賛同の立場を取る政府の姿勢は「密教」ということになる。
 広島市の松井一実市長と長崎市の田上富久市長は10日、米国の核政策見直しを後押しするよう政府に求める書簡を出した。
 核大国の米国が、敵の核攻撃を受けない限り核兵器を使用しないという先制不使用政策を採用すれば、核軍縮の動きに弾みがつくのは確実だ。
 報道が事実だとすれば安倍首相は、広島を訪問したオバマ大統領が「核のない世界」の実現に向け先制不使用などの具体策を検討し始めたこの時期に、核抑止力の低下を懸念し、足を引っ張るようなことを言ったことになる。
 顕教と密教の二重構造が顕著であればあるほど、被爆国の説得力は弱まる。核廃絶を進めるための外交力も、足元を見られ弱体化せざるを得ないだろう。
■    ■
 8月6日、広島市で開かれた平和記念式典で、安倍首相は「核兵器のない世界に向け努力を積み重ねる」と述べたが、具体的な政策には触れなかった。
 式典後、被爆者団体は、被爆国として核兵器禁止条約の制定を働きかけるよう安倍首相に要望したが、安倍首相はここでも、前向きな対応を示すことはなかった。
 2013年に安倍政権が閣議決定した「国家安全保障戦略」は「核兵器の脅威に対しては、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止が不可欠」であると強調する。
 米紙によると、首相は、米国が核の先制不使用を宣言すれば北朝鮮などに対する核抑止力に影響が生じ、地域紛争のリスクが高まる、とハリス米太平洋軍司令官に懸念を伝えたという。
 「先制不使用を宣言すれば」「地域紛争のリスクが高まる」という主張は、厳密な検証に耐えうるのだろうか。
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 米国の核兵器が北朝鮮による攻撃を思いとどまらせる抑止力になっている、というのはほんとうだろうか。
 核抑止力に頼りすぎると、米国が核兵器の削減を進めたとき、「抑止力が低下するからやめてくれ」と言いだしかねない。
 米国がいざというとき、日本防衛のために核使用に踏み切るかどうかは神のみぞ知る話。顕教と密教の二重構造を解消するのは容易でないが、核廃絶に向けた国家意志が希薄になってはいないか。それが気がかりだ。


核先制不使用反対 被爆国の世論に背く 首相は説明責任を果たせ
 これが唯一の核被爆国日本の首相の発言だろうか。米オバマ大統領が提唱する核兵器の先制不使用政策に対し、安倍晋三首相が「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対する意向を米太平洋軍司令官に伝えたとする記事が、米ワシントン・ポスト紙に載った。
 被爆国として核廃絶を願う国民世論を裏切る発言だ。広島、長崎の被爆者は即座に「被爆地の思いに逆行する」と反発した。県内からも「被爆国の立場を忘れ、核戦争を推進する発言」などとする非難が沸き起こったのも当然だ。
 いたずらに北朝鮮刺激
 オバマ政権が検討する「核先制不使用」政策は、「核攻撃を受けない限り核兵器を使用しない」と宣言するもので、核兵器廃絶への大きな一歩となるものと国際社会が期待している。しかし米軍、米国議会内に「核抑止力」の後退につながると反対論が根強く、実現が危ぶまれている。
 5月に広島を訪ねたオバマ氏は「米国を含む核保有国は勇気を持って核廃絶を追い求めなければならない」と決意を述べた。広島、長崎両市長はオバマ氏に「核兵器の先制不使用宣言の実現を求める書簡」を送り、大きな期待を寄せた。
 安倍首相は本来、被爆国の首相として「核先制不使用」政策を後押しすべき立場だ。これに反対することは核廃絶を願う国内、国際世論に背を向けるものだ。
 安倍首相が北朝鮮を名指しし、核先制不使用に反対したことも大きな問題だ。
 核開発、ミサイル実験を繰り返す北朝鮮に各国が反対し自制を求めるのは当然だ。一方で北朝鮮が米国に「敵視政策」の見直しと「平和協定の締結」を長年求めていることに米国は積極的に対応せず、日本政府も「対話路線」の仲介や後押しを怠っている。
 首相発言は、北朝鮮を念頭に核先制使用の政策維持を米国に求める発言と受け取られかねない。いたずらに北朝鮮を刺激し、かえって核開発やミサイル実験、紛争に至るリスクを高める懸念がある。
 日本政府は米国の「核の傘」に依存し「核抑止力」支持の方針を変えていない。
 そればかりか戦後の自民党首相は「自衛のための核保有」(岸信介氏)、「必要最小限の自衛のためであれば持ちうる」(福田赳夫氏)と現憲法下での核兵器保有も可能とする見解を示してきた。
 米国の核の傘に依存しつつ、日本復帰前の沖縄への大量核配備を、政府は容認し続けた。 
戦略強化、保有の疑念も
 米ソが核兵器競争を繰り広げた冷戦下だけの話ではない。
 今年3月、内閣法制局長官が「憲法上あらゆる種類の核兵器の使用が禁止されてはいない」と国会で発言。4月には「憲法9条は一切の核兵器保有と使用を禁止するものではない」との答弁書を閣議決定した。安保関連法は審議過程で「自衛隊による核弾頭の輸送も可能」と説明された。
 稲田朋美防衛相は以前、「将来的核兵器保有の可能性を検討すべきだ」と発言。安倍首相は「核兵器の保有はあり得ない」と否定したが、安倍首相自身、かつて「日本も小型であれば原子爆弾を保有することに問題はない」と発言したことが報道されている。
 安倍首相、閣僚の個々の発言、法制局長官発言、閣議決定、安保関連法の内容からすると、安倍政権は米軍と一体となった核戦略強化の姿勢を強めてはいないか。将来、日本が核兵器を保有する疑念すら抱かざるを得ない。
 復帰後も、沖縄への有事の際の核持ち込み密約が明らかになった。キューバ危機の1962年、米軍内でソ連などを標的とする誤った核攻撃命令が出され、読谷村の発射基地の現場指揮官の判断で発射が寸前に回避された。
 沖縄は米軍核戦略の影響を直接に受ける。安倍首相は「核先制不使用」政策に対する見解を国民、県民に明らかにする責任がある。


核の先制不使用  被爆国として支持、当然
 オバマ米大統領が検討する核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対する意向を直接伝達した、と米紙ワシントン・ポストが報じた。
 米紙の報道のように安倍首相が意向を伝達したのなら、残念きわまりない。日本は唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶を国際世論に訴え続けてきた。原爆の惨禍を体験した人たちが「被爆地の思いに反する」と憤りの声を上げたのは当然だ。安倍首相はオバマ氏の核廃絶に向けた取り組みの実現を援助すべきである。
 「核兵器なき世界」を提唱するオバマ政権は、核政策の見直しを進めている。敵が核兵器による攻撃を仕掛けない限り、先制して核を使用しない政策の採用は、その突破口に位置付けられる。核超大国トップの決断は核廃絶の道を開くことになる。全ての核保有国が同様の宣言をすれば、大きなコストとリスクを抱える核兵器を持つ意味がなくなるからだ。
 今年5月、オバマ氏は歴代大統領として初めて広島を訪れた。原爆の投下について、米国内世論への配慮から謝罪こそしなかったものの、「核保有国は核なき世界を追求する勇気を持たなければならない」と核廃絶への決意を披露したことは記憶に新しい。
 広島には安倍首相が同行した。2人の間にどんな会話があったのか。果たして大統領の真意が伝わったのか首をかしげたくなる。
 米紙報道によると、ハリス司令官は7月に官邸で安倍首相と会談したとみられる。表敬は10分程度とされる中で、25分間に及んだ。首相はハリス氏に、米政府が核先制不使用を宣言すれば、核開発を続ける北朝鮮などに対する核抑止力に影響が生じ、地域紛争の危機が高まると懸念を伝えたという。
 被爆国でありながら、日米同盟の下、米国の核抑止力「核の傘」にすがる矛盾が透けて見える。国連の核軍縮作業部会でも核兵器禁止の議論で、日本の消極的な姿勢が目立つ。被爆国がこうした態度を取るのでは核廃絶は望めない。
 核先制不使用には、米政権内でも意見は一致していないようだ。米軍は反対を明確にし、主要閣僚や同盟国にも消極的な意見が広がっていると米国で報道される。
 オバマ氏の政策変更の表明は9月にも行われる。安倍首相はこの問題についてオバマ氏とあらためて会談する機会をつくり、じっくりと意見交換するべきだ。


核の先制不使用 首相はきちんと姿勢語れ
 「核なき世界」へ向かおうとするオバマ米大統領の足を、被爆国・日本の首相が引っ張っているのか。そう疑わせるようなニュースを米有力紙が報じた。
 15日付のワシントン・ポストは、オバマ政権が検討している核兵器の先制不使用政策に対し、安倍晋三首相が反対の意向を伝達したとする記事を掲載した。
 報道によれば、安倍首相は面談した米軍高官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として反対する意思を伝えたという。
 核兵器の先制不使用とは、敵の核攻撃を受けない限り、核兵器を使用しないとする政策である。もしすべての核保有国が「先制不使用」を実行すれば、理論的には核兵器が使われることはなくなる。米国が宣言すれば、他の保有国にも動きが広がる可能性がある。
 折しも16日、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」の共同議長を務めた川口順子元外相らが、米政権に「核の先制不使用」の採用を強く促す声明を出した。
 アジア太平洋地域の元閣僚や軍高官など、安全保障の専門家によるこの声明は「先制不使用の採用で得られる成果は、不利益をはるかに上回る」と断じている。
 先制不使用の宣言により、核保有国同士の関係に安定感が生じ、「一触即発」のリスクが減るという考え方だ。核の使用を押しとどめる規範強化の利点もある。
 安倍首相は反対の理由に「北朝鮮の脅威」を挙げたとされる。しかし北朝鮮は米国への恐怖心から核開発に固執している側面がある。不使用宣言で朝鮮半島の緊張が和らげば、その分北朝鮮の脅威も減じるとの論理も成り立つ。
 米紙の報道について日本政府は表向き反応していない。一方、広島や長崎の被爆者からは失望と怒りの声が上がっている。
 首相は、米国の「核の先制不使用」についての対応姿勢とその理由をきちんと説明すべきだ。報道が事実であり、米国の「核の傘」の力が少しでも減るのは怖い−という姿勢であるとすれば、核軍縮に対してあまりに消極的すぎる。


魚のひれが手の骨に 生物進化を実験で確認
 哺乳類の手や前足の骨は魚のひれにある柔らかい骨から進化したことを米シカゴ大のチームが遺伝子を改変した魚を使った実験で確認し、17日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
 これまでも魚や両生類などの化石の調査から、ひれが徐々に陸上生物の四肢に進化したと考えられてきたが、今回の実験で胸びれのどの部分が手になったのか詳しく分かったという。チームの中村哲也研究員は「魚が陸上生物へ進化したメカニズムの解明に向け、大きな一歩だ」としている。
 魚のひれには、全体に広がる柔らかい骨と根元の硬い骨がある。チームは、マウスの前足を作るのに重要な役割を果たす遺伝子に着目した。


<ロッテ>平沢初安打 宮城で打ててうれしい
 プロ野球、東北楽天−ロッテ20回戦が17日、仙台市宮城野区の楽天Koboスタジアム宮城で行われ、9番遊撃で先発した仙台育英高出身のロッテの新人、平沢大河内野手(18)が待望のプロ初安打を放った。
 1打席目は中飛、2打席目は三飛に倒れ、七回1死一塁で迎えた3打席目だった。東北楽天2番手福山博之投手に2ストライクと追い込まれてからの3球目、外角のフォークボールを中前に鋭くはじき返した。出場13試合、24打席目での一打だった。
 地元宮城での1軍戦は初めての出場。昨夏の甲子園大会で準優勝したヒーローだけに、打席に立つたび東北楽天ファンからも温かい声援が送られた。
 試合後、「できるだけ早く打ちたかったので、初安打にほっとした。宮城で打ててうれしかった」と語った。
 八回1死一、三塁の好機で迎えた4打席目は二ゴロ併殺に倒れ、「次はああいうチャンスで打てるように頑張りたい」と誓った。
 平沢内野手は多賀城市出身。昨年10月のドラフト会議で1位指名を受け、ロッテに入団した。


河北春秋
 雑誌『暮しの手帖(てちょう)』の1968年夏に発行された96号が、手元にある。高齢のため家族と暮らすことになった男性が仙台を去るとき、蔵書の中からくれた。編集長の花森安治による「あとがき」の一部分が赤ペンで囲ってあった▼「編集者として、お願いしたいことがある。この号だけは、なんとか保存して下さって、この後の世代のためにのこしていただきたい、ということである」。この号は250ページ丸ごと「戦争中の暮しの記録」特集である▼市民から寄せられた原稿1736編のうち、140編ほどを掲載している。夫の出征のこと、防空壕(ごう)のこと、生活道具のこと、疎開のこと。そしておびただしい数の死−。飾らない文体が、余計に胸を打つ▼カボチャの種を拾って小躍りする姉妹に、飢えを連想した。空襲で焼かれゴムまりのように膨れた人に、火炎の痛みを知覚した。赤紙一枚で召集され英霊と書かれた紙だけで帰された命の軽さに、憤りを共にした。これが戦争なのだと、全てが伝えている▼雑誌の持ち主は昨年秋、88歳で亡くなった。殊更に戦争を語らなかったが、これを残すことで代弁したのかもしれない。特集号は好評で後に単行本になった。今も手に入れられる。だが、赤ペンの強い筆跡は、日に焼けた古い雑誌にしかない。

住民税控除、受入額上回る 佐賀、鳥栖市が赤字に
 自治体に寄付して返礼品を受け取り、住民税なども減税される「ふるさと納税」で、佐賀県内の市町が受け取った寄付額と、寄付した住民の控除(減税)額で収支を算出したところ、佐賀市と鳥栖市が赤字になった。一方で上峰町が21億円の黒字となるなど10億円以上の黒字は4市町あり、自治体間で収支に大きな差が出た。
◆収支に大差 上峰町21億円の黒字
 自治体はふるさと納税で寄付を集める一方、居住者が他自治体などに寄付した額に応じて住民税を控除する。総務省が初めて公表した自治体別控除額の速報値と、15年度に各自治体が寄付を受けた額を比べた。返礼品の購入費や送料、事務経費などは収支計算に含んでおらず、それを含めると赤字市町はさらに増える。
 県内20市町に寄せられた15年の寄付額は90億7860万5000円、控除額は1億8693万8000円で、全体の収支は88億9166万7000円の黒字だった。
 県への寄付や県民税控除を含めた県全体の収支は、寄付額が96億6238万9000円、控除額が3億1155万1000円で93億5083万8000円の黒字となる。
 市町別で、黒字額が最も多いのは上峰町の21億2759万1000円。小城市の14億7814万2000円、玄海町の11億9178万1000円、伊万里市の10億1717万9000円が続いた。
 一方、赤字は佐賀市の5565万7000円、鳥栖市の2035万6000円。佐賀市は3300万円近い寄付を集めたが、市民の他自治体などへの寄付が約2億4100万円あり、控除額が8861万円に上った。
 ふるさと納税は、寄付額の2000円を超えた分が、国の所得税と居住する自治体の住民税から控除される。返礼品があり、節税にもつながることで人気を呼び、返礼品の充実など自治体間の競争が過熱する一方、「制度本来の趣旨を逸脱している」などの批判も出ている。


趣旨考え制度見直しを ふるさと納税
 ふるさと納税の収支で自治体間に大きな格差が生まれている。取り組み方の差も一因で、収支が厳しい自治体に対策強化を求める声も上がりそうだ。地元産品の需要につながる面もあるが、制度の趣旨を考えれば、まずは過熱する獲得競争の沈静化が求められる。
 全国で競争が激化しており、2015年度の寄付総額は14年度の4・3倍の約1653億円に急増し、佐賀県も5・3倍の96億円に伸びた。減税の上限が約2倍になり、手続きが簡素化され、返礼品や減税がある“お得な制度”が浸透したことが背景にある。
 ただ全国では、高額な家電や金券などの返礼品を用意したり、返礼割合を高めたりする自治体や、節税目的で多額の寄付をする人も出た。「故郷や応援したい自治体を支援する」という本来の趣旨から逸脱したケースで、総務省は自粛を求めている。
 総務省の調査では、寄付額の半分は返礼品購入や事務経費になっている。その経費を含めて収支計算すれば赤字自治体はさらに増す。「地方の税収不足を補う」という趣旨も危うくなりかねない。寄付金を福祉サービスなどに充てる自治体も出ているが、恒久財源とは言い難く、事業の継続性への懸念も生じる。
 市町からは「本来の寄付でない」「寄付金の奪い合い」という声も漏れる。競争に拍車がかかれば、制度の「ゆがみ」はさらに拡大する。返礼割合の制限など問題点の改善が急務だ。


<リオ五輪>伊調 天国の母にささげる4連覇
 遺影の母は笑っていた。リオデジャネイロ五輪のレスリング女子58キロ級で、史上初の4連覇を果たした伊調馨は2014年11月、65歳だった最愛の母トシさんを亡くした。レスリングを続けることをずっと望んでいた人にささげた金メダル。「最後はやっぱりお母さんが助けてくれた」。表彰台に立った第一人者は、万感の思いを込めた。
 母がいない初めての五輪だった。アテネ、北京の銀メダリスト姉千春さん(34)と共に現地で観戦した父春行さん(65)の懐には、母の遺影があった。
 「試合なんだから負けるな、死んでも勝て」。強気な母のDNAを娘はしっかりと受け継いだ。
 母の突然の悲報に追い打ちを掛けるように、1週間後には祖母も他界。全日本選手権の直前で、周囲は「とても試合ができる状態ではない」と出場を危ぶんだ。それでも試合に向かい、対戦相手を圧倒し続けた。
 「母は根拠のないプレッシャーをかけてくる。自分はそれが嫌ではない。んじゃ勝つよ、みたいな」。重圧に打ち負けない前人未到の快挙の陰に、母なりの愛情表現があった。
 物心がつく前に始めたレスリング。30年近く続けられたのは母のおかげだと思っている。「(観戦で)東京に行ける、海外に行けると楽しみにしていた」。わくわくした表情を見せる理解者がいてくれたからこそ、黙々と競技に打ち込めた。
 試合会場では「父はちょろちょろと落ち着かない小心者。母はいつもどっしりと構えていた」と懐かしそうに振り返る。今でも時々、「話し掛けたり、質問したり、これまで以上に近くにいる」と感じる。
 マットに立つ前、母にそっと語り掛ける。
 「偉大なことをしようとしているんだよ、あなたの娘は」
 約束を守った女王は「四つ目の金メダル、喜んでくれるかな」と深いえくぼを見せた。(リオデジャネイロ・剣持雄治)


ホーム転落死 白いつえへの気配りを
 地下鉄の駅で、目の不自由な男性がホームから転落し、電車にはねられて死亡した。多くの人がいる場所で、なぜ悲惨な事故が繰り返されるのか。社会全体で受けとめたい。
 事故があったのは、東京メトロ銀座線青山一丁目駅のホームで、男性は盲導犬と歩いていた。同駅にはホームドアが設置されておらず、男性は、線路側に近づくように歩き、足を踏み外すように転落したという。
 駅のホームでは、こうした事故が近年相次ぐ。2011年、つえをついた全盲男性が東京のJR山手線目白駅のホームから転落して電車にはねられ亡くなった。12年に埼玉県、昨年も大阪府で視覚障害者のホームからの転落死事故が起きた。
 日本盲人会連合が目白駅の転落事故後に全国252人を対象に実施したアンケートによると、3人に1人以上の92人にホームからの転落経験があった。見過ごせない数字だ。
 こうした悲劇を防ぐ安全対策の切り札がホームドアである。国土交通省が鉄道事業者に設置を促し、全国665駅(今年3月時点)で設置されている。首都圏の地下鉄の約半数、山手線で8割を超える。視覚障害者団体の要望はなお強いが、設置数の増加は近年、鈍っている。
 整備コストのほか、ホームの強度が弱いなど構造上の理由があるという。銀座線も開業が古くホームの強度が弱かった。それでも18年度中には2駅を除き設置する予定だった。
 視覚障害者は、駅のホームを欄干のない橋に例える。鉄道事業者は、ホームドア設置の優先度を上げるよう検討してほしい。
 ただし、施設の整備を待つだけでは事故は防げないだろう。
 駅やホームは人が集まる場所である。目の不自由な人は白いつえを持ったり、盲導犬と一緒に歩いたりしている。見かけたならば見守り、危険が迫っていたら即座に声をかけ手をさしのべる。公共の場での気配りを大切にしたい。
 先の日本盲人会連合のアンケートで、転落しそうになった151人に「なぜ転落せずにすみましたか」と聞いたところ、「体や腕をつかまれたりして止められた」「周りから声をかけられた」との回答が計120人に上った。そうした配慮を社会全体に広げたい。
 一方で、電車内のみならずホームを歩きながらスマートフォンを操作する人は後を絶たない。ある視覚障害者は「人とぶつかって方向が分からなくなってしまった」とホームからの転落理由を挙げた。画面ばかり見つめていれば周囲は見えなくなる。「歩きスマホ」は、命にかかわるような重大事故につながる危険な行為だと認識する必要がある。


電力需要 猛暑の夏も乗り切れる
 猛暑、五輪、高校野球、熱中症にも気をつけて…。何かと“熱い”が電気は足りている。政府や電力大手は誰のため、何のため、住民の不安に目を背けるかのように、原発再稼働を急ぐのか。
 「猛暑でも節電要請は来ておらん。なぜそんなに、急ぐのか」
 四国電力伊方原発再稼働の三日前、松山市内の飲食店で耳にした。隣席の客のつぶやきだ。多くの市民の実感なのだろう。
 経済産業省の電力需給検証小委員会は四月、電気の使用量がピークに至る七〜九月の電力需要予測を公表した。
 それによると、東京や中部、関西など、沖縄を除く九電力の平均で、8%以上の予備率を確保できるという。
 電力の需要に対する供給予備率、つまり“余裕”は、最低限3%、8〜10%のゆとりを持つのが望ましいとされている。
 3・11以降、企業や家庭に広く節電が定着し、四月の家庭用電力の小売り自由化に伴って、新電力に需要が分散したことの影響も小さくはないという。
 たとえば原発依存度の高い関西電力でも、八月の最大使用率の平均は八割強だ。差し迫って原発で供給を積み増しする必要はない。
 一方、ことし三月期の決算で、電力大手十社の税引き後損益は、震災後初めて黒字になった。しかし、火力発電に依存する現状では、原油高に転じれば、収支は一気に悪化する。だから原発が必要なのだと大手電力側は言う。
 福島原発の被災者への賠償額は、すでに六兆円を超えている。廃炉費用も東電が当初準備した二兆円では足りそうもなく、国による追加支援が要請されている。
 原発再稼働に向けて電力十一社が見込む安全対策費は、少なく見ても三兆円を大きく超える。
 原発依存を続ける方が、潜在的な経営リスクははるかに高いと言えないか。
 再稼働した伊方3号機はプルサーマル発電の原発だ。使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを抽出し、燃料として再利用する。
 核兵器の主材料にもなるプルトニウムを減らしたいのは分かる。
 だとすれば、莫大(ばくだい)な費用をつぎ込んでプルトニウムを取り出す再処理事業そのものを、まず放棄すべきではないか。
 誰のために再稼働を急ぐのか。政府と原発事業者は、3・11の教訓を踏まえて節電に励む消費者に、正しく説明すべきである。


シールズ解散  若者の政治参加さらに
 安全保障関連法への反対などを訴えてきた若者グループ「SEALDs(シールズ)」が、約1年半の活動を終えて解散した。
 学生らの緊急行動との位置付けだったため、今夏の参院選を区切りに解散すると以前から表明していた。これからは個人として政治に関わる中で、必要に応じて集まり、声を上げていくという。
 勉強やサークル活動をするのと同じように、路上で民主主義を訴える。肩肘張らず、できる範囲で。それが憲法12条の求める、自由と権利を守る「国民の不断の努力」だ−。そんな彼らのスタイルは、ラップ調の掛け声やスマートフォンを駆使した情報発信とともに、既存の運動体にない新鮮味をもって社会に受け止められた。安保法の審議中、毎週金曜の国会前は政治に無関心とされてきた若者だけでなく、デモとは無縁だった子育て中の女性や中高年層を含む何万もの人で埋まった。
 誰もが政治に声を上げていい、と人々にあらためて気付かせたことがシールズの功績だろう。関西や東北、沖縄などでもグループが生まれた。選挙で選んだ代表に「お任せ」になりがちな代議制を補完する動きとも言えるだろう。
 市民と野党のつなぎ役を果たしたことも大きい。安倍政権の改憲姿勢に懐疑的な市民の声を受け、参院選では32の改選1人区で4野党による候補一本化に貢献、11の区で野党に勝利を呼び込んだ。
 ただ、改憲勢力の伸長を阻むことはできなかった。安保法廃止も見通せず、この段階での解散を運動の限界と評する声もある。
 対するメンバーは、16日の解散会見で「課題はあるが限界ではない」と強調した。
 実際、彼らの挑戦はまだ始まったばかりだ。むしろ、表だって政治的意見を述べることをタブー視する大人や、「個」の発信より集団への同調を強く求める社会のありようこそ問われるべきだろう。
 目を転じれば、台湾では対中国貿易自由化に反発する若者たちが立法院を占拠した「ヒマワリ学生運動」(2014年)、香港では行政長官選挙の民主化を求める学生の「雨傘運動」(同)があった。米国でも、反・既成政治を掲げた大統領候補のサンダース氏を若い世代が中心になって後押しした。
 こうした路上からの抗議の背景にあるのは、世界的に広がる格差や不平等だ。若者が当たり前に政治を語れる環境づくりとともに、深刻化する社会経済のゆがみをただすことが重要だ。

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Au Japon, clap de fin pour le boys band SMAP
Cette fois, c’est bien fini. Après des mois de spéculation et une première fausse alerte en janvier, les cinq membres du célèbre boys band nippon SMAP, pour Sports Music Assemble People, ont décidé de se séparer. L’annonce, faite le 14 août, met fin à vingt-cinq ans de succès pour une formation née en 1988 au sein de la puissante agence Johnny & Associates, dite Johnny’s, créée en 1962 par Johnny Kitagawa et qui gère toute une série de groupes masculins comme TOKIO, V6 ou encore Arashi. ≪ La décision a été extrêmement difficile à prendre, a fait savoir l’agence, mais il est apparu qu’il serait difficile de continuer, même si la décision ne reflète pas la volonté de l’ensemble du groupe. ≫
Les cinq membres, Masahiro Nakai, Goro Inagaki, Tsuyoshi Kusanagi, Shingo Katori et Takuya Kimura, âgés d’une quarantaine d’années, se seraient retrouvés au cœur d’une querelle commencée début 2015 entre leur manageuse Michi Iijima et la nièce de Johnny Kitagawa, Julie Fujishima, au sujet de la succession du patriarche, aujourd’hui âgé de 84 ans.
221 millions d’euros de revenus annuels
Les dissensions auraient incité Michi Iijima à quitter l’agence en février. Or les cinq membres de SMAP étaient très proches d’elle. Quatre d’entre eux voulaient la suivre. ≪ Nous avons choisi de dissoudre SMAP, a déclaré, laconique, Tsuyoshi Kusanagi. Nous allons continuer à travailler dur. ≫ Seul Takuya Kimura souhaitait rester chez Johnny’s. ≪ Franchement, a-t-il déclaré, la décision de se séparer est profondément regrettable. ≫
Devant le magasin de produits dérivés de l’agence, dans le quartier branché d’Harajuku à Tokyo, les nombreux fans refusaient d’y croire. ≪ Je priais depuis janvier et les premières rumeurs de séparation pour que ça n’arrive pas ≫, a déclaré une jeune femme au quotidien anglophone Japan Times. SMAP reste le plus grand succès de Johnny’s. Le groupe a vendu plus de 35 millions de disques depuis sa formation et générerait 25 milliards de yens (221 millions d’euros) de revenus annuels. Son titre le plus populaire, Sekai ni hitotsu dake no hana (≪ L’unique fleur du monde ≫), sorti en 2003, a été vendu à près de 3 millions d’exemplaires.
Une émission hebdomadaire depuis 1996
Sa réussite a dépassé les frontières de l’Archipel, allant jusqu’en Chine ou Taiwan. Les SMAP ont multiplié les apparitions dans des séries télévisées, des films ou des publicités. Ils étaient engagés dans la campagne de promotion pour les Jeux olympiques de Tokyo de 2020. Certaines de leurs initiatives auraient également eu un impact fort dans la société japonaise. L’émission ≪ SMAP×SMAP ≫, diffusée tous les lundis depuis 1996 sur la chaîne Fuji TV, les a par exemple montrés en train de cuisiner. A l’époque, présenter des idoles masculines aux fourneaux était révolutionnaire.
Soucieux de poursuivre leur carrière en solo, les désormais ex-SMAP pourraient rencontrer des difficultés. Institution du showbusiness nippon, Johnny’s a un pouvoir immense, contrôlant l’image, le marketing et la vie privée de ses protégés et leur assurant toujours des exclusivités. ≪ Aucun boys band dépendant d’une autre agence ne peut apparaître dans un programme ou un magazine qui présente un groupe de Johnny’s ≫, expliquait en janvier un manager d’une agence concurrente.
Philippe Mesmer (Tokyo, correspondance)
フランス語
フランス語の勉強?


