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La Chine appelle le Japon à traiter le problème des "femmes de réconfort" de manière "responsable"
Xinhua
La Chine a appelé vendredi le Japon à traiter le problème des femmes de réconfort de manière responsable, après le refus par le Japon de modifier un accord conclu avec la République de Corée en 2015.
"La position de la Chine sur le problème des femmes de réconfort est conséquente et explicite. Nous espérons que le Japon saura répondre aux préoccupations de ses voisins asiatiques et de la communauté internationale", a déclaré la porte-parole du ministère chinois des Affaires étrangères, Hua Chunying, lors d'une conférence de presse régulière.
Le président de la République de Corée, Moon Jae-in, a déclaré jeudi que l'accord de 2015 était défectueux, car il excluait les victimes et les citoyens ordinaires de la République de Corée et qu'il ne permettait pas de résoudre le problème de l'esclavage sexuel en temps de guerre.
La République de Corée et le Japon ont signé un accord "final et irréversible" en 2015. Conformément à cet accord, le Japon a accepté de verser un milliard de yens (9 millions de dollars) à une fondation dédiée à l'aide aux victimes survivantes de l'esclavage sexuel de la République de Corée, capturées par les troupes japonaises pendant la Seconde Guerre mondiale.
Cet accord a suscité des protestations de la part de victimes survivantes, qui ont déclaré que le gouvernement japonais devait assumer une responsabilité légale et présenter des excuses sincères pour ses crimes de guerre.
フランス語
フランス語の勉強?
異邦人 @Beriozka1917
学者が資金繰りに苦労して研究に集中出来ないような状態を放置すれば、日本の学術レベルはどんどん下がっていきます。今必要なのは軍拡などではなく重層的な教育投資の拡充だと国が認識しない限り、将来の発展は見込めませんね。
鈴木 耕 @kou_1970
今朝の毎日新聞に「詩織さんの訴え、米紙が紹介」との見出しで、ニューヨークタイムズが伊藤詩織さんの被害を掲載した、との記事。その中で「記事には男性も実名と写真付きで登場」と書いている。米紙が写真と実名で男を報じたのに毎日新聞はスルー。これ、日本での出来事なのに、なんかヘン。
NYの会議通訳者が教える英語 @NYCenglessons
黒塗りの顔で黒人の真似をしたり、アイライナーで目を吊り上げて東洋人の真似をすることがアメリカで何を意味するか、知らない人が日本に大勢いることはまあ仕方ない。でも問題なのは「差別の基準を差別する側が決定し、差別される側は我慢を強いられる」ということに全く疑問を感じない傲岸さです。
差別される側の人が何を嫌がるかは、相手や状況によっても変わります。基本的に、相手が嫌がることはやってはいけないし、相手の外見に関する自分の固定観念を押し付けるのも失礼な行為です。昔から黒人同士でも、皮膚の黒さを話題にするのは失礼な行為だったことは知っておいた方が良いと思います。
しかし私にとっては、日本人が黒人の真似をしてはいけない究極の理由は別の所にあるのです。恰好悪くて恥ずかしいからやめておくんなせえ。その前に筋トレしろよ。英語勉強しろよ。
音楽関係の白人は一般に黒人に対する憧れが強く、Eric ClaptonやLou ReedやJanis Joplinなんかは自分も黒人になりたいというぐらい黒人音楽の影響を強く受けているのですが、だからこそ下手に真似しても様にならないこと、顔を黒く塗っても目的が達成できないことぐらいは知っていたのです。


8時くらいに起きて,近くの神社に歩いて初もうでに行きました.混んでいるかと思いきやそうでもなく一安心.
鹿児島中央駅のAmuの初商いです.ものすごく人が多いです.いろいろ買いました.お昼はぜんざいを食べました.
3時くらいまで一人で過ごして,夜には「愛を読むひと」という映画を2人で見ました.とてもいい映画でした.戦後のドイツなのに,アメリカ映画で英語というところに違和感がありましたけど.

新年の便り 東日本大震災の仮設住宅にも
 元日の朝、年賀状が一斉に配達され、宮城県内の仮設住宅で暮らす人たちにも新年の挨拶が届けられました。
 仙台中央郵便局では、午前8時頃、配達員が一斉に出発し、仙台市内の各家庭に年賀状を届けました。
 また被災地にも新年の便りが届きました。石巻市内の仮設住宅で暮らす阿部泰蔵さん、武子さん夫婦は、ボランティアなどからの年賀状を受け取り笑顔を見せていました。
 宮城県内では、元日の1日で2500万枚あまりの年賀状が配達されるということです。


被災地、7度目の新年
 東日本大震災の被災地は1日、発生から7度目の新年を迎えた。仙台市の津波避難タワーでは避難訓練が行われ、福島県浪江町では初日の出イベントが復活。被災者らは朝日を前に、復興への思いを新たにした。
 津波で多くの家屋が流された仙台市宮城野区の新浜地区。住民らが津波避難タワーで避難訓練を実施し、約80人が集まった。
 岩手県沿岸を結ぶ第三セクター三陸鉄道は「初日の出号」を運行し、乗客40人が列車から初日の出を拝んだ。
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難指示が昨年3月に一部解除された浪江町では、ウオーキングをして初日の出を拝む催しが7年ぶりに開催された。


東日本大震災から7度目の正月 初日の出に復興祈る
 東日本大震災から7度目の元日を迎え、沿岸部の被災地では、初日の出に復興を祈る人たちの姿が見られました。
 宮城県東松島市の野蒜海岸では、午前7時前、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせました。
 震災の発生から7度目の正月を迎えた被災地。赤々と照らす初日の出に、足を運んだ家族連れらが、今年1年の飛躍や復興への願いを込めていました。
 海岸では、高さ約3メートルの鳥居が、地元の住民でつくる団体によって設置され、訪れた人たちは静かに手を合わせていました。


初日の出に復興などを願う
元日の1日、東北地方は、太平洋側で晴れ間の出たところが多く、東日本大震災の各地では初日の出に復興などを願う人の姿が見られました。
東日本大震災の発生からことし3月で7年となり、津波で大きな被害を受けた名取市の閖上地区では、朝早くから大勢の人が集まりました。
午前6時55分ころ、海岸線の防潮堤の上から初日の出が上がると、今は内陸に住む地元の人、また別の町に移住した人などがまばゆい太陽を見ながら復興への思いを新たにしていました。
自宅を津波で流され、今は内陸に住んでいる男性は、「新しい町の姿が出来てきているので、災害を乗り越えて、なるべく早く落ち着いた生活に戻るようになってほしい」と話していました。
震災発生から7年になることし、閖上地区では4月に、小中一貫校となる学校が再建されるほか、年内に、全ての災害公営住宅が完成する予定です。
仙台市宮城野区新浜地区は震災で大きな被害を受け、地区には高さ10メートルの「津波避難タワー」が作られています。
ふだんは鍵がかかっていますが、元日のけさ、避難訓練も兼ねて初日の出を見ようとタワーに上ることにしました。
集まってきたのは地区の人およそ100人。
お年寄りの人たちなどはスロープを使うなど、避難時の動きを確認しながら屋上に上って行きました。
そして、初日の出が地区の海岸線にある防潮堤の奥から見えてくると、全員で、震災の犠牲者に黙とうをささげてました。
参加者の60代の男性は「住民が集まる良い機会になった。これからもこういった催しを通して団結を図っていきたい」と話していました。
訓練を呼びかけた村主英幸さんは「無事に晴れて地域の人たちと初日の出を見れてよかった。震災7年はあっという間でしたがこうした訓練を通して、避難行動に慣れて行ってもらいたい」と話していました。


【東日本大震災】 復興への思い朝日に誓う 被災地、7度目の新年
 東日本大震災の被災地は1日、発生から7度目の新年を迎えた。仙台市の津波避難タワーでは避難訓練が行われ、福島県浪江町では初日の出イベントが復活。被災者らは朝日を前に、復興への思いを新たにした。
 津波で多くの家屋が流された仙台市宮城野区の新浜地区。住民らが津波避難タワーで避難訓練を実施し、約80人が集まった。赤々とした太陽が昇ると高さ10メートルのタワー屋上で静かに黙祷した。
 新浜地区の町内会長、平山新悦さん(75)は自身も津波に流されながら助かった。「あんな体験をしても生まれ育った土地なので愛着がある。何とかにぎわいを取り戻したい」と変わりゆく町を見つめた。
 岩手県沿岸を結ぶ第三セクター三陸鉄道は「初日の出号」を運行し、乗客40人が列車から初日の出を拝んだ。


八戸 種差海岸での初日の出
元日の1日、東に太平洋を望む八戸市の種差海岸では、雲の間から初日の出を見ることができました。
種差海岸にある「葦毛崎展望台」には、太平洋から昇る初日の出を見ようと、まだ暗いうちから大勢の人が集まりました。
日の出の時間の午前6時57分には、水平線の上に雲がかかっていましたが、午前7時すぎに、雲の間から太陽が顔をのぞかせると、集まった人たちからは歓声が上がりました。
1日朝の八戸市の最低気温は、氷点下0度4分と、平年より3度ほど高く、訪れた人たちは、初日の出の様子を撮影しながら、新しい年の始まりに気持ちを新たにしていました。
初めて初日の出を見たという9歳の男の子は、「太陽が見えるまで時間がかかったけれど、すごくいい写真が撮れたのでうれしかった。
とてもきれいだったので来年も見に来たい」と話していました。
八戸市に帰省している20代の女性は、「東京で美容師の仕事を始めたばかりなので、ことしはいろいろ勉強をして技術を高めたい」と話していました。


