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Choix difficile pour les réfugiés de Fukushima
Conférence par Shinzo KIMURA, spécialiste de la santé publique sur les radiations sur la situation des réfugiés de l'accident de Fukushima. 6 ans après, on les incite à revenir dans les zones évacuées, mais beaucoup préfèrent ne plus y retourner à cause de l'environnement contaminé pour longtemps. Shinzo Kimura a réalisé la première carte de la pollution radioactive après l'accident et vit à Fukushma (la ville de Nihonmatsu) depuis. Il partage son temps entre les travaux d’hygiène publique auprès de la population de la région et le suivi de la santé des irradiés ukrainiens de Tchernobyl. http://www.sortirdunucleaire75.org/actions/2017/2017-03-07_Kimura-Shinzo.pdf
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痛快!明石家電視台【最新芸能ネタを久本雅美と▽芦田愛菜お受験 ロザンが物申す】
大小さまざまなニュースについて「あかん/かまへん」を選択しつつ、本音でトークする「明石家あかんかまへんNEWS」▽ハンカチを持っていない女子が急増!持っている派/いない派それぞれが言い分を述べる中、さんまは意外にも持っている派。なぜ?▽「芦田愛菜、名門女子中学に合格」の話題から、客席や出演者たちが頑張ったことで盛り上がる!
明石家さんま ロザン宇治原 ロザン菅 久本雅美 ミッツマングローブ 重盛さと美 駒井千佳子 間寛平 村上ショージ 豊崎由里絵(MBSアナウンサー)
http://www.mbs.jp/akashiya/
twitter  @akashiyatvmbs https://twitter.com/akashiyatvmbs

NEXT 未来のために「震災 それからの家族〜再婚 亡き人への思いを胸に〜」
いま、仙台の結婚相談所に、震災で家族を亡くした人たちからの相談が相次いでいる。津波で妻を亡くした男性は、深い悲しみを抱えながらも、新しい家族をつくることで明日への一歩を踏み出したいと願うようになった。しかし、亡き妻への思いや、妻の親との間で葛藤が生まれている。さまざまな思いを乗り越え、新しい家族と共に再び歩み始めようとしている人々を見つめる。
萩原聖人

キャスト【イカナゴ漁解禁▽森友学園問題▽映画発祥地は京都?大阪?それとも神戸?】
イカナゴ漁解禁!今年は…▽森友学園問題▽興行120年の歴史…映画発祥の地は京都?大阪?神戸?▽ラジオがつなぐ思い…被災地臨時FM局の今▽売れ筋“高級家電”勢揃い
浦川泰幸  塚本麻里衣・古川昌希  高橋大作 古賀茂明 三輪記子 木原善隆 澤田有也佳  清水とおる

キャスト【ラジオがつなぐ思い…被災地臨時FM局の今▽売れ筋“高級家電”】
イカナゴ漁解禁!今年は…▽森友学園問題▽興行120年の歴史…映画発祥の地は京都?大阪?神戸?▽ラジオがつなぐ思い…被災地臨時FM局の今▽売れ筋“高級家電”勢揃い
浦川泰幸 サブキャスター 塚本麻里衣・古川昌希 フィールドキャスター 高橋大作
古賀茂明(元経済産業省官僚) 三輪記子(弁護士) 木原善隆(ABCコメンテーター) リポーター 澤田有也佳 気象予報士 清水とおる
関西に暮らす方々に向けた徹底的に“関西目線”のニュース・情報番組。忙しい夕方の時間帯に浦川泰幸キャスターがニュースをわかりやすく、やさしくお伝え致します。


久々にユニクロに行っていろいろ買いました.下着とか靴下とかです.髪も切りました.
昨日送った荷物が無事に届いたとメールあって安心しました.
学術会議の軍事研究に協力しないという声明案にも安心しました.

<震災6年>津波流出写真 女川で最後の展示
 東日本大震災の津波で流出し、宮城県女川町内で発見された写真の展示返却会が11日、町中心部のまちなか交流館で開かれる。震災直後から続いてきた写真の返却会は、震災6年となる今回で終了。写真の原本は処分し、町がデータで保管する。
 町内で震災後、がれきの中などから見つかった写真は9万1334枚。町は全国のボランティアらの協力を得て写真を洗浄・修復し、2011年5月ごろ、陸上競技場のスタンドに写真を並べて返却を始めた。
 12年1月には「町写真センター」を開設。仮設住宅の集会所を巡回したりインターネット検索システムを導入するなどして、これまでに返却した写真は約5万枚に上る。
 時間の経過とともに写真の劣化が進み、返却数も減少。センターは15年度末に終了し、写真も処分する予定だった。しかし、15年3月の追悼式に合わせて開いた返却会には多くの町民が来場。町の担当者は「当事者にとっては原本に意味がある。ここでやめていいのかと考えた」と振り返る。
 その後、町から返却事業を受託していた町内の情報サービス業オーテックが写真の保管と返却を買って出て、町民に写真を返し続けてきた。同社の村上雅紀代表(48)は「一人でも多くの方に昔の記録を持ち帰ってほしい」と話す。
 返却会は午前9時〜午後5時。写真の引き渡しには身分証が必要。連絡先はオーテック0225(53)5731。


<震災6年 まち再生>域内人口格差広がる
 東日本大震災の津波被害を受けた岩手、宮城、福島の被災3県の沿岸部は、まち再生の取り組みが正念場を迎えている。中心市街地を造り直す大規模な土地区画整理事業は道半ば。現地再建への戸惑い、廃業の危機、地域格差など課題は山積する。震災から6年を迎える被災地の今を追う。
◎正念場迎える被災地(5)宮城県石巻市
 「季節ごとの行事があったらいい」「子どもが集まるイベントをしたい」
 石巻市の新蛇田地区で2月中旬、自治会設立に向けた会合があった。どのように住民同士の交流を深めるか。住民らが活発に意見を交わした。
 三陸自動車道の石巻河南インターチェンジに近く、商業施設などの集積が進む石巻市郊外に、真新しい住宅や災害公営住宅が並ぶ。
<3300人が移住>
 新蛇田地区は東日本大震災に伴う土地区画整理事業により、田園に誕生した新市街地だ。津波で被災した沿岸部の住民を吸い寄せている。計画によると施工面積は46.5ヘクタール。一戸建て住宅730戸、災害公営住宅535戸が整備される。計1265戸、約3300人が移り住む。
 規模が大きく、自治会は地区を四つに分けて編成する予定。設立に向けた会合には、先行する北東エリアの住民が集まった。
 参加した会社役員上村博也さん(70)は、まちの将来像を見据えた話に希望を膨らませた。「新市街地はキャンバスに例えれば、まだ真っさらな状態。どういう地域を描いていくか、楽しみだ」
 同じ市内で対照的なのは甚大な被害を受けた半島部。2015年国勢調査で人口は雄勝が震災前(10年)と比べ74.44%減の1021、牡鹿が43.35%減の2448、北上が34.64%減の2430。主に震災後の流出が深刻さを増す。
 北上地区の拠点となる集団移転団地「にっこり団地」は、そのあおりを受ける。33区画の自主再建向け宅地が昨年4月までに整備されたが、今も9区画が空いている。
 「当初はもっと希望者が多かった。整備区画は次第に減り、それでも空きが出る」。団地の住民有志の会メンバー、会社員鈴木健仁さん(62)は寂しげだ。
<若者内陸へ>
 拍車を掛けた一因は、12年末に受け付けが始まった「がけ地近接等危険住宅移転事業」と鈴木さんはみる。5戸以上の集団移転の要件を満たさない個別移転にも転居費などが助成される制度。地区外で働く若い世代を中心に住宅を内陸に構えた。13年に団地の計画変更があり、完成が約1年遅れたのも響いたという。
 鈴木さんは「被災者個人にとっては選択肢が増えて良い事業も、まちづくりを考える上ではつらい」と指摘する。
 半島部に限らず、市中心部に近い新門脇地区も著しい人口減に直面する。復興事業に伴い生じる市域内の人口格差は広がる一方だ。
 地区では、土地区画整理事業で造成した250戸分の宅地引き渡しの9割が終わった。ただ大半の宅地は空き地のまま。昨年11〜12月に入居が始まった2カ所の災害公営住宅に125戸が入居したが、震災前の地区の規模にはほど遠い。
 町内会長の本間英一さん(68)は「土地を売らず残している人もいる。いつか家を建てて住んでほしい」といちるの望みを懸ける。
(石巻総局・鈴木拓也)


東日本大震災から6年 記録映画、相次ぎ公開 土地に残る人に寄り添う
 東日本大震災から6年。被災地にとどまる人々に寄り添い、その生き方を見つめたドキュメンタリー映画が相次ぎ公開される。メディアの報道に隠れた、ひそやかな心の機微が映っている。
 福島県沿岸部の最北端、新地町。津波の被害は大きかったが、幸いにも多くの漁船が無事だった。「新地町の漁師たち」(11日公開)は、福島第1原発事故で漁場を奪われながらも町にとどまり、再び漁に出る準備を続ける人々の姿を追う。
 山田徹監督は2011年5月にボランティアとして同町を訪れ、6月から取材を始めた。当初は「何を撮ればいいかわからなかった」。漁師たちはガレキ除去や魚介類のモニタリングのため時折、海に出るだけ。無為に過ごす人々に「希望を見いだせなかった」。
■漁師が生き生き
 転機は13年3月に始まったコウナゴの試験操業。「海に出て魚をとる漁師たちは生き生きしていた。目の輝きが違った。漁師は仕事をしたいんだという単純な真実に気づいた」と山田。
 ところがほどなく原発の汚染水漏れが公表される。東京電力の地下水バイパス計画の説明会で、漁師の一人が「海、汚されちゃったらどうするんですか。孫たちに誰が責任負うんですか」と猛抗議する。その姿を真正面から撮った。
 「漁師は自然と共に生きている。だから土地にとどまっている。金の話にすると、途端に生きている人が見えなくなる」。記録映画作家の羽田澄子に師事した33歳の新人監督はそう語る。漁師たちは途絶えていた祭りを再開し、漁船を新造する。そこに彼らの希望と不安が確かに映る。
 小森はるか監督「息の跡」(公開中)は津波に襲われた岩手県陸前高田市の荒涼とした土地の一角で、ぽつんと再開した種苗店の店主に密着する。
 プレハブの店舗に手描きの看板。手掘りの井戸。店主の佐藤貞一さんは苗作りや販売の傍ら、津波の体験を、独習した英語や中国語でつづり、自費出版した。
 「何が彼にそうさせているのだろうか」と小森。東北に移り住み、震災の記録を続ける27歳の新人監督はそれを知りたかった。津波で失われた地域の記録が外国で見つかることもあるから、と佐藤さんは映画の中で説明する。日本語だとあまりにも悲しみが大きくなるからあえて不得意な英語で書いた、とも。
 「理由はたくさんある。映画で伝えたのは一部にすぎない」と小森。「ただ佐藤さんはそうしないと生きていけなかったのだと思う。それだけ失ったものが多かったのではないか」
 題名は「人が生きていた痕跡」という意味。「陸前高田の人々はそれを大事にしている」と小森。津波で失われた人や町のように、佐藤さんのプレハブの種苗店も土地のかさ上げのために移転を余儀なくされ、消えていく。店が、井戸が、解体され、息の跡となる。
■外国人の視点で
 ベルギーのジル・ローラン監督の「残されし大地」(11日公開)は、福島県富岡町と南相馬市に暮らす3組の家族に寄り添う。
 避難指示解除準備区域にとどまって動物を保護する松村直登さんと老父。居住制限区域で暮らす半谷さん夫妻。避難指示が出ている自宅への帰還を準備する佐藤さん夫妻。外国人監督は先入観をもたず、それぞれの生き方を受け止める。
 佐藤さん夫妻が友人たちを招き、自宅に実ったイチジクを食べながら、震災後の暮らしを語り合うシーンが秀逸だ。草木や虫たちへのまなざし同様、福島で生きる人々の肉声をのびやかに繊細にとらえている。(編集委員 古賀重樹)


<震災6年>スピリッツ付録に防災本
 災害から大切な人を守ってほしい―。小学館発行の青年漫画誌「週刊ビッグコミックスピリッツ」(3月13日発売号)が、災害時の命の守り方や被災時に役立つ情報を集めた「防災ミニブック」2冊を付録にする。東日本大震災から丸6年が経過することに合わせた企画。担当者は「1冊はあなたへ、もう1冊は大切な人に渡してほしい」と話している。
 防災ミニブックは1冊36ページのA5判とじ込み冊子で「君と僕の防災」と題した特集記事の目玉。止血法や応急トイレの作り方、避難所に行くときのポイントなどを、漫画家の吉田戦車さんのイラストで分かりやすく解説する内容となっている。


<みなし仮設>居住継続拒否 23%が経験
 東日本大震災の被災者が入居する借り上げのみなし仮設住宅で、入居者が供与期間終了後も居住継続を望んだのにもかかわらず家主に拒まれた経験がある仙台市内の不動産店が23.3%に上ることが6日、東北工大の調査で分かった。
 調査は新井信幸准教授の研究室が昨年10月、市内の不動産店約210店にアンケート方式で実施。約3割の67店から回答を得た。
 家主が居住継続を拒んだ理由(複数回答)で最も多いのは「高齢者のため」「保証人がいない」で共に27.8%。「近隣からの苦情、トラブル」(22.2%)「家賃が折り合わない」(16.7%)などが続いた。
 みなし仮設住宅の仲介や管理に関する課題を複数回答で尋ねたところ「契約や手続きの煩雑さ」が59.3%でトップだった。通常の2者による貸借契約と異なり、県と家主、入居者が3者契約を結ぶ必要があるためとみられる。続いて「物件が少ない」(33.9%)「地震による補修コスト」(20.3%)が上位を占めた。
 自由記入欄には「人手不足で仲介業務に支障を来した」「みなし仮設住宅は家主に対するメリットが少ない」などの声が寄せられた。
 東北工大の調査担当者は「入居者の孤独死などを恐れ、家主が居住継続を敬遠する傾向がある。家主の不安を取り除く支援が必要だ」と話している。


