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Fig58

≪ Dans un recoin de ce monde ≫ : les rêveries d’une ménagère dans un Japon en guerre
Le film d’animation de Sunao Katabuchi mêle petite et grande histoire.
L’une des grandes forces de l’animation japonaise, c’est son approche réaliste, jusque dans la figuration de l’imaginaire. A ce titre, un long-métrage comme Dans un recoin de ce monde, Prix du jury au Festival d’Annecy, frappe d’emblée par la rigueur de son ambition : passer en revue treize années fatidiques de l’histoire du Japon – des années 1930 à la capitulation, en 1945, après la déflagration de la bombe atomique – sous le prisme d’une existence modeste, celle d’une jeune épouse étourdie.
Adapté d’un manga de la dessinatrice Fumiyo Kôno, le film est la nouvelle réalisation de Sunao Katabuchi, un animateur discret de 57 ans, qui fut notamment l’assistant d’Hayao Miyazaki et de Katsuhiro Otomo. On lui doit une poignée d’œuvres méconnues, dont la déroutante Princess Arete (2001), relecture féministe de l’univers des contes de fées (découvert en France grâce au regretté festival Nouvelles Images du Japon), ou Mai Mai Miracle (2009), sur les rêveries millénaires d’une petite fille dans le Japon d’après-guerre.
L’exigence intellectuelle, frôlant parfois l’aridité, de ses productions difficiles et de longue haleine explique la parcimonie des films de Katabuchi. Dans un recoin de ce monde n’échappe pas à la règle, au point de devoir recourir à un financement participatif.
Travail de reconstitution méticuleux
Le récit épouse le rythme au long cours d’une chronique biographique, jalonnant le passage à l’âge adulte de Suzu, une jeune fille portée vers la rêverie. Celle-ci coule des jours économes et laborieux au sein d’une famille de cultivateurs d’algues, dans un village à proximité d’Hiroshima, et nourrit une passion pour le dessin.
Un mariage arrangé la pousse à quitter les siens pour intégrer un nouveau foyer, dans le port militaire de Kure. Suzu fait tout son possible pour s’adapter à cette nouvelle vie, à cet époux qu’elle ne connaît pas (un fonctionnaire à la cour martiale), à des beaux-parents pas toujours obligeants, aux tâches domestiques qui lui incombent, malgré sa maladresse et son étourderie. Les travaux et les jours se succèdent, les habitudes et les affections se sédimentent, dans cette localité stratégique où les conséquences de la guerre (contrôles militaires, bombardements, pertes humaines) sont plus vives qu’ailleurs.
Le film surprend par sa grande habileté à nouer la grande et la petite histoire à partir des gestes, des tâches et des émotions les plus ordinaires. Pour cela, Katabuchi se prête à un travail de reconstitution méticuleux, qui ne concerne pas seulement les décors de l’époque (un quartier d’Hiroshima, les intérieurs domestiques, la nature environnante), mais surtout les sensations et les matières du quotidien. Par exemple, dans la scène magnifique où, contrainte par le rationnement, Suzu déploie des trésors d’inventivité pour continuer à cuisiner des plats à sa belle-famille, la mise en scène détaillant avec un soin minutieux les ingrédients et les étapes de la préparation. Les circonstances de la guerre se lisent ainsi dans la chair de l’anecdote, liant indistinctement destin collectif et urgences domestiques.
Tonalité douce-amère
En scrutant dans le détail, et sur une tonalité douce-amère, la -condition d’une jeune ménagère en temps de guerre, Katabuchi creuse une sensibilité féministe au rebours de l’histoire, soucieux de témoigner des sacrifices, des contraintes et des devoirs qui pesaient alors sur les femmes (Suzu apprend à aimer un homme qu’elle n’a pas choisi). Toutefois, le dessin simple et rond des personnages, conservant tout du long un caractère enfantin, désamorce l’exemplarité et la pesanteur du drame historique.
Suzu est décrite, avec beaucoup d’humour, comme tête en l’air, juvénile, repeignant parfois la réalité aux couleurs de ses rêves. Il ne faut pas voir là une quelconque mise à distance de l’horreur des temps, mais une façon de substituer au récit guerrier une conscience esthétique du monde – celle de Suzu dessinatrice –, capable de s’élever au-dessus des pires cataclysmes.
Du reste, le film n’escamote pas la violence, mais la laisse progressivement advenir, avec les bombardements répétés qui frappent bientôt la ville portuaire. Au moment où l’horreur éclate, Katabuchi troque momentanément le style figuratif contre l’abstraction, dans un passage splendide qui lui permet de toucher du doigt l’irreprésentable. Dans un recoin de ce monde brille ainsi par son refus absolu du spectaculaire, dénichant dans la persévérance du quotidien le secret d’un inébranlable amour du monde.
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フランス語の勉強?

昨日行くことができなかった 大浦天主堂に向かいます.ステンドガラスがキレイ.お話を聞いていて神父さんがいないのに信仰を250年も守っていたという信徒発見の話がよかったです.単に仏教サイドからの布教がなかっただけ?とも思えますが・・・
出島でランチ済ませ軍艦島です.ガイドの人は朝鮮人強制連行はなかった?と言ってましたが,説明がたどたどしく,むしろあったというのが正しいのだろうと感じました.
稲佐山に登るまで少し休憩です.その間に充電もします.長崎の夜景はキレイ.満足です.
駅前でクジラを食べて宿に戻りました.

<リボーンアート>窓から見る海作品に 移住から5年思い託す
 宮城県石巻市を中心に開催されている総合祭「リボーンアート・フェスティバル(RAF)2017」に、美術家の増田拓史さん(34)が同市在住で唯一の招聘(しょうへい)作家として参加している。牡鹿半島の先端にあるホテルの2部屋を借り、東日本大震災をテーマに目の前の海を作品として切り取った。
 一部屋目の作品は「みれなかったものがみえたとき」。室内は壁や床が真っ白に塗られ、椅子がある。腰掛けて正面の窓を見ると、離島の金華山と牡鹿半島との海峡が眺められる。
 窓には、電圧が変化することで透明から不透明になる特殊なフィルムが貼られている。一定時間で移り変わるため、はっきり見えていた景色も窓が曇ったように徐々に見えなくなる。
 もう一部屋は「部屋の中に置かれた海」。真っ暗闇の中にかすかに明るい水槽を配置した。外に向けられたレンズから海の映像をリアルタイムで投影する。景色が見えるかどうかは天候に左右される。
 横浜市を拠点に活動していた増田さんは震災後の11年12月、石巻に移住。被災地で暮らしつつ、日常的に住民の声を聞いてきた。
 「海の見える高台に住宅を再建したものの、やっぱり海を見たくないという女性がいた。一方で、震災前と変わらず海に仕事の糧を求める漁師もいる」
 震災から6年余り。海と距離を置きたい人ともう一度近づきたい人。地域の声は二極化している。「被災地を舞台にした芸術祭なら、在住作家として震災を表現しなければと思った」
 白い部屋では、見た人それぞれが心地よい海との距離感を探る。黒い部屋では自然の理不尽さなど、震災の記憶を思い返す。作品に施した仕掛けに、そんな意図を込めている。
 増田さんが震災をテーマに作品を手掛けたのは2度目だ。前回は12年。市中心部の旧北上川河口部が舞台だった。震災後、堤防整備などで変わっていく風景を残そうと、ビデオカメラで映像を撮影した。
 「住民になり、安易に震災に触れられなかったが、時間をかけて被災地と向き合ったことで、納得できる作品ができた」
 被災地に根を下ろした美術家が、地域とたどった5年の歳月を作品に託した。


