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Un robot-moine pour célébrer des funérailles
L'humanoïde Pepper peut à présent être engagé pour des rites funéraires au Japon.
Multitâches, le petit humanoïde Pepper, dévoilé en 2014, avait déjà été employé comme vendeur, serveur de pizza ou encore compagnon pour les personnes âgées. Il se dote aujourd'hui d'une nouvelle fonction dans le domaine religieux.
Lors du Tokyo International Funeral & Cemetery Show, aussi appelé Life Ending Industry Expo, salon professionnel annuel de l'industrie funéraire, l'entreprise Nissei Eco a dévoilé un nouveau service pour les rituels funéraires. Il est en effet désormais possible d'engager le robot, développé par la société française Aldebaran et le groupe japonais SoftBank, en qualité de moine bouddhiste lors de funérailles.
Selon le journal Japan Times, la firme Nissei Eco proposera l'humanoïde Pepper ≪vendu comme le premier robot qui peut lire les émotions - pour chanter des sutras bouddhistes lors des funérailles et proposant une alternative moins chère que les prêtres humains≫. Sa prestation est en effet facturée environ 380 euros contre en moyenne 1 860 euros pour un prêtre humain.
Michio Inamura, conseiller exécutif de Nissei Eco, explique que le robot peut servir à remplacer les moines humains lorsqu'ils ne sont pas disponibles, rapporte l'agence Reuters. Il précise qu'avec le vieillissement et le déclin de la population japonaise, de nombreux prêtres bouddhistes reçoivent moins de soutien financier de leurs communautés, incitant certains à trouver un travail à temps partiel en dehors de leurs devoirs du temple.
Mais ce nouveau service est loin de faire l'unanimité: l'idée d'introduire une telle machine, ≪sans âme≫, dans une situation qui requiert du respect et de l'empathie est ≪mauvaise≫ et ≪stupide≫, commente entre autres le site spécialisé TechCrunch.
Pour rappel, fin mai, dans la ville de Wittenberg, en Allemagne, lors d'une exposition marquant les 500 ans de la Réforme protestante, un pasteur allemand avait installé dans son église un robot, baptisé BlessuU-2, capable de bénir les fidèles dans cinq langues différentes.
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フランス語の勉強?
布施祐仁‏ @yujinfuse
北朝鮮のミサイル発射は明確な安保理決議違反で厳しく抗議すべきだけど、Jアラートを鳴らし避難指示を出す日本政府の対応も冷静さを欠いていると思う。ミサイルの飛行高度からいっても日本を狙ったものではないことは明らか。
Jアラートとか避難指示は、本当に必要な時に出さないと、かえって国民の警戒意識を弱めることになりかねない。この先も、今回のようなケースが起こる度に出して電車止めるんですか?と思う。本当に国民保護のためというより、危機管理の判断が浅はかか、または別の意図が働いているとしか思えない。
北朝鮮が発射した弾道ミサイルが、日本に向けて撃たれたのか、そうじゃないのか、日本に落下する可能性があるのかないのかを瞬時に探知できなければ、そもそもミサイルディフェンスなんて成り立たないんですけどね。迎撃するには、さらに軌道を正確に計算する必要があるわけですから。

こたつぬこ‏ @sangituyama
原発の避難計画はつくらないのに、ミサイルの避難訓練はやりたがるとか。
「かつてない深刻な脅威」が起きているのに、国会は開かないという謎の国。

おごちゃん / IoT素人なのですが‏ @ogochan
「完全に把握」は北朝鮮向けのメッセージとしては妥当だと思うけど、国内向けに言ったら「わかってたらどうにかしろよ」でしかないと思う。「だから大丈夫だと判断した」のであれば「じゃあ騒ぐなよ」になるし。国内向けにドヤることじゃない。
やがて空は晴れる...。‏ @masa3799
ABCキャスト。北ミサイル発射、日本政府の対応に、古賀茂明「今までにない(脅威)とか言ってるけど全然ウソ。これは明らかに国民の危機感を煽るために言っている。危ない、危ない、地下に入れとか言ってるけど一番危ないのは原発。原発についてはいつも何も言わずにただ一般的な恐怖感を煽る…」
Tad‏ @CybershotTad
#報ステ
後藤謙次「防衛上の問題が浮き彫りに。安倍総理は、最初から最後まで日本は掌握していた、だから迎撃の体制は取らなかったと。その一方で、では何故Jアラートを出したのか。ちぐはぐ感。極めて巨額の予算を伴うわけだから日本にとってミサイル防衛は何なのか。その反省を迫られた一日」

望月衣塑子‏ @ISOKO_MOCHIZUKI
#北朝鮮 の #ミサイル が北海道の一部上空を通過し1200km 離れた太平洋に落下。北朝鮮の狙いは、戦争することではなく、軍備強化を背景に、国際的な発言力を持ち、米国と台頭に話し交渉できる位置に立つ事。日本政府にはミサイル発射に煽られるのではなく、より冷静な対応が求められている
修の今でしょ!講座 3時間スペシャル
今回は長生きの秘訣が分かる特別企画!! 健康長寿1000人に調査!!肉料理・発酵食品・睡眠・お風呂…普段良く食べる物や生活習慣を取材!どうして健康で長生きできるのか、番組がご長寿のビッグデータを作成する!長生きの方々は○○肉をよく食べていた!睡眠時間は○時間だった!お風呂の温度は○○℃だった!更に長寿の村へ潜入し長生きの方々の生活に密着!驚きの習慣とは… 長生きしたい方は必見の3時間SP
林修 松尾由美子(テレビ朝日アナウンサー) 白澤卓二 江田証 早坂信哉 白濱龍太郎 下方浩史 高橋英樹 松嶋尚美 中山雅史 秋元真夏 ☆番組HP  http://www.tv-asahi.co.jp/imadesho/


パワーアップでミス発見されてしまいました.焦ってしまったけれど仕方ありません.とにかく明日訂正しなくては・・・
阪急梅田でみずほ銀行発見♪今まで15階まで行っていたので少し近いです.

<七十七銀女川支店>遺族「調査結果、慰霊碑説明を」
 東日本大震災の津波で死亡・行方不明になった七十七銀行女川支店(宮城県女川町)の行員らの家族は28日、犠牲者を出した原因の調査結果や慰霊のモニュメント設置などについて説明するよう、七十七銀に申し入れた。
 長男健太さん=当時(25)=を亡くした田村弘美さん(54)、姉の美智子さん=当時(54)=を失った丹野礼子さん(59)が本店(仙台市)を訪問。氏家照彦頭取宛ての書面を罹災(りさい)者支援室の担当者に託した。
 申し入れた項目は他に(1)現在の防災対策(2)再発防止処置(3)教訓伝承の方法−など。「家族は今もあの日の事実を受け入れられない。惨事を二度と繰り返さないための取り組みと考えを示してほしい」とし、9月30日に同支店の新店舗で回答するよう求めている。
 田村さんは「私たちの気持ちに寄り添う丁寧な説明を望んでいる。お互いに歩み寄りながら同じ方向へ進んでいきたい」と願う。
 新店舗は9月4日、JR女川駅近くで開業する予定。慰霊碑に関し、七十七銀は取材に「設置に向け遺族の話を聞きながら検討を進めている。設置の時期や場所、碑に刻む内容はまだ決まっていない」と話す。
 同支店では震災当時、支店長の指示で従業員ら13人が高さ約10メートルの屋上に避難。津波にのまれ、12人が犠牲となった。家族側は2012年6月、支店跡地に慰霊の花壇を設置。15年1月、かさ上げ工事に伴い高台に移し、同3月にモニュメントを設けた。


<リボーンアート>塩釜の仏料理人、特設店運営
 石巻市の牡鹿半島などで開催中の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」で人気を集めるレストラン「リボーンアート・ダイニング」の運営に、塩釜市のフランス料理人赤間善太さん(32)が参加している。共同で切り盛りする地元石巻の料理人たちと互いに腕を磨き、食で地域振興に貢献しようと気持ちを奮い立たせている。
 ダイニングは、石巻市荻浜地区の浜辺にたたずむ特設レストラン。RAF期間中、全国の著名料理人らが日替わりでメインのシェフを務め、地場の食材を使った料理を振る舞う。
 赤間さんは参加料理人の中で2番目に若い。父親の善久さん(67)がオーナーシェフを務める塩釜のフランス料理店「レストラン・シェヌー」では、スーシェフ(副料理長)を担う。
 RAFでは7月下旬、メインのシェフとしてコース料理を提供した。宮城県産の白身魚や枝豆を使ったテリーヌ、志波姫豚のロティなど4品を、見た目が涼しげに仕上げた。
 その日、客の中には善久さんもいた。シェヌーで提供する料理は善久さんが考案し、主な調理を担う。そのため、ダイニングは赤間さんが独自の料理に挑戦する場でもあった。
 「メインの料理は良かった」。食後、善久さんから声を掛けられた。「普段、料理を褒められることは少ない。素直にうれしかった」と赤間さん。
 シェヌーは善久さんが37年前に開店。塩釜ならではの新鮮な魚介類を生かしたフランス料理を提供し、人気店となっている。
 店はいずれ赤間さんが継ぐ。「父親が築いてきた信頼を崩さずに、自分の色も出したい。ダイニングの経験は大きな糧になる」
 著名料理人らのサポートや、調理場を取り仕切るのは石巻の料理人たち。東日本大震災のボランティアをきっかけに移住し、店を構えた人が多くいる。
 「縁もゆかりもない土地に店を開き、地域のため活動している。地元出身者としてもっと頑張りたい」
 震災で被災した塩釜、宮城を食で盛り上げたい。その思いを胸に、先輩料理人の背中を追う。


