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Japon: deux réacteurs nucléaires de plus fermeront définitivement en 2019
La compagnie japonaise d'électricité Kansai Electric Power a officialisé vendredi la fermeture en 2019 de deux de ses réacteurs nucléaires vieillissants, en raison d'un coût jugé trop élevé de leur mise en conformité avec les nouvelles normes de sécurité post-Fukushima.
Dotées d'une capacité de 1.175 mégawatts chacune, les tranches 1 et 2 de la centrale nucléaire de Oi, dans la région de Fukui (ouest), portent ainsi à 14 le nombre de réacteurs au Japon voués à fermer définitivement après la catastrophe nucléaire de Fukushima en mars 2011, causée par un très violent séisme suivi d'un énorme tsunami.
Depuis ce désastre, la pire catastrophe nucléaire mondiale depuis Tchernobyl en 1986, le Japon a considérablement rehaussé le niveau de ses exigences de sécurité nucléaire.
Kansai Electric Power avait un temps envisagé de solliciter une prolongation de 20 ans de la durée d'exploitation des unités 1 et 2 d'Oi, mises en service en 1979.
Mais la compagnie a estimé que les coûts seraient trop importants, alors qu'elle prévoit déjà d'investir quelque 830 milliards de yens (plus de 6 milliards d'euros) pour remettre aux normes les sept autres réacteurs qu'elle opère dans la région de Fukui, dont deux autres à Oi, de construction plus récente.
Actuellement, seulement 5 réacteurs sont en service au Japon, tous de type à eau pressurisée (PWR ou REP), sur un parc de 54 unités avant la catastrophe de Fukushima.
Le Premier ministre Shinzo Abe est toutefois favorable à une relance de l'énergie nucléaire au Japon, au nom de la réduction de sa forte dépendance énergétique, de son développement économique et du respect de ses engagements contre le réchauffement climatique.
Son gouvernement ambitionne une production d'électricité provenant à 20-22% du nucléaire à horizon 2030, contre 30% avant Fukushima. Toutefois, selon des experts, cet objectif nécessitera non seulement le redémarrage de réacteurs, mais aussi la construction de nouveaux.
Début octobre, Tokyo Electric Power (Tepco) a obtenu un feu vert technique de l'autorité japonaise de régulation nucléaire pour relancer deux de ses réacteurs au Japon, une première pour cet opérateur considéré comme responsable de l'accident de Fukushima.
フランス語
フランス語の勉強?
澤田愛子 @aiko33151709
籠池氏に決定的な証拠を握られてしまっているのでは?国民の声で何とか気の毒な夫妻を釈放させてあげることはできないのでしょうか。それにしても血も涙もない仕打ち。かつて自分たちの思想に共鳴したこの国家権力者の冷酷さを身に染みて痛感していることでしょう。
NYの会議通訳者が教える英語 @NYCenglessons
NYのレストランでパスタを頼んでもスプーンはついていません。イタリアでもスプーンは使わないらしいです。フォークだけで細長い麺を巻き取り、吸い込まないで口の中に入れて食べるのは慣れないとやりにくいのですが、「お箸がうまく使えないからスプーンを使う」のが格好悪いのと同じです。
ついでに書くと、カレーもリゾットもフォークで食べます。汁物とお粥以外にスプーンを使っているのは見たことがないです。
そういえばビビンパはスプーンで混ぜて食べますね。


職場に行くと机の上に昨日の資料が・・・出席しない奴は読んでおけ!ということなのでしょうか?気になっていたらDoさんが「一応机の上に置いておきましたよ.別にでなくてもよかったみたいですが・・・」とのことで,安心しました.
今日は年内最後のコーを無事に済ませホッとしたところです.4月の冊子の原稿草案も準備しましたし.

宮城・野蒜の長音寺 再建の上棟式
震災で被災し、本堂が流失していた東松島市野蒜地区の長音寺。震災から6年9ヶ月、ようやく再建が進み22日、上棟式が行われました。上棟式には寺の関係者や地域住民らおよそ70名が参加し工事の安全を祈願しました。震災の津波で周囲の住宅と共に長音寺は本堂が流失。住職をはじめ多くの檀家が犠牲になりました。半数以上の檀家が仮設暮らしを強いられたため、これまで寺の再建に着手できずにいた長音寺。今年に入り、野蒜地区の高台移転も進み、檀家の生活もいち段落したことから着工にこぎつけました。地域住民が待ち望んだコミュニティーの場がようやくもどってきます。安部俊郎護持会長「住まいは無くなってしまったんですけど、もう一度ここが活気付くシンボルができたのかなと思います」秋山公純住職「ふるさとの面影もなくなったところにお寺だけが残ってる状態ですが、みなさんの心の中にお寺があるから安心だと思っていただければいいんでないかと思います」本堂は来年3月までの完成を目指しています。

<伝える〜被災地から>葛藤乗り越え語り部に「なぜ友は亡くなり、自分だけ助かったのか」
 東日本大震災の発生から6年9カ月余りがたつ。記憶の風化を肌で感じながらも、備えの大切さや古里の思い出を伝えている人々がいる。震災の教訓を糧に、ひた向きに活動する姿を被災地で追った。(石巻総局・水野良将)
◎(上)踏み出す
<自分を責め続け>
 同級生だった親友が暮らしていた地で、語り部としての一歩を踏み出した。9月10日、宮城県東松島市大曲浜地区。東北文化学園大1年添田あみさん(18)が同大の学生ら約30人を案内した。
 「震災から6年半がたち、やっと気持ちの整理がつきました。懐中電灯や食料を用意しておけば、すぐに逃げられる。災害時は、できるだけ早く避難してください」
 2011年3月11日。大曲小6年だった添田さんは学校で、卒業制作をしていた。突き上げられるような揺れを感じ、校庭に避難。近隣住民が迎えに来た。「バイバイ」。そう言って親友と別れた。
 海から約2キロ離れた大曲小にひたひたと津波が押し寄せる。車、木、がれきが交じった濁流が、校庭で洗濯機のように渦を巻いていた。
 3月末の卒業式の日、会場に親友の姿はなかった。学校の近くで亡くなった、と告げられた。先生の話がそれ以上頭に入らず、泣くことしかできなかった。
 親友と過ごす時間は気持ちが落ち着いた。海で楽しく釣りをしたり、好きな漫画のキャラクターの話で和んだり。「一緒に声優になれたらいいね」。共に歩む未来を思い描いていた。
 思春期。合唱部での活動や文化祭など学校生活を送る傍らで、自分を責め続けた。「あの時、私が『家に帰っちゃ駄目だよ』と言っていれば、あの子は助かったかもしれない。なんで私が助かったんだろう」
<思い出は消えず>
 葛藤する自分と向き合ってくれる複数の教員がそっと背中を押してくれた。
 「親友が体験できなかったことを、あなたは体験できる。悲しみをちょっとずつ受け止めて、体験を何十年後かに親友に伝える。その時を目指して頑張ることは間違いじゃないよ」
 今年夏、地元のイベントの打ち合わせで、語り部グループ「TSUNAGU Teenager Tourguide(TTT)」の関係者と知り合った。TTTは東松島市内の高校、大学生の女性たちが自分の震災経験を語り継ぎ、防災に貢献している。
 「私も語り部になる」。親友がこの世に生まれた8月10日、添田さんはそう決意した。
 親友が生きた大曲浜地区ではかさ上げ工事が進む。目に見える景色が変わっても、2人で遊んだ思い出は色あせない。
 「行ってきます」と言って出た家に、「ただいま」と帰る。そんな日常のありがたさが身に染みる。
 あの時、あんな風に言えばよかったな、もっと話しておけば−。そう悔やむ人が一人でも減ってほしいと、切に願う。


気仙沼向洋高校完成は来年夏以降
震災の津波で大きな被害を受け再建工事が進められている「気仙沼向洋高校」の新校舎は、造成工事の遅れで完成が遅れ、来年度初めの予定だった新校舎への移転が来年の夏以降にずれ込むことになりました。
「気仙沼向洋高校」は、震災の津波で大きな被害を受け、旧校舎は震災遺構として整備が進められる一方、生徒はいまもプレハブの仮設校舎で授業を受けています。
旧校舎からおよそ1キロ離れた場所では新しい校舎の建設が進められ、県は当初、新校舎への移転時期を来年度初めの4月としていました。
しかし、県によりますと、建設予定地の地盤の強度が想定よりも低いことがわかり、追加の工事が必要になったため、新校舎での授業開始が来年8月下旬の夏休み明けまでずれ込む見込みになったということです。
県教育委員会は「予定していた完成時期が遅れることになり皆さんにおわびしたい。工事を急ぐとともに、教育長らと現地に赴き、関係者の方々に直接事情を説明していきたい」としています。


デスク日誌 花と歌と人
 独断と偏見で今年の「見出し大賞」を選ぶなら、これだと思うものがある(人間関係に支障が出るので、自社は除きますね)。
 毎日新聞7月27日1面の「19種類の花に祈り 相模原殺傷1年」がそれ。障害者施設で入所者19人が殺害された事件から1年。全盲、全ろうの大学教授が、色や形の異なる19種をまとめた花束を手向けた。「それぞれの人生があった」と。
 見出しを付けた整理記者は、読者がある歌を想起するだろうと信じていたはずだ。お分かりですね。そう、SMAPのあの曲です。
 障害がある人もそうでない人も、みんな違ってみんないい。不寛容の時代と言われる今だからこそ、歌詞に込められた願いを思い起こして。見出しはそう訴えている気がする。
 ちなみに朝日は「忘れない 19の人生」、読売は「19人偲(しの)び献花」。記者の思いまで伝わりますか。
 SMAP解散から1年。今年は誰もが口ずさめる曲がなかった。歌を通じ人々が同じ空気を共有できた時代は遠くなり、「花に祈り」のような見出しは生まれにくくなるのか。差別や偏見のない世の実現までも遠くなるとは思わないが。(整理部次長 村上朋弘)


