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Au Japon, 1 femme sur 5 obligée de choisir entre son enfant ou son emploi
par Anais Moine
Malgré la crise démographique que connaît le Japon, les femmes sont de plus en plus fréquemment harcelées en entreprise du fait de leur grossesse. Ce phénomène porte même un nom, le matahara.
Le pays du soleil levant connait une situation démographique dramatique et sans précédent. Le taux de natalité actuel est en effet estimé à 1,4 enfant par femme alors même que pour participer au renouvellement démographique il devrait se situer aux alentours de 2,1. Pourtant, les conditions de travail des femmes enceintes ne participent en rien à l’amélioration des choses. Le magazine Elle révèle en effet quelques témoignages de femmes qui, mises à rude épreuve durant leur grossesse, ont préféré quitter leur emploi, au risque de perdre leur enfant si elles persévéraient dans cette voie.
Itsuno, 22 ans, travaillait comme commerciale pour une imprimerie lorsqu’elle est tombée enceinte de son premier enfant. Afin d’éviter les terrifiantes heures de pointe dans les transports japonais, elle a demandé un aménagement d’horaires à son directeur, "Je vivais à quarante minutes de mon travail et la ligne que je prenais tous les jours était vraiment bondée. Cela me faisait peur et je craignais que cela n'affecte ma grossesse" confie-t-elle à Elle. Face à cette requête, ses supérieurs ont alors décidé de la pousser vers la sortie, "Ils m'ont dit que c'était très égoïste de ma part d'exiger cela. Le président m'a posé trois fois la question : "Mais pourquoi tu ne démissionnes pas ? ". Harcelée, la future mère a alors été confrontée à des attaques quotidiennes de la part de son patron qui lui a un jour lancé : "Si tu te souciais vraiment du bien de l'entreprise, tu ne serais pas tombée enceinte."
Déprimée, Itsuno a alors pensé au pire. Ses médecins ont diagnostiqué des idées suicidaires et un stress chronique. Elle est alors forcée sur ordre médical, d’arrêter de travailler durant le reste de sa grossesse afin d’écarter tout risque de fausse couche. Désormais maman d’une petite Yuno, 7 mois, Itsuno n’a pas l’intention de retourner dans son entreprise et cherche une société plus compréhensive et ouverte à la maternité.
Le matahara un phénomène répandu mais tabou
Preuve que le harcèlement au travail est courant lors d’une grossesse, les Japonais ont même inventé un mot pour le caractériser, le matahara (contraction des termes anglais "maternity et harassment" à savoir, "harcèlement pendant la maternité "). Pourtant à l’heure actuelle, les cas de procès pour matahara demeurent extrêmement rares. Dans un pays où les habitants sont très pudiques sur leur vie privée, il n’est en effet pas simple d’aller exposer ses problèmes personnels devant une cour de justice. D’autant plus quand la plupart des victimes pensent que cela est de leur faute et finissent par se sentir coupables d’être tombées enceintes. Ce comportement d’auto-flagellation permet aux cadres peu scrupuleux d’abuser de la faiblesse de ces femmes. Selon une enquête menée en 2015 par le ministère du Travail et de la Santé japonais, 1 japonaise sur 5 qui travaille à temps plein est victime de harcèlement. Pour celles qui travaillent à temps partiel, la situation est encore pire puisque les chiffres montent à 1 femme sur 2 victime de matahara.
Le gouvernement japonais tente tant bien que mal de venir à bout de la crise démographique que connait le pays. Alors que ce dernier s’est fixé comme objectif principal l’augmentation de son taux de natalité avec pour date butoir l’année 2025, il est grand temps que le matahara devienne l’une des priorités des hommes politiques japonais.
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Uの尼女子に説明している時彼女の顔がとても近くてビックリしました.
Muさんに写真の件で相談したところ,承諾書にしたらというナイスなお返事.よかったです.

釜石の被災老舗書店 再建オープン
 東日本大震災で被災した岩手県釜石市の老舗書店が24日、市中心部で再建を果たした。1935年創業の「桑畑書店」3代目社長の桑畑真一さん(63)は「本を必要とする人のため、立ち寄りやすい店を目指したい」と意気込む。
 新店舗は、目抜き通りに面した災害公営住宅1階のテナントに入居する。売り場は約50平方メートルで、21〜23日は高校の同級生やボランティアが引っ越し作業を手伝った。
 震災前に構えていた2階建て店舗は売り場が約230平方メートルあり、ホールも備えていた。釜石出身の作家らを招いたイベントを催し、地元文学ファンに集いの場を提供していた。
 震災は、経費節減などで近年の赤字経営を脱却して間もなく起きた。津波で店舗は全壊し、4万冊以上が流出。近くにあった自宅も失った。
 事務所を借り、泥まみれで見つかった顧客名簿を基に約500件の配達を再開したのは1カ月後。2011年11月には、仮設商店街の店舗で営業を始めた。
 狭い売り場では、特色ある品ぞろえは諦めざるを得ない。震災後に開業した市内の商業施設には大型書店が進出し、売り上げは以前の10分の1以下に減った。正社員2人にはパート勤務に切り替えてもらい、漫画週刊誌1冊から配達に走り回った。
 仮設商店街の入居期限が来年3月に迫る中、市から出店を打診されて決断。震災後の人口減と消費低迷を実感し、本離れとインターネット通販の隆盛に直面する中での再出発だ。
 「不安は大きいが、復興支援などで釜石に来た人と多くの新しい縁ができた。お客さんと対話し、信頼関係を築きながら販売するスタイルで頑張りたい」と桑原さんは前を向く。
 店舗再建を記念して、岩手県立高教諭で、震災を詠んだ句集「龍宮(りゅうぐう)」が現代俳句協会賞特別賞などを受賞した俳人照井翠(みどり)さんの講演会を8月1日午後4時、釜石市のライブ施設「釜石PIT(ピット)」で開く。入場無料。
 連絡先は桑畑書店0193(22)3399。


被災地つなぐ縦断リレー 伊調選手が第1走者
 東日本大震災で被災した青森県から東京都までの約1230キロをランニングと自転車によるリレー形式でつなぐ「未来(あした)への道 1000キロ縦断リレー2017」(東京都など主催)が24日、スタート地点の青森県観光物産館「アスパム」(青森市)を出発した。
 アスパム隣の青い海公園であったグランドスタート式で、山本隆東京都副知事が「(縦断リレーは)震災を風化させず、復興の様子を全国に伝えようと始めた。復興への思いを胸に、走ってほしい」とあいさつ。三村申吾青森県知事の号砲で、約170人の第1区間走者が市中心部約1.7キロを走った。
 第1区間を走ったゲストランナーのリオデジャネイロ五輪女子レスリング金メダリスト伊調馨選手(八戸市出身)は「レスリング以外でも勇気と感動を与えられたらと思い、参加した。あっという間で楽しかった」と話した。
 縦断リレーは青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉各県と東京都の約1230キロを145区間に分け、ランニングと自転車でたすきをつなぐ。参加者は総勢約1800人で、8月7日にゴール地点の両国国技館(東京都)に到着する予定。


<東京五輪>64年大会ポスター 石巻の喫茶店に
 東日本大震災で被災した宮城県石巻市中心部の喫茶店「むぎ」に1964年東京五輪のポスターが飾られている。2013年に病死したマスター増子昌之助さん=当時(86)=が半世紀にわたり大切にしていた。復興五輪を掲げる20年東京五輪・パラリンピックの開幕まで24日で残り3年。「石巻から五輪選手を」。津波の痕跡が残るポスターにはマスターの願いが込められていた。
 陸上選手の力強いスタートの瞬間を切り取った写真ポスターは、有名デザイナーの故亀倉雄策氏(1915〜97年)の作品。62年2月に国立競技場で撮影され、9万部刷られたという。喫茶店に残るポスターは全体的に黄ばみ、水に漬かった染みが一部に残る。
 喫茶店は59年に開店。口数の少なかった増子さんはポスターについて多く語らず、妻の良枝さん(74)は「陸上関係のお客さんが持ってきたと言っていた気がする」と記憶をたどる。
 常連客も入手経路は分からなかったが、宮城県柴田町の柴田小校長坂本忠厚さん(56)がポスターにまつわる話を聞いていた。
 坂本さんは震災当時、石巻市教委生涯学習課に勤務。避難所となった仕事場の石巻中央公民館で、身を寄せた増子さんの話し相手になったという。
 体調を崩した増子さんの力になれればと、人となりを文章にまとめ、避難所で紹介した。海軍飛行予科練習生に志願した話や、横浜で飲んだコーヒーが契機となって喫茶店を始めた思い出話…。ポスターについて「(増子さんが)自分の気持ちを鼓舞するために貼った」とある。
 坂本さんは「マスターは少年野球を教えるなどスポーツ好きで、石巻から五輪選手を育てたいと言っていた」と振り返る。
 増子さんは約1.8メートル浸水した店を修復し、11年11月に再開した店でカウンターに立った後、13年7月に死去した。喫茶店は良枝さんが受け継いだ。
 石巻市は東京五輪に向け、聖火リレー出発地の誘致活動などに取り組む。良枝さんはポスターを眺めながら「生きていたら楽しみだったことでしょう」と懐かしむ。


「気仙沼から五輪へ」フェンシング指導熱衰えず
 モスクワ五輪(1980年)フェンシング日本代表で、宮城県気仙沼市内の高校で長年、フェンシングを指導してきた同市出身の千田健一さん(60)が、今春の定年退職後も市内で競技の普及に励んでいる。これまで2人の五輪選手を育てた千田さんは「もう一度気仙沼からオリンピック選手を出したい」と情熱は衰えない。
 「攻め急いでポイントを取りにいくのではなく、余裕を持って相手の攻めをかわしてみろ」。市総合体育館で今月上旬、千田さんは今夏のインターハイに出場する高校生相手に熱血指導に当たっていた。
 市フェンシング協会が毎週火曜夜に開く小中高生を対象にした練習会で、千田さんは毎回、練習に顔を出す。週末には気仙沼高フェンシング部OB会長として同校に足を運び、後輩に技を伝えている。
 千田さんは「頑張れば世界に手が届くような力のある子がたくさんいる。教えることは生きがいの一つ」とうれしそうに話す。
 24歳で代表となったモスクワ五輪は日本がボイコット。関東を活動拠点としていたが、地元に教員として戻りたいとの思いがあり、ロサンゼルス五輪(84年)は諦めた。
 82年に鼎が浦高(統合で現気仙沼高)で教員人生が始まり、市内の高校で25年間、顧問などを務めた。教頭や校長になっても時間を見つけては指導を続けた。
 2004年アテネ大会から3大会連続で五輪出場した菅原智恵子さん(40)、千田さんの長男で12年ロンドン五輪団体銀メダルの健太さん(31)も育て、インターハイ団体で鼎が浦高を4度、気仙沼高を1度全国制覇に導いた。県内の高校のフェンシング部顧問として活躍する教え子も多い。
 千田さんは「気仙沼でフェンシングと出会い、関わり続けたことで素晴らしい人生を過ごすことができた。指導を続けることが地元への恩返し。気仙沼から世界に飛躍する選手を育て続けたい」と抱負を語った。


<秋田豪雨>孤立住民「死を覚悟」
 記録的な大雨に見舞われ、雄物川が広範囲で氾濫した秋田県大仙市。24世帯62人が孤立した同市刈和野百人畑地区に24日午前、取材で入った。人の背丈まで水に漬かった道路、折れ曲がり、ガードレールに引っ掛かった巨大な流木が濁流の勢いを物語っていた。(秋田総局・鈴木俊平)
 「自宅が水に囲まれた時は死を覚悟した」。同地区の無職清水紀実男さん(77)が24日正午すぎ、水に漬かった家財道具の片付け作業の手を休め、迫り来る水の恐怖を証言した。むせ返る暑さに額の汗が止まらない。
 清水さんが避難勧告を告げる市の広報車の呼び掛けを聞いたのは23日未明。「大丈夫だろう」と楽観視し、家族と自宅にとどまった。
 同日正午すぎ、雄物川の支流・土買川から水があふれ、約450メートル離れた自宅があっという間に濁った水に囲まれた。水没の危険を感じ、妻や孫を連れ、命からがら近くの高台にある実家に車で避難した。
 自宅1階は床上約30センチまで浸水した。たまたま車で避難できる水位だったため、立ち往生することなく避難できたが、「これだけの規模の水害は初めてとはいえ、もう少し早く逃げるべきだった」と反省を口にした。
 同地区の左官業佐々木行憲さん(75)は自宅周辺の水位が急上昇したため、逃げ遅れた。平屋の自宅は水浸しになり、併設する妻(68)が営む理容店の長椅子の上で一夜を明かした。
 翌日、目にした外の世界は「一面、湖のようだった」。「みんなで助け合い、一日も早く復旧させたいが、自宅の再建には時間も金もかかる」と表情を曇らせた。
 大仙市を中心に一時、約340世帯1000人に上った孤立集落は24日夜までにほぼ解消された。


