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関空落穂拾い171020

Après les attentats, ≪faire France≫ contre la fatalité et la résignation
Par Hakim El Karoui, délégué général de Alma fédération d'associations et Naima M'Faddel, présidente de Alma, fédération d'associations
La vraie leçon du 13 novembre, c'est que les Français ont su rester unis. La campagne #laFrancedapres donne la parole à tous ceux qui pensent que l’engagement dans la vie de la cité est la meilleure façon de lutter contre le terrorisme.
Le 13 Novembre résonne encore sombrement dans nos mémoires. Après Merah, l’horreur antisémite – tuer des enfants à bout portant ! – et la haine de l’armée française, après la barbarie monstrueuse des frères Kouachi qui voulaient ≪venger le prophète≫ en assassinant l’équipe de Charlie Hebdo, après l’Hyper Cacher ou Coulibaly tuait des êtres humains parce qu’ils étaient juifs, Abaaoud et son équipe folle sont venus à Paris tirer dans la foule, semer la violence et la mort, là ou des jeunes s’amusaient, chantaient, vibraient. Et la violence a continué, comme à Nice, même si depuis, heureusement, les attentats ont fait moins de victimes, preuve sans doute de l’amélioration de l’efficacité des services de renseignement et de police plus que d’une baisse de la volonté de semer la mort chez les apprentis jihadistes qui peuplent aujourd’hui les prisons.
La France aurait pu basculer dans la haine et dans la violence. C’était l’objectif ultime des terroristes : liguer les Français les uns contre les autres et isoler notamment les musulmans. Il n’en a rien été. Pratiquement aucun acte criminel contre les musulmans en 2015, une baisse des actes islamophobes recensés, une hausse du nombre de livres vendus consacrés à l’islam : après les attentats, les Français ont voulu comprendre, ils n’ont pas voulu se venger. C’est peut-être pour nous la vraie leçon du 13 Novembre.
Cultiver cette volonté qu’ont les Français de comprendre
Reste maintenant à regarder l’avenir, ce qui s’est fait et ce qu’il faut faire. Les services de renseignement ont à l’évidence mieux compris les réseaux terroristes, la police sait identifier les risques et, même s’il est impossible de controler tous les individus potentiellement dangereux, le risque terroriste a baissé. Pourtant, rien n’est réglé. L’attractivité de la rhétorique jihadiste demeure. Les prisons sont de très efficaces incubateurs pour la diffusion de l’idéologie terroriste, Internet et les réseaux sociaux servant de caisse de résonance à la haine antisémite et complotiste.
Alors que faire ? Un grand travail reste à mener concernant l’islam : son organisation en France est dysfonctionnelle, elle devra un jour ou l’autre être réformée. Ce ne sera pas un outil direct de lutte contre le terrorisme mais une organisation musulmane efficace pourra néanmoins encadrer les discours, assainir les pratiques et améliorer l’image de l’islam en France. Autre point clé : proposer des discours religieux alternatifs par rapport à ceux des terroristes et des fondamentalistes. Dans ce domaine, la situation est dramatique les voix de l’islam éclairé sont quasi inexistantes sur le Net. Salafistes et islamistes politiques se partagent le marché.
Mais l’islam n’est pas seul en cause : il faut aussi, au-delà des religions des uns et des autres, améliorer le lien social, mettre en valeur ce qui marche dans les quartiers populaires notamment, ou des associations, des individus, des collectifs se démènent au quotidien pour rapprocher les hommes et les femmes, accompagner les enfants, soutenir les familles, empêcher les conflits. Cette France-là est aussi importante pour la collectivité nationale que la France des start-up ! Parfois, même, elles se mélangent et se complètent.
#laFrancedapres (le 13 Novembre), c’est une campagne destinée à donner la parole à ces acteurs associatifs bien sûr mais aussi à tous les Français qui pensent que la fatalité et la résignation ne sont pas une solution à nos problèmes, que l’engagement dans la vie de la cité est la meilleure façon de lutter contre le terrorisme et que l’énergie qui les anime est une façon de ≪faire France≫. Il faut cultiver cette volonté qu’ont les Français de comprendre. #lafrancedapres rassemble des personnes que les attentats ont voulu diviser. C’est un message contre l’ignorance, pour la tolérance, le respect et le partage. #lafrancedapres est un espace ouvert, un réseau à construire, un outil demain de mobilisation.
S’il pouvait être un espoir, le pari serait réussi.
フランス語
フランス語の勉強?

ランチは北新地ですっぽん雑炊をいただきました.おいしかったです.
いろいろ頑張って家計簿にめどがつきました.めどがついただけでまだたくさんあります.4月分とかがまだです.
3月のこととかいろいろ思い出して悲しい気持ちに.楽しいことも思い出したけど.
パリ襲撃から2年になります.

津波に耐えた桜の伐採 始まる
東日本大震災の津波で被害を受けたあとも毎年、花を咲かせてきた気仙沼市の桜並木が、復興工事のため一部を除いて伐採されることになり、13日に作業が始まりました。
気仙沼市の中心部にある神山川沿いの桜並木は、震災の津波で被害を受けたあとも毎年、花を咲かせ、春には地元の人や観光客など多くの人が訪れる桜の名所となっています。
しかし、津波の遡上などによる被害を防ぐための川の堤防工事に伴い58本ある桜のうち39本を伐採し、2本を別の場所に移すことになり、木を切り倒す作業が13日に始まりました。
この日は5人の作業員たちが重機を使って枝の部分を切ったあとチェーンソーで根元の部分から桜を切り倒しました。
神山川沿いの桜は当初、すべて伐採される計画でしたが、地元の住民たちが可能なかぎり桜を残すよう要望して工事の範囲が見直され、17本の桜が残ることになりました。
作業の様子を見に来ていた地元の70代の男性は「何十年もここにあった桜で津波のあと花が咲いたときは本当にすごいと思いました。
何本か残るとはいえ桜並木が切られてしまうのはとても寂しいです」と話していました。
工事を行う宮城県によりますと、桜の伐採作業は今月中に終わる見通しで堤防は再来年3月の完成を予定しているということです。


奥松島など「オルレ」認定
地域の文化や歴史に触れながら自然の中を散策する韓国のレジャー「オルレ」に、東松島市の奥松島をめぐるコースなどが認定され、今月下旬に韓国で調印式が行われることになりました。
「オルレ」は地域の文化や歴史に触れながら自然の中を散策し、コースにそってゴールを目指す韓国生まれのレジャーで、チェジュ(済州)島の社団法人が認定しています。
宮城県は、震災で落ち込んだ沿岸部の観光客の増加につなげようと、東松島市と気仙沼市のコースについてオルレの認定を求めてきました。
その結果、九州に次いで全国で2番目に認定されることになり、今月21日に県知事や市長などが参加して韓国で調印式が行われることになりました。
このうち東松島市では、松島湾を一望できる山など景勝地・奥松島をめぐる、およそ10キロのコースが認定されました。
これについて東松島市の渥美巖市長は13日の定例会見で「仙台空港に降りた外国人観光客に奥松島を訪れてもらい、ぜひ風光明美な景色を楽しんでほしい。観光の目玉として休憩や食事ができる施設も整備していきたい」と述べました。
東松島市は今後コースを整備し来年11月のオープンを目指すことにしています。


