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Un spin-off pour City Hunter
C'est cette semaine dans le nouveau numéro du magazine Comic Zenon de Tokuma Shôten que commence le spin-off officiel de la série City Hunter.
Célébrant la fin de la série Angel Heart, cette série a pour titre Kyô Kara City Hunter. Elle est dessinée par Sokura Nijiki et fait la couverture du magazine.
L'histoire nous fait suivre les aventures d'une femme quarantenaire qui est fan de la série City Hunter. Après un accident, elle se réveille dans le monde de City Hunter, et espère bien vivre une histoire d'amour avec son héros préféré.
En France, vous pouvez découvrir les séries City Hunter, Angel Heart et Angel Heart - Saison 2 chez Panini Manga.
Synopsis:
Ryo Saeba, surnommé "City Hunter" est un "nettoyeur", sur contrat, il débarrasse Tokyo qui regorge de criminels en tout genre. Tireur d'élite hors pair, il le plus souvent engagé comme garde du corps. Avec sa partenaire Kaori, avec laquelle il entretient une relation atypique, ils forment un duo d'enfer que rien ne peut arrêter...
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ブラタモリ「#78 弘前」
ブラタモリ、青森県の弘前へ!リンゴと弘前城のサクラで知られる津軽10万石の城下町。「サムライ」をキーワードに、弘前の知られざる歴史をタモリさんが解き明かします。
まずは弘前城へ向ったタモリさん。なぜかサムライの気持ちになって、石垣の巨大な石を引っぱることに?続いては多くの観光客がやってくる名所「禅林街」へ。33の禅寺が杉並木に沿って並ぶ観光スポットとサムライの関わりとは?さらに日本一の生産量を誇るという弘前のリンゴや、日本を代表する花見の名所・弘前城のサクラもサムライのおかげ…っていったいどういうこと?続々登場する超意外な事実にタモリさんもビックリ! タモリ,近江友里恵, 草ナギ剛

山崎 雅弘‏ @mas__yamazaki
本当に潔白なら、当時の記録を出すか、関係者のメモ等から事実を再構築して客観的根拠を提示するのが当然だが、潔白でないなら記録は全て隠すか廃棄し、関係者の記憶も関連部分だけ消去し、さらに自分がいかに状況把握能力に欠けた無能な人間であるかをアピールするしかない。これが今の内閣総理大臣。

すっかり忘れていましたが,「重度障がい者は生きている意味がない」との思い込みで数多くの障がい者が殺害された相模原事件から1年になります.ヨドバシ前で集会がもたれており,少しだけ参加しました.容疑者とされる人物の障がい者観は問題があると思いますが,わたし自身はどうなのか?というのに戸惑ってしまいます.つまりわたしのなかにも容疑者と同じ考えが存在するかもしれないなぁと思ってしまうんです.
夕方伊丹の女子が「長田の女子が怒って帰った!」というので焦ってしまいました.約束していないし・・・どうしたらいいの?
部屋に帰ると暑中見舞いが届いてました.京都に住んでいるのに消印は大阪東.天満のあたり.天神祭を見に来たついでかな?久しくメールもしていなかったけど元気かな?

仮設入居でうつ発症リスク2倍に
東日本大震災の被災地で、震災後、仮設住宅に入居した高齢者は自宅から転居しなかった人に比べてうつの発症のしやすさが2倍になっていたことが千葉大学などの研究グループの調査でわかりました。
研究グループは、仮設特有の狭い空間での生活などが影響しているのではないかと分析しています。
千葉大学や東北大学などの研究グループは岩沼市の65歳以上の高齢者を対象に震災の7か月前に健康状況などの調査を行っていて、震災の2年半後に追跡調査を行いました。
そして、震災後にうつを発症した人およそ360人について、震災後の住まいとうつの発症との関連を統計学的に分析したところ、震災後にプレハブの仮設住宅に入居した人は、震災前の自宅などから転居しなかった人に比べて発症のしやすさが2倍になっていたことがわかりました。
一方、賃貸住宅を利用するいわゆる「みなし仮設」や新居へ移った人は、転居しなかった人と発症のしやすさに大きな違いはなかったということです。
分析を行った千葉大学予防医学センターの佐々木由理特任助教は「仮設住宅のほうが『みなし仮設』よりも孤独感が少ないとされるが、仮設住宅のほうがうつの発症のしやすさが高かったのは、狭い空間や薄い壁などプレハブ住宅特有の物理的要因が影響していると見られる。仮設住宅の環境を改善することが必要だ」と話しています。


東北大 沿岸部の地形変化調査へ
東日本大震災で被害を受けた東北地方の沿岸部で震災後、地形の変化が顕著に見られることから、東北大学は、地形の測量や衛星画像の解析を行い、沿岸が将来、どのような地形になるか予測する研究を始めることになりました。
東北地方の沿岸部では、東日本大震災の津波で浸食された海岸がこの数年の間に元に戻ったり別の形に変化したりするなど地形が安定せず、地元の防災計画や生態系への影響が懸念されています。
このため東北大学では、国内外の7つの大学や研究機関と連携して東日本大震災やインド洋大津波で被害を受けた海岸などで調査を行い、未来の地形を予測する新たな研究を始めることになりました。
研究では津波の被害をかつて受けた地域の測量データや衛星画像をスーパーコンピューターで解析し被災後に地形がどのように変わったかを調べた上で、東北沿岸部が10年程度のスパンでどのように変化していくかを予測します。
また被災していない地域でも大きな津波が押し寄せた時にどの程度海岸が浸食され地形の変化が起きるのかについても予測し、5年後の平成33年度をめどに各国の防災機関に提言したいとしています。
研究を行う東北大学災害科学国際研究所の今村文彦所長は、「地形の変化が続くと住まいや産業をどう復興していくのかにも影響してしまう。他国の津波被害による地形変化の事例とも比較しながら、地形変化の理論を確立していきたい」と話しています。


被災県がタッグ 復興願う酒「絆結」完成
 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県と熊本地震に見舞われた熊本県の各信用金庫が城南信金(東京)と連携し、各地のコメで造った日本酒「絆結(きゆ)」が完成した。関係者が25日に福島県庁を訪れ、復興を願う純米大吟醸酒を内堀雅雄知事に手渡した。
 醸造を担当した曙酒造(福島県会津坂下町)の鈴木孝市専務は「すっきりしたフルーティーな味わいが特徴。福島のプライドを懸けて造った」と説明した。
 城南信金の渡辺泰志理事長は「震災の風化を防ぐため多くの人に堪能してほしい」と期待。内堀知事は「復興に向かって多くの人ともう一度絆を結び直すきっかけとなる」と述べた。
 日本酒の醸造は「興(お)こし酒プロジェクト」と銘打って城南信金が呼び掛け、盛岡、石巻、福島など計14信金が協力。被災4県のひとめぼれを使用した。
 城南信金が8月に都内で開く商談会で披露し、720ミリリットル入り1本2600円(税込み)で販売。1本当たり200円を被災4県の復興支援事業に寄付する。


<リボーンアートフェス>「桃浦ビレッジ」整備進む
 東日本大震災で被災した石巻市などを舞台に開幕したアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」を機に、牡鹿半島の同市桃浦地区で会員制宿泊研修施設「桃浦ビレッジ」の整備が進んでいる。宿泊施設を備え、漁業体験などを通して集落に根付く「生きる術」を学ぶ場となる。
 桃浦ビレッジは約5000平方メートルの敷地に、いずれも木造で、各5人宿泊できる2部屋を備えた管理棟の「メインハウス」1棟、4人が宿泊できるタイニーハウス2棟を建てる。10張り分のテントサイトも整備。8月中旬以降にオープンする予定。
 漁業体験や山の散策などのプログラムを用意。海と山を楽しむ一方、暮らしの知恵を学ぶことができる。16日には現地で駐車場と歩道をつくるプログラムがあり、参加者ら約20人が間伐材から作ったウッドチップを歩道などに敷き詰める作業に汗を流した。
 参加者の一人、東松島市の教員松浦達夫さん(61)は震災時、ビレッジに近接する荻浜小(14年4月から休校)の校長を務めていた。松浦さんは「桃浦地区には思い入れがある。当時の教え子たちとこの場所で同窓会をやりたい」と完成を心待ちにしている。
 桃浦地区では新たな漁業従事者の育成などを目的に、地元住民と筑波大の貝島桃代准教授らが2013年から「牡鹿漁師学校」を企画。里山の再生を含め、集落の暮らしを学ぶプログラムを展開してきた。
 桃浦ビレッジはRAFを主催する一般社団法人APバンクが貝島准教授、同大の佐藤布武助教らと共に整備する。貝島准教授は「多くの人と一緒にビレッジを育てたい。桃浦に移住者を呼び込む契機になれば」と期待を寄せる。


新住民が夏祭りで交流 仙台・荒井南地区
 東日本大震災に伴う災害公営住宅や防災集団移転団地、民間の分譲宅地で構成する仙台市若林区荒井南地区で29日、初の夏祭りが開かれる。主催する荒井南町内会は「さまざまな立場の新住民が混在する地域だからこそ、祭りを通じて交流を広げる一歩にしたい」と意気込む。
 祭りは午後4時から地区内の公園予定地で開催。出店のほかスイカ割りや抽選会、若林区の「七郷すずめ連」のメンバーによるすずめ踊りなどが行われる。
 15日に災害公営住宅敷地内の集会所であった打ち合わせで、担当の住民らはスケジュールや役割分担、周知方法などを確認した。
 荒井南地区は市地下鉄東西線の沿線開発の一環で2008年に土地区画整理事業が始動。震災後の15年に造成が完了し、現在約430世帯1400人が住む。うち災害公営住宅や防災集団移転団地に計約150世帯が生活。民間の分譲地に自宅を自主再建した被災者もいる。
 町内会は16年12月に発足し、約370世帯が加入。祭りの開催は6月に決めた。町内会の鈴木誠副会長(47)は自宅を新築し、2年前に地区外から引っ越してきた。「新しいコミュニティーで、住民同士の顔がまだ見えない。小さい子どもも多く、祭りでつながりをつくりたい」と話す。
 市内の地区外の自宅が被災し、災害公営住宅で暮らす開沼安則会長(72)は「子どもたちにとってはここが古里になる。思い出となるものを少しずつつくっていきたい」と強調する。