<仙台市長選>奥山市政批判票 郡氏に 
 河北新報社が実施した仙台市長選の出口調査の結果、奥山恵美子市長の市政運営に批判的な有権者の多くが、当選した郡和子氏(60)を投票先に選ぶ傾向がみられた=グラフ=。奥山氏が菅原裕典氏(57)を支援したことから、郡氏は選挙戦で奥山氏からの離反姿勢を強めていた。
 奥山市政を「高く評価している」と答えた人の投票先は菅原氏がトップ。郡氏は「あまり評価していない」「まったく評価していない」の回答者で首位だった。
 郡氏は当初、奥山市政継承の方針を示したが、奥山氏が菅原氏支援を表明後の河北新報社のアンケートでは、市政の継承か刷新かは「どちらとも言えない」と回答。奥山市政への評価(100点満点)も、4候補で最低の60点だった。
 出口調査の結果について奥山氏は24日、「首長は6割、7割の賛同を得ないとスムーズに進まない。郡さんは、幅広い市民の理解を得るような政策に取り組むと思う」と話した。
 出口調査は23日に実施。1944人の回答を得た。


<仙台市長選>政権不信 逆風もろに
 23日に投開票が行われた仙台市長選は、元衆院議員の郡和子氏(60)が新人4人による戦いを制し、初当選した。与野党が真っ向からぶつかった選挙戦は収穫や教訓をもたらした一方、深い傷跡も残した。激戦の内実と余波を探る。(仙台市長選取材班)
◎激戦の残像(上)加計ショック
 「『郡市長』です。よろしくお願いします」
 投開票から一夜明けた24日午前、市役所前で民進党市議らが通行人に当選を報告した。傍らの郡氏も笑みを浮かべ、頭を下げた。
 同じ頃、国会では学校法人「加計(かけ)学園」問題を巡る衆院予算委員会の閉会中審査が始まった。トップバッターを務めた自民党の小野寺五典元防衛相(衆院宮城6区)は、安倍晋三首相に「国民が大きな疑念を持って安倍政権を見つめている」と苦言を呈した。
 市長選と加計学園問題。本来は無縁であるはずの二つの要素が、安倍政権に対する市民の不信が触媒となって結び付いた。
<応援演説で陳謝>
 「おごりがあるという指摘は、謙虚に受け止めなければならない」。選挙戦最終盤の20日、青葉区であった会社社長菅原裕典氏(57)の個人演説会で、応援に来た自民の山本一太元沖縄北方担当相が陳謝した。
 菅原氏を支えた自民市議らも、党への風当たりの強さを肌で感じた。元議長は「支持者に『あなたのことは応援しているが、今回は駄目だ』と言われてしまった」と明かす。
 終盤は電話作戦などを徹底し、票のさらなる積み上げを図ったが、「減るのを食い止めるのが精いっぱいだった」(元議長)。陣営には徒労感が広がった。
 「市議選のような戦い方だ」。自民市議の一人は郡陣営の選挙カーが細い路地にまで入り込んで名前を連呼するのを目撃し、思わずうなった。知名度で劣る菅原陣営にこそ必要な「どぶ板戦術」だったが、ガラス張りの瀟洒(しょうしゃ)な選挙カーは小回りが利かず、細い道は苦手だった。
<「共闘の力確信」>
 「3連休後が勝負だ」。中盤、民進の安住淳代表代行(衆院宮城5区)が陣営に号令し、徹底した安倍政権批判が始まった。
 枝野幸男前幹事長、山尾志桜里前政調会長、福山哲郎幹事長代理ら弁の立つ論客が続々と仙台入り。終盤には国連平和維持活動(PKO)を巡る稲田朋美防衛相の日報隠蔽(いんぺい)疑惑も噴出し、舌鋒は鋭さを増した。
 「しっかりとした枠組みで受け皿をつくれば、自公に対抗できる。共闘は続けていくべきものだと確信した」。郡氏の当選が確実になった23日夜、安住氏は昨夏の参院選に続く野党共闘での勝利に高揚感を隠さなかった。
 与野党の総力戦のはざまで、ともに政党の支援を受けなかった元衆院議員林宙紀(39)、同大久保三代(40)の両氏は埋没した。林氏は「市民が選んだ結果だ」と淡々と語った。


<壇蜜さん動画>当面継続「おおらかに見て」
 仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会(会長・村井嘉浩知事)が制作した観光PR動画への批判を巡り、村井知事は24日の定例記者会見で「県が以前に制作した動画も再生回数が伸び、災い転じて福となっている」と話し、配信を当面継続する考えを示した。
 動画はタレントの壇蜜さん(横手市出身)が牛タンやずんだ餅を妖艶な言い回しで紹介。投稿サイト「ユーチューブ」の再生回数は220万回に達している。村井知事は「他の秀逸な観光PR動画もアクセス数が30〜40倍に急増し、成果はあった」と強調した。
 県議会の全女性議員7人は21日、男女共同参画の理念に反するとして配信停止を申し入れている。「性的な表現が不快」との指摘に対し、村井知事は「内容がエロチックとは思わず、ほのぼのした動画と感じた。おおらかな気持ちで見てほしい」と理解を求めた。
 見直しの可能性については、「動画はキャンペーンの一環。全体の流れを見ながら配信のあり方を検討する」と述べるにとどめた。


河北抄
 街全体が心なしか煙たい感じがする。おまけに、香ばしく甘い香りが充満している。そんな特別な日だ。
 土用の丑(うし)の日。今晩、多くの家庭で「チン」と電子レンジの音が鳴っているのだろう。熱々、ウナギのかば焼き。明かりの下、窓の網戸やカーテンの向こうに楽しいだんらんの光景が見えそう。
 コメ作りに一粒百行(ひとつぶひゃくぎょう)という言葉があるように、ウナギのかば焼きにもさまざまな人の手間暇と苦労がある。
 宮城県亘理町荒浜でウナギ卸業を営む門馬行宏さん(60)。活ウナギを主に売り、母と弟がさばきと串刺しも行う。東日本大震災で自宅といけすを失い、数年かけ家族総出で事業を立て直した。だが、「商売は震災前の3分の1。得意先の福島に店が戻ってこない」と言う。しかも消費市場で国産養殖ものは、安価な中国産や台湾産に押される。「朝4時から働いても、なかなか報われない」と嘆く。
 ウナギが大好きな日本人。誰もがえびす顔かと思いきや、そうでもない。門馬さんは原発事故の後遺症とも闘っている。今夜のかば焼き、ほろ苦い味がしそう。



豪雨の検証 避難情報をどう生かすか
 容赦ない連日の猛暑で、九州豪雨による被災地の環境はより厳しさを増している。被災者に対して一層きめ細かな支援を続けたい。
 災害が長期化する中で、今後の検証が求められる幾つかの課題も浮かび上がってきた。その一つは避難情報を市町村がいかに住民に伝え、生かしてもらうかである。
 災害対策基本法は60条で市町村長は避難を勧告し、より緊急性が高い場合は避難指示を出すことができると定めている。今回の九州豪雨でも福岡、大分両県で広域にわたり、勧告や指示が繰り返し出された。
 ただ、一部地域では勧告や指示を伝える防災行政無線などが不具合を起こし、情報が伝わらなかった可能性があるという。豪雨による停電が原因とみられる。
 防災行政無線が大規模災害時に機能しなくなった例は過去にもある。昨年の熊本地震で被災した一部自治体では停電やバッテリー切れで使えなかった。
 日常的な点検の充実とともに、携帯電話への防災メール発信やインターネットの交流サイト(SNS)の活用も検討課題としたい。
 勧告や指示は「早め早め」が原則だが、個別の被害状況に応じた判断が迫られる。今月5日の豪雨下で、福岡県東峰村は大雨特別警報が出た夕方以降も避難勧告にとどめ、指示に切り替えなかった。「雨の中、夜間の避難は危険と判断した」という。
 確かに山間部は崖や河川などが入り組む上、高齢者世帯も多い。避難する方が危険と判断すれば市町村長は住民に屋内退避も指示できるとする同法の規定もある。この場合はどうだったか。
 当然ながら災害の危険度は一律には測れない。山間部、平野部を問わず、地域ごとに自然環境や危険箇所は異なる。地形はどうか。どこに避難すべきか。日頃から頭の中に入れておかなければ、いざというときに対応できない。
 避難の勧告や指示に拘束力はなく、罰則も伴わない。しかし、命を守るための緊急情報である。検証と改善を重ねたい。


閉会中審査 納得できない首相の説明
 「丁寧に説明したい」と安倍晋三首相が出席しても、疑念は解消するどころか深まった印象が強い。野党が改めて関係者の証人喚問を求めたのも当然である。
 首相の親友が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」が政府の国家戦略特区制度を使って進める獣医学部新設計画を巡る疑惑などを解明するため、衆院予算委員会の閉会中審査がきのうあった。
 首相は「私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」と語った。
 追及する野党を「失礼だ」と高圧的に批判した先の通常国会に比べれば低姿勢だ。ただし問題の核心は姿勢ではない。官僚や首相側近に忖度(そんたく)が働いたのか、首相が何らかの指示をしたのかどうかだ。
 この日の審査で首相は「国家戦略特区諮問会議、特区ワーキンググループは議事録も公開し、オープンなプロセスで決定する。私の働き掛けや指示が入る余地はない」との弁明を何度も繰り返した。
 しかし疑念は議事録に載らない水面下の部分ではないのか。文部科学省では「総理のご意向」などとして内閣府から対応を迫られたとする文書が確認されている。
 親友の獣医学部新設申請を諮問会議議長の首相が知ったのは申請が正式認定された今年1月だったなど、首をかしげたくなるような説明もあった。先月の講演で突然「2校でも3校でもどんどん認める」と獣医学部の全国展開を目指す発言をした真意は曖昧だった。
 「1強」を誇った安倍政権だが、加計学園問題に加え閣僚や若手議員の問題発言などが続き、各報道機関による世論調査で内閣支持率は続落している。
 首相出席の閉会中審査に政権側が応じたのは、きょうの参院予算委を含めて問題の幕引きとし、近く断行する内閣改造・自民党役員人事で人心一新を図る狙いではないか−とも指摘される。しかし、国民が抱く疑念を解消できないままでは信頼回復はおぼつかない。とにかく低姿勢でこの局面を乗り切ろうという考えなら甘い。


加計学園問題  根拠をもって説明せよ
 衆参で計2日間の予算委員会の閉会中審査のうち、衆院の集中審議がきのう安倍晋三首相も出席して行われた。政府の国家戦略特区制度を活用した加計学園の獣医学部新設について、首相は学園からの働き掛けや依頼はなかった、と自身の関与を否定するとともに「私の友人に関わることで、国民から疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁で足らざる点があった」と釈明した。
 学部新設の規制改革が、首相の「腹心の友」を理事長とする加計学園ありきで進められたのではないか。その疑問に正面から向き合わない政権の姿勢が、問題を長引かせてきた。ここで十分納得のいく説明や方針を示せなければ、国民の不信は頂点に達しかねない。東京都議選と、おとといの仙台市長選の結果がそれを示している。
 一内閣の問題でなく、政治全体の信頼性に関わる。覚悟をもって対処すべきである。
 だが、低姿勢を示しつつも首相の本気度はなお見えない。「国民の疑念を晴らす」と述べる一方で、具体策には言及しなかった。
 きのうの審議では、前川喜平前文部科学事務次官からキーパーソンと名指しされた和泉洋人首相補佐官が初めて参考人として証言した。和泉氏らの答弁で鮮明になったのは、文科省の文書の内容を否定する官邸・内閣府側の主張が関係者の「記憶」に基づくものにすぎず、意思決定のプロセスを客観的に検証できないという点だ。
 先週には「加計ありき」を疑わせる別の文書が日本獣医師会にあることも判明した。山本幸三地方創生担当相と同会幹部の昨年11月の面会記録で、山本氏は文書の内容に反論しているが、ここでも山本氏の主張を裏付ける資料は出てきていない。
 根拠はないが政府が言うのだから信用せよ−というに等しい。政府のこれまでの強弁姿勢と本質的に変わらず、「丁寧な」説明どころか、説明にすらなっていない。
 首相自身にも、新設計画を把握した時期について不自然とも取れる答弁があった。野党は計画の白紙化と、一からのやり直しを求めたが首相は拒否した。ならば政府側の主張を裏付ける証拠を徹底調査して開示せねばなるまい。併せて、野党の求める参考人招致や証人喚問に与党は応じるべきだ。
 首相の友人である加計孝太郎理事長ら学園関係者、獣医師会関係者は欠かせない。森友学園への国有地売却問題についても、同様に国民の疑問に答える責任がある。


