フランス語の勉強?

juillet 2017

カントク2で気づいてコソコソ/訂正メール/めぞん15

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Du Japon à la Bigorre après Fukushima
Le vendredi 11 mars 2011, un important séisme, suivi d'un tsunami dévastateur, a secoué le Japon, causant l'explosion des réacteurs de la centrale nucléaire de Fukushima. Un accident sans précédent qui aura conduit à l'évacuation de milliers d'habitants du secteur touché. C'est cette année-là que, soucieuse de la santé de son fils, Takako Arai a quitté sa ville, située à environ 250 km de Fukushima. La voilà donc débarquée en France, pays d'origine de son compagnon et père de son fils.
≪Mieux de partir≫
≪À l'ambassade de France, on nous disait que c'était mieux de partir, surtout pour les enfants. Je suis donc partie pour la santé de mon fils≫, confie la jeune femme qui vit désormais à Bagnères-de-Bigorre. Après un passage par Tarbes et Vic-en-Bigorre, c'est en effet dans la cité thermale qu'elle a trouvé son bonheur. Son fils, âgé aujourd'hui de 12 ans, s'est vite adapté à ce nouveau pays et s'il parlait déjà le japonais et l'anglais, en y ajoutant la langue de Molière, il est désormais trilingue. Tout comme Takako.
Un changement de pays qui s'est accompagné d'un changement de cap professionnel. ≪Au Japon, j'étais secrétaire. Arrivée à Tarbes, j'ai pris des cours de français, puis je me suis inscrite à l'école des métiers pour suivre une formation de CAP cuisine≫, explique-elle. La pomme n'est pas tombée loin de l'arbre puisque la mère de Takako tient déjà un restaurant au Japon.
Son propre commerce
C'est durant sa formation de CAP que la jeune Japonaise a fait la connaissance de Gérard Duffau, le patron du restaurant bagnérais Courte Echelle, qui l'avait accueillie en stage dans son établissement.
≪Il y en a qui construisent des murs contre les étrangers, moi, je les accueille≫, dit-il, non sans ajouter que ≪bien que son fils soit français, Takako n'a qu'une carte de séjour≫. Son diplôme de CAP désormais en poche, Takako est aujourd'hui inscrite à Pôle Emploi mais envisage sérieusement d'ouvrir son commerce, idéalement aux halles de Bagnères. On lui souhaite de réussir.
Soirée japonaise le 4 août
Invitée par Gérard Duffau dans son restaurant, Takako Arai vous y fera découvrir la gastronomie de son pays lors d'une soirée japonaise, le vendredi 4 août. Le temps d'une soirée, G. Duffau lui confiera en effet les pianos de sa cuisine et, à partir de 19h, elle vous servira, sous forme de buffet chaud et froid à volonté, une belle palette de spécialités de son pays à base de légumes et de viandes, confectionnées à partir de produits locaux de la Bigorre. Sur réservation (limité à 25 personnes), en téléphonant au 05.62.95.57.85.
Viktoria Telek
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フランス語の勉強?

カントク2でミスに気がついてしまいました.Wの人も気がついていた感じ.わたしは逃げるようにコソコソと消えました.
でもVについてはどうにかしなくてはと思って,訂正メールを送りました.
高橋留美子のめぞん一刻最終巻15巻を図書館から借りて読んでいます.今までのドタバタが少なくなり面白みに欠ける点はありますが,五代君が幸せになるところなので,盛り上がりますね.かなり昔の古いマンガですけどね.

災害住宅と地域の住民、どう融和 補助金巡り溝も
<使途「頭越し」に>
 「被災し苦労して、やっと住まいが落ち着いたのに。反目し合うのは悲しい」。仙台市内の災害住宅の入居者は打ち明ける。
 入居者らは2015年に引っ越し後、地元町内会に加入した。行事などで交流は進みつつあったが昨年、転機が訪れた。
 町内会などで構成する団体は、災害住宅のある地域の住民活動を後押しする宮城県の「地域コミュニティ再生支援事業補助金」を申請。団体は地域の将来を考え防災訓練などの活動費に充てた。
 一部入居者からは「災害住宅があるからこその補助金なのに、(使途を)頭越しに決められた」との声が上がった。町内会側は「同じ地域の一員としてやっていこうと努めてきた。感情的に折り合わないのは残念だ」と肩を落とす。
 補助金で両者に溝が生じ、一時は一部入居者が独自の自治活動を模索する動きにもなった。町内会関係者の一人は「補助金申請の前に、より丁寧に説明していればという思いはある」と漏らす。新旧住民の融和を図る補助金が分断を招いては本末転倒だ。
<難しいバランス>
 同補助金の申請は、災害住宅の整備が早かった仙台市内の団体が先行し、地域の催しなどに活用されている。県内他地域の申請は今後増える見通しで、県は17年度、前年度の2倍の120団体以上の申請を見込む。「同じ事態が起きないとは限らない」と前出の町内会関係者は危惧する。
 県地域復興支援課は「使途を考える過程もコミュニティーづくりの一環」として扱いを地域に委ねる。ただ「『いつまでも被災者優先でいいのか』という声も一部住民にある。バランスが難しい」と明かす仙台市の別の自治会長もいる。
 こうした状況を受け、県は「新旧住民が混在する地域では特に、十分な合意形成ができているか注意を払いたい」と言う。
 被災地のコミュニティー問題に詳しい東北学院大地域共生推進機構の本間照雄特任教授(福祉社会学)は「住民が顔を合わせる機会をつくるために資金は必要だが、活用の仕方によってはマイナスも生じる。行政は金を出すだけでなく丁寧なコーディネートが必要だ」と指摘する。
[地域コミュニティ再生支援事業補助金]東日本大震災後の新たな地域コミュニティー機能の強化を目的に、宮城県が2015年度に創設。復興基金を財源に、災害公営住宅や防災集団移転団地を含む自治会などに最長3年間、世帯数に応じ年間最大200万円を補助する。


<災害住宅と地域>補助金使途、決め方さまざま
 東日本大震災後の新たな地域づくりを後押しする宮城県の「地域コミュニティ再生支援事業補助金」は、新旧住民の交流を促す効果が期待される。地域にとって貴重な資金だが、使途の決め方はさまざまだ。
 仙台市太白区の鹿野町内会は2015年度から補助金を活用し、芋煮会やクリスマス会などを開催。地区内の災害公営住宅「鹿野市営住宅」(62世帯)の住民と交流を進めてきた。
 災害住宅の入居者は町内会に加入。補助金申請は町内会が行うが、使途は全て入居者に委ねる形を採る。「復興のための補助金で、町内会の一般的な活動には使わない」(伊藤文夫会長)方針。入居者の提案で実現したカラオケ会には元々の住民、入居者双方が参加し、地域の一体感が醸成されつつあるという。
 入居者と元々の住民が対等に話し合い、補助金の使途を決めた地区もある。青葉区角五郎2丁目の町内会「角新会」は、災害住宅の入居者が副会長に就任し、両者の協議で茶話会や地域の祭りの費用などに充てている。メリットが全体に及ぶ活動を目指す考えだ。
 新たに住宅街が整備され、被災の有無にかかわらず、全住民が「初顔合わせ」の地域でも補助金が活用される。災害住宅や防災集団移転団地、民間の分譲宅地が集まる若林区荒井南地区の町内会は、昨年12月に発足したばかりだ。
 役員はそれぞれの居住者で構成し活動を話し合う。補助金を使って初の夏祭りを29日に開催した。開沼安則会長は「さまざまな立場の住民がおり、活動が偏らないよう調整に気を配った。ゼロから始まる地域ほど、住民の交流を促す上で補助金の意義は大きいと感じる」と話す。


<災害住宅と地域>合意より納得が必要
 東日本大震災後の被災者の移住に伴う新たなコミュニティーづくりを支援する補助金が逆に交流を分断し、反目し合う原因になってしまっては元も子もない。補助金が、うまく機能するにはどうしたらいいのか。東北学院大地域共生推進機構の本間照雄特任教授(福祉社会学)に聞いた。
 地域の自治力を前提とした補助事業が多く、コーディネートする人材や機能が重要になるが、圧倒的に不足している現状がある。
 被災してさまざまな地域から移住してきた人たちと地域で長年暮らしてきた人たちとでは意識や世代の差があり、活動の蓄積がある既存町内会とは少なからず摩擦も起き得る。
 必要なのは合意より納得。行政はハード事業と同じ感覚で金を出すだけでなく、どういう人がコミュニティーづくりを担うのかをよく理解し、助言する姿勢が不可欠だ。
 熊本地震の被災地でも、コミュニティー形成を支援しようとした外部団体が住民に十分な説明をしないまま事業を進め、反発された例がある。
 コミュニティーは本来、生活と一体だ。被災沿岸部では何十年と続いた濃密な人間関係があり、移住先での再生には時間がかかる。焦ってはいけない。
 高齢化率が高い災害住宅を孤立させない運用も重要だ。将来的に周辺地域と連携しなければ維持できない。入居者の催しにも、近隣住民の参加を呼び掛け、誘導するような細かな配慮が大切になる。


古里で手を合わせる場所を 住民寄付の慰霊碑完成
 東日本大震災で被災した宮城県南三陸町戸倉の西戸地区で30日、震災の犠牲者を追悼する慰霊碑が完成した。震災後、人口が2割に減った古里で手を合わせてもらう場所を作ろうと住民の寄付で建立した。
 被災した西戸生活センターの跡地約1500平方メートルを「西戸地区復興祈念公園」と名付け、植栽を施した。「大地が揺れたらより高いところへ逃げること」と刻まれた教訓碑、犠牲者氏名碑、観音菩薩(ぼさつ)像を建立した。
 落成式には遺族や住民約100人が出席。仙台市宮城野区の県職員須藤昭弘さん(57)は父仁一さん=当時(78)=を亡くし、母順子さん=同(73)=が行方不明になった。遺族代表あいさつで須藤さんは「地域の子どもから大人まで集まった思い出深い場所に慰霊の場を造っていただき感謝したい」と述べた。
 海から約1キロ離れた西戸地区には約260人が暮らしていた。震災の津波で49人が死亡、行方不明になり、9割の家屋が全壊。現在同地区で暮らすのは約50人となった。
 住民は七回忌を終え、住宅再建も進んだことから慰霊碑の建立を企画した。発起人の阿部寿男さん(76)は「遠い所に移り住んだ住民も多い。古里を訪れた際に立ち寄ってもらい、交流の場になればうれしい」と話した。


被災の海水浴場で運動会 ユニークな競技楽しむ
 東日本大震災で被災した石巻市北上町の白浜海水浴場で30日、海上運動会が開かれた。厚い雲に覆われた天候だったが、家族連れや若者がユニークな種目を楽しんだ。
 海上ゴザ走りやビーチバレーボールなどがあり、浜辺に歓声が響いた。ローションを塗って対決する「ヌルヌルすもう」もあり、見物客の笑いを誘った。
 海上ゴザ走りに参加した石巻市北上中1年の佐藤瑛久(てるひさ)さん(12)は「3年連続の出場。みんなで海で遊べて楽しい」と喜んでいた。
 被災した同海水浴場は2013年から、地元有志が2日間だけ海開きをしてきた。今季は日数を6日間に拡大し、22日から8月6日までの土・日曜に3週連続で浜辺を開放している。
 海上運動会は02年ごろに2回開催され、住民らが震災後の地域づくりにつなげようと15年に復活させた。
 運営する地元の一般社団法人「ウィーアーワン北上」の佐藤尚美代表(44)は「海上運動会は震災後は3回目で、地元で浸透してきた。来年は海水浴場が本格再開する予定。住民の意見を踏まえて準備を進める」と話した。


双葉からの避難者支えたプレハブ店舗 閉店へ
 東京電力福島第1原発事故で全町避難が続く福島県双葉町の町民が暮らすいわき市南台の仮設住宅団地で、5年半近く食料品や生活雑貨を販売してきた仮設店舗が8月末に閉店する。経営する同町の食品スーパー社長の松本正道さん(53)は「町民の食生活や気持ちを支えられたとすれば、うれしい」と話す。
 プレハブの仮設店舗「ふたばふれあい処(どころ)」は、2012年3月に開店した。多い時で約245世帯約430人が暮らした仮設住宅団地も、今や87世帯130人と約3割になり、利用客が減少。従業員も減って満足いく品ぞろえができなくなり、松本さんは当初めどとした丸5年を機に閉店を決めた。
 原発事故前は双葉町中心部でミニスーパー「ブイチェーン マルマサ店」を営んだ。突然の避難を余儀なくされ、県内や東京都を転々。避難生活に気持ちが落ち込んだ。店を共に切り盛りした母の万寿子さん(84)や従業員も同じだった。
 「商売をして精神状態を回復させたい」。いわき市に仮設住宅ができると聞いて出店を申し出た。収支は赤字が予想されたが「どこでやっても厳しいなら、双葉の人のために店をやろうと考えた」と振り返る。
 当初は仮設団地の周囲に商店がなく、入居者や近所の人らでにぎわい、昼食時はレジ待ちの列ができた。遠方に避難する町民も立ち寄り、「双葉にいるみたいだ」と言ってくれた。
 仮設団地では8月12日に町民有志グループ「夢ふたば人」が主催する夏恒例の盆踊りがあり、店として焼きそばや鶏の唐揚げなどを販売する。いつもの顔と会話し、懐かしい人と再会して、5年間の感謝を伝える場になる。
 松本さんは今後、検討しているいわき市南部でのミニスーパー開業の準備に入る。市南部の勿来酒井地区では町が町外拠点に位置付ける避難者向け災害公営住宅を整備中で、来春には仮設入居者の多くが移る。「特色ある店にしたい。古里のためにできるだけ協力していく」と先を見据える。


<相馬野馬追>躍動する騎馬武者姿に歓声
 相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」は30日、南相馬市原町区の雲雀ケ原祭場地で甲冑(かっちゅう)競馬と神旗争奪戦を開催した。躍動する約440騎の騎馬武者の姿に、スタンド席が沸いた。
 競馬は7レースが行われ、背中の旗指し物をはためかせて計約50騎が疾走した。争奪戦では、花火で打ち上げられた神旗を目指して250騎が激突した。
 今年の入り込み客数は祭場地と沿道合わせて約8万8000人(前年比1万人減)。友人と訪れた茨城県常陸太田市の主婦野上英子さん(59)は「伝統を感じたし、馬も愛らしくて見ていて楽しい。また来たい」と話していた。


「カツオの街気仙沼」発信 準備不足で盛り上がらず
 生鮮カツオ20年連続水揚げ日本一を誇る気仙沼市が、「カツオの街・気仙沼」の発信に苦労している。今年から7月第3月曜日の海の日を「かつおの日」と定めたが、当日は商業施設3カ所でのイベント実施にとどまり、盛り上がりに欠けた。今月15日から8月20日まで「かつお月間」と位置付け、関係者は市内の機運醸成に躍起になっている。
 カツオの街のPRは、昨年7月に気仙沼市や気仙沼商工会議所、地元水産団体が立ち上げた「気仙沼市生鮮かつおプロモーション事業実行委員会」が担う。昨年は首都圏などへの売り込みに力を入れ、今年は「気仙沼市イコールカツオの街」の機運を地元で高める計画だ。
 目玉事業として、市場が活況を迎える海の日を「気仙沼かつおの日」と定めたものの、当日の記念イベントは商議所の呼び掛けに応じた3カ所での実施にとどまった。実行委の担当者は「かつおの日が決まったのは5月。時間がなかった」と準備不足を反省する。
 3施設はカツオ握りの無料提供や特売をした。ある施設の関係者は「最初が大事なはずなのに、気仙沼全体で盛り上がろうとする姿勢が足りなかった。情報発信も弱く、大半の気仙沼市民が『かつおの日』を知らなかったのではないか」と残念がる。
 昨年、生鮮カツオ水揚げ2位の勝浦漁港を抱える千葉県勝浦市では、毎年6月第1週の土曜日に市主催の「勝浦港カツオまつり」が行われる。市営駐車場を会場にカツオが振る舞われ、地元の飲食店や酒蔵、雑貨店の出店が連なる一大イベントだ。
 東京や神奈川からも観光客が訪れ、15回目の今年は市の人口(6月末現在1万8275人)と同じ約1万8000人が訪れた。勝浦市農林水産課は「『カツオの街勝浦』が完全に定着している。カツオが呼び水となり、地域の活性化につながった」と説明する。
 実行委は気仙沼市内の飲食店などにカツオののぼり旗やポスターを配り、掲示を呼び掛けている。市内の公共施設などには、カツオが食べられる店を紹介するマップを置いた。
 菅原茂市長は「カツオが気仙沼の代名詞として定着するよう、街全体としてさらなる工夫が必要だ」と話した。


移住考えるきっかけに 南三陸で視察ツアー
 宮城県南三陸町移住支援センターは29、30の両日、Iターンの移住希望者を対象にした町内の視察ツアーを実施した。地域住民との交流を通じて町の暮らしを知ってもらい、移住者の確保につなげる。
 首都圏などから20代〜60代の10人が参加。8月から一般開放の募集が始まる災害公営住宅や新しい商店街を訪問。町に移住した人から経験談を聞いたほか、志津川湾の養殖場を回って自然の豊かさを体感した。
 参加した花巻市の会社員佐々木理沙さん(35)は「民泊先でおなかいっぱい食べさせてもらい人の良さが分かった。また町に来て住まいや仕事について検討を続けたい」と話した。
 センターの片山真平さん(33)は「震災後はボランティアで町と関わり、移住する人が多かった。ボランティアが減る中、ツアーをきっかけにして町の良さを知ってもらいたい」と狙いを語った。
 町は人口減対策として移住者を増やし、2014年に416人だった人口の社会減を、19年に260人未満に抑えることを目標に掲げる。ツアーは11月にも実施する予定。


<雫石慰霊の森>事故後46年 空自隊員が初の拝礼
 岩手県雫石町の上空で1971年7月、全日空機と自衛隊機が衝突し、全日空機の乗客・乗員162人が犠牲となった「雫石事故」から46年となった30日、航空自衛隊松島基地(東松島市)の隊員が事故現場となった同町の「慰霊の森」を初めて公式に訪れて犠牲者を追悼し、事故の遺族や町の関係者ら計約90人と祈りをささげた。
 同基地によると、これまで有志の隊員が事故発生日の拝礼に私的に参列していたが、公式に訪れるのは今回が初めて。幹部隊員やパイロット21人が慰霊碑の前で花を供えて静かに一礼し、犠牲者の冥福を祈った。
 時藤和夫第4航空団司令兼松島基地司令は「東日本大震災で被災した基地の復旧を機に、空の安全へ思いを新たにした。犠牲者を追悼することで事故防止の決意を高めたい」と語った。
 事故で弟の文隆さん=当時(25)=を亡くした静岡県富士市の小山和男さん(74)は「事故から約50年が過ぎ、どちらが悪いということではない。関係者全員で空の安全を祈念できて、うれしく思う」と話した。
 事故は71年7月30日午後2時すぎ、千歳発羽田行きの全日空ボーイング727旅客機と、訓練中だった航空自衛隊第1航空団松島派遣隊のF86F戦闘機が空中で衝突し、墜落した。自衛隊機の乗員1人は脱出して無事だったが、全日空機の乗客と乗員は全員死亡した。


受動喫煙対策/首相は主体性発揮すべきだ
 8月3日にも実施される内閣改造を前に、にわかに留任の署名運動が起きている閣僚がいる。
 塩崎恭久厚生労働相である。受動喫煙の対策強化を盛り込んだ健康増進法改正案をまとめるため通常国会中、舞台裏で奔走した。
 結局、自民党と折り合わず法案の提出はできなかったが、党側の圧力に屈せず筋を通した。その姿勢が日本禁煙学会や賛同する市民から評価され、続投を期待されている。
 塩崎氏は、安倍晋三首相の方針に沿い政策を実行する立場にある。大臣の交代で果たすべき職務が全うされないことがあってはならない。
 今回の対立は、世界標準の規制策に少しでも近づきたい厚労省と、飲食業界への影響に配慮する自民党が互いに自案を譲らず、話がこじれた。
 交渉が行き詰まった局面で首相が調整に乗り出すことはなかった。「国民の健康」と「業界の安定」とをはかりに掛け、首相自身が決められなかったからだろう。
 政府案は、原則「屋内禁煙」で、小規模のバーなどを例外にした。党案の例外規定は、客室など150平方メートル以下の飲食店は店頭に「喫煙」「分煙」などの表示をすれば喫煙できる。これを東京都に当てはめると「例外」の店の方がはるかに多くなる。これでは健康被害は防げない。
 政府は秋の臨時国会で仕切り直しする腹積もりだが、首相は「(塩崎氏に)責任を持ってまとめてもらいたい」と通常国会の最終盤で答弁している。大臣任せではなく、今度は首相の「本気度」が問われる段階だ。
 日本人の喫煙率は2016年に20%を切った。逆風の中でも年2兆円規模の税収を確保するたばこ産業界の総合力は絶大だ。明治期の戦費調達に端を発した国家的事業が命脈を保っている。究極の岩盤構造と言えよう。
 たばこ利権と一線を画す厚労省が、風穴を開けようと奮闘しているのである。首相は行政府の長として「国民の健康」を第一に考え、バックアップすべきではないか。
 まして19年のラグビーワールドカップ、20年東京五輪・パラリンピックが迫る。「たばこのない大会」の実現は、日本が引くに引けない国際公約でもある。この機を逃すと国内の受動喫煙対策は永遠に進まないかもしれない。
 気に留めておきたいのは東京都の対応だ。都議選で小池百合子知事は「都民ファーストの会」の公約で受動喫煙防止条例案の制定を掲げ、各党も追随した。原則「屋内禁煙」で、罰則付きの内容は政府案に近いとされる。
 「国が決められないなら都がやる」と言わんばかりの小池氏の戦略に乗り、国の責任を放棄するなら、それこそ世界の「笑いもの」だろう。
 塩崎氏の処遇はさて置き、受動喫煙の解決に向けて首相は主体性を発揮すべきだ。


「核のごみ」マップ公表 市民が関心を持つ契機に
 原発で核燃料を燃やした後に出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)をどこに最終処分するか。
 安全性の観点から日本全国を4色に色分けした「科学的特性マップ」を経済産業省が公表した。
 この地図で適性が高くても、土地利用の状況など社会的要因を加味すると不適格という場所もある。確定的なものでないことは十分な説明がいるが、国民が関心を示さなければ意味のない地図に終わってしまう。
 原発政策を進めてきた日本には、すでに核のごみが大量にある。原発への賛否によらず最終処分は必要であり、国民の幅広い理解が欠かせない。この地図を多くの人に興味を持ってもらうきっかけとしたい。
 日本は2000年以降、自治体に手を挙げてもらう方式で処分場選定を進めようとしてきた。しかし進展はなく、福島第1原発の事故を経て国が打診もできるよう変更した。
 特性マップはその第一歩で、火山や活断層、遠い将来に掘り起こされる恐れのある油田や炭田などのある地域を避けた上で、輸送の利便性が高い沿岸部を最も好ましい場所と位置づけている。
 経産省や処分の実施主体である原子力発電環境整備機構(NUMO)は、窓口を設け人々の質問に答えるという。ぜひ、透明性のあるわかりやすい説明を心がけてほしい。
 適性が低いと判断された地域の人も日本全体の課題として関心を持ち続けてもらいたい。
 処分場選定を進めるには、政府や事業主体への信頼が欠かせない。
 福島の原発事故で安全神話が崩れ、処分場政策にも不信感を抱く人たちは少なからずいる。地震・火山国で未知の断層も抱える日本に不安材料があるのも確かだ。
 そうした懸念にも納得のいく説明を重ね、新たな知見に応じた計画の見直しも怠らないでほしい。
 マップを示したからといって急に国民の合意形成が進むわけではない。一定の期間、地上で「暫定保管」することも選択肢の一つだろう。その検討も進める必要がある。
 核のごみの総量を一定に抑えることは処分場選定を前進させる重要な要素だ。再稼働を進めれば核のごみは増え続ける。そのマイナスも考慮に入れ原発政策を考えるべきだ。


核のごみ処理 脱原発で総量の確定を
 思惑通りに最終処分地の選定が進むとは思えない。
 政府が「核のごみ」の最終処分地になり得る地域を示した日本地図を公表した。原発で発電した後に出る高レベル放射性廃棄物である。
 政府は処分地選定に向けた議論を活性化して、調査を受け入れる自治体の選定を急ぐという。
 核のごみは強い放射能を出すため、ガラスと混ぜて管理しやすい固化体にして、地下300メートルより深くに埋める。隔離期間は数万年から10万年とされる。
 公表された地図は、政府が「処分が可能」とする場所が広く存在することを示している。全都道府県に存在し、国土の7割弱が該当した。長野県内も南信や中信地方の一部地域が「好ましい特性が確認できる地域」と分類された。
 地元の理解を得るには、解決するべき問題点が多い。
 まず処分する核のごみの総量が決まっていないことだ。日本には使用済み核燃料が約1万8千トン存在している。すでに再処理した分を含めると、ガラス固化体換算で2万5千本相当になる。
 原発の稼働を続ける限り、増え続ける。自治体には処分場を受け入れると、搬入が際限なく続くのではという懸念がある。最終処分を考えるなら、核のごみの総量を確定することが必要だ。脱原発を明確にして、原発の稼働期間と基数を決めなければならない。
 核燃料サイクルの継続も焦点になる。原発で使用した後に出る核燃料は全て再処理して、プルトニウムやウランを取り出し、原発で燃料として再利用することになっている。核のごみは、その過程で生み出される。
 取り出したプルトニウムはすでに48トンに上り、核爆弾6千発分に相当する。それなのにプルトニウムの利用はめどが立たない。核燃サイクルは既に行き詰まっている。再処理を前提にした最終処分計画には無理がある。
 科学的な根拠にも疑問が残る。10万年もの間、安全に保管できるかは専門家の中でも見解が分かれる難しい問題だ。検証が十分にされない限り、受け入れてもらうのは難しいだろう。
 核のごみの処分先が決まらない原発はこれまで「トイレなきマンション」と批判されてきた。核のごみは将来世代には有害な存在にすぎない。処分場選定はこれ以上、放置できない問題だ。政府だけでなく国民一人一人が政策の矛盾に向き合い、原発の「しまい方」を考える必要がある。


核のごみ処分マップ 「原発」の見直しが先だ
> 長年の懸案である「トイレなきマンション」解決への一歩となるだろうか。原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場となり得る適地を示す「科学的特性マップ」を経済産業省が公表した。
 火山や活断層が周囲になく、輸送にも便利な適地は国土の約3割に当てはまる。中国5県では広島、岡山県の沿岸部などが含まれた。逆に、火山のある山陰や、石炭が埋蔵されている宇部、美祢市などは「不適」とされた。あくまでも可能性であり、まずは不適地を外しただけと考えた方が分かりやすい。
 放射能レベルの極めて高い核のごみは、使用済み核燃料の再処理により生じる。ガラスを混ぜて固めステンレス製容器に閉じ込めて30〜50年保管する。
 国の計画では、最終処分は地下300メートルよりも深い岩盤に埋める「地層処分」をする。放射線が一定レベルに下がるまでの数万〜10万年、人々の生活圏から隔離する。気が遠くなる年月だ。日本列島に人が住み始めたのが4万〜5万年前というからSFの世界だろう。そんな先の人たちに、どうやって危険性などを伝えるかも難問だ。
 地層処分が進んでいる国はある。ドキュメント映画などで話題になったフィンランドの施設オンカロである。ただ隣国スウェーデンも含め、対象は原発の使用済み核燃料で、扱いがずっと難しい高レベル廃棄物を処分する日本とは状況が異なる。高レベルも処分するドイツや米国などは選定が難航している。
 候補地選びでは以前、交付金をちらつかせ、手を挙げる自治体を待っていた。しかし首長が前向きでも住民や議会の反対で頓挫した。安全性が保障されない限り当然かもしれない。
 しかも整備段階で100年程度の歳月と3兆円の費用がかかる。国が主導しなければ進まないだろうが、積極的に受け入れる自治体がそんなにあるとは思えない。先行きは不透明だ。
 だからといって放ってはおけない。核のごみは約2500本ある。海外に再処理を委託し、戻ってくる分などで千本以上増える。どこでどう処分するかは原発への賛否に関わらない課題である。マップ公表を機に、国民的な議論を呼び掛けたい。
 原子力政策の将来像をはっきりさせるのが先だろう。福島第1原発事故で、国民の多くは原発や原子力政策に批判的・懐疑的になった。しかし政府は、それを無視して再稼働を急いでいる。これでは最終処分地の必要性について理解は得られまい。
 破綻したとも指摘される「核燃料サイクル」をすぐやめて、使用済み核燃料を再処理しなければ、高レベル廃棄物は増えない。総量抑制になるはずだ。
 理解や科学的知見が深まるまで原則50年間は暫定保管し、その間30年をめどに処分地を決める▽「原子力ムラ」という利害関係者に任せず市民も参加した「国民会議」を設け、開かれた場で議論し合意形成を図る…。科学者の代表機関、日本学術会議が2015年に出した、そんな政策提言が参考になる。そうしてこそ、国民の望む方向で原子力政策の抜本的な見直しができるのではないか。
 候補地への経済支援を絡めた選定方法も再考すべきだ。過疎地への押し付けにつながり禍根を残しかねないからだ。


核ごみ処分「適地」地図 信頼できるオープンな議論必要
 原発の使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を巡って、経済産業省は最終処分場の候補地となり得る地域を示した地図を公表した。だがその内容はあまりにも漠然としており、選定に向けた「長い道のりの最初の一歩」(経産省)になるかは疑わしい。
 国は長年、核のごみという避けて通れない問題を先送りして原発政策を進め、東京電力福島第1原発の事故後もなお再稼働を推進してきた。問題のこれ以上の放置は許されない。「国が前面に立って選定に取り組む」のは当然の責務だ。安全な処分を追究、国民に真摯(しんし)に説明して深い討議を重ねた末に候補地を絞っていかなければならない。
 にもかかわらず、地図からは本気度がうかがえない。そればかりか、取り組みの前進をアピールし、近く見直し議論が始まるエネルギー基本計画に原発新増設を盛り込みたいとの思惑が見えることを危惧する。
 「科学的特性マップ」と名付けられた地図は、適地を「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い」という持って回った言い方で塗り分けた。その結果、国土の7割弱が適地に該当するという。愛媛を見ても、中央構造線断層帯を線状に除いただけで、全20市町に適地が広がる上、どの市町も核のごみを搬入しやすい「輸送面でも好ましい」地域を含んでいる。結局最低限避けるべき地域を示したにすぎず、「科学的」と呼べるものではない。
 分類の根拠となる基準も明確でない。決めたのは経産省職員が人選した委員会。意見を聞いたという相手も原子力委員会などの「内輪」に限られている。オープンな議論からは程遠く、到底納得できない。
 地震や火山噴火の将来予測は難しく、専門家でも議論が分かれている。理解を得るにはまず専門家による透明性のある議論の場を設け、国民に投げ掛け、共に論じることが欠かせない。
 国は今後、自治体からの応募を待つ一方、複数の自治体に調査への協力を求めるというが、具体的な道筋は示していない。「これまで以上に対話活動を充実させる。やがて関心を持つ地域が現れると期待する」。世耕弘成経産相は取り組みの加速を強調したが、このままでは受け入れに対する自治体の不安や反発は解消できまい。過疎高齢化に悩む地域が増える中、経産省関係者からは、調査や建設に伴う多額の交付金を目当てに誘致したい自治体はあるはずだ、とのもくろみも聞かれる。足元を見て助成金で「買収」するかのような姿勢は看過できない。
 信頼がなければ協力は得られないと自覚すべきだ。無責任な原発推進を省み、国民の過半が望む脱原発へと政策を転換し、再生エネルギー政策を具体的に示すことが解決への大前提。原発を稼働させれば核のごみは増え続ける。その事実に向き合わないで処分を押しつけるのでは理解を得られるはずがない。


広島原爆 被爆者取材書簡750枚「灰墟の光」著者に訴え
元資料館長、ユンク氏に送る
 広島原爆の被害実態を伝えた世界的ベストセラー「灰墟(はいきょ)の光」(1959年)の執筆材料となった書簡の写しが広島市で見つかった。著者のロベルト・ユンク氏(1913〜94年)の通訳を務めた元広島原爆資料館長、小倉馨氏(20〜79年)が被爆者らへのインタビューなどを記録しユンク氏に送ったもので、研究者らは「被爆者の肉声や復興に向かう広島の姿をとらえた貴重な資料」として年内の書籍化を目指している。
 小倉氏は1920年に米シアトルで生まれた日系2世。戦後は米国政府機関を経て60年に広島市職員になり、70〜72年に原爆資料館長を務めた。
 英語が堪能で、ユンク氏が執筆で広島を訪れた57年5月に2週間、通訳や案内を務めた。以後もユンク氏の依頼で原爆関係の新聞記事の英訳や医師、市民団体関係者へのインタビューを書簡にまとめ、59年10月までにA4判で830枚以上をオーストリアにいるユンク氏に送った。書簡はユンク氏の手元にはほとんど残っていなかったが、広島市にある小倉氏の自宅から昨年までに約750枚の写しが見つかった。
 「青空教室」と題した59年6月の書簡では、爆心地から約400メートルにあり約400人の児童が亡くなった広島市立本川小学校(当時は本川国民学校)の教頭の日記を引用。被爆翌年に児童45人で再開した授業を「そこは裸の地面で、廊下との区別はない。風や雪が吹き込み、児童らは傘を差して授業を受けねばならなかった」と記した。
 被爆者の苦しみを伝える新聞記事も多く盛り込まれた。「原爆症を恐れ自殺?」が見出しの59年4月の記事は、自殺した大学生の家族の話として「彼は原爆の話題がラジオから流れるとすぐにスイッチを切った。原爆症患者になるのを恐れていた」と伝えていた。
 初代原爆資料館長の長岡省吾氏や広島市の平和記念公園内にある「原爆の子の像」建立に尽力した河本一郎氏ら、復興期を支えた各界関係者にも聞き取りをしていた。56年5〜6月、原子力の利用価値を宣伝する「原子力平和利用博覧会」の開催決定を知らせる書簡では、「(原爆被害の)実態を隠そうとするこうした行動は怒りを呼び起こした。私達は強く抗議しなければならない」と小倉氏の感想も書き込まれていた。
 分析している若尾祐司・名古屋大名誉教授(ドイツ文学)によると、大半は本に盛り込まれず、現存しない資料の内容もある。若尾名誉教授は「小倉氏が書簡を送った50年代後半は白血病など原爆の後(こう)障害が表れ始める一方、原子力の平和利用が叫ばれていた。人々の心情を読み解くことができ、現代に警鐘を鳴らす内容も多い」と話している。【山田尚弘】
ロベルト・ユンク氏
 ドイツ生まれの作家・ジャーナリストで、戦後、原子力産業や核問題をテーマにした著作を発表。1957〜80年に広島を5回訪問した。「灰墟の光−甦(よみが)えるヒロシマ」(日本語版は61年出版)では、被爆10年後に白血病になり、12歳で亡くなるまで千羽鶴を折って回復を願った佐々木禎子さんを初めて世界に紹介した。


長崎市長 政府に核禁止条約参加求める 平和宣言骨子発表
 長崎市の田上富久(たうえ・とみひさ)市長は31日、長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で読み上げる平和宣言の骨子を発表した。国連で採択された核兵器禁止条約の意義を訴えるとともに、核保有国や核の傘の下にいる国に対し、核兵器に依存する安全保障政策の見直しを要請。条約の交渉会議に参加しなかった日本政府に条約への参加を求める。
 宣言では、全体の半分近くを条約に関連した内容に割く。田上市長は記者会見で「被爆者の長年の訴えが一つの形になったのが条約の採択で、被爆地長崎にとって非常に大きな出来事だった。しかし、まだ(核兵器廃絶の)入り口に立ったに過ぎず、今後実効性を持たせていくことが重要。歴史的な条約の意義について、より多くの一般市民に知っていただきたい」と話した。
 宣言の内容は、被爆者や学識経験者らでつくる起草委員会が5月以降、3回の会合を開き、検討してきた。起草委では、安倍晋三首相が2020年の改正憲法施行を目指す考えを示したことに対し「改憲の動きを批判すべきだ」とする意見が出ていた。骨子には、政府に対し憲法の平和理念を世界に発信するよう求めることを盛り込んだが、田上市長は憲法改正問題への直接的言及はしないことを明らかにした。また、昨年の宣言と同様に、核保有国など各国の首脳に被爆地を訪問するよう呼びかける。【浅野翔太郎、加藤小夜】


残業代ゼロ容認撤回 過重労働規制こそ優先を
 働く人を守る労働組合として当然の結論だ。高収入の一部専門職を残業代支払いなど労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」を条件付きで容認していた連合が、容認を撤回した。
 「残業代ゼロ法案」として批判されてきた労働基準法の改正案だ。連合はぶれた姿勢を反省した上で、従来通り反対を貫き、労働者を守る原点に立ち返るべきだ。
 一方で政府は、連合が要請した休日確保措置などを盛り込んで修正する方針だ。残業規制を含む働き方改革関連法案とセットでの成立をもくろんでいる。水と油のような両法案を切り離し、過重労働や残業時間の規制を優先して徹底審議するよう強く求める。
 連合は「残業代ゼロ法案」に一貫して反対してきたが、13日に神津里季生会長が安倍晋三首相に一転して修正案を示し、7月中に修正に合意する方向となっていた。しかし、組織内で十分な議論をしないまま執行部が方針転換をしたことに、傘下の組合や過労死遺族などから予想以上の猛反発をくらっていた。
 「安倍1強」の中で、原案通り成立するよりは妥協して修正案を出す方が得策との考えが働いたようだ。だが、支持率が低下して屋台骨がぐらついている安倍政権に、結果的に助け船を出した形になっていた。
 労働者を守る組織として存在意義を見失った独断は、厳しく非難されるべきだ。目を向けるべきは、政権にすり寄ることではなく、働く者の健康と権利を守ることだ。
 連合が要請した条件は、年収1075万円以上の専門職に、「年間104日の休日」を義務化した上で「連続2週間の休暇取得」「勤務間インターバルの確保」「臨時の健康診断」など4項目から労使に選ばせる内容だった。
 しかし、新制度導入を推進する経団連は、第1次安倍政権時代に「年収400万円以上」と主張していた。一度、新制度が成立してしまうと、アリの一穴で制限は緩和され、長時間労働が増えていくのは火を見るより明らかだ。
 政府は連合の主張を取り込み、秋の臨時国会に提案する構えだ。2015年に提案後2年以上一度も審議されてこなかったので、まずは審議入りを目指す狙いなのだろう。
 政府が狡猾(こうかつ)なのは、残業時間の上限規制を盛り込んだ「働き方改革法案」と、新制度を導入する「労働基準法改正案」を一本化して一括審議を図る点だ。残業規制を人質にしているとしか思えない。
 最優先すべきは長時間労働の抑制だ。法案を切り離して別個に審議した方がいい。
 過重労働の改善は喫緊の課題であり、時代の要請である。県内484企業を対象にした調査でも56%が働き方改革に取り組んでいると答えた。
 働く者の健康や生命に関わる残業時間抑制の法案を優先して早期に成立させ、残業代ゼロ法案は廃案にすべきだ。


労働時間規制緩和/労働者を守る原点に返れ
 一部の専門職を労働時間の規制から外す「高度プロフェッショナル制度」を含む労働基準法改正案について、連合は条件付きで容認する方針を撤回した。連合は新制度の修正を政府に要請し、政労使による合意を目指していたが、異論が相次いだためだ。連合は迷走を招いた判断の誤りを反省し、労働者の権利を守る原点に返ってほしい。
 連合は「残業代ゼロ」で労働者を働かせる制度だとして新制度に反対してきたが、神津里季生会長が安倍晋三首相に健康確保措置を拡充する修正案を示し、7月中に政労使のトップ会談で修正に合意する方向となっていた。しかし、傘下の労働組合などから反対の声が続出したため、27日の中央執行委員会で方針を転換した。
 政府は秋の臨時国会に新制度を柱とする労基法改正案を提出して成立を図る方針だが、連合が再び反対の姿勢を明確にしたことで、見通しは不透明となってきた。
 新制度の対象は、年収1075万円以上の金融ディーラーや研究開発職など「働いた時間と成果の関連性が高くない」とされる専門職。法定労働時間を超えて働いても深夜・休日勤務をしても、残業代が支払われない。
 連合の修正案では、新制度が定めている健康確保措置を強化し、年間104日の休日の確保を義務付けることなどを盛り込んだ。しかし、修正案は企業に対する要求が緩やかだと指摘を受ける。「新制度には反対」と言いながら政府に修正を求めるやり方そのものも分かりにくかったのではないか。
 執行部が政府と水面下で折衝し、修正を要請する直前まで組織内に説明しなかったことも、独走だとして不信感を高めている。修正提案は、新制度の導入が阻止できないなら少しでも良い制度にするという判断だろう。
 しかし、改正案の国会審議が2年以上も先送りされている状況で、判断は正しかったのか。野党側からは、連合は安倍政権に接近し過ぎているとの批判がある。政権との距離感に問題はなかったかチェックも必要だ。
 神津会長は組織内に混乱を招いたとして謝罪した。経緯を丁寧に説明し信頼を回復する努力が欠かせないが、果たして納得が得られるだろうか。何らかのけじめをつけるよう求める声が高まるかもしれない。
 新制度の内容を再検討すると、政府は時間に縛られない効率的な働き方ができると説明するが、違法なサービス残業がはびこる現状では、新制度は長時間労働を助長する懸念が強い。政策の順番として、長時間労働の抑制を先行させるべきではないか。
 年収要件が引き下げられ、適用対象が拡大される可能性も否定できない。経団連はしばしば年収要件の引き下げに言及してきた。新制度をアリの一穴として、残業代ゼロの働き方を広げるのが経営側の本音ではないかと疑われても仕方ない。
 これほど働く人に影響の大きい制度を十分に議論しないまま導入するようなことがあってはならない。連合はあらためて新制度の問題点を厳しく指摘すべきであり、政府も労基法改正案の成立を急いではならない。まず徹底的に議論することが必要だ。


公文書管理見直し 説明責任果たせる指針に
 年金記録の紛失をはじめ、薬害肝炎に関する資料を患者に告知しないまま放置したり、海上自衛隊の航海日誌が保存期限前に破棄されたり。そうしたずさんな公文書管理の実態が相次いで明らかになり、2009年に成立し、11年に施行されたのが公文書管理法である。
 同法では公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と位置づけ、政策決定過程について「国民に説明する責務が全うされるようにする」との目的を掲げている。あらためて、法制定の原点に立ち返る必要があるだろう。
 政府は年内に公文書管理のガイドラインを見直すとして、今月から有識者による議論を始めた。法の制定時から日本の公文書管理は欧米各国に比べ、保存や廃棄の判断基準や権限が曖昧と指摘されていたが、安倍政権下でさらに国民の厳しい視線が注がれるようになっている。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題では、情報公開請求に対して「廃棄」を理由に非開示とした日報のデータが残っていることが後に判明して混乱し、稲田朋美防衛相の辞任に至った。学校法人「森友学園」への国有地売却を巡っては財務省が学園側との面会・交渉記録を廃棄したとして、国有地を約8億円も値引きした経緯の検証が困難になっている。
 愛媛県今治市への獣医学部新設計画を巡っては、野党が学校法人「加計学園」が不当に優遇されたと追及したのに対し、政府は否定したが、内部の議論や省庁間のやりとりについて「記録はない」「記憶にない」として証拠が示せず、問題が長期化した。
 政府が記録を残して示さなければ、国民は政策決定過程の是非や国の行為の適法性を判断できない。記録がなければ「政権に都合が悪いから隠しているのだろう」と国民の不信を強めるだけだ。
 PKO日報や森友学園の問題では、公文書の保存期間を「1年未満」と設定すれば省庁の独断で廃棄できる抜け道があることが明らかになった。加計問題では文部科学省の内部文書が問題になったが、菅義偉官房長官は「個人のメモと聞いている」として、行政文書に該当するかどうかの明言は避けた。
 有識者でつくる政府の公文書管理委員会では、保存期間を1年未満とする場合の基準をより明確化することや、行政文書と個人メモの区別などを議論するという。懸念されるのは、行政文書と個人メモの線引きによっては保存・公開の範囲が狭められる可能性があることだ。
 個人メモでも重要な意思決定が記録されている場合は行政文書として保存するよう、現在のガイドラインには示されている。公文書を保存・公開するのは国民への説明責任を果たすためであり、法の精神に沿った見直しにしなければならない。


相模原事件1年  根強い偏見をなくそう
 なぜ、こんな非道な事件が起きたのか。答えは見つからないままだ。
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺され、職員2人を含む26人が重軽傷を負った事件から、1年が過ぎた。
 衝撃が大きかったのは、犠牲者の数が殺人事件として戦後最悪だったからだけではない。逮捕された元施設職員の植松聖(さとし)被告が「障害者なんていなくなってしまえ」などと話し、憎悪と差別意識を隠そうともしなかったためだ。
 醜い偏見はどのようにして生まれたのか。私たちの社会の中に根強くあるものではないか。事件が突き付けた重い問い掛けに目をそらさず、正面から向き合わなければならない。
 植松被告は昨年7月26日未明に園に侵入し、障害の重い入所者を選んで次々に襲った。今も重度障害者を「人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在」だと見ているという。
 検察側の精神鑑定は、万能感を持つ「自己愛性パーソナリティー障害」に伴う空想などが影響した可能性を示したが、本当の動機は不明だ。
 公判では被告の真意に迫り、凶行に至った経緯や差別意識の形成過程を明らかにしてもらいたい。
 事件で問題視されたのは、措置入院の在り方である。犯行前に被告が措置入院し、退院後に園を襲ったからだ。
 厚生労働省は、自治体が医療機関や警察などと共に退院後の支援計画を作り、相談指導を行うとする精神保健福祉法改正案をまとめた。
 これに対して、当事者団体や学会などから「監視強化」や「医療の治安維持化」につながるとの批判が出ている。
 犯行を精神障害のせいにすれば、偏見がさらに強まるとの懸念はもっともだ。精神科医療に犯罪防止を担わせる危険性も見過ごせない。国会で慎重に議論すべきである。
 事件後、インターネット上には植松被告の主張を支持する書き込みがあふれ、それはまだ続いている。
 被害者の名前が家族の希望で匿名発表となった背景に、社会の冷たい目があったのを忘れてはならない。入所者や家族が負った心の深い傷は、今も癒えない。
 共同通信が行った全国アンケートでは、知的障害者の家族の7割近くが「事件後、障害者を巡る環境の悪化を感じた経験がある」と回答した。
 政府が先月公表した障害者白書は、障害の有無に関係なく誰もが尊重される「共生社会」の実現が重要だと訴えている。
 障害者が地域の中で暮らし、身近な存在になることで、障害への理解が深まるのは確かだろう。だが、障害者の自立した生活を支えるサービスは十分ではなく、地域で暮らすハードルは高い。
 偏見を取り除き、誰もが希望する環境で暮らせるようになるには、どうすればいいのか。社会を挙げて克服しなければならない。


「障がい者はこの世から全て消えて」 NHKで紹介された意見に「辛辣すぎる」の声
「障がい者は目障りかつ邪魔」「精神障がい者は人を刺す」そんな意見がNHKの番組で読み上げられたと話題になっている。
この放送について障がい者差別を助長するのではないか、と心配する人がいる一方で、差別する側のホンネを取り上げ議論したNHKのチャレンジ精神を評価するなど賛否両論が交わることになった。
「知的障害者は嫌い、独り言も不気味」(NHK『ハートネットTV』公式HPより)
「知的障害者は嫌い、独り言も不気味」(NHK『ハートネットTV』公式HPより)
相模原の事件の親族たちは「ホッとしている」?
その番組はNHKの福祉情報番組「ハートネットTV」(2017年7月26日放送)。16年7月26日未明に相模原市の知的障害者福祉施設で起きた、元施設職員(当時26歳)による19人の刺殺事件から1年ということで特集が組まれた。
番組ではこの事件に関する意見を募集していて、約1000件が集まった中から16歳の時に事故に遭い車椅子生活をしている詩人・作家の豆塚エリさんはこうしたコメントを読み上げた。
「障がい者は私たちプロの社会人戦士から見たら、目障りかつ邪魔以外なにものでもありません。お願いですから障がい者はこの世から全て消えてください」
そして、相模原の事件の容疑者の考えに賛成という意見として、
「正直、今の日本に障がい者を保護する余裕はありません。普通の人でも生きるのが精いっぱいなのに、生産性のない障がい者を守ることはできません」
この意見に対し豆塚さんは、
「こんな事をどうして言えるのかな?という思いと、言わなくちゃいけないこの人は、かわいそうだ」
とコメントした。
この他の意見としては、相模原の事件で殺された人たちの親族は「ホッとしているのではないか」や、30代の精神障害を持つ人が婚活パーティーに参加したところ、自分の事も満足にできない人が恋愛をしてもいいのか、イライラしたら人を刺すんじゃないのか、と言われ号泣したという報告があった。
この番組では冒頭に、障がい者の存在を否定する意見が寄せられているため、それに向き合い差別や偏見について本音で話し合いたい、としていた。討論に参加したのは障がいを持つ人とその保護者数人で、こうした視聴者の意見が紹介されると女装パフォーマーのブルボンヌさんは、「ここまで(意見の紹介を)やられるのか」「動揺している」などと感想を述べていた。
「ネット上で留めて置く意見」という感想も
番組の最後では、健常者は障がい者に対し「呪い」のような言葉を浴びせているが、今は健常でもいつか障害を負ったり、家族や親しい人が障がい者になる可能性もあるし、老いると動けなくなったりもする。
「自分がその立場になったら、と考えてほしい」
とし、障がい者を認めることが巡り巡って自分を認めることになる、と結論付けた。
ネット上では、「NHKは露骨過ぎる」などといった声があがり、
「さすがに辛辣すぎ。ネットでとどめておくべきだろこれは」
「こんな刺激的な言い草が天下のNHKで紹介されたら、増えてきた意見、とか解釈されて、障害者に不満抱えてる奴が共感覚えて過激思想を正当化しかねんでしょ?」
「色んな意見を取り上げるのがバランス良いという判断なんだろうけど、これはそのままヘイトになっちゃうからなあ」
といった意見が出る一方で、
「NHK見直した」
「『情けは人の為ならず』だよ。誰かを助けるのは自分が何かあったときの為の保険でもあるんだよ」
「障害者の家族は社会に貢献してる一人の市民だろ。その家族が障害者に生きていて欲しいと願ってるんだよ。どうしてそれがわからないのか」
などと番組に賛同する声も多い。この番組は、17年8月2日13:05〜13:35に再放送される。


【朝鮮学校無償化】教育の機会均等にかなう
 国が朝鮮学校を高校無償化の対象外としたのは違法として、大阪朝鮮学園が処分の取り消しと適用の義務付けを求めた訴訟の判決が大阪地裁であり、原告側が全面勝訴した。
 国は北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)との関係を挙げ、生徒への就学支援金が授業料に充てられない懸念があると主張していた。しかし政治的、外交的思惑を教育に持ち込むのは望ましくない。
 今回の判決は教育基本法で定めた「教育の機会均等」を重視した、まっとうな判断と言える。
 高校無償化制度は旧民主党政権が2010年に導入。公立高で授業料を徴収せず、私立高生らには就学支援金を支給する。当初は朝鮮学校も審査の対象だったが同年11月、北朝鮮による韓国砲撃で手続きが中断。政権交代で第2次安倍内閣となった後の13年に対象外とされた。
 理由について、当時の下村博文・文部科学相は「拉致問題が進展しておらず、国民の理解が得られない」などとした。確かに早期解決を求める日本の訴えに真摯(しんし)に向き合わない北朝鮮は、非難されてしかるべきだ。それでも在日朝鮮人の子どもたちに拉致問題の責任はない。拉致問題を絡めて無償化の是非を判断したのは妥当とは言えない。
 日本が批准している国連の人種差別撤廃条約も、教育に関する権利を平等に保障するよう求めている。朝鮮学校の無償化除外はこの趣旨に反するとして、国連の委員会が懸念を表明した経緯もある。
 日本が北朝鮮の非道を訴えるに当たっても、人種差別撤廃条約など国際社会が認めたルールにのっとった教育を実践していればこそ、理解や共感は一層得られるはずだ。
 同種の訴訟は複数起こされている。大阪地裁に先立つ広島地裁の判決は国の主張を追認。「対象外とした国の判断に裁量範囲の逸脱、乱用はない」として、原告側の全面敗訴という正反対の結果だった。
 だが、仮に国が言うように「無償化の資金が授業料に充てられない懸念」があるのだとしたら、その都度調査し是正すればいい。
 実際に大阪地裁は大阪朝鮮学園について、私立学校法に基づき財産目録、財務諸表などを作り、理事会も開いている▽学園が運営する大阪朝鮮高級学校も、法令違反による行政処分を受けたことがない―と指摘。無償化の除外は違法で無効と結論付けている。
 朝鮮学校という理由で、一律に除外する根拠は薄いのではないか。国は大阪地裁の判決を踏まえ、無償化制度の在り方を見直すべきだ。
 拉致問題や核開発、最近の相次ぐミサイル発射を受けて、北朝鮮に対する国民感情はさらに厳しくなっていよう。だからといって、それらと直接関係のない子どもたちの教育の機会均等が、制限されるようなことはあってはならない。
 判決は今後、東京、名古屋地裁や福岡地裁支部でも言い渡される。平等と寛容の精神が試されている。 


明朗会計 政治家パーティーの理想像
 ★国会が複雑な様相を見せる中、30日、京都のホテルで昼に異例な政治家のパーティーが開かれた。共産党国対委員長・穀田恵二の「議会制民主主義の発展をめざし穀田恵二君の国対委員長20年を祝う集い」だ。各党のこの20年間の議運・国対関係者、衆院正副議長らが顔をそろえた。現職の国会議員だけで与野党40人程度が集まった。パーティーのスタイルは通常の政治家のスタイルとは異なり、着席で食事が供された。会費は参加費1万5000円。政治家の場合、政治資金規正法第8条に基づく政治資金パーティーが慣例で、いわゆる資金集めパーティー、来賓たちは会費以上を包む習慣があるが、このパーティーは誰もが同じ会費で記名の領収書が発行された。 ★中央のテーブルだけ見ても元衆院議長・河野洋平、同・横路孝弘、同・伊吹文明、衆院正副議長・大島理森、川端達夫、自由党代表・小沢一郎、民進党代表代行・安住淳、自民党幹事長・二階俊博、衆院予算委員長・浜田靖一とそうそうたる顔ぶれ。議長公邸での会談を見るような状態だ。ほかにも自民党国対委員長・竹下亘、共産党からは副委員長・市田忠義、書記局長・小池晃らがそろった。「この場で与野党幹事長、書記局長、国対委員長会談ができるほど」(出席した1人)。一方であまりにも重鎮が集まりすぎて映画・スター・ウォーズの「マスタージェダイとヨーダが集まったよう」との声も出た。 ★国対政治とは与野党の表と裏の調整に動く人たちを指す。国対は議会運営の段取りを整える場所だ。25年前の国対は55年体制の中、金が飛び交うところだった。その後の近代国対を作り上げリードしたのは穀田そのものだった。裏取引を受け付けず、説明のつく筋の通る国対を与党に諭し続けた。出席者の1人は「政治家のパーティーの理想像を見せられた。赤字だったのではないかと思うが共産党がパーティーをやればこういう形になると教えられた気持ちだ。明朗会計、誰もが納得する良い会だった」。真昼のパーティーはこれからの議会の国会に道筋をつけたか。

議会制民主主義の発展をめざし 穀田国対委員長20年のつどい 与野党政治家、各界代表出席
 「議会制民主主義の発展をめざし、こくた恵二君の国会対策委員長20年を祝うつどい」が30日、京都市内で開かれ、自民党から共産党まで与野党の政治家や京都の各界各層の代表ら約300人が出席しました。
 発起人は、河野洋平元衆院議長、大島理森衆院議長、川端達夫衆院副議長、ジャーナリストの田原総一朗氏の4氏。穀田氏はあいさつで「私の信条は『わだつみの悲劇』を再び繰り返すまいだ」と話し、憲法前文に不戦の決意と主権在民が明記されているように「政治の最大の目的は戦争をしないことだ」と述べました。その上でつどいでは議会制民主主義の役割について大いに意見交流していただきたいと呼びかけました。これを受け、各党の国会議員らが発言。河野元議長は、「少数政党でもその後ろには多くの国民の支持がある。少数意見の尊重が議会制民主主義にとって重要だとみんなが理解し、議論が行われるべきだ」と述べました。
 大島議長は、「憲法、国会法、規則、先例にもとづく穀田氏の正論には教わることも多い」とのべました。
 田原氏は「安倍内閣は一強多弱の時代が長く続きすぎた。緊張感が緩み、ずうずうしくなった」と政局にふれた上で「共産党は森友・加計といった国民から見てアンフェアに映るところへの追及も鋭いし取材力もある。チェック機能としては非常に信頼している」と話しました。
 また、穀田氏の大学時代からの友人でシンガー・ソングライターの杉田二郎さんは、1970年につくった歌「戦争を知らない子供たち」がいまに生きていると述べ、披露しました。
 つどいには京都の山田啓二府知事、府議会議長らも参加。日本共産党からは小池晃書記局長をはじめ多数の国会議員、地方議員らが出席しました。


オードリー若林が新自由主義へ疑問を抱きキューバ旅行…若林がキューバで感じた競争社会への向き合い方とは
 先日、『オードリーのオールナイトニッポン』(6月11日放送分/ニッポン放送)で「日本人って、メチャクチャ忙しい人のことをすごく偉いと思ってるじゃない? 『なんか頑張ってるね〜』みたいな。何が偉いんだろうな、あれな」と、過重な労働を賛美し、それを強制する日本社会に対して疑問を呈したオードリーの若林正恭。この発言は大きな話題を呼び、本サイトでも取り上げたが、そんな若林がキューバを旅したエッセイ集『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(KADOKAWA)を出版した。
 2015年にアメリカとの国交が回復して以来、キューバは人気観光地のひとつとなっているが、若林がタイトなスケジュールの間隙を縫ってわざわざキューバまで出向いたのはそんなことが理由ではない。
 若林は以前から、「裕福な暮らしをするために死ぬ気になって働く」といった価値観に疑問を持ち続け、事あるごとにそういった考えへの違和感を口にしてきている。たとえば、エッセイ集『社会人大学人見知り学部 卒業見込』(KADOKAWA)ではこのように綴っていた。
〈テレビのお仕事を頂くようになって間もない頃、スタジオで有名人のお宅訪問的なVTRを見ていた。その有名人の自宅や家財道具がいかに高級なものであるかを紹介するVTRだった。
 ぼくはそれを見ていて「どうでもいい」という感情がハッキリと芽生えたことに怖くなった。自分が隠れキリシタンであることをバレないようにしているような気分だった。そのVTRに対するコメントを求められた時に「どうでもいい」とは勿論言えず、言葉を探すのにとても苦労した。〉
『社会人大学人見知り学部 卒業見込』は2013年に出版された本だが、それから時が経つにつれ、若林は、行き過ぎた拝金主義であったり、ブラック企業問題であったり、格差に関する問題であったりといった、自分が日本社会に対して感じる違和感の大元が「新自由主義」という考え方やシステムのせいなのではないかということに思い至るようになる。
〈ぼくは20代の頃の悩みを宇宙や生命の根源に関わる悩みだと思っていた。それはどうやら違ったようだ。人間が作ったシステムの、一枠組みの中での悩みにすぎなかったのだ。
「ちょっと待って、新自由主義に向いてる奴って、競争に勝ちまくって金を稼ぎまくりたい奴だけだよね?」
(中略)
 日本に新自由主義は今後もっと浸透していくと頭の良い人が本に書いていた。おまけに、AIが普及するとさらに格差は広がるらしい。
「超富裕層の資本家になる準備はできてる?」
「富裕層ではないけど、それなりに人生を送る準備はできてる?」
“みんな”が競争に敗れた者を無視しててんじゃなくて、新自由主義が無視してたんだ。
「なんだ、そんなことだったのかよ!」〉(『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』より。以下同)
オードリー若林がキューバに向かった理由とは?
 そこで、このキューバ旅行計画が生まれてくる。現代の日本人とは違い、人生を「勝ち組」「負け組」などと簡単に二分してしまうような価値観を持ち合わせていない人々はいったいどんな暮らしをしているのだろうか? 若林はそれを見に行ったのだ。
〈では、これがただのシステム上の悩みだったとして、他のシステムで生きている人間はどんな顔をしているんだろう? 東京も、ニューヨークも、ソウルも、台北も、スターバックスとマクドナルドがあって、みんな同じ顔をしていた。
 とにかく、このシステム以外の国をこの目で見てみないと気がすまない。このシステムを相対化するためのカードを一枚手に入れるのだ。〉
 若林はハバナの革命博物館やカバーニャ要塞やチェ・ゲバラの住んでいた邸宅といった一般的な観光地から、現地の人々が通う闘鶏場などのディープな観光スポットを色々な人の助けを借りながら巡っていく。そのなかで事あるごとに感じたのが、無償の思いやりやサービスだった。東京でも高い質のおもてなしはあるが、しかしそれはあくまでも仕事であり、タダではない。それ相応の金額が発生するから高い質のサービスが生まれるのだ。でもキューバでは違った。その一例として若林は、闘鶏場に連れて行ってくれた現地の人とのこんなエピソードを綴っている。
〈こっそりと今日一日キューバを案内していただいたお礼をお渡ししようと試みたのだが、Lさんはぼくの肩に手を置き「何を言ってるんだ、僕たちもマサのおかげで休日を楽しめた!」と言ってそれを受け取らなかった。
 エダジマも「本当のキューバを知ってもらって嬉しかった。俺は日本は遠いから行かないぜ!」と言ってニカっと笑った。
 真心がダイレクトボレーで飛んできてぼくの心の網を揺らした。心と心が通じ合った手応えにぼくは胸をふるわせていた。それと同時に、サービスをお金で買わない感覚に鈍くなっている自分にも気づいた。〉
オードリー若林が感じた、キューバの良い点と悪い点
 キューバの街は日本のようにギラギラとした広告もないし、道も旧式のクラシックカーばかりが走っている。そんな街の様子に若林はいたく感銘を受ける。彼はハバナ湾に面したマレコン通り沿いのカフェで行き交う人々の様子を眺めていたときに感じたことをこのように綴っている。
〈この景色は、なぜぼくをこんなにも素敵な気分にしてくれるんだろう?
 いつまでも見ていられる。
 ぼーっと目の前の風景を眺めていると、なるほどそうか、あることに気づいた。
 広告がないのだ。
 社会主義だから当たり前といっちゃ当たり前なのだが、広告の看板がない。ここで、初めて自分が広告の看板を見ることがあまり好きではないことに気づいた。東京にいると嫌というほど、広告の看板が目に入る。それを見ていると、要らないものも持っていなければいけないような気がしてくる。必要のないものも、持っていないと不幸だと言われているような気がぼくはしてしまうのだ。
 ニューヨークに行った時もそうだった。
 ぼくはギラギラと輝く広告の看板やモニターを見て「死ぬほど働いて死ぬほど何かを買うことが幸福」という価値観がここから始まっているのではないかと感じたのだ。
(中略)
 広告の看板がなくて、修理しまくったクラシックカーが走っている、この風景はほとんどユーモアに近い意志だ。
 キューバの人たちの抵抗と我慢は、じめじめしていない。
 明るくて強い。〉
 ただ、旅を続け、様々な現地の人々と触れ合っていくうちに、キューバもそんなに良いことばかりではないことにだんだんと気がついていく。社会主義の国であるはずのキューバにも格差は確実に存在し、その格差は努力や競争ではなく「コネ」の有無によって決まっていくことを知ったのだ。自分の周囲に高い地位の人がいれば、良い家や配給が割り当てられるが、そうでなければ貧しい生活を強いられるという現実があった。
 若林は日本での苛烈な競争に疑問を感じてキューバを訪れたが、競争がなくすべての国民が平等なはずの国にも格差の問題はやはり存在していたのだ。
〈自分に尋ねた。競争に負けてボロい家に住むのと、アミーゴがいなくてボロい家に住むのだったらどっちがより納得するだろうか?と。そして、その逆も。もしかしたら「競争に負けているから」という理由の方がまだ納得できるかもしれなかった。
(中略)
 ただ、格差が広がって上位5%しか勝てないような競争は上位5%の人たちしか望んでいないのではないだろうか?
 月並みな言葉だけど、バランスだよな。
 だが、人類の歴史でそのバランスが丁度よかった国や時代など存在するのだろうか? 感じ方も人によって違うし、勝てている人にとってはその場所と時代が丁度いいのだろう。
 個人的には「めんどくさいから、中の上でいいんだよ」である。
 度を超した贅沢はしなくてもいい、度を超した努力もしたくない。だけど、エアコンがない家に住むのは辛い。こうやって書くとただのわがままだが、それを叶えたいならば今の日本では死ぬほど努力しないといけないのかもしれない。
「あぁ、めんどくさい」〉
オードリー若林のような考え方は弱肉強食の芸能界では貴重なもの
 キューバは決して楽園のような国ではなかったが、しかし、新自由主義的な価値観にまだ絡めとられていない社会を見てきたことには大きな意味があった。社会を生きていくうえで、自分が一番大切にしたいものは何かがわかったからだ。キューバから日本へ帰る機上で若林はこのように思いを綴る。
〈上空から見ると、本当に一面灰色の街だ。死に物狂いで格差社会の勝者になって、トロフィーワイフを連れて、ラグジュアリーなパーティーをしても空しいし、エアコンのない部屋に住むのも辛いし。どっちにしろ文句をつけて、自己責任から目をそらしているだけなのかもしれない。
 新自由主義の競争は疲れるし、社会主義の平等には無理があった。でも、それは行く前から知っていたような気がする。
 では、ぼくがこの目で見たかったものって何だったんだろう? 帰りの機内で考えていた。
 マレコン通りに集まる人々の顔が脳裏に浮かんでくる。ああいう表情は、どういう気持ちの時にする顔だろう?
 この目で見たかったのは競争相手ではない人間同士が話している時の表情だったのかもしれない。〉
 若林は『社会人大学人見知り学部 卒業見込』でも、競争社会に押し潰されないための意識改革について綴っている。そのなかで彼は、「結果」でなく「過程」に重きを置くことを提唱していた。
〈結果は値がすぐに変わる。いや、下がるんだ。毎日のように現場で一緒だった芸人仲間が数ヵ月すると会わなくなる。そんなことを何度も体験した。
 ぼくは、そんなことを体験するうちに「結果」というものを唯一の社会への参加資格としていたならば、値の変動に終止一喜一憂したまま人生を送っていかなければならない。と感じた。そして、「結果」というものが楽しく生きることにおいて自分にはあまり有効なものではないように感じ始めた。
 使えない。
 ぼくは「結果」以外の基準を探そうと思った。〉
 新自由主義がはびこる日本のなかでも、とくにお笑いや芸能界の激しい競争のなかを生き残ってきた売れっ子芸能人やお笑い芸人たちは、競争や成果主義を是とし、そういった価値観に異議を訴える者のなかには、「その人が弱いから」「努力が足りないから」などとなじる者は少なくない。
 そういった芸能人たちの発言は、強い影響力をもって世間の新自由主義的価値観の強化をも促してしまっている。そんななか、いまの日本社会にはびこる価値観を疑い、過酷な競争に参加し続けることのつらさを表明する若林の視点は、我々一般人にとって非常に貴重なものだ。
 今後、中堅芸人からベテラン芸人へと芸能界における立場が変わるにつれ、彼の価値観はどのようになっていくのか。変わらずにいてくれることを切に願う。(新田 樹)


安定感重視は表向き 8・3改造“ベテラン起用”本当の狙い
 稲田前防衛相の辞任でますますボロボロの安倍政権。8月3日に迫った内閣改造は苦境がにじみ出る陣容となりそうだ。森友・加計疑惑によるイメージダウンからの局面打開とされた当初の目的はすっかり吹っ飛び、今や「これ以上、支持率が下がらないための安定感」を重視。そのため、閣僚経験者が多めに登用されそうなのだ。
「稲田さんを筆頭に金田法相もそうですが、『シロウト大臣ではダメだ』というのが厳しい世論の見方です。それを払拭するためには、経験者にやってもらうのが一番いい。もっとも、それは表向きの理由で、ベテラン起用の本当の狙いは、党内の“反乱分子”の封じ込めのようです」(自民党関係者)
 安倍首相は「ポスト安倍」のひとり、岸田外相を早々に取り込んだ。2人きりで会談し、留任や閣内横滑り、もしくは党三役就任で話がついたとされる。岸田派の議員をポストに就けるなどの要望も聞き入れるとみられる。 問題は「ポスト安倍」のもうひとり、石破茂氏だ。安倍首相は政権批判を強めている石破氏を何としても取り込みたいと考えているらしい。
「入閣要請を受けたら、石破さんに『次』の目はなくなる。しかし、安倍首相から『党再生のために頼む』などと言われたら、もともと『党人派』の石破さんのことですから、断りにくいでしょう。断ったら、党員からも『党の危機に石破は自分のことしか考えていない』と批判されかねませんしね。外相や防衛相などの重要ポストを打診されたら、受けてしまいかねません」(石破氏に近い自民党議員)
 反乱分子としては他に、野田聖子氏や中谷元氏の入閣も検討されているという。女性の適任者がいないとされる中で、野田氏ならちょうどいいというわけだ。
「とにかく今回の改造は、挙党体制の演出がカギになってきている。各派閥にも最大限の配慮をして、派閥推薦の入閣待機組も受け入れざるを得なくなるんじゃないか」(前出の自民党関係者)
 封じ込め作戦は成功するのかどうか。“天敵”取り込みに失敗すれば、安倍首相はますます追い詰められることになる。


加計学園の急成長を支えた「特異なビジネス」と「政界人脈」 シリーズ【加計学園とは何者か】最終章
加計学園をめぐる「疑惑」は、衆参両院の閉会中審議を経ても決着をみることはなかった。学園の成り立ちを追った第一部、第二部に続き、第三部では「教育実業家」を自認した加計勉氏、そしてその跡を継いだ孝太郎氏らの「ビジネス」を読み解く。
5人の親族たち
戦後まもなく定められた私立学校法には、次のような規定がある。
〈役員のうちには、各役員について、その配偶者又は三親等以内の親族が一人を超えて含まれることになってはならない〉
つまり、ひとつの学校法人につき、理事以上の役職に就ける親族は最大2人まで、ということである。「同族経営化」を未然に防ぐための決まりだ。もっとも、帝京大学グループ(冲永家)や近畿大学グループ(世耕家)など、創業家の親族が代々要職を占める大手私学法人は少なからず存在する。
現在の加計学園とそのグループ学校法人・社会福祉法人の役員には、加計孝太郎理事長、その息子である役(まもる)氏と悟氏、孝太郎氏の姉である美也子氏、その息子である勇樹(勇輝)氏と、少なくとも5人の「三親等以内の親族」の名前がある。彼らは各人がそれぞれ別々の学校法人の理事長や役員を務めているため、そこに法的な問題はない。
とはいえ、創立者の加計勉氏が一代で築き上げた加計学園グループは、各法人がまるで「相続」されるかのようにして、今日まで歩んできた。例えば現在、加計学園が運営する倉敷芸術科学大学で副学長の要職を務める悟氏は、すでに報じられているように、同大学で獣医学系学科の講師を兼任している。
7月24・25日に行われた国会の閉会中審査では、「加計学園が今治市に獣医学部を新設することを、安倍総理がいつ知ったのか」さらに言えば「安倍総理が加計学園に何らかの便宜を図ったのか否か」という点のみがクローズアップされた。
だが一方で、こうした「同族経営」の私学に、国・自治体が多額の補助金を注ぎ込むことの是非は別に問われなければならないだろう。
「頼まれるから、後に引けない」
さて、加計勉氏から、長男・加計孝太郎氏への代替わりが見えてきた1990年代、加計学園はさらなる拡大路線を歩み始めた。平成になってグループが新設した学校・関連施設新設を列挙してみよう。
加計学園本体が運営する学校に(加計)、姉妹法人の高梁学園(2010年に順正学園に改称)が運営する学校・施設に(高梁)、関連法人の英数学館が運営する学校に(英数)、その他には(その他)と付記した。
学園創立者で孝太郎氏の父・加計勉氏は理事長を務めていた1996年、日本経済新聞によるインタビューで、記者の「なぜ、こんなに(学校新設に)積極的なのか」という率直な質問に答えている。
周知の通り、このころ日本の景気は下り坂にさしかかっていた。にもかかわらず、加計学園グループがわずか5年の間に吉備国際大学、倉敷芸術科学大学という2つの大学を新設したことを、世間は驚きとともに受け止めていたのだ。
〈無理をして拡大しているわけではない。県や市から要請があり、地元がなん十億円という資金を投じて用地買収、整備などの準備もしてくれるから後に引けなくなる。私も頼まれると『ひと肌脱がなくては』というタイプではある〉
さらにこの時、勉氏は大学新設の「戦略」や「勘どころ」についても明かしている。
〈(記者)ーー(大学に)個性があれば文部省も認めてくれる?
個性に加えて、時代に対応できているかどうかだ。コンピューター関連の学部にしても、一時は関心が高まったが、もうこの学部、学科はそろった感じだ。いまの人気は『看護』『療法』などで、宮崎でもこうした学科を設ける(注・その後の宮崎での経緯は後述)。
ーー学校経営のマーケティングが不可欠ということ?
そう。時代、社会のニーズから、地域の進学率、大学数、学部の性格などを綿密にみていけば見通しはつく。それでこそ時代に合った人材を養成できる〉
勉氏が自ら語っているように、1990年代以降、加計学園は時流に乗って看護系・福祉系の学校・学部学科を増やすなどの施策を打ち、急拡大を遂げていった。もちろん、誘致する自治体側の希望に学園側が応えようとしていたこと、また学園が打ち出す「ニーズに合わせた教育の提供」が、学園自身の興隆に寄与しただけでなく、地域や社会に対する貢献にもなったことを疑う余地はないだろう。
ただ、その事業の中には少なからぬ額の税金がなし崩し的に投じられた事例や、あるいはその是非が地元で激しい論争を招いた事例もある。
県知事が理事長の「吉備高原学園」
加計学園が本拠地を置く岡山県の行政を語るうえで決して無視できないのが、1972年から1996年、6期の長きにわたって県知事を務めた長野士郎氏だ。元内務官僚・自治官僚の長野氏は、戦後のいわゆる「昭和の大合併」を主導し、「地方自治の神様」の異名をとる辣腕官僚だった。
その長野氏が、岡山県知事就任直後にぶち上げた目玉政策が「吉備高原都市構想」である。岡山県中部に横たわる吉備高原の山中に、当時注目されていたバイオ関連企業などを誘致、「テクノポリス」と呼ばれる一大都市圏を作り上げるという壮大な計画で、構想委員会には、SF作家の小松左京氏など著名な識者が名を連ねた。
計画区域とされた土地は1800ヘクタール(東京ドーム385個分)、その中に「産業区」「居住区」「農用区」「センター区」など7つの区画を設ける。最終的な見込み人口は3万人、総事業費は745億円で、1980年代半ばから断続的に開発が始まった。
岡山県による吉備高原都市計画資料
この吉備高原都市は「人工都市」である以上、そこには学校も必要になる。構想の中の教育部門を担当したのが加計学園だった。
区画北側の山腹に、全寮制の「吉備高原学園高校」が開校したのは1991年。運営は岡山県などの地元自治体と加計学園が共同出資する第三セクター方式で、理事長に長野知事、学園長に勉氏が就任するという、全国を見渡しても前例のない「知事肝いり」の事業だった。
約50億円の学校建設費用は全額岡山県がもち、法人設立費用は県が2750万円、加計学園が2000万円を負担したという。もちろん、学校職員は大半が加計学園からやってきている。
全寮制・単位制という珍しいシステムを採用した吉備高原学園高校には、当初から意図していたわけではなかったが、他の学校に馴染めなかった不登校の生徒、中退経験者といった生徒がやがて全国から集まるようになった。
吉備高原都市構想には、中国銀行やバイオ企業の林原など、地元岡山を代表する企業も参画・出資していた。そうした中で、系列校でも唯一となる全寮制高校を開くことは、加計学園にとってもチャレンジングな事業であったことは間違いない。しかし——。
バブル崩壊で、公共事業費の大盤振る舞いを続けた長野知事の県政はあっという間に行き詰まった。気がつけば岡山県は全国最悪の財政難に悩まされるようになり、歳出を削らなければ「財政再建団体」転落、つまり破綻も避けられない情勢となった。県民は「野放図なハコモノ投資を行った長野知事の責任だ」と追及の声をあげた。
吉備高原都市構想も頓挫した。町の建設開始から10年が経っても、住宅区画はほとんどが売れ残り、人口はわずか2000人にしか増えない。大企業や大手商業施設が進出してくるはずもなく、町の中心に建つ商業ビル「きびプラザ」はテナントが埋まらず歯抜け状態となった。1996年に長野氏が知事を引退するとともに、計画は根本から見直され、翌97年の県行政改革大綱で事実上凍結された。
現在も、同地にある吉備高原学園は加計孝太郎氏の次男・役氏が学園長、岡山県知事で元天満屋社長の伊原木隆太(いばらぎりゅうた)氏が理事長に就いて運営されている。2007年6月には、鈴木宗男元衆院議員の元秘書で、現在は加計学園系列校の千葉科学大学危機管理学部教授を務めるムウェテ・ムルアカ氏が訪れて講演を行った。
「地方移住」「田舎暮らし」が注目を浴びるようになった現在、かつてと比べ格安で土地が売り出されていることもあり、吉備高原都市には再び少しずつ移住者が増え始めているという。だが、依然として住宅区画には広大な空き地が広がっており、巨大な公共施設にも人の姿はまばらだ。
現在も吉備高原学園高校には300人あまりの生徒が在籍し、勉学やさまざまな活動に励んでいる。その教育的意義は確かにあるだろう。しかし同学園を包括し、加計勉氏もまたその夢を賭けた、壮大な未来都市構想そのものは多額の税金を呑み込んだすえ、未完に終わった。
市民を二分した「幻の大学構想」
加計学園グループの大学が地元の反対運動に直面し、開学を断念した前例もある。
加計学園が千葉県銚子市に千葉科学大学を開学した翌年の2005年春、孝太郎氏の姉・美也子氏が理事長を務めるグループ法人のひとつ高梁学園(現・順正学園)が、宮崎県日向市で4年制大学の新設計画を突如明らかにした。開学予定は2年後の2007年4月に設定された(注・今年に入り、美也子氏は「加計学園と順正学園は勉氏の没後、決裂した」と証言している)。
前述したインタビューで勉氏が語ったように、加計学園グループにとって、宮崎県は本拠地の岡山県・広島県以外で初進出を遂げた地である。美也子氏と、当時の日向市長の黒木健二氏は4月25日に合同記者会見を行った。
黒木氏は「大学の誘致を望む住民の声もあり、昨年(2004年)10月からアプローチしてきた。地域経済の起爆剤になる」(2005年4月26日、宮崎日日新聞)と、あくまで「大学誘致は地元の強い要望に応えるものだ」と強調した。
しかし、日向市の近隣自治体である延岡市には、すでに1999年に同じ高梁学園が運営する九州保健福祉大学が設けられていた。同大学が新設された際には、総事業費114億円のうち、79億9000万円を県と市が持っている。決して軽くはない負担である。
さらなる大学新設に対し、同年夏の日向市議会では議員たちから疑問が噴出。黒木市長は「校舎建設費や運営費用への補助については、合併特例債の活用も検討しており、すでに国と協議も始めた」と説明している。
現在議論されている愛媛県今治市での岡山理科大学獣医学部新設においても、愛媛県と今治市が96億円を上限に建設費用を負担する予定になっており、この点も「加計学園問題」の一環をなしている。2005年当時に日向市が模索したという「合併特例債を大学建設費用に使う」とのプランは、要するに「市の名義で借金をしてまで大学を作る」ようなものだ。控えめに言っても異例の対応である。
およそ6万人の市民は、賛成派と反対派に割れた。反対派は市民団体「日向市まちづくり100人委員会」を結成し、「大学誘致の発表に至る経過を具体的に示すべき」という趣旨の質問書を市に提出。さらに、10月には4581人の署名を集め、大学設置の是非を問う住民投票の実施を要求した。
一方の賛成派陣営も、当時の市商工会議所会頭を代表に据えた「日向市の発展を考える会」を設け、1万人強の誘致賛成署名を集めた。
だが、高梁学園は反対派からの批判というよりも、こうした騒動が巻き起こったことそのものを重く見て、自ら計画を取り下げた。2005年11月末、加計美也子理事長と黒木市長は大学設置を断念すると発表。当時の美也子氏の説明はこう記録されている。
〈6万人の市で5000人近くが”反対”している中では、先生も学生も快適と言えない。設置にふさわしくない環境と判断した〉(2005年11月30日、読売新聞)
政治は誰のためにあるのか
今治市の岡山理科大学獣医学部新設について、それを推進する側の政府関係者、また前愛媛県知事の加戸守行氏は「獣医不足に悩む四国において、獣医学部の誘致は地元の悲願だった」との証言を国会で行った。ただ、それがどのような水準における「悲願」なのかーー行政関係者だけでなく、一般の市民も誘致を望んでいるのかーーは判然としない。
少なくとも、昨年11月に募集された獣医学部新設に関するパブリックコメントでは、寄せられた意見のうち約75%が獣医学部新設に反対するものだったという事実がある(なおパブリックコメントの関連資料は、今年1月18日に行われた国家戦略特区特別委員会で配布されている)。
このとき積極的に意見を寄せた中に、日本獣医師会関係者などの新設反対派が多かったおそれはある。とはいえ、その可能性を差し引いても、多額の税金を加計学園に提供することに慎重な一般の今治市民が、無視できるほど少ないとは思えない。
老境にさしかかった学園創立者・加計勉氏が、学校経営の一線を退き、長男・孝太郎氏に加計学園の、長女・美也子氏に高梁学園の理事長の座を譲ったのは2001年初めのことだった。そのおよそ7年後の2008年4月30日、勉氏は心不全でこの世を去った。享年85、1961年の加計学園誕生からまもなく半世紀が経とうとしていた。
5月3日に岡山市内で行われた葬儀には密葬にもかかわらず約1400人が参列し、安倍総理(当時は衆院議員)のほか、塩崎恭久・現厚労大臣ら、政財界の要人が全国から駆けつけている。
そして2010年11月、現理事長・加計孝太郎氏のもとで、加計学園50周年記念行事が盛大に執り行われた。創立の地である岡山市内の岡山理科大学で行われたセレモニーには、かねて学園と関係の深い毎日新聞社大阪本社からヘリコプターが飛来し、花束と祝辞を投下するパフォーマンスで会場を沸かせたという。
第二次政権に返り咲く前の安倍総理は、このときも式に列席し、以下のような祝辞を寄せた。
〈理事長の孝太郎先生とは、30数年前にお会いして以来ずっと家族ぐるみで親しくしていただいております。毎年毎年新しいことに挑戦され、その名声を高めておられることに改めて敬意を評したいと思います〉(「加計学園創立50周年記念誌」2011年)
生前の勉氏は、2001年に名誉理事長に退いてからも学園への影響力を保っていたが、2008年の勉氏の死後は孝太郎氏が学園全体を統括する立場となった。
同年に千葉科学大学に新設された危機管理学研究科では、翌2009年から萩生田光一官房副長官が客員教授を務めていたことがすでに報じられている。また、2011年9月にタイの泰日工業大学と加計学園が教育交流協定を結んだ際には、安倍総理が自ら調印式に出席し、孝太郎氏とともに写真に収まった。
第一部では、勉氏が池田勇人元総理、宮沢喜一元総理ら政界の要人とのコネクションを重視していたことを記した。孝太郎氏と安倍総理の付き合いもまた、総理が自ら語っている通り、公私にわたる長く深いものだ。
もちろん勉氏にしろ孝太郎氏にしろ、宮澤氏や安倍総理と初めて知り合った時から、「この人は将来、総理大臣になる」と確信していたはずもないだろう。孝太郎氏は父・勉氏の「人を見る眼」を受け継いだのかもしれない。
現在、加計学園の運営する学校には約2万人の学生・生徒・児童が通い、1000人を超える教職員が働いている。「大企業」ともいえる規模の私立学校法人の円滑な運営に、政界や行政との連携が欠かせないことそれ自体は、致し方ないことだろう。その一方で、加計学園が半世紀以上にわたって展開してきた数々の教育事業には、すでに決して少なくない額の税金が費やされている。
今回の「加計学園問題」はわれわれ国民に、「政治とは、教育とは、いったい誰のためにあるのか」という根本的な問いを投げかけている。                                   (了)参考文献:鶴蒔靖夫『加計学園グループの挑戦』IN通信社、2011年 『加計学園創立二十周年記念誌』加計学園、1985年 『広島加計学園創立十周年記念誌』加計学園、1990年 『加計学園創立30周年記念誌』加計学園、1992年     『加計学園創立50周年記念誌』加計学園、2012年


加計獣医学部 異常に高い建築単価の見積もりの錬金術疑惑
 7月24〜25日に加計学園問題の閉会中審査が行なわれたが、加計疑惑は内閣改造後も安倍政権にとって大きな“爆弾”であり続ける。新たな焦点として浮上したのが新キャンパス開設をめぐる加計グループの“濡れ手で粟”のビジネスモデルだ。
 加計グループは全国に20以上の学校を経営するが、経営は決して順調ではない。同グループの事業計画(平成28年度)によれば、薬学部が看板の千葉科学大学は年間約3億7000万円、倉敷芸術科学大学は年間約5億円の赤字。いずれも定員割れで採算が取れず、岡山理科大学の黒字(年間約15億円)で埋めている状況だ。2015年からの3年間で日本私立学校振興共済事業団から計52億5000万円を借り入れている。
 今治市に建設中の岡山理科大学獣医学部の新キャンパスは土地を同市から無償譲渡され、さらに施設建設費192億円の半分(96億円)を市からの補助金で賄えるという“厚遇”があるとはいえ、自己負担分の96億円は当面、利益の上がらない先行投資になる。苦しい運営のなかで開学を急ぐのはなぜか。市民団体「今治加計獣医学部を考える会」の黒川敦彦・共同代表がいう。
「注目すべきは、今回の新キャンパスの建築単価が異様に高く見積もられている点です。建設費のうち造成費や設備費を除くと148億円。坪単価は約150万円にのぼります。建物は鉄骨造で、国交省の統計(2016年建築着工統計)によれば同じ構造での相場は坪単価70万円弱。つまり相場の倍以上もする見積もりなのです。同じ国家戦略特区の枠組みを利用した千葉県成田市の国際医療福祉大学は、鉄骨造よりも高くなる鉄筋コンクリート造なのに坪単価は88万円。いかに今治の加計学園が高いかがわかります」
 この今治キャンパス建設の施工監理を担当するのが加計グループのSID創研(建設コンサル)である。
「グループの建設コンサルを使って建設費を2倍に設定し、その半額分の補助金をもらう。その上で建物を一般的な坪単価で造ることができれば、加計は自己負担なしで校舎を建設できるというわけです」(同前)
 今治市は「施設の設置経費にはグラウンド等の整備費も含まれており、坪単価150万円は割高ではない。支出の段階において経費の明細を審査する」(企画財政部企画課)と回答したが、「市議会に提出された資料によればサッカーグラウンドとテニスコート3面。駐車場も平面で多く見積もっても10億円はしない。相場の2倍という水準は変わらない」(前出・黒川氏)と、疑念は依然残る。
 重要なのは前述の加計学園の借入金52億5000万円の担保が、岡山理大と倉敷芸大の土地と建物になっていることである。倉敷芸大は今治同様、倉敷市から土地を無償譲渡、建設費も補助金を受けている。
 無償で手に入れた土地と巨額の補助金で建てた建物を担保に借入を行ない、また新たなキャンパス建造に乗り出す――加計がなんとしても獣医学部新設を国に認めさせなければならなかったのは、そうした自転車操業で規模拡大していかなければ経営が成り立たない事情があるのではないか。
 加計学園は取材に対し、期日までに回答しなかった。疑惑の闇はまだまだ深い。


下村氏パーティー券代で告発状
自民党の下村幹事長代行の事務所が、学校法人「加計学園」の幹部を通じてパーティー券代、あわせて200万円を受け取っていたことについて、市民団体は7月31日、「収支報告書に記載がなく政治資金規正法に違反する疑いがある」などとして、下村氏などに対する告発状を東京地方検察庁に提出しました。
自民党の下村幹事長代行の事務所は、平成25年と26年に「加計学園」の当時の秘書室長を通じて支援団体のパーティー券代として、あわせて200万円を受け取っていたことが6月、明らかになりました。
これについて下村氏は「パーティー券は加計学園が購入したものではなく、11の個人や企業が学園の秘書室長に現金を預け、それぞれ収支報告書に記載義務がない20万円以下で購入したものだ」などと説明しています。
大学教授などでつくる市民団体は31日、「加計学園から受け取った200万円のパーティー券収入は収支報告書に記載がなく政治資金規正法に違反する疑いがある」などとして、下村氏や支援団体の代表らに対する告発状を東京地方検察庁に提出しました。
市民団体は会見で「下村氏の説明どおりだったとしても11の個人や企業からパーティー券の代金を集めた秘書室長の行為は『あっせん』に当たり名前や金額を記載する必要がある」と主張しています。
東京地検は今後、告発状の内容を精査したうえで、違法性の有無を慎重に検討するものとみられます。
これについて下村氏の事務所は、「告発内容の詳細を承知していないので、コメントは差し控えさせていただきます。捜査機関による捜査に対しては、誠実に対応していく所存です」としています。

テイスウが少し難しい/懐かしの居酒屋のお誘いだけど

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La première cuvée de saké japonais "made in Loire" bientôt mise en bouteille
Elle a été produite à Pélussin, au cœur du parc régional du Pilat. C’est là que Grégoire Bœuf a installé Les Larmes du Levant. Formé par un brasseur japonais, ce trentenaire se revendique comme le tout premier producteur de France.
Le premier tir d'un lanceur privé japonais se solde par un échec
La première fusée développée par une société privée japonaise et destinée à transporter des charges à une altitude de 120 kilomètres a échoué son premier test.
Le premier lancement d'une fusée conçue par une société privée s'est soldé par un échec au Japon, relatent les médias locaux.
Le lancement a été réalisé le 30 juillet au soir, à proximité de la ville de Taiki, sur l'île de Hokkaido (nord). Peu après le tir, le groupe Interstellar Technologies, qui a conçu le missile, a constaté l'échec de l'expérience.
Le coût total du projet développé par Interstellar Technologies est évalué à près de 50 millions de yen, soit 445.000 dollars ou 380.000 euros. Selon ses concepteurs, la fusée en question est capable d'envoyer jusqu'à 20 kilos à une altitude de 120 kilomètres.
Baptisée Momo, la fusée est propulsée par un moteur unique fonctionnant au mélange éthanol/oxygène liquide. Interstellar Technologies espère pouvoir faire des lancements orbitaux à l'horizon 2020.
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明日へ つなげよう 証言記録「岩手県住田町 仮設住宅に木のぬくもりを」
仮設住宅に大変革をもたらした岩手の小さな町の物語。人口6千、林業が盛んな住田町は古くから交流の深いお隣の陸前高田市と大船渡市のために、プレハブではなく、木造の仮設住宅を無償で提供。夏は涼しく冬は暖か、さらにプライバシーが保てるよう長屋ではなく一戸建て。しかも震災後わずか11日で着工、その一部は翌月に完成という驚きの早さ!前例のない取り組みに立ちはだかる法律や資金の壁、それを乗り越えた心意気とは? 秋野由美子
NNNドキュメント 宙に浮いたハンドル 検証・部活動送迎死亡事故
去年10月、石川県で中学校の野球部員を乗せたマイクロバスがワゴン車と衝突し、生徒2人が死亡した。運転していたのは、部員の保護者だった。
部活動の送迎は誰がすべきなのか?全国の自治体を取材すると、統一されたルールがないまま、教員や保護者がハンドルを握っている実態が浮かび上がってきた。そして、各地で毎年のように重大事故が起きていることも判明した。単なる交通事故として見過ごされてきた、生徒のいのち。防ぐ手立てはないのだろうか?
松本光生 テレビ金沢

テレメンタリ− 「自由と自白〜袴田事件 取り調べの深層〜」
「取り調べは被疑者との闘い」。元捜査員はそう言い切った。1966年、静岡県で一家4人が殺害された袴田事件。逮捕された袴田巌さん(81)は、無実を訴えながらも一旦は自白した。長い獄中生活を経て再審決定を受け、自由を手にしたが無罪になったわけではない。今もなお闘い続けている。新たに見つかった録音テープには半世紀前の取り調べの実態が記録されていた。「密室のリング」で何が起きていたのか。その深層に迫る。 野田圭一 静岡朝日テレビ
NHKスペシャル 列島誕生 ジオ・ジャパン 第2集「奇跡の島は山国となった」
絶景の国・日本。島国にして山国という奇跡の大地は、どんなドラマをへて今の姿となったのか? シリーズ第2集は、日本が山国へと変貌する物語。1500万年前の日本列島には、山がほとんどなかった。そこに地球全体を揺るがす大事件が起こって… 最新科学にもとづくタイムトラベルCG×絶景×絶品和食で、日本列島誕生という大地のドラマをスペクタクル体感。 神戸大学教授…巽好幸,劇団ひとり,指原莉乃, 和久田麻由子
バリバラ 生放送「障害者殺傷事件から1年」
去年7月に起きた障害者殺傷事件から1年。19人が殺され、27人が重軽傷を負った大事件にも関わらず、早くも事件は風化し始めている。あのような事件がなぜ起きてしまったのか。現在、建替え論議が進む津久井やまゆり園だが、「施設から地域へ」という理念とは裏腹に、建替えはやむを得ないと考える人もいる。その背景に何があるのか。生放送で、視聴者から寄せられる声を交えながら、改めてこの事件について考える。
IVAN,木村草太, 山本シュウ,大西瞳, 玉木幸則, 大橋グレース,岡本真希, 神戸浩


テイスウが少し難しいことに気がつき少し焦っています.
懐かしの居酒屋で・・・というお誘いメールがペピーから届きました.でも忙しくてダメっぽいです.残念.

中学生が被災地で震災の教訓学ぶ
東日本大震災の被害や教訓を学ぼうと、七ヶ浜町の中学生が、震災で大きな被害を受けた女川町を訪れ、発生した当時の状況などを聞きました。
女川町を訪れたのは、震災について学ぶ活動を続けている七ヶ浜町の向洋中学校の1年生から3年生までの生徒あわせて26人です。
生徒たちは、震災が発生した際、多くの住民が避難した女川中学校の校舎を訪れ、当時、教員として勤務していた佐藤敏郎さんから話を聞きました。
この中で、佐藤さんは、発生直後、割れた窓ガラスの破片が避難路に散乱し、生徒たちが思ったように避難できなかったことを説明し、日頃からさまざまな被害を想定しておくことが重要だと強調していました。
また、佐藤さんは、女川中学校の生徒や卒業生が、震災後、教訓を伝える石碑を町内各地に建てる活動を行っていることも紹介し、生徒たちは、時おりメモをとりながら真剣な表情で聞いていました。
自身も七ヶ浜町で被災し、家族を亡くしたという3年生の阿部杏珠さんは「自分は震災のことをあまり話したくなかったのに、女川の人たちはちゃんと伝えようとしていてすごいと思いました。自分もまずは身近な人から伝えていきたいと思います」と話していました。


<リボーンアート>被災病院がスタッフ宿泊拠点に再生 終了後は福祉施設に
 宮城県石巻市の牡鹿半島を主な舞台にした芸術と音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」で、空きビルだった同市門脇町の元病院施設がスタッフらの宿泊拠点「リボーンアート・ハウス」として活用されている。祭り終了後は福祉施設に生まれ変わる予定で、RAFがテーマに掲げる「再生」や「循環」を実践する場になっている。
 建物は鉄筋コンクリート一部鉄骨5階、延べ床面積3785平方メートル。2〜5階の病室だった部屋で、スタッフやボランティアがすのこやベッドに布団を敷いて寝泊まりする。1階リハビリテーション室は現代アートの展示会場に改装した。
 開幕前日の21日にオープンし、1日平均約70人が宿泊。実行委員長で音楽プロデューサーの小林武史さん(新庄市出身)をはじめアーティストやシェフも泊まり、スタッフらと交流を深めている。
 建物は東日本大震災で1階天井近くまで浸水した旧石巻港湾病院。一部を修繕して診療を続け、2015年に同市大街道西に移転新築した。建物は使われなくなり、スタッフらの宿泊場所を探していたRAF実行委が活用を考えた。
 11月以降は市内の社会福祉法人が障害者の就労支援施設を開所する計画。壁や扉にはRAF仕様で「命」をテーマにしたカラフルな絵などが描かれ、一部は福祉施設になっても引き継ぐ方向で調整しているという。
 一般の宿泊は受け付けていないが、ボランティア組織「こじか隊」に参加すれば利用できる。無料で、ビュッフェ形式の夕・朝食が出る。シャワー室と洗濯機も利用できる。
 運営事務局スタッフの鈴木茜さん(32)は「ハウスは人が関わることで変化する未完成のアート作品のような場所。ボランティアには同じ釜の飯を食べながら、RAFの世界観を楽しんでもらいたい」と話す。


<相馬野馬追>小高の誇り、武者堂々 7年ぶり行列巡る
 福島県相馬地方の伝統行事「相馬野馬追」が29日開幕し、3神社で出陣式などが行われた。南相馬市小高区では、東京電力福島第1原発事故の影響で中断していた武者行列が7年ぶりに実施され、沿道の住民から盛んな拍手が送られた。
 陣羽織姿の約110騎が中心部の約3キロを巡った。自宅から出陣した佐藤利和さん(39)は「ようやく本来の野馬追に戻った気分。馬上の姿を見てもらえるのは気分が良い。本番でも活躍したい」と話した。
 小高区は原発事故で全域が避難区域となり、昨年7月に一部を除き避難指示が解除された。行列を見送った谷地英男さん(87)は「故郷が活気づいた。武者の気合を感じた」と語った。
 今年の参加数は全体で約440騎。30日は南相馬市の雲雀ケ原祭場地で甲冑(かっちゅう)競馬と神旗争奪戦、31日は相馬小高神社で野馬懸がある。


<陸前高田>華やか道中おどり かさ上げ中心市街地で7年ぶり復活
 東日本大震災で壊滅し、かさ上げした岩手県陸前高田市の中心市街地で29日、「チャオチャオ陸前高田道中おどり」が7年ぶりに開かれた。夏の恒例行事が復活し、多くの市民でにぎわった。
 災害公営住宅の入居者、商工会女性部などの10団体約260人が参加。市制施行40周年記念で1995年に制作された「チャオチャオ陸前高田」、高田音頭などを、震災犠牲者への慰霊の思いも込めて踊った。
 同市の災害公営住宅で暮らす介護福祉士菅野朋子さん(58)は「懐かしい人にも再会した。夏祭りの華やいだ雰囲気があってもいいなと思った」と語った。
 96年から毎年7月の最終土曜日に市中心部で開催され、震災前は2000人以上が参加したという。新市街地に商業施設が開業するなど再生への一歩を踏み出した今年、陸前高田市観光物産協会が主催した。


河北春秋
 「境」という地名が気仙沼市の大島にある。太平洋に面した小田の浜と、約1キロ離れた気仙沼湾の浅根漁港の間の低地。昔大島は大津波で三分されたとの伝承があり、「津波の合流地点の一つで、島の境目になったのでそう呼ばれたそうだ」と堺健(まさる)さん(67)▼大島で31人が犠牲になった6年前の東日本大震災で、津波は両岸から浸入し、島をほぼ三つに分断した。「境」では津波が合流間際まで迫った。「言い伝えは本当だった。先祖が地名に残したと考えている。記憶を発掘し伝える役目が今のわれわれの代にある」▼旅館業の傍ら、仲間の郷土史研究者や歴史の専門家と大島に根差した「減災教育の教科書」という冊子をまとめた。過去の津波にまつわる記憶や伝承を語ったのは、大正から昭和初めに生まれた高齢者たち▼「竹の下」という地名もある。元は「鯛(たい)の下」で、やはり昔の津波でタイが大木に引っかかったのがいわれ。避難した人々が暖を取ったという「休石(やすみそ)」、鯨が流れ寄った「鯨」。舟が多く打ち上げられた「舟こぼれ」には6年前の津波の際、連絡船が流されてきた▼冊子は住民や小中学生、訪問客や支援者に無償で配られている。「防潮堤建設で防災が終わりでなく、大島を未来に残そうと願う一人一人が語り部を継いでほしい」

<南浜つなぐ館>移転オープン シアタールームを新設、震災伝承より詳しく
 東日本大震災の記録や教訓を伝承する施設「南浜つなぐ館」(石巻市南浜町)が移設してリニューアルオープンし、現地で29日、記念式典が開かれた。施設を拡張するとともに展示内容を充実させ、震災について来館者により詳しく伝える施設に生まれ変わった。
 石巻南浜津波復興祈念公園の工事に伴い、従来の施設から約30メートル北東の盛り土した場所に移設。鉄骨平屋で、延べ床面積は従来の約2倍に相当する86.9平方メートルに広げた。
 シアタールームを新設し門脇・南浜地区の被害状況や、震災後の変遷を伝える映像などを上映する。地元住民らが提供した南浜町と門脇町の震災前の写真や、津波で被災した美容院の看板なども新たに展示に加えた。
 式典には関係者ら約20人が出席。同館を運営する公益社団法人みらいサポート石巻の窪木好文副代表理事は「全国で自然災害が相次ぐ中、震災の被災地からより多くの学びを発信したい」と話した。
 施設の拡充、移転費用は約800万円。整備費用の一部には「しんきんの絆」復興応援プロジェクトの助成金を充てた。住民が集う下屋を今後整備するほか、展示内容を充実させる予定で、不足する130万円分をクラウドファンディングで募っている。
 同館は2015年11月、門脇町にオープンし、16年4月に南浜町に移転した。開館は土日祝日の午前10時〜午後3時。


<あなたに伝えたい>孫の作文に賞 遺影ほほ笑む
◎宿泊客に「お父さん」と慕われていた夫/星寿美江さん(宮城県七ヶ浜町)昭雄さんへ
 星昭雄さん=当時(70)= 宮城県七ケ浜町菖蒲田浜地区で、妻の寿美江さん(69)と民宿「星彩」を営んでいた。東日本大震災の発生後、寿美江さんと避難したが、ストーブを取りに引き返した。民宿は跡形もなく流され、昭雄さんは翌月、遺体で見つかった。
 寿美江さん 民宿は海の近くにありました。大きな揺れの後、近くの高台にある長女宅に一緒に避難しました。雪が降ってきて、夫は「ストーブを取ってくる」と言いだしました。引き留めたのですが、行ってしまった。
 その後、夫に会った人がいます。「波来るから逃げろ」と声を掛けると「後から行くから」と答えたそうです。遺体は震災から28日目、内陸部の農業ハウスで見つかりました。家の中に入った後、家ごと流されたのかもしれません。
 夫はかつて遠洋漁業の船に乗り、無線を担当していました。電気に詳しかったので、民宿に長く宿泊していた工事関係の方々から「お父さん」と呼ばれ、好かれていました。
 そうした以前のお客さんが被災地に駆け付けてくれました。岡山県倉敷市から食べ物やガソリンを持ってきてくれた男性たちもいました。「お父さん、亡くなったんですね」と皆、涙を流してくれました。
 孫が遊びに来ると、鉄棒の逆上がりを教えたり、一輪車に乗せたりして、かわいがっていました。おじいちゃんの思い出を書いた孫の作文が震災後、賞をもらったんです。きっと、喜んでいると思う。
 民宿と自宅を津波で失いました。仮設住宅を経て、町内の高台に新居を構え、母と暮らしています。仏壇に置いてある夫の遺影の表情が最近、にこっとしているように見えます。私たちの生活ぶりを見て、安心しているんでしょう。


<松川事件>記憶遺産への推薦見送り 福島大「残念、評価分析したい」
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の日本国内委員会は28日、戦後最大の冤罪(えんざい)事件とされる「松川事件」の関連資料など公募で寄せられた3件について、ユネスコの「世界の記憶」(世界記憶遺産)アジア太平洋地域版への2018年の登録審査に向けた推薦を見送ると発表した。
 松川事件は、福島大が「松川事件・松川裁判・松川運動の資料」として応募。資料を所蔵する同大松川資料室を管理する伊部正之名誉教授は「残念だ。ただ資料の意義や価値を見直すきっかけになった」と申請自体を前向きに捉えた。
 国内委は候補3件を世界的重要性などの選考基準に照らして審査。総合的に評価した結果「推薦すべき物件がないとの判断に至った」と公表した。具体的な理由は明らかにしていない。
 松川事件は1949年8月17日未明、福島市松川町の東北線で列車が脱線、転覆し、機関士ら3人が死亡。旧国鉄などの労働組合員ら20人が逮捕、起訴され、二審で死刑4人を含む計17人が有罪判決を受けた。その後、被告の冤罪を示すメモが見つかり、61年の高裁の差し戻し審で全員に無罪が言い渡され、63年に確定した。
 福島大はNPO法人福島県松川運動記念会(福島市)などによる「登録を推進する会」と連携。事件発生から70年の節目に向けて認定を目指していた。
 今年5月に申請した資料は、所蔵する約10万点のうち約400点。蒸気機関車の写真や裁判資料、冤罪の証拠となったメモのほか、元被告の救済を求めて全国展開された松川運動の記録も含めた。
 関係者は近く、今後の対応を検討する方向。伊部氏は「同じ形で再申請しても展望は開けないだろう。どう評価されたかなど分析、反省したい」と語る。
 「世界の記憶」にはユネスコ本部認定の世界版と、各地域委員会認定の地域版がある。
 見送られた他の2件は「伊能忠敬測量記録・地図」と「画家加納辰夫の恒久平和への提言 フィリピン日本人戦犯赦免に関わる運動記録」。


<民進党>枝野氏、代表選立候補の意向表明
 民進党の枝野幸男元官房長官は29日、さいたま市で講演し、辞任表明した蓮舫代表の後任を選ぶ同党の代表選に立候補する意向を示した。「やりたいことを実現するには、リーダーとしてやらせていただくのが一番適切だと判断した」と強調した。
 代表選には前原誠司元外相も出馬の方針。旧民主党政権の中核だった2人による一騎打ちとなる公算が大きくなっている。若手の玉木雄一郎幹事長代理も依然、可能性を探っている。
 立候補の意向を表明したのは枝野氏が初めて。党関係者によると、代表選は8月21日告示、9月1日投開票の日程を軸に、「党員参加型」で実施する方向で調整が進んでいる。


1年後“認可ありき”裏取引? 加計学園に巨額補助金支給か
 はたして、このまま「加計学園」の獣医学部新設は認められるのか――。加計疑惑の次の焦点は、“文科省大学設置・学校法人審議会”が新設を認可するのかどうかだ。認可の可否は8月末に出される。もし、すんなり認可したら、国民から批判が噴出するのは確実。そこで、とんでもないシナリオが囁かれている。可否の結論を“1年間延期”する代わりに、なんと裏ワザを使って加計学園を資金援助するというのだ。国民は絶対に許してはダメだ。
「政府が手続きに問題はないと繰り返している手前、不認可にはできない。かといって、アッサリ認可すると国民の怒りは爆発する。そこで判断を1年延期する可能性が高くなっています。もちろん1年後の“認可ありき”です」(霞が関関係者)
 “引き分け”みたいなスッキリしない結論だが、加計学園にとって1年延期が大打撃になるのは間違いない。
「今治加計獣医学部問題を考える会」の黒川敦彦共同代表が言う。
「今治のキャンパス新設工事は進んでいて、きりのいいところで工事を中断したとしても、少なくとも50億円の工事代金が発生するとみられます」
 予定通り来春に獣医学部を開学できれば、入学金や授業料、そして私学助成金が入ってくるが、延期となれば少なくとも1年は収入ゼロだ。工事代金50億円を抱える加計学園は経済的に窮地に陥る可能性がある。
■7校に分散すれば目立たない
 そこで、加計学園を経済支援するための驚きのシナリオが練られている、という話が流れている。政界関係者が言う。
「加計学園グループの既存の学校への補助金を上乗せするのです。もちろんいきなり何十億円も増額したら不自然だから、数年に分けて少しずつ上乗せする。複数の学校に分散させれば目立たない。財務省も協力するはずです。バランスをとるため、獣医学部新設を断念した京産大にも補助金を増額する話もあります」
 2015年度の事業報告書によると、加計学園グループへの補助金は7校に合計18億円が支払われている。岡山理科大に7億1600万円、前川前次官に獣医学部申請をプッシュした木曽功元内閣官房参与が学長を務める千葉科学大には3億5000万円。中・高校や専門学校にも出ている。仮に10億円を5年分割にして、単純に7校に振り分ければ、1校当たり年間3000万円程度。何らかの名目で乗っけられる額というわけだ。
 8月末の設置審の判断が注目されるが、舞台裏も見た方がいい。


朝鮮学校判決/共生社会を大切にしたい
 朝鮮学校を高校無償化の対象から外した国の対応をめぐる訴訟で、大阪地裁が「外交的・政治的意見に基づく判断で違法」とする判決を言い渡した。教育の機会均等を保障する理念を重視した司法判断といえる。
 北朝鮮による拉致問題やミサイル発射は許されない。だが、日本で暮らす子どもたちの教育とは切り離して考えるべきだろう。国連人種差別撤廃委員会も差別への懸念を示している。国は対応を見直す必要がある。
 高校無償化は公立学校で授業料を徴収せず、私立校生らには就学支援金を支給する制度だ。朝鮮学校を除く外国人学校には広く適用されている。
 2010年に法が施行され、第2次安倍政権が13年、朝鮮学校を対象外にした。「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)と密接な関係がある。拉致問題が進展しておらず国民の理解が得られない」との理由からだ。
 このため朝鮮学校の生徒や法人が、処分の取り消しなどを求め、全国5地裁に提訴した。
 初の判決となった広島訴訟では「国の判断に裁量権の逸脱、乱用があるとは認められない」と原告側が敗訴した。
 今回正反対の判決が出たのは、朝鮮総連との関係について判断が分かれたためだ。広島地裁は、朝鮮総連の支配下に学校が置かれているとした国の主張を認めた。
 一方、大阪地裁は朝鮮総連の一定の関与は認めつつ、「不当な支配」を疑わせる特段の事情はないとした。学校の運営法人が財産目録や財務諸表を作り、理事会も開いているなどとして、運営の適合性も認めた。
 国民の理解を得るには、朝鮮学校側も積極的な情報開示に努めねばならない。
 ただ、高校無償化とは別に、朝鮮学校への補助金支給は自治体の判断に委ねられている。国の方針に合わせて縮小傾向にあるが、兵庫では一部を減額しながらも、他の外国人学校と同様に交付している。
 県内には約150カ国10万人の外国人が暮らす。阪神・淡路大震災のときも、地域で助け合った経験がある。これまで築いてきた多文化共生社会を守り、子どもたちの学びを支える取り組みを大切にしたい。


[朝鮮学校無償化判決]「政治介入」への警鐘だ
 教育を受ける機会を等しく保障するという制度の趣旨に沿った適切な判決である。
 朝鮮学校を高校無償化の対象から外したのは違法として、大阪朝鮮高級学校を運営する「大阪朝鮮学園」が国に処分の取り消しと適用の義務付けを求めた訴訟で28日、大阪地裁は学校側の全面勝訴を言い渡した。
 同種の訴訟は全国5カ所で起こされており、無償化を命じる初の判断だ。
 争点となったのは、無償化の対象外としたことの是非、学校と北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)との関係である。
 国が無償化除外を決めた2012年12月、下村博文文部科学相は「朝鮮学校は朝鮮総連と密接な関係があり、拉致問題が進展しておらず国民の理解が得られない」とその理由を説明した。北朝鮮に対する安倍政権の厳しい姿勢を示す狙いがあったとみられる。
 判決は当時の下村氏の見解を、教育の機会均等の確保とは無関係な「外交的、政治的意見に基づいたもの」と指摘し、違法、無効だと結論付けた。
 拉致問題に厳しく対処するのは当然だとしても、子どもの教育に政治を絡めるべきでないという筋の通った論である。
 国は朝鮮総連との関係を挙げて就学支援金が授業料に充てられない疑念も主張した。しかし判決は「不当な支配」につながる特段の事情を認めなかった。
 適用要件の可否判断にあたり、教育に対する行政の過度な介入を戒めたのである。
■    ■
 高校無償化は経済的負担の軽減と教育機会の均等を目的に民主党政権で始まった。  当初は朝鮮学校も審査の対象だったが、北朝鮮による韓国砲撃で審査が中断。第2次安倍政権発足後、拉致問題などを理由に対象外となった経緯がある。
 全国5カ所で係争中の同種訴訟のうち、今月19日にあった広島地裁判決は国の裁量権を認め、原告側が全面敗訴した。大阪地裁とは正反対の判断である。
 広島地裁は朝鮮学校と朝鮮総連の関係について国の主張を追認するが、もし仮にそうであったとしても両者の関係をただせばいいだけの話だ。生徒に対する支援とは切り離して考えるべき問題ではないか。
 無償化法が、朝鮮学校を除くインターナショナルスクールなど外国人学校に広く適用されているのは、子どもの学ぶ権利を保障する制度だからにほかならない。
■    ■
 朝鮮学校は、戦後、在日朝鮮人たちが母国語を取り戻そうと各地で始めた民族学校が原点である。現在は全国に66校あり、日本で生まれた子どもたちが「ルーツを学びたい」と通うケースが大半だ。
 高校無償化の対象から朝鮮学校を外す対応が、ヘイトスピーチの横行など排外主義を助長している側面を見落としてはならない。
 教育基本法は人種、信条によって差別されないとうたっている。
 政府は今回の判決を重く受け止め、教育上の観点から制度の在り方を見直すべきだ。


モンゴル国籍の横綱・白鵬は帰化しないと親方になれない…国籍差別にならないのか?
自身の記録を更新する史上最多39回目の優勝を決めた横綱・白鵬。今回の名古屋場所では、魁皇の記録を抜き、通算勝利数でも歴代トップに踊り出た。しかし、そんな偉大な横綱がこのままでは引退後、相撲協会の運営には携われない可能性があるという。
白鵬はモンゴル出身で、現在もモンゴル国籍。しかし、引退後、親方になるのに必要な「年寄名跡」の襲名継承には、日本国籍を有することが条件となっている(日本相撲協会寄附行為施行細則)。
規定がない「一代年寄」(偉大な功績を残した横綱に与えられる一代限りの名跡。現役時代のしこ名で親方を務められる)になれば、国籍に関係なく親方になれそうだが、相撲協会はこれまで、外国籍の白鵬には与えないとの見解を示している。
報道によると、白鵬には帰化の考えがあるとされているが、こうした対応は法律的に問題ないのだろうか。たとえば、7月22日付の東京新聞朝刊では、小倉秀夫弁護士が、国籍による差別を禁じた労働基準法3条に抵触すると指摘しているが、どう捉えたら良いのか、指宿昭一弁護士に聞いた。
●ポイントは力士の労働者性、「力士=労働者」という裁判例も
「労基法3条をめぐっては、在日朝鮮人であることを隠すため、履歴書の氏名欄などに日本名を書いたことを理由に、内定を取り消したことが無効とされた判例があります(日立製作所事件・横浜地裁昭和49.6.19判決)。また、外国人研修・技能実習生と日本人労働者の住宅費・水道光熱費に格差を設けることは認められないとして、差額賃金等請求を認めた判決もあります(デーバー加工サービス事件・東京地裁平23.12.6判決)」
しかし、そもそも力士は「労働者」と言えるのだろうか。
「力士は、各部屋ではなく、相撲協会と役務提供契約を結び、十枚目以上の力士は月給を、幕下以下の力士養成員は本場所手当をもらっています。力士の契約が 労働契約かどうかについて判例の結論は分かれており、労働契約としているもの(東京地裁平20.10.30決定)と、労働契約ではないとしているもの(東京地裁平23.2.25決定、東京地裁平25.3.25判決)、この点について判断をしていないもの(東京地裁平22.3.1判決)があります」
もし、相撲協会と力士の契約が労働契約と言えるのであれば、白鵬に対する取り扱いはどう考えられるのだろうか。
「その場合は、労基法3条の国籍差別の禁止に違反する可能性があります。ただし、年寄名跡や一代年寄を力士に与えることが『労働条件』に該当するかどうかは若干微妙で、争いはあるでしょう。
とはいえ、労基法3条の労働条件には、退職に関する条件も含まれます(昭63.3.14基発150号)。引退後、相撲協会の運営に関わったり、親方になったりする権利を伴う年寄名跡や一代年寄の制度が、労働条件に該当する可能性はあると思います」
では、力士と相撲協会の役務提供契約が、労働契約に当たらなかった場合はどうだろうか。
「仮に、労働契約に当たらなくても、労働契約類似の契約ではあります。労基法3条が類推適用される可能性はありますし、すべきだと思います。
外国人力士を受け入れて、活躍してもらうなら、力士引退後の処遇について、差別すべきではありません。相撲協会と力士の契約が労働契約ではなかったとしても、外国人力士に、年寄名跡や一代年寄になるチャンスを与えないのは、憲法14条1項の平等原則に反し、許されないことだと思います」
指宿弁護士はこのように話していた。
(弁護士ドットコムニュース)指宿 昭一(いぶすき・しょういち)弁護士 労働組合活動に長く関わり、労働事件(労働者側)と入管事件を専門的に取り扱っている。日本労働弁護団常任幹事。外国人研修生の労働者性を認めた三和サービス事件、精神疾患のある労働者への使用者の配慮義務を認めた日本ニューレット・パッカード事件、歩合給の計算において残業代等を控除することは労基法37条違反かどうかが争われている国際自動車事件などを担当。


相模原事件1年  障害を受け入れる社会に
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から1年が経過した。
 植松聖被告(27)は逮捕直後から「障害者はいなくなればいい」と主張した。被告の独善的な主張は市民の心を揺るがし、この社会に潜む差別意識や悪意を浮かび上がらせた。誰もが認め合う社会をどうつくるのか。事件は重い課題を突きつけている。
 事件は昨年7月26日未明に発生した。植松被告は神奈川県警に逮捕され、横浜地検による5カ月間の鑑定留置で刑事責任能力を問えるとして今年2月、殺人や殺人未遂など六つの罪で起訴された。
 公判はまだ開かれておらず、植松被告の真意や事件に至る詳細は明らかになっていない。だが、被告が逮捕直後の考えを今も変えていないことが伝えられている。
 インターネット上には被告に共感する匿名の書き込みもあるという。知的障害者の家族を対象にしたアンケートでは、7割近くが、事件後に障害者を取り巻く環境が悪化したと答えている。
 被害者の遺族の多くはいまも名前を公表していない。郊外の津久井やまゆり園で子どもが暮らしていること自体を伏せてきた家族も少なくないという。
 障害者やその家族が、差別や偏見を恐れて暮らす現状はまったく変わっていない。どうすればこうした状況を打開できるのだろうか。
 長男に重度の知的障害がある久保厚子さん(知的障害者と家族でつくる全国手をつなぐ育成会連合会会長)が本紙のインタビューで語った言葉に、そのヒントがあるのではないか。
 「多くの人は心の奥底に『障害者は迷惑な存在だ』との思いを抱いていることを認識しないといけない」
 久保さんは、障害のある子を持つ親にもそうした考えがあることや、他の子と比べて優劣をつけたりすることがかつての自分にもあったと打ち明ける。
 障害者を排除してしまう気持ちは実は誰にでもある。大切なことはそれを認め、障害者がいることが当たり前の社会を実現することだと指摘する。
 障害者に限らず、高齢者や妊娠中の女性をはじめ、支援や理解を必要とする人は少なくない。大切なのは、その存在に気付く想像力ではないか。駐車場の障害者用スペースに車を止めない。多目的トイレを長時間使わない。こうした配慮も想像力があれば難しい行為ではない。
 事件の再発防止策については慎重な議論を求めたい。
 植松被告は精神障害治療の措置入院から退院して4カ月後に事件を起こした。このため、厚労省は警察も含む行政が精神障害者に関与を強める精神保健福祉法改正案を国会に提出した。精神障害の当事者や家族は「治安目的の監視」と強く反発している。
 精神障害者の福祉は十分ではなく、改善しないままでは反発が起きるのも無理はない。拙速な法改正は新たな差別を生む可能性もある。慎重な検討を望みたい。


脱ガソリン車に動く欧州 日本の対応遅れが心配だ
 英国政府が、ガソリン車やディーゼル車など化石燃料を使う自動車の販売を2040年までに禁止すると発表した。深刻化する大気汚染対策の一環だ。すでにフランスが同じ方針を打ち出し、ドイツやオランダでも同様の動きがある。
 モーターで走る電気自動車への移行が、欧州を皮切りに世界で加速するだろう。自動車業界にとどまらず製造業やエネルギー産業を揺るがす大変革の始まりでもある。
 トヨタ自動車など日本の主要メーカーは、エンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車で先行した。次の段階として、水素を燃やして走る燃料電池車の普及を狙うが、電気自動車では欧米のほか中国など新興国にも立ち遅れている。
 スウェーデンのボルボは、19年から新型車種すべてを電気自動車化し、独ダイムラーや独フォルクスワーゲンも今後数年の間に10〜30車種を売り出す。米テスラ・モーターズや中国のBYDなどの新規参入企業はすでに量産体制を築いた。
 一方、トヨタが量産化に向けた本格的な組織を作ったのは昨年末である。そこには電気自動車に傾斜できない事情もあった。
 従来の自動車は、燃料をエンジンに噴射して爆発させ、その力を変速機を通じて車輪に伝え、排ガスはきれいにする。一連の複雑な動きを支える部品の数は2万を超える。
 だが、簡素な仕組みの電気自動車なら1000に満たない。電池とモーター、それらを制御する電子装置があればいいからだ。
 事業構造は大きく異なり、部品を扱う関連産業の裾野の広さと抱える雇用の厚みに相当の差がある。従来型で優位に立つ日本メーカーには失うものが多すぎ、大胆な方向転換は難しかったわけだ。
 今後、電気自動車が主流になれば、関連産業や雇用への打撃は避けられない。化石燃料の消費量や価格、電力需要にも影響を与えるだろう。
 産業界だけの問題ではない。
 日本政府も英国などと同じ方向に進むのか。大がかりな設備が必要な燃料電池車に力を入れ、「水素社会」を国策に掲げ続けるのか。
 日本経済と国民生活を左右しかねない構造変化が待つだけに、影響を見極めているような時間はない。


核のごみ処分地 押し付けてはならない
 政府は原発由来の高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地選定に向け、適地を地図に示した科学的特性マップを公表した。
 火山や活断層の周辺を除く適地の中から、受け入れ自治体を絞り込みたい考えだ。
 しかし、地震多発国の日本にそもそも安全な適地があるのか。懐疑的な専門家も少なくない。
 処分地を自治体に押し付けるようなことがあってはならない。
 最終処分は原発の使用済み核燃料の再処理を柱とする核燃料サイクルを前提としているが、サイクル自体が事実上、破綻している。
 現行の原子力政策を根本的に見直す国民的議論が欠かせない。
 最終処分は、原発の使用済み核燃料を再処理する際に出る放射性廃液をガラスで固めて地下300メートルより深い地層に埋める方法だ。
 マップは火山周辺15キロなどの「好ましくない地域」と、それ以外の適地を色分けした。適地は国土の7割弱、海上輸送で核のごみを搬入しやすい海岸から約20キロ以内の最適地は3割となった。
 道内の最適地は陸地の3割で、80以上の市町村が対象となる。
 核のごみ問題の解決は現世代の責任だとしても、最終処分には、あまりにも疑問が多い。
 複数の巨大なプレート上にある日本列島は、地震が多発し火山も多い。10万年も先まで絶対に安全と言える場所があるのか。こうした当然の疑念に国が十分に答えてきたとは言い難い。
 核燃料サイクルの要となる再処理施設は稼働のめどさえ立たず、再処理してつくる燃料を燃やす高速増殖原型炉もんじゅも廃炉が決まった。八方ふさがりの状況だ。
 そんな中、核のごみ問題に対処する際、参考になるのは日本学術会議が示した見解である。
 同会議は5年前、地層処分について「現時点の科学的知見の限界」を指摘した。一昨年には、国民の合意形成や適地選定のため、地上で核のごみを50年間、暫定的に保管するよう提案した。
 東京電力福島第1原発の事故が起きて以来、国民は原子力政策に不信感を募らせている。現状のままで処分地選定を進めても、理解は得られまい。
 政府は、調査を受け入れる自治体に交付金を出す方針である。過疎化や財政難に悩む自治体をカネで釣るような手法は慎むべきだ。
 北海道には、核のごみを「受け入れ難い」とする条例がある。政府は、地方から注がれる視線の厳しさを忘れてはならない。


[核のごみマップ] 原子力見直しが先決だ
 国の原子力政策への信頼が揺らいでいる中で、どう進めようとするのか注視する必要がある。
 経済産業省は、原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分の候補になり得る地域を日本地図上に示した「科学的特性マップ」を公表した。
 火山や活断層が周囲にない適地は全国の都道府県に存在する。国土の約7割を占め、うち海岸から近く最適とされた地域のある自治体は全市区町村の過半数の約900が該当する。
 経産省は自治体名などを公表していないが、鹿児島県内で最適とされる地域が一定程度まとまって含まれるのは、南日本新聞社の集計で全43市町村のうち36市町村に上る。
 経産省は、自治体に受け入れ判断を求めるものではないと説明する。候補地として手を挙げる自治体を待つ一方、国からも複数の自治体に調査への協力を求めながら段階的に処分場の建設地を絞り込んでいく考えのようだ。
 核のごみが存在する以上、最終処分をどうするかの検討は避けて通れない。マップの公表をきっかけに国民的議論を喚起しようという国の狙いは理解できる。
 しかし、真に国民の理解を得ようとするなら、徹底的な原子力政策の見直しが欠かせない。なぜなら、処分場立地促進の目的は原発推進にあるからだ。
 福島第1原発事故後の「原発回帰」路線を転換し、再生可能エネルギーなど原発に頼らない社会に向けて中長期的な方針を明確に打ち出すことが先決である。
 脱原発にかじを切れば、国民の処分への姿勢も変わりうる。今の方針では過去の処分場選定の取り組み同様、地域社会の分断を招き計画が頓挫する可能性は高いと言わざるを得ない。
 最終処分は2000年に法律が制定された。地下300メートルより深い岩盤にガラス固化体として埋め、放射線量が低くなる数万年から約10万年先まで生活環境から隔離して処分するという考え方だ。
 適地とされた鹿児島県内の地質について、研究者からは「火山噴火や断層の知見が十分反映されず、科学的とはいえない」「活断層が潜む可能性を否定できない場所が多数あり、調査が進んでいない」といった指摘が出ている。
 そもそも万年単位の超長期間、安全に地層処分ができるのかどうかは誰にも分からない。
 国はまず、秋以降に最適とされた地域で重点的に説明会を開く段取りだ。候補地選定へ向けた調査への理解を広げる糸口になるのか第1の関門が待ち受ける。


