ブログネタ
フランス語 に参加中!
bisous tout mouilles

Interpellée sur Twitter par un sans-abri, la mairie de Paris décide de retirer des barrières anti-SDF
Les barrières ont été installées "il y a huit ans" sur des grilles d'aération.
PARIS - "La honte", "inhumain", un "scandale"... Les messages d'indignation se sont multipliés sur Twitter lundi 25 et mardi 26 décembre à destination de la mairie de Paris, en réponse à la photo postée par un sans-abri sur le réseau social. Celle-ci montrait des barrières installées sur des grilles d'aération, "où parfois se posaient les SDF". La mairie a assuré qu'elles allaient être retirées.
Les barrières, installées sur le trottoir d'une rue du 19 arrondissement de la capitale, sont disposées sur deux grilles d'aération comme il en existe partout dans la ville, et dont certaines diffusent de l'air chaud. Pour le SDF à l'origine du tweet comme pour bon nombre d'internautes, l'installation s'apparente à du mobilier urbain dissuasif, destiné à empêcher les SDF de s'installer dans la rue.
Interrogée par franceinfo, la mairie de Paris a reconnu mardi que cette installation avait pour but "d'empêcher les installations" de sans-abri. Mais elle explique que les barrières ont été posées "il y a huit ans", avant le mandat d'Anne Hidalgo. Un coup d'oeil sur Google Maps permet de confirmer qu'elles ont fait leur apparition dans la rue "entre mai 2008 et septembre 2010".
Sur Twitter, le conseiller en communication d'Anne Hidalgo assure que "la ville de Paris ne pratique pas les installations dites 'anti-sdf'". En revanche, les propriétaires privés peuvent y avoir recours, comme le dénoncent la fondation Abbé Pierre et Emmaüs Solidarité avec le mot-clé "#SoyonsHumains".
Interrogés par France Bleu, des riverains ont expliqué que des SDF s'installaient régulièrement sur ces grilles d'aération. "Certains avaient installé un matelas et dormaient à quatre ou cinq dessus il y a quelques années", raconte ainsi Chantal, une habitante de l'immeuble adjacent. Des pétitions avaient été adressées à la mairie pour faire part de nuisances provoquées par l'installation des sans-abri, d'après la radio.
De son côté, le maire du 19e arrondissement de Paris François Dagnaud, en poste depuis 2013, a expliqué que les barrières avaient été installées "pour préserver l'accessibilité d'une bouche CPCU (Compagnie parisienne de chauffage urbain, ndlr)", destinée à accéder à des canalisations. "En fonctionnement normal, aucune émission de chaleur à cet endroit", assure-t-il par ailleurs.
"La pose de ces grilles a été portée à notre connaissance hier via les réseaux sociaux. Dès que nous en avons eu connaissance, Anne Hidalgo a demandé leur retrait sans délais", a expliqué la mairie à franceinfo. La décision a été saluée par Christian Page, le sans-abri à l'origine du tweet.
フランス語
フランス語の勉強?
十三シアターセブン @juso_theater7
【映画】1/6(土)〜『その街のこども 劇場版』今年もシアターセブンにて上映。こどもの頃に震災を経験し、今は東京で暮らす勇治(森山未來)と美夏(佐藤江梨子)は、追悼のつどいが行われる前日に神戸で偶然知り合い、震災15年目の朝を迎えるまでの時間を共に過ごすことになる http://www.theater-seven.com/2017/movie_sonomachi-17.html


昨日に続いてお掃除.ここしばらくサボってきたのを少しだけですがキレイにできたのはよかったです.でもまだまだ道は遠いです.
志布志行きのフェリーに乗りました.バイキングで食べ過ぎてしまいました.そばのすする音が気になってしまいます.
暑くてなかなか眠れません.

震災後誕生の子 心の影響調査へ
東日本大震災から間もなく7年になる中、震災後に生まれた子どもたちの間で、落ち着かない様子などが見られるといった相談が相次いでいることから、被災地で心のケアに取り組む研究グループが、初めて、東北の被災3県で大規模な調査に乗り出すことになりました。
震災から間もなく7年となり、来年4月には震災後に生まれた子どもたちが小学校に入学します。
こうした中、乳児期に被災したり震災後に生まれたりした子どもたちの間で、衝動的だったり、落ち着かなかったりする様子などが見られるという相談が、心のケアに取り組んでいる大学教授らの研究グループに相次いでいるということです。
震災をきっかけに家庭の経済状況が厳しくなったり、親が精神的に不安定になったりしているケースもあるということで、研究グループは親や周囲の人が抱える震災のストレスの影響を受けている可能性があると指摘しています。
このため、実態の解明に向け、年明けに社団法人を立ち上げて岩手・福島両県も含めた被災3県で大規模な調査を行い、子どもの心の状態や必要な支援などについてまとめることにしています。
研究グループによりますと、こうした調査は全国でも初めてだということです。
宮城学院女子大学の足立智昭教授は、「大規模災害での子どもへの長期的な影響調査は、これまで資料がない。震災で子どもたちに何が起きているのかを記録に残し、支援につなげていきたい」と話しています。


響け!希望の音色 津波被災のビッグバンドが創立25年コンサート「ジャズの灯を消したくない」
 宮城県気仙沼市のジュニアジャズビッグバンド「スウィングドルフィンズ」が今年で創立25年目を迎えた。東日本大震災で楽器や練習場所を失うなど、多くの困難を乗り越えてきた。23日には同市で記念のクリスマスコンサートを開催。響かせた希望の音色に、訪れた市民から大きな拍手が送られた。
 コンサートでは「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」「キャラバン」などのスタンダードナンバーから、ラテンやロックまで15曲を披露。生き生きとした演奏ぶりに会場は沸いた。
 ドルフィンズには現在、小学4年〜高校2年の15人とOG2人の17人が在籍。毎週日曜午後1〜4時、同市の水梨コミュニティセンターなどに集まり練習している。
 学校週5日制導入で休みが増えたことをきっかけに1993年設立。児童・生徒の居場所づくりとともに、音楽を通じて協調性や主体性のある子どもを育てようと、地元のジャズ愛好家らがボランティアで指導に当たってきた。
 震災では当時のメンバーや指導者の多くが被災。練習場所や楽器・楽譜を津波で失うなど、存続が危ぶまれた。
 しかし、国内の支援団体が米国のライブハウスからの寄付を使って楽器を寄贈。避難所での演奏を通じ被災者を励まし、2013年にはジャズの古里、米ニューオーリンズ市で公演した。
 今回は避難所などでの演奏を除いて、震災後に地元で開く初めての単独コンサート。テナーサックス担当の津谷中3年森天音(あまね)さん(14)は「ジャズが大好き。大勢の人に聴いてもらう機会は少ないので、うれしい」と満足そうに話す。
 創設から関わってきた運営委員会会長で中学校教諭の菅野敏夫さん(59)は「気仙沼に音楽文化を根付かせ、音楽好きな子どもを育てようと努力してきた。しかし、まだまだ道半ば」と振り返る。
 少子化や、震災による人口流出もあり、メンバーの確保が課題だ。ドルフィンズは「ジャズの灯を消したくない。気軽に練習の様子を見てもらえれば」と、新入会員を歓迎している。


スピーディーな意思決定、人材育成、情報共有…業務前進へ 復興派遣職員が石巻市に提言
 東日本大震災の復旧復興事業のため他自治体から石巻市に派遣されている有志職員7人がプロジェクトチームを結成し、業務を前進させるための3項目を市に提案した。外部の視点を石巻市の市政運営に反映させようとする珍しい取り組み。有志職員は「できることから業務のスリム化を図ってほしい」と話す。
 プロジェクトチームは派遣1、2年目の有志7人で6月に結成。仙台市や千葉市、広島市などから来た20〜40代の職員が毎週水曜日の終業後に計21回集まり、日頃感じている課題を出し合った。
 メンバーが共有する問題意識は、復興期間の終わりを見据えた業務の効率化だ。12月1日現在、派遣を含めた市職員は約2150人で、通常時に比べて約500人多い。今後、復興支援の職員が減れば1人当たりの仕事量の増加が予想され、事前に改善できる点は見直してほしいと検討を重ねた。
 結果は今月4日、市役所であった内部の会議で亀山紘市長ら市幹部に提案。主な内容は(1)スピーディーな意思決定(2)人材(人財)育成制度(3)情報共有の改善−の三つで、決裁ルートから不必要な職員を外して情報共有をスムーズにしたり、新規採用した職員の育成制度を導入したりする案を盛り込んだ。
 3項目の他にも市長と若手職員のランチミーティング、公用車運転日誌の押印廃止なども業務推進のアイデアとして示した。
 中心となった障害福祉課の渡辺あゆみさん(39)と道路課の小野力さん(27)は「全国の派遣職員が集まっているのは石巻のメリット。他自治体の事例を交えて提案することで、仕事の効率が少しでも良くなるきっかけになればうれしい」と語る。


