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Le vice-Premier ministre japonais admet la justesse des motifs d'Hitler
Le ministre des Finances et vice-Premier ministre japonais estime que les mobiles d'Hitler étaient éventuellement fondés. Il faut dire que le nazisme est aujourd'hui à la mode en Asie, surtout parmi les jeunes.
Le 1er septembre 1939, la Seconde Guerre mondiale éclatait, provoquée par les ambitions expansionnistes de l'Allemagne, du Japon et de l'Italie. Or, plus de sept décennies plus tard, les opinions et les motifs d'Hitler sont justifiés par un officiel japonais.
Le ministre des Finances et vice-Premier ministre japonais, Taro Aso, a affirmé que les mobiles du führer du Troisième Reich, Adolf Hitler, étaient peut-être justes. Il a fait cette déclaration au cours d'un séminaire politique à Yokohama, a annoncé l'agence Kyodo.
Selon Taro Aso, peu importe le mobile de l'homme politique, mais ce qui compte, c'est le résultat de ses actions.
Taro Aso a également affirmé qu'il n'était pas possible ≪de travailler dans la politique et de rester bon≫.
Kyodo rappelle qu'il y a quatre ans, Taro Aso avait déjà commis un dérapage en défendant la manière dont les nazis avaient modifié la Constitution de la république de Weimar qui cessa d'être appliquée avec leur arrivée au pouvoir en 1933. Le ministre a dû alors fournir des explications et s'excuser publiquement.
Il faut dire que la popularité du nazisme monte en flèche dans les pays asiatiques. T-Shirts, casquettes et ceintures à croix gammées et aux symboles nationaux-socialistes se vendent comme des petits pains. Le livre d'Hitler, Mein Kampf, est très lu en Indonésie. D'ailleurs, la presse locale affirme qu'après la défaite du Troisième Reich, le führer a trouvé refuge… dans le pays.
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エンタの神様 大爆笑の最強ネタ大大連発SP
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岩手豪雨災害から1年になります.ただここしばらく忙しすぎてなんだかぴんとこない感じです.ちょっとまずいね.
パワーアップでまたしてもミス発見.ガーン.なんだかどうでもよくなってきました.
財布忘れてしまってお昼御飯がお菓子一袋です.イライラしてしまいます.ほかにもちょっとイラッとすることがあって・・・でもイライラダメですね.

被災地巡礼いざなう 63ヵ所紹介 ガイドブック出版
 東日本大震災で被災した青森、岩手、宮城、福島4県沿岸部にある鎮魂の巡礼地を紹介するガイドブック「3.11被災地の今を訪ねる−『東北お遍路』巡礼地めぐり」が出版された。一般社団法人「東北お遍路プロジェクト」(仙台市)が選定した63カ所の巡礼先を紹介している。
 63カ所の内訳は、青森が蕪(かぶ)嶋神社(八戸市)など2カ所、岩手が普代水門(普代村)、奇跡の一本松(陸前高田市)など15カ所、宮城が旧防災対策庁舎(南三陸町)や千年希望の丘(岩沼市)など26カ所、福島が相馬小高神社(南相馬市)、勿来の記憶の広場(いわき市)など20カ所。
 震災遺構候補の建造物、犠牲者の追悼施設、寺社、名所旧跡などを巡礼地とし、由来や被災状況などの解説文を添え、巡礼地周辺の観光スポットも掲載する。現地の今を伝える写真やイラストを多用し、臨場感ある構成になっている。
 巡礼地を訪れる際に役立つ「東北全体マップ」「エリア別拡大マップ」のほか、ご当地グルメなどを紹介する「道の駅めぐりマップ」、各地の津波伝承物語などを盛り込んだ。
 東北お遍路プロジェクト理事長の新妻香織さん(57)は「被災地はまだ復興途上。被災地を訪ねること自体が復興の後押しにつながる。ガイドブックを手に、多くの人に現地を巡ってもらいたい」と話す。
 A4判、168ページ。900円(税別)。連絡先は発行元の東京法規出版03(5977)0300。


<おおふなと夢商店街>仮設商店街の歩み一冊に 再生へ5年5ヵ月つづる
 東日本大震災で被災した店舗が入居していた岩手県大船渡市の仮設商店街「おおふなと夢商店街」が、記念誌を発行した。商い再生を目指してスクラムを組み、共に苦境を乗り越えてきた商店主らが、5年5カ月の日々を伝えている。
 夢商店街は2011年12月1日、震災前は別々の場所で営業していた店舗が集まって開業。今年4月末に閉鎖するまで延べ35店が軒を連ねた。
 記念誌で運営組合の伊東修理事長は、用地や参加店の確保、自前で用立てなければならない設備など課題を一つ一つ解決して仮設開業にこぎ着けた経緯を振り返った。
 生花店は、母の日に菓子店や化粧品とタッグを組んだ思い出を紹介。書籍店は「山積する問題を仲間と共に考え、行動できた。一人では乗り越えられなかっただろう」と語る。
 延べ260回を超える多彩なイベント開催も夢商店街の特徴。ボランティアらの寄稿も盛り込んだ。
 伊東理事長は「震災直後は、もう商売できないとさえ思った。商業者同士、日頃からのつながりが大切だと知ってほしい」と話す。
 記念誌は300部を作成し、入居していた店舗や支援者、市内の図書館、小中学校に配布する。


<閖上津波訴訟>佐々木前名取市長ら証人尋問実施へ 仙台地裁で10月
 東日本大震災の津波で家族4人が宮城県名取市閖上地区で死亡・行方不明になったのは市の防災無線の故障が原因だとして、仙台市の夫婦ら遺族4人が名取市に約6700万円の損害賠償を求めた訴訟で、佐々木一十郎(いそお)前市長ら計9人の証人尋問が採用される見通しとなったことが29日、分かった。9月11日の口頭弁論で正式に決定する。
 仙台地裁は既に、尋問日程を10月16、27日と指定している。佐々木氏の尋問を請求した遺族側は、防災無線の管理状況や震災当日の市災害対策本部の対応を尋ねる方針。他に閖上地区の元住民や、市側が請求した当時の市幹部らも採用される見込み。
 訴えによると、2011年3月11日、閖上地区にあった妻の実家にいた長男=当時8カ月=と父=同(64)=、母=同(61)=、祖母=同(92)=が被災。父と祖母は閖上小付近で遺体で見つかり、長男と母が行方不明になった。