石巻・東松島・女川 どの街を巡る? 石巻圏DMOがツアーを抽選でプレゼント
 石巻、東松島、女川3市町の広域観光を盛り上げようと、観光地域づくり推進法人(日本版DMO)「石巻圏観光推進機構」が、地域の魅力を満喫するツアーを抽選でプレゼントするキャンペーンを展開している。応募は14日まで。
 ツアーは3種類あり、いずれも1泊2日の日程。「シカめっ面からの笑顔ツアー」(カップル2人1組、10月7、8日)は女川町を中心に巡り、山登りや野生の鹿探しなどをする。「地図にのっていない奥松島を巡ろう」(3人1グループ、同)は東松島市の奥松島を探検する。
 もう一つの「泊まって癒やされ開運アップ」(女性限定の個人3人、10月8、9日)のツアーでは、神聖な離島の金華山で大護摩祈祷(きとう)などに参列する。
 推進機構の公式ウェブサイト「海街さんぽ」を7月に開設した記念のキャンペーン。ウェブサイトの周知を図り、石巻圏域への観光を促進するのが狙い。20歳以上であれば応募できる。申し込みは同サイトから。連絡先は推進機構0225(98)8285。


<気仙沼大島大橋>味な橋渡し 飲食店・特製メニュー続々登場 遊覧船・増便
 今年3月末に架設作業を終えた離島・大島と本土を結ぶ気仙沼大島大橋(長さ356メートル)がある宮城県気仙沼市内で、橋の人気にあやかろうとする動きが目立ち始めた。飲食店は大島大橋をモチーフにしたメニューを開発。橋をくぐる遊覧船は大幅に増便された。地元の観光関係者は「地域活性化につながれば」と期待する。
 気仙沼魚市場前の海鮮市場「海の市」にある海鮮料理店「カネト水産」が提供するのは「かけ橋丼」。イクラで表現した海に、橋に見立てたホタテ5枚が並び、厚焼き卵の船も浮かぶ。
 みそ汁、小鉢、漬物付きで2000円。今春の大型連休限定で提供し、好評だったことから正式にメニューに加わった。8月下旬までに約200食が出た。菊田欣和(よしかず)店長(47)は「地元で採れた新鮮なホタテを使っており、観光客の評判は上々だ」と話す。
 同市田中前の焼き肉店「マトン牧場」は、本土側の鶴ケ浦地区と大島の亀山を結ぶ大島大橋の愛称「鶴亀大橋」から取った「鶴亀盛」(3000円)を出す。
 地元の金属加工業者に特注した大島大橋を模したアーチ型のステンレス皿に上質な牛タンと和牛カルビ300グラムが盛られる。アーチの頂上部分に置かれたドライアイスの演出も好評だ。
 店を運営する「フィールドナウ」の今野秀一社長(68)は「地元のお祝いムードを盛り上げようと思いついた。実際に橋の工事に関わった関係者も食べに来てくれる」と明かす。
 大島汽船が毎年、大型連休と8月に運航するクルージングは、今年は橋の下をくぐることから人気を集めた。同社は、8月以降の便数を当初計画の計15便から計52便に増便。9、10月まで期間を延長し、今後の利用者増に期待する。
 同社の担当者は「観光客だけではなく地元の利用者も多い。サンセットクルーズなどの新たな企画も考えたい」と意欲的だ。
 橋の開通予定は2019年3月。ビジネスチャンスと捉えた商品開発の動きは今後も活発化しそうだ。同市観光課は「大島大橋を生かそうとする民間の動きは、地域活性化と観光客誘致の起爆剤につながる」と歓迎する。


そんな、これはバナナだ!雨続きで勘違い?
 ◇…宮城県大和町宮床の庭師菊地正樹さん(74)が町内で営む園芸展示場の一角で、露地に植えてある植物が見慣れぬ実を付けた。「これはバナナだ!」。
 ◇…「今年は雨続きの異常気象だからジャングルと勘違いしたかな」。庭師歴約40年の菊地さんも初めてみる実に目を丸くする。
 ◇…バナナの苗は5年前に千葉県から仕入れたソテツに紛れ込んでいた。「植えておいたら、ぐんぐん育ってしまって。まさか東北で実を付けるなんてね」と菊地さん。「畑違い」の奇跡に喜びをかみしめる。(泉)


ハンセン病法廷/司法は人権救済に努めよ
 公正な裁判を受けられないことは憲法に違反する。そのことを問いただす国への損害賠償訴訟が起こされた。
 訴えたのは、1950年代に熊本で起きた菊池事件を巡り、検察の再審請求を求めてきた全国ハンセン病療養所入所者協議会など3団体の代表たちだ。
 事件では、ハンセン病患者とされた男性が殺人罪などに問われた。そして隔離された療養所内の「特別法廷」で死刑判決を受け、刑を執行された。
 団体の代表らは、男性は差別的な状況下で裁かれ、冤罪(えんざい)であると主張してきた。遺族が根強い差別を恐れて再審請求に消極的だったため、検察に請求の義務があると訴えてきた。
 しかし最高検は今年3月、再審請求しないことを決定。やむなく「違法な決定により精神的な苦痛を受けた」として国賠訴訟が起こされた。
 最高裁は昨年4月、特別法廷が偏見や差別を助長し違法だったと認め、謝罪している。遺族に代わり、検察が司法の誤りを正すべきとの主張は当然だ。なのに国賠訴訟でしか、裁判の公正さを問い直す道がない。司法の人権意識が問われる事態だ。
 男性は、ハンセン病の調査を担当していた元村役場の職員を殺害した疑いをかけられた。被害者は大量に出血していたが、凶器とされた短刀には血痕が付いていなかった。
 公判では無罪を訴えたが、国選弁護人が検察側の証拠にすべて同意してしまう。被告席で味わった悔しさ、憤りは想像を絶するものだったに違いない。
 「予断と偏見に基づいた裁判であったことを痛切に感じております」。男性は嘆願書にこうつづっている。
 菊池事件は各療養所の特別法廷で裁かれた95件のうち、唯一の死刑事案だ。特別法廷では裁判官らが白衣とゴム手袋で臨み、証拠物は火箸で扱った。最高裁は昨年、謝罪こそしたものの違憲性は認めていない。だが、元患者たちの人権が守られていなかったことは明白だ。
 事件の審理をやり直し、男性の名誉を回復することが何より重要だ。訴訟を通して、司法は特別法廷の違憲性と向き合い、元患者らの人権救済のあり方を具体的に示すべきである。


ハンセン病法廷  司法の過ちを検証せよ
 ハンセン病療養所に設置された「特別法廷」で死刑判決を受け、元患者の男性の刑が執行された「菊池事件」を巡り、検察が再審請求をしないのは違法だとして、元患者6人が、国家賠償請求訴訟を熊本地裁に起こした。
 ハンセン病に対する差別や偏見から、患者の裁判は戦後、裁判所法が災害時などに例外的に設置を認める「特別法廷」で行われ、憲法が保障する裁判の公開原則や法の下の平等に反する疑いが濃厚だ。
 検察や裁判所は元患者の訴えを重く受け止め、再審手続きを始めて司法の過ちを検証すべきだ。
 菊池事件は1952年、熊本県内の村職員を殺害したとして元患者が殺人罪に問われた。無罪を訴えたが、菊池恵楓園(同県)などの特別法廷で死刑が言い渡され、57年に確定。凶器と被害者の傷が合わず、弁護活動も不十分だったとして3回の再審請求をしたが退けられ、62年に執行された。
 ハンセン病患者の特別法廷は1948〜72年に95件あったが、最高裁は病状や感染の恐れなどを精査せず形式的に許可。医学的見地から患者の隔離の必要性はないと判明した60年以降も同じだった。
 背景には、国によるハンセン病強制隔離政策があったが、熊本地裁が2001年、隔離政策の違憲性を認めた国敗訴判決を出し、政府は患者に謝罪、和解し、国会も責任を認めた。一方、司法の対応は鈍く、最高裁は昨年4月、「不合理な差別的取り扱いで裁判所法に反する」として謝罪し、最高検も今年4月、違法な裁判に関与した責任を認めて謝罪した。
 ところが、最高裁は特別法廷の設置手続きの違法性は認めたが、「具体的状況が分からない」などとして「違憲」とは認めず、個々の裁判にも踏み込まなかった。最高検は「菊池事件」弁護団に「おわびしたい」と伝えながら、裁判記録が散逸しており「違反は認められない」として、再審請求などの手続きを行わなかった。
 違法性や差別的取り扱いを認めても、被害回復には取り組まないのではあまりにも不誠実に過ぎよう。しかも、問題を長期間放置しておいて、記録が失われたから再審の理由がないというのは、けっして許されるものではない。
 原告は「特別法廷で助長された差別や偏見からの被害回復を求める権利を侵害された」と訴える。元患者に対する人権侵害の回復は道半ばだ。裁判所や検察が過ちに真摯(しんし)に向き合わなければ、司法への信頼は失われるばかりだ。


