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Pour conjurer les scandales, Shinzo Abe fait valser ses ministres
Soupçonné de favoritisme dans plusieurs affaires et se révélant de plus en plus hautain, le Premier ministre, a vu sa popularité chuter. En guise de parade, il remanie son gouvernement et son parti.
Le coureur de fond est en perte de vitesse. Pour se redonner un peu d’air, Shinzo Abe doit procéder ce jeudi à un profond remaniement de son gouvernement et du Parti libéral-démocrate (PLD). Plus de quatre ans et demi après son arrivée au Kantei, le Matignon japonais, le Premier ministre est certes en train de battre des records de longévité dans un archipel qui a carbonisé des légions de chefs de gouvernement. Mais c’est un Abe sous pression et affaibli qui remanie. S’il caracolait dans les enquêtes de popularité à près de 60 % en décembre, il a dévissé de moitié en quelques semaines. Rien n’indique qu’il puisse retrouver suffisamment de crédit pour sécuriser sa place à la tête du parti et du pays avant les élections de 2018. Et l’idée d’une dissolution anticipée avec un scrutin éclair pour se relancer apparaît bien hasardeuse quand on trône sur une très confortable majorité édredon dans les deux chambres de la Diète et quand on n’est guère en odeur de sainteté chez les électeurs.
Depuis le printemps, tout va de mal en pis pour Abe. Ces derniers mois ont révélé un Premier ministre souvent agacé et arrogant. ≪S’il y a une règle d’or en politique, c’est que le pouvoir corrompt à mesure que la démesure s’empare des dirigeants, qui commencent à confondre leurs intérêts personnels avec ceux de l’Etat, notait en juin dans les colonnes du Japan Times James D.J. Brown, professeur à l’université Temple de Tokyo. Abe semble de plus en plus atteint de ce mal.≫
Pression. L’affaire Kake Gakuen (≪l’école Kake≫) en est la dernière illustration. Abe et son entourage sont suspectés d’avoir fait pression sur le ministère de l’Education pour approuver l’ouverture - sans appel d’offres - d’une école vétérinaire appartenant à Kotaro Kake, un ami du Premier ministre. En début d’année, Abe avait déjà été soupçonné dans un cas de favoritisme. On avait alors appris que le gouvernement avait vendu un terrain à Osaka (centre du Japon) à l’institution maternelle Moritomo pour seulement 15 % de son prix réel. Akie Abe, la femme du chef de gouvernement, devait devenir la directrice d’honneur de cet établissement nationaliste vantant les mérites de l’empire et du patriotisme militariste. Des dirigeants de Moritomo étaient même accusés de tenir des propos racistes à l’égard des Chinois et des Coréens. Et dans un feuilleton sans fin, apparaissait le nom de Tomomi Inada, ministre de la Défense et protégée d’Abe, qui avait défendu l’établissement en 2004 quand elle était avocate. En raison de ses bavures à répétition, et devant en outre endosser la responsabilité d’une dissimulation de rapports militaires, Inada a dû démissionner la semaine dernière, fragilisant un peu plus un Premier ministre qui s’est campé en défenseur des femmes qui travaillent.
Shinzo Abe n’a pas eu d’autre choix que de répondre aux questions des parlementaires et de l’opposition qui le passent sur le gril depuis le printemps. Il a nié, reculé avant de se contredire et de s’excuser devant les députés. Sans lever les doutes sur son implication dans ces affaires. C’est un chef du gouvernement sur la défensive et cassant qui s’est révélé à plusieurs reprises, affichant une troublante conception du débat parlementaire. ≪Abe manque de sens commun adulte≫, décochait fin juin Jiro Yamaguchi, éditorialiste et politologue à l’université Hosei. Il pointait les refus de répondre, les railleries, le mépris du chef de l’Etat. On pourrait y ajouter les suspicions d’intimidations de témoins et de pressions sur la presse.
L’effet a été dévastateur. Il s’est traduit dans les urnes quand le PLD d’Abe a mordu la poussière lors des élections de Tokyo le 2 juillet. La jeune formation ≪Les jeunes citoyens de Tokyo d’abord≫, de la tonitruante Yuriko Koike, lui a infligé une cuisante défaite. ≪Trop sûr de lui, Abe n’a pas pris l’ampleur des scandales qui s’accumulaient et a mal géré les bavures de ses ministres, analyse le politologue Toru Yoshida. C’est aujourd’hui un leader très fragile avec un taux d’adhésion à sa personne finalement très bas.≫
Obsession. Shinzo Abe paye aussi pour le vote de lois sécuritaires sur les secrets d’Etat, la conspiration et l’autodéfense collective, qui ont ≪terni son image. Il a été vu comme un Premier ministre qui voulait passer en force lors des débats à l’Assemblée≫, poursuit Yoshida. Il en va de même de son obsession de réécrire la Constitution pacifiste afin de faire du Japon un ≪pays normal≫, avec une armée autonome. Le Premier ministre a ainsi affirmé au début de l’été qu’elle devra être amendée pour les JO de 2020, à Tokyo. Comme si l’affaire était déjà pliée.
Par ailleurs, l’homme se voit diriger le PLD jusqu’en 2021. Et il ne faut guère compter sur l’opposition pour le détrôner. Sa cheffe de file, l’ardente Renho Murata, vient de jeter l’éponge, abandonnant un centre gauche sans leader et sans projet. Et Laissant le coureur de fond Abe affaibli mais seul en piste.
Arnaud Vaulerin
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◎この番組は…幅広い教養を持ち、またある分野には秀でた知識や経験があり、文化的で、人柄もよい…etc. あなたは、そんな素敵な大人になれていますか?司会に上泉雄一アナウンサー、解説に小宮一慶(経営コンサルタント)を据えて、『経済』『歴史』『文化』『音楽』など、様々なジャンルから知的好奇心をくすぐるいろんな事柄をVTRで学んでいきます。

おかべろ【永野芽郁、水川が岡村と漫才披露】
女優・永野芽郁&水川あさみ。永野芽郁の夢を叶えます!(1)「漫才」2度と見られない岡村&永野のコラボ漫才!(2)「料理」人生初のオムライス作りに挑戦!ハプニング続出?
ナインティナイン・岡村隆史のカンテレ初レギュラー番組!テレビ局近くにある田村亮が経営する飲食店。独身で恋人募集中の岡村隆史が常連客として入り浸る中、様々な有名人が休憩にやってくる。そこで岡村と亮の2人が有名人を相手に次々と質問をぶつけながらその人の「素」に迫る。番組独自のスタイルとして有名人が関係者を同伴して登場。さらに間寛平と村上ショージがコンビを組んで挑戦するリポートも見逃せません!今回のゲストは女優の永野芽郁&水川あさみ。永野芽郁が朝ドラオーディション合格秘話を語る。さらに芽郁ちゃんのやりたい事を叶えます!やりたい事(1)「漫才」2度と見られない岡村&永野が奇跡のコラボ漫才!やりたい事(2)「料理」人生初のオムライス作りに挑戦!水川も混乱のハプニング続出? 岡村隆史(ナインティナイン)  田村亮(ロンドンブーツ1号2号) 永野芽郁  水川あさみ 間寛平  村上ショージ 木村弥寿彦  大谷重雄  今瀧陽介 堤本幸男 長谷川朝二  辻健一  佐々木貴博 泉雄介  佐藤裕司  玉城良浩


この間頑張りすぎてきたので今日はすこしのんびりすることにしました.昼から阿波座に出かけてビール500ml.あまり酔いません.昼で汗かくから?ドイツ料理のお店の人は民族衣装のディアンドルがいい感じです.

<仙台七夕>再生 古い和服に託す 被災者グループ吹き流し製作
 東日本大震災で被災し、仙台市で避難生活を送る人たちでつくる「仙台かえりびなの会」は、仙台七夕まつり(6〜8日)に向けて吹き流しを作った。古い和服を再利用した七夕飾りに、被災地再生の祈りを込めた。仙台市地下鉄東西線荒井駅の震災記録展示施設「せんだい3.11メモリアル交流館」(若林区)などに展示している。
 吹き流しは全長約1.5メートル。古い着物や帯を縫い合わせて、華やかに仕上げた。4月下旬に作業を始め、計18本作った。7月7日から、メモリアル交流館に10本、市福祉プラザ(青葉区)に8本飾っている。仙台七夕まつり終了まで両施設で展示する。
 同会は、宮城県沿岸や南相馬市などからの避難者らが中心になり、震災の行方不明者への祈りを込めた「かえり雛(びな)」を作っている。2012年から桃の節句に合わせて、行方不明者と同数の約2600体を展示。七夕飾り作りは15年から、手掛けている。
 ひな人形と七夕飾りは当初、神奈川県箱根町の支援者から古い着物の提供を受けて材料にしてきたが、今年はメンバー自ら仙台市内で調達した。
 松崎翠代表は「仙台にも使われなくなった和服がある。震災から7年目になり、自分たちの足で立ち上がらないといけない。活動への協力を呼び掛け、地元に根付かせたい」と話す。


被災地へピアノ贈り続け500台 音楽で心の復興を
 ピアニストや作曲家らでつくる「被災地へピアノをとどける会」(仙台市、庄司美知子実行委員長)が東日本大震災の被災地へ贈ったピアノが500台に達した。国内外から寄贈されたピアノを岩手、宮城、福島3県の学校や集会所、家庭などに届けてきた。関係者は「音楽を通じて心の復興につながればうれしい」と期待を込める。
 とどける会のスタッフで技術管理を担う阿部隆さん(62)らが7月18日、500台目のグランドピアノを東松島市小松の矢本東市民センターに届けた。丹念に調整、調律し、200人収容の多目的ホールに配置した。
 阿部さんは「無事に納められてよかった。被災地にピアノを贈りたい人がいる限り、心のこもったピアノを届けたい」と言う。
 とどける会は2011年6月に設立。被災地の子どもから「津波でピアノを流されたの。また弾きたい」との願いを聞き、支援に乗りだした。全国の音楽家らにピアノや資金の提供を呼び掛けてきた。
 寄贈されたピアノは仙台市宮城野区の倉庫で保管。贈り主、支援を望む側双方の意向を酌んで届け先を決める。
 500台目のピアノは元々、桐朋女子中・高(東京)の音楽室で生徒に長く親しまれてきた。老朽化に伴い、処分される可能性もあったという。
 桐朋学園芸術短大(東京)の松井康司教授(58)は「震災を風化させたくないと、とどける会にピアノを託した」と説明。「ピアノは学校での役目は終えたが、東松島でも大事な役割を果たすだろう」と確信する。
 津波で被災した矢本東市民センターは昨年11月、移転新築して開所した。趣味の教室や憩いの場として住民らに利用されているが、ピアノはなかった。
 黒須寿幸所長(71)は「ピアノの寄贈は本当にありがたい。大事に管理し、児童合唱団の練習や音楽サークルの活動、交流などに生かしたい」と思い描く。


亘理で復興支援音楽イベント
 東日本大震災からの復興を後押ししようと、亘理町の街づくりグループ「スタンドアップ亘理」は6日、音楽イベント「荒浜ロック2017」を、同町荒浜地区の荒浜にぎわい回廊商店街周辺で開く。
 シンガー・ソングライターの「EITA」や「翼tasku」、3人組ユニット「メリチョコ」など県出身のミュージシャンら9組が出演。演奏の合間には、亘理町を知ってもらうためのクイズ大会を行い、成績優秀者にはイベントに出店している飲食業者などから商品が出る。
 イベントは震災後休止が続いている荒浜海水浴場周辺を盛り上げようと、2015年にスタートし、今年で3度目。スタンドアップ亘理の加藤正純代表(35)は「海水浴のシーズンにイベントを開催し、荒浜の活気を取り戻したい」と話している。
 午前10時〜午後4時で、入場無料。連絡先は加藤さん080(6044)0296で、イベントのホームページもある。


<台風10号>楽ん楽ん遺族「避難行動説明を」
 昨年8月の台風10号豪雨による洪水で犠牲になった岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」の入所者9人のうち6人の遺族が、施設を運営していた医療法人社団「緑川会」(岩泉町)に対し、被災当時の避難行動についての説明などを求める書面を近く提出することが2日、分かった。求めに応じない場合、一部遺族は法的手続きを検討するという。
 複数の遺族によると(1)当時、施設内にいた女性所長による説明(2)施設跡地に建立を予定している慰霊碑に関する意見交換−などを求める。
 遺族の一人は「被災から間もなく1年がたとうとしているのに法人から詳しい説明がない。9人が犠牲になった理由を知るには、遺族側がまとまって対応するしかない」と話した。
 緑川会は昨年10月に遺族を対象とした説明会を開いたが、女性所長は入院中のため欠席。避難行動についての詳しい説明はなかった。遺族はその場で再度の説明会の開催を求めたが、実現していない。
 緑川会は近日中に慰霊碑の建立に着手し、一周忌となる30日までに完成させる方針だ。しかし十分な真相究明がなされない状況での建立には、複数の遺族が反発を強めている。
 緑川会の佐藤弘明常務理事は取材に「慰霊碑建立の決定は、まだ遺族に連絡していない。慰霊碑に足を運びたくない遺族もいるだろうが、法人として弔いの場を設けなければならないと考えている」と話す。


