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Montréal souligne les 72 ans du bombardement d’Hiroshima
Le maire de Montréal, Denis Coderre, accompagné du Consul général du Japon à Montréal, M. Hideaki Kuramitsu et du président de la Fondation du Jardin et du Pavillon japonais, M. Luc Vanasse, rendra hommage aux victimes du bombardement d’Hiroshima en 1945, samedi soir, au Jardin japonais du Jardin botanique.
La Cérémonie de paix de Montréal se tiendra en simultanée avec celle organisée à Hiroshima. Samedi à 19 h 15, instant précis où la bombe a été larguée en 1945, Denis Coderre et Hideaki Kuramitsu feront résonner la cloche de la paix, 72 fois, à la mémoire des milliers de victimes du bombardement atomique.
C'est l'une des rares occasions où l'on peut entendre cette cloche, offerte à la Ville de Montréal par la Ville d’Hiroshima en 1998, lors de la signature d’une entente de jumelage.
Le 6 août 1945, la bombe projetée sur la ville d’Hiroshima faisait plus de 140 000 victimes.
フランス語
フランス語の勉強?
助けて!きわめびと「イライラする私にさようなら!」
毎日イライラすること、ありますよね?でも、適切な訓練をすれば、イライラしない脳へと変えられるんです。それが、今話題の「マインドフルネス」。イライラは、過去や未来を思い、雑念にのみこまれることから起こります。マインドフルネスは、今この瞬間に意識を向け、雑念から離れます。その手がかりは、なんと「呼吸」。すぐに実践できる心の筋トレを伝授します。生活にマインドフルネスを組み込み、イライラにさよならしよう! 藤井隆,濱田マリ,小野塚康之, マインドフルネス…木蔵シャフェ君子, 菱田盛之,木元美香
えぇトコ「湖国の夏!味めぐり 人めぐり 〜滋賀 野洲・湖南〜」
びわ湖の南に位置する野洲市と湖南市。湖と大地の豊かな恵みを礎に、伝統が大切に受け継がれている。伝統漁法の「えり漁」で水揚げされる鮎。漁師の家に代々伝わる佃煮そしてかき揚げなどを堪能する。野洲の伝統野菜・吉川ごぼう、そして湖南の伝統野菜・下田なす。ともにそのまま生で食べても、やわらかくみずみずしい。これを使った農家の家庭料理も絶品。とっておきの味、それを伝える人の思いと出会う湖国の旅。 西村知美,木下ほうか, 島よしのり,橋本のりこ

今日はオプンキです.わたしは関係ないけれど人が多いです.初めて知りました.親子づれもいました.
模擬授業??でHyさんが若者をしばき倒しています.
携帯メール設定がわからないので守口まで行きました.親切な人で良かったです.

河北抄
 梅雨明け後、さえない天気が続く。汗が噴き出る盛夏はどこへやら。今夜は仙台七夕花火祭。せめて夜空は、うっとうしさを吹き飛ばしてほしい。
 汗をかくなら、体を動かして心地よく、といきたい。「激しい運動はちょっと…」という人も、気軽に楽しめるスポーツがある。ストリートラグビー。先日、石巻市で体験会があった。
 ルールは簡単。3人対3人でプレーし、危険なタックルに代わり「タッチ」して相手の動きを止める。「ボールを前に投げない」「ディフェンスを抜いてゴールにトライ」などラグビーの基本はそのままに、広い場所がなくても年齢、性別、経験の有無を超えて参加できる。
 「東日本大震災で被災した街ににぎわいを」と石巻ラグビーフットボール協会の佐々木勝男会長は意気込む。
 ラグビーワールドカップ日本大会開幕まで2年。仙台市が断念したキャンプ地誘致に挑む石巻市の審査結果発表も近い。東北唯一の会場となる釜石市の試合日程が決まるのもそう遠くない。ラグビーが一段と身近になりそうだ。


震災遺構の荒浜小でやぎと草取り
東日本大震災の教訓を伝える震災遺構として公開されている仙台市の荒浜小学校で、校庭などに目立ってきた雑草を取り除こうと、市の職員らが3頭のやぎと一緒に草取りをしました。
仙台市若林区の荒浜小学校は、震災の津波が校舎の2階まで達し、子どもたちや教員などは屋上などに逃れて全員が救助されましたが、地区ではおよそ200人が犠牲となり、改修工事をした上で、ことし4月30日から震災遺構として一般に公開されています。
公開開始から3か月が過ぎ、校庭などに雑草が目立ってきたことから、仙台市ではやぎを飼育している東北工業大学のグループに協力してもらい草取りを行うことにしたもので、市職員と大学の関係者などあわせておよそ20人が3頭のやぎと一緒に草取りをしました。
市の職員らが鎌などを使って雑草を取り除いていく中、3頭のやぎは、ゆっくり校庭を歩きまわりながら雑草を食べていました。
市によりますと、5日の4時間の作業で20キロほどの雑草を除去できたということです。
仙台市防災環境都市推進室の柳谷理紗主任は、「きょうはやぎの力を借りて楽しみながら草取りができました。今後も多くの人たちに訪れてもらえるようさまざまな人の力を借りて、震災遺構の維持管理に努めたい」と話していました。


被災地の若者 東京で語る
東日本大震災の当時、小中学生だった被災地の若者が、地元の復興のために続けてきた取り組みや被災地の現状について語る催しが都内で開かれました。
この催しは、今後の被災地支援のあり方を考えようと東洋大学が企画したもので、首都圏の大学生ら40人が参加するなか、震災当時、小中学生だった若者が被災地の現状について語りました。
このうち、南三陸町出身の小野寺翔さん(21)は、これまで東京の大学生らを対象に被災地をまわるツアーに取り組んできたことを報告し、「被災地の出身者とそうでない人の間で震災の認識にギャップがあると感じています。被災者自身が震災を語り継ぐことが重要だと思います」と話していました。
また、岩手県山田町の高校生6人は、町に活気を取り戻したいと月に1、2回、地元の人たちが集まれるカフェを開いてきたことを報告し「地域の人とのふれあいを通して学ぶことが多く、喜びを感じています」と話していました。
催しを企画した東洋大学社会学部の森田明美教授は「震災を語り継ぐ活動など、被災地の若者が自主的に行っている取り組みが長く続けられるように今後の支援のあり方を考えていきたい」と話していました。


「桃鉄」から「三鉄」へ さくまあきらさん2000万円寄付
 ゲームソフト「桃太郎電鉄」の作者さくまあきらさん(65)が4日、岩手県庁を訪れ、ふるさと納税を活用し、東日本大震災で被災した第三セクター三陸鉄道の支援金2000万円を寄付した。
 達増拓也知事に目録を手渡したさくまさんは「ゲームに取り入れさせてもらった恩返しをしたかった。復興の象徴である三陸鉄道と地域のため活用してほしい」と話した。
 三陸鉄道の中村一郎社長は「大事な節目を迎える時期に、多額の寄付をいただくことができた。有効に活用したい」と感謝した。
 さくまさんは震災後、被災地を何度も訪問し、昨年12月に震災復興をテーマにした桃太郎電鉄の新作「2017 たちあがれ日本!!」を発売。ゲームには三陸鉄道の久慈駅などが登場する。
 県はふるさと納税による寄付金の使途に三陸鉄道の支援を加えている。10万円以上を寄付するとオーナー証が贈られるが、さくまさんは高額のため名誉オーナーに認定された。
 三陸鉄道は2014年4月に全線再開。19年3月にはJR山田線の宮古−釜石間の運営を引き継ぎ、久慈市から大船渡市を結ぶ鉄道になる見通し。


<気仙沼みなとまつり>東京海洋大の練習船を一般公開 祭り盛り上げ
 実習航海で気仙沼湾に寄港した東京海洋大の練習船「神鷹(しんよう)丸」(986トン)が4日、一般公開された。東日本大震災からの復興を支援するため2012年に気仙沼市と連携協定を結んだ同大が、5日に始まる「気仙沼みなとまつり」を盛り上げようと企画した。
 市朝日町の商港岸壁に寄港した練習船の船内を一目見ようと、市内外から約300人が参加。乗船する同大の3年生約40人がガイドを務めた。
 参加者は学生の説明を聞きながら、操舵(そうだ)室にある最新鋭の機器や航海日誌などを興味深く見学した。南三陸町伊里前小6年の阿部世和さん(11)は「船を動かすハンドルはすごく重かった。機械の多さに驚いた」と話した。
 ガイドを務めた市出身の柏隼人さん(20)は「漁業に対する関心の高さを感じた。地元の人が楽しんでくれてうれしい」と話した。


<涼・宮城>県に停止要請「女性330人の署名集めた、一刻も早く削除を」
 タレント壇蜜さん(秋田県横手市出身)が出演する仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会の観光PR動画に対し、新日本婦人の会県本部などは4日、性的な表現が不快だとして、県に配信停止を申し入れた。
 メンバー約20人が県庁を訪れ、吉田祐幸経済商工観光部長に要請書を提出。婦人の会県本部の佐々木ゆきえ会長は「約330人の女性から賛同の署名が集まっている。一刻も早く削除してほしい」と求めた。
 動画には県議会の野党4会派が配信中止を要望。県に電話やメールなど県内外から意見が約300件寄せられ、うち9割が批判的な内容だという。投稿サイト「ユーチューブ」の再生回数は約280万回に達している。


<山形大アカハラ自殺>「ばれたら進級できない」学生、報復恐れ相談せず?
 山形大工学部(米沢市)の男子学生が助教のアカデミックハラスメント(アカハラ)を苦に自殺した問題で、学生は自殺前、ハラスメントに関する学内の窓口に相談するよう勧めた父親に「(助教に)ばれたら進級できなくなる」という趣旨の話をしていたことが4日、大学が設置した第三者調査委員会の報告書で分かった。学生が誰にも相談できないほど、助教の報復を恐れていた可能性が浮かび上がった。
 学生は3年生だった2014年度の後期、希望する研究室に進めず、助教の研究室への配属が決まった。助教の評判が悪いことを知って思い悩んでいた際、父親が窓口の利用を促した。学生は4年生になった15年4月から、助教の研究室に所属。助教は長時間の説教をするなどのアカハラを繰り返したとされる。
 両親は調査委の聞き取りに対し、学生が15年8月に大学院入試を受けた際も、周囲に「(助教に)何を言われるか分からないから」と言って、大学院での研究室変更を希望しなかったと話している。
 両親は大学と助教に損害賠償を求めて山形地裁に提訴。調査委の報告書は自殺とアカハラの因果関係を認定しており、7月25日の第1回口頭弁論で証拠として提出された。大学側は答弁書で、報告書は「聞き取りが不十分」などとして因果関係を否定している。