糸魚川大火1年 「災害に強いまち」着実に
 例年より早く雪が積もった被災地で重機がうなりを上げる。再建のつち音である。
 糸魚川市の中心市街地が約4万平方メートルにわたって焼けた大火から、22日で1年になった。
 あの日、火は南からの強風にあおられて広がり、147棟が焼損した。寒さが厳しさを増し県内では火災が相次いでいる。改めて備えを徹底したい。
 糸魚川の被災地では8月に策定された「駅北復興まちづくり計画」に沿って、「災害に強いまちづくり」を目指した再建が進んでいる。
 市街地で延焼を防ぐため、道路拡幅や防災公園の整備、建物の不燃化を進める。大型の防火水槽を設置し、海水も消火に利用できるシステムを整える。
 狭い土地に住宅や事業所が密集し、消火に手間取った経験を踏まえ、二度と大火を繰り返さないようまちを再編する。
 住宅には連動型の火災警報器を設置し、隣接する家や店舗にも火災を知らせる。高齢者ら避難に時間がかかる弱者にいち早く発生を知らせて命を守り、早期消火にもつなげるためだ。
 再発防止を最優先に、いざという時にシステムが機能するよう目配りを望む。
 被災者の住宅再建はこれから本格化する。再建を断念した住民らに向けて整備する復興市営住宅には、訪問診療所が開設される方向になった。
 自宅で医療を受けられる環境が整えば安心して地域で暮らしていける。今後も、被災者や住民の不安に配慮した対応を進めてほしい。
 計画が掲げた「にぎわいのあるまち」の実現も重要だ。火事が起きても迅速に気づき、消し止めることができれば被害は抑えられる。それには人の力が必要だ。人が集うこと自体が防災の力になる。
 被災した中心市街地は大火前、高齢化率や人口減少率が市の平均より高く、65歳以上の高齢者が約50%に達していた。大火がなくても、市街地の立て直しは重要な課題だった。
 市は焼失した地域の敷地を再編し、一角に「にぎわい創出広場」を設ける。11月のプレオープンで開かれた「いといがわ復興マルシェ」では被災した飲食店なども店を出し、来場者の行列ができた。
 まちに家並みが戻り、被災者以外にも多くの人が集まり、顔を合わせる場があれば、新たな活力が生まれるはずだ。息の長い取り組みが欠かせない。
 金沢、長野という観光地と、北陸新幹線で結ばれているという地の利もある。観光をにぎわい創出に生かすために、ジオパーク、奴奈川姫といった歴史的な資源や独自の食文化にも磨きをかけたい。
 この1年、被災地では住民と行政、商工関係者が集まり、幾度も再建への話し合いを重ねてきた。市民が知恵を出し合い、力を合わせてきたことも、今後に向けて大きな財産になろう。
 まちは人が集うことで守られる。それを具体化し、地方都市のモデルに高めてもらいたい。


神戸震災モニュメントに落書き
阪神・淡路大震災の犠牲者の名前などが刻まれている神戸市のモニュメントに落書きが見つかり、警察は、器物損壊の疑いで捜査しています。
警察や神戸市などによりますと、神戸市中央区の公園、「東遊園地」にある「慰霊と復興のモニュメント」に「落書きがされていた」と22日、神戸市から警察に通報がありました。
モニュメントの地下にある壁には、平成7年の阪神・淡路大震災の犠牲者やその後、亡くなった被災者などの名前が刻まれた銘板が貼り付けられていますが、銘板が貼られていないスペースに「あほ」、「ばか」などという文字が書かれていたということです。
落書きは、それぞれ縦50センチほどの大きさで、金属のようなもので壁をひっかいて書かれたとみられるということです。
神戸市は、22日午後3時半に報道関係者から連絡を受けて落書きを見つけたということで、警察は、器物損壊の疑いで目撃者がいないかなど捜査しています。
モニュメントには、来月で震災の発生から23年になるのを前に、今月17日に新たに10人の名前が刻まれたばかりでした。
モニュメントを管理しているNPO法人の設立者で、俳優の堀内正美さんは「大変悲しい気持ちだ。
われわれの活動が弱く、十分に伝わっていないのかもしれないが、この場所がどんなところか、なぜ名前が刻まれているのか、分かってもらいたい」と話していました。


震災「慰霊と復興のモニュメント」に落書き 神戸
 阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼する「慰霊と復興のモニュメント」(神戸市中央区、東遊園地)に落書きがされていたことが22日、神戸市などへの取材で分かった。生田署が器物損壊容疑で捜査している。
 落書きは犠牲者の名前を刻んだ銘板近くの壁板に鋭利な物で引っかいたような傷で「あほ」「ばか」とあった。同日午後、通報を受けた市職員が確認。市によると午前9時から午後5時まで出入りは自由で、防犯カメラは設置していない。
 モニュメント運営委員会の堀内正美委員長(67)は「悲しい。子どものいたずらかもしれないが、われわれ大人が震災について伝え切れていない責任を痛感する」。長男夫婦を亡くした足立朝子さん(81)=豊岡市=は「息子に会える場所で、家族を亡くした仲間が励まし合える場所。遺族の思いを考えてほしい」と声を落とした。
 モニュメントでは2004年にガラスが割られ、近くにある「1・17希望の灯り」では03年と04年にガラスケースが壊された。市市民協働推進課の山根賢治担当課長は「亡くなった方々の気持ちを考えると非常に許されない」とする一方、防犯カメラ設置については考えていないという。(井沢泰斗、小林伸哉)


公文書の管理見直し/将来の検証に応える制度に
 公文書をどう保存し、国民の「知る権利」に応えるか。政府に課された責務が一向に果たされていない。
 「森友・加計(かけ)学園問題」であらわになった官庁の公文書管理のずさんさは国益を損ねかねない段階にまで来ている。対策を急がねばならない。
 政府の諮問機関、公文書管理委員会は20日、文書作成・保存のルールとなる新ガイドライン(指針)の最終案を了承した。「1年未満で廃棄できる文書」の限定などが柱で、政府は年内に決定する。
 一方、立憲民主、希望、共産、自由、社民、「無所属の会」の野党6党派は「法改正で対応すべきだ」として、保存文書の定義の見直しなども含め公文書管理法の改正案を先の特別国会に共同提出した。
 年明けの通常国会で真摯(しんし)な議論を尽くしてほしい。
 森友学園への国有地売却を巡る問題では、会計検査院が調査した際、必要な文書が残されていないため価格の妥当性の検証ができなかった。
 財務省が学園との交渉記録などを「1年未満」に分類していたためだ。このことが「不透明な土地取引」だとして国民に疑念を持たれる発端になった。
 肝心なのは、保存文書の範囲や期間が恣意(しい)的に決められないようにすることだろう。
 新指針案は、行政の意思決定過程を検証するのに必要な重要文書の保存期間を「原則1年以上」と定めている。
 「1年未満」の保存も認めるが、対象は「定型的な業務連絡」「正本・原本の写し」など7項目に限定した。場当たり的な廃棄を防ぐ上で一定の歯止めにはなろう。
 ただ、線引きの判断は各省庁に任される。職員が指針を都合よく運用し、情報が遠ざけられる懸念は残る。外部のチェック機能が不可欠だ。
 これに対し、野党案は保存対象を「国の職員が職務上作成した文書」と現行法より幅広く捉えた。「個人メモ」なども含まれることになる。その上で、期間を「1年以上」に義務化。新指針案より厳格な枠組みを整えた。
 野党側は「(新指針案は)言い逃れの根拠をつくるだけ」と指摘している。
 例えば、省庁間のやりとりや外部との打ち合わせを文書に残す場合、新指針案では「正確性を期すため」として相手方に発言内容を確認することを盛り込んでいる。
 正確性の基準をどこに置くのか不明だ。認識のずれが事前に調整され都合の悪い記録が残されなくなれば、かえって真実が遠のく恐れがある。
 加計学園問題で発言があったかどうか省庁間で食い違った「総理のご意向」文書が、これに当たるのではないか。抜け道を許してはなるまい。
 管理法は「公文書は民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」と規定する。将来の国民の検証に応える責任を負っていることを重く捉える必要があろう。


部長交代で復活 リニア談合は特捜部が断念した案件だった
 リニア中央新幹線の建設工事をめぐるスーパーゼネコン4社の談合事件は、東京地検特捜部が強制捜査に踏み込む急展開を遂げた。突破口となった大林組は公正取引委員会に違反を自主申告し、早々にバンザイ。トントン拍子に進む捜査の先にバッジは見えているのか。
■連日流される捜査情報
 大林組に対する偽計業務妨害容疑を突破口に始まった捜査は、鹿島建設、清水建設、大成建設へと拡大。総工費9兆円の巨大プロジェクトをめぐる独占禁止法違反容疑で4社が総ガサ入れを食らう大型事件に発展した。
 驚くことに、4社はリニアのルートが正式決定した2011年5月以前から受注調整を始めていたという。
 何らかの形で事業計画を知り得ない限り、あり得ない動きだ。なぜ、ルートの正式決定前にゼネコン4社は詳細を知っていたのか。現場の力だけではあり得ない。ここに、大物政治家が関与した疑いが持たれている。
 特捜部と公正取引委員会が入手したという裏付け文書の内容も生々しい。大林組の社内会議で使用された資料で、将来発注予定の工区別に4社のイニシャルが割り振られており、実際の受注状況とほぼ一致しているという。
「新たな捜査情報が連日メディアで流されることで、特捜部の勢いを感じますが、引っかかりがないわけでもない。捜査の進展がはかばかしくない時ほど情報が盛んにリークされ、世論の懲罰感情に訴えることはままある。それに、リニア疑惑は特捜部が一度は断念した案件なのです」(司法関係者)
 今回の捜査の端緒をつくったのは公正取引委員会だった。
 今春までに受注調整を疑わせる4社のイニシャルが記された大林組の内部文書を入手したものの、特捜部は立件が難しいと判断し、公取委による強制調査は見送られたという。
 しかし、今年9月の人事異動で東京地検の体制が一新され、検察内で「エース中のエース」と目される森本宏特捜部長が就任。「これはやれる」「やるべきだ」とGOサインが出たという。もちろん、特捜部が動く時、最終ターゲットはバッジだ。
 元検事の落合洋司弁護士はこう言う。
「これまでの経過を見る限り、捜査はいい流れで進んでいる印象です。大林組の家宅捜索から10日ほどで4社の強制捜査を終え、相当量の資料を押収している。その過程で大林組は他社に先駆け、独禁法の課徴金減免制度(リーニエンシー)に基づいて、公取委に違反を申告した。これは独禁法における司法取引のような位置付けで、特捜部が大林組から捜査に進展をもたらす情報を得られる可能性は広がりました。国税庁も動いているので、特捜部はリニアをめぐるカネの流れも掴んでいると思います。押収した証拠物の分析と合わせ、政治が関わる贈収賄事件に発展させられるか。ゼネコン談合事件だけで終わらせようとは考えていないでしょう」
 国民が期待する「巨悪を眠らせない」特捜部の復権なるか。