<秋田豪雨>「何から手を付ければ…」住民らぼう然
 大雨で雄物川が氾濫し、住宅の浸水被害が相次いだ大仙市では、復旧作業が本格化しつつある。多くの住民が25日、土砂の片付けや家具の搬出に汗を流した。その一方で、被害の大きさに途方に暮れる被災者もいる。
 「寄せる(片付ける)物は何もない。何から手を付けていいのか分からない」。同市協和下淀川の無職加藤一雄さん(72)がため息交じりに話した。木造2階の自宅は1階の床上約1.5メートルまで水が押し寄せ、冷蔵庫やストーブ、畳などが流失した。床は泥や流木が覆い、壁や窓枠は壊れた。
 加藤さんは23日午前4時ごろ、滝のような雨音で目が覚めた。妻公栄さん(68)と軽トラックに乗り込み、数キロ離れた親類宅に身を寄せた。24日朝に戻った自宅は電気や水道が使えず、辛うじて被害を免れた2階で暮らす。
 残った家財道具も水を吸い、泥まみれだ。親戚の手を借りて徐々に片付けるつもりだが、加藤さんを含め13世帯32人が暮らす集落は多くの家が似たような状況にある。「こんなことになるとは、夢にも思わなかった。元通りにするには人手が欲しい」と力なく話す。
 片付けが本格化している地区もある。多くの家が床上浸水した同市刈和野では、住民が家具を家の外に出し、床を水洗いしていた。主婦(63)は「電化製品の多くは使い物にならない。床も水を多く含み、乾かすのに何日かかるか分からない」と肩を落とした。(秋田総局・藤沢和久)


デスク日誌 豪雨
 局地的に降り続く激しい雨の恐ろしさを、また見せつけられた。福岡、大分両県など九州北部を襲った災害。もたらした惨状に、胸が締め付けられる。
 山が崩れ、大きな岩の交じった土砂が住宅を壊して中になだれ込んだ。大量の雨は山の木々を倒し、川に集めて下流へと運び、堤防をえぐった。人々の穏やかな暮らしが奪われた。
 東北も昨年夏、同じような災害に遭った。岩手県岩泉町。足を運ぶと、覚えていた、のどかな山里の風景はなくがくぜんとした。
 「雨は白いカーテンのようだった。前が全く見えなかった」「川の水かさが増し、5メートルを超える岩を転がした。怖かった」。地元の人の言葉が耳に残る。
 沢を伝い、至る所で土砂が転がり落ち、道路を覆った。川の濁流で路肩を削られた道路や、折れ曲がったガードレールも数え切れないほど。何より驚いたのは積み重なるように散乱する流木の多さだった。
 あれから1年。だが、まだまだ元通りにはなっていないという。人口減少が続き、高齢者の占める割合も高い。以前のような、安心して暮らせる環境が一日も早く戻るのを願っている。
(整理部次長 細谷隆)


<放射光施設>東北の構想 大いに参考に
 文部科学省が新設を検討する次世代型放射光施設を巡り、国立研究開発法人の量子科学技術研究開発機構(量研機構、千葉市)が整備運用計画案の作成を進めている。建設候補地の公募には東北大青葉山新キャンパス(仙台市)を拠点とする地域構想1件が応じ、東北の関係者が推移を見守る。量研機構の田島保英理事に今後の展望を聞いた。(聞き手は東京支社・片山佐和子、報道部・高橋鉄男)
 −国の委託で5月末に計画案作成を引き受けた。
 「大型放射光施設スプリング8(兵庫県)の建設経験を生かせることが大きい。機構の前身の日本原子力研究開発機構(原子力機構)は理化学研究所(理研)と共同で施設整備を手掛け、線形加速器などを建設した。現在は専用ビームライン2本を使い、研究開発に取り組む。放射光以外の量子ビーム関連施設も保有しており、産学連携の経験も活用できる」
 −計画案の検討状況は。
 「6月1日付で5人体制の高輝度放射光源推進準備室を発足させた。国が策定する計画を下ごしらえし、文科省科学技術・学術審議会の小委員会で吟味してもらう。今後の日程は未定だが、スピード感を持って取り組む。27日の小委員会で骨子案を示す予定だ」
 −産学連携組織の光科学イノベーションセンター(仙台市)と東北経済連合会、宮城県が合同提案した地域構想をどう見るか。
 「量研機構は地域を決める立場になく、評価は控える。ただし、民間資金の活用といった財源分担も含め官民や地域の連携の在り方が具体的に提案され、大変参考になる。提案者とは事実関係の確認などを書面でやりとりしている。必要に応じて現地の状況を見たい」
 −建設地の要件は。
 「地盤の強度や広さなど技術的な要件に加え、利便性を重視する。施設は物質の機能を調べる『軟エックス線』分野に強みがあり、学術界とともに産業界の期待が高い。産業需要に柔軟に応えるためにも、利用者の視点を大切にしたい」
[量子科学技術研究開発機構]放射線医学総合研究所と原子力機構の量子ビーム、核融合両部門を再編統合し、2016年4月に発足。量子ビーム関連は高崎量子応用研究所(群馬県)と関西光科学研究所(京都府)を拠点とする。


辺野古差し止め提訴/「泥沼化」は避けなければ
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画を巡り、国と沖縄県が司法の場で再び対決することになった。
 沖縄県は24日、県の岩礁破砕許可を更新せずに政府が埋め立て工事を進めているとして、工事の差し止めを求める訴訟を那覇地裁に起こした。判決まで工事を中断させる仮処分も併せて申し立てた。
 このまま埋め立て工事が進んで行けば、物理的に二度と後戻りできない状況に陥ってしまう。「移設は到底容認できない。不退転の決意で取り組んでいく」。「沖縄の心」を体現する翁長雄志知事の強い意志の表れに違いない。
 翁長知事は、埋め立て承認取り消しを巡って国が起こした訴訟の最高裁判決(昨年12月)で敗訴しており、国は辺野古移設の問題は決着済みという立場だ。
 ただ、今回の提訴は工事の手続きの違法性を問題視しており、別の訴訟である。
 移設工事を巡っては漁業権が設定された海域で海底の地形を変える場合、県規則で知事の岩礁破砕許可が必要だ。
 3月末で許可期限が切れたにもかかわらず、更新せずに工事を続けているのは違法、というのが県側の主張だ。一方、国は地元の漁協が漁業権を放棄したことから「許可は不要」と反論している。
 県は漁業法の趣旨やこれまでの政府見解などを踏まえて、「漁業権消滅に必要な知事の変更免許が出ておらず、許可は必要」と指摘。国は最高裁判例を盾に審理の対象にならないとして、訴えの却下を求めていくという。
 これまで安倍晋三首相は「普天間の危険性除去のために、移転先は辺野古以外はない」と、辺野古オンリーの姿勢を一貫して崩していない。マティス米国防長官も「辺野古唯一」の見解を示している。
 沖縄県民にとって、一切聞く耳を持たない姿勢は「門前払い」のように映るのではないか。日米安保は大切といいながら、沖縄だけに米軍基地の7割を押し付けるゆがんだ構図が一向に変わらないことに、いら立ちや焦りを高ぶらせているのは明らかだ。
 歴代の自民党政権の中には小渕恵三、橋本龍太郎の元首相や野中広務、梶山静六の元官房長官ら沖縄に心を寄せた政治家が少なからずいた。
 沖縄戦で本土の「捨て石」となり、戦後は米国に統治された苦難の歴史を理解しようと努め、自らの政治姿勢に投影させていた。
 本土復帰から45年。安倍政権はどれだけその思いを継承し、酌んでいるのだろうか。「甘えるな」という突き放した姿勢だけが伝わってくる。
 国は翁長知事への損害賠償請求も視野に入れているというが、屈しないだろう。本土への恨みが募るだけではないか。いま一度立ち止まって、沖縄の叫びに耳を傾ける必要がある。「泥沼化」は何としても避けなければならない。


辺野古提訴  自治理解し審理尽くせ
 沖縄県が名護市辺野古の米軍基地建設差し止めを求め、那覇地裁に提訴した。米軍普天間飛行場の移設問題が再び法廷で争われる。
 県は、政府が県知事の許可を得ず「岩礁破砕」を行おうとしているのは違法と主張している。
 争点は事務手続きの要不要だが、国が自治体の意思に反して基地建設を進めることの是非が問われている。条例や規則に従わせるための自治体による訴訟を否定した判例があるが、今回は自治の根幹に関わる問題だ。裁判所は審理を尽くしてほしい。
 辺野古への基地移設を巡っては、翁長雄志知事が2015年10月に仲井真弘多前知事による現場海域の埋め立て承認を撤回した。沖縄県と政府は訴訟で争い、昨年12月に県敗訴が確定した。
 政府は今年4月から本体工事に着手したが、3月末に期限が切れる岩礁破砕許可を県に申請しなかった。岩礁破砕許可は県漁業調整規則に定められている。漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す作業に必要な手続きだ。
 政府は、地元の辺野古漁協がほとんどの漁業権を放棄したため「漁業権が消滅した」とする。漁協は国の働きかけで漁業権放棄を決議していた。
 一方、沖縄県は「漁業権は一部放棄による縮小で消滅ではない。許可申請は必要」と反論する。
 仲井真前知事の埋め立て承認書には、本体工事前に事前協議を行う規定がある。県は協議を求めたが国は一方的に打ち切った。
 問答無用である。国は安全保障を理由に工事を進めるが、地方自治の理念を理解すべきだ。話し合いのテーブルに着いてほしい。
 米軍機オスプレイの佐賀空港への配備計画は、国は地元配慮を理由に配備を延期した。沖縄に対する強硬ぶりとは大きな違いである。沖縄から「差別」との声が上がるのも無理はない。
 菅義偉官房長官は折に触れ「法治国家」と胸を張る。だが、漁協に漁業権を放棄させるような手法は反発を招くだけではないか。
 工事は今後、設計変更が度々必要になるとみられる。国はその度に県や名護市へ届けなければならないが、こんな対立を続ければいずれ作業は行き詰まる。
 沖縄県内の選挙では翁長知事派の落選が続く一方で、地元紙の世論調査(5月)では、6割超が知事を支持している。
 地元が反対する事業に巨額の税金が投じられている。京滋でも、わがこととして関心を持ちたい。


