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Attentats en Espagne: la police sur la piste d'une cellule d'une douzaine de personnes
L'enquête sur les deux attentats qui ont fait 14 morts en Catalogne progresse à grands pas dans une Espagne en deuil, avec la mise au jour d'une cellule d'une douzaine de personnes passée à l'acte précipitamment après l'échec d'un premier plan encore plus meurtrier.
Cette cellule pourrait avoir été impliquée dans les attaques menées avec des voitures lancées contre des foules de vacanciers et promeneurs à Barcelone puis à Cambrils, plus au sud, a expliqué vendredi soir le porte-parole de la police régionale, Josep Lluis Trapero. Sur cette douzaine de suspects, quatre ont été arrêtées jeudi et vendredi, et un est en fuite. L'identité de l'homme et sa photo ont été diffusées: il s'agit de Younès Abouyaaqoub, un Marocain de 22 ans. Cinq autres ont été abattus dans la nuit de jeudi vendredi à Cambrils alors qu'ils menaient l'attaque.
Parmi les assaillants tués figurent trois jeunes Marocains vivant depuis leur enfance en Espagne: Moussa Oukabir, Sacd Aallaa et Mohamed Hychami, respectivement agés de 17, 18 et 24 ans et tous habitants de Ripoll, une ville de quelque 10.000 habitants non loin des Pyrénées.
Trois autres personnes également impliquées sont identifiées, mais n'ont pas été interpellées. Deux d'entre elles pourraient avoir péri dans l'explosion suivie d'un incendie d'une maison mercredi à Alcanar, à 200 km au sud de Barcelone, ou le groupe tentait peut-être de confectionner des engins explosifs.
Il y a dans cette maison "des restes humains de deux personnes différentes, nous tentons de voir s'il s'agit de deux des trois personnes impliquées dans les attaques. Il nous resterait une troisième à trouver", a indiqué le porte-parole de la police catalane.
Le conducteur de la camionnette qui a fauché des passants sur las Ramblas n'a toujours pas été identifié par la police, a-t-il ajouté, démentant des informations de presse qui assuraient qu'il s'agissait de Moussa Oukabir.
A 16H50 locales (14H50 GMT) jeudi, une camionnette blanche avait fauché des dizaines de passants sur les Ramblas, tuant 13 personnes et en blessant plus de 120. L'attaque a été revendiquée par le groupe Etat islamique (EI).
Quelques heures plus tard, une Audi A3 avait à son tour foncé sur la promenade du bord de mer de Cambrils, une station balnéaire au sud de la capitale catalane, avant de percuter une voiture des Mossos d'Esquadra, la police catalane. S'en est suivie une fusillade au cours de laquelle les cinq occupants de l'Audi, qui étaient munis de fausses ceintures explosives, d'une hache et de couteaux, ont été tués.
Alors que 17 blessés luttaient entre la vie et la mort vendredi, l'Espagne endeuillée tentait de se réapproprier les Ramblas, la grande avenue qui mène les Barcelonais jusqu'à la mer, désormais parsemée d'autels en mémoire des victimes, d'au moins 35 nationalités.
A midi, des centaines d'habitants de la métropole méditerranéenne avaient scandé "No tinc por", "je n'ai pas peur" en catalan. Une cérémonie avait rassemblé la foule derrière le roi Felipe VI, le chef du gouvernement Mariano Rajoy et celui du gouvernement régional de Catalogne Carles Puigdemont pour une minute de silence.
Ces attaques ont peut-être remplacé des attentats "de plus grande envergure", a aussi expliqué le porte-parole de la police catalane. L'explosion à Alcanar, qui a fait au moins un mort, aurait en réalité évité un autre drame de plus grande ampleur. Selon la police, les assaillants auraient alors perdu les composants nécessaires à la fabrication d'engins explosifs. La police a sorti des dizaines de bonbonnes de gaz de la maison, dont on ignore si elles devaient servir de réceptacles pour des engins explosifs.
La double attaque a du coup été commise de "manière plus rudimentaire, sans être "de l'amplitude espérée" par les jihadistes, toujours selon la police.
Mariano Rajoy, à Barcelone depuis jeudi soir, a tenu vendredi à souligner la nécessité d'union, alors que justement les séparatistes au pouvoir en Catalogne menacent de quitter l'Espagne à l'issue d'un référendum d'autodétermination prévu le 1er octobre. Le gouvernement espagnol doit par ailleurs décider s'il élève encore le niveau d'alerte antiterroriste, de 4 à 5 (son maximum), en pleine saison touristique, alors que le secteur du tourisme pèse pour plus de 11% du PIB national.
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7月下旬と8月上旬にあったブツブツの件をずっと放置していましたが,やっと今日封筒から出して片づけました.
高校野球で仙台育英が大阪桐蔭と試合でたぶんダメだろうな・・・と思っていたらなんと逆転サヨナラで勝利♪うれしいです.
積読になっていたNHKテキストを整理して少しだけすっきりしました.

津波のなか治療続けた医師語る
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた南三陸町の志津川病院で治療を続けた、医師の菅野武さんが19日、南三陸町で高校生たちに講演し「仕事で社会にどう貢献できるか考えるプロフェッショナルになってほしい」と語りました。
震災当時、南三陸町の志津川病院に勤務していた医師の菅野武さんは、震災で5階建ての病院が4階まで津波でつかるなか、2日後に最後の患者が救助されるまで治療を続け、アメリカの週刊誌「タイム」の2011年の「世界で最も影響力のある100人」の1人にも選ばれました。
菅野さんは19日、東北地方の次世代のリーダーを育てようと高校生24人が参加して南三陸町で開かれている研修会で講演し、使うことができる医療機器が限られるなか、治療しても救えなかった命があったことの悔しさなど、当時の状況や心情を映像や写真を交えながら詳しく語りました。
そのうえで、「将来就きたい仕事はいろいろあると思いますが仕事に就くことがゴールではありません。その仕事で社会にどう貢献できるのか考え続けるプロフェッショナルを目指してください」と高校生にエールを送りました。
地元の志津川高校から参加した小山美里さんは「震災をうけて臨床心理士になりたいと思っています。
菅野先生のように患者と心を通わせられる臨床心理士になりたいです」と話していました。


集団移転の地区 夏祭りで交流
東日本大震災で被災した人たちの大規模な集団移転先となった、東松島市のあおい地区で19日、夏祭りが行われ、住民や家族連れでにぎわいました。
東松島市で被災した住民が集団移転して、新たに生まれたあおい地区は、仮設住宅などから580世帯の移転がほぼ終わった去年から、地域の交流の場を作ろうと夏祭りが行われています。
ことしも地区の広場で行われた夏祭りには、住民をはじめ周辺の地区から家族連れなどが訪れ、子どもの健やかな成長を願う「子どもだんじり」では、おそろいのはっぴを着た40人の子どもたちが、力いっぱい山車を引いて広場を練り歩きました。
見物していた50代の女性は、「子どもたちの元気な姿を見られてうれしいです。地域の宝だと思います」と笑顔で話していました。
また、移転前の地区に伝わる伝統の獅子舞が披露されると、訪れた人たちは、無病息災を願って獅子に頭をかんでもらっていました。
このほか、地元でとれたネギや小松菜などの野菜が、安いものでは店頭価格の半額ほどで販売され、多くの人たちが買い求めていました。
近くの別の地区から訪れていた40代の女性は、「活気のあるお祭りで楽しいです。地域全体で交流を深めていきたいと思います」と話していました。


夏の甲子園 仙台育英が8強
夏の全国高校野球、大会11日目の19日、仙台育英高校が2回目の春夏連覇を狙った大阪桐蔭高校に2対1で逆転サヨナラ勝ちし、準優勝したおととし以来2年ぶりのベストエイト進出を決めました。
仙台育英は、エースの長谷川拓帆投手が力のあるストレートを軸に大阪桐蔭打線を7回まで0点に抑えました。
しかし8回、ワンアウト二塁からタイムリーヒットを浴びて0対1と1点を先制され、今大会23イニング目で初めて得点を奪われました。
打線は大阪桐蔭の先発、柿木蓮投手に終盤まで抑えられましたが、9回、ツーアウト満塁から途中出場の馬目郁也選手がタイムリーヒットを打ち、2人のランナーがかえって2対1で逆転サヨナラ勝ちしました。
仙台育英は20日の準々決勝第3試合で広島の広陵高校と対戦します。