内容紹介
団地の廊下で、出前の残飯を探して食べて、生き延びた。13歳だった。最終学歴、小学校卒業。北新地、銀座のクラブ勤務を経て、アラーキー写真集のモデルに。一晩の博打で千六百万円を失い、結婚、離婚、癌、出産、レイプ……死ぬこと以外のすべてと闘いながら、それでも生きることをやめなかった女が、衝撃の単行本デビュー。読み出したら止まらない、ジェットコースター人生、ついに開封!
内容(「BOOK」データベースより)
13歳で浮浪児に。借金を抱えて14歳で北新地、16歳で銀座、そしてモデルに。結婚、離婚、癌、レイプ、再び…癌。あらゆる不幸で頁が埋め尽くされた驚愕の告白手記。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
生島/マリカ
1971年、神戸市生まれ。最終学歴小学校卒。在日2世。複雑な血筋の両親のもと、幼少期はお手伝いさんに育てられる。異母異父姉兄9人。生母の没後、父親の再婚を機に13歳で家を追い出され、単独ストリート・チルドレンとなる。その後、モデルに。秘書、北新地と銀座のホステス、クラブ経営などを経て3度の結婚と離婚を繰り返す。2012年夏、真言宗某寺にて得度(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


pptづくりを頑張っていたのですが,気が付くとお昼の時間を過ぎていました.お腹もすいていないしまあいいか・・・と思って仕事を続けていたら5時近くになってしまいました.カレーのカップヌードルとお菓子を買ってきて夕飯にしました.なんだか仕事忙しくて食事も適当でおかしくなりそうです.

津波で倒壊の鳥居 震災メモリアルで復活
 七ケ浜町菖蒲田浜地区にある諏訪神社の氏子が、東日本大震災の大津波で倒壊した鳥居を活用し、神社敷地内に「神社遺構メモリアル」を造った。新たな鳥居も完成し、関係者は「被災によって散り散りになった住民の心のよりどころにしたい」と期待する。
 メモリアルにしたのは1878(明治11)年と、1932(昭和7)年に建てられた二つの鳥居。震災で高さ12メートルの津波が直撃し、倒壊した。「震災を後世に伝えたい」と、敷地内に保管していた。
 鳥居の上半分、折れた柱をそのまま活用し、コンクリートの土台に立てた。柱の折れた断面が、津波の威力を物語る。昭和7年建立の鳥居の石は石巻市稲井で産出され、遠路、船や馬車でこの地に運んだ−と由来を柱に刻み込んだ。
 新しい鳥居は高さ約5メートル、幅約7メートルで、御影石でできている。7月下旬、総代らが集まって神事を営み、再建を祝った。
 菖蒲田浜地区は震災前は500世帯ほどが暮らしていたが、現在は300世帯に満たない。
 総代の一人、伊丹敏男さん(66)は「町外に移ったり、町内の別の場所に集団移転したりして戻ってこない住民が多い」と語る。震災遺構と新しい鳥居を地域再生の象徴にしたいと期待を込める。
 今月28日には神社の例大祭がある。みこしは再建された鳥居をくぐって、旧住民の集団移転先に向かう。


<亘理夏まつり>復興願い山車パレード
 亘理町の「ふるさと夏まつり」(実行委員会主催)が15日夜、荒浜漁港周辺であった。東日本大震災で休止され昨年復活したパレードや、震災で犠牲になった町民306人の鎮魂を祈った灯籠流しなどが行われ、大勢の町民や帰省客が復興を願い参加した。
 パレードには町民約360人が参加し、800メートルを山車4基とともに練り歩いた。町職員らは亘理伊達家の初代当主伊達成実をたたえる「成実ばやし」を踊った。同時に行われた灯籠流しでは町民らが作った灯籠約1300個が鳥の海湾に浮かべられ、震災犠牲者らの霊を慰めた。
 パレードの出陣式で、斎藤貞町長は「復旧・復興は道半ばだが、まつりを機に町が前進すればと思う」とあいさつ。家族と訪れた同町の会社員前見恵子さん(45)は「少しずつ町に元気が出てきたと実感できた」と笑顔で話した。


<合同慰霊祭>震災と水難犠牲者を供養
 東日本大震災で甚大な被害を受けた東松島市大曲浜地区で、震災と水難事故の犠牲者を供養する合同慰霊祭が16日、地区の共同墓地内で営まれた。
 住民の相互組織「大曲浜区委員会」と県漁協矢本支所が主催し、遺族や関係者ら約70人が参列。2012年に建立された慰霊碑などに焼香し、落命した住民の冥福を祈った。
 大曲浜区委員会の相沢勝利委員長(72)は「震災から5年5カ月が経過し、復興も着実に進んでいる。悲惨な震災を風化させることなく、後世に伝えるのが使命だ」とあいさつ。阿部秀保市長は「一日も早い復興に向けて一層努力する」と誓った。
 大曲浜地区周辺は高さ約6メートルの津波に襲われた。大曲浜区委員会は津波と同じ高さの慰霊碑を水難慰霊碑のそばに建立。隣接する浜須賀地区と大曲浜地区の犠牲者318人の名前が刻まれている。


<3.11と今>新たな家族生きる力
◎震災5年5カ月/6度目のお盆(4)村上知幸さん=陸前高田市
 12歳の誕生日は5日、陸前高田市高田町の高台に再建し、住み始めたばかりの自宅で迎えた。
 市職員の村上知幸さん(46)は仕事を休み、家族で次男祐太君=当時(6)=を祝った。「おめでとう」。妹の長女結美(ゆうみ)ちゃん(3)が、イチゴのケーキに立てたろうそくの火を吹き消した。
 リビングの一角に、写真や大好きなウルトラマンのグッズが並ぶ。野球ボールも置いた。「野球をやるって言ってたもんな」
 地元の高田高時代、全国高校野球選手権大会に出場した村上さんの後を追う祐太君の姿を思い返した。同級生は今年、小学6年生。野球の岩手県大会で3位になった。
 祐太君は通っていた市内の保育所を祐太君の祖母幸子(こうこ)さん=当時(62)=と出た後、津波に遭った。祐太君だけ、まだ見つからない。
 東日本大震災の当日、住民の避難誘導をしていた村上さんは、市役所屋上に駆け上がり、ぎりぎり助かった。市長の秘書役や報道対応に翌朝から追われた。当初は、祐太君を自ら捜し回ることさえできなかった。
 過酷な現実から逃れられない日々の業務。避難先にした妻真奈美さん(43)の市内の実家に帰ると、妻は泣いてばかりいた。見つかってほしいけど、怖い。どこかで生きているかも−。酒に酔わなければ眠れなかった。
 「生活を変えたい」。子どもができればきっと、家庭に笑顔が戻るはずだ。津波には負けたくなかった。
 震災から約2年2カ月後、待望の長女が誕生した。名前に「祐」を入れたかったが、字画を大切にしたい。考えた末、「ゆう」と読める「結」を付けた。
 祐太君の死亡届は、結美ちゃんの出生届とともに出した。新たな命を守っていく、という決意が前を向く力をくれた。名前を書く手が震えた。
 再び子育てが始まり、楽しい時間が増えた。「幸せ」。そう感じると常に祐太君が頭に浮かび「そうじゃない」と気持ちを抑える。
 長男大介さん(17)や結美ちゃんが将来結婚し、孫ができたら、もちろんうれしい。でも、手放しで喜べないかもしれない。
 そんな思いは、生涯薄れないだろう。親として、子を守れなかった申し訳なさを背負って生きていく。
 結美ちゃんは、顔や臆病な性格が、祐太君と似ていると感じる。「結美は結美」と思いながら、どこかで「生まれ変わり」と思いたい親心がある。娘が「野球をやる」と言ったときは、うれしかった。
 震災から6度目のお盆を迎えても、特別な感情はない。
 お墓にもいない。「いつも一緒だよ」
 長女が生まれた後、妻の実家の庭に、祐太君が一番好きなウルトラマンゼロをモチーフにしたモニュメントを建て、家族の名前を刻んだ。新居の庭が完成すれば移築する。
 しばらく迷っていたことがある。事情を知らない人に家族構成を聞かれたら、どう答えるべきか、と。
 今は堂々と言える。
 「子どもは3人です」(坂井直人)


<アウガ三セク>支援条例案再提出へ
 経営不振に陥っている青森市の複合商業施設「アウガ」を巡り、鹿内博市長は16日、運営する第三セクターへの支援金をアウガの修繕積立金から支出する条例案を市議会8月定例会に再提出することを明らかにした。
 条例案にはテナントに返還する営業保証金や三セク整理に伴う弁護士費用に加え、アウガ公共化までの運転資金を修繕積立金から転用する項目が盛り込まれる見込み。
 三セクは現在、23億円以上の債務超過で、資金ショートが危惧されている。市は6月末に三セクを整理する方針を打ち出したが、今も金融機関や地権者の一部と合意できていない。
 修繕積立金を三セク支援に充てる条例案は、6月定例会で議案提出のための日程追加が全会一致で否決され、門前払いとなった。条例案が上程された7月の臨時議会では、賛成少数で否決されている。
 16日に市議会の大矢保議長に提出方針を伝えた鹿内市長は「アウガ公共化を円満に進めるためにも三セク支援は必要。議会の理解を得たい」と話した。
 市議会は18日の各派代表者会議で対応を話し合う予定。


SEALDs解散/若者の熱情どう受け止める
 安全保障関連法廃止などを訴えてきた学生たちの団体「SEALDs(シールズ)」が解散した。東北のグループも軌を同じくして、活動を停止した。
 「自由と民主主義のための学生緊急行動」という英訳の略称が示す通り、参院選後までと期間を区切った緩やかな枠組み。参加者それぞれが、次のステップにつなげていくための決断だろう。
 経験に乏しく力量不足を感じた面もあっただろうが、既存の硬直した政治に新風を送り込んだ、ある種の充実感を抱いての旅立ちではないか。
 「僕らは腐葉土になればいいんです。そこから何か新しいものが出るかもしれない」(『民主主義は止まらない SEALDs』)と、メンバーの一人は語っている。
 18歳選挙権が導入された今、若い世代の手によって耕された政治の土壌にどんな種がまかれ、成長していくのか。あるいは一過性のものとして枯死していくのか、これから注目していきたい。
 2015年5月に首都圏の大学生が集い、結成したとされる。その後、関西、東北、沖縄、東海などに飛び火してグループができた。
 市民の意思の可視化を重視した。これまでの安保闘争時の過激さと一線を画す、目新しいスタイルのデモだった。ラップやドラムで参加者の敷居を低くし、縛りをかけないのが特色だった。
 会員制交流サイト(SNS)を通じて、若年層に投票を呼び掛ける手法も積極的に活用した。若者の投票率アップに向けた選挙運動の可能性を引き出したのではないか。
 「アパシー」(政治的無関心)とみられてきた現代の若者の心に、火をつけたのは何だったのか。直接的には、巻き込まれるかもしれない戦争への不安があったろう。
 若者を取り巻く厳しい経済情勢もある。非正規雇用の増大など、将来に夢を描きにくい世の中になってきたこととも無関係であるまい。東日本大震災や福島第1原発の事故をきっかけに、日常を見直したという学生もいる。
 最終的には「違憲」と批判した安保関連法が成立した。「デモだけでは政治は変わらない」。次の段階として選挙に関与していったが、広がりには欠けた。参院選では改憲勢力が3分の2を占め、挫折感を味わっただろう。
 ただ、政党色がなかっただけに、いがみ合ってきた政党間の「接着剤」の役割を果たしたとの自負はあるはずだ。とりわけ東北では関わった野党共闘が成功し、秋田を除く5県で勝利を収めた。
 いい意味でのアマチュアリズムが、手あかにまみれたプロの政治に刺激を与えたことも否定できないだろう。
 結成してから1年余りという短い期間だったが、市民運動史に光芒(こうぼう)を残したシールズ。終戦記念日の15日に解散というのは象徴的である。
 「市民が立ち上げる政治は、ようやく始まったばかり」。ツイッターなどで最後のメッセージの動画を流した。「青くさい」という言葉で片付けるのは簡単である。若者の熱い叫びを、政治はどう受け止めるのか。


シールズ解散 市民が活動引き継ぎたい
 安全保障関連法への反対を訴え続けた若者グループ「SEALDs(シールズ)」が解散した。
 活動期間は1年余と短かった。だが充実した活動で、市民の積極的な政治参加の機運づくりに大きな足跡を残した。政治に無関心とされてきた人たちも、シールズの訴えに共鳴して立ち上がったことは特筆に値する。
 シールズは抗議活動のイメージを大きく変え、政治に対する抗議集会に若者が参加しやすい雰囲気を生み出した。打楽器に合わせて「民主主義って何だ」「勝手に決めるな」とリズミカルに訴えるスタイルは新鮮だった。メンバーの力強い訴えと行動力に大きな希望を見いだした人は多かろう。
 シールズの活動をきっかけに、政治を政治家だけに任せてはならないとの声が次第に広がったことも評価したい。
 政治的な集会やデモと縁がなかった母親や学者、高校生、中年世代、高齢層が次々と団体を結成し、安倍政権に抗議の声を上げた。シールズが政治を身近な問題として考え、意見を表明することの大切さを多くの国民に気付かせた結果だろう。
 安保法案審議中、シールズが主導した国会前での抗議集会には、幅広い世代の市民が参加した。組織的な動員ではなく、市民がそれぞれの意思で参加したのである。
 参加者が声をそろえて求めた「戦争法案今すぐ廃案」は安倍政権に踏みにじられた。だが参加者に挫折感はなかった。市民の政治的目覚めが大きな収穫だったことの表れと言えよう。それにもシールズは大きな役割を果たした。
 解散会見で、メンバーは「これからは個人で思考し、判断して政治に関わっていきたい」と話した。市民が政治に関心を持ち、行動していくことを当たり前とする社会づくりへ向けた決意表明と受け取りたい。
 シールズは主権者である国民の持つ力を自覚させるなど、市民の政治意識を高めることに大きな功績を残した。今後は、市民がその活動を引き継ぎたい。
 シールズ琉球は活動を継続する。米軍北部訓練場でのヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)新設や辺野古新基地建設が緊迫した状況にあるためだ。県民もシールズに学び、基地問題を真剣に考え、積極的に意見を表明したい。


伊方原発再稼働 格別に不安材料が多い
 愛媛県伊方町の四国電力伊方原発3号機が再稼働し、発電と送電も始まった。原子力規制委員会の安全審査に合格した原発の再稼働は鹿児島県の九州電力川内原発1、2号機、福井県の関西電力高浜原発3、4号機に次いで全国5基目だ。
 中村時広知事は記者会見で「考えられる最高の安全対策が施されている。福島と同じことは起きない」と断言した。これではまるで、かつての原発安全神話の復活ではないか。
 そもそも、原子力防災の観点から見ると、伊方原発は、日本の原発の中でも格別に不安材料が多い。
 東西約40キロ、最小幅は約800メートルと細長い佐田岬半島の付け根に位置していることが最大の問題だ。原発の西側には約4700人が居住するが、原発事故が起きれば、住民は逃げ道を塞がれかねない。
 しかも、原発の沖合約6〜8キロには国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走っている。四国では南海トラフ巨大地震の発生も懸念される。大地震と原発事故との複合災害が起きてもおかしくない。佐田岬半島は地盤がもろい箇所も多い。
 県などの避難計画では、事故発生時、原発の西側の住民は車や船などを使って半島から脱出する。だが、複合災害が発生した場合、陸路も海路も使えない恐れがある。
 住民はその場合、自宅や避難所で一定の間、屋内退避をする。被ばくを避けるためだ。
 ただし、震度7の揺れに2度襲われた熊本地震のような場合は、自宅に退避し続けることすら難しい。
 公設の避難所も万全ではない。伊方町には放射線防護対策施設が7カ所ある。ところが、うち四つは土砂災害警戒区域内にあるのだ。
 高浜原発が司法判断で運転停止中のため、伊方原発はウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を使う国内唯一のプルサーマル発電となる。MOX燃料は通常の核燃料に比べ制御棒の利きが悪くなるなどの問題が指摘されてきた。使用済みMOX燃料は、具体的な処理方法すら決まっていない。
 避難計画の策定義務は自治体にある。内容が不十分でも原発の再稼働が認められるのは、規制委の安全審査の対象外で、再稼働の要件ではないためだ。本来なら、第三者機関が避難計画の実効性を原発の稼働前に審査する仕組みが必要だ。
 四電は伊方3号機の稼働による収益改善効果を年間約250億円と見込む。ただ、今夏の全国の電力会社の供給力には余裕がある。電力需給面から再稼働を急ぐ必要はない。
 複合災害対策を先送りしたまま、原発に回帰する政府や電力会社の姿勢を認めることはできない。


やっぱり危ない伊方原発 発電初日の地震直撃に専門家警鐘
 発電初日、襲われた。15日山口県で起きた震度3の地震。伊方原発3号機がある愛媛県伊方町でも震度2を観測した。四国電力では12日に原発を再稼働し、15日から発電と送電を始めたばかり。いきなり地震に“直撃”され、周辺住民は「やっぱり伊方原発は危険だ」と不安を強めている。
 伊方原発は以前から、その“危険性”が指摘されてきた。わずか8キロ先に国内最大の活断層「中央構造線断層帯」があるからだ。4月の熊本地震はその延長線上の「布田川・日奈久断層帯」が動いて起きた。愛媛県の中村時広知事は「(伊方原発で)福島と同じことが起こることはない」と断言しているが、何を根拠に言っているのか。武蔵野学院大の島村英紀特任教授(地震学)がこう言う。
「熊本地震以降、震源地は周辺地域に広がってきています。今回の震源地の伊予灘は伊方原発のすぐ隣にある。非常に怖い場所で起こったといっていい。中央構造線断層帯沿いは、これまで地震が繰り返され、地震に弱い岩盤が広がっていて、不安要素は多いんです。しかも、福島第1原発事故の本当の原因は、まだ地震か津波か、はっきりしていない。そうした段階で、伊方原発を『安全』と言い切るのは早すぎるでしょう」
■電力十分に原油安で再稼働必要なし
 そもそも、いま危険な「伊方原発」を再稼働させる理由はほとんどない。電力業界は「電力の安定供給に原発は欠かせない」と説明するが、原発稼働がゼロでも、電力は十分足りている。しかも、原油安の影響で火力発電の燃料費も安く済んでいる。「原発のほうがコストは安い」という言い分も、事故対応や廃炉への費用を考えると、正しい見方とはいえない。
 ジャーナリスト・横田一氏はこう言う。
「電力会社が再稼働を急ぐのは、すでに燃料も買って施設もあるからです。初期投資が大きい原発では、なるべく長期で使用したほうが、経営上はプラスになる。政治家側も、現在は電力会社から直接の政治献金はありませんが、選挙時に運動員を出すという人件費の無償提供を受けている。『脱原発』という候補には、『応援しないぞ』と脅しをかけるケースも多い。選挙を“人質”に取られ、原発推進にならざるを得ないんです」
 国民の安全よりも、大切なのはカネと選挙ということだ。発電初日に伊方原発を揺らした地震は、天の啓示ではないか。