辺野古再提訴 誠意持って話し合いを
 沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設工事を巡り、沖縄県は工事の差し止めを求めて提訴、判決まで工事を中断させる仮処分も併せて申し立てた。政府と県の対立は再び法廷闘争に入る。
 辺野古移設に関しては、前知事が行った現場海域の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事の処分について政府と県が訴訟で争った結果、昨年12月、最高裁で県側敗訴の判決が確定している。
 県側は今回、最高裁判決後の動きとして、政府が知事の許可を得ずに漁業権が設定された海域で海底の岩石などを壊す「岩礁破砕」を行うのは違法だと主張し、新たな訴訟に踏み切った。
 これに対して政府は、県の訴えは不適法で、許可も不要だとして全面的に争う構えだ。菅義偉官房長官は確定判決に従い「誠実に対応する」とした昨年3月の和解条項を挙げ「県の提訴は残念だ」と述べた。だが最高裁判決は埋め立て承認を巡る行政処分の是非を判断したにすぎない。
 この問題は司法の場でいくら手続きの法律論を詰めても事態は解決しないだろう。総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」は2016年6月、政府と県の双方に解決に向けた協議を促した。しかし十分な話し合いのないまま政府側が訴訟に持ち込んだ経緯がある。
 係争委は「普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向け、真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導く努力をすることが解決への最善の道だ」と指摘した。理解できる提言だ。その原点に戻り、政府は誠意を持って県と協議するよう求めたい。
 その際には、沖縄の基地問題の歴史にあらためて思いを巡らせるとともに、安全保障環境の変化や安全保障関連法による日米連携の深化を踏まえ、在日米軍全体の在り方を抜本的に再考し、辺野古基地建設の必要性を議論すべきだ。
 政府と県は15年にも約1カ月間、工事を中断して集中協議を行った経緯がある。しかし翁長知事が戦後、土地が強制収用されて米軍基地が造られた歴史から訴えたのに対し、安倍晋三首相は1996年の日米の普天間返還合意が原点だと主張し、かみ合わなかった。
 沖縄は第2次大戦末期に悲惨な地上戦を経験し、その後に強制的に米軍基地が造られた。さらに新たな基地を造るという計画に多くの県民が反対するのは当然ではないか。
 北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出で緊張が指摘される安全保障環境への対応も冷静に考えたい。北朝鮮は弾道ミサイル発射訓練の目標を在日米軍基地だと明言し、米本土が射程に入る大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発にも成功したと主張する。今後、米軍の在外配置の見直しが課題に浮上しよう。
 一方、日中両政府は最近、関係改善へ動きだしている。こうした情勢の中で辺野古に大規模な基地を造り、固定化する必要があるのか。在日米軍の在り方の見直しに関して、政府は米政府へも議論を働き掛けるべきだ。
 安倍政権は翁長知事への損害賠償請求もちらつかせて圧力をかける。来年1月に予定される名護市長選と来年秋の県知事選で移設反対の現職を破ることにも力を入れている。しかし地方選挙への過剰な介入は対立を深めるだけだろう。地元の声に謙虚に耳を傾ける姿勢を政府に求めたい。(共同通信・川上高志)


[辺野古再提訴] 政府は聞く耳持たねば
 沖縄と政府の対立が再び、法廷闘争に発展した。
 沖縄県が米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事差し止めを求め、那覇地裁に提訴した。
 移設を巡っては現場海域の埋め立て承認を取り消した翁長雄志知事の処分に関し昨年末の最高裁判決で、県側敗訴が確定している。
 これを受け、政府は4月から埋め立ての工程に入り、着々と護岸工事が進んでいる。
 県が提訴に踏み切ったのは、既成事実化する新基地建設への対抗策だ。翁長氏は工事阻止に向け、あらゆる知事権限を使うと言明している。
 今回の訴訟で沖縄県が主張するのは政府による県漁業調整規則違反である。知事の許可を得ずに、漁業権が設定された水域で海底の岩石などを壊す「岩礁破砕」を行うのは違法としている。
 これに対して、政府は全面的に争う構えだ。地元漁協が漁業権を放棄したことを理由に知事の許可は不要になったとし、工事自体も適法と反論している。
 自治体は条例や規則に従わせるために訴訟を起こせないとする判例がある。沖縄にとって勝算は厳しいとの見方があり、やむにやまれぬ異議申し立てといえる。
 これまでも沖縄と政府は訴訟合戦を繰り広げてきた。基地問題は司法の場で手続きの法律論を詰めても、解決しないことは明白だ。
 ただ、政府は沖縄の言い分に聞く耳持たずというかたくなな姿勢を崩していない。
 埋め立て承認取り消しを巡る訴訟で昨年3月にいったん和解が成立した際、条項に「確定判決に従い、互いに協力して誠実に対応する」との文言が盛り込まれた。
 菅義偉官房長官は「和解条項に従って、お互いが誠実に対応していくことが法治国家として極めて重要だ」と語っている。
 確かに最高裁判決を尊重することは大切だ。だが、最高裁は埋め立て承認を巡る行政処分の是非を判断したにすぎない。
 むしろ目を向けるべきなのは2016年6月の総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」の指摘だ。「国と県が真摯(しんし)に協議し、納得できる結果を導くことが解決への最善の道だ」と促している。
 当時は十分な話し合いがないまま政府側が訴訟に持ち込んだ。今こそ、その原点に帰り、政府は誠意を持って協議のテーブルに着くことが求められる。
 沖縄との溝をどう埋めるか。安全保障環境の変化や在日米軍のあり方を抜本的に再考し、辺野古基地の必要性を議論することが必要だ。


「平和愛する共生の心」受け継ぐ 故大田元知事を悼み県民葬
 6月12日に亡くなった大田昌秀元知事の功績をたたえ、冥福を祈る県民葬(実行委員長・翁長雄志知事)が26日午後、宜野湾市の沖縄コンベンションセンターで催された。政府から安倍晋三首相と鶴保庸介沖縄担当相が出席した。大田氏が建立した平和の礎を模した祭壇のオブジェ(装飾)を前に、一般参列者を含め多くの人が最後の別れを惜しんだ。
 安倍首相の追悼のあいさつ時には、一般参列者からやじが飛ぶ場面もあった。
 翁長知事は式辞で、平和の礎建立や県公文書館開館、基地問題への対応などの大田氏の知事時代の功績を示し「沖縄の基地負担軽減が国政の場で取り上げられるようになったのは、間違いなく大田さんの決断によるものだ」とたたえた。県議会での大田氏との議論を挙げ「知事となった今、大変大きな財産になっている」と遺影に語りかけた。
 その上で「われわれ県民は、大田さんが終生貫かれた『平和を愛する共生の心』の理念を受け継ぎ、未来を担う子や孫が心穏やかに笑顔で暮らせる沖縄を築き上げるため努力を続ける」と誓いの言葉を述べた。
 安倍首相は追悼のあいさつで「大田元知事が心を砕かれていた沖縄の基地負担の軽減にも政府として引き続き全力を尽くしていく。沖縄の振興を前に進め、沖縄の明るい未来の構築にできるだけ貢献していくことを誓う」と話した。
 行政代表から県市長会会長の古謝景春南城市長、経済界代表から県経済団体会議の石嶺伝一郎議長、友人代表として比嘉幹郎元副知事が追悼の辞を述べた。稲嶺恵一元知事や歴代県副知事、県選出国会議員、県議、鳩山由紀夫元首相、井戸敏三兵庫県知事らも参加した。


「加計」集中審議 信頼性欠く首相の答弁
 「加計学園」問題をめぐり、安倍晋三首相が過去の答弁を修正した。つじつまが合わなくなったためだが、修正で済む話ではない。首相の答弁は信頼性を欠く。真相解明の手綱を緩めてはならない。
 学校法人「加計学園」による愛媛県今治市での獣医学部新設計画を首相がどの時点で知ったのか。
 それを解明することは、公平・公正であるべき行政判断が「首相の意向」や、官僚による忖度(そんたく)で歪(ゆが)められたか否かを判断する上で、重要な要素となる。
 首相は二十四日の衆院予算委員会で加計学園の計画について、政府が獣医学部新設を認める事業者を同学園に決定した今年一月二十日に「初めて知った」と述べた。
 民進党議員に「答弁が偽りなら責任を取って辞任するか」と迫られ「首相として責任を持って答弁している」と胸を張った答弁だ。
 しかし、この答弁は過去の答弁と明らかに矛盾する。
 首相は以前、獣医学部を今治市に新設したいという加計学園側の意向を知った時期を問われ、次のように答えているからだ。
 「安倍政権になってから、国家戦略特区に今治市とともに申請を出した段階で承知した」(六月五日、参院決算委員会)
 「構造改革特区で申請されたことについて私は承知している」(六月十六日、参院予算委員会)
 首相はきのう参院予算委員会で「急な質問で混同した」と釈明した上で、過去の答弁を修正し、計画を知ったのは一月二十日だと重ねて主張した。
 しかし、にわかには信じ難い。学園の加計孝太郎理事長は、首相が「腹心の友」と呼ぶ三十年来の友人だ。第二次安倍内閣発足後、判明分だけで十五回、食事やゴルフを共にしている。加計氏側から全く言及がなかったのか。
 首相は自らの関与や加計氏への便宜供与を否定するために無理な答弁を重ねているのではないか。つじつま合わせでころころ変えるような首相の答弁を、そもそも信頼するわけにはいくまい。
 衆参両院で二日間にわたった集中審議で、政府側の参考人は個別の面会や発言内容については「記憶がない」「記録がない」との答弁を繰り返した。首相が言う「丁寧な説明」には程遠い。
 このまま幕引きは許されない。加計学園による新設認可をいったん見送るとともに、憲法に基づく野党の要求に応じて臨時国会を召集し、真相解明を進めるべきだ。加計氏の証人喚問も求めたい。


閉会中審査/やっぱり「加計ありき」か
 衆院に続いて参院の予算委員会で閉会中審査があり、国家戦略特区での加計(かけ)学園の獣医学部新設を巡る問題が審議された。
 安倍晋三首相は「事実に基づき丁寧に説明したい」と繰り返したが、残念ながら疑念が晴れたとは言い難い。首相の友人が理事長を務める加計学園に対し、政府が手心を加えたのではないか。「加計ありき」の印象は強まったといえる。
 衆参2日間の審査では「言った」「言わない」の水掛け論が目立ち、真相究明にはほど遠かった。議論が深まらなかった要因に、首相の答弁がある。
 参院では、首相が加計学園の計画を知った時期を「今年の1月20日」とした答弁について、野党の質問が集中した。
 1月20日は、特区に加計学園が認定されたと報告を受けた日だ。首相はこれまで「申請段階で承知した」としていた。
 この結果、首相は答弁の訂正と謝罪に追われ、議論は堂々巡りとなった。丁寧な説明どころか、これでは何のための閉会中審査なのか分からない。
 規制を打破する特区の仕組みが必要なことは理解できる。参考人の加戸守行・前愛媛県知事は家畜伝染病への危機感などから、獣医学部誘致に奔走した10年間の経緯を振り返り、「連戦連敗だった」と語った。
 だが今、最も問われているのは特区や獣医学部の必要性ではなく、加計学園が認定される過程の公平性と透明性である。
 政府は「諮問会議でオープンに進めてきた。議事録も公開している。一点の曇りもない」と訴える。果たして、そうか。
 文部科学相は閉会中審査で、「伝達事項」と題する文書を加計学園に示したことを初めて認めた。認可のための「指南書」ともいえる内容の文書だ。
 加計学園には内々に開学時期が伝えられたが、ライバルの京都産業大学には知らされなかった。京産大は教員確保で後れを取り、計画を断念した。
 一点の曇りもないどころか、全体が曇っており、首相や担当大臣らの説明を聞いても一向に晴れない。
 今後も国会の場で検証を重ねることが必要だ。そのために、もう一度、記録と記憶を洗い出す。その責任は政府にある。


