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Des Japonais à l'assaut des déchets parisiens
Par Roger Maveau
Depuis plus de dix ans, l’association japonaise Green Bird s’évertue à nettoyer bénévolement les rues de la capitale tout en sensibilisant les parisiens. Et ils ont encore du boulot…
À la sortie d’un métro du quartier de Montparnasse, à Paris, un à un, les participants s voient remettre un gilet et des gants verts floqués du nom de Green Bird, avant d’être équipés de longues pinces métalliques, de sacs-poubelle… Et de se déployer dans les rues adjacentes.
La vendeuse d’une échoppe de céramique voisine est sceptique : ≪ Si au moins ils avaient pensé à mettre un sac plastique dans la poubelle vide à côté d’eux… ≫ Des badauds chuchotent : ≪ Quelle drôle d’idée.  ≫ Ce qui unit ces nettoyeurs volontaires ? Beaucoup d’abnégation pour traquer les détritus abandonnés sur la chaussée : cannettes, bouteilles vides, emballages, mégots… Le tout grâce à du matériel envoyé par le siège de l’association… à Tokyo. Les gants, par exemple, sont griffés Laforêt Harajuku, un must de la mode nippone.
≪ J’AI EU HONTE ≫
≪ Tout a commencé à Tokyo, en 2002, sur les lieux des illuminations de Noël, raconte Tsuchiya, membre du secrétariat national de Green Bird au Japon. Les touristes laissaient des montagnes de déchets. Les jeunes des quartiers branchés de Harajuku et Omotesando ont commencé à les ramasser pour préserver la propreté de leur cadre de vie.  ≫ Le mouvement était lancé. Il regroupe plus d’une soixantaine de groupes actifs au Japon et n’a pas tardé à s’exporter.
En 2007, ulcérés par l’état de saleté de Paris, des expatriés japonais y créent une antenne locale. Une de plus dans la nuée des Green Bird, qui s’étend de Boston à Singapour en passant par Dakar, au gré de la diaspora nippone. On compte aujourd’hui une dizaine d’antennes dans le monde.
 Au Japon, je ne connaissais pas Green Bird ≫, s’amuse Yoshiko, membre depuis 2009 de l’antenne parisienne, dont elle est devenue responsable en 2013. Même histoire pour Mitsuhiro, qui a rejoint l’association avec son fils à son arrivée en France il y a deux ans, jugeant que ≪ les trottoirs sont sales avec tous ces mégots ≫. Kayoko, elle, a connu Green Bird via une association française de ressortissants : ≪ J’ai à mon tour convaincu d’autres amies de nous rejoindre.  ≫ C’est aussi par le bouche-à-oreille qu’est arrivée Chantal, une Française revenue du Japon et choquée par la différence de propreté entre les deux pays : ≪ J’ai eu honte de penser que cette initiative était menée par des Japonais effarés de voir tant de déchets dans les parcs parisiens ou jouaient leurs enfants. 
La dernière étude du site de voyages TripAdvisor, en 2014, révélait que Paris, première destination touristique mondiale, se situe seulement au 22e rang en termes de propreté, loin du lauréat… Tokyo.
Green Bird Paris repose sur un fonctionnement simple et efficace. ≪ Nul besoin d’être inscrit ou de nous informer à l’avance. Les rendez-vous mensuels sont annoncés sur Facebook, détaille Yoshiko. En fonction de la météo et des périodes de vacances, environ 30 à 50 personnes se déplacent, parfois même une centaine.  ≫
La mairie est informée une dizaine de jours à l’avance pour que les ordures ramassées soient collectées par un camion benne. Un système rodé qui fidélise les participants. ≪ J’ai vu un changement depuis quatre ou cinq ans. Avant, il n’y avait que des étudiants, expatriés et touristes japonais. Désormais, les Parisiens participent ≫, observe Yoshiko.
L’objectif de ces actions est double.
Bien sûr, assainir la ville… mais sans grande illusion, note Olivier, l’époux de Kayoko : ≪C’est plus symbolique qu’efficace. Il faudrait que les gens arrêtent de tout jeter par terre alors qu’une poubelle se trouve juste à côté.  ≫ Ensuite, sensibiliser les Parisiens. ≪ Les passants viennent se renseigner, poursuit Olivier, même s’ils ne participent pas, ils y réfléchissent.  ≫ ≪ On reçoit des encouragements, précise Michelle, certains participent spontanément.  ≫ Plus rarement, on les accuse de prendre le travail des agents municipaux.
Yoshiko estime que le comportement des Parisiens s’améliore, même s’ils partent de loin. ≪ Au Japon, note Olivier, l’espace public est sacré : on n’y jette rien.  ≫ Là-bas, les écoliers nettoient leur classe, les fumeurs ont un cendrier portable… Yoshiko se souvient même que, lors d’une sortie de Green Bird Japon après un typhon, ≪ il n’y avait quasiment rien à ramasser en dehors de parapluies cassés ! 
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澤田愛子 @aiko33151709
安倍政権の気持ち悪さ、おどろおどろしさ、暗さ、恫喝的姿勢って何だろう。過去のどんな右派政権とも異質なファッショを感じる。中曽根、橋本、小泉政権はれっきとした右派政権だった。が、安倍政権の不気味さ、気持ち悪さはそれらの比ではない。安倍三選なら日本はもう駄目だと実に嫌な気分にさせる。
うりん @rgpNHh60aIoTtgP
ドイツの公立高校に留学していたといき、歴史の授業で半年くらいはナチスについて取り上げていました。
授業内容も「ナチスのなにがいけなかったのか」「どんな方法でヒトラーが国民を扇動したのか」などについてディスカッション。
近年の日本を見ていて、こういう授業を取り入れるべきだと思います。

KIT Speakee Project @KITspeakee
センター試験(および後継の共通テストの英語以外)は,中等教育の終了後にしか受験できません。一方,英語民間試験は,共通テストとして使われるにもかかわらず,小学生の時からいつでも受けられるのですから,受験生だけでなく学校・教員を巻き込んで,準備が過熱するのは必然です。

予約をしていませんでしたが朝電話をかけて美容院で髪を切ってもらいました.
南三陸の絵はがきを送りました.津波関連なので,悲しい気持ちになってしまいました.
パソコンが調子悪いのでいろいろ見ていたらデフラグをしていません.4年ぶりのデフラグです.

<岩手・宮城内陸地震10年>あの日と歩む(1)祈る どこかで生きていて
 死者17人、行方不明者6人を出した2008年の岩手・宮城内陸地震は、14日で発生から丸10年となった。道路などのインフラは復旧し、山あいの集落はかつての姿を取り戻したかに見えるものの、人々の心の復興や地域再生の度合いはまだら模様だ。喪失感と向き合う遺族、産業振興に歯を食いしばる住民、集落の再興を誓う若者。関係者らの現在を見つめ、地域の未来を展望する。(若柳支局・古関一雄、栗原支局・土屋聡史、一関支局・浅井哲朗)
◎山形県金山町 高橋良平さん(28)
 台風の季節は少し憂鬱(ゆううつ)になる。各地の土砂崩れが報道される。被害映像を見るのがつらい。
 山形県金山町の会社員高橋良平さん(28)は内陸地震で両親を亡くした。父伸好さん=当時(56)=と母美也子さん=同(50)=が、栗駒山で消息を絶った。県境を越えて山菜採りに行ったはずだが、手掛かりは何も見つかっていない。
 10年に葬儀を営んだ。墓前で手を合わせるたびに浮かぶ言葉がある。「生きていてほしい」。両親を弔っているのに、自分でも矛盾していると思っている。でも願わずにいられない。
 数年前のテレビ番組が頭から離れない。行方不明者が記憶喪失となり、人里離れた場所で見つかったという話題。身近で起きるはずがないと分かっていても、奇跡を待ち望んでしまう。
 発災時は18歳。就職して間もない頃だった。1歳下の弟は高校3年生。2人で途方に暮れた。親戚と関係機関を回っても有力な情報はない。1年後の再捜索も成果はなし。無念だった。
 捜索終了を受けた記者会見。行政や捜索隊が努力してくれたのは十分承知していた。「両親も納得していると思う」。本音をのみ込んで質疑に応じた。
 3年前に結婚した。長男が生まれ、自分の家庭を持つことができた。居間から家族の笑い声が聞こえる。何げない暮らしの中で、親になったことを実感する。
 ふと思う。「父母がいたら今の自分をどう見てくれただろう。一緒にどんな生活を送っていただろう」
 あれから10年。現地で行われた14日の追悼式でも、祈りの言葉はいつもと同じだった。「お願いだから、どこかで生きていて」
●重なる思い
<悲しみと悔しさ深く>
 栗原市栗駒耕英にある駒の湯温泉の湯守菅原昭夫さん(62)は、母チカ子さん=当時(80)=と兄孝夫さん=同(58)=を亡くした。駒の湯温泉では7人が犠牲となった。
 10年たっても悲しみと悔しさは深くなっています。あの日のことを忘れたことはありません。
 日帰り入浴施設として温泉を再開して3年になります。12年の足湯に始まり、そばが売りのカフェが入るレストハウスも併設しました。湯を守り、山で生きていく覚悟です。
 今年も訪れた6月14日。慰霊碑の前でどんな言葉を重ねたらいいのか。しゃべる前も、しゃべった後も毎年思い悩みます。こうしたことが、いずれなくなればいいのですが。
<肖像画を眺める日々>
 仙台市青葉区の主婦伊藤千秋さん(75)は、弟の森正弘さん=当時(61)=と正弘さんの妻洋子さん=同(58)=が栗原市花山の白糸の滝付近で亡くなった。
 弟夫婦とは大の仲良しでした。彼の大きな顔写真を直視できずにいます。胸が詰まるからです。代わりに夫が描いた肖像画を眺める日々です。10年は節目と言われますが、彼を思う気持ちに節目はありません。
 今も時々、『まーさん、元気ですか』と語り掛けます。栗原市を訪ねる際は少しでも彼らの最期を感じようと、つい現場近くに足を運んでしまいます。
 14日の追悼式で地元の人が現場に残る弟の車からナンバープレートを外して持ってきてくれました。弟と思って大事に保管します。


