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Au Japon, quand rentrée scolaire rime avec pic de suicide des enfants
Les assistantes sociales et psychologues sont sur le qui-vive ce vendredi au Japon, jour de rentrée scolaire où le nombre de suicides chez les enfants atteint un pic.
Quelque 500 mineurs (moins de 20 ans) se donnent la mort chaque année dans l'archipel, surtout autour du 1er septembre, lorsque reprend l'année d'école débutée en avril mais interrompue par une pause estivale.
"Si l'on rapporte ce nombre aux 22.000 cas de suicide toutes générations comprises, la proportion n'est pas élevée, mais le suicide des adolescents ne doit pas être regardé d'un point de vue statistique, il doit être traité comme un drame social", insiste Yutaka Motohashi, directeur du Centre japonais des mesures de prévention contre le suicide.
YuYu Horun, lui, était en primaire puis au collège quand il a tenté de mettre fin à ses jours. Aujourd'hui, ce chanteur aide ses cadets tentés par la mort.
"Je reçois chaque jour des courriels ou lettres d'adolescents qui expriment l'envie de se tuer ou ont déjà fait des tentatives", témoigne pour l'AFP le trentenaire qui dit avoir été "sauvé par la musique", après une enfance difficile.
Selon lui, l'une des principales raisons exprimées par les enfants suicidaires est la sensation de n'être bien nulle part, ni chez eux, ni à l'école, ni ailleurs.
"Beaucoup ne ressentent pas de preuves d'amour de leurs parents, lesquels n'en donnent souvent pas parce qu'ils n'en ont eux-mêmes pas reçu. Dans de nombreuses familles japonaises, la communication est insuffisante".
Ils subissent aussi parfois des brimades à l'école et se sentent forcés de réussir, pour répondre aux attentes de la société.
Réseaux sociaux
Pour ces jeunes fragiles, "la rentrée crée de l'anxiété", explique Kuniyasu Hiraiwa, représentant d'AfterSchool, une des organisations privées qui se mobilisent, notamment via des encarts dans la presse, pour aider les parents à détecter les signes avant-coureurs.
Et de recommander de "ne pas forcer un enfant à retourner en classe ce jour si cela paraît trop douloureux", tout en saluant l'initiative de bibliothèques qui incitent les adolescents angoissés à se réfugier dans leurs locaux.
"Je leur dis: vous n'êtes pas seuls, si vous souffrez, parlez, à n'importe qui, mais parlez, quelqu'un vous aidera, c'est certain. S'il n'y a personne à qui vous confier, appelez le service +SOS enfants+ du ministère", a lancé vendredi le ministre de l'Education, Yoshimasa Hayashi.
Le taux de mort par suicide dans son ensemble est passé au Japon de 24,2 pour 100.000 habitants en 2005 à 17,3 en 2016, soit un recul de 28,5%, mais il reste encore le plus élevé des pays du G7.
"C'est l'effet d'un changement de paradigme: les pouvoirs publics ont pris conscience que ce problème n'était pas seulement d'ordre médical", note M. Motohashi.
Reste que la meilleure détection des risques a surtout été efficace auprès des hommes d'age mur.
Vis-à-vis des adolescents, dont le nombre de suicides stagne, une autre approche est nécessaire, estime-t-il, pour les inciter à se confier à "un adulte de confiance en cas de problème".
L'analyse des messages postés sur les réseaux sociaux est aussi indispensable, car, si les adultes s'adressent aux services téléphoniques de prévention, les ados, eux, laissent plutôt des signaux sur internet.
"Ils utilisent des mots-clefs +je veux mourir+ ou +mort en douceur+, autrement dit, avant de passer à l'acte, ils lancent divers SOS qui hélas passent souvent inaperçus par l'entourage", déplore YuYu Horun.
Jeunes recrues aussi
Cela vaut aussi pour les jeunes d'une vingtaine d'années, une population fragilisée par la dureté de l'entrée dans la vie active.
La pression sociale exercée sur les nouvelles recrues est très forte, rappelle M. Motohashi. Les jeunes employés se sentent des "moins que rien" s'ils échouent dans l'entreprise qui les a embauchés sur des critères d'excellence, parce qu'ils sortent des meilleures universités du pays.
"Au Japon, pour des raisons socio-culturelles, il est difficile de renoncer à un emploi pour aller en chercher un autre" si le premier trouvé, a priori idéal, s'avère trop dur, remarque l'expert.
"+Je suis nul, je dois endurer seul+: les jeunes s'enferment dans ce raisonnement. Il ont du mal à demander de l'aide", constate aussi YuYu Horun.
Malgré la médiatisation récente de plusieurs cas et la mise en cause des employeurs pour "karoshi" (mort par excès de labeur), le problème dans son ensemble est loin d'être résolu tant la culture du sacrifice disciplinaire et la hantise de perdre la face restent ancrées dans les esprits.
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クラシック倶楽部 ロレンツォ・ギエルミ オルガン・リサイタル
巨匠ギエルミ、バッハの名曲を弾く ▽ロレンツォ・ギエルミ オルガン・リサイタル  ロレンツォ・ギエルミ(オルガン) 前奏曲とフーガ ハ長調 BWV545、協奏曲 イ短調 BWV593、トッカータとフーガ ニ短調 BWV565 ほか  2016年2月11日(木)東京芸術劇場コンサートホール オルガン…ロレンツォ・ギエルミ
美の壺「心潤す 湧き水」
湧出量一日100万トン以上!“東洋一”と言われる「柿田川湧水群」。水底は絶滅危惧種の水草ミシマバイカモが咲き誇る幻想的な光景!圧巻は、岩手県岩泉町の洞窟奥、湧き水でできた巨大地底湖。不思議な伝説が!さらに湧き水でいれたコーヒーや、湧き水で養殖した極上川魚など、湧き水が生み出す“味”に注目!そして、冷たい湧き水を台所や冷蔵庫がわりに使いながら暮らす、琵琶湖ほとりの集落に密着。 草刈正雄, 木村多江
晴れ、ときどきファーム!「“すず食器”で食卓に笑顔と輝きを!」
週末、里山ライフを満喫する「晴れ、ときどきファーム!」。今回はV6長野さんたちが、すずの皿作りに挑戦します。すずは、コンロの火でも溶かすことができるため、加工しやすく磨くと独特の味わいが生まれます。磨くほど変化していくため、長野さんたちは時間を忘れて夢中に。こだわりがいっぱい詰まった三者三様の仕上がりに爆笑トークがさく裂しました。 長野博,村上知子,滝沢沙織, 赤平大
こたつぬこ‏ @sangituyama
枝野は中盤から、明確に左に舵を切りました。ここまで急進的に打ち出して、これだけの票が集まったというのは、前原、枝野両陣営にとっても驚きのはず。
前原さん、いま思い悩んでると思いますよ。こんなに差がつかないとは思っていなかったはず。これから民進党が党全体で力を発揮するためには、リベラル派をどう位置づけるかが鍵になりました。

kita‏ @kitakazuo
フランスでは、マクロン政権のもとで、労働者の解雇が容易になるような新自由主義的労働法改正が施行されようとしている。労働者や学生は、これに強く反発しており、9月12日に全国的なストライキが決行される。バカンス休戦も終わり、もうすぐ秋、フランスに再び暴力の季節が始まるか。
志位和夫‏ @shiikazuo
Äußerungen zur NS-Diktatur: Japans Vizepremier nennt Hitlers Absichten "richtig" http://spon.de/ae3ie via
独シュピーゲル紙、「麻生太郎は過去から何も学んでこなかった」。


今週のお仕事がやっとひと段落しました.なのでお昼からと言っても少し遅い時間ですが飲みました.芋の黒霧島(鹿児島)と麦のうおまん(佐賀)でヘロヘロです.ネットカフェで一服してもまだ眠いです.
TENのお店が?よくわかりません.

被災の女川交番 町中心部に再建
東日本大震災からまもなく6年半となる中、震災で建物が横倒しになった女川交番の新たな建物が女川町の中心部に完成し、1日から業務が始まりました。
女川交番は震災当時、海岸のすぐそばにあり、当時勤務していた2人の警察官は大津波警報が出されたあと、パトカーから避難を呼びかけ、逃げ遅れた町民を乗せて高台まで避難しました。
交番は津波で横倒しになったため、震災後は高台の仮設商店街の一角に間借りして活動してきましたが、このほど古い交番から200メートルほどの場所に新たに交番が建てられ、1日、落成式が行われました。
新しい交番は、町の景観に溶け込めるようレンガ調のデザインを取り込んだ2階建てになっていて、落成式では佐藤恵交番所長が「安心安全な地域作りに貢献するため精進していきます」と決意を誓いました。
その後、「石巻警察署女川交番」と書かれた門標が交番に取り付けられました。
石巻警察署の佐々木公署長は「被災して亡くなった方の思いを胸に、女川の地を守っていきたい」と話していました。
新女川交番では1日から早速業務を開始しました。


南三陸町 仮設庁舎での業務終了
東日本大震災の津波で全壊し再建が進められてきた南三陸町の新しい役場庁舎が震災から6年半たってようやく完成し、1日、仮設庁舎での業務を終えました。
南三陸町は震災の津波で町の中心部が壊滅し役場の本庁舎や隣にあった防災対策庁舎も全壊しました。
防災対策庁舎には直前まで情報収集や避難の呼びかけにあたっていた職員などがいましたが、津波に襲われ43人が犠牲になったとされています。
震災後、町は仮設庁舎で業務を続けるとともにおよそ1.5キロ離れた高台に庁舎の再建を進めてきましたがようやく完成し、1日午前中から引っ越し作業が行われました。
週明けの今月4日からは新しい庁舎で業務が始まるため、職員たちは慌ただしい雰囲気の中、震災からの6年半でたまった書類を取り出し段ボールに詰めたり、机を運んだりしていました。
そして午後5時すぎに仮設庁舎での窓口業務を終えるとカウンターや棚の運び出しなど本格的な移転作業を進めていました。
引っ越し作業は1日夜遅くまで行われ2日も続くということです。
職員の女性は「長い間、仕事をしてきた庁舎なので少し寂しい気持ちです。新庁舎に移れば災害からの復旧中だという言い訳はできなくなるので気を引き締めて仕事をしたいです」と話していました。
完成した新しい庁舎では3日、記念の式典が行われることになっています。