宮古・田老の仮設商店街「たろちゃんハウス」今月末で営業終了 支え支えられ商いつなぐ
 東日本大震災で被災した岩手県宮古市田老地区にある仮設商店街「たろちゃんハウス」が、31日で営業を終了する。震災から半年後の2011年9月にオープンして以来、同じ敷地に立ち並ぶ市内最大の仮設住宅団地「グリーンピア団地」の被災者の生活を支えてきた。大半の店は既にそれぞれ別の場所で再出発しており、最後に残った1店も新天地に移る。
 たろちゃんハウスには食料品店、食堂、理髪店など22店舗が入居していた。このうち19店舗は再建を果たし、2店舗は廃業。食料品店「山長商店」が最後までのれんを掲げてきた。
 山長商店の山本悦治さん(53)は「仮設店舗のおかげで商売を続けられた。これからもお世話になった地域の皆さんに喜んでもらえるよう、商いに精を出したい」と話す。新店舗は来年2月、道の駅「たろう」内に完成予定だという。
 仮設商店街の店主らでつくった「たろちゃん協同組合」は、今後も互助組織として残す。理事長の箱石英夫さん(64)は「これからが本当のスタート。田老を取り巻く環境は変わっていくが、力を合わせて乗り切りたい」と前を向く。
 市は、たろちゃんハウスの退去期限を当初16年9月としていたが、建築資材の高騰や人手不足で店舗の再建が遅れ、延長措置を3回繰り返してきた。
 隣接するグリーンピア団地には最も多いときで407戸1039人が暮らしていたが、11月末現在で24戸46人に減少。一部では解体工事も始まっている。


「水位15.1M」津波の高さと脅威伝えるGSの被災看板撤去へ 国道かさ上げ、保管が困難
 東日本大震災の津波の高さを伝える陸前高田市のガソリンスタンド「オカモトセルフ陸前高田」の鉄柱看板が、国道45号のかさ上げ工事に伴い、来年7月までに撤去される見通しになった。
 看板上部のパネルには震災後、「津波水位15.1M(メートル)」と記した矢印を掲示。剥落やへこみをあえてそのまま残し、津波の脅威を伝えてきた。
 陸前高田店は移転することになり、担当チーフの杉村幸亮さん(24)は「津波の高さが一目見て分かる看板。ここで営業を続けたかった」と惜しむ。
 看板は屋外広告の規制が強化される以前の設置のため、店舗移転先に移設することもできない。市に保管や展示を相談したが、これも難しいという。
 震災後の2012年に営業を再開したスタンドの周辺は、震災遺構として保存される旧道の駅「タピック45」以外の建物が取り壊され、今も看板を見上げて写真に収める人が少なくない。
 震災当時、避難した高台から街並みとともに看板が津波にのまれるのを見た元従業員は「家族や家を失った人たちのことを思えば、撤去した方がいい」と語った。


津波に耐えた「かしまの一本松」伐採 福島 南相馬
東日本大震災の津波に耐えて残った「奇跡の松」として知られる、福島県南相馬市の「かしまの一本松」が海水につかった影響で枯れてしまったことなどから、27日、地元の人たちに惜しまれつつ伐採されました。
「かしまの一本松」は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた、南相馬市鹿島区の沿岸にある高さ25メートルのクロマツです。
津波に耐えて1本だけ残った「奇跡の松」と呼ばれ、復興を目指す希望の象徴として地域の人たちが大切にしてきました。
しかし、幹の根元が長い間、海水につかっていたため次第に枯れたことや、一帯に防災林を整備することが決まったことから伐採されることになりました。
27日は、一本松との別れを惜しむ式典が開かれ、地元の住民およそ100人が集まりました。
そして、住民を代表して鎌田由人さんが、「この松は地区の希望でした。この松との思い出は永遠に残ります。ありがとう、さようなら」と別れの言葉を述べたあと、一本松はチェーンソーで伐採され、震災から6年9か月の間、被災地を見守り続けてきた役目を終えました。
伐採された松は表札の材料として生まれ変わり、住民に利用されるということです。


南相馬・鹿島 津波耐えた一本松に別れ 復興の象徴
 東日本大震災の大津波に耐えた、福島県南相馬市鹿島区南右田の「かしまの一本松」が27日に伐採された。市民らが復興のシンボルとして保存活動を進めたものの、高潮の影響で立ち枯れが進んでいた。防災林の一角には、一本松の枝や種から育てた苗木が植えられる予定だ。
 市民らでつくる「かしまの一本松を守る会」のメンバーが保護活動を続けたが、海水による衰弱は止まらず、伐採が決まった。【高井瞳】


<女川原発>避難計画検証、地元の同意…課題山積、再稼働見通せず
 東北電力が2018年度後半以降の再稼働を目指す女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)を巡る原子力規制委員会の審査は終盤を迎えた。審査に合格しても、原子力災害に備えた住民の広域避難計画の検証や地元同意など課題は山積する。再稼働時期はなお見通せない。
 女川2号機の30キロ圏内の宮城県内7市町には約21万人が暮らす。これまで全自治体が県内33市町村に避難する広域避難計画を策定したほか、12月に女川町、石巻市、東松島市が原発事故を想定した協定を避難先の自治体と結んだ。
 町民の避難先となる栗原市と協定を締結した須田善明女川町長は「大きな一歩」と評価しつつ、「実際に避難となれば段階に応じてやるべきことがたくさん出てくる」と指摘する。
 自力避難できない人をバスで避難させる対応も途上だ。県によると、在宅の避難行動要支援者は7市町に約8000人いる。車など移動手段を持たない人もおり、バス利用者の総数さえ精査できていない。
 ある自治体関係者は「原発事故は地震などが起因する複合災害の可能性が高い。県にはその想定もない」と実効性を懸念する。
 再稼働に同意が必要な「地元」の範囲も意見は分かれる。
 河北新報社が実施した県内35市町村長へのアンケートで、地元の範囲を村井嘉浩知事が主張する「立地する県と女川町、石巻市」と答えた首長は7人。原発30キロ圏の緊急防護措置区域(UPZ)内の7市町を地元と見なす回答は14人で最多だった。
 地元の範囲に法的な規定はなく、川勝平太静岡県知事はUPZ内を同意の対象と表明。日本原子力発電が東海第2原発(茨城県)の同意対象を周辺自治体に広げると発表するなど、広範囲の民意をくみ取る動きが表れている。
 10月の宮城県知事選は再稼働反対を訴える新人が立候補したが、4選された村井知事は争点とせず、有権者から「原発にどう向き合うのか分からなかった」との声が聞かれた。
 再稼働の是非について、村井知事は「国や県の有識者検討会の判断を待つ」と繰り返し、地元同意の範囲見直しに慎重な姿勢を崩していない。


<女川原発>再稼動申請から4年 最終判断は2号機の耐震焦点
 原子力規制委員会による東北電力女川原発2号機(宮城県女川町、石巻市)の再稼働審査は27日、申請から4年になる。規制委は女川2号機を集中議論するチームを設けるなど審査は終盤の様相だ。東北電は2018年度後半以降の再稼働に向け、18年5月までに審査項目の説明を終えたい考えだが、東日本大震災で被災した原発だけに、最終判断の局面では耐震強度が大きな焦点となる。(報道部・高橋鉄男)
<東北電「早期に」>
 審査会合はこれまで99回開催した。8月に耐震設計の目安となる基準地震動が確定し、地震・津波分野がほぼ終了。審査は重大事故対策を中心とした設備分野に移った。月数回だった論点整理の非公開のヒアリングは、10月が9回、11月は14回と急増した。
 東北電の原田宏哉社長は「着実に審査が進展している」と評価した上で「効率的に審査を進めるため、一つ一つの説明を充実させ早期に終わるようにしたい」と語り、来春に審査項目の説明を終わらせたいとの意向を示す。
 審査を巡って規制委は10月、沸騰水型軽水炉(BWR)の設備分野を担当するチームを2から3に増やし、うち一つを「女川2号機を集中的に審議する担当」(規制委)に再編した。
 BWRで並行審査してきた日本原子力発電東海第2(茨城県)や中部電力浜岡4号機(静岡県)、中国電力島根2号機(島根県)のうち、基準地震動が固まったのは女川2号機が2例目。1例目の東海第2は技術的審査が終了しており、次は女川2号機を先行させる方針とみられる。


河北春秋
 ケンカして絶交中の裕太から届いた年賀状には、「あけまして ごめん」とあった。「ぼく」は一枚だけ取っておいたはがきを直接、裕太の家の郵便受けに入れる。転校する友と仲直りするために。重松清さんの小説『あいつの年賀状』である▼5年生ならともかく、遠方の相手も多い大人はこうはいくまい。予期せぬ人からの年賀状に慌てぬよう、先方にも慌てさせぬよう、まだの方は急ぎ投函(とうかん)を。通常はがきは62円に値上がりしたが、年賀はがきは52円のまま。ただし、来年1月8日以降は10円分の切手を足す必要がありますよ▼日本郵便によると、一度に多くの量を配達する年賀状はコストを抑えやすく、値段を据え置けた。拍手。先月、宮城で行われた全日本実業団女子駅伝で日本郵政グループをもう少し応援しておけば良かったか。ちなみにはがきに差額が生じるのは1967年以来。この年用の年賀4円、通常5円だった▼山下清の『栗』(38年)は古切手を重ねて作った貼り絵だ。イガの厚みある質感が印象的だが、戦争の陰濃く、色紙(いろがみ)が手に入らなかったことも背景にある▼画伯には申し訳ないけれど、切手に世話になるにしてもこんな形はごめんだと、少しきなくさい平成の年の瀬に思う。<賀状書く鍋の煮豆の音ききつ 稲葉より恵>