大槌町旧庁舎/解体差し止め申請に理あり
 東日本大震災で被災した岩手県大槌町旧役場庁舎の存廃を巡る住民と行政の対立は、住民団体が解体工事の差し止めを求めて盛岡地裁に仮処分の申し立てへと発展した。
 町が復興を急げば急ぐほど事態は混迷の度を増していくかのようだ。打開の鍵を握っているのは誰なのか。
 当時の町長や職員ら40人が犠牲になった旧庁舎について申立書は「検証が不十分であり、拙速に解体すべきでない」と主張している。
 町はこれまでに2度の検証を行っているが、職員の動きや幹部職員の指示といった詳細は明らかにならなかった。当時、防災担当の総務課主幹だった平野公三町長ら事実を知る立場の生存職員ら80人から聴き取った調書は、公開の予定もないという。
 大槌町は大津波警報が発令された沿岸被災地で唯一、町が避難の指示や勧告を出さなかった自治体でもある。住民の約1割に当たる1286人が犠牲になっており、町役場の初動に疑念を抱く町民は少なくない。
 職員遺族は肉親の最期の様子を知らされないまま、同時に多大な犠牲を出したことへの非難の中で震災から7年3カ月の歳月を過ごしてきた。
 いかに復興まちづくりが進もうとも「あの日、何があったのか」という事実をうやむやにし続ける限り、町民の心は「3.11」で足踏みし、前を向くことができない。
 「解体の工期は隠すことなく伝える」としてきた町だったが、実際には解体業者の入札を内々に行い、平野町長は唐突に18日前後の工事着手を表明した。解体まで残された時間を考えれば、仮処分申請という緊急避難措置も致し方なかろう。
 ここまで事態がこじれてしまった要因は、幅広い住民の納得を置き去りにして事を急ぐ平野町長の行政手法にあると言わざるを得ない。
 町議会の対応にも疑問が残る。そもそも解体予算案の採決は可否同数となり、議長裁決で可決された。これは合議体としての議会が十分に機能していない証拠だ。住民と対話して課題を抽出し、対案を示すのが住民の代表機関本来の役割だ。
 申立書は「次世代に津波の脅威と教訓を伝える貴重な震災遺構」であると旧庁舎の社会的価値を強調している。だが、いまだに町民感情が揺れ動いている状態で保存か解体かを決するのは困難だろう。
 岩手県の仲裁に期待する声もあるが、達増拓也知事は「優れて自治の問題だ」と冷ややかに突き放す。これもまた役割の放棄と思えるが、指摘そのものには一理ある。混乱を極める町に問われているのは自治の成熟度だからだ。
 平野町長は「解体方針を掲げて信任された」と言うが、当選証書は白紙委任状ではない。こうした考えを改めない限り、もつれた糸をほぐすのは容易でない。


<戊辰戦争150年>列藩同盟の気概、活性化に生かせ ゆかりの白石城で会議
 戊辰戦争150年を記念して、奥羽越列藩同盟の発端となる会合の舞台となった宮城県白石市の白石城本丸広場で2日、各地の関係者が集う「白石会議2018」があった。参加した人々は史実を改めて振り返り、歴史を踏まえた現代のまちづくりについて語り合った。
 東大史料編纂所教授で歴史学者の本郷和人さん(57)が講演。列藩同盟結成への会議が白石で開かれた理由について、奥州藤原氏や初代仙台藩主の伊達政宗が防衛の要と位置付けていた歴史的な経緯を解説した。
 本郷さんは「経済的に豊かな藩の同盟で東北独立の夢は絵空事ではなかった。中央との戦いに負け続けたが、その都度立ち上がり我慢強くなった」と述べた。
 同盟ゆかりの白石、米沢、二本松、白河市の関係者は史実や活性化策で意見交換。白石市の菊地正昭副市長は「市民のプライド醸成を第一に(1995年に)復元した城を、催事や観光客の誘致にも生かしていきたい」と話した。
 当時の藩内337人が命を落とした二本松市と、新政府軍含め1000人超が戦死した白河口の戦いがあった白河市は、それぞれ戦没者の合同慰霊祭を行う計画を紹介。米沢市上杉博物館の担当者は「上杉ブランド」を売り出す市のソフト戦略を説明した。
 白石会議は1868(慶応4)年閏(うるう)4月11日、新政府から追討令を受けた会津藩を救済しようと、奥羽14藩が白石城に集結。翌5月の31藩による奥羽越列藩同盟の結成につながった。


<福島第2廃炉>東電社長が復興、経産両大臣に報告
 東京電力ホールディングスの小早川智明社長は15日、復興庁と経済産業省を訪れ、運転停止中の福島第2原発(福島県楢葉町、富岡町)の全4基の廃炉方針について報告した。
 復興庁で吉野正芳復興相と会談した小早川氏は「第2原発の扱いを曖昧にすることが、福島の復興を妨げていると判断した。具体的な廃炉計画は地元の安心に沿うものにしたい」と説明した。
 吉野氏は「福島の浜通りの復興に第2原発の廃炉は不可欠。復興の加速に大いに役立つ」と評価。ただ、2017年春に富岡町など4町村で福島第1原発事故に伴う避難指示が解除されたことを踏まえ「残念だが1年遅かった。解除の前に廃炉の判断をしてほしかった」と苦言を呈した。
 経産省で小早川氏と会談した世耕弘成経産相は「社長の責任で廃炉の方向性を示したことは高く評価したい。福島復興への貢献という視点で、廃炉に向けた具体的な検討をしっかり進めてほしい」と求めた。
 小早川氏は報道陣に「決定までのスケジュール感は見通せていない。福島第1原発の廃炉を含めた全体の作業ステップ、作業員や安全性の確保などしっかりと計画を組み立てるのが一番大きな課題だ」と述べた。


福島第二原発 目の前の廃炉に全力を
 東京電力が福島第二原発廃炉を表明。遅きに失した感はある。だがこの上は計十基の廃炉事業に全力を傾注し、速やかに成果を上げること。東電という企業に残された恐らく最後のチャンスである。
 「(福島第二原発が)復興の妨げ、足かせになる」と、東京電力の小早川智明社長は言った。
 そこへたどりつくまでに七年以上もかけたとすれば驚きだ。
 福島第二も第一同様、地震と津波の被害を受けて電源を喪失し、メルトダウン(炉心溶融)の危機に陥った。
 唯一生き残った外部電源を頼りに、何とか冷温停止に持ち込んだ。紙一重の僥倖(ぎょうこう)だった。
 サイトは二つ、しかし外から見れば同じ「福島原発」、誰がどう見ても福島で原発を動かすことは不可能だ。この決断は遅すぎる。
 第一の六基に加えて第二の四基。東電は世界史上例のない、原発十基の廃炉事業を背負うことになる。並大抵のことではない。
 メルトダウンを起こした第一原発の三基は、溶け落ちた核燃料の状態もまだ把握できていない。机上の工程表は示されてはいるものの、作業自体はスタートラインに立ったとも言い難い状況だ。地下水の流入、汚染水の処理にさえ、いまだ手を焼く状態だ。
 廃炉、賠償にかかる費用は推計二十一兆円。恐らくさらに膨らむことになるだろう。東電がどれだけ大企業だったとしても、到底背負いきれるものではない。
 その上さらに、第二の廃炉費用がのしかかる。
 「東電に原発運転の資格なし」と考えるのは、福島県民だけではない。
 東電は唯一残った新潟県の柏崎刈羽原発の再稼働に意欲を見せる。十日の新潟県知事選で与党の支持する新知事が誕生したが、新潟県民の原発不信、東電不信が解消されたわけではない。
 原発の安全を維持するには、膨大な費用がかかると教えてくれたのも東電だが、今の東電に、余力があるとは思えない。
 いくら「国策」だからと言って、血税の投入にも電気料金の値上げにも限度というものがあるはずだ。
 第二原発の廃炉を契機に東電は、今度こそ本当に生まれ変わるべきではないか。再稼働へのこだわりも、きっぱり捨てて。
 福島や新潟の不安や不信を受け止めて、目の前の巨大な課題を直視して、そこに全力を注ぐ姿勢をまず示すべきだろう。


福島第2原発廃炉 具体策を提示すべきだ
 遅すぎた判断であり、なぜこのタイミングなのかと勘ぐってしまう。
 東京電力は福島第2原発4基全てを廃炉にする方針を示した。福島第1原発事故から7年余りたっている。この間、福島県が繰り返し早期廃炉を求めていた。
 第2原発についての判断を東電に委ねてきた政府の責任は重い。原発を推進してきた政府が責任をとってもっと早く廃炉を促すべきだった。
 そもそも政府の新たなエネルギー基本計画の素案は、脱原発とは程遠い。再生可能エネルギーの主力電源化を打ち出し、エネルギー構造の転換への意欲は示したものの、将来の電源構成比率は据え置いている。
 原発については、福島第1原発事故の反省を踏まえ依存度を減らすとした一方で、重要な「ベースロード電源」との位置付けを維持した。「脱炭素化」を達成できる数少ない手段として今後も一定程度活用する方針だ。2030年度に「20〜22%」とする現行の原発比率も実質的に変わらない。
 環境問題に取り組む市民団体などでつくる「グリーン連合」は18年の「市民版環境白書」を発表している。二酸化炭素の排出量が多い石炭火力への依存を続ける政府の新たなエネルギー基本計画案を「世界の脱石炭の流れと逆の政策を打ち出している」と批判。日本の再生エネルギーの目標は欧州各国に比べて低すぎ、原発は不健全な延命策が取られていると指摘している。政府はこうした声に耳を傾けるべきだ。
 原発大国スウェーデンは、40年までに再生可能エネルギーで全ての電力需要を賄う目標を掲げている。先進的な取り組みを参考にしたい。
 福島第2原発は、炉心溶融事故を起こした第1原発と同じ沸騰水型軽水炉。東日本大震災で一時的に冷却機能を失ったが溶融は逃れた。東電が再稼働を目指しても、地元の同意を得られる見通しはなく、廃炉しか選択肢はなかったはずだ。
 しかし、東電は第1原発の廃炉作業のバックアップに必要として、廃炉判断を引き延ばしてきた。
 この時期に表明したのは、内堀雅雄知事が10月の知事選で再選を目指し出馬表明することと関係があるとみられる。内堀氏は福島県内の全原発の廃炉を公約に掲げて14年に初当選した。
 第1原発で汚染水を浄化した後に残る放射性物質トリチウムを含んだ処理水が増え続けている。水の処分は差し迫っている。第2原発の廃炉を表明する代わりに、汚染水処理に対して知事の理解を得たいという東電の思惑が透けて見える。
 しかし、廃炉の具体的な見通しは全くの白紙状態。廃炉作業は長期に及ぶ。東電は資金や人材、安全の確保など、早急に具体的な廃炉計画を提示すべきだ。