<青森ねぶた祭>津軽の短い夏熱く ハネト舞う
 津軽の短い夏を盛り上げる青森ねぶた祭が2日、開幕した。午後7時すぎ、青森市中心部のコース上で待機していた大型ねぶた14台と子どもねぶたなどが一斉に出陣。花がさや浴衣で着飾ったハネトが舞い、「ラッセラー、ラッセラー」の掛け声が響き渡った。
 初日は、今年で運行50回の節目を迎えた青森青年会議所の「忠魂勇往(ちゅうこんゆうおう) 毛受勝照(めんじゅかつてる)」も披露された。柴田勝家の家臣である毛受勝照が勝家の馬印を掲げるシーンを表現。黄色に染まった長さ約3.3メートルの大きな馬印が観客を圧倒した。
 東京都の無職佐藤洸さん(85)は「初めてねぶたを見たが、これほどエネルギッシュな祭りとは思わなかった。日本の誇りだ」と興奮気味に話した。
 7日まで。最終日は大型ねぶたの海上運行と花火の打ち上げが行われる。


<青森ねぶた祭>ウルトラセブン登場 青森との意外なつながりとは
 2日開幕した青森ねぶた祭で、特撮ヒーロー「ウルトラセブン」をテーマにしたねぶたが登場した。今年のテレビ放送開始50年を機に、青森市の有志が、同市出身でウルトラシリーズのキャラクターをデザインした成田亨さん(1929〜2002年)の偉業をたたえようと企画した。
 ねぶたは、セブンと敵の怪獣「エレキング」が対峙(たいじ)する場面を表現。エレキングの尻尾にライトを設置し、点滅させることで電流攻撃を再現した。ねぶた師の北村麻子さん(34)が制作した。
 制作費はインターネットのクラウドファンディングで募った。全国242人から出資があり、目標額の400万円を上回る約480万円が集まった。
 企画者で同市の会社経営三上貴久さん(47)は「みんなが知っているウルトラマンを、青森出身の人がデザインしたことを伝えたい。第二の成田さんのような人が出てくるのを応援したい」と話す。
 セブンのねぶたは3、4、6、7日にも運行される。


<教育デモクラシー>青森の中小自治体に胎動 高校再編案への反発背景に
 青森県の中小自治体で、独自の教育スタイルを模索する動きが出ている。県教委が人口減少に伴う高校再編の合理化策を示したことへの反発が引き金になった。地域の地域による地域のための子育てを目指す「教育デモクラシー」の芽生えを探った。(むつ支局・勅使河原奨治、青森総局・丹野大)
<市長の怒り爆発>
 「究極の上から目線。看過できない。独自の教育策を打ち出す」
 県教委の高校再編計画が示された7月20日、むつ市の宮下宗一郎市長が怒りを爆発させた。
 むつ市は同日、新たな教育施策の概要を発表。市内の田名部高で、医学部進学を視野に入れた特別授業を開くことを明らかにした。夏休みや冬休みに予備校講師を招き、入試対策に乗り出す。
 むつ市の位置する下北地方は、青森市や八戸市といった都市部から遠い上、慢性的な医師不足が課題だ。高校再編を機に地元の高校に医学部進学・特進コースを設けるよう県教委に要望していた。
 要望は一顧だにされず、県教委は、むつ市の別の高校の閉校案だけを提示。「コースの設置は校長の裁量でできる」(県教委高校教育改革推進室)と突き放す。
 宮下市長は「再編計画は民意を全くくんでいない。まずは自分たちでできることから取り組む」と語る。
 五戸町は、隣接する新郷村と町村立高校の設置を検討し始めた。県教委が県立五戸高の募集を2020年度に停止する計画を示したからだ。
 町、村と高校存続を求める団体が7月25日に会合を開き、公立だけでなく私立としての受け皿も検討し、1年以内に結論を出すことを確認した。
<地域住民が署名>
 五戸地方は八戸市と十和田市に挟まれた過疎地で、ブランド牛の倉石牛や馬肉で有名。五戸高はサッカーの古豪で、元五輪日本代表監督の手倉森誠氏(サッカー日本代表コーチ、元J1仙台監督)やJ1柏の下平隆宏監督の出身校でもある。町の祭りやイベントで学校が果たす役割は大きく、地域住民約9000人が存続を求める署名簿に名を連ねる。
 町の担当者は「高校がなくなると、地域を担う人材が育たなくなり、地域がますます衰退してしまう。何とか存続の道を探りたい」と話す。
<質の向上が目的>
 県教委の再編計画は、1学年4学級(160人)以上を確保するため、18〜22年度に全日制課程12校の統廃合を目指す。
 県教委高校教育改革推進室の佐藤禎人室長は「コストの問題ではない。教育の質を高めることが目的。社会に出る前に切磋琢磨(せっさたくま)するには一定の規模が必要だ」と理解を求める。
 弘前大地域未来創世センター長の李永俊教授は「教育の多様性と質を確保するためにも、一律の統廃合がいいとは限らない。地域を守るのは地域の知恵で、新たな動きは評価できる。地域教育が充実すれば、UIJターンの要因にもなる」と話す。


魅力ある学校づくりを/県立高校再編
 県立高校再編の第1期実施計画(2018〜22年度)を県教委が先ごろ決定した。閉校する学校を13校から12校に修正したが、当初の方針をほぼ踏襲する内容で、地元の学校を失う地域にとっては痛みの大きい計画となった。
 再編の背景にあるのは生徒数の減少。中学校卒業予定者は今後10年で約3100人、特に第1期計画期間の5年間は約2200人が減る「急減期」となる。このままでは学校の小規模化が進み、多様な教科開設や部活動設置などが難しくなる。再編は避けて通れない。
 県教委は計画策定に際して「充実した教育環境の整備」を掲げた。計画を進めていくことによって、教育環境の充実が真に図られるか、県教委の責務は極めて重い。再編が単なる生徒減への対応、「数合わせ」であっては決してならない。生徒が学びたい、学んでよかった、と思える魅力ある学校づくりに取り組む必要がある。
 計画では西北地区の金木、板柳、鶴田、五所川原工業、中南地区の黒石、黒石商業、上北地区の十和田西、六戸、三本木農業を閉校、それぞれ五所川原工業、黒石、三本木農業の校舎に新設校を置く。青森東平内校舎、大湊川内校舎は閉校する。
 五戸町が、五戸高校の設置主体を県立から変更する検討を始めることになった。実現へ向けた課題は多いが、県教委も協力する考えという。行方を注目したい。
 統廃合や学科改編の対象を盛り込んだ計画案は4月に公表された。その後の地区懇談会では、対象となった高校がある地元からは「郡部切り捨て」「性急すぎる」などと激しい反発が起きた。学校は地域の核であり、それを失うことは地域衰退につながる。存続を求める要望が相次いだが結局その声は届かなかった。議論がかみ合わず、平行線に終わったのは残念だ。
 4月の案公表からわずか3カ月で、計画は大幅な変更なく決定に至った。「地元の意見が反映されていない」「はじめから結論ありきだ」との批判や不満が出たのも無理はないだろう。
 全ての人が納得できるかたちで計画をまとめるのは不可能だ。ただ、合意形成にもっと力を尽くす必要はなかったか。決定までの期間は十分だったか。23年度からの第2期実施計画に向けて検証する必要があるのではないか。


<秋田竿燈まつり>大雨被害で一時は不参加検討 ベテラン審査員、まつりを再起の力に
 秋田市で3日開幕する秋田竿燈まつりを特別な思いで迎える人がいる。同市雄和新波の工藤一紘(かずひろ)さん(73)。竿燈の差し手が技を競う「妙技大会」の審査を通して長年関わり、今年は6日の決勝の審査員を務める。7月22〜23日の大雨で自宅が床上浸水し、竿燈の資料などが水に漬かった。一時は審査への不参加を考えたが、まつりを再起への力に変えようと思い直した。
 妙技大会は夜の祭りとは別に日中行われ、4、5の両日に予選がある。差し手たちが型の美しさや安定した姿勢などを競い合う。
 工藤さんは秋田和洋女子高(秋田市)で国語教師をしていた約20年前、当時の竿燈会会長の故黒沢光兼さんと出会い、妙技大会の審査員を務めるようになった。退職後も審査員をする傍ら、郷土芸能や郷土文学を研究。現在はあきた郷土芸能推進協議会(秋田県羽後町)の会長を務める。
 今回の大雨では7月23日未明、消防団の呼び掛けで、自宅に近い市の施設に妻や娘らと共に避難。翌24日午後、自宅に戻ると、1階は約75センチの高さまで浸水していた。生活用品や家財道具だけではなく、苦労して収集してきた文学資料や思い出の写真、竿燈ばやしなどを録音したテープも水に漬かった。
 「どれも人生をかけて集めてきた大切な財産。悔しい」
 片付けに追われるうちに疲労感と虚無感に襲われた。妙技大会決勝の審査も不参加を考えた。
 心境が変わったのは、開幕が2日後に迫った今月1日。ボランティアと写真の洗浄や整理をしていた時だった。写真を見ているうち、教え子や家族との大切な思い出がよみがえってきた。同時に、ある思いがこみ上げてきた。
 「祭りに参加すれば、心の空白を埋めることができるのではないか」
 自宅は水に漬かった1階の家財道具を外に運び出した状態で、2階で暮らす。
 「日常生活に戻るまでには、まだ時間がかかると思う」と工藤さん。「それでも、審査に参加することを前に進むきっかけにしたい」と話す。


さんさん夏色 東北遅い梅雨明け 4年ぶりに8月にずれ込む
 仙台管区気象台は2日、東北地方が梅雨明けしたとみられると発表した。南部は平年より8日、昨年より4日遅い。北部は平年より5日、昨年より4日遅かった。向こう1週間、晴れる日が多くなるという。
 北陸地方の梅雨明けも発表され、梅雨のない北海道を除く全ての地方で梅雨明けした。仙台市太白区の住宅街の道路沿いでは、盛夏を待ちかねたヒマワリが大輪の花を咲かせていた。
 東北の2007年以降の梅雨入り、梅雨明け時期は表の通り。
 今年の梅雨明けは南部、北部とも4年ぶりに8月にずれ込んだ。管区気象台によると、7月下旬から北日本に停滞した梅雨前線の影響が大きい。この停滞した前線が秋田県内を中心に記録的な豪雨をもたらし、各地で被害が出た。
 県庁所在地の期間中の降水量は青森201.5ミリ、盛岡373.5ミリ、仙台215.5ミリ、秋田284.5ミリ、山形363.0ミリ、福島260.5ミリ。仙台以外は同じ時期の平年値を上回った。


核処分地マップ 議論の入り口になるのか
 科学的に適性があるとされても、住民感情を納得させられる訳ではない。壁の高さを自覚し、今後説明を尽くしていく必要がある。
 経済産業省が原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地の適否を示した「科学的特性マップ」を公表した。処分場選定に向けた議論の入り口とする狙いがある。
 経産省は、最適とされた地域で秋以降に重点的に説明会を開き、候補地選定に向けた調査への理解を広げたい考えだ。
 核のごみは原発の使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出す再処理の過程で出る。
 政府は最終処分で地下300メートルより深い岩盤に埋める地層処分を採用することにしている。
 放射線量が低くなる数万年から約10万年先まで生活環境から隔離し処分する方針だ。
 マップによると、火山や活断層が周囲になく、最終処分の候補地となり得る適地は全都道府県にあり、国土の7割弱を占めた。
 このうち、核のごみを搬入しやすい、海岸から約20キロの範囲を「最適な地域」と位置付けた。国土の約3割となり、全市町村の過半数の約900自治体が該当した。
 本県では佐渡市、村上市や新発田市など県北地域、原発が立地している柏崎市、刈羽村が「最適」と示された。
 米山隆一知事は「既に原発を抱え、一定の社会的責任を果たしている。県民感情からも応じられない」と受け入れ拒否を表明した。
 各自治体とも住民の合意は難しいと話しており、県内での選定は困難だろう。
 国民には、地下深くに万年単位で保管する「地層処分」への不安が根強い。
 マップが科学的特性から策定された点についても疑問が呈されている。今回、火山の火口から15キロ以遠が基準とされた。これが適正か専門家でも議論が分かれる。
 地球科学は過去の出来事の実態が把握できても、将来予測は不確かさが避けられない。
 基準は経産省が選んだ委員会で決めた。あいまいさを含む基準では、到底、科学的といえないとの指摘が専門家から出ている。
 日本列島の地震、火山活動、地殻変動の歴史から、万年単位の超長期にわたり安全に地層処分ができるのかどうか、科学的に難しいという専門家もいる。
 万年単位の管理という想定そのものに無理があるのではないか。識者からは暫定的に地上で安全に保管する方法が望ましいとの意見まで出ている。
 最終処分場の前提となる、国が目指す核燃料サイクルはうまくいっていない。
 東京電力福島第1原発事故を経て、脱原発を志向する世論が高まった。
 そうした中で、核燃サイクルなど現実離れした原子力政策を掲げ、廃棄物処分場の議論だけ前に進めようとしても難しいはずだ。
 核のごみの議論を進めるには、民意を反映し、信頼されるエネルギー政策をつくることが大前提となろう。