「加計」首相答弁 国民目線は言葉だけか
 「国民目線に立ち、丁寧な上にも丁寧に説明を重ねる」。安倍晋三首相は冒頭でこう述べたが、果たされたとはとても言えない。
 首相の親友、加計孝太郎氏が理事長の学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設を巡る問題で、首相自身も出席した衆院予算委員会の閉会中審査がきのう、行われた。
 官邸から文部科学省への圧力に関し、首相は指示を否定。「総理自身は言えないから自分が言う」と伝えたとされる和泉洋人首相補佐官も、発言を認めなかった。
 一方で文科省の前川喜平前事務次官は、和泉氏の介入を指摘。疑問はなんら解消していない。
 水掛け論に終始した以上、国会は直ちに、虚偽発言が偽証罪に問われる証人喚問で真偽をただしてほしい。首相は自民党総裁として、実現を指示するのが筋だ。
 首相は、学園による学部新設の申請を知ったのは、特区として認可された今年1月だと説明。学園側からの依頼などはなく、便宜を図ったこともないと主張した。
 だが首相は、学部新設の計画が具体化した昨年後半、会食などで理事長と6回も接触している。
 国家戦略特区諮問会議の議長も務める首相が申請を知らなかったとは、にわかには信じがたい。加計氏にも国会で説明を求めたい。
 与党側は、愛媛県への獣医学部誘致を進めてきた加戸守行前知事を前回に続いて招致した。四国の獣医師不足の現状を聞き、特区認定の正当化を狙ったのだろう。
 国内の獣医師が都市部に集中し地域間格差が生じている問題は、かねて指摘されてきた。解決の突破口として獣医学部新設を目指した加戸氏の思いは理解できる。
 一方で日本獣医師会は、地方に獣医学部を新設しても偏りの是正に直結しないと主張してきた。
 最大の疑念は、そういった議論が尽くされないまま、首相と関係の深い学園の計画が優先されたのではないか、という点にある。
 首相は岩盤規制の改革という側面ばかりを強調するが、公平性を棚上げして問題をすり替える姿勢は、国民目線に応えてはいない。
 特区認定に「私の意向は入りようがない」と言いながら、講演で「中途半端な妥協が疑念を招いた」と、自ら関与を認めるかのような発言をしたのも気にかかる。
 加計問題などの影響で内閣支持率は一部世論調査で30%を切り、政権運営は危険水域にさしかかった。立て直しを望むなら、まずはきょうの参院の閉会中審査で納得できる答弁を尽くすしかない。


加計学園問題/「疑念もっとも」と言うが
 「李下(りか)に冠を正さず。私の友人がかかわることに、国民の疑念の目が向けられるのはもっともだ」。神妙な面持ちで安倍晋三首相が語った。
 きのう衆院予算委員会で閉会中審査が開かれ、首相の友人が理事長を務める加計(かけ)学園の獣医学部新設計画を巡る問題などが審議された。
 首相が強気の答弁を封じ、低姿勢に終始するのは、国民の厳しい視線を意識してのことだろう。内閣の支持率は軒並み急落し、共同通信の世論調査では第2次安倍政権最低の35・8%まで落ち込んだ。東京都議選の自民党惨敗に続き、仙台市長選でも与党候補が敗れた。
 世論調査では不支持の理由として、「首相が信頼できない」との声が51・6%に上った。首相が言うように、信頼を取り戻すには国民の疑念と向き合うしかない。その意味で閉会中審査は絶好の機会である。
 だが首相をはじめ政府側の答弁は、逆に不信感を募らせるものだったと言わざるを得ない。
 加計学園問題では、政府が怪文書扱いした文書が文部科学省で次々確認された。文科省の前事務次官は「首相補佐官に『総理の意向だ』と伝えられた」と具体的な証言を重ねる。
 多くの国民が「加計学園の計画決定には、首相の意向が働いたのではないか」との疑いを強めているのは当然だろう。
 これに対し政府側は、今回も「記憶にない」「記録は残っていない」などと繰り返すばかりだった。記憶はあやふやで記録もないにもかかわらず、総理の働き掛けは否定する。信用しろと言うのは無理な話だ。
 首相は加計学園理事長と「腹心の友」で、何度も食事やゴルフをともにしている。しかし国家戦略特区に加計学園が計画を申請していたことを知ったのは今年1月、特区の申請が認められたときだったと主張した。
 友人が申請していたから公平公正を心掛けた、と言うのならまだ分かる。申請自体を知らなかった、だから働き掛けはありえないとの説明に、どれぐらいの国民が納得するだろうか。
 きょうは参院予算委員会で閉会中審査がある。「疑念はもっとも」と言うのなら、もっと誠実な答弁に努めるべきだ。


「加計」問題で閉会中審査 首相は包み隠さずに語れ
 これまでと一転して、安倍晋三首相は終始、低姿勢だった。しかし、首相らの説明そのものは相変わらず説得力に乏しかった。
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題を中心に、きのう衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。
 内閣支持率の急落が続く状況を意識したのだろう。首相は「国民から疑念の目が向けられるのはもっともなことだ」と認めた。
 だが、その言葉とは裏腹に、逆に疑念を深める結果となったのは、加計学園が獣医学部新設を申請しているのを首相が知った時期について「今年1月20日の国家戦略特区諮問会議だった」と答弁したことだ。
 今、問われているのは昨夏以来、首相官邸や内閣府の主導により、「はじめに加計ありき」で強引に獣医学部新設の手続きが進められたのではないかという問題である。
 一方、首相と学園理事長の加計孝太郎氏は古い友人で、昨夏以降も再三ゴルフや食事をともにしている。しかも首相は諮問会議の議長だ。にもかかわらず同学園が長年希望してきた獣医学部新設について具体的に話題になったこともないという。それはかえって不自然ではないか。
 首相は自らは関与せず、同学園に便宜もはかったわけではないことを強調するため無理な答弁をしているのではないかと疑問が残る。
 疑念を晴らすには、まず首相が取り繕わずに率直に語ることだ。またこの答弁の真偽を明らかにするためにも、いまだに記者会見もしていない加計氏の国会招致が不可欠だ。
 質疑では、前川喜平前文部科学事務次官が改めて官邸の関与を証言したのに対し、和泉洋人首相補佐官らがそれを「記憶にない」「言っていない」と否定する場面も続いた。
 官邸側は、前川氏や一連の文書を残した文科省が「勝手な思い込みをしている」と言いたいようだが、前川証言を覆す記録文書などは出せないままだ。
 閉会中審査はきょう参院予算委員会でも行われる。解明に進展がなければ、虚偽の証言が罰せられる証人喚問を検討しなくてはならない。
 首相はこの日、「計画を白紙にすることは考えていない」とも明言した。そうであるなら、より納得のいく説明が必要となる。


加計問題 閉会中審査/証人喚問で疑惑に決着を
 関係者の水掛け論に終始し、国民の不信が解消されたとはとても言えない。うそを言えば、偽証罪に問われる証人喚問でなければ、もはや真偽をはっきりさせるのは不可能ではないか。
 安倍晋三首相の友人である加計(かけ)孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設を巡る問題である。
 「自分に疑念の目が向けられるのはもっともだ」。安倍首相はきのう行われた衆院予算委員会の閉会中審査で、これまでの国会答弁が不十分だったとの認識をにじませた。
 謙虚さを演出したのだろうが、答弁内容にはほとんど変化はなかった。加計学園が国家戦略特区の事業者に選ばれるよう便宜を図ったかどうかは繰り返し否定。「一点の曇りもない」と述べた。
 驚くべきことは、同学園の新設計画を把握した時期について「自分が知ったのは1月20日の特区諮問会議の時点だ」と語った答弁だ。この日は、さまざまな段階を経て加計学園が晴れて事業者として公に認められた時である。
 諮問会議の議長でもある安倍首相は特区事業の進行状況を掌握すべき立場であり、発言は得心できない。
 まして安倍首相と加計氏は頻繁に会食やゴルフをしている間柄だ。加計学園の立ち位置を知らなかったとは到底考えられない。野党側が要求したように、加計氏を国会招致すべきだ。
 首相の意向が働いていたとする疑念の根拠は、昨年9月、前川喜平前文部事務次官が和泉洋人首相補佐官から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と、学部新設の対応を迫られたと証言している点だった。
 参考人として今回初めて出席した、「キーパーソン」とされる和泉氏は「記憶にないし、言っていない」の一点張り。面談の日時まで詳細に述べた前川氏と対照的だった。
 今のままでは、「加計ありき」で新設論議が進んでいたのではないかという疑念は拭えない。前川氏は了承しているのだから、和泉氏と共に証人喚問し、白黒決着を図る必要がある。
 学部の開学時期を昨年11月の段階で内閣府が「2018年4月」とし、加計学園しか応募できなかった。競合していた京都産業大が先日記者会見し「予期していない期日で難しかった」と断念の理由を明らかにしている。
 山本幸三地方創生担当相は「スピード重視。適切に効果を見るためだ」などと答弁したが、情報の伝わる時期にも差があり、前川氏は「極めて不公平だった」と指摘した。ここでも話が食い違った。
 民進党から新設計画の「白紙化」を促されたが、安倍首相は否定した。しかし、いったん、議論をリセットしないと、国民の信頼を取り戻せない事態にまで発展しているのではないか。もう限界だ。


疑念解消へ証人喚問を/衆院閉会中審査
 疑念は晴れるどころかより深まったのではないか。主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がった。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問が必要だ。
 安倍晋三首相は24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、「私の友人が関わることだから、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」と、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響で内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き、委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピールして、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし、加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかという指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園の申請が認められた時点だとの認識を示した。
 しかし、理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで数回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省してみせたが、反省の言葉や姿勢ではなく具体的な潔白の証明が求められる。


予算委閉会中審査 証人喚問をためらうな
 安倍晋三首相の親友が理事長を務める岡山市の学校法人「加計学園」が、政府の国家戦略特区制度により愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画で、疑惑の焦点は行政の公平性が保たれているか−という一点に尽きる。
 愛媛・加計とともに名乗りを上げていた京都府と京都産業大は、事業者公募の直前に開学が2018年4月と知らされ「準備が間に合わない」として断念している。
 首相不在で開かれた10日の閉会中審査に続き、今度は首相出席で衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。25日は参院でも実施されるが、衆院を見るにつけ、どこまで真相に迫れるものか心もとない。
 目立ったのは、東京都議選の応援演説でやじられた際の「こんな人たち」発言とは対照的な安倍首相の低姿勢。同発言を「批判があるのは不徳の致すところ」とわび、加計疑惑への関わりを否定した上で「李下(りか)に冠を正さず」と至らなさを自戒した。
 一方で、加計学園の申請は今年1月20日に認定されるまで「知らなかった」とするなど首をかしげる発言もある。民進党によると、首相と学園理事長は16年に7回接触。本紙掲載の「首相動静」とも符合し、特区の作業が加速する夏以降に集中している。
 決定するまで知らなかったから、加計学園に便宜を図ることなどあり得ないという理屈になるのだろう。戦略特区を主導する立場で何度となく会議に出席しながら、この答弁はいかにも不自然だ。
 加計疑惑に火をつけた前川喜平前文科事務次官は「昨年9月9日」と日にちを限定して、和泉洋人首相補佐官に対応をせかされる中で「総理が言えないから私が言う」と言われたと改めて主張。和泉氏は「全く記憶がない。言っていない」と反論した。
 「言った」「言わない」の水掛け論は不毛になりがちだが、この2人の当時の会話は捨て置けない。一方が確実にうそをついているからだ。
 加計学園の問題では、政府が当初「怪文書」などとしてまともに取り合わなかった文科省の内部文書の存在が次々と明らかになった。だが、多くは間接的に「加計ありき」をにおわせる内容。政府側関係者は今回も「記憶にない」「言っていない」と、議論は交わらないままだ。
 前川、和泉両氏の会話の解明は、発言の当事者だけに疑惑の真相に直結する。参院審査での発言にも注目したい。
 国会が国民の声を「忖度(そんたく)」するなら、偽証などに刑罰を伴う証人喚問に切り替えてでも白黒をはっきりさせてもらいたい。森友学園の問題で、政府、与党は即座に民間人の理事長を喚問。今回はともに公人だ。責任は余計に重い。


加計学園問題 堂々巡りのもどかしさ
 加計学園の獣医学部新設計画を巡り、関係者の主張は今回も食い違い、真相がはっきりしないままだ。もどかしい衆院予算委員会の閉会中審査だった。
 政府は「加計ありき」の疑惑を否定する。しかし、肝心なところでは「記録がない」などと曖昧さを残している。丁寧な説明には程遠い。きょうの参院予算委でさらに切り込まなくてはならない。
 支持率が下がる中、安倍晋三首相は神妙な姿勢を見せた。これまでの国会答弁について「足らざる点があった」と反省を口にしている。「私の友人が関わることに疑念の目が向けられるのはもっともだ」とも述べた。
 一方で、学園側から働き掛けや依頼はなかったとし、自身も便宜を図ったことはないと関与を否定した。「岩盤規制」の改革を全体としてスピード感を持って進めるよう指示したと規制緩和の意義を重ねて強調している。
 規制改革の是非に議論をすり替えたいのではないか。問題は国家戦略特区制度によって首相の友人が理事長を務める学園だけに獣医学部新設が認められたことだ。公平、公正だったのか。政府の説明は説得力を欠く。
 政府は2015年に獣医学部新設の4条件を閣議決定した。このうち、既存の大学では対応が困難との項目について山本幸三地方創生担当相は各大学に確認していないとした。一体、何を根拠に条件を満たすと判断したのか。
 委員会には、官邸の動きが計画の背景にあったとする文部科学省の前川喜平前事務次官のほか、前川氏が「キーパーソン」と指摘する和泉洋人首相補佐官らが参考人として出席した。
 前川氏は、和泉氏から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と手続きを急ぐよう促されたと証言している。和泉氏は記録がないとした上で「こんな極端なことを言ったら記憶に残る」と発言を否定した。言った言わないの水掛け論では、らちが明かない。
 山本担当相も同様だ。学園による愛媛県での計画が認められる約2カ月前、日本獣医師会側と面会した際に「四国で新設することになった」と述べたとの記録が獣医師会にあった。山本氏は「獣医師会側の思い込み」とする。山本氏側の記録はないという。
 今回、与野党が参考人招致で合意していた獣医師会幹部は「都合がつかない」と欠席した。野党は学園の理事長らの招致も求めている。引き続き幅広い関係者から詳しく説明を聞く必要がある。