仮設住宅の建設で新たな提言
南海トラフ巨大地震など大規模な災害が起きた際の仮設住宅の建設について国の検討会は、避難生活が長期にわたることを見越し、従来のプレハブ住宅だけでなく恒久的に使える住宅の建設など幅広い選択肢を検討すべきとする新たな提言をまとめました。
南海トラフ巨大地震や首都直下地震クラスの大規模災害が起きた際に被災者の住まいをどう確保するかについて、有識者による国の検討会は去年11月から議論を進め、29日、提言を公表しました。
この中で、大規模災害では入居期間が原則2年とされる仮設住宅での生活が長期化することが想定されるとして、プレハブだけでなく、建築基準を満たした恒久的な住宅の建設も選択肢のひとつとして検討すべきだとしています。
東日本大震災では災害公営住宅の建設の遅れなどによって発生から6年4か月が過ぎた先月末の時点で、2万1000人以上が広さや居住性の面で劣るプレハブ仮設住宅などでの生活を余儀なくされていて、こうした教訓を踏まえた内容となっています。
一方で、地方自治体は住宅の供給を迅速に行うため、平常時から用地の選定や業界団体との協定といった準備を進める必要があるとしてます。
また、必要とされる仮設住宅がいずれも最大で、南海トラフの巨大地震では東日本大震災の17倍にあたるおよそ205万戸、首都直下地震では8倍にあたるおよそ94万戸と推計され、建設の用地や人手の確保が難しくなることも予想されています。
このため提言では「賃貸住宅や空き家などを今まで以上に積極的に活用するなど多様な選択肢を用意し、復旧から復興まで切れ目なく支援すべきだ」としています。
提言について、小此木防災担当大臣は会見で「関係する省庁や自治体と連携しできるところから対応したい。被災者の住まいの多様な選択肢については、今後1、2年かけて検討していく必要がある」と述べました。
東日本大震災で借りていた家が全壊し石巻市の仮設住宅で暮らしている丹野美代子(77)さんは、心臓などに持病があるため病院の近くの災害公営住宅に入居を申し込んできましたが、これまでに3回外れ現在の場所での生活が6年余りとなっています。
仮設住宅の部屋はおよそ5畳で、介護用のベットが半分を占め、収納スペースもほとんどないため窮屈だったほか、洗面所と台所の間の段差で転ぶこともあり不便を感じてきました。
また、プレハブでは壁が薄いため、隣の部屋のテレビの音や、寝返りして壁をける音などでよく眠れない日が続いたということです。
一方、最近は仮設住宅に暮らす世帯が減るにつれて夜の明かりが減り、防犯面などでも不安を感じているといいます。
丹野さんはことし10月に災害公営住宅への入居が決まったということですが「最初は雨露をしのげてありがたかったが、仮設での生活がこんなに長期化するとは思わなかった。復興が早く進むならプレハブでも我慢できるが、長期化するならば入所者の生活にも配慮した仮設住宅を作って頂くのが良いと思う」と話していました。


<台風10号豪雨から1年>自宅全壊ながら牛守り抜く
 岩手県を中心に大きな被害をもたらした昨年8月の台風10号豪雨から、30日で1年がたつ。岩泉町安家(あっか)の畜産農家合砂(あいしゃ)哲夫さん(61)は自宅が全壊する中、必死の思いで「家族の一員」という牛たちの世話を続けてきた。肩寄せ合って再生への歩みを続ける家族に今月、新しい命が加わった。
 昨年8月30日午後5時半ごろ、自宅を大量の土砂が襲った。近くの折壁川に架かる橋も流失。夜が明けて初めて、集落が孤立したと分かった。
 合砂さんは、自宅と約8キロ離れた牛舎の2カ所で和牛計30頭を飼育している。台風は去ったが、一刻も早く牛たちに餌と水を与えなければならなかった。
 被災から3日後に県の防災ヘリコプターで救助されると、すぐさま牛舎へと向かった。豪雨の中を生き延びた牛たちが、合砂さんを待ちわびるように鳴いた。
 電気と道路が復旧するまでの3週間、合砂さんは自宅と牛舎の道のりを徒歩で往復し、世話を続けた。
 しかし、牧草地は水浸しになり、保管していた牧草ロールも失った。餌がない以上、頭数を減らすしかない。頭数を減らせば、暮らしが成り立たない。
 迷いをかき消してくれたのは同居する長男夫婦だった。哲士(さとし)さん(30)と優喜恵(ゆきえ)さん(31)が、新しい命を授かった。「母子が安心して暮らせる家を建てるんだ」
 一頭も減らさない覚悟を決めた合砂さんの元に匿名の支援物資が届き、宮城県の男性がトラックで稲わらを運んできた。再生に懸ける思いを、多くの人が支えてくれた。
 半ば諦めていた全国和牛能力共進会宮城大会の県最終選考会にも出場できた。結果は惜しくも2位だったが、前回大会より一つ順位を上げた。
 優喜恵さんは8日に無事、長女柚葉(ゆずは)ちゃんを出産。「家族が元気に生活することが一番大事」。台風被害から1年。合砂さんは「家族の一員」が1人増えた喜びをかみしめながら、今日も牛たちの世話をする。


<台風10号豪雨から1年>214世帯なお仮設暮らし
 岩手県内で死者21人、行方不明者2人を出した台風10号豪雨から、30日で1年となる。5市町村の仮設住宅には現在、計214世帯が暮らしている。最も被害の大きかった岩泉町を中心に道路や河川の改修、住宅や産業の再建が本格化。達増拓也知事は28日の定例記者会見で「同じような被害が出ないよう防災体制を強化した。スピード感を持って復旧事業を進めたい」と話した。
<被害状況>
 岩泉町で20人、久慈市で1人が亡くなり、岩泉町で女性1人、宮古市で男性1人の計2人が行方不明になっている。
 被害額は土木施設が約440億円、農林水産業関係が約335億円など総額1428億6972万円。県内で起きた大雨被害では過去最大となった。
<住宅再建>
 住宅被害は17市町村計4504世帯。内訳は全壊478世帯、半壊1906世帯など。
 岩泉町と宮古市、久慈市、野田村、普代村は東日本大震災の被災者向け仮設住宅から振り分けた分を含め、計265戸の仮設住宅を整備した。1日現在で岩泉町183世帯、久慈市25世帯など計214世帯が入居する。
<道路復旧>
 小本(おもと)川の氾濫により、一部区間で片側交互通行が続く岩泉町の国道455号は、10月に本格的な復旧工事に着手する。川に2本の仮設橋を架け、対岸に迂回(うかい)路を設ける計画だ。全面通行止めが続く釜石市の県道は本年度中、岩泉町の県道は2018年度中の復旧を目指す。
 復旧工事の発注率は35.1%(7月末現在)と低迷。達増知事は「測量、設計など発注準備に時間を要している。応援職員の派遣を引き続き要請したい」と話す。
<河川改修>
 県は、岩泉町を流れる小本川と安家(あっか)川など7河川で、川幅を広げたり新たに堤防を整備するなどの改修を順次実施。11月までに全ての工事に着手し、20年度中の完了を目指す。
<産業再生>
 被災した下安家(あっか)(野田村)のサケふ化場は9月に一部稼働を再開する。小本(岩泉町)、松山(宮古市)の2カ所のふ化場と合わせ、復旧工事の完了は18年2月の見込み。県内に10カ所あるふ化場のうち、9カ所で本年度内に稼働を再開できる見通しとなった。
 被災農地221ヘクタールのうち、復旧したのは71ヘクタール(32.1%)。残りは18年3月までの復旧を目指す。
 工場が被災した岩泉町の岩泉乳業は、10月に「岩泉ヨーグルト」の生産を再開する。


