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Japon: la ministre de la Défense démissionne, coup dur pour Shinzo Abe
Tokyo - La ministre japonaise de la Défense, Tomomi Inada, a démissionné vendredi, portant un nouveau coup dur au Premier ministre Shinzo Abe dont la popularité, en chute libre, doit conduire sous peu à un large remaniement ministériel.
Mme Inada s'est résolue à quitter le gouvernement après un scandale de non-divulgation de documents relatifs à une mission des forces d'autodéfense, le nom de l'armée japonaise.
Agée de 58 ans, Mme Inada était arrivée en poste il y a moins d'un an. C'est la sixième ministre qui doit partir en raison d'un scandale depuis que Shinzo Abe est revenu au pouvoir fin 2012.
Déjà très critiquée pour diverses gaffes, elle a expliqué "prendre ses responsabilités" après avoir reçu un rapport selon lequel des responsables militaires avaient illégalement dissimulé des comptes-rendus au jour le jour des soldats japonais, dans le cadre d'une mission onusienne de maintien de la paix (PKO) au Sud-Soudan.
Ces documents, qui feraient état de mauvaises conditions de sécurité pour les militaires nippons sur place, ont été présentés comme ayant été détruits. Ils avaient en fait été conservés sans être rendus publics, en violation des lois régissant l'armée de terre.
"Les conclusions de l'enquête interne sont très sévères", a précisé Mme Inada.
Elle affirme cependant, comme depuis le début du scandale révélé par la presse, qu'elle n'a pas été informée de ces faits et n'a en conséquence pas donné son accord pour ne pas publier ces informations. Des sources militaires, elles, prétendent au contraire qu'elle avait été tenue au courant.
Sa démission intervient à moins d'une semaine d'un probable remaniement ministériel, sur fond de déroute dans les sondages du gouvernement de M. Abe, chute imputée en partie à Mme Inada.
Cette dernière n'a cessé depuis des semaines de faire la une des journaux, notamment pour avoir demandé aux électeurs de soutenir la formation conservatrice de M. Abe, le Parti Libéral-Démocrate (PLD), lors du renouvellement de l'assemblée générale de Tokyo, ce "au nom des forces d'autodéfense et au titre de ministre de la Défense".
- Abe acculé au changement -
M. Abe en personne avait du s'excuser pour ces propos "inappropriés", mais l'intéressée, une nationaliste convaincue comme lui, avait maintes fois rejeté l'idée de démissionner, et M. Abe celle de la destituer.
Les conclusions de l'enquête sur la mission PKO au Sud-Soudan et la démission annoncée de deux des plus hauts gradés --qui vont être sanctionnés-- ont précipité sa sortie.
"Il y a eu un sérieux et grave problème de gouvernance", a reconnu la ministre.
Le Premier ministre a décidé de confier l'intérim au ministre des Affaires étrangères, Fumio Kishida, jusqu'au remaniement programmé le 3 aout selon les médias.
Il est acculé à accélérer les changements au sein de l'exécutif et de son parti, alors que sa cote de popularité s'effondre et que les articles ou éditoriaux négatifs à son encontre se multiplient.
Avant le renoncement de Mme Inada, réclamé depuis des semaines par l'opposition, un autre coup dur avait atteint M. Abe: une défaite historique de sa formation aux élections à Tokyo.
Jamais le PLD, qui domine la vie politique nippone depuis 1955, n'y avait connu un tel fiasco: il n'a réussi à conserver que 23 des 127 sièges de l'Assemblée de la métropole.
C'est le tout jeune parti "Les citoyens de Tokyo d'abord", créé par une autre forte tête, la gouverneure de la capitale Yuriko Koike, qui a infligé ce revers à M. Abe. Une femme à qui l'on prête l'ambition de prendre un jour la place du chef du gouvernement.
Or, M. Abe, lui, se verrait bien en fonctions jusqu'à 2021. Il a même fait modifier les statuts de son parti dans ce but. Pour y parvenir, il faut toutefois qu'il réussisse à être réélu en 2018 à la tête du PLD, ce qui exige qu'il restaure au plus vite la confiance.
Le but ultime du Premier ministre, qu'il porte depuis son premier passage raté à la tête du gouvernement en 2006-2007, est de parvenir à réformer la Constitution pacifiste entrée en vigueur en 1947 et jamais réformée depuis.
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昨日のプロジェクタテストがうまくいったので今日はWのために大きく映し出すことができました.2人が別々に来て別々に説明したけどどうかな?
説明しているところを写真に撮ってもらいました.わかりやすい説明だったかな?
一方R3の人はカンセテンソ・・・ちょっと待ってすぐには無理ということでまた今度ということでお願いしました.
一方怒って帰ったとかいうM2の人はやっぱりカワイイ.

河北春秋
 「ただ働きが増える」「長時間労働が適法にされる」「残業代をなくしたい経営側の都合そのもの」。こんな批判が広がっていた。政府が導入を掲げた「高度プロフェッショナル制度」。年収が高い一部の専門職を残業代支払い対象から外す内容だ▼政府は、働く者を守る目的で労働時間を規制してきた労働基準法の改正案として早期成立を目指す。「時間でなく成果で評価される働き方」と改革を強調するが、非人間的な「残業代ゼロ法案」との異名もある。反対の声を上げるのが、社会問題となった過労死の遺族たち▼「人を無制限に使える環境になれば、犠牲は後を絶たなくなる」と仙台市の前川珠子さん(52)。東北大准教授だった夫は5年前、東日本大震災で被災した研究室の復旧に日夜没頭した末、うつを発症し自死した▼遺族の仲間らと「東北希望の会」をつくり、悲劇を防ごうと活動する。肌で感じるのは、逆に「成果」への要求が強まる職場の空気。弱い立場の若い働き手が過労自死し、新たな遺族が活動に加わってくる▼連合といえば、日本最大の労働者組織。だが、トップが政府との取引に応じて法案をいったん容認し、厳しい批判を受け撤回するという迷走を演じた。残業代ばかりか人の命も削りかねない企業社会に希望はあるのか。

<全国知事会議>東日本大震災/職員派遣の継続要請
 全国知事会議では、東日本大震災からの早期復興や大規模災害発生時の対応が主要議題になり、被災自治体への財政支援強化を国に求める意見が相次いだ。
 村井嘉浩宮城県知事は「被災地はまだまだ大変な状況が続いている。宮城では少なくとも2018年度までは職員派遣を継続してほしい」と求めた。内堀雅雄福島県知事も「復興を進めるには財源の確保と人的支援が不可欠」と強調した。
 提言には、復興業務に当たる任期付き職員を国で一括採用し、被災自治体に派遣する制度の導入が盛り込まれた。
 昨年4月の熊本地震を踏まえて蒲島郁夫熊本県知事は(1)復興交付金など財政支援の常設化と応援職員派遣の法制化(2)災害救助法の弾力的運用(3)住宅再建支援制度の充実−を国に働き掛けるよう提案。「住宅の自力再建までトータルで支援する仕組みが不可欠だ」と呼び掛けた。
 平井伸治鳥取県知事は「低所得者や一部損壊世帯に対する国の制度は不十分」と指摘。「次に進むための支援がなく、被災の長期化につながる」と訴えた。
 防災や減災に資する技術開発を求める意見もあった。佐竹敬久秋田県知事は「産学官の連携でドローン(小型無人機)や3D(3次元機器)の最新技術を避難計画作りに生かしたい。国が主導し、全国で展開すべきだ」と話した。


<全国知事会議>岩手宣言「千年国家の創造」採択
 東日本大震災の被災地初開催となる全国知事会議が27日、盛岡市のホテルで始まった。震災などから学んだ教訓を次世代に継承し、ハード、ソフト両面で災害に強い「千年国家の創造」を目指す岩手宣言を採択した。
 宣言には、被災地の支援と交流の継続や防災教育の充実、共助体制の確立、高速道路など「命のライン」の整備を盛り込んだ。災害への備えから復旧・復興までを担う「防災庁(仮称)」の創設を国に求める。
 開催県の達増拓也岩手県知事は「災害に負けない国家は、都道府県にとっても重要。岩手からの宣言の発信は、復興に取り組む沿岸被災地の励みとなる」と意義を強調した。
 内堀雅雄福島県知事は「福島は依然として有事の状況が続いている。復興を成し遂げるには、まだまだ時間がかかる」と実情を訴えた。村井嘉浩宮城県知事は「大きな災害を全てなくすことはできないが、被害を最小限にすることはできる」と話した。
 震災復興に絡む国への提言では、東京電力福島第1原発事故の早期収束や財政支援の継続、被災自治体の復興業務に当たる職員を一括採用して派遣する制度の導入を求めた。
 このほか南米原産の強毒アリ「ヒアリ」の侵入防止対策強化、ミサイル発射などの北朝鮮対応で都道府県の役割を明確にする緊急要請も決議した。
 会議の東北開催は2011年の秋田県以来。2日目の28日は、憲法における地方自治の位置付けや地方分権改革、スポーツ・文化・観光振興策を議論して閉会する。


<秋田豪雨>ボランティアが泥出し作業に汗
 22、23日の記録的な大雨で雄物川が氾濫し、435棟が浸水した横手市大森町で27日、秋田県内外のボランティアによる支援活動が本格的に始まった。
 災害ボランティアセンターが市大森庁舎に設置され、27日は市内を中心にボランティア34人が活動登録した。ボランティアは依頼のあった8世帯に分散し、使えなくなった家財の搬出や泥出し、床拭きなどに汗を流した。
 千葉市の清掃業森誠次さん(67)は他の5人と共に、1人暮らしの無職照井豊太さん(84)方でごみの搬出や床の清掃に当たった。照井さんは「22日の夜、あっという間に床上25センチまで浸水し、自力ではどうにもできなかった。たくさんの人に助けてもらい、うれしい」と話した。
 東日本大震災の発生直後にも石巻市で泥出しなどの活動に参加した森さんは「想像していたよりも被害が大きい」と話した。


<全国知事会議>大学一極集中/地方と首都圏隔たり
 東京への大学一極集中を巡って、地方と首都圏で知事の意見が対立。東京23区での入学定員増の凍結や、都内での学部・学科の新増設抑制を国に求める特別決議の取りまとめは会議最終日の28日に持ち越された。
 阿部守一長野県知事は「都市部と地方は共存共栄が望ましい。都内の定員が少し増えるだけで地方への影響は大きい」と指摘。湯崎英彦広島県知事も「東京への一極集中で(進路の)多様性が失われている」と決議に賛同した。
 浜田恵造香川県知事は「国は23区に新設する私立大への私学助成を止めるべきだ」と踏み込んだ。
 これに対し、小池百合子東京都知事は「学生が学ぶ場所を選ぶ自由を奪う」と反論。黒岩祐治神奈川県知事も「日本経済の国際競争力を高めることも必要。東京の足を引っ張っていいのか」と同調した。


<涼・宮城>壇蜜さん動画 野党が配信中止要請
 仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会(会長・村井嘉浩知事)の観光PR動画について、県議会の野党4会派は27日、品位を欠き、男女共同参画の理念に反するとして県に配信中止を申し入れた。
 民進党系の会派「みやぎ県民の声」(10人)、共産党県議団(8人)、社民党県議団(2人)、無所属の会(2人)を代表して男性県議7人が、河端章好副知事に要請書を手渡した。
 動画はタレントの壇蜜さん(横手市出身)が牛タンやずんだ餅を妖艶な言い回しで紹介。投稿サイト「ユーチューブ」の再生回数は230万回に達した。
 県民の声の藤原範典会長は「税金を使って県のイメージを下げている」と批判。他の議員も「女性差別で男性蔑視だ」「感性が疑われる」と抗議した。
 河端副知事は「観光PRには他県との差別化が必要。キャンペーンの一環として制作しており、様子を見たい」と理解を求めた。
 県議会の全女性議員7人も動画の配信中止を求めている。県には批判など約200件の意見が寄せられているという。


<東北大>虫明名誉教授にマイルストーン賞
 東北大は27日、エレクトロニクス分野の学会で世界最大規模を誇る米国電気電子技術者協会(IEEE)の「マイルストーン(道標)賞」を受賞した。虫明康人名誉教授(96)が1948年に発表した超広帯域アンテナの設計理論が高く評価された。
 仙台市青葉区のホテルで授賞式があり、IEEE幹部が里見進総長と虫明氏にそれぞれ、プレートを授与した。虫明氏は「約70年前の研究が認められ、大変名誉なことだ」と述べた。里見総長は「東北大の無線通信工学の輝かしい歴史を伝えたい」と語った。
 虫明氏が東北大大学院在籍中に発明した「自己補対アンテナ」は、超広帯域アンテナ設計の基本原理となり、テレビ放送やブロードバンド無線通信、電波天文学、携帯電話などに応用されている。
 マイルストーン賞は、開発から25年以上にわたって社会や産業の発展に貢献した技術が対象。東北大の受賞は95年の「八木・宇田アンテナ」の研究成果に続いて2回目で、国内ではこれまで32件に贈られている。