「核のごみ」マップ/処分地選定 信頼回復が先
 原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地選定に向け、経済産業省は地域の適否を地図上に色別区分した「科学的特性マップ」を公表した。
 処分地として「好ましい」「好ましくない」に大別し、さらに四つに区分。海岸から約20キロ範囲は「輸送面でも好ましい」と最適評価にした。
 地層の安定度や地下資源の有無などによる大まかな判別とはいえ、これだけ明快に色分けされると国の選定作業の第一段階という印象が強い。
 今後20年かけて建設地を決める計画だが、自治体首長らには慎重論も根強く、理解を得るには難航が予想される。
 政府は2015年、候補地を自治体の申し出に頼る方式から、地図を示した上で複数の自治体に調査の受け入れを求めるなどの方法に改めた。
 マップを見て国民に関心を持ってもらうことが前提で、経産省は「現段階で自治体に受け入れ判断を求めるものではない」としている。地域への押し付けの道具にしないよう十分留意すべきだ。
 東北は、太平洋側を中心に「好ましい」とされた地域が広範囲に分布している。奥羽山脈沿いの火山周辺や日本海側の油田付近は「好ましくない」の区分になった。
 ただ、現在の土地利用状況は反映されておらず詳細に調べれば不適地が増えるだろう。国から「最終処分地にしない」との確約を得ている青森県や、世耕弘成経産相が除外する意向を示している福島県にも適地の色づけがされた。
 東北の首長らの反応はさまざまだが、「復興を目指す地域や人々の力強さと最終処分場は相いれない」という野田武則釜石市長の発言が大方の住民意識を代弁している。
 高レベル放射性廃棄物は極めて高い放射線を出すためガラス固化体にして、地下約300メートルより深い岩盤に隔離する「地層処分」を行う。その期間は最長約10万年に及ぶ。
 遠い未来にわたる難題とはいえ、先送りはできない。今の世代に突き付けられているのは、自分たちが出した核のごみへの責任である。
 しかし、処分地問題と現下の原子力政策とを切り分けて考えるのは困難だ。福島第1原発事故で「安全神話」が崩壊したのに、国は原発の再稼働路線を推し進めている。
 このままでは際限なく使用済み核燃料がため込まれ、将来世代に引き渡す危険な核のごみが増えていくだけだ。一度立ち止まって原発政策を見直し、国民の不信感を解消するのが先決ではないか。
 処分地選定論議を前進させるためには国と自治体、地域住民との信頼は欠かせない。秋以降、経産省は最適地を重点に説明会を開くという。マップを活用し、共通理解の糸口をつかめるのかどうか。
 最終処分技術の信頼性や、将来にわたるエネルギー政策について、幅広い見地から腰を据えた議論が求められる。


この国では再び「軍事と学術」が急接近してしまうのか? 50年ぶりの「声明」を読み解く
杉山 滋郎 北海道大学名誉教授
学術会議、50年ぶりに再声明
ことしの3月、日本学術会議が「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表した。
研究者は、国家の安全保障を軍事的手段で実現するための研究(いわゆる軍事研究)に関与することに、慎重であるべきだ、という趣旨の声明である。
日本学術会議はかつて、敗戦から5年後の1950年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない」と決意する声明を出していた。
1967年にも、ベトナムで戦争する米軍から日本の研究者が研究費を受け取っていたことが明るみに出たのを機に、「軍事目的のための科学研究を行わない」と声明を出していた。
それから50年経った今年、あらためて、それらの声明を継承するとしたのである。
日本学術会議とは、日本の学術研究者(人文・社会科学も含む)約84万人を内外に代表する機関である。日本学術会議法に基づいて設立され、大学などの研究者が、会員(210人)もしくは連携会員(約2000人)として、本業の傍ら職務にあたっている。
「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図る」ことが重要な活動の一つであり、政府に政策提言したり(たとえば、ヒト受精卵のゲノム編集を今ただちに臨床応用することには問題が多い、したがって法規制も検討すべきだ、など)、「科学者の行動規範」をまとめ自己規律の向上を図ったりしている。ただし、いずれも強制力があるわけではない。
きっかけは防衛装備庁からの研究資金
その日本学術会議が、なぜ今、軍事研究に慎重であれと、あらためて声明を出したのか。
直接のきっかけは、防衛装備庁(防衛省の外局で、自衛隊の兵器や装備品の研究開発・調達・整備などを一元的に担う)が2015年度から開始した研究費の提供制度「安全保障技術研究推進制度」に、対応を迫られたことである。
大学の研究者のなかに、防衛装備庁からその研究費を受け取る人たちが出てきた。研究費の出所が軍事関係の組織であれば、その研究は軍事研究だ、と考えられてきたから、1950年、67年の声明に照らし、これは看過できない事態であった。
学術会議の新しい声明は、その安全保障技術研究推進制度には「問題が多い」とした。その制度に応募すべきでない、とまで強くは指摘していない。しかしそれでも、敢えて応募するとなれば、それなりの説明責任を果たす必要がある。
今回の声明をうけ少なからぬ大学が、所属研究者がその制度に応募することを(少なくとも当面は)認めない、などの対応をとるようになった。学術会議の声明が、それなりの抑制効果をもったのである。
「学問の自由を侵しかねない」
安全保障技術研究推進制度には「問題が多い」と学術会議が判断したのは、なぜか。
憲法23条で保障された「学問の自由」が侵される可能性が高い、というのが理由である。より具体的には「研究の自主性・自律性、研究成果の公開性」が制約される畏れが大きいと言う。
学術の研究は、政治権力などによって制約されたり政府に動員されたりすることなく、研究者の創意にもとづいて自由に行なうことができるべきである。そうであってこそ学術は発展する。だから「研究の自主性・自律性」が担保されねばならない。
ところが今回の推進制度では、研究テーマが防衛装備庁により予め決められている。しかも研究助成の予算規模が、初年度は3億円だったのに翌年度は6億円、そして今年度には110億円と急増した。
その一方で、大学の研究者が自由に使える大学の研究予算はみるみる減少している。この傾向が続けば、研究資金をエサに軍事研究に動員されることになりかねない、というのである。
また学術の発展には、研究成果を自由に発表することができ、他国の研究者とも自由に交流できる環境が欠かせない。
ところが防衛装備庁が提供する研究資金は「防衛用途への応用という出口を目指して」運用される。そうである以上、いくら基礎研究だとはいっても、自由な発表・交流に対し安全保障(軍事機密)の観点から制約を課される畏れが強い。学術会議はこう判断した。
こうした危惧の背景には、「自由でオープンな研究の場」という大学の理念が「安全保障の観点からの規制」と衝突することが増えている、という現実がある。
「学問の自由」は安全保障を支えるが…
「軍事研究が当たり前」と言われるアメリカでも、大学内でやたらと軍事研究が行なわれているわけではない。
たとえばシカゴ大学では、「完全な研究の自由と無条件での情報公開」の原則に沿わない研究資金の受け入れを認めず、研究設備の使用も認めない、との明確な方針を定めている。
その一方で、大学関係者が、近くにあるアルゴンヌ国立研究所(エネルギー省)で機密研究に従事することは認めている。
大学と研究所との間にシャトルバスが運行されるほど密接な協力関係にあるのだが、このように棲み分けを徹底することにより、大学を「自由でオープンな研究の場」にしようと努めているのだ。
アカデミズムのこうした姿勢は、米軍の「オフセット戦略」を支えるものでもある。ソ連など敵国の軍の量的優位を、米軍の質的優位(技術力を駆使したハイテク兵器)で相殺(offset)するという戦略で、1950年代のアイゼンハワー大統領の頃から一貫して採用してきた。
1970年代末から進められた、コンピュータのネットワーク化や、全地球測位システム(GPS)を利用した精密攻撃能力、ステルス(レーダーに捕捉されにくくする)技術の開発などもその一例である。これらの軍事技術は1991年の湾岸戦争で威力を存分に発揮し、オフセット戦略の有効性が示された。
このオフセット戦略をこれからも成功させるには、科学技術の研究で世界の先頭を走りつづけなければならない。そのためには、自由でオープンな研究環境が欠かせない。
大学であれば、世界に広く門戸を開放して海外から優秀な研究者や学生を集め、自由な研究交流にも機会も提供する。こうしてこそ、先端的な科学技術の研究成果が米国で生まれ、国の競争力も高まる。
国の安全保障や繁栄は、秘密でガードを固めるのでなく、科学技術の自由なコミュニケーションを維持することで実現するのが望ましい――米国のアカデミズムは、こう考える。
論文発表が差し止められたことも
しかし、「学問の自由」が安全保障の観点から制限されるべきこともある。たとえば「研究成果を自由に公開する」と、それが敵対国に軍事利用される可能性がある(あるいはテロリストに悪用される可能性がある)、といった場合である。
2011年に、インフルエンザウイルスに関する研究論文の発表が、米厚生省の勧告により差し止められる、という出来事があった。
発表予定の論文中に、H5N1インフルエンザウイルスを哺乳類どうしの間で感染できるよう改変するという内容を含む実験のことが、実験の手順も含めて記述されていた。ならずもの国家やテロリストなどに悪用されれば、壊滅的被害を起こしかねないと考えられたのである。
しかし論文の著者たちは反論した。悪用のリスクを低減させようと情報の一部を隠しても、まともな研究者が情報を得にくくなるだけで、悪用の意図がある者なら悪用できてしまうだろう。
むしろ広く公開することで、他分野からも含め多くの研究者をインフルエンザ研究に参入させ、迅速に研究を発展させたほうがよい。そうしてこそ、ヒトからヒトへと感染するような変異が自然界で起きて世界的大流行が発生する、といった事態を防ぐことができると主張した。
結局、論文は一部を改定することで両者が折り合い、翌年に公表された。
この例が示すように、研究の内容によっては「学問の自由」が安全保障と、強い緊張関係のもとに置かれることがある。悪用や軍事利用の意図と無縁の研究であっても、ある社会状況のもとでは悪用や軍事利用に結びつくことがありうるからである。
学術の研究成果は、まさに「デュアルユース」(用途が両義的、民生目的にも軍事目的にも利用可能)なのである。
大学に迫りくる「安全保障輸出管理」
日本の大学には、安全保障との間で緊張関係をもちつつも、大学を自由でオープンな研究の場として守りつづけるという仕組み――たとえば米国のような棲み分けの仕組み――が、十分に整っていない。
そうしたなかで、いま大学は「国際化」を急ピッチで進めている。
文部科学省は2008年度から、日本を世界により開かれた国とする「グローバル戦略」の一環として「留学生30万人計画」を進めている。2020年を目途に30万人の留学生を受け入れるというもので、昨年5月の段階で約24万人まで達している。
また2014年度から「スーパーグローバル大学創成支援事業」を開始し、大学が外国人専任教員の割合を増やしたり世界トップレベルの大学との交流・連携に取り組むことを支援している。
こうした「国際化」に伴い、大学における「安全保障輸出管理」の重要性が急速に高まってきた。
工業製品や技術が、輸出先で武器などに転用されるのを防ぐため、わが国では「外国為替及び外国貿易法」(外為法)に基づいて貿易管理がなされている。安全保障の観点からなされるこうした輸出管理は、「もの」だけでなく、形のない「知識」や「ノウハウ」に対しても及ぶ。
知識やノウハウを身につけた人物が出国すれば、「もの」の輸出と同じことになりかねないからである。したがって大学の研究者は、教育者でもあるだけに、対応の難しい問題に直面することになる。
たとえば留学生や研修生をめぐる問題がある。彼らは、来日後6ヵ月の間、外為法で「非居住者」として位置づけられる。そのため彼らに、同法に定められた機微(sensitive)な情報・知識・ノウハウなどを提供するには、経済産業大臣の許可を得なければならない。
また、6ヵ月を1日でも過ぎれば問題がなくなるのか、受け入れた研究者は悩むこともあるだろう。
さらに政府は、留学生や研修生へのこの規制期間を「滞在5年未満」に延長することを検討しているとも伝えられる。これはこれでまた、教育や研究にとって障害となりかねない。
大学がこうした状況にあるところに、「防衛用途への応用という出口を目指して」と謳う「安全保障技術研究推進制度」が登場したのだから、大学関係者の間に警戒感が強く働いたのは無理もない。