<市長会>「郡氏は野党系」国との関係悪化懸念
 「仙台外し」の動きが表面化した。宮城県市長会は28日、空席となっていた会長の職務代理者に佐藤昭塩釜市長(75)を選出し、仙台市長の会長就任が続いてきた慣例を破った。郡和子仙台市長が初当選した7月の市長選で、民進、共産両党など野党の支援を受けたのが背景。県内の他市長からは「野党系の会長では国に相手にされない」との懸念が漏れた。
 28日の定例会議で口火を切ったのは副会長の伊藤康志大崎市長。「地方分権が進む中、県市長会の在り方をこの機会にしっかり議論したい」と、職務代理者の設置を言い出した。
 「なぜ私が仙台市長に就任した今なのか。腹にすとんと落ちないところがないわけではない」。慣例破りの提案に、郡氏はすぐさま不快感を示した。
 だが、他の市長から「会長の選び方や事務局の在り方をしっかりと検討すべきだ」との意見が相次ぎ、郡氏は外堀を埋められた格好に。全会一致で提案をのまざるを得なかった。
 伊藤氏は会合後、報道各社の取材に「県市長会は仙台におんぶに抱っこの状態だった。新しい形を模索したい」と語り、郡氏の仙台市長就任との関連を否定した。ただ、県内の市長の間では政府与党との関係悪化を心配する声が根強い。
 ある市長は「共産が支援した郡氏が国に要望書を持って行っても、相手にされない」と声を潜める。別の市長は「県内の首長は自民系が多く、野党の支援を受けた人が会長になることに不安がある」と明かした。
 一方、東北市長会長には慣例通り郡氏を推薦することを決め、県市長会とのすみ分けを図った。副会長の大友喜助角田市長は推薦理由で「東北全体の発展に並々ならぬ意欲を感じる。東北のリーダーとしてふさわしい」と持ち上げた。
 市長の一人は「与党系の仙台市長だったら違った展開だっただろう。郡氏に複雑な思いがあるのは見て取れた」と振り返った。


宮城県市長会人事/「大義名分」ある慣例破りか
 奥山恵美子前仙台市長の退任に伴い、宮城県市長会長職務代理者に佐藤昭塩釜市長がきのう、選ばれた。奥山氏の任期が来春まで残っているためで、改めて新会長を選ぶ。
 従来の慣例に従えば、初当選した郡和子仙台市長が新会長に就く運びだったが、異例の人事となった。10月に決まる、仙台市長が代々務めてきた東北市長会長には、郡氏を推薦するという。
 仙台市長が県市長会のトップに就いてきたのには、政令市の重みや歴史的な経緯などがあったはずである。見直すならば、明確な「大義名分」があるべきなのに、今回の人事はそれがうかがえない。
 表向きの理由は分権の時代を迎え、仙台市長のあて職を見直す契機にしたいということらしい。ただ、これまでも問題提起の機会があったにもかかわらず、なぜ今なのか。郡市長自身が不満を漏らしたのは当然だろう。
 郡市長は元民進党衆院議員で、共産を含む野党共闘の形で市長選に臨み、自民、公明両党などが推す候補に競り勝った。この与野党対決の構図を引きずっているようだ。
 本人の手腕や政策に疑問符が付くというのであれば、交代の理屈も成り立つ。ただ、22日に就任したばかりで、今は市政の方向性すら見えてこない段階にある。
 しかも、郡市長は市長選後に、「ノーサイド」を宣言。市議会で最大会派の自民党や、対立候補を全面支援した村井嘉浩宮城県知事とも融和的な姿勢を示している。
 一部市長から「郡さんが会長になれば、国に要望しても届かない」と懸念する声が上がっていたという。「野党系」という理由で外されたというのであれば、郡市長を選んだ民意はどうなるのか。県市長会の見識が問われよう。
 そもそも与党、野党系という色分けで、政府が予算の「さじ加減」を変えるという態度なら、行政の中立性からいって由々しき問題である。野党共闘に危機感を持つ安倍政権への忖度(そんたく)、すり寄りと見られても仕方があるまい。
 ましてや、東日本大震災の被災地は復興途上にある。まだまだ解決すべき課題は多い。政府に対して直接要望を伝えるのは、与党も野党も関係ないはずである。
 仙台市は復興住宅の整備などハード面の復興に一段落付いており、他の被災自治体は力を貸してほしいと願っているに違いない。県市長会長というポストは「先導役」としてうってつけではないか。
 東北の市長たちも、仙台市長に期待する声は少なくない。政令市として経済振興、観光、防災などのけん引役に期待している。東北市長会長はこうした声を踏まえて、国に物申す立場にある。
 仙台市長のポスト独占に不満を抱く市長もいるだろうが、「野党系だから」というご都合主義では将来に禍根を残すことになりかねない。


河北春秋
 「哀れ、貧故の自殺」「涙と共に出かせぐ女性群」「お辨當(べんとう)なき児童 岩手縣(けん)下に八千名」「東北の地に雪訪れて 飢寒に泣く窮民」「歳末を控へて激増の要救護者」。1934(昭和9)年の秋から冬、本紙が報じた東北大凶作だ▼仙台で26日まで36日間という観測史上1位の長雨が続いたが、以前の最長記録が35日間。冒頭の惨状があった83年前だ。この年も異常低温で、東北の約600の市町村でコメが半作以下になった▼「サムサノナツハオロオロアルキ」。宮沢賢治が「雨ニモマケズ」にこう記した31年から大凶作は続いた。昭和恐慌で生糸も暴落し、重い小作料にあえぐ農村で娘身売りが頻発。「青森県農地改革史」には、34年に「芸娼妓(げいしょうぎ)に売られた者は累計7083人」とある▼今夏の長雨で野菜は値上がりしたが、83年前の窮状を憂える人はおるまい。戦後、稲の耐冷品種開発や農業技術の革新が進んだ。34年の大凶作の後、6県の官民を挙げた「東北調査会」が、東北の救済、振興へと国を動かしたことが歴史的な端緒になった▼その2年後の36年に起きたのが二・二六事件。「東北の農村を救え」を一つの旗印に青年将校らが決起した。農村の災害が戦争への歯車を動かしたといえるが、それらの再来を防ぐ経験の知恵が現代にはある。

<独眼竜挑んだ道 生誕450年>伊達政宗 挑戦の生涯たどる
 森に囲まれた山城が東北の中枢都市を見守る。仙台市青葉区川内の仙台城跡。本丸跡周辺は、歴史と文化のまち仙台のシンボルとして親しまれる。
 城を築いたのは、戦国武将として屈指の人気を誇る伊達政宗(1567〜1636年)。
 若くして伊達家当主となり、東北南部を制圧。天下を取った豊臣秀吉から何度も命を狙われ、瀬戸際を生き抜いた。徳川家康と手を組む一方、駆け引きを展開。海外との交易に向け、支倉常長をスペイン・ローマに派遣した。
 小さなミスが滅亡を招く時代。政宗は念入りに情報を集め、先を見越して方針を決めるとひるまず実行した。和歌や能楽に秀でたことや「伊達者」と呼ばれた装束、直筆の書状を数多く送ったのはいずれも、繁栄への総合戦略だった。
 政宗生誕から450年。「挑戦」をキーワードに事跡をたどり、現代との接点を探りたい。