「復興五輪」という言葉に、拭いきれない違和感が湧いてくる 一体なにを「復興」させるというのか
森田 浩之 ジャーナリスト
東京オリンピックまで、あと3年。いまだ諸問題は落ち着かないが、私たちはこのイベントについてどれほど知っているだろうか。
ジャーナリストの森田浩之氏がオリンピックの知られざる重要な側面を追い、「TOKYO 2020」を多角的に考えるための連続リポート。第3回は、「復興五輪」という言葉とその実態を問う。
第1回はこちら『東京オリンピック「経済効果予測」のオカシさを暴こう』
「復興五輪」と言われるが…
2020年東京オリンピックは、東日本大震災からの「復興五輪」と言われる。だが、この言葉は実際のところ、何を意味するのだろう。
よく言われるのは「スポーツの力で被災地を元気にする」「復興に向かう姿を世界に発信する」の2つだ。
しかし、どちらも被災地の人々にとっては微妙なポイントだ。
「元気を与える」「元気をもらう」は最近よく耳にする言葉だが、「元気」なるものに実体があるわけではない。「復興に向かう姿を発信する」も、「復興」という言葉の使われ方が軽いと感じる被災者には受け入れがたいだろう。
それでも東北の被災地は、2020年大会に一定の参加をすることになっている。一部競技が開催されるほか、聖火リレーの出発地点の候補にあがっているという(石巻市は以前から、聖火リレーの出発地点に立候補している)。
リレーの期間も、IOCの「100日以内」という規定を緩和する形で、大震災の起きた3月11日の直後から開始する133日案が浮上している。
だが、このように被災地を大会にからめることが復興五輪なのだろうか。
2020年大会を本当の意味で復興五輪と位置づけるにはどうすればいいのか。もしそれができないなら、いたずらに期待をあおる復興五輪という言葉は忘れたほうがいいのではないか……。
市川崑が映し出した光景
思えば東京は、復興五輪を繰り返している。
東京での最初のオリンピックは、1940年に開かれることになっていた。しかし日中戦争が長期化したことから、鉄鋼をはじめとする戦略資材が不足。競技施設の建設にも支障が生じることになり、東京は開催権を返上した。後には大会自体が戦争のため中止となる。
だが、この1940年大会には「紀元二千六百年」を記念すると同時に、1923年(大正12年)に起きた関東大震災からの復興を世界に示そうというねらいがあった。
1964年の大会は、もちろん敗戦から立ち直った姿を示す復興五輪だったと言えるだろう。
市川崑監督の1964年大会公式映画『東京オリンピック』に、象徴的なシーンがある。
冒頭に映し出されるのは、東京のビルが鉄球で次々と壊されていく光景だ。スポーツイベントの記録映画にしては、いささか奇妙なオープニング。
しかしこれは、敗戦を経験した東京が再開発されて大きく変貌を遂げたことがオリンピックの重要な意味だったと、市川が感じ取ったからだろう。
聖火リレーが指し示すもの
それにしても、敗戦や災害からの復興をアピールするのに、なぜ東京はこんなにオリンピックという舞台を使いたがるのか。
そもそも2度(1940年大会も加えれば3度)の東京オリンピック以外で、復興をアピールすることを掲げた大会はすぐに思いつかない。たまたま東京には、敗戦や災害のあとにオリンピック開催のチャンスが巡ってきたということなのか。
いや、それだけではないだろう。もしかすると日本人は、オリンピックになんらかのメッセージを持たせるような演出が得意なのかもしれない。
1964年大会の公式映画『東京オリンピック』に戻ると、市川崑は冒頭部分で東洋に初めてやって来る聖火に注目し、リレーの様子をたっぷりと映し出している。
オリンピアで採火された聖火は、トルコのイスタンブールからアジアの各都市を巡る。ベイルート、テヘラン、ラホール、ニューデリー、ラングーン(現ヤンゴン)、バンコク、クアラルンプール、マニラ、香港、台北……。
聖火は台北から、リレーの最初の「国内開催地」であり、戦争の傷跡が深い沖縄に入る。公式映画が聖火リレーのなかでとくに時間を割いて描いているのが、この沖縄と広島の原爆ドーム前の光景だ。原爆ドーム前では今のような警備などなく、聖火ランナーが群衆をかき分けるようにして走るシーンが印象深い。
リレーは鹿児島、宮崎、千歳(札幌近郊)の3ヵ所を起点とする4つのコース(千歳からは2コース)に分かれ、東京を目指した。聖火はすべての都道府県を回り、リレー参加者は計10万713人にのぼった。
日本列島を駆け抜けた聖火は、東京・有楽町にあった都庁前に集められ、さらに皇居前広場の聖火台に移された。開会式当日に最終聖火リレーが行われた青山・外苑を抜ける道は、新しい東京を象徴する新たな動脈だった。
国内リレーのコースは、日本列島の中心、そして今後の経済発展を牽引するのが東京であるということを明確に示した。この聖火リレーは復興した日本の姿を見せただけでなく、これから国が歩もうとしている道筋まで指し示すものだった。
「なぜ原爆を結びつけるのか」
聖火リレーの最終ランナーは、当時19歳の坂井義則だった。早稲田大学1年生で、競走部に所属していた。
誕生日は1945年8月6日、出身は広島。原爆投下から3時間後に生まれた。
新聞は坂井を「原爆っ子」などと呼んだが、彼の生地は広島市から北東に70キロ離れた三次(みよし)市。被爆者ではない。
アメリカの著名な日本学者エドワード・サイデンステッカーは、この人選に不快感を表した。
「いまさら聖火ランナーになぜ原爆を結びつけるのか、アメリカ人はいやな思いをさせられた」
サイデンステッカーはそう語り、最終ランナーの人選は反米主義的なもので、日本人の「自己憐憫」だと主張した。
しかし東京大会の組織委員会で事務総長を務めた田畑政治は、坂井の選出はもっと広い視野の下に行われたと言う。
「最後の走者の坂井君が、原爆投下の日に広島県下で生まれた青年であることが象徴的であった。坂井君が最終ランナーであることがアメリカに悪感情を与えるとの批判も一部にあったようだが、われわれが憎むのはアメリカではなく、原爆そのものである。……アメリカにおもねるために、原爆に対する憎しみを口にしえない者は世界平和に背を向ける卑怯者である」
坂井の身体に投影されていたのは、敗戦から復興につながる時代そのものだったとも言えそうだ。彼は後年、次のように語っている。
「東京オリンピックは高度成長の入り口にあった日本の輝きを世界に発信する祭典だった。そして、自分たちはその高揚感を全土に伝えるメッセンジャーだった」
「復興五輪だという意識は全くない」
これに対して、2020年大会はどうなのか。被災地を走る聖火ランナーの身体が復興五輪にからむ形で、なんらかのメッセージ性を持つようなことはあるのだろうか。
その点は疑わしい。河北新報(本社・仙台)が今年2月に被災地の42市町村長を対象に行ったアンケートの結果は、ある意味で衝撃的なものだった。
この調査によれば「オリンピックは復興に役立つか」との問いに、54%が「何とも言えない」を選択した。
「復興五輪の理念は明確だと思うか」という問いには、71%が「何とも言えない」と答えた。
「何とも言えない」は強い「NO」ではないものの、実名入りで報じられる記事のアンケートで7割に達したことには、首長たちの強い不満と戸惑いの表れと言えるだろう。
自由記述欄への回答も手厳しい。
〈(復興五輪という)位置付けは素晴らしいが、具体化の取り組みが見えない〉──阿部秀保・東松島市長(当時)
〈東京で開催するのは大歓迎だが、復興五輪だという意識は全くない〉──戸羽太・陸前高田市長
〈五輪は被災地だけで行われるものではない〉──戸田公明・大船渡市長
控えめに解釈しても、被災地の首長たちは復興五輪という言葉をまともに受け取っていない。東京オリンピックが開かれることで自分たちの自治体にプラスの要因があるなどとは、ほとんど信じていないように思える。
これが、2020年大会の復興五輪という言葉をめぐる意識なのだろう。
うまく利用されている?
そもそも復興五輪という言葉は、2020年大会にからんでいつから使われているのか。
2020年大会に震災復興が関連づけられたのは、震災発生のわずか1年後である2012年、当時の招致委員会がIOCに提出した開催計画の概要である「申請ファイル」だった。
しかし国際的な招致レースが始まると、東京の招致委員会は復興五輪を打ち出すことに消極的になっていく。
そのころ海外では、震災に伴う福島第一原発の事故の影響を懸念する声が強まっていたからだ。復興五輪をアピールすれば招致活動に悪影響を与えかねないという判断だった。
しかし昨年になって競技会場の見直し議論が起こると、都の調査チームはボート・カヌー会場を宮城県内に変更する理由として、再び復興五輪を前面に打ち出した(最終的には福島で野球・ソフトボールが、宮城でサッカーが行われることになった)。
結局、誰のための復興か
2020年大会の場合、復興五輪という言葉はその時々の情勢によって強調されたり、打ち消されたりした。いうなれば、被災地は2020年東京大会の招致と、その後のPRに利用されたことになる。
そもそもなぜ東京が、多くの犠牲があった被災地を「代表」できるのか。
須田善明・女川町長が河北新報のアンケートにこたえたように、これは〈「被災3県五輪」ではない〉のだ。彼の言うように〈観光振興など過剰な期待は方向違い〉と考えるくらいがちょうどいいのかもしれない。
1964年の東京オリンピックは、戦後復興の象徴と言われる。しかし東京都心が整備されただけで、地方との格差が拡大したという側面もある。
2020年大会にも同様の問題がある。オリンピックに向けて再開発やインフラ整備が進み、一極集中が加速している。
しかし1964年大会に比べてさらに厄介なのは、菊地健次郎・多賀城市長が河北新報のアンケートにこたえたように「東京に建設需要が集中することになり、結果として国の予算が被災地に回らなくなる」ことだろう。
それでも、このオリンピックは東日本大震災の復興五輪と呼ばれるのだ。
復興五輪でいう復興とは、どこのためのものなのだろう。東北の被災地なのか、それとも開催地の東京が潤うためのものなのか。いま確認しておくべきなのは、その点だろう。


最低賃金引き上げ/継続へ「ひずみ」の是正を
 厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会が、2017年度の地域別最低賃金の「目安」を決めた。全国平均で時給を25円引き上げ、848円とする。
 これを受け、各地方審議会が今後、地域の実情を踏まえ都道府県ごとに実際の引き上げ額を決めていく。
 上げ幅の目安25円は、これまでで最大だった16年度の実績と同額で、2年連続での「3%」アップとなる。とはいえ、政府が目標とする欧州先進国並みの水準「時給千円」には、まだまだ及ばない。
 働く人の4割を占める非正規労働者らの賃金の底上げにつなげ、格差の是正と個人消費の拡大を図るためにも、この流れを継続していける環境の整備に努める必要がある。
 安倍政権にとって、最低賃金の引き上げはアベノミクスを支える柱の一つだ。「年率3%程度」を目標に掲げ、5年連続で増額を実現。アップ額は計100円近くになる。
 そのことは、総じて賃金の底上げと消費の回復に寄与しているのだとしても、急激な引き上げに伴い、重大な「ひずみ」が生じている。その現実を直視せねばならない。
 一つは、目安額決定の仕組みが内包する問題と絡む地域間賃金差の拡大である。
 目安額は、所得や物価などを基に都道府県をA〜Dの4ランクに分け示される。今回も上げ幅は東京を含むAが26円で、宮城が入るCは24円、東北5県が含まれるDは22円。AとDとでは毎年3、4円ずつ賃金差が広がる。
 12年度に197円だった東京と岩手の賃金差は、16年度(東京は932円、岩手は716円)に216円へと拡大している。これでは若者が大都市に流出し、地方の人手不足に拍車がかかりかねない。
 Dランクの県は今回、目安通りに改定されても700円台前半にとどまる。月給にすれば12万円程度。生活を安定的に維持するには、なお厳しい水準と言わざるを得ない。
 下位ランクほど手厚い引き上げ策が要る。現行制度の見直しを含め、地域間格差の是正に向けた議論は不可欠だ。
 もう一つ、見逃してならないのは、中小・零細企業にとって、人件費の負担がかつてないほど増していることだ。
 厚労省の調査で最低賃金額より低い水準で働いていた労働者の割合が16年度は2.7%と、過去10年で最多だったという。違法であり、あってはならないことだ。だが経営体力の弱い企業が毎年の引き上げについていけなくなっているのだとしたら、問題だ。
 デフレ脱却と経済の好循環に向け、本来は民主的なプロセスで決まる中央審議会の議論に介入してまで、大幅引き上げを実現してきたのは安倍政権だ。であるなら、その確実な履行も政権の責任で担保しなければなるまい。
 経営基盤の強化につながるような、実効性ある中小企業支援策に知恵を絞るべきだ。