<リボーンアート>宮沢賢治の世界オペラで響く
 宮城県石巻市の牡鹿半島などで開催中のアートと音楽、食の総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」の一環で、宮沢賢治の作品を基にしたオペラ「四次元の賢治」が29日、同市の中瀬公園特設テントで上演された。
 約350人が来場。いずれも歌手のオオヤユウスケさん、Salyuさん、佐藤千亜妃さん、桐嶋ノドカさんが北上川を舞台に、賢治や病弱な妹のとしこ、大事なものを奪われた幼い川ガニの兄弟の思いが交錯するストーリーを歌い上げた。
 脚本は思想家で人類学者の中沢新一さん、音楽はRAF実行委員長で音楽プロデューサーの小林武史さん(新庄市出身)が手掛けた。
 北海道旭川市から鑑賞に訪れた田代航さん(44)は「ストーリーと音楽、映像の世界観がマッチしていて良かった」と話した。
 オペラは30日もあり、午後6時開演、全席自由4500円。チケットは石巻市中央2丁目の旧観慶丸商店のRAFインフォメーションセンターで同日正午まで購入可能。連絡先はGIP022(222)9999。


岩手豪雨災害1年 岩泉町で追悼慰霊式 20人の冥福祈る
 岩手県と北海道で計23人が死亡、4人が行方不明になった台風10号の豪雨災害から1年となる30日、20人が死亡した岩手県岩泉町で町主催の追悼慰霊式が営まれ、遺族ら約400人が犠牲者の冥福を祈った。
 伊達勝身町長は「尊い命を守れなかった悔しさは、あの日から決して忘れることはない。一日も早く復旧・復興を成し遂げたい」と述べた。母の穂高ミネさん(当時93歳)を亡くし、現在は仮設住宅で暮らす恵美子さん(66)は「優しく花が好きだった。多くの人が献花してくれて喜んでいると思う」と声を震わせた。
 同町安家地区では同日夜、仮設住宅で生活する住民ら約80人が橋の上などに置いた約70基の灯籠(とうろう)に灯をともし、午後7時から約1分間、黙とうをささげた。【小鍜冶孝志】


<台風10号豪雨1年>生活再建これから
 観測史上初めて東北の太平洋側に直接上陸した昨年8月の台風10号による豪雨から、きょう30日で1年。氾濫した岩手県岩泉町の小本(おもと)川沿いには、被災して傾いた住宅が今も無残な姿をさらけ出していた。(3.30面に関連記事)
 同町乙茂(おとも)の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」では避難が遅れ、入所者9人が洪水の犠牲になった。施設は解体され、現在は駐車場として利用されている。川沿いの道路や河川の復旧工事は人手不足などで発注が滞り、本格着手は秋以降となる。
 一方、観光名所の龍泉洞は今年3月に営業を再開。町の第三セクター岩泉乳業は工場を再建し、10月に主力商品の生産を始める。
 台風10号豪雨で岩手県内では21人が死亡、2人が行方不明となった。岩泉町など5市町村の仮設住宅に、214世帯が身を寄せている。


<台風10号豪雨1年>秋田豪雨で教訓生きる
 昨年8月の台風10号豪雨で、避難の遅れから入所者9人が亡くなった岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」の悲劇は、福祉の現場に重い課題を突き付けた。今年7月には、秋田県を襲った大雨で雄物川が氾濫。その時、高齢者施設では−。(盛岡総局・斎藤雄一)
 東北北部が記録的大雨に見舞われた7月22日午後10時半、大仙市の特別養護老人ホーム「愛幸園」に勤務時間外の職員3人が駆け付けた。夜勤の3人と手分けし、雨量や河川の水位に関する情報の収集が始まる。
 愛幸園は、雄物川から約500メートルという洪水浸水想定区域に立地する。夜明け前には職員38人が集まって非常食やおむつを準備。23日午前7時半、約1キロ離れた避難所の平和中に入所者81人の搬送を始めた。
 雨が峠を越えたのを確認し、午後6時には全入所者が施設に戻った。体調を崩した入所者はいなかった。
 愛幸園は台風10号豪雨を受けて昨年10月、水害想定の避難計画を策定した。翌11月には入所者をベッドや車いすで搬送する避難訓練も実施。今年6月には近隣住民や市職員と防災学習会を開き、連携を確認していた。
 施設長の山谷勝志さん(63)は「楽ん楽んの悲劇から、災害時の人員配置や協力体制を整えておかなければならないと痛感した。避難所への移動は計画通りできた」と振り返る。
 台風10号豪雨を教訓に策定した計画に基づき円滑に避難を進めた一方、肝心の情報収集や行政との連携には課題が残った。
 愛幸園周辺に「避難指示」が出たのは23日午前4時20分。「避難準備・高齢者等避難開始」「避難勧告」と段階を経ず、一足飛びの発令だった。
 準備を整えていたにもかかわらず、実際の避難開始は指示発令の3時間後と出遅れた。付近を巡回していた市広報車の音声も聞こえなかった。
 「市の避難情報は福祉施設へ電話で直接知らせてほしい。今回の反省を生かして情報収集に関する計画を見直し、行政との連携を密にしたい」と気を引き締める山谷さん。現場の試行錯誤が続く。


<台風10号豪雨1年>法的責任認め賠償を 遺族、法人に要求
 昨年8月の台風10号豪雨による洪水で犠牲になった岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」の入所者9人のうち6人の遺族は29日、施設を運営していた医療法人社団「緑川会」(岩泉町)に、避難が遅れた法的責任を認めた上で慰謝料を支払うよう求める書面を提出したことを明らかにした。
 書面は25日付。他に(1)被災時、施設内にいた女性所長による直接説明(2)施設の避難計画の公表(3)遺族の意向を無視した施設跡地への慰霊碑建設の停止−を求めた。9月10日が回答期限で、応じない場合、一部遺族は法的手続きを検討する。
 岩手県庁で記者会見した遺族代理人の吉江暢洋弁護士は「避難準備情報が発令されていたのに、法人は入所者を漫然と留め置いた。法人は弔慰金を支払うとしているが法的責任はないと主張しており、到底納得できない」と指摘した。
 緑川会は昨年10月、遺族向け説明会を開いたものの所長は入院中で欠席。遺族は再度の説明会開催を求めたが、実現していない。
 避難計画については「水害に備えたものは策定しておらず、要配慮者の避難を始めるという避難準備情報の意味も理解していなかった」と強調した。
 慰霊碑は一周忌となる30日までに建立するとしていたが延期した。遺族の反発を考慮したとみられる。
 入所していた母チヤさん=当時(95)=を亡くした埼玉県の写真家八重樫信之さん(73)は「法人の対応は初めから誠実でなく納得できない。慰霊碑建設には賛成だが、遺族の気持ちを酌んでほしい」と述べた。
 遺族の要求に関して、緑川会は「取材には答えない」としている。