リニア談合事件 入札の実態解明を急げ
 JR東海のリニア中央新幹線の工事を巡り、大林組、鹿島、清水建設、大成建設の大手ゼネコン4社が受注調整をしていた疑いが強まっている。東京地検特捜部が強制捜査に乗り出し、4社幹部らの聴取を行っている。総工費約9兆円に上る大事業の入札実態について解明を急いでほしい。
 大林組は「名城非常口」(名古屋市)新設工事の入札で不正があったとして今月8、9日に特捜部の家宅捜索を受けた。その後、課徴金減免制度に基づき、公正取引委員会に「大手4社はリニア関連工事で事前に受注調整していた」と自主申告し、4社による談合を認めた。
 JR東海は2015年以降、トンネルや駅、非常口の新設といった計22件のリニア関連工事の契約を締結。うち15件を、大手4社が代表の共同企業体(JV)が3、4件ずつ受注。4社は受注予定企業をまとめた一覧表を作成していた。特捜部は、受注会社が決まっていない5件についても事前協議をしていた可能性があるとみている。一方で、大林組を除く3社は談合の事実を認めていない。
 リニア計画は旧国鉄時代からの国家的なプロジェクト。国も融資しており、公共性は極めて高い。常態的に不正を繰り返してきたとすれば極めて悪質である。談合により落札額がつり上げられた可能性もあるといい、到底許されるものではない。
 大手4社は、特捜部や公取委から独占禁止法違反などでたびたび摘発されてきた。談合事件に対する社会の批判を受け、4社は05年に「談合決別宣言」をした。しかし、その後も旧防衛施設庁の発注工事、名古屋市発注の地下鉄工事、東日本大震災で被災した高速道路の復旧工事など、本社やそのグループ会社が関与した談合事件が次々に発覚している。今回の談合事件が事実なら「談合決別宣言」は外向けのポーズで、国民をあざむいてきたことになる。
 なぜこれほどまでにゼネコンの不正が続くのか。不正が発覚しても他業種に比べて大きなダメージを受けないことが理由の一つに挙げられる。三菱自動車が燃費不正の発覚後、会社存続の危機に瀕するほどのダメージを負ったのとは対照的だ。現在の入札制度では、本社が指名停止処分となっても、そのグループ会社は影響を受けず、逆にグループ会社が指名停止となっても本社は公共事業の入札に参加できる仕組みだ。不正をさせないためには、こうした仕組み自体を見直すことも必要になるのではないか。
 JR東海は27年に品川―名古屋間の先行開業を目指している。同社幹部は今回の事件による工期への影響はないとしているが、事業を適正に行うことが工期以上に重要なはずだ。談合が疑われる入札はいったん白紙にすべきではないか。そうしなければ不正を容認することになり、国民の理解は得られない。


公明幹部が明言 「9条改憲なら連立離脱」どこまで本気か
 どこまで公明党は本気なのか――。自民党の「憲法改正推進本部」は、20日、憲法9条の改定を盛り込んだ論点整理案を了承した。自民党は、来年の通常国会の会期末(6月)までに改憲案を発議するつもりだ。
 ところが、フジテレビによると、連立を組む公明党の幹部は「9条を持ち出すなら連立を離脱する」と明言しているという。斉藤鉄夫幹事長代行も、改憲についてラジオ番組で「そこまで盛り上がっていない」とクギを刺している。
 もし、公明党が連立から離脱したら、安倍政権は参院で3分の2を失い、改憲は不可能になる。それどころか、安倍首相の“総裁3選”も吹っ飛ぶのは確実だ。これまで“下駄の雪”となり、自民党の言いなりになってきた公明党は、本当に連立から離脱するのか。
「公明党は憲法9条の改定だけは、本気で止めるつもりです。やはり、10月の衆院選で大敗したことが大きかった。5議席も減らしただけではなく、初めて比例票が700万票を割ってしまった。敗因は、公明党の党是は平和なのに“安保法”や“共謀罪”に賛成したことでしょう。支持母体である創価学会の会員が離反してしまった。創価学会の婦人部は、反戦や平和に対する思いが強いですからね。もし、公明党が9条の改定に賛成したら、支持離れが決定的になってしまう。ただ、9条改定に反対しても、連立離脱はせず、与党内野党に徹するはずです。いずれにしろ、公明党の賛成を得られず、安倍首相が9条改定を強行するのは難しいでしょう」(政治ジャーナリスト・鈴木哲夫氏)
 公約した9条改憲の発議を実施できなければ、保守派を中心に批判が強まり、安倍首相の求心力が急降下するのは確実。
■“安倍降ろし”加速の可能性も
 ただでさえ、安倍首相に対する“飽き”が国民と自民党に広がっているだけに、来年秋の総裁選は出馬断念に追い込まれてもおかしくない。実際、改憲を断念したら、もう安倍首相にはやることがない。
「安倍首相に“飽き”がきているのは、公明党も同じです。総裁に3選されたら、あと3年も続くことになる。もちろん、表立って“安倍降ろし”はやれないし、やらないでしょうが、自分たちと考え方が近い首相を誕生させたいのがホンネです。自民党議員の大半は公明票がないと当選できないだけに、公明党が動いたら一気に“安倍降ろし”が強まる可能性があります」(政界関係者)
 公明党は本当に“下駄の雪”をやめられるのか。


湯川秀樹 戦中の原爆研究に言及 京大が日記公開
 日本人初のノーベル賞を受賞した物理学者、湯川秀樹(1907〜81年)が、終戦期の45年に書いた日記を21日、京都大基礎物理学研究所・湯川記念館史料室が公開した。湯川が生涯を通じて公的な発言を控えていた原爆研究「F研究」に言及。広島原爆投下や時局に関する記述もあり、専門家は「第一級の歴史的史料」としている。
 湯川は49年に中間子論でノーベル物理学賞を受賞した。戦時中、旧海軍が京都帝国大(現京都大)で進めたF研究を理論的に支えたことが他の史料などで知られるが、本人の記述はほとんど見つかっていなかった。
 湯川の没後、遺族が38〜48年の「研究室日誌」「研究室日記」計15冊を史料室へ寄贈。史料室は分析を順次進め、45年1〜12月に書かれたB5判のノート3冊の内容を今回発表した。
 F研究は44年ごろに始まったとされるが、45年前半に会議を重ねていた様子がうかがえる。
 最初に「F研究」の文字が見えるのは45年2月3日で、研究の責任者だった原子核物理学者・荒勝文策教授らと相談したと記述。6月23日には、荒勝教授ら研究者11人と学内で第1回打ち合わせをしている。7月21日には「(大津市の)琵琶湖ホテルに行く」とある。F研究は明記されていないが、京都帝国大と旧海軍の合同会議が同ホテルであった日で、湯川の参加が裏付けられた。
 広島原爆投下の翌日の8月7日、新聞社から「原子爆弾」の解説を求められたが断ったと記述。一方、同9日には新聞を引いて「威力は熱線が全体で数粁(キロ)に及ぶといわれている。落下傘で吊(つる)し、地上数百米(メートル)にて爆発」と書いた。
 湯川は戦争の行方に強い関心を寄せている。45年6月に大阪に空襲があった際に「(京都で)日も赤く濁る」と記し、硫黄島や沖縄戦の甚大な被害にも触れている。研究資料を避難させるため荷造りを進めるなど身辺が緊迫していた様子も読み取れる。
 山崎正勝・東京工業大名誉教授(科学史)は「湯川が発言を控えた『空白期』だけに、研究の一端がうかがえる第一級の史料。戦時の軍事研究について史料保全、公開を進める機会にもすべきだ」としている。【野口由紀】
 【ことば】戦時の原爆研究
 太平洋戦争中、旧日本軍は極秘に原爆開発の研究を物理学者らに託した。海軍が京都帝国大の荒勝文策教授に依頼したのが通称「F研究」で、「fission(核分裂)」の頭文字を取って命名された。同じ時期、陸軍は理化学研究所の仁科芳雄博士に通称「ニ号研究」を委託した。ただ、いずれも内実は原爆製造にはほど遠かったとされる。