【科学的特性マップ】最終処分の出発点に
 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を最終処分できる可能性のある地域を日本地図に示した「科学的特性マップ」を経済産業省が公表した。政府は昨年中に提示する方針を先送りしてきただけに、ようやくといった感がある。
 最適とされた地域で秋以降に説明会を重点的に開き、候補地選定に向けた調査への理解を広げるとしているが、マップの内容も選定基準もあまりに曖昧だ。長年の課題解決への出発点にしなければ意味がない。調査受け入れの可否を地元が判断するための材料をまずはしっかりと明示するよう求めたい。
 最終処分の候補地になり得るとされた適地は国土の7割近くを占める。このうち海岸から約20キロの範囲は最適地とした。ただ、火山や活断層、鉱物資源の有無など自然科学的観点から色分けし、人口密度など社会的観点は除外したため、都市部を含め全域が適地とされた県も複数ある。現実性に欠けると感じた人は多いのではないか。
 説明会を開くにしても、日本列島の沿岸部のほぼ全域が対象とされた中で、どこからどんな理由で始めるのかを分かりやすく示さなければ、理解どころか、反発や拒否感が広がる懸念さえある。
 最終処分では、使用済み核燃料の再処理過程で発生した高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にして金属製容器で包み、地下300メートルよりも深い岩盤に造った坑道に埋める。国内では、最終処分場がないまま原発が新増設され、核のごみはたまり続けてきた。東京電力福島第一原発事故後も変わらず、最終処分の見通しが何もないまま国内原発は再稼働の流れにある。
 国は公募や協力要請に応じた地域での調査の実施を想定しているが、文献調査の受け入れを表明した首長が辞職に追い込まれた例もある。説明会では、地層処分の妥当性や安全性を示す前に、最終処分場を整備する必要性自体をしっかりと伝え、理解を得る積み重ねが欠かせない。
 県内にも適地や最適地があるとされたが、世耕弘成経産相は候補地から除外する考えを示唆している。一方で政府には、原発事故による除染廃棄物を中間貯蔵施設から30年以内に県外で最終処分する責務がある。
 核のごみと除染廃棄物の最終処分問題は、候補地選定の手順や課題などに共通する部分が多いはずだ。核のごみ問題が立ち往生すれば影響が及びかねない。今後の政府の取り組みを厳しく見ていく必要がある。(五十嵐稔)


津軽弁をAIで標準語に変換研究
青森県の津軽地方で、ほかの地域から来た医師と、患者が意思疎通する際などに役立てようと、AI=人工知能を使って、津軽弁を標準語に変換し、内容を要約する研究を、弘前大学と東北電力が共同で始めました。
青森県の津軽地方にある弘前大学の付属病院では、これまで、ほかの地域から来た医師が、地元の津軽弁を十分に理解できず、患者との意思疎通に時間がかかるケースがありました。
このため、弘前大学の保健学研究科は、東北電力と共同でAIを使って、津軽弁の音声を標準語に変換し、内容を要約する研究を今月から始めました。
研究では、東北電力のコールセンターで蓄積した津軽弁の音声データを活用するほか、青森県鯵ヶ沢町の住民にも協力してもらい、津軽弁の独特の言い回しやイントネーションをAIが正確に認識できるかなどの検証を進めていくということです。
研究成果は、来年1月ごろにまとめる計画で、弘前大学や東北電力は、医療現場や顧客サービスなどで実用化していきたいとしています。


誤認と公表遅れ/全く危機意識に欠けている
 なぜ同じようなことが繰り返されるのか。再々指摘している危機管理や安全意識の欠如が改善されているとはとても言い難い。
 東京電力福島第1原発の4号機近くの「サブドレン」と呼ばれる井戸の水位が一時低下し、原子炉建屋地下の汚染水の水位と逆転して、汚染水が外部に漏えいする恐れがあった。東電は当初、水位計の故障と誤認していた。
 第1原発では、建屋地下にたまる汚染水の漏えいを防ぐため、周辺の井戸を使って地下水の水位が汚染水より高くなるよう調節している。2日午後6時半ごろ、井戸の水位が低下して警報が鳴ったが、東電は水位計の故障と誤って判断し、現場も確認していなかった。
 3日午前に現場を確認したところ、水位計は故障しておらず、実際に水位が低下したと判断。同日夜になって記者会見し公表した。東電は「安易に計器の故障と判断すべきではなかった」として、今回の対応を検証するとしている。
 第1原発をきのう視察した原子力規制委員会の更田(ふけた)豊志委員長代理は「連絡の遅れは東電の姿勢に関わる問題だ。水位の逆転は最も恐れていることの一つだ」と述べ、近く東電から情報収集する考えを示した。
 建屋地下の汚染水漏えいにつながる井戸の水位低下が確認されたのは初めてであり、更田氏が東電の対応を厳しく批判したのはもっともなことだ。
 東電の企業体質を問われるような事案は後を絶たない。第1原発では昨年12月、3号機の原子炉内を冷やす注水が停止した際、ポンプの停止を知らせる警報に関して点検作業が原因と誤って判断、注水再開が遅れた。第2原発では昨年11月の地震で2〜4号機の使用済み核燃料プールから水があふれたが、東電は「第2原発は通報案件ではなかった」として公表は2日後だった。
 第1原発では3号機で溶融燃料(デブリ)とみられる物体が初確認され、9月にも取り出し方法が決まる予定であり、廃炉作業は本格化する。安全確保と危機管理の徹底は基本中の基本であり、東電はあらゆる可能性を想定した安全対策などを講じる必要がある。
 東電は6月下旬に、川村隆新会長、小早川智明新社長による新体制がスタートした。新体制発足に当たって両氏は、本県の復興に最優先で取り組み、本県への責任を果たす考えを示している。有言実行するためには、旧来の悪弊を正し、安全文化をはじめとする健全な企業風土を築くことが不可欠であることを銘記すべきだ。


<九州豪雨>発生1カ月、犠牲者に黙とう 500人超今も避難
 福岡、大分両県で36人が死亡するなど甚大な被害が生じた九州北部の豪雨は5日、発生から1カ月となった。自宅を失うなどした500人超が今も避難を続け、生活再建への不安を抱えたままだ。自治体は復旧作業を進めるとともに被災者支援に全力を挙げる。被災地では住民らが犠牲者を悼み、黙とうをささげた。
 7月には秋田県などでも記録的な大雨による浸水被害が発生。台風5号の接近に伴い、大量の土砂や流木が残る九州の被災地では二次災害への警戒が強まっている。
 福岡県の朝倉市役所では午前10時からの災害対策本部会議で森田俊介市長や市職員らが黙とうした。


九州豪雨「みなし仮設」入居進む 避難所集約へ
 36人が死亡し、5人が行方不明となった九州北部の豪雨で、被害が大きかった福岡県朝倉市は5日、市内に7カ所設けている避難所の集約を始めた。罹災証明書の発行に伴い、民間賃貸住宅を行政が借り上げる「みなし仮設住宅」への入居が進み、避難者が減少したためだ。住まい確保が生活再建につながる一方、地域のコミュニティーをどう維持するかが課題になりつつある。
 ピーク時は約1800人だった福岡、大分両県の避難者数は、被災から1カ月の5日で約530人に減り、被害が集中した朝倉市でも半分以下の485人になった。


九州豪雨1カ月 凛とした母を思い 実家跡に花を手向け
 九州北部豪雨の発生から1カ月となる5日朝、福岡県朝倉市杷木志波で犠牲になった桜木トシ子さん(86)が暮らしていた実家跡を長女の上村京子さん(60)が訪れ、そっと花束を置いた。生まれ育った広い屋敷や庭は濁流に流されて跡形もなく、今も山からの水が流れる。「安らかに眠ってください」。いつもりんとしていた母を思い、上村さんは手を合わせた。
 雨脚が強くなり出した7月5日午後3時45分ごろ、1.8キロ下流で暮らす上村さんが電話すると「髪を染めに行こうと思っていたのに無理かねえ」と普段通りの母の声。「こんな時に年寄りが白髪を気にしてどうすんの」と笑い合ったのが最後の会話になった。
 母が大好きだった山あいの渓流沿いに建つ屋敷や庭はすべて流されてしまった。9日後、桜木さんは実家から5キロ西の筑後川沿いで遺体で見つかった。
 桜木さんの子育ては礼儀作法に厳しく、上村さんら3人の娘たちには「横着な物言いをしたらいかん。相手には常に下から下から話しなさい」と言うのが口癖。45歳から習い始めた日本舞踊は名取になる腕前で、地域の敬老会でもよく披露し、豪雨に襲われるまで大分県日田市に練習に通い続けていた。2000年に夫と死別し、1人暮らしになった後も気丈で、病気の心配もほとんどなかった。
 「こんな亡くなり方をするなんて夢にも思わなかったから」。母との突然の別れに実感を持てないまま上村さんは17日に慌ただしく葬儀を済ませたが、少しずつ日常が戻ると、ふと喪失感に襲われるようになった。母の面影を求めて気づいたら発見現場をさまよっていたこともある。
 母の思い出が詰まった実家の跡地に、母が大好きだったほおずきなどを手向けた。上村さんは語った。「あの日、私の家に避難してくれていればよかったのに。それが悔やまれてならない」【佐野格、比嘉洋】


九州豪雨1ヵ月  被災者の支援に全力を
 九州北部に大きな被害をもたらした豪雨の発生から1カ月になった。
 福岡、大分両県で犠牲者は36人、行方不明者は5人に上る。2300棟を超える住宅が被害を受け、500人以上が避難所などでの生活を余儀なくされている。親族宅などに身を寄せている人を含めれば、その数はさらに多くなる。
 政府は九州豪雨を激甚災害に指定する方針だ。住宅の確保など、被災者の暮らしの再建に全力を注いでほしい。京滋からも協力と関心を引き続き寄せたい。
 非常に強い台風5号が5日以降、九州をはじめ西日本に接近する可能性がある。被災地では防災インフラがもろくなっている。十分な警戒が必要だ。
 今回の災害では大量の流木が目立つ。被災地の各地で山の表面が樹木ごと崩れ落ちた。
 流木は土石流と一緒に下流に流れ込み、住宅や橋を破壊した。橋脚に引っかかり、川の流れをせき止めたため、氾濫を広げる結果にもなった。さらに下流域に積み上がり、住宅やインフラの復旧の妨げにもなっている。
 九州は林業が盛んで、被災地でも手入れが行き届いた山林が多いという。安定しているとみられた山が崩れたのは、保水力を超える量の雨が降ったからだろう。
 山の表層が花こう岩の風化した「まさ土」から成っていることも、流木の大量発生につながった。黄色いまさ土の山は西日本に広く分布している。今回の事態はどこでも起きうる。京滋の自治体も、まさ土と流木の発生に着目した危険箇所の洗い出しや防災対策を作る必要があろう。
 被害が大きかった福岡県朝倉市では、豪雨のあった7月5日から6日までの24時間雨量が545ミリを超えた。7月の平均降水量を一晩で上回った。
 集中的な豪雨は近年、各地で発生し多大な被害を出している。京都では2013年の台風18号で桂川や由良川流域が浸水被害を受けた。
 一因は地球温暖化とみられている。温暖化の最大のリスクは予測できない極端な気象現象を起こすことだ。
 気温上昇で大気中の水蒸気が増え、雨雲や台風が巨大化する。大都市部でもヒートアイランド現象が重なり局地豪雨が懸念される。
 気象は穏やかではなくなっている。自宅近くの川や崖は安全か。通勤、通学路はどうか。避難はどうするか。身近な場所の点検から始めたい。