コバルトーレ女川 全国地域CL決勝ラウンドへ 戦いはまだ続く
 東北社会人リーグ1部を連覇したコバルトーレ女川が悲願のJFL昇格へ全国地域CLの決勝ラウンド進出を決めた。8日、汗がにじむ暑さの鹿児島県に到着した選手たちの表情は、初出場だった昨季とは違った。昨年の悔しさを知る選手が多い中で、終始リラックスした様子を見せた。「相手がどこというのは関係ない。やるべきは我々のいつものサッカー」。阿部裕二監督はこれまでも常にそう語ってきた。
 リラックスしていることは、決して覚悟や強い思いが足りないということではない。この舞台に戻ってくるまでの1年間、選手たちは“勝って当たり前”という重圧を背負い、「地域とともに」というスローガンのもとで戦ってきた。そして、その思いを全国の舞台でも表現した。
 初戦の刈谷戦勝利には「下馬評を覆す大金星」と評する声もあったが、会場にいた観客からは「こんなにうまいサッカーをするチームがあるのか」「全国地域CLでこんなに良いサッカーが見られるとは」との言葉もあるほど、コバルトーレのパスサッカーは相手を翻弄し、観客を魅了した。敗戦した宮崎戦も結果こそ負けだが、試合を支配していたのはコバルトーレなのは明らかだった。
 8―1で十勝に大勝し、他グループの結果を待った選手たち。「やれることはやった。後は天命を待つだけ」とすがすがしい表情を見せた。そして、サッカーの神様はコバルトーレに微笑んだ。「ここから。まだ我々は何もつかんでいない」と阿部監督は喜びを抑えて、気を引き締めた。
 コバルトーレがJFLに昇格するには残る決勝ラウンドの3戦での2勝が必要だ。対するは1次ラウンドを首位で勝ち進んだ強豪3チーム。一皮も二皮もむけた選手たちが女川にスポーツ文化発展の吉報を持ち帰ることを期待したい。


豪雨被災地で弘前ねぷた披露
九州北部豪雨で被害を受けた大分県日田市の人たちを励まそうと、12日まで開かれていた「日田天領まつり」の会場に「弘前ねぷたまつり」の山車がお目見えし、大勢の見物客でにぎわいました。
「九州の小京都」とも呼ばれ、江戸時代の町並みと風情が残る大分県日田市の豆田町では、日田天領まつりの催しの1つとして、およそ3万個の竹灯ろうに火をともす恒例の催しが行われました。
ことしは、弘前市の住民らで作るグループが九州北部豪雨の被災者を勇気づけようと参加し、「弘前ねぷたまつり」の山車を引きました。
ねぷたまつりのきらびやかな山車は、「やーやーどー」という独特のかけ声や太鼓の音と共に、竹灯ろうに彩られた町をゆっくりと練り歩きました。
このうち、高さ5メートル近くの武士をかたどった山車がそばを通ると、見物客たちが見上げながら歓声を上げていました。
見物した60代の女性は「大勢の人がいてびっくりしました。ねぷたはとても良く、これをきっかけに地元が元気になってほしい」と話していました。
弘前市の住民グループの代表の坂本祥一さんは「皆さんに喜んで頂けたと思う。もともと、ねぷたは邪気を払うまつりなので、1日も早い復興を願っています」と話していました。


新幹線 無線LAN導入へ
新幹線の車内で、無料でインターネットに接続できる公衆無線LANのサービスをJR東日本が来年夏から東北新幹線などで始めることになりました。
公衆無線LANのサービスが導入されるのは、JR東日本が運行する東北、秋田、上越、北陸の各新幹線です。
乗客は、メールアドレスを登録すれば、車内で、無料でスマートフォンやパソコンをインターネットに接続できるということです。
外国人観光客などから無料で使えるインターネットのサービスが少ないという意見を受けてJR東日本が導入を決めました。
ただ、通信状態の悪いトンネルや山沿いでは利用できないところもあるということです。
JR東日本によりますと、通信会社との契約が必要ない公衆無線LANのサービスは去年から都心と成田空港を結ぶ成田エクスプレスで導入されていますが、新幹線での導入は初めてだということです。
サービスは来年夏から順次、開始し、再来年度中にはJR東日本管内の新幹線の8割近くの車両に導入する予定だということです。


“法廷で手錠や腰縄は違憲”提訴
刑事裁判の法廷で手錠や腰縄をつけられた姿をさらされ尊厳を傷つけられたとして、受刑者や被告が国に賠償を求める訴えを大阪地方裁判所に起こしました。
訴えを起こしたのは、覚醒剤取締法違反の罪が確定し服役している男の受刑者と、別の覚醒剤の事件で1審で有罪判決を受けた男の被告の2人です。
訴状などによりますと、2人は、ことし1月から4月にかけて大阪地方裁判所で開かれた裁判で手錠や腰縄をつけられた状態で法廷に出はいりをさせられ、裁判官や傍聴人に、その姿をさらされたとしています。
こうした対応は、個人の尊厳を傷つけるもので無罪推定の原則も軽視していて憲法に違反するとして、国に対し合わせて50万円を賠償するよう求めています。
2人の弁護士は、それぞれ、裁判で法廷についたてをしてほしいと裁判官に申し入れたものの、いずれも聞き入れられなかったということで、田中俊弁護士は、「ドイツやフランスでは手錠や腰縄をせずに法廷に入るのが当たり前だ。
この裁判をきっかけに国内でも運用を見直してほしい」と話していました。
法廷での手錠と腰縄の問題では、去年3月、京都地方裁判所でも訴えが起こされています。
法務省矯正局は、「訴状の内容を見たうえで適切に対応する」としています。


新たな大学入試に向けプレテスト
2021年1月から今の大学入試センター試験に代わって新たな共通テストが実施されるのに向け、課題などを洗い出すための試験、「プレテスト」が13日から全国の高校で始まり、大阪府内でも一部の高校で生徒たちが試験に取り組みました。
プレテストは、2021年1月から始まる「大学入学共通テスト」の導入に向けて課題などを探るため大学入試センターが実施するもので、全国の国公立と私立のおよそ1900校の10万人以上を対象に13日から始まりました。
大阪府内では、116校の高校が対象となり、このうち大阪市内の府立高校では13日、2年生のおよそ70人が国語の試験に取り組みました。
新たな共通テストでは国語と数学の問題に、従来のマークシート方式に加え、記述式が取り入れられ、国語の場合は80文字から120文字程度の記述の解答が求められることになっています。
大阪府教育庁によりますと、今回のプレテストでも国語には記述式の設問が設けられているということです。
また、英語については民間の検定試験が導入されることになっています。
プレテストは英語を除く11科目で、今月24日まで行われます。


「国民の疑念まだ晴れぬ。認可すべきでない」 加計獣医学部で前川喜平氏なお批判
 文部科学省の前川喜平前事務次官が12日、岡山市で講演し、新設計画を認める答申が出された学校法人「加計学園」の獣医学部について「国民の疑念が晴れないうちに設置認可するべきではない」と述べ、一連の選考過程を批判した。
 学園が活用した政府の国家戦略特区制度の目的に合致するかどうかや、政府が特区での獣医学部新設に際して設けた4条件を満たしているかに関して「明らかになっている具体的な計画に基づいて、もう一度判断したら良い」とし、改めて特区諮問会議を開いての検証が必要だと訴えた。
 講演に先立ち記者団の取材にも応じ、獣医学部を認める前提でプロセスが進められたと考えざるを得ないと主張。「国民のための行政が私物化された疑いがあることが最大の問題だ」と述べた。
 文科省の大学設置・学校法人審議会は9日付で、獣医学部を愛媛県今治市に新設する学園の計画を「可」と答申している。


