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賤ヶ岳170808

Au Japon, le pari dangereux de Shinzo Abe
Profitant de la crise coréenne, le premier ministre japonais a convoqué des élections pour renforcer son pouvoir. Un calcul qui pourrait se révéler malsain pour la démocratie, estime Antoine Roth, doctorant à l’Université de Tokyo
Alors que sa voisine, la Corée du Nord, devient de plus en plus belliqueuse, le Japon se lance dans une élection générale impromptue. Beaucoup questionnent la décision du premier ministre Shinzo Abe de dissoudre la Diète et de faire appel à la population. La décision paraît en effet très opportuniste.
Après un été qui avait vu la popularité de Shinzo Abe chuter en raison notamment de deux scandales de trafic d’influence, il avait réussi à redresser la barre grâce à un remaniement de son cabinet et surtout à sa capacité à utiliser la crise nord-coréenne pour se présenter comme un pilier de stabilité dans la tempête. Il comptait donc profiter de ce regain de soutien avant qu’il ne se dissipe, peu importe la situation internationale on ne peut plus délicate.
Yuriko Koike, bien qu’elle se présente comme réformatrice, partage beaucoup des opinions nationalistes du premier ministre
Un nouveau parti
Le cynisme de Shinzo Abe, utilisant cette situation tendue pour son propre profit, est l’objet de nombreuses critiques. Les jours qui ont suivi son annonce de dissolution de la Diète ont cependant vu des développements politiques dramatiques qui ont en partie éclipsé les soucis quant au contexte international.
En effet, la décision du premier ministre a précipité un réalignement de l’opposition autour de la populaire maire de Tokyo, Yuriko Koike. Celle-ci a lancé dans l’urgence un nouveau parti national et, attirés par la perspective de poser un défi électoral sérieux à Shinzo Abe, une majorité des membres de ce qui était jusqu’à la semaine dernière le plus grand parti d’opposition, le Parti démocrate progressiste (PDP), s’est empressé de se joindre à elle.
Virage conservateur
Le grand perdant de cette affaire est la gauche japonaise. En effet, le PDP était une coalition inconfortable de politiciens de gauche comme de droite qui, malgré ces contradictions internes, donnait une plateforme aux progressistes et leur permettait d’être représentés à la Diète.
Yuriko Koike, par contre, bien qu’elle se présente comme réformatrice et anti-établissement, partage en réalité beaucoup des opinions nationalistes du premier ministre. Comme lui, elle désire renforcer les capacités militaires du Japon et réviser partiellement la clause pacifiste de la constitution. Elle a donc déjà indiqué à tout candidat opposé à ces idées qu’il ne pourra pas se présenter aux élections sous l’étendard du nouveau parti, lui assurant peut-être une cohérence plus grande mais le poussant également vers la droite. Son objectif est en somme de proposer une alternative conservatrice à Shinzo Abe.
Avenir incertain de la gauche
Sous l’effet de ces chamboulements, la situation politique reste très fluide et promet une campagne pour le moins intéressante. L’aile progressiste du PDP est en train d’établir à son tour un nouveau parti. Yuriko Koike se retrouve pour sa part déchirée entre ses ambitions nationales et ses responsabilités en tant que maire de la capitale (un poste qu’elle promet de garder).
On peut cependant déjà imaginer un scénario électoral qui verrait la nouvelle Diète complètement dominée par la droite conservatrice. Certes, le parti de Shinzo Abe ne risque pas de perdre sa majorité. Son avantage électoral est tel qu’il sera quasiment impossible de le déloger. Mais, si les protégés de Yuriko Koike font un bon score et volent au sortant de nombreux sièges, le résultat serait un premier ministre affaibli et un principal parti d’opposition tout aussi nationaliste que celui au pouvoir. La gauche serait alors réduite au Parti communiste et à un petit parti progressiste sans grandes ressources.
Idéaux de paix en berne
Il se peut donc que le pari électoral de Shinzo Abe se révèle être une grosse erreur. Non seulement il aura mis le pays en émoi dans un contexte international déjà très tendu, mais il risque également de se retrouver avec une majorité réduite et une opposition plus cohérente et vigoureuse.
Quant à la démocratie japonaise, elle se verrait affaiblie par le manque de vraie alternative idéologique au programme conservateur et nationaliste du premier ministre. Les idéaux de paix et de liberté incarnés par la constitution japonaise ont pourtant besoin de défenseurs. Aujourd’hui, ils n’ont malheureusement plus le vent en poupe.
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明日へ つなげよう「被災地×アート〜“復興支援”その先へ〜」
この夏、宮城県の石巻市を中心に開かれたアート・食・音楽のお祭り「リボーンアート・フェスティバル」。大自然にたたずむアート作品。ライブには、あのスガシカオさんも。浜のお母さんたちの“おもてなし食堂”…。仕掛け人は音楽プロデューサーの小林武史さんだ。目指したのは「被災地の中からパワーが湧き出る」芸術祭。小林さん・地元の人たち・アーティストが、互いの思いをぶつけあい、未来を切り開こうとしたひと夏の記録。 三宅民夫
NNNドキュメント 洋次郎の4000日〜"ヒロシマ"バーテンダーの遺言〜
広島市の繁華街にあるBAR「スワロウテイル」バーテンダー冨恵洋次郎さん(被爆3世)は、店で11年以上被爆証言を聞く会を開いてきた。なぜ、酒や会話を楽しむバーでやるのか?
バーテンダーとは「カウンター越しに目の前の人へ優しさを与える仕事」と語る。
今年1月肺がんのステージ4と診断され余命2か月余命宣告を受けた後もこの会を続けてきた。11年の歳月の中で同世代の若者に広がってきた洋次郎の思いに迫る。 広島テレビ
ガリレオX イモリはなぜ再生できるの?目指せ!夢の医療
 古くから私たち日本人と密接に関わりあってきた生物“イモリ”。
 そんなイモリが今、科学の分野で再び注目を集めている。実はイモリは手足や目を失っても完全に再生することができるのだ。
 そしてその再生能力を人間の治療に応用するための研究も進められている。
 なぜイモリは自らのカラダを再生することができるのか?そのヒミツを解き明かすことによって拓かれつつある新たな再生医療の可能性に迫る。
イモリの驚異的な再生能力
 茨城県の筑波大学にはイモリの驚異的な再生能力を研究している研究室がある。ここの千葉さんはその再生能力に驚きを隠せない。「四本足を持って僕らと同じ体をしてて、あらゆる部分が再生するっていう生き物はイモリしかいないので、実際に目の当たりにするとコレはすごいと思いますよ。」
イモリ型再生とは
 イモリを25年に渡って研究している千葉さん。目標はイモリの再生能力を人間に応用する“イモリ型再生”。この技術が人間の医療に応用できた場合のメリットは多いと千葉さんはいう。「低コストで再生を実現できるってとこで、傷が治るのと同じように薬を塗ったら再生するのが一番いいと思うんです。」
夢の再生医療への応用
 千葉さんが語る夢の再生医療を実現するためには、イモリの再生メカニズムを明らかにする必要があった。
 この問題の最大の壁はなぜイモリは大人になっても再生能力を失わないのかという点だった。この謎を千葉さんは生命科学でいかに解き明かしたのか。
イモリはガンにならない?
 2017年9月、イモリ型臓器再生フォーラムが初開催された。
このフォーラムの目的はイモリの再生能力を人間の医療に応用すること。再生の科学と医療の双方の視点から行われたこのフォーラムでは、イモリの再生能力のみならずある点が話題に上がった。
 それはイモリがガンにならない、という特徴だった。 千葉 親文さん (筑波大学 生命環境系) 茨城県取手市 いもりの里 第一回「イモリ型の臓器再生フォーラム」(慶応義塾大学信濃町キャンパス)
テレメンタリー 「なぜ、剣太は死んだ 〜両親が挑む国家賠償法の壁〜」
2009年8月22日。大分県立竹田高校剣道部2年の工藤剣太さんが、練習中に倒れて死亡した。原因は熱中症だが、倒れた際に剣道部の顧問教師から体罰を受けていた疑いが浮上。両親は顧問の責任を問うべく損害賠償訴訟を起こすが、勤務中に起きた問題について公務員個人は責任を負わないという国家賠償法の壁に突き当たる。最愛の息子の死を無駄にしないためにも国家賠償法の壁に挑み続け、部活中の死亡事故再発防止に向けて闘う両親の8年間にわたる活動の軌跡。 高橋和久 大分朝日放送
kaiyax‏ @kaiyax
騒々しい世情の中、50年目のジッパチ羽田。生きた時代と自身の不甲斐なさを改めて恥じる今日。やり足りなかったことばかりの人生、しっかり生き抜こうと深く思う。全学連中核派闘士山崎博昭忘れることはない。合掌。


ベトナム反戦運動に関しては自分で経験しているわけではないのですが,どう考えてもアメリカによるベトナムへの攻撃を正当化できるわけがなく,全く正しい行動だったと思います.そのような行動の中,弁天橋で抗議行動をする京大生・山崎博昭君が国家権力により虐殺されてから50年.山崎君の思いを少しでも自らのものとしたいと思います.今もそうですが,日本はほとんどアメリカのいいなりになっていると思います.むしろ進んでポチになろうとしているというこの状況を少しでも変革していきたいと思います.