鎮魂の明かり海面に再び 気仙沼・舞根2区で20年ぶり灯籠流し
 気仙沼市唐桑町の舞根(もうね)2区防災集団移転団地「舞根陽向台団地」の住民が30日夜、地域に伝わる灯籠流しを約20年ぶりに復活させた。東日本大震災の犠牲者の鎮魂や生活再建への願いを込めた灯籠の幻想的な光が、漁港の海面を彩った。
 住民が毎年8月30日に地元の漁港で実施していた伝統行事だったが、約20年前に海上に浮かべたイカダが燃えてから、行事を中断していたという。
 住民約50人が見守る中、「みんなで舞根に戻ることができました」「復興、復活」などの文字が書かれた約80個の灯籠が漁船から海に流された。
 舞根2地区は、津波で52世帯の約8割以上の家屋が流失。いち早く集団移転を実現させ、今は23世帯が約40メートルの高台に住む。生活の再建が進み、地域の結び付きをさらに強める狙いから灯籠流しを復活させた。
 会場となった漁港には祭壇も設けられた。舞根陽向台管理協議会の畠山孝則会長(72)は「震災から約6年6カ月がたち、暮らしも落ち着き始めた。津波で亡くなった住民の冥福を祈るためにも、灯籠流しが必要だと考えた」と話した。


大船渡市、集団移転全宅地が完成 最終37戸引き渡しへ
 大船渡市は31日、東日本大震災の防災集団移転促進事業のうち全21地区、計366戸の宅地整備が5日に完了すると発表した。最後まで残っていた中赤崎地区(赤崎町)で計37戸の整備が終わり、10月以降に被災者へ引き渡す。
 総事業費は約169億円となる見込み。当初計画より経費を圧縮し、完了予定時期も早まった。震災前のコミュニティーを維持し、電気、水道などのインフラ整備が容易な既存集落内の空き地活用を進めた。
 大船渡市では昨年9月に災害公営住宅の整備も完了しており、戸田公明市長は「住宅再建に関する二つの大きな柱が整い、うれしい。市民の協力に感謝したい」と話した。
 保育所、公民館、駐在所など公共施設の移転を予定している土地の造成工事は継続しており、事業全体の完了は2018年3月末となる見込みだ。


南海トラフ 津波対策「できる全てを」…大川小遺族
 南海トラフ巨大地震津波で大きな被害が出かねない1都13県の市町村教育委員会へのアンケートでは、小学校の津波対策にばらつきが出る結果になった。東日本大震災で多くの児童が津波にのまれた宮城県石巻市立大川小学校を巡っては、市教委の不十分な防災指導も問題視されている。遺族からは「命を守るため、関係者はできることを全部やってほしい」との声が上がる。
 「津波被害を体験した人の言葉には重みがある。防災責任者に直接聞いてもらうことで、学校間の意識差の解消につながっている」。昨年度、所管する全小学校の防災担当者に津波研修を行った浜松市教委の担当者は強調する。研修は2015年度から毎年実施し、大川小の事故遺族らの話を聞く機会を必ず設けているという。
 ただ、教育委員会の規模が小さく担当職員を確保できない場合や、津波浸水想定区域の学校が少なく津波だけの研修を開くのが難しい場合もある。
 東海地方のある教育委員会は、県教委主催の研修に参加するよう各校の責任者に指示しているが、研修の内容は「把握していない」という。文部科学省の担当者は「市町村教委はいじめ対策などで手が回らない部分があるのは事実」としつつ、「主体的に取り組んでもらうための手立てを模索している」と話す。
 元小学校教諭で、大川小6年だった次女みずほさん(当時12歳)を亡くした佐藤敏郎さん(54)は「現場の先生と市教委の双方が普段から『何があっても子供の命を守る』という意識を持っていれば事故は防げた」と指摘。「災害が起きる前に何をするかが極めて重要。覚悟を持ち、一歩踏み込んだ取り組みをしてほしい」と話した。


<東北市長会>郡仙台市長が会長職に意欲
 郡和子仙台市長は31日の定例記者会見で、10月の東北市長会(77市)総会で行われる奥山恵美子前市長の退任に伴う新会長選びについて、「ぜひ務められるよう努力したい」と述べ、会長職に意欲を示した。
 東北市長会は、慣例的に地域の最大都市で唯一の政令市・仙台の市長が会長を務め、市が会事務局を兼務しているが、郡氏が国政野党系の市長であることなどを理由に慣例の見直しを望む声もある。郡氏が会長に選ばれるかどうかは、現時点で不透明な情勢だ。
 東北を含む全国9地域の市長会の会長市は表の通り。四国を除く8地域は政令市を抱えるが、会長市が政令市なのは現在、東北のみで、仙台が会長を続ける慣例は全国的には特異なケースと言える。
 宮城県市長会は8月28日、東北市長会長に郡氏を推す方針を決定。同氏は31日の記者会見で「事務局機能を含めた在り方を議論するには時間が短い」と話し、10月の東北市長会総会での慣例の見直しに否定的な見解を示す一方、「政令市も一般市もあるブロック(地域)の市長会の在り方を考えることは(手法として)あるだろう」とも述べた。
 仙台市によると、過去に同市長が東北市長会長から外れた例は、ゼネコン汚職で当時の市長が逮捕され辞職した後の1993年10月〜94年10月のみ。


101兆円の来年度予算要求 危機感の欠如にあきれる
 1000兆円を超す借金漬けの状態なのに、税収の倍近い予算要求を続けている。危機感の欠如にあきれるばかりだ。
 国の来年度予算の概算要求が締め切られ、各省庁の要求総額は101兆円規模と4年連続で100兆円の大台を超えた。年末にかけての編成で歳出改革に踏み出すべきだ。
 財政健全化を巡って、安倍政権は経済成長を通じた税収増に頼ってきた。だが、昨年度の税収は7年ぶりに減少し、赤字国債の追加発行を余儀なくされた。
 それだけに歳出抑制の重要性が増している。しかし、今回目立ったのは看板政策にかこつけるなど従来通り拡大を求める動きばかりだ。
 象徴的なのは、政権が掲げた「人づくり革命」だ。4兆円の特別枠が用意され、社会人の学び直しや人材育成支援など各省庁から要求が相次いだ。生産性の向上を目的としているが、以前からある事業の焼き直しに終わりかねない。
 「人づくり革命」の柱である教育無償化は金額を示さずに要求された。幼児教育だけで1兆円超とされるが、財源のめどが立っておらず、借金をさらに増やす恐れがある。
 国土交通省が要求した公共事業費は6兆円強と9年ぶりの高水準だ。「豊かで活力のある地域づくり」をうたうが、旧来型の道路整備なども目につき、地方の人口減少を食い止める効果は期待しがたい。
 社会保障費の肥大化も歯止めがかからない。厚生労働省の要求は31兆円台と過去最大規模だ。診療・介護報酬改定などによる圧縮が必要だ。
 危機感を欠く背景には日銀の金融緩和に伴う歴史的な低金利がある。
 財務省は金利の見積もりを引き下げ、借金返済に充てる国債費の要求を8000億円近く減らした。税収が伸びたわけでもないのに、歳出を増やす余地が出てきたとして、各省庁や族議員が圧力を強めている。
 それでも国債費は23兆円台と巨額であることに変わりはない。財政のたがを緩める余裕はない。
 財源が限られる中、予算配分の大胆な重点化も欠かせない。
 厚労省は待機児童対策として保育所整備なども要求した。高齢者に偏った配分を見直し、少子化対策に思い切って回すことも検討すべきだ。


概算要求 「水膨れ」認める状況か
 財務省はきのう、2018年度予算編成に向けた各省庁の概算要求を締め切った。一般会計の要求総額は101兆円程度で、100兆円を超すのは4年連続となる。
 過去最高にならなかったのは、長期金利の低下で、国債の元利払いに使う国債費が前年度の要求額を約8千億円下回ったからだ。
 異次元緩和を続ける日銀の“協力”で、財政規律を緩めていると言っても過言ではない。
 政府は、18年度までの3カ年を財政健全化の「集中改革期間」と位置付けたのではなかったか。
 国と地方の借金総額は既に1千兆円を超えている。
 毎年同じように「水膨れ要求」を認めている安倍政権の危機意識のなさは目に余る。
 今回は、厚生労働省が社会保障費の増加や働き方改革関連経費の計上などで過去最大の31兆4千億円を要求。防衛費も北朝鮮情勢の深刻化を背景に5兆2千億円と過去最大の要求額になった。
 各省庁が競うように要求額を増やしたのは、安倍政権が今回も歳出上限を設けずに「青天井」を認めたからにほかならない。
 新たな看板政策「人づくり革命」向けに約4兆円の特別枠を設けたことも膨張に拍車をかけた。
 各省庁には代わりに公共事業など裁量的経費を10%削減することを求めたが、その分を差し引いても要求額は増加してしまう。
 こうした概算要求の枠組みはここ数年ずっと変わっていない。
 特別枠は本来、予算配分にめりはりを付けるのが目的だ。
 ところが「地方活性化」「成長戦略」など、その年によって名目を変え、これらを冠した事業なら何でもありとばかりに各省庁が要求を膨らます原因になってきた。
 こんな大ざっぱな予算づくりを続けている場合ではないはずだ。
 昨年度の税収は7年ぶりに減少し、赤字国債の追加発行を余儀なくされた。「経済成長による税収増で財政再建」という安倍政権のシナリオはもはや夢物語に近い。
 政府は、基礎的財政収支を20年度に黒字化するという目標を国際公約にしている。しかし最新の試算では、甘めの成長率を前提にしても8兆2千億円の赤字が見込まれるというありさまだ。
 市場が日本の財政の持続性に疑問を持ち、国債の格下げや金利急騰などを招いてからでは遅い。
 年末にかけての予算編成作業では、無駄を徹底的に省き、財政再建に向けた意志が明確に伝わる中身に仕上げる必要がある。


