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Des Japonais ont inventé un verre capable de se réparer tout seul
Andy
Le temps des verres brisés qu’on essayait de rafistoler avec de la colle pourrait bien être révolu grâce aux recherches menées par des scientifiques de l’université de Tokyo. Une étude menée par le professeur Takuzo Aida et publiée dans la revue Science le 14 décembre 2017 dévoile l’existence d’un verre capable de se réparer tout seul. Les chercheurs nippons dirigés par Takuzo Aida sont à l’origine de cette découverte scientifique.
Dans une vidéo montrant l’expérience des chercheurs, on peut voir clairement deux débris de verre fabriqués à partir d’un nouveau polymère semi-transparent fusionner entre eux. La fusion des deux éléments survient après qu’ils aient été compressés durant de nombreuses heures à température normale.
À long terme, cette technologie pourrait bien être étendue à nos écrans de smartphones, ce qui pourrait nous éviter bien des tracas. Elle sera aussi utile dans d’autres domaines.
Une première dans le domaine de la science
Les chercheurs japonais ont affirmé que cette nouvelle matière était la première à pouvoir se restaurer à température ambiante. D’après les scientifiques, ≪ Dans la majorité des cas, il faut chauffer le verre à une température d’environ 120°C ou plus pour qu’il fusionne et se répare.
En dehors de sa capacité de régénération, le polymère ≪ est hautement robuste et peut être réparé grâce à une simple compression de la surface fracturée pendant une à six heures. ≫ Après avoir été réparé, le verre garde également toute sa force.
Une découverte accidentelle
L’équipe de chercheurs japonais a indiqué que la découverte des propriétés de ce nouveau polymère s’est faite accidentellement après que l’étudiant de l’université de Tokyo, Yu Yanagisawa, ait préparé le matériel pour en faire de la colle.
Durant son expérience, l’étudiant a remarqué qu’après que la surface du polymère ait été découpée, les bords continuaient à se recoller entre eux. Ces derniers ont fini par fusionner complètement après avoir été compressés durant 30 secondes à une température de 21°C.
Durant une interview accordée à NHK, Yu Yanagisawa a déclaré qu’il avait du mal à croire à sa découverte et avait recommencé l’expérience plusieurs fois avant d’en être sûr.
フランス語
フランス語の勉強?
鳩山由紀夫‏ @hatoyamayukio
東京新聞の報道で、音声データによると森友への国有地売却の値引きについて、工事業者の方が嘘をつきたくないと尻込みしていたのに、国側が「9mまでゴミが混在しているとすればよい」と積極的に値引きさせたがっていたことが明らかになった。高値を望む筈の国が値引きを求める。上からの声しかない。

今日はいいニュースです.湖東記念病院事件の再審決定を大阪高等裁判所が行いました.今年の5月27日のえん罪の集会SUN−DYUさんと桜井さん/徳之島特産黒糖焼酎の冤罪の集会に参加してはじめて湖東記念病院事件を知りました.その時はみんな頑張っているなぁ・・・と思ったくらいでしたが,再審決定になってとてもうれしいです.西山美香さんは無実です!

<年の終わりに17東北>(1)「乾杯」あふれる笑顔
 一年が終わろうとしている。東日本大震災から7度目の年の瀬になる。東北の被災地の表情や地域の習わし、人々の営みを見詰めた。
◎再開店舗で忘年会(岩手県陸前高田市)
 師走の街にまた一つ、明かりが戻った。
 震災で全壊した陸前高田市の飲食店「和食 味彩(あじさい)」が、6年9カ月ぶりに営業を再開した。「待ってました」「お帰り」。客席に笑顔が広がる。
 店を切り盛りする阿部昌浩さん(50)、裕美さん(50)夫妻は昼も夜も大忙しだ。忘年会の予約もひっきりなし。「感謝の気持ちでいっぱいです」と接客を担う裕美さんの声が弾む。
 にぎわいを取り戻そうと陸前高田市の人々は今年、大規模にかさ上げされた中心市街地で一歩を踏み出した。商業施設や市立図書館が相次いでオープン。個人店舗の再起は、阿部さん夫妻の店で10店舗を数える。
 「一店一店が強ければ魅力的な商店街になると思う。皆さん、そういう覚悟でやっている」
 今はまだ、さら地の多い中心市街地だけど、再びともしびあふれる街にしようと誓って「乾杯」。


<回顧17みやぎ>(7)色麻町・一斉放送事業破綻/苦渋の有線本卦帰り
 東日本大震災から7度目の年越しを迎える。復興へと地道な歩みを重ねた2017年。被災地を置き去りにした解散風が吹き、大型選挙が相次いだ。学校現場では再び尊い命が失われ、問題の根深さが浮き彫りとなった。県内であった出来事を記者が振り返る。
 嫌な予感がした。新任地に着いて間もない4月、無線機を見た時だ。れんが大の黒い本体から、角のように2本飛び出たアンテナ。この武骨な機器が、住宅の居間や玄関に置かれた光景はイメージしづらかった。
 宮城県色麻町が全2000世帯分を1台約6万円弱で購入した。災害情報などを一斉放送するデジタル無線網事業。運用開始予定から2年たっても、約1200世帯で発生した受信トラブルを解消できずにいた。
 無線機のデザインより、問題の根は深かった。原因を調査した町の専門家委員会は4月末、「現状の設備で全世帯への一斉放送はできない」と結論付けた。
 周波数の帯域幅の不足など、設計上の致命的な課題が突き付けられた。事実上の事業破綻。巨額の公費が無駄になる可能性が高いと感じ、大きく報じた。
 その後の展開は、ほぼ予想通り。会計検査院は11月、無線機の購入費など約1億5000万円の支出を不法と指摘。町は事業に充てた国の交付金を返還した。設計業者は、追加工事分の委託料の支払いを求めて町を提訴。責任論争は法廷に場が移り、町民にとってもやもやした状況が当分の間、続きそうだ。
 意外だったのは、約6割の世帯が加入する有線放送電話(有線)を代替策に選んだこと。国内では役目を終えた前時代の技術とされる。故障しても代替機器がもう製造されていない、とも聞いていたからだ。
 ところが、町は通話機能のないスピーカーなら未加入の800世帯に設置が可能で、専門家委員会が提案したコミュニティーFMの開局より費用を抑えられると言う。予算や時間が限られる中、苦渋の本卦(ほんけ)帰りであることは分かるが、「だったら初めから…」と思わずにはいられなかった。
 町が有線の再整備方針を示した9月28日、役場2階の放送室に入った。前回改修から24年が経過。この先、いつ変調を来すか分からない。町職員は「写真はやめてね。汚くてかっこ悪いから」と声を掛けてきた。
 放送開始から60年目。県内で唯一残る有線は、誇るべきレガシーであり、事業破綻の教訓でもある。「もう少しの間、頑張ってよ」。そう念じ、シャッターを切った。(加美支局・佐藤理史)
[メモ] 色麻町は2011年から全国に先駆けて高速無線通信「地域WiMAX(ワイマックス)」網を整備。総事業費は約3億7000万円。13年に災害時の避難所となる40カ所との情報通信が可能となったが、全戸一斉放送はできなかった。有線放送電話は町の広報や町議会の中継が聞け、無料通話もできる。


リニア工事談合事件/「悪弊」を断ち切れないのか
 建設業界は「悪弊」をまだ断ち切れないでいるのか。総工費9兆円を超える巨大プロジェクトが、業界ぐるみの不正の温床になっていた疑惑が浮かび上がった。
 JR東海が発注したリニア中央新幹線の建設工事を巡る独禁法違反事件である。
 大手ゼネコンの大林組が、東京地検特捜部の事情聴取に対し鹿島、清水建設、大成建設との4社による受注調整を認めた。公正取引委員会にも違反を申告していたという。
 民間の事業とはいえ、リニア計画には財政投融資3兆円が投入されており、公共事業と同じ重みがあると言っていい。談合で事業費が膨らめば利用者に運賃の形でしわ寄せが及びかねない。司直の手で全容を徹底解明してほしい。
 JR東海がこれまでに締結した工事は22件。このうち4社が代表となる共同企業体(JV)が15件受注し、各社は3〜4件とほぼ均等だった。4社の担当者らは業界の会合などを通じ定期的に会い、情報交換していたという。
 特捜部は当初、大林組のJVが受注した名古屋市の非常口工事で不正な入札があったとみて偽計業務妨害容疑で同社の強制捜査に踏み切った。
 今月8〜9日の家宅捜索後、大林組から公取委に「4社で事前に受注調整した」と、課徴金減免制度に基づく申告があった。もはや他の3社は「談合には当たらない」といった言い逃れができなくなったはずだ。
 制度は談合の課徴金の増額と共に、2006年の法改正で設けられた事実上の司法取引だ。独禁法違反容疑で調査を受ける前に関与を認めれば課徴金が減免される。他社より早い申告なら刑事告発も免れることができる。
 各社は1990年代のゼネコン汚職事件の反省を踏まえ、05年に「談合決別宣言」をしたはずだった。にもかかわらず、その後も談合が繰り返されているのは問題だ。
 宣言直後の06年には、旧防衛施設庁発注工事に絡む官製談合事件で大手ゼネコンを含む多数の業者が摘発を受けた。今年4月には、東日本大震災の被災農地復旧事業を巡る談合疑惑で、大手の東北支店などが公取委から立ち入り検査を受けている。
 リニア計画には難易度の高い工事が多い。「技術力と体力のある会社が受注しただけ」という声を聞くと、おごりや甘えの体質があったと言わざるを得ない。
 これまでの捜査で、JR東海側が工事価格に関わる非公開情報を伝えた疑いも指摘されている。発注者側にも重大な責任がある。説明を尽くすべきだ。
 独禁法は、発注者が官か民かを問わず公正な競争を妨げることを禁じている。談合は公平な入札制度の根幹を揺るがす悪質な犯罪である。
 新時代を切り開くリニア中央新幹線に、汚点を残してはならない。