膨らむ防衛予算要求 脅威に備えつつ効率化を
 2018年度の防衛予算の概算要求は過去最大の5兆2551億円に上る。伸び率は今年度当初予算比2・5%増で、6年連続の要求増だ。
 弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮や軍事的な海洋進出を続ける中国など、日本を取り巻く厳しい安全保障環境を踏まえたという。
 高まる脅威に警戒を怠らず、防衛力を整備する責任が国にはある。
 ただし、同時に制約もある。全体予算の中での配分、費用対効果の考慮、専守防衛を厳守する装備体系などである。バランスをとり、メリハリをつける工夫が必要だ。
 防衛費は03年度から10年連続で減少したが、今の安倍政権発足後の13年度から5年連続で増加している。
 厳しい財政下で社会保障費が抑制を迫られる中、防衛費だけ拡大が自由に認められるわけではない。歳出改革は政府一丸で取り組む課題だ。
 それを前提にした装備調達や人員配置であるべきだが、疑問は多い。
 例えば、米国から購入する無人偵察機「グローバルホーク」だ。米側の生産コスト増の影響で見積もりより2割以上も調達費が増額した。
 大幅な経費上昇は透明性を欠く。米側の言い値に従うのではなく、経費圧縮の交渉を求めるべきだ。
 今回の目玉である弾道ミサイル防衛は、新たに米国製の地上配備型を導入し、3段の迎撃態勢を整える。
 飛来するミサイルに唯一対抗できるのがミサイル防衛だ。政府は「専守防衛にかなう装備」と主張する。
 しかし、1基約800億円とされる費用は明示せず、年末までに確定させるという。日本全域をカバーするには2基必要になる。
 ミサイル防衛は費用が高いうえ、多数のミサイルを同時に全部撃ち落としたり、ミサイルの脅威を完全に封じ込めたりすることはできない。
 北朝鮮がミサイルの増産や技術力向上を進め、日本がそれを抑止しようとする対抗措置を講じれば、軍拡競争につながるおそれすらある。
 防衛費の約4割を占めるのが人件費だ。災害派遣や国連平和維持活動(PKO)への対応は重要だが、15万人の陸上自衛隊の規模を再検討する余地はあろう。
 優先順位を決めて効率化に取り組み、必要性や効果を常に検証することが、適切な防衛力につながる。


朝鮮人虐殺 歴史は抹消できない
 歴史の事実は消すことができない。当たり前のことに、小池百合子東京都知事は疑問符をつけるのだろうか。関東大震災での朝鮮人虐殺犠牲者を弔う追悼文を出さなかった。真意を語ってほしい。
  近日所感
 朝鮮人あまた殺され
 その血百里の間に連なれり
 われ怒りて視る、何の慘虐ぞ
 大震災の混乱の中、多くの朝鮮人が無残に殺害された光景をモチーフにした詩人萩原朔太郎の三行詩。朝鮮人虐殺は動かせない史実である。
 市民団体が主催して一日に開かれたその犠牲者の追悼式に、小池氏は追悼文を送るのを取りやめた。地元墨田区の山本亨区長も、同じように送付を見合わせた。
 大震災の発生直後に「朝鮮人が暴動を起こした」といったデマが瞬く間に広がった。あおられた民衆が組織した自警団や住民が、朝鮮人を見つけ出しては殺傷した。
 知事名の追悼文は、少なくとも石原慎太郎氏の時代から歴代知事は毎年送ってきた。小池氏も去年は送ったではないか。
 こうつづられている。「極度の混乱のなか、多くの在日朝鮮人の方々が、言われのない被害を受け、犠牲になられたという事件は、わが国の歴史の中でも稀(まれ)に見る、誠に痛ましい出来事でした」
 知事として、負の歴史と正面から向き合う姿勢が伝わる。この追悼文が今年はなくなった。歴史に目をつぶり、学ぶべき教訓を無意味化するにも等しい。
 その理由を記者会見で問われると、小池氏は、大震災の遭難者を弔う都慰霊協会主催の大法要の場で「全ての方々へ哀悼の意を表している」と繰り返した。聞く限り、真意はよく分からない。
 災害による落命と、民族差別を背景にした虐殺とは性格が異なるのに、「不幸な出来事」とひとくくりにもした。虐殺の史実については「歴史家がひもとくものではないか」と述べるにとどまった。
 追悼式の会場に立つ慰霊碑には、六千人余という犠牲者数が刻まれている。それを疑う声はある。
 国の中央防災会議の報告書は、殺された朝鮮人らは震災全体の死者十万五千人余の「1〜数%」と推計する。虐殺の事実は否定できない。
 首都直下地震をはじめ大災害時に、小池氏は人命救助を指揮する責任を負う。人心を惑わし、暴走を招きかねないデマの拡散を防ぐのも重要な任務である。過去の教訓を蔑(ないがし)ろにしてはならない。


民進党の新体制 内紛収めて足場固めを
 民進党の前原誠司代表率いる新たな執行部の顔ぶれが決まった。
 要となる幹事長には大島敦・元総務副大臣を起用した。衆院議員6期の経験を重しとして、党の結束を図る狙いなのだろう。
 情けないのは人事自体よりも、前原氏がいったん固めた山尾志桜里元政調会長の幹事長起用が、党内の異論で覆されたごたごたに注目が集まってしまった点である。
 民進党は先の東京都議選での惨敗以降、離党者が相次ぎ、解党の危機とまでささやかれる。その立て直しの体制づくりで、逆に足並みの乱れを印象づけてしまった。
 政治課題が山積する中、内紛に精力を費やしている時ではない。視線を国民に向け、野党第1党としての責務を果たしてほしい。
 前原氏はきのうの両院議員総会で「人事のことでご心配をおかけしている」と謝罪した上で、大島氏の幹事長起用に理解を求めた。
 大島氏は代表選で前原陣営の選対本部長を務め、当初から幹事長候補として名前が挙がっていた。
 だが蓮舫前代表が野田佳彦前首相を幹事長に据えて「身内人事」と批判を浴びた経緯から、代表代行にとどめる方向となっていた。
 一方、保育園の待機児童問題を国会で取り上げて注目を集めた山尾氏は、その清新さが次期衆院選の「顔」として期待されていた。
 それが土壇場でひっくり返ったのは山尾氏の経験不足に加え、昨年、自らの政党支部のガソリン代の支出が不明朗と問題視されるなど、弱点を抱えていることを党内から指摘されたためだという。
 ひとたび選挙で選出した以上、代表の意向を尊重するのが筋だ。その意識が浸透していないとすれば、党の結束はおぼつかない。
 加えて、人事が流動的なうちから内情を取り沙汰され、撤回に追い込まれた事態に「脇の甘さ」がのぞいた。内紛がさらなる不和を招く悪循環に陥ってはなるまい。
 役員人事ではこのほか、代表選で前原氏に敗れた枝野幸男元官房長官を代表代行、枝野陣営の選対本部長だった長妻昭元厚生労働相を選対委員長に起用した。
 離党した細野豪志元環境相のグループや旧維新の党からも役員を起用し、挙党態勢を目指す。
 ただ先の代表選では8人もの国会議員が無効票を投じており、今後の離党の前兆とも指摘される。人事を巡る内紛が尾を引けば、その懸念が現実になりかねない。
 党内の不協和音を早急に鎮め、足場を固められるのか。前原氏の指導力が早くも問われている。