三陸鉄道「初詣列車」にぎわう
正月の雰囲気と岩手県沿岸の風景が同時に楽しめる初詣ツアーを企画した特別列車が三陸鉄道で運行され、帰省した人たちなどでにぎわいました。
この「初詣列車」は三陸鉄道が毎年、元日に運行する特別列車で、宮古駅からは帰省客や地元の住民など20人余りが乗りこみました。
乗客は車窓から太平洋を望みながら、1時間ほどかけて普代駅に到着すると駅からさらに移動して鵜鳥神社を訪れました。
この神社は、およそ1200年前に創建されたと伝わる歴史があり、一行は宮司からおはらいを受けたあと、玉串をささげてことし1年の家内安全などを願いました。
帰りの列車で出されたのはえびなどの縁起物を詰め合わせた弁当やお神酒で、乗客たちは列車の中で、ひと味違った正月の雰囲気を楽しんでいました。
「初詣列車」は震災で一時中断しましたが3年前に再開し、今では正月恒例の企画として定着しています。
東京から家族で帰省した50歳の女性は「お参りをしてすがすがしい気持ちになりました。震災からの復興は応援することしかできないですが、ことし1年が平穏な年になることを願っています」と話していました。


鹿児島市の デパートで初商い
正月2日目、鹿児島市のデパートでは新年の初売りが行われ、大勢の買い物客が福袋などを買い求めています。
鹿児島市のデパート「山形屋」では2日が初売りで、開店時刻の午前10時前から店の外に多くの客が長い列を作り中には、人気の福袋を買うために、おおみそかの夜から並んだ客もいたということです。
開店すると店内の売り場は福袋や目当ての特売品を求める買い物客たちで賑わいました。
中でも、毎年人気がある福袋は、旅行券や宿泊券など豪華な賞品が当たる恒例の「お楽しみ福袋」をはじめ明治維新150周年を迎えることしは山口県の萩市など維新に関係する土地をめぐる旅行券が入った福袋など、あわせておよそ3万袋が準備されたということです。
山形屋では、2日と3日の2日間でおよそ12万5千人の客を見込んでいます。
福袋で焼酎が当たったいちき串木野市の64歳の女性は「福袋を買ったのは3回目ですが初めて商品が当たってとてもうれしいです。ことしはいいことがありそうです」と話していました。
東京から帰省し、旅行券が当たった20歳の男性は「新年から良いスタートを切れたので、来てよかったです。チケットは親にプレゼントしたいです」と話していました。


日航と全日空、初日の出遊覧便 機内からオレンジ色の太陽満喫
 日航と全日空は1日、羽田空港を発着し、機上から初日の出や初富士を楽しむ遊覧チャーター便を運航した。長野県や山梨県付近の上空を旋回し、午前6時50分ごろ、オレンジ色の太陽が顔を出すと乗客はカメラのシャッターを懸命に切った。
 日航のボーイング767と全日空のボーイング787で、いずれも午前6時前後に離陸。まぶしい光が富士山を包む光景を見た観客は「すごい」と歓声を上げていた。日航の客室乗務員(CA)8人は戌年生まれの年女。初日の出フライトの記念で、うち数人はグレーや青の懐かしい制服をまとった。全日空機は年男がパイロットを務めた。


「核時代」の岐路/国際社会の英知が試される
 広島、長崎に原爆が投下されて「核時代」の扉がこじ開けられてから70余年。私たちは人類に破滅をもたらす核兵器という恐ろしい「魔物」と、いや応なしに向き合って生きている。
 現在の核を巡る状況を直視すれば、国際社会が重大な岐路に立たされているのは間違いない。歩んでいく道程によって希望が膨らむかもしれないし、絶望のどん底に突き落とされるかもしれないからだ。
 今なお、核の使用を抑制するために核保有を正当化する「核抑止力論」が幅を利かせている。凄惨(せいさん)な結末を招くことへの恐怖が、核兵器の使用を思いとどませるという理屈だ。米国、ロシアを中心に約1万5千発の核弾頭が現存するという。
 筆舌に尽くし難い経験を強いられてきた被爆者にとって、到底受け入れられない現実だ。被害の実相と核兵器の非人道性を訴え続けてきた結果、廃絶に向けて使用や保有などを禁止する史上初の「核兵器禁止条約」が昨年7月、国連で採択された。
 ただ、五大核保有国や、日本を含む米の「核の傘」に頼る国々は制定交渉に参加しておらず、深い溝が残ったまま。被爆者が廃絶の祈りを込めた「一滴」が指導者たちに浸透し、核の世界秩序を変える「大河」の流れになればいい。唯一の被爆国の日本はその先頭に立つべきだ。
 条約の採択をけん引した非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に、ノーベル平和賞が贈られた。「核兵器の開発は国家の偉大さが高まることを表するものではなく、国家が暗黒の淵へと堕落することを表しています。核兵器は必要悪ではなく絶対悪です」。広島で被爆したサーロー節子さんは授賞式でこう演説した。
 その言葉と正反対に、「核兵器が国家の力」と信奉している代表が北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長だ。国際社会の制止を無視して、核・ミサイル開発にまい進。最大限の圧力で抑えこもうとするトランプ米大統領との間で緊張が高まっている。
 一歩間違えば、軍事衝突を招きかねない瀬戸際にある。米政府の元高官が「核兵器が使用される危険性は、キューバ危機までさかのぼり50年余で最も高まった」と指摘するほどだ。
 では日本は、というと、安倍晋三首相は大統領と圧力強化で歩調を合わせ、核の傘への依存を強めている。だが、核抑止力はあやふやなもので、本当に機能するか、だれも分からない。
 核の傘に守られていると言われているのに、私たちは北朝鮮の核に脅威を感じている。それ自体、核抑止力に対する信頼が揺らいでいることの証しではないか。「破れ傘」にすがっているのが実態かもしれない。
 米国が威嚇すればするほど、北朝鮮が核を諦めないのでは、との懸念が募る。今年も先が読めない。確かなのは戦争を絶対阻止しなければならないということ。外交努力を含めて国際社会の英知が試されるときだ。
 アインシュタインは言う。「全体の破壊を避けるという目標は、他のあらゆる目標に優位せねばならない」と。


論始め2018 国民国家の揺らぎ 初めから同質の国はない
 2018年が始まった。
 北朝鮮の核・ミサイル危機は越年し、トランプ米政権の振りかざす大国エゴも収まりそうにない。国家が人間の集合体以上の特別な意思を持って摩擦を生み続けている。
 日本にとって今年は1868年の明治維新から150年にあたる。その歩みにも、日本の国家意思と国際社会との衝突が刻まれている。
 あるべき国家像とは。自らを顧みて問いかけが必要な節目である。
 明治を特徴づけるのは、身分制を廃して国民国家を目指したことだ。ただ、人びとが自動的に「国民」になったわけではない。明治政府は国民の「まとまり」を必要とした。
機軸をめぐる試行錯誤
 井上ひさしがテレビドラマ用に書いた戯曲「國語元年」は、国民誕生の物語でもある。舞台は明治7年ごろの東京。文部省に勤める長州出身の主人公はこんなセリフを吐く。
 「この日(ひ)の本(もと)の国に、全国統一話し言葉がノーては、軍隊が、ヘーカラ(それから)御国がひとつにまとまらんチューわけでアリマスヨ」
 明治憲法を起草した伊藤博文は、「国家の機軸」を天皇に求めた。欧州のキリスト教に相応するのは「皇室のみ」と考えたからだ。こうして憲法の施行直前に発せられた教育勅語は天皇を精神的支配者にした。
 三谷太一郎・東京大名誉教授は「一般国民に圧倒的な影響力があったのは憲法ではなく教育勅語だ」と指摘する。昭和期の軍部はそこにつけ込み、日本を破滅に導いた。
 国民国家は、言葉や習俗を共有する人びとで国家を形作る考え方だ。ファシズムを招かないよう、戦後の日本やドイツは民主主義の国民国家として再スタートを切った。
 民主主義は、一定の区域内の住人が「自分たちのことは自分たちで決める」ことを目的とする。その意味で民主的な国民国家は、今でも有効な統治モデルだろう。
 ところが、このところ私たちが世界各地で目にするのは、国民国家の揺らぎやほころびである。
 筆頭は米国だ。トランプ大統領が打ち出す移民制限や白人重視策は、建国以来の理念を根底から揺さぶっている。「米国ファースト」に名を借りた多国間合意の軽視も、国論を分裂させたまま進められている。
 現代の国家は、国家主権、民主主義、グローバル化のうち、どれか一つを犠牲にせざるを得ないと言われる。相互に矛盾が生じるためだ。国際政治のトリレンマという。
 だが、グローバル化に背を向けて国家主権に固執するトランプ政権下の米国は、自国の民主主義をも傷つけているように見える。
 欧州に目を向けると、スペイン・カタルーニャの独立宣言が国家論に一石を投じた。英国はスコットランドの、ベルギーはフランデレンの独立問題をそれぞれ抱える。
 そこから浮き出るのは、近代化の過程で国民国家の枠内に押し込まれていた民族や地域の違和感だ。
 日本も例外ではない。沖縄は明治初期の琉球処分で日本に統合された歴史を持つ。今も重い基地負担に苦しむ沖縄を追い立てるような風潮は、本土との一体感をむしばむ。
民主主義の統合機能を
 世界の民族数は2000から3000に及ぶという。国家の数は200弱だから、国民=単一民族ということはあり得ない。1民族1国家を目指すのも現実的ではなかろう。
 経済のグローバル化に伴う所得格差の拡大や、欧州での移民の流入などが、国民国家の枠組みにマイナスの影響を与えているのは確かだ。
 しかし、ここで私たちが再認識すべきなのは、民主主義の持つ統合機能ではないだろうか。
 人間の考え方は一様ではない。階層や生い立ち、地域、年代、性差によって意見は異なる。そして違いがあるからこそ、民主主義が必要とされる。互いに異論を認め合い、最終的には全体の結論を受け入れていくプロセスに値打ちがある。
 トランプ流で民主主義の参加者に過剰な同質性を求めていけば、国の土台は揺らぐ一方だろう。
 今年は平成の幕切れに向けたカウントダウンも本格化する。「国民統合の象徴」であり続ける道を天皇陛下が熟慮された結果として、来年4月末の退位が決まった。
 初めから同質の国家はない。だから政府も国民も努力が要る。違いがあっても共同体のメンバーとして手をつなぐことの大切さを、昨今の国際情勢が教えている。