震災語り継ぐ施設の1年振り返る
東日本大震災の記憶や教訓を語り継ごうと仙台市に整備された施設がオープンから1年を迎え、これまでの取り組みを振り返る企画展が7日から始まりました。
仙台市若林区にある「せんだい3.11メモリアル交流館」は、東日本大震災の記憶や教訓を語り継ぐための施設として去年2月に開設されました。
オープンから1年がたったのを記念して7日から企画展が始まり、会場では、復興に向けたこれまでの取り組みなどが写真とともに紹介されています。
このうち、津波による浸水被害を受けた七郷地区の住民が定点観察をして撮影した写真には、この1年で少しずつ住宅などが増えていった様子が写し出されています。
また、これまでに行われたイベントの写真も展示され、田んぼで楽しそうにどじょうを探す子どもなどが紹介されています。
交流館の館長を務める八巻寿文さんは、「復興工事は進んでいますが地元の人たちの気持ちはまだ元通りというわけではありません。
季節を楽しんでいた元の暮らしに近づけるよう、地元の人たちに協力してもらいながら交流を続けていきたいです」と話していました。
この企画展は、4月16日まで開かれています。


震災身元不明で火葬の犠牲者慰霊
東日本大震災によって400人以上の行方が分からなくなっている石巻市で、身元を特定されずに火葬された33人の犠牲者の慰霊式が行われました。
石巻市では東日本大震災によっていまも425人の行方が分かっていないままで、市内にある「石巻第二霊園」の納骨堂には、身元を特定されずに火葬された33人の遺骨が安置されています。
震災から6年となるのを前に、7日、石巻市と女川町の僧侶のほか市の職員などが集まって慰霊式が行われました。
慰霊式では、僧侶たちが、早く家族のもとへ帰れるようにとお経を唱えるなか、参列した人たちが手を合わせて祈りを捧げていました。
身元が分かっていない遺骨については現在も警察によるDNA鑑定が行われ、家族が行方不明になっている人との照合が続けられています。
慰霊式の開催を呼びかけた僧侶の北村泰秀さんは「震災から6年が経とうとしている中でも、33人の遺骨が引き渡されない厳しい現状ではありますが、少しでも早く引き取り手が見つかることを願うばかりです」と話していました。


<あなたに伝えたい>家業再開 思い引き継ぐ
 村井宰(つかさ)さん=当時(89)=は、長男の良一さん(65)、洋子さん(60)夫婦と福島県富岡町夜の森地区の自宅で暮らしていた。東京電力福島第1原発事故の避難生活で体調を崩し、2011年11月23日、呼吸器不全で亡くなった。翌12年、震災関連死に認定された。
◎七回忌に寄せて(7)村井良一さん(福島県いわき市)から宰さんへ
 良一さん 原発事故から6年。おやじが亡くなってから、もう5年余りになります。
 おやじが新聞販売、不動産を手掛ける店の仕事を引退したのは、心臓病を患うなどした震災の数年前。その後、おふくろを亡くしてからは旅行や読書など趣味に打ち込み、自宅の離れで1人の時間を過ごしていたね。数々のカメラは大切に保管しています。
 真面目で、盆栽の水やりを欠かさない。事業の一つを巡り、一度だけ言い争ったことも。それでも「好きなことをやれ」と私を見守ってくれました。
 みんなで慌てて車で避難したのは、原発事故翌日の朝。会津若松市の旅館、アパート、いわき市のアパートなどを転々としました。
 食欲が衰え、いわき市に移るまでに、2度倒れたおやじ。文句は口にしなかったけど、ストレスがたまったのかもしれません。
 亡くなる1週間前、「俺の葬式はどうするんだ」と妻に尋ねたと聞きました。私と妻が富岡町の様子を見に出掛ける日、ショートステイに行くのを嫌がるおやじに「我慢してね」と言ったのが最後の会話でした。
 古里の墓地に納骨できたのは14年5月。本当は戻りたかった古里で最期を迎えられず、さぞかし残念だったろうに。
 14年2月、いわき市に新居を建てたよ。帰還困難区域で帰れる見通しの立たない夜の森への思いに一区切り付けたつもりです。
 夜の森の家と同じように、新居には火鉢を置いています。保管しているカメラを見ると、孫にレンズを向けていたおやじの姿が浮かんできます。
 いわき市内で不動産業を再開しました。先祖が200年前に北陸から移り、100年前に祖父が夜の森で商売を始めたように、「一旗揚げてやる」。先祖の思いを新天地で引き継ぐ姿を、見ていてほしいです。


神戸から閖上に希望の灯りを分灯
発生からまもなく6年になる東日本大震災の犠牲者を追悼しようと、阪神・淡路大震災で被災した神戸市でともされている「希望の灯り」が宮城県の被災地に届けられることになりました。
「希望の灯り」は、阪神・淡路大震災の犠牲者の追悼や街の復興を願い、神戸市の「東遊園地」でともされています。
この「灯り」を、東日本大震災で被害を受けた名取市閖上地区で今月11日に予定されている追悼行事でもともすことになり、「灯り」の火を分ける作業が行われました。
兵庫県のボランティア団体のメンバーがろうそくを使い、火が消えないよう慎重にランタンに「灯り」を移しました。
「灯り」は今後、バスで現地に運ばれ、追悼行事では「3.11」の形に並べた300本の竹の灯ろうにともされるということです。
ボランティア団体の鬼本英太郎さんは「これからも東日本大震災の被災者と交流を重ね、復興に向けたお手伝いを続けていきたい」と話していました。


<ペッパー>被災地で人材育成応援 30台貸与
 宮城県石巻市の石巻専修大とソフトバンクグループは6日、大学生と地元の高校生が人型ロボット「Pepper(ペッパー)」を活用し、地域活性化に取り組む連携プロジェクトを新年度に始めると発表した。実践的なプログラミングを学び、地域の人材育成を目指す。
 同グループは新年度の社会貢献プログラム「ソーシャルチャレンジ」の一環として協力。ペッパー30台をプロジェクトに参加する同大と石巻工高、石巻商高、石巻桜坂高に3年間貸し出す。
 約50人の学生と生徒は「東日本大震災の伝承」「『まちの防災』を考えよう」など五つのプロジェクトに分かれ、ペッパーの動作や言葉などを決めるプログラミングを学ぶ。ペッパーが外国人観光客に多言語で震災当時の様子や復興の歩みを紹介したり、小中学生に防災教育を伝えたりするコンテンツを開発する。
 同大であった説明会で尾池守学長は「人材育成と地域活性化が大きな目的。高校生と大学生の発想に期待したい」と強調した。同グループの池田昌人CSRグループマネージャーは「ペッパーが人と人とのコミュニケーションをサポートし、街を明るくするきっかけにしてほしい」と話した。
 同大は昨年4月から地元の高校と企業と共に地域活性化などに取り組む「高大産連携プロジェクト」を展開。同グループのソーシャルチャレンジに応募し、連携が実現した。同グループは4月から全国28のNPO法人や自治体、学校などにペッパーを貸し出す。


<家庭教師のアップル>遺児に無償個別指導
 東日本大震災の発生から間もなく6年。東北の被災地では、多くの企業が復興支援をCSR(企業の社会的責任)に位置付け、活動を続ける。支援内容は地域コミュニティー、産業、教育と幅広い。震災の教訓を基に、本業を生かして被災地と歩む企業の取り組みを追った。(「被災地と企業」取材班)
◎トモノミクス 被災地と企業/復興へCSR幅広く
 「個別教室・家庭教師のアップル」を展開するセレクティー(仙台市)は、震災で親を亡くした児童生徒を対象とした無償学習サポートを続けている。
 同社は11年6月、一般財団法人「学習能力開発財団」を設立。6年間で遺児45人の学習支援をした。このうち現在は仙台市や石巻市の小学生から高校生まで24人が週1、2回、家庭教師の指導を受ける。
 震災後、多くの団体が学習支援に入った。避難所を回った畠山明社長(48)は喪失感を抱えた遺児が意欲を失い、集団学習に交ざれずにいる姿を見た。「1対1の個別指導が私たちの強み。勉強だけでなく、子どもたちの話を聞き、悩みを受け止めることを大事にしてきた」と語る。
 津波で母と妹を亡くした塩釜市出身の元生徒(22)は「震災直後は学校も勉強も嫌になったが、担当の講師と話すことで少しずつ心に余裕を持てた。週に1度の楽しみだった」と語る。
 畠山社長は「規模は小さくても、続けることが重要」とCSRの姿勢を強調。「無償サポートの定員は30人。まだ空きはある」と参加を呼び掛ける。遺児全員が志望校に合格するまで使命は終わらない。
          ◇         ◇         ◇
 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


<キリン>福島産ナシ酎ハイに
 東日本大震災の発生から間もなく6年。東北の被災地では、多くの企業が復興支援をCSR(企業の社会的責任)に位置付け、活動を続ける。支援内容は地域コミュニティー、産業、教育と幅広い。震災の教訓を基に、本業を生かして被災地と歩む企業の取り組みを追った。(「被災地と企業」取材班)
◎トモノミクス 被災地と企業/復興へCSR幅広く
 キリングループは、復興支援「キリン絆プロジェクト」を被災3県で展開する。2011年7月にスタートし、拠出額は60億円以上。農機具購入や養殖設備の復旧などハード支援から、現在は商品開発や人材育成といったソフト支援に重点を移した。
 13年には福島県産ナシを使用した酎ハイ「キリン氷結・和梨(わなし)」を発売した。販売前、一部消費者から、東京電力福島第1原発事故に絡み「福島のナシを使った商品を出していいのか」との問い合わせが寄せられた。同社は「安全が大前提です」と対応し、販売方針を敢行。発売後は予想を超す売れ行きを見せた。
 一連のプロジェクトはキリンビール仙台工場(仙台市宮城野区)の被災がきっかけだった。社内には「仙台撤退」の意見もあったが、「地域の役に立ちたい」との考えから、現地での再出発を決めた。従業員らによる懸命な復旧作業を経て、11年9月にビール製造を再開させた。
 キリン絆づくり推進室の渕田紳一専任部長(62)は「お金を出して支援は終わりでなく、復興というゴールまで東北の人たちと伴走していきたい」と力を込める。
          ◇         ◇         ◇
 企業の社会的責任(CSR)。21世紀、世界の企業に浸透し始めた概念だ。東日本大震災後、東北の被災地には無数の企業が足を踏み入れ、試行錯誤を重ねた。艱難(かんなん)の地へ、生活の糧を、癒やしを、希望を。企業を突き動かした衝動は何だったのだろう。あれから間もなく6年。CSRを足掛かりに、あの日に返って経済社会を展望する。見えてくる明日を、私たちは「トモノミクス」と呼ぶ。


<あなたに伝えたい>家業再開 思い引き継ぐ
 村井宰(つかさ)さん=当時(89)=は、長男の良一さん(65)、洋子さん(60)夫婦と福島県富岡町夜の森地区の自宅で暮らしていた。東京電力福島第1原発事故の避難生活で体調を崩し、2011年11月23日、呼吸器不全で亡くなった。翌12年、震災関連死に認定された。
◎七回忌に寄せて(7)村井良一さん(福島県いわき市)から宰さんへ
 良一さん 原発事故から6年。おやじが亡くなってから、もう5年余りになります。
 おやじが新聞販売、不動産を手掛ける店の仕事を引退したのは、心臓病を患うなどした震災の数年前。その後、おふくろを亡くしてからは旅行や読書など趣味に打ち込み、自宅の離れで1人の時間を過ごしていたね。数々のカメラは大切に保管しています。
 真面目で、盆栽の水やりを欠かさない。事業の一つを巡り、一度だけ言い争ったことも。それでも「好きなことをやれ」と私を見守ってくれました。
 みんなで慌てて車で避難したのは、原発事故翌日の朝。会津若松市の旅館、アパート、いわき市のアパートなどを転々としました。
 食欲が衰え、いわき市に移るまでに、2度倒れたおやじ。文句は口にしなかったけど、ストレスがたまったのかもしれません。
 亡くなる1週間前、「俺の葬式はどうするんだ」と妻に尋ねたと聞きました。私と妻が富岡町の様子を見に出掛ける日、ショートステイに行くのを嫌がるおやじに「我慢してね」と言ったのが最後の会話でした。
 古里の墓地に納骨できたのは14年5月。本当は戻りたかった古里で最期を迎えられず、さぞかし残念だったろうに。
 14年2月、いわき市に新居を建てたよ。帰還困難区域で帰れる見通しの立たない夜の森への思いに一区切り付けたつもりです。
 夜の森の家と同じように、新居には火鉢を置いています。保管しているカメラを見ると、孫にレンズを向けていたおやじの姿が浮かんできます。
 いわき市内で不動産業を再開しました。先祖が200年前に北陸から移り、100年前に祖父が夜の森で商売を始めたように、「一旗揚げてやる」。先祖の思いを新天地で引き継ぐ姿を、見ていてほしいです。