最低賃金/地域格差の縮小も課題だ
 2017年度の最低賃金を、全国平均の時給で25円引き上げ848円とする目安を中央最低賃金審議会が決めた。
 02年度からの現行方式では、前年度に続いて最大の引き上げ額だ。伸び率も2年連続で、政府が掲げる「年率3%程度」に合わせた形になった。
 しかし政府目標の「時給千円」にはまだ開きがある。そもそも欧米に比べて日本の最低賃金は低水準にとどまる。増加する非正規労働者の賃金底上げにも直結するだけに、さらに改善を目指すべきだ。
 最低賃金や引き上げ額は都道府県ごとに異なる。今回の目安では、兵庫県は25円増え844円となる。
 見過ごせないのは、引き上げ後も700円台にとどまる県が全国で32にのぼる点だ。法定労働時間の週40時間働いても年収は200万円に満たない。家族を持ち将来設計を描きながら働くのは難しいだろう。
 一方で東京、神奈川は950円を超え、大阪も900円を突破する。人口減による人手不足が全国的に広がる中で、若年層が地方から都市部に流出する傾向を加速させはしないか。
 目安が示す各県の引き上げ額は、経済力が大きいほど高くなる。これでは格差が開くばかりだ。最終的な改訂額は地方審議会で決定するが、都市部との格差縮小も配慮を求めたい。
 厚生労働省の調べでは、最低賃金に満たない水準の労働者は全体の2・7%にのぼり、過去10年間で最も多かった。違法残業と同様に、政府はルールを守らない企業を徹底的に取り締まるべきだ。
 一方で、景気回復のメリットが中小企業まで十分波及していないだけに、企業側に賃金引き上げを促すには、政策面での支援が不可欠になる。
 安倍晋三首相は18年度予算案で、地域経済や中小企業の生産性向上などにつながる施策を対象に4兆円の特別枠を設ける方針を表明した。使い勝手が良く、実効性のあるメニューを練り上げなければならない。
 企業の生産性を高めることで賃金が上昇し、消費を増やして企業収益にもプラスをもたらす。最低賃金引き上げを、そうした好循環への一歩としたい。


連合が「高プロ」容認を撤回 迷走が残した大きなツケ
 所得の高い専門職に残業代なしの成果型賃金を適用する「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)を容認する方針だった連合が態度を一変、撤回を表明した。
 もともとは「残業代ゼロ法案」と反対していたが、執行部が組織内や民進党への調整をしないまま容認に転じ、傘下の労組から反対の声が高まったのだ。
 連合が撤回しても、政府は「年間104日以上の休日確保」を会社に義務づけることを含んだ労働基準法改正案を臨時国会に提出するという。一度は歩み寄った連合の提案を取り入れ、労働者の健康に配慮した姿勢を見せようというのだろう。
 政府の説明によれば、高プロの対象は業務内容も就業時間も自分で決めることができる一部の専門職である。それなのに働き過ぎ防止を会社に義務づけるのは、自分で働く時間を決められない人についても想定しているからだろう。
 高プロが一般職にも広がる恐れがあるからこそ、政府・与党は慎重な審議を余儀なくされ、労基法改正案は2年以上も継続審議とされてきたのではないか。
 連合の提案は「1強」に陰りの見えてきた安倍政権に助け舟を出し、高プロ本来の理念と矛盾する制度にお墨付きを与えたことになる。撤回しても、残した禍根は大きい。
 働き方改革は、連合にとって「踏み絵」でもある。残業時間規制にしても同一労働同一賃金にしても、連合は以前から実現すべき政策課題として掲げていた。しかし、残業代がなくては生活できない従業員は多い。非正規社員の待遇改善をするため正社員の給与水準が下げられることには反対という人も多いだろう。
 一方、経営者側や政府が働き方改革で目指しているのは、生産性向上やコスト削減だ。制度設計の詰めが進む中で労使の対立が顕在化し、内部に矛盾を抱える連合が守勢に立たされる場面が目立ってきた。
 高プロも残業時間規制も、最終的には個々の職場での労使協議で具体的な対象者やルールが決められることになる。労働者の権利を守るためには労組の役割はやはり大きい。
 連合は自覚を持って政策や意思決定のあり方を見直し、組織の立て直しに努めるべきだ。


残業代ゼロ法案 連合は反対を貫き通せ
 いわゆる「残業代ゼロ法案」をめぐり混乱していた連合が従来通り反対の立場に戻ったのは当然である。働く人の側に立たないのなら連合の存在意義はない。ぶれずに法案成立阻止に全力を挙げよ。
 以前は「ホワイトカラー・エグゼンプション」、現在は「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」に名称を変えたが、対象となる人の労働時間規制をなくし、残業代なしの過重労働となるおそれがある制度に変わりはない。
 制度が問題なのは、成果を出すために働き続け、成果を出したらより高い成果を求められ、際限なく過重労働が続くおそれがあることだ。労働時間の規制対象外なので過労死が起きても会社の責任を問えない可能性も指摘される。
 他にも問題だらけである。今回の法案は二年前に労働基準法改正案として国会に提出されたが、国民の反対が根強いこともあり、ただの一度も審議されていない。
 制度ができてしまえば年収要件の引き下げや職種の拡大が進むであろうことも容易に想像できる。今は「年収千七十五万円以上の専門職」が対象だが、経団連の当初の提言は「年収四百万円以上」と一般の会社員も想定していた。
 連合は一貫して反対してきたはずである。執行部が組織内で十分な議論を重ねないまま独走し、条件付きで容認する考えを安倍晋三首相に伝えたのは背信といえる行為だ。容認撤回は当然で、地方組織や全国の労働者に動揺を与えたことを猛省すべきだ。
 政府の強引さにもあらためて憤りを覚える。連合も参加した政府の働き方改革会議が三月末にまとめた「実行計画」には、連合が悲願としてきた「残業時間の上限規制」を盛り込む一方、高プロ創設も早期に図るとの一文を入れた。
 政府は「残業時間の上限規制」と高プロを一体で審議することを譲らず、いわば残業規制を「人質」に高プロ容認を連合に迫った格好だからだ。
 連合執行部は、安倍一強体制では反対しても法案は成立してしまうという。しかし、政権の支持率が危険水域に近い状況で、国民の反発が強い「残業代ゼロ法案」を強行に採決できるだろうか。弱体化した政権に塩を送るような対応は政治センスを疑う。
 労働界代表として働く人の健康や暮らしを守る極めて重い使命を自覚しているならば、残業代ゼロというあしき法案は身を挺(てい)しても阻止すべきだ。


蓮舫・民進代表が辞任表明 政党政治が成り立つのか
 タイミングにおいても、この間の議論の進め方においても、お粗末としか言いようがない。
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。敗北した東京都議選後も続投を図ったが、収拾に失敗し、事実上の引責に追い込まれた。
 都議選で民進党は5議席と惨敗したが、蓮舫氏や野田佳彦幹事長はいったん続投を表明した。自民党の歴史的敗北の陰に隠れたことや、「加計問題」などで政権追及を強めていたことから、乗り切れるとみたのかもしれない。
 だが、蓮舫氏が続投批判を封じようといわゆる「二重国籍」問題について戸籍情報を開示したことは混乱を加速させた。野田氏の辞任表明もむしろ蓮舫氏の「身がわり」との印象を与えた。党首として致命的な判断ミスの連続である。
 蓮舫氏が認める通り、党内は求心力よりも遠心力が働く一方だった。離党含みの動きも出ていただけに、続投は極めて困難な状況だった。
 安倍内閣の政権運営をめぐって、ひずみが目立っている。にもかかわらず、野党第1党がまったく政権批判の受け皿となっていない。その現実を突きつけたのが都議選である。蓮舫氏にはその事態への危機感が不足していた。
 もちろん、民進党が抱える体質の問題も大きい。
 政治手腕に不安の声があった蓮舫氏をトップに据えたのは政権の受け皿作りよりも、選挙の顔としての期待からだった。ところが「二重国籍」をめぐり出はなからつまずくと、まともに支えようとしなかった。
 旧民主党以来、民進党は党をまとめる理念や政策の不一致を放置してきた。維新の党と合併しても「バラバラ感」は一向に改まらない。
 蓮舫氏の辞任を受けて焦点は新代表選びに移る。だが、誰が党首になっても、党の存続すら危ぶまれるような状況は変わらないだろう。
 代議制民主主義において政党は不可欠な存在だ。とりわけ小選挙区制に移行してから、政権党が失敗した場合は野党第1党が政権を担うサイクルが期待されてきた。
 与党に輪をかけて野党第1党が迷走する状況は深刻だ。民進党だけではなく、政党政治が成り立つかどうかに関わる問題である。


蓮舫代表辞任 解党的出直しを図れ
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。東京都議選での敗北を受けた事実上の引責辞任だ。政権交代可能な二大政党の一翼を再び担い得る政党に生まれ変わるには、解党的出直しが避けて通れない。
 代表就任から一年に満たない時点での唐突な辞任表明だった。
 民進党は、前身の旧民主党が二〇一二年に政権から転落した後、一六年に旧維新の党と合流して現在に至っているが、党を取り巻く環境は依然厳しい。政権転落後、蓮舫氏以前に務めた二人の代表は、いずれも国政選挙での敗北を受けて辞任に至っている。
 そして今月二日の都議選。民進党は告示前から離党者が相次ぎ、五議席に減らす敗北だった。
 森友・加計両学園の問題や「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法成立をめぐる強引な国会運営、稲田朋美防衛相の失言など「安倍一強」が揺らぐ中での選挙だったにもかかわらず、自民党批判票の受け皿になれず、その役回りを小池百合子都知事の「都民ファーストの会」に奪われた。
 蓮舫氏は代表続投を表明していたが、自らが代表のままでは、党勢の立て直しは難しいと判断したのだろう。記者会見で「いったん引いて、より強い民進党を新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だと判断した」と説明した。
 民進党は近く代表選を行い、新代表の下で出直すことになる。
 とはいえ、人事の入れ替えだけでは党勢回復のきっかけにはなり得ない。幅広い支持を得るには、民進党がどんな理念や政策の実現を目指すのかを、有権者に明確に伝えることが必要だ。
 民進党は、憲法や安全保障、原発など党内対立がある問題では意見集約を避ける傾向にあった。
 政権批判にとどまらず、党内対立がある問題も果敢に議論し、意見集約の労を惜しまず、政策をまとめなければならない。逃げの姿勢ではいつまでも有権者の信頼は得られまい。解党するくらいの覚悟で党再生に当たるべきだ。
 一八年十二月までには衆院選、一九年夏には参院選がある。時間的な余裕はない。新体制発足後、新たな政権公約の策定に向けた議論を直ちに始めるべきだ。
 多様な民意を政治に反映するには、長年政権を担ってきた自民党に代わる政権の選択肢が必要だ。民進党の再生は日本の民主主義に不可欠な政治プロセスでもある。
 前途は多難だが、民進党にかかわるすべての人が自覚を持ち、その責任から逃れるべきではない。


蓮舫代表辞任/民進党に「解党」の覚悟は
 民進党の蓮舫代表がきのう辞任を表明した。東京都議選の惨敗で責任を取った野田佳彦幹事長の辞意を受け、「新世代の民進党を作りたい」と執行部の人事に着手したばかりだけに、唐突感は否めない。
 民進党は新たな代表選びを始めることになる。次のリーダーは、「解党」してでも党を再生するとの覚悟を持たねば、この難局を乗り切ることはできない。さもなければ党内で再び内紛劇が起こってばらばらとなり、最後は国民に見放されることになるだろう。
 蓮舫氏は昨年9月、高い知名度が期待され、代表に就任した。だが、台湾との「二重国籍」問題で再三、足元を揺さぶられた。安倍内閣が支持率を大きく減らしているにもかかわらず、党勢は一向に回復せず、「安倍1強」を許す形となった。
 7月の都議選では、離党者が相次いだ。不満の「受け皿」の座を、小池百合子都知事が率いる都民ファーストの会に奪われ、わずか5議席と大敗した。続投を表明した執行部に、党内から責任論が噴出する。さらに菅直人元首相は原発ゼロの「緑の党」結成という分党案を公言し、「解党論」をぶち上げる議員も出る始末だった。
 混乱を収拾するため、野田幹事長が辞意表明に追い込まれた。「後ろ盾」を失った蓮舫氏は、さらに求心力が低下し、辞任に傾いたとみられている。
 蓮舫氏は「統率する力が私には不足していた」と辞任の理由を話し、次の執行部には「求心力を高めること」を求めた。
 「民進党が何をする政党なのかを示す」
 蓮舫執行部がまとめた都議選の総括案の一文である。ここに党再生の道が示されていると言えるのではないか。
 つまり、安倍首相が目指す改憲へのスタンスや原発の是非を含めたエネルギー政策、安全保障など、国のあり方を規定する政策について、明確に党の考えを国民に示すことである。
 意見をまとめるには、愚直な議論を積み重ねるしかない。地方で支える組織や支持者を巻き込むことも大切だ。国民に選ばれる二大政党の一角を目指すのなら、最後の機会だと肝に銘じて行動しなければならない。