レイプ被害で手記 伊藤詩織氏「ブラックボックスに光を」
 司法記者クラブで開いた衝撃の会見から5カ月。安倍首相と昵懇な間柄の元TBSワシントン支局長の山口敬之氏から受けたレイプ被害を告発した女性ジャーナリストが手記「Black Box」(文芸春秋)を出版し、反響を呼んでいるジャーナリストの伊藤詩織氏。準強姦容疑で進められた捜査は、警視庁上層部の指示で逮捕目前に見送り。嫌疑不十分による不起訴処分に矮小化され、不服を申し立てた検察審査会の議決は不起訴相当だった。この国の司法制度は一体どうなってしまったのか。
■真相究明を求め民事訴訟を提起
  ――手記では事件に至る経緯から捜査過程を含む一連の流れを克明につづり、被害者支援制度の不備などにも言及しています。
 私が性暴力被害を受けたのは2015年4月でした。直面した捜査のあり方や司法制度、助けを求めた医療機関やホットラインをはじめとする被害者支援体制の問題などについての記録や調査、取材をもとにまとめたノンフィクションです。
  ――警察に訴えてから被害届の提出、告訴状の受理まで1カ月を要しました。
 密室での出来事だという理由で、捜査員や担当検事の口からは「ブラックボックス」という表現が何度も出てきました。「相手は有名で地位もある。この業界で働けなくなるかもしれない」とも繰り返し聞かされ、性犯罪としての捜査は難しいからと、被害届の提出も考え直すように言われました。
 この問題と2年以上向き合う中で、警察や検察に存在するたくさんのブラックボックスにも気づいたんです。個人的な経験を公に明かすことになりましたが、このブラックボックスに光を当て、箱を開くきっかけになることを願っています。
  ――9月に不起訴相当を決定した検察審の議決理由は「慎重に審査したが、検察官がした不起訴処分の裁定を覆すに足りる事由がない」と記されているだけでした。「慎重審査」の中身がサッパリ分かりません。
 検察審は申立人やその代理、証人を尋問することがあります。ですが、私も代理人弁護士も呼ばれることはなく、議決理由の説明もありませんでした。
 申し立ての際、特に注記を付けてお願いしたのが、ホテルの防犯カメラ映像についてです。会食後に乗車したタクシーから私が抱えられるように降ろされ、ホテルに引きずられていくシーンを静止画ではなく、動画で見てほしいと伝えたのですが、実際に証拠が動画で提出されたのかどうかさえ分かりません。こうした疑問点について検察審に質問状を送りましたが、検察審査会法26条(審理非公開)を根拠に回答をいただけませんでした。
  ――ゼロ回答だったんですか?
 唯一分かったのが、審査員の男女比と平均年齢です。男性7人、女性4人、平均50.45歳とのことでした。男女でとらえ方が異なる可能性のある事案にもかかわらず、審査員の男女比を半々に近づけていただけなかったことも非常に残念です。
  ――真相究明などを求め、山口氏を相手取って東京地裁に民事訴訟を起こしたそうですね。
 法廷で初めてお互いが事実関係を主張し、それをもとに第三者による公平公正な判断が下されることになります。提訴にあたって提出した資料は、検察審への申し立て資料とほとんど変わりはありません。
  ――民事訴訟提起を理由に、山口氏は「月刊Hanada」に全20ページに及ぶ反論手記を寄せました。伊藤さんが訴える「デートレイプドラッグを使用された可能性がある」「意思に反してホテルに連れていかれた」「意識不明の状態で性行為が行われた」といった点を含め、疑惑を全面否定しています。
「あえて伏せている」などと指摘された点は、会見や手記ですでに説明していることばかりでした。読み比べれば分かっていただけると思います。
  ――米ニューヨークでの2人の初対面の状況についてですが、伊藤さんは「学費を稼ぐためにアルバイトしていたピアノバー」としているのに対し、山口氏は手記で〈私があなたに初めて会った時、あなたはキャバクラ嬢でしたね〉と強調しています。
 手記に書いた通り、当時は学費の足しにするためにベビーシッターやピアノバーでアルバイトをしていました。山口氏と会ったのはピアノバーで、お酒が提供される場所ではありましたが、私は「ジャーナリズムを勉強している学生です」と話しましたし、その後も学生の立場でお会いしています。
 山口氏のほかにも、ネット上には私について韓国人だとか左翼だなどと、事実ではない書き込みをする人がいます。誰であろうと、どんな立場であろうと、性暴力の対象になっていいはずはありません。重要なのは、この事件に関して私も山口氏も認めている事実、捜査や証言で明らかになった客観的事実が9点あることです。
■私も山口氏も認める9つの事実
▼当時TBSワシントン支局長だった山口氏と私は、支局で働くために必要な就労ビザについて話し合うために会った
▼山口氏に会ったのは3回目で、2人きりで会ったのは初めてだった
▼そこに恋愛感情はなかった
▼私が「泥酔した」状態だと山口氏は認識していた
▼山口氏は投宿先ホテルに私を連れて行った
▼性行為があった
▼私の下着のDNA検査で、山口氏のものと過不足なく一致するY染色体が検出された
▼ホテルの防犯カメラ映像、タクシー運転手の証言などの証拠を集めて警察は逮捕状を請求、裁判所が発付した
▼逮捕当日、山口氏の帰国を待ち受けて成田空港に捜査員が詰める中、警視庁の中村格刑事部長(当時)の判断で逮捕状執行が止められた
 これだけの事実があっても、現在の日本の司法制度では起訴されませんでした。
個人的な話と考えるなら忘れた方が良かった
  ――逮捕見送りの判断をめぐり、中村氏に何度も取材を試みているそうですね。
 当初事件を担当した警視庁高輪署の捜査で集めた証拠などをもとに逮捕状が請求され、東京地裁から逮捕状が出されました。それが逮捕目前に中村氏の指示で執行が差し止められた。松本純国家公安委員長(当時)が国会で「警察署の捜査に関して警察本部が適正捜査の観点から指導を行うのは通常のこと。警視庁が告訴を受理し、法と証拠に基づき、必要な捜査を遂げた」と答弁していましたが、私にとっては全く不十分な説明でした。具体的な理由は判断を下した中村氏しか知り得ない。中村氏に何としてもお答えいただかなければならないと思い、何度も取材を申し入れていますが、いまだに何の回答も得られていません。
  ――司法記者クラブでの会見、手記出版に続き、外国特派員協会でも会見をされました。この5カ月で、世間の関心は高まっています。
 私が告発を決めた理由のひとつは、自分に起きた事実を大切な人に置き換えて考えたことです。妹や友人が同じ状況に置かれてしまったら、彼らはどういう道をたどるのか。私が胸の内にしまい込むことで、同じようなことが繰り返されるのはとても苦しい。それに、自分で真実にフタをしてしまえば、真実を伝えるジャーナリストとしては働けないと思ったんです。
 どんな時代でもどんなところでも起こり得ることで、遠い誰かの話ではないことを知ってもらいたい。捜査方法や司法制度を改め、社会の意識を変え、レイプ被害者への救済システムの整備が必要です。それを考えるきっかけをつくりたいんです。自分自身がこの問題を個人的な話と考えるのなら、忘れた方が良かったと思います。(聞き手=本紙・坂本千晶)
▽いとう・しおり 1989年生まれ、28歳。高校時代に渡米、ホームステイを経験。米国の大学でジャーナリズムと写真を専攻し、15年に帰国後、フリーランスで活動。エコノミスト、アルジャジーラ、ロイター通信など、海外メディアを中心に映像ニュースやドキュメンタリーを発信。