九州豪雨1カ月 警戒緩めず復興へ一歩を
 福岡、大分両県に甚大な被害をもたらした九州豪雨から、きょうで1カ月が過ぎた。
 死者は36人に上り、なお行方不明者5人の捜索が続く。犠牲者の無念を思えば言葉を失う。
 台風5号が九州に接近しており、上陸の恐れもある。被災地の地盤は緩んでおり、土砂災害などに引き続き厳重な警戒が必要だ。
 九州豪雨の被災地は九州一の大河、筑後川の本流や支流の一帯に広がっている。その一角で国史跡「三連水車」(福岡県朝倉市)が今月2日に再び動きだし、筑後川の水が肥沃(ひよく)な水田を潤し始めた。豪雨災害からの復旧・復興を目指す地域の象徴といえるだろう。
 被災地には今も、山間部の支流から筑後川に向けて押し寄せた土砂で全半壊した家々が並ぶ。山々には巨大な爪で引っかいたような傷痕が無数に残る。
 豪雨は先月5日、瞬く間に災害をもたらした。朝倉市の24時間雨量は約千ミリに達し、7月の月間平均雨量の3倍近くに上った。支流の多くに水位計が設置されていないことや、多くの集落で通信手段が途絶えて孤立したことなどが問題点として浮上した。
 今回の災害で大きな特徴は、おびただしい数の流木である。国土交通省は約21万立方メートルに上ると推計している。
 その多くは上流域に植林されたスギやヒノキで、道路や水田を覆って捜索や復旧を阻んだ。手入れや管理は十分だったのか。人手不足や需要低下など国策による植林の在り方も問い直されている。
 被災地では刺すような日差しが続く。避難所での不自由な生活を余儀なくされる人はなお500人以上に上る。心身の健康管理に万全を期してもらいたい。
 まさにこれからが正念場である。仮設住宅の建設が急ピッチで進む一方、特に被害が甚大だった集落では集団移転を望む声もあるという。自宅改修や就労支援など生活再建に向けた被災者の要望を丁寧に受け止め、官民の力を結集して古里の復旧・復興に取り組んでいきたい。


改憲案先送り  国民の厳しい視線受け
 自民党の憲法改正案について、安倍晋三首相は、秋の臨時国会への提示を事実上先送りする、と表明した。
 内閣改造後の記者会見で「スケジュールありきではない」と軌道修正したのは、内閣支持率の続落を気にしてのことだろう。
 5月3日の憲法記念日に、2020年の新憲法施行をめざすと宣言し、首相主導で党内の取りまとめを急がせていた。臨時国会に改憲案を示し、来年の通常国会で発議、秋に国民投票というシナリオも取りざたされた。
 「安倍1強」の勢いで改憲に突き進む姿に、多くの国民は危うさを見ていたのではないか。
 先月の共同通信世論調査で、内閣支持率が35・8%と第2次安倍政権発足以降で最低を記録し、安倍政権下での改憲に反対が54・8%もあった。
 国民の厳しい視線を、首相はもっと深刻に感じるべきなのだ。
 自民党の新執行部は、さすがに危機感を抱いているようだ。再任された二階俊博幹事長は「慎重の上にも慎重に、国民の意見をうけたまわる」と改憲への性急な議論を改める姿勢を示している。
 やはり再任された高村正彦副総裁が「憲法は党にお任せいただき、内閣は経済第一でやってほしい」と進言したところ、首相は了承したという。
 確かに首相は会見で、改憲の持論を封じ、経済最優先を強調してみせた。しかし、これまでも経済優先と選挙で訴えながら、実際はどうだったか。国の方向を大きく変える特定秘密保護法や安全保障関連法、共謀罪を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法などを、数の力で国会に通してきたではないか。
 強引な手法は、高い支持率からくる慢心が根っこにあったろう。改憲の先送りが一時しのぎなら、世論の動向を見て、再び改憲へ強行ぶりを発揮するかもしれない。
 内閣改造で問題閣僚を切り、反省を口にすることで、支持率の回復を狙っているのだろう。
 安倍氏の改憲意欲は変わっていないと見るべきだ。
 憲法記念日の改憲発言には、9条に1項、2項を残したまま自衛隊を明記する案があった。自民党草案の頭越しに、これまでの議論の積み重ねをないがしろにするものだ。
 安倍氏は「結果を出す」と繰り返す。しかし、民主主義は結果に至る過程を何よりも大切にすることで成り立つ。憲法をめぐる議論は、国民参加で時間をかけて交わすべきことだ。


憲法の岐路 日程先送り 原点に返って考えよ
 安倍晋三首相が記者会見で秋の臨時国会への自民党改憲案提示を事実上先送りする考えを表明した。
 いま憲法を変える必要性について国民の間に共通理解はない。野党は無論、与党にも慎重論がある。首相は日程先送りにとどまらず、改憲する必要がそもそもあるのか原点に返って考えるべきだ。
 首相が改憲の具体的日程を示したのは5月3日の憲法記念日だった。民間団体の会合に寄せたビデオメッセージで「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べた。
 6月にはさらに踏み込んで、自民の改憲案を臨時国会に出す考えを表明した。来年の通常国会で国民に向け改憲を発議し、国民投票に付すのが目標だ。
 首相は内閣改造後の会見では一転して「スケジュールありきではない」と述べている。日程を示したのは「議論を深めるべきだと一石を投じた」のだという。
 森友、加計学園やPKO日報の問題で、安倍政権に国民が向ける目は厳しさを増している。憲法を変えるべきかどうかは別にして、安倍首相の下での改憲に反対する人も少なくない。この状態で改憲を急ぐのは得策でない、と首相は判断したのだろう。
 今後の進め方について、自民党幹部の発言が伝えられている。
 岸田文雄政調会長は「憲法9条はさまざまな議論がある。まずは党内での丁寧な議論が必要だ。そうすることで国民の中に理解が進む」と述べた。首相の足元が揺らぐのを見て、党内にくすぶる慎重論が表に出てきた印象だ。
 高村正彦副総裁は「憲法は、これからは党にお任せいただきたい」と首相に伝えたことを明らかにしている。
 なぜいま憲法を変えるのか、首相からは納得のいく説明がない。国会などでは、戦後の占領時代に制定された憲法を変えることによって「真の独立を取り戻す」など、改憲を自己目的とするかの発言しか聞かれない。これでは与野党が一致した形で改憲を国民に向け発議するのは無理だ。
 臨時国会への自民案提示の目標は引っ込めたものの、首相は改憲そのものをあきらめたわけではない。内閣支持率の動きを見ながらタイミングを狙うはずだ。
 国民の声に真摯(しんし)に向き合う気があるのなら、首相はそうした前のめりの姿勢から改めるべきだ。


[首相と憲法改正] 「謙虚と丁寧」忘れるな
 安倍晋三首相は内閣改造後の記者会見で、自身が掲げた改正憲法の2020年施行目標や秋の臨時国会での自民党改憲案提示について「スケジュールありきではない」と、固執しない考えを示した。
 事実上の改憲日程先送りの表明である。
 会見では経済最優先の方針を強調し、「謙虚に丁寧に国民の負託に応える」と述べた。
 だが、憲法改正は首相の悲願だ。任期中の改憲を目指す姿勢は変えていない。支持率が回復すれば再び前のめりになる可能性もある。
 憲法改正については、自民党の新執行部からも拙速を避けるべき、との意見が相次いでいる。
 首相はまず「改憲ありき」を脱すべきではないか。国民世論や党内の意見に耳を傾け、自らの言葉通り、「謙虚に丁寧に」議論を進めてもらいたい。
 首相が憲法改正の目標に大きく踏み込んだのは、5月3日の改憲派集会に寄せたビデオメッセージだった。9条を維持したうえで自衛隊の存在を明記する加憲案を示し、東京五輪が開かれる20年の施行を目指すというものだ。
 6月には講演会で、秋の臨時国会に自民党の憲法改正案を提示すると表明した。
 しかし、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画や南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題を巡る疑念などから内閣支持率は急落。東京都議選では惨敗の結果を招いた。
 首相の主導権が揺らぐなか、賛否の分かれる改憲への意欲を前面に掲げ続けることは、得策ではないと判断したのだろう。
 自民党新執行部役員の就任会見では憲法改正を巡り、二階俊博幹事長が「慎重の上にも慎重に、国民の意見を承る」と注意深く進める姿勢を示した。岸田文雄政調会長も「まずは自民党内での丁寧な議論が重要だ」と強調した。
 こうした党内の慎重論も、首相の発言を後退させたとみられる。
 自民党は首相の20年改憲施行発言を受けて、党憲法改正推進本部の議論を行ってきた。
 9条と教育無償化、緊急事態条項の新設、参院選の「合区」解消の4項目がテーマだ。そこで明らかになったのは、12年に決めた自民党改憲草案との整合性や教育無償化の財源論など、異論や課題の多さである。
 内閣改造後の支持率は共同通信社の世論調査で8.6ポイント上昇したが、政治不信は依然根強い。首相は国民の信頼を取り戻すためにも改憲手続きを「数の力」で押し切るような政治手法とは決別しなければならない。


「革命」よりも成果の報告を
 ★新内閣にメディアは、キャッチフレーズを付けたがるものだ。毎回、目的は分かるが、一向に実現しないスローガンが安倍内閣には付けられる。3日の内閣改造で経済財政再生担当相に就任した茂木敏充が、人づくり革命担当を兼務する。首相・安倍晋三は国会閉会後の6月19日の会見で、人材育成への投資政策に言及。今月中には有識者会議「みんなにチャンス構想会議」も発足させる。 ★しかし中身を聞くと、大学の高等教育や幼児教育の教育費無償化、待機児童の解消、社会に出た後も生涯にわたって労働と教育を交互に行う教育システム「リカレント(循環する、の意味)教育」を目指すという。年内に基本政策を策定、来年度予算で4兆円規模を予定しているそうだ。この方針について共産党の小池晃は、「内閣改造があったが、革命という言葉をね、軽々しく使わないでほしいと思います。革命っていうのは、もう政治権力が変わるわけですよ。ある階級からある階級に政治権力が変わるような重い言葉だと思う」と、「革命」に不快感を示した。 ★小池に指摘されるまでもなく、この政策は革命でも何でもない。まして、これまでの一億総活躍だとか女性活躍だとか、組閣のたびに生まれるスローガンの進捗(しんちょく)や中間報告はないものか。地方創生は、特区構想で大学設置という「結果」を見せてもらった。安倍政権になってからも多くのキャッチーな政策が発表されたが、その成果がまるで見えてこない。その最たるものがアベノミクスでもある。革命よりも、成果の報告を見せてほしい。4兆円の予算ありきの革命とは、一体何を目指すのか。