民進執行部崩壊 最大野党の責務果たせ
 民進党の蓮舫代表がきのう、辞任を表明した。「より強い受け皿となる民進党」をつくるため、体制を一新するという。前日の野田佳彦幹事長に続き、トップ2人が職を投げ出す異常事態だ。
 先の東京都議選の惨敗で求心力を失ったのが理由だ。だが直後の辞任を見送った以上、やるべきは党勢回復の道筋を描くことではなかったか。批判を抑え切れず辞任するのでは、あまりに無責任だ。
 いま安倍政権は足元からぐらつき、対抗軸が従来以上に必要とされている。野党第1党として生き残りを目指すなら、新たな代表と幹事長を早急に選出し、党の方向性を明確にする必要がある。
 同時に加計(かけ)学園問題や陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)を追及する態勢づくりも急務だ。時間の余裕はない。
 蓮舫氏は辞任表明にあたり「私に統率力が不足していた。新しい執行部に率いてもらうのが最善だ」と述べた。本音なのだろう。
 しかし、前日には野田氏の辞意表明を受け、自身が代表にとどまって新執行部の人事に着手すると表明していたはずだ。
 なぜわずか1日で方針を転換したのか。代表が不在では、新執行部の人選すらままならない。
 党の今後が見通せない中で幹事長の受け手もなく、行き詰まったと取られても仕方あるまい。
 国会では陸自日報問題を巡る閉会中審査も見込まれる。野党第1党が党内事情で追及をおろそかにするようでは、存在意義を失う。早急に混乱を収拾すべきだ。
 蓮舫執行部は、昨年9月の発足当初から二重国籍問題で内外の批判を浴び、最近の戸籍公開に至るまで対応に追われ続けた。
 だが最大の問題は、党内事情ばかりに目が向き、民意をくみ取れなかった点にある。
 共同通信の電話世論調査による党の支持率は、蓮舫体制の始動直後の9・9%から、この7月の8・2%まで低迷を続けている。
 この間、加計学園や森友学園問題の追及では役割を果たしたが、改憲を巡る細野豪志氏の代表代行辞任や長島昭久氏の離党など、内紛処理にエネルギーをそがれた。
 にもかかわらず、その根底にある原発など基本政策の議論は先送りしてきた。そのことが党の一体感を損なってきたのではないか。
 国民はいま、安倍政権に代わって政権を担いうる受け皿を求めている。民進党は今度こそ路線対立にけりをつけ、期待に応えねばならない。異例の執行部崩壊を、その再出発の機会としてほしい。


蓮舫代表辞意  野党の務め果たせるか
 民進党の蓮舫代表が突然辞任する意向を表明した。今月2日に行われた東京都議選で惨敗した責任を取るとの理由だ。
 選挙後、蓮舫氏は続投を表明したが、党内で執行部の責任を問う声が上がり、解党や分党を求める意見もあった。離党者も相次ぎ、党内の動揺が収まらなかった。
 こうしたことから、25日の両院議員懇談会では、蓮舫氏の後ろ盾となってきた野田佳彦幹事長が辞任を表明。ついには蓮舫氏も辞任という結果に至った。
 しかし、なぜ、選挙から3週間以上もたった今なのか。あまりにも分かりにくく、国民に理解されるとは思えない。
 しかも、加計学園問題や自衛隊の日報隠蔽問題などで政権の足元が揺らいでいる時だ。安倍晋三首相の答弁や、稲田朋美防衛相の隠蔽への関与などを国会で徹底的に追及しなければならない。
 国民の関心が高まるこの時期に、内輪もめのような党内問題で、野党第1党として果たすべき務めがおろそかになりかねない。あまりにも無責任ではないか。
 都議選で、民進党は離党者やくら替えが相次ぎ、告示前の7議席を5議席に減らして民主党時代を含め過去最低の結果に終わった。内閣支持率急落で自民党は票を減らしたが、小池百合子都知事が事実上率いる地域政党「都民ファーストの会」が支持を広げ、民進党は存在感を示せなかった。
 野田氏は「安倍政権に対する拒否感は充満していたのに、受け皿になれなかった。猛省しないといけない」と述べたが、その理由の一つは、大事な時期に結束して政権への対決姿勢を示せない党内状況にあると言えまいか。
 蓮舫氏は昨年9月に代表に就任し、高い知名度で党勢回復を期待されたが、共産党との選挙協力などで支持組織の連合と関係が悪化し、憲法改正への姿勢など政策の不一致も露呈。旧民主党政権時代の「負のイメージ」を払拭(ふっしょく)できずに支持率は低迷してきた。
 蓮舫氏は記者会見で「統率する力が不足していた」と述べた。代表として責任は免れないが、党内で足を引っ張るような言動が目立ったことも否めない。
 安倍1強体制が揺らぐ今こそ、国民の政権選択の受け皿になるべきであることを、民進党議員はもっと自覚すべきだろう。党名変更や代表の交代による刷新ではなく、基本政策を徹底的に議論し、本気で政権を目指す姿勢を打ち出すことこそが求められる。


蓮舫氏辞任 政治不信の高まり危ぶむ
 民進党の蓮舫代表が突然、代表辞任を表明した。東京都議選惨敗など党勢低迷が著しい民進党の混迷は一段と深まったといえよう。
 記者会見した蓮舫氏は、辞任の理由について「(党内に)遠心力を働かせてしまった。多様な声を一つにまとめる統率力が不足していた」と述べた。
 率直な反省であろう。都議選敗北を自らの二重国籍問題と結び付ける声が党内でも表面化し、戸籍謄本の一部開示を余儀なくされるなど、追い詰められた部分もあったと思われる。
 とはいえ、遠心力を働かせたのは党内に限ったことなのか。むしろ民進党と国民との距離が開いてしまったのが問題ではないか。
 加計(かけ)学園疑惑や防衛省の日報隠蔽(いんぺい)問題、閣僚らの暴言・失言で安倍晋三内閣の支持率は続落している。本来なら政権交代の受け皿として国民の期待を集めるはずなのに、民進党の支持率は上がるどころか、落ち込んでいる。
 蓮舫氏は党勢低迷を「ひとえに私の足らざるところ」と語った。代表の責任もあるが、それだけではあるまい。旧民主党時代の政権転落以来、いつまでたっても国民が納得するような総括も反省もできない党全体の責任である。
 人気の高い蓮舫氏を「選挙の顔」として代表に選びながら、内輪もめを繰り返す民進党の体質は相変わらずだった。
 蓮舫氏が選んだ辞任表明のタイミングにも首をかしげざるを得ない。都議選の直後ならいざ知らず、25日には「新世代の民進党をつくりたい」と続投に意欲を示したばかりだった。
 政権党の自民党に続いて野党第1党の民進党も失速する深刻な事態である。こうなると、与野党を問わず国民の間に政治不信が高まることを危ぶまざるを得ない。その先に待ち受けているのは議会制民主主義の危機である。
 信頼回復は与野党ともに一刻を争う。首相は来月3日にも内閣改造・自民党役員人事を断行する構えだ。民進党も早急に代表選を実施して新体制を整えるべきだ。


ついに空中分解 蓮舫代表を引きずり降ろした民進のお粗末
 党勢衰退に歯止めがかからない民進党が、ついに空中分解だ。都議選惨敗による野田幹事長の引責辞任を受け、新執行部人事を練っていたはずの蓮舫代表が27日、辞意を電撃発表した。疑惑まみれで弱り切った安倍政権を追い込んでいるこのタイミングで、野党第1党の党首が辞めるなんて間が悪すぎる。
「野田幹事長の辞任で都議選の責任問題にケリをつけ、蓮舫代表自身は続投する気マンマンでした。ところが、後任の幹事長の引き受け手が見つからなかった。野党共闘をはじめ、スタンスの定まらない蓮舫代表に対する党内の風当たりは強く、岡田前代表には断られ、枝野元官房長官、前原元外相、安住代表代行に袖にされた。玄葉元外相ならと踏んだようなのですが、海外にいたとかで意思疎通が取れなかったようです」(民進党関係者)
■敵失を生かすどころか塩を送ってどうする
 蓮舫代表は会見で「遠心力を働かせてしまった。求心力にどう持っていけるか考えた結果、引くという判断につながった」などと説明したが、幹事長が決まらなければ、他の人事も進まない。事実上、引きずり降ろされたようなものなのだ。都議選の総括で6回開いたブロック会議は大荒れで、両院議員懇談会では激しい突き上げを食らった。
 政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は言う。
「政権転落の戦犯である野田元首相を幹事長に据えた時点で、蓮舫代表の限界は見えていました。蓮舫執行部が立ち上がった当初から、党内には不信感が渦巻き、蓮舫降ろしが始まるのは時間の問題だった。野党共闘、原発政策、支援団体の連合との距離感も定まらず、あっちにフラフラこっちにフラフラしたのもまずかった。選挙に強いという一点で担がれたのに、補選は2連敗。都議選も敗北。党内の不満が爆発する決定打になってしまった。とはいえ、安倍政権をまさに追い詰めようという時に辞める方も辞めさせた方もお粗末ですよ」
 敵失をモノにするどころか、塩を送る体たらく。後任代表には枝野氏、前原氏、玉木雄一郎幹事長代理らの名前が挙がっているが、こんなメンツが代表じゃ民進党自体がもたない。いっそ所属議員が総辞職して、イチから出直した方がいい。


[民進 蓮舫代表辞任]野党第1党の自覚持て
 民進党の蓮舫代表が辞任を表明した。
 党初の代表選で当選したのは昨年9月。1年足らずの辞任に「東京都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた。統率する力が私には不足していた」と述べた。支持率が続落を続ける責任を取った形だ。
 だが、一向に変わらぬ党の混乱を鑑みれば、そんな殊勝な姿にさえ疑問が湧く。
 自民党が歴史的大敗を喫した都議選で、同様に大敗したのは民進党である。蓮舫氏は当初「極めて深刻で非常に残念な結果となったが、最前線で引き続き頑張りたい」と引責辞任を否定していた。
 しかし党内で収まらぬ責任論の末に、野田佳彦幹事長が辞任を表明したのは都議選から3週間後。「加計(かけ)問題」を巡る参院予算委の閉会中審査で、蓮舫氏が安倍晋三首相の矛盾を追及した日だった。安倍政権が窮地に立たされ、野党第1党として攻勢をかけるべき時期の幹事長の辞任表明。それに続く代表辞任である。「なぜ今なのか」。理解に苦しむ。
 蓮舫氏は会見で「遠心力を求心力に戻す」と繰り返し、来るべき解散総選挙を万全の態勢で臨みたいとの意向を示した。
 国民が野党に望むこととは何なのか。加計・森友学園問題など民進党はこの間、安倍政権を問いただす役割を担ってきた。「PKO日報」問題の閉会中審査を前に、その役割を放棄したかのような辞任劇は、いかにもタイミングが悪い。
■    ■
 安倍政権の支持率がかつてないほど低迷しても、民進党の支持率は上がらない。野党第1党として政権の「受け皿」と認知されないことに蓮舫氏も危機感をあらわにする。
 なぜなのか。政党にとって重要な政策の軸が定まらないことが大きい。
 象徴的なのはエネルギー政策と野党共闘だ。「安倍1強」体制への危機感により、有権者からは共闘を望む声が上がるが、蓮舫氏の歯切れは悪い。エネルギー政策でも、原発回帰を進める安倍政権の対立軸として「30年代原発ゼロ」を打ち出したのに、連合傘下の電力労組などへの配慮から、その後あいまいに終始している。
 こうした党執行部の揺らぎに乗じ、長島昭久衆院議員は共産党との選挙協力に反発して離党。改憲を巡っても、代表代行として蓮舫氏を支えていた細野豪志氏が「議論さえしない」と批判して辞任した。
■    ■
 党幹部の相次ぐ離反は、民進党の政党としての課題を表面化している。蓮舫氏は、党内の多様な意見が「健全な民主主義の証し」とするが、それをまとめる方策がなければ単なる「寄り合い」政党と揶揄(やゆ)されても仕方あるまい。確固たる政策や方針がなければ、代表をすげ替えても国民の支持は得られない。
 この機会に野党第1党としての自覚に立ち返ることだ。目指す「二大政党」制の実現はその先にある。
 政権との対立軸を鮮明にし、そのための合意形成を丁寧に積み上げる作業が不可欠だ。