マツコ・デラックスが「いじめられる側にも悪いところがある」論を批判! いじめる側の闇、弱者バッシングの構造も喝破
 マツコ・デラックスが入院しているとの報道がされた。三半規管に菌が入りめまいなどの症状があったが、脳検査などの結果には異常はなかったという。多忙のため疲労もたまっていることから、1週間は休養するとのことだ。とりあえず大事には至ってなさそうで一安心だが、ひとまずしっかり休んでもらって回復を願いたい。
 何しろ、マツコは現在のテレビ業界において代わりのいない存在だ。それは単に「売れっ子だから」「視聴率がとれるから」といった意味ではない。弱者叩きや反ポリコレこそが“過激”でおもしろいとされる風潮のなかで、やはり“過激”“毒舌”と評されるマツコのスタンスは、一見同じように思われているかもしれないが、実際はそうした風潮とは根本的に一線を画している。そんなマツコの貴重さを痛感させられる発言が、つい最近もあった。
 実は、マツコはいじめ問題について非常に重要な発言をしていた。いじめについて語られる際、「いじめられる側にも原因がある」あるいは「いじめられたくなければ、いじめられる側も強くなるべき」といった意見をしたり顔で語る者は少なくないが、マツコはそうした意見を真っ向から否定したのだ。
 それは、「サンデー毎日」(毎日新聞出版)に掲載されている「うさぎとマツコの信じる者はダマされる」でのこと。これは、中村うさぎとマツコのふたりが読者から寄せられた悩み相談に答えていく連載企画だが、2017年11月12日号と17年11月19日号では、二週にわたって〈いじめ問題について、最近はみんなで子供をいじめから守ろうといった感じです。それはもちろんいいことでしょうが、その学校で守りきれたとしても、上の学校や社会にもいじめはあるはず。守ることも大切だけど、強くなるのも大切だと思います。お二人はどう思いますか?〉という質問に回答。
 いじめ問題を解決するにあたり、いじめられている人間が強くなることも大切といった意見を語るこの読者に対し、マツコはその考え方自体がそもそも間違っていると喝破した。
「いじめられてるのって、別にその人が悪いからいじめられてるわけじゃないからね」
「いじめなんてものに、理由なんかないの。いじめられている人に欠点があるから発生しているんじゃないんだから、そこを強くしようという発想は、もう、根本が間違ってると思う」(どちらも17年11月12日号)
ロンブー田村淳が語る、いじめ脱却の成功体験
 まさしくその通りだが、ハガキを送ってきた読者のような意見は人口に膾炙してしまっているものである。
 その背景には、かつていじめを受けていた過去をもつ者が、「自分が強くなることでいじめを克服した」や「勇気を出してやり返してやったらそれ以降はいじめられなくなった」といった成功体験を流布することで強化されている構図もあるだろう。
 そのような成功体験を語る人のひとりが、ロンドンブーツ1号2号の田村淳だ。彼は自著『35点男の立ち回り術』(日経BP社)のなかで小学校のときに受けたいじめ体験を語っている。
 彼が生まれ育ったのは、下関の彦島という小さな島。地元の小学校に入り、勉強も運動も頑張る活発な子どもだった彼だが、小学校2年生のときからいじめを受けるようになる。黒板消しで叩かれたり、身体をチョークの粉まみれにされたり、机の引き出しのなかにカビが生えたパンを入れられたりといった、苛酷ないじめが半年間も続いたそうだ。
 誰も助けてくれる様子のない状況下、彼は「まず、自分から行動しないと、終わらないだろう」と思い至る。そこで彼の頭をよぎったのは、当時の大スター、ジャッキー・チェンだった。スクリーンのなかでのジャッキーの活躍に勇気をもらった彼は驚きの行動に出る。
〈まず、近くのホームセンターに行きました。そこで丸い木の棒を2本、そして、チェーンとネジ止めを買いました。家へ帰ってきて、カンナで削ったり、2本の棒を短く切って、2本をチェーンでネジ止めして、見よう見まねで「ヌンチャク」を作ったんです。翌朝、学校に行き、ボクは行動を起こしました。教室に入ると、いきなり、みんなによく見えるように、この手製ヌンチャクを振り回し、大声をあげて暴れまくったのです。気持ちはすっかりジャッキーでした〉
〈そしてボクは、彼らのほうに向い、特にボクをいじめていた憎いヤツの顔を、その手製ヌンチャクで叩きました。もう学校中が大騒ぎです。先生からこっぴどく叱られましたし、そのヌンチャクも没収されました〉
 この日を境に生活は一変。いじめはなくなり、これまで話さなかったクラスメートも話しかけてくるようになったという。
 ロンブー淳は彼自身の体験をいじめ問題解決の道筋として示しているわけではないが、それにしても彼のような成功体験を聞くと、いじめられている側の意志の力でいじめ問題を解決できると勘違いしてしまう人が出てくるのは当然の道理だ。
 こうした「いじめられる側にも原因」論はロンブー淳に限ったことではなく、芸能界でもたとえばSEKAI NO OWARIのFukaseなどもそうした発言をしている。
 しかし、それは間違っている。いじめの問題に関していじめられている側には何の原因も責任もないし、ましてや、マツコにハガキを送ってきた読者のような「いじめから脱したければ強くなれ」などとする意見は愚の骨頂である。
マツコ・デラックス「本当に弱いのは、群れて人を攻撃している人間」
 マツコは前掲「サンデー毎日」17年11月12日号のなかで「むしろいじめてるほうに、何らかの闇があるのよ」と断言する。
 これに関しては、教育の専門家も同様の意見を述べている。教育評論家の尾木直樹氏は〈どんな事情があっても“いじめるほうが一〇〇%悪い”のです。これは「いじめ」の原理・原則です〉としたうえで、このように述べている。
〈いじめられっ子側の問題を指摘して、いじめを正当化しようとするムードがあります。これは、とんでもない間違いです。虐待は一〇〇%虐待する側が悪いのです。心理的虐待である「いじめ」も虐待する側に一〇〇%の非があります。まずは、そこから出発しなければ、今日のいじめ問題は解決を図れないのです〉(『尾木ママの「脱いじめ」論』PHP研究所)
 では、なぜ、「いじめられている側にも原因がある」や「いじめから脱したければ強くなれ」といった意見が根強く残り続けているのか。
 社会学者の森田洋司氏は『いじめとは何か 教室の問題、社会の問題』(中央公論新社)のなかで、〈いじめとは相手に脆弱性を見出し、それを利用する。あるいは、脆弱性を作り出していく過程である〉と述べ、いじめられている側が自分にも原因があると思わされてしまうことこそが、いじめの構造なのだと解説している。
 つまり、いじめられる側は、いじめる側によってつくられたいじめを肯定する構造のなかで弱い立場に追い込まれ、孤立。そのうちに、いじめられている本人も「自分にも悪いところがある」と思わせられていくというわけだ。
 マツコは、「サンデー毎日」17年11月19日号のなかでこのように語っている。
「結局、一番弱い立場に見える人のほうが、実は強いのよ。群れて、自分よりも立場が弱い人を強引に作って攻撃してる人のほうが、ホントはよっぽど弱いのよ」
 強い者の側に立ち、自分よりさらに弱い者を攻撃することで、群れて自分の居場所を確保しようとする。マツコの指摘するこのいじめの構造は決して子どもたちだけの問題でなく、いま日本全体に蔓延している弱者バッシングにも通じるものだ。
 かつての過激さは失ったと自嘲することもあるマツコだが、弱者・マイノリティの側に立つ姿勢は現在にいたるまで一貫している。よく言われる毒舌や過激さではなく、この弱者の視点こそが、現在のテレビ界でマツコを唯一無二の存在たらしめているものだ。弱者叩きや反ポリコレ、マッチョな表現が過激でおもしろいとされる風潮のなかで、メジャーシーンにあっても弱者の側に立ち続けるマツコ。ポリコレのせいでおもしろいことができないなどと嘆いているマッチョ芸人たちにも見習ってもらいたいものである。(編集部)