最終処分地マップ/時間をかけて難題解決を
 原発の高レベル放射性廃棄物について経済産業省は、最終処分に適している地質環境かどうかを基準に日本全国を塗り分けた地図を公表した。経産相は「処分実現に向けた長い道のりの最初の一歩」とした。
 当初予定からは遅れた公表だったが、極めて慎重を要する問題であり、環境影響などの課題を一つ一つ解決しながら、具体的な道筋を探らなければならない。
 国は2015年、処分のための調査受け入れについて、自治体から名乗りを上げてもらうそれまでの方式を改め、国が科学的な有望地を示した上で複数の自治体に申し入れる方針を明らかにした。今回の公表はその一環だが、有望地という言葉が誤解を招くとして「科学的特性マップ」と言い換えている。
 今回の地図では、活断層や火山の周辺など地下の安定性に問題がある地域、資源探査などで今後地下利用があり得る地域などを塗り分けたが、地震や火山噴火などの影響をどれだけ加味するか、今後の調査が必要だ。
 未知の活断層による地盤の変動、火山噴火の規模や時期の想定は難しい。比較的安全とされている地域にリスクが潜む場合もある。国民に十分に周知し、共通理解を深めていかなければならない。
 原発は核のごみ処分を単独で解決することはできない。当初計画では、高レベル放射性廃棄物を入れたガラス固化体を20年までに処分するとしていたが、11年の東京電力福島第1原発事故で原発の多くは停止。一方で、原発敷地内に置かれる廃棄物の総量は増加している。
 問題は、高速増殖原型炉もんじゅの廃炉決定などで核燃料サイクル政策が行き詰まったことだ。使用済み核燃料を再処理せずに処分する「ワンススルー方式」は今のところ現実味はないが、地層処分の前提となる原子力政策、再処理政策の再構築は待ったなしだ。
 政府が原発再稼働を推し進めるのに最大の障害は、トイレなきマンションと評される核のごみ処分の不備だ。マップ公表はその前段階となるが、現状では自治体に調査を申し入れても立地が進むとは思えない。
 仮に自治体が名乗りを上げても、過去に各地で起こったような、受け入れ可否を巡る激しい議論が予想され、大きな壁が立ちふさがる。
 まずはマップの塗り分けの意味を、リスクを含めて丁寧に説明し、科学の最新の知見によって基準や処分方法を常に検証することだ。そのプロセスをオープンにして国民の疑問や不安に繰り返し答えることが遠回りでも優先すべきで、コンセンサスづくりを進めるべきだ。
 原子力発電は戦後のエネルギーを支えた。その結果として生まれた廃棄物の処理は先送りしてはならない課題だった。そのための合意形成には時間がかかりすぎている。国は自治体や住民の協力をどう取り付けるか、これからが正念場だ。
 日本学術会議は15年、高レベル放射性廃棄物を50年間は地上で保管し、時間をかけて社会的合意を図ることを提言した。このような難しい課題を解決するための一つの考え方であり、地道で息の長い取り組みが求められる。


【核ごみ地図公表】国民の理解には程遠い
 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を地下に埋める最終処分場の適地はどこか―。経済産業省が基礎資料となる「科学的特性マップ」を公表した。
 適、不適を4色で分類した、その日本地図に驚かざるを得ない。火山や活断層などがある地域を除き、国土の7割近くが適地に位置付けられたからだ。
 高知県内も、室戸岬周辺などごく一部を除き、ほぼ全域が入った。しかも34市町村全てに「輸送面でも好ましい」最適地が含まれる。
 経産省は秋から最適地を重点に説明会を開く考えだ。選定に向けた調査への理解を自治体や住民に求めたいとしている。
 だが、現状では国民理解には程遠いのではないか。
 処分場は地下300メートルより深い場所に整備し、10万年先まで核のごみを隔離する計画だ。火山や地震が多い日本で、本当に安全が維持できるのかなど疑問は多い。
 そもそも処分場問題は、政府や、事業を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)への不信が根深い。
 2007年、全国で初めて文献調査に応募した東洋町は町を二分する論争になり、町長の辞職、新町長の誕生を経て応募を取り下げた。
 地方の小さな町を混乱に陥れた一因は政府やNUMOの姿勢にある。住民の理解や信頼を重視せず、巨額の交付金というアメをちらつかせて過疎に悩む地域を揺さぶった。
 日本の原子力政策は疑問だらけだ。50基以上の原発を抱えながら処分場がなく、「トイレなきマンション」とまで批判されてきたが、政府や業界は先送りし続けてきた。
 核のごみは、使用済み核燃料の再処理によって生じる。再処理と再利用を進める「核燃料サイクル」事業が前提になっているが、いまだ事業は実現しておらず、事実上、破綻状態にある。
 その結果、各原発や再処理施設内には、行き場を失った使用済み核燃料計1・8万トンがたまっているありさまだ。
 福島第1原発事故によって脱原発を望む国民の声も強まっているが、政府は原子力を依然、「重要なベースロード電源」と位置付ける。原発再稼働を推し進め、廃棄物は増え続ける可能性がある。
 原子力を利用する以上、廃棄物が出る。どこかに処分場を造り、安全に保管する必要がある。子孫への私たちの責務でもあろう。
 政府もそれを強調し、マップの公表によって、処分場選定の論議を活発化させたい考えだ。
 しかし、政府や業界が過去を反省し、政策や姿勢を改めなければ、処分場問題は前進しまい。脱原発への道筋を示し、廃棄物を増やさない方向性を打ち出すことも受け入れの大前提ではないか。
 経産省は完成したマップを「処分場決定に向けた長い道のりの最初の一歩」と意気込むが、先行きは見通せない。


核ごみマップは「科学的でない」 立石新潟大名誉教授が講演
 【豊富】幌延深地層研究センター(宗谷管内幌延町)で研究されている高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の地層処分をテーマにした全国交流会が29日、同管内豊富町で2日間の日程で始まった。初日は新潟大の立石雅昭名誉教授(地質学)が講演し、政府が28日に公表した、核のごみの最終処分に適した地域を示す「科学的特性マップ」について「科学的とはいえず、国民の理解が得られるとは思えない」と批判した。
 住民団体「核廃棄物施設誘致に反対する道北連絡協議会」などでつくる実行委が主催。立石名誉教授は、東京電力柏崎刈羽原発の安全管理について新潟県に助言・指導する専門家会の委員を務める。


揺れる連合 労働者守る原点に返れ
 連合が揺れている。労働時間規制に関する法律改正をめぐり、執行部の判断が内部から反発を招き、方針を撤回する羽目に陥った。
 組織内の意思疎通はどうなっているのか。執行部は一体どこを向いているのか。そんな懸念を抱かせた。
 問題となったのは、高収入の一部専門職を残業代支払いなど労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」。連合の神津里季生会長が今月中旬に安倍晋三首相と会い、同制度の内容修正を求めたことだ。
 これは、条件付きながら、事実上の容認に他ならない。それまで「残業代ゼロ法案」「過労死を促進する」などと反対してきた労働界には転換は認め難いはずだ。
 連合執行部が政府と水面下で交渉したと伝えられ、傘下の労組には「寝耳に水」だった。労組内外から厳しい批判の声が沸き起こるのは当然と言えよう。支持政党である民進党との亀裂も深まった。
 働く人たちが連合本部前で抗議デモを展開するという異例の出来事も起きた。連合内部の動揺は大きかったに違いない。
 高度プロフェッショナル制度が導入されるか否かは、労働時間規制にとって分岐点になりかねない局面だ。それだけに、意見を集約せずに上層部だけで重大な判断を下したのは疑問だ。
 結局、容認撤回を余儀なくされた。臨時中央執行委員会で見送る方針を決め、神津会長が謝罪した。傘下の労組から不信を買ったばかりか、政界、経済界から足元を見透かされた。威信は低下し、深い傷を負った。
 この問題は会長選びに波及。神津氏が10月に任期満了となり、逢見直人事務局長の就任が有力だったが、政権側との交渉の窓口となって主導したのが逢見氏だったことで、人事構想は流動化した。
 傘下労組からの批判に加え、政府内からは「けじめ」を求める声も聞こえるという。体制への影響は免れないのではないか。
 労組の組織率低下に歯止めがかからない。労組に対する期待が薄れているとも指摘される。今こそ労働者の権利を守る原点を見つめ直したい。
 連合は地域での地道な活動も行っている。例えば若者をめぐる労働トラブル増加を受けては、ルールを学ぶ講座を各地で開設。2年前からは岩手大でも提携して開講、学生の意識向上につなげている。また、今夏は盛岡市で、教職員の長時間労働是正を訴えるシンポジウムを共催した。
 労働界を代表する日本最大組織の連合に託される役割はなお大きい。その責務を自覚し、今回の混乱を重い教訓としなければならない。


辺野古再提訴 負担軽減の訴えは切実だ
 基地負担軽減を目指すという一方で、新基地建設を着々と進める。国の姿勢に沖縄県が異を唱えるのは当然だろう。
 沖縄県は、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事差し止めを求め提訴した。
 政府が県規則に定められた翁長(おなが)雄志(たけし)知事の許可を得ずに「岩礁破砕」を行うのは違法と主張した。判決まで工事を中断させる仮処分も併せて申し立てた。
 国は全面的に争う方針で、辺野古移設に向けた工事を進めていくと強調した。
 翁長氏は2015年、辺野古沿岸部の埋め立て承認を取り消した。この処分に関して国と沖縄県が訴訟で争い、県が昨年敗訴している。双方の対立は再び法廷に持ち込まれることになった。
 今回の訴訟は県が不利との見方が強いが、翁長氏は敗訴しても、埋め立て承認の撤回などあらゆる手段に訴える構えだ。
 国は翁長氏が次の手を繰り出すことも計算に入れて、対抗策を準備している。
 今回の訴訟でどんな判決が出たとしても、双方の対立が解消しないのは明白だ。むしろ激化することが予想される。
 沖縄県では来年2月には名護市長選、12月には県知事選が行われる。いずれも辺野古移設が最大の争点になることが予想されるからである。
 解決の糸口を探るには、話し合いしかない。国は埋め立て工事をいったん中断し、県と向き合うよう改めて求めたい。
 安倍晋三首相は先日、6月に亡くなった大田昌秀・元県知事の県民葬に参列し、「大田氏が心を砕いた基地負担軽減に引き続き全力を尽くしていく」と強調した。
 大田氏は、1996年に日米両政府が普天間返還に合意した時の知事だ。大田氏は普天間の危険性は訴えたが、県内移設には反対を貫いている。
 安倍首相は、大田氏が基地のない沖縄を追求したことを忘れないでもらいたい。
 また、安倍首相は同席した翁長氏とは一言も言葉を交わさなかったという。
 自らと異なる意見には耳を貸さず、強引に政策を進めようとする姿勢が内閣支持率急落の背景にあることも指摘しておきたい。
 沖縄は今年、本土復帰45年を迎えた。日本の国土の0・6%にすぎないのに、今なお在日米軍専用施設の70%が集中している。
 米軍は今年に入って、日本政府が訓練見合わせを要請した基地で危険なパラシュート降下訓練を相次いで行った。
 夜間や早朝の飛行訓練による騒音被害は常態化している。裁判を起こしても、米軍機の飛行差し止めを退ける判決が続いている。
 沖縄県民は復帰によって基地負担が大幅に軽減するよう願ったが、かなわなかった。
 辺野古に新たに基地が建設されれば、沖縄の苦しみはさらに続くことになる。
 子や孫が平和に暮らせる沖縄を築きたいとの訴えは切実だ。国はしっかり耳を傾けるべきである。


辺野古差し止め再提訴 政府へのやむにやまれぬ抵抗
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、沖縄県と政府がまた法廷で争うことになった。 移設には県民の多くが反対している。現場周辺で抗議活動が繰り広げられる中、政府は4月から工事を強引に進めている。既成事実化しようとする基地建設への対抗策として、翁長雄志知事は工事差し止めを求めて那覇地裁に提訴した。自治体と政府が対話なく法廷闘争を繰り返す異常な事態を深く憂慮する。
 今回、県が問題視したのは工事の手続きにおける違法性だ。漁業権が存在する海域の岩礁破砕には知事の許可が必要との規則があり、前知事が出した許可の期限は3月末に切れたと主張する。過去には、自治体は条例や規則に従わせるために訴訟を起こせないとの最高裁の判例がある。にもかかわらず提訴に踏み切ったのは、政府が「辺野古が唯一の解決策」と民意に耳を傾けないからだ。やむにやまれぬ抵抗であり、県をここまで追い詰めたことを政府は猛省せねばならない。
 政府は、地元の漁協が既に漁業権を放棄しているとして「許可は不要」と反論。埋め立て承認を巡り、昨年12月に最高裁で県側敗訴の判決が確定し、法的問題は決着済みだとして全面的に争う構えをみせる。さらに翁長氏への損害賠償請求もちらつかせ、圧力を強めている。これでは泥沼化するばかりだ。
 県と政府の対立は根深い。先月亡くなった大田昌秀元知事の県民葬に参列した安倍晋三首相は「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と追悼の辞を読み上げた。席に戻ろうとする首相に向け「基地を造ったら沖縄が戦場になる」と訴える女性の声が会場に響いた。負担軽減すると言い続けながら、在日米軍専用施設の7割を小さな沖縄に押し付ける構図が一向に変わらないことに、いら立ち、反発するのは当然といえよう。
 大田氏はかつて「日本の安全保障は沖縄だけでなく、国民が等しく負担すべきだ。そうでなければ差別である」と語った。沖縄は先の大戦で、本土の「捨て石」とされ、終戦後も朝鮮戦争やベトナム戦争など米国の戦争と隣り合わせにあった。米兵らによる事件、事故は後を絶たない。苦難の歴史を顧みれば、沖縄の声は無視できるはずはなく、これ以上の差別的な犠牲を強いることは到底許されない。
 基地問題は、司法の場で手続きの法律論を詰めるだけでは改善しないだろう。昨年6月、総務省の国地方係争処理委員会は「普天間飛行場返還という共通目標の実現に向け、真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導く努力をすることが解決への最善の道だ」と提言した。政府のかたくなな姿勢こそが解決の道を閉ざしている。政府は「辺野古ありき」ではなく、沖縄全体の負担軽減の実現の道を探る必要がある。そのための安保政策の抜本的な練り直しを米国と本気で交渉するべきだ。


外相・防衛相兼務 首相経験者「絶対に無理」 職務集中、利益相反も
 北朝鮮が二十八日深夜に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、半日前に防衛相を兼務したばかりの岸田文雄外相が対応に追われた。政府は「一人二役」でも問題ないと不安の打ち消しに懸命。八月三日にも見込む内閣改造まで乗り切る構えだ。しかし、事態が深刻化したときに岸田氏一人で対処できるのか疑念の声も上がる。野党は有事の際に支障が出るのは明らかと批判した。
 岸田氏は二十八、二十九両日、東京・霞が関周辺を慌ただしく往来した。二十八日午前は閣議や記者会見に出席。午前十一時五十分に防衛相兼務の発令を受け、午後には防衛省に入って北朝鮮情勢を含めた説明を聞いた。ICBMが発射されると二十九日午前零時半すぎには首相官邸へ。国家安全保障会議(NSC)に出た後、防衛省へ移動する。外務省に立ち寄り、帰途に就いたのは午前四時前だった。
 寝たのもつかの間、外務省に戻り米韓両国外相とそれぞれ電話で会談。午後は官邸でNSCに出席し、防衛省でも対応に当たった。
 一、二日ならこうした対応が可能でも、一触即発の事態に陥った場合に問題はないのか。首相経験者の一人は「絶対に無理だ」と指摘する。安保上の対応に忙殺される一方、外交交渉も多忙を極めるのは確実だからだ。「安倍首相は内閣改造まで事態は急変しないと踏んでいるのだろう」と判断を疑問視した。
 外務、防衛両省の主張が衝突するケースもあり得る。在外邦人輸送は外相が防衛相に依頼し、防衛相は自衛隊の安全を確保できる範囲で派遣を命じるが、両省の安全判断が一致するとは限らない。政府は「利益相反」の事態も想定したのか、NSCには若宮健嗣防衛副大臣も出席させた。
 共産党幹部は「防衛相不在の空白を北朝鮮に狙われたのでは」と批判した。
◆「最大限の圧力」米国務長官と一致 対北で電話会談
 岸田文雄外相は二十九日午前、ティラーソン米国務長官と電話会談し、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射した北朝鮮に「最大限の圧力」を加える考えで一致した。韓国の康京和外相とも電話会談した。


受刑者のアイドル「Paix2」、刑務所全国ツアー「Prisonコンサート」17年の思い出
少年院や刑務所などの刑事施設では、被収容者に対する教育またはレクリエーションとして、歌手や音楽家などが歌や演奏を披露する「慰問行事」が定期的に開催される。そんな慰問行事において、被収容者たちから「受刑者のアイドル」と呼ばれ、絶大な支持を得ている女性デュオがいることをご存知だろうか。
「Paix2(ペペ)」の北尾真奈美(以下、まなみ)さん、井勝めぐみ(以下、めぐみ)さんは、2000年からマネージャーの片山始さんが運転する車で全国各地の刑事施設を巡り「Prisonコンサート」を続けている。
彼女たちの元には、日々、受刑者たちからの感想文が届くほか、SNSを通じて元受刑者たちからも、かつて刑務所で見た「Prisonコンサート」の感想が寄せられるのだという。この17年間、2人はどんな思いを胸に活動を続けてきたのだろうか。(ライター・高橋ユキ)
●● デビュー前は「看護師」と「技術補佐員」
――Paix2の結成の経緯と「Prisonコンサート」を始めることになったきっかけを教えてください
めぐみ「結成のきっかけは1998年の『日本縦断カラオケ選抜歌謡祭』鳥取大会でした。私たち2人は鳥取県出身で、この大会に出場していました。それまで特に接点はなかったのですが、たまたま続き番号になったんです。大会の後、当時主催者側にいた片山さん(現・マネージャー)が『2人でやってみたらどうか』と声をかけてくださり、2000年4月にインディーズデビューをしました。それまで私は看護師、まなみは技術補佐員、2人とも仕事をしていましたね」
まなみ「その年の9月に1日警察署長というのを地元の鳥取県でやりました。その際、署長さんに『歌が爽やかだから、そういう施設に行って歌ったら喜ばれるんじゃないですか』と言われて。私たちも勉強になるだろうし、じゃあ行ってみよう、ということで、3ヶ月後の12月2日、初めて鳥取刑務所でコンサートをやりました」
めぐみ「当時私たちは鳥取県を中心に活動をしていて、新聞やテレビ、ラジオなどに出ていたんです。そのため地元の職員さんもPaix2の存在を知ってくださっていたので、短期間の間で実現できたという感じです」
●受刑者の反応が「やけにノリが悪い感じ」だった理由
――受刑者たちの反応はどうでしたか?
まなみ「立ち上がってもダメですし、腕や足を組むこともダメなんです。あと刑務所は夏でも冷房は入っていないので、とても暑いんですよね」
めぐみ「聴き方にもルールがあります。姿勢良く座り、歌い終わった時の拍手のみして良いというのが本来の規則です。私語もダメですね。でも最初は私たちもルールを知る前にステージに立ったので『やけにノリが悪い感じなんだなぁ』というのが第一回目の感触でした」
まなみ「反応はないしね。それまで小学校とか、観客がざわざわしている中で歌うことが多かったんですが、急にこういう感じでしたから、おかしいな、と」
めぐみ「受け入れてもらえなかったんだなと感じましたね。後日、感想文が刑務所から届いて、ルールだから皆さん静かに聞いていたんだなということを知って、安心しましたが」
●刑務所コンサートは「ボランティア」
――その後、各地の刑務所から「うちでもやってよ」という声があったりしたのでしょうか
まなみ「いえ、山口県で開いた2回目のコンサートは、私たちが出る予定ではなかったんです。事務所に当時所属していた山口県出身のアーティストさんを当初、打診したのですが、施設側から『鳥取でやられた2人組をお願いします』と言われたんです。
多分施設側としては全く知らない方を入れるよりは、すでに実績があるアーティストのほうが安心できる、ということも多分あったんだと思います。結果的には、それで2度目に山口でコンサートをしたら、そこでも喜ばれて。
じゃあ、メジャーデビューして、何か自分たちの音楽でひとつ特徴付けることをという話になった時に、それなら今まで誰もやったことのない刑務所でのコンサートを全国展開しましょう、ということで、やり始めました」
めぐみ「そこから全国の施設にダイレクトメールを送って、本格的に全国の刑務所での『Prisonコンサート』が始まったのが2002年3月からですね」
――このときの「Prisonコンサート」は、いわば外の世界で言う「全国ツアー」といった趣ですよね。
めぐみ「一番多い年が2003年で40数回、これが一番ピークです。あとはだいたい年間20回前後を刑務所でコンサートしています。回数だけ聞くと、非常に少ないように捉えられがちなんですが、これでも負担は大きいんです。
刑務所でのコンサートは基本的に、朝の9時や9時30分スタートですから、地方では前泊が必要です。さらに、その翌日に別の矯正施設でコンサートの予定があれば、コンサート終了後に次の矯正施設に行って、機材を設営して、その次の日にまたコンサート……というスタイルを取るので、1回コンサートに行くと2〜3日、距離が多いと4日かかりますね。
長い時には1日に1600〜1700キロ移動した年もあります。コンサートはだいたい1時間〜1時間半させていただくんですが、実は準備や移動でかなり日数をとられてしまうんです」
●交通費と宿泊費は出るようになったが
――1年の約3分の1はコンサートのために動かれている計算になりますね
まなみ「九州や北海道も全部車での移動なんですが、体力的に一気に九州までは行けないんですよね。それでやっぱりどこか途中で一泊してから九州入りするので、そうすると2日間は要します」
めぐみ「交通費と宿泊費で、すごくお金がかかるんですよね。ですので、ボランティア貧乏でした」
――「Prisonコンサート」はボランティアでやっていたんですか
まなみ「特別矯正監でもある歌手の杉良太郎さんの呼びかけで、2015年に『法務省矯正支援官』に任命していただきました。そこからは、交通費と宿泊費は出るようになったんです。
たまたま杉さんがPaix2をテレビで見てくださったみたいで『こんなにやってる子たちがいるのに、刑務所はなんかやってるの?』みたいな話があったみたいで(笑)。『完全にボランティアです』という話をすると、『それはいかん』となりまして」
めぐみ「それまでの期間は持ち出しです。ボランティアの出費の方が多くて営業で入ったお金が出て行く方が多い時期が長く続きました」
まなみ「だから東京〜鳥取間だったら、一般道で走って向かいました。高速道路も乗るのが大変な時期がありました。社会人のときの貯金でなんとか生活して、節約していましたね」
●「Paix2の歌を聴いて、真面目に頑張ろうと思いました」
――でもそれでも続けることができたのはなぜなんでしょうか? 2003年なんて、自腹で40箇所を回るとなると本当に大変でしたよね。
まなみ「でも、やっぱりやりがいっていいますか、それが一番大きいんですけど、一番最初は、中の人に楽しんでもらおうという思いでやっていたんです。でもやっぱり10回ぐらいコンサートをした時、中に人がいるということは被害者や遺族の方が外にいらっしゃるわけで、これは楽しんでいるだけじゃだめだな、となって。
自分たちの中で何か、お互い考えられる場所としてコンサートをやっていけたらなということで、受刑者の家族から頂いたお手紙を紹介してみたりとか、めぐさんが看護師をやっていたのでそのときの体験談とかもお話しさせていただいたりとか、色々と試行錯誤しながらやっていくようにしました。
そこからちょっと受刑者側の反応も、ステージ中の反応も違う手応えが出てきて、感想文もガラッと変わってきたんです。そして社会復帰した人が徐々に外でのライブの時に会いにきてくれたりするようになって『Paix2の歌を聴いて、真面目に頑張ろうと思いました』とか、そういうメッセージとかももらったりするわけですよ。そこから、これをやり続けていくべきかなという思いが強くなりましたね」
めぐみ「2002年に、鳥取で警察音楽隊とのジョイントコンサートをやったときに駆けつけてくださった元受刑者の方からお手紙と花束をいただいたんです。この方のお手紙が一番最初の社会復帰した方との出会いでした。当時そういう出会いがなくずっと全国を回っていたので、社会に帰られた人はどういう思いになられてたのかなという思いもあったんです。この出会いが早くからあったおかげで多分今も続けてこられているのかなと思います」
まなみ「実際、資金的にもきついし、同じ業界の人から『そんなところで歌ってどうするの』っていうのはすごく言われたんですよ、最初の頃。確かに即売もできないし、歌も広がらない。実際本当にお金は無くなるし、もうやめませんか? という話をしたことも。そんなときに、『歌を聞いて励まされた』という方が現れて。ああ、自分たちのやってきたことは間違いじゃなかったんだな、って」
めぐみ「要所要所で励ましになる出会いとか文章が私たちの元に届くんですよね。そうするとまあ、ハードなのは自分たちだけだから他の人はプラスに受け止めてくれるならやらないといけないんじゃないかと、最終的にはエンジンがそこにかかるようになるんですよね。その繰り返しでした。当時は。辛いなと思ってもちょっと嬉しくなる出来事があって続けてこれました」
まなみ「社会復帰した方から、メールやFacebookで相談とかが届くんです。私たちは2014年から保護司もやらせてもらっているんですが、その以前から保護司と同じ仕事をやってきたと思っています」
――数年前に、東京拘置所の矯正展で初めてPaix2のライブを見させていただきました。『元気だせよ』という曲がのメロディーがとても覚えやすく、しばらくよく歌っていました。Paix2の楽曲は、片山さんや、他の方々による作曲のようですが、まなみさんは作詞をされていますね。何か気をつけていることなどはありますか?
まなみ「塀の中の方も共感してもらえるような詩を作りたいなというのは思って書いていたりします。『ウチへ帰ろう』っていう歌詞もありますが、この秋に、日本酒の歌も作ろうと思っているんです。『日本酒飲んで〜幸せだよね〜』っていうんですけど、それも私は『ウチへ帰ろう』とセットで歌いたいなと思っていて。早く出てこい、社会には楽しいことがあるよ、と」
めぐみ「最近ではそういう新たな発想も生まれています」
鳥取県出身の北尾真奈美(きたおまなみ)、井勝めぐみ(いかつめぐみ)によるデュオ。2000年結成。全国の矯正施設を巡り「Prisonコンサート」を続けている(2017年7月時点で計406回)。2017年11月24日、東京弁護士会などが主催する「民事介入暴力対策全国拡大協議会東京」でも公演予定。http://paix2.com/
【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記」(霞っ子クラブ著/新潮社)、「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(高橋ユキ/徳間書店)など。好きな食べ物は氷。


共産・穀田氏の国対委員長20年で祝賀会=与野党幹部がエール
 共産党の穀田恵二国対委員長の就任20年記念祝賀会が30日、京都市内で開かれた。1997年9月の就任以来、歴代政権との攻防の最前線に立ってきた穀田氏に対し、大島理森衆院議長ら与野党の国対委員長経験者が党派を超えてエールを送った。
 穀田氏はあいさつで「私たち(議員)は国民から白紙委任を受けたわけではない。(採決強行は)議会制民主主義の土台を崩し、劣化を招く」と述べ、重要法案の徹底審議を求め続ける考えを強調した。
 自民党国対委員長の在任日数最長の大島氏は「(穀田氏は)憲法、国会法、先例で正論を吐く。われわれもたじたじとなる」と指摘。衆院京都1区で穀田氏と議席を争う同党の伊吹文明元議長は「戦友という感じが強い」と語った。


穀田氏の国対委員長20年祝い、与野党重鎮一堂に 京都
 共産党の穀田恵二衆院議員(比例近畿)の国会対策委員長在任20年を祝う集いが30日、京都市内で催された。共産党関係者のほか、国会で激しく論戦を繰り広げてきた自民党や、民進党の重鎮らが一堂に会し、攻防の最前線に立ってきた穀田氏にエールを送った。
 穀田氏は、党派を超えて議会制民主主義の発展を目指すとの思いから、各党の国対委員長経験者や元衆院議長らに参加を要請した。大島理森衆院議長、川端達夫衆院副議長、二階俊博自民党幹事長、竹下亘自民党国対委員長、安住淳民進党代表代行、小沢一郎自由党共同代表、野中広務元自民党幹事長、山田啓二京都府知事ら約300人が出席。大島議長は「日本の政治が全部ここに集まったようでびっくりしている」と話し、会場の笑いを誘った。
 穀田氏は「採決を強行するやり方は、議会制民主主義の土台を崩し、劣化を招いている。私たちは、それを乗り越えて、議会制民主主義が花開く日本をつくる可能性を秘めている」と述べ、国会の場で審議を尽くす必要性を訴えた。
 集いの発起人を務めた河野洋平元衆院議長は、小政党の新自由クラブを率いた経験に触れ「少数意見の尊重が民主主義本来の姿だが、少数者が意見を言うのがいかに難しいかを穀田さんは感じてきたと思う」とねぎらった。
 衆院京都1区で穀田氏と議席を争い続けている伊吹文明元衆院議長は「8回の選挙を戦ったが、一緒にやってきた戦友という感じが強い」と振り返った。28年間続いた蜷川虎三府政の中で共産党が存在感を強めた京都の政治風土を指摘し「権力の座にいたから、権力を使うおもしろさと維持する難しさ、失った時の辛さを(京都の)共産党は体験している。谷口善太郎氏や寺前巌氏のような現場感覚を持つ、人間味のある政治家が多い。だから、立場は違うが穀田先生を敬愛してお付き合いしてきた」と語った。
 京都では1997年にも寺前氏の衆院議員在職25周年祝賀会で、同じ旧京都2区でしのぎを削った自民党の谷垣禎一衆院議員のスピーチが会場を沸かせた歴史がある。共産党の小池晃書記局長は「京都ならでは、だと思うし、穀田恵二ならでは、だと思っている」と述べた。ある出席者は「そうそうたる顔ぶれが『呉越同舟』で集まれたのは、共産党が存在感を持つ京都という地で、他党との調整役の国対委員長を長く務めた穀田氏が呼び掛けたからだろう」と指摘する。


共産 穀田氏祝賀会に「こんなことを…」小沢氏もびっくり
国対委員長在任20周年記念、与野党の重鎮300人ズラリ
 共産党の穀田恵二国対委員長は30日、委員長在任20周年を記念する祝賀会を京都市内のホテルで開いた。大島理森衆院議長や自民党の二階俊博幹事長、民進党の横路孝弘元衆院議長をはじめ、与野党の国対委員長経験者ら約300人が出席。共産党の集まりに与野党の重鎮が名を連ねるのは異例で、野党第1党の民進党が低迷する中、国政選挙や東京都議選で躍進が続く共産党の存在感が際立つ形となった。
 穀田氏はあいさつで「採決強行は議会制民主主義の土台を崩し、劣化を招く」と与党の国会運営に注文。大島氏は「公正中立に物事を判断する時、自民党寄りかなと思えば、穀田氏が何と言うかを考えて判断する」と持ち上げてみせた。
 衆院京都1区で穀田氏と議席を争う自民党の伊吹文明元衆院議長も登壇し「穀田氏は好敵手というより、戦友という感じが強い」と語ると、自由党の小沢一郎共同代表は「顔ぶれといい、パーティー形式といい、共産党がこんなことをするとは思ってもいなかった」と共産党の変化に驚きを見せた。最後には出席者がそろって記念撮影し、政敵同士のつかの間の休戦となった。
 穀田氏は1993年に衆院旧京都1区で初当選し、現在8期目。97年から共産党国対委員長を務めている。【真野敏幸】

カントク/門真でランチ/梅田でコピー/南森町でフランス映画

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Les dakimakuras : comment les Japonais transforment des traversins en partenaires amoureux
Souvent réduits à des poupées sexuelles, les dakimakuras signifient bien plus pour les fans de pop culture japonaise. Révélateur d’un attachement pour les personnages de fiction, cet objet anodin fait débat. Représente-t-il une fuite du réel ou est-ce un stimulant affectif ?
Le personnage d’un manga imprimé sur les draps d’un traversin. Un peu plus qu’un produit dérivé, pas non plus une poupée sexuelle. Assis sur une chaise près du lit ou dans les draps et les bras, le dakimakura est un compagnon de chambrée singulier. Un héros choisi minutieusement s’incarne dans un coussin et devient, selon les personnes, un objet de collection, une peluche pour grandes personnes ou carrément un faux partenaire sexuel.
Rangé dans les placards de la pop culture japonaise, le dakimakura est méconnu et parfois moqué, aussi bien par le grand public que par les autres fans. Sur internet, l’objet souffre de sa connotation sexuelle. À l’image de l’anecdote d’un coréen épousant son oreiller ou d’un comic strip de Randowis.
Un objet chaste… et plus si affinités
Venu à Paris pour la Japan Expo, Ayanokorin* est intarissable sur le sujet. Tout juste bachelier à 17 ans, il possède une dizaine de dakimakuras. Sur un sous-forum Reddit, il discute des meilleurs fabricants, de la matière des traversins et des plus beaux dessins. Pour lui, il s’agit avant tout d’un objet de collection :
“Je dors avec mais ce n’est vraiment pas quelque chose de sexuel. C’est purement affectif et plutôt pour lui faire un câlin qu’autre chose. C’est très confortable en plus, on a l’impression de dormir sur un nuage. J’ai du mal à dormir sans maintenant.”
Pour beaucoup de fans, les dakimakuras incarnent au plus un ami ou un amour chaste. Un point de vue repris par les commerces comme l’analyse Agnès Giard, anthropologue à l’université de Paris-Nanterre et auteure d’Un Désir d’Humain. Les love doll au Japon (éditions Les Belles Lettres) :
“Ces produits ne sont pas en vente sur les sites marchands de sextoys. Ils sont commercialisés dans le circuit spécifique des commerces pour otaku pour des raisons de stratégies financières autant que marketing : les dakimakuras ne sont pas officiellement destinés à la masturbation, mais à l’amour.”
En plus du prix (une centaine d’euros pour un original), acquérir le fameux coussin peut relever du casse-tête : il faut être attentif à la qualité, éviter les contrefaçons, passer par un site japonais et donc parfois utiliser un proxy pour le paiement… Mais surtout : arrêter son choix sur un personnage ou un dessin en particulier. Une décision loin d’être anodine. Sky*, un homme de 20 ans, a dessiné son propre dakimakura : “Le personnage représenté, c’est tout une histoire. Disons qu’il a été créé par moi-même à partir d’une personne que je considère comme un frère dans la vie de tous les jours. Je dors avec bien sûr.”
La relation peut aller plus loin pour les fans les plus passionnés : “Je me vois en couple avec mon dakimakura, du moins avec le personnage dessus, d’ou les tonnes de fan fictions et fan arts que je crée. Pour moi il est mon husbando : un personnage que je considère comme mon vrai mec, même s’il n’est pas réel”, nous confie Anaïs*, une femme de 20 ans.
Les origines lointaines du dakimakura
L’histoire de l’objet est empreinte de poésie. Littéralement, dakimakura signifie “coussin à étreindre”. Il y a quelques siècles, on parlait déjà au Japon de “femme de bambou” ou “nacelle à étreindre” pour désigner des paniers tressés. Pour congédier la chaleur, le dormeur enlaçait l’objet à travers lequel le vent circule. Dans certains haïkus (courts poèmes japonais), le terme “femme de bambou” est empreint d’ambiguïté. Il peut désigner l’été, le panier ou même une métaphore pour le fait de dormir avec une autre femme.
Au début des années 1990, avec les premières consoles de jeux vidéo pour le grand public, le dakimakura moderne naît. Agnès Giard raconte ses origines :
“Vers 1996, un journaliste spécialisé dans la culture otaku décide de lancer le business des premiers dakimakuras ‘commerciaux’. Agissant dans une semi-illégalité, il se fait rapidement éliminer par des sociétés qui s’emparent officiellement du filon : elles achètent les droits de reproduction des héros et héroïnes et commandent même aux auteurs des images originales.”
Symbole de mal-être social ou remède à la mélancolie ?
Avec 250 000 personnes réunies cette année à la Japan Expo, la culture Otaku dépasse le stade de la culture underground. Elle souffre pourtant de stéréotypes négatifs comme l’observe Marie Pruvost-Delaspre, enseignante-chercheuse à l’université Paris 8 et spécialiste de l’animation japonaise :
“Dans les années 1980, il y avait l’idée d’une perversion et de passionnés très renfermés qui ne s’intéressaient plus au monde réel. La culture Otaku l’a revendiqué, au moins pendant une décennie, parce qu’elle rejetait les rapports sociaux classiques. Petit à petit, elle a moins relevé de la perversion. C’est lié à la réhabilitation de la culture geek : les personnages ridicules sont devenus les héros des années 2000.”
Plusieurs fans de pop culture japonaise nous font part de la méfiance de leur famille ou de leurs amis à l’égard de leur passion. Perte de temps, goût bizarre, fuite de la réalité… Les maux supposés sont variés. Dormir avec un dakimakura, un frein à l’amour dans le monde réel ? Sur le sous-forum Reddit consacré aux coussins, un néophyte interroge les passionnés de longue date : “Comment le fait d’avoir un dakimakura a affecté votre recherche d’une moitié ? Est-ce que ça s’est déjà mis en travers ou est-ce que ça a aidé les choses à progresser ?”Selon Agnès Giard, l’objet catalyse un malaise social au Japon
“Il s’agit, à travers eux, d’exprimer un sentiment d’inadéquation avec la réalité sociale du Japon : pour beaucoup de jeunes adultes, il est devenu impossible de se conformer aux normes de réussite. Les hommes ne peuvent plus fonder une famille et les femmes ne veulent plus rester au foyer. Les dakimakuras sont les instruments d’un rêve collectif : celui de l’amour ‘pur’ pour des êtres imaginaires qui personnifient les aspirations d’une génération toute entière à un autre modèle de société.”
L’amour virtuel, un mal postmoderne ? Marie Pruvost-Delaspre relativise le caractère inédit de ces relations avec des personnages de fiction : “Aux États-Unis, dans les années 1930, il y avait un engouement phénoménal pour des personnages Disney. On peut retrouver dans les journaux de l’époque des interviews de Donald ou Mickey.”
Pour Anaïs* qui nous confiait se sentir en couple avec l’un de ces personnages, la culture Otaku n’empêche pas son épanouissement : “En tant que dessinatrice, cette culture m’aide à progresser, apprendre et créer. Elle choquera les plus étroits d’esprit car la culture japonaise est très extravertie et différente de la nôtre. Cependant, elle est remplie de couleurs, de joie et de beauté.”
Pseudonymes ou prénoms modifiés.
フランス語
フランス語の勉強?

土曜日ですがカントクしなくてはなりません.好きではないですが仕方ありません.
疲れたのでのんびりと思い,ちょっと遠出して門真でランチしました.今まで通り過ぎていたところですが隠れ家的ないいお店発見です.
のんびりしたいところですが梅田でコピーしなくてはいけないことに気がつき,暑い中移動です.
さらに夕方は南森町でフランス映画.転校生という映画.でもイマイチだったかな?

食で恩返し 南三陸・被災跡地に店を再建
 東日本大震災で被災した南三陸町志津川の和食店「季節料理 志のや」が28日、被災当時の場所で再オープンを果たした。店ごと津波で流され、九死に一生を得た店主高橋修さん(58)は「やっと日常が戻ってきた。地域とともに歩んでいきたい」と意気込む。
 午前11時に開店すると、早速なじみの客が訪れて「親方、待ってましたよ」と声を掛けた。高橋さんは真新しいカウンターで「おかげさまでまた始められます」と満面の笑みで迎えた。
 高橋さんは15年前、海から約2キロ内陸の場所で店を始めた。「店は人の生きざまを映す」と言い、会話を大事にした客目線の経営を心掛けた。結納の場に使われた際には、目録を書き、時には料理を作りながら司会進行役も務めた。
 2011年3月11日、店で仕込み作業をしていた時に震災が発生。「ここまでは来ないだろう」と2階に避難したが、津波に襲われ、店ごと内陸に1キロほど流された。
 がれきの中から尊敬する当時の消防団長が作ってくれた店の看板が見つかり、奮起。店の跡地に建った仮設の「南三陸さんさん商店街」に参加し、16年末に閉鎖するまで、震災ボランティアや観光客に震災の体験を話すなどして交流を深めた。
 震災後に町に移住した農業藤田岳さん(29)は「高橋さんはよそ者の自分でも温かく接してくれ、相談にも乗ってくれた。自分にとっても頼れる『親方』だ」と話す。
 新しい店は掘りごたつの座敷やテーブルの計66席をそろえる。町名物のキラキラ丼のほか、二つの海鮮丼が食べられる「てんでんこ丼」をメニューに加えた。
 高橋さんは「これまで背中を押してきてくれた人に食で恩返ししたい」と再起を誓う。


「志津川湾夏まつり福興市」
南三陸町で、夏恒例の「志津川湾夏まつり福興市」が開かれ、訪れた人たちが海の幸や郷土芸能を楽しみました。
南三陸町の「福興市」は震災の直後から毎月行われていて、7月は、志津川地区の仮設魚市場周辺での「夏まつり」が一緒になるため、特ににぎわいをみせます。
29日は20余りの店が出て、志津川湾でとれたタコが入ったタコカツカレーや、焼きホタテなどが販売されました。
訪れた人たちは、地元の海の幸を楽しんでいました。
会場では南三陸町の郷土芸能・「トコヤッサイ」のコンテストも開かれ、参加した人たちが元気いっぱいの踊りをみせていました。
「福興市」の実行委員長を務める山内正文さんは「あいにくの天気でしたが、70回目の福興市を開くことができてうれしいです。これからも、南三陸町の人に元気を届けたいです」と話していました。


復興後押し リレーが県内入り
東日本大震災の被災地から東京までをたすきでつなぐ「1000キロ縦断リレー」が29日、南三陸町を出発し、ランナーたちが復興の進む被災地を駆け抜けました。
このリレーは、被災地の復興を後押しするとともに3年後の東京オリンピック・パラリンピックを盛り上げようと、東京都などが4年前から毎年行っています。
今回は、24日に青森市をスタートして28日に宮城県に入り、29日朝、ことし春にオープンした「南三陸さんさん商店街」で出発式が行われました。
式典には、オリンピックのスキー、ノルディック複合で2大会連続で金メダルを獲得した荻原健司さんなども参加し、ここまでつながれたタスキを受け取りました。
そして、荻原さんをはじめ参加者8人が次の中継点に向かってさっそく走り出しました。
29日は、石巻市や東松島市などを通り、70キロあまり先の松島町の役場までたすきをつなぎました。
荻原健司さんは「宮城県の海沿いは初めて訪れましたが、かさ上げされている土を見て自然の脅威を改めて感じました。私たちにできることはわずかですが、見ている人たちに元気を届けたい」と話していました。
今回のリレーにはあわせて1800人が参加し、8月7日に東京にゴールする予定です。


復興予算36%が未執行
 復興庁は28日、2016年度に計上した東日本大震災復興予算4兆6345億円の36.1%に当たる1兆6736億円が、年度内に使われなかったと発表した。未執行分のうち、1兆1426億円は17年度に繰り越した。事業規模の縮小などで執行する見込みがなくなった5309億円はいったん「不用額」として処理し、今後の復興事業に改めて充てる。
 復興予算の執行状況はグラフの通り。執行率は11年度から60%台で推移する。同庁の担当者は「被災地で用地取得や合意形成に時間がかかっているのが主な要因。地元自治体と綿密な調整を図り、適正な執行に努めたい」と話した。
 16年度の復興予算を主要事業別で見ると、住宅再建・復興まちづくりに2兆1880億円を配分したが、執行率は51.4%にとどまった。東京電力福島第1原発事故からの復興・再生は1兆4902億円の26.2%が未執行、産業・なりわいの再生は1899億円の41.6%が使われなかった。
 政府は11〜20年度の復興財源として32兆円を確保。16年度までの支出額は約25兆1000億円に達した。
 岩手、宮城、福島など計11道県102市町村の被災市町村に配分した11〜16年度の復興交付金は総額2兆8992億円に上る。このうち、16年度末までに事業者と契約などを済ませた額は80.6%に当たる2兆3328億円だった。
 配分額の最多は石巻市で4069億円(契約済み額3168億円)。気仙沼市の2684億円(2246億円)、仙台市の1971億円(1676億円)と続いた。


<リボーンアート>野外ライブに1万3000人
 石巻市を主な舞台に開かれている総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」の野外ライブイベント「APバンクフェス」が28日、宮城県川崎町の国営みちのく杜の湖畔公園で始まった。30日まで。
 実行委員長の音楽プロデューサー小林武史さん(新庄市出身)やミスターチルドレンの桜井和寿さんを中心とした「Bank Band」の登場で開幕。桜井さんが開口一番に「夏が来たぞ」と叫ぶと、観客は大歓声で応えた。
 初日は全国から約1万3000人が来場し、キック・ザ・カン・クルーや水曜日のカンパネラといったアーティストの演奏を楽しんだ。白河市から親子3人で訪れた志賀浦豪一さん(34)は「家族でゆったり楽しめる開放的な雰囲気がいい」と笑顔を見せた。
 フェスには30日までに計27組のミュージシャンが出演する。来場者は3日間で計約4万人に上る見通し。
 RAFはアートや食を含めたイベントで、9月10日まで開催される。実行委と一般社団法人APバンク(東京)の主催で、宮城県や河北新報社などが共催する。


<核のごみ>東北沿岸 適地判断に反発
 高レベル放射性廃棄物の最終処分候補地となり得る地域を示す「科学的特性マップ」が公表された28日、東北の自治体からは沿岸部を中心に適地とされたことへの憤りや、慎重な対応を促す声が交錯した。核燃事業を受け入れる青森県からは最終処分の進展に向け、一定の評価も聞かれた。
 「三陸の豊かさ、東日本大震災から立ち上がった人々の力強さを売りに復興を目指している。最終処分場は全く相いれない」
 適地とされた釜石市の野田武則市長は強く反発した。同市では旧動力炉・核燃料開発事業団が1988年から10年間、地層処理の基礎研究を行い、市議会は89年、最終処分地の受け入れを拒否する宣言を決議。野田市長は「宣言は受け継がれている」と強調した。
 国は最終処分場で放射性廃棄物の地層処分を目指すが、日本学術会議は「現在の科学知識と技術能力では限界がある」と指摘する。こうした見方を踏まえ、達増拓也岩手県知事は「慎重な意見もある。県が受け入れる考えはない」と断言した。吉村美栄子山形県知事も受け入れを否定した。
 東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)が立地する宮城県。村井嘉浩知事は「選定は国民理解を得た上で誠実、慎重に行うべきだ」、須田善明女川町長は「マップ公表を第一歩として政府のさらなる取り組みが重要」とコメントした。
 青森県は政府が候補地から事実上除外している。六ケ所村の日本原燃には海外返還分と国内発生分を合わせ、2176本の高レベル放射性廃棄物が最終処分場への運び出しを待つ。戸田衛村長は「国が最終処分の解決に前面に立って取り組む姿勢だ」と評価した。
 東北電力東通原発と建設中の東京電力東通原発が立地する東通村の越善靖夫村長は「(処分場の誘致を)検討するともしないとも言わない」と明言を避けた。
 政府は福島県も候補地から除外する考え。それでも東京電力福島第1原発事故に伴う帰還困難区域を抱える浪江町の馬場有町長は「マップに指摘されたことで町民の帰還意欲が喪失される」と憤る。
 2015年に脱原発都市を宣言した南相馬市の桜井勝延市長は「原発を推進すれば最終処分する廃棄物が増え続け、その分処分場が必要となる。極めて懸念すべきことだ」と訴えた。


<核のごみ>太平洋岸中心に「好ましい特性」
 経済産業省が28日公表した原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分に関する「科学的特性マップ」によると、東北は太平洋沿岸を中心に最終処分の候補地になり得る地域が存在する内容となった。内陸の火山周辺や日本海側の油田など鉱物資源がある地域は「好ましくない」と位置付けられた。
 東北分は地図の通り。「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い」として適地に分類された面積が最も広いのは岩手県で、海岸から約20キロの地域は全て「輸送面でも好ましい」と最適な地域に色分けされた。
 宮城県は東北電力女川原発(女川町、石巻市)が立地する沿岸北部を中心に「輸送面でも好ましい」に分類された。
 青森県は原発の使用済み核燃料を再処理する核燃料サイクル施設の立地を背景に、国から「最終処分地としない」と確約を得ているものの、沿岸の広い範囲が最適地となった。
 東京電力福島第1原発事故の被害に遭った福島県でも適地が示されたが、世耕弘成経産相は「福島には負担をお願いしない」と候補地選定から除外する考えを示した。
 マップの要件・基準作りに携わった東北大災害科学国際研究所の遠田晋次教授(地震地質学)は「下北半島から福島県沿岸に至る太平洋岸には安定岩盤がある場所が多い。日本海側は地盤の隆起速度が速い所や油田があり、適さない場所が目立つ」と説明する。
 ただ、適地とされた地域にも不確定要素はあり、遠田教授は「マップはあくまで目安。活断層は地表の情報を基に考慮されており、新たに見つかる可能性もある。処分場の立地には地下の詳細な調査が必要となる」と指摘する。


宮城の特産食材で三味一体
 初代仙台藩主伊達政宗の生誕450年を記念し、かまぼこ、フカヒレ、仙台みそという宮城県特産の食材を組み合わせ、県内外の客をもてなす料理を考案しようと、県内の3社と東北福祉大が「伊達の美味(うま)しを」プロジェクトを始めた。政宗の誕生日とされる8月3日から、塩釜市の「武田の笹かまぼこ」のレストランで試験的に提供する。
 参加するのは同社のほか、フカヒレ加工の仙台〓〓(みんみん)(大和町)、仙台みそ製造の玉松味噌醤油(みそしょうゆ)(大河原町)。東北福祉大総合マネジメント学部の鈴木康夫教授が3社を結び、ゼミの活動として事業計画を練った。
 考案した「貞山ヒレかまぼこ」はフカヒレ、伝統料理食材のクルミを入れた練り製品。調味料として、カキエキスを入れたしょうゆを使用。酢みそに付けて食べる。かまぼこは食材ごとに色の異なる3層になっていて、薄く切って貞山運河の流れを表現した。
 クルミ豆腐にフカヒレのあんをかけた料理や、フカヒレ入りのみそも考案。27日の試食会では「おいしい」という評価の一方、「もう少しフカヒレの食感を出した方がいい」との声もあった。料理はいずれも完成品ではなく「食べた方々の意見を取り入れながら、さらにおいしくしたい」(関係者)という。
 全国トップクラスの生産量を誇った県産かまぼこは東日本大震災後、販路の拡大に苦戦している。鈴木教授は「まずは商品化して、発信することが大事だ」と強調した。


河北抄
 東日本大震災の被災地では多くの学校が避難所となり、地域の核としての存在を内外に示した。学校の問題が地域を揺さぶるのはそのせいに違いない。
 仙台市青葉区の折立中2年の男子生徒(13)が4月26日に自殺して3カ月。いじめを訴えていただけでなく、教諭2人からの体罰も発覚した。折立中を核とした地域の絆は弱まっただろう。
 同校の保護者らが先日、教諭2人の学校現場への復帰を求め、市教委に要望書を提出した。保護者や卒業生、在校生ら4416人分の署名簿と生徒らが折った千羽鶴が大越裕光教育長に手渡された。
 「体罰は許されないが、2人は熱心に教育活動をしていた。適切な措置をお願いしたい」。保護者の言葉に、市教委の担当者は目に涙を浮かべていたという。
 生徒と恩師の絆−と書きかけ、手が止まる。自殺した生徒と遺族はどう受け止めているのだろうか。地域から徹底した真相究明を求める声は上がらず、署名活動の動きもない。「きずな」から抜け落ちた仲間の「な」。「きずな」から「な」を抜くと、遺族の傷になるのでは…。


稲田防衛相辞任/これで幕引きは許されない
 遅きに失した以外の何物でもない。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、稲田朋美防衛相がきのう、引責辞任に追い込まれた。
 この期に及んで、辞めて済むような問題ではないのは明らかだ。隠蔽了承や虚偽答弁の疑惑を曖昧にしたままで、「幕引き」は断じて許されない。稲田氏はまず、国会の閉会中審査に応じて説明責任を果たすべきだ。
 内閣がもたないと、切羽詰まった安倍晋三首相が最後に引導を渡したのだろう。抜てきした「秘蔵っ子」の度重なる失態に目をつぶり、かばい続けてきた任命責任者としてのけじめは避けられない。
 この問題は、防衛省が日報の情報公開請求に対して「破棄済み」として不開示にしたが、その後、電子データが陸上自衛隊内に保管されていたことが発覚した。稲田氏はデータが残っていたとの報告を受け、最高幹部の緊急会議で非公表を了承したとされる。
 特別防衛監察では、稲田氏がデータ保管の説明を受けた可能性は否定できないとした上で、非公表の方針を了承した事実はないと結論付けた。幹部の関与は認定したものの、「玉虫色」の結果だった。
 特別防衛監察は制度上、防衛相ら政務三役は対象外だが、今回は稲田氏が疑惑報道を受けて聴取される異例の展開となった。渦中にあるトップが命じた監察結果にどれだけ信ぴょう性があるだろうか。「茶番劇」と受け取られても仕方があるまい。
 しかも担当した防衛監察本部は防衛相直轄の組織で、手足となるのは身内の自衛隊員だ。真相解明には中立的な外部の目が不可欠で、今後、国会や第三者機関による徹底的な調査、検証が求められる。
 なぜ、日報の存在を隠そうとしたのかも、不透明なままだ。昨年7月、首都ジュバで起きた政府軍と反政府勢力との大規模な武力衝突について「戦闘」という言葉を使っていたことと無関係であるまい。憲法との整合性が問われることを恐れたのではないか。
 稲田氏が追い込まれた背景には「背広組」の事務方幹部と「制服組」の陸自幹部との激しい対立があるとされる。制服組は「陸自ばかりが悪者にされ責任を取らされる」と不満を募らせていたという。
 防衛相が背広組も制服組も統率できない現状は、文民統制(シビリアンコントロール)の根幹を脅かす由々しき事態である。組織ぐるみの形で国民の知る権利をないがしろにした責任も極めて重い。
 安倍首相は、資質に欠ける稲田氏の更迭に踏み切らなかったことが「傷口」を大きく広げ、深刻な事態を招いたことを真摯(しんし)に反省すべきだ。
 本をただせば、「1強」のおごりに他ならない。加計(かけ)学園問題もしかり。「臭い物にふた」の姿勢を変えなければ、国民からの信頼が地に落ちるのは目に見えている。


陸自日報問題で稲田氏辞任 文民統制に疑念を招いた
 国の安全保障を担う巨大組織を揺るがす異常な事態である。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の陸上自衛隊部隊が作成した日報問題をめぐり、稲田朋美防衛相が辞任した。黒江哲郎防衛事務次官も同時に辞任し、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も近く辞める。
 防衛省の特別防衛監察の報告書が公表され、「陸自内で廃棄した」とされた日報の電子データは当初から存在し、組織的な隠蔽(いんぺい)が明らかになった。このため関係する「トップ3」がそろって引責を迫られた。
 発端は昨年7月に陸自部隊が活動した首都ジュバでの政府軍と反政府勢力による武力衝突にさかのぼる。
浮き彫りになった隠蔽
 派遣部隊が日々、日本の陸自に送る日報は特定の自衛隊幹部らが閲覧できるネット掲示板に公文書として掲載されている。
 防衛省は衝突直後に派遣部隊と陸自とのやりとりの文書に関する情報公開請求を受理した。
 しかし、陸自は日報を「個人資料」にすり替え、公文書ではないという口実で公開対象から除外した。
 さらに昨年10月に受理した衝突時の日報に関する情報公開請求では、存在する日報を「既に廃棄されている」との理由から非開示とした。
 しかし、非開示決定後の再調査で日報の存在を隠しきれなくなると、「廃棄」とつじつまを合わせるため日報を次々に削除した。
 報告を受けた事務次官らも公開が不要な「個人資料」で処理し、日報の存在を非公表とする判断をした。
 最初の偽装を発端に矛盾しないよう虚偽を重ね、最後は事実を隠すために証拠隠滅をし口裏を合わせた。隠蔽工作と言われても仕方ない。
 最大の焦点はこうした経過に稲田氏が関与したかどうかだった。
 監察の聴取に対し、陸自側は日報の存在を稲田氏に報告し非公表の了承を得たと主張した。しかし、稲田氏はその報告も了承も否定し、食い違いを見せた。
 報告書は稲田氏と陸幕幹部とのやり取りで「陸自の日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」と指摘し、疑惑が残る認定となった。
 稲田氏は国会で「報告されなかった」と答弁しており、矛盾が生じる可能性がある。辞任したとはいえ参考人などで国会に対する説明責任を果たすべきだ。
 深刻なのは、日報問題をめぐる一連の混乱を通じて稲田氏の文民統制(シビリアンコントロール)に疑問を抱かせたことだ。
 稲田氏は学校法人「森友学園」との関係についての国会論議で批判の的となり、自衛隊内からは指導力への疑問が強まった。不満は稲田氏の服装に及ぶこともあったという。
 稲田氏は、約23万人の自衛隊に対する統率力があるのか、その資質が問われ続けてきた。辞任は遅すぎたといえよう。
首相人事の責任は重い
 安倍晋三首相は稲田氏を登用した任命責任を認めつつ、自ら事態を収拾しようとしなかった。
 首相が稲田氏に新人のころから注目し、自民党政調会長などに抜てきしたのは、保守的な思想を共有しているためだとされる。
 だが、稲田氏の言動には批判も強い。東京都議選では自民党候補の応援演説で「自衛隊としてもお願いしたい」と発言したのが問題化し、更迭を求める声すらあった。
 こうした稲田氏を首相はかばい続けた。稲田氏は早くから辞意を首相に伝えていたという。それならば首相が辞任を止めていたことになる。
 首相は憲法9条の改正を唱えている。自衛隊違憲論を封じるために憲法に存在を明文化させたいという。
 しかし、それほど重視する自衛隊なのに、稲田氏を防衛相として送り込んだのは、お気に入りの稲田氏にキャリアを積ませるためだったとみられている。稲田氏の一連の失態は、安倍流改憲論の浅さをも浮き彫りにした。
 今回の監察を受け防衛省は「1年未満」とされる日報の保存期間を「10年」にするなど文書管理の在り方を見直すという。
 「1年未満」の文書では森友学園への国有地売買に関する交渉記録が廃棄され、真相解明の壁になった。
 ずさんな文書管理は政府全体の問題だ。都合の悪い文書が「1年未満」や「個人資料」に分類され、保存や公開の抜け道にならないよう抜本的な見直しが必要だ。


日報隠し特別監察 隠蔽の闇は晴れない
 防衛省・自衛隊の情報隠しが特別監察で認定された。隠蔽(いんぺい)体質の闇は深い。辞任した前防衛相だけでなく最高指揮官の安倍晋三首相の責任も免れまい。
 情報隠しが認定されたのは、南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊部隊が作成した日報に関してである。
 防衛監察本部の特別防衛監察によると、情報隠しは昨年七月、現地部隊が作成した全文書の情報公開請求があった際、陸自中央即応集団の副司令官が日報の存在を確認しながら、開示対象からの除外を指導したことがきっかけだ。
 その後、組織ぐるみで情報隠蔽にかかわることになる。
◆「戦闘」「銃撃戦」明記
 昨年七月、陸自部隊が派遣されていた南スーダンの首都ジュバでは大規模な衝突が発生し、二百七十人以上の死者が出ていた。
 その後、公開された日報にも大統領派と反政府勢力との間で「戦闘が生起した」ことや、自衛隊の宿営地近くで「激しい銃撃戦」が起きたことが記述されている。派遣部隊を取り巻く状況は、極めて緊迫していたに違いない。
 日本がPKO部隊を派遣するには、紛争当事者間で停戦合意が成立していることや、派遣先の国や紛争当事者が自衛隊の派遣に同意していることなど、参加五原則を満たすことが必要だ。
 当時のジュバは「停戦合意」が成立しているとはとても言えず、直ちに部隊を撤収しなければならない情勢だったにもかかわらず、安倍内閣は撤収させるどころか、派遣期間を延長し、交代部隊を現地に送った。首相は現地情勢の緊迫について正確に報告を受けていたのか。報告を受けた上で、戦闘は深刻でないと判断したのか。
 当時、現地での「戦闘」が公表されていれば派遣継続はすんなり認められなかったのではないか。
◆派遣継続を望んだ政権
 安倍内閣には派遣継続を望む理由があった。派遣部隊に「駆け付け警護」と「宿営地の共同防衛」の任務を与えることである。
 これらの任務は二〇一五年九月に成立が強行された安全保障関連法で可能になったが、自らを守るという武器使用の一線を越え、任務遂行のための武器使用が可能になる。国是である専守防衛を逸脱しかねない危険な任務だ。
 自衛隊の国軍化を目指す首相にとって、自衛隊により積極的な武器使用を認める安保関連法の既成事実化は、政治目標とする憲法改正に向けた一歩だったのだろう。
 陸自による日報隠しは、政権内に蔓延(まんえん)する派遣継続を望む空気も動機の一つだったのではないか。
 問題は、こうした自衛隊の運用が、派遣先の情勢を国民に隠して行われたことである。かつて旧日本軍が、戦況をめぐり国民に真実を伝えず、破局的な戦争を継続して、国内外に多大な犠牲を強いた苦い歴史を彷彿(ほうふつ)とさせる。
 特別防衛監察は、情報公開や文書管理の適正化を促してはいる。それは当然だが、国民に真実を隠し、憲法を逸脱しかねない活動を自衛隊に強いたことにもメスを入れなければ隠蔽の闇は晴れない。
 自衛隊は憲法上、軍隊とは位置付けられていないが、世界でも有数の火力を備える実力組織でもある。国民が選んだ国会議員を通じて「文民統制」を受けるのは当然だ。国民に情報を隠して活動を拡大することは許されない。
 稲田朋美防衛相は、日報隠しへの防衛省・自衛隊の組織的な関与が認められたとして監督責任を取って辞任したが、今月の都議選では防衛省・自衛隊を自民党候補の支援に政治利用する発言をした。
 本来、首相は直ちに罷免すべきだった。任命責任は免れない。辞任は遅きに失したが、八月三日にも予定する内閣改造直前での辞任を追及逃れに利用すべきでない。
 監察結果は陸自での日報データ保管を、今年二月の会議で稲田氏に報告した「可能性」に触れた。稲田氏は否定しているが、双方の言い分が違うのなら、国会で徹底的に究明する必要がある。
 安倍政権は速やかに臨時国会の召集もしくは閉会中審査に応じ、稲田氏と関係者を参考人招致した集中審議を開くべきである。
◆信頼回復への一歩を
 創設から六十年を超えた自衛隊は、海外で武力の行使はしない専守防衛に徹し、災害派遣などを通じて国民の高い評価を得ている。情報隠しは積み上げてきた国民の信頼を裏切る行為であり、二度とあってはならない。
 どんな防衛相でも、自衛隊がその統制に服するのが文民統制ではあるが、稲田氏が安全保障政策に精通していなかったことも、混乱の一因だろう。後継には経験豊富な人材の登用を望みたい。新しい防衛相と事務次官の下で、再発防止策を徹底し、信頼回復への一歩を大きく歩みだしてほしい。


防衛監察結果/政権の隠蔽体質が問題だ
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、防衛省の特別防衛監察の結果が発表された。うそをつく、廃棄する、報告しない−。防衛省・自衛隊の驚くべき隠蔽体質が浮かび上がる。
 「森友学園」や「加計(かけ)学園」問題など一連の政府の対応でも、存在しない、廃棄した、記憶にない−が繰り返された。その体質は同質のもので、安倍政権全体にまん延した根深いものと言わざるを得ない。
 一連の責任を取って、稲田朋美防衛相が辞任した。特別監察では、「廃棄済み」とされた日報データの存在を稲田氏が知り、非公表の方針を了承したのかは、解明されなかった。
 問題の発端は、昨年10月の日報の開示請求とされていたが、監察結果によれば、7月にもあった請求が始まりだった。陸上自衛隊幹部は日報の存在を確認しながら、「開示対象外とするのが望ましい」との意図で開示しなかった。10月の請求も同様に不開示とした。
 これまでの説明では、10月請求の不開示理由は、日報が「廃棄済み」のためだった。実際は日報が存在していたのに、意図的に隠して不開示としていたことになる。日報には、現地で起きた銃撃戦などが「戦闘」と記録されていた。国民には事実を伝える必要はないと考えているなら、言語道断である。
 太平洋戦争で、当時の帝国陸海軍が不利な戦況を隠して国民を欺いたことを想起させる事態だ。今回、制服組が独断で判断していたのであれば、文民統制(シビリアンコントロール)が全く利いてないことになる。
 「廃棄済み」とされた日報データの存在が、稲田氏へ報告されていたのかも焦点だった。監察結果は、稲田氏が出席した今年2月の会議で、日報データの存在について「何らかの発言があった可能性は否定できない」と指摘しながら、「(稲田氏が)非公表の方針決定や了承した事実はなかった」とした。会議の議事録は残っていないといい、不透明な結論となった。
 安倍晋三首相は「任命責任はすべて私にある」として、謝罪した。ならば、国会の閉会中審査に稲田氏を参考人として呼び、真相解明に尽力すべきだ。


稲田防衛相辞任 隠蔽問題幕引きするな
 稲田朋美防衛相がきのう、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る特別防衛監察の結果を公表するとともに、混乱の責任を取る形で辞任した。
 稲田氏は「一連の問題は隊員の士気を低下させかねない極めて重大かつ深刻なものだ」と述べたが、最大の焦点である自身の隠蔽への関与は最後まで否定した。監察結果も関与を認定しなかった。
 閣僚としての資質を問われ続けてきた稲田氏の辞任は当然で、遅すぎた。安倍晋三首相の任命責任が厳しく問われよう。
 だが、監察結果は真相究明にはほど遠く、稲田氏の言い分も納得のいくものではない。ここで問題の幕引きをしてはならない。
 野党は早期の閉会中審査を求めており、与党は直ちに応じるべきだ。稲田氏も参考人として出席し説明責任を果たす必要がある。
 監察結果は、日報問題に関し2月に事務方や制服組が稲田氏に説明を行った際、陸自にデータが残っていた事実について「何らかの発言があった可能性は否定できない」と曖昧な記述にとどまった。
 稲田氏に報告したとする陸自側と、報告を受けていないという稲田氏の証言が食い違ったためだ。
 しかし説明は、国会で野党から陸自に日報が保管されている可能性を追及された2月14日を挟んで13、15日に行われた。それでも何ら報告がなかったという稲田氏の説明は不自然さが拭えない。
 特別防衛監察は本来、防衛相は対象外で、稲田氏への聴取は任意で1時間行われただけだ。真実に迫ろうとしたとは思えない。
 仮に稲田氏が関与していなかったとしても、重大な問題で蚊帳の外に置かれていたことになる。著しい統率力の欠如である。
 稲田氏はほかにも、学校法人森友学園との関係を巡る国会答弁の混乱や、東京都議選での「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」との発言など、辞任してもおかしくない場面が何度もあった。
 それをかばい続けたのは、稲田氏の国家主義的な思想・信条を高く評価し、要職への異例の抜てきを繰り返した安倍首相だった。
 学校法人加計(かけ)学園の問題と同様に、身内に甘い政権の体質を象徴した1人が稲田氏である。
 野党側は、稲田氏が辞任について首相と相談したと述べたことなどを理由に、閉会中審査に首相も出席すべきだと主張している。事実の解明へ向けた国会の責任は重い。首相に拒否する理由はない。


稲田防衛相辞任  隠蔽了承せずに疑念も
 稲田朋美防衛相が、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題で、特別防衛監察の結果を公表するとともに、混乱を招いたとして辞任を表明した。
 日報は現地の様子を、PKO5原則の停戦合意に抵触しかねない「戦闘」状態にあるなどと記録していた。陸上自衛隊は「廃棄済み」を理由に公表を拒んだが、後にデータが残っていると分かった。
 ほかにも稲田氏は、東京都議選中に自民党候補の集会で、自衛隊の政治利用と受け取れる演説をするなど、防衛相としての資質を疑われる不適切な発言を繰り返していた。
 辞任は当然で、「遅すぎた」との声が上がっている。
 2012年の第2次安倍晋三政権以降、閣僚の辞任は6人目となる。安倍首相は、8月3日に予定する内閣改造で稲田氏を退任させようとしたものの、隠蔽問題の展開をみて、かばい続けられないと判断したとみられる。
 首相の任命責任もまた、厳しく問われることになりそうだ。
 特別防衛監察の結果は、稲田氏が防衛省幹部から日報について説明を受けたと認定した。その際、陸自側からデータの保管について報告された可能性を否定できないとしながらも、非公表とする方針を了承した事実はない、と結論づけた。
 監察の担当者は、出席者の証言が食い違い、事実認定が困難だったとするが、データの存在を知りながら、公表などの対応を判断しない責任者がいるだろうか。
 非公表を了承したとすると、了承していないとした国会答弁が虚偽となる。稲田氏本人からの聴取は約1時間しかなく、監察はつじつまを合わせただけではないか、との疑念がぬぐい切れない。
 関係者は、この問題に関する衆参両院の閉会中審査に応じ、説明責任を果たすべきだ。
 監察結果の公表に併せて、防衛省の黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長ら5人について、停職、減給の懲戒処分が発表された。黒江次官は退職し、岡部陸幕長も近く退職する。
 防衛相に加え、事務方と陸自の両トップが省外に去る異常事態である。北朝鮮のミサイル発射などが懸念される中、国の安全保障に関わる業務に空白の生じるようなことが、あってはならない。
 内閣改造までは岸田文雄外相が防衛相を兼務するが、新たな防衛相がまず着手すべき任務は、混乱した組織の立て直しである。


PKO特別監察 これで幕引きは許されぬ
 こんな「最初に無罪ありき」のような調査には納得できない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題に関する特別防衛監察の結果が公表された。
 防衛監察本部は、最大の焦点だった稲田朋美防衛相の隠蔽(いんぺい)への関与について、証言の食い違いがあるにもかかわらず「稲田氏が非公表とする方針を了承した事実はない」と結論付けた。
 問題となっていたのは2月13、15日の稲田氏と防衛省幹部のやりとりだ。この場で、陸上自衛隊側が稲田氏に日報データの存在を報告し、稲田氏が非公表を了承したと政府関係者が証言している。これに対し、稲田氏は報告も了承も全面的に否定してきた。
 監察本部は「陸自の日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」としながらも、最終的に稲田氏の主張に沿った事実認定をしている。
 どういう根拠で稲田氏側だけの証言を採用し、稲田氏を免責したのか。やはり防衛相の指揮下にある内部監察の限界だろう。
 一方、特別監察で明るみに出たこともある。防衛省と自衛隊に巣くう隠蔽体質の根深さだ。
 監察結果によれば、一連の文書破棄や情報隠しには、防衛省や自衛隊の幹部が数多く関わっていた。防衛省ナンバー2の立場にある黒江哲郎事務次官が「対外説明の必要はない」との方針を幹部らに示したという。組織ぐるみの隠蔽行為と言わざるを得ない。
 元々この問題は、市民の情報開示請求に対し、防衛省と自衛隊が不都合な資料を「存在しない」と隠し、その後つじつまを合わせるために資料を破棄したのが発端だ。市民の目の届かないところで安全保障政策を進めようという悪質な意図がうかがえる。
 監察結果公表を受けて稲田防衛相は辞任した。事務次官らも事実上更迭されるが、それで幕引きとするのは許されない。第三者機関や国会の閉会中審査で稲田氏の関与の有無を引き続き調べるとともに、隠蔽体質の根絶のために何をすべきか徹底的に議論すべきだ。


稲田防衛相辞任 首相の任命責任は重大だ
 遅きに失したと言うほかない。防衛省混乱の責任を取るという辞任の理由も釈然としない。
 稲田朋美防衛相がきのう、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の責任を取って辞任した。
 安倍晋三首相は「閣僚に対する厳しい批判は私自身、真摯(しんし)に受け止めなければならない」と語った。内閣支持率が急落する首相にとって「秘蔵っ子」である稲田氏の辞任は一層の打撃となろう。首相の任命責任は極めて重い。
 稲田氏の物議を醸した言動は枚挙にいとまがない。隠蔽問題の引き金になった日報の「戦闘」表記については国会で「法的な意味の戦闘行為ではない」と強弁した。
 東京都議選の応援演説で「防衛省、自衛隊、防衛大臣としても、お願いしたい」などと、自衛隊の政治利用とみられても仕方ない発言をして撤回に追い込まれた。
 国有地格安売却問題の森友学園の訴訟に弁護士として関与したかどうかを巡り、関与を否定した国会答弁を一転して認め、謝罪したこともある。
 ほかにも憲法や国会の軽視と映るような言動を重ね、重要閣僚としての資質も問われた。まさに「トラブルメーカー」だった。
 にもかかわらず首相は、保守派として政治信条が近い稲田氏を「将来の首相候補」として目をかけ、重用してきた。
 衆院当選3、4回と政治経験の浅い稲田氏を行政改革担当相、自民党政調会長、防衛相として異例の抜てきを続けた。日報問題でも首相は「再発防止を図ることで責任を果たしてもらいたい」とかばった。来月3日にも断行する内閣改造で交代させ、傷を付けまいとしたが、結局かなわなかった。
 稲田氏の遅過ぎた辞任は「1強」と呼ばれる政治状況にあぐらをかき、国民の声や野党の指摘に耳を貸さない安倍政権の傲慢(ごうまん)な体質を象徴していないか。
 首相は内閣改造で態勢を立て直す構えだが、こうした体質を根本的に改めない限り国民の支持を取り戻すのは至難と心得るべきだ。


稲田防衛相辞任 疑惑「徹底解明」に程遠い
 まったく遅きに失し、疑惑解明にも程遠い。第三者の調査を求める。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題に関し、稲田朋美防衛相が説明責任を果たさないまま辞任した。
 28日に公表された防衛省の特別防衛監察結果は、稲田氏が2月13、15日、防衛省幹部らから陸上自衛隊の日報に関する説明を受けたと認定。その際、陸自側から日報のデータ保管の報告もあった可能性は否定できないとした上で、保管の事実を非公表とする方針を了承した事実はないと結論付けた。
 この結論は、稲田氏が非公表を了承したとする複数の政府関係者の証言と異なる。稲田氏への聴取はわずか1時間だった。最初から「関与なし」を前提とした監察だったのではないかと疑いたくなる。「徹底した事実解明」を約束した稲田氏の言葉を裏付けたとは言い難い。
 防衛相の指揮下にある防衛監察は公平・中立性が確保されないことは明らかだ。稲田氏が隠蔽(いんぺい)への関与を認めず、遅過ぎた辞任で幕引きを図ろうとする姿勢は許されない。
 日報問題は、南スーダンの首都ジュバで大規模戦闘が起きた昨年7月、現地部隊が日々の活動や治安情勢を報告するために作成した日報の情報公開請求を、防衛省が同10月に受理したことに端を発する。「陸自は廃棄済み」として不開示決定した。その後、陸自内部にデータが残っていたことが判明したが非公表とし、データを消去していた。
 防衛省・自衛隊にとって都合の悪い文書を、なかったことにして廃棄したことが問われているのである。組織ぐるみの隠蔽体質は国民に対する背信であり、違法性が高い。
 この隠蔽体質から自衛隊への文民統制(シビリアンコントロール)が機能していないことが分かる。文官トップの事務次官自ら「個人の保存文書」「公文書に当たらない」と判断し、非公表の方針が了承された。制服組と文官が「暴走」したのだ。
 「暴走」を統制できなかったのは、組織の問題と稲田氏が大臣としての資質に問題があるからである
 PKO日報に政府軍と反政府勢力の抗争を「戦闘」と表現されていたことを問われると「法的な意味での『戦闘行為』はなかった」と強弁。「(戦闘行為が)行われたとすれば9条の問題になるので、武力衝突という言葉を使っている」と憲法軽視の発言をした。
 東京都議選の応援で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言し自衛隊を政治利用した。
 度重なる失言で野党が罷免要求しても安倍晋三首相は稲田氏をかばい続けた。「1強」のおごりの表れである。首相の任命責任と混乱を招いた責任は重い。内閣改造で目先を変えようとするのではなく、安倍首相も辞任して国民に信を問うべきである。


[稲田防衛相辞任]許されぬあいまい決着
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報を廃棄したとしながら陸上自衛隊が保管していた問題で、稲田朋美防衛相が辞任した。
 日報隠蔽(いんぺい)に稲田氏が関わっていたかが最大の焦点となっていたが、特別防衛監察結果は核心に切り込まないあまりにもおざなりな内容である。
 「陸自側から日報のデータ保管の報告があった可能性は否定できない」としながら、監察結果は「保管の事実を非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はない」と結論付けた。
 一方、稲田氏が否定していた2月13、15日に防衛省幹部らから陸自の日報に関する説明を受けたことは認定している。一部報道によると、陸自側から保管の事実を伝えられた13日のやりとりを記したメモが存在する。報告を受けた稲田氏は、国会審議を念頭に「明日、何て答えよう」と発言したという。特別防衛監察はなぜ、こうした点を突き詰めなかったのか。
 特別防衛監察は、防衛相直轄の防衛監察本部が重大な不正行為などを調査するが、防衛相は対象外である。稲田氏は約1時間聴取されているが、見解の食い違いがあっても関係者の追加聞き取りを実施した形跡はない。
 安倍晋三首相は任命権者であると同時に自衛隊の最高指揮官でもある。防衛省・自衛隊が混乱状態に陥った後も手を打たなかった責任は極めて重い。首相は「閣僚の任命責任は、全て私にある」と決まり文句のようにいうが、具体的にどのような責任を取るのか明らかにしてもらいたい。
■    ■
 日報隠蔽が情報開示の在り方の問題にとどまらないのは、戦前に軍部の暴走を許した反省からできたシビリアンコントロール(文民統制)の根幹に関わるからだ。今回の問題は政治家である文民の稲田氏が実力組織の自衛隊を統制できていない証しである。
 日報の隠蔽が政治問題化したのは昨年7月、陸自の宿営地があった首都ジュバで政府と反政府勢力で大規模な戦闘が発生したことである。日報には「戦闘」などの生々しい表現が出てくる。
 稲田氏は国会で「(戦闘行為が)行われたとすれば9条の問題になるので、武力衝突を使っている」と意図的に矮(わい)小(しょう)化していると受け取られるような答弁をした。自衛隊員の命に関わることである。紛争当事者間の停戦合意など「PKO参加5原則」が崩れていたとみるほかない。
■    ■
 北朝鮮の核・ミサイル開発で緊張が高まっているこの時期に、防衛大臣・事務方トップ・陸自トップがそろって退く深刻な事態である。
 政権の支持率の回復のために真相究明が遅れたり、ゆがめられたりすることがあってはならない。
 衆院安全保障委員会の閉会中審査について、与党は安倍首相の出席に難色を示しているが、一日も早く国会を開き、安倍首相出席の下で稲田氏、黒江哲郎前防衛事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長らを招致すべきだ。独立した第三者機関による調査も早急に行うべきである。あいまいな処理は許されない。


稲田大臣と真っ向対立 安倍官邸が恐れていた“陸自の前川”
 8月3日の内閣改造まで居座るとみられていた稲田朋美防衛相が28日、正式に大臣を辞任した。自衛隊内部から追い落としの“リーク”が頻発し、追い詰められた末の辞任だった。稲田大臣の嫌われ方はハンパじゃない。
 稲田防衛相が「日報隠蔽」に関わっていたのかどうか――。自衛隊と稲田大臣は真っ向から対立している。陸自は特別監察の調べに対し、2月上旬に行われた会議の場で、稲田大臣に日報の取り扱いについて説明したと証言し、稲田大臣は「報告を受けた認識はない」と否定。特別監察は「日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」と玉虫色の結論となった。
 安倍官邸は、稲田大臣を嫌う自衛隊から“第2の前川喜平”が現れることを心配していたという。自民党関係者がこう言う。
「日報隠蔽に稲田大臣が関与したかどうかは、加計疑惑とまったく同じ構図です。片方が“加計ありきだった”と認め、片方が“加計ありきではない”と否定している。当事者の認識が百八十度違う。安倍官邸が恐れていたのは、野党から『稲田大臣が嘘をついているのか、陸自が嘘をついているのか、両者から話を聞く必要がある』と陸自幹部の参考人招致を要求されることでした。国会に呼ばれた陸自の幹部が『私は大臣に日報のことを報告しました』と、堂々と陳述する恐れが強かったからです。自衛官は率直だし、ただでさえ稲田大臣を嫌っていますからね。前川喜平氏のような男がもう1人、現れたら手に負えませんでした」
■蓮舫氏代表辞任で自民党に安堵感
 ところが、民進党の蓮舫氏が代表を辞任したことで懸念はなくなったという。
「これまで民進党は、閉会中でも安保委を開くことと、臨時国会の早期開会を強く求めていました。押され気味の安倍官邸は、安保委を開くことを認めざるを得なかった。臨時国会も8月末の召集も予想された。稲田さんも安保委に出席する予定でした。ところが、民進党の蓮舫代表が突然、辞めたことで閉会中の審議は事実上なくなった。新体制がスタートしてからだ、と自民党は絶対に応じない。臨時国会の召集も、民進党の代表選が終わる9月中旬以降になるのは確実です。これでは第2の前川喜平氏も現れない。安倍首相は防戦一方でしたが、これから1カ月半、野党に攻められることはなくなった。安堵感が広がっています」(政界関係者)
 民進党はせっかくのチャンスを自分で潰してしまった。


首相の任命責任問われる/稲田防衛相辞任
 稲田朋美防衛相は南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、情報開示に関して自衛隊法違反があったとの特別防衛監察の結果を公表、混乱を招いた責任を取って辞任した。
 特別防衛監察の報告は、焦点だった稲田氏の隠蔽への関与に関して、廃棄済みとした日報が陸上自衛隊に保管されていたことを非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はないと結論付けた。だが事実関係を巡ってはさまざまな情報が防衛省・自衛隊から漏れており、混乱に陥っていた。
 稲田氏は組織を掌握する文民統制の能力を失っていたと言うしかない。8月3日にも実施される内閣改造の直前まで事態を収拾できなかった末の辞任は遅すぎた。稲田氏の責任は極めて重い。
 稲田氏は就任以来、防衛相として不適切な言動が相次ぎ、資質が疑問視されてきた。しかしそれでも安倍晋三首相は擁護し続け、続投を許してきた。首相の任命責任が厳しく問われる。
 特別防衛監察は、昨年7月に南スーダンで発生した大規模戦闘の状況などを記録した現地部隊の日報を陸自が保管していた事実を明らかにしなかったのは自衛隊法違反などに当たると認定した。
 一方、稲田氏の了承は否定したが、稲田氏への報告の際に「日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」とも記述、あいまいさを残した。稲田氏が辞任したとしても国会で審議する必要がある。
 防衛省・自衛隊の組織の立て直しも急務だ。特別防衛監察によって停職処分を受けた防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官が辞め、減給処分の陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も退職する。事実上の更迭だ。内部の信頼関係が崩壊した状態は安全保障政策上、深刻である。
 衆院当選4回の稲田氏を「将来の首相候補」として重用し、閣僚や自民党の要職に起用し続けてきたのは首相自身だ。稲田氏は先の東京都議選では自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と発言。自衛隊の政治利用と指摘され、撤回した。
 内閣改造直前の辞任は、けじめをつけたとは言い難い。首相は「閣僚の任命責任はすべて首相である私にある」と言明した。自らに近い人物への甘い姿勢が政権不信につながっていると認識すべきだ。


PKO日報問題 首相の責任が問われる
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、防衛省の特別防衛監察結果が公表された。
 その後、稲田朋美防衛相は混乱を招いた責任を取るとして辞任した。事務方トップの防衛事務次官も辞め、陸上幕僚長は近く退職と異例の展開となった。
 国防の要となる組織を統率できなかった上、東京都議選の応援演説で自衛隊の政治利用と批判された発言なども続いた稲田氏の辞任は当然で、遅過ぎたと言えよう。
 だが稲田氏の辞任で幕引きというわけにはいくまい。監察結果は、焦点となった稲田氏の隠蔽への関与について疑念を晴らす内容とは到底言えず、全容解明が先送りされたにすぎない。
 その稲田氏をかばい、続投させてきた安倍晋三首相は任命責任をどう取るのか。なお残る国民の疑問に、首相は真剣に向き合う覚悟を決めねばならない。
 日報は南スーダンに派遣された陸上自衛隊員が作成し、電子データの形で保管されていた。昨年7月と9月に日報の情報開示が請求されたが、防衛省側は廃棄済みとして不開示とした。
 後にデータが陸自内にあることが判明したが、黒江哲郎事務次官らは保管の事実を公表しないと決め、稲田氏が了承したかが問題になった。
 稲田氏は陸自に保管されていた点について国会で「報告はなかった」「隠蔽も非公表も了承していない」と答弁した。
 監察結果は稲田氏が2月13日と15日、防衛省側から日報に関し説明を受けたと認定、保管の報告を受けた可能性は否定できないとした。しかし結論的には、稲田氏が日報保管の非公表を了承した事実はないとしている。
 稲田氏が非公表を了承したとする複数の政府関係者の証言と異なっている上、証拠になる議事録は「残っていない」とされた。一部で報道された稲田氏が報告を受けた際の発言メモについても真偽の判断を示さなかった。これでは何が真実なのか、国民には全く分からない。
 そもそも監察を実施する防衛監察本部は防衛相の直轄組織だ。全容解明への限界が懸念され、十分な調査と言えるのか疑問が強く残る。
 首相は稲田氏の辞表を受けた後「任命責任は私にある。批判を真摯(しんし)に受け止めなければならない」と語った。
 国会では日報問題の閉会中審査が予定される。公開されるべき情報の隠蔽を再発させないためにも、首相ら政権側には稲田氏らを出席させ、検証に努める責任がある。


稲田防衛相辞任 問題の幕引き許されぬ
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、稲田朋美防衛相が混乱を招いた責任を取るとして辞任した。事実上の更迭である。
 稲田氏は先の都議選でも自衛隊の政治利用と思われる発言をするなど不適切な言動が相次ぎ、防衛相としての資質が疑問視されていた。特に今回の隠蔽問題では、稲田氏の統率力の欠如によって防衛省・自衛隊が混乱状態に陥っており、辞任は遅きに失した。続投を許してきた安倍晋三首相の任命責任が厳しく問われなければならない。
 南スーダンの首都ジュバで昨年7月に起きた大規模戦闘について記した日報を巡っては、陸上自衛隊が「廃棄済み」としていた電子データが今年1月になって保管されていたことが内部で判明。だが、防衛省幹部が「今更自衛隊にあったとは言えない」と指示してデータは消去され、その存在を非公表とする方針が決まった。
 そうした経緯が報道で表面化したため、稲田氏は「組織的隠蔽の全容を解明する」として3月、特別防衛監察の実施を指示した。しかし、今月になって稲田氏が非公表とする方針をあらかじめ了承していたと政府関係者が証言していることが分かり、組織ぐるみの隠蔽に稲田氏が関与した疑いが浮上。稲田氏の関与をどう判断するかが監察の最大の焦点となっていた。
 監察結果は稲田氏が辞任表明した昨日の会見で公表され、稲田氏に対して「陸自側から日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」とする一方、「保管の事実を非公表とする方針を了承した事実はない」と結論付けた。
 陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には、稲田氏が「非公表方針を了承した」と記載されているという。だが、監察本部は稲田氏にわずか1時間聴取しただけ。関係者の証言が食い違って「事実認定が困難だった」とする中での結論には大きな疑問が残る。
 稲田氏にデータの存在が報告された可能性が否定できない中で最終的に非公表の方針が決まっており、事実関係をしっかり詰めることができないまま「了承した事実はない」と認定したのはいかにも不自然だ。防衛相直轄である監察本部よりも透明性の高い第三者機関でより詳細な調査を行うべきである。
 今回の問題により、防衛省・自衛隊には不都合なことを国民に隠そうという強い隠蔽体質があることが分かった。監察では改善策として「PKOなどの日報全てを10年保存する」「監察本部による情報公開業務に対する定期監察の実施」などを打ち出したが、決して十分とは言えない。
 組織を立て直すには、稲田氏の関与を含め問題の全容解明を図ることが最低限の条件だ。国会の場を通じても明らかにする必要があり、稲田氏の辞任で幕引きを図ることは許されない。


「日報」隠蔽問題 真相の究明には程遠い
 これで納得した国民はどれほどいるだろう。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の「日報」隠蔽(いんぺい)問題に関する特別防衛監察結果が公表された。最大の焦点である稲田朋美防衛相の関与については曖昧な内容だ。
 監察結果は、稲田氏に対して「幹部から日報の存在に関する何らかの発言があった可能性は否定できない」としながらも、それを非公表とする方針を了承した事実はないと結論付けた。
 稲田氏の主張に沿った結論だが、複数の政府関係者の証言と大きく食い違う。稲田氏は引責辞任したが、こんな幕引きは許されない。
 特別監察を命じた防衛相自身が隠蔽の疑いを持たれるという奇妙な構図。本来は対象外ながら、防衛監察本部は稲田氏から約1時間聴取した。しかし、身内の調査ではやはり限界があったと言わざるを得ない。
 仮に稲田氏の主張通りだとしても、大臣の知らないところで防衛省と陸自の幹部が隠蔽へと暴走したことになる。文民統制(シビリアンコントロール)が機能していないことを意味する。非常に怖い事態だ。
 稲田氏とともに、事務方トップの黒江哲郎事務次官、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も辞任。防衛省と自衛隊は大きな傷を負った。
 組織だけではない。自衛隊にとって何よりも大事な国民からの信頼も失った。安全保障環境が厳しさを増す中で早急な立て直しが問われる。
 信頼回復には真相を明らかにするしかない。その機会は衆院安全保障委員会で週明けにも開かれることになっていた閉会中審査。しかし、大臣の辞任で宙に浮いた。
 そこをにらんで辞任に踏み切ったのならば許されない。防衛相としての資質が疑われた稲田氏をかばい続けてきた揚げ句、ここで辞任を認めた安倍晋三首相も、野党の言う「真相隠し」のそしりは免れないだろう。
 南スーダンPKOは、治安が国会論戦の焦点だった。政府は「首都は比較的安定している」と繰り返し、安保関連法に基づく「駆け付け警護」の新任務を付与した。
 だが、存在が明らかになった日報には「戦闘」「攻撃」「砲弾落下」などの生々しい言葉が並び、大規模な戦闘に部隊が巻き込まれる危険性を指摘していた。
 隠蔽がもたらした結果は重大だ。南スーダンの実態を国民に知らせず、PKOを進めてきたことになる。政府は否定するが、不都合な情報を隠したのではないかという疑いを捨てきれない。
 行き着く先は、国民の目と耳をふさぐ社会。隠蔽問題の危うさはここにある。


稲田防衛相辞任/あまりにも判断が遅すぎる
 内閣改造の直前まで事態を収拾できなかった末の辞任は遅きに失したと言わざるを得ない。
 稲田朋美防衛相が南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、情報開示に関して自衛隊法違反があったとの特別防衛監察の結果を公表、混乱を招いた責任を取って辞任した。
 特別防衛監察の報告は、焦点だった稲田氏の隠蔽への関与に関して、廃棄済みとした日報が陸上自衛隊に保管されていた事実を非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はないと結論付けた。しかし事実関係を巡ってはさまざまな情報が防衛省・自衛隊から漏れており、混乱状態に陥っていた。
 実力組織である自衛隊の混乱は由々しき事態だ。稲田氏は組織を掌握する文民統制の能力を失っていたと言うしかない。稲田氏の責任は極めて重い。
 稲田氏は就任以来、防衛相として不適切な言動が相次ぎ、資質が疑問視されてきた。しかしそれでも安倍晋三首相は擁護し続け、続投を許してきた。首相の任命責任が厳しく問われる。同時に、首相は自らに近い人物に対する甘い姿勢が政権不信につながっていることを認識すべきだ。
 特別防衛監察は、昨年7月に南スーダンで発生した大規模戦闘の状況などを記録した現地部隊の日報を陸自が保管していた事実を明らかにしなかったのは自衛隊法違反などに当たると認定した。
 一方、稲田氏の了承は否定したが、稲田氏への報告の際に「日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」とも記述、曖昧さを残した。
 防衛監察本部は関係者の証言が食い違い「事実認定が困難だった」としている。そもそも防衛相の下に設置される監察本部は職員を監察の対象にしている。対象ではない防衛相の関与の有無の判定は任務を超えるもので、その報告の正当性には疑問符が付く。
 特別防衛監察によって停職処分を受けた防衛省の事務方トップが辞め、減給処分の陸自トップも退職する。事実上の更迭だ。内部の信頼関係が崩壊した状態は安全保障政策上、深刻である。防衛省・自衛隊の組織の立て直しを急がなければならない。
 首相は稲田氏辞任を受けて「安全保障には一刻の空白も許されない」と強調した。8月3日にも実施される内閣改造までは岸田文雄外相が防衛相を兼務することになる。緊迫する北朝鮮情勢など厳しい安全保障環境の下、日本の抑止力に隙を見せるようなことがあってはならない。


稲田氏辞任 首相の責任は免れない
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、稲田朋美防衛相が辞任した。遅きに失した決断である。
 不安定な国会答弁や問題発言で再三、閣僚としての資質を問われてきた。かばい続けた安倍晋三首相の責任は重い。
 記者会見で稲田氏は「これほどまでに防衛省・自衛隊として世間をお騒がせし、管理監督者として責任は免れないと思っていた」とした。混乱を招いた責任を取るとは人ごとのような言い方だ。
 防衛省のトップとして組織を統率できていたのか、防衛政策の根幹に関わる問題である。「廃棄済み」とされていたデータの存在が統合幕僚監部で確認されてから稲田氏への報告までに1カ月もかかり、文民統制(シビリアンコントロール)が疑問視された。
 さらに陸上自衛隊にも保管されていたことが分かったものの、非公表とする方針を了承していた疑いが拭えない。本来は監察の対象外である稲田氏が聴取を受ける異例の展開にもなった。
 それだけではない。日報の「戦闘」の記述を巡り「法的な意味での戦闘行為はなかった」と強弁を繰り返した。「9条の問題になるので武力衝突という言葉を使っている」と、憲法上の疑義を言い換えでごまかすかの答弁もあった。
 自衛隊の政治利用と取れる都議選での演説、森友学園との関係についての事実と異なる説明、教育勅語を是認する発言など問題のある言動を何度も重ねている。
 任に堪えないのは明らかなのに首相は擁護してきた。東日本大震災を巡っての問題発言などで復興相らを事実上更迭したのとは対照的だ。結果として防衛省に対する信頼を大きく損なった。
 8月早々の内閣改造まで防衛相は岸田文雄外相が兼務する。安全保障環境の厳しさを強調しながら専任の大臣を欠く事態だ。
 首相は政治信条が近い稲田氏を「将来の首相候補」と期待し、重用してきた。行政改革担当相、自民党政調会長を経て、防衛相に起用した。安保分野の経験が足りないとの声が党内にある中での「目玉人事」だった。
 辞任を受け、首相は任命責任を認め「国民の閣僚に対する厳しい批判については真摯(しんし)に受け止めなければならない」と述べた。
 国会から要請があれば「政府として対応するのは当然のこと」と閉会中審査に応じる考えも示している。適材適所だったのか、どんな判断で続投させてきたのか。きちんと説明する必要がある。


稲田防衛相辞任 これで幕引きは許されぬ
 疑惑が解明されたとは言い難い。辞任によって幕引きを図ろうとすることなど許されない。
 稲田朋美防衛相が辞任した。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、防衛省トップとして混乱を招いた責任を取った形だ。
 日報隠蔽問題の最大の焦点は、「廃棄済み」だったはずの陸上自衛隊の日報データを、陸自が保管していた事実を非公表とする方針について稲田氏が了承していたかどうか、ということだった。
 この日、稲田氏が公表した特別防衛監察の結果では、稲田氏が非公表とする方針を了承した事実はないと結論付けた。
 稲田氏が防衛省幹部らから日報に関する説明を受けたとは認定した。だが日報データの存在について出席者から「何らかの発言があった可能性は否定できない」としながら、稲田氏に非公表の了承を求めたことはないとしたのだ。
 政府関係者からは、陸自側から稲田氏にデータの存在が報告されたとか、稲田氏が了承したとの複数の証言があった。
 それらの証言とは異なり、大きな疑問が残る。稲田氏が潔白とする証明には程遠い内容といえる。
 そもそも防衛相は特別防衛監察の調査の対象外で、稲田氏が「協力する」形で聴取が行われた。
 聴取はわずか1時間だった。これでは「関与なし」を前提とした監察だったと疑われても仕方ないのではないか。
 監察結果を説明した防衛省幹部は、「記憶がない」などという人もいたとし「多くの場合、証言は一致しない。事実関係を確定させるのは大変難しい」と調査の限界をにじませている。
 安倍晋三首相は国会での説明に関し、閉会中審査に前向きに応じる考えを示した。であるなら稲田氏を出席させ、国民が納得できるよう徹底解明を行うべきだ。
 特別防衛監察では防衛省の事務方トップの事務次官と、陸自トップの陸上幕僚長ら5人が停職や減給の懲戒処分を受け、事務次官は退職し、陸幕長も近く退職する。
 自衛隊への文民統制(シビリアンコントロール)が機能しているかという問いも突き付けられている。閣僚として統率力を発揮できなかった稲田氏だけでなく安倍首相の任命責任も厳しく問われる。
 首相は政治信条の近い稲田氏に「将来の首相候補」と目をかけ、異例の抜てきを続けてきた。
 一方で稲田氏は、都議選応援で自衛隊の「政治利用」演説が批判を浴び、「森友学園」問題では国会答弁の矛盾を問われ撤回と謝罪に追い込まれるなど資質を疑問視され続けてきた。にもかかわらず首相は続投させてきた。
 安倍内閣の閣僚辞任は2012年の第2次政権発足以降6人目で、今年4月に復興相だった今村雅弘氏が失言で辞めたばかりだ。
 稲田氏の起用をはじめ、首相が常々強調する「適材適所」の人事だったのか。
 問われているのは安倍首相の政治姿勢だ。真相解明へ指導力を発揮し丁寧な説明をしなければ、政権不信は強まるばかりだろう。


稲田防衛相辞任 遅きに失した退場の判断
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題で、稲田朋美防衛相は混乱を招いた監督責任を取って辞任した。防衛省の黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長の両トップも退職に追い込まれる極めて異例の事態である。
 陸上自衛隊部隊が作成した問題の日報は、昨年7月に首都ジュバで起きた政府軍と反政府勢力の大規模な衝突を「戦闘」と記すなど、緊迫した状況を伝えている。情報公開請求を受けた防衛省は12月、「陸自は廃棄済み」として不開示を決定した。
 その後、同省統合幕僚監部に電子データが保管され、陸自にも残っていたことが判明した。さらに陸自分について、稲田氏が今年2月の会議で防衛省・自衛隊幹部と対応を協議し、データを保管していた事実を非公表とすることを了承したとの疑惑も浮上した。稲田氏は国会で「陸自からデータ保管の報告は受けていないし、非公表を承認したこともない」と否定してきた。
 一連の問題の真相に迫れるかどうか注目されたのが、防衛監察本部による特別防衛監察である。本来は調査対象外の防衛相も含めて聴取したものの、結果はあまりにも踏み込み不足だ。
 焦点の稲田氏の関与については、データの存在に関して会議の出席者から「何らかの発言があった可能性は否定できない」としつつ、「非公表とする方針を了承した事実はない」と結論付けた。複数の関係者の証言と異なるもので疑問が残る。
 稲田氏が報告を受けた際、「明日、何と答えよう」と発言したと記されたメモが存在するとの一部報道もあっただけに、稲田氏の“潔白”を裏付けるには説得力不足の内容だ。防衛相直轄の組織による調査の限界とも言えよう。
 仮に報告を受けていれば、組織的隠蔽を容認しただけでなく、関与を否定した国会での発言は虚偽答弁となる。防衛省・自衛隊の幹部が大臣に報告せず非公表を決めたとすれば、防衛相としての統率力が問われよう。いずれにしても、文民統制(シビリアンコントロール)が正常に機能しているとは言い難い。
 稲田氏は先の東京都議選でも、自民党候補の応援演説で「自衛隊、防衛省としてもお願いしたい」と支持を訴え、自衛隊の政治利用と批判された。防衛相の立場をわきまえず、不適格と言わざるを得ない。辞任は遅きに失した。
 政治信条が近い稲田氏を重用してきた安倍晋三首相の責任は重い。今回の件でも擁護を続け、混乱の収拾を遅らせた。首相としては、8月3日にも行う予定の内閣改造で交代させるつもりだったようだが、世論の批判の高まりに追い詰められた形だ。
 文民統制や組織の信頼性にかかわる重大事である。稲田氏の辞任や、任命責任を認めた首相の陳謝で、一件落着とはいかない。あいまいな幕引きは禍根を残そう。


稲田防衛相辞任 事態収拾とてもできぬ
 南スーダン派遣の国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、稲田朋美防衛相が混乱を招いた責任を取り辞任した。8月3日にも行われる内閣改造の直前まで、事態を引きずった末のことだ。防衛事務次官と陸上幕僚長の引責辞任を受けての判断とも思え、重要閣僚としてお粗末と言うほかない。
 PKO日報問題に関する防衛省の特別防衛監察の結果を公表するのと同時の辞任にも、納得できない。監察結果を受けて国会の閉会中審査開催も調整が進められているのに、当の閣僚が説明責任を果たさないまま役目を放棄することになる。
 また朝鮮戦争の休戦協定調印記念日であるおとといは、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)などを発射する恐れがあるとみて、日米韓は警戒を強めていた。結果的にミサイルは発射されなかったが、危機管理のセンスも欠いていよう。
 稲田氏にはこれまでも不適切な言動が相次ぎ、防衛相としての資質が疑われてきた。
 東京都議選では自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言、自衛隊の政治利用と指摘され撤回した。自衛隊が九州北部の豪雨で救助活動に当たっているさなか、約1時間10分にわたり「政務」を理由に防衛省を離れていた。
 にもかかわらず、安倍晋三首相は不問に付して続投させてきた。それが一転、内閣支持率の急落で内閣改造までの更迭が不可避になった。政権内部の事情が優先されたのだろう。
 首相の任命責任が厳しく問われても仕方あるまい。更迭を先送りしてきた「判断ミス」は、「1強」ゆえのおごりや緩みから起きたのではないか。
 内閣改造直前の辞任は、けじめをつけたとは言い難い。自らに近い人物に対する甘い姿勢が安倍政権への不信、内閣支持率の低下につながっていることをよくよく認識すべきだ。
 稲田氏は特別防衛監察の結果の公表に当たり、国民に防衛省・自衛隊の情報公開に対する姿勢について疑念を抱かせたこと、日々任務に当たる隊員の士気を低下させかねないということなどを認め陳謝した。
 PKO日報問題については、複数の防衛省関係者は、陸自に保管していた事実を非公表とする方針を2月には稲田氏に報告し、了承を得ていたと明らかにした。陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には稲田氏が非公表の方針を了承していたことを記していたという。
 だが、稲田氏はきのうも「私自身報告を受けたという認識は今もなく、私のこれまでの一貫した情報公開への姿勢に照らせば、そうした報告があれば必ず公表するよう指導を行ったはずだ」と述べて譲らない。
 省内に対立の火種は残されたままであり、PKO日報問題はこれで終わりとはいかない。文民統制(シビリアンコントロール)が機能しているのかどうか問われる異常事態ではないか。防衛省がもともと抱えていた制服組と背広組のあつれきをさらけ出したともいえよう。
 内閣改造までの間、岸田文雄外相が防衛相を兼任することになったとはいえ、稲田氏は今後の閉会中審査に出席し、政治家として疑問に答えて事態の収拾に当たるべきだろう。


稲田防衛相辞任/任命責任は首相にある
 稲田朋美防衛相は南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、情報開示に関して自衛隊法違反があったとの特別防衛監察の結果を公表、混乱を招いた責任を取って辞任した。
 特別防衛監察の報告は、焦点だった稲田氏の隠蔽への関与に関して、廃棄済みとした日報が陸上自衛隊に保管されていた事実を非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はないと結論付けた。だが事実関係を巡ってはさまざまな情報が防衛省・自衛隊から漏れ、混乱状態に陥っていた。
 実力組織である自衛隊の混乱は由々しき事態だ。稲田氏は組織を掌握する文民統制の能力を失っていたと言うしかない。8月3日にも実施される内閣改造の直前まで事態を収拾できなかった末の辞任は遅すぎた。稲田氏の責任は極めて重い。
 稲田氏は就任以来、防衛相として不適切な言動が相次ぎ、資質が疑問視されてきた。しかしそれでも安倍晋三首相は擁護し続け、続投を許してきた。首相の任命責任が厳しく問われる。
 特別防衛監察は、昨年7月に南スーダンで発生した大規模戦闘の状況などを記録した現地部隊の日報を陸自が保管していた事実を明らかにしなかったのは自衛隊法違反などに当たると認定した。
 一方、稲田氏の了承は否定したが、稲田氏への報告の際に「日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」とも記述、あいまいさを残した。
 防衛監察本部は関係者の証言が食い違い「事実認定が困難だった」としている。そもそも防衛相の下に設置される監察本部は職員を監察の対象としている。対象ではない防衛相の関与の有無の判定は任務を超えるもので、その報告の正当性には疑問符が付く。独立した第三者機関による調査を行うべきであり、稲田氏が辞任したとしても国会で審議する必要がある。
 防衛省・自衛隊の組織の立て直しも急務だ。特別防衛監察によって停職処分を受けた防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官が辞め、減給処分の陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も退職する。事実上の更迭だ。内部の信頼関係が崩壊した状態は安全保障政策上、深刻である。
 衆院当選4回の稲田氏を「将来の首相候補」として重用し、閣僚や自民党の要職に起用し続けてきたのは首相自身だ。稲田氏は先の東京都議選では自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と発言。自衛隊の政治利用と指摘され、撤回した。
 今月6日には、自衛隊が九州北部の豪雨で救助活動に当たっているさなかに1時間以上にわたり防衛省を離れていた。指揮官として不適格だったと言わざるを得ない。
 首相は稲田氏辞任を受けて「安全保障には一刻の空白も許されない」と強調した。しかしこれまで、稲田氏の下で北朝鮮の弾道ミサイル発射などに対して、本当に万全の対応ができていたのか。
 内閣改造直前の辞任はけじめをつけたとは言い難い。首相は「閣僚の任命責任はすべて首相である私にある」と言明した。自らに近い人物に対する甘い姿勢が政権不信につながっていると厳しく認識すべきだ。


稲田防衛相辞任 日報隠蔽で信頼失った責任重い
 遅きに失した辞任、と言わざるを得ない。
 稲田朋美防衛相が、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題の特別防衛監察結果を公表後、「防衛省・自衛隊を指揮監督する防衛相として責任を痛感している」と述べ辞任した。昨年8月の就任以降、問題発言と行動を繰り返し、国政への信頼を著しく失墜させてきた。日報問題でも、統治能力の欠如は明らか。防衛相の資質に欠けており、辞任は当然だ。
 監察の一番のポイントは、陸上自衛隊が「廃棄済み」としていた日報について、稲田氏が2月に陸自から日報データ保管の報告を受け、非公表方針を了承していたかどうかだった。
 監察結果は、稲田氏への報告の可能性が否定できないとした上で、非公表方針を了承した事実はないとした。非公表を了承したとする政府関係者の証言と一致しない。防衛監察本部は証言の食い違いを認めているにもかかわらず、事実を詰め切っておらず、稲田氏の「潔白」が証明されたとは到底言えない。やはり、防衛相直属の「身内」による監察本部では限界がある。第三者による早急な再調査を求めたい。
 稲田氏は、非公表決定に関わっていないと何度も強調してきた。仮に防衛相抜きに非公表が決まったのであれば、文民統制が効いていないということだ。防衛省は新体制の下、組織を早急に立て直さねばならない。
 日報で分かった事実も重い。政府軍と反政府勢力の抗争を日報は「戦闘」と記した。紛争当事者間の停戦合意というPKO参加5原則に反し、撤退すべき状況だった。憲法9条にも違反する。政府は、憲法やPKO協力法から逸脱していた事実を重く見て、改めて検証すべきだ。
 これまでも稲田氏には疑問符の付く発言や行動が目立った。軍国主義に結び付いた教育勅語については「その精神を取り戻すべきだ」と発言。都議選では自衛隊を政治利用し、九州豪雨では自衛隊が救助活動中、1時間以上も防衛省を離れていた。
 稲田氏は直接の辞任理由を監督責任としたが、職責への自覚があまりに薄い。大臣どころか国会議員としての資質も疑う。
 「お友達」を重視する安倍晋三首相の任命責任は言うまでもない。問題山積にもかかわらず続投させてきた揚げ句、内閣改造直前の今更、辞任を受け入れたのも疑問が残る。監察結果を受けた衆院安全保障委員会の閉会中審査で、稲田氏への追及を少しでもかわす狙いがあるのだろう。しかし、日報隠蔽の根本的な疑惑は解明されておらず、首相も稲田氏も辞任で逃げ切ることは許されない。
 首相は、視線を向けるべきはお友達ではなく、国民であることをいま一度認識する必要がある。また、閣僚辞任のたびに任命責任を口にするが、責任を取ったことは一度もない。目に見える形で示さないことには、国民の不信は増すばかりだ。


稲田防衛相辞任 組織に禍根は残らないか
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡って、稲田朋美防衛相が辞任した。防衛省トップとして混乱を招いた責任を取った形だが、これで幕引きをすることは許されない。
 隠蔽問題に関する特別防衛監察の結果が公表されたが、肝心な点があいまいである。到底、国民の納得は得られないだろう。
 稲田氏は衆院安全保障委員会の閉会中審査に出席し、疑問に答えなければならない。
 特別防衛監察は、稲田氏が2月13日に陸自幹部から、15日には事務方トップの黒江哲郎事務次官や岡部俊哉陸上幕僚長らから日報問題の説明を受けたと認定した。
 陸自から日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できないとした上で、データの存在が書面で報告されたり、非公表の了承を求める報告が行われたりした事実はなかったとした。
 防衛監察本部によると、陸自は稲田氏に日報の保管を報告したと複数が主張した。しかし、稲田氏を含む数人が否定し、証言が一致しなかったという。
 稲田氏は会見で「報告を受けたという認識は今でもない」と強調したが、これでは水掛け論だ。こうした重要な問題で、防衛相と陸自の認識が食い違うようでは困る。
 北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射するなど安全保障の懸念が高まっている。有事に対応しなければならない防衛相が実力組織を掌握できないのは、文民統制(シビリアンコントロール)の観点からも看過できない。
 野党は稲田氏の即時罷免を要求し、自民党内にも早期辞任を求める声があった。
 それだけに、稲田氏の辞任は遅きに失したと言える。
 安倍晋三首相は任命責任を問われるだけでは済むまい。「秘蔵っ子」とされる稲田氏をかばい続けたことで、自衛隊の不信感を高める結果を招いたからだ。
 隠蔽問題を受けて黒江、岡部両氏の退職が決まったが、防衛省、自衛隊のダメージは計り知れない。組織内に禍根が残らないか心配である。
 稲田氏は女性で2人目の防衛相として昨年8月に就任したが、1年と持たなかった。
 東京都議選の自民党候補を応援する集会で、自衛隊の政治利用と取られる発言をして、非難されたのは記憶に新しい。学校法人「森友学園」の訴訟を巡っては、関与を否定した当初の国会答弁を一転させ、謝罪に追い込まれた。
 これまで稲田氏は政治家としての資質が疑われてきた。
 安倍政権は、加計(かけ)学園問題の影響や相次ぐ閣僚らの失言もあって、内閣支持率が急落している。「安倍1強」がおごりを生み、国民の支持を失ったことは確かだ。
 首相は内閣改造で政権浮揚を図る構えだが、目先を変えるものであってはならない。
 閣僚、党役員の人選では身びいきをやめ、真に国のためになる人材を登用すべきだ。


【稲田防衛相辞任】退場して済む話ではない
 国民の知りたい事実をあいまいにした調査結果を公表し、疑惑の渦中にいる閣僚は関与を否定しながら、さっさと退場する。こんなでたらめな引責辞任が許されていいはずがない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題で、稲田防衛相が閣僚を辞任した。内閣支持率が急落している安倍政権は、稲田氏の退場で問題の幕引きを図りたいのだろうが、とても容認できない。
 稲田氏は記者会見で、隠蔽問題の調査に当たる特別防衛監察の結果を公表した。この監察結果にこそ、大きな疑問がある。
 日報を巡っては「廃棄済み」とした陸上自衛隊にデータが保管されていたことが3月に判明した。しかしそれ以前の2月、防衛省幹部から稲田氏にデータ保管が報告されていたという疑惑が浮上した。
 稲田氏への報告は、衆院予算委員会で日報問題を巡る集中審議が行われた2月14日を挟み、防衛官僚や陸自側と稲田氏の間で2月13日と2月15日の2回。稲田氏が保管の事実を非公表とすることを了承したとする、複数の政府関係者の証言がある。
 これに対する監察結果は、データの存在について出席者から「何らかの発言があった可能性は否定できない」とした。が、結論は「書面での報告や、稲田氏に非公表の了承を求めたことはない」と断定した。
 防衛監察本部はその理由について、「出席者の証言が食い違い、事実認定が困難だった」という。だが証言に食い違いがあることと、事実がなかったこととは同じではない。さらに関係者を聴取するなど、調査を徹底すればよいことだ。
 監察結果からは、防衛省の黒江哲郎事務次官が隠蔽を主導したかのような印象を受ける。だが稲田氏は同省トップとして報告を受け、正しい判断を下す立場にある。会合の場で直接、非公開に言及しなかったとしても、黙認すれば了承と同じで、それだけで防衛相失格だ。
 もともと稲田氏の防衛相としての資質を疑う声は、就任直後からあった。憲法を軽視するような国会答弁や、事実誤認の発言を撤回し、謝罪したこともある。中でも東京都議選での自民党候補の集会では、自衛隊の政治利用と取られる発言をして「非常識」と非難された。
 しかし安倍首相はその都度、罷免を拒み、稲田氏をかばい続けた。憲法改正や靖国神社参拝など、首相自らと同じ保守色の強い政治信条を持つ稲田氏を、「将来の首相候補」などと持ち上げ、異例の抜てきを続けてきた。
 こうした首相の姿勢が問題を大きくし、ついには防衛省と、実力組織である自衛隊の混乱を招いたといえる。閣僚の任命責任が首相にあることは自明だが、今回の責任はことのほか重い。
 日報問題で稲田氏は、最後まで隠蔽への関与を認めなかった。首相の任命責任も併せ、国会の閉会中審査で厳しく問いただす必要がある。


稲田防衛相辞任◆首相の任命責任も問われる◆
 稲田朋美防衛相は南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、情報開示に関して自衛隊法違反があったとの特別防衛監察の結果を公表、混乱を招いた責任をとって辞任した。
 特別防衛監察の報告は、焦点だった稲田氏の隠蔽への関与に関して、廃棄済みとした日報が陸上自衛隊に保管されていた事実を非公表とする方針を稲田氏が了承した事実はないと結論付けた。だが事実関係を巡ってはさまざまな情報が防衛省・自衛隊から漏れており、混乱状態に陥っていた。
不適切な言動相次ぐ
 実力組織である自衛隊の混乱は由々しき事態だ。稲田氏は文民統制の能力を失っていたと言うしかない。8月3日にも実施される内閣改造の直前まで事態を収拾できなかった末の辞任は遅すぎた。稲田氏の責任は極めて重い。
 稲田氏は就任以来、防衛相として不適切な言動が相次ぎ、資質が疑問視されてきた。しかしそれでも安倍晋三首相は擁護し続け、続投を許してきた。首相の任命責任が厳しく問われる。
 特別防衛監察は、稲田氏の了承は否定したが、稲田氏への報告の際に「日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できない」と記述、あいまいさを残した。
 そもそも防衛相の下に設置される監察本部は職員を監察の対象としている。対象ではない防衛相の関与の有無の判定は任務を超えるもので、その報告の正当性には疑問符が付く。独立した第三者機関による調査を行うべきであり、国会でも審議する必要がある。
 防衛相・自衛隊の組織の立て直しも急務だ。特別防衛監察によって停職処分を受けた防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官が辞め、減給処分の陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も退職する。事実上の更迭だ。内部の信頼関係が崩壊した状態は安全保障政策上、深刻である。
近い人物に甘い姿勢
 衆院当選4回の稲田氏を「将来の首相候補」として重用し、閣僚や自民党の要職に起用し続けたのは首相自身だ。稲田氏は先の東京都議選では自衛隊の政治利用を疑われる発言を行い、撤回した。
 今月6日には、自衛隊が九州北部の豪雨で救助活動に当たっているさなかに1時間以上にわたり防衛省を離れていた。指揮官として不適格と言わざるを得ない。
 首相は稲田氏辞任を受けて「安全保障には一刻の空白も許されない」と強調した。しかしこれまで、稲田氏の下で北朝鮮の弾道ミサイルに対して万全の対応ができていたのか。安全保障関連法に基づく米艦防護などの新たな任務が実施されたことについても、妥当性をあらためて問いたい。
 内閣改造直前の辞任はけじめをつけたとは言い難い。自らに近い人物に対する甘い姿勢が政権不信につながっている。責任の取り方を明確に示すべきだ。


[稲田防衛相辞任] 混乱招き遅すぎた退場
 24万人の自衛官を統率し、国の安全保障をつかさどる重要閣僚としての資質を決定的に欠いていたと言わざるを得ない。遅すぎた退場である。
 稲田朋美防衛相がきのう、辞任を表明した。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る一連の混乱で責任を取った。事実上の更迭である。
 黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長の事務方、陸上自衛隊両トップも退く。
 問題は稲田氏の責任にとどまらない。混乱を収拾するためになるべく早く更迭すべきだったのに、かばい続けた首相の任命責任も極めて重い。
 というのも、政治が自衛隊をコントロールする「文民統制」が機能しているかという本質的な問いを突きつけているからだ。
 自衛隊の最高指揮官は首相であり、防衛相はその下で自衛隊の隊務を統率する。「国防のツートップ」に、その自覚が足りないのではないかと疑念を抱かせた。
 特別防衛監察の報告は、昨年7月に南スーダンで起きた大規模戦闘の状況などを記録した現地部隊の日報を陸自が保管していた事実を明らかにしなかったのは自衛隊法違反などに当たると認定した。
 焦点になったのは、「廃棄済み」とされた陸自の日報データの存在について、稲田氏にどのように報告されていたかだった。
 特に2月13日と15日に防衛官僚や陸自側と稲田氏の間で交わされたやりとりが注目された。
 ここで陸自側から稲田氏にデータの存在が報告されたことや、稲田氏が了承したとの複数の証言があったことが関係者への取材で明らかになっている。
 だが、特別防衛監察の結果には「出席者の証言の食い違い」を理由に詳細なやりとりは示されず、稲田氏が非公表を了承した事実も打ち消した。
 特別防衛監察に際し、稲田氏は徹底した事実解明を約束したはずだ。しかし、自らも聴取を受けることになり、従来の見解を伝えた時点でうやむやになることが決まったと疑われても仕方ない。
 これで幕引きするなら到底納得できない。稲田氏は説明責任を果たしたとは言えず、閉会中審査で真相解明に取り組むべきだ。
 稲田氏は、憲法軽視や自衛隊の政治利用とも受け取れる問題発言も繰り返してきた。「加計問題」などとともに政権への不信感を深めたのは間違いない。
 内閣改造では安全保障に詳しいベテランを防衛相に起用し、内部の信頼関係が崩壊した防衛省・自衛隊を立て直す責任がある。


既に“一線を越えている”安倍政権
 ★「一線を越えてはいない」と釈明したのは「略奪不倫」疑惑の参院議員・今井絵理子だが、安倍政権は既に「一線を越えている」といえる。27日は朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた日で北朝鮮では戦勝記念日で弾道ミサイル発射の可能性があった。官房長官・菅義偉は「万全の態勢で、いかなる事態にも対応できる対応している」というが防衛相・稲田朋美、同事務次官・黒江哲郎、同陸幕長・岡部俊哉が同時に辞表を出す異常事態だ。 ★首相・安倍晋三は「(稲田から)防衛省のトップとして監督責任を取りたい、けじめをつけたいとの強い申し出がありました。そのため大臣の意思を尊重し、辞表を受理することといたしました」「閣僚の任命責任については、すべて総理大臣たる私にあります」「こうした結果となりましたことについて、改めておわび申し上げたいと思います」と国民に陳謝した。 ★元空幕長・田母神俊雄はツイッターで「自衛隊が自ら日報を破棄するわけがない。政府側が野党からPKO5原則が崩れていたのに自衛隊を撤収しなかったのではないかという追求を避けるために破棄したと言えと、自衛隊に指示をしたのではないかと思う。政府側というのが、防衛大臣か、事務次官か、統合幕僚長か、陸上幕僚長かはわからない」。民進党議員は「それに外務省も1枚かんでいるのではないか。外相・岸田文雄が防衛相を兼務したことの意味もあるはず」という。 ★つまり一連の辞任劇は、稲田と黒江を更迭して官邸を守り、岡部は辞任して陸上自衛隊を守ったのではないか。しかし、安倍官邸の信頼性や正当性は担保されていない。政権のいばらの道は続く。

河北春秋
 船を岸につなぎ留めることを「もやい」という。『広辞苑』によれば、船と船がつながっていたり、2人以上の者が共に仕事したりする時もこの言葉を使う。漢字で「舫い」と書く▼民進党の蓮舫代表(49)が辞任の意向を明らかにした。名の通りに、党の運営を港のごとくどっしり構えてやりたかっただろう。だが、多くの船は勝手気ままに漁へ出掛け、岸壁の舫いぐいにロープを巻いてくれなかった。記者会見で「遠心力を働かせてしまった」と寂しく語った▼昨年9月の就任以来、港から見える風景は霧が深い状況が続いた。「安倍1強」、足元を見れば「寄り合い所帯」である。国民に向け、与党との対立軸として明確な大漁旗を掲げようとしたものの、結局かなわなかった。勝負とみた東京都議選も沈没に近い惨敗を喫した▼反転攻勢の芽はあった。安倍政権の支持率が急落する中、仙台市長選で党所属だった元衆院議員郡和子氏が当選。やりようによっては上げ潮に乗れた。だが、いかんせん通信指令役の幹事長が降りて沖合の船団と交渉ができなくなった▼民進党は9月上旬までに代表選を行う。10月には青森、愛媛両県での衆院ダブル補選を控える。「1位じゃなきゃ駄目なんです」。もやい結びのできる新港の顔が現れるといいが、さて…。

民進党代表の辞任表明 解党的出直しを
 民進党の蓮舫代表が東京都議選での敗北を理由に辞任を表明した。
 告示前の7議席を下回る5議席の惨敗となった都議選後、蓮舫氏は地域別に所属議員から意見を聴く「ブロック会議」で総括を進める一方、党所属議員に協力を呼び掛ける形で、続投を表明。都議選敗北の責任を取って辞任を表明した野田佳彦幹事長の後任選びを進めていた。
 党内には野田氏ではなく蓮舫氏の代表辞任を求める声がくすぶっており、次の執行部体制に向けた人事が難航した揚げ句の判断とみられる。
 昨年9月、高い知名度と発信力で党の再生を期待されて代表に就任したはずの蓮舫氏の進退を巡る迷走は、前身の民主党政権以降、抜け出せない党の深刻な危機的状況を浮き彫りにしている。
 執行部は今後、後継代表選びに入るが、これまでのように「顔」のすげ替えに終わるようでは、危機がより一層深まるだけだろう。
 報道各社の調査に表れているように、安倍政権に対抗する政治勢力を求める世論の期待は、かつて自民党と並ぶ二大政党の一翼を担い現在も野党第1党である民進党ではなく、小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」の国政政党化に集まりつつある。
 そんな「民進スルー」ともいえる状況の中で、民進党はどうあるべきなのか、どこに向かうべきなのか、究極のところ、存在意義はあるのかを、根本から問い直すことが迫られている。文字通り、解党的な出直しが必要だ。
 「遠心力を働かせてしまった」「統率する力が不足していた。求心力を高める執行部ができることを願う」
 蓮舫氏は27日の記者会見で、自らの党トップとしての資質、能力の欠如を辞任理由に挙げた。
 確かに代表就任前から指摘されていた日本と台湾の「二重国籍」問題について説明を二転三転させたり、「2030年代」とした「原発ゼロ」目標前倒しを表明しながら、最大の支持組織の連合やその強い支援を受ける所属議員の反発を受けて棚上げしたりするなど、国民の信頼を失った政権時代を思い出させるような曲折を見せた。
 しかし、党のまとまりという課題は、蓮舫氏個人というよりも党が抱える問題である。
 かつて目指す社会像が違うという理由で連携を拒んだはずの共産党との選挙協力、安倍晋三首相が具体的スケジュールを打ち出す憲法改正など、党の理念や在り方に関わる問題で、党内に存在する対立関係が解消されないままだ。
 すでに次期衆院選での共産党との協力に関しては長島昭久衆院議員が「受け入れられない」として離党。憲法改正に対する姿勢を巡っても、代表選で蓮舫氏を支援、代表代行として支えていた細野豪志氏が「議論さえしない」と批判して辞任するなど、あつれきが表面化している。
 確かに蓮舫氏や野田氏ら現在の執行部はこれらの問題を本気で解決しようとしなかった。しかし、それは前任の岡田克也代表時代も同様だった。
 「反自公」「反安倍政権」という点でしかまとまれないもろさを克服しない限り、同じような事態を招くことになるだろう。離党者が出ることや分裂を恐れ、問題を先送りすることは、もはや許されない。(共同通信・柿崎明二)


連合の撤回 労働者守る原点に立て
 連合は、高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」を含む労働基準法改正案について、政労使による修正合意の見送りを決めた。
 「残業代ゼロ法案」として制度導入に反対してきたにもかかわらず、執行部が法案修正を条件に突然容認に転じ、加盟労組や過労死遺族らの猛反発を受けた。
 容認方針の撤回は当然である。
 傘下の組織に十分な説明もなく、政府や経団連と水面下で調整し、結果的に大きな混乱を招いた執行部の責任は重い。
 神津里季生(こうづりきお)会長は、「運営体制を反省し、しっかり組み立てないといけない」と述べた。
 労働者の権利を守る組織という原点に立ち、信頼の回復に全力を尽くさねばならない。
 高度プロフェッショナル制度は、第1次安倍晋三政権が導入しようとして果たせなかった「ホワイトカラー・エグゼンプション」の焼き直しである。
 「残業代ゼロ」で際限なく働かされかねないとして、労働界が強く抵抗してきた。
 しかも、いったん導入されれば、対象が拡大する恐れがあり、第2次安倍政権でも、国会で2年以上たなざらしとなってきた。
 政府は、残業時間の上限規制と抱き合わせにして、秋の臨時国会に提案する方針だ。
 連合執行部は、上限規制の「実を取る」ため、歩み寄ったとされるが、理解に苦しむ。
 残業上限の「月100時間未満」は、国の過労死ラインと変わらない。論外の緩さだ。
 連合が提案した修正案の中身も実効性が疑わしい。
 健康確保措置として「年104日以上の休日取得」を義務付け、「2週間連続の休日取得」「臨時の健康診断」などの条件の中から労使に選ばせる内容だ。
 多くの企業が、臨時の健康診断を選ぶとみられる。これでは、過労を食い止めるどころか、長時間労働の「免罪符」に利用される懸念もある。
 連合が修正合意を見送っても、政府は、労基法改正案に連合の修正案を反映させるようだ。
 残業時間の上限規制を柱とした働き方改革関連法案の成立を急ぐ姿勢も変えていない。あまりに乱暴なやり方だ。
 労働側の言い分も一応聞いたという体裁だけ繕って、明確な歯止めを欠いたまま、長時間労働を助長しかねない制度を法制化するのは言語道断である。


再び辺野古提訴/なぜ国は対話しないのか
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡り、沖縄県が国の埋め立て工事の差し止めを求めて提訴した。判決まで工事を中断させる仮処分も申し立てた。
 県は、埋め立てに必要な海底の岩礁破砕について、県の規則に定められた翁長雄志(おながたけし)知事の許可を得ることなく今年4月、国が工事を強行したことを違法と主張する。
 これに対し国は、知事の許可は漁業権が存在することが前提で、埋め立て海域では地元漁協が漁業権を放棄したため必要ない、との立場だ。
 両者の隔たりは大きく、このままではどのような司法判断が示されようと、解決へ向かうとは思えない。法廷では法律に基づいた主張に力点が置かれ、泥沼に入り込んだような争いが続く展開になりがちだ。
 「対決」より「対話」で事態を打開しなければならない。
 県と国は、翁長知事の埋め立て承認取り消しを巡って争い、昨年末、最高裁で県の敗訴が確定している。また、判決に先立って「確定判決に従い、互いに協力して誠実に対応する」と確約している。
 国は「沖縄県は約束を守るべきだ」と主張する。では、誠実な対応は、敗訴した県だけに求められるものなのか。そうではないだろう。
 県が求めた埋め立て着工前の協議に、国は応じなかった。構わず工事を進めて既成事実を積み重ねる姿勢は、多くの県民の反発を招いている。
 先日、基地問題に取り組んだ大田昌秀・元知事の沖縄県民葬が営まれ、安倍晋三首相も参列した。首相は沖縄慰霊の日の式典にも出席している。いずれも翁長知事に弔意を伝え、じっくり言葉を交わす好機だったが、機会を設けることはなかった。
 「沖縄県民の思いに寄り添う」「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と首相は言う。その言葉を行動に移すのなら、県側と腹を割って話し合うことが何より求められる。
 県民に「無力感」を味わわせる形で工事を急いでも、将来に新たな禍根を残すだけだ。
 「沖縄は日本なのか」と大田元知事は訴えた。国からの答えは今も沖縄に届いていない。


核のごみマップ公表 課題先送り、覚悟も見えず
 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を巡り、経済産業省は最終処分候補地となり得る地域を日本地図上で塗り分けた「科学的特性マップ」を公表した。
 経産省は盛んに「自治体や住民に受け入れ判断を迫るものではない」と強調する。国民的議論を喚起することで候補地選定の弾みとしたい考えだが、適地は福井県を含め全都道府県に及び、国土の7割弱が該当。特に海岸に近く最適とされた地域のある自治体は過半数の約900に上る。
 どう絞り込むのか。秋以降、重点的な説明会を開催の意向だが、選定への確たるシナリオが見えない。
 原子力推進に廃棄物対策は避けて通れず、後世にツケを回してはならない。しかし、政府は東京電力福島第1原発事故後も原発の推進姿勢を変えず、新規制基準による再稼働を進めている。バックエンド対策を怠り、なお「長い道のり」とするのは課題先送りとしか言いようがない。
 政府は1976年から本格研究に着手、2000年に最終処分法を制定した。使用済み核燃料の再処理後に出る極めて強い放射性物質をガラス固化体にし、地下300メートルより深い岩盤に埋める。数万年から約10万年先まで生活環境から隔離する手法が「地層処分」だ。
 国は処分のための調査受け入れ方式が失敗すると、15年にやり方を転換、国が科学的な有望地を示した上で複数の自治体に申し入れる方策を取り入れた。
 今回の公表はその一環だが、「科学的有望地」という言葉が自治体の警戒感を招くとして「科学的特性マップ」と言い換えた。
 地図では全国を4色に塗り分けている。活断層や火山の周辺など地下の安定性に問題がある地域や、油田など将来掘削の可能性がある地域は「好ましくない特性があると推定される」と分類している。
 それ以外の地域が「好ましい特性が確認できる可能性が相対的に高い」「輸送面でも好ましい」となるわけだが、シンポジウムでは「数十年の研究だけで、数万年先を正しく予測できるのか」などと疑問が相次いだ。つまり「安全」の根拠が不明確で、災害リスクは全国どこでも付きまとう。
 たとえ自治体に調査を申し入れても、立地が進む保証はない。見えてくるのは「国が前面に立つ」とした国主導の成果を形に表すための実におぼろげなマップ公表であり、国民の批判をかわすアリバイづくりとさえ感じられる。
 これまでの全国説明会では、警戒感や反発を恐れるあまり突っ込んだ話は皆無に近く、開催することが目的化した。国民や自治体の疑問、不安に腰を据えて丁寧に説明するのは当然。必ず処分地を決めるという強い使命感と覚悟が必要だ。
 世界の大半が地層処分を採用するが、処分場の決定はわずか2カ国だ。国が「国民的課題」と位置付けるなら、発生責任がある国と電力会社が廃棄物の総量規制もせず、増産し続けるのは無責任であろう。


NHKが森友と財務局の国有地価格交渉をスクープし佐川前理財局長の嘘を明らかに! 財務省でも良識派官僚のリークが?
 27日午後、森友学園の補助金不正受給の容疑をめぐり、大阪地検特捜部がはじめて籠池泰典前理事長に任意の事情聴取をおこなった。読売新聞がトバシ記事で見出しにした「籠池夫妻 逮捕へ」ということにはならなかったが、籠池氏は27日の朝、密着したテレビメディアに対して「国策捜査ですね」と語っている。
 実は、その直前の26日、NHKが森友問題をめぐる重大なスクープを報じていた。疑惑の国有地売却をめぐり、昨年3月、近畿財務局と森友学園側との売却価格協議の内容を、初めて明らかにしたのだ。
 そもそも、森友問題の中心は、国有地だった森友学園の新たな小学校建設予定地が、地中のゴミ撤去費用などと称して約8億円も値引きされ、実質タダで森友学園側に売却されていたこと。籠池氏は証人喚問で「神風」と表現したこの土地取引などを含め、これまで財務省側は学園との交渉記録を「破棄した」と主張。国会でも、国有地売却の担当局長だった佐川宣寿理財局長(当時)は、交渉記録の保存期間を「1年未満」として「昨年6月の売買契約成立を受けて廃棄した」と繰り返し述べてきた。
 NHKは、その価格交渉の経緯の一部を「関係者への取材」によって明らかにした。それによれば、3月24日、財務局と学園の協議が行われ、その協議の場で、当時の籠池氏の弁護士が財務局に買い取りを初めて打診。そして、その際に学園側と財務局側双方から、具体的な金額が出されたのだという。
 驚くべきは、その金額交渉の内容だ。なんと、財務局の担当者は「いくらまでなら支払えるのか」と、学園側に購入可能な金額の上限を尋ねたというのだ。
 当時の籠池氏の弁護士は、財務状況から約1億6000万円と答えたという。すると、財務局の担当者は、国が土壌工事で約1億3200万円を負担する予定だとして、これを上回る金額が必要だと説明したという。
 そして、この協議から6日後の3月30日、異例にも、財務局はゴミの撤去費用の見積もりを、国有地を管理する大阪航空局に依頼し、値引額が約8億2000万に決まった。それによって、売却額が1億3400万円となった。
 そう。3月24日の最初の協議で財務局の担当者が述べた「1億3200万円以上」と、森友学園側が財務的に限界だと言った「1億6000万円」のなかに、実際の売却額がきれいにおさまっていたのである。
NHKスクープのネタ元は大阪地検か財務省か
 これはいったい、どういうことなのか。周知の通り、財務省はこれまで森友学園側との事前交渉は一切なかったと強弁。佐川理財局長も、「先方にあらかじめ不動産鑑定というかその価格について申し上げることはございませんということはずっと答弁してきているところでございます」(5月18日参院財政金融委員会)、「本件の土地の処分につきましては、私ども、不当な働きかけは一切なかったということは答弁させていただいてございます」(3月15日衆院財務金融委員会)などと言い切っている。
 ところが、今回のNHKの“事前協議”に関する報道で、こうした財務省側の主張は崩れてしまった。佐川氏も虚偽答弁を働いたことになる。
 さらにNHKは、原則一括払いの国有地売買契約で、森友学園の場合は異例の10年分割払いになっていたことについても、財務局からの提案だったと報じている。NHKは「売買の経緯を知る関係者によれば」として〈分割払いは去年6月1日に財務局が売買契約書の案に盛り込んで学園側に提案していた〉と報道。これにより、学園側は実質的に月額賃貸料の半額で購入代金の分割月払いが可能になった。
 こちらも、真実ならば森友問題をめぐる国会答弁で政府側が主張していたことが完全に崩れる。つまり、財務局が森友側と売買価格について事前に協議し、「いくらまでなら支払えるか」と聞いていたこと、そして異例中の異例である賃貸切り替えからの10年分割購入を財務局側から提案していたとなれば、そこに籠池氏が「神風」と表現した驚くべき“取り計らい”がなされていたことの証明となるからだ。
 国民の関心はいま、加計学園問題や自衛隊日報隠蔽問題にシフトしてしまったが、こうした核心をつく報道が飛び出た以上、国会でもこの森友問題の本質である国有地売却の経緯について、一から追及をやりなおす必要があるだろう。
 だが、これらのNHKのスクープには、気になる点がもうひとつある。情報の出どころが、いずれも「関係者」や「売買の経緯を知る関係者」となっていることだ。
 NHKの従来の報道姿勢を鑑みれば、かなりの確度がないかぎり、こうした匿名情報源を頼りに報道することはほとんどない。「森友学園へ便宜をはかったことはない」として政権と行政が結託するなか、これを穿つスクープならなおさら、国会で予算を握られているNHKは一層慎重になるものだ。
 かなり有力なネタ元があるとしか考えられない。可能性としては主にふたつ。ひとつは、学園との事前協議に関与した近畿財務局、あるいは報告を受けていた財務省関係者によるリーク。もうひとつは、財務局側を背任容疑で捜査している大阪地検特捜部のリークだ。
 仮に後者の場合、大阪地検が今後の捜査を進めるうえで、有利な状況をつくりだそうとの思惑があると想定できるが、仮に、当事者であり追及される側の財務省・財務局の人間がリーク元であったとしても、実は、これはさほど驚くべきことではない。
 というのも周知の通り、いま安倍政権を揺るがしている加計問題にしても、日報問題にしても、そして森友問題にしても、背景には官僚たちの“安倍一強”支配への反発があるからだ。
財務省OBも記録の存在前提に「うちもいつ漏れても不思議はない」
「総理のご意向」文書のようなものが飛び交っていることからもわかるように、官僚たちは過剰な忖度を強要される一方、これに背けば、菅義偉官房長官が牛耳る内閣人事局の手により出世コースから外され、場合によっては粛清される。
 さらに、官僚たちはプライベートまで監視下に置かれている。文科省の前事務次官・前川喜平氏の“出会い系バー報道”は言うまでもなく、外務省で韓国釜山の前総領事・森本康敬氏が電撃更迭されたのも、少女像をめぐる政権の対応を私的な食事の場で批判したことが官邸に筒抜けになり問題視されたためだ。
 安倍一強政治のなかで官邸によるこうした“恐怖支配”に押さえ込まれてきた霞が関の官僚たちだが、ここにきて、安倍政権の求心力低下とともに、一気に反乱の動きが出てきた。各省庁の良識派の官僚やラインを外された職員が安倍政権の疑惑を積極的にリークし始めたのだ。
 加計問題での文科省からの告発や、自衛隊日報問題をめぐる陸自からのリークのなどはその典型だろう。
 だとすれば、財務省にあっても同様の動きが出てきても、なんら不思議はない。
 毎日新聞編集委員の伊藤智永氏が、コラム「時の在りか」(毎日新聞7月1日付)で、実に興味深いことを書いている。加計問題で文科省から続々内部文書が飛び出しているなか、ある晩に財務省のキャリアOBたちの放談会が開かれ、現役の後輩たちが関わる森友問題をめぐって激論となった。そこではこんな発言があったのだという。
「何も残っていないという答弁はさすがに無理がある」
「うちだっていつ漏れても不思議はない。昔とは違う」
「小出しにしたら総崩れになる。他に手があるか」
「財務省には文科省みたいに柔な職員はいないんだ」
 伊藤氏は〈お気づきの通り、どの主張も、本当は文書が存在していることが前提のようである。意見の対立は弱気と強気の違いだけで、不安は全員に共通していた〉と綴っている。バネは、押し縮めるほど強く跳ね返る。文科省も防衛省もギリギリのところで抑えが効かなくなったようだが、はたして財務省はどうか。言うまでもなく、限界まで力を加えれば、どんな強靭なバネでも壊れてしまうものだ。
 国会で野党の追及から身を呈して政権を守った佐川前理財局長は、先日、国税庁長官に栄転したが、恒例の着任記者会見すらまだ行われていない。NHKの報道で虚偽答弁の疑惑が高まるなか、今後、財務省内部の良識派、もしくは反官邸派のさらなるリークが出て来れば、佐川前理財局長も防衛省幹部同様、逃げきれない事態になるかもしれない。
 そうなれば、いよいよ安倍首相は完全に追い込まれることになるだろう。(編集部)


キャリーバッグに路線バス困惑 京都、観光客持ち込み混雑
 観光客の大型バッグが京都市バスの混雑に拍車をかけていることを受け、市交通局は京都駅(下京区)で、手荷物預かり所の利用を促している。車内の混雑に市民の不満が高まっているためだが、持ち込みは後を絶たず、同局は「乗車拒否するわけにもいかない」と頭を悩ませている。
 6月下旬、バスの行き先や時刻が表示される京都駅前の総合案内板前に、キャリーバッグを持った若い女性2人が訪れた。そこに、同局の観光案内役「おもてなしコンシェルジュ」が駆け寄った。
 「バスは混雑しますのでロッカーに手荷物を預けてはいかがですか」と声を掛けたが、女性たちは「ホテルに向かうので」。コンシェルジュは「近くにはホテルへの運送サービスもあります」と粘ったが、2人はバス乗り場へと向かった。
 訪日外国人など観光客の増加を受け、市バスの混雑に市民の批判が強まる。キャリーバッグも大きな原因で、通路をふさいで乗降に時間がかかり、ダイヤの乱れにもつながっている。
 同局は4月から、京都駅で大きな荷物を持ってバスに乗ろうとする観光客に声を掛け、ロッカーなどの利用を働き掛けている。案内業務を同局から委託されている市交通局協力会(右京区)の中村知雄さん(41)は「素直に聞いてくれる人もいるが、強制はできない」。コンシェルジュの1人は「宿泊施設への運送を勧めても、『受け取る人がいない』と断る人もいる」と顔を曇らせた。
 ただ、観光客にも言い分はある。横浜市から訪れた会社員男性(34)は「市バスは安く、本数も多いので便利。でも小さめの車両が多く、混む路線は大型車両を導入し、荷物置き場をつくれないものか」と話す。
 同局は「手ぶらで観光するメリットをアピールすることで、混雑を抑えたい」(自動車部)とするが、今のところは地道に声を掛け続けるしかなさそうだ。

Wのため大きく/説明しているところ/カンセテンソ/やっぱりカワイイ

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Japon: la ministre de la Défense démissionne, coup dur pour Shinzo Abe
Tokyo - La ministre japonaise de la Défense, Tomomi Inada, a démissionné vendredi, portant un nouveau coup dur au Premier ministre Shinzo Abe dont la popularité, en chute libre, doit conduire sous peu à un large remaniement ministériel.
Mme Inada s'est résolue à quitter le gouvernement après un scandale de non-divulgation de documents relatifs à une mission des forces d'autodéfense, le nom de l'armée japonaise.
Agée de 58 ans, Mme Inada était arrivée en poste il y a moins d'un an. C'est la sixième ministre qui doit partir en raison d'un scandale depuis que Shinzo Abe est revenu au pouvoir fin 2012.
Déjà très critiquée pour diverses gaffes, elle a expliqué "prendre ses responsabilités" après avoir reçu un rapport selon lequel des responsables militaires avaient illégalement dissimulé des comptes-rendus au jour le jour des soldats japonais, dans le cadre d'une mission onusienne de maintien de la paix (PKO) au Sud-Soudan.
Ces documents, qui feraient état de mauvaises conditions de sécurité pour les militaires nippons sur place, ont été présentés comme ayant été détruits. Ils avaient en fait été conservés sans être rendus publics, en violation des lois régissant l'armée de terre.
"Les conclusions de l'enquête interne sont très sévères", a précisé Mme Inada.
Elle affirme cependant, comme depuis le début du scandale révélé par la presse, qu'elle n'a pas été informée de ces faits et n'a en conséquence pas donné son accord pour ne pas publier ces informations. Des sources militaires, elles, prétendent au contraire qu'elle avait été tenue au courant.
Sa démission intervient à moins d'une semaine d'un probable remaniement ministériel, sur fond de déroute dans les sondages du gouvernement de M. Abe, chute imputée en partie à Mme Inada.
Cette dernière n'a cessé depuis des semaines de faire la une des journaux, notamment pour avoir demandé aux électeurs de soutenir la formation conservatrice de M. Abe, le Parti Libéral-Démocrate (PLD), lors du renouvellement de l'assemblée générale de Tokyo, ce "au nom des forces d'autodéfense et au titre de ministre de la Défense".
- Abe acculé au changement -
M. Abe en personne avait du s'excuser pour ces propos "inappropriés", mais l'intéressée, une nationaliste convaincue comme lui, avait maintes fois rejeté l'idée de démissionner, et M. Abe celle de la destituer.
Les conclusions de l'enquête sur la mission PKO au Sud-Soudan et la démission annoncée de deux des plus hauts gradés --qui vont être sanctionnés-- ont précipité sa sortie.
"Il y a eu un sérieux et grave problème de gouvernance", a reconnu la ministre.
Le Premier ministre a décidé de confier l'intérim au ministre des Affaires étrangères, Fumio Kishida, jusqu'au remaniement programmé le 3 aout selon les médias.
Il est acculé à accélérer les changements au sein de l'exécutif et de son parti, alors que sa cote de popularité s'effondre et que les articles ou éditoriaux négatifs à son encontre se multiplient.
Avant le renoncement de Mme Inada, réclamé depuis des semaines par l'opposition, un autre coup dur avait atteint M. Abe: une défaite historique de sa formation aux élections à Tokyo.
Jamais le PLD, qui domine la vie politique nippone depuis 1955, n'y avait connu un tel fiasco: il n'a réussi à conserver que 23 des 127 sièges de l'Assemblée de la métropole.
C'est le tout jeune parti "Les citoyens de Tokyo d'abord", créé par une autre forte tête, la gouverneure de la capitale Yuriko Koike, qui a infligé ce revers à M. Abe. Une femme à qui l'on prête l'ambition de prendre un jour la place du chef du gouvernement.
Or, M. Abe, lui, se verrait bien en fonctions jusqu'à 2021. Il a même fait modifier les statuts de son parti dans ce but. Pour y parvenir, il faut toutefois qu'il réussisse à être réélu en 2018 à la tête du PLD, ce qui exige qu'il restaure au plus vite la confiance.
Le but ultime du Premier ministre, qu'il porte depuis son premier passage raté à la tête du gouvernement en 2006-2007, est de parvenir à réformer la Constitution pacifiste entrée en vigueur en 1947 et jamais réformée depuis.
フランス語
フランス語の勉強?