概算要求 防衛費増、精査が必要だ
 財政規律は一体、どこに行ってしまったのか。政府の2018年度予算で、各省庁からの概算要求がきのう締め切られた。一般会計の総額は101兆円前後になり、前年度を下回ったが、4年連続で100兆円の大台突破となった。
 これでは、安倍政権が掲げている経済再生と財政健全化の両立は困難だろう。というのも、歳入の柱である税収が16年度、国と地方の合計で7年ぶりに減少に転じたからだ。このまま歳出だけ増え続ければ、財政赤字がさらに膨らんでしまう。
 借金は、国と地方自治体の合計で約1094兆円(17年度末見込み)まで増えた。国内総生産(GDP)の2倍に相当するなど欧米に比べ突出している。その返済額は、本年度当初予算では約23兆5千億円と、歳出総額の4分1近くを占める。重い負担がのしかかっている。
 概算要求の中身で目立つのは防衛費の優遇だ。13年度から5年続けて増えている上、今回さらに本年度当初予算比で2・5%増の5兆2551億円と過去最大となった。北朝鮮への対応など理解を得やすいとみたのだろうが、不要不急のものまで含まれていないか疑問が残る。
 中心となるのは、北朝鮮の弾道ミサイルを想定した防衛態勢の整備だ。海上自衛隊のイージス艦に搭載する改良型迎撃ミサイルや、航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の改良型の取得費、新方式の次期警戒管制レーダーの開発費などを盛り込んでいる。
 迎撃ミサイルの「地上型イージス」も導入する。金額は今回は示されていないが、編成時には設計費が計上される見込みで実際の負担は一層重くなる。
 確かに、朝鮮半島情勢はかつてなく緊迫している。ミサイル発射や核実験を強行する北朝鮮の挑発行為には、冷静にしかも毅然(きぜん)とした対応が求められよう。米国や韓国と連携し国際社会による包囲網を築いて制裁を強化してきたが、思うような効果はまだ上がっていない。さらなる対策が必要なのは分かる。
 だからといって、やみくもに装備を拡充すればいいわけではなかろう。日本全土をカバーするには「どれだけミサイル防衛を強化しても穴は残る。終わりが見えない」。そんな専門家の嘆きに耳を傾けたい。
 大盤振る舞いは、国土交通省の概算要求でも見られる。道路や空港などのインフラ整備、豪雨をはじめ防災対策などを重視したというが、総額6兆7千億円は本年度当初比で16%増に当たる。度を越していないか。
 逆に医療や年金など社会保障費は伸びて当然だろう。概算要求は本年度当初比2・3%増の総額29兆4972億円だった。高齢化による自然増の一部は、薬価を中心にした診療報酬や介護報酬の改定で圧縮するという。防衛費などの野放図な伸びとは分けて考える必要がある。
 社会保障費は今後も伸びが予想される。しわ寄せを国民に回すのか、それとも医師に支払う報酬を抑えるのか。安心できる仕組みづくりが急がれる。
 政府は今後、個別施策の必要性や緊急性、費用対効果を吟味すべきである。不要であれば切って必要なら手厚く―。大胆な見直しが求められる。その上で国会でも厳しく精査して議論を重ねることが不可欠だ。


防衛予算/財政事情も考え精査を
 防衛省は2018年度予算の概算要求で、過去最大となる5兆2551億円を計上した。北朝鮮が続ける弾道ミサイル発射への対処を重視してミサイル防衛態勢の整備を進め、中国の海洋進出への対応として南西諸島の防衛強化策も盛り込んだ。
 17年度の当初予算と比べると2.5%の増だ。それでも来年度は14〜18年度が対象の中期防衛力整備計画(中期防)の最終年度で、5年間の総額は24兆6700億円程度と定められており、一定の歯止めがかかっている。
 だが安倍晋三首相は13年に決定した、10年程度の防衛力整備の指針を定める「防衛計画の大綱」の見直しを表明。先の日米の外務・防衛閣僚協議(2プラス2)でも「日米同盟での日本の役割拡大と防衛能力の強化」を打ち出しており、新たな大綱の下で今後、防衛費の大幅増に踏み切る可能性が指摘されている。
 北朝鮮のミサイル発射に対処する適切な態勢の整備は必要だ。しかし厳しい財政事情の中では、装備の実効性と、より効率的な防衛態勢の整備に向けて厳しい精査も求められるだろう。
 防衛費は第2次安倍政権の発足後の13年度に増加に転じ、増え続けている。18年度の概算要求では弾道ミサイル防衛の強化策が並ぶ。海上自衛隊のイージス艦に搭載する改良型迎撃ミサイルや航空自衛隊の地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の改良型の取得費、新方式の次期警戒管制レーダーの開発費などだ。
 新たな装備として導入を決めた地上配備型の迎撃システム「イージス・アショア」は金額を示さない「事項要求」として記載。年末の予算案編成時に具体的な設計費を盛り込む方針だ。
 中国の海洋進出を念頭に置いた南西諸島防衛でも、警備部隊の施設整備費や最新鋭ステルス戦闘機、新型輸送機オスプレイの取得費を計上。宇宙やサイバー分野でも経費を盛り込んだ。
 一方で予算圧縮への取り組みは十分だろうか。米国から導入する無人偵察機グローバルホークは当初の予算を大幅に超えたとして取りやめも検討したが「対処力の向上に不可欠」として継続を決めた。「あれもこれも」が許されるほど財政の状況は甘くないはずだ。装備調達の優先度を査定し、部隊の整理・縮小にも、より厳しく取り組む必要があろう。
 現行の防衛計画大綱は、人員削減などを明記した民主党政権時代の大綱を安倍政権下で改定したもので、沖縄県・尖閣諸島を巡る中国への対応が柱となっていた。首相は見直しの必要性として「厳しさを増す安全保障環境」を強調しており、北朝鮮の核・ミサイル開発の急速な進展を踏まえた対処策が中心となろう。
 焦点の一つは、ミサイルの発射地点を破壊する「敵基地攻撃能力」だ。自民党の保有検討の提言に対し、首相は否定的な考えを示すが、「現時点では」と留保を付けている。政府は法理論上は可能との立場だ。
 ただ、防衛費は近隣諸国へのメッセージという面も持つ。北朝鮮や中国の軍拡を理由に、その「競争」に加わるのか。地域の安全保障環境の改善に向けた外交指針と併せた総合的な安全保障戦略の慎重な検討を求めたい。


オスプレイ着陸/原因究明まで飛行中止を
 米軍の新型輸送機オスプレイ1機が、大分空港に緊急着陸した。エンジントラブルによる事故を回避する「予防着陸」だと米軍は説明している。
 大分空港は民間専用空港で、米軍機の突然の着陸自体、異例の出来事といえる。一時、機体から煙と炎のようなものが上がり、消防車が出動するなど、地元は緊張と不安に包まれた。
 オスプレイは過去、不具合が続出し、海外では死亡事故が起きている。先月5日にもオーストラリア沖で墜落し、乗員3人が死亡したばかりだ。
 沖縄県の米軍普天間飛行場に配備された後も、不時着して大破するなどのトラブルを繰り返している。深刻な欠陥があるとみるしかない。
 それでもオスプレイは、訓練などで沖縄から北海道まで全国各地の空を飛ぶ。「いつ住宅に落ちてもおかしくない」との不安が住民に広がっている。
 米軍は全ての飛行を差し止め、事故や不調の原因を究明すべきだ。安全を度外視した運用は認められないと、政府は強く申し入れねばならない。
 大分に緊急着陸した機体は、その前日にも米軍岩国基地(山口県)で白煙を上げていたことが、市民の監視活動で判明している。6月には沖縄県伊江村でも緊急着陸していた。
 米軍は問題機を飛ばし続けていたことになる。安全の徹底より軍務を優先したとすれば、批判はさらに高まるだろう。
 オーストラリア沖の墜落事故の後も、米軍は「安全宣言」を出して日本国内での飛行を継続していた。昨年12月に名護市の浅瀬にオスプレイが不時着して大破した事故でも、詳細な説明もないまま、発生からわずか6日後に飛行を再開した。
 そうした米軍の姿勢を、政府は「安全対策が認められた」などとして追認してきた。今回のトラブルで「安全」への疑問が一層深まった以上、安倍政権の対応も問われることになる。
 大分県は、九州防衛局に事故原因の説明と安全対策を要請した。沖縄県も原因究明までのオスプレイの飛行中止などを求めている。住民の命と暮らしを守る自治体として当然だ。国民の安全を最優先した、毅然(きぜん)とした対応を、政府にも求めたい。