<3.11明日への証言>届かぬ惨状 職員も混乱
 震災から月日が流れた。あの日あったこと、明かせずにいた思い。6年がたつ今だからこそ、記憶が薄れる前に、伝えたい「あの日」を振り返り、明日へつなげよう。
 宮城県山元町役場は東日本大震災発生時、外部への通信機器全てがダウンした。非常時に県と市町村を結ぶ県総合防災情報システムも使用不能に。津波で町の4割が浸水し、激しい余震で庁舎が使えなくなった。県職員が役場に駆け付け、町の詳しい情報が県に伝わったのは、震災3日後だった。
◎震災6年(3)通信手段失った町役場(宮城県山元町)
<車で直接出向く>
 「毛布1枚でもお願いします」。震災2日後の2011年3月13日。当時の副町長平間英博さん(59)=現在宮城県職員に復帰=は、町職員と2人で町役場から約10キロ西の角田市役所に駆け込み、必死に訴えた。
 住民637人が犠牲になった町には、この時点で安否不明者が多数いた。避難所では食料と毛布が極度に不足した。「携帯電話も固定電話も通じず、車で直接出向くしかなかった」
 県総合防災情報システムは、町職員が端末機器に情報を入力すれば専用の有線回線で惨状が県に伝わるはずだった。町役場が停電し、使えなかったらしい。
 システムを補完する県防災行政無線網によるファクスは自家発電で使える想定だったが、これも作動しなかった。震災から6年を迎えるが、町はいまだ詳しい原因を把握していない。
 県が当時広報した市町村別の被害状況から、町が孤絶していたことが分かる。13日午後6時51分現在の発表は死者・行方不明者、避難者数など全項目で、山元町だけ具体的な記載がなかった。
<来てすぐに去る>
 地元の消防関係者には苦い記憶がある。
 亘理地区消防本部によると、兵庫県の緊急消防援助隊約250人が13日午後、山元町に入り、14日早朝から本格的に活動を開始。その直後の午前7時40分ごろ、県庁にあった援助隊の調整本部から、山元から約100キロ北の宮城県南三陸町への移動指示が出た。当時、南三陸町の甚大な被害が報道されていた。
 山元町では14日、奈良、愛知両県の部隊計約110人、陸上自衛隊員約690人も活動していた。生存率が急激に低下するとされる発生72時間を目前にした移動。消防本部の消防長として当時指揮を執った星敏夫さん(66)はショックを受けた。「来てすぐ去ってしまう落胆は大きい。指示は県に町の状況が伝わっていなかったことが関係していると思う」と証言する。
<次善策 準備必要>
 「報道と県は三陸に注目し、山元への支援の動きは鈍かった。町の情報発信の在り方にも問題があったのだろう」と言うのは当時、町自主防災会連絡会会長だった岩佐徳義さん(82)。
 岩佐さんは町公民館に設けられた避難所の運営に携わり、隣の役場の様子も伝わってきた。「役場職員と住民はパニック状態だったが、通信手段が使えないときの次善の策の準備は重要だ」とみる。
 斎藤俊夫町長は「職員の数が限られ、全員が目の前の対応に忙殺されていた」と釈明する。ある役場関係者は「通信手段を失った場合、地域防災計画では代替手段の確保に努めると定めていた」と指摘。「震災直後は計画が頭に入っていなかった」と打ち明ける。(亘理支局・安達孝太郎)


<回顧3.11証言>危険顧みず刻々と発信
 東日本大震災で宮城県気仙沼市は、短文投稿サイト「ツイッター」で住民に避難を呼び掛けた。あの日、市の担当者が命の危険を感じながら発信し続けたツイッターによる「つぶやき」は60回以上。どれほどの市民が読み、避難したかは確認できないが、被害状況を全国に発信する重要な役割を果たした。(神田一道)
◎気仙沼市、ツイッターで避難誘導(上)
<指示>
 2011年3月11日、気仙沼市役所は朝から市議会の対応に追われていた。本庁舎3階会議室では新年度の予算案を審議する特別委員会が開かれ、市議と職員が質疑応答を交わしていた。
 午後2時46分、激しい横揺れが会議室を襲った。「机の下に入って」。危機管理課課長の佐藤健一さん(58)が叫んだ。揺れが収まると、隣の庁舎にある危機管理課に駆け込んだ。
 停電でテレビが映らない。固定電話も使えない。ツイッターは何とか送信できることが確認できた。間もなく、沿岸部に大津波警報が発令される。「ツイッターで住民に避難を呼び掛けろ」。佐藤さんは近くにいた同課主幹の伊東秋広さん(41)に指示した。
<襲来>
 「宮城県沿岸に大津波警報 高台に避難」(午後2時55分)
 防災行政無線からは、津波の襲来を告げる情報が次々と流れてくる。伊東さんは無線を聞きながらノートパソコンのキーをたたいた。
 「大津波警報 予想される津波高6メートル すぐに高台へ避難」(午後3時4分)
 「津波が到達しています すぐに高台へ避難」(午後3時31分)
 津波は八日町にある庁舎1階に達した。危機管理課は2階だ。伊東さんは自身の安全とともにパソコンがぬれることも心配し、急いで4階の駐車場に駆け上がった。
 「津波は八日町まで来ています すぐに避難」(午後3時38分)
 「大津波すぐに避難 第2波のほうが大きいという情報」(午後4時23分)
<火災>
 海岸部に目を向けると、鹿折地区が災に包まれていた。ガスボンベが爆発する音も響いた。
 「市内各地に火災発生中 海岸に近づかないようにすぐに避難」(午後7時19分)
 「仲町宮脇書店から魚市場前まで火災延焼中 避難所から戻らないように」(午後8時11分)
 危機的な状況を、伊東さんは簡潔な描写で伝え続けた。パソコンの通信がつながりにくくなった後は、携帯電話から発信した。しかし通信状況は次第に悪化する。
 「また津波が来ています。避難所から出ないでください」
 午後10時37分。送信して間もなく、携帯電話は「圏外」を示した。この日、伊東さんが発信したツイート(つぶやき)は62本に上った。
 市は2010年7月、災害時の住民の避難誘導などに活用するため、ツイッターによる情報発信を始めた。伊東さんはその発案者だった。=2011年9月28日、河北新報
          ◆         ◆         ◆
 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


<回顧3.11証言>複数ツール「備え必要」
 東日本大震災で宮城県気仙沼市は、短文投稿サイト「ツイッター」で住民に避難を呼び掛けた。あの日、市の担当者が命の危険を感じながら発信し続けたツイッターによる「つぶやき」は60回以上。どれほどの市民が読み、避難したかは確認できないが、被害状況を全国に発信する重要な役割を果たした。(神田一道)
◎気仙沼市、ツイッターで避難誘導(下)
 宮城県気仙沼市の通信回線が回復したのは2011年3月14日夕。ツイート(つぶやき)をサイトに投稿した市危機管理課主幹の伊東秋広さん(41)の目は、ホームページに表示されたフォロワー(読者)の数にくぎ付けになった。約2万5000人―。
 東日本大震災前は700人程度で、市民の関心は低かった。それが35倍に膨れ上がっている。「これまでとは桁が違う。とにかくびっくりした」と伊東さんは振り返る。
 発生当日の3月11日、テレビ局は全国ネットで伊東さんがつづったツイートを紹介。翌12日には新聞各紙も引用し、火の海と化した気仙沼の状況を詳しく伝えた。
 震災直後、気仙沼の市街地は浸水し、報道関係者は近づけなかった。多くのマスコミが、伊東さんの臨場感あふれるツイートを貴重な情報源として活用することで、被災状況は全国に伝わった。
 伊東さんは「気仙沼の状況をいち早く発信する『広報』の役割を果たせた」と強調する。
 ツイッターで支援の輪も広がった。
 震災直後、深刻な食料不足に陥り、伊東さんは救援物資を求めるツイートを投稿した。すると30分後には、食料を送ることを伝える電話が同課にかかってきた。多くは秋田や山形など県外の団体からだった。
 情報発信と支援拡大の効果を生んだツイッター。一方、本来の避難誘導の役割は果たしたのか。市危機管理課の職員たちは「ツイッターを見てどれだけの人が避難したのかは分からない」「多くは防災無線を聞いて避難したのでは」と効果をつかみかねている。
 ネットメディアに詳しい青森中央学院大専任講師の佐藤淳さん(43)=行政学=は「ツイッターを見て、全ての市民が避難することはあり得ない」と情報ツールとしての限界を認める。
 その上で「一部の人でも見ていれば、周りの人に情報を伝えることができる。大事なのは、防災行政無線だけではなく、ツイッターや(インターネットの交流サイト)フェイスブックなど多元的なツールを備えておくことだ」と指摘する。
 市危機管理課のフォロワーは増え続けており、現在、約3万2000人になった。
 「川崎市の殺陣(たて)道場の方が市内の避難所で子どもたちとチャンバラをしてくれました」
 「俳優の要潤さんが避難所を訪れ応援をいただきました」
 気仙沼市のツイートは最近、復興に向けた明るいニュースが続いている。=2011年9月28日、河北新報
          ◆         ◆         ◆
 2011年3月11日の東日本大震災発生以来、河北新報社は、被災地東北の新聞社として多くの記事を伝えてきた。
 とりわけ震災が起きた年は、記者は混乱が続く中で情報をかき集め、災害の実相を明らかにするとともに、被害や避難対応などの検証を重ねた。
 中には、全容把握が難しかったり、対応の是非を考えあぐねたりしたテーマにもぶつかった。
 6年の節目に際し、被災者の「証言」を集めた一連の記事をあえて当時のままの形でまとめた。記事を読み返し、あの日に思いを致すことは、復興の歩みを促し、いまとこれからを生きる大きな助けとなるだろう。


<私の一歩>内陸部との橋渡し役に
 震災からもうすぐ6年。さまざまな形で自分の一歩を踏み出した人たちの今を取材した。
◎震災6年(6)最知純さん(43)=宮城県南三陸町=
<通勤 往復約120キロ>
 南三陸町の自宅を軽トラックで出るのは午前5時。気仙沼市魚市場で仕入れをし、栗原市若柳の店舗に向かう。通勤距離は往復約120キロ。積雪だったり、雨風が強かったりするとハンドルを握る手に力が入る。
 「考え抜いた末、若柳に店を構えると決めたのだから、『大変だ』とか『疲れた』とか弱音は吐けない」。昨年2月、国道398号沿いに鮮魚店「スーパーさいち」を開いた最知純さん(43)が表情を引き締める。
 18歳の時から魚に関わる仕事をしてきた最知さん。遠洋マグロ船の乗組員として世界の海で魚を追い、1999年の減船に伴い気仙沼市魚市場近くの鮮魚店に就職した。
 しかし震災の津波が店を直撃し、仕事がなくなった。2年ほど土木作業をして蓄えた資金で保冷車を買い、仮設住宅などを回って鮮魚の移動販売を始めた。
<地元PRしたい>
 大音量で音楽を流しながら仮設住宅に近づくと、主婦らが次々にやって来る。「役に立っている」という充実感があった。それでも2015年5月、若柳朝市に出店したのをきっかけに、知り合いもいない若柳で開業することを決めた。
 「南三陸の人たちが復興のため地元で頑張っているのに、自分は地元を離れて店を出す。後ろめたい気持ちはあったし、陰口も言われたと思う」と振り返る。
 「若柳で新鮮な魚介類を販売すれば、内陸部で南三陸をPRできる」「内陸なら津波におびえなくてもいい」。二つの思いが交差する中での決断だった。
 スーパーさいちは2月18日に1周年を迎えた。記念セールでは常連客らが格安のホヤ、おろしたての刺し身などを買い求め、閉店時には完売になる盛況ぶりだった。
 最知さんは店先にテントを張って南三陸の農漁業者とフェアを開くなど、PR活動を展開したこともあった。地元に密着しようと迫桜高(栗原市若柳)のアグリビジネス系列の生徒に店頭を貸し、シクラメン販売応援もした。
 「多くの人に支えられた1年だった。恩返しするとともに沿岸部と内陸部の橋渡し役になれるよう、アイデアを絞って頑張りたい」。口元に決意がにじんだ。(若柳支局・横山寛)


福島・大熊で発見の遺骨 震災で不明の7歳女児
 福島県警は6日、大熊町で昨年12月に見つかった遺骨の身元が、DNA鑑定の結果、東日本大震災で行方不明になった同町熊川の木村汐凪(ゆうな)ちゃん=当時(7)=と判明したと発表した。震災による同県の行方不明者は1人減って196人になった。
 県警によると、昨年12月〜今年2月、汐凪ちゃんの自宅近くのがれき集積場で、がれきの選別作業をしていた作業員が頭やあごの骨の一部を見つけた。遺骨は既に父親に引き渡されている。


<避難解除>帰町しない職員 昇格させない
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が2015年9月に解除され、今春を「帰町目標」に掲げる福島県楢葉町の松本幸英町長が、町職員への対応で「帰町しない場合、昇格・昇給させないようにしたい」との趣旨の発言をしていたことが6日、分かった。
 町議会一般質問で松本清恵議員が「町民から(発言への)問い合わせがあった。職員も避難者。行き過ぎではないか」と指摘。松本町長は「オフィシャルな席で、ある意味、伝わるように話をした」と認めた。
 同議員によると、発言があったのは2月の町長の私的新年会。別の議員らによると、昨秋の庁議などでも同様の考えを示し、「辞めてもらっても構わない」とも話しているという。
 松本町長は答弁で(1)環境がある程度整い、帰町目標を掲げた(2)昨年11月の地震の際、職員がすぐに集まれなかった(3)町民から職員が戻っていないとの声がある−などと説明。「守るべき責任の重さがある。やり過ぎとの声はあろうと思うが、基本的考え方として行政執行に当たっている」と強調した。
 人事への影響について大和田賢司副町長は取材に「町に住まないと支障が出る職場もあり配置で考慮することもあり得るが、昇格も含め人事は適材適所で判断する」と説明した。
 町によると、本庁舎の職員約100人のうち帰町者は35人で、今月末には43人に増える見込み。町は職員が業務外扱いで、輪番で町内に宿泊している態勢を終えたい考えを示した。
 自治労県本部は「職員が町内に居住しないことが公共の福祉に反していると言えず、居住の自由は認められる。居住地を人事の評価対象にするのは問題がある」と指摘した。


<原発事故>廃炉と除染 法令違反依然5割
 福島労働局は6日、東京電力福島第1原発事故に伴う廃炉作業と除染作業の事業者に対する2016年1〜12月の監督指導の結果を公表した。労働基準関係法令に違反した事業者の割合は廃炉、除染の両作業ともに5割前後と依然として高い水準となっている。
 廃炉作業の違反割合は前年比8ポイント減の46.0%、除染作業は7.1ポイント減の57.5%だった。
 このうち廃炉は348事業者のうち160事業者で違反があった。件数は273件で、内訳は割増賃金の不払いなどが67件、賃金台帳の作成不備が40件など。
 除染の違反は1020事業者のうち586事業者で見つかった。件数は982件。うち割増賃金の不払いなどは159件。健康診断結果の未報告などは107件で、作業場所の事前調査漏れなどを合わせた安全衛生関係の違反は497件に上った。
 除染の安全衛生関係の違反割合を詳細にみると、元請け企業が県外大手の現場は33.0%。これに対して福島県内の中小企業の現場は70.2%と高かった。
 福島労働局の担当者は「違反率は年々低下しているが、まだまだあり、今後も指導に力を入れる」と説明した。