もんじゅの廃炉 30年で終わるだろうか
 発電しながら燃料を増やす夢の原子炉「もんじゅ」。トラブル続きで廃炉が決まって丸一年。三十年の歳月と約四千億円の予算を費やす事業という。世界に例のない仕事。本当にそれでできるのか。
 大まかなスケジュールと言うべきか。今月六日、原研、日本原子力研究開発機構が原子力規制委員会に申請した廃炉計画は、具体性にも実現性にも欠けている。
 原子炉内から核燃料を取り出し、冷却材の液体ナトリウムを抜き取って、建物を解体する。二〇四七年度までの三十年間、四段階に分けて実施する。政府の試算では、通常の原発の十倍以上、四千億円近い費用がかかるという。
 中でも特に難関なのが、ナトリウムの抜き取りだ。
 核燃料のプルトニウムに高速の中性子を当てて、激しい核分裂を促して、増殖させる。だから高速増殖炉。普通の原発とは違い、冷却材に、中性子を減速させる水ではなく、ナトリウムを使う。
 ナトリウムは、空気に触れると発火し、水に触れると爆発的な反応を起こす。その上、核燃料に直接触れる一次冷却系のナトリウム約七百六十トンのうち、原子炉容器内にある数百トンは現状では抜き取りができない構造になっているという。廃炉を想定していなかったというのである。言葉もない。
 前例のない作業、人が近づけない環境、構造上の非常識…。日程的にも費用的にも、原研の見積もりは甘すぎる。
 もんじゅの完成は一九九〇年。一兆円以上の国費を注ぎ込みながら、トラブルが相次いで、運転できたのは二百数十日だった。つくづく悲劇の原子炉だ。
 もんじゅで増殖させる燃料を作るはずだった青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場は、一八年度上期の完成をさらに三年延期することになりそうだ。
 こちらも九七年完成だったのが、二十三回もの延期。再処理にかかる事業費も増え続け、十三兆九千億円に上る見込みという。
 それでも政府は、燃料の増殖こそ断念したものの、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを高速炉で燃やすという核燃料サイクル計画をあきらめない。国富をとめどなく注ぎ込んでまで、かくもこだわる理由は何か。
 もんじゅの現状を直視して、サイクルは白紙に戻し、その廃炉に全力を傾注すべきである。夢は夢。もんじゅにもうこれ以上、悲運を背負わせるべきではない。


もんじゅ廃炉  徹底して安全、公開を
 高速増殖原型炉もんじゅ(福井県)の廃炉を、政府が決定して1年。ようやく日本原子力研究開発機構から計画認可の申請が出され、廃炉に向けて一歩踏みだす。
 国内で初、世界でもあまり例のない高速炉の廃炉であり、未解決の難問が待ち構えている。申請を受けた原子力規制委員会の更田(ふけた)豊志委員長は「淡々とやれば終わる作業ではない」と機構にくぎを刺す。
 事故やトラブルが相次ぎ、それを隠す機構に対し、規制委は運営主体として不適格とした経緯もある。機構は安全と公開に努め、規制委は認可後も廃炉作業を監視していく必要がある。
 消費した以上にプルトニウムを生みだし、「夢の原子炉」と呼ばれたが、冷却材に使うナトリウムが空気や水に触れると激しく反応するリスクを抱えている。
 廃炉に向けて大きな壁になる。ナトリウムを抜き取る方法が、あらかじめ決まっていないというのだ。信じられないことだ。機構は解決策を探らないといけない。
 廃炉は2018年から30年かけて4段階に分けて実施するが、先は見通せていない。
 まず22年度までの第1段階で530体の核燃料を取り出し、付着したナトリウムを洗って燃料池に移す。もんじゅで使うナトリウム1670トンのうち、放射性物質を含むのは760トン。第2段階でナトリウムを流すポンプや配管の解体を準備するが、撤去に入る第3段階の開始時期は分からない。作業の難しさがうかがえよう。
 もんじゅには1兆円超の国費が投入されたが、運転したのは約250日だけ。さらに廃炉経費に約3750億円もかかる見込みだ。
 それでも、政府はもんじゅ廃炉後も高速炉開発を続ける方針を掲げる。原型炉の次のステップである「実証炉」をめざすというのだ。理解に苦しむ。
 原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、再び燃料として使う「核燃サイクル」に政府は固執するが、現実は破綻している。もんじゅとともに核燃サイクルの両輪である六カ所再処理工場(青森県)も、稼働のめどが立っていない。
 開発は見通せず、経済合理性に欠ける核燃サイクルから、多くの先進国が撤退している。政府のこだわりに正当な理由が見いだせない。安倍晋三首相は岩盤規制の打破を口にするが、核燃サイクルこそ「岩盤政策」ではないか。
 もんじゅの廃炉が、大きく転換すべき時を示している。


大飯1、2号機廃炉 関電は説明責任を果たせ
 関西電力は大飯原発1、2号機が運転40年を迎えるに際して廃炉を決定。福井県と地元おおい町に説明する。単に費用対効果で判断したとするなら、原発の安全確保を前提に「共生」に努めてきた立地自治体に失礼な話だ。十分説明を尽くす必要がある。
 発電コストが安い大型炉の延命が阻まれたのは、東京電力福島第1原発事故後の再稼働環境が厳しさを増している状況を物語る。政府のエネルギー基本計画の見直しにも影響しそうだ。
 原子力規制委員会は厳しい新規制基準を定め、原発をふるいに掛けている。審査に合格すれば、原則40年運転を超えて最長60年まで20年間の延命が可能だ。
 過酷事故後、福島第1を除き、国内では関電美浜1、2号機、日本原電敦賀1号機の県内3基を含め計6基の廃炉が認可された。いずれも出力30万〜50万キロワット台の小型炉である。
 1979年3月、12月に営業運転を始めた大飯1、2号機は出力117万5千キロワット。100万キロワットを超す大型炉の廃炉は福島を除き全国初となる。電力各社が大型炉の再稼働を目指してきたように、関電も表向き10月の段階でも「申請の準備を進めている」としていた。しかし、巨額の安全対策費に窮し採算が合わないと判断したようだ。
 関電保有の原発は11基。うち再稼働決定済み7基の安全対策費に最低でも約8300億円が必要になる見込みだ。大飯1、2号機は各2千億円以上に膨らむ可能性もあり、このままでは関電が再稼働に投じる総額は1兆円超。膨大なコストが経営の足かせになる。
 関電の経営環境は厳しい。電力市場の全面自由化で顧客が流出。家庭用、法人用とも落ち込み、販売電力料はピーク時の2010年から7年連続の減少だ。火力発電の燃料価格上昇も経営を圧迫する。原発依存度が高い関電にとって、運転停止を求める訴訟や仮処分申請も相次ぎ「司法リスク」も高まる一方である。
 原発で問われるのは安全性だ。1、2号機は10、11年の定期検査以降、停止中だが、安全だったのか。
 2基は3、4号機と同じ加圧水型とはいえ、事故時の安全装置が異なる。1次系配管が破断した場合、高圧蒸気による原子炉格納容器の破損を防ぐため、水ではなく1250トンの氷で急速冷却する「アイスコンデンサ方式」を採用。国内で唯一の特殊構造だ。
 格納容器の容積は3、4号機に比べ約半分。設計耐圧も4気圧に対して0・94気圧と非常に低く、壁の厚さも薄い。このため壁面の補強や循環冷却装置、内部の蒸気を放出するフィルター付きベントの設置も要求され、多額の費用と工期が必要になる。
 新規制基準と安全対策が「世界一厳しい」とされるのは、二度と過酷事故を起こさないためであろう。であるなら、他の原発以上の事故リスクを抱えながら30年超の運転を続けてきたこと自体が問題ではないか。関電は廃炉理由の詳細を県民にも明確に示すべきだ。


滋賀の再審決定 自白偏重 危うさ検証を
 自白に偏った捜査や立証への度重なる警告と言えよう。
 滋賀県の病院で入院患者を殺害したとして懲役12年の刑が確定し服役した元看護助手の女性について大阪高裁が地裁の判断を翻して再審開始を認める決定をした。
 争点は、患者の死因と自白の信用性だった。
 高裁は自白に関して「捜査員の誘導に迎合した虚偽の内容だった疑いがある」と結論付けている。
 昨年に再審開始決定が出た松橋(まつばせ)事件などと同様、またしても自白偏重の危うさが露呈した。
 警察・検察当局は結果を真摯(しんし)に受け止め、問題点の検証や再発防止に努めねばならない。
 女性は病院での待遇に不満を持ち、2003年、宿直勤務中に男性患者=当時(72)=の人工呼吸器を外し、死亡させたとして殺人罪に問われた。
 有力な目撃証言や物証がない中で、有罪の決め手となったのは任意捜査での「呼吸器を外した」という自白だった。
 数々の冤罪(えんざい)事件に共通する構図であり、高裁の決定からは慎重な態度がうかがえる。
 一連の供述について「めまぐるしく変遷し、体験に基づいていない疑いもある」と指摘した。当事者しか知り得ない秘密の暴露もないとして信用性を認めなかった。
 死因を丁寧に探る問題意識も、今回の判断を導いた大きな要因だ。高裁は、弁護団が提出した医学的な証拠に基づき、高齢患者に少なくない致死性の不整脈による自然死の可能性に言及した。
 死因は事件か否かの判断を分かつ客観的な要素である。検討を積み重ねた姿勢は評価できる。
 一方、女性の再審請求は2度目だ。有罪認定した審理はもとより、再審の是非を検討した過程も含め、これまでの裁判で、なぜ立証の不十分さを見抜けなかったのか。この点の検証も求められる。
 気がかりなのは、女性が自白した経緯や理由だ。
 大阪高裁は、女性には迎合的な性格が見られると認定している。こうした人は取り調べの際に誘導されやすい傾向を示す。
 警察が思い込みの捜査で、都合のいい供述を引き出そうとしたとすれば極めて深刻である。
 取り調べの録音・録画(可視化)を、逮捕以降だけでなく任意捜査にまで広げる必要があろう。
 そうすれば今回のようなケースでも、どのような状況での供述か公判で検証できる。政府や国会は早急に法改正に取り組むべきだ。