科学史の泰斗が問う「日本科学界のタブー」 科学は軍事とどう付き合うべきか
杉山 滋郎 北海道大学名誉教授
日本学術会議が今年の春に発表した声明は、「デュアルユース」(民生目的にも軍事目的にも利用可能)を前面に打ち出した軍事研究が、大学という「自由でオープンな研究の場」に及ぼしかねない影響を、強く危惧するものであった。しかし「デュアルユース」には、別の側面もある――。
「デュアルユース」の活用
「デュアルユース」は、安全保障上、他国との関係において警戒すべき事象である。しかしそのデュアルユースを、自国の安全保障のために積極的に有効活用しようとする動きもある。
冷戦が終わった1990年代、米軍は、デュアルユースの活用を力説するようになる。最新技術を手頃な価格で入手して軍備に活かすためである。
冷戦が終わると国防予算の伸びが止まった。その一方で、民間産業の研究開発予算は伸び続けている。しかも民間産業では、市場競争に促されコスト低減の意識が強く、開発サイクルも短い。
そこで、民生技術を積極的に取り込むことで、軍事システムを常に最先端のものに維持していこう、それも安あがりに、と考えた。民間にあるデュアルユース技術を活用することで、前回に述べたオフセット戦略を効果的に推進しようというのである。
これが上手くいくには、民生技術が世界最先端でなければならない。そこで国防総省は、民間産業が進める民生目的の研究開発のうちデュアルユースのもの、なかでも米軍にとって特に重要なものについては、国防総省がその研究開発を予算面も含めて支援している。
国防総省傘下のDARPA(国防高等研究計画局)が、災害救援用ロボットの技術を競うコンテスト(ロボティクスチャレンジ)を開催したのも、こうした戦略の一環である。
国防総省とは別にCIA(中央情報局)も、自組織の外に非営利のベンチャーキャピタルを設立して、ハイテク企業での研究開発を支援する、などのことを行なっている。
わが国でも同様の取り組み
防衛装備庁の「安全保障技術研究推進制度」も、こうした動向と軌を一にするものであり、兵器・装備品に「優れたデュアルユース技術を効果的・効率的に取り込む方策」だと謳っている。
初年度(2015年度)には、防衛装備庁の設定した28の研究テーマに対し109件の応募(大学等58件、企業等29件、公的研究機関22件)があった。「メタマテリアル技術による電波・光波の反射低減及び制御」や「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛行体実現に資する基礎技術」など「将来的にも有望な技術分野」に多くの応募があったという。
この結果について防衛省は「民生分野においてこれらが盛んに研究実施されていることがうかがい知れた」と述べている。前者はステルス性能の向上に、後者は偵察や監視などに活用できる無人飛行体の開発に役立つ。だからこの制度は、民生技術の中に軍事用の技術基盤を見出すのに有効だった、ということであろう。
同様の取り組みは、総合科学技術・イノベーション会議(首相が議長)の主導する「革新的研究開発推進プログラム」(略称ImPACT)でも行なわれ、その制度設計は米国のDARPAを範としている。
研究費管理だけでは歯止めにならない
しかし、こうした取り組みは「民生目的の研究」という旗印の下で実質的に「軍事目的の研究」を進めるもの、とも言いうる。
したがって軍事研究に反対する人々は、デュアルユース性のある研究に対し防衛省が提供する研究費を、研究者は受け取るべきでない(安全保障技術研究推進制度に応募すべきでない)と主張することになる。
そうした主張をする人たちの中には、民生目的の研究費(文部科学省の科学研究費など)をもっと充実させるべきだ、という人たちがいる。大学の研究者のなかに安全保障技術推進制度に応募する者が出てきたのは、大学の研究費がどんどん減らされているからだ、というのである。
しかし、民生目的の研究費を増やしたからといって、軍事利用が止められるわけではない。民生用研究費による研究成果は広く一般に公開され、誰もが自由に、したがって軍事目的にも利用できるからだ。それがデュアルユースということにほかならない。
したがって、もし「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛行体実現に資する基礎技術」が軍事目的に利用されるのが問題だというなら、その「利用」に対して歯止めをかけることを考えなければならない。「研究費の出所」を管理するだけでは歯止めにならないのである。
しかし、そもそも「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛行体実現に資する基礎技術」が軍事目的に(自衛隊によって偵察・監視に)利用されることは、よくないことなのだろうか。わが国の安全を守るため、あくまで自衛目的の範囲内で利用するのであれば、いいのではないか。
また、安全保障技術推進制度に大学の研究者が応募することを止めても、民間企業が応募するのではないか。
こうした疑問に、学術会議の声明はどう答えるのだろうか。それを知るために、もう一度、今回の声明「軍事的安全保障研究に関する声明」に立ち返ってみよう。
憲法9条から憲法23条へ
学術会議の今回の声明は、1950年と67年の「2つの声明を継承する」と述べている。軍事研究に対し歯止めをかけようとしている点では、たしかに継承していると言えよう。しかし重要な点で違いもある。
一つ目の違いは、軍事研究に歯止めをかけるための概念装置が、憲法9条の「平和主義」から、憲法23条の「学問の自由」に変わったことである。
1950年の声明は、戦争を目的とする科学の研究に自分たちが手を染めないことで、再び戦争の惨禍が到来することを防ぐのだ、という考え方に立っていた。
第一次大戦では化学者が毒ガスを開発し、第二次大戦では物理学者が原子爆弾を開発して、ともに悲惨な結果をもたらした。日本の科学者や技術者もほとんどが、大なり小なり、軍部に協力していた。そこで、自分たちさえあのような研究に手を染めなかったなら……という痛恨の思いから声明を発したのである。
しかし現在の学術会議は、そのような平和主義にもとづいては、学術界の意見をまとめることが困難だと判断した。
「自衛のための軍備は必要である」「現実に自衛隊も存在し国民に受け入れられている」「自衛のための軍事研究であるかぎり否定されるべきでない」などの主張が、学術界に少なからず存在したからである。
そこで学術会議は、憲法23条に保障された「学問の自由」に拠り所を求めた。これなら、9条の場合とは違い、学術界で一定の共通理解が得られると判断したのである。
大学のみの対象では不十分
このことから、二つ目の違いが生じた。「学問の自由」に訴えることで軍事研究に歯止めをかけることにしたため、大学以外で行なわれる軍事研究を主たる関心の外に置くことになった。
なぜなら、「学問の自由」があるのは大学の研究者に限られるからだ。企業の研究者は職務命令に従って研究している。宇宙航空研究開発機構(JAXA)や、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、理化学研究所など、国立研究機関の研究者も基本的にそうである。
その結果、企業や防衛省の研究所などで現実に行なわれている軍事研究については、黙認することになった。JAXAや、JAMSTEC、理化学研究所などに対しても、今回の学術会議の声明は歯止めにならなかった。現にこれらの研究機関は、今年度も安全保障技術研究推進制度に応募したと報じられている。
もっとも学術会議の1950年の声明でも、大学以外に勤める研究者のことはほとんど意識されていなかった。「われわれは、…戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わない」と言うときの「われわれ」は、実質的に大学の研究者であり、企業の研究者はほとんど念頭になかった。
1950年ころは、それでもよかったのである。企業の研究者はまだまだ少なく、防衛庁の前身の保安庁に技術研究所が設置されるのも、もう少し後である。2度目の声明が出される1967年でも、状況に、さほど大きな変化はまだなかった。
ところが1980年代にもなると、防衛庁の技術研究所が人員と予算の両面で規模をぐんぐん拡大する。他方、民間企業も研究開発力を高めていた。そしてこれら両者が、タイアップして軍事研究を進めるようになる。
ましてや今世紀ともなれば、防衛省の研究開発予算は年平均1400億円ほどにのぼる。兵器・装備品の「調達費」に含まれる研究開発費も含めれば、もっと大きな額である。それらのほとんどが民間企業と共同での研究開発費である。
そして「研究者」に占める大学関係者の割合は、全体の4分の1でしかない。民間企業の研究者が、いまや全体の3分の2を占めている。
こうした現状からわかるように、科学研究の成果が軍事利用されることを管理しようとするなら、大学だけを対象にするのでは不十分なのである。
国民も議論に参加を
今回の学術会議の声明は、こうした「限界」を自覚している。
この限界を破るには、わが国の安全保障政策をどうするのか、自衛隊をどう位置づけるのか、などの点について、声明が言うように「一定の共通認識が形成される必要」がある。
軍事利用に係わる可能性のある研究については「その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度」や「ガイドライン」などを設けるべきだ、と声明は言う。しかしその「適切性」を判断するにも、さきの「一定の共通認識」が必要である。
そこで声明は言う。この「一定の共通認識」を得るために、個々の科学者はもとより、研究機関や学協会、そして科学者コミュニティが「社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」。こうした議論を、学術会議は率先して行なうとも宣言している。
「社会と共に」というのだから、この呼びかけにわれわれ国民も応えるべきだろう。
まずは、現実を見つめることから始めてはどうだろう。人工知能や、自動運転、ドローン、仮想現実(VR)、3Dプリンティングなどなど、われわれが夢を託す技術のほとんどが、軍事と結びついている(結びつきうる)のだ。これら技術の軍事利用に何らかの管理・統制を加えなくてもよいのだろうか、と考えてみよう。


“高卒貧困”の深刻な実態――『学歴分断社会』著者が語る「日本の学歴トークは大卒者たちのゲームにすぎない…」
 仕事や恋愛など様々な切り口で取り沙汰される学歴。卒業後、普段はあまり意識していなくとも、なにかと付きまとってくるのも事実だ。
 だが、日本における学歴をめぐる議論や、メディアが報じる学歴にかんする特集については、実態からややズレた点にフォーカスが当たってしまうケースが少なくない。
 いま、日本において本当に起きている「学歴問題」とは何なのか。『学歴分断社会』(ちくま新書)を’09年に著した気鋭の計量社会学者・吉川徹氏に話を聞いた。
1:メディアがなかなか焦点を当てない“高卒貧困”
 まず、吉川氏によれば、いま最も深刻なのは最終学歴が短大以上の大卒者と、それ以外の非大卒の分断で、それこそがさまざまな格差を生んでいる要因だという。
「貧困とか雇用不安といったことは高卒層が担っているのが現状で、大卒者との間に大きな差が生まれています。いま、“若者”を一枚岩で考えることはできません。メディアなどでよく取り上げるような学校名や学部名での比較特集は大卒者の中での限定的な話で、あくまで大卒者たちのゲーム。残りの半分である非大卒は実はまったく違うルールでゲームが動いているんです」
 二者の間には経済的な格差が生まれているのみならず、人間関係なども含めたライフスタイルも大きく異なる。
「いま、研究を進めていて特に顕著なのは子供の育て方。どんな学校に行かせるかは、親がどういう教育を受けてきたかが強く影響し、教育格差につながっています」
 だが、こうした傾向に当てはまらない例が出てきているのも事実だ。
 大卒者の間では、高学歴で貧者、低学歴で富者といった“学歴ミスマッチ”も生まれており、日刊SPA!でも、こうした事例はたびたび取り上げてきた。
「この10年、企業は学歴だけではなく、“人間力”をシビアに見るようになっています。転職でも、学歴だけではなく、個々の能力をかつてより厳しくみるようになりました。さらに、大学ごとの特性は多様化しています。予備校の偏差値ランキングと、年収の高い企業に入る大学ランキングに並ぶ大学は決して一致していません。論文など学術的な分野だけでなく、結婚などの異性関係の面でも、偏差値と相関しない逆転現象が見られているのです」
2:途中で大学に入学しても元が取りにくい日本社会
 また、アメリカなどと比べると、日本特有の学歴社会の特徴も見えてくる。
「日本の場合、30歳で1000万円自分に投資して大学に入り直しても、元は取りにくい。なので、18歳でどれだけがんばっていたかが重要になります。一方、日本以外の先進国は30歳くらいからでも大学を出た方が、そのままずっと高卒で働くよりも有利になりやすい。学位があるか、MBAを持っているか、といったことが年俸制のアメリカなどでは年収面でまともに影響してきます」
 格差の本場とも言われるだけあって、アメリカの方が日本よりもある意味よりシビアな学歴社会と言えるかもしれない。だが、社会人になってから大学に入り直しても、卒業後にそれがキャリアに影響を与えにくい日本は、人生における逆転を起こしにくい“生きづらさ”を抱えているのもまた事実。一概にどちらの国の社会が望ましいとは言いにくい現状があるようだ。<取材・文/伊藤 綾>


