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L'appel au "peuple" de Mélenchon contre le "contre le coup d'Etat social" de Macron
A Marseille, Jean-Luc Mélenchon a appelé le peuple à descendre dans la rue le 23 septembre prochain pour manifester contre la politique d'Emmanuel Macron.
Jean-Luc Mélenchon, leader de La France insoumise (LFI), a appelé dimanche "le peuple" à "déferle[r] à Paris" le 23 septembre pour manifester "contre le coup d'Etat social et antidémocratique qui s'organise contre lui", en référence aux ordonnances réformant le droit du travail qui doivent être dévoilées cette semaine. "Qu'à mon appel, à celui des Insoumises et des Insoumis qui sont là, le 23 septembre prochain, il faut que le peuple déferle à Paris contre le coup d'Etat social, antidémocratique qui s'organise contre lui". "Pas de bla-bla, du combat!", a lancé M. Mélenchon lors de son discours de clôture des journées d'été de La France insoumise à Marseille. LFI appelle à manifester le 23 septembre contre la réforme du droit du travail. La CGT, quant à elle, appelle à une journée d'action et de grève le 12 septembre.
Pour Jean-Luc Mélenchon, "notre société est en train de basculer sous les coups du capital dans un ordre des choses et une organisation sociale qui tourne le dos à ce que le Conseil national de la Résistance et toutes les luttes de nos anciens ont forgé pour nous libérer". Le député des Bouches-du-Rhône a entamé son discours par un hommage aux libérateurs de Marseille de l'occupant nazi, "il y a soixante-dix ans jour pour jour". Soixante-treize en réalité et le 28 août 1944 précisément.
"Le peuple français ne lui a pas donné les pleins pouvoirs"
"La vague dégagiste qui est passée sur le pays va reprendre", a assuré le nouveau député des Bouches-du-Rhône. Car Emmanuel Macron a selon lui "fait une grave erreur d'appréciation". "Le peuple français ne lui a pas donné les pleins pouvoirs, il s'est débarrassé de ceux dont il ne voulait pas en fonction de ce que les institutions lui permettaient de faire. Il a balayé le parti de M. Sarkozy. Il a balayé le parti de M. Hollande. Et il a balayé le FN au deuxième tour. Et, à la fin, il restait le +chenil+, comme on dit dans le Jura (ndlr: "chenil" veut dire "tas de poussière" en patois local), et c'était lui".
"Mais il s'est trompé, il n'est que le reste. Il n'est pas le point d'appui, il doit le comprendre. Le peuple français n'en a pas après des personnes, il n'en a pas après des étiquettes: il ne veut plus de la politique libérale qui abandonne les gens à la sauvagerie de la compétition de chacun contre tous", a affirmé M. Mélenchon sous les applaudissements de la foule réunie sur la place du Refuge, dans le quartier populaire du Panier.
M. Mélenchon a également adressé une pique au candidat socialiste Benoît Hamon: "nous avons dépensé en 18 mois de campagne présidentielle moins que d'autres qui ont dépensé plus en trois mois pour obtenir trois fois moins de voix que nous".
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テレメンタリー 「その手で未来を 〜筋電義手とつかむ可能性〜」
秋田市で暮らす6歳の保坂幸平君には、生まれつき左肘から先の手がない。「もしかしたら手が生えてくるかもしれない」と思いながら、その手でどんなことにも挑戦してきた。そんな幸平君に、電気通信大学が開発中の「個性適応型筋電義手」というロボットハンドを使うチャンスが訪れた。幸平君は、筋電義手と共に卒園式の修了証書を両手で受け取ることを決める。両手を使えることで広がる可能性と幸平君の挑戦を見つめる。
高橋優 秋田朝日放送

明日へ つなげよう 証言記録「福島県 核燃料プールを冷やせ! 決死の放水作戦」
次々と爆発し制御不能に陥った福島第一原発。一刻も早く原子炉を冷却する為、政府は自衛隊と消防庁に原子炉注水を命じる。しかし、現場の放射線量は高く、注水による爆発も懸念された。事前の訓練や準備が無い中で課せられた前代未聞のミッションに、自衛隊と消防の合同チームは、放射線防護と消防のノウハウを結集して決死の作戦を敢行、燃料プールへの注水を成功させた。今だから明かされる“奇跡の連携”を証言で描く。
バリバラ「告白!あなたの夢はなんですか?」
車椅子の男性が23年越しのある夢に挑戦!さらに寝たきり芸人の夢を全力でサポートすると、奇跡の瞬間が!?スタジオではご意見番・玉木幸則が夢の実現に挑む!
巷(ちまた)で「あなたの夢を教えてください」と聞いてみたところ、健常者と障害者で意外な違いがあることが発覚!いったい何故なのか、その理由を探っていくとさまざまな社会のバリアが浮き彫りに!?今回は「障害者の夢」をバリバラ流に全力で応援しながら、夢を実現できる社会のあり方を考えていきます。
白鳥久美子,箭内道彦,ベビー・バギー, 山本シュウ,大西瞳, 玉木幸則, 大橋グレース,岡本真希, 神戸浩

真相!昭和の事件史 〜「あさま山荘事件までの壮絶800日」「金大中拉致事件」 (他)〜

1972年、真冬の軽井沢の別荘に過激派組織・連合赤軍のメンバー5名が立てこもった歴史に残る大事件「あさま山荘事件」。この事件はなぜ、どのようにして起きたのか?番組では連合赤軍の元メンバーを含む事件関係者2人に直接取材を行い、あさま山荘事件が発生するまでの800日を克明に再現!そこには「総括」という名の殺戮、そして有名大学に籍を置く大学生たちが警察に追われ悲惨な逃亡生活を続けるという恐るべき真実があった!1973年、当時独裁政治の中心的存在だった朴正煕大統領と対立し、民主化を進めようとしていた金大中氏が、東京のホテルで白昼堂々何者かに襲われ姿を消した!日本の警察も全力をあげて捜索したものの発見できず。しかし5日後、韓国内で突如発見される。一体何があったのか?金大中拉致事件の真相を当時から追い続ける日本人ジャーナリストに直撃取材!そこには命の危機を感じながら夫・金大中を支え続けた妻の愛があった!
泉ピン子、中村雅俊、石原良純 萩谷順(ジャーナリスト)、三浦瑠麗(国際政治学研究者)
☆番組HP  http://www.tv-asahi.co.jp/shouwanojikenshi/

アニメドキュメント「女川中バスケ部 5人の夏」
震災で部員が減る中、最小人数で全国大会目指す5人の少女の感動の実話をアニメ化。ナレーションは綾瀬はるか。声の出演は倉科カナ、山寺宏一、サンドウィッチマンなど豪華メンバーが集結した!!宮城県女川町は津波で大きな被害を受け人口が4割も減少。名門・女川中バスケ部も3年生が5人だけに。しかし5人は震災をともに乗り越えてきた絆と、町の人たちの支えをうけて、ひたむきに戦い、奇跡的に県大会を勝ち進む…。
綾瀬はるか, 倉科カナ,山寺宏一,サンドウィッチマン,大神雄子,佐々木李子,三瓶由布子,伊瀬茉莉也,潘めぐみ,大和田仁美 山田由香

空気の正体を巡る旅
科学者達は如何にしてその姿を明らかにしたのか?
「空気」というとどのようなものを連想するだろうか?酸素?温暖化?遥か昔、死人は息をしないことから人々にとって「空気」は、“魂や霊”と同一のものだと認識されていた。ところが現代「空気」は、窒素や酸素、二酸化炭素など、様々な成分が含まれている気体だと認識されている。
一体いつから空気は“魂や霊”ではなくなり、“窒素や酸素を含む気体”として変化していったのだろうか?そんな疑問に答えた一人の学者がいた。地球化学者の故・三宅 泰雄氏だ。三宅氏は、研究の傍ら書いた著書の中で、科学者たちが様々な方法を使い、空気の正体を明らかにしていったかを描いているのだ。
ガリレオから近代まで、三宅氏の著書を主軸に偉人達の実験エピソードを紐解くことで見えてくる空気の正体を巡る旅へといざなう。
紀元前から西暦1600年の空気の正体
紀元前から西暦1600年頃まで “空気”は魂や霊と密接な関係をもつものと人々に認識されていた。しかし天文学の父と称される科学者「ガリレオ・ガリレイ」が行った非常に単純な実験によって、それまでの空気=“魂や霊”といった認識は覆ることになった。
ガリレオの残した謎を解いた弟子。
ガリレオの実験によって現代へと一歩近づいた空気の正体。
そしてガリレオは更に空気の正体を明らかにするべく様々な実験を試みたが、志半ばで亡くなってしまう。しかしガリレオの意思を継ぎ、空気がもつ謎に果敢に挑んだある科学者によって空気の正体は更に現代へと近づくことができた。
そしてその実験方法もガリレオさながらの単純なものだった。
空気の正体を知ることで利用されはじめた空気。
更にもう一人、ガリレオの意思を継ぐ科学者の登場によって空気の正体はより現代へと近づく。その科学者は、圧力をかければ空気が縮む性質があることを発見したのだ。
一見小さなことにも思える、新たに発見されたこの空気の性質によって工業は飛躍的に進歩し、世界中で産業革命を巻き起こした。しかしそれは同時に、人が扱いきれない力を生むことにも繋がっていた。
宇宙にも広がる空気
空気の正体を巡る旅は今、その枠を宇宙にまで広げている。
宇宙に空気?宇宙は真空ではないのだろうか?
実は宇宙には“星間物質”という星と星との間に浮かぶ小さな塵や気体があるのだ。
そしてそれらを調べることで、矮星や惑星の誕生の謎や、生命誕生の謎を解くヒントが見えてくるという。
<主な取材先> 廣瀬 勝己 さん (地球化学研究協会) 長谷川 哲夫 さん (国立天文台)
nāgita #antifa‏@naagita
中島岳志『親鸞と日本主義』新潮新書読んでる。これすごい本だわ。仏教と超国家主義の関係はもっぱら日蓮主義の系譜が問われてきたが、大学や論壇に苛烈な「思想戦」を仕掛け恐れられたのは浄土真宗の開祖、親鸞の教えに立脚した知識人グループだった。中島本人がそれを知った時の衝撃を追体験できる。

南御堂で盆踊りです.早めに行ったのでうちわをもらいました.
いろいろ屋台みたいなのがあって石巻の屋台がありました.世嬉の一というお酒でなんとなく聞いたことがあるなぁ???と思うと,一関のお酒かな??と思いつきました.おいしいです.
江州温度や花笠音頭そしてドンパン節とか各地の民謡ですが,歌い手がうまいです.聞き惚れてしまいます.
明日からのお仕事頑張るため早めに帰りました.

