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Japon : une journaliste accuse de viol un proche du Premier ministre et ébranle le pays
Shiori Ito accuse le biographe de Shinzo Abe de l'avoir violée, en avril 2015, et dénonce des interventions politiques qui empêchent sa condamnation.

La journaliste japonaise Shiori Ito accuse de viol un proche du Premier ministre Shinzo Abe. L'affaire remonte au mois d'avril 2015, mais la journaliste de 28 ans attend toujours que la justice reconnaisse les faits, raconte Le Figaro, mercredi 27 décembre. "Mon cas personnel n'est rien, mais il peut changer la société", déclare au quotidien français Shiori Ito, qui tente de briser ce tabou au Japon, resté indifférent au mouvement #MeToo qui a suivi l'affaire Weinstein.
La police répond qu'il est "difficile d'enquêter"
Shiori Ito accuse Noriyuki Yamaguchi, biographe de Shinzo Abe et ancien journaliste chef du bureau de Washington de la télévision japonaise TBS, de l'avoir droguée et violée, le 3 avril 2015. En 2017, il a donné plusieurs conférences de presse pour raconter son histoire. Ce soir-là, Shiori Ito, alors stagiaire à l'agence Reuters, partage un dîner d'affaires avec Noriyuki Yamaguchi, dans un restaurant de Tokyo. A un moment, "j'ai eu la tête qui tournait, je suis allée aux toilettes", a détaillé la journaliste lors d'une conférence de presse. "Je me rappelle avoir posé ma tête sur le lavabo, je ne me souviens de rien d'autre ensuite", explique-t-elle.
Le chauffeur de taxi qui les conduit ensuite dans un hôtel a complété son récit, dans son témoignage recueilli par la police : la jeune femme voulait être déposée à une station de métro, mais Noriyuki Yamaguchi a insisté pour la ramener avec lui à l'hôtel. La jeune femme pouvait à peine marcher. "J'ai repris conscience vers 5 heures du matin", a encore précisé la jeune femme. "J'étais allongée, nue, sur un lit d'hôtel, M. Yamagushi était sur moi, en train de me pénétrer. Je vais me retenir de donner des détails explicites, mais je peux vous dire qu'un acte sexuel était commis contre moi, contre ma volonté", a continué Shiori Ito.
Une enquête ouverte pour "quasi-viol"
Commence ensuite une bataille contre la société japonaise, qu'elle raconte dans son livre, Black Box, publié en octobre. Après une difficile consultation chez un gynécologue et un appel infructueux à une association de victimes de violences sexuelles, Shiori Ito tente de porter plainte, face à des policiers qui essaient de la dissuader : "Ce genre de choses arrivait souvent, il est difficile d'enquêter", "cela va affecter ma carrière", "je vais gacher ma vie". La jeune femme insiste et dépose plainte, la police ouvre une enquête pour "quasi-viol", selon le quotidien japonais Asahi Shimbun (en anglais) , un chef d'accusation utilisé "pour les incidents dans lesquels les victimes ne peuvent pas résister à cause d'un état d'inconscience". Devant les preuves et témoignages, un juge met Noriyuki Yamagushi en examen.
Mais alors que la police s'apprête à arrêter le suspect, Itaru Nakamura, le patron de la brigade criminelle, également proche du Premier ministre, annule l'opération, raconte Le Monde. Pour Shiori Ito, il s'agit d'une interférence politique, ce que le responsable de la police nie. "Itaru Nakamura a reconnu avoir demandé de ne pas procéder à l’arrestation, mais a nié toute intervention du pouvoir politique", explique le correspondant à Tokyo du quotidien. La justice pénale prononce ensuite un non-lieu.
Au Japon, le viol est considéré comme quelque chose qui n'arrive que dans les films, ou alors très loin
Shiori Ito poursuit désormais Noriyuki Yamaguchi au civil et a entrepris de médiatiser l'affaire. Le 24 octobre, lors d'une conférence de presse, elle déclare : "Je veux parler à visage découvert, pour toutes les femmes qui ont peur de le faire parce qu'ici, au Japon, ni la police, ni la justice ne soutiennent les victimes de crimes sexuels". Noriyuki Yamaguchi s'est contenté de répondre sur sa page Facebook qu'il n'avait "rien fait d'illégal" et que la police avait d'ailleurs "abandonné les charges contre lui".
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フランス語の勉強?
菅 直人 (Naoto Kan) @NaotoKan
東電本店はメルトダウンを隠したのも海水注入を中止させたのも当時の総理であった私を含む官邸の政治家だと虚偽情報を流し続けました。その虚偽情報に基づいて菅内閣に対する不信任案を自民党に出させた張本人が安倍現総理です。#安倍総理にも虚偽情報拡散 の責任はあります。
本間 龍  ryu.homma @desler
これは極めて重要。この清水の嘘を自民党が最大限利用し、当時の菅首相や枝野氏が圧力をかけたとデマを拡散した。事故を起こしただけでなく、虚偽情報を流布した点であまりにもその罪は重い。恐るべき鉄面皮。 炉心溶融認めず 官邸ではなく当時の東電社長判断

午前中にネットでいろいろ作業して,ざぼんというラーメン・せご丼を食べてから,天文館に向かいます.これといったあてがあるわけでなく,単にぶらぶら.でも4時過ぎからの「肯定と否定」というホロコースト否定論者との裁判を扱った映画を見たいんです.ちなみに原題はDenialで「否定」ですがフランス語だとLe procès du siècle.最初は弁護団の方針がよくわからなかったものの,なかなか考えているようだと感心しました.2時間の映画でしたが,あっという間でした.
その後郵便局で待ち合わせして,ご飯を食べに向かいます.でもお昼のざぼんのおかげかお腹いっぱいで,ほとんど食べられませんでした.

震災の風化 知事が強い懸念
宮城県庁は28日が仕事納めで、村井知事は、「東日本大震災からの復興は着実に進んだ」と振り返る一方、風化に対する強い懸念を示し、「復興の姿を思い描き、これからどのような取り組みが必要かを考えてほしい」と職員に呼びかけました。
県庁では、講堂に職員およそ300人が集まり、村井知事がこの1年を締めくくるあいさつをしました。
この中で、村井知事は、「ことしは、震災復興計画の再生期の総仕上げをしながら次の発展期につなげる、大切な1年だった。復興・まちづくりは着実に進んだ」と述べ、まちづくりが着実に進み、くらしや産業の再生が進んだ1年だったと振り返りました。
ことし、宮城県内では、南三陸町の「さんさん商店街」が3月に、石巻市の「いしのまき元気いちば」が6月にそれぞれオープンしたほか、塩釜市の新しい魚市場が10月に完成し、移転した新しい気仙沼市立病院が先月、診療を開始しました。
一方で、村井知事は、「震災から7年を前に風化を感じることが増えてきた。震災の経験を次世代にしっかり受け継いでいく必要がある」と述べ、風化に対する強い懸念を示しました。
そのうえで、「復興の姿を思い描き、これからどのような取り組みが必要かを考える年末年始にしてほしい」と呼びかけました。
宮城県によりますと、気仙沼市と南三陸町で災害公営住宅がすべて完成するなど、先月末の時点で、災害公営住宅は県全体の計画の94%に達しましたが、およそ9000人が仮設住宅で生活を続けているということです。