加計問題と首相 弁明で幕引きとはいかぬ
 国民は安倍晋三首相の弁明を聞くより、事実を知りたいはずである。首相はそこを分かっているのかどうか。
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡る問題などで内閣支持率の落ち込みが続く中、首相が出席して衆院予算委員会の閉会中審査が行われた。
 加計学園理事長は、首相の友人だ。問題の焦点は、首相や官邸の関与による「加計ありき」があったか否かである。
 審議の中で安倍首相は低姿勢を貫いた。加計側の働き掛けや依頼はなかったと説明し、自らも便宜を図ったことはないと、関与を改めて否定した。
 その一方、官邸側の働き掛けを巡り、参考人による答弁の食い違いも目立った。
 疑問の解消にはいまだ遠い。25日には参院予算委員会でも閉会中審査がある。衆院での審議を踏まえ、事実解明に資するものとしなければならない。
 獣医学部の新設を巡っては「加計ありき」をうかがわせる「総理のご意向」文書などが明らかになり、前文部科学事務次官の前川喜平氏が官邸側の関与を証言した。
 首相が不在だった10日の閉会中審査に参考人として出席した前川氏は、和泉洋人首相補佐官の名前を挙げ「さまざまな動きをしていた」と述べた。今回は前川氏とともに、初めて和泉氏も参考人として出席した。
 前川氏は昨年9月、和泉氏から「総理は自分の口から言えないから自分が言う」として、獣医学部新設で対応を促されたと重ねて証言した。和泉氏は「言っていない」と全面否定した。
 日本獣医師会関係者が、愛媛県今治市での獣医学部新設計画が認められる約2カ月前に山本幸三地方創生担当相と面会し、山本氏から四国での新設を伝えられたとされる問題も発覚した。
 しかし、山本氏は選定過程に関して「一点の曇りもないルールに従ってやった」と語った。
 首相や官邸の関与を指摘する側は「記録」を根拠とし、否定する側は「記憶」に基づく。加計問題を巡っては、似たような構図で平行線の議論が続く。
 このままでは事実の解明は困難である。国民の疑問が晴れるとも思えない。
 参院審議の中身次第では、これまでの議論を整理した上で偽証罪が適用される証人喚問を通じ、事実解明に向けた徹底的な議論を行う必要があろう。
 閉会中審査の答弁で首相は「丁寧な上に丁寧に説明する」と強調した。だが、国民が求める「丁寧さ」とは落差が大きいと感じざるを得ない。
 加計問題への国民の疑念は政権に対する不信を深め、仙台市長選での与党系候補の敗北につながったと指摘されている。南スーダン国連平和維持活動部隊の日報隠蔽(いんぺい)を巡る稲田朋美防衛相の事前了承問題も浮上している。
 政権不信の原因をきちんと見極め、解消へ指導力を発揮する。それこそが、首相にいま求められている「丁寧さ」である。


「加計問題」首相答弁 低姿勢ぶり演じただけか
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」が国家戦略特区制度を活用し愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を巡り、衆院予算委員会で集中審議が行われた。首相は「疑念の目が向けられるのはもっともだ」などと低姿勢ぶりを示した。
 加計側からの働きかけや自らの便宜供与に関して否定したものの、具体的な証明はなく「疑念」は晴れずじまい。25日には参院でも行われるが、野党が求める加計孝太郎理事長らの証人喚問に応じるべきだ。
 一方、首相の答弁で解せなかったのは、加計学園の特区応募を「諮問会議で認定された今年1月20日まで知らなかった」と述べたこと。1月4日には獣医学部を新設を目指す業者への告示が始まり、11日に公募終了。応募したのは加計学園のみで事業者に決定した。
 野党の示した資料では、昨年の後半、首相と加計理事長は会食やゴルフを重ねていた。数十年来の「腹心の友」という間柄にありながら、獣医学部の話は「一切なかった」との答弁はにわかには信じがたい。知っていて会食などをしていたとすれば、故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたのではないか。
 他の閣僚や官僚の答弁は「記憶にない」などと、相変わらずの不誠実ぶりだ。
 2015年4月に今治市の担当職員が急きょ首相官邸に呼ばれたとした市側の文書については、対応したとされる当時の首相秘書官が「記憶にない」を連発。2年前の段階から加計学園ありきで進められてきたとみられる文書だ。官邸には来歴記録などもないという。そんなお粗末な情報管理でいいのか。
 山本幸三地方創生担当相の答弁も混迷を極めた。獣医学部新設を巡り閣議決定された4条件のうち、「既存大学では新分野への対応が困難」との条件に、野党から「困難かどうか、既存大学に問い合わせたのか」と問われ、「規制のメリットを享受している側からは聞いていない」と答弁したのにはあきれるばかりだ。
 また、昨年11月17日の山本氏との面談を踏まえ「獣医学部は四国での新設が決まった」などと議事録に残した日本獣医師会幹部の参考人招致を急きょ取りやめたのはなぜか。何らかの圧力や忖度(そんたく)があったとしか思えない。
 前川喜平前文部科学次官は、昨年9月に和泉洋人首相補佐官から「総理は自分の口からは言えないから私が代わって言う」と文科省の対応を促されたと重ねて証言。これに対し和泉氏は「言っていない」と否定し、平行線に終始した。
 文科省の文書のうち、昨年11月8日付で発信された「加計学園への伝達事項」は、松野博一文科相が存在したと答弁。構想の不十分さへの懸念と改善点を示す内容であり、「加計ありき」そのものではないか。
 稲田朋美防衛相に関する南スーダンの日報問題でも踏み込んだ議論には至らなかった。渦巻く国民の疑念には具体的な潔白の証明こそが求められている。


衆院閉会中審査/疑念解消へ潔白の証明を
 安倍晋三首相は、24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 「李下(りか)に冠を正さずという言葉がある。私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響などで内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピール、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかとの指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がってきた。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問も考えるべきだろう。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園が国家戦略特区に申請した時点だとの認識を示した。しかし理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで6回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。計画を把握しながら食事やゴルフをしていたとなれば故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたとしか考えられない。
 また、2015年4月初め、首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が愛媛県今治市の職員と首相官邸で面会した可能性に関する答弁も、納得し難いものだった。
 柳瀬氏は「覚えていない。会ったとも会っていないとも申し上げようがない」と述べる一方、記録がなく、個人的な手帳にも面会相手や日時を記載しておらず、確認もできないとした。
 さらに安倍首相は官邸の入館記録も保存されていないと答弁した。これでは、都合の悪いことには答えないという基本姿勢は全く変わっていないように思われてしまう。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省する姿勢を示した。
 しかし、都合の悪いことをごまかそうとしていると受け止められれば、国民の疑念は晴れるどころか、深まってしまいかねない。
 必要なのは、もはや反省の言葉や姿勢ではなく、具体的な潔白の証明だろう。


首相出席の閉会中審査 「丁寧な説明」と言えぬ
> 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人加計学園の獣医学部新設計画に関わる問題などを巡り、衆院予算委員会できのう閉会中審査があった。
 内閣支持率の急落に押されるように安倍首相も出席し、通常国会閉会後初めて加計問題について国会で説明する貴重な機会だった。しかし文書や証言で次々と明らかになった疑惑について首相も閣僚も口頭で否定するばかりで、国民の疑念が拭えたとはいえない。
 焦点は、獣医学部新設で加計学園が有利となるよう、「加計ありき」で首相や官邸が便宜を図ったかどうか、公正・公平であるべき行政がゆがめられなかったか―に尽きる。
 冒頭、安倍首相は「私の友人に関わることで疑念の目が向けられるのはもっとも」と述べ、「一点の曇りもない」と関与を否定した。「丁寧な上に丁寧に説明する」と繰り返し口にしたが、それを裏付ける証拠は示さず、空虚な言葉を重ねた。疑念はより深まったといえる。
 不自然だったのは、安倍首相が加計学園の獣医学部新設を把握した時期である。野党の質問に、国家戦略特区の申請が認定された1月20日時点だったと強調した。加計孝太郎理事長との親密な関係は首相も認めている。その上での答弁に、質問した議員が「にわかに信じ難い」と述べたのもうなずける。
 今回の閉会中審査には、官邸が不当に関与したと指摘する前川喜平前文部科学事務次官に加え、「キーパーソン」とされる和泉洋人首相補佐官も初めて参考人として出席した。
 前川氏は昨年9月以降の具体的な日時を示し、和泉氏から「総理の口から言えないから私が言う」と新設の手続きを促されたと重ねて証言した。一方の和泉氏は記録はないとしつつ、「言っておりません」と繰り返した。双方の主張が平行線をたどったのは残念だ。
 「加計ありき」を疑わせる証言や記録は、ほかにもある。計画が認められる約2カ月前、山本幸三地方創生担当相が日本獣医師会に「四国で新設する」と伝えたとされる。
 同学園が獣医学部新設を計画する愛媛県今治市の職員の出張記録からは、政府が国家戦略特区を活用した獣医学部の新設方針を決めた昨年11月までに、内閣府が今治市と事前に協議した疑いが持たれている。
 野党から追及された政府は、いずれも、記録や記憶がないとして否定した。しかし、その根拠を併せて示すのでなければ、国民は納得できまい。
 新設計画をいったん白紙に戻すべきでは、との野党からの問いに、安倍首相は「適切なプロセスを踏んだもので白紙にすることは考えてない」と述べた。だが、少なくとも「一点の曇りもない」ことが証明できるまで、同学部の設置認可は先延ばしするのが筋である。
 対応や政権の姿勢に国民から厳しい視線が注がれていることは、先の東京都議選や仙台市長選の結果からも明らかだ。
 安倍政権にとって正念場である。きょう開かれる参院予算委での閉会中審査では誠実に答弁すべきだ。疑惑に対し、根拠を示さず、同じ答弁を繰り返すのであれば、「丁寧な説明」には程遠い。加計理事長の招致や証人喚問も必要ではないか。


加計問題衆院審査 信じ難い首相の答弁 疑惑深まる
 疑惑はさらに深まったと言わざるを得ない。
 学校法人「加計学園」による今治市への獣医学部新設について、衆院予算委員会の閉会中審査がきのうあった。「加計ありき」の疑念が解消されないばかりか、手続きの不備などの疑いも新たに明らかになった。安倍晋三首相は野党が求める臨時国会や関係者の証人喚問に応じ、事実解明を進めねばならない。
 首相は学部新設計画を知った時期を学園が事業者に認められた今年1月20日と明言した。2016年11月には、首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設を認める方針を決めている。具体的な事業主体を知らずに議長を務めていたのであれば、無責任に過ぎる。一方、自ら「腹心の友」という加計孝太郎理事長とは審議が本格化する昨夏以降、たびたび食事やゴルフをしており、計画を知らなかったとは到底信じ難い。
 獣医学部新設4条件に関する山本幸三地方創生担当相の答弁も看過できない。「既存の大学・学部では対応困難」との条件に関して「新設を認めない規制のメリットを受ける既存16大学に、規制改革の可能性を尋ねるのは中立性を欠く」と述べ、聴取していないとした。大学に聞かずに対応が困難なのかは確認できるはずもない。手続きに瑕疵(かし)があるのは明らかだ。加計学園が4条件を満たしているか、改めて確認する必要がある。
 野党は今治市が開示した文書をもとに、15年4月に市担当者が官邸を訪れたことについて、関係者の証言として「首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が面会し、希望に沿える方向で進んでいる趣旨の話をしている」と追及。柳瀬氏は「記憶にない」と繰り返した。
 証言が事実であれば、「加計ありき」の裏付けにもなる。多額の税金を投入する今治市として、市民に説明責任を果たす上でも、面会相手や内容の詳細を明らかにしなければならない。情報公開条例が公開できるとする「公益上特に必要がある」事項に該当する。非開示では、市も「疑惑隠し」に関与していると受け止められかねない。
 前川喜平前文部科学事務次官が、「総理の口から言えないから私が言う」などと手続きを促されたとする和泉洋人首相補佐官は「言っていない」と否定した。問題を指摘された側は「記録も記憶もない」「言っていない」が決まり文句になってしまっている。これでは「官僚の忖度(そんたく)」が働いたのではないかとの疑惑は解消しない。
 首相は「国民の疑念を晴らすため、何ができるか真剣に考えたい」との考えを示した。それには、関係者の証言を積み上げていくことだ。野党は、加計氏らを偽証罪に問われる証人喚問に呼ぶよう求めている。首相は「国会が決めること」と述べるが、自身が決断すれば実現できる。喚問実施は、疑惑解明に向けて果たさねばならない首相の責任の一つだ。