<独眼竜挑んだ道 生誕450年>プロローグ 仙台城に見える伝統と革新
 軍事拠点から政治機能や儀式を優先させる路線へ。伊達政宗が仙台城を築いた軌跡をたどると、時代の変化に合わせて城を活用した意図や独自性が見えてくる。
◎築城当初は軍事優先
 観光客でにぎわう仙台城本丸跡の西側。市道仙台城跡線沿いにあるが入り口に鍵が掛けられ、静まりかえっている。酉門(とりのもん)跡と呼ばれ、裏門に当たる。土地を所有する仙台市に鍵を開けてもらい中に入った。
 狭い道の両側に4〜7メートルの石垣が立ち、威圧感がある。正面は石垣で遮られ、左折した場所にかつて2階建ての門があった。門前まで侵入した敵に十字砲火を浴びせる構造だ。
 入間田宣夫東北大名誉教授(75)=日本中世史=は「政宗が築城当初、西側の山続きの方向に強い防御ラインを敷こうとした表れだ」と強調する。
 市道の向こう側は御裏(おうら)林(ばやし)(現東北大植物園)と呼ばれ、江戸期は立ち入りを禁止していた。植物園の散策路を歩くと防御用の古い空堀を見られる。市道の一部も空堀だったとされる。
 酉門跡はもともと民有地だったため立ち入ることができなかった。2011年、東日本大震災によって石垣の崩壊が進み、修復に先立って市が初調査。石積みの一部は築城当時の面影を残すと分かった。12年、国史跡に追加指定された。
 なぜ、合戦を意識した山城を築いたのか。時代背景を考えれば見えてくる。
 仙台城の着工は旧暦の1601年1月。関ケ原の合戦(前年9月)は終結したものの、政宗は会津の上杉景勝と「第2の関ケ原」と称される激戦を繰り広げていた。
 「戦が終わらない中、なかなか普請が進まない」
 02年4月、政宗がしたためた書状からは、緊張感が漂ってくる。
 書状を書いた3カ月後、戦闘は終わったものの仙台城の軍事拠点化は続いた。政宗が天下取りに執念を燃やし、家康との戦いを想定したからという説がある。
 本丸跡の標高は115メートル。東は広瀬川、南は竜ノ口渓谷に面した断崖で、北には巨大な石垣を築いた。軍事優先の思想は、当初の登城路とされる巽門(たつみもん)跡から清水門跡を通って本丸に登っても実感できる。
◎大広間と懸造 力注ぐ
 伊達政宗の死から9年後の1645年に作られた奥州仙台城絵図によると、本丸の大きさは東西135間(約266メートル)、南北147間(約290メートル)。江戸時代初期の山城としては全国最大級の規模だ。
 そんな大きな城なのだが、天守閣は全く造られなかった。
 仙台市博物館の菅野正道学芸普及室長(52)によると、天守造りに熱心だったのは豊臣秀吉や徳川家康といった天下人、そして成り上がりの大名だった。「伊達家は鎌倉時代から奥州に勢力を持つ名家であり、わざわざ天守を造って権威を見せつける必要はなかった」と笑う。
 政宗が最も力を注いだのが大広間だ。15年、大坂夏の陣で徳川家康が豊臣家を滅ぼし、幕藩体制が確立すると、仙台城の軍事的な側面は薄れる。政宗や、後に2代藩主となる忠宗は大広間で儀式をしたり来客と接見したりする場として使った。
 本丸北の詰門(つめのもん)をくぐってから左側にあり、正面の右手に玄関があった。中は畳敷きの部分だけで約260畳あり、14の部屋に仕切られていた。建物の様式は桃山時代より古い様式で造られたのに対し、各部屋に金箔を用い、豪華な鳳凰や鶴のふすま絵で飾り立てた。
 菅野さんは「伝統様式の建築と、当時流行した装飾を組み合わせ、どちらも造れることを示したかった」と理由を語る。
 もう一つ、伊達家にとって重要な建物がある。大広間の東南側にあった眺望用の懸造(かけづくり)だ。崖に張り出すように建て、長い柱で床を支えた。
 伊達家の城郭に詳しい鹿児島国際大の太田秀春教授(44)によると、政宗が城を構えた米沢や岩出山にも懸造があった。
 「幕末まで懸造を改修したことから、仙台城にとって欠かせない建物だったと分かる」と太田さん。
 大広間と懸造。二つの遺構からは、伝統を受け継ぎながら独自性を打ち出した政宗の精神を読み取れる。(生活文化部 喜田浩一/写真部 岩野一英)
◎史跡整備震災で見直し
 仙台市は仙台城跡に関する整備基本計画に基づき、発掘や史跡の整備を続けてきた。東日本大震災の発生によって状況が変わり、計画全体を見直す。
 基本計画は2005年に策定。本丸跡にガイダンス施設・仙台城見聞館を設置し、大広間跡には礎石を置いて建物の規模や使われ方を表示した。政宗の屋敷や庭園があったとされる三の丸跡では巽門跡などに表示板を掲げた。
 大震災の発生によって本丸北西石垣などが崩れたため修復を優先した。
 基本計画では大手門と巽門の復元をそれぞれ中、長期目標と定めたが、計画通りに進んでいない。
 史跡整備に先立つ発掘調査は16年度に再開。本年度は、三の丸跡で伊達家のために酒を造った屋敷跡や江戸時代に築かれたとされる土塁跡を調べる。
 また、市は青葉山と広瀬川に囲まれた地域で青葉山公園(仮称)を整備する。追廻地区では仙台の歴史と文化を発信する公園センターの基本設計を始め、20年度の完成を目指す。


<民進代表選>宮城県議の支持動向 枝野氏4人、前原氏2人
 民進党代表選(9月1日投開票)で、河北新報社は党籍を持つ県議7人の支持動向をまとめた。態度を明らかにした6人のうち、4人が枝野幸男元官房長官、2人が前原誠司元外相を支持。野党共闘路線を継続する枝野氏に対し、前原氏も地方選の共闘に柔軟な姿勢を示しており、知事選(10月5日告示、22日投開票)に与える影響は少ないとの見方が広がっている。
 「野党連携を維持するためには最適。政治家としての安定感もある」と枝野氏支持を明言するのは、坂下賢氏(石巻・牡鹿選挙区)。境恒春氏(気仙沼・本吉)も昨年の参院選、7月の仙台市長選での連勝を挙げ「共闘路線の継続に何も問題はない」と言い切る。
 鎌田さゆり氏(泉)は「未来永劫(えいごう)共闘するわけでなく、大同小異で団結しなければ安倍晋三政権に対抗できない」と強調。遊佐美由紀氏(青葉)は東日本大震災で枝野氏が指揮を執った実績を評価し、「蓮舫氏を支えきれなかった総括は必要だが、党再生を託せる実力がある」と期待する。
 前原氏を支持するのは須藤哲氏(柴田)。「共闘ありきでなく、(離党者との連携も含め)党が生きる道を模索している。小手先の党内改革では世論の支持を得られない」と訴える。
 藤原範典氏(太白)も「自民党からも評価が高く、政権交代を担うべき政治家」と評価。「前原氏は共闘ありきのスタンスに異を唱えているだけで必要性は否定していない。地域の実情に沿って現実的に判断するはずだ」と分析する。
 投票先を明らかにしなかった坂下康子氏(宮城野)は「自民党への対抗軸を打ち出せる候補に投票する」と話す。
 代表選は国会議員と国政選挙の公認候補予定者、地方議員、党員・サポーターによる投票をポイント換算する。県議、市町村議は郵便で投票し、「ドント方式」で比例配分される。


新茨城県知事 「原発動かさず」尊重を
 やはり原発再稼働反対の民意は重い。茨城県知事選を制した大井川和彦氏は胸に刻んでほしい。県民の命と暮らしを預かる責任者として原発とどう向き合うのか。「再稼働ありき」は許されない。
 安倍晋三首相が求心力の回復を期した内閣改造後、初めての大型地方選として注目を集めた。原発立地自治体の首長選びという性格も、併せて前面に出た。だが、活発な論戦が交わされたとは言い難く、残念だ。
 元IT企業役員大井川氏は、自民、公明両党の推薦を得て、現職橋本昌氏と、共産党が推薦したNPO法人理事長鶴田真子美氏を破った。
 もっとも、民進党は自主投票に流れ、中央での与野党対決の構図は反映されなかった。地方での激しい保守分裂の様相は、かえって安倍政権への不信と憤怒の根深さを印象づけたのではないか。
 なにより大井川氏は、七選を目指した橋本氏の多選阻止を唱えるばかりで、橋本、鶴田両氏が打ち出した日本原子力発電東海第二原発(東海村)の再稼働に反対する姿勢に対して、真正面から応えようとはしなかった。
 地元の関心が殊に高い原発について、トップとしての立ち位置を明らかにしないのでは、再稼働を推し進める政権の「傀儡(かいらい)」と批判されても仕方あるまい。
 大井川氏は「民意を吸い上げながら、県民が納得できるような形で進めていきたい」と語る。ならば、その民意を見てみたい。
 共同通信が実施した投票所の出口調査では、再稼働に賛成の声は三割程度にとどまったのに対し、反対は七割近くを占めた。さらに、橋本、鶴田両氏を合わせた得票数は約五十五万票に達し、大井川氏のそれを上回った。
 大方の民意は慎重と見るのが自然ではないか。その重みをしっかりと心に留めねばならない。多くの県民にとって、政治経済的な利害得失を超えた切実な問題だ。
 国の原子力災害対策指針に基づき、広域避難計画づくりを義務づけられる原発から三十キロ圏内には十四市町村がふくまれ、全国最多の九十六万人が暮らす。大がかりな避難を想定せねばならないこと自体が、エネルギー源として不合理極まりない。
 しかも、東海第二は来年十一月に運転期限の四十年を迎える老朽原発だ。電力事業者の原電は最長二十年の延長運転を目指しているが、人間の営みと自然を守るために不可欠とは思われない。新知事にはそのことが問われるのだ。


液晶と半導体 国策再編の限界明らか
 中小型液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)が、2年連続で大規模リストラに追い込まれた。1700億円の特別損失を計上し、本年度決算は4年連続の赤字となる公算が大きい。
 JDIは日立製作所、東芝、ソニーの液晶部門を統合して2012年に発足した。筆頭株主は政府系ファンドの産業革新機構だ。
 見過ごせないのは、国主導で競争力を取り戻そうと狙うJDIのような国策再編企業に、経営の失敗が目立つ点である。
 寄り合い所帯で意思決定が遅く、激しい国際競争で劣勢に立つ。JDIの苦境も、技術革新の波に乗り遅れたことに起因する。
 公的資金が使われる国策再編の失敗は、国民負担を招きかねない。その限界が鮮明になった以上、国は産業への関与のあり方を根本的に見直す必要がある。
 JDIの主力製品であるスマートフォン向けパネルの市場では、液晶から次世代パネル・有機ELへの転換が急速に進む。
 しかしJDIは流れを見極められずに昨年末、液晶パネルの新工場を建てる判断ミスを犯した。
 国策再編企業の不振は半導体で際立つ。パネルと同じく、技術革新の目覚ましい産業と言える。
 日立、NEC、三菱電機の半導体部門を統合したエルピーダメモリは12年に破綻し、米企業の傘下に入った。同じ3社の半導体の別部門を統合したルネサスエレクトロニクスも業績はいまひとつだ。
 産業は巨大化・複雑化し、国境をまたいだ競争や合従連衡が当たり前になりつつある。
 全体状況を見定めて産業再編を的確に主導できる―と考えているのなら、官のおごりではないか。
 官による介入の弊害は東芝にも言える。東芝は債務超過解消のため、半導体メモリー事業を米社などの陣営に売却する方向だ。
 経済合理性を重んじれば、資金力に勝る中国や台湾の企業が有力な売却先候補だったはずだ。
 だが経産省は「技術流出の防止」を理由に中台企業への売却に難色を示した。東芝の選択肢を狭め迷走を長引かせたことになる。
 自動車業界には、マツダや日産自動車のように外資を受け入れ危機から復活した企業がある。
 JDIについても、抜本的な再建には外資の協力が要るとの声が産業界などから出ている。
 「日の丸」への固執は必ずしも日本企業の利益にならない。国は、企業の成長を促し競争力を強める黒子役に徹するべきだ。