民進党議員は人事に不満やけん制ばかり
 ★5日午後、民進党は両院議員総会を開き、新代表・前原誠司執行部の人事を発表したものの、山尾志桜里に内定していた幹事長人事は、党代表代行に内定していた大島敦にスライドさせた。総会の冒頭、前原は「人事でご心配させていることをおわびしたい」と謝罪から入った。生まれ変わった民進党に期待したものの、冒頭からいつもの民進党だったことを思い知らされた。まさに突っ込みどころ満載だ。 ★山尾起用中止は、週刊誌に若手弁護士との不倫写真が掲載されることが直接的な理由なようだが、ガソリン代疑惑についても党首脳たちには問題との認識はなかったようで、甘い身体検査、身内に甘いとの指摘の声も上がりそうだ。一方、報道によれば、山尾起用には「経験が浅い」などの党内の異論に配慮したとの側面もあるという。経験が浅い若手をベテランが支えて育てるという文化が、民進党にはなかなか根付かない。メディアは、その「異論」を言う議員は誰かを書くべきだ。団結がこの代表選挙の最大のテーマではなかったのか。 ★「経験」でいうならば、首相経験者の野田佳彦を幹事長に据えても「気に入らない」と協力しない政党だ。山尾は経験不足だからダメ、首相まで経験した野田もダメ。一体この党の議員は、誰が幹事長なら満足なのだろうか。この党の幹事長は、自民党幹事長・二階俊博と戦う宿命があるのではないか。今までの人事に対しての不満やけん制をやめられない議員たちこそ、文句を言うのではなく、自分で離党し、自分が満足する政党で人事を行えばいい。前原は過去に「口だけ番長」と言われたが、この党の体質がそこにあるのではないか。前原はいち早くそこから脱却したとしても、党の成熟度はまだ低い。

論点 前原民進党の明日は
 民進党の新代表に前原誠司氏が選ばれ、新執行部が発足した。下野からまもなく5年。支持率低迷で「安倍1強」を突き崩せず、内閣支持率急降下の局面で迎えた東京都議選では、政権批判の受け皿の座を都民ファーストの会に奪われた。党を立て直し、再び政権奪還に挑むために、前原氏は、そして所属議員は何をすべきなのか。
主張できるか「分配革命」 井手英策・慶応大教授
 民進党代表選で前原誠司氏が勝利したことは、弱者救済をうたう伝統的な左派やリベラルの思想を超えた「新しい分配基準」を、党が選択したことを意味する。「経済成長の追求」でも「格差是正」でもなく、全ての国民が痛みを分かち合い、全ての国民の生活を保障する。安倍政権に対する新しい選択肢の誕生である。
 代表選を戦った前原、枝野幸男両氏の間に「保守対リベラル」のような対立は存在しない。前原氏の内政、経済政策はリベラルであり、枝野氏の外交政策は現実主義的だ。理想とする社会像もほとんど変わらない。格差への怒りを持ち、人々の生活の保障をうたっている。2人の違いをことさらに際立たせるのは誤りだ。
 私は2人が保守とリベラルの代表だとは考えてはいないが、世間がそう感じているのなら、2人は「保守とリベラルの歴史的な和解」を演出すべきだ。政策や党運営、選挙戦略を含め、2人は多くの点が共通していることを、そろって表明してほしい。
 そんな2人の主張の中で最も違いが際立っていたのが、目指す社会像の実現に向けた経済政策だ。前原氏は、全ての人々が増税の痛みを分かち合い、全ての人々の生活を保障することによって、全ての人々の不安を解消することを訴えた。人々の間の分断線を消し、対立の芽を摘むことを目指した。一方、枝野氏は増税論を避け、赤字国債を財源として介護職員や看護師、保育士の賃金を引き上げることを訴えた。
 賃金を上げる必要性は理解できる。だが、限られた財源で特定の人々の所得を上げれば、その恩恵にあずかれない人々の強い反発を生んでしまう。枝野氏だけでなく、伝統的な左派やリベラル派は、格差を語るコンテクスト(文脈)が昔と決定的に変わってしまった現実を認識すべきだ。
 この20年で、日本人はみんなが貧しくなった。世帯収入が300万円未満の世帯が全体の33%、400万円未満がほぼ5割を占めている。低所得層が国民全体の3割以上を占める社会では、伝統的な「弱者救済」「格差是正」の政策は、もはや意味をなさない。
 「金持ちから奪い、貧しき者に配る」と訴えても、金持ちの所得は減少しており、貧しい人々は多過ぎる。限られた金持ちから金を奪い、ごく限られた貧困層に分配すれば、多くの低所得層は、自らも苦しいのに、最も貧しい層だけが恩恵を受けることに反発する。彼らが「特権を持つ強者」に見えて、ゆがんだルサンチマン(怨恨(えんこん)の情)を発生させてしまうのだ。分配の思想がかえって低所得者層の間に分断のくさびを打ち込み、民進党への支持を失わせてきた。
 前原氏の勝利は、こうした伝統的な左派やリベラルの思想を、党が乗り越えたことを意味する。増税にひるまず生活を徹底的に保障する。「分配革命」の始まりだ。
 前原氏を代表に選んだ責任を、党全体が自覚すべきだ。再び党内がぶれては元も子もない。今までのように途中で手のひらを返し、党内で代表の足を引っ張る動きが出れば、今度こそ民進党は終わるだろう。【聞き手・尾中香尚里】
五輪後見据え勢力結集を 宇野重規・東京大教授
 代表選を通じさまざまな議論はあったが、社会保障面を中心に党としての共通性も垣間見られた。これを拡大していけるかが鍵だ。
 民進党は、1993年以来の選挙制度改革で生み出された政党という色彩が非常に強い。与党や野党第1党に有利な小選挙区制の下、自民党に対抗する勢力が選挙制度によって結集された。初期の支持者は、自民党とその背後の利益集団による利益配分システムに不満を抱き、変革を求めた都市部のサラリーマン層だ。それに、戦後民主主義的な価値観を持つリベラル層と、小沢一郎さんなどの非自民・保守層が加わった。この3勢力の合体が民進党の本質だ。それが強さであり、弱さでもあった。
 異なる勢力の結集で大きくなったのに、結局、真の一体性を確立できなかった。政権から転落した後、政策を検証して鍛え直す努力が必要だったが、それも怠り、三つの勢力がバラバラになってしまい、それぞれ違う相手(都民ファースト・維新、共産、自民)に支持者を取られた。放置すれば「流れ解散」だろう。
 とはいえ、一度は政権を担った政党が二十数年で歴史的使命を終えるべきではないと思う。組織替えし、政策も組み替えながら継続することで経験も蓄積され、過去の失敗には厳しい目を向けられる。そうやって政党は鍛えられる。民主政治の象徴である複数政党制の歴史を考えると、民進党も継続できるはずだし、継続すべきだ。
 公に開かれたところで議論し、最後は国民の選択で政権を変更して政治に変革をもたらすという90年代以降の改革モデルは何ら間違っていない。しかも、国民の声はますます多様化している。中選挙区制時代の自民党内の疑似政権交代に戻れば、それで多元主義が実現するといった議論は疑わしい。
 一番の課題は少子高齢化と地域の衰退だ。ところが安倍政権は、おそらく憲法改正が最大の目的で、次が東京五輪の成功。肝心要の社会経済政策は後回しだ。五輪後には、ひたすら高齢化した社会だけが待つ惨憺(さんたん)たる状況になりかねないのに、対抗する選択肢がない。疑似政権交代では微修正はできても、本質的修正ができない。
 東京都議選が示したように日本社会では今、異なる選択肢への渇望が強い。自民党の政策は東京都市部と大企業の景気を良くして他にも波及させようとする「トリクルダウン」型だ。それに対し、地域や中小企業からのイノベーションを促進し、社会の下支えもする「ボトムアップ」型のモデルが民進党にはふさわしい。トップダウンかボトムアップか、政府主導か市民社会主導か、憲法・安全保障問題中心か社会経済面中心か−−。そういう方向で自民党に対抗する選択肢を示し、再び三つの勢力を結集する求心力を新しいリーダーが発揮できるかどうか。
 複数政党制は自動的には生まれない。「別の選択肢という大義のためには、ばらつきの目立つ野党だけれど、支持してみるか」というある種の政治的なバランス感覚が必要だ。2020年五輪の「うたげのあと」への危機感をきっかけにして政治的成熟に至るのではないか。【聞き手・伊藤和史】
離党の動きは「下の下」だ 藤井裕久・元財務相
 民主党政権が3年3カ月でダメになった理由は二つある。一つは「自分は頭がいい」と思っている人間が多過ぎたこと。一人一人が自分の意見を持っているのは良い面もあるが、いつまでも議論をやめず、自分の主張をし続ける。
 もう一つは官僚との関係だ。官僚は与党のシンクタンクだから、野党の時は批判していいが、与党になったら味方として扱わないといけない。それなのに、いつまでも官僚を敵視する議員がいた。どちらも「野党ぼけ」だ。
 代表選を戦った前原誠司、枝野幸男の両氏は、政権当時の反省の思いは強く持っている。その点は大丈夫だろう。だが、相変わらず若い議員が「自分の考えが大事」という言動をする。そして、リーダーがそれを統率できない。
 僕は決して是としないが、自民党は派閥を通じて議員をカネと人事で締め付け、同時に勉強もさせていた。あまり能力がない「暴れん坊」も多かったが、親分の言うことは聞いたものだ。民進党は民主党時代から、党内に緩いグループはあるが、カネと人事による締め付けがない。派閥とは違う形で、政治家にとって何が大事か若い議員に教える仕組みを考えるべきだ。いずれ再び与党になるつもりなら、党がまとまることが大事なのだと。
 僕が許せないのは、党内に目先の空気で動く議員がいることだ。代表選を機に離党する動きがあるという。小池百合子東京都知事の「都民ファーストの会」の国政版ができるかもしれない、その空気に便乗しよう、というわけだ。北朝鮮の問題などで大変な時に、野党第1党の議員が、やれ離党する、と言うのは、政治家として「下の下」だと僕は思う。
 都民ファーストの国政進出は難しいだろう。細川護熙内閣が誕生したのは、小沢一郎氏(現自由党共同代表)の力による。権力欲が強い小沢氏と、権力欲が薄い羽田孜氏(元首相、故人)のバランスが取れていた。今はそういう存在が見当たらない。みんな目先の空気で動こうとしていて、リードできる力量のある人がいない。小池氏が国政に復帰しても「都政を踏み台にした」と言われ、人気はがた落ちになる。これは必ず瓦解(がかい)する。自分の背骨を持ち、それに従って行動することが大切だ。
 野党の連携については、第1党の民進党が「根っこ」でなければいけない。(共産党との連立につながる)「国民連合政府」は絶対にだめだ。だが選挙協力については、地域によるケース・バイ・ケースで考えるべきだろう。野党共闘によって勝利した地域もある。オール・オア・ナッシングということはあり得ない。前原氏もそこはある程度譲歩するだろうし、党内に不満があっても押し切るべきだ。安倍晋三首相と共産党のどちらが嫌いかと聞かれれば、僕は安倍氏の方が嫌いだからだ。
 民進党が掲げてきた政策に間違いはない。アベノミクスの超金融緩和政策が失敗したなか、低成長を前提に、社会保障と雇用を中心に据えた経済政策への転換を訴えるべきだ。【聞き手・樋口淳也】
戦い終わりどう協力?
 代表選を戦った前原、枝野幸男両氏は、非自民の細川護熙政権が誕生した1993年に日本新党から初当選した。さきがけを経て96年、旧民主党の結党に参加。以後は離党をせず、2009年の民主党政権樹立に貢献した。政権ではともに重要閣僚を務めたが、3年あまりで下野。その後民進党に加わった。同じ政治経歴を持つ「同志」ながら代表の座を争った2人が、代表と代表代行としてどう協力して挙党態勢を構築できるかが焦点だ。
 ■人物略歴 いで・えいさく
 1972年生まれ。東京大大学院博士課程単位取得退学。専門は財政社会学。著書に「財政から読みとく日本社会」など。民進党の「尊厳ある生活保障総合調査会」アドバイザーを務めた。
 ■人物略歴 うの・しげき
 1967年生まれ。東京大大学院博士課程修了。東京大准教授を経て2011年現職。専門は政治思想史、政治哲学。著書に「保守主義とは何か」「政治哲学的考察〜リベラルとソーシャルの間」など。
 ■人物略歴 ふじい・ひろひさ
 1932年生まれ。東京大法卒。大蔵(現財務)省を経て77年に政界入りし、参院2期、衆院7期を務めた。自民党、新進党などを経て2003年に旧民主党に参加。党幹事長などを務め、12年に引退した。