惜別 かしまの一本松 南相馬で伐採式
 東日本大震災の津波に耐えた南相馬市鹿島区の「かしまの一本松」が27日、伐採された。関係者が樹勢回復に努めてきたが、高潮などの影響で枯死を免れなかった。作業に先立ち、住民らが記念式典を開いて別れを惜しんだ。
 一本松は高さ約25メートル。10メートル超の津波に見舞われ、2015年秋ごろから衰えが目立っていた。復興工事により周囲に土盛りが必要になったことから、福島県が伐採を決めた。
 式典には約50人が出席。神事に続き、代表者らがおの入れを執り行った。チェーンソーで松が根元から倒されると、切り株をなでる地元住民もいた。
 地元集落は震災で54人が犠牲となり、行政区も解散した。保存活動を続けてきた五賀和雄さん(77)は「きょうまで本当に頑張ってくれた。感謝の気持ちでいっぱい」と話した。伐採された松は表札への加工、配布が検討されている。


津波タワーで避難訓練兼ね初日の出観賞会 住民団体企画
 東日本大震災で被災した仙台市宮城野区新浜地区の住民有志が2018年1月1日、地区の津波避難タワーで、避難訓練を兼ねた初日の出の観賞会を開く。年の初めに震災犠牲者の冥福を祈り、災害への備えを新たにする。別の地区に移った旧住民らにも参加を呼び掛ける。
 主催は住民6人が11月に設立した任意団体「新浜オダヅモッコ倶楽部」で初めて企画した。午前6時、地震に伴い津波警報が発表されたとの想定で、住民が新浜津波避難タワー2階の屋内施設に集まる。午前6時50分ごろ、高さ10メートルの屋上に移り、初日の出を拝む。
 災害公営住宅などに移った旧住民や初乗りに向かうサーファーらの参加も見込み、甘酒300人分を用意する。住民が被災体験を伝えたり、旧交を温めたりする計画だ。タワーは16年に完成し、約250人を収容できる。
 同倶楽部によると、約150世帯が暮らしていた新浜地区は津波で63人が犠牲になった。住民は約80世帯にまで減少し、ほとんどが高齢者だという。
 倶楽部主宰の村主英幸さん(58)は「避難タワーに実際に上る体験をしてもらうとともに、イベントを通して交流人口を増やし、新浜をPRしたい」と話す。
 連絡先は村主さん090(3753)3611。


深刻化する人手不足/地域経済は瀬戸際にある
 東日本大震災の被災地を含む東北経済の眼前に、労働力不足が厚い壁となってせり出してきた。
 2020年の東京五輪・パラリンピックを前に、東京一極集中は拍車が掛かる。復興需要が陰りを見せ、好況の波が及ばない地方経済は今、瀬戸際にあるのではないか。
 東北の有効求人倍率はバブル期並みの水準にある。11月は1.49倍に達し、過去最高を更新した。リーマンショック後の世界金融不況に覆われた09年は0.33倍だった。
 雇用統計は絶好調に映るが、実感できる東北の経営者はいかばかりか。
 宮城の11月の月間有効求人数は5万9982人で、震災があった11年の月平均の1.5倍。一方、有効求職者数を見ると11月は3万6272人と11年の6割にも届かない。
 産業別の偏りは著しい。11月の医療福祉分野の新規求人数は宮城で3774人。全産業の19%を占めた。高齢化がハイペースで進む東北にあって、介護需要に人材供給が追い付かない。
 10月に青森市であった北海道東北知事会議は、地域経済を支える人づくり推進に関する決議をした。
 席上、高橋はるみ北海道知事は「人手不足を改善しなければ地域の疲弊は止まらない」と強調。「地方は働く条件が悪いとさらに人が減る」(達増拓也岩手県知事)「介護人材の確保は大きな課題」(三村申吾青森県知事)など現状を危惧する声が相次いだ。
 東北の人口減、高齢化の深刻さが、労働力不足でより鮮明になってきた。地域社会の基盤が揺るがされる状況にありながら、政治と現場の温度差は悲劇的だ。
 先の衆院選で、安倍晋三首相は有効求人倍率の上昇を前面に出し、東北各地で経済政策「アベノミクス」の成果を訴えた。与党圧勝の選挙結果に、村井嘉浩宮城県知事は「アベノミクスは成功している」との認識を示した。
 果たしてそうか。円安、株高で沸く大企業と、地方の中小零細企業の格差は2極化し、拡大の様相を帯びる。
 賃金が象徴する。17年度の地域別最低賃金は最高の東京が958円。東北は宮城の772円が最高で、青森、岩手、秋田は738円と全国最低クラスだった。地方は人手不足で業績回復を阻まれた上、人材の確保と定着のため大手との競合を迫られ、賃金の上昇圧力にさらされる。
 国内経済を押し上げる過度な金融緩和は、常に潜在的なリスクを抱えている。ほころびが出れば、影響を真っ先に受けるのは体力を奪われ続ける地方だろう。
 今なすべきことは、国は行き過ぎた一極集中を是正する政策誘導であり、地方は雇用状況の冷静な分析に基づく産業政策の再構築だ。
 私たちの足元の暮らしを支えるのは、中小零細企業であることを再認識したい。


意見募集「東電に資格ない」 柏崎刈羽「適合」決定
 原子力規制委員会は二十七日の定例会合で、東京電力柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)が、原発の新規制基準に「適合」するとした審査書を正式決定した。意見募集(パブリックコメント)では八百七十件が集まり、福島事故を起こした東電に「原発の運転資格はない」とする意見が多かった。だが、規制委は字句を修正しただけで、審査を通した。(小川慎一)
 東電の原発としても、福島第一と同じ仕組みの沸騰水型としても、初の新基準適合。東電は賠償費用を工面するため再稼働を目指すが、立地する新潟県などが同意する見通しはない。
 寄せられた意見には、福島第一原発の事故収束作業や巨額の損害賠償を抱えている東電に、再び原発を動かす権利を与えることへの否定的な意見が目立った。だが、規制委が示した「考え方」は、いずれの意見に対しても正面から向き合わない内容だった。
 審査全般について、「通常より丁寧に調査した」と強調。規制委は「福島事故の収束をやり遂げ、柏崎刈羽を安全第一で運営する」との内容を、柏崎刈羽の保安規定に盛り込ませることで、東電に運転資格ありと判断した。これに対し、新たな重大事故が起きれば東電の存続が危うく、東電の社内文書である保安規定は意味がなくなるとの意見が寄せられたが、規制委は取り合わなかった。
 柏崎刈羽で新たな事故が起きても、東電には賠償能力がない点を問題視する意見もあったが、規制委は直接的には答えなかった。新基準向けの工事費を工面できることや、「原子力損害賠償制度がある」と一般論を書いただけで、東電全体の経営状況やほとんど備えがない賠償制度の現状には触れなかった。
 この日記者会見した規制委の更田(ふけた)豊志委員長は「事故当事者の東電に、厳しい批判があるのは当然。規制委としてもそういう思いは持っている。できるだけのことはやった」と述べた。