安倍政権発足5年 「国難」政治に終止符を
 第2次安倍政権の発足から5年。安倍晋三首相は「これからも国民のために頑張る」と述べた。果たして「国民」の中に沖縄県民は含まれているのだろうか。
 県民はこの間、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古への新基地建設に反対する民意を知事選や国政選挙などで、明確に表明してきた。圧倒的な民意をこれまで無視し続けておいて、安倍首相は「これからも国民のために」と言うのである。沖縄のことは念頭にないのだろう。
 安倍首相は2014年2月を起点に普天間飛行場の5年以内の運用停止を約束した。だが、翁長雄志知事の協力が得られないとし、今年2月の衆院予算委員会で断念を表明した。運用停止は埋め立て承認を得るための「空手形」に過ぎなかったことは明らかだ。にもかかわらず、翁長知事に責任転嫁するのである。
 11月の日米首脳会談で「辺野古移設が普天間の継続的な使用を回避する唯一の解決策」と確認した。辺野古埋め立て作業開始から新基地の完成までは約10年はかかる。普天間飛行場の危険性を約10年も放置することが解決策になるはずがない。
 安倍政権が5年も続いたことを裏返せば、県民は新基地建設で、安倍政権の強権姿勢に5年もさらされたということである。
 安倍首相は来年9月の自民党総裁選について態度を表明していないが、宿願である憲法改正実現のため、3選を目指しているのは間違いない。有力な「ポスト安倍」がいない現状では、安倍政権が21年秋まで続く可能性が高い。
 安倍首相は12年の政権奪還後も国政選挙で連勝し「安倍1強」体制を築いた。選挙で勝利すれば、安倍政権が信任されたと強弁して、特定秘密保護法や安全保障関連法などを、国民の根強い反対を無視して成立させてきた。先の通常国会では委員会採決を省略し、禁じ手である「中間報告」による本会議採決で「共謀罪」法を成立させた。
 加計学園問題を巡り、野党は6月に憲法規定に基づき臨時国会の召集を求めた。だが安倍首相は3カ月待たせた揚げ句、臨時国会冒頭で衆院を解散した。
 共同通信が11月に実施した世論調査では「安倍首相が3選して首相を続けてほしい」は41・0%。「続けてほしくない」が51・2%で上回った。安倍政権の「おごり」の反映である。
 安倍首相の5年を表す言葉にふさわしいのは「言行不一致」である。「沖縄の気持ちに寄り添う」と述べる一方で、新基地建設に向けた作業を強行している。森友・加計問題での丁寧な審議や、分かりやすい説明の約束はいまだに果たされていない。
 このような不誠実極まる安倍政治があと4年も続くのであれば、これこそ「国難」である。国民の力で終止符を打ちたい。


安倍政権5年  異論に耳貸す謙虚こそ
 第2次安倍晋三政権発足後、5年を迎えた。安倍首相はきのう、「さまざまな壁があったが、国民の力強い支持を力に乗り越えることができた」と振り返った。
 「いざなぎ景気」超えの景気拡大に、「アベノミクス」の成果を誇示する。とはいえ実感が湧かないのは多くの国民の認識だろう。
 日銀の異次元緩和が円安、株高を呼んだ。だが堅調な企業業績とは裏腹に、将来不安が根強く個人消費は伸び悩む。金融緩和や財政出動を繰り返しながら、所得増につながる成長戦略を打ち出せなかったことを総括する必要がある。
 政権は内閣支持率の下降をにらみつつ内閣改造のたびに「女性活躍」「地方創生」「1億総活躍」と目玉政策の看板を掛け替えて目先を変えた。目下は「働き方改革」「人づくり革命」である。
 看板施策をどのように実行に移し、どんな成果を残してきたのだろうか。実効ある政策とするには「プラン(計画)・ドゥ(実行)・チェック(評価)・アクション(改善)」が求められる。目新しさに惑わされてはなるまい。
 例えば「待機児童ゼロ」は3年先送りされた。安倍政権は保育の枠を増やし、2017年度末までに待機児童を解消すると宣言。保育所整備は進んだものの、保育のニーズがそれを上回った。なぜ読み違ったのか。子育てしやすい社会を政策に掲げるならば、未達成施策の検証が欠かせない。
 安倍首相は政権復帰を果たした12年末の衆院選以降、国政選挙で5連勝した。「安倍1強」の政権基盤を背景に、選挙戦で争点化を避けた特定秘密保護法や安全保障関連法、いわゆる「共謀罪」法などを次々と成立させてきた。
 いずれも国論を二分したにもかかわらず、数の力で国会審議を強引に打ち切る政治手法は同じだ。「多弱」の野党の力不足や迷走こそが「1強」のおごりを許してしまった。政治に緊張感を与えるのは健全な野党の責任であろう。
 憲法改正は安倍首相の宿願である。ただ世論調査では安倍政権下での改憲に半数以上が反対している。そもそも憲法のどこが問題で、どう変えればいいか、議論は十分とは言えない。国民の意見を踏まえて党内論議を重ね、国会の場で熟議を尽くすのが筋であろう。
 安倍首相は、来秋の自民党総裁選での3選をにらんで足場を固め、長期政権を狙う。いま首相に求められているのは、党内外の異論にも耳を傾ける謙虚さ、真摯(しんし)さを心掛ける政治姿勢ではないか。


[安倍政権5年] 謙虚な政治を求めたい
 安倍晋三首相が政権に復帰してから丸5年を迎えた。
 安倍政権は堅調な内閣支持率を後ろ盾に「1強」体制を構築し、長期政権の地歩を固めている。
 政権の特徴は強権的な体質にある。巨大与党の数の力を背景に特定秘密保護法や安全保障法制、「共謀罪」法など国論を二分する法律を強行成立させてきた。
 憲法や国会を軽んじる政治姿勢は歴代政権の中でも際立つ。民主政治の土台を掘り崩し、国民の分断につながりかねない行為だ。
 1強政治がおごりや緩みを生じさせている。首相は率先して襟を正すべきだ。異論に耳を傾ける度量や謙虚さを求めたい。
 安倍首相は2012年12月の自民党両院議員総会で「強い経済を取り戻し、誇りに思える日本を取り戻すことが課せられた使命だ」と述べた。
 経済面では、「アベノミクス」という大規模金融緩和と財政出動による円安株高で企業収益は増え、名目国内総生産(GDP)や有効求人倍率は改善した。
 しかし、政権が誇るほどの成果とは言い難い。最大の懸案であるデフレ脱却は達成できず、地方では景気回復の実感は乏しい。「地方創生」「女性活躍」などスローガンを次々に打ち出したが、政策の看板掛け替えの面が強い。
 外交面では「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」を掲げ、5年間の訪問先は70の国・地域に上った。先進国首脳の中で存在感を高めたことは確かである。
 だが、核・ミサイル開発を強行する北朝鮮との対話の糸口はつかめず、拉致問題の解決も見通しが立たない。トランプ米大統領との蜜月関係は日本外交の自主性を損なうリスクもはらむ。
 自民党では、15年秋の党総裁選で安倍首相の無投票再選が決まり責任のある政策論争の機会が失われた。党内で首相に一線を画する勢力は皆無に近い。
 一方、14年には内閣人事局が発足し、官邸主導の人事が相次いだ。こうした流れが官邸の顔色をうかがう「忖度(そんたく)政治」を強める結果となった。森友・加計学園問題が生じた一因だろう。
 首相の原動力は10月の衆院選で5連勝となった国政選挙の勝利だ。来年秋の自民党総裁選で連続3選をにらむ。視線の先に宿願とする憲法改正があることは間違いない。
 安倍1強を許している要因として、民進党の分裂など「多弱状態」にある野党の責任も大きい。
 熟議を欠けば国会は形骸化する。首相は丁寧な合意形成が求められることを肝に銘じるべきだ。


安倍政権5年 政治手法、謙虚に見直せ
 第2次安倍内閣の発足から5年となった。この間「安倍1強」政治が繰り広げられ、重要法案の強引な採決が繰り返された。森友学園・加計(かけ)学園問題で説明責任を果たそうとしない安倍晋三首相の姿勢は1強のおごりと言っていいだろう。この5年間を検証し、反省すべきところは反省する謙虚な姿勢が求められる。
 今後、憲法改正の議論や赤字が膨らみ続ける財政の再建のほか、核実験・ミサイル発射を繰り返す北朝鮮への対応、秋田市が候補地に挙がっている地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備など、待ったなしの課題が待ち受ける。国民の負託に応え、信頼を得られるような政治を実践してほしい。
 2012年発足の第2次安倍内閣は、経済政策「アベノミクス」を新たに打ち出し、経済を最優先課題と位置付けた。経済優先で高い支持率を得た一方で、安全保障関連法や共謀罪の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法といった国論を二分する法案の採決を強行するなど強引な国会運営が目立った。
 風向きが大きく変わったのは安倍首相や昭恵夫人の関与が疑われる森友・加計学園問題。野党の追及に対し、首相から納得いく説明はなく内閣支持率が急落した。それでも10月の衆院選では、新党結成を巡り混乱した野党の失策にも助けられて大勝し、与党の自民、公明党合わせて3分の2の議席を獲得した。
 この5年で日本は良くなったのか。冷静に総括する時期でもある。首相は、アベノミクスにより企業収益を伸ばし株価や有効求人倍率を上げたと主張するが、地方の企業は好景気を実感できていない。地方では人口減少が一層進み、企業の人手不足などさまざまな問題が表出している。
 財政状況も厳しさを増す。先ごろ閣議決定された18年度予算案は約97兆7千億円。安倍内閣の下、毎年過去最高を更新し続ける中で、政府が目標に掲げた基礎的財政収支(プライマリーバランス)の20年度黒字化は先送りされ、財政健全化の道は大きく遠のいた。借金頼みで、抜本的な対策を講じようとしない政府の姿勢が問われる。
 外交面ではトランプ米大統領と厚い信頼関係を築いたが、これが米国追従主義に陥り、自国外交の自主性を阻害しているとの見方もある。日本が米国の軍事戦略の中に組み込まれ、平和憲法の枠を超えた役割を担わされることが危惧される。
 最も注視すべきことはこうした重要案件に対する安倍首相の姿勢だ。衆院選勝利について自民党内から自戒する声が上がっているが、安倍政権への全面的な信任とは言えないことを自覚すべきだ。これまでのように数の力を背景に強引な国会運営を続ければ国民の不信感はさらに高まるだろう。国民が厳しい目を向けていることを肝に銘じる必要がある。