大林組会長はメシ友 安倍首相にリニア9兆円利権との接点
 スーパーゼネコン4社に“総ガサ入れ”だ。リニア中央新幹線の建設工事を巡り、東京地検特捜部は18日、独占禁止法違反の疑いで大手ゼネコン鹿島と清水建設の本社を家宅捜索し、強制捜査に乗り出した。近く大成建設や既に偽計業務妨害容疑で強制捜査を受けた大林組への捜索にも踏み切る。入札前に水面下で4社が協議し、受注分担を決める「談合」の疑いが深まったためだ。総工費9兆円に上る巨大利権のウラには、安倍首相とゼネコンの「パイプ」が浮かび上がる。
 リニア関連工事は2015年8月から計22件の工事契約を締結。このうち大手4社は計15件を受注し、南アルプス地下トンネルやリニア新駅建設など難工事を伴う契約を3〜4件ずつ分け合う形となっている。いずれも価格は非公表ながら、総工費が1000億円から数千億円規模とみられる巨額工事について、4社は受注分担を協議。受注予定者や入札価格を事前に決める調整を繰り返していた疑いがもたれている。
 ここまでなら、単なる談合事件で片づくのだが、主要工事でゼネコン関係者がクビをかしげる「談合破り」が1件存在するのだ。それが名古屋のリニア新駅工事。朝日新聞によると、当初の協議では大成建設が希望したが、結果的には大林組が受注したという。
「主要駅の改築工事では、以前にその駅施設を建設したゼネコンに優先権を与えるのが、業界の不文律です。大成は今年全面開業した名古屋の新駅ビル『JRゲートタワー』を受注。地下6階、地上46階建てビルの地下にリニア新駅が建設される予定だったため、大成は当然工事を取れると思っていたはずです」(ゼネコン関係者)
■名古屋駅工事を異例の逆転発注
 なぜ、大成は逆転を許したのか――。大林組といえば、トップの大林剛郎会長は安倍首相の“メシ友”だ。12年12月の第2次政権発足以降、複数の知人を交え、少なくとも3回会食。先月19日、東京・ホテルオークラで開かれた大林会長の親族の結婚披露宴には、安倍も来賓として出席した。現職首相が民間企業の親族の披露宴にわざわざ顔を出すのは、まれだ。それだけ2人の親交の深さがうかがえる。
 大林組が名古屋駅工事の契約を締結したのは昨年9月6日のこと。約1カ月前の8月1日夜にも安倍と大林会長は会食していた。
「工事を譲る形となった大成は、前年の2015年に施工業者として携わった新国立競技場の『ザハ案』が白紙撤回。確保していた下請けの作業員や建築資材が宙に浮きかねなかったところを、政府の再コンペで建築家の隈研吾氏とタッグを組み、何とか受注に成功し救われた格好です。受注を競った建築家の伊東豊雄氏は再コンペの採点方法に異議を唱えましたが、当時、彼と組んだゼネコン連合は竹中工務店、清水建設、そして大林組です」(政界関係者)
 リニアの総工費9兆円のうち、約3兆円は国の財政投融資からの借入金で賄っており、工事に政権の意向が入る余地はある。また発注側のJR東海の葛西敬之・代表取締役名誉会長は安倍の後見人で財界ブレーンとして知られる。
 夢の巨大プロジェクトの裏で何があったのか。特捜部は全容解明に向け、徹底的に捜査のメスを入れるべきだ。


[リニア入札談合] 許されない業界の悪弊
 リニア中央新幹線の工事を巡る不正入札の捜査は、大手ゼネコンの談合事件に発展する公算だ。
 東京地検特捜部と公正取引委員会は独禁法違反(不当な取引制限)の疑いで、大林組、鹿島、清水建設、大成建設の本社などを家宅捜索した。
 リニアの総工費は9兆円超に上る。発注は民間のJR東海だが国の財政投融資を使って3兆円が充てられる国家的プロジェクトだ。
 大林組は4社による不正な受注調整を認め、課徴金減免制度に基づき公取委に違反を申告した。
 浮かび上がってきたのは巨大事業の裏で、スーパーゼネコンと呼ばれる4社が工事を分け合う構図である。
 談合はおよそ許されない業界の悪弊と病理にほかならない。特捜部や公取委は、業界のうみを出すため全容の解明に全力を挙げてもらいたい。
 一連の捜査の端緒は、リニアの地下トンネルから地上に避難するため名古屋市に新設する非常口工事の入札だ。大林組の共同企業体(JV)が約90億円で受注した。
 大林組は事前に工事費などの非公開情報を入手し、競合他社に受注の希望を伝え、他社も協力したとされる。こうした受注調整は他の工事でも繰り返された疑いがある。
 実際に4社が受注した工事15件は、各社3〜4件ずつ均等割りで工事を取った形だ。
 大林組は当初、入札を巡る偽計業務妨害容疑で強制捜査を受けたが、1社だけの不正でないとの見方は根強かった。捜査のメスが業界の談合体質に向かったのは当然の成り行きだろう。
 リニア建設を巡っては在来線の運行を続けながら地下駅を造ったり、南アルプスをトンネルでくりぬいたりするなど難工事が多い。
 このため請け負える企業は高い技術力を持つ大手に限られることは確かだ。「工事は利幅が少なく技術者も足りない」(大手ゼネコン幹部)との声も上がる。
 だからと言って、決して受注調整の言い訳にはならない。工事費が膨らめば、乗客の運賃などにはね返る。不正のつけが国民に回ってくることは間違いない。
 発注のあり方にも目を向ける必要がある。JR東海側が工事費の見積もりを漏らし、組織としての意向が受注調整の背景にあった疑いが持たれている。
 国民生活に直結する巨大事業だけに、入札や契約の透明性確保が欠かせない。JR東海は民間企業の入札に独禁法が適用された意味を十分考慮し、入札のあり方を検証すべきだ。


リニア談合 事実の徹底究明を急げ
 何度も繰り返されてきた大手ゼネコンの談合事件。今度はリニア中央新幹線工事の入札を巡り、大手ゼネコン4社が受注調整をしていた疑惑が出てきた。
 大林組、鹿島、清水建設、大成建設の4社である。入札前に協議して、受注予定者や入札価格を決めていた疑いがある。
 これまで契約済みのリニア関連工事22件のうち、4社は計15件を受注している。件数は3〜4件ずつとなっており、均等に振り分けるように調整したとみられる。
 東京地検特捜部と公正取引委員会は独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで、4社を家宅捜索した。大林組は不正な受注調整を認め、課徴金減免制度に基づき、公取委に違反を申告している。
 JR東海による民間事業のため、刑法に基づく談合罪は適用されない。とはいえ、談合で工事費が膨らめば、乗客が支払う運賃にはねかえる恐れがある。各社が技術と価格を競争する自由で公正な入札が工事の前提だ。特捜部と公取委が独禁法違反容疑で捜査に乗り出したのは当然である。
 リニアは総工費9兆円に上る巨大事業で、全国新幹線鉄道整備法に基づき国土交通相が認可している。財投債を財源とした財政投融資で国が調達した資金3兆円も、JR東海に貸し出されている。国家プロジェクトに等しい。
 工事契約が不透明ならば、特捜部と公取委は事実を徹底究明するべきだ。
 背景には、リニア中央新幹線工事の特殊性もあるだろう。
 2027年に先行開業する東京・品川から名古屋までの286キロのうち、86%をトンネルが占める。山梨、静岡、長野を通る全長約25キロの南アルプストンネルは特に困難とされる。地表から約1400メートル付近を掘削するため、強い負荷がかかり、高圧の水脈に当たる恐れもある。地下深くに建設する名古屋や品川の新駅も難工事だ。
 施工できる技術を持つゼネコンは限られているとされる。各社は入札に参加できる業者が少ない環境を利用して、談合を繰り返していたのではないか。各社の間でどんなやりとりがあり、入札にどう影響したのか、慎重に調べる必要がある。
 県内では、リニア関連工事の生活環境への影響などを巡り、JR東海と地元との対話が不足し、住民の不安や不信感を招く事態も生まれている。今回の疑惑は不信感をさらに高めることにつながる。全容解明と責任追及は地元の理解を得るためにも不可欠である。


伊方原発差し止め決定◆住民の危機感くんだ判断だ◆
 大事故の危険があるとして広島市の住民らが、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めて申し立てた仮処分の即時抗告審で、広島高裁が運転差し止めの決定を下した。東京電力福島第1原発事故後、原発の再稼働や運転を禁じる高裁段階の司法判断は初めてだ。事故から間もなく7年、国や電力会社がここへきて加速させている原発の再稼働路線に対し、司法が周辺住民の意見をくみ上げ、厳しい判断を突きつけたことを政策決定者らは深刻に受け止める必要がある。
規制委評価は不十分
 決定は、九州・阿蘇山の大噴火が伊方原発に与える影響について原子力規制委員会や四国電力が行った評価の不十分さを指摘し、他地域の原発の安全性評価にも反省を迫る内容となった。東電の事故後、規制委は、活動する可能性が否定できない火山が原発から半径160キロ以内にある場合、火砕流や火山灰などの影響を評価し、必要に応じて対策を求める「火山影響評価ガイド」を定めた。
 規制委はガイドに基づき、伊方原発から約130キロの所にある九州の阿蘇カルデラが大規模な噴火をした際でも、火砕流が原発に到達する可能性は十分に小さいと評価。2015年7月、3号機が「原発の新規制基準を満たしている」として再稼働に道を開いた。これに対し、3号機が再稼働した昨年8月以降、周辺4地裁・地裁支部で住民らが運転停止の仮処分を申請。差し止めを認めなかった今年3月の広島地裁決定に対し、住民側が高裁に即時抗告していた。
旧態の政策見直しを
 高裁は決定の中で、火山噴出物の量などに関する四国電力の想定が「過小」と認定。「伊方原発が新規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は不合理」だと断じた。「まるで福島原発事故などなかったかのように、原発を再稼働させる動きが加速している」とする住民の危機感を司法が受け止め、「生命、身体に対する具体的危険の存在」を認めた形だ。国のエネルギー政策について、今回の決定が持つ含意は大きい。
 現在の原発を取り巻く状況は「30年度に電力供給の20〜22%を原子力で賄う」との目標達成が困難だと指摘する識者は多いが、経産省はこの目標を見直さない方針を表明。それどころか次期エネルギー基本計画の中で、原発の新設や建て替えの重要性への言及を検討、原発の経済性をアピールし再生可能エネルギーの問題点を指摘する情報をホームページに掲載するなど原発への傾斜を強めている。
 今回の決定は、規制委のお墨付きを得た原発でさえ、「司法のリスク」を抱えていることを示した。政策決定者も電力会社の経営者も、今回の決定を、既得権益を重視する旧態依然としたエネルギー政策とその決定手法を見直し、市民の意見や世論を反映させたエネルギー政策を日本で実現するための契機とすべきだ。