衆院「加計」審議 首相への疑問が膨らんだ
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡り、衆院予算委員会で閉会中審査が行われた。
 この中で安倍晋三首相は、加計学園が国家戦略特区制度に申請していたのを知ったのは、特区の諮問会議で計画が認定された今年1月20日だと述べた。
 学園の理事長は首相の親しい友人である。認定まで知らなかったというのは不自然ではないか。
 国民の目線で丁寧に説明すると話した首相だが、疑問が払拭(ふっしょく)されるどころか、むしろ膨らんだといえよう。
 きょうの参院予算委で説明を尽くすとともに、国会は理事長ら関係者の証人喚問を実施すべきだ。
 首相は、理事長について「彼が私の地位や立場を利用して、何かを成し遂げようとしたことはない」と強調。新設計画に関しても「具体的な話は一切なかった」とした。
 だが、首相は第2次安倍政権の発足以降、少なくとも理事長と14回会っている。このうち6回は昨年7月から12月にかけてで、飲食やゴルフを共にしたという。新設計画が進んだ時期と重なる。
 加計学園の計画は、愛媛県と今治市が2007年から計15回、構造改革特区に申請して認められなかった懸案事項だ。なのに、理事長は一度も言わなかったのだろうか。
 首相は、ゴルフ代について「全て私が払っている」と述べたが、食事代は自身と先方それぞれあるとし、「何か頼まれてごちそうされたことはない」と歯切れが悪かった。
 国家公務員倫理規程は、利害関係者から供応接待を受けたり、一緒にゴルフをしたりすることを禁じている。職務の公正さを保つためだ。行政のトップである首相は、自らをより厳しく律しなければならない。
 接待などはなかったのか。一方の当事者である理事長からの説明を聞かなければ、国民の納得は得られまい。
 和泉洋人首相補佐官の証言も注目された。新設手続きを促した際、「総理の口から言えないから、私が代わりに言う」と発言したと、前川喜平・前文部科学事務次官に指摘された人だ。
 これに対して、和泉氏は「記憶にないし、言っていない」と否定した。
 今治市の職員が首相官邸を訪ねた際、面会したとされる当時の首相秘書官の柳瀬唯夫経済産業審議官も「会ったという記憶はない」と述べた。面会が事実なら異例の対応であり、加計学園を特別扱いしていたことになる。
 予想されたとはいえ、今回も「記憶にない」が連発されたのは残念だ。水掛け論に終わらせないためにも、偽証すれば罪に問われる証人喚問が必要である。
 この日は、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題はほとんど取り上げられなかった。参院委でしっかりと議論しなければならない。


【国会予算委審査】加計理事長らを招致せよ
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題や、陸上自衛隊の南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る衆院予算委員会の閉会中審査が安倍首相も出席して開かれたが、真相解明には程遠い内容に終わった。
 強権的な政権運営や閣僚の失言などで内閣支持率が急落する中、信頼回復を狙った安倍首相の思惑は外れたのではないか。客観的に事実を証明できる説明でなければ、国民の納得は得られまい。
 加計問題は、首相の関与や官僚の忖度(そんたく)、便宜の有無などが焦点だ。官邸側から「加計ありき」の指示があったとする文部科学省側の内部メモや前川喜平前事務次官の証言を官邸側は一貫して否定してきた。
 きのうの閉会中審査で首相は自らの関与も学園側の依頼も全面否定し、特区の白紙化にも応じなかった。答弁の中では、学園の特区申請や選定を初めて知ったのは、今年1月20日に諮問会議で申請が認められた時点だったと答えた。
 だが、首相は学園理事長を「腹心の友」と公言し、ゴルフや会食を重ねる仲だ。学園は2007年から15回も特区申請してきた経過もある。理事長に申請の意向があったことも「知らなかった」という首相の釈明は、常識的にも国民の腹に落ちないのではないか。
 前川前次官が、「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と加計選定を迫られたとする和泉洋人首相補佐官は「言っていない」と語気を強めた。一方で、特区の実現を急がせた事実は認め、個人的な「関心で聞いた」と釈明したが、不自然さは拭えない。
 獣医学部新設のパブリックコメント(意見公募)に「準備期間が短すぎる」「教員確保が困難」などの疑問が寄せられたものの、内閣府が聞き置いた疑いも浮上。獣医学部の新設4条件について、既存の大学に対応の可能性を問い合わせていなかったことも明らかになった。
 松野博一文科相は、これまで不存在としてきた「加計学園への伝達事項」と題した文書の存在を認めた。特区募集要項の公表前に作成された可能性がある。「加計ありき」の疑念は深まるばかりだ。
 陸自の日報隠蔽問題も、稲田朋美防衛相は「隠蔽を了承するとかはない」と従来の潔白主張に終始。質疑は深まらなかった。
 安倍首相は「国民の疑念はもっともだ」とも述べた。その自戒の弁とは裏腹に答弁は説得力を欠く。森友学園問題の解明も進まず、審査は全て消化不良のままだ。
 閉会中審査はきょうの参院予算委でも続くが、これまでの質疑では事実解明に限界も見える。加計学園理事長や安倍昭恵首相夫人、陸自幹部らの国会招致に首相は応じるべきだ。森友学園の理事長を証人喚問した対応とも整合しない。
 行政がゆがめられたのではないか―。首相、与党は国民の疑問に誠実に応える責任がある。


衆院閉会中審査 疑念解消へ証人喚問を
 国民の疑念は晴れるどころかより深まったのではないか。
 「李下(りか)に冠を正さずという言葉がある。私の友人に関わることで、疑念の目が向けられるのはもっともだ。今までの答弁ではその観点が欠けていた」
 安倍晋三首相は、24日の衆院予算委員会の閉会中審査で、友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡る問題について、これまでになかった反省の言葉を口にした。
 また、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題に関しても「妻が名誉校長を務めていたのは事実なので、国民から疑いの目が向けられるのはもっともだ。私の答弁にも至らない点があった」と答弁した。
 両学園の問題に加え南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題の影響で内閣支持率が続落、東京都議選で自民党が惨敗を喫したのに続き委員会前日投開票の仙台市長選でも支援候補が敗北した。
 友人や妻が関係していることが疑念を招いたと認めて低姿勢をアピール、なんとか世論の理解を得ようとしたとみられる。しかし、加計側から働き掛けや依頼があったのではないか、あるいは忖度(そんたく)によって便宜が図られたのではないかとの指摘に対しては、従来通り否定するだけだった。
 主張を裏付ける具体的な証明はなされず、新たな疑問点も浮かび上がってきた。25日に開かれる参院予算委員会も同様の結果に終わるのであれば、野党が求める関係者の証人喚問が必要だ。
 安倍首相の答弁で不自然だったのは、加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期。今年1月20日に学園が国家戦略特区に申請した時点だとの認識を示した。しかし、理事長とは「学生時代からの友人」であり、民進党委員の指摘だけでも、両者は昨年7月以降、年末まで6回、食事やゴルフを共にしている。
 さらに、この時期に安倍首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で獣医学部新設問題が議論されており、今年1月まで加計学園の計画を認識していなかったというのは理解し難い。計画を把握しながら食事やゴルフをしていたとなれば故意の利益相反となるため、知らなかったことにしたとしか考えられない。
 また、2015年4月初め、首相秘書官だった柳瀬唯夫経済産業審議官が愛媛県今治市の職員と首相官邸で面会した可能性に関する答弁も、納得し難いものだった。
 柳瀬氏は「覚えていない。会ったとも会っていないとも申し上げようがない」と述べる一方、記録がなく、個人的な手帳にも面会相手や日時を記載しておらず、確認もできないとした。
 さらに安倍首相は官邸の入館記録も保存されていないと答弁した。
 結局、自分たちに都合の悪いことには答えないという基本姿勢は全く変わっていないようだ。
 加計学園、森友学園両問題について安倍首相は「李下に冠を正さず」という故事を引き、疑念を招いたことを反省してみせた。この故事は「スモモを盗んでいない」ことが前提だが、安倍首相らの答弁を聞けば聞くほど、都合の悪いことをごまかそうとしているとの疑いが強まってくる。
 必要なのは、もはや反省の言葉や姿勢ではない。具体的な潔白の証明である。(共同通信・柿崎明二)


[加計衆院予算委] 国民の「不信」拭えたか
 安倍晋三首相が出席する衆院予算委員会の閉会中審査が行われ、首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画について審議した。
 安倍内閣の支持率が低下し、国民の厳しい視線が向けられるなかで、首相は低姿勢で弁明の言葉を口にした。
 加計学園に便宜を図ったのでは、という疑惑については重ねて否定。政府側は野党の質問に「記憶にない」を繰り返した。
 これでは国民の「不信感」が拭えたとは言い難い。水掛け論が続くばかりなら、きょうの参院予算委員会で幕引きができるとは到底思えない。証人喚問などを通じた一層の疑惑解明を求めたい。
 首相は「(説明に)足らざる点があったことは率直に認めなければならない」と弁明。「私の友人が関わることに疑念の目が向けられるのはもっとも」と述べた。一方、加計側からの働き掛けはなかったと強調した。
 政府側が主張したのは、国家戦略特区制度による獣医学部新設手続きの正当性だ。
 首相は「民間人の入った諮問会議で検討がなされている」などと述べる一方で、「省庁間の交渉に食い違いが出ていることには反省もある」とした。手続きは適正だったが、役所間の食い違いで疑念を招いたと言いたいようだ。
 しかし、国民が疑問に感じているのは、規制緩和の結果で選ばれたのがなぜ「加計学園」だったのか、という点だ。
 前川喜平前文部科学事務次官は、和泉洋人首相補佐官から昨年、「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と獣医学部新設への対応を促されたことを重ねて証言した。だが、和泉氏は「言っていない」と否定した。
 愛媛県今治市の職員が2015年に、当時の柳瀬唯夫首相秘書官と官邸で面会したとされることについても、柳瀬氏は「覚えていない」とした。
 首相官邸から文科省への働きかけも今治市の訪問も、文科省や今治市には文書が残っている。ところが政府は、記憶や記録がないの一点張りだ。国民の疑念を解消する姿勢は感じられない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題では、野党が稲田朋美防衛相の罷免を求めたのに対し、首相は「再発防止を図ることで責任を果たしてもらいたい」として拒否した。
 日報問題についての審議は時間不足もあって深まらなかった。防衛監察本部の特別防衛監察結果の公表を待ち、あらためて国会で真相を究明するべきだ。


自公で負け…どっちもショック
 ★自公支援の候補者惨敗で終わった仙台市長選挙。野党共闘は終始優位な選挙戦だった。最大のターゲットは安倍政権。都議会議員選挙の勢いが続き自民党支持者や無党派層も野党共闘の意味を実感した。「自民党内の衝撃は計り知れない。仙台は東京に似た巨大政令指定都市。有権者がおきゅうを据えたなどの生易しいものではない。明確な逆風だ。だが、民進党を軸にしたからといって民進党支持ではない。安倍の暴走を止める野党共闘に支持があったのだ」(労組関係者)。 ★どうやら有権者の受け皿さえあれば世論は動くということだろう。政権の脆弱(ぜいじゃく)さが露呈したともいえるが都議会議員選挙との違いは、公明党が都知事・小池百合子率いる都民ファーストと共闘して、自民党単独で惨敗した構図ではなく、自公の枠組みで負けたということだ。この後は横浜市長選挙、茨城知事選挙と続く。「公明党の焦りもあるだろう。今後、憲法9条改正にかじを切ろうとする安倍政権から距離を置くのではないか」(政界関係者)。 ★5月に公明党副代表・北側一雄は「憲法の解釈を超えるような改憲であれば、明確に申し上げたいが私たちは反対」と発言。また2月には公明党中央幹事会長・漆原良夫が「数で押し切ってはいけないというのが基本的な考えだ。国民の声を幅広く聞く。野党第1党の民進党の声も反映されるような内容でなければ、憲法改正の環境ではない。(自民党が憲法9条改正に取り組んだ時が自公連立の転換点になるのか、との問いに)私もそう思う。ここが1番のポイントだ」と答えている。連立離脱の示唆と選挙結果。自民党という知恵は安倍政権をそれでも守るのか。