震災に思いはせサンマ味わう
東日本大震災の記憶に思いをはせながら旬のサンマを味わってもらおうというイベントが、気仙沼市で開かれています。
イベントが開かれたのは、震災遺構として保存されることが決まっている気仙沼向洋高校の旧校舎に隣接する場所です。
地元の住民たちが、地域の復興につなげようと開いたもので、500人を超える家族連れなどが集まりました。
会場では、アマチュアの音楽バンドなどが演奏を披露するなか、炭火で焼いた2500匹のサンマが無料で振る舞われました。
そして、大勢の人が、音楽を楽しみながら、焼きたての旬の味覚をその場で味わっていました。
気仙沼港ではサンマの不漁が続いていましたが、先月末から少しずつ入港する漁船が増え、8日は、6日に水揚げされたばかりの生のサンマを使うことができたということです。
イベントの実行委員長の津谷良子さんは「おいしいサンマが間に合ってよかったです。ただ楽しむだけではなく、震災や津波を何かを感じて帰ってもらいたいです」と話していました。


河北春秋
 東日本大震災の津波被災地だった南相馬市原町区萱浜に先月末、約140人のボランティアが集った。毎秋恒例になった菜種の種まき会。新たな特産品を育てようと、農家有志の「南相馬農地再生協議会」が挑む菜種栽培の一環だ。計60ヘクタールの畑が市内に広がる▼菜種を搾った食用油が3年前に発売された。「油菜(ゆな)ちゃん」という名で「長持ちする」と評判だ。今春にはドレッシングも。地元にある相馬農高の生徒たちの研究組織「農業クラブ」が、農家と一緒に栽培しながら商品開発に取り組んだ▼しょうゆをベースに12種の味をブレンドし、「先輩たちが2年がかりで完成させた」と農業クラブ理事長で3年の天沼佑貴さん(17)。商品開発は続き、「次は、私たちの手作りみその味を生かせたら」と食品科学科3年の門馬未裕さん(17)は目を輝かせる▼天沼さんの実家は隣の相馬市の農家。原発事故の風評の中、親は稲作再開に苦労した。「高校で地元の人とつながり、復興に関わることができた」。2人は来年、それぞれ北海道と山形県の大学で農業をさらに学びたいという▼南相馬産の菜種油は、英国メーカーのせっけんの原料としても販路を広げている。「若者は被災地の未来の希望だ。新しいアイデアを持ち帰ってほしい」と農家たちも期待する。

福島・南相馬の精神科医が見た「大震災6年半後の風景」 コミュニティの光と影
堀 有伸 精神科医 ほりメンタルクリニック院長
安易に帰還を促すべきではない
数年前に、福島県から仙台に避難されているお母さんたちの団体が、私のことを講演会の講師として呼んでくださった。その時の理由が、私が「半分内(うち)の人だから」ということだった。
完全に外の人の話を聞く気にはなれない。だからといって、完全に内の人を呼ぶのは怖い、という理由だった。私も、そう言われてとても納得した。
私が福島県南相馬市に転居して仕事を始めたのが2012年4月なので、だいたい5年半の時間が経過した。本音を言うと、2・3年働いたら東京に戻るつもりだった。
しかし、とても数年で何とかなる問題でもないことが骨身に沁みて分かったし、途中で投げ出す気にもなれなかったので、こちらに腰を据えて働こうと心に決め、ほりメンタルクリニックを南相馬市鹿島区に開業したのが約1年半前、2016年4月である。
外の人の中には、「福島県」が全て同じように見えている人もいるだろう。しかし、福島県内でも場所によって状況が全く異なっていることを、最初に強調しておきたい。
原発事故の影響を考える時に、一番大きな区別となる線は、「強制的な避難指示が出た地域が否か」という線である。
震災後すぐの呼び方ならば、20km圏内である「警戒区域」と、風向きの関係で線量が高くなった飯舘村などを含む「計画的避難区域」が、避難指示が出た地域である。
ここの問題は当初、計測される放射線の線量が高いことであった。しかし、今となっては、数年間にわたって人が暮らしていなかったことの影響の方が大きく意識される。
南相馬市の小高区もやはり避難指示が出た地域で、それが解除されたのが平成28年7月だった。現在2000人ほどの人が帰還しているという。
隣接する浪江町や飯舘村の避難指示が解除されたのが、今年の春だった。平成29年8月末・9月当初の帰還人口は、それぞれのHPによると、浪江町が360人(震災前が21434人)、飯舘村が488人(震災前が6509人)とされている。
「半分外」の私にとって、このように避難指示が次々と解除され、帰還が続々と促される状況には複雑なものがある。もはや、放射線の直接的な健康被害を懸念している訳ではない。
しかしその部分を除いても、病院や介護施設はもちろん、一般の商店なども著しく不足している中で、帰還した住民の安全や幸福が本当に守られるのかについて、疑問が残るからだ。
国策として行われていた原子力発電事業で起きた事故によって、避難を余儀なくされた人々に帰還を促すのならば、単純に除染をして放射線量を下げるだけでは不十分である。
さまざまな地域内のインフラの整備が行われ、震災前と遜色のない生活ができるような状況まで整えて帰還を求めるのが、当然だと思う。そうでないのならば、安易に帰還を促すべきではない。
しかしながら、現在進んでいる事態はそれとは異なっている。帰還した人々が、サルやイノシシやハクビシンなどの被害に悩まされながら、数年間放置された土地を新たに切り開く開拓民のような思いで暮らしているのである。
「無謀な戦線拡大」
今後日本全体で少子高齢化が進む中で、労働者が不足していくことが予想されている。それがどんな社会であるのかを見たければ、福島県の原発事故被災地を訪れることをお勧めする。
今でも、この地域ならば、何らかの壮大な事業計画を立てることは難しくないし、上手にそれをプレゼンテーションすることができれば、資金を獲得することも可能だろう。しかし、それを実行する人手を確保することがとてつもなく困難なのだ。
地域で動ける人材は貴重である。能力もあり意欲もある人々は、震災後本日に至るまでの6年半、フル回転で働いており、疲弊している。そして、先の見えない状況の中で、容易ではない大量の仕事の負担を続けている(以前に私が報告した記事の中で紹介した、広野町の高野病院の高野院長の話を思い出してほしい。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51030)。
昨年夏に解除となった、南相馬市小高区の人々の容易ではない状況を知っている者にとっては、さらに浪江町・飯舘村と避難指示解除が続くことが、「無謀な戦線拡大」に思えることすらあった。
隣接している南相馬市原町区や鹿島区の医療・福祉の状況からは、さらにキャッチメントエリア(担当地域)を広げる余裕のある施設は、ほとんどないように感じられていた。
私は、震災後現在に至るまでの、できる限り避難指示を解除して帰還を促すという方針に疑問を感じている。
誰のための、どんな地域を再建するのだろうかというビジョンが一切検討されないまま、人・金・モノを際限なく投入し続ける漠然とした消耗戦の様相を呈しているからだ。
原理的には除染は可能だろう。しかし、そこに投入される経済的コストは正当化されるものなのだろうか。
私はどうしても現地の医療や福祉の立場から物事を考える。個人的には、その費用の一部でも、地域で働く看護師や介護士を確保するために回してほしい気持ちである。
先日は、放射線被ばくによる発がんリスクよりも、生活環境の悪化による糖尿病の発症や悪化を介しての発がんリスクの方が、数十倍も大きいとする論文が発表された。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0185259
「ここから内側は帰還できない」という線を、外から強制的に引かなければ、いつまでも中の人は故郷を取り戻すために奮闘努力を続けるだろう。
その中の一部の人々が、うつ病を発症することがある。しかし、地域の精神科医療への偏見は強く、本人は自分がうつ病などのこころの病で苦しんでいることを認めようとしないし、周囲も生産性が低下した人を強く非難する傾向がある。休むことを潔しとしないのだ。この面は、現場で働く精神科医として、とてももどかしく感じる。
そして、厚かましい言い方だが、そのことを痛々しくも感じてしまう。「ここまでで終わり」と権威のある人がきちんと言ってあげるのも、場合によっては必要ではないのだろうか。
あえて矛盾と混乱をまとめない
ここまで書き進めてきて「ああ、私はやっぱり、半分は外の人だな」と感じている。関わる人々の幸福こそが求めていることなのであり、地域を復興させることだけを、至上の命題と考えることができないのだ。
あるいは、内の人としての私のアイデンティティーは、相馬郡や南相馬市の人になってきていて、隣接する双葉郡等のことを考える時に、多少の距離が生じてきているのかもしれない。
今年の春以降、小高や浪江、飯舘村などで、久しぶりに地域の夏祭りや花火大会などが行われ、それらが盛り上がったことの知らせを続けて聞き、胸が熱くなるものを感じた。
深く長く地に根差した生活を送ってきた人々が、数年ぶりに手にした地域の集まりと伝統の復活を喜ぶ姿には、とても気持ちを揺さぶられるものがあった。
私が今書いている文章は、矛盾して混乱している。しかし、敢えてここでは、この矛盾と混乱をまとめないままに、記しておきたい。
浮き彫りになったコミュニティの影
目を外に転じてみよう。
ここまで地元に残った人々の苦境を書いてきたが、避難を続けている人々の中にも、大変な苦難を経験している人々がいると聞く。避難している人々はまず、「地域のコミュニティに抱えられている」感覚から疎外される重荷を背負わねばならないだろう。
今年の前半に報じられた、福島県から横浜に避難した中学生がいじめを受けて不登校に陥った事件を聞いた時にも、痛ましい思いを抱いた。
まず、日本全体を一つのコミュニティと見なす視点から考えてみたい。原発事故は、「コミュニティの影」の部分を見せやすくする。
一般に、コミュニティを活性化させるためには、コミュニティの中に区別を持ち込み、一方を優れたものとして、一方を劣ったものとする差を創り出すことが必要である。
そのことを通じて、そのコミュニティの成員を、劣ったものではなく優れたものへと常に自ら駆動する方向に誘導することができる。
これがコミュニティの競争力を維持するためのカラクリなのだが、その反作用として生じるのが、常に見下し、攻撃し、搾取するような対象を産み出してしまうナルシシズムである。
そして、日本というコミュニティの「失敗」「恥」を連想させる原発事故を思い出させる避難してきた人々を、不当に見下す低水準のナルシシスティックな心性も顕在化することとなる。
賠償金の格差がもたらしたこと
痛ましいことに、このようなナルシシズムは、福島に縁のある人々同士の間で認められることがある。
今年4月18日の河北新報の記事で、「<原発避難いじめ>福島県内で60件確認」という記事が掲載された。福島県内でも、福島の他の地域から避難してきた人々がいじめられていたのである。
想像される最大の原因は、賠償金の格差である。こちらも一般論だが、コミュニティの機能の一つは、コミュニティ内の経済的な公平性を担保することである。
外部からの一方的な経済的な豊かさを享受した者に対しては、コミュニティ内からはそれを再配分するようにという圧力が、当然のように生じる。
賠償金の額は、地域によってかなりの差があり、自主避難をしている人々の多くにはほとんど支払われていない一方で、地域によっては高額の賠償金が支払われていることがある。
ほとんど賠償がないままに風評被害に苦しんだ人々からの、多くの賠償金が支払われた地域の住民への反発が強く現れる事例も、残念ながら存在する。「羨望」の感情と、それがもたらす破壊性には、十分に注意しなければならない。
さらに、県内の小コミュニティ間の葛藤にも深いものがある。
ある時に、二本松とゆかりのある方と酒席を共にし、ある程度場が進んだ後で、幕末の相馬藩の振る舞いを責められるような言葉を聞かされた時には、本当に難しい問題があると感じたものだ。
半分外の私は、「いろいろあっても、こんなに大変な事態に、一緒に巻き込まれているのだから、もっとお互いに力を合わせればよいのに」と考えたくなってしまうのであるが、そのように単純に話が進まない。
「災害復興」のブームが終了した後の、地域経済の未来像が見えてこないことも、現地の人々を不安にさせ、新しい企てに向かうコストを負担するよりも、閉じた圏域内の内部留保を高める方向性に向かわせているだろう。
私が「日本的ナルシシズム」と名指すものを、被災者と呼ばれる人々のなかに感じることがある。震災前とは全く状況が変わったのにも関わらず、自分たちの考え方や行動の枠組みを変えることはできず、それに合うもの以外を排除するような傾向である。
「あの人が震災の時に逃げた…」
避難先で苦労した方が、帰還する場合に「恐怖」を感じる場合もあるという。
避難指示が出なかった原発事故の被災地では、人物の評価を行う場合に、震災直後にそれぞれの人が「避難したか留まったか」という点から選別する価値観は、意外と強く残っている。
その後に頑張った人でも、何かある度に「でも、あの人が震災の時に逃げた」と言われてしまうことがありうるのだ。
まして、県外に避難を行い、地元を「放射線が高くて危険な地域」と発言してしまったお母さんたちの一部が、地域に戻ることにとても高いハードルを感じてしまうこともある。
しかし、科学的なデータが揃ってきた現在ならば別であるが、もっとも放射線の影響を受けやすい乳幼児を抱えた母親たちが、リスクの影響をよりシビアに見積もって避難する選択をしたとしても、そのことには相応の理解と敬意が払われるべきである。
そして、あの混乱の中で、原発事故を引き起こした日本とその権威につながる存在(政府、電力会社、行政、経済、医療、地域コミュニティなどの関係者)に、一時は強い怒りと恨みを向けたとしても当然だと思う。
今後は、そのような母親たちを「科学的な理解が足りない」と責めるのではなく、いかにして和解を達成するのかという視点からの介入が検討されるべきだ。
自分の意思を殺して、コミュニティに合わす国
かつて私は、「放射線による鼻血など出現していない。それにこだわって活動をしている人々こそナルシシスティックで病理的だ」と発言し、一部の人々から強い反発を受けたことがある。
その時の私は、内の人として、強烈な「このままでは地元のコミュニティが消滅してしまうかもしれない」という危機感に駆り立てられて、「地域が安全であるコンセンサスを作らねばならない、そのための科学的な証拠はそろってきている」という認識のもとで、そう行った。今でも、その時の自分の発言に後悔はない。
しかし、あの時につくってしまった葛藤や対立に、和解の機会が与えられる幸福を望む気持ちもある。
ここまで、被災地と呼ばれる場所で5年半暮らして考えたことを書いてきた。時折、足を止めて現状を精査することは必要だろう。しかし、困難な過去と現状の延長からだけ、未来のことを考えることはしない。
まだ具体的には見えてこないが、ここにかかわる人々が、困難を乗り越えて新しいコミュニティの形を産み出す希望がある。それが豊かな結果を創り出すことを見すえながら、活動を継続していきたい。
そして、その内に生きて精神科医の立場で万全を尽くすことを決めたからには、精神科医療を通じて地域に貢献することを続けていくし、必要な時には双葉郡や飯舘村等への支援も行うつもりである。
冒頭に紹介した仙台のお母さんたちに招かれた講演では、次のような話をした。
「今までの日本は、自分の意思を殺して、コミュニティに合わすことを正しいこととして生きてきた。しかしその結果、原発事故のようなことが起きてしまった。
それに巻き込まれた皆さんは、難しい課題にいくつも巻き込まれながら、自分の頭で考えて、自らの責任で決断することを積み重ねて今日の生活に至っている。
苦難の多いことだが、そのような自ら考え行動する経験の積み重ねが、やがて日本を救うことになると思う」
今でも、そのように考えている。