衆参閉会中審査 やはり喚問が不可欠だ
 衆参合わせて10時間の審査で浮かび上がったのは、新たな疑問や発言の矛盾ばかりだ。やはり証人喚問でただすほかはない。安倍晋三首相も例外ではない。
 首相の親友、加計(かけ)孝太郎氏が理事長の学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡る問題で参院予算委員会はきのう、衆院に続いて首相出席の閉会中審査を行った。
 焦点となったのが、学園の計画を知ったのは「今年1月20日」だとする首相答弁の信ぴょう性だ。
 過去の答弁との齟齬(そご)に加え、旧友が何度も提案に関わってきた構想を、今回の認可まで「知らなかった」との説明は納得できない。
 2日間にとどめず間断なく究明するのが国会の責務だ。首相には臨時国会の早期召集を求める。
 民進党の蓮舫代表は今年6月の首相答弁を根拠に、2007年に愛媛県今治市が構造改革特区として提案した時点で、学園の計画を知っていた可能性をただした。
 首相は、答弁が「厳密さを欠いていた」と認めたが、計画把握の日時は譲らなかった。事前に知らなかった以上、自らの関与はあり得ないと主張したいのだろう。
 しかし政府が4月に閣議決定した答弁書にも、07年の申請資料に加計学園の名が明記されていたとの記述がある。それを知らなかったという説明が通るだろうか。
 特区が決まる前、文部科学省が学園に有利な助言をした疑いを示す新たな文書も明るみに出た。今治市職員が官邸を訪れ、事前協議していた可能性も指摘される。
 なのに政府側の答弁は「記録がない」などあいまいな内容に終始した。首相が言う「丁寧な説明」と、あまりにかけ離れている。
 一方、稲田朋美防衛相は国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、データ発見の報告を受けながら隠蔽を了承したとの報道を否定した。
 だが陸自が稲田氏に報告せず隠蔽を決めたなら、部隊の統率が根底から疑われる。実際、稲田氏は3月の国会で、データ発見は「報告されなかった」と述べていた。
 逆に稲田氏が、報告を受けながら隠蔽を止められなかったのであれば、3月の答弁は虚偽答弁となる。いずれにせよ、文民たる政治家が部隊を統制するシビリアンコントロールが脅かされる事態だ。
 防衛監察本部の特別防衛監察も進むが、稲田氏ら政務三役は処分対象とはならない。結果がどうあれ、稲田氏が部隊を掌握できていない以上、内閣改造を待たずに更迭するのが筋ではないか。


安倍政治 もう「強弁」は通用しない
 安倍晋三首相は国民や国会を甘くみているのではないか−これがきのうまでの2日間、衆参両院の予算委員会で行われた閉会中審査を通じて受けた印象である。
 きのうの参院審査では首相が集中砲火を浴びる場面があった。親友の加計(かけ)孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」が愛媛県今治市で進める獣医学部新設計画を初めて知ったのは、国家戦略特区の申請が正式認定された今年1月20日だった−と首相が衆院審査で説明したことである。
 私たちはきのうの社説で「首をかしげたくなる」と指摘した。ゴルフや会食を重ねる首相と加計氏の間で獣医学部新設の会話が全くなかったとはにわかに信じ難い。
 この問題は先の通常国会で何度も取り上げられ、首相は「国家戦略特区に申請を今治市とともに出された(2015年6月の)段階で承知した」と答弁していた。なぜ今回、説明を変えたのか。
 首相はしどろもどろになりながら「特区の提案者は今治市で、事業者が加計学園であることを混同した」「構造改革特区と国家戦略特区を取り違えた」と述べた。
 提案者を知れば事業者が誰か気にならない方がおかしい。成長戦略の柱として自ら導入した国家戦略特区を別の特区と間違えるだろうか。この説明には無理がある。
 加計学園に限らない。防衛省の日報隠蔽(いんぺい)や国有地を格安で売却した「森友学園」にも通じる問題がある。それは、主権者の国民や国権の最高機関と憲法が定める国会を軽視する首相の傾向である。
 国民を代表する国会議員なのに野党の批判には耳を貸さない。その場しのぎの答弁や説明でやり過ごし、困ったら「記憶がない」「記録もない」「資料は捨てた」と言い張る。そんな強弁が「数の力」でいつまでも通用すると思っていたとしたら勘違いも甚だしい。
 首相は獣医学部新設の白紙化や稲田朋美防衛相の罷免を拒否した。疑惑解明の行方も不明確だ。信頼回復に求められるのは言葉だけの反省や丁寧さではない。国民や国会に真摯(しんし)に向き合うことだ。


「加計」閉会中審査 首相答弁も信用できぬ
 友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を、安倍晋三首相が把握した時期さえ揺らいだ。「過去の答弁は整理が不十分だった」との説明では到底納得できない。
 衆参の予算委員会は、安倍首相が出席して加計問題に関する閉会中審査を開いた。議論がかみ合わず疑念は払拭(ふっしょく)されるどころか、さらに募った。「総理の意向」で行政がゆがめられたのか。偽証すれば刑罰を科す証人喚問で、事実を解明すべきだ。
 安倍首相は加計学園の獣医学部新設計画を「学園の申請が認められた今年1月20日の諮問会議で知った」と以前の答弁と食い違う説明をした。
 6月には「国家戦略特区に申請を今治市と共に出された段階で承知をした」と説明していた。別の日には「特区ではなく(前身の)構造改革特区で申請されたことについて承知していた」と答弁した。「その後、国家戦略特区に申請すれば私の知り得るところになる」とも答弁している。
 今治市が国家戦略特区での獣医学部新設を提案したのは2015年6月である。16年10月には安倍首相が議長を務める諮問会議で、この提案が議論されていた。
 知った時期が「今年1月20日」というのは信じ難い。加計学園の事業者認定に安倍首相が関わっていないとするために、強引に日にちを設定したと疑わざるを得ない。
 安倍首相は25日の参院予算委で「従来の答弁をおわびして訂正したい」と述べた。国会答弁を首相の地位にある者が簡単に訂正するようでは、ほかの答弁の信憑(しんぴょう)性も疑われる。「整理が不十分」な答弁は、まだあるのではないか。
 安倍首相の「申請したのは今治市であり、加計学園ではない。事業主体が誰かは説明がなかった。数十件ある案件のうちの一つにすぎず、全く認識していなかった」との説明も、うのみにできない。
 愛媛県知事として長年、獣医学部誘致を進めてきた加戸守行氏は10日の衆参両院の閉会中審査で「12年前から声を掛けてくれたのは加計学園だけ。愛媛にとっては12年間、『加計ありき』だった」と説明している。
 今治市の獣医学部新設計画の事業者が加計学園であることは周知の事実だ。理事長と友人である安倍首相が今年1月まで知らなかったのは不自然であり、信用できない。
 前川喜平前文部科学事務次官は、和泉洋人首相補佐官から「文科省として手続きを早く進めろと指示された。総理の口から言えないから私が言うと言われた」と主張した。だが、和泉氏は「言っていない」と否定した。
 疑惑が解明されなかった以上、これで幕引きにすることは許されない。にもかかわらず安倍首相は、野党が求める早期の臨時国会召集には応じない考えを示した。安倍首相が真相究明に背を向けたことで、疑惑はさらに深まった。


[「加計」閉会中審査]これが「丁寧な説明」?
 「加計ありき」だったのではないか、との疑念が払(ふっ)拭(しょく)されたとはとてもいえない。
 安倍晋三首相の友人、加計孝太郎氏が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡る問題で、安倍首相が出席した衆参予算委員会の閉会中審査が24、25の両日開かれた。
 目立ったのは首相側近らの「記録がない」「記憶がない」との答弁である。
 安倍首相が約束した「丁寧な説明」からは程遠い。
 昨年9月、前川喜平前文部科学事務次官に「総理は自分の口からは言えないから、私が代わって言う」と発言したとされる和泉洋人首相補佐官。前川氏が記録などに基づき従来よりさらに具体的に語ったのに対し和泉氏は「言っていない」の一点張り。
 首相秘書官だった柳瀬唯夫氏も2015年4月に愛媛県今治市の職員と官邸で面会したのではないかと問われ「覚えていない」と繰り返した。今治市側は官邸訪問を認めている。信じられないことに入館記録もないという。
 特区担当の山本幸三地方創生担当相の事案もある。昨年11月に日本獣医師会に「四国での新設」を伝えたことが獣医師会側の記録にある。山本氏は否定するが、秘書官のメモは既に廃棄したという。
 記録には記録で対抗しなければならない。記憶で否定するのはあり得ないことだ。
 安倍首相が本気で真相解明に乗り出す考えなら、官邸や内閣府の官僚らに「文書を探し出して、真相を包み隠さず明らかにせよ」と命じれば済むことである。それをしないのは記録や記憶がないとの答弁を容認するようなものだ。
■    ■
 安倍首相が加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期が新たな焦点として浮かび上がった。安倍首相は今年1月20日、同学園が国家戦略特区に決定した時だと答弁した。にわかには信じられない。
 安倍首相と加計氏が13年から食事やゴルフをした回数は計14回に上る。獣医学部の問題が本格化した昨年夏以降だけでも6回も会っている。安倍首相はごちそうしたり、されたりする仲であると認めている。2人の間で獣医学部新設の話題はまったく出なかったのだろうか。
 過去の国会答弁との齟齬(そご)も明らかだ。安倍首相は5月の参院予算委で事業主体が加計学園であることを「(12年の)第2次政権発足後も、首相が本部長である構造改革特区本部で知り得た」などと答弁していたからだ。
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 安倍首相は2日間、「李下(りか)に冠を正さず」の故事を引き合いに出し、「私の友人が関わり、疑念の目が向けられるのはもっともだ」などと低姿勢に終始した。だが、行動が伴っているとはいえない。
 加計氏は決定前の昨年8〜9月、山本氏ら3閣僚と面談し、学部新設が話題になっていることが明らかになった。なぜ、学校法人の一理事長が閣僚らと簡単に会えるのか。官邸や内閣府とどのようなやりとりがあったのか。
 これで幕引きとするわけにはいかない。臨時国会を早急に開き、加計氏らを証人喚問すべきだ。