大飯原発廃炉/エネルギー計画も再考を
 関西電力が、大飯原発1、2号機(福井県おおい町)の廃炉を決めた。福島第1を除けば、大型原発では初となる。
 いずれも1979年に運転を始め、原則では運転禁止となる40年の節目が間近に迫る。新規制基準を満たすための安全投資を行えば、例外として20年延長の可能性もあった。
 関電はこれまで7基の原発の安全対策に8300億円を費やしてきた。大飯1、2号機は原子炉の格納容器が特殊な構造で、従来より費用が膨れ上がる可能性が高い。このため採算が取れないと判断した。
 電力需要の増加を当て込んで80年代に建設された原発が相次いで40年目を迎える。電力会社は追加投資の判断を迫られる。今後は人口減や産業構造の変化で需要減が予測され、廃炉続出は避けられないだろう。
 関電の販売電力量はピークの2010年度から2割も減った。自由化に伴い、競争はいっそう激化している。原発も聖域扱いせず、収益を厳しく見極めるのは当然といえる。
 法的リスクも見逃せない。運転停止中の原発の再稼働を巡っては、各地で住民団体が運転差し止めの仮処分を訴え出ている。広島高裁が四国電力伊方原発3号機に対し、阿蘇山で大規模噴火が起こる可能性を踏まえ「立地に適さない」などとして、運転差し止めの仮処分を決めたことは記憶に新しい。
 きのう原子力規制委員会の審査に合格した東京電力柏崎刈羽6、7号機についても、地元の新潟県は「判断に3〜4年かかる」と慎重だ。
 もはや原発は、電力会社の思惑通りに利益を生む打ち出の小づちではなくなった。
 政府はエネルギー基本計画の改定作業に入っている。現行計画は原発をベース電源と位置づけ、30年段階で発電量の20〜22%を賄う青写真を描く。30基近くの再稼働が必要な計算だが、現在は5基にとどまる。再考が必要なのは明白だ。
 原発から発生する高レベル放射性廃棄物は最終処分の見込みが立たない。敷地内の保管場所があと数年で満杯となる原発も少なくない。政府は廃炉時代に入ったことを直視して、政策転換に踏み出さねばならない。


被爆体験者敗訴 置き去りは認められぬ
 核兵器禁止条約の採択や核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞―。
 国際的には「ヒバクシャ」に光の当たった1年だったが、この人たちは置き去りにされた。
 長崎で原爆に遭いながら国が定めた指定地域の外にいたため、被爆者と認定されない「被爆体験者」のことである。
 およそ400人が被爆者健康手帳の交付を国などに求め、長く裁判で争っていた。だが、最高裁は一、二審と同様に請求を退け、原告の敗訴が確定した。
 被害者に寄り添う姿勢はうかがえず、疑問が拭えない。
 政府は司法のお墨付きを得たと考えてはならない。制度を見直して幅広い救済に努めるべきだ。
 指定地域は旧原爆医療法の制定を機に1957年に定められた。爆心地から南北12キロ東西7キロに及ぶが、行政区域に沿って線を引いており、いびつな形をしている。
 このため、爆心地から同じ距離で被爆しても、指定地域の内か外かで被爆者と被爆体験者に分けられてしまう。
 医療費の自己負担が原則無料となる健康手帳が交付されず援護に差があるのは不合理だと、原告が訴えたのは当然だ。
 被告の立場である長崎市が、むしろ政府に被爆体験者の救済を求めている現状も、制度の欠陥を示すものだろう。
 一方、最高裁は、指定地域外で健康被害を示す科学的な証拠は見いだせない―とした高裁の判決を「是認できる」と評価した。
 しかし、被爆と健康被害の関係は、いまだ解明されていないことが少なくない。放射性物質は行政区域を越えて広がる。こうした実態に目を向ければ、指定地域の線引きこそ科学的とは言えまい。
 高齢化している原告側に被害の立証を求めたのも酷である。
 広島でも、援護対象の区域外で「黒い雨」を浴びた人たちが、被爆者の認定を求めている。
 政府が直視すべきは、被爆から70年以上を経て、なお援護を求める声が後を絶たない現実だ。
 戦後50年に合わせて制定された被爆者援護法の理念を忘れてはならない。
 原爆による健康被害を「他の戦争被害とは異なる特殊の被害」と位置付け、国の責任において、被爆者への総合的な援護対策を講じるとうたっている。
 被爆による被害の可能性が少しでもあれば手を差し伸べる。それが政府の重い責務である。


柏崎刈羽「適合」 東電は信頼に足るか
 東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)は、福島第一原発事故後に作られた新規制基準に適合していると原子力規制委員会が認めた。再稼働させてよいのか。必要性があるのか。疑問がある。
 柏崎刈羽原発は、福島第一と同じで東電が所有する沸騰水型だ。福島原発事故は、津波が原因とされるが、地震や津波の襲来からメルトダウン(炉心溶融)、水素爆発へと至る経緯は、現場で十分な調査ができず、不明な点が多い。
 原因究明が終わっていないのに住民の安全が保証できるのか。東電に任せられるのか。規制委は、もっと慎重でもよかった。
 規制委はフィルター付きベント(排気)設備の設置など、ハード面の対策を評価した。だが、福島事故では、非常用冷却装置「イソコン」を動かした経験のある東電社員が一人もいなくて、状況判断が遅れた。ハードがあればいいというものではない。
 新潟県は独自に検証委員会をつくっている。再稼働には同県の同意が必要。県が検証結果を再稼働の条件にした効果があったのか、東電は昨年、それまでなかったとしていたメルトダウンの定義を記したマニュアルの存在を認めた。
 昨日の本紙は、高レベル放射性廃棄物の住民意見交換会で、東電から原子力発電環境整備機構への出向者が、東電関係者に動員を要請するメールを送っていたことを明らかにした。
 事故直後から原子力部門は“たこつぼ”化していたのでは、という指摘があった。隠蔽(いんぺい)体質が事故後も残っているのであれば、信頼は置けない。
 必要性も検証すべきである。
 最近は首都圏で電力不足を心配することはない。省エネが進み、需要も減っている。電力自由化で東電はすでに約百数十万世帯の顧客を失っている。原発の電気を使いたくないという人は多い。再稼働でさらに多くの顧客を失う恐れはないのか。経営にプラスという判断は正しいのか。
 原発は地域経済に必要といわれるが、新潟日報は柏崎市と三条市、新発田市の比較などを基に「経済波及効果は極めて限定的」とし、経済効果は「神話」と結論づけている(「崩れた原発『経済神話』」、明石書店)。
 再稼働の時期は見通せないとされるが、何でも二〇二〇年の東京五輪が今の政権のやり方だ。五輪を口実に新潟県や住民に圧力をかけることは慎みたい。