激動を越えて 分断から寛容への転換を
 残り2分30秒。
 米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は約1年前、地球最後の日までの残り時間を示す「終末時計」の針を、30秒進めた。
 1991年の年末は「17分」だった。ソ連崩壊と同時期である。
 世界が東西冷戦の緊張から抜け出し、平和が訪れる。そんな期待が膨らんでいた。
 しかし、冷戦後に吹き出した民族や宗教が絡み合う複雑な対立を前に、世界は解決のための有効な手を見いだせていない。
 国家、個人を問わず、混迷の中で自らを守ろうとする内向き思考と、それによる分断が世界中を覆っているかのようだ。
 このままでは、終末時計の針はどんどん進んでしまう。歯止めをかけなければならない。
 1989年に始まった日本の「平成」は、こうした混迷の時代とほぼ重なる。日本もまた激動の波の中で揺れ続けてきた。
 来年4月30日には、その「平成」最後の日を迎える。これを機に過去を検証し、次の時代へと向かいたい。キーワードは「分断から寛容へ」ではないか。
■「時計」の針進めるな
 湾岸戦争、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、イラク戦争…。冷戦が終結しても戦火が途絶えることはなかった。2001年の米中枢同時テロは世界に衝撃を与えた。
 テロや紛争はいまも頻発。東アジアでは国際的な非難を無視し、北朝鮮が核開発を進めている。
 本来なら、大きな影響力を有する米国が協調構築の先頭に立つべきだろう。なのに、その大国はトランプ大統領誕生で自国第一主義へと大きく傾いてしまった。
 トランプ政権はイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地であるエルサレムをイスラエルの首都と認定し、世界の批判に対しては経済支援を削減すると開き直った。これではリーダーたり得ない。
 やはりここは、国連の存在意義を見つめ直し、分断の芽を丁寧に摘んでいくしかあるまい。
 兆しがないわけではない。
 昨年7月には、核兵器の完全廃絶を目指した核兵器禁止条約を採択した。核保有国や日本など「核の傘」に頼る国は参加しなかったとはいえ、採択の意味は大きい。
 大切なのは、幅広い合意形成に向け国連と加盟国が汗をかける態勢を築くことだ。安全保障理事会で5カ国が拒否権を持つ不平等な仕組みも再点検が求められよう。
■懐の深さが不可欠だ
 日本は平成に入ってほどなくバブル経済が崩壊し、北海道でも拓銀が破綻した。
 2008年にはリーマン・ショックにも襲われ、企業は「まさか」に備えた内部留保を積み増し、賃上げや投資に二の足を踏む。
 加えて、労働規制の緩和が多数の非正規労働者を生み出し、格差は拡大した。国民は、政府がどんなに旗を振っても消費をためらう。将来が見通せないからだ。
 1995年の阪神大震災、2011年の東日本大震災と、相次ぐ災害がそれに追い打ちをかけた。東京電力福島第1原発の過酷事故では、今も避難を余儀なくされている人々がいる。
 1億総中流の幻想が消え去り、格差や分断を実感している国民も少なくない。
 こんな時こそ、政治には民意を幅広く受け止める懐の深さが欠かせない。ところが、それとはほど遠い発言がしばしば飛び出す。
 安倍晋三首相は昨年の東京都議選の街頭演説で、「辞めろ」コールをした聴衆に向かって、声を張り上げた。
 「こんな人たちに私たちは負けるわけにいかない」。「こんな人たち」と「私たち」の間に、はっきりと線を引いたのである。首相が自ら国民の分断を促す発言をしたと指摘されても仕方がない。
 阪神大震災では多くのボランティアが被災地に駆けつけ「ボランティア元年」と評された。一昨年の熊本地震でもその力が発揮されている。「線引き」とは逆の、こうした発想こそが必要だ。
■自治を立て直したい
 かつて212だった北海道の市町村数は、「平成の大合併」で179に減った。
 しかし、合併が地域に活力をもたらしたとは言い難い。北海道の人口規模が縮み続ける半面、札幌一極集中が加速している。
 2016年にはようやく北海道新幹線の新青森―新函館北斗間が開業したが、このままでは首都圏との格差はさらに開きかねない。
 北海道開発予算はピーク時の半分程度に減っている。住民自身が国頼みの姿勢から抜け出し、まちの将来像を描いていかなければならない。自治の再構築である。
 今年は「北海道」命名から150年でもある。節目の年を、真の自立への第一歩としたい。


新年を迎えて 自己決定権が試される
 新年を迎えた。2018年の沖縄は、自己決定権が試される年になるだろう。

 50年前の1968年2月1日、アンガー高等弁務官は11月に行政主席を直接選挙で決めると発表した。
 米国は当初、主席公選を実施する計画だったが、52年に突然無期限に延期した。公選にすれば、強い個性と魅力のある政策を持ち、米国の言いなりにならない候補者が当選することを懸念した。それで自らの代表を自ら決める自己決定権を封じた。
 以来、高等弁務官に任命された行政主席らは、自らの立場を「緩衝地帯」(比嘉秀平氏)、「代行機関」(当間重剛氏)、「主権在米」(大田政作氏)と自嘲気味に表現した。それでも県民は自治権の拡大の象徴として主席公選の実現を訴え続け、米国の政策を変更させた。この歴史を忘れてはならない。
 68年の初の主席公選は「即時無条件全面返還」を訴えた沖縄教職員会会長の屋良朝苗氏が当選した。有権者は基地のない沖縄、平和憲法下の日本へ直ちに帰るという屋良氏の主張に賛同した。
 しかし、その民意は日米両政府の沖縄返還交渉の中で無視され、日本復帰後もほとんどの米軍基地は残った。今でも国土面積の0・6%の沖縄に米軍専用施設の70・38%が集中する。これは不平等だ。
 今年は名護市長選、県知事選が実施される。名護市辺野古の新基地建設の是非が主要な争点になる。
 米軍普天間飛行場の危険性の除去を口実に、日本政府は辺野古に新基地建設を強行している。だが、昨年10月の衆院選は1〜3区で新基地建設反対の候補が当選した。2016年の参院選沖縄選挙区、14年の名護市長選、知事選、衆院選も反対が明確に示された。再び民意が問われる。
 今年の干支(えと)、いぬ年の1946年1月、連合国軍総司令部(GHQ)は、北緯30度以南の南西諸島を政治上、経済上、日本から分離すると発表した。この年の4月、米海軍少佐がこう発言した。「沖縄の軍政府はネコで沖縄はネズミである。ネズミはネコの許す範囲でしか遊べない」。軍政の実態を端的に表している。同じ年の11月、日本国憲法が公布された。日本と切り離された沖縄住民は、戦争の放棄を掲げる条文を知り、平和憲法に憧れたという。
 72年、沖縄は平和憲法の下に復帰した。しかし、米軍による事件事故、新基地建設強行にみられるように、今でも平和主義や基本的人権の尊重など憲法の基本理念がないがしろにされている。国会で改憲勢力が3分の2を占める中、今年は憲法改正が国民的な議論となるだろう。
 明治改元から150年の節目の年でもある。この間の歴史を顧みる時、改元から11年後の1879年に日本政府が「処分」と称して琉球を併合し、主権=自己決定権を奪ったことに留意したい。


[2018 新年に]戦争起こさない努力を
 年の瀬の那覇空港。リュックサックを背負った子どもたちの表情は晴れやかだ。帰省した家族連れを出迎えるおじいちゃん、おばあちゃん。暖かい沖縄で正月を過ごそうと観光客の姿も目立つ。航空便はほぼ満席である。
 クルーズ船に乗って近隣諸国・地域からも多くの観光客がやってきた。
 沖縄観光は国内外ともに絶好調で、県経済をけん引している。
 空港での風景は平和そのものである。
 しかし、沖縄にはもう一つの顔がある。華やかな観光の裏にあるのは、戦争準備としか思えないような米軍の激しい訓練と、県民の日常生活が脅かされている現実だ。
■    ■
 沖縄学の父と呼ばれた伊波普猷は、絶筆となった「沖縄歴史物語」(1947年7月9日)で、「どんな政治の下に生活した時、沖縄人は幸福になれるか」と自問し、こう答えている。
 「帝国主義が終りを告げる時、沖縄人は『にが世』から開放されて、『あま世』を楽しみ十分にその個性を生かして、世界の文化に貢献することが出来る」
 伊波の予言めいた言葉は逆の意味で的中してしまった。大国主義が台頭する東アジアは、不安定さを増すばかり。北朝鮮のミサイル・核開発、中国の海洋進出に対抗し、日本も防衛力強化の動きが顕著だ。2018年度予算案の防衛関係費は5兆円を超え、過去最大である。ミサイル防衛のための地上配備型迎撃ミサイル「イージス・アショア」、空自の戦闘機に搭載する長距離巡航ミサイルは北朝鮮のミサイル発射基地をたたく「敵基地攻撃能力」につながる。
 「専守防衛」という安全保障政策の基本方針が揺らいでいるのである。
 一方で、生活保護費は基準が見直され、最大5%の減額となる。今でもぎりぎりの生活を強いられている生活保護世帯にさらに追い打ちをかける。憲法25条がうたう「健康で文化的な最低限度の生活」が脅かされる事態だ。
 沖縄では辺野古新基地建設が進み、高江のヘリパッドが完成した。当初予算を大幅に超えたのは、建設に抗議する市民らを封じ込めるための警備費が増大したためである。
 南西諸島では自衛隊配備計画が着々と進む。日米一体の軍事要塞(ようさい)化に伴う沖縄の負担は計り知れない。
 観光は平和産業である。ひとたび武力衝突の事態になれば沖縄観光は吹っ飛ぶだろう。米同時多発テロの経験からも明らかである。
■    ■
 立法院(現在の県議会)は復帰前の1965年、憲法が適用されていないにもかかわらず、5月3日の憲法記念日を「祝祭日」とすることを全会一致で決めた。平和憲法への強い願望の表れだった。
 後に琉球大学学長になる金城秀三氏は同年5月3日の本紙に「憲法記念日にあたって」と題し評論を寄せた。
 「戦後日本の経験した二つの大きな政治的変革、日本国憲法の制定及(およ)び平和条約の締結のいずれについても沖縄住民は日本国の主権者たる国民の資格において主体的に参加することができなかった」
 「沖縄の住民はいまだかつて自らを主権者とする民主主義政治を享受する機会を与えられたことはなかったと言わなければならない」
 住民に重大な影響を及ぼす政策決定であるにもかかわらず、沖縄の民意はしばしば無視されてきた。
 1971年11月17日。屋良朝苗主席が「復帰に関する建議書」を手にして上京した日に衆院の特別委員会は沖縄返還協定を強行採決した。県民の思いを盛り込んだ建議書が国会で取り上げられることはなかった。
 復帰に伴って制定された公用地暫定使用法も、沖縄にのみ適用される特別法にもかかわらず、憲法に定められた住民投票は実施されなかった。
 沖縄の切実な声よりも米軍の運用上の都合が優先される現実は復帰前も復帰後も基本的に変わっていない。
 困難な時代の新年に当たって「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないようにする」(憲法前文)ことを改めて決意したい。