「加計」閉会中審査 強まる疑念、計画白紙に
 国民の疑念と不信感は一層強まったのではないか。
 衆参両院の予算委員会の閉会中審査が昨日まで2日間にわたって行われたが、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画に首相や官邸が関与したのではないかとの疑惑について、当事者らの主張は食い違い、平行線をたどった。首相は改めて関与を否定したものの具体的な根拠は示せず、説得力に乏しい答弁に終始した。
 そうした中で、新たな疑問が浮上した。首相は加計学園の獣医学部新設計画を把握した時期について、国家戦略特区の申請が認定された今年1月20日の特区諮問会議の時点だと答弁したのである。
 獣医学部の建設予定地である愛媛県今治市が、新設計画を含む国家戦略特区提案を政府に申請したのは2015年6月だった。首相は諮問会議議長を務めており、昨年10月には提案が諮問会議でも議論されている。
 この首相発言について、野党は「特区の申請段階で(新設計画を)承知した」というこれまでの答弁と矛盾すると猛反発。追い込まれた首相が過去の答弁について「急な質問で、少し混乱して答弁した。おわびして訂正したい」などと述べ、従来答弁は誤りだったと弁明したのにはあきれてしまう。
 首相の関与が疑われる今回の問題で、首相が新設計画をいつ知ったのかという点は核心部分の一つである。それを今の段階になって「特区の認定時」と述べて過去の答弁を訂正したことにより、これまでの首相説明の信頼性は大きく揺らいだ。
 まして、首相と学園理事長の加計孝太郎氏は学生時代からの友人であり、民進党の指摘では昨年7月から年末まで6回も食事やゴルフを共にしている。それなのに、今年1月になるまで学園の計画を知らなかったというのは信じ難い。答弁の真偽を明らかにするには、加計氏の国会招致が不可欠だろう。
 今回の閉会中審査では、参考人招致された前川喜平前文部科学事務次官と、前川氏に加計問題の「キーパーソン」と名指しされてきた和泉洋人首相補佐官の直接対決も注目された。
 前川氏は、官邸や内閣府は「加計ありき」だったと重ねて証言した。これに対し、初めて国会で証言した和泉氏は真っ向から反論。前川氏との面会は認めたものの、新設計画に関する働き掛けについては「記録になく、記憶にもない」と否定し、水掛け論に終わった。
 このままでは、国民の疑念はいつまでたっても払拭(ふっしょく)できない。ここは獣医学部の新設計画を白紙に戻し、一から議論し直すべきではないか。獣医師は本当に不足しているのか、既存の大学ではなし得ない教育ができるのか、などについて国民にも分かるように再度議論し、真に「一点の曇りもない」プロセスを踏むことが重要だ。


「加計」集中審議 理事長の証人喚問必要だ
【論説】国家戦略特区制度を活用し、愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を進める学校法人「加計(かけ)学園」を巡る衆参両院の予算委員会の集中審議が2日間にわたって行われた。政府側の答弁は肝心の場面になると「記憶にない」「記録もない」に終始。これでは「加計ありき」の疑念が晴れるはずもない。
 2日目の参院予算委では前日の衆院予算委で、安倍晋三首相が加計学園の獣医学部計画を知ったのは特区への申請が認められた「今年1月20日」とした答弁への追及に重きが置かれ、十分な審議が尽くされたとは言い難い。
 「申請段階(1月10日)で承知した」「2007年の今治市の構造改革特区提案で新設する主体として加計学園が記載されていた。知り得る立場にあった」などとした過去の答弁との矛盾を突かれた首相は「(当時は)急な質問だったので混同した。おわびしなければならない」と釈明した。
 加計孝太郎理事長とゴルフや会食などを重ねており、関係業者からの供応接待や便宜供与を禁じた大臣規範を意識した対応ではないか。
 加計学園は昨年10月末の段階で建設予定地のボーリング調査を開始。12月には建設に必要な高圧受電設備の手配を今治市を通じて行っているという。山本幸三地方創生担当相は「オウン・リスク(自己責任)」でやったと説明したが、もし特区申請が認められなかった場合は大きな損失となる。開設の担保を得ていたからこそと見るのが筋だ。
 さらに、2日間の審議の中で、野党議員が気になる指摘を二つしていた。
 一つは、加計学園の建設費は総額約195億円で、設計図などから坪単価は約150万円。他の医療関係の大学では坪約80万円というからほぼ倍の金額だ。学園の関係する業者が設計したという。今治市は総額の半額に相当する96億円を助成する。水増しした可能性はないのか。
 もう一つは、加計学園が運営し獣医学部を傘下に収めることになる岡山理科大が来年4月開学予定の獣医学部をPRするパンフレットに入学後にワンランク上の国公立大への受験、“腰掛け”を認める内容を記していたという。
 山本氏は新設する獣医学部は「東大よりもレベルは上」と述べた経緯がある。特区認定の要件に掲げたライフサイエンスや感染症対策など最先端の研究を行う大学としての対応なのか首をかしげたくなる。
 まずは、加計理事長の証人喚問で新設計画への働き掛けなどがなかったか、説明を求めるべきだ。「腹心の友」ならば、首相が依頼すれば、理事長も喚問に応じてくれるのではないか。
 現在、大学設置・学校法人審議会が審査中で8月末にも認可か否かの結論を出すという。現状では国民の疑念は深まるばかりだ。憲法53条に基づき野党が求める臨時国会を早期に開くべきだ。加計理事長自身から聞きたいことが山のように積み上がっている。


衆参閉会中審査 丁寧な説明とは言えない
 衆参両院の予算委員会で、加計学園(岡山市)の愛媛県今治市での獣医学部新設問題などを巡って閉会中審査が行われた。「官邸の意向はあったのか」。多くの国民が審議を注視していたはずだ。
 安倍晋三首相は、加計側から働き掛けや依頼はなく、便宜を図ったこともないと関与を明確に否定した。「私の友人が関わることだから、疑念の目が向けられるのはもっともだ」と低姿勢を貫き、「李下(りか)に冠を正さず」の故事を引いて、これまでの答弁の至らなさを反省してみせた。
 「印象操作だ」と野党に反撃する強気は封印し、丁寧に説明責任を果たす姿を演出したのだろう。背景には、数に頼んだ強引な国会運営や閣僚の失言、加計問題や森友学園問題などで内閣支持率が大きく落ち込んだことがある。
 だが答弁の謙虚さとは裏腹に、2日間の審査でも疑念を払拭(ふっしょく)する説明ができたとは言い難い。首相が「真摯(しんし)に説明責任を果たす」と約束しながら、政権側は野党の追及に反論する具体的証拠を明示できず、当事者の主張もかみ合わなかった。信頼回復には程遠いのではないか。
 例えば、首相や官邸の関与があったのでは、という点に関して、参考人の前川喜平前文部科学事務次官が「総理は自分の口から言えないから自分が言う」と和泉洋人首相補佐官から対応を迫られたと重ねて述べたが、和泉氏は「スピード感を持って取り組むことが大事だとは言ったかもしれないが、(代わりに言う、とは)言っていない」と否定し、水掛け論に終わった。
 今治市の職員が2015年4月に官邸で首相秘書官に面会をしたとする指摘には、当時の秘書官が「記憶にない」を連発した。
 首相が学部新設を知った時期でも混乱した。衆院では、1月20日に学園による国家戦略特区の申請が認められた時点だとしたが、参院で野党から過去の答弁との矛盾を指摘されると、「(過去の答弁は)厳密さを欠いていた」と釈明に追われた。今後、新たな火種になる可能性がある。
 記憶や記録がない。具体的な説明を避ける。流出した内部文書を「怪文書」扱いにする。そんな政権のずさんで、おごったこれまでの姿勢が結局、ここまで問題を大きくしたと言えよう。
 参考人の前愛媛県知事や国家戦略特区ワーキンググループ座長が、地域活性化や四国での獣医師の確保、規制改革の必要性を訴えた点は理解できるものだった。しかし、その手続きに公正、公平さが欠けていれば話は別である。安倍政権は引き続き、納得のいく説明を尽くすべきだ。
 一方、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)を巡る稲田朋美防衛相の関与については、議論が十分に深まらなかった。今週中にも特別防衛監察の結果が公表される見通しだが、徹底的な真相解明が必要だ。


加計問題参院審査 疑念解消なき幕引き許されない
 安倍晋三首相が国民に約束した「丁寧な説明」は果たされなかった。学校法人「加計学園」の今治市への獣医学部新設問題を巡って、参院予算委員会の閉会中審査が開かれた。前日の衆院の審査と同様、加計学園が国家戦略特区の事業者に選ばれるように「便宜を図ったことはない」と繰り返すばかりで、それを裏付ける証拠を示そうとしない。国民の疑念は全く解消されておらず、これで幕引きにすることは到底許されない。
 首相や政府関係者は「加計ありき」を重ねて否定した。不可解なのは、事業者が決まる1月20日以前に今治市と加計学園が2018年4月開学を前提に準備を進めていた点だ。市が、市所有の土地のボーリング調査を加計学園に認めたのは昨年10月末とされており、実際に調査を始めたのも事業者が決まる2カ月前だった。市が確固たる根拠もなく、決定前の調査を安易に認めるとは考え難い。
 菅良二市長は今年6月の市議会で「国政レベルの問題。国会で議論しており、推移を見守りたい」との答弁にとどめ、明言を避けている。だが国会で議論していようが、市長の説明責任は免れない。ボーリング調査の許可に際して、いつ、誰から、どのような情報を得た上で判断したのか、その経緯を早急に明確にする責務があると自覚せねばならない。
 衆院の審査では、07年から獣医学部新設を申請し続けていた加戸守行前知事が「内閣府の職員の頑張りと特区諮問会議の有識者の英明なる判断とで、やっとたどり着いた」と、政府を評価した。今治市の活性化に寄与する大学誘致自体に異議があるわけではない。問われているのは、加計学園だけしか選ばれないような不公平な条件付けの有無である。誘致することの是非と、特区の事業者選定の不明瞭な手続きを混同して論じてはなるまい。
 首相は「プロセスは適正」と強調する。首相と学園理事長が友人関係にあるのは周知の事実であり、「個別の案件について一度も指示したことはない」と釈明しても、官邸に権力が集中する中では、官僚の「忖度(そんたく)」が働いたとの疑念は晴れない。特区諮問会議の決定までに、水面下の省庁間の協議でおおむね方向性が定まっていたとみられ、やりとりの内容は極めて不透明だ。「記憶も記録もない」ずさんな状況なら、政策の事後検証ができず、看過できない。
 政策決定が適正に行われているかを見極めるには、特区諮問会議のような最終判断の場だけの公開では十分ではない。あらゆる議論を公文書として記録、保存、公開して決定過程を透明化する制度を設けた上で、政権が説明責任を果たさなければなるまい。
 これまでの国会質疑は関係者の水掛け論に終始し、事実解明には程遠い。首相は加計学園理事長や今治市長の証人喚問を率先して進めるべきだ。


自由・森氏 安倍首相追及 加計学園「1月20日」問題で
 25日の参院予算委員会の閉会中審査で、自由党県連代表の森裕子参院議員(新潟選挙区)が、加計学園の獣医学部新設計画を1月20日に把握したとする安倍晋三首相の答弁が虚偽だとして追及した。
 安倍首相はこの日の質疑で、国家戦略特区の「申請段階で知り得た」とする過去の答弁を訂正。愛媛県今治市が以前から獣医学部新設を提案していた構造改革特区と、現行の国家戦略特区を「取り違えていた」などと釈明を繰り返した。
 森氏は「なぜこんなにも(答弁が)混乱するのか。その理由を教える」と前置きし、「構造改革特区のとき今治市と加計学園は『セット』だった。しかし国家戦略特区では加計学園の名前をあえて伏せた。本当は知っているのに知らないふりをした」と“加計隠し”への疑念を示した。
 このほか、森氏は加計学園以外の候補を実質的に排除した2018年4月開学の決定過程など、まだ不透明な点が多いとして、「首相が潔白を証明しようとしても、国民は納得しない」と指摘した。