柏崎原発審査合格 東電への不信ぬぐえず
 原子力規制委員会は27日、東京電力が再稼働を目指す柏崎刈羽原発6、7号機(新潟県)について、新規制基準に適合していると認める「審査書」を決定した。これにより同原発は規制委の審査に正式に合格した。
 規制委には16原発26基の審査申請があり、このうち審査に合格したのは今回の2基を含め7原発14基となった。ただ、これまで合格した12基は関西電力、四国電力、九州電力の「加圧水型」の原発だった。東電の原発が合格するのは今回が初めて。福島第1原発と同型の「沸騰水型」の合格も初だ。沸騰水型は加圧水型に比べ小さく、内部の温度や圧力が上昇しやすい欠点がある。
 2011年の福島第1原発事故の影響はあまりにも大きく、国民の多くは原発に対する不安や東電への不信感をいまだに払拭(ふっしょく)できずにいる。規制委がお墨付きを与えたとはいえ、福島原発の廃炉作業の収束にめどが立たない中、東電の原発、しかも福島原発と同型の原発が再稼働するとなれば、反発の声が高まるのは必至だ。
 今後は新潟県など立地自治体が再稼働に同意するかどうかに焦点が移る。同県内には「原発がないと立ちゆかない」と地域経済活性化の観点から再稼働に期待する声がある一方、「あれだけの事故を起こした東電に原発を運転する資格はない」などと反対する声は根強く、簡単に結論を出せる状況にはない。
 新潟県の米山隆一知事は、泉田裕彦前知事が示していた「福島原発事故の検証なくして再稼働の議論はできない」との方針を引き継ぐ考えで、再稼働を認めるかどうかの判断には3〜4年かかるとの見通しを示している。
 今回の審査合格を受け「安全性を確保するため、まずは説明を求め、審査結果を検証したい」とのコメントを出した。住民の声を踏まえ、引き続き慎重な姿勢で臨むべきだ。
 新潟県は専門家でつくる技術委員会で、福島第1原発事故を独自に検証。東電が事故当時、メルトダウン(炉心溶融)を隠蔽(いんぺい)していたことを東電に認めさせるなど、真相究明に一定の成果を上げてきた。
 その検証が途上にある中、規制委が柏崎刈羽原発の再稼働にゴーサインを出すことに違和感をぬぐえない。審査の過程では、東電が規制委に事実と異なる報告を続けていたことなどが判明し、信頼性への疑問は消えていない。原子炉建屋などの防火壁で建築基準法に違反する不備も多数見つかり、東電のずさんさは浮き彫りになった。審査合格に「結論ありきでは」と批判の声が上がるのも当然だろう。
 今後、同じ沸騰水型原発について再稼働に向けた手続きが進められる可能性があるが、福島原発事故の検証が進まない限り、事故への不安はいつまでも付きまとう。再稼働を拙速に進めてはならない。


柏崎原発合格 県民目線で検証を尽くせ
 東京電力が再稼働を目指している柏崎刈羽原発6、7号機が原子力規制委員会の適合性審査に正式合格した。
 東電福島第1原発事故を受けた重大事故対策などが新規制基準に適合しているとの、規制委によるお墨付きである。
 残る「工事計画」と「保安規定」の審査が終了すれば、再稼働に向けた国の手続きはほぼ完了することになる。
 しかし、それで再稼働が可能になるわけではない。県など立地自治体の同意が必要だ。
 米山隆一知事の方針に沿い、県は原発を巡る「三つの検証」を独自に進めている。
 規制委の判断にとらわれず、住民目線に立って丁寧に検証を積み重ねる。県にはそれを徹底してもらいたい。
 というのも、規制委の適合性審査は施設、設備面に主眼が置かれているからだ。事故の際の住民避難や生活については一切検討していない。
 福島事故を防げなかった東電の原発が対象の今回は、東電の「適格性」を審査する異例の手順も踏んだ。だが、保安規定に東電の安全確保に向けた「決意」を明記させるという曖昧な形での決着となった。
 いったん原発の過酷事故が起きれば、立地地域にとどまらず広い範囲の住民の暮らしに深刻な影響を及ぼす。
 福島事故の原因とともに、事故時の避難、健康・生活といった住民への影響もテーマとする県の検証が持つ意味は重い。
 柏崎刈羽原発が正式合格となり、気になるのは、原子力を「重要なベースロード電源」として再稼働推進を掲げている政権の出方である。
 自民党の原発推進派国会議員でつくる議連の細田博之会長は新潟日報社の取材に対し、原発の安全性は規制委に委ねているとし、次のように述べた。
 「前知事も今の知事も、自分が納得するまで『うん』とは言わないと。そう言われると、なかなか大変だ。この問題は高度に技術的な問題。それに別の要素を加えるのは根拠がなく、あまり適当ではない」
 柏崎刈羽原発の再稼働問題を巡るこれまでの県の姿勢に対して、否定的な見解を表明したものといえよう。
 経済産業省は、原発再稼働に必要な国の審査が全て終わってから9カ月たっても稼働しない原発について、立地自治体への交付金を大幅に削減するよう規則を変えた。
 経産省サイドは否定しているものの、交付金を盾に早期再稼働を迫る圧力ではないかとの見方も出ている。
 東電は柏崎刈羽原発6、7号機の再稼働を収益改善の柱と位置付け、経営陣は強い意欲を示してきた。
 国や東電はエネルギー確保や経営安定の観点から再稼働を求めているのだろう。立地する地元との乖離(かいり)は大きい。
 立地県の住民にとって柏崎刈羽原発を巡る最大の関心は、安全と安心だ。国や東電はそこを肝に銘じる必要がある。


慰安婦合意検証 日韓は粘り強く対話を
 従軍慰安婦問題を巡る2015年の日韓合意に対し、韓国政府の作業部会が進めてきた検証作業の報告書がきのう公表された。
 朴槿恵(パククネ)政権当時に進めた対日交渉について「被害者の意見を十分に集約しなかった。政府間で解決を宣言しても問題再燃は避けられない」と批判した。
 日本側が要請した元慰安婦支援団体への説得を韓国側が事実上受け入れたなどとする、非公開だった合意内容も明らかにされた。
 文在寅(ムンジェイン)政権は韓国政府としての方針決定を来年2月の平昌冬季五輪後に先送りする意向だが、報告書は合意に対する韓国世論の反発に拍車を掛けかねない。
 きょうで2年を迎えた合意は厳しい局面を迎えたが、日韓関係の重要な基盤として維持していく必要がある。そのために両国政府は首脳同士をはじめとする粘り強い対話を続けるべきだ。
 検証の矛先は主に、「一貫して秘密交渉の形で進められた」と指摘する合意過程に向けられた。
 公表された非公開部分で日本側は、第三国での元慰安婦の追悼碑設置などを支援せず、国際社会で「性奴隷」という表現を使わないことも求め、韓国側も最終的に受け入れたとしている。
 韓国政府が水面下の交渉内容を作業部会に開示したのは、保守系の朴前政権に対する文政権の不信感の表れでもあろう。
 2年前、日韓が急転直下の合意に至った背景には、対北朝鮮連携への悪影響などを懸念した米国の仲介があった。日韓が関係改善を急いでいたのは確かだ。
 だからといって、合意の過程や内容に被害者の観点が欠けていたということにはなるまい。
 「全ての元慰安婦の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やす」という合意の目的自体には、韓国側も異存がないはずだ。
 文政権がここで合意を破棄したり、再交渉を求めたりすれば、政府間での解決は絶望的になる。高齢化が進む元慰安婦にとって望ましいことではないだろう。
 日本政府にも慎重な対応が求められる。この問題で安倍晋三首相ら政権幹部は、日本が10億円を拠出した時点で責任を果たし終えたと受け取れる言動を続けている。
 それでは元慰安婦に寄り添うことにはならず、韓国世論を硬化させるだけではないか。
 両国政府がなすべきは、対話を重ねながら合意の精神と目的に沿った協力の在り方を追求し、真の和解へと導くことだ。