オスプレイ緊急着陸 日米は危険性直視せよ
 米軍の「安全宣言」は、何の裏付けもない空手形だったことがはっきりした。
 米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸機MV22オスプレイが民間専用の大分空港に緊急着陸した。その前日には山口県の岩国基地で白煙を上げ、6月には伊江島補助飛行場に緊急着陸した機体と同一機である。
 2度もトラブルを起こしたにもかかわらず、不具合を解消できていなかったのである。欠陥機であることがあらためて明らかになった。欠陥がなければ、整備体制などに問題があるということにしかならない。
 いずれにせよ、オスプレイの危険性に変わりはない。飛行を直ちに中止すべきだ。
 在日米海兵隊は運用規定に従い、最も近い空港に「予防着陸」したと説明。一方で、エンジンの交換が必要とも九州防衛局に伝えている。
 米軍は「離陸するまでに徹底的な点検を実施する」としていた。点検によってエンジンを交換しなければならないほどの重大なトラブルが見つかったのだろう。
 オスプレイの配備撤回を求める県議会の抗議決議を受け取った後に発表した声明で、在沖米海兵隊は「安全ではない航空機を飛ばすことはしない」と明言していた。
 それが真意ならオスプレイを飛行させるべきではない。声明発表直後に大分空港への緊急着陸は起き、安全性に強い疑問符が付いたが、沖縄での飛行は続けている。行動を伴わない声明に意味はない。
 ともあれ、今回の一連のトラブルの詳細な報告を米軍に求める。「安全宣言」に反するトラブルを起こした米軍には説明責任がある。不安を与えた側が速やかに説明するといった当然のルールを守るべきだ。
 それにしても、オスプレイの事故の多さは異常である。2012年の普天間飛行場配備以降、確認できているだけでも12件もの事故、不具合が発生している。24機のうち2機が墜落し、所属機に占める墜落事故率は8・3%にも上る。これで「安全」とは到底言い切れるはずがない。
 事故多発の原因の一つは、日米当局が「墜落」を「不時着水」、「緊急着陸」を「予防着陸」などと矮小(わいしょう)化していることにある。問題を直視してこなかったため、このような事態を招いたのである。米軍の言っていることを何ら検証せずに、追認しているだけの日本政府の責任は極めて重大である。
 日米のこのような姿勢の延長線上に、豪州沖で乗員3人が犠牲となった普天間飛行場所属オスプレイ墜落事故があることを深く認識すべきだ。
 日米がオスプレイの危険性を直視しなければ、いつか大事故が発生することを強く懸念せざるを得ない。県民が犠牲になる事態は何としても避けねばならない。普天間飛行場からのオスプレイ完全撤去を強く求める。


[オスプレイ] なぜ不安に耳を貸さぬ
 またしても深刻な機体トラブルである。
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の新型輸送機オスプレイが、大分県国東市の大分空港に緊急着陸した。一時、煙と炎のようなものが上がり、米軍はエンジンの交換が必要としている。
 普天間所属のオスプレイは先月、オーストラリア沖で乗員3人が死亡する墜落事故を起こした。昨年12月には沖縄県名護市沖で不時着し、大破する事故もあった。
 だが、事故やトラブルの度に米軍は機体に欠陥はないと安全宣言し、短期間のうちに飛行再開を繰り返している。日本政府もこれをとがめず、追認するばかりだ。
 開発段階から事故が相次ぐオスプレイは安全性への懸念が根強い。なぜ全国各地の不安の声に耳を傾けようとしないのか。
 日本政府はあらためて米側に飛行停止を要請し、詳しい事故原因や再発防止策の説明を尽くすよう求めるべきだ。
 米軍は大分空港のオスプレイについて、操縦席の警告灯が点灯したための「予防着陸だった」と説明している。
 あ然とさせられるのは、このオスプレイが6月6日、沖縄県伊江村の米軍伊江島補助飛行場に緊急着陸した機体と同じだったことだ。あまりにもずさんな運用というほかない。
 緊急着陸は同月10日、奄美空港でもあった。この時は民間空港にもかかわらず事前通告がなく、着陸が重大事故につながる可能性があると指摘された。
 こうした中、オスプレイが沖縄と同様に、本土上空での飛行を常態化させるのは確実だ。
 今後、陸上自衛隊が導入するほか、在日米軍基地への追加配備計画もあるためだ。鹿屋市の海上自衛隊鹿屋基地を使う米軍空中給油機訓練にも参加する。
 防衛省側からオーストラリア沖の事故について説明を受けた鹿屋市の原口学副市長は、鹿屋基地での米軍訓練を「現段階では受け入れられない」とした。
 事故やトラブルを起こしても安易に飛行を再開するようでは、飛行地域の理解は到底得られまい。
 日米両政府はオスプレイの安全性より日米同盟を重視し、運用の既成事実化に躍起に見える。だが、安全が最優先であることを肝に銘じてもらいたい。
 2017年版の防衛白書は、沖縄でのオスプレイの事故を踏まえ「米側に対し、安全面に最大限配慮するとともに、地域住民に与える影響を最小限にとどめるよう求めていく」と明記している。政府は米軍に厳しく注文すべきだ。


過去最大5・2兆円 防衛予算は“ムダ兵器”爆買いで青天井
 日本列島上空を通過した北朝鮮の弾道ミサイル発射をめぐり、日米は圧力を強め、対決ムードを煽っている。2日連続の電話首脳会談後、「死の白鳥」と呼ばれる米軍のB1戦略爆撃機と航空自衛隊が共同訓練。示威活動を展開した。
 そうした中、防衛省は31日、2018年度予算案の概算要求を財務省に提出。前年比2.5%増の5兆2551億円となり、6年連続アップで過去最大に膨らんだ。防衛省は中国の東シナ海進出などを口実に防衛費を拡大してきた“前科”があるが、今回は北朝鮮危機に便乗した焼け太りだ。
 弾道ミサイル防衛関連で1791億円を計上。海自のイージス艦に搭載する改良型迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」の購入に472億円、空自の地対空誘導弾PAC3の改良型「PAC3MSE」には205億円など。いずれも購入先は米企業だ。8月中旬の日米2プラス2(外務・防衛担当閣僚会合)で小野寺防衛相が購入前倒しを伝えた米製地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」は金額を示さない「事項要求」で処理し、2基分相当の1600億円は含まれていない。
 軍事ジャーナリストの世良光弘氏は言う。
「SM3ブロック2Aの射程は高度500〜750キロで、1発20億〜30億円の高額兵器です。最高高度550キロを飛行した29日発射のミサイルにも対応できる可能性が高まりますが、米国領を標的としたミサイル全てを撃ち落とそうとでもいうのでしょうか。安倍首相の再登板以降、防衛費がプラスに転じたのは、米国の言い値で高額兵器を爆買いしている側面がある。ミサイル防衛、島嶼防衛を出せば、どんな予算でもスイスイ通る。それに、概算要求は形式に過ぎず、防衛省は必要とあれば補正予算でどんどん買い込んでいます」
■増額分は米企業丸儲け
 対中牽制の要衝である南西諸島の防衛にも大盤振る舞い。
 南西警備部隊の施設整備に552億円、最新鋭ステルス戦闘機「F35」の6機買い増しに881億円、国内でも事故を多発させている“未亡人製造機”のオスプレイも4機457億円で買い上げ。宇宙部隊創設に向け、取得断念に傾いていた無人偵察機「グローバルホーク」も144億円で購入するという。みーんな米国製だ。
「高高度から攻撃するグライダー弾『島嶼防衛用高速滑空弾』に100億円もの研究予算を組んでいますが、実用化は不透明です」(世良光弘氏)
 安保法制で集団的自衛権行使を可能にした安倍首相は、米国と一緒に戦争のできる国づくりを急ぎ、GDP1%枠突破は時間の問題だ。


民進の新代表に望むこととは
 ★元外相・前原誠司と元官房長官・枝野幸男が争う民進党代表選は、今日1日の臨時党大会で新代表を選ぶ。党は代表選を大いに盛り上げたが、党代表・蓮舫と同幹事長・野田佳彦執行部の低調路線が党勢を低下させ、離党者を増やした。代表候補の2人は結党以来のベテランだが、中堅議員時代に政権を担い中枢で働いたからこそ、党の魅力や弱点も知り尽くしているはず。次世代の人材育成や人材発掘も視野に入れなくてはならない立場だ。党勢拡大に努力するとともに、国民が選択肢として選べる政党にしてほしい。 ★その意味でも、新執行部は選挙の禍根を残さず、蓮舫が敷いたような人事をせず、ドンドンと思うように進めればいい。評価するのは有権者だ。ところがその流れに水を差す発言が、相変わらず口は出すが、票を出さない連合からあった。先月30日、都内で講演した連合会長神津里季生は、10月の3補選を含む衆院選での共産党との共闘について、「民進党が共産党に頭を下げて『票をください』と言っているように見える。こんなことはあってはならない」と、野党共闘に強い反発を示した。また「連合は、共産党の影響をどうやって排除するかということで闘ってきた。選挙戦で、同じ事務所で一緒にやりましょうなんてことはあり得ない」とした。 ★安倍政権と労働法改正でこっそりまとめようとして失敗した連合は、どの口で言うのか。連合が出す票が足りなくて、民進党が勝てないから選挙協力するという現実の改善なくして、どこが最大の支援団体なのか。連合が各選挙区であと3万票上乗せすれば、解決する話だ。組織内候補だけは当選させ、民進党全体に力が及ばないが、お口だけは一人前の支援団体の寝ぼけた話をはねつける力も、新代表に持ってもらいたい。