近畿財務局と森友学園 売却価格めぐる協議内容判明
大阪の学校法人「森友学園」に国有地が8億円余り値引きされて売却された問題で、去年3月に近畿財務局と学園側との間で売却価格をめぐって行われた協議の内容が初めて明らかになりました。関係者によりますと、財務局は学園側にいくらまでなら支払えるのか尋ね、学園側は上限としておよそ1億6000万円という金額を提示していました。実際の売却価格は学園側の提示を下回る金額に設定されていて、大阪地検特捜部は詳しい経緯を調べています。
去年6月、近畿財務局は大阪・豊中市の国有地についておよそ9億5500万円だった鑑定価格から地中のゴミの撤去費用などとしておよそ8億2000万円を値引きして森友学園に売却していました。
この売却価格をめぐって学園との間でどのような協議が行われたのか、これまで財務省や財務局は「記録を廃棄した」などとして説明してきませんでしたが、協議の詳しい内容が関係者への取材で初めて明らかになりました。
森友学園の籠池前理事長は去年3月11日に国から借りていた国有地で地中から新たなゴミが見つかったため、建設中の小学校の開校時期が遅れることを心配し国有地の買い取りを希望したということです。
関係者によりますと、3月24日、籠池前理事長から交渉を一任された学園の当時の弁護士が財務局に対して土地の買い取りを初めて打診し、この日のうちに双方が具体的な金額を出して協議していたことがわかりました。
この場で財務局の担当者はいくらまでなら支払えるのか購入できる金額の上限を尋ね、学園の弁護士は当時の財務状況を基におよそ1億6000万円と答えたということです。
一方、財務局の担当者は国有地の土壌改良工事で国がおよそ1億3200万円を負担する予定であることを理由にこれを上回る価格でなければ売れないなどと事情を説明したということです。
この協議の6日後の3月30日、財務局はゴミの撤去費用の見積もりを民間業者ではなく国有地を管理している大阪航空局に依頼するという異例の対応を取り、値引き額はおよそ8億2000万円と決まりました。
この結果、学園側への売却価格は1億3400万円となり、3月24日の協議で財務局と学園の双方が示した金額の範囲内に収まる形となりました。
この問題をめぐって、大阪地検特捜部は、近畿財務局が大幅な値引きによって国に損害を与えたとする市民グループからの背任容疑での告発を受理しています。特捜部は財務局の担当者から任意で事情を聴いて売却価格が決まった詳しいいきさつについて調べを進めています。
近畿財務局と森友学園の協議の内容について、財務省はNHKの取材に対して「承知していない。事前に具体的な数字をもって金額の交渉をすることは考えられない」とコメントしています。
去年3月から売却契約までの経緯
去年3月11日、森友学園が国から借りて小学校の建設を進めていた大阪・豊中市の国有地で大きな問題が生じました。基礎工事の最中に地中から新たなゴミが見つかったのです。
3月14日、現地に籠池泰典前理事長や工事関係者、それに近畿財務局や大阪航空局の担当者が集まって対策を協議しましたが、結論は出ませんでした。
籠池前理事長は、翌15日に妻の諄子氏とともに東京・霞が関の財務省に出向いて理財局の田村前国有財産審理室長と面会し、迅速な対応を取るよう求めました。この面会のやり取りは籠池前理事長が録音していて、近畿財務局の対応が悪いと籠池夫妻が強い口調でなじる様子が記録されています。
この場で田村前室長は、近畿財務局が責任を持って対応すると伝えましたが、関係者によりますと、籠池前理事長は、財務局の動きが鈍いと感じていたということです。
近畿財務局は、対策を検討するためにはまずゴミがどの程度あるのかを確認する調査が必要だという考えだったということです。その一方で、当時は年度末だったため土地の貸し主の大阪航空局に予算がなく、新年度にならないと調査を行うのは難しいとも伝えていたということです。
籠池前理事長は、このまま国に任せていたらすでに1年予定を延ばしていた開校の時期がさらに遅れてしまうと焦りを感じ、土地を買い取ることで事態を打開できないかと考えたということです。そして土地のトラブルなどの問題に詳しい弁護士に相談し、国有地の買い取り交渉を一任したということです。
3月24日、籠池前理事長から財務局との交渉を一任された学園の当時の弁護士が近畿財務局に対し、土地の買い取りを初めて打診しました。今回、明らかになったのはこの日の協議の内容で、関係者によりますと、財務局の担当者が学園側にいくらまでなら支払えるのか購入できる金額の上限を尋ねるなど具体的な額を出して話し合いが行われたということです。
6日後の3月30日、近畿財務局は、地中のゴミの撤去・処分費用の見積もりを豊中市の国有地を管理している大阪航空局に依頼するという異例の対応を取りました。こうした見積もりは通常、公正さを保つために民間業者に委託しますが、航空局に依頼したことで、国会の論戦では恣意的(しいてき)な見積もりが行われたのではないかとの指摘が野党から出ています。
大阪航空局は、2週間後の4月14日、ゴミの撤去などの費用をおよそ8億2000万円と算出し財務局に伝えました。財務局は、このあと民間の不動産鑑定士に土地の評価を依頼し、およそ9億5500万円という鑑定価格の報告を受けました。
そして6月1日、航空局が見積もったゴミの撤去費用およそ8億2000万円を差し引いた1億3400万円を売却価格として学園の弁護士に提示しました。
籠池前理事長は、弁護士から伝えられた売却価格が想定していたよりもはるかに安いと驚いたということで、国会の証人喚問では「神風が吹いた」と表現しました。
そして6月20日、学園は財務局が提示した売却価格を受け入れて、契約を結びました。
財務省のこれまでの説明
国有地の売却をめぐる森友学園との協議について、財務省は、売却価格を決める前に具体的な金額を出しての交渉はしていないと強調してきました。
国有財産の売却手続きでは、相手の意向や経済的な事情に沿って価格が設定されたという疑念を持たれないよう、価格が決まる前に国有財産の購入希望者との間で金額交渉が行われることは通常ありません。
財務省の佐川前理財局長は、5月18日の参議院財政金融委員会で、野党の議員から事前に金額交渉があったのではないかと質問された際、「先方に、あらかじめ価格について申し上げることはございませんとずっと答弁してきているところです」と答えるなど、国会では具体的な金額を出しての学園との協議を一貫して否定していました。
国有地をめぐる時系列
大阪・豊中市の国有地が森友学園に売却されるまでの時系列です。
平成25年9月、籠池泰典前理事長が小学校の建設予定地として国有地を取得する要望書を近畿財務局に提出。
平成27年1月27日、大阪府の私学審議会が条件付きながら小学校の設置について認可適当の答申。
5月29日、近畿財務局と森友学園が売却が原則の国有地の10年以内の買い取りを条件に賃貸契約を締結。
7月末から12月、国有地の地中のゴミを撤去する土壌改良工事を実施。貸し主の国が負担すべき工事費、およそ1億3200万円は森友学園が立て替える。
9月5日、安倍総理大臣の妻の昭恵氏が森友学園で講演し、開校を目指す小学校の名誉校長に就任。
平成28年3月11日、国有地に建設中の小学校の基礎工事の最中に地中から新たなゴミが見つかる。
3月15日籠池前理事長夫妻が東京・霞が関の財務省に出向き、理財局の田村国有財産審理室長(当時)と面会。
3月24日、森友学園が近畿財務局に対し、国有地の買い取りを初めて打診。学園の弁護士が近畿財務局の担当者と協議。
3月30日、近畿財務局が地中のゴミの撤去・処分費用の見積もりを豊中市の国有地を管理している大阪航空局に依頼する異例の対応。
4月14日、大阪航空局がゴミの撤去などの費用をおよそ8億2000万円と見積もり近畿財務局に報告。
5月31日、民間の不動産鑑定士が鑑定価格をおよそ9億5500万円と近畿財務局に報告。
6月1日、近畿財務局が鑑定価格からおよそ8億2000万円を差し引いた1億3400万円を売却価格として森友学園に提示。
6月20日、森友学園と近畿財務局が売買契約を締結。


相模原殺傷1年、犠牲者悼む 献花台設置
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件は26日で発生から1年となった。施設前には献花台が設置され、関係者や市民らが犠牲者を追悼。
 神奈川県庁では職員らが黙とうし、相模原市役所などでは半旗を掲揚。
 逮捕直後から「障害者はいなくなればいい」などと独善的な主張をしていた元職員植松聖被告(27)=殺人罪などで起訴=は、6月に共同通信記者に宛てた手紙でも同様の内容を記し、その考えは今も変わっていない。


相模原事件1年 共生社会 確かな道筋を
 相模原市の知的障害者施設殺傷事件が、発生から1年を迎えた。19人が殺害され、26人が負傷して今なお後遺症に苦しんでいる。
 「不幸を減らすために障害者を安楽死させるべきだ」。殺人罪などで起訴された元施設職員は、事件から1年を経た今も、障害者殺害を正当化しているという。
 あらためて憤りを覚える。
 しかし、現状では、初公判がいつ開かれるかさえ見通せない。
 元職員が、なぜ、許し難い動機を持ち、犯行に至ったのか、経緯も背景も不明のままだ。
 異常な言動ばかりに、気を取られていてはなるまい。
 事件を、日常生活に潜む偏見や差別意識といったゆがみの現れと受け止める必要がある。
 その上で、障害者も健常者も差異を認め合い、支え合う共生社会を目指すことこそ、再発防止への確かな道筋ではないか。
 事件を受け、政府は、措置入院患者の支援強化を柱とする精神保健福祉法改正案を先の通常国会に提出したが、継続審議となった。
 元職員は事件前、犯行予告の手紙を衆院議長に出し、精神疾患の疑いで措置入院させられている。
 改正案は、都道府県などが「精神障害者支援地域協議会」を設け、措置入院から退院した後の支援計画の作成を義務化した。この協議会には警察も関与する。
 情報の共有などはプライバシーに関わり、人権に十分配慮した慎重な対応が求められる。
 障害者が「監視強化」「治安優先」と批判するのも、人権侵害の懸念が拭えないからだろう。
 犠牲者の氏名がいまだ公表されないことにも違和感を覚える。偏見を恐れる遺族が匿名を望むこと自体が、共生社会がほど遠い現実を物語っていると言えよう。
 神奈川県は当初、家族会などの要望を受け、事件が起きた施設の建て替え方針を決めた。事件前と同様の大規模施設にする予定だったが、全国の障害者から抗議を受け、転換を余儀なくされた。
 隔離された大規模な施設を出て、グループホームや自宅などで地域に根ざした普通の暮らしをしたいと願う人は多い。
 障害者たちは「私たちのことを私たち抜きに決めないで」と声を上げている。
 「障害者がどこで誰と生活するかを選択できる」(障害者権利条約)ことは、国際的な潮流だ。
 「施設から地域へ」は、国が定めた方針でもある。その原点を忘れてはならない。