最高裁、域外被爆認めず 全員救済へ政治判断が不可欠だ
 広島と長崎の原爆禍から七十余年。病に苦しみ続けながら、いまだに「被爆者」とさえ認められず、救済の網から取りこぼされた人が大勢いる。そうした人々の痛みに、司法はまたも寄り添わなかった。
 原爆投下時に国が指定する地域の外にいたため、「被爆者」でなく「原爆体験者」とみなされた人々が、国と長崎県、長崎市に被爆者健康手帳の交付などを求めた第1陣訴訟で、最高裁は一、二審に続き、被爆者と認めない判決を言い渡した。指定地域の内外で援護に差をつけ、全面救済から目を背ける国を、司法が追認した。失望と憤りを禁じ得ない。
 被爆した人たちは高齢となり次々亡くなっている。同様の訴訟は広島の原爆を巡っても続いており、これ以上裁判闘争を強いることは許されない。国が政治判断で被爆者の認定基準を変えない限り、もはや問題は解決すまい。被爆者援護法は「国の責任において」援護対策を講じると明記している。今すぐ救済制度を抜本的に見直すべきだ。
 そもそも、国による地域指定は旧長崎市など当時の行政区画に沿って画一的に決めたにすぎず、問題が大きい。被爆者と認められれば医療費は原則無料で健康管理手当も支給される。一方、「体験者」への医療費支給は精神疾患とその合併症に限られ、著しい格差を生んでいる。
 放射性物質を含む「黒い雨」や「死の灰」が行政区通りに降るはずがない。同じように雨を浴び、灰の浮かんだ水を飲み、畑の野菜を食べた人たち。がんなどの病を患い、見えない放射能の不安におびえて生きてきた苦しみを思えば、皆「被爆者」であることに違いはない。実態を無視して、地図上の勝手な線引きで救済者が決められることはあってはならず、一方的な排除は、国による差別と言わざるを得ない。
 指定地域拡大を求める体験者らに対し、国は「拡大は科学的根拠のある場合に限るべきだ」との立場を取り、訴訟では、影響を立証する責任を体験者に課している。70年以上前の放射能による健康被害を立証するのは極めて困難で、それを原告らに求めるのは、責任転嫁だ。
 昨年の第2陣訴訟の長崎地裁判決では、一定の被ばく線量を超えていたと推定できる体験者を被爆者とするよう長崎市などに命じた。一歩前進かと思われたが、今回の第1陣訴訟では司法は一貫して体験者側の立証を退けた。同じ場所で被爆した家族が1、2陣に分かれて提訴したために、判断が割れた例もある。新たに生まれた理不尽な格差を憂慮する。
 国には、個々の状況を見極め援護の内容を決めるなど、柔軟な仕組みを求めたい。原爆禍は国が始めた戦争によって引き起こされた。その事実を改めて肝に銘じなければならない。全員救済は国の重大な責務。それを抜きにして、ヒロシマ・ナガサキの悲劇は決して終わらない。


米軍ヘリ飛行再開 「普天間」閉鎖しかない
 県民の強い反発にもかかわらず、生命を脅かす行為が強行されたことに抗議する。
 米軍は普天間第二小への窓落下を受けて見合わせていた普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリコプターの飛行を再開した。事故からわずか6日である。
 米軍は事故が安全ワイヤの固定を見落とした「人的ミス」だと結論付けた。「機械的、構造的な問題はない」とするが、現場や個人への責任転嫁にすぎない。10月に東村高江で発生したCH53Eの不時着、炎上後も再発防止策を講じたと説明したが事故は繰り返された。
 問題は深刻である。「人的ミス」を起こさない安全管理策が機能していないのではないか。繰り返される事故を見れば再発防止は無理だ。危険を除去するためには普天間飛行場の閉鎖しかない。
 米軍の軍事力を年次的に評価している米保守系シンクタンクのヘリテージ財団の2018年版報告書によると、米海兵隊の全航空機で飛行可能な機体が昨年末時点で41%にとどまっている。今回飛行再開したCH53Eの飛行態勢も、後継機のCH53Kの開発遅れで「重空輸ヘリの所要を満たすには不十分」と問題視している。
 報告書はその上で「機体の老朽化と飛行時間が削減されることが組み合わさると、人的エラーと機械的エラーの両方による飛行中の事故の危険性が高まる」と事故多発の可能性にも言及している。
 県が求めた全軍用機の飛行停止や、普天間所属機の長期の県外・国外へのローテーション展開も受け入れられなかった。根本的な問題を解決しないままの飛行再開は認められない。
 事故を受け、防衛省と在日米軍は学校上空の飛行を「最大限可能な限り避ける」ことで合意した。飛行した場合の罰則はない。小野寺五典防衛相は「基本的には飛ばないということだ。仮に飛行した場合は直ちに米側に申し入れる」と語った。「決して」飛ばないのではない。「最大限」「基本的」などの文言で抜け道を残している。
 問題は普天間飛行場周辺にとどまらない。訓練のためにCH53や垂直離着陸機MV22オスプレイが沖縄を飛んでいる。いつでも、どこでも深刻な事態を招く可能性がある。日米安全保障と言うが、県民の安全を危険にさらして、一体だれの安全を保障しているのか。
 この間の日本政府の対応は非常に不誠実である。防衛省は今回、米軍の事故原因の報告について「防衛省の同種の事故調査を行う知見に照らせば、飛行を再開するための措置がとられたと判断できる」と理解を示した。10月のヘリ炎上後の飛行再開も「再発防止対策がとられている」とお墨付きを与えたが事故が繰り返された。
 対米追従の政府の説明はもはや信頼できない。


[第二小へ誹謗中傷]心ない行為 看過できぬ
 米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリが普天間第二小学校の運動場に窓を落下させた事故で、同小や宜野湾市教育委員会に対し誹謗(ひぼう)中傷の電話が相次いでいる。
 「やらせだろう」「基地のそばに造ったのはあんたたち」などといった内容である。
 落下事故が児童や学校に与えたショックは計り知れず、「怖い」と訴えて欠席する児童が出る中、児童や職員の心をさらに深く傷つける暴言を許すことはできない。
 電話の内容は事実と違うものである。
 窓が回転しながら運動場に落ちていく様子を複数のテレビ局のカメラが捉えている。にもかかわらず、このような電話をかけてくるのは悪意に満ちた行為というほかない。
 第二小は普天間小の過密化を解消するため1970年、一部校舎が現在地に完成。敷地が文部省(当時)基準に合わず騒音も悪化したため移転を計画した。米軍が敷地を同飛行場として提供する条件を付けたことや、移転先の学校用地費が2倍以上に急騰、国の補助も認められず断念せざるを得なかった経緯がある。
 思い出すのは2015年、自民党の若手国会議員らが招いた有名作家の発言である。普天間飛行場は「もともと田んぼの中にあり、周りには何もなかった」などと語った。
 普天間飛行場の建設場所は戦前、役場や国民学校があり、生活の中心地だった。住民が収容所に入れられている間に米軍が土地を占領して建設したというのが事実だ。
 誹謗中傷はCH53Eヘリの部品が屋根に落下したとみられる緑ヶ丘保育園にも向けられており、深刻な事態だ。
■    ■
 事実かどうかは二の次。弱い立場の者を「敵」に仕立てて暴言を吐く。基地に反対する沖縄の人たちを一方的にたたき、留飲を下げる。
 基地問題でヘイトスピーチ(憎悪表現)まがいの言説があからさまに表面化したのは13年1月。全市町村長らがオスプレイ配備の撤回などを求め、東京・銀座でデモ行進した。沿道から浴びせられたのは「売国奴」「中国のスパイ」などの罵声だった。
 高江のヘリパッド建設で抗議する人が「日当をもらっている」などと、根拠のない番組を放送した東京MXテレビが放送倫理・番組向上機構(BPO)から「重大な倫理違反」を指摘されたばかりだ。
 基地を巡る言論空間のゆがみと同時に、沖縄への蔑視や偏見を受け入れる素地に愕然(がくぜん)とする。
■    ■
 米軍は事故を起こした同型のCH53Eヘリの飛行を再開した。「学校の上空の飛行を最大限可能な限り避ける」とするが、実効性を担保するものは何もない。喜屋武悦子校長は「子どもの命を預かる校長として『飛ばない』という回答をいただきたい」と当然の要求をしたが、日米とも応えることはなかった。
 児童の安心・安全が何より最優先されなければならない。このためには普天間飛行場の運用停止こそが先決だ。
 いわれなき誹謗中傷は精神的負担が大きいに違いないが、職員らはひるまず事実を示し毅然(きぜん)と対応してほしい。


生活保護費 「どんどん下げられると、やっていけない」
受給額引き下げ方針で衆議院第1議員会館で院内集会
 政府が18日に公表した生活保護受給額の引き下げ方針について、反対する受給者らが19日、東京・永田町の衆議院第1議員会館で院内集会を開いた。集会には約160人が参加し、受給者は「保護費をどんどん下げられると、やっていけない」と憤った。
 脳性まひで電動車いすで生活する川西浩之さん(45)=東京都=は「まるで、障害者や病気の人は早く死んでくださいと言わんばかりの状況」、東京都の宮本由喜子さん(75)は「どんどん下げられると、やっていけない。上に着るものは周りの人がくれて、下着とジーパン、靴とソックス程度しか買わない。それでも髪は伸びるし、電気製品は10年以上たつとダメになる」と訴えた。
 政府の方針では、受給額のうち食費や光熱費など生活費相当分について、3年で最大5%引き下げるとしている。集会では生活保護基準の見直しを話し合った社会保障審議会生活保護基準部会の報告書や政府方針について、法政大学の布川日佐史教授や元生活保護ケースワーカーで弁護士の森川清さんらが解説した。森川さんは、生活保護を受給している人からの聞き取りや家計調査をしていない▽前回(2013年)引き下げの影響の検証が不十分▽受給者以外の低所得層の消費との比較で引き下げを決定したこと▽最低賃金や住民税、就学援助など関連制度へ影響を及ぼす−−−などの問題点を指摘。受給者以外の低所得者層について、「本来生活保護を利用できる人の7〜8割はできていない。その人たちが多く含まれた状態」と、比較対象として不適当とした。
 子どもの貧困に直面しやすいひとり親世帯では、母子加算も平均2割削減される。名古屋市立大学人文社会学部の桜井啓太専任講師は「母子家庭は生活保護本体の引き下げに加え、母子加算、児童養育加算引き下げの影響で、トリプルパンチを受ける」と懸念した。
 最低賃金1500円を求める団体「エキタス」のメンバー、原田仁希さん(28)は「法律上、最低賃金は生活保護との整合性を考慮することになっている。生活保護費が削られると最低賃金は低く抑えられ、負の連鎖が起きる。受給者だけの問題ではなく、ろくでもないような最低賃金近くで生きている、若い労働者にとっても問題。政府は論点をすり替えないでほしい」と怒りを込めた。【西田真季子】