加計問題「第2幕」へ 96億円補助金に今度は“マル暴”の影
 文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)で「保留」となり、10月末以降にあらためて判断が下されることになった愛媛・今治市の加計学園の獣医学部新設。先週24日、「今治加計獣医学部問題を考える会」が獣医学部棟の設計図面を公表し、日刊ゲンダイ既報の通り、建設費水増し疑惑の声が広がり続けているが、現場では別の問題が浮上しているという。
 加計学園が市に申請した計96億円の補助金を狙った「マル暴」の介入だ。
 現場の工事関係者がこう言う。
「獣医学部の工事施工業者らで7月下旬に暴力団排除のための対策協議会を立ち上げました。工事担当の大本組、アイサワ工業の現場所長がそれぞれ会長、副会長に就き、岡山県警出身で元岡山県暴力追放運動推進センター専務理事の皆木英也加計学園相談役が『建設業は暴力団の格好の標的』『利益供与禁止』などを訴えました。まっ、当然といえば当然の話なのですが、今治市にはもともと暴力団排除条例があり、わざわざ新たな協議会をつくるのも不思議な話だと話題になりました。しかも、工事着工前ならともかく、なぜ、工事がかなり進んだ今の時期につくるのかが分からない。どうやら、多額の補助金を狙ってマル暴が乗り込んできているのではないか――とウワサになりました」
 暴対法や暴排条例で取り締まりが強化され、ヘタをすれば使用者責任を問われて親分のクビも危うくなるかもしれないマル暴が、手ぶらでノコノコと出てくるはずがない。目を付けた相手の弱みを握った上で、脅し透かしを仕掛けてくるのが常套手段だから、現場では「建設費の水増し疑惑などのネタを手に入れたのではないか」なんて囁かれているらしい。
 身から出たサビとはいえ、設置審の判断も先送りになり、その上、マル暴まで絡んでくるとなれば、グチャグチャだ。
「9月6日から今治市議会が始まり、加計問題も必ず取り上げられると思います。そこでまた、新たな疑惑が出てくるかもしれません」(今治加計獣医学部問題を考える会共同代表の黒川敦彦氏)
 補助金水増しにバイオハザード(生物災害)リスク、市議買収、マル暴……。次から次に出てくる疑惑に市民も怒り心頭だろう。もともとムリな計画にツジツマ合わせの理屈をひねり出すからボロが出てくるのだ。市議会でどんな爆弾が炸裂するのか。
 加計問題はいよいよ第2幕の始まりだ。


獣医学部保留  引き続き厳正な審査を
 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設について、文部科学省の諮問機関「大学設置・学校法人審議会」(設置審)が認可を保留、審査を継続することを決めた。「理由を説明できる段階にない」としているが、関係者によると、現時点では学生の教育環境が整っていない、と判断されたようだ。
 設置審は、大学の開学や学部新設の可否を、カリキュラム、教員構成、財務状況、施設計画、教育の質など、多岐にわたる観点から審査する。外部からの圧力を避けるために、実施は非公開となっている。
 獣医学部を巡っては、「総理の意向」などと記載された文書が見つかり、選定の過程で官邸の関与が取り沙汰された。それだけに、設置審には、引き続き厳正に審査することが求められる。
 新設計画は、政府の国家戦略特区制度を活用することが今年1月に認められ、これに基づき3月、設置審に申請された。2018年度の開設を目指している。
 施設に関しては、現在、愛媛県今治市の予定地で建設工事が急ピッチで進んでいる。
 同市は、取得価格36億円余りの土地を加計学園に無償譲渡したうえ、県とともに施設整備に最大96億円助成する予定にしている。
 学部新設に対する地元の期待が、大きいのは確かだ。
 一方で、設置審は5月、教育の質を確保するため、入学定員や教員の構成について再検討を求めた。また、今月に入って、学生の実習計画が不十分で、創薬研究などライフサイエンス分野の獣医師養成に課題があるなどとして、認可の保留に傾いたとされる。
 現段階では、大学の設置基準に照らして、不十分な計画であるといえよう。学園側は重く受け止め、改善に当たるべきだ。
 設置審が計画を保留とした場合、10月下旬に改めて判断を下すことが通例となっている。12月にずれ込む場合もあるという。保留となっても、最終的には認可されるケースが多い。
 ただ、この新設計画は、官邸の関与を疑われ、野党から「加計ありき」だと批判されている。9月下旬にも召集される臨時国会で追及されるのは必至で、その際には設置審の審査についても議論となるだろう。
 国民の疑問に答えるためにも、審査の状況を、できる限り明らかにする必要がある。


加計学園問題 計画認定適切か見直しを
 文部科学省の大学設置・学校法人審議会は学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を保留とした。学部の早期開設は「総理の意向」とした記録文書が見つかり「行政がゆがめられた」疑惑が噴出した問題だ。疑惑解明には、出発点となった国家戦略特区の諮問会議による学部新設計画の認定が適切だったか、見直す必要がある。
 この問題は2015年、政府が「日本再興戦略」を閣議決定し、獣医学部新設の検討と4条件を提示したことから始まる。4条件は「既存の大学・学部では対応困難」「近年の獣医師の需要動向を考慮」などだった。
 昨年11月、国家戦略特区の諮問会議が獣医学部の新設方針を決定し、今年1月に加計学園の新設計画を認定した。
 5月、特区を担当する内閣府が文科省に対し、獣医学部の早期開設について「総理の意向」「官邸の最高レベルが言っている」と伝える記録文書が判明。書かれたのが昨年11月の特区諮問会議の前とみられ、疑惑が発覚した。
 加計学園の理事長は、安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ友人である。安倍首相が友人を優遇したのが「総理の意向」ではないか、ということである。
 国会で野党側は疑惑を追及したが、安倍首相をはじめ政府側の説明は国民を十分納得させるものではなかった。特に特区諮問会議の情報が公開されておらず、どのような根拠、データで加計学園の計画が4条件を満たしたのか不明であるからだ。
 さらに文科省の前川喜平前事務次官が、首相補佐官らから早期対応を促されたことを明らかにし、「行政がゆがめられた」と記者会見していることも疑惑を一層深めている。
 今回の設置審議会の決定は、疑惑に対する直接的な判断ではない。学園の教育内容や教員の確保、設備といった個々の学部運営について課題があったためといわれている。だが、根底には4条件をクリアできているのかの問題が横たわる。その前提が満たされていなければ、学部新設の実務内容をいくら審議しても前には進まない。
 学部が設置される予定の愛媛県今治市は取得価格36億7500万円の土地を加計学園に無償提供し、県と共に最大96億円助成することも決めている。巨額の公金がつぎ込まれる事業である。
 このままでは疑惑は残り、政府への不信は解消されない。原点にさかのぼって特区諮問会議の情報を公開し、審議が不十分であれば再検討すべきである。


「加計」判断保留◆徹底検証へ情報公開が必要◆
 岡山市の学校法人「加計学園」が国家戦略特区制度により愛媛県今治市に獣医学部を新設する計画を認めるか審査してきた文部科学省の大学設置・学校法人審議会は判断を保留すると正式に決めた。
 林芳正文科相への答申は10月以降にずれ込む。学園に教育内容などの課題を指摘して計画見直しを求めた上で審査を続け、改めて判断する。
4条件に合致したか
 文科省によると、判断の保留は珍しくなく、ほとんどのケースで計画見直しを経て最終的に認められているという。だが数々の疑問が噴き出す中、9月最終週に召集される見通しの臨時国会で野党の追及を勢いづかせないため答申を延期したとの見方まである。
 さらに「近年の獣医師の需要動向を考慮」など、2015年6月に閣議決定された獣医学部新設の4条件を計画がクリアしているのかも、いまだに定かではない。今治市が無償譲渡した敷地では研究施設などの建設が着々と進んでいるが、なし崩し的に学部新設に至り、疑問が置き去りにされるようなことがあってはならない。
 非公開で行われている設置審の審査と、4条件に合致しているとの内閣府の判断について、政府が議論の詳細な経緯などの情報を公開するよう求める。徹底した検証なくして、安倍晋三首相が繰り返し強調する「丁寧な説明」は果たせない。
 加計学園の獣医学部新設を巡っては3月、今治市が所有地を無償譲渡し、県とともに最大96億円に上る施設整備費助成を行うと決め、翌月に大学教授らで構成する設置審が文科相の諮問を受けて教育内容や設備、財務状況など多岐にわたる項目を審査。入学定員や教員の構成について見直しを求め、学園も計画の修正に応じている。
 入学定員は当初160人で、獣医師を養成する全国の学部の総定員が2割増となるほどの規模だった。教員も、65歳以上と教員経験のない若手の割合が他の大学に比べて高いといわれていた。
根拠のデータ示さず
 今回の判断保留は、学生の実習計画が不十分で学園が掲げるライフサイエンス分野の獣医師養成に課題があることなどが理由とみられる。学園は計画見直しに取り組むことになるが、それを解決できたとしてもなお問題は残る。閣議決定の4条件を満たしているか、はっきりしないからだ。
 前川喜平前文科事務次官は「合致するか十分な議論がされていない」と証言したが、特区担当だった山本幸三前地方創生担当相は「最終的に私が確認した」とし、根拠となるデータなどは一切示さなかった。
 首相の友人が理事長を務める加計学園が「総理のご意向」の恩恵にあずかり、優遇されたのではという疑念は強い。「一点の曇りもない」といった通り一遍の説明では取り除けないことを政府は肝に銘じるべきだ。