<あなたに伝えたい>成人式の写真は今も離さず
◎着物姿がきれいで踊りも上手だった妻/武田政夫さん(宮城県東松島市)千代子さんへ
 武田千代子さん=当時(73)= 東松島市野蒜の自宅で夫の政夫さん(81)と2人暮らしだった。東日本大震災の発生後、近くの公民館に政夫さんと避難したが、当時飼っていた犬が心配になって自宅に引き返した。千代子さんは今も行方不明だが、政夫さんは2011年8月、千代子さんの死亡届を出した。
 政夫さん 交際を始めてから約55年もの間、連れ添ってくれた千代子。若い頃は着物姿がとてもきれいで、踊りも上手でした。家業の建設会社を65歳で畳むまで、男に負けないくらいよく働いてくれた。語り尽くせないほどたくさんの思い出がある。毎日幸せだったよ。楽しかったよ。
 千代子は震災の日、突然、目の前からいなくなってしまったね。仮設住宅暮らしを経て、今は災害公営住宅に1人で住んでいるけど、千代子がいない悲しみで、居ても立ってもいられなくなる時があります。
 自宅は津波で流失し、何もかも失いました。千代子の写真だけが心の支え。中でも、千代子が成人式の時に撮った写真は、結婚前から変わらず、今でも財布に入れて肌身離さず持ち歩いています。寂しくて寝られない夜、この写真を見ると、不思議と落ち着いて、よく寝付けます。
 仮設住宅で風呂に入っていた時、俺に語り掛けてくれたね。「お父さん、これからはどんどん外に出て、一人でも多くの命を助けるために、震災の経験を話したらどうですか?」。あれは間違いなく千代子の声だった。そう信じている。
 あの声を聞いた後、「被災体験を語ってほしい」と講演を頼まれるようになったんだ。年に2、3回だけど、宮城県内外で講演活動を続けているよ。講演を聞いた人からは「津波の怖さが伝わった」という感想文や千羽鶴などを贈られて、とても励みになります。千代子に言われた通り、これからも前向きに生きていこうと心に誓っているよ。


<リボーンアート・フェス>「生きる術」名称に託す 制作委員・中沢新一さんに聞く
 東日本大震災で被災した石巻市の牡鹿半島を主な舞台に、9月10日まで開催中のアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」。思想家で人類学者の中沢新一さんは、RAFの制作委員であり、その名付け親でもある。被災地での、新たな試みについて聞いた。(聞き手は石巻総局・古関良行)
 −「リボーンアート(Reborn−Art)」の名称にはどんな意味がありますか。
 「Artはラテン語のArs(アルス)が語源で、技や術(すべ)を意味する。Rebornは『生まれ変わり』『再生』。だから『Reborn−Art』は『再生のための技』であり、『生きる術』の意味を込めた」
 「石巻は人口構成が大きく変わりつつある。被災して沿岸部を離れた住民がいる一方で、旧市街地などには外から若者が移り住み、やる気に満ちている。都会の生活に疑問を感じ、生活を再構築しようと集まった人も多い。自分自身が生まれ変わり、石巻でどんな生活をつくるのか。その術としてArsに気付いた」
 「多くのものが失われた地で、人口構成もシャッフルされた地で、生き方を考える。それがRAFの大きなテーマだと思う」
<商業的な枠超える>
 −被災地で開く芸術祭の意義は大きいですね。
 「それは大きい。他の地域でも芸術祭はあるが、被災地でこれだけのアートフェスは他になく、違うものにしたかった。観光振興や交流人口の増加など経済効果を生み出すことは大切かもしれないが、被災地でやる以上、商業的な枠を超えたものが大事だと思った」
 「各地の芸術祭は行政や交付金などに頼る面があるけれど、今回は音楽家の小林武史さんが提唱し、民間が主体なのがいい」
 −アートだけでなく、音楽、食もテーマです。
 「アートは基本的に個人で鑑賞するが、音楽は多くの人々が集まって聴く。集団性のある音楽をベースにした芸術祭こそ、被災地でやる意味がある。フランスでは夏になると、各地で音楽祭が開かれる。街中どこかでクラシックやフォークなどいろんな音楽が響く。そんな芸術祭はいい」
 「食にしても、海や山と深い関わりがある。時には災害をもたらす海と住民との関わりが、食にある。単においしいだけではない」
<賢治の思想 再構築>
 −29、30日には石巻市の中瀬公園特設テントで中沢さん脚本のオペラ「四次元の賢治」が上演されます。
 「東北とは付き合いが深い。感じるのは、先祖ら死者や森の動物など人間世界の外のものを、自分たちの暮らしの領域に組み込んでいる。生者と死者が一緒になって東北の文化をつくっている。金華山の修験道、七夕などは死者との対話が基底にある」
 「それを思想的に深めたのが宮沢賢治。賢治自身が、人間世界の外を四次元と呼んでいる。オペラは賢治作品の言葉を使い、賢治の思想を僕なりに組み立て直した。今回は第1幕で、第3幕まで構想している。賢治が死の世界をどう捉えたのか、オペラにしたい」
 中沢新一さんのトークイベント「四次元の学校」が28、29日の午後3時半から、石巻市のIRORI石巻で開かれる。無料。


<かがり火まつり>揺らめく炎、晩夏の南三陸照らす
 宮城県南三陸町の夏の風物詩「かがり火まつり福興市」が26日、同町志津川の海水浴場サンオーレそではまであった。7年ぶりに今夏再開した海水浴場を御神火が照らし、訪れた約8000人は東日本大震災からの復興を願った。
 午後6時ごろ、御神火を持った児童5人の入場でまつりがスタート。志津川湾に浮かぶ荒島と海水浴場を結ぶ堤防沿いに置かれた35基のかがりに、住民団体「南三陸ふっこう青年会」のメンバーが火をともした。
 震災前、まつりは志津川地区中心市街地を流れる八幡川で行われていた。志津川中2年山内美空さん(14)は「小さい頃に見た祭りの景色がよみがえり、懐かしかった」と話した。
 2011年から同町に職員の派遣を続ける愛知県新城(しんしろ)市名物の三河手筒花火が披露されると、歓声が湧いた。同市職員の林俊太さん(27)は「震災を忘れず、両地域が発展してほしいという気持ちを込めて打ち上げた」と語った。


古里に新しい風 石巻・雄勝に小・中併設新校舎が完成
 東日本大震災で被災した石巻市雄勝町大浜地区に、小・中併設型の雄勝小(児童20人)と雄勝中(生徒21人)の新校舎が完成し、26日に落成式があった。子どもたちや住民が、木の香りあふれる学びやの完成を祝った。
 多目的ホールであった式典に関係者ら約200人が出席。同小6年渡辺遥人君(11)は「新しい机で勉強できる。気合が入る」と語り、同中3年大槻龍央(れお)さん(14)は「歴史を刻み、新しい風を吹かせていく」と飛躍を誓った。
 亀山紘市長は「新校舎が復興の象徴となることを願う」と期待。雄勝の海や山、灯台を地元特産の石で色彩豊かに描いた壁画の披露、旧雄勝中から続く「復興輪太鼓」の演奏もあった。
 新校舎は雄勝湾を望む高台に立ち、木造2階の普通教室棟、鉄筋コンクリート一部鉄骨造り3階の管理・特別教室棟、体育館などから成る。延べ床面積は計約5100平方メートル。
 外壁の一部には雄勝石のスレートをあしらった。正面玄関近くのラウンジや和室は住民の利用も見込む。小5と中1の孫が学ぶ鈴木洋七さん(75)は「新校舎で、素直に元気よく育ってほしい」と子どもたちの門出を祝った。
 新たな雄勝小と雄勝中は震災や少子化などの影響で4月、旧雄勝小と旧大須小、旧雄勝中と旧大須中がそれぞれ統合。子どもたちは1学期は旧大須小校舎を利用した。2学期が始まった24日から新校舎に通っている。


台風10号豪雨から1年/治山こそが治水の基本だ
 岩手県内だけで死者・行方不明者23人という犠牲を出した台風10号豪雨から30日で1年がたとうとしている。
 今年7月には秋田や九州北部が、やはり大雨による被害に見舞われた。各地で繰り返される水害を異常気象だからと嘆いていてばかりもいられまい。台風10号被害から防災のヒントを見いだしたい。
 被害が集中した岩手県岩泉町の小本(おもと)川流域では、大量の流木が橋桁に引っ掛かって流れをせき止め、土石流が周辺集落を襲った。
 岩手大工学部の大河原正文准教授(地盤工学)の調査によると、岩泉町の山間部では土石流や斜面崩壊が1千カ所以上で起きていた。保水性の低い表層土が雨水を蓄えきれず土砂崩れが起きたという。
 1年が経過した被災地では現在、砂防ダム16基の建設が進んでいる。渓流1本当たり砂防ダム1基を整備する計画で、流木や土砂が下流部に達するのを食い止める。
 むろん必要な対策であり、一定程度の効果も見込めるだろう。だが、対症療法の域を出ていないのもまた事実だ。根治を目指すなら、なぜ表層土は崩れたのか、土石流は砂防ダムでしか防ぎ得ないのかを考えるべきではないか。
 ほぼ1日で8月1カ月分の平年雨量をはるかに上回る248.0ミリという豪雨の中、ほとんど無傷で台風をやり過ごした場所が岩泉町内にある。「中洞牧場」だ。
 適正管理で更新した樹木の根が天然の土留めとなり、放牧牛が牧草をはんで形成した野芝が天然のダムになった。牧草地は未曽有の雨量を受け止めて台風が過ぎ去った後、1カ月かけて少しずつ排水していった。
 町の惨状を目の当たりにした牧場主の中洞正さんは、山中に放置された倒木や切り倒したまま捨て置かれた間伐材が、被害の拡大を招いたと指摘。土砂災害や水害を最小限に食い止めるには、森を育て管理する林業の復権が不可欠と訴える。
 確かに山林の荒廃は現在、全国規模で拡大の一途だ。その要因は何か。民間のシンクタンク、東京財団は地権者の管理放棄や登記手続きの放置にあるとした。
 試算によると、30年後には全国で300万ヘクタール以上の山林が所有者不明になるという。内訳は(1)民有山林が約170万ヘクタール(2)共有林野が100万ヘクタール(3)耕作放棄地約40万ヘクタール。総面積は南東北3県に匹敵する。
 乱開発のツケも指摘されよう。バブル経済が崩壊した後、山肌を削って造成されたゴルフ場などの経営破綻が相次ぎ、荒廃地だけが残った。
 国土が適正に管理されない事態には、国も強い危機感を抱いている。例えば特区や特例法を創設し、一定の条件を満たした林業者には所有者不明山林の管理・伐採を許可するなどの措置も必要だろう。
 治山こそが治水の基本と、あらためて肝に銘じたい。


<大曲の花火>雨上がり 夜空に大輪 観客を魅了
 第91回全国花火競技大会(大曲の花火)が26日、大仙市の雄物川河川敷で開かれた。東北の6社を含む27業者が花火の技術を競い、光の華が約74万人(主催者発表)の観客を魅了した。
 会場は前日までに降った大雨で冠水。開催が危ぶまれたが、市職員らによる懸命な復旧作業で予定通りの実施にこぎ着けた。
 今年のテーマは「行雲流水 日々新たに、又(ま)た日に新たなり」。光と音が織りなす約1万8000発の花火が打ち上げられた。
 大会開始前、秋田県内を襲った7月の豪雨からの復興を祈る計30発の「激励花火」が上がり、水害の爪痕が残る被災地を癒やした。


壇蜜さん「皆さんの応援に助けられた」村井知事とトークショー、動画は配信停止
 「伊達な旅」夏キャンペーン(7〜9月)を展開する仙台・宮城観光キャンペーン推進協議会は26日、タレントの壇蜜さん(横手市出身)を招き、宮城の魅力を発信するイベントを仙台市青葉区のホテルで開いた。「性的な表現が不快」などの批判を浴びた壇蜜さん出演の観光PR動画は、イベントを区切りに27日午前0時、配信が停止された。
 イベントでは壇蜜さんと協議会会長の村井嘉浩知事のトークショーがあり、動画にも話題が及んだ。
 壇蜜さんは「私が『宮城においでよ』と元気いっぱいに言える感じではなくなった」と寂しげに話しつつ、「皆さんの応援に助けられた。東北ゆかりの代表として、今後もお手伝いしたい」とエールを送った。
 動画は26日時点の再生回数が450万回を超えた。村井知事は動画でキャンペーンの認知度が格段に上がったとして、「壇蜜さんのおかげでここまで来ることができた。ものすごい効果だ」と強調した。
 投稿サイト「ユーチューブ」で7月5日に公開された動画(2分37秒)は、壇蜜さんが伊達家家臣の子孫に扮(ふん)し、牛タンやずんだ餅などを妖艶な言い回しで紹介。県議会野党会派などは内容を問題視し、「税金を使うべき動画ではない」などと配信停止を要請した。
 動画を制作した県は21日、26日のイベント後に公開を取りやめる方針を決定。村井知事は定例記者会見で「批判の声もあり、配慮が必要と考えたのも事実だ」との考えを示した。


<宮城知事選>「村井県政転換を」市民団体発足、対立候補選定へ
 任期満了に伴う知事選(10月5日告示、22日投開票)で、4選を狙う村井嘉浩知事(57)の対立候補擁立を目指す市民団体「県民の県民による県民のための新しい知事を選ぶ会」が26日、仙台市青葉区の県民会館で発足集会を開いた。
 鹿野文永元鹿島台町長や遠藤恵子東北学院大名誉教授、佐久間敬子弁護士らが呼び掛け人となり、約260人が参加。村井県政の転換を目指す集会アピールを全会一致で採択した。
 新しい知事候補に望む政策として、(1)福祉・教育に重きを置く(2)被災者や地場産業に寄り添う(3)脱原発・脱石炭を目指す−などを確認した。選ぶ会は野党政党に共闘態勢の構築を働き掛けるなどしながら、候補者の選定作業を急ぐ。
 共同代表の佐久間弁護士は「市長選は市民が候補者擁立を主導し、勝利を収めた。県民が望む県政を実現してくれる知事候補を選びたい」と話した。