児童手当に減額世帯 安倍政権“子育て支援のウソ”また発覚
 安倍首相が選挙公約にブチ上げた「幼児教育無償化」は結局、認可外保育園が対象になるのかどうかも含め制度設計が来年夏へ先送りというサギだった。さらにまたひとつ、安倍政権の子育て政策のペテンが明らかになった。今度は児童手当だ。2019年度以降、支給世帯を絞り込み、支給額を減らすことが、18日の閣僚折衝で固まった。
 現在、児童手当は中学生以下の子供のいる世帯に支給されている。0〜2歳が1人月額1万5000円、3歳〜中学生は月1万円だ。ただし所得制限があり、夫婦と子供2人の場合、稼ぎの多い方の年収が960万円以上の世帯は、1人月5000円となっている。
 これが19年度から、所得制限が世帯収入の合計に変わる。例えば、年収700万円の夫、400万円の妻、3歳未満1人、小学生1人の世帯は、今の児童手当は月2万5000円だが、世帯収入の合計では年収が1100万円なので、19年度からは支給額が月1万円に減額されるわけだ。
■女性の政権支持率が低下
 この児童手当は民主党政権時代に「子ども手当」となり所得制限なく全ての子供に支給された。しかし、自公は“バラマキ”と批判し、所得制限が再び導入された経緯がある。だから所得制限世帯への1人5000円の支給も激変緩和の意味合いの強い「特例」扱いで、財務省などは特例もやめたくて仕方がない。世間の批判をかわすために、一気に大幅減額ではなく、そろりと制度を縮小しているのが実態だ。
 代わりに低所得世帯向けの児童扶養手当の受給者を増やすが、しょせん、予算を右から左に付け替えただけ。子育て政策の充実に逆行してやしないか。
「欧州などと比較しても日本は教育や家庭にお金をかけないし、子育て支援と口では言っても、結局、政府は金勘定しか考えていない。子供たちが豊かになるように税収をどう配分するかという思想は二の次なのです」(経済ジャーナリスト・荻原博子氏)
 12月に入って安倍政権の支持率が低落傾向だが、顕著なのが男女差の拡大だ。日経新聞の世論調査では女性の支持率が男性より13ポイントも低かった。待機児童解消が後手後手になるなど安倍政権に対する女性の目が厳しくなっている。女性を敵に回した安倍政権は、再び負のスパイラルに入っていく。


庶民イジメの診療報酬引き上げ 裏には安倍首相の“お友達”
 性懲りもなく、また「お友達」を厚遇だ。18日の閣僚折衝で決まった2018年度の診療報酬改定。注目は医師らの技術料や人件費にあたる「本体部分」を0・55%引き上げたことだ。引き上げに伴って投じられる税金は約600億円。安倍政権は社会保障費の自然圧縮を進めていて、来年度予算でも1300億円を削減する方針だが、医療業界だけは特別扱いらしい。
 改定で企業や個人が支払う保険料や病院の窓口負担額も1600億円を超える見込みだから、まさに庶民イジメの大改悪といっていい。
 10月の衆院選で、20万票といわれる組織票で自民党を支援した日本医師会。約17万人の会員医師のトップに立つ横倉義武会長は、安倍首相が自民党の社会部会長(現厚生労働部長)からの知り合いで“蜜月関係”にあるとされる。横倉会長は福岡出身で、麻生財務相とも親しい間柄という。
 問題は、そういう安倍首相や閣僚と近しい“お友達”や関係者が、重要政策の決定直前に頻繁に首相官邸を訪ねていることだ。モリカケ疑惑と同じ構図である。
 例えば、横倉会長は11月9日に官邸を訪ねているし、安倍首相の側近である加藤勝信厚労相の議員会館事務所に所在地を置く自民党の議員連盟「国民医療を守る議員の会」の高村正彦会長らは12月10日、13日と立て続けに官邸を訪問している。
■モリカケ疑惑の反省なし
 この「議員の会」は13年に診療報酬のプラス改定を政府に陳情するためにつくられ、本紙は過去に「日本医師連盟」が「議員の会」に対して、13年11月に500万円、14年10月に100万円を寄付した――との記載が政治資金収支報告書にありながら、「議員の会」側が総務省にも東京都選管にも「政治団体」の届け出をしておらず違法献金の疑いがある、と報じた(医師連は後に記載を削除訂正)。
 一部報道では、加藤厚労相が麻生財務相に「ありがとうございます」と頭を下げて引き上げが決まった、などと描写されているが、茶番劇もいいところ。まさに「お友達のお友達によるお友達のための政治」ではないか。安倍政権は、モリカケ疑惑を全く反省していない。というより、むしろ大っぴらにやりたい放題だから許せない。
「ふつうは公人ですら総理大臣とは軽々に面会できません。しかし、献金=カネが絡み、安倍首相と近しい、あるいは気に入られれば頻繁に会うことができるのだとすれば、“買収”に近い癒着関係といわれても仕方がないでしょう。カネで政治行政が歪められているのに等しい」(政治資金に詳しい神戸学院大の上脇博之教授)
 国民はもっと怒った方がいい。


「森友」国有地 売却協議の詳細判明 「9メートルまでごみ混在、虚偽にならぬ」
 学校法人「森友学園」への国有地売却を巡り、昨春行われた学園側と財務、国土交通両省との協議の詳細が本紙が入手した音声データで判明した。八億円超の値引きの根拠となった地中のごみについて、学園側の工事業者は「三メートルより下にあるか分からない」と主張し、虚偽報告の責任を問われかねないと懸念。これに対し、国側は「九メートルまでの範囲でごみが混在」しているとの表現なら、虚偽にならないと説得し、協議をまとめていた。 (望月衣塑子、清水祐樹)
 音声データには、昨年三月下旬に行われたとみられる学園側と財務省近畿財務局職員、国交省大阪航空局職員らとの協議などが記録されている。
 データでは、国側が「三メートルまで掘ると、その下からごみが出てきたと理解している」と発言。これに対し、工事業者が「ちょっと待ってください。三メートル下から出てきたかどうかは分からない。断言できない。確定した情報として伝えることはできない」と主張した。
 さらに国側が「資料を調整する中でどう整理するか協議させてほしい」と要請すると、工事業者は「虚偽を言うつもりはないので事実だけを伝える。ただ、事実を伝えることが学園さんの土地(価格)を下げることに反するなら、そちらに合わせることはやぶさかでない」とやや軟化した。
 この後、学園の代理人弁護士(当時)が「そちら(国)側から頼まれてこちらが虚偽の報告をして、後で手のひら返されて『だまされた』と言われたら目も当てられない」と懸念。工事業者は「三メートル下からはそんなに出てきていないんじゃないかな」と付け加えた。
 国側は「言い方としては『混在』と、『九メートルまでの範囲』で」と提案したものの、工事業者は「九メートルというのはちょっと分からない」と難色を示した。
 しかし、国側が「虚偽にならないように、混在していると。ある程度、三メートル超もある。全部じゃないということ」と説得すると、工事業者がようやく「あると思う」と同意。国側が「そんなところにポイントを絞りたい」と決着させた。
 国が算定した地中のごみの量を巡っては、会計検査院が最大七割過大に算定されていた可能性を示した。大阪航空局は、建設用地から実際に撤去したごみが国の算定の百分の一だったことを明らかにしている。
 音声データは十一月二十八日の衆院予算委員会で財務省が存在を認めた内容を含む、より詳細なもの。本紙が著述家の菅野完(たもつ)氏から入手した。
 本紙の取材に財務、国交両省から回答はなく、学園の当時の代理人弁護士は「一切コメントしない」と回答。工事業者の代理人弁護士は電話取材に「国と学園側の落としどころの金額に沿ったものを出したが、根拠が十分ではなかった。こちらの試算では、ごみを完全に撤去する費用は九億数千万円だった」と述べた。
◆口裏合わせ はっきり記録
<解説> 会計検査院の検査では、学校法人「森友学園」への国有地売却で八億円超の大幅値引きの根拠となった地中ごみの処分量が最大七割も過大に算定されていた可能性が示された。一方で、契約に至る資料の一部が廃棄されたことなどが壁となり、価格決定の詳しい経緯は解明できなかった。
 しかし、今回、財務省が存在を認めた音声データの全容を詳細に分析すると、地中ごみが地下三メートルより下からはほとんど出ていないにもかかわらず、地下九メートルまであるという形にまとめようと、国側が口裏合わせを求めたともとれるやりとりがはっきりと記録されていた。学園側が、国側のストーリーに合わせて報告を行えば、虚偽にとられかねないと不安視している発言も含まれていた。
 なぜ財務省職員らがそんな無理をして値引きしようとしたのか。安倍晋三首相の妻の昭恵氏が小学校の名誉校長に就いたことや、首相夫人付きの職員が国有地について財務省に照会したことが影響した可能性はないのか。
 学園側への国有地の売却では、分割払いや価格の非公表などさまざまな特例がなぜか付されていた。その理由も政府はいまだに明らかにしていない。この音声データが明るみに出たのを機に、関係者を国会に呼ぶなどして、もう一度調査をやり直すべきだ。 (望月衣塑子)