SEALDs解散! 奥田愛基インタビュー「来るべきときに『まだ弾は残ってるがよ』って言えるように」
 先日15日、日本は戦後71年目を迎えた。しかし70年目の節目だった昨年のその日から、この国のかたちは大きく様変わりした。安保法制の成立。参院選での改憲勢力の議席3分の2確保──。
 そんななかでひとつの希望となってきたのが、学生団体「SEALDs」の存在だろう。昨年、安保法制に反対する緊急行動として5月に結成され、夏には国会前で大規模なデモを展開。自分たちの言葉で社会に向かって声をあげたメンバーたちは、閉塞感が蔓延しきったこの国を、たしかに変えた。
 SEALDsは、政治とかかわってこなかったような人びとがプラカードを持って路上で声をあげる、という風景をつくり出しただけではない。ネット右翼や政権にかかわる政治家たち、「どっちもどっち」と嘲笑う冷笑系が躍起になってSEALDsの行動を叩く中、数十万人規模にふくれあがったデモの様子をメディアがどのように報じるかが、政権を忖度しているかどうかの「踏み絵」ともなった。立場はどうであれ、民主主義や立憲主義にどういうスタンスをとるのかを、SEALDsの存在が迫ったのだ。
 しかし、15日の終戦の日をもって、SEALDsは解散した。
 なぜ、いま解散なのか。野党共闘ははたして失敗だったのか。そして、今後予想される衆院解散や憲法改正を、どう捉えているのか。──解散を控えた今月12日、中心メンバーの奥田愛基氏に話を聴いた。
■野党共闘はメディアのいうように失敗だったのか
──まず、なぜいまSEALDsを解散するのか、その理由を教えてもらえますか?
 もともとSEALDsをつくったときから、今回の参議院が終わったら解散する、というのはSEALDsの立ち上げからメンバーの間で決めていたことなんです。すごくドライに言うと、これからあと10年くらいつづけるのなら別かもしれないですけど、それができないなら、どこかで1回、区切りをつけたほうがいい。ある程度、期間を決めて。計画を立ててやっていくほうが自分たちは動きやすかったので。
 社会運動ってつねに新しいことを試していくことが大事だと思うんです。これまでに見えてきた足りなかったことを次につなげていく、そういうことがないとダメだし、新しいかたちも考えていかなきゃいけない。でも、足りない部分を補うにも、補えるだけの自分たちのスキルは必要で、ちゃんと勉強して学校を卒業して……ってことも大事。それに、自分たちの人生をきちんと過ごすという基本があったほうが社会運動としていいと思う。誰かの人生を犠牲にしたりとかすれば、短期的にしか物事を考えてない気がするし、やっぱり誰かを消費しながら進んでいくんですよね。はっきり言って、運動のその中心に誰がいなきゃいけないなんてことはなくて、誰でもいい。必要なら、新しい人が出てくるんじゃないかな、といまは思っています。
──SEALDsは、参院選では野党共闘を後押しし、都知事選もその流れを汲みました。都知事選は小池百合子の圧勝というかたちになり、参院選のほうもメディアは野党共闘を失敗だと断じましたが……。
 参院選は、野党共闘していなければ一人区はほぼ全敗だったのではないでしょうか。2013年の参院選で野党が議席確保したのは、小沢一郎さんの看板がある岩手県と後のオール沖縄につながる統一候補が立った沖縄県だけで、当時の民主党は1議席も一人区では獲得していない。それにくらべて、今回は3分の1強が野党統一の候補だったわけで、野党共闘していなかったら厳しかったはず。その効果は、民進党の議員がいちばんよくわかっているんじゃないでしょうか。
 でも、結果に大満足かって言えば、けっしてそうではない。参院選も都知事選も──都知事選は鳥越俊太郎さんの第一声のときにぼく個人としてスピーチしたくらいでSEALDsとしてはかかわっていないんですが──野党共闘それ自体が「目的」ではない。何をメインのイシューにするのか、何をこれから訴えていくべきなのかということを考えたときに「安倍政権NO」と言うだけでは弱い、というのは当たり前の話で、そこは勘違いしちゃいけないところですよね。選挙ですから、そのうえで何をするのかという話も担っていかないといけない。
 安倍さんは参院選のとき、「野党はバラバラじゃないですか」みたいなことを言っていましたよね。まあ、そう言っている自公も政策、全然違うんですけど(笑)。でも、違っていても「いっしょにこういうことやります」っていうのはある。それは当然なんですよね、違う政党が協力し合うわけだから。そもそも、議員内閣制の国で、一党だけで政権を維持できている国なんて、そんなにないのだし。
 対して、4野党は今回、15本の政策協定を出したんですが、その中身を大々的に打ち出すことをしなかった。選挙中、「何だったら一緒にできんの?」という具体的な話があんまり見えてこなかった気がします。次に衆院選を野党共闘でやるのだったら、今回よりもう一歩越えて、具体的に何を協力してできるのかというところを問われると思います。
 ただ、思い出してみてほしいんですが、2014年の衆院選のとき、当時の民主党の代表が誰だったかを覚えている人、いますか?っていう。渋谷の街角で100人に訊いたら5人くらいしか覚えていないと思うんですよ(笑)。答えは海江田万里さんなんですけど、海江田さん、落選しましたからね。比例復活したけど、元首相の菅直人さんも。今回の参院選で、代表の岡田克也さんは地元の三重県が取れなかったら代表を辞めると言ってましたけど、たぶん2014年だったら負けていたと思いますよ。岡田さんのお膝元って、当時はすごくネガティブなイメージだったはずで、どんなことを民主党がアピールしても、いまの民主党に期待できない、っていうかそのまえに反省しろ、みたいな空気だった。
 でも、それがやっと、原発や安保法制、TPPに反対してきて、その「反対」というのが積み重なったときに、じゃあ野党として何か言ってみろよ、って話になってきたと思うんです。2014年のときは、民主党の話なんて誰も聴きたくなかったはずだけど、あのときよりははるかにましになってきたんじゃないか、と。いまはむしろ聞きたいですよね。民進党として何を打ち出すのか。
■「やっぱりダメだったじゃないか」で終わらせないために
「安倍政権NO」だけではダメっていう話にもつながるんですが、いまやっと、生活イシューにボールが回ってきた。安保法制が終わったあと、「保育園落ちた日本死ね」というブログがあれだけ盛り上がって、国会前で「保育園落ちたの私だ」とスタンディングする人たちが出てきたり、奨学金の問題も各党やたら言いはじめたり……。もちろん、自民党だって抱き合わせで同じような話をしてくると思うんですけど、アベノミクスを掲げているかぎりはできないことがたくさんある。「いま、生活のためにこんな政治をやってほしい」ということを語りたい──そういう空気に、今後はしていかなきゃいけないんじゃないかと思うんです。
 憲法学者の樋口陽一先生は、専門家たちの選択が人びとの運命を左右するような可能性があるときに「それは危ない道だよ」と言うことが専門家の義務だと語っていました。その上で専門家同士が厳しく向き合うだけでなく、「市民知」とも向き合わなきゃいけない、と言っています。素人の、日々の生活のなかで気がついたこと。「最近、野菜高いな」とか、「いやいや、そうは言っても八百屋は値段をあげないと潰れちゃうよ」とか。それが「市民知」。その「市民知」って、「生活、全然豊かになってないんですけど」って声をあげていくことでもあるのだと思う。
 いまの社会保障の仕組みは、所得が低いほど負担が重くて、払えば払うほど貧困になっていくっていう逆進性の高さが指摘されていますよね。5人に1人と言われる、子どもの貧困が問題になっていますが、OECD(経済開発協力機構)の調査でも日本は公的な教育への対GDP支出は最低ランクで、でも、国は予算がないと言いながら、官民合わせて5年で30兆円の資金をリニア中央新幹線の大阪への延伸前倒しや整備新幹線の建設などに投じると言っています。
 しかも、リニアが完成したとき、人口がどれだけ減ってるかとか、考えているようにも思えない。
 こういう状況なのだから、そんなふうに使われるお金をもうちょっと生活に使ってくれと「市民知」の感覚で言うことは、大事だと思う。「ふつうに考えておかしくない?」と言うことに、もっと自信もっていいはずで。そこからはじまっていいと思うんです。いわゆるカッコ書きの「政治」からこぼれ落ちてしまっている、政治の問題をもっと指摘するべきだと思います。たとえば、都知事選では主要候補者3人が保育園の視察に行ったり、解決策について検討していましたけれど、これはやっぱり保育園問題を訴え続けた人々がいたからですよね。それはまだ一歩だけど、ちゃんと双方向のコミュニケーションがとれるあり方を探っていく……。
──SEALDsがデモでコールしてきた、「言うこと聞かせる番だ、俺たちが」ですね。
 政治家と有権者って、いまは一方通行のコミュニケーションしかないじゃないですか。市民から政党や政治家に対する批判か、政党や政治家から、市民への上から目線の先導か。その双方向性型の政治のコミュニケーションのあり方を考えていかなきゃいけないのかなと思います。
 最近のいい流れだなと思うのは、これまで選挙は結果でしか見られてこなかったけれど、選挙の過程にかかわろうという人が増えているということ。候補者の選び方や候補者が出す政策に目が向きはじめていることは、いいことだと思う。政治家もやっぱり人間なんで、完璧な人なんていませんけど。もっとこういうふうなことを言ってほしいとか、こういう政策をしてほしいとか、聞こうとする/聞かせようとする人がいて、やっと成り立つものだと思います。
 さらに、もう一歩踏み込んで、「こういうこと言ってほしい」「もっとこうやったらいいのに」と外から思うことがあったら、積極的にアプローチして働きかけていけばいいんです。もちろん、それにはリスクも伴います。何かあると「あんな人、応援してんの?」ってなるし。でも、結果を待って「やっぱりダメだったじゃないか」と言うより、ずっといい。だって選挙は、政治家のためのものじゃなく、自分たちのものなんだし。
■「最低限」が守られないギリギリの状況で
──ただ、デモには参加しても、選挙にかかわるのはハードルが高いと感じる市民は少なくないと思います。選挙や政党政治にそこまで期待できるのか?という……。
 政治家や政党に対して、「がっかりするようなこと言わないでくれよ」というのはありますよね。基本的にはぼくも冷笑なんで(笑)、距離感をもっているところがあります。政治に過剰に期待するのはよくないっていうか、選挙のときも「入れないより入れたほうがいいな」みたいな消極的な姿勢で投票する部分もある。
 ただ、「こっちの人もあっちの人もなんだかなあ」って思ってる間に、政治は進んでいく。そう考えたら、よりマシなほうに少しでも動くしかない。みんなから「この候補者いいよね」って言われるような人が出てきてほしいと、正直思いますよ。政治家に「ほんとに尊敬してます」みたいなこと、一度は言ってみたいとも思う(笑)。でも、「投票したいと思う政治家がいない」と話す人は多いけれど、さっきも言ったように自分の考えと100パーセント一致する政治家なんているわけがない。だから、よりマシなほうに投票することや、「こういう問題もあるよ」と政治家に声をあげていったりすることで、よりよくしていくしかない。
──「どっちもどっち」で終わらせないということですね。全然、「基本的に冷笑系」とは思えないですけど……。
 いや、がんばってる人を見ると難癖つけたがる中学・高校時代を過ごしまして。国連とかユニセフとか見て「ケッ」って言うみたいな。
──(笑)。国連とかユニセフの何に「ケッ」って?
 社会科の授業なんかでユニセフとかが出てきて、「困ってる子たちが世界中にはたくさんいます」みたいな説明がありますよね。そういうときに「困ってる人は日本にもいるだろ」とか「そんなことしても何も変わんねーよ」と毒づいていたというか。だって、国際機関だとか政治家だとかがどんながんばっても自殺する人は変わらないだろうし、いまある悩みは解決しない。どんなに良い制度ができても、救われない人はずっと救われないから……っていうような具合で何かしら文句をつけていた(笑)。お金の回り方とか、キャンペーンの仕方とか調べたらいくらでも批判できますからね。
 それが震災以降は、「最低限のことが大事じゃん」と思うようになった。だって、ユニセフが「飢え死にするのは、ある程度しようがない」とか「肌の色で助ける対象変えます」みたいなこと言い出したら、それはすごくヤバいから。
 でも、日本でいま起こっていることって、そういうことじゃないですか。政治家が真面目に「シナと戦争して勝つ」みたいなこと言い出すし、ポジティブに集団的自衛権のことを「積極的平和主義」とか言うのは、やっぱりこわい。
 そう考えると、政治家は嘘でもいいから「戦争反対」って言ってたほうがいい。政治で全部が救われるとは思わないけど、「最低限」を守ってくれたら、まだずっとましな世の中だと。そういう感覚がもてるようになって、やっと「人助けする人たちがこの世界にいてくれてよかった。いいことやってんじゃん」って思えるようになったんです(笑)。
■「憲法改正」とどう戦うべきか
──でも、「最低限」という意味では、ついに憲法改正にまで議論が移ってきました。
 ぼくはスピーチでもよく「戦後70年間、曲がりなりにも日本は平和を守ってきた」って話を入れてきたんです。もちろん、その「平和」には、沖縄への負担があるし、米軍は沖縄からベトナム戦争に行ったことやイラク戦争の給油活動にかかわってきた事実もある。全部肯定できる「平和」じゃない。けれど、それでも軍隊を戦地に送らないっていう建前があって、集団的自衛権はやらないと言ってきたわけです。それくらい守れよ、と思うんですが、それが覆されて、ついに憲法まで話が行き着いてしまった。余裕のある状況ではないと思います。
 まだはっきりとはわかりませんが、最初の改憲で緊急事態条項を出してくると言われていますよね。それだって、いつまでが緊急事態なのかとか、権限の範囲だとか、ある程度、改憲のために譲歩してくるだろうし、「民進党さんもこれなら乗れるでしょ」と分断しようとしてくるでしょう。みんなが賛成しやすい、つまり反対しづらいかたちにもっていく。それが喫緊の政治課題なの? みんなが乗りやすいものにしようとすればするほど、あんまり意味のない改憲になりそうな気がするのですが。衆院法制局の試算だと1回の国民投票で約850億円かかるというけれど、そんなにかける意味あるの? という疑問も当然ありますが。
「ぼくら死ぬわけじゃないし、関心がなくなったわけでもない」
──緊急事態条項のなかでも、衆議院解散の任期延長の条項のみに絞ってくるとも言われていますね。
 でも、いまの自民党の改憲草案を見るかぎり、自民党に改憲を任せるのは危険だから今回の改憲に反対だ、というのは、結構テクニカルな話だと思う。しかも、国民投票には公選法のようなルールがないから、CMもばんばん流せるし、番組を買い上げちゃってアピールもできる。……だから3分の2を獲らせたくなかったんですけど(苦笑)。
──そうしたとき、もうSEALDsはいないわけですよね。それで安保法制のときのように大きなうねりをつくり出せるのか……。
 最近、取材を受けているとよく言われるんですよ、「いま解散していいんですか!?」って。ただ、ぼくら死ぬわけじゃないし、関心がなくなったわけでもない。おのおのが勝手に動いていくはずで。
 それに、いまのネット社会のいい部分だと感じるのは、パッと手を挙げて出てきた人をひとりにしないところがあると思う。SEALDsだって、昨年の5月にはじめて、8月にはあんなことになったわけですから。
 もちろん、いまから準備をしていかなきゃいけないと思います。憲法改正の発議から60日以後180日以内に国民投票が行われるわけですが、その日がきたときに、すぐ動き出せるようにこれからやるべきでしょう。
 たとえば、「自民党支持だけど、あの憲法改正草案は無理だ」という人も、少なからずいると思うんですよ。だから、ゆるやかなネットワークみたいなものを、いまから準備するべきだとぼくは思います。いまの政治のなかで憲法改正草案の中身のどこがどんなふうにダメなのかということをきちんと整理して、身近なところでいろんな人に広げていく。
■来たるべきときに「まだ弾は残ってるがよ」と言えるように
──ただ、参院選で改憲勢力が3分の2を獲ってしまったという状況下で、憲法改正阻止を諦めてしまったり、落胆している人も多いと思うんですが……。
 俳優の菅原文太さんが、2014年の沖縄知事選のとき、翁長雄志さんの応援演説に立ったんですね。このとき、菅原さんは「仲井真(弘多)さん。弾はまだ残っとるがよ」と言った。『仁義なき戦い』の、裏切り者のところに組織なしに行って打ちまくるシーンでの台詞です。
 この「弾」って何なのか。それを菅原さんは「週刊プレイボーイ」(集英社)のインタビューで「その弾の正体は、自分がこれまで勉強してきたことや、周囲の人たちから受けた愛情や支えだと思えばいい。で、本当に自分が勝負を賭けたいときに、その弾をブッぱなせばいいんだ」と話しているんです。──どんなに絶望的な状況であっても自分のなかにまだ弾は残っている、そうやって強がって生きればいいんだ、と。
 出会った人、学んできたこと、誰かからやさしくされたとか愛されたとか、そういうものが自分のなかで弾として残る。それを一発一発、残していって、大事なときにぶっ放す。そういう気持ちが、ぼくのなかにはまだ、ある。
 あと、菅原さんはこの翁長さんの応援で沖縄に駆けつけ、翁長さんが知事選に勝利して間もないころに亡くなりましたが、同じ年、菅原さんは都知事選では細川護煕さんの応援演説にも立っているんです。都知事選がダメだったら、翁長さんの応援も「ちょっとしばらく政治は……」って気分になっちゃうと思うんですよ。でも、負ける戦いも経験しながら、菅原さんは弾を放った。そこが重要なのかなって。
 参院選や都知事選の結果によって、これから先、国民投票や衆院選はどうなってしまうだろうと思っている人もいると思うんですけど、でも、まだある。時間もあるし、自分たちのなかにまだ弾は残ってるだろうし、さらに次の弾もいまから準備できる。来るべきときに、「まだ弾は残ってるがよ」って言えるように。
──では、また国会前に奥田さんが立つこともある?
 授業がなければ(笑)。いまは次の弾のためにも勉強しなくちゃと思っているので。「これをやれてないな、あれもやれてないな」って、できていないことはたくさんある。いまだに「もっとこうしようよ」とか言って、メンバーには呆れられているんですけど(笑)。
 ただ、SEALDsにかんしては、やっぱりちゃんと「終える」ってことが大事だと思うんです。1回終わらせないと「出来事」にならないですから。「出来事」になるから距離をもって反省できるし、何度でも思い出せるんだと思います。(構成/編集部)


シールズ解散/若者たちからの重い宿題
 安全保障関連法反対を訴えてデモなどを繰り広げてきた大学生らのグループ「SEALDs(シールズ)」が発足当初の宣言通り、今夏の参院選を見届けて解散した。
 参院選は与党が大勝し、彼らが求めた安保法廃止の道は見えない。その上「改憲勢力」が衆参両院で3分の2を占め、彼らが危機感を抱く安倍政権下での憲法改正の発議が可能な状況さえ生まれている。
 それでも、シールズの登場は政治に無関心とされる若い世代の存在感をあらためて示した。活動の成果と課題を、幅広い市民の政治参加の一歩として生かすことを考えたい。
 シールズの正式名は「自由と民主主義のための学生緊急行動」。安保法は憲法違反で戦争につながる、として首都圏の学生らを中心に昨年5月に結成された。関西や東北、沖縄でも同様のグループが生まれた。
 安保法案の審議中は国会前で連日デモを開き、昨年9月の成立後も法の廃止を求めて各地で活動を続けた。駅前などで、ラップ調のリズムに乗って「民主主義って何だ?」などと繰り返す「コール」や、メンバーが次々にマイクを握る「スピーチ」に足を止めた人もいるだろう。
 先月の参院選では、メンバー有志が学者や「ママの会」など他のグループと共に野党共闘を呼び掛け、野党候補の応援にも携わった。
 彼らのスピーチは、一人一人が名乗った上で自分の言葉で主張する。従来の運動団体のように「護憲」や「平和」を叫ぶのではなく、この国で普通に、自由に生きていくことの難しさを学生なりの生活実感から訴えようとした。受け止めきれなかった野党の責任は大きい。若者や市民との連携に本腰を入れるべきだ。
 活動が注目されるにつれ、主要メンバーは批判や中傷も浴びた。大学では政治的な話題を避ける友人が今も多いという。政治を気軽に語れる文化を根付かせるには高校での主権者教育にとどまらず、大学や地域で政治と暮らしのつながりを実感できる取り組みが必要ではないか。
 シールズ関西は解散に当たり「それぞれの場所で、この社会に暮らす1人として、責任を引き受け、問題への応答を試みます」と声明を出した。自由と民主主義は、一人一人が求めて行動しなければ守れない。諦めず、試行錯誤した若者たちからの大きな宿題と受け止めたい。


シールズ解散 民主主義再生の新たな始まりに
 安全保障関連法制の反対運動をけん引した若者らの団体SEALDs(シールズ)が昨日、解散した。「若者は政治に無関心だ」との固定観念を打ち破り自発的に国会前に集結して、個々が考えたことを「私の言葉」で訴えた。解散は決して終わりではない。国民一人一人が社会を担う主体となって政治に参加するための、新たな行動の始まりにしたい。
 シールズは、憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を容認した安倍政権に抗議する若者が2015年、期限付きの「緊急行動」として創設した。国家権力に憲法順守を求め、格差解消や社会保障などにも向き合う。既存の組織や思想にとらわれない柔軟で新鮮な行動は、これまで政治参加を特別視して尻込みしていた多くの人の背中を押し、世代や立場を超えた大きなうねりとなって全国に広がった。行き詰まった日本の民主主義の再生に向け、市民運動に新しい風を吹き込んだといえよう。
 憲法12条には「国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」とある。シールズは不断の努力を重荷として背負い込むのではなく、勉強やアルバイトと同じように日常生活の中で身近な問題として考え、できる範囲で行動した。意見が違っても、緩やかなつながりを大切にして討議し、学者らの話を聞いて考えを深めた。問題を可視化し、考える機会を広げた点に学びたい。
 安倍政権は特定秘密保護法も安保関連法も、国民の声に耳を傾けず、違憲の指摘や議論のプロセスを無視して強行成立させた。参院選では改憲について選挙運動中は全く触れず、改憲勢力が3分の2の議席を占めるやいなや強い意欲を示した。改憲発議は現実味を帯びている。首相が主権在民の精神を忘れ「自分が最高責任者」と公言する状況下、立憲主義と民主主義を壊す危険な動きには、諦めないで粘り強く「ノー」と言い続けなければならない。
 そのためには、誰もが傍観者でなく、普段から考え、行動するしかない。大人たちは、政治に無関心であったがゆえにこれほどの閉塞(へいそく)状態を生み出した責任を省みる必要がある。18歳選挙権を得た若者やこれから主権者となる子どもたちと、政治参加の力を育てることが大切だ。
 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故を経て、若者たちは「政治参加をサボっているとひどい目に遭う」と実感したという。物事が一気に変わらなくても、少しずつよりよい方向へ軌道を変える。何かあれば何度でもやり直せばいい―。しなやかなやり方は持続的な強さにつながる可能性を秘める。
 「民主主義って何だ」「これだ」。シールズの集会で繰り返されたコールである。「声を上げる私たち自身が民主主義の中心」との叫びを、誰もが今改めて胸に刻み、責任を果たす主権者へと一歩を踏み出したい。


[熊本地震4カ月] 的確な支援継続したい
 最大震度7を観測した熊本地震の発生から4カ月が経過した。
 熊本県南阿蘇村の阿蘇大橋下流で見つかった遺体は、唯一行方不明になっていた男子学生と確認された。県が陸上捜索を打ち切る中、両親や知人らが独自に探し続けて手がかりを見つけた。
 遺体が収容できたのはせめてもの救いだが、4カ月間の両親の心情は察するに余りある。
 地震による直接死は50人になった。これとは別に、県は「車中泊」で心筋梗塞を起こしたり、うつ病で自殺したりした25人も震災関連死と認定している。
 関連死の認定申請は100件を超えており、さらに増える可能性もある。少なくとも、避難所暮らしが原因で犠牲者が増えることは防がなければならない。特に猛暑続きによる健康への負担が懸念される。
 被災自治体では仮設住宅が相次いで完成し、入居が進んでいる。だが、まだ1700人以上が避難所暮らしを余儀なくされているのは見過ごせない。
 6月以降の大雨で建設が遅れた事情は理解できるが、16市町村で建設に着手した4049戸のうち、完成したのは3000戸余りだ。遅い地区では9月下旬に完成がずれ込むという。
 政府は当初、7月中に必要な住まいを確保し、避難所を解消できるとの見通しを示していたはずだ。住む場所を失った被災者全員に少しでも早く仮設住宅を提供できるよう建設を急ぎたい。
 一方、仮設住宅を物置代わりにして、避難所生活を続ける人もいる。無料の食事が目当てらしいが、面談などで自立を促すことも必要だろう。肝心なのは、仮設に移った人も含めて、一人一人の状況に合わせた的確な支援を長く続けることだ。
 県は復旧・復興にかかる事業費を2兆4835億円と試算した。県や市町村の独自負担は厳しい金額である。国は住民が元通りの生活を取り戻すための優先順位を見極めた上で、交付金制度の創設などを検討しなければならない。
 被災地では自宅を修理しようにも、建材や業者の人手が不足して進められない例がある。
 また、全半壊した家屋などの解体撤去工事は、各自治体への申請が1万4000件に上るにもかかわらず、60件足らずしか終えていない。業者不足や廃材置き場が確保できないのがその理由だ。県外からの支援を活用してスピードアップを図る必要がある。
 鹿児島県内の自治体は、これまで同様、注意深く目配りし、復興段階に応じた支援を心がけたい。


大学と軍事研究  戦争協力の反省忘れず
 日本学術会議が「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない」と決意表明したのは、終戦から5年後の1950年である。
 科学者の戦争協力を「強く反省」し、「平和的復興」への貢献を誓って学術会議が発足した翌年。67年にも繰り返し表明している。
 その学術会議が今年6月、「安全保障と学術」について検討委員会を設け議論を始めた。防衛省が大学などに「安全保障」に利用する技術研究を公募し、資金を出すようになったからだ。
 安全保障の名目だが、軍事利用につながりかねない研究に、大学や科学者はどう向き合うべきか。学術会議はこれまでの決意からかじを切るのか。議論の行方が気がかりだ。戦前・戦中の反省を踏まえた議論であってほしい。
 防衛省の公募は昨年に始まり、本年度は大学5件、公的研究機関2件、企業3件の計10件が採用された。応募は44件、このうち23件が大学・大学共同利用機関だ。
 大学の研究費は減り続けている。国が支出する国立大の運営費交付金は、この10年間で1194億円、1割ほど減少した。私立大への補助金も削減されている。腰を据えた研究が難しくなっているのが現状だ。
 喉から手が出る研究費とあって、米軍からの資金提供の受け入れも静かに広がっているという。ノーベル物理学賞の益川敏英京都産業大教授は「一度研究費をもらってしまうと、抵抗力がなくなる」と危機感を示している。
 民生利用と軍事利用の境目が曖昧で、問題を複雑にする。学術会議は3年前に行動規範を改め、科学者が意図に反して破壊的行為に悪用されることも認識して、社会に許される選択をするよう求めている。胸に刻む必要があろう。
 安倍政権は武器輸出禁止に代わって防衛装備移転三原則を決定、海外に武器を売り込むのに熱心だ。防衛省は民生技術を取り入れて軍事転用を図ろうとしている。研究公募は大学との連携というより「軍事研究の下請け」ではないのかと疑う声が出るのも当然だ。
 日本の近代化は「富国強兵」を掲げ、結局は戦争に突き進んだが、それを軍事研究の面で支えたのが大学であった。戦後、日本の科学は欧米とは違って軍事研究と距離をとってきたのは、誇っていいのではないだろうか。
 学術会議だけでなく、大学の中でも議論が必要だ。科学者の社会的責任について、市民と対話することもあっていい。