羽越水害50年 悲劇を繰り返さぬために
 下越地方に甚大な被害を出し、本県で起きた水害では戦後最悪とされる羽越水害から、28日で50年となる。
 過去を知り、学ぶことは未来への備えにつながる。当時を振り返り、教訓を語り継ぐとともに、改めて万一の事態に対する備えを確かめたい。
 1967年8月26日から降り始めた雨は、28日から29日にかけて集中豪雨となり、下越地方一帯を襲った。総雨量700ミリという猛烈な雨を記録した。
 関川村を流れる荒川や、胎内市(旧黒川村)を下る胎内川をはじめ、加治川、阿賀野川などが決壊、氾濫した。
 豪雨は山を崩し、土砂が土石流となって集落をのみ込んだ。猛威をふるう濁流は橋や鉄路までも押し流した。
 この水害による本県の死者・行方不明者は134人を数え、山形県でも8人が犠牲になった。
 当時の被災地の写真には、大きな石や流木に押しつぶされた民家や、対岸が見えないほどの濁流が写し出されている。
 稲刈りが目前に迫る時季だった。田を守ろうと土のうを積んでいるさなかに川が切れ、何人もの人が一気に流された。
 水害から1週間以上が過ぎても、河川敷や海岸線には行方が分からない肉親や知人を探し歩く人の姿があった。
 新発田市など加治川流域は前年の66年7月17日にも水害に遭っていた。堤防は仮復旧していたが抜本的な改修が済まぬうちに、同じ場所から決壊した。
 田は泥に埋まり、収穫どころではなくなった。かけがえのない家族を奪われ、生活の糧であるコメも失った。絶望のあまり、自ら命を絶つ人もいた。
 50年の歳月がたち、ようやく重い口を開き、当時を語り始めた人たちがいる。思い出すだけでもつらい話を、後世のためにと伝えている。真摯(しんし)に耳を傾け、体験を共有したい。
 被災後、荒川は1級河川に指定され、国直轄で拡幅や築堤など改修が行われた。
 荒川水系で大石ダム(関川村)や横川ダム(山形県小国町)、加治川流域では加治川治水ダムや内の倉ダム(いずれも新発田市)ができ、上流域の対策も整った。
 治水が進み、人命を失うような水害が起きる確率は、当時に比べて格段に低くなっている。だが洪水や豪雨への警戒感を薄れさせてはならない。
 雨の降り方が局地化、激甚化している。この夏は県内でも、積乱雲が連続して発生し、帯のように連なる「線状降水帯」による大雨被害が起きた。
 7月の九州北部の豪雨では土砂と大量の流木が押し寄せ、羽越水害を想起させる被害となった。
 気象庁によると、1時間に50ミリ以上の大雨が降る頻度は、30年前に比べ3割程度増している。短時間で一気に降る大雨は、災害を引き起こす危険性を高める。
 避難経路の確認など、家庭や地域で防災への備えを新たにし、半世紀前の甚大な犠牲に応えたい。


過疎地のスタンド 守る知恵を地域ぐるみで
 ガソリンスタンド(給油所)の減少が止まらない。
 今年3月末時点で全国のスタンド数は3万1467。ピーク時に比べ半減した。県内でもこの20年間で4割減った。燃料を買うために遠くまで出掛けなければならない「給油所過疎地」が全国的に増えている。
 ガソリン、軽油、灯油は暮らしの必需品だ。スタンドがこのまま減り続けるようだと過疎地はますます暮らしにくくなる。
 過疎地のスタンド対象のアンケートでは、今後の事業継続について「未定」ないし「廃業」との答えは合わせて3割近くにのぼる。住民、自治体、業界、政府が知恵と力を出し合って、守る手立てを編み出さなければならない。
 下伊那郡泰阜村では住民有志でつくる社団法人「振興センターやすおか」が村内唯一のスタンドを運営している。8年前、農協が経営から撤退したのを受けて法人を立ち上げた。
   <有志が出資して>
 約700世帯の村で198人が法人に資金を出し合った。出資した人はガソリンを1リットル当たり3円安く買うことができる。中沢雄策さん(44)が妻と父親の助けを得ながら、隣接する食料雑貨店と一緒に切り盛りしている。
 飯田市までは車で40分ほど。価格競争で経営は厳しい。
 「ぎりぎりですよ。スタンドだけではやっていけない」。村のバスの運転手も務めて暮らしを立てているという。
 近くに住む女性が車の給油にやってきた。村独自の地域振興券「とくとく20」を使うと実質2割引きになるので、いつもこの店で入れていると話していた。
 月間販売量は農協時代に比べ2〜3割増えた。振興券の効果が大きい。地域ぐるみの努力で維持されている店である。
 同じ下伊那の阿智村では、農協の撤退を受けて住民らが株式会社「そのはらエスエス」を設立、店を引き継いだ。7年前のことだ。タンク更新などの費用1540万円は農協と村が負担した。
 スタンドが減っている理由の一つは、エコカーの普及や少子化により燃料需要が減っていることである。統計では過去5年間に9%減った。今後増加に転じることは考えにくい。
 加えて、都市部や幹線道路沿いではセルフ化、大型化が進み価格競争が激しくなっている。スタンドがコンビニなどに変わっている光景を最近はよく見かける。
 経済産業省によるとスタンドが3カ所以下の「給油所過疎」の市町村は全国に302ある。長野県内では32、全体の4割が過疎とされる。泰阜村はその一つだ。
 どうすれば維持できるのか。同省が「ハンドブック」で紹介している例が参考になる。
 大分県杵築市では灯油配達の希望者宅に県と市、スタンド事業者の負担でタンクを設置、定期的に給油車が回って補給している。使った分だけ代金を請求する“置き薬”方式だ。
 尾瀬の入り口、福島県檜枝岐村は村内1カ所だけのスタンドを維持するために、ガソリン1リットル当たり10円を村が負担して価格を下げている。福井県大野市では地域の2社が合併し店を再編してコスト削減に結び付けた。
 置かれた状況はさまざまだ。万能の処方箋はない。それぞれ工夫するほかない。
 危険物を扱うスタンドには厳しい規制がかかっている。経営は規制の在り方にも左右される。
 最近では、2011年の改正消防法施行で古いタンクの改修、交換が義務付けられたために、費用を捻出、回収する見通しが立たず廃業する動きが加速した。
   <規制運用の工夫も>
 経産省は専属の担当者を置く余裕がないスタンドのために、客の呼び出しで離れた場所から駆けつけて接客する営業形態を昨年から解禁した。センサーやインターホンを設置するのが条件だ。
 安全確保は大前提としても、規制を見直す余地はほかにもないかさらに検討してほしい。
 車メーカーはいま電気自動車の実用化にしのぎを削っている。普及すればスタンドは根本的な変容を迫られる。
 地域の生活インフラを将来にわたりどう構築し、守っていくか。柔軟な発想と機敏な対応が今後ますます求められる。


買い物弱者対策 縦割り廃止し支援強化を
 地元の商店が減り、食料品など日常の買い物が自宅近くでは難しくなった。遠くの店に行こうにもマイカーも公共交通機関もない。過疎や高齢化を背景に、こうした「買い物弱者」が増えている。
 助けとなるのが移動販売やコミュニティーバスの運行、臨時店舗の開設などの事業だが、その7割は実質的に赤字という調査結果を総務省がまとめた。
 事業は企業や商工会、住民組織などが行い、国や自治体が補助金で支援するケースもある。広島や香川県など20都道府県の193事業について2015年度の収支を調べたところ106は赤字だった。
 「黒字または均衡」と答えた30事業も補助金などで赤字を穴埋めしており、計136事業が実質的に赤字だった。運営の難しさが浮き彫りとなったと言える。住民が無償で運営に参加して人件費を削減するなどの努力も行われているが、限界があろう。
 買い物弱者は中山間地域だけでなく、都市部でも増えている。一方、タクシーや貸し切りバスで荷物を運ぶ「貨客混載」サービスが来月から過疎地で可能になり、買い物支援につながると期待される。国や自治体は効果的な支援の在り方を検討してほしい。
 そもそも買い物弱者は統一的な定義がない。農林水産省は65歳以上で、自宅の500メートル圏内に生鮮食料品の販売店がなく、自動車を持たない人、経済産業省は60歳以上で日常の買い物に不便を感じている人としている。推計人数は農水省の372万人(10年)に対し、経産省は700万人(14年)と差がある。
 明確な所管府省はなく、連携態勢もない。農水省の食品流通、経産省の商業振興、内閣府の地方創生などの施策が結果的に対策に役立っているのが現状だ。自治体の取り組みもまちまちだという。
 こうした調査結果を受け、総務省は関係官庁に支援強化を要請した。それぞれの関わりを整理し、施策の情報を共有することが重要という指摘は縦割り行政への反省だろう。まずは所管を明確にして実態を把握すべきだ。
 買い物弱者の支援は岡山県内でも進んでいる。JAつやま(津山市)は昨年1月、鏡野町で移動販売車「笑味ちゃん号」による食料品などの販売を始めた。商店が少ない地域を中心に巡回し、1日に40〜50人が利用するという。
 移動スーパーを全国展開する徳島市の企業と契約したスーパー経営の天満屋ストア(岡山市)から商品供給を受けて、個人事業主が運行する車両「とくし丸」は15年に事業が始まり、車両は22台に増えた。巡回エリアも広がり、うち1台は備前市の外郭団体が運行している。
 買い物の支援だけでなく、高齢者を見守ったり住民の交流を促したりする効果もあろう。国や自治体は暮らしの基盤を支えるインフラと捉え、支援を探ってもらいたい。


福島汚染水対策 計画練り直しが必要だ
 福島第1原発の汚染水対策で、東京電力は1〜4号機を囲む「凍土遮水壁」の未凍結部分を凍らせる作業を秋にも完了する。
 政府と東電は凍土壁を、地下水の浸入を防いで放射性物質に汚染された水の発生を抑える対策の切り札と位置付けてきた。
 工事に約350億円もの国費が投じられ、凍結開始からおよそ1年半が経過したが、その効果はいまだに判然としない。
 加えて、凍結状態を維持する電気代などに年間十数億円の追加負担が発生する。
 政府と東電は遮水効果がどの程度あるのか早急に見極め、国民に丁寧に説明すべきだ。
 併せて、凍土壁の代替策も用意しておく必要がある。
 福島第1原発は、背後の高台側から地下水が敷地内に流れ込む地形になっている。
 事故後、溶け落ちた核燃料(デブリ)に地下水が触れ、高濃度汚染水が増え続けた。
 要となる地下水対策は、さまざまな手法の組み合わせだ。
 全長約1・5キロ、深さ約30メートルの凍土壁のほか、山側の井戸から地下水をくみ上げて海に流すバイパスや、建屋周辺の井戸から取水する「サブドレン」などがある。
 一連の対策で1日約400トン流れ込んでいた地下水は現在140トン程度に減っており、東電は、完全凍結後は100トン以下に抑えられると説明している。
 不可解なのは、遮水効果をめぐって評価が分かれている点だ。
 凍土壁の有効性を強調する東電に対し、原子力規制委員会は最初から凍土壁を信用せず、サブドレンを対策の主役としている。
 これでは、国民は困惑するばかりである。
 全面凍結した場合、水位の調整も懸念材料だ。
 遮水によって地下水の水位が急激に下がれば、建屋地下にたまった高濃度汚染水が漏れ出す恐れがあると指摘されている。
 それだけに、東電は慎重な運用に徹しなければならない。
 デブリの取り出しを含め、廃炉には30〜40年以上かかる。
 東電の廃炉に向けた実施計画では、凍土壁について「必要な期間に限り」と記しており、そもそも廃炉作業完了までの運用を想定していない。
 対策の抜本的な見直しが求められる。鉄やコンクリートの構造物で恒久的な遮水壁を造るなど、廃炉期間に見合った長期に耐える方法を検討すべき時だ。