森友問題で財務省が嘘の口裏あわせをした決定的証拠! 一方、昭恵夫人は首相公邸でおトモダチと忘年会開催
 森友学園問題で、核心に迫るスクープが報じられた。今朝の東京新聞が、森友側と財務省、国土交通省が協議をおこなった際の「音声データ」を入手。そのやりとりは、3メートル以下の地中からゴミが出てくるというシナリオに沿って動いていくことを国側が「説得」していたことをさらに裏付けるものだ。
 記事によると、この音声データは今年9月に関西テレビがスクープしたものと同じ2016年3月下旬におこなわれた協議のものとみられ、出席者は〈学園側は籠池泰典理事長と、妻の諄子・幼稚園副園長、学園の代理人弁護士、小学校建設業者、国側は財務省近畿財務局の統括国有財産管理官とその部下、国土交通省大阪航空局職員〉だ。
 すでに関テレの報道で、このときに籠池理事長は「棟上げの時に、首相夫人来られることになっている。だから日にちの設定をした。設定をしててこんなになってしまった。どうするの、僕の顔は」と昭恵夫人の名前を出すかたちで国側に肉薄。対する国側の職員は、「3メートルまで掘っていますと。土壌改良をやって、その下からゴミが出てきたと理解している。その下にあるゴミは国が知らなかった事実なので、そこはきっちりやる必要があるでしょというストーリーはイメージしているんです」と、事実上、国側が「値引き」をおこなうためのストーリーを提示していたことが判明していた。
 一方、工事業者は「3メートルより下からはゴミはそんなに出てきていない」と言うと、国側の職員は「言い方としては“混在”と、“9メートルまでの範囲”で」と提案。弁護士も「(9メートルまでガラが入っている可能性は)否定できないでしょ?」と語り、結果的に工事関係者は「そのへんをうまくコントロールしてくれたら、我々は資料を提供しますので」と承諾。国側の職員は「虚偽のないようにあれが大事なので、混在していると。ある程度3メートル超のところにもあると。ゼロじゃないと」と畳みかけていた。
 この音声データが公開された時点で、もはや国側が値引きに向けて口裏合わせをおこなっていたことは明々白々だった。しかし、11月28日の衆院予算委員会でこのやりとりは口裏合わせだったのではないかと追及を受けた財務省の太田充・理財局長は、「3メートルを超える深い所から出てきた物について、必要な資料の提出をお願いした。口裏合わせはしていない」と否定。30日の参院予算委では「会話の一部が切り取られた。新たな埋設物の資料提供をお願いしている」と重ねて否定したのだ。
 だが、今回の東京新聞の報道では、この協議をより克明に伝えるもので、肝心な部分は中略せず、会話の一部を切り取ることなく伝えられている。
財務省職員が「判然としないことは承知」と工事業者に明言
 たとえば、先述した“3メートルより下からゴミが出てくるストーリーをイメージしている”と国側の職員が述べたあと、つづけて「三メートル以下からごみが噴出しているという写真などがもし残ってたら」と語っている。これをもって太田理財局長は「新たな埋設物の資料提供をお願いしている」と答弁したのだろうが、このあとすぐに工事関係者は以下のように反論している。
「ちょっと待ってください。そこは語弊があるので。三メートル下から出てきたかどうかは分からない。下から出てきたとは確定、断言できてない。そこにはちょっと大きな差がある。認識をそういうふうに統一した方がいいのであれば合わせる。でもその下から出てきたかどうかは、工事した側の方から、確定した情報としては伝えるのは無理」
 このように、国側が資料提供を求めたあと、工事関係者は明確に「確定、断言できない」「確定した情報として伝えるのは無理」と反論しているのである。
 しかし、国側は引き下がらなかった。この工事関係者の反論を受けて、国側の職員はこう語っている。
「●●さん(工事業者)からそういう話は聞いている。●●さん(設計業者)からもそういうふうに聞いている。どこの層から出てきたか特定したいのでこういう聞き方をしてきた。●●さん(設計業者)もどこから出てきたか、判然としないという話で今までは聞いている。ただ今後、資料を調整する中でどういう整理をするのがいいのか協議させていただけるなら、そういう方向で話し合いをさせていただければありがたい」
 つまり、国側の職員は、工事関係者からも設計業者からも「3メートルより下のゴミは確定できない」と説明されてきたことを踏まえて、それでもなお、3メートルより下からゴミが出てきたというストーリーにこだわり、「そういう方向で話し合いを」と求めていたのである。東京新聞は、この一連の会話を中略していない。ようするに、どう考えても、太田理財局長が主張した「新たな埋設物の資料提供をお願いしている」会話などではないのだ。
 それはその後の会話もそうだ。以下に「カット」せずに東京新聞に掲載された会話を引用しよう。
〈弁護士「そちら(国)側から頼まれてこちらが虚偽の報告をして、後で手のひら返されて『だまされた』と言われたら目も当てられない」
工事業者「三メートル下より三メートルの上からの方がたくさん出てきてるので、三メートル下からはそんなにたくさんは出てきていないんじゃないかな」
国側の職員「言い方としては混在と。九メートルまでの範囲で」
工事業者「九メートルというのはちょっと分からない。そこまでの下は」
弁護士「そこは言葉遊びかもしれないが、九メートルの所までガラが入っている可能性を否定できるかと言われたら否定できない。そういう話だ」
工事業者「その辺をうまくコントロールしてもらえるなら、われわれは資料を提供させてもらう」
国側の職員「虚偽にならないように、混在していると。ある程度、三メートル超もあると。全部じゃない、ということ」
工事業者「あると思う」
国側の職員「そんなところにポイントを絞りたい」〉
昭恵夫人は森友問題に頬被りしたまま公邸で忘年会
 どうだろう。国側の職員は、虚偽の報告をおこなうことに抵抗感を示す工事業者に「言い方としては混在と。九メートルまでの範囲で」「虚偽にならないように、混在していると」などと積極的に提案し、言いくるめようとしているではないか。
 一体なぜ、国側は不当な土地取引を主導して進めようとしたのか。東京新聞の記事では、法政大学の五十嵐敬喜名誉教授(公共事業論)が、このように指摘している。
「地下九メートルと言えば、建物二階分で相当深い。そんなところまでごみがあったというなら、はっきりした根拠が必要で、音声データのようなやりとりはあり得ない。虚偽報告を懸念する工事業者を説得して土地の価格を安くしたとすれば、国の職員の忖度そのものだろう。安倍晋三首相の妻昭恵氏の存在があったからとしか思えない」
 会計検査院の報告によって約8億円の値引きに根拠がないことがすでに認められている。そして、国側がその不当な値引きのストーリーを描き、主導したことも、こうして証拠として残っている。あとに残るのは、昭恵夫人への追及だけだ。
 日刊ゲンダイによると、昭恵夫人は本日、〈首相公邸で親しい知人を招いて忘年会を開く予定〉なのだという。「首相夫人は私人」という閣議決定までしておいて、税金で維持されている首相公邸で私的なパーティを開催する──いまだ昭恵夫人は「私物化」を当然だと思っているらしい。
 年をまたげばみんなが忘れて疑惑が帳消しになると思ったら大間違いである。年明けの国会では、絶対に昭恵夫人の証人喚問が必要だ。(編集部)


ピンク・レディーが目玉 レコ大は賞レースとしてもう限界
「出演シーンの視聴率が楽しみです」と、関係者は口々に言っている。30日にTBS系で生放送の「第59回 輝く!日本レコード大賞」(レコ大)にピンク・レディーが出演、ヒット曲をメドレーで披露することになった。
 今年はピンク・レディーの生みの親である阿久悠さんの没後10年、作詞家50年の節目の年。その功績に特別賞を贈り、栄誉をたたえるためにふたりの特別出演が決まったというのである。
 名目は何であれ、話題をつくって、かつての高視聴率に少しでも近づきたいというのが制作側の本音だろう。1977(昭和52)年の第19回に最高視聴率50・8%を記録したレコ大は、2005年の第47回で記録した過去最低の10・0%からは復調し、昨年は14・5%とまずまずの結果を残している。
 そこで、さらなる好結果を出し、スポンサーを逃さないようにするための企画だろう。が、「レコ大の発表場面よりもピンク出演シーンに関心が集まり、番組瞬間最高視聴率もピンク・レディーがとるんじゃないか」という声が、審査委員を務めるマスコミ関係者からも聞こえてくるのだ。
 スポーツ紙デスクは言う。
「芸能担当の記者のなかで、音楽担当は芸能というジャンルの雄といった感じでした。審査員を務めるレコ大はその最たるもの。普段は締めないネクタイをして、国民的番組に関わっていると胸を張ってTBSに行っていたものです。ところが昨今は『まだやっているのか』という目が強く、『どうせ出来レースだろう』とか、買収工作とか黒い噂に加担しているんじゃないかと見られていて、レコ大に向かう記者も肩身が狭い思いをしています。大晦日から30日に前倒しになったことでG気G兇帽潦福H崛箸箸靴討量鯡椶終わっているのは否定しようもないです」
 1959(昭和34)年、日本作曲家協会会長だった作曲家の故・古賀政男氏らは、米グラミー賞をヒントに、その年度に最も支持を集めた歌手や音楽関係者を顕彰するためにレコ大を創設。一時は人気歌手がレコ大会場から紅白の行われるNHKホールへの移動まで中継されるほどで、日本の年末の風物詩でもあった。
 しかし、歌謡曲は廃れ、一年を代表するようなヒット曲も生まれていない。さらに、かねて噂されていた業界と審査員の癒着や大手芸能プロによる票や賞の買収まで囁かれるようでは、視聴者がソッポを向くのは当然の帰結だったに違いない。
■来年で節目の60回
 ピンク・レディーのレコ大は78年に「UFO」で大賞を受賞して以来といっても、番組を見るのは当時を懐かしむ中高年世代が中心となり、若い世代にはピンとこないだろう。もはや日本版グラミー賞という本分は跡形もないのが現実なのである。
 社会学者の太田省一氏はこう言う。
「レコ大では80年に五木ひろしさんと八代亜紀さんの賞レースが『五八戦争』と話題になったのを覚えています。大人から子どもまで話題にし、結果を予想したりして、五木さんの『ふたりの夜明け』と八代さんの『雨の慕情』をもうひとつ別の形で楽しんでいました。そういうドラマも含めて関心を集めた、まさに国民的な番組だった。その年のヒット曲を聞くことで、視聴者は一年を振り返り、締めくくっていたのです。もちろんそれは街に歌謡曲が流れ、誰もが口ずさんでいたからこそのもの。最近は過去の名場面を振り返るような特集が増えていますけれど、それも、今の日本の芸能のシーン。変わりゆく世相を映しているといえなくもない。大賞とか賞レースにこだわらず、今の時代にあった演出に変えていってもいいのかもしれません」
 来年で節目の60回。潔く幕を閉じるのも日本的美学だろう。


河北春秋
 トランプ米大統領は既存のメディアを嫌う。都合の悪いニュースが出ると「フェイク(偽り)」と一喝する。誰かが何かをたくらんでいるのではないか、と常に疑心暗鬼になっている。新聞やテレビはまるで攻め込んでくる侵略者であるかのよう▼米の天文学者セス・ショスタックさん(74)は本紙のある記事で、米国人が侵略者に敏感なのは「カウボーイ気質だから」と説明。この特性こそが未確認飛行物体(UFO)への信仰につながっているのだ、と指摘している▼未知の存在に対する不安、恐れ、そして憧れ。文化や娯楽はこうした感情をうまく取り込んだ。先日、国際面で「2007年から国防総省がUFO調査」の記事を読んで、あらためて米国人気質に触れたような気がした▼それにしても、である。経費は6年間で約2200万ドル(25億円程度)。サッカーJ1ベガルタ仙台の年間予算とほぼ同じではないか。ちょっと弱いけど数々の歓喜のプレーを知る身としては、科学的根拠が乏しい?円盤にそれほどカネを使わなくてもいいように思うが…▼ショスタックさんはかつて欧州の講演会で聴衆に言われた。「われわれは宇宙人を本気で探すほど不真面目でない」と。「ではサンタクロースを信じますか」。こう言い返したかどうかは分からない。