<台風10号豪雨1年>「楽ん楽ん」9人安らかに 跡地に献花台
 昨年8月の台風10号豪雨から30日で1年となった。小本(おもと)川の氾濫と避難の遅れで入所者9人が洪水の犠牲になった岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽(ら)ん楽(ら)ん」の跡地には、献花台が設けられた。
 午前10時半には、施設を運営していた医療法人社団「緑川会」(岩泉町)の職員約50人が献花台前に整列し、黙とうした。
 佐藤弘明常務理事は「9人の尊い命を失った責任は一生背負っていく」と沈痛な面持ちで語り、「二度とこのような悲劇が起こらないよう、職員と避難訓練を重ねていきたい」と誓った。
 台風10号豪雨により岩手県内では21人が死亡、2人が行方不明となった。死者・行方不明者21人と被害が集中した岩泉町は午後、町主催の追悼慰霊式を行う。
 県警と消防は午前10時から小本川で、行方不明者の手掛かりを求めて集中捜索を実施した。


規制委 田中委員長「廃炉、東電がもう少し自分の判断で」
インタビュー 柏崎刈羽の安全審査で合格の前提条件
 原子力規制委員会の田中俊一委員長は29日、9月18日の任期満了を前に毎日新聞のインタビューに応じた。東京電力福島第1原発の廃炉について「東電がもう少し自分の判断でやらないといけない」と述べ、国などに頼らず主体的な取り組みが不可欠との考えを強調した。さらに、終盤を迎えている東電柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働に向けた安全審査に関連づけ、合格の前提条件になるとの認識を示した。
 規制委は30日、東電の川村隆会長と小早川智明(ともあき)社長を呼び、廃炉作業に対する姿勢や安全への考え方などを聞く。
 田中委員長は「東電トップが、福島第1事故を自分たちの責任として意識し、きちんと取り組む覚悟があるかどうかを確認したい」と述べた。これまでも、東電が放射性物質のトリチウムが残った処理水を処分できず、たまり続けていることなどを懸念し、「福島の廃炉をやりきらなければ、柏崎刈羽を運転する資格はない」と批判していた。この指摘に対し、東電は25日に文書で回答したが、処理水の処分方法は具体的に示さなかった。
 田中委員長はインタビューで「(漁業者ら影響を受ける可能性のある)相手がおり、示せないでしょう。具体策より、安全に対する経営陣の考え方を聞いている」と一定の理解を示した。【岡田英、柳楽未来、鈴木理之】


<東電>汚染水処分またゼロ回答 規制委聴取で経営陣
 原子力規制委員会は30日の定例会合で、東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)の審査の一環として、川村隆会長や小早川智明社長ら経営陣を呼び、原発の安全確保に関する考え方を聴取した。川村氏、小早川氏とも、焦点だった福島第1原発で増え続ける汚染水の処分方法については具体的な説明を避けた。
 規制委は近く、東電が再び原発を動かす事業者として適格かを判断する。6、7号機の再稼働審査は終盤で、田中俊一委員長が9月に退任する前に合否判断に関し一定の方向性を示すかどうかが焦点となっている。


<平泉柳之御所遺跡>堀で土橋跡を発見 中尊寺往来に使われた可能性
 岩手県教委は29日、奥州藤原氏の政庁跡とされる岩手県平泉町の柳之御所遺跡で、12世紀半ばまでに造られたとみられる土橋の跡を発見したと発表した。中尊寺との往来に使われた可能性を考古学的に証明する発掘成果で、世界遺産の追加登録に向けた重要な資料として期待される。
 発掘場所は中尊寺方向に面した北西部の二つの堀のうち外側の古い堀で、長さ約5〜6メートル、幅約4.5メートル、高さ約2メートル。古い堀で橋が見つかったのは初めて。
 元の地面を残す工法で造られており、堀が掘削された12世紀前半〜中ごろ、計画的に整備されたとみられる。過去の調査では同じ場所から中尊寺に向かって延びる道路跡も確認された。
 藤原氏の初代清衡は11世紀末に平泉に移り、政庁「平泉館(ひらいずみのたち)」を拠点に中尊寺建立に当たったとされる。
 平泉遺跡群調査整備指導委員会の田辺征夫委員長は「浄土思想によるまちづくりの中心に平泉館があったことを裏付け、遺跡の重要性を示す」と話した。