明朗お布施、仏教界に波紋 進む寺離れ、重い課題
 葬儀などで僧侶に払うお布施の金額を明確にする動きが広がっている。仏教界は「宗教のビジネス化」と反発するが、薄れつつある社会との関係の再構築も迫られている。
 「なんでも商売にしてもうけるのは安易な世俗主義だ。節度がなさ過ぎる」。全日本仏教会(全日仏)理事長を務める浄土真宗・本願寺派の石上智康総長は、こう憤る。
 問題の発端は昨年12月、インターネット通販のアマゾンジャパン(東京・目黒)が「お坊さん便」の取り扱いを始めたことだ。法事や法要に僧侶を定額3万5000円で紹介する。お布施は宗教行為というのが仏教界の立場で、僧侶の側からは「お気持ちで結構」などと金額を明確には示さないのが一般的だ。全日仏は3月にアマゾンに取り扱い中止を求めた。
 アマゾンは「コメントは控えたい」としているが今も出品は続く。お坊さん便の運営会社、みんれび(東京・新宿)によるとサービス自体は2013年から始め、問い合わせ件数は年々増加している。利用者からは「料金体系が明確で信頼できる」との声が寄せられているという。
「檀家」36%止まり
 利用が広がる背景には、菩提寺と檀家の関係が薄れていることがある。寺院経営サイト運営のオックスブラッド(東京・港)が15年に40〜80歳代の男女500人に実施したネット調査で、自身が「檀家である」と答えた人は36%どまりだった。都市への人口移動も影響しているとみられるが「寄付金が頻繁」などと菩提寺への不満も目立った。
 お坊さん便を通じて法要を請け負う僧侶に話を聞いてみた。都内に住む渡辺海智さん(40)は福島県にある実家の寺を兄が継ぎ、自分の寺はない。約1年前にお坊さん便に登録した。「お寺と付き合いたくはないがお経くらいは上げてほしいという人は多い。お経を上げれば感謝され、役に立っている実感はある」と話す。料金の定額表示にも「いくら出せば良いのか分からなければ利用者は不安になるだろう」と理解を示す。
 みんれびの秋田将志副社長は「葬儀にお坊さんを呼べず困っている人がいて、お坊さんも檀家の減少などで困っている。われわれは両者をつないでいるだけ」と一歩も引かない構えだ。一連の対立はメディアでも報じられ反響を呼んだ。全日仏には「高額なお布施を請求された」「お布施が少ないから戒名を付けられないと言われた」と不透明さを批判する声も寄せられた。
消費者の目厳しく
 僧侶の紹介サービスを巡る仏教界と企業のいざこざは今回が初めてではない。おぼうさんどっとこむ(東京都稲城市)は04年、価格を明示し僧侶を紹介する事業を始めた。林数馬代表は寺の出身で僧侶の資格を持つ。友人が父親の葬儀で法外なお布施を要求された話を聞き「このままでは日本の仏教がすたれる」と実家を継がずに起業した。すでに会員は約3万人に達する。
 イオンは09年に葬儀事業に参入し、10年からは料金表を示して僧侶を紹介するサービスも始めた。14年に分社化してイオンライフ(千葉市)が発足し、会員数は12万人を超える。広原章隆社長は「自分の父親の葬儀で価格の不明瞭さに違和感を持った。きちんと契約書を交わす一般のビジネスにしたかった」と話す。
 全日仏はこうしたサービスが登場するたび抗議を繰り返してきた。ただ、利用者の広がりを抑えきれていないのが実情だ。
 全日仏も、風当たりの強さは自覚している。石上理事長は「寺院の側にも仏教の精神をないがしろにする行為がある。平素の僧侶や寺の宗教活動が十分ではなく、一般の方々との信頼関係も薄れている」と認める。9月上旬をメドに外部有識者も交えた協議会を立ち上げ、内部改革に向けた議論を始める予定だ。
明朗お布施、仏教界に波紋 進む寺離れ、重い課題
変革の動きも
 寺院にも変革の動きはある。曹洞宗見性院(埼玉県熊谷市)は10年ごろお布施の定額化に踏み切り、金額を境内に掲示する。住職の橋本英樹さんは「仏教界は金額を分かりにくくすることで高額なお布施を受け取ってきた。透明化が必要だ」と話す。
 日本消費者協会によると、日本人が葬儀にかける平均費用は13年時点で188万9000円とピーク時(03年)から2割減った。葬儀業界の競争激化に加え、核家族化で簡素な葬儀が広がったことも影響しているとみられる。
 国民生活センターに寄せられた葬儀サービス関連の相談は15年度に763件と、過去10年で2.4倍になった。同センターは「介護費用の負担増などで経済的な余裕がなくなり、消費者の視線がシビアになっているのではないか」とみる。お布施の定額サービスが支持を広げている理由の一つかもしれない。
 第一生命経済研究所の小谷みどり主席研究員は「人々が檀家であることにメリットを感じられなくなっている。僧侶が命や死の問題でプロとなり、日ごろから頼りにされる存在にならなければ寺離れは止まらない」と指摘する。仏教界は重い課題を突きつけられている。
◇  ◇  ◇  
 お布施を定額で示して僧侶を紹介するサービスが広がっている現状をどう考えれば良いのか。定額表示に反対する全日本仏教会の石上智康理事長と、仏教や葬儀の問題に詳しい第一生命経済研究所の小谷みどり主席研究員に話を聞いた。
■全日本仏教会の石上智康理事長の話
 お布施とは僧侶の宗教行為への対価ではない。布施は自分の物を人様に提供することで執着心をなくして悟りに近づいていく仏教の重要な修行の一つだ。「これだけのことをしてあげたのだ」という具合に「与える行為」にとらわれの心があってはならない。そして一般の人がお布施をすることで僧侶の生活を支え、宗教活動が営まれていく。このような宗教行為を定額の商品として販売することに大いに疑問を感じる。私自身は事情がある人にはお布施なしで葬儀をすることもある。決してこちらから要求するような性質のものではない。
 「お坊さん便」のようなサービスが出てきたことには複雑な社会的背景がある。寺側の要因として法外なお布施を請求するなど、仏教の精神をないがしろにするような行為があったのは事実だろう。地方の過疎化で寺の経営が苦しくなっているという事情もある。平素の寺や僧侶の宗教活動が十分ではなく、地域や一般の人々との信頼関係も薄れている。
 一般の人々もお布施をいくら包んだら良いのか分からないという悩みを抱えている。檀家として寺の行事への参加や寄付などを求められることを好まない人々も増えてきた。しかし「親の法事くらいはしないとまずい」という純粋な宗教感情は脈々として残っているので、こうした人々が僧侶紹介サービスを利用しているのだろう。
 ただ大局的に考えれば、なんでも商売になる物なら商品化してもうけてやろうという時代相がある。安易な世俗主義で、日本の現代社会の弱点の一つだ。商行為に対して節度がなさすぎる。いずれ国全体にツケが回ってくる。日本国民は自覚しなければならない。
 その素地をつくったわれわれも厳しく反省する必要がある。アマゾンとの一件を巡っては全日本仏教会にも「葬儀で高額なお布施を要求された」「お布施が少ないから戒名を付けることができないと言われた」などの批判が来ている。全日本仏教会ではアマゾン問題への対応を考えるために加盟団体の代表者10人と学識経験者5人で構成する協議会をつくり、9月上旬から議論を始める予定だ。情報共有や原因究明を進め、各宗派の実践事例も持ち寄って報告してもらう。たとえば私が総長を務める浄土真宗・本願寺派では教えを伝える法話のスキルや儀礼を向上させるための研修制度の見直しなどに取り組んでいる。
 今回の件では「菩提寺との信頼関係を築いているからアマゾンは利用しない」という声も寄せられた。これが本来の姿だ。寺や僧侶が本来の活動をするようになればアマゾンなどが入り込んでくる余地はなくなる。寺や僧侶の活動を本来の姿にしていくことが、この問題を解決するための本筋だろう。
第一生命経済研究所の小谷みどり主席研究員の話
 現在、首都圏では死んでいく人たちの7〜8割程度は菩提寺を持たないといわれる。高度成長期に地方から出てきた次男、3男が多いからだ。こうした人たちが多く亡くなるようになった20年くらい前から葬儀会社が僧侶を紹介するようになり、僧侶紹介業というビジネスが生まれた。「お坊さん便」はアマゾンに載ったことで注目を集めたが、ビジネス自体は20年来存在していたものだ。
 全日本仏教会はアマゾンに抗議をしているが、アマゾンが運営しているサービスではないので筋違いだ。怒るポイントもずれている。にせ物の僧侶を紹介しているなら怒ってもよいが、実際に紹介しているのは本物の僧侶。彼らは檀家の減少で仕事がなくなり困っている。紹介業は需要と供給をマッチングしているだけだ。
 お布施はサービスの対価ではないから金額を明示してはいけないという主張もおかしい。それなら車の交通安全の祈祷(きとう)などで金額を明示していることをどう説明するのか。お布施はお寺の重要な収入源。20万円などと価格を明示されることで相場になってしまえば、お寺は100万円もらえたかもしれないのに20万円しかもらえなくなってしまう。アマゾンや他の僧侶紹介業を経由した収入は課税対象であるため、お布施が非課税であることと整合性がなくなり、課税論議につながる可能性があるのも嫌なのだろう。
 現在は菩提寺と「縁を切りたい」と考える人々も増えている。人々は檀家であることにメリットを感じられず、金銭的負担を求められる「負の遺産」ととらえるようになった。それが「墓の引っ越し」などの形で現れている。
 宗教法人が宗教活動で得た収入が非課税になっているのは、教えを広めたり人の生死の問題で安心感を与えたりすることへの公益性が認められているからだ。しかし現状はただ葬式に行ってお経をあげるだけ。遺族や参列者が「教えを得た」という実感も得られず、葬式仏教にすらなっていない。まして生きている間は困ったときに占いに頼ろうとする人はいても、僧侶に頼ろうとは誰も思わない。
 人々が宗教に頼ろうとするのは貧困や病気、争いなどの問題を抱えて苦しいときだ。お寺は自らのネットワークも活用しつつ、困っている人に解決策を与えられるようにならなければならない。たとえばがんで余命宣告を受けた患者の家族のやり場のない悲しみを発散できる場所を寺院が提供すればよいだろう。僧侶が命や死の問題に関するプロにならなければならない。寺の檀家になることは経済学的に考えればスポーツクラブの会員になることと同じ。メリットを享受できると感じるなら、会員は増えていくはずだ。(本田幸久)


追悼施設 なぜ議論を進めないのか
 東京・千代田区に「国立千鳥ケ淵戦没者墓苑」がある。先の大戦において海外の戦地で亡くなった軍人、軍属、一般人のうち身元が分からない遺骨36万柱が納められている。
 終戦から71年を迎えた15日も、次々に参拝者が訪れて手を合わせていた。安倍晋三首相が参拝する姿を静かに見守る人もいた。
 歩いて15分ほどの靖国神社では、右派系の集会が開かれ、街宣車が行き来したり、憲法改正を訴える署名活動が行われたり、今年も参道周辺は騒然としていた。
 千鳥ケ淵墓苑は無宗教の墓であり、あくまで祈りの空間が広がる場所だ。2002年に当時の福田康夫官房長官の私的諮問機関が「何人もわだかまりなく追悼・平和祈念できる国立の無宗教の恒久施設が必要」との最終報告を示し、拡充論が浮上したこともある。
 当時の小泉純一郎首相は内外の批判を押し切って靖国神社への参拝を続けていた。そこで生じた摩擦を打開する知恵として提起された。以来、議論は進んでいない。
 なぜ、わだかまりが生ずるのか。天皇も1975年を最後に靖国神社に参拝していない。東条英機元首相らA級戦犯とされた14人が78年に合祀(ごうし)されていたことが分かり、昭和天皇が不快に思われたのがきっかけともいわれる。
 遺族の中には、「赤紙」1枚で召集された一般兵士や従軍看護師などと戦争指導者を一緒にまつることへの不快感もある。日本遺族会元会長の古賀誠・元自民党幹事長は「東京裁判は容認できないが、戦争責任は別だ。A級戦犯は分祀すべきだ」と主張する。
 安倍首相は終戦記念日の参拝を避けるなど靖国神社とは一定の距離を置いている。中国や韓国からの反発をかわす狙いだろう。しかし、戦争犠牲者をわだかまりなく追悼する道を探ることは第一義的に国内問題であり、政治家が逃げてはならないテーマである。
 新たな施設か、千鳥ケ淵墓苑の拡充か、A級戦犯の分祀か−。私たち国民もこの問題を見つめ、議論を活性化させたい。

冷汁/京都五山送り火/ベランダで花火

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Un Japonais traverse le pays en taxi sans argent... et finit en prison
Un Japonais aux goûts de luxe mais sans les moyens nécessaires s'est retrouvé embarqué par la police après un voyage en taxi de 850 km, faute de pouvoir régler l'exorbitante facture de plus de 2.000 euros.
Selon les forces de l'ordre, Takafumi Arima, 26 ans et sans emploi, a pris un taxi à Yokohama, dans la région de Tokyo. Il a demandé au chauffeur du taxi de l'emmener à Matsuyama sur l'île de Shikoku (sud-ouest). Une destination plutôt lointaine qui a surpris le chauffeur mais celui-ci a accepté la course après que son client lui ait assuré pouvoir le payer à l'arrivée.
Après neuf heures de route à travers le Japon, le compteur affichait la somme de 270.000 yens (quelque 2.300 euros). C'est à ce moment que le jeune homme a avoué au chauffeur ne pas avoir d'argent.
"Le chauffeur a alors appelé la police, ce qui a conduit à l'arrestation" du voyageur par la police. Les motifs du périple de ce client aventureux restent encore inconnus, alors qu'il se trouve en prison pour facture impayée.
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フランス語の勉強?
スーパープレミアム「スペシャルライブ!京都 五山送り火」
京都の夏の夜空を彩る「五山送り火」。「大文字」が最もよく見える鴨川べりを初め市内30か所にカメラを設置、古都を舞台にした壮大な炎の行事をたっぷりとお伝えします。
京都の夏の夜空を彩る「五山送り火」。古都を囲む五つの山に巨大な炎を灯(とも)し、お盆に帰ってきた先祖の霊を再びあの世に送る壮大な炎の行事です。この送り火を、市内30か所のカメラで、3時間、生中継します。送り火にちなむ美しい京料理や生け花も登場!豪華ゲストと共に京都の夏の風物詩をお楽しみください。
松岡正剛,樹木希林,松下奈緒, 高橋拓児,笹岡隆甫, 武内陶子, 篠山輝信,井上あさひ,池田耕一郎,丹沢研二,一柳亜矢子,入江憲一,岩槻里子,田代杏子ほか

プレミアムシネマ「男はつらいよ 柴又慕情」<レターボックスサイズ>
山田洋次監督・渥美清主演による人気シリーズ「男はつらいよ」第9作。吉永小百合をマドンナ役に迎え、北陸・金沢を舞台に、寅次郎のかなわぬ恋の行方を笑いと涙で描く。
博とさくら夫婦はマイホームを建てるために、寅の部屋を間貸しすることになったが、偶然帰ってきた寅は激怒。柴又をすぐに去ることになり、旅先の北陸で出会った女性・歌子に恋をする。故郷が恋しくなってまた柴又へ戻ったところ、歌子が寅次郎に会いにやってきた。心はずむ寅だったが…。“寅さんの憧れの人”ファン投票で第1位に輝いた吉永小百合をマドンナ役に迎え、2代目おいちゃんを松村達雄が演じる、シリーズ第9作。
渥美清,吉永小百合,倍賞千恵子,松村達雄,三崎千恵子,前田吟,宮口精二 山田洋次,朝間義隆 山本直純〜1972年制作〜

アナザーストーリーズ 運命の分岐点▽日航機墜落事故 命の重さと向き合った人々

今から31年前の1985年8月12日に起きた日航機墜落事故。生存者はわずか4名。その最前線で闘った人々がいた。生存者の救出に向かった看護師がテレビで初めて明かす舞台裏、墜落現場を撮ったカメラマンの告白、事故の原因と責任を追求し続けた遺族と警察。想像を絶する現場で、それぞれのやり方で命の重さと向き合った人々の姿に迫る。
真木よう子, 濱田岳


ひつまぶしを食べようと思っていたのが,メニューを見たら冷汁がありました.宮崎名物になっていました.メニューではお豆腐がたくさんの写真ですが,実際にはそんなに入っていない感じです.でもおいしいです.宮崎に行ったのはいつだったか,覚えてないです.
夕方NHKBSで五山送り火の番組を見ました.
わたしもベランダで送り火をして,100均で買った花火をしました.

<3.11と今>命の重み 伝えていく
◎震災5年5カ月/6度目のお盆(3)志賀としえさん=いわき市
 子どもたちに語り掛ける。
 「当たり前の日常が当たり前でなくなる日は突然やって来る。家族の大切さ、命の重さをかみしめながら生きてほしい」
 元白血病患者の志賀としえさん(45)は、東日本大震災と福島第1原発事故を経て、自らの体験を伝えていくことが使命だと、より強く思うようになった。
 宮城県気仙沼市生まれ。仙台市で働いていた22歳のとき、急性骨髄性白血病を発症した。生死の淵をさまよい、骨髄移植で命をつないだ。
 その後、骨髄バンク登録の推進活動を通じて知り合った正弘さん(50)と結婚。いわき市に移った。義母(79)と長男(9)の4人で暮らす。
 あの日。いわき市の小名浜港近くの自宅は津波で床上浸水し、市内の夫の会社に身を寄せた。混乱のさなか、気仙沼の兄と連絡がつき、父の菊田俊〓さん=当時(78)=、母勝子さん=同(73)=、義姉より子さん=同(52)=が行方不明だと知った。近所の人と避難した実家近くの高台で、津波にのまれたらしい。
 福島第1原発が危機的状況に陥ったとの情報が入る。1号機、3号機が相次いで水素爆発。とどまるべきか、逃げるべきか。行政からの情報は何もない。両親らの安否を気遣いつつ、知り合いを頼って埼玉県に避難した。気仙沼に駆け付けたかったが、ガソリンが手に入らなかった。
 ワカメやカキの養殖で生計を立て、きょうだい3人を育ててくれた両親。決して裕福ではなかったけれど、明るい雰囲気に引き寄せられるように、家には多くの人がやって来た。宴会になると、父は民謡を歌って盛り上げた。
 自分が高校生のときにお嫁さんに来た義姉。多感な年頃だった。つらく当たっても、嫌な顔もせず接してくれた。人に気を使わせない嫁のかがみのような人。自分が同じ嫁の立場になって余計そう思った。
 気仙沼に戻れたのは、4月上旬。父の火葬には間に合わなかった。変わり果てた姿の母親と対面した。もしかしたら、母だけでも生きているかも…。かすかな希望は打ち砕かれた。
 24歳で受けた骨髄移植手術は白血球の型が完全には一致せず、術後も激痛との闘いだった。「頑張れ…頑張れ」。苦しみにもだえる自分の手を握りしめ、励まし続けてくれた母。
 大声を上げて泣いた。あれほど支えになってくれたのに、親孝行をしてあげられなかった−。
 「元患者」の肩書に「遺族」の立場が加わった震災から5年5カ月が過ぎた。福島県骨髄バンク推進連絡協議会の運営委員として、講演活動を続ける。
 地元の学校などで話す機会が多い。震災を体験していなかったり、記憶に残っていなかったりする子どもたちが増え、足元でも進む風化を肌で感じる。
 講演で自分が話すのを、両親は何より喜んでくれた。「感謝の気持ちを伝えることができずに別れた家族のためにも、命の重みを伝えていきたい」(大友庸一)
(注)〓は隆の旧字体


震災犠牲者供養の灯籠流し
東日本大震災の発生から6度目のお盆を迎え、津波で大きな被害を受けた宮城県亘理町では、犠牲になった人たちを供養する灯籠流しが15日夜、行われました。
亘理町では、東日本大震災で町民およそ300人が犠牲になり、夏まつりの開催にあわせて犠牲者を供養して鎮魂につなげようと灯籠流しが行われています。
会場となった漁港には、特設の祭壇が設けられ、まず、遺族や町の関係者などおよそ70人が参加して法要が行われ、参加した人たちは次々と焼香して弔っていました。
続いて、亡くなった人たちに宛てた「見守ってほしい」などのことばが書かれた灯籠およそ1300個が漁港の湾内に流され、訪れた人たちは灯籠の動きを見守っていました。
会場では、震災からの復興を願った花火およそ3000発が打ち上げられ、色鮮やかな光が夜空に広がっていました。
地元の60代の男性は、「震災で亡くなった知人のことなどを思い出します。『復興に向けて私たちも頑張るので見守っていてほしい』という思いを新たにしました」と話していました。


震災で移転の英語教育企業 苦難越え仙台帰還
 東日本大震災で被災し、一時京都市に移転した英語教育システム開発のブルース・インターフェイスが、創業地の仙台市に戻り、事業を続けている。カナダ人社長ブルース・ウィットレッドさん(56)は「苦労したときこそ一番のチャンス」と前向きだ。18日には青葉区の市福祉プラザで「生きる力」をテーマに講演会を開き、長年ボランティア活動にも取り組む自身の体験を伝える。
 ブルース社の設立は2005年。ウィットレッドさんが開発した英語教育システム「サイバードリーム」を幼稚園などに販売する。教師の簡単なバーコード操作でテレビ画面に映像と英語の音声を呼び出し、幼児が楽しんで繰り返し学習できる仕組みだ。
 もともと太白区柳生に事務所があったが震災で使えなくなり、名取市相互台の自宅も全壊。顧客のサポートと社員9人の雇用維持のため、11年4月に京都市に拠点を移し、ベンチャー企業向けの京都リサーチパークに入居した。
 12年には事業性を評価する京都市ベンチャー企業目利き委員会で高い評価を受けるなど、移転先で開発力を強化。ウイットレッドさんは名取市の自宅再建を進めて15年4月、太白区長町5丁目に事務所を移した。
 サイバードリームは全国の約1500教室で導入され、好調だ。ウィットレッドさんは「遠回りしたが、力を付けて戻ることができた」と振り返る。
 ジャグリングや一輪車といった大道芸に通じ、社会貢献活動として阪神大震災や熊本地震の被災地にも支援物資を届けてきたウイットレッドさん。「人生に何が起こるかではなく、起こったことにどう対応するかが大切。生き方を考えるきっかけとなるメッセージを幅広い世代に伝えたい」と話す。講演会は午後7時から。入場無料。事前申し込みが必要。連絡先は同社022(226)7480。


<帰還困難区域>除染 復興拠点が優先?
 自民、公明両党の東日本大震災復興加速化本部がまとめた復興に向けた第6次提言の素案を巡り、福島県内の一部自治体から懸念の声が出ている。東京電力福島第1原発事故の帰還困難区域の除染について、それぞれの中心部などに整備される復興拠点周辺が優先されると読めるためで、区域が周辺部に限られる飯舘村などは「後回しにされないか心配」と訴える。
 「復興拠点がないから除染はしない。そんなことがあっては困る」。飯舘村幹部はこうくぎを刺す。
 帰還困難区域を抱えるのは7市町村。うち第1原発が立地する双葉、大熊両町は面積の大部分を占め、富岡町も中心部が区域内にある。浪江町を含む4町は素案提示前の段階で、区域内の駅周辺や地域の中心部を復興拠点とする方針を復興計画などで示している。
 これに対し、飯舘、葛尾両村の区域はともに山間部で、対象人口はそれぞれ村の1割に満たない。南相馬市は1世帯2人だけだ。
 素案は復興拠点を「各市町村の実情に応じて設定・整備する」としたが、人口の少ない山間部に設けるのは非現実的。飯舘村幹部は「各自治体で状況は違う。それぞれに寄り添ってほしい」と語る。
 葛尾村の担当者も「復興拠点の設置にかかわらず公平に除染してほしい」と強調。復興拠点以外は「放射線量の低下状況や復興の進捗(しんちょく)を踏まえて検討する」との表現にとどまったことも懸念材料で、「扱いを明確にしてほしい」と求めた。
 素案は5日、7市町村と福島県に示された。帰還困難区域については、今後5年をめどに避難指示の解除と居住可能化を目指す復興拠点の整備などを明記。自民などは近く、自治体の意見を踏まえ骨子案を示す。


満開ヒマワリ畑 永遠の愛を誓う
 福島県田村市大越町牧野のヒマワリ畑で15日、福島市のカップル2組が結婚式を挙げた。地元の夏祭り「ひまわりフェスティバル」に合わせた企画で、住民たちが満開の花で祝福した。
 ヒマワリ畑は広さ70アールで、住民らが約2万本を育てている。挙式したのはいずれも福島市の飲食店経営浦本剛徳さん(39)洋子さん(36)と、弓道具製造の遠藤弘之さん(40)直美さん(26)。ともに今年5月の種まきに参加した。
 2組は待機していたヒマワリ畑から隣の祭り会場に入場。約100人が見守る中、「明るいヒマワリのような家庭を築いていきます」などと誓った。
 「たくさんの人に祝ってもらえて幸せ」と浦本さん夫妻。遠藤さん夫妻は「お金で買えない体験ができた」と感謝した。
 夏祭りに合わせた結婚式は、まちおこしグループ「牧野ひまわり会」と被災地支援のNPO法人「チームふくしま」(福島市)の共催で4回目。


<ILC>ハローキティ 東北誘致PR
 超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」の岩手県南と宮城県北にまたがる北上山地への誘致活動をPRしようと、先端加速器科学技術推進協議会は15日、サンリオのキャラクター「ハローキティ」を使ったグッズを岩手県内で先行発売した。
 グッズはクリアファイル(税抜き350円)とキーホルダー(600円)、Tシャツ(3000円)。ボールペン(650円)は9月1日に販売を開始する予定。いずれも眼鏡を掛けたハローキティが、宇宙の謎を解こうとする姿があしらわれている。
 岩手県ILC推進協議会が販売協力し、東山堂の盛岡市と北上市の8店と平金商店パステル館(盛岡市)で取り扱う。
 今後は宮城県など東北全域に販売を拡大する方針で、売り上げの一部は誘致活動に寄付される。


<終戦記念日>復興の鐘響かせ平和を祈る
 終戦記念日の15日、塩釜ユネスコ協会は「平和の鐘を鳴らそう」運動の一環として、宮城県塩釜市海岸通の緑地公園に置かれた「復興の鐘」を響かせた。
 同協会や塩釜ロータリークラブの会員ら20人が参加。ユネスコの「わたしの平和宣言」を唱和し、1分間の黙とうをした後、一人一人が鐘を打ち鳴らした。同協会の清水努会長(67)は「鐘を鳴らすことで平和の尊さを感じ取りたい」と話した。
 この運動は7〜8月に全国各地の寺や協会の鐘を鳴らし、平和の祈りを発信する内容で、塩釜では初めて開いた。


<終戦記念日>非戦訴え 青森でパレード
 終戦から71年を迎えた15日、青森市で「青森平和集会・パレード」が開かれ、市民約100人が参加し憲法改正反対と非戦を訴えた。青森県九条の会、県労連、コープあおもりなどの共催。
 青森駅前公園であった集会では、県九条の会共同代表の金沢茂弁護士があいさつ。改憲勢力が全議席の3分の2を超した7月の参院選を踏まえ「現在の憲法は、戦争による大勢の犠牲の下に手に入れた大切なものだ。諦めずに死に物狂いで守ろう」と呼び掛けた。
 集会後、参加者らは「再び戦争をしない、させない」「戦争への道は許さない」と書いたのぼりや横断幕を掲げ、シュプレヒコールを繰り返しながら市中心部をデモ行進した。


<終戦記念日>改憲反対強く訴え 仙台で集会
 終戦記念日の15日、市民団体などでつくる「平和・民主・革新の日本をめざす宮城の会(宮城・革新懇)」は、仙台市青葉区のエル・パーク仙台で「8.15 再び戦争を繰り返させない集い」を開き、約80人が参加した。
 元日弁連人権擁護委員長の青木正芳弁護士(仙台弁護士会)がポツダム宣言をテーマに講演。現行憲法制定の背景に、軍国主義を排除する内容の同宣言があったことを指摘し「日本は終戦時、軍事配備をしないことを世界に約束した」と強調した。
 衆参両院で改憲勢力が憲法改正発議に必要な全議席の3分の2を占めることに触れ「改憲は世界の信頼を裏切る行為だ。憲法制定の原点に立ち返り、平和の大切さを見つめ直すべきだ」と力説した。
 集会終了後、参加者らは市中心部をアピール行進し、戦争反対などを訴えた。