山田洋次監督が大林宣彦監督にエール!「今の支配者は戦争を知らない」「戦争の恐ろしさを発信し続けなくては」
 大林宣彦監督が末期ガンと闘いながら撮った最新作『花筐/HANAGATAMI』が公開になった。
『花筐/HANAGATAMI』は、檀一雄が1937年に出版した小説『花筐』を原作とした日米開戦直前の青春群像劇だが、登場人物の恋や生活なども丁寧に描かれ、平和と反戦のメッセージと人間を描くドラマ、エンタテインメントを見事に両立させた作品となっている。大林作品の中でも「傑作」との呼び声が高い。
 そんな大林監督作品『花筐/HANAGATAMI』に、あの山田洋次監督がメッセージを送っている。大林監督と山田監督は、映画作家としての来歴も作風も大きく違っており、これまで接点らしきものを聞いたことがなかったが、先日発売された「キネマ旬報」(キネマ旬報社)2017年12月下旬号に山田監督の「大林宣彦さんへ」という談話原稿が掲載されたのだ。
 だが、その記事を読んで、山田監督がなぜ、あえてメッセージを送ったかが理解できた。山田監督は大林監督の才能をかねてより認め、『花筐/HANAGATAMI』が映画として優れていることを表明しつつも、こう語っている。
〈この映画の底流には大林さんの思想がある。映画を見ているとそれが液体のように滲んでくる。その思想の根底には、戦争中を知っている世代の、僕もその世代だけれど、特有のものがある。
 敗戦というこの国の大きな転換期、戦後のすごい生活苦を体験している者として、戦争がどんなに恐ろしいものか、それを警告し発信し続けなくてはいけない。いま世界中に戦争の匂いがしだしているから、それをどんなにくりかえして言っても、言いすぎることはない。そういう考え方が大林さんの中に確固としてある。〉
 そう、山田監督は大林監督の戦争への向き合い方に共感し、エールを送ったのだ。
山田洋次「戦争は恐ろしいものだって、学校で教えられているとは思えない」
 山田監督といえば、長崎の原爆で亡くなった息子の霊(二宮和也)と母親(吉永小百合)の不思議な日々を描いた2015年公開の映画『母と暮せば』も記憶に新しいが、インタビューでもしばしば「戦争体験」「反戦メッセージ」を語っている。
 1931年に大阪で生まれた山田洋次監督は、機関車製造会社のエンジニアだった父が南満州鉄道株式会社に転職したのをきっかけに、2歳のときに満州へ引っ越している。それ以降、父の転勤に合わせて各都市を転々とし、13歳のときに大連で終戦を迎えた。
 当時のエリート職にあたる満鉄社員の父の給料は良く、少年時代の山田監督は何ひとつ不自由のない暮らしを送っていたという。戦況が悪化してからも、空襲に怯えながら日々を暮らさなければならないような内地とはずいぶん違った暮らしを送っていた。「本の旅人」(KADOKAWA)2011年4月号のインタビューでは、大連から見た内地の状況を「対岸の火事といった感じでした」と説明している。
 しかし、終戦を迎えて状況は一変。父は職を失い、家も八路軍に接収されると、一家は食料や燃料にも困る日々を送ることになる。それからは衣類や古本などを兄弟3人揃って街角に立って売る生活に。友だちの家を訪れたら一家全員が死にかけた状態でグッタリとしている状況にも出くわしたことがあるという。しかし、自分たちもギリギリの状態で生きているのでどうしてやることもできない、そんななかをなんとか生き残っていった。
 終戦から1年半が経ってようやく帰国。一家は山口県宇部市の親戚の家に身を寄せるが、それから先も貧しい生活は続く。山田監督は旧制宇部中学を経て旧制山口高等学校へ進学しているが、その学費を稼ぐため、農家の田んぼの草取り、こやし運び、空襲で焼けた工場の片付け、炭坑の坑木運び、進駐軍の病院の清掃など、さまざまなアルバイトをこなした。そこで出会った人々の記憶は、後の映画づくりにおいて重要な財産となった。そのなかには、あの寅さんのモデルになった人物もいるという。
 そんな戦争体験をもつ山田監督は、「ステラ」(NHKサービスセンター)2014年2月21日号のなかで、戦争に対する若者の認識についての危惧をこのように語っている。
「現在、戦争はこんなに恐ろしいものだって、学校でちゃんと教えられているとは思えない。それに、日本人の被害もひどかったけども、日本人は加害者でもあるわけだから、それはちゃんと教えなきゃいけないんじゃないのかな」
山田洋次監督が自らの体験として語った満州時代の「中国人差別」
 山田監督がこのように警鐘を鳴らすのは、満州で過ごした少年時代を思い返しての反省の思いがあるからだ。戦中でも満州の日本人たちが過不足ない生活を享受できたのは、彼らが現地の中国人たちを搾取していたからにほかならない。
 前掲「本の旅人」では、終戦当時に住んでいた大連の家を訪れているのだが、現在その家に住んでいるおばあさんから親切に対応してもらったのを受けて、「そのおばあさんの手を取って謝りたい気持ちになりました」としつつ、このように語っている。
「日本人は、中国人の土地に植民者として入り込んで、豊かな生活を享受していた。そして、中国人というのは貧しくて、汚くて、頭も悪いという、ひどい差別意識を持っていたんです。中学生だった僕も、なにも考えず、そういう差別の上にあぐらをかいていた」
 山田監督がこのような思いを抱く一方、この国、かつて戦争に乗じて周囲の国々に残酷極まりないことをしたという事実も、それどころか、戦争によって自分たちも壊滅的な被害を受けたということすらも、なにもかも忘れ、権力者たちが煽る好戦的な空気に乗っかろうとしている。
 だからこそ、70年以上前に起きた悲劇を思い返すことは重要だ。そして、そのために芸術は大きい役割を果たす。だから、映画でも、文学でも、演劇でも、音楽でも、あらゆる芸術は、未来に向けて確固たるメッセージを込めなければならない。
 前掲「大林宣彦さんへ」で山田監督はこのように綴っている。
〈いまの日本を支配している権力者は戦争を知らないし、体験もしていない。戦争は国民を苦しめ、痛めつけ、最後には殺してしまう。国民はハガキ一本で召集されて、死ね、と言われて死ななくてはいけない、そんな恐ろしくて残酷な体験を、この国は、つい70年前までしていた。そのことを、僕たちはくりかえし思い出さなくてはいけない。〉
 一方、大林監督も、NHK Eテレで放送されたドキュメンタリー『青春は戦争の消耗品ではない 映画作家 大林宣彦の遺言』のなかで「みんながしっかりと怯えてほしい。大変なことになってきている」「それが、実際に怯えてきた世代の役割だろうと思うので、敢えて言いますけどね。怯えなきゃいかん。戦争というものに対して」と発言。映画『花筐/HANAGATAMI』は太平洋戦争の時代を描いたものだが、その物語は好戦的な空気を煽る2017年にも通じるものであり、そんな状況のいまだからこそつくられるべき作品であったと語っている。
 山田洋次監督や大林宣彦監督が伝えようとしている思い。私たちはそれを重く受け止めなければならない。(編集部)


反骨の風刺漫才コンビと吉川晃司
 ★ネットでは原発、北朝鮮のミサイル、沖縄の米軍基地などを正面から扱ったウーマンラッシュアワーの風刺漫才の反響が大きい。首相・安倍晋三とお笑い芸人などが会食したという報道の直後だけに反骨心あふれる漫才に驚く声と称賛の声が渦巻く。否定的な声には「お笑いに政治を持ち込むな」という声もあるそうだ。 ★「永続的敗戦論」の著者で政治学者の白井聡は「話題沸騰のウーマンラッシュアワーの漫才。この放送は事件と呼ぶに値する。つくづく思いますが、結局は個人の勇気しか、信ずるに値するものはない。で、勇気ある人間の多寡と、社会の品位の程度は比例関係にあるのでしょう」とネットに書き込んでいる。ただ、この漫才がテレビで放送されたことをすごいとしていては広い意味の言論が衰退していることを意味する。ウーマンラッシュアワーとともに、もう1人の反骨の男がいる。 ★吉川晃司だ。東日本大震災直後は石巻に出向いてがれきの撤去作業ボランティアに加わり、また、チャリティーのライブも行い、6億円以上の義援金を被災地に送っている。「このまま何も策を講じることなく死んじゃったら、僕ら恥ずかしい世代ですよね。放射能のことも、僕らは本当のことを知らず、知識がないゆえに傍観してきた。それは悔いても悔やみきれない」。(「週刊文春」12年4月12日号)。「リスキーだし、マイナス面も増えますよ。実際にコマーシャルの話が来る時に『原発発言、しますか?』みたいに訊くところもあるわけで。『しますよ』と言うと、その話はもうそこでなかったりするしね。一時期、文化人とかエンターテイナーが政治や経済について語ることはかっこ悪いみたいな風潮が日本にもあったと思うんだけれども、今はそんなこと言ってる人がかっこ悪いと思ってますよ。どんどん言うべきじゃないのっていう」(「bridge」13年3月号)。

軍事研究、前のめりだった京都帝国大
 いつの時代も軍事研究は秘密裏で行われてきた。防衛省の研究公募は昨年度まで、特定秘密保護法上の「特定秘密」になりうるのか、要項上あいまいだった。軍事と多額の研究資金で科学はどうゆがむのか、戦時中の歴史を京都で追うと、秘密のベールが立ちふさがる。
 「戦時中、京都帝国大は軍事研究に前のめりだった。かなり戦争に協力していた姿勢がみてとれる」
 京都大大学文書館(京都市左京区)の西山伸教授は、防衛省防衛研究所にあった資料に目を落としながら語った。
 京大側で、該当する資料は現存していない。
 資料名は、陸軍兵器行政本部技術部と陸軍技術研究所の「研究嘱託名簿」。戦時中に集められた科学者の名簿だ。東京帝国大、慶応大…。1945年1月の名簿638人の研究者の中に、京大から38人の名があった。
 名簿に、戦後間もなく京大総長を務めた鳥養利三郎(1887〜1976年)の名前もあった。鳥養は電圧や電波が専門の電気工学の重鎮。先端技術で重きをなした「応用科学研究所」のトップも任されていた。
 京滋では府立医科大が「生活限界に関する研究」(月80円)、京都繊維専門学校(現京都工芸繊維大)が「能力限界に関する研究」(月60円)を担っていた。
 鳥養には軍から月120円の手当が支払われている。所属先は旧陸軍が極秘裏に兵器を研究した一大拠点「登戸研究所」(川崎市)だった。研究テーマは「と號(ごう)装置ニ関する研究」。「と號」は兵器の暗号で、電気で弾丸を飛ばす「投擲(とうてき)砲」と考えられている。
 登戸研究所の建物は一部現存している。明治大の生田キャンパスにあり、平和教育の資料館となっている。アメリカ本土を攻撃する決戦兵器、風船爆弾。細菌兵器、毒物開発。偽札作りなどの謀略。戦後に跡地を購入した明治大は、戦中は無関係だったが、秘密戦研究と戦争の暗部を掘り起こし、資料を展示している。館報では松野誠也さんが「研究嘱託名簿」と登戸研について寄稿していた。
 「科学研究者調(甲表)」という資料もある。召集解除が必要な科学者の一覧表で掲載数は226人。京大は20人の氏名がある。2資料の研究テーマには、自動追尾ミサイルや暗視装置など現代に実戦投入されている兵器もある。京大・木材研究所でも研究していた「軍用木材」も挙げてある。電波や衝撃波でB29を破壊しようとした「怪力線」や空気中に蒸気化学材を散布し、飛行機や戦車のエンジンを停止させようとした研究など、実現性がよく分からないテーマも多い。本気で研究しようとしていたのか。
 湯川秀樹博士のメモにあったように、終戦直後に組織的に戦時中の軍事研究資料は焼却され、記録は乏しい。戦後は占領軍に動じず、大学自治を貫こうとした鳥養の軍事研究への思いを知りたい。京大大学文書館所蔵の鳥養資料に当たった。