昨日のプロジェクタテストがうまくいったので今日はWのために大きく映し出すことができました.2人が別々に来て別々に説明したけどどうかな?
説明しているところを写真に撮ってもらいました.わかりやすい説明だったかな?
一方R3の人はカンセテンソ・・・ちょっと待ってすぐには無理ということでまた今度ということでお願いしました.
一方怒って帰ったとかいうM2の人はやっぱりカワイイ.

河北春秋
 「ただ働きが増える」「長時間労働が適法にされる」「残業代をなくしたい経営側の都合そのもの」。こんな批判が広がっていた。政府が導入を掲げた「高度プロフェッショナル制度」。年収が高い一部の専門職を残業代支払い対象から外す内容だ▼政府は、働く者を守る目的で労働時間を規制してきた労働基準法の改正案として早期成立を目指す。「時間でなく成果で評価される働き方」と改革を強調するが、非人間的な「残業代ゼロ法案」との異名もある。反対の声を上げるのが、社会問題となった過労死の遺族たち▼「人を無制限に使える環境になれば、犠牲は後を絶たなくなる」と仙台市の前川珠子さん(52)。東北大准教授だった夫は5年前、東日本大震災で被災した研究室の復旧に日夜没頭した末、うつを発症し自死した▼遺族の仲間らと「東北希望の会」をつくり、悲劇を防ごうと活動する。肌で感じるのは、逆に「成果」への要求が強まる職場の空気。弱い立場の若い働き手が過労自死し、新たな遺族が活動に加わってくる▼連合といえば、日本最大の労働者組織。だが、トップが政府との取引に応じて法案をいったん容認し、厳しい批判を受け撤回するという迷走を演じた。残業代ばかりか人の命も削りかねない企業社会に希望はあるのか。

<全国知事会議>東日本大震災/職員派遣の継続要請
 全国知事会議では、東日本大震災からの早期復興や大規模災害発生時の対応が主要議題になり、被災自治体への財政支援強化を国に求める意見が相次いだ。
 村井嘉浩宮城県知事は「被災地はまだまだ大変な状況が続いている。宮城では少なくとも2018年度までは職員派遣を継続してほしい」と求めた。内堀雅雄福島県知事も「復興を進めるには財源の確保と人的支援が不可欠」と強調した。
 提言には、復興業務に当たる任期付き職員を国で一括採用し、被災自治体に派遣する制度の導入が盛り込まれた。
 昨年4月の熊本地震を踏まえて蒲島郁夫熊本県知事は(1)復興交付金など財政支援の常設化と応援職員派遣の法制化(2)災害救助法の弾力的運用(3)住宅再建支援制度の充実−を国に働き掛けるよう提案。「住宅の自力再建までトータルで支援する仕組みが不可欠だ」と呼び掛けた。
 平井伸治鳥取県知事は「低所得者や一部損壊世帯に対する国の制度は不十分」と指摘。「次に進むための支援がなく、被災の長期化につながる」と訴えた。
 防災や減災に資する技術開発を求める意見もあった。佐竹敬久秋田県知事は「産学官の連携でドローン(小型無人機)や3D(3次元機器)の最新技術を避難計画作りに生かしたい。国が主導し、全国で展開すべきだ」と話した。


<全国知事会議>岩手宣言「千年国家の創造」採択
 東日本大震災の被災地初開催となる全国知事会議が27日、盛岡市のホテルで始まった。震災などから学んだ教訓を次世代に継承し、ハード、ソフト両面で災害に強い「千年国家の創造」を目指す岩手宣言を採択した。
 宣言には、被災地の支援と交流の継続や防災教育の充実、共助体制の確立、高速道路など「命のライン」の整備を盛り込んだ。災害への備えから復旧・復興までを担う「防災庁(仮称)」の創設を国に求める。
 開催県の達増拓也岩手県知事は「災害に負けない国家は、都道府県にとっても重要。岩手からの宣言の発信は、復興に取り組む沿岸被災地の励みとなる」と意義を強調した。
 内堀雅雄福島県知事は「福島は依然として有事の状況が続いている。復興を成し遂げるには、まだまだ時間がかかる」と実情を訴えた。村井嘉浩宮城県知事は「大きな災害を全てなくすことはできないが、被害を最小限にすることはできる」と話した。
 震災復興に絡む国への提言では、東京電力福島第1原発事故の早期収束や財政支援の継続、被災自治体の復興業務に当たる職員を一括採用して派遣する制度の導入を求めた。
 このほか南米原産の強毒アリ「ヒアリ」の侵入防止対策強化、ミサイル発射などの北朝鮮対応で都道府県の役割を明確にする緊急要請も決議した。
 会議の東北開催は2011年の秋田県以来。2日目の28日は、憲法における地方自治の位置付けや地方分権改革、スポーツ・文化・観光振興策を議論して閉会する。


<秋田豪雨>ボランティアが泥出し作業に汗
 22、23日の記録的な大雨で雄物川が氾濫し、435棟が浸水した横手市大森町で27日、秋田県内外のボランティアによる支援活動が本格的に始まった。
 災害ボランティアセンターが市大森庁舎に設置され、27日は市内を中心にボランティア34人が活動登録した。ボランティアは依頼のあった8世帯に分散し、使えなくなった家財の搬出や泥出し、床拭きなどに汗を流した。
 千葉市の清掃業森誠次さん(67)は他の5人と共に、1人暮らしの無職照井豊太さん(84)方でごみの搬出や床の清掃に当たった。照井さんは「22日の夜、あっという間に床上25センチまで浸水し、自力ではどうにもできなかった。たくさんの人に助けてもらい、うれしい」と話した。
 東日本大震災の発生直後にも石巻市で泥出しなどの活動に参加した森さんは「想像していたよりも被害が大きい」と話した。


<全国知事会議>大学一極集中/地方と首都圏隔たり
 東京への大学一極集中を巡って、地方と首都圏で知事の意見が対立。東京23区での入学定員増の凍結や、都内での学部・学科の新増設抑制を国に求める特別決議の取りまとめは会議最終日の28日に持ち越された。
 阿部守一長野県知事は「都市部と地方は共存共栄が望ましい。都内の定員が少し増えるだけで地方への影響は大きい」と指摘。湯崎英彦広島県知事も「東京への一極集中で(進路の)多様性が失われている」と決議に賛同した。
 浜田恵造香川県知事は「国は23区に新設する私立大への私学助成を止めるべきだ」と踏み込んだ。
 これに対し、小池百合子東京都知事は「学生が学ぶ場所を選ぶ自由を奪う」と反論。黒岩祐治神奈川県知事も「日本経済の国際競争力を高めることも必要。東京の足を引っ張っていいのか」と同調した。


<涼・宮城>壇蜜さん動画 野党が配信中止要請
 仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会(会長・村井嘉浩知事)の観光PR動画について、県議会の野党4会派は27日、品位を欠き、男女共同参画の理念に反するとして県に配信中止を申し入れた。
 民進党系の会派「みやぎ県民の声」(10人)、共産党県議団(8人)、社民党県議団(2人)、無所属の会(2人)を代表して男性県議7人が、河端章好副知事に要請書を手渡した。
 動画はタレントの壇蜜さん(横手市出身)が牛タンやずんだ餅を妖艶な言い回しで紹介。投稿サイト「ユーチューブ」の再生回数は230万回に達した。
 県民の声の藤原範典会長は「税金を使って県のイメージを下げている」と批判。他の議員も「女性差別で男性蔑視だ」「感性が疑われる」と抗議した。
 河端副知事は「観光PRには他県との差別化が必要。キャンペーンの一環として制作しており、様子を見たい」と理解を求めた。
 県議会の全女性議員7人も動画の配信中止を求めている。県には批判など約200件の意見が寄せられているという。


<東北大>虫明名誉教授にマイルストーン賞
 東北大は27日、エレクトロニクス分野の学会で世界最大規模を誇る米国電気電子技術者協会(IEEE)の「マイルストーン(道標)賞」を受賞した。虫明康人名誉教授(96)が1948年に発表した超広帯域アンテナの設計理論が高く評価された。
 仙台市青葉区のホテルで授賞式があり、IEEE幹部が里見進総長と虫明氏にそれぞれ、プレートを授与した。虫明氏は「約70年前の研究が認められ、大変名誉なことだ」と述べた。里見総長は「東北大の無線通信工学の輝かしい歴史を伝えたい」と語った。
 虫明氏が東北大大学院在籍中に発明した「自己補対アンテナ」は、超広帯域アンテナ設計の基本原理となり、テレビ放送やブロードバンド無線通信、電波天文学、携帯電話などに応用されている。
 マイルストーン賞は、開発から25年以上にわたって社会や産業の発展に貢献した技術が対象。東北大の受賞は95年の「八木・宇田アンテナ」の研究成果に続いて2回目で、国内ではこれまで32件に贈られている。


「復興五輪」という言葉に、拭いきれない違和感が湧いてくる 一体なにを「復興」させるというのか
森田 浩之 ジャーナリスト
東京オリンピックまで、あと3年。いまだ諸問題は落ち着かないが、私たちはこのイベントについてどれほど知っているだろうか。
ジャーナリストの森田浩之氏がオリンピックの知られざる重要な側面を追い、「TOKYO 2020」を多角的に考えるための連続リポート。第3回は、「復興五輪」という言葉とその実態を問う。
第1回はこちら『東京オリンピック「経済効果予測」のオカシさを暴こう』
「復興五輪」と言われるが…
2020年東京オリンピックは、東日本大震災からの「復興五輪」と言われる。だが、この言葉は実際のところ、何を意味するのだろう。
よく言われるのは「スポーツの力で被災地を元気にする」「復興に向かう姿を世界に発信する」の2つだ。
しかし、どちらも被災地の人々にとっては微妙なポイントだ。
「元気を与える」「元気をもらう」は最近よく耳にする言葉だが、「元気」なるものに実体があるわけではない。「復興に向かう姿を発信する」も、「復興」という言葉の使われ方が軽いと感じる被災者には受け入れがたいだろう。
それでも東北の被災地は、2020年大会に一定の参加をすることになっている。一部競技が開催されるほか、聖火リレーの出発地点の候補にあがっているという(石巻市は以前から、聖火リレーの出発地点に立候補している)。
リレーの期間も、IOCの「100日以内」という規定を緩和する形で、大震災の起きた3月11日の直後から開始する133日案が浮上している。
だが、このように被災地を大会にからめることが復興五輪なのだろうか。
2020年大会を本当の意味で復興五輪と位置づけるにはどうすればいいのか。もしそれができないなら、いたずらに期待をあおる復興五輪という言葉は忘れたほうがいいのではないか……。
市川崑が映し出した光景
思えば東京は、復興五輪を繰り返している。
東京での最初のオリンピックは、1940年に開かれることになっていた。しかし日中戦争が長期化したことから、鉄鋼をはじめとする戦略資材が不足。競技施設の建設にも支障が生じることになり、東京は開催権を返上した。後には大会自体が戦争のため中止となる。
だが、この1940年大会には「紀元二千六百年」を記念すると同時に、1923年(大正12年)に起きた関東大震災からの復興を世界に示そうというねらいがあった。
1964年の大会は、もちろん敗戦から立ち直った姿を示す復興五輪だったと言えるだろう。
市川崑監督の1964年大会公式映画『東京オリンピック』に、象徴的なシーンがある。
冒頭に映し出されるのは、東京のビルが鉄球で次々と壊されていく光景だ。スポーツイベントの記録映画にしては、いささか奇妙なオープニング。
しかしこれは、敗戦を経験した東京が再開発されて大きく変貌を遂げたことがオリンピックの重要な意味だったと、市川が感じ取ったからだろう。
聖火リレーが指し示すもの
それにしても、敗戦や災害からの復興をアピールするのに、なぜ東京はこんなにオリンピックという舞台を使いたがるのか。
そもそも2度(1940年大会も加えれば3度)の東京オリンピック以外で、復興をアピールすることを掲げた大会はすぐに思いつかない。たまたま東京には、敗戦や災害のあとにオリンピック開催のチャンスが巡ってきたということなのか。
いや、それだけではないだろう。もしかすると日本人は、オリンピックになんらかのメッセージを持たせるような演出が得意なのかもしれない。
1964年大会の公式映画『東京オリンピック』に戻ると、市川崑は冒頭部分で東洋に初めてやって来る聖火に注目し、リレーの様子をたっぷりと映し出している。
オリンピアで採火された聖火は、トルコのイスタンブールからアジアの各都市を巡る。ベイルート、テヘラン、ラホール、ニューデリー、ラングーン(現ヤンゴン)、バンコク、クアラルンプール、マニラ、香港、台北……。
聖火は台北から、リレーの最初の「国内開催地」であり、戦争の傷跡が深い沖縄に入る。公式映画が聖火リレーのなかでとくに時間を割いて描いているのが、この沖縄と広島の原爆ドーム前の光景だ。原爆ドーム前では今のような警備などなく、聖火ランナーが群衆をかき分けるようにして走るシーンが印象深い。
リレーは鹿児島、宮崎、千歳(札幌近郊)の3ヵ所を起点とする4つのコース(千歳からは2コース)に分かれ、東京を目指した。聖火はすべての都道府県を回り、リレー参加者は計10万713人にのぼった。
日本列島を駆け抜けた聖火は、東京・有楽町にあった都庁前に集められ、さらに皇居前広場の聖火台に移された。開会式当日に最終聖火リレーが行われた青山・外苑を抜ける道は、新しい東京を象徴する新たな動脈だった。
国内リレーのコースは、日本列島の中心、そして今後の経済発展を牽引するのが東京であるということを明確に示した。この聖火リレーは復興した日本の姿を見せただけでなく、これから国が歩もうとしている道筋まで指し示すものだった。
「なぜ原爆を結びつけるのか」
聖火リレーの最終ランナーは、当時19歳の坂井義則だった。早稲田大学1年生で、競走部に所属していた。
誕生日は1945年8月6日、出身は広島。原爆投下から3時間後に生まれた。
新聞は坂井を「原爆っ子」などと呼んだが、彼の生地は広島市から北東に70キロ離れた三次(みよし)市。被爆者ではない。
アメリカの著名な日本学者エドワード・サイデンステッカーは、この人選に不快感を表した。
「いまさら聖火ランナーになぜ原爆を結びつけるのか、アメリカ人はいやな思いをさせられた」
サイデンステッカーはそう語り、最終ランナーの人選は反米主義的なもので、日本人の「自己憐憫」だと主張した。
しかし東京大会の組織委員会で事務総長を務めた田畑政治は、坂井の選出はもっと広い視野の下に行われたと言う。
「最後の走者の坂井君が、原爆投下の日に広島県下で生まれた青年であることが象徴的であった。坂井君が最終ランナーであることがアメリカに悪感情を与えるとの批判も一部にあったようだが、われわれが憎むのはアメリカではなく、原爆そのものである。……アメリカにおもねるために、原爆に対する憎しみを口にしえない者は世界平和に背を向ける卑怯者である」
坂井の身体に投影されていたのは、敗戦から復興につながる時代そのものだったとも言えそうだ。彼は後年、次のように語っている。
「東京オリンピックは高度成長の入り口にあった日本の輝きを世界に発信する祭典だった。そして、自分たちはその高揚感を全土に伝えるメッセンジャーだった」
「復興五輪だという意識は全くない」
これに対して、2020年大会はどうなのか。被災地を走る聖火ランナーの身体が復興五輪にからむ形で、なんらかのメッセージ性を持つようなことはあるのだろうか。
その点は疑わしい。河北新報(本社・仙台)が今年2月に被災地の42市町村長を対象に行ったアンケートの結果は、ある意味で衝撃的なものだった。
この調査によれば「オリンピックは復興に役立つか」との問いに、54%が「何とも言えない」を選択した。
「復興五輪の理念は明確だと思うか」という問いには、71%が「何とも言えない」と答えた。
「何とも言えない」は強い「NO」ではないものの、実名入りで報じられる記事のアンケートで7割に達したことには、首長たちの強い不満と戸惑いの表れと言えるだろう。
自由記述欄への回答も手厳しい。
〈(復興五輪という)位置付けは素晴らしいが、具体化の取り組みが見えない〉──阿部秀保・東松島市長(当時)
〈東京で開催するのは大歓迎だが、復興五輪だという意識は全くない〉──戸羽太・陸前高田市長
〈五輪は被災地だけで行われるものではない〉──戸田公明・大船渡市長
控えめに解釈しても、被災地の首長たちは復興五輪という言葉をまともに受け取っていない。東京オリンピックが開かれることで自分たちの自治体にプラスの要因があるなどとは、ほとんど信じていないように思える。
これが、2020年大会の復興五輪という言葉をめぐる意識なのだろう。
うまく利用されている?
そもそも復興五輪という言葉は、2020年大会にからんでいつから使われているのか。
2020年大会に震災復興が関連づけられたのは、震災発生のわずか1年後である2012年、当時の招致委員会がIOCに提出した開催計画の概要である「申請ファイル」だった。
しかし国際的な招致レースが始まると、東京の招致委員会は復興五輪を打ち出すことに消極的になっていく。
そのころ海外では、震災に伴う福島第一原発の事故の影響を懸念する声が強まっていたからだ。復興五輪をアピールすれば招致活動に悪影響を与えかねないという判断だった。
しかし昨年になって競技会場の見直し議論が起こると、都の調査チームはボート・カヌー会場を宮城県内に変更する理由として、再び復興五輪を前面に打ち出した(最終的には福島で野球・ソフトボールが、宮城でサッカーが行われることになった)。
結局、誰のための復興か
2020年大会の場合、復興五輪という言葉はその時々の情勢によって強調されたり、打ち消されたりした。いうなれば、被災地は2020年東京大会の招致と、その後のPRに利用されたことになる。
そもそもなぜ東京が、多くの犠牲があった被災地を「代表」できるのか。
須田善明・女川町長が河北新報のアンケートにこたえたように、これは〈「被災3県五輪」ではない〉のだ。彼の言うように〈観光振興など過剰な期待は方向違い〉と考えるくらいがちょうどいいのかもしれない。
1964年の東京オリンピックは、戦後復興の象徴と言われる。しかし東京都心が整備されただけで、地方との格差が拡大したという側面もある。
2020年大会にも同様の問題がある。オリンピックに向けて再開発やインフラ整備が進み、一極集中が加速している。
しかし1964年大会に比べてさらに厄介なのは、菊地健次郎・多賀城市長が河北新報のアンケートにこたえたように「東京に建設需要が集中することになり、結果として国の予算が被災地に回らなくなる」ことだろう。
それでも、このオリンピックは東日本大震災の復興五輪と呼ばれるのだ。
復興五輪でいう復興とは、どこのためのものなのだろう。東北の被災地なのか、それとも開催地の東京が潤うためのものなのか。いま確認しておくべきなのは、その点だろう。


最低賃金引き上げ/継続へ「ひずみ」の是正を
 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会が、2017年度の地域別最低賃金の「目安」を決めた。全国平均で時給を25円引き上げ、848円とする。
 これを受け、各地方審議会が今後、地域の実情を踏まえ都道府県ごとに実際の引き上げ額を決めていく。
 上げ幅の目安25円は、これまでで最大だった16年度の実績と同額で、2年連続での「3%」アップとなる。とはいえ、政府が目標とする欧州先進国並みの水準「時給千円」には、まだまだ及ばない。
 働く人の4割を占める非正規労働者らの賃金の底上げにつなげ、格差の是正と個人消費の拡大を図るためにも、この流れを継続していける環境の整備に努める必要がある。
 安倍政権にとって、最低賃金の引き上げはアベノミクスを支える柱の一つだ。「年率3%程度」を目標に掲げ、5年連続で増額を実現。アップ額は計100円近くになる。
 そのことは、総じて賃金の底上げと消費の回復に寄与しているのだとしても、急激な引き上げに伴い、重大な「ひずみ」が生じている。その現実を直視せねばならない。
 一つは、目安額決定の仕組みが内包する問題と絡む地域間賃金差の拡大である。
 目安額は、所得や物価などを基に都道府県をA〜Dの4ランクに分け示される。今回も上げ幅は東京を含むAが26円で、宮城が入るCは24円、東北5県が含まれるDは22円。AとDとでは毎年3、4円ずつ賃金差が広がる。
 12年度に197円だった東京と岩手の賃金差は、16年度(東京は932円、岩手は716円)に216円へと拡大している。これでは若者が大都市に流出し、地方の人手不足に拍車がかかりかねない。
 Dランクの県は今回、目安通りに改定されても700円台前半にとどまる。月給にすれば12万円程度。生活を安定的に維持するには、なお厳しい水準と言わざるを得ない。
 下位ランクほど手厚い引き上げ策が要る。現行制度の見直しを含め、地域間格差の是正に向けた議論は不可欠だ。
 もう一つ、見逃してならないのは、中小・零細企業にとって、人件費の負担がかつてないほど増していることだ。
 厚労省の調査で最低賃金額より低い水準で働いていた労働者の割合が16年度は2.7%と、過去10年で最多だったという。違法であり、あってはならないことだ。だが経営体力の弱い企業が毎年の引き上げについていけなくなっているのだとしたら、問題だ。
 デフレ脱却と経済の好循環に向け、本来は民主的なプロセスで決まる中央審議会の議論に介入してまで、大幅引き上げを実現してきたのは安倍政権だ。であるなら、その確実な履行も政権の責任で担保しなければなるまい。
 経営基盤の強化につながるような、実効性ある中小企業支援策に知恵を絞るべきだ。


最低賃金/地域格差の縮小も課題だ
 2017年度の最低賃金を、全国平均の時給で25円引き上げ848円とする目安を中央最低賃金審議会が決めた。
 02年度からの現行方式では、前年度に続いて最大の引き上げ額だ。伸び率も2年連続で、政府が掲げる「年率3%程度」に合わせた形になった。
 しかし政府目標の「時給千円」にはまだ開きがある。そもそも欧米に比べて日本の最低賃金は低水準にとどまる。増加する非正規労働者の賃金底上げにも直結するだけに、さらに改善を目指すべきだ。
 最低賃金や引き上げ額は都道府県ごとに異なる。今回の目安では、兵庫県は25円増え844円となる。
 見過ごせないのは、引き上げ後も700円台にとどまる県が全国で32にのぼる点だ。法定労働時間の週40時間働いても年収は200万円に満たない。家族を持ち将来設計を描きながら働くのは難しいだろう。
 一方で東京、神奈川は950円を超え、大阪も900円を突破する。人口減による人手不足が全国的に広がる中で、若年層が地方から都市部に流出する傾向を加速させはしないか。
 目安が示す各県の引き上げ額は、経済力が大きいほど高くなる。これでは格差が開くばかりだ。最終的な改訂額は地方審議会で決定するが、都市部との格差縮小も配慮を求めたい。
 厚生労働省の調べでは、最低賃金に満たない水準の労働者は全体の2・7%にのぼり、過去10年間で最も多かった。違法残業と同様に、政府はルールを守らない企業を徹底的に取り締まるべきだ。
 一方で、景気回復のメリットが中小企業まで十分波及していないだけに、企業側に賃金引き上げを促すには、政策面での支援が不可欠になる。
 安倍晋三首相は18年度予算案で、地域経済や中小企業の生産性向上などにつながる施策を対象に4兆円の特別枠を設ける方針を表明した。使い勝手が良く、実効性のあるメニューを練り上げなければならない。
 企業の生産性を高めることで賃金が上昇し、消費を増やして企業収益にもプラスをもたらす。最低賃金引き上げを、そうした好循環への一歩としたい。


連合が「高プロ」容認を撤回 迷走が残した大きなツケ
 所得の高い専門職に残業代なしの成果型賃金を適用する「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)を容認する方針だった連合が態度を一変、撤回を表明した。
 もともとは「残業代ゼロ法案」と反対していたが、執行部が組織内や民進党への調整をしないまま容認に転じ、傘下の労組から反対の声が高まったのだ。
 連合が撤回しても、政府は「年間104日以上の休日確保」を会社に義務づけることを含んだ労働基準法改正案を臨時国会に提出するという。一度は歩み寄った連合の提案を取り入れ、労働者の健康に配慮した姿勢を見せようというのだろう。
 政府の説明によれば、高プロの対象は業務内容も就業時間も自分で決めることができる一部の専門職である。それなのに働き過ぎ防止を会社に義務づけるのは、自分で働く時間を決められない人についても想定しているからだろう。
 高プロが一般職にも広がる恐れがあるからこそ、政府・与党は慎重な審議を余儀なくされ、労基法改正案は2年以上も継続審議とされてきたのではないか。
 連合の提案は「1強」に陰りの見えてきた安倍政権に助け舟を出し、高プロ本来の理念と矛盾する制度にお墨付きを与えたことになる。撤回しても、残した禍根は大きい。
 働き方改革は、連合にとって「踏み絵」でもある。残業時間規制にしても同一労働同一賃金にしても、連合は以前から実現すべき政策課題として掲げていた。しかし、残業代がなくては生活できない従業員は多い。非正規社員の待遇改善をするため正社員の給与水準が下げられることには反対という人も多いだろう。
 一方、経営者側や政府が働き方改革で目指しているのは、生産性向上やコスト削減だ。制度設計の詰めが進む中で労使の対立が顕在化し、内部に矛盾を抱える連合が守勢に立たされる場面が目立ってきた。
 高プロも残業時間規制も、最終的には個々の職場での労使協議で具体的な対象者やルールが決められることになる。労働者の権利を守るためには労組の役割はやはり大きい。
 連合は自覚を持って政策や意思決定のあり方を見直し、組織の立て直しに努めるべきだ。


残業代ゼロ法案 連合は反対を貫き通せ
 いわゆる「残業代ゼロ法案」をめぐり混乱していた連合が従来通り反対の立場に戻ったのは当然である。働く人の側に立たないのなら連合の存在意義はない。ぶれずに法案成立阻止に全力を挙げよ。
 以前は「ホワイトカラー・エグゼンプション」、現在は「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」に名称を変えたが、対象となる人の労働時間規制をなくし、残業代なしの過重労働となるおそれがある制度に変わりはない。
 制度が問題なのは、成果を出すために働き続け、成果を出したらより高い成果を求められ、際限なく過重労働が続くおそれがあることだ。労働時間の規制対象外なので過労死が起きても会社の責任を問えない可能性も指摘される。
 他にも問題だらけである。今回の法案は二年前に労働基準法改正案として国会に提出されたが、国民の反対が根強いこともあり、ただの一度も審議されていない。
 制度ができてしまえば年収要件の引き下げや職種の拡大が進むであろうことも容易に想像できる。今は「年収千七十五万円以上の専門職」が対象だが、経団連の当初の提言は「年収四百万円以上」と一般の会社員も想定していた。
 連合は一貫して反対してきたはずである。執行部が組織内で十分な議論を重ねないまま独走し、条件付きで容認する考えを安倍晋三首相に伝えたのは背信といえる行為だ。容認撤回は当然で、地方組織や全国の労働者に動揺を与えたことを猛省すべきだ。
 政府の強引さにもあらためて憤りを覚える。連合も参加した政府の働き方改革会議が三月末にまとめた「実行計画」には、連合が悲願としてきた「残業時間の上限規制」を盛り込む一方、高プロ創設も早期に図るとの一文を入れた。
 政府は「残業時間の上限規制」と高プロを一体で審議することを譲らず、いわば残業規制を「人質」に高プロ容認を連合に迫った格好だからだ。
 連合執行部は、安倍一強体制では反対しても法案は成立してしまうという。しかし、政権の支持率が危険水域に近い状況で、国民の反発が強い「残業代ゼロ法案」を強行に採決できるだろうか。弱体化した政権に塩を送るような対応は政治センスを疑う。
 労働界代表として働く人の健康や暮らしを守る極めて重い使命を自覚しているならば、残業代ゼロというあしき法案は身を挺(てい)しても阻止すべきだ。


蓮舫・民進代表が辞任表明 政党政治が成り立つのか
 タイミングにおいても、この間の議論の進め方においても、お粗末としか言いようがない。
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。敗北した東京都議選後も続投を図ったが、収拾に失敗し、事実上の引責に追い込まれた。
 都議選で民進党は5議席と惨敗したが、蓮舫氏や野田佳彦幹事長はいったん続投を表明した。自民党の歴史的敗北の陰に隠れたことや、「加計問題」などで政権追及を強めていたことから、乗り切れるとみたのかもしれない。
 だが、蓮舫氏が続投批判を封じようといわゆる「二重国籍」問題について戸籍情報を開示したことは混乱を加速させた。野田氏の辞任表明もむしろ蓮舫氏の「身がわり」との印象を与えた。党首として致命的な判断ミスの連続である。
 蓮舫氏が認める通り、党内は求心力よりも遠心力が働く一方だった。離党含みの動きも出ていただけに、続投は極めて困難な状況だった。
 安倍内閣の政権運営をめぐって、ひずみが目立っている。にもかかわらず、野党第1党がまったく政権批判の受け皿となっていない。その現実を突きつけたのが都議選である。蓮舫氏にはその事態への危機感が不足していた。
 もちろん、民進党が抱える体質の問題も大きい。
 政治手腕に不安の声があった蓮舫氏をトップに据えたのは政権の受け皿作りよりも、選挙の顔としての期待からだった。ところが「二重国籍」をめぐり出はなからつまずくと、まともに支えようとしなかった。
 旧民主党以来、民進党は党をまとめる理念や政策の不一致を放置してきた。維新の党と合併しても「バラバラ感」は一向に改まらない。
 蓮舫氏の辞任を受けて焦点は新代表選びに移る。だが、誰が党首になっても、党の存続すら危ぶまれるような状況は変わらないだろう。
 代議制民主主義において政党は不可欠な存在だ。とりわけ小選挙区制に移行してから、政権党が失敗した場合は野党第1党が政権を担うサイクルが期待されてきた。
 与党に輪をかけて野党第1党が迷走する状況は深刻だ。民進党だけではなく、政党政治が成り立つかどうかに関わる問題である。


蓮舫代表辞任 解党的出直しを図れ
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。東京都議選での敗北を受けた事実上の引責辞任だ。政権交代可能な二大政党の一翼を再び担い得る政党に生まれ変わるには、解党的出直しが避けて通れない。
 代表就任から一年に満たない時点での唐突な辞任表明だった。
 民進党は、前身の旧民主党が二〇一二年に政権から転落した後、一六年に旧維新の党と合流して現在に至っているが、党を取り巻く環境は依然厳しい。政権転落後、蓮舫氏以前に務めた二人の代表は、いずれも国政選挙での敗北を受けて辞任に至っている。
 そして今月二日の都議選。民進党は告示前から離党者が相次ぎ、五議席に減らす敗北だった。
 森友・加計両学園の問題や「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法成立をめぐる強引な国会運営、稲田朋美防衛相の失言など「安倍一強」が揺らぐ中での選挙だったにもかかわらず、自民党批判票の受け皿になれず、その役回りを小池百合子都知事の「都民ファーストの会」に奪われた。
 蓮舫氏は代表続投を表明していたが、自らが代表のままでは、党勢の立て直しは難しいと判断したのだろう。記者会見で「いったん引いて、より強い民進党を新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だと判断した」と説明した。
 民進党は近く代表選を行い、新代表の下で出直すことになる。
 とはいえ、人事の入れ替えだけでは党勢回復のきっかけにはなり得ない。幅広い支持を得るには、民進党がどんな理念や政策の実現を目指すのかを、有権者に明確に伝えることが必要だ。
 民進党は、憲法や安全保障、原発など党内対立がある問題では意見集約を避ける傾向にあった。
 政権批判にとどまらず、党内対立がある問題も果敢に議論し、意見集約の労を惜しまず、政策をまとめなければならない。逃げの姿勢ではいつまでも有権者の信頼は得られまい。解党するくらいの覚悟で党再生に当たるべきだ。
 一八年十二月までには衆院選、一九年夏には参院選がある。時間的な余裕はない。新体制発足後、新たな政権公約の策定に向けた議論を直ちに始めるべきだ。
 多様な民意を政治に反映するには、長年政権を担ってきた自民党に代わる政権の選択肢が必要だ。民進党の再生は日本の民主主義に不可欠な政治プロセスでもある。
 前途は多難だが、民進党にかかわるすべての人が自覚を持ち、その責任から逃れるべきではない。


蓮舫代表辞任/民進党に「解党」の覚悟は
 民進党の蓮舫代表がきのう辞任を表明した。東京都議選の惨敗で責任を取った野田佳彦幹事長の辞意を受け、「新世代の民進党を作りたい」と執行部の人事に着手したばかりだけに、唐突感は否めない。
 民進党は新たな代表選びを始めることになる。次のリーダーは、「解党」してでも党を再生するとの覚悟を持たねば、この難局を乗り切ることはできない。さもなければ党内で再び内紛劇が起こってばらばらとなり、最後は国民に見放されることになるだろう。
 蓮舫氏は昨年9月、高い知名度が期待され、代表に就任した。だが、台湾との「二重国籍」問題で再三、足元を揺さぶられた。安倍内閣が支持率を大きく減らしているにもかかわらず、党勢は一向に回復せず、「安倍1強」を許す形となった。
 7月の都議選では、離党者が相次いだ。不満の「受け皿」の座を、小池百合子都知事が率いる都民ファーストの会に奪われ、わずか5議席と大敗した。続投を表明した執行部に、党内から責任論が噴出する。さらに菅直人元首相は原発ゼロの「緑の党」結成という分党案を公言し、「解党論」をぶち上げる議員も出る始末だった。
 混乱を収拾するため、野田幹事長が辞意表明に追い込まれた。「後ろ盾」を失った蓮舫氏は、さらに求心力が低下し、辞任に傾いたとみられている。
 蓮舫氏は「統率する力が私には不足していた」と辞任の理由を話し、次の執行部には「求心力を高めること」を求めた。
 「民進党が何をする政党なのかを示す」
 蓮舫執行部がまとめた都議選の総括案の一文である。ここに党再生の道が示されていると言えるのではないか。
 つまり、安倍首相が目指す改憲へのスタンスや原発の是非を含めたエネルギー政策、安全保障など、国のあり方を規定する政策について、明確に党の考えを国民に示すことである。
 意見をまとめるには、愚直な議論を積み重ねるしかない。地方で支える組織や支持者を巻き込むことも大切だ。国民に選ばれる二大政党の一角を目指すのなら、最後の機会だと肝に銘じて行動しなければならない。


民進執行部崩壊 最大野党の責務果たせ
 民進党の蓮舫代表がきのう、辞任を表明した。「より強い受け皿となる民進党」をつくるため、体制を一新するという。前日の野田佳彦幹事長に続き、トップ2人が職を投げ出す異常事態だ。
 先の東京都議選の惨敗で求心力を失ったのが理由だ。だが直後の辞任を見送った以上、やるべきは党勢回復の道筋を描くことではなかったか。批判を抑え切れず辞任するのでは、あまりに無責任だ。
 いま安倍政権は足元からぐらつき、対抗軸が従来以上に必要とされている。野党第1党として生き残りを目指すなら、新たな代表と幹事長を早急に選出し、党の方向性を明確にする必要がある。
 同時に加計(かけ)学園問題や陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)を追及する態勢づくりも急務だ。時間の余裕はない。
 蓮舫氏は辞任表明にあたり「私に統率力が不足していた。新しい執行部に率いてもらうのが最善だ」と述べた。本音なのだろう。
 しかし、前日には野田氏の辞意表明を受け、自身が代表にとどまって新執行部の人事に着手すると表明していたはずだ。
 なぜわずか1日で方針を転換したのか。代表が不在では、新執行部の人選すらままならない。
 党の今後が見通せない中で幹事長の受け手もなく、行き詰まったと取られても仕方あるまい。
 国会では陸自日報問題を巡る閉会中審査も見込まれる。野党第1党が党内事情で追及をおろそかにするようでは、存在意義を失う。早急に混乱を収拾すべきだ。
 蓮舫執行部は、昨年9月の発足当初から二重国籍問題で内外の批判を浴び、最近の戸籍公開に至るまで対応に追われ続けた。
 だが最大の問題は、党内事情ばかりに目が向き、民意をくみ取れなかった点にある。
 共同通信の電話世論調査による党の支持率は、蓮舫体制の始動直後の9・9%から、この7月の8・2%まで低迷を続けている。
 この間、加計学園や森友学園問題の追及では役割を果たしたが、改憲を巡る細野豪志氏の代表代行辞任や長島昭久氏の離党など、内紛処理にエネルギーをそがれた。
 にもかかわらず、その根底にある原発など基本政策の議論は先送りしてきた。そのことが党の一体感を損なってきたのではないか。
 国民はいま、安倍政権に代わって政権を担いうる受け皿を求めている。民進党は今度こそ路線対立にけりをつけ、期待に応えねばならない。異例の執行部崩壊を、その再出発の機会としてほしい。


蓮舫代表辞意  野党の務め果たせるか
 民進党の蓮舫代表が突然辞任する意向を表明した。今月2日に行われた東京都議選で惨敗した責任を取るとの理由だ。
 選挙後、蓮舫氏は続投を表明したが、党内で執行部の責任を問う声が上がり、解党や分党を求める意見もあった。離党者も相次ぎ、党内の動揺が収まらなかった。
 こうしたことから、25日の両院議員懇談会では、蓮舫氏の後ろ盾となってきた野田佳彦幹事長が辞任を表明。ついには蓮舫氏も辞任という結果に至った。
 しかし、なぜ、選挙から3週間以上もたった今なのか。あまりにも分かりにくく、国民に理解されるとは思えない。
 しかも、加計学園問題や自衛隊の日報隠蔽問題などで政権の足元が揺らいでいる時だ。安倍晋三首相の答弁や、稲田朋美防衛相の隠蔽への関与などを国会で徹底的に追及しなければならない。
 国民の関心が高まるこの時期に、内輪もめのような党内問題で、野党第1党として果たすべき務めがおろそかになりかねない。あまりにも無責任ではないか。
 都議選で、民進党は離党者やくら替えが相次ぎ、告示前の7議席を5議席に減らして民主党時代を含め過去最低の結果に終わった。内閣支持率急落で自民党は票を減らしたが、小池百合子都知事が事実上率いる地域政党「都民ファーストの会」が支持を広げ、民進党は存在感を示せなかった。
 野田氏は「安倍政権に対する拒否感は充満していたのに、受け皿になれなかった。猛省しないといけない」と述べたが、その理由の一つは、大事な時期に結束して政権への対決姿勢を示せない党内状況にあると言えまいか。
 蓮舫氏は昨年9月に代表に就任し、高い知名度で党勢回復を期待されたが、共産党との選挙協力などで支持組織の連合と関係が悪化し、憲法改正への姿勢など政策の不一致も露呈。旧民主党政権時代の「負のイメージ」を払拭(ふっしょく)できずに支持率は低迷してきた。
 蓮舫氏は記者会見で「統率する力が不足していた」と述べた。代表として責任は免れないが、党内で足を引っ張るような言動が目立ったことも否めない。
 安倍1強体制が揺らぐ今こそ、国民の政権選択の受け皿になるべきであることを、民進党議員はもっと自覚すべきだろう。党名変更や代表の交代による刷新ではなく、基本政策を徹底的に議論し、本気で政権を目指す姿勢を打ち出すことこそが求められる。


蓮舫氏辞任 政治不信の高まり危ぶむ
 民進党の蓮舫代表が突然、代表辞任を表明した。東京都議選惨敗など党勢低迷が著しい民進党の混迷は一段と深まったといえよう。
 記者会見した蓮舫氏は、辞任の理由について「(党内に)遠心力を働かせてしまった。多様な声を一つにまとめる統率力が不足していた」と述べた。
 率直な反省であろう。都議選敗北を自らの二重国籍問題と結び付ける声が党内でも表面化し、戸籍謄本の一部開示を余儀なくされるなど、追い詰められた部分もあったと思われる。
 とはいえ、遠心力を働かせたのは党内に限ったことなのか。むしろ民進党と国民との距離が開いてしまったのが問題ではないか。
 加計(かけ)学園疑惑や防衛省の日報隠蔽(いんぺい)問題、閣僚らの暴言・失言で安倍晋三内閣の支持率は続落している。本来なら政権交代の受け皿として国民の期待を集めるはずなのに、民進党の支持率は上がるどころか、落ち込んでいる。
 蓮舫氏は党勢低迷を「ひとえに私の足らざるところ」と語った。代表の責任もあるが、それだけではあるまい。旧民主党時代の政権転落以来、いつまでたっても国民が納得するような総括も反省もできない党全体の責任である。
 人気の高い蓮舫氏を「選挙の顔」として代表に選びながら、内輪もめを繰り返す民進党の体質は相変わらずだった。
 蓮舫氏が選んだ辞任表明のタイミングにも首をかしげざるを得ない。都議選の直後ならいざ知らず、25日には「新世代の民進党をつくりたい」と続投に意欲を示したばかりだった。
 政権党の自民党に続いて野党第1党の民進党も失速する深刻な事態である。こうなると、与野党を問わず国民の間に政治不信が高まることを危ぶまざるを得ない。その先に待ち受けているのは議会制民主主義の危機である。
 信頼回復は与野党ともに一刻を争う。首相は来月3日にも内閣改造・自民党役員人事を断行する構えだ。民進党も早急に代表選を実施して新体制を整えるべきだ。


ついに空中分解 蓮舫代表を引きずり降ろした民進のお粗末
 党勢衰退に歯止めがかからない民進党が、ついに空中分解だ。都議選惨敗による野田幹事長の引責辞任を受け、新執行部人事を練っていたはずの蓮舫代表が27日、辞意を電撃発表した。疑惑まみれで弱り切った安倍政権を追い込んでいるこのタイミングで、野党第1党の党首が辞めるなんて間が悪すぎる。
「野田幹事長の辞任で都議選の責任問題にケリをつけ、蓮舫代表自身は続投する気マンマンでした。ところが、後任の幹事長の引き受け手が見つからなかった。野党共闘をはじめ、スタンスの定まらない蓮舫代表に対する党内の風当たりは強く、岡田前代表には断られ、枝野元官房長官、前原元外相、安住代表代行に袖にされた。玄葉元外相ならと踏んだようなのですが、海外にいたとかで意思疎通が取れなかったようです」(民進党関係者)
■敵失を生かすどころか塩を送ってどうする
 蓮舫代表は会見で「遠心力を働かせてしまった。求心力にどう持っていけるか考えた結果、引くという判断につながった」などと説明したが、幹事長が決まらなければ、他の人事も進まない。事実上、引きずり降ろされたようなものなのだ。都議選の総括で6回開いたブロック会議は大荒れで、両院議員懇談会では激しい突き上げを食らった。
 政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は言う。
「政権転落の戦犯である野田元首相を幹事長に据えた時点で、蓮舫代表の限界は見えていました。蓮舫執行部が立ち上がった当初から、党内には不信感が渦巻き、蓮舫降ろしが始まるのは時間の問題だった。野党共闘、原発政策、支援団体の連合との距離感も定まらず、あっちにフラフラこっちにフラフラしたのもまずかった。選挙に強いという一点で担がれたのに、補選は2連敗。都議選も敗北。党内の不満が爆発する決定打になってしまった。とはいえ、安倍政権をまさに追い詰めようという時に辞める方も辞めさせた方もお粗末ですよ」
 敵失をモノにするどころか、塩を送る体たらく。後任代表には枝野氏、前原氏、玉木雄一郎幹事長代理らの名前が挙がっているが、こんなメンツが代表じゃ民進党自体がもたない。いっそ所属議員が総辞職して、イチから出直した方がいい。


[民進 蓮舫代表辞任]野党第1党の自覚持て
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。
 党初の代表選で当選したのは昨年9月。1年足らずの辞任に「東京都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた。統率する力が私には不足していた」と述べた。支持率が続落を続ける責任を取った形だ。
 だが、一向に変わらぬ党の混乱を鑑みれば、そんな殊勝な姿にさえ疑問が湧く。
 自民党が歴史的大敗を喫した都議選で、同様に大敗したのは民進党である。蓮舫氏は当初「極めて深刻で非常に残念な結果となったが、最前線で引き続き頑張りたい」と引責辞任を否定していた。
 しかし党内で収まらぬ責任論の末に、野田佳彦幹事長が辞任を表明したのは都議選から3週間後。「加計(かけ)問題」を巡る参院予算委の閉会中審査で、蓮舫氏が安倍晋三首相の矛盾を追及した日だった。安倍政権が窮地に立たされ、野党第1党として攻勢をかけるべき時期の幹事長の辞任表明。それに続く代表辞任である。「なぜ今なのか」。理解に苦しむ。
 蓮舫氏は会見で「遠心力を求心力に戻す」と繰り返し、来るべき解散総選挙を万全の態勢で臨みたいとの意向を示した。
 国民が野党に望むこととは何なのか。加計・森友学園問題など民進党はこの間、安倍政権を問いただす役割を担ってきた。「PKO日報」問題の閉会中審査を前に、その役割を放棄したかのような辞任劇は、いかにもタイミングが悪い。
■    ■
 安倍政権の支持率がかつてないほど低迷しても、民進党の支持率は上がらない。野党第1党として政権の「受け皿」と認知されないことに蓮舫氏も危機感をあらわにする。
 なぜなのか。政党にとって重要な政策の軸が定まらないことが大きい。
 象徴的なのはエネルギー政策と野党共闘だ。「安倍1強」体制への危機感により、有権者からは共闘を望む声が上がるが、蓮舫氏の歯切れは悪い。エネルギー政策でも、原発回帰を進める安倍政権の対立軸として「30年代原発ゼロ」を打ち出したのに、連合傘下の電力労組などへの配慮から、その後あいまいに終始している。
 こうした党執行部の揺らぎに乗じ、長島昭久衆院議員は共産党との選挙協力に反発して離党。改憲を巡っても、代表代行として蓮舫氏を支えていた細野豪志氏が「議論さえしない」と批判して辞任した。
■    ■
 党幹部の相次ぐ離反は、民進党の政党としての課題を表面化している。蓮舫氏は、党内の多様な意見が「健全な民主主義の証し」とするが、それをまとめる方策がなければ単なる「寄り合い」政党と揶揄(やゆ)されても仕方あるまい。確固たる政策や方針がなければ、代表をすげ替えても国民の支持は得られない。
 この機会に野党第1党としての自覚に立ち返ることだ。目指す「二大政党」制の実現はその先にある。
 政権との対立軸を鮮明にし、そのための合意形成を丁寧に積み上げる作業が不可欠だ。


蓮舫代表の辞任表明 「瀬戸際」の自覚あるか
 民進党の蓮舫代表がきのう、辞任を表明した。東京都議選の惨敗で、党内の反対勢力を抑えきれなくなった格好だ。「加計学園」問題や改憲論議を巡り、自民1強政治への対抗軸が求められる中、野党第1党のごたごたは国民にどう映るだろう。
 辞任表明の会見で蓮舫氏は自らの力不足を認め、「攻めと受けがある中で、受けの部分が十分ではなかった」と述べた。「攻め」とした権力監視の姿勢は一定に評価できるだろう。問題は、あえて使った「受け」の意味するものである。
 党内の根深い路線対立を指したのだろう。後ろ盾の野田佳彦幹事長が辞任に追い込まれたのも、精神的に痛手だったに違いない。ただ、「蓮舫おろし」に動いた側も執行部に責任を押し付けて済む話ではあるまい。
 昨年春の結党当初から、政策や主義主張の異なる「寄り合い所帯」と指摘されてきた。乏しい一体感は、挫折した旧民主党時代からの懸案でもある。
 知名度や発信力を買われ、昨年秋に党の「顔」に就いた蓮舫氏も党内融和に苦労したに違いない。内輪もめのエネルギーをなぜ、政権監視に向けることができなかったのだろう。
 象徴的なのは、蓮舫氏の「二重国籍」問題である。反執行部の一部は都議選惨敗の一因に挙げたが、本気でそう思っているのか。蓮舫氏の説明不足があったにせよ、プライバシーに関わる戸籍謄本の一部を開示するよう差し向けたことに、公党としての人権感覚を疑う声もある
 党が「瀬戸際」にあることを直視する必要がある。内閣と自民党の支持率が下がっても、民進は伸び悩んだままだ。
 無党派層は増えている。都議選で都民ファーストの会が躍進した通り、民意の「受け皿」が求められている。そのためにも国民目線の政策が要る。
 25日の両院議員懇談会で示した都議選総括案では、政策を練り直す構えを見せた。幅広い民意をくみ上げ、自公政権とは違う選択肢を示してほしい。分かりやすさも大事だ。
 原発政策に注目したい。総括案で、2030年代の原発稼働ゼロを実現させる法案の国会提出に触れている。以前からの訴えだが、電力関係の労働組合などへの配慮から党内の賛否は分かれたままだ。脱原発の道筋をどう描くのか。あいまいな表現はもうやめてもらいたい。
 憲法についても言える。総括案には「立憲主義を守りつつ、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民と構想する」とある。党内の改憲派にも気を配った表現だろうが、これでは一部加憲を目指す政府・与党のスタンスと区別がつきにくい。民進は来月から全国11ブロックで開く「草の根集会」で、党員たちの声に耳を傾けてほしい。
 この期に及んで、党内に「解党的出直し」を求める声があることには首をかしげざるを得ない。もはや聞き飽きた感が拭えない。政権がいつ、解散総選挙に打って出るか分からない。選挙での「野党共闘」をどうするか、はっきりすべきである。野党4党が手を組むにしても、政策本位でなければ野合批判は付きまとう。
 民進は、自らの党組織だけでなく、この国の民主主義が危機にひんしていることを改めて肝に銘じる必要がある。


民進党代表辞任表明/解党的出直しが必要だ
 民進党の蓮舫代表が東京都議選での敗北を理由に辞任を表明した。
 告示前の7議席を下回る5議席の惨敗となった都議選後、蓮舫氏は一度は続投を表明。都議選敗北の責任を取って辞任を表明した野田佳彦幹事長の後任選びを進めていたが、党内には蓮舫氏の代表辞任を求める声がくすぶっており、次の執行部体制に向けた人事が難航した揚げ句の判断とみられる。
 昨年9月、高い知名度と発信力で党の再生を期待されて代表に就任したはずの蓮舫氏の進退を巡る迷走は、前身の民主党政権以降、抜け出せない党の深刻な危機的状況を浮き彫りにしている。
 執行部は今後、後継代表選びに入るが、これまでのように「顔」のすげ替えに終わるようでは、危機がより一層深まるだけだろう。
 報道各社の調査に表れているように、安倍政権に対抗する政治勢力を求める世論の期待は、かつて自民党と並ぶ二大政党の一翼を担い、現在も野党第1党である民進党ではなく、小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」の国政政党化に集まりつつある。
 そんな「民進スルー」ともいえる状況の中で、民進党はどうあるべきなのか、どこに向かうべきなのか、究極のところ、存在意義はあるのか。根本から問い直すことが迫られている。文字通り、解党的な出直しが必要だ。
 「遠心力を働かせてしまった」「統率する力が不足していた。求心力を高める執行部ができることを願う」
 蓮舫氏は27日の記者会見で、自らの党トップとしての資質、能力の欠如を辞任理由に挙げた。
 確かに代表就任前から指摘されていた日本と台湾の「二重国籍」問題について説明を二転三転させたり、「2030年代」とした「原発ゼロ」目標前倒しを表明しながら、最大の支持組織の連合やその強い支援を受ける所属議員の反発を受けて棚上げしたりするなど、国民の信頼を失った政権時代を思い出させるような曲折を見せた。
 しかし党のまとまりという課題は、蓮舫氏個人というよりも党が抱える問題である。
 かつて目指す社会像が違うという理由で連携を拒んだはずの共産党との選挙協力、安倍晋三首相が具体的スケジュールを打ち出す憲法改正など、党の理念や在り方に関わる問題で、党内に存在する対立関係は解消されないままだ。
 すでに次期衆院選での共産党との協力に関しては長島昭久衆院議員が「受け入れられない」として離党。憲法改正に対する姿勢を巡っても、代表選で蓮舫氏を支援、代表代行として支えていた細野豪志氏が「議論さえしない」と批判して辞任するなど、あつれきが表面化している。
 確かに蓮舫氏や野田氏ら現在の執行部は、これらの問題を本気で解決しようとしなかった。しかし、それは前任の岡田克也代表時代も同様だった。
 「反自公」「反安倍政権」という点でしかまとまれないもろさを克服しない限り、同じような事態を招くことになるだろう。離党者が出ることや分裂を恐れ、問題を先送りすることは、もはや許されないだろう。


民進蓮舫代表が辞意 「野党第1党」再建の道は険しい
 就任からわずか1年足らず。民進党の蓮舫代表が、代表辞任の意向を表明した。
 「(政権追及の)『攻め』はしっかりとできたと思っているが、『受け』で力を出せなかった」「統率する力が私には不足していた」。蓮舫氏は、東京都議選敗北は「一つのきっかけ」と引責を否定、党内の求心力低下を理由に代表を退く決断をしたことをうかがわせた。だが、唐突な辞任で「表紙」だけを替えたところで党勢回復の見込みは薄く、「野党第1党」の迷走ぶりに失望を禁じ得ない。体制の立て直しには一刻の猶予もないと党内の全員が自覚し、責任野党の職責を今度こそ果たす契機としてもらいたい。
 蓮舫氏は初の女性代表に選ばれ、切れ味鋭い国会質問などで活躍したが、再浮揚の糸口をつかめなかった。代表である以上責任は当然に問われようが、危惧されるのは党全体として自らの「敗因」が分かっていないのではないか、という点である。
 時あたかも国会で、学校法人「加計学園」問題や南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、安倍政権を激しく追及しているさなか。「政権を追い込む最大のチャンス」(野党幹部)で、代表辞任や執行部のごたごたなどの「内紛劇」に時間を費やしている場合ではあるまい。疑惑が何一つ解明に至っていない今、なぜ内輪もめによって、窮地の政権に塩を送るようなまねをするのか。国民の期待とは完全に逆行していよう。
 民進が、急落している安倍内閣の支持率をよそに、政権批判の「受け皿」たり得ないのは、党内がばらばらで確たる政治方針を示せず、多くの国民が望む「脱原発」「反改憲」などに明確にかじを切れないからだ。蓮舫氏は3月、党大会で「2030年原発稼働ゼロ」の方針表明を断念した。党内の原発推進派に抗しきれなかった責任は、やはり重い。多様な意見はあっていいが、党の「旗」となる対立軸すら掲げられないようでは支持が集まるはずもない。
 また、最大支援団体の連合への弱腰も響いた。次期衆院選に向けた野党共闘には腰が引け、ともに反対してきた「残業代ゼロ法案」では、連合が民進の頭越しに首相と直談判し、はしごを外されかけた。さらには国籍問題で内部批判を受け、蓮舫氏が戸籍資料の公開に追い込まれたことも、弱者や少数者の側に立つべき野党としての感度の鈍さの表れと痛感する。
 民進は首相に「批判と反対からは何も生まれない。対案を出せ」とやゆされ、自信と針路を見失った感がある。しかし「不平等な政治や途中経過の見えない政治を許さない」(蓮舫氏)と批判し、世論の多数が反対する安全保障政策や改憲などにノーの声を上げ、対案を「出さない」ことも、野党第1党の立派な責務。解党的出直しの決意で「健全な野党」としての信頼を何とか取り戻してもらいたい。


蓮舫代表辞意  なぜ結束できないのか
 民進党の蓮舫代表が辞意を表明した。東京都議選の敗北後、党内の求心力を回復できなかったのが要因のようだ。辞任はやむを得ないだろう。
 加計(かけ)学園問題や南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、安倍政権の信頼が問われる中、野党第1党である民進党が果たすべき責任と役割は大きい。
 早急に新代表を選び、政権のおごりをたださなければならない。これ以上の混迷は許されない。
 蓮舫氏は会見で「いったん引いて、より強い民進党を新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だと考えた。都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた」と述べた。
 これまで蓮舫氏は「新世代の民進党をつくりたい」として続投に意欲を見せていた。だが、党内では都議選後、執行部への批判がやまず、離党の動きを見せる議員も後を絶たない。厳しい声も踏まえて進退を決断したようだ。
 先に野田佳彦幹事長も辞任の意向を示している。党の求心力を回復し、立て直すためには、執行部の刷新は避けて通れなかったのではないか。
 都議選では告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含めて過去最低の5議席に終わった。小池百合子知事が率いた都民ファーストの会に押されたことだけが、敗北の要因とは言えない。
 昨年9月に代表に就任した蓮舫氏は、高い知名度から選挙の顔として期待されたが、旧民主党政権時代の「負のイメージ」から、脱却することができなかった。
 蓮舫氏自身の「二重国籍」問題も尾を引いた。党の都議選総括会合でも「国籍問題をクリアにしない限り支持者に聞く耳を持ってもらえない」との訴えが相次ぎ、蓮舫氏は戸籍公表に踏み切らざるを得なかったほどだ。
 地域別の「ブロック会議」では、解党や分党を求める声も出た。民進党議員は、党が危機的状況に直面していることをよく認識すべきだ。
 最近の世論調査では、加計問題などの影響で安倍内閣の支持率が急落しているのに、民進党の支持率はそう変わらない。それがなぜなのか、考えなければならない。
 2012年12月の政権転落後、民進党は低迷が続いている。原因の一つが党内対立だろう。憲法改正という国の根幹に関わる問題でも路線の違いが大きく、国民には分かりにくい。結束して与党への対立軸を打ち出すべきである。
 今、政治の潮目は変わりつつある。仙台市長選では、民進党など野党が支援した前民進党衆院議員の新人が、与党が支持する候補らを破った。
 この勢いを、10月の衆院愛媛3区補欠選挙にも生かしたいところだろう。
 新代表は、政権交代の受け皿となる党へと脱皮を図る責務を負う。指導力や野党共闘など政治手腕はもちろん、国民の支持を広げられる人材を選ばなければ、党の存立が危ぶまれる。


【蓮舫代表辞任】針路不明では再生は遠い
 民進党の蓮舫代表が代表辞任を表明した。初の女性代表として、党の再建を託されてからわずか10カ月。突然の辞任である。
 辞任理由に自らの「統率力不足」を挙げた。旧民主党から内紛体質を抱え込む党内の融和を導けなかった責任を取るという。都議選の「惨敗」を通じ「足らざる部分に気付いた」と述べた。
 だが、野党第1党として政権に対峙(たいじ)する責任がある。強権的な政権運営や加計(かけ)学園問題で安倍政権への国民不信が高まっている。民進党には党勢浮揚への好機であり、正念場だ。そこでの辞任は「責任の投げ出し」との非難も免れまい。
 その抜群の知名度で支持回復を期待された蓮舫執行部は、発足当初から党内に反感を招いた。
 蓮舫氏自らが所属する党内グループ領袖(りょうしゅう)の野田佳彦元首相を幹事長に起用したものの、野田氏には旧民主党の野党転落を招いたことへの批判が根強く、党内で不満が噴出した。党の刷新イメージを船出からそぐことになり、その後も「蓮舫離れ」の遠心力が強まっていった。
 党内の路線対立も先鋭化した。安全保障政策や憲法観では自民党にも近い保守派から中道・リベラル派まで多様な勢力が内在する党内で、統率力が問われ続けた。
 昨年の参院選で実現した共産党などとの野党共闘の継続も賛否が割れる。保守派の有力者だった長島昭久元防衛副大臣が離党届を提出し、除名処分に至る事態を招いた。
 蓮舫氏は辞任表明会見で、政策的な「発信力が足りなかった」とも釈明した。
 大企業に利益を誘導し恩恵を広げていくアベノミクスに対し、民進党は生活者や労働者に軸足を置き「分厚い中間層」の復活を掲げてきた。だが、同一労働同一賃金や教育費支援は安倍政権に取り込まれ、「残業代ゼロ法案」の対応では支援組織の連合と政権の接近を許した。
 憲法や原発といった、自民党政権への対抗軸とすべき根幹政策でも、意見集約に手間取る状況を脱却できていない。「原発ゼロ」の年限の明示も見送った。
 蓮舫氏は二重国籍問題で党内から突き上げられ、戸籍資料を公表した。差別助長の懸念を顧みず、内向きの事情に走った蓮舫氏は批判を招き、組織内の反発勢力もその「質の低さ」を露呈した。
 安倍政権の支持率が急落する中でも民進党への期待度は低迷し、低落傾向さえ見られる。蓮舫氏も政権批判の「受け皿」になり得ていない実情を認めた。「安倍1強」下で保守色を強める自民党政権に対し、民進党は「寛容の旗」を掲げることで、国民に漂う不安や不満を吸収できるのではないか。
 蓮舫氏は「新しい執行部に率いてもらうのが最善だ」と委ねたが、展望は開けていない。民進党は何を目指すのか。党の結束と確たる針路を明示しなければ、国民の信頼回復も党再生も遠のくばかりだ。


解党的な出直しが必要だ/民進・蓮舫代表辞任表明
 民進党の蓮舫代表が東京都議選での敗北を理由に辞任を表明した。
 告示前の7議席を下回る5議席の惨敗となった都議選後、蓮舫氏は地域別に所属議員から意見を聴く「ブロック会議」で総括を進める一方、党所属議員に協力を呼び掛ける形で、続投を表明。都議選敗北の責任を取って辞任を表明した野田佳彦幹事長の後任選びを進めていた。
 党内には野田氏ではなく蓮舫氏の代表辞任を求める声がくすぶっており、次の執行部体制に向けた人事が難航した揚げ句の判断とみられる。
 執行部は今後、後継代表選びに入るが、これまでのように「顔」のすげ替えに終わるようでは、危機がより一層深まるだけだろう。解党的な出直しが必要だ。
 報道各社の調査に表れているように、安倍政権に対抗する政治勢力を求める世論の期待は、かつて自民党と並ぶ二大政党の一翼を担い現在も野党第1党である民進党ではなく、小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」の国政政党化に集まりつつある。
 そんな「民進スルー」ともいえる状況の中で、民進党はどうあるべきなのか、どこに向かうべきなのか、究極のところ、存在意義はあるのかを、根本から問い直すことが迫られている。
 蓮舫氏は27日の記者会見で、自らの党トップとしての資質、能力の欠如を辞任理由に挙げた。
 確かに代表就任前から指摘されていた日本と台湾の「二重国籍」問題について説明を二転三転させたり、「2030年代」とした「原発ゼロ」目標前倒しを表明しながら、最大の支持組織の連合やその強い支援を受ける所属議員の反発を受けて棚上げしたりするなど、国民の信頼を失った政権時代を思い出させるような曲折を見せた。
 しかし、党のまとまりという課題は、蓮舫氏個人というよりも党が抱える問題である。かつて目指す社会像が違うという理由で連携を拒んだはずの共産党との選挙協力、安倍晋三首相が具体的スケジュールを打ち出す憲法改正など、党の理念や在り方に関わる問題で、党内にある対立関係が解消されないままだ。
 「反自公」「反安倍政権」という点でしかまとまれないもろさを克服しない限り、再びあつれきを招く事態となるだろう。


蓮舫代表辞任へ 解党の危機と認識せよ
 民進党は、どこへ行こうとしているのか。野田佳彦幹事長の辞任表明に続き、蓮舫代表も任を降りる意向を明らかにした。昨年9月の代表就任から、1年もたなかった。
 自民党に逆風が吹き荒れた先の東京都議選で、民進党は政権批判の受け皿になれなかったばかりか後退した。獲得議席は告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含め過去最低の5議席。本来なら、その直後が自らの責任を明確にするタイミングだろう。
 週明けにも執行部人事を刷新しようという時に、野党第1党を率いる立場で後継への見通しも欠くままではいかにも唐突。支持層から役割放棄と取られても仕方あるまい。
 辞意表明の記者会見で、蓮舫氏は「東京都議選は一つのきっかけだが、直接の原因ではない」と述べ「仲間の声に耳を傾け、自分に足らざる部分に気がついた」と言葉を継いだ。都議選前後からの「離党ドミノ」に歯止めが掛からず、「遠心力を働かせてしまった」とも語った。
 だが、その認識は今更。ここに至る原因を厳しく考察するなら、代表就任と同時に野田佳彦幹事長を選んだ時点にさかのぼるのではないか。
 蓮舫氏は野田氏を「政治の師」と仰ぐが、党内には旧民主党を野党に転落させた「戦犯」との批判が根強くある。首相として2012年暮れの解散、総選挙に踏み切り、約170人の同僚を落選させ、政権を奪われた。
 この人事で蓮舫体制に距離を置くグループが続出。「非主流派の方が多数となった」と言われたものだ。
 あつれきは、昨年暮れのカジノ法への対応で噴出。蓮舫氏が廃案へ徹底抗戦を指示するそばから、党の参院執行部は法案修正を条件に委員会採決に応じた。「遠心力」は蓮舫体制の発足から働いていたと気付くべきだったろう。
 その深刻さを知れば対応もあったはずだが、いみじくも蓮舫氏が会見で語った通り、政権のたるみやおごりが顕在化する中で「攻めの部分」では胸を張れても、党内で求心力を維持する「受け」では力を発揮できなかった。
 都議選での「都民ファーストの会」の圧勝は、国政の場で政権批判の受け皿がない反動と言える。安倍内閣の支持率が急落する「最大のチャンス」にあって、次期衆院選に備え野党共闘の態勢づくりが急がれる時に、野党第1党が足を引っ張る事態を国民はどう見るか。
 都議選を総括する党の「ブロック会議」で、厳しい執行部批判に野田氏は「解党的な出直し」を口にしたという。この認識も、甘いと言わざるを得ない。もはや「的」抜きの危機に直面しているのは否定しようがない。


民進党 追求を強める時なのに
 民進党の蓮舫代表が辞任する意向を表明した。野党第1党の混迷の深さが改めて浮かび上がる。
 新たな代表を早急に選び、態勢を立て直さなければならない。
 国会内で開いた臨時の執行役員会で了承された後、記者会見で表明した。「いったん引いて新しい執行部に率いてもらうのが最善だと考えた」とする。
 「東京都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた。統率する力が不足していた」などと理由を述べている。戸籍謄本の公表に踏み切った「二重国籍」問題については、辞任の判断と「全く別次元の問題」とした。
 昨年9月の就任から1年たたないうちに、代表の座を退くことになった。知名度の高さなどから党の顔として期待されながら、指導力を発揮できなかった。党支持率は低迷したままだ。
 「求心力ではなく、遠心力を働かせてしまった」と蓮舫氏が認めるように、党内のばらばら感は解消されていない。
 改憲や野党共闘を巡る考え方の違いを理由に離党や役員辞任が続いた。「原発ゼロ」を巡り「高く掲げる旗を党大会で示したい」と目標の前倒しに意欲を示したものの、年限提示を見送る尻すぼみに終わっている。
 都議選は公認候補の離党が相次ぎ、旧民主党時代を含め過去最低の5議席にとどまった。惨敗を受けての会議では執行部の責任を問う声や解党を求める厳しい意見が出ていた。辞任はやむなしとしても、足を引っ張り合う党の体質は救いがない。
 内閣支持率が大きく下がり、安倍晋三首相の「1強」が揺らいでいる。加計学園の獣医学部を巡る疑惑、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題など政権に対して追及を強める時なのに、ふがいない状況だ。
 与党の数の力による強引な国会運営が当たり前のように繰り返されている。共謀罪法では委員会採決を省き、本会議で成立させる禁じ手まで持ち出した。政治に緊張感をもたらすには、対抗できる野党の存在が欠かせない。
 蓮舫氏は「速やかに代表選に入り、新しい執行部をつくってもらう」とした。後任には枝野幸男元官房長官、前原誠司元外相らの名前が挙がっている。
 誰が代表に就くにせよ、党勢回復への道は険しい。挙党態勢をつくり、政権に批判的な民意の受け皿を整えられるか。最大野党としての正念場である。


蓮舫代表辞任 野党第1党の責任自覚を
 今度こそ本腰を入れて組織を立て直す必要がある。そうしなければ、民進党に対する国民の信頼は地に落ちるだけだ。
 民進党の蓮舫代表が辞任する意向を示した。続投宣言から一転しての電撃辞任表明だ。
 東京都議選での敗北を受けて、野田佳彦幹事長が辞任を表明したが、蓮舫代表の責任を問う声が収まらず、追い詰められた。
 蓮舫氏は会見で自身の統率力不足に触れ、「いったん引いて新しい執行部に率いてもらうのが最善だと考えた」と述べた。
 昨年9月に党代表に就任してから、1年たっていない。内向きの争いと迷走を繰り返した末の退場という印象は否めない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題や「加計(かけ)学園」問題などで、政権への不信感は高まっている。
 野党第1党が果たす役割は大きい。民進党は責任の重さを自覚して早急に新体制を構築すべきだ。
 蓮舫氏は高い知名度を武器に、女性初の代表に就任した。旧民主党政権時代の負のイメージを拭い去り、党勢拡大につなげることを期待されての登板だった。
 だが日本と台湾の「二重国籍」問題で発言が二転三転するなど、つまずいた。
 民主党が下野した時の首相だった野田氏を幹事長に起用したことも、反発を呼んだ。
 深刻なのは、安倍政権の支持率急落という状況にもかかわらず、民進党が党内抗争に明け暮れ、政権奪還への将来像を描き出せなかったことだ。
 民進党の支持率も下がった。野党第1党が、政権批判の受け皿になれていないのだ。
 都議選では告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含め過去最低の5議席となった。
 自民党への批判票は、小池百合子都知事の「都民ファーストの会」に流れた。民進党への不信感は根強いと考えざるを得ない。
 特筆すべきは都議選総括の迷走ぶりである。蓮舫氏の二重国籍問題が都議選敗北の一因だとして、党内から戸籍謄本の開示を求める声が出て、蓮舫氏は応じた。
 戸籍謄本は個人情報だ。公表は差別の助長につながりかねないと懸念の声が出ていた。選挙総括としてもピントがずれている。
 有権者が厳しい視線を向ける大きな要因は、党としての一体感のなさだろう。民主党時代から事あるごとに意見の対立が目立ち、政権から足元を見透かされる状態になっている。
 蓮舫代表は2030年代とした「原発ゼロ」目標の前倒しを目指した。だが、党内外の反発で年限提示は見送らざるを得なかった。
 蓮舫代表は野党共闘について「公党間の約束があり、それを少しずつでも前に進めていく」と述べた。代表選の結果は、今後の政局にも影響する可能性がある。
 代表選を単なる「党の顔」のすげ替えに終わらせてはならない。
 なすべきことは党内で政策論議を徹底し、安倍政権への対抗軸を示すことだろう。足元が定まらない党に民意は集まらない。


稲田防衛相辞任へ 混乱の責任は首相にこそ
 【論説】稲田朋美防衛相が閣僚を辞任する意向を固めた。南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、防衛省トップとして混乱を招いた責任を取る形だ。
 稲田氏は「森友学園問題」や、都議選での「自衛隊としてもお願いしたい」発言など、これまでも軽率、不適切な言動を繰り返してきた。安倍晋三首相はその都度擁護してきたが、ここに来て辞任やむなしと判断したようだ。当然、任命責任が問われ、支持率急落に窮する政権へのさらなる打撃になることは必至だ。
 28日に公表される特別防衛監察結果がどこまで踏み込んだ内容になるのか。防衛監察を指示したのは稲田氏であり、防衛相まで及ばない可能性が指摘されたが、稲田氏自身も事情聴取には応じている。
 稲田氏の関与が指摘された場合は明らかに「アウト」となろう。結果公表後に予定されている衆院安全保障委員会の閉会中審査では野党の厳しい追及を受けることになる。8月3日にも実施される内閣改造を前に、辞任しかないところまで追い込まれた格好だ。
 PKO日報問題では、昨年10月に防衛省が受理した情報公開請求に対して当初、「陸上自衛隊で廃棄済み」として不開示を決定したが、その後、陸自内部で保管していたことが判明。しかし非公表としたことが今年3月に明らかになった。
 防衛省関係者の複数が、陸自に保管していた事実を非公表とする方針を2月に稲田氏に報告し、了承を得ていたとした。陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には、稲田氏が非公表方針を了承していたことを記載したという。
 一方、稲田氏は了承の事実を否定。3月の国会答弁では陸自での保管に関し「報告されなかった」と答弁した。非公表了承が事実なら虚偽の答弁をしていたことになる。
 特別防衛監察結果の公表に合わせ、防衛省の黒江哲郎事務次官と岡部俊哉陸上幕僚長が辞任する意向だ。一方的に悪者にされかねないとみた陸自側の“反乱”との見方もある。
 事務方と陸自両トップへの引責は、防衛省の指揮官である稲田氏の文民統制(シビリアンコントロール)が機能していなかったという深刻な状況を露呈する。
 安倍首相と国家観や考え方が近い稲田氏は将来を嘱望され、行革担当相や党政調会長、さらには防衛相と順調すぎる歩みだった。安倍「1強」の緩み、おごりの中で肝心な防衛省、自衛隊からの信頼を失っていたのではないか。地元選出の衆院議員だけに県民の失望は大きい。
 統率力の無さでいえば、民進党の蓮舫代表が、辞任を表明した。野田佳彦幹事長の辞任を受け、新しい執行部体制を進める中で、人事に行き詰まり追い込まれたようだ。
 蓮舫氏は「統率する力が私には不足していた」と率直に自らの非を認めた。稲田氏にも率直な反省の弁を求めたい。一から出直すしかない。


稲田防衛相辞任へ 問われる首相の任命責任
 稲田朋美防衛相が南スーダン派遣の国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、混乱を招いた責任を取って辞任する意向を固めた。
 日報問題に関する防衛省の特別防衛監察の結果は28日に公表される。防衛省の組織ぐるみの隠蔽に稲田氏が関与していたのかが監察結果の焦点だが、それ以前に防衛省・自衛隊自体が混乱状態に陥っており、稲田氏が省内を掌握する文民統制(シビリアンコントロール)が機能していたのかが問われる事態となっていた。
 実力組織である自衛隊の混乱は由々しき問題である。8月3日にも実施される内閣改造の直前までこの事態を引きずった末の辞任の判断は遅すぎたと言えよう。
 稲田氏はこれまでも不適切な言動が相次ぎ、防衛相としての資質が疑問視されてきたが、安倍晋三首相は続投させてきた。この事態を招いた首相の任命責任も問われる。
 PKO日報問題では、昨年10月に防衛省が受理した情報公開請求に対して当初、「陸上自衛隊で廃棄済み」として不開示を決定したが、その後、陸自内部で保管していたことが判明。しかし非公表としたことが今年3月に明らかになった。
 複数の防衛省関係者は、陸自に保管していた事実を非公表とする方針を2月に稲田氏に報告し、了承を得ていたと明らかにし、陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には、稲田氏が非公表方針を了承していたことを記載していたという。
 一方、稲田氏は了承の事実を否定、3月の国会答弁では陸自での保管に関して「報告されなかった」と述べていた。
 稲田氏は25日の参院予算委員会の閉会中審査で「批判はあるが、私はシビリアンコントロールはきいていると考えている」と答弁したが、こうした混乱自体が統制の欠如と言うしかない。
 特別防衛監察の結果によって処分を受けるとみられる防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官と、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も辞任する方向だ。内部の信頼関係が崩壊した防衛省・自衛隊は、早急に体制を立て直す必要がある。
 稲田氏は衆院当選4回ながら、安倍首相によって政府や自民党の要職に起用され続けてきた。しかし防衛相としては不適格だったと言わざるを得ない。
 先の東京都議選では自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言。自衛隊の政治利用と指摘され、撤回した。
 今月6日には、自衛隊が九州北部の豪雨で救助活動に当たっているさなかに約1時間10分にわたり「政務」を理由に防衛省を離れていた。指揮官としての自覚があったのか疑わしい。
 安倍首相はそれでも稲田氏を続投させた。参院予算委の閉会中審査でも、PKO日報問題に関し「徹底的な調査を行い、大臣の責任において徹底的に改善をし、再発防止を図ることで責任を果たしてもらいたい」と擁護。都議選での発言についても「演説を行ったその日に撤回し、謝罪した」と不問に付していた。
 内閣改造直前の辞意は、けじめをつけたとは言い難い。自らに近い人物に対するこうした甘い姿勢が安倍政権への不信、内閣支持率の低下につながっていることを厳しく認識すべきだ。(共同通信・川上高志)


稲田氏辞任会見でも失言 今度は安倍首相の虚偽答弁に発展
 辞任会見でも、またやらかした。稲田防衛相は記者から辞任を決めたタイミングを問われると、「かねてより総理と相談してきた。そのつど、そのつど自分の気持ちを伝えてきた」と答えた。
 辞任の相談をしてきたのなら、安倍首相に「その原因」も説明しなければ不自然だ。稲田防衛相は日報問題を巡る監督責任を取って辞めるわけだが、日報問題について安倍首相は、特別防衛監察の実施中であることを理由に「一切、報告を受けていない」と国会で繰り返し答弁してきた。
 辞任を相談していたなら、安倍首相にも日報問題を詳細に説明したのではないか。だとすれば、安倍首相の国会答弁は虚偽にあたる――。
 記者団がそう繰り返しても、稲田防衛相は目を泳がせながら「漠然と相談してきた」とゴマカし続けた。この人の失言癖は一生直らない。


日報問題 特別防衛監察結果 稲田氏関与の可能性
 稲田朋美防衛相は二十八日午前の記者会見で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題に関する特別防衛監察の結果を公表した。陸上自衛隊が日報を廃棄したと説明しながら実際にはデータを保管していた事実を認定した上で、陸自が今年二月の会議で稲田氏に報告した「可能性」に言及。稲田氏が陸自からの報告は受けていないと主張し、隠蔽への関与を否定している点との食い違いは解消されなかった。 (横山大輔)
 監察結果は、稲田氏が出席した二月十三、十五両日の会議で陸自から、データ保管について「何らかの発言があった可能性は否定できない」と明記。監察を実施した防衛監察本部によると、報告の有無について関係者の説明が一致せず、事実認定には至らなかった。
 監察結果は、陸自によるデータ保管を非公表とする方針を、稲田氏が事前に了承していたとの報道については、そうした事実はなかったと結論づけた。
 監察結果によると、陸自によるデータ保管を非公表とした方針は、事務方トップの黒江哲郎事務次官が二月十六日の会議で、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長に指示。黒江氏は陸自が保管しているのは隊員の個人的なデータで、情報公開の対象となる行政文書には該当しないと判断した。
 隠蔽の発端は、南スーダンの首都ジュバで大規模衝突が発生した昨年七月と認定。防衛省は当時、現地部隊が作成した全文書の情報公開請求を受けたが、陸自中央即応集団の副司令官が「部隊情報の保全」などを理由に、日報を開示対象から除外した。
 十月にPKO部隊の日報を指定した情報公開請求を受けたが、廃棄したとして十二月に不開示決定。自民党行政改革推進本部が日報の不存在について事実確認を求めると、陸上幕僚監部の運用支援・情報部長は、日報のデータを削除させた。
 防衛監察本部は約七十人体制。稲田防衛相の直轄組織で、トップは北村道夫防衛監察監(元検事長)。


稲田防衛相辞任 それでも、かばい続けた安倍首相のなぜ
自民党幹部「今村氏との差は…『かわいいから』しかない」
 稲田朋美防衛相が、いわゆる日報隠蔽(いんぺい)問題で辞任した。来月3日予定の内閣改造までもたなかった。過去に何度も行動や発言が問題視され、防衛トップや政治家としての資質に疑問符がついている。安倍晋三首相はそれでも稲田氏を重用し、かばい続けたあげくに破綻した。【佐藤丈一、福永方人】
 「現場の気持ちが分かっていたとは思えない。辞めて当然だ」
 ある陸上自衛隊幹部は険しい表情で言った。ハイヒールで潜水艦を視察するなど、批判を浴びる行動も目立っていた。「視察の回数も歴代で少なかったように感じる。派遣された隊員の大変さを分かっていたのか」
 北朝鮮が数日前から弾道ミサイル発射の動きを見せ、28日に発射した。別の自衛隊幹部は「首相にかわいがられてきたのだろうが、この時期の辞職とは最後まで人騒がせだ」。別の幹部も「とにかく閉鎖的で取り巻きの職員以外と交わろうとしない人だった」とため息をついた。
 稲田氏は靖国神社参拝へのこだわりや、教育勅語の評価など、タカ派的な言動で注目されてきた。2005年の「郵政選挙」で自民党幹事長代理だった安倍首相に誘われ初当選。野党時代の11年、月刊誌「正論」3月号での対談で「長期的には日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないか」などと述べていた。
 第2次安倍内閣では行政改革担当相として初入閣。14年に当選3回で党政調会長に抜てきされた。首相は「彼女はホープだから」と周辺に語っていた。昨年、内閣改造の「サプライズ人事」で防衛相に起用された。
 稲田氏起用について自民党関係者は「本気で首相候補に育てようとして、経験を積ませるためだった」と指摘する。ベテラン議員の一人は「首相は稲田氏と丸川珠代五輪担当相をかわいがり、2人を競わせている」と語る。
 防衛相として数々の批判を乗り越えてきた稲田氏。東日本大震災を巡る失言で即日更迭された今村雅弘前復興相の例を挙げ、自民党幹部は「スパッと首を切られた今村氏との差は何なのか。『かわいいから』しかない」と言う。稲田氏が属する「細田派」は首相の出身派閥だ。首相周辺は「自派閥だからこそ、もっと早く切るべきだった」と語った。
 軍事評論家の前田哲男さんは「数々の失言や情勢の把握不足で当初から不適格の判定が下されていた」と評する。最も問題視するのは、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報に表記された「戦闘」を「法的な戦闘行為ではなく衝突」と説明したこと。「現地から本省への報告を上が握りつぶす説明をしたことになる。次から正しい報告が入ってこなくなる。どんな報告でも受け止める度量に欠け、指揮官として最悪です」
 そんな稲田氏を安倍首相はなぜ守り続けたのか。「防衛行政や政策に暗く、首相のお気に入りで用いられた面がある。支え続けた責任は重い」と前田さんは批判している。


「くだらんこと」の責任は二階にないか
 ★閉会中審査で首相・安倍晋三が低姿勢でしのごうとして政権が国民に丁寧になろうとしている時でも、党の剛腕幹事長・二階俊博はどこ吹く風だ。先月の東京都議選の応援演説では「落とすなら落としてみろ。マスコミが選挙を左右すると思ったら大間違いだ」と発言していたが26日、自派閥の研修会で「自民党がいろいろ言われていることは知っている。そんなことに耳を貸さないで正々堂々、自信を持って頑張らなければならない」と強気の姿勢を再度示した。 ★「話題に乗せられたことがたくさんあるが、くだらんことは常識外れだから切り捨てて、前を向いて頑張る」と暴言・暴行議員や重婚疑惑議員など魔の2回生ら、最近では元アイドル参院議員の不倫疑惑と与党国会議員としての矜持(きょうじ)のない話題がめじろ押しだ。その党内の不祥事の責任は幹事長にあるにもかかわらず「くだらんこと」と切り捨てた。また政権に批判的なメディアに関し「いいかげんなことをいって、そればかり喜んで書く人おるでしょ。われわれも、ちゃんと料金払って(新聞を)購読しているんだから、書く方も責任を持ってくださいよ」とメディアをけん制した。 ★自民党ベテラン議員が言う。「長年、野党にいて自民党を批判し続け、保守党経由で戻ってきて、ずっと自民党でやってきたような顔をしている人が何を言っているのかと思う。二階が幹事長になってからどれくらい自民党で不祥事が発覚していると思っているのか。石破(茂)、谷垣(禎一)幹事長時代には党内の秩序はずっと保たれていたのではないか。剛腕発言だが、この発言からは何も生まれない」と手厳しい。そもそも小池都知事と都議たちの和解調整に失敗した時からこの惨状があるとすれば幹事長の責任は重いはずだ。

[三反園県政1年] 「チェンジ」の道筋示せ
 三反園訓鹿児島県知事が就任して1年がたった。
 「チェンジ」のかけ声のもと県政刷新を掲げて現職を破った三反園氏は、県政初の民間出身知事として期待と注目を集めた。
 持ち味はフットワークの良さだ。各地での車座対話に加え、各種会合や視察に足を運ぶ姿勢は好感を持たれている。トップセールスにも余念がない。
 だが、県政運営はおぼつかない点が目立つ。選挙戦で掲げた「チェンジ」とは何だったのか。目指す県政を改めて明確にして、道筋を示してほしい。
 知事は就任1年に当たり、マニフェスト(政策綱領)について「ほとんどの項目に着手した」と述べた。県政初の女性副知事登用などは実現したが、注目されながら尻すぼみになった公約もある。
 ドーム球場建設や指宿スカイライン無料化がそうだ。子ども医療費の窓口一時払いは「完全ゼロ」でなく、無料化の対象を住民税非課税世帯の未就学児に限定した。
 行政経験のない中で掲げた公約である。就任後に実情を知り、公約変更を余儀なくされるケースがあることは理解できる。
 特に、多額の費用がかかるドーム球場よりも、老朽化した県体育館の建て替えを優先したのは県財政の現状を踏まえた判断だろう。
 ただ、いずれも説明不足が否めない。知事は変更の理由、背景などを丁寧に語り、県民に理解を求めるべきだ。
 説明不足は、定例会見の少なさや県議会での対応を見ても明らかだ。就任後3カ月間は会見に応じず、10月以降は月1回にとどまっている。県議会では、知事への質問に事務方が答弁するケースが目立つ。
 メディア出身者であり、情報発信の重要性は分かっているはずだ。会見や議会は、知事が自らの考えを展開する絶好の機会である。正面から向き合ってもらいたい。
 鹿児島は来年、明治維新150周年、奄美の世界自然遺産登録といったイベントがめじろ押しだ。
 この好機をいかに持続的な県勢浮揚につなげるか、知事の手腕が問われる。観光客へのPRや経済効果にとどまらず、県民が郷土の歴史や自然、文化に対し理解を深める施策も欠かせない。
 長期的には「鹿児島に生まれ、住んでよかった」と思える地域づくりを手掛けてもらいたい。人口減や高齢化といった局面にどう立ち向かって魅力ある鹿児島を創造するか。知事の役割は大きい。
 この1年の体験や反省を十分に生かし、県民を巻き込んだ県勢発展に力を注いでほしい。


デーモン閣下が相撲ファンの差別に苦言「相撲を支えてきた白鵬にファンはそんな態度かよ」一方、相撲協会は差別を放置・助長
 通算1050勝という前人未到の記録を打ち立てた横綱・白鵬。7月24日に放送された『クローズアップ現代+』(NHK)では、「白鵬が語る 史上最多1050勝への道」と題した特集を放送。彼の相撲人生を振り返った。
 そのなかで語ったデーモン閣下の言葉が、いま大きな話題を呼んでいる。
「感謝しなければならないのは日本人のほうでしょうと思いますよね。あれだけ相撲界が苦難のときに一生懸命屋台骨を支えて頑張ってきた白鵬にファンはああいう態度かよと。日本人はもうちょっと了見の広い気持ちで白鵬のことを見てやらないといけないと思うし、北の湖がいくら強かったからといって、負けてバンザイは出ませんでしたよ。イチロー選手がメジャーリーグでなにかやったときにブーイングが起きたら悲しいですよね? そういうことを思って相撲を見ていかなければいけないんじゃないかなと」
 知っての通り、白鵬はここ数年、相撲ファンからヒールのような扱いを受けるようになっている。それは、彼が圧倒的な強さを誇る横綱であるからということだけでなく、モンゴル出身の力士であるからだ。そんな差別的な振る舞いが許されるわけがない。
 番組内では、その象徴的な事件として、2013年の大相撲九州場所、当時はまだ大関だった稀勢の里との一番を紹介。この取り組みでは、稀勢の里が白鵬に勝利し、会場ではファンからのバンザイコールが起きるという異例の事態となった。そのときの白鵬の胸中を元横綱審議委員会委員で作家の内館牧子はこのように推し量っている。
「白鵬にしてみれば、あのバンザイっていうのはすごくショックだったと思うんです。色々なことで日本のために、国技のために、損得抜きに頑張ってきたというのが実際あると思うんです。だけれども、『こういうときになるとバンザイなのか』というのはあったと思うんですね」
 こういった客席の反応について、番組のインタビューを受けた白鵬は寂しげな笑みを浮かべつつ「応援の仕方というのは、来ている人たちの思いがありますからね。双葉山関の言葉を思い出すんですね。『勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になりなさい』」と語っていたが、先に引いたデーモン閣下の発言でも少し触れられているように、2010年から相次いで発覚した野球賭博や八百長問題で大相撲自体が存亡の危機に立たされていたとき、なんとか支えようと奮闘したのは、他ならぬ白鵬だったはずだ。そんな白鵬にこんな思いをさせていいはずがない。
大相撲における差別問題は白鵬だけではない
 ただ、こういった差別に関する問題は白鵬だけのものではない。他の外国人力士にも向けられているものでもある。
 とくにひどかったのが、今年3月、モンゴル出身の大関・照ノ富士に対し、観客から「モンゴルへ帰れ」とのブーイングが浴びせられた事件だ。
 この大相撲春場所は、稀勢の里がケガを押して劇的な逆転優勝をおさめ、大きな注目を浴びたものとしても記憶に新しいが、その稀勢の里と優勝を争っていた大関・照ノ富士と関脇・琴奨菊との取組で騒動は起きた。
 左膝にケガを抱えた状況で臨んだこの一戦で照ノ富は立ち合いで変化、はたき込みで琴奨菊を破ったのだが、この内容を受けて観客は大ブーイング。「そこまでして勝ちたいんか」といった罵声が飛んだ。そのヤジのなかには「金返せ」「勝ったら何でもいいんか」というものに加え、「モンゴルへ帰れ」というヘイトスピーチそのものまであったという。
 たとえ取組の内容に不満があったとしても、「モンゴルへ帰れ」という差別ヤジが許されるはずがない。そもそも、照ノ富士にこれだけ強いヤジが飛び交ったこと自体に、差別的な側面がある。というのも、千秋楽で稀勢の里は照ノ富士に対し立ち合い変化を見せて勝利しているが、これには前述のような怒号は飛ばなかったからだ。
 また、この問題に関してはメディアによる報道もひどかった。照ノ富士と琴奨菊の一戦を報じたウェブ版のスポーツ報知は、なんと「照ノ富士、変化で王手も大ブーイング!「モンゴル帰れ」」と見出しをつけて報じた。
 ヘイトスピーチのヤジを好意的に受け止めているとも読めるこの見出しには批判が殺到。津田大介氏もツイッターで〈法務省がガイドラインとして「アウト」と示しているのにそれを否定せず(何なら肯定的な文脈で)見出しに使う報知新聞が一番アウトではこれ……。「美しい国」だよまったく。〉と苦言を呈するなどしていた。
排外主義がはびこる状況を後押しする日本相撲協会の問題
 これを受けて報知新聞社は翌日、見出しから「モンゴル帰れ」の部分を削除。また、記事本文にある「モンゴルに帰れ!」「恥を知れ!」などのヤジ紹介部分も削除したうえ、29日にはウェブサイト上に〈大関・照ノ富士関の記事と見出しで、観客のヤジを記述した部分に、ヘイトスピーチを想起させる表現がありました。人権上の配慮が足りず、不快な思いをされた皆様におわびします。〉と謝罪のコメントを出した。
 ただ、そもそも問題なのは、こういった出自を理由とした差別がはびこっている状況を放置している日本相撲協会だ。
 いや、むしろ日本相撲協会はそういった状況を積極的に後押ししていると断じてもいいかもしれない。その最たるものが国籍問題だ。
 白鵬は引退後も角界に残り一代年寄になりたいとしているが、日本相撲協会の規約には〈年寄名跡の襲名は、日本国籍を有する者に限ることとする〉とあり、その障壁が横綱を苦しめ続けている。この問題はメディアでもしばしば議論となっているが、日本を代表する国技が、その大変な功労者である白鵬に対しこのような排外主義的な姿勢を取り続けることに疑問の声をあげる人は多い。
「週刊新潮」(新潮社)17年8月3日号には、その規則をもち出し、白鵬に特例もかたくなに認めない理由として、「モンゴル勢に日本相撲協会が乗っ取られかねないと危惧したからです」とのコメントを北の湖前理事長に近かった人物からとっている。本当にそのような保身的な理由なのだとすればあんまりだろう。
 前述した『クローズアップ現代+』のなかで白鵬は、これからの相撲人生についてこのように語っていた。
「大相撲のおかげでここまで皆さんに愛されることができたし、その恩返しをしなければいけない。自分の国と、自分の両親、家族を愛せなかった人は、他の国の人々を愛せないと思うんですよね。モンゴルという国を私は愛しているからこそ、日本の大相撲でここまでがんばれていると思うし、そして、この国の人々に愛され、自分も愛していると思うんですよ。できるだけ長く、横綱を務めることが国の架け橋、また、世界中の相撲ファンのためであるのかなと思いますね」
 そもそも愛国心をもたなければならないとも思わないが、愛国心と排外主義をはきちがえたような差別思想は、一部の相撲ファンだけの問題でなく、現在日本中に蔓延しているものだ。白鵬の言葉も、デーモン閣下の言葉も、相撲界だけの問題と片づけるのでなく、いま日本を覆う排外主義や差別についてあらためて考え直す契機としたい。(編集部)


朝鮮学校を無償化対象外にした国の処分を取り消す判決
国が朝鮮学校を高校授業料の実質無償化の対象にしなかったことについて、大阪・東大阪市にある朝鮮学校を運営する学校法人が違法だと訴えた裁判で、大阪地方裁判所は学校側の訴えを認めて国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じる判決を言い渡しました。朝鮮学校をめぐる同様の訴えは各地で起こされていますが、無償化の対象に指定するよう命じる判決は初めてだということです。
平成25年、文部科学省が朝鮮学校を高校授業料の実質無償化の対象にしなかったことについて、大阪の朝鮮学校を運営する学校法人「大阪朝鮮学園」は、「北朝鮮との外交問題を理由に不利益を与えるのは差別意識を助長し違法だ」などとして、対象から除外した国の処分の取り消しなどを求める訴えを起こしました。
裁判で、国は「外交的な理由で授業料の実質無償化から外したわけではなく、判断に誤りはない」と反論していました。
28日の判決で、大阪地方裁判所の西田隆裕裁判長は、「無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られないという外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ、法律の趣旨を逸脱し、違法で無効だ」と指摘して、対象から除外した国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じました。
原告の弁護団によりますと、朝鮮学校をめぐる同様の訴えは東京や名古屋など5つの裁判所で起こされていますが、無償化の対象に指定するよう命じる判決は初めてだということです。
官房長官「関係省庁で精査し対応」
菅官房長官は午後の記者会見で、「広島地方裁判所の判決では、国の主張が認められたところであり、きょうの判決を踏まえて、今後の対応は、関係省庁と内容を精査したうえで検討していくことになる」と述べました。
そのうえで、菅官房長官は、記者団が控訴する考えがあるかどうか質問したのに対し、「広島地裁の判決では国の主張が認められているのでそうしたことをもとに対応していくことになるんだろうと思う」と述べました。
「司法に行政を正していただいた」
判決を受けて原告の大阪朝鮮学園の玄英昭理事長は記者会見で、「行政の不当な差別行為を司法が取り消す画期的な判決だ。民族教育は正当であり、法的保護に値する権利だということが証明されたと思う」と述べました。
また大阪朝鮮高級学校を去年、卒業した大学2年生の金宏城さんは、「私は無償化の適用を受けず卒業しましたが、今回の判決はうれしいです。政府が真摯(しんし)に受け止め、差別をやめて、すべての朝鮮学校の生徒が安心して学べる社会にしてほしい」と話しました。
また、弁護団長の丹羽雅雄弁護士は、「高校の無償化に関する法律は教育の機会均等の点から解釈すべきだとした判決で、裁判所の良心のもと、適正な判断をしていただいた。司法に行政を正していただいたと思う」と話しました。
対象外とされた経緯
高校授業料の実質無償化は、公立高校の授業料を免除し、私立高校にも就学支援金を支給する制度で、民主党政権だった平成22年4月に始まりました。
この制度では外国人学校が無償化の対象となるには文部科学大臣の指定を受ける必要がありました。
民主党政権では判断を保留しましたが、自民党政権となり、朝鮮学校については教育内容や運営が朝鮮総連から影響を受けているとして、平成25年2月に無償化の対象外としました。
これに対し、朝鮮学校を運営する学校法人が「政治問題を教育の場に持ち込むのは生徒を差別する行為であり、違法だ」などとして東京や名古屋など全国5か所で国の処分の取り消しを求める裁判を起こしました。
今月19日に、広島地方裁判所で言い渡された初めての判決は、「国の判断に誤りはない」として学校側の訴えを退けましたが、今回の大阪地方裁判所では、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じました。
国の処分「違法で無効」
28日の判決は、朝鮮学校を高校授業料の無償化の対象から除外した国の処分について、「外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ違法で無効だ」と指摘しました。
判決ではまず、平成22年11月に学校法人「大阪朝鮮学園」が文部科学省に対し無償化の指定を求める申請をしたあと、国の審査会で検討が続いたものの、就学支援金の支給を認めるかどうかの結論が出なかった経緯を説明しました。
そのうえで、「平成24年12月に安倍内閣が発足し、新しく就任した下村文部科学大臣は、朝鮮学校について拉致問題の進展がないことや、朝鮮総連と密接な関係にあって教育内容や人事や財政に影響が及んでいることなどから無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは国民の理解が得られないとして省令を制定しており、こうした事実に照らせば拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られないという外交的、政治的意見に基づき、朝鮮学校を法律の適用対象から除外したと認められる」と指摘しました。
そして、「教育の機会均等の確保とは無関係な外交的、政治的判断に基づいて省令を制定しており、無償化に関する法律の趣旨を逸脱するもので違法で無効だ」と判断しました。
また、裁判所は、朝鮮学校の運営が適正に行われているかどうかについても判断し、「大阪府が実施している朝鮮学校への立ち入り検査で運営状況などを調べているが、法令違反を理由とする行政処分を行っていないことなどから、学校が朝鮮総連からの不当な支配を受けているとの疑念を生じさせる特段の事情はない」と指摘しました。
そして、「朝鮮学校は、朝鮮総連の協力のもと、民族教育の施設として発展しており、朝鮮総連が学校の教育活動や学校運営に何らかの関わりがあるとしても民族教育の維持発展を目的とした協力関係である可能性を否定できず、両者の関係が適正を欠くとは推認できない」と判断しました。
そのうえで、「学校が北朝鮮の指導者や国家理念を肯定的に評価することも学校の教育目的に沿うものということができ、北朝鮮や朝鮮総連からの不当な支配により、自主性を失っているとは認められない」としました。
朝鮮学校の高校授業料の実質無償化をめぐる裁判では、今月19日、広島地方裁判所が「北朝鮮や朝鮮総連の影響力が否定できず、適正な学校運営がされているか確証が得られないとした国の判断に誤りはない」として、広島市にある学校法人などの訴えを退けていて、判断が分かれる結果になりました。

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Démission de la dirigeante du Parti démocrate du Japon
TOKYO (Reuters) - La première femme à diriger le Parti démocrate du Japon (PDJ, opposition), Renho, a présenté jeudi sa démission.
Renho, de mère japonaise et de père taïwanais, avait espéré redorer le blason de son parti lorsqu'elle avait accédé à sa tête en septembre dernier.
La cote de popularité du PDJ reste cependant nettement inférieure à 10%, bien que celle du Premier ministre Shinzo Abe ait sensiblement reculé sur fond de scandales.
"J'ai décidé que le mieux serait que nous ayons une nouvelle direction", a expliqué Renho lors d'une conférence de presse.
"Je n'ai pas réussi à montrer que le PDJ pouvait devenir une alternative viable au gouvernement Abe(...)", a-t-elle expliqué, en précisant qu'un scrutin serait organisé prochainement au sein du parti pour lui trouver un ou une remplaçante.
Le Parti libéral démocrate (PLD) de Shinzo Abe a subi une défaite historique le 2 juillet lors des élections à l'assemblée municipale de Tokyo, gagnées par la gouverneure sortante Yuriko Koike et son parti TFK (Association des habitants de Tokyo d'abord). Le PDJ, lui, n'a remporté que cinq des 127 sièges de l'assemblée municipale.
Agée de 49 ans, Renho a été la cible de critiques lorsqu'il est apparu l'an dernier qu'elle détenait à la fois les nationalités taïwanaise et japonaise.
En vertu du droit japonais, une personne qui a une double nationalité doit opter pour l'une ou l'autre à sa majorité.
(Linda Sieg; Eric Faye pour le service français)
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〜オトナ度ちょい増しTV〜おとな会【オトナなら≪毎日使うタオル≫で幸せ感じよう】
≪タオル≫がテーマ●有機栽培コットンだけを使用!バスタオル1枚…お値段1万円超え!?倒産の危機から社長の決断とは?▼伝統の技術にこだわる“防染タオル”若き職人
解明!おとなメソッド
今治で製造されたタオルの中でも、厳しい品質基準をクリアした商品だけが名乗ることを許される今治タオル。中でも「イケウチオーガニック」は有機栽培コットンだけを使用し高額だが、売れ行きは良いという。だが2003年大口の取引先が倒産…立て直すため、社内外の反対の声を押し切って、社長が下した大胆な決断とは?さらに、安全や環境に配慮した物づくりにこだわる社長の熱い思いに迫る。
おとなワーカー名鑑
防染タオル職人・寺浦邦樹さんに密着する。「防染」とは、デザイン部分にのりを付けて染色を防ぐ技法のことで、裏面まで色が染みこむのが特徴だ。機械プリント技術の発達で防染タオルが激減する中、あえて伝統の技術にこだわる若き職人を紹介する。 上泉雄一(MBSアナウンサー) 小宮一慶(経営コンサルタント) 奥野史子 こいで(シャンプーハット) 番組HP http://www.mbs.jp/otonakai/ Twitter @MBSotonakai https://twitter.com/MBSotonakai
幅広い教養を持ち、またある分野には秀でた知識や経験があり、文化的で、人柄もよい…etc. あなたは、そんな素敵な大人になれていますか? 司会に上泉雄一アナウンサー、解説に小宮一慶(経営コンサルタント)を据えて、『経済』『歴史』『文化』『音楽』など、様々なジャンルから知的好奇心をくすぐるいろんな事柄をVTRで学んでいきます。


大きなスクリーンでのプレゼンのテストをやってみました.一応大きくでます.でも黄色とか薄い色がちょっとみずらい感じ.小さいけど液晶のモニター画面がいいかな?
ハンズでお泊り用買い物です.いびきとか歯ぎしりとかしているかどうかわからないので念のためです.