[韓国「慰安婦」検証]冷静な対応に徹したい
 旧日本軍の「従軍慰安婦」問題を巡る日韓合意を検証していた韓国政府の作業部会が報告書を公表した。
 報告書は「韓国政府は被害者の意見を十分集約せず、主に政府の立場から決着させた。被害者が受け入れない限り、政府間で慰安婦問題の『最終的・不可逆的な解決』を宣言しても問題再燃は避けられない」と結論付けた。
 元慰安婦との意思疎通を欠いたことを問題視したほか、朴(パク)槿恵(クネ)前大統領について「慰安婦問題を日韓関係全般と結び付けて解決しようとし、むしろ関係を悪化させた」と稚拙な外交を批判した。
 報告書は合意内容について「日本政府の責任を『道義的』という修飾語なく明示したことは、河野談話などに比べ進展した」と評価。一方で「日本側は合意直後から韓国に設立された財団への拠出は法的責任による賠償ではないと主張。責任問題が完全に解消されない限り、被害者が受給したとしても慰安婦問題が根本的に解決されたとは言えない」と指摘した。
 今回、合意に非公開部分があったことも明らかにした。日本側がソウルの日本大使館前に慰安婦問題を象徴する少女像を建てた市民団体の説得を要請し、韓国側が事実上受け入れていることだ。
 団体から強い反発を呼ぶのは間違いない。
 報告書を受けて韓国政府が合意破棄や見直し要求に踏み出せば日韓関係は制御不能な混乱に陥るだろう。
 ただ報告書はそこまで踏み込んでいるわけではない。両国国民の感情的な対立をエスカレートさせないためにも、両政府は冷静な対応に徹してもらいたい。
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 2015年12月の日韓合意で、日本は軍の関与と政府の責任を認め、安倍晋三首相が「心からのおわびと反省」を表明した。元慰安婦を支援する財団に10億円を拠出し、「最終的かつ不可逆的な解決」をうたったものだ。
 元慰安婦の7割以上が財団からの現金支給に肯定的な反応を示す一方、受け取りを拒否した人もいる。
 元慰安婦は高齢化が進み、残された時間は少ない。大切なのは筆舌に尽くしがたい苦しみを強いられた元慰安婦の名誉や尊厳を回復し、心の傷を少しでも癒やしていくことである。
 しかし首相が「心からのおわびと反省」を表明したにもかかわらず、国内では在日コリアンに対するヘイトスピーチ(憎悪表現)が後を絶たず、ネット上では「従軍慰安婦は捏造(ねつぞう)だ」などとする言説が飛び交っている。
■    ■
 日韓両国は未来志向の関係を目指すが、首脳同士の相互訪問が途絶えて久しい。
 緊迫する北朝鮮情勢への対応で、本来なら首脳同士の緊密な対話があってしかるべきだ。だが今は関係修復の糸口さえ探るのが難しい状況だ。
 韓国政府は来年2月に開かれる平昌冬季五輪まで、今後の方針を打ち出すことは先送りするという。
 日本政府は韓国政府の国内向け対応を見守りながら、政府間同士の合意履行の重要性を訴えてもらいたい。


慰安婦合意検証 日韓不安定化は避けよ
 従軍慰安婦問題を巡る日韓合意に関し、「被害者の声が十分反映されなかった」とする韓国側の検証報告書が発表された。問題はあったにせよ、日韓関係まで不安定にするべきではない。
 二〇一五年の十二月末に日韓の外相が発表した合意は、「最終的・不可逆的解決」をうたった。民間の専門家らが五カ月かけて検証した結果は、合意を評価するどころか、厳しい批判に満ちていた。
 合意に至る経緯と内容に関する数々の問題点を挙げたうえで、「政府間で解決を宣言しても、問題は再燃するしかない」と指摘した。また合意に非公開の部分があったことも明らかにした。
 確かに合意は唐突だった。両外相が会見して発表したが質問は受け付けず、正式な合意文書も配布されなかった。もちろん被害者への、事前の根回しもなかった。
 外交上の合意は、双方が水面下で協議して実現することが多い。前政権時代のことなら、非公開にされていたやりとりまで公表するという今回のような方法は、韓国外交のマイナスにしかならない。
 報告書は、合意破棄や再交渉までは求めていない。今後は文在寅政権が、この結果を受けて、どう政策に反映させるかに移る。
 市民パワーに後押しされた文氏は大統領選で、合意の再交渉を公約に掲げた。大統領就任後は「大多数の国民が情緒的に受け入れられない」と不満を表明しながらも、再交渉には触れていない。
 逆に文政権は、対日関係では歴史問題と安保・経済協力などを切り離す「ツートラック(二路線)」戦略で臨んでいる。
 日韓両国には共通する課題が多い。経済的、軍事的な影響力を急速に拡大する中国。核・ミサイル開発を放棄しない北朝鮮への対応も、待ったなしだ。
 平昌冬季五輪、東京五輪では、首脳を含めた相互交流が欠かせない。安倍晋三首相と文大統領は電話会談を重ね、すでに一定の信頼関係を築いている。
 歴史問題は重要だが、これだけでせっかく築いた両国関係を停滞させるのは、言うまでもなく得策ではない。
 日本政府も、「被害者の視点を欠いていた」とする報告書の指摘について、謙虚に耳を傾けてほしい。黙殺するだけなら、韓国の世論を刺激し、合意見直しを求める声が高まるかもしれない。
 また、「日本は歴史を忘れようとしている」という誤解さえ招く危険もある。


攻撃型自衛隊への変貌進む、9条改正必要か
 ★読売新聞のスクープのように防衛省は、海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「いずも」を攻撃型航空母艦に改修する検討に入った。また米海兵隊のステルス戦闘機F35Bが離着艦出来るようにし、航空自衛隊もF35Bの購入の検討に入ったという。26日、防衛相・小野寺五典は「F35Bの導入や、いずも型護衛艦の改修に向けた具体的な検討は現在、行っていない」と否定した。 ★「いずも」と2番艦「かが」は、護衛艦とは名ばかりで世界的に見れば軽空母と呼べる規模と装備を備えており、「いずも」就航時には中国が「将来の空母改修」を懸念していた。ただ憲法9条により攻撃型の運用が認められないため、駆逐艦級の艦船を護衛艦と呼び、日本政府は海外に自衛隊が進出することや、給油により継続距離を伸ばせる航空機の運用には慎重な対応をしてきた。 ★竹下内閣の防衛庁長官・瓦力(かわら・つとむ)は、同年4月の参議院予算委員会で「憲法第9条第2項で我が国が保持することが禁じられている戦力」について、相手の国土を壊滅するために用いられるICBMや長距離戦略爆撃機などと並んで「攻撃型空母を自衛隊が保有することは許されず」と答弁している。ちなみに76年11月に三木内閣が防衛費はGDP1%以内の枠が閣議決定されるが、米国から防衛力の増加要求が強まり、86年12月に中曽根内閣が撤廃を閣議決定した。 ★政府は来年末までに策定する新たな防衛大綱で攻撃型空母など、歯止めを撤廃する方針だろうが、自民党が守ってきた歯止めを外すのならば、9条改正の必要すらなくなる。政府は米国セールスマンの言いなりか。