前原・民進党新代表で、小沢一郎の「政治生命」がひっそり終わる このまま静かに消えていくのか…
前原・枝野双方にアプローチ
民進党代表戦は、前原氏の勝利で終わった。今回の代表選で陰に陽に前原氏にエールを贈り、その勝利を強く望んできたのが、自由党の小沢一郎代表である。
そもそも枝野氏は大の小沢嫌い。その仲の悪さは筋金入りで、民進党の歴史を振り返れば、2003年のいわゆる「民由合併」の際も、小沢氏の政治手法への警戒感から「小沢氏と一緒になるくらいなら議員辞職する」などと、最後まで合併に反対し続けたのが枝野氏だった。
その後も、枝野氏は周囲に「小沢嫌い」を公言してきた。それだけに昨年末、野党共闘をめぐって2人が食事をとりながら意見交換したことが明らかになった際には、関係者は驚いたものだ。しかし、それでも結局は、枝野氏の小沢氏に対する警戒心は解けなかった。
一方の前原氏も、決して小沢氏と近かったというわけではなく、それどころかむしろ、小沢氏が民主党幹部だった時代には「犬猿の仲」として知られた。しかしここ数年は「小沢嫌い」の態度を改め、定期的に小沢氏と会食の機会も持つようになっていた。
そうした会合の席上では、前原氏は小沢氏が説く「野党再結集・共闘論」や、共産党との選挙協力の必要性にも理解を示していたという。昨年9月の代表選でも、小沢氏は自身に近い民進党議員に前原氏をサポートさせ、両者は急速に接近を始めていた。
今回の代表選でも、小沢氏は「前原氏が勝利すれば、野党結集を打ち出すと思う」などと発言し、明らかに前原氏に肩入れしてきた。また、小沢氏に近い松木謙公衆院議員や、元小沢チルドレンとして知られる小宮山泰子衆院議員らも、前原氏の推薦人に名を連ねている。
「小池」で計算が狂った
小沢氏が、ともに関係の悪かった枝野・前原両氏にアプローチをかけ、最終的に前原氏にベットするに至った背景には、自身の率いる自由党を民進党に合流させたいという思惑があったからに他ならない。小沢氏ならではの政局の流れを嗅ぎとる「カン」を働かせた結果、民進党内のイニシアチブを握る可能性がより高い前原氏を選んだ、ということに過ぎないのだ。
ところがその前原氏の立場が、代表選が本格化するにつれてブレてゆく。小沢氏の考えとは逆方向の発言をすることが増えたのである。
代表選初日の8月21日の共同記者会見では、さっそく「理念・政策が合わないところと協力することは、私はおかしいと思う」と踏み込んだ表現で、次期衆院選での共産党との協力見直しを表明した。小沢氏からしてみれば、せっかく前原氏の「後ろ盾」となってきたにもかかわらず、梯子を外された格好だ。
かと思えば、前原氏は29日になると突如、小沢氏率いる自由党について「もっともわれわれの政策理念に近い考えを持っている」と再び持ち上げた。なぜ、かつてない蜜月とも見えた前原・小沢両氏の関係は、土壇場でこのように迷走を始めたのだろうか。
背景には、前原氏の選挙戦を支える民進党保守系議員の多くが「天皇制や安保・防衛政策へのスタンスが全く異なる共産党との選挙協力は自殺行為だ」として、野党共闘に強いアレルギーを示すようになったこと、そして小池百合子・東京都知事が実質的に束ねる「日本ファーストの会」がにわかに国政進出の道筋を具体化し始めたこと、これら2つの事情がある。
理念が大幅に異なる共産党と無理に共闘しても、広く国民の支持が得られるとは考えづらいし、下手をすると党が空中分解しかねない。より立場の近い日本ファーストの会が今後安定した勢力になるのなら、そちらと組んだほうがまだ可能性がある。
こう考える民進党保守派は、「もし共産党との協力を見直すことができないなら、先に離党した長島昭久氏や細野豪志氏らに続き、民進党を離れる」との構えを見せているのだ。
前原選対のある中核メンバーは、こう話す。
「前原さんは、民進党をこれ以上分裂させないということを第一に考えている。そのため、共産党が勝手に候補者を下ろしてくれるというなら野党共闘だって歓迎するが、そうでないなら、選挙協力路線は見直さざるを得ない。小沢さんの望む自由党の民進党への合流についても、党内にはまだ小沢アレルギーが根強いから、慎重にならざるを得ない」
そもそも、なぜ共産党と?
「剛腕」を誇った小沢氏の政治力も今は昔。かろうじて政党要件を満たす、所属議員わずか6人の小さな党を率いているに過ぎない。
その小沢氏の現在の唯一の「売り」が、共産党との親密な関係である。
小沢氏と共産党の志位和夫委員長は、近年たびたび会談を持っていることが知られているが、実は志位氏は「本丸」ではない。小沢氏が共産党対策に絶大なる自信を持ち、その一点をもって民進党に切り込もうとする背景には、今なお共産党内で圧倒的な影響力を誇る不破哲三前議長との「信頼関係」があるのだ。
小沢氏は、2009年の衆院選で極秘に不破氏と接触。小沢氏の説得を受けた不破氏の「鶴の一声」で共産党は候補者を大幅に減らし、反自民票を民主党に集めて大勝に導き、政権交代を実現したという経緯がある。
当時、この2人を引き合わせたのは、衆院事務局職員の時代から不破氏と親交があった、小沢氏側近の平野貞夫元参院議員だと言われている。
この時、小沢氏は「共産党が候補者を大幅に絞ってくれれば、政権交代は必ず実現する」と大見得を切り、不破氏の説得に成功した。衆院選で本当にそれが実現したことから、以来不破氏は「小沢はたいしたものだ。有言実行で政権交代を実現してしまった」と小沢氏を高く評価するようになった。
その不破氏に、小沢氏が再び接触を始めたのは今から2年ほど前のこと。小沢氏が志位委員長との関係の深化に成功したのも、不破氏からの絶大なる信頼があってのことだ。
時流が味方しなかった
小沢氏は「共産党と候補者調整の話ができるのは自分しかいない」と各所で吹聴し、代表選に勝つと見込んだ前原氏にも「共産党との関係は私に任せてもらえれば大丈夫」と言い続けてきた。こうした小沢氏の自負そのものは、ある程度事実だろう。
ところが前原氏は、土壇場で共産党との選挙協力を見直すとともに、一方で手下の保守系議員たちが望む「日本ファーストの会」との協力関係構築を目指す考えに傾いている。小池新党の登場に関しては、これはもはや「時流が小沢氏に味方しなかった」としか言いようがない。
小泉純一郎元首相と同じ昭和17年生まれで、今年5月に75歳になった小沢氏。氏にとって、政治家人生の晩年になって築き上げた共産党との親密な関係は、再び政治の表舞台に立つための「最後の切り札」とも言えるものだった。だが、その道のりは極めて厳しいものになりつつある。
代表選の終盤、前原氏の側近からは、「小沢氏と一緒にことを進めれば、必ずその毒に侵されてしまう。やはり静かに消えてもらうしかない」との声も聞かれた。
既存野党の弱体化が限界に達し、「野党共闘」の夢が潰えるとともに、小沢氏の政治家としての寿命も尽きてしまうのだろうか。