蓮舫代表の辞任表明 「瀬戸際」の自覚あるか
 民進党の蓮舫代表がきのう、辞任を表明した。東京都議選の惨敗で、党内の反対勢力を抑えきれなくなった格好だ。「加計学園」問題や改憲論議を巡り、自民1強政治への対抗軸が求められる中、野党第1党のごたごたは国民にどう映るだろう。
 辞任表明の会見で蓮舫氏は自らの力不足を認め、「攻めと受けがある中で、受けの部分が十分ではなかった」と述べた。「攻め」とした権力監視の姿勢は一定に評価できるだろう。問題は、あえて使った「受け」の意味するものである。
 党内の根深い路線対立を指したのだろう。後ろ盾の野田佳彦幹事長が辞任に追い込まれたのも、精神的に痛手だったに違いない。ただ、「蓮舫おろし」に動いた側も執行部に責任を押し付けて済む話ではあるまい。
 昨年春の結党当初から、政策や主義主張の異なる「寄り合い所帯」と指摘されてきた。乏しい一体感は、挫折した旧民主党時代からの懸案でもある。
 知名度や発信力を買われ、昨年秋に党の「顔」に就いた蓮舫氏も党内融和に苦労したに違いない。内輪もめのエネルギーをなぜ、政権監視に向けることができなかったのだろう。
 象徴的なのは、蓮舫氏の「二重国籍」問題である。反執行部の一部は都議選惨敗の一因に挙げたが、本気でそう思っているのか。蓮舫氏の説明不足があったにせよ、プライバシーに関わる戸籍謄本の一部を開示するよう差し向けたことに、公党としての人権感覚を疑う声もある
 党が「瀬戸際」にあることを直視する必要がある。内閣と自民党の支持率が下がっても、民進は伸び悩んだままだ。
 無党派層は増えている。都議選で都民ファーストの会が躍進した通り、民意の「受け皿」が求められている。そのためにも国民目線の政策が要る。
 25日の両院議員懇談会で示した都議選総括案では、政策を練り直す構えを見せた。幅広い民意をくみ上げ、自公政権とは違う選択肢を示してほしい。分かりやすさも大事だ。
 原発政策に注目したい。総括案で、2030年代の原発稼働ゼロを実現させる法案の国会提出に触れている。以前からの訴えだが、電力関係の労働組合などへの配慮から党内の賛否は分かれたままだ。脱原発の道筋をどう描くのか。あいまいな表現はもうやめてもらいたい。
 憲法についても言える。総括案には「立憲主義を守りつつ、時代の変化に対応した未来志向の憲法を国民と構想する」とある。党内の改憲派にも気を配った表現だろうが、これでは一部加憲を目指す政府・与党のスタンスと区別がつきにくい。民進は来月から全国11ブロックで開く「草の根集会」で、党員たちの声に耳を傾けてほしい。
 この期に及んで、党内に「解党的出直し」を求める声があることには首をかしげざるを得ない。もはや聞き飽きた感が拭えない。政権がいつ、解散総選挙に打って出るか分からない。選挙での「野党共闘」をどうするか、はっきりすべきである。野党4党が手を組むにしても、政策本位でなければ野合批判は付きまとう。
 民進は、自らの党組織だけでなく、この国の民主主義が危機にひんしていることを改めて肝に銘じる必要がある。


民進党代表辞任表明/解党的出直しが必要だ
 民進党の蓮舫代表が東京都議選での敗北を理由に辞任を表明した。
 告示前の7議席を下回る5議席の惨敗となった都議選後、蓮舫氏は一度は続投を表明。都議選敗北の責任を取って辞任を表明した野田佳彦幹事長の後任選びを進めていたが、党内には蓮舫氏の代表辞任を求める声がくすぶっており、次の執行部体制に向けた人事が難航した揚げ句の判断とみられる。
 昨年9月、高い知名度と発信力で党の再生を期待されて代表に就任したはずの蓮舫氏の進退を巡る迷走は、前身の民主党政権以降、抜け出せない党の深刻な危機的状況を浮き彫りにしている。
 執行部は今後、後継代表選びに入るが、これまでのように「顔」のすげ替えに終わるようでは、危機がより一層深まるだけだろう。
 報道各社の調査に表れているように、安倍政権に対抗する政治勢力を求める世論の期待は、かつて自民党と並ぶ二大政党の一翼を担い、現在も野党第1党である民進党ではなく、小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」の国政政党化に集まりつつある。
 そんな「民進スルー」ともいえる状況の中で、民進党はどうあるべきなのか、どこに向かうべきなのか、究極のところ、存在意義はあるのか。根本から問い直すことが迫られている。文字通り、解党的な出直しが必要だ。
 「遠心力を働かせてしまった」「統率する力が不足していた。求心力を高める執行部ができることを願う」
 蓮舫氏は27日の記者会見で、自らの党トップとしての資質、能力の欠如を辞任理由に挙げた。
 確かに代表就任前から指摘されていた日本と台湾の「二重国籍」問題について説明を二転三転させたり、「2030年代」とした「原発ゼロ」目標前倒しを表明しながら、最大の支持組織の連合やその強い支援を受ける所属議員の反発を受けて棚上げしたりするなど、国民の信頼を失った政権時代を思い出させるような曲折を見せた。
 しかし党のまとまりという課題は、蓮舫氏個人というよりも党が抱える問題である。
 かつて目指す社会像が違うという理由で連携を拒んだはずの共産党との選挙協力、安倍晋三首相が具体的スケジュールを打ち出す憲法改正など、党の理念や在り方に関わる問題で、党内に存在する対立関係は解消されないままだ。
 すでに次期衆院選での共産党との協力に関しては長島昭久衆院議員が「受け入れられない」として離党。憲法改正に対する姿勢を巡っても、代表選で蓮舫氏を支援、代表代行として支えていた細野豪志氏が「議論さえしない」と批判して辞任するなど、あつれきが表面化している。
 確かに蓮舫氏や野田氏ら現在の執行部は、これらの問題を本気で解決しようとしなかった。しかし、それは前任の岡田克也代表時代も同様だった。
 「反自公」「反安倍政権」という点でしかまとまれないもろさを克服しない限り、同じような事態を招くことになるだろう。離党者が出ることや分裂を恐れ、問題を先送りすることは、もはや許されないだろう。


民進蓮舫代表が辞意 「野党第1党」再建の道は険しい
 就任からわずか1年足らず。民進党の蓮舫代表が、代表辞任の意向を表明した。
 「(政権追及の)『攻め』はしっかりとできたと思っているが、『受け』で力を出せなかった」「統率する力が私には不足していた」。蓮舫氏は、東京都議選敗北は「一つのきっかけ」と引責を否定、党内の求心力低下を理由に代表を退く決断をしたことをうかがわせた。だが、唐突な辞任で「表紙」だけを替えたところで党勢回復の見込みは薄く、「野党第1党」の迷走ぶりに失望を禁じ得ない。体制の立て直しには一刻の猶予もないと党内の全員が自覚し、責任野党の職責を今度こそ果たす契機としてもらいたい。
 蓮舫氏は初の女性代表に選ばれ、切れ味鋭い国会質問などで活躍したが、再浮揚の糸口をつかめなかった。代表である以上責任は当然に問われようが、危惧されるのは党全体として自らの「敗因」が分かっていないのではないか、という点である。
 時あたかも国会で、学校法人「加計学園」問題や南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、安倍政権を激しく追及しているさなか。「政権を追い込む最大のチャンス」(野党幹部)で、代表辞任や執行部のごたごたなどの「内紛劇」に時間を費やしている場合ではあるまい。疑惑が何一つ解明に至っていない今、なぜ内輪もめによって、窮地の政権に塩を送るようなまねをするのか。国民の期待とは完全に逆行していよう。
 民進が、急落している安倍内閣の支持率をよそに、政権批判の「受け皿」たり得ないのは、党内がばらばらで確たる政治方針を示せず、多くの国民が望む「脱原発」「反改憲」などに明確にかじを切れないからだ。蓮舫氏は3月、党大会で「2030年原発稼働ゼロ」の方針表明を断念した。党内の原発推進派に抗しきれなかった責任は、やはり重い。多様な意見はあっていいが、党の「旗」となる対立軸すら掲げられないようでは支持が集まるはずもない。
 また、最大支援団体の連合への弱腰も響いた。次期衆院選に向けた野党共闘には腰が引け、ともに反対してきた「残業代ゼロ法案」では、連合が民進の頭越しに首相と直談判し、はしごを外されかけた。さらには国籍問題で内部批判を受け、蓮舫氏が戸籍資料の公開に追い込まれたことも、弱者や少数者の側に立つべき野党としての感度の鈍さの表れと痛感する。
 民進は首相に「批判と反対からは何も生まれない。対案を出せ」とやゆされ、自信と針路を見失った感がある。しかし「不平等な政治や途中経過の見えない政治を許さない」(蓮舫氏)と批判し、世論の多数が反対する安全保障政策や改憲などにノーの声を上げ、対案を「出さない」ことも、野党第1党の立派な責務。解党的出直しの決意で「健全な野党」としての信頼を何とか取り戻してもらいたい。


蓮舫代表辞意  なぜ結束できないのか
 民進党の蓮舫代表が辞意を表明した。東京都議選の敗北後、党内の求心力を回復できなかったのが要因のようだ。辞任はやむを得ないだろう。
 加計(かけ)学園問題や南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で、安倍政権の信頼が問われる中、野党第1党である民進党が果たすべき責任と役割は大きい。
 早急に新代表を選び、政権のおごりをたださなければならない。これ以上の混迷は許されない。
 蓮舫氏は会見で「いったん引いて、より強い民進党を新たな執行部に率いてもらうのが最善の策だと考えた。都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた」と述べた。
 これまで蓮舫氏は「新世代の民進党をつくりたい」として続投に意欲を見せていた。だが、党内では都議選後、執行部への批判がやまず、離党の動きを見せる議員も後を絶たない。厳しい声も踏まえて進退を決断したようだ。
 先に野田佳彦幹事長も辞任の意向を示している。党の求心力を回復し、立て直すためには、執行部の刷新は避けて通れなかったのではないか。
 都議選では告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含めて過去最低の5議席に終わった。小池百合子知事が率いた都民ファーストの会に押されたことだけが、敗北の要因とは言えない。
 昨年9月に代表に就任した蓮舫氏は、高い知名度から選挙の顔として期待されたが、旧民主党政権時代の「負のイメージ」から、脱却することができなかった。
 蓮舫氏自身の「二重国籍」問題も尾を引いた。党の都議選総括会合でも「国籍問題をクリアにしない限り支持者に聞く耳を持ってもらえない」との訴えが相次ぎ、蓮舫氏は戸籍公表に踏み切らざるを得なかったほどだ。
 地域別の「ブロック会議」では、解党や分党を求める声も出た。民進党議員は、党が危機的状況に直面していることをよく認識すべきだ。
 最近の世論調査では、加計問題などの影響で安倍内閣の支持率が急落しているのに、民進党の支持率はそう変わらない。それがなぜなのか、考えなければならない。
 2012年12月の政権転落後、民進党は低迷が続いている。原因の一つが党内対立だろう。憲法改正という国の根幹に関わる問題でも路線の違いが大きく、国民には分かりにくい。結束して与党への対立軸を打ち出すべきである。
 今、政治の潮目は変わりつつある。仙台市長選では、民進党など野党が支援した前民進党衆院議員の新人が、与党が支持する候補らを破った。
 この勢いを、10月の衆院愛媛3区補欠選挙にも生かしたいところだろう。
 新代表は、政権交代の受け皿となる党へと脱皮を図る責務を負う。指導力や野党共闘など政治手腕はもちろん、国民の支持を広げられる人材を選ばなければ、党の存立が危ぶまれる。


【蓮舫代表辞任】針路不明では再生は遠い
 民進党の蓮舫代表が代表辞任を表明した。初の女性代表として、党の再建を託されてからわずか10カ月。突然の辞任である。
 辞任理由に自らの「統率力不足」を挙げた。旧民主党から内紛体質を抱え込む党内の融和を導けなかった責任を取るという。都議選の「惨敗」を通じ「足らざる部分に気付いた」と述べた。
 だが、野党第1党として政権に対峙(たいじ)する責任がある。強権的な政権運営や加計(かけ)学園問題で安倍政権への国民不信が高まっている。民進党には党勢浮揚への好機であり、正念場だ。そこでの辞任は「責任の投げ出し」との非難も免れまい。
 その抜群の知名度で支持回復を期待された蓮舫執行部は、発足当初から党内に反感を招いた。
 蓮舫氏自らが所属する党内グループ領袖(りょうしゅう)の野田佳彦元首相を幹事長に起用したものの、野田氏には旧民主党の野党転落を招いたことへの批判が根強く、党内で不満が噴出した。党の刷新イメージを船出からそぐことになり、その後も「蓮舫離れ」の遠心力が強まっていった。
 党内の路線対立も先鋭化した。安全保障政策や憲法観では自民党にも近い保守派から中道・リベラル派まで多様な勢力が内在する党内で、統率力が問われ続けた。
 昨年の参院選で実現した共産党などとの野党共闘の継続も賛否が割れる。保守派の有力者だった長島昭久元防衛副大臣が離党届を提出し、除名処分に至る事態を招いた。
 蓮舫氏は辞任表明会見で、政策的な「発信力が足りなかった」とも釈明した。
 大企業に利益を誘導し恩恵を広げていくアベノミクスに対し、民進党は生活者や労働者に軸足を置き「分厚い中間層」の復活を掲げてきた。だが、同一労働同一賃金や教育費支援は安倍政権に取り込まれ、「残業代ゼロ法案」の対応では支援組織の連合と政権の接近を許した。
 憲法や原発といった、自民党政権への対抗軸とすべき根幹政策でも、意見集約に手間取る状況を脱却できていない。「原発ゼロ」の年限の明示も見送った。
 蓮舫氏は二重国籍問題で党内から突き上げられ、戸籍資料を公表した。差別助長の懸念を顧みず、内向きの事情に走った蓮舫氏は批判を招き、組織内の反発勢力もその「質の低さ」を露呈した。
 安倍政権の支持率が急落する中でも民進党への期待度は低迷し、低落傾向さえ見られる。蓮舫氏も政権批判の「受け皿」になり得ていない実情を認めた。「安倍1強」下で保守色を強める自民党政権に対し、民進党は「寛容の旗」を掲げることで、国民に漂う不安や不満を吸収できるのではないか。
 蓮舫氏は「新しい執行部に率いてもらうのが最善だ」と委ねたが、展望は開けていない。民進党は何を目指すのか。党の結束と確たる針路を明示しなければ、国民の信頼回復も党再生も遠のくばかりだ。