名門・灘中学校長が告白! 採択した歴史教科書めぐり同校に自民党とネトウヨから卑劣な圧力が
 中学・高校での歴史教科書をめぐり、いまネット上で、ある文書が注目を集めている。「謂れのない圧力の中で──ある教科書の選定について──」と題された4ページの論文。2016年、富山大学教授・松崎一平氏が代表の「グループ帆」が編集・発行する「とい」という論文集に掲載され、同ホームページ上でも公開されている。著者は、受験最難関クラスである私立灘中学校・灘高等学校(神戸市)の和田孫博校長だ。
 和田校長の論文は、歴史教科書の採択をめぐり、政治権力や右派勢力による具体的かつ組織的な“圧力”があったことを、赤裸々に物語っている。
 灘中は、2015年に「学び舎」という出版社がつくる新規の歴史教科書「ともに学ぶ人間の歴史」を採択し、昨年度から授業で用い始めた。産経新聞16年3月19日付によれば、この学び舎教科書は、灘中以外にも麻布中学校や筑波大学附属駒場中学校、東京学芸大附属世田谷中学校など、少なくとも国立5校、私立30校以上で採択されたという。
 ところが、和田校長が前述の論文で明かしたところによれば、学び舎教科書を採択した15年の末、〈ある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された〉という。さらに年明けには〈本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた〉というのだ。
 和田校長は、この自民党衆院議員に対して「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えたというが、実際、文科省によれば国立や私立学校の教科書の採択の権限は校長にある。また、文科大臣による教科書検定は4年ごとに行われるが、学び舎の「ともに学ぶ人間の歴史」は直近の平成27(2015)年に検定を通っている。つまり、この教材を学校が採択するのに問題など何ひとつないのだ。
 しかし一方で、学び舎教科書は歴史修正主義の右派から強く敵視されていた。というのも、平成16年度検定以降、この教科書が他の中学校教科各社が一切採用しなかった慰安婦に言及し、河野談話も取り上げたからだ。
 自民党議員が「政府筋の問い合わせ」として、灘中の校長に対し「なぜあの教科書を採択したのか」などとわざわざ問い合わせたのは、明らかにこの歴史修正主義の立場からプレッシャーをかけてきたとしか考えられない。
 しかしとんでもないのはここからだ。自民党議員からの「問い合わせ」の翌月から、「何処の国の教科書か」「共産党の宣伝か」などと誹謗する匿名のハガキが灘中に次々と届きだしたという。
自民党議員の問い合わせの後、同じ文面の抗議ハガキが灘高に殺到
 和田校長の論文によれば、2016年2月中旬ごろから〈南京陥落後の難民区の市民が日本軍を歓迎したり日本軍から医療や食料を受けたりしている写真葉書〉約50枚が送られ始め、なかには灘のOBだと自称して「こんな母校には一切寄付しない」と添えられたものもあったという。
 さらに、この写真葉書が収まりかけると、次は〈文面が全く同一の、おそらくある機関が印刷して(表書きの宛先まで印刷してある)、賛同者に配布して送らせたと思える葉書が全国各地から届きだした〉。内容を要約すると、〈「学び舎」の歴史教科書は「反日極左」の教科書であり、将来の日本を担っていく若者を養成するエリート校がなぜ採択したのか? こんな教科書で学んだ生徒が将来日本の指導層になるのを黙って見過ごせない。即刻採用を中止せよ〉というもので、実に200枚以上にものぼったという。
 明らかにネット右翼的なクレームの手法であり、しかも組織的な“運動”を思わせる。実際、和田校長によれば、2月ごろからの写真葉書には、「プロデュース・水間政憲」と記されていたという。
 水間政憲氏といえば、慰安婦問題などを否定するなどの論陣を張っている自称ジャーナリスト・現代史研究家。ネトウヨ御用達の「文化放送チャンネル桜」への出演や、「正論」(産経新聞社)、「Voice」(PHP研究所)など右派論壇誌への寄稿で知られる。近著である『ひと目でわかる「GHQの日本人洗脳計画」の真実』『ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍』(ともにPHP研究所)を読んでもわかるように、戦前・戦中日本を美化するバリバリの歴史修正主義者で、その著書は百田尚樹氏らネトウヨ系文化人の“元ネタ”にもなってきた。
 この水間氏の「プロデュース」により、灘中に対するクレーム葉書攻撃が仕掛けられたのはほぼ間違いないだろう。
極右現代史研究家がプロデュースしていた灘高への抗議活動
 和田校長も指摘していたが、水間氏は「WiLL」(ワック)16年6月号と7月号に「エリート校──麻布・慶応・灘が採用したトンデモ歴史教科書」なる論文を寄稿しており、そのなかで学び舎教科書を「まるで中国の教科書」と批判。〈中国・韓国に阿るエリートを要請するためにつくられた〉〈自虐のレベルを遥かに超えた「中国・韓国御用達教科書」と認識すべき〉とまくし立て、〈同教科書の究極の狙いは、(略)我が国を根底から解体することであるように思えてなりません〉(以上6月号より)との妄想を開陳している。
 そして、水間氏のブログを見ると、「学び舎の反日極左歴史教科書採択問題」などと名付け、〈抗議する方のために〉として学び舎教科書を採択した学校名と校長名、住所などを列挙。この“抗議宛先情報”を何度も投稿しつつ、こんなアジテーションをがなり立てていた。
〈緊急拡散希望《麻布・慶應・灘の中学生が反日極左の歴史教科書の餌食にされる;南京歴史戦ポストカードで対抗しましょう》〉(16年3月15日)
〈『学び舎』の歴史教科書を採択した学校の理事長や校長にOBが「南京歴史戦ポストカード」を送りつけると、『学び舎』の歴史教科書の使用を中止する可能性があるのです。〉(同)
〈反日極左の学び舎の歴史教科書を採用した下記の中学校に抗議をお願い致します。〉(16年4月20日)
 しかも、水間氏のブログでは、わざわざ〈インターネットで知ったのですが、OBとして情けなくなりました〉〈OBとして募金に一切応じないようにします〉などという文例まで用意されていたが、灘中の和田校長の前掲論文によれば〈あらためて本校に送られてきた絵葉書の文面を見ると、そのほとんどがこれらの文例そのままか少しアレンジしているだけであった〉という。
 ちなみに、水間氏のブログに出てくる「南京歴史戦ポストカード」なるものは16年2月に和田校長のもとに届けられたものと同じだと思われるが、これは、水間氏が関わる「明るい日本を実現するプロジェクト」なる右派運動で用いられているもので、「南京ポストカード」の他にも「尖閣ポストカード」や「日韓歴史戦ポストカード」などがあるらしい。
 水間氏は中山恭子参院議員と共演した「チャンネル桜」16年1月8日放送回のなかで、「これをね、世界中で何十万単位でばらまくことができたら、たぶん歴史戦勝てると思います」などと得意げに解説していたが、そんなポストカードをばらまくだけで外交や歴史認識の問題が右派の思いのままになるとは思えない(まあ、ネトウヨたちは信じるかもしれないが)。
 しかもこれ、有料である。水間氏のホームページによれば、この「歴史戦ポストカード」約40枚とA3版尖閣地図、解説書などを1セットとして2000円で販売しているという。その金額に、むしろ、「歴史戦」と称したネトウヨ向け“保守ビジネス”の匂いがプンプンしてくるのだが……。
アクティブラーニングのために採用した教科書を「反日左翼」と
 しかし、仕掛け人の意図はともかく、こうした右派のクレームが波状攻撃的に行われれば、教育現場に対する“圧力”になるのは間違いない。実際、和田校長も〈届く度に同じ仮面をかぶった人たちが群れる姿が脳裏に浮かび、うすら寒さを覚えた〉と記している。しかも連中は、卑劣にも学校のOBだと名乗って「寄付をやめる」などと恫喝しているわけである。違法性も疑われる案件だ。
 加えて、こうしたクレーム攻撃を仕掛けた連中は、学び舎教科書を「反日極左」「中国の教科書」「日本を解体させるのが目的」などと主張しているが、これも馬鹿げた話である。
 そもそも、学び舎の教科書は、語句を暗記させる従来の教科書とは違い、生徒に「これ、何?」「どうして」と考えさせることを目的につくられており、論争になるような問題に踏み込んでいるのもそのためにすぎない。
 灘中の和田校長も〈これからの教育のキーワードともなっている「アクティブ・ラーニング」は、学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と協働してより深い学習に達することを目指すものであるが、そういう意味ではこの教科書はまさにアクティブ・ラーニングに向いていると言えよう〉と評価している。
 つまり、水間氏らが言うような陰謀論のために採択したわけではなく(当たり前だ)、同校の教科書としてふさわしいから使っているのだ。繰り返すが学び舎教科書は文科省の検定をクリアしているので、慰安婦に関する記述もそのガイドラインの範疇。そう考えても、連中のクレームに正当性など微塵もないのである。
 しかし、重要なのは、この件が単に有名私学の教科書採択に対する右派とネトウヨの嫌がらせに終わらないということだ。前述したように、和田校長は例のポストカード攻撃以前に、自民党の市議会議員と国会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と問い詰められたことを明かしている。これは、完全に政治的圧力に他ならない。
抗議運動の背景に、自民党の議員、日本会議の存在か
 また、和田校長は、クレーム運動を扇動した水間氏がたびたび日本会議系の研修で講師を務めていることを指摘したうえで、このように述べている。
〈(前略)事の発端になる自民党の県会議員や衆議院議員からの問い合わせが気になる。現自民党政権が日本会議を後ろ盾としているとすれば、そちらを通しての圧力と考えられるからだ。ちなみに、県の私学教育課や教育委員会義務教育課、さらには文科省の知り合いに相談したところ、「検定教科書の中から選定委員会で決められているのですから何の問題もありません」とのことであった。そうするとやはり、行政ではなく政治的圧力だと感じざるを得ない。〉
 日本会議が歴史改竄主義の教科書改悪運動と統一戦線を張っていることは確かだ。この件に関して日本会議が何かしらの指示をしたかは現時点で不明だが、安倍政権そのものが政治的圧力を仕掛けたことは確実だろう。
 というのも、この議員からの問い合わせ以外にも、安倍政権は学び舎教科書を標的にしているからだ。例えば16年4月には、義家弘介文部科学副大臣が、15年年度の中学教科書採択をめぐって採択理由を公表した国立中が約1割だったことを理由に、都内国立中2校を視察。そのうちの一校である東京学芸大附属世田谷中は学び舎教科書を採択した学校だった。義家文科副大臣は「採択のプロセスが明文化されていない」「国民の税金で営まれている学校が、外に向けて公表していない。信頼に足る運営をしていただきたい」と問題視したという(産経新聞16年4月5日付)。
 こういう状況を鑑みれば、安倍政権がネット右翼的なトンデモクレーム運動と事実上一体となって、教育現場への圧力を強めていると言わざるをえない。実際、安倍首相は第一次政権で「愛国心条項」を盛り込む教育基本法改悪を行い、昨年には自民党がHPで「子供たちを戦場に送るな」と言う教員を取り締まるための“密告フォーム”を設置して大きな問題になった。
 灘中の場合は和田校長によって政治圧力の存在が露見したが、こうした事態は氷山の一角と見るべきだろう。このまま政権をのさばらせておけば、学校教育の現場から自主性はどんどん奪われ、戦争を美化し、お国のために命を投げ出すような洗脳教育機関になってしまうのは火を見るより明らかだ。わたしたちは、安倍政権と右派運動による卑劣な教育への圧力に、いっそう反対の声を強くしていかねばならない。(宮島みつや)


森友前理事長ら逮捕 格安売却の全容解明を
 大阪の学校法人森友学園の籠池泰典前理事長と妻が国の補助金詐欺容疑で、大阪地検特捜部に逮捕された。学園運営を巡る不正への捜査は節目を迎えた。
 一方で、評価額より8億円余りも安い価格で国有地が森友学園に払い下げられた経緯はいまだに定かでない。安倍晋三首相夫人の昭恵氏が籠池容疑者らと親密な間柄だったことも疑念を増幅させている。
 森友学園問題の核心と言える国有地の「格安売却」疑惑の全容を解明できるのか。国民が注視していることを特捜部は自覚してほしい。
 籠池容疑者夫妻は、小学校建設の工事費を水増しし、国の補助金約5600万円をだまし取ったとする詐欺容疑で逮捕された。大阪府も別の補助金詐欺容疑で告訴しており、特捜部の捜査はこれらの事案の立件を中心に進められるだろう。
 だが籠池容疑者の国会証人喚問まで行われた一連の問題の発端は、国有地の大幅値引きにほかならない。
 森友学園は今春の開校を計画していた小学校用地として昨年、大阪府豊中市の国有地を買い取った。購入価格は評価額の14%に当たる約1億3400万円。土地を管理する財務省近畿財務局などは、地中に埋められていた大量のごみの撤去費などを除いた額と説明した。
 しかし実際のごみの量がどの程度だったかなど、撤去費の算定根拠には疑問が指摘される。財務局側が学園側に買い取り価格の打診をしていた疑いも出ている。事実なら財務省の佐川宣寿前理財局長(現国税庁長官)の国会答弁と食い違う。
 政府は適正な売却手続きだったとするが、交渉や面会記録の資料を「破棄した」などとしており、疑問は消えそうもない。
 昭恵氏が一時、小学校の名誉校長に就き、昭恵氏付の政府職員が学園側の要望を財務省に照会したことなどが特例扱いにつながったのではとの見方もある。これだけ不可解な点があれば納得できないのは当然だろう。
 この問題では、近畿財務局の担当者が背任容疑で告発されている。7年前の証拠改ざん事件で失墜した信頼回復のためにも、特捜部には検察が使命とする厳正な捜査を望みたい。
 籠池容疑者は昭恵氏から100万円の寄付を受け取ったとも証言するが、昭恵氏は公の場で自ら釈明していない。「価格は適正」と答弁し続けた佐川氏も7月5日付の国税庁長官就任後、記者会見をしていない。関係者が国会などで十分な説明をすることも不可欠だ。


【報ステ】新たなメモ見つかる、森友土地値引き
 森友学園に国有地が8億円値引きされて売却された問題をめぐり、森友学園が土地の購入を申し入れてから6日後の去年3月30日に、籠池夫妻と当時の弁護士、設計会社、施工会社が打ち合わせた際のメモが見つかった。この打ち合わせでは、地中から新たに出てきたごみについて、国側とどう交渉を進めていくか話し合われたとみられる。メモには「国賠請求をしない条件として、評価額を下げる方向を向いている」「航空局も同意」と、国側が事前の価格交渉に応じ、低い価格での売却に前向きだったことをうかがわせる内容がある。さらに「航空局、財務局、彼らのストーリー。調査ではわからなかった内容で瑕疵(かし)を見つけていくことで価値を下げていきたい」「9メートルの深さまで何か出てくるという報告をするよう、財務局から森友学園側に言われている」と、国の担当者が国有地をより低い価格で売るための欠点を探していたと読みとれる記述もある。財務省はこれまで「事前の価格交渉はしていない」「適正な価格で売却した」と国会で答弁していて、メモの内容とは大きく食い違うことになる。大阪航空局はこのメモについて「捜査事案に触れるため、回答は差し控える」としている。

前川氏「お友達優遇。権力の私物化だ」と批判 加計問題解明へ理事長ら喚問を
 学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題で、前川喜平前文部科学事務次官は2日、福島市で行った講演で「まだ聞き取りをしていない学園関係者らの話も聞くべきだ」などと述べ、真相解明には加計孝太郎理事長らの証人喚問などが必要との認識を示した。
 前川氏は、加計理事長らを呼ばない政府や与党の対応を「お友達優遇。権力の私物化だ」と批判。証人喚問などの対象に、獣医学部新設を国家戦略特区として申請した愛媛県今治市の菅良二市長も挙げた。
 自身が参考人として出席した衆参両院予算委員会の閉会中審査に関しては、和泉洋人首相補佐官らの証言などを念頭に「『記憶にない』と繰り返す役人らを見て気の毒に思った」と語った。
 約400人が集まった講演では、文科省時代から実現を唱えてきた公立夜間中学について「義務教育の最後のよりどころだ」と全国に設置する必要性も訴えた。