クローズアップ2017 衆院閉会中審査(その1) 深まる、加計の溝
和泉氏、個人的に面会 前川氏、日時も詳細に
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める「加計学園」が愛媛県今治市で獣医学部を新設する計画を巡り、24日に実施された衆院予算委員会の閉会中審査。文部科学省の前川喜平前事務次官から「キーパーソン」と名指しされた和泉洋人首相補佐官が出席したものの、両氏の説明の食い違いが埋まることはなく、野党側は証人喚問による決着を求めた。首相が繰り返した「丁寧な説明」は果たされたのか−−。
 「記録がなく、記憶に頼るしかないが、言わなかったと思う」。一連の問題発覚後、初めて国会答弁に立った和泉氏は強調した。獣医学部新設への関与が取りざたされるようになったのは、前川氏の証言が契機だった。事務次官時代の昨年9月、和泉氏から「総理が言えないから私が代わりに言う」として、新設の手続きを急ぐよう迫られたエピソードを明らかにした。
 和泉氏は、この発言を「そういう記憶が全くない」と否定しつつ、「テーマがいわゆる岩盤規制改革の象徴であると思っていた。これが進むことは大変いいことだと思っていたので、知らない仲ではない前川氏に来ていただいて状況を聞いた」と面会自体は認めた。
 首相の指示は「全くなかった」と強調しつつ、「直接はこの業務に関与していないが、私の関心で状況をお聞きして、スピード感をもって取り組むべきだと言った」と答弁。共産党の宮本徹氏は「個人的な関心で、何度も文科省の次官を呼ぶのか」と説明を疑問視した。
 一方、今月10日の閉会中審査以来2度目の国会答弁となる前川氏は証言をより詳細にした。昨年9月9日午後3時ごろに首相官邸に呼ばれ、和泉氏から「総理の代わりに」と説明。さらに同29日午後2時ごろには自ら官邸に出向き、和泉氏に「獣医学部についてはなかなか難しい」と述べたことを新たに明らかに。10月17日にも呼ばれたという。
 また、文科省OBで昨年9月末まで内閣官房参与だった加計学園理事の木曽功千葉科学大学長と昨年8月26日午後3時ごろに面会し早期開学を依頼されたなど従来より具体的に語った。ただ、前川氏は先月の毎日新聞のインタビューの際は、和泉氏から最初に官邸に呼ばれた日を昨年9月5日と語っていた。今回、日時をどう特定したかの根拠までは示していない。
 和泉氏を巡っては、昨年10月21日に萩生田光一官房副長官と文科省幹部とのやり取りをまとめたとされる文書で、和泉氏が萩生田氏に「文科省だけが怖(お)じ気づいている」と伝えたとの記述もあるが、この点は予算委で議論にならなかった。
 そもそも、官邸で和泉氏はどんな役割を果たしたのか。「菅義偉官房長官の懐刀」(政府筋)とされ、カジノを含む統合型リゾート(IR)など官邸マターの政策の多くを取り仕切る。政府関係者の一人は「官邸で最も外部との面会が多い人物。中でも建設関係者が多く、国内外を問わず、大型公共工事が伴う政策には必ずかかわっている」と明かす。2015年7月に白紙撤回された新国立競技場の旧整備計画では、建設費を膨らませた文科省に代わって官邸の和泉氏が新たな計画の取りまとめ役だった。
 この日は、前川、和泉両氏の主張は平行線をたどった。偽証罪の適用もある証人喚問への出席を求められたら、応じるのか−−。和泉氏は答弁した。「国会の決定には従う」【杉本修作】
「他大学間に合わず」 山本氏、募集意見の内容認識
 「そういう話もあったと聞いている」。山本幸三地方創生担当相は、昨年11月18日から1カ月間実施された2018年4月に獣医学部を新設することについてのパブリックコメントを巡り、「加計学園以外に間に合わないとの声がたくさん来ていたと認識していたか」と問われ、こう答弁した。質問した共産党の宮本徹氏は「他の大学はどこも間に合わないと知っていて決めた。文字通り『加計ありき』だ」と批判した。
 山本氏は加計学園に絞り込んだ時期を「(昨年末からの)年末年始」と説明してきた。しかし、昨年11月17日に日本獣医師会と面会した際、加計学園や愛媛県今治市を名指しして「四国に新設する」と発言したとの同会内部文書が先週、発覚した。加計学園が新設事業者に決まった今年1月20日の2カ月も前のことで、「加計ありき」との疑念を招いた。
 山本氏は獣医師会文書の内容を否定しており、この日の審議でも「京都もあり得ると申し上げた。獣医師会側が『今治だけにしてほしい』と発言した」と語った。参考人に予定されていた獣医師会役員が欠席したため食い違いは残ったままだが、山本氏側には面会記録がなく、根拠は記憶だ。
 獣医学部新設を巡っては15年に、既存の獣医師養成でない構想が具体化する▽既存の大学・学部では対応困難−−など4条件が閣議決定された。山本氏は獣医師養成課程がある国内16大学の意向を調査していないことを明らかにした。山本氏は「規制のメリットを受けている当事者に規制改革の可能性を尋ねても中立性を欠く」と説明したが、閣議決定に沿った手続きだったか疑念を残した。
 山本氏は加計学園の獣医学部新設計画について「首相と個別に話したことも一切ないし、指示を受けたこともない」と強調した。しかし、「首相との間については、まさに加計学園が候補に挙がり、しっかり問題が起こらないようにしなきゃいけないと思った」とも答弁。加計学園の理事長が安倍晋三首相の友人であることを意識したこともうかがわせた。【遠藤修平】


加計氏から供応 安倍首相に“大臣規範抵触”ゴマカシ疑惑
 安倍首相が学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を知ったのは「今年1月20日」――信じがたい答弁が飛び出した24日の閉会中審査。しかし、内閣府も、文科省も、獣医師会も、関係者は全て加計学園の獣医学部新設計画を知っていたのに、安倍首相だけが1月20日まで知らなかったなどということがあるのか。安倍首相が釈明すればするほど「加計ありき」の疑惑は深まるばかりである。やっぱり、加計孝太郎理事長本人に国会で説明してもらうしかないのではないか。
 第2次安倍政権発足以降、安倍首相は加計理事長と14回にわたり、ゴルフや食事を共にしている。特に獣医学部新設が「加計ありき」で進められた16年夏以降、安倍首相は計6回も加計理事長と会っている。30年来の“腹心の友”である加計理事長とこれほど頻繁に会いながら、獣医学部新設の話が全く出なかったのは、どう考えても不自然である。日刊ゲンダイは15年6月以降の安倍首相と加計理事長の接触記録と、獣医学部新設を巡る動きを別表にまとめた。いかに、2人が頻繁に会っていたかが、よく分かるはずだ。
 野党から「答弁が偽りなら、責任を取って辞任するか」と繰り返し問われると、「知っていようがいまいが、私が便宜を図ることはない」とムキになって否定していたから、やはり後ろめたいことがあるのだろう。
■大臣規範抵触の恐れあり
 見逃せないのは、安倍首相が、利害関係者である加計理事長と会食やゴルフをするだけでなく、供応まで受けていたことだ。本人が「先方が(代金を)支払うこともある」と認めている。「加計氏からの供応は大臣規範に抵触する可能性が高い」と指摘するのは、神戸学院大の上脇博之教授(憲法)だ。
 大臣規範は〈国務大臣等は、国民全体の奉仕者として公共の利益のためにその職務を行い、(中略)廉潔性を保持することとする〉と規定。関係業者から供応接待を受けることを禁じている。09年に平田耕一財務副大臣(当時)が、規範抵触で辞任している。
「安倍首相は、加計氏が学校法人の理事長であることを知らないはずがありません。『関係業者』であることは明白です。会食の回数が多いこともあり、相当な金額の供応を受けた可能性もある。大臣規範に抵触する恐れがあったからこそ、1月20日に初めて知ったとゴマカしたのかもしれません。いくら分の供応を受けたのか明らかにすべきでしょう」(上脇博之教授)
「週刊文春」4月27日号によると、加計理事長はかつて「(安倍首相に)年間1億くらい出しているんだよ。あっちに遊びに行こう、飯を食べに行こうってさ」と周囲に話していたという。2人は14回も会いながら、本当に獣医学部について一言も話さなかったのか。加計理事長を国会に呼んで一つ一つ説明してもらうしかない。


加計計画 首相「1月把握」 識者は疑問
 安倍晋三首相が、加計学園による獣医学部新設計画を知ったのは、学園が事業者に決まった当日の「今年1月20日」だったと答弁したことに野党が追及を強め、識者からも疑問の声が上がっている。
 政治アナリストの伊藤惇夫さんは「首相の答弁は過去の発言とも整合性が取れず、不自然。一切関与がないと強調したいがために無理な答弁をしてしまった可能性もあるのでは」と推測する。
 2012年12月の第2次安倍政権発足後、毎日新聞の「首相日々」では、計13回にわたって学園の加計孝太郎理事長と食事やゴルフをともにしていたことが確認できる。伊藤さんは「雑談の中で、一度も関連した話を聞かなかったのだろうか。重要なのは、首相の答弁の態度を、国民がどう見て判断するかだ」と指摘した。【近松仁太郎】


追及にシドロモドロ 安倍首相“1月20日”虚偽の決定的証拠
 加計疑惑を追及する国会の閉会中審査2日目。参院に舞台を移した25日午前中の審議で、安倍首相の決定的なウソが明らかになった。安倍首相は完全にアウトだ。
 24日までの殊勝な態度が崩れ、安倍首相がシドロモドロの答弁で論理破綻をきたしたのは、民進党の蓮舫代表の質問の時だった。
 24日、安倍首相は、加計学園が国家戦略特区の獣医学部新設に関わっていることを知ったのは、今治市とともに行った申請が決定された「今年1月20日」だったと答弁していた。しかし、これについて、「過去の答弁との矛盾がある」と蓮舫代表が問いただしたのだ。
 実際、今年6月16日の参院予算委員会で社民党の福島瑞穂議員が質問した際、安倍首相は「構造改革特区で申請されたことについては承知していた。その後に、私が議長を務める国家戦略特区に申請するとすれば、私の知り得るところになる」と答えている。また、6月5日の参院決算委員会で民進党の平山佐知子議員の質問の際には、「国家戦略特区になって今治市が申請した時に知った」という趣旨の答弁をしている。つまり「1月20日」よりずっと前から知っていたことになるのである。
 ここを突かれると、安倍首相は「(あの時は)急な質問だったので混同した」と驚くべき答弁をし、否定したのだが、平山議員は質問通告もし、文書も提出している。「急な質問だったから」という言い逃れは通用しない。
 さらに、決定的だったのは、蓮舫代表の後の民進党・桜井充議員の質問。福島瑞穂議員が「首相は加計学園が今治市に獣医学部を新設したい意向を知ったのはいつか」と主語を「首相」とし、「加計」の文字をハッキリ書いた質問主意書を出していたことも追及。これに対し政府は、「第2次安倍政権の2013年、14年、15年の構造改革特区申請に書かれている」と答えていて、これは閣議決定されている。2013年には、安倍首相は加計の計画を知っていたという動かぬ証拠である。
 これを突き付けられると安倍首相は、「過去の事実をお答えに代える場合もある」と、自分が知っていたのではなく、「政府が把握していた事実」というすり替えで逃れようとしたが、どう考えてもムリ筋だ。
 1月20日まで「加計の計画は一切知らなかった」という安倍首相の立場は完全に崩れ去った。


“記憶ない”7連発で次官昇格の目 柳瀬審議官の素性と評判
 24日行われた衆院での閉会中審査。異様だったのが「加計疑惑」のキーパーソンの一人、経産省の柳瀬唯夫審議官(55)だ。「加計疑惑」から安倍首相を守るために「記憶にございません」を7回も連発してみせた。霞が関からは「これで次官昇格だな」の声が飛んでいる。
「加計ありき」を証明するひとつが、2015年4月2日、今治市の企画課長と課長補佐が首相官邸を訪れていたことだ。市町村の課長クラスが官邸を訪問することは通常あり得ないことだ。だが、今治市の公式文書にハッキリと記録されている。この時期は、今治市が獣医学部新設を提案する2カ月も前のこと。すでにこの頃から「加計ありき」で進められていたということだ。
 今治市サイドは官邸で誰と会ったのか、公開した資料では訪問相手を「黒塗り」にしているが、24日の閉会中審査で、民進党の今井雅人議員が、訪問相手は当時、首相秘書官だった柳瀬唯夫審議官だと明らかにした。
 しかも、柳瀬秘書官は「希望に沿えるような方向で進んでいます」という趣旨を今治市に伝えたという。お墨付きをもらった今治市は、「ついにやった」とお祝いムードになり、「さすがは加計さんだ、総理にも話ができるんだ」と盛り上がったという。
 いくら秘書官でも、勝手にモノを決められない。安倍首相と打ち合わせていたのは間違いないだろう。
■次官候補の経産省エース
 ところが、柳瀬審議官は、今治市の職員と会ったのか、なにを話したのか、なにを聞かれても「記憶にございません」の一点張り。さすがに、異様な答弁に委員会室は騒然となり、審議がストップしたほどだ。柳瀬審議官はどういう人物なのか。
「柳瀬さんは次官候補の経産省のエースです。麻生政権の時、首相秘書官をしていたこともあって、もともとは麻生さんに近い。原子力政策課長だった時には、原発の増設や輸出を進める“原子力立国計画”をまとめている。原子力推進派の中核です。フットワークが軽く、思ったことをズバズバ口にし、裏で暗躍するタイプではありません。ただ、次官ポストがかかっているだけに安倍政権を守るとハラを固めたようです」(霞が関事情通)
 安倍首相を守るために「森友疑惑」で平然と嘘をついた財務省の佐川局長が国税庁長官に栄転したように、柳瀬審議官も次官に昇格するのか。絶対に許してはダメだ。