相模原事件1年 共生の道を確かなものに
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件から、きょうで1年になる。
 元施設職員の植松聖(さとし)被告はなぜ、「障害者は不幸を作る」と考えるようになったのか。凶行に及んだのはなぜか。公判はまだ始まっておらず、事件の核心部分は依然として闇に包まれている。
 その上で、現時点で改めて事件を振り返り、その教訓について考えてみたい。
 障害者はいらないから、殺した方がいい−。常軌を逸した主張だ。その一方で、極論にせよ、社会に潜む偏見や差別を映し出しているとはいえないだろうか。
 警察は遺族の意向を踏まえ、亡くなった19人の氏名を公表していない。異例のことだ。
 事件で深く傷ついた遺族は、なぜ実名ではなく、匿名を希望したのか。その選択の重さを、社会全体で受け止めるべきだろう。
 弱い立場の人や少数者を攻撃するヘイトスピーチや嫌がらせが横行するような風潮も、事件と無縁とは言い切れまい。
 私たちは障害のある人とそうでない人が、地域で共に暮らす社会の実現を目指してきた。現状は道半ばと言わざるを得ない。
 「やまゆり園」のような大規模入所施設は全国にあり、重度・高齢の障害者を受け入れている。国は施設入所者の地域への移行を促すが、遅々として進まない。グループホームの整備とケアの人材育成を急ぐ必要がある。家族だけで介護を担うのは容易ではない。
 学校では障害の有無にかかわらず一緒に学ぶインクルーシブ(共生)教育に力を入れてほしい。
 「違い」を認め合い、助け合うことの大切さを、しっかりと子どもたちに教えたい。
 被告は今も、障害者を「不幸のもと」と見なす主張を変えず、犯行を正当化しているという。独善的というほかない。
 障害者を排除するいびつな考えや言動は断じて容認できない。共生社会への歩みをより確かなものにしていく努力を積み重ねたい。


相模原殺傷1年 弱者思いやる社会に…冥福祈り献花
 相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害され、27人が重軽傷を負った事件は26日、発生から1年を迎えた。雨の中、現場となった「津久井やまゆり園」前の献花台には、朝から多くの人たちが次々と花を手向けに訪れ、静かに冥福を祈った。【森健太郎、国本愛】
 やまゆり園の入倉かおる園長(60)らは午前9時ごろ、献花台の前で黙とうし、花束をささげた。「あの日はきれいな夏空だった。きょうはあの日と違う空なのが少し救われる気がする」と空を見上げ、「数字では言い表せない一人一人との思い出があった。なすすべもなく、守ってあげられなかったのが本当に申し訳ない」と19人をしのんで声を震わせた。
 この日は、入所者たちが移った横浜市の仮園舎でも犠牲者を悼む時間を設けるといい、入倉園長は「職員も入所者も思い出に浸りながら、静かに時間を共有したい」と語った。
 入所者家族会の大月和真会長(67)も訪れ、あいにくの雨に「魂が安らかになっていないのかと思ってしまって……」と声を詰まらせた。「1年間大変だったけれど、家族にとっては何も始まっていないし、何も決まっていない」と話した。
 神奈川県重症心身障害児(者)を守る会の伊藤光子会長(75)は「24日の追悼式で19人の人となりを聞いた時、涙が出た。絶対にこの人たちの死を風化させてはいけないと改めて思った」と唇を引き締めた。毎月26日に手を合わせ、12回目の献花だといい、「これで終わりではなく、19人の無念さを胸に秘めながら、弱者が安心して暮らせる社会をつくっていかなくてはいけない」と述べた。
 相模原市の垂水京子さん(60)は、事件の約2週間前まで毎月短期滞在で園を利用していた次男(28)と訪れた。偏見や差別がある現状を憂え「(障害者は)経済的には役に立たないかもしれないが、いいじゃないかと支え合う世の中になれば。この子と一緒に生きていく」と決意を新たにした。
相模原障害者施設殺傷事件
 2016年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が次々と刃物で刺され、入所者19人が死亡、職員3人を含む27人が重軽傷を負った。19人の殺人罪などで起訴された植松聖被告(27)は「障害者は生きていても意味がない」などの言動を重ね、検察側による起訴前の鑑定では、自己愛性などの複合的なパーソナリティー障害と診断された。


相模原事件から1年————植松被告の思想と、安倍自民党の障害者切り捨て・差別排外主義との関係を改めて問う
 神奈川県相模原市の障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」での入所者19人が殺害された事件から1年。殺人及び殺人未遂で起訴された元職員の植松聖被告だが、横浜地裁で始まるはずの裁判は、まだ公判前整理手続きすら始まっていない状態で、真相解明にはまだまだ時間がかかりうそうだ。
 しかし、ひとつだけ改めて指摘しておかなければいけないのは、この相模原事件がいまの安倍政権の障がい者切り捨て政策や排外主義と差別を丸出しにする社会状況とけっして無関係ではないということだ。
 植松被告は事件前、衆院議長公邸に「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活および社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」といった手紙を届け、「(障がい者)ひとりにつき税金がこれだけ使われている」「何人殺せばいくら税金が浮く」などと語っていたことがわかっていた。
 また、逮捕後も「障害者なんていなくなればいい」と供述し、最近も、時事通信社の取材に手紙で応じ、「不幸がまん延している世界を変えることができればと考えた」と記したうえで、「意思疎通ができない重度障害者は不幸をばらまく存在で、安楽死させるべきだ」と主張していたという。
 しかし、こうした思想をもっているのは植松被告だけではない。そもそも、小泉政権と安倍政権は障がい者に税金を投入するのは無駄とばかりに、障がい者とその家族に負担増を強いる法改悪を行っているし、石原慎太郎や息子の石原伸晃、安倍政権の重鎮である麻生太郎、安倍政権のブレーンである曽野綾子は、「安楽死させたほうがいい」「いつまで生きているんだ」「税金を使っているのを申し訳なく思え」などと、障がい者や老人に対して信じられないような攻撃を、口にしてきた。
 植松被告のツイッターには、安倍晋三、百田尚樹、橋下徹、中山成彬、テキサス親父日本事務局、ケント・ギルバート、上念司、西村幸祐、つるの剛士、高須克弥、村西とおると、ネトウヨが好みそうな極右政治家、文化人がすらりと並んでいたが、こうした思想に大きな影響を受けたのは間違いないだろう。
 いや、植松被告だけではない。事件後、安倍政権を盲信するネトウヨたちの間では、〈そうやってみんなすぐ植松容疑者が異常だと言い張るけど行動がよくなかっただけで言ってることは正論だと思う〉〈植松の言ってることはこれからの日本を考えるとあながち間違ってはいない〉〈穀潰しして連中に使われる予定だった税金を節約して、国の役にたったよ彼は。弱いものって誰? 精神障害者はどんなに暴力や暴言はいても罪に問われない無敵の強者だよ?〉といった、植松被告の考え方に賛同する声があふれた。
 さらに、自民党のネット応援部隊であるJ-NSC会員(=ネトサポ)がブログで、「植松が言うように障害者はいなくなるべき」と全面的な賛同を示し、障がい者の子どもがいる野田聖子衆議院議員にまで「自民党の改憲案との矛盾をなくすために障害者の子ども殺せ」と迫っていたことも発覚した。
 本サイトは、相模原事件は、2000年代から始まった、弱肉強食の新自由主義政策と安倍政権下でエスカレートする排外差別主義が合体した結果であり、起こるべくして起きた事件だと考えている。
 そのことを確認するために、事件が発生したあと、本サイトが掲載した検証記事を再録するので、ぜひ読んでほしい。(編集部)
「障がい者を殺せば税金が浮く」植松容疑者の狂気は自民党政権の障がい者切り捨て、新自由主主義政策と地続きだ
障がい者大量殺害、相模原事件の容疑者はネトウヨ? 安倍首相、百田尚樹、橋下徹、Kギルバートらをフォロー
自民党のネット応援部隊が「植松容疑者の主張は間違ってない」「障がい者は死んだほうがいい」と障がい者ヘイト!
障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈
安倍首相の盟友・曽野綾子も野田聖子議員に障がい者ヘイト!「子どもの治療に税金を使っているのを申し訳なく思え」


相模原事件1年 問い直すべき愛と正義
 「われらは愛と正義を否定する」
 障害者運動史で、ひときわ強烈なこの言葉。脳性まひ者たちの団体「青い芝の会」の行動綱領として知られる。
 1970年、母親が障害のあるわが子を殺害する事件が起きた。母親への同情から広がる減刑嘆願運動に、同会は強く反発。愛ゆえに障害者は殺されても仕方ないのか。同情は正義か。「殺される側」からの問題提起は当時、広範な議論を巻き起こした。
 昨年7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた入所者殺傷事件は、「愛と正義」をめぐる根源的な問いを再び社会に突き付けたと言える。
 被告の「殺害予告」の手紙が思い起こされる。
 「私は障害者総勢470人を抹殺することができます。…保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い…」「愛する日本国、全人類のために…」
 身勝手な「愛と正義」ゆえに否定された命。さらに、ネットに氾濫する、被告の言動を肯定する匿名の書き込み。表向きは「共生」の掛け声が飛び交う社会の深部で、障害者と社会の分断は深い。
 事件から1年。本県の障害者から聞こえてくる声は「事件はとっくに風化している」「特に何かが変わった実感はない」など、無力感が漂う。
 ここには、日本の障害者隔離施策が影を落としている。やまゆり園は64年設立。「障害者を保護し家族の負担を軽減する」との国の方針で、各地に大規模施設が建設され始めた時期と重なる。
 障害者と家族が住み慣れた地域で生活し、ごく当たり前の愛情を育むための支援を充実させるのではなく、施設に収容するという解決策。国は近年、遅まきながら政策転換し地域共生に力を入れ始めたが、なお多くの障害者が見えない存在として生きている。
 今回の事件の犠牲者は、なぜ匿名なのか。やまゆり園再建をめぐり、全国の障害者団体などが小規模分散を提唱しているのに対して、入所者の家族会はなぜ大規模施設での建て替えを求めるのか。
 わが子にとって良かれと思う家族の選択。ここにも、長い隔離収容施策がもたらした悲しみを感じざるを得ない。
 この国で、障害者と家族がささやかな愛に満ちた地域生活を送る日は、遠いかもしれない。だが、事件を機に、障害者と健常者の対話集会が各地で開かれるようになった。今月29日には盛岡市で「対話の集い」が開かれる。
 一つ一つの対話こそ、障害者と社会の深い分断を埋める一歩一歩だ。その先に「殺しも殺されもしない正義」の論理が見いだせると信じたい。