公文書管理見直し◆国民の「知る権利」が危うい◆
 国民の「知る権利」が危うい。政府は有識者らの議論を踏まえ、年内に公文書管理のガイドラインを見直す。まさかとは思うが、やっかいな文書を表に出さないために保存・公開の範囲を狭めるようなら、誰も政府を信用しなくなるだろう。
 政府による情報公開と説明が民主主義の根幹であり、公文書管理法は公文書を「国民共有の知的資源」とした上で、政策決定過程について「国民に説明する責務が全うされるようにする」という目的を掲げ、行政機関の文書作成や保存、公開のルールを定めている。
不都合な記録は隠蔽
 このうち職員が職務上作成し「組織的に用いる」ものを「行政文書」と定義。1年から30年まで5段階の保存期間を決め、期間満了で廃棄する場合には首相の同意が必要となる。ただ、どの文書を行政文書とするかや保存期間は役所の裁量。「1年未満」とすることも可能で、その場合は役所の独断で廃棄できる。
 衆参両院の予算委員会で開かれた閉会中審査で、安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画を巡り論戦が繰り広げられた。加計学園が不当に優遇されたと追及を強める野党に対し、担当閣僚や参考人として出席した首相側近ら政府側は否定を重ねるばかりで「記録はない」「記録にない」と、その証拠を何一つ示していない。
 中でも、加計学園に有利になるよう文部科学省に対応を迫ったり、獣医学部新設要件を修正したりしたとされる内閣府は、内部の議論や文科省とのやりとりの記録はないと言ってはばからない。
 森友学園問題では国有地売却を巡る財務省の面会・交渉の記録が廃棄され、南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報も廃棄・隠蔽(いんぺい)された。
個人のメモが焦点に
 森友問題では、財務省が学園側との面会・交渉記録を1年未満に分類して廃棄したため、国有地を8億円余りも値引きして売却した経緯の検証が困難になった。PKO日報も1年未満の文書として廃棄したと防衛省は説明していたが、後に元の電子データが見つかるなど混乱が続いている。
  先月初め初会合を開いた政府の有識者会議は、1年未満の文書の範囲や廃棄する場合の責任の所在を明確化する方向で議論を進める。もう一つ焦点となりそうなのが「個人メモ」の扱いだ。公文書管理法上の保存・公開の対象になっていない。
 加計学園問題で萩生田光一前官房副長官の発言を記録したとされる文科省文書について、菅義偉官房長官は「個人のメモ」を強調し、行政文書の判断基準を見直す方針を表明した。
 表に出さないようにしたいようだ。だが個人メモでも政策決定過程の検証に資するなら行政文書であり、時の政権の都合で公開を制限してはならないだろう。


[日報・森友・加計問題]疑惑解明へ臨時国会を
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)、国有地が8億円以上も値引きされて払い下げられた森友学園問題、獣医学部新設を事実上1校だけに認めた加計(かけ)学園問題−。
 疑惑の3点セットを積み残したまま安倍改造内閣が4日始動した。安倍晋三首相が自ら真相解明の先頭に立たなければ、国民の信頼を取り戻すことはできない。
 PKO日報問題を巡り、10日に衆院安全保障委員会と参院外交防衛委員会で閉会中審査が行われることが決まったが、野党が求める安倍首相、稲田朋美前防衛相の出席を自民党は拒否している。
 稲田氏は辞任の際の記者会見で国会に呼ばれれば出席する意向を示していた。
 辞任したからといって国民への説明責任がなくなるわけではないのに信じがたい対応である。政権の「隠蔽体質」は変わっていないと言わざるを得ない。疑惑が持たれれば、率先して解明に尽くすのが大臣とその任命権者が取るべき道である。
 日報隠蔽問題は稲田氏が関わっていたかどうかが最大の焦点だったが、特別防衛監察の結果はあいまいな結論しか出さなかった。
 一方で陸自側から保管の事実を伝えられた稲田氏が国会で「明日、何て答えよう」と発言する詳細なメモの存在が明らかになっている。稲田氏は報告を受けたことも、非公表を了承したこともないと国会で全否定しており、食い違っている。真相解明には辞任した防衛省・陸自トップらの出席も不可欠だ。
■    ■
 森友学園問題の核心はなぜ国有地が8億円以上も値引きされて売却されたかである。
 近畿財務局と学園前理事長の籠池泰典容疑者側が売却価格を決める前に具体的な金額を出して交渉していた音声データがある。籠池容疑者夫妻、弁護士、設計・施工会社の打ち合わせメモも明らかになっている。国側が低価格で売却することに前向きと受け取られるやりとりである。
 小学校名誉校長を務めていた安倍昭恵首相夫人の影響や官僚の忖度(そんたく)はなかったのか。その解明も必要だ。
 加計学園問題で首相側は「記録がない」「記憶がない」との答弁を繰り返した。疑惑は解消されるどころか膨らむばかりだ。安倍首相の数十年来の友、加計孝太郎氏が理事長を務めており、決定が公正・公平になされたのか。加計氏の証人喚問も欠かせない。
■    ■
 三つの問題に共通するのは文書の廃棄、権力私物化の疑い、誠実さに欠ける答弁などである。安倍首相は改造内閣発足後の記者会見で「深く反省し、おわび申し上げる」と頭を下げた。異例の陳謝が本気なのかが問われている。
 共同通信の世論調査で安倍内閣の支持率は44・4%に回復したが、不支持と拮抗(きっこう)している。支持の理由は「ほかに適当な人がいない」、不支持の理由は「首相が信頼できない」がそれぞれ最も多い。信頼回復は簡単ではなさそうだ。
 安倍首相は、野党が憲法に基づきただちに求めている臨時国会を開き、疑惑の解明に当たるべきだ。


新・国税庁長官 納税者に沈黙のままか
 森友学園への国有地売却問題を国会で追及されながら徹底調査を拒み続け、国税庁長官に昇任した佐川宣寿・前財務省理財局長。就任から一カ月になるが慣例の就任会見まで拒否し続けるのか。
 「我々に与えられた使命を着実に果たしていくためには、何よりも国民の皆さまに信頼される組織であることが不可欠」
 「納税者に法令の順守を求めるわけですので高い倫理観を持って綱紀の厳正な保持に努め、基本を忠実に守って職務に専念しなければならないと考えている」
 これは佐川氏が大阪国税局長に就任した際、抱負を聞かれて答えたものだ。四年前のことである。
 国民、納税者に信頼されるよう高い倫理観を持って職務に専念する−今も胸を張って、答えることができるか。就任会見を開かないのは、後ろめたさがあるからではないかと思わざるを得ない。
 佐川氏はこのほか国税庁次長も経験しており、国税庁長官就任は「適材適所に沿う」と麻生太郎財務相らは説明する。しかし、そんな政権本位の説明に納得する国民がどれだけいるだろうか。
 佐川氏は、国民の貴重な財産である国有地を管理する要職にあった。しかし、九割引きという信じられない価格で売却された経緯についての追及に対し、連日、木で鼻をくくるような答弁に終始。野党の国会議員はもとより多くの国民の不信を買った。
 だが、安倍政権にとっては盾となる答弁だったことは確かだ。佐川氏の栄転は「論功行賞」との見方が強い。反対に同問題で真摯(しんし)に答弁した別の官僚が、内定していた昇進を取り消される異例の人事もあった。
 これは内閣人事局ができ、中央省庁の幹部人事を官邸主導で決めることになった弊害である。官僚にとってはまるで恐怖政治だ。
 内閣人事局の本来の狙いは、省益に走りがちな官僚を国民への奉仕者に徹するようにするものだった。安倍政権のやり方では官僚は政権だけの奉仕者となり、行政を歪(ゆが)め、国益を損ねる。福田康夫元首相が「国家の破滅に近づいている」と政権を批判した通りである。
 こうした強権的な手法や政権の体質が昨今の支持率の急低下につながっていることを自覚すべきだ。政権にとって自業自得だが、それですむ問題ではない。
 歪んだ人事をやり直し、公正公平な行政に戻らなければ、国民の信頼回復などあり得ない。


勾留中の籠池夫妻 大阪拘置所で蒸し風呂“独房生活”の過酷
 森友学園の補助金不正受給問題で、詐欺の疑いで逮捕された前理事長の籠池泰典容疑者と諄子容疑者。検察の取り調べに対し、一部黙秘を続けているというが、勾留されている大阪拘置所内はかなり過酷のようだ。
 この時季の大阪市内の最高気温は35度を超える。湿気ムンムンのうだるような暑さの中、2人はエアコンもない広さ3畳程度の中で独房生活を余儀なくされているようだ。
「東京や立川の拘置所の独房にはエアコンが設置されているのですが、大阪は送風機だけで、エアコンは完備されていないと聞きました。接見に行った弁護士は『ここは暑すぎる』と収容者から愚痴ばかり聞かされるそうです」(在阪ジャーナリスト)
 郵便不正事件で逮捕されたものの、証拠のでっち上げが発覚し、無罪が確定した村木厚子元厚労次官は大阪拘置所に160日以上も勾留された。村木氏はその時の状況を著書で〈24時間、カメラに監視される〉とつづっている。
 酷暑の中で狭い独房に閉じ込められ、厳しい監視下に置かれていれば、どんなにタフな人間でも精神的に追い込まれてしまうだろう。2人の代理人を務める弁護士にそれぞれ今の拘置所暮らしの様子を聞いたが、そろって「答えられない」と回答した。
 元大阪高検公安部長の三井環氏はこう言う。
「検察にとって真夏は勾留するのに“グッドタイミング”。収容者の中には、厳しい暑さの中でロクに睡眠をとれない人もいる。精神的にも身体的にも弱っていくと、長い取り調べにも耐えられなくなってきます。解放されたい一心で、意思に反する自白をするケースもあるでしょう。こういった人権を無視したような手法は許されません」
 疑惑の“本丸”は補助金不正受給ではなく、財務省の「国有地8億円値引き」問題だ。大阪地検は証拠隠滅の恐れがある財務省職員をさっさと捕まえるべきだ。