<原発被災者訴訟>「ささやかな幸せを夢見る権利、返して」福島地裁で10日判決
 東京電力福島第1原発事故を巡り、国と東電に空間放射線量の原状回復などを求めた被災者集団訴訟は10日、福島地裁で判決が言い渡される。提訴から4年7カ月。原告3824人は避難に関する自責の念や風評被害と闘いながら国、東電の責任を追及してきた。(福島総局・柴崎吉敬)
 自らの選択は正しかったのかどうか。二本松市の服部浩幸さん(48)は「子どもだけでも避難させるべきだったのではないか」との思いを拭えずにいる。
 同市東和地区で従業員10人余りのスーパーを経営する。東京の大学を卒業後に会社勤めを経て30歳でUターン。父から引き継いだ。
 大型店に太刀打ちしようともがく一方、地域の豊かさを実感。山菜などの恵みと、お客さんとのつながりは古里ならではだった。
 2011年3月の東日本大震災発生後は、地域住民のために棚が空になるまで営業した。「原発事故を気にする暇はなかった」
 原告に加わったのは13年6月。1カ月前に市の事業でウクライナを視察した。チェルノブイリ原発事故から27年。内部被ばくして検査を続ける人たちや、賠償を十分に受けていない被災者に会った。「福島でも声を上げなければ被害が埋もれてしまう」と決断した。
 福島県が行っている甲状腺がん検査で昨年、3人のわが子のうち2人に嚢胞(のうほう)が見つかり、経過観察と診断された。原発事故との因果関係は不明だが、将来不安とともに避難させなかったことへの後悔が膨らんだ。
 「平凡に誠実に商売を続け、地域の人たちと自然の恵みに囲まれて老いたかった。ささやかな幸せを夢見る権利さえ奪われた」
 訴訟が結審した今年3月、こう意見陳述した服部さんは「勇気と正義にのっとった判決」に期待する。
 福島市飯坂町の果樹農家畑雄一さん(49)は風評被害と向き合ってきた。原発事故後、贈答用のモモやリンゴは値崩れした。
 「危ないものを送ってくるな」。取引先の直売所に寄せられた消費者からの電話は、産地のプライドをずたずたにした。
 約500本の果樹は全て洗浄し、放射性物質も厳重に検査する。「安全だと分かってもらうには必要。でも、原発事故さえなければ」と常に思う。価格は今も事故前水準に戻らない。
 「東電だけではない。原子力事業を進めてきた国にも重大な監督責任がある。福島の被害者として声を上げなければならない」。事故を二度と繰り返さないため、責任の明確化が必要だと確信する。


<わたしの道しるべ>悩み話せる場と人必要
◎団体職員 金田基(かねた・もとる)さん(57)=多賀城市
 学識経験者や弁護士らでつくる市民団体「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」で、2014年5月から、事務所長を務めています。
 センターの一員として災害公営住宅に足を運び、電話相談窓口を設けて被災者の悩みに向き合ってきました。住民が仙台市長に提出した家賃引き上げに反対する署名2701筆の取りまとめにも関わりました。
 震災から6年半が過ぎ、いまだ被災者からの「話を聞いてほしい」という訴えはなくなりません。悩みを話せる場と耳を傾ける人が必要です。
 公営住宅のコミュニティー維持も課題の一つ。「自治会の運営方法が分からない」「高齢化し、活動の若い引き受け手がいない」という話が聞こえてきます。
 効果的なのは異なる住宅の住民同士がつながり、意見を交わすことです。活動内容や取り組み方について情報を共有し、住民が安心して暮らせる公営住宅となるよう支援を続けていきたいです。


サンマ2000匹、音楽とともに味わう 気仙沼でフェス
 地元の旬の魚を食べながら音楽を楽しむ「気仙沼サンマフェスティバル」(実行委員会主催)が7日、気仙沼市波路上の気仙沼向洋高旧校舎の隣接地で始まった。8日まで。
 東日本大震災で被災した気仙沼市を盛り上げようと、地元の若者やボランティアらが2012年に始めたイベントで今年が6回目。
 初日は気仙沼港で水揚げされた生サンマ2000匹の炭火焼きが無料で提供された。会場にはカキやホタテの炭焼き、メカジキを使ったカレーなどを販売する出店も並んだ。
 特設ステージでは地元の高校生や東京、仙台で活躍するバンドなどが出演。6曲を披露した気仙沼高軽音楽部の2年菅原琴音さん(17)は「音楽好きのお客さんが多く、盛り上がった。納得できる演奏ができた」と笑顔を見せた。
 8日もサンマ2000匹が振る舞われる。実行委員長の津谷良子さん(36)は「県外の人も地元の人も一緒に楽しめるイベントに育てたい」と話した。


<衆院選福島>社民政策協定 金子氏が拒む
 社民党福島県連は7日、衆院選福島1区に無所属で立候補する民進系前議員金子恵美氏(52)に推薦の前提となる政策協定の締結を要請した。金子氏は「民進党県連と対応を協議していない」として要請を拒んだ。
 社民県連は同日、福島市の事務所で金子氏と政策協定を結ぶ考えだった。金子氏は事務所を訪れたが、「どのような立ち位置で戦うか、民進県連と話し直したい」と述べるにとどめた。
 民進県連関係者によると、金子氏は特定の政党からの推薦は受けない方針で、政策協定は今後も結ばないとみられる。
 民進の希望の党への合流を受け、社民県連は9月に結んだ金子氏との政策協定を撤回。金子氏が3日に無所属での出馬を表明したことで再度、協定締結に向けた内部協議を進めていた。


<衆院選青森>社民受け皿作れず 護憲政党が正念場に
 憲法改正が争点の一つとなった衆院選で、社民党青森県連が存在感を示しきれずにいる。青森2区で準備を進めてきた独自候補の擁立に失敗した上、希望の党の出現で、ここ数年、実績を積み重ねてきた野党共闘もご破算に。護憲を売りにしてきた党が正念場に立たされている。
 「限られた時間の中で態勢を整えることができないと判断した」
 社民県連は青森2区の候補者擁立を断念し、7日の選対会議では全選挙区での自主投票と、比例代表に三上武志県連代表を擁立する方針を決めた。
 三上代表は「30年前は県内に地方議員が50人ほどいた。今は10人。高齢化も進み人材不足だ」と嘆く。
 社民県連は昨年7月の参院選で野党共闘の一角を担い、自民党の現職を破って民進新人を当選させた直後からジレンマを抱えた。勝利した民進新人は、旧青森3区(現青森2区)から立候補を予定していた元衆院議員。民進県連が旧3区の後継に、元幹部自衛官を内定したからだ。
 社民県連は、「安保関連法を容認する候補を応援するわけにはいかない」(県連関係者)と同選挙区での独自候補擁立を迫られた。
 他党に比べて十分な準備期間があったにもかかわらず、候補者が見つからないまま衆院は解散。安全保障法制に反対し、協力関係を築いていた1、3区の民進党の候補予定者も賛成側の希望の党に移った。
 県連幹部の一人は「改憲勢力が拡大していくことに危機感を抱いた。社民にはそれに対抗する役割がある。東北を回り、護憲の必要性を訴え、比例で何としても1議席を確保したい」と話した。