鎮魂の五百羅漢500体到達 震災犠牲者慰める
 東日本大震災の犠牲者を慰めようと陸前高田市の名刹(めいさつ)「普門寺」で制作してきた石仏の五百羅漢が500体に到達し、開眼法要が18日営まれた。遺族や被災地を支援する人々が2013年以降、毎年夏に寺を訪れては石に一彫り一彫り、それぞれの思いを刻んできた。
 五百羅漢の制作は、被災者の心を癒やしたいと、芸術家やアートセラピスト、僧侶でつくる「未来への記憶プロジェクト」が企画。彫刻家らが講師となり、全国から集まった人たちが高さ30〜40センチの石にのみを打ち込んできた。
 今年の作業は13日に始まった。陸前高田市の会社員松崎みき子さん(60)は、津波で亡くなった友人の供養をしたいと参加。家族ぐるみで海水浴やバーベキューを楽しんだ時の笑顔を石に刻んだ。「悲しくて何年も現実を受け入れられなかったが、彫ると心が落ち着く。今日を精いっぱい生きたい」。松崎さんはそう語る。
 普門寺には震災後、五百羅漢プロジェクトとは別に多くの仏像が奉納されている。羅漢像と合わせた総計は、くしくも1750人以上という陸前高田市の震災犠牲者数とほぼ同数になる。
 法要を終えて熊谷光洋住職(65)は「遺族の心を少しでも慰められる場所になってほしい。これで終わりではなく、多くの人に知ってもらい、お参りしてもらうのも使命だ」と話した。
 羅漢像の制作は今年が最後で、19日まで行われる。


「ハーバード大生が見た東北」被災地の今、ブログで発信 
 河北新報社で6月下旬からインターンシップ(就業体験)に取り組んでいる米ハーバード大2年モトイ・クノ・ルイスさん(20)が、東日本大震災の被災地を訪れ、津波被害の痕跡や復興の現状をブログにつづっている。英語で900〜2000語の長文記事を既に7本執筆。被災現場での見聞に日本文化への考察を加え、旺盛に発信している。
 記事は「Tohoku:The Harvard Perspective(ハーバード大生が見た東北)」とのタイトルで、河北新報社のホームページに掲載中。仙台市の震災遺構、旧荒浜小(若林区)を皮切りに訪れた十数カ所を題材とした。
 児童ら計84人が死亡・行方不明になった石巻市大川小の記事では、訪問時に雨が降っていたことから「涙雨」を連想したと記し、犠牲を防げなかった背景を探った。20メートル超の津波に襲われた宮城県南三陸町戸倉地区では、児童たちが避難した神社の写真を掲載し、多発する自然災害と日本人の宗教心に関心を寄せた。
 岩沼市沿岸に整備中の「千年希望の丘」にも足を運んだ。植林による緑の防潮堤に好感を示し「自然を遠ざけるのではなく、自然とつながることで災害を防ごうとしている」と書いた。
 モトイさんは、河北新報社とハーバード大が締結した人材育成・交流事業の一環として、6月27日〜今月22日の約2カ月間、仙台に滞在。同社主催の防災ワークショップ「むすび塾」や新聞を教育現場で活用するNIE活動も体験し、ブログで紹介した。
 今月5〜8日には、同大ライシャワー日本研究所と岩手大などが陸前高田市で共同開催したグローバルセミナーに参加。同市の震災復興や七夕祭りでの交流について、近く報告する。
 帰国を前に、モトイさんは「実際に被災現場に立ち、津波の破壊力や、家族や友人を亡くした悲しみを実感した。宮城県北のリアス海岸地域と、県南の沿岸部で被災の様相が異なるのも印象深い。東北で見聞きしたことをアメリカでも伝えたい」と話した。
 モトイさんのブログのアドレスはhttp://www.kahoku.co.jp/special/spe1151/


被災地のリーダー育成 高校生が課題解決策学ぶ
 東日本大震災の被災地で若者のリーダーシップを育む「U−18東北次世代リーダーカンファレンス」が17日から4日間の日程で、宮城県南三陸町歌津の平成の森で始まった。宮城、青森、山形3県の高校生24人が政治家や医師、社会起業家の講話を通し、地域の課題解決策を考える。
 初日は細野豪志元環境相が講師を務めた。政治家を志した動機のほか、民進党離党の経緯に触れ「考え方の違う党を離れ、まず旗を立てたい。リーダーには協調性だけでなく、強いビジョンが必要だ」と語った。
 同町の志津川高3年小山幸樹さん(17)は「震災を経験し、災害への備えを伝える消防士になるのが夢。どんな発信の仕方が有効か考えたい」と話した。
 カンファレンスは同町で学習支援を行うNPO法人「キッズドア」(東京)が企画。期間中、同町の公立志津川病院で被災した菅野武医師、石巻市の一般社団法人「モリウミアス」の油井元太郎代表ら8人が講演する。漁業体験もあり、地域資源の可能性を探る。


「災害公営住宅工事で自宅被害」男性が仙台市など提訴
 東日本大震災後に仙台市が発注した災害公営住宅の土地造成工事による振動が原因で、自宅の壁がひび割れるなどの被害を受けたとして、宮城野区の会社員石井邦彦さん(51)が18日、市と施工業者に約3790万円の損害賠償を求める訴えを仙台地裁に起こした。
 訴えによると、自宅は築16年の木造2階で、2015年4月に着工した同区福室の岡田災害公営住宅に隣接する。トラックや重機の往来による振動で自宅に被害が生じたとして、石井さんは同年5月、市に被害調査と修繕費の補償を求めた。市は壁の亀裂など6カ所の被害を認め、補償金約110万円を提示したという。
 石井さん側は「調査が不十分だ。他にも基礎のずれや断熱材の破損などの被害が生じた」として、補償の上積みを求めた。
 奥山恵美子市長は「訴状が届いていないので現時点でのコメントは差し控える」との談話を出した。


原発事故で休診の病院、新天地で被災者の心ケア
 南相馬市小高区の小高赤坂病院が21日、福島県新地町に診療所「新地クリニック」を開業する。東京電力福島第1原発事故の影響で病院の休診が続いていたことから、新天地に建屋を新設して外来診療を始めることにした。診療所は「被災者らの心のケアに当たりたい」と強調している。
 診療所は平屋で床面積は約300平方メートル。JR新地駅から歩いて数分の町有地を借り受けて建設した。建材に木を多用し、落ち着いた雰囲気を演出した。診療科目には精神科、心療内科のほか内科も掲げる。
 小高赤坂病院は1982年の開業。精神科の専門病院として約100の病床を抱えていた。原発事故で小高区全域が避難区域となったのを受けて休止状態になり、全職員が2015年3月までに退職した。
 病院理事長の医師渡辺瑞也さん(74)は「原発事故と東日本大震災で心に傷を負った人が増えている。宮城南部に避難している患者も多く、新地への建設を決めた」と話す。小高赤坂病院建屋は荒廃が進んでおり、解体を検討するという。
 診療所では院長に就いた岩渕健太郎さん(49)が常勤し、渡辺さんが週2回診療に当たる。入院機能が回復する見通しは立っていないものの、軽作業などを行えるデイケア施設の併設を構想している。
 岩渕さんは震災発生時、宮城県内の病院に勤務していた。「被災地の医療体制は大きく揺らいでいる。地元医師会と連携して認知症患者らの治療にも尽力したい」と意気込んだ。


福島原発事故から6年 もの言える社会つくろう
金沢出身 福島大・荒木田准教授講演
 金沢市出身で福島大准教授の荒木田岳さんが十八日、同市安江町の金沢真宗会館で講演し、福島第一原発の事故発生からの六年を振り返った。「事故以来、黙らせて言うことを聞かせるというふうに社会はおかしくなった。福島の人だけでなく、全体の人に関わる問題だ」と訴えた。(小坂亮太)
 荒木田さんは事故発生後の政府の対応について「事故前の安全基準では住めないレベルに汚染していると分かっているのに、情報を隠したり基準を緩和したりし、住民の被ばく回避対策を取らなかった」と批判。「ルールに従えば、事故も被ばくも防げたのでは」と語った。
 自主的に始めた除染活動が「市民の不安をあおる」と止められたり、二〇一四年に漫画「美味(おい)しんぼ」に発言していない内容が実名で載って非難を受けたりした問題にも触れ、「主体性が抑圧されるのは、皆さんにも起こり得ること。一人で悩まず仲間を持ち、一人一人が意見を言える社会をつくっていかなければならない」と強調した。
 講演後、来場者から福島県内の子どもを対象とした甲状腺検査の現状に関する質問があり「がんが確定した人が百九十三人。二千五百人以上が経過観察として心配しながら生活している。被ばくの影響だと認められたところで解決するわけではなく、深刻な問題だ」と話した。
 講演は、人権や差別の問題に取り組む市民団体「人権フォーラム石川」が主催し、四十五人が参加した。