エネルギー基本計画 問題先送りは許されぬ
 国のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直し議論を、経済産業省の有識者会議が始めた。
 2030年時点で、どんなエネルギーを使い賄っていくのかについて、14年に決定した現行計画を、環境変化などを踏まえて再検討する。
 国民の関心の高い原発政策を含めて行方が注目されるが、世耕弘成経済産業相は見直し論議の初会合で「基本的に骨格は変える段階にない」と語った。抜本的な議論を封印するような発言だ。これでは小手先の改定にとどまりかねない。課題に目をつむり本腰を入れて取り組もうとしない姿勢に疑問を感じる。
 というのも、現行の基本計画そのものが、さまざまな矛盾を抱えているからだ。
 とりわけ問題なのは原発政策である。東京電力福島第1原発の事故を受け、現行計画に「震災前のエネルギー戦略は白紙から見直し、原発依存度を可能な限り低減する」とうたった。
 その一方で、原発をエネルギー需給の安定性に寄与する「重要なベースロード電源」と位置づけた。新規制基準の下、安全が確認された原発を着実に再稼働させていく方針も明記した。
 それを基に定めた30年度の電源構成では、原発の比率は20〜22%とした。これは東電福島第2原発を含めた既存の原発の大半を再稼働させ、原則で最長40年をルールとする運転期間を延長しなければ、実現できない数字である。
 にもかかわらず、世耕経産相は、今回の見直しでは「(現行計画の)目標をどう達成するのか議論する」と既定路線を踏襲する考えを示す。老朽化が進む原発も含めて再稼働を加速させるつもりなのか。原発依存度の低減にも安全性向上にも、つながらないのは明らかだ。
 3年間を振り返れば、原子力規制委員会の審査を経て、5基の原発が再稼働した。ただ、数々の世論調査では依然、脱原発を求める意見が過半を占め、電力業界の思うように再稼働は進んでいない。
 逆風は世論だけではない。電力業界と政府は一貫して「原発は火力発電や再生可能エネルギーより割安だ」とアピールしてきた。だが、福島原発事故を受けた規制強化で安全対策費が膨らみ、もはや原発が安価だという前提は崩れつつある。
 原発から出る高レベル放射性廃棄物の処分方法もまだめどが立っていない。原発のコスト高騰を受け、米国やフランスを含めた先進国を中心に原発利用の見直しや建設を取りやめる動きが目立っている。
 世界に目を転じれば、原発とは逆に、再生可能エネルギーが急拡大し、割高とされてきたコストも下がり続けている。パリ協定の発効を受け、石炭火力を全廃する国も相次ぐ。
 日本では30年の電源構成目標で、再生可能エネルギーは「可能な限り拡大する」としたが、22〜24%と低めに抑えられた。一方、石炭火力は26%と高めだ。エネルギー計画の中身が世界の潮流から取り残されつつあるのは否定できまい。
原発をベースロード電源にすることに民意が反映されているとは言い難い。エネルギーの需給構造を変革する時ではないか。広く国民的な議論を深め、進路を選択する必要がある。


反乱軍に狼狽 安倍首相“9・25電撃解散”でモリ・カケ封じ
「安倍1強」が音を立てて崩れはじめている。とうとう、自民党内から安倍首相を公然と批判する動きが出てきた。安倍首相に不満を強める中堅議員30人が「反アベ」の議員連盟を結成したのだ。安倍降ろしが加速するのは間違いない。
 自民党の中堅議員30人が結成したのは、「日本の明日を創る会」と称する議員連盟。25日、初会合を開き、初日は約20人が出席した。
 メンバーには平沢勝栄氏(А法∋核楝鷸瓠吻А法後藤田正純氏(Α法渡辺博道氏(Α法∈田義孝氏(Α法帖弔函当選を重ねながら一度も大臣になれない「入閣待望組」がズラリと並んでいる。8月3日に行われた内閣改造の時も、大臣になることを切望していたが相手にもされなかった。安倍首相を恨んでいる面々である。
 初会合から「与党だからといって首相に白紙委任状は出せない」「自由闊達な党内議論が失われている」「この勉強会がモノを言う場になればいい」「地元では凄まじい逆風が吹いている」と、安倍首相への批判が吹き荒れた。これから、2週間に1回、有識者を招いて安倍政権に対する苦言を聴いていくという。「反アベ」の受け皿になっていく可能性が高い。安倍1強が盤石だった頃には、考えられなかったことだ。
「議連に集まったメンバーの多くは、『国民から嫌われた安倍首相では選挙に勝てない』『自分たちも落選してしまう』と本気で危機感を強めています。実際、首都圏出身の議員が多いだけに、小池新党が国政に進出したらことごとく落ちてしまうでしょう。彼らのベストシナリオは、9月25日に臨時国会が開く前に安倍首相を辞めさせ、新しい総理総裁の手で、小池新党の選挙準備が整う前に解散・総選挙をすることです」(自民党事情通)
■乾坤一擲のワンチャンス
 党内に「反アベ」集団が結成されたことで、安倍首相が慌てているのは間違いない。ただでさえ、9月25日からスタートする臨時国会では、安倍首相は火ダルマになる可能性が高い。「加計疑惑」も、「森友疑惑」も、次々に新しい疑惑が飛び出しているからだ。建設中の加計学園獣医学部の「建築図面」が流出し、校舎の最上階にワインセラーつきの宴会場を造っていることも発覚した。野党が攻め立てるのは確実である。国会がはじまったら安倍首相の支持率は、さらに下落していくに違いない。
 もし、10月22日に行われる青森、新潟、愛媛の「トリプル補選」で負け越したら、安倍首相は“電撃辞任”に追い込まれてもおかしくない。実際のところ、トリプル補選で3敗する可能性もゼロじゃない。
 安倍首相の周辺がこう言う。
「安倍首相にとって乾坤一擲のワンチャンスは、9月25日に開く臨時国会の冒頭解散です。解散してしまえば、国会で加計疑惑や森友疑惑を追及されることもない。9・25解散なら10・22総選挙となり、トリプル補選も総選挙に吸収されます。モリ・カケもリセットできる。国会で野党に攻められ、党内の反アベ勢力から批判されることを考えたら思い切って解散した方がいい。ただ、27日の茨城県知事選で敗北し、支持率がさらにダウンしたら解散する力もなくなるでしょう」
 安倍首相の終わりが近づいている。


容疑者の接見 見逃せない権利の制約
 容疑者や被告は捜査機関などの立ち会いを受けずに弁護士と面会し、自由に話ができる。
 これが接見交通権である。聞き慣れない専門用語だが、憲法が保障する大切な権利だ。
 当然、最大限に尊重されなければならないが、現実は必ずしもそうなってはいない。
 最近も、弁護のための写真撮影が制止されたり、接見室がないことを理由に面会が見送られたりする事例が問題になった。
 弁護士が、国に対する訴訟に踏み切る例も少なくない。
 不当な拘束や取り調べを防ぐという意味においても、接見交通権に安易に制約を加えるようなことは看過できない。
 福岡高裁は先月、面会時に容疑者の撮影を禁じたのは接見交通権の侵害に当たるとして、弁護士が国に損害賠償を求めた訴訟で、一審判決を支持し、弁護士側の控訴を棄却した。
 弁護士は4年前、傷害事件の容疑者と刑事施設で面会した際、「逮捕された時に腕を負傷した」と本人から聞いた。
 カメラ機能付き携帯電話でその腕を撮影したところ、接見室の窓からのぞいていた職員が撮影の中止や写真の消去を求めたという。
 施設側は規律や秩序の維持などを理由に挙げるが、具体的にどんな不都合があるのか判然とせず、納得できない。
 裁判所の姿勢にも疑問が残る。撮影は証拠作成のためであり、接見交通権には含まれない行為との見解は、しゃくし定規的なとらえ方ではないか。
 日弁連は「接見は単に口頭での意思疎通にとどまらず、情報を記録することも重要だ」と、判決を批判している。
 鳥取県では、裁判官が面会を許可したにもかかわらず、刑事施設側が拒んだケースが係争中だ。
 面会場所に指定された地裁支部には、アクリル板で仕切った接見室がなかった。施設側は「被告が逃走する恐れがある」として立ち会いを求め、弁護士が応じないと被告を連れ帰ったという。
 こうしたトラブルは他でも表面化している。接見室の有無によって面会の権利が左右されていいはずがない。
 政府は問題を放置せず、接見室の整備状況を直ちに調べ、全国で対応を急ぐべきだ。
 接見は、容疑者や被告が自らの主張を外部に伝えるほとんど唯一の手段である。運用状況を不断に検証し、改善を求めたい。


23区内大学抑制 お門違いの「地方創生」だ
 この施策が地方活性化につながるとは思えない。地方創生の2018年度新規施策として政府は東京23区内にある大学の定員増を原則として認めないことにした。
 安倍晋三首相が本部長を務める政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が打ち出し、経済財政運営に関する「骨太方針」にも反映された。文部科学省は23区内の私立大・短大の定員増を18年度以降認めない方針を決めた。20年度以降は新たな立法措置も検討するという。まさに政権総掛かりである。
 若者の東京流入に歯止めをかけ、東京一極集中を是正するためだという。学部や学科を新設する場合は、総定員の枠内で既存の学部や学科を改廃するとした。
 人口が東京に一極集中する大きな理由を政府は若者、とりわけ大学生の転入とみている。文科省によると今年5月現在、23区内には大学・短大合わせて122校あり、全国の18・1%に当たる計54万5658人の学生が在籍する。
 ちなみに九州7県に在籍する学生は7・8%の計23万6460人だ。23区の学生が多いのは間違いない。だからといって、23区内の大学定員を抑制すれば、地方が活性化するとは短絡的に過ぎる。
 そもそも学生の都市志向は無理からぬものだ。大学が多ければ多様な学問に出合う機会も増える。文化や芸術など都市特有の刺激を求める若者も多い。定員抑制はそんな機会や志向を力で奪うような強硬手段ではないか。
 今回の発端が定員抑制を求める全国知事会の昨年11月の決議だったことにも驚かされる。
 大学の定員や学部・学科の設置は学問の自由に直結する。どの大学で何を学ぶかは学生の選択に委ねるべきだ。政府や地方自治体が口出しすることではない。法律で規制などもっての外である。
 むしろ取り組むべきは、地方大学の教育内容や奨学金制度の充実を図り、都会からのUターンやIターンも含めて若者に「ここで働き、暮らしたい」と思わせる地域づくりではないか。政府にも自治体にも発想の転換を求めたい。


加計獣医学部保留 疑念残れば認可許されぬ
 文部科学省の大学設置・学校法人審議会は学校法人加計学園の獣医学部新設の申請に対する判断を保留した。今月末とみられていた文科相への答申は10月以降にずれ込む見通しとなった。
 政府の国家戦略特区制度を活用した獣医学部新設を巡る手続きは、あまりに不可解なことが多い。政府は設置審の答申前に、国民に対して納得のいく説明を尽くすべきだ。
 加計学園の獣医学部新設で、今治市が3月に所有地を無償譲渡し、県とともに最大96億円に上る施設整備費助成を決めている。4月には大学教授らで構成する設置審が文科相の諮問を受けて教育内容や設備、財務状況など多岐にわたる項目を審査した。入学定員や教員の構成について見直しを求め、学園も計画の修正に応じていた。
 入学定員は当初160人で、獣医師を養成する全国の学部の総定員が2割増となるほどの規模だった。教員も65歳以上や経験のない若手の割合が他の大学より高いといわれていた。こうした状況を見直したにもかかわらず、判断が保留された。大学設置基準に照らしても計画に疑義が生じているためだ。
 今回の判断保留は学生の実習計画が不十分で、学園が掲げるライフサイエンス分野の獣医師養成に課題があることなどが理由とみられている。学園は今後、計画見直しに取り組むことになるが、それを解決できたとしても問題は残る。閣議決定の4条件を満たしているのかが不明なのだ。
 政府は2015年6月に閣議決定した「日本再興戦略」で、獣医学部の新設条件として(1)既存の獣医師養成ではない構想が具体化(2)近年の獣医師の需要動向を考慮する(3)新分野における具体的需要が明らか(4)既存の大学では対応が困難−の4項目を挙げた。
 これについて前川喜平前文科次官は「合致するか十分な議論がされていない」と証言している。ところが特区担当だった山本幸三・前地方創生担当相は「具体的な需要を完璧に描ける人はいない」と述べた。条件を満たしているのかと問われても「最終的に私が確認した」とするが、根拠となるデータは一切示していない。
 巨額の公金がつぎ込まれる事業にもかかわらず、担当閣僚が条件を満たせているかについて、明確に答えられない。あまりに無責任だ。
 野党4党は6月末、真相を究明するため、臨時国会召集の要求書を衆参両院に提出したが、政権は応じなかった。自民、公明両党は数日前になって、やっと9月25日に召集することを確認している。要求書提出から3カ月後だ。あまりにも遅い。
 首相の友人が理事長を務める加計学園が「総理のご意向」の恩恵にあずかり優遇された可能性も払拭(ふっしょく)されていない。こうした数々の疑念が晴れない限り、獣医学部新設を認可することは許されない。