滋賀・患者死亡 自白偏重戒める再審決定
 滋賀県の病院で2003年、人工呼吸器を外して入院患者を殺したとして、殺人罪で服役した元看護助手西山美香さんの第2次再審請求の即時抗告審で、大阪高裁が再審開始を認める決定をした。
 有罪判決を支えた医師の鑑定書や西山さんの自白の信用性は、以前から揺らいでいたが、警察と検察は十分に見直さなかった。
 これまで何度も指摘されてきた自白偏重捜査の危険性が、また厳しく問われたと言えよう。なぜ改められないのか。捜査機関はしっかりと検証しなければならない。
 抗告審で大きな争点となったのは、当時72歳だった男性患者の死因である。
 確定判決は、酸素供給の途絶による急性心停止と認定していた。
 これに対して高裁は、遺体を解剖した医師の鑑定書が、人工呼吸器が外れていたとする警察の説明を前提にしていたと指摘。確定判決は呼吸器が外れていなかったとしているので、鑑定書だけでは判定できないと断じた。
 さらに、弁護団が新証拠として提出した臨床医らの意見書から、解剖時の血液検査の数値に着目し「致死性の不整脈による自然死の可能性がある」とした。
 その上で高裁は、西山さんの自白が多くの点で目まぐるしく変遷しているとし、「体験に基づく供述ではないとの疑いが生じる」と判断した。
 そもそも捜査は、患者の異常を発見した看護師が「呼吸器が外れていた」と説明したことで始まった。看護師は後に証言を変えている。その時点で事件性の有無に疑いを持たなかったのか。
 高裁が自然死に言及し、「事件」ですらない可能性があるとしたことを、捜査機関は重く受け止めるべきだ。
 自白について高裁は、西山さんが好意を抱き、信頼していた警察官らの誘導に迎合した可能性にも触れた。
 西山さんは服役を終えた後、「人に迎合しやすい傾向があり、軽度の知的障害と発達障害がある」と精神科医から診断されている。
 大阪高検の幹部は、高裁の決定を受け「自白があれば殺人事件と考えるのが合理的」と説明したが、今回のようなケースは他にもあるのではないか。思い込みを排し、供述者の性格や傾向を見極めた上で判断しなければ、誤りは根絶できまい。
 自白の偏重が生み出した冤罪(えんざい)は、1966年の袴田事件など、枚挙にいとまがない。
 再審無罪となった90年の足利事件や97年の東京電力女性社員殺害事件などでは、血痕やDNA型といった客観的な証拠が軽視された。
 高裁が客観証拠である血液検査の数値を重視し、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に沿った決定を下したのは、そうした手法への警鐘とも受け取れる。
 捜査機関だけではなく、裁判所も改めて自戒してもらいたい。


飯塚事件、目撃証言警察が誘導? 弁護団「聴取前の下見報告書存在」
 福岡県飯塚市で1992年に女児2人が殺害された「飯塚事件」の再審請求即時抗告審で、久間三千年(みちとし)元死刑囚=執行時(70)=の有罪認定を支える柱の一つだった目撃証言の信用性が焦点となっている。女児のランドセルなどが遺棄された現場近くで「紺色で後輪がダブルタイヤ」の不審車両を見たとする男性の供述調書を作成した県警の当時の巡査部長が聴取の2日前に元死刑囚の車を「下見」したとされており、西日本新聞は元巡査部長らを取材。これを踏まえ弁護側は「下見の捜査報告書が存在し、証言の誘導を裏付ける記述がある可能性が高い」とし、開示勧告を求めるため福岡高裁に面談を申し入れる方針を固めた。
 再審請求審の地裁決定は、県警の元警部補作成の捜査資料(92年10月15日付)に下見とみられる記載があることを踏まえ、元巡査部長が調書作成の2日前の同年3月7日時点で「(元死刑囚の)車の車種や特徴を把握していた可能性は相当高い」と認定している。
 西日本新聞の取材に対し元巡査部長は「下見した覚えはない」と説明。一方で「当時は徹底した組織捜査。すべて班長の指示で動き、報告書は成果がなくても毎日書いていた」と話した。元警部補も「下見の報告書は記憶にない」としたが、自身がまとめた捜査資料は「各捜査員の報告書や供述調書を基に作った。多くはざら紙に書かれた報告書で、疑問点を個別に尋ねることもあった」と答えた。
 弁護団の徳田靖之共同代表は「2人の話を総合すると下見をした捜査報告書が存在することは明らか。捜査本部の指示内容が記載されている可能性がある」と指摘。「見込み捜査の下、元死刑囚の車を事前に確認し、その特徴に合う目撃供述を引き出すため捜査本部が下見を命じたのではないか」と推測する。
 弁護団によると、即時抗告審で検察側は「下見の報告書は存在しない」と説明。裁判所も開示勧告の要請に応じず、審理は5月の3者協議で終結した。
 福岡高検の秋山実次席検事は取材に「再審請求事件について個別の内容には答えられない」としている。
    ◇      ◇
■証言が日を追い詳細に
 被害女児2人のランドセルなどが遺棄された福岡県朝倉市・八丁峠の現場近くで事件発生の1992年2月20日、運転中に不審車両を見掛けたという男性の目撃証言の信用性については、当初の公判段階から争われてきた。再審請求後に検察側が証拠開示した捜査資料からは、車の特徴に関する証言が日を追って詳しくなっていった不自然な経緯も浮かび上がっている。
 県警の当時の巡査部長が作成した捜査報告書や供述調書によると、目撃者の男性は事件から10日余り過ぎた3月2日、元巡査部長に対し、車の運転中に「紺色ワゴン車を見た」と説明。4日には「後輪がダブルタイヤで、ガラスに何か貼っていた」と話した。
 9日には(1)普通の標準タイプのワゴン車(2)トヨタや日産ではない(3)やや古い型(4)車体にラインは入っていなかった(5)タイヤのホイールキャップに黒いラインがあった−などとする供述調書が作成され、車のそばにいた不審人物についても頭髪や服装の細かい特徴が記された。
 当時、久間三千年元死刑囚が使用していた車は後輪がダブルタイヤのマツダ「ボンゴ」。購入時にあった特徴的なラインを自ら剥がしていた。確定判決は不審車両の特徴が元死刑囚の車と一致するとして、有罪認定の根拠の一つとした。
 しかし、目撃現場は山中の急カーブ。目撃者は、下りカーブを時速25〜30キロで運転しながら、対向車線側の道路脇に駐車した車両や人物を10秒余りの間に詳しく確認したことになる。弁護団は「下見で確認した元死刑囚の車の特徴に合わせた内容に供述が誘導されていった結果、詳細すぎる内容になった」と指摘する。
 「下見」の裏付けとなったのが、元巡査部長らの捜査報告を基に作られた92年10月15日付の捜査資料。検察側は当初、一部を黒塗りにしていた。裁判所の全面開示勧告で、元死刑囚の車に関する「捜査結果」の一覧表が明らかに。目撃者の供述調書作成前の3月7日の欄には「捜査員現認」として「ラインはなかった」との記載があった。
 弁護団は「ラインの有無は県警が元死刑囚の車と目撃車両を一致させる大きな要素。検察側は最後まで捜査の経過を隠そうとしていた」と批判、下見の捜査報告書の開示を求めている。
 元巡査部長は取材に対し「死刑判決が出るような事件。誘導も何もない」と強く否定した。
【ワードBOX】飯塚事件
 1992年2月20日、福岡県飯塚市で小学1年の女児2人=ともに当時(7)=が行方不明になり、翌21日に同県甘木市(現朝倉市)の山中で遺体が見つかった。94年に殺人などの容疑で逮捕された久間三千年元死刑囚は一貫して無罪を主張。福岡地裁は死刑を言い渡し、高裁も支持。2006年10月に最高裁で確定し、08年10月に刑が執行された。捜査への導入後間もないDNA型鑑定が有罪認定の根拠の一つとなったが、同じ手法が使われた「足利事件」の再審では証拠能力が否定され、無罪判決が出ている。元死刑囚の妻が09年10月に再審請求。福岡地裁は14年、DNA型鑑定は「直ちに有罪認定の根拠とすることはできない」と事実上“排除”しながらも「他の状況証拠で高度な立証がなされている」として請求を棄却。弁護側が福岡高裁に即時抗告した。


普天間ヘリ再開 米軍の安全軽視著しい
 事の重大性に対する米軍の認識を疑わざるを得ない。
 沖縄県宜野湾市で米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリコプターが、飛行中に窓を普天間第二小学校の校庭に落とした事故からわずか6日後、米軍は同型機の運航を再開した。
 防衛省と在日米軍は、普天間飛行場周辺の学校上空における航空機の飛行を「最大限可能な限り避ける」ことを確認した。
 だが、これは既に合意済みの内容とほぼ同じだ。米海兵隊は合意を守らず、設定ルート外の飛行が常態化していたとされる。
 事故のまともな原因究明や再発防止策もなく曖昧な約束で運航を繰り返す姿勢は、安全に配慮する気がないと言われても仕方ない。
 沖縄県議会はきのう、学校や病院などの民間地上空での飛行中止を求める抗議決議と意見書を全会一致で可決した。当然である。
 米軍は事故原因は人為的ミスであり、機体に問題はないという。
 窓のレバーが安全ワイヤで適切に固定されていないことを見落とし、緊急脱出の位置に動かされたことで窓が外れたと説明した。
 信じられない初歩的ミスが、なぜ起きたのか。訓練や整備に問題はなかったのか。そうした点を徹底調査するべきだろう。
 米軍にそう促すどころか、安易な説明をそのまま受け入れた政府の姿勢は理解に苦しむ。
 沖縄での米軍機の事故やトラブルは後を絶たない。普天間所属のCH53は10月にも民家近くの牧草地で炎上し、昨年12月には新型輸送機オスプレイが名護市辺野古沿岸部に不時着し、大破した。
 オスプレイは機体の構造的な欠陥、CH53は老朽化が指摘されている。海兵隊の人員不足や隊員の疲労を問題視する向きもある。安全性の多角的な検証が必要だ。大惨事が起きてからでは遅い。
 翁長雄志(おながたけし)知事は事故を受け、米軍絡みの事件・事故に日本の捜査権が及ばない日米地位協定の抜本改定を政府に重ねて求めた。
 だが政府は今回も耳を傾けず、証拠物の窓は地位協定に基づき米軍に返却された。主権国家として問題だと思わないのだろうか。
 普天間飛行場周辺では今月、保育園でも落下物と疑われるCH53の部品が見つかった。
 残念なのは、保育園や普天間第二小に「事故はやらせ」などと、中傷の電話やメールが相次いだことだ。米軍基地が集中する沖縄の現実を直視すれば、こんな卑劣な行為はできないはずである。