小学校に中傷 基地の歴史への無理解
 「学校は後から造った。同情の余地はない」 「沖縄は基地のおかげで暮らせている。落下物で子どもに何かあっても、お金があるからいいじゃないか」
 基地騒音や事故の危険にさらされている人々にこんな言葉を投げ付けることがどうしてできるのだろう。想像力と共感の欠如に怒りが込み上げる。
 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に所属する海兵隊大型ヘリが13日に起こした事故にからむ問題だ。重さ7・7キロの緊急脱出用の窓枠が普天間第二小学校の校庭に落下した。
 その時校庭では体育の授業が行われ、54人の児童がいた。一歩間違えば惨事になっていた。
 米軍は「人為ミス」だったと発表して6日後に飛行を再開。日本政府も容認した。
 再発防止の保証がない再開に地元では怒りの声が強い。そんな中で、学校を中傷する電話が同校と市教委に相次いでいる。
 宜野湾市では第二小への落下の前、緑ケ丘保育園にも円筒形の物体が上空から落ちている。同園に対しても「ここに住んでいるのが悪い」などとする電話が1日に4、5件寄せられている。
 一部の人の心ない行為として済ませるわけにいかない。中傷電話の底に、基地の歴史に対する無理解と沖縄への差別意識が潜んでいる可能性があるからだ。
 一例が東京の地上波ローカル、東京MXテレビが1月に放送した番組だ。米軍北部訓練場のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設への反対運動について「反対派は日当をもらってる!?」などと字幕で伝えた。「テロリストみたい」との発言もあった。
 改めて基地の歴史を振り返りたい。普天間飛行場はもともと沖縄の人が普通に暮らしている場所だった。1945(昭和20)年、米軍の上陸により人々は避難せざるを得なくなった。戦争が終わった後、米軍はブルドーザーで基地を建設。人々は元いた場所に戻れなくなった。
 その結果が基地の周りに人々が住む今の状況である。第二小は土地不足からやむなく基地の隣接地に建設された。
 こうした歴史を踏まえれば、「後から造った」などの言葉が出てくるはずがない。
 普天間の辺野古移設やヘリパッドへの反対運動に対し政府は本土から機動隊を送り込んで威圧し、押さえ込んでいる。こうした政府の姿勢がヘイト(憎悪)発言を増長させていないかも気にかかる。


憲法違反の攻撃型空母の保有は断じて認められない(談話)
社会民主党幹事長 又市征治
1.政府が、海上自衛隊のヘリ搭載型護衛艦「いずも」などを戦闘機の離発着ができる「空母」に改造するとともに、「空母艦載機」の運用を視野に、レーダーに捉えにくい高度なステルス性に優れた最新鋭戦闘機「F35B」の導入を検討していることが報じられている。ヘリ搭載型護衛艦と称するが、海上自衛隊の艦艇の中では群を抜く大きさで、イージス艦のおよそ3倍のトン数で外見もアメリカ軍の航空母艦(空母)とそっくりで、就役当時から空母ではないかとの疑念を持ってきた。F35B戦闘機を搭載すれば軍事的には完全に空母以外のなにものでもない。長距離巡航ミサイルに加え、攻撃型空母まで認めるのであれば、事実上改憲したのも同じことになる。「専守防衛」に反するなし崩し的な軍備拡大は断じて認められない。
2.1988年4月の参議院予算委員会での瓦力防衛庁長官答弁、2014年7月15日の参議院予算委員会の小野寺五典防衛大臣答弁、2015年9月4日の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会の中谷元防衛相答弁、今年8月10日の参院外交防衛委員会の小野寺五典防衛相答弁など、攻撃型空母の保有は自衛のための必要最小限度を超えるため憲法上認められていないと政府は説明してきた。攻撃型空母の保有は、従来の政府見解を度外視するもののであり、明らかに憲法9条2項の戦力不保持違反である。年明けの通常国会では、6年連続の防衛費の増の問題とあわせて徹底的に追及する決意である。


もんじゅの廃炉 規制委は厳しく監視を
 廃炉決定から1年も過ぎてこの程度の計画しか出せないようでは、先が思いやられる。
 発電で用いた以上のプルトニウムを生むとされ「夢の原子炉」と呼ばれた高速増殖原型炉もんじゅについて、運営主体の日本原子力研究開発機構が廃炉計画の認可を原子力規制委員会に申請した。
 もんじゅは通常の原発と仕組みが異なり、水と混じると爆発的な反応を起こす液体ナトリウムを原子炉の冷却などに用いる。
 同種の施設の廃炉は国内で前例がなく、難題が山積する。にもかかわらず計画は具体性を欠き、実現性にも疑問符がつく。
 忘れてならないのは、原子力機構が点検漏れなどの重大な不祥事を繰り返していることだ。
 規制委は、計画を綿密に審査するとともに、認可後も廃炉作業を厳しく監視する必要がある。
 2018年度に第1段階となる核燃料の取り出しを始め、47年度まで30年かけて終えるという。総費用は3750億円と、通常の原発の廃炉に比べ大幅に高い。
 もんじゅは炉内から液体ナトリウムを完全には抜き取れない構造になっている。だから、抜き取り方法も固まっていない。
 原子力機構は「技術的には十分可能だ」と話すが、認識が甘すぎないか。ナトリウム抜き取りで失敗すれば、大事故につながりかねない。機構には慎重の上にも慎重を期した作業が求められる。
 もんじゅには1兆円の国費をかけたが、運転実績はほぼない。廃炉となったのは構想自体に無理があったほか、機構の安全管理体制が極めてずさんなことによる。
 点検漏れに加え、茨城県にある機構の施設では6月、作業員が極めて高レベルの内部被ばくに遭う事故が起きた。
 もんじゅの地元・福井県が廃炉作業に懸念を示すのは当然だ。機構や政府は情報公開を徹底しなければならない。
 気になるのは、政府が核燃料サイクル政策に固執していることだ。要の一つ、もんじゅの廃炉決定で破綻したのは明白なはずだ。
 もう一つの要で、もんじゅが増殖させる燃料を造る予定だった青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場も一向に完成しない。
 なのに政府は、諦めるどころか新たな炉をつくるという。実現の見通しも定かでない「夢」に巨費を投じる愚を繰り返すのか。
 政府がなすべきは、もんじゅ失敗の総括であり、サイクル政策を白紙に戻して見直すことだ。


[大飯廃炉決定] 原発依存低減の契機に
 関西電力は営業運転開始から40年弱が経過している大飯原発1、2号機(福井県おおい町)の廃炉を決めた。
 原子力規制委員会の認可を受ければ最大60年まで運転を延長できるが、安全対策に巨額の投資が必要となるため断念した。
 東日本大震災後に廃炉が決まった原発はこれで東京電力福島第1原発を除き8基となった。出力100万キロワット超の大型原発は国内で初めてだ。
 廃炉を進めることは老朽化した原発のリスクを減らすことにつながる。速やかに廃炉にして、電源の原発依存度を低減する方向に持っていくべきだ。
 今回の廃炉決定をその契機としたい。
 関電は来年中に廃炉の具体的な工程をまとめ、原子力規制委員会に提出する。作業は30年ほどかかると想定している。
 既に美浜原発1、2号機(福井県美浜町)の廃炉を決定しており、残る7基の順次再稼働を目指している。
 大型原発の廃炉は国の原発政策にも影響を及ぼしそうだ。
 政府は全電源に占める原発の比率を30年度に20〜22%程度にする目標を決めている。だが、16年度はわずか2%にとどまる。
 今回の廃炉により目標達成は遠のくに違いない。
 さらに気がかりなのは、関電が大飯原発の廃炉を決定する一方で、新増設や建て替えに向け政府の支援を期待している点だ。
 関電は福島第1原発事故前の10年、美浜1号機の廃炉と新原発の建設をセットにした「建て替え」を表明したことがある。福島第1原発事故で白紙となったが、新原発建設に対する経営陣の思いは変わらないという。
 国が来年春をめどに見直しを進めるエネルギー基本計画に、新増設や建て替えが盛り込まれるかどうかが注目される。
 だが、福島第1原発の事故後、原発の安全性に対する国民の不信感は大きい。各地で再稼働反対運動が続き、運転差し止めを求める訴訟も相次いでいる。
 福島第1原発では、今も事故が収束する見通しは立たない。
 原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設地についても、絞り込みの道筋は見えていない。
 こうした中、新増設や建て替えに国民の理解が得られるとは到底思えない。
 国と電力会社は早急に脱原発の方向性を打ち出し、安全で持続可能な電源開発を進めなくてはならない。