獣医学の重鎮が加計問題で安倍首相を一刀両断! 過剰な獣医師養成は税金の無駄遣い、地域振興のために獣医学レベル低下…
 加計学園「岡山理科大学」獣医学部新設に邁進する安倍首相に対して、獣医学の専門家からも厳しい批判が出ていた。岡本嘉六・鹿児島大学名誉教授は7月7日、ネット上に掲載した論考「獣医学小史」で、「要請があれば2つでも3つでも獣医学部を承認する」(6月24日の神戸講演)という首相発言を「何の根拠もない戯言」と一刀両断したのだ。
 と同時に岡本氏は、安倍首相を「裸の王様」とも断言した。側近たちからは“岩盤規制改革派”と称賛されて本人も信じ込んでいるが、専門家の目には、獣医学部レベル低下を招く税金の無駄遣いをする無知なトップに見えるというのだ。
「それぞれの教育分野について大学基準協会が最少基準を定めており、それを知らないトップは裸の王様である。6年制専門教育の医師、歯科医師、薬剤師とともに獣医師の養成には多額の税金が使われている。過剰な人数を養成することは税金の無駄遣いであるのみならず、専門職に就けない者を生み出してしまう。その他の職業と同様に、『市場の原理で安い労働力を得るためにはある程度の失業者を抱える必要がある』という乱暴な見解もあるが、命を預かる専門家の質の低下と引き換えになる」(前出「獣医学小史」より)
 素朴な疑問が浮き上がってくる。安倍首相は“岩盤規制改革派”を標榜しながら腹心の友に利益供与、「日本の獣医学部のレベル低下」という国益を損ねる愚行に邁進する“国賊”に等しいのではないか。
 安倍首相がいかに獣医学部の実態を知らない「裸の王様」なのか。鹿児島大学で30年以上教鞭をふるってきた岡本氏に聞いてみた(注・経歴:1980年に鹿児島大学農学部獣医公衆衛生学の講師、1984年に助教授、1999年に教授、2013年に定年退職して名誉教授となった)。
――今でも安倍首相は「岩盤規制にドリルで穴を開ける」と、加計獣医学部新設を進めようとしています。
岡本名誉教授 加計問題で不思議なのは、日本の獣医学部が国際的レベルに達していないことと、文科省が共同獣医学部の構想をここ最近進めていることが報道されていないことです。まず知っておくべきは「日本には国際的な獣医学部が一つもない」ということ。欧米に比べてレベルが低く、国際機関の基準を満たしていないことが問題になっていたのです。一昔前までは大学独自で再編整備を進めてきましたが、国会議員から「地元から(獣医学部が)出て行ったらダメ」と文句が出たりして進まなかった。そうなると、今度は文科省の責任になるから、6年くらい前から「共同獣医学部」という構想を提案したのです。北海道大学と帯広畜産大学、鹿児島大学と山口大学というように二つの大学の獣医学科を一大学の体裁にしてレベルアップをはかるものです。ようやく文科省は予算と人をつけ始め、いま進行している最中なのです。
岡本名誉教授が指摘する加計学園獣医学部新設の“おかしさ”
岡本名誉教授 そういうところに昔ながらの獣医学部を作るというのが、加計学園新獣医学部新設です。規模は大きいが、昔と同じように学生数に対して教員が少ない。獣医学科160名で獣医保健看護科60名で合計220名の学生に対して、70名の教員だから、3対1。これまでは学生と教員がほぼ1対1だから、国内でも最低レベル。レベルが下がるのは当り前。実習さえまともにできず、国家試験に合格しない学生が続出するのではないか。とても国際的なレベルの獣医学部とは言いがたい。文科省の設置認可を通るかが問題だが、その審査メンバーも獣医学の素人ばかりだから、きちんとチェックができるのかを心配している。
――文科省が獣医学部のレベルアップのために大学再編による「共同獣医学部」を進めようとしている時に、「国家戦略特区で獣医学部新設をする」という横槍が入ったと。
岡本名誉教授 安倍首相主導で官邸が進めたわけです。だから文科省が怒った。前川喜平・前事務次官が怒りの告発をしたのです。総理大臣は「国際的なレベルの獣医学部を作りましょう」と言うのが重要なのに、逆行することを進めたのです。
――安倍首相は「行政の獣医師不足」を獣医学部新設の理由にしていますが、先生の論文で「獣医学部新設ではなく、行政の獣医師の待遇改善が最も有効だ」と指摘しています。
岡本名誉教授 鹿児島大学では獣医学部に入る地元出身者が数人程度なので、鹿児島県の獣医師の募集定員を満たせなかった。そこで数年前に給与をアップしたところ、充足できました。獣医学部をつくる資金があるなら獣医師の待遇改善に回せばいい。すぐに解決できます。獣医師の需給データを持っている農水省は『獣医師は足りている』という見解を出した。それに文句を言っているのが、何も事情がわからない素人の内閣府の役人たちです。内閣府が集めた諮問委員会のメンバーもみんな素人で、獣医学に詳しい専門家は入っていない。『国がやるべき課題は獣医学部のレベルアップ』という基本すら知らない。
「獣医学部があれば口蹄疫や鳥インフルエンザ対策になる」は素人の戯言
――安倍首相や加戸守行・前愛媛県知事は「口蹄疫や鳥インフルエンザ対策で四国に獣医学部が必要だ」と言っています。
岡本名誉教授 ピントはずれの主張です。獣医学部があれば、口蹄疫や鳥インフルエンザ対策になるというのは素人の戯言です。獣医学部が水際対策の先頭に立つわけではない。宮崎大学に獣医学科があっても、口蹄疫や鳥インフルエンザの感染拡大を防げたわけではない。家畜伝染病の拡大阻止は、国や地方自治体が主体です。行政獣医師の待遇改善をするなどで十分な人員を確保、感染拡大を防ぐ体制作りをいかに進めるのかが重要です。その地域に獣医学部があるのかないのかはほとんど関係がないのです。
 だから地域振興のために大学教育を利用してはダメなのです。「国として獣医学部のレベルアップをどうするのか」という話をしないといけない時に、地域振興の話を先行させている。「日本は国際レベルの獣医学部を作ることはしませんよ」と言っているのと同じです。獣医学のことが何も分からない素人連中がゴッコ遊びをやっているようなもので、日本のために何らプラスにならないのです。
 今でも“岩盤規制改革派”と思い込んでいるようにみえる安倍首相だが、獣医学の専門家である岡本名誉教授の話に耳を傾け、自らが裸の王様であったことに気がつくのだろうか。それとも、正確な情報を伝えない忖度役人や素人専門家集団に頼り切り、国益を損ねる“国賊”紛いの指導者に無自覚なままなのであろうか。(横田 一)


やまゆり園再建 暮らしの選択肢広げて
 地域に多彩な生活の場を用意する契機としたい。障害者殺傷の現場となった相模原市の津久井やまゆり園の再建問題である。利用者自らが暮らしを選べるよう取り組んでこそ、事件を克服できよう。
 人里離れた閉鎖的な環境で集団生活を送るか。それとも、町中の開放的な環境で自立生活を送るか。どちらの人生を選びたいか。
 前者を好んで選ぶ人は、おそらくほとんどいないだろう。そんなふつうの感覚にしっかりと寄り添った結論といえよう。
 昨年七月の悲劇を受けて、津久井やまゆり園の再建のあり方について神奈川県障害者施策審議会の部会がまとめた提言である。
 現在地をふくめ、県内の幾つかの場所に、小規模な入所施設を分散して整備するべきだとしている。併せて、利用者が望めば、地域のグループホームやアパートなどでの自立した暮らしに移行できる仕組みづくりを求めている。
 神奈川県は当初、山あいの現在地に定員百人を超す同様の大規模施設を再建する構想を示した。障害があろうと、地域でふつうに生きる権利を保障されるという社会福祉の基本原理に反するとして、批判を浴びたのは当然だった。
 ノーマライゼーションと呼ばれるその理念は、一九五〇年代にデンマークの知的障害者の親の会が繰り広げた大規模施設の改善運動から生まれた。北欧諸国から世界に広がり、日本でも八〇年代からよく知られるようになった。
 その親の会が当時掲げたスローガンをほうふつさせる提言が、現代の神奈川県に対して出されたのである。そのこと自体が、日本の障害福祉がいかに立ち遅れているかを象徴的に物語っている。
 もちろん、大規模施設の再建を求めてきた津久井やまゆり園の利用者家族の反発も理解できる。
 殊に「親亡き後」を心配すればこそ、身の回りの介護から医療的ケアにいたるまで手厚い支援を期待したいに違いない。施設職員や地元住民と時間をかけて培ってきた信頼関係もあろう。
 けれども、利用者本人の気持ちは異なるかもしれない。地域から隔絶された場所で、集団として管理された画一的な生活を送り、どんな思いでいただろう。
 提言はだからこそ、利用者の思いを尊重して暮らしの場を決めるべきだと説く。意思を確かめる営みそのものが、犯人が意思疎通の図れない障害者を襲ったという事件を乗り越えることにも通じよう。神奈川県の針路に注目する。


日本国籍取得の白鵬 親方として外国人枠撤廃目指すか
 大相撲名古屋場所で白鵬は、歴代最多となる通算1050勝、幕内最高優勝39回を達成。改めて「角界史上最強の横綱」を証明してみせた。その白鵬が、ついに日本国籍取得を決めた。これで年寄株を持つ親方になる要件が整うことになる。親方になるには、日本国籍を所有することが条件になっているのだ。
 白鵬は2007年、徳島県出身の紗代子夫人と結婚している。通常の帰化申請には、認定まで半年から1年がかかるとされるが、日本人女性と結婚していることから、もっと早く受理される公算も大きい。
「白鵬が日本国籍を取得すれば、その時点で一代年寄が協会の理事会で認定されると考えるのが自然です」(担当記者)
 それはつまり「白鵬部屋」の立ち上げが認められるということだ。関係者の興味は早くも、白鵬がどんな部屋運営をするかに移っている。実は、白鵬は立ち上げの日を見据えて着々と“準備”を進めているのだ。
 所属する宮城野部屋にはすでに白鵬の「内弟子」たちが在籍している。内弟子とは、力士が将来独立して自分の部屋を持つことを前提に、現役のうちから“将来の弟子”となる入門者を現在の師匠に預ける仕組みのことだ。
 白鵬の内弟子には、今場所を前頭8枚目で7勝8敗と負け越した石浦、十両9枚目で9勝6敗と勝ち越した山口、そして序二段に黒熊と炎鵬がいる。石浦、山口は鳥取城北高相撲部のOBである。特に石浦は鳥取城北高の校長で相撲部総監督である石浦外喜義氏の息子だ。
「白鵬が直々に“絶対に関取にする”と石浦監督を口説いてスカウトしたといいます。その石浦が、小兵ながら幕内の人気力士に成長。鳥取城北高校と“未来の白鵬部屋”の太いパイプになっています。今後も、同校卒業生や大学に進学したOBを内弟子で獲っていくつもりでしょう。
 鳥取城北から日大に進学した山口は、国体横綱など19のアマチュアタイトルを獲得し、幕下付け出しスタートでデビュー。そうした人材を獲得していければ、実際に白鵬部屋を立ち上げた時に、すでに多数の関取がいる一大勢力になり得る。
 白鵬は自分の内弟子ばかりを可愛がって稽古をつけ、彼らはどんどん力をつけていく。師匠の宮城野親方(元前頭・竹葉山)も、白鵬の内弟子たちには何も口出しできない」(若手親方の一人)
 5月場所で序ノ口を全勝優勝、名古屋場所も序二段で7戦全勝(決定戦も勝利)して連続優勝した炎鵬は、金沢学院高から金沢学院大に進み、2年、3年時に世界相撲選手権軽量級を2連覇した小兵力士で、「宇良2世」の呼び声も高い。白鵬の内弟子たちはめきめきと頭角を現わしているのだ。
 その白鵬が太いパイプを築く鳥取城北高校は、多数のモンゴル人力士を輩出してきた名門としても知られる。大関・照ノ富士や幕内の貴ノ岩、逸ノ城らが同校への相撲留学を経て現在の各部屋へ入門した。その意味も大きそうだ。
「一代年寄襲名のための国籍条項を巡っては協会に屈したかたち(北の湖前理事長・八角理事長は特例を認めなかった)の白鵬は、今度は各部屋の『外国人力士枠』の撤廃を目指すのではないか。親方になるのに日本国籍が必要であることは協会の定款細則にも明記されていますが、現在、“各部屋に1人だけ”という外国人力士枠は、親方衆の申し合わせ事項で規則には明記されていない。変更のハードルは低い」(後援会関係者)
 その“規制緩和”が実現すれば、モンゴル人力士の登竜門たる鳥取城北とのパイプがさらに活きてくる。
 白鵬がそうまでして自らの部屋を大きくしようと野望を抱くのは、協会への「意趣返し」を企図してのことではないかとみられている。
「今年の初場所で稀勢の里が初優勝すると、たった1回の優勝で横綱昇進させ、角界は一気に“主役交代”の空気に包まれた。懸賞金は稀勢の里に集中し、マスコミの扱いだけでなく、館内の声援も稀勢の里や新大関の高安ばかり。モンゴル人横綱は完全に脇役となってしまった。相当、複雑な思いがあるでしょう。
 だからこそ、自分の意見が通せるだけの勢力を作り上げたいのではないか。協会との過去の因縁の深さを考えれば、“史上初のモンゴル出身理事長になる”というくらいの野望があってもおかしくない」(協会関係者)