<災を忘れず>水難の記憶 若い世代に
◎東北の施設・地域巡り(3)北上川学習交流館「あいぽーと」(一関市)
 北上川の狭隘(きょうあい)部と支流の作用で、度々大きな水害に悩まされてきた一関市。水難と治水の歴史を伝える国土交通省の北上川学習交流館「あいぽーと」は、国の水害対策・一関遊水地事業で設けられた巨大堤防の上に立つ。
 1947年のカスリン台風、翌48年のアイオン台風で一関市は大きな被害を受けた。カスリン台風から70年となる今年、交流館では被災当時の写真パネル展やゲリラ豪雨展を相次いで企画する。
 8月中の土、日曜はアイオン台風で被災した語り部の講演会のDVDを流し、九死に一生を得た証言を生々しく伝えている。
 「過去には考えられなかった多量の雨が短時間に降り、全国各地で被害が相次いでいる。想定にとらわれることなく避難の意識を持ってほしい」。交流館で見学者を案内する斎藤一公(かずとも)事務局長は話す。
 1階の展示室には豊富な写真資料を展示。砂鉄川などがあふれた2002年の台風6号豪雨をはじめ、一関遊水地が機能した過去の洪水の様子を伝える。縦20メートル、横6メートルの北上川流域の航空写真の上を歩く「空中散歩」も人気だ。
 3階の展望室に上がると、一関遊水地に広がる田んぼと、鉄道橋としては国内最長の東北新幹線第1北上川橋りょう(3868メートル)を見晴らせる。
 2階の集中管理センターは、奥州市内から宮城県境まで北上川の状況を35台のカメラでチェックする常時監視の拠点だ。一関遊水地の排水機場を一元管理する。
 8月、災害ボランティアの研修で訪れた一関市の中学3年松岡立樹(りゅうき)さん(15)は「雨に関する知識や水の怖さを学ぶことができた」と話した。交流館での学習を通じて水難の記憶は、若い世代へと引き継がれていく。
[メ モ] 2002年開館。地上3階、地下1階。年間来場者数は約1万5000人。入場無料。開館は午前9時〜午後5時。月曜休館。


<低温長雨>宮城、福島両県で農作物対策会議
 東北地方の太平洋側を中心とした記録的な日照不足と低温による農作物への影響に、各県が警戒を強めている。宮城、福島両県は18日、緊急の対策会議を開き、生育に一部遅れが出ている水稲や野菜などの栽培管理の徹底を確認。青森、岩手両県も臨時会合の開催や生育調査の実施を決めた。
 宮城県の農作物異常気象対策連絡会議幹事会には、県や全農県本部の関係者ら約30人が出席した。低温に伴う会合開催は2003年以来14年ぶり。農産物の状況や対策を協議した。
 会議ではトマトやナスの出荷量が減少し、キャベツやハクサイなど秋冬野菜の定植作業に遅れが生じているとの説明があった。大豆も変色や倒伏など湿害の影響が出ているという。
 県によると、本年産米の出穂進行率(17日現在)は全体で98.4%に達した。7ブロック別にみると登米、仙台、大崎、栗原、気仙沼で98%を超えたが、大河原は97.7%、石巻93.4%となっている。
 出穂面積が50%以上となる「出穂期」は今月1日で平年より4日早かったが、95%以上の「穂ぞろい期」は平年と同じ11日にずれ込んだ。日照不足でイネの実りに時間を要しており、各地域で収穫時期に差が生じるとの予想が示された。
 「田んぼから水を抜くタイミングによっては品質が落ちる。万全の対策を講じてほしい」(全農県本部)との要望に対し、県農産園芸環境課の担当者は「今後1週間は悪天候が続くため、水田や畑の見回り徹底を呼び掛ける。農家に適切な収穫時期を見極めるよう指導したい」と話した。
 福島県も対策会議を開き、作物ごとに排水や日当たり確保などの技術対策を確認した。中通り地方の担当者から「モモは水分量が多い傾向」「トマトの生育が1週間から10日遅れ」との報告があった。
 岩手県は21日に盛岡市で臨時会議を開き、農作物の生育状況や気象経過を踏まえた対策を検討する。青森県も21日から9月初旬にかけ、水稲の不稔(ふねん)調査を実施する方針を明らかにした。


河北抄
 宮城を代表する海の幸、ホヤの漁期が間もなく終わる。東京電力福島第1原発事故後に続く韓国の輸入規制の影響で、今年も多くのホヤが廃棄処分された。
 「もったいないなぁ」。仙台市青葉区で和食店を営む東海林徳吉さん(69)が、残念そうに話す。各家庭でも消費拡大に貢献できるよと、殻付きホヤのおいしい食べ方を教えてくれた。
 殻はよく洗い、プラスの形の口を切り落とし、中の「ホヤ水」をボウルに取る。殻ごと半分に切って身を外し、排せつ物を取り除く。真水で身を洗うのはほんの数秒。一口大に切ったら、ホヤ水へ。
 山吹色の身は新鮮な証しだ。東海林さんの店で恐る恐る口に運ぶ転勤族も、次はぺろりと平らげるという。
 さっと火を通せば甘みが一段と増す。塩水と酒を煮立たせた鍋に、生の切り身を入れて火を止める。そのまま冷まし、滑らかな食感の残る半生の出来上がり。
 10年余り前、韓国バイヤーの買い付けでホヤが品薄になり、生を口にできない寂しい夏があった。今こそ、地元の旬を味わう喜びをかみしめたい。


デスク日誌 ミホとリリー
 元祖だめんず(ダメ男)とも言える寅さんが騒動を巻き起こす映画『男はつらいよ』。見どころはもちろんマドンナとの恋の行方。
 シリーズ48作は世界最長としてギネス認定された。最多の4作でマドンナになったのが浅丘ルリ子演じる旅回りの歌手リリー。「女が幸せになるには、男の力を借りなきゃいけないとでも思ってんのかい? 笑わせないでよ」と寅さんもたじたじの啖呵(たんか)を切る。
 この夏もう一人、心(しん)のある女性の足跡に触れた。南相馬市ゆかりの作家島尾敏雄の妻ミホだ。戦争中の鹿児島県加計呂麻(かけろま)島で、特攻隊長の島尾と恋に落ちた。島の風景と2人の軌跡は、14日朝刊の写真特集「アングル」で紹介した。
 戦後になってロマンスは一転。ミホは夫の不貞に狂乱する一人の女性として、島尾の代表作『死の棘(とげ)』に登場する。ダメ夫に絶対の愛を求める姿は、恐ろしくもいとおしい。
 『男は…』の最終作はその加計呂麻島が舞台。リリーと寅さんが夫婦のように一緒に暮らす。南の島では男女の間にとても強い磁力線が存在するのかも。時に反発し合うのも、この不思議な力のなせる業か。
(写真部次長 佐々木浩明)


広島土砂災害 腕時計、ボール…思い出の品、返還進まず
 77人が犠牲になった広島土砂災害から20日で3年になるが、被災地のがれきなどから見つかった「思い出の品」の返還が進んでいない。今年度の返還事例はないことから、広島市は犠牲者追悼式が開かれる同市安佐北区可部7の区民文化センターで18日、保管品の展示を始めた。これまでは保管品の写真を収めたアルバムを閲覧してもらっていたが、「実際に見たい」との声も寄せられていたため、初めて実物を並べた。
 市は、安佐北・安佐南両区の被災地のがれきから出た被災者の所有物約1154点を洗浄して保管している。返還件数は、発生翌年の15年度に16件あったが昨年度は8件と減り、今年度に入ってからはまだ無い。市の担当者は「災害時を思い出すとの理由で、心理的に抵抗を感じ、あえて探しに来ない人もいる」と話す。
 会場にはレンズのフレームが曲がったカメラや、針が止まったままの腕時計、使い込まれた野球グラブなどが並び、来場した人たちは静かに眺めていた。
 市は、保管期限を来年3月末と決めているが、今回の展示を受けた返還状況などをみて、延長も検討するという。市環境政策課の担当者は「持ち主にとっては、3年前のあの日までの人生が詰まった大切なものばかり。手に取ってじっくり見てもらいたい」と話す。
 安佐北区民文化センターでの展示は20日までの午前9時〜午後5時。12月にも安佐南区緑井6の佐東公民館で同様の展示会を開く。 原則的に申し出れば、返還されるが、運転免許証など本人確認が可能な書類が必要。問い合わせは、同課(082・504・2505)。【東久保逸夫】