患者殺害の罪で服役 再審認める
14年前、滋賀県東近江市の病院で、人工呼吸器を外して患者を殺害した罪で懲役12年の刑が確定し服役した元看護助手の女性について、大阪高等裁判所は、「患者は病死だった可能性がある」として再審=裁判のやり直しを認める決定をしました。
滋賀県東近江市の湖東記念病院の看護助手だった西山美香さん(37)は、平成15年、当時72歳の男性患者の人工呼吸器を外して殺害した罪で懲役12年の刑が確定し、ことし8月まで服役しました。
西山さんは、平成24年、無実を訴えて2度目となる再審=裁判のやり直しを申し立て、大阪高等裁判所では患者の死因や自白の信用性が争点になりました。
弁護団は、「患者の死因は不整脈などによる病死で、事件ではない。
西山さんは人に迎合しがちな性格で、刑事に好意を抱き気に入られようと、うその自白をした」と主張し、新たに医師の意見書を提出していました。
一方、検察は、「人工呼吸器が外されたため、患者は窒息状態になって死亡した。自白には信用性がある」と反論していました。
20日の決定で大阪高等裁判所の後藤眞理子裁判長は、「弁護側が新たに提出した証拠などを見れば、患者が人工呼吸器を外され酸素が途絶えたことが疑いなく認められるとまでは言えず、不整脈などによって病死した可能性もあると考えるべきだ」と指摘しました。
また、「人工呼吸器のチューブを外したとする自白などは体験に基づく供述ではなく、捜査機関が誘導した可能性がある。取り調べにあたった刑事に好意を抱きうその自白をしたと考えられなくもない」とした上で、「西山さんが犯人だとするには、合理的な疑いがある」として、再審を認める決定をしました。
西山美香さん(37)は再審を認める決定が出たあと記者会見し、「再審開始決定が出ると思っていなくてびっくりしました。裁判官がわかってくれたと思ってすごくうれしかったし、決定書の『再審開始決定』の文字を見たときには、それまでの不安が吹き飛びました。
ここまで来られたのも支援してくれた人たちのおかげです。無罪判決をもらうためこれからも闘い続けます」と述べました。
また、西山さんの弁護人を務める池田良太弁護士は、「患者が人工呼吸器を外され殺害されたことに合理的な疑いがあるという判断で、評価したい。人工呼吸器が外されていたという前提で警察が見込み捜査をして自白を迫り、有罪の根拠とされたのがいちばんの問題だった。西山さんはこれだけ長い間、殺人犯の汚名を着せられ服役もしたのだから検察は最高裁への特別抗告をするべきではない」と述べました。
再審の開始決定を受けて西山さんの弁護活動をしている井戸謙一弁護団長は、大津市で記者会見し、「弁護団が出した証拠を吟味し死因が自然死である合理的な疑いが生じたと判断した。今回の決定は、論理的で緻密に考え抜かれていると感じている」としたうえで、「自白の信用性についても否定した大阪高裁の決定に敬意を表したい。
検察側には、不服を申し立てることなく、正々堂々と再審開始後の裁判で改めて争うことを求めたい」と述べました。
20日の決定について大阪高等検察庁の田辺泰弘次席検事は、「検察官の主張が認められなかったことは遺憾だ。決定の内容を十分に検討し適切に対応したい」というコメントを出しました。
再審を認める決定が出たことについて、事件の捜査にあたった滋賀県警察本部は、「見解をお伝えする立場にありませんので、コメントは、差し控えさせていただきます」としています。
【専門家は】。
刑事裁判に詳しい大阪大学法科大学院の水谷規男教授は、「2審で再審が認められたケースは珍しく画期的な決定だ。今回の決定は、これまでの証拠と新たな証拠のすべてに基づいて再審を判断するという最高裁の判例を忠実に守ったといえる。供述の移り変わりに着目し自白の信用性を慎重に検証したことは、えん罪を防ぐ意味でとても大きなことだ」と話しています。
【事件の経緯】。
平成15年5月、滋賀県の当時の湖東町、今の東近江市にある湖東記念病院で、当時72歳の男性患者が死亡しているのが見つかりました。
「患者の人工呼吸器のチューブが外れていた」という証言があったことから、警察は業務上過失致死の疑いで捜査を始めました。
その1年余り後、警察は病院の看護助手だった西山美香さんを殺人の疑いで逮捕しました。
任意の取り調べで、「意図的に人工呼吸器のチューブを外し、患者を殺害した」と自白したことがきっかけになりました。
裁判で西山さんは、「精神状態が不安定でうその自白をした」として、無罪を主張しました。
しかし、大津地方裁判所は、「捜査段階の供述は詳細かつ具体的で信用性が極めて高い」として、懲役12年を言い渡し、平成19年5月、最高裁判所で確定しました。
西山さんは、和歌山刑務所に服役していた平成22年9月、「明確な物的証拠や目撃証言はなく、有罪の根拠になった自白も警察に強要されたものだ」として、再審=裁判のやり直しを求め、最高裁まで争いましたが、認められませんでした。
その後の平成24年9月には、2度目の再審請求を行いましたが、3年後、大津地方裁判所に退けられ、西山さん側は決定を不服として即時抗告し、大阪高等裁判所で審理が進められていました。


元看護助手の再審決定 湖東病院「呼吸器外し」事件
 滋賀県東近江市の湖東記念病院で2003年、男性患者=当時(72)=の人工呼吸器を外して死亡させたとして殺人罪に問われ、服役した元看護助手の西山美香さん(37)が裁判のやり直しを求めている再審請求で、大阪高裁(後藤眞理子裁判長)は20日、再審を認める決定をした。
 今回の審理で西山さんの弁護団は、患者が致死性不整脈で病死した可能性を指摘する医師の意見書を提出し、事件性はなかったと主張していた。患者の死因や自白の信用性について高裁の判断が注目されていた。
 西山さんの弁護団によると、これまで高裁は解剖結果をもとに患者が事件以外で死亡した可能性に関心を示し、弁護側、検察側の双方に死因について主張や立証を促していた。
 05年の確定判決によると、西山さんは職場での待遇への不満から病院に恨みを抱き、それを晴らすために事故を装って患者の殺害を計画。人工呼吸器のチューブを抜いて患者を殺害したとされた。
 西山さんは最高裁で懲役12年が確定、今年8月に和歌山刑務所(和歌山市)を満期出所した。今回の再審請求は2度目だった。


呼吸器外し事件 元看護助手女性の再審開始決定 大阪高裁
 滋賀県内の病院で2003年、人工呼吸器を外して男性患者(当時72歳)を殺害したとして、殺人罪で懲役12年が確定して服役した元看護助手の西山美香さん(37)=同県彦根市=の第2次再審請求で、大阪高裁(後藤真理子裁判長)は20日、請求を棄却した大津地裁決定(15年9月)を取り消し、再審を開始する決定をした。
 西山さんが捜査段階で殺害を自白したことが唯一の直接証拠とされたが、弁護側は患者は病死で、自白は強要されたと争っていた。
 大阪高検は最高裁に特別抗告するかどうか検討する。高裁決定が確定すれば、裁判をやり直す再審が大津地裁で開かれる。
 03年5月、滋賀県東近江市の湖東記念病院で入院中の男性が死亡。当時、看護助手として当直勤務していた西山さんが県警の任意聴取に「人工呼吸器のチューブを外した」と自白したため、殺人容疑で逮捕された。
 公判では「好意を抱いた警察官の気を引こうとして虚偽の自白をした」と否認に転じたが、捜査段階の自白調書が決め手となり、07年に最高裁で懲役12年が確定。確定判決では、看護助手が冷遇されているとの不満を晴らすために人工呼吸器を外し、低酸素状態により窒息死させたと認定した。
 西山さんは服役中の10年、1度目の再審を請求し、11年に最高裁が棄却。12年に2度目の再審を請求したが、大津地裁が15年に棄却し、大阪高裁に即時抗告していた。西山さんは今年8月24日に刑期を終え、和歌山刑務所を出所した。
 今回の再審請求審で、弁護側は解剖時の血液データから、「患者は致死性不整脈で病死した可能性が高い」とする医師の意見書を提出。捜査段階の自白は警察官の強要や誘導によるもので、任意性や信用性がないと主張した。
 一方、検察側は「死因を低酸素状態による心停止とした解剖医の鑑定に問題はない」とする別の医師の意見書を提出。自白は自発的になされたもので信用性もあると反論していた。【原田啓之】


湖東記念病院人工呼吸器事件
事件の概要  
★事故の捜査が殺人事件に、「自白調書」の創作で
 植物状態になっている入院患者の人工呼吸器のチューブを引き抜いて殺害したとして、看護助士の西山美香さんが殺人罪に問われ、懲役12年の刑が確定した事件。事件は取調室で自白を強要されたものだとして、西山さんは和歌山刑務所から再審を求めています。事件の概略を紹介します。
 2003年5月22日午前4時30分頃、愛(え)知(ち)郡湖(こ)東(とう)町(ちょう)(現東近江市)の湖東記念病院の病室で入院患者Aさん(72歳、人工呼吸器なしでは生命維持ができない重篤患者)が心肺停止状態になっているのが発見されました。
 発見したのは、おむつ交換にまわってきた看護師のBさんと、看護助士の西山美香さん(当時23歳)でした。
 Aさんは救命処置が施され一時心拍が回復しましたが、7時31分に死亡が確認されました。
★叱(しっ)責(せき)されると供述が変わる
 滋賀県警愛(え)知(ち)川(がわ)署は当初、人工呼吸器が外れたのに気づかず死亡させたとして、業務上過失致死容疑で捜査をしました。B看護師、西山さんなど病院関係者は、人工呼吸器のアラームは鳴っていなかった、不具合による事故と主張しました。捜査は進展せず1年ほどが経過しました。
 任意の取調べで担当が山本誠警察官になると、西山さんらにアラームが鳴っていたことを認めるよう強く迫るようになりました。西山さんが「鳴っていた」と供述を変えると山本警察官は急にやさしくなり、男性との交際経験のなかった西山さんは好意を寄せるようになりました。
 しかし、B看護師の恨みを買って悩むことになり、再び「本当は鳴っていなかった」と言うと、山本警察官に厳しく叱責されて、供述を変えるといった繰り返しがつづき、「自分がチューブを引き抜いて殺した」と供述。その後も否認をしたり、犯罪行為の供述が次々変遷(せん)するなか殺人容疑で逮捕されました。
 西山さんは接見した弁護士に無実を訴えましたが、警察官の取調べでは犯行を「自白」。警察官に言われるがままの自白調書が創作されました。その自白調書を検察官が仕上げて西山さんは殺人罪で起訴されました。
 検察官は、「処遇等への憤(ふん)まんを募らせ、気持ちを晴らすため入院患者を殺そうと企て、入院加療中のAに対し、殺意をもって、人工呼吸器のチューブを引き抜いて、呼吸器からの酸素供給を遮断し、呼吸停止状態に陥らせ、急性低酸素状態により死亡させた」と主張し、西山さんの「自白調書」などを証拠として提出しました。
 西山さんは第2回公判から犯行を否認。「自白」は好意をもった警察官に迎合し、誘導されるままにしたものであると主張しました。
 弁護側は、「自白」は脅迫や誘導によるもので信用できない。供述の変遷の著しさ、実行行為の不自然さ、動機もつじつまが合わず、西山さんは無実だと主張しました。
★「自白」にある多くの矛盾点
 西山さんと犯罪をむすびつける証拠は西山さんの「自白」以外にありません。
 証拠とされた自白調書では、看護師詰所の廊下を挟んだドアの開いたままの隣室(4人の患者がいる)に入り、「Aさんに装着してある人工呼吸器を引き抜き、60秒経つとアラームが鳴るので、1、2、3と秒を数え、60秒直前に消音ボタンを押し、これを3回繰り返し(3分間)死ぬのを見ていた。口をハグハグさせ顔を歪め苦しそうに死んでいった」旨述べています。
 一審の大津地裁は、この「自白」を「実際その場にいた者しか語れない迫真性に富んでいる」と全面的に信用し、解剖をした医師の「急性低酸素状態に陥ったことによる急性心停止」との鑑定、証言と矛盾しないなどと認定。懲役12年の判決を言い渡し、最高裁で確定しました。
  「自白」には多くの疑問や矛盾点があり、その後の第1次再審請求、第2次再審請求で弁護団が提出した新証拠では、「自白」が客観的、科学的な鑑定結果にも反する虚(きょ)偽(ぎ)の疑いが一層濃厚になりました。
 その主なものは、次の点です。
急性低酸素状態による心停止で必ず現れる症状が解剖所見にみられない
呼吸を停止した人は3分では死に至らない
病院を困らせるために「事故」に装った犯行なら自ら「殺人」を供述する必要はなかった
 看護師詰所の隣室、しかも他の患者もいて、同僚看護師がナースコールなどいつのぞかれるか分からない部屋は犯行が目撃されやすく、犯行方法が不自然、不合理
 このような点から、警察官に述べた「自白」は信用性がなく、冤罪は明らかです。
★服役しながら無実を訴える
 今、第2次再審請求審を申し立て。大津地裁は15年9月に不当決定、現在、大阪高裁に係属中。
 西山さんは、和歌山刑務所に服役しながら、一日も早い再審開始と無罪判決の日が来ることを願っています。
要請先 〒530−0047 大阪市北区西天満2−1−10 大阪高裁
守る会の連絡先/署名等  
激励先 〒520―0051 滋賀県大津市梅林1―3―30 滋賀県労連内 国民救援会滋賀県本部