<石巻川開き祭り>元気な湊の姿みこしで訴え
 東日本大震災で被災した石巻市湊の一皇子宮(いちおうじのみや)神社の氏子たちが、31日開幕する石巻川開き祭りでみこしを担ぎ市街地を練り歩く。神社のみこし巡行は震災の影響で中止したが、2015年に地域の再興を願って復活。今回は大勢の市民が集まる祭り会場でみこし担ぎの勇姿を示し、復興に向かう湊地区の思いをアピールする。
 一皇子宮神社のみこしが登場するのは31日午後1時半。石巻市中心部の石巻小から立町大通り商店街まで約800メートルの川開き祭りの会場を、氏子とボランティアの約70人がみこしを担ぐ。
 23日は神社の境内で本番に向けた練習があり、氏子約30人が集まった。黒色のはっぴ姿でみこしを上下に揺らしながら、「せいやー、おりゃー」と威勢よく掛け声を上げた。
 みこし巡行は毎年4月20日の例祭で湊地区の個人宅や企業を回る伝統行事。境内に屋台が並ぶ前夜祭も含めて地域の一大イベントだったが、震災で大きな被害を受け、氏子たちも被災して祭りどころではなくなった。
 神社は社務所が床上浸水したり、本殿の屋根が壊れるなどの被害が出た。それでも本殿の中にあったみこしは無事で、13年にみこしを境内に出して神事をする程度の簡略化した形で例祭を再開。15年から地元に残った住民と転居した氏子が協力し、湊地区を回るみこし巡行を復活させた。
 みこしを担ぐ氏子有志の会「一皇会」の代表阿部文雄さん(50)=石巻市新栄町=は「湊地区は住民が減り、小学校も1校閉校になった。再開したみこし巡行を川開き祭りで披露し、『湊はまだまだ元気だ』という姿を見せたい」と意気込む。


関西の視察ツアー南三陸訪問
 宮城、岩手、山形3県の10市町でつくる「伊達な広域観光推進協議会」は26日、東日本大震災の被災地に教育旅行を誘致しようと関西の大手旅行会社3社を招いた視察ツアーを南三陸町で実施した。
 協議会と協力してANAセールス関西支社(大阪市)が視察ツアーを企画。いずれも大阪市の近畿日本ツーリスト、JTB西日本、日本旅行から計3人が参加した。一行は被災した防災対策庁舎や旧戸倉中を訪れ、防災学習の場としての可能性を探った。
 日本旅行プランニングセンターの山田昌弘さん(48)は「阪神大震災を経験した関西は防災教育に熱心だ。東日本大震災との被災の比較ができるのではないか。ホテルの耐震状況も分かり、学校に自信を持って勧められる」と話した。
 視察ツアーは25〜27日の日程で、大崎市の鳴子こけし絵付けや岩手県平泉町の中尊寺参拝を体験。奥州市の民泊先にも足を運んだ。
 宮城県の観光統計によると、2015年に県内を訪れた学校のうち、近畿地方は50校で全体の2%。協議会は阪神大震災から20年がたち、防災学習の教材が減りつつある関西に狙いを定め、教育旅行の誘致に力を入れている。


チリ陸軍トップが南三陸視察
 チリ陸軍総司令官のオビエド・アリアガータ氏が26日、東日本大震災の教訓を得ようと、甚大な被害が出た宮城県南三陸町を訪れた。津波が多発する同国と日本との相互協力の必要性も呼び掛けた。
 オビエド氏は陸上自衛隊のヘリで上空から三陸沿岸を視察。南三陸町役場で佐藤仁町長と懇談し、写真で被災の様子を確認した後、復興工事が進む同町志津川地区の市街地を見学した。
 町は1960年のチリ地震津波で被害を受け、被災30年を記念してチリ・イースター島のモアイ像の複製を海岸公園に設置。震災の津波で公園が被災し、チリ政府が2013年、新しいモアイ像を町に寄贈した。
 オビエド氏はモアイ像の立地場所にも足を運び、「モアイがイースター島を守っているように、われわれが日本を守る。自然災害が多い両国同士、助け合っていきたい」と述べた。
 オビエド氏は陸自の招待による防衛交流の一環で22日に来日し、25日は東京で岡部俊哉陸上幕僚長と面会した。


河北春秋
 江戸幕府の8代将軍徳川吉宗は時に、貧乏旗本に扮(ふん)し世にはびこる悪を斬った。町火消しの仲間たちは正体を知らない。が、側用人の「爺(じい)」らは吉宗の「公務外」をしっかり把握。テレビ朝日系列の番組『暴れん坊将軍』が懐かしい▼旧秋田藩の角館を治めた佐竹北家21代当主の佐竹敬久秋田県知事(69)は、わが身を成敗するしかない。公務外での失態である。22日午前8時半ごろ県内に大雨警報が発令。この朝に友人と車で宮城県加美町へゴルフに出掛け、飲酒して泊まった。被害が広がり、23日午前11時から県庁であった会議に出席できなかった▼緊急時の連絡態勢を聞いてあきれた。知事は県外に出ることを部下に伝えていなかった。「極めて軽率で配慮に欠いた」と謝り、事務方は行き先が分からないままメールを打つしかなかった▼きのう、そこへ新たなお粗末ぶりが発覚。ゴルフを共にした「友人」とは県の産業労働部長と観光文化スポーツ部長、さらに県OB4人だった。このご一行、22日夕に被害を伝えるテレビニュースをどんな気持ちで見ていたのだろうか▼「竿燈まつりや大曲の花火も近い。スイングして球を打っている場合じゃありませんぞ」。「爺」なら臣下の忠言をしたに違いない。今は「辞意」の2文字が頭にかすんだりして。

<労基法改正案>連合宮城反発 廃案へ攻勢
 一部職種を残業代支払いなどの労働時間規制から外す労働基準法改正案を巡り、国内最大の労働者団体、連合が混迷を深めている。政府に修正を求め、事実上の容認姿勢を示した執行部に対し、宮城県内の傘下組織は激しく反発。内閣支持率の続落で安倍晋三政権の勢いが陰る政情を踏まえ、「廃案に向けて攻勢を掛けるべきだ」と息巻く。
 仙台市青葉区の仙台弁護士会館で21日にあった、安倍政権の「働き方改革」を検証するシンポジウム。「高度プロフェッショナル制度」の創設と企画業務型裁量労働制の拡充を含む労基法改正案の問題点を話し合った。
 「寝ずに働け、と使用者が命じても合法になる恐ろしい仕組みだ」。日本労働弁護団幹事長の棗(なつめ)一郎弁護士が改正案を解説し、連合宮城の関係者ら約50人を前に反対を呼び掛けた。
 連合は「残業代ゼロ」「長時間労働の助長」と批判してきたが、13日に神津里季生会長と安倍首相が過重労働の防止措置を強化して法案を修正する方向で一致し、混乱が広がった。
 産業別労組(産別)の一つ、電機連合宮城地方協議会は「問題の多い改革なのに、事前の組織内協議は全くない。唐突な方針転換だ」と憤る。法改正後は要件がさらに緩和され、労働法制自体が骨抜きになる懸念も指摘されている。
 連合執行部の変心は、「数の力」で法案を押し通しかねない巨大与党への恐れが見え隠れする。だが、東京都議選に続いて23日投開票の仙台市長選では与党系の候補者が敗北。政権への不信は広がっている。
 UAゼンセン宮城県支部は「長時間労働を助長する本末転倒の改革で、今こそ抗議活動を強めて法案をつぶすチャンスだ。安倍首相の思いを忖度(そんたく)する必要はない」と気勢を上げる。
 改正案の修正について、連合執行部は27日にも政労使で合意するかどうか判断する。組織内の反発を踏まえ、合意を見送り、新制度容認を撤回する可能性が高い。連合宮城の小出裕一会長は「なぜ政権に政治的助け舟を出したのか。違和感しかない」と強調し、厳しい目を向けている。
[労働基準法改正案]2015年4月に閣議決定した。高度プロフェッショナル制度は、年収1075万円以上の研究開発など専門職を労働時間や休日の規制対象外とする。年収に関係なく、働いた時間にかかわらず一定時間労働したとみなす裁量労働制は、対象の業種を拡大する。


低迷の民進党/政権の選択肢たり得るか
 奇妙な政治状況と言えまいか。安倍晋三首相の政権運営への逆風は強まっているのに、受け皿となる勢力が見当たらない。中でも野党第1党、民進党の責任は重いが、深刻な支持率の低迷が続く。
 共同通信が15、16日に実施した全国世論調査によると、安倍内閣の支持率は続落し、前回6月と比べ9.1ポイント減の35.8%だった。政党支持率を見ると、自民党は34.3%で2.4ポイント減らした。一方で民進党も前回10.4%から8.2%に下落した。
 多くの有権者が旧民主党政権時代の負の記憶を拭えず、民進党に選択肢としての期待感を抱けていないのだ。
 野田佳彦幹事長は25日、東京都議選(2日投開票)の惨敗を受けて引責辞任する意向を表明。蓮舫代表は新たな執行部人事に着手する考えを示したが、党内は結束するどころか不満が収まらず、再建の道筋は全く見えてこない。
 都議選では、加計(かけ)学園問題や「共謀罪」法成立を巡る強引な国会運営、稲田朋美防衛相の失言など民進党にとって有利な材料がそろっていた。
 にもかかわらず、自民批判票の受け皿は小池百合子都知事の「都民ファーストの会」にさらわれた。旧民主党時代に第1党だった勢力は5議席にまで落ち込んだ。
 蓮舫氏は「二重国籍」問題批判を受け、戸籍公表に踏み切った。疑惑払拭(ふっしょく)と続投の足場固めを狙ったのだろうが、有権者の目にはまたも内向きの争いが繰り返されたとしか映らなかったのではないか。
 党支持組織の連合との溝も浮かび上がる。共産党との選挙協力に否定的な連合に対し、蓮舫氏はできる限り進める方針だ。連合は残業代ゼロ法案を巡って安倍首相に直談判するなど「民進離れ」が現実味を帯びている。
 民進党は何をすべきか。これまで幾度も指摘してきたが、安倍政権に対抗しうる明確な旗印を掲げ、政策実現の展望を示すことに尽きる。党内で割れる憲法改正や原発政策への姿勢をまとめ上げ、「アベノミクス」に代わる経済政策を示すことが求められる。
 選挙戦略では地方組織の強化が欠かせない。旧民主党が上り調子だった時代に風頼みで当選した議員の多くは、地域に根を張り支持を固める努力を怠った。そのツケが党勢衰退に拍車を掛けたのだ。
 23日投開票の仙台市長選は野党4党が支援した元民進党衆院議員の郡和子氏(60)が初当選した。民進党主導で受け皿の構築に成功し、自民、公明両党などが推した新人を退けた。民進党単独の力不足は否めないものの、大型地方選の勝利は再生への足掛かりとなる可能性がある。
 来年12月までには次期衆院選がある。安倍政権の支持率動向によっては早まる可能性も否定できない。内輪もめに終止符を打ち、立て直しを急がねば、政権の選択肢からは遠のくだけだ。


民進幹事長辞意 好機を危機にするのか
 安倍政権の足元が揺らぎ、仙台市長選で勝利して攻勢という時に野党第1党の幹事長が退く。なぜ今なのか。理解に苦しむ。
 民進党の野田佳彦幹事長が辞意を表明した。先の東京都議選での惨敗の責任を取るという。
 同じ日、蓮舫代表は加計(かけ)学園問題を巡る参院予算委員会の閉会中審査で質問に立ち、安倍晋三首相の答弁の矛盾を追及した。
 だが党にとっての見せ場は、直後の「辞意」で帳消しとなった。
 かといって、党勢回復の青写真が示されたわけでもない。ならば都議選の翌日に辞めれば良かっただけの話ではないか。
 このまま民進党が迷走を続ければ、現政権に批判的な世論が行き場を失う事態も危ぶまれる。今こそ党の方向性を明確にし、態勢の立て直しに着手すべきだ。
 「自民党に対するノーという意思表示に対して、受け皿になれなかった」。野田氏は辞意表明後、記者団にこう述べた。
 都議選の獲得議席は、旧民主党時代も含め過去最低の5議席。加計学園問題の追及で自民党が票を失うきっかけはつくったが、肝心の議席は、小池百合子知事率いる都民ファーストの会に奪われた。
 まさに民意の「受け皿になれなかった」ことが敗因だろう。
 その選挙から既に3週間以上が経過した。この間、蓮舫氏の二重国籍問題が再燃し、党内の足並みの乱れがまたも表面化した。
 野田氏は「(辞意を)口外すると、総括案をまとめられない」と自らの対応が遅れた理由を説明したが、あまりにちぐはぐだ。
 党内に目が向き、政権と対峙(たいじ)する大義を見失ってはいないか。陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)を巡る国会論戦も控える。蓮舫氏はまず、新体制を早急に整えねばなるまい。
 党内からは、離党をにおわせる発言も続いている。都議選への対応に加え、共産党との野党共闘や改憲など基本的政策をめぐる方向性の違いを理由に挙げている。
 だが、政策的にはむしろ安倍首相に近い小池氏にすり寄るような動きは、目先の議席確保を優先した打算にしか見えない。政治家としての見識に疑問符が付く。
 小池氏の勢力が、国政に進出する可能性も指摘される。都議選の構図が再現されるようでは民進党のさらなる退潮も避けられない。
 その前に、これまで回避してきた基本政策の議論を尽くしてはどうか。短期的な勢力確保より、長期的な基盤確立を目指さなければ政権交代への展望は開けない。


民進党の混迷 解党的出直し以外にない
 民進党の混迷が続く。旧民主党の政権転落から、もう4年7カ月になる。この間、国民の信頼を回復するために何をしてきたのか。
 先の東京都議選惨敗を総括する25日の衆参両院議員懇談会は執行部批判で荒れ、野田佳彦幹事長が引責辞任の意向を示した。蓮舫代表の「後ろ盾」として責任論の波及を食い止めるためだろう。
 党再生の命題を背負って蓮舫氏が代表に就任して10カ月余りになる。具体的な成果を示せない党首の求心力低下も著しい。
 都議選惨敗後には、台湾との「二重国籍」問題が敗因との声が党内で噴き出し、蓮舫氏は戸籍謄本の一部開示に追い込まれた。
 だが、出自に関する個人情報の開示は差別を助長しかねないとの指摘が人権問題の専門家から相次いだ。そもそも国籍問題を都議選と結び付けるのは筋違いで、深まる混乱を印象付けてしまった。
 政治状況を客観的にみれば今は党勢回復の好機である。加計(かけ)学園問題や防衛省の日報隠蔽(いんぺい)疑惑などで安倍晋三政権に対する国民の不信が強まり、世論調査で内閣支持率は大きく落ち込んでいる。
 ところが、民進党の支持率低落にも歯止めがかからない。共同通信社の今月の調査では8・2%で6月に比べて2・2ポイント減った。
 都議選で政権批判票は民進党には向かわず、小池百合子都知事が率いた地域政党「都民ファーストの会」が躍進した。民進党内には自身の生き残りを懸けて小池氏との連携や離党を模索する議員もいるという。所属政党に愛想を尽かし、「勝ち馬に乗る」発想だけでは無責任と言わざるを得ない。
 民進党について私たちは何度も「崖っぷち」と指摘してきた。今や政権交代の目標は遠景に退き、野党第1党としての力量や資質すら問われている局面である。
 内輪もめをする暇はない。執行部だけの責任でもない。国民が政治に何を期待し、どんな政策を求めているか−そのことに全議員がもう一度正面から向き合う以外に光明は見いだせまい。解党的出直しが本当にできるかどうかだ。


最低賃金の引き上げ それでもまだ低い水準だ
 2017年度の最低賃金(最賃)の引き上げ幅の目安は全国平均で25円、引き上げ率は2年連続で3%相当と決まった。
 目安通り改定されれば全国平均で時給848円となる。25円の上げ幅は、日額から時給に変更した02年度以降で最大の伸びだ。
 政府は「ニッポン1億総活躍プラン」で最賃の毎年3%程度の引き上げを盛り込んでおり、中期目標である「全国平均1000円」の実現に向け一歩前進したことにはなる。
 しかし、もともと日本の最低賃金は先進諸国の中では低く、フランスやオーストラリアの6〜7割の水準だ。今回の引き上げでも、フルタイムで働いた人の年収は160万円程度に過ぎない。政府は「働き方改革」で残業時間を抑制しようとしている。少しばかり最賃が上がっても、働く時間が減ることで手取り収入は増えないという人は多いだろう。
 最賃の引き上げは必要だが、それより少し高い賃金を得ている非正規雇用労働者の賃上げに直接つながるわけではない。働いても生活が苦しい「ワーキングプア」を解消するためには、従業員全体の賃上げに波及させる必要がある。
 中小企業の中には最賃に近い水準で働いているパート従業員が多く、最賃引き上げが経営を圧迫することへの懸念が強い。中小企業に生産性向上の努力が求められるのはもちろんだが、大企業に適正な取引慣行を守らせることも必要だ。
 大企業が優位な立場を利用して、下請けに納入価格を不当に低くするなど不利な条件を押しつける例は少なくない。経済全体の好循環をもたらすには、中小企業の経営を守らなければならない。
 引き上げ額の目安は、47都道府県を地域の経済情勢などでA〜Dの4ランクに分けて決めている。Dに属している宮崎と沖縄は22円の引き上げで時給736円となるが、最も高い東京の958円に比べて222円も低い。隣接県同士でも100円以上差があるケースは珍しくない。地域間格差の是正も課題だ。
 働き方改革の柱の一つは非正規雇用の待遇改善であり、最賃引き上げはその土台だ。同一労働同一賃金の実現などに向け、政府はさらに取り組みを進めなければならない。


最低賃金 引き上げの流れ加速を
 厚生労働省の中央最低賃金審議会が2017年度の地域別最低賃金(時給)の目安を決めた。
 全国平均は25円上げ(3%相当)の848円、北海道も24円引き上げて810円となり、初めて800円台に乗る見通しだ。
 目安額を時給で示し始めた02年度以降で最高の上げ幅になる。
 とはいえ、政府が目標とする「全国平均千円」にはまだ及ばず、他の先進国の水準に比べても見劣りしている。
 格差拡大や人手不足を解消するためにも、賃金底上げの流れを強めていかなければならない。
 28日から道最低賃金審議会の本格的な論議が始まる。働く人たちが安心して暮らせるように、最善の着地点を見いだしてほしい。
 景気浮揚を目指す政府は、最低賃金を年率3%程度引き上げ、20年ごろまでに全国平均千円を達成する方針を打ち出してきた。
 今回の上げ幅も政府の強い意向を反映させたものだが、これで十分とは言い難い。
 労働者の4割は、パートやアルバイトなどの非正規労働者だ。最低賃金水準の収入で暮らす人も少なくない。
 道内が810円に上がると、年収換算で約170万円だが、ワーキングプアの分かれ目とされる200万円には届かない。こうした人たちへの目配りが求められる。
 経済指標を基にした地域分けでは、平均時給が最も高い東京都や大阪府などAランクの上げ幅は26円で、北海道を含むCランクは24円、福島県や沖縄県などDランクは22円となった。
 ランク間の上げ幅の差は、毎年続いており、地域間の格差は拡大する一方だ。
 地方の労働力は、好待遇の仕事を求めて都市部へと移動する。賃金格差はこの流れをさらに加速させかねない。
 しかも、深刻な人手不足に見舞われ、中小企業も賃上げを迫られている。苦しい台所事情は分かるが、有望な人材を確保するためにも、待遇改善に一層知恵を絞ってもらいたい。
 政府による中小零細企業への支援の拡充が欠かせない。大手の取引先からコスト削減のしわ寄せを受けない仕組みも必要だ。
 見逃せないのは、賃金改定を怠るなど、最低賃金を守らない違反企業の摘発が道内外で相次いでいることだ。
 働く人を守るため、労働基準監督署の人員増といった監督体制の強化も検討課題だろう。


最低賃金  「時給千円」には程遠い
 働く人全てに適用される時給の下限「最低賃金」が、全国平均で25円増の848円で決着した。
 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会の小委員会が、2017年度地域別最低賃金の引き上げ幅の目安をまとめた。
 働き方改革実行計画で「年率3%程度」とした政府の意向を反映した形だが、目指す「時給千円」には程遠い。政府は高い目標を掲げるだけでなく、負担が増す中小企業への支援策を含め、さらなる引き上げへの道筋を示す必要がある。
 引き上げ幅の目安は、景気回復を追い風に22〜26円と6年連続で2桁だ。時給で示す現方式となった02年度以降で最大の上げ幅だった平均25円の昨年度と並び、2年連続の3%引き上げとなる。
 これを参考に都道府県がそれぞれ最低賃金を決定し、秋以降に順次改定する。国の目安通りならば京都は856円、滋賀は813円で、ともに25円増となる。
 改定が進めば、パートやアルバイトなど働く人の4割を占める非正規労働者の賃金の底上げにつながる。正規と非正規の不合理な格差をなくす「同一労働同一賃金」に向け環境整備の一助となる。
 とはいえ、日本の最低賃金は欧米諸国の5〜8割の水準にとどまる。時給848円ではフルタイムで働いても月収は15万円に届かない。暮らし向きを底上げするには不十分と言わざるを得ない。
 一方、経営体質が脆弱(ぜいじゃく)な中小企業では人件費を増やす余裕がないとの声が大きいことも忘れてはならない。厚生労働省の調査で最低賃金を割り込む低水準で働く労働者の割合は16年度に2・7%と過去10年間で最多となった。違法な低賃金での雇用実態から目をそらしてはならない。価格転嫁しにくい劣悪な下請け構造が背景にあり、大企業の負担しわ寄せに対する監視強化が欠かせない。中小企業への賃上げに応じた法人税軽減などの後押し策も有効だろう。
 もう一つの懸念は、都市と地方の格差拡大だ。最低賃金は都道府県ごとに金額が異なり、改定後も最も高い東京の958円に対し、地方経済の沈滞で32県が700円台にとどまる見込みだ。地方創生の掛け声とは裏腹に格差は広がる一方であり、是正を加速する実効ある方策が求められる。
 人手不足が強まる中、賃金など待遇改善は企業、地域の活力を左右する。最低賃金を決める都道府県の審議会は、地域活性化を見据えて国の目安を上回る積極的な引き上げも検討すべきではないか。


相模原事件から1年 社会の尺度を柔らかく
 十九人が犠牲になった相模原市の障害者殺傷事件から一年。障害者排除の風潮は依然、根強く漂う。人間を線引きしない社会へ、問い続けねばならない。
 先ごろ、車いすでの飛行機の乗り降りが論議を呼んだ。
 鹿児島県の奄美空港で、格安航空会社バニラ・エアを利用した大阪府内の木島英登さんが、タラップの階段を腕の力ではい上がった件である。高校時代にラグビーの練習中に脊髄を傷め、車いす生活を送っている。
◆断られた車いす
 往路の関西国際空港で、バニラ・エアは、奄美空港には車いすの昇降設備はなく「歩けない人は乗れない」と説明した。木島さんは「同行者に手伝いを請う」と伝え、奄美に着くと、同行者が車いすごと担いでタラップを下りた。
 ところが、復路では車いすを担いだり、背負ったり、抱きかかえたりしては危険として制止された。結局、木島さんは階段を背にしてはって上がったのだった。
 バニラ・エアは奄美発着便について、手助けされても歩行できない障害者の利用を断っていた。
 奄美には車いす利用者向けの装備がすぐに導入された。だが、木島さんの訴えは「歩けないことを理由に搭乗を拒否しないでほしい」ということだ。
 設備を整える、介助するといった配慮が欠けていたことを責め立てているわけではない。心身の機能不全を問題視し、社会から締め出そうとする発想そのものを差別と難じるのである。
 経済効率を優先する資本の論理は、マイノリティーの多様性の尊重とはなじみにくい。費用対効果を徹底追求する態度は、ややもすると異質な人々の疎外に結びつく危うさをはらんでいる。
 それが極端な形で表れたのが相模原事件ではなかったか。もちろん、結果の著しい重大性をみれば、同列には論じられない。
◆経済性優先の社会
 とはいえ、障害者に向き合う態度は、もしかすると本質的には同心円上にあるのではないか。そうも感じられてならない。
 最近の本紙への手紙で、植松聖被告は「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだ」と、相変わらずの差別思想を披歴した。
 その根拠について、自ら考える幸福とは「お金と時間」と述べたうえで、意思疎通が図れない重度障害者を育てるのは「莫大(ばくだい)なお金と時間を失う」と説くのである。
 重度障害者を「幸せを奪い、不幸をばらまく存在」ととらえ、その抹殺こそが日本の政治経済への貢献になると信じて疑わない。
 知的障害者の入所施設に勤めるうちに、植松被告はゆがんだ思想に取りつかれた。戦後最悪の凶行を後押しした命の選別思想は、しかし、ちまたにあふれている。
 ネットの世界をのぞくと、障害者のみならず、高齢者、ニートや引きこもり、生活保護世帯といった弱い立場に置かれた人々への誹謗(ひぼう)中傷がすさまじい。
 社会の根底には、もしかしたら植松被告と同じような考えが潜んでいるのではないか。
 他方、例えば、二年前に厚生労働省研究班が十二歳以上のダウン症当事者に実施したアンケートには、ほっとさせられる。「毎日幸せに思うことが多いか」との問いに、九割以上が「はい」「ほとんどそう思う」と答えている。
 家族や周囲の深い愛情、熱心な支援のたまものだろう。かけがえのない存在を守り、育てるために「お金と時間」を費やす。それこそが社会の維持、発展につながる。
 東京都内の海老原宏美さんの言葉を借りてみたい。脊髄性筋萎縮症を患い、人工呼吸器に頼りながら暮らす重度障害者だ。
 いわく、縄文杉はただの木でしかないのに、富士山は盛り上がった土の塊にすぎないのに、人々は感動する。それは人々の心に、価値を創造し、また発見する力が備わっているから。木や土に価値を見いだす人間が、人間自身に価値を見いだせないはずはない、と。
 多様なマイノリティー、社会的少数派との共生のためには、社会標準とされる既成の物差しを絶えず柔軟に見直さねばならないだろう。障害者や病者の増加を避けられない高齢化、長寿命化の現実をみても、待ったなしである。
◆「人間存在」見る力
 そして、その要請は社会の仕組みだけにとどまらない。
 競争と敗者の切り捨てを繰り返してきた末に、政治経済に役立つ「お金と時間」という尺度でしか幸せを味わえない植松被告が立ち現れたのではないか。その幸福観は説得力を帯びかねないところに恐ろしさがある。
 障害はもちろん、学力や稼働能力、財力の有無にかかわらず、人間存在そのものを見つめる力。それが私たちには問われている。


相模原事件1年/差別を容認しない社会に
 神奈川県相模原市の知的障害者施設で入所者19人が殺害された事件から、きのうで1年になった。施設に侵入し、無抵抗の人たちを次々に襲った犯行は、社会に大きな衝撃を広げた。
 殺人罪などで起訴されたのは施設の元職員の男だった。今も謝罪の言葉はなく、「障害者は不幸をつくる」といった自身の考えを正当化している。
 障害者を介護する立場の若者がなぜ、障害者を排除するという差別思想に染まったのか。大量殺人を実行するに至った動機は何なのか。核心はいまだ深い闇に包まれている。
 大切なのは、差別を決して許さないという意識を社会全体でしっかり共有することだ。
 この事件では、殺害された人のほかに26人が重軽傷を負い、3人が結束バンドで縛られた。未明の時間帯を狙った犯行は高い計画性をうかがわせる。
 被告は犯行の5カ月前に衆院議長公邸を訪れ、襲撃を示唆する手紙を渡そうとした。手紙には「障害者が安楽死できる世界が目標」と書かれていた。
 職場でも同様の発言を繰り返して警察に通報され、市が精神保健福祉法に基づき措置入院を命じた。だが退院後は警察と行政の連携がなされず、継続して見守る仕組みが必要とされた。
 事件は裁判員裁判の対象で、これから公判前の手続きに入る。被告の責任能力の有無が争点になることは間違いない。
 ただ、被告は一環して容疑を認め、「意思疎通ができない人間を安楽死させるべきだ」とする主張を崩していない。精神鑑定で人格的な問題が指摘されたが、検察は「責任能力に影響しない」として起訴した。審理は長期化するだろう。
 「いつも家族と新年を迎えていた」「とても我慢強くて笑顔がすてき」−。犠牲者の追悼式では一人一人の人柄が紹介され、遺族らは事件に対する憤りと悲しみを新たにした。
 気になるのは、被告の過激な主張を容認するような言動がネットなどで見られることだ。
 障害のある人もない人も命の重みに変わりはない。地域で共に生きている。そうした当たり前のことに対する意識が薄れていないか、改めて自分や周囲の状況を見つめ直したい。


仙台市長選で勝利しても野党の選挙協力が進まない理由
 仙台市長選は、野党側の思惑通り、4党の選挙協力がカチッと組めれば自公に勝てるという道筋を指し示す結果となった。各紙はその結果を一様に「自民に打撃」と伝えたが、その中にあって毎日新聞は1面トップで「内閣支持率続落26%、“総裁3選”62%否定」と大見出しを打った。
 こうなると、いつ安倍政権が崩落して解散・総選挙になだれ込むやも知れずという地雷原状況が続くわけで、野党4党の衆議院選挙での協力態勢づくりもモタモタしてはいられまい。民進党の大幹部に聞くと、「ごく一部の極端な反共派は別として、トップから末端まで、濃淡やニュアンスはいろいろあっても、4党選挙協力で次期衆院選に臨むということについては党内合意ができている。理由は簡単で、我が党単独で安倍政権を追い詰め、その先、政権を取りにいく展望は、今のところ絶無だからだ」と言う。なるほど、分かりやすい。
 でも、細野豪志が憲法観の違いを理由に代表代行を辞任したり、前原誠司が「共産党の下請けにはならない」と発言するなど、ゴタゴタが続いている。「細野は軽挙妄動で、自分のグループもバラバラになってしまった。前原は口だけ達者でいろいろ言うけれども、京都での候補者調整ではちゃんと共産党と手を握っているんじゃないか」ということで、実は4党選挙協力がトレンドなのだという。
 しかし、野党選挙協力で戦うぞー! という勢いがなかなか見えてこないのだが? その幹部が答える。
「個々の選挙区事情となると、なかなか複雑なのだ。例えば私の県では、共産党が『1つの選挙区を譲ってくれれば他の全部の選挙区で民進党なり他の2党を支援する。簡単な話です』と言うが、その共産党が欲しい区は、我が党としては有力候補がいて譲りにくい。また、仮にそこを譲って民進党候補を取り下げたとして、1つには、それを今から発表すると、すぐに“小池新党”みたいなのが出てきて票をさらおうとする。2つには、それがなくとも、民進党が持っている保守寄りの票や連合の票は、必ず自民党に流れ、共産党には行かない。共産党は組織政党だから、『今回は我慢してこの民進党候補に入れろ』と言えば大半の党員・支持者はそれに従うだろう。しかし民進党は、そんな組織政党ではないから、誰も言うことを聞かず、みんな自民党に行く。そういう微妙な事情を分かっていただかないと、野党協力態勢は進まない」
 なるほど、仙台で勝っても一直線にはいかないのである。


安倍首相「1月20日知った」のペテン答弁は国民への愚弄
 よくもまあ、この期に及んでも平気でウソをつき続けられる、つけるものだ。25日の参院予算委の閉会中審査。野党側は24日の衆院予算委で、安倍首相が加計学園の獣医学部新設計画を「1月20日の国家戦略特区諮問会議で初めて承知した」とした答弁の真偽を追及。安倍首相は「獣医学部新設の提案者は今治市であり、加計学園ではない。事業主体が誰か、今治市から説明はなかった」とシラを切っていたが、国民を愚弄するにもホドがある。
 今治市は2007年から計15回にわたって構造改革特区で獣医学部新設を要望してきた。当時の「提案申請説明資料」には、〈当該規制の特例措置の適用を受けようとする者の名称〉として〈学校法人加計学園〉とハッキリ明示されている。予算委で、その点を指摘された安倍首相は「知り得る立場」だったことは認めたものの、「数十ある申請をいちいち全部説明を受けているわけでもない。実際には今治市の提案について全く認識をしていなかった」と言っていた。加計どころか、今治市の獣医学部新設提案についても知らなかった、とスッとぼけたワケだが、これは大ウソだ。
 安倍首相は3月28日の参院決算委で加計問題を問われた際、〈今治市の獣医学部誘致は、平成19年、これ福田政権ですね、また構造改革特区に最初の提案があって以来(略)福田政権、麻生政権、自民党政権下では対応不可とされていました。これが民主党政権下で、平成22年度中を目途に速やかに検討と、これ前向きに格上げされたことを指摘しておきたい〉などと、過去の細かな経緯を把握していたことを明かしていたからだ。
■今治市の提案書はずっと「加計学園」
 構造改革特区で「今治・加計」の名前は出ていたが、国家戦略特区は別モノ――。安倍首相はこう言いたいようだが、苦し紛れの言い訳だ。実際、今治市の議会議事録(16年6月定例会)には、菅良二市長のこんな発言が出てくる。
〈昨年、構造改革特区と国家戦略特区の提案が一本化されたため、6月に国家戦略特区として、国際水準の獣医学教育特区の提案を愛媛県と共同で行い(略)本年1月、正式に国家戦略特区の指定と区域方針が決定された〉〈国家戦略特区に関しましては、安倍総理の強いリーダーシップにより進められており、今治市が指定を受けたことは非常に意義がある〉
 つまり、今治市にとって国家戦略特区は、それまでの構造改革特区と「一本化」して“衣替え”した程度の認識であって、構造改革特区だろうが国家戦略特区だろうが、事業主体は変わらず「加計学園」と考えるのが常識的な感覚だ。しかも、特区指定を受けた首長が議会で、背後に安倍首相の強いリーダーシップがあった――と認めていたワケで、どんなに安倍首相が「加計も今治も知らん」と言ったところで、信じる国民は誰もいない。
「そもそも国家戦略特区は安倍政権の地方創生の看板政策だったはず。その重要政策について、特区諮問会議の議長を務める総理大臣が、指定ギリギリまで『何も知らなかった』わけがないでしょう。仮に本当だとすれば、看板政策は何だったのかということです」(政治評論家の山口朝雄氏)
 ここまでウソを重ねると、国民をよっぽどバカにしているのか、虚言癖かのどちらか。もうウンザリだ。


衰えぬコンサート人気 沢田研二が貫いた“独自路線”の矜持
 歌手のコンサートが全国各地で本格的に始まっている。松田聖子、浜崎あゆみらコンサートを主体にした人気歌手の情報は定期便のように報じられるが、今年は話題も少なく、やや低調気味。そんななか、あまりメディアに取り上げられなくとも、絶大なコンサート人気を誇るのが御年・69歳になる沢田研二だ。
 7月16日に始まった「デビュー50周年記念コンサート」は来年1月まで全国60カ所、66公演のロングラン。コンサートは人気のバロメーター。この数の公演をできるのは衰えぬ人気の証しでもある。
「人気のあった往年の歌手でも一人で会場をいっぱいにするのは難しい時代。今は何人かが集まってコンサートすれば満席にできるという発想から“夢”グループ主催のコンサートに参加するのが最近の傾向。ちなみにネットなど苦手な年配客が多いことから、新聞広告を多く出して電話で申し込めるシステムをとっている」(音楽関係者)
 いまだに単独公演ができる沢田人気の凄さは際立つが、他の歌手と一線を画すように沢田は独自の路線を貫いてきた。
 GS全盛時は「タイガース」の人気ボーカル。ソロになっても「ジュリー」の愛称で数々のヒット曲を飛ばしてきた。化粧や肌を露出した衣装などビジュアル面でも女性ファンを魅了。当時は「男が化粧」と非難する声もあったが、それは百も承知。「敵・味方が半々。それがちょうどいいバランス」という沢田側の作戦だったという。
 紆余曲折ありながらも順風満帆に見えた沢田だったが、95年に「自分のやりたいようにやっていきたい」と方向転換。すべてのテレビ番組から消えた。業界のしがらみを捨て、コンサート中心の活動に切り替えたのである。こんな話を聞いた。
「彼はアイドル的な人気歌手としてやっていくか、縛りのない普通の歌手になるか悩み、再婚相手の田中裕子にも相談。出した結論が後者だったそうです」(芸能関係者)
 すでに昔のセクシーなジュリーの面影はない。年相応にお腹の出た体形と薄くなった頭髪。「もうビジュアルを気にする必要はなくなった」ことの証しでもあろう。全盛期は口数の少ない寡黙な歌手という作られたイメージも脱ぎ捨て、反戦や反原発をコンサートで訴える。素の沢田研二が舞台に立っている。それでもファンは毎年のように会場に足を運び、「ジュリー」と黄色い声援を送る。沢田の生き方も後輩歌手の指針になるかもしれない。


不透明「内閣改造」次の手「年内解散」
 ★自民党は閉会中審査で、首相・安倍晋三が加計学園の獣医学部開設に直接の関与はなかったとして事態の幕引きを図りたいものの、有権者がそれを許すのか。当然内閣改造ぐらいで事は、乗り切れるものではない。内閣改造は解決策にならないからだ。そもそも来月3日に断行されるといわれる内閣改造と党人事が、予定通り行われるのかどうかも不透明だ。 ★すると次の矢を自民党は繰り出してきた。党幹事長・二階俊博は25日、自派閥の研修会で「そう遠くない日に必ず選挙はある。立ち遅れは許されない」と引き締めた。政界関係者が言う。「今回の支持率低下、仙台市長選の惨敗は相当こたえた。改造直後の解散総選挙は一部に流れているが、それは民進党の選挙態勢が整っていないから。だが現実的ではない。党内主流の考えは、来年秋口の解散説。しかし愛媛3区と青森4区の補選が10月22日に行われる。ここに合わせて解散総選挙ではないか。もう補選を様子見に使う余裕など自民党にはない。憲法改正にこだわる体力もない。カネを突っ込むという意味では補選と解散、つまり本選挙を分散させる意味はない」。 ★年内解散の現実味はもう1つ、要因がある。来年は平成最後の年として、メディアは天皇陛下の公務の歴史や平成回顧、昭和から平成にかけての時代の変遷を特集するだろう。社会は皇室への関心と陛下の象徴としての歩みに、思いをはせる。その時、国会は憲法改正の流れになるだろうか。年内に信を問う必要がある。加えて、その解散が安倍の手で行われるものなのかどうか。安倍続投は、選挙に勝てる顔かどうかの判断による。この短期間に、党内で安倍の再査定が始まる。

[県民葬と基地問題]「深い溝」埋める努力を
 安倍晋三首相が遺影に向かって追悼の辞を読み上げ、席に戻ろうとした時、会場から訴えるような女性の声が響いた。
 「基地を造ったら沖縄が戦場になる」
 大田さんが生前、いつも気にしていたことだった。
 6月12日に亡くなった大田昌秀元県知事の県民葬が26日、宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで営まれた。
 県民葬には政府を代表し安倍首相と鶴保庸介沖縄担当相も参列した。県や県議会などでつくる実行委員会が、屋良朝苗初代県知事や西銘順治元知事の県民葬に倣って案内状を出したという。
 実行委員長を務める翁長雄志知事は式辞で、大田さんが貫いた「平和を愛する共生の心」を受け継ぐと誓った。
 先月の「慰霊の日」の平和宣言では、辺野古新基地に反対する姿勢を明確に示したが、今回は故人を追悼する式ということであえて辺野古には触れなかったのだろう。
 一方、安倍首相は沖縄戦体験に根ざした大田さんの功績を評価しつつ、「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と追悼の辞を読み上げた。
 冒頭の女性の訴えがあったのはその時だ。
 沖縄戦を体験した大田さんと、戦後生まれの安倍首相は平和観も安全保障観も全く異なる。
 翁長知事は先日、辺野古新基地建設を巡って岩礁破砕を伴う工事の差し止め訴訟を起こしたばかりである。
 県民葬を通して浮かび上がったのは県と政府の溝の深さだった。
■    ■
 大田さんが生前発した忘れられない言葉がある。
 拒否し続けた代理署名を当時の村山富市首相が代行すると表明した後の会見で語気を強めて訴えた。
 「安保は大事と言いながら、どの知事さんも自分たちのところに基地を持ってきては困ると言う。沖縄も困ると言っているのに。沖縄は日本ですか」
 「日本にとって沖縄は何なのか」という問いは沖縄にとって切実だ。「沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」という首相の約束にもかかわらず、基地の重荷は増す一方だからだ。
 数日前にも宜野座村城原の集落近くで、米軍のオスプレイがつり下げ訓練をしているのが確認された。
 嘉手納基地では外来機の飛来によって騒音苦情が相次ぎ、三市長連絡協議会が緊急調査を始めたばかりだ。
■    ■
 内閣支持率の急落を受け、「反省」を口にするなど低姿勢に転じた安倍首相だが、こと沖縄の基地問題に関しては言葉と行動が一致しない。
 首相は慰霊の日と同じく、この日も翁長知事と話し合う機会をつくることなく沖縄を後にした。
 国地方係争処理委員会は昨年6月、「双方が納得できる結果を導き出す努力をすること」を求めたが、安倍政権には話し合いによって県との溝を埋めていこうとする努力が決定的に欠けている。
 官邸のかたくなな態度が問題解決の道をふさいでいることに気付くべきだ。

相模原事件から1年・・・障がい者を考える/暑中見舞い大阪東

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Un spin-off pour City Hunter
C'est cette semaine dans le nouveau numéro du magazine Comic Zenon de Tokuma Shôten que commence le spin-off officiel de la série City Hunter.
Célébrant la fin de la série Angel Heart, cette série a pour titre Kyô Kara City Hunter. Elle est dessinée par Sokura Nijiki et fait la couverture du magazine.
L'histoire nous fait suivre les aventures d'une femme quarantenaire qui est fan de la série City Hunter. Après un accident, elle se réveille dans le monde de City Hunter, et espère bien vivre une histoire d'amour avec son héros préféré.
En France, vous pouvez découvrir les séries City Hunter, Angel Heart et Angel Heart - Saison 2 chez Panini Manga.
Synopsis:
Ryo Saeba, surnommé "City Hunter" est un "nettoyeur", sur contrat, il débarrasse Tokyo qui regorge de criminels en tout genre. Tireur d'élite hors pair, il le plus souvent engagé comme garde du corps. Avec sa partenaire Kaori, avec laquelle il entretient une relation atypique, ils forment un duo d'enfer que rien ne peut arrêter...
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ブラタモリ「#78 弘前」
ブラタモリ、青森県の弘前へ!リンゴと弘前城のサクラで知られる津軽10万石の城下町。「サムライ」をキーワードに、弘前の知られざる歴史をタモリさんが解き明かします。
まずは弘前城へ向ったタモリさん。なぜかサムライの気持ちになって、石垣の巨大な石を引っぱることに?続いては多くの観光客がやってくる名所「禅林街」へ。33の禅寺が杉並木に沿って並ぶ観光スポットとサムライの関わりとは?さらに日本一の生産量を誇るという弘前のリンゴや、日本を代表する花見の名所・弘前城のサクラもサムライのおかげ…っていったいどういうこと?続々登場する超意外な事実にタモリさんもビックリ! タモリ,近江友里恵, 草ナギ剛

山崎 雅弘‏ @mas__yamazaki
本当に潔白なら、当時の記録を出すか、関係者のメモ等から事実を再構築して客観的根拠を提示するのが当然だが、潔白でないなら記録は全て隠すか廃棄し、関係者の記憶も関連部分だけ消去し、さらに自分がいかに状況把握能力に欠けた無能な人間であるかをアピールするしかない。これが今の内閣総理大臣。

すっかり忘れていましたが,「重度障がい者は生きている意味がない」との思い込みで数多くの障がい者が殺害された相模原事件から1年になります.ヨドバシ前で集会がもたれており,少しだけ参加しました.容疑者とされる人物の障がい者観は問題があると思いますが,わたし自身はどうなのか?というのに戸惑ってしまいます.つまりわたしのなかにも容疑者と同じ考えが存在するかもしれないなぁと思ってしまうんです.
夕方伊丹の女子が「長田の女子が怒って帰った!」というので焦ってしまいました.約束していないし・・・どうしたらいいの?
部屋に帰ると暑中見舞いが届いてました.京都に住んでいるのに消印は大阪東.天満のあたり.天神祭を見に来たついでかな?久しくメールもしていなかったけど元気かな?

仮設入居でうつ発症リスク2倍に
東日本大震災の被災地で、震災後、仮設住宅に入居した高齢者は自宅から転居しなかった人に比べてうつの発症のしやすさが2倍になっていたことが千葉大学などの研究グループの調査でわかりました。
研究グループは、仮設特有の狭い空間での生活などが影響しているのではないかと分析しています。
千葉大学や東北大学などの研究グループは岩沼市の65歳以上の高齢者を対象に震災の7か月前に健康状況などの調査を行っていて、震災の2年半後に追跡調査を行いました。
そして、震災後にうつを発症した人およそ360人について、震災後の住まいとうつの発症との関連を統計学的に分析したところ、震災後にプレハブの仮設住宅に入居した人は、震災前の自宅などから転居しなかった人に比べて発症のしやすさが2倍になっていたことがわかりました。
一方、賃貸住宅を利用するいわゆる「みなし仮設」や新居へ移った人は、転居しなかった人と発症のしやすさに大きな違いはなかったということです。
分析を行った千葉大学予防医学センターの佐々木由理特任助教は「仮設住宅のほうが『みなし仮設』よりも孤独感が少ないとされるが、仮設住宅のほうがうつの発症のしやすさが高かったのは、狭い空間や薄い壁などプレハブ住宅特有の物理的要因が影響していると見られる。仮設住宅の環境を改善することが必要だ」と話しています。


東北大 沿岸部の地形変化調査へ
東日本大震災で被害を受けた東北地方の沿岸部で震災後、地形の変化が顕著に見られることから、東北大学は、地形の測量や衛星画像の解析を行い、沿岸が将来、どのような地形になるか予測する研究を始めることになりました。
東北地方の沿岸部では、東日本大震災の津波で浸食された海岸がこの数年の間に元に戻ったり別の形に変化したりするなど地形が安定せず、地元の防災計画や生態系への影響が懸念されています。
このため東北大学では、国内外の7つの大学や研究機関と連携して東日本大震災やインド洋大津波で被害を受けた海岸などで調査を行い、未来の地形を予測する新たな研究を始めることになりました。
研究では津波の被害をかつて受けた地域の測量データや衛星画像をスーパーコンピューターで解析し被災後に地形がどのように変わったかを調べた上で、東北沿岸部が10年程度のスパンでどのように変化していくかを予測します。
また被災していない地域でも大きな津波が押し寄せた時にどの程度海岸が浸食され地形の変化が起きるのかについても予測し、5年後の平成33年度をめどに各国の防災機関に提言したいとしています。
研究を行う東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長は、「地形の変化が続くと住まいや産業をどう復興していくのかにも影響してしまう。他国の津波被害による地形変化の事例とも比較しながら、地形変化の理論を確立していきたい」と話しています。


被災県がタッグ 復興願う酒「絆結」完成
 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県と熊本地震に見舞われた熊本県の各信用金庫が城南信金(東京)と連携し、各地のコメで造った日本酒「絆結(きゆ)」が完成した。関係者が25日に福島県庁を訪れ、復興を願う純米大吟醸酒を内堀雅雄知事に手渡した。
 醸造を担当した曙酒造(福島県会津坂下町)の鈴木孝市専務は「すっきりしたフルーティーな味わいが特徴。福島のプライドを懸けて造った」と説明した。
 城南信金の渡辺泰志理事長は「震災の風化を防ぐため多くの人に堪能してほしい」と期待。内堀知事は「復興に向かって多くの人ともう一度絆を結び直すきっかけとなる」と述べた。
 日本酒の醸造は「興(お)こし酒プロジェクト」と銘打って城南信金が呼び掛け、盛岡、石巻、福島など計14信金が協力。被災4県のひとめぼれを使用した。
 城南信金が8月に都内で開く商談会で披露し、720ミリリットル入り1本2600円(税込み)で販売。1本当たり200円を被災4県の復興支援事業に寄付する。


<リボーンアートフェス>「桃浦ビレッジ」整備進む
 東日本大震災で被災した石巻市などを舞台に開幕したアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」を機に、牡鹿半島の同市桃浦地区で会員制宿泊研修施設「桃浦ビレッジ」の整備が進んでいる。宿泊施設を備え、漁業体験などを通して集落に根付く「生きる術」を学ぶ場となる。
 桃浦ビレッジは約5000平方メートルの敷地に、いずれも木造で、各5人宿泊できる2部屋を備えた管理棟の「メインハウス」1棟、4人が宿泊できるタイニーハウス2棟を建てる。10張り分のテントサイトも整備。8月中旬以降にオープンする予定。
 漁業体験や山の散策などのプログラムを用意。海と山を楽しむ一方、暮らしの知恵を学ぶことができる。16日には現地で駐車場と歩道をつくるプログラムがあり、参加者ら約20人が間伐材から作ったウッドチップを歩道などに敷き詰める作業に汗を流した。
 参加者の一人、東松島市の教員松浦達夫さん(61)は震災時、ビレッジに近接する荻浜小(14年4月から休校)の校長を務めていた。松浦さんは「桃浦地区には思い入れがある。当時の教え子たちとこの場所で同窓会をやりたい」と完成を心待ちにしている。
 桃浦地区では新たな漁業従事者の育成などを目的に、地元住民と筑波大の貝島桃代准教授らが2013年から「牡鹿漁師学校」を企画。里山の再生を含め、集落の暮らしを学ぶプログラムを展開してきた。
 桃浦ビレッジはRAFを主催する一般社団法人APバンクが貝島准教授、同大の佐藤布武助教らと共に整備する。貝島准教授は「多くの人と一緒にビレッジを育てたい。桃浦に移住者を呼び込む契機になれば」と期待を寄せる。


新住民が夏祭りで交流 仙台・荒井南地区
 東日本大震災に伴う災害公営住宅や防災集団移転団地、民間の分譲宅地で構成する仙台市若林区荒井南地区で29日、初の夏祭りが開かれる。主催する荒井南町内会は「さまざまな立場の新住民が混在する地域だからこそ、祭りを通じて交流を広げる一歩にしたい」と意気込む。
 祭りは午後4時から地区内の公園予定地で開催。出店のほかスイカ割りや抽選会、若林区の「七郷すずめ連」のメンバーによるすずめ踊りなどが行われる。
 15日に災害公営住宅敷地内の集会所であった打ち合わせで、担当の住民らはスケジュールや役割分担、周知方法などを確認した。
 荒井南地区は市地下鉄東西線の沿線開発の一環で2008年に土地区画整理事業が始動。震災後の15年に造成が完了し、現在約430世帯1400人が住む。うち災害公営住宅や防災集団移転団地に計約150世帯が生活。民間の分譲地に自宅を自主再建した被災者もいる。
 町内会は16年12月に発足し、約370世帯が加入。祭りの開催は6月に決めた。町内会の鈴木誠副会長(47)は自宅を新築し、2年前に地区外から引っ越してきた。「新しいコミュニティーで、住民同士の顔がまだ見えない。小さい子どもも多く、祭りでつながりをつくりたい」と話す。
 市内の地区外の自宅が被災し、災害公営住宅で暮らす開沼安則会長(72)は「子どもたちにとってはここが古里になる。思い出となるものを少しずつつくっていきたい」と強調する。


<秋田豪雨>「何から手を付ければ…」住民らぼう然
 大雨で雄物川が氾濫し、住宅の浸水被害が相次いだ大仙市では、復旧作業が本格化しつつある。多くの住民が25日、土砂の片付けや家具の搬出に汗を流した。その一方で、被害の大きさに途方に暮れる被災者もいる。
 「寄せる(片付ける)物は何もない。何から手を付けていいのか分からない」。同市協和下淀川の無職加藤一雄さん(72)がため息交じりに話した。木造2階の自宅は1階の床上約1.5メートルまで水が押し寄せ、冷蔵庫やストーブ、畳などが流失した。床は泥や流木が覆い、壁や窓枠は壊れた。
 加藤さんは23日午前4時ごろ、滝のような雨音で目が覚めた。妻公栄さん(68)と軽トラックに乗り込み、数キロ離れた親類宅に身を寄せた。24日朝に戻った自宅は電気や水道が使えず、辛うじて被害を免れた2階で暮らす。
 残った家財道具も水を吸い、泥まみれだ。親戚の手を借りて徐々に片付けるつもりだが、加藤さんを含め13世帯32人が暮らす集落は多くの家が似たような状況にある。「こんなことになるとは、夢にも思わなかった。元通りにするには人手が欲しい」と力なく話す。
 片付けが本格化している地区もある。多くの家が床上浸水した同市刈和野では、住民が家具を家の外に出し、床を水洗いしていた。主婦(63)は「電化製品の多くは使い物にならない。床も水を多く含み、乾かすのに何日かかるか分からない」と肩を落とした。(秋田総局・藤沢和久)


デスク日誌 豪雨
 局地的に降り続く激しい雨の恐ろしさを、また見せつけられた。福岡、大分両県など九州北部を襲った災害。もたらした惨状に、胸が締め付けられる。
 山が崩れ、大きな岩の交じった土砂が住宅を壊して中になだれ込んだ。大量の雨は山の木々を倒し、川に集めて下流へと運び、堤防をえぐった。人々の穏やかな暮らしが奪われた。
 東北も昨年夏、同じような災害に遭った。岩手県岩泉町。足を運ぶと、覚えていた、のどかな山里の風景はなくがくぜんとした。
 「雨は白いカーテンのようだった。前が全く見えなかった」「川の水かさが増し、5メートルを超える岩を転がした。怖かった」。地元の人の言葉が耳に残る。
 沢を伝い、至る所で土砂が転がり落ち、道路を覆った。川の濁流で路肩を削られた道路や、折れ曲がったガードレールも数え切れないほど。何より驚いたのは積み重なるように散乱する流木の多さだった。
 あれから1年。だが、まだまだ元通りにはなっていないという。人口減少が続き、高齢者の占める割合も高い。以前のような、安心して暮らせる環境が一日も早く戻るのを願っている。
(整理部次長 細谷隆)


<放射光施設>東北の構想 大いに参考に
 文部科学省が新設を検討する次世代型放射光施設を巡り、国立研究開発法人の量子科学技術研究開発機構(量研機構、千葉市)が整備運用計画案の作成を進めている。建設候補地の公募には東北大青葉山新キャンパス(仙台市)を拠点とする地域構想1件が応じ、東北の関係者が推移を見守る。量研機構の田島保英理事に今後の展望を聞いた。(聞き手は東京支社・片山佐和子、報道部・高橋鉄男)
 −国の委託で5月末に計画案作成を引き受けた。
 「大型放射光施設スプリング8(兵庫県)の建設経験を生かせることが大きい。機構の前身の日本原子力研究開発機構(原子力機構)は理化学研究所(理研)と共同で施設整備を手掛け、線形加速器などを建設した。現在は専用ビームライン2本を使い、研究開発に取り組む。放射光以外の量子ビーム関連施設も保有しており、産学連携の経験も活用できる」
 −計画案の検討状況は。
 「6月1日付で5人体制の高輝度放射光源推進準備室を発足させた。国が策定する計画を下ごしらえし、文科省科学技術・学術審議会の小委員会で吟味してもらう。今後の日程は未定だが、スピード感を持って取り組む。27日の小委員会で骨子案を示す予定だ」
 −産学連携組織の光科学イノベーションセンター(仙台市)と東北経済連合会、宮城県が合同提案した地域構想をどう見るか。
 「量研機構は地域を決める立場になく、評価は控える。ただし、民間資金の活用といった財源分担も含め官民や地域の連携の在り方が具体的に提案され、大変参考になる。提案者とは事実関係の確認などを書面でやりとりしている。必要に応じて現地の状況を見たい」
 −建設地の要件は。
 「地盤の強度や広さなど技術的な要件に加え、利便性を重視する。施設は物質の機能を調べる『軟エックス線』分野に強みがあり、学術界とともに産業界の期待が高い。産業需要に柔軟に応えるためにも、利用者の視点を大切にしたい」
[量子科学技術研究開発機構]放射線医学総合研究所と原子力機構の量子ビーム、核融合両部門を再編統合し、2016年4月に発足。量子ビーム関連は高崎量子応用研究所(群馬県)と関西光科学研究所(京都府)を拠点とする。


辺野古差し止め提訴/「泥沼化」は避けなければ
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、国と沖縄県が司法の場で再び対決することになった。
 沖縄県は24日、県の岩礁破砕許可を更新せずに政府が埋め立て工事を進めているとして、工事の差し止めを求める訴訟を那覇地裁に起こした。判決まで工事を中断させる仮処分も併せて申し立てた。
 このまま埋め立て工事が進んで行けば、物理的に二度と後戻りできない状況に陥ってしまう。「移設は到底容認できない。不退転の決意で取り組んでいく」。「沖縄の心」を体現する翁長雄志知事の強い意志の表れに違いない。
 翁長知事は、埋め立て承認取り消しを巡って国が起こした訴訟の最高裁判決(昨年12月)で敗訴しており、国は辺野古移設の問題は決着済みという立場だ。
 ただ、今回の提訴は工事の手続きの違法性を問題視しており、別の訴訟である。
 移設工事を巡っては漁業権が設定された海域で海底の地形を変える場合、県規則で知事の岩礁破砕許可が必要だ。
 3月末で許可期限が切れたにもかかわらず、更新せずに工事を続けているのは違法、というのが県側の主張だ。一方、国は地元の漁協が漁業権を放棄したことから「許可は不要」と反論している。
 県は漁業法の趣旨やこれまでの政府見解などを踏まえて、「漁業権消滅に必要な知事の変更免許が出ておらず、許可は必要」と指摘。国は最高裁判例を盾に審理の対象にならないとして、訴えの却下を求めていくという。
 これまで安倍晋三首相は「普天間の危険性除去のために、移転先は辺野古以外はない」と、辺野古オンリーの姿勢を一貫して崩していない。マティス米国防長官も「辺野古唯一」の見解を示している。
 沖縄県民にとって、一切聞く耳を持たない姿勢は「門前払い」のように映るのではないか。日米安保は大切といいながら、沖縄だけに米軍基地の7割を押し付けるゆがんだ構図が一向に変わらないことに、いら立ちや焦りを高ぶらせているのは明らかだ。
 歴代の自民党政権の中には小渕恵三、橋本龍太郎の元首相や野中広務、梶山静六の元官房長官ら沖縄に心を寄せた政治家が少なからずいた。
 沖縄戦で本土の「捨て石」となり、戦後は米国に統治された苦難の歴史を理解しようと努め、自らの政治姿勢に投影させていた。
 本土復帰から45年。安倍政権はどれだけその思いを継承し、酌んでいるのだろうか。「甘えるな」という突き放した姿勢だけが伝わってくる。
 国は翁長知事への損害賠償請求も視野に入れているというが、屈しないだろう。本土への恨みが募るだけではないか。いま一度立ち止まって、沖縄の叫びに耳を傾ける必要がある。「泥沼化」は何としても避けなければならない。


辺野古提訴  自治理解し審理尽くせ
 沖縄県が名護市辺野古の米軍基地建設差し止めを求め、那覇地裁に提訴した。米軍普天間飛行場の移設問題が再び法廷で争われる。
 県は、政府が県知事の許可を得ず「岩礁破砕」を行おうとしているのは違法と主張している。
 争点は事務手続きの要不要だが、国が自治体の意思に反して基地建設を進めることの是非が問われている。条例や規則に従わせるための自治体による訴訟を否定した判例があるが、今回は自治の根幹に関わる問題だ。裁判所は審理を尽くしてほしい。
 辺野古への基地移設を巡っては、翁長雄志知事が2015年10月に仲井真弘多前知事による現場海域の埋め立て承認を撤回した。沖縄県と政府は訴訟で争い、昨年12月に県敗訴が確定した。
 政府は今年4月から本体工事に着手したが、3月末に期限が切れる岩礁破砕許可を県に申請しなかった。岩礁破砕許可は県漁業調整規則に定められている。漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す作業に必要な手続きだ。
 政府は、地元の辺野古漁協がほとんどの漁業権を放棄したため「漁業権が消滅した」とする。漁協は国の働きかけで漁業権放棄を決議していた。
 一方、沖縄県は「漁業権は一部放棄による縮小で消滅ではない。許可申請は必要」と反論する。
 仲井真前知事の埋め立て承認書には、本体工事前に事前協議を行う規定がある。県は協議を求めたが国は一方的に打ち切った。
 問答無用である。国は安全保障を理由に工事を進めるが、地方自治の理念を理解すべきだ。話し合いのテーブルに着いてほしい。
 米軍機オスプレイの佐賀空港への配備計画は、国は地元配慮を理由に配備を延期した。沖縄に対する強硬ぶりとは大きな違いである。沖縄から「差別」との声が上がるのも無理はない。
 菅義偉官房長官は折に触れ「法治国家」と胸を張る。だが、漁協に漁業権を放棄させるような手法は反発を招くだけではないか。
 工事は今後、設計変更が度々必要になるとみられる。国はその度に県や名護市へ届けなければならないが、こんな対立を続ければいずれ作業は行き詰まる。
 沖縄県内の選挙では翁長知事派の落選が続く一方で、地元紙の世論調査(5月)では、6割超が知事を支持している。
 地元が反対する事業に巨額の税金が投じられている。京滋でも、わがこととして関心を持ちたい。


辺野古再提訴 誠意持って話し合いを
 沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事を巡り、沖縄県は工事の差し止めを求めて提訴、判決まで工事を中断させる仮処分も併せて申し立てた。政府と県の対立は再び法廷闘争に入る。
 辺野古移設に関しては、前知事が行った現場海域の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事の処分について政府と県が訴訟で争った結果、昨年12月、最高裁で県側敗訴の判決が確定している。
 県側は今回、最高裁判決後の動きとして、政府が知事の許可を得ずに漁業権が設定された海域で海底の岩石などを壊す「岩礁破砕」を行うのは違法だと主張し、新たな訴訟に踏み切った。
 これに対して政府は、県の訴えは不適法で、許可も不要だとして全面的に争う構えだ。菅義偉官房長官は確定判決に従い「誠実に対応する」とした昨年3月の和解条項を挙げ「県の提訴は残念だ」と述べた。だが最高裁判決は埋め立て承認を巡る行政処分の是非を判断したにすぎない。
 この問題は司法の場でいくら手続きの法律論を詰めても事態は解決しないだろう。総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」は2016年6月、政府と県の双方に解決に向けた協議を促した。しかし十分な話し合いのないまま政府側が訴訟に持ち込んだ経緯がある。
 係争委は「普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向け、真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導く努力をすることが解決への最善の道だ」と指摘した。理解できる提言だ。その原点に戻り、政府は誠意を持って県と協議するよう求めたい。
 その際には、沖縄の基地問題の歴史にあらためて思いを巡らせるとともに、安全保障環境の変化や安全保障関連法による日米連携の深化を踏まえ、在日米軍全体の在り方を抜本的に再考し、辺野古基地建設の必要性を議論すべきだ。
 政府と県は15年にも約1カ月間、工事を中断して集中協議を行った経緯がある。しかし翁長知事が戦後、土地が強制収用されて米軍基地が造られた歴史から訴えたのに対し、安倍晋三首相は1996年の日米の普天間返還合意が原点だと主張し、かみ合わなかった。
 沖縄は第2次大戦末期に悲惨な地上戦を経験し、その後に強制的に米軍基地が造られた。さらに新たな基地を造るという計画に多くの県民が反対するのは当然ではないか。
 北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出で緊張が指摘される安全保障環境への対応も冷静に考えたい。北朝鮮は弾道ミサイル発射訓練の目標を在日米軍基地だと明言し、米本土が射程に入る大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発にも成功したと主張する。今後、米軍の在外配置の見直しが課題に浮上しよう。
 一方、日中両政府は最近、関係改善へ動きだしている。こうした情勢の中で辺野古に大規模な基地を造り、固定化する必要があるのか。在日米軍の在り方の見直しに関して、政府は米政府へも議論を働き掛けるべきだ。
 安倍政権は翁長知事への損害賠償請求もちらつかせて圧力をかける。来年1月に予定される名護市長選と来年秋の県知事選で移設反対の現職を破ることにも力を入れている。しかし地方選挙への過剰な介入は対立を深めるだけだろう。地元の声に謙虚に耳を傾ける姿勢を政府に求めたい。(共同通信・川上高志)


[辺野古再提訴] 政府は聞く耳持たねば
 沖縄と政府の対立が再び、法廷闘争に発展した。
 沖縄県が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事差し止めを求め、那覇地裁に提訴した。
 移設を巡っては現場海域の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事の処分に関し昨年末の最高裁判決で、県側敗訴が確定している。
 これを受け、政府は4月から埋め立ての工程に入り、着々と護岸工事が進んでいる。
 県が提訴に踏み切ったのは、既成事実化する新基地建設への対抗策だ。翁長氏は工事阻止に向け、あらゆる知事権限を使うと言明している。
 今回の訴訟で沖縄県が主張するのは政府による県漁業調整規則違反である。知事の許可を得ずに、漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す「岩礁破砕」を行うのは違法としている。
 これに対して、政府は全面的に争う構えだ。地元漁協が漁業権を放棄したことを理由に知事の許可は不要になったとし、工事自体も適法と反論している。
 自治体は条例や規則に従わせるために訴訟を起こせないとする判例がある。沖縄にとって勝算は厳しいとの見方があり、やむにやまれぬ異議申し立てといえる。
 これまでも沖縄と政府は訴訟合戦を繰り広げてきた。基地問題は司法の場で手続きの法律論を詰めても、解決しないことは明白だ。
 ただ、政府は沖縄の言い分に聞く耳持たずというかたくなな姿勢を崩していない。
 埋め立て承認取り消しを巡る訴訟で昨年3月にいったん和解が成立した際、条項に「確定判決に従い、互いに協力して誠実に対応する」との文言が盛り込まれた。
 菅義偉官房長官は「和解条項に従って、お互いが誠実に対応していくことが法治国家として極めて重要だ」と語っている。
 確かに最高裁判決を尊重することは大切だ。だが、最高裁は埋め立て承認を巡る行政処分の是非を判断したにすぎない。
 むしろ目を向けるべきなのは2016年6月の総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」の指摘だ。「国と県が真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導くことが解決への最善の道だ」と促している。
 当時は十分な話し合いがないまま政府側が訴訟に持ち込んだ。今こそ、その原点に帰り、政府は誠意を持って協議のテーブルに着くことが求められる。
 沖縄との溝をどう埋めるか。安全保障環境の変化や在日米軍のあり方を抜本的に再考し、辺野古基地の必要性を議論することが必要だ。


「平和愛する共生の心」受け継ぐ 故大田元知事を悼み県民葬
 6月12日に亡くなった大田昌秀元知事の功績をたたえ、冥福を祈る県民葬(実行委員長・翁長雄志知事)が26日午後、宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで催された。政府から安倍晋三首相と鶴保庸介沖縄担当相が出席した。大田氏が建立した平和の礎を模した祭壇のオブジェ(装飾)を前に、一般参列者を含め多くの人が最後の別れを惜しんだ。
 安倍首相の追悼のあいさつ時には、一般参列者からやじが飛ぶ場面もあった。
 翁長知事は式辞で、平和の礎建立や県公文書館開館、基地問題への対応などの大田氏の知事時代の功績を示し「沖縄の基地負担軽減が国政の場で取り上げられるようになったのは、間違いなく大田さんの決断によるものだ」とたたえた。県議会での大田氏との議論を挙げ「知事となった今、大変大きな財産になっている」と遺影に語りかけた。
 その上で「われわれ県民は、大田さんが終生貫かれた『平和を愛する共生の心』の理念を受け継ぎ、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる沖縄を築き上げるため努力を続ける」と誓いの言葉を述べた。
 安倍首相は追悼のあいさつで「大田元知事が心を砕かれていた沖縄の基地負担の軽減にも政府として引き続き全力を尽くしていく。沖縄の振興を前に進め、沖縄の明るい未来の構築にできるだけ貢献していくことを誓う」と話した。
 行政代表から県市長会会長の古謝景春南城市長、経済界代表から県経済団体会議の石嶺伝一郎議長、友人代表として比嘉幹郎元副知事が追悼の辞を述べた。稲嶺恵一元知事や歴代県副知事、県選出国会議員、県議、鳩山由紀夫元首相、井戸敏三兵庫県知事らも参加した。


「加計」集中審議 信頼性欠く首相の答弁
 「加計学園」問題をめぐり、安倍晋三首相が過去の答弁を修正した。つじつまが合わなくなったためだが、修正で済む話ではない。首相の答弁は信頼性を欠く。真相解明の手綱を緩めてはならない。
 学校法人「加計学園」による愛媛県今治市での獣医学部新設計画を首相がどの時点で知ったのか。
 それを解明することは、公平・公正であるべき行政判断が「首相の意向」や、官僚による忖度(そんたく)で歪(ゆが)められたか否かを判断する上で、重要な要素となる。
 首相は二十四日の衆院予算委員会で加計学園の計画について、政府が獣医学部新設を認める事業者を同学園に決定した今年一月二十日に「初めて知った」と述べた。
 民進党議員に「答弁が偽りなら責任を取って辞任するか」と迫られ「首相として責任を持って答弁している」と胸を張った答弁だ。
 しかし、この答弁は過去の答弁と明らかに矛盾する。
 首相は以前、獣医学部を今治市に新設したいという加計学園側の意向を知った時期を問われ、次のように答えているからだ。
 「安倍政権になってから、国家戦略特区に今治市とともに申請を出した段階で承知した」(六月五日、参院決算委員会)
 「構造改革特区で申請されたことについて私は承知している」(六月十六日、参院予算委員会)
 首相はきのう参院予算委員会で「急な質問で混同した」と釈明した上で、過去の答弁を修正し、計画を知ったのは一月二十日だと重ねて主張した。
 しかし、にわかには信じ難い。学園の加計孝太郎理事長は、首相が「腹心の友」と呼ぶ三十年来の友人だ。第二次安倍内閣発足後、判明分だけで十五回、食事やゴルフを共にしている。加計氏側から全く言及がなかったのか。
 首相は自らの関与や加計氏への便宜供与を否定するために無理な答弁を重ねているのではないか。つじつま合わせでころころ変えるような首相の答弁を、そもそも信頼するわけにはいくまい。
 衆参両院で二日間にわたった集中審議で、政府側の参考人は個別の面会や発言内容については「記憶がない」「記録がない」との答弁を繰り返した。首相が言う「丁寧な説明」には程遠い。
 このまま幕引きは許されない。加計学園による新設認可をいったん見送るとともに、憲法に基づく野党の要求に応じて臨時国会を召集し、真相解明を進めるべきだ。加計氏の証人喚問も求めたい。


閉会中審査/やっぱり「加計ありき」か
 衆院に続いて参院の予算委員会で閉会中審査があり、国家戦略特区での加計(かけ)学園の獣医学部新設を巡る問題が審議された。
 安倍晋三首相は「事実に基づき丁寧に説明したい」と繰り返したが、残念ながら疑念が晴れたとは言い難い。首相の友人が理事長を務める加計学園に対し、政府が手心を加えたのではないか。「加計ありき」の印象は強まったといえる。
 衆参2日間の審査では「言った」「言わない」の水掛け論が目立ち、真相究明にはほど遠かった。議論が深まらなかった要因に、首相の答弁がある。
 参院では、首相が加計学園の計画を知った時期を「今年の1月20日」とした答弁について、野党の質問が集中した。
 1月20日は、特区に加計学園が認定されたと報告を受けた日だ。首相はこれまで「申請段階で承知した」としていた。
 この結果、首相は答弁の訂正と謝罪に追われ、議論は堂々巡りとなった。丁寧な説明どころか、これでは何のための閉会中審査なのか分からない。
 規制を打破する特区の仕組みが必要なことは理解できる。参考人の加戸守行・前愛媛県知事は家畜伝染病への危機感などから、獣医学部誘致に奔走した10年間の経緯を振り返り、「連戦連敗だった」と語った。
 だが今、最も問われているのは特区や獣医学部の必要性ではなく、加計学園が認定される過程の公平性と透明性である。
 政府は「諮問会議でオープンに進めてきた。議事録も公開している。一点の曇りもない」と訴える。果たして、そうか。
 文部科学相は閉会中審査で、「伝達事項」と題する文書を加計学園に示したことを初めて認めた。認可のための「指南書」ともいえる内容の文書だ。
 加計学園には内々に開学時期が伝えられたが、ライバルの京都産業大学には知らされなかった。京産大は教員確保で後れを取り、計画を断念した。
 一点の曇りもないどころか、全体が曇っており、首相や担当大臣らの説明を聞いても一向に晴れない。
 今後も国会の場で検証を重ねることが必要だ。そのために、もう一度、記録と記憶を洗い出す。その責任は政府にある。


衆参閉会中審査 やはり喚問が不可欠だ
 衆参合わせて10時間の審査で浮かび上がったのは、新たな疑問や発言の矛盾ばかりだ。やはり証人喚問でただすほかはない。安倍晋三首相も例外ではない。
 首相の親友、加計(かけ)孝太郎氏が理事長の学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡る問題で参院予算委員会はきのう、衆院に続いて首相出席の閉会中審査を行った。
 焦点となったのが、学園の計画を知ったのは「今年1月20日」だとする首相答弁の信ぴょう性だ。
 過去の答弁との齟齬(そご)に加え、旧友が何度も提案に関わってきた構想を、今回の認可まで「知らなかった」との説明は納得できない。
 2日間にとどめず間断なく究明するのが国会の責務だ。首相には臨時国会の早期召集を求める。
 民進党の蓮舫代表は今年6月の首相答弁を根拠に、2007年に愛媛県今治市が構造改革特区として提案した時点で、学園の計画を知っていた可能性をただした。
 首相は、答弁が「厳密さを欠いていた」と認めたが、計画把握の日時は譲らなかった。事前に知らなかった以上、自らの関与はあり得ないと主張したいのだろう。
 しかし政府が4月に閣議決定した答弁書にも、07年の申請資料に加計学園の名が明記されていたとの記述がある。それを知らなかったという説明が通るだろうか。
 特区が決まる前、文部科学省が学園に有利な助言をした疑いを示す新たな文書も明るみに出た。今治市職員が官邸を訪れ、事前協議していた可能性も指摘される。
 なのに政府側の答弁は「記録がない」などあいまいな内容に終始した。首相が言う「丁寧な説明」と、あまりにかけ離れている。
 一方、稲田朋美防衛相は国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、データ発見の報告を受けながら隠蔽を了承したとの報道を否定した。
 だが陸自が稲田氏に報告せず隠蔽を決めたなら、部隊の統率が根底から疑われる。実際、稲田氏は3月の国会で、データ発見は「報告されなかった」と述べていた。
 逆に稲田氏が、報告を受けながら隠蔽を止められなかったのであれば、3月の答弁は虚偽答弁となる。いずれにせよ、文民たる政治家が部隊を統制するシビリアンコントロールが脅かされる事態だ。
 防衛監察本部の特別防衛監察も進むが、稲田氏ら政務三役は処分対象とはならない。結果がどうあれ、稲田氏が部隊を掌握できていない以上、内閣改造を待たずに更迭するのが筋ではないか。


安倍政治 もう「強弁」は通用しない
 安倍晋三首相は国民や国会を甘くみているのではないか−これがきのうまでの2日間、衆参両院の予算委員会で行われた閉会中審査を通じて受けた印象である。
 きのうの参院審査では首相が集中砲火を浴びる場面があった。親友の加計(かけ)孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」が愛媛県今治市で進める獣医学部新設計画を初めて知ったのは、国家戦略特区の申請が正式認定された今年1月20日だった−と首相が衆院審査で説明したことである。
 私たちはきのうの社説で「首をかしげたくなる」と指摘した。ゴルフや会食を重ねる首相と加計氏の間で獣医学部新設の会話が全くなかったとはにわかに信じ難い。
 この問題は先の通常国会で何度も取り上げられ、首相は「国家戦略特区に申請を今治市とともに出された(2015年6月の)段階で承知した」と答弁していた。なぜ今回、説明を変えたのか。
 首相はしどろもどろになりながら「特区の提案者は今治市で、事業者が加計学園であることを混同した」「構造改革特区と国家戦略特区を取り違えた」と述べた。
 提案者を知れば事業者が誰か気にならない方がおかしい。成長戦略の柱として自ら導入した国家戦略特区を別の特区と間違えるだろうか。この説明には無理がある。
 加計学園に限らない。防衛省の日報隠蔽(いんぺい)や国有地を格安で売却した「森友学園」にも通じる問題がある。それは、主権者の国民や国権の最高機関と憲法が定める国会を軽視する首相の傾向である。
 国民を代表する国会議員なのに野党の批判には耳を貸さない。その場しのぎの答弁や説明でやり過ごし、困ったら「記憶がない」「記録もない」「資料は捨てた」と言い張る。そんな強弁が「数の力」でいつまでも通用すると思っていたとしたら勘違いも甚だしい。
 首相は獣医学部新設の白紙化や稲田朋美防衛相の罷免を拒否した。疑惑解明の行方も不明確だ。信頼回復に求められるのは言葉だけの反省や丁寧さではない。国民や国会に真摯(しんし)に向き合うことだ。


「加計」閉会中審査 首相答弁も信用できぬ
 友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を、安倍晋三首相が把握した時期さえ揺らいだ。「過去の答弁は整理が不十分だった」との説明では到底納得できない。
 衆参の予算委員会は、安倍首相が出席して加計問題に関する閉会中審査を開いた。議論がかみ合わず疑念は払拭(ふっしょく)されるどころか、さらに募った。「総理の意向」で行政がゆがめられたのか。偽証すれば刑罰を科す証人喚問で、事実を解明すべきだ。
 安倍首相は加計学園の獣医学部新設計画を「学園の申請が認められた今年1月20日の諮問会議で知った」と以前の答弁と食い違う説明をした。
 6月には「国家戦略特区に申請を今治市と共に出された段階で承知をした」と説明していた。別の日には「特区ではなく(前身の)構造改革特区で申請されたことについて承知していた」と答弁した。「その後、国家戦略特区に申請すれば私の知り得るところになる」とも答弁している。
 今治市が国家戦略特区での獣医学部新設を提案したのは2015年6月である。16年10月には安倍首相が議長を務める諮問会議で、この提案が議論されていた。
 知った時期が「今年1月20日」というのは信じ難い。加計学園の事業者認定に安倍首相が関わっていないとするために、強引に日にちを設定したと疑わざるを得ない。
 安倍首相は25日の参院予算委で「従来の答弁をおわびして訂正したい」と述べた。国会答弁を首相の地位にある者が簡単に訂正するようでは、ほかの答弁の信憑(しんぴょう)性も疑われる。「整理が不十分」な答弁は、まだあるのではないか。
 安倍首相の「申請したのは今治市であり、加計学園ではない。事業主体が誰かは説明がなかった。数十件ある案件のうちの一つにすぎず、全く認識していなかった」との説明も、うのみにできない。
 愛媛県知事として長年、獣医学部誘致を進めてきた加戸守行氏は10日の衆参両院の閉会中審査で「12年前から声を掛けてくれたのは加計学園だけ。愛媛にとっては12年間、『加計ありき』だった」と説明している。
 今治市の獣医学部新設計画の事業者が加計学園であることは周知の事実だ。理事長と友人である安倍首相が今年1月まで知らなかったのは不自然であり、信用できない。
 前川喜平前文部科学事務次官は、和泉洋人首相補佐官から「文科省として手続きを早く進めろと指示された。総理の口から言えないから私が言うと言われた」と主張した。だが、和泉氏は「言っていない」と否定した。
 疑惑が解明されなかった以上、これで幕引きにすることは許されない。にもかかわらず安倍首相は、野党が求める早期の臨時国会召集には応じない考えを示した。安倍首相が真相究明に背を向けたことで、疑惑はさらに深まった。


[「加計」閉会中審査]これが「丁寧な説明」?
 「加計ありき」だったのではないか、との疑念が払(ふっ)拭(しょく)されたとはとてもいえない。
 安倍晋三首相の友人、加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題で、安倍首相が出席した衆参予算委員会の閉会中審査が24、25の両日開かれた。
 目立ったのは首相側近らの「記録がない」「記憶がない」との答弁である。
 安倍首相が約束した「丁寧な説明」からは程遠い。
 昨年9月、前川喜平前文部科学事務次官に「総理は自分の口からは言えないから、私が代わって言う」と発言したとされる和泉洋人首相補佐官。前川氏が記録などに基づき従来よりさらに具体的に語ったのに対し和泉氏は「言っていない」の一点張り。
 首相秘書官だった柳瀬唯夫氏も2015年4月に愛媛県今治市の職員と官邸で面会したのではないかと問われ「覚えていない」と繰り返した。今治市側は官邸訪問を認めている。信じられないことに入館記録もないという。
 特区担当の山本幸三地方創生担当相の事案もある。昨年11月に日本獣医師会に「四国での新設」を伝えたことが獣医師会側の記録にある。山本氏は否定するが、秘書官のメモは既に廃棄したという。
 記録には記録で対抗しなければならない。記憶で否定するのはあり得ないことだ。
 安倍首相が本気で真相解明に乗り出す考えなら、官邸や内閣府の官僚らに「文書を探し出して、真相を包み隠さず明らかにせよ」と命じれば済むことである。それをしないのは記録や記憶がないとの答弁を容認するようなものだ。
■    ■
 安倍首相が加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期が新たな焦点として浮かび上がった。安倍首相は今年1月20日、同学園が国家戦略特区に決定した時だと答弁した。にわかには信じられない。
 安倍首相と加計氏が13年から食事やゴルフをした回数は計14回に上る。獣医学部の問題が本格化した昨年夏以降だけでも6回も会っている。安倍首相はごちそうしたり、されたりする仲であると認めている。2人の間で獣医学部新設の話題はまったく出なかったのだろうか。
 過去の国会答弁との齟齬(そご)も明らかだ。安倍首相は5月の参院予算委で事業主体が加計学園であることを「(12年の)第2次政権発足後も、首相が本部長である構造改革特区本部で知り得た」などと答弁していたからだ。
■    ■
 安倍首相は2日間、「李下(りか)に冠を正さず」の故事を引き合いに出し、「私の友人が関わり、疑念の目が向けられるのはもっともだ」などと低姿勢に終始した。だが、行動が伴っているとはいえない。
 加計氏は決定前の昨年8〜9月、山本氏ら3閣僚と面談し、学部新設が話題になっていることが明らかになった。なぜ、学校法人の一理事長が閣僚らと簡単に会えるのか。官邸や内閣府とどのようなやりとりがあったのか。
 これで幕引きとするわけにはいかない。臨時国会を早急に開き、加計氏らを証人喚問すべきだ。


「加計」閉会中審査 強まる疑念、計画白紙に
 国民の疑念と不信感は一層強まったのではないか。
 衆参両院の予算委員会の閉会中審査が昨日まで2日間にわたって行われたが、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画に首相や官邸が関与したのではないかとの疑惑について、当事者らの主張は食い違い、平行線をたどった。首相は改めて関与を否定したものの具体的な根拠は示せず、説得力に乏しい答弁に終始した。
 そうした中で、新たな疑問が浮上した。首相は加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期について、国家戦略特区の申請が認定された今年1月20日の特区諮問会議の時点だと答弁したのである。
 獣医学部の建設予定地である愛媛県今治市が、新設計画を含む国家戦略特区提案を政府に申請したのは2015年6月だった。首相は諮問会議議長を務めており、昨年10月には提案が諮問会議でも議論されている。
 この首相発言について、野党は「特区の申請段階で(新設計画を)承知した」というこれまでの答弁と矛盾すると猛反発。追い込まれた首相が過去の答弁について「急な質問で、少し混乱して答弁した。おわびして訂正したい」などと述べ、従来答弁は誤りだったと弁明したのにはあきれてしまう。
 首相の関与が疑われる今回の問題で、首相が新設計画をいつ知ったのかという点は核心部分の一つである。それを今の段階になって「特区の認定時」と述べて過去の答弁を訂正したことにより、これまでの首相説明の信頼性は大きく揺らいだ。
 まして、首相と学園理事長の加計孝太郎氏は学生時代からの友人であり、民進党の指摘では昨年7月から年末まで6回も食事やゴルフを共にしている。それなのに、今年1月になるまで学園の計画を知らなかったというのは信じ難い。答弁の真偽を明らかにするには、加計氏の国会招致が不可欠だろう。
 今回の閉会中審査では、参考人招致された前川喜平前文部科学事務次官と、前川氏に加計問題の「キーパーソン」と名指しされてきた和泉洋人首相補佐官の直接対決も注目された。
 前川氏は、官邸や内閣府は「加計ありき」だったと重ねて証言した。これに対し、初めて国会で証言した和泉氏は真っ向から反論。前川氏との面会は認めたものの、新設計画に関する働き掛けについては「記録になく、記憶にもない」と否定し、水掛け論に終わった。
 このままでは、国民の疑念はいつまでたっても払拭(ふっしょく)できない。ここは獣医学部の新設計画を白紙に戻し、一から議論し直すべきではないか。獣医師は本当に不足しているのか、既存の大学ではなし得ない教育ができるのか、などについて国民にも分かるように再度議論し、真に「一点の曇りもない」プロセスを踏むことが重要だ。


「加計」集中審議 理事長の証人喚問必要だ
【論説】国家戦略特区制度を活用し、愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を進める学校法人「加計(かけ)学園」を巡る衆参両院の予算委員会の集中審議が2日間にわたって行われた。政府側の答弁は肝心の場面になると「記憶にない」「記録もない」に終始。これでは「加計ありき」の疑念が晴れるはずもない。
 2日目の参院予算委では前日の衆院予算委で、安倍晋三首相が加計学園の獣医学部計画を知ったのは特区への申請が認められた「今年1月20日」とした答弁への追及に重きが置かれ、十分な審議が尽くされたとは言い難い。
 「申請段階(1月10日)で承知した」「2007年の今治市の構造改革特区提案で新設する主体として加計学園が記載されていた。知り得る立場にあった」などとした過去の答弁との矛盾を突かれた首相は「(当時は)急な質問だったので混同した。おわびしなければならない」と釈明した。
 加計孝太郎理事長とゴルフや会食などを重ねており、関係業者からの供応接待や便宜供与を禁じた大臣規範を意識した対応ではないか。
 加計学園は昨年10月末の段階で建設予定地のボーリング調査を開始。12月には建設に必要な高圧受電設備の手配を今治市を通じて行っているという。山本幸三地方創生担当相は「オウン・リスク(自己責任)」でやったと説明したが、もし特区申請が認められなかった場合は大きな損失となる。開設の担保を得ていたからこそと見るのが筋だ。
 さらに、2日間の審議の中で、野党議員が気になる指摘を二つしていた。
 一つは、加計学園の建設費は総額約195億円で、設計図などから坪単価は約150万円。他の医療関係の大学では坪約80万円というからほぼ倍の金額だ。学園の関係する業者が設計したという。今治市は総額の半額に相当する96億円を助成する。水増しした可能性はないのか。
 もう一つは、加計学園が運営し獣医学部を傘下に収めることになる岡山理科大が来年4月開学予定の獣医学部をPRするパンフレットに入学後にワンランク上の国公立大への受験、“腰掛け”を認める内容を記していたという。
 山本氏は新設する獣医学部は「東大よりもレベルは上」と述べた経緯がある。特区認定の要件に掲げたライフサイエンスや感染症対策など最先端の研究を行う大学としての対応なのか首をかしげたくなる。
 まずは、加計理事長の証人喚問で新設計画への働き掛けなどがなかったか、説明を求めるべきだ。「腹心の友」ならば、首相が依頼すれば、理事長も喚問に応じてくれるのではないか。
 現在、大学設置・学校法人審議会が審査中で8月末にも認可か否かの結論を出すという。現状では国民の疑念は深まるばかりだ。憲法53条に基づき野党が求める臨時国会を早期に開くべきだ。加計理事長自身から聞きたいことが山のように積み上がっている。


衆参閉会中審査 丁寧な説明とは言えない
 衆参両院の予算委員会で、加計学園(岡山市)の愛媛県今治市での獣医学部新設問題などを巡って閉会中審査が行われた。「官邸の意向はあったのか」。多くの国民が審議を注視していたはずだ。
 安倍晋三首相は、加計側から働き掛けや依頼はなく、便宜を図ったこともないと関与を明確に否定した。「私の友人が関わることだから、疑念の目が向けられるのはもっともだ」と低姿勢を貫き、「李下(りか)に冠を正さず」の故事を引いて、これまでの答弁の至らなさを反省してみせた。
 「印象操作だ」と野党に反撃する強気は封印し、丁寧に説明責任を果たす姿を演出したのだろう。背景には、数に頼んだ強引な国会運営や閣僚の失言、加計問題や森友学園問題などで内閣支持率が大きく落ち込んだことがある。
 だが答弁の謙虚さとは裏腹に、2日間の審査でも疑念を払拭(ふっしょく)する説明ができたとは言い難い。首相が「真摯(しんし)に説明責任を果たす」と約束しながら、政権側は野党の追及に反論する具体的証拠を明示できず、当事者の主張もかみ合わなかった。信頼回復には程遠いのではないか。
 例えば、首相や官邸の関与があったのでは、という点に関して、参考人の前川喜平前文部科学事務次官が「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と和泉洋人首相補佐官から対応を迫られたと重ねて述べたが、和泉氏は「スピード感を持って取り組むことが大事だとは言ったかもしれないが、(代わりに言う、とは)言っていない」と否定し、水掛け論に終わった。
 今治市の職員が2015年4月に官邸で首相秘書官に面会をしたとする指摘には、当時の秘書官が「記憶にない」を連発した。
 首相が学部新設を知った時期でも混乱した。衆院では、1月20日に学園による国家戦略特区の申請が認められた時点だとしたが、参院で野党から過去の答弁との矛盾を指摘されると、「(過去の答弁は)厳密さを欠いていた」と釈明に追われた。今後、新たな火種になる可能性がある。
 記憶や記録がない。具体的な説明を避ける。流出した内部文書を「怪文書」扱いにする。そんな政権のずさんで、おごったこれまでの姿勢が結局、ここまで問題を大きくしたと言えよう。
 参考人の前愛媛県知事や国家戦略特区ワーキンググループ座長が、地域活性化や四国での獣医師の確保、規制改革の必要性を訴えた点は理解できるものだった。しかし、その手続きに公正、公平さが欠けていれば話は別である。安倍政権は引き続き、納得のいく説明を尽くすべきだ。
 一方、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)を巡る稲田朋美防衛相の関与については、議論が十分に深まらなかった。今週中にも特別防衛監察の結果が公表される見通しだが、徹底的な真相解明が必要だ。


加計問題参院審査 疑念解消なき幕引き許されない
 安倍晋三首相が国民に約束した「丁寧な説明」は果たされなかった。学校法人「加計学園」の今治市への獣医学部新設問題を巡って、参院予算委員会の閉会中審査が開かれた。前日の衆院の審査と同様、加計学園が国家戦略特区の事業者に選ばれるように「便宜を図ったことはない」と繰り返すばかりで、それを裏付ける証拠を示そうとしない。国民の疑念は全く解消されておらず、これで幕引きにすることは到底許されない。
 首相や政府関係者は「加計ありき」を重ねて否定した。不可解なのは、事業者が決まる1月20日以前に今治市と加計学園が2018年4月開学を前提に準備を進めていた点だ。市が、市所有の土地のボーリング調査を加計学園に認めたのは昨年10月末とされており、実際に調査を始めたのも事業者が決まる2カ月前だった。市が確固たる根拠もなく、決定前の調査を安易に認めるとは考え難い。
 菅良二市長は今年6月の市議会で「国政レベルの問題。国会で議論しており、推移を見守りたい」との答弁にとどめ、明言を避けている。だが国会で議論していようが、市長の説明責任は免れない。ボーリング調査の許可に際して、いつ、誰から、どのような情報を得た上で判断したのか、その経緯を早急に明確にする責務があると自覚せねばならない。
 衆院の審査では、07年から獣医学部新設を申請し続けていた加戸守行前知事が「内閣府の職員の頑張りと特区諮問会議の有識者の英明なる判断とで、やっとたどり着いた」と、政府を評価した。今治市の活性化に寄与する大学誘致自体に異議があるわけではない。問われているのは、加計学園だけしか選ばれないような不公平な条件付けの有無である。誘致することの是非と、特区の事業者選定の不明瞭な手続きを混同して論じてはなるまい。
 首相は「プロセスは適正」と強調する。首相と学園理事長が友人関係にあるのは周知の事実であり、「個別の案件について一度も指示したことはない」と釈明しても、官邸に権力が集中する中では、官僚の「忖度(そんたく)」が働いたとの疑念は晴れない。特区諮問会議の決定までに、水面下の省庁間の協議でおおむね方向性が定まっていたとみられ、やりとりの内容は極めて不透明だ。「記憶も記録もない」ずさんな状況なら、政策の事後検証ができず、看過できない。
 政策決定が適正に行われているかを見極めるには、特区諮問会議のような最終判断の場だけの公開では十分ではない。あらゆる議論を公文書として記録、保存、公開して決定過程を透明化する制度を設けた上で、政権が説明責任を果たさなければなるまい。
 これまでの国会質疑は関係者の水掛け論に終始し、事実解明には程遠い。首相は加計学園理事長や今治市長の証人喚問を率先して進めるべきだ。


自由・森氏 安倍首相追及 加計学園「1月20日」問題で
 25日の参院予算委員会の閉会中審査で、自由党県連代表の森裕子参院議員(新潟選挙区)が、加計学園の獣医学部新設計画を1月20日に把握したとする安倍晋三首相の答弁が虚偽だとして追及した。
 安倍首相はこの日の質疑で、国家戦略特区の「申請段階で知り得た」とする過去の答弁を訂正。愛媛県今治市が以前から獣医学部新設を提案していた構造改革特区と、現行の国家戦略特区を「取り違えていた」などと釈明を繰り返した。
 森氏は「なぜこんなにも(答弁が)混乱するのか。その理由を教える」と前置きし、「構造改革特区のとき今治市と加計学園は『セット』だった。しかし国家戦略特区では加計学園の名前をあえて伏せた。本当は知っているのに知らないふりをした」と“加計隠し”への疑念を示した。
 このほか、森氏は加計学園以外の候補を実質的に排除した2018年4月開学の決定過程など、まだ不透明な点が多いとして、「首相が潔白を証明しようとしても、国民は納得しない」と指摘した。


近畿財務局と森友学園 売却価格めぐる協議内容判明
大阪の学校法人「森友学園」に国有地が8億円余り値引きされて売却された問題で、去年3月に近畿財務局と学園側との間で売却価格をめぐって行われた協議の内容が初めて明らかになりました。関係者によりますと、財務局は学園側にいくらまでなら支払えるのか尋ね、学園側は上限としておよそ1億6000万円という金額を提示していました。実際の売却価格は学園側の提示を下回る金額に設定されていて、大阪地検特捜部は詳しい経緯を調べています。
去年6月、近畿財務局は大阪・豊中市の国有地についておよそ9億5500万円だった鑑定価格から地中のゴミの撤去費用などとしておよそ8億2000万円を値引きして森友学園に売却していました。
この売却価格をめぐって学園との間でどのような協議が行われたのか、これまで財務省や財務局は「記録を廃棄した」などとして説明してきませんでしたが、協議の詳しい内容が関係者への取材で初めて明らかになりました。
森友学園の籠池前理事長は去年3月11日に国から借りていた国有地で地中から新たなゴミが見つかったため、建設中の小学校の開校時期が遅れることを心配し国有地の買い取りを希望したということです。
関係者によりますと、3月24日、籠池前理事長から交渉を一任された学園の当時の弁護士が財務局に対して土地の買い取りを初めて打診し、この日のうちに双方が具体的な金額を出して協議していたことがわかりました。
この場で財務局の担当者はいくらまでなら支払えるのか購入できる金額の上限を尋ね、学園の弁護士は当時の財務状況を基におよそ1億6000万円と答えたということです。
一方、財務局の担当者は国有地の土壌改良工事で国がおよそ1億3200万円を負担する予定であることを理由にこれを上回る価格でなければ売れないなどと事情を説明したということです。
この協議の6日後の3月30日、財務局はゴミの撤去費用の見積もりを民間業者ではなく国有地を管理している大阪航空局に依頼するという異例の対応を取り、値引き額はおよそ8億2000万円と決まりました。
この結果、学園側への売却価格は1億3400万円となり、3月24日の協議で財務局と学園の双方が示した金額の範囲内に収まる形となりました。
この問題をめぐって、大阪地検特捜部は、近畿財務局が大幅な値引きによって国に損害を与えたとする市民グループからの背任容疑での告発を受理しています。特捜部は財務局の担当者から任意で事情を聴いて売却価格が決まった詳しいいきさつについて調べを進めています。
近畿財務局と森友学園の協議の内容について、財務省はNHKの取材に対して「承知していない。事前に具体的な数字をもって金額の交渉をすることは考えられない」とコメントしています。
去年3月から売却契約までの経緯
去年3月11日、森友学園が国から借りて小学校の建設を進めていた大阪・豊中市の国有地で大きな問題が生じました。基礎工事の最中に地中から新たなゴミが見つかったのです。
3月14日、現地に籠池泰典前理事長や工事関係者、それに近畿財務局や大阪航空局の担当者が集まって対策を協議しましたが、結論は出ませんでした。
籠池前理事長は、翌15日に妻の諄子氏とともに東京・霞が関の財務省に出向いて理財局の田村前国有財産審理室長と面会し、迅速な対応を取るよう求めました。この面会のやり取りは籠池前理事長が録音していて、近畿財務局の対応が悪いと籠池夫妻が強い口調でなじる様子が記録されています。
この場で田村前室長は、近畿財務局が責任を持って対応すると伝えましたが、関係者によりますと、籠池前理事長は、財務局の動きが鈍いと感じていたということです。
近畿財務局は、対策を検討するためにはまずゴミがどの程度あるのかを確認する調査が必要だという考えだったということです。その一方で、当時は年度末だったため土地の貸し主の大阪航空局に予算がなく、新年度にならないと調査を行うのは難しいとも伝えていたということです。
籠池前理事長は、このまま国に任せていたらすでに1年予定を延ばしていた開校の時期がさらに遅れてしまうと焦りを感じ、土地を買い取ることで事態を打開できないかと考えたということです。そして土地のトラブルなどの問題に詳しい弁護士に相談し、国有地の買い取り交渉を一任したということです。
3月24日、籠池前理事長から財務局との交渉を一任された学園の当時の弁護士が近畿財務局に対し、土地の買い取りを初めて打診しました。今回、明らかになったのはこの日の協議の内容で、関係者によりますと、財務局の担当者が学園側にいくらまでなら支払えるのか購入できる金額の上限を尋ねるなど具体的な額を出して話し合いが行われたということです。
6日後の3月30日、近畿財務局は、地中のゴミの撤去・処分費用の見積もりを豊中市の国有地を管理している大阪航空局に依頼するという異例の対応を取りました。こうした見積もりは通常、公正さを保つために民間業者に委託しますが、航空局に依頼したことで、国会の論戦では恣意的(しいてき)な見積もりが行われたのではないかとの指摘が野党から出ています。
大阪航空局は、2週間後の4月14日、ゴミの撤去などの費用をおよそ8億2000万円と算出し財務局に伝えました。財務局は、このあと民間の不動産鑑定士に土地の評価を依頼し、およそ9億5500万円という鑑定価格の報告を受けました。
そして6月1日、航空局が見積もったゴミの撤去費用およそ8億2000万円を差し引いた1億3400万円を売却価格として学園の弁護士に提示しました。
籠池前理事長は、弁護士から伝えられた売却価格が想定していたよりもはるかに安いと驚いたということで、国会の証人喚問では「神風が吹いた」と表現しました。
そして6月20日、学園は財務局が提示した売却価格を受け入れて、契約を結びました。
財務省のこれまでの説明
国有地の売却をめぐる森友学園との協議について、財務省は、売却価格を決める前に具体的な金額を出しての交渉はしていないと強調してきました。
国有財産の売却手続きでは、相手の意向や経済的な事情に沿って価格が設定されたという疑念を持たれないよう、価格が決まる前に国有財産の購入希望者との間で金額交渉が行われることは通常ありません。
財務省の佐川前理財局長は、5月18日の参議院財政金融委員会で、野党の議員から事前に金額交渉があったのではないかと質問された際、「先方に、あらかじめ価格について申し上げることはございませんとずっと答弁してきているところです」と答えるなど、国会では具体的な金額を出しての学園との協議を一貫して否定していました。
国有地をめぐる時系列
大阪・豊中市の国有地が森友学園に売却されるまでの時系列です。
平成25年9月、籠池泰典前理事長が小学校の建設予定地として国有地を取得する要望書を近畿財務局に提出。
平成27年1月27日、大阪府の私学審議会が条件付きながら小学校の設置について認可適当の答申。
5月29日、近畿財務局と森友学園が売却が原則の国有地の10年以内の買い取りを条件に賃貸契約を締結。
7月末から12月、国有地の地中のゴミを撤去する土壌改良工事を実施。貸し主の国が負担すべき工事費、およそ1億3200万円は森友学園が立て替える。
9月5日、安倍総理大臣の妻の昭恵氏が森友学園で講演し、開校を目指す小学校の名誉校長に就任。
平成28年3月11日、国有地に建設中の小学校の基礎工事の最中に地中から新たなゴミが見つかる。
3月15日籠池前理事長夫妻が東京・霞が関の財務省に出向き、理財局の田村国有財産審理室長(当時)と面会。
3月24日、森友学園が近畿財務局に対し、国有地の買い取りを初めて打診。学園の弁護士が近畿財務局の担当者と協議。
3月30日、近畿財務局が地中のゴミの撤去・処分費用の見積もりを豊中市の国有地を管理している大阪航空局に依頼する異例の対応。
4月14日、大阪航空局がゴミの撤去などの費用をおよそ8億2000万円と見積もり近畿財務局に報告。
5月31日、民間の不動産鑑定士が鑑定価格をおよそ9億5500万円と近畿財務局に報告。
6月1日、近畿財務局が鑑定価格からおよそ8億2000万円を差し引いた1億3400万円を売却価格として森友学園に提示。
6月20日、森友学園と近畿財務局が売買契約を締結。


相模原殺傷1年、犠牲者悼む 献花台設置
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件は26日で発生から1年となった。施設前には献花台が設置され、関係者や市民らが犠牲者を追悼。
 神奈川県庁では職員らが黙とうし、相模原市役所などでは半旗を掲揚。
 逮捕直後から「障害者はいなくなればいい」などと独善的な主張をしていた元職員植松聖被告(27)=殺人罪などで起訴=は、6月に共同通信記者に宛てた手紙でも同様の内容を記し、その考えは今も変わっていない。


相模原事件1年 共生社会 確かな道筋を
 相模原市の知的障害者施設殺傷事件が、発生から1年を迎えた。19人が殺害され、26人が負傷して今なお後遺症に苦しんでいる。
 「不幸を減らすために障害者を安楽死させるべきだ」。殺人罪などで起訴された元施設職員は、事件から1年を経た今も、障害者殺害を正当化しているという。
 あらためて憤りを覚える。
 しかし、現状では、初公判がいつ開かれるかさえ見通せない。
 元職員が、なぜ、許し難い動機を持ち、犯行に至ったのか、経緯も背景も不明のままだ。
 異常な言動ばかりに、気を取られていてはなるまい。
 事件を、日常生活に潜む偏見や差別意識といったゆがみの現れと受け止める必要がある。
 その上で、障害者も健常者も差異を認め合い、支え合う共生社会を目指すことこそ、再発防止への確かな道筋ではないか。
 事件を受け、政府は、措置入院患者の支援強化を柱とする精神保健福祉法改正案を先の通常国会に提出したが、継続審議となった。
 元職員は事件前、犯行予告の手紙を衆院議長に出し、精神疾患の疑いで措置入院させられている。
 改正案は、都道府県などが「精神障害者支援地域協議会」を設け、措置入院から退院した後の支援計画の作成を義務化した。この協議会には警察も関与する。
 情報の共有などはプライバシーに関わり、人権に十分配慮した慎重な対応が求められる。
 障害者が「監視強化」「治安優先」と批判するのも、人権侵害の懸念が拭えないからだろう。
 犠牲者の氏名がいまだ公表されないことにも違和感を覚える。偏見を恐れる遺族が匿名を望むこと自体が、共生社会がほど遠い現実を物語っていると言えよう。
 神奈川県は当初、家族会などの要望を受け、事件が起きた施設の建て替え方針を決めた。事件前と同様の大規模施設にする予定だったが、全国の障害者から抗議を受け、転換を余儀なくされた。
 隔離された大規模な施設を出て、グループホームや自宅などで地域に根ざした普通の暮らしをしたいと願う人は多い。
 障害者たちは「私たちのことを私たち抜きに決めないで」と声を上げている。
 「障害者がどこで誰と生活するかを選択できる」(障害者権利条約)ことは、国際的な潮流だ。
 「施設から地域へ」は、国が定めた方針でもある。その原点を忘れてはならない。


相模原事件1年 共生の道を確かなものに
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件から、きょうで1年になる。
 元施設職員の植松聖(さとし)被告はなぜ、「障害者は不幸を作る」と考えるようになったのか。凶行に及んだのはなぜか。公判はまだ始まっておらず、事件の核心部分は依然として闇に包まれている。
 その上で、現時点で改めて事件を振り返り、その教訓について考えてみたい。
 障害者はいらないから、殺した方がいい−。常軌を逸した主張だ。その一方で、極論にせよ、社会に潜む偏見や差別を映し出しているとはいえないだろうか。
 警察は遺族の意向を踏まえ、亡くなった19人の氏名を公表していない。異例のことだ。
 事件で深く傷ついた遺族は、なぜ実名ではなく、匿名を希望したのか。その選択の重さを、社会全体で受け止めるべきだろう。
 弱い立場の人や少数者を攻撃するヘイトスピーチや嫌がらせが横行するような風潮も、事件と無縁とは言い切れまい。
 私たちは障害のある人とそうでない人が、地域で共に暮らす社会の実現を目指してきた。現状は道半ばと言わざるを得ない。
 「やまゆり園」のような大規模入所施設は全国にあり、重度・高齢の障害者を受け入れている。国は施設入所者の地域への移行を促すが、遅々として進まない。グループホームの整備とケアの人材育成を急ぐ必要がある。家族だけで介護を担うのは容易ではない。
 学校では障害の有無にかかわらず一緒に学ぶインクルーシブ(共生)教育に力を入れてほしい。
 「違い」を認め合い、助け合うことの大切さを、しっかりと子どもたちに教えたい。
 被告は今も、障害者を「不幸のもと」と見なす主張を変えず、犯行を正当化しているという。独善的というほかない。
 障害者を排除するいびつな考えや言動は断じて容認できない。共生社会への歩みをより確かなものにしていく努力を積み重ねたい。


相模原殺傷1年 弱者思いやる社会に…冥福祈り献花
 相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害され、27人が重軽傷を負った事件は26日、発生から1年を迎えた。雨の中、現場となった「津久井やまゆり園」前の献花台には、朝から多くの人たちが次々と花を手向けに訪れ、静かに冥福を祈った。【森健太郎、国本愛】
 やまゆり園の入倉かおる園長(60)らは午前9時ごろ、献花台の前で黙とうし、花束をささげた。「あの日はきれいな夏空だった。きょうはあの日と違う空なのが少し救われる気がする」と空を見上げ、「数字では言い表せない一人一人との思い出があった。なすすべもなく、守ってあげられなかったのが本当に申し訳ない」と19人をしのんで声を震わせた。
 この日は、入所者たちが移った横浜市の仮園舎でも犠牲者を悼む時間を設けるといい、入倉園長は「職員も入所者も思い出に浸りながら、静かに時間を共有したい」と語った。
 入所者家族会の大月和真会長(67)も訪れ、あいにくの雨に「魂が安らかになっていないのかと思ってしまって……」と声を詰まらせた。「1年間大変だったけれど、家族にとっては何も始まっていないし、何も決まっていない」と話した。
 神奈川県重症心身障害児(者)を守る会の伊藤光子会長(75)は「24日の追悼式で19人の人となりを聞いた時、涙が出た。絶対にこの人たちの死を風化させてはいけないと改めて思った」と唇を引き締めた。毎月26日に手を合わせ、12回目の献花だといい、「これで終わりではなく、19人の無念さを胸に秘めながら、弱者が安心して暮らせる社会をつくっていかなくてはいけない」と述べた。
 相模原市の垂水京子さん(60)は、事件の約2週間前まで毎月短期滞在で園を利用していた次男(28)と訪れた。偏見や差別がある現状を憂え「(障害者は)経済的には役に立たないかもしれないが、いいじゃないかと支え合う世の中になれば。この子と一緒に生きていく」と決意を新たにした。
相模原障害者施設殺傷事件
 2016年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が次々と刃物で刺され、入所者19人が死亡、職員3人を含む27人が重軽傷を負った。19人の殺人罪などで起訴された植松聖被告(27)は「障害者は生きていても意味がない」などの言動を重ね、検察側による起訴前の鑑定では、自己愛性などの複合的なパーソナリティー障害と診断された。


相模原事件から1年————植松被告の思想と、安倍自民党の障害者切り捨て・差別排外主義との関係を改めて問う
 神奈川県相模原市の障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」での入所者19人が殺害された事件から1年。殺人及び殺人未遂で起訴された元職員の植松聖被告だが、横浜地裁で始まるはずの裁判は、まだ公判前整理手続きすら始まっていない状態で、真相解明にはまだまだ時間がかかりうそうだ。
 しかし、ひとつだけ改めて指摘しておかなければいけないのは、この相模原事件がいまの安倍政権の障がい者切り捨て政策や排外主義と差別を丸出しにする社会状況とけっして無関係ではないということだ。
 植松被告は事件前、衆院議長公邸に「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」といった手紙を届け、「(障がい者)ひとりにつき税金がこれだけ使われている」「何人殺せばいくら税金が浮く」などと語っていたことがわかっていた。
 また、逮捕後も「障害者なんていなくなればいい」と供述し、最近も、時事通信社の取材に手紙で応じ、「不幸がまん延している世界を変えることができればと考えた」と記したうえで、「意思疎通ができない重度障害者は不幸をばらまく存在で、安楽死させるべきだ」と主張していたという。
 しかし、こうした思想をもっているのは植松被告だけではない。そもそも、小泉政権と安倍政権は障がい者に税金を投入するのは無駄とばかりに、障がい者とその家族に負担増を強いる法改悪を行っているし、石原慎太郎や息子の石原伸晃、安倍政権の重鎮である麻生太郎、安倍政権のブレーンである曽野綾子は、「安楽死させたほうがいい」「いつまで生きているんだ」「税金を使っているのを申し訳なく思え」などと、障がい者や老人に対して信じられないような攻撃を、口にしてきた。
 植松被告のツイッターには、安倍晋三、百田尚樹、橋下徹、中山成彬、テキサス親父日本事務局、ケント・ギルバート、上念司、西村幸祐、つるの剛士、高須克弥、村西とおると、ネトウヨが好みそうな極右政治家、文化人がすらりと並んでいたが、こうした思想に大きな影響を受けたのは間違いないだろう。
 いや、植松被告だけではない。事件後、安倍政権を盲信するネトウヨたちの間では、〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉といった、植松被告の考え方に賛同する声があふれた。
 さらに、自民党のネット応援部隊であるJ-NSC会員(=ネトサポ)がブログで、「植松が言うように障害者はいなくなるべき」と全面的な賛同を示し、障がい者の子どもがいる野田聖子衆議院議員にまで「自民党の改憲案との矛盾をなくすために障害者の子ども殺せ」と迫っていたことも発覚した。
 本サイトは、相模原事件は、2000年代から始まった、弱肉強食の新自由主義政策と安倍政権下でエスカレートする排外差別主義が合体した結果であり、起こるべくして起きた事件だと考えている。
 そのことを確認するために、事件が発生したあと、本サイトが掲載した検証記事を再録するので、ぜひ読んでほしい。(編集部)
「障がい者を殺せば税金が浮く」植松容疑者の狂気は自民党政権の障がい者切り捨て、新自由主主義政策と地続きだ
障がい者大量殺害、相模原事件の容疑者はネトウヨ? 安倍首相、百田尚樹、橋下徹、Kギルバートらをフォロー
自民党のネット応援部隊が「植松容疑者の主張は間違ってない」「障がい者は死んだほうがいい」と障がい者ヘイト!
障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈
安倍首相の盟友・曽野綾子も野田聖子議員に障がい者ヘイト!「子どもの治療に税金を使っているのを申し訳なく思え」


相模原事件1年 問い直すべき愛と正義
 「われらは愛と正義を否定する」
 障害者運動史で、ひときわ強烈なこの言葉。脳性まひ者たちの団体「青い芝の会」の行動綱領として知られる。
 1970年、母親が障害のあるわが子を殺害する事件が起きた。母親への同情から広がる減刑嘆願運動に、同会は強く反発。愛ゆえに障害者は殺されても仕方ないのか。同情は正義か。「殺される側」からの問題提起は当時、広範な議論を巻き起こした。
 昨年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた入所者殺傷事件は、「愛と正義」をめぐる根源的な問いを再び社会に突き付けたと言える。
 被告の「殺害予告」の手紙が思い起こされる。
 「私は障害者総勢470人を抹殺することができます。…保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い…」「愛する日本国、全人類のために…」
 身勝手な「愛と正義」ゆえに否定された命。さらに、ネットに氾濫する、被告の言動を肯定する匿名の書き込み。表向きは「共生」の掛け声が飛び交う社会の深部で、障害者と社会の分断は深い。
 事件から1年。本県の障害者から聞こえてくる声は「事件はとっくに風化している」「特に何かが変わった実感はない」など、無力感が漂う。
 ここには、日本の障害者隔離施策が影を落としている。やまゆり園は64年設立。「障害者を保護し家族の負担を軽減する」との国の方針で、各地に大規模施設が建設され始めた時期と重なる。
 障害者と家族が住み慣れた地域で生活し、ごく当たり前の愛情を育むための支援を充実させるのではなく、施設に収容するという解決策。国は近年、遅まきながら政策転換し地域共生に力を入れ始めたが、なお多くの障害者が見えない存在として生きている。
 今回の事件の犠牲者は、なぜ匿名なのか。やまゆり園再建をめぐり、全国の障害者団体などが小規模分散を提唱しているのに対して、入所者の家族会はなぜ大規模施設での建て替えを求めるのか。
 わが子にとって良かれと思う家族の選択。ここにも、長い隔離収容施策がもたらした悲しみを感じざるを得ない。
 この国で、障害者と家族がささやかな愛に満ちた地域生活を送る日は、遠いかもしれない。だが、事件を機に、障害者と健常者の対話集会が各地で開かれるようになった。今月29日には盛岡市で「対話の集い」が開かれる。
 一つ一つの対話こそ、障害者と社会の深い分断を埋める一歩一歩だ。その先に「殺しも殺されもしない正義」の論理が見いだせると信じたい。


相模原事件1年 隣り合って生きるには
 重い障害がある人たちの命が次々と奪われた。向き合うことすらつらい凄惨(せいさん)な事件だった。だからこそ心にとどめ、そこに映し出された社会のありように目を凝らさなくてはいけない。その思いを新たにする。
 相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が殺傷された事件から、きょうで1年になる。障害者は不幸をつくることしかできない。だから抹殺する―。逮捕、起訴された男を駆り立てていたのは強い差別意識だった。
 亡くなった人たちの名前はいまだに公表されていない。遺族の多くが口を閉ざしたことも、障害者への差別が社会に根深く残る現実を浮かび上がらせた。
 もう一つ、事件を通して顕在化したことがある。重度の障害がある人の多くが地域で暮らせず、街中から隔たった施設に入らざるを得ない状況だ。
 障害者を受け入れる大規模な施設は1960年代から70年代にかけて全国各地に整備された。やまゆり園もその一つだ。
 欧米ではそのころ既に大規模施設の解体が進み、日本でも80年代から、少人数のグループホーム制度を設けて地域への移行が進められてきた。けれども今なお、状況は大きく変わってはいない。
 やまゆり園の今後についても意見は割れている。神奈川県が当初示した建て替え案は、「社会からの隔絶につながる」と障害者団体などから異論が相次いだ。一方で家族からは「苦労した末、やっとたどり着いた場所」だと、再建を望む声が上がっている。
 多くの障害者が街から離れた施設で暮らすことは、存在を社会から見えにくくする。当事者が声を上げることも、社会が聞き取ることも難しくなる。互いに姿が見える場所で隣り合って生きることは何より大切だろう。
 地域社会の中で生きることは、人間として当たり前の権利だ。その妨げとなっている差別意識にどう向き合うか。私たち一人一人が問われる。
 重い障害があっても地域で暮らせる社会的な支えを拡充し、生活の軸足を少しずつでも地域に移していけるようにしたい。グループホームを運営する人たちなどが、施設を出て一緒に暮らそうと働きかけるようなかたちで、移行を進められるといい。
 神奈川県は、障害がある当事者たちが自ら声を上げ、権利を獲得する運動の中心になってきた地域だ。議論を重ね、全国の先例となる取り組みにつなげてほしい。


【相模原事件1年】差別意識をなくす契機に
 相模原市の知的障害者施設で、入所者19人が元施設職員の男に殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から1年がたった。
 「障害者なんていらない」。全く理不尽で明確な差別意識に基づき、施設内をよく知る男が入所者らに襲い掛かった事件は、社会に強い衝撃を広げた。こうした事件を再び起こさないようにするには、何をすればいいのか。くみ取るべき教訓とは何だろう。
 何より重要な再発防止策だが、手だてを講じる取り組みは遅々として進んでいない。
 事件を受け、先の通常国会に提出された精神保健福祉法改正案は、継続審議となった。
 元職員が精神疾患で措置入院し、退院した4カ月余り後に事件を引き起こしたことから、法案は措置入院患者に対する支援強化を柱とした。ところが、監視強化にもつながる恐れがあると野党が反発を強め、精神障害者や専門家からも批判が多く出された。
 犯罪防止という観点は大事としても、回復や自立を目指している大多数の障害者にすれば、元職員と同列にされかねないのは心外のはずだ。配慮を欠く内容では、差別に結び付く恐れもある。
 一方、なぜ元職員が差別意識を強め、残虐な事件を起こすに至ったかを知る手掛かりとなる動機、背景の全容は明らかになっていない。元職員は殺人、殺人未遂など計48人に対する罪で起訴されたものの、初公判のめどは立たないままだ。
 元職員は今も独善的な主張を続けているという。検察側による精神鑑定で刑事責任能力はあると診断されたが、今後、弁護側も鑑定を請求するとみられる。心の中を解明するまで、さらに時間を要する。
 障害者も健常者も、高齢者も若者も、誰もが大切にされ、人間として普通の(ノーマル)生活を送ることができる社会を実現しよう、というノーマライゼーションという考え方が提唱されて久しい。
 だが事件を通じて浮かび上がったのは、差別意識を一掃できず、なおノーマライゼーションへの途上にある現実といえよう。
 捜査機関は「遺族の意向」を理由に、被害者を匿名のままで発表した。大切な人を失った遺族にはまず「そっとしておいてほしい」との希望があろう。加えて、社会に残る障害者への差別意識を警戒し、家族の名前を明かしたくないとの心理もうかがえよう。
 障害だけでなく国籍や主張の違いなどで人を差別したり攻撃したりする風潮がある。差別は、互いの違いを受け入れない不寛容から始まるともいえよう。
 しかし誰しも尊重され、幸せに生きる権利がある。一人一人がかけがえのない存在であると、互いの価値を認め合うことで差別の芽を摘み取らなければならない。事件について考え続けることによって、差別意識をなくす契機としたい。


アパッチの怒り
 憲法改正により9条は失効し、日本には帝国軍が復活。憲法が定める「権利」の8割は「義務」に置き換えられて、義務に反した者は有刺鉄線に囲まれ餓死するしかない土地へ追放される▼6年前のきょう亡くなったSF作家小松左京さんは、1964年に発表した長編「日本アパッチ族」でこんな悪夢のような世界を描いた。主人公は「失業罪」で追放され、食料として鉄を食べるようになったアパッチと呼ばれる種族の一員になる。やがて政府と軍、アパッチは生存をかけて激突する▼60年代の政治や革命に批判的な視線を向けながら、関西人らしいサービス精神で笑い飛ばす名作だが、全編に響くのは「強者の論理」に対する激しい怒りだ▼社会的に有用でないと判断した者を切り捨てる独善的な論理は、先の大戦のナチス・ドイツによる大量虐殺などで最悪の展開をみせた。怒りの根底には小松さんの戦争体験もある。そして、それは昔の話ではない▼1年前のきょう、相模原市の障害者施設で19人が殺害された。殺人罪などで起訴された被告の「障害者は生きていてもしょうがない」という差別的な言動は再び悪夢を呼び戻した▼犠牲者はアパッチのように反撃もできず亡くなった。小松さんの怒りを共有し、共生の社会を考える義務が私たちにはある。

相模原殺傷事件1年 共生を阻む壁、壊したい
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺されるなどした事件から、きょうで1年になる。
 おととい相模原市であった追悼式では、犠牲者19人それぞれのエピソードが紹介された。「満開の桜の中で甘酒を楽しんでいた」「とても我慢強くて笑顔がすてき」…。残された家族らの悲しみはいかばかりか。心から哀悼の意を表したい。
 戦後最悪の殺人事件がなぜ起きたのか、1年たった今なお解明されていないことがもどかしい。やまゆり園の職員だった植松聖被告(27)が「障害者はいなくなればいい」との独善的な考えに至る経緯も不明だ。起訴前の精神鑑定で「自己愛性パーソナリティー障害」などと診断され、刑事責任能力があるとして殺人や殺人未遂などの罪で起訴されたものの、初公判のめどはまだ立っていない。
 惨事を繰り返さないため、どうすればいいのか、その答えが見えてきたとも言い難い。
 被告は施設襲撃を予告し「他人に危害を加える可能性がある」として、精神保健福祉法に基づく措置入院となった。犯行に及んだのは退院から4カ月後のことだ。こうした経過を踏まえ、国は措置入院患者の支援に重きを置いた再発防止策を進めようとしてきたが、迷走している。
 国会に提出された精神保健福祉法の改正案は、継続審議に追い込まれた。自治体や警察が措置入院患者の退院後を見守る体制を整える内容で、厚生労働省は当初、法改正の趣旨を「事件の再発防止」と説明していた。障害者の団体などから「監視につながる」と反発の声が上がったのは当然だろう。
 植松被告は精神鑑定の結果、責任能力があるとされ、必ずしも事件と精神疾患が結び付いているとはいえない。改正法案は、精神障害者がこの事件を起こしたという印象を社会に与えかねない。
 今回の事件が、優生思想に基づく憎悪犯罪(ヘイトクライム)の色彩が濃いとの指摘が多数あることを重く受け止めるべきだろう。精神科の医療制度を変えるだけで同じような犯罪を防げるだろうか。事件後ネット上で、犯行を称賛するような書き込みが相次いだことも気掛かりでならない。
 低成長の時代、先の見通しがつきにくい一方、自己責任は過剰に求められる。閉塞(へいそく)感の強まる社会は、弱い立場の人や自分とは違う人へのゆがんだ見方を助長する危険性をはらんでいるのではないか。
 事件から1年たってもなお、多くの遺族が固く口を閉ざしていることにも心が痛む。
 これまで神奈川県警も横浜地検も、犠牲者の名前を匿名で発表しているが、異例の対応である。命を奪われたのはどんな人だったのか、事件の重大さを伝える上では欠かせない情報が乏しいことは、とても残念だ。ただ遺族が匿名を望む背景には、障害者とその家族がさらされてきた偏見や差別がある。
 障害者の保護者たちからすると、今回の事件にしても、大量無差別殺人としてではなく、障害者施設の特別な事件として受け止められているような違和感があるという。
 事件が今も問うのは、共生を阻む壁が社会にあることだ。どうすれば壊せるのだろうか。


民進・野田幹事長が辞任へ 何を目指してのけじめか
 民進党の野田佳彦幹事長が東京都議選の総括をめぐる党の会合で、引責辞任すると表明した。
 政治は結果責任である。重要な選挙の敗北などで政党幹部が責任を取ることは必要だ。だが、今回の辞任がいったい何を目指してのけじめなのかが伝わってこない。
 野党が国会の閉会中審査で安倍内閣を追及する中、自ら冷や水を浴びせるようなタイミングだった。
 都議選惨敗の総括をめぐる一連の経過からは、蓮舫代表らがどこまで危機感をもって結果を受け止めていたかの疑問がつきまとう。
 自民党が歴史的惨敗を喫したにもかかわらず、民進党は5議席に落ち込んだ。ところが蓮舫、野田両氏は早々に続投を表明した。
 さすがに党内から疑問の声が上がったが、総括は迷走した。反執行部の一部は蓮舫氏の「二重国籍」問題を蒸し返し、蓮舫氏は戸籍情報を公表するなど、混乱に拍車をかけた。
 そして、都議選開票から3週間以上経ての野田氏辞任表明である。これでは、蓮舫氏続投のための身代わりという内向きな論理しか感じられない。党再生の展望を欠くところに最大の問題がある。
 民進党が都議選で苦戦した一番の要因は、蓮舫代表の下で有権者の信頼を回復できていない点にある。
 確かに「加計学園」問題の追及など、政権批判では一定の役割を果たしている。だが、目標とするはずの保守の一部や中道・リベラル層を意識した政策はアピールできていない。共産党との選挙協力問題をめぐり党の軸足は揺れ続けている。
 毎日新聞の世論調査では安倍内閣の支持率が26%に落ち込む一方で、民進党の支持率も5%と前回より3ポイント下落した。都議選を経てからも政権批判の受け皿として期待感が一向に高まらない状況は深刻だ。
 野田氏は野党転落時の首相だった。党内には「戦犯」視する見方もあるだけに、蓮舫氏による幹事長起用に反発はもともと強かった。
 だが、野田氏辞任により、蓮舫氏への風当たりはますます厳しさを増すことになるだろう。
 次期衆院選に向け、民進党は党解体の危機すら指摘されている。新幹事長の選任とともに、蓮舫氏は早急に路線を整理すべきだ。

Rの友人から北区同窓会の案内/Uキソキソ終了

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Fukushima : un robot a exploré le réacteur n° 3
Xavier Demeersman
Un petit robot long de 30 cm a nagé dans les eaux radioactives du réacteur n° 3 de Fukushima. Il aurait obtenu les premières images d'éléments composés de métal et de combustibles nucléaires ayant fondu lors de la catastrophe. Une étape importante dans le processus de décontamination de la centrale.
Tepco (Tokyo Electric Power Company), l'opérateur de la centrale nucléaire de Fukushima, a annoncé samedi qu'au cours d'une investigation ayant duré trois jours, un robot avait obtenu les premières images de combustibles nucléaires ayant fondu dans le réacteur n° 3 depuis la catastrophe du 11 mars 2011 provoquée par un puissant tsunami.
Du moins, la probabilité est élevée que ces dépots observés soient du combustible fondu mélangé à du métal, a déclaré le porte-parole de la compagnie. ≪ D'après les photos prises, il est évident que certains objets fondus sont sortis du réacteur. Cela signifie que quelque chose à haute température a fondu certains objets structurels et est sorti. Il est donc naturel de penser que les barres de combustible fondues sont mélangées avec eux. ≫
Il faudra plus de 40 ans pour décontaminer la centrale de Fukushima
Identifier et localiser ces éléments est une étape très importante dans le processus de décontamination du site, de même que leur analyse permettra peut-être de mieux comprendre la chaine des évènements durant l'accident. Selon des estimations publiées en décembre 2016 par le ministère de l'Économie, du Commerce et de l'Industrie japonais, le démantèlement de la centrale de Fukushima prendrait plus de 40 ans et coûterait au total 72 milliards de dollars. Et, si on inclut les compensations et la décontamination au démantèlement, l'addition s'élèverait à 192,5 milliards de dollars.
Surnommé ≪ Little Sunfish ≫, le petit robot télécommandé long de 30 cm est équipé de deux caméras. Il n'est pas le premier à s'aventurer dans les eaux radioactives d'un réacteur de la centrale mais les précédentes tentatives ont avorté, soit parce que les éléments restaient difficiles à identifier, soit parce qu'ils étaient inaccessibles.
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Rの友人から連絡がありました.京都に住んでいる彼とはだいぶ前に電話でお話したきりです.直接ではなくAnさん経由でしたが北区同窓会をするのでどう??ってわたしは北区関係者ではないのですがお仲間であるので誘ってくれたんでしょう.うれしいけれど,今は忙しくてどうしたらいいのかわからない感じです.
Uキソキソ終了で一安心.準備が大変だったのでとにかく終わってよかったです.