大学の「カラ出張」防止策 国の緩和通達に違和感
報道部 松尾浩道
 今春以降、京都工芸繊維大と京都大は「カラ出張」で教員各1人を処分した。両大学とも、国内出張では領収書の添付が不要な制度を悪用されたとみられる。ところが文部科学省は3月、全国の国立大に対し、各大学が独自に設けた厳しいルールの見直しを求める事務連絡をしていた。公的資金の使途に関して社会から厳しい目が向けられる中、違和感を抱かざるを得ない。
 京都工繊大では25件計約110万円、京大では155件計約1100万円が不正受給されていた。鉄道やホテルの領収書の提出が義務付けられていれば、一定の抑止効果があったと考えられる。それなのになぜ提出不要の制度にしているのか。大学側は「研究者の負担軽減」と「事務処理の効率化」を挙げる。果たしてそうだろうか。
 国内出張でもホテルの領収書については提出を義務付ける京都府内の私立大の40代男性教員は「慣れれば別に手間ではない。サラリーマン時代は、鉄道の領収書も出すのが当たり前だったので大学はルールが緩いと感じる」と話す。切符などについても領収書は自動で発行されるのが今や当たり前で、それを大学に提出するのが研究者の大きな負担になるとは思えない。事務処理についても、領収書が添付されているのを形式的に確認するだけでよければ容易に済むはずだ。
 カラ出張防止に向けた取り組みを、大学が何もしてこなかった訳ではない。東京工業大は研究費の不正使用の発覚をきっかけに昨年1月、▽出張先で面会者にサインをもらう▽使用済みの特急券を大学に提出する―など、全国の大学の中でも厳しい独自ルールの運用をスタートさせた。学内の教員からは「学会の主催者は忙しいのにサインなど求められない」「特急券を手元に残さないといけないので自動改札を通れない」などとルールを非難する声も出たが、大学はサインをもらう相手の要件を緩和するなど柔軟な対応も取っていたという。
 そんな中、今年3月に文科省が「国立大学法人及び大学共同利用機関法人における研究費の管理・使用について」と題した事務連絡を出した。その文書には、旅費の証拠書類の取り扱いについて「鉄道利用は提出不要。特に使用済み特急券等の提出を求めないようにしてください」「ホテル等利用は提出不要」などの文言が並ぶ。不正防止に逆行しているとも受け取れる「指導」をした理由を、文科省国立大学法人支援課は「不正をする一部の教員がいるからといって、過度にルールを厳しくすると研究教育に支障が出る」と説明する。
 この事務連絡を受け、東工大は独自ルールを5月末で撤廃した。京都工繊大も、カラ出張の発覚を受けて設けた「現地で入手した資料の提出義務化」のルールを、わずか3カ月の運用で終えた。各大学の不正防止に向けた取り組みに、国はブレーキをかけるべきではない。