徹底検証へ情報公開を/「加計」判断を保留
 学校法人「加計学園」が国家戦略特区制度を活用し、愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を認めるか審査していた文部科学省の大学設置・学校法人審議会は、判断を保留し、審査を続けることを正式に決めた。林芳正文科相への答申は10月以降にずれ込む見通しになった。
 判断保留自体は珍しいことではなく、多くのケースで計画見直しを経て最終的に認められているという。だが加計学園が特区の事業者に選定された過程に「加計ありき」の疑念が深まり、野党は批判を強めている。
 「獣医師の需要動向を考慮する」など、2015年6月に閣議決定された獣医学部新設の4条件を加計学園の計画がクリアしているのかも、いまだに定かではない。今治市が無償譲渡した敷地では研究施設などの建設が進んでいるが、なし崩し的に学部新設に至り、疑問が置き去りにされるようなことがあってはならない。
 非公開で行われている設置審の審査と、4条件に合致しているとの判断について、議論の詳細な経緯などの情報を公開してほしい。徹底した検証なくして、安倍晋三首相が繰り返し強調する「丁寧な説明」は果たせない。
 加計学園の獣医学部新設を巡っては3月、今治市が所有地を無償譲渡して、県とともに最大96億円に上る施設整備費助成を行うと決め、設置審が教育課程や財務状況などを審査。その後、入学定員や教員の構成について再検討を求め、学園側は計画の一部を改めた書類を提出した。
 定員は当初160人で、獣医師を養成する全国の学部の総定員が2割増となるほどの規模だった。教員も65歳以上と教員経験のない若手の割合が他の大学に比べて高いといわれていた。
 今回の判断保留は、学生の実習計画が不十分で学園が掲げるライフサイエンスの獣医師養成に課題があることなどが理由とみられる。学園は計画見直しに取り組むことになるが、それを解決できたとしてもなお問題は残る。閣議決定の4条件を満たしているかはっきりしないからだ。
 首相の友人が理事長を務める加計学園が「総理の意向」の恩恵にあずかり、優遇されたのでは、という疑念は根強い。「一点の曇りもない」といった通り一遍の説明では取り除けないことを政府は肝に銘じるべきだ。


【獣医学部の認可】新設の是非から考えよ
 学校法人加計(かけ)学園の獣医学部新設を審査している文部科学省の大学設置・学校法人審議会が、認可に向けた判断を保留し、審査を継続することを決めた。
 学園は、愛媛県今治市に来年4月開設を目指している。設置審は保留の理由は公表していないが、学生の実習計画などが不十分と判断したとみられる。
 計画を巡ってはこれまで、政府の手続きに多くの疑念が指摘されてきた。加えて教育環境の条件もいまだ満たされていないとなれば、開設は早計との批判は避けられまい。
 私学とはいえ、公共性の高い教育機関の新設だ。運営には国民の税金も投入される。手続きの透明性や教育の質の保証は欠かせない。
 いま一度、新設計画の是非を冷静に見極める必要があろう。計画を認めるのであれば、国民の十分な理解が不可欠だ。
 獣医学部の新設は、獣医師の供給過剰などを防ぐ理由で半世紀以上認められてこなかった。いわば「岩盤規制」だったが、政府が今年1月、国家戦略特区制度を活用して加計学園の計画を認めた。
 問題は、安倍首相と学園理事長が「腹心の友」であることだ。「総理の意向」として文科省に迅速な対応を迫る文書も見つかり、官邸の関与が疑われている。
 特区による獣医学部開設は当初、別の大学も名乗りを上げていたが、加計学園以外には不利な条件だったため申請を諦めている。「加計ありき」との批判が出るのは当然だ。
 学園はこの認定を受け、設置審に新設を認めるよう申請していた。設置審は、カリキュラムや教員配置などを審査し、これまでにも学園側に入学定員や教員構成の見直しなどを求め、学園側も修正計画を提出していた。
 それでもお墨付きを得られなかったことは、学園側の準備体制に疑問を投げかける。
 学園内で獣医学部新設に多くの反対意見があったにもかかわらず、理事長が推し進めたことも明らかになっている。「加計ありき」の政府対応の問題が改めて問われよう。
 国会で引き続き究明が必要だ。野党が臨時国会の早期召集を求める中、政府与党は9月下旬を目指しており、逃げ腰に映る。うやむやに終わらせてはならない。
 設置審は早ければ10月下旬にも最終判断を示す。申請を認めるように答申すれば、文科相は認可し、来春の開設が現実的になる。設置審の今後の対応は大きく注目されるだろうが、教育機関に関する審査だ。政治的に中立でなければならない。審査過程の説明責任もあろう。
 ただ、特区を巡る手続きは審査の対象外だ。国会論議の行方によっては、認可の入り口の疑念が解消されないまま、ゴーサインが出る結果になりかねない。
 政府は手続きのやり直しも含め、大学設置の在り方に汚点を残さない方向を検討すべきだろう。


[「加計」新設保留] 政府は判断理由を示せ
 政府の国家戦略特区を活用した学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設を認めるかどうかの判断は先送りされた。
 文部科学省の大学設置・学校法人審議会(設置審)が結論を保留し、審査を継続することを正式に決めたためである。
 加計学園の理事長は、安倍晋三首相の「腹心の友」だ。その獣医学部新設計画を巡っては「加計ありき」の疑念が深まり、国会で野党が追及してきた。しかし、疑惑解明には至っていない。
 設置審は政治的中立を十分備えているといわれる。だが、今回のケースは政治的な関与が取り沙汰されている大きな問題だ。
 学園が本当に高い水準の獣医学教育を行えるのかという疑問は尽きない。大学の経営状況にも懸念が出ている。
 政府は審査の内容に加え、「近年の獣医師の需要動向を考慮」など新設の4条件に合致しているとの内閣府の判断について詳しい経緯を明らかにする必要がある。
 情報公開を徹底し、検証できるようにしなければ、国民は到底納得できまい。政府はその点を肝に銘じるべきだ。
 政府は今年1月、特区を活用する形で加計学園の計画を認定。加計学園は3月、2018年度に新設することを認めるよう設置審に申請した。
 設置審は教育課程や財務状況、学生確保の見通しなどを審査してきた。5月には教育の質の確保に問題があるとして、入学定員(160人)や教員の構成の再検討を求め、学園は計画の一部を改めた書類を出し直した。
 しかし、設置審は今月9日、学生の実習計画が不十分なため、学園側が掲げるライフサイエンスの獣医師養成に課題があるなどの理由で判断を保留する方向で意見をまとめていたという。
 学園は「認可に向けて粛々と事に当たる」とし、見直し作業を進める方針だ。だが、それで決着するわけではなかろう。
 獣医学部新設の4条件は、獣医師の需要動向のほか「既存の獣医師養成でない構想」「既存の大学・学部では対応困難」といったものがある。
 前川喜平・前文部科学事務次官は「合致するか十分な議論がされていない」と証言。設置審が認可を行う前に改めて特区諮問会議で検証すべきだと訴えている。
 新設には巨額の公金が投入されている。民進党など野党は9月に召集される臨時国会で追及する構えだ。このままなし崩し的に学部新設が認められるようなことは許されない。


法科大学院 「野放図」が招いた苦境
 安倍晋三首相周辺の関与が疑われている岡山市の学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画に関し、文科省の審議会は認可の判断を保留した。
 計画を巡っては、国会審議や報道などを通じ政治との関わりや学部創設の意義など多方面で多くの疑問が指摘されている。事は人材育成に関わるだけに、適否はなお厳格に判断してもらいたい。
 そこで他山の石としたい事例がある。一連の司法制度改革で、裁判員制度と並ぶ目玉とされてきた法科大学院の厳しい現状だ。
 旧司法試験は合格率が3%程度の超難関。そこに「風穴を開ける」べく構想されたのが法科大学院だ。当初は「修了者の70〜80%が司法試験に合格する」とされた。裁判官や検事、弁護士などの法律専門家の供給不足や、知識偏重の選抜による人材の画一化といった問題の克服へ、切り札となるはずだった。
 しかし、合格率は修了生が初めて望んだ2006年の48・3%から低下傾向が続き、現在は20%そこそこ。受験資格がある修了5年以内の累積合格率も、初期の約70%をピークに今や50%前後だ。
 2004年以降、法科大学院は最も多い時で74校を数えたが、今春学生募集したのは43校。その41校までが定員を割り、全体の充足率は70%以下にとどまるという。
 一方で、法科大学院を修了していなくても受験を認める「予備試験」通過者の合格率は60%台で、トップレベルの大学院をしのぐ。
 予備試験は本来、経済的事情などで大学院に通えない法曹志望者の救済を目的に、11年に導入された。しかし実態は、時間や費用を掛けずに司法試験に合格する近道として利用されている。
 多様な人材の確保は法科大学院設置の狙いの一つだが、現下の経済情勢で、高額の学費を払い、標準修業年限である3年を費やせる人は限られる。むしろ予備試験こそ「多様な人材」を集めているとの指摘もある。法科大学院の存在意義が揺らいでいる。
 割を食うのは「理想」を信じ、「現実」に打ちひしがれる有為の人材だ。資格を得ても需要が高まらず、一般企業に就職する例も多いと聞く。
 かつて本県にも、法科大学院の設置を目指す動きがあった。現状を見れば、結果的に実らなくて幸いとも思われるが、逆に「司法過疎」に直面する地域の実情に、国の理解が及ぶほどに制度設計がしっかりしていれば、状況は今とは異なっていただろう。
 法科大学院には、当時の与野党がもろ手を挙げて賛同。大都市圏を中心に、半ば野放図に設置を認めた末に、今がある。「岩盤規制」に関わる重大な教訓とするべきだ。


日本の研究力/政策見直し低下を防げ
 日本の科学の研究力低下が止まらない。文部科学省科学技術・学術政策研究所がこのほど公表した調査結果によると、科学論文の数は10年前に比べ6%減って世界2位から4位に後退した。注目度の高い論文に絞ると世界4位から9位にまで落ちた。
 今に始まったことではない。日本発の論文の5割を占める国立大からの論文数は2000年代半ばから伸び悩み、企業からの論文は1990年代から減り続けている。
 産業の「種」を生む科学の研究活動が縮小に向かえば、政府の掲げる「科学技術イノベーション」も絵に描いた餅に終わりかねない。
 研究力低下の理由は複合的だが、研究と次世代の育成を担う大学や研究機関の現場が「選択と集中」に基づく政策の度重なる失敗で劣化したことが大きい。立て直すには政策を転換し、研究環境を改善するほかない。
 最大の失敗は政府が大学などに投じる基盤的経費の削減だ。国立大への運営費交付金は2004年の法人化以降減り始め、本年度は04年度に比べ約1割減。私立大への経常費補助金も頭打ちだ。大学が全ての研究者に配分する研究費はやせ細り、若手の安定雇用も難しくなった。
 政府は一方で研究者が競って獲得する「競争的資金」を増やした。ただ、その額は不十分で、期間が限られているため若手の安定した雇用につながっていない。一方、研究費獲得や産学連携のための活動、市民向けの講演など研究者の仕事は増え、研究時間は減り続けている。
 国の研究機関も深刻な状況だ。理化学研究所では運営費交付金が過去10年で2割近く削られた。20年前に所内にできた脳科学総合研究センターでは研究室の数が一時の約60から約40に減った。同センターの本年度予算は前年度から17%減。アルツハイマー病の基礎研究で世界トップレベルの成果を上げている西道隆臣さんの研究室は予算が43%もカットされた。
 国内外の研究者にも提供してきた貴重な実験用マウスを1万匹から3千匹に減らさざるを得なくなり、スタッフ13人の雇用と研究費を確保するため、国内外の競争的資金の獲得に奔走している。
 研究環境の劣化は若者の夢を奪う。大学院の博士課程に進む人が減っているのも当然だ。また、小規模な大学ほど政策のしわ寄せは大きく、研究の多様性や研究者の層の厚みも失われつつある。
 この悪循環から抜け出すには大学などの基盤的経費を大幅に増やし、安定した研究環境をつくる必要がある。競争的資金や政府主導の大型研究プロジェクトの経費を見直してでも実行すべきだ。
 多くの企業が科学研究をやめたことも響いている。日本より先に企業が研究をやめた米国では、政府資金による大学での科学研究を基に若い博士がベンチャー企業を起こし、それを政府が手厚く支援し産業を生み出してきた。
 日本政府もそれをまねようとしてはいるが、大学や研究機関での研究を再生させるという肝心要の課題の解決には消極的だ。それでは小粒な成果しか望めないだろう。
 好奇心に駆られてのめり込む科学研究こそが大発見をもたらし、社会を進歩させてきた歴史に学ぶべきだ。