黒澤明も証言、関東大震災時の朝鮮人虐殺は紛れもない事実だ! 小池百合子、ネトウヨの歴史修正に騙されるな!
 1923年9月1日の関東大震災発生から、94年が経過した。大地震の混乱のなか、「朝鮮人が暴動を起こした」「井戸に毒を入れた」等のデマが広がり、日本人らが多くの朝鮮人を惨殺した。いわゆる“朝鮮人虐殺”である。
 しかし、本サイトでも既報のとおり、小池百合子都知事は、本日、東京都墨田区の都立横網町公園で行われる朝鮮人犠牲者の追悼式典をめぐり、都知事が例年送っていた追悼文を拒否。先月の会見でも「様々な被害で亡くなられた」「様々な歴史的認識がある」などと述べ、朝鮮人虐殺という歴史事実への言及を、あからさまに避けていた。
 これを受けて、追悼式典を主催する「9.1関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会」も先月に抗議声明を出している。
〈人の手で虐殺された犠牲者も自然災害によって命を落とした犠牲者と同じ、よって虐殺された朝鮮人らへの別途追悼の辞は手間だ不要だと言っているのに等しい。〉
〈大震災など非常事態時に流言飛語が飛び交うことがあるという歴史の教訓、朝鮮人や中国人に対する差別・偏見が無辜の人々の命を奪う行動にもつながったという過去の歴史的事実に目をそむけるものである。〉(抗議声明より)
 あまりにも当然の抗議だろう。実際、小池都知事の決定の背景には、近年、ネット右翼や右派市民団体を中心に拡散されている「朝鮮人虐殺はなかった」なる“虐殺否定論”がある。
 たとえば、都議会で都知事の朝鮮人犠牲者追悼文とりやめの端緒となる質問をした自民党・古賀俊昭都議は、トンデモ虐殺否定本である『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』(工藤美代子/産経新聞出版)を引用しており、また“虐殺否定論”をもとに各地の朝鮮人追悼碑の撤去運動などを行っている在特会系右派市民団体「そよ風」から、事前にレクチャーを受けていたことも本サイトの記事で指摘したとおりだ。
 だが、関東大震災の際、デマによって大規模な朝鮮人のジェノサイドが起き、警察や軍がこれに加担したのは、保守系の歴史学者も認めている歴史的事実であり、なにより、当時を生きた人々による膨大な証言が残されている。
 そのなかの「証言者」の一人に、世界的映画監督・黒澤明がいるのをご存知だろうか。1910年に現在の東京都品川区で生まれた黒澤は、中学2年生時に被災。自伝『蝦蟇の油』(岩波書店)のなかで、当時を振り返ってこう書いている。
〈関東大震災は、私にとって、恐ろしい体験であったが、また、貴重な経験でもあった。
 それは、私に、自然の力と同時に、異様な人間の心について教えてくれた。〉
少年だった黒澤明監督の目の前で、父親が「朝鮮人だろう」と棒を持った人々に取り囲まれ……
 被災時に黒澤少年が教わったという「異様な人間の心」とはなにか。繰り返し襲う揺れ、裂けた道路、舞い上がる土埃、空の半分を隠すほど高くそびえる大火災の黒煙。右往左往する人々を見ながら震えていた黒澤少年は「ああ、これがこの世の終わりか」と思ったというが、黒澤はこう特筆している。
〈しかし、恐怖すべきは、恐怖にかられた人間の、常軌を逸した行動である。〉
 これまでの研究で、9月1日の少なくとも午後3時頃以降には「社会主義者及ビ鮮人ノ放火多シ」「朝鮮暴行」「鮮人二百名襲来シ放火強姦井水ニ投毒」などの流言飛語が広まり、警察もこうした「浮説」を把握していたことがわかっている。その異常な状況のなかで迎えた夜のことを、黒澤はこう述懐するのだ。
〈下町の火事の火が消え、どの家にも手持ちの蠟燭がなくなり、夜が文字通りの闇の世界になると、その闇に脅えた人達は、恐ろしいデマゴーグの俘虜になり、まさに暗闇の鉄砲、向こう見ずな行動に出る。
 経験の無い人には、人間にとって真の闇というものが、どれほど恐ろしいか、想像もつくまいが、その恐怖は人間の正気を奪う。
 どっちを見ても何も見えない頼りなさは、人間を心の底からうろたえさせるのだ。
 文字通り、疑心暗鬼を生ずる状態にさせるのだ。
 関東大震災の時に起った、朝鮮人虐殺事件は、この闇に脅えた人間を巧みに利用したデマゴーグの仕業である。〉
 実際、黒澤少年は〈髭を生やした男が、あっちだ、いやこっちだと指差して走る後を、大人の集団が血相を変えて、雪崩のように右往左往するのをこの目で見た〉という。そして、朝鮮人を追いかけ、殺して回ろうとする人々が、日本人も「朝鮮人」として暴行を加えようとした現場にも、立ち会っていた。
〈焼け出された親類を捜しに上野へ行った時、父が、ただ長い髭を生やしているからというだけで、朝鮮人だろうと棒を持った人達に取り囲まれた。
 私はドキドキして一緒だった兄を見た。
 兄はニヤニヤしている。
 その時、
「馬鹿者ッ!!」
 と、父が大喝一声した。
 そして、取り巻いた連中は、コソコソ散っていった。〉
 実は、黒澤のように「朝鮮人か」と言われて、殺害されそうになったという証言は数多くあり、官庁の記録にも殺害された人数などが記されている。
 たとえば、当時、19歳で千駄ヶ谷に住む早稲田大学聴講生だった演出家・千田是也は、こんな談話を残している(毎日新聞社・編『決定版昭和史 昭和前史・関東大震災』所収)。
「あいうえおを言え!」「教育勅語を言え!」「歴代天皇の名前を言え!」と迫られ、答えに詰まると…
 千田の周囲では、震災発生から翌日には「朝鮮人が日ごろの恨みをはらしに来る」などの朝鮮人襲来の噂が広まっていたという。若い者は自警団に出ろといわれた千田は、登山杖を持って別の大学生と警備にあたることになった。しかし、夜になっても誰も来ないので、偵察のために千駄ヶ谷駅の線路の上の土手を登っていったところ、こんなことがあったという。
〈すると内苑と外苑をつないだ道路(当時は原っぱだったが)の方から、提灯が並んでこっちにやって来るのが見えた。あっ、“不逞朝鮮人”だと思い、その方向へ走っていった。不意に私は、腰のあたりを一発殴られてしまった。驚いてふりむくと、雲をつくような大男がいて「イタァ! チョウセンジンダァ!」と叫んでいる。〉
 「朝鮮人」と間違えられ、殴られた千田は、提灯を持った人々に取りまかれ、「畜生、白状しろ!」と小突きまわされたという。千田は弁明するが、聞いてもらえない。
〈私はしきりに、日本人であることを訴え、早稲田の学生証を見せたが信じてくれない。興奮した彼らは、薪割りや木剣を振りかざし「あいうえおを言え!」「教育勅語を言え!」と矢継ぎ早に要求してくる。この二つはどうにか切り抜けたが「歴代天皇の名前を言え!」と言われたときはさすがに困った。こちらは中学を出たばかりだから半分くらいしか覚えていない。〉
 このとき千田は、殺されることを覚悟したというが、たまたま知り合いが声をかけて、事なきをえることができた。千田は〈私は殺(や)られずに済んだが、ちょっと怪しいというだけで、日本人も含めた罪のない人々がいったい何人殺されたのだろう〉と語っている。千田が思うのは、〈異常時の群集心理で、あるいは私も加害者になっていたかもしれない〉ということ。彼の本名は伊藤圀夫という。芸名は、そのときの自戒を込めて、千駄(センダ)ヶ谷のKorean(コレヤ)にしたのだという。
 どうだろうか。黒澤や千田の体験談は、朝鮮人虐殺に関する膨大な証言のほんの一部であり、直接的な朝鮮人への暴行・殺人の目撃談などを挙げていけばきりがないのだが、このように、疑心暗鬼にかかった群衆が「怪しい」と思った人間を見つけ次第「朝鮮人」として殺しにかかったことは、紛れもない事実なのである。それはつまり、不審(と勝手にみなした)人物はすべて「朝鮮人」とされ、その属性こそが虐殺の“理由”となったということを意味している。
 また、朝鮮人虐殺に関する研究では、一般の日本人が虐殺の「加害者」となってしまった背景には、当時の日本人の朝鮮人への蔑視と、植民地支配等に対する「報復」を恐れたという心理状態も要因のひとつであったと指摘されている(吉村昭『関東大震災』など)。震災時の異常心理が、朝鮮人への差別意識と結びついて引き起こされたのが、朝鮮人虐殺というヘイトクライムだったのだ。
 ひっきょう、関東大震災での朝鮮人虐殺が、ただの震災時の混乱のせいでもなければ、小池都知事が「様々な被害」というように“震災関連死”として一緒くたにできるものでは決してないのである。
虐殺を引き起こした朝鮮人暴動デマは、警察が拡散!正力松太郎も加担
 さらに、大規模な朝鮮人虐殺が引き起こされたのは、行政・警察や軍が、あろうことかデマを信じ、新聞記者にまことしやかに話し触れ回るように要請するなど、虐殺の動きに加担していたことも大きな原因だった。これは当時、警視庁の官房主事でトップ2の立場にあった元・読売新聞社主の正力松太郎も〈朝鮮人来襲の虚報には警視庁も失敗しました〉と明かし、デマであったことを認め、反省の念を示していることである。
〈折から警視庁より不逞鮮人の一団が神奈川県川崎方面より来襲しつつあるから支給帰庁せよとの伝令が来まして急ぎ帰りますれば警視庁前は物々し警戒線を張っておりましたので、私はさては朝鮮人騒ぎは事実であるかと信じるに至りました。(略)
 しかるに鮮人がその後なかなか東京へ来襲しないので不思議に思うているうちようやく夜の10時ごろに至ってその来襲は虚報なることが判明いたしました。(略)警視庁当局として誠に面目なき次第でありますが、私共の失敗に鑑み大空襲に際してはこの点特に注意せられんことを切望するものであります。〉(『悪戦苦闘』早川書房)
 翻って、今回、朝鮮人犠牲者に対する追悼メッセージの送付をとりやめにした小池都知事の判断は、こうした過去の悲劇と加害の事実を曖昧にし、行政がヘイトクライムに加担したことへの反省を無に帰すものというほかない。それどころか“虐殺否定論”に立つ歴史修正主義勢力を勢いづかせ、朝鮮人や韓国人に対する憎悪を掻き立てさえするものだ。
 周囲を見渡すと、状況は、94年前とよく似ている。安倍政権は、歴史認識で韓国や中国と反目するのと同時に、軍事の増強へと邁進しながら、「やられるまえに潰せ」と言わんばかりに“北朝鮮危機”を煽り立てている。書店には、侵略戦争と植民地支配を正当化するトンデモ論と差別主義をごった混ぜにしたヘイト本が並び、ネットでは日々レイシズムが洪水のように垂れ流されている。そうしたなかで、犯罪報道があると無根拠に「朝鮮人の仕業だろう」などとがなりたてるヘイトデマが跋扈する。2014年の広島土砂災害時に起きた空き巣被害が「外国人による犯罪」というヘイトデマがネット上で拡散されたり、昨年の熊本大地震では「熊本の井戸に朝鮮人が毒を入れている」という悪質なヘイトデマツイートが出回ったり、関東大震災時の朝鮮人虐殺を彷彿とさせる災害時のヘイトデマも増えている。
 黒澤明は、前掲の自伝のなかで、被災時のこんなエピソードを「馬鹿らしい話」として記していた。
〈町内の、ある家の井戸水を、飲んではいけない、と云うのである。
 何故なら、その井戸の外の堀に、白墨で書いた変な記号があるが、あれは朝鮮人が井戸へ毒を入れたという目印だと云うのである。
 私は惘れかえった。
 何をかくそう、その変な記号というのは、私が書いた落書きだったからである。
 私は、こういう大人達を見て、人間というものについて、首をひねらないわけにはいかなかった。〉(『蝦蟇の油』より)
 はたして、現在でも、同じような流言が次々と表出している事実を、私たちは無視してはならない。すくなくとも、国際都市である東京で、こうしたヘイトデマ・ヘイトクライムの流れに同調する人間に、知事たる資格など断じてないのは確かだ。(編集部)


虐殺追悼文 疑問多い都知事の判断
 東京都の問題ではあるけれど、見過ごすわけにいかない。
 小池百合子知事がきょう1日に市民団体主催で開く関東大震災の朝鮮人虐殺犠牲者追悼式への追悼文送付を取りやめた。
 少なくとも石原慎太郎知事の時代から追悼文を送ってきた。なぜやめるのか、説明を聞いてもよく分からない。
 都知事は日本を代表する顔の一つである。3年後の東京五輪では世界から選手や観客を迎える立場にある。過去の歴史に目をふさいでいると見なされるようでは日本の名誉に傷が付く。
 送付をやめる理由を記者会見で問われると知事は、東京大空襲があった3月と震災の9月の2回、「戦災遭難者慰霊大法要」で追悼の気持ちを表明していると述べて「それに尽きます」。
 災害と虐殺では状況は違うのではないかとの質問には、「いずれにしても、不幸な死を遂げられた方に対しての慰霊をする気持ちには変わりません」。
 虐殺は震災を生き延びた人に対し自警団や住民により行われた。災害死とは違う。ひとくくりに「不幸な死」とする知事の発言には無理がある。
 伏線がある。3月の都議会で都議の一人が、追悼式会場の慰霊碑に犠牲者数が6千余名と刻まれていることに疑問を呈し、「今後は追悼文発信を再考すべきだ」と指摘した。知事は「毎年慣例的に送付してきた。今後は私自身がよく目を通した上で適切に判断する」と答弁していた。
 国の防災会議の資料では、虐殺された朝鮮人らは震災全体の死者10万5千人余のうち「1〜数%」とされていた。6千余名はとっぴな数字ではない。
 大事なのは罪のない人びとが殺された事実を直視し、反省を次代に伝えることだ。数字の正確さを問うことではない。
 小池知事名の昨年の追悼文にはこう記されていた。
 「極度の混乱の中、多くの在日朝鮮人の方々がいわれのない被害を受け、犠牲になられたという事件は、わが国の歴史の中でもまれに見るまことに痛ましい出来事でした」
 素直に胸に落ちる。なぜ送付をやめるのか分からない。
 地震など非常時には心の奥深くに潜むゆがんだ意識が表に出てくるのかもしれない。今でも、外国人が井戸に毒を投げ込むといったうわさが流れたりする。間違いを繰り返さないためにも、過去を見詰め続けなければならない。