フカヒレ おしゃれに変身「新たな土産品に」 宮城・大和の食品加工会社が商品化
 宮城県大和町の食品加工会社「仙台Α覆澆鵑澆鵝法廚気仙沼産の高級食材フカヒレを使ったアクセサリー「ふかひれ物語」を作った。洋服や帽子にアクセントを加える小物として3種類を商品化し、注文を受け販売する。「宮城の新たな土産品にしたい」と近くホームページ(HP)でPRを始める。
 同社が作ったのは、アブラツノザメの尾びれで作った色違いの2品(長さ約7センチ)と、ヨシキリザメの背びれを材料とした丸い形の品(直径約5センチ)。自然素材ならではの味わい深い質感に仕上がり、一目見ただけではフカヒレが材料とは分からない。
 橋上晃己社長が「フカヒレを食材以外に活用できないか」と遊び心で発案した。フカヒレを専門に食品加工を約20年手掛けた経験を生かし、今年初めに試作品作りに着手した。
 フカヒレを蒸して固め、塗料で色を付け、つや出し加工を施す過程で試行錯誤を重ね、商品化にこぎ着けた。橋上社長は「食材を原料とした今までにないアクセサリー。宮城観光の土産になるし、新しいおしゃれとしても楽しめる」と手応えを語る。
 1個1700〜1900円。連絡先は仙台Γ娃横押複械苅院烹牽僑隠院


河北抄
 毎月9日の夕刻。たくさんの人が行き交う仙台市青葉区一番町の仙台フォーラス前に、ポケットティッシュを配るグループが現れる。さりげなく手渡すティッシュには、憲法9条による平和を願うメッセージが添えてある。
 市民団体「『テロにも戦争にもNOを!』の会」が2004年から続ける息の長い活動だ。世話人会代表の須藤道子さん(69)は「武力では何も解決しない。平和や憲法について市民一人一人が考えてほしい」と話す。
 01年の米同時多発テロを機に「運動家でなくともできることがある。命の重さについて声を上げないといけない」と発会。緩やかな参加を呼び掛け、今では約400人が賛同人として登録。戦争と平和をテーマにした映画上映会の収益やカンパでティッシュを作っている。
 ティッシュを配る日は9条にちなみ、メッセージの文言は著名人の言葉を引用するなど定期的に替えている。「思いが少しでも伝われば」と街頭に立つ須藤さんたち。多くの人に平和を考えるきっかけを与えてくれる貴重な活動だ。


<雄物川図書館>「白水社」出版物の購入に力 哲学書など2200冊収集、市民の財産に
 フランス文学の翻訳書や多様な言語の語学書で知られる「白水社」(東京)の出版物の購入に、横手市立雄物川図書館が力を入れている。創業者の福岡易之助(やすのすけ)(1885〜1931年)が地元出身で、入手した文学書や哲学書など約2200冊を郷土関係資料として所蔵している。
 図書館によると、前年度は図書購入費275万円のうち約20万円を白水社に充当。フランスの哲学者アンリ・ベルクソンの「新訳全集第7巻」など75冊を購入した。
 玄関の正面に、白水社専用の書棚が七つある。新書判の「文庫クセジュ」「白水Uブックス」の新刊は全て取得する。類書がほとんどない語学入門書「ニューエクスプレス」の「ロマ(ジプシー)語」、エチオピアの「アムハラ語」も棚に並ぶ。
 鈴木裕子司書は「白水社の出版物は図書館の財産になると考えている。市民に広く読んでもらえる工夫をしていきたい」と語る。
 収集を始めたのは2011年と比較的最近だ。福岡の関係者から約200冊寄贈されたのがきっかけ。続けて借りる熱心な読者もいるという。
 白水社は15年から、図書館に雑誌「ふらんす」を毎号贈っている。同社の担当者は「数多く収蔵していただき、ありがたいことで感謝している」と話す。
 秋田県南地方では仙北市学習資料館も新潮社の本を約3万冊所蔵する。創業した佐藤義亮(1878〜1951年)が旧角館町出身で、新潮社は全ての出版物を原則寄贈。特定の出版社に予算枠を設ける雄物川のケースとは異なる。


<戊辰戦争150年>私財投じ鶴ヶ城跡を保存 遠藤敬止の功績しのび、仙台であす慰霊祭
 戊辰戦争に参加した会津藩士で、明治時代に現在の七十七銀行頭取や仙台商工会議所会頭などを務めた遠藤敬止(1851〜1904年)の法要が17日、仙台市青葉区新坂町の充国寺で執り行われる。戊辰戦争150年の今年、鶴ケ城跡保存に力を尽くした功績を改めて学び、しのぶ。
 遠藤は会津藩士の長男として生まれた。戊辰戦争が始まると18歳で会津軍に従い転戦。最後の若松城(鶴ケ城)籠城戦に加わった。
 開城後は慶応義塾で経済学を学んだ。大蔵省に務めた後、1881年七十七銀2代頭取に就任。同4代頭取、仙台商議所会頭などを務め、東北経済の基盤づくりに貢献した。
 90年、政府による鶴ケ城払い下げが決まると旧藩主松平家に渡るよう私財をなげうって奔走。「戊辰戦争で亡くなった幾千もの魂が残る。保存して千古の記念とすべきだ」と訴え、実現させた。鶴ケ城は後に会津若松市に譲渡された。
 地元の顕彰会は1971年、遠藤をたたえる「頌徳(しょうとく)碑」を鶴ケ城北出丸に建立した。戊辰150年の記念事業を発信するウェブサイト「会津の先人たち」で「鶴ケ城跡保存の恩人」と紹介している。
 慰霊祭は例年、顕彰会が碑前で開催。百回忌(2003年)といった節目には墓地がある充国寺で行ってきた。今回は午前11時から法要があり、顕彰会や経済関係者らが参列する。
 顕彰会の新城猪之吉会長(末広酒造社長)は「遠藤翁がいなかったら鶴ケ城は知らない人の手に渡り、なくなっていたかもしれない。会津のシンボルとして城が今に残る歴史を、戊辰150年を機に多くの人に知ってほしい」と話す。


福島第2原発廃炉 東電の決断は遅過ぎる
 地元が望む廃炉に進むのは当然だろう。しかしなぜこれほど時間がかかったのか。遅過ぎる決断と言わざるを得ない。
 東京電力ホールディングスの小早川智明社長が、福島第2原発の全4基の廃炉を検討すると福島県の内堀雅雄知事に伝えた。福島第1の事故から7年余り、この時期の決断は先日の新潟県知事選で、各地で原発再稼働に前向きな政権与党の推す候補が勝ったことも影響していよう。まだ先だが、東電にとっては新潟にある柏崎刈羽原発の再稼働が視野に入ったからだ。
 ただ廃炉作業について具体的説明はなかった。社長は「検討はこれから」と述べるにとどまった。本気度が感じられない。
 福島第2の4基は、事故を起こした福島第1の南約12キロにある。東日本大震災では、炉心溶融(メルトダウン)は免れた。
 その廃炉は「福島県民の総意」である。県は20回以上も東電に要求してきた。県議会や、県内の全市町村議会も決議や意見書で廃炉を求めていた。こうした状況で、再稼働を地元が認めることは考えられない。
 それでも東電は「国のエネルギー政策などを総合的に判断する」などと廃炉の決断を先送りしてきた。今回やっと地元の声に応えた格好だ。「もっと早く判断できたのでは」との声が出るのも無理はあるまい。
 なぜこのタイミングだったのか。秋にある知事選で、再選を目指すとみられる内堀氏との関係をより強くする狙いもあったのだろう。今回の決断で内堀氏が「県内の原発は全て廃炉」という公約を守ったことになれば、東電としては貸しをつくったことになるからだ。
 福島第1の汚染水問題も絡んでいる。放射性のトリチウムが微量含まれるが、取り出すのは難しい。濃度を薄めた上で海に流す案を検討しているが、漁業関係者らの反発は必至だ。福島第2を廃炉にする代わりに汚染水では県から譲歩を引き出そうと考えているとの見方もある。
 廃炉の会計制度を国が見直し、費用を単年ではなく数年に分けて負担できるようになったことも決断を後押しした。
 今後最大の課題は廃炉をどう進めるか、である。安全を確保しながら確実に作業する責任は電力会社にある。ただ福島第2を含め廃炉の対象は全国22基に上り、「大量廃炉」時代の到来と言える。壁となっている放射性廃棄物をどう処分するか、解決には国の支援が不可欠だ。
 福島第2の廃炉には2800億円ほどかかる。東電が積み立ててきた約2千億円とは800億円もの開きがある。当初見積額で済むか不安も残る。最終処分まで考えないまま突っ走ってきた原発政策のつけが回ってきたと言えるのではないか。
 というのも商業用原発では国内初となる日本原子力発電の東海原発(茨城県)の廃炉が難航しているからだ。2017年度までに終える計画だったが、廃棄物の処分方法が決まらず2度延期となり、今は25年度完了を目指している。費用は約885億円と見積もるが、長期化すれば膨らむのは避けられない。
 メルトダウンした福島第1の廃炉も先行きが見通せない。第2が加わり、多額の費用や作業員確保なども一層求められる。東電は早急に具体的な手順や日程をまとめねばならない。