柳瀬審議官 野党の質問にまたも「記憶をたどる限り」連発
 24日に衆院で行われた閉会中審査で「記憶にない」を7回連発して、ひんしゅくを買っている柳瀬経産審議官は、25日の審査2日目でも苦しい言い逃れに終始した。
 当時、首相秘書官だった柳瀬審議官は、一昨年4月に今治市の企画課長らが官邸を訪れた際の面会相手ではないかという疑惑が持たれている。民進党の桜井議員からそれを問われると、「私の記憶をたどる限り、お会いしていない」と答弁。
 これを2度繰り返したため、桜井議員が「それは否定と考えていいのか?」「事実として否定か?」と聞いたが、「私の記憶をたどる限り、お会いしていない」とオウム返しするばかりだった。否定なら否定すればいいものを、そう言えないのは、やはり「会った」からだろう。
 こうなったら、今治市に面会時の黒塗り資料を明らかにしてもらうしかない。民進党は今治市長の参考人招致を要求している。自民党が否定しているというが、白黒ハッキリさせるべきだ。


安倍首相の嘘は「1月20日に知った」だけじゃない! 官邸の記録を破棄して首相秘書官と今治市担当者の面会疑惑を隠ぺい
 加計学園による獣医学部新設計画を知りうる立場にあったが、知らなかった──安倍首相による仰天の「前言撤回」が飛び出した閉会中審査は、あらためて安倍首相の嘘によって「丁寧な説明」を放棄していることが浮き彫りになった。
 国会でも追及されていたが、安倍首相は今年6月5日の参院決算委員会で民進党の平山佐知子議員より「大親友である加計さんがずっとこの獣医学部を新設したいという思いであったということは当然ながらご存知でいらっしゃいましたよね」と質問を受け、「これは、安倍政権になりましてから、国家戦略特区に、その申請を今治市とともに出された段階で承知をしたわけでございます」と明解に答弁。さらに社民党の福島瑞穂議員の質問主意書に対しても、答弁書で“構造改革特区の説明資料に加計学園が候補となっていると記載されていた”と回答しており、閣議決定されている。
 また、福島議員に「安倍政権のイメージを落とそう、安倍晋三を貶めようと答弁するのはやめろ」「責任取れるんですか」と声を荒げた3月13日の国会答弁では、安倍首相はこうも言い放っていた。
「だいたいですね、特区というのは国家戦略特区ですから、その前にこれをやるということはだいたい決まっていて、多くの人たちは知ってるんですよ。関係者はみんな知ってるんですよ!」
「もうちょっと勉強してから質問してくださいよ」
 ここまで言い切っておいて、いまさら「(以前は)急な質問だったので整理が不十分だった」「今治市と加計学園を混同した」「いまの答弁が正しい」などとして発言を修正するとは、前代未聞の離れ業。それを国民に容認しろというのは、どうかしているとしか思えない。
 もちろん、こんなあり得ないことを言い出したのは、「総理のご意向」文書を否定するための方便だ。そして、安倍首相は自ら認めたように、加計理事長に会食費を支払ってもらったこともあった。安倍首相が加計学園を獣医学部新設の事業主体と認識しながらおごってもらっていたとなれば、重大な倫理違反どころか、収賄罪などの刑事事件に発展する可能性もある。たとえば「週刊文春」(文藝春秋)の報道では、安倍首相は「加計さんは俺のビッグスポンサーなんだよ」と語り、片や加計理事長も「(安倍氏に)年間1億くらい出しているんだよ。あっちに遊びに行こう、飯を食べに行こうってさ」と酒席で漏らしていたと伝えられているほどなのだ。
今治市担当者と会ったのは経産省出身の柳瀬首相秘書官だった
 当初は加計学園問題をこれまで通り知らぬ存ぜぬで押し切れると踏んでいたが、崖っぷちまで追い詰められてしまったいま、加計学園が獣医学部新設を目指していたことを「知っていた」とは口が裂けても言えなくなってしまった。実態はそんなところだろう。
 だが、安倍首相の「丁寧な上にも丁寧に説明をつづけたい」という言葉が紛れもない嘘であることがもっとも明らかになったのは、「官邸訪問した今治市職員は誰と会ったのか」という問題においてだ。
 今治市が公開した出張記録によると、今治市が国家戦略特区に選ばれる約9カ月前にあたる2015年4月2日に、今治市の企画課長と課長補佐が「獣医師養成系大学の設置に関する協議」のために内閣府などを訪問。その後、急遽「官邸訪問」が決まり、15時から16時30分まで官邸で打ち合わせを行ったことが記されていたが、肝心の打ち合わせ相手の部分は黒塗りとなっており、他方、萩生田光一官房副長官も前回の閉会中審査で「訪問者の記録が保存されていないため確認できなかった」と答弁。真相は闇に包まれていた。
 しかし、現在発売中の「週刊朝日」(朝日新聞出版)の記事では、今治市関係者が「面会したのは経産省出身の柳瀬唯夫首相秘書官(当時)」「柳瀬氏は今治市の担当者ら少なくとも3人と会い、『希望に沿えるような方向で進んでいます』という趣旨の話をした」と証言しているのだ。つまり、首相直属の秘書官が“今治=加計で太鼓判を押していた”というのである。
 そして、このスクープ記事を受けて、今回の閉会中審査には疑惑の柳瀬前首相秘書官が参考人として出席したのだが、その答弁は「私の記憶を辿る限り、今治市の方とお会いしたことはございません」というもの。その上で、安倍首相も、「今治市の職員の方が誰と面会したかは、すでに萩生田官房副長官が国会で答弁しているとおり確認できなかったと承知している」と答えたのだ。
 これを「丁寧な説明」とは誰も言わないだろう。官邸の訪問記録が残されていないこと自体が危機管理上あり得ない話であって、防衛省の日報問題同様、隠蔽されている可能性は高いが、そもそも国民に丁寧に説明する気があるのなら、早急に官邸で聞き取り調査を行って「誰が今治市職員と打ち合わせをしたのか」を明らかにすればいいし、あるいは今治市に黒塗り部分の開示を求めればいいだけ。こうした国民からの信頼を取り戻したいのなら真っ先にやるべきこともやらない理由は、「バレたらまずいから」にほかならない。
 また、安倍首相は、加計学園の獣医学部を「適切でオープンなプロセスを踏んで決定された。白紙にすることは考えていない」と宣言。これだけ疑惑が山積している状況にあって、まだそんなことを言うかと神経を疑わざるを得ないが、実際は「適切でオープンなプロセス」など踏んでいない。
山本幸三地方創生相の答弁で証明されたで“加計ありき”
 現に、山本幸三地方創生相は、加計学園と京都産業大学の提案書を比較検討した上で「熟度が高い」今治に決めたと主張するが、同時に「議事録はない」と答弁している。このような重要な議論の議事録が残されていない状態を、世間ではけっして「オープン」とは呼ばない。
 しかも、山本地方創生相は、京都産業大学が新設断念にいたった決定打である「2018年4月開学」という条件が「加計ありき」だったことを、昨日の答弁のなかで自ら語ってしまっている。
 昨年11月に行ったパブリックコメントにおいては、学部新設の時期を2018年度とすることに対し、「準備期間が非常に短期間。特定の案件に絞り込んだ恣意的な期間設定」などといった疑義を呈する意見が寄せられていた。そうした意見を認識していたかと共産党の宮本徹議員が質問すると、山本地方創生相は「大方の内容は概略聞いている。そういう話があったとも聞いている。しかし、それでもって加計学園ありきでやるわけではない。必ず公募をやるわけだから、その公募によって決まる」と答弁したのだ。
 山本地方創生相は“特定の事業者しか手を挙げられない恣意的な期間設定”であることを知りながら、内閣府として事業者公募の際、2018年4月開学を条件として打ち出した。ようするに、確信犯で出来レースを仕掛けていたことを認めたのである。
 さらに、今日の審議でも山本地方創生相は、とんでもない発言をしている。今治市が開示した資料では、公募によって事業者に選ばれる以前に、資料では黒塗りとなっている「事業候補者」が、獣医学部建設予定地への電力供給に必要な申込書の提出を今治市に対して求めていたことが判明しており、こうした動きについて民進党の櫻井充議員は「加計ありきではないのか」と安倍首相に質問した。しかし、ここで山本地方創生相が立ち上がり、「そういう細かいことを総理にお尋ねしても無理だと思います」と言って答弁を行ったのだ。
 加計ありきを示す重要な事実を「細かいこと」などと呼ぶ。この発言には、自民党の山本一太予算委員長も「表現には十分注意していただきたい」と注意を行ったが、山本地方創生相がこうしたなりふり構わない態度を取っていることに、安倍首相は何一つ苦言も呈さない。いや、それどころか、昨日の審議では、安倍首相自身の記憶について質問されている場面で山本地方創生相を指差し、代わりに答弁をさせていたほどだ。
 健気なフリをしても、都合が悪くなると手下に答弁させ、誰にでもわかる嘘をつき、いますぐやれる調査も行わない。口調だけ丁寧にしただけで、安倍首相の態度は何も変わらない。──憲法53条に定められた臨時国会開催を要求されながら、自民党はいまだに召集せずにいるが、日報問題含め、こんな審議で国民が納得するはずはないだろう。(編集部)