追悼文をやめて何を得るのか
小田嶋 隆
 小池百合子・東京都知事が、毎年9月1日に開催される関東大震災の朝鮮人犠牲者の追悼式に追悼文を寄せることを取りやめる判断を明らかにした(こちら)。
 個人的な話をすると、私は、子供の頃から、入学式であれ卒業式であれ、あるいは結婚式や告別式も含めて、とにかく式と名のつくものが苦手で、その種の式の中で読み上げられるスピーチや挨拶や訓話のたぐいも一貫してきらいだった。
 その流れからすると、恒例だからという理由で毎度同じ調子で読み上げられる形式的な挨拶やら呪文やらスピーチやら経文やらを廃絶する判断には、本来なら、諸手を挙げて賛成したいところだ。
 ただ、今回の追悼文は、「これは形式だから」みたいなことで省略して良いものではないと思っている。
 というのも、震災後に関東各地で多発した朝鮮人虐殺は、わが国の歴史上の汚点であり、わたくしども日本人が定期的に思い出さなければならない苦い教訓だと考えるからだ。
 虐殺は、「災害に伴う混乱」みたいな話で呑み込むことのできる話ではない。
 コトは大量殺戮だ。
 しかも、その大量殺戮の犯人に当たる人間たちには、普通の、市井の人々が含まれている。
 わずか90数年前に、われわれは、6000人以上にのぼる無辜の朝鮮人を殺しているのだ。
 われら現代の日本人の中にも、おそらく、そういうことを可能ならしめる群集心理がビルトインされている。
 同じ状況に遭遇すれば、私たちは、また同じことを繰り返すかもしれない。
 そのおそろしい可能性を断つためにも、この事件は、われわれが何度も振り返り、その意味を噛み締めなければならないものだ。
 とすれば、大量殺人が起こった現場である自治体の知事が、その犠牲者の追悼式に追悼の言葉を送らないという決断は、普通は考えられない選択肢ではあるはずだ。
 いったいどうして、小池都知事は、これまでの慣例を破って、あえて追悼を拒絶する判断に立ち至ったのだろうか。
 今回は、その理由について考えてみる。
 小池都知事は、追悼文の送付を取りやめた理由を問われて
《3月には関東大震災と都内の戦災遭難者慰霊大法要に出席した。その場で都知事として関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表した。全ての方々への慰霊を行っているということだ》
 と答えている。
 自分は3月の段階で慰霊法要に出席して、その時に追悼をしている。9月に朝鮮人犠牲者を特別に追悼することは、重複することになるから取りやめるということのようだ。
 これに対して、記者は、
《震災の犠牲者と虐殺された犠牲者の追悼は意味が違うとの意見がある》
 と、重ねて問いただしている。
 小池都知事は
《不幸な死を遂げられた方に対して慰霊をする気持ちは変わらない。都知事として、全ての方々への哀悼の意を表することは大変意味の深いことだと思う》
 と述べ、さらに
《民族差別が背景にあるような形で起きた悲劇について、追悼文を送ることに特別な意味はないか》
 との問いに対しては
《民族差別という観点というよりは、わたくしは、そういう災害で亡くなられた方々、様々な被害によって亡くなられた方々への慰霊をしていくべきだと思っております》
 と回答している(こちら)。
 あまりにもさらりと言ってのけているので、こちらもついさらりと聞き流してしまいそうになるが、この短い質疑応答の中で、小池都知事は、実に空恐ろしい言葉を連ねている。
 「民族差別という観点というよりは……そういう災害で亡くなられた……様々な被害によって亡くなられた方々」
 というこの言い方は、知事が朝鮮人虐殺について、民族差別とは無縁な偶発的な出来事である旨の認識を抱いていることを物語っている。
「民族差別というよりは」
 というよりは、何だ? 
 民族差別でないのだとすると、あの集団殺戮は、いったいいかなる心情がドライブした動作だったというのだろうか。
 同じ町で暮らしている隣人を、同じ町の住人が多数の暴力によって殺害することが、差別以外のどういう言葉で説明できるのだろうか。
 6000人以上と言われている虐殺の犠牲者は、民族差別による殺人の犠牲者ではなくて、一般の災害関連死と同じ「様々な被害」として一緒くたにまとめあげることのできる死者だというのか?
 たしかに、震災による死は一様ではない。
 建物の下敷きになって圧死した者もあれば、地震の直後に起こった火事で焼死した人々もたくさんいる。迫りくる火炎から逃れるべく川に飛び込んで溺死した犠牲者も大変な数にのぼると言われている。
 あるいは、小池都知事は、そういう様々な犠牲者が10万人以上も発生した大災害の中で、朝鮮人の死者だけを特別に追悼することが、公平の原則に反すると考えているのかもしれない。
 しかし、民衆による虐殺による死者は、不可抗力の災害による死とは別の枠組みで考えないといけないはずだ。
 圧死であれ焼死であれ溺死であれ、災害の直接的な影響で亡くなった死者は、災害の犠牲者として分類することができる。災害を生き延びた人間が、同じく災害を生き延びた人間の手で殺された場合、その死は、災害死ではない。
 人間によって殺された死者は明らかな殺人の犠牲者だ。そうカウントしないとスジが通らない。
 25日の会見の動画をひととおり視聴して私が強い印象を受けたのは、小池都知事が、最後まで、「虐殺する」「虐殺される」「殺す」「殺される」という普通なら虐殺の犠牲者に対して使われるはずの動詞を一度も発音しなかったことだった。
 知事は、虐殺の犠牲者にも、そのほかの震災関連の犠牲者にも、同じように「亡くなられた」という動詞のみを使っている。
 この「亡くなる」という動詞(語尾が「亡くなられる」となっているが)は、自動詞で英語に直せば“died”に当たる。
 知事の会見をそのまま英語に翻訳すると、かなり奇妙な英文になるはずだ。
 辞書(『研究社大英和辞典』)を引いていて、興味深い囲み記事を発見したので、そのまま引用する。
《 [日英比較] (1) 日本語では病気やけがで死ぬのも, 交通事故や戦争など外的な原因で死ぬのも普通は区別せず「死ぬ」という. ところが英語では日本語と同じく両者に die を用いることも可能だが, 英語の典型的な表現としては, 病気や不注意によるけがなど自己原因で死ぬのは die, 事故や戦争など外的な原因で死ぬのは be killed という. したがって「彼は交通事故で死んだ」は He was killed in a traffic accident. という. これを受身だからといって, 「彼は交通事故で殺された」と訳すことはできない. 日本語でもそういういい方をすることもあるが, その場合には原文の英語とは違ったニュアンスとなる. つまり, 相手に殺意があったというようないい方である. すなわち, 日本語の「殺す」「殺される」は人についていう場合には犯罪としての「殺人」を意味する. ところが英語の kill は外的な要因で動物・植物の生命を奪うことである. もちろん犯罪としての意図的な殺人も含むが, 意味領域はもっと広く, 意図的でない殺し方も意味する. その区別は前後関係によって決まる. 英語では, 意図的な殺人, すなわち日本語の「殺す」に当たるのは murder である. なぜこのような相違が起こるのであろうか. 英語は, 「何が何をどうした」という行為者と被行為者の関係を明確にいう言語である. そこで, 自己原因でない場合は一般に受動態の表現になりやすい. このことについては die, be killed だけでなく, be surprised (驚く), be pleased (嬉しい), be interested (興味を持つ)など類似の例を多数あげることができる. なお, die は自己原因と外的原因の両様の死について用いられるが, 事実を述べる客観的な語で, 多くの場合 died in 1990, died a few years ago のように時の副詞を伴うのが普通である. 》
《英語は「何が何をどうした」という行為者と被行為者の関係を明確にいう言語である》
 という一行は、実に味わい深い。
 災害関連死による死者と、虐殺による犠牲者を、おなじ「亡くなられた」という動詞で一括りに表現する小池都知事の言葉は、行為者と被行為者の関係を曖昧にした状態で語ることのできる言語である日本語だからこそかろうじて意味をなしているが、この会見が英語でやりとりされているのだとしたら、知事の回答は成立しなかったはずだ。
 具体的には、虐殺の犠牲者には、“murder”ないしは “slaughter”という単語を使わなければならない。
 つまり、英語では「行為者」の「行為」を消すことができないということだ。
 同じ会見の中で、小池都知事は、
《追悼文送付の中止で、震災時に朝鮮人が殺害された事実が否定されることになるとの批判がある》
 という記者の指摘に対して
《様々な歴史的な認識があろうかと思うが、関東大震災という非常に大きな災害、それに続く様々な事情で亡くなられた方々に対しての慰霊をする気持ちは変わらない》
 と回答している。
 これも、さらりと言ってのけているが、実にとんでもない言明だと申し上げねばならない。
 どういうことなのかというと、知事は、「震災時に朝鮮人が殺害された事実」について問い質されている文脈の中で、「さまざまな歴史認識があろうかと思うが」と言っているわけで、これはつまり、知事ご自身が「朝鮮人が殺害された事実」を歴史的な「事実」として受け止めておらず、「歴史認識」の問題として認識していることを示唆している。
 要するに
「朝鮮人が殺されたことを事実だと考えている人もいるのでしょうが、一方には、虐殺を捏造と断じている歴史認識を抱いている人もいるわけで、まあ人生いろいろですよね」
 ということだ。
 歴史認識の話をすれば、朝鮮人虐殺を「事実だ」と考える日本人が大半である一方で、「捏造だ」と主張している人がいることも事実ではある。
 が、虐殺は、当時の政府が公式に認めている事実であり、裁判所には裁判記録も残っている。関東近県の警察はもとより、記者の取材メモや私人の日記や小学生の作文など、虐殺を証拠立てる資料はそれこそ山と積むほど存在している。
 当然、教科書もそう書いているし、歴史家や文学者による書籍も同じように虐殺を「事実」として描写し解説している。
 これを「歴史認識の問題」にすり替えることができるのなら、「ポツダム宣言の受諾」や「原発のメルトダウン」だって、同じように「人それぞれ色々な見方がありますからね」案件として扱えることになる。実際、広い世界には、アポロ11号の月面着陸をスタジオ撮影だと言い張る人たちが生息しているし、ホロコーストをユダヤ人による捏造だと主張している人たちもいまだに滅びていない。
 しかし、都知事という立場にある人間が、朝鮮人虐殺という歴史的事実をつかまえて「様々な歴史認識があろうと思いますが」なんていう言い方をしたら、あらゆるファクトはフェイクに化けてしまう。
 たとえばの話、税務署の人間に対して
「さまざまな税務解釈があろうかと思いますが」
 みたいな前置きで説教をカマすことが可能だろうか? 
 あるいは白バイの警察官に
「様々なスピード計測機器があろうかと思いますが、私の体感では時速38キロです」
 てなことを言ったとして、警察官は、
「なるほど。あなたがそうおっしゃるのなら、速度超過はしていないのでしょうね」
 と、めでたく納得してくれるものだろうか。私は無理だと思う。
 以上、長々と書いてきたが、知事が追悼文の送付を拒絶した理由は、私には解明できなかった。
 「わからない」
 としか言いようがない。
 石原慎太郎氏をはじめ、猪瀬さん舛添さんと、歴代の都知事が毎年送付してきた簡単な追悼文を、例年どおりに送ることで、いったい小池都知事は何を失うと考えたのだろうか。
 反対に、これまで何の不都合もなく継承されてきた慣例に従うことを、自分の代であえて拒絶することで、彼女は何を獲得するつもりなのだろうか。
 あるいは、知事は、誰に向かって何をアピールするつもりで、今回の決断をくだしたのであろうか。
 そこのところがどうしてもわからない。
 小池都知事は、昨年の都知事選を戦うにあたって、舛添前都知事が約束していた韓国学校への都有地の貸与を撤回することを公約に掲げていた。
 都民ファーストという名前は、その韓国人学校への都有地の貸与を白紙撤回する主張を展開する中で浮かび上がってきた言葉でもある。
 そもそも「ファースト」という分断ないしは差別待遇を示唆する言葉を「都民」なり「日本」なりという「総体」に対して使う用語法が、すでにして狂っているのであって、こういうスローガンを掲げた以上、運動の対偶として「非都民」なり「非日本人」なり「非国民」なり「反日分子」なりを持ち出さずにはおれなくなるはずなのだが、小池さんが、就任1年を経てあえてこの時期に、朝鮮人犠牲者への追悼を拒絶したのは、邪推すれば、「ファースト」という言葉がもたらした必然であるように見える。
 とはいえ、私は、知事が、韓国人・朝鮮人に対して差別的な考えを抱いているとは思っていない。
 ただ、憶測すればだが、小池都知事のコアな支持層の中に、知事が朝鮮人犠牲者を追悼することを喜ばない人たちが一定数いることは当選の経緯からしても大いに考えられることで、してみると、今回の決断が、その支持層の意を受けたものである可能性は否定できない。
 トランプ大統領が、ここしばらく米国を揺るがしている人種対立の問題に関して、自らの有力な支持母体のひとつである白人至上主義団体への目配りから、果断な態度を示せずにいることと一脈通じる話かもしれない。
 うまくまとまらないので、最後に、小池都知事の政治手法五動作を披露しておきます。
さ:策を弄する
し:品(しな)を作る
す:裾を掻く
せ:節を曲げる
そ:袖を払う
 古くさい言葉が多いですね。辞書を引いてみてください。私も辞書を眺めながら考えました。お粗末。