広島土砂災害 被災の子供、ストレス2.2倍 影響長期化
 犠牲者77人を出した3年前の広島土砂災害が、子供に与えた心理的影響について、広島県小児科医会が教員らにアンケート調査したところ、情緒不安定などストレス反応がある「気になる子供」の割合が、被災地外と比べて2.2倍高いことがわかった。同会は「深刻な被災が子供の心に長期的な影響を及ぼしている」としている。
 調査は今年2〜4月、広島市安佐南、安佐北両区の被災地にある保育園・幼稚園、小中学校計15校(児童ら3601人)と、両区の被災地外の計7校(同2711人)を対象に、教員や保育士ら計224人にアンケートを実施した。教師らが相談や指導が必要と感じる気になる子供を抽出し、落ち着きがない▽表情が乏しい▽長期欠席がみられる−−など約40項目で該当する部分をチェックした。
 その結果、気になる子の割合は平均で、被災地が8.6%で、被災地外の3.9%の2.2倍だった。年代別でみると、同様に就学前が2.4倍、小学生が1.6倍、中学生が2.3倍といずれも被災地の方が多く、就学前の子供が最もその差が大きかった。被災地のうち、自宅が被災した子は、被災していない子や被災地外に比べ、気になる子の割合が全年代層で高かった。
 調査をまとめた、安田女子大(安佐南区)の田中丈夫教授(小児科)は「被災が子供の心に大きな影響を与えていると裏付けられた。一方、調査では、被災地の子供たちに問題行動が多いなどの傾向はみられず、心のケアの効果が一定程度表れており、問題の複雑化を抑止している」としている。【東久保逸夫】


教科書採択/「圧力」は中立性を脅かす
 私立灘中学校(神戸市東灘区)をはじめ、慰安婦問題を載せた歴史教科書を採択した全国の中学校に、抗議のはがきが大量に送り付けられていた。
 「反日教育をする目的はなんなのか」などと採択中止を求め、差出人が異なっても大半の文面は共通していた。学校側は「1日数十枚の束が届き、組織的な圧力と感じた」「相手の姿が見えず不安だった」という。
 国立や私立の場合、文部科学省の検定に合格した教科書の中から、どれを選ぶかは各校の判断に任されている。外部から圧力をかける行為は、教育の中立性を脅かすものだ。まして生徒を預かる学校に、不安を抱かせるような言動は許されない。
 教科書は出版社「学び舎」(東京)の「ともに学ぶ人間の歴史」で、現役教員や元教員が執筆した。他社に記述のない慰安婦問題を取り上げている。1993年に政府が元慰安婦へのおわびと反省を表明したいわゆる「河野談話」とともに、現在の政府見解も併記している。
 全国で38校が採択し、このうち同様のはがきが送られたのは、少なくとも国立、私立の11校になるという。灘中には、昨年3月ごろから200枚以上が届いた。同校の校長が一連の経緯を「謂(いわ)れのない圧力の中で」と題して同人誌に寄稿し、ネット上で議論が広がった。
 同校には、自民党の衆院議員と兵庫県議が「なぜ採択したのか」と問い合わせていた。衆院議員は「OBとして周囲の疑問の声を伝えた」と説明するが、当時は副大臣の立場だった。政治的圧力ととられかねない行動は慎むべきだろう。
 学び舎の教科書は、大きめの写真やイラストを使ってエピソードを多く盛り込み、従来の教科書とは異なる構成が特長だ。
 同校は、高校受験を意識した要約中心の教科書ではなく、生徒が読んで考えることを重視した点などを踏まえて選んだという。国が認める教育現場の裁量は大切にされるべきだ。
 次期学習指導要領では、物事を多面的に捉え、主体的に問題を解決する力を養うことを目指す。多様な教科書を使い、そうした授業を実践できる教育現場を守ることの重要性を、改めて確認したい。


「安倍総理から日本を守ろう」
 ★首相・安倍晋三は支持率低下で「おごりがあった」と国民にわびたが、その後も元首相・福田康夫が「各省庁の中堅以上の幹部は皆、官邸(の顔色)を見て仕事をしている。国家の破滅に近づいている。政治家が人事をやってはいけない。安倍内閣最大の失敗だ」と極めて強い口調で批判した。首相は休暇中に森喜朗、小泉純一郎、麻生太郎ら歴代首相経験者と会談するなど、先輩に指導を仰ぐことが増えた。 ★また「歴代首相に安倍首相への提言を要請するマスコミOBの会」が先月、中曽根康弘以降の存命の元首相12人に要請文を送付。11日までに回答した細川護熙、羽田孜、村山富市、鳩山由紀夫、菅直人の元首相の首相への注文を発表した。この中でも羽田は「安倍総理から日本を守ろう」とし、村山は「国民軽視の姿勢許せぬ」、細川は「国益を損なう」といずれも厳しく首相を批判している。 ★首相は他にも、政権に批判的な政治評論家らを相次いで官邸に呼び寄せ、意見を聞いた。その中の1人、田原総一朗は「政治生命を懸けた冒険をしないか」と持ち掛け、首相が前向きに受け止めたといわれるが、結局「訪朝を促した」ようだ。田原は安倍と会う直前まで、「内閣改造で代えるべきは安倍だ」と発言し続けていたが、こうなるともう話題作りの安倍応援団だ。 ★たくさんの人に話を聞いて首相がどう変わるのか興味深いが、森友学園事件で“私人”の首相夫人・安倍昭恵付秘書官・谷査恵子が、イタリア大使館1等書記官に異動した。彼女は、詐欺容疑で大阪地検特捜部に逮捕された森友学園前理事長・籠池泰典と、財務省をつないだ連絡係。本来地検の捜査対象だが、奇異な人事だ。付記すれば、南スーダンPKO日報隠蔽(いんぺい)問題の担当者だった防衛省前統合幕僚監部参事官付国外運用班長・小川修子も、中国大使館の1等書記官に異動している。がんばれば守ってくれる。

政策秘書 何でも屋? 高い専門性、実態は…
 豊田真由子衆院議員(自民党を離党)の暴言・暴行で政策秘書が辞任した問題は、後任に青森県板柳町議が就任したため、同町議会が「兼務は不可能だ」と辞職勧告を検討するなど波紋が広がっている。国会法で「議員の政策立案および立法活動を補佐」するとされる政策秘書。高い専門性が求められるが、実態はどうなのか。【佐藤丈一】
 政策秘書は議員の質問や立法活動を支える政策スタッフだが、働き方は事務所ごとにまちまちだ。自民党衆院議員の政策秘書の一人は「車の運転からコピー取りまで、実際は『何でも屋』だ」と語る。
 国会議員には長らく給与を公費で賄う公設秘書2人が認められてきた。1993年の国会法改正で秘書の「資質の向上」を目的に、資格試験を義務づける政策秘書1人の設置が可能になった。
 政策秘書の給与は月額約43万〜64万円で、公設第1秘書より1万〜2万円高い。現在約690人の政策秘書に年間約70億円の予算が充てられている。豊田氏の元政策秘書は地元で運転中に暴行を受けた。運転手役は、そもそも制度が想定した業務とは言い難い。
    ◇
 近年、政策秘書制度の「空洞化」も問題視されている。資格試験はキャリア官僚の採用試験に匹敵する難関だが、それ以外にも公設秘書を10年以上経験した人らが短期の研修を受けると、議員の申請に基づき政策秘書に格上げされる「抜け穴」があるためだ。
 制度創設以来の試験合格者は635人。このうち実際に政策秘書として働くのは85人に過ぎない。「試験組」は政策秘書全体の12%に過ぎず、公設秘書出身の「ベテラン組」が大部分を占める。衆院では制度創設以来、参院では少なくとも過去5年は議員の申請した全員が政策秘書に認定されている。
 甲府市議の神山玄太さん(35)は当選前の2010年、政策秘書試験に合格。複数の議員事務所の面接に臨むと、官僚出身議員から「政策は自分でやる。秘書には求めていない」と言われた。神山さんは「あくまで秘書の一人に過ぎない」と痛感したという。
 制度創設を91年に衆院議長に答申した有識者会議は「能力と適性」を見極める資格試験の実施を求めた。一方、議員側は一般の秘書を政策秘書に格上げし、人件費負担を減らしたいのが本音。議員による法案化の段階で、答申にはない研修制度が盛り込まれた。
 元政策秘書で「政策秘書という仕事」(平凡社新書)の著書がある石本伸晃弁護士は、「試験組の採用が原則で、ベテランが例外的に横滑りするルートと逆転している実態は問題だ」と指摘。「私自身、ビラ配りや地元回りも経験したが、政策作りのために税金が使われていることを忘れてはならない」と採用を試験組に限定するよう提案している。