臨時国会 またも憲法ないがしろか
 政府、与党はまたも憲法をないがしろにするのか。
 自民、公明の与党幹事長は秋の臨時国会を9月最終週に召集する方向で一致した。憲法53条に基づく野党からの早期召集要求を2カ月以上無視した末に、政権側の都合だけで国会を開くという姿勢は身勝手というほかない。
 政府と与党は臨時国会で「働き方改革」関連法案、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の実施法案などの審議を想定する。
 野党側はそれらよりも、獣医学部新設を巡る加計(かけ)学園問題、国有地格安売却の森友学園問題、防衛省の南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽(いんぺい)問題の審議が先決である、と主張する。通常国会では、これら一連の疑惑が十分に解明されなかったからだ。
 野党4党は6月22日に「衆参いずれかの議院の4分の1以上から要求があれば内閣は国会を召集しなければならない」という憲法の規定に基づいて召集を求めた。
 しかし政府、与党は憲法に召集期限の定めがないのをいいことに要求を放置してきた。安倍晋三政権がこうした姿勢を取ったのは2015年秋に続いて2回目だ。
 政府、与党は内閣支持率の低下などを受け、通常国会閉幕後、衆参計4日の閉会中審査には応じた。ただし、いずれも短時間で、稲田朋美元防衛相や加計学園の加計孝太郎理事長ら鍵を握る人物の招致を与党が拒否したため、解明どころか、疑惑はより深まった印象が強い。
 与党幹事長は、野党の要求を無視する一方で、景気対策の補正予算編成を政府に求めることでも一致した。10月22日投開票の青森、愛媛、新潟での「衆院トリプル補選」を有利に運ぼう、あるいは衆院解散の可能性をにおわせて与党の引き締めと野党の分断を図ろう−といった思惑も見え隠れする。
 「数の力」と「党利党略」が絶えず優先される政治では、どんな政策を掲げても国民の理解を得るのは難しかろう。政府と与党がいま優先すべきは、疑惑解明の臨時国会をすぐに開くことだ。


子どもの自殺 「小さなSOS」見逃すな
 夏休みが終わって新学期が始まる時期は、子どもたちへの目配りが欠かせない。学校生活に不安や悩みを抱える小中高校生らには大きなストレスがかかり、それが自殺の要因になっているからだ。
 「9月1日現象」ともいわれる悲劇を防止するには、学校や家庭のみならず、社会全体で子どもを見守る取り組みが必要だ。
 かつて毎年3万人を超えた自殺者数は全体でみると減少傾向にあり、昨年は2万1897人だった。年代別では40代以上で減少が目立つが、20〜30代は減少幅が小さく、20歳未満はほぼ横ばいのままだ。若年層の死因の第1位は自殺という状況は尋常ではない。
 子どもの自殺は、予兆がつかみにくいといわれる。いじめや学業不振、家庭の不和などに苦しんでいたことが後で分かるケースが少なくない。正確な統計はないが、「9月1日」前後に自ら命を絶つ子どもは毎年、100人前後に上るとみられている。
 政府は先月策定した新たな自殺総合対策大綱で、学校での予防対策の強化を盛り込んだ。相談体制を拡充し、子どもが一人で悩みを抱え込まないよう「SOSの出し方」も教えるという。小さなSOSを敏感に察知できるよう、教職員の研修強化も必要だろう。
 スマートフォンの普及で、ネットを日常的に利用する子どもが増えている。大津市と無料通信アプリ「LINE」の運営会社は今秋、中学生からいじめなどの相談をLINEで受けるモデル事業を始める。匿名サイトを開設し、子どもの相談に応じている民間団体もある。情報技術(IT)を自殺予防に活用する方法はほかにもあろう。広く知恵を絞りたい。
 既に新学期が始まっている学校でも油断は禁物だ。登校を渋る、食欲がない、腹痛などを訴えるといった異変がないか。細心の注意を払いたい。肝心なのは子どもを孤立に追い込まないことだ。
 「困ったときは相談すれば大丈夫」。そんな安心を子どもに与え、命の尊さを教えていく−。大人たちの役割こそが問われている。


使える時間は4分のみ 現実に見えた「Jアラートの実力」
 8月29日の朝、日本中が震撼した。NHKをはじめテレビ各局の画面は全面、危機を煽るような黒い地に赤い帯の入った「国民保護に関する情報」が映し出され、次々にテロップで臨時ニュースが流された。各自のスマホ・携帯電話にも速報が続々と流された。〈北朝鮮がミサイルを発射した模様。避難を〉。短いながら強い言葉だ。しかし、今回の発射でわかったことは、「やっぱりJアラートは国民保護にはほとんど役に立たない」ということである。
 Jアラート(J-Alert)の正式名称は「全国瞬時警報システム」で、2007年から運用が開始された。衛星を利用して情報をキャッチし、自治体などに流すシステムだ。Jアラートから情報が流されると、〈市町村の防災行政無線等が自動的に起動し、屋外スピーカー等から警報が流れるほか、携帯電話にエリアメール・緊急速報メールが配信されます〉ということになっている(国民保護ポータルサイトより)。
 最初の「発射情報」が発表されたのは6時2分。発射時刻は5時57分と見られていることから、発射後5分ほどで情報を発表したことにはなる。ただし、多くの国民にその情報が行き渡るかどうかというと、話は別だ。スマホで“速報”が実際に受信できたのは1〜2分遅れだった。
 北海道上空を通過したと見られるのが6時6分。発表からわずか4分。いや、実際に国民が情報を入手してからは、最大でも2〜3分しかないかもしれない。「どこに避難すれば? まず情報収集だな。テレビをつけて…」などとやっている間に、ミサイルはとっくに頭の上を通過していたのである。北朝鮮が日本国土を狙っていれば、Jアラートに気付いてテレビをつけたと思ったら、もう火の海になっていてもおかしくない。
 早朝だったから、スマホの情報にも気付かず、地域の防災行政スピーカーなども聞こえず、「起きてからテレビをつけて、発射されたことを知った」というケースも多くあるだろう。ジャーナリストの武冨薫氏が指摘する。「Jアラートは100億円以上を投じて整備され、それを伝達するEm-Net(エムネット。緊急情報ネットワークシステム)とセットで国が主導して導入を進めてきましたが、“いざミサイルを撃たれたら、間に合わない”ことは当初から指摘されてきました。それなのに政府が『国民の生命と財産を守るため』と導入をゴリ推ししてきたのです。過去には2008年6月に福井県美浜町で誤作動を起こして『ミサイルが着弾するおそれあり』という誤報を流して住民をパニックに陥れさせたこともあります」
 これがJアラートの実力だ。発射情報から、わずか4分。あなたは今回、その4分で何ができましたか? 避難した? 慌てふためいていた? それとも、寝ていた?


北ミサイル発射でJアラートに不具合 住民に戸惑いと不安
 総務省消防庁は29日、全国瞬時警報システム「Jアラート」で、北朝鮮のミサイル発射から約4分後の午前6時2分に「発射情報」を、約16分後の同14分に日本上空を飛んだとの「通過情報」を配信した。対象地域は北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、長野の12道県。
 消防庁や関係自治体によると、北海道えりも町や新潟県糸魚川市など一部市町村で、住民に伝える防災行政無線の放送が流れないなどの不具合が発生した。
 対象地域では、防災行政無線の屋外スピーカーを通じて「頑丈な建物や地下に避難してください」「不審な物を発見した場合は決して近寄らず、直ちに警察や消防に連絡ください」といった放送が流れた。しかし、各地の自治体には住民から「避難しろと言われても、どこに逃げればいいのか」「通過した後でも逃げた方がいいのか」などといった不安と戸惑いの声が多数寄せられた。
 また、落下地点はこれからサンマ漁が盛んになる水域。北海道の太平洋沿岸の漁協の漁師らからも「2発目、3発目が飛んできても、すぐには逃げられない。不安だ」との声が上がっている。
 八戸市内では午前6時半ごろ、交差点でトラック同士が衝突。運転手のひとりは「携帯電話に入ったJアラートに気をとられていた」と語った。