建築費水増し疑惑扱わず 民進「加計調査チーム」の及び腰
 疑惑の本丸の逃げ切りを許すのか――。28日、衆院第一議員会館で民進党の「加計学園疑惑調査チーム」による会合が開かれ、今治市の獣医学部新設について関係省庁へのヒアリングを行った。議題に挙がったのは、文科省の大学設置審議会の審査内容や国家戦略特区ワーキンググループの議事録、「政府統計の総合窓口」(e―Stat)の建築着工統計調査データなどについてだ。
 おや? あの問題はどうなった――。先週23日にインターネット上で公開された計52枚におよぶ獣医学部棟の建築図面に関しては一切触れられなかったのだ。図面をめぐって、獣医学部キャンパスの“建築費水増し”疑惑が浮上。最大96億円もの“補助金詐取”の疑いすら指摘されているにもかかわらず、疑惑調査チームがこの問題を扱わなかったのはなぜなのか。
 同党の玉木雄一郎幹事長代理は26日、自身のツイッターにこう投稿していた。
<かなり高度な情報戦になってきている感じも受けており、追及する側もしっかり脇を締めてファクトを確認しながら進めないと、足元をすくわれる可能性があると、警戒、警告している>
 どうやら調査チーム内で図面の扱いをめぐり慎重論が出ているようなのだ。
「調査チームの議員に対して『図面の真贋をちゃんと判断した方がいい』との声が寄せられたようです。問題のワインセラーについても、加計サイドは『計画を見直し、すでに設置をやめた』と説明。最新情報に基づいて追及しなければ、足をすくわれることになりかねません」(民進党関係者)
 慎重な検証は言うまでもないが、追及すべき問題は明白なのだ。
■追及すべきは常軌逸する坪単価780万円
 図面から指摘された建築費水増し疑惑に対し、学園側が建築費と坪単価の正確な数字として23日と24日に日刊ゲンダイに送ったファクスの内容によると、<建物工事費は約126億円、第1期だけの建物工事費は約80億円>である。来年4月開始予定の第2期工事期間で、残る工事費は約46億円となる計算だ。
 ところが、学園側が文科省に提出した資料によると、第2期工事における建設予定施設は「大講義棟」と「大動物実習施設棟」の2カ所のみで、延べ床面積は約1945平方メートル。学園側の主張をもとに第2期工事の坪単価を算出すると、ナント約780万円にも上る。
 建設費が当初見込みの約3倍、2752億円に増加した豊洲市場でさえ、坪単価は200万円程度。いかに常軌を逸した額かが分かる。百歩譲って、獣医学部として特殊な建物が必要だとしても高すぎだろう。水増し疑惑払拭のためのツジツマ合わせで、墓穴を掘ったのかも知れないが、民進党はこうした不可解な点を追及し、安倍政権を追い込むべきではないか。
「会合において議論のテーマがころころと変わってしまうのは毎回のことです。単純に議員の興味のウエートが、図面から別の問題に移ってしまったのでしょう」(民進党国会対策事務局)
 大学設置審査の内容も重要だが、あくまで疑惑の本丸は安倍首相の「腹心の友」が理事長を務める加計学園だ。
 学園側が建築費水増し疑惑で墓穴を掘りつつあるのに、民進党はふらついている場合じゃない。


北朝鮮ミサイル Jアラート、7道県16市町村でトラブル
 政府は29日、北朝鮮のミサイル発射を受け、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて、北海道や青森県など12道県の617市町村に情報を伝えたが、総務省消防庁は少なくとも7道県16市町村で情報伝達にトラブルがあったことを明らかにした。
 北海道旭川市によると、自動起動装置のトラブルで地元ケーブルテレビの視聴者に文字放送が流れなかった。
 青森県鶴田町では、町民147人に対して誤って訓練用のメールを送信。また、接続ミスにより、防災行政無線から音声が出なかった。同町の担当者は「いずれも人為的なミス」と話した。北海道えりも町でも、防災無線のスピーカーから音が出なかった。
 Jアラートは武力攻撃や地震、津波などの際、自治体の防災行政無線などを自動的に起動させ、住民へ情報を瞬時に伝えるシステム。北朝鮮のミサイル発射情報は、2012年12月、16年2月に続き3回目だ。過去2回はいずれも沖縄県のみが対象で、12年は発射から約6分後、16年は約4分後に情報が伝わった。
 ミサイル攻撃などの際に情報を送信する内閣官房によると、あらかじめ全国を9エリアに分類。今回はそのうち一つのエリアに情報が送られた。北海道や東北地方だけでなく、栃木、新潟、長野県なども対象になった。担当者は「発射後すぐに判断しなければならず、影響があり得るところ全てに送った」と語った。
 福田充・日本大危機管理学部教授は「迅速に対応した点は評価できるが、広範囲に送信したことで多くの自治体が対応せざるを得ずトラブルも起きた」と指摘。「北朝鮮のミサイルはどこを飛んでもおかしくない。『住民の命を守る』という意味で、どの自治体も訓練や研修を繰り返さないといけない」と述べた。
 また北海道は、この日午後にたまたまミサイル発射に対応した訓練を予定しており、Jアラートを受けて道内市町村などに防災行政無線の作動の有無などの報告を求める際に「訓練」と記された用紙を誤送信した。担当職員が慌て、誤ったという。【後藤豪、田所柳子】


北朝鮮ミサイル Jアラート作動に「どこに逃げれば…」
戸惑う市民、自治体
 北朝鮮による弾道ミサイル発射を全国瞬時警報システム(Jアラート)で29日早朝に知らされた12道県では、住民から「どこに逃げればいいのか」といった問い合わせが自治体などに相次いだ。学校が閉鎖していたため警察署に身を寄せた家族連れや、避難場所を求めてきた住民に急きょ役場のロビーを開放した自治体も。自然災害時と異なり、ミサイル発射時の具体的な避難場所は定まっておらず、各地で戸惑いや混乱が広がった。
 ミサイルが上空を通過した北海道えりも町。地下避難できる建物が町中心部になく、町のホームページに具体的な避難場所も明示できていない。
 「近所に頑丈な建物はない。一般家庭に地下シェルターがあるわけでもなく、ただテレビを見てやり過ごした」。えりも町で理容店を営む水野明さん(66)は疲れた様子で語った。同町で難病の娘を介護する小林妙子さん(68)も「そもそもどのような行動が必要なのか知らなかった。短時間で寝たきりの娘を窓のない部屋に移動させるのは難しい」と困惑した。
 12道県では各自治体などに具体的な避難場所を問い合わせる電話などが相次いだ。
 山形県酒田市役所には「避難はできないか」と問い合わせがあり、10人が訪れた。急きょ1階のロビーを開放したが、担当者は「自治体として避難は呼び掛けていなかったので、驚いた」と話す。山形県も県庁に避難場所を求めてきた6人を警備員の判断で受け入れた。同県は「想定していなかった。マニュアルを作成したい」(管財課)とする。
 また、群馬県桐生市の県警桐生署には、乳児を抱いた夫婦が「学校に避難しようとしたが閉まっていた」と訪れ、同署は待合室を使ってもらった。
 一方、仙台から福島に向かう電車に乗っていた大学生(18)は「緊急停車して『安全を確認中です』というアナウンスが流れた。電車の中だと、どうしようもない」と話す。JR新潟駅ホームで新幹線を待っていた新潟市の女性(69)は「実際に警報に接して、もう少ししっかり把握しておかなければならないと感じた」と語った。
 青森県弘前市では、Jアラートを携帯電話で知った蒔苗(まかなえ)きみさん(85)が非常用持ち出し袋を背負って自宅を出たが、「どこに逃げたらいいのか」と路上で途方に暮れていた。青森市でリンゴを販売する嶋中伸哉さん(72)は「隠れようがなく、このままではただオロオロするのが現状ではないか」と話した。
 青森県には国民保護法に基づく指定避難建物は1495カ所あるが、北朝鮮のミサイルは発射から10分程度で県内に飛来すると推定され、避難の時間は限られている。県内には地下鉄もなく、大規模な地下街もない。県防災危機管理課長の坂本敏昭氏は「想定される危険について国がもう少し具体的に周知してくれたら。自治体はいたずらに住民の不安をあおるような情報を発信しづらい」と指摘した。【安達恒太郎、藤田晴雄】
Jアラートで通知を受けた12道県
北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 長野県 新潟県