新しい年に  世界とヒトの秩序が揺れる
 未来だと考えていた21世紀に入ってから随分と時がたち、2018年になった。
 世紀の初頭、二つの大戦と東西冷戦を終えて、新たな秩序として姿を現すのは「帝国」だと、近代史に詳しい野田宣雄京都大名誉教授が予言していた。
 米国の一元的な支配だけで世界の安定を得るのは難しく、欧州連合(EU)やロシア、中国などが副次的な帝国を形成し、域内の秩序を守るために力を行使するというのだ。
 北朝鮮の核・ミサイル開発、米国のテロとの戦い、クリミア半島や南シナ海で起きたことと、その背景をみると、歴史は野田氏の予言通りに進んでいるようだ。
 世界の秩序が揺れており、日本もその枠外にはない。
 内憂外患を直視する
 国内に目を向けると、安倍晋三首相の政権復帰後、5年になるが、デフレ脱却はままならず、少子高齢化と、付随する諸問題が解決されたわけでもない。
 今年も、これらの内憂外患を直視し、向き合っていくことになる。加えて、憲法改正論議の行方や、天皇陛下の退位に向けた準備にも目配りせねばなるまい。
 内憂外患は国を基軸とした言葉であろうが、ヒトを中心に見渡すとどうなるか、考えてみたい。
 昨年暮れ、凍結保存されていた受精卵を、別居中の妻が無断で用いて生まれた女児を巡る訴訟の家裁判決があった。
 家裁は、父子関係がないことの確認を求めた男性の訴えを却下したが、母体に受精卵を移植する行為には、夫の同意が必要との見解を示した。
 同様の訴訟が、ほかにも起きている。今後も、子どもや家族のあり方がケースごとに、判断されるのだろうか。一般的になったとされる生殖補助医療の現状に、法整備が追い付いていない。
 ヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究は、京都大の山中伸弥教授らの作製発表から10年を経て、精子や卵子の元となる細胞をつくる段階に入った。
 国は、同細胞由来の受精卵をつくることを禁じている。しかし将来、再生医療への期待の高まりとともに、対応がどのように変化するかは見通せない。遺伝子操作の問題も絡んでこよう。
 倫理面の課題が、積み残しになっている。
 このような動きは、病気などへの対処に新たな希望をもたらす一方で、ヒトのあり方を大きく変化させる。時には、内憂となって現れるのではないか。
 有効求人倍率が1・5倍を超えている。人手不足は明らかだ。
 解決法の一つとして、人工知能(AI)の活用による仕事の代行が挙げられよう。そうすれば、生産性の向上にもつながる。
 仕事を代行するAI
 みずほファイナンシャルグループは昨年、10年間で従業員数を約1万9千人削減する計画を発表し、業界に衝撃を与えた。AIを用いてヒトの事務処理を減らし、超低金利時代を乗り切る構えだ。
 同様の動きが多方面に波及している。AIを活用すればするほど作業の効率がよくなり、人件費を抑制できる。今後、こうした計画は、ますます推進されそうだ。
 では、AIに取って代わられたヒトには、どのような仕事が残っているのだろう。かつては、単純作業は機械に任せて、もっと人間らしい、創造的なことをすればよい、といった考え方があった。
 それはAIが、単にプログラム通り動いていた時代の話である。近年は大量のデータをもとに、知識だけでなくルールを学習できるようになっている。
 脳の仕組みをまねた「ディープラーニング」の導入によって、データの特徴を見つけ、判断することもできる。これが、車の自動運転や、がん細胞を発見する画像認識の技術に結び付いた。
 すでに、将棋や囲碁のトップも負かしたのだから、そう遠くない将来、あらゆる分野でヒトの能力を超えるとされている。そうなると、ヒトに残された仕事はあまり見当たらなくなりそうだ。
 AIが自分自身で学習し、人類の予測できない進化を遂げ、暴走するという説まである。
 異論を唱える研究者もいるが、著名な物理学者のホーキング博士は数年前、「完全な人工知能が開発されれば、それは人類の終焉(しゅうえん)を意味するかもしれない」と予言したという。
 暴走の危機どうする
 知らないうちにAIが帝国を築き、ヒトを支配することもありうるのではないか。その場合は、ヒトの生みだしたものが、ヒトの外患となってしまう。
 作家アシモフ氏の小説「われはロボット」(ハヤカワ文庫)によると、未来の社会では「ロボットは人間に危害を加えてはならない」「人間に与えられた命令に服従しなければならない」などの原則が定められ、AIに組み込まれている。今のうちに、暴走を止める仕組みを考えておきたい。
 今年は、iPS細胞やAIの研究に、人材や資本がさらに集中するだろう。ヒトをめぐる秩序が揺れる年ともなる。


怒りが支配する世界 「公議」の風を吹かせよう
 ちょうど1年前の社説の冒頭で、米国民がトランプ氏を大統領に選んだ現実に対してこう問うた。この「熱狂」はこれからどこへ向かうのだろうかと―。
 やがて熱狂は一つの事件を引き起こした。昨年8月に米バージニア州で起きた、白人至上主義団体と人種差別に反対する団体の衝突事件である。「クー・クラックス・クラン(KKK)」といった秘密結社は過去の遺物だと思っていたが、そうではなかった。
 「怒り」や「憎悪」の感情が今、世界中に渦巻いている。ジャーナリストの杉田弘毅氏は近著「『ポスト・グローバル時代』の地政学」の中で、二つの大戦による破局を経て「地政学」を乗り越える知性を世界は得たはずなのに、21世紀の今なぜよみがえっているのか―と問い掛ける。
 ■テロの種子拡散
 地理的条件によって大国となるか、大国に挟撃される国となるか、地政学は適者生存の宿命論に陥りがちだという。ナチスドイツは「生存圏」の名目で東欧に侵攻し、軍国日本も「大東亜共栄圏」を掲げてアジア・太平洋諸国に多大な犠牲を強いた。
 そんな負の学説を克服してきたのが人類の知性だったはずだ。ところが、そこへ割って入り侮れない力を持ってきたのが、民族主義や宗教などに名を借りた怒りや憎悪の感情にほかならない。
 過激派組織「イスラム国」(IS)がそうだ。壊滅状態に追い込まれたとはいえ、テロの種子は全世界に拡散しつつある。理由のない暴力が平穏な都市で突然牙をむく事件は昨年も相次いだ。
 東南アジアではミャンマーによる国内少数民族ロヒンギャへの迫害が、深刻な人道問題に発展している。民族浄化さえ懸念されるのに、ノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏にして事態を制御できていない。
 むろん、感情はこれまでも国際政治を動かしてきた。だが今大きく違うのは、杉田氏の言葉を借りれば、超大国である米国の基調がオバマ氏という「希望」から、トランプ氏という「怒り」に変質したことだ。人類が何世紀もかけて築いた自由や平等の価値観に背を向けかねない流れである。
 ■談論し政を行う
 ならば、日本の果たす役割はどこにあるのだろう。ことしは明治改元から150年の節目である。その視点で考えてみたい。
 先日急逝した時代小説家の葉室麟(はむろ・りん)氏は、松平春嶽(しゅんがく)を描いた「天翔(あまか)ける」が遺作になった。春嶽は旧幕府と新政府の両方で要職に就いた徳川一門の傑物だが、彼が説いた「国是七条」の中に「大いに言論の道をひらいて天下と共に公の政を行う」という一カ条がある。幕政を徳川家の私の政から、公の政に移行させようとした。
 志ある人材を身分にこだわらず登用し、大いに談論して政を行う。それが「公議」だろう。武力でなく公議を通じて徳川家と諸侯の大連立による救国政権を打ち立てる。今に例えるなら、春嶽にはそんな構想があったに違いない。
 明治の世は西欧に学んで富国強兵の道も敷いたが、議会や憲法という民意をくみ上げようとする仕組みも築いた。今の憲法の大黒柱である平和主義と併せて、内にも外にも掲げることのできる、色あせない旗ではあるまいか。
 とはいえ今、日本の三権分立が健全に機能しているかというと、そうでもない。野党の力不足もあって自民・公明の政権与党はより盤石となり、しかも与党に対する官邸の影響力は強まるばかりだ。その一方、国会では議員の資質さえ疑われる不祥事が続発し、地方議会では議員のなり手が足りない事態にも見舞われている。
 ■名誉ある地位を
 「怒り」が支配する世界に公議の風を吹かせることが、やはり日本の使命だろう。そのためには国内政治に、公議の風がもっと吹かなければならない。意欲ある若者に政治参加の道を開こう。
 次の150年へ、維新の気概を生かす道はこのあたりにあるのかもしれない。21世紀の世界史に、日本が「名誉ある地位」を占めるための道でもあると信じる。