米軍機「窓枠」落下◆普天間の運用直ちに停止を◆
 「あってはならない」ことがなぜ起きたのか。再発を防ぐため、抜本的な対策に取り組まなければならない。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場に隣接する小学校の運動場に、米軍大型輸送ヘリコプターの窓が枠ごと落下した。普天間飛行場所属の輸送機オスプレイが同県名護市沿岸部で大破した事故からちょうど1年。米軍機のトラブルはほかにも相次ぐ。
重大事故の可能性も
 沖縄には在日米軍専用施設の約7割が集中し、普天間飛行場は宜野湾市の中心部にある。政府は同型ヘリの飛行を自粛するよう要請した。だがその場しのぎの対応では不十分だ。
 日米両政府は1996年に普天間飛行場の全面返還で合意したが、その後も運用を続けている。名護市辺野古への移転計画は米軍基地の機能を強化、輸送機オスプレイの配備などを増強するもので、沖縄の負担軽減にはつながらない。まず普天間飛行場の運用を直ちに停止し、負担軽減に真正面から取り組むべきだ。
 小学校に落下したヘリの窓枠は約90センチ四方で、重さは7・7キロもある。運動場では児童約60人が授業中で、飛んだ小石が男児の腕に当たったという。「もしも」と考えると恐ろしいばかりだ。
 普天間飛行場の近くでは今月7日、保育園の屋根に円筒状の物体が落下。米軍はヘリの部品であると認めたが、飛行中の米軍機からの落下は否定している。しかしトラブルはそれにとどまらない。2004年に沖縄国際大にヘリが墜落したような大事故だけではない。部品の落下でも人命に関わる重大事故になりかねない。米軍の安全管理はどうなっているのか。
基地集中の認識に差
 1996年の日米両政府の合意は、沖縄県内の米軍基地内へのヘリポート新設などを条件に、普天間飛行場を5〜7年以内に全面返還する内容だった。しかし代替施設は辺野古沿岸部を埋め立てる大規模基地の建設計画に変わり、反対運動が続いている。
 安倍晋三首相は、仲井真弘多前知事が2013年末に埋め立てを承認した際、普天間飛行場の「5年以内の運用停止」の検討を約束した。このため翁長雄志知事らは19年2月までの運用停止を求めている。ところが安倍政権は辺野古移転計画と絡め、翁長知事の協力が得られないことを理由に運用停止は実現困難だとしている。
 沖縄に米軍施設が集中し、トラブルが相次ぐ現状に対して本土側の認識は依然として低い。共同通信社が実施した全国の知事アンケートでは、一部の知事が沖縄の負担軽減の必要性に理解を示しながらも、オスプレイの訓練受け入れなどの具体的な対応に関しては消極的な回答が大半を占めた。翁長知事は「各自治体が自身の問題と認識していない表れだ」と指摘する。沖縄に負担を押し付ける安全保障政策でいいのか。真剣な検討が求められる。


“沖縄”で民進系3党は団結できないか
 ★来年は衆参などの国政級の選挙がなく、「突如増税案が幅を利かせ始める」(野党関係者)など比較的穏やかな年とみられているが、石川、滋賀、長野、香川、福島、愛媛、和歌山などでは県知事選もある。今、1年間52週、どこかで何らかの選挙が行われていると言っていい。その中で特筆すべきは、沖縄県内の選挙が続くということ。 ★1月21日には南城市長選と南城市議補選が行われる。2月4日には名護市長選があり、12月9日には沖縄県知事選が控える。宜野湾市の小学校のグラウンドに米軍の大型ヘリコプターの窓が落下した事故などがあり、基地問題は県民感情を逆なでしているが、中央政界が沈黙していることなど、県民からすれば解せないことも多い。県内政界関係者は与野党問わず問題に取り組み、一致して抗議するなどまとまりを見せる。知事や名護市長など野党系が議席を持つものの、中央政界で積極的に動くのは自民党や公明党。ただ、党が事故の調査団を出すなどの動きは皆無だ。 ★というのも、党の行方さえ分からない民進党系3党は党内掌握を優先。また地方組織対策が進んでいるのは立憲民主党だけ。水面下の動きは分からないが、沖縄をどうとらえるかは安保政策や米軍に対しての政策的評価が伴うため、どの党も明確な態度を示すことができない。せめてこのチャンスに民進系3党が事故調査団を編成するとか、選挙協力を打ち出すとか、それぞれ協力して応援の日程を組むなど、「中央ではできないが、沖縄を舞台にかつての同僚たちがまとまることはできないか」(野党関係者)との声もある。県内は与野党が団結して問題解決に動くのに、なぜ民進系3党ができないのか、不思議だ。

[生活保護引き下げ]弱者切り捨てをやめよ
 2018年度は、5年ごとに実施される生活保護基準の見直しの年になる。その見直しで、厚生労働省は生活保護費のうち食費や光熱費などに充てる「生活扶助」の支給額を段階的に引き下げ、3年かけて国費を約160億円削減する方針を示した。
 年齢や世帯の構成などによっても異なるが、都市部などでは最大5%の減額になる。計算方法によっては一部増額となる場合もあるが、総じて引き下げの方向だ。
 13年度の前回改定でも、生活扶助が3年かけて6・5%減額された。今回、厚労省は約14%もの大幅引き下げを目指していた。厚労省の審議会で反対が出て、幅は抑えられたが、連続しての減額であることには変わりない。
 生活保護受給世帯は今年9月で約164万世帯、212万人以上おり、世帯数は20年間で約2・7倍に増えた。
 受給者の半数が1人暮らしの高齢者のほか、4分の1も傷病・障がい者の世帯である。現行支給額でも、苦しい生活を余儀なくされている人は少なくない。減額は、社会の支えを必要とする人たちにとって、冷たい措置である。社会のセーフティーネットの機能が低下することを強く懸念する。
 生活保護は、本当に必要とする人の2割しか受給していないとされる。8割の人が、生活保護基準以下の収入で生活をしていることになる。社会の安全網は十分に行き渡らず、生活扶助も減額する。憲法25条がうたう「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されないのではないか。
■    ■
 生活扶助引き下げ方針の根拠は、一般の低所得世帯の消費支出に比べ、保護費の支給額が多いとの調査結果が出たことだ。
 生活扶助は一般家庭の消費支出とのバランスをみて改定される仕組みとなっている。低所得者の消費が低くなったら、生活扶助も減額することになる。
 しかし、厚労省の審議会でも「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、絶対的な水準を割ってしまう」などと、算定方法に懸念が示された。さらに、算定方法の見直しを念頭に「これ以上、下回ってはならないという水準の設定について考える必要がある」との意見も出た。
 前回の改定時にも審議会は算定方法の見直しを迫った。人の命や暮らしに関わる大事な仕組みについて看過し、同じ指摘を受けるのは厚労省の怠慢である。
■    ■
 生活保護基準の引き下げは、受給者だけの問題ではない。低い所得で生活をしている人たちの暮らしにも影響を与えかねない。
 生活保護基準が下がると、住民税の非課税基準も下がる。これまで無税だった低所得者が課税されたり、医療、介護、教育、福祉などでの低所得者向けの減免が受けられなくなる可能性もある。
 これでは、たとえ賃金が多少上がったとしても、可処分所得が減少する世帯が増え、結局、経済の底上げにもつながらない。生活保護基準の引き下げは見直されるべきだ。


国連総会 エルサレム首都認定、撤回求める決議採択
 【ニューヨーク國枝すみれ】国連総会は21日午前(日本時間22日未明)、緊急特別会合を開催し、エルサレムをイスラエルの首都とする米トランプ政権の認定を無効とし撤回を求める決議案を128カ国の賛成で採択した。米国の国際的な孤立が浮き彫りになった形だが、米国が経済援助削減をちらつかせて加盟国に決議案に賛成しないよう圧力をかけたため、棄権する国も35カ国に達した。
 欧州各国や日本などが賛成し、反対は米国とイスラエルに加えて南太平洋の島しょ諸国など9カ国。棄権は米国の隣国カナダやメキシコのほか、米国の経済支援や軍事支援に頼る東欧やアフリカ諸国など。
 米国のへイリー国連大使は総会で投票前に演説し、「米国は投票結果を覚えている」と各国をけん制。「米国が国連最大の(資金)供出国だ。米国の意思が尊重されることを期待するのは正当だ」と述べた。また、米大使館をエルサレムに移転する決定に変更はないと明言した。
 へイリー氏は19日に加盟国に書簡を送って決議案を支持しないよう要請。トランプ米大統領も20日、米国は決議案に賛成した国に対する経済支援の打ち切りで「多額の節約につながる」と述べていた。
 イスラエル代表は総会で「国連はパレスチナの操り人形だ」とし、この決議案は「平和を遠ざけるだけだ」などと反論した。
 一方、イスラム協力機構(OIC)議長国であるトルコのチャブシオール外相は「パレスチナは我々全員の問題だ。今日、正義と平和のために声を上げる」と演説。外相は採択後、多くの棄権国が出たことについて記者団に「(米国の)いじめの結果」と話した。
 総会決議に法的拘束力はない。だが、東エルサレムを首都に国家建設を目指すパレスチナ自治政府と連携するイスラム諸国などには、多数の賛成票を誇示して米国批判の国際世論を喚起したい思惑がある。
 米国は6日にエルサレムをイスラエルの首都と認め、大使館のエルサレム移転を発表。決議は米国を名指ししていないが「エルサレムの地位に関する最近の決定に深い遺憾の意」を表明し、エルサレムの地位変更は「無効で撤回されなければならない」としている。