また“加計ありき” 中身なし早い者勝ちで決まった国家戦略
 また新たな「加計ありき」が浮上だ。1校に限られた獣医学部の新設。京都府と京産大の提案を押しのけ、今治市と加計学園に決まったのは「国家戦略」なんて看板倒れの茶番劇だったことが改めて浮き彫りとなった。
 2日の民進党・加計疑惑調査チームの会合で、内閣府は今治市だけでなく京都府側の相談も受けていたと“加計びいき”を否定。証拠として、昨年11月25日に内閣府を訪問した山田京都府知事の説明資料を提出した。<iPS細胞等再生医療の開発を推進>と記され、ノーベル賞学者の山中伸弥教授が所長を務める京大・iPS細胞研究所と連携する意向も示されたという。
■中身よりも早期実現性が決め手
 目を見張る内容だが、京都は落選。杉尾秀哉参院議員が「iPS細胞という国家戦略につながる提案をしている京都が劣っていて、今治が優れている理由は何か」と質問すると、内閣府の塩見英之参事官からは驚きの答え。
「昨年12月22日の段階で『1校に限る』となり、どちらかを選ぶ必要性が生じた。年末年始にかけて、早期実現性の観点から提案書を比較し、今治市で公募することに決めた」
 中身よりも早期実現性が決め手とは、何たる国家戦略だ。しかも、今治市の公開資料によると、内閣府は今治市とだけ「平成30年4月開学」というスケジュールを共有。だから、選定前から予定地のボーリング調査に踏み切れたわけで、スピード重視なら今治市に決まるのも当然だ。
 こんなデキレースだから、加計学園は獣医学部の学生募集パンフレットに<合格後、引き続き受験勉強を続け、一般入試でワンランク上の大学、国公立大学にチャレンジすることも可能>と明記。国家戦略を担う大学とは到底思えない。
 山本地方創生相は先月、「今治市と京都府の提案を比較して決定したが、記録は取っていない」とスッとぼけ、きのうの最後の定例会見でも「文書があることと、事の信憑性は直接の関係はない」と開き直った。
 恥ずかしくて記録に残せないようなプロセスだったのかも知れないが、改造人事で逃げ切りは許されない。


安倍首相と加計学園“癒着”の決定的証拠! 加計が職員を安倍の選挙に動員していた事実を文春がスクープ
 土地取引の交渉の場での詳細な内容に音声データの公開と、ここにきて一気に再び動き出した森友学園問題。これら新証言と証拠はこれまでの財務省の説明を覆すもので、森友学園に対する不正な土地取引を財務省が主導していたことがはっきりとした。
 そして、もう一方の加計学園のほうも、新たに「文春砲」が放たれた。きょう発売の「週刊文春」(文藝春秋)が、2009年の総選挙で、加計学園が安倍晋三氏の選挙のために、職員に“出張命令”を出して選挙活動に動員していたと報じたのだ。
 まず、同誌の記事では、加計学園の元教授が「加計学園は以前から岡山選出の国会議員を支援してきましたが、この〇九年の選挙では、岡山とは関係ない安倍氏や塩崎恭久氏(編集部注:愛媛選出)の選挙事務所に職員を二人ずつ派遣していたのです」と証言している。
 2009年の総選挙といえば、安倍氏が体調不良を理由に総理大臣の職をたった1年で自分から投げ出したあとにはじめておこなわれた選挙であり、安倍氏にとってはいままでの人生でもっとも逆風に晒された選挙戦と言ってもいい。実際、この選挙で自民党は結党以来の大惨敗を喫し、政権交代を許したが、“自民党不信”をつくり出した当事者である安倍氏の焦りは相当なもので、選挙の公示1カ月前から支援者宅などを1日に200カ所あまりも挨拶回りに出るというドブ板選挙を展開していたほどだ。
 この最大の危機に立たされた選挙戦に、加計学園の職員が派遣されていた──。しかも、加計グループの教職員組合の関係者は、もっと詳細にわたって証言をおこなっており、「学校の事務長クラスが受験生確保などの名目で出張命令を出し」て若い職員を安倍氏や塩崎氏の選挙区に送り込んでいたことや、公示前にも職員が派遣されていたことを告発。「交通費や宿泊費は学園側が負担し、下関ではアパートも借りていたはず」とまで言うのだ。
 さらに、こうした証言を裏付ける証拠もある。「週刊文春」では、加計グループの教職員組合がこの選挙動員をパワハラとして調査を要求し、2009年7月28日付で提出した文書を掲載しているのだが、そこにはこう書かれている。
〈岡山理科大学、倉敷芸術科学大学および千葉科学大学に所属する事務職員が2009年8月末投票予定の衆院議員選挙において、実質強制的に特定政党の選挙運動に動員されていると聞き及んでいる。職場の上下関係において上位にある者が行えば、強要の意図がなくとも下位の者は非常に断りにくい状況に追い込まれることは火を見るより明らかであり、これは思想信条の自由に対する重大な侵害である〉
安倍首相と加計孝太郎理事長の“貸し借り”の関係
 団交においてこの要求書が出され、当時の岡山理科大学の波田善夫学長も「えっ、出張命令でやっちゃったの?」と反応したという。結局、出張命令は取り消され、職員は“有給休暇を取って自主的に選挙活動を手伝った”というかたちで処理されたらしい。
 もし学園側が職員を強制的に選挙応援へ動員していたとなれば、すでに時効が成立しているとはいえ、公職選挙法違反の疑いが出てくる重大な問題だが、しかし最大のポイントは、安倍首相と加計理事長の“政治的つながり”、そしてふたりはこうした“貸し借りの関係”にあったという事実だろう。
 安倍首相は先般の閉会中審査において、「加計学園の獣医学部新設計画は今年1月20日まで知らなかった」という白々しいにも程がある主張を展開したが、そのとき、こうも強弁していた。
「いままで彼もさまざまな学部・学科をつくってきたわけでございますが、そういうことも含めて具体的にですね、何かをいまつくろうとしている、今回で言えば『獣医学部をつくりたい』、さらには『今治市に』といった話は一切ございませんでした」
「私と加計さんのあいだにおいて、お互いの立場を利用して何かを成し遂げようとしたことはただの一度もない」
「まさにそういう関係であるからこそ、友人としてお互いに長い付き合いができたと考えている」
 友人関係において相手の立場を利用したことは一度もない──。安倍首相はこうやって“美しい友情”を強調したが、実際は逆風選挙の応援に人員を出してもらうという、まさにズブズブの関係だったわけだ。
 さらに、本サイトが先日の記事で指摘していた「加計学園がどういう学部をつくろうとしているかを話題にしたことも一度もない」という安倍首相の答弁の嘘についても、今回、「週刊文春」が改めて証拠を突きつけている。それは加計学園が運営する千葉科学大学が10周年を迎えた際に作成された記念誌に、安倍首相が寄せたメッセージだ。
〈危機管理学部は(略)東アジアにおける緊張などの不測の事態に的確に対処出来る専門知識を養成するという、時代の最先端を行く学部と拝察しております〉
千葉科学大学の新設学部は安倍首相の発案だった
 国会では「お互い自分の仕事の話はしない関係だから、ここまで付き合いがつづいてきたんだ」と主張したが、そのわりになぜか安倍首相は学部の内容までよく知っている。
 それもそのはずで、既報の通り、同大の元教員は「文藝春秋」の取材に対し、この危機管理学部は〈安倍の発案で設置された〉と証言しているほど。しかも、この元教員自体が「安倍さんから、『教授として名前だけ貸してくれないか』と頼まれました」とも述べている。また、同校で客員教授を務め、きょうの内閣改造でまさかの自民党幹事長代行のポストの座に就いた萩生田光一・前官房副長官についても「萩生田さんも安倍枠のはずです。安倍さん自身が『萩生田は浪人(落選)して金が大変なので、加計に面倒見てもらうよう俺が頼んだんだ』と言っていました」と証言しているのである。
 同大には、萩生田前官房副長官のみならず、同大には、木曽功・前内閣参与や、井上義行・元首相秘書官、江島潔・元下関市市長といった「安倍人脈」が大量に流れ込んでいる。他方、加計理事長は「自由民主党岡山県自治振興支部」の代表者として政治資金収支報告書に名を連ね、同支部の所在地も加計学園グループの予備校である英数学館岡山校の住所が記載されている。
 ここまでくると、“ぼくたちの友情は潔白”などとよくもまあ言えたものだと呆れ果ててしまう。現実は、「子飼い議員の面倒を見てもらっている」「支部の面倒を見てもらっている」「メシを奢ってもらった」「選挙で動員してもらった」という積もり積もった貸しを、国家戦略特区を利用して「お返し」したというのが、ふたりの友情の実態なのではないのか。
 今回の選挙動員疑惑によって、そうした安倍首相と加計理事長の「悪巧み」関係の真実の姿が、またひとつ暴かれた。籠池氏に対してそうしたように、加計理事長の証人喚問が絶対に必要だ。(編集部)


「国家の破綻が近い」福田元首相が安倍政権を痛烈批判
 福田康夫元首相が2日、共同通信のインタビューに応え、「国家の破滅が近い」と語り、安倍政権を痛烈に批判した。
 加計・森友問題に関連して、福田氏が厳しく指摘したのが、安倍政権が2014年に発足した内閣人事局によって幹部官僚の人事を掌握したことだ。
「各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。恥ずかしく、国家の破滅に近づいている」「自民党がつぶれる時は、役所も一緒につぶれる。自殺行為だ」との認識を示し、「政治家が(官僚の)人事をやってはいけない。安倍内閣最大の失敗だ」と指摘した。
 また安倍政権の運営が安定していたのは条件に恵まれていただけだと酷評した。「(自民党内に)競争相手がいなかっただけだ。(脅かすような)野党もいないし、非常に恵まれている状況だ」と分析。「そういう時に役人まで動員して、政権維持に当たらせてはいけない」と批判した。


カジノ解禁で有識者案 実効性ある依存症対策を
 カジノ解禁に向けた動きが具体化してきた。
 カジノを含む統合型リゾート(IR)の設置に向け、有識者による「IR推進会議」が制度の大枠をまとめ、政府に提言した。
 カジノは免許制度とし、内閣府の外局として置く「カジノ管理委員会」が問題ない事業者かどうか調査を行い、暴力団などの介入を防ぐ。ギャンブル依存症対策として入場回数などに規制を設ける。そうした内容が盛り込まれた。
 ただし、ギャンブル依存症対策は項目を並べただけで、具体的な中身は示されず、政府に委ねられた。
 政府は今秋の臨時国会にもIR実施法案を提出する方針という。法案には、実効性のある依存症対策を盛り込むべきだ。
 厚生労働省研究班が3月に公表した調査では、パチンコ・パチスロなどで依存症が疑われる成人は全国推計で283万人に及ぶ。そこにカジノが加わる負の側面をまず直視しなければならない。
 提言は、カジノ入場の際、日本人についてはマイナンバーカードで本人確認を行い、長期(1カ月程度)と短期(1週間程度)の双方で入場回数を制限すると打ち出した。回数については諸外国の例を踏まえ検討すべきだとした。
 ちなみにシンガポールは月8回、韓国は月15回に入場を制限している。しかしカジノにのめり込む人は後を絶たないという。諸外国並みの回数制限では不十分ではないか。
 安易な入場を抑止するため、日本人からは入場料を徴収する。ただし具体的な金額は示さなかった。
 自国民から約8000円の入場料を徴収するシンガポールの例が参考になるが、利用者の負担感に配慮しすぎれば、依存症対策には結びつかないだろう。
 カジノを巡っては自治体の一部が誘致を検討し、外資系を含め企業も参入に意欲を見せる。そうした企業からは、利用規制が厳しくなることへの懸念の声も出ているようだ。
 だが、カジノ解禁ありきで、必要な対策が不十分になっては本末転倒だ。国民の間には青少年の健全育成の観点からも反対の声が根強い。
 政府は、こうした声も受け止めなければならない。


カジノ運営  功罪を改めて示すべき
 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の運営ルールに関する報告書を、政府の有識者会議が発表した。
 IRについては、政府の成長戦略の目玉と位置づけられ、昨年暮れの臨時国会で整備推進法が成立している。
 ギャンブル依存症対策や犯罪絡みのマネーロンダリング(資金洗浄)防止などの課題がある。これらに対処する具体的な法整備が求められるため、有識者会議で運営ルールの検討を進めていた。
 整備推進法は、利益の一部を社会に還元することを条件にしてはいるが、刑法が禁じる賭博を行えるようにする。
 同法の採決では、与党の公明党が自主投票で臨むなど異例の経過をたどり、国民の根強い不安も、完全には払拭(ふっしょく)されてはいない。
 運営ルールについては、慎重なうえにも慎重に取り扱い、公的な利益還元が担保されているか、本当に地域経済の発展や観光振興に寄与するか、厳しく問われなければならない。
 IRでは、カジノ、ホテル、商業施設、劇場のほか、採算性は乏しいが、公的な施設である国際会議場なども備え、カジノの収益をもとに格安のサービスを提供する。観光分野での国際競争力を高め、経済波及効果をもたらすことが期待されている。
 報告書は、都道府県か政令指定都市が事業者とつくった整備計画を、国土交通相が審査して開業区域を認定することにした。事業者は、公共政策的な機能の一環を担うものとし、政府が毎年、評価・監督の対象とする。公的機関が関与し、反社会的勢力の入り込む余地をなくす狙いだ。
 ただ、政府や自治体にIR運営の適否を判断するノウハウがあるかどうかは疑問で、さらに丁寧な検討が必要となろう。
 依存症対策としては、日本人の入場に回数制限を設けることなどを盛り込んでいる。マイナンバーカードを使って本人を確認し、本人や家族の申告による利用制限措置も義務づけるとした。
 2010年にカジノを解禁したシンガポールでは、同様の対策を実施し、依存症の増加がみられないという。一方、韓国では利益よりも依存症によるマイナスの方が大きいとの指摘がある。
 政府は、報告書をもとに実施法案を作成し、今秋の臨時国会に提出する方針だが、IRの功罪を改めて具体的に示し、国民の判断を仰ぐべきだろう。


