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フランス語 に参加中!
最近忙しくて,あまりネット見ていません.
もちろんノルマがあるわけでないから,別にいいんですけどね.
フランス語を頑張って勉強している人のサイトを見たりするのは
刺激になります.

最近見て気になっているサイト二つあります.
一つは先見日記の飛幡祐規さんのサイトで,
最近の記事新聞の危機は,わたしにはとても刺激的です.
Libérationはわたしも好きな新聞ですが,
まだ難しくて,パラパラと見る(読むではないです!!)程度なので
その背景を知ることは面白いです.
少し引用します.


 リベラシオン(「解放」の意)は70年代初頭の左翼運動とジャーナリズムに対する弾圧に憤慨した人々が、大衆のための独立メディアをつくろうと1973 年に創刊された。サルトルやフーコーなど当時の左翼知識人も協力し、最初は均一給与、広告なしという「革命的」新聞だった。以後、時代の変遷とともに反体制の過激な姿勢は失われ、広告がどんどん幅をきかせる「ブルジョワ新聞」になった(広告収入が減ったのが現在の赤字の一因)。スト中の読者からのメールには、かつての左翼精神をとり戻すべきだ、ふぬけたブルジョワになりさがったという批判が目立つ。「見出しの洒落以外にフィガロ紙とどこが違うのか!」といった具合に。EU憲法条約の国民投票の際、一部の記者以外は編集陣が大々的にウイの立場をとったことを非難したメールも多い。

 「リベは堕落した、つまらなくなった」という批判を、わたしも20年来聞いてきたし、たしかに最近の週末「付録」など消費主義一辺倒だから、そのまま捨ててしまう。では、なぜいまだに読んでいるかというと、見出しの洒落のセンスや写真のチョイスのうまさ、何人かの記者の文面にまだ残っている偉ぶらないユーモアのせいかなと思う。フロランス・オブナのように、臨場感あふれる巧みな筆致をとおして、社会批判や人間のドラマへの深い感受性を表現できる記者もいる。時にはホモセクシュアルや「不法」滞在の外国人、失業者などの主張を大きくとりあげるし、ル・モンド紙のようなまじめでオーソドックスな新聞定型文体からは発せられない社会の息吹が感じられることもある。もしリベが全面的にタウン雑誌みたいになったら、買う気がしなくなるだろう。



もう一つは三浦信孝先生のサイト.最近の記事では

パリは燃えているか?ということで,先日のフランスでの暴動について書かれています.
1998年のサッカー・ワールドカップで、フランスの「ブラック・ブラン・ブール」(黒人・白人・アラブ人)の多民族チームが優勝したのは、われわれの記憶に新しい。フランスの移民統合方式の勝利とされ、エースのジダン(アルジェリア移民の子)は、移民二世たちの希望の星になった。仏政府がフランス・スタジアムを移民街の象徴であるサンドニに建設した狙いは、功を奏した。しかし3年後の2001年10月、同じサンドニのスタジアムで開かれたアルジェリアとの友好試合で、「ラ・マルセイエーズ」に口笛と野次が飛び、観客が芝になだれ込んで、シラク大統領を激怒させたことは、あまり知られていない。

 「社会的亀裂」fracturesocialeの克服を掲げて1995年に当選したシラク大統領だが、グローバル化が進んだ10年後のいま社会格差は深まり、それに加え植民地主義の後遺症である「コロニアル亀裂」fracture colonialeが指摘されている。フランスには「フランス人」と「外国人」のほかに旧植民地出身の「原住民」indigènesが住んでおり、フランスは外国人の統合に成功したかもしれないが、マグレブやアフリカの原住民(の子孫)に対する差別は依然として続いている、という主張である。フランスではハンチントン流の「文明の衝突」論は評判が悪いが、1989年秋に起こった「イスラム・スカーフ事件」から2004年3月の公立学校におけるスカーフ禁止法にいたる流れを見ると、500万ものイスラム人口を抱えるフランス社会の内部に「文明間の断裂」という病が巣くっているのは、否定しようがない。


フランス語の勉強を頑張ろう!!という気になってきました!!