共通テストの試行始まる 19万人参加、記述式など検証
 2020年度から導入される「大学入学共通テスト」の試行調査(プレテスト)が13日午前に始まった。現行のセンター試験を実施する大学入試センターが、24日までに全国の国公私立高・中等教育学校の38%にあたる約1900校で実施し、延べ約19万人の生徒が参加する。一定規模の学校に参加してもらうことで共通テストの課題を洗い出す狙いがある。
 「机の上は鉛筆と消しゴムのみで、それ以外はしまってください」。試行調査に参加した都立桜修館中等教育学校(東京・目黒)では午前8時45分から約150人の生徒が国語の試行問題に取り組んだ。
 初めて記述式問題を採用する国語と数学1・Aを主に高校2年生が受け、マークシート式の世界史、日本史、地理のいずれもB、現代社会、数学2・B、物理、化学、生物、地学を高校3年生が受ける。英語は来年2〜3月に実施する。
 大学や高校の教員らで作る科目別の研究会が問題を作成。思考力や表現力を問う記述式問題に加え、当てはまる選択肢を全て選ばせる問題を用意するなどマークシート式も改善した。採点を受託する事業者と生徒の自己採点がどの程度一致しているかも検証する。特に記述式問題では、志望校を判断するための自己採点の精度が低いのが課題となっているためだ。
 問題や正答率の速報値は12月上旬に公表する。来年11月にはより本番に近い形で試行調査を実施する予定だ。19年にはテストの実施大綱を公表する。


内ゲバは「やるべき戦争」だった、中核派・全学連委員長が激白(2)
――中核派に話を戻します。中核派のイメージは変わってきたと思いますか。
 世代によって違うかなとは思う。80年代、90年代……。僕らが内ゲバを否定していたら違うのかもしれませんが、僕らはあれはやるべき闘いだったというふうに今でも思っている。そういう意味では否定はしていない。
 内ゲバというのは権力が作った言葉です。それを他のすべての人が受け入れただけ。僕らはあくまで革マル派との「戦争」。当時、革マルが大衆的な運動では中核派に勝てないから「中核派は全員殺しちゃえ」となった。破防法で中核派が動きにくくなっている時期に、という論文も出したりして。職場で一人、二人の中核派のうちに襲うとか。それに対してどうするの、というときに、いったん勝負をしなければいけないという党の判断があった。
 じゃあ、当時、他にどんな判断があったんですか。おとなしく殺されればよかったんですかと。外から見たあなたたちの考えはそうかもしれないが、中にいる私たちの判断はそうですよと。
――対革マル派と最近は内ゲバないですよね。
 あちらがやらなくなったら、こちらもやる必要はないと。革マル派の殲滅に向かって最後はいきますけど、解放社(編集部注:革マル派の拠点)に乗り込んでウオーとか、それはないですから(笑)。
 内ゲバを否定はしていないが、それだけで革命が起きるとは思っていない。労働運動とか学生運動とか、現場にいる人間の主体性を引き上げていくと言いますか、爆発させていく。その中で日常が変わり、革命が起きるというのが基本的な考え方。
 今は、そっちの「基本的な路線」の方が目立つので、20代、30代はそういうイメージを持つ人が少しずつ増えていると思います。逆に40代、50代は内ゲバのイメージ。現場を見たりとか経験として知っている人がいる。そういうイメージを拭い去るというのは実際問題厳しいのかなと思います。
――中核派だけでなく、過激派の大学拠点はどんどん失われています。学生と接点を失ったとも言える。前進チャンネル(ユーチューブの中核派PR番組)を始めた狙いは、接点がない人に接触しようということですか?
 それを含めて、今までやってこなかったことをやってみようということです。
――中核派と言えば、斎藤さんが在籍した法政大学、そして京都大学。退学者を出したり、大学当局が圧力を増しているように見受けられます。
 何かを起点に圧力を強めていると言うよりは、大学の側にまず、大学改革というのがあって、産業の競争力のために、大学、産業が連携しないといけないという方向に向かっています。30年スパンで改革をやるんだということをずっとやられている。その流れで踏み込んできて、ぶつかっているというのが基本的な形。
 京大の場合は反戦バリスト(編集部注:15年に中核派の学生がキャンパス内でバリケードストライキをした)から激しくなっているように思われていますが、その前の段階から、既存の、僕らと関係ない自治寮とかに関しても「団体交渉をしない」とか始まっていた。その流れであんな形に。
――過激派の活動の拠点になっているのが経営上ふさわしくないと大学は考えていると?
 完全にそういう認識だと思いますね。
――受験する高校生が減るから?
 それだけではないと思います。私立大学レベルでは「イメージ良くないよね」と言われているのかもしれませんが。国立大学レべルでは「国家のために産業と連携していけ」という話はすなわち、防衛省の軍事研究。大学にいま呼びかけているわけですが、それに対して反対の声というのが大学の中から起こるというのは本当に簡単ではない。日本の支配層は60年代、70年代に「ベトナム戦争反対」とか嫌というほど味わっていますから。大学の中で反対されて、それどころではないという状況になった。なので、それ(産学連携)を貫徹するためにはあらゆる反対勢力を排除しようと。僕らに限らず不穏分子といいますか、自治会とか教授会とか。そのなかで乾坤一擲、大々的に反撃しよう、勝負掛けようと僕らが動き、中核派だけが目立っている。
――産学連携とは軍事研究? どこの大学でもやっているのでしょうか?
 というよりも、大学を一つのGDP上昇の協力機関に変えようという流れの中で、直接軍事研究と関係なくても、「自分の市場価値を上げろ」という教育を文系理系問わずやる。グローバル人材を育てようとか。金融企業と結び付くとか。
 それに対して組織的な反対運動をするのが中核派。他の政党、人たちはあきらめて反対もしないので、活動がすたれ、人もいなくなり、さらにすたれていっている。ビラまきとか小さい形であっても、大学に目をつけられるのを覚悟でやろうということですから。他の人たちにはできないので、中核派だけ生き残った。力はまだまだ弱いですけど。
――大学の圧力は具体的にどんな形で感じていますか。
 大学のルールを変えて集会を禁止にしちゃうとか、ビラまきを大学の許可制にしたり。または退学処分。
――15年に中核派の学生らが京大キャンパス内で行ったバリケードストライキ(バリスト)。ユーチューブで見ましたが、一般学生がバリケードを内側から破壊したんですよね?
 最後の対応をミスった。12時でバリストは終わりにしますと言っていて、その後バリケードの防衛を解いていた。後で撤去する予定だったが、秩序を大事にしたい人はいますし、まじめに授業受けたい人も少数います。そういう人たちがああいった行動に出ること自体は……。むしろバリケードを守っている最中にそういう激突にならなかったことで、「まだ(中核派の言い分を)聞いてくれているな」という風に思っていますけどね。
――ノンポリ、反学生運動層は認めざるを得ない一定層いると?
 もちろん。
――ユーチューブだけを見ると、スト中に壊されたのかなと思ってしまいました。
 そういう風に言いたい人たちはいます。産経新聞なんかそうですし。バリケードを破壊した人たちもそういう風に思っているんだろうなあと思います。「主体性を発揮して壊した」んだと。
 僕らは無風な状態で軍事研究だったり、学生を商品にするような教育だったりをしていることに反対ですよと。そういうことを思ってバリストをやった以上、軋轢を生むだろうなと覚悟してやっている。教員とか当局よりも、学生の方が数多いですし、具体的な行動をしてくることはあるだろうなと思っていました。
――ユーチューブに半永久的に「中核派を一般学生が打破した」と思われてしまう画像が残ります。悔しいですか?
 うーん、悔しくはありますが、そういうコンテンツがある以上仕方ありません。1年でも2年でもかけてあのバリストが、なんのためにやっていたのか、正しかったのかどうか。これから評価が決まっていく。それは僕らの活動に問われていると思います。
―― 一般学生が破壊活動をするのは長い学生運動の歴史の中で珍しいのかなと思う。ある意味中核派を恐れないと言いますか。
 うーん、私が大学に入った時には、当然そういう学生はいました。昔もいたと思う。でも昔は力関係がもっと(運動側が強かった)。労働者もばんばんストライキしていた。ストライキが世の中にあり得るんだという前提があったから、「(ストライキにぶち当たっても)今日は仕方ない」となったかもしれない。でも僕らの世代はストライキなんて見たことがない。「ただの占拠行為だろう」という見方をする人がそれなりに出てくるのは当然かなと思います。
 でも本当はカリキュラムが決まっているから、「こう動かないといけない」というようなんじゃなくて、自分たちが決断すれば「止められる」「変えられる」のです。ストライキという行為がこの社会にあることをよみがえらせたい。
――大学キャンパスでのバリストは何年振りだったのか分かりますか?
 京大では約30年ぶり。全国でも東北大で2000年に国立大学法人化反対のバリストをやって以来です。
(以下中核派メンバーの回答)
 東北大以降、物理的な大学内ストライキには刑事罰を適用すると大学が言った。こっちとしても「うっ」となる。で、しばらくやっていなかったが、一昨年は安保法案が通ったので、「ここはちょっと腹固めてやろう」となった。実際正門前まで警察が来てましたので、突入されても仕方なかった状況でした。
――ついでに伺います。京大では14年、キャンパス内に無断で入っていた私服警官(公安)を中核派学生らが取り押さえる事案がありましたよね。大学の自治が焦点となった、あの有名な東大ポポロ事件になぞらえて、「京大ポポロ事件」と呼ばれているそうで。概要を教えてください。
 労働者の大きな集会をやり、そこに参加した京大生が2人逮捕されました。その仲間を取り戻そうと、京大内で呼び掛けていたところ、「変な人がいるぞ」となった。声を掛けたら逃げ出した。つかまえたら公安だったという流れです。
――公安の身柄を大学敷地内で学生側が確保する行為自体、珍しいですよね?
 普通そんなことやったらこっちが逮捕されますから(笑)。血気盛んな人が取り押さえた。最終的には大学当局に突き出しました。
(以下中核派メンバー)
 恒常的に大学空間に入って面割りするやつがあまりにも露骨にやっていたという話。どこの大学にもいるんでしょうけどあんまり普通分からない。