役立たず「Jアラート」を使ったのは北朝鮮危機を煽りたい安倍政権のパフォーマンスだった!
 本日8月29日早朝の北朝鮮による弾道ミサイル発射は、日本の国民にかつてない恐怖感を与えた。何しろ、早朝から、全国瞬時警報システム「Jアラート」と緊急情報ネットワークシステム「エムネット」が発動したのだ。
 北海道や東北、北陸、北関東地方の広範囲で警報が鳴り、新幹線や在来線なども運転を停止。Jアラートを受けたNHKや民放各局も「国民の保護に関する情報」の速報を打った。黒塗りの画面の白抜き文字とともに、「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。頑丈な建物や地下に避難して下さい」なる無機質なアナウンスを聞いて、一瞬、パニックに近い状態なった人も少なくなかったはずだ。
 官邸の姿勢も緊迫感に拍車をかけた。安倍首相は官邸に到着したときの会見で「我が国に北朝鮮がミサイルを発射し」などと発言。そのあとの会見でも「わが国を飛び越えるミサイル発射という暴挙はこれまでにない深刻かつ重大な脅威」と記者団に語った。
 こうした官邸の姿勢にひきずられるように、テレビ局も朝から報道特番体制をしいて、この問題を大々的に報道。「これまでにない脅威」「日本にとって非常に深刻な事態」と首相そっくりのコメントを垂れ流した。
 もちろん、北朝鮮が事前通告もなく日本の上空にミサイル発射したことは、国際法違反のみならず、国際社会で大きくなっていた対話の動きをひっくり返すものであり、徹底的に批判する必要がある。
 しかし、同時にこの日本の騒ぎ方、危機の煽り方にも違和感をおぼえざるをえない。象徴的なのが、首相のコメントだ。上空を通過したミサイルを「我が国に発射」というのは明らかに言い過ぎだし、「かつてない脅威」というのも事実ではない。そもそも北朝鮮は日本全域を射程にしたミサイルを10年以上前から開発しており、今回のことで脅威が高まったわけではない。日本上空を越えてミサイルが発射されたのも過去に2回あり、1998年には今回と同様、事前予告がなかった。安倍首相の様子は明らかに芝居がかかった表現で危機を煽ろうという意図がみえみえだった。
全く役に立たないJアラートをなぜ発動したのか
 さらにもうひとつ、違和感を覚えたのはJアラートだ。ホリエモンはじめ、早朝から警報音で起こされたことに不満の声をあげている国民も多いが、必要な情報なら叩き起こされてもやむを得ないだろう。しかし、本当にこんなものが必要だったのか。
 何しろ、ミサイル発射時間は午前5時58分頃なのに、Jアラートによるアナウンスがあったのは6時2分。6時5〜7分頃には、ミサイルが北海道上空を通過していたのだ。わずか4分で、どうやって「頑丈な建物や地下に避難」しろというのか。
 安倍首相は会見で「発射直後から北朝鮮ミサイルの動きは完全に把握していた。国民の生命と安全を守る万全な態勢を取っている」と胸をはっていたが、実際はなんの役にもたたなかったのだ。それどころか、時間が通勤ラッシュと重なっていたら、パニックを引き起こしていた可能性もある。
 100億円以上の予算がつぎ込まれてきたJアラートだが、もともと導入時からミサイルからの避難などには全く役に立たないと言われていた。まさにそのことを証明してしまったわけだが、にもかかわらず、政府が今回、Jアラートを強硬に発動したのはなぜか。
 そもそも、これまで北朝鮮ミサイル関連でJアラートを発動したのは、北朝鮮が事前にミサイル発射を通告していた2012年12月12日と2016年2月7日の2回だけ。今年の5月14日に中距離弾道ミサイルが発射され、日本海に落下したときにも、Jアラートは発動されなかった。
 5月の発射の際、菅義偉官房長官は「日本に飛来しないと判断し、Jアラートは使わなかった」などと述べていたが、しかし、ならば今回も同じだったはずだ。実際、小野寺五典防衛相はきょうの会見で、イージス艦や地対空誘導弾PAC3などで破壊措置を実施しなかったことについて、「わが国に向けて飛来する恐れがないと判断したからだ」とはっきり説明していた。
 5月も今回も同じように「飛来する恐れはない」という認識を持ち、破壊措置を行わなかったのに、今回だけ、全く役に立たないのを承知で、Jアラートを発動したのだ。いったいなぜか。
Jアラート発動は政権浮揚のためのパフォーマンスだった
 考えられるのはただひとつ、安倍政権による北朝鮮危機の政治利用のためだ。安倍政権はこの間、森友学園疑惑、加計学園義に対する国民からの反発をかわすために、北朝鮮危機を必要以上に煽ってきた。今回も全く同じで、疑惑に蓋をし、支持率を回復させるために、この北朝鮮ミサイル発射を利用して、Jアラートで危機を煽ろうとしたのではないか。
 実際、ミサイル飛来などの国民保護事態案でのJアラートは菅義偉官房長官が率いる内閣官房が判断を下すことになっているが、その内閣官房が事前に、Jアラートの発動を決定していたという情報がある。
 「そもそも、Jアラートは、ミサイルへの警告で使用するのはかなり困難で、事前に察知していないと、発動するのは無理、という見方が強いんです。これまで事前通告のあった2回しか使っていないのもそのためではないか、といわれています。ところが、今回は韓国からの情報で、事前に発射を察知できた。それで、官邸はミサイルが発射されたら必ずJアラートを使うことに決めていたようです」(全国紙政治部記者)
 たしかに、韓国の朝鮮日報(日本語版)の報道によれば、今朝のミサイル発射に先立って「北朝鮮のミサイル発射の兆候をとらえた」との報告を受けた文在寅大統領は、午前2時の段階ですでに軍を待機させ、対応態勢を指示していたという。事実ならば、日本政府も同じ頃には北朝鮮ミサイル発射の情報を、かなりの確度で得ていたはずだ。
「ただ、コースまでははっきり特定できなかったので、広範囲で警告を鳴らしたんでしょう。実際、今回は、ミサイルが上空を通過した北海道からおよそ千キロも離れている長野県でも警告が鳴ったわけですからね。こんなおおざっぱな警告じゃ、なんの対策にもならないと思いますが(笑)」(前出・全国紙政治部記者)
 ようするに、あの何の役にも立たない警告音は、安倍政権のパフォーマンスでしかなかったわけだ。
 いや、Jアラートだけではない。安倍首相自身も明らかに事前に発射を察知し、パフォーマンスを準備していたフシがある。
ミサイル発射を事前に察知してパフォーマンスを用意していた安倍
 というのも、普段から公邸をあまり使わない安倍首相が、昨日27日から今朝にかけては官邸に隣接する公邸に泊まってからだ。しかも、昨日は午前10時に官邸に行くと、正午には北村滋・内閣情報官、午後4時15分に石川正一郎・拉致問題対策本部事務局長、午後5時17分に兼原信克・国家安全保障局次長と金杉憲治・外務省アジア大洋州局長、同30分に薗浦健太郎・首相補佐官(安保重要政策担当)など、諜報、外交、安保周りの要人と面会し、午後6時台には公邸に入って、そのまま永田町で朝を迎えた。
 誰がどうみても、本日早朝を見越したような動き方だ。そして、安倍首相は、北朝鮮からミサイルが発射されるや、すぐさま官邸に向かい、記者団に対して例の芝居がかかったセリフを口にし、国民の危機を最大限煽ったというわけだ。
 もし、安倍首相が北朝鮮のミサイル発射を「これまでにない深刻かつ重大な脅威」ととらえ「国民の生命と安全を守る万全な態勢をとる」などというなら、事前に察知したミサイル発射情報をきちんと公開して、国民に冷静な対処を呼びかけるべきだろう。ところが、安倍首相は実際に発射されるまで情報を隠し、それを自らのために利用した。Jアラートを使って不必要な国民の不安を煽ると同時に、自らの「迅速な対応」や「毅然とした態度」をメディアで大げさに宣伝し、政権浮揚のきっかけにしようとしたのだ。
 改めて繰り返しておくが、北朝鮮のミサイル発射自体は危険極まりなく、世界平和を求める国際社会の一員として、冷静に批判していかねばならない。しかし、一連の北朝鮮危機と生活者の不安を煽って、好戦的な世論形成と支持率上昇に利用しようとしている安倍政権の企みもまた、平和主義にとって危険きわまりない。
 早朝から叩き起こされたことに腹を立てたホリエモンは、「クソ政府」とつぶやいて炎上しているが、それとはちがう意味で安倍政権はまさに「クソ政府」である。(編集部)