核廃絶NGOに平和賞/この機運 大切に育みたい
 唯一の戦争被爆国・日本はむろんのこと、各国とその市民社会に、行動を促すメッセージだと受け止めたい。
 ノーベル平和賞に非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が決まったことである。
 核兵器を史上初めて非合法化する核兵器禁止条約の交渉入りを各国に働き掛け、条約採択につなげた。その取り組みが高い評価を受けた。
 禁止条約は7月に国連で122の国と地域の賛成で採択され、来年にも発効する。
 ただ、米ロを中心とした核保有国に加え、日本を含め米国の「核の傘」という抑止力に自国の安全保障を頼る国々は条約に署名しない考えだ。
 だが、授賞理由の中でも触れられているように「核なき世界実現に向けた次の一歩を踏み出すには、核保有国の参加は不可欠」といえる。
 今回の受賞決定を弾みに、ICANと共に各国の市民社会は、核廃絶に向け大きなうねりを起こしたい。そうした国際世論が、核抑止力を巡る核保有国とその同盟国の観念を変える「圧力」となることを期待せずにはいられない。
 ICANは平和や軍縮、人権問題などに取り組む100カ国以上、約470の団体から成る。今回の授賞理由として挙げられたのは、核禁止条約の制定に向け「革新的な努力を尽くした」ことだ。
 その核心をなしたのは、「同じ苦しみを、どの国の誰にも味わわせてはならない」と活動する広島、長崎の被爆者らとの連携だ。その二人三脚を「原動力」に核兵器の非人道性を訴え続けて、実を結んだのが禁止条約といえる。
 そう捉えれば被爆者も受賞したと言えよう。同じ国民として、頭が下がる思いだ。
 被爆者たちの平均年齢は81歳を超えている。悲願である禁止条約が国連で採択されたというのに、肝心の日本政府は背を向けたままだ。
 今回の授賞決定について「核廃絶の目標は共有していても、アプローチが異なる」(外務省)として、安倍政権は首相談話を発表していない。禁止条約は核保有国と非保有国との対立を深めるだけだとの立場とはいえ、情けない。何とも狭量ではないか。
 衆院選の公示が10日に控える。ICANのフィン事務局長は、受賞決定が日本政府の条約反対の姿勢を変え署名へと進む契機になってほしいと選挙での論戦を注目する。同感だ。骨太の議論を望む。
 確かに、核・ミサイル開発をやめない北朝鮮という脅威があり、米朝の間では首脳による「核戦争」まがいの言葉が飛び交う。だが核抑止は不毛の軍拡競争しか生まず、ひとたび核が使われれば、どんな惨状と苦難が待つかを、われわれは知っている。
 「核なき世界」を訴えた米国のオバマ前大統領も平和賞を受けながら、核軍縮は進まなかった。今度こそ、この新たな機運を大切に育みたい。


ICAN平和賞 核保有国は耳を傾けよ
 ノーベル平和賞を受ける国際非政府組織(NGO)の活動を支えたのは、核の悲惨さを訴える被爆者たちの証言だった。核保有国は核廃絶に向け、耳を傾けてほしい。
 ノーベル平和賞が贈られることが決まった、核兵器廃絶国際キャンペーンICAN(アイキャン)は、二〇〇七年にオーストラリアで設立され、約百カ国、四百七十団体が参加している。日本からも七団体が参加している。
 今年七月、国連で百二十二の国・地域が核兵器禁止条約を採択した。大量破壊兵器である核兵器を永久に非合法化する内容だった。
 ICANのメンバーは、この条約採択に向け、被爆者の証言を聞く会合を開き、各国政府に直接働きかけるなど実現に貢献した。
 ICANは平和団体だけではなく、環境、人権、開発問題などさまざまな分野の団体による地球規模の集まりだ。四十、五十歳代が中核となっている。スタートは「被爆者の話を聞くこと」(フィン事務局長)だったという。
 核軍縮の動きがなかなか進まないのに、逆に北朝鮮の核開発が急ピッチで進み、再び核の惨禍が起きるのではないかという危機感が高まっていることも、ICANの活動の背景にある。
 核保有国と、その核の傘に依存している国々は、核兵器によって国家の安全が図られ、平和が維持されると主張している。いわゆる「核抑止力による平和」だ。
 しかし核兵器が使われた場合、いかに非人道的で、悲惨な結果をもたらすかという広島、長崎の被爆者たちの具体的な証言が、ICANの活動を通して、「核安保論」を乗り越えて世界を動かし、歴史的な核兵器禁止条約につながったといえるだろう。
 ただこの条約には、核保有国や、日本をはじめとする米国の核の傘の下にいる国々は参加しておらず、賛成国の多くも、まだ署名していない。
 ノーベル賞委員会は授賞理由として、北朝鮮の国名を挙げながら、「より多くの国が核兵器を手に入れようとしている」と指摘し、「核兵器は人類と地球上の全ての生物にとって持続的な脅威」と訴えた。そして、核保有国に対して「核兵器削減への真剣な交渉開始」を求めている。条約発効を後押ししたい、という切実な願いがこもっている。
 これこそ、世界が求めていることだ。核兵器保有国は、率直に耳を傾け、動きだす時が来ている。


ノーベル平和賞 危機の今こそ核の廃絶へ
 どんなに国際情勢が危うくなっても‐いや、危うくなっているからこそ、核兵器を捨てなければならない。それがノーベル賞委員会の発したメッセージである。
 今年のノーベル平和賞が、スイス・ジュネーブに拠点を置く国際非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に贈られることになった。
 核兵器を史上初めて非合法化する核兵器禁止条約が今年7月に国連で採択されたのに当たり、条約制定に向けて主導的な役割を果たした功績を高く評価された。
 広島、長崎の被爆者をはじめ核廃絶の願いを同じくする日本の市民として今回の受賞を共に喜びたい。同時に今なお約1万5千発の核弾頭が存在し、北朝鮮の核の脅威も高まる中で、たゆまず「核なき世界」の理想を掲げて活動する人々への励ましと受け止めたい。
 ●「被爆者全員への賞」
 ICANは100カ国超の約470団体からなる連合組織だ。世界中のNGOを束ね、核兵器禁止条約の実現を各国政府に強力に働き掛けてきた。その努力が実り、国連加盟の6割超にあたる122カ国・地域が賛成した。
 この条約は、核兵器の使用や開発、製造、保有などを全て禁じたほか「核を使用するとの威嚇」も禁じ、「核抑止力」の考え方を否定している点が画期的だ。
 条約の基盤をなすのが、被爆者たちが訴え続けている「核兵器の非人道性」である。ICANは広島、長崎の被爆者と連携し、被爆者の悲惨な体験を世界に伝えることで「核兵器の法的禁止」に向けた国際世論をつくりあげた。
 そういう意味で、ICANのノーベル賞は事実上「広島、長崎の被爆者との共同受賞」と位置付けていいのではないか。ICANのフィン事務局長は「被爆者の話を聞くことから活動を始めた。それがベースだった」と説明し「広島、長崎の被爆者全員へも与えられる賞だ」と語っている。
 ●軍縮停滞にいら立ち
 「われわれは核が使用されるリスクがこれまでになく高い世界に生きている」。ノーベル賞委員会は授賞理由説明の中で、国際情勢の現状に強い危機感を示した。
 さらに「北朝鮮に見られるように、より多くの国が核兵器を手に入れようとする脅威が現実のものとなっている」と名指しして、核拡散への懸念を表明した。
 同時に「次の一歩を踏み出すには、核兵器保有国の参加が不可欠」と、核保有国に核兵器削減交渉を始めるよう求めている。
 ノーベル賞委員会は2009年、「核兵器なき世界」の構想を提唱したオバマ米大統領に平和賞を授与した。それから8年、核軍縮はほとんど進んでいない。オバマ氏への平和賞は期待はずれに終わったと言わざるを得ない。
 後を継いだトランプ大統領は核軍縮に興味を示さず、核使用をほのめかすような表現さえ使って北朝鮮を威嚇している。
 ノーベル賞委員会が今年の平和賞を選考した背景に、賞を契機に核軍縮停滞の現状を打破したいとの意思があることは間違いない。核軍縮に不熱心な核保有国への強いいら立ちも感じ取れる。
 ●日本が主導してこそ
 核廃絶運動への平和賞授与は、唯一の戦争被爆国でありながら、核軍縮を主導できない日本政府の矛盾を改めて浮き彫りにした。
 安全保障を米国の「核の傘」に頼る日本政府は、核兵器禁止条約制定に参加しない立場を取ってきた。北朝鮮の核開発が進行する中で、安倍晋三政権はますます「核には核で」の核抑止政策に依存する姿勢を示している。
 これに対しICANは「(核抑止力に頼ると言うことは)自分も核兵器の標的になるということ」と、核抑止の危険性を指摘する。その上で、日本政府が態度を変え、条約署名に進むことを期待する。直ちに署名は難しいにせよ、条約への将来的な参加表明ぐらいはできないものだろうか。
 ICANの受賞を受け、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)など被爆者たちは「私たちの活動が報われた」と歓迎している。
 しかし、被爆者に真の喜びが訪れるのは、言うまでもなく核兵器廃絶が最終的に実現したときだ。
 今回の平和賞が「核なき世界」への一里塚となるよう願う。