赤ちゃん連れ議員も出席OKな仕組み、テレワークで 熊本市議も参加し「前進」の成果も。
熊本市議会はその後どうなったのか。子連れ会議の是非を超えて行こう!
泉谷由梨子 ハフポスト日本版ニュースエディターyuriko.izutani@huffingtonpost.jp
熊本市議が赤ちゃん連れで本会議に出席、厳重注意を受けた問題を機に、議員と子育ての両立や、柔軟な働き方についての議論が広がっている。
12月19日、衆院議員会館ではテレワークの仕組みを活用し、子育て中でも議員活動や仕事を続ける方法を探る勉強会が開かれ、熊本の緒方夕佳市議も参加した。
テレワークは、「ICTを活用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」と定義されている。緒方市議も騒動後の経緯を報告、閉会日には一種のテレワークとも呼べる仕組みを活用し、本会議に出席できたことを報告した。
多様な人々が参加できることが民主主義の基本という前提のもと、「子連れ出勤や議場入り」の是非論を超えるための話し合いとなった。
熊本市議会、その後
12月定例会の閉会日だった13日、緒方市議は議会事務局や市議会との話し合いを経て本会議に参加した。議員控え室に呼んだベビーシッターに長男を預けて、授乳が必要な時にだけ一時退席する形をとったという。
本会議の開始から約1時間20分後、控え室で子どもが泣き出した。そこで、ベビーシッターから連絡を受けた事務局が議員席の電話を鳴らし、緒方市議はいったん退席。控え室で授乳をし、再び議場に戻った。
控え室で緒方市議は、授乳をしながら議場のネット中継で議会の行方を見守った。採決の直前に「走って議場に滑り込み」、採決にも参加することができた。ただ、2つの承認案件について見落としてしまい、参加することができなかったという。
緒方市議は「賛否色々な意見をいただいたが、こうした前進があったことは大きな成果。私も『授乳できずに、預けた子が泣きっぱなしでは』と不安になることなく、安心して議会に参加できた。ただ、大切な採決を2つ飛ばしてしまったことは課題の一つとして残った」と話した。
議員経験の女性たち「代理採決なども必要」
勉強会には多くの女性議員・経験者らが参加し、意見を述べた。
前川崎市議会議員の吉沢章子さんは「私が初当選した2003年、控え室には女性用の着替えスペースさえなかった。子育てを理由に躊躇してしまうことが女性が政治にチャレンジする障壁になっている。私自身も両立が難しいと子どもの成長を待って政治活動を始めたが、時代は変わった。色々な可能性があると感じた」とテレワークなどの技術活用に期待を寄せた。
前東京都議の塩村文夏さんは「都議会では一人会派の場合、控え室も個人の裁量で自由に使える。民間企業よりもよほど働きやすい環境と感じる。ただ、議会中は集中力が必要で議場への赤ちゃん連れは難しいのでは。採決の時などは、素早く立ったり座ったりしなくてはならず間違えがあってはいけない。システムを変える必要もあるかもしれない」。
また、前品川区議の阿部祐美子さんは「議員がきちんと仕事をしたかどうか、『議会に出席している』こと以外で測りづらいことも課題。子育てだけではなく障害やけが、病気の人もいる。どうしても出席できない場合に代理採決などの仕組みも必要では」と話した。
「次世代に繋げられなかった責任を感じた」
勉強会は井戸正枝・前衆院議員らの呼びかけで実現した。テレワーク導入の第一人者、田澤由利さん(テレワークマネジメント社長)がテレワークの技術や実践例などを紹介した。
勉強会の隣室には、第2会場が設けられ、ビデオ会議で本会場と結ばれた。この仕組みによって、子連れ参加者は、途中で子供が泣いたり騒いだりした場合にも、勉強会の進行に支障がないよう、親子で隣室に移動して参加を続けることが可能になった。
また、兵庫県姫路市の駒田かすみ議員は、市議会の控え室などから遠隔で参加した。
田澤さんは「議会や仕事と生活をどう両立できるか。そのハードルを越えるツールとしてテレワークを活用してほしい。通勤時間を省略すれば、例えば子育て中の社員が時短ではなくフルタイムで働けるなど、企業にとってもメリットがある」。
5児の母でもある井戸さんは「熊本市議会の件では、子育てをしながら政治に関わってきた私たちの工夫や苦労が、次世代に繋がっていなかった責任を感じた。今後につながる議論を深めたい」と語った。


暴言だらけの安倍政権 森友学園問題をめぐる4つの暴言
 10月に行なわれた総選挙後に召集された特別国会(12月9日閉会)では、過去の政府答弁と食い違う森友学園問題の新事実が次々に明らかになった。
 とくに国有地の大幅値引き問題で、会計検査院が「値引きの根拠が不十分」という報告書を公表すると、それまで「見積もりは適切」と答弁していた安倍晋三首相は窮地に立たされた。「丁寧に説明する」と約束した首相はどう語ったか。
「財務省や国土交通省から適切と報告を受けていた。私が調べて、私が『適切』と申し上げたことはない」
“オレが調べたわけではないから責任はない”というのだ。国会は「国権の最高機関」だ。総理の国会答弁は官僚が作るが、責任は総理自身にしか負うことはできない。それを役人に転嫁すれば国家の秩序は崩れていく。
 その財務省にも火が燃え広がった。
「財務省のシステムは即座にデータが抹消される仕様になっています」
 そんな“迷答弁”で森友側との交渉記録廃棄を正当化し、国税庁長官に出世した佐川宣寿・前理財局長も新事実に足を掬われた。佐川氏は証拠が残っていないことをいいことに、通常国会では値下げ交渉について「価格を提示したこともないし、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と全否定していた。
 ところが、近畿財務局が森友側に「1億3000万円」などと伝えた音声データの存在が明るみになり、特別国会で虚偽答弁だと追及された。
 国税庁長官就任以来、記者会見も開かず、国会の参考人招致にも応じない佐川氏に代わって後任の太田充・理財局長がこんな“珍答弁”を繰り出した。
「金額のやりとりはあったが、価格の交渉はしていない」
 上が上だから、下は平気でそう開き直る。国会での答弁が嫌で嫌でたまらない安倍首相は、ついに野党の質問時間を減らすという“禁じ手”に出た。先兵役を担ったのが萩生田光一・幹事長代行だ。
「直近の民意を考えれば、野党に質問時間を譲っているのは国民の理解を得られない」
 自民党は「与党2対野党8」の配分だった質問時間を、与党の議席数が多いことを根拠に「5対5」にするように野党に要求し、野党が猛反発して特別国会は冒頭から紛糾。せっかく39日間の会期があっても、審議が行なわれない日が続いた。萩生田発言の狙いはそこにあったようだ。
「野党が抵抗すればするほど、国会の会期が消化され、審議時間が減っていくから好都合だった」
 自民党国対筋は、陰でそう笑っていたのである。


風刺漫才に反響 ウーマンラッシュアワー 基地は日本全体の問題「米より沖縄に思いやりを」
17日夜にフジテレビ系で全国放送された番組「THE MANZAI 2017」で、吉本興業所属のお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さん、中川パラダイスさんが辺野古や高江の基地建設問題や原発などの状況を強烈に風刺する漫才を披露した。インターネット上で反響が広がっている。
沖縄ネタでは基地問題に触れ「それらは沖縄だけの問題か?」「いや、日本全体の問題」と提起した。
次々に質問する村本さんに中川さんが答える形式。東京五輪は「日本全体が盛り上がる」と指摘した上で「沖縄の基地問題は沖縄だけに押し付ける」「楽しいことは日本全体のことにして」「面倒くさいことは見て見ぬふりをする」と全国的な無関心を風刺した。
日本が在日米軍に思いやり予算9465億円を払っていることに触れ「アメリカに思いやりを持つ前に」「沖縄に思いやりを持て!」と叫んだ。
村本さんは出身地の福井県おおい町や周辺に4基の原発があることに触れ、東京五輪で豪華な競技場を建てる前に「被災地に家を建てろ」と強調した。
村本さんのツイッターには「どれだけ無関心だったか改めて自覚した」「漫才じゃなく主張」などコメントが相次ぐ。村本さんは「おれが漫才で言ってるのは無関心層への攻撃で見て見ぬ振りせず一緒に考えよう。沖縄以外は、代わりに基地置いてもらってる自覚を持てよってこと」と投稿した。今回のネタについて村本さんは「被災地や沖縄でこの漫才をやった時に地元の人が涙流して『嬉しい』と言われた。全国ネットで日本中の人にこの街のことをふれさせると約束したから」と明かしている。


河北抄
 各地に広がる「子ども食堂」の名付け親は、2012年、東京都大田区に開設した近藤博子さんだという。社会活動家の湯浅誠さんの著書『「なんとかする」子どもの貧困』に記されている。
 湯浅さんは「大事なことは、子どもが一人ぼっちで食事しなければならない孤食を防ぎ、さまざまな人たちの多様な価値観に触れながら『だんらん』を提供することだ」と説く。
 仙台市太白区のNPO法人「おりざの家」が運営する週2回の食堂には多世代が集う。今月上旬、利用する小・中学生や1人暮らしの高齢者、支援ボランティアの大学生と主婦ら計約20人が夕げを共にした。献立は豆類や野菜中心の家庭料理。食後に一日の出来事を語り合った。
 理事長の佐藤宏美さん(56)は「誰かと一緒に食べることが肝心。昔の大家族で囲む食卓の雰囲気を味わってほしい」と話す。開始から1年が過ぎ、「人をつなぐ地域の食卓でありたい」と願う。
 きょうもどこかで心も満たす食が提供されていることだろう。<納豆にあたたかき飯を運びけり 村上鬼城>