常軌を逸した北朝鮮ミサイル騒動の裏に何があるのか<上>
まるで空襲警報だったJアラートは恐怖を煽るだけが目的なのか
 朝早くに鳴り響いた「ウォーン」という警報音に、多くが異様な気配を感じたはずだ。
 29日午前6時2分、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したのを受け、政府は北海道など12道県のJアラート(全国瞬時警報システム)を作動。自治体の防災無線の他、携帯電話に緊急速報メールが流された。テレビ各局の画面も一斉に切り替わり、アナウンサーが屋内への避難を呼びかけるコメントを繰り返す。6時10分すぎにNHKが流した速報は、「北朝鮮からミサイルが東北地方の方向に発射されたもよう」。その後、ミサイルが日本上空を通過したことが伝えられたが、まるで日本列島を直撃する「空襲警報」かというような緊迫感だった。
 だから住民がパニックになったのも無理はない。北海道警には「どこへ逃げればいいんだ」という110番が90件以上あった。新幹線や在来線は一時運転を見合わせ。自治体は大わらわで、休校にする学校も相次いだ。
 だが、Jアラートからミサイル上空通過までわずか5分、襟裳岬東約1180キロの太平洋上に落下するまで10分。そんな短時間に避難などできるわけがない。「地下に行けと言われたって、この辺りは地下がない」「頑丈な建物へ逃げようと山形県庁に行ったが、入れてもらえなかった」という冗談みたいな光景が各地で展開された。政府は全国でミサイル避難訓練を行ってきたが、これが現実なのである。
 北朝鮮のミサイル強行発射はとんでもない。しかし、ミサイルは日本列島上空を通過しただけであり、人的物的被害は一切出ていないのに、テレビも交通機関も自治体も大騒ぎしすぎじゃないのか。
「日本国内が過剰に反応すればするほど、北朝鮮の思うツボですよ。騒ぎを起こして、世界に見せつけようというのが北の狙いなのですから。それに、国民が不安を感じざるを得なくなってしまったのは外交・安保政策の失敗にあるのに、安倍政権は不安を煽って対外緊張を支持率回復につなげようとしている。ひどい話です」(政治学者の五十嵐仁氏)
 常軌を逸した反応は、そんないかがわしい安倍政権を後押しすることになるだけなのである。
米朝の戦争に首を突っ込んで、ついに脅しの標的にされるアホらしさ
 ミサイル発射後、官邸でぶら下がり会見を行った安倍首相は「わが国を飛び越えるミサイル発射という暴挙は、これまでにない深刻かつ重大な脅威である」とイキリ立った。過去にも北朝鮮のミサイルが事前通告なく日本上空を通過したことはあるのだが、今回の脅威はレベルが違うと言わんばかりだ。
「そもそも、北朝鮮が見ているのは米国の反応だけです。もし、本当に日本に対してミサイル攻撃を仕掛けてきたとしたら、北朝鮮にそんな行動を許した日本外交の大失敗ですよ。なぜ米国や韓国ではなく、日本が真っ先に標的にされなければならないのか。それだけで内閣総辞職ものの責任問題です」(元外交官の天木直人氏) 北朝鮮が米国を敵視するのは分かる。1953年、米国を主体とする国連軍と北朝鮮・中国軍との間で休戦協定が結ばれて60年以上が経つが、まだ朝鮮戦争は終わっていない。停戦状態にあるだけだからだ。
 米朝が交戦状態になれば、在日米軍基地が攻撃対象になる可能性はあるが、本来は日本が軍事攻撃の標的にされる理由はない。米朝の戦争に首を突っ込んで、脅しの標的にされるなんてアホみたいな話なのである。
 ところが2年前、安倍は「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にありえない」と言って、集団的自衛権の行使を可能にする安保法を強行成立させた。同盟強化の名のもとに米軍との一体化が進めば、日本がミサイル攻撃の標的になるリスクは高まる。自分で危機を招き入れておいて、ミサイルが上空を通過するとJアラートを鳴らして大騒ぎ。この裏にはどんな狙いがあるのか、気づく必要がある。
北朝鮮がこのタイミングで様々な強硬手段に出ている理由
 北朝鮮は今年になって13回も弾道ミサイルを発射しているが、特に最近、その攻勢を強めていた。
 7月にはICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星14号」を2度発射し、今月9日には、米領グアム沖への「火星12号」の発射計画を発表。21日から米韓合同軍事演習が始まると、「火遊びする愚か者の行動を黙って見ているだけではない」と警告。26日には日本海に向けて新型多連装ロケット砲弾3発を発射した。そしてわずか3日後に弾道ミサイル「火星12号」の発射を強行したのである。
 なぜ、北はこのタイミングで立て続けに強硬手段に打って出るのか。
 元韓国国防省分析官で拓殖大学国際開発研究所の高永テツ客員研究員はこうみる。
「金正恩朝鮮労働党委員長の暴走のように見えますが、優秀なコンサルタントがいて、北は“一石三鳥”とも言えるシタタカな戦略を持っています。米韓合同軍事演習への牽制、先軍節など記念日に合わせた国威発揚、確実に進化している技術力の誇示です。先月28日深夜の火星14号はロフテッド軌道で、米本土までの射程を示した。今回は通常軌道では難易度が上がる大気圏再突入にも成功したのです。北には焦りがある。国内には韓国などからの情報が流入していて、金正恩体制に疑問を抱く国民が現在3割近くに上ります。北はオバマと違ってトランプなら挑発に乗ってくると踏んでいます。米国からの攻撃をギリギリ避けながら挑発を繰り返し、この機に米朝交渉まで持っていこうという算段です」
 北は着々と歩を進めているというわけである。