福島第2原発 「廃炉」表明なぜ今なのか
 東京電力ホールディングスの小早川智明社長が、停止中の福島第2原発全4基を廃炉とする方針を表明した。正式に決まれば、福島県内の原発全基が廃炉となる。
 小早川社長は福島県の内堀雅雄知事に会い、「このまま曖昧な状態を続けることが福島復興の足かせになる」とし、廃炉を検討すると伝えた。
 東電は、福島第1原発事故の当事者である。この未曽有の事故は、多くの人々の暮らしを脅かした。既に第1原発は6基全ての廃炉が決まっている。
 それを踏まえれば、第2原発を再び動かすことなど望めるはずがない。地元からも再三廃炉を求められていた。東電の判断は当然であり、むしろ遅きに失したといえる。
 ただし、小早川社長は「廃炉の具体的なスケジュールはこれから考える」とし、工程などは示していない。
 復興に資することを理由に挙げるなら、まずは廃炉の道筋を明確にすることが不可欠だ。速やかな対応を求める。
 一方でふに落ちないのは、なぜ、このタイミングでの表明となったのかだ。
 福島第2原発は、7年前の東日本大震災では一時的に炉心冷却機能を失ったものの、第1原発のような炉心溶融は免れた。再稼働の可能性が取り沙汰されてきた経緯もある。
 その扱いに注目が集まる中、東電は「国のエネルギー政策などを総合的に判断する」などとはぐらかし、結論を先延ばしにしてきた。
 長期間にわたって曖昧な態度を崩さずにいたのに、ここにきて福島第2の全基廃炉を東電が明言したことには、唐突な印象を受ける。
 気になるのは、政治絡みの思惑が指摘されていることだ。
 一つは、10月に控える福島県知事選に関連するものだ。内堀知事は4年前に県内全原発の廃炉を公約して初当選した。全基廃炉は、それに沿う。
 福島第2原発の廃炉を表明するのと引き換えに、第1原発の汚染水処理問題の進展に向けた協力を得る。東電側の狙いについて、こんな見方がある。
 事実だとすれば、復興のためだと訴えた小早川社長の言葉が色あせよう。
 もう一つは、本県で政権与党が支援した花角英世知事が誕生したことに関わる。「再稼働が全く見えない最悪の状況は避けられた」。東電関係者には、こうした声もあるという。
 東電は柏崎刈羽原発6、7号機再稼働を経営再建の柱と位置付け、強い意欲を見せてきた。今後、それに向けた動きにさらにウエートがかかることも予想される。
 花角知事は当選直後から安倍晋三首相や自民党の二階俊博幹事長と面会するなど、政権や与党との蜜月ぶりが際立つ。
 政府、自民党は原発推進の立場だ。原発再稼働に慎重姿勢を示して当選した花角知事がどう県民との約束を守るのか。目を凝らし続けなければならない。


[福島第2廃炉] 具体的な道筋示さねば
 未曽有の事故から7年以上が経過し、あまりに遅すぎた判断と言わざるを得ない。
 東京電力の小早川智明社長は、福島第2原発の廃炉方針を福島県の内堀雅雄知事に伝えた。
 福島県は2011年の東日本大震災に伴う原発事故を受け、早期の廃炉を一貫して求めてきた。
 第2原発は4基あり、正式決定すれば、廃炉作業が進む第1原発と合わせて福島県内の10基全てが廃炉となる。
 それだけに一つの方向性が打ち出されたことは一歩前進だろう。ただ、30〜40年の歳月がかかるといわれる廃炉の具体的な道筋は全くの白紙状態だ。
 第1原発に加え、多額の費用や作業員の確保、廃炉で出る大量の放射性廃棄物の処分など多くの難題が待ち構える。東電は速やかに正式決定し、工程表づくりに着手すべきだ。
 第2原発は、炉心溶融を起こして大量の放射性物質を放出した第1原発の南約12キロにある。原子炉の冷却機能を一時失ったが、炉心溶融は免れた。
 東電はこれまで「第1原発の廃炉の後方支援に必要だ」などと、態度をはぐらかし続けてきた。このタイミングで福島県の要請に応じる姿勢を見せた背景には何があるのか。
 小早川社長は知事との会談で、風評被害や住民の帰還が進まない状況を踏まえると、「曖昧では復興の足かせとなる」と語った。
 知事は、第2原発の廃炉が「帰還を迷う人にプラスのメッセージになる」と主張しており、それに沿う。根強く残る観光業や農林水産業に対する風評被害の払拭(ふっしょく)にも期待がかかる。
 東電側には別の狙いもあるとみられる。
 第1原発で汚染水を浄化した後に残る放射性物質トリチウムを含む水の処分は喫緊の課題だ。海洋放出を目指すが、風評被害を懸念する漁業関係者らの理解を得るには知事らの協力が欠かせない。
 廃炉方針を示す代わりに、汚染水を巡る交渉を進めたいとの思惑が透ける。
 東電の経営再建の鍵を握るのは新潟県の柏崎刈羽原発である。先日の知事選で再稼働に慎重だった前知事から、原発推進の与党が推す知事へ交代したことも後押ししたに違いない。
 廃炉には、原子力規制委員会による計画の認可が必要だ。放射性物質の除去や原子炉の撤去など難しい作業をどう進めるのか。
 第1原発の廃炉とともに長く険しい道のりになるだろう。覚悟を持って取り組む必要がある。


骨太の方針 甘い見通しが財政壊す
 政府が決めた経済財政運営の指針「骨太の方針」は究極の無責任な中身だ。財政健全化の目標を先送りするだけでなく一段と甘い指標を採り入れた。今良ければ「後は野となれ山となれ」なのか。
 安倍政権の五年間は、現実離れした高い経済成長見通しを掲げ、成長頼み一辺倒できたといっていい。歳出抑制や増税など痛みを伴う財政健全化には常に後ろ向きだった。今回の骨太の方針は、財政規律のなさはそのままに、さらに楽観的すぎる内容に後退した内容である。
 財政健全化の一里塚である「基礎的財政収支(PB)の黒字化」は、従来の二〇二〇年度から二五年度に先送りした。
 加えて中間指標として二一年度に対GDP(国内総生産)比での債務残高や財政収支の赤字、PBの赤字などを点検するとした。
 これはGDPが増えれば改善が見込まれるため、これまで以上に積極財政による成長志向を強めるおそれが強い。赤字そのものが減るわけではないので、より危うくなるともいえる。
 諸悪の根源は内閣府がつくる経済成長見通しの甘さだろう。名目で3%、実質2%というバブル期並みの現実離れした数字である。二五年度のPB黒字化も、消費税率の10%への引き上げ(一九年十月)後や東京五輪・パラリンピック後も含めて、高成長が続くのを前提としている。明らかに楽観的すぎるだろう。
 政府内の省庁がつくる経済見通しでは客観性に欠け、信頼性も著しく低いということだ。例えばドイツは経済財政見通しの策定には民間シンクタンクが関与する。カナダは経済見通しの前提であるGDPは民間の平均予測値を用いる。正確性や客観性を担保する仕組みを諸外国は採り入れている。
 世界一の借金大国である日本だけが、内々で都合のいい数字をはじき出していると非難されても仕方のない状況だ。これでは財政再建など進むわけはない。
 成長志向一辺倒の安倍政権は肝心なことも見落としている。財政の悪化により社会保障制度の持続可能性に国民が不安を抱いていることが、消費の低迷ひいては成長を阻害していることだ。
 国際通貨基金(IMF)がそう警告している。「積極財政」といえば威勢がいいが、財政規律を失った放漫財政は逆に成長を阻むのである。
 国民の安心感と納得感が得られる税財政改革が急務である。


骨太の方針 何のための消費増税か
 政府はきのう、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を閣議決定した。
 2019年10月に消費税率を10%に引き上げると明記した上で、増税後の経済悪化を食い止めるため、19、20年度の当初予算に対策経費を盛り込む考えを示した。
 増税分の税収約5兆円のうち、借金返済に充てるはずだった約2兆円が2年間、そっくり景気対策に回る公算が大きく、財政健全化はその分遠のく。
 何のために国民は新たな負担を求められるのか。これでは全く意味が分からなくなる。
 安倍晋三首相が約束していた「増税に耐えうる経済」が実現していないのであれば、増税そのものを見送るのが筋である。
 過去の税率引き上げの際には、事前の駆け込み需要の反動による消費の冷え込みが目立った。
 それでも景気対策の財政出動には同意できない。
 第一に、需要の先食いにしかならないことである。
 財政出動の具体策として検討されているのは、住宅ローン減税の拡充や、自動車取得時に免税対象となる車種の拡大だ。
 こうした高額品は一度購入すれば、しばらく買い替えの必要が生じない。対策が終われば、消費が落ち込むのは目に見えている。
 高額消費への支援は、所得の高い層に恩恵が偏る点にも問題がある。消費税率を上げる場合、所得の低い人ほど負担感が増す逆進性の緩和を最優先する必要がある。
 加えて懸念されるのが、財政規律の緩みである。
 景気対策を盛り込んだ当初予算の一般会計総額は初めて100兆円を超す可能性が高い。消費喚起を名目にすれば、どんな事業でも認められる結果になりかねない。
 新たな国民負担を求めた結果がばらまきでは本末転倒だ。
 そもそも消費税増税の目的は、持続可能な社会保障制度を確立することにあった。
 国民が将来への不安を持たずに生活できる仕組みをつくることが政府の責務であり、消費税はそのための貴重な財源のはずだ。
 ところが首相は選挙のたび増税を延期したり、借金返済分を教育無償化に回したりと消費税問題を都合良く利用し、社会保障制度の再構築を後回しにしてきた。
 今回の財政出動方針も、来年の統一地方選や参院選対策であるのは明らかだろう。
 選挙目当てのご都合主義と言うほかはない。あまりに無責任だ。