ICAN平和賞受賞 核依存脱却につなげよう
 2017年のノーベル平和賞はスイス・ジュネーブに拠点を置く国際非政府組織(NGO)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に授与されることが決まった。
 米国、ロシアなど核保有大国の軍縮停滞、北朝鮮に象徴される核拡散の脅威など、ノーベル賞委員会が授賞理由で「核が使用されるリスクがこれまでになく高い世界」にある今、核廃絶を追求するICANの受賞を歓迎したい。
 ICANの平和賞受賞は同時に、核に依存した安全保障政策から脱却しようとノーベル賞委員会が世界に発したメッセージでもある。唯一の被爆国である日本は、その先頭に立つ責務がある。
 ICANは欧米、日本を含むアジア、アフリカなど100カ国超の約470団体でつくる連合体だ。授賞理由のうち特筆されるのが、今年7月に国連で採択された核兵器禁止条約を推進したことだ。
 核兵器の開発や保有、使用を全面禁止する初めての国際法は、広島、長崎の被爆者に寄り添い、実現した。前文には「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」との一文が盛り込まれている。
 ICANのフィン事務局長は長崎、広島の被爆者が体験を語り継いだことが、核廃絶運動に「非常に役立った」と評価し「(授賞式に)被爆者もいてほしい」と語った。今回の平和賞はICANに参加する世界中のNGOだけでなく、日本の被爆者にも与えられたといえる。
 「絶対悪」である核兵器をこれ以上拡散させず、一刻も早く廃絶への道筋を描けるよう各国政府、NGOが連携して取り組むよう期待したい。
 一方で残念なのは、米国、ロシアといった核保有国だけでなく、被爆国である日本の反応が鈍いことだ。
 核兵器禁止条約は122カ国・地域の賛成を得たが、米ロ、日本は参加していない。
 安倍晋三首相はカズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞への祝福談話を首相官邸ホームページにその日のうちに掲載したが、平和賞へのコメントは発表翌日の正午になっても掲載されていない。
 日本にとっても転機となり得る平和賞への反応の鈍さは、米国の「核の傘」に依存する日本政府の安全保障政策が背景にあると考えられる。
 だが日本が国際社会で果たすべき役割は、被爆国として同盟国である米国をはじめ、世界に核兵器の非人道性を伝えることだ。核廃絶へのリーダーシップを発揮することがあるべき姿だ。
 核兵器は一度使われれば、人類に想像を絶する惨禍をもたらす。広島、長崎の悲劇を繰り返してはならない。
 ICANは英語で「私はできる」という意味になる。平和賞受賞は、核廃絶への機運を世界で高める契機でもある。核廃絶を遠い世界のことでなく自らのこととして考えたい。「WE CAN」(私たちはできる)と信じる。


ICANに平和賞 「核なき世界」への弾みに
 今年のノーベル平和賞は、国際非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に決まった。
 史上初めて核兵器を非合法化する「核兵器禁止条約」の国連での採択に尽力したことなどが高く評価されたものだ。核の脅威が強まる中、廃絶の重要性を世界に示し、その実現を促す強いメッセージといえよう。
 ICANは、2007年にオーストラリアで設立されたNGOの連合体である。現在は、スイス・ジュネーブに本部を置き、平和や軍縮、人権などの問題に取り組んでいる100カ国超の約470団体が参加している。各国へのロビー活動などを通し、今年7月に核兵器禁止条約の採択にこぎ着けた。
 ノーベル賞委員会は授賞理由として、核兵器の使用が人道上破壊的な結果をもたらすことへの関心を高め、条約制定に向け「革新的な努力」を尽くした点などを挙げた。ICANは声明で、「被爆者や世界中の核実験の被害者とともに与えられたものだ」と強調。フィン事務局長は、12月10日の授賞式典に被爆者もいてほしいと語った。
 ICANにとって広島、長崎の被爆者たちはそれほど大きな存在だ。互いに連携して核の非人道性を訴えてきた。心身とも苦しい状況に置かれながら、「誰にも同じ苦しみを味わわせたくない」と、高齢を押して活動する被爆者たちの訴えは世界に大きな反響を呼んできた。まさに“共同受賞”ともいえよう。祝福するとともに、双方の取り組みに敬意を表したい。
 とはいえ、核兵器廃絶への道のりは依然遠い。核兵器禁止条約は122カ国の賛成で採択されたが、核保有国や米国の「核の傘」に依存する日本などは参加しなかった。核・ミサイル開発を急ピッチで進める北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領の対立激化も、緊迫感を高めている。
 今回のICANの受賞は、こうした状況に対するノーベル賞委員会の危機感の表れといえよう。授賞理由の中でもICANを称賛する一方、北朝鮮を名指しして核の使用や拡散の危うさを指摘した。同時に、核保有国に対して核兵器削減に向けた真剣な交渉を始めるよう求めた。
 第2次世界大戦での広島、長崎への原爆投下を受け、翌1946年に開かれた国連の第1回総会の決議第1号は、全ての核兵器及び大量破壊兵器の廃絶を目標に掲げることだった。だが、核兵器は「抑止力」ととらえる国々によって生き残り、目標達成への道は見通せない。
 再び核兵器が使用されれば、壊滅的被害を受けるのは必至だ。核兵器の廃絶には多大な困難を伴うだろうが、禁止条約をまとめた各国のエネルギーは大きい。平和賞をバネに国際世論をさらに高めてほしい。唯一の被爆国日本の政府が負うべき役割は重い。


核廃絶NGOに平和賞 「草の根」の結集が世界を動かす
 広島、長崎の核兵器なき社会への叫びが届いたことに、胸を熱くする。国際非政府組織(NGO)である「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」へのノーベル平和賞授与が決まった。100カ国を超える国の市民団体が、被爆者と連携して核の非人道性を国際社会に訴え続けてきた。核兵器を史上初めて非合法化する核兵器禁止条約はこうした草の根運動の結実。国境を超えた市民の地道な活動が世界を動かし、評価された。その確かな希望を胸に、核廃絶へさらに強く歩を進めたい。
 だが、授賞は困難な現状への危機感の表れでもある。広島と長崎に原爆が投下されて72年。核禁止条約は、ICANの各国政府への働き掛けなどによって122国が賛成、今年7月に国連で採択されたが、保有国は猛然と反発、参加を拒んでいる。そればかりか、世界は今、核保有や核依存へと逆行しているように見える。北朝鮮は核実験を繰り返し、対抗する米国は軍事圧力を強めている。平和賞は、現状打破に向けて連携を呼び掛けるメッセージだ。
 「次の一歩を踏み出すには核兵器保有国の参加が不可欠」。ノーベル賞委員会が強調するように、保有国自らが条約に参加し、歩み寄る道を見いださなければならない。日本政府に突きつけられた宿題は大きい。唯一の戦争被爆国でありながら、米国の核の傘に依存して禁止条約の交渉に参加せず、批准もしていない。「保有国が参加しなければ、非保有国との分断が深まる」との立場だが、分断を指摘するなら、保有国への説得に力を尽くし、核廃絶への議論に引き入れていく「橋渡し」を主導することが重要。それこそが、痛みを知る国の務めであろう。
 被爆者の活動に敬意が示された受賞にもかかわらず、政府は公式コメントを出さなかった。米国に配慮し、条約を巡る姿勢への批判をかわしたい思惑が透ける。受賞によって、核廃絶は世界が目指すゴールだとの認識が共有され、うねりを生み出す後押しになるに違いない。平和を願う国際的世論が拡大する現実を直視し、生かすべきだ。
 政府与党はこれまで、国民に核廃絶の政策を問うことをしてこなかった。衆院選では、北朝鮮の脅威を挙げた安全保障政策のアピールだけでなく、暴発を含めた核の危険をどう取り除いていくか、与野党とも具体策を争点として打ち出してほしい。
 被爆者の平均年齢は81歳を超え、経験の伝承が難しくなっている。今年に入ってからも、取り組みをリードしてきた人を相次いで亡くし、活動の継承にも課題を抱える。国境を超え、若い人が軸となって手をつなぐ活動が、世界に伝わった意義は大きい。「核兵器は、人類と地球上の全ての生物にとって持続的な脅威」―。授賞の理由で核廃絶が国際的な規範だと示された今、世代を超えて論じ合い、一人でも多くの市民が平和へ行動する社会の環境を育てたい。


[ノーベル平和賞] 核なき世界実現の力に
 2017年のノーベル平和賞にスイス・ジュネーブに拠点を置く国際非政府組織(NGO)、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が決まった。
 授賞理由で、核兵器を非合法化する核兵器禁止条約の制定に「革新的な努力」を尽くしたと指摘。広島や長崎の被爆者と手を携え、核の非人道性を訴え続けてきた活動が高く評価された。
 核の脅威に警鐘を鳴らし、国際社会が核兵器廃絶へ積極的に取り組むべきだという強いメッセージでもある。「核なき世界」という理想を実現するための大きな力としたい。
 ICANは平和や軍縮、人権などに取り組む日本や欧米、アジア、アフリカなど100カ国超の約470団体からなる連合体だ。
 今年7月に国連で採択された核兵器禁止条約は、核兵器の開発や保有のほか、使用や威嚇を禁じた。ICANによる草の根の活動が国際的な世論を動かし、採択に結びついたといえる。
 ICANのベアトリス・フィン事務局長が「広島、長崎の被爆者全員へも与えられる賞だ」と述べたように、被爆者の貢献が条約採択の後押しになったことは間違いない。
 つらい体験を世界に向けて発信し、核兵器の非倫理性を問い続けてきたたゆまぬ努力を、あらためて称賛したい。
 ノーベル賞委員会は核・ミサイル開発を加速する北朝鮮を名指しして「われわれは核が使用されるリスクがこれまでになく高い世界に生きている」と強調した。脅威が迫る今だからこそ、国際社会は核廃絶への取り組みを急ぐべきだという訴えでもある。
 だが、禁止条約には米国やロシア、英国などの核保有国と、米国の「核の傘」の下にある日本や韓国は参加していない。
 核保有国は核拡散防止条約(NPT)をはじめとする現行の核軍縮・不拡散体制が損なわれると主張するが、北朝鮮やインド、パキスタンなどの事実上の核保有に対処できていないのが現実だ。
 禁止条約によって、公然と核を保有するNPT体制が揺らぐことを避けているとしか思えない。
 今回の授賞決定は、唯一の被爆国でありながら、禁止条約に背を向け続ける日本政府への戒めとも受け止めるべきだ。
 「核廃絶の目標は共有する」と言いながら、交渉にすら参加しない姿勢は国際社会には理解しがたいのではないか。
 日本は核保有国と非保有国をつなぐという役割を果たし、世界の期待にこたえるべきだ。