県の辺野古提訴 国の手続き、徹底審理を
 沖縄県はきのう、政府が進める米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の工事差し止めを求める訴訟を那覇地裁に起こした。
 県側は、政府が県の「岩礁破砕許可」を得ずに工事を続けるのは違法だと主張している。
 政府はこれまでも、沖縄の声に耳を傾け、丁寧に手続きを踏むプロセスを著しく軽視してきた。
 県の提訴は、強権的な手法に対抗するためのやむを得ない手段だろう。翁長雄志知事は「沖縄県民の思いを置き去りにしたまま、新基地建設に突き進む国の姿勢が改めて問われる」と述べた。
 手続きの適正さや行政の公正性が確保されているのかどうか、司法の徹底審理が求められる。
 県は岩礁破砕許可の期限が3月末で切れるため、国に新たな許可が必要だとして申請を求めた。だが、国は許可を得ないまま4月に護岸工事着手を強行した。
 地元の名護漁協が漁業権を放棄したことにより破砕許可は不要というのが、政府が示した見解だ。
 だが政府は過去の答弁書などで、都道府県が与えた漁業権は漁協が放棄しただけでは消滅しないとの解釈も示していた。
 県は矛盾を指摘し、「漁業権消滅に必要な知事の変更免許がなく、許可は必要だ」と言う。
 行政の適正な手続きを定めた法律の解釈が、時の政権の方針に沿うように都合よく変えられたとしたら、看過できない。
 辺野古移設を巡り国と県の間では、知事の埋め立て承認取り消しの是非が争われた訴訟で昨年12月に県側の敗訴が確定した。
 だが高裁で県側の証人申請が全て却下され、最高裁も弁論を開かなかった。県の訴えを十分に聴いたとは言えず、判決は政府の主張を追認したとの印象を免れない。
 同じことが繰り返されれば、三権分立の在り方が問われよう。
 日本のシンクタンク「新外交イニシアティブ」(ND)は、新基地の建設なしに普天間を返還しても米海兵隊の運用によって抑止力は維持されるので、辺野古移設は不要との代替案をまとめた。
 NDは今月、ワシントンでシンポジウムも開催している。
 政府は「辺野古が唯一の解決策」との姿勢を改め、こうした提言も参考に移設なしの返還を米政府と徹底的に追求すべきだ。沖縄の負担軽減にはそれしかない。
 県は併せて、判決が出るまで工事を中断させる仮処分も申し立てた。政府は直ちに中断し、沖縄との対話を進めるべきである。


「辺野古」国を提訴 公正な司法判断求める
 名護市辺野古の新基地建設工事で、岩礁破砕許可を得ないまま作業を進める国に対し、県は24日、那覇地裁に工事差し止め訴訟を提起した。
 翁長雄志知事は「あらゆる手段を使い、辺野古新基地建設を阻止する」と言明してきた。提訴は当然である。司法には公正な判断を求める。判決が出るまでの工事差し止めの仮処分も速やかに認めるべきである。
 今回、県が申し立てた訴訟は直接的に工事の差し止めを求めるものではない。名護市漁業協同組合による漁業権の一部放棄後、漁業権の存在を確認するものだ。
 県は工事海域には漁業権が存在し、県による岩礁破砕許可が必要との立場を取る。県漁業調整規則は漁業権の設定されている漁場内で岩礁を破砕する際には知事の許可を受けるよう求めている。
 仲井真弘多前知事が国に出した岩礁破砕許可の期限は3月末で切れている。それにもかかわらず、国は工事を強行した。岩礁破砕を伴う違法行為が差し迫る中、裁判で国が漁業権の存在する海域で許可なしに岩礁破砕してはならないことを確認する。
 漁業権を変更する際は都道府県知事の免許を受けなければならないとする1985年の政府答弁も根拠とする。
 一方、国の立場は、岩礁破砕許可の前提となる漁業権が消滅したため、再申請の必要はないというものだ。漁業法第31条などを根拠に、漁業権の変更免許を受けなくても漁業権は消滅すると主張する。
 71年の衆議院農林水産委員会での水産庁長官の「漁業協同組合の特別決議をもって漁業権の一部の消滅が可能である」という答弁も根拠に挙げる。88年の仙台高裁判決も論拠としているが、正反対の判決も出ており、判例は確定したとは言い難い。
 漁業権放棄と岩礁破砕許可を巡る法的対立がある以上、国は少なくとも県が求める事前協議に応じるべきだった。
 知事が主張するように、国はなりふり構わず埋め立て工事の着手という既成事実を積み重ねようとしている。しかし、豊かな生物多様性を誇り、かけがえのない財産である辺野古・大浦湾の海を埋め立て、県民の手が届かない国有地に「耐用年数200年」ともいわれる新基地を建設することは到底容認できない。
 辺野古新基地建設を巡っては、2015年10月の翁長知事による埋め立て承認取り消しを受けて国が代執行訴訟を提起。その後和解が成立したが、改めて国が知事を相手に不作為の違法確認訴訟を起こし、昨年12月に最高裁で県敗訴の判決が確定した。
 最高裁判決は、日米安保条約、不平等な日米地位協定に基づく沖縄への基地集中をただす姿勢が見られず国策に追従するものだった。
 今回の訴訟を通じて、沖縄の民意に反する工事を強行する国の不当性に、司法はしっかり向き合うべきだ。


[辺野古差し止め訴訟]工事中断し協議進めよ
 名護市辺野古の新基地建設を巡って、県は24日、岩礁破砕を伴う工事の差し止めを求め、那覇地裁に提訴した。
 裁判が決着するまで、工事を一時的に中断する仮処分も、合わせて申し立てた。
 辺野古を巡る県と国の対立が裁判に持ち込まれるのはこれが5回目である。
 今回の裁判は、埋め立て承認取り消し処分を巡って争われた過去の辺野古訴訟とは、その性格が異なる。
 漁業権が設定された海域で埋め立て工事を実施する場合、県の岩礁破砕許可を得る必要があるが、国は許可期限が切れた後も、許可を得ずに工事を続けている。
 「このまま工事が進めば無許可のまま岩礁が破壊されるのは確実で、県漁業調整規則に反する」というのが県の主張だ。これに対し政府は、地元の名護漁協が埋め立て海域の漁業権を放棄したため、岩礁破砕許可は必要ない、と指摘する。
 裁判の争点ははっきりしているが、本来問われるべき点は別のところにある。他府県では起こり得ないことがなぜ、沖縄で繰り返されるのか。
 憲法と地方自治法が施行されて今年でちょうど70年になる。憲法と地方自治法がまっとうに運用され、政治が機能していれば、このような県と国の法廷闘争が繰り返されることはない。
 他府県とあまりにも異なる基地負担の押しつけは、公正・公平であるべき行政を大きく逸脱しており、正当化できない。政府は埋め立て工事を中断し、打開に向け県との話し合いを再開すべきだ。
■    ■
 司法は最終的な解決の場ではない。県が好んで国と対立しているわけでもない。
 県が再び、司法の場に問題を持ち込んだのは、国が、県や地元名護市の主張に一切耳を貸さず、強引に工事を進めているからである。
 日米両政府は、合同委員会という「密室」で、臨時制限水域の設定に合意し、それを根拠に県の立ち入り調査を拒否してきた。
 環境影響評価(アセスメント)でも情報公開、住民参加の原則は生かされず、肝心のオスプレイ配備が、ある時期まで伏せられた。
 水産庁は漁業権に関する過去の見解を変え、岩礁破砕の許可は不要という沖縄防衛局の判断にお墨付きを与えた。
 翁長雄志知事が提訴後の記者会見で語った「不条理を感じている」という言葉は、重い。その言葉に真剣に向き合うことなしに問題を解決することはできない。
■    ■
 沖縄では復帰後も、安保・地位協定が優先され、憲法と地方自治法に基づく権利が制約を受けてきた。
 復帰の際、政府は未契約米軍用地を強制使用するため、沖縄だけに適用される公用地暫定使用法を制定した。だが、憲法でうたわれた住民投票は実施されなかった。米軍用地特措法が改正されたのは、県知事の権限を封じ、未契約米軍用地を継続使用するためだった。
 そして今また、新基地建設のための強権の乱発である。この異常な事態こそが裁かれるべきだ。


伊方原発停止却下 住民の不安は拭えない
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)について、松山地裁は県内の住民らが運転差し止めを求めた仮処分の申し立てを却下した。
 伊方原発は計3基あり、1号機は既に廃炉が決まり、2号機は定期検査で停止している。3号機は昨年8月に5年ぶりに再稼働した。四国で稼働する唯一の原発である。
 伊方原発は特異な立地から全国の原発の中でも不安材料が多いと指摘されている。約8キロ北の沖合に国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走り、原発周辺では南海トラフ巨大地震による被害も予想される。瀬戸内海に面した唯一の原発でもあり、事故で放射性物質が放出された場合の海洋汚染の懸念もある。
 「日本一細長い」といわれる佐田岬半島の付け根に立地し、事故が起きれば半島の先端側に住む約5千人が孤立する恐れがある。仮処分を申請した住民側は「日本で最も避難が困難な原発だ。過酷事故が発生すれば、多くの住民が被ばくを余儀なくされる」と主張している。
 松山地裁の決定は、新規制基準や原子力規制委員会による審査を「不合理ではない」とし、安全対策も四電側の主張をほぼ認めた。伊方原発を巡る仮処分では3月の広島地裁と同じ結果であり、電力会社や規制委の方針を追認する司法判断が示される傾向がこのところ続いている。同原発を巡っては同様の仮処分が大分地裁と山口地裁岩国支部で審理中だ。
 四電が基準地震動(耐震設計の目安となる揺れ)を最大加速度650ガルと設定したことに対し、住民は「過小評価だ」と主張したが、松山地裁は退けた。住民側の不安はもっともだろう。熊本地震で1580ガルを観測するなど、近年は各地で千ガルを超える地震が起きているからだ。
 大きな争点の一つだった事故発生時の避難計画については、松山地裁は現時点での一定の合理性は認めながら、今後の避難訓練などで見つかった課題を踏まえて適切に修正されない場合は「著しく合理性を欠くこともあり得る」と指摘した。
 計画では、住民は原発の横を通って内陸側に逃げるか、港から船で大分県などへ渡ることになっている。しかし、唯一の避難道となる国道は地震で寸断される恐れがあり、津波で港が壊される場合もあり得る。地裁決定は「計画の見直しを続ける必要がある」と注文をつけたが、事故はいつ起きるか分からない。住民の安全に司法が真摯(しんし)に向き合ったかどうかは疑問である。
 避難計画の内容が十分でなくても原発の再稼働が認められるのは、再稼働の要件になっていないからである。想定外の事故は起きる。それを踏まえて対策を講じよというのが、6年前の東京電力福島第1原発事故の教訓ではなかったのか。避難計画が実効性を伴うことが再稼働の大前提であるべきだ。


テレ東「家、ついて行ってイイですか?」の過酷な現場に密着した
 街で終電を逃してしまった人へ、タクシー代を払う代わりに自宅訪問をお願いするテレビ東京系人気番組「家、ついて行ってイイですか?」(水曜・後9時)。2014年に放送開始され、面白エピソードが詰まった自宅や、素人が見せるありのままの反応が人気を博している。深夜の駅などで行われるロケでは、人々の冷たい反応は当たり前。朝まで奮闘して誰にもついて行けないこともざらだ。そんな過酷な現場に密着した。
 集合は池袋駅に午後11時。都内だけではなく埼玉、栃木方面へも電車が延びる同駅では、人によってはこの時間に終電が来てしまう。
 ロケを行うのは番組担当歴約3年の玉川晃ディレクター(D、36)と、伝説の盗塁王と同姓同名で、元高校球児ながら盗塁歴はないアシスタントディレクター(AD)の福本豊さん(25)。番組を担当するDは約40人、ADは約15人。ランダムで2、3人が班を組み、ターミナル駅や繁華街など夜の街へ。毎日7〜8班が出撃。1か月で延べ200〜300班がロケを行っている。
 週1回の放送にしては随分多いと思ったが、理由はすぐに判明した。午後11時15分、玉川Dが若い女性2人に「ちょっとすみません」と近寄るが、2人は何も聞こえなかったかのように通り過ぎた。同17分、19分、22分、話しかけた相手は次々とスルー。怪しまれないように局の腕章と身分証を見えやすい場所に携帯しているが、目線すら合わせてくれないことも普通だ。「慣れていますから」と笑う玉川Dも「…少し寂しいなあ」とポツリ。
 取材をお願いする相手は、Dによって傾向が変わるが、玉川Dのポリシーは「楽しそうにしゃべっている2、3人組」だ。「雰囲気が大事。インタビューを受けてくれないと何も始まらないですから」
 11時25分、「すみま…」と話している最中に中年男性2人組に足早にスルーされた後、同32分。OL風3人組が足を止めてくれた。「何の番組ですか?」「テレビ東京の…」と言った瞬間「あー!『家、ついて行ってイイですか』だ!」と口をそろえる。だからといって甘くはない。OLたちは「でも、帰りま〜す」と明るく改札へ。一人は小声で「うちはゴミ屋敷なので、会社にバレると行けなくなるし」。番組をよく知るからこそのNG理由だ。
 その後も数組の男女に断られ、たった1時間で12組に「NO」を突きつけられるうち、2人の口数も減ってくる。玉川Dによると家までついて行ける確率は半分以下。始発電車が出る午前5時まで空振りを続けることも。「僕らは経験も長いから“打率”は高い方なんですけどねぇ…」と首をかしげる福本AD。「あれ俺のペットボトルがない。どこかに落としたかなぁ…」。玉川Dの独り言が夜の暗闇に消えていく。
 深夜0時を回って約5分。福本ADが玉川Dにささやく「あそこの2人組が面白そう」。ひげ面の男性が2人。聞くと役者仲間という。取材をお願いするとAさん(38)が快諾。家には臨月を迎えた妻とその母が一緒に住んでいるが「我が家はサプライズ訪問でも大丈夫です」と自信満々だ。
 タクシーに乗り込み目黒区のAさん宅へ。メーターが6000円を超えた頃、Aさんが漏らした一言で車内に緊張が走る。「奥さんが怒ったらどうしよう…」。番組の性質上、出演者は酔っぱらいが多く、大きな気持ちで取材を受けても後にNGになることもしばしば。ひどいと撮影翌日に電話すると「全く覚えていない。放送はやめて」という人も(その場合でもタクシー代を請求することはしない)。
 深夜0時44分、Aさん宅に到着しタクシー代は8490円。過去には上野駅で、翌朝にテストを控えた山形の女子大生を送り、12万円かかったことも。局からは「金額にびびるな」という太っ腹な方針が出ているという。
 自宅のドアを開き、Aさんが家の中へ。会話は1対1の方が深まるため玉川Dだけが入る。どうやら交渉は成立した様子。そして待つこと約2時間。玉川Dが出てきたのは3時10分だった。Aさんと奥さんのなれそめや、家族ぐるみのダンスの趣味などたっぷり聞くことができたという。
 深夜のお宅訪問に激怒も想定された奥さんは「怒りませんよ。パチンコで負けてばかりの旦那が、出産前にこんな“引き”を持ってきたんですから」と寛大に笑った。福本ADは「そもそもコンセプトが失礼な番組。皆さんのご協力があってこそです」と胸をなで下ろす。
 福本ADは「長期間密着するドキュメント番組と違って、その人のその瞬間に立ち会える」と番組の人気の理由を分析する。過去には若い女性宅について行き、同居中ながらも別れ話の最中という彼氏に対し、こっそり「彼女はプロポーズがないから怒っているんですよ」と教え、後に無事ゴールイン。結婚式も撮影した。
 だが、ゴールはまだ遠い。この後は約2時間にわたるテープを20分に編集。会議を経て、ビビる大木や矢作兼の待つスタジオへと届く。別のお宅と内容が重なったり、泥酔のあまり協力者とのトークが成立していないケースもあり、テープの採用率は「10本のうち2〜3本あればいい方」(玉川D)。
 2軒目を狙う日もあるが「今日はもう帰りましょう」と玉川D。時計の針は午前3時半を過ぎようとしていた。(浦本 将樹)

尼女子の顔が近くてビックリ/写真は承諾書

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Au Japon, 1 femme sur 5 obligée de choisir entre son enfant ou son emploi
par Anais Moine
Malgré la crise démographique que connaît le Japon, les femmes sont de plus en plus fréquemment harcelées en entreprise du fait de leur grossesse. Ce phénomène porte même un nom, le matahara.
Le pays du soleil levant connait une situation démographique dramatique et sans précédent. Le taux de natalité actuel est en effet estimé à 1,4 enfant par femme alors même que pour participer au renouvellement démographique il devrait se situer aux alentours de 2,1. Pourtant, les conditions de travail des femmes enceintes ne participent en rien à l’amélioration des choses. Le magazine Elle révèle en effet quelques témoignages de femmes qui, mises à rude épreuve durant leur grossesse, ont préféré quitter leur emploi, au risque de perdre leur enfant si elles persévéraient dans cette voie.
Itsuno, 22 ans, travaillait comme commerciale pour une imprimerie lorsqu’elle est tombée enceinte de son premier enfant. Afin d’éviter les terrifiantes heures de pointe dans les transports japonais, elle a demandé un aménagement d’horaires à son directeur, "Je vivais à quarante minutes de mon travail et la ligne que je prenais tous les jours était vraiment bondée. Cela me faisait peur et je craignais que cela n'affecte ma grossesse" confie-t-elle à Elle. Face à cette requête, ses supérieurs ont alors décidé de la pousser vers la sortie, "Ils m'ont dit que c'était très égoïste de ma part d'exiger cela. Le président m'a posé trois fois la question : "Mais pourquoi tu ne démissionnes pas ? ". Harcelée, la future mère a alors été confrontée à des attaques quotidiennes de la part de son patron qui lui a un jour lancé : "Si tu te souciais vraiment du bien de l'entreprise, tu ne serais pas tombée enceinte."
Déprimée, Itsuno a alors pensé au pire. Ses médecins ont diagnostiqué des idées suicidaires et un stress chronique. Elle est alors forcée sur ordre médical, d’arrêter de travailler durant le reste de sa grossesse afin d’écarter tout risque de fausse couche. Désormais maman d’une petite Yuno, 7 mois, Itsuno n’a pas l’intention de retourner dans son entreprise et cherche une société plus compréhensive et ouverte à la maternité.
Le matahara un phénomène répandu mais tabou
Preuve que le harcèlement au travail est courant lors d’une grossesse, les Japonais ont même inventé un mot pour le caractériser, le matahara (contraction des termes anglais "maternity et harassment" à savoir, "harcèlement pendant la maternité "). Pourtant à l’heure actuelle, les cas de procès pour matahara demeurent extrêmement rares. Dans un pays où les habitants sont très pudiques sur leur vie privée, il n’est en effet pas simple d’aller exposer ses problèmes personnels devant une cour de justice. D’autant plus quand la plupart des victimes pensent que cela est de leur faute et finissent par se sentir coupables d’être tombées enceintes. Ce comportement d’auto-flagellation permet aux cadres peu scrupuleux d’abuser de la faiblesse de ces femmes. Selon une enquête menée en 2015 par le ministère du Travail et de la Santé japonais, 1 japonaise sur 5 qui travaille à temps plein est victime de harcèlement. Pour celles qui travaillent à temps partiel, la situation est encore pire puisque les chiffres montent à 1 femme sur 2 victime de matahara.
Le gouvernement japonais tente tant bien que mal de venir à bout de la crise démographique que connait le pays. Alors que ce dernier s’est fixé comme objectif principal l’augmentation de son taux de natalité avec pour date butoir l’année 2025, il est grand temps que le matahara devienne l’une des priorités des hommes politiques japonais.
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Uの尼女子に説明している時彼女の顔がとても近くてビックリしました.
Muさんに写真の件で相談したところ,承諾書にしたらというナイスなお返事.よかったです.

釜石の被災老舗書店 再建オープン
 東日本大震災で被災した岩手県釜石市の老舗書店が24日、市中心部で再建を果たした。1935年創業の「桑畑書店」3代目社長の桑畑真一さん(63)は「本を必要とする人のため、立ち寄りやすい店を目指したい」と意気込む。
 新店舗は、目抜き通りに面した災害公営住宅1階のテナントに入居する。売り場は約50平方メートルで、21〜23日は高校の同級生やボランティアが引っ越し作業を手伝った。
 震災前に構えていた2階建て店舗は売り場が約230平方メートルあり、ホールも備えていた。釜石出身の作家らを招いたイベントを催し、地元文学ファンに集いの場を提供していた。
 震災は、経費節減などで近年の赤字経営を脱却して間もなく起きた。津波で店舗は全壊し、4万冊以上が流出。近くにあった自宅も失った。
 事務所を借り、泥まみれで見つかった顧客名簿を基に約500件の配達を再開したのは1カ月後。2011年11月には、仮設商店街の店舗で営業を始めた。
 狭い売り場では、特色ある品ぞろえは諦めざるを得ない。震災後に開業した市内の商業施設には大型書店が進出し、売り上げは以前の10分の1以下に減った。正社員2人にはパート勤務に切り替えてもらい、漫画週刊誌1冊から配達に走り回った。
 仮設商店街の入居期限が来年3月に迫る中、市から出店を打診されて決断。震災後の人口減と消費低迷を実感し、本離れとインターネット通販の隆盛に直面する中での再出発だ。
 「不安は大きいが、復興支援などで釜石に来た人と多くの新しい縁ができた。お客さんと対話し、信頼関係を築きながら販売するスタイルで頑張りたい」と桑原さんは前を向く。
 店舗再建を記念して、岩手県立高教諭で、震災を詠んだ句集「龍宮(りゅうぐう)」が現代俳句協会賞特別賞などを受賞した俳人照井翠(みどり)さんの講演会を8月1日午後4時、釜石市のライブ施設「釜石PIT(ピット)」で開く。入場無料。
 連絡先は桑畑書店0193(22)3399。


被災地つなぐ縦断リレー 伊調選手が第1走者
 東日本大震災で被災した青森県から東京都までの約1230キロをランニングと自転車によるリレー形式でつなぐ「未来(あした)への道 1000キロ縦断リレー2017」(東京都など主催)が24日、スタート地点の青森県観光物産館「アスパム」(青森市)を出発した。
 アスパム隣の青い海公園であったグランドスタート式で、山本隆東京都副知事が「(縦断リレーは)震災を風化させず、復興の様子を全国に伝えようと始めた。復興への思いを胸に、走ってほしい」とあいさつ。三村申吾青森県知事の号砲で、約170人の第1区間走者が市中心部約1.7キロを走った。
 第1区間を走ったゲストランナーのリオデジャネイロ五輪女子レスリング金メダリスト伊調馨選手(八戸市出身)は「レスリング以外でも勇気と感動を与えられたらと思い、参加した。あっという間で楽しかった」と話した。
 縦断リレーは青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉各県と東京都の約1230キロを145区間に分け、ランニングと自転車でたすきをつなぐ。参加者は総勢約1800人で、8月7日にゴール地点の両国国技館(東京都)に到着する予定。


<東京五輪>64年大会ポスター 石巻の喫茶店に
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市中心部の喫茶店「むぎ」に1964年東京五輪のポスターが飾られている。2013年に病死したマスター増子昌之助さん=当時(86)=が半世紀にわたり大切にしていた。復興五輪を掲げる20年東京五輪・パラリンピックの開幕まで24日で残り3年。「石巻から五輪選手を」。津波の痕跡が残るポスターにはマスターの願いが込められていた。
 陸上選手の力強いスタートの瞬間を切り取った写真ポスターは、有名デザイナーの故亀倉雄策氏(1915〜97年)の作品。62年2月に国立競技場で撮影され、9万部刷られたという。喫茶店に残るポスターは全体的に黄ばみ、水に漬かった染みが一部に残る。
 喫茶店は59年に開店。口数の少なかった増子さんはポスターについて多く語らず、妻の良枝さん(74)は「陸上関係のお客さんが持ってきたと言っていた気がする」と記憶をたどる。
 常連客も入手経路は分からなかったが、宮城県柴田町の柴田小校長坂本忠厚さん(56)がポスターにまつわる話を聞いていた。
 坂本さんは震災当時、石巻市教委生涯学習課に勤務。避難所となった仕事場の石巻中央公民館で、身を寄せた増子さんの話し相手になったという。
 体調を崩した増子さんの力になれればと、人となりを文章にまとめ、避難所で紹介した。海軍飛行予科練習生に志願した話や、横浜で飲んだコーヒーが契機となって喫茶店を始めた思い出話…。ポスターについて「(増子さんが)自分の気持ちを鼓舞するために貼った」とある。
 坂本さんは「マスターは少年野球を教えるなどスポーツ好きで、石巻から五輪選手を育てたいと言っていた」と振り返る。
 増子さんは約1.8メートル浸水した店を修復し、11年11月に再開した店でカウンターに立った後、13年7月に死去した。喫茶店は良枝さんが受け継いだ。
 石巻市は東京五輪に向け、聖火リレー出発地の誘致活動などに取り組む。良枝さんはポスターを眺めながら「生きていたら楽しみだったことでしょう」と懐かしむ。


「気仙沼から五輪へ」フェンシング指導熱衰えず
 モスクワ五輪(1980年)フェンシング日本代表で、宮城県気仙沼市内の高校で長年、フェンシングを指導してきた同市出身の千田健一さん(60)が、今春の定年退職後も市内で競技の普及に励んでいる。これまで2人の五輪選手を育てた千田さんは「もう一度気仙沼からオリンピック選手を出したい」と情熱は衰えない。
 「攻め急いでポイントを取りにいくのではなく、余裕を持って相手の攻めをかわしてみろ」。市総合体育館で今月上旬、千田さんは今夏のインターハイに出場する高校生相手に熱血指導に当たっていた。
 市フェンシング協会が毎週火曜夜に開く小中高生を対象にした練習会で、千田さんは毎回、練習に顔を出す。週末には気仙沼高フェンシング部OB会長として同校に足を運び、後輩に技を伝えている。
 千田さんは「頑張れば世界に手が届くような力のある子がたくさんいる。教えることは生きがいの一つ」とうれしそうに話す。
 24歳で代表となったモスクワ五輪は日本がボイコット。関東を活動拠点としていたが、地元に教員として戻りたいとの思いがあり、ロサンゼルス五輪(84年)は諦めた。
 82年に鼎が浦高(統合で現気仙沼高)で教員人生が始まり、市内の高校で25年間、顧問などを務めた。教頭や校長になっても時間を見つけては指導を続けた。
 2004年アテネ大会から3大会連続で五輪出場した菅原智恵子さん(40)、千田さんの長男で12年ロンドン五輪団体銀メダルの健太さん(31)も育て、インターハイ団体で鼎が浦高を4度、気仙沼高を1度全国制覇に導いた。県内の高校のフェンシング部顧問として活躍する教え子も多い。
 千田さんは「気仙沼でフェンシングと出会い、関わり続けたことで素晴らしい人生を過ごすことができた。指導を続けることが地元への恩返し。気仙沼から世界に飛躍する選手を育て続けたい」と抱負を語った。


<秋田豪雨>孤立住民「死を覚悟」
 記録的な大雨に見舞われ、雄物川が広範囲で氾濫した秋田県大仙市。24世帯62人が孤立した同市刈和野百人畑地区に24日午前、取材で入った。人の背丈まで水に漬かった道路、折れ曲がり、ガードレールに引っ掛かった巨大な流木が濁流の勢いを物語っていた。(秋田総局・鈴木俊平)
 「自宅が水に囲まれた時は死を覚悟した」。同地区の無職清水紀実男さん(77)が24日正午すぎ、水に漬かった家財道具の片付け作業の手を休め、迫り来る水の恐怖を証言した。むせ返る暑さに額の汗が止まらない。
 清水さんが避難勧告を告げる市の広報車の呼び掛けを聞いたのは23日未明。「大丈夫だろう」と楽観視し、家族と自宅にとどまった。
 同日正午すぎ、雄物川の支流・土買川から水があふれ、約450メートル離れた自宅があっという間に濁った水に囲まれた。水没の危険を感じ、妻や孫を連れ、命からがら近くの高台にある実家に車で避難した。
 自宅1階は床上約30センチまで浸水した。たまたま車で避難できる水位だったため、立ち往生することなく避難できたが、「これだけの規模の水害は初めてとはいえ、もう少し早く逃げるべきだった」と反省を口にした。
 同地区の左官業佐々木行憲さん(75)は自宅周辺の水位が急上昇したため、逃げ遅れた。平屋の自宅は水浸しになり、併設する妻(68)が営む理容店の長椅子の上で一夜を明かした。
 翌日、目にした外の世界は「一面、湖のようだった」。「みんなで助け合い、一日も早く復旧させたいが、自宅の再建には時間も金もかかる」と表情を曇らせた。
 大仙市を中心に一時、約340世帯1000人に上った孤立集落は24日夜までにほぼ解消された。


<仙台市長選>奥山市政批判票 郡氏に 
 河北新報社が実施した仙台市長選の出口調査の結果、奥山恵美子市長の市政運営に批判的な有権者の多くが、当選した郡和子氏(60)を投票先に選ぶ傾向がみられた=グラフ=。奥山氏が菅原裕典氏(57)を支援したことから、郡氏は選挙戦で奥山氏からの離反姿勢を強めていた。
 奥山市政を「高く評価している」と答えた人の投票先は菅原氏がトップ。郡氏は「あまり評価していない」「まったく評価していない」の回答者で首位だった。
 郡氏は当初、奥山市政継承の方針を示したが、奥山氏が菅原氏支援を表明後の河北新報社のアンケートでは、市政の継承か刷新かは「どちらとも言えない」と回答。奥山市政への評価(100点満点)も、4候補で最低の60点だった。
 出口調査の結果について奥山氏は24日、「首長は6割、7割の賛同を得ないとスムーズに進まない。郡さんは、幅広い市民の理解を得るような政策に取り組むと思う」と話した。
 出口調査は23日に実施。1944人の回答を得た。


<仙台市長選>政権不信 逆風もろに
 23日に投開票が行われた仙台市長選は、元衆院議員の郡和子氏(60)が新人4人による戦いを制し、初当選した。与野党が真っ向からぶつかった選挙戦は収穫や教訓をもたらした一方、深い傷跡も残した。激戦の内実と余波を探る。(仙台市長選取材班)
◎激戦の残像(上)加計ショック
 「『郡市長』です。よろしくお願いします」
 投開票から一夜明けた24日午前、市役所前で民進党市議らが通行人に当選を報告した。傍らの郡氏も笑みを浮かべ、頭を下げた。
 同じ頃、国会では学校法人「加計(かけ)学園」問題を巡る衆院予算委員会の閉会中審査が始まった。トップバッターを務めた自民党の小野寺五典元防衛相(衆院宮城6区)は、安倍晋三首相に「国民が大きな疑念を持って安倍政権を見つめている」と苦言を呈した。
 市長選と加計学園問題。本来は無縁であるはずの二つの要素が、安倍政権に対する市民の不信が触媒となって結び付いた。
<応援演説で陳謝>
 「おごりがあるという指摘は、謙虚に受け止めなければならない」。選挙戦最終盤の20日、青葉区であった会社社長菅原裕典氏(57)の個人演説会で、応援に来た自民の山本一太元沖縄北方担当相が陳謝した。
 菅原氏を支えた自民市議らも、党への風当たりの強さを肌で感じた。元議長は「支持者に『あなたのことは応援しているが、今回は駄目だ』と言われてしまった」と明かす。
 終盤は電話作戦などを徹底し、票のさらなる積み上げを図ったが、「減るのを食い止めるのが精いっぱいだった」(元議長)。陣営には徒労感が広がった。
 「市議選のような戦い方だ」。自民市議の一人は郡陣営の選挙カーが細い路地にまで入り込んで名前を連呼するのを目撃し、思わずうなった。知名度で劣る菅原陣営にこそ必要な「どぶ板戦術」だったが、ガラス張りの瀟洒(しょうしゃ)な選挙カーは小回りが利かず、細い道は苦手だった。
<「共闘の力確信」>
 「3連休後が勝負だ」。中盤、民進の安住淳代表代行(衆院宮城5区)が陣営に号令し、徹底した安倍政権批判が始まった。
 枝野幸男前幹事長、山尾志桜里前政調会長、福山哲郎幹事長代理ら弁の立つ論客が続々と仙台入り。終盤には国連平和維持活動(PKO)を巡る稲田朋美防衛相の日報隠蔽(いんぺい)疑惑も噴出し、舌鋒は鋭さを増した。
 「しっかりとした枠組みで受け皿をつくれば、自公に対抗できる。共闘は続けていくべきものだと確信した」。郡氏の当選が確実になった23日夜、安住氏は昨夏の参院選に続く野党共闘での勝利に高揚感を隠さなかった。
 与野党の総力戦のはざまで、ともに政党の支援を受けなかった元衆院議員林宙紀(39)、同大久保三代(40)の両氏は埋没した。林氏は「市民が選んだ結果だ」と淡々と語った。


<壇蜜さん動画>当面継続「おおらかに見て」
 仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会(会長・村井嘉浩知事)が制作した観光PR動画への批判を巡り、村井知事は24日の定例記者会見で「県が以前に制作した動画も再生回数が伸び、災い転じて福となっている」と話し、配信を当面継続する考えを示した。
 動画はタレントの壇蜜さん(横手市出身)が牛タンやずんだ餅を妖艶な言い回しで紹介。投稿サイト「ユーチューブ」の再生回数は220万回に達している。村井知事は「他の秀逸な観光PR動画もアクセス数が30〜40倍に急増し、成果はあった」と強調した。
 県議会の全女性議員7人は21日、男女共同参画の理念に反するとして配信停止を申し入れている。「性的な表現が不快」との指摘に対し、村井知事は「内容がエロチックとは思わず、ほのぼのした動画と感じた。おおらかな気持ちで見てほしい」と理解を求めた。
 見直しの可能性については、「動画はキャンペーンの一環。全体の流れを見ながら配信のあり方を検討する」と述べるにとどめた。


河北抄
 街全体が心なしか煙たい感じがする。おまけに、香ばしく甘い香りが充満している。そんな特別な日だ。
 土用の丑(うし)の日。今晩、多くの家庭で「チン」と電子レンジの音が鳴っているのだろう。熱々、ウナギのかば焼き。明かりの下、窓の網戸やカーテンの向こうに楽しいだんらんの光景が見えそう。
 コメ作りに一粒百行(ひとつぶひゃくぎょう)という言葉があるように、ウナギのかば焼きにもさまざまな人の手間暇と苦労がある。
 宮城県亘理町荒浜でウナギ卸業を営む門馬行宏さん(60)。活ウナギを主に売り、母と弟がさばきと串刺しも行う。東日本大震災で自宅といけすを失い、数年かけ家族総出で事業を立て直した。だが、「商売は震災前の3分の1。得意先の福島に店が戻ってこない」と言う。しかも消費市場で国産養殖ものは、安価な中国産や台湾産に押される。「朝4時から働いても、なかなか報われない」と嘆く。
 ウナギが大好きな日本人。誰もがえびす顔かと思いきや、そうでもない。門馬さんは原発事故の後遺症とも闘っている。今夜のかば焼き、ほろ苦い味がしそう。



豪雨の検証 避難情報をどう生かすか
 容赦ない連日の猛暑で、九州豪雨による被災地の環境はより厳しさを増している。被災者に対して一層きめ細かな支援を続けたい。
 災害が長期化する中で、今後の検証が求められる幾つかの課題も浮かび上がってきた。その一つは避難情報を市町村がいかに住民に伝え、生かしてもらうかである。
 災害対策基本法は60条で市町村長は避難を勧告し、より緊急性が高い場合は避難指示を出すことができると定めている。今回の九州豪雨でも福岡、大分両県で広域にわたり、勧告や指示が繰り返し出された。
 ただ、一部地域では勧告や指示を伝える防災行政無線などが不具合を起こし、情報が伝わらなかった可能性があるという。豪雨による停電が原因とみられる。
 防災行政無線が大規模災害時に機能しなくなった例は過去にもある。昨年の熊本地震で被災した一部自治体では停電やバッテリー切れで使えなかった。
 日常的な点検の充実とともに、携帯電話への防災メール発信やインターネットの交流サイト(SNS)の活用も検討課題としたい。
 勧告や指示は「早め早め」が原則だが、個別の被害状況に応じた判断が迫られる。今月5日の豪雨下で、福岡県東峰村は大雨特別警報が出た夕方以降も避難勧告にとどめ、指示に切り替えなかった。「雨の中、夜間の避難は危険と判断した」という。
 確かに山間部は崖や河川などが入り組む上、高齢者世帯も多い。避難する方が危険と判断すれば市町村長は住民に屋内退避も指示できるとする同法の規定もある。この場合はどうだったか。
 当然ながら災害の危険度は一律には測れない。山間部、平野部を問わず、地域ごとに自然環境や危険箇所は異なる。地形はどうか。どこに避難すべきか。日頃から頭の中に入れておかなければ、いざというときに対応できない。
 避難の勧告や指示に拘束力はなく、罰則も伴わない。しかし、命を守るための緊急情報である。検証と改善を重ねたい。


閉会中審査 納得できない首相の説明
 「丁寧に説明したい」と安倍晋三首相が出席しても、疑念は解消するどころか深まった印象が強い。野党が改めて関係者の証人喚問を求めたのも当然である。
 首相の親友が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」が政府の国家戦略特区制度を使って進める獣医学部新設計画を巡る疑惑などを解明するため、衆院予算委員会の閉会中審査がきのうあった。
 首相は「私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」と語った。
 追及する野党を「失礼だ」と高圧的に批判した先の通常国会に比べれば低姿勢だ。ただし問題の核心は姿勢ではない。官僚や首相側近に忖度(そんたく)が働いたのか、首相が何らかの指示をしたのかどうかだ。
 この日の審査で首相は「国家戦略特区諮問会議、特区ワーキンググループは議事録も公開し、オープンなプロセスで決定する。私の働き掛けや指示が入る余地はない」との弁明を何度も繰り返した。
 しかし疑念は議事録に載らない水面下の部分ではないのか。文部科学省では「総理のご意向」などとして内閣府から対応を迫られたとする文書が確認されている。
 親友の獣医学部新設申請を諮問会議議長の首相が知ったのは申請が正式認定された今年1月だったなど、首をかしげたくなるような説明もあった。先月の講演で突然「2校でも3校でもどんどん認める」と獣医学部の全国展開を目指す発言をした真意は曖昧だった。
 「1強」を誇った安倍政権だが、加計学園問題に加え閣僚や若手議員の問題発言などが続き、各報道機関による世論調査で内閣支持率は続落している。
 首相出席の閉会中審査に政権側が応じたのは、きょうの参院予算委を含めて問題の幕引きとし、近く断行する内閣改造・自民党役員人事で人心一新を図る狙いではないか−とも指摘される。しかし、国民が抱く疑念を解消できないままでは信頼回復はおぼつかない。とにかく低姿勢でこの局面を乗り切ろうという考えなら甘い。


加計学園問題  根拠をもって説明せよ
 衆参で計2日間の予算委員会の閉会中審査のうち、衆院の集中審議がきのう安倍晋三首相も出席して行われた。政府の国家戦略特区制度を活用した加計学園の獣医学部新設について、首相は学園からの働き掛けや依頼はなかった、と自身の関与を否定するとともに「私の友人に関わることで、国民から疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁で足らざる点があった」と釈明した。
 学部新設の規制改革が、首相の「腹心の友」を理事長とする加計学園ありきで進められたのではないか。その疑問に正面から向き合わない政権の姿勢が、問題を長引かせてきた。ここで十分納得のいく説明や方針を示せなければ、国民の不信は頂点に達しかねない。東京都議選と、おとといの仙台市長選の結果がそれを示している。
 一内閣の問題でなく、政治全体の信頼性に関わる。覚悟をもって対処すべきである。
 だが、低姿勢を示しつつも首相の本気度はなお見えない。「国民の疑念を晴らす」と述べる一方で、具体策には言及しなかった。
 きのうの審議では、前川喜平前文部科学事務次官からキーパーソンと名指しされた和泉洋人首相補佐官が初めて参考人として証言した。和泉氏らの答弁で鮮明になったのは、文科省の文書の内容を否定する官邸・内閣府側の主張が関係者の「記憶」に基づくものにすぎず、意思決定のプロセスを客観的に検証できないという点だ。
 先週には「加計ありき」を疑わせる別の文書が日本獣医師会にあることも判明した。山本幸三地方創生担当相と同会幹部の昨年11月の面会記録で、山本氏は文書の内容に反論しているが、ここでも山本氏の主張を裏付ける資料は出てきていない。
 根拠はないが政府が言うのだから信用せよ−というに等しい。政府のこれまでの強弁姿勢と本質的に変わらず、「丁寧な」説明どころか、説明にすらなっていない。
 首相自身にも、新設計画を把握した時期について不自然とも取れる答弁があった。野党は計画の白紙化と、一からのやり直しを求めたが首相は拒否した。ならば政府側の主張を裏付ける証拠を徹底調査して開示せねばなるまい。併せて、野党の求める参考人招致や証人喚問に与党は応じるべきだ。
 首相の友人である加計孝太郎理事長ら学園関係者、獣医師会関係者は欠かせない。森友学園への国有地売却問題についても、同様に国民の疑問に答える責任がある。


「加計」首相答弁 国民目線は言葉だけか
 「国民目線に立ち、丁寧な上にも丁寧に説明を重ねる」。安倍晋三首相は冒頭でこう述べたが、果たされたとはとても言えない。
 首相の親友、加計孝太郎氏が理事長の学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を巡る問題で、首相自身も出席した衆院予算委員会の閉会中審査がきのう、行われた。
 官邸から文部科学省への圧力に関し、首相は指示を否定。「総理自身は言えないから自分が言う」と伝えたとされる和泉洋人首相補佐官も、発言を認めなかった。
 一方で文科省の前川喜平前事務次官は、和泉氏の介入を指摘。疑問はなんら解消していない。
 水掛け論に終始した以上、国会は直ちに、虚偽発言が偽証罪に問われる証人喚問で真偽をただしてほしい。首相は自民党総裁として、実現を指示するのが筋だ。
 首相は、学園による学部新設の申請を知ったのは、特区として認可された今年1月だと説明。学園側からの依頼などはなく、便宜を図ったこともないと主張した。
 だが首相は、学部新設の計画が具体化した昨年後半、会食などで理事長と6回も接触している。
 国家戦略特区諮問会議の議長も務める首相が申請を知らなかったとは、にわかには信じがたい。加計氏にも国会で説明を求めたい。
 与党側は、愛媛県への獣医学部誘致を進めてきた加戸守行前知事を前回に続いて招致した。四国の獣医師不足の現状を聞き、特区認定の正当化を狙ったのだろう。
 国内の獣医師が都市部に集中し地域間格差が生じている問題は、かねて指摘されてきた。解決の突破口として獣医学部新設を目指した加戸氏の思いは理解できる。
 一方で日本獣医師会は、地方に獣医学部を新設しても偏りの是正に直結しないと主張してきた。
 最大の疑念は、そういった議論が尽くされないまま、首相と関係の深い学園の計画が優先されたのではないか、という点にある。
 首相は岩盤規制の改革という側面ばかりを強調するが、公平性を棚上げして問題をすり替える姿勢は、国民目線に応えてはいない。
 特区認定に「私の意向は入りようがない」と言いながら、講演で「中途半端な妥協が疑念を招いた」と、自ら関与を認めるかのような発言をしたのも気にかかる。
 加計問題などの影響で内閣支持率は一部世論調査で30%を切り、政権運営は危険水域にさしかかった。立て直しを望むなら、まずはきょうの参院の閉会中審査で納得できる答弁を尽くすしかない。


加計学園問題/「疑念もっとも」と言うが
 「李下(りか)に冠を正さず。私の友人がかかわることに、国民の疑念の目が向けられるのはもっともだ」。神妙な面持ちで安倍晋三首相が語った。
 きのう衆院予算委員会で閉会中審査が開かれ、首相の友人が理事長を務める加計(かけ)学園の獣医学部新設計画を巡る問題などが審議された。
 首相が強気の答弁を封じ、低姿勢に終始するのは、国民の厳しい視線を意識してのことだろう。内閣の支持率は軒並み急落し、共同通信の世論調査では第2次安倍政権最低の35・8%まで落ち込んだ。東京都議選の自民党惨敗に続き、仙台市長選でも与党候補が敗れた。
 世論調査では不支持の理由として、「首相が信頼できない」との声が51・6%に上った。首相が言うように、信頼を取り戻すには国民の疑念と向き合うしかない。その意味で閉会中審査は絶好の機会である。
 だが首相をはじめ政府側の答弁は、逆に不信感を募らせるものだったと言わざるを得ない。
 加計学園問題では、政府が怪文書扱いした文書が文部科学省で次々確認された。文科省の前事務次官は「首相補佐官に『総理の意向だ』と伝えられた」と具体的な証言を重ねる。
 多くの国民が「加計学園の計画決定には、首相の意向が働いたのではないか」との疑いを強めているのは当然だろう。
 これに対し政府側は、今回も「記憶にない」「記録は残っていない」などと繰り返すばかりだった。記憶はあやふやで記録もないにもかかわらず、総理の働き掛けは否定する。信用しろと言うのは無理な話だ。
 首相は加計学園理事長と「腹心の友」で、何度も食事やゴルフをともにしている。しかし国家戦略特区に加計学園が計画を申請していたことを知ったのは今年1月、特区の申請が認められたときだったと主張した。
 友人が申請していたから公平公正を心掛けた、と言うのならまだ分かる。申請自体を知らなかった、だから働き掛けはありえないとの説明に、どれぐらいの国民が納得するだろうか。
 きょうは参院予算委員会で閉会中審査がある。「疑念はもっとも」と言うのなら、もっと誠実な答弁に努めるべきだ。


「加計」問題で閉会中審査 首相は包み隠さずに語れ
 これまでと一転して、安倍晋三首相は終始、低姿勢だった。しかし、首相らの説明そのものは相変わらず説得力に乏しかった。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題を中心に、きのう衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。
 内閣支持率の急落が続く状況を意識したのだろう。首相は「国民から疑念の目が向けられるのはもっともなことだ」と認めた。
 だが、その言葉とは裏腹に、逆に疑念を深める結果となったのは、加計学園が獣医学部新設を申請しているのを首相が知った時期について「今年1月20日の国家戦略特区諮問会議だった」と答弁したことだ。
 今、問われているのは昨夏以来、首相官邸や内閣府の主導により、「はじめに加計ありき」で強引に獣医学部新設の手続きが進められたのではないかという問題である。
 一方、首相と学園理事長の加計孝太郎氏は古い友人で、昨夏以降も再三ゴルフや食事をともにしている。しかも首相は諮問会議の議長だ。にもかかわらず同学園が長年希望してきた獣医学部新設について具体的に話題になったこともないという。それはかえって不自然ではないか。
 首相は自らは関与せず、同学園に便宜もはかったわけではないことを強調するため無理な答弁をしているのではないかと疑問が残る。
 疑念を晴らすには、まず首相が取り繕わずに率直に語ることだ。またこの答弁の真偽を明らかにするためにも、いまだに記者会見もしていない加計氏の国会招致が不可欠だ。
 質疑では、前川喜平前文部科学事務次官が改めて官邸の関与を証言したのに対し、和泉洋人首相補佐官らがそれを「記憶にない」「言っていない」と否定する場面も続いた。
 官邸側は、前川氏や一連の文書を残した文科省が「勝手な思い込みをしている」と言いたいようだが、前川証言を覆す記録文書などは出せないままだ。
 閉会中審査はきょう参院予算委員会でも行われる。解明に進展がなければ、虚偽の証言が罰せられる証人喚問を検討しなくてはならない。
 首相はこの日、「計画を白紙にすることは考えていない」とも明言した。そうであるなら、より納得のいく説明が必要となる。


加計問題 閉会中審査/証人喚問で疑惑に決着を
 関係者の水掛け論に終始し、国民の不信が解消されたとはとても言えない。うそを言えば、偽証罪に問われる証人喚問でなければ、もはや真偽をはっきりさせるのは不可能ではないか。
 安倍晋三首相の友人である加計(かけ)孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設を巡る問題である。
 「自分に疑念の目が向けられるのはもっともだ」。安倍首相はきのう行われた衆院予算委員会の閉会中審査で、これまでの国会答弁が不十分だったとの認識をにじませた。
 謙虚さを演出したのだろうが、答弁内容にはほとんど変化はなかった。加計学園が国家戦略特区の事業者に選ばれるよう便宜を図ったかどうかは繰り返し否定。「一点の曇りもない」と述べた。
 驚くべきことは、同学園の新設計画を把握した時期について「自分が知ったのは1月20日の特区諮問会議の時点だ」と語った答弁だ。この日は、さまざまな段階を経て加計学園が晴れて事業者として公に認められた時である。
 諮問会議の議長でもある安倍首相は特区事業の進行状況を掌握すべき立場であり、発言は得心できない。
 まして安倍首相と加計氏は頻繁に会食やゴルフをしている間柄だ。加計学園の立ち位置を知らなかったとは到底考えられない。野党側が要求したように、加計氏を国会招致すべきだ。
 首相の意向が働いていたとする疑念の根拠は、昨年9月、前川喜平前文部事務次官が和泉洋人首相補佐官から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と、学部新設の対応を迫られたと証言している点だった。
 参考人として今回初めて出席した、「キーパーソン」とされる和泉氏は「記憶にないし、言っていない」の一点張り。面談の日時まで詳細に述べた前川氏と対照的だった。
 今のままでは、「加計ありき」で新設論議が進んでいたのではないかという疑念は拭えない。前川氏は了承しているのだから、和泉氏と共に証人喚問し、白黒決着を図る必要がある。
 学部の開学時期を昨年11月の段階で内閣府が「2018年4月」とし、加計学園しか応募できなかった。競合していた京都産業大が先日記者会見し「予期していない期日で難しかった」と断念の理由を明らかにしている。
 山本幸三地方創生担当相は「スピード重視。適切に効果を見るためだ」などと答弁したが、情報の伝わる時期にも差があり、前川氏は「極めて不公平だった」と指摘した。ここでも話が食い違った。
 民進党から新設計画の「白紙化」を促されたが、安倍首相は否定した。しかし、いったん、議論をリセットしないと、国民の信頼を取り戻せない事態にまで発展しているのではないか。もう限界だ。


疑念解消へ証人喚問を/衆院閉会中審査
 疑念は晴れるどころかより深まったのではないか。主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がった。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問が必要だ。
 安倍晋三首相は24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、「私の友人が関わることだから、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」と、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響で内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き、委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピールして、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし、加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかという指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園の申請が認められた時点だとの認識を示した。
 しかし、理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで数回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省してみせたが、反省の言葉や姿勢ではなく具体的な潔白の証明が求められる。


予算委閉会中審査 証人喚問をためらうな
 安倍晋三首相の親友が理事長を務める岡山市の学校法人「加計学園」が、政府の国家戦略特区制度により愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画で、疑惑の焦点は行政の公平性が保たれているか−という一点に尽きる。
 愛媛・加計とともに名乗りを上げていた京都府と京都産業大は、事業者公募の直前に開学が2018年4月と知らされ「準備が間に合わない」として断念している。
 首相不在で開かれた10日の閉会中審査に続き、今度は首相出席で衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。25日は参院でも実施されるが、衆院を見るにつけ、どこまで真相に迫れるものか心もとない。
 目立ったのは、東京都議選の応援演説でやじられた際の「こんな人たち」発言とは対照的な安倍首相の低姿勢。同発言を「批判があるのは不徳の致すところ」とわび、加計疑惑への関わりを否定した上で「李下(りか)に冠を正さず」と至らなさを自戒した。
 一方で、加計学園の申請は今年1月20日に認定されるまで「知らなかった」とするなど首をかしげる発言もある。民進党によると、首相と学園理事長は16年に7回接触。本紙掲載の「首相動静」とも符合し、特区の作業が加速する夏以降に集中している。
 決定するまで知らなかったから、加計学園に便宜を図ることなどあり得ないという理屈になるのだろう。戦略特区を主導する立場で何度となく会議に出席しながら、この答弁はいかにも不自然だ。
 加計疑惑に火をつけた前川喜平前文科事務次官は「昨年9月9日」と日にちを限定して、和泉洋人首相補佐官に対応をせかされる中で「総理が言えないから私が言う」と言われたと改めて主張。和泉氏は「全く記憶がない。言っていない」と反論した。
 「言った」「言わない」の水掛け論は不毛になりがちだが、この2人の当時の会話は捨て置けない。一方が確実にうそをついているからだ。
 加計学園の問題では、政府が当初「怪文書」などとしてまともに取り合わなかった文科省の内部文書の存在が次々と明らかになった。だが、多くは間接的に「加計ありき」をにおわせる内容。政府側関係者は今回も「記憶にない」「言っていない」と、議論は交わらないままだ。
 前川、和泉両氏の会話の解明は、発言の当事者だけに疑惑の真相に直結する。参院審査での発言にも注目したい。
 国会が国民の声を「忖度(そんたく)」するなら、偽証などに刑罰を伴う証人喚問に切り替えてでも白黒をはっきりさせてもらいたい。森友学園の問題で、政府、与党は即座に民間人の理事長を喚問。今回はともに公人だ。責任は余計に重い。


加計学園問題 堂々巡りのもどかしさ
 加計学園の獣医学部新設計画を巡り、関係者の主張は今回も食い違い、真相がはっきりしないままだ。もどかしい衆院予算委員会の閉会中審査だった。
 政府は「加計ありき」の疑惑を否定する。しかし、肝心なところでは「記録がない」などと曖昧さを残している。丁寧な説明には程遠い。きょうの参院予算委でさらに切り込まなくてはならない。
 支持率が下がる中、安倍晋三首相は神妙な姿勢を見せた。これまでの国会答弁について「足らざる点があった」と反省を口にしている。「私の友人が関わることに疑念の目が向けられるのはもっともだ」とも述べた。
 一方で、学園側から働き掛けや依頼はなかったとし、自身も便宜を図ったことはないと関与を否定した。「岩盤規制」の改革を全体としてスピード感を持って進めるよう指示したと規制緩和の意義を重ねて強調している。
 規制改革の是非に議論をすり替えたいのではないか。問題は国家戦略特区制度によって首相の友人が理事長を務める学園だけに獣医学部新設が認められたことだ。公平、公正だったのか。政府の説明は説得力を欠く。
 政府は2015年に獣医学部新設の4条件を閣議決定した。このうち、既存の大学では対応が困難との項目について山本幸三地方創生担当相は各大学に確認していないとした。一体、何を根拠に条件を満たすと判断したのか。
 委員会には、官邸の動きが計画の背景にあったとする文部科学省の前川喜平前事務次官のほか、前川氏が「キーパーソン」と指摘する和泉洋人首相補佐官らが参考人として出席した。
 前川氏は、和泉氏から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と手続きを急ぐよう促されたと証言している。和泉氏は記録がないとした上で「こんな極端なことを言ったら記憶に残る」と発言を否定した。言った言わないの水掛け論では、らちが明かない。
 山本担当相も同様だ。学園による愛媛県での計画が認められる約2カ月前、日本獣医師会側と面会した際に「四国で新設することになった」と述べたとの記録が獣医師会にあった。山本氏は「獣医師会側の思い込み」とする。山本氏側の記録はないという。
 今回、与野党が参考人招致で合意していた獣医師会幹部は「都合がつかない」と欠席した。野党は学園の理事長らの招致も求めている。引き続き幅広い関係者から詳しく説明を聞く必要がある。


加計問題と首相 弁明で幕引きとはいかぬ
 国民は安倍晋三首相の弁明を聞くより、事実を知りたいはずである。首相はそこを分かっているのかどうか。
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡る問題などで内閣支持率の落ち込みが続く中、首相が出席して衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。
 加計学園理事長は、首相の友人だ。問題の焦点は、首相や官邸の関与による「加計ありき」があったか否かである。
 審議の中で安倍首相は低姿勢を貫いた。加計側の働き掛けや依頼はなかったと説明し、自らも便宜を図ったことはないと、関与を改めて否定した。
 その一方、官邸側の働き掛けを巡り、参考人による答弁の食い違いも目立った。
 疑問の解消にはいまだ遠い。25日には参院予算委員会でも閉会中審査がある。衆院での審議を踏まえ、事実解明に資するものとしなければならない。
 獣医学部の新設を巡っては「加計ありき」をうかがわせる「総理のご意向」文書などが明らかになり、前文部科学事務次官の前川喜平氏が官邸側の関与を証言した。
 首相が不在だった10日の閉会中審査に参考人として出席した前川氏は、和泉洋人首相補佐官の名前を挙げ「さまざまな動きをしていた」と述べた。今回は前川氏とともに、初めて和泉氏も参考人として出席した。
 前川氏は昨年9月、和泉氏から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」として、獣医学部新設で対応を促されたと重ねて証言した。和泉氏は「言っていない」と全面否定した。
 日本獣医師会関係者が、愛媛県今治市での獣医学部新設計画が認められる約2カ月前に山本幸三地方創生担当相と面会し、山本氏から四国での新設を伝えられたとされる問題も発覚した。
 しかし、山本氏は選定過程に関して「一点の曇りもないルールに従ってやった」と語った。
 首相や官邸の関与を指摘する側は「記録」を根拠とし、否定する側は「記憶」に基づく。加計問題を巡っては、似たような構図で平行線の議論が続く。
 このままでは事実の解明は困難である。国民の疑問が晴れるとも思えない。
 参院審議の中身次第では、これまでの議論を整理した上で偽証罪が適用される証人喚問を通じ、事実解明に向けた徹底的な議論を行う必要があろう。
 閉会中審査の答弁で首相は「丁寧な上に丁寧に説明する」と強調した。だが、国民が求める「丁寧さ」とは落差が大きいと感じざるを得ない。
 加計問題への国民の疑念は政権に対する不信を深め、仙台市長選での与党系候補の敗北につながったと指摘されている。南スーダン国連平和維持活動部隊の日報隠蔽(いんぺい)を巡る稲田朋美防衛相の事前了承問題も浮上している。
 政権不信の原因をきちんと見極め、解消へ指導力を発揮する。それこそが、首相にいま求められている「丁寧さ」である。


「加計問題」首相答弁 低姿勢ぶり演じただけか
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」が国家戦略特区制度を活用し愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を巡り、衆院予算委員会で集中審議が行われた。首相は「疑念の目が向けられるのはもっともだ」などと低姿勢ぶりを示した。
 加計側からの働きかけや自らの便宜供与に関して否定したものの、具体的な証明はなく「疑念」は晴れずじまい。25日には参院でも行われるが、野党が求める加計孝太郎理事長らの証人喚問に応じるべきだ。
 一方、首相の答弁で解せなかったのは、加計学園の特区応募を「諮問会議で認定された今年1月20日まで知らなかった」と述べたこと。1月4日には獣医学部を新設を目指す業者への告示が始まり、11日に公募終了。応募したのは加計学園のみで事業者に決定した。
 野党の示した資料では、昨年の後半、首相と加計理事長は会食やゴルフを重ねていた。数十年来の「腹心の友」という間柄にありながら、獣医学部の話は「一切なかった」との答弁はにわかには信じがたい。知っていて会食などをしていたとすれば、故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたのではないか。
 他の閣僚や官僚の答弁は「記憶にない」などと、相変わらずの不誠実ぶりだ。
 2015年4月に今治市の担当職員が急きょ首相官邸に呼ばれたとした市側の文書については、対応したとされる当時の首相秘書官が「記憶にない」を連発。2年前の段階から加計学園ありきで進められてきたとみられる文書だ。官邸には来歴記録などもないという。そんなお粗末な情報管理でいいのか。
 山本幸三地方創生担当相の答弁も混迷を極めた。獣医学部新設を巡り閣議決定された4条件のうち、「既存大学では新分野への対応が困難」との条件に、野党から「困難かどうか、既存大学に問い合わせたのか」と問われ、「規制のメリットを享受している側からは聞いていない」と答弁したのにはあきれるばかりだ。
 また、昨年11月17日の山本氏との面談を踏まえ「獣医学部は四国での新設が決まった」などと議事録に残した日本獣医師会幹部の参考人招致を急きょ取りやめたのはなぜか。何らかの圧力や忖度(そんたく)があったとしか思えない。
 前川喜平前文部科学次官は、昨年9月に和泉洋人首相補佐官から「総理は自分の口からは言えないから私が代わって言う」と文科省の対応を促されたと重ねて証言。これに対し和泉氏は「言っていない」と否定し、平行線に終始した。
 文科省の文書のうち、昨年11月8日付で発信された「加計学園への伝達事項」は、松野博一文科相が存在したと答弁。構想の不十分さへの懸念と改善点を示す内容であり、「加計ありき」そのものではないか。
 稲田朋美防衛相に関する南スーダンの日報問題でも踏み込んだ議論には至らなかった。渦巻く国民の疑念には具体的な潔白の証明こそが求められている。


衆院閉会中審査/疑念解消へ潔白の証明を
 安倍晋三首相は、24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 「李下(りか)に冠を正さずという言葉がある。私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響などで内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピール、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかとの指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がってきた。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問も考えるべきだろう。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園が国家戦略特区に申請した時点だとの認識を示した。しかし理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで6回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。計画を把握しながら食事やゴルフをしていたとなれば故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたとしか考えられない。
 また、2015年4月初め、首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が愛媛県今治市の職員と首相官邸で面会した可能性に関する答弁も、納得し難いものだった。
 柳瀬氏は「覚えていない。会ったとも会っていないとも申し上げようがない」と述べる一方、記録がなく、個人的な手帳にも面会相手や日時を記載しておらず、確認もできないとした。
 さらに安倍首相は官邸の入館記録も保存されていないと答弁した。これでは、都合の悪いことには答えないという基本姿勢は全く変わっていないように思われてしまう。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省する姿勢を示した。
 しかし、都合の悪いことをごまかそうとしていると受け止められれば、国民の疑念は晴れるどころか、深まってしまいかねない。
 必要なのは、もはや反省の言葉や姿勢ではなく、具体的な潔白の証明だろう。


首相出席の閉会中審査 「丁寧な説明」と言えぬ
> 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人加計学園の獣医学部新設計画に関わる問題などを巡り、衆院予算委員会できのう閉会中審査があった。
 内閣支持率の急落に押されるように安倍首相も出席し、通常国会閉会後初めて加計問題について国会で説明する貴重な機会だった。しかし文書や証言で次々と明らかになった疑惑について首相も閣僚も口頭で否定するばかりで、国民の疑念が拭えたとはいえない。
 焦点は、獣医学部新設で加計学園が有利となるよう、「加計ありき」で首相や官邸が便宜を図ったかどうか、公正・公平であるべき行政がゆがめられなかったか―に尽きる。
 冒頭、安倍首相は「私の友人に関わることで疑念の目が向けられるのはもっとも」と述べ、「一点の曇りもない」と関与を否定した。「丁寧な上に丁寧に説明する」と繰り返し口にしたが、それを裏付ける証拠は示さず、空虚な言葉を重ねた。疑念はより深まったといえる。
 不自然だったのは、安倍首相が加計学園の獣医学部新設を把握した時期である。野党の質問に、国家戦略特区の申請が認定された1月20日時点だったと強調した。加計孝太郎理事長との親密な関係は首相も認めている。その上での答弁に、質問した議員が「にわかに信じ難い」と述べたのもうなずける。
 今回の閉会中審査には、官邸が不当に関与したと指摘する前川喜平前文部科学事務次官に加え、「キーパーソン」とされる和泉洋人首相補佐官も初めて参考人として出席した。
 前川氏は昨年9月以降の具体的な日時を示し、和泉氏から「総理の口から言えないから私が言う」と新設の手続きを促されたと重ねて証言した。一方の和泉氏は記録はないとしつつ、「言っておりません」と繰り返した。双方の主張が平行線をたどったのは残念だ。
 「加計ありき」を疑わせる証言や記録は、ほかにもある。計画が認められる約2カ月前、山本幸三地方創生担当相が日本獣医師会に「四国で新設する」と伝えたとされる。
 同学園が獣医学部新設を計画する愛媛県今治市の職員の出張記録からは、政府が国家戦略特区を活用した獣医学部の新設方針を決めた昨年11月までに、内閣府が今治市と事前に協議した疑いが持たれている。
 野党から追及された政府は、いずれも、記録や記憶がないとして否定した。しかし、その根拠を併せて示すのでなければ、国民は納得できまい。
 新設計画をいったん白紙に戻すべきでは、との野党からの問いに、安倍首相は「適切なプロセスを踏んだもので白紙にすることは考えてない」と述べた。だが、少なくとも「一点の曇りもない」ことが証明できるまで、同学部の設置認可は先延ばしするのが筋である。
 対応や政権の姿勢に国民から厳しい視線が注がれていることは、先の東京都議選や仙台市長選の結果からも明らかだ。
 安倍政権にとって正念場である。きょう開かれる参院予算委での閉会中審査では誠実に答弁すべきだ。疑惑に対し、根拠を示さず、同じ答弁を繰り返すのであれば、「丁寧な説明」には程遠い。加計理事長の招致や証人喚問も必要ではないか。


加計問題衆院審査 信じ難い首相の答弁 疑惑深まる
 疑惑はさらに深まったと言わざるを得ない。
 学校法人「加計学園」による今治市への獣医学部新設について、衆院予算委員会の閉会中審査がきのうあった。「加計ありき」の疑念が解消されないばかりか、手続きの不備などの疑いも新たに明らかになった。安倍晋三首相は野党が求める臨時国会や関係者の証人喚問に応じ、事実解明を進めねばならない。
 首相は学部新設計画を知った時期を学園が事業者に認められた今年1月20日と明言した。2016年11月には、首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設を認める方針を決めている。具体的な事業主体を知らずに議長を務めていたのであれば、無責任に過ぎる。一方、自ら「腹心の友」という加計孝太郎理事長とは審議が本格化する昨夏以降、たびたび食事やゴルフをしており、計画を知らなかったとは到底信じ難い。
 獣医学部新設4条件に関する山本幸三地方創生担当相の答弁も看過できない。「既存の大学・学部では対応困難」との条件に関して「新設を認めない規制のメリットを受ける既存16大学に、規制改革の可能性を尋ねるのは中立性を欠く」と述べ、聴取していないとした。大学に聞かずに対応が困難なのかは確認できるはずもない。手続きに瑕疵(かし)があるのは明らかだ。加計学園が4条件を満たしているか、改めて確認する必要がある。
 野党は今治市が開示した文書をもとに、15年4月に市担当者が官邸を訪れたことについて、関係者の証言として「首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が面会し、希望に沿える方向で進んでいる趣旨の話をしている」と追及。柳瀬氏は「記憶にない」と繰り返した。
 証言が事実であれば、「加計ありき」の裏付けにもなる。多額の税金を投入する今治市として、市民に説明責任を果たす上でも、面会相手や内容の詳細を明らかにしなければならない。情報公開条例が公開できるとする「公益上特に必要がある」事項に該当する。非開示では、市も「疑惑隠し」に関与していると受け止められかねない。
 前川喜平前文部科学事務次官が、「総理の口から言えないから私が言う」などと手続きを促されたとする和泉洋人首相補佐官は「言っていない」と否定した。問題を指摘された側は「記録も記憶もない」「言っていない」が決まり文句になってしまっている。これでは「官僚の忖度(そんたく)」が働いたのではないかとの疑惑は解消しない。
 首相は「国民の疑念を晴らすため、何ができるか真剣に考えたい」との考えを示した。それには、関係者の証言を積み上げていくことだ。野党は、加計氏らを偽証罪に問われる証人喚問に呼ぶよう求めている。首相は「国会が決めること」と述べるが、自身が決断すれば実現できる。喚問実施は、疑惑解明に向けて果たさねばならない首相の責任の一つだ。


衆院「加計」審議 首相への疑問が膨らんだ
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡り、衆院予算委員会で閉会中審査が行われた。
 この中で安倍晋三首相は、加計学園が国家戦略特区制度に申請していたのを知ったのは、特区の諮問会議で計画が認定された今年1月20日だと述べた。
 学園の理事長は首相の親しい友人である。認定まで知らなかったというのは不自然ではないか。
 国民の目線で丁寧に説明すると話した首相だが、疑問が払拭(ふっしょく)されるどころか、むしろ膨らんだといえよう。
 きょうの参院予算委で説明を尽くすとともに、国会は理事長ら関係者の証人喚問を実施すべきだ。
 首相は、理事長について「彼が私の地位や立場を利用して、何かを成し遂げようとしたことはない」と強調。新設計画に関しても「具体的な話は一切なかった」とした。
 だが、首相は第2次安倍政権の発足以降、少なくとも理事長と14回会っている。このうち6回は昨年7月から12月にかけてで、飲食やゴルフを共にしたという。新設計画が進んだ時期と重なる。
 加計学園の計画は、愛媛県と今治市が2007年から計15回、構造改革特区に申請して認められなかった懸案事項だ。なのに、理事長は一度も言わなかったのだろうか。
 首相は、ゴルフ代について「全て私が払っている」と述べたが、食事代は自身と先方それぞれあるとし、「何か頼まれてごちそうされたことはない」と歯切れが悪かった。
 国家公務員倫理規程は、利害関係者から供応接待を受けたり、一緒にゴルフをしたりすることを禁じている。職務の公正さを保つためだ。行政のトップである首相は、自らをより厳しく律しなければならない。
 接待などはなかったのか。一方の当事者である理事長からの説明を聞かなければ、国民の納得は得られまい。
 和泉洋人首相補佐官の証言も注目された。新設手続きを促した際、「総理の口から言えないから、私が代わりに言う」と発言したと、前川喜平・前文部科学事務次官に指摘された人だ。
 これに対して、和泉氏は「記憶にないし、言っていない」と否定した。
 今治市の職員が首相官邸を訪ねた際、面会したとされる当時の首相秘書官の柳瀬唯夫経済産業審議官も「会ったという記憶はない」と述べた。面会が事実なら異例の対応であり、加計学園を特別扱いしていたことになる。
 予想されたとはいえ、今回も「記憶にない」が連発されたのは残念だ。水掛け論に終わらせないためにも、偽証すれば罪に問われる証人喚問が必要である。
 この日は、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題はほとんど取り上げられなかった。参院委でしっかりと議論しなければならない。


【国会予算委審査】加計理事長らを招致せよ
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題や、陸上自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る衆院予算委員会の閉会中審査が安倍首相も出席して開かれたが、真相解明には程遠い内容に終わった。
 強権的な政権運営や閣僚の失言などで内閣支持率が急落する中、信頼回復を狙った安倍首相の思惑は外れたのではないか。客観的に事実を証明できる説明でなければ、国民の納得は得られまい。
 加計問題は、首相の関与や官僚の忖度(そんたく)、便宜の有無などが焦点だ。官邸側から「加計ありき」の指示があったとする文部科学省側の内部メモや前川喜平前事務次官の証言を官邸側は一貫して否定してきた。
 きのうの閉会中審査で首相は自らの関与も学園側の依頼も全面否定し、特区の白紙化にも応じなかった。答弁の中では、学園の特区申請や選定を初めて知ったのは、今年1月20日に諮問会議で申請が認められた時点だったと答えた。
 だが、首相は学園理事長を「腹心の友」と公言し、ゴルフや会食を重ねる仲だ。学園は2007年から15回も特区申請してきた経過もある。理事長に申請の意向があったことも「知らなかった」という首相の釈明は、常識的にも国民の腹に落ちないのではないか。
 前川前次官が、「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と加計選定を迫られたとする和泉洋人首相補佐官は「言っていない」と語気を強めた。一方で、特区の実現を急がせた事実は認め、個人的な「関心で聞いた」と釈明したが、不自然さは拭えない。
 獣医学部新設のパブリックコメント(意見公募)に「準備期間が短すぎる」「教員確保が困難」などの疑問が寄せられたものの、内閣府が聞き置いた疑いも浮上。獣医学部の新設4条件について、既存の大学に対応の可能性を問い合わせていなかったことも明らかになった。
 松野博一文科相は、これまで不存在としてきた「加計学園への伝達事項」と題した文書の存在を認めた。特区募集要項の公表前に作成された可能性がある。「加計ありき」の疑念は深まるばかりだ。
 陸自の日報隠蔽問題も、稲田朋美防衛相は「隠蔽を了承するとかはない」と従来の潔白主張に終始。質疑は深まらなかった。
 安倍首相は「国民の疑念はもっともだ」とも述べた。その自戒の弁とは裏腹に答弁は説得力を欠く。森友学園問題の解明も進まず、審査は全て消化不良のままだ。
 閉会中審査はきょうの参院予算委でも続くが、これまでの質疑では事実解明に限界も見える。加計学園理事長や安倍昭恵首相夫人、陸自幹部らの国会招致に首相は応じるべきだ。森友学園の理事長を証人喚問した対応とも整合しない。
 行政がゆがめられたのではないか―。首相、与党は国民の疑問に誠実に応える責任がある。


衆院閉会中審査 疑念解消へ証人喚問を
 国民の疑念は晴れるどころかより深まったのではないか。
 「李下(りか)に冠を正さずという言葉がある。私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」
 安倍晋三首相は、24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響で内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピール、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし、加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかとの指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がってきた。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問が必要だ。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園が国家戦略特区に申請した時点だとの認識を示した。しかし、理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで6回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。計画を把握しながら食事やゴルフをしていたとなれば故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたとしか考えられない。
 また、2015年4月初め、首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が愛媛県今治市の職員と首相官邸で面会した可能性に関する答弁も、納得し難いものだった。
 柳瀬氏は「覚えていない。会ったとも会っていないとも申し上げようがない」と述べる一方、記録がなく、個人的な手帳にも面会相手や日時を記載しておらず、確認もできないとした。
 さらに安倍首相は官邸の入館記録も保存されていないと答弁した。
 結局、自分たちに都合の悪いことには答えないという基本姿勢は全く変わっていないようだ。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省してみせた。この故事は「スモモを盗んでいない」ことが前提だが、安倍首相らの答弁を聞けば聞くほど、都合の悪いことをごまかそうとしているとの疑いが強まってくる。
 必要なのは、もはや反省の言葉や姿勢ではない。具体的な潔白の証明である。(共同通信・柿崎明二)


[加計衆院予算委] 国民の「不信」拭えたか
 安倍晋三首相が出席する衆院予算委員会の閉会中審査が行われ、首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画について審議した。
 安倍内閣の支持率が低下し、国民の厳しい視線が向けられるなかで、首相は低姿勢で弁明の言葉を口にした。
 加計学園に便宜を図ったのでは、という疑惑については重ねて否定。政府側は野党の質問に「記憶にない」を繰り返した。
 これでは国民の「不信感」が拭えたとは言い難い。水掛け論が続くばかりなら、きょうの参院予算委員会で幕引きができるとは到底思えない。証人喚問などを通じた一層の疑惑解明を求めたい。
 首相は「(説明に)足らざる点があったことは率直に認めなければならない」と弁明。「私の友人が関わることに疑念の目が向けられるのはもっとも」と述べた。一方、加計側からの働き掛けはなかったと強調した。
 政府側が主張したのは、国家戦略特区制度による獣医学部新設手続きの正当性だ。
 首相は「民間人の入った諮問会議で検討がなされている」などと述べる一方で、「省庁間の交渉に食い違いが出ていることには反省もある」とした。手続きは適正だったが、役所間の食い違いで疑念を招いたと言いたいようだ。
 しかし、国民が疑問に感じているのは、規制緩和の結果で選ばれたのがなぜ「加計学園」だったのか、という点だ。
 前川喜平前文部科学事務次官は、和泉洋人首相補佐官から昨年、「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と獣医学部新設への対応を促されたことを重ねて証言した。だが、和泉氏は「言っていない」と否定した。
 愛媛県今治市の職員が2015年に、当時の柳瀬唯夫首相秘書官と官邸で面会したとされることについても、柳瀬氏は「覚えていない」とした。
 首相官邸から文科省への働きかけも今治市の訪問も、文科省や今治市には文書が残っている。ところが政府は、記憶や記録がないの一点張りだ。国民の疑念を解消する姿勢は感じられない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題では、野党が稲田朋美防衛相の罷免を求めたのに対し、首相は「再発防止を図ることで責任を果たしてもらいたい」として拒否した。
 日報問題についての審議は時間不足もあって深まらなかった。防衛監察本部の特別防衛監察結果の公表を待ち、あらためて国会で真相を究明するべきだ。


自公で負け…どっちもショック
 ★自公支援の候補者惨敗で終わった仙台市長選挙。野党共闘は終始優位な選挙戦だった。最大のターゲットは安倍政権。都議会議員選挙の勢いが続き自民党支持者や無党派層も野党共闘の意味を実感した。「自民党内の衝撃は計り知れない。仙台は東京に似た巨大政令指定都市。有権者がおきゅうを据えたなどの生易しいものではない。明確な逆風だ。だが、民進党を軸にしたからといって民進党支持ではない。安倍の暴走を止める野党共闘に支持があったのだ」(労組関係者)。 ★どうやら有権者の受け皿さえあれば世論は動くということだろう。政権の脆弱(ぜいじゃく)さが露呈したともいえるが都議会議員選挙との違いは、公明党が都知事・小池百合子率いる都民ファーストと共闘して、自民党単独で惨敗した構図ではなく、自公の枠組みで負けたということだ。この後は横浜市長選挙、茨城知事選挙と続く。「公明党の焦りもあるだろう。今後、憲法9条改正にかじを切ろうとする安倍政権から距離を置くのではないか」(政界関係者)。 ★5月に公明党副代表・北側一雄は「憲法の解釈を超えるような改憲であれば、明確に申し上げたいが私たちは反対」と発言。また2月には公明党中央幹事会長・漆原良夫が「数で押し切ってはいけないというのが基本的な考えだ。国民の声を幅広く聞く。野党第1党の民進党の声も反映されるような内容でなければ、憲法改正の環境ではない。(自民党が憲法9条改正に取り組んだ時が自公連立の転換点になるのか、との問いに)私もそう思う。ここが1番のポイントだ」と答えている。連立離脱の示唆と選挙結果。自民党という知恵は安倍政権をそれでも守るのか。

クローズアップ2017 衆院閉会中審査(その1) 深まる、加計の溝
和泉氏、個人的に面会 前川氏、日時も詳細に
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める「加計学園」が愛媛県今治市で獣医学部を新設する計画を巡り、24日に実施された衆院予算委員会の閉会中審査。文部科学省の前川喜平前事務次官から「キーパーソン」と名指しされた和泉洋人首相補佐官が出席したものの、両氏の説明の食い違いが埋まることはなく、野党側は証人喚問による決着を求めた。首相が繰り返した「丁寧な説明」は果たされたのか−−。
 「記録がなく、記憶に頼るしかないが、言わなかったと思う」。一連の問題発覚後、初めて国会答弁に立った和泉氏は強調した。獣医学部新設への関与が取りざたされるようになったのは、前川氏の証言が契機だった。事務次官時代の昨年9月、和泉氏から「総理が言えないから私が代わりに言う」として、新設の手続きを急ぐよう迫られたエピソードを明らかにした。
 和泉氏は、この発言を「そういう記憶が全くない」と否定しつつ、「テーマがいわゆる岩盤規制改革の象徴であると思っていた。これが進むことは大変いいことだと思っていたので、知らない仲ではない前川氏に来ていただいて状況を聞いた」と面会自体は認めた。
 首相の指示は「全くなかった」と強調しつつ、「直接はこの業務に関与していないが、私の関心で状況をお聞きして、スピード感をもって取り組むべきだと言った」と答弁。共産党の宮本徹氏は「個人的な関心で、何度も文科省の次官を呼ぶのか」と説明を疑問視した。
 一方、今月10日の閉会中審査以来2度目の国会答弁となる前川氏は証言をより詳細にした。昨年9月9日午後3時ごろに首相官邸に呼ばれ、和泉氏から「総理の代わりに」と説明。さらに同29日午後2時ごろには自ら官邸に出向き、和泉氏に「獣医学部についてはなかなか難しい」と述べたことを新たに明らかに。10月17日にも呼ばれたという。
 また、文科省OBで昨年9月末まで内閣官房参与だった加計学園理事の木曽功千葉科学大学長と昨年8月26日午後3時ごろに面会し早期開学を依頼されたなど従来より具体的に語った。ただ、前川氏は先月の毎日新聞のインタビューの際は、和泉氏から最初に官邸に呼ばれた日を昨年9月5日と語っていた。今回、日時をどう特定したかの根拠までは示していない。
 和泉氏を巡っては、昨年10月21日に萩生田光一官房副長官と文科省幹部とのやり取りをまとめたとされる文書で、和泉氏が萩生田氏に「文科省だけが怖(お)じ気づいている」と伝えたとの記述もあるが、この点は予算委で議論にならなかった。
 そもそも、官邸で和泉氏はどんな役割を果たしたのか。「菅義偉官房長官の懐刀」(政府筋)とされ、カジノを含む統合型リゾート(IR)など官邸マターの政策の多くを取り仕切る。政府関係者の一人は「官邸で最も外部との面会が多い人物。中でも建設関係者が多く、国内外を問わず、大型公共工事が伴う政策には必ずかかわっている」と明かす。2015年7月に白紙撤回された新国立競技場の旧整備計画では、建設費を膨らませた文科省に代わって官邸の和泉氏が新たな計画の取りまとめ役だった。
 この日は、前川、和泉両氏の主張は平行線をたどった。偽証罪の適用もある証人喚問への出席を求められたら、応じるのか−−。和泉氏は答弁した。「国会の決定には従う」【杉本修作】
「他大学間に合わず」 山本氏、募集意見の内容認識
 「そういう話もあったと聞いている」。山本幸三地方創生担当相は、昨年11月18日から1カ月間実施された2018年4月に獣医学部を新設することについてのパブリックコメントを巡り、「加計学園以外に間に合わないとの声がたくさん来ていたと認識していたか」と問われ、こう答弁した。質問した共産党の宮本徹氏は「他の大学はどこも間に合わないと知っていて決めた。文字通り『加計ありき』だ」と批判した。
 山本氏は加計学園に絞り込んだ時期を「(昨年末からの)年末年始」と説明してきた。しかし、昨年11月17日に日本獣医師会と面会した際、加計学園や愛媛県今治市を名指しして「四国に新設する」と発言したとの同会内部文書が先週、発覚した。加計学園が新設事業者に決まった今年1月20日の2カ月も前のことで、「加計ありき」との疑念を招いた。
 山本氏は獣医師会文書の内容を否定しており、この日の審議でも「京都もあり得ると申し上げた。獣医師会側が『今治だけにしてほしい』と発言した」と語った。参考人に予定されていた獣医師会役員が欠席したため食い違いは残ったままだが、山本氏側には面会記録がなく、根拠は記憶だ。
 獣医学部新設を巡っては15年に、既存の獣医師養成でない構想が具体化する▽既存の大学・学部では対応困難−−など4条件が閣議決定された。山本氏は獣医師養成課程がある国内16大学の意向を調査していないことを明らかにした。山本氏は「規制のメリットを受けている当事者に規制改革の可能性を尋ねても中立性を欠く」と説明したが、閣議決定に沿った手続きだったか疑念を残した。
 山本氏は加計学園の獣医学部新設計画について「首相と個別に話したことも一切ないし、指示を受けたこともない」と強調した。しかし、「首相との間については、まさに加計学園が候補に挙がり、しっかり問題が起こらないようにしなきゃいけないと思った」とも答弁。加計学園の理事長が安倍晋三首相の友人であることを意識したこともうかがわせた。【遠藤修平】


加計氏から供応 安倍首相に“大臣規範抵触”ゴマカシ疑惑
 安倍首相が学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を知ったのは「今年1月20日」――信じがたい答弁が飛び出した24日の閉会中審査。しかし、内閣府も、文科省も、獣医師会も、関係者は全て加計学園の獣医学部新設計画を知っていたのに、安倍首相だけが1月20日まで知らなかったなどということがあるのか。安倍首相が釈明すればするほど「加計ありき」の疑惑は深まるばかりである。やっぱり、加計孝太郎理事長本人に国会で説明してもらうしかないのではないか。
 第2次安倍政権発足以降、安倍首相は加計理事長と14回にわたり、ゴルフや食事を共にしている。特に獣医学部新設が「加計ありき」で進められた16年夏以降、安倍首相は計6回も加計理事長と会っている。30年来の“腹心の友”である加計理事長とこれほど頻繁に会いながら、獣医学部新設の話が全く出なかったのは、どう考えても不自然である。日刊ゲンダイは15年6月以降の安倍首相と加計理事長の接触記録と、獣医学部新設を巡る動きを別表にまとめた。いかに、2人が頻繁に会っていたかが、よく分かるはずだ。
 野党から「答弁が偽りなら、責任を取って辞任するか」と繰り返し問われると、「知っていようがいまいが、私が便宜を図ることはない」とムキになって否定していたから、やはり後ろめたいことがあるのだろう。
■大臣規範抵触の恐れあり
 見逃せないのは、安倍首相が、利害関係者である加計理事長と会食やゴルフをするだけでなく、供応まで受けていたことだ。本人が「先方が(代金を)支払うこともある」と認めている。「加計氏からの供応は大臣規範に抵触する可能性が高い」と指摘するのは、神戸学院大の上脇博之教授(憲法)だ。
 大臣規範は〈国務大臣等は、国民全体の奉仕者として公共の利益のためにその職務を行い、(中略)廉潔性を保持することとする〉と規定。関係業者から供応接待を受けることを禁じている。09年に平田耕一財務副大臣(当時)が、規範抵触で辞任している。
「安倍首相は、加計氏が学校法人の理事長であることを知らないはずがありません。『関係業者』であることは明白です。会食の回数が多いこともあり、相当な金額の供応を受けた可能性もある。大臣規範に抵触する恐れがあったからこそ、1月20日に初めて知ったとゴマカしたのかもしれません。いくら分の供応を受けたのか明らかにすべきでしょう」(上脇博之教授)
「週刊文春」4月27日号によると、加計理事長はかつて「(安倍首相に)年間1億くらい出しているんだよ。あっちに遊びに行こう、飯を食べに行こうってさ」と周囲に話していたという。2人は14回も会いながら、本当に獣医学部について一言も話さなかったのか。加計理事長を国会に呼んで一つ一つ説明してもらうしかない。


加計計画 首相「1月把握」 識者は疑問
 安倍晋三首相が、加計学園による獣医学部新設計画を知ったのは、学園が事業者に決まった当日の「今年1月20日」だったと答弁したことに野党が追及を強め、識者からも疑問の声が上がっている。
 政治アナリストの伊藤惇夫さんは「首相の答弁は過去の発言とも整合性が取れず、不自然。一切関与がないと強調したいがために無理な答弁をしてしまった可能性もあるのでは」と推測する。
 2012年12月の第2次安倍政権発足後、毎日新聞の「首相日々」では、計13回にわたって学園の加計孝太郎理事長と食事やゴルフをともにしていたことが確認できる。伊藤さんは「雑談の中で、一度も関連した話を聞かなかったのだろうか。重要なのは、首相の答弁の態度を、国民がどう見て判断するかだ」と指摘した。【近松仁太郎】


追及にシドロモドロ 安倍首相“1月20日”虚偽の決定的証拠
 加計疑惑を追及する国会の閉会中審査2日目。参院に舞台を移した25日午前中の審議で、安倍首相の決定的なウソが明らかになった。安倍首相は完全にアウトだ。
 24日までの殊勝な態度が崩れ、安倍首相がシドロモドロの答弁で論理破綻をきたしたのは、民進党の蓮舫代表の質問の時だった。
 24日、安倍首相は、加計学園が国家戦略特区の獣医学部新設に関わっていることを知ったのは、今治市とともに行った申請が決定された「今年1月20日」だったと答弁していた。しかし、これについて、「過去の答弁との矛盾がある」と蓮舫代表が問いただしたのだ。
 実際、今年6月16日の参院予算委員会で社民党の福島瑞穂議員が質問した際、安倍首相は「構造改革特区で申請されたことについては承知していた。その後に、私が議長を務める国家戦略特区に申請するとすれば、私の知り得るところになる」と答えている。また、6月5日の参院決算委員会で民進党の平山佐知子議員の質問の際には、「国家戦略特区になって今治市が申請した時に知った」という趣旨の答弁をしている。つまり「1月20日」よりずっと前から知っていたことになるのである。
 ここを突かれると、安倍首相は「(あの時は)急な質問だったので混同した」と驚くべき答弁をし、否定したのだが、平山議員は質問通告もし、文書も提出している。「急な質問だったから」という言い逃れは通用しない。
 さらに、決定的だったのは、蓮舫代表の後の民進党・桜井充議員の質問。福島瑞穂議員が「首相は加計学園が今治市に獣医学部を新設したい意向を知ったのはいつか」と主語を「首相」とし、「加計」の文字をハッキリ書いた質問主意書を出していたことも追及。これに対し政府は、「第2次安倍政権の2013年、14年、15年の構造改革特区申請に書かれている」と答えていて、これは閣議決定されている。2013年には、安倍首相は加計の計画を知っていたという動かぬ証拠である。
 これを突き付けられると安倍首相は、「過去の事実をお答えに代える場合もある」と、自分が知っていたのではなく、「政府が把握していた事実」というすり替えで逃れようとしたが、どう考えてもムリ筋だ。
 1月20日まで「加計の計画は一切知らなかった」という安倍首相の立場は完全に崩れ去った。


“記憶ない”7連発で次官昇格の目 柳瀬審議官の素性と評判
 24日行われた衆院での閉会中審査。異様だったのが「加計疑惑」のキーパーソンの一人、経産省の柳瀬唯夫審議官(55)だ。「加計疑惑」から安倍首相を守るために「記憶にございません」を7回も連発してみせた。霞が関からは「これで次官昇格だな」の声が飛んでいる。
「加計ありき」を証明するひとつが、2015年4月2日、今治市の企画課長と課長補佐が首相官邸を訪れていたことだ。市町村の課長クラスが官邸を訪問することは通常あり得ないことだ。だが、今治市の公式文書にハッキリと記録されている。この時期は、今治市が獣医学部新設を提案する2カ月も前のこと。すでにこの頃から「加計ありき」で進められていたということだ。
 今治市サイドは官邸で誰と会ったのか、公開した資料では訪問相手を「黒塗り」にしているが、24日の閉会中審査で、民進党の今井雅人議員が、訪問相手は当時、首相秘書官だった柳瀬唯夫審議官だと明らかにした。
 しかも、柳瀬秘書官は「希望に沿えるような方向で進んでいます」という趣旨を今治市に伝えたという。お墨付きをもらった今治市は、「ついにやった」とお祝いムードになり、「さすがは加計さんだ、総理にも話ができるんだ」と盛り上がったという。
 いくら秘書官でも、勝手にモノを決められない。安倍首相と打ち合わせていたのは間違いないだろう。
■次官候補の経産省エース
 ところが、柳瀬審議官は、今治市の職員と会ったのか、なにを話したのか、なにを聞かれても「記憶にございません」の一点張り。さすがに、異様な答弁に委員会室は騒然となり、審議がストップしたほどだ。柳瀬審議官はどういう人物なのか。
「柳瀬さんは次官候補の経産省のエースです。麻生政権の時、首相秘書官をしていたこともあって、もともとは麻生さんに近い。原子力政策課長だった時には、原発の増設や輸出を進める“原子力立国計画”をまとめている。原子力推進派の中核です。フットワークが軽く、思ったことをズバズバ口にし、裏で暗躍するタイプではありません。ただ、次官ポストがかかっているだけに安倍政権を守るとハラを固めたようです」(霞が関事情通)
 安倍首相を守るために「森友疑惑」で平然と嘘をついた財務省の佐川局長が国税庁長官に栄転したように、柳瀬審議官も次官に昇格するのか。絶対に許してはダメだ。


柳瀬審議官 野党の質問にまたも「記憶をたどる限り」連発
 24日に衆院で行われた閉会中審査で「記憶にない」を7回連発して、ひんしゅくを買っている柳瀬経産審議官は、25日の審査2日目でも苦しい言い逃れに終始した。
 当時、首相秘書官だった柳瀬審議官は、一昨年4月に今治市の企画課長らが官邸を訪れた際の面会相手ではないかという疑惑が持たれている。民進党の桜井議員からそれを問われると、「私の記憶をたどる限り、お会いしていない」と答弁。
 これを2度繰り返したため、桜井議員が「それは否定と考えていいのか?」「事実として否定か?」と聞いたが、「私の記憶をたどる限り、お会いしていない」とオウム返しするばかりだった。否定なら否定すればいいものを、そう言えないのは、やはり「会った」からだろう。
 こうなったら、今治市に面会時の黒塗り資料を明らかにしてもらうしかない。民進党は今治市長の参考人招致を要求している。自民党が否定しているというが、白黒ハッキリさせるべきだ。


安倍首相の嘘は「1月20日に知った」だけじゃない! 官邸の記録を破棄して首相秘書官と今治市担当者の面会疑惑を隠ぺい
 加計学園による獣医学部新設計画を知りうる立場にあったが、知らなかった──安倍首相による仰天の「前言撤回」が飛び出した閉会中審査は、あらためて安倍首相の嘘によって「丁寧な説明」を放棄していることが浮き彫りになった。
 国会でも追及されていたが、安倍首相は今年6月5日の参院決算委員会で民進党の平山佐知子議員より「大親友である加計さんがずっとこの獣医学部を新設したいという思いであったということは当然ながらご存知でいらっしゃいましたよね」と質問を受け、「これは、安倍政権になりましてから、国家戦略特区に、その申請を今治市とともに出された段階で承知をしたわけでございます」と明解に答弁。さらに社民党の福島瑞穂議員の質問主意書に対しても、答弁書で“構造改革特区の説明資料に加計学園が候補となっていると記載されていた”と回答しており、閣議決定されている。
 また、福島議員に「安倍政権のイメージを落とそう、安倍晋三を貶めようと答弁するのはやめろ」「責任取れるんですか」と声を荒げた3月13日の国会答弁では、安倍首相はこうも言い放っていた。
「だいたいですね、特区というのは国家戦略特区ですから、その前にこれをやるということはだいたい決まっていて、多くの人たちは知ってるんですよ。関係者はみんな知ってるんですよ!」
「もうちょっと勉強してから質問してくださいよ」
 ここまで言い切っておいて、いまさら「(以前は)急な質問だったので整理が不十分だった」「今治市と加計学園を混同した」「いまの答弁が正しい」などとして発言を修正するとは、前代未聞の離れ業。それを国民に容認しろというのは、どうかしているとしか思えない。
 もちろん、こんなあり得ないことを言い出したのは、「総理のご意向」文書を否定するための方便だ。そして、安倍首相は自ら認めたように、加計理事長に会食費を支払ってもらったこともあった。安倍首相が加計学園を獣医学部新設の事業主体と認識しながらおごってもらっていたとなれば、重大な倫理違反どころか、収賄罪などの刑事事件に発展する可能性もある。たとえば「週刊文春」(文藝春秋)の報道では、安倍首相は「加計さんは俺のビッグスポンサーなんだよ」と語り、片や加計理事長も「(安倍氏に)年間1億くらい出しているんだよ。あっちに遊びに行こう、飯を食べに行こうってさ」と酒席で漏らしていたと伝えられているほどなのだ。
今治市担当者と会ったのは経産省出身の柳瀬首相秘書官だった
 当初は加計学園問題をこれまで通り知らぬ存ぜぬで押し切れると踏んでいたが、崖っぷちまで追い詰められてしまったいま、加計学園が獣医学部新設を目指していたことを「知っていた」とは口が裂けても言えなくなってしまった。実態はそんなところだろう。
 だが、安倍首相の「丁寧な上にも丁寧に説明をつづけたい」という言葉が紛れもない嘘であることがもっとも明らかになったのは、「官邸訪問した今治市職員は誰と会ったのか」という問題においてだ。
 今治市が公開した出張記録によると、今治市が国家戦略特区に選ばれる約9カ月前にあたる2015年4月2日に、今治市の企画課長と課長補佐が「獣医師養成系大学の設置に関する協議」のために内閣府などを訪問。その後、急遽「官邸訪問」が決まり、15時から16時30分まで官邸で打ち合わせを行ったことが記されていたが、肝心の打ち合わせ相手の部分は黒塗りとなっており、他方、萩生田光一官房副長官も前回の閉会中審査で「訪問者の記録が保存されていないため確認できなかった」と答弁。真相は闇に包まれていた。
 しかし、現在発売中の「週刊朝日」(朝日新聞出版)の記事では、今治市関係者が「面会したのは経産省出身の柳瀬唯夫首相秘書官(当時)」「柳瀬氏は今治市の担当者ら少なくとも3人と会い、『希望に沿えるような方向で進んでいます』という趣旨の話をした」と証言しているのだ。つまり、首相直属の秘書官が“今治=加計で太鼓判を押していた”というのである。
 そして、このスクープ記事を受けて、今回の閉会中審査には疑惑の柳瀬前首相秘書官が参考人として出席したのだが、その答弁は「私の記憶を辿る限り、今治市の方とお会いしたことはございません」というもの。その上で、安倍首相も、「今治市の職員の方が誰と面会したかは、すでに萩生田官房副長官が国会で答弁しているとおり確認できなかったと承知している」と答えたのだ。
 これを「丁寧な説明」とは誰も言わないだろう。官邸の訪問記録が残されていないこと自体が危機管理上あり得ない話であって、防衛省の日報問題同様、隠蔽されている可能性は高いが、そもそも国民に丁寧に説明する気があるのなら、早急に官邸で聞き取り調査を行って「誰が今治市職員と打ち合わせをしたのか」を明らかにすればいいし、あるいは今治市に黒塗り部分の開示を求めればいいだけ。こうした国民からの信頼を取り戻したいのなら真っ先にやるべきこともやらない理由は、「バレたらまずいから」にほかならない。
 また、安倍首相は、加計学園の獣医学部を「適切でオープンなプロセスを踏んで決定された。白紙にすることは考えていない」と宣言。これだけ疑惑が山積している状況にあって、まだそんなことを言うかと神経を疑わざるを得ないが、実際は「適切でオープンなプロセス」など踏んでいない。
山本幸三地方創生相の答弁で証明されたで“加計ありき”
 現に、山本幸三地方創生相は、加計学園と京都産業大学の提案書を比較検討した上で「熟度が高い」今治に決めたと主張するが、同時に「議事録はない」と答弁している。このような重要な議論の議事録が残されていない状態を、世間ではけっして「オープン」とは呼ばない。
 しかも、山本地方創生相は、京都産業大学が新設断念にいたった決定打である「2018年4月開学」という条件が「加計ありき」だったことを、昨日の答弁のなかで自ら語ってしまっている。
 昨年11月に行ったパブリックコメントにおいては、学部新設の時期を2018年度とすることに対し、「準備期間が非常に短期間。特定の案件に絞り込んだ恣意的な期間設定」などといった疑義を呈する意見が寄せられていた。そうした意見を認識していたかと共産党の宮本徹議員が質問すると、山本地方創生相は「大方の内容は概略聞いている。そういう話があったとも聞いている。しかし、それでもって加計学園ありきでやるわけではない。必ず公募をやるわけだから、その公募によって決まる」と答弁したのだ。
 山本地方創生相は“特定の事業者しか手を挙げられない恣意的な期間設定”であることを知りながら、内閣府として事業者公募の際、2018年4月開学を条件として打ち出した。ようするに、確信犯で出来レースを仕掛けていたことを認めたのである。
 さらに、今日の審議でも山本地方創生相は、とんでもない発言をしている。今治市が開示した資料では、公募によって事業者に選ばれる以前に、資料では黒塗りとなっている「事業候補者」が、獣医学部建設予定地への電力供給に必要な申込書の提出を今治市に対して求めていたことが判明しており、こうした動きについて民進党の櫻井充議員は「加計ありきではないのか」と安倍首相に質問した。しかし、ここで山本地方創生相が立ち上がり、「そういう細かいことを総理にお尋ねしても無理だと思います」と言って答弁を行ったのだ。
 加計ありきを示す重要な事実を「細かいこと」などと呼ぶ。この発言には、自民党の山本一太予算委員長も「表現には十分注意していただきたい」と注意を行ったが、山本地方創生相がこうしたなりふり構わない態度を取っていることに、安倍首相は何一つ苦言も呈さない。いや、それどころか、昨日の審議では、安倍首相自身の記憶について質問されている場面で山本地方創生相を指差し、代わりに答弁をさせていたほどだ。
 健気なフリをしても、都合が悪くなると手下に答弁させ、誰にでもわかる嘘をつき、いますぐやれる調査も行わない。口調だけ丁寧にしただけで、安倍首相の態度は何も変わらない。──憲法53条に定められた臨時国会開催を要求されながら、自民党はいまだに召集せずにいるが、日報問題含め、こんな審議で国民が納得するはずはないだろう。(編集部)


自衛隊日報隠ぺいを知っていたのは稲田防衛相だけじゃない、安倍首相と官邸が指示していた疑惑が浮上
 自衛隊PKOをめぐる日報をめぐり、事前に陸上自衛隊内でのデータ保管の事実を非公表とする方針を幹部から伝えられ、了承していたことが発覚した稲田朋美防衛相。稲田氏は報道を否定しているが、陸上自衛隊内部や政府関係者から新たな証言が続々と寄せられ、稲田防衛相が嘘をついているのは、誰の目にも明らかになっている。
 これまで辞任が当然と思える失態を数え切れないくらい演じてきた稲田防衛相だが、今度こそ即刻大臣辞任は避けられず、また虚偽答弁が明らかになれば、議員辞職にも値するだろう。
 ところが、昨日24日の閉会中審査では、稲田氏の罷免を要求する野党に対し、安倍首相は「再発防止を図ることによりその責任を果たしてもらいたい」などとして罷免を否定。8月の内閣改造で稲田氏を交代させ、そのままうやむやにしてしまおうという腹らしい。
 毎度毎度、国民を馬鹿にするものいい加減にしろと言いたくなるが、その一方で忘れてはならないのは、この問題は稲田氏ひとりの問題ではないということだ。先週この「非公表方針の了承」報道があってから、マスコミでは稲田氏の責任ばかりが強調されているが、実際には安倍政権全体、そして安倍首相の問題だということを忘れてはならないだろう。
 というのも、この日報問題の本質は、安倍政権と防衛省・自衛隊の関係が、民主主義にとって極めて危険な状態にあるということに他ならないからだ。
 あらためて整理しておくと、昨年7月、陸上自衛隊がPKOにあたる南スーダンの首都ジュバで大規模な戦闘が発生。日報には「戦闘」などの言葉が記されていたが、この時点では公になっていない。同年9月、ジャーナリストの布施祐仁氏が防衛省に対してこの時期の日報の情報公開を請求する。しかし公開は一向に行われず、防衛省は12月2日に「日報はすでに廃棄された」として不開示を決定。ところが同月、河野太郎元公文書管理担当相の要請で再調査してみると、統合幕僚監部に電子データのかたちで保管されていることが判明。しかも、稲田防衛相にその事実が報告されたのは今年の1月27日になってからだった。
「日報」は駆けつけ警護を強行したい安倍政権にとって邪魔だった
 この一連の流れだけを見ても、明らかに省内で隠蔽工作があったとしか思えないが、注目すべきは、これが安倍政権の政策遂行と密接に関係していることだ。
 布施氏による開示請求を防衛省が受理したのは昨年10月のことだが、当時の国会では、新安保法に基づく「駆け付け警護」の新任務を自衛隊に付与するかどうかで論戦が行われていた。
 当然、国会では7月のジュバでの大規模戦闘が問題になり、PKO参加5原則の違反も指摘された。だが、稲田防衛相や安倍首相は「戦闘」を「衝突」と言い換えたあげく、「南スーダンは永田町より危険」(安倍首相)などとふざけた答弁を連発。結局、「状況は落ち着いている」とゴリ押しし、11月15日に駆け付け警護の任務付与を閣議決定。新任務を付与した自衛隊部隊の第一弾を新たに南スーダンへ送り出した。これが11月20日のことである。
 そして前述のとおり12月2日、防衛省は「すでに破棄している」との名目で日報の不開示を決定したのだ。どう見ても“駆け付け警護”強行のために都合の悪い情報を握りつぶしたとしか思えない。
 そもそも駆け付け警護とは、自衛隊が現地の武装勢力などから直接攻撃を受けなくとも、国連やNGO関係者が襲撃された際に現場に駆けつけて救助するというもので、武器使用が認められる。これまで、日本政府は9条が禁じる武力行使にあたるとして「駆けつけ警護」を認めてこなかったが、安倍政権は新安保法の成立によってこれを可能とした。
 安倍政権が、南スーダンPKOをこの駆け付け警護の“先例”としたいのは誰の目にも明らかだった。一方、ジュバでは政府軍と対立する反政府軍の戦闘のほか、兵士による一般市民やNGO関係者に対するレイプや略奪が横行しているとの報告が上がっていた。もちろん、こうした状態で政府が駆け付け警護を付与すれば、自衛隊はNGO関係者などの救出に向かうことになる。
 しかし、7月のケースでNGO職員を襲撃し、殺人やレイプ行為を働いたのは南スーダン政府軍の兵士だった。安倍首相は2015年の安保国会で、駆けつけ警護に関し「国家又は国家に準ずる組織が敵対するものとして登場してこないことは明らか」として、9条に抵触しないと説明していたが、それとは裏腹に、自衛隊が「国家又は国家に準ずる組織」と敵対し、武器を使用した戦闘の発生が現実になる可能性が急激に高まったのだ。いうまでもなく違法かつ違憲の疑いが濃厚になった。
 しかし、安倍政権としては、なんとしても駆け付け警護の新任務を付与して安保法の実績をここで作っておきたい。そのためには、7月のジュバで「戦闘」と明記された日報はまさしく“邪魔”な存在に他ならなかった。
 であるからこそ、この日報隠蔽問題は、単に自衛隊内での日報の捜索が杜撰だったという話で終わらないのだ。防衛省が政権を忖度し「戦闘」をなかったことにしようとしたのか。それどころか、官邸、安倍首相が防衛省に指示をした可能性すらある。
安倍首相が「日報」隠ぺいを指示していた疑惑も
 実際、昨日午後の閉会中審査では、共産党の笠井亮衆院議員がこうした点を追及。報道によれば、2月15日、黒江哲郎防衛事務次官や豊田硬官房長、岡部俊哉陸上幕僚長ら防衛省・自衛隊の最高幹部が緊急会合を開き、陸上自衛隊での日報データの保管の事実を公表しない方針を確認。稲田氏はその報告を受け、公表しない方針を了承したとされる。稲田氏は報告そのものを否定しているが、閉会中審査では、安倍首相が黒江事務次官などの報告を受けていたのではないかという疑惑が焦点となった。
 まず、安倍首相は陸自内に日報データが保管されていた事実について、「(陸自にあったという)報告については私はまだ受けていない」と答弁。自衛隊員の命がかかっている公文書をめぐる組織ぐるみの隠蔽、あるいは、戦後最大級の文民統制の崩壊がこれだけ大問題になっているのに、行政の長かつ自衛隊の最高指揮官である首相がいまだ「報告を受けていない」というのは、まったくどうかしているとしか思えない。
 そして、「特別防衛監察の報告を待ちたい」と逃げる安倍首相に対し、笠井議員は「早くからご存知だったのではないか」と切り込み、こんな事実を突きつける。それは、渦中の人物である防衛省の黒江事務次官、豊田官房長が、今年1月18日に二人そろって官邸を訪れ、総理に面会している事実だ。
「そこでこの日報問題をめぐる何らかのやりとりがあったのではないですか」と質す笠井議員。しかし、安倍首相はこんな詭弁を弄して逃げた。
「この日報問題についてはですね、これは早くから問題になっておりましたからその説明を受けたことはありますが、いまご勘問のですね、陸自に残っていたということについての説明はまだ報告は受けていないわけでありまして」
 ようするに、陸自内にデータが残っていたことについては、報告を受けなかったというのだ。
 しかし、笠井議員も指摘していたが、この1月18日というのは、実は極めて重要な日だった。というのも、〈陸自では岡部俊哉幕僚長に1月17日、データが見つかったことが報告され、事実関係の公表の準備を始めた〉(毎日新聞7月20日付)からだ。
シビリアンコントロールの崩壊を招いたのも安倍首相の責任
 ようするに、陸自内にデータが残っていることが統合幕僚長に報告された翌日というタイミングで、防衛省の黒江事務次官と豊田官房長が安倍首相のもとに参じているのだ。そしてその後、防衛官僚を介して“非公表の方針”が決定されたことになる。
 安倍首相は「陸自に残っていたということについて、事務次官と官房長から説明があったことはないとはっきり申し上げておきたい」と繰り返し否定したが、1月18日に黒江事務次官らが安倍首相に直接面会したのは、この陸自データ公表について相談をするためと考えるのが自然だろう。
 それだけではない。陸自内の日報データの保管事実が報道によって明るみになったのは3月15日だが、首相動静を見ると、その前後にあたる3月3日と3月17日にやはり黒江次官が安倍首相と面会し、なんらかの話をしたのがわかる。
 ようするに、安倍首相はこの日報隠蔽問題について、要所で黒江事務次官ら防衛省・自衛隊幹部から報告をうけて、対処方針を指示していたのではないか。さらに言えば、隠蔽疑惑が表面化した12月末より前、それこそ、布施氏による日報の開示請求がありながら無茶苦茶な屁理屈で駆け付け警護の新任務を自衛隊に付与した時期から、なんらかの形で安倍首相がこれに関与し、調整をはかっていたのではないか。そういう疑念が頭をもたげてくる。
 安倍首相は再三再四「ありえない」と強弁したが、否定の弁をただ繰り返すだけでは、潔白の証明にならないのはいうまでもない。笠井議員は昨日の閉会中審査で、稲田防衛相、黒江事務次官、豊田官房長、岡部陸幕長らの証人喚問を要求したが、真相を解明するためにもこれは急務だろう。
 何度でも繰り返すが、これは防衛大臣や防衛省の問題でなく、安倍首相も含む政権政権ぐるみの隠蔽疑惑だ。また、自衛隊に対するガバナンス、シビリアンコントロールの不全が露見しているが、これも安倍首相に大きな責任がある。
 この間、安倍一強を背景にこの国の民主主義をどんどん破壊してきた安倍首相だが、支持率が凋落し、求心力を失ったいまも、大混乱を引き起こし、別の意味で日本の民主主義を危機状況に陥れようとしているのだ。とにかく、国民は一刻も早くこの政権に引導を渡す必要がある。(編集部)


混迷する陸自日報問題 防衛相の資格が疑われる
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題をめぐり、稲田朋美防衛相が、自ら指示した特別防衛監察の聞き取り調査を受けた。
 「廃棄した」とした日報の電子データが陸上自衛隊内に保管され、その事実を公表せずデータを消去した経過に、稲田氏も関与したのではないかと疑われたためだ。
 そもそも監察は「防衛相の特命事項」であり、防衛相直轄の防衛監察本部が実施している。
 監察の命令を下す防衛相が疑惑を持たれる異例の事態である。これで調査の中立性や信頼性が確保されるといえるだろうか。
 問題の陸自の日報データは、防衛省が情報開示請求に対していったんは不開示を決定した後の今年1月に見つかったとされる。
 防衛省は陸自とは別に統合幕僚監部で見つかった同じデータを2月に公表したが、陸自での保管の事実は伏せられた。
 この後、防衛省は非公表を決めたが、この経過をめぐり、陸自は稲田氏に報告し、了承を得たという認識を持っているという。
 一方、稲田氏は「報告はなかった」と、非公表を了承したとの疑惑を否定したうえで「報告を受けていれば当然に公表するよう指示した」と主張している。
 だが、仮に報告がなかったとしても、報道でデータ保管が発覚する3月中旬まで官僚側が主導したとされる隠蔽(いんぺい)を稲田氏は把握していなかったことになる。
 陸自は稲田氏に報告したという内容の報告書を防衛監察本部に提出したが、監察の報告書原案には反映されなかったため不満があるという。
 実力組織である自衛隊が文民統制(シビリアンコントロール)を逸脱することはあってはならない。今回の騒動が陸自の組織防衛を背景としているなら由々しきことだ。
 しかし、混乱の根源は自らの不用意な発言で統率力を失っている稲田氏にある。
 調査の当事者になった稲田氏に監察を統括する資格があるとは思えない。本来なら調査を外部機関に委ね、公平性を担保すべきだろう。
 それができないなら、稲田氏は進退を明確にすべきだ。任命した安倍晋三首相にも重い責任がある。


日報隠蔽問題  曖昧な形で終わらすな
 南スーダンPKO部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題について、稲田朋美防衛相は衆院予算委員会の閉会中審査で改めて関与を否定した。
 稲田氏は2月15日に開かれた防衛省最高幹部の緊急会議で、陸上自衛隊が保管していた日報を非公表とする方針を幹部から伝えられ、了承したとされる。複数の政府関係者が明らかにしたものだ。
 だが、稲田氏は「私は一貫して日報を公表するという立場だ。私の政治姿勢と逆の隠蔽をするとか、非公表にするとかはない」と強調し、従来と同様の説明を繰り返した。
 安倍晋三首相も、稲田氏については進行中の特別防衛監察の徹底調査で説明責任を果たすべきとの考えを述べるにとどめた。8月初めの内閣改造まで続投させる考えなのだろう。
 だが、こうした説明だけで国民が納得するとは到底思えない。
 近く公表される予定の特別防衛監察の結果も、防衛相直轄の「身内」の調査だけにどこまで真相に迫れるか疑わしい。既に判明している監察結果の原案は、隠蔽をめぐる一連の経緯や稲田氏の関与には触れていないという。
 結果次第では、第三者機関の調査に委ねることを検討すべきだろう。
 日報は、首都ジュバで起きた大規模武力衝突の様子を隊員が「戦闘」「最悪のケースを想定」などと記録し、PKO5原則の停戦合意に抵触しかねない現地の緊迫状況を伝えている。
 防衛省は当初、「廃棄済み」として不開示としたが、後に統合幕僚監部のほか、陸上自衛隊でも電子データが残っていたことが判明した。陸自分については、防衛省の幹部会議で事務方トップの黒江哲郎事務次官が「個人が保存していた文書」などと整理して非公表の方針を決め、稲田氏も了承したという。
 稲田氏は3月の衆院安全保障委員会でも、陸自のデータ保管について「報告はされなかった」と答弁しているが、会議での了承が事実なら、虚偽答弁をしたことになる。
 逆に、稲田氏の主張通り関与がなかったとするなら、大臣として省や自衛隊の動きを把握できていなかったことになり、組織の統治や文民統制の面で極めて問題が大きい。
 稲田氏は昨年8月の就任当初から不適切発言が相次ぎ、何度も閣僚としての資質が問われてきた。安倍首相の任命責任も含め、曖昧な形で終わらせてはならない。


稲田氏への「報告」示す直筆メモを入手
FNNが入手した、防衛省幹部の手書きのメモ。2017年2月、稲田防衛相らが、南スーダンでのPKO活動の日報をめぐる問題について、大臣室で協議した際のやり取りを記したもの。このメモには、陸上自衛隊No.2の湯浅陸幕副長、そして、稲田防衛相を示す大臣という文字が書かれている。
陸自には存在しないとされていた日報が、実際には残っていたと説明を受けた稲田防衛相は、「明日なんて答えよう」などと話し、これまで報告を受けていないとしていた稲田防衛相の説明と食い違う内容が、ここには記されている。
FNNが入手した、このメモによると、2月13日に、防衛省の大臣室で、稲田防衛相が陸自No.2の湯浅陸幕副長など、幹部数人から報告を受けた際のやり取りが、つぶさに記録されている。
メモでは、稲田防衛相が、南スーダンの首都ジュバで、大規模な武力衝突があった時期に触れ、「7月7日から12日の日報が残っていたのか」と問いただし、湯浅氏が、「紙はないかとしか確認しなかった。データはあったかというと、あった」などと回答したことが記されている。
また、日報のデータが削除されずに残っていたことを知った稲田防衛相が、「明日なんて答えよう。今までは両方破棄したと答えているのか」と幹部に確認した記述もあり、稲田防衛相が陸自の日報データの存在を認識し、自らが隠蔽に関与したことを強くうかがわせる内容になっている。


知事「現政権のおごり反映」 JAXA視察断りに憤り
 来月初旬とされる「内閣改造」を理由に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からH2Aロケットの打ち上げ視察を断られたことを受け、大村秀章知事は二十四日の定例会見で、「安倍政権の傲慢(ごうまん)さ、おごり高ぶりが反映されている」と述べ、不快感や憤りをあらわにした。
 H2Aロケットは三菱重工業飛島工場(飛島村)で製造され、県が航空宇宙産業を全面支援することなどから、JAXAから知事に再三、視察の要請があった。ただ、これまで日程調整がつかなかった。
 来月中旬に決まった35号機の打ち上げも、JAXAが六月中旬に視察を打診。知事側はこれまでの経緯もあり、「ほかの行事をキャンセル」して、参加の意向を伝えた。
 七月十一日、JAXAから一方的に「視察は秋以降に変更を」と連絡があった。
 内閣改造後、新しい文部科学相らの視察を優先しようとしたとみられ、本紙の取材にJAXAの担当者は「内閣府から、内閣改造に伴って、再調整するよう要請を受けた」と認めた。知事は「私も決して暇なわけではない。日程をやりくりして行こうとしたが、そんなことは一顧だにされない。極めて遺憾だ」と語った。
 自民党は、今月上旬の都議選で惨敗。二十三日の仙台市長選でも支持した候補が敗れた。加計問題などの対応は、安倍一強の「おごり」「傲慢」などと指摘され、二十五日には参院予算委で閉会中審査がある。
 知事は「(政府自民党は)反省、謙虚と口にするが、そういう雰囲気はみじんもない。新しい文部科学相は打ち上げの視察より(目の前のことを)勉強しないといけないのではないか」と皮肉った。
 知事側は十九日にJAXAあてに抗議文を提出。JAXAから県の担当者に二十日午後、メールがあり、謝罪と「県の意向次第」で日程を調整するなどの内容だったという。
 「とってつけたようなアリバイづくり、言い訳」と知事。どう転んでも、H2Aの視察には「行かない」と述べた。 (豊田雄二郎)

休日出勤するな???/予想通りメール/最後のWフォ−1人

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JO-2020: le Japon teste le télétravail pour éviter le chaos
Le Japon a lancé lundi une campagne pour encourager les salariés à travailler à domicile, dans le but de réduire l'affluence dans les transports en prévision des jeux Olympiques de Tokyo.
Ce 24 juillet, trois ans jour pour jour avant la cérémonie d'ouverture des JO, les nombreux Japonais qui se déplacent quotidiennement vers Tokyo (environ 35 millions de personnes vivent dans la capitale et ses environs) étaient donc incités à ne pas prendre trains, métros ni voitures (pour les plutôt rares automobilistes).
Pas sûr cependant que cette initiative public-privé, qui se limite à un jour par an, suffise à résoudre le casse-tête logistique des jeux dans un pays de travailleurs inconditionnels.
Le test réalisé ce jour a été en tout cas peu concluant: selon les chiffres fournis par le gouvernement, seulement 60.000 employés de plus de 900 entreprises et administrations y ont participé et, aux heures de pointe, la foule paraissait aussi dense que d'ordinaire.
L'exercice, inspiré d'une expérience similaire au moment des JO de Londres, doit être répété en 2018 et 2019.
"Le télétravail peut être une solution" à la cohue matinale et nocturne qui sévit dans les transports de la capitale, a expliqué à l'AFP un responsable du gouvernement chargé de cette campagne.
"Ce n'est qu'un début, mais nous aimerions que cette première incite compagnies et salariés à réfléchir à un autre mode de travail", a-t-il souligné.
Réformer la façon de travailler, c'est le leitmotiv du Premier ministre Shinzo Abe, mais le gouvernement s'est pour l'heure limité à des mesures symboliques et peu suivies, comme le "Premium Friday" (quitter le bureau à 15H00 le dernier vendredi de chaque mois), ou controversées, à l'image du plafonnement des heures supplémentaires à 100 heures par mois.
Même si la durée légale de travail au Japon est de 40 heures par semaine, de nombreuses sociétés exposent leurs employés au risque de mort par excès de labeur (karoshi).
フランス語
フランス語の勉強?

楽しくありませんが,夏になっても休日出勤になりそうです.冷房を入れないと仕事にならないので申請しなくてはならないのですが,どうも休日出勤するな???みたいです.電気代ケチるなんてセコイ.なんかやる気なくなってきます.
月曜日なのでリカちゃんから予想通りメールが届きました.なんだかうれしい気がします.
最後のWフォ−1人でした.ちょっとさみしいけれど1人が好印象でよかったです.