紅白で倒れた平手友梨奈、鈴本美愉、志田愛佳だけじゃない、今泉佑唯は休養…欅坂46メンバーを苦しめるもの
 昨晩放送された『第68回NHK紅白歌合戦』。2回目の出場となった欅坂46が大きな話題を巻き起こした。パフォーマンスが終わった瞬間、メンバーの鈴本美愉が倒れ込む様子と、センターを務める平手友梨奈が身体を震わせて苦しむ様子がカメラに映し出されたのだ。
『紅白歌合戦』のなかで、欅坂46は「不協和音」を2回歌唱。一度はグループのみで。そして二度目は、かねてより「不協和音」を評価していた総合司会の内村光良とコラボでパフォーマンスした。
 件の出来事は、内村とのコラボのパフォーマンス中に起こる。平手は歌唱が始まった瞬間から身体の動きが鈍く、ダンス中に内村から「大丈夫?」と問われ、うつむきながら頷く姿も。そして、曲が終わると同時に、鈴本美愉が倒れ込み、後ろにいた渡辺梨加に抱きかかえられる姿が映し出された。
 共同通信社の報道によると、この後、平手と志田愛佳も倒れ込み、看護師の手当を受けたという。いずれも過呼吸によるもので、症状は軽く、病院に運ばれるようなことにはならなかったという。
 今回歌われた「不協和音」だが、この曲は欅坂46にとっていわくつきの楽曲である。
 先月30日に大賞が発表された日本レコード大賞。欅坂46は優秀作品賞に「風に吹かれても」が選ばれているのだが、実は、本来であれば「不協和音」が選ばれる予定が、所属レコード会社であるソニーミュージックからの要望で急きょ「風に吹かれても」に変更されたという経緯があるという。
 この事実を明かした「週刊文春」(文藝春秋)2017年12月7日号によれば、ソニーミュージックがそういった要望を出してきた原因は、平手の体調にあると事務所関係者が「週刊文春」の取材に答えている。曲の世界観にのめり込むタイプの彼女は、〈ここで主張を曲げたら生きてる価値ない/欺きたいなら/僕を抹殺してから行け!〉というシビアな歌詞の「不協和音」を歌うとコンディションが急激に悪化するため、30日の生放送で歌わせられないと運営側が判断したからであるという。
 そのような要望を出したスタッフの脳裏には、もしもここで「不協和音」を歌わせれば、翌日の紅白にも影響が出かねないとの懸念もあっただろう。残念ながら、その懸念は当たっていたわけだ。
 しかしそれにしても、楽曲ひとつで体調を崩すだなんて、まるで憑依型の役者のような話で、にわかには信じられないが、実際、平手のインタビューを読めば、「週刊文春」の記事がデタラメなどではないことがわかる。
「不協和音」が原因で平手友梨奈は夏のツアーを休演している
「ROCKIN’ON JAPAN」(ロッキング・オン)17年12月号に掲載されたインタビューで彼女は「不協和音」について、命を削る曲であるとし、このように語っている。
「“不協和音”は気持ちが入ったり、その世界に行かないとできないです。だから、できる時とできない時がだいたいわかるので、(ライブで)『今日はできないな』と思ったらできないし、やれるとしても自信はないです」
 実際、平手は「不協和音」という楽曲が原因で心身を壊す経験をしている。
 この夏、欅坂46は8月2日の神戸ワールド記念ホールを皮切りに1カ月で全国6カ所(11公演)をまわるアリーナツアー『真っ白なものは汚したくなる』を開催したが、平手はそのツアーで体調不良による途中退場を繰り返したのだ。
 特に、同月16日に日本ガイシホールで行われた名古屋公演では、途中退場ではおさまらず完全休演になってしまっているが、その原因は、茨城県ひたちなか市で行われた『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017』(欅坂46は12日に出演)だったと、前掲「ROCKIN’ON JAPAN」で語っている。
 平手は「不協和音」をセットリストに組み込むことについて「できなかったら心が折れるから、そうなった時にどうなるか自分でもわからない」として不安を感じていたが、しかし、「ギリギリまでスタッフさんと相談」した末、「不協和音」を歌うことになったという。
 だが、結局、「ROCK IN JAPAN」での「不協和音」は満足のいくものではなかった。その影響を平手は「ロック・イン・ジャパンでダメになっちゃって、次の名古屋公演かな、出られなかったです」と語っている。
 なぜそんな事態になってしまうのか? 欅坂46運営委員会委員長の今野義雄氏は「QJ」vol.135(太田出版)のインタビューで「彼女は表現者としてだけではなく、クリエイターとしてもいいものを作りたいという気持ちが強く、常に100点以上を目指していると思うんです。だからこそ「100点が取れない」とわかった瞬間、自分の中で失格の烙印を押してしまう部分がある。それが全国ツアーで現れてしまった。世間的には平手の体調不良を心配する声もありましたが、あれは「表現への苦しみ」との戦いに見えました」と語り、平手の体調不良は過労や病気などに端を発する体調不良ではなく、クリエイティブに関わる彼女の精神状態に起因するものであると証言している。
平手友梨奈が抱える「表現の苦しみ」とはいったいなんなのか?
 では、平手が抱える「表現の苦しみ」とはいったいなんなのか。これは、「提供された楽曲をただ単に歌うだけ」といった、操り人形としてのアイドル像から脱し、ひとりの表現者としての自覚が彼女のなかで芽生えつつあることと関係しているのではないか。そして、この自覚と彼女の現状が大きな矛盾をはらんでいることが、彼女を苦しめているのではないか。
 言うまでもなく、欅坂46のすべての楽曲の歌詞は秋元康氏のペンによるものであり、そのほかのクリエイティブの面においても、恋愛禁止などプライベートな面でも、周囲の大人たちのコントロール下に置かれている。
 そのシステムの範疇にいる限りにおいては、彼女の表現者としての自立にも限界がある。その相克といかに対峙していくのか。
『サイレントマジョリティー』や『不協和音』といった欅坂46の代表的な楽曲は、大人がつくったシステムや同調圧力へのプロテストを歌ったもの。それを深く表現しようとすればするほど、自らの抱える矛盾や相克にも自覚的にもならざるを得ないだろう。
 その矛盾と相克こそが、平手の抱える苦しみではないのか。そして、その「表現への苦しみ」は現在でも続いていると思われる。
 それは、平手自身の言葉からも明らかだ。前掲「QJ」のインタビューのなかで彼女は「実は日々思ってることはノートに書き溜めてるんです。でも、仮に自分が歌詞を書いたとしてもしばらくは内緒にしておきたいかな。いろいろ言われそうだし(笑)」と発言。自らの手で「0を1にする」表現をつくりだすことへの欲求を語っている。
 巷間言われている通り、確かに、平手の存在感や表現力は他のメンバーに比べて抜きん出ているのかもしれない。しかし、それ故に、彼女を「絶対的センター」の構図に置くことは、平手自身も、そしてその周囲のメンバーも不幸にしているのは間違いない事実だ。
 今回の紅白には欅坂46(ひらがなけやきは除く)のメンバー全員が参加しているわけではなく、今泉佑唯が体調不良のため休養している。
 今泉は昨年4月に体調不良のため活動を休止、同年8月に復帰しているが、12月になって再び年内の活動休止を発表している。活動休止にいたった原因について詳らかにはされていないが、アイドル誌編集者はこのように語る。
「デビュー曲『サイレントマジョリティー』のフロントメンバーであり、他のメンバーに比べても人一倍センターポジションへの野心をもっていた人でした。しかし、活動を続けていくうちに、平手のセンター固定が揺らぐことはないのがどんどん明らかになっていきます。そこで、遂に心が折れてしまったのでしょう」
平手友梨奈は秋元康に「この場からいなくなりたい」とSOSを出していた
 それは、今泉自身の発言からもある程度読みとれる。「BRODY」(白夜書房)18年2月号掲載のインタビューで彼女はこのように話している。
「今もセンターになりたい気持ちはあります。きっと私がセンターになっても誰も喜ばないだろうなって思ったりもします。でも、なりたいです」
「平手がいなきゃ欅坂46は成り立たないって言われるのが、すごく悔しいし悲しいんです。他にも個性的なメンバーがたくさんいるよって思いながらずっとパフォーマンスしてきたので」
 とはいえ、その一方で、平手一強体制は日増しに強化されていく。それを端的に示したのが、前述したツアーにおける平手の離脱だろう。
 このとき、平手が離脱したセンターポジションが他のメンバーによって埋められることはなく、その部分は空白のままライブが行われた。AKB48グループや乃木坂46では通常そのような場合、誰か他の人が代理でセンターを担うのが普通で、センターを空きポジションにしたままパフォーマンスが行われるのは相当珍しい事例だ。
 そもそもの話だが、たとえセンターがある特定のメンバーに固定されていようとも、他のメンバーにも各々が能力を活かして輝ける場所があれば、それならそれでもかまわない。しかし、現状の欅坂46はそのような状況にはなく、むしろ、「マスゲームの駒のひとつ」のように扱われる環境が強化されつつある。
 そのような状況が、メンバーに負荷をかけるのは明らかだ。向上心があればなおさらである。前掲「BRODY」のなかで今泉は「今は欅坂46は笑わないとか、そういうイメージがあると思うけど、また違う欅坂46を作りたいなって気持ちがあります」と発言。また、小林由依も「私も今の欅坂46じゃない欅坂46の一面を知りたいっていう思いがあります」と語り、現状とは違うグループの姿への希望を語っているが、それが実現する可能性は、現状ではかなり低いと思わざるを得ない。
 小林は同インタビューのなかで「みんなわかってるんだよ。自分たちがどうすればいいかも」「わかってるんだけど、それをなかなか行動に移せない」と、言葉を濁しながら苦しみを吐露しているが、今回の紅白で、平手のみならず、鈴本、志田といったメンバーが倒れたのと、このような状況は無関係ではないだろう。
 昨晩の出来事が示した通り、平手一強体制は、平手本人はもちろん、他のメンバーの心身をもどんどん壊し始めている。
 それは、総合プロデューサーの秋元康氏も認識しているはずだ。前掲「QJ」のインタビューのなかで秋元氏は「平手はよく「この場からいなくなりたいです」と言うんですね。ピュアな子なので人間関係に疲れちゃう場合もあるんだろうし、あるいはセンターでい続ける重圧かもしれない」と語っている。
「この場からいなくなりたいです」とまで言われているのに、それでも負荷をかけ続けるのは果たしてどうなのか? これは、どう考えてもSOSのサインだろう。
 秋元康氏と運営は抜本的な解決をはかるべきではないのか。(編集部)