電通に罰金50万円 金額では測れぬ企業の罪
 違法残業により労働基準法違反罪に問われた広告最大手・電通に対し、東京簡裁が求刑通り罰金50万円を言い渡した。
 新入社員、高橋まつりさん(当時24歳)が一昨年、過労自殺したことに端を発した事件は、法人としての電通が起訴され、社長が法廷で陳謝する異例の事態になった。
 「50万円」の罰金は決して重いとは言えないだろう。だが、事件は社会に衝撃を与え、政府が進めていた「働き方改革」の議論にも大きな影響を及ぼした。
 違法残業などによる過重労働は、日本企業に共通する課題だ。事件の教訓をくみとり、労働環境を根本から見直す契機とすべきだ。
 裁判で明らかになったのは、過重労働の改善に対する電通の後ろ向きな対応だ。電通は2014年に関西支社、15年には東京本社が、違法残業があったとして労働基準監督署から是正勧告を受けた。
 だが、電通は業務量の削減などに取り組むことなく、違法な長時間労働が常態化した。電通は、残業時間の上限を労使で定める「36(サブロク)協定」の緩和措置を選択し、逆に上限を引き上げた。
 判決が「抜本対策を講じることなく、形式的に違法状態を解消しようとした」と批判したのは当然だ。しかも、電通の労働組合は労働者の過半数に満たず、協定は無効だったと判決は認定した。電通の罪は重い。
 労使だけに任せていては、長時間労働の根本的な改善は難しい。そもそも「36協定」を結んでいない事業所は多い。電通のケースのように、協定自体に抜け道があるとも指摘されている。
 労使協定のあり方や、解散がなければ秋の臨時国会に法案が提出されるはずだった残業時間の上限規制など、長時間労働の是正に向けた議論を前に進めなければならない。
 時間外労働に関しては、NHKの女性記者が過労死で14年に労災認定されていたことが明らかになった。死亡直前の1カ月で残業が159時間に達していたという。
 不幸な死を防ぐためには、労働時間のみならず、カウンセリングなど労働者を支える仕組みが必要だ。あらゆる取り組みによって、働く人の尊厳を守らなければならない。


電通に罰金 命を守る職場でないと
 広告大手の電通の違法残業事件で東京簡裁は五十万円の罰金を命じた。電通社長は法廷で「過重労働を撲滅する」と誓った。どんな職場であれ、労働環境を見直し、働く人の命を守らねばならない。
 勤務記録のペーパーがある。二〇一五年十二月に新入社員の高橋まつりさん=当時(24)=が、自殺する二カ月前の出勤時間と退勤時間の記録。さらに会社のゲートを入館した時間と退館した時間。普通なら仕事が終われば、なるべく早く社屋を出るだろう。だが、高橋さんの場合は、この時間に大きなずれがあるのだ。
 このずれについて、理由が付されている。「社内飲食」「懇談」「休息」…。休日・祝日は出勤記録はないのに、会社のゲートには入館していて、理由は「私的情報収集」「自己啓発」…。
 高橋さん遺族の弁護士によれば、違法残業を隠蔽(いんぺい)するために電通は、終業時刻と退館時刻に一時間以上の乖離(かいり)があった場合、労働者に勤務登録システム上で「在館私事理由」を自主申告させていたという。高橋さんが「社内飲食」と書いていたのも上司からの指示であり、実際には違法残業をしていたとみられている。
 高橋さんは自殺する前月にうつ病を発症したとみられるが、労災認定にあたった労働基準監督署は発症前一カ月の残業時間が月約百五時間に達したと判断している。会社は労働時間をきちんと把握していたのか。これでは労働者は精神的にも肉体的にも疲弊する。
 電通には有名な「鬼十則」の精神がある。「取り組んだら放すな、殺されても放すな」などだ。それが社風で団結力をもたらす一方で、追い詰められた社員もいたはずだ。電通社長は法廷で謝罪し、再発防止を約束したが、働く人の命を守る労働環境でなくてはならないのは当然である。
 問題は電通ばかりではない。NHKでは一三年に首都圏放送センターの佐戸未和記者=当時(31)=が長時間労働で過労死していたことが判明した。労基署が認定した亡くなる一カ月前の時間外労働は百五十九時間。選挙取材だったというが、勤務管理は十分できていたのか。
 使用者側はまず労働者の増員、一人あたりの業務量の削減などの抜本策を講じなければならない。上司も労働時間の規制に対する認識の甘さを改めないといけない。企業努力だけでなく、罰則強化もいる。労災には独自の罪を設けるのも検討課題だろう。


働き方改革  長時間労働規制の方策を
 本来、衆院解散がなければ、「働き方改革」がこの秋の臨時国会最大のテーマになるはずだった。政府は過労死や過労自殺を招く長時間労働を防ぐための関連法案を国会に提出する方針だったが、解散で棚上げになり、改革は宙に浮いた形だ。
 広告大手・電通の新入社員の過労自殺によって、長時間労働の一端が明らかとなり、その是正が焦点化した。初公判で電通の社長は「労働者を軽んじていた」「責任を痛感している」と述べ、東京簡裁は労働基準法違反の罪で同社に罰金50万円を言い渡した。
 最近も、NHKの女性記者がうっ血性心不全で過労死し、労働基準監督署が労災認定していたことが明らかになった。女性の死亡前1カ月の休日は2日だけで、時間外労働は月に159時間に上っていたという。
 過労死または過労自殺に追い込まれて家族を失った悔いは深い。働きすぎについては、いずれ国会で議論は始まるとみられるが、衆院選を前に、法律による長時間労働の防止策を各政党はあらためて示すべきだ。
 衆院選では、政府がまとめた法案の要綱が議論の出発点となる。政府の働き方改革実現会議が今年3月、労基法を改正し、時間外労働は月45時間かつ年360時間を限度とし、違反には罰則を科す方向性を決めた。ただ、労使が協定を結んだ場合は特例を認めるが、年720時間(月平均60時間)を超えることはできないとしている。
 先進国で例外的とされる日本の長時間労働を減らすため、上限規制の導入は前進ではある。しかし、なぜ特例とはいえ「過労死ライン」を突破しかねない月60時間なのか。説明が足りない。しかも、医師と建設業、運送業などの自動車の運転従事者への適用は改正法の施行から5年間は猶予されるという。人手不足がとくに深刻で、過労死が集中する業種でこそ適用を急ぐべきではないか。
 一方で、政府の改革実現会議では一部の専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」の導入を一本化することも決められた。民進党など野党や労働組合は「労働時間が増える可能性がある。働き方改革の本旨に逆行する」と反対した。一本の法律で労働時間規制と「高プロ規制」を決めるのは無理があることは明らかだ。
 希望の党は「長時間労働を規制」、共産党は「8時間働けば普通にくらせる社会に」を公約に掲げた。
 労組などが求めるインターバル規制は有効だ。前日の終業時間から翌日の始業時間までに一定の休息を取るもので、自動車大手は12時間のインターバル制度を導入している。
 正規社員と非正規社員の格差是正も忘れてはならない。パートや派遣社員など非正規で働く人は昨年、2000万人を超えた。国の最低賃金は全国平均848円で、政府が目指すとされる「時給千円」には遠く及ばない。地方経済の沈滞により、多くの県が700円台にとどまっているのも大きな論点となる。


[電通違法残業に有罪]一企業の問題ではない
 裁かれたのは、日本社会に巣くう長時間労働という企業文化である。判決は、労務管理の在り方など電通の体質を厳しく指摘したが、一企業批判で終わらせてはならない。
 2015年12月に新入社員の高橋まつりさん(当時24歳)が過労自殺したことに端を発した違法残業事件で、東京簡裁は労働基準法違反罪に問われた法人としての電通に求刑通り罰金50万円の判決を言い渡した。
 労働事件では異例の正式裁判である。
 判決は高橋さんら社員4人の違法残業を認定した上で「尊い命が奪われたことは看過できない」「違法な長時間労働が常態化していた」と批判した。
 「会社の刑事責任は重い」との指摘は、14、15年に労働基準監督署から是正勧告を受けたにもかかわらず、労使協定(三六協定)で定められている残業時間の上限を引き上げる弥縫(びほう)策で違法状態を解消したからである。
 増員や業務量削減といった抜本的対策を取らなかったのは、会社の利益を優先し、労働者の健康に無頓着という企業体質を浮き彫りにするものだ。
 違法残業事件を巡っては、「取り組んだら放すな、殺されても放すな」など社員の心構えを示した「鬼十則」にも批判が集まった。過酷な労働実態が明るみに出たことで、社長交代も余儀なくされた。
 社員の健康管理の軽視は、企業の信用を低下させるばかりか、経営の根幹をも揺るがしかねない。
■    ■
 「会社の深夜の仕事が、東京の夜景をつくっている」。深夜残業がまん延している職場の異常さを、まつりさんは母親の幸美さんに語ったそうだ。
 幸美さんは初公判後の記者会見で「娘は(長時間労働が)当たり前、やらない人はモチベーションが弱いと追い込まれた。社員、クライアントが狂った常識で回っていた」と話している。
 電通は午後10時以降の全館消灯を決めるなど、働き方の見直しを進めている。取引先には勤務時間外の仕事は受けられないと知らせているが、全員から理解を得るのは難しいという。
 長時間労働が常態化する宅配業界で最近、配達時間帯を指定するサービス縮小の動きがあった。利用者に過剰なサービスの再考を投げ掛けるものだ。
 働き方改革は、私たち自身が変われるかどうかの問題でもある。
■    ■
 判決がでる直前、NHKの女性記者が13年に過労死し、翌年労災認定されていたことが明らかになった。選挙取材に追われていたといい、亡くなる直前1カ月の時間外労働は159時間に上った。
 メディア業界の長時間労働は以前から指摘されている。事件や災害などに敏速に対応し報じる社会的使命と労働時間のバランスを取ることは容易ではないが、公共性が高いからといって働き過ぎが許される理由にはならない。
 日本的働き方が根底から問われていることを肝に銘じたい。 