麻生氏 ヒトラー触れ指南「いくら動機正しくても駄目」
 麻生太郎副総理兼財務相は29日、横浜市で開いた自身が率いる麻生派研修会での講演で「(政治家を志した)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人を殺したヒトラーは、いくら動機が正しくても駄目だ」と述べた。ナチス・ドイツの独裁者を例示して政治家の心得を指南した発言で、国内外で問題視される可能性がある。
 講演では「確たる結果を残して初めて、名政治家だったと(言われる)。人が良いだけでできる仕事ではないと、皆さんもよく分かっている」とも述べた。


麻生副総理「ヒトラーの動機は正しかった」発言は本音! 安倍自民党に蔓延するナチス的価値観
 またも、あの男が暴言を吐いた。昨日、麻生太郎副総理兼財務相が、麻生派の研修会でこう述べたというのだ。
「(政治家は)結果が大事なんですよ。いくら動機が正しくても何百万人殺しちゃったヒトラーは、やっぱりいくら動機が正しくてもダメなんですよ、それじゃあ」
 ヒトラーの動機は正しかった──。何の弁解の余地もない、ヒトラーを肯定する大問題発言だ。現在はちょうど高須クリニックの高須克弥院長によるナチス礼賛ツイートが問題となっているが、今回はよりにもよって副総理の発言。国際的な非難を浴びるのは必至だ。
 そもそも麻生副総理といえば、2013年にも「憲法はある日気づいたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。誰も気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」と発言し、大問題に発展。ユダヤ人権団体のサイモン・ウィーゼンタール・センターが抗議声明を発表したほか、ドイツの有力紙・ヴェルトも「日本の副首相、ナチスの戦術を称賛」という見出しで報じるなど海外にも波紋が広がった。
 このとき麻生副総理は「悪しき例としてあげた」と釈明したが、今回も「悪しき政治家の例としてヒトラーをあげた」と言い訳している。しかし、同じ言い訳が2度も通用するはずがない。しかも、今回は前回の反省もなく、“ヒトラーの動機は正しかった”とはっきり肯定している。何度も言うが、戦前のナチスを肯定するなど国際社会においてはけっして許されない。大臣は即辞任、いや、政治家を辞するべき発言だ。
 いや、だいたいこの“暴言男”が、いまなお副大臣という座にいること自体がどうかしているとしか思えない。1983年には「女性に参政権を与えたのは失敗だった」と言い放ち、2007年には国内外の米価を比較して「アルツハイマーの人でもわかる」と述べ、2009年には学生から“若者には結婚するお金がないから結婚が進まず少子化になっているのでは?”と問われ、「金がねえなら、結婚しないほうがいい」「稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、よほどのなんか相手でないとなかなか難しいんじゃないか」と返答。2014年には、社会保障費の増加について「子どもを産まないのが問題だ」とも語っている。
過去にはナチスの障がい者、高齢者抹殺を想起させる発言も
 女性や認知症患者というマイノリティを蔑視し、また、少子化の要因となっている若者の貧困や子育ての厳しい現状を直視せず、金持ちのボンボンとしての価値観を露わにする。──しかも、これらは偽らざる本音なのだろう。実際、2006年の外相時代、麻生氏は北朝鮮のミサイル発射に際して「金正日に感謝しないといけないのかもしれない」とも述べている。“北朝鮮のおかげで軍拡が進められる”というこの発言は、いま現在の安倍首相とも共通するものだろうが、ともかく麻生氏は思慮があまりに浅いために、いつも暴言・失言騒動を巻き起こすのだ。
 だが、今回のヒトラー肯定発言において、麻生氏の忘れてはいけない暴言がある。それは2013年の社会保障制度改革国民会議で述べた、このような言葉だ。
「(高齢者の終末期の高額医療を)政府のお金でやってもらっていると思うと、ますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうなど、いろいろ考えないと解決しない」
 このとき、麻生氏は終末期医療を受けている患者のことを「チューブの人間」とさえ表現。無論、こうした暴言には批判が集まったが、やはり反省もなく、昨年も「90になって老後が心配とか訳のわからないことを言っている人がテレビに出ていたけど、いつまで生きているつもりだよと思いながら見ていた」と講演演説で述べている。
 社会福祉の当然の対象である高齢者を差別的な視点から俎上に載せ、命をコストで計図った上で“生きる価値がない”と烙印を押す。そうした考え方は、まさにナチスの政策と通じるものだ。事実、ナチスは安楽死作戦において障がい者や高齢者を抹殺している。
 麻生副総理が言う「正しい動機」とは、こうしたナチスによる優生政策も含まれているのだろう。しかしどうだ。ナチスの行いを「動機は正しい」と肯定することによって、命を金で換算する価値観を拡大させ、結果、相模原であのような残忍な事件が起こったのではないか。
 しかし、ナチスを悪いと思っていないのは、麻生副総理だけではない。自民党そのものが、ナチスへ共感を深め、親和性を高めてきたのだ。
歴史的に見ても自民党はナチス的価値観と親和性が高い
 現に、1994年には、自民党東京都支部連合の事務局広報部長(当時)だった小粥義雄氏が『HITLER ヒトラー選挙戦略』(永田書房)なるヒトラーの選挙戦略を学ぶという趣旨の書籍を出版。なんと自民党の候補者に向けた選挙戦略啓発本で、“ヒトラーに学べ”と堂々と宣言していたのである。
 しかも、同書には高市早苗前総務相がこんな推薦文を寄せていた。
「著者の指摘通り勝利への道は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」
 同書は米ニューヨーク・タイムズ紙などから「ヒトラー称賛」と批判を受け、ユダヤ人団体も抗議。わずか2カ月後に絶版回収となったが、それでも推薦文を書いた高市前総務相や稲田朋美前防衛相、西田昌司参院議員という自民党議員は、2014年にネオナチ団体代表とツーショット写真を撮っていたことが発覚し、またも海外から批判を浴びている。
 つまり、自民党はもともとナチスに対する批判的視点や拒否感が欠落しているのだ。それも当然だろう。以前にも本サイトでは指摘したが、源流を辿れば、戦前、大日本帝国はヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアという独裁主義国家と三国同盟を結び、アメリカやイギリスなどの民主主義国家と戦争を繰り広げていた。そして、安倍首相の祖父である岸信介元首相をはじめ、そのナチス・ドイツと日本が結びついていた時代に政権の内部にいたり官僚だった人間たちが参加してつくったのが自由民主党だからだ。
 そう考えれば、敗戦と占領によってアメリカに対して恭順の意を示しているだけで、この政党の底流に流れている考え方はアメリカやイギリスなどの連合国的価値観よりも、ドイツ、イタリアなどの枢軸国的価値観に近い。
 そして、安倍首相が深く関与して作成された憲法改正草案でぶちあげた緊急事態条項の創設が物語るように、その精神は安倍首相をはじめ現政権に受け継がれ、いま、さらに再強化されているのだ。
 たとえば、安倍首相が「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と自分の批判者を国民とみなさず分断したことも、現在の北朝鮮のミサイル問題でやたら脅威と憎悪を煽り立てているのも、「ナチスの手口」にほかならない。事実、ヒトラーの右腕だったヘルマン・ゲーリングは、こう述べている。
「国民を戦争に駆り立てるのは簡単なことだ。『われわれは外国から攻撃されようとしている』と国民をあおり、平和主義者を『愛国心が欠けている』と非難すればいい」
 麻生副総理の発言への責任追及は当然だが、このように問題は根深いということをよく知っておく必要があるだろう。なにしろ、いままさにヒトラーを「動機は正しい」とする者たちによって、歴史が繰り返されようとしているのだから。(編集部)