原発事故から6年、いまも20km圏内に取り残された動物たちを世話する人々
 ’11年の原発事故から6年間、警戒区域内に取り残された動物たちを撮り続けている写真家がいる。太田康介さん(58歳)だ。事故後、人間たちは辛うじて避難することができたが、自力で避難することのできないペットや家畜は置き去りにされ、その多くは餓死していった。
「当時、原発20km圏内には、牛が約3400頭、豚は約3万1500頭、鶏は約63万羽が取り残されていました。犬は登録されているだけで約5800匹でしたが、未登録の犬もかなり多かったと思われます。猫に至っては、その数はわかっていません」(太田さん)
 6年が経った現在の原発20km圏内には、その痕跡がわずかながら残っている。福島県富岡町のある牛舎には、餓死した牛たちの骨がいまだに多数転がっていた。柱には、腹を空かした牛たちが飢えをしのごうとかじった跡がくっきりと残っている。周辺の田んぼでは除染が行われていたが、この牛舎内だけは時が止まっているかのようだ。
 現在の20km圏内は除染が進められ、地震や津波で破壊された家屋も解体が進んでいる。この地域に、太田さんは東京から2週間に1度のペースで通い、猫の世話をしているという。
「まだ、世話が必要な猫が残っているんです。普通に餌を置いておくとアライグマや狸、猪などの野生動物に食べられてしまうので、猫だけが入れるサイズの『えさ台』を高所に設置しています」
「えさ台」を設置する太田さん。入り口を、ちょうど猫が入れるくらいの大きさに調整している
 現在、20km圏内は部分的に住民の帰還が進められているものの、戻ってきた住民の数は少ない。人間から餌をもらう動物である猫が生きていく環境は、整っていない状況だ。太田さんはボランティアと協力して、えさ台を置いてもらえるよう地権者に交渉しつつ、猫の数が増えすぎないよう去勢手術も行っている。(※太田康介さんの「えさ台」活動については個人ブログ「うちのとらまる」を参照)
人間以外の動物はみんな被害者
「牛は犬猫と違ってよく食うから、餌をやるのが大変だ」と語る松村さん
 原発から12kmの富岡町内で暮らし、犬や猫、牛や馬を保護している松村直登さんは、震災直後に街をさまよっていた動物たちを路上で捕まえて保護してきた。一時は近くのダチョウ園から逃げ出したダチョウも飼っていた。
「警戒区域に残った家畜は殺処分するって国が言うから、我慢できなかったんだな。俺が助けてやっからなと。ペットも餌やらねえと自分じゃ生きていけねえっぺ。人間以外の動物みんな被害者よ。人間が作るものに完璧なものはねえ。原子力が“夢のエネルギー”なんて嘘だったんだ」(松村さん)
『週刊SPA!』3月7日発売号掲載記事「[原発20km圏内]に残された動物たち」では、6年が経った原発20km圏内で、いまだ取り残されている動物たちの世話をする人々の姿をリポートした。
取材・文/北村土龍


津波避難 車が55%
去年11月、福島県沖の地震で津波が起きた際の避難について、石巻市が市民にアンケート調査を行った結果、原則、徒歩での避難を呼びかけているにもかかわらず、避難した世帯のおよそ55%が車で移動していたことがわかりました。
去年11月22日に、福島県沖の地震で津波が起きた際石巻市は、避難指示を出し、原則、徒歩での避難を呼びかけましたが、高台の日和山に向かう道などが車で渋滞したことから、東北大学などと合同で市民5000世帯を対象にアンケート調査を行い、2169世帯から回答を得ました。
まず、「市の指定の避難所や家族で決めた避難先などに避難したか」を尋ねたところ避難した世帯は、41%にとどまりました。
また避難の手段を尋ねたところ、「車」と答えた世帯が最も多く55%に上り、「徒歩」と答えた32%を大きく上回ったことがわかりました。
車で移動した理由を複数回答で尋ねたところ、「安全な場所まで遠く、車で避難しないと間に合わないから」が最も多くついで「車が財産だから」、「ラジオなどから情報を得るため」などが上位を占めました。
石巻市危機対策課は、「災害時に車での避難が多いと渋滞や事故につながる可能性があり大きな問題だ。一方で、車での避難が必要な人もいるので、対策を検討したい」としています。


<松川浦大橋>被災地復興へ導く光に
 福島県相馬市の観光シンボルとして知られる松川浦大橋で6日、ライトアップの試験点灯があった。東日本大震災の津波で被災し、福島県が復旧を進めていた。高さ48メートルの主塔2本が、約6年ぶりに松川浦の夜空に浮かんだ。
 試験は午後6時すぎにスタート。地上に設置された8基の投光器にスイッチが入ると、橋が白、オレンジ、緑の3色で彩られた。4月中にも連日点灯に移る。
 橋は長さ約520メートル。浦口を東西に結んでいたが、橋脚の根元がえぐられるなどの被害があった。
 照明施設を含めた復旧工事は今月中に完了する見通し。現在、橋は工事車両しか通行できないが、県などは4月から一般車両にも開放する方向で調整している。


<東北大>日本人 水色と青色を明確に区別
 日本語を母語とする人は、他の言語を母語とする人と比較して水色と青色を明確に区別していることが、東北大電気通信研究所などの研究で分かった。多くの言語に共通する11の基本色(赤、緑、青、黄、紫、ピンク、茶、オレンジ、白、灰、黒)に加え、日本語では水色も基本色として言語化されていた。
 研究グループは、20〜30代の男女57人に330色の色見本(図)を示し、それぞれ何色かを聞いた。
 統計手法で解析した結果、11の基本色に加え、水、肌、抹茶、黄土、えんじ、山吹、クリーム、紺の8色についても名称を区別して指摘する人が多かった。
 特に水色は、ほぼ全員が青色とはっきり区別した。また、水色と青色を区別する人の割合は、同じ実験をした30年前に比べて増加していた。
 東北大の栗木一郎准教授(視覚科学)は「日本語の色の言語表現は変化し続けていることが分かった」と話す。


筆洗
 長崎県五島列島のある高校では卒業式にその歌を合唱するそうだ。松任谷由実さんの「瞳を閉じて」▼一九七四(昭和四十九)年、まだ校歌がなかった県立五島高校奈留分校(現・奈留高校)の女子生徒が松任谷さんのラジオ番組に校歌を作ってと手紙を書き、松任谷さんがそれに応え、曲を贈った。校歌にはならなかったそうだが、愛唱歌として歌い継がれる。ファンにはおなじみの逸話か▼島を離れた遠い場所にいる友に宛て、手紙を詰めたガラス瓶を海に流したい。そう歌っている。<潮騒の音が もう一度届くように 今 海に流そう>。卒業を機に町を離れる者、残る者。それぞれにいつまでも胸にとどめておきたい古里の「なにか」がある▼この卒業生たちには、ガラス瓶に入れた「なにか」を送ってくれる人さえいないかもしれないことに気がつく。六年前の原発事故を受け、避難先の高校の一部を間借りする「サテライト校」として授業を続けてきた福島県立浪江高校で、先日、最後の卒業式が行われた。本年度限りで、休校となる▼浪江での授業再開はかなわなかった。「笑顔で、また私たちの古里である浪江の町で会いましょう」。卒業生の言葉である。事故が、そして、この国が若者たちから奪ってしまった「なにか」の大きさに胸が痛い▼卒業おめでとう。あの町で再会できる日が来ることを心から祈る。

森友学園問題 国会に解明の重い責任
 学校法人「森友学園」への格安での国有地売却は、解明すべき問題点があまりにも多い。会計検査院の検査は当然だが、国会こそ国政調査権を最大限行使すべきだ。与野党ともに、その責任は重い。
 大阪府の松井一郎知事がきのう森友学園が四月開校を目指していた小学校の設置認可判断の先送りに言及した。学園をめぐる問題は国有地売却にとどまらず、運営する幼稚園での政治的中立性を逸脱した教育内容や、小学校新設のための申請関連書類の信ぴょう性にまで及ぶ。このまま開校を認め、国有地の格安売却を既成事実化してはならない。
 自民党の石破茂前地方創生担当相が「非常に奇怪な話」と言うほど、この問題をめぐる闇は深い。
 学園が購入した大阪府豊中市の国有地の評価額は当初、九億五千六百万円だったが、地中から廃棄物が出たとの学園側の申し出を受け、撤去費用などとして八億円余りを差し引き、さらに分割払いとした。異例ずくめである。
 籠池泰典理事長が自民党の鴻池祥肇参院議員と面会して紙包みを渡そうとしたり、鴻池氏の神戸事務所と接触して財務省への働き掛けを求めていたことも分かった。
 国有地売却はいずれも学園側の意向に沿う形で進み、ルールが次々と変更された。管理する財務省独自の判断か、政治的圧力があったのか、謎は深まるばかりだ。
 不可解な経緯はこれだけではない。小学校新設をめぐり、大阪府の審議会は財務面の不安などから認可をいったん保留したが、一カ月後の臨時会で一転、条件付きながら認可適当と答申した。籠池氏がこの間、大阪府議に「小学校の件よろしくお願いします」と要請していたことも明らかになった。
 学園は愛知県蒲郡市の私立「海陽中等教育学校」と推薦入学枠の提供で合意したとの文書も府教育庁に提示したが、同校側は合意や交渉の事実すら否定している。虚偽申請なら、教育にたずさわる者として許されるはずがない。
 籠池氏の国会への参考人招致が必要だが、自民党はなぜ拒むのか。国有地売却で国会議員の関与はあったのか、籠池氏に学校法人運営の資格があるのか、国会の場で徹底的に究明すべきだ。
 夫人が一時、小学校の名誉校長を務め、学園の寄付集めに自分の名前が使われたこともある安倍晋三首相も無関係たり得ない。会計検査院の検査を盾に、国会での調査や籠池氏招致に消極的では、国民の疑念を払拭するには程遠い。


森友学園問題 参考人招致を速やかに
 国民の疑問は何ら解消していない。与党は関係者の参考人招致にいますぐ応じるべきだ。
 学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐり、安倍晋三首相はきのうの参院予算委員会で「必ずしも腑(ふ)に落ちるような説明がなされていなかった」と認めた。
 この問題では、売却額が86%も減額された経緯や、交渉への政治家の関与など疑問が山積するが、政府側はきのうも手続きは適正と繰り返すにとどまった。
 首相は「私は事務方にわかりやすく説明するように申し上げてきた」と釈明した。しかし指示が徹底されていない以上、首相自身の責任を問わざるを得ない。
 まずは招致実現へ、自民党総裁としての指導力を示してほしい。
 政府側と野党側のやりとりは、きのうもすれ違いに終わった。
 政府側は、減額の根拠となった埋設物の撤去費用は「一般的な方法で合理的に算出された」と説明。首相は「ごみ等を撤去する責任を森友側に渡すのだから、ディスカウントは当然」と追認した。
 だが野党側は、埋設物の確認が業者任せで算定が不透明と批判。学園側が用地取得後、埋設物を撤去しておらず、結果的に不当に安く土地を入手したと指摘する。
 仮に法的手続きに瑕疵(かし)がなくとも、8億円を超す減額が正当化されるのか。検証するための交渉文書は既に破棄されたという。ならば学園の籠池泰典(かごいけやすのり)理事長や財務省の担当者に直接ただすしかない。
 首相はきのうの質疑で、妻昭恵さんが小学校の名誉校長を務めていたことについて問われると声を荒らげたが、国民の疑問に丁寧に答える姿勢こそ求められる。
 森友学園は、運営する幼稚園で戦前の教育勅語を園児に暗唱させるなどの教育方針で知られる。
 「安倍首相頑張れ。安保法制国会通過良かったです」と唱和させ、政治的中立を定めた教育基本法に抵触する懸念も指摘される。
 先月の大阪府の私学審議会でも教育内容を疑問視する声が出た。これを受け籠池理事長も「不適切だった」と認めたという。
 さらに、学園側が小学校の児童確保策として府に示した、愛知県の私立中高一貫校が推薦入学枠を提供するとの合意が、架空だったとの疑惑も浮上している。
 大阪府の松井一郎知事がこれを受け今月中の開設認可は難しいとの認識を示したのは妥当だろう。
 新学期まで1カ月しかない。子供たちへの影響を最小限にとどめるため、善後策を急いでほしい。


「森友学園」破綻危機 不安増す工事業者で暴露合戦の恐れ
 5日の学校説明会の参加者はたった5組だったという。激安価格の国有地払い下げや、学校設置認可の審査をめぐって問題が続出している大阪・豊中市の「安倍晋三記念小学校」こと「私立瑞穂の國記念小學院」。大阪府の松井一郎知事は、府教育庁が正式に認可の可否を判断するのに必要な書類の提出期限を「14日まで」と区切り、これを過ぎた場合は不認可とする可能性も示唆した。この方針に戦々恐々としているのが、学校建設に関わっている工事業者たちだ。
「冗談じゃない。ウチは既に2億円の赤字だ。認可が出なければオシマイになってしまう」
 安倍小学校の建設に関わる現場の工事業者からは最近、工事費用をめぐって不安の声が高まっているという。
「工事現場は普通、元請けの大手や中小のゼネコンがいて、子、孫請けに仕事を出している。元請けが差配するから、下請けの取り分はゼロではない。ところが、学校を管理、運営する森友学園では、理事長自らが工事を発注していると聞きました。そのため、工事業者は本当に自分のところにカネが入るのか――と疑心暗鬼になっているのです。『安倍夫妻がバックに付いている。国や府から補助金もタンマリ入る』という話を信じてきたが、さすがにヤバくなったと危機感を抱いているのでしょう」(大阪府政担当記者)
 地中に埋め戻した“仮置き”の土砂搬出業者がなかなか決まらなかったのも、森友がカネの工面で苦労したから――ともっぱらだ。それでいて、籠池理事長の自宅の土地・建物に設定された5000万円の抵当権は消えていたのだから、業者がカンカンになるのもムリはない。
■工事業者の不安、不満が最高潮に
 今や新設小学校の建設現場で働く作業員の最大の関心事は、ごみの撤去や埋め戻しではなく、森友学園の経営見通しだ。
 仮に設置認可が見送られ、生徒も集まらずに法人破綻に追い込まれれば、工事業者が一気に不満の声を爆発させるのは間違いない。理事長の吊るし上げはもちろん、これまで伏せられていた極秘情報だって、マスコミにリークされる可能性が高い。政治家の名前だってバンバン飛び交うだろう。
 今回の問題が発覚するきっかけをつくった豊中市の木村真市議はこう言う。
「もともとムリがあった計画なので、最悪の事態を迎えるのもある程度、予想されたこと。とはいえ、破綻となれば大きな問題になるでしょう。そういう不安を抱えた学校法人になぜ、条件付き(の仮)とはいえ、府の審議会は認可を出したのか。きちんと検証する必要があると思います」
 新事実が出てくるのも時間の問題だ。