山城氏証拠一部却下 人権理事国の司法なのか
 司法の役割は人権の保障である。恣意(しい)的とも取れる対応はそれに明らかに反する。
 名護市辺野古の新基地建設に対する抗議活動で、威力業務妨害の罪に問われている沖縄平和運動センターの山城博治議長の弁護側の証拠請求を那覇地裁が一部却下した。
 請求が認められなかったのは、国連人権理事会が市民の抗議活動で許容される基準を定めたガイドライン(指針)や、山城議長の長期勾留などを批判した国連特別報告者のデービッド・ケイ氏の報告書などである。
 国際的な基準を明示したガイドラインを証拠採用しないことは、人権を守るべき司法の役割を放棄したに等しい。憂慮すべき事態である。
 ガイドラインの主な内容は(1)長期的な座り込みや場所の占拠も「集会」に位置付ける(2)座り込みなどによる交通の阻害は、救急車の通行といった基本的サービスや経済が深刻に阻害される場合以外は許容されなければならない(3)集会参加者に対する撮影・録画行為は萎縮効果をもたらす(4)力の行使は例外的でなければならない(5)集会による渋滞や商業活動への損害も許容されなくてはならない−である。
 これらに照らせば、新基地建設などに抗議する市民の活動は国際的にみて正当性がある。一方で、政府が東村高江や辺野古で行ってきた警備活動はガイドラインに反する。
 さらに、ガイドラインは抗議行動が法に抵触した場合でも「不相応な罰」を与えることを禁止している。那覇地裁が「不相応な罰」を否定するならば、ガイドラインを証拠採用すべきである。
 5カ月にわたり勾留された山城議長について、国連特別報告者のデービッド・ケイ氏は「不均衡な重い罪を科している」と指摘し、ガイドラインが各国政府に行わないよう求める「法の侵害に対する不相応な罰」に該当するとの懸念も示している。
 政府の対応は、人権を巡る国際的に確立された理念に明らかに反しているのである。山城議長の長期勾留を認めた司法も同様だ。司法に対する批判を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。不当な人権侵害を容認したため、証拠採用しなかったと言われても仕方あるまい。
 日本は国連人権理事会の理事国としての立場も考える必要がある。国内法の手続きに適切にのっとったとするだけではなく、国際社会の指摘を踏まえて対応する責任があることを自覚すべきだ。政府は昨年の理事国選挙で「特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため今後もしっかり協力していく」と公約したことを忘れてはならない。
 司法も人権理事国の司法にふさわしい在り方が求められている。政府に都合の悪い証拠を却下する姿勢は、司法の独立を大きく揺るがす。人権理事国の司法として疑問符が付く。政府寄りの姿勢を転換し、「人権の砦(とりで)」としての本来の役割を果たすべきだ。


[障がい者就労支援]安易な「参入」の検証を
 障がい者が働きながら技術や知識を身に付ける「就労継続支援A型事業所」の廃業が全国で相次ぎ、雇用不安が広がっている。
 県内でも、沖縄労働局が2016年度に受理した「障害者解雇届け出数」が88人となり、15年度の3倍を超えた。そのほとんどがA型事業所による解雇である。
 就労継続支援は障害者総合支援法に基づき、一般企業で働くのが難しい障がい者へ就労機会を提供するサービスだ。雇用契約を結び最低賃金以上を支払い、軽作業などの職業訓練を実施するのがA型で、雇用契約を結ばないB型とは区別される。
 今、問題となっているのはA型事業所。
 7月に岡山県倉敷市と香川県高松市で同一グループが運営する7事業所が閉鎖され約280人が解雇された。8月には名古屋市と関東地方で6事業所を展開する企業が障がい者を大量解雇した。県内でも4月からの5カ月間で、6件の廃業届けが出ている。
 福祉と就労の橋渡しを行うA型事業所は国から障害福祉サービスの給付金のほか、雇用関係の助成金などが受け取れる。運営者に支払われる給付金は障がい者1人当たり1日5千円ほどで、この支給要件を4月から厳しくしたことが廃業の背景とされる。
 問題のある業者への指導強化は当然だとしても、障がい者から働く場と生計維持のための賃金を奪うようなことがあってはならない。
 障がい故に不利益を被らないよう再就職支援に力を入れるべきだ。
■    ■
 A型事業所は10年度の約700カ所から16年度は約3600カ所と急増している。
 目立つのは民間の事業者。国からの補助金で運営できるため、収益を確保できなくても参入できる構造なのだという。
 もちろん就労支援に熱心に取り組み、収益を上げている事業所も多い。しかし一部に、テレビを見せるだけだったり、働く時間を短くして賃金を抑えたりする悪質な事業所の存在が指摘されている。
 そもそも補助金は、管理者や指導員らの給与、運営資金などに充てられるものである。4月の支給要件の厳格化は、給付金から利用者の賃金を支払うことを禁じ、事業の健全化を図ろうというものだった。
 福祉を食い物にさせないためにも、国や自治体は運営実態の把握に積極的に乗り出す必要がある。 
■    ■
 県内のA型事業所は今年7月現在112カ所で、人口比で全国4番目に多い。
 ところが県が4月に実施した調査では、約7割の事業所が給付金を利用者の賃金に充てていると回答している。事業収入だけで最賃を保障し、運営することの難しさが浮かび上がる。
 障がいのある人が地域で自立した生活を送るための基盤として就労支援は重要だ。
 事業者の指定権者である県と那覇市には、経営難の理由がどこにあるのかをしっかり見極めた上で、A型事業所が抱える制度上の問題にも目を向けてもらいたい。


やまゆり園の再生 障害福祉充実の一歩に
 陰惨な殺傷事件の現場となった知的障害者施設「やまゆり園」の再生はどうあるべきか。神奈川県障害者施策審議会の部会が、小規模施設の整備など「分散型」の方向で提言を取りまとめた。
 県は当初、現在地での全面建て替えの方針を示したが、全国の障害者団体から「時代に逆行する」などと反発が出たことを受け、部会を設置し議論してきた。県は部会の提言を踏まえ、近く再生基本構想を策定する方針だ。
 ただ、入所者の家族らは現地に大規模施設での建て替えを求めてきただけに、曲折も予想される。
 小規模分散型か、大規模施設か。重い知的障害の子を抱える本県の家族の受け止めは単純な二者択一ではない。
 「部会の提言と、入所者家族の思い。どちらも分かる」
 「『地域共生』が理念だけで、地域で安心して生活できるサービスもマンパワーも乏しいままの現状こそ問題」
 やまゆり園事件は、障害者と社会の分断の深さを浮き彫りにした。分断の背景には、障害者を大規模施設に隔離収容てきた長い歴史がある。1964年に県立施設として設立された同園は、まさにその時代の産物だ。
 同園の再生は神奈川県だけの問題ではない。日本のあるべき障害福祉の方向性を示すモデルであるべきだ。ここから深い分断を埋める一歩を踏み出さなければ、事件を乗り越えることはできまい。
 再生基本構想策定に際しては、利用者の意思を尊重し、家族の不安も解消できるように丁寧に進めてほしい。合意形成のノウハウを広く共有することで、全国各地の大規模施設でも地域共生を進める一歩につなげたい。
 ノーマライゼーションの世界的潮流を受け、日本も遅まきながら地域共生に力を入れ始めている。
 厚労省は本年度から4年間で、入所施設の障害者約13万人のうち約1万1千人について、グループホームなど地域生活に移行するとの目標を定めた。本県は2015年度末の施設入所者が2132人。本年度末までに1989人に減らす目標を掲げている。
 地域移行の大きな課題が、障害者本人の意思をどうくみ取るか。地域生活経験が乏しい長期入所者に、急にグループホームなどの選択肢を示しても、選ぶのは困難だ。
 部会は、利用者の意思決定支援チームの設置、丁寧な説明、グループホームなどの見学や体験の機会を適宜設けることなどを提言している。
 本人の希望を時間をかけて聞き取り、その意思を尊重して多様な生活の場を充実していく。地道な取り組みを、神奈川はじめ各地で進めることで、分断を埋めていきたい。