五木寛之氏【年頭特別寄稿】 予測不能の時代に
 平成がまもなく終ろうとしている。それは同時に、昭和がはるか遠くへかすんでしまうということだ。明治は遠くなりにけり、と嘆いた時代と同じように、やがて昭和は過去の風景となるだろう。
 新しい年が、未来への期待にみちた年になるのではない。平成というとらえどころのない時代の幕引きとなるのだ。そのフィナーレを奏でる年の新春にあたって、どんなメッセージを掲げればいいのか。
 今年は昨年にも増して不穏な時代になるのではないか、という予感がある。国際情勢をうんぬんするまでもなく、私たちの日常がきわめて危うい水域にあるからだ。
 超大企業、優良会社といえども一朝にして崩れ去る現実を昨年は見た。それだけではない。一つの国の存在さえ安泰ではないのである。北朝鮮はアメリカの出方次第では、物理的に地上から消滅する可能性すらある。場合によっては日本列島が核攻撃の目標とならないとも限らない。
 国の財政が異常なレベルに達していることは、誰でもが知っている。一方では世界的な先進国の高齢化が、さらに加速する。それでいながら地球上の全人口は爆発的に増加しつつあるのだ。
 そんな変動する社会の中で、人びとが頼りにするのは健康という護符、お守りだ。超インフレになろうと、戦争になろうと、価値が変動しないものは健康な身体である。こうしてメディアは健康
記事、健康番組が氾濫し、通販のサプリメントが天文学的な売り上げを記録することとなった。預貯金封鎖になろうと、円が紙クズになろうと、健康な体だけは不変の財産である。こうして健康という名のゴーストが日本列島を徘徊しているのだ。
 社会的、経済的格差は、さらに増大するだろうが、問題はその格差の固定化だ。政治家の世襲は原則廃止すべきではないか。戦後七十数年、議員王朝時代がやってきた感がある。
 それよりも痛感するのは、〈今年はこうなる〉という予測がまったく立たないことだ。春には株価が3万円をこえるとか、トランプがどうなるとか、新聞・雑誌にはいろんな予測記事が満載だが、明日のことなど誰にもわかりはしない。現実は常に予測をくつがえすものである。
 予測不可能な時代。このことだけでも覚悟しておけば、それはつよい力になる。そんな奇妙な時代がやってきたのだ。


[新年を迎えて] 不易流行の精神忘れず
 一年が過ぎ去り、新しい年を迎える頃になると思い浮かべる句があります。
 <去年(こぞ)今年(ことし)貫く棒の如きもの>
 句の作者は高浜虚子。去年今年は過ぎ去った年を振り返り、年を惜しむとともに新しい年を寿(ことほ)ぎ、この年への期待を込めた思いを言うものと歳時記にあります。
 無造作な表現にみえて、貫く棒の如きものの力強さ、自信のようなものに圧倒されます。
 なぜ、このような句が生まれたのか。俳人の長谷川櫂さんの著書にあるように、虚子が「闘う人」だったからでしょう。
 後ろ盾だった師の正岡子規を失い、虚子は明治、大正、昭和の困難な時代を歩いて行く。その足跡が近代俳句の歴史に重なります。
 見逃してならないのは、虚子の揺るがぬ姿勢とともに、そこに流れる「不易流行」の思想ではないかと思うのです。
 子規がそうだったように、先人の業績に新しい空気を吹き込む。その精神は俳句の世界にとどまらず、あらゆる世界に通じるものではないでしょうか。
 いつの時代も行く末を見通すのは容易ではありません。だからこそ、来し方を見つめ、変わらないもの(不易)に新しい要素(流行)を加味することが、次の時代を切り開くヒントになるはずです。
 虚子に倣ってこの1年、貫く棒のような心構えで歩んでゆきたいものです。
「平成史」を振り返る
 今年1年は、多くのメディアで「平成の終わり」が取り上げられるでしょう。2019年4月末で天皇陛下が退位し、新しい元号が始まるからです。
 西暦ではなく元号で歴史を振り返る意味はあるのか、という声もあるでしょう。とはいえ、日本人が天皇の代替わりの元号を受け入れてきたのは紛れもない事実。
 平成の30年に及ぶ歳月に光を当て、そこから教訓を引き出して未来につなげる。そうした問題意識を持つことが今、求められていると思います。
 「平成史」(河出書房新社)という本をひもとくと、政治、経済、地方と中央、社会保障、教育、情報化、外国人、国際環境とナショナリズムの8項目に分けて平成が論じられています。
 平成元年は、西暦では1989年。それからの歳月をざっと思い返しても、激動の日々だったことは間違いありません。
 現在史ともいうべき直近の歴史に、果敢に取り組んだ若い学者らの意気込みが伝わってきます。
 世界的にはソ連の崩壊によって冷戦が終わる時期。国内では、いわゆる55年体制が崩壊し、一時的に政権交代も実現しました。
 阪神淡路大震災や東日本大震災などの大災害に見舞われ、地下鉄サリン事件など内外に衝撃を与えた出来事も記憶に残ります。
 重要なのは「平成」を歴史として過去に押しやるのではなく、大震災や福島原発事故などの教訓や意味するものを問い続けることではないでしょうか。
人生100年時代に
 今の日本をとらえるキーワードとして「人口減少」「少子高齢化」は筆頭に来るでしょう。
 歴史の中で日本の人口の推移を見ると、江戸時代後半は3000万人強でほぼ安定。明治維新以降になると急激に人口が増えだし、先の大戦後に7000万人強であった後も同じように増加しました。
 しかし、2004年に1億2784万人でピークに達すると、一転して人口減少に突入します(広井良典著「人口減少社会という希望」)。
 長期的な人口傾向を踏まえた広井さんの見方が興味深い。
 明治以降、日本人は欧米列強に負けまいと、「富国強兵」のスローガンを掲げて、拡大・成長の坂道を登り続けてきました。
 その行き着いたところが敗戦であった後も、「戦争勝利」が「経済成長」という目標に代わっただけで、上昇の坂道を登り続けた。
 だが、この10年あるいは20年は限界に達し、さまざまな形で社会問題となって現れている。
 ではこの先どうするか。人口減少社会への転換はこれまでの右肩上がりの方向から脱し、「本当に豊かで幸せを感じられる社会」をつくってゆくチャンスだというのです。
 最近出版された「孤独のすすめ」で、作家の五木寛之さんは人生100年時代を迎え、今までとは違う生き方が求められていると説いています。
 50歳は人生の折り返し点と覚悟し、自分の衰えを素直に認める。そうすれば、今後生きてゆく上で必要な神経をさらに研ぎ澄ますこともできるのでないかと。
 <目もみえず候(そうろ)ふ。なにごともみなわすれて候ふうへに、ひとにあきらかに申すべき身にもあらず候ふ>
 これは90歳まで生き、宗教家の中では最高齢者と言える親鸞が85歳の頃に書いた手紙の一部だと、五木さんは紹介しています。
 自分はもう目も見えない。何事もすぐ忘れてしまう。人様に教えを説くような身ではない。自らのありのままの姿を見据えた親鸞。その覚悟に打たれます。
 この1年、少しでも希望を見いだしたい。親鸞には遠く及ばなくても、覚悟を持って進んでゆきたいものです。


【岐路の年】世界 分断の深まりを超えて
 2018年が明けた。
 昨年の国際政治・経済の世界は、数年前から続くテロや内戦などによる排外主義や保護主義の流れを受けて、それらが一層進んだ年とみていいだろう。
 米国ではトランプ大統領が就任し、難航している政策はあるものの選挙公約通りの「米国第一主義」を推し進めている。
 欧州でもフランスやドイツなどの国政選挙で、辛うじて欧州統合の崩壊を食い止めたが、反・欧州連合(EU)を掲げる極右政党の台頭を許した。
 「私にとって大切なのは、物語が感情を伝えるということであり、国境や分断を超えて人間が共有するものに訴えかけるということだ」
 昨年、ノーベル文学賞を受賞した日本生まれの英国人作家、カズオ・イシグロさんは、12月に行った講演でそう聴衆に語りかけた。
 国境とか分断の意識というものが、人間の共存を妨げる危機感をにじませた。分断の意識は人の心に憎しみを生み、争いへと向かわせる。数年前から引きずる分断の世界をどう克服するかが、ことしも課題になるだろう。
 分断とは何か。富める者と貧しい者、エリートと非エリート、右翼的思想と左翼的思想、あるいは人種差別なども含まれよう。
 東西冷戦の終結以来、分断の世界は一定程度、解消され、融和と平和へと向かうかにみえた。だが、21世紀初頭の米中枢同時テロ以降の度重なる戦争や、世界規模の経済危機などで、さまざまな格差が広がっている。
 私たちは分断が危険なまでに深まるのか、ここで踏みとどまるのかという時代の岐路に立っている。試練を乗り越えたい。
 それには特効薬はなく、やはり互いの存在を認め合う寛容の精神に立ち、多様性のある社会や国々を取り返すしかあるまい。しかも国家というレベルではなく、市民社会という「下からの再構築」が求められているのではないか。
 国家という視点に立てば、どうしても自国の利害を優先し、対立の構図に陥りやすい。だが核兵器禁止条約の採択をけん引し、昨年ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)は非政府組織(NGO)だ。
 いわば市民レベルの国際組織が国家の分断を包囲し、人道主義へと導く時代といえる。下からつくり上げられた力は、しなやかで強い。これはそれぞれの国の分断解消にもヒントになろう。
 年明け早々、昨年から持ち越した北朝鮮情勢から目の離せない1年になった。米中が危険な軍事の競争をエスカレートさせるのか。それとも分断から融和へと向かい、多国間の協調が図られるのか。
 ことしは米国の中間選挙の年でもある。国内外にかつてない分断を抱えるトランプ政権の2年間に、米議会はどんな審判を下すのだろう。