骨太方針 健全化先送りの無責任
 政府が閣議決定した経済財政運営の「骨太方針」は、財政健全化目標を2025年度に先送りした。本当に達成できるのか、不安はなお消えない。
 国の借金は1千兆円を超え、財政状況は先進国で最悪の水準にある。立て直しは待ったなしの課題だ。成長頼みの財政運営を続けるのでなく、歳出改革に本気で取り組まなくてはならない。
 国と地方の基礎的財政収支を黒字化する目標だ。公共事業や社会保障といった政策に必要な経費を税収などの基本的な収入でどれくらい賄えているかを示す。今は10兆円もの赤字が続いている。
 20年度の黒字化を掲げてきたものの、達成は絶望的とみられていた。19年10月に予定する消費税増税の使い道を変更し、教育無償化に充てるとしたのを機に断念を表明した経緯がある。
 骨太方針では、財政再建への取り組み状況を21年度に三つの指標で中間評価するとした。
 基礎的財政収支のほか、政策経費に国債の利払いを加えて計算する「財政収支」、借金の総額である「債務残高」だ。それぞれ国内総生産(GDP)比で数値目標を設ける。
 基礎的財政収支の黒字化は厳しい。政府が前提とするのは実質2%、名目3%以上の高い経済成長である。内閣府の試算では、それでも27年度にならないと黒字化しない。現在並みの名目1%台後半を前提にすると、27年度時点で8兆5千億円の赤字だ。
 安倍晋三首相は5月の経済財政諮問会議で「社会保障改革を軸としながら、3年間で持続可能な経済財政の基盤を固めていく必要がある」と強調した。言葉とは裏腹に取り組みは心もとない。歳出抑制に向けた数値目標など明確な歯止めは設けなかった。
 むしろ膨張が懸念される。消費税増税に向けて19、20年度当初予算で景気対策を行うなど、増税や20年東京五輪・パラリンピックの後に景気を失速させないよう財政出動の余地を確保した。歳出改革は後回しになりかねない。
 首相が秋の自民党総裁選で3選されたとしても、任期は21年までだ。25年度の黒字化目標にどこまで本腰を入れようとしているのか疑いたくもなる。
 借金に大きく依存しているにもかかわらず、政府予算の規模は年々、拡大している。財政規律の緩みは深刻だ。歳出全般に切り込まなければ、立て直しはおぼつかない。政府は具体的な取り組みを示す必要がある。


与党の国会運営 あまりに粗雑で強引だ
 会期末を目前に控えて、与党の強引な国会運営が目立っている。
 きのうは衆院内閣委員会で、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案を野党の反対を押し切って採決した。週明けの本会議で衆院を通過させる構えだ。
 参院の定数を6増する公選法改正案も今国会成立を目指す。合区で選挙区を失う自民党現職の救済を狙う党利優先の内容である。
 与党内では会期延長論も強まっている。安倍晋三首相が目玉と位置づける働き方改革関連法案や環太平洋連携協定(TPP)関連法案ともども、一気に成立させてしまおうというのだろう。
 一方、森友・加計問題で野党が求めている予算委員会の集中審議には応じていない。加計孝太郎氏や首相夫人の昭恵氏らの証人喚問はあくまでも拒否する姿勢だ。
 政権の都合ばかりを優先する身勝手な国会運営は認められない。会期を延長するというのなら、一連の疑惑に対する国民の疑問に答える審議を尽くすのが筋だ。
 カジノ法案は中途半端な依存症対策をはじめとして、多くの論点が未消化で残されている。なのに与党側は内閣委員会で、審議継続を求める野党の動議を無視し、怒号の中で採決を押し通した。
 働き方改革法案も、長時間労働を助長しかねない高度プロフェッショナル制度(高プロ)への懸念が解消されないまま参院に送られた。TPP関連法案は米国の離脱による影響が精査されていない。
 「重要」法案と言いながら、議論はそこそこに成立ばかりを急いでいる。とりわけ疑問なのが参院の選挙制度改革を巡る経緯だ。
 自民党案の提示を受け、参院各会派は代表者懇談会で対応を協議。野党側は自民案は受け入れがたいとして、伊達忠一参院議長にあっせん案の提示を求めた。
 ところが自民出身の伊達氏は「会期末が迫っている」ことを理由に協議を打ち切ってしまった。
 民主主義の土台である選挙制度は、与野党の合意の上で定められるべきものだ。中立であるべき議長が合意形成の努力を怠っては、責任放棄とのそしりを免れない。
 伊達氏は、各党が対案を出し、委員会などで審議せよと主張した。ならば今後、与党案の採決を強行することがあってはならない。
 なお疑念の尽きない森友・加計問題や激動する朝鮮半島情勢など国政の課題は山積している。国会に求められるのは、政権の意向に沿った拙速な法案成立ではなく、その議論を尽くすことである。


参院「合区」救済法案 仲裁を拒む議長の不見識
 参院選挙区の「合区」ではじき出された現職議員を救済する公職選挙法改正案を自民党が国会に提出した。野党の反対を押し切って、今国会で成立させる構えを見せている。
 合区に問題があるからといって、比例代表の定数を増やして「特定枠」を設けるというのは「裏口入学」を認めるようなものだ。野党の多くが「国民の理解が得られない」と反対しているのは当然だ。
 驚いたのは、民主政治の土台をなす選挙制度をめぐり、与野党の合意形成に力を尽くすべき立場にある伊達忠一参院議長が野党の求めた仲裁をあっさり拒んだことだ。
 そもそも合区は「1票の格差」を是正する暫定措置であり、2015年の公選法改正時、19年参院選へ向け抜本的な見直しを行うことが付則に定められている。
 与野党の主張の隔たりが大きいまま参院選まで残り約1年となったが、これまで議長が調整に動いた形跡はない。今週になってわずかに2回、各会派から意見を聞いただけで協議を打ち切るというのは、議長の責任を放棄したに等しい。
 伊達氏は当選回数が3回で、閣僚経験はない。にもかかわらず、自民党内の派閥の力学で議長に選ばれた経緯がある。
 選挙制度改革という重大な議題で三権の長にふさわしい見識を示すことなく与党の言いなりになるようでは、「良識の府」を掲げる参院の権威をおとしめることにならないか。
 同様に選挙制度が焦点となった00年当時の斎藤十朗参院議長は違った。次の参院選まで1年を切る中、比例代表に現行の「非拘束名簿式」を導入する公選法改正を強行したのが自民党だ。斎藤議長はあっせん案を与野党に提示したが、自民党と対立し、議長辞任に追い込まれた。
 伊達氏は80歳で迎える来年の参院選出馬に意欲を示している。そのため自民党の公認を得たい思惑が働いているのだとしたら、議長としての責任感は斎藤氏と比ぶべくもない。
 参院は「衆院のカーボンコピー」などと批判されて久しい。
 問われているのは、投票価値の平等という憲法の要請と参院のあり方をいかに整合させるか、だ。それを正面から論じないのであれば、国民の視線はますます厳しくなろう。


独自の役割 抜本論議を/参院選挙制度改革
 身勝手な案と言うべきだろうか。自民党が参院選の「1票の格差」是正に向けた公選法改正案を参院に提出した。
 従来、解消を主張していた「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区を残し、定数を現行の242から6増。比例代表に「拘束名簿式」の特定枠を設ける内容だ。合区対象県で選挙区に擁立できない県の候補を特定枠で優遇する狙いだろう。党内の不満解消を優先した案であり、選挙制度はますます複雑になる。
 参院は本来、衆院の政党対立から距離を置き、中長期的な視点から法案を審議し、行政を監視する役割が期待される。「良識の府」「再考の府」と呼ばれたのはそのためだ。だが現実は衆院と同様の政党対立が持ち込まれ、「衆院のカーボンコピー」と指摘されている。本来的には参院の独自性、「あるべき姿」のための選挙制度を考える抜本的な議論が望ましい。
 今回の選挙制度改革は2013年の参院選の「1票の格差」を「違憲状態」とした最高裁判決を受けたものだ。15年に改正された公選法は合区を初めて導入。付則で19年の参院選に向けて「選挙制度の抜本的な見直しを検討し、必ず結論を得る」と明記した。
 自民党案には問題点がある。自民党は人口の大都市部への集中が進む中で「人口減少地域の声も国政に反映させる必要がある」と主張し、各都道府県から1人の議員を選出できるようにする憲法改正案をまとめている。合区を残す今回の案との整合性はどうなるのか。
 もう一つは比例代表に特定枠を設けることだ。現行の比例代表は、政党が順位を付けず、候補者個人の得票順で当選者が決まる「非拘束名簿式」だ。今回の案はその一部に、事前に定めた順位に従って当選者を決める「拘束名簿式」の特定枠を導入する。合区対象県の候補優遇という狙いが透けて見える。
 自民党案は議員1人当たりの有権者数が最も多い埼玉選挙区の定数を2増し、比例代表も4増する。埼玉選挙区の定数増で「1票の格差」は当面3倍未満に抑えられるが、抜本改革とは言いがたい。比例代表の4増は特定枠を設けるのに伴う措置だろう。
 ただし国民の代表である議員の数を増やすこと自体は一概に否定されるべきではない。国民の理解が得られる定数の考え方を示し、その理由を丁寧に説明すべきだ。