[民進党代表選]現政権との対抗軸示せ
 民進党代表選は9月1日の投開票日まで1週間を切っているというのに、一向に盛り上がらない。
 上昇気流に乗っていれば政権交代への期待が膨らみ、投票権を持たない一般の有権者も代表選に高い関心を示すが、そのような空気が感じられないのである。
 石にかじりついても困難をはねのけ政権批判の受け皿になる、という気迫が党の中から伝わってこないのは問題だ。求心力よりも遠心力が働いているせいだろう。
 都議選前後、泥船から逃げ出すように離党が相次いだ。「解党」の言葉が飛び交うような後ろ向きの代表選では、有権者の期待が高まるはずもない。
 立候補している前原誠司元外相と枝野幸男元官房長官は、何よりも安倍政権との違いを明確に示す必要がある。
 確かに、政策論争が過熱して路線対立が鮮明になれば、この際とばかり離党ドミノが起きるおそれがある。かといって、党内融和のため政策の違いをあいまいにすれば、自民党との対抗軸を示すことができない。寄り合い所帯で理念や政策のすりあわせを怠ってきたつけは大きい。
 民進党そのものが根の深いジレンマを抱えているのは確かだが、政策をあいまいにし、守りの代表選に終始すれば、支持率の低迷から抜け出すことは不可能である。
 自民党との対抗軸を明確に打ち出すこと、党内のバラバラ感を払拭(ふっしょく)し有権者に安心感を与えること−これしか道はない。
■    ■
 代表選のあと、すぐに10月10日告示の衆院3補選(青森4区、新潟5区、愛媛3区)が控えている。そこでつまずけばダメージは大きい。次期衆院選にも連動するからだ。
 「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)は、両候補の陣営に野党共闘の維持を求める要望書を提出した。
 野党共闘をご破算にして果たして3補選に勝利することができるのか、疑問である。
 安倍晋三首相が打ち出した憲法9条加憲論への対応も、分裂含みの重要なテーマだ。党の結束を維持しつつ、9条加憲論に「ノー」の姿勢を貫く−その論理を構築することができるかどうかが鍵になるだろう。
 名護市辺野古への新基地建設について民進党県連は「白紙に戻すべき」だとの考えを両候補に伝えた。
 民主党政権時代、この問題でつまずいた経緯があるだけに両候補とも慎重な言い回しに終始しつつ、しかし、白紙撤回には否定的だ。
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 ニュアンスの違いと言えば、前原氏が「進めてきたプロセスを(今後も)しっかり進める」と現状肯定的なのに対し、枝野氏は「強引なやり方はやめさせなければならない」と安倍政権の手法を批判していることだ。
 この違いを「言い回しの微妙な違い」だと単純に片付けてはならない。
 沖縄の地方自治は、日米安保と地位協定によって大きな制約を受けている。辺野古に代替施設ができてもその状態は基本的に改善されない。


香害110番
 うま辛のメニューが目玉の京都向日市激辛商店街。残暑の厳しい昼、加盟店に出掛けた。肉カレーうどん、カレーパン。カレーの匂いが食欲をそそる▼同じ読み方でも加齢の臭いは中年男性に大敵だ。近年、臭いが周囲を不快にするスメルハラスメントなる言葉を聞く。職場やオフィスで匂いに対する意識が高まっている▼禁煙化でたばこ臭が消え、高温化と節電で汗をかく場面が増えたことも原因だ。気になる匂いを抑えるデオドラント商品、良い香りのするフレグランス商品が人気を呼んでいる▼一方、強すぎる香水や制汗剤、柔軟剤、消臭剤などに含まれる人工の香りが問題となっている。「吐き気がする」「体がだるい」など、生活空間に漂う匂いが原因で体調不良を訴える人も増えているという。日本消費者連盟は「香害110番」を今夏初めて開設した▼日本には香りを楽しむ香道の文化がある。心地よい香りは気持ちを明るくし、気分をリラックスさせる。匂いは記憶の喚起装置でもある。線香花火の火薬、磯の香…鼻先をかすめると、子ども時代の遠い夏をふと思い出す▼匂いの感じ方や好みは千差万別なのが悩ましい。だが臭いもの身知らず、も困る。受忍限度を超す香害の排出源やスメハラにならぬよう心したい。クンクン、あなたは大丈夫?

チェ・ゲバラは英雄じゃなかった? 終焉の地ボリビアで見た真実  騒いでいるのは外国人だけだった
池上 永一 作家
『テンペスト』『シャングリ・ラ』『風車祭(カジマヤー)』の作家・池上永一が20年の歳月をかけて完成させた新作『ヒストリア』が話題になっている。本作は第二次世界大戦中、沖縄戦で家族すべてを失い、沖縄からボリビアに渡った女性の波乱の一代記だ。
刊行を記念して、ボリビア取材記を特別に寄稿していただいた。ゲバラの足跡を追いかけていった池上氏が、現地で思い知った「英雄」の意外な真実とは?
南米ボリビアでゲバラの足跡を追う
私がボリビアを訪れたのは2015年の5月のことで、南半球ではスールと呼ばれる季節風が吹き始める秋の終わりだった。
今回の作品『ヒストリア』は時代背景が冷戦期のボリビアである。そこで当時ボリビアにいた歴史的人物を探っているうちに、チェ・ゲバラの存在にぶちあたった。
一般にチェ・ゲバラは時代のカリスマとして日本人に受け止められている。それは彼の見目麗しい姿と、ゲリラに似つかわしくない医師という経歴、そしてキューバ革命を成功させたカストロの腹心というイメージからだ。そしてもうひとつ、志半ばにして夭折した悲劇性というのも忘れてはならない。チェ・ゲバラは坂本龍馬を彷彿させるスター性がある。
まずボリビアという国を簡単に説明しておこう。
ボリビアは南米大陸のほぼ中央にある内陸国で、5ヵ国と国境を接する。隣国ブラジルがあまりにも巨大なのでボリビアは小さいと錯覚してしまうが、実は日本の3倍の面積がある。アンデス山脈をイメージする人がいるかもしれないが、それは半分だけ正しい。ボリビアは日本列島とほぼ同じ面積の低地もあるからだ。
ボリビアはアンデス山脈の6000メートル級の高山と、標高400メートル程度の広大な低地のふたつの顔を持つ。そのうちボリビアの歴史の主体となるのは、ラパスやスクレなど政治的な都市を持つ、高山側にある。
チェ・ゲバラの足跡を追うには、低地のサンタクルス市からアクセスする。サンタクルス市はボリビア第二の都市とされているが、事実上ボリビア最大の商業都市で、ボリビア経済のほとんどがサンタクルス市の活力に依るものである。
ボリビアにアンデスのイメージを持っていた私は、サンタクルス市で認識を覆された。見渡す限りの地平線の国。車のアクセルベタ踏みで一直線の道を飛ばしても、何時間も景色が変わらない。むしろ太陽の動きの方が速く感じてしまう。
そのサンタクルス市からチェ・ゲバラの遺体が運ばれたバジェ・グランデへと向かう。さきほどの広大な平原とは真逆に西側へとハンドルを切れば、幅750キロメートルに亘るアンデス山脈の麓へと至る。麓はアンボロ国立公園と呼ばれている熱帯雨林だ。
バジェ・グランデへと至る道のりを簡単に説明すると、アスファルトとガードレールのない日光のいろは坂だと想像してほしい。山肌のいたるところに土砂崩れの跡があり、後続車も対向車もない道をひたすらくねくねと走っていく。
標高1000メートルを越えたあたりから、視界10メートルほどの濃霧に覆われる。雲のなかに突入したのだ。だが不思議と恐怖感はない。うっかり道を外れて滑落してもおかしくない状況なのだが、途方もない光景に私がすっかり畏怖してしまっているからだ。まるで冥界へと続くような曖昧模糊とした視界は、三途の川を渡っている気分である。
驚きと落胆の連続
さて、バジェ・グランデへもっとも近い道のりを選んだつもりでも、半日がかりである。標高2000メートルを超える町は、カーディガン一枚では肌寒かった。
ラテン・アメリカの町は規模の大小に拘わらず、都市設計は共通している。まず中心地に広場を作る。次に広場を囲うように教会と役所を配置する。広場から離れるほど貧しい地区になり、意外な発見や洒落た店など皆無になる。これは南米のすべての町で普遍的に通用するので、覚えておくと町歩きのときに役立つだろう。
当時のバジェ・グランデの町は、ある男の写真で埋め尽くされていた。てっきり大統領かと思ったが違う。高齢の白人男性の名はフリオ・テラサス・サンドバル。ボリビア初の枢機卿である。バジェ・グランデ市民は地元から輩出した枢機卿を熱烈に敬愛していた。
赤化革命の戦士の足跡を追いかけて辿り着いた町が、カトリック教徒の拠点であったことに少々面食らってしまった。私はもっと過激な思想家や反政府活動家がいると思っていたのに。しかし私は徐々に彼らの信仰ぶりに圧倒されていくことになる。
夜、ぶらりと町を散歩していた時のことだ。人の流れが一方向に連なっている光景を見つけた。広場のある中心部からやや外れの路地だ。不思議に思って跡を尾けていくと、屋根越しに十字架のついた鐘楼が見えた。彼らは夜のミサに向かう行列だったのだ。
教会内は沈黙の圧力が熱に変わっているように感じられた。私が探していたチェ・ゲバラの痕跡とは完全に断絶した人々である。少なくともこの町には反政府ゲリラや政治活動家が息づく隙間がない。
それでも私はチェ・ゲバラの痕跡を探すことにした。しかし、これが落胆の連続になるのである。
チェ・ゲバラの遺体はバジェ・グランデの病院に運ばれた。それは現在使用されていない病院裏の遺体置場にある。敢えて安置所とは書かない。なぜならばコンクリート製の流し台は、世界各国から来たゲバラファンが書きなぐった落書きで覆われていたからだ。
スペイン語がよくわからない私でも、それらが質のよくない文言であることはわかった。簡単に言うなら暴走族の『夜露死苦』という落書きに近い。まさか時代の英雄がこんな粗末な扱いを受けているとは想像もしていなかった。
次に広場に面した博物館にチェ・ゲバラの遺品が展示されていると聞き、訪れることにした。確かにチェ・ゲバラの遺品や写真が展示されている。しかしそれらは日本のゲバラ関連の書籍でも見ることができる写真の数々で、ここにしかない決定的な遺物はなかった。
それよりもびっくりしたのが、チェ・ゲバラの遺品集から数メートル歩いただけで、旧石器時代の鏃や頭蓋骨の陳列に様変わりすることだ。まるで落丁した本のように前後の脈絡がわからなくなって軽い目眩を覚えた。
それでもここまで来たからには、英雄の英雄たる所以を見つけたいと思うのが人情であろう。なにせ飛行機でトランジット3回、合計30時間もかけてボリビアに来たのだ。成果なくして帰るなんてありえないことだ。
ゲバラは本当に英雄だったのか?
そこでチェ・ゲバラが処刑されたイゲラ村に行くことにした。その村はさらに険しい山道を車で移動すること3時間の場所にある。
事前に日本で集めた参考資料のなかにソダーバーグ監督の『チェ』があり、私はこれを観ていた。確かラストシーンは砂っぽい一本道に家屋が並んでいる村だ。それがイゲラ村ということなのだろう。
イゲラ村はアンデスの尾根沿いにある極めて小さな村だ。それは日本の自治体の基準でいうと「廃村」と断言してよいレベルの村である。山頂には覚えているだけで数棟の家屋があり、そのうちの大きな建物の二つは学校とゲバラ資料館だ。校庭には洗濯物が干されていて、出会った人は老婆とその孫と犬だけである。彼らは校庭脇の階段にぼうっと座っているだけだった。
そして何より衝撃的だったのが、なけなしの駐車場前に設えられたゲバラの胸像である。高校の文化祭レベルの微妙にパースの狂った胸像は、見る者を不安にさせる。彩色はポスターカラー、材質はたぶん石膏だ。2、3日の催し物で撤収される品質のものでしかない。聖地巡礼のつもりで来た私は、いきなり背後から膝かっくんされたように崩れ落ちた。
資料館は所謂、田舎の小学校の教室である。そこに児童が座る小さな木製の椅子があり、このおもちゃのような椅子に座らされてゲバラは簡易裁判にかけられた後、処刑されたという。厳かさもドラマ性も皆無な最期だと冷淡に告げられていた。
ソダーバーグも当然このイゲラ村をロケハンしたはずだ。そしてあまりにお粗末な最期に頭を抱えたことだろう。イゲラ村は極端に狭いために映画的な画角が取れないのだ。たとえるなら富士山の山頂でラストシーンを撮るようなものだ。
果たして日本で愛されているチェ・ゲバラは一体何者なのだろう? 彼は本当に英雄だったのか? 本当にボリビア人を解放するために闘ったのか? それが民衆の願いだったのか? 納得できる言葉はひとつしかない。
即ち、ボリビア人はチェ・ゲバラなんてどうでもいいと思っている。
そう考えるといろんなことが腑に落ちた。
博物館のなかにいたゲバラは鏃や頭蓋骨と共に陳列されていた。ボリビアにとって彼は通りすがりの異邦人であり、現代ボリビア人と断絶した歴史の遺物にすぎない。世界的な著名人チェ・ゲバラが英雄でなければ、一体誰がボリビアの英雄だというのだ?
ところでボリビアは2005年から社会主義の国になった。しかし私たちの想像する社会主義とはかなり違う。どちらかというと民族主義のことであり、反米主義のことである。反米とは反グローバリズムと言い換えることができる。
では現大統領エボ・モラレスは英雄かというと、違う。彼はベネズエラのチャベス元大統領の模倣者で、低地のサンタクルス市では人気がない。彼は高山側の貧困対策のために、サンタクルス市の富を奪っている、と認識されている。
実はボリビア人にとって真の英雄とは、フリオ・テラサス・サンドバル枢機卿である。当時、2ヵ月後にローマ法王が来訪するのをオリンピック級のイベントとして心待ちにしていた。信仰熱心な我らのなかから神が枢機卿を選び出し、ローマ法王の御眼鏡に適ったことが誇らしいのだ。
イゲラ村の資料館で芳名帳を見つけた私はサインしがてら、誰がここを訪れたのか興味を持った。芳名帳を全ページ丁寧に漁ると、興味深いことがわかった。
書かれた住所は、ゲバラの故郷アルゼンチンがもっとも多く、続いて近隣の南米諸国が並ぶ。映画の影響からかアメリカ人の名も多く連ねられていた。意外にも多かったのが日本人で、私もそのなかのひとりである。地球の裏側からの立地を鑑みると芳名帳の上位10ヵ国に入っているのは、意外かもしれない。そして不思議なことにボリビア人の名前はほとんど見つからなかった。
──ゲバラで騒いでいるのは外国人だけ。
アンデスの冷たい季節風が、空耳のように呟きながら私の側を通り過ぎていった。