世界の中の日本 平和の歩みを確実に次の世代へ
 2018年が明けた。世界に広がる自国第一主義と反グローバリズムの風潮は、昨年就任したトランプ米大統領によって拍車がかかり、世界の混迷はさらに深まる気配を見せている。
 日本の外交もこれまで以上に難しいかじ取りを迫られるが、貫くべき姿勢は「平和」であることに変わりはない。戦後70年余り、どこの国とも戦火を交えたことがないという世界に誇る歴史を、絶やしてはならない。
 平和憲法下にある国民にとっては当然の話だ。あえて今、その大切さを力説しなければならないのは、安倍政権の針路に強い危機感を抱くからだ。かねて「米国追随」とやゆされてきた日本の外交。安倍晋三首相はその姿勢を見直すどころか、逆に依存度を高めている。
 地球温暖化対策パリ協定からの離脱や、イスラエルの首都にエルサレムを認定するなど、世界のリーダーとしての適性に疑問符が付くトランプ氏との関係を「首脳同士がここまで濃密に深い絆で結ばれたことはない」と誇らしげに語る首相。その路線は過去にも増して大きな危険を伴うことを自覚するべきだ。
 核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対しても、トランプ氏は力で押さえつける構えを崩さない。金正恩朝鮮労働党委員長との威嚇の応酬で万が一、両国が武器を使用するようなことがあれば、日本にも被害が及ぶのは確実。何としても避けなければならない。
 にもかかわらず首相はこれを「国難」と位置付け、防衛力の質的、量的拡充を図っている。18年度予算案の防衛費は過去最大を更新。自衛隊の鉄則である「専守防衛」を逸脱しかねない長距離巡航ミサイルの導入さえ決めた。なし崩し的な防衛力増強は、北朝鮮だけではなく、中国や韓国にも警戒心を抱かせ、東アジアの緊張を一層高めかねない。強く自重を求めたい。
 首相は9条改憲への意欲も見せる。昨年5月、自衛隊を憲法に明記することを唐突に発表、自民党はその意向に添う形で議論している。安全保障関連法の施行など、日本が「戦争ができる国」へと戻りつつある危惧は増すばかりだ。
 安倍政権は昨年成立した「核兵器禁止条約」の交渉に参加せず、国内の被爆者や核の非保有国を大きく失望させた。核廃絶は全世界共通の願いだ。米国の「核の傘」に依存する矛盾はあるものの、非核の訴えは唯一の戦争被爆国だからこその重みがある。日本が保有国と非保有国との「橋渡し」役を自任するなら、米国をはじめとする保有国の説得に乗り出すべきだ。曖昧な姿勢は国際社会から厳しい目で見られていることを肝に銘じる必要がある。
 予断を許さない北朝鮮情勢もあり、今年は日本の「平和」が重大な岐路に立たされる可能性がある。今こそ「不戦の誓い」を心に刻みたい。平和の歩みは確実に次世代へつなげなければならない。


辺野古で初日の出 「しなやかに闘い抜こう」と決意
 【名護】米軍普天間飛行場の移設に伴う新基地建設が進む名護市辺野古の松田ヌ浜には1日朝、初日の出を見ようと県内外から多くの人が訪れた。浜では辺野古への新基地建設に反対する有志らによる「初興し(はちうくし)」も行われ、約380人が集まり新年を祝った。
 午前7時20分ごろ、辺野古の海から朝日が顔を出し、集まった市民らは手を合わせた。初興しでは琉球舞踊や古武道が披露され、最後は参加者全員でカチャーシーを踊った。
 沖縄平和運動センターの山城博治議長は「私たちの文化である歌や三線を響かせながら、しなやかに明るくこの1年を闘い抜こう」とあいさつし、決意を新たにした。


嘉手納の騒音、「合意破り」前提か 夏は午前0時まで飛行容認 欧の米軍は厳格規制、内部文書で判明
 琉球新報は31日までに、ヨーロッパの主要米空軍基地や米空軍嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)の基地司令官などが出した騒音軽減措置の指示書を情報公開請求などで入手した。嘉手納では日米両政府が午後10時から午前6時の飛行を規制する騒音防止協定を締結しているが、米軍の指示書では夏場には午前0時までの飛行を認めている場合もあり、「合意破り」を前提とした運用実態が明らかになった。
 一方、ヨーロッパでは深夜・早朝の通常訓練による飛行は原則として認めず、規制を免除できる離着陸の種類を具体的に挙げて絞り込んだり、受け入れ国の承認を必要としたり、外来機の飛来時に常駐機の運用に規制をかけるなど、より厳しく騒音を規制している。同じ米軍が駐留する国でも、運用に関わる指示内容に大きな違いがあることが浮き彫りになった。
 日本では米軍機の飛行に国内法が適用されないが、イタリアやドイツでは、米軍の運用に国内法を適用する協定が結ばれている。
 イタリアの国内規制では、軍用機訓練は午後11時から午前7時まで禁止されている。一方、イタリア・アビアノ空軍基地の指示書によると、これよりも前後に1時間ずつ長い午後10時から午前8時を騒音規制時間に設定し、法規制以上の配慮をしている。深夜・早朝や週末に飛行する場合は、基地の管理権を持つイタリア軍の許可が必要となる。
 また外来機が飛来した場合に通常よりも騒音が増えるのを避けるため、必要に応じて滑走路の運用を制限する。最も厳しい運用制限は、全てのエンジン稼働と離着陸を停止する内容。
 ドイツのラムシュタイン基地は、深夜・早朝の騒音規制時間中の離着陸やエンジン調整を認める特例は、大統領指示による緊急性の高い任務や急患搬送などとし、限定列挙方式で制限している。その他の「緊急事態」でも飛行を認めているが、1日当たり6回の上限を設けている。
 ドイツの航空法は飛行場の運営者に周辺自治体と騒音対策を協議する組織の設置を義務付けている。軍用滑走路はこの義務を免除しているが、ラムシュタイン基地によると、法の趣旨に沿って「騒音軽減委員会」を設置し、地元自治体や騒音専門家の意見を通常の運用に反映している。
 レイクンヒース空軍基地などがある英国では、深夜・早朝の規制時間は地元での訓練を目的とした滑走路の使用を「禁止」している。また(1)NATOや英国の任務と関係のない米本国の所属機(2)5機以上の外来機(3)爆撃機やステルス戦闘機−などが飛来・展開する場合、英政府の承認を得る必要がある。
 嘉手納基地では外来機の飛来が相次ぎ、騒音被害が深刻化している。騒音防止協定も「できる限り」などの文言で規制があいまいなため、深夜・早朝の飛行が常態化している。(島袋良太)


「改憲目指す」削除 連立政権合意、自民押し返す
 公明党が、2017年10月の衆院選後に与党間で交わした連立政権合意で、当初自民党が提示した「憲法改正を目指す」との表現を削るよう求めていたことが明らかになった。自民は譲歩し、「憲法改正に向けた国民的議論を深め、合意形成に努める」という文言に落ち着いた。公明は改憲への慎重姿勢を崩しておらず、自民が目指す18年の発議に向けた与党協議は難航が必至だ。【木下訓明】
 連立政権合意は「北朝鮮問題への対応」「憲法改正」など5項目で構成。衆院選投開票日の翌日(10月23日)に、安倍晋三首相(自民党総裁)と公明の山口那津男代表の間で正式合意した。
 関係者によると、自民は当初、衆院選で公約した「国民の幅広い理解を得て、憲法改正を目指す」に沿った原案を提示した。これに対し、公明の井上義久幹事長が「党内や支持者の理解が得られない」と指摘。協議の結果、「合意形成に努める」との文言で決着した。14年衆院選後に結んだ連立政権合意の「憲法改正に向けた国民的な議論を深める」との表現からはやや強めたが、自民の攻勢を公明が押し返した形だ。
 衆院選で議席を減らした公明は、政権の「ブレーキ役」としての姿勢を強めている。自民は、首相が提起した「自衛隊」を明記する改憲案に向けた議論を進め、12月20日には同案を含む4項目の論点整理を発表した。しかし、山口氏は21日の記者会見で「自民党が昨日の発表を受けてどうするか見守りたい」と述べるにとどめている。
 公明は18年秋に党大会と執行部人事を迎える。党関係者は「山口氏は代表在任中の改憲には非常に慎重だ」と話す。公明は年明けから改憲議論を本格化するが、自民の動向をにらみながらの神経戦となりそうだ。


