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carp130825今日で広島7日目です.ホテルにももう5泊しました.いつものように7時前から朝ごはんをたくさん食べて,7時半からまいにちフランス語を聞いて8時からあまちゃん.そして8時35分のバス.忙しいです.
昼過ぎにビンを開けようとしたらふたが固くて開きません.いろいろ頑張ってどうにか開けることができました.よかったのですが,左手が痛くなってしまいました.
夕方久しぶりにYoumeTOWNに行ってみました.以前,と言っても8年くらい前ですけど,と少し変わっている気がしました.
夜にまいにちフランス語のストリーミングを復習しました.
広島の民放テレビは,RCCテレビ,広島テレビ,広島ホームテレビ,TSSテレビ新広島です.でもNHKを見るかな???

宇多田ヒカルのサイトより
08.26(MON) 11:50 8月22日の朝
8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。
25年8月26日 宇多田ヒカル

ご報告と謝辞
この度の故宇多田純子、投身自殺に於きましては、各方面の関係者の皆様、歌手藤圭子の大勢のファンの皆様、そして宇多田ヒカルのファンの皆様に多大なご心配と世間をお騒がせしていることに対して、所属事務所代表として、また25年間連れ添った元夫として心からお詫びを申し上げます。また、宇多田ヒカル並びに僕に対して沢山の心の籠った暖かいお言葉、お悔みをいただいたことに対しては、この場を借りて感謝の意を表明させていただきます。通夜、葬儀に関しては、故人の遺言書に書かれていた本人の強い意志に従い、執り行わないことにしました。出会った頃から彼女には感情の不安定さが見受けられましたが、心を病んでいるというよりも、類い稀な「気まぐれ」な人としか受け止めていませんでした。僕にとっては十分に対応出来る範囲と捉えていました。この感情の変化がより著しくなり始めたのは宇多田光が5歳くらいのことです。自分の母親、故竹山澄子氏、に対しても、攻撃的な発言や行動が見られるようになり、光と僕もいつの間にか彼女にとって攻撃の対象となっていきました。しかし、感情の変化が頻繁なので、数分後にはいつも、「ゴメン、また迷惑かけちゃったね。」と自分から反省する日々が長い間続きました。とても辛そうな時が多く見られるようなった際には、病院で診察を受け、適切な治療を受けるよう勧めたことも多々ありましたが、このアドバイスは逆に、僕に対する不信感を抱かせることとなってしまいました。結果、本人が拒絶し続けた治療が成されないまま、彼女の苦しみは年を追うごとに重症化したものと思われます。直近の12年間は、好きな旅に思い立ったら出かけるという生活を送っていました。アメリカは一回の入国で最長5年間の滞在許可がもらえるビザを取得し、ニューヨークを拠点に、ヨーロッパ各国、米国各地、オーストラリアなどを気の向くまま、頻繁に旅していました。そのような環境の中、光と僕には昼夜を問わず、予期せぬ時間に電話連絡が入り、「元気?」という普通の会話が交わされる時もあれば心当たりのない理由で罵声を浴びせられる時もあり、相変わらず心の不安定さを感じさせられてとても気がかりでした。最後に僕が純子と会話をしたのは今年の8月14日でした。純子からでした。この時は珍しく明るい口調で、元気そうな純子の声でした。約8分間、世間話を含め、お願いごとを何件か受け、了承し電話を切りました。その8日後の自殺となってしまいました。純子として覚悟の上での投身自殺だったのか、衝動的に飛び降りてしまったのか、今となっては知りようがありません。最終的に僕から救いの手を差し伸べられなかった悔しさ、大切な人間を失った悲しさでいっぱいです。これまで宇多田純子を、藤圭子を愛情を持って見守ってくださった方々全員に、本人に代わり、心から感謝いたします。ありがとうございました。純子と過ごした日々は僕の記憶にはっきりと刻まれています。
平成25年8月26日 宇多田照實

原子力機構―もんじゅ推進は愚かだ

 原子力の研究開発でいま力を入れるべきことは何か。文部科学省は最も重要なポイントがわかっていないのではないか。

 問題続きの日本原子力研究開発機構について、文科省が改革の基本方針をまとめた。

 依然として、高速増殖原型炉「もんじゅ」を中心とした核燃料サイクルの研究開発を、優先業務の一つに掲げている。

 的外れもはなはだしい。福島の原発事故の影響を直視し、一日も早く幻想を捨てて政策を転換すべきだ。

 そもそも原子力機構が抜本改革を求められたのは、もんじゅで大量の機器点検もれが発覚したためだった。

 文科省の方針では、もんじゅを民間の原発にならった「発電所」組織に改組し、運転管理には電力会社から出向などで加わってもらうという。

 だが、もんじゅは実用化以前の原型炉である。研究開発段階でのトラブルが最大のリスクである施設に、ルーチン化した運転管理の専門家をあてるのは、ちぐはぐのきわみだ。

 報告を受けた原子力規制委員会では「我が国の原子力を支える研究機関としての自覚とほこりが感じられない」など、厳しい批判が相次いだ。田中俊一委員長は、出身母体でもある原子力機構の現状に、「大変なときに規制委に役に立っているかというと、きわめて不満が残る」と述べた。

 原発事故は、原子力の研究開発に関する優先順位を一変させた。最も急がれるのは、文科省も指摘する通り、放射能汚染水の拡大防止など福島第一原発の事故対応だ。ヒト・モノ・カネの集中投入で、現在の危機的状況を改善しなければならない。

 一方、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す核燃料サイクルは、多くの原発が稼働することが前提になる。

 だが、事故の反省にもとづく規制強化で、原発の多数稼働はもうありえない。見通しの立たないもんじゅにかまけることはただちにやめ、事故対応や安全規制に役立つ技術開発と人材育成に全力をつくすべきだ。

 これは、文科省だけの問題ではない。事故から2年半が過ぎようとしているのに、原子力政策全体をどう改めていくのかをまったく示していない政府全体の責任である。

 原発事故で核燃料サイクル政策が崩壊している現実から目をそらしていては、眼前の危機への対応も遅れるばかりだ。

 安倍政権は、事故対応を中核にすえ、脱原発への見取り図を早急に示さなければならない。

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