公立が躍進、京都の教育改革で何が起きたか 進学実績が劇的に変化
小宮山 利恵子 :リクルート次世代教育研究院 院長
今、教育の世界で注目される自治体がある。京都――。古い歴史を持つ街だが、任天堂、京セラ、日本電産等のテクノロジー企業が本社を置く街でもある。
1869年、全国に先駆けて小学校が設立されたという歴史があるが、近年はというと、長く公立高校は進学実績で苦戦していた。ところが、それが今変化している。いったい何が起きたのか。
公立で起きた「堀川の奇跡」
京都は私学発祥の地と呼ばれ、東京と並んで私学が多いことで有名だ。その一方、公立高校はというと、進学実績などで私学に大きく水をあけられ、「国立大学に進学するなら私学に」といわれる時代もあったという。
その京都で2002年に「堀川の奇跡」と呼ばれる現象が起きた。公立の市立堀川高校の躍進だ。前年度の国立大学への合格者数は6人だったにもかかわらず、この年一気に106人まで増えたのだ。
直近2016年度の進学実績(現役生のみ)は国公立大学129人(内、東京大12、京都大32、大阪大7、神戸大9)、私立大学183人(早慶7、関関同立92)となっており、現役東大合格者数は同校過去最多。公立高校における東大・京大の現役合格率は全国1位だ。現在では、スーパーグローバルハイスクール(SGH)とスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定校ともなっている。
同校の躍進の陰にはさまざまな取り組みがあったが、象徴的だったのは1999年に普通科と並んで「探究科」を設けたことだ。当時、京都市の教育長だった門川大作市長はこう話す。
「探究科は、特別な受験勉強をする学科ではありません。生徒は自らテーマを決めて、研究していく。そこに京都大学の大学院生や教師がサポート役として入る。研究していくうちに、生徒の心が変化していく。高校卒業後も研究を続けたい。そのためには基礎学力が必要だし、設備の整った大学に通いたい。そう考えるようになる子もいます」
探究科は「探究する力を育成する」学科で、具体的に育成しているのは「興味関心を持つ力」「課題を設定する力」「課題を解決する力」「他者に表現する力」。何を探究するかは、生徒一人ひとりが自分で見つけることになる。「探究基礎」という授業をカリキュラムに盛り込み、その授業では1年半かけて3段階の手順に基づいて進められる。
最初に行うのは、探究の「型」(探究の進め方や表現方法)を学ぶこと。次に学ぶのが「術」(具体的な調査技法。実験・フィールドワーク・資料の見方など)。そして最後に「道」(実際に探究活動を進めることで普遍的な探究能力を高める)を学ぶ。情報取得の基礎学習から問題解決の体験を経て、論文作成に至るまでの取り組みを進めるというものだ。
一般的な偏差値教育とは違う、個性的なアプローチだが、そのおかげで生徒は自分の探究心に沿って学び、その延長としての進学先を考えることができる。
この探究科は現在の総合的な学習の時間のようなものといえる。今日21世紀型スキルと呼ばれるような、論理力、思考力、協働する力、リーダーシップ評価の「ものさし」が明確に存在しない中での、先駆けた取り組みだった。
あくまでも生徒が中心で、周囲の大人は教えるのではなく、本人たちが考えるのをサポートする役目が大きい。当時教育長をしていた門川市長はこう話す。
「1995年に起きた地下鉄サリン事件では、有名大学卒の容疑者たちが複数いた。それを見て、このような人たちを育てるような教育は絶対にしない。社会で何かしら人のために役に立てるような子どもを育てたい。子どもたちが30歳になったときにどのような生き方をしているか、それを考えながら教育していきたいと強く思った。堀川でできたことは、どこでもできると確信している」
公立の小中学校の改革
堀川の奇跡の後、京都では公立の小中学校の改革も進んだ。2004年に内閣府の構造改革特区制度を利用して「小中一貫教育特区」の認定を受けた地域において、小学校における英語科や小中一貫の読解カリキュラムを設け、小中の連続性を高め一貫教育の形をつくってきた。その結果、中学入学時に生活不適応を起こす「中1ギャップ」が緩和され、学力向上も見られたのだ。
小中学校の改革の中で、特に注目したいのは御所南小学校だ。
同小学校は1995年に5つの小学校が統合し誕生した学校。御所南小学校の開校当初は662人だった児童数は、2016年度現在はほぼ倍増の1254人。人気化で児童数が増えており、学校施設は手狭で教室数も不足していることから、2018年に「御所東小学校」が開設される予定と盛況だ。
同小学校では、フィンランドの教育法を取り入れ、独自教科「読解科」を導入して課題解決能力等の育成に取り組んだり、地域との連携による総合的な学習の時間を柱とした教育課程に取り組むなど、先進的な取り組みが注目されている。
同校では保護者・地域が学校運営に参加する「学校運営協議会」を設けたコミュニティ・スクールが特徴的だ。2002年に地域と連携して「学校の裁量権の拡大」や「地域の学校運営への積極的な参画」などをテーマとした実践研究を同校で開始。健康安全部会や文化部会といった学校支援活動を行う「企画推進委員会」を設置したり、「学校関係者評価」を取り入れた。その目的は学校と地域相互の評価を基に学校運営を改善することだ。このようなコミュニティ・スクールは、2016年度末現在では全市立学校・園の約9割にあたる239校園に設置されており、全国最多となっている。
また学校運営協議会設置校では、10年以上前から教員公募制を採用している。異動や退職で教員に欠員が出た場合、学校は求める先生を市内の教員から公募することができる。候補者の面接には校長とともにPTAや学校運営協議会の代表も同席する学校もあるという。一般の学校現場では見られないほど関係者の参加意欲が高いと感じる。
また、1週間5日間連続の学校参観日「自由参観」を設けた。授業参観というと、指定された半日や1日が通常だが、5日連続にすることによって親にとって参加しやすくなる。ほかでは見られない取り組みだ。
小中学校の改革を経た今、御所南小学校、同校と同じ校区にある京都御池中学校、そして堀川高校に進学するのが公立では「エリート」、つまりアンテナの高い親がその学区に引っ越しをしてまでも子どもを入学させたいと考える進学先といわれるようになっている。
堀川高校と並んで西京高校も進学校として知られるようになっている。2016年度の合格実績は、272人の卒業生の内、東大・京大が29人、北海道大学・東北大学・名古屋大学・九州大学の旧4帝大が62人等、京都府内の公立高校の中でもトップレベルにある。
テクノロジーが教育に与える変化
このように変貌を遂げる京都の教育だが、一部の学校の偏差値を上げたことだけが成果ではない。不登校児童生徒に対するICTを活用した学習支援も特筆すべき点だろう。
京都府の公立小中学生で長期欠席者(年度間に30日以上欠席した者)は2015年度で3789人いるが、2007年度から、市立中学校に在籍する長期欠席の傾向にある生徒に、学校が教材を配信し、生徒が自宅で教材をもとに自学自習できるシステムを導入した。遠隔で学習指導を行うシステムが有効に機能すれば、一人ひとりの子とより向き合うことが可能になるだろう。
京都の児童生徒へのパソコン整備は児童生徒5.4人に1台と、政令指定都市では2番目、100万人を超える政令市では最も充実した台数を配備。2016年度から全小中学校の普通教室および全小学校のコンピュータ教室にタブレット型PCの整備を進めるなど、地道な取り組みも背景にはある。
約20年前に始まった、偏差値教育とは縁遠い「探究科」を設置するという取り組み。そして、地域ぐるみで課題解決に取り組む姿勢は、京都ならではのものだ。
2020年に小中高の次期学習指導要領が改訂され、小学校で教える内容が増える。たとえばプログラミング教育が始まるほか、5、6年生では英語が必修となる。ただでさえ教師の多忙が深刻化する中、自治体として何を重視し、取捨選択していくか。京都の取り組みには参考になるところがあるはずだ。