カジノ運営ルール 依存症など懸念拭えぬ
 政府の有識者会議が、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の運営ルールに関する報告書をまとめた。
 カジノ解禁に対しては、ギャンブル依存症を増加させるとして国民の不安が根強い。そうした状況を踏まえ、報告書にはカジノ利用に関して日本人を対象とした入場回数制限や入場料徴収などが盛り込まれ、同会議は「世界最高水準のカジノ規制」を打ち出したとしている。
 しかし、入場回数の制限や入場料の金額など具体的な基準は報告書に明示されておらず、肝心な部分の議論は先送りした形だ。依存症対策として十分とは言えず、政府は議論を一層深めて国民が納得できるような対策を示すべきである。
 報告書はIR整備推進法が昨年末、自民党の主導で成立したのを受け、学者らによる「IR推進会議」が4カ月かけてまとめた。IRを整備する当初の区域数は2〜3カ所が有力視され、事業認定は早くても2020年以降とみられている。
 注目されていたギャンブル依存症対策について、報告書ではカジノへの1週間・1カ月単位での入場回数制限や入場料徴収に加え、依存症患者や家族から申告があった人については入場を規制できるとした。カジノ内には現金自動預払機(ATM)の設置を禁じ、事業者には依存症予防のための相談窓口設置や情報提供を義務付けることなども提言している。
 これに対しては、依存症の専門家から効果を疑問視する声も上がっている。入場回数を規制しても利用金額や滞在時間に制限がなければ、対策として不十分だとの指摘だ。また、入場回数制限は入場時に提示を義務付けるマイナンバーカードによって行うとしているが、カードの普及率は1割未満にとどまっており、推進会議内にも「現実的ではない」との意見がある。規制の在り方については、もっと踏み込んだ検討が必要だ。
 政府はIRの整備によって「地域経済の振興」を図ることを重点目標の一つに掲げているが、報告書からはその明確な道筋も見えてこない。
 報告書ではIRの認定要件としてカジノや国際会議場、ホテルなど計5施設の完備を挙げ、「国際競争力の高い滞在型観光地を形成する中核施設」と位置付けた。IRの誘致に乗り出した地方からは、そうした趣旨に合致した大規模施設を整備するのは難しいとの不満が出ている。報告書では各地に観光客を送り出すためIR内に「案内所の設置」も義務付けているが、結局は大都市中心の政策になるのではとの懸念は拭えない。
 政府は報告書を基にIR実施法案を作成し、秋に想定される臨時国会に提出する方針だ。依存症対策の充実と併せ、IRによって地域経済の振興が果たして可能なのかどうかについても政府は国民にしっかり説明することが求められる。


カジノ規制 依存症対策に万全を期せ
 カジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)の導入に向けて運営ルールを検討していた政府の有識者会議が、安倍晋三首相に報告書を提出した。政府は公聴会などを経て「IR実施法案」を、今秋に想定される臨時国会に出す方針だが、国民の十分な理解が得られるか、先行きは見通せない。
 報告書によるとIRはカジノや国際会議場、ホテルなど5施設を完備することが要件とされる。都道府県か政令指定都市がIR事業者と共同で作成した整備計画を、国土交通相が「国際競争力があるか」といった視点から審査して区域を認定するという。開業できる区域は当初2〜3カ所が有力視され、認定は2020年以降の見通し。
 前面に掲げるのが「世界最高水準のカジノ規制」だ。多額の掛け金が動くカジノについてはギャンブル依存を助長しないかや、マネーロンダリング(資金洗浄)など犯罪の温床にならないかといった懸念が根強い。こうした状況を考慮してのアピールということだろう。
 確かに、報告書はさまざまな対策に触れてはいる。反社会勢力の関与などを防ぐため、カジノ事業は免許更新制とする。内閣府の外局に「カジノ管理委員会」を新設し、マネーロンダリングや法令違反を監視し、問題があれば免許の取り消しや業務停止命令を行うことができる。
 ギャンブル依存症への対策では、日本人の利用客にマイナンバーカードによる本人確認を義務付け、入場回数を制限する。入場料も徴収する。さらに安易な借金を防ぐため、施設内での現金自動預払機(ATM)の設置を禁止し、クレジットカードの利用も外国人観光客のみに認めるとしている。
 シンガポールなど海外の実績を踏まえて打ち出したというが、どこまで実効性があるかは疑問だ。依存症対策は、入場回数の制限など“水際防止”に重きを置く半面、発症後のケアは手薄で、万全の備えとは言い難い。
 安倍政権はIRを成長戦略の起爆剤にしたい考えだ。地域経済の活性化に期待を膨らませ、誘致に動く自治体もある。だが、そうしたIRがもたらす経済効果も不透明だ。認可に当たって国際競争力の有無などが問われるため、大都市圏以外はハードルが高い。政府が提唱する地方創生にどう結びつくのだろうか。
 日本へのカジノ導入は政府による実施法案作成へと踏み出す。メリットだけでなくデメリットも明らかにし、国民の声に耳を傾けた丁寧な対応が求められる。拙速な進め方で禍根を残してはならない。
 日本は公営の競馬などのほか、パチンコなどもある「ギャンブル大国」だが、依存症対策は乏しい。政府は実態把握のため初の面接調査を行った。そうした結果を踏まえ、広くギャンブル依存症への対策を進めるよう求めたい。


日報問題審査 「稲田隠し」認められぬ
 南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊の日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る国会の閉会中審査に関し、自民党は稲田朋美前防衛相の参考人招致に応じない方針を野党側に伝えた。
 竹下亘国対委員長は「辞任した大臣を国会に呼び出すことはやってはいけない」と述べた。
 安倍晋三政権が、稲田氏辞任と引き換えに日報問題に幕を引こうとしている意図が明白になった。
 自民党は審査の時期さえ明示しておらず、国会の真相究明の責務を軽んじている。野党が「稲田隠し」と反発したのは当然だ。
 この問題で防衛省の特別防衛監察結果は、稲田氏の関与については曖昧な結論に終わった。
 特別防衛監察は防衛相直轄で実施されるもので、稲田氏への聴取は任意で1時間行われただけだ。調査に制度上の限界があったことは防衛省の担当者も認めている。
 ならば、真実を解明する場は国会しかあるまい。
 稲田氏も隠蔽を了承したとする陸自側の証言と、陸自の報告は受けていないという稲田氏の説明は食い違ったままだ。
 文民統制の観点からも、このままうやむやに終わらせてはならない。なのに、審査に稲田氏がいないのでは意味がない。
 今週初めに防衛省が監察結果を報告した自民党国防部会の質疑内容も見過ごせない。
 党側から「日報は本来公開すべきではない」などと情報開示に否定的な意見が相次いだのだ。
 監察結果は、陸自が日報の情報開示請求に対して存在する文書を「不存在」とし、後に廃棄した対応を、情報公開法違反に当たり「不適切」だと認定した。
 にもかかわらず、開示すべきでなかったとは耳を疑う。
 情報を正しく国民に伝えて議論の判断材料としてもらうのは、民主主義の基本だろう。対象が自衛隊の海外活動なら、なおさらだ。
 その認識を欠いていたから、南スーダンの情勢について現地隊員が日報に記した「戦闘」という言葉を「武力衝突」に言い換えたようなごまかしも起きた。
 きょう発足する改造内閣と自民党新執行部は、森友学園、加計(かけ)学園の問題も含め、疑念を持たれながら「臭いものにふた」をしてきたような政権の体質への反省を出発点としなければならない。
 安倍首相をはじめ閣僚や与党の議員全員がその自覚を強く持つなら、「稲田隠し」のような対応はしないはずである。


PKO日報問題 稲田氏抜きでは無意味だ
 国会には事実関係を調査し解明する責務がある。稲田朋美前防衛相にも説明責任が残っている。
 自民党の辞書には、そもそも「反省」や「謙虚」という言葉がないのだろうか。
 防衛省の南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題を巡り与野党が開催で大筋合意している衆院安全保障委員会の閉会中審査について、自民党は稲田氏の参考人招致を拒否した。
 東京都議選の惨敗後、安倍晋三首相は「自民党に対する激しい叱咤(しった)と深刻に受け止め、深く反省しなければならない」と述べたはずだ。反省は口先だけだったのか。
 招致拒否の理由を自民党の国会対策委員長は「辞任という一番重い責任の取り方をした大臣を国会に呼び出してはいけない」と述べた。耳を疑うような発言である。
 都議選後も各種世論調査で内閣支持率は続落している。なぜか。獣医学部新設を巡る加計(かけ)学園問題、国有地格安売却の森友学園問題、そしてPKO日報隠蔽問題と、いずれも政府が説明責任を果たそうとしないからだろう。
 派遣部隊が現地情勢を「戦闘」と表現していた日報が「廃棄済み」とされながら陸上自衛隊にデータが存在したのに防衛省はPKO5原則が崩れるのを恐れて公表しなかったのではないか。稲田氏は本当に隠蔽に関与しなかったのか−こうした疑問を解明するのが国会の閉会中審査である。稲田氏不在での開催などあり得ない。
 防衛相直轄の防衛監察本部による特別防衛監察は、稲田氏が「陸自側から日報データ保管の報告を受けた可能性は否定できない」とする一方、「保管の事実を非公表とする方針を了承した事実はない」として曖昧な内容になった。
 真相はまだ闇の中である。稲田氏は監督責任を取って辞任したが、辞めたから済むという問題では決してない。
 首相はきょう内閣改造・自民党役員人事を行う。防衛相などの顔触れを変え、一連の疑惑をうやむやにしようという考えなら、勘違いも甚だしいと指摘しておく。