災害後の何日かのあいだ…
 「災害後の何日かのあいだ、日本国民をとらえた奇妙なパニックのことを指摘しなければなりません」。劇作家でフランスの駐日大使を務めたポール・クローデルは本国の外務省に関東大震災の報告をした▲放火や略奪の流言が飛び交う中でのことである。「人々は不幸な朝鮮人たちを追跡しはじめ、見つけしだい、犬のように殺しています。私は目の前で1人が殺されるのを見、別のもう1人が警官に虐待されているのを目にしました」▲クローデルその人は当時の日本外交に同情的で、震災下でがまん強く救援をまつ日本の庶民には温かな視線を注いだ。その日本の友にして、日本政府の虐殺事件への声明が朝鮮人の非にも触れているのを「へたな説明」と切り捨てた▲関東大震災から94年となる防災の日である。10万人を超える震災の死者を悼む日だが、今年は小池百合子(こいけ・ゆりこ)東京都知事が朝鮮人虐殺事件の犠牲者への追悼式典に追悼文を送るのをとりやめたという。追悼文送付は歴代知事の慣行だった▲背景には事件による犠牲者数をめぐる論議があったらしい。だが千人単位の虐殺があったのは国も認めるこの事件だ。災害と流言、偏見と民族差別が招いた痛恨の歴史的経験を軽んじるのが国際都市・東京のトップの名誉となるのか▲今や国政レベルでもキーパーソンとなった小池氏である。各国の外交団もその人となり、政治姿勢の分析を進めていよう。ならばこの一件、本国への報告にどう記されているのか。のぞけるならばのぞきたい。

麻生副総理「ヒトラー発言」 止まらぬ安倍政権の劣化
 軽率な発言や失言を繰り返す麻生太郎副総理兼財務相がまたもや問題発言だ。批判を浴びると慌てて撤回した。ユダヤ人を虐殺したナチス・ドイツの独裁者ヒトラーを例示して「動機」は正しかったと受け取られかねない内容である。
 安倍政権の重鎮であり続ける元首相の資質が問われて久しいが、閣僚の失言、舌禍が相次ぐ政権は国民の信任を失いつつある。すべては任命責任を負う安倍晋三首相の政治体質に起因するのではないか、そう思わざるを得ない。
 麻生氏は先月29日、横浜市で開いた自身の麻生派研修会で講演。「少なくとも(政治家を志した)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人も殺したヒトラーは、いくら動機が正しくても駄目だ」と述べた。
 政治家の心得を指南した発言だが、よほどヒトラーに関心があるのか、2013年7月の都内講演でも「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気がつかなかった。あの手口を学んだらどうかね」と発言し国際問題に発展した。
 注目すべきはこれが憲法改正に関する発言だったことである。改憲議論の重要性を強調するため、あしき例として引き合いに出したと言うのだが、まるで改憲の重さを理解していない。国民主権に関わる問題だ。
 今回の発言もうなずけない。果たして政治家を志すのに「動機」はどうでもよく「結果」だけが大義なのか、人格を疑う。
 麻生氏は発言を「不適切だった」として撤回したものの、「真意とは異なった話に伝えられている」と釈明した。反省はなく「(講演で)ヒトラーをほめたように聞こえた人はいない」と反論してみせた。
 この発言は一種のメディア攻撃にも聞こえる。程度こそ違え、トランプ米大統領がフェイクニュース(偽報道)とメディアたたきを繰り返すのと似ている。
 おそらく、発言撤回は官邸の意向だろう。近くペンス米副大統領らとの面会が予定され、訪米直前の火種になることを懸念したとみられる。また進退問題に発展すれば、支持率回復に躍起の安倍政権にとって大きな痛手、長期政権戦略にも影響してくるからだ。
 「驕(おご)る安倍政権、止まらぬ閣僚失言」―こんな見出しが何度も新聞紙上に躍った。立て直しを図った内閣改造でも江崎鉄磨沖縄北方担当相が「素人は素人」「しっかりお役所の原稿を読む」と臆面もなく述べた。弱点が噴き出す構図は何ら変わらない。
 この頂点に安倍首相がいる。国会では野党議員に「早く質問しろよ」とやじを飛ばし、街頭では都議選で抗議を続ける一団を「こんな人たち」と批判した。
 森友、加計学園問題では官邸政治の在り方に疑惑が及んだ。麻生氏はじめ都合の良い人材を囲い込む中で露出するのは、保身と排外主義的な言動である。政権最大の政治リスクは安倍首相そのものではないか。もうこれ以上、政治を劣化させてはならない。


梅田ー大阪空港 阪急が新線検討
阪急電鉄が、宝塚線の曽根駅から大阪空港を結ぶ新たな鉄道路線を検討していることが、明らかになりました。実現すると、阪急の梅田駅から大阪空港に直接、乗り入れることが可能になり、アクセスが大きく向上することが期待されます。
関係者によりますと、阪急電鉄が検討しているのは、宝塚線の大阪・豊中市にある曽根駅から大阪空港までを結ぶ新しい鉄道路線です。
この区間は、直線距離でおよそ3キロあり、地下に路線を建設することを検討しています。
国土交通省に対しては、すでに路線の構想を伝えていますが、巨額の費用を伴うことから、需要予測や採算性ついての検討を踏まえたうえで、建設の是非を判断するものとみられます。
この路線が実現した場合、阪急電鉄の梅田駅から大阪空港に直接、乗り入れることが可能になり、現在のモノレールやバスに加えて、梅田から大阪空港へのアクセスが、大きく向上することが期待されます。
空港への鉄道路線をめぐっては、新大阪駅と関西空港のアクセスを改善するために、JR西日本などが、大阪市中心部の梅田と難波付近を結ぶ「なにわ筋線」について、2031年春の開業を目指すとした事業計画の概要が発表されています。
これに関連して阪急電鉄は、▽「なにわ筋線」の「北梅田駅」と阪急の「十三駅」を結ぶ「なにわ筋連絡線」の整備に向けた調査・検討を進めるとしているほか、▽「新大阪駅」と「十三駅」を結ぶ「新大阪連絡線」の計画も掲げています。
今後、こうした路線が実現すれば、日本を訪れる外国人旅行者が増加するなかで、大阪空港と関西空港、それに新幹線の新大阪駅の間のアクセスも向上することになります。