出版社社長 森友学園・籠池夫妻を贈賄申し込みで刑事告発
 森友学園の籠池泰典理事長が“お白州”に引きずり出される?――籠池理事長が自民党の鴻池祥肇元防災担当相に賄賂を渡そうとしたとして、香川県高松市の出版社社長(69)が6日までに、贈賄申し込み罪で告発状を大阪地検に提出した。
 籠池理事長は2014年4月に議員会館で鴻池議員と面会した際、同伴していた夫人が紙包みを渡そうとして、突き返されたとされる。
 告発状では、籠池理事長は小学校開設のため、国有地払い下げなどで財務省などに便宜を図ってもらう趣旨で、金銭または商品券の供与を申し出たとしている。
 国有地払い下げや私立学校の認可に関する職務権限を持つ政治家や役人にカネが渡っていれば、贈収賄罪が成立。役人は国有財産を不当に処分して国に損害を与えたとして背任罪にも問われる。
 政治家に職務権限がない場合でも、籠池夫妻はあっせん利得処罰法の利益供与罪に問われる可能性もある。有罪なら1年以下の懲役または250万円以下の罰金だ。
 森友事件には、安倍首相夫妻をはじめ多くの政治家や、国、地方の役人の関与が取り沙汰されている。
 告発は“平成の大疑獄”摘発の端緒となるかもしれない。


大学の地方移転 「知」の空間どうつくる
 地方の若者流出をどう食い止めるか。大学生が東京に集中する姿を変えられないか。それらを検討する有識者会議を先月、政府が設けた。
 背景には昨秋の全国知事会による緊急決議がある。一極集中が止まらぬ現状にいらだちを強め、東京で大学や学部を新しく設けず、地方に移転するよう求めた。
 上京した時に誰もが痛感するのは人の多さ、とりわけ地方にはない若者の多さだろう。東京のキャンパスは全国から学生を引き寄せる。
 岩手など大半の県は大学生の転入より流出が多いが、2015年度の東京は7万人余の転入超になっている。東京圏は全国の大学生数の4割を占め、集中が際立つ。
 学生の姿は地域にとって活気の象徴でもある。若者流出に歯止めをかけるのは、地方創生に欠かせぬテーマだ。夏に方針をまとめる有識者会議の議論に期待したい。
 とはいえ、東京に今ある大学を地方に移すのはハードルが相当高い。先行して取り組む国機関や企業の地方移転も成果が乏しい中では、なおさら現実味に欠ける。
 首都で大学・学部の新増設を抑えるのは「経営の自由」を阻みかねない。学びの選択肢を狭めることは「学問の自由」に関わり、基本的人権を害する恐れもある。
 このため日本私立大学団体連合会などは新増設抑制に反対を打ち出した。予想された対応で、地方移転がいかに難しいかをうかがわせる。
 少子化が急激に進み、学生獲得を競う各大学は移転どころではない。全国的には私立大が定員割れして経営難に陥り、自治体が公立に移行させる形で救う例も出てきた。
 そもそも大学・学部の立地は、地域の特性を反映している。遠回りでも、今ある大学の魅力を高め、地域に「知」の空間をどうつくるかの議論が先ではないか。
 地方には、必ず独自の文化や産業がある。一層の産学連携などを通じて、それらの「知」を磨き、大学が新産業の創出を先導していく気概も必要だろう。
 全国から学生を集める秋田市の国際教養大、企業との共同研究費の伸び率で2年連続全国トップの山形大などが注目されている。本県の大学も少子化時代に選んでもらうための努力を始めた。
 若者が流出するのは、地方に就きたいと思う職場が少ないことも大きい。ドイツのように、地方の企業で数カ月の長期インターンシップを行うことなども考えられる。
 授業料を低く抑える。地方で就職すれば奨学金を返さなくてもよくする。国が地方創生に本気なら、地方の大学を盛り上げる柔軟な運用や財政支援を惜しむべきではない。


大学の軍事研究◆平和構築にこそ科学生かせ◆
 武器などの開発につながる基礎研究を公募する防衛省の制度について、研究者を代表する政府機関である日本学術会議の検討委員会は7日にも見解をまとめ、4月の総会に諮る見通しだ。大学や研究機関がこの問題に対応する際の指針となる内容を期待したい。
 戦後2度にわたり学術会議は「軍事研究はしない」とする声明を出した。一方、大学や公的研究機関に対し、防衛省の制度など外部から研究の「軍事化」を促す動きが強まっている。軍事研究の弊害を政府は考えるべきだ。
 学術会議は、平和構築に科学を生かす道も探ってほしい。
学問の自由妨げるな
 大学の社会的責任は何よりも、若者を育て、学術を発展させることにある。それには「学問の自由」が欠かせない。その自由を妨げる性格を軍事研究は持っている。
 何のルールもなく、なし崩しにこの動きが広がれば、科学の発展にブレーキがかかりかねない。
 研究成果が戦争に使われることには、倫理的な問題が付きまとう。政府はこうした問題点をきちんと考えるべきだ。
 安倍政権は2013年に決めた国家安全保障戦略で軍事技術強化に「産学官の力」を結集させる方針を打ち出した。産業界はこれを後押しした。防衛省は15年度に「安全保障技術研究推進制度」を創設し、武器などの装備につながる基礎研究の公募を始めた。予算は初年度3億円、16年度は6億円、17年度は110億円に拡大する。
 16年度から5年間の「第5期科学技術基本計画」には、国家安全保障上の課題に対し、産学官連携で必要な技術の研究開発を推進することが盛り込まれ、政府の総合科学技術・イノベーション会議で方策を検討する動きもある。
政府が介入する恐れ
 だが、大学や研究機関が軍事研究に巻き込まれていいのか、よく考える必要がある。
 そもそも秘密が絡む軍事研究が大学などに持ち込まれることは弊害を伴う。科学の発展に不可欠な研究の自由や公開を妨げる恐れがあるからだ。
 最大の軍事国・米国でもこの点は警戒され、研究の自由と無条件の情報公開を損なう資金は受け入れず、設備も使わせないという方針を掲げる有力大学が複数存在する。
 防衛省は成果の公表を制限せず秘密にも指定しないとしているが、守られるかどうかは分からない。研究の進み具合を職員が管理するといい、介入を受ける余地はある。
 学術会議には平和構築に科学を生かす道も探ってもらいたい。
 他の先進国の科学者は、国際的な緊張緩和に積極的に関わっている。さらに他の先進国の外交には、科学を含めた重層的な面があるのだが、日本はとかく一本調子になりがちだ。
 誰もが望む平和な世界をつくるため科学は何ができるか、考え続けたい。


NHKの「BPO勧告への反論」は報道機関の自殺行為である、
小保方晴子さん代理人からの警告
三木 秀夫
STAP細胞について取り扱った『NHKスペシャル』に対して、BPOは「名誉棄損の人権侵害があった」と認め、NHKに対して初となる「勧告」を行った。NHKはこの決定への不満を隠さず、ニュース番組内で「反論」を行ったが、小保方晴子氏の代理人を務める三木秀夫弁護士は「NHKの態度はあまりに身勝手で、突き詰めれば報道の自由への自殺行為だ」と指摘する。
NHK初のBPOによる「勧告」
小保方晴子氏は、2014年7月27日に放送されたNHKスペシャル『調査報告 STAP細胞 不正の真相」で、事件の犯人を追うような偏向した番組構成によって小保方氏による「ES細胞窃盗および捏造」を視聴者に印象づけられ著しい人権侵害を受けたとして、放送倫理・番組向上機構(BPO)に申し立てをしていた。
これに対し、BPOの放送人権委員会は、NHKからの反論も受けて双方から十分にヒアリングした上で、今年2月10日に「名誉棄損の人権侵害があった」とし、また制作過程での取材方法に行き過ぎがあった点に「放送倫理上の問題」があると認定した。さらに、番組全体に対して、科学報道番組にふさわしくない演出や、申立人に対する印象を殊更に悪化させるような箇所も見られるなどの指摘も行った。
その上で、NHKに対して、本決定を真摯に受け止めた上で、「本決定の主旨を放送」するとともに、過熱報道での取材・報道のあり方について局内で検討し、再発防止に努めるよう求める「勧告」を行った。9名の委員のうち7名の多数意見での結論であった。
名誉棄損での人権侵害での勧告は、BPOの判断では最も重く、BPO発足以来8度目、NHKとしては初めてである。
私は申立人(小保方氏)の代理人弁護士として、BPOに対し、この番組はおよそ科学報道とは思えない演出や、申立人に対する印象を悪化させるような意図的な構成がされていること、特に申立人があたかも「ES細胞を『盗み』、それを混入させた細胞を用いて実験を行っていた」と断定的なイメージの下で作られたもので、極めて大きな人権侵害があった」と主張した。
今回の決定は、私的なメールの公表や許諾なく実験ノートを放送したことなどについては「放送倫理上問題があったとまでは言えない」とされた点もあって、全面的に満足とは言えないものの、「報道の自由」に対する配慮も必要であった点を踏まえれば、訴えの最重要部分が肯定されたことをもって、有意義な勧告であると考えている。
NHKが引き起こした「二つの問題」
しかし、NHKはこの勧告が出た直後にも、2つの重大な問題を引き起こしたことを指摘したい。
まずNHKは、その日の夕方7時のニュースでBPO勧告を受けたことは伝えたものの、驚いたことに「表現にも配慮しながら制作したものであり、人権侵害ではない」などという反論を行った。さらにその直後に、詳細な反論をホームページに掲載し、その中で「BPO決定に2名の少数意見があった」という点を強調した。
私はこの少数意見には事実誤認等の問題があるとは思っているが、それを横におくとしても、その少数意見でさえ「人権侵害とまでは言えないものの、放送倫理上問題がある」というものであった。
しかし、NHKはそれには言及しないまま、「一方で9人の委員のうち2人が、人権侵害があったとまでは言えない、名誉棄損とするべきものではないと決定とは異なる意見を出しました」と告げ、あたかも本件番組に何ら問題がないとする委員もあった、と思わせるような悪質な印象操作がなされている。「番組の中の事実関係に誤りはありません」と、あたかも自分たちの行った放送は真実であったと念押しまでしている。
これでは、BPOが求めた「本決定の主旨を放送しなさい」という勧告に反するだけでなく、NHKは申立人に対して再度の人権侵害をしたものと考えざるを得ない。反省の色を見せないまま、まるでBPO勧告を無視すると宣言しているようにもみえる。
「本件放送による名誉毀損によって申立人の受けた被害は小さいものではない」と断じたBPOの勧告に対して「人権を侵害したものではない」とするNHKの人権感覚の鈍麻には、改めて驚くしかない。
そもそもBPOとはどんな組織か
BPO勧告への無視反発という姿勢は、NHKの持つコンプライアンス機能がマヒしていていること、つまりは自浄作用が働いていないことを如実に示している。なぜBPOが設置されているのか、という根本的な面での自覚が欠けていると言わざるを得ない。これが、もう一つの重要な問題だ。
BPOは、日本放送協会(NHK)や日本民間放送連盟(民放連)とその加盟会員各社によって、2003年に出資・組織された団体である。3つの委員会(放送倫理検証委員会、放送人権委員会、青少年委員会)によって構成されていて、「言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対し、自主的に、独立した第三者の立場から迅速・的確に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与すること」を目的としている。
政府が放送内容を規制するようなことは、表現の自由・報道の自由という観点からあってはならないことだが、他方、放送によって人権被害を受けたり、放送倫理上の問題が起こったりすることもあり、そこに自浄作用が働かないならば、結局は政府による規制という方向に働く余地を生みかねない。このため、放送界が「自主的に独立した第三者の立場から、人権侵害などの問題に迅速・的確に対応」する機関として設けたのが、ほかならぬBPOである。
このような制度理念からすれば、まずは、放送局内部のコンプライアンス部門がしっかりと機能して、およそ人権侵害が生じないようにチェックをすることが求められているのだ。
そのうえでBPOが、人権被害を訴える者の主張に耳を傾け、NHKや民放連にとってどんなに耳が痛い意見が出ようとも、そこでの判断に結論を委ねる仕組みが構築されているのである。これによって、表現の自由に内包される「報道の自由」が、政府からの規制から守られるという、市民にとっても非常に重要な仕組みとなっているのである。
NHKは腹をくくっているのか
今回のNHKの取った態度は、まさに、自分たちで作った自主ルールを、自ら破るに等しい行為であり、報道の自由に対する自殺行為と言っても言い過ぎではないと思われる。
この点について、かつて民放連の広瀬道貞会長(当時)が、放送のあり方に関連した国会での参考人質疑において、
「放送事業者は、いわばBPOの判断というのは最高裁の判断みたいなもので、ここが判断を出したら、いろいろ言いたいことはあっても、すべて守っていく、忠実に守っていく、そういう約束の合意書にNHK及び民放各社がサインをしてBPOに提出しております。私たちは、皆さんとともに、BPOを立派な組織に育て、放送事業者の自浄機能を確実なものにしていきたいというふうに思っております」
と発言している(2007年6月20日衆議院決算行政監視委員会)ことを、NHKは改めて認識をしてほしいと考える。
放送事業は、公共の電波を利用して社会に重大な影響を及ぼす事業であり、そこで生じた人権侵害は人の一生に影響を与えかねないものである。場合によっては自殺までも招きかねない。申立人自身も、この放送が「私の人生に及ぼした影響は一生消えるものではありません」と述べている。
NHKは、今回の勧告を真剣に受け止め、再発防止に向けた取り組みを行ってもらいたい。そういう取り組みをするというコンプライアンス体制が不十分ならば、法律でもっと規制を強めようという、公的介入が強化される契機にもなりかねない。担当者のメンツにこだわった対応に終始することは、NHKに自浄能力がないと評価されても仕方がない。
NHKのトップは、それだけの腹をもってあのような反論を放送することを許したのであろうか、と問いたい。