維新 足立議員、ツイッターに「朝日新聞、死ね」と投稿
 日本維新の会の足立康史衆院議員(52)が学校法人「加計学園」を巡る朝日新聞の社説を巡り、自身のツイッターに「朝日新聞、死ね」と投稿していたことが分かった。足立氏は異議申し立ての趣旨だったと釈明したが、発言を疑問視する声も上がっている。
 足立氏は12日、文部科学省の審議会が加計学園の獣医学部新設を認可するよう答申したことに、「『総理のご意向』を巡る疑いが晴れたことには全くならない」と指摘した朝日新聞の11日付朝刊の社説をツイッターで引用。「朝日新聞、死ね。」と書き込んだ。
 足立氏は毎日新聞の取材に「朝日新聞の加計学園問題に対する扱い方への異議申し立てを、考え得る最も厳しい言葉で非難した」と述べた。流行語にもなった「保育園落ちた日本死ね」を念頭に「『死ね』という言葉は私自身は許容されると思っていないが、今の国会と日本社会は是としているようなので使った」と説明した。
 ジャーナリストの大谷昭宏さんは「保育園に落ちた一人のお母さんのつらい立場の発言をまねしたのだろうが、根本的に違う。言論の府の国会議員が民主国家の最大の柱である言論機関に『死ね』と言うのは、浅はかに尽きる」と批判した。
 足立氏は10月の衆院選で大阪9区から立候補し、比例復活で3選を果たした。【念佛明奈】


DV、一家離散…立憲民主党・池田まき議員が乗り越えた過去
「私が選挙戦で訴えてきた“誰一人置いてきぼりにしない”というスローガンは、当時、私がかかわっていた知的障害のある女性が、言っていたことなんです。彼女は口癖のように、『いつも私は置いてきぼりじゃん、私の人生なのにおかしい』って泣いていてね。そんな社会を変えたくて、政治家を志してきたんです」
そう明かすのは、10月22日に投開票が行われた衆議院議員選挙で、北海道5区から立候補し、比例で初当選を果たした立憲民政党の池田まきさん(45)だ。池田さんは、足かけ20年、福祉の世界で仕事をしてきた。民間の介護施設で職員を務めたあと、東京都板橋区役所福祉事務所に14年間勤務。'11年には、北海道大学公共政策大学院で、福祉政策を学ぶため、東京から北海道に移転。勉強をしながら、フリーのソーシャルワーカーとして、ツイッターなどで全国から寄せられた相談にも、ていねいに対応してきた。
「私が福祉の道に入ったのは、私自身が“置いてきぼり”にされてきたからです」(池田さん・以下同)
池田さんは、幼稚園に入る前から、父親からDVを受けていた。
「とくに母や祖母に対する暴力がひどかった。母が妹を連れて実家に逃げると、今度は矛先が私に向けられた。いつも殺されるんじゃないか、という危機感がありました」
池田さんが中学生になるころには、母は暴力から逃げるため、妹を連れて家を出た。彼女も祖母の元へ。家族はバラバラになった。池田さんは、穏やかな家庭を夢見て、18歳で事実婚。しかし幸せはつかの間だった。
「2人目を妊娠していたとき、夫が蒸発をしたんです。あとから知ったんですが、夫は大きな借金を抱えていました」
乳飲み子2人を抱える池田さんのもとに、借金取りは容赦なくやってきた。警察や行政に相談したが、「あなたが借金をつくったんじゃないの?」と疑われてしまう始末。
「弁護士に相談しても、『夫が蒸発して7年たてば離婚は成立するのだから我慢すれば』という返事。7年間、借金の取り立てから逃げながら、どうやって子育てしろというのか。まさに、置いてきぼりにされた気持ちでした」
しかし、6人目に相談した弁護士が、やっと親身に対応してくれ、危機を逃れられた。池田さんは、こうした自身の経験から、「いかに当事者の立場にたった支援が必要か」ということを思い知った。
借金問題の次に待っていたのは、シングルマザーに対する世間の厳しさだった。
「働きたくても、乳飲み子を抱えたシングルマザーを雇ってくれるところがない。やっとの思いで見つけた仕事は、ファミレスのバイトや内職。さらに苦労したのは、保育園。0歳児から預かってくれるところが、なかなか見つからず、結局、2人の子どもを同じ保育園に預けられるようになるまで、4回も転園しました」
池田さんは生活苦に耐えながら「弱者が生きづらい社会を変えたい」と、パートを掛け持ちして職業訓練校に通い、ヘルパー資格を取得。民間の介護施設で働くようになった。そして、中卒だった彼女は、その合間を縫って、通信教育で大検に合格。「早朝に2時間勉強する」という“朝勉”を続け、社会福祉士から消防士まで、7つの資格を取得していった。すべては、現場の仕事に生かすためだった。
「生活保護受給者や不登校の子ども、障害のある方のご家庭など、私は必ず、ご本人に会えるまで家庭訪問します。どうしても入らせてくれないご家庭には、『消防のものです。点検させてください』と言って、消防の格好をして入ったこともあるくらいです」
“置いてきぼり”になっている人たちは、そこまでしないと救えない。しかし、立場が弱い人ほど、行政にたいして「それはおかしい」と言えない、と池田さんは言う。
「いまの日本は、命や暮らしの大部分が“自己責任”に委ねられていて、ひとつ足を踏み外せば誰もが社会的弱者になりえます」
第4次安倍内閣がスタートしたが、新人議員の池田さんは、どう切り込んでいくのか。
「命や暮らしを守ることは、与野党関係なく取り組むべき課題。私は“前例主義”は大嫌いなので、無理だと言われても、知的障害者の方が、『自宅で生活したい』『将来は福祉の仕事に就きたい』などとおっしゃれば、それを実現するためのサポートをしてきました。その後、社会で活躍し始めている方も。それが、地域活性や地方経済の底上げにもつながっていくんです。いい実例を与党議員にも訴えていくことで、人を見捨てる社会を変えていきたいと思います」