声    明
 本日、大阪高裁第2刑事部(後藤眞理子裁判長)は、滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件第二次再審請求即時抗告審において請求人・西山美香さんの再審請求を認め、再審開始決定を言い渡した。無実の罪に苦しめられてきた西山さんの支援をしてきた者として心から歓迎する。
 本件は、2003年5月22日早朝、滋賀県東近江市(旧湖東町)の湖東記念病院で人工呼吸器を装着していた入院患者が「急性低酸素状態」で死亡したことが殺人事件とされ、看護助手の西山美香さんが犯人とされた事件である。
 事件の日、西山さんを伴い病室を訪れた当直看護師が、患者の人工呼吸器の「チューブが外れていた」と供述したことから、警察が業務上過失致死の疑いで捜査を開始した。捜査が進展しない中、コミュニケーション能力に問題がある供述弱者であった西山さんに対して警察は厳しい取調べをおこない、「私がチューブを引き抜いて殺した」と捜査官に迎合する自白をさせ、逮捕・起訴した。西山さんは公判で一貫して無実を訴えたが、懲役12年の刑が確定した。
 第二次再審請求審で弁護団は、死因は人工呼吸器を外したことによる窒息でなく、致死性不整脈による病死であることを明らかにする新証拠を提出した。裁判所は、新証拠を踏まえ自白の信用性について丹念に検討し、その結果信用性はないと認め、再審を開始する決定を出した。
 当然の判断とはいえ、西山さんの今後の人生に希望を与えるものである。
 西山さんにとって、中学時代の恩師はじめ多くの人に支えられた体験は、本人に計り知れない糧となった。さらに娘の無実を信じて奔走したご両親の労苦は筆舌に尽くしがたいものであったが、多少とはいえ、ようやく報われる日が訪れた。
 誤った裁判によって無実の人に刑罰を加え、家族をも不幸のどん底におとし入れた罪はたいへん深いものである。
 私たちは、検察が本決定を真摯に受けとめ、最高裁判所に特別抗告しないことを強く要請するものである。
 最後に、支援して下さった皆様に心から感謝するとともに、西山さんが無罪判決を勝ちとる日まで奮闘する決意を表明する。
 2017年12月20日  西山美香さんを支える会 日本国民救援会中央本部 同滋賀県本部


湖東記念病院事件 再審請求の振り返り/滋賀
2007年に最高裁で実刑判決が確定してから10年。無実を訴え続けてきた西山さんのこれまでを振り返ります。
西山さんは、服役中の2010年から再審を求めてきましたが、1度目の請求結果は棄却。出所までの再審はついにかなわず、37歳までの間、刑務所の中で過ごしてきました。
おととし、2度目の再審請求が大津地裁で棄却されてからは大阪高裁へと舞台を移し、今年8月まで裁判所と検察、弁護団が協議を進めてきました。
協議のたびに、裁判所前には、支援者と西山さんの両親の姿があり、再審開始を求める署名活動を行い、殺人犯とされる娘の汚名を晴らしたいと闘い続けてきました。
今年8月に刑期を終えて刑務所を出所した西山さん。囲む会で自分を支えてくれた人たちに向けて、改めて感謝と再審への思いを次のように語っていました。
「私にはまだかけがえのない両親がいる」「私も含め、両親に早く安心してもらえるよう、無罪判決が出るようこれからもご支援をよろしくお願いします」


患者殺害で懲役12年、再審決定後女性は何語った?
 殺人罪で12年服役した元看護助手の女性に、再審=裁判のやり直しが認められました。女性の罪は、病院で人工呼吸器を外して患者を殺害したというものでした。再審決定後、女性は何を語ったのでしょうか?
 滋賀県東近江市の湖東記念病院で看護助手をしていた西山美香さん(37)は、2003年5月、入院患者の人工呼吸器を外し殺害したとして、懲役12年の判決を受け今年8月まで服役しました。
 きっかけは、警察の任意の取り調べで、「自分が故意に人工呼吸器のチューブを外した」と自白したことでした。
 「優しかったんですよ。コロッといってしまって、好意を持つようになって、どんどんうそをついてしまったんですよ、事件のことでは。私が無理やり蛇腹を外して殺してしまったって」(西山美香さん)
 西山さんは、今年8月に服役を終えて刑務所を出ました。西山さんは、「男性の死因はチューブが外れたことによる窒息死ではなく、病死だった可能性もある」などとして、裁判のやり直しを求めました。
 弁護団が新たな証拠として注目したのは、死亡した男性患者の血液中の「カリウム値」です。司法解剖の結果では、男性のカリウムの値が、正常値よりもかなり低かったことがわかっています。カリウム値が低いと病死するケースもあるのです。
 大阪高裁は、20日の決定で、自白について、捜査員らの誘導に迎合した虚偽の内容だった疑いがあるとして、「信用性が高いとは言えない」と述べました。また、患者の死亡についても、「不整脈による自然死だった可能性がある」と指摘。西山さんの再審開始を決定しました。
 「決定書を見た時はびっくりした。裁判官がわかってくれたと思ったら、すごく嬉しい。検察側に特別抗告をしてほしくないが、絶対してくると思うので、負けずに戦い続けるしかない」(西山美香さん)
 「こんな、ばかな話ってないですわ。なんでこんなことになったのか。やっと人間社会に戻れたという感じです」(父・輝男さん)
 大阪高検は、「決定の内容を十分に検討し、適切に対応したい」とコメントしています。


「オレの心は負けてない」在日「慰安婦」被害者の宋神道さんが死去
16歳で連れて行かれ「慰安婦」生活強要され 
日本政府相手に10年間法廷訴訟

 日本で暮らしていた日本軍「慰安婦」被害者として、唯一人日本政府を相手に謝罪と賠償を請求する訴訟をした宋神道(ソン・シンド)さんが亡くなった。韓国政府に登録された日本軍「慰安婦」被害生存者は32人しか残っていない。
 宋神道さんは16日午後、東京都内で老衰のために亡くなったと「在日の慰安婦裁判を支える会」が19日明らかにした。11日に95歳の誕生日を祝った5日後だった。
 ソン・シンドさんは、1922年忠清南道で生まれ、16歳だった1938年にだまされて中国の武昌(現在の湖北省武漢)の慰安所「世界館」に連れて行かれ、慰安婦生活を強要された。少しでも拒否すれば、決まって殴打された。わき腹と太股に残った刃物の傷痕、腕に彫られた金子という名前の入れ墨は、苦痛の過去をそのままに見せる。何度も妊娠した末に2人の子どもを産んだが、育てることはできない境遇で人知れず中国人の手に任せなければならなかった。
 7年間、多くの慰安所に連れ回され日本の敗戦をむかえたが、行く所はない状況で、「結婚して日本に行こう」という日本の軍人の話にだまされて日本に行った。1946年春、船で博多港に到着するとすぐに軍人は彼女を捨て、彼女は在日韓国人の男性に会い1982年まで一緒に暮らした。
 こうしたソン・シンドさんの存在を世に知らせたのは、日本の良心的市民たちだった。1992年、慰安婦動員に日本軍が関与したことを立証する政府文書が発見された。これに対し日本の4つの市民団体は、慰安婦関連情報を集めるために「慰安婦110番」というホットラインを開設した。この時、匿名の情報提供で宮城県に住む宋さんがついに名乗り出た。その後、市民団体は「在日の慰安婦裁判を支える会」を結成し、宋さんとともに日本政府の公式謝罪を要求する裁判闘争に乗り出した。
 安海龍(アン・ヘリョン)監督が作ったドキュメンタリー映画「オレの心は負けてない―在日朝鮮人『慰安婦』宋神道のたたかい」(2007)は、在日日本軍慰安婦として唯一人、日本政府を相手に訴訟を闘った宋神道さんの人生と裁判過程を扱った。
 「オレの心は負けてない」というこの映画のタイトルは、10年に及ぶ長い法廷闘争で日本の最高裁まで持ち込んだが、結局裁判には負けてしまった宋神道さんが「それでも心は負けてない」と話したことから借りてきた。映画は、宋神道さんがなぜこの闘いで決して負けられない人なのかに焦点を合わせている。
 日本の敗戦後、日本に行くことになった宋さんは、1993年4月「慰安婦」強制動員などについて東京地方裁判所に訴訟を提起し法廷闘争を始めた。2003年3月、日本の最高裁判所が上告を棄却して敗訴が確定したが、10年にわたる裁判過程を記録したドキュメンタリー映画「オレの心は負けてない」が2007年に公開され、大きな反響を起こした。この映画で「二度と戦争をしてはならない」という宋さんの呼び掛けは深い共感を得て、映画は現在も日本など各地で上映されている。
 宋さんの葬儀は、「在日の慰安婦裁判を支える会」が非公開で行ったと明らかにした。
ドキュメンタリー映画「オレの心は負けてない」のポスター//ハンギョレ新聞社
東京/チョ・ギウォン特派員