資源回復へ責任 重み増す/クロマグロ漁獲規制
 絶滅の恐れがあるとされるまでに数が減った太平洋クロマグロの資源管理を関係国・地域が話し合う中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の北小委員会が、親魚の資源量の回復動向によって漁獲枠を増減させる新たな規制策に合意した。増枠に道を開く日本の提案が受け入れられた形だが、その条件は当初案よりハードルを高めており、漁業関係者にとっては厳しい規制が続くことになる。
 また2034年までに親魚の量を、14年の7倍超の約13万トンに回復させる長期目標を設けることでも一致した。目標設定に消極的だった日本が歩み寄った。
 日本は太平洋クロマグロの最大の漁業国であり消費国だ。だが今年6月までの漁獲規制では漁獲枠を超える道府県が相次ぎ、他国からは厳しい視線が向けられている。資源回復に向けた目標達成へ、日本は一段と重い責任と努力が求められている。
 高級トロの材料として日本の市場で高値で取引される太平洋クロマグロは乱獲が問題化。14年の親魚の資源量はピーク時のほぼ1割に当たる約1万7千トンまで激減した。
 WCPFCはこれを、24年までに約4万1千トンに回復させることを目標に掲げ、30キロ未満の小型魚の漁獲量を02〜04年平均から半減させる規制を15年に導入した。
 新たな合意では、この目標の達成確率が60%を下回れば今後の漁獲枠を減らし、確率が75%を超えれば漁獲枠を増やせる仕組みを導入する。漁の先細りを懸念する漁業者に配慮しつつ、資源を守る議論を前進させたといえる。
 一方、日本で相次いだ漁獲枠超過は、他の魚を狙う定置網に小型のクロマグロが混ざる「混獲」が影響している実態もある。
 本県でも今夏の太平洋側の定置網漁で小型クロマグロが集中してかかり、1カ月で年間の上限を超える漁協があった。漁協同士で漁獲枠を融通し上限内に収める検討がされる見通しだが、マグロ規制のために定置網を使えず、他の漁獲にも支障が出れば、漁業者には死活問題である。
 資源回復に向け、漁業現場がより厳格な資源管理を求められるのはもちろんだが、定置網にかかったクロマグロを逃がす技術開発や、資源管理に取り組む漁業者への経営支援など、国などには、現場が抱える課題解決に向け一層の取り組み強化を求めたい。


クロマグロ規制 日本は行動で責任果たせ
 北太平洋のクロマグロの資源管理を話し合う中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の北小委員会が、親魚の量の回復見通しに応じ、漁獲枠を増減させる新規制ルールの導入で合意した。
 新ルールでは、専門家がデータを分析し、4万1千トンの目標を達成する確率が60%を下回れば漁獲枠を減らす。反対に75%超なら拡大を検討する。日本案は増枠の基準値をより緩やかにするよう提案したが、賛同を得られなかった。水揚げを確保したい日本の漁業者にとって厳しい制約となる可能性もある。
 太平洋のクロマグロは8割を日本が消費している。漁業と消費者への影響を見据えつつ、資源回復をどう目指すか。日本がとりわけ大きな責任を負っていることは言うまでもない。
 クロマグロの親魚の量は2014年に約1万7千トンと、ピークだった1961年の約1割にまで減った。2014年にレッドリストで絶滅危惧種に指定され、WCPFCが24年までの資源回復の目標を掲げている。
 日本などの加盟国は30キロ未満の未成魚の漁獲量を02〜04年平均から半減する規制にも15年から取り組んでいる。WCPFCの委託を受ける科学機関は、今春の調査で「回復の兆しが見えてきた」と評価している。
 小委員会では、米国などが求めた長期目標を導入し、34年までに親魚を13万トンに増やすことでも合意した。過去40年以上、一度も到達していない高水準で、達成は容易ではないが、各国が足並みをそろえて努力したい。
 一方で、日本に対して厳しい視線が注がれていることも忘れてはならない。今年6月までの1年間の漁シーズンで規制された漁獲枠を超え、資源管理の甘さを露呈した。
 枠の超過を防ぐため、行政から漁業者へ操業の自粛要請が出されたが、一部の地域では無視された。国の承認を得ない違法な操業も相次いだ。こうした事態を防ぐため、国は18年から法規制を導入する。枠の上限が迫った際に出す操業停止命令や、漁獲量の報告義務に従わない漁業者には罰則を科す。
 親魚以上に将来の資源量に影響が大きいとされるのが産卵期が来る前の未成魚である。その多くが漁の対象となっており、個体数では0〜1歳の漁獲が9割を占める。ブリなど他の魚を狙う定置網に混じる場合も少なくないことや、捕獲した未成魚だけを選んで海へ戻す作業が困難なためだ。国は、魚の習性を利用した脱出口のある網の研究などを進めている。技術支援も強化してもらいたい。
 日本の食文化に欠かせないクロマグロの枯渇を招かぬため、国、漁業者は漁獲規制を着実に実行し、限りある資源を保護・管理していくことが重要だ。消費者もこれまでの食のありようを見直していくことが求められよう。


【クロマグロ規制】日本は国際責任果たせ
 国際的な絶滅危惧種に指定されている太平洋クロマグロの新たな漁獲規制が、国際機関の中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の北小委員会でまとまった。
 親魚の増加確率が60%を下回れば現行の漁獲枠をさらに減らす一方、75%を超えれば枠拡大を検討できる―という新ルールだ。制限一辺倒ではなく、資源管理の成果を漁獲増に反映させる考え方だ。
 この仕組みはクロマグロの最大消費国である日本が提案した。国内のマグロ漁対策の色合いも濃く、規制強化を迫る米国などからはなお厳しい目が向けられる。
 マグロ資源管理をリードすべき日本はまず率先してルール厳守を国際社会に示さなければならない。
 太平洋クロマグロはホンマグロとも呼ばれ、日本では高級すしネタなどとして人気が高く、乱獲されてきた。親魚の資源量は1961年の約16万トンから2014年は約10分の1の約1万7千トンに激減し、資源枯渇の懸念が強まっている。
 WCPFCは15年、資源量を24年までに約4万1千トンへ回復させる目標を掲げ、各国で30キロ未満の小型魚の漁獲量を02〜04年平均の半分以下にする規制を始めた。だが、米国などからより高い目標設定を求める声が強まり、昨年から見直しの検討に入った。
 議論は、資源規制と漁業への打撃緩和の両立に腐心する日本と、環境保護団体の意向を受ける米国などとの攻防になった。新ルールの合意に至る過程でも、日本は漁獲枠の拡大条件として親魚の増加確率を「65%超」と当初提案したが、賛同はなく、より厳しく修正された。
 親魚の量を34年までに14年の7倍超の約13万トンに回復させるという新たな長期目標なども設定された。これは日本が各国の要請に歩み寄った形だ。
 新ルール作りを主導した日本は持続可能なマグロ漁の再生へ、国際社会で果たすべき責任が一層増す。だが、その足元の国内で現行の小型マグロの漁獲規制が守られていない現実はいただけない。
 引き縄やさお釣りの沿岸漁業での上限超えが本県を含む各地で相次ぎ、水産庁の自粛要請も歯止めになっていない。魚影が濃くなっているなどの事情があるとはいえ、国際的約束の中では通じまい。
 政府は来年にも罰則規定を盛り込んだ法的な漁獲制限に踏み込む方針だが、沿岸漁業で生計を立てる漁師側は資源を一網打尽にする巻き網漁などへの規制強化を訴える。漁師らの理解をどう深め、地域の漁業を守っていくか。規制と支援の兼ね合いも問われよう。
 欧州などでは漁獲規制を厳格に守り抜き、資源回復と漁業活性化に成功した事例がある。政府はマグロに関わる事業者、さらに消費者らも巻き込んだ地域ぐるみの取り組みへと広げていく視点が欠かせない。その成否は本県が直面するカツオ資源対策にもつながってこよう。