顔ニモマケズ 「見た目」重視の世の中、変わらねば…
アザや変形で差別経験インタビュー集が反響を呼ぶ
 顔のアザや変形など「見た目」を理由としたいじめや差別を経験した人たちのインタビュー集「顔ニモマケズ」(文響社、今年2月発売)が反響を呼び、版を重ねている。インターネット上には「自分の悩みは、なんて小さいのかと感じた」「外見重視の世の中が変わらなければならない」などといった読者の感想が目立つ。
 同書に登場する河除(かわよけ)静香さん(42)=富山県=は生まれつき、毛細血管が異常に絡んだ塊が鼻と口の奥にある「顔面動静脈奇形」の症状を抱える。
 子供の頃のあだ名は「アヒルのガーコ」。中学までいじめに耐え続けた。進学した高校にテレビ局が来た時、生徒たちを順に映していたカメラが自分の手前で止まった。「偶然かもしれない。でも、私は陰にいるべき存在なんだと感じた」
 転機は20歳の時。親友に「好きな人はいるけど、この顔で告白は無理」とつぶやくと、親友は「なんで、そんなこと言うの?」と泣きながら、真剣に叱ってくれた。私も恋愛していいんだ−−。涙で親友の顔がにじんだ。
 1年後、後に夫になる悟さん(46)と勤務先で出会い、25歳の時に交際を始めた。しばらく顔のことを話せずにいた河除さんが「街の視線が怖い」と漏らすと、悟さんは言った。「見られるのが嫌なら、僕が着ぐるみを着て君の隣を歩く」
 悟さんと築いた家庭は2人の息子に恵まれたが、今も外出時はマスクを手放せず、「見た目」を完全に克服できたわけではない。それでも子供の頃の自分にはっきり伝えられる言葉がある。「将来、幸せなことはたくさんあるよ」
 同じく同書に登場する村下優美(ゆうみ)さん(27)=東京都=は4歳の時に「ロンバーグ病」を発症した。顔の片側の筋肉や骨が萎縮し、徐々にへこんでいく病気だ。
 幼児期から、左右非対称の自分の顔が「普通じゃない」と感じていたが、「いつか手術で治る」と当たり前のように思っていた。しかし、高校の時に受けた手術が失敗。へこみに移植した別の部分の脂肪が壊死(えし)し、元の状態に戻された。「手術しない選択肢もあったかもしれない」と悔やんだ。
 大学進学後、1人暮らしを始めた。部屋に独りでいると、つい鏡をのぞいては「あんな痛い思いをしたのに、なんで治らなかったのだろう」と思い詰めてしまう。後ろ向きの日々が続いた。
 ある時、「見た目」に悩む人たちが集う東京都のNPO法人「マイフェイス・マイスタイル」(MFMS)の新聞記事が目に留まった。他の人の病気との向き合い方を知りたくて連絡を取り、交流するうち「誰にだって悩みはあるんだ……」と気持ちが楽になった。
 「今の自分は、いろんな人と出会い、少しずつ病気を受け入れようとしているのだと思う」。いつか、この病気になってよかったと人生を肯定する日が来るのを望む。
 「顔ニモマケズ」の発行部数は既に4万部を超えた(7月21日現在)。MFMS代表として、筆者の水野敬也さんと同書を作った外川浩子さんは「本は『当事者から生きるヒントを学ぶ』という視点で書かれているが、多くの読者が行間から『社会は変わるべきだ』と受け止めてくれた。今後、『見た目問題』を抱える人の数などを調べ、白書としてまとめ、さらに支援の必要性を訴えていきたい」と話している。【近松仁太郎、巽賢司】


被爆の原点に立ち返れ/原爆の日
 広島は6日、「原爆の日」を迎える。長崎も9日に原爆犠牲者を慰霊する式典を開いて、被爆地から反核と平和のメッセージを全世界へ発信する。
 原爆投下によって両市は壊滅、多くの大切な命が奪われた。「核兵器の非人道性」は言うまでもない。あれから72年。核攻撃の生き地獄を知る歴史の証人は、年々減っている。被爆者に加え、遺族の高齢化も進んでいる。長い歳月の経過により、被爆体験の風化を懸念せざるを得ない。
 しかし、唯一の被爆国として、日本は核兵器の非人道性を後世に伝え、国際社会の先頭に立って核廃絶を唱道していく特別の責任がある。それは、被爆国が人類全体に負う道義的、倫理的な責務でもある。
 被爆国の非核と平和は岐路に立たされている。人類無二の被爆体験という原点に立ち返りたい。
 倒壊した家屋の下敷きになって身動きが取れず、迫り来る炎に焼き殺されざるを得なかった肉親と、その場で永遠の別れをした被爆者が大勢いる。そうした経験から、生きていることに負い目すら感じる被爆者もいる。
 そんな残酷でつらい思いをほかの誰にも二度とさせてはならないとする「反原爆」の強靱(きょうじん)な哲学が被爆者が核廃絶を希求してきた背景にある。
 憂慮すべきなのは核保有国の現状だ。「核なき世界」を唱え広島を訪れたオバマ氏に代わり米大統領となったトランプ氏は、核兵器の刷新・増強を進める意向だ。
 ロシアのプーチン大統領も呼応するかのように、質的な核軍拡に動いており、米ロの間に新たな核軍縮の機運は何ら感じられない。
 北朝鮮は弾道ミサイルの発射を繰り返して、日韓のみならず米国本土を核攻撃の射程に収めようとしている。
 国連で今年7月7日、核兵器の開発や保有、使用、使用の威嚇を禁じた核兵器禁止条約が採択されたが、核保有国は無視を決め込んだ。
 日本は、米国が差し掛ける「核の傘」を優先して条約交渉に参加せず、被爆体験を土台に紡がれてきた「非核の国是」が踏みにじられようとしている。
 核保有国と同盟国は核抑止力を国家安全保障政策の根幹に位置付けてきた。確かに安全保障と抑止力は重要かもしれないが、核兵器にだけ固執する必要はないはずだ。


原爆の日 各国の首脳に招待状を
 広島は原爆投下から72年の「原爆の日」を迎える。毎年、核廃絶に向けた行動が発信されている。昨年は当時のオバマ米大統領が広島を訪問し「核兵器のない世界を追求する勇気」に言及した。
 各国の政治指導者に被爆地を見てもらうことが核廃絶を促す大きな力になる。広島、長崎はもとより政府も各国首脳に訪問の働き掛けを強めるべきだ。
 オバマ氏は昨年5月、広島の平和記念公園で戦争犠牲者を追悼し「広島は真実を教える。1945年8月6日朝の記憶を風化させてはならない」と所感を述べた。本などで情報を得ることと、実際に現地に足を踏み入れて感じることは随分違う。
 昨年4月に広島で開かれた先進7カ国(G7)外相会合の「広島宣言」では「政治指導者やその他の訪問者が広島および長崎を訪れ、深く心を揺さぶられてきた」と書かれた。
 その上で外相会合として「他の人々が同様に訪問することを希望する」と各国指導者の被爆地訪問を要請している。広島の町並みにはほとんど原爆投下の痕跡が残っていないが、被爆者の話を聞いたり、平和記念資料館に行ったりすれば「心揺さぶられる」体験をするはずだ。
 これまでも広島や長崎は各国の首脳に被爆地訪問を呼び掛けてきた。だが、オバマ氏のほかに主要国の現職では91年、ゴルバチョフ・ソ連大統領が長崎に来たケースしかない。
 日本は唯一の被爆国であり、核廃絶に向けて最大限の努力をすべき立場にある。しかし、現政権は必ずしも積極的ではない。
 7月、国連本部で核兵器禁止条約が採択された。核兵器の開発と保有、使用や威嚇を全面禁止する内容だ。条約の前文で「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と被爆者の単語が使われ、122カ国が賛成した初めての国際核禁止条約だった。
 世界の多くの国は「核廃絶の大きな一歩になる」と歓迎した。これに対し当時の岸田文雄外相は「核兵器国と非核兵器国の亀裂が深まり、核兵器のない世界への前進につながらない」と述べ、条約には署名しないと明言している。被爆者団体などが「被爆者を裏切る不誠実な対応だ」と抗議したのは当然である。
 平和を願い、核廃絶を訴えるならば日本はもっと世界に貢献できる道があるはずだ。ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席らに広島や長崎訪問を呼び掛け、外交努力を本格化すべきである。


8・6登校日 復活させる道、探りたい
 広島市立の多くの小中学校が「原爆の日」の6日に設けていた登校日が、今年はゼロになった。小中学校の教職員も今年から6日が休日となったからだ。平和学習の大切な一日である。何とも寂しく残念でならない。
 5割の小中学校は、きのうの4日を登校日とした。被爆樹木で作ったパンフルートで祈りを込めた演奏をしたり、原爆資料館を見学した児童が発表したり、各校は内容に工夫を凝らしたようだ。確かに、原爆の日の登校日にしか平和を学べないわけではないだろう。
 ただ、平和記念式典が開かれるのと同じ時間に、テレビなどを通じて平和宣言や子ども代表の平和への誓いに耳を傾けることはできない。広島の多くの被爆者や遺族とともに、午前8時15分に黙とうすることもかなわない。同時性を重くみるからか、もう一つの被爆地長崎では、原爆が落とされた9日の登校日が県内で定着している。
 8・6登校日を断念した理由も、子ども本位ではない。平和学習の在り方とは関係ない、教職員の働き方を定める法律や条例が壁となっているからだ。
 今年4月に教職員の人事権限が広島県から市に移ったのに伴い、8月6日を休日とする市条例が学校現場に適用されることになった。国の法律では原則、市独自の休日には、教員に勤務を命じることができない。法令に縛られ、市教委は今年の8・6登校日を諦めた格好だ。
 課題の重大さが分かった時点で公表し、打開策を早くから検討すべきだった。8・6登校日の実施を呼び掛けてきたのは、ほかならぬ市教委である。
 小学生の3人に1人しか広島に原爆が投下された年月日と時刻を知らなかった―との2000年の調査は、教育現場に衝撃を与えた。市教委は6日を中心に平和集会を開くよう、04年度から小中学校へ促してきた。05年度は10校前後だった8・6登校日は次第に増え、多くの学校に広がった。
 それから10年、やっと定着してきた8・6登校日がこのまま消えていいとは誰も思うまい。
 成果も表れているのではないか。15年の調査では、原爆投下の年月日と時刻の正答率は、小学生で7割以上に高まった。
 登校日以外の取り組みの効果もあるのだろう。市教委は13年度から、小中高の発達段階に応じて学べる「平和教育プログラム」を導入した。各学年とも1年に最低3時間の授業を通し、被爆の惨状や復興の過程について学びを深めている。
 原爆投下からあすで72年。子どもたちの周りでも、被爆を直接体験した人は少なくなるばかりだ。小中高生が原爆や戦争について教わった人として挙げるのは「学校の先生」が最も多くなったという。あの日に何があったのか、子どもに語り継ぐ上で学校の果たす役割は、この先もっと大きくなりそうだ。
 8・6登校日は、かけがえのない機会だ。松井一実市長も「今までと同じような(登校日の)扱いをできることが望ましい」との考えを示している。
 国の法律の例外規定に当てはまる解釈を探れないか。あるいは、市の条例改正で壁を崩せないか。文部科学省も巻き込んでしなやかに検討し、8・6登校日を復活させる道を、早急に見いだしてほしい。