元バンドマン開発「わかめソルト」熱く売り込め
 三陸の食材をアピールしようと、岩手県宮古市田老地区の特産「真崎わかめ」を原料にした自然塩「わかめソルト」の販売が始まった。商品を開発したのは、東日本大震災で被災した田老地区の復興支援に携わる神奈川県在住の会社役員磯部俊行さん(40)。「田老の人々と一緒に名産品に育てたい」と意気込む。
 原料は、田老町漁協が生産する塩蔵ワカメのみを使用。盛岡市の障害者就労支援施設に製造を依頼した。添加物や着色料を一切使わず、遠赤外線で低温乾燥して粉末にする。ワカメのうま味と程よい塩加減で、おにぎりや豆腐、パスタによく合うという。
 磯部さんは東京を拠点にバンド活動をしていた2010年9月、音楽を担当した映画のプロモーションで宮古市を訪問。東日本大震災後しばらくはライブ活動で募った義援金を送るなどの支援活動を繰り広げてきた。
 今年1月に岩手県内の特産品を販売する会社「茶碗(ちゃわん)とお椀(わん)」(神奈川県茅ケ崎市)を設立。規格外で廃棄処分されるワカメがあると知り、商品化に乗り出した。
 磯部さんは「海も山も田老の全てが好きで取り組んできた。今後は神奈川と宮古の交流など活動の輪を広げたい」と話す。
 インターネット販売のほか、宮古市内の旅館などでも購入できる。定価は45グラム入り500円(税抜き)。


岩手・大槌中心部 被災商店の再建着々と
 東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた岩手県大槌町中心部の「末広町」で、商店の再建が本格化しつつある。急速な人口減少という難題を抱えながらも商店主たちは、かつて商いをしていた土地への帰還を決めた。8月12日には震災で途絶えていた夏祭りが7年ぶりに復活する。
 かさ上げと土地区画整理事業が終わった末広町で今年5月以降、目抜き通りに日本茶専門店や洋菓子店が開業。現在は6店がのれんを掲げる。
 その一つ、岩喜酒店は仮設店舗での営業を経て5月に再オープンを果たした。
 グループ化補助金で再起を期す周辺約20店の中で先陣を切った店主の岩間充さん(47)。「なじみの店主、お客さんがいる場所に戻ってきたかった。ようやく安心して商売ができる」と話す。
 ただ、町の人通りはまばらで住宅の建設も遅れがちだ。町は中心部の区画整理地域30ヘクタールで、居住人口を計画段階の2100から1135に下方修正した。岩間さんは「ここ数年は厳しい状況が続くだろう」と腹をくくる。
 長く町民に憩いの場を提供してきた喫茶店「夢宇民(ムーミン)」は今月初めに営業を始めた。
 店主の赤崎潤さん(53)は「人口が減ることを気にしても仕方ない。にぎわいを取り戻すためにできることをやるだけだ」と自らに言い聞かせ、大槌末広町商店会の夏祭り「よ市」の準備に奔走する。
 往時のよ市は、2日間で約2万人を集める町の名物行事だった。歩行者天国に露店やビアガーデンが並び、特設ステージの出し物が盛り上げた。
 赤崎さんは「よ市復活は、商店会にとっての『まちびらき』。町民が昔を思い出しながら新しい街並みを歩き、未来への希望を感じる祭りにしたい」と力を込める。


被災の防災センター跡地 追悼施設の概要説明
 岩手県釜石市は23日、東日本大震災の津波で大勢の住民が犠牲になった市鵜住居(うのすまい)地区防災センター跡地に整備する「祈りのパーク」の計画概要について、センターの犠牲者遺族らを対象に説明会を開いた。
 市は、センターの被災者遺族連絡会に所属し市が住所を把握する115世帯に案内を送付したが、出席した遺族は2人にとどまった。担当者がパークの目的やデザイン、犠牲者の芳名板設置などを説明した。
 パークは、全市的な追悼施設との位置付け。市はセンター跡地であることを示すモニュメントを設ける方針だが、連絡会が要望する推計162人に上るセンターでの犠牲者の慰霊碑建立に関しては今後検討する。
 出席者の男性遺族は「センターで何人が亡くなったのかを後世に伝えなければいけない。芳名板で名前を残すだけではなく、犠牲者数が分かるようにしてほしい」と訴えた。
 野田武則市長は「(モニュメントには)たくさんの人が亡くなったことを残さなければいけない。パークを造る原点でもある。犠牲者数が推計であることから、記載する数字に関して検討していく」と約束した。


<リボーンアートフェス>増やせ!石巻ファン
 東日本大震災で被災した石巻市の牡鹿半島をメイン会場にした芸術と音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」が22日に開幕した。観光関係者にとっては石巻ファンを増やす大きなチャンス。4月に発足した石巻、東松島、女川3市町の観光地域づくり推進法人(日本版DMO)「石巻圏観光推進機構」も誘客促進に乗り出した。
 機構は今月上旬、3市町の観光地の写真や特集記事を発信する公式ホームページ(HP)「海街さんぽ」を開設。津波被災地の「防災まちあるき」(1000円)や北上運河でのカヌー体験(3000円)など地元の団体が取り組む体験プログラムを掲載し、観光や歴史、絶景などを集めた「スポット100選」や「お土産100選」のコーナーも設けた。
 機構はRAF開催に合わせ、「縁泊」と題したホームステイ型の民泊も試験的に始める。家主との会話や郷土料理を楽しみながら交流を深めてもらい、リピーターを増やすのが狙い。
 3市町を訪れる観光客へのアンケートも実施し、滞在時間や満足度などを調べて今後の観光政策に反映させるという。
 RAFは、機構が4月に発足してから初めて迎える大型イベント。野外の芸術作品を中心とした総合祭で、これまで石巻圏域に関心がなかった人の来訪も予想される。石巻市は全国から約20万人の来場を見込んでいる。
 機構の斉藤雄一郎業務執行理事(59)は「RAFをきっかけに訪れた観光客にも地域とつながる場を提供し、人との交流を通じてまた足を運んでもらえるような取り組みを進めていきたい」と話す。


<熊本地震>SNSが避難にブレーキ 住民調査
 震度7を記録した昨年4月の熊本地震の際に、インターネットの会員制交流サイト(SNS)で情報を得た人は避難を思いとどまる傾向にあったことが、被災地住民への文部科学省の調査で24日分かった。一方で、近所の人に声を掛けられたことは避難行動を後押ししていた。
 九州北部の豪雨の際にも、被害状況の報告や救助要請などにSNSが使われて注目が集まった。うまく活用すれば災害時に役に立つこともあるが、発信者や根拠が不明な情報が流れることもあり、扱いに注意が必要だ。
 分析した甲南女子大の大友章司准教授は「SNS情報が避難を促すだろうと思っていたが逆だった」と話している。


短命県返上へ 青森県、肥満や喫煙改善の兆し
 平均寿命が全国最下位の青森県で、全国との健康格差を縮めるための挑戦が続いている。ワースト状態ではあるものの、ここ数年間で、肥満傾向の子どもの割合や妊娠中の喫煙率など健康状態を示す評価項目の一部に改善傾向があり、明るい兆しが見えつつある。県は関係機関と連携しながら、短命県返上を目指す。
 今年6月に公表された年齢調整死亡率(2015年)で、青森県は男女とも高く(表)全国でワーストだった。ただ男性については3年前に比べ76.8人減少し、減少幅は全国1位。40代の死亡率減少が寄与したという。
 2013年に第2次健康増進計画「健康あおもり21」を策定した県。全国との差を縮めようと、食生活や運動に関する38項目の目標を設定した。策定後、数年で肥満傾向の子どもの割合や大腸がん受診率など20項目が改善し、逆に改善しない項目が課題として見えてきた(表は抜粋)。
 県が本年度、新たに始めた認定制度に「健康経営事業所」がある。(1)勤務時間内にがん検診を受けられる(2)受動喫煙防止対策を講じている(3)県医師会に本部を置く「健やか力推進センター」で研修を受けた担当者を配置している−などの条件を満たした事業所が対象だ。6月に初めて3事業所を認定、今月さらに1事業所を認定した。
 認定事業所には金融機関借入金優遇制度を利用できるなど特典がある。認定は2年更新。県は18年度末までに100事業所の認定を目指す。
 がん検診の有効性を高めるため、県は「がん検診精度管理モデル事業」も昨年度始めた。市町村の検診台帳と県の持つがん登録データを弘前大に送り、検診で罹患(りかん)者を正しく判断できているか調査。その結果、がん検診を受けたのに検診以外でその部位のがんが見つかるケースが複数あったことから、精密検査の受診の有無が市町村で不正確に記入されている可能性などが浮上した。本年度は対象自治体や期間を拡大して実施している。
 連携や模索を続ける県内関係者。同大大学院医学研究科の中路重之特任教授(公衆衛生学)は「30代で既に健康の差が出ているため、すぐに全国ワーストを脱却できるものではない」と指摘しながらも、「複数の指標で改善があるなど明るいニュースもある。健康は一人一人の意識の問題。県民が本気で取り組む必要がある」と話す。
[年齢調整死亡率]高齢者の多い都道府県は死亡率が高くなる傾向があるため、年齢構成を調整した上で、人口10万人当たりの死者数を算出し、各地域の健康水準を正確に比較できるようにした指標。1960年から5年ごとに公表している。
[メモ]2010年に厚生労働省が公表した都道府県別年齢階級別死亡率(人口10万当たり)によると、「40〜44歳」「45〜49歳」などと5歳刻みで、青森県の男性の40代以上は全て全国ワースト。働き盛りの40〜60代の死亡率の高さが、平均寿命を引き下げる要因となっている。
 「平均寿命」は年齢別の推計人口と死亡率を基に計算した0歳の平均余命。同省公表で直近の10年は青森県が男性77.28歳、女性85.34歳。


<相模原殺傷事件>1年を前に追悼式
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺されるなどした事件から26日で1年となるのを前に、同市南区の相模女子大学グリーンホールで24日、神奈川県などが主催する追悼式が開かれた。遺族や施設職員ら約700人が出席し、犠牲者を悼んで黙とう。犠牲者一人一人の人柄も読み上げられた。
 追悼の辞で、家族会の大月和真会長が「私たちのささやかな幸せが残忍な犯行で踏みにじられた。許すことはできない」と訴えた。入倉かおる園長は「守ってやれなかったとの申し訳ない思いで、時間が止まったような1年だった。悲しみは続くが、以前の生活を取り戻したい」と述べた。


仙台市長に郡氏 菅原氏ら3氏破る
 任期満了に伴う仙台市長選は23日、投票が行われ、即日開票の結果、無所属新人で元衆院議員の郡和子氏(60)が会社社長の菅原裕典氏(57)らを破り、初当選した。女性市長は2期目の現職奥山恵美子氏(66)に続き2人目。奥山氏の引退表明を受け、無所属新人4人が争った。東日本大震災の「ポスト復興」期に入った東北の最大都市で地域の将来像をどう描き、新たなかじ取り役を誰に託すのかが問われた。投票率は44.52%で、過去最低だった前回を14.41ポイント上回った。
 選挙戦は自民、公明、日本のこころの各党が支持する菅原氏と、民進、共産、社民、自由の野党各党が支持・支援する郡氏の与野党対決の構図が軸となった。自民党は東京都議選の惨敗に続く大型地方選での敗北となり、支持率続落にあえぐ安倍政権へのさらなる打撃となることは必至だ。
 郡氏は「誰にでも居場所と出番がある仙台」を掲げ、いじめ防止条例制定や給付型奨学金の創設、妊娠から出産、子育てまで切れ目なく支援する仕組みづくりなど7項目を重点政策に位置付けた。教育改革や地域福祉の充実、被災者の心の復興も公約に据えた。
 弁護士らでつくる市民団体が選挙活動の中核となった。野党共闘の態勢を築くとともに、衆院議員を4期務めた実績と高い知名度を生かし、序盤から終始リードして戦いを進めた。
 菅原氏は奥山市政の継承を強調。「力強い経済」「誰も取り残さない教育」の実現などを掲げ、音楽ホールの早期着工や仙台城の大手門復元を打ち出した。
 村井嘉浩宮城県知事と奥山市長、市議会の6割強に当たる議員36人の支援を獲得。大掛かりな組織戦で終盤に追い上げたが、知名度不足や安倍政権への逆風などが響き、及ばなかった。
 元衆院議員の林宙紀氏(39)は「人口150万人への挑戦」を看板政策に掲げた。立候補表明の直前に民進党を離党し、政党や団体に頼らず、街頭演説中心の選挙活動を展開。無党派層の取り込みを図ったものの伸び悩んだ。
 元衆院議員の大久保三代氏(40)は行財政改革の必要性を訴えたが、支持は広がらなかった。
 当日の有権者は87万3635人。


<仙台市長選>与野党対決の構図 奏功
 【解説】元民進党衆院議員の郡和子氏(60)が制した仙台市長選は、国政の与野党対決の構図を持ち込んだ戦略が結果的に奏功した。地方の首長選に国政の論理はなじまないとの批判もあったが、告示直前の東京都議選で自民党が大敗し、学校法人「加計(かけ)学園」問題などで安倍内閣の支持率が続落する中での選挙戦は、郡氏には願ってもない展開となった。
 選挙戦は2015年8月の仙台市議選と似た軌跡をたどった。安全保障関連法案の国会審議で安倍内閣の支持率が急落する中での市議選は国政の情勢が色濃く反映し、共産党が躍進、民主党(当時)も堅調という結果に終わった。
 島野武市長時代(1958〜84年)に革新市政が四半世紀以上続いた仙台は近年の各種選挙でも、国政での保守系の退潮が革新系の伸長となって顕著に表れる傾向が見られ、今回も例外ではなかった。
 島野市政時代から続くとされる職員の強い結束を呼び習わす「市役所一家」は、今回の市長選で変質の兆しを見せた感がある。
 島野氏後任の石井亨氏以降、仙台は中央官僚や市職員が出自の「官製市長」が続いた。この間の市長選は主要政党が相乗りし、市役所一家も支持する大本命候補が制してきた。かつての自民党派閥間の疑似政権交代のような市長交代が繰り返され、「政権」の維持装置の役割を常に市役所一家が担ってきた。
 今回は、役人経験のない元国会議員と地元経済人の新人同士の戦いという構図自体が従来と異質だった。奥山恵美子市長(66)が会社社長の菅原裕典氏(57)を事実上、後継指名し、市幹部の多くも同氏を支持したにもかかわらず敗れたことは、変質を考える上で象徴的だ。
 市政野党を続け奥山市政とも厳しく対峙(たいじ)した共産も推した郡市長の誕生は、市役所・市議会内の力学に影響を与える可能性がある。その結果、もたらされるものが刷新なのか、混乱なのかは新市長の手腕や姿勢のみならず、職員と議員の意識にもかかっている。(報道部・若林雅人)


<仙台市長選>与党不信直撃 政権さらに打撃
 与野党対決の構図となった23日投開票の仙台市長選で、自民党は惨敗した東京都議選に続いて連敗を喫した。安倍内閣の支持率が急落する中、与党に対する有権者の不信感が選挙戦を直撃した。政権運営への影響は避けられず、共闘態勢に自信を深めた野党は対決色を強めている。
 「野党が国政の図式を持ち込んだ。影響は少なからずあった」。23日夜、落選が決まった会社社長菅原裕典氏(57)の事務所で、自民宮城県連会長の愛知治郎参院政審会長は険しい表情で取材に応じた。
 自民、公明両党が支持し、自民は市議らが核となった選挙戦を展開。党国会議員との2連ポスターを張り巡らし、安倍政権との相乗効果を期待した。奥山恵美子市長、村井嘉浩宮城県知事も加わり、盤石の布陣を組んだ。
 もくろみは、告示1週間前の2日に投開票があった都議選で大きく狂う。学校法人「加計(かけ)学園」問題などで安倍首相への信頼度は失墜。共同通信の7月調査で支持率は第2次安倍政権で最低の35%を記録した。
 15日に仙台入りした菅義偉官房長官は街頭に立たず、急きょ講演を非公開に。閣僚や党幹部クラスの応援もなく「自民隠し」に転じたが、逆に政権の苦境を際立たせた。
 24、25両日は衆参予算委員会が開かれる。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で稲田朋美防衛相の進退も浮上し、首相が防戦一方となるのは必至だ。党宮城県連幹部は「当面は自民にとって厳しい状況が続くだろう」と力なく語った。
 初当選した元民進党衆院議員郡和子氏(60)は民進、社民の支持を受け、共産、自由が支援する共闘態勢で臨んだ。宮城では昨夏の参院選に続く連勝となった。民進の安住淳代表代行(衆院宮城5区)は郡氏の事務所で、「安倍1強政権にノーを突き付けた。政治の流れを変える」と力を込めた。


<仙台市長選>郡氏 「現場主義」の信条貫く
◎時の人/仙台市長に初当選 郡和子(こおり・かずこ)さん
 新人4人の激戦を制した。「市民との対話が市政を進める重要な鍵。だからこそ現場に出向く市長になる」と抱負を語る。
 地元民放局のアナウンサーとして26年間、衆院議員として12年間キャリアを積んだ。貫いてきた信条が「現場主義」だ。
 アナウンサー時代は社会の不条理に翻弄(ほんろう)されたり、弱い立場で苦しんだりする人たちを描いたドキュメンタリー番組を手掛けた。国政に転身後も子どもの貧困の現状などについて現場で話を聞き、「いじめ防止対策推進法」など数々の議員立法提出に関わった。
 選挙戦で各地を回り、郊外団地の高齢化問題や農産物の鳥獣被害など、地域の課題を直接聞くことができた。住民との対話を通して「新・健康都市宣言」という医療福祉やまちづくりのビジョンを新たに掲げた。「現場にこそ問題解決のヒントがある。仙台の街を強くする種がある」。選挙戦最終日の22日、街頭演説の締めくくりで訴えた。
 市内ではここ数年、中学生によるいじめ絡みの自殺が相次いで発生。「子どもたちが自ら未来を閉ざすようなことは絶対あってはならない。夢に向かって走っていけるようにしたい」。教育改革に真っ先に取り組む考えだ。
 好きな言葉は「初心忘るべからず」。東日本大震災の被災者の手作りのブローチを胸元に着け、思いを寄せる。夫(63)、長女(32)と太白区の自宅で暮らす。仙台市出身。60歳。


<仙台市長選>「安倍離れ」仙台でも嵐
 永田町の攻防が絡み、与野党が盛衰を懸けて対決した23日投開票の仙台市長選は、野党共闘で挑んだ元民進党衆院議員郡和子さん(60)が勝利をつかんだ。「安倍1強政権に一撃を加えた」。支持者が集まった事務所は歓喜に包まれた。奥山恵美子市長、村井嘉浩宮城県知事の応援を得ながらも敗れた会社社長菅原裕典さん(57)を支えてきた与党関係者は「まさか」と沈んだ。
 午後10時15分ごろ、青葉区一番町の郡さんの事務所に当選確実の一報が流れると、支持者から大歓声が湧き起こった。拍手で迎えられ、「市民の力が勝利に結び付いた」と高らかに宣言した。
 衆院議員4期目途中での市長選立候補。悩みに悩んだが「国政での12年間の経験を生かしたい」と、告示1カ月前に決断した。地元放送局の元アナウンサーという高い知名度を武器に短期決戦を制した。
 選挙戦では「現場主義」を掲げ、国会議員のキャリアや旧民主党政権での行政経験を強調。「霞が関の官僚ともやり合い、役所との付き合い方も知っている」と即戦力をアピールした。
 民進党宮城県連が擁立した形だが、市民からの要請を受けて立候補を決めた。選挙戦の中軸は市民団体が担い、「市民党」として幅広い力を結集。民進、共産、社民、自由の野党各党が「スクラムを組む」(安住淳県連代表)総力戦が奏功した。
 「崖から飛び降りる気持ちで立候補したが、市民の皆さんが、ふわふわのマットで支えてくれている。私よりも頑張ってくれている」。支援の広がりを実感し、21日夜に宮城野区で開いた最後の個人演説会では、独特の表現で感謝の言葉を口にした。
 大激戦の様相となった終盤は政党色を強め、与野党対決を鮮明にした戦術が目立った。民進を中心とする党幹部級の国会議員らが応援のため相次いで仙台入りし、街頭演説で「お友達政治にNO」などと安倍政権へ攻勢を掛けた。
 「108万政令市の首長が誰になるか、全国が注視している。一番注目しているのは安倍晋三首相だ」。郡さん自身も選挙戦最終日の22日夕、市中心部で党国会議員らと街頭に立ち、今後の国政を占う大事な一戦だと強調した。
 政権批判を前面に出した戦いは今後、自民党が最大会派の市議会との間にしこりを残しかねない。「仙台から政治を変えたい。国政にも、この市長選で市民の力を見せつけたい」と訴えてきた郡さんの姿勢と手腕を市民は注視している。


<仙台市長選>与党落胆隠せず 野党意気盛ん
 23日投開票の仙台市長選の結果を受け、当選した元衆院議員郡和子氏(60)を推した県内の野党関係者は共闘効果を強調し、与党との対決色を鮮明にした。落選した会社社長菅原裕典氏(57)を支援した与党関係者は、東京都議選に続いて吹き荒れた逆風に落胆を隠せず、今後の市政や選挙への影響に不安を示した。
 民進党県連の安住淳代表は昨夏の参院選に続く野党統一候補の勝利に、「(野党)共闘を続けていくべきだと確信している。市長選の勝利は中央政局の転換点にもなり得る」と成果を強調した。
 共産党県委員会の中島康博委員長は「次期衆院選、知事選に向けて弾みがつく」と歓迎。社民党県連の岸田清実代表は「仙台市政が県政の下請けになることを市民が許さなかった」と力を込めた。
 自民党県連の石川光次郎幹事長は、学校法人「加計(かけ)学園」問題や南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題などの影響を踏まえ、「自民への反発があった」と指摘。今後の選挙への影響は「市長選を総括しないと分からない」と言葉少なだった。
 公明党県本部の庄子賢一代表は、少数与党が予想される市議会の運営について「新市長が議会と対立、混乱し、市民生活に影響が出ないようにしてほしい」と要望。日本のこころの中野正志幹事長は「企業への優遇措置に反対する共産が支援する市長では、企業が来なくなる」と経済施策への影響を懸念した。


<仙台市長選出口調査>無党派層、45%郡氏へ
 仙台市長選が投開票された23日、河北新報社は投票を済ませた有権者への出口調査を市内24の投票所で実施し、1944人の回答を得た。郡和子氏は支持や支援を受けた民進、共産、社民、自由各党を合わせた支持層の78.4%を確保し、どの政党も支持しない無党派層からも45.2%を得て初当選を果たした。菅原裕典氏は支持を受けた自民、公明両党と日本のこころの支持層の64.2%にとどまり、逃げ切りを許した。
 郡氏は民進の77.9%、共産の80.7%、社民の82.1%、自由の50.0%の支持層を固めた。年代・男女別では60代と70代以上の男性、30代以上の各年代の女性で首位。60代と70代以上の男性では支持が過半数となり、高齢者から厚い支持を受けた。
 菅原氏は自民支持層を62.9%と固めきれず、無党派層も28.1%と伸び悩んだ。公明は76.6%、日本のこころからは40.0%の支持を得た。現役世代の20〜50代の男性では首位となり、女性は20代でトップだった。
 林宙紀氏は日本維新の会支持層の38.5%から得票した。民進、共産、社民、自由の支持層の10.6%、自民、公明、日本のこころの支持層の14.4%からも支持を取り込んだ。無党派層は23.2%だった。30代男性と10代女性が30%台と若年層の支持が目立った。
 大久保三代氏は全体的に伸び悩んだ。
 安倍内閣への支持に関する質問では「支持しない」が56.2%で、「支持する」の40.7%を上回った。「支持しない」の55.0%が郡氏に、「支持する」の58.2%が菅原氏にそれぞれ投票したと答えた。
 学校法人「加計(かけ)学園」を巡る疑惑などによる安倍内閣への逆風が2日の東京都議選に続き、市長選の結果にも影響する形となった。
 政党支持についても尋ね、自民33.5%、民進12.1%、共産4.5%、公明4.0%、社民1.4%、日本維新の会1.3%、自由0.3%、日本のこころ0.3%となった。「支持する政党はない」と回答した無党派層は39.4%だった。


仙台市長に郡氏/中央からの追い風に乗った
 任期満了に伴う仙台市長選はきのう投開票が行われ、無所属新人で民進、社民両党が支持し共産、自由両党が支援した元民進党衆院議員郡和子氏(60)が、自民、公明両党などが支持した無所属新人の菅原裕典氏(57)ら3人を破り初当選した。
 東日本大震災からのポスト復興のビジョンをどう描くのか、少子高齢化社会をどのように乗り切っていくのか。東北の広域連携のけん引役も求められる。まずは新市長のリーダーシップに期待したい。
 今回は市民を二分するような明確な対立軸がなかった。その分、与野党対決が色濃く出た戦いの構図となり、勝敗の行方が安倍政権の評価につながるとして注目された。
 加計(かけ)学園問題などによる内閣の支持率急落、都議選での自民の歴史的惨敗を受け、その流れが地方にも及んでいるのかどうかを占う意味での「試金石」でもあった。
 河北新報社の出口調査によると、加計学園問題などを批判した郡氏が「アンチ安倍」の追い風に乗り、菅原氏は猛追したものの、逆風に抗しきれなかったことが浮き彫りになった。政権には打撃だろう。
 郡氏は内閣不支持層の約6割の投票を得た。民進の8割近くを固め、無党派層のほぼ5割に浸透。自民の2割超にも食い込んだ。菅原氏は自民の6割超にとどまり、無党派層も3割程度だった。
 野党4党による郡氏への支援態勢は昨年7月の参院選で全国に先駆け、勝利に結びつけた「宮城方式」の再現。激戦を物にした民進は面目を保った形で、次期衆院選への野党共闘にも弾みが付いた。
 菅原氏陣営は、政党色を薄めた選挙戦を展開。村井嘉浩宮城県知事の全面的な支援を受けて、二人三脚で知名度不足をカバーした。ただ、村井知事があまりにも前のめりで、「市政への介入だ」との批判が付きまとった。4選を目指す10月の知事選にしこりを残したのではないか。
 出口調査では有権者が重視したのは「地域経済活性化」「子育て・少子化対策」「医療・福祉」で、郡氏が訴えた政策と重なる部分が多い。
 妊娠から子育てまで一括支援する「仙台版ネウボラ」、給付型奨学金制度の創設など、子育て世代や若者を意識した、女性ならではの主張が受け入れられた感じだ。
 逆に物足りなかったのは「市役所改革」の視点だ。生え抜きでない郡氏の手腕の見せどころで、「甘さ」が指摘される組織風土を刷新する大なたを振るってほしい。
 郡氏は少数与党での船出となりそうだ。議会対策に苦慮するだろう。ただ、オール与党体制が本来の望ましい姿ではない。議会側がチェック機能を正常に働かせれば、市政に緊張感をもたらすからだ。
 選挙戦で打ち出した公約を着実に具現化できるのかどうか、これから郡氏の覚悟、実行力が問われることになる。


仙台でも安倍自民惨敗…横浜、茨城へ続く野党共闘の底力
 歴史的大敗を喫した都議選に続き、安倍自民が仙台市長選でも惨敗だ。
 野党が候補を一本化した与野党のガチンコ対決。民進党など野党が支援した元復興政務官の郡和子氏(60)が、自公が支持した葬祭業者の菅原裕典氏(57)を制した。郡氏の元には野党の国会議員が連日応援に入り、加計学園疑惑などを訴えて政権批判を繰り返したのが奏功した。逆に、菅原陣営は国政が直撃。
「アベ嫌いの広がりで政党色を隠さざるを得ず、党幹部の応援はほぼナシ。当初は、村井嘉浩知事が熱心にマイクを握っていたのですが、県政の私物化だと批判を招いて混乱。稲田防衛相の日報隠蔽疑惑が追い打ちをかけました」(地元メディア関係者)
 これで改めて分かったのが、野党共闘の底力だ。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は言う。
「仙台市は昨年の参院選で野党共闘が最も成功した地域で、東北の野党候補一本化の足掛かりにもなった。都議選に続き、仙台市長選のこの結果は〈アベNO〉の声の高まりと言えます。毎日新聞の世論調査(22、23日実施)でも内閣支持率は26%まで下がり、加計疑惑をめぐる政府説明への不信が76%、憲法改正も急ぐ必要なしが66%に達した。総裁3選も62%が否定しています。一方で自民支持率は横ばい。つまり、有権者の不信の目は安倍首相に向けられている。8月3日の内閣改造では骨格維持の見通しですから、続く与野党対決の地方選でもこの流れは変わらないでしょう」
 菅官房長官のお膝元の横浜市長選(30日投開票)ではカジノ誘致と中学校の給食実施を争点に、3選を狙う林文子市長と、野党系の伊藤大貴元市議が激突。茨城知事選(8月27日投開票)では7選を目指す野党系現職に自民推薦の元経産省職員が挑む。そして、改造後初の国政選挙となる衆院愛媛3区補選(10月22日投開票)へと続く。自民は死去した白石徹氏の次男を擁立。野党は候補者調整を進めている。
■民進は路線解消の錯誤
 支持率はつるべ落とし、黒星ズラリでは心身ともにひ弱な安倍首相は持たない。ところが、風を読めないのは民進だ。一部の共産嫌いが引っかき回し野田幹事長の交代など執行部刷新を機に共闘解消に動こうとしている。
「共闘路線を続ければ保守票が離れ、取れていた小選挙区も落としかねない。統一候補なんて論外です」(民進関係者)という理屈だが、千載一遇のチャンスをみすみす逃したら、同じ波は二度と来ない。


筆洗
 一九六四(昭和三十九)年前後を描いたNHK連続テレビ小説の「ひよっこ」を見ていると登場人物が当時の流行歌を口ずさむ場面がひんぱんにある▼今の若いお方があのドラマをご覧になれば、ずいぶんと歌の好きな人たちだなと思うかもしれぬが、当時や、そのしばらく後を知る世代からすれば、不思議でもなんでもない。昭和の人は流行歌を日常生活において、よく口にしていた▼<流行歌、歌謡曲と呼ばれた時代の歌は、歌手だけのものではなく、たくさんの人が声を出して歌った、みんなの歌だった>。そう当時を分析していた昭和流行歌の作曲家が亡くなった。平尾昌晃さん。七十九歳▼「霧の摩周湖」(布施明さん)「よこはま・たそがれ」(五木ひろしさん)「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子さん)「うそ」(中条きよしさん)…。題名を見ただけで曲がすらすらと出てくる人も多いにちがいない。台所でお風呂場であるいは酒場で。みんなが口にできる名曲を数多く残した▼自分で作詞作曲し、歌唱もした「ミヨチャン」は昭和三十五年だから、今でいうシンガー・ソングライターのはしりともいえる▼<いまに見ていろ 僕だって>。「ミヨチャン」のフレーズに苦しくとも負けないでというメッセージを込めて書いたそうだ。歌に励まされた高度成長期の青年たちもいるだろう。みんなの流行歌の時代が恋しい。

溶融核燃料  廃炉計画見直しが急務
 東京電力が水中ロボットを使って3号機の原子炉格納容器内を撮影し、溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)の可能性が高い複数の物体を確認した。
 1、2号機も含め、メルトダウンした福島第1原発でデブリの可能性が高い物体を確認したのは初めてだ。事故の実態解明や廃炉作業の進展に向けた重要な一歩といえよう。
 原子炉の損傷は想像以上に激しく、原発事故の深刻さが改めて浮かび上がった。廃炉が当初の計画通りに進まないのは、もはや明らかだ。政府や東電は早急に計画を練り直す必要がある。
 水中ロボットは、3号機の原子炉圧力容器の直下に到達して溶け落ちてつらら状になった塊や、崩落した設備などに着いた塊を撮影した。いずれも溶けた核燃料とみられる。
 とはいえ、把握できたのは燃料デブリの一部に過ぎない。圧力容器の下にあるはずの作業用足場などが、映像では見当たらない。地震や原発事故で脱落、散乱した可能性がある。燃料デブリや壊れた設備がどこに、どのようにあるのか。取り出し作業のためには、全体像を把握する必要がある。
 3号機の格納容器は1、2号機に比べ下部の損傷が少ないとみられ、冷却水がたまっている。このため水中ロボットが比較的自由に動け、撮影に成功した。1、2号機の状況は手がかりをつかむことすら厳しいのが実情だ。
 こうした状況で、廃炉計画は政府や東電の立てた予定通りに進むのか。
 デブリの取り出し方針は今年夏ごろ決定する。2018年度前半に最初の一基で具体的な取り出し方法を確定させ、21年中に作業を始める−。政府と東電はいまもこんな計画を掲げている。
 予定通りなら、この時期は取り出し方針を決める時期にあたる。だが、実際にはデブリの状況の一端が明らかになったに過ぎない。
 それにもかかわらず、当初計画を掲げ続けるのには、あまりにも無理がある。原発事故の規模、深刻さを隠そうとしている。そんな疑いを抱かれても仕方がないだろう。
 原発事故から6年以上を経て、西日本で原発の再稼働が続く。安全性を確保した、という電力会社の主張を裁判所が認めている。
 だが、本当の意味で安全なのか。再稼働議論には、ひとたび事故が起きれば、廃炉が極めて困難なことも論点に加えるべきではないだろうか。


吉岡忍氏が語る安倍政権と共謀罪 「日本は権力観が欠落」
立憲主義を歪める共謀罪は19条、21条、35条に反する
 安倍政権のデタラメで、この国の言論の自由が脅かされている。取材・報道を制限する特定秘密保護法に続き、「共謀罪法」が施行された。こうした動きに抗議声明を出し続けているのが、日本ペンクラブだ。活動の原点は軍部の暴走を許した戦時体制。先月就任した新会長の吉岡忍氏は、独善政権が居座る背景に日本社会の「権力観の欠落」があると指摘する。
  ――「共謀罪法」の国会審議をどう見ましたか。
 あれを審議とは言えないでしょう。「共謀罪」を「テロ等準備罪」と呼び変えた言葉のマジックもあって、世間の関心も低かった。ロンドンやパリなどの欧州でテロが相次ぎ、国際テロには参ったもんだというところに、「テロ等準備罪」と見た目を変えてしまえば賛成しますよ。特に若い世代は保守的。これは世界中一緒で、長いスパンの歴史を知らない。親世代が歴史を伝えなければ、ものを知らない若い世代が一番保守的になるのは当たり前なんですよね。
  ――日本ペンクラブは一貫して共謀罪法に反対してきました。
「思想・信条の自由、言論・表現の自由の擁護」は日本ペンクラブの基本理念であり、歴史でもあるからです。抵触するものは絶対に反対します。われわれが歩んだ歴史から考えても、思想・信条、言論・表現、それから内心の自由という非常に繊細な分野に関わる法律は必ず悪法になる。本性が表れるとも言える。戦前の治安維持法がそうですし、明治時代の新聞紙条例もそうでした。共謀罪法は憲法違反で、立憲主義に反する。共謀罪法に基づいて法律が適用され、立憲主義を歪めている。憲法19条(思想及び良心の自由)、21条(集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保障)に違反していますし、35条(侵入、捜索及び押収の制約)にも反しています。
  ――国会審議中に上部団体の国際ペン(本部ロンドン)の会長も異例の反対声明を出しました。特定秘密保護法に続く2例目で、いずれも安倍政権下です。
 われわれの歴史を説明すると、国際ペンの結成は第1次世界大戦後の1921年。第1次大戦は総力戦で、互いの社会の潰し合いだった。兵隊だろうが、民間人だろうが関係なく殺された。戦争はそれぞれの正義の言い合いです。勝った国も負けた国も、社会では同じことが起きていて、国内の思想・言論の自由を潰し、ひとつの権力の下にまとまり、そして戦争に向かっていった。当時の作家たちは戦争を防ぐには言論・表現の自由を守らなければならないと考え、国際ペンは始まった。
  ――日本ペンクラブは1935年に設立されました。
 当時の日本は満州事変を起こして国際社会から批判を浴び、常任理事国だった国際連盟を脱退して世界で完全に孤立していました。昭和三陸地震による津波で5000人を超える死者・行方不明者が出る大震災に見舞われても、どこからも支援がなかった。そんな時代に日本ペンクラブを設立したのは、外務省が機能しなかったからです。物書き、作家であれば、外国とのパイプ役を担えるんじゃないかという考えからでした。初代会長の島崎藤村はフランス留学をしていて、ほかにも欧米に通じる人間がいた。だからこそ、日本がいかに孤立しているかがよく分かったんです。
  ――設立にはそんな経緯があったのですね。
 すでに治安維持法が施行され、言論・表現の自由が危うくなってもいた。朝鮮半島の言論統制を理由にした治安維持法は、2度の改正で国内の社会主義や共産主義を抑えつけ、天皇制や政府に反対したものは執筆禁止。僕らが若い頃よく読んだ「暗黒日記」の清沢洌は完全に執筆禁止にされました。しかし、(設立は)さすがに遅かった。当時は会員100人くらい。解散はしませんでしたが、若い会員はみんな戦争にとられた。戦後に再建できたのは、名簿や規則が当局に押収されず、東京大空襲での焼失も免れたから。フィリピンに出征した当時の事務局長がリュックに忍ばせて隠し持っていたんです。
権力と口にしたら「あの人、反体制?」
  ――安倍政権は強引な国会運営で特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法を成立させ、戦争準備体制を整えたともいわれています。
 民主主義のプロセスを踏んでいるとは到底思えませんが、こうなったのには、戦後の日本がどういう政治意識を社会に植え付けてきたかを考える必要がある。戦後教育で一番欠けているのは、「権力」という概念を教えることだと思うんです。「権力」は英語に訳せば、「power」という非常にシンプルな言葉。ところが、日本では「権力」と口にした時点で「あの人、反体制じゃない?」と言われるくらい嫌われていますよね。
  ――確かに、政治的な話題では「権力」という言葉を避けるきらいがあります。
 歴史や外国の話になると、日本人は「権力」を盛んに使います。「信長の権力」とか、「プーチンの権力」とは言う。ところが、日本の政治を語る時にはなかなか言わない。「政治権力」を略して「政権」と言い換える。ソフィスティケート(洗練)させるんです。そうしないと、今の日本の一般社会では権力という言葉が使えない。これが一番の間違いだと僕は思っているんです。日本は戦後70年あまりの間、成熟した権力観を常識としてこなかった。
  ――成熟した権力観とは?
 権力は批判しなければなりませんが、絶対的に必要でもある。権力なしに今の世の中は持たない。歩行者は右、車は左側通行を強制するのも権力で、法律を使った権力の行使です。しかし、権力は必ず暴走し、ろくでもないこともする。北朝鮮のような権力もあれば、ロシア、中国、米国のような権力もある。拉致もする、暗殺もする、テロもする、戦争もする。権力とはそういうものなんです。国会で強行採決もやれば、中間報告もやってのける。有権者は権力を突き放して見なければダメなんですよ。「またやったな、交代させよう」というふうにして迫ればいい。ところが、自分の人生を振り返ってもそうですが、そうした権力観の身につけ方に失敗していますよね。
  ――安倍首相は第1次政権時代から教育改革に熱心です。
 自民党の改憲草案は典型的な大家族主義。国家を家族として捉える家父長制的な世の中の見方を押しつける動きは、まさに権力そのもの。権力を権力として自覚させず、親孝行と子供のしつけのような関係の中で国民を国家に閉じ込めてしまう。それを教えるのは教育で、彼らは戦前の教育が一番うまくいったと思ったのでしょう。戦没学生の遺稿を集めた「きけ わだつみのこえ」は良心の証しのように言われていますが、僕らの観点から言うと読めたものじゃない。高校時代に読み始めて、いまだに最後まで読み通せたことがない。ああ嫌だなあと思って。なぜかというと、彼らは大東亜共栄圏なんてマヤカシだと見抜いていた。「天皇陛下万歳」と言いながら、天皇制の息苦しさも見抜いていた。唯一インチキを見抜けなかったのが、親孝行という概念。個人的な心情の中で、親に恩返しをせずに早く死ぬのを申し訳ないと考えていた。彼らが自分の頭で考えられる最大の範囲が家族だった。そういうふうに教育されたから、天皇制だとか大東亜の平和だとか、一度はスーッと入ってきちゃった。
■スキャンダルでしか変わらない日本の政治
  ――その「教育」で疑惑を持たれ、「森友学園」「加計学園」をめぐり安倍政権は揺らいでいます。
 やることがセコイですよ。思想信条に合うから小学校をやらせようとか、友達が欲しがっているから獣医学部を持たせてやろうとか。とはいえ、私利私欲と関係なく、戦前教育を復活させる究極のナショナリズムで彼らが動き始めたら、本当の権力者ですよ。戦後、いくつも権力の危機がありました。昭電疑獄、造船疑獄、ロッキード事件、リクルート事件。結局、日本の政治はスキャンダルでしか変わらなかった。日本ペンクラブは言論・表現の自由を訴え、大変な思いをした歴史を抱えながら、政府あるいは権力を批判してきた。だけど、日本は理念で変わった例がない。それは権力観がないからなんです。こんな社会ってない。フィリピンでは民主化革命が起き、香港では雨傘革命が起きた。いずれも理念に基づいたものでしょう。日本には権力観がないから、権力の思惑を考えず、共謀罪法のような悪法を簡単に通してしまうんです。(聞き手=本紙・坂本千晶)
▽よしおか・しのぶ 1948年、長野県生まれ。早大政経学部在学中から執筆活動を開始。87年、日航機墜落事故を描いた「墜落の夏」で講談社ノンフィクション賞。11年から日本ペンクラブの専務理事を務め、17年6月に第17代会長に就任。


首相の思いと国民の厳しい視線の差
 ★今日24、25日と衆参の予算委員会が開かれ、加計学園疑惑や防衛相・稲田朋美の南スーダンPKO派遣の日報を巡る虚偽答弁疑惑などを野党が追及、首相・安倍晋三らが参考人とともに疑問に答える。首相は「真摯(しんし)に丁寧に答える」としているが、この疑惑の当事者であり、親友の加計学園理事長・加計孝太郎は出てこないし、森友学園疑惑の謎は首相夫人・安倍昭恵が真相を承知している。 ★首相が嫌ったのか、自民党が「忖度(そんたく)」して出頭させなかったのかは知らないが、真相に近づくために「真摯」に対応するには随分と前提条件が付くものだと思う。しかしこの予算委員会さえ乗り切れば首相は来月3日には党人事と内閣改造を断行し、人心の刷新をもって新たなスタートを切ることになる。だが本当にそうなるのだろうか。改造は行われるのだろうか。 ★22、23日に毎日新聞が行った月例の世論調査では内閣支持率は前回の36%から26%に急落し、不支持率は12%増の56%。しかし政党支持率は25%と微減程度だった。また自衛隊加憲案に賛成は25%、反対は41%、憲法改正の議論を急ぐべきが22%、急ぐ必要なし66%、加計学園問題の政府説明を信用できる11%、信用できない76%という結果だ。つまり安倍政治が数字上は否定されているということになる。 ★首相は内閣改造を前に、幹事長・二階俊博、財務相・麻生太郎、官房長官・菅義偉らに事前に留任を伝え政権の骨格はいじらないと宣言した。つまり、なんら今までと変わりはなく、安倍政治を続けるとしたわけだが、その首相の思いと国民の政権への厳しい視線の差が大きすぎる。

稲田問題のリーク源から、安倍内閣「倒閣運動」の深刻度が見えてくる かなりの広範囲で進んでいる可能性も
盒 洋一 経済学者嘉悦大学教授
面白い資料が出てきた
森友学園問題、加計学園問題については、本コラムでそれぞれの問題の本質を明らかにしてきた。
森友学園問題では、当初の段階で公開入札手続きをとらなかったという近畿財務局のチョンボ(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51362)であり、加計学園問題では、50年以上獣医学部の新設を拒否してきた文科省告示の存在とそれを巡る既得権派と規制緩和派の争いである(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52245)、というものだ。
その問題本質の理解を妨げたのが、役所における公文書管理である。筆者にとっては、各種資料から、森友学園問題、加計学園問題について結論を出しているが、一般からみてそれらが分かりにくいのは事実だ。
森友学園問題では、「森友学園側の不正補助金授受」という形で事件化されて、ことが終わろうとしている。もちろん、この問題についてももろもろ論点はあるのだが、なにしろ「財務省の文書は破棄した」という言い方に終始したのは、政府への信頼を大きく損ねただろう。
実際、筆者は森友学園問題の構図を探るためにいろいろと資料をさがしたのだが、結局、鴻池議員の事務所のメモ(これは、各種資料と照らし合わせても信憑性が高いものである)に頼らざるを得なかった。本来であれば、財務省に管理されているしかるべき公文書をみれば直ぐわかることなのに、それがないゆえに解明に難渋した。
一方、加計学園問題では、その点かなり楽だった、当事者である文科省と内閣府双方の合意済みの特区諮問会議、ワーキンググループの議事録が残されており、それらと前川氏の記者会見や文科省からリークされたメモが齟齬していたからだ。筆者が本コラムで書いてきた問題の本質は、10日の閉会中審査での加戸守行前愛媛県知事の国会証言、14日に行われた京都産業大の記者会見で、結局明らかになった。
その後、週刊誌が、昨年11月17日、山本幸三行革大臣は蔵内勇夫日本獣医師会会長らと面談した際、「新設校は加計学園で決定した」という、抵抗勢力であった獣医師会側からのリークメモを報じた(ただし、これについて、蔵内氏自身が、その面談の際には、京都産業大学の名前も出ていたと、山本大臣に軍配を上げ、週刊誌報道を否定した→https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170720-00000004-tncv-l40)。
いずれにしても、加計学園問題は、森友学園問題に比べて公開されている議事録や資料が多いので、その解明は難しくなかった。
筆者は、加計問題でのいわゆる「石破4条件」について、文科省の挙証責任を指摘してきた(5月29日付け本コラム http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51868)。しかし、「石破4条件の挙証責任は文科省にはない」という。実際、前川喜平・前文科事務次官ほか、文科省関係者はそう主張してきた。
規制官庁側に挙証責任があるというのは、本コラムで書いたように役所の常識であるし、閣議決定された特区基本方針にも書かれている、にもかかわらずだ。
それについて面白い資料が見つかった。2005年7月12日の規制改革会議の議事録だ(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/old/minutes/wg/2005/0712/summary050712_01.pdf)。そこには、課長時代の前川氏が登場している。ご一読いただければ分かるが、その当時から前川氏は「挙証責任」が理解できておらず、草刈隆郎規制改革会議議長から、規制改革会議への出入りを禁止されていたのだ。このような非常識な役人が次官になるというのが、文科省の最大の問題点だろう。
さて、前置きが長くなったが、今回は稲田防衛大臣の諸々の問題について解説を加えたい。
支持率低下の理由は「女性」にアリ
まずは各種報道から時系列を整理しておこう。
昨年7月、国連平和維持活動(PKO)をしている南スーダンで政府軍と反政府軍の間で「戦闘」があった。
9月30日、フリージャーナリストが防衛省に、PKO派遣されている部隊の「日報」開示を請求
12月2日、「日報」の情報開示請求に対して、防衛省は「日報はすでに廃棄し存在しない」とし不開示を決定
12月16日、稲田防衛大臣が再調査を指示
12月26日、電子データが統合幕僚監部に存在
今年1月27日、稲田防衛大臣に対し電子データが統合幕僚監部存在していたことを報告
2月7日、日報公開
2月15日、《省内会議 陸上幕僚監部で電子データとして保管、保管データは公表しない方針》(?)
3月16日、衆院安全保障委員会において、陸上幕僚監部で日報が保管されていた疑惑に対して、稲田防衛大臣が「報告はされなかった」と答弁
3月17日、防衛省防衛監察本部による特別防衛監察が設置され、解明が進められることに
まず、国民との関係でみれば、日報自体は2月7日に公開されているので、大きな実害はない。どこの部署で保管されていたかどうかが議論になっており、これは部内では問題であるが、国民との関係では些細な問題である。しかも、その後、南スーダンからPKO部隊は撤収されているので、この点でも、安全保障政策上の問題はまずない。
もっとも、防衛省の部内問題であるとはいえ、稲田防衛大臣が国会で「虚偽答弁」をしていたのであれば、それは問題である。それが今クローズアップされているのは、森友学園問題で、弁護士時代の活動についての国会発言が訂正されたり、先の都議選での自衛隊に関する不適切な失言があったからだ。
特に、都議選での失言(「防衛省、自衛隊としても(自民党候補の応援を)お願いしたい」と発言したもの)は弁解の余地はないくらい酷いものだ。筆者はたまたま失言が行われた選挙区の住民であったが、この失言と隣接地区選出の豊田真由子議員の暴言によって、自民党への大きな批判が起こるのを身近に感じた。
なお、2カ月前までの安倍政権の高い支持率には、小泉純一郎政権以降と比べて、いくつかの特徴があった。
年代別でみると、他の政権では、一般的に高齢世代ほど支持率が高い傾向があったが、安倍政権は逆に若い世代ほど支持率が高かった。男女別でみると、他の政権では男女で支持率の差は少ないが、安倍政権は男性の支持率が高かった。第2次、第3次安倍政権は、10年前の第1次安倍政権と比べても、世代別政権支持率と男女別政権支持率は異なっている。
最近になって支持率が急落した要因は、女性の支持率がさらに下がったことが大きい。強引な国会運営に加えて、豊田真由子議員の暴言、稲田朋美防衛大臣の失言も背景にあると筆者はみている。
豊田氏の暴言は本当にひどいものだった。これで高齢世代の男性の支持も大きく失ったはずだ。筆者もあの発言がテレビで流れるたびに腹が立ったものだ。
また、稲田防衛大臣の失言もひどかった。ある女性芸能関係者は、ワイドショーのなかで「神妙になるべき会見で、稲田防衛大臣のつけまつげはその場にふさわしくない」と指摘していた。こうした点に女性は敏感である。
一種の「クーデター」だったのか
話を稲田防衛大臣の国会における虚偽答弁に戻すと、国民への開示や安全保障政策上の問題というより、議員本人の信頼の問題だろう。ただし、これを文書管理の観点から白黒つけるのは難しい。公文書があったとしても、開示するのは難しいからだ。
もしかすると、稲田防衛大臣のいうとおり、大臣は日報問題について防衛省から報告を受けていなかった可能性もある。たしかに、2月7日には日報が公開されていることから、稲田防衛大臣には隠蔽するインセンティブはない。しかしながら、これほどまで防衛省からのリークがあること自体が、シビリアンコントロールの観点から考えても異常なことだと言わざるを得ない。
筆者の役人時代の感覚からいえば、「軍隊組織」に近いほど上から下までの統率が取れているものだ。その代表格は防衛省、警察である。その意味からいえば、森友学園では財務省から一切情報が出ないで、加計学園問題では文科省からのリークが出たのは、想定内の話だ(文科省の方が、より軍隊組織からは遠いという意味だ)。
もちろん、防衛省からも自己組織に有利なリークが行われることはあるが、今回のような防衛大臣を貶めるリークは聞いたことがない。これまで、防衛省は、どのような人が防衛大臣になったとしても、組織として必死に支えてきたはずだ。
一部には、特別防衛監察の結果があまりに酷く、稲田防衛大臣にまったく責任が及んでいない点から、防衛省内での一種の「クーデター」だったのではないかという意見もある。
また、一部のテレビ局が報じたが、日報問題の「監察結果の概要」が画像付きでスクープされたり、防衛大臣室でのやりとりで稲田防衛大臣が「けしからん」といった、という報道も気にかかる。
監察結果の画像付きスクープは、「監察結果の概要」が外部に漏れていることを示唆するし、「けしからん」が防衛大臣の口癖であることは、知っている人は知っている話だ。これは、ひょっとしたら、安倍政権の倒閣運動が、各省庁の段階ではなく、かなりの広範囲で行われている可能性も示唆しているのだ。
もろもろぶっ飛ぶ
いずれにしても、稲田防衛大臣の下では、防衛省の組織統率が取れていないの事実であるので、仮に稲田防衛大臣が虚偽答弁をしていなくても、大臣失格であるのは間違いない。8月上旬の内閣改造を待たずに辞任する可能性もあるだろう。短期間であれば、首相が兼務するという方法もある。
さて、安倍政権の倒閣が行われた場合、経済政策にかなりの変化が起こることは、7月10日付け本コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52245)で書いた。もちろん、教育の無償化を憲法改正で行うという議論もぶっ飛ぶだろう。
教育の無償化は、憲法改正なしでも立法政策として可能だという意見もあるが、その問題点は18日付け本コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52319)で書いてある。
安倍首相は、教育を投資とみて教育国債を発行する考え方にも理解をしている。これは、23日に行われた日本青年会議所(JC)との会合でも明らかになっている(日経新聞「首相、教育国債「次代にツケ残さず」 無償化財源めぐり 可能性排除せず」 http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK23H0B_T20C17A7000000/)。この点は、ポスト安倍といわれる政治家とは異なっていることに留意すべきである。倒閣というなら、もろもろのデメリットも考慮したうえでいうべきだろう。
こうした点も含めて、24日(月)と25日(火)の国会閉会中審査が安倍政権の支持率反転につながるのかどうか、注目したい。


安倍首相「加計理事長からいままで学部つくる話を聞いたことない」は真っ赤な嘘! 加計の大学新学部を自ら発案
 まったく臭い芝居だった。きょうの閉会中審査では内閣支持率が危険水域に入ったことに相当焦っているのか、安倍首相は冒頭から「私の友人が関わることなので、国民から疑念の目が向けられるのはもっとも」といまさら言い出し、野党議員からの質問を受ける際も「さきほどのご下問ですが」などと極端にへりくだった物言いに終始した。
 しかし、国民は、加計学園問題が国会で取り上げられた当初、質問する野党に「私人の名前を出すな!」「責任を取れるのか!」などとキレまくっていた安倍首相の姿を忘れてはいまい。だいたい、自分を抑えてキレそうになるのを懸命に堪え、神妙さを装っても、やはり中身は一緒。現に、安倍首相は、「加計孝太郎理事長から獣医学部新設について話を聞いたことはない」と、バレバレの嘘をついたのだ。
「(加計理事長は)チャレンジ精神をもった人物であり、時代のニーズにあわせて新しい学部や学科の新設に挑戦していきたいという趣旨のお話は聞いたことはございますが、しかし、いままで彼もさまざまな学部・学科をつくってきたわけでございますが、そういうことも含めて具体的にですね、何かをいまつくろうとしている、今回で言えば『獣医学部をつくりたい』、さらには『今治市に』といった話は一切ございませんでした」
「(加計学園が獣医学部新設を申請していたことは)今年の1月20日に加計学園の申請が正式に決定した国家戦略特区諮問会議で私が知るところにいたった」
 加計理事長と頻繁に会食やゴルフに繰り出し、加計学園が運営する千葉県銚子市の千葉科学大の開学10周年イベントに遠路はるばる参加し、奇しくも国家戦略特区に今治市が指定された9日後の2015年12月15日には仲良く乾杯するかのようにグラスを傾けている、昭恵夫人いわく「男たちの悪巧み」写真まで公になっているにもかかわらず、“大学の学部・学科新設の話はいままでしたことがないから、総理のご意向は入りようもない”とシラを切ったのだ。
 無論、これはあり得ない話であり、これが嘘であることを示す証拠も数々ある。すでに「総理のご意向」と書かれた内部文書によって行政側が加計学園ありきで2018年4月開設に向けて動いていたことは明らかになっているが、今治市は最初に構造改革特区に申請した際から事業者主体を加計学園としてきた。そのため、前述した2015年12月に国家戦略特区に今治市が選ばれたときも、朝日新聞(大阪地方版)は加計学園に取材し、担当者が「今治市から再び誘致の要請があれば、協力したい」と回答している。加戸守行・前愛媛県知事が「12年間、加計ありきだった」と証言しているように、「今治市の獣医学部誘致構想=加計学園」というのは当然の認識だったのだ。それを国家戦略特区の議長という最高責任者の立場にある安倍首相が知らなかったというのは、あまりに無理がある。
「安倍さんに千葉科学大の教員に名前を貸してくれと頼まれた」の証言
 しかも、安倍首相は「加計理事長がつくろうとしている新しい学部・学科の話は一切していない」というが、この発言自体を覆す証言がある。「文藝春秋」8月号に掲載されている森功氏のルポルタージュによれば、千葉科学大学の元教員が、同校が2004年に新設した危機管理学部そのものが、〈安倍の発案で設置された〉と証言しているのだ。
 じつはこの元教員も「安倍さんから、『教授として名前だけ貸してくれないか』と頼まれました」と言い、同校で客員教授を務める萩生田光一官房副長官についても「萩生田さんも安倍枠のはずです。安倍さん自身が『萩生田は浪人(落選)して金が大変なので、加計に面倒見てもらうよう俺が頼んだんだ』と言っていました」と語っている。
 実際、この話を裏付けるように、安倍首相の人脈は千葉科学大に大量に流れ込んでいる。たとえば、第2次安倍内閣で内閣参与となった木曽功氏は、在任中の2016年4月に千葉科学大の学長および加計学園理事に就任。また、第1次安倍内閣で首相秘書官に選ばれた井上義行参院議員も同大で客員教授を務め、「週刊朝日」(朝日新聞出版)の取材に対し「危機管理学部で授業を持っていた」とその事実を認めている。さらに、やはり加計学園が運営する倉敷芸術大学では、安倍家と深い仲である地元・下関市の元市長である江島潔参院議員が客員教授を務めていた。
 安倍首相の息がかかった人物がこれほど加計学園に投入されていることが「たんなる偶然」なわけがない。ここまでそうした関係を築いてきた上、獣医学部新設に執念を燃やしてきた加計理事長が、国家戦略特区の議長である安倍首相に、何の相談もしなかったことなど考えられないだろう。
 しかも、安倍首相は、「前川氏を含めて私から直接、具体的に(加計ありきと)指示を受けたという方はいないわけです」と述べ、「総理のご意向」「官邸の最高レベルが言っていること」などと書かれた内部文書を全否定したのだ。
 だったら文書なりメモなり反証の証拠を出せばいいが、もちろんそんなものは出してこない。ようやく審議の場に出てきた和泉洋人首相補佐官にしても、「『総理が自分の口から言えないから私が代わりに言う』。こんな極端な話をすれば、私も記憶が残っている。そういった記憶はまったく残っていないし、言っておりません。言っておりません!」と、“記憶にない”の一点張り。さらに「言わなかったのか、言った記憶がないのか」と野党から追及を受けると、強気だった和泉首相補佐官も「言わなかった、と思っております」とトーンダウンしたほどだ。
 自分の身の潔白を証明するのに、物証もない自分の子飼いの証言をもち出す無意味さ。だが、安倍首相はくわえて、国家戦略特区ワーキンググループ座長の八田達夫氏や、安倍首相の“極右つながりのお友だち”である加戸氏らの証言のほか、京都産業大学の会見における発言まで「利用」しはじめたのだ。
京産大と京都府を利用して疑惑隠ぺいも、説得力ゼロ
「京都産業大学の黒坂(光)副学長もですね、この問題、いわばプロセスについて問題はなかったという、『京産大外し』という、この意向は考えなかったという趣旨のご発言をされているわけであります。とくに納得できない部分はないことの証言もされているわけです」
 言わずもがな、京産大と京都府は獣医学部新設の申請者であって、行政の決定プロセスにはタッチしていない。すなわち、いま問題になっている加計ありきの決定プロセスについて、京産大と京都府は知る由もないことだ。その上、京産大は同じ会見で、事業者公募の際に開学が2018年4月と期限が切られていたことから「教員の確保などを考えるとタイトなスケジュールだった。準備できなかった」として新設を断念した理由を明かしていた。一方、今治市と加計学園は18年4月開学というスケジュールを遅くとも昨年8月に内閣府から知らされていたことが証拠として残っているが、安倍首相はこの疑惑をまったく無視するのだ。
 さらに、安倍首相はこうも言った。
「京都府知事においてもですね、京都府知事も準備不足だったということを認められる発言をされているわけでありまして、プロセスが適正であったことはそうした発言から裏付けられていると思います」
 たしかに、山田啓二・京都府知事は、京産大との会見のなかで「(今治市は)本当に必死でやってこられた」「恨み言を言う気はない」と発言している。だが、じつはこの会見の11日前の7月3日、安倍首相と山田京都府知事は、東京・三田にある会員制クラブ「綱町三井倶楽部」で清家篤前慶応義塾長らとともに会食を行っていることがわかっている。このタイミングから、安倍首相が会食の席でなんらかの説得や懐柔を行ったとみられても仕方がないだろう。
 3月13日の参院予算委員会では、はっきりと「私はね、もし働きかけていたのなら、私、責任取りますよ。当たり前じゃないですか」と述べたものの、一転してきょうは「軽々にですね、自分の職をかける等の発言をすべきでないというご批判もありました」と言い出した安倍首相。しかし、“借りてきた猫”のポーズを取っていれば何でも聞き入れられると思ったら大間違いだ。明日の審議ではどんな嘘を吐くのか、ひきつづき注視したい。(編集部)


安倍首相“脱傲慢”作戦失敗 加計キーパーソンが逆ギレ答弁
 安倍首相は「李下に冠を正さず」という言葉を何度も繰り返した。24日午前から始まった衆院予算委員会の閉会中審査。安倍首相は“腹心の友”が理事長を務める「加計学園」の獣医学部新設計画に関し、改めて「(理事長の)加計さんは学生時代からの友人だが、彼が私の地位や立場を利用して何かを成し遂げようとしたことは、ただ一度もない」と関与を全面否定したが、テレビ中継を意識して最も強調したのは「低姿勢」だ。
 質問のトップバッター、自民党の小野寺五典議員が「単刀直入にうかがう」と切り出し、加計氏との関係を問うと、安倍首相は普段のまくし立てるような答弁を控え、ゆっくりと穏やかな口調でこう釈明した。
「私の友人が関わっていることで国民の皆さまから疑念を持たれるのは当然のことだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた。足らざる部分は認めなければいけない」
 数々のゴーマンな態度が、内閣支持率暴落の要因との自覚はあるようで、安倍首相はしおらしい態度に努めたが、それを打ち消すように感情を爆発させたのが、前文科次官の前川喜平氏から「キーパーソン」と名指しされた和泉洋人首相補佐官だ。
 この日も前川氏は和泉氏から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と獣医学部新設で対応を促されたと重ねて証言。対する和泉氏は、興奮した口調でこう答弁した。
「獣医学部新設は『岩盤規制』の象徴。総理は常々『スピード感を持って進めるように』とおっしゃってきた。そのことは申し上げたかも知れないが、『総理が自分の口から』という極端なことを言えば記憶に残っているはず。その記憶はないから、言っていません」
 あまりに感情的な口調に議場がざわつくと、「言っていません!」と繰り返した。
 他の証言者も前川氏以外は、内部文書に残された安倍首相の“お友達”への便宜をにおわす発言を、岩盤規制突破に向けた指示にスリ替えた。
■「腹心の友」の学部新設「知らなかった」
 質疑者が与党から野党に移ると、安倍首相の態度は一変。都合の悪い質問にはマトモに答えず、いつものように持論を一方的に垂れ流し始めた。
 官邸の関与をめぐり、前川氏と和泉氏の主張は真っ向から対立。民進党の大串博志議員が偽証罪に問われる証人喚問を行い、真偽を明らかにするよう安倍首相に求めると、途端にのらりくらり。「委員会から要請があった中で、松野大臣も山本大臣も和泉補佐官も藤原審議官も出席している。誠意をもって真実を話している」と何度も言い募り、「国会のことは国会でお決めいただきたい」と明言を避けた。
 加計孝太郎理事長との関係については「政治家になるずっと前からの友人関係」と説明したものの、「獣医学部を今治市にという話は一切なかった」などと、新設計画については知らぬ存ぜぬの一本調子。「正式に申請が認められた(今年)1月20日の特区諮問会議で知るに至った」「知り得る立場にはあったが、具体的な説明は私にはなかった」と答弁。
 これには議場がどよめき、激しいヤジが飛び交った。
 今治市とのパイプ役を担ったとみられている柳瀬唯夫首相秘書官(現・経産省審議官)も出席。国家戦略特区での獣医学部新設を提案する2カ月前に、今治市の課長級の担当者らを官邸に招いて面会していた疑いが浮上しているのだが、「記憶にないので覚えていない」を5回も繰り返した。
「丁寧な説明」とやらは、どうなったのか。


加計学園「重要機関」の顧問に名前を連ねていた、あの大物政治家
シリーズ【加計学園とは何者か】第二部
安倍総理と加計孝太郎理事長の深い関係が、行政の判断を左右したのではないか——加計学園の獣医学部新設をめぐる「疑惑」は、いまだ晴れない。
視点を変えて、加計学園の歴史を明らかにすることで、問題のありかを浮き彫りにする本レポート。第二部では、いかにして加計学園が初の大学新設に成功し、学校経営を「家業」として確立したかを追う。
億単位の私財をつぎ込んだ
その日は最高気温34度を超える、うだるような暑さだった。岡山市街地を一望できる小高い丘の上で、加計学園創設者の加計勉氏は蝉の声を聴きながら頭を垂れていた。
1961年8月27日、のちに岡山理科大学とその附属中高、そして加計学園本部が置かれることになる岡山市街地北側の半田山。ここに備中国一宮である吉備津神社から宮司を招き、学校法人加計学園が設立する最初の学校、岡山電機工業高校の地鎮祭と起工式が行われた。
勉氏と岡山県庁私学担当者とのやりとりは第一部にて詳述したが、氏が県に高校設置の申請書を提出したのは同年9月6日、県から認可が下りたのはその2週間後の同20日のことだ。学園による記録や、各種資料の中の関係者証言が正しければ、勉氏は申請書を提出する直前に工事を始めたことになる。
戦前は旧陸軍が所有していた半田山は、まだ草木が鬱蒼と生い茂る山林だった。この時の列席者は勉氏をはじめ、少数の学園関係者に限られ、式はごくひっそりと進んだ。
当時38歳の勉氏は、予備校経営で手にした数億円もの財をなげうってこの山を買った。のちに学園理事長となる長男・孝太郎氏は、このとき小学生。加計家は決して貧しいわけではなく、むしろ予備校事業の大成功によってかなり富裕だった。にもかかわらず、勉氏の事業計画を叶えるため、子供たちのおやつを買うのにも苦労するような耐乏生活を強いられていたという。
目指す開校期日は8ヵ月後の翌1962年4月に迫る。建設用地の造成と校舎建設は急ピッチで進められたが、生徒が集まらなければ話にならない。
勉氏の経営する予備校・広島英数学館から職員が応援に出て、岡山県下のみならず香川県や兵庫県でも説明会に奔走、入学試験は丘のふもとにある市立岡北中学校の校舎を借りて実施するという突貫工事ぶりだった。
地元ゼネコンとのつながり
明治期から倉敷紡績(現・クラボウ。クラレの母体となった企業)などの繊維産業を中心に発展してきた岡山県南部地域は、戦後は鉄鋼・石油化学などの重工業が急速に盛んになり、人口も急増していた。日本が高度成長期のとば口に立っていた当時、勉氏には「理系の学校は、これから必ず必要とされるようになる」という確信があった。
岡山電機工業高校の第1期入学者は247名。受験者数は定員の約7倍だったというから、かなりの高倍率だ。しかし勉氏にとって、工業高校の設立は「通過点」にすぎなかった。氏があらかじめ買い取った土地は約5万平方メートルだが、そのうち高校の用地に使われたのは2万2000平方メートルあまり。残りの土地は、宿願だった岡山理科大学建設のためにとっておいたのだ。
事実、高校の開学式典の席上で、勉氏は「この高校の運営が軌道に乗ったあかつきは、この地に大学設立を実現したい」と話し、列席者を驚かせている。その言葉通り、氏は高校開校の直後から大学設立に向けて動き始める。『加計学園創立二十周年記念誌』(1985年)より、本人の述懐をひこう。
〈高等学校よりもむしろ大学を設立するということが当初からの狙いでした。本来ならば、高等学校が三年生まで在籍するようになってから大学を作るというのが普通のやり方なのですが、今述べた理由により、大学も同時に作りたいと思っておりました。
一言で大学を作ると申しましても、教授陣容を整えないといけませんし、また、ばく大な資産の投下も必要です。その当時、私の所有していた約一万坪の土地全部の他に、いろいろなものを含め、完成までに五億円を要すると言われておりました〉
大学校舎の建設については、1963年9月に地元の建設会社大本組と契約を交わした。この大本組は現在、愛媛県今治市に建設中の岡山理科大学獣医学部の校舎建設も請け負っている、岡山県を代表するゼネコンである。真新しい高校の校舎の横で、トラックと重機が山腹を行き来する中、1期生たちは勉学に励まねばならなかった。
県知事への「根回し」
岡山理科大学の設立費用5億円を現在の貨幣価値に換算すると、大まかに言って10億円以上になる。だが勉氏の回顧録を見る限り、かなりの部分を私費でまかなったにもかかわらず、金銭面で苦労した形跡はほとんど記されていない。むしろ行政への認可申請、そして教員確保に走り回ったことが強調されている。
〈当時、皆さんから「なぜ理学部を作るのか、金ばかりかかって損益の合わないものをなぜ作るのか」とよく言われました。私自身の出身が(広島)文理科大学の数学科ですので、頭の中ではそういうものをめざしていましたが、 (中略)文部省の方では新しい学部を作るというのは、認可が非常にむずかしいとの話もありました。そこで理学部の中に応用的な学科を作ろうと考えました〉(『二十周年記念誌』より)
現在の「加計学園問題」にいったん話を戻すと、今治市で新設予定の岡山理科大学獣医学部が、2015年6月に閣議決定された「日本再興戦略改訂2015」にある、いわゆる「石破4条件」を満たしていないのではないか、という指摘が野党などから上がっている。これは、当時の国家戦略特区担当大臣・石破茂氏の下で決められた、「獣医師養成系大学・学部の新設」についての縛りだ。
その中に、「既存の大学・学部では対応困難な場合」という条件がある。要するに、「大学を新設したいなら、今ある大学とは違った新味を出せ」というわけだ。約半世紀前の岡山理科大学開設に際しても、文部省は加計勉氏に、同じような要求をしたといえる。
勉氏は手始めに設置を決めた理学部内に、化学科と「応用数学科」の2学科を設けることで、大学新設のための審査を切り抜けようと考えた。当時の働きぶりは、部下・同僚たちから「昼夜を分かたない阿修羅の如き活動」と評される猛烈なものだったという。
ただ、加計学園のまとめた当時の記録には、大学開設に至る経緯そのものは、さほど詳しく述べられていない。特筆すべきものがあるとすれば、広島大学名誉教授(当時)で、勉氏の広島文理科大学数学科在籍時の恩師だった戸田清氏の回想である。戸田氏は、加計氏の相談に応じ、県知事に話を伝えた——そう明かしているのだ。
〈加計氏から大学創設の考えを耳にした。広島で既設の大学と競合することの不利。京阪神、四国、山陰に近く、水島臨海工業地帯に政治生命をかけている知事のいる岡山。こちらを選ぶべきではないかと述べた記憶がある。加計氏の参考になったかも知れない。(岡山県)知事にも、大学設置の計画のあること(を伝え)、もし、そうときまれば、何分の援助協力を要請した記憶もある〉(『二十周年記念誌』より)
行政に対する勉氏の根回しと、政治的嗅覚の一端が垣間見える記述といえるだろう。
あの大物議員が顧問に
岡山理科大学は、文部省への申請からわずか1年半後、東京五輪開催を控えた1964年春に開学した。それに伴い、先行して開校していた岡山電機工業高校は「岡山理科大学附属高校」に改称された。岡山理科大学の初年度の入学者は143名と多くはなかったが、翌年以降は新学科を続々と増設し、学生数も右肩上がりに増えていった。
勉氏はのちに、「僕は教育者ではない。教育実業家だ」と述べたという(鶴蒔靖夫『加計学園グループの挑戦』より)。予備校経営から教育事業に参入し、資金を確保して、ついに学生時代から夢見た大学開設までこぎつけた。重化学工業の発展という時代の要請に応え、学生を確保するために、学部は需要の見込まれる理科系に絞りこんだ。確かに勉氏は、単なる教育者にとどまらない「ビジネスセンス」を持ち合わせていた。
1970年代以降、成長期に入った加計学園・岡山理科大学には、現在の報道でも名前の出てくる人物がちらほらと見え始める。以下は、加計家の人々と学園関係者の「人名録」である。
現在、加計学園理事を務め、2016年まで系列校の千葉科学大学学長を務める赤木靖春氏は、当時は学園の一職員だった。氏は1980年代、岡山県北の蒜山(ひるぜん)高原に開設された附属研究施設「蒜山研究所・学舎」の所長を務めている。
一方、注目したいのは1970年代以降に学園が力を入れ始めた海外交流事業だ。本稿でもたびたび引用している、1985年刊行の『加計学園二十周年記念誌』には、当時の学園本部の陣容が掲載されている。中でもひときわ目を引くのが「国際交流局」。局長は、現在は学園理事長を務める加計孝太郎氏(当時は「晃太郎」と名乗っていた)、そして顧問には、衆院議員の逢沢一郎氏の名前がある。
逢沢氏といえば、従兄が経営する岡山県の建設会社「アイサワ工業」が、今治市の獣医学部建設工事を前出の大本組とともに受注したことが報じられている。1985年当時、逢沢氏は松下政経塾を卒塾したばかりで、衆議院選挙で初当選したのは翌1986年のことだ。逢沢氏と加計孝太郎氏はほぼ同世代。少なくとも30年あまり前には、両者はそれなりの親交を持っていたはずだ。
現理事長・加計孝太郎氏の1990年の寄稿文(『広島加計学園創立十周年記念誌』より)
30代から40歳ごろの孝太郎氏は、国際交流局長と副理事長を兼任していた。学園の公式刊行物には、当時から必ずと言っていいほど寄稿文を寄せ、国際交流事業がいかに大切かを説いている。
〈 (当時の)外務大臣、安倍晋太郎氏も言っておられますが、日本はアメリカの袖の下に隠れていれば、平和と安全と守ることができ、世界の中で発展して行くことができたという受身の形から、言いたいことははっきり言い、世界の中で日本の役割を積極的に果たして行くという形に展開して行かなければと思います。
国際的な舞台で何らかの決定を迫られ、例えば、拒否したい場合、Yes, but……,という表現から、No. Because……, という表現に変えて行くべきであると思います〉(『二十周年記念誌』所収の孝太郎氏の寄稿文「広い視野にたった交流を」より)
2017年のいま、孝太郎氏の長男・加計役(まもる)氏は加計学園の副理事長や広島加計学園の理事長を務め、次男・加計悟氏は学園系列校の倉敷芸術科学大学副学長と、同大学の獣医学系学科である動物生命科学科の講師を兼任している。
父の孝太郎氏がかつて岡山理科大学などの系列校で教鞭をとっていた形跡はないが、40代にさしかかっていた1992年の時点で、孝太郎氏も加計学園副理事長・国際交流局長のほかに、学校法人広島加計学園理事長、広島英数学館・福山英数学館館長のポストを得ていた。
当時からすでに、加計学園は現在と同じく「家族経営」の様相を呈しつつあったのだ。
参考文献:鶴蒔靖夫『加計学園グループの挑戦』IN通信社、2011年 『加計学園創立二十周年記念誌』加計学園、1985年 『広島加計学園創立十周年記念誌』加計学園、1990年 『加計学園創立30周年記念誌』加計学園、1992年


文学部って何の役に立つの? 阪大学部長の式辞が話題に 思いを聞く
【ネットの話題、ファクトチェック】
 「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」。今年3月、大阪大学の文学部長が卒業セレモニーで述べた式辞が、ツイッターで話題になっています。世間からの「文学部って何の役に立つの?」という声に対する考えを語ったものです。どんな思いが込められているのか? 話を聞きました。
式辞の内容は
 大阪大学文学部長で、大学院文学研究科長も務める金水敏さん。話題になっているのは、今年3月に開かれた文学部・文学研究科の卒業・修了セレモニーでの式辞です。
 「みなさま、本日はご卒業・修了まことにおめでとうございます」と始まり、ここ数年間の文学部・文学研究科をめぐる社会の動向について、「人文学への風当たりが一段と厳しさを増した時期であったとみることが出来るでしょう」とふり返ります。
 「税金を投入する国立大学では、イノベーションにつながる理系に重点を置き、文系は私学に任せるべき」といった意見が出たことなどを挙げながら、「文学部で学ぶ哲学・史学・文学・芸術学等の学問を学ぶことの意義は、どのように答えたらよいのでしょうか」と問いかけます。
 「医学部」「工学部」「法学部」「経済学部」などの実例を挙げた上で、「先に挙げた学部よりはるかに少なそうです。つまり、文学部で学んだ事柄は、職業訓練ではなく、また生命や生活の利便性、社会の維持・管理と直接結びつく物ではない、ということです」とした上で、こう述べます。
 「しかし、文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」
 「今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます」
 「恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々と死別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らの死に直面したとき、等々です」
 「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」
 「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです」
文学部長に聞きました
 今月17日、「人文学類を出た身としてはとても響くものがあるので幾度となく読んでしまう」という文言とともに、金水さんのブログで公開されていた式辞全文がツイッターに投稿されました。
 すると「すごく心に響くものがある」「名文やなぁ」「なんとなく入った文学部の娘に読むのを勧めたい」といったコメントが寄せられ、いいねが1万4千を超えています。
 この式辞にどんな思いを込めたのか? 金水さんに話を聞きました。
 ――このテーマを選んだきっかけは
 「『人文学は人生の岐路に立ったときに真価を発揮する』という考えは以前から持っていて、2016年の大阪大学文学部案内の巻頭言にも書きました。特に人文系に対する風当たりが強い昨今、卒業していく学生さんたちに、『きみたちが学んできた学問にはこんな力があるんだよ』と伝えて、世の中に対し少しでも顔を上げて生きていっていただけたらという思いでこのテーマを選びました」
 ――表現で工夫した点は
 「できるだけ難しい言葉は使わずに、耳で聞いてすっと理解できるようにとは考えました」
 ――金水さんご自身の体験との関係は
 「肉体的・精神的につらい状態にあるときに、考えることがつらさを和らげてくれるという実感は何度か経験しました」
「それ以上でもそれ以下でもありません」
 ――式当日の反響は
 「卒業生の皆さんは静かに聞いていて下さいましたが、特段の変わった反応はなかったです」
 ――ツイッターで話題になったことについては
 「正直、当惑しています。なんで今頃、と感じましたが、それだけ人文学の行く末を案じ、応援して下さる方が多いんだなと理解し、うれしく思っています」
 「スピーチ自体は、今読むと、いろいろ言葉足らずの、稚拙な表現もあるし、考えの至らないところもあるし、さほどオリジナリティーがあるわけでもないありきたりのスピーチです。卒業式のその場の皆さんに向けたことばであり、それ以上でもそれ以下でもありません」
 ――これから文学部で学びたいという学生や、現在学んでいる学生、かつて学んでいた人へメッセージを
 「卒業した方には分かっていただけるのではないかと思うのですが、文学部で学んだことがらは、いつの時代にも変わらない価値を持ち続けます。多くの方に『いい選択だった』と思っていただけると信じています」
 ――「これは言っておきたい」という点があれば
 「人文系の学部はもちろんですが、大学自体が岐路に立っています。大学関係者は、不十分ながら、大学が持っている『大事なもの』を少しでも残していこう、受け継いでいってもらおうと努力しています。ひとりでも多くのみなさまに、そんな努力を知っていただき、応援していただけたらと願っています」


相模原事件から1年 命の重さを改めて考える
 あの事件からもう1年になる。
 相模原市の障害者入所施設「津久井やまゆり園」で19人の重度障害者が元職員に殺害されたのは昨年7月26日の未明だった。
 植松聖被告(27)の初公判はまだ開かれていない。「障害者には生きる価値がない」という理不尽な動機がどのように形成されたのか、事件の核心部分はまだよくわからない。
 同園で暮らしていた障害者は現在、横浜市内にある施設などで仮住まいをしている。悲惨な事件の記憶に今も苦しむ人は多いという。
 神奈川県は当初、家族会などの要望を受けて施設の全面再建を打ち出した。しかし、山あいの大規模施設で再び障害者を収容することに対して各地の障害者らから批判が高まり、軌道修正をすることになった。
障害者の意思を中心に
 現在、県は4年後をめどに相模原市と横浜市に小規模の入所施設を新設する方針を示している。小規模で家庭的なグループホームもつくり、選択肢を広げるという。時間をかけて障害者の意向を確認し、どこで暮らすかを決めるというのだ。
 家族会からの反対論も根強いが、障害者自身の意思を中心に考えるのは当然である。重度の障害者についても本人の意思決定を大事にしようというのは国際的な潮流であり、厚生労働省は意思決定支援のためのガイドラインを策定している。
 大規模入所施設は各地にあり、高齢で重度の障害者が多数暮らしている。地域生活への移行については、やはり家族の反対が強いこともあり、容易には実現していない。
 神奈川県は福祉や心理職、弁護士など多分野の職員がチームで同園の障害者の意思確認に当たるという。今後の日本の障害者福祉のモデルとなるよう期待したい。
 再発防止策は混迷している。
 厚労省は再発防止のために精神保健福祉法改正案を今年の通常国会に出したが、精神障害の関係者から反対論が強まったこともあり、継続審議となった。
 植松被告は措置入院から退院した4カ月後に事件を起こした。このため、自治体や保健所による退院後の相談支援、自治体間の患者に関する情報伝達の強化などが改正案に盛り込まれた。
 ただ、障害者の地域生活を支援する福祉サービスは不足している。そちらには手を付けず、退院後の患者情報の伝達や相談ばかり強化するのは「監視」を強めるに等しいとの批判が寄せられているのだ。
 また、植松被告は精神鑑定で刑事責任能力のある自己愛性パーソナリティー障害と診断された。現在の精神科医療では治療が難しいとされ、再発防止について精神科医療の枠内で検討すること自体の適否についても議論が起きている。残された重要課題だ。
個性認め合う多様性を
 事件後、厚労省が防犯カメラによる監視や施錠などを強化するための補助金を出した。しかし、植松被告は通り魔などではなく、同園で3年以上働いていた元職員だ。勤務中に障害者への暴言や虐待行為があったことも確認されている。ハード面だけでなく、職員教育や虐待防止研修などをもっと重視すべきだ。
 障害者を差別視する意見は今もネットなどで散見される。社会的格差が広がり、自己責任が過度に求められる中で、障害者にゆがんだ視線を向ける人は多いのかもしれない。
 ただ、どんな人にも生きる権利はあり、重度障害者もそれは同じだ。肉親や周囲の人々を通して社会に何かしらの影響力を発してもいる。障害のある子からさまざまな刺激や影響を受けて偉大な功績を残した芸術家や経済人は少なくない。
 被告の主張は優生思想に影響を受けたものだと指摘される。しかし、優生思想の基となったダーウィンの進化論は、優れたものや強いものが生き残ることを示す考え方ではない。たまたまその時代の環境に適したものが生き残るに過ぎないという自然の摂理を示したものだ。
 地球環境や資源の有限性に直面し、未開拓のフロンティアが消失した世界で私たちは生きている。他者の存在を認めない偏狭な考えこそ、現代の環境に適していないと言うべきではないだろうか。
 互いの価値観や個性を認め合い、支え合いながら共存しなければ、社会の維持や発展は望めない。あの痛ましい事件はそのことを私たちに訴え続けている。


臓器移植法20年 「命の重み」をかみしめて
 脳死段階での移植を可能とした臓器移植法の施行から今年で20年になる。
 世論も国会も二分する論議の末、人の死は心臓死であることを前提に、移植に限って脳死を人の死と認める医療がスタートした。
 臓器を提供され救われた命がある。一方で心停止を待たずに法律上の死とされた人の命がある。二つの命をどう考えるのか‐。
 国民一人一人の死生観も深く関わり、提供者の数は伸び悩む。より定着させるには、社会の理解を一層深めていく必要がある。
 日本臓器移植ネットワークによると、法が施行された1997年10月から今月中旬までに、心臓、肝臓、肺、膵臓(すいぞう)、小腸など計2001件の脳死移植が実施された。年平均では約100件である。日本移植学会が体制整備の目標とする年500件には程遠い。
 提供者は458人だった。移植を待つ登録者1万3450人(6月末現在)との開きはあまりに大きい。そもそも脳死者は全死者の1%程度とされる。海外での手術に踏み切る人は今も少なくない。
 内閣府の2013年の世論調査によると、脳死段階で臓器を「提供したい」と答えた人は43・1%で法施行翌年より12ポイント増えた。ただ、運転免許証の裏面や「意思表示カード」に提供の可否を記入している人は回答者全体の1割だ。
 脳死移植への抵抗は依然強いと思われる。移植数低迷の背景には大学病院など移植施設整備の遅れや医療への不信のほか、不十分だが移植の代替療法が注目されるようになった環境の変化もあろう。
 もちろん、家族の体がどこかで生きていることに勇気づけられる提供者の遺族や、提供者の分まで強く生きる決意を持つ患者は多い。術後の生存率も高まった。
 いずれにせよ移植の可否を決めるのは一人一人である。その前提として欠かせないのは医療機関との信頼関係だ。脳死移植が進む過程では医療全体でインフォームドコンセント(十分な説明と同意)という概念も定着した。改めて命の重みを考える契機と捉えたい。

仕事し過ぎで感情がない??/ナノスーツがスゴイ

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Fig53

Hot : les partenaires 100% silicone existent maintenant pour les femmes
Laura Cerrada
Les lovedolls ont d’abord pris une apparence féminine, avant de satisfaire un public féminin avec des hommes en silicone.
On ne présente plus les lovedolls, ces poupées sexuelles en silicone, articulées par un squelette ultra flexible… Leur prix ? De 5.000 à 8.900 €. Plus d’une centaine d’heures de travail manuel sont nécessaires pour leur donner une apparence des plus réalistes. Forme de la bouche, tour de poitrine, pilosité naturelle, couleurs des yeux, taille, longueur et couleur de cheveux, pommettes, fesses, grains de beauté, mains articulées ou non : tout est personnalisable. On peut même recréer des visages à partir de photographies, si la personne est prête à débourser une plus grosse somme d’argent encore. A ces prix, il faut ajouter les frais de livraison (+/- 300 €).
Pilosité, musculature, taille du pénis
Ces poupées sexuelles offrent un toucher similaire à celui d’une véritable femme : musculature, sensation du toucher sur la peau, langue râpeuse parfois… Certaines poupées, des plus technologiques, peuvent également reproduire certains sons. Pour aller plus loin encore, les fabricants indiquent que, sur certains modèles, et sur devis après concertation avec le client, des sécrétions vaginales peuvent être imitées.
On est bien loin de la poupée gonflable en plastique qui est désormais l’alliée de bon nombre d’enterrements de vie de garçon…
Mais, jusqu’il y a peu, les seules poupées proposées étaient des poupées gonflables au corps et à l’allure féminine. Il n’y avait pas (ou vraiment peu) de choix pour ces dames. C’est aujourd’hui de l’histoire ancienne. Les femmes peuvent également trouver du plaisir sexuel et sentimental auprès d’un homme en silicone. Et là, également, tout est minutieusement reproduit : la pilosité des bras, du torse, sous les aisselles, la musculature, la couleur des yeux, la forme du visage…
Les pénis sont également savamment étudiés : forme et taille peuvent être choisies par la femme désireuse de s’offrir ce jouet sexuel aux mensurations humaines.
Un risque de dérive pathologique ?
Si ces poupées permettent d’assouvir des désirs sexuels parfois difficiles à exprimer, elles peuvent combler un certain manque sentimental. Et c’est là que peut s’installer une certaine dérive pathologique. Des Japonais n’ont pas hésité à se marier à leur poupée en silicone, d’autres hommes à travers le monde collectionnent ces femmes inertes et les chouchoutent comme si elles étaient de vraies femmes en leur offrant des bijoux, des sous-vêtements, en les habillant, en les déplaçant dans la maison et en se promenant en leur compagnie…
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サイエンスZERO「生物×機械 融合研究最前線」
生物の驚異的な能力を機械と融合させる研究が、続々誕生。昆虫の嗅覚をチップに装着した嗅覚センサー。シビレエイの発電器官を使った発電システムなど、最前線に迫る!
生物が進化の過程で獲得した優れた能力を、機械と融合させる研究が加速している。驚異的な嗅覚をもつ昆虫のにおい感知の受容体を、マイクロチップに装着。新たな嗅覚センサーが開発された。また、シビレエイの発電器官を使って、新しい発電のシステムを実現。さらに今年3月、ハエの幼虫の薄膜を使って、これまで困難だった「生きた細胞を観察」できる技術「ナノスーツ」も登場した。驚異の新技術に迫る!
【ゲスト】大阪大学大学院 教授…森島圭祐,【キャスター】南沢奈央,竹内薫,【語り】浅井僚馬

テレメンタリー 「東京の“限界集落”〜在宅療養の最前線〜」
東京・板橋区にある巨大団地群、高島平団地。理想の住まいとして当時3万人が移り住んだこの地で、建設から半世紀が経った今、異変が起きている。高齢化率は45%以上。それは、日本が2060年に迎えるとされる高齢化率40%を超える数字だ。 まさに東京の“限界集落”。そこで表面化しているのが孤独死の問題、そして、自宅で療養する高齢者をどう支えていくのかという課題だ。日本の未来の縮図とも言える高島平団地では、懸命な取り組みが行われていた。
佐分千恵 テレビ朝日

サンデーモーニング【稲田防衛相に辞任要求▽加計問題でも新疑惑▽プロ野球】
稲田防衛相に辞任要求…隠ぺいはあったのか▽加計問題でも新疑惑▽どう向き合う北朝鮮▽プロ野球▽快挙21歳▽最多勝…白鵬が偉業▽世界水泳で▽風をよむ
この一週間をフラッシュでお伝えする「早わかり一週間」▽世界と日本の出来事を掘り下げるカバーストーリー▽おなじみ・スポーツ御意見番「喝!&あっぱれ」▽関口宏の「一週間」ニュース▽時代と社会の断面を切り取るコーナー「風をよむ」 関口宏 岸井成格(他) 橋谷能理子 唐橋ユミ 伊藤友里 水野真裕美(TBSアナウンサー) 張本勲(他)■番組HP http://www.tbs.co.jp/sunday/ ■ツイッター @sundaym_tbs https://twitter.com/sundaym_tbs

明日へ つなげよう選「“奇跡”の子どもたちはいま〜津波を生きのびた中学生〜」
津波を生きのび“釜石の奇跡”を経験した子供達。今20歳前後となり、復興のために生きるべきか否かなど人生の岐路に。新たな一歩を踏み出す若者の物語。語り:広瀬アリス
震災で全壊した岩手県釜石東中学校。在校生は自分たちの判断で避難して津波を生きのび“釜石の奇跡”と言われた。あの日から7年が経ち、卒業生は20歳前後に成長し、震災体験と向き合いながら、どんな人生を選んでいくのか岐路に立っている。地元に戻って復興のために生きるべきか悩む男性。悲劇を繰り返したくないと被災体験を語る決意を固め、朗読会を開いた女性。釜石東中学校の卒業生たちのいまを見つめた。語り:広瀬アリス

明日へ1min.「みちのくモノがたり」▽サムライ魂を染め上げる〜南相馬 染職人〜
東北のキラリと光るモノ作りを伝える「みちのくモノがたり」。福島県相馬・双葉地方に千年以上続いてきた祭礼、「相馬野馬追」。かっちゅうに身を包んだ騎馬武者たちが旗指物を背負って疾走し、戦国絵巻さながらに名誉をかけて戦う。先祖伝来の旗紋を絹に染めた旗指物は、いわば侍たちのシンボルだ。地元でただ一人の染職人、西内清実は、老いてなお色鮮やかな旗指物を作り祭りを支える。今年も西内が染めた旗が野馬追を彩る!
NNNドキュメント パーの手がしたい〜"筋電義手"の子どもたち〜
生まれつき左腕の肘から先がない神(かみ)陽喜(はるき)くん(7)。幼稚園の頃、「みんなと同じようにパーの手がしたい」と泣きながら訴えた。そんな時に出会ったのが「筋電義手」。筋肉の微弱な電気を読み取り、自分の意志で指を動かすことができるロボットハンドだ。義手を「ぎーちゃん」と呼び、「大切な友達」と言う。義手とともに夢を掴もうとする陽喜くんの成長と、一人でも多くの子どもたちに筋電義手を届けるために奮闘する医師の姿を追う。 林マオ(読売テレビアナウンサー) 読売テレビ
ガリレオX お酒と人類 進化のハッピーアワーとビール・ワインの起源
人類はいつお酒に出会い、さらにその造り方を発見して、親しむようになったのか?
お酒づくりの証拠、具体的にはワインとビールの起源についての考古学研究が進み、世界最古のビール醸造所跡がエジプトで見つかった。また、お酒が社会に与えた歴史的役割が見直されている。遺跡に残された有機物の、植物考古学的な分析も注目されている。一方、アルコール分解能力はある時、遺伝子の突然変異によってヒトの祖先にもたらされ、生き延びるのに有利に働いたという推論もある。例えばヒトの祖先が樹の上から降りたことにも、定住と農耕を始めたことにも、社会を階層化したことにもお酒が関与している可能性が高いというのだ。長年、お酒を飲むのはヒトだけとされてきたが、ヤシ酒を飲む野生のチンパンジーも確認された。
お酒を飲むことの進化的な起源と、文明史的な意義を探る。  
世界最古のお酒づくり
人類が初めて出会ったお酒は自然に発酵してできることもある蜂蜜酒などが有力視されているが、検証のすべはない。では、人の手によって造られた一番古いお酒はなにか?
ビールよりもワインの方が歴史が古く、いまから8000年前に南コーカサスで誕生したことが、発掘されたブドウの種やワイン壺の存在から有力となっている。さらに、ブドウに多く含まれる酒石酸という有機物や、ワインの存在の証拠となる酒石酸塩の発見が考古学的な推論を補強していく。
植物考古学からみた古代のお酒
お酒の存在を裏付ける大きな証拠のひとつに「植物遺存体」がある。偶然、火で燃えるなどして炭化した為に、形が壊れずに発掘された言わば植物の化石だ。そしてそこに含まれるDNA分析なども含めて、今後の研究が期待されている学問分野が、植物考古学だ。加熱する工程のないワインに比べ、火を使う工程のあるビールのほうが、植物遺存体が残りやすいと言う。
世界最古のビール工房跡
エジプト南部のヒエラコンポリス遺跡は、古代エジプト文明の発祥の地とされる場所だ。ここで2003年に、世界最古のビール醸造施設跡が発見された。ビール工房だと推定される理由は、糖化させて麦汁を作り出すためと思われる加熱施設が見つかったことと、5つの大甕の内側の残滓から、大麦や古代小麦が見つかったためだ。
さらに電子顕微鏡観察により、酵母がでんぷん粒を食べた発酵の痕跡も認められた。しかし、5つの大甕で合計300リットルものビールをいったいなんのために作ったのか、謎も残る。
古代エジプトビールの再現
1981年から2003年にかけて、古代エジプトビールの忠実な再現プロジェクトが進められた。当時の壁画を詳しく解析し、試行錯誤の末にレシピを読み解き、使用する調理器具や土器、窯に至るまで徹底して模試、2種類の古代エジプトビールが造られた。そしてその味は・・・。
お酒を飲む野生のチンパンジー
長年、ヒト以外でお酒を飲む動物はいないとされてきた。ところが近年、その常識を覆す、お酒を飲む野生のチンパンジーの一群が西アフリカのギニアで見つかった。
13頭ものチンパンジーが、人間がヤシの樹液を集めて作っているヤシ酒を、自発的に、そして習慣的に盗み飲みにくるのだ。お酒を飲む野生チンパンジーの存在が示唆するのは、ヒトがお酒を飲むことの進化的な起源と、文明史的な意義だ。なんとヒトやチンパンジーは、1000万年前の遺伝子変異により突如、高いアルコール分解能力を身につけ、完熟して糖分とともにアルコールを含んだ果実などを、優位性をもって摂取することができるようになり、生存競争に打ち勝ってきたと言うのだ。
<主な取材先> 松沢 哲郎さん (京都大学 高等研究院) 馬場 匡浩さん (早稲田大学 高等研究所) 赤司 千恵さん (東京大学総合研究博物館) 小泉 龍人さん (東京大学東洋文化研究所) 黒川 さつきさん (キリン)

バリバラ「ヘルパー不足解消大作戦」
障害者が地域で暮らすのに欠かせないヘルパー。しかし今、全国的にヘルパー不足が深刻だという。なぜなのか?学生にアンケート調査をした結果、「障害者の介助は難しい・きつい」というイメージから敬遠されていることが判明。そこで!ヘルパー不足解消の妙案を考えるべく、東大卒芸人、イケメン俳優、女子大生、会社員の4人が介助の現場に潜入。ヘルパーのリアルを知り、彼らが見つけ出したアイデアとは? 徳井健太,石井てる美,竹下健人, 山本シュウ, 玉木幸則, 大橋グレース,岡本真希, 神戸浩,ベビー・バギー
フルタチさん【日本の難読地名&日本大好き外国人の仕事!47都道府県大調査SP】
 MCの古舘伊知郎やゲストが、これまで気になって「ひっかかって」はいたけれど、そのままにしてしまった、世の中のあらゆる「ひっかかる」ことを、わかりやすく、おもしろく、エンターテインメントに紹介していくバラエティー番組。  今回は「47都道府県大調査SP」をお送りする。「読めたらスゴい!日本難読遺産」では47都道府県に存在する難読地名や、難読名字をクイズ形式でゲストチームに出題。難読地名として出題されるのは「人首」「四十物」「一尺八寸山」「無悪」など。また難読名字として出題されるのは「四十九院」「四十八願」「百目鬼」「一寸木」など。果たして、ゲスト出演者たちは正しく回答することができるのか?  「47都道府県に住む外国人の仕事大調査」では、日本に暮らす外国人の方々の仕事を調査。なかには、日本人以上に日本人らしい側面を持つ方々も登場。外国人の方々の意外な仕事を通じて、日本の良さや地方の良さを再認識できること請け合い。 古舘伊知郎  山崎夕貴(フジテレビアナウンサー) いとうせいこう  小澤陽子(フジテレビアナウンサー)  唐橋ユミ  カンニング竹山  金田一秀穂  前園真聖  吉田敬(ブラックマヨネーズ)  吉村崇(平成ノブシコブシ)  渡辺えり  IKKO  神田愛花  (五十音順) 中嶋優一  塩田千尋  西村陽次郎  東園基臣  松本祐紀  木村剛  フジテレビ
NHKスペシャル 列島誕生ジオ・ジャパン 第1集「奇跡の島はこうして生まれた」
私たちの日本列島はどんなドラマを経て生まれたのか? 絶景とタイムトラベルCG、絶品和食から、驚きの大地のスペクタクルを体感! 劇団ひとり、指原莉乃(HKT48)
絶景の国・日本。島国にして山国という奇跡の大地は、どんなドラマをへて今の姿となったのか? シリーズ第1集は、奇跡の島の誕生物語。もともと今の日本列島の位置には、陸地はなかった。そこから3000万年に及ぶ日本誕生という「想像を超えた大地のドラマ」が始まる。ここで起こった奇跡の4大事件とは? 絶景×タイムトラベルCG×絶品和食で、列島誕生の謎に挑む。劇団ひとり、指原莉乃(HKT48)、和久田麻由子アナ 神戸大学教授…巽好幸,劇団ひとり,指原莉乃


仕事し過ぎで感情がない感じ??マズイですね.
テレビでみたナノスーツがスゴイ♪

<東京五輪まで3年>「復興」色 矛盾だらけ
 2020年東京五輪の開幕まで、24日であと3年となる。東日本大震災からの「復興五輪」を掲げるが、具体的な復興支援はまだ見えない。昨年、研究者やアスリートら16人の論考集「反東京オリンピック宣言」を出版した神戸大大学院の小笠原博毅教授(社会学)に問題点を聞いた。(聞き手は東京支社・片山佐和子)
◎神戸大・小笠原博毅教授に聞く
 −「宣言」を出版した動機は。
 「五輪に同調的な言説があふれており、きちんと異議を申し立てたかった。東京電力福島第1原発事故は汚染水処理や廃炉作業など問題が山積しているのに、安倍晋三首相は招致のプレゼンテーションで『状況は統制されている』と切り捨てた。福島がPRに利用されたことに国民はもっと怒るべきだ」
 −被災地の姿と支援への感謝を世界に伝える狙いは評価できるのでは。
 「五輪はスポーツイベント。招致のため感謝を伝えることが無理やり関連付けられた。なぜ東京が、多くの犠牲があった被災地を代表できるのか。五輪が復興についての印象操作の道具にされている」
 「1964年の東京五輪は戦後復興の象徴と言われるが、実態は東京都心が整備されただけで地方との格差が拡大した。現在も五輪に向けて再開発やインフラ整備が進み、一極集中が加速している。復興を後押しすると言いながら資材価格や人件費の高騰を招き、復興事業に実害が出ている」
 −沿岸被災地を巡る聖火リレーや宮城、福島両県での一部競技実施は地元で歓迎の声がある。
 「河北新報社が今年2月に実施した被災42市町村長アンケートに注目したい。五輪は復興に役立つかとの問いに半数以上が『何とも言えない』と答えた。特に原発事故避難区域の首長は大半がネガティブな見方だった。多様な意見があるのに、何となく歓迎ムードがつくられていないか」
 「五輪に批判的だが、どうせやるならと捉え、循環型社会への転換など新しい価値の創造を呼び掛ける人々もいる。異なったビジネスモデルの提供でしかなく、自ら積極的に巨大イベントに貢献しているだけだ」
 −開催準備が進む中、反対を唱える理由は。
 「大手メディアは招致決定以降、反対の声をあまり報道しなくなった。意見の多様性は努力して守るべきだ。安倍首相は『共謀罪』法の必要性や憲法改正の時期を五輪と結び付けた。五輪憲章が禁じる政治利用だ。矛盾と問題だらけの五輪に私は反対と言い続ける」


<海開き>砂浜再生7年ぶり水しぶき
 東日本大震災の津波で砂浜が流され、閉鎖していた岩手県山田町の浦の浜海水浴場が22日、7年ぶりに海開きをした。砂浜を再生した海水浴場が開設されるのは県内で初めて。
 砂浜は津波で3分の2が流失。県は復旧工事で約2万7000トンの砂を運び入れ、シャワーやトイレを備えた管理棟を再建した。工費は約3億円で、復興交付金を利用した。
 佐藤信逸町長らが同日、テープカットで再開を祝い、家族連れらが砂浜で波の感触を楽しんだ。家族4人で訪れた宮古市の宮川竜惺(りゅうせい)ちゃん(4)は「プールより冷たくて気持ちいい」と笑顔だった。
 23日にはシーカヤックなどが楽しめる再開記念イベントがある。
 県内では同日、大船渡市三陸町越喜来の浪板海水浴場も7年ぶりに再開した。


<あなたに伝えたい>毎朝読経仏の道で再会願う
◎共に自宅で津波にのまれた母、妻、孫/中里勉さん(宮城県石巻市)はつよさん、こう子さん、煌冴ちゃんへ
 中里はつよさん=当時(83)=、こう子さん=同(59)=、煌冴(こうが)ちゃん=同(4)= はつよさんは長男勉さん(67)、こう子さん夫妻と石巻市大街道南で暮らしていた。勉さんが近くに住む孫の煌冴ちゃんを託児所から連れて帰宅後、津波が押し寄せて勉さんだけ生き残った。
 勉さん 女房は花が好きで、東日本大震災のあの日も地震で倒れた玄関の鉢を直したり、こぼれた土を掃いたりしていました。
 津波が自宅に押し寄せてくると、女房は孫を背負って2階に向かって走り、「お母さんをお願いします」と私に声を掛けました。
 私は逃げる間もなく、右半身が不自由なおふくろを抱えたまま1階の天井まで水に押し上げられました。天井裏のわずかなスペースに自分とおふくろの顔を出しましたが、体は水に漬かったまま。おふくろが「冷たくてもうだめだ」と言うので「頑張れ」と励ましたのですが、腕の中で力尽きてしまいました。
 水が少し引いてから2階に上がりましたが、女房と孫はいません。3日後、自宅の1階で2人は見つかりました。煌冴は働く車が好きな子でした。私が砂を生産する会社を定年退職する前、パワーショベルに乗せてやると喜んでいた姿が今も目に浮かびます。
 私は昔から、お不動さんを信仰しています。震災後は神も仏もないと思いましたが、生かされた私にできることは家族や震災犠牲者の冥福を祈ることだと思い、2012年から会津や京都、淡路島などで寺巡りをしました。
 今は自宅に設けた私だけの本堂で毎朝、お経を唱えています。仏の道は大変だといいますが、今日も無事に歩んでください。私もいつか死にます。その時は、孫に「じいじ待っていたよ」と言ってもらえるのでしょうか。


<リボーンアート開幕>響きあう芸術・歌・味
 アートと音楽、食を通し、東日本大震災の被災地再生を願う総合祭「リボーンアート・フェスティバル2017」が開幕した22日、舞台となる石巻市中心部や牡鹿半島は大勢の来場者でにぎわった。51日間にわたる初の大型イベント。来場者は復興途上の海沿いの景色や芸術作品を見ながら、震災から6年4カ月余りの歳月に思いをはせた。
 会場は石巻市中心部とその周辺、牡鹿半島中部、牡鹿半島先端・鮎川の4エリア。中部エリアの拠点施設「牡鹿ビレッジ」では、浜の女性らが郷土料理を提供する食堂「はまさいさい」と全国の有名シェフが腕を振るうレストランがオープンし、来場者が鹿肉を使った料理など石巻の食文化を堪能した。
 同市桃浦の荻浜小(休校中)ではオープニングイベントを実施。大鍋でパエリアを作るパフォーマンスが披露され、パスタ生地にホヤや鹿肉などを挟むラビオリづくりに挑戦するワークショップも開かれた。
 校庭では実行委員長で音楽プロデューサーの小林武史さん(新庄市出身)のピアノに合わせ、歌手のSalyu(サリュ)さんが「浜辺の歌」を歌い、山と海に囲まれた会場に透き通った歌声が響き渡った。
 荻浜小卒業生で石巻市蛇田の主婦萩谷静香さん(32)は「地元に、こんなに人が集まってくれてびっくりした。演奏は小学校の雰囲気に合っていて良かった」と満喫していた。
 22日午前は石巻市役所でオープニングセレモニーがあり、小林さんは「震災で多くのものを失った場所に吸い寄せられ、何かを模索してきた。来て良かったと思ってもらえる総合祭にしたい」と語った。


<リボーンアート開幕>芸術と海と人が紡ぐ希望
 宮城県石巻市の牡鹿半島を主な舞台とするアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル2017」が22日、東日本大震災からの再生を願って開幕した。9月10日まで。
 国内外のアーティスト39組が制作した作品が、石巻市街地の伝統的な建築物や牡鹿半島の自然の中に展示された。金華山と海が見渡せるおしか御番所公園では、文化勲章受章者の前衛芸術家草間弥生氏のカラフルな水玉模様の作品が公開された。
 夫と訪れた千葉市中央区の会社員村上由香里さん(49)は「青い海を背景に見ると、色が映えて良かった」と楽しんでいた。
 石巻市荻浜では地元食材をふんだんに使った料理を提供する食堂とレストランがオープンした。期間中は各地で音楽を交えた多彩なイベントが開かれる。
 総合祭は実行委員会と一般社団法人APバンク(東京)の主催で、宮城県や河北新報社などが共催する。


デスク日誌 福島への責任
 どうしても薄っぺらに感じてしまう。東京電力の新経営陣が口にする「福島への責任」という言葉だ。6月に就任した川村隆会長と小早川智明社長らが、事あるごとに語っている。
 現実はどうか。福島第1原発でたまり続ける「トリチウム水」の処分方法を巡り、川村会長は「(海洋放出の)判断はもうしている」と発言した。
 結果は地元反応の通り。風評被害と闘う漁業の現場などから猛反発を受けた。東電は「社として判断はしていない」と釈明したが、川村会長の地元感情への理解不足がはっきりした。
 小早川社長も地元をさっぱり分かっていない。全町避難が続く双葉町の仮役場を訪問時、町の避難指示が「一部解除された」と大間違いの発言をした。双葉町は第1原発の立地自治体だ。足元の現状すら把握できていない経営陣の発言をどう信じろというのか。
 2人は東電の経営改革加速を目指す政府の意向を受けて就いたともいわれる。福島復興が二の次にならないか心配だ。そういえば川村会長は就任後の記者会見で「稼ぐ事業体に生まれ変われれば、福島への責任を果たせる」と語っていた。(福島総局長 安野賢吾)


<宮城産ホヤ>消費拡大に県が注力
 宮城県が、東京電力福島第1原発事故の影響で韓国の輸入規制が続くホヤの販路、消費の拡大に力を入れている。同国に代わる輸出先として米国での市場開拓に着手。キャンペーンなどを通してさまざまな食べ方や調理法も提案し、県を代表する水産物をアピールする。
 新たな海外市場として県が期待するのは、韓国系住民が暮らすロサンゼルスなどのコリアンタウン。現地のスーパーで9月、消費者向けに試食などのプロモーションを展開。11月には食品見本市に出展し、事業者らへのPRを計画する。
 冷凍したパック詰めのホヤ約20トンを近く現地に向けて輸出する。業務は東京の輸出商社に委託した。県は漁協や水産加工業者などと連携しながら、需要の掘り起こしや輸出の足掛かりを築きたい考えだ。
 県内の飲食店82店舗は31日まで、県産ホヤを使った料理を提供するキャンペーンを実施し、地元消費を促している。刺し身などの定番に加え、各店が工夫を凝らしたアヒージョ、テリーヌ、パスタなど幅広いメニューが並ぶ。
 ホヤのアレンジ料理の作り方は大手レシピサイトなどでも公開している。「ホヤのかき揚げだし茶漬け」は、東京のホテルのシェフが県の依頼を受け、考案した。生食だけでなく、火を通した食べ方を提案し、消費量を増やす試みだ。
 県によると、東日本大震災前は7000トン超が韓国に輸出されていた。昨年は1万3000トンが水揚げされ、韓国禁輸の影響を受けて7600トンが処分された。国内での流通量は増加傾向にあるという。
 県食産業振興課の担当者は「さまざまな食べ方や調理法を知ってもらい、ホヤの消費拡大を図りたい」と話している。


<盛岡バスセンター>跡地 住民団体へ無償貸与
 老朽化のため昨年9月に営業を終え、解体された盛岡市中ノ橋通の路線バスターミナル「盛岡バスセンター」について、盛岡市は新施設が着工するまでの約2年間、跡地の一部を地元の住民団体に無償貸与する。市民広場として使われ、22日は市民らが看板や柵を取り付けた。電気や水道を整備し、9月の本格活用を見込む。
 跡地約2755平方メートルのうち、未舗装の約1060平方メートルを貸与。地域活用ゾーン「SIDE−B(サイド・ビー)」と名付け、地元商店街組合など7団体でつくる「盛岡バスセンターおよび周辺地区活性化協議会」が管理する。
 市民による音楽や芸術作品の発表、ビアフェスなど飲食イベントでの利用を想定。約30の協賛企業名を記したサインボードを設け、協賛金を管理費に充てる。
 跡地は市が5億800万円で取得した。民間と連携してバスターミナル機能を持つ複合施設を再整備する。市は本年度中の整備方針策定を目指す。
 協議会で地域活用ゾーンの運営を担当する佐々木大さん(42)は「地区のにぎわいを維持する場としていろいろな企画を展開したい」と話した。


再考ふるさと納税/返礼品騒動欠陥放置のツケ
 ふるさと納税の寄付総額が過去最高を更新する一方、これまで多くの寄付を集めてきた自治体で、人気の返礼品が続々と姿を消しつつある。
 返礼品競争への批判が強まる中、総務省は今年4月、調達額を寄付額の3割以下に抑えることなどを求める通知を出したのに加え、5月には価格や換金性、資産性が高いと判断した返礼品について一部市町村に直接、見直しを再要請したからだ。
 県と県内市町村で2016年度、東北最多の計225億3300万円を集めた山形県では、16市町が総務省の再要請を受け、大半の自治体が指摘された返礼品を別な品物に変更すべく準備中だ。
 米沢市は7月末にパソコンの取り扱いをやめるほか、天童市も8月末に高級将棋駒「盛上(もりあげ)駒」などを返礼品から除外する。米沢市が集めた寄付額は市町村としては全国7位の35億3100万円、天童市は9位の33億5800万円。
 両市をはじめ「稼ぎ頭」だった返礼品を変更する自治体は今後、これまで通り多額の寄付を集めるのは難しくなるとみられている。
 総務省の通知や再要請には当初、不信や反発を示す自治体もあった。山形県の吉村美栄子知事は5月下旬、「(贈り物には)半返しという言葉もある」と述べ、返礼品調達額の割合が3割を超えても問題はないとの考えを示した。
 この発言には県内の市町村の支持が広がり、一時は「私たちとしても『半返し』が社会通念だと考えている」(酒田市)として国の方針を公然と批判する自治体も表れた。
 これに対し、総務省は19市町に返礼品の見直しを迫る電話を頻繁にかけ、期限を区切って検討状況を確認。各自治体側は不本意ながら変更に向けた検討に取り組まざるを得なくなった。
 しかし、地方交付税制度を所管する役所が、権限を背景に自治体を押さえつけなければ収拾できないような混乱を招いた原因は一体何なのか。
 ふるさと納税は、第1次安倍晋三政権で総務相だった菅義偉官房長官が提案し、2008年4月にスタートした。15年度からは「地方創生」を後押しするとして、寄付の上限額を約2倍に引き上げたほか、5自治体まで確定申告不要とするなど、手続きも簡素化したことで急拡大した。
 制度創設時から過剰な返礼品を規制すべきだとの議論はあった。自治体同士が税収を奪い合う構図になるのが避けられない以上、自治体が競って返礼品に工夫を凝らすのは必然と言えた。
 多額の寄付が可能な高所得者ほど、節税の恩恵が大きいといった欠陥を放置してきたことも、この制度を官製「お取り寄せ通販」に堕落させた一因であろう。
 今回の返礼品騒動で問われるべきは、自治体の節度以前に、こうした対策を怠ってきた政府の責任である。


御嶽山で遺族ら慰霊登山、長野 噴火犠牲者しのぶ
 2014年9月の噴火で58人が死亡、5人が行方不明となった御嶽山(長野、岐阜両県)で、遺族らが23日、長野県王滝村側から慰霊登山をし、犠牲者をしのんだ。
 被災者家族会「山びこの会」が呼び掛け、2回目の慰霊登山。昨年は同県木曽町側から登った。今年も夏山シーズンを迎え、登山道は深緑に包まれている。
 愛知県刈谷市の野村正則さん(53)は、おいの亮太さん=噴火当時(19)=が行方不明になったまま。「悲しい気持ちがよみがえってくるが、おいの近くに行きたいという思いで来た。早く見つけたいので、警戒レベルが下がってほしい」と話した。


御嶽山 慰霊登山 雨の中、噴火犠牲者の遺族ら
 63人の死者・行方不明者が出た2014年9月の長野・岐阜県境の御嶽山(おんたけさん)噴火の犠牲者遺族らでつくる「山びこの会」は23日、長野県側から入山規制エリア手前の9合目まで、小雨が降る中、慰霊登山をした。遺族と行方不明者の家族、生還者計19人が参加し、生還者は遺族らに当時の様子を伝えながら登った。
 長男英樹さん(当時37歳)を亡くした堀口純一さん(70)=岡山県=は生還者に荷物を持ってもらうなどして登った。堀口さんは「皆さんに励まされながら何とか登りきることができた。9合目で(英樹さんに)『ここまでは来たよ』と声をかけた」と語った。
 野村正則さん(53)=愛知県刈谷市=は、行方が分かっていないおいの亮太さん(当時19歳)と噴火当時、山頂付近にいてはぐれた。気象庁は噴火警戒レベルの引き下げ検討を始めており、正則さんは「今はまだ近づけないが必ず(山頂に)行く」と話した。【安元久美子】


福島原発の処理水 「放出断行」は許されぬ
 東京電力福島第1原発でたまり続ける処理水。近い将来に解決しなければならない問題だが容易ではなく、出口が見えない状態だ。
 そんな中、就任間もない川村隆東電会長の発言が波紋を広げた。報道各社のインタビューに対して「(東電としての)判断はもうしている」と海に放出する方針を明言したからだ。
 地元漁業者から強い反発が起こった。当然だろう。
 福島県沖では原発事故後に操業自粛を余儀なくされ、苦闘しながら再生の道を歩んでいる。
 処理水の放出は風評被害を招くと予想され、福島だけでなく宮城や本県に波及することが考えられる。国内消費に加え輸出への悪影響も出よう。これまでの努力を水泡に帰すようなことがあってはならず、極めて慎重な対応が求められている。
 吉野正芳復興相も「福島県の漁業者に新たな不安をつくらないでほしい。これ以上追い詰めないでほしい」と述べた。重い発言だ。
 全国漁業協同組合連合会の厳重抗議に川村氏は「真意が伝わらなかった。会社としても個人としても海洋放出を判断した事実はない」と釈明したが、東電に対する不信感を強める結果となった。
 原子力規制委員会の田中俊一委員長も非難。従来から希釈しての放出を促している田中氏だが「私を口実にして、当事者として(判断から)逃げるのはおかしい」と指摘した。東電には主体性をもった誠実な説明が求められる。
 施設に地下水が流れ込み増え続ける高濃度汚染水は浄化処理されているが、放射性物質の一つであるトリチウム(三重水素)だけは取り除くことができずに残る。
 政府は昨年、「深い地層に注入」「水蒸気放出」など他の方法を含めて費用と所要期間を試算。「海洋放出が最も短期間に、低コストで処分できる」とした経緯がある。また、トリチウムは原発の通常運転でも発生、基準値を下回れば放出が認められる。
 このため、海洋放出が有力な選択肢となっていることは否めない。
 しかしこの問題に関する政府小委員会で、漁業経済を専門とする浜田武士北海学園大教授は懸念を表明。福島県産の魚介類への根強い風評を踏まえ「買い控えが拡大しかねない」と指摘した。
 やはり、放出は現段階では現実的ではないのではないか。なお他の方法での解決の道を探るべきだ。
 福島県産品は農産物を含めて風評被害が続いており、まずは国を挙げてその払拭(ふっしょく)や対策に努めてほしい。そうでなければ処理水についての将来展望は開けまい。


[「伊方原発」却下] 住民の懸念は消えない
 原発の再稼働を進める国や電力会社の姿勢を、またも追認する裁判所の判断である。
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めた県内住民らの仮処分申請を、松山地裁は却下した。
 決定理由の中で松山地裁は、東京電力福島第1原発事故の後に策定された新規制基準の規定や、四国電力が設定した基準地震動について「不合理な点はない」と認定した。
 住民側の「司法は福島を忘れたのか」との憤りは理解できる。
 福島第1原発は事故から6年過ぎた今も、原子炉内の状況把握さえままならない。事故の全容把握もできていない段階で策定された新規制基準を根拠に安全と言われても、納得できないのは当然だ。
 仮処分で稼働中の原発を止めた前例は、関西電力高浜3、4号機に対する昨年3月の大津地裁決定がある。ところが、今年3月に大阪高裁での抗告審で逆転した。その後、広島地裁が伊方3号機、佐賀地裁が九州電力玄海原発3、4号機の再稼働を容認した。
 いずれも新基準を「最新の科学的、技術的知見に基づいて策定され、不合理とはいえない」と認める立場を取った決定だ。松山地裁もこれを踏襲したといえよう。
 政府は新基準を「世界一厳しい」と強調する。しかし、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、新基準に適合した原発についても「絶対安全とは言わない」と繰り返し説明している。
 しかも、「想定外」を災害多発国の日本はたびたび経験している。東日本大震災では実際に原発が制御不能に陥ったし、昨年の熊本地震では震度7の連続発生で科学の限界を思い知ったばかりだ。
 根強い住民の不安や懸念には明確な根拠がある。この事実を国や電力会社は直視するべきだ。
 今回の審理では、避難計画の合理性も焦点だった。伊方原発は国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」の近くにある。細長い佐田岬半島の付け根に位置し、過酷事故の際、住民の避難は難しい。
 地裁は避難計画について現時点では問題ないとしつつ、「今後適切に修正が行われなければ著しく合理性を欠く事態もあり得る」と指摘した。自治体は原子力防災訓練などで浮上した問題の着実な解消に努めなければならない。
 伊方原発の差し止め仮処分申請は、大分地裁と山口地裁岩国支部でも審理が続いている。事故による被害は、県や市の境界とは関係なく広がる。国や電力会社は、立地自治体以外の住民の声にもしっかりと耳を傾ける責務がある。


仙台市長選 国政が直撃 敗れた与党陣営、恨み節
 国政の与野党対決の構図となった仙台市長選。自民、公明両党の県組織や日本のこころが支持する冠婚葬祭会社社長の菅原裕典氏(57)は、民進、共産、社民各党の県組織と自由党が共闘する元民進党衆院議員の郡和子氏(60)に敗れた。学校法人「加計学園」問題や自民党議員の相次ぐ暴言・失言問題などの影響がもろに出たと言え、菅原氏の陣営からは「タイミングが悪すぎた」との恨み節も漏れた。
 「『国政と市長選は関係ない』と説明しても分かってくれない人もいた」。菅原氏の落選が決まった後、自民県連幹部はぼやいた。
 政権与党とのパイプは大きな武器となるはずだった。菅原氏は「自公の国会議員の力を借りて、国に要望を伝えられるのは私だけ」と繰り返しアピールしたものの、肝心の自民が前面に出る場面はほとんどなかった。大物国会議員が駆けつけることはほとんどなく、陣営幹部は「街頭での演説は遠慮してもらった」と打ち明けた。
 20日夜にあった菅原氏の個人演説会。応援に駆けつけた自民党の山本一太参院議員は「与党国会議員としておわびしたい。自民1強でおごりがあった」と頭を下げた。
 一方、郡氏側は民進党の岡田克也元代表ら各党幹部クラスが相次いで仙台入りした。加計学園問題などで安倍政権批判を繰り返し、元自民党県連幹部の村井嘉浩知事と近い菅原氏に対して「お友達政治は許さない」と繰り返した。【川口裕之、本橋敦子】
自民支持層2割、郡氏に…出口調査
 毎日新聞社は23日、仙台市長選で、投票した有権者に出口調査を実施した。安倍内閣の支持率が低下し、地方選挙への影響が注目される中、民進、共産両党などが野党共闘で支援する元衆院議員、郡和子氏(60)に自民支持層の2割弱が投票した。学校法人森友学園や加計(かけ)学園、稲田朋美防衛相の資質などの問題が、誰に投票するかに「影響した」という声も複数聞かれた。
 郡氏は民進支持層の8割強を固め、支持政党なしと答えた無党派層を半数近く取り込んだ。自民、公明両党県組織が支持する冠婚葬祭会社社長、菅原裕典氏(57)は自民支持層の7割を固めたが、無党派層からの支持は2割強にとどまり浸透できなかった。
 自民支持層のある有権者は、安倍内閣の諸問題への対応に疑問は抱きながらも「消極的に自民候補を支持した」と複雑な心境を明かした。加計学園問題などで投票先を決めた有権者は、理由について「安倍内閣を支持できないから」と答えた。
 一方、無党派層の2割が元衆院議員の林宙紀氏(39)に投票した。
 主な政党支持率は、自民24%▽民進13%▽公明4%▽共産4%−−など。無党派層は52%だった。


横浜市長選の争点「カジノ誘致」は加計問題と同じ、アベ友への利益誘導だ! 仙台市長選に続き安倍自民党にNOを
 菅義偉官房長官(神奈川二区)が安倍晋三首相と一緒に推進するカジノ誘致が、横浜市長選(7月16日告示・30日投開票)を直撃、菅直系の林文子市長(71)3選の逆風になりつつある。横浜は、「日本維新の会」の本拠地・大阪と並ぶ有力なカジノ候補地だが、都議選で自民党の歴史的惨敗の一因となった加計問題と同様、「安倍首相の“お仲間”への利益誘導」と見なされて横浜市民の猛反発を受ける可能性があるためだ。
7月16日13時、桜木町駅前で「カジノよりも中学校給食を」と訴える前・横浜市議の伊藤ひろたか候補が第一声をあげた。街宣車には市民団体と野党国会議員の垂れ幕がずらりと並び、候補者や応援弁士が「カジノ反対」と叫ぶたびに歓声と拍手が沸き起こる。市民参加型の野党共闘が実現した昨年夏の参院選と同じような光景と高揚感が再び出現するなか、二人の国会議員がカジノ誘致と加計問題を重ね合わせた。
 民進党の真山勇一参院議員(神奈川選挙区)が「なぜ違法のカジノが(横浜に)できるのか。それは『国家戦略特区にして違法なことでも違法でなくしてやってしまおう』と政府は考え、一体となってやっているのが横浜市」と切り出すと、江田憲司代表代行(神奈川8区)も次のように一刀両断したのだ。
「カジノは賭博、バクチです。依存症患者が続出、治安も風紀も乱れ、子どもの教育上も極めて悪い。なぜ、こんなカジノを林市長と自民党は誘致しようとするのでしょうか。それは、森友、加計問題で見られるように、ギャンブル場を誘致すれば、(候補地の)この山下埠頭に大きなお金が落ちる。その利権を漁ろうとしている政治家にレッドカードを突きつけるのが、この横浜市長選ではありませんか!」
 実際、横浜へのカジノ誘致関連予算は約1000億円にも及ぶ。その内訳は、山下埠頭の倉庫移転補償費などの候補地基盤整備に約500億円、交通アクセス向上のための「海底トンネル」(新港埠頭から山下埠頭の1.5キロ)に約300億円、そしてLRT(次世代型路面電車システム)などの「新交通システム」に約200億円である。カジノを含むIR誘致には広大な用地確保と良好な交通アクセスが不可欠で、巨額のインフラ整備費が必要になる。カジノ利権も加計問題と同じ!安倍官邸のお友だちへの利益誘導
 三輪智恵美市議(共産党)が「カジノ誘致のためにここまでやるか」と疑問視するのはこのためだ。その一方で、工事が増えるゼネコンや利益誘導型の政治家にとっては、権益拡大のチャンスになる。地元選出の菅官房長官や直系の林市長や建設業界を含む地元経済界がカジノ推進をするのもよく分かる。「地元への巨額な税金投入を期待している」のは間違いないだろう。
 市長選告示日から約1週間前の7月8日、江田氏は地元の集会でカジノ誘致と加計問題の共通点について、より詳しく説明していた。
「(去年12月の)カジノ法案の強行採決でも、安倍官邸と大阪維新が連携、公明党を置き去りにした。『岩盤(規制)にドリルで穴を開ける』と言って加計に落ちるように開けたが、カジノでは横浜と大阪だけの穴を開けようとしている」
 江田氏が紹介したのが、仁坂吉伸・和歌山県知事が「地方にカジノ誘致はできなくなる」という抗議の記者会見を開いたこと。「政府が『カジノを誘致するには大規模な国際会議場を併設しなければならない』という基準の設置を検討」という新聞報道を受けての知事会見だった。
「これこそが『間口を狭めて大阪と横浜に(カジノ利権を)落とそう』とする魂胆であることは明らかだ。そういう基準を検討していることは、大規模な国際会議場を併設してもペイする大都市、大阪か横浜に落とそうとするもので、加計と同様、特定地域への絞り込みが平気で行われている」(江田氏)
 カジノ法案強行採決でアベ自民党と維新は二人三脚を組んだが、「その論功行賞として菅官房長官の地元である『横浜』と維新の本拠地の『大阪』を二大有力候補地にするシナリオ(密約)ができているのではないか」という見方である。
新潟県知事選、小樽市長選につづく奇跡の逆転勝利なるか
 カジノ推進で菅官房長官と足並みを揃えてきた林市長は、去年11月の東京五輪のバレーボール会場見直しでもアベ自民党に“同調”した。横浜の既存施設活用を目指した小池百合子都知事の提案に対して、当初は前向きの発言をしながら、途中でハードルを上げてハシゴを外した。「アスリート・ファースト」を錦の御旗にバレー会場新設を主張した森喜朗・元首相を後押し、見直し派の小池知事を見離したともいえる。「林市長は、小池知事嫌いの菅官房長官と工事減少を免れた建設業界が高笑いする対応をした」と勘繰られても仕方がないだろう。
野党が徹底抗戦する中でカジノ法案が強行採決された昨年の臨時国会でも、林市長はアベ自民党と息のあったところを見せた。法案審議が山場を迎えた去年12月8日、IR推進議連主催の緊急集会に林市長代理の副市長が出席。「IR整備は観光立国実現に大変重要」「地域経済活性化や財政基盤強化や雇用創出などでメリットの大きい」と絶賛した。
 大阪や北海道などとともに誘致自治体として法案成立を後押しし、カジノ法案成立直後には林市長が「観光立国への大きな一歩」と歓迎したほどだ。
 今回の横浜市長選で3選を目指す林市長は現職の強みに加えて、自公と連合神奈川が推薦をしていることから盤石のようにも見えるが、カジノを争点とした地方選挙では普通では考えれない番狂わせが起きている。
 それは2015年4月の小樽市長選のことだ。この時も、自民・公明・民主(当時)・連合小樽・小樽商工会議所が支援するカジノ推進派で当時現職だった中松義治氏が圧倒的に有利と見られたが、「カジノはいらない」と訴えた森井秀明・元市議が奇跡的な勝利を勝ち取ったのだ。原発再稼働に反対した米山隆一知事が逆転勝利をはたした去年10月の新潟県知事選と同様、民意の受け皿となった候補が大政党と連合が推す候補に勝利するという番狂わせが起きていたのである。
 カジノ反対の根強い民意を感じ取ったためか、林氏は今年に入ると、「全くの白紙」と変節した。横浜青年会議所主催の7月8日の公開討論会でも、「ギャンブル依存症が課題。今の段階で誘致するしないを考えるのは疑問で賛成派も反対派もいる」と慎重な姿勢を打ち出した。当然、反対派の二候補は「賛成派はほとんどいない」「立場を明確にすべき」と批判したが、市長選の手法でも林氏は、原発政策など不都合政策を国政選挙で語らないアベ自民党そっくりの“争点隠し選挙”を実践しているようにみえる。
林文子市長に直撃! “カジノ推進隠し”は菅官房長官からの要請? 
 林氏の告示日の第一声は横浜駅西口だったが、約11分の街宣でカジノ誘致には一言も触れなかった。そこで街宣後、直撃をしてその理由などについて本人に聞いてみた。
――カジノについて触れられなかったのは理由があるのですか。
林氏 これから皆さまと判断していくということです。(触れなかった)理由はないです。
――(カジノについて触れないように)菅官房長官から頼まれたのですか。
林氏 いえいえ、そういうことはありません。(演説)時間のなかでお訴えしていくことを絞って話しております。
――当選したらカジノ推進はありうるわけですね。
林氏 いや、今のところ、白紙でございます。
――カジノについアンケート調査をされたのですか。
林氏 (無言のまま車に乗り込んで走り去る)
 横浜市議会議員へのアンケート調査でも、駅前などでの市民へのシール調査でも「カジノ誘致反対が多数」という結果が出ているが、林氏はアンケート調査で横浜市民の民意を“定量的”に把握しようとしていない。これでは、「カジノ誘致推進の菅官房長官らアベ自民党やゼネコンの意向しか眼中にない」と疑われても仕方がないだろう。
“隠れカジノ推進派”にしか見えない林氏だが、4年前の市長選で支援した民進党は自主投票となったものの、新潟県知事選と同様、蓮舫代表を含む同党所属の国会議員が応援に駆け付ける可能性はある。共産党も自由党も伊藤氏支援を決定、実質的な野党統一候補を市民団体が応援、自公と連合支援の候補を追いかける展開も新潟県知事選とよく似ている。「カジノ誘致にイエスかノーか」を問う横浜市長選で、都議選に続き安倍政権に再びレッドカードが突き付けられるのか否かが注目される。(横田 一)


日本酒の輸出/追い風になる日欧EPA
 日本と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)交渉で大枠合意し、政府は2019年の発効に向け国内対策の策定に入った。市場開放に踏み切ったチーズなど乳製品の生産者や畜産農家の支援が柱となる。
 国内農業への打撃を和らげる手だてとともに、輸出産業への成長を促す「攻め」の施策が欠かせない。EUに輸出する日本酒、緑茶、しょうゆ、牛豚鶏肉、青果といった農産物の大半で関税が即時撤廃される。和食文化を広める好機としたい。
 日本屈指の酒どころを抱える兵庫にとっても、市場開拓の追い風になりそうだ。
 海外進出に力を入れる県内蔵元は多い。昨年130年ぶりに新ブランドを発売した灘五郷の菊正宗酒造(神戸市東灘区)は、年明けにフランスで試験販売を始める。2年以内の本格輸出を目指し現地の日本食レストランに売り込む。香美町の「香住鶴」は10年以上前から英国に輸出し、取引先を広げている。
 日本酒の国内出荷量が約40年前の3分の1以下に落ち込む一方、輸出量は日本食人気などを背景に、ここ10年で倍増した。
 とはいえ、全出荷量に占める輸出の割合は3・2%にとどまる。輸出先は中国や韓国など東アジアと米国の計5カ国・地域で約7割を占め、欧州はわずかだ。伸びる余地は大きい。
 折しも今春以降、灘五郷で大手メーカーの社長交代が相次ぎ、世代が若返った。国内市場が好転する兆しが見えない中、いずれのトップも海外展開を重視しており、新しい経営感覚での挑戦に期待したい。
 日欧EPAでは日本に入るワインの関税も撤廃される。日本の輸入ワインはチリ産が最も多いが、これを機にEUは日本でのシェア拡大に意欲を見せる。
 日本でワインが一般に飲まれるようになるまで100年以上かかった。代表的な産地のフランスは長年、国を挙げてワインの国際競争力向上に努めてきた。日本酒の輸出拡大も、息の長い戦略と取り組みが必要だ。
 現地の食文化に合った商品開発はもちろん、飲み方の提案や日本の食材と絡めたPRなどが欠かせない。行政や関係機関の連携と支援強化も、これまで以上に重要となる。


残業代ゼロ 「容認」への反発は当然だ
 唐突で不可解だ。これで働く人の健康を守れるのだろうか。
 傘下の労働組合や過労死遺族の団体などから反発が噴出するのも、無理はない。
 政府の労働基準法改正案を「残業代ゼロ法案」と呼んで反対を続けてきた連合が、条件付きで容認する考えを示した。
 連合の神津里季生会長と安倍晋三首相が会談し、働き過ぎを防ぐため、健康確保措置を強化する方向での法案修正に合意した。
 連合執行部は否定するが、「方針転換」と見られるのは当然だ。労働者の代表たる連合の存在意義が問われよう。
 法案の柱は、高収入の一部専門職を残業代支払いなどの労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」の創設だ。
 労基法改正案は、秋の臨時国会で、働き方改革関連法案と一括審議される見通しだ。
 連合執行部は、政府から働き方改革の残業規制との抱き合わせで受け入れを迫られ、容認に転換したという。
 安倍政権に近いとされる執行部の一部が、容認の流れを主導したとの指摘もある。
 政府は新制度によって、効率的で柔軟な働き方が可能になるとしている。対象になるのは、年収1075万円以上の金融ディーラーや研究開発職などだ。
 「ホワイトカラー・エグゼンプション」の名称で、残業代なしの制度導入が提起されたのは小泉政権下の2006年だった。
 経団連はもともと、年収要件を400万円以上にするように求めていた。新制度でも今後、適用対象が拡大される懸念は拭えない。
 残業代には、労働者を働かせ過ぎた企業に対するペナルティーの意味合いがある。それが外れれば、長時間労働に歯止めがかからなくなるのではないか。
 連合側の修正は、まず「年間104日以上かつ4週間で4日以上の休日確保」を義務付ける。
 その上で「連続2週間の休日取得」「臨時の健康診断」などの条件から選ばせるという内容だ。
 104日の休日は祝日を除く週休2日制で達成できる。特別に健康に配慮した措置とは言い難い。
 健康診断についても、実施していれば、休日以外は際限なく働かせていい「アリバイ」のように使われるのだとしたら、問題だ。
 新制度が導入されれば、対象者の労働時間の把握が甘くなるのは必至だ。労働基準監督署などの目も届きにくくなるだろう。
 日本では長時間労働の弊害が指摘されてきたが、抜本的な改革には踏み出せないで来た。
 だが、電通の違法残業事件などで働き方を見直す機運が高まり、政府も働き方改革への取り組みを本格化させている。
 新制度は、そうした流れに逆行するものではないか。
 残業上限規制など労働者を守る働き方改革関連法案と、労働時間規制を外す労基法改正案が一括審議というのもなじまない。
 連合は労組の原点に立ち返り、働く人の体と心を守るため、長時間労働の解消に取り組むべきだ。


労働時間規制緩和/働く人の生活を第一に
 高収入の専門職を労働時間の規制から外し、残業代を払わない「高度プロフェッショナル制度」について、連合が容認する方針に転じた。新制度を含む労働基準法改正案が次期国会で成立する見通しが強くなったが、長時間労働を助長する恐れがあり、働く人の生活を守れるか、運用面にはなお高いハードルがある。
 新制度が対象とする労働者は、年収1075万円以上の金融ディーラーや研究開発などの専門職。労働基準法では、労働時間が1日8時間、週40時間を超えるか、深夜・休日勤務をした場合は、企業に割増賃金の支払いを義務付けているが、新制度で働く人には規制が適用されない。
 連合はこれまで「残業代ゼロ法案」として労基法改正案に反対してきたが、神津里季生会長が安倍晋三首相に新制度が定めている健康確保措置を強化する修正案を示し、これを条件として受け入れる考えを表明した。
 連合の修正案では、これまで選択肢の一つだった「年間104日以上かつ4週間で4日以上の休日の確保」を義務付ける。さらに、終業から始業までの間に一定の休息を設ける「勤務間インターバル制度」、労働時間の上限設定、連続2週間の休日取得、臨時の健康診断の、四つのうちいずれかを労使に選ばせる。
 しかし、これで本当に対象者の働き過ぎを防止し、健康を守ることが可能なのか。年間104日の休日は、祝日を除いた週休2日制と同じ日数にすぎない。年1回の定期健康診断とは別の臨時の健康診断は、容易に実施できて経営側に好都合だが、経営側の抵抗が強い他の三つの措置の方がはるかに重要だ。四つを並列して選択させるのは理解できない。
 そもそも残業代は経営側にとって長時間労働の抑止力として機能しているが、新制度では深夜や早朝に働いても残業代が払われなくなるため、経営側が対象者に過大な仕事量を課すようなことがあれば、労働時間が際限なく長くなりかねない。
 長時間労働による過労死が多発し、違法なサービス残業が横行している現状では、時間に縛られず自由な働き方がしたい人の希望に応えるという新制度の理念は実現するのだろうか。
 新制度の対象が拡大される心配もある。年収要件は「1075万円以上」だが、第1次安倍政権で同様の制度が提案された際、経団連は「400万円以上」を求めたことがある。新制度が導入されたら、経営側が年収要件の引き下げを要求することは十分に考えられる。
 労基法改正案は2年以上も国会審議が見送られてきたのに、連合がここで方向転換したのも唐突な印象を受ける。傘下の一部労組からは批判が噴出している。神津会長は「(新制度が)必要ないというスタンスは堅持するが、何もしないでいると健康確保措置が非常に弱いままになってしまう」と説明するが、納得が得られるだろうか。
 政府は秋の臨時国会に労基法改正案を提出し、残業時間の上限規制などを盛り込んだ働き方改革関連法案とともに成立を目指す。「残業代ゼロ」の新制度には多くの疑問が残る。働く人の生活、健康を第一に考え、結論を急いではならない。


安倍首相の改憲 日本の宝をどうしようと
 政治家安倍晋三がなぜ首相になり、何をしたいのか。答えは明快だ。日本国憲法をわが手で「自主憲法」として作り替えたいからである―と感じる。
 支持率が急落し、安倍首相は悲願達成へ「最後のチャンス」と焦っているのか。独断で2020年に憲法改正の施行を目指す考えを明言した。しかし、何ら環境は整っておらず、多くの国民は安倍首相による改憲に「ノー」を突き付けている。
 ■「壊憲」が狙いか■
 2006年に第1次安倍内閣が発足して以来、一貫して主唱してきたのは「戦後レジーム(体制)からの脱却」だ。自身の「基本政策」の中で、憲法が「GHQ(連合国軍総司令部)による押し付け草案」という認識を示し「憲法は国の基本法、日本人自らの手で書き上げていくことこそが、新しい時代を切り拓(ひら)いていく」と言い切る。
 果たして現行憲法が時代遅れであり、戦勝国の押し付けだろうか。草案は帝国議会の審議過程で修正され、正式な手続きで成立した。首相の祖父、岸信介元首相は自主憲法論者であり、その「遺志」実現が宿願かもしれないが、あえて言うならそれは「憲法の私物化」である。
 そもそも、憲法96条では国会の憲法改正発議権を保障し論議する権限が付与されているが、99条では憲法尊重擁護義務を課し、とりわけ内閣には改正の発議権も発案権もない。
 首相はあくまで「自民党総裁として」と発言している。「首相」との巧妙な使い分けはご都合主義が過ぎよう。立憲民主主義の下、主権者たる国民は「最後の憲法の番人」として権力の動きを冷静に判断したい。
 ■異論封じてまでも■
 首相の改憲案は、戦争放棄を定めた9条1項と戦力不保持の2項を残した上、自衛隊の意義と役割を書き込む(根拠規定)というもの。9条という憲法の「本丸」に切り込んだのだ。
 最短のシナリオでは、秋の臨時国会中に自民党改憲案を衆参両院の憲法審査会に提出―来年1月からの通常国会で衆参3分の2以上の賛成を得て改憲案発議―国民投票で18年中に改憲を実現させる日程が浮かぶ。
 ただ今後の動きは不透明だ。自民党の憲法改正推進本部は9条に加え、教育無償化や大災害時の緊急事態条項、参院選の「合区」解消の4項目を中心に議論する予定だが、党内には内容を巡り異論も多い。
 戦力不保持の9条2項を残した場合、「戦力」である自衛隊との整合性が取れるのか。12年の党改憲草案は9条の抜本改正を掲げており相いれない。そもそも一方的に期限を切ること自体に首相の傲慢(ごうまん)さが露呈する。
 ■正論に耳を傾けよ■
 党推進本部は現行の9条とは別立てで「9条の2」を新設し自衛隊について「わが国を防衛するための必要最小限度の実力組織」と規定する腹案を考えているらしい。これは「国防軍」への道を開くものである。
 首相は改憲を「合憲か違憲かの議論の余地を一切なくすためだ」と強調するが、政府は必要最小限度の自衛措置を「合憲」と判断してきたはずだ。民進党なども現状を容認している。
 「ポスト安倍」を意識する石破茂前地方創生相は「勢いで憲法を改正していいはずは全くない」と強調し、岸田文雄外相も拙速をけん制。公明党の山口那津男代表は「政権が取り組む課題ではない」と断言する。それが正論ではないだろうか。
 憲法は国の最高法規である。改憲手続きに衆参両院の3分の2以上、国民投票で過半数の賛成が必要−という高いハードルを設けた重みを考えたい。
 「安倍1強」の強引な政権運営で支持率は30%台に低落。共同通信社調査で過半が首相を信頼できず、首相の下での改憲に54・8%が反対している。70年守り抜いた平和憲法、何が不都合なんですか。