河北春秋
 古里で旧盆をくつろいでいた多くの人が仰天した衝撃の報である。人気グループ「SMAP」が、今年大みそかで解散するという。リオデジャネイロ五輪の速報と先を争うようにして世界に発信された▼覆水盆に返らず。1月の独立騒動で負った傷は一時、癒えたかに見えたが、5人の間の確執は修復不能だったのだろう。ファンのために全員一致することができない事態はアーティストとして致命的な末路である▼コラムニストの小田嶋隆さんが以前、「これほどの大スターが会社を辞める自由さえ与えられていない」と業界の旧態依然の体質を嘆いた。今回は会社にとどまり個人の活動は続けるという。いっそ全て解き放ちつらい闘いを終わりにしてあげたい▼きのうの終戦の日、きっぱりと解散したのは学生らの団体「SEALDs(シールズ)」。この1年余、安全保障関連法への抗議活動や参院選での野党共闘支援の先頭に立ち、安倍強権政治に物申してきた▼夢破れ退散するのではない。市民を巻き込み政治参加の新しい手法を行動によって切り開いた。中心メンバーは「この先も取り組むべきことはある。また声を上げ結集すればいい」。深い意味がこもる英文字の略称が二つ消える。きっと出直せるだろう。成し遂げようという志さえあれば。

沖縄・高江の弾圧激化 警察が誤認逮捕まがいの“見せしめ”
 米軍のオスプレイ離着陸用のヘリパッド建設が強行に進められている沖縄県北部の東村高江区。N1表と呼ばれるゲート前では、工事用資材を運ぶダンプが県道を通るのを阻止しようとする反対市民らと機動隊の激しい攻防が続いている。11日午前には、ついに逮捕者も出た。
 警察官に原付バイクの停止を求められた男性(36)が、バイクを突然発進させ警察官を転倒させたとして、公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕された。しかしこれは「誤認逮捕」といってもおかしくない。警察は逮捕された男性が警官を押し倒したとしていたが、近くにいた女性の車のドライブレコーダーに一部始終が記録されており、男性は警官の指示に従いバイクを止めただけだったことがわかったのだ。
 名護署前には、男性の解放を300人ほどの市民が待ち構え、男性は12日午後8時20分に釈放された。
 これは「見せしめ逮捕」ではないのか? 筆者は沖縄県警本部に、男性の逮捕に加え、法定内速度で県道を通過する市民が免許証の提示を求められたり、機動隊員が市民を執拗に動画撮影し、時にカメラを市民の額にぶつけて威嚇するなどの行為の法的根拠を尋ねた。だが、14日までに回答はない。
 日本国憲法21条には「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とある。機動隊の暴力的かつ法的根拠のない“弾圧”に対し、市民らは「嘘をつくな。質問に答えろ。名前を名乗れ。できないのならば小学生からやり直せ」と訴えている。
 ダンプによる工事資材搬入は旧盆の間(14〜18日)停止中だが、市民らは19日の再開に備えている。
(Freelance Journalist・大嶽創太郎)


水原希子が靖国神社にNO!「私は世界平和を支持し、戦争に断固反対する」高市、丸川ら参拝政治家は水原のメッセージを知れ!
 きのう戦後71年を迎えた、終戦の日。安倍晋三首相、稲田朋美防衛相の靖国参拝は回避された一方、高市早苗総務相、丸川珠代五輪担当相、萩生田光一官房副長官ら安倍政権幹部をはじめ多くの政治家が相次いで靖国神社を参拝した。
 参拝した高市、丸川はいずれも、「国策に殉じた方に、尊敬と感謝の気持ちで参拝した」「慰霊のあり方は、外交問題になるべきではない」などと主張した。
 しかし、靖国神社はただ祖先信仰や死者の霊を敬う場、日本の伝統にならった神社などではなく、大日本帝国が戦意を煽るために恣意的につくりあげたものだ。
 実際、外遊日程を入れることで靖国参拝問題をごまかした稲田防衛相は、
「靖国神社というのは不戦の誓いをするところではなくて、『祖国に何かあれば後に続きます』と誓うところでないといけないんです」(赤池誠章衆院議員らとの座談会、「WiLL」06年9月号/ワック)
「首相が靖国に参拝することの意味は『不戦の誓い』だけで終わってはなりません。『他国の侵略には屈しない』『祖国が危機に直面すれば、国難に殉じた人々の後に続く』という意思の表明であり、日本が本当の意味での『国家』であることの表明でなければならないのです」(渡部昇一、八木秀次との共著『日本を弑する人々』PHP研究所)
などと語っており、明らかに靖国を先の大戦の慰霊の施設ではなく、国民をこれから戦地へ送り込み、国に命をかけさせるためのイデオロギー装置ととらえている。
 今回の高市総務相や丸川五輪担当相らのように靖国参拝を肯定する政治家たちの「国のために尊い命を捧げた方々に追悼の意を表するもの」などというのは、詭弁にすぎない。
 言っておくが、靖国に祀られている英霊とは戦前の大日本帝国のご都合主義から選ばれたものであり、たとえば数十万人にも及ぶ空襲や原爆の死者などの戦災者は一切祀られていない。靖国神社を参拝するということは、先の大戦に対する反省や、多くの国民を犠牲にした贖罪を伴った行為とは真逆の行為なのだ。
 そうした靖国の本質に無自覚なまま多くの政治家が「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」などといって徒党を組んで靖国に参拝し、メディアでも本質的な批判はほとんどなされていない。
 しかし、こうした“軍国主義の象徴”“戦争のための施設”であるという本質を見抜いたうえで靖国にNOを突きつけた人物がいる。
 モデルで女優の水原希子だ。
 本サイトでも報じたが、水原は先月、中国のネット上で「水原が靖国神社に参拝している写真」「水原が旭日旗を背景にポーズをとっている写真」が出回っているとして、「右翼だ」「侵略戦争を肯定している」なる批判が殺到。また、天安門に向けて中指を立てている中国の現代美術家の写真作品に対し、水原が過去に写真投稿SNS・インスタグラムで「いいね!」をつけたことも槍玉にあげられ、炎上事件に発展したため謝罪したことが大きな話題となった。さらに中国に謝罪したということで、今度は日本のネトウヨから攻撃されるという事態に陥った。
 しかしネトウヨが非難するように、水原は中国に尻尾をふったわけでも、許してと懇願したわけでもない。ただ中国の顔色を伺って靖国に行ったことを隠したわけでもない。
 謝罪動画は中国のファンに向けて英語で語りかけたものだったが、水原は靖国問題について、こう切り出した。
「まず第一に、私は世界平和を支持し、戦争に断固反対するものです」
 水原はこう語ってから、彼女が靖国神社に参拝しているとされる写真を取り出し、「写っているのは絶対に私ではない」と否定した。つまり、彼女は中国に対する配慮ではなく、戦争に断固反対しているから軍国主義の象徴である靖国神社参拝に行くはずがない、と堂々と表明していたのだ。
 靖国問題以外でも、水原は動画のなかで自らの出自を明かしたうえで、地球市民として、戦争を憎み、平和を希求するということを繰り返し語っていた。偏狭なナショナリズムを超え、相互理解と平和を訴える水原のスピーチを紹介した記事を以下に再録するので、あらためてご一読いただけたらと思う。
(編集部)
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「迷惑だから日本人の振りすんなや、クソ外人が」「中国人に謝るんじゃなくて、日本人に謝れよ」「在日は出ていけ」「堂々と靖国神社に行ったと言えばいい。謝るなよ」「都合の良い時だけ、日本人。悪くなったら、日本人じゃない」
 モデルで女優の水原希子がいま、ネット上でこんなおぞましいヘイトスピーチにさらされている。
 周知のように、騒動の発端は中国での炎上事件だ。水原は中国でも人気が高いのだが、7月、その中国のネット上で「水原が靖国神社に参拝している写真」「水原が旭日旗を背景にポーズをとっている写真」が出回っているとして、「右翼だ」「侵略戦争を肯定している」なる批判が殺到。さらに、天安門に向けて中指を立てている中国の現代美術家の写真作品に対し、水原が過去に写真投稿SNS・インスタグラムで「いいね!」をつけたことも槍玉にあげられ、炎上事件に発展したのである。
 そこで今月15日、水原は騒動について自ら英語で説明する動画を中国の動画サイトに中国語字幕付きで投稿。靖国神社と旭日旗の写真に写っているのは自分ではないこと、天安門の写真も友人の投稿を促す意味で「いいね!」を押しただけで1時間以内に取り消したことを説明した。
 すると、今度は日本のネトウヨが発狂。水原がアメリカ人の父親と在日韓国人の母親との間に生まれたことをあげつらって、冒頭に挙げたような、口にするのもはばかられる差別的言辞、ヘイトスピーチを水原に投じ始めたのだ。
 いや、ネトウヨだけではない。ネットニュースも「中国に謝るのはけしからん」と大合唱、「中国の芸能界で稼ぎたいから尻尾をふっている」「日本人じゃないから許しては都合よすぎ」などと、水原攻撃を展開している。
 数年前のまったく無関係な写真や真っ当なメッセージの込められたアート作品への「いいね!」にまでいちゃもんをつける中国のネット民も相当にひどいが、日本のネットの下劣ぶりはそれ以上だ。
 そもそも、こいつらは本当に水原の釈明動画を見たのだろうか。彼女は中国に尻尾をふったわけでも、許してと懇願したわけでもない。中国の顔色を伺って靖国に行ったことを隠したわけでもない。
「まず第一に、私は世界平和を支持し、戦争に断固反対するものです」
 水原はこう語ってから、彼女が靖国神社に参拝しているとされる写真を取り出し、「写っているのは絶対に私ではない」と否定した。つまり、彼女は中国に対する配慮ではなく、戦争に断固反対しているから軍国主義の象徴である靖国神社参拝に行くはずがない、と堂々と表明していた。
 しかも、ネトウヨたちは水原が「日本人のふり」をしていると言っているが、彼女は「日本人のふり」などしていない。逆だ。水原は釈明動画の冒頭でまず自らのルーツを真正面からきちんと説明していた。
「私は現在日本で暮らしていますが、生まれはアメリカです。父がアメリカ人で、母は日本で生まれた韓国人です。2歳のときに日本にやってきて、神戸で育ちました。私は多様な文化を背景にもっていて、そのために異なる文化の人々に触れて互いを尊重することを学び、世界中に友だちをつくることができました。私は自分自身を地球市民だと思っています」
 そのうえで、水原は動画をこんなセリフで締めくくった。
「私たちはみんな異なる文化を背景にもっています。でも、私は心から信じています。お互いがもっと理解しあうこと、そして愛と平和が私たちをつなげ、世界をよりよき場所にするだろうということを」
 ようするに、水原は中国という国家に謝罪したわけではなく、偏狭なナショナリズムを超えた多様性への理解、平和主義を強く訴えていたのだ。天安門の写真を「非常に不適切」と言う必要はなかったと思うが、それ以外はむしろ真っ当な、いや、その年齢を考えたら立派すぎるスピーチだったと言っていいだろう。
 だが、日本のネトウヨやネットニュースは彼女のこの真意をネグり、「中国に謝った」ことだけをクローズアップして、水原批判を繰り広げた。しかも最悪なのは、前述したように、そのほとんどが「水原は日本人じゃない」というグロテスクな差別意識をベースにしていたことだ。なかには「死ね朝鮮人」などという信じられない書き込みまであった。
 実はこうしたネット上での水原への差別攻撃は今回が初めてではない。インスタグラムで過激な写真をアップしてたびたび炎上することで知られている水原だが、それとは別に、映画やCMの出演が決まっただけで、ネトウヨから頻繁にこんな攻撃にさらされてきた。
「水原希子自分も嫌い韓国人の血が入ってるから(笑)」「水原希子の採用は辞めて 買う気なくなります 在日モデル嫌いです」「日本人の血が一滴も入ってないのに日本人のフリをするのは止めろ」
 しかし、彼女はこうした差別にけっして屈しなかった。むしろ、その経験が、彼女の思想の根幹をかたちづくってきたと言っていいだろう。
 水原は最近、「AERA」(朝日新聞出版)16年6月13日号の人物ノンフィクション「現代の肖像」のなかで、小学校のころから自分がハーフだということで差別されていた経験を告白した上で、こう語っている。
「母はハーフだとイジメられたことに、『あなたは他の誰とも違う世界でたったひとつの可愛さを持っているんだから、自信を持ちなさい』と言ってくれて。その言葉がずっと心の支えだった」
「私は米国生まれだから米国国籍だけどアメリカ人じゃないし、母は3代前から日本に住んでる在日韓国人だけど私は韓国人じゃないし、日本で生まれ育ったけれど日本人でもない。どこにも居場所はないけど、いつかアジア全体がホームになって、みんなが応援してくれる女優になれたら、ほんとにうれしくて心強いと思う」
「個」を大切にし、みだりに集団に迎合したりはしない。多様性を認め、地球市民として、戦争を憎み、平和を希求する。水原は今回、中国でいびつな国家主義による攻撃にさらされてもその姿勢を貫いたのだ。
 それに比べて、バカのひとつ覚えのように「日本人じゃない」「朝鮮人だ」と攻撃を繰り返すネトウヨの頭の悪さ、グロテスクさはどうだろう。いや、日本のネトウヨだけじゃない。天安門に中指を立てる写真作品に「いいね!」をしただけでバッシングをする中国のネトウヨも同じだ。いびつな愛国心を信じ込み、それぞれの国で独裁政権や戦前回帰政権を支えている彼らの様は、まるで合わせ鏡を見ているようだ。
 そして、こうした偏狭な排外主義と国家主義はこれから先、世界中に広がっていくのだろう。
 しかし、水原の言葉は彼らをも抱擁するかのように、人間の本質はそんな属性に左右されないということを教えてくれる。本サイトは、誰がなんと言おうが、個として立ち、平和を希求し続ける彼女のことをこれからも全力で擁護し続けていこうと思う。(小杉みすず)


GDPゼロ成長 いつまで道半ばなのか
 三年続くアベノミクスはあらためて効果が乏しいことを裏付けた形だ。四〜六月期の実質国内総生産(GDP、速報値)は横ばいだった。「道半ば」でなく、誤った道を進んでいると気づくべきだ。
 一〇〇分の一秒を争うオリンピックの記録かと錯覚しかねない。GDPの伸び率(前期比)は物価変動の影響を除いた実質で0・048%。通常なら0・0%だが、わずかでもプラス成長を強調したいがためかと勘繰りたくもなる。
 年率換算では市場予測の0・7%増を下回る0・2%増。数字を取り繕ったところで実態はゼロ成長であり、政府が財政再建目標の前提としている「名目3%、実質で2%成長」には遠く及ばないのである。
 GDPの六割を占める個人消費が0・2%増と力強さに欠けるのが最大の要因だ。消費が伸びなければ企業は投資を手控える。設備投資は0・4%減と二期連続のマイナスだった。住宅投資は5・0%増と大きく伸びたが、マイナス金利政策の効果というよりは、消費税増税の延期が決まる前だったため増税を控えての駆け込み需要が大きかったとみるべきだろう。
 いずれにせよ、安倍政権が描いた経済の好循環、すなわち企業収益増→賃金増→消費増→企業の投資増は画餅に帰し、むしろ賃金の伸び悩みが消費低迷を招く負のスパイラル、悪循環に陥っている。
 アベノミクスは開始からじき三年半となるが、いまだ道半ばというのは根本的に間違っているためだ。異次元緩和も財政出動も景気を一時的に持ち上げるカンフル剤でしかない。基礎体力を付けないから、すぐに病気になるのに、一時しのぎのカンフル剤頼みを繰り返してきた。成長戦略で体力向上を図らねばならないが実態は官僚の作文だから効果が望めない。
 内部留保をためるばかりの企業経営者も問題だが、基本的に民間に任せるものは任せる方が官僚任せよりはましである。
 何より富める者をますます富ませれば問題解決するといった政策が決定的に間違っている。消費の中核を担う中間層を没落させ、格差拡大を助長するアベノミクスでは、人口減と少子高齢化に直面する日本経済を立て直すことは到底できまい。
 日銀は金融政策を総括的に検証し、現実離れした目標や限界のみえる政策を見直す。政府がなすべきはアベノミクスをこれ以上ふかすのではなく、誤った道を引き返す勇気を持つことである。


時間の流れで標高計測 東京と埼玉15mの差
 重力が大きいところでは時間がゆっくり進むとするアインシュタインの相対性理論に基づき、東京都と埼玉県で標高の差によって生じる重力のわずかな違いのために時間の進み方が異なることを計測し、標高差を約15メートルと算出できたと東京大などのチームが15日付の英科学誌電子版に発表した。
 香取秀俊東大教授が開発した160億年に1秒しかずれない「光格子時計」を使った成果で、実測の標高差と数センチしか違わなかった。時計を使って大地の測量が可能なことを、実用レベルで実証したのは初めて。


首相の式辞 例年のことと流せない
 ことしも過去3回と同様だった。
 きのう政府主催で開かれた全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞だ。アジア諸国への加害と反省に触れなかった。いつものことと受け流すわけにはいかない。
 首相は「戦争の惨禍を決して繰り返さない」と強調した。その上で「歴史と謙虚に向き合い、世界の平和と繁栄に貢献する」「明日を生きる世代のために希望に満ちた国の未来を切り開いていく」などと述べている。
 歴代の首相が言及してきた加害と反省は安倍首相の下、2013年以降、語られないままだ。「不戦の誓い」という言葉も使われていない。
 戦没者の遺族らでつくる「平和遺族会全国連絡会」が開いた集会では、代表が「アジアに対して日本は何をしたのか。遺族ではあるが、加害の思いを忘れてはならない」とあいさつで述べている。首相の式辞とは対照的だ。
 言葉尻の問題ではない。加害の歴史に向き合い、その反省に立ったからこそ日本は抑制的な防衛政策を続けてきた。自国が攻撃されて初めて武力を行使する、その場合も自衛のための必要最小限度にとどめる、保持する装備も最小限度とする―。「専守防衛」だ。
 首相は大きくかじを切った。日本が攻撃されていなくても武力行使できる集団的自衛権の容認をはじめ、政府の憲法解釈を変え、法的裏付けとなる安全保障関連法を強引に成立させた。
 国会答弁では、戦力不保持を定めた憲法9条2項を改める必要性や、改憲によって集団的自衛権を全面容認する必要性にも言及している。国際紛争の助長、加担を避けるため事実上禁じてきた武器輸出も積極策へと転じた。
 安保政策をあっさりと転換したのは、過去を反省する姿勢が政権に欠けているからではないか。
 安保法は、いよいよ本格的に動きだす。国連平和維持活動(PKO)での「駆け付け警護」などの実施に向け、政府は月内にも訓練を始める方針だ。7月の参院選に影響するのを避けるため、先送りしてきた経緯がある。
 陸上自衛隊が参加する南スーダンのPKOで、11月に派遣予定の11次隊への新任務付与を視野に入れているという。安保法では、武装集団に襲われた国連職員らを武器を使って救出する駆け付け警護のほか、他国軍との宿営地の共同防衛も可能になった。
 平和国家として進むべき道なのか、改めて問わねばならない。


戦没者追悼 過去と向き合ってこそ
 終戦記念日のきのう、安倍晋三首相は全国戦没者追悼式の式辞で、自身の第1次内閣も含め歴代首相が触れてきたアジアへの加害と反省について言及しなかった。これで4年連続となった。
 首相は昨年8月に発表した戦後70年談話でこう誓ったはずだ。
 「わが国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた。(略)こうした歴代内閣の立場は揺るぎない」
 この談話は主語を「歴代内閣の立場」とする間接的表現だったことに批判も出た。それだけに、安倍内閣でもその言葉に偽りはないと行動で示す必要があった。
 戦争体験者や戦没者遺族の高齢化が進み、戦争の記憶の継承が大きな課題となっている。だからこそ、真摯(しんし)に反省とおわびを述べる言葉を復活させるべきだった。
 結局、談話は形だけのものだったかと疑念を抱かざるを得ない。
 70年談話はこうも述べている。
 「私たちの子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない。それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければならない」
 世代は移っても、侵略や植民地支配という歴史の負の事実への認識と反省を国民が共有してこそ、隣国との真の和解や未来志向の関係が開ける―。
 首相自身がそう思いを固めた70年談話ではなかったのか。
 首相はきのうの式辞で「戦争の惨禍を決して繰り返さない。これからもこの決然たる誓いを貫き、歴史と謙虚に向き合い、世界の平和と繁栄に貢献する」と述べた。
 国内の戦没者とその遺族だけでなく、アジアの人たちにも向けられなければならない言葉だ。
 過去から目をそらしてはならないという意味では、靖国神社の問題も同じである。
 首相はきのう、靖国に私費で玉串料を奉納した。中国、韓国との関係が決定的に悪化する首相参拝は控えるが、奉納なら多少の反発はあろうとも大目に見てもらえる―。そんな問題ではない。
 また、安倍内閣の閣僚では高市早苗総務相、丸川珠代五輪相が靖国に参拝した。今村雅弘復興相は11日、山本有二農水相は6日に参拝している。
 戦争遂行に重要な責任を負ったA級戦犯が合祀(ごうし)され、侵略戦争を肯定するような歴史観を持つ靖国神社に首相や閣僚が奉納や参拝を繰り返すことが、内外にどう受け止められるかを考えてほしい。


「核の先制不使用」を支持 日・豪元外相ら連名で声明
 核廃絶の道筋を探る賢人会議の共同議長を務めた川口順子元外相と豪のエバンズ元外相らアジア太平洋地域の元閣僚や軍高官ら40人が16日、オバマ米政権に核兵器の「先制不使用」政策の採用を強く促し、「太平洋地域の米同盟国」に採用支持を求める声明を連名で出した。アジアの安全保障の現状に精通する専門家らの声明は、被爆国でありながら先制不使用採用に反対が強い日本政府に姿勢変更を迫る形となった。
 オバマ政権は「核兵器なき世界」への一歩となる先制不使用の採用を検討中。ただ、安倍首相が直接反対の意向を米側に伝達したと米紙が報じるなど逆行の動きを見せる形となっている。


美浜原発の延命 懸念される「40年」形骸化
 老朽化した原発の運転延長が当たり前になってしまいかねない。そんな懸念が募る。
 関西電力が40年を超える運転を目指す美浜原発3号機(福井県)について、原子力規制委員会は今月、新規制基準を満たしているとする「審査書案」を了承した。事実上の審査合格である。老朽原発の運転延長が認められたのは関電の高浜原発1、2号機(同県)に続き3基目となる。
 原発の運転期間は、東京電力福島第1原発事故を踏まえた法改正で安全性の観点から原則40年に制限された。ただ、原子力規制委が認めれば、最長20年延長できる。
 とはいえ、法改正当初、運転の延長はあくまで「例外」だったはずである。だが、関電が申請した老朽原発3基は全て延長が認められる見通しとなり、延長のモデルケースが出来上がった格好だ。原則40年と定めたルールの形骸化につながるのではないか。安全への不安が拭えない。
 美浜原発3号機は1976年に運転を始めた。老朽原発では、燃えやすい電気ケーブルが使われていることが安全上の大きな問題になっており、新規制基準は全ケーブルの難燃化対策を求めている。今回の審査で原子力規制委は、全長千キロに及ぶケーブルの難燃化について、燃えにくいケーブルに交換したり、防火シートで覆ったりする関電の対策を了承した。
 懸念されるのは、高浜1、2号機を含めた一連の老朽原発の運転延長の審査を巡って、原子力規制委の姿勢に変化がみられることである。
 40年ルールに関して、田中俊一委員長は2012年の就任時に「40年前の設計は十分ではない。一つの技術の寿命」と述べ、延長は「相当困難」としていた。だが最近では「お金をかければ、いくらでも技術的な点は克服できる」と発言を後退させている。
 美浜3号機の延長についても田中委員長は「新しい原子炉を一つ造るくらいのお金が(対策工事などで)かかる。(関電は)それでも動かしたいと、われわれの要求に対応しようという姿勢だ」との認識を示した。老朽原発の運転延長が、安全性の問題から、電力会社が安全対策に多額の資金を投じるかどうかという資金面の問題にすり替わってしまった感は否めない。
 原子力規制委の姿勢に関しては、別の懸念もある。老朽原発の活用を前提にした政府の方針に呼応するかのように、審査期限が過ぎれば廃炉を迫られる美浜3号機などの審査に人員を集中させた。
 もし審査が時間切れとなり廃炉になれば、審査手続きの不備を理由に関電が提訴する可能性があり、そのリスクを避けるため対応を急いだとの指摘も出ている。審査は十分尽くされたのか。
 政治や経済の事情にとらわれず、独立した立場で安全性を厳格に審査することが原子力規制委の責務だ。その根幹を揺るがしてはならない。


シールズ解散会見 終わりの日が始まりの日
 安全保障関連法に反対する若者グループ「SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)」が十六日、前日の解散に伴う記者会見を都内で開いた。二〇一五年五月の結成以来、「民主主義って何だ」とラップ調で問い掛ける独特のスタイルで、市民発の活動に新たな可能性を広げた。メンバーたちは「終わりの日が始まりの日」と話し、政治参加が当たり前となる社会実現に向け「次の誰か」に希望を託した。 (辻渕智之、北川成史)
 会見は午前十時スタート。中心メンバーの奥田愛基(あき)さん(24)は「解散会見なので今後についての質問には答えられません」とユーモアを交えて切り出した。「安倍政権にNOだからだけでやってきたわけじゃない。大事なのは日常と自身の生を肯定すること。どう生きたいかを思い悩み、この社会何なんだと問いかけながら、逃げずに答え続け活動してきた」と語った。
 若者音楽のラップが好きな牛田悦正(よしまさ)さん(23)はデモでもリズミカルに訴えた。「市民が政治に参加するのを当たり前の文化にする動きは始まったばかり」と呼び掛けた。
 ネット上で批判的な書き込みもされた。専門学校生の寺田ともかさん(23)は「たたこうと思えば材料はいくらでもあったと思う。私たちは普通の未熟な大学生」と振り返る。「この未熟さや普通さが次誰かが行動する勇気につながっていればうれしい」
 広報担当だった今村幸子(さちこ)さん(22)は「最近健康的じゃないなと思って野菜を食べたり、そんな感覚で参加した」と話す。デモでは登壇するメンバーが「私」を主語に日常の目線から紡ぐように政治を語ってきた。「友達とか家族の人生、日常をよくするため、できることをしたかった。政治って、そういうものだと思う」と笑顔で締めくくった。
◆「危機的状況」沖縄は継続
 沖縄在住や出身の学生らでつくる「シールズ琉球」は解散せず、活動を続ける。中心メンバーの元山仁士郎(じんしろう)さん(24)=国際基督教大、宜野湾市出身=は「沖縄では自由と民主主義、そして国の基盤である憲法にとって危機的な状況がまだ露骨に表れているので」と話す。
 メンバーは約三十人。昨夏の終戦記念日に結成した。「敗戦後、沖縄は日本から切り離され、米軍基地が集中していく歴史を負った。参院選でも新基地建設の反対派が勝ったのに、一顧だにされない。沖縄切り捨てという同じことが違う形で繰り返されている」
 沖縄では多くの人に、米軍基地で働く友人や親類がいる。「リアルに利害関係がある中」で反対の声は上げづらい。それでも活動を通し、「政治のことで主張することも『あることだよね』っていう街の風景にできた」と自負する。
 米兵らによる事件が絶えず、同世代の二十歳女性が殺害遺棄された事件を受けた六月の県民大会で登壇、スピーチした。「今言わなければ、誰が言うのか。これからを生きる世代に対して責任がある。特に子どもや女性にもっと生きやすい社会をつくっていきたい」