規制委 柏崎刈羽、基準適合決定 再稼働は見通せず
東電・事故後初
 原子力規制委員会は27日の定例会で、東京電力柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県、ともに135.6万キロワット)が新規制基準に適合したことを示す審査書を正式決定した。重大事故を起こした東電の原発としては初の合格で、福島第1原発と同じ沸騰水型(BWR)の合格も初めて。安全審査に合格した原発は7原発14基となる。【鈴木理之】
 再稼働には、設備の詳細設計をまとめた「工事計画」などの認可手続きが必要となる。一方、地元自治体の同意を巡っては、新潟県の米山隆一知事が福島原発事故の検証作業を優先するとしている。検証は3〜4年かかるとみられており、再稼働の時期は見通せない。
 東電は2013年9月、新規制基準に基づき6、7号機の審査を申請した。審査書は、設計上想定する地震の揺れ(基準地震動)を最大1209ガル(ガルは加速度の単位)、津波の高さを最大8.3メートルに引き上げる安全対策を盛り込んだ。
 BWRタイプは格納容器の容積が加圧水型(PWR)に比べて小さく、重大事故で冷却機能を失うと炉内温度の上昇で内圧が高まりやすい。このため、審査書には、放射性物質を除去しながら内部の空気を外部に排出(ベント)するフィルター付きベントに加え、東電が独自に提案した「循環冷却装置」(内部を冷やし圧力を下げる装置)などの安全対策も新たに盛り込んだ。一般からは904件の意見が寄せられたが、大きな修正はなかった。
 審査を巡っては、規制委は東電が重大事故を起こした当事者であることを重視。今年7月、小早川智明社長ら経営陣から意見を聴取するとともに、原発の運転ルールを定めた保安規定に、「経済性より安全性を優先する」などとする7項目の決意文を反映させることなどを条件に、審査書案を10月に了承した。
 これまでに審査に合格した6原発12基は、全てPWRの原発。規制委はBWRの原発について審査体制を強化しており、今後、BWRタイプの再稼働に向けた手続きが進む可能性もある。


NUMO 東電管理職らに周知依頼 核のごみ意見交換会
 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に向けた市民向け意見交換会に原子力発電環境整備機構(NUMO)の孫請け業者が謝礼を約束して学生らを動員した問題で、NUMOは27日、調査結果をまとめた報告書を公表した。NUMO幹部が東京電力の管理職らに意見交換会への参加と周知を呼びかけるメールを送り、実際に1人が出席していたことが新たに判明した。
 報告書は外部の弁護士やNUMOの評議委員らによる調査チームが作成。問題のメールは、東電から出向しているNUMO幹部が10月5日、東電グループの管理職ら11人に対して送付した。10月17〜19日開催の東京都、栃木県、群馬県の3会場について「出席または周知よろしくお願いします」と呼びかけた。
 報告書は、メールを送った幹部には「動員要請の意図はなかった」としつつ、「事情を知らない者から見れば動員要請と判断してもやむをえない」と批判した。
 意見交換会は、最終処分場選定について理解を深めるのが目的。これまで28都府県で開催し、計1611人の参加者のうち電力会社関係者は67人だった。うち2人は少人数のグループ討論にも参加していたが、原子力推進を示唆するような発言は確認できなかった。
 一方、意見交換会以前に機構が開いた説明会やセミナーで、計79人に謝礼を約束して参加を呼びかけ、うち2人の口座に5000円が振り込まれたことも確認された。
 NUMOは当面、意見交換会を中止する。27日、近藤駿介理事長と藤洋作副理事長を厳重注意と2カ月間の報酬1割減とする処分を発表した。【岡田英、柳楽未来】



伊方原発差止直前、テロの危険性を無視した規制委員会の会見が! 泉田前知事も「原発の稼働を停止すべき」と明言せず

「広島高裁(12月13日)の伊方原発差止命令に続いて、来年1月の高浜原発差止訴訟もいける。原発へのミサイル攻撃を理由にしたもので、安倍首相が北朝鮮の脅威増大を『国難』と言っているのだから、勝てる可能性は十分にあるとみている」
 こう話すのは、全国各地の原発差止訴訟を手掛ける海渡雄一弁護士だ。四国電力伊方原子力発電所3号機の運転差し止め仮処分申請即時抗告審で、広島高裁(野々上友之裁判長)が運転差止決定を下した。福島原発事故後、原発の運転を差し止める高裁判断は初めてのこと。そのため「脱原発弁護団全国連絡会」の共同代表でもある海渡氏は記者会見で、冒頭のように勝利宣言を行ったが、今回の差止決定で浮彫りになったのは、電力業界=原子力ムラの言いなりに近い「原子力規制委員会」(更田豊志委員長)の実態と、安倍政権の危険な丸投げ・無責任体制だった。
 今回の差止命令の根拠は火山のリスクだ。野々上裁判長は、熊本県の阿蘇山が過去最大規模の噴火をすれば安全は確保されないとして「火山の影響による危険性について、伊方原発が新規制基準に適合するという原子力規制委員会の判断は不合理」と判断したのだ。海渡氏は記者会見で原子力規制委員会を次のように批判している。
「火山ガイドにある阿蘇山の破局的噴火(1万年に1回程度発生)で火砕流が到達した可能性は“十分小さいと評価できない”ため、『原発立地不適格』と見なしたのです。未だに規制委員会は『火山モニタリングによって火砕流噴火を事前に予知できる』と判断している。火山学者がみんな否定している論理を直していないのですが、そこに対して広島高裁からレッドカードが示されたのだと思います」
 要するに規制委員会は火山のリスクを過小評価していたと判断されたわけだが、しかし過小評価しているのは火山のリスクだけではない。北朝鮮のミサイルやテロゲリラによる原発攻撃についても、規制委員会は「対策不十分」という現実を直視せず、国民の生命や安全を脅かしている。
泉田前知事の曖昧な態度に、出席者が猛反発!
 それは柏崎刈羽原子力発電所の再稼働を阻止し続けてきたはずの泉田裕彦前新潟県知事(現衆院議員)も同様だった。泉田氏は新潟5区で初当選をしたが、その直前の9月10日、「講演会&懇親会」で次のように訴えていた。
「いま米朝関係が緊迫していますが、私は『原発にミサイルが当たったらどうするの』とずいぶん前から懸念していました。個人的に言っているだけではなくて、知事会要望として伝えています。それに対して原子力規制委員会は『所管でない』『航空機テロも含めてテロやミサイル着弾は規制の範囲を超える。国民保護法でやってくれ』と言う。『ふざけるな』と言いたい。国民保護法で動くのは自衛隊なのですが、『(柏崎刈羽原発の周辺住民の)44万人を避難させてください』と言ったら、自衛隊は『できません』と回答。誰も責任を負わない状態なのです。外野からいくら言っても変わらない。このまま原発再稼働をすれば、何のセーフティネットもないまま、日本国民の生命や健康が危険にさらされてしまうということを声を大にして言いたい」
 ところが当選後の12月2日、泉田氏は新潟市内で開かれた原発問題のシンポで河合弘之弁護士や、滋賀1区から立候補して落選した脱原発派の嘉田由紀子前滋賀県知事らと議論、ここでも、いつ原発テロが起こっても不思議ではないと説明していたが、風向きが変わったのは、続けて河合氏が、北朝鮮のミサイル攻撃リスクを問題視した時のことだった。
「いま自衛隊法82条の3の破壊措置命令が出ています。首相がいちいち許可をしていたら間に合わないので、弾道ミサイルが常時発令状態なのです。自衛隊の航空総隊司令官の裁量で発射できるようにしている。そんな緊急状態なのだから、地下鉄や新幹線を止める暇があったら『原発を止めろ』と(言いたい)。一年間の運転で広島原爆の千発分の放射性物質が貯まる原発を攻撃されたらどうなるか。北朝鮮からミサイルが飛んできて、安倍首相が『国難だ』と言っている割には何で原発を止めないのか。それで稼動停止を求める仮処分で闘っています。それに対して関西電力は『大丈夫です。北朝鮮のミサイルは性能が悪いから当たりません』という抗弁をしている」
 こう訴えた上で河合氏は「私は裁判で頑張りますが、最後を決めるのは政治です」と締め括り、国会議員の泉田氏に期待を投げた形になったが、しかし露になったのは両者の温度差だった。「原発は止めるべき」との河合氏の主張に対して、泉田氏は「動いている方がリスクは高い」と言いながらも曖昧な答えを繰り返したからだ。
「(原発を)止めなくてもリスクが存在している。柏崎刈羽原発はそこにある。着弾をしたら放射性物質をまき散らしてしまう。『(稼働を)止めると安全になる』というのは幻想なのです。『すでにある原発にどう向き合うのか』というところから議論をしていかないといけない」
 これに河合氏は猛反発をした。
「『動いていなくても、使用済核燃料プールなど原発には危険がある』のはその通りだが、危険の度合いが全然違う。福島原発事故で起きたような作業をミサイルが飛んで来た後、火の海の中で出来ますか。動いている時のミサイルの危険を100だとすれば、止まっている時のミサイルの危険性は10以下。100対1ぐらいの違いがあると思っています。『動いていてもいなくても危険なものだから(北朝鮮の)ミサイル対策で運転を止めたって無駄』という考え方には賛成しません。関西電力が言っているのは、まさにそのことです。『(動いていても止まっていてもリスクは)同じじゃないか』と主張、これに対し裁判でいま言ったことで反論しました」
具体的回答のない泉田氏に直撃も、繰り返された「権限がない」発言
 それでも泉田氏は「リスクとしては違うが、原発とどう向き合うのかが重要」と同様の主張を繰り返し、最後まで「原発の稼働を停止すべき」と明言することはなかった。
 パネリスト同士の議論の後、参加者から質問を受ける「質疑応答タイム」に入ったので、筆者は「原発テロ対策が不十分で穴だらけというのはその通りだと思うので、自民党の部会で二階幹事長をはじめ自民党の重鎮を集めて、公開部会をして今の議論をして欲しい。議員会館でシンポジウムを開いて同じ話ができるし、国会で北朝鮮情勢がこれだけ緊迫化しているわけだから国会を延長して徹底的に議論をすべきではないか」と聞いたが、しかし具体的回答はない。そこでシンポが終了した後、泉田氏を直撃した。
————部会を開くことについては。
泉田氏 権限がない。
————(原発テロでメルトダウンが起きる結末の小説)「原発ホワイトアウト」勉強会の(自民党の)部会はどうですか。
泉田氏 だから部会を動かす力が私にはないのです。
————提案も出来ないのですか。
泉田氏 国会の仕組みを知っていれば分かるでしょう。
————必要性は感じているのではないのですか。
泉田氏 常識を知らない恥ずかしい人になるだけでしょう。
————どうやったら部会が開かれるのですか。
泉田氏 私が総理になったら出来ます。
————その前に出来ることはないのですか。
泉田氏 (無言のままエレベーターに乗り込む)
「自民党国会議員として原発政策を変える」という泉田氏の意気込みは当選早々、トーンダウンしてしまったようにみえた。これでは、原発テロ対策強化や稼動原発停止など安倍政権や原子力規制委員会の原発政策変更につながるはずがない。
原子力規制委員会も「テロ対策は十分だ」と明言する職務怠慢ぶり
 実際、原子力規制委員会の更田豊志委員長は12月6日、筆者の質問に対して「原発テロ対策は十分」と回答、対策強化の必要性を否定した。
————今、アメリカでは原発を兵士150人が守って訓練しているにもかかわらず、日本では警察と民間警備会社が守っていて、「こんな国は日本しかない」と石破(茂)元防衛大臣も問題視している、この原発テロ対策が不十分な現状についてどう考えているのか。(中略)北朝鮮の脅威にさらされて不審船も漂着する中で、稼働中の原発停止と再稼働先送りをすべきではないか。
更田委員長 米国の例をとって兵士が(原発を)警備をされていると。私たちは兵士を持っていません。ですから、米国は米国で原子炉の規制以外の枠組みでもって国家の危機に耐える仕組みを持っている。
————(原発を)自衛隊員では守れないということなのか。
更田委員長 あくまで国会での議論があるのであれば、それは結構なことだと思います。
————「原発テロ対策が不十分」という現状認識を持っているのか。
更田委員長 テロ対策は十分だと思っている。セキュリティ対策として十分な手当てをしている。
 伊方原発差止仮処分で問題になった火山のリスクと同様、原子力規制委員会は原発へのミサイル攻撃やテロ対策においても楽観的な現状認識をしているとしか言いようがない。
 また北朝鮮の原発攻撃時における稼動の有無による被害の違いについても更田委員長に聞いたが、「仮定が多すぎて答えられない」「今後、試算する考えもない」と回答した。
 職務怠慢とはこのことだ。河合氏が裁判やシンポで主張するように、原発攻撃を受けた際に稼動している方が桁違いの被害が想定されるのであれば、「北朝鮮の脅威が問題ないレベルになるまで原発の稼動停止と再稼動先送りをする」との結論に至る。その試算をしようとさえしない規制委員会は、原発事故から国民の生命と安全を守る責務を放棄しているとしか言いようがないのだ。
 そんな規制委員会を「世界最高水準の審査基準」と褒め称えて事足りる安倍首相もまた、未曾有の放射能汚染を招く「国賊」「疫病神」と後ろ指を指されても仕方ないだろう。(横田 一)