乃木坂46の「恋愛禁止」ルールをめぐって議論勃発…変わりゆくアイドルの恋愛ルール違反ペナルティ
 乃木坂46に「恋愛禁止」ルールはあるのかないのか──現在の女性アイドル業界で完全にひとり勝ちの状態である乃木坂に、そんな議論が巻き起こった。
 先月2日に発売された「週刊文春」(文藝春秋)2017年2月9日号で、乃木坂46のメンバーである川村真洋がキャバクラのスカウトマンをしている男と交際していると写真付きで報じられた。
 その記事のなかで記者から直撃を受けたスカウトマンの男が交際を認めたうえで短くコメントしているのだが、そこで語られた「(恋愛禁止だが)二十歳を超えているから自己管理のようで。バレちゃだめみたいですけど……」という発言がファンの間で波紋を呼んだのだ。
 乃木坂にとって、2014年に報じられた松村沙友理と集英社の編集者との不倫騒動以来久しぶりに起きた大きな恋愛スキャンダル(細かいものはこの間も数件あったが)。乃木坂に「恋愛禁止」ルールはあるのかないのか。この騒動で明るみになった恋愛禁止をめぐる内部ルールの有無についてファンの間では論争が起きたわけだが、そもそも、この恋愛禁止という規則がまかり通る状況そのものがどうなのかという議論がある。
 実は、アイドルグループの恋愛禁止をめぐっては、法廷で争われた事案が2つある。
 1つは一昨年のもの。アイドルグループ・dokidokiのメンバーであった当時15歳の少女が男性ファンに誘われラブホテルへ。その際に撮影された2ショット画像が流出し、その直後にグループは解散した。事務所は少女が交際禁止規定を破った結果損害が出たとして、少女とその親に対し500万円の損害賠償を求める裁判を起こす。その結果、東京地裁は「アイドルである以上、ファン獲得には交際禁止の規約は必要で、交際が発覚すればイメージが悪化する」とし、少女側に約65万円の損害賠償を命じる判決を出した。
 かねてから人権侵害として批判の対象にあった恋愛禁止ルールに対し、あろうことか裁判所がお墨付きを与えたことで多くの議論を呼んだ。
 その一方、昨年1月に行われた同じような内容の裁判では、「異性との交際は幸福を追求する自由の一つで、アイドルの特殊性を考慮しても禁止は行き過ぎだ」とし、事務所側からの損害賠償請求は棄却されている。
 そんな恋愛禁止ルールだが、前述の裁判のように表立って「恋愛したこと」を罪として運営がタレントにペナルティを加えるのは、メジャーな規模で活動するアイドルグループのなかでは、いま現在むしろ稀になっている。
 その分水嶺となったのが、13年1月にAKB48の峯岸みなみがGENERATIONSの白濱亜嵐との交際をスクープされた結果自ら髪を剃った事件だろう。動画サイトに上げられた坊主頭になった彼女の謝罪動画は、恋愛禁止ルールにまつわる異常性を改めて浮き彫りにし、日本国内のみならず海外でも否定的に報じられた。
 AKB内では12年に「週刊文春」で報じられたファンとの交際疑惑によりHKT48に移籍させられた指原莉乃をはじめ、多くのメンバーが恋愛禁止ルールを破ったことで何らかのペナルティを受けてきたのは周知の事実だ。
 それは秋元康がプロデュースするグループに限った話ではない。「日経エンタテインメント」(日経BP社)12年1月号に掲載されたアイドルプロデューサーたちによる座談会では、ももいろクローバーZ、アイドリング!!!(15年にメンバー全員卒業)、SUPER☆GiRLSのプロデューサーらが口々に自分たちのグループで恋愛禁止ルールを設けていることを明らかにしている。
「神聖な部分を大事にするというアイドルのファン心理がありますからね。だから僕はメンバーにも「恋愛は絶対にダメ」と言ってます。でもたまに、「恋愛はダメでも恋は…」みたいなことを言うアイドルがいるけど、正直感心しない。好きな男でもおるんか、みたいな(笑)。(中略)何かを代償に得ていることを忘れちゃいけない。与えられた位置が当然だと思ってきちゃうと「私も人間だから」とか「普通の女の子だから」とか言うけど、夢を与える側というのは常に意識してもらわないと」(アイドリング!!!・門澤清太)
「うちも同じで恋愛禁止です」(ももいろクローバーZ・川上アキラ)
「僕はたまに個別に話をしてます。全員並べて説教じみたことを言っても聞かないんで。その上で防げたこともありましたから。(中略)過去を整理できない子は大抵続かない。1人がそういうことをすると11人の足を引っ張って、他のメンバーの未来が崩れていきますし」(SUPER☆GiRLS・樋口竜雄)
 しかし、前述の一件が国内外で大炎上を起こして以降、そのようなルールを表だって語ることを露骨に避ける傾向が表出する。たとえば、13年に『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)内で放送された宇多丸と秋元康の対談のなかでは、秋元自身がかつて掲げていたはずの恋愛禁止ルールについてこのように否定のコメントを出している。
「僕は、その、恋愛禁止条例ってのはね、一つのネタとしては歌にしたり、あるいはネタとしては『そうだよな、うちは恋愛禁止条例だからな』と言ってるけれども、たとえば、テレビのコメントでも、なんだっけな、EXILEの番組に出たときにも『まぁ、うちはゆるいからね〜』とかっていうのを言っているように、決して、その、恋愛が禁止なんではなくて」
 では、その結果恋愛禁止ルールは撤廃されたのかと問われれば、答えは確実にNOだ。表立って恋愛禁止ルール違反で罰することはなくなったが、どう考えても怪し過ぎるタイミングで卒業などが発表されるケースがその後続出する。
 乃木坂でいえば、14年末に恋愛スキャンダルを起こした畠中清羅は翌年の2月に卒業を発表。その際には、卒業理由として「グループに頼らず自立して大人になるために自分で決断した」といったような曖昧な文言があげられていたが、時期やタイミングを考えると疑問を抱かざるを得ない。
 それは最近でも続いていることで、昨年10月に「週刊文春」が提供するネット番組「文春砲Live」で元ジャニーズJr.のメンバーらと深夜デートをしていたと写真付きで報じられたAKB48の大和田南那と西野未姫は年内に続々と卒業を発表。その際の卒業理由として両者ともスキャンダルのことには一切触れることなく「新しい自分を見つけたい」といったぼんやりとした言葉を語るにとどまっていたが、グループ内でもかなり推されている立ち位置の若手メンバーだっただけに相次いで急にグループを抜ける意味合いもよく分からず、裏で解雇通告に近いものがあったのではとの声がネット上には溢れた。内部事情ゆえに断定はできないが、首切りを含む処罰は外からは見えないかたちで執行されるものに変わりつつあるのかもしれない。
「AERA」(朝日新聞出版)16年2月15日号で伊藤和子弁護士は恋愛禁止ルールについて法的観点からこのように語っている。
「芸能事務所とアイドルの契約において、交際禁止規定という制約を課すのはおかしい。恋愛は、憲法13条で尊重される『幸福追求権』です。いかに契約であろうと、憲法で認められた個人の自由を制限する形の交際禁止規定は無効です」
 アイドルの契約に「恋愛禁止」などという奴隷契約のような条項を平気で入れて、それを破った途端に訴訟を起こすような芸能事務所などは問題外だが、現在のアイドル業界における恋愛禁止ルールは外部からは見えにくい環境で施行され、執行される時代になっている。そのことについても考えをめぐらせ、疑問の声をあげていく必要があるだろう。
(新田 樹)


大手メディア記者 今やネットに流すしか真相伝える手段なし
「私は朝日新聞に勝った」──安倍晋三首相がトランプ氏との最初の会談(昨年11月)でそうメディアへの勝利宣言をしたと、産経新聞が報じた。
 政権に返り咲いて以来、首相が真っ先に取り組んだのがメディア対策だった。就任してすぐの2013年から2014年にかけて、全国紙5紙、ブロック紙、通信社、そして民放キー局のトップや編集幹部と会食を重ねた。その回数は2年半で50回にのぼった。
 安倍首相の言葉は敵対してきた朝日新聞だけでなく、大メディアはすべて統制下にあるという自信の表われだったといえる。
 しかし、もう自分には逆らえないと安心したのか、昨年からメディア首脳との会食はめっきり減り、今年は2月2日に渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長らと食事をしたのが目立つくらいだ。
 一方で、安倍政権のメディア統制にはっきり綻びが見えてきた。国有地払い下げにまつわる森友学園問題は朝日新聞がスクープし、民放は当初、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)、『白熱ライブ ビビット』(TBS系)くらいしか取り上げていなかったが、国民の関心が高まるとフジテレビ、日本テレビなど民放各局が競うように連日ワイドショーで取り上げるようになった。
 そのうえ、現場の新聞記者たちから不興を買ったのが経産省の取材規制だ。
 予算案が衆院を通過した2月27日、安倍首相は、東京・赤坂の中華料理店で官邸キャップとの懇親会を行なった。その日、経産省は、【1】庁舎内のすべての局の部屋を勤務時間中もロックして記者の出入りを禁止し、【2】職員が取材を受ける際は応接室で他の職員を同席させ、【3】取材内容を広報室に報告させる──という“記者排除令”を出した。日米首脳会談前に交渉内容の一部が漏洩し、世耕弘成・経産相が安倍首相訪米の同行者から外された“腹いせ”が原因とされる。
 これまで記者クラブ制度の下、特権的に役所からの情報を得てきた大手メディアの記者たちにとって、この措置は死活問題だ。
「同じ動きが全省庁に広がれば記者は情報が取れなくなって食いっぱぐれる。世耕大臣がやったことはトランプ政権の報道官が気に入らない記者を会見から閉め出したことよりもおかしい」(財務省担当記者)
 批判と不満は大メディアの記者全体で高まっている。
 クラブ制度の特権を奪われ、記者たちはようやく政権による情報統制に愕然としたのだろうか。新聞記者からリークされた赤坂での首相と記者の懇談をベストセラー・『日本会議の研究』著者である菅野完(たもつ)氏がツイッターで流し話題を呼んだが、そのリーク元は菅野氏の知人の大手新聞記者なのだという。これは、大手メディアの記者がいまやネットで国民に直接情報を流すしか“真相”を伝える手段を持っていないことに気づいた証拠にも見える。菅野氏はいう。
「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気でいう。新聞社内に反権力はダサイと考えるカルチャーができてしまった。だから本当に報じたいことも、ネットで書いてくれと他人任せにする」
 新聞記者たちは、安倍批判記事もネットへのリークではなく堂々と署名で書いてみせたらどうなのか。


トップレス写真で大炎上中のエマ・ワトソンが「フェミニズムは、ほかの女性を叩くために団結することじゃない」
 世界的に大ヒットした映画『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニー役で知られる、女優のエマ・ワトソン。同シリーズ終了後も女優として着実にキャリアを積み上げ、2014年には米名門ブラウン大学を卒業し、「女優業と学業を見事に両立させた才女」と一目置かれるようになった。
 彼女は、18歳になった瞬間を待ち構えていたパパラッチにスカートの中を撮影されたことに大きなショックを受け、「なんで女だからといって、こんな目に遭わなければならないのか」「もっと女性の権利を主張すべき」と決心。14年に男女平等を呼びかける国連のキャンペーン「HeForShe」を発足させ、国連で「フェミニズムの定義とは、男性も女性も平等に権利とチャンスを与えられるべきであるという信念」「フェミニズムは偏見を持たれる言葉だけど、HeForSheも目指すところは一緒。男女平等」という感動的なスピーチをし、若きフェミニスト・リーダーと崇められるようになった。
 エマは現在、新作主演映画『美女と野獣』のプロモーションに大忙し。世界中のメディアの取材を受け、雑誌で特集されるなど大注目を集めている。そこで撮影された1枚の写真が一部のフェミニストたちの怒りを買い、ネットで大炎上しているのだ。
 問題になっている写真は、人気カルチャー誌「ヴァニティ・フェア」に掲載されたもの。同誌は、1991年にデミ・ムーアの妊婦ヌードで表紙を飾ったり、08年に15歳だったマイリー・サイラスのセミヌードを掲載したり、15年には男性から女性に生まれ変わったケイトリン・ジェンナーを表紙にしたり、なにかと物議を醸す雑誌として知られている。今回のエマの写真は意図したものではなかったようだが、結果的には一部からショッキングなものと受け止められてしまった。なにがショッキングなのかというと、「エマが乳房の半分を露出している」から。写真そのものは芸術性が高く、エロさはまったく感じられないが、一部のフェミニストたちは「女の性を売ってる!」と大激怒した。
 エマは、14年に歌手ビヨンセがフェミニストを名乗ることに「違和感を覚える」と発言したことがある。その理由を「彼女の音楽やミュージックビデオは、明らかに男の目を意識したものだから」と言い、多くのフェミニストたちが同意した。そんな中、この発言に腹を立てていたビヨンセのファンや一部のフェミニストが今回のエマの写真を見て大激怒。「ビヨンセに向かって“セクシュアルとフェミニズムを履き違えている”って言ったくせに、オマエも脱ぐのかよ」などと、怒りのツイートを次々と投下した。
 激しい攻撃が今なお続いている状態について、エマは「理解できない」というコメントを出している。
 英BBC局の『美女と野獣』のプロモーション・インタビューの中で、エマは「フェミニズムを誤解している人が本当に多い。みんな誤った認識ばかり持っているんだなって、驚かされることが多いわ」と、うんざりした表情を浮かべた。そして、「フェミニズムは女性に選択肢を与える、ということなの。フェミニズムは、ほかの女性を叩くために団結することじゃない。フェミニズムとは自由になるもの、(性別に関係なく)平等になることなの」と、両手を広げながら訴えるように説明。「そのフェミニズムに、私のおっぱいがどう関係するのか。正直、まったく理解できないわ。ものすごく混乱している」と、呆れた表情を見せた。
 野獣役を演じるダン・スティーヴンスが横から「ティム・ウォーカーは素晴らしい写真家だよ。ボクのヒゲに花を差して撮影したんだ」とフォローを入れるが、エマは「誤解には、ただただ、あぜんとするわ。いつも表立っては言わないけどね」とダンの言葉が耳に入ってこない様子。あまりのエマの剣幕に、ダンは小さな声で「きみのこと、みんな、なんて言ってるの?」と質問。「私は、フェミニストになれないって……」「おっぱいがあるから? おっぱいがあるから……」と自問自答したエマは、攻撃する人の思考回路が理解できないという表情を浮かべた。
 続けて「撮影では、たくさんのクレイジーなことをしたわ。でもね、芸術的だって感じたの」「写真がこんなにもおもしろく、こんなにも美しいものなんだって知って大興奮したわ」と楽しそうに述べ、だからこそバッシングを受けることになり残念だと、ため息をついた。
 ダンが口にしたティム・ウォーカーとは、今回のエマの写真を撮影したフォトグラファー。非日常的でロマンチックな世界の表現を得意とする大御所である。ティムは、その世界観を演出するため、日常ではなかなか着られないような服をチョイスすることが多い。「ヴァニティ・フェア」のエマの写真も独創的で、問題となった写真以外は、肌の露出はとても低い。それゆえ、一般の多くの人は、なぜエマが「えせフェミニスト」と叩かれているのか理解できず、混乱しているようだ。
 そんなエマ主演の『美女と野獣』は、日本で4月21日に一般公開される予定。