12月23日祝日外しの動きは安倍の天皇敵視だ!「明治の日」で戦前回帰推進しながら護憲派天皇の足跡は抹消
 2019年4月末日をもって天皇が退位することが決定したが、天皇誕生日を前に「12月23日を祝日(休日)ではなくす」という動きが表面化、国民の間から反発の声が上がっている。
 生前退位に関する特例法は、皇位継承後は皇太子の誕生日である2月23日を「天皇誕生日」と定めているが、現在の12月23日に新たな祝日を設けるかについては明記していない。ところが、菅義偉官房長官は、21日午前の会見で「幅広い議論が必要」と断りながらも、「このまま特例法が施行されれば平日になる」としたのだ。
 また、毎日新聞21日付朝刊は、政府が12月23日を〈当面は新たな祝日とせずに平日とする検討に入った〉と報じた。記事は、「上皇の誕生日を祝日にすれば権威付けになりかねない。上皇に感謝する民間行事が開かれる可能性もある。少なくとも上皇在位中の祝日化は避けるべきではないか」という政府関係者のコメントをあげながら、〈上皇の誕生日を祝日にすると事実上の「上皇誕生日」になり、新天皇の誕生日と併存して国民の目に「二重の権威」と映る懸念があるため〉と伝えている。
 “二重権威”とは極右の安倍政権らしくない物言いだが、天皇誕生日が国民に天皇の誕生日を祝うことを強いる“権威”の強制の役割をもっていることはたしかだ。
 しかし、安倍政権の「平成天皇の誕生日の祝日抹消」の動きの背後にあるのはそんな真っ当な理由ではない。これは、安倍首相の明仁天皇への嫌がらせ、敵視の表れとしか思えない。
 なぜなら、安倍首相やその周辺にいる右派勢力は、天皇誕生日を嫌がるどころか、歴代の天皇誕生日の権威化を強引に推進してきたからだ。その典型が、4月29日の「昭和の日」だ。
「昭和の日」のあと「文化の日」を「明治の日」にしようとする安倍政権
 この4月29日は昭和天皇の誕生日だが、当初は天皇崩御にともない「みどりの日」と名づけられていた。〈自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心を育む〉という趣旨で、そこには生物学者であり自然をこよなく愛した昭和天皇を偲ぶ意味も込められていた。ところが、それが気にくわない極右勢力は「昭和の日」に名称を変更するよう運動を展開。極右運動と歩調を合わせた自民党タカ派議員たちも、祝日法改正案を国会に提出して、「昭和の日」への名称変更を求めてきた。
 こうした背後に「昭和の日」を戦後の日本国憲法と国民主権を否定し、先の戦争を肯定するためのシンボルにしようという意図があったのは明らかで、たとえば「昭和の日」改定運動に参加してきた小堀桂一郎・日本会議副会長は「正論」(産経新聞社)1999年4月号で、〈直接「昭和」といふ輝かしい名への連想を一切持たないこの命名(みどりの日)はあまりにも畏れ多く、無残なことである〉と書いている。
 当然、こうした動きには、国内はもちろん、日本が侵略したアジアの国々から懸念と反対の声があがったが、しかし、小泉政権下での圧倒的な議席数を占めた自民党は2005年にこの改定を強引に成立させた。そのとき、中心になっていたのが安倍晋三だった。そして、第一次安倍政権の07年から「みどりの日」は5月4日に移動し、4月29日は「昭和の日」となった。同年、「『昭和の日』をお祝いする実行委員会」が開いた記念式典では、参加者が昭和天皇の埋葬された武蔵野陵に拝礼し、「天皇皇后両陛下万歳」と三唱。当日、外遊中だった安倍首相も祝辞を寄せている。
 さらに、近年は、11月3日を「明治の日」に改めようという動きまで広がっている。11月3日は明治天皇の誕生日で、昭和時代の1927年から1947年までは「明治節」という名称だったが、1946年の11月3日に日本国憲法が公布され、その2年後の祝日法制定時に、憲法の戦争放棄の精神に基づいて〈自由と平和を愛し、文化をすすめる〉日として「文化の日」に生まれ変わった。
 ところが、極右勢力がこの「文化の日」の理念を全否定し、明治天皇の誕生日を祝う「明治の日」にせよ、とがなり立てはじめたのだ。
 この運動の中核を担っているのは、「昭和の日」実現運動を推進したメンバーとかぶる「明治の日推進協議会」なる団体で、役員にはジャーナリストの櫻井よしこ氏や、安倍首相のブレーンのひとりと言われる伊藤哲夫・日本政策研究センター代表のほか、代表委員に百地章氏や所功氏といったお約束の日本会議系の人士が名を連ねる。
 しかも、稲田朋美元防衛相や古屋圭司衆院議員など、安倍首相の“盟友”といえる政治家らが、この運動に積極的に参加。同団体が昨年11月1日に国会内でおこなった集会では、当時、防衛大臣だった稲田朋美衆院議員が「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるというのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」と語った。
民主主義と平和主義の象徴たらんとした今上天皇への安倍首相の敵視
 剥き出しの皇国史観と戦前回帰への欲望には目眩を覚えるが、こうした動きのバックにいるのはもちろん安倍首相だ。ことあるごとに“明治維新の栄光”を口にする安倍首相は、2015年に「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録をゴリ押ししたが、続いてこの「文化の日」を「明治の日」とする改定を虎視眈々と狙い、子飼いの極右議員たちを使って下地づくりをしてきた。
 ところが、そんな安倍政権が、12月23日の現天皇の誕生日だけは、「二重の権威」を理由に平日にし、「平成」を国民の祝日から“抹消”しようというのである。このダブルスタンダードは、いったいなんなのか。
 本サイトでも何度も指摘してきたように、明仁天皇は、日本国憲法のもと、言い換えれば戦後の民主主義のなかで初めての天皇となり、平和主義国家の象徴としてのありかたを皇后とともに考え抜いてきた。第二次安倍政権下では、安倍首相が目指す“戦争のできる国づくり”に対する危機感を表明するかのように、踏み込んだ護憲発言をおこなってきた。
 ところが、これに対して、安倍首相は報復、嫌がらせとしか思えないような行動をとってきた。子飼いの学者やメディアを使って「天皇皇后は政治的発言をするな」「天皇はおかしい」と攻撃を仕掛け、女性宮家や生前退位をめぐる問題では、天皇サイドの意向を無視。生前退位が決まったあとも「天皇がパレードを望んでいる」などと、あたかも天皇のわがままで生前退位がおこなわれることになったかのような情報操作を展開してきた。
 ようするに、今回の“天皇誕生日平日化”もこうした安倍首相の天皇敵視、天皇攻撃の延長線上で出てきたものとしか考えられないだろう。
 しかも、この安倍首相の天皇攻撃はたんに個人的な感情だけではない。戦後の民主主義と平和主義の象徴たらんとした今上天皇の足跡を消し去りたい。そういう意図もあるはずだ。そして、それは明治や昭和の天皇だけを“権威”として戦前回帰的なイデオロギーに利用したいという野望の裏返しでもある。
誕生日会見で天皇は何を語るのか?“安倍に御恨み骨髄”報道も
 天皇はこうした安倍首相の仕打ちに対してどう考えているのか。先日、本サイトは「週刊新潮」(新潮社)の記事が宮内庁から激しい抗議を受けた一件を紹介したが、そのタイトルは「「安倍官邸」に御恨み骨髄「天皇陛下」が「心残りは韓国…」」。記事では侍従職関係者のこんなコメントが掲載されていた。
「陛下は喜怒哀楽の感情を表に出すことを決してされないのですが、それでも安倍さんには御恨み骨髄、という表現がぴったりくるのではないでしょうか。これだけ陛下の思いをないがしろにした首相は前代未聞だと言えます」
 しかし、宮内庁が激しい調子で「事実でない」と抗議したのは、この記事に掲載されていた「天皇が生前退位でパレードを望んでいる」という政府関係者のコメントのみで、タイトルや、天皇がないがしろされているというコメントに対しては一切抗議をおこなっていなかった。
 この一事をもってしても、天皇が安倍首相のやり口に怒りをもっていることは明らかだろう。
 明日23日には、天皇の誕生日会見の模様が一斉に報じられる。2013年の誕生日会見で「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」という“護憲発言”を口にして以降、警戒心をあらわにした安倍官邸は宮内庁に対しての締め付けを陰に陽に強めていき、天皇は安倍首相の歴史観や憲法観と対峙するような発言を自重せざるをえなかったと言われる。
 昨年も、生前退位をめぐる官邸との攻防のさなかにあって、結局、憲法や平和主義に関して踏み込んだ発言を一切することができなかった。
 だが、生前退位が法整備などで一段落ついた今年ならどうか。残り2回となった「天皇誕生日」だからこそ、これまでになかった発言が飛び出す可能性はゼロではない。
 繰り返すが、「平成天皇」という名と同時に振り返られるはずの一時代は、日本が近代化以降、初めて直接的に戦争をしなかった期間である。仮に、その時代精神を祝日として位置付けるならば、国民が天皇個人の誕生をではなく、戦争を憎み平和を希求する大きな理念の誕生を、あらためて祝う日として定めるのがふさわしかろう。間違っても、かの時代を美化する目的で葬られてよいものではない。(宮島みつや)