解党的な出直しが必要だ/民進・蓮舫代表辞任表明
 民進党の蓮舫代表が東京都議選での敗北を理由に辞任を表明した。
 告示前の7議席を下回る5議席の惨敗となった都議選後、蓮舫氏は地域別に所属議員から意見を聴く「ブロック会議」で総括を進める一方、党所属議員に協力を呼び掛ける形で、続投を表明。都議選敗北の責任を取って辞任を表明した野田佳彦幹事長の後任選びを進めていた。
 党内には野田氏ではなく蓮舫氏の代表辞任を求める声がくすぶっており、次の執行部体制に向けた人事が難航した揚げ句の判断とみられる。
 執行部は今後、後継代表選びに入るが、これまでのように「顔」のすげ替えに終わるようでは、危機がより一層深まるだけだろう。解党的な出直しが必要だ。
 報道各社の調査に表れているように、安倍政権に対抗する政治勢力を求める世論の期待は、かつて自民党と並ぶ二大政党の一翼を担い現在も野党第1党である民進党ではなく、小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」の国政政党化に集まりつつある。
 そんな「民進スルー」ともいえる状況の中で、民進党はどうあるべきなのか、どこに向かうべきなのか、究極のところ、存在意義はあるのかを、根本から問い直すことが迫られている。
 蓮舫氏は27日の記者会見で、自らの党トップとしての資質、能力の欠如を辞任理由に挙げた。
 確かに代表就任前から指摘されていた日本と台湾の「二重国籍」問題について説明を二転三転させたり、「2030年代」とした「原発ゼロ」目標前倒しを表明しながら、最大の支持組織の連合やその強い支援を受ける所属議員の反発を受けて棚上げしたりするなど、国民の信頼を失った政権時代を思い出させるような曲折を見せた。
 しかし、党のまとまりという課題は、蓮舫氏個人というよりも党が抱える問題である。かつて目指す社会像が違うという理由で連携を拒んだはずの共産党との選挙協力、安倍晋三首相が具体的スケジュールを打ち出す憲法改正など、党の理念や在り方に関わる問題で、党内にある対立関係が解消されないままだ。
 「反自公」「反安倍政権」という点でしかまとまれないもろさを克服しない限り、再びあつれきを招く事態となるだろう。


蓮舫代表辞任へ 解党の危機と認識せよ
 民進党は、どこへ行こうとしているのか。野田佳彦幹事長の辞任表明に続き、蓮舫代表も任を降りる意向を明らかにした。昨年9月の代表就任から、1年もたなかった。
 自民党に逆風が吹き荒れた先の東京都議選で、民進党は政権批判の受け皿になれなかったばかりか後退した。獲得議席は告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含め過去最低の5議席。本来なら、その直後が自らの責任を明確にするタイミングだろう。
 週明けにも執行部人事を刷新しようという時に、野党第1党を率いる立場で後継への見通しも欠くままではいかにも唐突。支持層から役割放棄と取られても仕方あるまい。
 辞意表明の記者会見で、蓮舫氏は「東京都議選は一つのきっかけだが、直接の原因ではない」と述べ「仲間の声に耳を傾け、自分に足らざる部分に気がついた」と言葉を継いだ。都議選前後からの「離党ドミノ」に歯止めが掛からず、「遠心力を働かせてしまった」とも語った。
 だが、その認識は今更。ここに至る原因を厳しく考察するなら、代表就任と同時に野田佳彦幹事長を選んだ時点にさかのぼるのではないか。
 蓮舫氏は野田氏を「政治の師」と仰ぐが、党内には旧民主党を野党に転落させた「戦犯」との批判が根強くある。首相として2012年暮れの解散、総選挙に踏み切り、約170人の同僚を落選させ、政権を奪われた。
 この人事で蓮舫体制に距離を置くグループが続出。「非主流派の方が多数となった」と言われたものだ。
 あつれきは、昨年暮れのカジノ法への対応で噴出。蓮舫氏が廃案へ徹底抗戦を指示するそばから、党の参院執行部は法案修正を条件に委員会採決に応じた。「遠心力」は蓮舫体制の発足から働いていたと気付くべきだったろう。
 その深刻さを知れば対応もあったはずだが、いみじくも蓮舫氏が会見で語った通り、政権のたるみやおごりが顕在化する中で「攻めの部分」では胸を張れても、党内で求心力を維持する「受け」では力を発揮できなかった。
 都議選での「都民ファーストの会」の圧勝は、国政の場で政権批判の受け皿がない反動と言える。安倍内閣の支持率が急落する「最大のチャンス」にあって、次期衆院選に備え野党共闘の態勢づくりが急がれる時に、野党第1党が足を引っ張る事態を国民はどう見るか。
 都議選を総括する党の「ブロック会議」で、厳しい執行部批判に野田氏は「解党的な出直し」を口にしたという。この認識も、甘いと言わざるを得ない。もはや「的」抜きの危機に直面しているのは否定しようがない。


民進党 追求を強める時なのに
 民進党の蓮舫代表が辞任する意向を表明した。野党第1党の混迷の深さが改めて浮かび上がる。
 新たな代表を早急に選び、態勢を立て直さなければならない。
 国会内で開いた臨時の執行役員会で了承された後、記者会見で表明した。「いったん引いて新しい執行部に率いてもらうのが最善だと考えた」とする。
 「東京都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた。統率する力が不足していた」などと理由を述べている。戸籍謄本の公表に踏み切った「二重国籍」問題については、辞任の判断と「全く別次元の問題」とした。
 昨年9月の就任から1年たたないうちに、代表の座を退くことになった。知名度の高さなどから党の顔として期待されながら、指導力を発揮できなかった。党支持率は低迷したままだ。
 「求心力ではなく、遠心力を働かせてしまった」と蓮舫氏が認めるように、党内のばらばら感は解消されていない。
 改憲や野党共闘を巡る考え方の違いを理由に離党や役員辞任が続いた。「原発ゼロ」を巡り「高く掲げる旗を党大会で示したい」と目標の前倒しに意欲を示したものの、年限提示を見送る尻すぼみに終わっている。
 都議選は公認候補の離党が相次ぎ、旧民主党時代を含め過去最低の5議席にとどまった。惨敗を受けての会議では執行部の責任を問う声や解党を求める厳しい意見が出ていた。辞任はやむなしとしても、足を引っ張り合う党の体質は救いがない。
 内閣支持率が大きく下がり、安倍晋三首相の「1強」が揺らいでいる。加計学園の獣医学部を巡る疑惑、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報問題など政権に対して追及を強める時なのに、ふがいない状況だ。
 与党の数の力による強引な国会運営が当たり前のように繰り返されている。共謀罪法では委員会採決を省き、本会議で成立させる禁じ手まで持ち出した。政治に緊張感をもたらすには、対抗できる野党の存在が欠かせない。
 蓮舫氏は「速やかに代表選に入り、新しい執行部をつくってもらう」とした。後任には枝野幸男元官房長官、前原誠司元外相らの名前が挙がっている。
 誰が代表に就くにせよ、党勢回復への道は険しい。挙党態勢をつくり、政権に批判的な民意の受け皿を整えられるか。最大野党としての正念場である。


蓮舫代表辞任 野党第1党の責任自覚を
 今度こそ本腰を入れて組織を立て直す必要がある。そうしなければ、民進党に対する国民の信頼は地に落ちるだけだ。
 民進党の蓮舫代表が辞任する意向を示した。続投宣言から一転しての電撃辞任表明だ。
 東京都議選での敗北を受けて、野田佳彦幹事長が辞任を表明したが、蓮舫代表の責任を問う声が収まらず、追い詰められた。
 蓮舫氏は会見で自身の統率力不足に触れ、「いったん引いて新しい執行部に率いてもらうのが最善だと考えた」と述べた。
 昨年9月に党代表に就任してから、1年たっていない。内向きの争いと迷走を繰り返した末の退場という印象は否めない。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題や「加計(かけ)学園」問題などで、政権への不信感は高まっている。
 野党第1党が果たす役割は大きい。民進党は責任の重さを自覚して早急に新体制を構築すべきだ。
 蓮舫氏は高い知名度を武器に、女性初の代表に就任した。旧民主党政権時代の負のイメージを拭い去り、党勢拡大につなげることを期待されての登板だった。
 だが日本と台湾の「二重国籍」問題で発言が二転三転するなど、つまずいた。
 民主党が下野した時の首相だった野田氏を幹事長に起用したことも、反発を呼んだ。
 深刻なのは、安倍政権の支持率急落という状況にもかかわらず、民進党が党内抗争に明け暮れ、政権奪還への将来像を描き出せなかったことだ。
 民進党の支持率も下がった。野党第1党が、政権批判の受け皿になれていないのだ。
 都議選では告示前の7議席を割り込み、旧民主党時代を含め過去最低の5議席となった。
 自民党への批判票は、小池百合子都知事の「都民ファーストの会」に流れた。民進党への不信感は根強いと考えざるを得ない。
 特筆すべきは都議選総括の迷走ぶりである。蓮舫氏の二重国籍問題が都議選敗北の一因だとして、党内から戸籍謄本の開示を求める声が出て、蓮舫氏は応じた。
 戸籍謄本は個人情報だ。公表は差別の助長につながりかねないと懸念の声が出ていた。選挙総括としてもピントがずれている。
 有権者が厳しい視線を向ける大きな要因は、党としての一体感のなさだろう。民主党時代から事あるごとに意見の対立が目立ち、政権から足元を見透かされる状態になっている。
 蓮舫代表は2030年代とした「原発ゼロ」目標の前倒しを目指した。だが、党内外の反発で年限提示は見送らざるを得なかった。
 蓮舫代表は野党共闘について「公党間の約束があり、それを少しずつでも前に進めていく」と述べた。代表選の結果は、今後の政局にも影響する可能性がある。
 代表選を単なる「党の顔」のすげ替えに終わらせてはならない。
 なすべきことは党内で政策論議を徹底し、安倍政権への対抗軸を示すことだろう。足元が定まらない党に民意は集まらない。


稲田防衛相辞任へ 混乱の責任は首相にこそ
 【論説】稲田朋美防衛相が閣僚を辞任する意向を固めた。南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、防衛省トップとして混乱を招いた責任を取る形だ。
 稲田氏は「森友学園問題」や、都議選での「自衛隊としてもお願いしたい」発言など、これまでも軽率、不適切な言動を繰り返してきた。安倍晋三首相はその都度擁護してきたが、ここに来て辞任やむなしと判断したようだ。当然、任命責任が問われ、支持率急落に窮する政権へのさらなる打撃になることは必至だ。
 28日に公表される特別防衛監察結果がどこまで踏み込んだ内容になるのか。防衛監察を指示したのは稲田氏であり、防衛相まで及ばない可能性が指摘されたが、稲田氏自身も事情聴取には応じている。
 稲田氏の関与が指摘された場合は明らかに「アウト」となろう。結果公表後に予定されている衆院安全保障委員会の閉会中審査では野党の厳しい追及を受けることになる。8月3日にも実施される内閣改造を前に、辞任しかないところまで追い込まれた格好だ。
 PKO日報問題では、昨年10月に防衛省が受理した情報公開請求に対して当初、「陸上自衛隊で廃棄済み」として不開示を決定したが、その後、陸自内部で保管していたことが判明。しかし非公表としたことが今年3月に明らかになった。
 防衛省関係者の複数が、陸自に保管していた事実を非公表とする方針を2月に稲田氏に報告し、了承を得ていたとした。陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には、稲田氏が非公表方針を了承していたことを記載したという。
 一方、稲田氏は了承の事実を否定。3月の国会答弁では陸自での保管に関し「報告されなかった」と答弁した。非公表了承が事実なら虚偽の答弁をしていたことになる。
 特別防衛監察結果の公表に合わせ、防衛省の黒江哲郎事務次官と岡部俊哉陸上幕僚長が辞任する意向だ。一方的に悪者にされかねないとみた陸自側の“反乱”との見方もある。
 事務方と陸自両トップへの引責は、防衛省の指揮官である稲田氏の文民統制(シビリアンコントロール)が機能していなかったという深刻な状況を露呈する。
 安倍首相と国家観や考え方が近い稲田氏は将来を嘱望され、行革担当相や党政調会長、さらには防衛相と順調すぎる歩みだった。安倍「1強」の緩み、おごりの中で肝心な防衛省、自衛隊からの信頼を失っていたのではないか。地元選出の衆院議員だけに県民の失望は大きい。
 統率力の無さでいえば、民進党の蓮舫代表が、辞任を表明した。野田佳彦幹事長の辞任を受け、新しい執行部体制を進める中で、人事に行き詰まり追い込まれたようだ。
 蓮舫氏は「統率する力が私には不足していた」と率直に自らの非を認めた。稲田氏にも率直な反省の弁を求めたい。一から出直すしかない。