ダライ・ラマ体調不良深刻化で中国側は生まれ変わり準備
 チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世が健康不良のため、アフリカのボツワナ訪問を直前になって急遽とりやめた。現在82歳のダライ・ラマは2015年10月、米国訪問をキャンセルしたことがあり、その際も、「医師に休養を勧められた」ことを理由にしているが、実は膀胱がんが見つかり、直前に訪問を取り消したことが分かっている。このため、今回の場合も、がんが再発したとの見方が出ている。
 ダライ・ラマは8月15日から20日までボツワナの首都、ハボローネを訪れ、「心と生命」と題する会議に出席するほか、講演などを行う予定だった。しかし、「極度の疲労」のため、医師から「今後、数週間は長距離の移動を控え、休養をとった方がよい」と診断されたため、82歳という高齢も考慮に入れて、インドの邸宅で休養することを決めたという。
 ダライ・ラマ事務所は11日にダライ・ラマのボツワナ訪問中止をボツワナ政府に連絡した。
 また、ダライ・ラマは17日、メッセージビデオで自らの訪問中止の釈明を行ったが、その表情は疲れ切り、目も落ちくぼみ、座っているのがやっという状態で、いつもの張りのある元気な声ではなくいまにも倒れそうな状態だった。
 このため、ダライ・ラマの病状に関心が集まっており、米国を拠点にする中国問題専門の華字ニュースサイト「博聞新聞網」は「ダライ・ラマが外国訪問を直前でキャンセルするのは極めて異例。2015年10月以来で、がんが再発した可能性がある」と報じたうえで、中国政府もダライ・ラマの健康状態について強い関心を示しており、ダライ・ラマの輪廻転生の後継者探しの準備を本格化するのではないかと伝えている。
 こうした状況の中、中国チベット交流団体の代表団は21日、東京で記者会見し、チベット自治区の現状について「経済・文化など各方面の発展は、今までで最も良い時期を迎えている」と述べた。中央政府の支援や観光業の好調により、2016年の域内総生産(GRP)成長率が全国平均を上回る11.5%と高い伸びを続けている実績を挙げて強調するなど、間接的にダライ・ラマ側を批判。
 さらに、ダライ・ラマが廃止の可能性などに言及している「輪廻転生制度」については「必ず歴史的な決まりにのっとって行われるべきだ」との考えを改めて強調しており、中国側としてはダライ・ラマの後継者を中国内で探す準備を整えていることを示唆している。
 すでに、中国側はダライ・ラマに次ぐチベット仏教第2の実力者であるパンチェン・ラマについても、ダライ・ラマ側が指名した後継者を拉致監禁したうえで、中国側が任命した後継者を正式なパンチェン・ラマの生まれ変わりと認めて、既成事実化している。
 中国がダライ・ラマ死亡後、パンチェン・ラマと同じように、独自に生まれ変わりを決定し、正当化するとみられる。


「傲慢」と批判、マクロン仏大統領の支持率急落
 【パリ=作田総輝】フランスのマクロン大統領(39)が、就任から100日あまりで支持率が急落している。
 既存政党の支配を破って5月に史上最年少の大統領となり国民議会選でも大勝して政権基盤を固めたマクロン氏は、政治手法や振る舞いを「傲慢」と批判され、歳出削減を目指す政策などを巡り逆風を受けている。
 「フランス人は改革嫌いだ」。マクロン氏は24日、訪問先のルーマニアでの演説でこう述べ、自ら進める改革に対するフランス国内での批判の高まりにいら立ちを示した。
 仏調査会社エラブ社が23日に発表した世論調査で、マクロン政権に「満足」と答えたのは14%で、「がっかりした」が36%を占めた。ただし50%は「評価するのは時期尚早」と回答した。


車椅子、杖、立たないモヒカン ─パンクフェス21年目の「精神」
小川 善照 ,Official Columnist Action Time Vision 〜取材の現場から〜
イギリス最大の保養地として名高いブラックプール市。その中心部にウィンターガーデンという百年近い歴史を持つ市営の多目的ホールがある。映画『Shall We Dance?』や、バラエティの芸能人ダンス部が目指した世界大会が開かれる社交ダンスの聖地である。高い天井に宮殿のような彫刻が施されたエンプレスホールは、中世の雰囲気すら醸しだしている。
大小の大会が一年中開催され、世界中から社交ダンスをたしなむ紳士淑女が集まるブラックプールだが、毎年8月の最初の週末だけは、会場周辺に異様な光景が繰り広げられる。色鮮やかなモヒカンにタトゥー、ピアスに派手な服装というパンクスたちが世界中から終結する。ここは、パンクロックの世界最大の祭典『レベリオンフェスティバル』の開催会場でもあるのだ。
今年は8月3日から6日まで4日間に渡って、7つのステージで、計400近くのバンドが演奏して、参加者はのべ2万人。そこかしこでバーカウンターがあり、ビールが飛ぶように売れている。
英語に加え、ドイツ語、フランス語、イタリア語が飛び交う会場は国際色豊かだが、同時に目立つのは、その年齢の高さだ。しわくちゃの顔に、腕や首に入れられたタトウーは艶を失い、杖をつき、車椅子など老人の部類に入るパンクスも多い。ハゲ頭でモヒカンが立てられないのか、落ち武者頭を無理に逆立てている強者もいる。
このフェスの関係者である森永ゆうこさんに話を聞いた。
「76年に誕生したパンクロックも今年で41年目。ピストルズなどを通過した世代はすでに60代に入っています。不摂生な生活や肥満が原因なんでしょう。ステージで倒れて救急車で運ばれた経験があるバンドもいます。高齢者は多いです。実は私の夫も出演してますが、73歳ですからね」
彼女の夫は結成41年のパンクバンド、UKsubsの伝説的なボーカリスト、チャーリー・ハーパーである。年齢的にはおそらく最年長だが、妻の献身的な健康管理で現在でも世界ツアーを続けている、お達者パンクスだ。
一方、会場にいるまだまだ元気な40代でも、かなりの肥満体型が目立つ。西欧諸国の特徴的なワーキングクラスでもある。
「彼らは月曜から金曜まで真面目に働いています。建設現場やドライバーなどの肉体労働などが多いですが、休暇はこうしてビールとパンクなど好きなことで過ごすんです。40年間ずっとそうした生活を続けているようです」
実はこのフェス自体がそうしたパンクスたちの手によるものだという。
「機材などの設営と警備などは専門の会社に委託してますが、企画と運営は出演者でもあるバンドメンバーや関係者がやっています。パンクスが自分たちの手で作り上げているフェスなんです」
その言葉通り、受付はモヒカンの兄ちゃんがボランティアらしく、お気に入りのバンドの時は観客となっていた、ステージバックに書かれたロゴもよく見ると手作りのようで微妙にいびつだ。
このフェスが誕生したのは1996年。パンク誕生、20周年の年である。セルアウトしたアメリカの一部のスターバンドを除いて、すでに音楽業界からは「商品として魅力がない」音楽と目されたパンクバンドたち。その多くは、インディーズでの活動を余儀なくされていた。
実は、メイン会場で演奏をするバンドでさえ、普段は他の職に就いているケースがほとんどだ。演奏が終わると物販を自分でやって、ファンと語らう姿も珍しくない。
パンクスたちは自分たちの場所を自分たちで確保して大事にしている。会場の雰囲気は驚くほどマナーがいい。ケンカなど粗暴な振る舞いも見てないし、杖や車椅子のパンクスには率先して手を貸す姿も珍しくなかった。でも、そこはパンクスである彼らだ。行儀がいいたけでは終わらない。
「5年前に元セックスピストルズのジョンライドンがPILで出演した時、会場は超満員になりました。でも、演奏が始まると観客席からバターが大量に投げ込まれたんです(笑)」
かつてのパンクのアイコンはこの頃、バラエティ番組で人気になり、バターのテレビCMにも出演していた。観客と演者の立場は対等で、誰であっても決して神格化しないのだ。
今年、会場で目立ったのが、反トランプのTシャツやステッカーだった。実はこうした政治的アティトュードはこのフェスの精神でもある。
「いろんなことを受け入れる、本当に雰囲気がいい場所なんですが、今年はあるバンドが過去に出していたゲイを揶揄する歌が問題になって出演取りやめになりかけました。レイシストと認定されたバンドは絶対に排除されるのです。そのバンドのTシャツを着ているファンさえダメだと注意されます」
パンクの矜持としてファシズムとレイシズムは絶対に許さないということか。商業主義から見放されたパンクスたちが自分たちで始めたフェスはパンク40周年の昨年、最大の参加者だった。今年は少し少なめとはいえ、のべ2万人を越えたという。また来年、その先のパンク誕生50周年に向けて彼らは始動している。
肉体は衰えど、精神は40年前と変わらず。かつての反逆児たちのスピリットが、とても健全に見えるのは、いかに世間が寛容さをなくしてしまったということかもしれない。