歴史知ってヘイトなくす 在日2世の宋富子さんが講演会
 在日コリアン二世の宋富子(ソンプジャ)さん(75)=川崎市川崎区=が十六日、ヘイトスピーチ(憎悪表現)問題について、中原区で講演する。宋さんは、川崎市内などで繰り返される在日コリアンへのヘイトスピーチを「歴史が正しく認識されればなくなるはず」と考えており、自らの体験などを交えて語るという。 (小形佳奈)
 宋さんの父は、一九二六年に来日し、土木作業員をしていた。宋さんが二歳の時に亡くなり、母が廃品回収などをして七人の子どもを育てた。小学校時代、宋さんは「朝鮮人は殺してやる」と言われ、トイレに閉じ込められたり殴られたりするいじめを受けた。「自分はだめな人間だと思い込んでいた」
 二十歳で生まれ故郷の奈良を離れて結婚。川崎区で自動車修理工場を営む夫との間に一男三女をもうけた。末っ子の長男(49)が通った保育園で牧師に「今は植民地時代ではない。民族名を名乗る自由がある」と言われ、目が覚めたという。
 「植民地ってなんだろう」「どうして今まで誰も、民族名を名乗っていいと言ってくれなかったんだろう」。宋さんは猛勉強の末、第二次大戦前に働くため日本に渡ってきた人々が戦後、日本に同化させられる中で自分の出自を隠さざるを得なくなっていった事実を知った。
 「日本人を恨むより、正しい歴史を伝えることに命をささげよう」と、在日コリアンと日本人の交流施設づくりなどに奔走。現在はNPO法人「文化センター・アリラン」(東京・大久保)の副理事長を務めている。
 「七十年前からヘイトスピーチにさらされ、死ぬことばかり考えていた人生が、人と出会い、歴史と出合って変わった」と宋さん。講演では、自らの体験と、「日本の教育では教えない」歴史について語る考えだ。
 会場のエポックなかはらは、中原区上小田中六の二二の五で、JR南武線の武蔵中原駅近く。午後一時半から戦争体験を語り継ぐ朗読劇に続き、宋さんが講演する。参加費五百円。


盲導犬や白杖の人いたら声掛けて メトロ死亡事故で障害者団体
 東京都港区の東京メトロ銀座線青山一丁目駅で十五日、盲導犬を連れた会社員品田直人さん(55)=世田谷区=がホームから線路上に転落し、電車にひかれて死亡した事故で、視覚障害者の関連団体からは「盲導犬や白杖(はくじょう)を持った人がいたら、積極的に声を掛けてほしい」との声が上がっている。
 赤坂署によると、品田さんには視覚障害があった。事故当時はお盆時期で、ホーム上に人影はまばら。駅のカメラにはホームの端付近を盲導犬を連れて歩き、徐々に線路方向にずれて行く品田さんの姿が映っているが、周囲の人が注意を払う様子は確認できなかったという。
 盲導犬を育成する公益財団法人アイメイト協会(練馬区)は「視覚障害者は周りの状況が分かりにくい。危険と感じたら『ストップ』や『危ない』と大きな声で知らせてほしい」と強調する。駅係員は「白線の内側に下がってください」と呼び掛けていたというが、同協会は「視覚障害者はどこが白線か分からない」と訴える。
 一方、ホームには点字ブロックがあったが、一部が支柱と重なっていた。東京メトロはこの点字ブロックは、端に近寄らないよう警告するために設置されており、上を視覚障害者が歩くことを想定していないという。都盲人福祉協会(新宿区)の笹川吉彦会長は「障害物を避けるように点字ブロックを敷設している駅もある。もう少し配慮があってもいいのでは」と話している。


河北抄
 「5分後に死ぬと決まっているなら、いま、この瞬間に何をすればいいか」
 広島原爆忌の6日、仙台で見た『紙屋町さくらホテル』のせりふだ。作者は仙台文学館初代館長だった故井上ひさしさん。広島の原爆で全滅した移動劇団「桜隊」を扱った劇は、最後の日々を懸命に生きた人々を通して、終戦を遅らせ、かけがえない命を失わせた国家の責任を問うた。痛切なせりふの数々が耳に残る。
 劇中、桜隊に参加した素人役者の1人に、日本中の方言を調べているという言語学者が登場する。大学の教え子だった若者が出征し、特攻出撃して死んだという痛みを抱えていた。形見となった手帳に書かれた両親への遺言は「おとん、おかん」の際限のない繰り返しだった。
 「これは子どもが親に助けを求める言葉ですね」と言語学者。数えきれぬ子どもの命を犠牲にして守るべきものなどない、戦争であっても−とせりふは続く。
 沖縄戦の悲劇の後も、旧陸軍は本土決戦を主張し、国民義勇戦闘隊の名で2千万人を竹やりで戦わせようとした。その事実の恐ろしさをも劇は思い出させた。


デスク日誌 住民要望
 仙台市内の保育所に子どもを預けている母親たちが、保育士の待遇改善を求めて署名活動を始めた。職責と賃金のアンバランスを見るに見かねての行動だという。要望書を添えて近く市長に提出する。
 6月の宮城県版に掲載した記事だ。思うところがあって紙面を組む際、目立つ扱いをお願いした。
 その後どうなったか、署名活動の発案者に確認してみたのだが「議員さんの反響ですか? ありませんね」
 私たちが地域課題の解決を行政に働き掛けたいと考えたとき、選択肢には首長と議会の二つがある。多忙な首長なら「前向きに善処します」の一言でいなされることもあろうが、ひとたび議会に請願が採択されれば相応の影響力を持つ。
 住民要望をキャッチし、政策提言に高めるのが議会本来の役割。ましてや仙台市議会は55人の大所帯だ。記事を目にして「お手伝いしましょうか」と手を差し伸べてくれる議員が、1人や2人はいるのではないかと、少し期待したのだった。
 もちろん議員が全員、本紙を購読しているとは限らないのだけれど。(報道部副部長 矢野奨)

神坂直樹氏講演会/釜ヶ崎夏まつりで慰霊祭/福知山花火事故3年

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Après environ 30 ans de succès, le boys band japonais SMAP va s'arrêter cette année
La rumeur qui avait secoué le monde médiatique japonais en début d'année avait donc une part de vérité. Malgré des excuses publiques suite aux désagréments causés aux fans par cette rumeur, le groupe fondé en 1988 va bien disparaître à la fin de l'année.
SMAP, acronyme de "Sports Music Assemble People" est l'un des groupes les plus populaires de ces trois dernières décennies. Nous n'avons pas d'équivalent dans nos sociétés occidentales. Les cinq membres d'environ quarante ans sont chanteurs, danseurs, comédiens et animateurs de télévision. Que ce soit dans des publicités, dans des dramas ou des émissions de variétés, il n'y pas un jour sans que l'un ou l'autre n'apparaisse à l'écran. Chacun a plus ou moins un rôle défini. On trouve le bon chanteur, le bon danseur, le rigolo, ou encore le bellâtre.
L'annonce de leur séparation qui peut paraître un peu anecdotique vu de l'étranger est, il faut bien le comprendre, un événement important dans l'univers médiatique japonais. SMAP remplit des stades entiers depuis près de 30 ans, a vendu 35 millions de disques et peut compter sur des millions des fans et d'admirateurs/trices qui ont grandi avec eux et leurs chansons.
Le groupe qui était le plus ancien du label des "Johnny's" a être encore en activité s'arrêtera donc à la fin de cette année, ses membres ayant des velléités de carrière solo semble-t-il et qui sait, de mariage, leur contrat en tant qu'idole leur interdisant de se marier (sauf à de très rares exceptions, comme Takuya Kimura de SMAP justement ou Tatsuya Yamaguchi du groupe Tokio). Si SMAP va faire ses adieux, le groupe le plus populaire du label, Arashi, lui se porte toujours aussi bien.
Leur tube le plus célèbre restera sûrement cette chanson de 2003 intitulée "Sekai ni hitotsu dake no hana" :
A l'inverse des boys band composés de membres adolescents, SMAP est autant apprécié des jeunes que des adultes et des personnes âgées. Régulièrement invité dans l'émission de chant "Nodo jiman", le groupe faisait le show en toute circonstance.
Le Japon toujours hanté par le spectre du militarisme 71 ans après sa reddition (COMMENTAIRE)
Soixante-et-onze ans après la reddition du Japon dans la Seconde Guerre mondiale, le spectre du militarisme hante toujours ce pays et la région Asie-Pacifique.
Dans son discours prononcé lors de la cérémonie marquant cet anniversaire, qui a été tenue lundi à Tokyo, le Premier ministre japonais Shinzo Abe n'a une fois de plus pas présenté d'excuses sincères pour l'agression commise par son pays en Asie lors de la guerre, et a échoué à s'engager pour un non-retour de son pays dans un conflit armé.
Les propos tenus par M. Abe lors de ce discours sont une nouvelle preuve de son intention de modifier la Constitution pour pouvoir combattre à l'étranger.
Cependant, les derniers sondages montrent que près de la moitié du public japonais est contre tout projet de retour en guerre du Japon.
Afin de manipuler l'opinion publique, Shinzo Abe et son équipe cultivent la peur parmi la population en mettant en avant la soi-disant "menace chinoise", attisant les conflits en mer de Chine méridionale et intensifiant les différends territoriaux avec la Corée du Sud.
Dans sa dispute maritime avec Beijing en mer de Chine orientale, Tokyo cherche à renforcer sa présence militaire dans la région en développant une nouvelle batterie de missile sol-mer, qualifiant cela de moyen de dissuasion contre ce que le Japon appelle "les intrusions chinoises" dans les eaux environnantes des îles Diaoyu.
Etant donné que ces îlots font partie du territoire souverain chinois, cette décision du Japon n'est qu'une autre excuse pour militariser la région, et créerai de nouveaux obstacles pour les futures tentatives de résolution pacifique des différends.
Alors qu'il fait des vagues dans la région, Tokyo joue l'innocent. D'une part, Shinzo Abe pointe du doigt d'autres pays car ils refusent d'engager le dialogue avec lui pour réduire les tensions. D'autre part, il continue ses provocations sur des sujets historiques sensibles, et refuse de présenter des excuses pour les atrocités commises par son pays durant la guerre.
Sachant très bien que cela serait extrêmement offensant pour les voisins du Japon, M. Abe a malgré tout effectué lundi une offrande rituelle au sanctuaire Yasukuni, symbole du militarisme de Tokyo, en ce jour où il aurait dû se repentir pour les crimes passés de son pays. Plus tôt dans la journée, deux hauts responsables politiques japonais, Koichi Hagiuda, secrétaire général adjoint du cabinet, et Gen Nakatani, ancien ministre de la Défense, se sont également rendus à ce sanctuaire qui honore 14 criminels de guerre japonais.
Parallèlement, le gouvernement japonais actuel utilise son alliance avec Washington comme moyen rapide d'arriver à ses fins. Pour maintenir un rôle dominant dans la région Asie-Pacifique, les Etats-Unis ferment les yeux sur les actions inconsidérées du Japon et l'utilisent en tant que contrepoids face à la montée de la Chine.
Mais Washington doit savoir qu'un Japon de droite et ultra-nationaliste ne sera sûrement pas satisfait de rester le pion des Etats-Unis dans la région. Cela finira un jour par se retourner contre Washington.
Il est maintenant temps pour les voisins du Japon de se tenir côte-à-côte et d'entreprendre toutes les contre-mesures possibles afin de s'assurer que le Japon agisse en accord avec les règles fixées par la communauté internationale après la Seconde Guerre mondiale.
Les Japonais pacifistes devraient également rester vigilants vis-à-vis des projets du gouvernement visant à défier la paix et la stabilité régionales.
Dans son discours de lundi, Shinzo Abe a également déclaré que la Japon souhaite contribuer à la paix mondiale. Et bien, s'il est vraiment sincère, présenter des excuses serait un bon début.
フランス語
フランス語の勉強?
●天皇出席の全国戦没者追悼式反対8・15大阪集会―天皇と共にする全国一斉黙とう反対― ――戦後「初めての戦死」問題を考える――   
 ◇場所 エルおおさか701号
(大阪地下鉄谷町線・京阪「天満橋」下車徒歩7分)
 ◇講演「いま、なぜ、箕面忠魂碑違憲訴訟をふりかえるのか」
   講師 神坂直樹さん(箕面忠魂碑違憲訴訟・元原告補助参加人)
 ◇参加費(資料代含む)500円(経済的に厳しい方は受付まで)
◇主催 参戦と天皇制に反対する連続行動
◎明仁の「意向表明」
―国体護持と戦争国家の確立
「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました」。
8月8日、テレビを通じて天皇明仁が全国民に訴えた結論である。天皇制の危機を意識した明仁が、その危機の克服=天皇制護持と「この国の未来」=新たな戦争国家の確立を、国民に対して直接、つまり政府が行う政治を跳び越えて憲法で禁止されている「国政に関する権能」を行使したのである。「生前退位」はその重要な一つに過ぎない。これは明らかに、天皇裕仁が1945年8月15日行った、国体護持の「玉音放送」(「大東亜戦争終結に関する詔書」)に続くもので、天皇が日本国家と人民の行く末を「決定」すること、そして政府、与野党、マスメディア、各界の指導者の、ほとんど全員がこぞって翼賛することを示したのである。ことの本質は、皇位継承における「生前退位」が一代限り(特別立法)か、恒久的な制度(女性天皇制も含む)か、ではない。
いま、私たち日本の人民が問われている、ことの本質は、天皇および支配階級が推し進める「天皇制護持」(国体護持)か「天皇制廃絶」かであり、戦争国家の推進か阻止かである。これらの二つは一つのことである。
◎明仁は「平和天皇」ではない!
戦争国家について言えば、天皇明仁は、リベラルな知識人もほめたたえてきた「平和天皇」ではない。現在の戦争国家を、時の政府と一体になってつくりあげてきた張本人なのだ。湾岸戦争のあとのペルシャ湾派兵、さらにカンボジアなどのPKO派兵、つまり自衛隊のアジア派兵、海外派兵の始まりは、天皇明仁の被侵略国タイ、マレーシア、インドネシアへの訪問を抜きにありえなかった。天皇明仁は、自らの訪問によって、謝罪せずとも「謝罪」したことにしたのだ。「謝罪なき謝罪」だ。それは、タイ、マレーシア、インドネシアの支配層にあっては、自衛隊アジア派兵の「黙認」であり、日本が海外派兵を始める地ならしとなったのである。また、「9・11」事件にあっては、天皇明仁はブッシュ米大統領に弔意の伝達を行ったが、それは小泉純一郎首相(当時)のアフガニスタン侵略戦争への参戦表明と一体で行われており、天皇の参戦表明となったのである。また、天皇明仁は訪日したチェイニー米副大統領にアメリカのイラク戦争への自衛隊の参戦を誇らしげに語っている。これらはごく普通のことのように行われており、日米戦争同盟の推進者としての天皇を示している。まさに明仁は、裕仁とは異なる形で戦争国家づくりを行ってきたのである。明仁は今回、それを「象徴天皇の務め」だと、自らの一所懸命さを訴えた。まさに、明仁は、絶対主義天皇裕仁ではない、象徴的元首天皇として新たな戦争を推進してきたのである。
◎いまこそ天皇制廃止のたたかいを!
―戦争と天皇制国家を許すな!
「生前退位」意向表明は、戦争法の成立で侵略戦争への積極的参戦が現実のものとなったなかで、また天皇代替わり(Xデー)攻撃の一つとして行われた。侵略戦争への積極的参戦は、必然的に戦争推進の国民統合を不可欠とし、支配階級にあっては天皇の役割(明仁の言葉で言えば「務め」)こそ決定的に重要になった。必ず出るだろう自衛隊戦死者の慰霊顕彰が不可欠となり、懸案となってきた戦死者の靖国神社「合祀」や天皇参拝問題の解決が求められている。戦争・元首天皇の「務め」がこれからの天皇制(国体)に不可欠なのである。 
まさに、第二の「玉音放送」ともいいうる天皇明仁の「生前退位」意向表明は、国体護持(天皇制護持)と戦争天皇制宣言にほかならない。
私たちは、いまこそはっきりと「天皇制護持」(国体護持)に断固反対し、「天皇制廃絶」の旗を高く掲げ、本格的侵略戦争に踏み出す戦争国家を阻止せねばならない。「天皇出席の全国戦没者追悼式反対!8・15集会」を一つの起点として、始まった天皇代替わり(Xデー)闘争としても推し進めよう!
参戦と天皇制に反対する連続行動 
 大阪市淀川区十三東3−16−12  
Tel/Fax 06 (6303) 0449

第45回釜ヶ崎夏祭りの案内
釜ヶ崎を支援してこられた皆さまへ
 今年もまた暑い夏がやってきました。恒例の釜ヶ崎夏まつりの季節です。この祭りもついに第45回となりました。約半世紀近く綿々と続いているのです。
 第1回は1972年に行われました。そこには多くの困難があったと聞いております。しかし故郷に帰ることもかなわず、仕事も切れてしまうこの時期に何とか仲間が集い楽しい時間が作れないかとの思いで始まったのです。
 そのため、準備も当日の運営も何から何まで全て仲間たちの支え合いで作られ続けてきました。炎天下で黙々とやぐらを組む仲間、その材料を運ぶ仲間、屋台を作る仲間、追悼会を準備する仲間、炊き出しを準備する仲間、多くの出演者とスケジュールを調整する仲間、まつりが安全で楽しいものとなることを願って皆で心を一つにして汗を流しています。
 まつりにも時代は影を落としています。仲間たちの高齢化はこの街から仕事を奪っています。相変わらず炊き出しに並び、シェルターに一夜の眠りを求める仲間たちは減少傾向にあるとは言え今だ400名近くにのぼります。また、釜の街に行けば生きられる! と一縷の望みを抱いてくる若者も少なくありません。
 生活保護を受けたからといって人間らしい生活が待っているわけではありません。仕事を通じた仲間との関係も断ち切られ、語らいの場所もありません。孤立と孤独が待っています。仕事をよこせ! 野宿をさせるな! と叫び続けています。
 このような環境にも負けずに仲間が集えるのが釜ヶ崎夏まつりです。
 夏まつりはこの街の風物詩でもあります。のど自慢大会で自慢の喉を披露した仲間の誇らしげな顔を想像してみて下さい。本当にいい顔をしています。
 皆さんも是非参加して下さい。当然ですが準備と運営には多くのお金が必要となります。支援のカンパを心からお願いいたします。
第45回釜ヶ崎夏まつり実行委員会  実行委員長 山田 實       06-6632-4273
フェイスブックhttps://www.facebook.com/kamajikkou/
【振込先】
みずほ銀行 難波支店 (普)1387094 釜ヶ崎実行委員会代表 山田 實
ゆうちょ銀行 記号141 番号 33722521
【他の金融機関からの振込】
ゆうちょ銀行 店番418 (普)3372252
郵便振替口座 00960-4-108331 ※↓い鰐承繊ヽヶ崎実行委員会
【物資カンパ届け先】
NPO 釜ヶ崎支援機構 〒557-0004 大阪市西成区萩之茶屋1-5-4 Tel06(6630)6060
釜ヶ崎日雇労働組合 〒557-0004 大阪市西成区萩之茶屋1-9-7 Tel 06(6632)4273
第45回 釜ヶ崎夏まつりスローガン
安心して働き、暮らせる釜ヶ崎を!
憲法改悪・戦争への道を突き進む安倍政権打倒!
安保法制=戦争法を廃止せよ !
沖縄・辺野古新基地建設断固阻止!
普天間飛行場即時撤去!
全米軍基地を撤去せよ!
安保条約即時破棄!
原発再稼働絶対反対! 労働者を被ばくさせるな!
川内・伊方・大飯・高浜原発再稼働阻止!
老朽原発を即時廃炉にせよ!
仕事を作れ! 野宿をさせるな!
社会的就労・特別清掃事業を拡大せよ!
55歳以下の労働者に就労機会を創出せよ!
生活保護受給者にも就労機会を創出せよ!
差別・排外主義を打ち砕こう!
狭山事件・石川一雄さんの再審を実現しよう!
日本軍「慰安婦」問題の真の解決を!
当事者不在の「日韓合意」反対!

第45回釜ヶ崎夏まつり概要
8/12(金・前夜祭)〜8/15(月)
会場 : 三角公園
8/12(金)ちんどんパレード(16時〜)前夜祭(16時〜21時)
8/13(土)ステージ(11時〜)
スイカ割り大会・つなひき大会(16時〜)
8/14(日)ステージ(11時〜) のど自慢大会(17時15分〜18時40分)
8/15(月)ステージ(11時〜) すもう大会(16時〜)
◎慰霊祭(19時〜)
※8/13、14、15日は盆踊りがあります(20時30分〜22時終了)
◎夏まつりの屋台仲間たちが趣向をこらした食べ物、飲み物でお出迎えします。アルミ缶と屋台で使える釜マネー(1キロ200カマー=円)を交換するとお得に屋台を楽しめます。また本部席には熱中症対策として夕方からお茶を用意しています。
◎釜ヶ崎体験 
特掃一日体験(13日朝7時半・釜日労事務所集合)
釜ヶ崎街歩きツアー・案内人/水野阿修羅さん(14日昼1時・釜日労事務所集合)詳細は釜ヶ崎講座(090-2063-7704)まで
◎掲示板大きく変わろうとしている釜ヶ崎を考える掲示。各団体・個人の取り組みやアピール等も掲示出来ます。
◎あいりんブランチ介護保険等何でも相談。13:30〜16:00
◎ふれあいイベント。無料の証明写真・思い出写真コーナー、ポストカード販売、お習字コーナー、星を見る会等もあります
◎映画上映会社会派映画、大衆映画織り交ぜて上映します。(13日〜15日ふるさとの家/NDS企画)
◎慰霊祭は8月15日の19時から。ここ一年の間に釜ヶ崎で亡くなった人たちの名前を読み上げてみんなで追悼します。
(この一年で亡くなられた仲間がいる方は本名などわからなくても「ふるさとの家」もしくは最寄りの実行委員会のメンバーに伝えてください。まつり期間中でも受け付けています)
1972年に始まった夏まつりも今年で45回目を迎えることになりました。夏まつりはお盆を故郷ではなく釜ヶ崎で過ごす仲間が楽しみにしている行事であると同時に、地域に定着した釜ヶ崎の風物詩でもあります。その一方で夏まつりは越冬闘争と共にその時々の釜ヶ崎内外の状況と無縁ではあり得ません。諸課題に対する情報の共有、問題提起、連帯を深める場でもあります。また、夏まつりの運営はすべて寄付、カンパでまかなわれています。まつり期間中は本部席にカンパ箱を設けていますのでよろしくご協力をお願いいたします。
第45回釜ヶ崎夏まつり実行委員会
問合せ06-6632-4273(釜日労)06-6641-8273(ふるさとの家)
FACEBOOK 「釜ヶ崎実行委員会」https://www.facebook.com/kamajikkou/
三角公園スケジュール
8月12日(金)
【第一部】
16:20 藤本敬三(歌)
16:50 ヤンシ&スペシャルバンド(歌)
17:20 ◎ちんどんパレード
17:30 インドシ&じゅげむ(歌)
【第二部】
18:00 ◎前夜祭集会
19:00 趙博(歌)
19:30 李知承(歌)
20:00 ながいよう(フォーク)
20:30 松ちゃんバンド(フォーク)
21:00 終了
8月13日(土)
【第一部】
11:00 釜凹アワー(歌)
13:00 阿部ひろえ(フォーク)
13:30 レイバーZ(歌と踊り)
14:00 どぼちょん家族(歌)
15:30 GHETTO KING
【第二部】
16:00 ◎すいか割り大会、綱引き大会
17:15 岡大介(カンカラ三線)
17:45 労働者名人会
18:15 アピール
18:20 合唱(釜ヶ崎芸術大学)
18:50 アピール
18:55 珠木奈美(演歌)
19:35 アピール
19:40 SHINGO★西成(ラップ)with
チームバリアフリー
(パフォーマンス)
20:30 盆踊り大会
22:00 終了
8月14日(日)
【第一部】
11:00 アンチェイン梶&ツテンカーク(歌バンド)
11:30 SUMMER CLIP(歌バンド)
12:00 LAX JUAL (歌バンド)
12:30 その日暮らし(歌)
13:00 グルーヴィン(ロック)
13:30 フォー・ウッズ(ブルース)
14:00 Lot FALCON、遊侠(ラップ)
14:40 即興楽団UDje()
15:10 カオリーニョ藤原(歌)
15:40 ピースマン吉田&鶴見のE-CHAN(歌)
16:10オールドグラフティ(オールディーズ)
16:40 ダンシング義隆(ロックンロール)
【第二部】
17:10 アピール
17:15 ◎のど自慢大会
18:40 アピール
18:45 春野恵子(浪曲)
19:15 アピール
19:20 はるまきちまき(歌)
19:50 アピール
19:55 河内音頭
20:15 調整
20:30 盆踊り大会
22:00 終了
8月15日(月)
【第一部】
11:30 イオリグミ(歌バンド)
12:00 加納サチア(歌)
12:30 河栄 / 猿橋と仲間達
難波屋たけ楽団(歌)
13:15 調整
13:20 ヨヲコヲヨ(歌)
13:50 平田隆(歌)
14:20 アカリトバリ(歌、民謡)
14:50 まちゅこけ(歌)
15:20 中川五郎(フォーク)
15:50 調整
【第二部】
16:00 ◎すもう大会
17:20 ヘンリー松山と彼のコメット達(ブルース)
17:50 アピール
17:55 さんしんの会(島唄)
18:25 アピール
18:30 高市靖愛(歌)
19:00 ◎慰霊祭
19:30 アピール・調整
19:40 曽野恵子(演歌)
20:30 盆踊り大会
22:00 終了

BS日本・こころの歌「童心」
▽どこかで春が、みかんの花咲く丘、村祭、靴が鳴る(他)
時代を越えて歌い継ぐ名曲▽どじょっこふなっこ、みどりのそよ風、若葉、青葉、花火、蛍、紅葉、赤とんぼ、どんぐりころころ、雪、たきび、仲よし小道、赤い帽子白い帽子(他)
FORESTA(フォレスタ) 原田和哉、木村育子(語り) 吉野 翠(エンディングピアノ)
時代を越えて愛される名歌名曲を、音楽大学出身者によって結成されたコーラスグループ<フォレスタ>の凛とした歌声でお届けする「BS日本・こころの歌」。これまでにいただいたたくさんのリクエストにもお応えし、さらに様々なジャンルの名曲でお送り致します。フォレスタの新たなる挑戦と、美しいハーモニーの世界をお楽しみください。

深層NEWS▽あしたのジョーの原点▽漫画家・ちばてつやが描き残したい戦争体験とは
あしたのジョーなどで知られる漫画家・ちばてつやさんが、71年前の終戦の日に見た光景とは。そして描き残したい戦争の記憶、終戦直後の旧満州でうけた“恩"とは。
ちばてつや 小西美穂   近藤和行  豊田順子
BS日本、日テレ、読売新聞による本格派報道トーク番組。毎回旬のニュースの当事者を強力ブッキング!政治経済、社会問題、スポーツ、文化に至るまで、精鋭キャスター陣がテーマにこだわり、深く、鋭い切り口でゲストに迫ります。コレを見れば日本の今がわかる!
Journal du Japon ‏@JournalDuJapon
L'agence du groupe #SMAP a annoncé leur séparation pour le 31 décembre après une carrière de 25 ans
金子勝 ‏@masaru_kaneko
【無責任体質の根源】首相が靖国神社に玉串料奉納。A級戦犯を合祀する靖国神社に参拝した閣僚は、高市総務相、丸川五輪担当相、萩生田官房副長官。山本農水相は広島に原爆が落とされた6日に参拝。この国は戦争から原発事故まで誰も責任をとらない。

神坂直樹氏の講演が天満でありました.予備校の講義の合間にどうにか時間をとって駆けつけてくれたようです.箕面忠魂碑違憲訴訟という難しい話なのですが,話がうまく面白く聴きました.最高裁で負けてしまったのは残念でしたが,第一審大阪地裁では画期的な判決が出ていたのを知りました.この神坂直樹氏は裁判官任官拒否されて裁判を起こしていた方です.
講演の後なんばのネットカフェで一服して,西成・釜ヶ崎に向かいました.釜ヶ崎夏まつりがあるんです.三角公園にはやぐらが組んであって,どこから来たのかと思うほど多くの人がいました.多くは釜ヶ崎で生活するおじさんたちですが,ボランティアなのか若い方も結構いました.女性も多いです.7時から慰霊祭です.主催者が知るだけで1年間で115人が亡くなっているとのこと.タイのカオマンガイを食べて帰りました.
福知山花火事故3年だそうです.被害を受けた方にとっては忘れられない日だと思うのですが,わたしはすっかり忘れていました.反省です.