日弁連、「鶴見事件」の再審支援を決定…高橋死刑囚以外に「別の犯人説」浮上
日本弁護士連合会は8月30日、横浜市鶴見区で1988年に発生した強盗殺人事件、通称「鶴見事件」で死刑が確定している高橋和利死刑囚(83歳)について、再審請求支援を決定したと発表した。決定は8月25日付。
この事件は、いまから約29年前の1988年6月、金融業と不動産業を営む男性と内縁の妻が、その事務所でバールのような凶器で殺害されて、現金1200万円が奪われたというものだ。
高橋死刑囚は1988年7月、強盗殺人の罪で逮捕されて、犯行を自白したが、裁判では一転して「2人を殺していない」と否認した。2006年に死刑が確定したあとも、再審(裁判のやり直し)を求めている。
●死刑囚は「本当にうれしい」と言葉をつまらせた
日弁連の人権擁護委員会は8月30日、東京・霞が関で記者会見を開いた。同委員の野嶋真人弁護士はこの日、東京拘置所に収監中の高橋死刑囚に面会してきたことを明かした。再審支援の決定を伝えたところ、高橋死刑囚は言葉をつまらせ、涙ながらに「本当にうれしいです」と話したという。
野嶋弁護士は「(高橋死刑囚は)83歳という高齢にしては、意外に元気だが、(判決確定後の)11年間、死刑囚として苦しんでいる。家族ともあまり面会できていない。釈放されたら、昔中学生のころにキャンプした島に行きたいと言っていた。元気なうちに釈放させたい」と述べた。
●2つの「新証拠」がポイントに
また、同委員の久保内浩嗣弁護士は、再審支援の決定に至った理由について、2つの「新証拠」がポイントになったと説明した。
1つは「凶器」についての疑問だ。確定判決では、高橋死刑囚の自白をもとに、被害者2人の致命傷となった下あごの損傷は、いずれもバールのような凶器で打撃されたものと認定された。また、被害者女性の背中にあった損傷は、プラスドライバーのような凶器で刺されたものとされた。
しかし、日弁連が新たに法医学教室に鑑定依頼したところ、「下あごの損傷はバールではできない」「背中の損傷はプラスドライバーではできない」という結果が出た。建物を壊すときなどに使われる「鳶口(とびくち)」が凶器だったと考えられるという。
もう1つは、「真犯人の可能性がある人物」が浮上したことだ。日弁連が、被害者遺族の代理人の保管記録を調べたところ、本来、事務所にあるはずの「小切手」が持ち去られていたことがわかった。小切手を持ち去る動機のあった人物が真犯人の可能性があるという。


訃報 谷口稜曄さん88歳=被団協代表委員、長崎で被爆
 長崎原爆の被爆者で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協、本部・東京)代表委員の谷口稜曄(たにぐち・すみてる)さんが30日、十二指腸乳頭部がんのため亡くなった。88歳だった。通夜は31日午後7時、葬儀は9月1日午後1時、長崎市光町16の18の平安社長崎斎場本館。自宅は同市大鳥町15の33。喪主は長男英夫(ひでお)さん。
 谷口さんは16歳の時、爆心地から約1.8キロで郵便配達中に被爆。背中一面を熱線で焼かれるなど、瀕死(ひんし)の重傷を負った。被爆直後からの入院生活は3年7カ月にわたり、うち1年9カ月をうつぶせで過ごした。その後も後遺症治療などのため、入退院を繰り返した。
 他の被爆者とともに反核運動を始め、1956年に結成された長崎原爆被災者協議会(被災協)の活動にも当初から参加。被爆者援護の充実や核兵器廃絶を求める運動に取り組んだ。2006年5月に被災協の会長、10年6月に日本被団協の代表委員に就任した。08年からは、毎年8月9日の平和祈念式典で長崎市長が読む平和宣言の起草委員会委員を務めたほか、74年と15年には式典で被爆者代表として「平和への誓い」を読んだ。
 被爆体験を伝える「語り部」としての活動にも晩年まで取り組み、核兵器廃絶や戦争のない世界への思いを国内外で訴えた。10年には米ニューヨークの国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて渡米。NGOセッションで、背中一面が真っ赤に焼けただれた被爆半年後の自らの写真を掲げ「どうか目をそらさないで見てほしい」「核兵器と人間は共存できない」などと訴えた。今年7月に核兵器禁止条約が国連で採択された際には、直後の集会に入院先からビデオメッセージを寄せ、「非常に喜ばしい。一日でも早く核兵器をなくす努力をしてもらいたい」と話した。
 毎日新聞が06年10月から続けている連載「ヒバクシャ」でも、核兵器廃絶や平和への思いを語っていた。