稲田防衛相辞任へ 問われる首相の任命責任
 稲田朋美防衛相が南スーダン派遣の国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り、混乱を招いた責任を取って辞任する意向を固めた。
 日報問題に関する防衛省の特別防衛監察の結果は28日に公表される。防衛省の組織ぐるみの隠蔽に稲田氏が関与していたのかが監察結果の焦点だが、それ以前に防衛省・自衛隊自体が混乱状態に陥っており、稲田氏が省内を掌握する文民統制(シビリアンコントロール)が機能していたのかが問われる事態となっていた。
 実力組織である自衛隊の混乱は由々しき問題である。8月3日にも実施される内閣改造の直前までこの事態を引きずった末の辞任の判断は遅すぎたと言えよう。
 稲田氏はこれまでも不適切な言動が相次ぎ、防衛相としての資質が疑問視されてきたが、安倍晋三首相は続投させてきた。この事態を招いた首相の任命責任も問われる。
 PKO日報問題では、昨年10月に防衛省が受理した情報公開請求に対して当初、「陸上自衛隊で廃棄済み」として不開示を決定したが、その後、陸自内部で保管していたことが判明。しかし非公表としたことが今年3月に明らかになった。
 複数の防衛省関係者は、陸自に保管していた事実を非公表とする方針を2月に稲田氏に報告し、了承を得ていたと明らかにし、陸自が防衛監察本部に提出した内部報告書には、稲田氏が非公表方針を了承していたことを記載していたという。
 一方、稲田氏は了承の事実を否定、3月の国会答弁では陸自での保管に関して「報告されなかった」と述べていた。
 稲田氏は25日の参院予算委員会の閉会中審査で「批判はあるが、私はシビリアンコントロールはきいていると考えている」と答弁したが、こうした混乱自体が統制の欠如と言うしかない。
 特別防衛監察の結果によって処分を受けるとみられる防衛省事務方トップの黒江哲郎事務次官と、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長も辞任する方向だ。内部の信頼関係が崩壊した防衛省・自衛隊は、早急に体制を立て直す必要がある。
 稲田氏は衆院当選4回ながら、安倍首相によって政府や自民党の要職に起用され続けてきた。しかし防衛相としては不適格だったと言わざるを得ない。
 先の東京都議選では自民党候補の応援演説で「防衛省・自衛隊、防衛相、自民党としてもお願いしたい」と発言。自衛隊の政治利用と指摘され、撤回した。
 今月6日には、自衛隊が九州北部の豪雨で救助活動に当たっているさなかに約1時間10分にわたり「政務」を理由に防衛省を離れていた。指揮官としての自覚があったのか疑わしい。
 安倍首相はそれでも稲田氏を続投させた。参院予算委の閉会中審査でも、PKO日報問題に関し「徹底的な調査を行い、大臣の責任において徹底的に改善をし、再発防止を図ることで責任を果たしてもらいたい」と擁護。都議選での発言についても「演説を行ったその日に撤回し、謝罪した」と不問に付していた。
 内閣改造直前の辞意は、けじめをつけたとは言い難い。自らに近い人物に対するこうした甘い姿勢が安倍政権への不信、内閣支持率の低下につながっていることを厳しく認識すべきだ。(共同通信・川上高志)


稲田氏辞任会見でも失言 今度は安倍首相の虚偽答弁に発展
 辞任会見でも、またやらかした。稲田防衛相は記者から辞任を決めたタイミングを問われると、「かねてより総理と相談してきた。そのつど、そのつど自分の気持ちを伝えてきた」と答えた。
 辞任の相談をしてきたのなら、安倍首相に「その原因」も説明しなければ不自然だ。稲田防衛相は日報問題を巡る監督責任を取って辞めるわけだが、日報問題について安倍首相は、特別防衛監察の実施中であることを理由に「一切、報告を受けていない」と国会で繰り返し答弁してきた。
 辞任を相談していたなら、安倍首相にも日報問題を詳細に説明したのではないか。だとすれば、安倍首相の国会答弁は虚偽にあたる――。
 記者団がそう繰り返しても、稲田防衛相は目を泳がせながら「漠然と相談してきた」とゴマカし続けた。この人の失言癖は一生直らない。


日報問題 特別防衛監察結果 稲田氏関与の可能性
 稲田朋美防衛相は二十八日午前の記者会見で、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題に関する特別防衛監察の結果を公表した。陸上自衛隊が日報を廃棄したと説明しながら実際にはデータを保管していた事実を認定した上で、陸自が今年二月の会議で稲田氏に報告した「可能性」に言及。稲田氏が陸自からの報告は受けていないと主張し、隠蔽への関与を否定している点との食い違いは解消されなかった。 (横山大輔)
 監察結果は、稲田氏が出席した二月十三、十五両日の会議で陸自から、データ保管について「何らかの発言があった可能性は否定できない」と明記。監察を実施した防衛監察本部によると、報告の有無について関係者の説明が一致せず、事実認定には至らなかった。
 監察結果は、陸自によるデータ保管を非公表とする方針を、稲田氏が事前に了承していたとの報道については、そうした事実はなかったと結論づけた。
 監察結果によると、陸自によるデータ保管を非公表とした方針は、事務方トップの黒江哲郎事務次官が二月十六日の会議で、陸自トップの岡部俊哉陸上幕僚長に指示。黒江氏は陸自が保管しているのは隊員の個人的なデータで、情報公開の対象となる行政文書には該当しないと判断した。
 隠蔽の発端は、南スーダンの首都ジュバで大規模衝突が発生した昨年七月と認定。防衛省は当時、現地部隊が作成した全文書の情報公開請求を受けたが、陸自中央即応集団の副司令官が「部隊情報の保全」などを理由に、日報を開示対象から除外した。
 十月にPKO部隊の日報を指定した情報公開請求を受けたが、廃棄したとして十二月に不開示決定。自民党行政改革推進本部が日報の不存在について事実確認を求めると、陸上幕僚監部の運用支援・情報部長は、日報のデータを削除させた。
 防衛監察本部は約七十人体制。稲田防衛相の直轄組織で、トップは北村道夫防衛監察監(元検事長)。


稲田防衛相辞任 それでも、かばい続けた安倍首相のなぜ
自民党幹部「今村氏との差は…『かわいいから』しかない」
 稲田朋美防衛相が、いわゆる日報隠蔽(いんぺい)問題で辞任した。来月3日予定の内閣改造までもたなかった。過去に何度も行動や発言が問題視され、防衛トップや政治家としての資質に疑問符がついている。安倍晋三首相はそれでも稲田氏を重用し、かばい続けたあげくに破綻した。【佐藤丈一、福永方人】
 「現場の気持ちが分かっていたとは思えない。辞めて当然だ」
 ある陸上自衛隊幹部は険しい表情で言った。ハイヒールで潜水艦を視察するなど、批判を浴びる行動も目立っていた。「視察の回数も歴代で少なかったように感じる。派遣された隊員の大変さを分かっていたのか」
 北朝鮮が数日前から弾道ミサイル発射の動きを見せ、28日に発射した。別の自衛隊幹部は「首相にかわいがられてきたのだろうが、この時期の辞職とは最後まで人騒がせだ」。別の幹部も「とにかく閉鎖的で取り巻きの職員以外と交わろうとしない人だった」とため息をついた。
 稲田氏は靖国神社参拝へのこだわりや、教育勅語の評価など、タカ派的な言動で注目されてきた。2005年の「郵政選挙」で自民党幹事長代理だった安倍首相に誘われ初当選。野党時代の11年、月刊誌「正論」3月号での対談で「長期的には日本独自の核保有を、単なる議論や精神論ではなく国家戦略として検討すべきではないか」などと述べていた。
 第2次安倍内閣では行政改革担当相として初入閣。14年に当選3回で党政調会長に抜てきされた。首相は「彼女はホープだから」と周辺に語っていた。昨年、内閣改造の「サプライズ人事」で防衛相に起用された。
 稲田氏起用について自民党関係者は「本気で首相候補に育てようとして、経験を積ませるためだった」と指摘する。ベテラン議員の一人は「首相は稲田氏と丸川珠代五輪担当相をかわいがり、2人を競わせている」と語る。
 防衛相として数々の批判を乗り越えてきた稲田氏。東日本大震災を巡る失言で即日更迭された今村雅弘前復興相の例を挙げ、自民党幹部は「スパッと首を切られた今村氏との差は何なのか。『かわいいから』しかない」と言う。稲田氏が属する「細田派」は首相の出身派閥だ。首相周辺は「自派閥だからこそ、もっと早く切るべきだった」と語った。
 軍事評論家の前田哲男さんは「数々の失言や情勢の把握不足で当初から不適格の判定が下されていた」と評する。最も問題視するのは、南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報に表記された「戦闘」を「法的な戦闘行為ではなく衝突」と説明したこと。「現地から本省への報告を上が握りつぶす説明をしたことになる。次から正しい報告が入ってこなくなる。どんな報告でも受け止める度量に欠け、指揮官として最悪です」
 そんな稲田氏を安倍首相はなぜ守り続けたのか。「防衛行政や政策に暗く、首相のお気に入りで用いられた面がある。支え続けた責任は重い」と前田さんは批判している。


「くだらんこと」の責任は二階にないか
 ★閉会中審査で首相・安倍晋三が低姿勢でしのごうとして政権が国民に丁寧になろうとしている時でも、党の剛腕幹事長・二階俊博はどこ吹く風だ。先月の東京都議選の応援演説では「落とすなら落としてみろ。マスコミが選挙を左右すると思ったら大間違いだ」と発言していたが26日、自派閥の研修会で「自民党がいろいろ言われていることは知っている。そんなことに耳を貸さないで正々堂々、自信を持って頑張らなければならない」と強気の姿勢を再度示した。 ★「話題に乗せられたことがたくさんあるが、くだらんことは常識外れだから切り捨てて、前を向いて頑張る」と暴言・暴行議員や重婚疑惑議員など魔の2回生ら、最近では元アイドル参院議員の不倫疑惑と与党国会議員としての矜持(きょうじ)のない話題がめじろ押しだ。その党内の不祥事の責任は幹事長にあるにもかかわらず「くだらんこと」と切り捨てた。また政権に批判的なメディアに関し「いいかげんなことをいって、そればかり喜んで書く人おるでしょ。われわれも、ちゃんと料金払って(新聞を)購読しているんだから、書く方も責任を持ってくださいよ」とメディアをけん制した。 ★自民党ベテラン議員が言う。「長年、野党にいて自民党を批判し続け、保守党経由で戻ってきて、ずっと自民党でやってきたような顔をしている人が何を言っているのかと思う。二階が幹事長になってからどれくらい自民党で不祥事が発覚していると思っているのか。石破(茂)、谷垣(禎一)幹事長時代には党内の秩序はずっと保たれていたのではないか。剛腕発言だが、この発言からは何も生まれない」と手厳しい。そもそも小池都知事と都議たちの和解調整に失敗した時からこの惨状があるとすれば幹事長の責任は重いはずだ。

[三反園県政1年] 「チェンジ」の道筋示せ
 三反園訓鹿児島県知事が就任して1年がたった。
 「チェンジ」のかけ声のもと県政刷新を掲げて現職を破った三反園氏は、県政初の民間出身知事として期待と注目を集めた。
 持ち味はフットワークの良さだ。各地での車座対話に加え、各種会合や視察に足を運ぶ姿勢は好感を持たれている。トップセールスにも余念がない。
 だが、県政運営はおぼつかない点が目立つ。選挙戦で掲げた「チェンジ」とは何だったのか。目指す県政を改めて明確にして、道筋を示してほしい。
 知事は就任1年に当たり、マニフェスト(政策綱領)について「ほとんどの項目に着手した」と述べた。県政初の女性副知事登用などは実現したが、注目されながら尻すぼみになった公約もある。
 ドーム球場建設や指宿スカイライン無料化がそうだ。子ども医療費の窓口一時払いは「完全ゼロ」でなく、無料化の対象を住民税非課税世帯の未就学児に限定した。
 行政経験のない中で掲げた公約である。就任後に実情を知り、公約変更を余儀なくされるケースがあることは理解できる。
 特に、多額の費用がかかるドーム球場よりも、老朽化した県体育館の建て替えを優先したのは県財政の現状を踏まえた判断だろう。
 ただ、いずれも説明不足が否めない。知事は変更の理由、背景などを丁寧に語り、県民に理解を求めるべきだ。
 説明不足は、定例会見の少なさや県議会での対応を見ても明らかだ。就任後3カ月間は会見に応じず、10月以降は月1回にとどまっている。県議会では、知事への質問に事務方が答弁するケースが目立つ。
 メディア出身者であり、情報発信の重要性は分かっているはずだ。会見や議会は、知事が自らの考えを展開する絶好の機会である。正面から向き合ってもらいたい。
 鹿児島は来年、明治維新150周年、奄美の世界自然遺産登録といったイベントがめじろ押しだ。
 この好機をいかに持続的な県勢浮揚につなげるか、知事の手腕が問われる。観光客へのPRや経済効果にとどまらず、県民が郷土の歴史や自然、文化に対し理解を深める施策も欠かせない。
 長期的には「鹿児島に生まれ、住んでよかった」と思える地域づくりを手掛けてもらいたい。人口減や高齢化といった局面にどう立ち向かって魅力ある鹿児島を創造するか。知事の役割は大きい。
 この1年の体験や反省を十分に生かし、県民を巻き込んだ県勢発展に力を注いでほしい。