大文字焼きがLED照明に 「やめてしまえ」「これも時代の流れか」
山梨県笛吹市で行われた「甲斐いちのみや大文字焼き」で、火ではなくLED照明で「大」の文字を点灯させたことがネットで話題になっている。
時代の流れだと受け入れる声や批判的な指摘など、様々な意見が上がっている。
安全面やコストへ配慮
「甲斐いちのみや大文字焼き」は、江戸時代に行われていた精霊を送るお盆の祭りを、約150年ぶりに復活させたものだ。1988年から行われており、今回の2017年8月16日の開催で30回目となる。
笛吹市観光商工課の担当者によると、「大」の文字の点灯は毎年8月13日から16日まで行われている。従来、「大」の文字については、8月13日から15日まで白熱電球で点灯させ、16日のみ松明(たいまつ)を用いて火で明かりをつけていた。
しかし、松明を設置する際などに山の斜面に安定した足場を取れず危険だという意見があったことや、コストへの配慮から、2017年から全日程でLED照明で点灯させることになった。今回、44個の大型LED照明を用いて点灯させたとのことで、2018年以降も火を用いる予定はないという。
この件に対し、2ちゃんねるでは、
「CO2も出ないし、時代にあった試みなのかも。」
と、受け入れる声もある一方で、
「火じゃないじゃんw」
「誰が見にいくんだ、そんなもん」
「送り火をともす意味を履き違えてんじゃね? やめてしまえ」
と、批判的な声もあった。


水俣条約発効 「脱水銀」日本がリードを
 水銀による環境汚染や健康被害の防止を目指す「水銀に関する水俣条約」が発効した。
 鉱山での水銀産出から輸出入、使用、廃棄まですべての過程を国際的に規制する取り組みだ。
 水銀による健康被害などの根絶に向け、確実な一歩となることを期待したい。
 条約名は、水俣病のような被害を繰り返さないとの決意を込め、日本政府が提案した。
 前文も、水俣病の教訓と同様の被害を将来発生させないことに言及している。
 日本は、けん引役として今後も責任を果たさねばならない。
 1956年に、熊本県水俣市で公式確認された水俣病は「公害病の原点」といわれる。
 本県でも、新潟水俣病が65年に公式確認された。
 条約は本県にとっても、新潟水俣病の教訓や知識を世界へ発信すると共に、足元の現実に向き合う好機となるはずだ。
 水俣病は、工場排水に含まれる毒性の強いメチル水銀が原因だ。
 安全面から、先進国での水銀使用は減った。だが途上国では、小規模な金の採掘や触媒などに使われ、被害が起きている。
 金の小規模採掘に従事しているのは、貧困層が中心という。
 「脱水銀」に向けて、先進国が技術や費用面での支援をすることが欠かせない。貧困者対策も考えるべきだろう。
 条約は一定用途以外の水銀の輸出を規制し、水銀を含む体温計や電池などの製造、輸出入を20年までに原則禁止とした。大気や水、土壌への水銀排出削減や、適切な保管と廃棄も定めている。
 地球規模の汚染対策が必要として、国連環境計画(UNEP)が活動を本格化させたのは2001年のことだ。13年の熊本市での会議で、条約が採択された。
 日本は国内法の整備を進め、16年に条約を締結した。今年5月には、締結国が条約発効に必要な50カ国に達した。
 世界最大の水銀排出国である中国や米国、欧州連合(EU)などが含まれている。
 もちろん、課題もある。
 日本は国内で回収した水銀を輸出している。条約で輸出が大幅に制限されれば、国内で水銀を長期間安全に保管、処分する方法を確立することが必要になる。
 水銀を使った体温計などを、一般家庭から回収する作業も進めなければならない。
 そもそも、水銀の輸出と水俣条約の趣旨は相反する。日本を含めた締結国は、輸出の全面禁止を検討していくべきだろう。
 さらに忘れてはならないのは、日本国内の水俣病が解決したわけではないことだ。
 被害の全貌はいまだ明らかになっておらず、新たな患者の認定は途上にある。各地で訴訟も続く。
 9月下旬には、スイスで第1回締結国会議が開かれる。水俣市から胎児性患者がオブザーバー参加し、水銀被害の実態を訴える。
 条約発効を機に、日本政府は改めて水俣病に向き合う姿勢が問われることになろう。


長渕剛が安倍政権を批判する新曲を発表!「カネにまみれたゾンビ」「歴史に群がる裏切り」
 今月16日、長渕剛の約5年ぶりとなるアルバム『BLACK TRAIN』が発売された。その内容は拝金主義に捕われて経済的利潤のみを追い求め、肝心の助けを求める国民のことは無視する政治家たちを批判してきた長渕のスタンスをさらに際立たせるものとなっている。たとえば、表題曲の「Black Train」からしてこうだ。
〈カネにまみれたBlack Train
 きのう俺は代議士に
 真っ赤な血をひっかけた〉
〈カネにまみれたゾンビ
 歴史に群がる裏切り
 上っ面だけの「Say Hello!」〉
「カネにまみれたゾンビ」「歴史に群がる裏切り」…この歌詞が、森友学園や加計学園問題をモチーフにしていて、「愛国」の名のもとに歴史を歪めてきた安倍首相とその周辺の連中の利権私物化を批判しているのは明らかだろう。
 そのファン層や言動から一見、右翼的な印象を受ける長渕だが、実は、プロテストソングを多く歌った加川良や友部正人を音楽的ルーツにもっており、これまでのキャリアでもことあるごとに体制に対し異議申し立てする歌を歌ってきた。湾岸戦争のときにつくられた「親知らず」という楽曲では〈俺の祖国日本よ! どうかアメリカに溶けないでくれ!/誰もが我が子を愛するように/俺の祖国日本よ! ちかごろふざけすぎちゃいねえか!/もっともっと自分を激しく愛し貫いてゆけ〉と歌い対米従属の果てに戦争に協力する日本に怒りを向けた。また、9.11後には「静かなるアフガン」で〈日の丸と星条旗に僕は尋ねてみたい/戦争と銭はどうしても必要ですか?/広島と長崎が吠えている/「もう嫌だ!」と泣き叫んでいる〉と反戦と平和への思いを歌っている。
安保法制に対し怒りを表明した長渕剛
 そして、第二次安倍政権以降、長渕は政権への批判をよりストレートに口にするようになった。2015年7月、『ワイドナショー』(フジテレビ)に出演した際には、国民の声を無視して強行採決された安保法制についてこのようにコメントしている。
「震災、4年前を思い出してもらいたい。あのときにどんだけのことを自衛隊がやったか。僕も激励に行かせてもらいましたけどね。彼らを死なすのかって。彼らを死なせてしまっていいのかってことだと思うんですよ。
 いまのこの流れでいくと、理屈は分からないんですけどね、感覚論としてね、戦争が近づいている気がするの。もう紛れもなくそこに近づいている気がしますよ。それをね、僕たちはどうやって阻止すべきかってことを非常に真剣に考える局面がありますよ」
 加えて長渕は安倍首相を名指ししながら、このように続けている。
「戦後復興後、高らかに我々は生きてきましたけど、そのなかに負の遺産はありました。負の遺産を残しておきながら、そのことにきちっとケリもつけないくせに、次のことをやっていこうとする俺らの大将、ちょっと違うんじゃない?」
 ここで使われている「負の遺産」という言葉はおそらく原発のことをさしており、原発問題を放置しておいて戦争法案をやろうとするのは違うと長渕は言っているのだろう。
 実際、長渕は自ら被災地に足を運んでその状況を見ていろいろなメッセージを発信している。12年3月には、特別番組『報道STATIONスペシャル「愛おしきあなたへ」』(テレビ朝日系)に出演し、福島第一原発20km圏内に入って警戒区域の実情を取材。その際に「もはや原発の有無を問う余地はない。立場や名刺はいったん脇に置いて、いち個人として現実を直視し、感性で見つめてほしい」という発言を残している。
悪い意味で「空気を読む」若手ミュージシャンに長渕剛は檄を飛ばす
 きわめつきは、昨年12月に放送された『2016FNS歌謡祭 第1夜』(フジテレビ)でのパフォーマンスだろう。この日はもともと、『FNS歌謡祭』のためにアレンジされた「乾杯」が歌われるとアナウンスされていたが、そこで視聴者が目にしたものは耳馴染みのある「乾杯」とはまったく異なるものだった。長渕はギターを叩くように搔き鳴らしながらこう歌い出したのだ。
〈アメリカの大統領が誰になろうとも
 凶と出るか吉と出るかって
 そりゃ俺達次第じゃねぇか
 今日もマスメディアの誰かが
 無責任な話ばかりしている〉
 アメリカ大統領の顔色をうかがってばかりの日本のメディアに対する痛烈な批判をぶちまけた後、さらに長渕は「歌の安売りするのも止めろー!」と、ミュージシャンたちに檄を飛ばし、被災地を置き去りにしてオリンピックに浮かれるこの国にこう問いかける。
〈俺達の東北、仙台、俺達の九州、熊本
 そして福島も頑張ってんだ
 オリンピックもいいけどよぉ
 若者の貧困 地域の過疎化どうする?〉
 騙されねぇぜマスコミ
 騙されねぇぜヒットチャートランキング
 騙されねぇぜワイドショー〉
 こういったオリジナルの歌唱が4分近く続いた後、皆が知る「乾杯」に入っていったのだが、実は、この『FNS歌謡祭』について、長渕は今回、『BLACK TRAIN』のプロモーションとして登場したウェブサイト「音楽ナタリー」のインタビューで、興味深い発言をしている。
長渕が「何が『乾杯』だよ!」「本当に『乾杯』でいいのか?」
「「乾杯」を発表してから何十年も経って、今と当時とでは国民性も時代性もまったく違う。しきりに結婚式の定番みたいに歌われてきたけど、もともとは個人的に祝いたい人のために作った曲だから、僕としては「何が『乾杯』だよ!」って。だから今歌うのなら現在の時代感や思いを込めて、リスナーに対して「本当に『乾杯』でいいのか?」という問いかけが必要になる。コードを変えたり不協和音を入れたくなったりする」(「音楽ナタリー」インタビューより)
 先の戦争で得た反省を無きものにして再びこの国を戦争ができる国につくりかえようとし、また、被災者の思いには耳を傾けようともせず、オリンピックにカネをつぎこみ、大企業など既得権益者たちにひたすら便宜をはかり続ける──安倍政権による政治が続く現在の状況では「乾杯」どころではない。長渕はそんな思いのもと、あのようなパフォーマンスをしたということらしい。
 今回、『BLACK TRAIN』のプロモーションでこの話をわざわざ語ったということは、その想いの延長線上にこの新曲が生み出されたということだろう。しかも、『BLACK TRAIN』を聴いていると、長渕の安倍政権への怒りがさらに強くなり、そのメッセージがさらに具体的になっていることがよくわかる。長渕ファンならずとも、ぜひ一度、聴いてみてほしい。(編集部)