森友疑惑で財務次官 “アベ友”田中一穂氏に天下りのご褒美
 またしても“アベ友”優遇人事だ――。2代続けて天下りとなった政府系金融機関「日本政策金融公庫」の総裁人事。25日付で総裁に就任した田中一穂元財務次官(62)は、第1次政権時代に首相秘書官を務めた安倍首相の“大のお気に入り”である。
 そもそも田中氏が次官になったのも、ロコツなアベ友人事だった。前任の次官2人は、いずれも田中氏の同期。同期が3人も次官になることは通常あり得ないのに、安倍首相が押し込んだとみられている。
 今度は政府系金融のトップに天下りさせている。しかし、田中氏は、森友事件が起きた時、財務省の次官をやっていた責任者だ。
「国有地は理財局長の決裁がなければ動かせないし、その際は次官の了承を必ず得ることになります」(財務省OB)というから、疑惑のど真ん中にいた人物である。市民団体から公用文書毀棄罪で刑事告発までされている。政策金融公庫の細川興一前総裁は25日の会見で「人物本位」を強調したが、どこが人物本位なのか。
 待遇は極めて厚い。政策金融公庫によると、総裁の年収は約2400万円。5年ほど総裁のイスに座っていれば、退職金は1600万円を超える。
■ポストをアメに官僚をコントロール
 それにしても、安倍政権による天下り復活はすさまじい。内閣官房が公表している「国家公務員管理職の再就職状況」によると、民主党政権の2012年度の1349人から、第2次安倍政権になって、右肩上がり。昨年度は12年度比3割増の1775人にも上る。4つある政府系金融機関のうち3つは、政権発足後1年以内でトップの天下りをキッチリ復活させている。残る日本政策投資銀行も“時間の問題”だと囁かれている。
 政治評論家の山口朝雄氏が言う。
「官僚を意のままにコントロールするには、政権に歯向かう人物を徹底的に排除する一方、安倍政権に忠誠を誓い、尽くしてくれる役人には、“ご褒美”が必要です。アメですね。それが天下りポストです。安倍政権で天下りが急増しているのは、そういう人事戦略の表れだと思います。国民から見れば、田中総裁誕生は、疑惑の渦中の人なのに、と思うかもしれませんが、佐川国税庁長官同様、森友問題の論功行賞の意味もあるはずです」
 どこまで国民をナメるつもりだ。


香取慎吾が飯島三智マネージャーへの思いを告白!「言葉が見つからないくらいに、この人と一緒に仕事をしたい」
〈「あの人」と一緒に仕事していきたいという僕の思いが、あの二人にも強くあった。〉
 昨日27日発売の「週刊文春」(文藝春秋)2018年1月4日・11日新年特大号で、香取慎吾が登場し、欽ちゃんこと萩本欽一との思い出、独立をめぐる思い、SMAPメンバーとの関係、そしてSMAP育ての親である飯島三智マネージャーに対する強い思いを語っている。
「週刊文春」といえば、これまで数々のSMAPのスキャンダルを報じてきたのはもちろんのこと、何より、メリー喜多川副社長が飯島マネージャーに対し「SMAPを連れて出て行け!」と公開パワハラ説教を行い、SMAP分裂騒動のきっかけをつくった存在である。
 そんな因縁の週刊誌に香取が初登場しただけでも驚きだが、これまで公に語ることのなかった飯島氏に対する思いまで明かしているのだ。
 香取が登場したのは、同誌で「欽ちゃん76歳のボケないキャンパス珍道中」を連載中の萩本欽一との対談。萩本といえば、「慎吾が出ないのなら、僕も出ません!」と『全日本仮装大賞』(日本テレビ)の香取続投を訴えたり、『72時間ホンネテレビ』に萩本の所属事務所・浅井企画の芸人たちが全面協力するなど、独立以降香取らの活動をバックアップしてきたひとりだ。今回の対談も「ぼくは今回、読んだ人がみんな、慎吾の味方になってくれるような対談にしたいと思って臨んだ」という。
 飯島氏の話は、そんな欽ちゃんが、香取のレギュラー番組『おじゃMAP!!』(フジテレビ)にゲスト出演したときのエピソードから出てきたものだった。欽ちゃんは番組で「その人のために頑張れる、という人はいるの?」と質問したとき、香取が「いる」と即答したことを振り返り、「それはどんな人なの?」「慎吾が、そこまで思う人ってのは、どんな人なのかな」とあらためて質問。すると、香取はこう答えたのだ。
「上手く言えないですけれど……言葉が見つからないくらいに、「この人と一緒に仕事をしたい」と思っている人です。」
「例えば、僕が「AとB、どっちを選べばいいですか?」と訊いて、その人が「A」と言えば、「オッケー。あなたが言うならAで」と、ずっとやってきたんです。僕にとっては、そういう風に信じられる人、ということですね」
 欽ちゃんは、「そうか。あえてそれが誰なのかは聞かないし、ここで名前を言う必要はないよ」とそれ以上掘り下げなかったが、これがSMAP育ての親である飯島マネージャーのことを指しているのは明らかだった。
 分裂騒動以降、香取の飯島氏に対する信頼についてはたびたび報じられてきたが、こんなふうに香取自身が飯島氏への思いを語るのは初めてだろう
 しかも、香取は、こうした飯島氏への強い思いが、稲垣吾郎、草なぎ剛にも共通してあったと明かしている。
「実は、僕の方から彼らに「一緒にやろうぜ」と言ったわけではないんです。「あの人」と一緒に仕事していきたいという僕の思いが、あの二人にも同じように強くあった。三人の思う場所が一緒だったから、「じゃあ一緒にやろう」となったんです」
 たしかに、稲垣も「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)2018年1・2月合併号のロングインタビューで、迷いながらも独立を決断した理由についてこんなふうに語っていた。
「もちろん揺れ動く部分も多かったですし。ただやっぱり絶対に捨ててはいけないものというのがあって、それはこの人とやりたいとか、このスタッフと一生やっていきたいとか、そういうことですね」
 ようするに、3人は飯島氏と仕事がしたい、ただその一点を理由に、リスクをおかして、ジャニーズ事務所からの独立に踏み切ったということらしいのだ。
 想像以上の深い絆だが、しかし彼らにしてみれば、これは当然の選択だったのかもしれない。2016年1月のSMAP分裂騒動時の検証記事でも書いたが、SMAPにとって飯島氏はたんに、「育ての親」とか「恩人」というレベルの存在ではない。【http://lite-ra.com/2016/01/post-1896.html
 SMAPが旧来のアイドルを超えた国民的存在になったのは、まさに飯島氏のプロデュースによるものだった。ジャニーズ事務所から見捨てられた存在だった5人の才能を見出し、司会者にキャスター、バラエティ、脇役や性格俳優でのドラマ出演、アーティストとのコラボレーションなど、それまでのジャニーズタレントが絶対やらないような挑戦を次々やらせ、アイドルのありように革命をもたらした。現在、ジャニーズ事務所のタレントがこれだけ活躍できているのも、彼女とSMAPが新しいマーケットを切り開いた結果だ。
 香取は飯島氏を“その人が「A」と言えば、「オッケー。あなたが言うならAで」”と語っているが、飯島氏は彼らに正解以上の「A」を与え続けてきたのだ。3人がリスクをおかしてでももう一度飯島氏と仕事をしたいと考えたのは、浪花節的なものではなく、そのプロデュースへの絶対的信頼感が大きかったのではないだろうか。
 そして、飯島氏は実際に3人の期待に応えてみせた。2トップと呼ばれた人気メンバーがいない、地上波で取り上げてもらえない、共演者が限定される、SMAPの歌が歌えない……いくつもの不利な条件を抱えていた3人だが、そんなことをものともせず、SMAPの始まりの頃のように、次々と新しいチャレンジをやらせることで、そのブランドイメージをむしろ分裂騒動以前より高めていった。
『新しい地図』と名乗るサイトのいきなりの開設。AbemaTVでの『72時間ホンネテレビ』放送、SNSへの挑戦。ネットという新しい世界でゲリラ的に活動する一方、サントリーというナショナルクライアントのCMを新たに獲得したり、パラリンピックサポーターというメジャー感のある仕事もおさえる。これまでジャニーズに限らず大手事務所を独立したタレントたちのように芸能界のしがらみに阻まれて難しいだろうと思われた歌や映画も自力でプロジェクトを立ち上げようとしている。
 とくに印象的だったのが『72時間ホンネテレビ』だ。年下キャラで内向的だった香取が、数々のアイデアを打ち出し2人を引っ張り、この対談の欽ちゃんもそうだが手をさしのべてくれる共演者たちに積極的にからんでいく。5人のなかで埋没しがちだった稲垣が、香取・草なぎの年下仲良しコンビをさりげなく守る姿や、クールなイメージを破って生の感情をさらけ出す姿。まるで解散騒動などなかったかのような草なぎの天然で自由奔放な言動。かつてのSMAPにあった自由な空気を再現しながら、3人の新しい魅力を見事に引き出した。
 こうした活動については、保守的な芸能関係者やジャニーズファンの間から「安売り」だとか「ネットの視聴者数なんてたいしたことがない」などといった揶揄の声も出ているが、飯島氏と3人はこれからも意に介することなく、さらに新しいチャレンジを続けていくようだ。最近も、園子温、爆笑問題の太田光らを監督にする映画の製作が発表され、業界を驚かせた。
 その姿はそれこそ20数年前、飯島氏のプロデュースによって次々と新しいことにチャレンジしていたSMAPの姿に重なって見える。
 2016年1月15日、『SMAP×SMAP』でのあの公開生謝罪の夜、本サイトは「SMAPは死んだ」と書いたが、あのとき止まったSMAPの時計は、飯島氏と3人によって再び動き始めたといってもいいかもしれない。
 いや、3人だけではない。対談のなかで香取は、飯島氏への思いだけでなく、中居正広、木村拓哉についても、踏み込んで語っている。欽ちゃんから「SMAPが慎吾の学校だったとも言えるけど、一番年下の慎吾からみて、メンバーは「先輩」という意識? それとも「仲間」?」と問われた香取は、こう答えた。
「うーん。どっちでもないですね。強いて言えば「お兄ちゃん」という表現が近いかなァ。いちばん上の人たちとは、五歳離れていましたから」
「だから、みんなのことは好きなんだけれど、嫌なことがあれば「ふッざけんな!」と素直に言えるような関係でしたね」
「いちばん上の人たち」というのは、言うまでもなく中居正広、木村拓哉のことだ。先輩というようなかしこまった関係でなく、何でも言い合えるもっと近い存在であったと、騒動をめぐるわだかまりを経たいまも、素直に語っている。
 そしてSMAPの関係性については、常に変化してきたものであると語る。
「僕らの関係はとても不思議で、中学生の頃は学校の延長みたいだったのが、ちょっと年齢を重ねるとお互いを意識し合って会話をしなくなり、またしばらく経つと、気づいたら喋るようになっている……ということを繰り返してきました」
「だから、ふと気づくと彼とは二年くらい一言も喋ってなかったな、とか、別の彼とは「おはよう」も言わない時期があったのに今は話しているな、とか。その中で、みんなとの関係が常に変化してきたというか」
 こうした香取の発言を聞いていると、中居・木村・新しい地図の3人と、「1人、1人、3人」で道が分れてしまったかに見える現在もまた、SMAPという絶えず変わりつづけるグループの過程のひとつに過ぎないのではないか。そんな感じさえしてくる。
 奇しくも、香取が登場している「週刊文春」の同じ号には、「ジャニーズ血脈支配の曲がり角」と題された特集記事で、ジャニー喜多川社長とジュリー副社長ら創業者ファミリーの不協和音やタレントたちの抱える不安や不満、ジャニーズ事務所の行き詰まりがレポートされている。
 ジャニーズ事務所が生き残るために、飯島氏の手腕が絶対に必要というのは、業界関係者の誰もが認めるところだった。にもかかわらずメリー氏は我が子かわいさで飯島氏を追放してしまった。その結果がこれだ。
 あの騒動で終わったのはSMAPではなく、ジャニーズ事務所のほうだったのかもしれない。(本田コッペ)