トランプ問題で鋭い論評連発の町山智浩がアメリカと比較し「日本のお笑い芸人が権力批判できない理由」を喝破
 シャーロッツビル事件をめぐる「どっちも悪い」発言で、アメリカではトランプ大統領への批判がかつてないくらい高まっているが、日本のメディアではむしろ、トランプ的な「どっちもどっち」論が幅を利かせている印象がある。
 ネットでは事件の発端となったリー将軍像の撤去をめぐって、ネトウヨや「中立厨」を中心にリー将軍擁護論が盛り上がり、テレビでも「白人至上主義も忌まわしいが、リベラル至上主義も問題」などというトンデモ発言をした有本香はじめ、複数のコメンテーター、番組がどっもどっち的な解説を垂れ流していた。
 そんななか、こうしたトランプ擁護論を徹底論破していたのが、現在アメリカ在住の映画評論家・町山智浩氏だ。町山氏はツイッターで、リー将軍像が白人至上主義という差別思想と不可分であること、南北戦争で「南部が自治権を守ろうとしただけ」などというのは戦争終結後の南部のプロパガンダであることを指摘。こんな鋭い分析まで披露していた。
〈南部の正当化の仕組みは日本における戦争の正当化のそれと非常によく似ていると思います。南部帝国を擁護する日本人には、意識的か無意識か、大日本帝国を投影している人が多いのではないでしょうか。〉
 まさに博覧強記の町山氏らしい鮮やかな切り返しだが、その町山氏が今度は、トランプを徹底批判するアメリカのニュースショーと比較する形で、権力批判ができない日本のメディア状況やお笑い芸人の問題に踏み込む発言をして、話題になっている。
 発言があったのは、8月22日放送の町山氏のレギュラー番組『たまむすび』(TBSラジオ)でのこと。町山氏はこの日、シャーロッツビル事件以後も予定されている右翼の大集会やトランプ大統領の動向について解説したあと、「いまアメリカのレイトショー、夜のトークショーの人たちは、もうずーっと、この事件があってからもそうなんですけども、トランプギャグでものすごく面白いことになっているんですよ」と切り出した。
アメリカでは毎晩、コメディアンたちがトランプをネタに
 そして、ABCテレビ『ジミー・キンメル・ライブ!』司会者のジミー・キンメルやCBS『ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』で大人気を博しているスティーヴン・コルベアが毎日のように、トランプに対して苛烈なジョークやツッコミを浴びせていることを紹介した。
 たとえば、キンメルが「ドナルド・トランプをアメリカの王様にして、政治から手を引かせよう」という皮肉たっぷりの提案をしたことや、トランプが「両方とも悪い」と言ったことに対して、コルベアが「それは違うだろ、だって、あっちはナチだよ、こっち側はそのナチのカウンターだよ、ナチと戦う人たちだよ」「アメリカはナチと戦ったんじゃないの?」と厳しく突っ込んだことなど。
 しかも、町山氏が強調したのが、これらトランプ批判の多くがアメリカの「お笑いトークショー」を舞台に、コメディアンの口から発せられていることだった。
「アメリカのすごいところは、とにかくいちばん視聴率を取っていていちばん人気のあるコメディアンは政治ネタをやるっていうことなんですよ」
 そのうえで、町山氏は一転して日本のお笑いに目を向け、例の茂木健一郎氏の発言をもちだしたのだ。
「僕が今回、この話をしようとしたのは、前にね、だいぶ前になりますけど、茂木健一郎さんが日本のお笑いに関して『空気を読んでいるお笑いばかりで権力に対して批評の目を向けたお笑いがない』っていうようなことをツイートかなにかして。そしたら、炎上しちゃって。爆問の、爆笑問題の太田君から『うるせー、バーカ!』って言われましたよね(笑)。
「『あんなもんは簡単なんだよ、政治ネタとかは』って言っていて。あと、そういう人もいっぱいいるという話もしてたんですけど。あと、松本人志さんは『茂木さんは面白くない』っていう、ちょっとこれは違う話で反論されていたんですけど」
茂木健一郎発言の本質と博多大吉の「安倍批判はリスクが大きい」発言
 茂木氏の発言については本サイトでも何度も紹介しているが、まさに、権力批判ができない日本のお笑いの問題点をつくものだった。しかし、太田光や松本人志などの大御所芸人が茂木氏を攻撃・嘲笑したことや、茂木氏が「日本のお笑いはオワコン」と発言していたことで、茂木氏のほうが集中砲火を浴びる結果に。そして最終的には『ワイドナショー』(フジテレビ)に茂木氏が出演して松本人志に謝罪するという、まさに日本のお笑いのムラ社会体質を象徴するようなかたちで、幕引きされてしまった。
 どうやら町山氏もこの本質が隠されしまった展開に違和感を抱いていたらしい。茂木氏に対して、「“日本のお笑いはだからダメだ”じゃなくて“なぜ、こういう政治的なお笑いをやる人がテレビに出ないのかな?”っていう話にすればよかった」と苦言を呈する一方、博多大吉の発言を引用するかたちで、日本のお笑い芸人が権力批判できない理由について、改めて言及したのだ。
「その時に(茂木氏に)反論した中で博多大吉さんが一番正直に言ったんだと思うんですね。博多さんが」
「それは『安倍総理を批判したらリスクが大きい』って言ったんですね。彼は(笑)。それが一番正直だなと思ったんですけど(笑)。だって、そのザ・ニュースペーパーっていうグループは森友事件を茶化すコントをテレビのために収録したら放送されなかったんですからね」
「だから『リスクが大きい』っていうのはやっぱりかなりストレートなものなのと、あとやっぱりスポンサーとかでコマーシャルに出れなくなっちゃうんですよね」
 そう、町山氏は日本のお笑いが権力批判できないのは、太田光の言うような「政治ネタをやってるヤツはいるけど、笑えない、浅い」とかそういうことではなく、芸人がつぶされるリスクを感じているからだ、と指摘したのである。
 この指摘はきわめて正しい。実際、この日の『たまむすび』でも、アメリカのニュースショーでのトランプ批判の激烈ぶりを説明する町山氏に、番組でパートナーをつとめる南海キャンディーズ・山里亮太が驚いて、こう問いかける場面があった。
「言っても大丈夫なんですか? 圧力が来てね、『そんなの言っちゃダメだ』とか、『そういう放送はさせないぞ』みたいなのないんですか?」
 これは逆に言うと、日本ではそういう圧力があるということだろう。町山氏もふれていたが、現実に安倍政権批判のコントが潰されたケースもある。
放送直前、テレビ局が放映を中止した安倍政権批判のコント
 政治風刺を入れ込んだコントを得意とするザ・ニュースペーパーのリーダーである渡部又兵衛は、2017年5月14日付しんぶん赤旗日曜版に掲載されたインタビューでこんな裏事情を暴露している。
「僕は最近コントで「カゴイケ前理事長」を演じています。そう、森友学園問題の。こんなコントもしました。
 アベシンゾウ首相(舞台袖から登場し)「どうも、カゴイケさん。お久しぶりです」
 カゴイケ「あ、首相。ごぶさたです。…『お久しぶり』って、やっぱり僕ら、知り合いですよね?」
 それから二人は「お互い、奥さんには苦労しますね」と嘆きあうといった内容です。
 見たテレビ局の人が「面白い!」といってコントを放送することになりました。収録までしたのに放送当日、「すみません。放送は見送りです」と電話がきました」
 これ以上の詳細な裏事情は詳らかにされていないが、おそらく、現場スタッフのなかで「是非放送したい」とされた内容が、放送前の上層部チェックで「自主規制」および「忖度」の対象となったのだろう。
 圧力は放送見送りだけではない。ワイドショーなどで安倍政権に対して厳しい批判をしようものなら、たちまち炎上し、その芸人を起用しているテレビ局やCMのスポンサー企業にネトウヨの電凸攻撃が殺到する。その結果、テレビはこうした芸人を敬遠して使わなくなり、その芸人は仕事を干しあげられてしまうことになる。
 ようするに、日本のお笑い芸人たちはそういう事態を恐れて、権力批判を「自主規制」しているのだ。 
 劇作家の鴻上尚史氏は「SPA!」(扶桑社)17年6月20日号掲載の連載エッセイ「ドン・キホーテのピアス」のなかでこのように書いている。
〈地上波では、現在、まったく政治ネタの笑いがありません。かつてはありました。昭和のずいぶん前、テレビがまだいい加減さを持っていた頃、毎日、時事ネタを笑いにしていました。
 でも、今はありません。それは、お笑い芸人さんの責任ではありません。テレビが許さない。それだけの理由です〉
ウーマン村本も政治ネタをやらない芸人たちの本音を暴露!
 前掲『たまむすび』で町山氏はアメリカにおけるコメディアンの権力批判について、「政治にツッコミを入れる、権力者にツッコミを入れるっていうのはコメディアンの始まり。だから、そういう仕事がアメリカでもあるんですよ。そういう機能を社会のなかで果たしているんですよ」と解説していたが、日本ではそんな機能はとっくに失われてしまったということだろう。
 実際、森友学園や加計学園問題をはじめ、いまの安倍政権はお笑いネタの宝庫であり、アメリカのコメディアンだったらネタにし尽くしているだろう。でも、日本のテレビではそんなお笑いはほとんど出てこない。それどころか、空気を読むことに長けたお笑い芸人たちが、ワイドショーで競うように、政権をヨイショしているというのが現実だ。
 なんとも絶望的な気持ちになるが、しかし、一方でこうした風潮に敢然と立ち向かおうとしている売れっ子芸人もいる。それはウーマンラッシュアワーの村本大輔だ。
 村本といえば、最近、『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日)に出演。安倍首相のことを「戦争のにおいがぷんぷんする」、北朝鮮危機を煽る風潮についても「日本が朝鮮を植民地にしたという歴史も正視すべき」と主張するなど、ネトウヨを激怒させるような発言を連発。大きな話題になった。
 しかし、村本のツイッターを見ていると、その後もまったくひるんでおらず、まだまだ権力批判、戦争反対の姿勢を継続する気が満々のように見える。
 しかも、その村本は8月20日放送『EXD44』(テレビ朝日)のなかで、権力批判をしない日本の芸人についてこう喝破していた。
「先輩の芸人さんたちが『日本じゃああいうネタできないんだよ』とかって言ってたけど、違うよ、そこでメシ食いたいからやらないだけでさ」
 こうなったら、村本に日本のスティーヴン・コルベアになってもらって、安倍批判をガンガンやってもらうしかない?(編集部)


反差別 東京・渋谷でヘイヤーさん追悼集会
 米南部バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者らの集会に抗議していたヘザー・ヘイヤーさんが今月12日、集会に参加していた白人の男に乗用車でひき殺された事件を受け、日本でもヘイヤーさんを追悼し、反差別の意思を示そうと27日夕、東京・渋谷駅のハチ公前広場に多くの市民が集まった。
 参加者はヘイヤーさんの遺影や「愛は憎しみに勝つ」「団結しよう」などと書いたプラカードを手に、夏休み最後の週末でにぎわう広場に無言で立ち、抗議の意思を示した。
 呼びかけたのは、反ヘイトスピーチの活動をする石野雅之さん(57)。「レイシズムで他者の人権を認めないということがあの事件につながったと思う。日本の中でも関東大震災の時に朝鮮人を虐殺した歴史がある。今の日本でもヘイトスピーチを野放しにするとヘイトクライムが起きてしまうだろう。そんな社会にしないために声を上げ続けたい」と訴えた。ツイッターでの告知を知って参加したという都内の自営業の男性(40)は「日本も人ごとではないと思って参加した」と話した。【後藤由耶】