新潟5区補選に浮上 田中真紀子氏“野党共闘”で出馬あるか
 18日、新潟5区選出の長島忠美衆院議員が死去した。66歳だった。これにより10月22日に、愛媛3区、青森4区と合わせ、新潟5区でも衆院補選が行われることになった。
 長島氏は長岡市山古志地域で14日に開かれた成人式に出席し、15日午前に脳卒中で入院していた。長島氏は中越地震で被災した旧山古志村(現長岡市)の村長として復興に尽力。復興副大臣などを歴任した。
 補選が行われることになった新潟5区は、民進党の支部長だった米山隆一氏が県知事となり、野党第1党の候補者が決まっていない状況。そこで関係者が戦々恐々なのが、田中真紀子元外相(73)の出馬だ。
 新潟5区は2012年の落選まで、真紀子氏が圧勝を繰り返した選挙区。14年の衆院選は出馬を見送ったが、政界引退を表明したわけではないだけに、安倍自民に逆風が吹いている今なら、あるんじゃないか、というわけだ。
 実際、真紀子氏は今年6月に「AERA」のインタビューに登場。加計問題をめぐって「安倍退陣」を力説していたが、こうも言っている。
「(政界引退とは口に)しません。私の最大の関心は政治。そういうDNAです。……日本が突然大統領制になったら、選挙に“はーい”と出るかもしれませんよ」
 まだまだ色気アリなのだ。
「地元では真紀子さん本人のほか、息子を擁立するのではないかという話もあります。民進党からではなく、野党統一候補として無所属という観測も出ています」(地元関係者)
 12年の落選後、真紀子氏は民進党に離党届は提出していないようだが、党とは距離を置き、フリーの立場に近い。加えて、新潟は昨年7月の参院選、10月の知事選で野党統一候補が自公を破っている。
「田中ブランドの価値は以前より落ちたとはいえ、角栄ブームもあったし、やはり知名度は圧倒的。田中家の関係者が出馬すれば、選挙の構図に影響を与えるのは間違いない。参院選や知事選のように野党共闘になれば、自民党はかなり痛いでしょう」(政治評論家・野上忠興氏)
 まさか……。


【言わねばならないこと】 (97)社会の軍事化が進む 家族法・憲法学者 清末愛砂さん
 自衛隊を憲法九条に明記する明文改憲が差し迫っている今、本当に戦争できる国づくりが進んでいると実感している。改憲派からは、護憲派は空想論的平和主義者との批判があるが、私はとても現実的な平和主義者だ。パレスチナやアフガニスタンで非暴力運動や難民支援に取り組んだ経験があり、安倍晋三首相よりもはるかに戦闘地や紛争地の現実を知っている。
 銃撃戦や目の前を戦車が走るのを目にし、武器や武力がいかに巨大な暴力を生むかを学んだ。自衛の名の下に暴力が増大する。武力に抑止力なんてない。パレスチナの難民キャンプでは、激しい銃撃戦に、生まれて初めて腰を抜かし動けなくなった。自分がいる建物の壁をガンガン撃たれた恐怖は消えない。殺された友人もいる。
 そうした現実を知らず、想像することすらせずに戦争ができる国づくりを進められても非現実的、非科学的としか思えない。現実的な観点から、憲法九条が非暴力的な社会をつくり出すために生かすことができる条文であると訴えたい。
 安保法制で自衛隊は専守防衛の組織ではなくなった。とりわけ集団的自衛権の限定行使を可能にした点で、侵略軍としての要素を持つようになった。明文改憲で自衛隊が明記されれば、その要素が増し、社会の軍事化が進むだろう。
 安保法制下で自衛隊の海外派遣が進められると、隊員は大きなストレスを抱えることになる。戦闘地には恐怖がまん延し、尋常でない緊張感を強いられる。隊員による派兵先でのさまざまな暴力や内部でのセクハラの悪化を招くだろう。
 安倍政権はどれだけ支持率が下がっても改憲するつもりだろう。護憲派は抵抗の手を緩めてはいけない。
<きよすえ・あいさ> 1972年生まれ。室蘭工業大大学院工学研究科准教授。専門は家族法、憲法。アフガニスタンの女性や難民支援に取り組む。2002年にパレスチナで非暴力の抵抗運動に参加し、デモ参加中にイスラエル軍の発砲で脚に負傷した。


チクッとしない血糖値測定 指に光を5秒 採血いらず 量子科学機構
 指に光を当てるだけで血糖値を測定できる技術を開発したと、量子科学技術研究開発機構のチームが18日発表した。糖尿病の患者が針を刺す採血の痛みを感じることなく、手軽に血糖値を調べる測定器の実現につながるという。国から医療機器の承認を受ける必要があり、5年後の一般向け販売を目指している。
 同機構関西光科学研究所(京都府)の山川考一さんによると、現在は指に小さな針を刺してわずかな血を採り、小型センサーで血糖値を測る測定器が主流。感染症の危険もあるほか、使い捨て針の交換などで年間約20万円かかる。このため患者の負担が軽く、簡単に測る方法が望まれている。
 チームは血液中の糖「グルコース」だけを捉える光の発生装置を小型化して応用した。電源部分を除く試作品は縦15センチ、横10センチ、高さ5センチ。光を発するくぼみに指を置くと5秒で計測できる。将来はスマートフォンのサイズまで小さくする。販売価格は高額になりそうで、月1万2000円程度で貸し出すレンタル方式も想定している。