原爆資料館は元日から 訪れた人「ひとごとではない」
広島市の原爆資料館は、正月を広島で過ごす人たちに見学してもらおうと、元日から開館していて、多くの家族連れや観光客が訪れています。
広島市中区の平和公園にある原爆資料館は、原爆で壊滅的な被害を受けた広島について紹介する施設で、5年前から元日の開館を始めています。
通常どおり午前8時半に開館すると、広島に帰省している家族連れや海外からの観光客が訪れ、1発の原子爆弾によって焦土と化した広島の街の様子や被爆者の遺品の展示を熱心に見入っていました。
北海道から観光で訪れた56歳の女性は、「北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を通過するなど、決してひとごとではないと感じた。展示の内容が新しくなったものもあり戦争について改めて考えさせられた」と話していました。また、新潟から訪れた36歳の女性は、「被爆の歴史を知ってもらうために子どもたちを連れてきました。ことしこそ核兵器廃絶に向けた動きに進展があることを願います」と話していました。
去年、国連で採択された核兵器禁止条約の発効には50か国の批准が必要ですが、去年末の時点で3か国にとどまっていて、ことし、どれだけの国が批准するかが注目されています。


核兵器禁止条約発効へ働きかけ
去年、国連で採択された核兵器禁止条約の早期発効を目指し、国際NGOのICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンはことし、各国の政府に対する働きかけを強めていく考えで、核兵器廃絶の実現に向けて国際社会がどう取り組むのか注目されます。
核兵器禁止条約の発効には50か国の批准が必要ですが、去年末の時点で、批准を行ったのは3か国にとどまっていて、核保有国や日本など核の傘のもとにある国も反対の姿勢を崩していません。
こうした中、ノーベル平和賞を受賞した国際NGOのICANは、条約の早期発効に向け各国政府への働きかけを強めていく考えで、今月にはベアトリス・フィン事務局長が日本を訪問し、安倍総理大臣との面会などを計画しています。
一方、日本政府も4月に行われるNPT=核拡散防止条約の準備会合で、核保有国などと非保有国の対立を解消するための提言を行う予定です。
原爆投下から73年となることし、核兵器廃絶の実現に向けて国際社会や日本がどう取り組むのか注目されます。
ICANの川崎哲国際運営委員は「2018年に50カ国が批准すれば、禁止条約は年内にも発効し、その後1年以内に締約国会議を始められる。なるべく早く発効できるようICANのそれぞれの国のメンバーが自国の政府に署名や批准を求める取り組みを強化していきたい」と話していました。


安倍首相が年頭所感で“明治礼賛”! 明治維新150年キャンペーンで長州支配と大日本帝國憲法復活を煽動
 今年の年頭所感はきっとアレだろうな、と思っていたら、やっぱりアレだった。安倍首相は冒頭からいきなりこう切り出したのだった。
〈本年は、明治維新から150年の節目の年です。〉
 そう、このところ躍起になっている“明治維新150年押し”を年頭所感でも全開にしたのだ。しかも、安倍首相はこの所感の中で、明治時代の日本を手放しで称賛し、なんと明治の精神をこれからのモデルにしようと国民に呼びかけた。
〈150年前、明治日本の新たな国創りは、植民地支配の波がアジアに押し寄せる、その大きな危機感と共に、スタートしました。
国難とも呼ぶべき危機を克服するため、近代化を一気に推し進める。その原動力となったのは、一人ひとりの日本人です。これまでの身分制を廃し、すべての日本人を従来の制度や慣習から解き放つ。あらゆる日本人の力を結集することで、日本は独立を守り抜きました。〉
〈未来は、私たちの手で、変えることができるのです。
 すべては、私たち日本人の志と熱意にかかっている。150年前の先人たちと同じように、未来は変えられると信じ、行動を起こすことができるかどうかにかかっています。〉
〈2020年、さらにその先を見据えながら、自由民主党は、新たな国創りに向けて、国民の皆様と手を携え、改革を力強く進めていく決意です。〉
 改めて言うまでもないが、明治の日本=大日本帝国は、安倍首相が礼賛するような美しいシロモノではない。明治維新によってそれまでの武士中心の封建制を脱したことはたしかだが、そこでできあがった体制は、天皇を神と崇め、国民は天皇のために命を捧げることを強制される絶対君主制国家だった。人権は著しく制限され、貧困者や女性の参政権も認められず、身分制も根幹は解消されないまま。富は財閥と大地主に集中し、庶民は徹底的に搾取された。また、対外的には帝国主義国家として、数々の侵略戦争を引き起こし、多くの国の人間の命と自由を奪った。しかも、この体制はその後、80年にわたって続き、神国日本というカルト的な思想によって日本自体も滅亡の危機に追い込んだ。
「明治礼賛」の映画製作、国体にも「明治150年」の冠を強制
 だが、安倍首相はこの「明治日本」こそが理想だと考えているらしく、これまでもことあるごとに、明治日本=大日本帝国の正当化に血道を上げてきた。その象徴的なものが、2015年7月「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録だ。
 世界遺産登録の候補については他にももっと歴史価値のある有力な候補があったにもかかわらず、安倍首相がそれら候補を潰し、帝国主義の象徴でもある産業革命遺産を日本の世界遺産候補にゴリ押ししてしまったのである。
 実際、明治日本の産業革命遺産の世界遺産登録は、安倍首相は幼なじみで加藤勝信一億総活躍担当相の義姉であるの加藤康子氏が登録運動団体の代表者をつとめており、安倍首相がその加藤氏に「君がやろうとしていることは『坂の上の雲』だな。これは、俺がやらせてあげる」と語っていたことが加藤氏自身の口から明かされている。
 ほかにも、安倍首相は側近の極右議員や日本会議と連動して、11月3日の「文化の日」を「明治の日」に変えようという祝日法改正運動を推し進めるなど、明治日本の復活キャンペーンをしきりに展開していた。
 その安倍首相が、昨年頃から関係省庁に大号令をかけていたのが、「明治150年」にあたる2018年に大々的なキャンペーンを行う計画だ。
 昨年1月には、明治150年の記念事業として明治期の国づくりなどを題材とした映画やテレビ番組の制作を政府が支援することを検討しているという報道がなされた。菅義偉官房長官はこれに関し、「大きな節目で、明治の精神に学び、日本の強みを再認識することは重要だ」とコメント。なぜ「明治期の国づくり」限定で国が金を出すのか、とても納得できるものではないが、このとき映画監督の想田和弘氏は、ツイッターで〈戦時中の国策プロパガンダ映画を思い出す。つまらない映画にしかならないことは確実だが、映画を馬鹿にするんじゃないよ。映画は政治の道具ではない〉と怒りを表明していたが、そのとおりだろう。
 また、今年の秋に福井県で福井国体と全国障害者スポーツ大会が開催されるが、昨年、その名称に「明治150年」という冠称を付けることをスポーツ庁が福井県に要請。日本体育協会は昨年8月25日、その通りに決定した。「明治150年」という冠称を付けることについては、福井県労連など7団体が反対の申し入れをおこない、「国体は戦後に始まったものであり、明治とは無関係。明治150年で真っ先にくるのは『戦争の100年』という記憶であり、冠にふさわしくない」と県民、県議会での議論を求めていたが、そうした意見は撥ねつけられた。
 このように、安倍政権の“明治150年”押しはすさまじい。官邸ホームページには、「明治150年ポータルサイト」なるサイトが開設され、「明治150年」関連施策として実に100を超える事業がラインナップされている。
「維新50年、100年の総理も長州だから」と長州支配への欲望を明言
 いったい、何が安倍首相をかくも「明治150年」に駆り立てているのか。
 実は安倍首相は2015年8月、地元・山口で開かれた会合のあいさつで、明治維新から50年後が寺内正毅首相、100年後が佐藤栄作首相で、いずれも山口(長州)出身だったことを紹介したうえ、こんなことを口にしていた。
「頑張って18年までいけば、(明治150年も)山口県出身の安倍晋三となる」
 どうも、安倍首相は明治維新からの節目の年に長州出身である自分の名を刻み、日本を乗っ取った長州藩の支配体制の継続を再確認しようとしていたようなのだ。
 まったくこの時代錯誤にはあきれ果てるしかないが、この野望は結局、実現されてしまった。しかも、さらに恐ろしいのは、安倍首相のこの「明治150年押し」が“維新大好きネトウヨ”の自己満足では終わらないことだ。
 この明治礼賛は安倍首相の野望である改憲の下地作りという役割も担っている。最近、9条加憲などといって、国民の目をごまかそうとしている安倍首相だが、その最終目的が現行憲法の破壊、そして国民の権利を制限して国家への奉仕を強制する大日本帝国憲法の復活にあることは明らかだ。そして、その野望実現のためには、大日本帝国憲法をつくりだした明治の時代がいかに素晴らしかったかを国民に学習させる必要がある。明治150年はまさのそのためのキャンペーンなのだ。
 実際、フランスのルモンド紙は昨年10月、安倍首相の歴史修正主義について分析する記事のなかで、安倍首相の押し進める改憲と歴史修正主義の関係について以下のように指摘している。
〈安倍氏は歴史修正主義者(révisionniste)である。たとえば、彼の礼賛する憲法改正は、日本の帝国主義の復興を目指し、1930年代初頭から第二次世界大戦終戦までの日本軍が犯した残虐行為の数々を過小評価ないしは否定しようとする広大な企てのなかの一つだ〉
 安倍首相はおそらく、3項目追加で9条を破壊し、それを一里塚に、このまま総理の座に居座り、歴史修正主義を国民に植え付けながら、最終的に自民党改憲草案にある基本的人権の制限や家族条項の新設にまで踏み込んでいく腹づもりなのだろう。
 これはけっして妄想ではない。安倍は年頭所感でも〈2020年、さらにその先を見据えながら〉などと語っていた。この男、東京五輪どころかそのあとも延々総理大臣をやり続けるつもりなのだ。この正月、背筋が寒くなったのは気温のせいではない。(編集部)