パックンが深堀り! 今年の政治のキーワード「リベラル」ってそもそも何?
小池百合子氏に排除された「リベラル」の本来の意味、その変遷をパックンがわかりやすく解説!
2017年は政治の景色が様変わりした1年だった。秋の総選挙では民進党が分裂、結果的に立憲民主党の躍進に繋がったが、この時、キーワードになったのが希望の党の小池百合子代表(当時)が放った「リベラルは排除します」という言葉。
「リベラル」って堂々と「排除します」と言われてしまうモノなんだ…と驚きつつ、よく考えてみると日本における「リベラル」の定義は曖昧(あいまい)で、何を指しているのかよくわからない。
日本のリベラルとアメリカのそれは同じなのか? そもそもリベラルとはなんなのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第102回は年末スペシャル編として、来日24年のアメリカ人マルチタレント、「パックンマックン」のパックンこと、パトリック・ハーラン氏に聞いた――。
***
―日本における「リベラル」や「保守」の色分けって曖昧でわかりにくい…ということで、アメリカと日本、ふたつの社会に生きてきたパックンに聞く「リベラルとは何か?」というのが今日のお題です。
パックン いいテーマです! まず、日本で最も保守的な政党の英語名が「リベラル・デモクラティック・パーティ(自由民主党)」ですよね。
―そうですね。排除されなくていいのかな? 
パックン ね! 1955年に自由党と民主党が合併して自民党が誕生した当時は、「自由」も「民主」も今よりは素敵な響きを持っていたと思うし、名は体(たい)を表すというか、「自由民主党」という党名が意味するものは明確だったと思うんです。余談ですが、それと比べて「希望の党」って漠然としすぎているし、もうちょっと政治理念を党名に表してもいいんじゃないかなと思います。その点、立憲民主党はわかりやすいですけど。
一般的に、日本では自民は右で、民進・共産・社民などは左と解釈されてきたけど、実際にそれぞれの政策を見てみると、例えば原発推進派が民進党にいたりして、左右の違いがそれほど明確ではない場合も多い。特に民進党は、党内に右派・左派が複雑に混在していたために党としても政治理念が見えず、非・自民党支持者の受け皿となれなかった。
そういう意味では、総選挙で希望の党は「いい仕事」をしてくれましたよね。小池さんの「リベラルは排除します」は、「排除」というイメージの悪い言葉を使ったという点でダメというか、小池さんらしくないと思うんだけど、あの発言で民進党内のリベラルと保守の色分けがわかりやすくなりましたからね。そのおかげで、立憲民主党を立ち上げた枝野さんは「排除する」という言葉を使わずに、非リベラルを「排除」することができた! そういう意味ではよかったんじゃないですか。
とはいえ日本の場合、立憲民主党の左は「まあまあ左」という程度だし、自民党の右は「やや右」であって、どちらも政治的には狭い触れ幅の中で分かれているという印象で、政策的な境界線には曖昧な部分も多い。アメリカ人から見たら、あるいはヨーロッパ人から見てもそうかもしれないけど、日本の政治を「こっちはリベラルで、こっちは保守」と選別するのは、我々の目から見ると難しく感じることも少なくありません。
というのも、アメリカ人は「リベラルvs保守」という二極体制の政治構造に生まれた時から慣れているので、あらゆる政治的問題において「これはリベラル派の考え方」、「これは保守派の考え方」というふうに明確に区切ることができる場合が多いんです。
―それはそのまま、アメリカではリベラル=民主党、保守=共和党という色分けになりますか?
パックン 基本的にはそうですね。ただ、アメリカの場合もそうとは言い切れないケースもあります。例えば、昨年の大統領選でヒラリー・クリントンと民主党候補を争ったバーニー・サンダースは、自ら社会主義者と名乗るほどリベラルの代表というイメージですが、実は「銃規制反対」の立場です。
また、オバマ政権が作ったアメリカ初の国民皆保険制度と言われるオバマケアだって、日本の国民健康保険のような公的保険じゃなくて、国民が民間の保険会社と契約する形になっています。これは企業が一番喜ぶパターンですし、元々、保守派の案でした。だから、オバマ前大統領はリベラルと言われているけど、ヨーロッパのリベラルから見ると、ちょっと違うんじゃないかな。
ただし、そんなオバマでさえ、米国内では「社会主義」だと言われてしまうんです。このようにアメリカは全体的に「右の国」であって、右の人たちはリベラルという言葉を社会主義と同じレベルでの「けなし文句」として使っています。
―なるほど。すると小池さんが放った「リベラルは排除します」の「リベラル」は、そうした「けなし文句」としてのリベラルに近いのかもしれませんね。ところで、アメリカにおけるリベラル/保守のカテゴライズの基準って具体的にはなんでしょう?
パックン リベラルや保守の定義って、実は時代によっても変わるものだと思うのですが、現在のアメリカだとリベラルは「政府の力で弱者やマイノリティを守る」ことを優先する人たちで、保守は「政府の邪魔から企業を守る」ことを優先する人たちだと考えていい気がしますね。ただし、アメリカでもリベラルや保守の定義、考え方は時代によって大きく変化しているんです。
ここで少し、リベラルという言葉の本来的な意味について触れておきたいのですが、リベラルの語源は「リベラリズム=自由主義」ですよね。これって、元々は政府が個人の自由を侵害しないという考え方です。自由を守るためにはどんどん規制を撤廃していく。経済活動の自由を守るために、あまり税金も取らない。当然、税収が減るから公共事業や公的サービスの予算が削られ、「小さな政府」になる。つまり、本来は「リベラル=小さな政府」なんです。
ところが、今はそれが逆転していて、リベラルは弱者への社会保障を充実させようとする「大きな政府」を志向し、保守は逆に「小さな政府」を打ち出している。そして、この「小さな政府」は企業の自由を守ると考えます。規制を撤廃する、税金を減らして政府による「富の再分配」の役割を小さくする代わりに市場での競争と自己責任を重視する考え方です。
この主調の逆転の背景には、共和党の大成功した戦略があります。敬虔なキリスト教徒の社会的保守派と企業を保護する経済的保守派を巧妙に結びつけたのです。本来、このふたつは相反する。キリストの真の教えは何かというと「隣人を愛すること」…つまり、弱者救済ですからね。どっちかといえば、今で言うリベラルの考え方に近いはず。
ところが、共和党は50〜60年代から、牧師たちに支援金を渡しながら、何万人も入るスタジアムで説教させました。そこでの教えは「成功した人は神様に選ばれた人」というもの。イエス・キリストは、お金持ちが天国に行くのは「ラクダが針の穴を通るくらい難しい」と教えていました。ところがこの牧師たちは、神様は我々ひとりひとりが頑張って豊かさを勝ち取ることを望んでおられると教え、「お金持ち=善」となったのです。
―競争と自己責任を肯定するわけですね。じゃあ実業家として大金持ちになったトランプ大統領なんて「大善人」だ!
パックン そうです! イエス・キリストは財産にしがみつくなと教えていたんですけど、「お金持ちはお金持ちのままでいいよ」と言われたほうがずっと楽ですよね。このようにして、共和党は神様をも自分たちのものにして、巧妙にキリスト教徒のハートを掴んだ。さらに「ファミリー・バリューズ」といって「家族的道徳」を喧伝して、例えば中絶反対、同性婚反対、銃規制反対などを理論化していった。
アメリカでは1973年に中絶を規制する国内法を違憲とする最高裁判決が出て、中絶は女性の権利として認められています。しかし現在、共和党の動きによって、中絶する医師には特別な資格が必要だとか、特別な施設が必要だとかどんどん規制をかけて、事実上できない環境にしているんですよ。その一方で、共和党は貧困層に生まれた赤ちゃんを救済する法律には異を唱える。それのどこが家族的道徳なんだよ!と我々リベラルは思うわけですけど。
―キリスト教徒が中絶や同性婚に反対するのはなんとなくわかるけど、銃規制反対というのはどういう理屈なんですか?
パックン やや複雑ですが、そういう保守的なキリスト教徒は地方に住む人が多くて、この人たちの気持ちを煽(あお)るためには銃の問題を持ち出すことが効果的なんです。共和党のレトリックは善悪をハッキリさせること。世の中には悪人がいる、悪人を止める唯一の手段は善人が銃を持つことだ、銃は家族を守るための必需品だという論理です。
―我々、普通の日本人にはなかなか理解しがたい理屈ですが…(汗)。