「セックスしている子もいるけど私はしたくない」 アメリカの女子大生に浸透するパパ活とは
<シュガー・ベビーになれば、学費ローンの返済も恐くない...!? アメリカの女子大生の間でにわかに注目を集める「資金調達方法」とは>
日本では大学の学費の上昇のあおりを受けた女子学生が、経済的に余裕のある高所得の男性に援助を受ける「パパ活」の存在が報じられている。これは他の国の学生にも起きているようだ。アメリカでは、大学や大学院の学費をローンで賄い、卒業と同時に莫大な額の借金を背負うことが多い。
米シンクタンク、ピュー・リサーチセンターの調査によると、大学入学者数の増加や授業料の値上げなどで、アメリカの大学生の借金額はここ10年で2.5倍以上になった。米地方紙カンザスシティー・スターはその借金を恐れた女子大学生が「シュガー・ベビー」として、生活を助けてくれる「シュガー・ダディ」を募集していると指摘する。女子大生とパトロンをつなぐシステム、いわばアメリカ版「パパ活」だ。
女性がパトロンを探すために使うマッチングサイトのひとつ「SeekingArrangement.com」は、2006年にマサチューセッツ工科大学(MIT)卒業生ブランドン・ウェイドによって設立された。登録者は世界約140カ国で1050万人にのぼり、このうち8割が何らかの支援を求める女性だ。2016年には、このうち約250万人が借金を抱える学生のシュガー・ベビーだったという報告がある。
この仕組みは、学費に苦しむ若者に「素晴らしいリソース」を提供すると謳われるが、売春の温床になる可能性を危惧する声も多い。社会的に弱い立場にある学生は搾取されかねない。
場合によっては、契約の条件に肉体関係が含まれることもある。
クリスティーナの場合
ラスベガスに住む29歳のシュガー・ベビー、クリスティーナ(ミシガン州立大学のオンラインMBAコース在学)は、米ニュースサイトのビジネスインサイダーに自身の経験を赤裸々に語った。
クリスティーナはファッションデザインとマーチャンダイジングの学士号を取得していたが、同時にオークランド大学で政治学と法律学も学んでいた。学費は膨らみ「私は何年も何年も(ローン返済を)支払うつもり」だったという。そんなとき、女友達から勧められた「SeekingArrangement.com」に登録した。
クリスティーナはサイトを通じて、これまで学費として9万ドル(約1000万円)を受け取ってきた。魅力を感じてしまう学生がいることも納得の金額だが、問題はそこではない。シュガー・ベビーであることは社会的な汚名のレッテルでもあり、そんな劣等感から心に葛藤を抱え苦しむ。
クリスティーナによると、お金のためにセックスをするシュガー・ベビーもいる。でも、彼女はそんなことはしたくないと思っている。
急拡大したシュガー・ベビーの全容は把握できない
シュガー・ベビーとシュガー・ダディの関係は十分に研究されていないため、このシステムが一般的になっているかどうかは不明だ。ただ、確実にインターネットの功罪は大きいと専門家は考えている。オンラインでの出会いを研究するカリフォルニア大学サンディエゴ校のケビン・ルイス准教授は、欲しいものを率直に明示できることで市場が効率化されると言う。
米ネバダ大学でジェンダー・セクシュアリティを研究するリン・コメラ準教授は、ストリップ、売春、チャットやウェブカメラを使ったセックスワークで学費を捻出する学生は珍しくないと語る。ただ、シュガー・ベビーとシュガー・ダディを結びつけるこのシステムは比較的新しいもので、実際に何が起きているのか、その実態は完全にはわからない。
この状況にいち早くメスを入れた国もある。フランスのパリ市政は10月、警察と協力して、経済力のある男性と若い女子学生のマッチングサイトを「恥ずべきもの」だとしてパリから撲滅させると正式に決めた。
これまでパリ市内には、マッチングサイト「RichmeetBeautiful」がこんな露骨な文言で多くの屋外広告を出していた。『ロマンス、情熱、そして借金なし。シュガー・ダディやママと一緒に出かけよう』
奨学金の専門家によると、2015年のアメリカの大学に通う学部生は平均3万5000ドルの借金を抱えている。金額は毎年増加しており、大学院卒業時には平均7万5000ドルまで膨らむ。研究や進学のためにカリキュラムが長くなればなるほど学生は深刻な負債に陥るが、状況は良くない。ほとんどの主要都市で不動産の賃貸料が急騰し、学生の生活は奨学金だけで賄えるレベルを超えている。シュガー・ダディに助けを求めなければならない学生の声に耳を傾けることが必要だろう。


パリ同時襲撃事件から2年、タトゥーに刻まれた苦悩と決意
2015年11月13日にフランス・パリで発生し、130人が犠牲になった同時襲撃事件。現場の一つ、コンサートホール「バタクラン(Bataclan)」で遺体の下敷きなって死にかけたローラ・レベック(Laura Leveque)さん(32)は事件以来、肩に「130人の亡きがら」を背負っていると話す。
「だからしるしに残した方がいいと思って」。
 事件の生存者の中には、タトゥーを入れた人がたくさんいる。レベックさんもその一人だ。
「死体に埋もれた。死が体にしみ込んだ」と話すレベックさんは、事件から2年が経過した今も、「中ぶらりん」な気持ちのままだ。だが、タトゥーは「自分の体を取り戻し、恐怖を美しい何かに変える」助けになっているという。
 レベックさんの肩にはカラスのタトゥーと、その周りに日食、尾をくわえたヘビのタトゥーが刻まれている。自分の尾をくわえるヘビは「循環や生命」、「戦場に咲く花」を象徴する。
■体に傷を負わなかった犠牲者
「これは私の傷なの」。マノン・オートクール(Manon Hautecoeur)さんはライオンとパリ市の紋章にある標語「たゆたえども沈まず(Fluctuat nec mergitur)」と彫ったタトゥーを指して言う。この標語は事件後、事件に立ち向かうためのスローガンになった。
「傷ついたのが精神面『だけ』なら自分が犠牲者だとは感じない。体に傷を負っていないのだから」。カンボジア料理店「プティ・カンボージュ(Le Petit Cambodge)」が銃撃された際、現場近くにいたオートクールさんは言う。
「バタクラン」で生き残ったデービッド・フリッツ・ゲッピンガー(David Fritz Goeppinger)さん(25)も同じように感じているという。
「自分は傷を負っていない。何かが必要だったんだ」。ゲッピンゲンさんは、ローマ数字で事件日を彫った。
■自分を鼓舞し前を向く
 ステファニー・ザレフ(Stephanie Zarev)さん(44)は銃弾の破片が当たった腕に、不死鳥のタトゥーを彫った。「あんな恐ろしい夜を経験しても、生きる意味はたくさんある」
 ソフィーさん(33)は脚に銃弾2発を受け、今は足を動かすことができない。太ももにはメキシコの死者の日を象徴する骸骨の貴婦人「カトリーナ(Catrina)」、足にはひまわりのタトゥーを入れた。「傷を昇華させたくなかった。際立たせたかった」とソフィーさんは話す。
 家族を失った人たちもまた、タトゥーを入れている。
 フロランス・オンスラン(Florence Ancellin)さんは足首にニンジン(キャロット)のタトゥーを入れた。「キャロット」は「バタクラン」で亡くなった24歳の娘、キャロラインさんのニックネームだ。
 パートナーのオリヴィエさんを亡くしたファニー・プロビル(Fanny Proville)さんは他の人とは少し異なり、背中に「時には忘れることも必要」と彫った。
「彼がそこにいるとわかってる」プロビルさんは語る。「たとえいなくてもね」 (c)AFP/Marie GIFFARD