学びのカラクリ、京大研究者が伝授 高校へ出前授業
 京都大の理系研究者たちが、高校生を対象に研究の面白さを伝える出前授業を始めている。「学びのカラクリ」と題し、研究者が先端科学について語り、高校生がその知識を基に新たなアイデアを考案し発表する内容で、学ぶ意味や喜びを知ってもらう狙いだ。7日には、授業を受けた福島県の高校生が京大を訪れ、研究者の前で英語で意見を発表する。
 「既存の考え方にとらわれず、新たなアイデアを出してみよう」。京都学園高(京都市右京区)に4月、京大の研究者4人が訪れた。「機械」をテーマに、再生医療や材料化学など専門の違う4人が最先端の研究を披露した後、高校生に「従来にない機械」を考えさせた。生徒はグループで話し合い「髪の毛根に分子レベルの熱を入れて乾かすドライヤー」「身に付けられるエアコン」などを発表したという。
 授業を行ったのは、多分野の科学者が所属する京都大物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の研究者たち。人材育成の一環で、昨年度から「アイセムス・キャラバン」として高校訪問を始めた。1日がかりで、昼食も共にするため、生徒は、研究内容だけでなく研究者の考え方や日常生活なども聞くことができる。これまで京都学園高のほか長崎県や福島県などの4校を訪れた。
 京都学園高の山田尊文教頭は「普段の学習は受験指導になりがち。生徒は『何のために学ぶか』を知り、内側からやる気が出たようだ」と手応えを語る。参加した3年堀晧貴さん(17)は「教科の勉強が研究の基礎になることが実感できた」と話す。
 7日には、3月に出前授業を受けた福島県の会津学鳳高の生徒5人が京大を訪れ、研究者の前で「科学者の世界を知りたい」と訴えるプレゼンテーションを行う。そのためにインターネットの会議システムを使って研究者らと数カ月にわたって準備を進めてきた。
 亀井謙一郎准教授(42)は「高校生の考え方を聞くことは、研究者にとっても刺激になる。自分の研究のみに閉じこもりがちな発想も変えたい」としている。発表会は午後2時から、京大で行う。市民の参加も可能。「学びのカラクリ」の映像も流す。問い合わせはアイセムス075(753)9755へ。


「数学界のレディー・ガガ」が大臣になる、フランス社会の奥の深さ 日本社会にも、もっと数学を!
宮岡 礼子 数学者
「数学は科学の言語」と言われるけれども、現代の最先端の科学を記述する重要な道具は「曲がった空間」を扱う数学だった――。近著『曲がった空間の幾何学』で、現代科学の土台となる数学を分かりやすく解説した著者の宮岡礼子さんに、数学の醍醐味を聞きました。
政治家に転身した数学界のレディー・ガガ
「数学界のレディー・ガガ」とよばれる人がいるのをご存知でしょうか?
セドリック・ヴィラニ(43歳)は2010年に数学のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞を受賞したフランスの数学者です。多分にナルシストの気配がありますが、トレードマークの蝶結びネクタイと蜘蛛のブローチを身につけ、講演ではお気に入りの自分のスナップを大写ししたり、かと思うと可愛らしいイラストで数学者の苦悩を表現するなど、なかなかのエンタテイナーです。
ポアンカレ研究所(パリの有名な数学研究所)の所長になった2009年には「研究はやめた」と宣言し、なんと今回は新党「共和国前進」の議員として当選、マクロン政権の科学技術政策を支える一員として政治に参入しました。
科学者が非専門家に研究内容を伝えようとするとき、特に数学のような抽象学問においては大変な苦労をします。わからないことは誰も興味も持ってくれませんから、どうやってわかるように伝えるか、普通の講義の準備とは比べものにならないくらい多くのエネルギーを費やします。
それで思い出したのがヴィラニの東北大学での講演の一幕です。
三角形の内角の和は180度とは限らない非ユークリッド幾何に関連したことです。曲がった空間の上に三角形をかいて、頂点と底辺の中点を結んだ線分(中線)の長さを測り、平らな平面上にかいた同じ辺長の三角形の中線の長さと比較するのです。
曲がった空間がボールの表面のように膨らんでいたら、この中線の長さは平面上の三角形の中線の長さより長くなるでしょう。これは「トポノゴフの比較定理」として有名な、曲率と長さを関係付けるわかりやすい説明です。
ヴィラニは講演の中で、「太った人のネクタイは痩せた人のネクタイより長い」と言って会場の笑いを誘いました。首を頂点とする三角形を考えて、ベルトの中心を底辺の中点と思えばすぐに頷けますね。
数学は「計算」じゃない
通常、数学では、まず用語を定義することから始まり、論じる場を特定し、仮定、結論、証明と厳密な議論を重ねていきます。「数学は計算」と思っている方もおられるかもしれませんが、数学を学ぶ真の理由をあえていうならば「論理的思考のドリル」です。これを身につけておけば、社会に出てからも種々の場面で正しい判断ができるようになるでしょう。
小学校の幾何では、補助線を引くことによる命題の証明をしたことがあると思います。これがもっともプリミティブな「論理的思考」の勉強です。仮定、結論、証明の考え方は、中学時代の数学の授業で繰り返し強調されていたはずです。
平面幾何、あるいはユークリッド幾何とよばれる平らな空間以外に、我々は曲がったもの、1次元なら曲線、2次元なら曲面に囲まれています。こうしたものの長さや面積、曲がり方を測ることは様々な場面で必要となります。
曲線の曲がり方は、車の速度、アクセルを踏んだ時の動きで説明することができます。するとなぜ惑星が周期運動をしているのかとか、なぜ人工衛星が飛ぶのかということもわかってきます。
曲面曲面上に線を引くと、平面上とはちがう性質を持つ
数学と物理は、このように身近なことに必ず関わっています。19世紀には、電磁場の振る舞いを記述するマクスウェルの方程式が見出されましたが、それは同時期に導入された「外積代数」に端を発する「微分形式」による記述につながります。20世紀初頭に現れた特殊相対論は、「ミンコフスキー時空」で考察することにより、自然に解釈されます。その背景には、非ユークリッド幾何を一般化して、空間に自由に「長さ」を与える「リーマン幾何」の考え方があります。
曲面論のハイライトは、曲がり方(ガウス曲率)を曲面全体で積分すると、曲面に空いた穴の数のみで決まる量(オイラー数)が現れるという「ガウス‐ボンネの定理」です。穴の数とはボールの表面なら0、ドーナツの表面ならひとつというように数えます。
数学でも物理でも、このように全く異なる起源を持つ量(曲がり方の積分と穴の数)が一致する、という事実は重要です。ガウス‐ボンネの定理は次元の高い空間でも証明され、さらにそれは解析学とつながって「アティヤ‐シンガーの指数定理」に発展しました。そして無限次元空間でのファインマン積分、サイバーグ‐ウィッテン理論、超弦理論(ひも理論)などの、量子力学を理解するための数物両サイドからの最先端理論につながっていきます。
「哲学と数学は役に立たない」と言われることがありますが、「物理は役に立たない」とは言われません。実際はアインシュタインの相対性理論に始まり、量子力学、ゲージ理論、ミラー対称性など、物理と関係する重要な問題は常に数学においても平行して研究され、車の両輪のように影響しあって発展しています。時にはそれと気付かず、物理と数学で別々の用語で同じことを研究していたということもあります。ゲージ理論と接続のモデュライ理論の研究がそれにあたります。
日本社会に、もっと数学を!
最近では、数学と諸分野の関わりが顕著になり、工学、情報科学、経済学はもとより、医学、材料科学、生物学、生命科学、渋滞学など多くの分野で数学の知見が必要となっています。科学技術振興機構の募集する研究テーマには2007年に初めて「数学」が導入され、現在も引き続き機構の支援による研究が活発に行われていて、特許取得を含めた重要な成果がいくつも達成されています。
一方、これから重要になるのは、政治家や企業のトップに、論理的思考力を身につけた人材が参入することです。冒頭で述べたヴィラニを始め、欧米、中国では研究を極めた数学者が国の政治に関わったり、理工学の博士号を持つ人が企業のトップにつくことが珍しくありません。日本では理工学をしっかり身につけた政治家や企業のトップが諸外国に比べ極端に少ないのですが、これでは科学技術だけではなく、政策や外交において何よりも重要な論理的思考力が心もとないのです。
コンピューターやAI(人工知能)、自動運転車……。これらは全て「論理」の上に組み立てられた緻密な機械です。経路が一つでも狂えば、交通網が遮断されたり、通信網が働かなくなったりします。数学的に組み立てられた論理の糸が切れるからです。
AIに人間が仕事を奪われる「シンギュラリティ」の到来が懸念されている昨今です。しかし「情報」という言葉が図らずも我々に伝えるように、そんな時に勝ち残れるのは、「論理的思考力」と「情」を兼ね備えたホモ・サピエンスだけではないでしょうか。


なぜ特定の街で貧困が生まれるのか? “駅から徒歩7分以内か否か”で二極化する実態
これまであらゆる形態の貧困問題を見てきたSPA!だが、今回は貧困を生む“街”の構造を解き明かすべく取材を敢行。なぜ特定の街で貧困が生まれるのか? そこから脱することは可能なのか? 住民の声とともに見ていきたい。
日本全国の郊外で“富の二極化”が拡大
 週末にもかかわらず子供の姿さえ見当たらない無人の公園、人通りもまばらなうえ高齢者ばかりが目につく商店街、画一的に並んだ、空室の目立つ団地――。我々が訪れたのは、’70年代以降、首都圏で有数の新興住宅地として賑わいを見せた多摩ニュータウンの団地群。居住者の大半を占めた団塊世代の高齢化に対し、若い世代の流入は右肩下がり。“世代交代”が行われず、時代に取り残されたかのような物寂しい光景が広がっていた。
「こうしたケースは多摩ニュータウンに限った話ではなく、日本全国で起きつつある問題です。家を買う人も借りる人も絶対数が減っている今、活気があり富が集中するエリアと貧困が集中するエリアの“二極化”が進んでいるんです」
 そう語るのは、不動産コンサルタントの長嶋修氏だ。いわく、二極化の基準は“駅から徒歩7分以内か否か”なのだそう。
「多摩ニュータウンしかり、同じような問題を抱えて地価下落率がワーストとなった千葉県柏市の大室地区しかり、駅周辺は今でも大きなマンションが建ったりと活気があるんですよ。ですが2〜3km離れてバス移動が必須となると極端に人気がなくなり地価は下落する一方。ただでさえ空き家の増加が問題視されている今では、どうしても利便性の高い都心部、駅近の物件へと人口が集中します。こうした傾向が続けば、駅から距離のある郊外の住宅地はどこであれ、スラム化のリスクが高いんです」
 需要が減り、地価が下がると住宅価格や家賃も下落。そうなると新たに流入してくる若い世代はおのずと低所得者層ばかりとなり、その地域に貧困が集中する状態に陥ってしまうわけだ。
「いまや、田園調布のような高級住宅地も油断できない状況です。かつては富裕層が集まる街でしたが、車の送迎が前提じゃないと住めないためお金があっても若い層は寄り付きません。しかも最低敷地面積が定められているため、小さな家を建てられず、中流家庭も入ってきづらいんです」
 さらに、自治体の施策もこの二極化に拍車をかけているという。
「少子高齢化時代においては、自治体の税収はどうしても下がってしまいます。人がまばらにしか住んでいないエリアのためにインフラ施設を修繕・更新するのでは財政がもたなくなるため、コンパクトなエリアに住民を集めようと『居住誘導地域』を定め、そのエリアの開発に注力します。こうした『立地適正化計画』から外れた地域はインフラ修繕などが後回しになり、なかば放置されるように。結果的に、同じ生活圏であっても富裕層と貧困層の“二極化”が色濃くなっていくんです」
 話を多摩ニュータウンに戻そう。この地域に36年住む田中明子さん(仮名・72歳)に話を伺った。
「ご近所さんは亡くなられる人も増えましたし、最近は別の棟で孤独死があったと聞きました。残ったお年寄りはみんな年金生活ですし、今さら出ていけない。ただ、ウチは4階ですがエレベーターがないから階段がツラくて……」
 続いて話を伺ったのは、商店街で買い物をしていた秋山正さん(仮名・36歳)。
「この団地で育ち、今は母親と二人暮らしです。緑は多いし団地内のスーパーで買い物もできるから生活しにくいってことはないんだけど、自分を含めリッチな人は住んでないですよね。新しく入ってくる家族もいますが、正直稼ぎが多そうには見えないし。言い方は悪いですが、新しい人はゴミ出しの仕方とかマナーが悪かったりね。あとはやっぱり建物が古いですよね。でも、建て替えはどうしても無理みたいで……」
 話を聞いた住民たちにはどこか諦観さえ感じられたが、こうした地域は黙ってスラム化するのを待つしかないのだろうか?
「北海道の下川町は人口3000人ほどの田舎ですが、バイオマス発電事業で公共機関の電気代や灯油代を大幅に削減し、浮いた費用を子育て支援に回すことで転入者が増えています。周辺地域の地価が大暴落するなか、昨年ついに下川町だけが下げ止まったんです。同じように千葉県流山市も住民の高齢化の進む街でしたが、駅の構内に子供を保育園まで送迎してくれる施設を造るなど、子育てしやすい街をアピールすることで最近は総人口が右肩上がりの状態です」
 自治体の方針で街の未来を変えることはできる。しかし、多くの地域は「地価の下落→低所得者の流入」という貧困のスパイラルから抜け出ることは困難なのだ。
【長嶋 修氏】 不動産コンサルタント。’67年生まれ。個人向け不動産コンサルを行うさくら事務所の代表取締役社長。近著『不動産格差』(日経プレミアシリーズ)が好評