デーモン閣下が相撲ファンの差別に苦言「相撲を支えてきた白鵬にファンはそんな態度かよ」一方、相撲協会は差別を放置・助長
 通算1050勝という前人未到の記録を打ち立てた横綱・白鵬。7月24日に放送された『クローズアップ現代+』(NHK)では、「白鵬が語る 史上最多1050勝への道」と題した特集を放送。彼の相撲人生を振り返った。
 そのなかで語ったデーモン閣下の言葉が、いま大きな話題を呼んでいる。
「感謝しなければならないのは日本人のほうでしょうと思いますよね。あれだけ相撲界が苦難のときに一生懸命屋台骨を支えて頑張ってきた白鵬にファンはああいう態度かよと。日本人はもうちょっと了見の広い気持ちで白鵬のことを見てやらないといけないと思うし、北の湖がいくら強かったからといって、負けてバンザイは出ませんでしたよ。イチロー選手がメジャーリーグでなにかやったときにブーイングが起きたら悲しいですよね? そういうことを思って相撲を見ていかなければいけないんじゃないかなと」
 知っての通り、白鵬はここ数年、相撲ファンからヒールのような扱いを受けるようになっている。それは、彼が圧倒的な強さを誇る横綱であるからということだけでなく、モンゴル出身の力士であるからだ。そんな差別的な振る舞いが許されるわけがない。
 番組内では、その象徴的な事件として、2013年の大相撲九州場所、当時はまだ大関だった稀勢の里との一番を紹介。この取り組みでは、稀勢の里が白鵬に勝利し、会場ではファンからのバンザイコールが起きるという異例の事態となった。そのときの白鵬の胸中を元横綱審議委員会委員で作家の内館牧子はこのように推し量っている。
「白鵬にしてみれば、あのバンザイっていうのはすごくショックだったと思うんです。色々なことで日本のために、国技のために、損得抜きに頑張ってきたというのが実際あると思うんです。だけれども、『こういうときになるとバンザイなのか』というのはあったと思うんですね」
 こういった客席の反応について、番組のインタビューを受けた白鵬は寂しげな笑みを浮かべつつ「応援の仕方というのは、来ている人たちの思いがありますからね。双葉山関の言葉を思い出すんですね。『勝って騒がれるのではなく、負けて騒がれる力士になりなさい』」と語っていたが、先に引いたデーモン閣下の発言でも少し触れられているように、2010年から相次いで発覚した野球賭博や八百長問題で大相撲自体が存亡の危機に立たされていたとき、なんとか支えようと奮闘したのは、他ならぬ白鵬だったはずだ。そんな白鵬にこんな思いをさせていいはずがない。
大相撲における差別問題は白鵬だけではない
 ただ、こういった差別に関する問題は白鵬だけのものではない。他の外国人力士にも向けられているものでもある。
 とくにひどかったのが、今年3月、モンゴル出身の大関・照ノ富士に対し、観客から「モンゴルへ帰れ」とのブーイングが浴びせられた事件だ。
 この大相撲春場所は、稀勢の里がケガを押して劇的な逆転優勝をおさめ、大きな注目を浴びたものとしても記憶に新しいが、その稀勢の里と優勝を争っていた大関・照ノ富士と関脇・琴奨菊との取組で騒動は起きた。
 左膝にケガを抱えた状況で臨んだこの一戦で照ノ富は立ち合いで変化、はたき込みで琴奨菊を破ったのだが、この内容を受けて観客は大ブーイング。「そこまでして勝ちたいんか」といった罵声が飛んだ。そのヤジのなかには「金返せ」「勝ったら何でもいいんか」というものに加え、「モンゴルへ帰れ」というヘイトスピーチそのものまであったという。
 たとえ取組の内容に不満があったとしても、「モンゴルへ帰れ」という差別ヤジが許されるはずがない。そもそも、照ノ富士にこれだけ強いヤジが飛び交ったこと自体に、差別的な側面がある。というのも、千秋楽で稀勢の里は照ノ富士に対し立ち合い変化を見せて勝利しているが、これには前述のような怒号は飛ばなかったからだ。
 また、この問題に関してはメディアによる報道もひどかった。照ノ富士と琴奨菊の一戦を報じたウェブ版のスポーツ報知は、なんと「照ノ富士、変化で王手も大ブーイング!「モンゴル帰れ」」と見出しをつけて報じた。
 ヘイトスピーチのヤジを好意的に受け止めているとも読めるこの見出しには批判が殺到。津田大介氏もツイッターで〈法務省がガイドラインとして「アウト」と示しているのにそれを否定せず(何なら肯定的な文脈で)見出しに使う報知新聞が一番アウトではこれ……。「美しい国」だよまったく。〉と苦言を呈するなどしていた。
排外主義がはびこる状況を後押しする日本相撲協会の問題
 これを受けて報知新聞社は翌日、見出しから「モンゴル帰れ」の部分を削除。また、記事本文にある「モンゴルに帰れ!」「恥を知れ!」などのヤジ紹介部分も削除したうえ、29日にはウェブサイト上に〈大関・照ノ富士関の記事と見出しで、観客のヤジを記述した部分に、ヘイトスピーチを想起させる表現がありました。人権上の配慮が足りず、不快な思いをされた皆様におわびします。〉と謝罪のコメントを出した。
 ただ、そもそも問題なのは、こういった出自を理由とした差別がはびこっている状況を放置している日本相撲協会だ。
 いや、むしろ日本相撲協会はそういった状況を積極的に後押ししていると断じてもいいかもしれない。その最たるものが国籍問題だ。
 白鵬は引退後も角界に残り一代年寄になりたいとしているが、日本相撲協会の規約には〈年寄名跡の襲名は、日本国籍を有する者に限ることとする〉とあり、その障壁が横綱を苦しめ続けている。この問題はメディアでもしばしば議論となっているが、日本を代表する国技が、その大変な功労者である白鵬に対しこのような排外主義的な姿勢を取り続けることに疑問の声をあげる人は多い。
「週刊新潮」(新潮社)17年8月3日号には、その規則をもち出し、白鵬に特例もかたくなに認めない理由として、「モンゴル勢に日本相撲協会が乗っ取られかねないと危惧したからです」とのコメントを北の湖前理事長に近かった人物からとっている。本当にそのような保身的な理由なのだとすればあんまりだろう。
 前述した『クローズアップ現代+』のなかで白鵬は、これからの相撲人生についてこのように語っていた。
「大相撲のおかげでここまで皆さんに愛されることができたし、その恩返しをしなければいけない。自分の国と、自分の両親、家族を愛せなかった人は、他の国の人々を愛せないと思うんですよね。モンゴルという国を私は愛しているからこそ、日本の大相撲でここまでがんばれていると思うし、そして、この国の人々に愛され、自分も愛していると思うんですよ。できるだけ長く、横綱を務めることが国の架け橋、また、世界中の相撲ファンのためであるのかなと思いますね」
 そもそも愛国心をもたなければならないとも思わないが、愛国心と排外主義をはきちがえたような差別思想は、一部の相撲ファンだけの問題でなく、現在日本中に蔓延しているものだ。白鵬の言葉も、デーモン閣下の言葉も、相撲界だけの問題と片づけるのでなく、いま日本を覆う排外主義や差別についてあらためて考え直す契機としたい。(編集部)


朝鮮学校を無償化対象外にした国の処分を取り消す判決
国が朝鮮学校を高校授業料の実質無償化の対象にしなかったことについて、大阪・東大阪市にある朝鮮学校を運営する学校法人が違法だと訴えた裁判で、大阪地方裁判所は学校側の訴えを認めて国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じる判決を言い渡しました。朝鮮学校をめぐる同様の訴えは各地で起こされていますが、無償化の対象に指定するよう命じる判決は初めてだということです。
平成25年、文部科学省が朝鮮学校を高校授業料の実質無償化の対象にしなかったことについて、大阪の朝鮮学校を運営する学校法人「大阪朝鮮学園」は、「北朝鮮との外交問題を理由に不利益を与えるのは差別意識を助長し違法だ」などとして、対象から除外した国の処分の取り消しなどを求める訴えを起こしました。
裁判で、国は「外交的な理由で授業料の実質無償化から外したわけではなく、判断に誤りはない」と反論していました。
28日の判決で、大阪地方裁判所の西田隆裕裁判長は、「無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られないという外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ、法律の趣旨を逸脱し、違法で無効だ」と指摘して、対象から除外した国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じました。
原告の弁護団によりますと、朝鮮学校をめぐる同様の訴えは東京や名古屋など5つの裁判所で起こされていますが、無償化の対象に指定するよう命じる判決は初めてだということです。
官房長官「関係省庁で精査し対応」
菅官房長官は午後の記者会見で、「広島地方裁判所の判決では、国の主張が認められたところであり、きょうの判決を踏まえて、今後の対応は、関係省庁と内容を精査したうえで検討していくことになる」と述べました。
そのうえで、菅官房長官は、記者団が控訴する考えがあるかどうか質問したのに対し、「広島地裁の判決では国の主張が認められているのでそうしたことをもとに対応していくことになるんだろうと思う」と述べました。
「司法に行政を正していただいた」
判決を受けて原告の大阪朝鮮学園の玄英昭理事長は記者会見で、「行政の不当な差別行為を司法が取り消す画期的な判決だ。民族教育は正当であり、法的保護に値する権利だということが証明されたと思う」と述べました。
また大阪朝鮮高級学校を去年、卒業した大学2年生の金宏城さんは、「私は無償化の適用を受けず卒業しましたが、今回の判決はうれしいです。政府が真摯(しんし)に受け止め、差別をやめて、すべての朝鮮学校の生徒が安心して学べる社会にしてほしい」と話しました。
また、弁護団長の丹羽雅雄弁護士は、「高校の無償化に関する法律は教育の機会均等の点から解釈すべきだとした判決で、裁判所の良心のもと、適正な判断をしていただいた。司法に行政を正していただいたと思う」と話しました。
対象外とされた経緯
高校授業料の実質無償化は、公立高校の授業料を免除し、私立高校にも就学支援金を支給する制度で、民主党政権だった平成22年4月に始まりました。
この制度では外国人学校が無償化の対象となるには文部科学大臣の指定を受ける必要がありました。
民主党政権では判断を保留しましたが、自民党政権となり、朝鮮学校については教育内容や運営が朝鮮総連から影響を受けているとして、平成25年2月に無償化の対象外としました。
これに対し、朝鮮学校を運営する学校法人が「政治問題を教育の場に持ち込むのは生徒を差別する行為であり、違法だ」などとして東京や名古屋など全国5か所で国の処分の取り消しを求める裁判を起こしました。
今月19日に、広島地方裁判所で言い渡された初めての判決は、「国の判断に誤りはない」として学校側の訴えを退けましたが、今回の大阪地方裁判所では、国の処分を取り消し、無償化の対象に指定するよう命じました。
国の処分「違法で無効」
28日の判決は、朝鮮学校を高校授業料の無償化の対象から除外した国の処分について、「外交的、政治的意見に基づいて対象から排除したと認められ違法で無効だ」と指摘しました。
判決ではまず、平成22年11月に学校法人「大阪朝鮮学園」が文部科学省に対し無償化の指定を求める申請をしたあと、国の審査会で検討が続いたものの、就学支援金の支給を認めるかどうかの結論が出なかった経緯を説明しました。
そのうえで、「平成24年12月に安倍内閣が発足し、新しく就任した下村文部科学大臣は、朝鮮学校について拉致問題の進展がないことや、朝鮮総連と密接な関係にあって教育内容や人事や財政に影響が及んでいることなどから無償化に関する法律を朝鮮学校に適用することは国民の理解が得られないとして省令を制定しており、こうした事実に照らせば拉致問題の解決の妨げになり、国民の理解が得られないという外交的、政治的意見に基づき、朝鮮学校を法律の適用対象から除外したと認められる」と指摘しました。
そして、「教育の機会均等の確保とは無関係な外交的、政治的判断に基づいて省令を制定しており、無償化に関する法律の趣旨を逸脱するもので違法で無効だ」と判断しました。
また、裁判所は、朝鮮学校の運営が適正に行われているかどうかについても判断し、「大阪府が実施している朝鮮学校への立ち入り検査で運営状況などを調べているが、法令違反を理由とする行政処分を行っていないことなどから、学校が朝鮮総連からの不当な支配を受けているとの疑念を生じさせる特段の事情はない」と指摘しました。
そして、「朝鮮学校は、朝鮮総連の協力のもと、民族教育の施設として発展しており、朝鮮総連が学校の教育活動や学校運営に何らかの関わりがあるとしても民族教育の維持発展を目的とした協力関係である可能性を否定できず、両者の関係が適正を欠くとは推認できない」と判断しました。
そのうえで、「学校が北朝鮮の指導者や国家理念を肯定的に評価することも学校の教育目的に沿うものということができ、北朝鮮や朝鮮総連からの不当な支配により、自主性を失っているとは認められない」としました。
朝鮮学校の高校授業料の実質無償化をめぐる裁判では、今月19日、広島地方裁判所が「北朝鮮や朝鮮総連の影響力が否定できず、適正な学校運営がされているか確証が得られないとした国の判断に誤りはない」として、広島市にある学校法人などの訴えを退けていて、判断が分かれる結果になりました。