自民党内で“安倍倒閣”の狼煙 一触即発のきな臭いムード
 内閣改造後の新聞各紙の世論調査で支持率がやや持ち直し、安倍首相がホッとしたのもつかの間、自民党内で“安倍倒閣”の狼煙が上がった。二階派の平沢勝栄・元内閣府副大臣、竹本直一・元財務副大臣をはじめ中堅議員30人が呼びかけ人となって立ちあげた勉強会「日本の明日を創る会」だ。
 勉強会には今回の改造人事で大臣候補に挙げられながらも入閣できなかった人事不満組が多く、「事前の準備会合では『安倍首相のままでは選挙に生き残れない』という過激な意見が続々と噴出した」(メンバー)という。呼びかけ人の1人である平沢氏は、「倒閣説」を否定しつつも自民党の危機についてこう語る。
「東京都議選に惨敗した後も、逆風は強くなるばかり。このまま総選挙に突入すると自民党は完全に負けます。それこそ東京は国政進出準備を着々と進めている日本ファーストの会に全部議席を奪われますよ。
 仲間が集まった時に、何かしなければ大変なことになるという声が自然発生的にあがり、識者を呼んで政権や自民党に対して辛口の意見をどんどん言ってもらい、反省すべきは反省し、改めていく、そんな勉強会を開こうとなった。
 地元を回ると、『安倍さんは早く辞めろ』という声も毎日聞きます。どうしてそう思うのか謙虚に尋ねたらいい。政権をヨイショする人を勉強会に呼ぶ必要はない」
 自民党大敗の震源地・東京でも自民党東京都連の次期会長選びをめぐって別の「反安倍」勢力が反旗を翻した。
 安倍側近の下村博文・元文科相、萩生田光一・前官房副長官らが丸川珠代・前五輪相を擁立しようとしているのに対し、平将明・元内閣府副大臣ら若手は石破派の鴨下一郎・元環境相の擁立に動いて真っ二つに割れている。これは2018年秋に控える自民党総裁選の前哨戦ともいわれるが、むしろ背後にあるのは小池百合子・東京都知事の政権攪乱戦略だ。政治評論家の有馬晴海氏が指摘する。
「官邸が一番警戒しているのは小池新党の国政進出の動きです。内閣改造前、小池都知事と仲がいい野田聖子氏が日本ファーストの会の総裁に就任するという情報が流れた。安倍首相が反対派の野田氏を総務相に起用したのは閣内に取り込むことでそれを防ぐためだったという側面がある。
 首相はわざわざ『小池を敵に回すな』といっており、野田氏を仲介役になんとか小池を懐柔したいと考えているはずです。しかし、足元の自民党内では浮き足だった東京の平沢氏、大阪の竹本氏ら無党派層が多い大都市圏を選挙区にする議員たちが『明日の日本』というより、『明日の自分たち』のために安倍首相を早く引きずり降ろすしかないと勉強会を立ちあげた。いつ安倍降ろしに動き出すか一触即発のきな臭いムードです」


日本の研究力 政策転換しか道はない
 日本の科学の研究力低下が止まらない。
 文部科学省科学技術・学術政策研究所がこのほど公表した調査結果によると、科学論文の数は10年前に比べ6%減って世界2位から4位に後退した。注目度の高い論文に絞ると世界4位から9位にまで落ちてしまった。
 今に始まったことではない。日本発の論文の5割を占める国立大からの論文数は2000年代半ばから伸び悩み、企業からの論文は1990年代から減り続けている。
 産業の「種」を生む科学の研究活動が縮小に向かっているわけで、政府の掲げる「科学技術イノベーション」も絵に描いた餅に終わりかねない、危機的状況だといえる。
 研究力低下の理由は複合的だが、研究と次世代の育成を担う大学や研究機関の現場が、「選択と集中」に基づく政策の度重なる失敗で劣化したことが大きい。立て直すには政策を転換し、研究環境を改善するほかない。
 最大の失敗は政府が大学などに投じる基盤的経費の削減だ。国立大への運営費交付金は2004年の法人化以降減り始め、本年度は04年度に比べ約1割減。私立大への経常費補助金も頭打ちだ。大学が全ての研究者に配分する研究費はやせ細り、若手を安定して雇用することも難しくなった。
 政府は一方で研究者が競って獲得する「競争的資金」を増やした。ただ、その額は不十分で、期間が限られているため、若手の安定した雇用にもつながっていない。
 研究費獲得や産学連携のための活動、市民向けの講演など研究者の仕事は増え、研究時間は著しく減り続けている。
 国の研究機関も深刻な状況だ。理化学研究所では運営費交付金が過去10年で2割近く削られた。20年前に所内にできた脳科学総合研究センターでは研究室の数が一時の約60から約40に減った。
 同センターの本年度予算は前年度から17%減。アルツハイマー病の基礎研究で世界トップレベルの成果を上げている西道隆臣さんの研究室は理由も説明されないまま予算が43%もカットされた。
 国内外の研究者にも提供してきた貴重な実験用マウスを1万匹から3千匹に減らさざるを得なくなり、スタッフ13人の雇用と研究費を確保するため、国内外の競争的資金の獲得に奔走している。
 研究環境の劣化は若者の夢を奪う。大学院の博士課程に進む人が減っているのも当然だ。また、小規模な大学ほど政策のしわ寄せは大きく、研究の多様性や研究者の層の厚みも失われつつある。
 この悪循環から抜け出すには大学などの基盤的経費を大幅に増やし、安定した研究環境をつくる必要がある。競争的資金や政府主導の大型研究プロジェクトの経費を減らしてでも実行すべきだ。
 研究力低下には、多くの企業が科学研究をやめたことも響いている。日本より先に企業が研究をやめた米国では、政府資金による大学での科学研究を基に若い博士がベンチャー企業を起こし、それを政府が手厚く支援し産業を生み出してきた。
 日本政府もそれをまねようとしてはいるものの、大学や研究機関での研究を再生させるという肝心要の課題の解決には消極的だ。それでは小粒な成果しか望めまい。好奇心に駆られてのめり込む科学研究こそが大発見をもたらし、社会を進歩させてきた歴史に学ぶべきだ。(共同通信・辻村達哉)


平和大使演説見送り 核廃絶へ若者の発信の場を守れ
 核なき世界の実現を―。唯一の戦争被爆国として痛みを知る日本の訴えは、国境を超え、人々の心を突き動かす力になるに違いない。被爆者が高齢化し、経験を伝えることが困難になった時代、若者と一体となった平和活動は一層重要になる。にもかかわらず、そこに水を差す政府の姿勢を深く憂慮する。
 2014年以来、毎年8月にジュネーブ軍縮会議で核兵器廃絶を世界に訴えてきた日本の高校生平和大使の演説が、今年は見送られた。理由について政府は、一部の国から強い懸念の声があったとするが、具体的な説明は避けている。
 全国から集まった22人の平和大使は、核廃絶を求める過去最多の約21万4千人分の署名を軍縮会議事務局に提出した。国民の強い願いを感じるとともに、託された若者が国際的な会議の場で発信する貴重な機会を奪われたことが、残念でならない。たとえ問題視する国があったとしても、政府として交渉に力を尽くし、胸を張って送り出すことが「非核」を掲げる日本の取るべき態度であろう。
 米国の「核の傘」に依存する政府は、国連で先月採択された核兵器禁止条約について、核保有国が参加していないことを理由に不参加を表明している。8月6日の「原爆の日」に、松井一実広島市長は政府に対して、条約の締結促進に向け「核保有国と非保有国との橋渡しに本気で取り組むよう」要求したが、安倍晋三首相は、その日の会見で条約には署名しないと明言した。条約に共感を示す平和大使が、演説で言及するのを懸念したのではないかと関係者が推察するように、何らかの思惑があったと疑わざるを得ない。
 これまで被爆者が命を削る思いで訴えてきた核廃絶への願いが、禁止条約につながった。その重い事実を政府は胸に刻まなければならない。9日の「長崎原爆の日」の平和宣言冒頭で、田上富久市長は、条約に参加しない政府の姿勢を厳しく批判した。田上氏は、来月ニューヨークの国連本部で開かれる条約の署名式に、被爆者の代表と共に出席する意向だという。国民のやむにやまれぬ思いを、政府こそがくみ取るべきだ。
 北朝鮮は核やミサイル開発にひた走り、トランプ米大統領は核戦力拡大に意欲を見せる。核兵器使用を防ぐには、米国の同盟国である日本が核の非人道性を伝え、戦争を回避するメッセージを打ち出すことが重要であり、その責任は重い。政府にはせめて条約が認めるオブザーバー参加によってでも、保有国の参加を促し、核の抑止力に頼らない安全保障政策への転換をリードするよう、求めたい。
 「高校生平和大使」は、長崎での発足から20年目を迎えた。大使「卒業」後も被爆者との対話を企画するなど、平和活動に取り組む人が育っている。こうした地道な継承が核なき世界実現への一歩となることも、政府は忘れてはならない。


菊池事件 元ハンセン病患者6人が国賠提訴 熊本地裁
 ハンセン病患者とされた熊本県の男性が殺人罪などに問われ、無実を訴えながら裁判所外の隔離された特別法廷で死刑判決を受けて執行された「菊池事件」で、元ハンセン病患者6人が29日、無罪となるべき男性について検察が再審請求しないため精神的苦痛を受けたとして、国を相手取って1人当たり10万円の慰謝料を求める国家賠償請求訴訟を熊本地裁に起こした。
 訴状によると、元患者らは2012年11月、検察庁に菊池事件について再審請求するよう要請したが、同庁は17年3月に再審請求しないことを決めた。この決定は検察官に課せられた再審請求権行使義務に違反しており、元患者らは特別法廷で助長されたハンセン病患者らに対する差別や偏見を解消する被害回復請求権を侵害されたとしている。【野呂賢治】