豊洲の地下水調査 不適切なのは本当に「9回目の手順」か
 豊洲市場の“疑惑”の地下水モニタリング調査について、4日、都議会の特別委員会が業者を参考人招致した。そこで明らかになったのが、201カ所中72カ所から有害物質が検出され、環境基準の79倍ものベンゼンと猛毒のシアンまで出た9回目と、基準を下回った1〜7回目や有害物質検出がわずか3カ所だった8回目との、調査手順の違いだ。報道などでは「9回目の手順が不適切」という話になっているが、本当にそうなのか。
 調査手順の違いとはこうだ。水質調査は環境省のガイドラインに基づいて行われ、異物が混じらないよう観測井戸にたまった水を取り除く「パージ」という作業後、新たにたまった水を採る。1〜8回目の採水は、パージの翌日か翌々日だったが、9回目は当日、20〜30分後のスピード採水だった。水質調査とは別に地下空間の水を排出する作業を行っていたことから、都側が採水をせかしたためという。
■「ベンゼンとシアン検出の9回目こそが正しい」と専門家
 つまり、パージ後の水を「放置した時間」に違いがあるのだが、日本環境学会元会長の畑明郎氏はこう言う。
「1〜8回目の手順が間違っていて、むしろ9回目の方が正しいと思います。パージ後に長時間、1日も放置するのはよろしくない。ベンゼンは揮発してしまうし、シアンも一部揮発する。9回目にシアンが初検出されたのは、放置時間が短かったからこそでしょう。もともと地下水には濁り成分があって、長時間放置すると沈殿してしまう。本来、濁り成分も併せて調査しなければ意味がありません」
 他のケースを調べてみると、2011年の滋賀県の土壌汚染調査の資料には、こんな記述がある。
〈パージ後24時間静置している状態ではVOCs(揮発性有機物)が揮発している可能性が高い〉
〈定常状態にある地下水及び浸透水の水質を分析するなら、パージ直後の孔内の水を採取するのがいい〉
 専門家5人中4人がパージ後の水を1日放置することに疑問を呈しているのだ。
 そもそも環境省のガイドラインに、パージ後から採水するまでの時間の規定はない。1〜8回目は、なぜ1日以上置いたのか? 小池知事が就任するまで、豊洲は昨年11月の開場が既定路線だった。揮発性の有害物質を検出しにくくする狙いがあったのではないのか。そんな疑念が浮かんでしまうのである。


「ひきこもり」過半数が40歳以上、親子共倒れ危機の衝撃
岩手県洋野町が「社会的ひきこもり」状態にある人の過半数を40歳以上が占めるといった、訪問調査の結果を、3月11日に学会で発表する。「ひきこもり期間」は長期化し、ひきこもる人たちの高齢化が進んでいる。彼らの親も年老いていく中、全国で何十万もの世帯が“親子共倒れ”の危機に直面している。(ジャーナリスト・池上正樹)
「社会的ひきこもり」者は40歳以上が過半数を占める──。岩手県洋野町の調査から判明したデータとその分析結果が3月11日、岩手公衆衛生学会で報告される。
 ひきこもり実態調査は内閣府も昨年9月に公表したが、こちらは調査対象が39歳まで。ひきこもり現象が社会問題化する中、中高年層で状況が一層深刻化していることを、国でなく、小さな町が明らかにしたのだ。
 三陸海岸と山に面した洋野町は人口約1万7000人。地方にある他の市町村と同様に高齢化が進み、65歳以上人口の割合(高齢化率)が35%に上る。
 同町の地域包括支援センターは15歳から64歳の町民を対象に、ひきこもり調査を実施した。
 きっかけは、保健師が介護保険サービスの情報を提供するために70代の高齢者宅を訪ねたところ、すでに要介護の認定を受けているにもかかわらず、介護サービスの利用を辞退したことにある。
 玄関先に立つその高齢者は汚れた服を着ていて、生活に支障が出ている様子。それでも「必要ない」「大丈夫」と言うばかりで、なかなか玄関から先に入れてくれなかった。
 それでも何度も訪ねて事情を聞き出してみると、実は働いていない40代の子どもが同居し、10年以上ひきこもっていることが分かった。その子どもに将来の生活費を残すために、お金を使いたくなかったのだ。
「周囲に迷惑を掛けられないから」「家の恥だから」と、困っていても声を上げることができず、家族ごと孤立していく──。同町はそうした現実を目の当たりにして、同じような家庭が多いのではないかと、大きな危機感を抱いた。
 調査を実施するに当たって、同町は「ひきこもり該当者」を「社会参加(就労、家庭外での交遊)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態の者(他者と関わらない形での外出をしている場合も含む)」と定義した。
 民生委員から寄せられた「気になる人」の情報も加味した上で、町の地域包括支援センターの担当者は1軒1軒訪問して聞き取りを行い、該当者71人を把握。このうち6割強が40歳以上だった。
 詳細な調査によって、該当者のうち、精神疾患や身体疾患により社会参加できないケースなどを除いた「社会的ひきこもり」状態にある人の人数も捉えた。
 戸別訪問の結果、2017年1月時点で71人のうち「社会的ひきこもり」状態にある人が45人(男性37人、女性8人)。統合失調症、そううつ、アルコール依存症などの精神疾患を持つケースが10人、身体的疾患を持つケースが7人、その他のケースが9人だった。
「社会的ひきこもり」状態にある人の過半数は40歳以上(図参照)。ひきこもり状態になった年齢は30歳以上が多く、ひきこもり状態の期間は10年以上が約5割(同)。最も多かった理由は「職場になじめなかった」というものだ。
 都会の職場の人間関係などが要因で、実家に戻ってきてそのまま外に出られなくなってしまうというケースが目立った。
 同町は事業報告書で「本人に問題があったのか、それとも職場や学校に問題があったのか、一歩踏み込んだ詳しい状況把握が必要」と明記。従来の「個人の問題」という発想ではなく、社会の側の要因や障壁も検証すべき時にきていることを示唆した。
内閣府の調査で中高年は対象外
支援は若者ばかり
 洋野町の調査によれば、ひきこもり問題は中高年層においてとても深刻なものだった。秋田県藤里町もひきこもり問題に先駆的に取り組んでおり、同町の調査でもやはり、ひきこもっている人の半数近くを40歳以上が占めていた。
 にもかかわらず、国や行政はこれまで、若者の就労支援にばかり目を向けてきた。国の調査では40歳以上のひきこもっている人の存在は黙殺され、支援の枠組みからも置き去りにされている。
 昨年公表された内閣府の15年度調査によれば、15〜39歳のひきこもり者の人数は全国で推計約54万人。6年前の10年度調査より15万人余り減少したことから、公表時の会見で内閣府政策統括官の石田徹参事官は、「改善があったように思われる」と発言し、支援の実績をアピールしてみせた。
 しかし、10年度調査で「ひきこもり」層に占める割合が23.7%と最も多かったのは35〜39歳。15年度調査では40歳を越えている彼らのその後については、「調査対象から外れていますので、正直言って分かりません」(石田参事官)と説明した。
 結局、6年前に35〜39歳だった約17万人は、どこかに消えてしまったということになる。
 洋野町の調査は、その経緯や高齢者の多い土地柄であることを鑑みると、ひきこもっている人の年齢層が高くなりやすかった面はあるかもしれない。
 ただ、都市部の調査でも、愛媛県松山市では40歳以上の割合が65%を占めていた。そうした現状から推測すると、全国のひきこもり該当者数は、推計100万人を超えるとみられる。
 40歳以上を除外して実態から大きく懸け離れた「54万人」という数字だけが独り歩きして、地方自治体では「ひきこもりの人数が減った」からとして、予算が削られるなどの弊害も生じている。
 その間にも「ひきこもり期間」は長期化し、ひきこもる人たちの高齢化は進んでいる。
 ひきこもる本人が40代、50代になるにつれ、すでにほとんどが年金生活に移行している親も70代、80代と年を取る。親が病気や介護の対象になれば、あるいは亡くなれば、生きるための力を身に付けられなかった子どもだけでは家計が破綻したり、生活が成り立たなくなったりする可能性は高い。
 親亡き後の将来を悲観して心中したり、残された子どもが後を追うように自然死したりといった悲劇も起きている。
「家の恥だ」とする考え方から、自ら支援を望まない「セルフネグレクト(自己放任)」も多く、表面に出てきている問題は氷山の一角だ。
70〜80代の親が子を支える生活にタイムリミット
 前出の洋野町の高齢者はその後、町の地域包括支援センターのサポートの下、貯金に食い込まない範囲の金額で介護サービスを受け始めた。
 ひきこもっていた子どもは、支援なしで自立できる状態ではなかったため、障害者自立支援制度を利用して医療費を安くしてもらい、障害年金の受給も始まった。そうして生きていける希望を得たのである。
 親が元気なうちに、子どもが一人になっても生きる意志や能力を持ち続けられるよう、地域での関係性づくりが不可欠である。洋野町は調査を支援へとつなげており、学ぶところは多い。
 洋野町の地域包括支援センターで訪問活動をしている保健師の大光テイ子さんは、問題を抱える家庭について、「1回目ですぐ会えることはまずない。そうした難しさを行政も知っているから、“これからの問題”と言って手を掛けたくない分野なのかもしれない」と言う。
 訪問して「用はありません」と言われても、大光さんは「次、また来ていいですか?」と根気強く話し掛ける。「駄目って言われたきりだと、もう二度と行けなくなってしまうから」。
 何かあったときにすぐ動けるよう、家族とつながることが重要だ。先日も親が90代、ひきこもる子どもが50代という親子がいて「危機一髪だった」という。
 中高年のひきこもり本人を抱えて放置された「限界家族」の問題は、特定の町だけのものではなく、全国共通のものだ。水面下には、“親子共倒れ”予備軍が数多く存在している。国、行政は、喫緊の課題として、まず現実に即した実態の把握と関係性づくりを急がなければいけない。
 70〜80代の親世代がひきこもる子どもの生活を維持するという状態は、そろそろタイムリミットを迎える。年老いた親たちは「自分に万一のことがあったら、子どもはどうなるのか。わが家はどうなるのか」と頭を抱えている。
 何十万もの世帯の崩壊へのカウントダウンは始まっている。