自衛隊日報隠ぺいを知っていたのは稲田防衛相だけじゃない、安倍首相と官邸が指示していた疑惑が浮上
 自衛隊PKOをめぐる日報をめぐり、事前に陸上自衛隊内でのデータ保管の事実を非公表とする方針を幹部から伝えられ、了承していたことが発覚した稲田朋美防衛相。稲田氏は報道を否定しているが、陸上自衛隊内部や政府関係者から新たな証言が続々と寄せられ、稲田防衛相が嘘をついているのは、誰の目にも明らかになっている。
 これまで辞任が当然と思える失態を数え切れないくらい演じてきた稲田防衛相だが、今度こそ即刻大臣辞任は避けられず、また虚偽答弁が明らかになれば、議員辞職にも値するだろう。
 ところが、昨日24日の閉会中審査では、稲田氏の罷免を要求する野党に対し、安倍首相は「再発防止を図ることによりその責任を果たしてもらいたい」などとして罷免を否定。8月の内閣改造で稲田氏を交代させ、そのままうやむやにしてしまおうという腹らしい。
 毎度毎度、国民を馬鹿にするものいい加減にしろと言いたくなるが、その一方で忘れてはならないのは、この問題は稲田氏ひとりの問題ではないということだ。先週この「非公表方針の了承」報道があってから、マスコミでは稲田氏の責任ばかりが強調されているが、実際には安倍政権全体、そして安倍首相の問題だということを忘れてはならないだろう。
 というのも、この日報問題の本質は、安倍政権と防衛省・自衛隊の関係が、民主主義にとって極めて危険な状態にあるということに他ならないからだ。
 あらためて整理しておくと、昨年7月、陸上自衛隊がPKOにあたる南スーダンの首都ジュバで大規模な戦闘が発生。日報には「戦闘」などの言葉が記されていたが、この時点では公になっていない。同年9月、ジャーナリストの布施祐仁氏が防衛省に対してこの時期の日報の情報公開を請求する。しかし公開は一向に行われず、防衛省は12月2日に「日報はすでに廃棄された」として不開示を決定。ところが同月、河野太郎元公文書管理担当相の要請で再調査してみると、統合幕僚監部に電子データのかたちで保管されていることが判明。しかも、稲田防衛相にその事実が報告されたのは今年の1月27日になってからだった。
「日報」は駆けつけ警護を強行したい安倍政権にとって邪魔だった
 この一連の流れだけを見ても、明らかに省内で隠蔽工作があったとしか思えないが、注目すべきは、これが安倍政権の政策遂行と密接に関係していることだ。
 布施氏による開示請求を防衛省が受理したのは昨年10月のことだが、当時の国会では、新安保法に基づく「駆け付け警護」の新任務を自衛隊に付与するかどうかで論戦が行われていた。
 当然、国会では7月のジュバでの大規模戦闘が問題になり、PKO参加5原則の違反も指摘された。だが、稲田防衛相や安倍首相は「戦闘」を「衝突」と言い換えたあげく、「南スーダンは永田町より危険」(安倍首相)などとふざけた答弁を連発。結局、「状況は落ち着いている」とゴリ押しし、11月15日に駆け付け警護の任務付与を閣議決定。新任務を付与した自衛隊部隊の第一弾を新たに南スーダンへ送り出した。これが11月20日のことである。
 そして前述のとおり12月2日、防衛省は「すでに破棄している」との名目で日報の不開示を決定したのだ。どう見ても“駆け付け警護”強行のために都合の悪い情報を握りつぶしたとしか思えない。
 そもそも駆け付け警護とは、自衛隊が現地の武装勢力などから直接攻撃を受けなくとも、国連やNGO関係者が襲撃された際に現場に駆けつけて救助するというもので、武器使用が認められる。これまで、日本政府は9条が禁じる武力行使にあたるとして「駆けつけ警護」を認めてこなかったが、安倍政権は新安保法の成立によってこれを可能とした。
 安倍政権が、南スーダンPKOをこの駆け付け警護の“先例”としたいのは誰の目にも明らかだった。一方、ジュバでは政府軍と対立する反政府軍の戦闘のほか、兵士による一般市民やNGO関係者に対するレイプや略奪が横行しているとの報告が上がっていた。もちろん、こうした状態で政府が駆け付け警護を付与すれば、自衛隊はNGO関係者などの救出に向かうことになる。
 しかし、7月のケースでNGO職員を襲撃し、殺人やレイプ行為を働いたのは南スーダン政府軍の兵士だった。安倍首相は2015年の安保国会で、駆けつけ警護に関し「国家又は国家に準ずる組織が敵対するものとして登場してこないことは明らか」として、9条に抵触しないと説明していたが、それとは裏腹に、自衛隊が「国家又は国家に準ずる組織」と敵対し、武器を使用した戦闘の発生が現実になる可能性が急激に高まったのだ。いうまでもなく違法かつ違憲の疑いが濃厚になった。
 しかし、安倍政権としては、なんとしても駆け付け警護の新任務を付与して安保法の実績をここで作っておきたい。そのためには、7月のジュバで「戦闘」と明記された日報はまさしく“邪魔”な存在に他ならなかった。
 であるからこそ、この日報隠蔽問題は、単に自衛隊内での日報の捜索が杜撰だったという話で終わらないのだ。防衛省が政権を忖度し「戦闘」をなかったことにしようとしたのか。それどころか、官邸、安倍首相が防衛省に指示をした可能性すらある。
安倍首相が「日報」隠ぺいを指示していた疑惑も
 実際、昨日午後の閉会中審査では、共産党の笠井亮衆院議員がこうした点を追及。報道によれば、2月15日、黒江哲郎防衛事務次官や豊田硬官房長、岡部俊哉陸上幕僚長ら防衛省・自衛隊の最高幹部が緊急会合を開き、陸上自衛隊での日報データの保管の事実を公表しない方針を確認。稲田氏はその報告を受け、公表しない方針を了承したとされる。稲田氏は報告そのものを否定しているが、閉会中審査では、安倍首相が黒江事務次官などの報告を受けていたのではないかという疑惑が焦点となった。
 まず、安倍首相は陸自内に日報データが保管されていた事実について、「(陸自にあったという)報告については私はまだ受けていない」と答弁。自衛隊員の命がかかっている公文書をめぐる組織ぐるみの隠蔽、あるいは、戦後最大級の文民統制の崩壊がこれだけ大問題になっているのに、行政の長かつ自衛隊の最高指揮官である首相がいまだ「報告を受けていない」というのは、まったくどうかしているとしか思えない。
 そして、「特別防衛監察の報告を待ちたい」と逃げる安倍首相に対し、笠井議員は「早くからご存知だったのではないか」と切り込み、こんな事実を突きつける。それは、渦中の人物である防衛省の黒江事務次官、豊田官房長が、今年1月18日に二人そろって官邸を訪れ、総理に面会している事実だ。
「そこでこの日報問題をめぐる何らかのやりとりがあったのではないですか」と質す笠井議員。しかし、安倍首相はこんな詭弁を弄して逃げた。
「この日報問題についてはですね、これは早くから問題になっておりましたからその説明を受けたことはありますが、いまご勘問のですね、陸自に残っていたということについての説明はまだ報告は受けていないわけでありまして」
 ようするに、陸自内にデータが残っていたことについては、報告を受けなかったというのだ。
 しかし、笠井議員も指摘していたが、この1月18日というのは、実は極めて重要な日だった。というのも、〈陸自では岡部俊哉幕僚長に1月17日、データが見つかったことが報告され、事実関係の公表の準備を始めた〉(毎日新聞7月20日付)からだ。
シビリアンコントロールの崩壊を招いたのも安倍首相の責任
 ようするに、陸自内にデータが残っていることが統合幕僚長に報告された翌日というタイミングで、防衛省の黒江事務次官と豊田官房長が安倍首相のもとに参じているのだ。そしてその後、防衛官僚を介して“非公表の方針”が決定されたことになる。
 安倍首相は「陸自に残っていたということについて、事務次官と官房長から説明があったことはないとはっきり申し上げておきたい」と繰り返し否定したが、1月18日に黒江事務次官らが安倍首相に直接面会したのは、この陸自データ公表について相談をするためと考えるのが自然だろう。
 それだけではない。陸自内の日報データの保管事実が報道によって明るみになったのは3月15日だが、首相動静を見ると、その前後にあたる3月3日と3月17日にやはり黒江次官が安倍首相と面会し、なんらかの話をしたのがわかる。
 ようするに、安倍首相はこの日報隠蔽問題について、要所で黒江事務次官ら防衛省・自衛隊幹部から報告をうけて、対処方針を指示していたのではないか。さらに言えば、隠蔽疑惑が表面化した12月末より前、それこそ、布施氏による日報の開示請求がありながら無茶苦茶な屁理屈で駆け付け警護の新任務を自衛隊に付与した時期から、なんらかの形で安倍首相がこれに関与し、調整をはかっていたのではないか。そういう疑念が頭をもたげてくる。
 安倍首相は再三再四「ありえない」と強弁したが、否定の弁をただ繰り返すだけでは、潔白の証明にならないのはいうまでもない。笠井議員は昨日の閉会中審査で、稲田防衛相、黒江事務次官、豊田官房長、岡部陸幕長らの証人喚問を要求したが、真相を解明するためにもこれは急務だろう。
 何度でも繰り返すが、これは防衛大臣や防衛省の問題でなく、安倍首相も含む政権政権ぐるみの隠蔽疑惑だ。また、自衛隊に対するガバナンス、シビリアンコントロールの不全が露見しているが、これも安倍首相に大きな責任がある。
 この間、安倍一強を背景にこの国の民主主義をどんどん破壊してきた安倍首相だが、支持率が凋落し、求心力を失ったいまも、大混乱を引き起こし、別の意味で日本の民主主義を危機状況に陥れようとしているのだ。とにかく、国民は一刻も早くこの政権に引導を渡す必要がある。(編集部)


混迷する陸自日報問題 防衛相の資格が疑われる
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題をめぐり、稲田朋美防衛相が、自ら指示した特別防衛監察の聞き取り調査を受けた。
 「廃棄した」とした日報の電子データが陸上自衛隊内に保管され、その事実を公表せずデータを消去した経過に、稲田氏も関与したのではないかと疑われたためだ。
 そもそも監察は「防衛相の特命事項」であり、防衛相直轄の防衛監察本部が実施している。
 監察の命令を下す防衛相が疑惑を持たれる異例の事態である。これで調査の中立性や信頼性が確保されるといえるだろうか。
 問題の陸自の日報データは、防衛省が情報開示請求に対していったんは不開示を決定した後の今年1月に見つかったとされる。
 防衛省は陸自とは別に統合幕僚監部で見つかった同じデータを2月に公表したが、陸自での保管の事実は伏せられた。
 この後、防衛省は非公表を決めたが、この経過をめぐり、陸自は稲田氏に報告し、了承を得たという認識を持っているという。
 一方、稲田氏は「報告はなかった」と、非公表を了承したとの疑惑を否定したうえで「報告を受けていれば当然に公表するよう指示した」と主張している。
 だが、仮に報告がなかったとしても、報道でデータ保管が発覚する3月中旬まで官僚側が主導したとされる隠蔽(いんぺい)を稲田氏は把握していなかったことになる。
 陸自は稲田氏に報告したという内容の報告書を防衛監察本部に提出したが、監察の報告書原案には反映されなかったため不満があるという。
 実力組織である自衛隊が文民統制(シビリアンコントロール)を逸脱することはあってはならない。今回の騒動が陸自の組織防衛を背景としているなら由々しきことだ。
 しかし、混乱の根源は自らの不用意な発言で統率力を失っている稲田氏にある。
 調査の当事者になった稲田氏に監察を統括する資格があるとは思えない。本来なら調査を外部機関に委ね、公平性を担保すべきだろう。
 それができないなら、稲田氏は進退を明確にすべきだ。任命した安倍晋三首相にも重い責任がある。


日報隠蔽問題  曖昧な形で終わらすな
 南スーダンPKO部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題について、稲田朋美防衛相は衆院予算委員会の閉会中審査で改めて関与を否定した。
 稲田氏は2月15日に開かれた防衛省最高幹部の緊急会議で、陸上自衛隊が保管していた日報を非公表とする方針を幹部から伝えられ、了承したとされる。複数の政府関係者が明らかにしたものだ。
 だが、稲田氏は「私は一貫して日報を公表するという立場だ。私の政治姿勢と逆の隠蔽をするとか、非公表にするとかはない」と強調し、従来と同様の説明を繰り返した。
 安倍晋三首相も、稲田氏については進行中の特別防衛監察の徹底調査で説明責任を果たすべきとの考えを述べるにとどめた。8月初めの内閣改造まで続投させる考えなのだろう。
 だが、こうした説明だけで国民が納得するとは到底思えない。
 近く公表される予定の特別防衛監察の結果も、防衛相直轄の「身内」の調査だけにどこまで真相に迫れるか疑わしい。既に判明している監察結果の原案は、隠蔽をめぐる一連の経緯や稲田氏の関与には触れていないという。
 結果次第では、第三者機関の調査に委ねることを検討すべきだろう。
 日報は、首都ジュバで起きた大規模武力衝突の様子を隊員が「戦闘」「最悪のケースを想定」などと記録し、PKO5原則の停戦合意に抵触しかねない現地の緊迫状況を伝えている。
 防衛省は当初、「廃棄済み」として不開示としたが、後に統合幕僚監部のほか、陸上自衛隊でも電子データが残っていたことが判明した。陸自分については、防衛省の幹部会議で事務方トップの黒江哲郎事務次官が「個人が保存していた文書」などと整理して非公表の方針を決め、稲田氏も了承したという。
 稲田氏は3月の衆院安全保障委員会でも、陸自のデータ保管について「報告はされなかった」と答弁しているが、会議での了承が事実なら、虚偽答弁をしたことになる。
 逆に、稲田氏の主張通り関与がなかったとするなら、大臣として省や自衛隊の動きを把握できていなかったことになり、組織の統治や文民統制の面で極めて問題が大きい。
 稲田氏は昨年8月の就任当初から不適切発言が相次ぎ、何度も閣僚としての資質が問われてきた。安倍首相の任命責任も含め、曖昧な形で終わらせてはならない。


稲田氏への「報告」示す直筆メモを入手
FNNが入手した、防衛省幹部の手書きのメモ。2017年2月、稲田防衛相らが、南スーダンでのPKO活動の日報をめぐる問題について、大臣室で協議した際のやり取りを記したもの。このメモには、陸上自衛隊No.2の湯浅陸幕副長、そして、稲田防衛相を示す大臣という文字が書かれている。
陸自には存在しないとされていた日報が、実際には残っていたと説明を受けた稲田防衛相は、「明日なんて答えよう」などと話し、これまで報告を受けていないとしていた稲田防衛相の説明と食い違う内容が、ここには記されている。
FNNが入手した、このメモによると、2月13日に、防衛省の大臣室で、稲田防衛相が陸自No.2の湯浅陸幕副長など、幹部数人から報告を受けた際のやり取りが、つぶさに記録されている。
メモでは、稲田防衛相が、南スーダンの首都ジュバで、大規模な武力衝突があった時期に触れ、「7月7日から12日の日報が残っていたのか」と問いただし、湯浅氏が、「紙はないかとしか確認しなかった。データはあったかというと、あった」などと回答したことが記されている。
また、日報のデータが削除されずに残っていたことを知った稲田防衛相が、「明日なんて答えよう。今までは両方破棄したと答えているのか」と幹部に確認した記述もあり、稲田防衛相が陸自の日報データの存在を認識し、自らが隠蔽に関与したことを強くうかがわせる内容になっている。


知事「現政権のおごり反映」 JAXA視察断りに憤り
 来月初旬とされる「内閣改造」を理由に、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からH2Aロケットの打ち上げ視察を断られたことを受け、大村秀章知事は二十四日の定例会見で、「安倍政権の傲慢(ごうまん)さ、おごり高ぶりが反映されている」と述べ、不快感や憤りをあらわにした。
 H2Aロケットは三菱重工業飛島工場(飛島村)で製造され、県が航空宇宙産業を全面支援することなどから、JAXAから知事に再三、視察の要請があった。ただ、これまで日程調整がつかなかった。
 来月中旬に決まった35号機の打ち上げも、JAXAが六月中旬に視察を打診。知事側はこれまでの経緯もあり、「ほかの行事をキャンセル」して、参加の意向を伝えた。
 七月十一日、JAXAから一方的に「視察は秋以降に変更を」と連絡があった。
 内閣改造後、新しい文部科学相らの視察を優先しようとしたとみられ、本紙の取材にJAXAの担当者は「内閣府から、内閣改造に伴って、再調整するよう要請を受けた」と認めた。知事は「私も決して暇なわけではない。日程をやりくりして行こうとしたが、そんなことは一顧だにされない。極めて遺憾だ」と語った。
 自民党は、今月上旬の都議選で惨敗。二十三日の仙台市長選でも支持した候補が敗れた。加計問題などの対応は、安倍一強の「おごり」「傲慢」などと指摘され、二十五日には参院予算委で閉会中審査がある。
 知事は「(政府自民党は)反省、謙虚と口にするが、そういう雰囲気はみじんもない。新しい文部科学相は打ち上げの視察より(目の前のことを)勉強しないといけないのではないか」と皮肉った。
 知事側は十九日にJAXAあてに抗議文を提出。JAXAから県の担当者に二十日午後、メールがあり、謝罪と「県の意向次第」で日程を調整するなどの内容だったという。
 「とってつけたようなアリバイづくり、言い訳」と知事。どう転んでも、H2Aの視察には「行かない」と述べた。 (豊田雄二郎)