子どもの虐待/命を守ることが最優先だ
 何度も救い出す機会があったのに、できなかった。そう思えてならない。
 東京都目黒区で5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが親からの虐待で命を落とした事件である。
 「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」とひらがなでつづったノートが残る。結愛ちゃんは必死で鉛筆を握っていたにちがいない。死亡が確認されたのは、女の子の成長を祝うひな祭りの前日だった。
 児童相談所、自治体、警察、病院など関係機関がどう対処すべきだったのか。検証すべき点はあまりに多い。
 事件を受けて政府はきのう関係閣僚会議を開き、児相の体制強化や虐待の早期発見などについて議論した。1カ月をめどに緊急対策をまとめる。
 子どもの命と安全を守るのが最優先である。いま一度その大前提に立ち返らねばならない。
 結愛ちゃんは以前住んでいた香川県で、父親の暴力のため2回も児相に一時保護されている。家に戻された後、結愛ちゃんのあざを見つけた病院が児相に知らせたが保護されなかった。
 児相は「緊急性が高い」とみていた。それでも、児童養護施設に入所させるなどして親から離す判断には至らなかった。
 今年1月、一家は東京で暮らし始めた。香川県の児相から情報を引き継いだ東京都の児相が2月に家を訪問したが、結愛ちゃんには会えなかった。親との関係づくりを優先させようとしている間に悲劇が起きた。
 転居や子どもの面会拒否は深刻な虐待のサインとされる。この場合、警察の協力を得て家庭への立ち入り調査をしていれば、との思いがぬぐえない。
 引き継ぎで危機感が共有されていたかも疑問だ。
 兵庫県でも市川町から姫路市に引っ越した両親が1歳の次男に暴行して大けがを負わせる事件が起きた。転居前からリスクを把握していたが、児相や自治体の連携が機能しなかった。
 虐待に関する相談は急増し、児相の業務は多忙を極める。子どもの状況の確認が難しい場合には、警察の関与を強めることも考えるべきではないか。
 被害を受けた子どもたちに「ゆるして」と言うべきは社会の方である。


相次ぐ児童虐待死 命守る仕組み総点検を
 救えた命だった。
 今月、東京都と北上市で相次ぎ発覚した児童虐待死亡事件。捜査の進展で浮かび上がってきた経緯から、そう感じざるを得ない。
 「きょうよりかあしたは もっとできるようにするから もうおねがい ゆるして」
 東京都目黒区で、5歳の女児が両親への謝罪文をノートに書き残し、衰弱死した。十分な食事を与えず死なせたとして、両親が保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。
 父親は香川県で女児を何度も虐待し、東京に転居。都の児童相談所は県から情報を引き継ぎ、職員が家庭訪問したが、母親が拒否的反応を示したため女児に会えなかった。
 北上市では1歳の長男に十分な食事を与えず、死亡させた疑いで父親が逮捕、送検された。市は男児が通う認可外保育所から「心配な子がいる」と相談を受け、市要保護児童対策地域協議会(要対協)でも情報共有していたが、緊急性を把握できず、児相に通告しなかった。
 児童虐待が社会問題化する中、近年は市町村レベルの要対協の設置など、関係機関が連携を図り、早期発見し対応する仕組みは整ってきた。
 だが、形ばかりの連携では命を救えないことを、二つの事件は物語る。事前に情報が寄せられており、その情報を共有する仕組みもあり、介入して救うチャンスもありながら、救えなかった。
 中身がなければ意味がない。漠然と「心配だから見守りする」ではなく、リスク管理した上で、いつまで、どのように見守るか、といった明確なプランを関係機関が共有し対処していく仕組みでなければ、悲劇は繰り返される。専門職の配置や研修の充実など、市町村レベルの体制強化が急務だ。
 また、児相の人員不足はかねて深刻な課題。厚生労働省は、約3千人の児童福祉司を2019年度までに約550人増員する計画だが、これでは対応件数の急激な伸びに追いつかないだろう。さらなる人員拡充が求められる。
 母子保健のネットワークも総点検したい。乳幼児健診は絶好の機会だ。気になる子がいたら、あるいは健診を受けていない子がいたら、フォローする。電話で済まさない。家庭訪問して直接会い、気軽に相談できる関係をつくる。当たり前のことが、おろそかになっていないか。
 核家族化が進み、地域のつながりが希薄になる中、妊娠、出産、子育てに悩みを抱え、孤立している親は多い。
 悩みを気軽に相談できる仕組み、リスクが高い家庭を見守る仕組み、危機に早期対応する仕組み。各層の関係機関がしっかり連携してこそ、小さな命を守ることができる。


日朝会談模索 拉致解決へ戦略練り直せ
 これまで通り「米国頼み」を続けていても、展望は開けない。対北朝鮮外交の戦略を切り替える時期にきている。
 歴史的な米朝首脳会談が開かれ、北朝鮮は「完全な非核化」を、米国は北朝鮮の体制保証をそれぞれ約束した。非核化の実効性には疑問符が付くものの、半島情勢が緊張から対話へ大きく転換したのは間違いない。
 これを受け、北朝鮮に対する「圧力」一辺倒だった安倍晋三政権も、北朝鮮との直接対話に乗り出す方針を固めたという。米国が対話に転換したのをみて、このままでは取り残されると判断したのだろう。日本政府の受け身の姿勢が際立つ。
 日本は北朝鮮との間に、核、ミサイルに加えて拉致問題を抱えている。安倍首相は14日に拉致被害者家族と面会し「米朝会談を機会として捉え、後は日本が北朝鮮と直接向き合い解決していく決意だ」と語った。
 何か重大な決断であるかのような言いぶりだが、そもそも国民の生命に関わる拉致問題を、日朝の直接交渉で解決するのは当然である。トランプ米大統領に米朝会談で拉致問題を提起してもらったのは、あくまで側面支援にすぎない。もとより、それ以上の期待はできないのだ。
 政府は今後、小泉純一郎政権時代に北朝鮮と交わした「日朝平壌宣言」に盛り込まれた経済支援をカードにして、北朝鮮に拉致問題の解決や核、ミサイルの放棄を迫っていく構えだ。
 その方針は間違っていないが、「北朝鮮が必ず経済支援欲しさに擦り寄ってくる」という見通しは、やや甘過ぎないか。
 もし米朝の融和ムードに乗って中国や韓国などが北朝鮮との経済活動を再開すれば、日本の「経済支援カード」は比重が軽くなる。北朝鮮が「日本は後回しでいい」と考えかねない。
 政府は9月の国連総会やロシアでの国際会議に金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が出席する可能性があることから、こうした場を利用して安倍首相と金正恩氏との首脳会談を模索している。
 北朝鮮はトップが判断しなければ何も動かない国だ。通常の事務レベルの駆け引きでは曲折が予想され、時間がかかり過ぎる。安倍首相と金正恩氏との直接会談が極めて重要になる。
 その前に、経済支援カードだけでなく、北朝鮮を拉致解決に向けて動かすためにどういう手だてと手順が有効なのか、早急に戦略を練り直すべきだ。
 北朝鮮と国際社会との交渉の歴史を見れば「北朝鮮にだまされる」ことへの警戒は必要だ。しかし、リスクを恐れるあまり、首脳会談に慎重になり過ぎるようでは困る。局面転換のチャンスを最大限に生かしたい。


日朝会談を悪用…安倍首相「総裁3選」へ露骨なムード作り
 8月か9月に「日朝首脳会談」実現に向け調整――。政府関係者の情報をもとに大メディアがこうはやし立てている。「対話のための対話は意味がない」と繰り返してきた安倍首相が百八十度方針転換し、14日は拉致被害者の家族とも面会して直接交渉への強い意欲を見せた。突如として浮上した“日朝会談ムード”だが、これにはウラがある。
 首相官邸は公式には何も発表していない。しかし、メディアは一斉に、12日の米朝首脳会談で金正恩朝鮮労働党委員長がトランプ米大統領に対し、安倍首相との会談に応じる用意があるとの考えを示したと報道。8月に安倍首相が平壌を訪問する案や9月にロシアで開かれる東方経済フォーラムを利用した会談の案が検討されていると伝えている。
 13日に安倍首相と会った自民党の萩生田幹事長代行が、金正恩は拉致問題について「解決済み」という従来の立場を示さなかったとして、「大きな前進」だと発言。西村官房副長官も「(北が交渉を)拒否することはないだろう」と楽観的だった。だが、「解決済み」と“言わなかった”とは「無言だった」とも取れる。どうして「前進」になるのだろうか。
「春から水面下で北と交渉してきた」という政府関係者の話も疑わしい。実際、日本政府に北とのパイプがないから、ここまでトランプ頼みだったわけだ。かつて北朝鮮の「ミスターX」と秘密交渉を行った田中均元外務審議官は「今の日本には北とのチャンネルが不足している」と嘆いていたし、朝鮮半島情勢に詳しい東京新聞の五味洋治論説委員は「外交ルートを通じて北朝鮮に厳重に抗議」というのは、「北朝鮮大使館にファクスを送っているだけ」と実情を明かしていた。最近も「官邸の首相側近が『北にアプローチしたけれど全く反応がない』と頭を抱えていた」(自民党ベテラン議員)という。
 安倍首相の茶坊主が都合のいい情報を流してムードをつくるのは、政権の常套手段である。萩生田は総裁特別補佐や官房副長官時代から何度もその役回りを演じてきた。西村はつい先日も、「G7で安倍首相が議論を主導した」とツイートしたら、その後、トランプが「合意文書に署名しない」と事務方に指示していたことが分かり、赤っ恥をかいたばかりだ。
 だからこのタイミングで、「8、9月の日朝会談」という情報が出されるのにも理由がある。9月の自民党総裁選対策だ。総裁選直前の日朝会談は安倍3選に効果絶大。「トランプと話せるのは安倍さんしかいない」「金正恩との会談を調整しているのは安倍さんだから、9月以降も続けるしかない」という流れをつくろうとしているのがミエミエなのである。
■“我田引水政権”の常套手段
「本当にこの『我田引水政権』には呆れます。メディアがトランプ大統領に確認できないのをいいことに、都合のいい筋書きを仕立て上げ、いかにも前進しているように見せかける。日朝首脳会談が実現するのではというムードづくりは、明らかに総裁選向けのアピールであり、世論調査対策でもあります。安倍首相は、内閣支持率が30%を切って党内の安倍離れが進むことを極度に恐れていて、なりふり構わず何でも利用しようと考えている。北風(北朝鮮の脅威)が利用できなくなったので、拉致問題を利用するしかなくなったということなのでしょう」(政治評論家・野上忠興氏)
 もちろん日朝会談が本当に実現するなら歓迎だが、安倍政権の三文芝居にだまされてはダメだ。