疑惑の稲田防衛相 かばい続ける首相に不信向かう
 隠蔽(いんぺい)の方針を知りながら加担したのか、報告を受けても重大性や意味を理解できなかったのか。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報の隠蔽問題に関し、稲田朋美防衛相が疑惑の渦中に立たされている。
 陸上自衛隊の日報を巡っては防衛省が「陸自で廃棄済み。存在しない」と公表を拒んでいたが、再捜索の結果「統合幕僚監部にあった」として2月に一部公開した。しかし実は陸自にも残っていたことが3月、報道で発覚。さらに今月になって、2月の公表直後に黒江哲郎事務次官が「今更陸自にあったとは言えない」として陸自の日報の存在を「非公表」とする方針を決定。稲田氏も出席した会議で報告、了承された―と、複数の政府関係者が明らかにした。
 事実であれば、背広組トップの事務次官が一連の隠蔽を主導し、稲田氏も追認して、虚偽や不誠実な答弁を重ねて国民を欺いたことになる。防衛省と自衛隊の組織的な隠蔽体質や機能不全は深刻だが、稲田氏自身の責任も極めて重い。
 稲田氏は「隠蔽を了承したこともないし、陸自の保管の報告を受けたことはない」と否定する。しかし「記憶」以外に根拠は示せず、もし本当に何も聞いていないのなら巨大軍事組織を制御すべき政治の「文民統制」が全く利いていない証左。どちらにせよ防衛相としての信は、とうに失っている。即時辞任、あるいは罷免は免れまい。
 疑惑を晴らそうと、稲田氏は急きょ一昨日、防衛監察本部の聴取を受けた。しかし特別防衛監察はそもそも稲田氏が命じた調査。いわばお手盛りの、とってつけたような形式的な調査で全容が解明できるはずもない。
 防衛省は実際、21日にも監察結果を公表予定だったが、既に判明している原案は、稲田氏の関与には一切触れていない。公表は28日に延びたが、稲田氏だけが責任を逃れることになれば省内や国民の理解は到底得られまい。もはや監察の信頼性自体も揺らいでおり、中立的な第三者の再調査を強く求めたい。
 事ここに至っても稲田氏をかばい続ける、安倍晋三首相の任命責任や「続投責任」もまた、厳しく問われよう。
 稲田氏の問題、失言は数知れない。日報に「戦闘」と明記されていたのに「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではないから、戦闘ではなく武力衝突だ」と強弁し、都議選の応援では自衛隊を政治利用し、自衛隊の災害救援中に1時間以上省を不在にした。資質の欠如は隠しようもないが、来月予定の内閣改造で交代させても、それは責任を不問に付すに等しい。国民の不信は当然に首相に向かう。
 森友・加計学園問題をはじめ安倍政権が抱える多くの疑惑の共通の根は、政治的公平性と国民の知る権利を軽んじ、うそや隠蔽、えこひいき人事で強権的に事を進める「体質」にある。そのことに気づかない限り、信頼は恐らく二度と戻らない。


パワハラ対策  心身守る法制化が急務だ
 秘書への暴言や暴行が発覚して自民党に離党届を出した豊田真由子衆院議員の件で、パワーハラスメント(パワハラ)問題に注目が集まっている。
 インターネットなどで公開された議員と秘書のやりとりの音声記録は聞くに堪えない罵詈(ばり)雑言の連続で、秘書が暴行を受けたとの被害届が受理された傷害容疑事件となっており、もはやパワハラ問題の枠を超えていよう。気になるのは、発覚直後に同じ衆院議員が「あんなのはいっぱいいる」などと発言したことだ。理不尽でも仕事だから我慢するのが当然、と問題を軽視する風潮を感じざるを得ない。
 折しも、政府の働き方改革の一環で、職場でのパワハラ防止対策を議論する厚生労働省の有識者検討会が始まった。
 働き方改革では、広告大手電通の新入社員が過労自殺した違法残業問題をきっかけに長時間労働を抑制する施策が動き始めた。事件では、新入社員は上司から暴言を受けていたと遺族が訴えたものの、労災認定ではパワハラの有無に関する判断は示されなかった。だが、問題が深刻化しているのは確かだ。
 厚労省によると、2016年度に各都道府県の労働局などに寄せられた労働相談のうち「いじめ・嫌がらせ」に関するものが7万1千件に上り、相談内容で5年連続最多となった。社会的関心の高まりで、これまでのように泣き寝入りが減った面はあろうが、驚くべき数だ。
 問題は、解決につながらない実情があることだ。
 厚労省が昨年、全国の企業に勤める1万人を調べたところ、16年までの3年間にパワハラを受けたと答えた人は32・5%に上り、12年の前回調査より7・2ポイントも増えた。ところが、その後は「何もしなかった」との回答が40・9%を占めた。「何をしても解決にならないと思った」(68・9%)という理由だ。相談窓口を設置するなどパワハラ予防に取り組む企業も半分程度しかなかった。
 近年、長時間労働やパワハラなどの心理的圧迫による精神障害の労災認定が急増しており、検討会で委員から「最悪の場合は命に関わる。決して看過できない」と早期対策を求める声が上がったのもうなずける。
 厚労省はパワハラを同じ職場で働く人に、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる、と定義するが、検討会で議論を深めてもらいたい。
 妊娠や出産を理由とする嫌がらせマタニティーハラスメントについては、企業に防止策を義務付ける改正男女雇用機会均等法が今年施行された。パワハラについても同様に、定義や対策を義務付ける法制化を急ぐべきだ。
 先の調査で、パワハラ問題に取り組む企業は、相談窓口の設置や、管理職を対象にした講演・研修会などで防止効果が実感できたと回答し、コミュニケーションが活性化するなどの効果も得られたという。
 職場環境を改善して働く人の心身と生命を守るため、最優先で取り組まねばならない。


ダウンタウンをブレイクさせた『4時ですよーだ』Pが変節を嘆く!「松本人志は“あべちゃん菌”に感染したヤツに乗っ取られた」
 強者に媚びへつらい、自分の既得権益を守り、弱者を叩く。無知無教養のくせにわけ知り顔で安倍政権擁護を撒き散らす。“権力御用芸人”と化した松本人志については、本サイトでも毎週のように繰り返し批判してきたが、先週末発売の『週刊金曜日』が大々的な批判特集を組んだ。
 しかも、内容はかなり強烈だ。適菜収氏が松本のネトウヨレベルの無知とその影響力への無自覚の罪をアイヒマンになぞらえれば、中村うさぎ氏が弱者を踏みつける体質を糾弾。また「日本のお笑いは権力批判ができない」発言で松本ら芸人たちから総攻撃を受けた茂木健一郎氏も登場し、日本の笑いをつまらなくしているのは、「笑いの王様である松本人志さんを「忖度」するような周囲の反応」であると改めて指摘していた。
 しかし一番興味深かったのが、『4時ですよーだ』のプロデューサーだった田中文夫氏の「前略 松本人志さま」と題する文章だ。『4時ですよーだ』といえば、80年代後半、まだ東京進出前のダウンタウンが初めてテレビでメインを張り、関西で大人気を博した生放送バラエティ。田中氏はまだ駆け出しのダウンタウンを抜擢し、その後の大ブレイクに導いたいわば育ての親のような人物だ。
〈お久しぶりです。もう何年もお会いしていませんね。最後に顔を見たのは松ちゃんの結婚披露宴だったと思いますから、もう8年前になります〉
 松本への手紙のかたちをとっている田中氏の文章はこんな書き出しで始まる。そして、ダウンタウンとの出会い、『4時ですよーだ』時代の松本をふりかえって、松本のことを「天才」「モンスター」と称賛する田中氏。だが、毎日放送を離れた6年前からテレビをあまり見なくなっていた田中氏は、久しぶりに松本をみて、その変化に驚いたのだという。
〈ある時ハッと気がついたら松ちゃんが別人に変わっていました。金髪で筋肉ムキムキのマッチョマンになっていました。あれぇ、何かおかしいなぁ、見かけも変わったけど考え方も人柄も変わってしまったのではないだろうか〉
 後輩芸人たちからも「松本さん、昔言うてはったことと反対のことばっかりしてはるんですけど」という話も聞くようになった。
〈確かに松ちゃんは昔から「芸人が体を鍛えてどないするねん」とか「映画は撮らない」とか「できちゃった婚はしない」とかいろんなことを言っていましたが、今は全部その反対です。〉
大阪万博アンバサダー就任に「寒イボが出るほどショック」
 それでも田中氏はたったひとつのことさえ守っていてくれれば、そんなことはどうでもよかったという。たったひとつのことというのは、ベストセラーにもなった1994年の著書『遺書』のなかで松本自身が書いた、笑いへの決意だった。
「いつまでも笑い一本で勝負していきたいものである。それはすごく勇気と自信のいるものだが、天才松本はあえて挑戦しようと思う」
 田中氏はこの言葉を引いたあと、松本にこう疑問を突きつける。
〈それが、それが、今は何がどうなっているのですか?『ワイドナショー』って何ですかそれ。「コメンテーター」って何のつもりですか。いったい何事が起こったのですか。天才のやることとはどうしても思えない〉
 田中氏がとくにショックを受けたのは、「2025大阪万博誘致アンバサダー」就任と、共謀罪に賛成し「多少の冤罪はしょうがない」と発言したことだった。大阪万博大使就任のニュースに〈寒イボが出るほどショックを受けました。我らのダウンタウンをどうするつもりなんや、と思わず叫びました。〉とその思いを吐露し、共謀罪賛成については、こう皮肉っている。
〈うーそーだーろーー! 一体何がどうなってしまったのですか? ほんと、悪い夢を見ているようです。〉
 さらに、田中氏が知っているかつての「松ちゃん」と現在の「松本人志」のあまりに大きすぎる乖離についてこう綴る。
〈誰かが不正アクセスをして「松本人志」を乗っ取った。そして「松本人志」になりすまして好き勝手なことをしている。彼の莫大な数の信者に日々、悪巧みを刷り込んでいる。そして不正アクセスをして「松本人志」を乗っ取ったヤツは「あべちゃん菌」に感染したヤツに違いない〉
 田中氏の言葉は鋭いが、しかし、けっして単純な松本批判ではない。ダウンタウンを発掘した名プロデューサーの切実な思いの吐露といったほうがいい。田中氏はこの文章をこんな言葉で締めている。
〈現在「松本人志」を名乗っている人にお願いです。早々に「松ちゃん」から立ち去ってください。もっと才能のない影響力のない、ゲスなおっさんに乗り移ってください。「松ちゃん」を我々に返してください。お願いします。  草々〉
“育ての親”のメッセージを無視する御用マスコミ
 まさに愛のあるメッセージ。しかし、いまの松本にこの言葉ははたして届くのだろうか。というのも、田中氏も指摘していたが、いまの松本は完全に“裸の王様”になってしまっているからだ。テレビ業界には誰も逆らうものがおらず、ネットでも松本信者やネトウヨたちがその中身のないただの権力者の既得権益擁護の言葉を称賛している。
 そして、ほんのわずかな異論や批判意見も、オリエンタルラジオの中田敦彦のケースが象徴的なように、その権力をつかって黙らせ、なかったことにしてしまう。実際、毎週のように松本の『ワイドナショー』での言葉をありがたがって取り上げている大手ニュースサイトもこの田中氏の“手紙”や『週刊金曜日』の松本批判についてはほとんど取り上げようとしない。
 自分にとって聞きたい言葉しか聞かず、世の中に害悪をまきちらす存在になってしまったこの“裸の王様”をいったいどうやったら止めることができるのだろう。( 酒井まど)


「青春18きっぷ」を使って乗りたい「近畿地方の絶景路線」5選
 待ちに待った「青春18きっぷ」のシーズンがやって来た(発売期間:7月1日〜8月31日。利用期間:7月20日〜9月10日)。「青春18きっぷ」は、北は北海道から南は九州まで、1日あたり2370円でJRの普通列車が乗り放題。今年の夏は、ぜひ「青春18きっぷ」で鉄道旅行に出かけてみませんか? けれども「どの列車に乗ったらいいか分からない」という方も多いはず。そこで今回は、「青春18きっぷ」をこれまで100回以上利用し、日本全国のJR線をほぼ乗り尽くした鉄道旅行マニアの男性(40代)が、近畿地方の絶景路線を5線紹介します。
【紀勢本線(亀山〜和歌山市)】
「紀勢本線は、三重県の亀山から和歌山県の和歌山市駅まで、400km近くを走る長い路線。基本的に列車は紀伊半島の海岸線沿いに進みます。松阪牛で有名な松阪の少し先で伊勢に向かう参宮線と離れると、景色は一気にローカル感を増し、志摩半島を縦断して紀伊長島を過ぎると、延々と熊野灘(=太平洋)が望めます。
 絶景ポイントはいくつもありますが、入り組んだ海岸線を進む尾鷲〜熊野間、半島の南端に近い紀伊勝浦〜串本〜周参見、広大な太平洋が眼前に広々と広がる岩代〜切目間などはとりわけオススメ。世界遺産の熊野大社や熊野古道、白浜、紀伊勝浦といった観光名所、本州最南端の潮岬など、沿線には見どころも多いので、途中下車を楽しみつつ、ゆっくり周りたいものです」
【参宮線(多気〜鳥羽)】
「参宮線は、伊勢神宮への参拝客を運ぶために開通した路線です。近鉄との間で繰り広げられている、伊勢神宮への乗客誘致合戦は、残念ながら近鉄の後塵を拝しているようですが、池の浦シーサイド駅から終点の鳥羽駅までが絶景ポイント。伊勢湾沿いを進み、志摩半島のリアス式海岸を眺めることができます。
 参宮線は全線を乗り通しても30〜40分程度ですので、伊勢神宮や鳥羽水族館ほか、伊勢・志摩の観光スポットと合わせて、18きっぷの旅を楽しむのが良いでしょう」
【山陰本線(豊岡〜浜坂)】
「全線をたどれば、京都から下関(正確には下関市の「幡生駅」)まで700km近くもある山陰本線ですが、それを乗り通すのはハード過ぎますし、そもそも1日ではたどり着けません。そんな“長大ローカル線”の山陰本線第一の絶景スポットが、兵庫県の餘部(あまるべ)鉄橋です。
 餘部鉄橋は高さが40m以上という、日本を代表する鉄道橋梁。しかし1986年に回送列車が突風に煽られて転落し、橋の真下にあるカニの加工工場の従業員が亡くなるという事故が発生したため、橋の架け替えが行われ、2010年に架け替えが完了しました。
 野々村竜太郎元兵庫県議の騒動でも話題となった名湯・城崎温泉を過ぎ、竹野から佐津、カニの名所・香住を越え、余部鉄橋を通る鎧〜餘部まで、車窓からは荒々しい日本海が存分に眺めることができます」
【湖西線(山科〜近江塩津)】
「関西地区の通勤路線なので、地元の方は拍子抜けしてしまうかもしれませんが、湖西線は見とても見晴らしが良い路線です。その名の通り、琵琶湖の西側を通る湖西線は、京阪神地区と日本海側の輸送力増強を図るという目的で作られたことから、全線高架で踏切はゼロ。高い目線で琵琶湖が楽しめます。
 京都市の山科を出て、滋賀県に入るとほどなく右側に琵琶湖が見え、堅田から近江舞子まで、延々と穏やかな琵琶湖の水面が望めます。終点まで乗り通したら、長浜方面出て琵琶湖を1周するも良し、そのまま北陸方面に足を伸ばすも良し、小浜線で舞鶴方面に抜けるという手もあります」
【関西本線(名古屋〜JR難波)】
「18きっぷを使って西に向かう方に1度乗って頂きたいのが、この関西本線です。『関西本線』という名前を聞くと、関西の基幹路線かと思われますが、実態はローカル線。一部区間は非電化で、1時間に1本程度しか電車は走っていません。
 そんな関西本線ですが、亀山を出ると、列車は鈴鹿川を沿って進み、続いて柘植川、さらに木津川と、関西地方を潤す川沿いを進み、飽きさせない車窓が続きます。亀山や関は旧東海道の宿場町、伊賀上野はお城もある歴史ある街。東海道線経由と比べると、大幅に時間がかかりますが、なかなか足を運ぶ機会がない地域の景色を眺めるのも、18きっぷの楽しみの1つではないでしょうか」

Major70巻から/封筒でイライラ/スー4回目に

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Au Japon, dans une usine à salades
Le Japon, où la terre est rare, les fermes-usines se multiplient. Les végétaux y poussent sans voir ni la terre ni le soleil.
"Savez-vous planter les choux?" À la mode de chez nous sans doute, mais à celle du Japon, la comptine aurait besoin de nouvelles paroles. Au sein des nombreuses usines à végétaux implantées à travers l'archipel, légumes à feuilles, salades et autres épinards sont ainsi cultivés hors-sol, confinés dans des chambres stériles, sous les projecteurs d'une lumière totalement artificielle. À la ferme verticale de Kameoka, près de Kyoto, d'où 21.000 laitues sortent chaque jour d'une "chaîne de production" de 2,5 hectares, adieu bêche, terre et soleil, bienvenue tablette numérique, bac hydroponique et ampoule LED. Combinaison blanche et charlotte sur la tête de rigueur, chaussures et gants passés au jet d'eau avant de franchir une double porte hermétique, la centaine d'employés ressemblent davantage à des chirurgiens opérant au bloc ou à des ingénieurs manipulant l'atome dans une centrale qu'à des maraîchers rejoignant leur serre. Car ici, prévenir l'apparition de toute bactérie, champignon ou œuf d'insecte, en bref tous les "ravageurs de cultures", est la première des obsessions.
Quarante-huit heures en "pouponnière"
Au milieu de dizaines d'étagères en enfilade, où reposent des milliers de salades, les apprentis sorciers, tablette numérique à la main, règlent le moindre des paramètres de l'atmosphère de la salle aseptisée et bardée de capteurs. "Exposition à la lumière, température, aération, taux d'humidité, taux de CO2... Tout est ici scrupuleusement programmé afin de garantir un environnement stabilisé", introduit le directeur de l'usine, Naohiro Oiwa. "Débarrassés des aléas météorologiques, on assure un rendement cent fois supérieur et des récoltes tout au long de l'année sans avoir à se soucier des saisons."
Sur des plateaux superposés les uns sur les autres, les semences sont d'abord "plantées" dans de petites éponges imbibées d'eau et plongées quarante-huit heures dans l'obscurité. Puis, à l'apparition des premières feuilles, les salades quittent cette "pouponnière" pour être placées dans des pots baignant dans des réservoirs d'eau enrichie de sels minéraux et sous la lumière des ampoules LED, chargées de reproduire les rayons du soleil et l'alternance jour-nuit. Afin d'accélérer la photosynthèse et ainsi d'augmenter les rendements, du dioxyde de carbone est régulièrement injecté via des ventilateurs, utilisés également pour réguler la température des lieux. Quarante jours et deux ou trois rempotages plus tard, la laitue est prête à être distribuée dans l'un des 2.200 supermarchés partenaires du Kanto et du Kansai, régions les plus urbanisées et peuplées du pays.
Des ouvriers "fabriquent" des laitues
"Ces usines peuvent être implantées au cœur même des villes en économisant l'emprise au sol", vante Hiroshi Shimizu, professeur au laboratoire d'ingénierie agricole de l'université de Kyoto. "L'enjeu est vital au Japon, où les terres cultivables sont une denrée rare." La faute à une topographie montagneuse et à l'urbanisation galopante. Mais ce n'est pas la seule raison expliquant le boom des fermes indoor, multipliées par trois en cinq ans – 64 en 2011, 191 en 2016. "Dès 2009, l'État a subventionné toute expérimentation car elles sont perçues comme une solution au vieillissement des agriculteurs [67 ans de moyenne d'âge]. En espérant que la technologie sensibilisera les plus jeunes à l'agriculture et que ses rendements supérieurs pourront faire face au manque de main-d'œuvre", poursuit le professeur.
Également en souffrance dans leurs activités traditionnelles, des géants de l'électronique comme Fujitsu, Panasonic ou encore Sharp ont également investi le secteur agricole en quête de nouveaux débouchés. Et ce n'est pas un hasard, à écouter le professeur Shimizu : "Non seulement ces groupes ont le savoir-faire technologique nécessaire, mais ils disposent aussi d'emplacements industriels avec des chambres étanches, quasi prêtes à l'emploi pour une reconversion agricole.". Ainsi, dans la préfecture de Fukushima, l'usine d'Aizuwakamatsu, propriété de Fujitsu, produit désormais laitues et épinards, là où ses ouvriers fabriquaient il y a encore huit ans… des semi-conducteurs pour ordinateurs et téléphones !
Le coup de stress en fin de croissance
La tragédie de Fukushima, enfin, a également joué un rôle dans l'essor de cette culture hors-sol. "Plusieurs scandales alimentaires ont rendu les consommateurs japonais méfiants depuis plusieurs décennies. Une préoccupation pour la traçabilité et la maîtrise sanitaire des produits, qui a été décuplée depuis l'accident nucléaire et la crainte générée par la contamination radioactive des sols, relate Guillaume Morel-Chevillet, responsable du secteur végétal urbain à l'Institut technique d'horticulture Astredhor. Or l'hygiène de ces usines confinées rassure."
"D'autant que ce sont des légumes à haute valeur ajoutée qui y sont produits grâce à la maîtrise totale du processus, assure le professeur Shimizu. Les LED permettent de jouer sur différentes longueurs d'onde : la lumière bleue pour la croissance, la rouge pour libérer les antioxydants et accentuer leur teneur en vitamine C. On peut aussi faire durer l'exposition au froid des épinards ou des salades pour obtenir un goût plus sucré." Chez Fujitsu, par exemple, les laitues subissent "un coup de stress" en fin de croissance, à savoir une exposition accrue aux ultraviolets pour en faire baisser le taux de potassium. Et les salades deviendront ainsi comestibles pour les personnes souffrant de problèmes rénaux.
"Aucun pesticide n'est utilisé"
Du côté de la plus productive des usines du pays, Spread, on préfère en vanter les vertus écologiques. "Aucun pesticide n'est utilisé, le système d'irrigation en circuit fermé permet d'économiser 90% d'eau par rapport aux cultures extérieures, la vapeur d'eau émise pendant la photosynthèse étant même récupérée, avance son directeur. Il y a aussi très peu de gaspillage dans ces usines, seulement 2 à 3% de la production n'étant pas, au final, commercialisés." Une précision qui n'est pas anodine dans un pays où un radis comestible sur cinq finit à la poubelle pour de simples raisons esthétiques…
Pourtant, l'exemplarité environnementale est encore loin d'être au rendez-vous. "Entre les rangées de LED et le recours massif à la ventilation, la facture énergétique reste salée. Et ces coûts viennent s'ajouter à ceux des investissements lourds pour développer les unités de production", reconnaît le professeur Shimizu. Conséquences : des laitues vendues 20 % plus cher sur les étals, et un équilibre économique délicat à trouver. Seule une usine à végétaux sur quatre est aujourd'hui rentable! Après deux ans d'expérimentation, Toshiba a ainsi dû fermer l'an dernier son usine de Yokosuka. Autre limite : "Faute de technologie mature, la production se limite aujourd'hui aux légumes à feuilles ou aux herbes aromatiques, car les céréales, les pommes de terre ou les fruits sont trop long à faire mûrir et ne sont pour l'instant pas assez rémunérateurs", constate Guillaume Morel-Chevillet.
Quid de la France ? Les premières expérimentations ont été lancées, à l'instar des conteneurs à fraises installés par Agricool à Paris ou de la ferme urbaine lyonnaise et de sa serre de 50 m2 accueillant poivrons et salades en plein Villeurbanne. Reste toutefois une question en suspens, selon Guillaume Morel- Chevillet : "Les consommateurs français moins technophiles et davantage sensibles aux notions de terroir et de pleine terre que les Japonais, suivront-ils?"
Julien Descalles, à Kameoka (Japon)
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人生デザイン U−29「遺品整理会社経営」
失敗と挫折を繰り返し「納得がいかない人生」を歩んできた29歳。たどり着いたのは遺品整理の仕事。亡くなった人の住まいから彼女が見つけた「生きるためのヒント」とは。
大分市の江田梢さんは遺品整理の会社を経営する29歳。亡くなった人の住まいを片付け、故人が大切にしていたものを探し出し、遺族に渡すのが仕事だ。高校の時、母親が病で倒れたことを皮切りに受験も就職も失敗。フリーターとなった後、何とか見つけたのが今の仕事だった。遺品整理を通して、自分の生き方も肯定できるようになった江田さん。今回依頼されたのは94歳で亡くなった女性の遺品整理。そこで意外なものが見つかる。 松坂桃李

週刊 ニュース深読み「“伴侶の死”とどう向き合う?“遺族外来”に集まる心の声」
小林麻央さんが亡くなって1か月。夫の市川海老蔵さんは、いまも毎日ブログを更新し続けています。愛する伴侶を失った心の傷を癒やす「医療機関」がいま注目されています。
それが「遺族外来」です。深い悲しみは、ときに心の病や自殺につながります。遺族外来では精神科医がカウンセリングなどを通じて、心の治療を行います。愛する伴侶を失ったとき私たちはどうすればいい?そして周りはどう支えればいい?遺族外来に寄せられた声から読み解きます。皆さんもメールやツイッターで番組に参加してください。メールは番組HPから、ツイッターは「#nhk_fukayomi」をつけて投稿してください。 吉村崇,大沢あかね, 埼玉医科大学国際医療センター 医師…大西秀樹,自治医科大学看護学部教授…宮林幸江,NHK解説委員…堀家春野, 首藤奈知子,小松宏司ほか

助けて!きわめびと「STOP!うす毛」
「こんなに髪、薄かった?」「抜け毛が止まらない!」うす毛に悩む女性は、40代から50代で80%近くいるといいます。今回は、のべ1万人以上の女性の頭髪を診てきた医師が、うす毛になるメカニズムを解明し、その対策を伝授します。うす毛の原因となる、老化による血流とホルモン分泌の低下を克服する方法。頭皮の状態に合ったシャンプーの選び方。育毛剤の正しい使い方…。自分に合ったヘア・ケア術を見つけてください! 藤井隆,濱田マリ,小野塚康之, 女性頭髪専門外来の医師…浜中聡子, 木元美香,菱田盛之
かんさい熱視線「日本に逃げてきたけれど−急増する“難民”の実態−」
いま、難民問題が新たな局面を迎えている。受け入れに積極的だった欧州が政策を転換。行き場を失った難民のなかには日本をめざす人も現れている。
去年、難民申請の数は初めて1万人を超えたが、国による認定者は数十人にとどまっている。多くは認定を得られないまま滞在し、不安定な生活に追い込まれている。これまで表に出ていない難民の実態を直撃し、今後どう安定した社会を築くべきか考える。


カレーを食べながらMajorを読みます.スポ根マンガ好きなんです.70巻から76巻です.
封筒でイライラ.アホらしいのですが・・・
スー4回目に突入しましたがなかなか進みません.はぁ〜

デスク日誌 虎が祈る復興
 気仙沼市浪板地区に伝わる郷土芸能に、浪板虎舞がある。笛と太鼓の打ちばやしに合わせて、虎が大はしごを上がるダイナミックな舞が特徴だ。300年の歴史があり、今年2月には宮城県の無形民俗文化財に指定された。
 指定を祝う集いが今月開かれ、伺った。これまでの虎頭は修理を重ね100年ほど使われてきたもので、新しい頭が完成した祝いも兼ねているという。
 浪板地区は東日本大震災で津波に襲われた。全世帯で組織する虎舞保存会も、打ちばやしの児童を含む30人ほどが命を落とした。
 保存会の小野寺優一会長(72)は「地域は厳しい状況に置かれたが、心を一つに進むことができたのは虎舞のおかげ」と話す。
 郷土芸能にとって、後継者の育成は急務だ。都市化や過疎化などによる地域共同体の変化で担い手が減り、文化財指定が解除されるものもあるという。
 集いでは、新旧2頭の虎が共に舞い、古里の復興を祈った。大人の中で、元気よく太鼓をたたく子どもたちの姿も目立った。虎舞がいつまでも地域の繁栄を見守っていくことを願う。(気仙沼総局長 菅ノ又治郎)


<水中観察船>復興した海を実感
 東日本大震災から復興した海を実感してもらおうと、岩手県山田町の山田湾で22、23日、水中観察船クルーズが行われる。これに先立ち、山田町大沢小の児童43人が21日、体験乗船を楽しんだ。
 遊覧航行は日本財団の「海と日本プロジェクト」の一環。水中観察船(定員70人)で、山田湾に浮かぶ無人島「オランダ島」を周遊する。津波被害から復旧した養殖いかだのカキや海底の様子を観察できる。
 体験乗船した子どもたちは、窓から見える海の中の景色に歓声を上げた。2年の大川留生(るい)君(7)は「カキが水を飛ばしてきそうなほど近く感じた。ウニや虹色の貝殻もきれいだった」と話した。
 乗船無料で1日6便を運航。発着場のアルミ船造船業「ティエフシー」で午前8時半から当日分の乗船券を配布する。連絡先はティエフシー0193(82)1125。


<リボーンアート・フェス>きょう開幕
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の牡鹿半島などでアートと音楽、食をテーマに多彩なイベントを繰り広げる総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」が22日、開幕する。実行委員会は9月10日までの51日間で約20万人の集客を見込む。
 開幕を前に実行委は21日、牡鹿半島などに展示した作品などを報道陣に公開し、見どころなどを紹介した。実行委員長の音楽プロデューサー小林武史さん(新庄市出身)は「多くのものを失った被災地だからこそ、生きるために出合いが大切だと分かる。さまざまな出合いが生まれるイベントにしたい」と語った。
 アート作品は国内外で活躍する39組のアーティストが出展した。石巻市荻浜に設けた拠点施設「牡鹿ビレッジ」には、浜の女性たちが料理を作る食堂「はまさいさい」やインフォメーションセンターがある。全国の有名シェフが石巻の鹿や魚介を使った料理を提供するレストランも近くの浜辺でオープンする。
 28〜30日は宮城県川崎町の国営みちのく杜の湖畔公園で大規模な音楽祭を開く。石巻市や周辺の市町でも音楽イベントが企画されている。
 総合祭は実行委と一般社団法人APバンク(東京)が主催し、宮城県や河北新報社などが共催する。


<福島第1>3号機、圧力容器底に溶融燃料か
 東京電力は21日、福島第1原発3号機の水中ロボットによる原子炉格納容器の内部調査で、溶融燃料(燃料デブリ)の可能性が高い塊状の物体を確認したと発表した。1〜3号機が炉心溶融(メルトダウン)した福島第1原発で、溶融燃料とみられる物体を撮影したのは初めて。
 原子炉圧力容器の底部付近で、オレンジ色や灰色の複数の塊が見つかった。圧力容器を支える台座の壁付近では、岩のような塊が見えた。圧力容器につながる制御棒駆動装置には、ろうそくが溶けて固まったような形状の物体が垂れ下がっていた。
 圧力容器の底を突き抜けた溶融燃料が炉内の構造物を溶かしながら落下し、固まったとみられる。東電原子力・立地本部の木元崇宏本部長代理は「原子炉から溶融物が出ているのは間違いなく、溶融燃料の可能性が高い」と話した。
 水中ロボットによる3号機の調査は19日に続き2回目。激しい損傷が確認された1回目の範囲より奥側にロボットを泳がせ、圧力容器の直下を撮影した。映像を詳細に分析し、塊の大きさなどを判断する。
 東電は22日もロボット調査を続ける。核燃料の多くが溶け落ちたとみられる格納容器底部にロボットを潜らせ、溶融燃料の位置や広がりを確認する。
 東電は今年1〜3月、1、2号機で自走式ロボットによる内部調査を実施。障害物に阻まれて目標地点に近づけないトラブルなどが起きたため、溶融燃料は確認できなかった。
 3号機の格納容器内の冷却水の水位は底から6.4メートルで、1、2号機と比べ最も高い。国際廃炉研究開発機構(IRID)と東芝がカメラや照明付きの水中ロボットを開発した。
 内部調査は当初、19日と21日の予定だった。ロボットが19日に浴びた放射線量が累積2シーベルトと比較的低かったことから、東電は追加調査が可能と判断した。


溶融核燃料の可能性大 格納容器内の水中ロボ調査
 東京電力は21日、福島第1原発3号機の原子炉格納容器内の水中ロボット調査に関する記者会見を開き、原子炉圧力容器の底部付近などで撮影された複数の物体について「燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)の可能性が高い」と明らかにした。
 3号機と同様に炉心溶融(メルトダウン)を起こした1、2号機の調査でデブリとみられる物体が撮影されたことはあったが、東電がデブリの可能性が高いと明言したのは初めて。事故から6年以上がたち、廃炉の最難関とされるデブリ取り出しの工法確定に向け、貴重なデータとなりそうだ。


コメの放射能検査/見直しには議論の徹底を
 福島県は、東京電力福島第1原発事故後に続けるコメの放射性物質濃度検査の在り方を再検討する方針を決めた。県産米の安全性を担保してきた全量全袋検査を見直す動きとなるだけに、まずは慎重で徹底した議論を求めたい。
 再検討に当たっては近く、農業団体や有識者らの検討組織を設置。関係者や消費者らの意見を聞くなどして、年度内に今後数年間の検査の方向性をまとめる予定だ。地域によっては抽出方式に変更するなど、新たな体制に移行する可能性がある。
 背景には、これまでの検査結果と現場の負担感がある。
 全量検査は2012年産から実施しており、放射性物質濃度が国の基準値(1キログラム当たり100ベクレル)を超える例は年々減少。15、16年産の直近2年間については、販売用の基準値超えが全くなかった。
 一方、生産現場には「検査場に持ち込む作業の負担が大きい」などの声がある。全量検査を続けることが「かえって安全性を危惧する風評を固定化する恐れがある」との指摘も出ているという。
 年間経費の約56億円は大半を東電に損害賠償として請求し、残りは国の補助金を充てている。このまま金銭的な地元負担が生じないとしても、生産現場の苦労は変わらず、「再検討の時期にある」との意見は理解できる。
 ただ「全量全袋」という徹底した手法が、県産米の信頼回復作業で大きな役割を担ってきたのは間違いない。
 全量検査の事実がまだまだ、全国に浸透していないという課題もある。県が今年2月に行ったインターネットによる消費者アンケートでは「知らない」との回答が、首都圏で4割弱、阪神圏、中京圏でともに5割超に上った。
 福島では全量検査の継続を望む消費者が少なくない。消費者団体が昨年実施した県民アンケートによると、継続希望が7割を超えた。このうち約40%が必要な期間を「5〜10年間」と回答。次いで「10年以上」が30%に達した。
 県内では避難指示解除などに伴い、営農を再開する地域が拡大している。今後の見直しでは、全量検査を旧避難区域に限るといったことも考えられるが、消費者団体関係者は「いったんやめてしまえば信頼性が揺らぎかねない。全量検査の見直しは慎重であるべきだ」と言う。
 大切なのは、こうした多様な意見をきちんと、くみ取ることだ。再検討を望む側も全量検査の継続を求める側も「風評を払拭(ふっしょく)したい」との思いは共通している。
 生産現場はどんな苦労をしているのか。何が風評の払拭を妨げ、どうすれば本当に払拭できるのか。コメの放射能検査の再検討に当たっては、これまでの成果を検証するとともに、風評という難敵の本質を問い直すことが必要だ。
 方法論を話し合うだけの場にしてはいけない。


伊方原発 安心などどこにもない
 四国電力伊方原発の運転差し止めを求める住民の訴えを、松山地裁も退けた。「不合理な点はない」という。だが現地を歩いてみればすぐ分かる。避難経路が見つからない。安心が見当たらない。
 地震国日本に、原発が安住できる場所はない。中でも、伊方原発は特別な場所に立っている。
 全国で展開される原発の差し止め訴訟。住民側が共通して抱く疑問は、地震の揺れの過小評価、避難の難しさ、地元同意の範囲の狭さ−の三点だ。
 伊方原発は、三点すべてが特別なのだ。
 発生が最も心配されている南海トラフ巨大地震の想定震源域にあり、わずか八キロ北を日本最大級の断層である中央構造線が走っている。関東から九州に至る大断層。昨年の熊本地震との連動も取りざたされた。
 重大事故が起こった場合、スムーズな避難は極めて困難だ。
 伊方原発は日本一細長い佐田岬半島の東の付け根に立っている。
 陸路で県都・松山市側に向かおうとすれば、事故を起こした原発の直前を通ることになる。放射線被ばくの恐れを押して−。
 半島を横断する唯一の幹線国道は、地滑りの危険地帯を走っている。地震によって寸断される恐れも強い。半島の西で暮らす人の多くは海路で九州へ渡る以外に、文字通り道がない。海が荒れれば船も出せない。
 風向き次第で放射能も海を渡ることになる。周辺自治体のみならず、海を隔てた大分、山口、広島の住民が、差し止め訴訟を起こしているのはそのためだ。
 それでも三月の広島地裁に続いて今回も、「地震の揺れは過小評価されていない」「避難計画は合理的」「従って安全は十分確保されている」−と訴えた電力側の主張をうのみにしたかのように、松山地裁は、規制基準や四電の安全対策に「不合理な点はない」と、住民側の不安を退けた。
 島崎邦彦・前原子力規制委員長代理が提起した「計算上、地震の揺れは過小評価されている」という問題も、まだ決着を見ていない。どこが、どうして、安全だと言えるのか。
 おしなべて原発再稼働に前のめりな司法に対し、原告や支持者の間から「福島をもう忘れたか」という声が上がっていた。
 何度でも繰り返す。福島の教訓を忘れたままで、原発を動かすべきではない。原発事故は二度と繰り返されるべきではない。


伊方原発  住民の不安置き去りに
 住民の不安を受け止めたとは言えまい。
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転を禁止するよう県内の住民らが申し立てた仮処分について、却下した松山地裁の決定である。
 伊方原発は細長い佐田岬半島の付け根にあり、近くを日本最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走る。南海トラフ巨大地震の震源域に入っている。
 巨大地震と津波、そこに原発事故が加われば、5千人近い地元住民は逃げ場に困る。不安を感じて当然だろう。
 大きな争点は、四国電が算出した伊方原発の耐震設計のもとになる地震の揺れ(基準地震動)の信用性。加えて避難計画、原発の新規制基準についても争われた。
 地裁は、「不合理な点がない」と住民側の訴えをしりぞけたが、あまりに四国電の主張どおりではなかったか。
 住民側は、中央構造線と南海トラフのリスクを踏まえるよう求めたが、地裁は「震源を特定せず」とも地震動の評価に不合理な点はないとした。これで納得できるだろうか。
 とくに避難計画について、一昨年11月の原子力総合防災訓練を踏まえて、著しく合理性を欠いていないと断じている。現実と大きく乖離(かいり)していないだろうか。
 狭い半島は急斜面や海抜の低い所があり、多くの集落が防災マップで地すべりなどの危険箇所に指定されている。しかも住民の高齢化が進んでおり、原発事故が起きれば孤立する恐れがある。
 避難計画では原発の横を通り内陸側に向かうか、フェリーなどで対岸の大分県に逃げることになっている。しかし、実際の訓練では台風で船が欠航するなど、想定通りにいかず、車の渋滞なども心配されている。
 南海トラフ巨大地震による大規模被害も、原発事故時の避難計画におりこまれていない。東京電力福島第1事故後の混乱した避難をふり返ると、地裁の判断は甘いように見える。
 関西電力高浜原発の運転差し止めが、今年3月に大阪高裁で取り消された。広島地裁でも広島の住民による伊方原発差し止め請求が却下され、住民側に厳しい判断が続いている。
 本来、原発の再稼働は住民避難を踏まえて判断すべきだが、避難計画の実効性を住民も参加して検証する場がない。住民が訴え出る裁判で、避難について審理を尽くしていいはずだ。


伊方原発差し止め却下 地元の具体的懸念放置した決定
 四国電力伊方原発3号機の運転差し止めを県内の住民11人が求めた仮処分申請で、松山地裁は申し立てを却下した。「新規制基準の内容が不合理であるということはできず、基準に適合するとした原子力規制委員会の判断に看過し難い過誤はない」のを理由とする。3月の広島地裁の決定に続いてまたも、原発再稼働にひた走る国や電力会社の主張の追認にとどまった。
 再稼働から来月で1年。あす災害や事故が起こらない保証はどこにもなく、安全性や万が一の事態に対する住民の不安は根強い。その切実な思いに最も寄り添い、命を守るとりでとなるべき立地県の裁判所でありながら、具体的な懸念に踏み込もうとする姿勢すら見られないことに失望を禁じ得ない。
 新基準は、東京電力福島第1原発事故の原因も明確にされない段階でつくられ、規制委自体がこれをもって安全だとは言えないと繰り返している。想定外の状況が相次ぎ、いまだ収束の方法を見つけられない惨状と今後の険しい道のりを鑑みれば、基準に「合格」したからといって軽々に安心のお墨付きになどできないことは明白だ。
 大きな争点だった避難計画の合理性に関しては、「状況に応じた複数の防護措置を想定し、そのために必要な輸送能力等の体制を整えている」「防災訓練の結果を踏まえて必要な修正もされている」(決定要旨)と評価した。現実と乖離(かいり)した判断と言わざるを得ず、危機感の薄さを強く危惧する。
 伊方原発は細長い佐田岬半島の付け根に位置し、特に原発より先端の住民の避難計画の実効性には疑問が募る。風向き次第で原発の前を通って逃げる非現実的な避難計画に関して、政府の原子力防災会議が「具体的かつ合理的」と評価したことは納得できない。三崎港からフェリーで大分に渡る計画も、地震や津波との複合災害となれば避難路となる急峻(きゅうしゅん)な山道は土砂崩れで寸断され、港が使用できない恐れがある。近隣の港の耐震化は膨大な予算を要し、今すぐにはできないと県が認めている。
 高齢化で迅速な避難が難しい一方、伊方町の放射線防護施設の半数以上は土砂災害警戒区域内。避難住民を受け入れる県内市町では受け入れ計画の策定が進むが、適用は「地震などで大きな被害を受けていない場合」に限っている。このような不確実な状態で「体制を整えた」とは到底考えられず、決定の検証の甘さは見過ごせない。
 問われるべきは、福島の事故の重い教訓から目を背け、住民の命を危険にさらして、なお原発を推進する国の政策だ。
 今後、大分と山口の両地裁でも仮処分申請に対する判断が下される。広島地裁の決定は「司法審査の在り方が各裁判所で異なるのは望ましくない」としており、今回それに準じたとも取れるが、裁判官の独立を守り、地域の実情に立脚して正面から問題に向き合うよう求めたい。


伊方原発停止却下 不安に向き合ったのか
 住民の不安や特異な立地条件を、どれだけ考慮したのだろうか。
 四国電力伊方原発3号機(愛媛県)の運転を禁止するよう、県内の住民らが申し立てた仮処分について、松山地裁が却下する決定をした。
 新規制基準に適合しているから安全性は保たれているとの判断は、原発の危険性に懸念を抱く国民の思いとずれているのではないか。四電側の主張をほぼ追認した決定は、理解し難い。
 争点の一つは、四電が算出した原発の耐震設計の目安となる地震の揺れ(基準地震動)の信用性だった。
 住民側は、南海トラフ巨大地震の震源域に位置し、国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」から約5〜8キロに立地しているにもかかわらず、四電は基準地震動を過小評価していると訴えていた。
 これに対して地裁は、震源モデルや不確定要素を適切に考慮しており、問題はないとした。
 昨年の熊本地震では、中央構造線の延長線上にある断層が動き、震度7の揺れが2回起きた。鳥取中部地震では、未知の活断層が動いたとみられる。
 想定外の地震が各地で起きている。まして、巨大地震の震源域に立つ原発である。大きな揺れや津波に対応できると言われても、住民は安心できない。
 原子力規制委員会が策定した新規制基準の合理性も争点となった。
 住民側は、東京電力福島第1原発の事故原因が解明されない中、短期間で策定されたもので、安全性を確保できていないと主張。地裁は最新の知見を踏まえ、予測できる規模の自然災害を想定して安全確保を求める内容で、「不合理な点はない」とした。
 だが、福島の事故から学ぶべき教訓は、「安全神話」が最悪の事態を招いたということだ。新規制基準を稼働のお墨付きにすれば、新たな安全神話を作ることになる。
 もう一つ、大きな争点になったのが、愛媛県の避難計画の実効性である。
 伊方原発は、日本一細長いとされる佐田岬半島の付け根に立つ。事故が発生すれば、原発から先端までに住む約5千人が孤立する恐れがある。
 計画では、陸路が使えない場合は港から船で避難するとしている。しかし、津波で港が破壊されたり海が荒れたりすれば、逃げ場を失う。
 地裁は、現時点で問題はないとする一方、今後適切に見直さなければ違法になる可能性があるとした。住民の安全確保を最優先するなら、運転を止めるべきではないか。
 伊方原発を巡っては、広島、大分両地裁と山口地裁岩国支部でも運転差し止めを求める裁判が起こされ、広島地裁は3月に訴えを退けた。
 全国でも一部を除いて却下が続いているが、司法は住民の不安を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。四電も安全対策に一層力を入れなければならない。


【伊方の停止却下】地元不安に向き合ったか
 2016年8月に再稼働した四国電力伊方原発3号機の運転を差し止めるよう愛媛県の住民らが申し立てていた仮処分について松山地裁がきのう、却下する決定をした。
 伊方を巡る仮処分の却下は3月の広島地裁に続く2例目だ。今回は地元県民による求めとして注目されたが、認めなかった。
 各地の再稼働原発でも同様の司法判断が続いている。認められればすぐに運転差し止めになる仮処分だが、ハードルの高さが顕著になってきたといえそうだ。
 原発の立地県や周辺県の住民が運転停止を求めるのは、福島第1原発事故の惨状を見れば無理もない。
 新規制基準が設けられ、「世界一厳しい基準」との見方もあるが、原子力規制委員会は「絶対安全とは言わない」とする。熊本地震では震度7を2度も記録し、「想定外」災害への懸念は増すばかりだ。
 決定で松山地裁は、新規制基準や四電が算出した耐震設計の目安となる基準地震動(想定する揺れ)も「不合理な点はない」とした。
 最近の司法判断の流れに沿う内容だが、司法は地元県民の不安にどれだけ向き合ったのだろうか。
 伊方原発は地質や地形の特殊性を殊に考慮する必要がある。国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」に近く、直下型の巨大地震に見舞われる恐れがある。
 専門家も他の原発に比べ危険性の高さを指摘する。周辺の断層を長年研究してきた岡村真・高知大学名誉教授は四電が基準地震動を「過小評価」していると批判する。
 四電は反論し、規制委も審査で四電の基準地震動を認めたが、揺れの強さをどう見積もるかは学説によっても変わる。他の原発審査にも疑問を呈している学者がいる。
 福島第1原発事故を教訓にすれば原発事業者には最大リスクを考慮する責任があるのではないか。
 過酷事故が発生した場合の避難の困難さも争点の一つだった。伊方原発は「日本一細長い」とされる佐田岬半島の付け根に位置する。
 住民は原発の前を通って避難するか、船などで半島を離れざるを得ない。屋内退避用の放射線防御施設もあるが、土砂崩れの危険箇所が多く安全な避難に課題がある。
 松山地裁は、現時点で避難計画に問題はないとしたが、防災訓練などを通じて浮上した課題が適切に修正されない場合は「著しく合理性を欠くことになる」可能性を指摘した。言うまでもないことだ。
 そもそも再稼働を巡る避難計画の在り方は、自治体に計画策定を求めながらも審査対象から外れている。無責任な制度というしかない。
 愛媛県の住民らは即時抗告するという。広島の住民は既に即時抗告しており、大分地裁、山口地裁岩国支部でも伊方についての審理が続いている。
 原発の安全の担保は住民の安心とは程遠い状況にある。生活者視点に立った丁寧な審理を望む。


米・地中深い泉水 呼吸もしない「常識外れの微生物」発見
海洋研究開発機構高知コア研究所のグループが発表
 呼吸など普通の生命に必要な仕組みをほとんど持たない「常識外れ」の微生物を、地中深くの水から発見したと、海洋研究開発機構高知コア研究所の鈴木志野特別主任研究員のグループが21日付の英科学誌に発表した。地球初期の生命誕生の謎や、生命を維持できる限界を探る手がかりになる可能性がある。
 米カリフォルニア州に、マントル由来の岩石が溶け込んだ水が深さ1.2キロから湧き出る珍しい泉がある。この水は超アルカリ性、超還元性で、酸素や炭素、リンなど生命維持に必要な物質がほとんどなく、約40億年前の地球初期に似た非常に過酷な環境とされる。
 グループは、この水に住む微生物のゲノム(全遺伝情報)を解析し、27種類の微生物を特定した。この7割が、呼吸や「ATP合成」と呼ばれるエネルギー代謝など、生命の基本的な仕組みを持たない未知の微生物だった。ゲノムには複製や細胞膜合成などの機能しかなく、大腸菌の約10分の1の大きさで従来の生物では最も小さいゲノムだという。微生物は岩石に付着しており、岩石のミネラルからエネルギーを得ているとみられるが、仕組みはわかっていない。
 地球初期は酸素がほとんどない超還元的な環境だったことが知られており、この微生物が地球初期に生まれた原始的な生命である可能性もあるという。鈴木さんは「過酷な環境でも常識外れな微生物がいることが分かり驚きだ。地球外生命の手がかりになるかもしれない」と話している。【酒造唯】


山本氏「発言」 やはり「加計ありき」か
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を巡る疑念は、さらに深まったと言わざるを得ない。
 内閣府の山本幸三地方創生担当相が日本獣医師会側と面会し、国家戦略特区制度を活用した四国での獣医学部新設を伝えていたと獣医師会関係者が明らかにした。
 面会が行われたのは加計学園が事業者に認定される約2カ月も前の昨年11月だった。
 獣医師会側の面会記録も存在するが、山本氏は発言内容を否定している。事実なら、学部新設は「加計ありき」だったとの指摘を裏付けるものとなり得る。
 加計とともに名乗りを上げていた京都産業大の計画と比較し、「熟度が高いと判断した」という従来の説明ともかみ合わない。
 衆参の予算委員会は週明けに安倍晋三首相も出席しての閉会中審査を行う。首相と山本氏が、手続きは公正だったと主張するなら、説得力ある根拠を示すべきだ。
 山本氏は新設に反対する獣医師会側に対し「獣医師不足の地域に限って新設する」と発言し、「今治市が土地で36億円のほか積立金から50億円、愛媛県25億円」などと負担割合も伝えたとされる。
 これに対し山本氏は「四国に新設」の発言を否定した。「京都もあり得る」と述べたとして、「加計ありき」ではなかったという。
 だが、仮に負担割合まで言及したのなら、獣医師会側が、政府は事実上加計を前提にしていると受け止めたとしても不思議はない。
 山本氏は、おととい午前の時点で、面会に同席した秘書官の「メモ書き」があると説明していたが、きのうは「メモは廃棄したと秘書官から聞いた」と述べた。
 担当閣僚と獣医師会の面会は、学部新設決定に至る過程の重要な節目になる。その記録を簡単に廃棄したとすれば、内閣府の公文書管理はあまりにずさんである。
 その一方で山本氏は、獣医師会側の文書内容は「思い込み」と断定している。不誠実な態度だ。
 山本氏や官邸、内閣府側はこれまでも、加計の学部開設を「総理のご意向」などと記した文部科学省の文書に、きちんとした反証の記録も示さずに否定を重ねた。
 閉会中審査も「言った」「言わない」の水掛け論に終始するようでは、国民の納得は得られまい。
 記録が本当にないのなら、真相究明にはより多くの関係者の証言を積み上げるしかない。政府・与党は衆参1日ずつの閉会中審査で終わらせず、野党が要求する臨時国会の召集に応じる必要がある。


加計問題で“その場しのぎ”発言連発、山本幸三地方創生相がゴマカシ強弁するあまり逆に「加計ありき」ポロリ
 来週の閉会中審査を目前に控え、またも「加計ありき」の新証拠が出てきた。山本幸三地方創生相が、昨年11月17日に日本獣医師会の蔵内勇夫会長や北村直人・日本獣医師政治連盟委員長らと面会し、その席上で「獣医学部は四国に新設することになった」と語っていたとする議事録が公表されたのだ。
 加計学園が国家戦略特区による獣医学部新設の事業者に選ばれたのは、今年1月20日のこと。まだ京都産業大学も名乗りを上げていた段階にもかかわらず、山本地方創生相は「四国=加計学園」に決まったと報告していたのだ。しかも、この議事録では、山本地方創生相が〈財政的に大丈夫か、待ったをかけていたが、今治市が土地で36億円のほか積立金から50億円、愛媛県が25億円を負担し、残りは加計学園の負担となった〉と、加計学園と名指しした上で学部新設にかかる負担額まで具体的に明かしていたのである。
 国家戦略特区の主務官庁の、そのトップが「今治」「加計」と断言していた。──こうした証拠を突きつけられて、山本地方創生相は20日、「獣医師会側のご意向で書かれたもの」「四国に決まったという発言はまったくしてない」と反論。しかし、そのなかで得意気にこんなことまで口にしてしまった。
「加計というのは一切ありません。私はその点、十分注意していて、用意した文書でも『事業実施主体』という言い方で徹底してます」
「加計と言わないよう十分注意していた」……。否定するつもりが、逆に加計に決まっていたことを示してしまったのだ。まさにオウンゴールである。
 発言の根拠についても、獣医師会側には議事録があることを指摘され「こちらもメモ書きがある」と強弁したかと思えば、では公開するのかと迫られると「かすり書きみたいなものだから」とわけのわからないことを言って逃げ、さらに翌日には「意味がないから、途中でメモをとるのをやめた」「廃棄した」と、二転三転させた。
 また、山本地方創生相は反論のなかで「『京都もあり得る』とはっきりと私、言っておりまして、向こうからは『それは困る』という話もありました」と発言しているが、これも事実をかなり捻じ曲げた弁明であることが明らかになった。
 たしかに、現在公開されている議事録内で中略とされている部分について、「京都」への言及はあったようだ。蔵内会長も昨日「京都についても言及されてたね」と山本地方創生相の発言を認めている。
 だが、20日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)や他の報道では、議事録内で「中略」とされている部分の内容について面談に出席していた獣医師会幹部が証言を行い、この幹部は、山本地方創生相が「放っておくと京都なども続く」と語った。
 つまり、加計学園を認めなければ、ほかにも獣医学部はできると山本地方創生相は脅しをかけたのだ。それを受けて獣医師会は内閣府に「1カ所かつ1校のみ」という要請を出したというのである。
山本地方創生相は“京産大外し”の意図を自ら明言していた
 嘘をつき、その嘘に正当性をもたせようとした結果、馬脚を現してしまう……。じつのところ、山本地方創生相はこの間ずっとこの調子で、辻褄の合わない話をしたり、ちゃぶ台をひっくり返したり、部下に罪をなすりつけたり、はたまた逆ギレしたりと、大臣の信用を自分から投げ出しているとしか思えない言動を繰り返している。
 たとえば、3月30日の段階では、山本地方創生相は「空白地帯にある今治市を優先したのは事実」「日本全国をブロックごとに見て、獣医学部がないところをまず優先する」と言い切っていた。それが6月9日には「京都産業大学を対象外にした感覚はない」と一転させた。
 だが、これが嘘であることはもうすでにバレている。「京産大は対象内」であるにもかかわらず、加計学園や今治市が遅くとも昨年8月から「2018年4月開学」という情報を共有していた一方、京産大は先日の会見でも述べたように、今年1月の内閣府の告示で最終的な開学スケジュールを知り、その日程では無理だと諦めたのだ。しかも、京産大はスケジュールについて「内閣府からの連絡は聞いていない」と話しているが、山本地方創生相は「(京産大にも今治市と)同様の趣旨のものを送っている」と強弁しながら「メール自体は確認していない」と言うのである。誰にでもわかるが、京産大に嘘をつく理由は何もない。山本地方創生相が虚言を弄しているのだ。
 また、学部新設の条件に「広域的に」「限り」という事実上、加計学園しか選べない文言を萩生田光一官房副長官の指示によって加えたことを示すメールの存在が発覚した翌日の6月16日、山本地方創生相は「私の指示で内閣府において入れた」と言い張った。官僚が何の関係もない萩生田官房副長官の名前を間違って記載したとは到底考えられないが、それはともかく同日の午前に開かれた参院内閣委員会で山本地方創生相の「なぜ『広域的に』という文言をわざわざ入れたんですか?」と問われ、以下のように述べた。
「もともと獣医師系の大学のないところで限定しようという意図でやっているわけでありますが、文科省等の意見のあいだでですね、それだけではまだほかにもですね、ほかにもいろんなところででき得る可能性も出てくるじゃないかと。そういう意味からですね、『広域的』ということで、少し広げて制限しようと考えたわけであります」
 ほかの大学を「制限」するために「広域的に」という文言を追加した。これこそが「京産大外し」であり、獣医師会との面談で語った「放っておくと京都なども続く」という脅しの発言とも齟齬がない。このときも必死にその場を取り繕っているうちにうっかり本当のことを語ってしまったのだろうが、その後は安倍首相が「獣医学部全国展開」発言を行うと、山本地方創生相はあっさり「全国展開するのは原則。総理は原則に従って言っただけ」などと前言と矛盾した発言をしている。
嘘、責任転嫁、暴論…閉会中審査で山本大臣の責任を徹底追及せよ
 さらに、山本地方創生相がとち狂っているとしか思えなかったのが、7月4日の記者会見で「公務員獣医師が不足しているのは小動物獣医が儲かるからだ」と言い出し、“獣医学部をつくって獣医師を増やせばペット獣医も増え、診療の価格破壊によって給与も下がる。そうすれば公務員獣医師の不足も減る”と持論を展開したことだろう。
 唖然とするような滅茶苦茶な話だ。獣医師の平均年収は568.6万円(2016年・賃金構造基本統計調査)であり、1200万円を超える医師の半分以下。その上、ペット飼育頭数も猫は横這いだが犬は減少傾向にあるのが現実だ。そもそも、公務員獣医師の不足を解消するためにはまずは待遇改善を行うべきで、獣医学部をつくったところで根本的解決にはならない。なのに、“ペット獣医の給与水準を下げれば給与が低い公務員獣医にも流れる”などとするのは暴論であり、獣医師を侮辱するものだ。
 このほかにも、山本地方創生相は、前述した萩生田官房副長官の関与を示すメールの送信者の内閣府の職員を、「文部科学省からの出向者で、陰で隠れて本省にご注進した」と自分の部下をスパイ扱いしたかと思えば、先日の閉会中審査では「今治市の提案は4条件を満たしているか」と問われ、資料をただ早口で読み上げ、野党議員から抗議の声があがっても「4条件を聞いてるんでしょ?」などとキレながら“朗読”を約5分間もつづけるなど、大臣の資質が疑われる態度を平気でとってきた。
 そして、追及を受けると「記録はない」「記憶にない」「官邸は関係ない」の“ないないづくし”で通し、具体的に必要な獣医師数を問われると、「私の理解では神の見えざる手である市場メカニズムによってしか決まらないもの」と言い、「なぜ獣医学部の需給が明らかではないのに押し切ったのか」と問われれば、「需給の数とか量をはっきり示すのは無理」と開き直る。さらに、何かと言うと高橋洋一氏をはじめとした安倍応援団の評論家たちが無根拠に振りかざしている「挙証責任論」をもち出し、「挙証責任というのは規制監督省庁にある」「文科省が挙証責任を果たせなかったので勝負はそこで終わっている」などと文科省に責任転嫁するのだ。
 この挙証責任論に対し、前回の閉会中審査で前川喜平・前文部科学事務次官は、「内閣府が勝った、文科省が負けた、だから国民に対してこれをやるんだと説明する。これでは国民に対する説明にはならない。説明責任は政府一体として負わなければならない」と語ったが、まさにその通りだろう。
 あからさまな嘘、一貫性のない非論理的な主張、他者への罪のなすりつけ──。来週の閉会中審査では、こうした山本地方創生相の無責任かつ一切の説明を拒む姿勢に対し、徹底した追及が行われることを望みたい。(編集部)


世界90カ国の法律家団体「冤罪懸念」 「共謀罪」法に抗議声明
 「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法について、世界約九十カ国の法律家団体でつくる「国際民主法律家協会(IADL、本部・ブリュッセル、ジーン・マイラー会長)」が抗議声明を出したことが分かった。IADLに加盟する日本国際法律家協会(JALISA、大熊政一会長、会員約三百人)のメンバーが二十一日、都内で記者会見を開いて明らかにした。
 声明は、法が成立した六月十五日付。IADLのジュネーブ代表が同十六日に国連人権理事会で読み上げた。声明は、プライバシー権に関する国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏から懸念が示されていることに触れ「『組織的犯罪集団』の定義の曖昧さは安全保障のセンシティブな(機微に触れる)領域における非政府組織(NGO)の活動に対する監視を合法化する機会を与える」として、共謀罪廃止を求めている。
 IADLは一九四六年、ナチスに抵抗した法律家たちがパリで設立。世界各国の弁護士や学者らが平和の実現や人権擁護を目的に活動している。スイス・ジュネーブで毎年三回開かれる国連人権理事会で声明を出し、各国の人権状況についてホームページなどで意見を表明している。
 会見では、英国の共謀罪と対テロ法に詳しい清末愛砂・室蘭工業大大学院准教授が「共謀罪の発祥地・英国では近年、共謀罪が対テロ法とセットで使われ、大量の職務質問や逮捕、差別的な運用が行われており、それが冤罪(えんざい)につながっている」と指摘。日本でも、共謀罪の運用がテロ対策を名目とした人権侵害につながる懸念を訴えた。
 IADLの理事を務める笹本潤弁護士は、ケナタッチ氏への政府の抗議について「北朝鮮が人権状況に関する国連特別報告者に協力しないことを、日本政府は非難している。政府の姿勢はダブルスタンダード(二重基準)ではないか」と批判した。


日報隠蔽問題 稲田防衛相の即刻罷免を
 引き際を自ら決められない政治家に対し、国民の政治不信は募るばかりである。
 稲田朋美防衛相は21日、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報の隠蔽(いんぺい)問題に関し「隠蔽を了承したこともないし、陸自の保管の報告を受けたこともない」と重ねて否定し、辞任する意向がないことを強調した。
 安倍晋三首相はこれまで再三の罷免要求を拒み続けている。なぜそこまで稲田氏に肩入れするのか説明してもらいたい。首相の任命責任は重大であり、即時罷免を求める。
 複数の政府関係者によると、稲田氏は2月15日、防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官や岡部俊哉陸上幕僚長らと会議に出席。この場で、陸自が廃棄したとしながら保管していた日報のデータは、隊員個人が収集したもので、公文書には当たらないと判断し、非公表とする方針が決まった。これは組織ぐるみの隠蔽工作だ。
 稲田氏は3月、特別防衛監察を指示した後「防衛省、自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善していきたい」と述べた。ところが、調査を命じた人物が「隠蔽体質」の中心にいたことになる。
 さらに稲田氏は「私のシビリアンコントロール(文民統制)が利いているかも含め国民が見ている」とも述べた。文民統制は戦前の軍部の暴走に対する反省から取り入れられた。今回の事態は、稲田氏が制服組も文官も統制できない大臣であることをさらけ出した。
 陸自の日報保管が3月、報道によって発覚。稲田氏は3月16日の衆院安全保障委員会で、隠蔽行為について問われ「報告はされなかったということだ」と否定している。しかし今回、2月には報告を受けていたことが発覚した。国会答弁は「虚偽答弁」に当たる。もはや稲田氏には大臣としての資格はない。辞任すべきである。
 稲田氏はこれまでにも問題発言を繰り返してきた。
 2月に南スーダンPKOを巡り、武力衝突があったが、法的な意味での「戦闘行為」はないと発言し、戦闘を隠していると批判された。
 3月には森友学園との関係を問われ「顧問弁護士だったことも、法律的な相談を受けたこともない」と繰り返し否定した。ところが翌日「私の記憶が間違っていた」と撤回して謝罪した。
 最たるものは6月の東京都議選応援で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と自衛隊を政治利用する発言をしたことだ。同日夜「誤解を招きかねない発言があった」として撤回した。
 今回の日報隠蔽に関する特別防衛監察は、制度上問題がある。稲田氏ら政務三役が調査対象に含まれていないのだ。これでは全体像を把握できず、調査の信頼性が揺らぐ。稲田氏を聴取し、問題の所在を明らかにすべきだ。


「場当たり」稲田を増長させた政治環境
 ★南スーダンPKOの日報問題は、防衛相・稲田朋美の隠蔽(いんぺい)関与の疑いが濃厚だ。背景には特別防衛監察の結果公表を目前に、陸上自衛隊など制服組と呼ばれる自衛官の間にくすぶる稲田への不満が背景にあるとの見方があるという。確かにPKO法にも抵触しかねない危険地域での活動で、日報は当時の状況を把握する上で、また今後の活動の指針として重要な資料となる。しかし中途半端な政治的要求で、また首相・安倍晋三の出動判断や、そのギリギリの状況を「平穏」で「戦闘」はないと言い張った稲田の陸自をあざむき、国民をだました罪を隠し通そうとした犯罪性の方が問題だ。 ★そして何よりも自らが防衛相という自覚がなく、政権や政局の赴くままに場当たり的に対処してきた稲田のシビリアンコントロールの欠如や、隊員たちとの信頼感のなさ。政権が強引に事を進めても誰もとがめない政治環境が、この無能な司令官を増長させたといえる。だが当選7回を数えるベテラン議員に閣僚未経験者がゴロゴロいる中、たかだか当選4回。同期どころか当選5回組の首相補佐官・柴山昌彦、自民党総裁特別補佐、筆頭副幹事長・西村康稔でさえ未入閣。稲田と同期で首相の側近といわれる萩生田光一も、官房副長官どまりだ。その間稲田は当選3回で内閣府特命担当大臣(規制改革担当)、行政改革、公務員制度改革、再チャレンジ、クールジャパン戦略等を担当する国務大臣もそれぞれ兼務した。 ★無論、結果を残したものなど何もない。その後党3役となる政調会長に抜てき。続いて防衛相に。政務官や副大臣の経験すらない。つまりいかに異例の重用だったかわかる。その任命権者はすべて首相だが、その責任は極めて重い。政権の命取りは稲田か。

PKO日報 隠蔽の真相明らかにせよ
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報を巡る問題で、稲田朋美防衛相に新たな疑惑である。
 「廃棄した」としていた日報を陸自が電子データで保管していた事実を非公表にするとの隠蔽(いんぺい)方針を、稲田氏が2月の時点で了承していたと、複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏は3月の国会答弁で、陸自の日報保管の報告はなかったとした上で、「徹底的に調査し、隠蔽体質があれば私の責任で改善したい」と述べていた。疑惑が事実なら組織的隠蔽を容認したというだけでなく、国会で虚偽の答弁をしていたことになり、言語道断と言うほかない。
 稲田氏が指示して実施していた特別防衛監察の結果公表は、疑惑を受けて来週以降に延期された。稲田氏はきのう、あらためて隠蔽への関与は否定したが、防衛監察の聴取には応じる考えを示した。
 ただ、防衛監察はもともと稲田氏直轄の特別組織によって行われており、真相に迫れるかは疑問だ。防衛監察の過程で、陸自がまとめた報告書には稲田氏に報告した事実が記されていたが、まとまった監察結果の原案には反映されていないことも明らかになっている。稲田氏と防衛省や陸自の幹部らとの間でどんなやり取りがあったのか、来週行われる国会の閉会中審査で真相究明を進めるべきである。
 陸自部隊が活動していた南スーダンでは昨年7月、政府軍と反政府勢力との衝突があり、日報には「戦闘」と記されていた。フリージャーナリストの情報公開請求に対し、防衛省は昨年12月、「陸自で廃棄済み」を理由に日報の不開示を決めた。「戦闘」の記述が明らかになれば、PKO参加5原則を満たしていないと問題になる恐れがあったため、不開示にしたのではないかとの見方もある。
 日報は後に、自衛隊の運用を統括する統合幕僚監部に電子データで保管されていることが分かり、さらに陸自内部でもデータが残っていたことが判明した。陸自内部のデータについて、2月に非公表の方針を決めたのは防衛省事務方トップの事務次官らだったという。防衛省・自衛隊の隠蔽体質が厳しく問われよう。
 稲田氏が省内を統率できていないことは明らかだが、これまでにも稲田氏は度々、防衛相としての資質が疑問視されてきた。東京都議選の応援で自衛隊を政治利用するかのような演説をし、批判を浴びたことは記憶に新しい。
 安倍晋三首相の任命責任は重大だ。これまで首相は「秘蔵っ子」とされる稲田氏をかばうような姿勢を続けてきた。8月上旬の内閣改造での交代が取り沙汰されているが、稲田氏の責任を明らかにしないまま退任させ、幕引きを図るつもりなのか。
 真相究明がうやむやになれば、安倍政権への国民の不信は募るばかりだろう。


阪大相撲部に土俵 前主将奔走、高須院長に直談判
 創部5年目の大阪大相撲部に土俵を作った学生がいる。前主将の4年中山皓太郎さん(21)=神戸市西区出身=は、西日本学生相撲個人体重別選手権85キロ未満級で初優勝すると、美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長(72)に土俵作りを直談判。あふれる情熱で支援を訴え、高須院長の答えは「イエス!」。今年3月、念願の土俵が誕生した。(伊藤大介)
 日が傾いた午後4時半、講義を終えた部員が集まってくる。中山さんが胸を出し、後輩の突進を俵まで受け止める。「土は程よく滑るので、ぶつかり稽古ができる。最高です」ときめの細かい土俵を踏みしめた。
 入部した2014年は部員が3人。体育館前のコンクリートの床にマットを敷いていた。押し合えばマットはたわみ、足が引っかかる。「思い切って押し合うのは難しかった」。マットの外で後頭部を打ち、部員が救急車で搬送されたこともあった。
 そんな弱小部で中山さんは頭角を現した。大学入学後に相撲を始めた中山さんはビデオ撮影で自身の動きを研究し、183センチの長身と長い腕を生かした左四つを確立。「左を深く差して、相手をコントロールできるようになった」と長田高校野球部で兵庫大会ベスト8に貢献したパワーとスピードを生かし、昨年7月の西日本学生で国公立大勢16年ぶりの栄冠をつかんだ。
 一方、大学に求めていた土俵の整備は財政難で暗礁に乗り上げた。「何とかしたい」と考えあぐねた同年8月、高須院長がリオデジャネイロ五輪サッカー男子ナイジェリア代表に支援金を贈ったニュースを知り、手紙を書いた。
 2カ月後、愛知県の別荘に呼ばれた中山さんはマット土俵の危険性を訴え、思いの丈をぶつけた。相撲好きで知られる高須院長は支援を即決し、「スピード感を持って対応してほしい」と大学に500万円を寄付。あれよあれよという間に土俵が完成した。
 3人だった部員は、熱心な勧誘活動も実り、男女合わせて総勢19人に。週2日だった練習も3日に増やし、「手だけで押してる」「右の脇が甘いねん」と中山さんの熱のこもった掛け声が土俵に響く。「入部時を考えたら信じられない。活気があって楽しい」と顔をほころばせる。就職活動は大手総合商社から内定を得たが、関西のメーカーを選んだ。「休みの日に稽古をつけられたら」と卒業後も相撲部を支えるつもりだ。


小林麻央さん初の月命日 海老蔵告白「空洞の中を歩いているよう」
 6月22日に34歳の若さで亡くなったフリーアナウンサーの小林麻央さんの、最初の月命日が22日、巡ってきた。夫で歌舞伎俳優の市川海老蔵(39)はこの日、更新した公式ブログで「あれから1ヶ月、こんなに忙しい日々ですが 1ヶ月間、なんか 空洞の中を歩いているようです。」と、愛妻を失った空虚な思いを打ち明けている。
 海老蔵は「わんちゃんゆめちゃん」と題した投稿で、長女の麗禾ちゃん(5)が犬の「ゆめちゃん」を抱っこしている写真をアップ。「麗禾にとって 麻央の愛犬ゆめちゃんの存在は大きいです。」と記した。
 続けて「そして今日は 麻央の祥月命日です。あれから1ヶ月、こんなに忙しい日々ですが 1ヶ月間、なんか 空洞の中を歩いているようです。」と、空虚な思いを告白。
 「哀しさと反比例する仕事との時間は 今の私のある意味支えなのかもしれないが、休みになった時に 果たして私は 正常でいられるのか?疑問ですが、」と恐れを明かしつつも、「なんとか 全てを受け入れ 全てを愛せる者に 私はなりたい、」と、強くあろうとする決意をつづっている。

朝E2/昼W1/夕U2W1/サイネージ依頼

ブログネタ
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Avec Ploom Tech, Japan Tobacco aspire à fumer dans les avions
Le cigarettier basé à Genève lance un nouveau vaporisateur de tabac présenté comme ≪hybride≫. Il espère que l’absence de fumée pourra, un jour, permettre aux consommateurs de produire à nouveau des volutes dans les lieux publics
Le cendrier intégré à l’accoudoir. Les moins de 20 ans ne peuvent pas connaître. Et les plus de 30 ans s’en souviennent avec incrédulité: jusqu’au milieu des années 90, on pouvait fumer dans les avions.
Aujourd’hui, le petit réceptacle et son clapet en métal sont les derniers restes de cette époque de libertarisme cigarettier. Ils ne servent plus à rien, si ce n’est à indiquer aux passagers que la compagnie n’a pas renouvelé sa flotte depuis un certain temps.
Fumer en vol? Cette pratique pourrait revenir au goût du jour. C’est du moins le souhait émis par Japan Tobacco International (JTI). Pour prouver que ses nouveaux produits sont compatibles avec la promiscuité, le propriétaire de Camel et Winston a invité les journalistes à un vol en avion, vendredi. Une heure et demie durant laquelle ils ont pu tester Ploom Tech.
1500 points de vente en Suisse
Ploom Tech est un dérivé de Ploom, la cigarette chauffante que JTI commercialise depuis 2011. C’est pour annoncer son lancement en Suisse que le cigarettier japonais, dont le siège mondial est à Genève, avait convié la presse à l’aérodrome zurichois de Dübendorf.
フランス語
フランス語の勉強?

朝E2の男子が2人頑張っていました.朝から観覧車を見るのは初めてだって.ランチの後今度はW3の女子が1人.かわいい顔して意外に口が悪い.ホッとしたと思いきや今度はU1の女子が2人.さらにW3の男子.これではクタクタになります.Wの男子はギリギリまでねばっていました.
役に立つかどうかわかりませんが,サイネージを依頼しました.

東北テーマの短編文学賞創設へ
東日本大震災の経験を踏まえた文学を生み出すきっかけにしようと、東北地方がテーマの短編小説を対象にした新たな文学賞が創設されることになりました。
「仙台短編文学賞」と名付けられたこの文学賞は、震災の経験を踏まえた新たな文学を生み出そうと、仙台市の出版社や新聞社が、共同で創設します。
対象作品は、一般から公募した、東北地方をテーマにした短編小説で、仙台市に住む作家の佐伯一麦さんが選考を行います。
受賞作品は、震災から7年目にあたる来年3月をメドに発表され、このうち大賞に選ばれた作品は、大手出版社が発行する雑誌の「小説すばる」のほか、地元の雑誌や新聞にも掲載されるということです。
20日、記者会見した出版社の担当者は、「震災から6年がたち、風化が進む中で、文学賞という枠組みを作ることで、いろいろな言葉を持つ人たちが、震災を表現していくきっかけにしたい」と話していました。
応募作品は、8月1日から12月15日まで、仙台市の出版社「プレスアート」で受け付けるということです。


地域の交流の場に 集会所が完成
東日本大震災で大きな被害を受けた七ヶ浜町に、被災した子どもたちや地域の人々の交流の場となる集会所が、新たに完成しました。
「みんなの家 きずなハウス」と名付けられたこの集会所は、町内で被災者の支援活動を続けているNPOが、子どもたちや地域の人々の交流の場にしようと、町の施設の敷地内に建設しました。
21日は、町やNPOの関係者が集まって、建物の完成を祝うオープニングセレモニーが行われ、この中で、NPOの代表を務める、栗田暢之さんが、「この施設が復興まちづくりの拠点となり、みなさんに愛されるようになってほしい」とあいさつしました。
また、七ヶ浜町の寺澤薫町長は、「この施設が子どもたちや地域の人たちの憩いの場となり、心の復興の一翼を担うことを期待したい」と話していました。
完成した建物は、木造平屋建てで、全面がガラス張りの開放的なつくりになっていて、子どもたちが遊べるよう、おもちゃが用意されているほか、駄菓子を販売するコーナーなども設けられています。
この建物は、21日から運営が開始され、定休日の月曜日を除き、誰でも自由に利用できるということです。


<陸前高田市立図書館>心の復旧へ決意固く
 岩手県陸前高田市の読書ボランティアグループ「ささ舟」が、同市立図書館で「おはなし会」の9月再開を目指している。メンバーの磐井律子さん(73)は「少しでもお話の世界でほっとしてほしい」と、心の復旧に伴走する決意を語った。
 旧図書館の職員7人は全員が津波の犠牲になった。図書館で打ち合わせ中に震災の地震に遭った磐井さんは、いったん自宅に戻り、津波に追われながらも助かった。
 市内の小学校から、児童たちが日常を取り戻すために読み聞かせの再開を依頼されたのは、震災発生から間もないころだった。「それどころではない」と思う半面、「子どもたちは大人以上に苦しんでいる」と痛感した。
 被災を免れた学校や家庭から絵本を集めて活動を再開し、被災地支援に駆け付けた司書らの指導を受けた。グループのメンバーも3人から現在は16人に増え、活動の場が広がった。
 プロジェクターやマイクを使い、手遊びを取り入れ、子どもからお年寄りまで幅広い年代に対応した読み聞かせに取り組む。物語の世界に感情移入するひととき、磐井さん自身も慰められているのだと気付いた。
 20日に新図書館を訪れ、「図書館に寄せる市民の期待は大きい」と語った磐井さん。震災の惨状は今も頭から離れないが「これからが大事。図書館が市民のよりどころとなるよう、職員と共に頑張りたい」と前を向く。


<陸前高田市立図書館>学びの拠点 待望の開館
 東日本大震災で全壊した岩手県陸前高田市立図書館が新築されて20日、開館した。大規模なかさ上げで造成した中心市街地に公共施設が進出するのは初めて。
 記念式典には、市や図書館の再建を支援してきた関係者ら約100人が参加。戸羽太市長は「市民の生涯学習の拠点として親しまれ、市の復興や市民の心の復興に大きく寄与することを願う」と述べた。
 新図書館は木造平屋で、延べ床面積約900平方メートル。外構工事費を含めた事業費は約6億円。開架には約6万5000冊が並び、震災関連本約1900冊もそろえた。


<東北商議所連合会>復興相に支援拡充を要望
東北六県商工会議所連合会の鎌田宏会長(仙台商工会議所会頭)は20日、復興庁を訪れ、東日本大震災で被災した企業の販路回復、観光振興による交流人口拡大に向けた支援策の拡充を吉野正芳復興相に要望した。
 2020年東京五輪・パラリンピックの聖火リレー出発地を巡り、鎌田会長は「沖縄と張り合っているようだが、視察いただいた石巻市をよろしくお願いしたい」と協力を要請した。吉野氏は「復興五輪だもの。石巻だよ」と応じた。
 連合会は経済産業省、文部科学省なども回り、(1)東京電力福島第1原発事故に伴う風評被害対策の強化(2)福島新エネ社会構想の推進(3)超大型加速器国際リニアコライダー(ILC)の誘致−を求めた。


南三陸SC再建 住民の利便性向上
 ウジエスーパー(宮城県登米市)を核とするアップルタウン南三陸ショッピングセンター(SC)が20日、東日本大震災で被災した南三陸町志津川の復興市街地にオープンした。大型スーパーは町内唯一で、住民は生活の利便性向上に期待を寄せた。
 ウジエスーパーは食品、生活用品など約1万3000点をそろえる。地産地消コーナーに町内の農産物や加工品を置くほか、総菜を多めに用意して高齢化に伴う個食に対応した。
 買い物に来た同町志津川の主婦佐藤わか子さん(73)は「車がないので震災後は近所の人と登米市まで買い物に行っていた。ウジエが戻ってきてくれてうれしい」と笑顔だった。
 震災前のウジエスーパーの店舗はJR気仙沼線旧志津川駅前にあり、津波で全壊。当時の従業員で新店舗にも勤める佐藤初枝さん(41)は「地域から再建への期待の声を何度も聞いた。昔のようににぎわう場所にしたい」と話した。
 SCは鉄骨平屋で店舗面積は5530平方メートル。ダイユーエイト(福島市)と薬王堂(岩手県矢巾町)も入る。ウジエスーパーの氏家良典社長は「6年以上不便な思いをさせた皆さんに喜ばれる店にする。野菜や魚に厳しい目を持つお客さまが多いので要望に応えていきたい」と話した。


被災地から新たな作家を「仙台短編文学賞」創設
 東日本大震災の被災地から新たな作家の発掘と育成を図ろうと、仙台市の出版社の荒蝦夷(あらえみし)、プレスアートと河北新報社でつくる実行委員会は「仙台短編文学賞」を創設した。仙台、宮城、東北と何らかの関連がある短編をジャンル不問で全国から公募する。実行委が20日、宮城県庁で記者会見し募集要項を発表した。
 実行委代表を務める土方正志・荒蝦夷代表(54)は「テーマを震災に限定するつもりはないが、結果的に震災をどう理解するかヒントになるような作品が集まってくれればいい」と語った。
 初回の選考委員は仙台市出身・在住の作家佐伯一麦さん。第2回以降も毎回異なる1人の東北在住の作家が担う。
 対象は日本語で書かれた未発表の自作小説。400字詰め原稿用紙25〜35枚程度。募集期間は8月1日〜12月15日。選考結果の発表は2018年3月の予定。
 大賞受賞作はプレスアートの隔月刊誌「Kappo」と河北新報、集英社の月刊誌「小説すばる」に掲載されるほか、副賞として賞金10万円を贈る。
 賞創設について実行委事務局の川元茂プレスアート取締役編集部部長(50)は「新しい文学の言葉を持った方々に表現の枠組みを与えるのは地域の活字メディアの使命だ」と強調した。
 応募方法などの問い合わせ先はプレスアート内の実行委事務局022(266)0912。


ペットボトルでピザ作ろう 意外性体験して
 東日本大震災で被災した石巻市新栄の畳店経営千葉政徳さん(50)が、食育の一環として災害時に役立つ「ペットボトルピザ」を広めている。簡単な食材でペットボトルを使って熱々のピザができる。意外性と驚きがあり、「子どもから大人まで楽しみながら体験できる」と各地で普及に努めている。
 ペットボトルピザは、親子の体験活動などに取り組む島根県の地域団体「ネイチャーキッズ寺子屋」が考案し、特許を取得。千葉さんは2014年6月ごろから許可を得て紹介している。全国で約20人が普及活動に携わるが、宮城県内では千葉さん1人という。
 千葉さんによると、用意する材料はメモの通り。作り方は(1)丈夫なペットボトルの内側を油でコーティングする(2)強力粉や塩といった材料を決まった順に入れる(3)ペットボトルを横に回した後、上下に振る(4)お湯に漬けたり、服と体の間に挟んだりして温め、ペットボトルがぱんぱんになるまで発酵させる(5)ふたを外すと生地が飛び出す−という方法。生地に具を載せて焼き上げると完成だ。
 千葉さんは13年9月、福岡市であった催しでネイチャーキッズ寺子屋の代表からピザ作りを教わった。「これなら簡単に作れる。震災当時に知っていたら、ひもじい思いをせずに済んだのではないか」と感じた。
 震災当時、自宅近くまで津波が押し寄せ、近隣で住宅が浸水。千葉さんは石巻市内で物資を供給する拠点から飲食物をトラックで運び、まきを燃やして湯を沸かすなど食事の用意に苦労したという。
 千葉さんはダンスを交えてペットボトルを振り、ピザの作り方を教える。「踊る食育ペットボトルピザ」と題した体験会を個人宅や幼稚園などで40回以上重ねてきた。「ボトルから生地が飛び出した瞬間の驚く表情などに接するとうれしくなる」と言う。
 知人の多い福岡県などが被災した九州北部の豪雨に胸を痛め、「少しでも力になりたい」と体験会の収益の一部を寄付する意向。体験会の参加料は1人1000円。連絡先は千葉さんpb−pizza@zmail.plala.or.jp
〔ペットボトルピザの主な材料〕500ミリリットルのペットボトル、油(オリーブオイルやサラダ油)10グラム、バター5グラム、強力粉100グラム、塩1.2グラム程度、砂糖3グラム(冬は5グラム)、水65ミリリットル、ドライイースト3グラム


<リボーンアート>美音食 多彩に被災地再生
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市の牡鹿半島を主な舞台とするアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」が22日、開幕する。期間は9月10日までの51日間。芸術・文化を融合させたイベントを各地で開き、被災地再生につなげる。
 石巻市街地中心部とその周辺、牡鹿半島中部、牡鹿半島先端・鮎川の4エリアで、国内外のアーティスト39組の作品を展示する。このうち牡鹿半島先端・鮎川エリアで、文化勲章受章者の前衛芸術家、草間弥生氏の作品を設置する。
 牡鹿半島への交通手段は基本的に路線バスを利用し、市街地中心部エリアを除く3エリアで展示会場を循環バスが巡る。期間中の来場者は約20万人を見込む。
 牡鹿半島中部の荻浜に拠点施設「牡鹿ビレッジ」を設け、浜の女性たちが食堂「はまさいさい」を開店して郷土料理などを提供する。全国からのシェフ31人が腕を振るうレストランもオープンする。
 28〜30日には宮城県川崎町の国営みちのく杜の湖畔公園で大規模な音楽祭を開く。総合祭の実行委員長で音楽プロデューサーの小林武史さん(新庄市出身)、ミスターチルドレンの桜井和寿さんを中心とした「Bank Band」など27組が出演する。RAF期間中は石巻市や東松島市、女川町、塩釜市、松島町でも音楽イベントがある。
 実行委の松村豪太事務局長(43)は「地域住民と共におもてなしの態勢を整え、石巻の魅力を伝える51日間にしたい」と意気込む。
 総合祭は実行委と一般社団法人APバンク(東京)が主催し、宮城県や河北新報社などが共催する。


河北春秋
 「震災のことについて、福島のことについて、少しでも語り継いでいただく機会となれば幸いです」。福島市の詩人、和合亮一さん(48)は震災詩集『詩の礫(つぶて)』(徳間書店)のフランス語版が現地の文学賞に選ばれた際にこうコメントした▼芸術作品は震災の風化に十分あらがう力になり得る。こちらの受賞もその起爆剤になってほしい。盛岡市に住む沼田真佑(しんすけ)さん(38)が第157回芥川賞を射止めた。受賞作『影裏(えいり)』は岩手県を舞台にした震災小説で、「わたし」と、「巨大なものの崩壊に陶酔しがち」な釣り仲間の友情に震災が影を落としていく▼沼田さんは5年前、両親の暮らす盛岡に福岡から移住。今回の小説について「岩手にいるのに震災に触れないわけにはいかなかった」と語る。海、大地が織りなす風土に心を動かされ、震災のテーマは必然だったようだ▼繊細な筆致も際立っている。選考委員の高樹のぶ子さんは「岩手の大自然の描写も、きらきらして美しい」と絶賛。20代半ばで小説を書き始め、今回がデビュー作というのだから快挙と言っていい▼東北関係者で芥川賞を受賞した人は指で数えるだけ。それだけ難関中の難関の文学賞なのだ。沼田さんの明るいニュースが東北文学界を大いに刺激してくれるはず。爽やかな風になることを願う。

<台風10号>災害住宅 来夏にも入居開始
 昨年8月の台風10号豪雨で甚大な被害に見舞われた岩手県岩泉町は19日、町内10カ所に災害公営住宅などを整備する住宅再建計画を公表した。本年度中にも着工し、2018年夏に入居を開始する。住民説明会で明らかにした。
 町によると、災害公営住宅として集合住宅と一戸建て合わせて74戸を建設。移転用宅地13区画と共に、岩泉地区3カ所、小川地区4カ所、小本地区1カ所、安家地区2カ所に整備する。
 自宅が全壊した世帯など計259世帯を対象に意向を調査した。佐々木真町復興課長は「公営住宅の入居希望者は高齢者の単身世帯が多いので、コミュニティー形成に配慮する」と話す。整備戸数は増える可能性がある。
 町は31日までに町内全6地区で順次、住民説明会を開く。その後は集落単位で意見交換会を開く。
 町民会館で19日夜にあった説明会には町民約60人が出席した。町は復興まちづくり計画の策定方針などを提示。県は河川改修の進行状況を説明した。
 町民からは「災害査定に入らなかった林道の復旧はどうなるのか」「集落ごとに具体的な説明をしてくれると議論がしやすい」といった意見が出た。


<恐山>口寄せに耳傾け故人しのぶ
 日本三大霊場の一つとして知られる青森県むつ市の恐山で20日、夏の大祭が始まり、全国各地から参拝客や観光客が訪れた。
 境内は、硫黄の臭いが立ち込める奇岩に色鮮やかな風車が飾られた独特の雰囲気。その一角にイタコの小屋が3軒並び、参拝者らが死者の霊を呼ぶという口寄せに耳を傾けた。昨年病気で母を失った東京都の男性(40)は「一人じゃないと言われ、もやもやしていた気持ちがすっきりした」と話した。
 大祭は24日まで。22日は藩制時代の恐山参拝に倣って僧侶や信者らが行列する「上山式」と東日本大震災の七回忌法要をする。


<仙台市長選>地元中小 採用に苦戦
 23日投開票の仙台市長選は、東日本大震災からの復興完了に近づく東北最大都市の足元を見つめ直す機会でもある。震災後の混乱で忘れられていた課題、震災を経て生じた新たな問題の両方が、新市長を待ち受ける。「ポスト復興」を迎えた仙台の実情を探る。
◎「ポスト復興」の現実(4)足りぬ人手
<ブースに閑古鳥>
 「誰も来ない。暇でしょうがない」
 6月下旬、就職活動中の学生向けに仙台市内であった地元中小企業の合同説明会。ある建築会社の社長が携帯電話をいじりながら、自嘲気味につぶやいた。
 「東日本大震災から丸5年が過ぎた昨年から、説明会に来る学生が急に減った」と社長。39社が出展したこの日も、参加した学生は57人。見向きもされない企業ブースも目立った。
 少子化に伴う生産年齢人口の減少が、市内の中小企業の人手不足を深刻にしている。
 市の地域経済動向調査(1〜3月期)で、労働力が「過剰」と答えた事業所の割合から「不足」と答えた割合を差し引いた労働力DIはマイナス39.8で、前年同期に比べ6ポイント悪化。特に建設業や宿泊・飲食サービス業、運輸業はマイナス50を下回り、著しい労働力不足の状態にある。
 「地方の中小企業は、どんなに優秀な技術を持っていても、人手不足で『労務破綻』することもあり得る」。県中小企業家同友会の佐藤全・共同求人委員長は危機感を募らせる。
<首都圏から攻勢>
 首都圏の企業の採用攻勢が、仙台の求人難に拍車を掛ける。大学など高等教育機関が多い「学都仙台」には、優秀な人材を求める県外企業の進出も相次ぐ。地元経営者からは「少子化でパイが小さくなる中、取り合いになっている」とため息が漏れる。
 人材流出も目立つ。仙台から東京圏に転出した20〜24歳人口(2016年)は約2840人に上る。市内のIT系専門学校関係者は「卒業生の半分は首都圏の企業に就職する」と明かし、市も「地元就職率が同規模の政令市に比べ低い」と説明する。
 太白区の電気工事会社社長は「社員が足りないと仕事を受注できない。会社の成長が止まり、停滞してしまう」と採用に懸命だ。理系学生が特に不足し、今春入社から文系学生にも門戸を広げたが、「求める人材のレベルを下げざるを得ない」と表情はさえない。
<「強い大手志向」>
 復興需要は収束に向かい、市内企業の景況感は低水準が続く。景気回復の実感なき人手不足が、地元企業を苦しめる。
 市中小企業活性化会議委員で、求人情報サイト運営のパルサー(泉区)の阿部章社長は「学生も親も大手志向が強い。地元企業は安定していても、名前を知られていないだけで選ばれない」と指摘。優良企業の認定制度や企業と大学の橋渡しなどを市に期待する。(小沢一成)
◎仙台市長選立候補者
林  宙紀 39元衆院議員 無新
郡  和子 60元衆院議員 無新(民・社支)
菅原 裕典 57会社社長  無新(自・公・日支)
大久保三代 40元衆院議員 無新


全女性県議が配信中止申し入れ
タレントの壇蜜さんが出演する県の観光PR動画について、女性の県議会議員が「性的な表現が盛り込まれ不適切だ」などとして、県に対し、配信の中止を求める申し入れを行いました。
宮城県は、夏の観光キャンペーンをPRするため、タレントの壇蜜さんが出演する動画を作成してインターネット上で公開していますが、一部から、性的な表現と受け取れる部分があるといった指摘が上がっています。
この動画について、21日、宮城県議会の女性の全議員7人が、河端副知事に対し、動画の配信を中止するよう申し入れを行いました。
この中で、女性議員らは、動画には性的な表現が多く使われているほか、女性が男性に仕えるという設定になっており、男女共同参画の理念に反すると指摘しました。
これに対し、河端副知事は「内容は問題ないと考えている。170万回以上再生され、批判がある一方、肯定的な意見も多く、しばらくはこのまま続けたい」と応じました。
県によりますと、動画をめぐっては、これまでに、およそ100件の意見が寄せられ批判的な内容が多いということです。
このあと女性議員たちは、記者会見を開き、「いやらしい表現があり、感覚がずれている」とか、「税金で作られた動画であり、ただ再生回数が増えればいいというのは誤りだ」などと批判しました。


九州豪雨 「被災者のケア」を息長く
 福岡、大分両県を襲った豪雨の被災地では今週、なお一部で避難指示と解除が繰り返されるなど異常な気象状況が続いた。
 九州北部はきのう梅雨明けしたが、今後は台風への備えも必要だ。土砂と流倒木に引き裂かれた大地の傷痕は今も生々しい。引き続き厳重な警戒を続けたい。
 避難者は約700人に上る。当面する最重要課題の一つは、避難生活の長期化に伴うストレスや疲労に起因する災害関連死を全力で予防することだ。
 災害関連死は災害による直接の被害でなく、避難後に死亡した人の死因に災害との因果関係が認められたものを指す。たとえ災害が終息しても長く続く深刻な「二次被害」である。
 東日本大震災の関連死は3500人を超え、なお増えている。昨年の熊本地震では直接死が50人だったのに対し、関連死は今月までに180人を上回った。
 犠牲者の大半が高齢者だ。過去の認定例では処方薬を飲めなかったことによる持病の悪化や復旧作業中の過労による場合がある。一方で、将来を悲観した自殺や孤独死など周囲の強い支えがあれば防げたかもしれないケースもある。
 地震による関連死では、本震後も続く揺れが心身に深いダメージを与える。同様に今回特に注意すべきは、集中豪雨への警戒が長引いた上、今後も風雨に神経をとがらせなければならないことだ。
 長期的な医療体制の確立とともに、心のケアは欠かせない。過去の経験や教訓を生かして、あらゆる手だてを尽くしてほしい。
 被災者のニーズをきめ細かく把握し、避難生活の質を少しでも改善することが、予防の土台となる。障害者や妊婦、乳幼児も含め、ケアが必要な被災者への目配りを一層心掛けてもらいたい。
 避難が長期化すればストレスに加え、生活再建への不安も高じてくる。建設が始まった仮設住宅の完成までには1カ月はかかるという。民間賃貸住宅を借り上げる「みなし仮設」の活用や就労支援など生活再建の援助も強めたい。


紀伊半島豪雨 不明者6年ぶり発見 遺族ら「感謝します」
 奈良県警五條署は21日、同県十津川村の貯水池で6月末に見つかった遺体が、2011年9月の紀伊半島豪雨災害で行方が分からなくなっていた中西麻紀代さん(当時37歳)=同県五條市=と判明したと発表した。同署によると、約6年を経て発見の知らせを受けた家族らは「見つけていただき感謝します」と話したという。
 同署によると、遺体は6月30日夕、十津川村風屋の風屋貯水池で、流木の回収作業をしていた男性作業員が発見。DNA鑑定の結果、中西さんと特定されたという。
 家族の話などによると、中西さんは五條市大塔町宇井地区で両親と暮らしていたが11年9月4日朝、大雨で地区の対岸の山腹が崩壊し、土砂が自宅を押し流した。中西さんは大量の土砂で行方不明となり、両親は奇跡的に助かった。
 県警によると、豪雨災害で県内では依然、9人が行方不明のままという。【郡悠介】


朝鮮学校無償化 子の救済は大人の責任
 いわば大人の都合で、子どもの学びの機会に格差が生じるのは残念でならない。広島地裁は、朝鮮学校を高校無償化の対象から外した国の処分を適法と判決した。大人の責任で実現せねばならない。
 広島朝鮮高級学校を運営する広島朝鮮学園と卒業生らが、処分の取り消しや損害賠償を国に求めた裁判だ。判決は、国側の主張を認め、原告側の全面敗訴となった。
 東京、名古屋、大阪など全国五カ所で係争中の同種訴訟で初めての判決だった。原告側は、司法が恣意(しい)的な行政判断に追随したことは民族差別を助長すると反発し、控訴する考えだ。
 高校無償化制度は、民主党政権の目玉政策として二〇一〇年に導入された。現行では一定の収入に満たない家庭の高校生に対し、就学支援金が支給されている。
 学校教育法上、各種学校とされる外国人学校は文部科学相の指定を受ける必要がある。だが、自民党政権に交代してから、朝鮮学校は制度の対象から除外された。
 問題の根っこは、子どもに代わって学校側が就学支援金を受け取る代理受領の仕組みにあろう。
 朝鮮学校は、北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響下にあり、無償化の資金が授業料に充てられないことが懸念されると、国側は主張していた。
 とはいえ、無償化制度の理念は、学校運営そのものの支援ではない。すべての高校生が家庭の収入にかかわらず、学ぶ機会に等しくアクセスできるよう、社会全体で負担を分かち合うことである。
 その理念を重視し、責任のない卒業生らの救済に動こうとした形跡は、広島地裁の判断からは読み取れなかった。国側と学校側との相互不信の谷間に、個々の子どもが落ち込んでいるように見える。
 高校に当たる高級部では、日本で生まれ育った千三百人余りが学んでいる。日本の大学の多くは、卒業生に受験資格を認めている。国側はこうした現実を踏まえ、就学支援金が確実に授業料に使われる仕組みを勘考できないものか。
 北朝鮮は核やミサイルを開発し、日本人拉致問題の解決には後ろ向きだ。朝鮮総連を含め、国民が注ぐまなざしは厳しい。
 本来、子どもの教育に政治的、外交的な問題を絡めるべきではない。だが、朝鮮学校の教育内容や財務、人事といった運営を巡る疑念が晴れない限り、税金投入に国民の理解は得られにくい。子どもの学ぶ権利の救済、機会の保障はもちろん、大人の責任である。


「朝鮮学校」判決 解決の糸口探る努力を
 国側の主張を全面的に認める判決だった。
 高校無償化法の適用を巡り、国が朝鮮高級学校を対象外としたことの是非を問う裁判で、広島地裁は「国の裁量範囲を逸脱したとはいえない」とし、原告である広島朝鮮学校側の訴えを退けた。
 全国五つの同種の訴訟で初めて示された判断である。
 国は「朝鮮学校は北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の影響下にあり、無償化の資金が授業料に充てられない懸念がある」と主張していた。
 しかし、無償化の目的は、日本に暮らす全ての子どもの教育費を軽減し学習機会を保障することにある。制度の趣旨に照らせば、今回の判断には疑問が残る。
 判決は「学校の運営が適正に行われない恐れがある」との国の主張を追認し、「無償化の対象外となったのは、支給要件に該当しないため」と結論付けた。
 「民族教育を受ける権利を含む学習権や、憲法上の平等権の侵害」といった学校側の問いかけに正面から答えたとは言い難い。
 高校無償化法は、旧民主党政権下の2010年度に施行された。
 朝鮮学校への適用を巡っては、拉致問題などを理由に当初から賛否が分かれ、結局、自民党政権に交代した13年、文部科学省は適用除外とした。
 朝鮮高級学校は生徒が民族のルーツや言葉を学ぶ場という側面を持つ。札幌を含め全国10校あり、在籍者は1300人を超す。韓国籍の生徒も多い。
 現在も未来も日本社会でともに暮らす隣人である。
 教育支援の枠外に放置していいはずがない。
 排外主義やヘイトスピーチを助長する恐れもある。
 1989年に民族的少数者の学びを保障する「子どもの権利条約」が採択されて以降、高体連出場を認めたり、大学を受験しやすくするなど、多くの分野で朝鮮学校への垣根は下げられてきた。
 無償化の適用除外は、こうした流れにも逆行する。政府は制度の理念を踏まえ、見直すべきだ。
 無償化の支援は個々の生徒に対して行われるが、学校が代理で受け取ることになっている。
 公費による助成であるからには、使途の透明性を確保するため、情報公開に努めるのは当然だ。朝鮮学校も例外ではない。
 これ以上生徒が不利益を受けぬよう、国、朝鮮学校双方が解決に向けて努力してもらいたい。


〈時代の正体〉「差別の現実知って」朝鮮学校生徒が訴え
【時代の正体取材班=石橋 学】朝鮮学校だけが高校無償化制度から排除され、県からの補助金も支給が打ち切られている問題を理解してもらおうと、神奈川朝鮮中高級学校(横浜市神奈川区)の生徒が20日、横浜駅周辺で街宣活動に立った。「差別の現実を知ってください。力を貸してください」と訴え、道行く人にチラシを配った。
 高校にあたる高級部1〜3年生約90人が3カ所に分かれてマイクを握った。「民族教育を受け、自分らしく生きるのは当然の権利」「教育の場に政治的理由を持ち出し特定の学校を除外することはあってはならないのでは」「私たちも学生。学ぶ権利は平等なはず」「私たちは差別がなくなり共生できる日を望んでいます」と口々に訴えた。
 チラシには自分たちの親も納税の義務を果たしていることなどを記し、献血や地域のイベントに参加している写真を添え、地域社会の一員として共に生きている姿を伝えた。
 自ら手を伸ばしてチラシを受け取った仕事帰りの女性(54)は「夫の収入が減り、私学助成金に救われている身で人ごととは思えない。職場でもフィリピンやタイの人たちへの差別を目の当たりにしている。差別がまかり通っている国は国際社会からも孤立する。自分たちの社会の問題として考えていきたい」と話した。


創生相「発言」 「加計ありき」が濃厚だ
 事業主体公募の一カ月以上前に「加計学園」の獣医学部新設決定が関係者に伝えられていたとしたら、「加計ありき」は否めない。速やかに臨時国会を開き、国政調査権に基づいた究明が必要だ。
 国家戦略特区による獣医学部新設は、学校法人「加計学園」による愛媛県今治市での学部新設を前提に、諮問会議を含めて、すべての手続きが進められたように疑われても仕方がない状況だろう。
 国家戦略特区を担当する山本幸三地方創生担当相が昨年十一月十七日、日本獣医師会を訪問し、加計学園の名前を挙げて「四国で新設することになった」などと伝えていたことが、本紙が入手した同会作成の面談記録で明らかになった。事業主体の公募を始めた今年一月四日から約一カ月半も前のことである。
 獣医師会側の記録が事実なら、「加計学園ありき」で、計画が進められたことは否定しがたい。
 山本氏側は、昨年十一月の獣医師会訪問を認めながらも「獣医学部新設が決まった経緯について説明したが、四国で決めたとは言っていない。京都もあり得るという話もした。今治市の財政状況については概略を説明したが、加計学園という特定は一切していない」と否定はしている。
 今治市の財政状況にまで言及しながら、加計学園と特定はしていないというのは詭弁(きべん)にも聞こえるが、双方の言い分が食い違うなら獣医師会の関係者も国会に呼び、話を聞いたらどうか。
 学部新設の認可という公平・公正であるべき行政判断が、たとえ首相の意向であったとしても、それを盾に歪(ゆが)められてはならない。
 ましてや加計学園の理事長は、安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ人物である。個人的な関係が行政判断に決定的な影響を及ぼしていたとしたら、政権の存立にもかかわる重大な問題だ。
 衆院は二十四日、参院は二十五日にそれぞれ予算委員会を開き、この問題などに関する集中審議を首相も出席して行う予定だ。この機に事実の解明を一歩でも前に進めるのはもちろんだが、やはり国会閉会中では限界がある。
 野党側は憲法五三条に基づいて臨時国会の召集を求めている。事実解明には、野党が求める理事長自身の参考人招致も必要だ。
 安倍政権がこれ以上、野党側の要求を拒むのなら、事実解明に後ろ向きと批判されても仕方があるまい。速やかに臨時国会召集と理事長招致に応じるべきである。


担当相「四国に新設」 「加計ありき」 また一つ
 まさに「加計ありき」である。「行政がゆがめられた」疑いはさらに深まった。
 政府の国家戦略特区制度を活用した獣医学部新設計画で、学校法人「加計学園」が事業者に認定される約2カ月前の昨年11月17日、特区担当の山本幸三地方創生担当相が日本獣医師会に「四国で新設することになった」と伝えていたことが判明した。
 京都府での新設を目指す京都産業大も名乗りを上げていた。にもかかわらず、愛媛県今治市で四国初の獣医学系大学の新設を予定する加計学園を前提に、計画が進められたということである。
 山本氏は獣医師会関係者が明らかにした自身の発言について「獣医師会側の思い込みと私の発言を混同したもので正確ではない。私からは『京都もあり得る』と述べた」「獣医師会側は『四国の今治』と決めつけた言いぶりで対応していた」と反論した。
 たとえ面会記録の記述が「正確ではない」にしても、それ自体が山本氏の発言の意味するところをゆがめていることには必ずしもならない。
 面会前の昨年11月9日に開かれた特区諮問会議で獣医学部新設の方針が決まり、その条件として「広域的に存在しない地域に限る」ことが提示されている。「京都もあり得る」はずがない。
 大阪府内に獣医学系大学が存在するため、「広域的に存在しない地域」ではない京都府への新設は、あり得ない状況になっていた。獣医師会もそれを知っていたはずで、「四国の今治」と受け取って当然である。
 獣医師会によると、山本氏は「今治市が土地で36億円のほか積立金から50億円、愛媛県が25億円を負担し、残りは加計学園の負担となった」と説明した。山本氏は「事業実施主体という表現をしており加計学園と特定したことは全くない」と否定している。
 獣医学部新設を希望していたのは加計学園と京産大だけである。仮に山本氏の言い分通りだとしても、今治市での「事業実施主体」が加計学園を指すことは誰の目にも明らかである。
 「加計ありき」の政府の対応は「獣医学部が広域的に存在しない」「新設は1校に限る」だけではない。内閣府が昨年11月に「2018年4月開学」の方針を公表する約2カ月前までに、開学時期が加計学園に伝わっていたとみられることが学園関係者への取材で明らかになっている。
 全てが加計学園に有利に働いたとしか見えない。安倍晋三首相の友人が理事長を務める加計学園に、獣医学部新設を認めた決定プロセスを「何ら問題はない」と考える国民はいまい。
 衆参両院の予算委員会での集中審議では、加計学園の加計孝太郎理事長ら全ての関係者の参考人招致が不可欠だ。「総理の意向」が働き、行政がゆがめられたのか。その徹底解明は政治の責任だ。


予算委集中審議 安倍長期政権の分岐点
 グズグズしているうちに、ますます不都合な材料が増えていく。首相出席の集中審議を渋りに渋ってきた政権にとって、弱り目にたたり目といった状況に違いない。
 安倍晋三首相の親友が運営する岡山市の学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡り自民、公明両党は閉会中審査の予算委集中審議を週明けの2日間、衆参両院で開くことで合意。軌を一にして、事業は「加計ありき」ではないか−という疑惑に輪を掛ける新事実が明らかになった。
 政府の国家戦略特区制度を活用した計画には当初、愛媛県今治市で事業化を図る加計学園のほか、京都産業大も京都府での学部新設を目指し名乗りを上げていた。
 特区諮問会議は今年1月、今治の計画を認定。しかし、その2カ月前に特区担当相が「四国で新設」の方針を日本獣医師会の幹部らに伝えていた疑いが浮上したのだ。
 獣医師会側は学部新設そのものに反対を表明。当時の面会記録も残っているという。当の山本幸三地方創生担当相側は発言を否定。週明けの審議の焦点になるだろう。
 加えて稲田朋美防衛相にも重大な疑惑が浮上した。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報の隠蔽問題で、同相は防衛省・自衛隊の組織的隠蔽を事前に了承していた疑いが持たれている。
 さらには首相夫人との関係が疑われる大阪市の学校法人「森友学園」の国有地売却問題も、なぜ国側が破格の対応をしたのか、疑惑の本質はたなざらし状態だ。
 自民党が歴史的惨敗を喫した東京都議選は、安倍政権への国民の厳しい視線を反映する。先の通常国会は、加計問題をなおざりに「共謀罪」の趣旨を盛り込む改正法の成立を急ぎ強引に閉幕。その反動が都議選に表れて以降、支持率はなかなか回復しない。
 この状況下で、閉会中審査は政権にとって信頼回復の好機とも言える。しかし、開いたと思えば首相は欠席。首相が出ると言えば、野党に多く質問時間を与える慣行を無視して五分五分の配分を要求したり、衆参合わせて1日開催を主張したり。そこから国民の疑問に真摯(しんし)に向き合う姿勢をくみ取るのは難しい。
 そもそも野党側は、憲法53条に基づき衆参で総議員の4分の1の署名を集め、臨時国会召集を要求している。自民党国対幹部は「首相は加計問題について追及されることを嫌がっている」と拒否の理由を語ったとも報じられた。
 世論調査を見る限り、「嫌なこと」を避けていれば国民の支持は戻ると思うなら今回は少し違う。集中審議では、答弁ににじみ出る政権の体質が見られるだろう。安倍長期政権の分岐点だ。


いまだはびこる「おっさん政治」
 ★「日報を非公表にするとか隠蔽(いんぺい)するということを了承したということはない」。防衛相・稲田朋美が国会での説明と食い違い、事前に南スーダンPKOの日報データの隠蔽方針を了承したとする情報に防戦一方だ。無論真偽のほどはわからないものの、今までの官僚を押さえつけていた恐怖政治の呪縛が解けたように内部情報が漏れだしたと見た方が国民には分かりやすいだろう。 ★政権が力で情報をコントロールし、人事権で隠蔽し続けていたものが噴出する勢いだ。しかし自民党はそれらの管理や隠蔽体制が通用する時代が終わったと、都議会議員選挙の時に気づいたはず、いや、昨年の都知事選挙での都知事・小池百合子の「おっさん政治」「ブラックボックス」といったボス政治や談合体質政治の打破に関心が高まっていったことを知りながら対応しなかったつけだといえる。 ★19日、自民・民進両党が調整していた加計学園疑惑の予算委員会の枠組みが衆院は24日、参院は25日にそれぞれ5時間ずつの開催で決まった。衆院予算委での質問時間の配分は与党が1時間半、野党が3時間半と「与党3割、野党7割」で決まったが、閉会中審査終了直後の10日、国会対策委員長・竹下亘は「野党の質問は『言った』『言わなかった』というレベルにとどまり、何も新しいことは出てこなかった。これで予算委を開く必要があるのか。このレベルの議論だったら国会ではなく、別のところでやればいいだけの話だ」と言い切っていたが、開催が決まると「5対5にしない限り開催は拒否する」(自民党国対委員長代理・小此木八郎)と女々しい限り。ここにも「おっさん政治」から脱皮できない古い政治がはびこる。行政はゆがめられたのか、政治は進歩しないのか。

真相解明 早急に進めよ/PKO日報問題
 南スーダンに派遣していた国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題で稲田朋美防衛相が、陸上自衛隊が日報を保管していた事実を非公表にするとの方針を了承していたと複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏はその方針の決定後に国会の質疑で日報保管についての報告はなかったとした上で「防衛省・自衛隊に改めるべき隠蔽(いんぺい)体質があれば、私の責任で改善していきたい」と答弁していた。
 稲田氏は隠蔽の了承を否定しているが、国会で虚偽の答弁をしていたとすれば、責任は極めて重大だ。防衛相自身の関与は文民統制が機能していたのか深刻な疑義も生じさせる。早急な真相解明を求めたい。
 PKOの日報問題では「廃棄済み」としたデータが保管されていることが判明するなど説明が二転三転してきた。不都合な事実を隠そうとする組織的な隠蔽体質が露呈したと言えよう。
 共同通信社が15、16の両日に実施した全国電話世論調査によると、安倍内閣の支持率は6月調査より9.1ポイント減の35.8%となり、2012年の第2次政権発足後最低に下落した。
 不支持の理由として「首相が信頼できない」との回答が51.6%に上った。学校法人「加計学園」を巡り、後手に回った対応が響いた。政権不信が強まっている中、今回の問題はさらに追い打ちをかけた格好だ。
 PKO日報問題の本質は、現地の実態を隠そうとしてきた対応にある。陸自部隊が活動する南スーダンの首都ジュバで昨年7月に発生した政府軍と反政府勢力との大規模紛争に関して、日報は「戦闘」と記述していた。
 防衛省は昨年10月に受理した情報公開請求に対し「陸自で廃棄済み」として不開示を決定したが、統合幕僚監部に電子データで保管されていたことが判明。さらに陸自内部でも保管されていたことが明らかになった。
 背景には「戦闘」と認めれば紛争当事者間の停戦合意などのPKO参加5原則に抵触する恐れがあり、実態を隠す意図があったのではないかとの指摘がある。
 一連の経過にはまだ不明確な点が多い。24日に実施される衆院予算委員会での集中審議に加え、衆院安全保障委の閉会中審査を早急に開き、真相究明を進める必要がある。


【日報隠蔽了承】稲田氏は詳しく説明せよ
 実力組織である自衛隊のシビリアンコントロール(文民統制)が機能不全に陥っているのではないか。そんな危惧を国民に現実的に抱かせる事態である。
 自衛隊が南スーダンに派遣した国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を廃棄したとしながら、陸自が保管していた問題で、関与を否定していた稲田防衛相が隠蔽(いんぺい)を了承していたことが分かった。
 「背広組」官僚の事務方トップである防衛事務次官の意向とされ、防衛相が追認していた形だ。「制服組の暴走」を阻止すべき文民の官僚、閣僚が隠蔽に加担し、むしろ主導していた形跡さえある。
 稲田氏の統制力の欠落は明白であり、防衛省・自衛隊に巣食った病根の深さも浮き彫りにした。
 日報は現地の銃撃戦の様子を「戦闘」「最悪のケースを想定」といった生々しい表現で伝えていた。PKO参加5原則に抵触しかねない緊迫状況が読み取れ、防衛省には極めてデリケートな文書だった。
 日報の存否で防衛省の対応は二転三転した。いったん「陸自で廃棄済み」とした後、統合幕僚監部で見つかったとして2月に公表。翌3月に報道で陸自にも残っていたことが判明した。
 陸自は1月中旬までにはデータの保管を確認しながら、稲田氏に報告したのは翌2月半ば。重要情報が1カ月もの間、防衛省トップに伏せられていた。文民統制への軽視も甚だしい。
 防衛省は5年前の護衛艦海士いじめ自殺訴訟でも内部資料の証拠隠しが発覚し、判決で厳しく指弾された。不都合なことは隠すという体質が全く改まっていない。
 防衛省・自衛隊の独断を許さず、ゆがみを正す責務を負うのが防衛相である。だが、稲田氏は都議選での自衛隊の政治利用発言などで、閣僚としての資質や適格性がたびたび問われてきた。
 3月の衆院予算委員会で稲田氏は陸自のデータ保管について「報告はなかった」と答え、「隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」と言い切った。虚偽答弁と言うほかない。閣僚としてばかりか、議員としての資格、資質の欠如さえも自ら露呈したに等しい。
 稲田氏を秘蔵っ子のように党役員や閣僚に重用し続けてきた安倍首相の任命責任も重大だ。野党からの再三の罷免要求に頑として応じず続投させてきた。「1強」の慢心が稲田氏や防衛省による国民への背信行為を許したのではないか。
 日報問題では防衛相直轄の特別防衛監察が行われている。防衛相は本来は対象外だが、稲田氏を擁護し続けてきた菅官房長官は稲田氏も調査対象になり得るとの見解を示した。持ちこたえ切れなくなったのか。政権の危機感も見て取れる。
 加計(かけ)学園問題などを巡り開かれる24、25両日の衆参両院の予算委員会でも審議テーマになる。稲田氏は説明責任を果たさなければならない。


PKO日報問題■国会での真相解明を進めよ■
 南スーダンに派遣していた国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題で稲田朋美防衛相が、陸上自衛隊が日報を保管していた事実を非公表にするとの隠蔽(いんぺい)方針を了承していたと複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏はその方針の決定後に国会の質疑で、日報保管についての報告はなかったとした上で「防衛省・自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善していきたい」と答弁していた。
虚偽答弁の可能性も
 稲田氏は隠蔽の了承を否定しているが、事実とすれば虚偽答弁の可能性があり、責任は極めて重大だ。防衛相自身の関与は文民統制が機能していたのか深刻な疑義も生じさせる。
 PKOの日報問題では「廃棄済み」としたデータが保管されていることが判明するなど説明が二転三転してきた。組織的な隠蔽体質が露呈したと言えよう。
 安倍政権は学校法人「森友学園」への国有地格安払い下げ問題や、加計学園の獣医学部新設計画を巡る優遇疑惑でも情報の積極的な公表を拒んできた。公正な行政の執行には、国民がその適否を判断できる情報の開示が不可欠だ。
 共同通信社の全国電話世論調査で、内閣支持率は6月調査より9・1ポイント減の35・8%と2012年の第2次政権発足後最低に下落。不支持の理由として「首相が信頼できない」との回答が51・6%に上がった。
 稲田氏は東京都議選の応援演説で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と発言するなど不適切な言動が相次ぎ、閣僚としての資質が問われている。8月に予定する内閣改造での「交代」では責任問題があいまいになる。改造前に辞任すべきだ。
 その前に、24日にも実施される衆院予算委員会での集中審議に加え、衆院安全保障委の閉会中審査を早急に開き、真相究明を進める必要がある。
稲田氏の関与説明を
 PKO日報問題の本質は、現地の実態を隠そうとしてきた対応にある。陸自部隊が活動する南スーダンの首都ジュバで昨年7月に発生した政府軍と反政府勢力との大規模紛争に関して、日報は「戦闘」と記述していた。
 防衛省は情報公開請求に対し「廃棄済み」として不開示を決定したが、統合幕僚監部に電子データが保管されていたことが判明。陸自内部でも保管されていたが非公表としたことが明らかになった。
 一連の対応の背景には「戦闘」と認められれば紛争当事者間の停戦合意などのPKO参加5原則に抵触する恐れがあり、実態を隠す意図があったのではないかと指摘されている。政府はこの間「武力衝突」という言葉を使っていた。
 一連の経過にはまだ不明確な点が多い。防衛監察本部が実施している特別防衛監察の結果を早急に発表するとともに、稲田氏の関与について国会で説明すべきだ。


自民「稲田隠し」の身勝手 集中審議させず自発的辞任要求
「もう内閣改造まで待てない」。自民党内からも稲田防衛相の早期辞任を求める声が広がっている。
 党幹部は周囲に「日報隠蔽が事実なら大変なことになる。8月上旬の内閣改造を待たず、自発的に辞任するのも選択肢だ」と語ったという。
 閣僚経験者も「なぜ、首相がこれほど肩入れするのか理解に苦しむ」と首をかしげた。もはや擁護の声は皆無に近く、罷免要求を拒み続ける安倍首相への不満が表面化してきた。
 党内では「下手に答弁をさせると、まずい」と24、25日の衆参予算委の集中審議に稲田氏を出席させないため、週末にも辞任するとの見方も浮上。稲田氏は21日午前、記者会見で辞任する考えはないことを示したが、すでに後任として複数の防衛相経験者の名前も挙がる。
 散々かばい続け、今さら「泣いて馬謖を斬る」なんて、あからさまな「稲田隠し」。さらなる批判を招くのは必至で、もはや、この政権は進退極まっている。
■特別防衛監察に陸自カンカン
 PKO日報隠蔽問題を巡って実施されている特別防衛監察の結果が21日にも公表される予定だったが、その内容に陸上自衛隊がカンカンに激怒し、公表が先送りされる事態となった。
 陸自が激怒している理由は「稲田防衛相に日報データの存在を伝えた」との調査報告書を防衛監察本部に提出したにもかかわらず、特別防衛監察結果の原案では全く触れられておらず、このままでは陸自だけが悪者にされてしまうからだ。
 政府は公表予定前日のきのうになって急きょ、稲田氏ら政務三役も特別監察の調査対象とすると方針変更。稲田氏に対する聴取も行われることになった。そのため監察結果は今月28日にずれ込む見通しだ。


なぜこんな嘘つきが大臣なのか? 稲田防衛相のウソは“日報隠蔽”だけではない! それでも安倍首相は…
 PKO日報の隠蔽に稲田防衛相が加担していた──新たに明らかになった重大疑惑によって、稲田朋美防衛相に対する「大臣失格」「即辞任」という声が最高潮に達している。
 あらためて日報問題を整理すると、昨年9月にジャーナリストの布施祐仁氏が、昨年7月に南スーダンの首都ジュバで大規模な戦闘が起こった時期の日報を防衛省に対して情報公開請求を行ったが、防衛省は「すでに破棄」したとして不開示に。ところが今年2月に「統合幕僚監部で日報を電子データとしてすべて保存していた」と一転。稲田防衛相は「隠蔽する意図はまったくなかった」と説明したが、その後、3月16日には、陸上自衛隊内にも日報のデータが保存されていたことが判明。稲田防衛相は同日に開かれた衆院安全保障委員会で、こう答弁した。
「(陸自内でデータが見つかったという)報告はされなかった」
「あらためるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善したい」
「特別防衛監察で徹底的にやってもらう」
 だが今回、陸自内で日報データが保存されていたことが発覚する約1カ月前の今年2月15日、稲田防衛相は防衛省の幹部会議に出席し、そこで陸自内で日報データが保管されていたことを公表するかどうかを協議、「公表しない」ことが決定され、稲田防衛相も「了承」していたと共同通信と朝日新聞が報道。その上、共同は、この会議の2日前にも陸自側が稲田防衛相に対して日報データが保管されていたことを伝えていたと報じたのだ。
 こうした報道を受け、稲田防衛相は「隠蔽を了承したとか、非公表を了承したとかいう事実はまったくありません」と否定した。しかし、今度はFNNが入手した資料から幹部協議でのやりとりが判明。報道によれば、この会議で岡部俊哉陸上幕僚長が陸自内にも日報データが残っていたことを報告し、黒江哲郎事務次官が「どのように外に言うかは考えないといけない」「なかったと言っていたものが、あると説明するのは難しい」と述べ、さらに稲田防衛相も「いつまでこの件を黙っておくのか」と発言したことが資�がっていたというが、監察結果でも保身に走る稲田防衛相の姿勢に不満や怒りが陸自で噴出。今回の重大疑惑のリークにつながったのだ。いまごろになって菅義偉官房長官は監察について「(稲田防衛相は)必要な協力はされると思っている」と語ったが、これだけ内部リークが出てきたいまでは、時すでに遅しだ。
 口からでまかせばかりで、国民からだけではなく“身内”からもまったく信頼されない大臣。さらにはここまでの虚偽答弁がわかったのだから、辞職どころではなく即刻罷免されなければおかしい。だいたい、稲田防衛相の“嘘つき・ごまかし体質”は、いまにはじまった話ではない。
 最近では、都議選の自民党候補者の応援演説で「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言し問題になったときも、釈明会見で「誤解」という言葉を35回も使い、「誤解なんかじゃない」と大きな反発が起こった。また、九州北部豪雨で自衛隊が捜索救助活動を行っている最中の6日の昼、稲田防衛相が防衛省から外出し「民間の方々との防衛政策に関する勉強会に出席」していたことが発覚した際も、「昼時だったので食事は出ていたが、食事はせずに戻った」と自己弁護。自衛隊トップが災害対応時に「民間の勉強会」を優先させたことが非難されているのに、「昼ごはんは食べないで帰ってきたもん!」とのたまったのである。
 これらの発言・行動は到底看過できるものではなく、「なぜ大臣辞職にならないのか」と疑義が呈されたが、それ以前から稲田防衛相は辞職級の嘘を繰り返してきた。
 そのひとつはやはり日報問題と同根の南スーダンPKO派遣にかんする発言だ。
 稲田防衛相は昨年10月8日にジュバを視察したが、わずか7時間の滞在にもかかわらず「状況は落ち着いている」と宣言し、前述した大規模な戦闘を「戦闘ではなく衝突」と答弁してきた。しかし、実際はジュバ視察で稲田防衛相は自衛隊員から「この辺で戦闘が起きたというところです」と説明を受けていた。そして、今年になって破棄したとしてきた日報の存在が明らかになると、現場のPKO部隊が「戦闘」だと認めていたこともわかったのだ。
森友でも、TPPでも、ヘイト問題でもウソばかり!稲田を政治家にスカウトした安倍首相の責任は?
 自衛隊員の命を預かる大臣が、現場の声を無視して嘘を吐きつづける。こんな無責任な態度でよくいまなお防衛大臣の座にいられるのかと愕然とするが、もっとも耳を疑ったのは、今年2月8日の国会答弁だ。稲田防衛相は「戦闘」としなかった理由を、「憲法9条上の問題になるから」と平然と言いのけたことだろう。「戦闘行為」と言うと憲法違反になるから「衝突」と言った、などという詭弁が通用するなら、どんな法律違反も言葉を言い換えれば罪を問われなくなる。大臣であることは無論、ほんとうにこの人は法曹家なのか?と疑わざるを得ない常識外れの詭弁だ。
 さらに、森友問題では、とぼけきった答弁を連発。稲田防衛相は森友学園とのかかわりについて、「私が弁護士時代に森友学園の顧問だったということはないし、法律的な相談を受けたこともない」などと答弁していたが、その後すぐに2004年12月に森友学園が起こした民事訴訟の第1回口頭弁論に出廷していたことが記録によって判明。これは完全な虚偽答弁だ。
 しかも、稲田防衛相は「ここ10年お会いしておりません」などと籠池理事長との関係を必死に隠そうとしていたが、夫で弁護士の龍示氏が昨年1月に籠池夫妻から頼まれて近畿財務局と大阪航空局の職員と面談の場として自身の事務所を提供した上、同席していたことまで発覚したのだ。
 これらの虚偽答弁が見逃されてきたこと自体がまったく信じがたいものだが、稲田防衛相の「嘘」はこれだけに留まらない。
 たとえば、稲田氏は下野時代、TPP批判の急先鋒として「TPPは米国の基準を日本が受け入れ、日本における米国の利益を守ることにつながるからだ。それは、日本が日本でなくなること、日本が目指すべき理想を放棄することにほかならない。TPPバスの終着駅は、日本文明の墓場なのだ」(産経新聞2011年11月7日付)と述べていたが、いざ政権交代を果たすと「TPPはアジア太平洋地域の未来の繁栄につながる枠組みだ」などと言い豹変した。
 また、昨年6月26日に出演したNHKの『日曜討論』で、「自民党の出している憲法草案も、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重、これまったく変えません」と発言。言うまでもなく自民党の憲法改正草案は「国民主権、平和主義、基本的人権の尊重」の3つをことごとく否定する中身で、これもとんだ大嘘だ。
 そもそも嘘つきであるかどうか以前に、大臣の資質など稲田氏にはまったくない。とくに、夫名義で2014年9月以降の約2年間のあいだで“軍事産業株”を大量取得していたことが発覚。稲田氏は防衛相として、その気になれば夫が保持する防衛企業の株価を意図的に吊り上げることだって可能であり、とんでもない話だ。また、稲田氏は「ともみ酒」問題や「在特会との蜜月」問題で週刊誌から追及を受けてはスラップ訴訟を起こしてきた。いずれも敗訴が確定しているが、これは公人であるにもかかわらず自由な報道に恫喝と圧力をかける行為である。
 いや、もっと言えば、「自分の国を守るためには、血を流す覚悟をしなければならないのです!」(講演会で発言)だの、「国民の生活が大事なんて政治はですね、私は間違っていると思います」(創生「日本」東京研修会での発言)だの、「DVという言葉が不当に独り歩きすれば、家族の崩壊を招きかねない」(「別冊正論」第7号)だのと声高に叫んできた人物が大臣、いや政治家であることが異常なのだ。
 そして、こんな人物を自らスカウトして政治家にし、寵愛し、大臣に押し上げ、挙げ句「女性初の総理に」とまで考えていたのは、ほかでもなく安倍首相だ。しかも、今回の日報隠蔽と稲田防衛相の加担にしても、官邸が把握していなかったとは考えがたく、安倍首相も追認していた可能性だってある。来週の閉会中審査では稲田防衛相への追及も行われることは必至だが、同時に安倍首相の任命責任が問われなければ意味がないだろう。
 そして、そもそもこの日報隠蔽は、安倍政権の憲法違反を隠蔽するために起きたものということもあらためて指摘しておきたい。(編集部)