クロマグロ規制◆漁獲枠の拡大は時期尚早だ◆
 絶滅の恐れがあるとされるまでに数が減った太平洋クロマグロの資源管理を関係国・地域が話し合う中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の北小委員会が、親魚の量の回復動向によっては今後、漁獲枠を増やすことも盛り込んだ新たな規制策に合意した。日本の提案が受け入れられた形だが、当面、達成すべきだとされた回復目標は低く、資源枯渇の懸念は払拭(ふっしょく)できない。
乱獲で資源量が急減
 高級トロの材料として日本の市場で高値で取引されるクロマグロは乱獲によって資源量が急減。産卵能力のある親魚の量は約1万7千トン、漁業が本格化する前のわずか2・6%でしかないとされる。WCPFCは2024年までにこれを約4万1千トンにまで回復させることを当面の目標とし、30キロ未満の未成魚の漁獲量を02〜04年平均から半減させるといった規制を導入した。
 「この回復目標の達成可能性が60%より低いと見積もられる場合には漁獲枠を厳しくする一方、達成可能性が75%を超えるとみられる場合には漁獲枠を増やす」との仕組みの導入にも合意した。
 「資源管理への漁業者の積極姿勢を促すため、資源に改善の見通しがあるときは漁獲枠を増やすことを明確にすべきだ」との日本の主張に基づく。漁獲規制に対しては国内の漁業者から不満の声が上がっていることが背景だ。
 だが、約4万1千トンという依然として低レベルの当初目標に達成の見通しが立ったからといって、ほぼ自動的に漁獲枠の拡大を認めることは資源減少のリスクを軽視するもので、時期尚早だ。
 資源量調査や、それを基にした目標達成の可能性予測には不確実性が伴うし、気候変動など漁獲以外の要素で資源量が変動するリスクもある。予想外の事態が起こることも考えに入れ、漁獲枠の拡大には極めて慎重であるべきだ。
大消費国である責任
 もう一つの重要な合意は「34年までに漁業が始まる前の資源量の20%にすること」を新たな回復目標として掲げた点だ。
 約13万トンとされるこの目標の達成には、長期間にわたって厳しい資源管理を行うことが必要だ。
 日本では漁獲規制を無視した違法や無報告の漁業が横行していたことが発覚した。太平洋クロマグロの最大の漁業国であり消費国でもあることの責任を認識し、資源回復に一層の力を入れたい。
 クロマグロの資源がここまで急減したのは「いつでも安く、たくさん食べたい」という消費者の志向と、大きくなる前の価格の安いクロマグロでも漁獲する漁業者の姿勢が大きい。
 だが、そもそもクロマグロはこのような大量消費と薄利多売のビジネスに耐えられる漁業資源ではない。今回の合意を、消費者が「責任ある消費」を心掛け、漁業者が「責任ある漁獲」を徹底させる契機としなければならない。


公文書管理 第三者関与の仕組みを
 法の基本理念に沿った仕組みになるか、目を注ぎ続けなければならない。
 公文書管理法のガイドライン見直しで政府が、関係書類を行政文書として保存するかどうか判断する責任者を各省庁に置く方向で検討を始めた。
 公文書として残すかどうか、省庁が自分で判断することになる。これでは透明な仕組みといえない。省庁にとって都合の悪い書類は「公文書ではない」として廃棄されかねない。
 国民の立場から法の運用に目を光らせる第三者機関の設置を考えるべきだ。
 見直しのきっかけは森友・加計学園問題の文書の扱いに対する国民の批判だった。
 森友学園への国有地売却で財務省の担当者は「資料は廃棄した」「面会記録は残っていない」との説明で押し通した。国民の共有財産の処分に関わる文書である。短期間で廃棄したとは、非常識、非現実的な説明だった。
 加計学園の獣医学部新設では、「総理の意向」などと書かれた記録文書に関し文部科学省は、「行政文書としては存在しない」と突っぱねた。約1カ月後に公表した際も「通常公表しない個人メモ」と言っている。
 何が公文書に当たるのか。法律は、(1)職員が作成し(2)組織的に利用し(3)行政機関が保有するもの、と定めている。森友、加計の文書は職員が業務で作り、使ってきた。公文書なのは明らかだ。
 行政文書の適正な管理によって行政の効率運用と、現在と将来の国民に対する説明責任が全うされるようにする―。公文書法は法の目的をこう定める。趣旨に沿ってしっかりした仕組みを作らなければならない。
 少なくとも、大事なメモは文書化するルールをはっきりさせるべきだ。1年未満で文書を廃棄できる規定は廃止する。その上で第三者によるチェックの仕組みを作る―。本来なら本格的な法改正が必要な場面である。
 担当者による恣意(しい)的な運用を防ぐには、NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長が言うように、メールや共有フォルダーで共有された文書は法的に行政文書とするのも一つのやり方だ。
 菅義偉官房長官はガイドライン見直しに関連して以前、行政文書と個人メモは「しっかり線引きをすべきだ」と述べていた。行政文書の範囲を狭める狙いとすれば情報開示に逆行する。


[「玄海」防災訓練] 課題の共有を図りたい
 政府は佐賀、福岡、長崎の3県と合同で、九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の事故を想定した防災訓練を2日にわたり実施した。
 玄海原発から30キロ圏内には本土への橋がない離島が17ある。住民の避難先や交通手段の確保には、離島特有の難しさがあろう。
 訓練で浮かび上がった課題に早急に対応し、重大事故時の住民の被ばくを最小限に抑えられるよう備えなければならない。
 訓練は玄海4号機で重大事故が発生し、放射性物質が放出されたとの想定で行われ、国や地元から約6500人が参加した。
 離島で構成された長崎県壱岐市からは、住民が自衛隊のヘリコプターで北九州空港(北九州市)まで移動した。佐賀県唐津市の向島では、住民が空気中の放射性物質を除去できるフィルター付きの体育館に徒歩で避難した。
 島外に脱出するか、島内の安全な場所に避難するか。国や自治体による素早い判断と情報伝達が住民の命運を分けると言っていい。あらゆる事態を想定して、実践力を高めておきたい。
 一方で、関係機関を結ぶテレビ会議で自治体の音声が政府側に届かないトラブルがあった。長崎県松浦市の鷹島では、使用予定のヘリが天候不良で飛ばなかった。
 いずれも重大事故の際に起こり得る事態だ。通信や避難の手段は複数確保し、状況に応じて柔軟に選択する準備が欠かせない。
 玄海3号機の再稼働について、佐賀県知事や玄海町長は既に容認を表明している。九電は先月末、来年1月の再稼働の想定を明らかにした。県と立地市町村の容認を「地元同意」と見なす「川内方式」に沿った判断である。
 だが、半径30キロ圏内の3県8市町のうち、複数の首長や議会は明確な反対姿勢を崩していない。
 国は原発から30キロ圏内を緊急防護措置区域(UPZ)と定め、原子力防災対策を重点的に充実すべき範囲とする。
 重大事故の脅威にさらされる一方で、再稼働容認手続きでは「地元」扱いされない。こうした矛盾に不満を募らせている住民は多い。国は地元同意の対象拡大を明確に法令で定めるべきだ。
 稼働中でもそうでなくても、原発敷地内には高レベル放射性廃棄物が保管されている。今回のような防災訓練を重ねて自治体や住民が万が一の事態に備える重要性は、全国の原発に共通する。
 訓練で浮かび上がった課題は、川内原発が立地する薩摩川内市や周辺自治体でも貴重な教訓と捉えたい。情報の共有に努め、対策に反映させる必要がある。


軍事応用研究、予算18倍に増加も大学からの応募は減少、採択ゼロ
 防衛装備庁は、軍事技術に応用可能な研究に費用を助成する2017年度の「安全保障技術研究推進制度」で、宇宙航空研究開発機構など14件の研究課題を採択した。研究予算は2016年度の6億円から110億円と18.3倍に増えたが、大学からの応募は対前年比1件減の22件にとどまり、1件も採択されなかった。
 防衛装備庁によると、2017年度の応募は計104件。内訳は公的研究機関から27件、民間企業などから55件、大学から22件。前年度に比べ、大学が減少したものの、企業などは5.5倍、公的研究機関は2.5倍に増えた。大学からの応募の減少は日本学術会議が3月、大学で軍事技術開発につながる研究開発をすることに反対する声明を出したためとみられる。
 このうち、採択されたのは公的研究機関5件、企業など9件の合計14件。大学が入らなかったのは、2015年度に制度がスタートして以来、初めてになる。だが、大学4校が採択された研究課題に協力する。
 防衛装備庁は「基礎研究には、複数の機関が協力して大規模試験を必要とする分野がある」とし、2017年度は5年以内で計20億円を上限に助成する大規模研究課題を設定した。採択された14件のうち、6件が該当する。
宇宙航空研究開発機構の大規模研究課題は、音速の5倍を超すミサイルや航空機の極超音速飛行に向けた基盤的研究で、風洞の試験データからエンジン燃焼や気流の特性を把握する。