安倍首相に選べるか!?拉致問題と3選
 ★米朝首脳会談、新潟県知事選と行方の分からない2つが終わり、国会は延長の手続きに入ろうとしている。働き方改革、TPP、カジノ法だけでなく日切れ法案、米朝首脳会談の先にある日朝首脳会談やG7の報告など、国会でやるべきことは多い。ただ9月の総裁選を前に、長い国会は首相・安倍晋三の3選にプラスに働くのだろうか。細田派幹部が言う。「国会を開いている限り、野党は森友・加計学園疑惑の攻勢を続けるだろう。国会を早く閉じたいのはやまやまだが、露骨な強行採決もプラスにはならない。会期延長は悩ましい選択」という。 ★国対関係者は「首相は7月12〜14日にフランス訪問予定。直前の同10日までの延長でまとめたい。場合によっては強行採決も視野に入れざるを得ない。その直後には石破派の研修会がある。石破の出馬宣言の時には、国会を閉じておきたい」と見通しを語る。既に総裁選を軸に日程も固まろうとしているが、首相が気をもむのは日朝首脳会談の実現とその時期だ。なんとしても拉致問題に目鼻をつけ、3選に臨みたい。 ★政界関係者が言う。「当然、北朝鮮当局もそんな日本の政治日程を承知しているはずだ。圧力一辺倒の日本政府に対して不快感がある北朝鮮は、会談時期では主導権を握っている。心配なのは、相手が安倍晋三ではいやだと言い出した場合だ。以前から北朝鮮筋は安倍の時代には(事態は)動かないとしていた。駆け引き上手の北朝鮮が、総裁選が念頭にある首相に3選と、拉致問題解決のどちらかを選ばせる場面もあるかも知れない」。この外交は首相にしかできないと言い張る人たちは、どちらを選べと進言するのか。

【海洋プラごみ】日本は削減策を率先せよ
 海に投棄されたレジ袋やペットボトルが波などで微粒子状に砕けた、マイクロプラスチックの海洋汚染が地球規模で深刻化している。
 そのプラスチックごみ対策が欧米などで本格化する中、日本でも排出抑制に向け、議員立法の改正海岸漂着物処理推進法が成立した。
 マイクロプラスチックは5ミリ以下の破砕ごみで、化粧品や歯磨きなどに含まれるマイクロビーズもその一種。プラスチックは毒性の強いポリ塩化ビフェニールなどを吸着する性質があり、餌と間違えて食べるなどした魚や海鳥の被害事例が多数報告され、人体への連鎖的な影響にも懸念が強まっている。
 改正法は、プラスチックを材料に使うメーカーにごみの減量や使用自粛を要請する。ただ、強制的な規定はなく、事業者の理解をどう深めていくかが課題になる。
 国連機関などによると、世界の海に流れ込むプラスチックごみは毎年1千万トン前後に上る。漂流域は水深1万メートル以上にも及び、特にマイクロプラスチックは回収が難しく、海流などで広範囲に運ばれ、汚染が拡大している。
 被害が広がる国や地域は、プラスチック製品の規制などに相次いで乗り出している。
 米国では、レジ袋やプラスチック製のストローの使用を禁じ、企業と連携して紙製への転換を図る自治体が増えている。英政府も使い捨てストローなどの販売禁止やレジ袋への課金制度拡充といった方針を打ち出したほか、アフリカ諸国も法的規制に踏み切っている。
 世界各地でプラスチックごみ汚染への危機感が高まり、削減対策が加速する一方で、日本の対応の遅れが目立ってきている。
 日本など先進7カ国(G7)の環境相会合は昨年の成果文書で「地球規模の脅威」と位置付け、対策強化を宣言した。今年の首脳会議ではさらに数値目標を盛り込んだ文書が提案されたが、日本と米国は署名を見送った。
 政府関係者はG7文書の署名を拒否した理由を「産業界や消費者に影響が大きく、準備が整っていない」と釈明するが、国際社会からの理解は到底得られまい。
 日本はレジ袋の使用量が年間300億枚を超える「使い捨て大国」で、周辺の海に年間6万トンのプラスチックごみを流出させているとの試算がある。国内の海などで調べた魚の4割からマイクロプラスチックが検出された調査結果もある。海洋大国でもある日本は対策を先導すべき責任と役割を担うはずだ。
 改正法が努力義務にとどまった背景にも、消極的な政府方針との調整があったのではないか。
 国連は今年、プラスチックごみ対策を検討する専門家組織を立ち上げ、各国に有効策の提言を目指す。法的拘束力を伴う国際条約も視野に入れる。日本は率先して議論に加わり、国際社会の要請に応えていかなければならない。


「ラストアイドル」近田春夫プロデュース曲が反安倍と炎上!安倍に「顔洗って出直せ」麻生に「このタコ」と言って何が悪い!
 秋元康、つんく♂、指原莉乃、後藤次利、近田春夫といったプロデューサー陣がアイドルグループをプロデュースし、オーディションで競い合う番組『ラストアイドル in AbemaTV』(6月10日放送回)で披露された楽曲が、現在一部で批判を浴びている。
 この番組では、秋元康がプロデュースするSomeday Somewhere、つんく♂がプロデュースするシュークリームロケッツ、指原莉乃がプロデュースするLove Cocchi、後藤次利がプロデュースするLaLuce、近田春夫がプロデュースするGood Tearsが、それぞれ自身のオリジナル楽曲を披露し合い、視聴者や審査員票によって選ばれた勝者のグループが、この秋以降発売予定のラストアイドルのシングル表題曲に選ばれる。
 そのなかで波紋を呼んだのは、近田春夫がプロデュースするGood Tearsによる楽曲「へえ、そーお?」。ベリーダンスの衣装と振り付けを取り入れ、「ヘソ出し」をコンセプトにしたものだから、「へえ、そーお?」というタイトルにしたという、思わず脱力してしまう解説の後に披露された楽曲では、ジョルジオ・モロダー風なエレクトロディスコのトラックに乗せてこのように歌われていた。
〈へぇ、そーお?あ、そう?うっそーお!偉そう このたこ!〉
〈おうちに戻っておみおつけで おっととい/顔洗って出直しなさいね あっ別チャン〉
〈じゃあジャンジャンジャンケンポイポイそっちの負けよ/あそこしばってもいーかしら?/HOOKだ、さぁ!〉
〈ドンキホーテがお似合いね へえそぉ?嘘ばっかついちゃイヤよ あそう/ドンキホーテのお願いね うそ 屁理屈ばっかいっちゃダメよ AB〉
〈ヤベー あべー、あっキレちゃんたらもう〉
 曲を聴かないと、一見無意味でシュールな歌詞のどこが批判されているか理解できないと思うので、無粋を承知で、敢えて捕捉をつけてみる。
〈へぇ、そーお?あ、そう(麻生)?うっそーお!偉そう このたこ!〉
〈おうちに戻っておみおつけで おっととい/顔洗って出直しなさいね あっ別チャン(安倍ちゃん)〉
〈じゃあジャンジャンジャンケンポイポイそっちの負けよ/あそこしばってもいーかしら?/HOOKだ(福田淳一前事務次官)、さぁ〉
〈ドンキホーテがお似合いね へえそぉ?嘘ばっかついちゃイヤよ あそう(麻生)/ドンキホーテのお願いね うそ 屁理屈ばっかいっちゃダメよ AB(安倍)〉
〈ヤベー あべー(安倍)、あっキレちゃん(昭恵ちゃん)たらもう〉
「へえ、そーお?」が「反安倍ソング」「政治色つけるな」と批判される日本の言論状況のヤバさ
 このカラクリに気づいた人の一部から批判の声が出た。
〈近田春夫がGoodTearsに政治色を付けた
アイドルにこんな真似許される訳が無い。4人はこの歌を断る権利がある。偏った思想信条を歌わせる近田は即刻永久追放でお願いします。やっぱ近田は老害だったわ〉
〈ここまで露骨な歌詞をアイドルに歌わすのはちょっとひきますね・・・
Good Tearsはジョーカーを引いたと思う。いや番組が近田春夫というジョーカーを引いたのか〉
〈テロ朝から近田春夫に「ギャラが欲しけりゃ反安倍ソングを巧妙にアイドルに歌わせろ」ってオーダーしてるかも知れませんね(´-`).。oO(
アベガーソングにうんざりしますね(´・_・`)〉
 まるでとんでもない政権批判ソングを歌ったかのように捉えられているが、そこまでのものでもないだろう。おふざけのなかにサラッと社会風刺を入れるこの手法は、これまでの近田春夫の作品の延長線上にあるものだし、もっと言えば「オッペケペー節」をはじめ、日本文化のなかに古くから脈々と受け継がれているものの流れにあるともいえる。事実、近田春夫は番組のなかで「へえ、そーお?」について、このように解説している。
「歌詞の意味とかあんまないんですよ。どっちかっていうと、(歌っていて)口が気持ちいいとか、なんかこう景気がつく『アラ、エッサッサー』みたいなそういうね。響きとか、口を動かしてなんか楽しいとか、そういうことを考えてつくったもんで」
 先に少し触れた通り、近田春夫という作家は、おふざけのなかに権力への揶揄など社会風刺を混ぜる作風を持ち味のひとつとしてきた。24時を過ぎたらクラブを閉めなくてはならないよう定める風営法を〈Hoo!Ei!Ho!は単なる嫌がらせに決まってるんだから/本気で怒っちゃ損する/ドアとか閉めとけきゃバレないさ バレないさ〉(「Hoo!Ei!Ho!」)と茶化したり、〈週刊誌のページも逃げ道だらけ〉〈本当のタブーに挑戦してみてよ/そしたら僕も応援するから〉(「MASS COMMUNICATION BREAKDOWN」)と、二枚舌を使い分けるマスコミを皮肉ったりしてきた。
「へえ、そーお?」に対して「歌詞の意味とかあんまないんですよ」と言うのは、さすがに照れ隠しのポーズな気がするが、いずれにせよ大枠では「コミックソング」の範疇に入るものだろう。皮肉や茶化しが主で、政治や思想はほとんど含まれてはいない。やりたい放題の政権を茶化すくらいのこと、それこそネトウヨや中立厨がよく言う「右でも左でもない」というやつだろう。
 しかし、2018年の閉塞した日本の言論状況では、「へえ、そーお?」程度のくすぐりですら、権力者への悪口は過剰な反応を呼び起こす。そのことがよくわかる象徴的な出来事であった。(編集部)