<あの日と今>傾聴の場 生きがいに
◎震災5年5カ月/6度目のお盆(2)高橋明さん=仙台市青葉区
 「お墓の草取りに行ったら、暑くてね」「家から少し、仙台七夕の花火が見えて」
 仙台市の青葉区中央市民センターで6日に開かれた「鳴瀬サロン」。東日本大震災後、東松島市の旧鳴瀬町から仙台圏に移住した被災者が集う。事務局の高橋明さん(63)=仙台市青葉区=が、一人一人の近況に、じっくりと耳を傾ける。
 「同じ立場同士、話すことで癒やされる。私自身がそうでしたから」。東松島市野蒜地区にあった自宅が流され、母すみ子さん=当時(87)=と生後8日だった孫の女の子が犠牲になった。
 あの日、何もできなかった自分。少しでもできることを、と始めたサロンは、いつしか生きがいになった。「震災の後、ぼろ雑巾のようになっていた自分がここまで来た。皆さんのおかげです」
 子どものころから病気がちで、30代以降はアルコール依存症に苦しんだ。震災当日は、検査のため塩釜市の病院にいて難を逃れた。
 翌日、妻、次女と再会した。出産後で里帰りしていた長女は津波にのまれたが何とか助かった。長女と一緒だった孫は息を引き取った。母は見つからない。近所の顔なじみ20人以上が、犠牲になっていた。
 惨状の中、妻は近くの寺にできた避難所で運営役として奔走した。体調がすぐれない自分は、ほとんど動けない。心身共に憔悴(しょうすい)し、宮城県大郷町や仙台市の親族宅に身を寄せた。何を見ても、色がない。感情が止まった状態が続いた。
 それから1カ月が過ぎた4月半ば、以前から参加していた仙台市の依存症患者の自助グループの会合で、ありのままを吐露した。
 仲間はいつものように、ただ聞いてくれた。グループに参加し、死を考えるほどだった依存症は回復してきた。「話すことで救われる」。その感覚を思い出した。
 仙台市内に住まいを見つけ、2011年9月、家族で移った。鳴瀬サロンを始めたのは翌12年夏。月1回の集いでは、親族を亡くした悲しみや不安を涙ながらに語る人もいた。自らの経験から、「自分のペースで話したいことを話してもらう」ことを大切にした。
 皆で思いを共有することで、心身が少しずつ回復した。別の交流会の代表にもなり、仙台圏での被災者の集いの場づくりを広く担うようになった。参加者の笑顔が何よりうれしかった。
 震災から3年半が過ぎたころから、徐々に振り返ることができるようになった。一度だけお風呂に入れてあげた孫、姿を変えた古里。母には病気で苦労を掛けた。米寿のお祝いに、親族で会食するのを楽しみにしていたはずだった。
 大雨や洪水の映像を見るのは今もつらい。サロンでは、3年以上たって、やっと涙が出たという人もいる。簡単に区切りはつかない。だからこそ、息長く交流会を続けたい。
 6度目のお盆、墓前に思う。「元気でやっています。病気や震災から生き残った者として、できることに力を尽くしたい」(菊池春子)


仮設商店街 閉鎖前の最後の盆踊り
 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町のまちづくりに取り組む若者グループ「南三陸ふっこう青年会」は14日、南三陸さんさん商店街で「ネバー大盆踊り大会」を開いた。12月末に閉鎖する仮設商店街で最後の盆踊り大会となった。
 住民やボランティアがやぐらを囲み、地元の創作踊り「トコヤッサイ」などを輪になって踊った。やぐらには七夕飾りや大漁旗を飾ったほか、金魚すくいなどの屋台も出て雰囲気を盛り上げた。
 盆踊りは被災後にばらばらになった住民の再会の場にしようと2012年に始まり、5回目。青年会の工藤大樹代表(34)は「商店街の移転後も盆踊り大会を開き、復興する町を盛り上げ続けたい」と話した。


対岸の原発 伊方再稼働
 「いのちとびわ湖を守る運転差し止め決定!」。東日本大震災から5年を前にした3月9日。滋賀県大津市の大津地裁から駆け出してきた弁護士が垂れ幕を掲げると、集まった住民は「歴史的判断だ」と歓喜に包まれた。
 関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転禁止を、隣接する滋賀県の住民が申し立てた仮処分。同地裁の山本義彦裁判長は、政府が「世界一厳しい」とする原発の新規制基準に疑問を呈し、運転を差し止める決定をした。仮処分は直ちに効力を持つため、関電は今年再稼働したばかりの同原発を停止させた。
 稼働中の原発が司法判断で止まった初のケースだ。従来は「再稼働してしまえば止めるのは難しい」という雰囲気があったが、この決定は「動きだしてからでも止めることができる」ことを実証。全国の電力事業者に衝撃が広がり、「司法リスク」という言葉も飛び交い始めた。
 ■ 
 原発立地県ではなく、周辺県の住民が居住地の裁判所に訴え出て差し止めを勝ち取った点でも注目を集めた。大分県の住民が最短45キロ先の対岸にある四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)を止めようと大分地裁に仮処分を申し立てたのと、同様の構図だ。
 滋賀の申立人は高浜原発から約70キロまでのエリアに居住。「東京電力福島第1原発のような事故が起きれば、琵琶湖が汚染され近畿圏の1400万人が飲料水を失う」などと訴えた。
 大津地裁決定は、福島事故の原因究明が「道半ば」の状況で策定された新基準は、福島の教訓を十分生かしていないのではないかと指摘。「福島事故を経験したわが国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さと避難に大きな混乱が生じたことを知っている」と、再稼働の審査に避難計画が含まれていないことにも疑問を突き付けた。伊方原発にも通じる問題だ。
 ■ 
 決定後、関西の財界からは「一地裁の裁判長が国のエネルギー政策を左右してもいいのか」と、三権分立を無視した声が上がった。関電社長も今後、逆転勝訴した場合に住民側へ損害賠償を請求する可能性に言及。裁判所や住民側へプレッシャーをかけた形だ。
 だが、大津地裁は7月12日、関電が決定の取り消しを求めて申し立てた異議を退けた。2基は法的に運転できない状態が続く。関電は抗告し、舞台は大阪高裁に移った。
 福井県若狭湾沿いは“原発銀座”と呼ばれる。異議審決定の2日後、高浜原発近くでは、多くの人が釣りをしていた。「原発がなかったら交付金も働き口もなくなる」「危ないとか言っていられない」。立地県と周辺県の思いは擦れ違っていた。


<地域医療>仙台二高生 現場で学び考える
 大学の医学部進学を目指す仙台二高の「医進会」のメンバー19人が宮城県栗原市栗原中央病院を訪れ、現役の医師らから地域医療の課題や病院勤務の現状などを教わった。
 19人はいずれも2年生で3、4の両日に訪問した。4日は石田健司副院長が講話し、高齢者の在宅生活を支えるため医療や介護などが連携する「地域包括ケア」の重要性を解説。「健康寿命を伸ばす地域医療は、地方の活力を生む上で今後ますます重要になる」と語った。
 研修医2人との懇談では、医師に必要な資質や地方勤務のメリットなどを生徒が自由に質問した。2人は「手術では知識より体力が問われる」「地方は医師が少ないため、即戦力としてあらゆる現場に立ち会える」などと回答、生徒たちは熱心にメモを取っていた。
 メンバーの佐藤宏哉さん(16)は「もともと地域医療に関心があったが、現場の声を聞いてさらに興味が湧いた」、桜庭知美さん(17)は「地方は患者との距離が近いと知り、自分に合っていると感じた」と語った。
 同校による栗原中央病院への訪問は6回目。医師を志す若者に地域医療の一端を知ってもらおうと、同病院との共催で2011年から毎年実施している。


福知山花火大会 事故から3年
福知山市の花火大会の会場で、3人が死亡し、50人以上がけがをした爆発事故から3年となる15日、被害者の家族らが相次いで現場を訪れて献花し、犠牲者に祈りをささげました。
3年前の平成25年8月15日に、福知山市の花火大会の会場で起きた爆発事故では、小学生を含む3人が死亡し、50人以上がやけどなどのけがをしました。
事故から3年となる15日、現場の河川敷には献花台が設けられていて、午前中から被害者の家族や自治体の関係者らが相次いで訪れ、花を手向けて犠牲者に祈りをささげました。
このうち、事故で妻と2人の子供が大けがをした京都市の盛本英靖さんは、献花したあと、「私たち家族は『花火』という言葉を聞くだけで、いまだに愉快ではない気持ちになります。心身ともに回復し、日常に戻れることを願っています」と話しました。
また、福知山市の大橋一夫市長は、「本当にあってはならない事故で、亡くなった人の冥福や、3年間、けがで苦しんだ方の回復をお祈りしました。市としてできる限りの支援をしていきたいです」と話していました。
福知山市では、事故以来、花火大会は開かれておらず、地元の商工会議所などで作る実行委員会は、ことしも大会の中止を決めています。


福知山爆発3年、家族会「事故終わっていない」
 57人が死傷した京都府福知山市の花火大会屋台爆発事故から丸3年を迎えた15日、現場近くの由良川堤防に設置された献花台には朝から関係者らが訪れ、犠牲者の冥福を祈った。
 事故では同府京丹波町の小学5年生山名空君(当時10歳)ら3人が亡くなり、54人が重軽傷を負った。火元の屋台店主は、業務上過失致死傷罪で禁錮5年の実刑判決が確定。大会実行委の事務局がある福知山商工会議所によると、これまでに3人の遺族を含む40人と示談が成立したという。
 献花台には大会を共催した福知山市の大橋一夫市長らが花を手向けた。妻子3人が負傷した被害者家族会の盛本英靖会長(49)は「主催者側の被害者支援には一定の評価をしているが、まだ治療を続けている人もおり、私たちにとって事故は終わっていない。引き続き誠意ある対応をしてほしい」と話した。


【福知山花火事故】 発生から3年…市長らが献花 21日の花火打ち上げには被害者「時期尚早」
 京都府福知山市で3人が死亡し、約50人が重軽傷を負った花火大会の露店爆発事故から3年になる15日、事故現場で被害者家族らが犠牲者の冥福を祈った。今月21日には事故後初めて花火の打ち上げが計画されており、被害者側は自粛を求めている。
 由良川河川敷には献花台が設置され、同市の大橋一夫市長も献花に訪れた。花束を供えると「あってはならない事故が起こってしまったのだと改めて感じた」と語った。
 事故は平成25年8月15日夜に発生。露店主の男(41)=業務上過失致死傷罪で禁錮5年が確定=が給油しようとした携行缶からガソリンが噴出し引火。山名空君=当時(10)=ら3人が亡くなった。
 花火大会を主催した実行委員会と3遺族との間で示談が成立する一方、長引く治療や後遺症に苦しむ負傷者も多い。
 事故後、同市での花火大会は中止が続いたが、地元の民間非営利団体(NPO)が21日午後8時から、花火の打ち上げを計画している。
 同団体の石坪弘真理事長(55)は「被害者への哀悼や回復を願っている。地元が元気になるきっかけになれば」と説明。被害者の会の盛本英靖会長(49)は「治療中の被害者もおり、時期尚早。強く自制を求めたい」と訴えている。


吉永小百合が「戦争反対を言えない空気」に危機感を表明し「憲法9条は絶対に変えさせない」と戦闘宣言
 日本を代表する女優・吉永小百合が、71度目の終戦記念日を直前に控えて、反戦と平和、そして憲法9条への想いを続けて発言し、話題になっている。
 たとえば8月7日放映の冠ラジオ番組『今晩は 吉永小百合です』(TBSラジオ)では、ゲストに昨年の安保法批判で『NEWS23』(TBS)を降板させられた岸井格成氏を迎えて改憲問題に言及。岸井氏が“先の戦争の反省の象徴こそが憲法9条だ”と、改憲により戦前に逆戻りする危機感を募らせると、吉永もまた「憲法9条はバイブルのように大切なもの。絶対に変えさせるわけにはいきません」と護憲への強い意思を語った。
 だが、最近の吉永が最も危惧しているのは、その「護憲」「反戦平和」を口にすることすら難しくなっているという、時代の空気感だ。現在発売中の「女性自身」(光文社)8月23・30日合併号に、吉永と政治思想学者・姜尚中氏の対談が掲載されている。タイトルは「みんな、声をあげて! 命が押し潰される前に」。冒頭、吉永は自身のこんな体験を語っている。
「私は若いころ、母に『なぜ戦争は起こったの? 反対はできなかったの?』と質問したことがあるのです。
 そしたら母は、ひと言『言えなかったのよ……』って。言えないってどういうことなんだろうと、その時には理解できなかった。けれど最近、母の言っていた意味がわかります。今の世の中を見ていると息苦しい感じがして」
 たしかに、吉永の言う「世の中の息苦しい感じ」は、確実に戦前のそれを彷彿とさせるものだ。それは、吉永が身を置く表現芸術の世界にも浸透している。この8月、東京・東池袋の新文芸坐では「反戦・反核映画祭」と題して、21日までの期間中、戦争や原爆の実態を描いた日本映画約30本を上映するが、劇場支配人はマスコミの取材に対し「反戦・反核という言葉を使うことにも勇気がいるような、嫌なムードになってきています」と語っている(中日新聞7月19日付)。
「反戦・反核映画祭」では、7日に吉永の出演作『愛と死の記録』と『母と暮せば』の2本も上映された。1966年公開の『愛と死の記録』は、幼いころに被爆し、その後原爆症を発病して絶望した男性と、彼を励ます女性との悲愛を描いた映画だ。
 こうした原爆をテーマとする作品を上映することすら「勇気がいる」と言われる状況について、吉永は前述の姜尚中氏との対談で支配人の談話を紹介しながら「そんな時代になったのか、と改めてショックでした」と心境を吐露。姜尚中氏も「政治や平和を口にする人は、特別な主義主張を持った人ではないかと思われてしまう。言論の自由があるのに、政府に反対の意志を示すようなことを言ってはいけないのではないかと」と応えている。
 まさに2人の言う通りだろう。いま、日本が確実に“自由に平和への気持ちすら出せない国”になっているのは事実だ。一昨日、本サイトでもお伝えしたように、長崎の平和記念式典では参列席から「改憲反対」と声を上げた男性が警察に連行された。ほかにも、昨年頃から「憲法9条」が記されたTシャツやバッジを着用しているだけで警察から詰問されたり、公共空間から排除されるなど、まるで治安維持法や特高警察が幅をきかせる戦前のような“事件”が連続して起きている。
 そして、この空気を作り出しているのは、間違いなく安倍政権だ。たとえば先月、自民党はホームページ上に「学校教育における政治的中立性についての実態調査」なる“密告フォーム”を設け、教員が「子供たちを戦争に送るな」と生徒たちに言うことを“偏向教育”とし、取り締まりに動いた。自民党はこの“密告フォーム”に寄せられた情報を警察当局に提供する考えまで示している。
 つまり、安倍政権は、教員が平和を訴えるという当たり前のことすら、警察ぐるみで糾弾しはじめたのだ。
 さらに最近では、奈良県奈良市で毎年開かれる「平和のための奈良市戦争展」に対し、市側が例年行ってきた「後援」を取り消すという事態も起きている。その理由は「米軍『NO』などと記した挿絵があり教育的中立性が順守されない」という信じがたいもの。沖縄の在日米軍問題は、先の戦争の経験と直結する日本の歴史問題だ。それが「教育的中立性」の名のもと“偏向”とされるのも、明らかに安倍政権による教育統制の影響が大きい。
 しかも深刻なのは、こうした政府与党や自治体が主導する“反戦平和への締め付け”に、少なからぬ国民が同調していることだ。たとえば、芸能人やアーティストなどの著名人が少しでも政治的発言、とりわけ安倍政権を批判しようものなら、ネットですぐさま炎上騒動が巻き起こり、血祭りにあげられる。それは、真摯に反戦平和を訴えている吉永が、ネット上では“在日”“反日女優”“売国芸能人”などという大バッシングに晒されるほどだ。
 しかし、吉永はこうした状況に怯まない。むしろ、反戦や平和、護憲を言いづらくする圧力があるからこそ、みんなで声をあげる必要性を訴えるのだ。
 7日、新文芸坐で行われたトークイベントで、吉永はこのように語っている。
「私がいくつまで元気でいられるか分かりませんけれど、80歳になったときには戦後80年、90になったら戦後90年、100歳になったら戦後100年と、“戦後”が続いてほしい。そのためには、私たちが『戦争は、嫌だ!!』としっかり言わないといけない。そう思っている方たちは声に出して!と願っています」
 1945年生まれの吉永が、自身の年齢と重ね合わせて“戦後”という歳月を強調するのは、おそらく「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍首相へのアンチテーゼだろう。そして、誰もが知る大女優である吉永が目線を下げずに「私たちが」と呼びかけるのは、「改憲してもさすがに戦争はしないだろう」とタカをくくっている多くの国民に対して、真剣に訴えかけているからに他ならない。
 自民党の改憲草案が目論むように、自衛隊が「国防軍」となれば、この国は戦後、初めての戦死者を出す。もちろん、人も殺す。だからこそ、吉永の言うように“私たち”みなが連帯して「戦争は嫌だ!!」と叫び続ける必要がある。将来、子どもたちに、いま私たちが生きている時代を“戦前”と呼ばせないためにも。(伊勢崎馨)


終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える
 私たちはどういう道をたどって今ここに立っているのか。日本赤十字の従軍看護婦の話から始めたい。
 野村田鶴子さんはフィリピン・バギオの第74兵站(へいたん)病院で働いていた。そこが米軍の猛攻撃を受けたのは1945年1月23日だ。屋根に大きな赤十字の標識があったにもかかわらず、米軍は容赦なく爆撃した。
 彼女は「白衣の看護衣を血で染めた若い看護婦達がいた。自分達と同じ赤十字の看護婦が、しかも年頃も同じ若い看護婦が、息もたえだえになっている。骨の髄まで氷るような思いだった」と衝撃をつづっている(「紅(くれない)染めし」77年刊)。
年々減り続ける体験者
 バギオが大空襲を受けた後、日本軍が8キロ離れた鉱山の坑道内に設けた臨時病院もむごかった。
 「下半身ギプスをしている患者が足の指の間が焼けるように痛いという。見ると油虫にかじられ、白い骨が見えていた。カンテラで照らしてみると、足を切断された患者の傷の中にも油虫が食い込んでいた」(同書掲載の清水直子さんの手記)
 37年に始まる日中戦争から終戦までに、日赤は延べ3万3000人の救護看護婦を戦地や病院船に派遣した。兵士と同様に、赤い「戦時召集状」で強制的に送り出され、殉職者は約1100人に上っている。
 その記録の数々は、戦争の愚かさや非人道性を伝えて余りある。
 日赤青森支部の花田ミキさんは、中国山西省の陸軍病院に勤務していた当時、憲兵の目を盗んで日記をつけていた。こんな記述がある。
 「風呂敷包み一つの私物をもって幼な児のように輸送されてくる人たちの、お母さんたちの心情のせめて万分の一でも我が心にそなわれ、我が手よ、母の手となれと願う」
 かつて日赤看護学校の出身者には「卒業後満十二年間戦時又ハ天災ニ際シ本社又ハ其所管地方部ノ召集ニ応シ救護ニ従事スヘキモノトス」という義務が課せられていた。
 このため、従軍看護婦には10代後半から20代の若い女性が数多く含まれている。結婚したてで乳飲み子と生き別れた母親も少なくなかった。
 戦後71年。終戦時に20歳だった人も91歳になる。殺し合いの最前線で命を守るという、究極の矛盾を体験した生存者の数は急速に少なくなっている。花田さんも2006年8月に91歳で亡くなった。
 政府は1998年から2013年にかけて、元従軍看護婦の人たちへの顕彰事業を実施した。申請に基づき約6600人に「その御労苦に対し衷心より敬意を表し慰労します」という首相名の書状が贈られた。ただ、窓口の総務省も日赤も現在の生存者数は把握していない。
 辛酸を極めた当事者の声が年々か細くなっていくからこそ、過去を知り、語り継いでいく必要がある。
 一人一人の人間は弱く、目の前の状況に流されがちだ。中国や北朝鮮の露骨な軍事力強化を見せつけられると、勇ましい声に引きずられる。その時に私たちを支えるのは過去との対話を通した理性だろう。
 安倍晋三首相の戦後70年談話をめぐって論争がわき起こった昨年に比べ、歴史認識の議論は落ち着いてきたように見える。だが、安倍談話は当面の摩擦を避けることに力点が置かれ、近現代史について国民の共通認識を形成したとは言い難い。
現実と理想の懸け橋を
 A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を主要閣僚が参拝すれば、再び歴史が強い政治性を帯びる。靖国問題の根底には戦争責任を裁いた東京裁判観の分裂があるからだ。
 300万人を超す戦争犠牲者への追悼はどうあるべきか。政治家はこの困難な課題を克服する勇気と信念を持ち続けなければならない。
 戦後70年から71年にかけて特筆すべき出来事に、オバマ米大統領の広島訪問(今年5月27日)がある。
 1960年代に広島を訪れた米国の社会学者は、中学生から「平和の象徴」として千羽鶴を贈られ、「何とナイーブな」と驚いたという。米国の信奉する核抑止理論と、折り鶴がかけ離れていたからだろう。
 しかし、オバマ氏は4羽の鶴を折り、それを展示した原爆資料館の来館者は昨年より4割増えた。冷徹な国際政治と広島の祈りとの間の、ささやかだが意味のある懸け橋だ。
 政治には、高度なリアリズムが求められる。同時に、政治が理想への情熱に突き動かされる営みでなければ、人類は前に進めない。
 20世紀の2度にわたる大戦に打ちのめされ、安定と共存を求めたはずの国際社会で、再び国家のエゴが強まりつつある。米国のトランプ現象や英国の欧州連合離脱の背後に、排他的な「自国第一主義」が見て取れる。国連安全保障理事会による国際平和の理想も揺らいで久しい。
 今はリオデジャネイロ五輪の真っ最中だ。開会式では五輪旗を掲げた「難民選手団」にひときわ大きな拍手が送られた。ただし、難民選手団を結成する必要がなくなってこそ、五輪は真に平和の祭典になる。
 71年続く日本の平和は至高の財産だ。これが80年、90年と続くようにするには、やはり努力がいる。歴史に学ぶ力を蓄えること。きょうはその大切さを確認する日である。