日本は「慰安婦」被害者の名誉回復の意義に立ち返れ
 韓日慰安婦合意の経緯を検討したタスクフォース(検証結果)の発表で、2015年の韓日政府間の合意の隠されていた部分が明らかになり、国民の怒りが煮えたっている。文在寅(ムンジェイン)大統領は28日「重大な欠陥があったことが確認された」として「この合意で慰安婦問題が解決されることはできないという点を国民と共にはっきりと明らかにする」と述べた。事実上の「追加協議」を示唆すると解釈することもできる。
 しかし日本の安倍首相は検証結果の発表後「合意は1ミリも動かない」と話したと伝えらている。河野外相も「前の政権がやったことは知らないということでは、今後何事においても日韓が合意するのは難しくなる」、「非公表を前提にしているものを一方的に公表したのはいかがなものか。極めて遺憾だ」と主張した。日本が指摘する「合意形式の妥当性」にはもちろん一理がある。しかし「合意を守りなさい」と声を高める日本のマスコミでさえ「慰安婦合意の核となる精神は、慰安婦被害者の名誉と尊厳の回復にある」(朝日新聞)、「日本政府も『被害者の視点を欠いていた』とする報告書の指摘に謙虚に耳を傾けてほしい」(東京新聞)と言及している点に日本政府も注目すべきである。
 韓日両政府は合意をなぜ成そうとしたのかその根本的な理由に立ち返るべきである。長い年月が経ったのでもう「未来」だけ見て適当にふたをして過ぎ去らせようとしたのではなかろうか。2015年の合意案に「被害者の名誉や尊厳の視点」が入っていると果たして言えるだろうか。当時の主な内容を「非公開」にしたのは誰のためだったのか。結局は政権に負担になる内容を隠そうとしたのではないか。このような問いに当時合意をした両国政府の当局は明確に答えねばならない責任がある。それでも「とにかく合意をしたのだから守りなさい」と主張するのは「慰安婦被害者の名誉」はもちろん、国際社会での日本の地位向上にも全く役に立たないだろう。
 慰安婦問題の合意は、互いに有利なことをやりとりするような通商協定とは性格が全く違う。歴史的意味と人類共通の価値を再確認する崇高な作業だ。これを密室でやりとりするように「取り引き」して両国国民に隠して嘘をついていたことは容認できない。単に朴槿恵(パク・クネ)政権の無能と身勝手ぶりだけを恨むのではなく、日本の安倍政権もまたこの責任を厳重に負うのが当然だ。日本政府は両国が合意になぜ乗り出したかを今からでも振り返り、いかにすることが韓国と日本の未来指向的関係に役立つのか、深く考えるべきである。