【隠れ残業】労働への価値観見直そう
 違法な長時間労働が常態化し、若い命が失われたのに、問題の本質にメスは入っていないのか。
 広告大手電通グループのことである。新入社員の過労自殺を受け、労働環境の改善に着手した昨年秋以降も、グループ会社の複数の社員が仕事を自宅に持ち帰る「隠れ残業」を余儀なくされていた。
 電通は、午後10時以降は全館消灯にするなど長時間労働の防止を進めている。グループ会社も同様だが、仕事量は減らず、社員は隠れ残業に追い込まれていた。
 刑事責任も問われた電通は10月に罰金刑が確定している。社長は違法残業の再発防止を誓ったはずだ。早急に実態を調べる必要がある。
 伝統的に「モーレツ社員」に支えられてきた多くの企業も人ごとではあるまい。長時間労働防止が単なる退社時間の切り上げに終わっていないだろうか。再点検したい。
 このグループ会社はデジタル分野のコンサルティングなどを手掛ける「電通アイソバー」(東京)。一部社員が加入する労働組合「ブラック企業ユニオン」が共同通信の取材に対し、実態を明らかにした。
 一部社員は多いときで週に数度、仕事を自宅に持ち帰り、未明まで作業していた。基本的にサービス残業だったようだ。
 同社はユニオンに対し、会社として残業の指示はしていないが、複数社員の自宅での深夜業務を管理職が把握していたことを認めている。
 職場での残業を制限した結果、隠れ残業が増える―。これでは長時間労働防止は形骸化し、従業員の心身負担はかえって高まりかねない。
 大都市では、働き方改革により、退社後に喫茶店などで仕事を続ける会社員の増加も問題になっている。過重労働が形を変えて続いているのだとしたら、ゆがんだ改革というしかない。
 電通アイソバーの社員は「体育会的な職場で、みんなで乗り越えようという雰囲気があった」と明かす。企業は働き方改革を現場に丸投げしていないか。従業員の「やる気」に過度に依存していないだろうか。
 人手不足や労働時間短縮に対応する働き方改革は、生産性の向上とセットで論じられている。もちろん、効率的な仕事や従業員の能力アップは欠かせない。
 ただ、それには人材育成の強化や労働環境の改善、業務の見直しといった経営姿勢が必要だ。利益至上主義や過度の成果主義は従業員を疲弊させ、結果的に生産性を低下させかねない。
 国は、残業の上限を「最長でも月100時間未満」とする関連法案の成立を目指している。過労死ラインと重なるため短縮を求める声は強い。
 政治の取り組み強化とともに、企業も労働への古い価値観や風土を見直す必要があろう。
 企業だけではない。教員や医師も長時間労働が深刻になっている。人口減少社会にふさわしい働き方を追求したい。社会全体の課題だ。


リニア談合 どこに行った「決別宣言」
 「夢の超特急」といわれるリニアモーターカーはかつて、宮崎県日向市−都農町間に初の実験線があった。九州にも縁が深い。
 そのリニア中央新幹線工事の入札を巡り、大手ゼネコン4社が受注調整をしていた疑いが持たれている。これまで何度も繰り返されてきた談合事件である。
 東京地検特捜部と公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いで、大林組、鹿島、清水建設、大成建設を家宅捜索した。入札前に受注予定者や入札価格を決めていた疑いがある、とされる。
 このうち大林組は他社との受注調整を認めた。公取委に対し、課徴金減免制度に基づき、違反を申告した。
 工事は民間企業であるJR東海の事業だ。国など公の入札に適用される刑法の談合罪は成立しない。今回は発注者が官か民かを問わず、公正な競争を阻害することを禁じた独禁法が適用された。
 とはいえ、事業は政府が関わる国家的な巨大プロジェクトといっていい。東京−大阪間を1時間余りで結ぶ新幹線の整備だ。総工費は9兆円に上り、うち3兆円は国の財政投融資を活用する。
 談合で工事費が膨らめば、談合したゼネコンがもうかる一方で、将来的には乗客が支払う運賃にはね返る恐れがある。
 大手4社は国がリニア整備計画を決定した2011年ごろから、受注希望を調整していたとみられている。JR東海によると、これまでに契約した計24件の工事のうち、15件は4社がそれぞれ代表を務める共同企業体(JV)が3、4件ずつ受注している。
 背景には高い技術が求められる工事の特殊性もあろう。27年に先行開業する東京−名古屋間のうち8割余をトンネルが占める。各社は入札業者が限られる環境を利用した可能性が指摘されている。
 大手ゼネコンは05年に「談合決別」を宣言した。しかしその後も、東日本大震災の復興工事で談合が摘発されるなど、体質は改まっていない。徹底した捜査による全容解明を求めたい。