電通過労自殺判決 命より大切な仕事なし
 新入社員高橋まつりさん=当時(24)=の過労自殺が糸口となった広告大手電通の違法残業事件で、労働基準法違反の罪に問われた同社に東京簡裁は罰金50万円の有罪判決を出した。
 電通は2000年3月にも、入社2年目の社員の過労死について責任を問われている。日本を代表する企業が今度こそ更生するかどうかは、この社会にとっても決して無縁であるまい。
 今回、書面審理だけで刑を言い渡す略式起訴にしようとした検察の判断に裁判所が「待った」をかけ、公開の法廷での審理を求めた狙いも同じだろう。問題の企業と社会全体に警鐘を鳴らすには、またとない機会になると受け止めたに違いない。
 過労死問題に詳しく、民事裁判で高橋さん遺族の代理人を務めた弁護士によると、こうした事件が表沙汰になることは少ないという。遺族の多くは公表を望まないからである。
 その意味で、若い世代が過労に心身をむしばまれ、命を落としている現実に世の関心を集め、目を開かせた裁判の意義は大きい。先日は、NHKの女性記者が長時間労働で過労死していたことも明らかになった。再発防止に向け、企業は本気で変わらなければなるまい。
 とはいえ、企業風土を変え、安全文化を根付かせるのは口で言うほど簡単ではない。
 高橋さんの母親が、初公判で電通社長の述べた反省と決意の弁を聞き、こう指摘していた。「娘が入社する前にも、電通は立派な計画を発表していました。立派な計画や制度を作ったとしても、本当に実行しなければ意味がありません」
 電通の事件では、さらに高橋さんが職場でパワーハラスメントにさいなまれていたことも指摘されている。「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」だとか「今の業務量でつらいのはキャパ(能力)がなさ過ぎる」と上司が追い詰め、会社側もその非を認めている。
 働く者、あるいは労働組合との協働なくして企業の風土など変わるはずもない。「働かせ方」改革ではなく、「働き方」改革とするためには働く側の言い分の反映が欠かせない。電通の労組の表立った言動が、依然として外部に伝わってこないのは残念でならない。
 過労死ゼロに向け、むろん社会も考え続ける必要がある。
 きょう政府がまとめた「過労死白書」で、労災認定を受けた過労死や、未遂を含む過労自殺は16年度に191件を数え、この十数年の高止まり傾向は変わっていない。時間外労働が週20時間以上で「過労死」ラインとされる月80時間を超す労働者はいまだ全体の8%近くに及ぶ。
 日本社会は今後、生産年齢人口の減少が加速していく。限られる人材を過労に追い込むようでは、遅かれ早かれ企業は立ち行かなくなってしまう。
 検察は法廷で、電通の社風として「クライアント・ファースト(顧客第一)」を挙げた。広告主の要求が最優先―との合言葉である。その掛け声に追われ、深夜の残業も休日出勤もいとわない空気が醸成されていった。こうした風潮は、電通だけのものではあるまい。
 「命より大切な仕事はない」。高橋さんの母が繰り返す言葉は重い。「命が第一」の社会への転換が求められている。


働き方改革と電通判決/最優先で対策に取り組め
 女性新入社員の過労自殺を巡る違法残業事件で労働基準法違反の罪に問われた法人としての電通に東京簡裁は罰金50万円の判決を出した。
 略式起訴で罰金刑を求めた検察当局の処分を簡裁が「不相当」と判断。労働事件では異例の正式裁判となり、広告業界随一の大企業の電通を代表して社長が出廷し「二度と繰り返さない」と述べ、謝罪した。
 判決は「尊い命が奪われる結果まで生じていることは看過できない」とした上で「労働基準監督署から是正勧告を受けたのに、増員や業務削減など抜本的対策が講じられることはなく、サービス残業も蔓延(まんえん)していた」と指摘した。
 長時間労働が当たり前の多くの企業も人ごとでは済まない。だが政府による「働き方改革」は緒に就いたばかりで、先行きは不透明だ。
 残業時間の上限規制導入を柱とする働き方改革関連法案は衆院解散により国会提出が先送りされ、法案審議は来年の通常国会までずれ込みそうだ。しかも法案のもう一つの柱には、一部専門職を労働時間規制から外す制度があり、審議の紛糾も予想される。
 そんな中、手をこまねいている余裕はない。政府が6日に公表した「過労死等防止対策白書」でも、多くの業種・職種で過労死や過労自殺の深刻な実態が浮き彫りになっている。悲劇を根絶できるか。企業の覚悟と取り組みが問われている。
 2015年4月に電通に入社した高橋まつりさんは、その年12月に都内の社宅から飛び降り、自殺した。24歳だった。労働基準監督署は、うつ病発症前1カ月の残業が約105時間で、長時間労働が自殺の原因と認定した。
 まつりさんが会員制交流サイト(SNS)などに残した「もう体も心もズタズタ」という悲痛な訴えも広く伝えられ、社会に大きな衝撃を与え、事件を機に働き方改革の議論は加速した。
 16年度の過労死は107件で、過労自殺は未遂も含め84件。高止まりが続いており、事態は深刻だ。
 過労死白書は20年までに、週労働時間60時間以上の雇用者の割合を16年の7.7%から5%以下にしたり、年次有給休暇取得率を15年の48.7%から70%以上にしたりする目標を掲げている。メンタルヘルス対策の一層の普及も課題だろう。
 週60時間以上の雇用者の割合は運輸業・郵便業、教育・学習支援業、建設業の順に多く、10〜15年に過労死を含む脳・心臓疾患で労災認定を受けたのは運輸業・郵便業が最多の464件と全体の約3分の1を占めた。
 政府は残業時間の上限規制を働き方改革の柱に据えた。労働時間などの基準を定める労基法の改正で事実上、青天井の残業時間に上限を設け、これに違反したら罰則を科す。
 ただ高所得の一部専門職を残業代支払いなどの労働時間規制から外す高度プロフェッショナル制度や裁量労働制の対象拡大と抱き合わせになっており、野党の一部や労働組合が反発を強めている。
 衆院選で働き方改革は北朝鮮の脅威や野党再編の陰に隠れてしまった感がある。しかし働く人の命と健康に関わる重要な課題であり、企業は最優先で取り組むべきだ。


2017衆院選 野党公約 道筋と根拠を聞きたい
 「自民対民進」を軸にした従来の構図が一変した選挙戦を前に、注目されるのは民進党出身者の多くが合流した希望の党の政策だ。
 おととい発表した公約は「2030年までに原発ゼロ」を掲げたほか、小池百合子代表が「ユリノミクス」と称した政策で経済を活性化するとし、2年後の消費税率引き上げは凍結を明記した。
 9条を含めた改憲や安全保障法制の容認などは、きのう公約を発表した立憲民主党と対極で、安倍政権に近い。経済政策で政権との対抗軸を出したかったようだ。
 だが規制改革と特区の活用や、先端分野の競争力を高めることで経済の自律的成長を目指すというその中身に、新味はない。
 国民受けしそうな看板を並べても実現への道筋や財源は明確ではない。希望は事実上、野党内の最大勢力だが、政権を目指す党としてこれでは不十分である。
 公約は消費税増税凍結に伴う代替財源として、公共事業の削減や国有資産売却、大企業の内部留保への課税などを挙げた。これだけで持続的な社会保障を賄える財源を捻出できるとは思えない。
 議員定数・報酬の削減など「身を切る改革」も強調した。これは、選挙協力する日本維新の会が看板政策にしてきたものだ。
 安倍1強の下で国会の監視機能強化が叫ばれてきたのに、国会を小さくするのが正しいか疑問だ。
 原発ゼロは新規建設をやめ、40年稼働した老朽原発の廃炉を徹底することで実現させるという。だが、条件付き再稼働は認めた。実現可能性には疑問符が付く。
 立憲民主は民進党の理念を継承するとしつつ、主要政策で変更点も少なくない。民主党政権が決めた消費税増税は「直ちにはできない」と見送る方針を示した。
 保育、介護分野の賃金引き上げなどによる暮らしの立て直しを優先すべきだとの主張である。
 原発ゼロの時期は民進党の「30年代」から「一日も早く」に、条件付きで認めていた再稼働も「現状では認めない」と踏み込んだ。
 共産党は税率引き上げ中止と再稼働反対を掲げており、共闘を進める上で政策の垣根は低くなる。
 だが、変更を判断した根拠は丁寧な説明が求められよう。
 それは、沖縄の米軍普天間飛行場の辺野古移設で「ゼロベースの見直し」を打ち出したことにも言える。「県外移設」を掲げた鳩山政権の挫折もあった。対米関係とどう両立させるかが問われる。


衆院選に問う 3極の争い 安倍政治にどう向き合う
 10日の衆院選公示に向け、各党の政権公約や公認候補の発表が続いている。
 選挙戦は「自民党・公明党」「希望の党・日本維新の会」「立憲民主党・共産党・社民党」の3極の構図が描かれている。
 安倍晋三首相による突然の解散表明、新党の設立、野党第1党の分裂と慌ただしく動いてきた。
 2012年の政権復帰から5年近くにわたる安倍政治に有権者が審判を下す機会だ。目まぐるしい展開に戸惑ってはいられない。選挙戦を通じて各党の主張、政治姿勢を吟味したい。
   <首相1強への審判>
 今回、首相は「国難突破」のためと称して解散に踏み切った。街頭演説でも、核・ミサイル開発で緊迫する北朝鮮情勢や少子化対策に触れ「国民の生命と財産、幸せな国をいかに守り抜くかを問う選挙だ」と訴えている。
 「国民から大きな不信を招く結果となり、改めて深く反省し、おわび申し上げる」。8月に「仕事人内閣」を発足させた際、首相は森友学園への国有地売却や加計学園の獣医学部新設について神妙な面持ちで語っていた。一転、強気の姿勢に戻った印象だ。
 政権の長期化とともに1強のおごり、ひずみが浮かんでいる。森友、加計問題は典型だ。「総理のご意向」を受けて不公平な決定がなされたのではないか。あるべき文書がなぜ「廃棄した」の一言で片付けられてしまうのか。不信の念はいっこうに消えない。
 国会では反対論の強い法案が次々と数の力でごり押しされる。憲法に基づく臨時国会召集の要求は平然と捨て置かれる。国会も憲法も軽視した政治を続けるのか。衆院選で問われるべきは、そこだ。
   <希望の立ち位置は>
 自民は今回、改憲を6本柱の重点項目の一つに位置付けた。5月の首相提案を踏まえ、自衛隊明記や教育無償化など4項目を列挙している。時期は明示していないものの、衆院選に勝てば「国民に信任された」と一気にアクセルを踏む考えだろう。
 自衛隊明記は党内でも異論が根強い。公明の公約は「理解できないわけではないが、多くの国民は自衛隊を憲法違反とは考えていない」と賛否をぼかす。与党内の意見の食い違いを放置して衆院選に臨むのは無責任だ。
 対する野党も姿勢を問われる。
 小池百合子東京都知事が率いる希望は、立ち位置がはっきりしない。小池氏は衆院選出馬を否定している。政権交代を目指すとしながら首相指名候補は未定だ。
 選挙後に自民と連携する可能性について「安倍政治ではでき得ないことを訴える」とする一方、党総裁が代わった場合は「やってみないと、どなたがなるのかも選挙の結果次第」と含みを残す。
 「お友達厚遇ではない、特区を活用した規制改革」を推進すると加計問題を当てこすり、対決姿勢をアピールしてはいる。消費税増税の凍結や原発ゼロでも自民との違いを強調する。
 とはいえ、「自衛隊の存在を含め、時代に合った憲法の在り方を議論する」と改憲に前向きだ。安全保障関連法は「憲法にのっとり適切に運用」と容認する。むしろ自民との共通点が際立つ。
 候補擁立では、民進党の代表代行だった枝野幸男元官房長官が結成した立憲民主の候補に対抗馬を立てる。非自民票が分散すれば与党を利することになる。
 一方で、公明の候補が立つ選挙区は擁立を見送った。自民の石破茂元幹事長や野田聖子総務相、石破派幹部の鴨下一郎元環境相の選挙区でも立てていない。
 「第2自民党」「自民の補完勢力」との指摘は、もっともな面がある。自公とどう向き合うか、明確に示さなくてはならない。
   <主張の違いを鮮明に>
 希望への合流を巡る混乱で出遅れた立憲民主は、巻き返しを図りながらの選挙戦だ。きのう発表した公約は、原発ゼロを一日も早く実現するための基本法策定や安保法制を前提とした憲法9条改悪に反対することを掲げている。
 「非自民」「非希望」の候補が乱立するのを避けるため、共産党が擁立を取り下げるなど選挙協力も進む。
 昨年の参院選は民進、共産、自由、社民の4党が32の改選1人区で候補者を一本化し、11選挙区で野党統一候補が勝利した。
 共倒れを回避する必要性は分かる。安倍政権下での改憲や安保法に反対する人たちにとって選択肢がはっきりする。とはいえ、政権選択の衆院選と参院選では事情が異なる。基本的な政策の違いをどう考えるのか。分かりやすく説明することが求められる。
 きょう東京で日本記者クラブ主催の党首討論会が開かれる。与野党のトップが顔をそろえる場である。主張はどう違い、どう重なるのか。有権者の判断材料となるやりとりを期待する。