被爆者運動立ち上げ 日本被団協の谷口稜曄氏が死去
72年前、長崎市に投下された原爆で背中が真っ赤に焼ける大やけどを負い、その後、被爆者運動に立ち上げから加わった日本被団協=日本原水爆被害者団体協議会の谷口稜曄代表委員が、30日朝、がんのため亡くなりました。88歳でした。
谷口稜曄さんは、昭和20年8月9日、16歳の時、長崎市の爆心地から1.8キロの地点で被爆し、背中が真っ赤に焼ける大やけどを負って生死の境をさまよいました。
谷口さんは、被爆から10年後に同じ境遇の若者たちと「長崎原爆青年会」を結成したほか、平成18年からは「長崎原爆被災者協議会」の会長を、平成22年6月からは全国組織の「日本被団協」の代表委員を務め、一貫して被爆者の援護と核兵器の廃絶を訴え続けてきました。
平成22年5月に国連本部で開かれたNPT=核拡散防止条約の再検討会議では、背中にやけどを負った被爆当時の写真を掲げて、核兵器廃絶への切実な願いを各国の代表団に訴えました。
谷口さんは、ことし7月、核兵器の開発や保有、使用などを法的に禁止する初めての国際条約が採択されたことを「非常に喜ばしい」と評価しながらも、「核兵器の非人道性を身をもって知っている被爆者が1人もいなくなった時に、どんな世界になっていくのかが心配だ」と懸念を示していました。
谷口さんは30日朝、入院先の長崎市内の病院でがんのため亡くなりました。
日本被団協 田中代表委員「運動を次世代に継承」
亡くなった谷口稜曄さんについて、日本被団協の田中煕巳代表委員は「ふだんは寡黙だが、短い言葉で印象に残る発言をされる人だった。入退院を繰り返しながら大事な会議や会見はできるかぎり出席され、核兵器をなくしたいという執念が谷口さんを動かしてきたんだと思う」と振り返りました。
また、印象に残ることとして、7年前、国連本部で開かれたNPT=核拡散防止条約の再検討会議で谷口さんが各国の代表を前にスピーチしたことを挙げ、「背中が真っ赤に焼けた被爆当時の写真を示しながら、核兵器の廃絶を訴えたことは世界に大きなインパクトを与えた」と話しています。
そのうえで、「谷口さんが亡くなったことは被爆者運動を進めるにあたって大きな損失だが、運動を次世代に継承していきながら、核兵器の廃絶を訴え続けていきたい」と話していました。
広島県被団協 坪井理事長「功績に敬意」
同じ代表委員として長年活動をともにしてきた広島県被団協=広島県原爆被害者団体協議会の理事長を務める坪井直さんは「ともに被爆者のために力を尽くしてきた仲間を失い、非常に残念です。これまでの功績に敬意を表します。核兵器廃絶に向けて、少なくなった人間で頑張っていきたいと思います」というコメントを出しました。
被爆者団体は
長崎の5つの被爆者団体の1つ「長崎県平和運動センター被爆者連絡協議会」の川野浩一議長は「核兵器禁止条約が採択されたが、リーダーシップを発揮すべき日本政府が参加しなかったことが、谷口さんとしてはいちばん悔しくて心残りだと思います。ここまでがんばってくれた谷口さんのためにも、『禁止条約を広める活動を着実にやりとげます』という言葉を送りたい」と話していました。
被爆者の朝長さん「日本を代表する被爆者」
ことし、ニューヨークの国連本部で行われた核兵器禁止条約の交渉会議に参加した、被爆者で長崎原爆病院の名誉院長を務める朝長万左男さんは、谷口さんとともに核兵器廃絶を訴える活動を行ってきました。
谷口さんが亡くなったことについて、朝長さんは「1か月半ほど前にお見舞いに行った時は、体調はよさそうだったので非常に残念です。谷口さんはみずからの体験をもとに『核兵器は悪魔の兵器だ』と世界中の人々に訴えてきた、日本を代表する被爆者でした」と話していました。
カナダ在住 サーロー節子さん「尊い闘士失った」
国連などの場で核兵器廃絶を訴えてきたカナダ在住の広島の被爆者、サーロー節子さんは「ことしの秋にもまたお会いしたいと話していましたが、果たせず本当に残念です」と話していました。
また、谷口さんについて「口かずが少ない中にも言葉の一つ一つに重みがあり、心の内側に強い芯のある被爆者の中でも特別な存在でした。尊い闘士を失ったという思いで肩から力が抜けたように感じます」と話していました。
長崎市長「喪失感でいっぱい」
長崎市の田上富久市長は「先週の金曜日にお見舞いに行ったとき、来月20日に国連本部で行われる核兵器禁止条約の署名式に出席することを報告しました。長崎にとって、かけがえないのない人を失い、喪失感でいっぱいです」と話していました。
また、「谷口さんの訃報を受けて、被爆者のいる時代の終わりが近づいていると感じました。同じことが二度と起きないように、そして被爆者が生まれないように、命をかけて取り組んできた谷口さんの思いを受け継ぎながら、そして思い起こしながら、しっかりとバトンを途切れさせることなく、繋いでいくことが谷口さんへの感謝を伝えることになると思います」と話していました。
ことし、核廃絶を求める署名を国連のヨーロッパ本部に届ける「高校生平和大使」に選ばれた長崎東高校2年の溝口祥帆さんと長崎北陽台高校2年の溝上大喜さんはヨーロッパ訪問を前にした先月26日、谷口さんの病床を訪ねていました。
国連で谷口さんの「赤い背中」の写真を掲げることを伝えると、谷口さんは何度も「頑張ってください」と声をかけたということです。谷口さんが亡くなったことについて、溝口さんは「あまりに突然で驚きました。すごく残念です」と話していました。
そのうえで、見舞った際に谷口さんから言葉をかけてもらったことについて「私たちに核兵器廃絶を望む思いを託してくれたと思います。私たちがしっかりと谷口さんの思いを引き継いで、長崎が最後の被爆地になるよう核兵器のない平和な世界にしたい」と話していました。
また溝上さんは、「突然で、まだ心の整理ができていません。私たちにとって谷口さんがどれだけ大きな存在だったのか身にしみて感じています」と話していました。そのうえで「谷口さんの思いが私たちにバトンタッチされたように感じています。これから私たちの世代が、谷口さんを含め多くの被爆者の経験や思いをしっかりと伝えていかないといけない」と話していました。