相模原事件1年 隣り合って生きるには
 重い障害がある人たちの命が次々と奪われた。向き合うことすらつらい凄惨(せいさん)な事件だった。だからこそ心にとどめ、そこに映し出された社会のありように目を凝らさなくてはいけない。その思いを新たにする。
 相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が殺傷された事件から、きょうで1年になる。障害者は不幸をつくることしかできない。だから抹殺する―。逮捕、起訴された男を駆り立てていたのは強い差別意識だった。
 亡くなった人たちの名前はいまだに公表されていない。遺族の多くが口を閉ざしたことも、障害者への差別が社会に根深く残る現実を浮かび上がらせた。
 もう一つ、事件を通して顕在化したことがある。重度の障害がある人の多くが地域で暮らせず、街中から隔たった施設に入らざるを得ない状況だ。
 障害者を受け入れる大規模な施設は1960年代から70年代にかけて全国各地に整備された。やまゆり園もその一つだ。
 欧米ではそのころ既に大規模施設の解体が進み、日本でも80年代から、少人数のグループホーム制度を設けて地域への移行が進められてきた。けれども今なお、状況は大きく変わってはいない。
 やまゆり園の今後についても意見は割れている。神奈川県が当初示した建て替え案は、「社会からの隔絶につながる」と障害者団体などから異論が相次いだ。一方で家族からは「苦労した末、やっとたどり着いた場所」だと、再建を望む声が上がっている。
 多くの障害者が街から離れた施設で暮らすことは、存在を社会から見えにくくする。当事者が声を上げることも、社会が聞き取ることも難しくなる。互いに姿が見える場所で隣り合って生きることは何より大切だろう。
 地域社会の中で生きることは、人間として当たり前の権利だ。その妨げとなっている差別意識にどう向き合うか。私たち一人一人が問われる。
 重い障害があっても地域で暮らせる社会的な支えを拡充し、生活の軸足を少しずつでも地域に移していけるようにしたい。グループホームを運営する人たちなどが、施設を出て一緒に暮らそうと働きかけるようなかたちで、移行を進められるといい。
 神奈川県は、障害がある当事者たちが自ら声を上げ、権利を獲得する運動の中心になってきた地域だ。議論を重ね、全国の先例となる取り組みにつなげてほしい。


【相模原事件1年】差別意識をなくす契機に
 相模原市の知的障害者施設で、入所者19人が元施設職員の男に殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った事件から1年がたった。
 「障害者なんていらない」。全く理不尽で明確な差別意識に基づき、施設内をよく知る男が入所者らに襲い掛かった事件は、社会に強い衝撃を広げた。こうした事件を再び起こさないようにするには、何をすればいいのか。くみ取るべき教訓とは何だろう。
 何より重要な再発防止策だが、手だてを講じる取り組みは遅々として進んでいない。
 事件を受け、先の通常国会に提出された精神保健福祉法改正案は、継続審議となった。
 元職員が精神疾患で措置入院し、退院した4カ月余り後に事件を引き起こしたことから、法案は措置入院患者に対する支援強化を柱とした。ところが、監視強化にもつながる恐れがあると野党が反発を強め、精神障害者や専門家からも批判が多く出された。
 犯罪防止という観点は大事としても、回復や自立を目指している大多数の障害者にすれば、元職員と同列にされかねないのは心外のはずだ。配慮を欠く内容では、差別に結び付く恐れもある。
 一方、なぜ元職員が差別意識を強め、残虐な事件を起こすに至ったかを知る手掛かりとなる動機、背景の全容は明らかになっていない。元職員は殺人、殺人未遂など計48人に対する罪で起訴されたものの、初公判のめどは立たないままだ。
 元職員は今も独善的な主張を続けているという。検察側による精神鑑定で刑事責任能力はあると診断されたが、今後、弁護側も鑑定を請求するとみられる。心の中を解明するまで、さらに時間を要する。
 障害者も健常者も、高齢者も若者も、誰もが大切にされ、人間として普通の(ノーマル)生活を送ることができる社会を実現しよう、というノーマライゼーションという考え方が提唱されて久しい。
 だが事件を通じて浮かび上がったのは、差別意識を一掃できず、なおノーマライゼーションへの途上にある現実といえよう。
 捜査機関は「遺族の意向」を理由に、被害者を匿名のままで発表した。大切な人を失った遺族にはまず「そっとしておいてほしい」との希望があろう。加えて、社会に残る障害者への差別意識を警戒し、家族の名前を明かしたくないとの心理もうかがえよう。
 障害だけでなく国籍や主張の違いなどで人を差別したり攻撃したりする風潮がある。差別は、互いの違いを受け入れない不寛容から始まるともいえよう。
 しかし誰しも尊重され、幸せに生きる権利がある。一人一人がかけがえのない存在であると、互いの価値を認め合うことで差別の芽を摘み取らなければならない。事件について考え続けることによって、差別意識をなくす契機としたい。


アパッチの怒り
 憲法改正により9条は失効し、日本には帝国軍が復活。憲法が定める「権利」の8割は「義務」に置き換えられて、義務に反した者は有刺鉄線に囲まれ餓死するしかない土地へ追放される▼6年前のきょう亡くなったSF作家小松左京さんは、1964年に発表した長編「日本アパッチ族」でこんな悪夢のような世界を描いた。主人公は「失業罪」で追放され、食料として鉄を食べるようになったアパッチと呼ばれる種族の一員になる。やがて政府と軍、アパッチは生存をかけて激突する▼60年代の政治や革命に批判的な視線を向けながら、関西人らしいサービス精神で笑い飛ばす名作だが、全編に響くのは「強者の論理」に対する激しい怒りだ▼社会的に有用でないと判断した者を切り捨てる独善的な論理は、先の大戦のナチス・ドイツによる大量虐殺などで最悪の展開をみせた。怒りの根底には小松さんの戦争体験もある。そして、それは昔の話ではない▼1年前のきょう、相模原市の障害者施設で19人が殺害された。殺人罪などで起訴された被告の「障害者は生きていてもしょうがない」という差別的な言動は再び悪夢を呼び戻した▼犠牲者はアパッチのように反撃もできず亡くなった。小松さんの怒りを共有し、共生の社会を考える義務が私たちにはある。

相模原殺傷事件1年 共生を阻む壁、壊したい
 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺されるなどした事件から、きょうで1年になる。
 おととい相模原市であった追悼式では、犠牲者19人それぞれのエピソードが紹介された。「満開の桜の中で甘酒を楽しんでいた」「とても我慢強くて笑顔がすてき」…。残された家族らの悲しみはいかばかりか。心から哀悼の意を表したい。
 戦後最悪の殺人事件がなぜ起きたのか、1年たった今なお解明されていないことがもどかしい。やまゆり園の職員だった植松聖被告(27)が「障害者はいなくなればいい」との独善的な考えに至る経緯も不明だ。起訴前の精神鑑定で「自己愛性パーソナリティー障害」などと診断され、刑事責任能力があるとして殺人や殺人未遂などの罪で起訴されたものの、初公判のめどはまだ立っていない。
 惨事を繰り返さないため、どうすればいいのか、その答えが見えてきたとも言い難い。
 被告は施設襲撃を予告し「他人に危害を加える可能性がある」として、精神保健福祉法に基づく措置入院となった。犯行に及んだのは退院から4カ月後のことだ。こうした経過を踏まえ、国は措置入院患者の支援に重きを置いた再発防止策を進めようとしてきたが、迷走している。
 国会に提出された精神保健福祉法の改正案は、継続審議に追い込まれた。自治体や警察が措置入院患者の退院後を見守る体制を整える内容で、厚生労働省は当初、法改正の趣旨を「事件の再発防止」と説明していた。障害者の団体などから「監視につながる」と反発の声が上がったのは当然だろう。
 植松被告は精神鑑定の結果、責任能力があるとされ、必ずしも事件と精神疾患が結び付いているとはいえない。改正法案は、精神障害者がこの事件を起こしたという印象を社会に与えかねない。
 今回の事件が、優生思想に基づく憎悪犯罪(ヘイトクライム)の色彩が濃いとの指摘が多数あることを重く受け止めるべきだろう。精神科の医療制度を変えるだけで同じような犯罪を防げるだろうか。事件後ネット上で、犯行を称賛するような書き込みが相次いだことも気掛かりでならない。
 低成長の時代、先の見通しがつきにくい一方、自己責任は過剰に求められる。閉塞(へいそく)感の強まる社会は、弱い立場の人や自分とは違う人へのゆがんだ見方を助長する危険性をはらんでいるのではないか。
 事件から1年たってもなお、多くの遺族が固く口を閉ざしていることにも心が痛む。
 これまで神奈川県警も横浜地検も、犠牲者の名前を匿名で発表しているが、異例の対応である。命を奪われたのはどんな人だったのか、事件の重大さを伝える上では欠かせない情報が乏しいことは、とても残念だ。ただ遺族が匿名を望む背景には、障害者とその家族がさらされてきた偏見や差別がある。
 障害者の保護者たちからすると、今回の事件にしても、大量無差別殺人としてではなく、障害者施設の特別な事件として受け止められているような違和感があるという。
 事件が今も問うのは、共生を阻む壁が社会にあることだ。どうすれば壊せるのだろうか。


民進・野田幹事長が辞任へ 何を目指してのけじめか
 民進党の野田佳彦幹事長が東京都議選の総括をめぐる党の会合で、引責辞任すると表明した。
 政治は結果責任である。重要な選挙の敗北などで政党幹部が責任を取ることは必要だ。だが、今回の辞任がいったい何を目指してのけじめなのかが伝わってこない。
 野党が国会の閉会中審査で安倍内閣を追及する中、自ら冷や水を浴びせるようなタイミングだった。
 都議選惨敗の総括をめぐる一連の経過からは、蓮舫代表らがどこまで危機感をもって結果を受け止めていたかの疑問がつきまとう。
 自民党が歴史的惨敗を喫したにもかかわらず、民進党は5議席に落ち込んだ。ところが蓮舫、野田両氏は早々に続投を表明した。
 さすがに党内から疑問の声が上がったが、総括は迷走した。反執行部の一部は蓮舫氏の「二重国籍」問題を蒸し返し、蓮舫氏は戸籍情報を公表するなど、混乱に拍車をかけた。
 そして、都議選開票から3週間以上経ての野田氏辞任表明である。これでは、蓮舫氏続投のための身代わりという内向きな論理しか感じられない。党再生の展望を欠くところに最大の問題がある。
 民進党が都議選で苦戦した一番の要因は、蓮舫代表の下で有権者の信頼を回復できていない点にある。
 確かに「加計学園」問題の追及など、政権批判では一定の役割を果たしている。だが、目標とするはずの保守の一部や中道・リベラル層を意識した政策はアピールできていない。共産党との選挙協力問題をめぐり党の軸足は揺れ続けている。
 毎日新聞の世論調査では安倍内閣の支持率が26%に落ち込む一方で、民進党の支持率も5%と前回より3ポイント下落した。都議選を経てからも政権批判の受け皿として期待感が一向に高まらない状況は深刻だ。
 野田氏は野党転落時の首相だった。党内には「戦犯」視する見方もあるだけに、蓮舫氏による幹事長起用に反発はもともと強かった。
 だが、野田氏辞任により、蓮舫氏への風当たりはますます厳しさを増すことになるだろう。
 次期衆院選に向け、民進党は党解体の危機すら指摘されている。新幹事長の選任とともに、蓮舫氏は早急に路線を整理すべきだ。