野党の「質問時間削減」は、「国会形骸化」への序曲となる 現在の政府与党は、国会審議に前向きではありません。
10月総選挙で自民党が圧勝した当時、安倍首相は「謙虚」「丁寧」を繰り返してきました。 ところが、国会審議はなるべく避けて通りたいというのが本音だったようです。選挙が終わった直後は、総選挙後の特別国会を必要最低限開催し、秋の臨時国会は見送ろうという方針が語られました。野党や世論の反発を受けて、今年6月の通常国会の閉会以来、憲法53条にもとづく野党の臨時国会開催要求も拒否し続け、この9月の臨時国会も、議論なしの冒頭解散、総選挙後も議論から逃避していると見られるという危惧もあったのか、衆参本会議での所信表明も代表質問や予算委員会も開催することになりました。その結果、急浮上してきたのが、自民党による「質問時間の見直し」問題です。
安倍首相、質疑時間の配分見直し指示=自民「魔の3回生」が拡大要望:時事ドットコム(2017年10月27日)
自民党の石崎徹衆院議員ら当選3回有志が27日、国会内で森山裕国対委員長と会い、慣例でおおむね「与党2割、野党8割」としてきた質疑時間の配分を見直し、与党の持ち時間を拡大するよう要望した。これを受け、安倍晋三首相(党総裁)は萩生田光一幹事長代行に対し、配分見直しに取り組むよう指示した。
自民党が政権を奪還した2012年衆院選で初当選した議員の間では、不祥事や失言が相次ぎ、「魔の3回生」と呼ばれている。石崎氏らの申し入れには、こうした負のイメージを払拭(ふっしょく)し、国会で活躍の場を確保したいとの狙いがある。
今回の総選挙をへて9月までの「魔の2回生」は「魔の3回生」となったようです。 大臣、副大臣、政務官として登用される手前の国会議員として、質問に立つ機会が少ないことをハンディと感じて、「私たちも質問時間をまわしてくれ」と言い出したことで、活躍の機会を安倍総裁が配慮したと伝えています。
この間は、予算委員会の与野党の「質問時間」は「与党2対野党8」で配分されてきました。自民党からは、議席比で「与党7対野党3でいい」との声も出る中で、森山裕国会対策委員長は「与党5・野党5」を主張し、野党側の猛反発を招いて激しく衝突しています。
与党になったら、野党の質問時間を削減するのは「ご都合主義」 立憲民主の枝野代表が自民を批判 (『ハフポスト』2017年11月13日)
立憲民主党の枝野幸男代表は12日、名古屋市の街頭演説で「我々が与党の時に野党の持ち時間を長くした。それを求めた野党を知っていますか? 自民党っていうんですよ」と述べた。そのうえで、「与党になったら、野党の時間を短くしろと言う。こういうのをご都合主義と言うんじゃないでしょうか」と批判した。
枝野氏は自民党の対応について、「よほど野党に国会で聞かれたらまずいことがたくさんあるから、野党の時間を短くしたいとしか言いようがない」と指摘。さらに「(野党が)2分ぐらい聞いたら、10分ぐらい延々と関係ないことをベラベラしゃべり続けているのは、どこの誰なんですか? 安倍晋三首相じゃないですか」とも語った。
誤解があるといけないのであらかじめ記しておきますが、「質問時間」とは、「質問時間+答弁時間」を合算したものです。参議院予算委員会だけは「片道方式」と呼んで、「質問時間のみ」で答弁時間は含まれていません。しかし、衆議院予算委員会をはじめとして、多くの委員会質疑では枝野氏が言うように、2分質問して閣僚が10分途切れなく答弁しても「12分経過」ということになります。
国会質問に対する答弁は、政府与党の大臣、副大臣、政務官が立つことになります。野党が厳しい質問をしてきたとしても、政府与党は「ここまで想定、配慮して、法制度を設計していますよ」と、その正当性を訴える格好の政策宣伝の場でもあります。あるいは、野党の質問準備が整わずに未熟な質問をすると、「それは誤解で、政府提案の正しい理解は...」とたしなめることもできます。野党の質問時間は、与党の力量を示す見せ場でもあるのです。
与党は政府提出法案について、事前審査を行う仕組みになっています。国会提出前の法案は、閣議決定の前に与党内で「喧々諤々(けんけんがくがく)の議論」をへて提出されることもあります。国会で与党側から法案の不備や欠陥を問いただすことは、ほとんどありません。従って、テレビ中継を見ていても、「政策についての大臣の意気込みはいかばかりかお聞かせいただきたい」「総理の決意のほどを伺わせていただきたい」というシナリオをなぞる朗読会になりがちです。法案に対しての党議拘束をせずに、議員個人の判断で政府提案にも堂々と疑問を投げかけ、与党議員でも反対票を投じることも当たり前だという具合に国会改革をしない限り、自画自賛型質問やおしゃべり緩慢型質問を増やす懸念があります。
「質問時間」を与野党の「発言時間」で分解してみましょう。与党の「質問時間」=与党の「発言時間」です。野党(の質問時間)では、質問者と答弁席の閣僚の個人差がありますが、質問と答弁でおおよそ「野党6対与党4」(の発言時間)となるのです。今回の自民党の「与党5対野党5」の時間配分でも、実質的な発言時間は「与党7対野党3」となります。与党議員と与党閣僚の消化試合より、迫真の火花が散るような与野党の論戦にこそ、注目が集まります。政府与党にとっても、野党への答弁は世論に政策を訴求するチャンスだということを忘れてはならないと思います。
私の書いていることは、往年の「永田町の感覚」なのかもしれません。 現在の政府与党は、国会審議に前向きではありません。論理的に辻褄のあわないことや、 政府の事実認識の過誤があっても、恥じているようには見えません。今年前半の共謀罪の議論でも、迷走を続けた上で、「私の能力では...」とまで口にする金田勝年前法務大臣にそのまま曖昧な答弁をさせ、最後には強行採決をしました。国会審議に対して、「論理」や「法的整合性」にてらして真剣に向き合うという姿勢もなくなりました。
「質問時間」攻防で、自民党は最終的に野党が飲まなければ、委員長が職権で決することもありえるという立場を示しています。何事も多数決で決められるなら、会期末には与党質問だけで、動議を提出して「野党質問打ち切り」をはかることも、さらなる極端な野党質問への制限も常態化することになります。
国会は「言論の府」と呼ばれます。今年の6月に閉会し、8月の内閣改造、9月の解散、10月総選挙をへて、いよいよ本格的な国会論戦はとっくに始まっていていい時です。 このところ、先送りしてきた加計学園の認可の動きもあります。自民党が「質問時間」にこれだけ強くこだわるのは、予算委員会での厳しい野党質問を警戒し、「与野党折り合わず開催できません」という「国会空白」を強く望んでいるからではないかと疑いたくなります。
私は、かつて11年間で546回の国会質問を行ってきました。そのうち1年半は与党で、残りは野党でした。こうした経験から、国会質問が大きな影響力を持ち、また制度改正や見直しの契機となる場面も、数多く体験してきました。小泉純一郎首相当時も、巨大与党で野党は少数でした。それでも、「言論の力」は、まだまだ有効でした。今回の「質問時間」問題は、 国会論戦の野党時間を削減することが狙いです。国会の形骸化が進めば、民主主義は立ち腐れし、三権分立の国会機能は奈落へと沈みます。そうなったら、与党にとっても取り返しのつかない事態となることに気づくべきだと思います。「質問時間」はそれだけ重い問題です。