ユースケ・サンタマリアが語る“うつ体験”「体がダルくなって、飯が食えなくなって…」不調を脱することができた理由とは?
 7月にスタートしたドラマ『悦ちゃん』(NHK)で現在主演を務めているユースケ・サンタマリア。そんな彼がウェブサイト「文春オンライン」7月15日付のインタビューで、精神面での疲労から来る体調不良で悩んでいた過去について振り返っている。
「僕は、正確には鬱ではなかったんです。鬱って本当に大変で、まず仕事なんてできませんからね。家から出られないし、顔付きだって変わってしまう。僕が鬱だなんて言ったら、本当に鬱になった人、それを克服した人に申し訳ないですよ。とはいえ、ストレスが原因で、30代の8年間は本当に体調がよくなかったのも事実。鬱未満なんだけどひどく調子が悪くて、仕事が大変という人も少なからずいる」
 2004年、彼は体調不良を理由に少しの期間だけ仕事を休んでいるが、その際、身体は一目見ただけでわかるほどガリガリに痩せこけていた。しかし、その休業の理由については明かされなかったため、一時期重病説までささやかれたこともある。
 ユースケは、吉田豪『サブカル・スーパースター鬱伝』(徳間書店)のなかでストレスが原因のこの体調不良について詳らかに語っているが、そもそもの体調を崩したきっかけをこのように語っている。
「考えたら、単純に仕事がすごいつまんなかったっていうのがあって。その前が、謎のよくわからないデビューの仕方をして。バンドで全然売れなかったんだけど、なんもわかんないうちからドラマとか映画とか出るようになったりして、どんどん忙しくなってきて仕事もおもしろかったんですよ。その頃って結構いい作品が多くて。30歳ぐらいまではすごくよかったんですね。それと比べてたわけではないんだけど、この話おもしろくねえな、みたいなのが5本ぐらい続いたんですよ。そしたら体がダルくなってきて、飯が食えなくなってきて。すごい下痢で。八カ月、硬い便が出なかったんですよ。だからそのとき、すごく大きい仕事いっぱい断ってます」
 こういった仕事の躓きに加え、「芸能界」という特殊な場所にいる彼は、「ここは自分の居場所ではない」という思いが拭えず、据わりの悪い場所でなんとかがんばり続けなくてはならないというのも心に大きな負担を強いた。
「お芝居したり、タレント業みたいなことも楽しかったんですよ。いまも楽しんでるけど、どこか芸能人にはなれないなっていう。要は一般人がなぜか芸能界にいるっていう感覚かな。完全なこの世界の住人にはちょっとなれないなっていうのはいまだにすごい思うし。(中略)自分にはトゥーマッチな現場で、でも平気な感じでいなきゃいけないし」
ユースケ・サンタマリアが体調不良を克服できた理由とは?
 その結果、ご飯もまともに喉を通らないような状況になってしまったわけだが、そういった時期につらかったのが、体調の悪そうな彼を励まそうとする周囲の人々の善意だったという。
「「どうしたの? ユースケさん! 美味い寿司屋あるから行こうよ!」って、とにかく俺を元気づけたいから。「気分悪いから寿司なんて一番食えないんだよ」って話なんだけど、でもそれ言うと向こうが「あぁ……そう」みたいな感じで二度と連絡ないですから。「せっかく人が元気づけようとしてやってるのに断りやがった」「後輩のくせに」とか思われちゃう。俺は飯が食えないし、人と会ったりするテンションじゃないんだよ、動けないんだもん」
 そんな状況のユースケが立ち直ることができたのは、発想を転換させたのがきっかけだった。
「いつの間にか、体調が悪いことに疲れてくるんですよ。で、もうどうでもいいか、みたいな。体調悪かったら悪いって言おう。そこで帰らせてもらおうぐらいの感じで現場に行くようになって、いつの間にか楽になってたのかな? いまはそういう状態ではないって言えるようになりました」
 良い意味での開き直り。それがだんだんと彼の心を救ってくれた。その結果、いまでは折りに触れてつらかった時期のことを話すようになっているが、そういった機会をつくることができなかったのは失敗だったと振り返る。
「それが長引いた原因だと思う。そういうことを話しちゃいけない、みたいな。俺はこういう話すきなんだけど、(中略)でも「ちょっとその話なしで」みたいな。番組的にね」
「当時はCMっていうのもデカかったですね。特に俺の場合、パブリックイメージとかもあって、鬱じゃないけど、鬱みたいな感じで書かれちゃうとイメージ的にも変に思われちゃう」
 無理をしないで、なるべく楽に生きる──。言うは易しでなかなか実行に移すことは難しいが、しかし、精神的な健康を保ちながら生きるのはこれが一番なのかもしれない。
 漫画家・田中圭一によるエッセイ漫画『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(KADOKAWA)が話題を集めたのは記憶に新しいが、そのなかに登場する大槻ケンヂもまた、現代人がどうしても心にかけてしまう「無理」な負荷との付き合い方を学んで病を乗り越えたひとりだ。
大槻ケンヂや内田樹も「無理をしない」ことで心の病に打ち勝った
 彼がだんだんとおかしくなっていったのは、あまりに若くして成功してしまったのが原因だった。24歳で武道館のステージに立つなど大ブレイクを果たすも、もともとネガティブな思考が強かった彼は「こんな状況がずっと続くわけがない」という心配と不安に苛まれるようになり、そのうち「自分はエイズなのではないか?」と怯える心気症になってしまう。一番ひどい時期は、カタカナの「エ」の字を見ただけでパニックになってしまうような状況だったという。
 そんな状況を変えたのは心療内科で受けた診療と投薬。そして、本で出会った「森田療法」であった。彼は心のありようを変えてくれた発想法の変化をこのように語っている。
〈それは仏教の考え方をとり入れた治療法で、「不安」も「葛藤」もなくすことはできない。人間生きていく限り、老いも病気も死もさけられない。だから、「不安」はあるがままにすておいて、今自分がすべきことをすればいい。そのうえで、成功しても失敗してもその人生はまちがいではない。ここでボクは自分を俯瞰する視点を持てるようになって、一気に気が楽になりました。「不安」は消えることなく、時々ちょっかいを出してくる困った存在だけど、いっしょに歩くことが可能なヤツだ──そう思えるようになってきたんです〉(筆者の判断で句読点のみ付け加えた)
 内田樹も「がんばり過ぎた」ことが原因で心の病も患ってしまったひとり。そのきっかけのひとつは阪神淡路大震災だった。この地震により家は半壊状態になったうえ、職場である神戸女学院大学も復旧作業を余儀なくされる。そのうえシングルファーザーとしての子育てが重なり、震災以降馬車馬のように働く日々が続くことになる。そして、地震発生から半年の月日が経ち、ようやく家に帰ってきたときに変化は起きる。
 落ち着いた日々を取り戻すと同時に心は病み始めていく。ちょっとした音にも震災のことがフラッシュバックして恐怖を感じて不眠状態になり、無理に眠ろうとして服用した睡眠薬により授業中も記憶が飛ぶようになってしまう。そんな生活が続き、自己否定の感情が心を蝕んでいく。
 そんなとき彼を救ってくれたのは、趣味の合気道だった。合気道は試合に勝つために負荷をかけて練習し、頭にも身体にもストレスをかけるといった一般的な競技スポーツとは違い、むしろ、脳を休ませ、身体がどう動きたいのかを見つめる武道。心を休ませ、身体が心地いいと感じることを優先的にしてあげるという生活の送り方を合気道から学んだのだ。自分の心に負荷をかけないような生活を心掛け、無理をしない生活の送り方を会得することで心の病を寛解させていった。
 本稿冒頭にあげた「文春オンライン」のなかでユースケは、最近の役者としての仕事についてこのように語っている。
「僕ももう「なんでもやります!」みたいな歳でもないので、出る作品もすごく選ぶようになりましたし。というのも、つまらない仕事していると、如実に体調に出るんですよ。ストレスが影響して、心身ともに蝕まれてしまうので、今はもうできるだけ自分が好きなことだけをするようにしています」
 やりたくない仕事だって食べていくためにはやらざるを得ないこともあり、みんながみんなこのような仕事観で生活できるわけではないかもしれないが、一度その思い込みをはずすことは、とかく真面目になんでもこなしていこうとしがちな現代人にはひとつ参考になる生き方なのではないだろうか。(新田 樹)


チェ・ゲバラ 長男カミーロさん、式典参列で広島入り
 キューバ革命を指導したチェ・ゲバラ(1928〜67年)の長男カミーロ・ゲバラさん(55)が、6日の平和記念式典に参列するため広島入りした。来日時に父も訪問しており、カミーロさんは「広島は原爆という戦争犯罪の証拠。世界中の人々が訪れるべきだ」と話した。
 チェ・ゲバラは訪日団長として59年7月に来日。急きょ予定を変更して広島を訪れ、被爆者とも会話したという。妻に宛てたはがきには「平和のために闘うには、広島を訪れるべきだ」と記した。
 今年はゲバラの没後50年で、カミーロさんは写真家でもあった父の作品を紹介する展示会が東京であるのを機に初来日。5日に広島市内で記者会見し、「私も父と同じ思いだ。世界各地で紛争が続くが、悲劇を繰り返してはいけない。広島で起きた現実を見てほしい」と訴えた。【茶谷亮】