『バイキング』で有本香がトランプそっくりの「どっちもどっち」論。一方、玉川徹はトランプ発言とネトウヨの共通性指摘
 白人至上主義者らと反対派の衝突事件をめぐるトランプ大統領の人種差別肯定発言問題。本サイトは18日朝の記事で、差別が絶対的に悪であるという自明の前提を無視したトランプ的“どっちもどっち論”が実は日本で大手を振ってまかりとおっている状況を批判したが、さっそく、ワイドショーでとてつもなくひどい“どっちもどっち論”が垂れ流されていた。
 それは、同じく18日放送の『バイキング』(フジテレビ)でのことだ。『バイキング』といえば元横浜市長の中田宏氏や“皇族芸人”こと竹田恒泰氏など、右派の安倍応援団をコメンテーターに起用しているが、この日のスタジオには最近、作家の百田尚樹らとつるんで反中言説に精を出しているジャーナリスト・有村香氏が登場。トランプ発言をめぐるスタジオトークのなか、有本氏はこんなことを言い出したのだ。
「ただ、この事件の背景に、リー将軍の像を撤去するかしないかという問題がありますよね。これはちょっとなやましいところもありまして。奴隷制があった時代のアメリカのいろんな事柄というのは、芝居にも映画にもなっているじゃないですか。いまやアメリカでは、その時代の名作と言われるような映画なんかも公開できないという状態になっているんですね。それが、現在のアメリカの政治的正しさ、ポリティカル・コレクトネスってよく言われたんですけど、そういうものになっている」
「この差別問題っていうのは、アメリカの中に非常に大きな影も落としているだけではなく、そういう新たなルールみたいなもの、こういうものを形成してしまっているというところがあるんですよ」
 リー将軍とは、南北戦争で奴隷制存続派の南部連合を率いた軍人、ロバート・E・リーのことだ。今回のバージニア州での衝突事件では、奴隷制を支持した勢力を顕彰するのは適切でないという広い認識を背景に、公園のリー将軍の像を撤去する決定を市が下した。これに対し、像の撤去反対を名目に白人至上主義者やネオナチらが集合して大規模集会とデモを行ったのが事件の発端だ。
 つまり有本氏は、このリー像の撤去問題を「なやましいところもある」と表現し、奴隷制、人種差別撤廃をめぐるポリティカル・コレクトネスに話にすり替えているわけである。しかも、明らかに“反差別に配慮するあまりいきすぎたポリコレ”という文脈で、そんな話を唐突に持ち出したのだ。
有本香が「白人至上主義だけでなくリベラル至上主義もとんでもない」
 これこそ“どっちもどっち論”の典型的なやり口だろう。そもそも、白人至上主義の象徴となっているリー将軍の銅像の撤去は「名作が上演できなくなっている」なる問題とはまったく次元が違う。また、白人至上主義者たちは今回、あきらかにリー像の撤去反対を名目に、「アメリカを白人の手に取り戻せ」とか「1国1民族、移民反対」などとレイシズムと排斥主義をわめきちらしていた。そして、忘れてはならないのは、白人至上主義者の方が車で抗議者に突っ込み、多数の負傷者とひとりの死者を出したという事実である。
 こんな明白な人種差別、ヘイトクライムに対して、映画界のポリティカル・コレクトネスの是非を持ち出して、いったいどうしようというのか。首を大きくかしげざるをえないが、続けて番組を見ていると、有本氏はついにグロテスクな本音をさらけ出した。
「まあ、いまちょっと揶揄される向きとしては、白人至上主義、これも非常に忌まわしきものだけど、リベラル至上主義っていうのもこれもまたちょっととんでもないね、と。さっき言ったみたいに、非常にオバマ時代の8年間が逆にいろんなストレスを生んでしまったと、こういう側面もあるんですよね」
 この人はいったい何を言っているのだろう。有本氏は「リベラル至上主義」なるものの存在をデフォルトのように語っているが、こんな無理やりな言葉なんてこれまで聞いたことがない。よしんば、有本氏の言う「リベラル至上主義」なるものがあったとして、どうしてそれが白人至上主義と並置されるのか。
 まあ、ようするにこういうことだろう。有本氏は、差別主義に抗議する人々を「リベラル至上主義」なる理解しがたいカテゴリーに入れ、白人至上主義の差別性を薄めた。そのうえで、差別主義の台頭をリベラルなオバマ政権の政策に原因があると言い出し、まるで、反差別、反ヘイト側に非があるかのように議論を誘導したのである。
 これこそがまさにトランプとそっくりな、強者と弱者の構図を無視することで人権や社会的正義を無化しようとする“どっちもどっち論”の典型例だが、しかし、この無茶苦茶な論理は、日本のネット右翼にも、そして実は安倍首相にも通底しているものだ。
 そのことをズバリ指摘したのが、同じ日の『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)での、玉川徹氏だった。
玉川徹が指摘したトランプ発言と日本のネトウヨの共通性
 この日の放送で、トランプの発言が二転三転したことが問題視されると、玉川氏はそれが問題ではないと否定。「発言から差別主義の本音が出ている」ところが反発されたとして、トランプが配慮した「固い支持層」について「オルト・ライト」(=オルタナ右翼)と呼ばれる極右を念頭に、“真性の保守ではなくネット右翼的なものが混ざっている”と指摘した。
「まさに日本のネット右翼も(オルト・ライトと)同じような傾向があるわけですよ。排外主義だったり、『取り戻す』っていう表現、これも大好きですよね。だから本当に僕はこれ、共通性を感じるんですよね」
 そして、トランプが会見で「オルト・ライトに抗議した“オルト・レフト”(=オルタナ左翼)はどうなんだ? 一方に悪いグループがいて、もう一方にとても暴力的なグループがいる」と述べたことなどをめぐって、こう当を得た批判をしたのである。
「同じ論理なんですよ、日本も。たとえば、この前の都議選の時に『こんな人たち』っていうふうに言ったら、あそこでデモ活動をしていたのは『左翼だ!』っていうふうな話になったじゃないですか。そういうネット右翼の人たちは、自分の考えに沿わない人はみんな『左翼』っていうふうにレッテルを張るんですね。これはもう、いわゆるネット右翼と同じような発想をするんだなトランプ大統領は、って思ったんです」
 たしかにそのとおりだ。日本でも、反差別や政権批判の動きが起きると、安倍首相もそしてネトウヨなどの安倍応援団も必ず、その動きに「左翼」「過激派」などレッテル貼りをして、「暴力行為を許していいのか」などという攻撃を繰り返してきた。その姿はまさにトランプそっくりといっていいだろう。
 しかも、問題なのは、こうした攻撃に、本来は徹底的に「反差別」「権力チェック」の立場に立たなければならないメディアまでが引きずられ、両論併記か口をつぐんでしまうか、どちらかしかできなくなっていることだ。
 今回のトランプ問題にしてもそうだ。有本氏にトンデモ論を語らせた『バイキング』は論外としても、他ワイドショーにしてもコメンテーターに「対岸の火事」的な解説を語らせるだけの番組がほとんどで、日本にも存在している同様の差別構造やバックラッシュと向き合う報道は皆無だった。
 そう考えると、今回のトランプ発言は改めて日本の言論の脆弱性を浮き彫りにしたと言えるだろう。(編集部)


非正規教員、給料に上限…38都県で内規設け
 公立小中学校に非正規として勤務し、担任や部活動の指導など、正規教員とほぼ同じ仕事をする臨時的教員について、38都県が、地方公務員法に基づく給料表の通りに年齢などに応じて金額が上がることがないよう、別のルールを設けて給料を低く抑えていることがわかった。
 総務省は、給料制度の運用に問題がある可能性を指摘している。
 読売新聞が今年7月、47都道府県の教育委員会に給料などについて聞いた。
 大阪府、岡山県など9道府県は、年齢や経験に応じて給料表通りに上がるが、熊本県、茨城県など38都県は、給料表とは別に、条例や内規などで上限を設けていた。鹿児島県の給料表の最高は月40万5600円だが、規定により20歳代後半の給料と同程度の月22万1200円を上限としていた。