クローズアップ2017 PKO日報 稲田氏疑惑、政権苦境に
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の部隊が作成した日報を巡る特別防衛監察で、政府は急きょ、稲田朋美防衛相ら政務三役も対象とする方針転換を迫られた。事実上の追加調査となる。結果公表も遅れ、早期の幕引きを図った政権の思惑は大きく狂っている。
「追加調査」余儀なく
 菅義偉官房長官は20日の記者会見で「報道のあった点についても当然、説明責任が果たされるべきものと考えている」と強調した。
 政府は24、25両日に衆参両院の予算委員会の閉会中審査が開かれるのに先立ち、21日に特別防衛監察の結果を公表する方針だった。稲田氏の関与を否定する調査結果を公表し、稲田氏自身も国会で答弁することでこの問題を事実上収束させることを狙った。
 ところが、稲田氏が陸自幹部から日報を非公表とする方針について報告を受けていたなど、稲田氏の関与への疑惑が次々に浮上した。
 稲田氏は陸自のデータ保管が判明した翌日の3月16日に「報告されなかった」と国会で答弁している。報告が事実ならば「虚偽答弁」となる。稲田氏は20日、防衛省で記者団に、報告を受けていたかを問われ「今まで申し上げている通りだ」と言葉少なに関与を否定した。
 安倍晋三首相は8月3日にも内閣改造を行う意向で、稲田氏の交代は既定方針だ。改造は稲田氏を含め、支持率急落の原因となった閣僚を交代させて政権を立て直すことが目的だ。
 しかし、稲田氏を交代させるだけでことが済むとは限らない。
 稲田氏は東京都議選の応援演説で自衛隊の政治利用と受け取られる失言をして与野党から批判を浴びたが、首相は稲田氏を更迭せずに守った。その稲田氏を巡って重ねて問題が起きたことは、首相の判断の誤りも浮き彫りにした。首相自身が稲田氏を抜てきした経緯もあり、稲田氏の問題はそのまま政権全体への打撃に直結する。
 政権は調査日程を遅らせてでも、稲田氏をめぐる問題を「徹底調査」(菅氏)しなければさらに追い込まれる状況になっている。
 調査結果を28日に公表すれば、政権の思惑通りに問題が収束するという保証があるわけでもない。公表後、野党が国会の閉会中審査を要求するのは確実だ。
 「人心一新」を図る内閣改造前後に、再び政権の疑惑を巡る閉会中審査を開かざるを得なくなる可能性もある。
 野党は攻勢を強めている。民進党の蓮舫代表は20日の記者会見で「首相は稲田氏を即刻罷免すべきだ」と要求。「政府は稲田氏の関与も含めて踏み込んで公表しないといけない」と徹底調査を主張した。
 与党内からも厳しい声が出始めた。菅氏は20日、稲田氏が当初「廃棄した」とされる日報の再調査を指示した結果、統合幕僚監部で電子データが発見されたとの「功績」を強調し「誠実に政府の職務に当たっていくことが大事だ」と稲田氏を擁護した。だが、稲田氏の関与の可能性が色濃くなるにつれ、与党内からは「内閣改造を待たずに交代させるのも手だ」との声も漏れる。
 公明党の山口那津男代表は20日、首相官邸で記者団に「防衛省内でどういうことがあったのかもきちんと防衛相として説明責任を尽くすということが大事だ」と述べ、稲田氏が説明責任を果たすよう求めた。【木下訓明、田中裕之】
陸自内の不満、背景
 稲田防衛相の関与の可能性が浮上した背景には、特別防衛監察の方向性に対する陸上自衛隊側の不満があると指摘する声は少なくない。政府は20日、稲田氏らを調査対象とする方針を固めたが、近く公表される監察結果の内容次第では、陸自内の不満がさらに高まる可能性もある。
 「稲田大臣に聴取せずに監察結果をまとめようとしていたのは大問題だ」。ある陸自幹部は憤る。
 稲田氏は3月に陸自内での日報データの保管が報道された後、「(陸自から)報告されなかった」と国会で答弁した。
 稲田氏の関与の可能性が報道された今月19日にも、改めて報告の事実を否定している。
 陸自内からはこうした大臣の説明に「釈然としない」という声が漏れる。3月17日に稲田氏の指示で特別防衛監察が始まった後、陸自は独自に隊員への調査を実施し、防衛省の防衛監察本部に報告書を提出している。
 陸自側は、廃棄したとしていた日報データが実は存在していたとの報告を稲田氏にした、と認識していた。しかし、近く公表される見通しの監察結果の原案では、そうした点が触れられていなかった。
 陸自関係者は「監察結果に真実でないことが書かれようとしていた。そこに反発があったことは間違いない。国民に真実を伝えることが必要だ」と漏らす。
 そもそも、南スーダンの派遣部隊の日報は、どんな形で防衛省本省に報告されていたのか−−。
 日報は毎日の活動内容や現地情勢などを記した報告書で、陸自指揮システムの掲示板にアップロードされる。これを基に上部部隊の中央即応集団がリポートを作成した後、廃棄されることになっている。
 昨年9月末にジャーナリストの布施祐仁氏が南スーダンの首都ジュバで大規模な武力衝突があった同7月の日報を開示請求すると、防衛省は同12月2日に「既に廃棄した」として不開示にした。
 しかし、河野太郎衆院議員らが日報の電子データを探すよう求め、稲田氏の指示で再調査した結果、同26日に統合幕僚監部内で日報が保管されているのが確認され、今年2月7日に一部を公表。ジュバの衝突を「戦闘」と記載していることが判明し、停戦合意などを定めたPKO参加5原則との整合性が問題となった。
 ただ、「廃棄した」とされてきた陸自内でも掲示板から日報をダウンロードしていた隊員がおり、1月中旬に保管が発覚。統幕の防衛官僚が「今さら言えない」と非公表を指示したとされており、2月15日には岡部俊哉陸幕長から説明を受けた黒江哲郎事務次官らが、公文書ではない「個人のデータ」として非公表とする方針を決定したとされている。【前谷宏】


外国人の労働力 受け入れへ幅広い議論を
 日本で働く外国人労働者を受け入れる環境が拡大されている。政府は日本経済の活性化や国際競争力強化の観点から高度外国人材の受け入れ・定着への支援が重要だとの認識で、外国人労働者の受け入れ拡大を目指す方針だ。
 厚生労働省によると、2016年10月末時点の外国人労働者数は108万3769人、前年比19・4%増で、過去最高を更新した。
 多くの分野で人手不足が深刻化し、日本社会が人口減少をたどり生産年齢人口の確保が課題であることが背景にある。
 外国人労働者の活用については、専門的・技術的分野の「高度人材」を活用することが経営戦略として必要だとして、経済界からの積極的な意見がある。
 一方では、日本人の雇用機会が失われることへの不安や、文化、習慣の違いに戸惑い日本の生活に適応できず、日本人との間で摩擦を生じるなど「負の側面」への懸念からの慎重論もある。
 このため外国人労働者の受け入れを拡大していくならば、政府は政策理念を明確に示すことが必要だ。
 さらに自治体や地域住民など幅広い範囲で議論を深めていく丁寧な対応も不可欠となる。
 日本で学んだ知識や技術を自国の経済発展に生かす目的で1993年に「外国人技能実習制度」が導入され、昨年末時点で対象者は約23万人に上る。
 だが、違法な長時間労働や賃金不払いなどの人権侵害も相次ぎ、国内外から「低賃金労働者の確保に利用されている」との批判も出ている。
 出入国管理・難民認定法が改正され、慢性的な人手不足状態にある「介護」の現場で、今年9月1日から介護福祉士の資格を持つ外国人が働けるようになる。また11月1日に施行される技能実習適正化法で、政府は働く外国人への人権侵害に罰則を設け、受け入れ先への監督を強化する。
 ただ、人を相手にするサービスでは、コミュニケーション不足による外国人労働者と利用者や同僚とのトラブルも懸念される。政府は一定の日本語能力を受け入れ要件とする方向だ。
 欧米各国で難民や移民の入国を規制する動きが見られるが、国際的な「人の流れ」は今後とも止めることはできないだろう。日本が労働市場の開放を迫られることは避けられまい。
 雇用調整や安価な労働力としてではなく、将来を見据えて外国人労働力の位置付けを政策的に構築する必要がある。


火柱噴く手筒花火で厄払い、豊橋で祇園祭始まる
 愛知県豊橋市の吉田神社で21日、厄払いを祈願する豊橋祇園祭が始まり、氏子の男たちが火柱を噴き上げる手筒花火を抱えて奉納した。夜空を照らす炎が観客を魅了、境内は熱気に包まれた。
 男たちが抱えた竹筒に詰められた火薬は2・4〜4キロ。火柱は10メートル以上の高さに達し、火の粉を浴びながら耐える姿に観客が「頑張れ」と声援を送った。燃え尽きる瞬間には竹筒の底が火薬で破裂し、「ドン」という爆発音が鳴り響いた。
 吉田神社は東海地方を中心に伝わる手筒花火の発祥の地とされ、戦国時代から奉納されていた記録が残っている。祭りは23日まで。

ピザ食べ過ぎて/テレホンカード購入

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Le poste d’Inada à nouveau menacé
Célia Hacquin
La ministre de la Défense Tomomi Inada a fait face à de nouvelles demandes de démission à la suite de révélations selon lesquelles elle aurait caché l’existence de données sur des activités controversées, concernant la situation des pacificateurs japonais au Sud- Soudan.
Le Ministère de la Défense, qui avait reçu une demande de divulgation d’information concernant ces rapports en juillet 2016, avait déclaré que les données n’étaient pas disponibles car elles avaient été abandonnées. Cependant il a été dévoilé que les forces terrestres d’autodéfense japonaises (GSDF) gardaient les données sous forme digitale. Des membres haut placés, dont Inada, auraient néanmoins décidé à une réunion le 15 février qu’ils ne divulgueraient pas le fait que les données aient été retrouvées. La ministre a affirmé à un comité de sécurité de la Chambre basse qu’elle n’avait jamais reçu de rapport à propos des données du Sud du Soudan retrouvées dans les GSDF.
Kazunori Yamanoi, président des affaires de la Diète du parti d’opposition démocrate, déclare : ≪ Inada a donné des fausses réponses à répétition à la Diète et c’est inacceptable. Parce que cela constitue une dissimulation de la vérité, nous demandons au Premier ministre Shinzô Abe de faire immédiatement démissionner Inada. ≫ Des documents gouvernementaux suggérant une situation de conflit au Sud-Soudan sont un sujet sensible au Japon, de par la Constitution renonçant à la guerre qui impose des restrictions strictes sur l’utilisation des armes par les Forces d’autodéfense à l’étranger. Cependant, le gouvernement nie les accusations contre Inada. Tetsuo Kuroe, haut fonctionnaire du ministère qui est dit avoir participé à la réunion du 15 février, affirme qu’il n’a aucun souvenir de ce meeting, et ajoute qu’il ne pense pas qu’Inada aurait donné son consentement concernant la décision.
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女たちの特捜最前線
京都の老舗呉服店の主人が殺された!!容疑者は主人の妻、恋人、店の従業員のワケあり女3人!?互いに容疑をなすりつけあい、貴船の川床で大乱闘!果たして真犯人は誰なのか!?
貴船の川床で京子(高島礼子)と弥生(宮崎美子)は、女3人の大ゲンカを目撃。原因は老舗呉服店の主人が失踪し、妻・恒子(音無美紀子)、恋人・花代(芦川よしみ)、店の従業員・民江(赤座美代子)がそれぞれを疑っていた。一方美鈴(高畑淳子)は、京子たちに川床に誘われなかったことに腹を立て、大ゲンカに発展し、亀裂が…!?そんな中、主人の遺体が渓谷で発見される!呉服店の女3人は、互いに容疑をなすりつけあうが…果たして真相は!?
高島礼子、宮崎美子、高畑淳子、渡辺いっけい、相島一之、飯田基祐、冨家規政、増澤ノゾム、近野成美、杉浦琴乃、泉川実穂 音無美紀子、芦川よしみ、赤座美代子、深水三章 ほか


昨日疲れたので今日はのんびりしたいところですが,いろいろやらなくてはなりません.キソキソの最終回資料とか結構あります.
ランチはなんとなくピザ食べ放題.1000円を切るので大したことないだろうと思っていたらまあまあ.値段を考えると結構お得かも.でも食べ過ぎてしまいました.
テレホンカード50度数を購入しました.これで電話できます.あとは公衆電話機がどこにあるかを調べなくては・・・

<大川小訴訟>10月に現地視察へ
 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった石巻市大川小の児童23人の19遺族が、市と宮城県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審第4回口頭弁論が19日、仙台高裁であり、小川浩裁判長が10月4日に現地視察することを決めた。
 視察は遺族側と市・県側の双方が求めていた。高裁は非公開の協議で、児童らが校庭から向かったとされる近くの北上川堤防付近(三角地帯、標高約7メートル)や、遺族側が危機管理マニュアルに避難場所として明記すべきだったと主張している釜谷トンネルを視察する意向を説明した。
 一方、仙台地裁判決で「小走りで1分、徒歩でも2分程度で避難できた」と指摘された大川小近くの裏山については「見る予定はない」と述べた。今回の視察の目的は事前防災に絞られる見通し。
 市・県側は19日、11人の教諭のうち唯一生還した男性教務主任の書面尋問を申請。遺族側は「事実がゆがめられる危険性が高い」として法廷での尋問を求めた。当時の市教委幹部や大川小校長ら4人の尋問も改めて請求した。尋問の日程は10月12日と11月14日に決まり、証人の採否は9月14日の次回期日に決定する。
 遺族側は市内21の小学校と大川中の計22校について、震災前の危機管理マニュアルの内容や震災時の避難行動をまとめた書面を提出。「大川小より上流の学校でも津波を想定した事前防災対策を取り、大津波警報の発令で津波到来を予見していた」と主張した。
 仙台地裁は昨年10月、教員らは襲来約7分前までに津波を予見できたと認定。教員の過失を認め、計約14億2660万円の賠償を命じた。大川小では児童74人と教職員10人の計84人が死亡・行方不明になった。


三陸町 大型スーパーが開店
震災の津波で商業施設など多くの建物が流された南三陸町に初めて大型のスーパーマーケットが20日オープンし、復興が進む町の暮らしの支えになることが期待されています。
南三陸町志津川地区に20日オープンしたのは、登米市に本社のあるチェーン、「ウジエスーパー」の南三陸店です。
20日は午前9時のオープンを前に、近くに住む町民など100人ほどが店の前に列をつくり、開店と同時に一斉に店内に入っていきました。
南三陸町は震災の津波で多くの店舗が流されたほか、JR志津川駅前にあったこのチェーンのスーパーも流され、大型のスーパーはありませんでした。
震災後に新しく造成された住宅地の近くに今回オープンしたスーパーは、売り場面積が1800平方メートル余り、地元産の産品を置いた産地直送コーナーがあり、敷地にはドラッグストアやホームセンターも入っています。
南三陸町では災害公営住宅がすべて完成するなど住まいの復興が進んでいて、大型スーパーはことし春にオープンした2つの新しい商店街などとともに住民の生活を支えるものとして期待されています。
買い物に訪れた地元の60代の女性は「これまで登米市まで40分かけて買い物に行っていたので、便利になってうれしいです。人が集まる場所が増えてもっと町が盛り上がればよいと思います」と話していました。


新校舎移転前に最後の終業式
多くの小中学校では21日から夏休みです。
このうち東日本大震災の津波で大きな被害を受け、この2学期からは新しい校舎に移る石巻市の雄勝地区の小学校では20日、今の校舎としては最後の終業式が行われました。
石巻市雄勝地区の雄勝小学校は、東日本大震災の津波で全壊するなどした小学校を統合し手狭になったことなどから高台に校舎を建設していて、2学期からは新しい校舎で授業が行われます。
20日は、古い校舎で最後となる授業が行われ、このうち5年生の学級では児童6人が緊張した表情で通信簿を受け取りました。
このあと、同じ校舎を使う中学校と合同で終業式が行われ、6年生の永沼海生くんが「お世話になった校舎との別れは少し寂しいですが、ぴかぴかの新しい校舎に通う2学期が楽しみです」と抱負を述べました。
これに対して、菅原美樹校長が「新しい校舎で新しい学校の歴史の1ページを創っていきましよう」と述べました。
新しい校舎は3階建てで、2階が中学校、1階が小学校の「小中併設校」として整備され、来月24日から授業を始めるということです。
5年生の男子児童は「今の校舎では遊具がほとんどなかったので、新しい遊具で思いきり遊ぶのが楽しみです」と話していました。


ホヤ料理専門店が開店
ホヤ料理を専門にした全国でも珍しい飲食店が仙台市にオープンしました。
原発事故を理由にした宮城県産のホヤに対する韓国の輸入禁止が続くなか消費拡大を目指します。
仙台市のJR仙台駅前に20日オープンしたのはホヤを使った創作料理の専門店「まぼ屋」です。
ホヤは、刺身や酢の物などが一般的ですが、この店では、肉の代わりにホヤを使った「ホヤカツレツ」やホヤを焼きあげた「ホヤステーキ」、デザートの「ホヤアイス」など28品の創作料理を味わうことができます。
ホヤが苦手な人でも食べてもらえるようにそれぞれの料理に残るホヤ独特の味わいを5段階の「ホヤ度」として表示してあります。
宮城県産のホヤは、日本一の水揚げをほこり、震災前はおよそ7割がキムチの材料などとして韓国に輸出されていましたが、原発事故の影響を理由に韓国は輸入禁止を続けていて、漁業者が水揚げした一部を処分する事態になっています。
「まぼ屋」の松野水緒マネージャーは「漁師の人たちがホヤを捨てているのが大変心苦しく、少しでも需要を増やせればと考えました。
ホヤが嫌いな人でも食べてもらえるように工夫したのでぜひ食べてほしいです」と話しています。
宮城県によりますと、ホヤに特化した専門店は聞いたことがないということで、全国的にも珍しいということです。
オープンしたホヤ専門店には午後5時の開店と同時に、ホヤが大好きだという客が次々と訪れていました。
一番乗りの女性客は「ホヤの風味が大好きです。ほかの店では食べられないものが多いので、いろいろと試したいです」と話していました。
また、会社帰りに訪れた男性は「ホヤを廃棄するなんてもったいないと思っています。この店に通って全部のメニューを食べようと思います」と話していました。


聖火 被災地出発案は石巻か
3年後の東京オリンピック・パラリンピックの聖火リレーについて大会の組織委員会などが議論している2つのルートの案のうち、東日本大震災の被災地から出発する案では石巻市をスタート地点にすることが有力になっていることが関係者への取材でわかりました。
東京大会の組織委員会では、東京都や政府、有識者で構成する検討委員会で聖火リレーの基本理念を検討していて、ルートについては、1964年の東京大会と同じく沖縄県から出発する案と東日本大震災の被災地から出発する案の2つの案で議論が進められています。
このうち東日本大震災の被災地から出発する案では、現在、1964年の東京大会で使用された聖火台が貸し出されている石巻市をスタート地点にすることが有力になっていることが関係者への取材でわかりました。
関係者によりますと、沖縄県から出発する案では北海道まで北上した後、再び南下して東京に入るのに対し、石巻市を出発する案では北海道に向かい、その後、沖縄県まで南下し、再び北上して東京に入るということです。
具体的なルートや聖火ランナーは、今後、それぞれの都道府県が実行委員会を設置し組織委員会などがまとめる基本理念に沿って決める予定で、組織委員会は今月27日に行われる全国知事会で実行委員会の設置を要請することにしています。


津波防災、高校生に学ぶ フィリピンの視察団
 多賀城高の防災・減災教育を学ぶため、フィリピンの地方行政の防災担当者ら16人が19日、同校を訪れ、在校生が市内の津波被災地などを案内した。
 一行はJICA青年研修プログラムの一環で来日。3年の「英会話」の授業でフィリピンには水害が多いことなどを紹介した。
 イオン多賀城の駐車場で津波が押し寄せる当時の映像を見ながら視察したほか、同校が市内に設置した津波波高表示板などを巡り歩き、語学研究部員が英語で説明した。
 西ビサヤのサンホセ地方防災管理官タコドゥイ・フェ・コラゾン・マラヤさん(31)は「防災マップが素晴らしく、ぜひ取り入れたい。教訓を伝えることが大事だ」と語った。案内した語学研究部長の佐藤千咲さん(17)は「自分たちが考えた説明で伝えきれない部分もあったが貴重な経験になった」と話した。


坂本龍一さん 被災ピアノの音 新譜に刻む
 東日本大震災の津波で被災した宮城農高(名取市)のピアノの音が、音楽家坂本龍一さん(65)の8年ぶりの新譜「async(アシンク)」の収録曲に採り入れられ、学校関係者を驚かせている。音は震災から10カ月後の2012年1月、同校を視察した坂本さん自身が採録した。災害の記憶を音に刻み、世界に発信する貴重な楽曲となる。
 新譜は14曲入りで、3月に発売された。震災当時、名取市下増田にあった同校体育館で海水に漬かり、修復不能となったピアノの音が、4曲目の「ZURE(ズレ)」に挿入された。調和するシンセサイザーの音色とテンポが徐々にずれ、不穏な雰囲気が漂う中に雑音めいた調子外れのピアノがかすかに響く。
 「async」は、「非同期」を意味する「asynchronization」の略だという。
 視察時に対応した音楽担当の持田敦子教諭(53)は「まさか曲に使われるとは思わず、見本盤が送られてきてびっくり。曲が持つ強烈な違和感に、日常が分断された震災の光景を思い出した」と説明する。
 見本盤に同封された坂本さんからのカードには、被災ピアノの音を使用した旨のメッセージがお礼と共に記されていた。ピアノの音を曲に採用した経緯を、坂本さんは音楽雑誌の記事でこう語っている。
 「ピアノではあるんですけど、津波によって物に返されてしまった…自然が物に返したものなんです。近代的な思想の産物、最も完成された産物であるピアノは、本来は木だったり鉄だったり象の牙だったと。いわば自然が調律したということで、とても象徴的でしたのでこの音は使いたかったんです」(サウンド&レコーディング・マガジン6月号)
 坂本さんは楽器の修理に当たる「こどもの音楽再生基金」の発起人や、若者で編成する東北ユースオーケストラの音楽監督を務めるなど被災地支援に心を砕いてきた。14年に中咽頭がんを公表、療養した後、再開した精力的な音楽制作で多くの人を勇気づけている。
 宮城農高は内陸部の名取市高舘川上に移転し、来年度完成を目指して新校舎の建設が進む。佐々木英一校長(60)は「環境は大きく変わるが震災を後世に伝えることは被災校の役目。音楽の形で発信してもらえるのはありがたい」と話す。


<リボーンアート>芸術や漁業見て触れて
 東日本大震災からの復興が進む石巻市の牡鹿半島などを舞台にしたアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」の実行委員会は22日〜9月10日の期間中、アート作品をガイド付きで巡ったり、漁師の船に乗って刺し網体験したりするツアーを実施する。
 ツアーはRAFの世界観や地域の文化をより深く体験してもらおうと企画。アート鑑賞ガイドツアー(8500円)は日帰りの日程で、毎週日曜日に計8回の開催を予定。午前10時にJR石巻駅前に集合し、バスでアート作品が展示されている桃浦や荻浜、鮎川の各地区を巡り、市街地に戻るコースを設定した。
 1泊2日のツアー「リボーンアートウオーク」(1万8000円)は鹿肉加工施設で肉を調理して食べたり、漁師の船に乗って漁を体験したりするプログラムを組んだ。自然の中で体を使うワークショップも取り入れ、RAFの世界観を体感してもらう。
 他に網地島や牡鹿半島の自然とマリンレジャーを体験したり、震災をテーマに各地を巡ったりするツアーもある。RAF共催のヤフーが運営する特設サイトで紹介し、申し込みも同サイトで受け付けている。


<リボーンアート>牡鹿ビレッジ 整備大詰め
 石巻市の牡鹿半島を主な舞台に22日開幕するアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」(実行委員会など主催)で、拠点となる「牡鹿ビレッジ」の整備が大詰めだ。東日本大震災で甚大な被害を受けた同市荻浜(おぎのはま)にレストランや憩いの場が誕生し、来場者を迎える。住民らも地域のにぎわい再生を願い、協力し合って準備を進める。
 約3000平方メートルの牡鹿ビレッジでは地元の女性たちが食堂「はまさいさい」を運営し、地場の食材を使った料理で来場者をもてなす。
 著名シェフらが腕を振るうレストラン「リボーンアート・ダイニング」や芝生広場、アート作品の情報などを提供するインフォメーションセンターも設置される。
 荻浜中2年三国美波さん(13)は「山と海があり、地域の人たちは優しい。そんな荻浜の良さを知ってもらえたらうれしい」と言う。
 荻浜はカキ養殖が盛んだ。かつては捕鯨基地として栄え、戦後は大火に見舞われた。震災の津波で、50戸ほどあった家は十数戸に減った。「子どもの頃は100戸ぐらいあった。人が集まり、活気がある荻浜を見たい。できる範囲で協力したい」と漁業伏見真司さん(65)は話す。
 伏見さんは津波で自宅と船を失ったが、息子とカキ養殖を続けて4月に自宅を再建した。漁業用のブイやロープなどをRAFのアート作品に役立ててもらう。「来訪者には苦難を乗り越えてきた古里の歴史にも思いをはせてほしい」と望む。
 牡鹿半島の課題解決などに取り組む一般社団法人サードステージ(石巻市)の杉浦達也代表理事(39)は「RAFは人がワクワクし、心を動かすきっかけになるはず」と期待。「外から来た人たちと一緒につくり上げる活動を継続し、地域の活性化につなげたい」と意気込む。


デスク日誌 晴海にて
林立する大型クレーンの数に驚く。東京・晴海の都有地(44ヘクタール)で進む市街地再開発事業。2020年東京五輪・パラリンピックの選手村となる場所だ。
 民間業者が14〜18階のマンション22棟(約6000戸)を建設。工事費は1000億円超で19年末の完成を見込む。大会主催者が借り上げ、選手ら約1万7000人が滞在するという。
 大会後は業者が改装して分譲・賃貸マンションになる。50階の高層マンション2棟や小学校も新設される予定。人口は現在の約7倍の1万2000となる。
 工事現場の看板には「レガシーとなるまちづくり」。単純比較はできないが、3月まで勤務した岩手県の沿岸被災地や台風10号で被災した岩泉町を思い返すと全くの別世界。「復興五輪」はみじんも感じられず、何だか暗い気分になった。
 晴海にはもう一つ見ておきたい場所があった。埠頭(ふとう)公園近くの岸壁。「西部警察」最終回のラストで石原裕次郎さんが警察手帳を海に投げ捨てたロケ地だった。選手村工事のため立ち入り禁止だったが、当時の古びた岸壁は残っていた。
 懐かしさがこみ上げ、少し気分が良くなった。(東京支社編集部長 吉岡政道)


<原発被災地の行方>生鮮品購入 車が頼り
 東京電力福島第1原発事故の被災地で、暮らしに欠かせない買い物環境の整備が重い課題となっている。帰還した住民は利便性の低下に不安を募らせ、商店主は避難による顧客喪失に立ちすくむ。にぎわいは取り戻せるのか。福島の現状を探った。(福島第1原発事故取材班)
◎遠いにぎわい(上)戻らぬ日常
<いわきへ30分>
 買い物は週1回。気軽に買い足しはできない。先々の献立を考えながら売り場を巡る。
 福島県楢葉町の松本信子さん(67)は4月、いわき市の避難先から自宅に戻った。生活拠点は取り戻したが、食卓を守るのは容易ではない。いわき市まで、車で30分のスーパー通いが欠かせなくなった。
 原発事故前は地元スーパーが2店舗を展開していた。仮設商店街で営業を再開したが、客層は復興事業に携わる人たちが中心。決して広くない売り場を総菜など加工品が占め、生鮮品の品ぞろえは限られる。
 「以前は調理中に足りない食材に気付いても、3分あれば買いに行けたのに」。松本さんが嘆く。
 福島県内の避難指示は今春までに、第1原発が立地する大熊、双葉両町と帰還困難区域を除いて解除された。だが、9月で解除から2年となる楢葉町を含め、地域の小売店再開の動きは鈍い。
 復興庁などが帰還希望者を対象に昨年実施したアンケート(複数回答)では、商業施設の再開・新設や買い物支援を求める声が富岡町で68.7%、浪江町で51.7%に達した。買い物対策は急務だ。
 現状では60代以上が帰還者の多くを占める。車が運転できなくなれば生活が成り立たない現実を前に、住民は危機感を募らせる。
<近所の店休業>
 南相馬市小高区の山間部で暮らす黒木栄子さん(82)は昨年7月、避難指示解除に合わせて帰還した。徒歩圏内にあった商店は休業が続き、周囲では食材を調達できない。軽トラックで隣接する同市原町区のスーパーに出掛けている。
 黒木さんは元トラック運転手。それでも最近は注意力の衰えを実感する。相次ぐ高齢ドライバーの暴走事故が人ごととは思えない。運転免許の有効期限はあと2年。次回更新前に自主返納を考えている。
 家族の好みや献立を考えて食材を選ぶ。買い物は大事な暮らしの一部だった。「いざとなったら同居する長男にお願いするしかないかな」。黒木さんが寂しそうにつぶやく。
<足確保に苦心>
 避難をきっかけに家族が分散し、高齢者だけとなった世帯は少なくない。マイカーに頼る生活も、いずれは限界が訪れる。
 このため、県内の被災地は公共交通機関の整備と活用に知恵を絞る。
 南相馬市は大型タクシーで自宅と商業施設などを結ぶサービスを始めた。川内村では今春から無料巡回バスが運行されている。
 「帰還者の多くはまだ運転が可能な世代だが、将来はサ−ビスの需要が出てくるだろう」。南相馬市の担当者は買い物支援がより切迫すると予測する。


河北春秋
 「本当なら、新たな風評でホヤの輸出再開はまた厳しくなる」。石巻市のある漁業者は、14日報じられた川村隆東京電力会長の発言に驚いた。福島第1原発のトリチウム水の処分を巡り、「(海洋放出の)判断はもうしている」と語った問題▼トリチウムは原発の汚染水から除去不能な放射性物質で、未処理の残水はタンクにためられる。それを希釈し海に投棄したいというが、量は約78万トンと途方もない。ホヤは原発事故の影響を今も懸念する韓国の輸入規制が続き、「風評は海外に及ぶ」と漁業者▼処分を巡る論議では、政府の原子力規制委員会幹部は海洋放出案を強く推す。が、漁自粛で試験操業を強いられている福島県漁連は猛反発。同県内の生協関係者からは「海洋放出されるなら、復興支援企画に東北の海産物は入れないで、との反応が西日本からあった」と聞いた▼タンク保管にも限界があり、何らかの方法で解決するほかない。政府は小委員会を設けて処分案を検討中だが、それを飛び越えての東電会長発言は波紋を広げた▼「風評は必ず発生する」と、いわき市が地元の吉野正芳復興相は反対を訴え、内堀雅雄同県知事は不快感を表明。「社の判断でなく、誤解を招いた」と東電は謝罪したが、トップの勇み足で事態は八方ふさがりだ。

<トリチウム水>全漁連、東電に厳重抗議
 東京電力福島第1原発事故でたまり続ける放射性物質「トリチウム」を含む水の処分方法を巡り、東電の川村隆会長が海洋放出の方針を示したことについて、全国漁業協同組合連合会(全漁連)は19日、厳重抗議の意思を示す文書を手渡した。
 東電の川村会長、小早川智明社長、広瀬直己副会長らが東京都千代田区の全漁連を訪れ、岸宏会長、野崎哲福島県漁連会長から抗議文を受け取った。
 抗議文は川村氏が海洋放出に言及したことを「本格操業の再開を心待ちにしている地元漁業者の怒りと不安は大きく、風評被害の広がりなど漁業の将来に与える影響は計り知れない」と指摘。発言撤回と海洋放出をしないことを求めた。
 川村氏は「結果として漁業関係者に迷惑を掛けたことをおわびしたい」と釈明。一方で「会社としても個人としても、海洋放出を判断した事実はない」「国や漁業者らと共に慎重に検討する考えに変わりはない」と述べ、報道を否定した。
 東電側との会談終了後、全漁連の岸会長は「安易な発言は誤解を招く。それによって風評被害が生じるので、慎重な発言をお願いしたい」と述べた。野崎会長は「海洋放出は行わないという発言を聞き、まずは安心している」と話した。


長引く仮設生活 苦しみに応える施策を
 「何が悪くて、いまだに仮設暮らしなんだろう。行政のせいか、自分のせいか」
 「震災後、東北人の礼儀正しさや我慢強さが称賛された。仮設生活に耐えていることも美徳として理解されるのであれば、違和感がある」
 宅地造成や災害公営住宅の整備、商業施設のオープンなど明るい話題が続く被災地で、仮設住宅の入居者は複雑な思いを抱え続けている。
 復興の進展に伴い、空室が目立つ仮設団地。阪神大震災では仮設の集約、転居に伴う心身の不調、孤立や孤独死も問題になった。その阪神では発生5年で仮設が解消されたが、東日本の仮設解消の道はなお遠い。本県では先月末時点で1万人超が、みなしを含む仮設に入居している。
 生活再建格差は、心の復興にも影響を及ぼす。仮設入居者の声に応える生活再建策の充実が求められる。苦しみに共感し、最も困難な人たちと共に歩み続けるという原点がぶれてはならない。
 岩手大教育学部社会学研究室では2011年から毎年、大槌町仮設住宅入居者調査を実施している。16年の調査結果がまとまり、先月末に町内で報告会を開いた。
 1408戸を調査し、442人が回答。月収10万円未満が4割を上回るという結果は極めて重い。家族、知人、相談員ら訪問者が減少傾向にあることも気がかりだ。
 同大の麦倉哲教授は「農山漁村では、現金収入が限られていても、近所付き合いで自然の恵みを物々交換するなどして暮らしを営んできた。そのような生活様式を取り戻していく復興政策が求められるのではないか」と指摘する。
 収入面など入居者の課題解決に向けたサポートがなければ、仮設退去後に生活困窮のリスクが高まる。年金など限られた収入で暮らせる家賃・住宅施策に加え、住民のつながりづくりを進め、お金を超えた暮らしの豊かさを実現していってほしい。
 仮設の住環境の向上も、国レベルで取り組むべき大きな課題だ。東日本の仮設住民の各種健康調査からは、住宅の広さや間取り、断熱性や防音性、水はけや交通アクセスなどが、長期的には入居者の心身の健康に大きな影響を与えていることが浮かび上がる。
 災害規模が巨大であればあるほど、仮設生活も長期化する。仮設建設に際し、必要戸数の早急な整備の必要性はむろんだが、可能な限り生活の質への配慮も求められる。
 「自分たちのような苦しみを繰り返さないでほしい」。本県の仮設住民が、全国各地で頻発する自然災害の被災者に寄せる強い共感こそ「美徳」と言えよう。その思いに応える仮設整備、復旧復興策であってほしい。


稲田防衛相と陸自日報問題 関与の有無を明確にせよ
 稲田朋美防衛相をめぐって、また新たな疑惑が浮上した。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)で陸上自衛隊の部隊が作成した日報を「廃棄した」としながら陸自内に保管されていた問題である。
 稲田氏が防衛省・自衛隊幹部と協議し、保管の事実を非公表とする幹部の方針を了承していたという。
 稲田氏は否定しているが重大な問題だ。防衛省が近く公表する特別防衛監察の報告で全容を解明し、稲田氏の関与の有無を明確にすべきだ。
 防衛省は昨年12月、日報の情報公開請求に対し「陸自は廃棄済み」と不開示を決めた。その後、PKOを統括する統合幕僚監部から電子データが見つかり今年2月に公開したが、3月に陸自での隠蔽(いんぺい)が報道され監察が始まった、というのが経緯だ。
 日報には、首都ジュバで昨年7月に起きた大規模戦闘の状況が「戦闘」の表現を使って記されている。
 もともと陸自のデータは今年1月に保管が確認されたが、その事実は隠され、データは消去された。
 公表すべき情報を統幕の防衛官僚が「今更あったとは言えない」と述べたという。都合の悪いことは隠蔽し証拠を消す。情報公開の精神をないがしろにした対応だ。
 問題は、一連の対応に稲田氏がどこまで関わっていたかだろう。
 本来なら政治的な指導力で明らかにすべきだったが、もし非公開を黙認したり、了承したりしていたなら、肝心なところで指導力を示せなかっただけにとどまらない。
 発覚後の国会答弁で稲田氏は「報告はされなかった」と述べた。この答弁が虚偽だった疑いも出てくる。
 稲田氏は森友学園との関わりを否定した「虚偽答弁」で信頼性を低下させた。不信感は増幅しよう。
 今回の疑惑を否定するのであれば稲田氏はいつ、どうやって知り、どう対応したかを明らかにし、自身の責任をはっきりさせる必要がある。
 幹部たちは「記憶にない」と事実関係を否定するが、当時は日報問題で連日打ち合わせしていたという。
 非公表としたのは隊員個人の収集資料で公文書ではないと判断したためというが、線引きは恣意(しい)的だ。
 むしろなぜ防衛省・自衛隊は積極的に公表しようとしなかったか。その理由を聞きたい。


稲田氏隠蔽問題/即座に更迭すべき事態だ
 稲田朋美防衛相の新たな問題が発覚した。「廃棄した」とされた南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報が陸上自衛隊内で保管されていた案件で、保管の事実を非公表とする方針を幹部から説明され、了承していたというのである。
 稲田氏は、日報保管が明るみに出た後の国会で「報告はされなかったということだ」と自身の関与を否定していた。本当は聞いていたのであれば、虚偽の答弁をしたことになる。
 稲田氏は「非公表を了承したような事実はない」と否定している。しかし、複数の政府関係者が、会議で異議を唱えず了承したとしている。大臣として組織的な隠蔽(いんぺい)を容認したとの疑いは深まるばかりだ。
 日報には、昨年7月に南スーダンの首都で起きた政府軍と反政府勢力の衝突が記載され、派遣部隊が「戦闘」に巻き込まれる恐れに言及するなど、当時の緊迫した状況を伝えている。
 その部分の情報開示請求に対し、防衛省は昨年12月、「廃棄済み」を理由に不開示を決定した。しかし再調査を求められ、「範囲を広げて探した結果、別の部署で見つかった」として、今年2月に一部を公表した。
 表向きは、統合幕僚監部で電子データが確認されたためという。実際は陸自でも発見されたが、そのことは内密にされた。
 ところが3月に陸自での保管が発覚し、情報隠しの疑いが浮上した。稲田氏は不正を調査する「特別防衛監察」を指示したが、一方で2月15日の会議で「今更あったとは言えない」とする防衛省・陸自の方針を了承したと指摘されている。
 組織の体面を優先した情報隠しの容認が事実なら、国民への背信行為というしかない。
 これまでも稲田氏の大臣としての統率力には疑問符が付けられていた。東京都議選の応援演説でも「防衛省・自衛隊としてお願いしたい」と自衛隊の政治利用と取れる発言を行い、厳しく批判されたばかりである。
 防衛省・自衛隊は組織の体質を徹底的に見直すべきだが、その前に防衛相の資質と、安倍晋三首相の任命責任が問われる。首相は内閣改造による首のすげ替えでお茶を濁さず、即座に稲田氏の更迭を判断すべきだ。


日報隠蔽問題 稲田氏は直ちに説明を
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣された陸上自衛隊の日報問題で、稲田朋美防衛相が、陸自が日報を保管していた事実を非公表とする方針を了承していたことが明らかになった。
 稲田氏はきのう「隠蔽(いんぺい)、非公表を了承したとかいう事実は全くない」と否定したが、報道内容に関する詳しい説明はまだない。
 仮に防衛省・自衛隊による組織的隠蔽をトップの稲田氏が容認していたとすれば、政治家が文民として実力組織の自衛隊を統制するシビリアンコントロールの根幹に関わる重大な事態となる。
 日報の隠蔽問題では防衛相直轄の防衛監察本部が特別防衛監察の結果を近く公表する見通しだ。
 稲田氏は直ちに公表するよう指示し、自身が問題にどのように関わってきたかについて納得のいく説明をすべきである。
 防衛省は日報の情報開示請求に対し昨年12月、「陸自で廃棄済み」と不開示を決定した。その後、統合幕僚監部に電子データが保管されていたことが分かったとし、2月7日に内容を公表した。
 だが、データが実は1月ごろまで陸自にも保管されていたことが3月になって発覚する。
 稲田氏はこの時点の国会答弁で陸自保管の報告は受けていなかったとし、「防衛省・自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」と述べた。
 しかし複数の政府関係者によれば稲田氏は2月15日に緊急の幹部会議に出席し、陸自保管の事実の非公表を了承したとされる。
 その2日前にも陸自幹部から事前に報告を受けていたという。
 その通りであれば、国会での説明は明白な虚偽答弁になる。
 そもそも、幹部会議はあったのかどうか、肝心の点について防衛省側の説明は曖昧だ。
 出席者の1人とされる黒江哲郎事務次官は、会議は「記憶にない」と言い、稲田氏が非公表を了承した事実も「ないと思う」と述べた。説明として不十分である。
 特別防衛監察の開始から4カ月が過ぎた。稲田氏は当初中間報告を行う意向を示していたが、それもなく通常国会は閉会した。野党の追及を逃れる時間稼ぎをしてきたのなら、国民軽視も甚だしい。
 稲田氏は東京都議選で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と問題発言をするなど、何度も閣僚としての資質が問われてきた。
 内閣改造で交代も取り沙汰されるが、ここは速やかに説明責任を果たすのが最低限の責務だ。


稲田氏の隠蔽  大臣にふさわしくない
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を巡り、稲田朋美防衛相が日報を非公表にすることを了承していた疑惑が浮上した。
 稲田氏は通常国会で、陸上自衛隊が日報を廃棄したとしながら実際には保管していたことについて「報告を受けていない」と答弁し「隠蔽(いんぺい)体質があれば私の責任で改善する」と述べていた。疑惑が事実なら答弁は虚偽だったことになる。国民にうそをつく人物は実力組織のトップとして最もふさわしくない。稲田氏は疑惑を否定しているが、議事録など資料をもとに詳細に説明するべきだ。
 日報問題は、現地部隊の日報についてジャーナリストから情報公開請求を受けたことがきっかけになった。防衛省は一度は「廃棄済み」として不開示決定にしたが、その後省内に電子データで保管されていたことが分かり公開した。
 さらにその直後、陸自内部にも日報のデータが残っていたことが報道で明るみに出た。稲田氏はこの間の経緯について「報告を受けていない」と関与を否定。防衛省トップとして特別防衛監察を指示していた。
 だが実際は違ったようだ。
 陸自の日報データの取り扱いを話し合う防衛省最高幹部の会議があり、稲田氏は幹部らの非公表方針を了承したという。その2日前にも陸自からデータ保管の事実について説明を受けていたという。
 なぜこのような事態になったのか。
 稲田氏は自身の発言などを巡り野党から批判を受けていた。日報問題でさらに窮地に立つ稲田氏に防衛省幹部らが「配慮」し、稲田氏がこれを受け入れたという。
 稲田氏は安倍晋三首相の「秘蔵っ子」とされている。防衛省、自衛隊は安倍政権に忖度(そんたく)したと批判されても仕方がないだろう。
 防衛省と自衛隊の隠蔽体質は度々指摘されてきた。護衛艦乗組員の自殺問題ではいじめの事実を示す文書の隠蔽が明らかになった。
 防衛相は国民の代表として官僚や自衛隊幹部を統制する立場にある。稲田氏は幹部らに公開を指示すべきだった。
 稲田氏の大臣の資質にはすでに赤信号がともっている。森友問題で国会答弁を撤回し謝罪。東京都議選では自衛隊を政治利用するかの発言で批判を浴びた。
 国会の予算委員会集中審議が24日にも予定される。稲田氏はもちろん、任命責任が問われる安倍首相にも丁寧な説明が求められる。


PKO隠蔽疑惑 稲田氏自ら加担したのか
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題で、新たな疑惑が浮上した。
 稲田朋美防衛相が2月15日に開かれた防衛省最高幹部の緊急会議で、日報保管の事実を隠蔽(いんぺい)する方針を幹部から伝えられ、了承していたというのだ。複数の政府関係者が明らかにしたとされる。
 この日報は現地で起きた大規模武力衝突を隊員が「戦闘」と記録した重要な文書である。防衛省は日報について当初「破棄済み」と存在を否定したが、後になって統合幕僚監部と陸上自衛隊で保管していたことが判明した。
 関係者によると、このうち陸自の日報データ保管が判明した時点で、幹部が会議を開いて事実関係を公表するか対応を協議した。幹部らは「公表の必要なし」との方針を決定、出席していた稲田氏も異議を唱えなかったという。
 稲田氏はその後の国会で、防衛省の隠蔽行為への関与を問われると「(自分には)報告はされなかった」ときっぱり否定している。
 もし「会議で了承」の疑惑が事実だとすれば、稲田氏は組織的な隠蔽に加担した上に、国会で虚偽答弁をしたことになる。職責に背き、国民の信頼を裏切る行為だといわざるを得ない。稲田氏が防衛省トップの任に値するかどうか、厳しく問われるべきである。
 稲田氏はこの新たな疑惑について「事実は全くない」と全面的に否定している。しかし事案の重大性を鑑みれば、衆院予算委員会の閉会中審査など公の場で、稲田氏と防衛省幹部から直接事実関係をただすべきである。
 日報隠蔽問題については、稲田氏が主導して省内の特別防衛監察を実施し、近く結果を公表する見通しとなっていた。稲田氏自身が疑惑の当事者となれば、監察の信頼性にも疑問符がつく。
 安倍晋三政権は8月上旬にも内閣改造に踏み切るとみられる。稲田氏が辞任すれば政権への打撃となるため、改造まで稲田氏を守り通し、穏便な交代を図る構えだ。しかし、疑惑をうやむやにしたままの逃げ切りなど許されない。


防衛相の日報隠蔽問題/「お友達内閣」の限界見えた
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を破棄したとしながら、陸上自衛隊に電子データが保管されていた隠蔽(いんぺい)疑惑で、新たな問題が浮上した。
 稲田朋美防衛相が2月15日の防衛省最高幹部による緊急会議で、保管の事実を非公表とする幹部からの方針を了承していたという。複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏は全面否定しているが、事実ならば、本人の辞任はもちろん、安倍晋三首相の任命責任が厳しく問われるのは言うまでもない。
 防衛省・自衛隊の組織的な隠蔽工作を稲田氏が容認した形になるだけでなく、一連の経緯について報告を受けていないとした国会答弁が虚偽だったことになるからだ。
 国民に対する重大な背信行為が指摘されている以上、稲田氏は説明責任を尽くさなければならない。24日に行われる衆院予算委員会集中審議で一連の問題を丁寧に説明し、疑念を晴らすべきだ。
 防衛省は昨年10月、日報の情報公開を求められ、「破棄済み」として不開示にした。再探索した結果、同12月に統合幕僚監部で電子データが見つかり、その後陸自でも保管されていた事実が発覚した。
 驚くべきことは防衛省の隠蔽体質だ。緊急会議では陸自のデータは隊員個人が収集したもので公文書に当たらないという理屈で、公表しない方針が決まったという。
 「今更陸自にあったと言えない」という内部の論理を優先する姿勢の背後にあるのは何なのか。森友学園、加計(かけ)学園問題でも指摘された「安倍1強」政治の弊害が浮き彫りになってくる。
 日報には昨年7月、南スーダンの首都ジュバで起きた政府軍と反政府勢力との間の大規模な武力衝突について記載があった。憲法上問題になりかねない「戦闘」という言葉を巡って、稲田氏の不安定な答弁が野党から追及された。
 ここでデータの存在が明るみに出れば、安倍首相の「秘蔵っ子」である稲田氏にさらに傷が付く。批判から遠ざけよう。防衛省内にそんな「壮大な忖度(そんたく)」が働いていたというから、国民不在も甚だしい。
 内向きの体質にメスを入れ、うみを徹底的に出さなければならない。防衛監察本部による特別防衛監察を実施しているが、自浄作用は到底、期待できそうもない。関係者の処分は当然だとしても、幹部の人心一新が求められる。
 そもそも、稲田氏の防衛相としての資質に問題があったのは明白だ。東京都議選で不適切な応援演説をしたり、九州北部を襲った豪雨の際に防衛省を一時不在にしたり、物議を再三醸し出してきた。
 そのたびに安倍首相は更迭に踏み切らず、かばうような姿勢を取ってきた。自衛隊の信頼が揺らいだ今、「お友達内閣」の限界が見えたのではないか。内閣改造の交代では無責任、遅きに失する。


稲田氏日報隠し了承 議員たる資格もはやない
 辞任だけでは済まない。稲田朋美防衛相は即刻辞職し、国会から去るべきだ。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を陸上自衛隊が隠蔽(いんぺい)していた問題に、稲田氏が加担していたことが分かった。稲田氏は2月の防衛省最高幹部の緊急会議で、保管の事実を非公表とするとの方針を幹部から伝えられ、了承していた。その2日前にも、陸自側から日報の電子データが保管されていた事実などの報告を受けていた。
 稲田氏は「隠蔽を了承したとか、非公表を了承したとかいう事実は全くない」と否定している。だが、複数の政府関係者が稲田氏が了承した事実を明らかにしている。言い逃れは許されない。
 緊急会議では、陸自の電子データは隊員個人が収集したもので、公文書に当たらないなどとした上で「事実を公表する必要はない」との方針を決定した。本来なら稲田氏は日報隠しに異を唱え、正さねばならない。だが、防衛相の果たすべき役割、国民に対する責任を放棄したのである。
 稲田氏は国会審議で、陸自では発見できなかったとの答弁を繰り返していた。非公表とすることで、国会での追及を回避する思惑があったはずだ。稲田氏自身にも根深い隠蔽体質があったと断じるほかない。
 信じ難いのはその後の国会答弁である。3月の衆院安全保障委員会で、稲田氏は一連の隠蔽行為の報告の有無について「報告はされなかったということだ」と否定し「徹底的に調査し、隠蔽体質があれば私の責任で改善したい」と述べた。
 だが、稲田氏は1カ月前に2回にわたり報告を受け、隠蔽を容認していたのである。
 防衛省は、稲田氏が昨年12月に電子データの再捜索を指示し、統幕内で見つかったと説明してきた。稲田氏の責任回避を意図した印象操作だったことは明らかだ。
 安倍政権は「稲田氏が捜すように指示した結果、見つかった」とし、稲田氏の指導力による問題解決を強調することで収拾を図ろうとした。この「筋書き」は欺瞞(ぎまん)に満ちている。稲田氏は何ら指導力を発揮していなかったどころか、日報隠しに関わったのである。
 稲田氏はこれまでも、大臣としての資質が疑われる言動を繰り返してきた。その最たるものが東京都議選応援演説である。自民党候補の集会で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と、自衛隊を政治利用した。そして今回判明した隠蔽了承である。稲田氏には議員たる資格は、もはやない。
 安倍晋三首相の任命責任は重大だ。内閣改造まで稲田氏を防衛相に居座らせることは許されない。だが、菅義偉官房長官は「今後とも誠実に職務に当たってほしい」と述べている。安倍政権に自浄能力はない。衆院を解散し、国民に信を問うべきだ。


[稲田氏 隠蔽を容認]真相うやむやにするな
 報道が事実なら、稲田朋美防衛相は防衛省・自衛隊の組織ぐるみの隠蔽(いんぺい)を了承し、国会でも虚偽答弁を重ねたことになる。内閣改造で本人を辞めさせれば済むというような軽い話ではない。
 共同通信社が報じたのは、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されていた陸上自衛隊部隊の日報を巡る問題である。一連の経過はこうだ。
 昨年9月、フリージャーナリストが日報の情報開示を請求したのに対し、防衛省は同12月、「(陸自が)廃棄していた」として不開示を決定した。
 その後、統合幕僚監部に日報の電子データが残っていたことが判明。今年1月には、廃棄されたはずの陸自にもデータが保管されていたことが分かった。
 統幕でみつかった日報データは2月に一部黒塗りで公表された。陸自のデータについては、隊員個人が収集したもので公文書に当たらない、と判断。「事実を公表する必要はない」との方針を決め、データは消去された。
 2月15日、稲田防衛相や黒江哲郎事務次官、岡部俊哉陸上幕僚長ら最高幹部が出席し、緊急会議が開かれた。その席上、陸自に保管されていた事実を非公表とする方針が幹部から伝えられ、稲田氏も了承したのだという。
 稲田氏は「隠蔽を了承したとか非公表を了承したとかいう事実は全くない」と報道を完全否定している。
 ならば国会は、会議に参加した関係者を招致し、真相を徹底究明すべきだ。
■    ■
 3月16日の衆院安全保障委員会で、稲田氏は、一連の経緯の報告を受けていない、と主張。「改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善したい」と答弁していた。
 報道が事実なら稲田氏は、組織的隠ぺいに加担したことによってシビリアンコントロール(文民統制)を空洞化させ、国会での虚偽答弁によって国民を欺いたことになる。
 稲田氏は、2月15日の緊急会議の2日前にも、電子データが保管されていた事実などについて、陸自側から報告を受けていたという。
 日報問題については現在、防衛相直轄の防衛監察本部が特別防衛監察を実施しているが、ここまで疑惑が深まった以上、防衛監察本部だけに真相究明をまかせるわけにはいかない。
 内閣改造で稲田氏を交代させるだけなら、単なるトカゲの尻尾切りである。問われるべきは、任命権者である安倍晋三首相本人の説明責任だ。
■    ■
 この国の政治は、安倍官邸のおごりと、官邸の顔色ばかりうかがう官僚の過剰な忖度(そんたく)と、木で鼻をくくったような国会答弁に満ちている。
 安倍首相の答弁姿勢や菅義偉官房長官の会見での説明姿勢は、国民の疑問に正面から向き合い、丁寧に答えているとはとても言えない。官僚も然り。安倍内閣に対する支持率の急落は国民の怒りの表れである。
 「加計学園」問題と「日報隠蔽」問題は、国会が本来の監視機能を発揮し、権力の専横をただすことができるかどうかの試金石である。


日報隠蔽問題 稲田氏は国民に説明を
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を廃棄したとしながら陸上自衛隊が保管していた問題で、稲田朋美防衛相が2月に行われた防衛省最高幹部による緊急会議で、保管の事実を非公表とするとの方針を幹部から伝えられ、了承していた疑いが浮上した。
 防衛省・陸自の組織的隠蔽(いんぺい)を容認したもので、複数の政府関係者が明らかにした。
 この問題に関しては、3月の衆院安全保障委員会で野党が同省と陸自の体質を追及。稲田氏は、陸自で日報を保管していた経緯について「報告は受けていない」とし「徹底的に調査し、改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」と答弁していた。
 非公表の方針を稲田氏が了承していたとすれば、組織的な隠蔽に加担しただけでなく、国会で虚偽の答弁を重ねていたことになり、責任は極めて重大だ。稲田氏は「非公表を了承したという事実は全くない」と否定しているが、疑念を払拭(ふっしょく)するには国民に事実関係を明確に説明しなければならない。
 南スーダンの首都ジュバで昨年7月に起きた政府軍と反政府勢力の大規模戦闘について記した日報を巡っては、10月に同省に情報公開請求が行われた。12月に「陸自は廃棄済み」として不開示決定したが、統合幕僚監部に電子データで保管されていたことが判明。さらに陸自でも保管されていたが、今年1月下旬に統幕幹部が「今更陸自にあったとは言えない」と指示し、データは消去されたという。
 今回問題視されているのは、陸自でのデータ確認から約1カ月後の2月15日に行われた緊急会議での稲田氏の対応だ。政府関係者によると、会議は陸自でデータを保管していた事実を公表するかどうか協議するため開催。データは隊員個人が収集したもので公文書に当たらないとされ、「事実を公表する必要はない」との方針を決定した。これについて稲田氏は異議を唱えず、了承したとされる。
 陸自に日報が保管されていた事実が報道で表面化したのは、会議から1カ月後の3月15日だった。その後の国会審議で稲田氏は、日報保管について省内や陸自から一切報告を受けていないとしたほか、組織的隠蔽の全容を解明するとして特別防衛監察の実施も指示している。
 稲田氏が非公表方針の決定に関与していたのなら、これまでの国会審議は茶番だったことになる。防衛省・自衛隊を統括する防衛相として国民を欺いたとなれば、信用失墜など組織への影響は計り知れない。稲田氏は事実関係を単に否定するだけでなく、国民が納得できるよう説明を尽くすべきだ。
 日報を巡る問題では、まだ不透明な部分が多い。24日に開かれる衆院予算委の集中審議に加え、衆院安保委の閉会中審査も早急に行うなど国会として真相究明を進める必要がある。


稲田防衛相 国民を裏切る重大疑惑
 稲田朋美防衛相にまた重大な疑惑が持ち上がった。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報について、保管の事実を非公表とする方針を了承していたというものだ。事実なら国民への背信行為である。大臣を続ける資格はない。
 陸上自衛隊部隊が作成した日報は当初「陸自で廃棄済み」とされた。一転、統合幕僚監部での電子データ保管を認め、一部黒塗りで公開したのは2月上旬だ。ところが、3月になって陸自にも保管されていたことが報道で判明、組織的な隠蔽(いんぺい)の疑いが強まった。
 政府関係者によると、2月中旬に防衛省最高幹部による緊急会議が行われ、陸自に残されていた事実を「公表する必要はない」との方針を決定した。隊員個人が収集したもので公文書に当たらないといった理屈だ。稲田氏は異議を唱えなかったという。
 会議の2日前にも陸自側から報告を受けていたとされる。組織のトップとして事実関係の公表を指示すべきなのに、不当な判断を容認したことになる。
 国会で虚偽の説明をした可能性も見過ごせない。陸自でのデータ保管が明るみに出た翌日、衆院の安全保障委員会で「報告はされなかった」と答弁している。「徹底的に調査し、改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」とも述べていた。
 緊急会議について稲田氏は「隠蔽を了承したとかいう事実は全くない」と否定する。黒江哲郎事務次官も「記憶にない。(防衛相が了承したとの)事実関係はないと思う」としており、政府関係者の証言と食い違っている。
 本当に報告がなく、承知していなかったとすれば、組織を統率できていなかったことになる。いずれにしても責任は免れない。
 データの保管や消去、非公表の方針決定にどんな経緯があったのか、事実関係をはっきりさせる必要がある。
 解明に向け、防衛相直轄の防衛監察本部による特別防衛監察が3月から行われている。速やかに結果を公表するよう求める。すぐに報告書を出せないなら、これまでの調査で分かったことを明らかにすべきである。
 稲田氏は都議選の応援で自衛隊の政治利用と取れる発言をするなどこれまでも度々、大臣としての資質が疑問視されてきた。安倍晋三首相の任命責任も問われる。来月早々に行う方針の内閣改造で交代が取り沙汰される。退任でうやむやにすることは許されない。


日報隠蔽「了承」 稲田氏の説明が不可欠だ
 稲田朋美防衛相を巡る新たな問題が浮上した。南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報を陸上自衛隊が保管していた事実の非公表を、稲田氏が了承していたというのである。
 本当ならば、防衛省と自衛隊の隠蔽(いんぺい)をトップが容認していたことになり、組織ぐるみが決定的になる。さらに国会答弁がうそだったことにもなる。
 大臣としての資質や適格性だけでなく、防衛省や実力組織である自衛隊の在り方にも関わる重大な問題である。
 稲田氏は報道陣に対し「事実は全くない」と否定したが、不十分だ。記者会見などを通じて根拠を示し、説明責任を果たさなければならない。
 新たな問題は、南スーダンPKO部隊の日報を廃棄したとしながら、陸自が保管していたことに絡むものだ。
 日報は、情報公開請求に対し防衛省が「陸自は廃棄済み」としていったん不開示を決めた。その後に統合幕僚監部に電子データで保管されていることが分かり、ことし2月に公開した。
 3月には、日報のデータが陸自にも残っていたことが報道で明らかになった。その後、組織的隠蔽の有無を調べる特別防衛監察が始まっている。
 稲田氏は、陸自保管が表面化した後の国会答弁でデータ隠蔽の報告はなかったとし、「改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」と述べていた。
 しかし2月の防衛省の緊急会議で、幹部から稲田氏へ陸自保管の事実非公表の方針が伝えられ、稲田氏は了承していたという。その直前、陸自側が稲田氏へ保管の報告をしていたことも分かった。
 事前に非公表の方針を知り、容認していたなら、国会答弁との整合性が全く取れなくなる。
 稲田氏はこれまでの言動から防衛相としての資質を疑問視され続けている。
 都議選応援で自衛隊の「政治利用」演説が批判を浴びたのは記憶に新しい。「森友学園」問題では国会答弁の矛盾を問われ、撤回と謝罪に追い込まれた。
 これらを踏まえれば、「事実は全くない」とする稲田氏の発言にすぐさま納得する国民がどれほどいるだろう。
 防衛相が隠蔽に加担していたのなら深刻である。さらに見過ごしにできないのは、背景に安倍晋三首相「1強」政治への「忖度(そんたく)」が指摘されていることだ。
 稲田氏は安倍首相の側近として知られる。それだけに、稲田氏に傷がつくことへの防衛省側の危機感があったとされる。
 陸自で「廃棄済み」とした日報が一転保管されていたことを明らかにすれば、トップである稲田氏への批判が一層強まるのは間違いない。こうした事態を回避したい思惑があったというのだ。
 組織防衛や保身のために非公表を決めたのだとすれば本末転倒であり、言葉を失うばかりである。
 国民がないがしろにされているに等しい。事は稲田氏個人の問題では済まない。


防衛相の日報隠蔽問題 説明責任果たすしかない
 「防衛省、自衛隊に改めるべき隠蔽(いんぺい)体質があれば私の責任で改善していきたい」―。南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報をいったんは廃棄したとしながら、陸上自衛隊が電子データで保管していたことが3月に発覚。その際、稲田朋美防衛相が衆院委員会で発した答弁がこれだ。
 しかし、稲田氏自身が日報非公表の方針を決めた2月15日の緊急会議に出席し了承していたことが明らかになった。事実なら「改めるべき隠蔽体質」のど真ん中にいたことになる。
 稲田氏は「隠蔽を了承したとか、非公表を了承したとかいう事実は全くない」と真っ向否定している。事実と異なるのならば、明確な根拠を示すなど説明責任を果たすべきだ。防衛監察本部が特別防衛監察を実施していることを理由にした先延ばしは許されない。そもそも特別防衛監察自体は防衛相直轄であり、稲田氏自身が対象とならないため、全容解明の可能性が低いことが指摘されている。
 2月中旬の通常国会では、陸自とは別の統合幕僚監部内で見つかった日報を巡り与野党の攻防が続いていた。この日報も昨年12月末に見つかっていたが、稲田氏に報告があったのは約1カ月後。野党はシビリアンコントロール(文民統制)の観点から問題視し、稲田氏を「蚊帳の外大臣」と表する批判もあった。
 稲田氏は当時、この隠蔽問題に加え、日報に記された「戦闘行為」を「武力行使」と言い換えた。そんな状態の中で、防衛省側は陸自で存在していた日報の公表を躊躇(ちゅうちょ)したのだろうが、稲田氏は公表を潔く決断すべきだった。
 隠蔽了承が事実なら、稲田氏は国会で虚偽の答弁をしていた可能性がある。防衛省幹部による「大臣コントロール」といった状況ではなかったのか。問題の本質は、PKO参加5原則に抵触する恐れがあるため、現地の実態を隠す意図があったとの指摘もある。稲田氏も自衛官の安全よりも国内向けの説明を優先するような発言に終始していた。
 共同通信社が15、16日に実施した全国電話世論調査によると、安倍内閣の支持率は前回6月より9・1ポイント減の35・8%、不支持率は10・0ポイント増え53・1%となり、支持と不支持が逆転した。他の報道機関の調査では、支持率が30%を下回る結果もある。情報を隠し、説明責任を尽くさない政権の姿勢にも起因していることは明らかだ。
 稲田氏は地元選出の衆院議員とあって、森友学園問題や都議選での「自衛隊としてもお願いしたい」発言など、これまでの数々の軽率な言動に県民の多くが危うさを感じてきたはずだ。
 24、25日にそれぞれ開かれる衆参両院の予算委員会での集中審議では、稲田氏の隠蔽問題が浮上した以上、真相究明を進める必要がある。予算委への出席に同意した安倍晋三首相はかねて「真摯(しんし)に説明責任を果たしていく」と強調してきた。稲田氏も真摯に対応してもらいたい。


PKO日報問題/情報の開示が不可欠だ
 南スーダンに派遣していた国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題で稲田朋美防衛相が、陸上自衛隊が日報を保管していた事実を非公表にするとの隠蔽(いんぺい)方針を了承していたと複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏はその方針の決定後に国会の質疑で、日報保管についての報告はなかったとした上で「防衛省・自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善していきたい」と答弁していた。
 稲田氏は隠蔽の了承を否定しているが、国会で虚偽の答弁をしていた可能性があり、責任は極めて重大だ。防衛相自身の関与は文民統制が機能していたのか深刻な疑義も生じさせる。国会での真相解明を求めたい。
 PKOの日報問題では「廃棄済み」としたデータが保管されていることが判明するなど説明が二転三転してきた。不都合な事実を隠そうとする組織的な隠蔽体質が露呈したと言えないか。
 共同通信社が15、16両日に実施した全国電話世論調査によると、内閣支持率は6月調査より9.1ポイント減の35.8%と2012年の第2次政権発足後最低に下落。不支持の理由として「首相が信頼できない」との回答が51.6%に上った。
 情報隠蔽が政権の信用を失墜させている現実を反映したものだと受け止めるべきだ。公正な行政の執行には、国民がその適否を判断できる情報の開示が不可欠であり、政府は信頼回復に努めなければならない。
 稲田氏は東京都議選の自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と発言するなど不適切な言動が相次ぎ、閣僚としての資質が問われている。8月に予定されている内閣改造を前に、責任論の浮上は避けられないだろう。
 24日にも実施される衆院予算委員会での集中審議に加え、衆院安全保障委の閉会中審査を早急に開き、真相究明を進める必要もある。
 PKO日報問題は、現地の実態を隠そうとしてきた対応から派生した。陸自部隊が活動する南スーダンの首都ジュバで昨年7月に発生した政府軍と反政府勢力との大規模紛争に関して、日報は「戦闘」と記述していた。
 防衛省は昨年10月に受理した情報公開請求に対し「陸自で廃棄済み」として不開示を決定したが、統合幕僚監部に電子データで保管されていたことが判明。さらに陸自内部でも保管されていたが非公表としたことが、3月に明らかになった。
 一連の対応の背景には「戦闘」と認めれば紛争当事者間の停戦合意などのPKO参加5原則に抵触する恐れがあり、実態を隠す意図があったのではないかと指摘される。
 政府はこの間「武力衝突」という言葉を使い、稲田氏は国会で「法的な意味での『戦闘行為』ではない」「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」と答弁した。自衛官の安全よりも、国内向けの説明を優先した発言と言えよう。
 一連の経過にはまだ不明確な点が多い。防衛監察本部が実施している特別防衛監察の結果を早急に発表するとともに、稲田氏の関与については国会できちんとした説明が必要だ。


稲田氏が隠蔽了承  まだ続投させるつもりか
 稲田朋美防衛相に、大臣としての資質が問われる問題がまた明らかになった。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を廃棄したとしながら、陸上自衛隊が保管していたのを巡って、日報のデータを非公表にするとの方針を了承していたという。
 誤った方針を正すべき最高責任者としての自覚を著しく欠いていると言わざるを得ない。防衛相の辞任を求める声が強まるのも当然であり、稲田氏は説明を尽くさなければならない。
 複数の政府関係者によると、稲田氏が非公表を了承したとされるのは、2月15日、防衛省で開かれた緊急会議である。
 その席上、情報公開請求に対して「廃棄済み」とした日報が陸自に電子データで残されていたことについて、事実関係を公表するかどうか対応を協議した。
 陸自は1月17日、岡部俊哉陸上幕僚長に保管されていたことを報告し、公表の準備を始めた。しかし、陸自のデータは隊員個人が収集したもので、公文書に当たらないなどとして、「事実を公表する必要はない」との方針を決定。稲田氏は異議を唱えず、了承したとされる。
 さらに、非公表の方針を決めた緊急会議の2日前にも、陸自側から電子データが保管されていた事実などについて報告を受けていたという。
 防衛省・自衛隊の組織的隠(いん)蔽(ぺい)を容認した形であり、あってはならないことだ。国民を欺くものであり、到底見過ごすことはできない。
 憂慮すべきは、稲田氏がその後の国会で、一連の経緯の報告を受けていないとし「改めるべき隠蔽体質があれば私の責任で改善していきたい」と答弁していることだ。
 唯一の軍事的組織である自衛隊で隠蔽があり、大臣が虚偽の答弁をしたのなら、極めて深刻な事態である。
 稲田氏といえば、不適切な発言を繰り返し、与野党から問題視されてきた。
 3月には、大阪市の学校法人「森友学園」の原告代理人として出廷したことを示す裁判記録が判明し、国会答弁との矛盾を問う報道陣に「記憶にない」などと釈明したが、結局、答弁撤回と謝罪に追い込まれた。
 記憶に新しいのは、東京都議選での応援演説である。自民党候補の集会で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言し、自衛隊の政治利用と批判を浴びた。
 それでもなお安倍晋三首相は続投を指示していた。閣僚としての資質に欠けた稲田氏を、その任にとどまらせていることには首をかしげざるを得ない。
 防衛省内からさえ「かばいきれない」という声が上がっている。
 安倍内閣の支持率は急落しているが、稲田氏への対応次第では国民の信頼をさらに失うことになる。


PKO日報問題 信用失墜させる情報隠蔽
 南スーダンに派遣していた国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題で稲田朋美防衛相が、陸上自衛隊が日報を保管していた事実を非公表にするとの隠蔽(いんぺい)方針を了承していたと複数の政府関係者が明らかにした。
 稲田氏はその方針の決定後に国会の質疑で、日報保管についての報告はなかったとした上で「防衛省・自衛隊に改めるべき隠蔽体質があれば、私の責任で改善していきたい」と答弁していた。
 稲田氏は隠蔽の了承を否定しているが、国会で虚偽の答弁をしていた可能性があり、責任は極めて重大だ。防衛相自身の関与は文民統制が機能していたのか深刻な疑義も生じさせる。国会での真相解明を求めたい。
 PKOの日報問題では「廃棄済み」としたデータが保管されていることが判明するなど説明が二転三転してきた。不都合な事実を隠そうとする組織的な隠蔽体質が露呈したと言えよう。
 安倍政権は学校法人「森友学園」への国有地格安払い下げ問題や、加計(かけ)学園の獣医学部新設計画を巡る優遇疑惑などでも情報の積極的な公表を拒んできた。公正な行政の執行には、国民がその適否を判断できる情報の開示が不可欠だ。
 共同通信社が15、16両日に実施した全国電話世論調査で、内閣支持率は6月調査より9・1ポイント減の35・8%と2012年の第2次政権発足後最低に下落。不支持の理由として「首相が信頼できない」との回答が51・6%に上った。情報を隠し、説明責任を果たそうとしない政権の姿勢が一因だろう。情報隠蔽が政権の信用を失墜させている現実を安倍晋三首相は厳しく受け止めるべきだ。
 稲田氏は東京都議選の自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊としてもお願いしたい」と発言するなど不適切な言動が相次ぎ、閣僚としての資質が問われている。8月に予定する内閣改造での「交代」では責任問題があいまいになる。改造前に辞任すべきだ。
 その前に、24日に実施される衆院予算委員会での集中審議に加え、衆院安全保障委の閉会中審査を早急に開き、真相究明を進める必要がある。
 PKO日報問題の本質は、現地の実態を隠そうとしてきた対応にある。陸自部隊が活動する南スーダンの首都ジュバで昨年7月に発生した政府軍と反政府勢力との大規模紛争に関して、日報は「戦闘」と記述していた。
 防衛省は昨年10月に受理した情報公開請求に対し「陸自で廃棄済み」として不開示を決定したが、統合幕僚監部に電子データで保管されていたことが判明。さらに陸自内部でも保管されていたが非公表としたことが、3月に明らかになった。
 一連の対応の背景には「戦闘」と認めれば紛争当事者間の停戦合意などのPKO参加5原則に抵触する恐れがあり、実態を隠す意図があったのではないかと指摘される。
 政府はこの間「武力衝突」という言葉を使い、稲田氏は国会で「法的な意味での『戦闘行為』ではない」「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」と答弁した。自衛官の安全よりも、国内向けの説明を優先した発言と言えよう。
 一連の経過にはまだ不明確な点が多い。防衛監察本部が実施している特別防衛監察の結果を早急に発表するとともに、稲田氏の関与について国会できちんと説明すべきだ。(共同通信・川上高志)


PKO日報隠蔽 防衛相は辞任すべきだ
 組織的な隠蔽(いんぺい)をただす立場の大臣が加担した格好だ。国会でも事実と異なる答弁を重ねていたことになる。稲田朋美防衛相は即刻辞任すべきではないか。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報を廃棄したとしながら陸上自衛隊が保管していた問題で、稲田氏は、保管の事実を非公表とする方針を伝えられて了承した。防衛省最高幹部による2月15日の緊急会議でのことだ。
 その2日前にも、陸自幕僚監部の幹部から日報の電子データが保管されていたという報告を受けていた。いずれも、複数の政府関係者が明らかにした。これまでの稲田氏の国会答弁や、説明とは全く異なっている。
 稲田氏自身はきのう、「隠蔽を了承したとかいう事実は全くない」と否定した。ならば陸自のケースを公表しなかった経緯や理由を説明する必要がある。
 統合幕僚監部に続き、陸自にも保管されていたことは1月に発覚した。統幕でのデータ保管は2月に公表したが、陸自での保管は3月に報道されるまで隠していた。非公表にしておく判断に、稲田氏は関わらなかったのだろうか。本人が言うように関与していなかったとしたら、大臣として省や自衛隊を把握できていなかったといえよう。ガバナンス(統治)やシビリアンコントロールの点で大臣失格ではないか。
 この問題では、防衛相直轄の防衛監察本部が特別防衛監察を進めている。近く公表される結果が待たれるが、第三者機関ではない身内の調査だけに、全容解明ができるのか不安が残る。
 稲田氏は、職責の重みをどれほど感じているのだろう。今月6日昼、九州北部の豪雨で福岡、大分両県に特別警報が出て自衛隊が約1600人態勢で救助活動などに当たっていたのに、1時間余り「政務」を理由に防衛省を離れた。危機管理を軽視しているとしか思えない。重責を担う自覚に欠けている。
 国内外とも多くの懸案を抱えているのが防衛相である。東アジアを見れば、自制を求める国際社会の声を無視して核・ミサイル開発を続ける北朝鮮、中国やロシアをにらんだ日米関係などの課題がある。国内では九州北部の豪雨をはじめ自然災害への対応や備えも求められる。責任を持って対応する気が稲田氏にあるのか、疑問だ。
 安倍晋三首相の「秘蔵っ子」といわれるように、重要ポストが次々あてがわれてきた。「将来の首相候補として頑張ってほしい」と持ち上げられたほどだ。そんな首相の任命責任も問わねばなるまい。
 これまでも、稲田氏の言動は再三問題になってきた。都議選の応援演説で「自衛隊としてもお願いしたい」と政治利用するかのような発言をしたことは、とりわけ深刻だった。歴史的な自民党惨敗や、内閣支持率の続落の一因にもなった。
 森友学園問題を巡っては、事実と異なる国会答弁をした。参院予算委員会で「(森友側の)顧問弁護士だったということはない。裁判を行ったこともない」と言い切ったが、後に答弁を撤回し、謝罪した。
 資質や能力については今分かったことではない。本人が辞意を表明しなくても、安倍首相は8月上旬の内閣改造まで引っ張らず即座に罷免すべきだ。


「防衛相が辞めて済むような話ではない」 「日報問題」端緒のジャーナリスト指摘
 現職の防衛相が関与する組織的隠蔽(いんぺい)が疑われる事態に発展した南スーダン日報問題。その発端となる「日報」の情報公開を求めたジャーナリストの布施祐仁さん(40)=横浜市泉区=は「事の本質は、政治家が自衛隊を統制する『文民統制』を破綻させる深刻な問題。単に稲田朋美防衛相が辞めて済むような話ではない。国会で徹底的な調査・検証が必要だ」と指摘している。
 陸上自衛隊内部の日報データの保管が明らかになった3月15日以降、稲田防衛相は国会で「報告されなかった」と答弁。同17日には「防衛省・自衛隊に隠蔽体質があったとすれば私の責任で改善したい」と語り、特別防衛監察の実施を指示した。
 だがこの時点で稲田防衛相自身が陸自内部にデータが存在し、しかも防衛省幹部の意向に沿って非公表決定を了承していたことが判明。布施さんは「稲田氏は隠蔽を知りながら素知らぬふりをして、特別防衛監察を命じたことになる。時間稼ぎのために監察を使ったと言われても仕方ない状況だ」と言う。
 監察の計画は防衛相の承認が必要で、防衛相自身は調査の対象外となる。このため、近く公表される監察結果も「不十分だ。防衛相の関与の有無を明らかにできるのは国会しかない」と強調する。
 また、安倍首相が稲田防衛相をかばうような発言を繰り返していた点も問題視。3月31日の参院本会議で安倍首相は日報問題について、「大臣の責任において改善し再発防止を図る。閣僚の任命責任は全て内閣総理大臣の私にある。その上で稲田大臣には引き続きその職責を果たしてもらいたいと考えている」と答弁した。「問題が発覚した時点で安倍首相が真っ先に調査を指示しなければいけなかったのに、稲田氏をかばい続けた言動は自衛隊の最高指揮官としての資質を欠くと言わざるを得ない」と話した。


朝鮮学校の無償化で初判断 制度の理念に反しないか
 社会全体で子供の成長を支えようとする制度の理念に、例外が認められるかどうかが争われた。
 高校の授業料無償化の対象に、国が朝鮮学校を指定しなかったことを巡る裁判で、広島地裁が初めての判決を言い渡した。
 判決は、国の主張を認め、原告側の全面敗訴となった。
 広島朝鮮初中高級学校(広島市)を運営する学校法人広島朝鮮学園と当時の生徒らが原告となり、無償化の対象から外した国の処分の取り消しや慰謝料を求めていた。
 国は、北朝鮮を支持する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が、朝鮮学校の教育内容や財政に密接に影響を及ぼしており、朝鮮学校が適正に運営されていない恐れがある、と主張していた。
 今回の裁判所の判断は、無償化制度の趣旨に合っているのだろうか。
 無償化は、高校段階の個々の生徒に対し、国として学びの機会を経済的に支援するのが基本理念だ。学校自体への支援制度ではない。
 朝鮮学校は終戦直後、在日朝鮮人の子供に朝鮮語を教えるため、各地にできた「国語講習所」が前身だ。現在は66校(休校5校)ある。
 高校にあたる「高級部」は全国に10校あり、1300人余りが学んでいる。朝鮮語で授業し、朝鮮史など民族教育に特徴があるが、数学や化学などは日本の学習指導要領に沿った内容だ。日本の大学の大半は、卒業生に日本の高校生と同様、受験資格を認めている。
 インターナショナルスクールなどと同じ「各種学校」にあたるが、これらは無償化の対象になっている。
 生徒は日本で生まれ育ち、日本社会の中で生活している。子供に責任のない理由で、無償化の対象から外すのは制度の理念に整合しない。
 一方、学校側にも改善する点はあるだろう。
 判決は、無償化で生徒に支援金を支給しても授業料に充てられない恐れを指摘する国の主張を認めている。学校側も反論するのであれば、そうした懸念を拭う努力を重ねていくべきだ。肝心なのは、子供の学ぶ権利と機会を確保することである。
 教育内容や財務状況を広く社会に開示し、情報公開を進めていくことで、理解を深めていく必要がある。


「残業代ゼロ」 働く人の健康を最優先に
 「残業代ゼロ」「過労死助長」といった批判もある制度を盛り込んだ法案が突然、秋の臨時国会での成立に向けて動き始めた。
 年収1075万円以上の金融ディーラーや研究開発職など一部の専門職を「1日8時間、週40時間」の労働時間規制から外し、残業や深夜、休日労働をしても割増賃金を支払わない「高度プロフェッショナル制度」の対象とする労働基準法改正案のことだ。
 国会で2年以上たなざらしだったが、反対だった連合の神津里季生(こうづりきお)会長が安倍晋三首相と会談し一部修正による容認を表明した。
 経済界には対象拡大のため年収要件の大幅引き下げを求める声があり、高収入限定の制度ではなくなる可能性もある。妥当かどうか国民的議論を深めるべきだ。
 政府は「時間に縛られず効率的に働ける」と強調する。これに対して連合は民進、共産両党や過労死遺族などとともに「長時間労働を助長する」と反対してきた。
 しかし、3月末から連合幹部が水面下で政府と交渉し「健康確保措置」の拡充を条件に法案容認へ転換したという。
 現法案の健康確保措置は、年間104日の休日取得▽終業から始業まで一定の休息を確保する「勤務間インターバル」▽労働時間の上限設定−で、いずれかを企業が選ぶ。連合は年間休日104日を義務化し、選択肢に2週間連続休日取得と臨時健康診断を加える修正を提案、首相も受け入れた。
 それにしても唐突である。連合傘下の労組はもちろん、民進党も寝耳に水で、反発や困惑が広がっている。きのう予定されていた経団連も加えた「政労使合意」は先送りされた。当然だろう。
 年間休日104日は祝日を除いて週休2日で達成できる。健康診断を受ければ、休日以外は際限ない労働を強いられる可能性もある。連合と首相が合意した法案の修正で働く人の健康が守れるのか、疑問は尽きない。
 異論を排して「合意」を急ぐより、労働者側で議論を尽くして意思統一するのが先決ではないか。


「残業代ゼロ」法案 働き方改革には逆行する
 政府と連合が、労働界から反対が強かった一部の専門職を残業代支払いなどの労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」の導入で合意した。
 連合はこれまで「残業代ゼロ法案」だとして強く反対してきたが、健康確保措置を強化するよう労働基準法改正案を修正する方向で一致した。連合の方針転換で、法案は秋の臨時国会で働き方改革関連法案と一括審議され、成立する見通しが出てきた。
 突然の容認について連合の神津里季生会長は「(制度を)撤回させるのが望ましいが、現実を考えた時に健康管理をここまでやってほしいという思いがある」としている。しかし、労基法改正案は2015年4月に閣議決定され、連合や民進党など野党の反対で2年以上も国会審議が先送りされてきた法案だ。唐突感は否めない。
 連合としては「安倍1強」の政治状況の下、少しでも労働者に有利な条件を法案に盛り込ませたいという狙いなのだろう。「テロ等準備罪」などの与野党対決法案が、巨大与党の数の力で何度も押し切られたこともあっての判断と思われる。
 だが、電通事件などで「過労死」が社会問題としても大きくクローズアップされている。政府が進める長時間労働是正の「働き方改革」とも整合性が取れておらず、過労死遺族が反発するのも当然だ。連合の判断は流れに逆行しているのではないか。
 新制度は、年収1075万円以上の金融ディーラーや研究開発などの専門職が対象となる。仕事の成果に応じた賃金にすることで、政府は「時間に縛られず効率的に働ける」などとしている。
 修正案は休日確保を義務付けるほか、終業から始業の間に一定の休息を設ける「勤務間インターバル」や、連続2週間の休日取得―などから働き過ぎ防止策を労使に選ばせる内容になるという。
 ただ、連合が支持する民進党には困惑が広がっているようだ。連合会長と安倍晋三首相のトップ会談で合意が行われたことで、これまでの共同歩調から、突然蚊帳の外に置かれる格好になった。野党共闘などを巡っての両者の溝がさらに深まる可能性がある。
 傘下の労組から異例の反対声明が出るなど、連合内部にも批判の声がある。修正方針を確認するため、きのう予定されていた政府や経団連との3者トップ会談は、連合内部の調整がつかないことから延期された。今後、十分な理解が得られるかどうかは不透明と言えよう。
 いったん労働時間規制の適用除外が一部にでも導入されれば、将来なし崩し的に対象が拡大するのでは、との懸念も拭えない。過労死やうつ病など労働者に犠牲を強いてきたこれまでの日本の過酷な労働環境を抜本的に見直す。連合はそのことを、いま一度再認識すべきであろう。


加計問題 山本担当相、認定2カ月前に「四国で新設」 獣医師会に伝達
 国家戦略特区による獣医学部新設を巡り、事業者認定の二カ月前の昨年十一月十七日、山本幸三地方創生相が日本獣医師会(東京都)を訪れ、学校法人「加計(かけ)学園」の名前を挙げて「四国で新設することになった」などと伝えていたことが、本紙が十九日に入手した同会作成の面会記録で分かった。 
 事実なら加計学園を前提に計画が進められたことになる。山本氏の事務所は十九日、本紙の取材に「十一月十七日に獣医師会を訪問し、獣医学部新設が決まった経緯について説明したが、四国で決めたとは言っていない。京都もあり得るという話もした。(愛媛県)今治市の財政状況については概略を説明したが、加計学園という特定は一切していない」と回答した。
 昨年十一月九日には特区諮問会議が開かれ、獣医学部の新設方針を決定し「広域的に存在しない地域に限る」との条件を提示。今治市を予定地とし、四国初の獣医学系大学となる加計学園に有利な内容だった。
 面会記録によると、山本氏は「獣医師が不足している地域に限って獣医学部を新設することになった」と、諮問会議の結果を説明。そのうえで、「今治市が土地で三十六億円のほか積立金から五十億円、愛媛県が二十五億円を負担し、残りは加計学園の負担となった」「四国は、感染症に係る水際対策ができていなかったので、新設することになった」と述べた。
 当時、京都産業大も京都府での新設を提案していたが、獣医学系大学は既に大阪府などにあった。今年一月四日に広島県・今治市地域で一校に限って二〇一八年度開学を条件に公募することが決まり、京産大は断念。同月二十日、唯一応募した加計学園が選ばれた。
 獣医師会の北村直人顧問は本紙の取材に、「(面会記録の)発言内容は事実。政府が加計ありきで事業を進めていたことを裏付けるものだ」と話した。
■獣医学部新設を巡る経緯
2016年 11月9日 特区諮問会議が獣医学部新設方針を決定
      17日 山本幸三地方創生相が日本獣医師会を訪問
      18日 獣医学部新設のパブリックコメント募集
2017年1月4日 獣医学部特区の事業主体の公募開始
      20日 唯一応募した加計学園が選ばれる


加計学園 認定2カ月前、山本担当相「四国に新設」
獣医師会に 山本氏側「四国で決めたとは言っていない」
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」が愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を巡り、国家戦略特区を担当する山本幸三地方創生担当相が、学園が学部開設の事業者に選ばれる2カ月前の昨年11月17日、日本獣医師会役員らに対し、「四国に新設することになった」と伝えていたことが獣医師会側の内部文書で分かった。山本氏は学園を名指しし費用負担についても言及していたとされる。学園を前提に手続きが進められていたことになるが、山本氏側は「四国で決めたとは言っていない」と反論している。
 獣医師会が作成した山本氏との「意見交換の概要」によると、山本氏は東京都港区の獣医師会を訪れ、蔵内勇夫会長や獣医師会の政治団体である日本獣医師政治連盟委員長の北村直人元衆院議員らと面会した。山本氏は「獣医師が不足している地域に限って新設することになった」と述べたうえ、「今治市が土地で36億円のほか積立金から50億円、愛媛県が25億円を負担し、残りは加計学園の負担」と説明。「四国は、感染症にかかる水際対策ができていなかったので、新設することになった」と述べたとされる。
 獣医師会によると、文書は専務理事が面会の翌日に作成し、同席者らで内容を確認したという。
 獣医学部新設を巡っては、政府の国家戦略特区諮問会議が昨年11月9日、「広域的に存在しない地域に限り」認めると決定。更に同年11月18日に内閣府がパブリックコメントを募った際、開学時期を2018年度と明記した。当時、京都府内での新設を目指していた京都産業大がこれらの条件によって断念した経緯がある。政府は今年1月4日に事業者を公募。学園しか応募せず、同20日に学園が事業者に認定された。山本氏は6月の国会審議で「公募を行った結果、加計学園が出てきて、専門家も入れた要件適合性の確認を行った」と答弁している。
 山本氏の事務所は毎日新聞に「(昨年)11月17日に日本獣医師会を訪問し、11月9日に獣医学部新設が決まった経緯について説明したが、四国で決めたとは言っていない。京都もあり得るという話もした。今治市の財政状況については、北村氏の要請により調べたところを概略説明したが、加計学園という特定は一切していない」と文書で回答した。【遠藤拓、杉本修作】


加計 際立つ食い違い 担当相と獣医師会、予算委焦点に
 愛媛県今治市に獣医学部を新設する事業者に学校法人「加計学園」が決まる2カ月前の昨年11月に、山本幸三地方創生担当相が「四国に新設する」と日本獣医師会側に伝えたとされる同会の内部文書は、今月24、25両日に開催される衆参両院の予算委員会の焦点となる。山本氏は20日、文書について「獣医師会側の思い込みと私の発言を混同したもので正確ではない。私からは『京都もあり得る』と述べた」と反論。両者の食い違いが際立っている。
 山本氏は昨年11月17日に東京都港区の獣医師会役員室を訪れ、蔵内勇夫会長や北村直人・日本獣医師政治連盟委員長らと面会。内部文書では、山本氏が「四国に新設する」と発言し、費用負担について説明する中で「加計学園」を名指ししたとの記述がある。山本氏は「獣医師会側は(面会で)『四国の今治』と決めつけて対応していた。思い込みで書かれた部分もある」と記者団に述べて反論。「事業実施主体と表現しており、加計学園と特定したことは全くない」とも語った。
 また山本氏は、「京都(産業大)もあり得る」との自身の発言に、役員が「それは困る。進めるなら今治市に限ると明記してほしい」と応じたと明かした。この部分について「(同席した)秘書官がメモ書きのように書いたようだから確かだ」と自信を示したが、記者団がその後改めてただすと「走り書きのメモ自体はもうない」と説明を変更した。政権中枢の人物が「記憶」をもとに、対立する側の「記録」を否定する構図が、文部科学省の加計文書に続いて起きている。
 一方、連盟の北村氏は20日、記者団に「私は明快に『加計学園』との言葉を聞いた」と反論。京都を巡るやり取りについても「私の記憶にはない。記録にもない。(『困る』とは)言っていない」と語った。
 安倍晋三首相は予算委での「丁寧な説明」で問題の幕引きを図り、内閣改造での政権浮揚を狙うが、新文書はこうした戦略に影響しかねない。公明党の山口那津男代表は「予算委で説明責任を尽くし、事実関係をしっかり説明し、国民の納得がいく対応を期待したい」と注文を付けた。
 民進党は「『加計ありき』が明確になった」と追及を強める。調査チームの会合では内閣府に秘書官メモの開示を要求。玉木雄一郎衆院議員は「一方は文書があり、一方は記憶がなくなったり明確になったりする。こういうことが不信感を招く」と批判した。【遠藤修平、樋口淳也】


偏在解消の展望も示せ/獣医学部新設問題
 国家戦略特区制度を活用した学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題が国政を揺るがす中、家畜防疫などを担う公務員獣医師が不足している獣医師の偏在問題がクローズアップされている。
 獣医師は「全体では足りている」というのが農水省や日本獣医師会の見解だが、鳥インフルエンザ対策などの家畜防疫や畜産振興、食の安全を担う公務員獣医師のなり手が少ない。ペットの犬や猫などを扱う民間病院に人材が集中する傾向が強いためだ。加えて人材が大都市圏に偏る地域による偏在も課題とされる。
 加計学園の獣医学部計画の地元である愛媛県や今治市が、人口減少対策や、四国が獣医学教育の空白地帯であることを理由に、学部新設を10年前から何度も国へ求めてきた経緯は、地方に共通する背景がうかがえ、理解できる。
 一方で獣医師が増えすぎないよう国が50年以上認めてこなかった獣医学部新設を、こにきて認める根拠がいまだに判然としない。背景に官邸の意向があったとする前文部科学事務次官の証言やそれを裏付けるような数々の文書が存在し、首相の友人が理事長を務める加計学園を前提に手続きが進んだのではないかという疑念が晴れない。
 この問題を巡り、週明けの衆参両院の予算委員会集中審議に出席する安倍晋三首相は、これらの積み残された疑問に真摯(しんし)に答えるのはもちろんのこと、学部新設で獣医師を増やし、偏在の解消にどうつなげるのか、合わせて展望を示してほしい。
 偏在問題は、全国有数の畜産県である本県にも影響を及ぼしてきた。鳥インフルエンザ対策など業務が多忙化する中、県の獣医師職員の採用は毎年定員を満たせず追加募集する状況が続く。獣医師職員の数は4月現在155人と10年前に比べ30人減った。
 県は数年前から、修学資金の支援や初任給の引き上げ、採用試験の会場増設などの確保対策に力を入れてきた。地元北里大学獣医学部(十和田市)との連携強化も進めている。それでも十分な成果に結びついているとは言い難い。
 自治体間の人材獲得競争が激しい上、学生優位の「売り手市場」で、他業種と同様、地方に人材を引きつける難しさにも苦慮しているようだ。
 こうした地方の実情も踏まえ、獣医師育成の将来をどう描くのか、本質的な議論を求めたい。


“加計ありき”の証拠が続々! でも安倍応援団は「加戸前愛媛県知事の証言で疑惑は晴れた」の大合唱、そのインチキを暴く!
 加計問題をめぐり、山本幸三地方創生相が政府決定の2カ月も前に「加計に決めた」と獣医師会に通告していた議事録の存在が明らかになった。山本地方創生相は「獣医師会の思い込み」などと強弁しているが、“加計ありき”疑惑はますます深まったと言わざるを得ない。
 このように“加計ありき”の証拠ばかりが次々と出てきており安倍政権は追い込まれているが、しかし安倍支持者は、ここまできても、なぜか「前回の閉会中審査で真実は明らかになった!」「前愛媛県知事の加戸守行氏の答弁で終わった話だろ」と声高に叫んでいる。「前愛媛県知事の加戸守行氏の答弁が加計問題の疑惑をすべて晴らした」と言うのだ。
 加戸氏は、10日に開かれた閉会中審査に前川喜平・前文部科学事務次官とともに与党側の推薦で参考人として出席。加戸氏は元文科省の官僚であり前川氏の先輩にあたる人物だが、審議ではこのように持論を主張した。
「行政が歪められたという発言は、私に言わせますと、少なくとも獣医学部の問題で強烈な岩盤規制のために10年間我慢させられてきた、岩盤にドリルで国家戦略特区が穴を開けていただいたということで、『歪められてきた行政が正された』というのが正しい発言ではないかと私は思います」
 だが、審議が行われたあとにマスコミが加戸氏の発言をほとんどクローズアップしなかったことから、ネット上では安倍擁護派から「偏向報道だ」「加戸氏の正論を報じないのは不当だ」などという声が噴出。閉会中審査の夜に『ユアタイム』(フジテレビ)でMCの市川紗椰が「私が印象的だったのが加戸前愛媛県知事。それがすべてだったのかなという気もしたんですよ。丁寧に説明して辻褄が合うんですよね。なんかいいのかなって、納得しちゃいました」と言及したのを「偏向しない番組を久々に見た」などともちあげていた。そうした声に押されたのか、ネトウヨだけでなく安倍応援団メディアの『ひるおび!』(TBS)でも、八代英輝弁護士が「あと、前回埋もれてしまった感があるんですけど、加戸守行前愛媛県知事のお話もこの場(安倍首相出席の集中審議)であらためて聞いてみる意味があるんじゃないかなと思うんですよね」と述べたり、立川志らくが「加戸前愛媛県知事の誠実な答弁」「加戸前愛媛県知事の発言を聞いていると、真実を知るには民主党政権までさかのぼらないといけない」など、加戸発言をもち出しはじめた。官邸周辺も加戸発言を取り上げないのはおかしいとオフレコで言っているという話もある。
 しかし、加戸氏の発言を前川証言と比較すること自体が、はっきり言ってバカバカしいというものだ。なぜなら、いま問題となっているのは「国家戦略特区において獣医学部新設が加計学園に選ばれた、その決定にかかるプロセスの不透明さ」であって、現役官僚だった前川氏とは違って加戸氏はそうしたプロセスにまったくタッチしていない。つまり、表向きは「行政が歪められたのか否か」など知る由もない立場だ。
加戸前知事が語ったのは、「夢だから」「悲願だから」という単なる感情論
 もっと言えば、加戸氏は愛媛県知事として今治市の学校誘致にかかわり、国家戦略特区でも今治文科会に今治市商工会議所特別顧問という肩書きで出席してきた、本人いわく「応援団の一員」である。そうした人物が「歪められた行政が正された」と発言するのは当たり前のことで、醜聞を流されても古巣に反旗を翻すかたちで前事務次官という立場から決定プロセスで官邸からの圧力を証言している前川氏とは「重み」はまったく違う。テレビや新聞が加戸氏証言を無視したのは、実際のところ、それだけニュースバリューがなかったというだけの話である。
 このように、ニュース性の観点から加戸氏の証言をいちいち取り上げる必要など微塵もないのだが、ネットのみならず官邸までもが加戸氏の証言が真理だなどとほざくなら、致し方ない。いかに加戸氏の証言が取るに足らないものであったかを明らかにしよう。
 まず、審議において加戸氏が強調したことは、「いかに獣医学部誘致が愛媛県と今治市において悲願であったか」ということだ。
 加戸氏に言わせると、今治市には古くから学園都市構想があったが「話がぽしゃりまして、結局、土地だけがあって学園都市構想が宙に浮いた状態」だった。他方、「鳥インフルエンザの問題などで公務員獣医師の数の少なさ、確保の困難さ、獣医学部の偏在等々の状況、アメリカの適切な対応などを見ながら『日本も遅れているな』」と感じていた矢先、学園都市構想に手を挙げたのが加計学園。加戸氏は「渡りに船と、この獣医学部構想で取り組んでもらった」と言う。
 そして加戸氏は、日本の獣医師がアメリカやイギリス、ヨーロッパなどの国々とくらべて「10年遅れている」とし、熱弁を振るった。ネット上では「感動の嵐」の答弁らしいので、少々長いが紹介しよう。
「10年の遅れを取り戻すべき大切な時期だ。そんな思いできょうも参上させていただいたわけでありまして、事柄は、地方再生、東京一極集中ではなくて地方もがんばる、地方も国際的な拠点になりえるんだよ、そういうもののモデルケースとして、愛媛県の今治の夢を託している事業でありまして、『加計ありき、加計ありき』と言いますけど、12年前から声をかけてくれたのは加計学園だけであります。私のほうからも東京の有力な私学に声をかけました。『来てくださいませんか』と。けんもほろろでした。結局、愛媛県にとっては12年間、加計ありきで参りました。いまさら、1年、2年の間に『加計ありき』ではないんです。それは、愛媛県の思いが、この加計学園の獣医学部に詰まっているからでもあります」
 苦節12年、欧米に遅れをとっている獣医学の国際的拠点をつくるという愛媛県の夢、今治市の夢を加計学園に託し、これまで厚い岩盤規制に撥ね返されてきたが、国家戦略特区という枠によってようやく実現した──加戸氏は切々とそう述べたわけだ。
 だが、はっきり言って「だから何」としか言いようがない。棚ざらしになっていた学園都市計画が加計学園の挙手によって動き出したという意味では、自治体が「加計ありき」となるのは当たり前の話だろう。しかし、それは自治体側の思いでしかなく、「長年切望してきたから」「夢だから」という情緒的な理由は獣医学部の新設という全国的見地からの検討が必要な議論とは何の関係もない。いや、徹底して排除されなければならないはずだ。
 しかも、加戸氏が獣医学部新設の正当性の根拠に挙げる「公務員獣医師の確保」というものも、学部新設で対応すべき問題ではない。
「公務員獣医師の待遇を改善すべき」との当然の指摘も、“獣医師会の陰謀”扱い
 たとえば、公務員獣医師の不足や獣医師の地域的な偏りについては、その土地に獣医学部ができたからといって解決できるものではない。事実、直近で獣医学部ができた青森県や、3つの獣医学系大学を擁する北海道でも公務員獣医師の募集定員を確保できず定員割れを起こしている。その原因については、ペット獣医の人気が高いこと、そして公務員獣医師の初任給が月約20万円という待遇の悪さが指摘されている。つまり、公務員獣医師の不足は四国に限った話ではなく全国的な問題であり、定員割れを解消するためには待遇改善が先決となっているのだ。
 こうした問題を農水省も把握し、解消に向けた待遇改善をすでに打ち出しているのだが、しかし、加戸氏はそれを無視して、“獣医師会の陰謀”とばかりに、こう語った。
「獣医師会の反対は何かと申しましたら、処遇しないからだと。愛媛県は、四国は獣医師の給与体系を国家公務員の獣医師よりも上回る体系をつくることができるのか。じゃあ、それは、獣医師が充足されたときは給料を下げるのか。愛媛は給料が安いから行かないんだよとか、奨学金を出さないから行かないんだよ、全部東京にきたら養成して返すからと、そういうことでいいのかなということがひとつ」
 当然の指摘も“獣医師会の横暴”にすり替えてしまう加戸氏。それは教員確保の問題でも同じだ。
「論議を聞きながら思いますのは、少なくとも私の知る限り、提案した時点から東京の私学の獣医学部は45人とか50人とか50数人の教授陣容のままで時代の進展に対応しないまま、今日にきております。そのなかで今治で計画しております獣医学部は72人の教授陣容で、ライフサイエンスもやります、感染症対策もやります、さまざまなかたちでの、もちろんそれは既得の医学部の一分野でやられているかもしれませんけども、そういう意欲をもって取り組もうとしている」
 学生数に対して教員数が不足している既存の獣医学系大学に対し、加計学園が新設する獣医学部は72人も教員を配置し、新しいニーズに応える獣医学教育を展開するのに、なぜ足を引っ張るのか。それが加戸氏の主張だ。
 だが、ライフサイエンス分野の研究や感染症対策という意味では、加計学園と同じように挙手していた京都産業大学のほうが提案が優れていたというのは誰の目にもあきらかだ。そして、京産大は先日行った会見で、事業者公募の際に開学が平成30(2018)年4月と期限が切られていたことから「教員の確保などを考えるとタイトなスケジュールだった。準備できなかった」として新設を断念した理由を明かした。一方、今治市や加計学園は遅くとも2016年8月の段階で内閣府より2018年4月開学予定だと伝えられており、このスケジュールに合わせて校舎建設を行ってきた。教員確保も同様だ。こうした行為が「加計ありき」と呼ばれている一因であり、決定プロセスにおいて「行政が歪められた」と批判されているのに、加戸氏はこのような“不正の結果”を「加計の意欲」だと言い張るのである。
 しかも、加戸氏は答弁でこんなことまで口にした。
「薬学部、医薬分業がありまして、いっぺんに入学定員が6000人近く増えました。大学の数も2倍近く増えました。でも、そのことにかんして、需要ではどうだ、供給ではどうだ、挙証責任がどうだ、誰も問題にされていなかったと思います。で、いま、何が起きているかというと、今後何万人という薬剤師の過剰供給、それをどうするかというのが深刻な問題だということになっています。片や、獣医学部はビタ一文ダメです」
「その、なんと言うんでしょうか、イビリばあさんじゃありませんが、薬学部ならどんどんつくっていいけれども獣医学部はビタ一文ダメと、こんなことは一体この国際化の時代に、欧米に遅れてはいけない時代に、ありえるんだろうかというのが私の思いでまいりました。屁理屈はいいんです」
加戸前知事は安倍首相のブレーン「教育再生実行会議」メンバーも務める“アベ友”だった!
 普通は、薬学部や法科大学院の問題をもち出すのであれば、「むやみやたらと規制緩和すれば定員割れを起こして学力水準をも下げてしまいかねないので見通しはきちんと立てるべき」という答えに行き着くだろう。しかし、加戸氏は、「薬学部はいいのに獣医学部はダメなんておかしい!」と主張するだけ。制限することが妥当かどうかという議論さえ「屁理屈」などと片づけているのだ。
 加戸氏は答弁のなかで、「最近の議論等を拝見しておりますと本質論の議論ではなくて、たんに手続き論だけが先行している」と印象を述べていたが、加計問題の「問題」とは、まさにその「手続き」にある。そこが重要なのに、加戸氏はそれをハナから無視しているのだ。
 挙げ句、加計学園の事務局長と今治選出の愛媛県議会議員が「お友だち」だったことから今治市において「加計ありき」がはじまったと自ら暴露して、「これはダメなんでしょうか? お友だちであればすべてダメなのか」と縁故主義を開き直ったり、さらには「省庁間折衝しても酒を酌み交わして次の施策に向かうのが霞が関文化だったのに、今回はそれが感じられない」などと悪しき慣習を美化したりと、加戸氏の答弁は絶句させられるような話ばかり。にもかかわらず、「本質の議論がされないままに、こんなかたちで獣医学部がおもちゃになっていることに甚だ残念に思います」だの「(新設される獣医学部を)本当はみんなで温かく見守りながら育てていただく、これが本当のあるべき姿ではないのか」だのと、加戸氏はあたかも被害者を装ってみせた。まったくタチが悪いとしか言いようがないだろう。
 こんな“タヌキ爺”の答弁を取り上げなかったのは当然の判断と言うべきだが、もうひとつ、忘れてはいけないのは、この加戸氏もまた「安倍首相のお友だち」である、ということだろう。
 そもそも、加戸氏は、リクルート事件が取り沙汰された際、リクルート社からゴルフ接待を受けていたことなどから文科省官房長を辞職。しかし、辞職後は公立学校共済組合理事長に見事「天下り」を果たし、「更迭されたのではなかったのか」と批判を浴びた。さらには続いて文科省が監督官庁であるJASRACに天下りし、在任3年で退職金含め1億円以上の報酬を得たと報じられた。天下り利権に溺れる官僚の悪い見本のような人物である。
 だが、加戸氏について語らなくてはならない重要なポイントこそ、安倍首相と同様に歴史修正主義に加担し、安倍首相とも仲を深めてきたということだ。
 たとえば、愛媛県知事時代の2001年には、「新しい歴史教科書をつくる会」による扶桑社版歴史教科書について、教育長に「扶桑社版がベスト」と推薦し、結果、県立ろう・養護学校の一部で採択された。この行為は知事による教育への政治的介入だと問題となったが、加戸氏はその後も扶桑社版教科書の採択を「県政の重要課題」に位置づけた。その姿勢はまさに安倍首相と同類と呼ぶべきで、実際に加戸氏は日本会議系の「美しい日本の憲法をつくる愛媛県民の会」の実行委員長を務め、安倍首相肝いりの諮問機関「教育再生実行会議」の有識者メンバーにも選出。『報道特集』(TBS)のインタビューでの前川氏の証言によれば、加戸氏が有識者メンバーに選ばれたのは「総理から直々にご指名があった」ためだと言う。
 しかも、この「教育再生実行会議」の場でも、加戸氏は2013年10月11日に、獣医学部新設について、こんな主張を繰り広げていた。
「三十数年間固定されておりますけれども、総理の言葉を借りまして、固い岩盤も愛媛県という小さいドリルであかないので、実行会議の大きなドリルで穴をあけていただければ」
 その極右思想だけではなく、「加計ありき」でも繋がれた加戸氏と安倍首相。加戸氏の答弁を取り上げるのだとしたら、無論、こうした関係性も同時にきちんと報じられなくてはいけないはずだ。(編集部)


愛媛3区補選がトドメ…安倍首相の退陣Xデーは「10.22」か
「首相を信用できない」――。支持率が3割を切った安倍政権に対する世論調査で、最も高かった不支持理由がこの回答だ。国民は安倍の政治姿勢に強い憤りを感じているワケだが、この状況は第1次安倍内閣の最後と同じ。あの時も突然、政権の「ブン投げ辞任」を表明した安倍に対し、世論調査では「無責任過ぎる」との回答が7割にも上った。もはや「総退陣」は時間の問題になりつつあるが、ささやかれている注目のXデーがズバリ、「10・22」だ。
■加計問題の舞台で与野党激突
 自民、民進両党の国対委員長は18日、安倍が出席する衆参両院予算委の閉会中審査の日程を協議し、24日を軸に開催する方向で調整することを確認した。与党側は「首相自らが丁寧に説明する」とか言いながら、ウラでは野党側の質問時間を削減しろ――と迫っているというから、まったくフザケている。今以上に国民の怒りが炎上するのは確実で、都議選に続いて仙台市長選(23日投開票)や横浜市長選(30日投開票)でも与党の敗北必至。とりわけ安倍政権にトドメを刺す選挙とみられているのが、10月10日告示、同22日投開票の衆院愛媛3区補選だ。
「自民の白石徹氏の死去に伴う愛媛3区補選は、内閣改造後初の国政選挙です。自民が徹氏の次男・寛樹氏を公認候補で擁立したのに対し、野党は民進の元職・白石洋一氏と共産の新人・国田睦氏が名乗りを上げているのですが、昨夏の参院愛媛選挙区では野党統一候補が山本順三参院議院運営委員長に8000票余りまで迫ったことから、再び共闘を模索。野党候補が一本化されれば、今度は勝敗が逆転する可能性が高い。そして、何と言ってもこの選挙区が注目されているのは、加計問題の“舞台”だということ。昨夏の参院選では、今治市で開かれた山本議員の応援に安倍首相の妻・昭恵氏が夫人付職員を同行して駆け付け、今治市長も勝利のエールを送っていた。加計問題で“怪しい動き”をしていたとされる人物の影がいろいろな所でチラついているワケです。選挙になれば必ず、加計問題が争点になるでしょう」(政治ジャーナリスト)
 8月下旬には文科省の大学設置審議会が加計学園獣医学部の設置認可の最終判断を下す。政府・与党がどんなに沈静化を図ろうとしても、再び話題になるのは間違いない。「今治加計獣医学部問題を考える会」の黒川敦彦共同代表はこう言う。
「地元では『3区補選は野党が何が何でも勝たなければならない戦い』と言われていて、我々も盛り上げようと懸命です。おそらく民進党候補に一本化されると思いますが、民進党もこの選挙区で敗れるようであれば将来はない。野党にとっても土俵際の戦いなのです」
 安倍政権には退陣以外に選択肢はない。


民進党混迷 辞任覚悟で処方箋示せ
 民進党は東京都議選での敗北を総括するための「ブロック会議」を終えた。蓮舫代表は「次期衆院選に向けて態勢を整えたい」と続投を宣言したが、旧民主党時代を含め最低の5議席だっただけに、執行部の責任を問う声が少なくなかった。
 都議選は地方選であるため、代表らの責任は問わないのが通例かもしれない。しかし、学校法人加計学園や森友学園問題での対応のまずさなどから惨敗した自民党への批判票の受け皿になれなかったのは、大きな痛手と言わざるを得ない。
 地元が東京の蓮舫氏は、大勝した地域政党「都民ファーストの会」を率いた小池百合子東京都知事に秋波を送りながら、選挙協力を実現できなかった。党の主体性を発揮できず、選挙戦略を間違えたのではないか。
 蓮舫氏は会議での意見を踏まえ、台湾との「二重国籍」問題で、日本国籍を選択したのを裏付ける戸籍謄本などの資料を公表。だが昨秋からの懸案だけに後手に回った感は否めない。
 確かに、加計学園問題への追及で民進党は中心的役割を果たしたが、最近の世論調査で内閣と自民党の支持率が続落する一方、民進党も低迷している。つまり疑惑追及だけでは政権交代を掲げる党として不十分。安倍政権に対抗できる政策の柱を提示していないことが大きい。
 例えば原発問題。蓮舫氏は年初から「2030年代原発ゼロ」目標の前倒しを模索したが、最大の支持組織である連合の反発を受け、棚上げしたままだ。執行部の決断力と根回し不足を指摘されても仕方がない。
 その連合との関係も深刻だ。「残業代ゼロ法案」と反対してきた労働基準法改正案を巡り、連合の神津里季生会長が安倍晋三首相と異例の直接交渉に踏み切った。蓮舫執行部が目指す次期衆院選での共産党との協力にも連合は否定的で、支持基盤も揺らいでいる。
 さらに都議選後、2人の国会議員が離党届提出や離党検討を表明した。野田佳彦幹事長は解党や分党はせず「解党的出直し」を強調しているが、都民ファーストの会が国政進出を目指すことになれば、同会との連携を狙って民進党内の離党予備軍がさらに増える可能性もある。
 「厳しく総括し、足りないところを改善したい」と強調した蓮舫氏。25日にも両院議員懇談会を開き総括文書を出す予定だ。政策の対抗軸、今後の野党協力の在り方などについて根本的な狃菠箋瓩鬚泙箸瓠⊆存修任なければ辞任する覚悟を示す必要があるだろう。

W2が2+M2が2でクタクタ/なんとなく夜更かし

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Pas de régime minceur pour les sumos
Dans un reportage exceptionnel, Reuters a eu l’occasion de suivre le quotidien d’une écurie de sumos dans la ville japonaise de Nagoya.
Le bruit des corps qui claquent les uns contre les autres recouvre l’habituel calme des écuries de sumos, dans la ville japonaise de Nagoya. Onze énormes lutteurs, uniquement vêtus de ≪mawashi≫, tentent de se projeter en dehors du cercle de sable. Les lutteurs, ou ≪rikishi≫ de la prestigieuse écurie Tomozuna, passent plus de trois heures tous les matins à s’entraîner aux prises ancestrales de ce sport japonais vieux de quinze siècles. Reuters a exceptionnellement eu le droit de pénétrer dans l’intimité des sumos, et a pu observer leur entraînement quotidien afin de mieux comprendre leur subtilité.
"Je ne comprenais rien quand je me faisais gronder"
Entrer dans le monde des sumos revient à manger, respirer et vivre japonais : du chignon style samourai à la hiérarchie quasi militaire, la formation difficile et les manières très traditionnelles ont éloigné de nombreux Japonais de ce sport, laissant le sumo être dominé par des lutteurs étrangers. Principalement mongols, ces sumos doivent surmonter bien des obstacles avant d'être acceptés : ≪Le langage fut la barrière la plus difficile à surmonter≫, a expliqué Tomozuna Oyakata, plus connu sous son nom de combat ≪Kyokutenho≫ qui fut le premier Mongol à avoir intégré une écurie japonaise. ≪Je ne comprenais rien quand je me faisais gronder ou encouragerer≫, a-t-il expliqué.
Huit mille calories par jour
Après avoir terminé l’entrainement à 10 heures 30, les lutteurs se mêlent aux fans, signent quelques autographes et posent pour les photos avant de prendre le premier de leurs deux repas quotidiens. Le déjeuner, préparé par des sumos juniors, est constitué de pieds de porc, de sardines grillées, de riz et de ≪chanko nabe≫, une fondue traditionnelle très calorique : les sumos devant consommer 8000 calories par jour.
Les lutteurs font ensuite la sieste durant quelques heures, juste après avoir fini leur repas, avec des masques à oxygène pour faciliter leur respiration. Aujourd'hui, le champion né à Nyamjavyn Tsevegnyam parle un japonais quasi impeccable, s’est marié à une femme du pays et a renoncé à sa nationalité mongole pour devenir japonais – une exigence pour être ≪oyakata≫, maître sumo.
L'assimilation complète dans la culture japonaise signifie que les lutteurs étrangers ne font face à aucune mauvaise volonté : ≪Nous portons nos chignons – topknots -, nos kimonos, nos sandales, et nous vivons selon les règles japonaises et les règles du sumo≫, a déclaré Tomozuna Oyakata.
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ごぶごぶ【相方は国民的アイドルグループ卒業生★浜ちゃんを“まーくん”と呼ぶ!?】
大阪のニューヨーク巡り!?▽いきあたりばったりで好き放題…今回も何が起こるかほんまにわからん…なにするねん!?☆浜田雅功
2016年3月に終了した「ごぶごぶ」がレギュラーとして復活!!浜田と相方、そして番組スタッフが上下関係を捨て五分五分(ごぶごぶ)の立場でロケを進行する。
今回の相方は、あの国民的アイドルグループの卒業生! 相方とスタッフとの打ち合わせが「3分で終わったんです」に、浜ちゃんは「どういうこと?それだけ?」 オープニングから不安がるふたりをよそに、スタッフが発表した今回の企画は“大阪のニューヨークに案内する”!果たして大阪にニューヨークはあるのか!? 浜田雅功(他) 番組HP  http://www.mbs.jp/gobugobu/


W2の女子が2人やってきてセブンがわからない・・・と嘆いていました.仕方ないので教えてあげましたが,なかなか大変です.
4時前に終えてフォローの仕事をした後,今度はM2の女子です.1人だし顔なじみですがしばらくして元気な女子が合流.結局クタクタになりました.
夜帰ってからなんとなく夜更かししてしまいました.

震災思い出し動揺 5人に1人
災害公営住宅に入居する被災者の5人に1人が震災を思い出して気持ちが動揺することがあることが県の調査で分かりました。
宮城県は災害公営住宅で暮らす人を対象におととしから健康などに関する調査を行っていて、ことし2月までに行った調査では3600世帯余りから回答を得ました。
それによりますと、まず入居者のうち1人暮らしの高齢者の割合は28.6%で前回の調査より4ポイント上昇しました。
病気の有無についてたずねたところ、59.7%が高血圧や心疾患などの病気を抱えていて前回よりも3ポイント余り上昇しました。
また「震災を思い出して気持ちが動揺することがある」と答えた人が17%に上り、震災から6年が過ぎても地震や津波が精神的な影響を与えている実態が浮き彫りになっています。
一方、自治会の発足が進むなどして地域とのつながりも増え「地域の交流行事に参加している」と回答したのは41.3%と前回よりおよそ5ポイント増えました。
宮城県健康推進課は「災害公営住宅への入居がピークを迎える中、支援が必要な被災者の適切な医療やケアにつながるよう取り組みを強化したい」と話しています。


震災後の七ヶ浜見つめる「揺らぐ心伝えたい」
 東日本大震災で被災した宮城県七ケ浜町のその後の風景と、人々の心の移り変わりを見つめた写真展「七ケ浜3.11 それぞれの視座」が、同町の七ケ浜国際村で開かれている。県内沿岸被災地を撮影し続ける多賀城市のアマチュア写真家で、クリーニング業本郷浩(ゆたか)さん(74)の作品62点を展示する。
 展示しているのは2011年5月〜16年10月、同町菖蒲田浜や吉田浜などで撮影した作品。がれきの中で翻るこいのぼり、海岸に立ち尽くす被災者をはじめ、通学路でほほ笑む子どもたちなど時とともに変わる街の風景を通し、困難の大きさ、前に進もうとする人々の心の内に迫った。
 本郷さんは多賀城市の自宅兼店舗が津波で被災しながらも、震災当日から撮影してきた。本郷さんは「変わり果てた街の叫び、そこに立つ人々の心の揺らぎを伝えたい」と話す。
 写真展は9月8日までで、国際村で開催中のアートイベント「七ケ浜。夏の発見伝」の一環。今月23日には本郷さんによるギャラリートークがある。写真展は午前10時〜午後5時。無料。連絡先は国際村022(357)5931。


<被災地食材>五輪選手村での提供議論
 2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は18日、東日本大震災の被災地からの食材供給や日本食文化の発信について議論した。復興庁は風評被害の払拭(ふっしょく)を目指し、被災地の食材を選手村で提供することを促したが、大会出場経験者からは課題を指摘する声もあった。
 組織委の飲食戦略検討会議で議論した。同庁は日本産食材の輸入規制を踏まえ、風評被害の解消に向けた情報発信の必要性を強調。大会関連施設で各国の選手や報道関係者への被災地食材の提供、復興状況を伝えるパネル展示を提案した。バドミントンで08年北京、12年ロンドン両五輪に出場した池田信太郎氏は「選手は安心安全で最高の成績を出せる食事が欲しい。日本食文化の発信は分けて考えないといけない」と語った。震災の発信に関しては「復興が前面に出ると受け付けない人も中にはいる」と指摘。競技が終了した選手向けに日本食や被災地食材を紹介する場を設けるべきだとの見解を示した。
 パラリンピックの射撃で3大会連続出場した田口亜希氏は「安全性を示す数値が選手に伝わるよう事前に発信すべきだ」と述べた。
 検討会議は9月ごろをめどに大会で出すメニューや量を盛り込んだ飲食提供基本戦略の案を取りまとめ、年度内にも決定する。


<陸前高田市>新図書館 書に触れ町へ活気を
 東日本大震災で全壊した陸前高田市立図書館の新施設が中心市街地に完成し、20日に開館する。4月に開業した商業施設「アバッセたかた」に併設する形となり、連携してにぎわい創出を目指す。
 新図書館は木造平屋で、延べ床面積は旧図書館と同規模の約900平方メートル。施設整備費は約6億7000万円。開架図書は約6万5000冊で、修復された貴重な郷土資料134点も収蔵される。
 寄贈図書の申し入れが相次いだものの受け入れが難しく、代わりに古本業者が買い取り相当額を市に寄付し、再建資金に充てるプロジェクトを展開。今年5月時点で約211万冊分、約3882万円が集まった。
 新図書館はテラスを設けて、くつろぎの空間を演出する。ふた付きの飲み物も持ち込める。パブリックスペースでは各種イベントの開催も見込んでおり、館長を兼務する戸羽良一市教育次長は「買い物と図書館利用の相乗効果で、多くの市民に集まってほしい」と話す。
 約8万冊の蔵書があった旧図書館は津波で全壊した。7人いた職員も全員が犠牲になった。
 市は図書5000冊と車両の寄贈を受けて2011年7月、学校などを巡回する移動図書館事業を開始。12年12月にはログハウスの仮設図書館が開館した。
 仮設図書館では当初、風景の写真集や旅行、ガーデニングに関する書籍が読まれる一方、震災関連本を手に取る市民は少なく、目立たないように並べるなど被災者に配慮した運営を心掛けた。


<宮城産ホヤ>専門料理店 廃棄減へ立ち上がる
 ホヤ料理専門店「ほや&純米酒場 まぼ屋 仙台駅前店」が20日、仙台市青葉区中央1丁目にオープンする。飲食業の飛梅(青葉区)が宮城県産ホヤの消費を拡大し、廃棄処分される量を減らそうと企画した。
 メニューは定番の酢の物からカツレツ、しゃぶしゃぶなど29種類。苦手な人も口にできるよう、風味の強さを表す「ホヤ度」を5段階に分けて設定した。ホヤに合う日本酒も25種類以上常備している。
 同社の松野水緒(みお)業務本部長は「ホヤの大量廃棄をニュースで見て、このままではいけないと思った。多くの人にホヤのおいしさを知ってほしい」と話した。
 18日の内覧会に参加した宮城県水産業振興課の佐藤靖課長は「ホヤの専門店は国内初かもしれない。消費拡大につなげ、生産者を励ましたい」と語った。
 営業時間は午後5時〜午前0時。月曜定休。連絡先は022(796)6226。


<宮城観光動画>仙台市長「品位欠く」と自省
 奥山恵美子仙台市長は18日の定例記者会見で、タレントの壇蜜さん(横手市出身)を起用した仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会(会長・村井嘉浩宮城県知事)の観光PR動画について、「品位を欠くと言われてもやむを得ない」と自省した。
 協議会の会長職務代行者と副会長を務める奥山市長は「男女共同参画の視点からは、やや配慮に欠ける部分があったのではないか。女性が見て心地よいと素直に受け止められる部分だけではない」と言及。そうした考えを県に伝える意向を明らかにした。
 協議会は5日、「伊達な旅」夏キャンペーンのPR動画を公開。壇蜜さんが牛タンやずんだ餅を妖艶な言い回しで紹介するシーンが反響を呼ぶ一方、県に「性的表現が不快」などの批判が寄せられたほか、市議会から奥山市長に配信停止を求める動きも出ていた。
 奥山市長は「動画制作を県に任せすぎていた」とも語り、台本段階から市が関与しなかったことを反省点に挙げた。


<仙台市長選>郡氏なおリード 菅原氏迫る
 23日投開票の仙台市長選で、河北新報社は16〜18日、告示後2回目の電話による世論調査を実施し、取材による分析を加えて終盤情勢をまとめた。元衆院議員郡和子氏(60)がリードを保つが、会社社長菅原裕典氏(57)が迫っている。元衆院議員林宙紀氏(39)は伸び悩み、元衆院議員大久保三代氏(40)は広がりを欠く。
 民進、社民両党の支持、共産、自由両党の支援を受ける郡氏は民進支持層の7割弱と共産、社民支持層の8割強を固めた。自民党支持層の2割弱に食い込み、無党派層から4割の支持を得る。男女とも60代以上に強さを見せ、他の世代の女性にも浸透。地域別では太白区で5割を超え、青葉、若林両区でも首位を保つ。
 自民、公明両党と日本のこころが支持する菅原氏は、自民支持層の5割強と公明支持層の8割超を固め、無党派層の2割弱を取り込む。男性の30代以下と40〜50代でともに3割強の支持を獲得し、郡氏を上回っている。地域別では泉、宮城野両区でトップに立ち、大票田の青葉区では郡氏と競り合う。
 林氏は民進支持層の3割弱や自民党支持層の1割を切り崩すが、無党派層への浸透は1割弱にとどまる。30代以下の男性には2割弱と一定の支持を得ている。地域別では青葉区で伸びが目立つ。
 大久保氏は全体的に苦戦している。
 投票先を「決めている」「だいたい決めている」と回答したのは64.4%で、前回調査(9〜11日)より24.2ポイント増えた。一方、「まだ決めていない」との回答は35.6%あり、流動的な要素が残る。
 前回2013年の市長選の投票率は過去最低の30.11%で、動向が結果に影響を及ぼす可能性もある。
 [調査の方法]仙台市内の有権者を対象に、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法で実施した。実際に有権者のいる世帯に電話がかかったのは924件で、うち617人から回答を得た。


<地下鉄と市長選>高い安全性 潜む危うさ
 仙台市地下鉄南北線は15日、開業から30年を迎えた。東北で最初の地下鉄は延べ17億人の足となった。23日投開票の市長選で争点となっているまちづくり政策は、南北線を抜きに語ることはできない。仙台の大動脈の起伏と新市長の宿題を探る。(仙台市長選取材班)
◎開業30年 光と影/仙台市地下鉄南北線(4)防災
<3日後に再開>
 車両は、仙台市地下鉄南北線の長町南駅から隣の長町駅に向かっていた。2011年3月11日。時刻は午後2時46分になろうとしていた。
 強烈な揺れ。運転士の峯田陽平さん(38)は反射的に非常ブレーキをかけた。トンネルはグニャリとうねり、壁面にひびが入った瞬間を目撃した。「つり革や手すりにつかまってお待ちください」。必死で車内放送を繰り返した。
 その後、駅員らとともに乗客約50人を長町南駅に誘導した。東日本大震災の発生時、峯田さんの車両を含め2編成が駅間を走行中だった。幸い脱線を免れ、人的被害はなかった。
 南北線は台原−富沢間が震災から3日後に再開したが、地上区間の泉中央−黒松間は高架被害が大きく、台原以北の再開は4月下旬と遅れた。地下の強みを示した形となった。
<直下型を警戒>
 大震災を乗り越えた今、交通局が最も警戒するのは長町−利府線断層帯の活動による直下型地震だ。地下鉄南北、東西両線は若林区内で断層帯と交差する。
 南北線愛宕橋−河原町間の若林区石名坂付近は、箱形トンネルの高さと幅を通常より約50センチ大きく設計。上下線の間は柱でなく壁にして強化した。東西線宮城野通−連坊間も、円形トンネルの直径が他の区間に比べ約50センチ大きい。
 南北線建設時から携わる森研一郎交通局理事は「被災した場合でも復旧の可能性を高めるのが狙い」と説明する。トンネルが壊れても、ずれが50センチ以内なら、車両が通るスペースを確保できるという。
 交通局には危機管理で苦い記憶がある。2006年に南北線富沢駅近くの引き込み線で起きた脱線事故では148本が運休し、ダイヤが終日乱れた。運転士の信号無視が原因だった。
 事故を教訓に、ヒューマンエラーがあっても自動的に回復するようシステムを改修。荒井車両基地には研修ブースを設け、脱線事故の検証資料を展示した。高橋篤鉄道管理部長は「地下鉄は改善を繰り返す経験工学。過去の事故を教訓に、安全性を高めなければならない」と強調する。
<防空壕も想定>
 交通局は5月、自然災害や大規模テロなどに備えた全国瞬時警報システム(Jアラート)の作動時、地下鉄全線で運行を止める運用を始めた。弾道ミサイル攻撃への対応で、地下鉄施設を防空壕(ごう)のように使うことも想定する。
 トンネルが崩落すれば、多くの人命が失われかねない。「もろ刃の剣」を安全へと導く取り組みは尽きない。