稲田大臣辞任で終わらせてはいけない「日報隠ぺい」本当の問題点 これではトカゲの尻尾切り、だ
布施 祐仁 ジャーナリスト
稲田朋美大臣の辞任にまで発展した自衛隊「日報隠蔽問題」。発端は、ジャーナリストの布施祐仁氏がその開示を防衛省に求めたことにあった。布施氏本人が、一連の経緯を振り返りながら、この問題が稲田氏の辞任で「幕切れ」となることに、強い危惧を表明する。
どちらにせよ大問題
7月28日、南スーダン国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の日報問題に関する特別防衛監察の結果がようやく公表された。
私が昨年2度にわたって行った情報公開請求に対して、陸上自衛隊が当時日報が行政文書として存在していたにもかかわらず意図的に開示しなかったことを、情報公開法の開示義務違反および自衛隊法の職務遂行義務違反と認定した。つまり、日報が違法に隠蔽されていた事実が明らかになったのである。
他方、最も注目されていた稲田朋美防衛大臣の隠蔽への関与については、非常にあいまいな結論にとどまった。「すでに廃棄した」と説明していた陸上自衛隊内の「日報」が、実際は保管されていた事実について、稲田氏が書面による報告を受けたり、非公表を了承した事実はなかったと結論付けた。
ただ、監察結果は「陸自における日報データの存在について(稲田氏に対して)何らかの発言があった可能性は否定できない」とも指摘しており、稲田氏が陸自に日報データが保管されていた事実を早い時期から知っていたのではないかとの疑惑は晴れない結果となった。
監察結果公表後の記者会見(辞任会見にもなった)でも、稲田氏は最後まで、「報告を受けたという認識は今でもない」と自身の関与を否定した。これに対して、ある記者が「複数の部下の方が、(2月)13日も15日も確かに報告したと証言している。それを大臣は信用できないと、嘘の証言だと言うのか」と質問すると、「その点については承知していない」とかわした。
いずれにせよ、稲田氏の主張と陸自側の主張は食い違ったままだ。真実は一つしかない。稲田氏の主張が虚偽ならば、陸自の日報保管について報告を受けながら、その後も「陸自では適正に廃棄された」と虚偽答弁を続けたことになる。逆に、稲田氏の主張が真実ならば、陸自側が大臣を辞任に追い込むために、虚偽の情報を流したことになる。
どちらにせよ大問題であり、稲田氏が大臣を辞任したからといって、このまま真相をうやむやにしてはならない。稲田氏、そして隠蔽に関与した防衛省・自衛隊の関係者の出席の下、国会の場で徹底した真相究明を行うべきだ。現在、与党が閉会中審査への稲田氏の参考人招致を拒否しているが、このまま真相を明らかにすることなく幕引きを図れば、防衛省・自衛隊に重大な禍根を残すことになるだろう
なお、防衛省・自衛隊が組織ぐるみで陸自の日報保管の事実を非公表としたことについて、政権や与党に近い人たちから「問題ないことをメディアが無理やり騒ぎ立てているだけだ」といった言説が流されているのは見過ごせない。
たとえば、稲田氏の後任に内定したと報じられている自民党の小野寺五典元防衛相は、7月22日に出演したテレビ番組で、「隠蔽と言われていますが、すでに公表されているものと同じものが別のところにも残っていましたってことです」と、あたかも大した問題ではないかのようなコメントをしている。
確かに、陸自側が稲田氏に陸自の日報保管について報告したとされる2月13日、15日の時点では、すでに統合幕僚幹部で保管されていた日報が公表されていた。よって、陸自に保管されていた日報を改めて開示する必要がないのは当然だ。しかし、それと、陸自保管の事実を公表しなくても良いというのは別問題である。
なぜなら、陸自にも日報があった事実を公にしないということは、それまで通り、「開示請求時点で、陸自の日報は既に廃棄されていた」と虚偽の説明を続けることを意味するからだ。
そもそも、3月15日にNHKが陸自にも日報が保管されていたことをスクープしなければ、特別防衛監察は行われず、筆者の情報公開請求に対して違法な隠蔽が行われていた事実が明らかになることもなかった。隠蔽の事実は、永遠に闇に葬られていたかもしれないのだ。「非公表は問題なかった」と言っている人たちは、それでも良かったと考えているのだろうか。
強い違和感
私も正直、自分が行った2本の情報公開請求が、よもやこんな「大事件」になるとは思ってもいなかった。もし、防衛相・自衛隊の最高幹部たちが2月13日と15日の会議で、陸自の日報保管の事実を隠すのではなく公表することを決めていれば、大臣と事務次官と陸上幕僚長が揃って引責辞任するような前代未聞の危機的な状況にはなっていなかったはずだ。
防衛相・自衛隊の最高幹部たちは「危機管理のプロフェッショナル」だ。当然、「隠す」ことのリスクは十分に理解していただろう。それでもなお、リスクを冒して隠す道を選んだところに、今回の日報問題の本質が潜んでいると私は思っている。
彼らは、何としても、「陸自では内規に従って日報は廃棄していた=情報公開請求に対して日報を開示しなかったことは隠蔽ではない」という説明ラインを維持しようとした。最初の隠蔽を隠すために、大きなリスクを冒して隠蔽の上塗りをしてしまったのである。これは、最初の隠蔽を発覚させないことが、彼らにとっていかに重要だったかを示している。
最初の隠蔽は、昨年7月に行われた。7月初め、自衛隊が活動する南スーダンの首都ジュバで政府軍と反政府勢力の大規模な戦闘が勃発した。海外メディアは、戦車や戦闘ヘリも出動して激しい戦闘が行われ、数百人の死者が出ていると報じていた。しかし、日本政府は現地の状況について「散発的な発砲事案」「自衛隊に被害なし」とだけ発表し、「武力紛争は発生しておらずPKO参加5原則も崩れていない」と結論付けていた。
このギャップに疑問を抱いた私は7月16日、現地の陸自部隊が上級部隊である中央即応集団(CRF)司令部に報告したすべての文書を防衛省に開示請求した。今回公表された特別防衛監察の結果報告書によれば、開示請求を受けてCRFの担当者は日報を含む複数の文書を特定したが、上官であるCRFの堀切光彦副司令官(当時)が「日報が該当文書から外れることが望ましい」との意図をもって開示の対象から外すように指導したという。
そして、9月中旬、私には「人員現況」という、その日に活動した隊員の人数だけが記されたA4用紙1枚の簡易な報告用紙だけが開示された。その時は、現地で戦闘が起きているというのに、これしか報告していないのかと強い違和感を持った。
その後、現地の部隊が「日報」を作成している情報をつかみ、9月下旬に、今度は「日報」と特定して改めて開示請求を行った。これに対しても、CRFは7月の前例を踏襲して日報を開示しないことを決定し、陸上幕僚監部と統合幕僚監部もこれを了承して12月初め、「既に廃棄しており文書不存在」として私に不開示を通知した。
だが、この時点では、該当する日報は「陸上自衛隊指揮システム」上の掲示板に行政文書として存在していた。このデータが消去されたのは、自民党行革推進本部長の河野太郎衆院議員が防衛省に日報の再探索を求めた後の12月中旬であった。いわば、「証拠隠滅」のためのデータ消去であった。
リスクを冒してでも…?
もし、私の開示請求が適正に処理されていれば、早ければ9月中旬には日報は開示されていたことになる。日報には、自衛隊宿営地近傍での激しい戦闘状況や、自衛隊が戦闘に巻き込まれる可能性について、現地部隊が認識していたことが記されていた。
当時、安倍内閣が進めようとしていた最重要政策の一つが、安保関連法に基づく新任務の南スーダンPKO派遣部隊への付与であった。もし9月中旬に日報が開示されていれば、9月末に始まった臨時国会で大議論になり新任務の付与は実現しなかったかもしれない。逆に言えば、その危険性があったからこそ、日報は隠蔽されたのではないか。
特別防衛監察の結果報告書は、CRF副司令官が日報を開示しないよう指示した理由について「部隊情報の保全や開示請求が増えることを懸念した」と記しているが、7月29日付の朝日新聞は、ある防衛省幹部の話として、日報に書かれた現地の治安状況がPKO参加5原則を満たしていない可能性が高かったことが隠蔽の「本当の理由」であったとの見方を紹介している。
動機はともかく、結果的には、本来国民に情報公開されるべきであった日報が隠蔽された上で、自衛官のリスクをより高める「駆け付け警護」などの新任務付与が閣議決定された事実が特別防衛監察によって明らかになったのである。これは、新任務付与の正当性そのものが揺らぐ事態である。
防衛省・自衛隊が日報を隠蔽した背景には、安倍内閣の「派遣継続ありき」「新任務付与ありき」の姿勢があったと指摘せざるを得ない。官邸の「結論ありき」の姿勢が、新任務付与という政策の決定プロセスに「ゆがみ」をもたらした。政府が当初からジュバの治安状況について正確に情報公開していれば、CRFが日報を隠蔽する動機など生じなかった。
その意味で、今回の日報問題では安倍首相をはじめ、内閣の責任が厳しく問われなければならないと思う。「トカゲの尻尾切り」で済ませてはならない。
陸自にも日報が保管されていた事実を隠蔽した防衛省背広組と陸上幕僚監部の最高幹部たちは、いずれも安倍内閣が力を入れていた新任務の付与を実現させた「功労者」であった。彼らは、その正当性に傷がつくことを恐れた。だから、絶大なるリスクを冒してでも、日報の隠蔽が発覚することを回避しようとしたのだろう。
そして、新任務付与の正当性に傷がつくのを恐れたのは、稲田大臣あるいは安倍首相も同じだったのではないか。
もう一つの大問題
今回、日報が公表されたことで、もう一つ重大な事実が明らかになった。それは、南スーダンに派遣される隊員の家族に対する虚偽の説明である。
私は、昨年10月に陸自第9師団(司令部=青森市)で開かれた「家族説明会」の説明資料を開示請求によって入手した。そこに記されている南スーダンの治安状況と、同時期に現地部隊が日報で報告している治安状況が、非常に重要な点で食い違っているのだ。
この図のように、家族説明会では8月1日時点の治安状況について、「衝突」が発生しているのは南スーダン北部で「首都ジュバを含む南部3州は平穏」と結論付けている。だが、同日の日報では、北部だけでなく、ジュバ周辺の数ヵ所で「戦闘」が起こっていることが報告されている。
実は、この家族説明会の説明資料は当初、北部での「衝突」を「戦闘」と表記していた。それを知った稲田防衛相(当時)が「誤解を与えるから」と直接、書き直すことを指示したという。ジュバ周辺での戦闘については当然稲田氏にも報告は上がっていたが、それを正確に記述することは指示せず、単に「戦闘」を「衝突」と書き換えることだけを指示したのである。
このようにして、稲田氏および防衛省は、家族の南スーダンへの派遣を前に不安を抱え、現地の治安状況や活動のリスクについて正確な情報を求めていた隊員の家族をも裏切ったのである。
本来開示されるべき日報を隠し、派遣隊員の家族にも虚偽の説明を行って、新任務の付与を行って青森の部隊を中心とした第11次隊を派遣したことは、国民はもとより、派遣隊員とその家族への背信行為であったと指摘せざるを得ない。
海外の治安不安定な地域に派遣している部隊にどのような任務を与えるかという政策判断には、隊員の命がかかっている。その意味で、他の省庁の政策判断以上に、決定プロセスの公正さが求められる。そのプロセスに「不正」があっては絶対にならない。
現実には戦闘や武力紛争が発生しているのに、その情報を隠蔽したり虚偽の説明をして、憲法上「武力行使」ができない自衛隊を派遣するのは、国家による最大の「不正」と言ってもよいと思う。
結果的に、新任務が実行されることなく、一人も死傷者が出ることもなく撤収を完了したから良かったものの、仮に最悪の事態が生じていたら、政府は何と説明していたのだろうか。
安倍首相は2月1日の衆院予算委員会で、南スーダンで自衛隊に死傷者が出た場合、首相を辞任する覚悟を持っていると答弁したが、首相が辞めても亡くなった隊員の命が返ってくるわけではない。取り返しがつかないからこそ、任務付与の政策決定プロセスに「不正」は絶対にあってはならない。
加えて、自衛隊の任務遂行の結果に最終的に責任を負うのは、この国の主権者である国民である。自衛隊員は「服務の宣誓」にあるように、「国民の負託にこたえ」てリスクのある任務に就くのである。しかし、今回のように重要な情報が隠蔽されてしまったら、国民はその結果に責任を負うことができない。
このような「不正」を二度と繰り返さないようにすることこそ、今回の日報問題の今後への教訓とすべきである。そのためには、「文民保護」のためには「紛争当事者」になることも辞さない国連PKOの現状と憲法9条の関係も含めて、自衛隊の海外派遣のあり方、日本の国際貢献のあり方についての本質的な議論が必要だ。


稲田議員、今井議員 軽々超えた政治家としての「一線」
「女性がいないんだよなァ」。8月3日、内閣改造に踏み切った安倍首相は、そうため息をついたという。「女性が輝く社会」を掲げ、何人も女性閣僚を抜擢してきたが、バタバタと辞めていくだけ。「このハゲ〜」議員ほか若手も不祥事続き。「もうまともな女性議員が残ってないよ」というボヤきは、国民にもわからないではない。
 そんな雰囲気にダメ押しをしたのが、今井絵理子参院議員(33才)だ。妻子あるイケメン神戸市議のマンションに泊まったり、ホテルの一室でパジャマで過ごしたのに、「一線は越えていません」という微妙すぎる言い訳をしたのには、当然、各方面から総ツッコミが入った。
 ビートたけしは「『一線』って何なのか、大きな声で言ってほしかった」、松本人志は「手を握って東海道を越えている」、いとうあさこまで「新幹線の中で手をつなぐのを我慢できない人が、ホテルに入って何の我慢ができるの」と言及。小倉智昭は早くも「今年の流行語大賞」と皮肉った。
 ちなみに、法律の専門家たちはこぞって「同じ部屋に泊まったのは、裁判ではアウト」と指摘している。
「シングルマザーとして聴覚障害のある子供を育てていて、障害者福祉に詳しいというのが議員としてのウリだったはずですが、彼氏のマンションに入り浸って、子供の面倒は母親まかせ。以前つきあっていた元カレが“おれは息子のシッターじゃない”とこぼしていたこともあるほどです」(全国紙政治記者)
 有権者の信頼を失うという「一線」は軽々と越えた。
 稲田朋美元防衛相(58才)は7月末日、改造よりも一足早く内閣を去って行った。教育勅語をめぐる発言や陸上自衛隊の日報問題など、国会で集中砲火を浴び続けても、「職務をまっとうしたい」と“一線”の大臣のイスに座り続けていたのに、あっさりと辞任した。
7月27日、民進党の蓮舫さん(49才)が代表辞任を発表したちょうどその日、防衛相を辞めると明らかにしました。呆れたのは、そのタイミングです。蓮舫さんが会見した4時間後に辞意が伝わった。蓮舫さんに被せることで、自分の辞任のニュースが小さくなるようにしたかったのでしょうけど、あまりにズルい」(前出・政治記者)
 女性政治家が、永田町という男社会で生きて行くことは簡単ではない。女性のリーダーシップに詳しいコミュニケーションの専門家・岡本純子氏の分析。
「リーダーシップには“有能さ”と“温かみ”という2つの要素が必要です。ただし、温かみには大きな性差があります。男性がスピーチで物腰柔らかく声をかけると、“優しい”と肯定的にとらえられますが、女性リーダーの場合、“弱々しい”と思われてしまう」
 稲田氏はまさにこのタイプ。
 逆に男性リーダーが大声で叫んだり、ちょっとキレても「力強い」「情熱的」「真剣」と評価されるが、女性リーダーは「ヒステリック」と受け止められてしまう。蓮舫氏のパターンだ。
「両方を絶妙なバランスでやっているのが小池百合子都知事(65才)です。弱々しすぎず、強すぎない。感情のコントロールが非常に巧みです」(岡本氏)
 女性が第一線で活躍するのは難しいが、あくまで失敗は個人の資質のこと。女だから…と一括りにされるのは困ってしまう。