韓国 慰安婦合意「秘密交渉」 被害者意見「集約せず」
 【ソウル大貫智子】慰安婦問題に関する2015年の日韓両政府合意の経緯を検証していた韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相直属の作業部会は27日、「協議の過程で被害者の意見を集約しないまま、政府間で慰安婦問題の『最終的かつ不可逆的な解決』を宣言しても、問題は再燃するしかない」などと指摘する報告書を発表した。また、慰安婦を象徴する少女像の撤去問題などで一部非公開の合意があった点を問題視し、外交当局間の「秘密交渉」ではなく、「国民とともに呼吸する民主的な手続きと過程が重要だ」と問題解決の方法論で注文を付けた。
 報告書は、非公開の合意内容についても言及。少女像撤去問題について公開された「韓国政府が適切な解決に努力する」との合意に加え、非公開の部分として、韓国政府が撤去に反対する市民団体の「説得に努力」することや、第三国に設置された像についても「韓国政府が関与することではないが、こうした動きを支援せず、韓日関係が健全に発展するよう努力する」ことなどが約束されたと明らかにしている。
 また、「不可逆的」という文言は、「解決」の前提条件として韓国側が安倍晋三首相の公式謝罪を担保する閣議決定を要求する文脈で持ち出し、韓国側は「謝罪」の不可逆性を意図していたが、日本側の閣議決定は実現しなかった。このような経緯を経る中で「『解決』の不可逆性を意味する脈絡に変わった」などと経緯を説明。「最終的解決の確認」「少女像移転の努力」が盛り込まれたことで、日本側の要求を受け入れる形になったと指摘した。
 報告書は、再交渉など今後の政府の立場に対する方向性は示さなかった。報告書発表に先立ち、康氏は「政府としては、報告書を基に被害者中心のアプローチで被害者や関連団体らの意見を謙虚に聞いていく。同時に韓日関係に与える影響も考慮し、合意に対する政府の立場を慎重に定める」と述べ、国内世論と対日外交の両面を勘案していく考えを示した。
 これに関連し、青瓦台(大統領府)関係者は27日、合意への取り扱いを決める時期について「2、3カ月も引き延ばす問題ではない」と述べ、早期に検討する方針を明らかにした。
 今年5月に発足した文在寅(ムン・ジェイン)政権は、日韓合意が国民の支持を得ていないとして7月、作業部会を設置。被害者である元慰安婦の意向が反映されているかや、合意に「最終的かつ不可逆的」と盛り込まれた背景などを検証していた。


#MeToo 伊藤詩織さん「社会変わると…声あげ続ける」
 自身のレイプ被害をもとに、日本の性犯罪を取り巻く事情を取材した手記「Black Box(ブラックボックス)」を出版した伊藤詩織さん。毎日新聞のインタビューに対して、作家でブロガーのはあちゅうさんの告発で広がったセクハラ告発キャンペーン#MeTooへの思いを初めて語った。【中村かさね/統合デジタル取材センター】
性暴力について話せる社会にしたい
−−日本でも#MeTooの動きが広がっています。詩織さんの告発に背中を押された人も多いようです。
 「ブラックボックス」を出版した同時期に#MeTooのムーブメントが起こりました。公で自らの体験を語ってから同じ苦しみを抱えている人がこんなにもいることを知り、また#MeTooで世界中からのさまざまな人の声を聞き、何かが変わらなくてはいけない時がきたのだと感じました。
 問題を解決していくには、声を上げ、話し合わなければいけません。性暴力について話せる社会にしたい、というのが私の本来の願いだったので、#MeTooはその思いが世界中の人々と一つになったムーブメントだと思います。
  日本で当初、私が感じたのは性暴力の話をすると声を上げた人が責められる、または男女の問題として片付けられてしまうということです。しかし、これは暴力の問題です。個人の問題ではなく、多くの人に共通する社会問題として捉えていくべきです。
 スウェーデンではこの運動が男女平等担当大臣に届き、システムが変わるきっかけになろうとしています。日本でも#MeTooが社会を変えるきっかけになると信じて、これからも声をあげ続けていこうと思います。
−−5月に司法記者クラブ、10月に日本海外特派員協会で記者会見を行いました。周囲の反応や気持ちの変化は?
 5月の会見の後は、批判や脅迫のメッセージが続き10日ほど食べ物が喉を通らず、起き上がることができませんでした。でも日本海外特派員協会での会見後は、海外のメディアに取り上げてもらい、日本国内外から応援メッセージをいただいた。出版後は伝えたかったことについて理解していただき、たくさんの応援コメントも受け取っています。
−−「ブラックボックス」では、会見前からメディア取材を受けてきたのに一切報道されなかったことを明かしています。海外特派員協会での会見は、背景に日本のメディアへの失望感もあった?
 そうですね、それはとても大きかった……。10月の会見は(メディアに対して)何度も同じ話を繰り返しているのにまた同じ話をすべきか悩みました。「会見がないと報道しづらい、報道のきっかけがほしい」という日本メディアの声も聞いていて、それに応えることにも葛藤があった。
 ただ今年1世紀ぶりに刑法が改正された背景には、国連から何度も意見表明があったこともあり、日本は外から問題を相対的に可視化されると動くんだな、と感じていた。海外メディアに自分の声で伝えるということは必要だと思っていたので、実現できてよかったです。
「少しずつ、すべてを変える必要がある」
−−執筆に当たり、スウェーデン・ストックホルムをはじめ、海外の性被害サポート体制についても取材しています。
 一番訴えたかったのは、今の日本の社会システムを見直し、変える必要があるということ。当時、相談窓口、病院、警察、報道、一つ一つに落胆し、社会のシステムに疑問がわきました。いろんな壁がありました。その壁がなければ、事実関係をもっと明らかにできただろうし、ここまで深く傷つくこともなかった。少しずつ、でもすべてを変えなければいけない。
 例えば私が被害に遭ったとき、まず最初に何をしなければいけないのかすら分かりませんでした。自分の無知に驚きました。情報が欲しくて電話した相談窓口には「面接に来てくれ」と言われたけれど、本来なら検査ができる病院を紹介してくれるべきですよね。決して近くはない場所に面接に行かなければ情報が得られないのでは、ホットラインの意味がありません。例えばストックホルムなら、カウンセリング、検査、治療がワンストップでできる施設が24時間365日稼働している。男性専用の施設もある。「被害に遭ったらここに行けばいい」とみんなに周知もされています。
 性暴力被害は誰にでも、どこでも、どんな時でも起こり得ます。でもその後、社会がどう動くか、どうサポートできるか。その点で日本は欠けているところがたくさんある。一つ一つの壁を可視化する必要があります。そのために、海外ではどんな取り組みがあって、何が効果的なのかを知りたかったし提案したかったのです。
−−本書で「勝手に決められた『被害者』のイメージの中で生きたくない」と書かれています。そう感じる#MeToo発信者は多いようです。
 被害者だったら「泣いているはず」「白いシャツで、ボタンは一番上まで留めているはず」というようなステレオタイプにはめられ、被害者とキャラクターづけられて生きることは絶対に嫌だったんです。
 そこから外れた行動を取ると「本当に被害者なのか」と証言の信頼性と関連付けて批判される。そのイメージを壊したくて、会見にはリクルートスーツを来てくるようにとアドバイスされましたが、受け入れることができませんでした。
 被害を受けてもその後の人生は続きます。 笑っていることを批判されたこともありますが、私は今でもよく笑います。ステレオタイプに当てはまらなければ信じてもらえないのは、おかしいと思います。