終戦記念日/記憶の継承こそ風化を防ぐ
 「今、多くの人たちにとって、原爆は遠い昔の出来事にすぎません。そして、どんな恐ろしい出来事も年とともに忘れられていくのです」
 「これでいいのかしら」
 「何だか、おじいちゃんやおばあちゃんが、かわいそうだね」
 戦争と核兵器をテーマにした黒沢明監督の作品『八月の狂詩曲』(1991年)の一場面。観光客でごった返す長崎市の平和公園で、訪れた子どもたちが原爆の実相に触れてつぶやく。今もなお、われわれが直面する「記憶の風化」を象徴するシーンだ。
 きょうは忘却とあらがう「終戦記念日」。先の大戦の犠牲者を悼み、惨禍を二度と起こさぬよう平和の誓いを新たにする日でもある。
 戦火を肌身で知る「生き証人」は減少の一途だ。戦後生まれは1億人を超え、人口の8割以上を占めるまでになった。戦後71年がたち、風化のスピードは一段と加速しているように見える。
 NHK放送文化研究所が成人2500人を対象にした調査(2013年)によると、太平洋戦争が始まった日を知っていたのは20.0%。終戦の日は67.5%だった。
 評論家の保阪正康さんの言葉を借りれば、太平洋戦争の受け止め方が「同時代史」から「歴史」に移行することを意味する。
 ただ、歴史には解釈が入り込む余地がある。権力者によって、歴史的事実が度々都合のいいように歪曲(わいきょく)されたことは、過去の例が証明している。保阪さんは「史実を正確に調べ、記憶と記録をきちんと残していく。それが歴史的な誠実さ」と指摘する。
 日本人は忘れっぽい国民である。5年前に起きた東日本大震災でさえ、被災地以外では何事もなかったように風化が急速に進んできている。
 だからこそ、これまで以上に大切になってくるのは過去に学ぶ歴史教育である。戦争を巡る記憶の継承こそが、風化を防ぐと信じたい。
 日本が先の大戦で犯したアジア侵略の歴史に真正面から向き合い反省し、個々の記憶の中に刻み込んでいく。さらに集団、社会、国家へと共通の記憶に高めていくことができれば、平和を進めていく大きな原動力となるはずだ。
 一方で世界情勢は緊迫の度を増している。尖閣諸島周辺への中国公船・漁船の侵入、北朝鮮の長距離弾道ミサイル開発、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロ…。対処を一歩間違えば、干戈(かんか)を交える危険をはらむ。
 安倍政権は、力による対抗を選んだ。専門家からの「違憲」との批判を押し切って集団的自衛権を容認して安全保障関連法を成立させ、日米同盟の強化にかじを切った。
 衆参両院で改憲勢力が発議に必要な「3分の2」を占めた今、憲法改正が俎上(そじょう)に載りそうな気配である。自民党の復古調の草案を見れば、最終目標は9条改正にも映る。
 歴史を振り返れば、戦後、日本が戦争に巻き込まれないよう「盾」となったのは、日本国憲法の平和主義だ。きょうは過去への悔悟から生まれたこの果実を、改めてかみしめる日でもある。


終戦の日に 芦部憲法学の「平和」を今
 2013年3月、参院予算委員会。民主党(当時)の小西洋之氏が憲法改正問題で安倍晋三首相に聞いた。
 「総理、芦部信喜(のぶよし)さんという憲法学者、ご存じですか」
 首相は答えた。「私は存じ上げておりません」
 それに先だって小西氏は憲法で個人の尊厳の尊重を包括的に定めた条文は何条かを聞いたが、やはり首相は答えられず、「クイズのような質問をされても生産性はない」と不快感をあらわにした。
 憲法を勉強していない人が憲法改正を唱えている―。小西氏はそう訴えた。
 芦部氏は駒ケ根市出身の東大名誉教授で、戦後を代表する憲法研究者だ。1993年には文化功労者に選ばれた。
 この年に初版が発行された著書「憲法」(岩波書店)は多くの大学で教科書として使われ、6版を重ねて累計100万部のロングセラーになっている。
 門下生が多く、その教えは今も脈打つ。昨年、衆院憲法審査会で自民党推薦の参考人ながら集団的自衛権の行使は「憲法違反」と指摘した長谷部恭男・早稲田大教授もその一人だ。
 芦部氏の足跡をたどると、その憲法観が戦争体験に裏打ちされていることが分かる。先月の参院選で改憲勢力が衆参とも憲法改正を発議できる3分の2を超えた状況で迎えた今年の終戦記念日。芦部憲法学に触れ、平和のあり方を考えたい。
   <学徒出陣で失った友>
 43年、太平洋戦争の戦況悪化で学徒出陣が始まった。当時、東京帝大(現東京大)の学生だった芦部氏は12月、金沢師団に入営する。「生きて再び故郷の土を踏むことはないと考えていた」。後年、そう振り返っている。
 数カ月後、上官の指示で髪の毛と爪を切って形見として実家に送った。受け取った母親は上座敷に閉じこもったままだった。当時小学生だった妹の堀江玲子さん(83)が心配して唐紙を開けると、母は「大きい兄ちゃんが送ってきた」と白い紙の包みを見せ、涙をこぼした。
 妹から聞いたその場面が脳裏に焼き付いたのだろう。芦部氏は99年に75歳で亡くなる前、病床でこんな歌を残した。
 〈隊長の命にて送りし爪と毛をただ茫然(ぼうぜん)と見つめ居し母〉
 幸い、特攻隊員になる特別操縦見習士官の二次試験で不合格になり、外地に赴くことなく終戦を迎えた。だが、大学時代に同じ下宿で過ごし、毎晩のように語り合った親友や旧制伊那中(現伊那北高)の同級生を亡くした。
   <孤立しても「護憲」>
 95年10月。伊那北高創立70年の記念事業で、戦死した同窓生の鎮魂碑の除幕式に出席した。その後の講演で「(友を失った)苦い痛嘆の思いが、日本国憲法に抱く原点になっている」と述べている。
 その信念を示した舞台が、84年に設置された「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」(官房長官の諮問機関)だ。公式参拝容認派がメンバーの大勢で、孤立しながらも違憲の主張を貫いた。
 「二度と戦争を繰り返さないようにという戦没者の声なき願いを将来に生かすには、(政教分離の)憲法の基本原則を固く守ることがどんなに重要であるか」
 著書「憲法」にも平和観がにじみ出ている。
 〈平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した〉
 憲法前文のこのくだりはしばしば「他国任せ」と批判される。
 芦部氏はこう反論する。
 憲法の平和主義は、単に自国の安全を他国に守ってもらうという消極的なものではない。平和構想を提示したり、国際的な紛争・対立の緩和に向けて提言したりして、平和実現のために積極的行動をとることを要請している―。
   <9条の精神を世界に>
 安倍首相の掲げる「積極的平和主義」とは別物だ。
 武器禁輸原則を撤廃する。他国への攻撃に対しても自衛隊が武力行使できる集団的自衛権を容認する。自衛隊を随時海外派遣し、弾薬の提供を含めた他国軍の後方支援をできるようにする…。
 安倍政権の安全保障政策は、芦部氏の「21世紀の世界へ9条の精神を」との呼び掛けとは逆方向に向かっている。
 戦争の反省を踏まえた憲法の原点に立ち戻り、日本が世界に果たす役割を考える時だ。
 不戦の誓い、非武装の理想、これを堅持することによってはじめて、あの戦争で尊い生命を絶った犠牲者の方々に鎮魂の誠をささげる道が開ける―。母校での講演を芦部氏はこう締めくくった。
 没後、玲子さんは戦没学徒兵の遺稿集をよく読んでいた兄のことを思い、こんな歌を詠んだ。
 九条を護(まも)れと説きて逝きし兄の仏前に今も「きけ わだつみのこえ」
 戦後71年の夏。戦没者の「声なき願い」に耳を澄ませたい。


終戦の日に 平和を築いた手を汚すな
 6日の広島、9日の長崎原爆忌に続き、日本にとって特別な日がやってきた。8月15日は戦後71回目の終戦の日だ。どの日も風化させてはならず、重い歴史の教訓に学び、未来に向けて恒久平和の誓いを新たにしなければならない。
 310万人もの尊い命を失った太平洋戦争。日本は廃墟から苦難と希望を積み重ね、豊かさをつかんだ。
 「この70年はどんな時代でしたか」−。NHKが節目の昨年、世論調査を実施したところ、85%が「良い時代だった」と答え、「戦後」をイメージする言葉に37%が「平和」を挙げた。戦後日本人が築いてきたものは「戦争のない平和な社会」が圧倒的に多かった。
 その軸となり、社会を支えてきたのが「平和憲法」である。今年4月に実施した憲法改正に関する同調査で71%が「関心ある」とした。「改正の必要なし」が31%、「必要あり」は27%だった。なぜ改正の必要がないかでは「戦争の放棄を定めた憲法9条を守りたいから」が70%を占めた。
 一方で、改正を望む意見では、55%が「日本を取り巻く安全保障環境の変化に対応するため」とし、自衛権や自衛隊の明確化を求める意見も20%あった。
 調査から浮かび上がるのは、平和な社会の維持に戦争放棄が不可欠という不動の精神と、平和を守るためには改憲による国防軍化も必要とする意思との「対立の構図」である。
 保守主義の強い安倍政権の再登場により、解釈改憲で集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法が成立した。憲法学者らは「違憲」と断じるが、その政治勢力は勢いを増し、先の参院選で改憲派が3分の2を確保。首相は9条改正を視野に入れている。
 強権的な政治勢力は、国民の多様で繊細な思考を無視し、是か非かを迫ることで分断を生みだしている。政治と民意が乖離(かいり)すれば民主主義は危うい。
 憲法は国民主権、基本的人権、平和主義を掲げる。憲法の精神がゆがめば、この71年間必死につくり上げた日本の平和もゆがんでいく。われわれはどこへ行くのか。重大な岐路にある。
 確かに、日本を取り巻く世界情勢は平穏とはいえない。東アジアでは北朝鮮が日本海に向けて危険なミサイル実験を繰り返し、尖閣諸島周辺では中国が公船や漁船を使って威圧的に領有権を主張。世界で多発するテロに日本人が巻き込まれて多数死亡し、米大統領選では内向きな候補の登場で排他思想が強まる。
 こうした不安定な国際社会環境が日米安保体制の強靱(きょうじん)化を促進させ、対外的な強硬論や軍備強化による国家の要塞(ようさい)化へとつながっていく。軽挙妄動を慎み、冷静な分析と判断力で行動するべきである。
 われわれは、その抑制的な理性を失ったことで太平洋戦争に突き進んだ愚かさを胸に刻み続けなければならない。焦土と化した世界唯一の被爆国でありながら「核の抑止力」を正当化する政治の矛盾を厳しく問いただしていく必要がある。


終戦の日/戦後の歩みを見つめ直す
 71回目の終戦の日を迎えた。不戦の誓いを新たにし、「戦後」の意味を改めて考える日にしたい。
 NHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」には、神戸出身で、雑誌「暮(くら)しの手帖(てちょう)」の編集長を務めた花森安治をモデルにした天才編集者花山伊佐次が登場する。
 ドラマでは戦時中に花山が「進め 一億 火の玉だ」という戦争標語を選ぶ場面があった。花森安治も実際、大政翼賛会の宣伝部で活動したという。花森は戦後、そうした体験への痛切な反省から庶民の暮らしを守る雑誌づくりに打ち込んだ。
 戦時下、国民の戦意を鼓舞する標語・スローガンが数多く作られた。
 「権利は捨てても 義務は捨てるな」「国のためなら 愛児も金(きん)も」「国が第一 私は第二」「任務は重く 命は軽く」(里中哲彦著「黙つて働き 笑つて納税」より)
 いずれも国のために個人の自由は縛るという考え方が貫かれている。一方、戦後の憲法は13条で「すべて国民は、個人として尊重される」と定め、国民主権をうたった。個人の権利を尊重するよう国に命じた。それが戦後社会の基本だといえる。
 だが、現行憲法は「西欧の天賦人権説に基づく」とし、規定を改めるべきとの意見がある。自民党が2012年に発表した憲法改正草案はそんな考えをベースに13条の「個人」を「人」に改め、その権利が「公共の福祉に反しない限り」尊重されるとの条文を「公益及び公の秩序に反しない限り」と書き換えた。
 個人よりも集団、国を尊重する発想ではないか、「公益及び公の秩序」は解釈が広げられて人権が制限されないか−。不安が募る内容だ。
 草案は「実現性より独自色」といわれた野党時代の案で、安倍晋三首相も「議論のたたき台」と述べる。それでも政権党の改正案である。
 参院選の結果、憲法改正に賛同する勢力は、衆参両院で国会発議に必要な「3分の2」を得た。改正が現実味を帯び、「国のかたち」が変わるかもしれない岐路に立つ。
 基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という憲法の三大原則は、この国の平和と発展を支える基軸となってきた。だが、戦後に培ってきたものが崩れかねない状況が生まれている。日本はどこへ向かうのか。
 戦後の歩みを見つめ直し、何を守るべきかを冷静に考えたい。


終戦71年 平和の「継続」への覚悟と努力を
 きょう、71回目の終戦の日を迎えた。
 日本は戦争放棄を宣言する憲法の下、71年間「戦争をしない国」であり続け、平和主義を貫いてきた。その歩みの尊さ、大切さを改めてかみしめる。しかし、明日からも平和が当然に続く保証はどこにもない。改憲を見据えた政権の動きが加速する中、国民一人一人が歴史の過ちを真摯(しんし)に省み、不戦の誓いを日々新たにすることで「継続」への覚悟と努力を強め、たゆまず積み重ねていかねばならない。
 戦争の悲惨を身をもって知る70歳以上の世代は総人口の2割を切った。痛切な体験や平和を希求する強い思いに学ぶ機会は年々減り、継承の手だてを急ぎ講じるべき時機に来ていよう。また昨年は戦後70年の節目であり、安倍政権が安全保障関連法を強行成立させたことで、より一層反戦の機運が高まった。その「熱」を一過性のもので終わらせてはならず、71年目の夏も抱き続けたい。
 戦争を知らない世代が、日本を「戦争できる国」に変えつつある―今まさに、時代の大きな岐路である。改憲によって政権や自民党が目指す「国のありよう」を、強く危惧する。
 憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認し、安保法によって「他国の戦争」にも参加できるよう、飛躍的に自衛隊の任務を拡大した安倍政権。先月の参院選では衆院に続いて国会発議に必要な「3分の2」の改憲勢力を手中にした。
 「96条、9条を変えるだけでなく、わが党は前文から全て含めて変えたいと思っている」。安倍晋三首相は参院選直後に明言した。数の力で直ちに9条改定を推し進めることには否定的ながら、衆参両院の憲法審査会を9月召集の臨時国会から再始動させるという。危機感を持って注視せねばならない。
 昨夏の全国戦没者追悼式では天皇陛下のお言葉に初めて「さきの大戦に対する深い反省」との文言が盛り込まれた。一方で首相は、昨年まで3年続けて式辞で「不戦の誓い」の表現を避けた。加えて、防衛相に抜てきされた稲田朋美氏は9条改正が持論。先の大戦が侵略戦争か否かを問われても、「評価の問題だ。一概に言えない」と正面から認めようとしない。「侵略」「おわび」の2語を入れ渋った昨年の「戦後70年首相談話」を巡る騒動のように、再び他国に歴史修正主義ではないかとの疑念を持たれ、緊張が高まりかねない現状を憂慮する。
 今年5月にはオバマ米大統領が広島を訪問。核兵器廃絶と恒久平和の重要性を日本人自身が誓い直す契機となった。世界で頻発する痛ましい「自爆テロ」は遠い国の話と思いがちだが、71年も前の日本が既に「特攻」として若者に強いた惨禍であることを思い起こしたい。忘れてはならない記憶を引き継ぎ、後世に伝える不断の努力なくして平和は守れない。そのことを、胸に刻み直す一日としたい。


韓国外務省 首相の玉串料奉納に遺憾表明
終戦の日の15日、安倍総理大臣が自民党総裁として靖国神社に私費で玉串料を納め、衆参両院の国会議員が参拝したことについて、韓国の外務省は報道官の論評を出し、「深い憂慮と遺憾の意を表明する」としました。
その上で、「日本の政治家が過去の歴史を勇気をもって直視して真剣な反省を行動で示し、周辺国からの信頼を得るよう取り組むことを求める」としています。
一方、去年の論評は、安倍総理大臣の名前に言及していたのに対し、ことしの論評は、「責任ある政治指導者」という表現にとどめて名指しを避けています。
韓国政府は、慰安婦問題をめぐる日本との合意以降、日韓関係の改善に向けた環境作りを進めており、15日の論評でも一定の配慮をしたものとみられています


公明代表「憲法9条堅持すべき」
 公明党の山口那津男代表は15日、東京都内で街頭演説し、憲法9条を堅持すべきだとの考えを示した。「9条の下で平和安全法制をつくり、切れ目ない防衛体制をつくる法的基盤を整えた」と指摘。「その議論の中で9条の考え方を再確認した。自ら否定する議論をするつもりはない」と述べた。
 安全保障関連法については「日本を取り巻く安保環境は厳しさを増している。この法制が日本の安全や国際社会の平和への貢献をなし得る努力を国として進めていかなければならない」と訴えた。


安保法、女性106人提訴 「違憲で精神的苦痛」
 違憲な安全保障関連法が成立したことで精神的苦痛を受けたとして、16都道府県の女性106人が、国に1人当たり10万円の損害賠償を求める訴訟を15日、東京地裁に起こした。各地で起こしている集団訴訟の一環で、全国で9件目。
 提訴後に記者会見した原告の関千枝子さん(84)は「戦時中、広島への原爆投下で、級友は皆死んでしまった。安保法によって戦後の平和が脅かされるのは許せない」と憤った。
 訴状によると、集団的自衛権による武力行使などを許容する規定が憲法9条に違反しており、原告をテロや戦争の危険にさらしたとしている。


シールズきょう解散 諏訪原さん「活動の種、祖父がまいてくれた」
 安全保障関連法に反対する若者グループ「SEALDs(シールズ)」のメンバーとして活動してきた諏訪原健(すわはらたけし)さん(23)は小学生の頃、毎年十二月八日に亡き祖父から電話を受けていた。八月十五日の終戦の日ではなく、真珠湾攻撃の日。「戦争を始めたらおしまいということだったのか」。いまの自分につながる原点として、残してくれた言葉をかみしめている。
 シールズは十五日解散する。国家権力に憲法順守を求め、リベラル勢力の結集を訴えてきたが、緊急アクションとして発足したため、参院選後の解散を昨年から公表していた。
 筑波大大学院(茨城県つくば市)に通う諏訪原さんは、鹿児島県鹿屋市で生まれ育った。近くに住んでいた父方の祖父旻(あきら)さんは今年一月に八十七歳で亡くなった。戦時中は航空機パイロットの訓練を受ける海軍飛行予科練習生になったが、戦地に派遣されないまま敗戦を迎えた。戦後は地元で働き、退職してからは畑仕事に精を出した。そんな祖父が電話をかけてきたのは、決まって十二月八日だった。
 「今日は日本が米国の真珠湾を攻撃して、太平洋戦争が始まった日だ。戦争では何も解決しない。幸せもないんだよ」
 この日以外に戦争の話を聞かされた記憶はほとんどない。「なぜそんな話をするのか、当時はよく分からなかった」。中学に進むと電話はかかってこなくなり、諏訪原さんが思い返す機会もなかった。
 記憶がよみがえったのは、特定秘密保護法や安保関連法に関心を持った大学生の時。帰省した際に戦争体験を聞いてみようとしたが、体調を崩していたためかなわなかった。
 いまは祖父の思いが分かるような気がする。「戦争が始まれば手に負えなくなり、どこまでも突き進んでいく。だからこそ、日本の過ちを忘れるなと伝えたかったのではないか」と諏訪原さん。「いつの間にか種をまいてくれていたんだと思う。祖父の遺志を受け継いでいきたい」


高江ヘリパッド中止求め決議 米国初、最大規模の退役軍人の会
 【平安名純代・米国特約記者】米市民団体「ベテランズ・フォー・ピース(VFP)」は13日、米カリフォルニア大学バークレー校で開いた第31回年次総会で、東村高江周辺のヘリパッド建設工事の中止を求める緊急非難決議案を可決した。米国で同計画をめぐる非難決議が採択されるのは初めて。名護市辺野古の新基地建設中止やオスプレイの全機撤収などを盛り込んだ決議案とあわせ、全米で最大規模の退役軍人の会が、沖縄関連の2本の決議を採択したことで、米国内における新たな沖縄支援の流れを形成しそうだ。
 2本の決議案を提案したのは、琉球沖縄国際支部(ダグラス・ラミス会長)。高江ヘリパッド建設計画を巡る緊急非難決議では、新基地建設計画に反対する候補者が勝利した参院選の翌日に約800人の機動隊員を動員され、抗議する住民らが排除されたことに、「日本政府が沖縄を植民地と捉えている」などと厳しく批判。工事強行を「恥ずべき反民主的で差別的な行為」と非難し、米政府に同計画の放棄を日本側に伝達するよう要請した。
 新基地建設の中止を求めた決議は、第1海兵航空団の沖縄県からの撤去や辺野古における新基地建設工事中止と建設計画の撤回、オスプレイの沖縄県からの全機撤収などを盛り込んだ。VFPの各支部に対、それぞれの地元自治体で同決議の採択を呼び掛けるよう求めている。
 沖縄関連決議の採択に、VFPのバリー・ラデンドルフ会長は「米軍基地を巡る強制的な工事着工は、日米両政府が現在も沖縄の人々を差別的な支配下に置いていることを示している」と認識を示し、「こうした状況を恥じる琉球沖縄国際支部のメンバーらが強い怒りを感じるとともに、当事者としての自らの責任を果たそうと提案し、採択された。われわれもできることに全力で取り組んでいきたい」と積極的に協力する意向を示した。


辺野古問題「沖縄県民の抗議重要」 オリバー・ストーン氏強調
 【バークレー=問山栄恵本紙ワシントン特派員】米国の映画監督オリバー・ストーン氏は、日米両政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設について「私が言えることは移設問題を最重要課題として据え続けることだ。(県民の)抗議はとても重要なことだ」と述べ、辺野古移設断念に向けて県民が声を上げ続けることの大切さを強調した。同時に選挙で沖縄の民意を示すことの重要性も指摘した。12日、カリフォルニア州バークレー市内で琉球新報の取材に応じた。
ストーン氏は「(沖縄を訪問した)3年前と同じ問題が残されている。改善が見られない」と指摘。さらに「第2次世界大戦後、沖縄は残酷な、とてもひどい扱いをされてきた。米国はそれに大きな役割を果たしてきた」と米統治下の歴史を振り返った上で、「米国からの独立だけでなく、日本からの独立を考えるべきだ」と述べた。
 安倍晋三首相については「彼の行動計画を徐々に強行している。世界が何か恐ろしい所になるかのように、平和に対する私たちの本能を超えた恐怖を植え付け、安全保障政策を支配しようとしている」と指摘した。
 ストーン氏はベトナム戦争従軍経験を基にした「プラトーン」「7月4日に生まれて」でアカデミー賞監督賞を受賞。2013年8月に来沖して、新基地建設に反対する県民への支持を表明したほか、14年1月には世界的に著名な識者らと連名で「米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を中止し、即時返還を求める共同声明」を発表するなど沖縄の基地問題に強い関心を寄せている。


私たちは買われた展 女子中高生の体験、パネルに表現して
企画展が東京・神楽坂のギャラリーで開催
 虐待や貧困から「援助交際」や「JKビジネス」に足を踏み入れた女子中高生らが、自らの体験や思いを表現した作品を展示する企画展「私たちは『買われた』展」が、東京都新宿区の神楽坂セッションハウス2階ギャラリーで開かれている。
 「高1の終わり、父の子どもを妊娠した。中絶し、男の人の家を泊まり歩くようになった」「家を出た私を泊めてくれるのは、買春者か風俗の客かスカウトだった」「彼は私を売ることでお金を稼ぐようになった」−−。会場には、性的虐待の経験や売春に至った経緯を語ったパネルや日記が並ぶ。「繁華街を一人、うつむいて歩いていた」という少女の目線から撮った街の写真や、売春のため出入りしていたホテルの廊下など、当事者の話をもとに写真家の森田友希さん(26)が心象風景を撮った作品も展示されている。展覧会は少女の自立支援をサポートする一般社団法人「Colabo」(コラボ)とつながりをもつ少女たちが企画し、女子中高生を含む14〜26歳の24人が参加した。
 女子中高生らは10日に記者会見し、「売春する女の子の事情や背景を知って」「警察に補導され怒られるのは弱い子どもだけ。買っている大人を注意してほしい」と訴えた。自分と同じ経験をした子がいると分かったことで「一人じゃないんだと思った」と話す少女もいた。
 企画展のタイトルは、少女たちが経験を語り合う中で「売ったというより買われたという感覚だった」と打ち明けたことがきっかけで決まったという。コラボ代表の仁藤夢乃さん(26)は「さまざまな事情を抱えて困っている少女に買春を持ちかける大人がいて売春が成り立つ。過酷な現実の中で生きている女の子がいることを知ってほしい」と話す。
 子どもの性的被害に詳しい川村百合弁護士は「今まで表に出てこなかった被害少女たちが、自分の言葉で実情を訴えたことには大きな意味がある。被害に遭うのは保護を必要としている子どもたちで、性的ビジネスに取り込まれるのは、児童福祉のセーフティーネットが機能していないことが原因。行き場のない子に買う側の大人が一見優しく近づき、少女たちがだまされていく現状がある」と指摘している。
 企画展は正午〜午後8時(最終日は午後5時まで)。入場料は一般1500円、高校生以下無料。21日まで。【中川聡子、上東麻子】


解散の裏にジャニーズ事務所のSMAPとキスマイいじめが! 香取、草なぎの仕事を干し上げ、中居には分断工作
「SMAP解散」緊急取材記事、前編では、「解散は香取慎吾のせい」というスポーツ紙の報道が木村拓哉を守るために仕掛けたジャニーズの狡猾な情報操作であることを指摘した。
 事実、中居正広、香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎の4人はけっして、自ら望んで解散の意思表示をしたわけではない。そうせざるをえない状況に追い込まれていた。具体的に言うと、4人は独立騒動から半年の間、ジャニーズ事務所によってじわじわと仕事を干しあげられる、という仕打ちを受けていた。
「独立騒動は表向き、あの『SMAP×SMAP』での公開謝罪で決着がついたということになっていましたが、メリー喜多川副社長と藤島ジュリー景子副社長は、一時でも飯島(三智マネージャー)さんと行動を共にしようとしたSMAPの4人を許したわけではなかったということでしょう。この間の扱いは、4人をやめさせようとしているとしか思えない、まさに飼い殺しと呼ぶにふさわしいものでした」(ジャニーズ関係者)
 こういうと、「テレビを見たら今も4人とも出てるじゃないか、どこが仕事を干されているのか」と思うかもしれない。いや、さすがに、ジャニーズも今、メンバーが出演しているレギュラー番組をおろすというような露骨な