堀北真希引退は安倍政権に森友学園以上の打撃を与えかねない
 堀北真希の突然の引退発表に驚いた人も多いのではないかと思うが、この人気女優の引退劇は、森友学園問題以上に安倍政権に打撃を与えるかもしれない。キーワードは「女性活躍推進」である。というのは、女性活躍推進政策が安倍政権の目下の最大課題でもある「働き方改革」とも密接に関連するからだ。安倍政権にとっては、憲法改正と並ぶ重要課題であるといっても過言ではない。その要点はご存じのとおり、働く女性を支援するというもので、そのなかでも女性にとって最大のライフイベントともいえる出産・育児と仕事の両立は最重要課題だ。
 大企業にお勤めの方なら肌で感じていると思うが、この課題解決のために政府は企業に対してかなりプレッシャーをかけ、産休・育休制度の拡充を含めた企業の取り組み推進を加速させている。働き方改革も、この女性活躍推進政策の延長線上にあるものだと思っている。とくに、働き方改革のポイントとされているのは長時間労働の是正、つまり残業削減だが、そのことで最も恩恵を受けるのは子育て中のワーキングママだからだ。もちろん、働き方改革の目的はそれだけではないだろうが、ともあれ官民挙げて働く女性を支援し、出産・育児と仕事の両立が可能な社会を作ろうとしている。その流れのなかで、人気女優が「家族を守るために仕事を辞める」とアナウンスした。これは安倍政権にとっては大きな痛手だといえる。
 なぜなら、働き方改革や女性活躍推進は人の価値観やライフスタイルに関するものであり、それに対する芸能人やアスリートなどの人気スターの影響力は大きいからだ。とくに、若者はその時代のスターの価値観、生き方、ファッションに大きな影響を受ける。
頭ひとつ抜きんでた
堀北真希という存在
 彼女の引退の理由についてはいろいろと取り沙汰されているが、公式サイトでの本人の弁では、「家族の幸せを全力で守るため」と述べている。もちろん、世の中には仕事と家庭を両立させている女性もいれば、専業主婦として家庭を守る女性もいる。いずれも個人の価値観であり、どちらの道を幸せだと感じ、どちらの道を選ぼうと自由である。しかし、堀北真希はスターである。しかも、たんなる人気女優ではない。多くの映画業界人も認める、実力派の女優でもある。つまり、将来の大女優候補でもあったのだ。
 彼女は1988年生まれ。この88年生まれは奇跡の世代ともいわれ、芸能界、スポーツ界に多くの逸材が生み出されている。スポーツ界では、浅田舞、田中将大、福原愛など。芸能界ではとくに女性陣に層が厚く、女優では新垣結衣、吉高由里子、戸田恵梨香、榮倉奈々、黒木メイサをはじめ、「東京タラレバ娘」で女優として再評価された大島優子、ドSキャラを演じさせれば当代一の菜々緒、モデル・タレント系では佐々木希、鈴木奈々などなど。ビジネス界や社会セクターではまだ頭角を現している人材は少ないが、実は将来を期待できる有望な女性起業家や女性の社会起業家予備軍がこの世代にゴロゴロしている。まさにきら星のごとく、有望人材が豊富な世代だといえるが、そのなかでも堀北真希は頭ひとつ抜きん出る存在だった。
 28歳の若さながら、代表作は『ALWAYS 三丁目の夕日』をはじめ、『野ブタ。をプロデュース』『梅ちゃん先生』など数多い。「堀北真希の出演映画ベスト30」などというまとめサイトまでできてしまうほどの活躍ぶりだった。また、演技に関しても、『ALWAYS 三丁目の夕日』での田舎から集団就職してきたというまさに昭和の純朴少女の役から、『麦子さんと』での自分を捨てた母親の遺骨とともに母親の生まれ故郷を訪れるという難しい役、ドラマ『ヒガンバナ 〜警視庁捜査七課』でのクールな毒舌キャラ、さらにSF映画、ホラー映画などもこなし、まさに死角なしの演技力も高く評価されていた。そして、男なら誰でも抱くであろう、初恋の甘酸っぱさを感じさせる透明感と清純さ。これは、同世代の人気女優である新垣結衣や吉高由里子にはない魅力でもあった。
 この独特の存在感と高い演技力を兼ね備えた女優の引退を惜しむ業界人も多いようだ。個人的にも、彼女には将来の大女優の可能性を感じていただけに非常に残念だ。もっとも、実は数年経てば夫の山本耕史の母親が社長を務める個人事務所から再デビューするのではという話もあり、そこに期待もしたいのだが、「社会貢献の文脈」からいえばそう簡単な話ではない。なぜなら、今回の堀北真希の引退劇は、女性に対して「結局、幸せな家庭を守るため、子どもを守るためには、女性は仕事を捨てるしかないのか」というメッセージを送ってしまっているからだ。「子どもや家庭とどう向き合うかは個人の勝手」「本人が選んだ道を批判するのは筋違い」という批判の声も聞こえてきそうだが、そうではない。これは「社会的責任」の話である。
時代を背負う者が
偉大なスターになる
 いまの「企業の社会的責任(CSR)」の考え方とは、「社会的に影響力の大きい企業は、その影響力に対して十分な配慮をすべし」というものだ。これは欧州委員会の政策文書にハッキリと書かれていることであり、CSR業界のスタンダードな考え方にもなっている。そして近年では、この考え方は企業だけではなく、スターや著名人にも求められる考え方になっている。もともと欧米のセレブはボランティアやチャリティに熱心だが、近年ではその枠を超えて、ハリウッドスターもポップスターも、社会活動家としての役割をどんどん強めている。
 最近の米国芸能界のイシューといえば、人気シンガーソングライターのケシャが、長年にわたってセクハラ被害を受けてきたとしてプロデューサーを訴えている事件があるが、レディ・ガガやテイラー・スウィフトなど多くの人気スターが彼女を支援し、性被害に対する戦いを推進している。レディ・ガガといえば、自身もレイプされた経験があり、いまでもトラウマになっていると2014年にカミングアウトした。それゆえに、米国の大学で頻発しているキャンパス内でのレイプ被害事件を扱った映画『ザ・ハンティング・グラウンド』のために曲を書き下ろし、エンディングで流されている。さらに今年のアカデミー賞授賞式では、レイプ被害に遭った女性たちとともにステージに立ち、この曲を歌っている。
 このように「スターが自分の立場や影響力、メディア発信力を活かして社会課題の解決に貢献する」――これがいまや、世界のスターには当たり前のことになっている。そもそもスターというのは、美男美女であるとか、歌や演技がうまいというだけでなれるものではない。並みの人気歌手、人気俳優にはなれるかもしれないが、偉大なスターにはなれない。歌手も俳優も時代を背負うことで偉大なスターになれる。日本でいえば、美空ひばり、石原裕次郎、加山雄三、高倉健から山口百恵。そして松田聖子やSMAP。いずれも、それぞれの時代を背負っていた。何を背負っていたかは時代によって違うが、いまの時代でいえば「社会的責任」であろう。それを背負う者が時代を象徴する偉大なスターになる、そんな時代だ。そして、堀北真希は偉大なスターになれる絶好のポジションにいた。
 堀北真希が生まれたまさに1988年の流行語大賞の大衆賞は、「アグネス論争」である。歌手のアグネス・チャンが子連れで取引先であるテレビ局の収録に「出勤」したことをめぐって、賛否両論の大論争が巻き起こったが、当時といまとでは時代が違う。この女性活躍推進時代、少子化対策時代に、人気女優やタレントが子連れで仕事場に行くことはむしろ大きな意味を持つが、その先鞭をつける役は誰でもよいというわけでもない。社会的な役割にもはまり役というものがあり、この場合は沢尻エリカでも吉高由里子でも新垣結衣でもない。堀北真希こそはまり役だった。もし、堀北真希が赤ちゃんを連れて映画の撮影現場に来たとしても、撮影現場のスタッフも世間もその行為を批判しにくい空気感になっていたのではないかと思う。そして、子連れ出勤を堀北真希がやってのければ、他の女優やタレントも続きやすい空気になっていただろう。多くの芸能人、ママタレントたちが子連れで職場に来るようになれば、民間企業の空気感も変わっていたはずだ。
 繰り返すが、どのような生き方を選ぶかは個人の自由だ。しかし、業界的にも(個人的にも)堀北真希には偉大な大女優としての将来性、ポテンシャルがあったはずで、それが失われてしまったことはやはり残念だ。たとえ数年後に彼女が芸能界にカムバックしたとしても、大いなる社会転換のチャンスも失われてしまったのである。
 もちろん、堀北真希の引退劇が直接的に安倍政権を倒すわけではない。しかし、これによって多くの若い女性が「家族を守るためには仕事を辞めたほうがいい」という考え方に傾けば、女性リーダーを輩出すべしという女性活躍推進政策は失敗する。それでなくても大企業に勤めるハイスペック女子でさえ、女性リーダーとして活躍したいと考える者は少数派であり、早稲田・慶應の女子学生のなかには総合職でなく一般職を選ぶ者も少なくない。その傾向に拍車をかけることが危惧されるのだ。
 政権にとっての最大の敗北は、世論の反発でも、政治スキャンダルによる退陣でもない。政策の失敗だ。その意味で堀北真希の引退劇は、安倍政権の脅威になりかねないのである。
(ソーシャルビジネス・プランナー&CSRコンサルタント/株式会社ソーシャルプランニング代表 竹井善昭)


さんま反省 道で挨拶された山口百恵さんに気付かず「仕事でっか?」
 タレント・明石家さんま(61)と、ナインティナイン・岡村隆史(46)が6日、大阪市内でABCの特番「明石家ハッピー独身寮」(関西ローカル、20日、後3・00)の収録を行った。さんまは先日、東京・西麻布の路上で、偶然会った山口百恵さんから挨拶されたが、百恵さんと気付かず「仕事でっか?頑張んなはれや!」と返してしまったことを告白した。
 収録冒頭から絶好調のさんまは、岡村に「俺、ええかげんやから、この前、とんでもないことが起こってな。天下の山口百恵さんにやな」と切り出した。
 先日に路上でばったり会った百恵さんから「百恵です、ご無沙汰してます」と挨拶されたが、「俺、チーターって呼ばれるほど、歩くん早いから、気付かんかったんや」というさんまは相手を確認せず、「ああ、どうもどうも!仕事でっか!?頑張んなはれや!また頼むで!ほな、また」と返して、通り過ぎてしまったという。
 すると、百恵さんとも親交がある浅田美代子から電話があり「百恵さんが挨拶したでしょ?『仕事でっか』って言ったでしょ?百恵さん、引退してお仕事してないわよ」と言われ、初めて相手が百恵さんだったことを知ったという。
 浅田からは、百恵さんが「頼むで、って何を頼まれたのかしら?」と首をかしげていることを知らされたという。
 さんまは、浅田を通じて、三浦友和・百恵さん夫妻からカラオケに誘われたこともあることを明かし「めっそうもないわ。おれが同席してはいけない人やで」と語り、「けど、まさか百恵さんと会うなんて夢にも思わんがな」と反省していた。


防衛省の研究「問題多い」 学術会議50年ぶり声明案
 日本の科学者を代表する国の特別機関、日本学術会議は7日、検討委員会を開き、大学の科学者らに研究費を給付する防衛省の公募制度について「政府の介入が著しく、問題が多い」などと指摘した新声明案をまとめた。過去の戦争協力への反省から「軍事研究をしない」ことを掲げた1950年と67年の声明を「継承する」とした。
 2015年に始まった同制度に、科学者らが安易に応募しないよう歯止めをかけるのが狙い。参加の可否は、各大学が妥当性を審査するよう求めた。ただ、強制力がない上に、制度の廃止や応募の禁止までは求めていないため、効果は限定的との見方もある。


防衛省の資金提供 日本学術会議「問題多い」
防衛省が大学などの研究機関に資金を提供する制度を始めたことをきっかけに、科学者と軍事的な研究との関わり方について議論してきた日本学術会議の検討委員会は、防衛省による資金提供について「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募や審査が行われ、政府による研究への介入が著しく問題が多い」などとする新たな声明の案をまとめました。
日本の科学者の代表機関として国が設置している「日本学術会議」は、先の大戦で、科学者が戦争に協力したことへの反省から、▽昭和25年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」とする声明を、▽昭和42年には「軍事目的のための科学研究を行わない」とする声明を、それぞれ発表しています。
一方で、防衛省が、おととし、安全保障環境が厳しさを増す中、将来の防衛装備品の開発につながる大学などの研究機関に研究に資金を提供する制度を始めたことから、日本学術会議は、去年5月、科学者と、安全保障技術など軍事的な研究との関わり方について議論する検討委員会を設け、7日、新たな声明の案を取りまとめました。
声明の案では、まず、現在の日本の科学界がおかれた状況について、「学術と軍事が接近しつつある中、大学などの研究機関における軍事的安全保障研究が学問の自由、および学術の健全な発展と緊張関係にあることを確認する」としたうえで、これまでの2つの声明を「継承する」としています。
そして、防衛省が始めた研究資金の提供制度については、「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募や審査が行われ、政府による研究への介入が著しく問題が多い」としています。
そのうえで、「大学などの研究機関は、軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的・方法・応用の妥当性の観点から、技術的・倫理的に審査する制度を設けるべきである」としています。
この声明案は、来月開かれる日本学術会議の総会で提案される見通しで、認められれば正式な声明となります。
「否定的メッセージ 非常に強い」
日本学術会議が設けた「安全保障と学術に関する検討委員会」で委員長を務めている法政大学の杉田敦教授は、記者会見で7日、取りまとめた新たな声明の案について「防衛省の資金提供制度への応募について、否定的なメッセージが非常に強いと受け止めていただけると思う」と述べました。
また、日本の科学者と軍事的な研究との関わり方について、「日本学術会議は、この問題について半世紀の間、メッセージを発信してこなかった責任がある。この声明をきっかけに今後も議論を積み重ねていくことが必要だと考えている」と述べました。
防衛省「コメント差し控える」
日本学術会議の検討委員会の新たな声明の案をまとめたことについて、防衛省は「日本学術会議が独立の立場で行っているもので、防衛省としてコメントすることは差し控える」としたうえで、「防衛装備に関連する技術力の向上のための施策は、適切に進めていく必要があると考えている」としています。
研究者たちは…
防衛省の資金提供制度に反対する科学者などで作るグループ「軍学共同反対連絡会」の共同代表を務める名古屋大学の池内了名誉教授は7日、取りまとめられた新たな声明の案について、「声明案では防衛省の制度を『問題が多い』と明記するなど最大限努力していただき評価している。今後は各大学がルール作りを進めていくことになると思うが、この声明案が大学にとってはひとつのハードルになり、軍学共同研究が進むことの歯止めになることを期待したい」と話しています。
日本学術会議の検討委員会の委員の1人で、自衛を目的とした研究は認められるべきだと主張してきた九州大学の小松利光名誉教授は「国際社会でいまだに暴力の論理が働いている中で、自衛や防衛を目的とした研究は必要だと考える。学術界は、戦争に関わったという過去の反省から拒否反応が大きいが、日本の排他的経済水域に向けてミサイルが発射されている現実もあり、今後は、大学や学生も含めて、国民的な議論が必要だ」と話しています。
大学などの19研究に防衛省資金
今回の議論のきっかけとなった、防衛省による大学などへの研究資金の提供制度は、おととし導入され、これまでに19の研究が採択されています。
政府は、4年前の平成25年に閣議決定した「防衛計画の大綱」で、安全保障環境が厳しくなる中、防衛力を支える基盤を強化するため、「大学や研究機関との連携の充実などにより、防衛にも応用可能な民生技術の積極的な活用に努める」として、大学などとの連携を強めていく方針を掲げています。
こうした中、防衛省では、民間の先進的な技術を将来の防衛装備品の開発に積極的に取り入れるため、おととし、大学などの研究機関に資金を提供する「安全保障技術研究推進制度」を新たに設けました。
これまでに、大学や研究機関などから153件の応募があり、19件の研究が採択されました。このうち大学からは81件の応募があり、9件が採択されています。
この制度の昨年度の予算はおよそ3億円で、2年目の今年度はおよそ6億円でしたが、3年目となる新年度(平成29年度)の政府の予算案では、およそ110億円と大幅に増額する方針が示されています。
研究1件当たりの提供額も、昨年度と今年度は、最大で、年間およそ4000万円でしたが、新年度の予算案では、最大、5年間で、数十億円規模とすることが計画されています。
資金提供廃止求め科学者らが署名提出
防衛省がおととし始めた、大学などの研究機関に資金を提供する制度をめぐり、制度に反対する科学者などで作るグループ「軍学共同反対連絡会」が7日、防衛省に対し、制度の廃止を求める科学者や市民、およそ6700人分の署名を提出しました。この中で、グループの共同代表を務める名古屋大学の池内了名誉教授は、防衛装備庁の担当者に対し、「制度の廃止を要求します。科学者だけでなく多くの市民もこの制度への問題意識を強く持っていて、危惧の声をぜひとも理解してほしい」と訴えました。