#MeToo 「はあちゅうさんで『私も』」加速する動き
「私も」と被害訴える動きと、激しいバッシングも
 米国や欧州で広がるセクハラ告発キャンペーン「#MeToo」−−。告発された著名人は社会的地位を追われ、被害者は「沈黙を破った人たち」として米タイム誌の「今年の人」表紙に選ばれるなど、社会現象となっている。日本でも今月、ブロガーで作家のはあちゅうさん(31)が電通社員時代に受けたセクハラ被害を名指しで告発。「私も」と被害を訴える動きが加速する一方、激しいバッシングも目立つ。「#MeToo」は日本社会を変えるのか。【塩田彩、田口雅士/生活報道部、中村かさね/統合デジタル取材センター】
#MeTooでセクハラ告発 男性も女性も
 はあちゅうさんは今月17日、電通時代に先輩社員だったクリエーターの岸勇希氏から受けたセクハラ体験を、ネットメディア「BuzzFeed」上で告発した。岸氏は内容を一部認めて謝罪し、代表を務めていた会社を翌18日付で退社。この告発をきっかけに、日本ではツイッターで#MeTooをつけたセクハラ被害の投稿が拡大、拡散している。
 東京都内の20代の女性は、自分が就職活動や仕事上で受けたセクハラを告白した。就活中、人材紹介会社の役員に無理やり酒を飲まされホテルに連れ込まれそうになった。就職後は取引先から男女関係を迫られ断ると契約を切られたこともあったという。当時は「隙(すき)を見せた自分が悪い」と考えていたが「はあちゅうさんの告発を見て、私も黙っていることはできないと思った」と話す。
 #MeTooの発信者は女性だけではない。東京都内に住む男性(26)は今月、自身がアルバイト先で受けたセクハラ被害を投稿した。靴専門チェーン店で勤務中、年上の正社員男性から何度も体を触られた。「しつこいので途中から無視していたが、それでもずっとしてくるから気持ち悪いなと思った」。店長を通して注意してもらったが逆に説教を受け、嫌になって辞めた。
 一連の動きについて、大阪大大学院の牟田和恵教授(ジェンダー論)は「セクハラをする側は自分の行為が性暴力だと認識していないことも多い。#MeTooで被害者が声を上げることで、セクハラがどれほど相手を傷つけるのか加害者側が気づくきっかけになればいい」と期待する。
被害者バッシングに負けない
 #MeTooに先立ち、日本ではジャーナリストの伊藤詩織さん(28)が今年5月、元TBS記者からの性暴力被害を告発し、記者会見でカメラの前に立った。元TBS記者は犯罪性を否定し、双方の主張に隔たりがある。周囲に反対されながらも被害を公表した理由を「自分の中の真実と向き合えなければ、ジャーナリストとして真実を追究する仕事はできないと感じた」と説明。「ハニートラップだ」などの誹謗(ひぼう)中傷も浴びたが、10月には手記「Black box(ブラックボックス)」(文芸春秋)を出版して、一連のムーブメントの象徴的存在となっている。
 はあちゅうさんもツイッターで「伊藤詩織さんの告発に勇気をもらった。伊藤さんの本を読んで『これは私も味わった感情だ、きっと他にも苦しくなりながら読んでる人がたくさんいる』と思った」と明かしている。
 一方、被害を告白した側がバッシングに遭うケースも多い。女子高校生社長として注目された慶応大2年の椎木里佳さん(20)は、ツイッターで「(セクハラ・性的要求を)断ったら仕事の話が白紙になったことが何回もある」と告白。実際に危険な目に遭った経験も投稿したが、「証拠を出せ」「警察へ行けばいい」などの批判が殺到した。はあちゅうさんも今回の告発と直接関係のない過去の言動が批判を浴びている。
 海外の#MeTooを知り、「自分も投稿しようか迷ったけれど、日本では誰も後に続かないだろうと思った」という椎木さん。バッシングは想像していなかったというが、投稿は後悔していない。ツイッターでは「被害にあった事実を真剣に受け止めて考えることのできない人が多いから、セクハラも性的要求も未だに終わらないんだよ」と冷静に反論する。「期待した広がり方ではなかったけれど、誰でも参加していいんだ、と思ってもらえるきっかけになればいい。堂々としているつもりです」と明るく語った。
「被害者にも責任がある」は間違い
 「私は自分に起きたことを語りましたが、人生を奪われたわけではありません。被害者として振舞うことを世の中に強要されるのなら、人生を奪われたと感じるかもしれません」。はあちゅうさんは被害告発後、ブログにこうつづった。
 告発会見で、シャツのボタンを開けた服装を批判された伊藤さんも「被害者ならこうするはず、しないはず、というように被害者としてキャラクターづけられ生きることは絶対に嫌です」と語る。
 性暴力の撲滅を目指すNPO法人「しあわせなみだ」代表の中野宏美さんは「海外では被害者が声を上げれば賛同が集まるが、日本では被害者にも責任があるという意識が強い。告発することで不利益を被らない安全な環境にいる人は少ない」と指摘する。バッシングは女性から寄せられることもあるが、「特に職場では性暴力やセクハラを笑ってやり過ごすことがスキルとして求められ、多くの女性はどんなに傷ついてもそう対処してきた。私は我慢しているのに、という気持ちがバッシングの根底にある」と言う。
 被害者バッシングは、海外からはどう見えるのだろうか。
 カナダ・トロントで映像制作会社を経営する吉田貴臣さん(25)は、同国オンタリオ州政府のセクハラ防止啓発動画に日本語字幕を付け、ツイッターで紹介した。「海外では否定的な意見があるとしても『セクハラは男性が受けることもある』『すべての男性が性犯罪者のような扱いをするのはやめてほしい』といった内容が多いように思います」と語る。「日本での反応を見ていると、問題意識の低さを改めて感じます。被害者のあら探しをしたり証言を疑ったりするのではなく、セクハラが日本社会にはびこっている一つの大きな問題だととらえることが必要ではないか」
#MeToo 沈黙する選択肢もあっていい
 兵庫県の大学4年の女子学生(23)は就職活動中、志望する出版社の男性社長にホテルに連れ込まれ、無理やりキスをされた。社長と似た背格好の男性が怖く、しばらく電車に乗れなかった。顔を押さえられた時につかまれた髪の毛は、短く切ったまましばらく伸ばせなかった。伊藤さんの告発に勇気づけられ、自分もツイッターで発信しようと何度も下書きしたが、結局投稿できなかった。
 女子大生は、告発しないことで他の人が同じような被害に遭うかもしれない−−と自分を責めている。#MeTooの盛り上がりについて「私にとっては当たり前の日常を平気な顔で過ごすことがすでに闘いなのに、それをわかってもらえないのはつらい」と話す。
 内閣府の2014年度の調査で、男性から無理やり性交された経験を持つ女性は15人に1人に上るが、被害経験者の67.5%は誰にも相談していなかった。そもそも「私も」と声を上げることができない被害者も少なくない。
 中野さんは「性暴力被害者にとって一番大切なのは、本人が人生を生き抜くこと。声を上げない選択があっていい」と話す。米タイム誌の「今年の人」の表紙には、告発者たちに交じって誰のものか分からない片肘が写っている。「声を上げられない人たち」を象徴している。
#MeTooの先へ みんなが考え、行動しよう
 広がる#MeTooの声を、私たちはどう受け止めればいいのか。
 海外では、#MeTooの訴えをを受けて「#HowIWillChange(どう変わるか)」と男性側が応える動きも広がっている。日本ではほとんど広がっていないが、著述家の勝部元気さんは「#MeTooの声を無視したら、ただの加害者だ」など#HowIWillChangeを使った投稿も試みている。
 勝部さんは「男性がセクハラ被害を告白することは、自分が男社会のピラミッドにおける弱者であると表明するようなものと捉え、ハードルが高いと感じるのではないか」と推測する。自身のツイッターではあちゅうさんらを擁護するコメントを投稿したところ「モテたいだけ」「女にこびている」との批判も届いたという。「男性が#MeTooに賛同することも、男性社会を裏切った、降りたと取られがち。でも本来は男女の対立問題ではなく、誰でも『私も』『どう変わるか』と発信していいはずです」と訴える。
 吉田さんが字幕を付けたセクハラ防止啓発動画もヒントになりそうだ。
 動画は州政府がセクハラ防止キャンペーンを行っていた2015年に作成したもので、国際的な#MeTooの広がりを受けて再公開した。バーで泥酔した女性を押し倒している男性、社内で女性の肩を揉む男性……。セクハラ真っ最中の男性たちがカメラに向かって「声を出さないでくれてありがとう」「こっちを気にしないでくれてありがとう」とささやく。「傍観者でいることは、セクハラに加担しているのと同じだ」というメッセージが込められている。
 知人の女性からセクハラ被害について相談を受けたことがあるという吉田さん。「その時は彼女たちの話を聞いて、今後は加害者に近づかないように、と言うくらいのことしかできませんでした。でも動画を見て、私が何も行動してこなかったのは、加害者に加担していたのと同じことだったと気づかされました」と振り返る。
 字幕を作成したのは、行動を起こす最初のステップだった。「吉田貴臣という人間はセクハラを許さない、ということを知ってもらえてよかった」と話す。
 「男性も女性も、みんなが『自分はセクハラを見かけたらやめさせます。被害者の方を助けます』と宣言すれば、少しずつ被害は減っていくんじゃないかな。みんなが考えて、行動して、この問題をなくしていかないといけない。動画を通じて、そういう意識が広がっていけばいいなと思っています」


「素直にありがたい」=無罪確定に菊地元信者
 オウム真理教の菊地直子元信者(46)は27日、最高裁が検察側上告を棄却する決定をし、逆転無罪が確定することを受け、「素直に、ありがたく受け止めたい」とするコメントを弁護士を通じて発表した。
 薬品を運搬した行為が重篤な被害を生んだことについて「これからの人生で重く受け止めていくことは、控訴審判決後に申し上げた通り変わりありません」とつづり、改めて謝罪した。
 一方、弁護人の高橋俊彦弁護士らは「冷静に、法と証拠に基づいた判断をした裁判所に敬意を表する」と最高裁決定を評価。「この結果は、長期間にわたって逃走してきたことによって得られたものではない」とし、事件発生から審理開始まで19年かかったことによる影響との見方を否定した。


菊地元信者、無罪確定へ 上告棄却 オウム都庁爆弾事件
 オウム真理教による一九九五年の東京都庁小包爆弾事件で、殺人未遂ほう助罪に問われ、二審で逆転無罪となった元信者菊地直子被告(46)の上告審で、最高裁第一小法廷(池上政幸裁判長)は「罪を認定するには、合理的な説明が十分になされていない」として、検察側の上告を棄却した。菊地被告の全面無罪が確定する。決定は二十五日付で、五人の裁判官全員一致の意見。
 教団を巡る一連の事件で全面無罪は、信者監禁事件の男性に続いて二人目。残る刑事裁判は、被告と同様に長期逃亡の末、地下鉄サリン事件など四事件で殺人罪などに問われ、一、二審で無期懲役判決を受けた高橋克也被告(59)=上告中=の上告審のみとなる。
 菊地被告の裁判で最大の争点は、被告が爆薬の原料となる薬品を運んだことをもって「テロを手助けする認識があったといえるかどうか」だった。
 一審東京地裁の裁判員裁判は、事件当時、教祖の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(62)=本名松本智津夫(ちづお)=の逮捕阻止のために教団が何らかの活動をすることを、被告も認識していたなどとする事実関係から「人が殺傷される結果になることは推認できた」とした。
 これに対し、第一小法廷は、事実関係から導ける範囲は幅広く内容があいまいだとして「人が殺傷される結果を推認することは困難で、手助けする意思があったと認めるには飛躍がある」と判断した。
 一審判決は、教団元幹部の井上嘉浩死刑囚(47)の「(菊地)被告が運んだ薬品を使って製造した爆薬を見せた際、(被告が)『頑張ります』と応じた」などとする証言を支えに、事実関係からほう助の意思があったとして、懲役五年を言い渡した。
 二審東京高裁は証言の信用性を否定し、一審判決を破棄、無罪を言い渡した。第一小法廷は証言があってもなくても、事実関係からはほう助の意思があったと推認できないとした。
 菊地被告は、都庁事件直後、地下鉄サリン事件の殺人容疑で特別手配された。約十七年後の一二年六月に相模原市内で発見され、逮捕された。地下鉄事件などは不起訴となり、都庁の事件だけで起訴された。爆発物取締罰則違反ほう助罪については一審で無罪が確定している。最高裁決定に対し、検察側は二十八日までに異議申し立てができる。