【2017衆院選 各党の公約】丁寧に具体的説明尽くせ
 虚を突くような、安倍首相の衆院解散表明から2週間。10日の公示に駆け込むように、主要政党が選挙公約を取りまとめた。
 「自民党・公明党」に「希望の党・日本維新の会」「立憲民主党・共産党・社民党」の野党勢が挑む、3極対決の構図が固まる中、憲法改正や消費税増税などが政策的な論戦テーマになりそうだ。
 急展開した野党再編のドタバタ劇も相まって、その中身は「熟議なき急造」を色濃くする。有権者は限られた期間内にどこまで吟味でき、判断材料にできるというのか。国民審判の根幹を揺るがしかねない危惧さえ覚える。
 自民党は重要公約に初めて改憲を打ち出し、4項目を記した。そのうち「自衛隊の明記」などは安倍首相が5月に突然表明し、党内の議論も途上で、異論もある。「9条」の文言の記載を避けるなど、あまりに乱暴だ。公明党は9条改正には慎重姿勢を取る。
 希望の党、日本維新の会とも9条も視野に改憲へ意欲を示し、安全保障法制も容認する。「安保法制前提の9条改悪に反対」とする立憲民主党も他の議論は否定しない。改憲派の与野党への広がりは選挙後の現実的議論の加速を予測させる。
 消費税では、税率10%への増税分を本来の借金返済から教育無償化などへ回す使途変更で「信を問う」とする与党に対し、野党は凍結や中止を訴える。原発政策でも野党はそろって「原発ゼロ」を掲げ、自民党との対抗軸に立てた。
 だが、増税の使途変更や凍結に伴う新たな財源の手当てなど、財政健全化への確たる道筋は示されていない。原発の安全性をどう確立するのか、あるいは、脱原発に向けたエネルギー転換の実現性も十分に読み取れない。
 選挙公約は、その信用性が揺らいできている。
 民進党は昨年参院選で、民主党時代の金看板だった「マニフェスト」の名称をやめた。政権交代を果たした2009年衆院選の公約が財源の壁で頓挫し、失望を招いた。安倍自民党は公約には明瞭に書き込まず、末席に置いていた安保法制や共謀罪法案を選挙後に次々繰り出し、成立を強行した。
 安倍首相は今回、北朝鮮の脅威を「国難」と称し、「圧力」強化を公約の1番手に据えた。だが北朝鮮対策の重要性は野党も共通認識で、際立った論戦にはなりにくい。北朝鮮危機を大義にした安保法制の拡大が選挙後の本丸ではないか―。そんな想像を巡らす必要もあろう。
 にわか仕立てで、聞き慣れない公約が並ぶ。新党の実体もまだ不明瞭だ。各党は丁寧に、より具体的に説明を尽くさなければならない。有権者の側には困惑もあろうが、ここでは主権者としての自覚に立ちたい。有効な政策か、信頼できる政党か。目を凝らし、耳を澄まそう。


安保法制反対派、誰に投じれば 京都の市民団体など困惑
 10月10日公示の衆院選を前に、京都で安倍政権の安全保障法制などに反対し野党共闘に期待してきた市民や学者らが、相次いで団体を立ち上げたり、声明を発表したりしている。民進党の多くが保守系の希望の党に合流し、リベラル勢力の減少に危機感を高めているためだが、現時点で京都の選挙区で安保法制反対などを明確に主張し候補擁立を予定するのは共産党のみ。「非自民、非共産」の立場の人たちは行き場に困っている。
 10月4日、京都市中京区で開かれた野党の候補者一本化を目指す「ユナイトきょうと」の設立集会。中心メンバーの松本修さん(66)は「安保法制を肯定する希望の党は応援できない」としつつ、「残念だが、今回は個々人の判断で応援してほしい」と、頭を下げた。
 京都ではこれまで、民進や自民などの「非共産」対「共産」の構図で知事選などが戦われ、共産との共闘に対する抵抗感は根強い。ユナイトきょうとは、共闘への厚い壁を破るため「非共産、非自民」系の市民を集め設立した経緯がある。松本さんは立憲民主党に期待するが、今のところ京都の小選挙区で擁立の動きはなく、「共闘候補がいないのに選挙区で共産だけを支援すれば『共産系』と批判を浴び、今後、共闘を進めにくくなる」と、統一候補見送りを説明する。
 野党共闘は「安倍政権の強引な政治手法」を批判する市民の受け皿でもある。集会で講演した市民連合@新潟の磯貝潤子共同代表は「安倍政権を許さない立場で、候補者個人が市民と関係性を築けているのなら、希望もありかとも思う」と主張。会場からは「どうしたらええねん」とため息がもれた。
 7日に右京区在住の学者や弁護士、市民団体などが設立した「安保法制廃止・立憲主義回復をめざす市民の会」は、支援候補を決めて積極的に選挙応援する方針だ。呼びかけ人の山根久之助県立高知女子大名誉教授は「『自公』対『希望』は虚構の対立。市民が選択できるようアピールしていきたい」とする。
 安保法制や「共謀罪」、軍学共同研究など安倍政権の政策に反対を続けてきた京都の大学教授らは「衆院選での立憲勢力の前進を求める」とする声明を発表。「立憲勢力」の政党を立憲民主党、社民党、共産党としつつも、特定候補の支援はしないという。5日に記者会見した小松浩立命館大教授は、「選挙後に自公政権と希望の党が連携したり、改憲容認の政党が伸びることで『憲法9条改正を国民が望んでいる』と曲解されるのが一番怖い」と警戒を強めている。


「辞めろ」コール 首相「負けぬ」 演説日程非公表続く
 安倍晋三首相(自民党総裁)は七日、千葉県で街頭演説をした。北朝鮮への圧力強化の必要性を訴える中で、集まった聴衆の一部から「安倍辞めろ」コールが上がり、「私は決して負けません」と語気を強める場面もあった。
 首相はJR柏駅前で「今度の選挙は、大変、大変厳しい戦い。愚直に誠意を持って政策を訴えていきたい」と危機感をにじませた。
 演説中、三十人ほどの聴衆から「森友、加計(かけ)学園問題を説明してくれ」と声が上がったが、首相は森友、加計問題には触れなかった。「安倍辞めろ」コールは演説中、断続的に続いた。
 首相は七月、東京都議選の候補応援のため、東京・秋葉原で街頭演説した際、「辞めろ」コールをした聴衆に指をさして「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言し、野党から批判されたことがある。
 衆院選へ向けた首相の遊説日程は事前に公表されないケースが続き、七日も発表はなかった。首相に批判的な市民が集まるのを警戒しているとの指摘もある。 (柚木まり)



消えない「ネットカフェ難民」 日雇い暮らし 遠い政治
 日雇い労働などをしながら、インターネットカフェを泊まり歩く「ネットカフェ難民」。非正規労働を巡る問題は、旧民主党政権が誕生した2009年の衆院選の争点にもなった。それから8年。ネットカフェで寝泊まりする人々は、貧困や格差の解消に有効な手を打てない政治を遠くに感じている。(藤川大樹)
 東京都大田区のJR駅に近い繁華街。日雇い労働者らが寝泊まりする格安のネットカフェがある。看板には「(漫画とテレビの利用ならば)身分証明書なしで入店可能」「食べ物飲み物持ち込みOK」との宣伝文が並び、コンビニの買い物袋や大きなカバンを持った客が次々と出入りしていた。作業着姿の男性(57)に取材を申し込むと、「少しだけなら」と応じてくれた。
 男性は横浜市生まれ。高校卒業後、池袋のレストランを皮切りに、銀座や六本木で勤務。長野県のリゾートホテルに勤めていた二十九歳の時、同僚の女性と結婚し、ラーメン屋台を横浜市で始めた。
 人生の歯車が狂い出したのは、四十歳を過ぎてからだ。屋台が警察に摘発され、妻とも離婚。それ以降、日雇い労働をやるようになった。「建設現場や下水道管の清掃、(使用期限の切れた)消火器のシールの張り替え。ありとあらゆる仕事をやったよ」
 東日本大震災後は福島県南相馬市と飯舘村で約三年間、東京電力福島第一原発事故に伴う除染作業に従事してきた。今春には福島県内に住民票を置いたまま上京。ネットカフェや公園に寝泊まりしながら、無料の求人情報誌やスポーツ紙の求人欄で仕事を探す日々だ。
 ネットカフェを巡っては、東京都が一〇年、店側にインターネット利用者の本人確認を義務付ける「ネットカフェ規制条例」を制定した。生活困窮者の支援に取り組むNPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の大西連(れん)理事長(30)は「身分証は住所がないと作れない。住所不定の生活困窮者らは、ネットカフェに泊まりにくくなった」と話す。代わりに個室ビデオ店やサウナ、二十四時間営業のファミレスなどが受け皿になり、「不安定な住まいの形態はこの十年で、把握が困難なほど細分化している」と言う。
 男性は最近、都内で衆院選に立候補を予定する女性のチラシを各家庭に配った。「政治に関心は」と尋ねると、一箱二百五十円の格安のたばこをくゆらせながらこう口にした。「関心はないよ。(〇九年の)政権交代には期待したけど、何も変わらなかった。今もどんどんひどくなっている。物価が高くなっているのに賃金は上がらない。働けなくなったら、生活保護も考えるよ」