イタリア新政権発足 難民排斥の人道危機懸念
 3月の総選挙から3カ月間の政治空白が続いた異常事態の末、イタリアに6月初め、移民・難民排斥と反欧州連合(EU)を掲げるポピュリズム(大衆迎合)的な新政権が発足した。
 総選挙で2党合わせて過半数を得票した新興組織「五つ星」と右派政党「同盟」の連立政権である。五つ星の首相候補だったディマイオ氏が副首相兼経済発展・労働相に、同盟のサルビーニ書記長が副首相兼内相に就任して実権を握り、両党の妥協で政治経験のない法学者コンテ氏を首相に据えた。
 新政権は始動早々、イタリア南部沖の地中海で人道支援団体が救助した約630人の移民・難民が乗った船の国内港への入港を拒否して周辺国と摩擦を引き起こした。
 EU統合に反対する「極右政権」(英紙)がイタリアに登場したことを誇示するもので、EUは英国の離脱に続く新たな重大な危機に直面することになった。
 EUは結束を固め危機の克服に全力を挙げてほしい。
 サルビーニ氏は就任直後に、公約に掲げたイタリアに滞在する約50万人の移民・難民の送還を実施に移すと宣言し、難民収容施設への予算削減も表明した。
 夏にかけて、地中海ルートでリビアなどから欧州を目指す移民・難民の増加が予想される中、人道危機の再燃が懸念される。
 それでも、同盟の支持率は総選挙時の約17%から27%に急上昇し、サルビーニ氏は現在イタリアで最も人気のある政治家だという最近の世論調査もある(英誌エコノミスト)。
 背景にはイタリアだけが移民・難民を押し付けられているという国民のEUへの根強い不信と怒りがある。EUは、ハンガリーなど東欧諸国の反発で挫折した難民受け入れの割り当て(クオータ)制の代替策を早急に討議して策定する必要がある。
 もう一つの懸念は経済大国イタリアで長引く経済不振だ。
 新政権は当面ユーロ圏からの離脱はしないと表明したが、欧州債券市場では、イタリア経済の先行き不安から国債の売りが相次ぎ、長期金利の指標となる10年物の利回りが大きく上昇した。五つ星が掲げる貧困層への支援や、同盟が公約した富裕層の減税など、財源が不透明な「ばらまき政策」は、EUが強く求める財政規律の順守に逆行する。
 新政権は、政権安定のためにも、EUとの対話努力を放棄してはいけない。


【蹴られる東大─朿成生はなぜ海外大を目指すのか・開成学園柳沢校長インタビュー
 2018年度、開成高校からは6人の学生が海外の大学に進学した。
 「優秀な学生が海外に進学するようになったのは、日本の未来に対する不安感や、企業の採用方法・採用基準の変化が理由なのではないか」
 そう分析するのは、ハーバード大学院教授や東京大学教授を歴任し、現在は開成学園の校長を務める柳沢幸雄さんだ。
 ハーバード大学院、東京大学、開成という三つの学校で生徒・学生を指導した柳沢校長に、海外のトップ校に学部から進学することの是非や、開成の取り組みについて聞いた。開成学園の校長室で行ったインタビューは、柳沢校長の「日本の常識は世界の非常識」という言葉で始まった。
(連載「蹴られる東大」は、東大を蹴って海外大に進学する学生に迫り、これからの時代に東大が取るべき道を探る企画です。 取材・須田英太郎 撮影・高橋祐貴)
東大が「蹴られない」のは日本の弱点
──海外の大学に学部から進学する高校生が増えています
 日本の教育機関で「蹴られない」のは東大だけですが、トップスクールだから蹴られないというのは先進国では一般的ではありません。東大は約3000人の合格者を出して、蹴るのは理科粁爐ら他の大学の医学部に行く十数人くらい(平成29年度の東大の入学辞退者は19名)。しかし、ハーバードは1600人定員で、2000人くらいに合格を出す。5分の1である400人近い受験生がハーバードを蹴るからです。
 私が教えていたのはハーバード大学の公衆衛生大学院だけど、私たちは常に“equivalent university(同等の大学)”というものを意識していました。公衆衛生を学べる大学院には、ジョンズ・ホプキンス大学や、ミシガン大学、ノースカロライナ大学、イェール大学といった同レベルの他大学があります。学生はその中から、自分のやりたい分野に詳しい指導教員がいる大学を選びます。大学の名前ではなく、自分の学問分野と指導教員との関係を考えて進学する大学を選ぶ。
 複数のトップスクールが選択肢にあり、その中から一つを選ぶというのは、学部生についても同じです。中国であっても北京大学、清華大学、上海交通大学、復旦大学というようなトップスクールが八ヶ岳のような連峰をなしている。しかし、日本では東大が頭一つ出ていると認識されている。それが東大の最大の弱点なのです。
 蹴られることがない東大の先生は、競合大学のことを考えて蹴られる要因を探り、微調整を続けながら教育を改善しようという発想にならない。開成中学校にしても、筑駒(筑波大学付属駒場中学校)など他の中学へ進学する受験生に蹴られますから(笑)。こうして東大が勝ち続けてしまっていることは日本の弱さにもつながっています。
東大が選択肢の一つになる日が来るべき
 これまでの時代の企業は、偏差値の高い大学の卒業生を採用すれば成長することができました。そのため「大学入学後に何をしたか」について誰も問わなかったのです。そのような評価基準がまかり通っていても、これまでの日本が生き残って来ることができたのは、ひとえに戦後の東西冷戦の中、東西の分割線に近いこの国が西側諸国にとっての重要な地域として守られ、経済的にも大きな後ろ盾を持ちながら成長していくことができたからです。しかし、これからはそうはいかないでしょう。
 冷戦が終わり、世界の経済が一体化していくなかで、日本は新しい成長のあり方を見つけることができずに「失われた30年」を過ごしました。この30年は、これまで蓄えた豊かさがあったから生活水準を維持できましたが、現在、多くの若い世代は「自分の親と同じ生活水準になれない」という不安感を抱えています。
 海外へ留学する人が少ないというのは、その社会が成功したという証なんです。自分の国がうまくいっていて、将来に向かって希望が持てる状況であれば、誰も外に出ようと思わない。ただ、そこに閉塞感あるいは黄昏(たそがれ)感があって、将来に対する不安があるから人は移動する。
 若者が生まれ育った故郷を離れて言葉も食事も習慣も違うところに行くというのは、戦後の高度経済成長期における集団就職列車に似ています。青森弁を話す若者が、全然違う言葉である標準語の世界に行く。当時青森から東京まで、夜行で12時間かかりましたが、それは今の成田からニューヨークの時間と同じです。当時、自分の故郷の未来に対して不安があったから、彼らは農村から都市に出た。
 日本と海外の関係に目を向ければ、高度成長とバブルの間は「日本にいた方がいいじゃない」と多くの人が思っていたから海外への留学生は少なかったわけです。今また留学生が増えてきているのは、社会が必ずしも良い状況ではないからです。
 大学は日本企業の採用の仕組みにのっとって学生が就職できることを教育の目標とします。就職できる人材に育つ素質のある学生を入学させるために、大学は入試や面接を行う。そうすると高校は、その入試に合わせた教育になる。中等教育や高等教育のあり方は、企業の採用のあり方や働き方の仕組みによってトップダウン的に決まるんです。
 日本企業で伸びているところは、働き方や学生の採用の仕方を転換し始めています。インターンや大学での活動を重視したり、ボストンキャリアフォーラム(毎年ボストンで行われる日本人留学生などの日英バイリンガルを対象とした就職イベント)のような機会を活用したり、海外への留学生を中心に採用するということが広がりつつあります。
 こういった形で働き方や就職の多様性が広まっていけば、東大受験生も競合大学を視野に置く、世界の常識に近づくようになるでしょう。多様性に富む開成生の選択肢が東大とequivalent universityにもっと広がることは、日本にとって望ましいことだと思います。その観点に立てば、開成の東大合格者数がトップでなくなることは日本にとっても、開成にとっても望ましいことなのかもしれません。
開成学園の取り組み
──開成高校からも海外に進学する卒業生がいますが、開成の生徒や保護者は海外進学についてどういう考えを持っていますか
 まず保護者について説明すると、多くの保護者は息子に海外も視野に入れた人間になってほしいと考えています。今の中学生・高校生の保護者は40代から50代で、いわばビジネスの最前線で仕事をしている人。自分の息子の将来に関して「このまま日本のエリートコースに乗ったにしても、自分と同じ生活レベルまで到達できないのではないか」という漠然とした不安を感じています。
 生徒の場合、自分の将来像は部活や学校行事で出会った先輩の影響で決まります。開成は「進路指導」というものをしないので、「東大に行け」とも「海外に行け」とも言いません。生徒は海外に行った先輩を見て「あ、あの先輩が海外に行っちゃった。あの人でも行けるなら俺も行ける」と思うんです。そうなると海外への進学という選択が雲の上の夢物語ではなく、現実になっていく。
 そういった生徒をサポートするために、海外大学への進学やサマースクールについてカレッジフェアなどで説明しています。生徒に経験談をしゃべらせ、興味を持った後輩は自分で願書の書き方を調べて書く。「どうしても書き方が分からない」という問い合わせが来たら、そのときに初めて教えます。海外の学部受験をしたい生徒からの要望があったので、放課後にSATやTOEFLの講座を任意参加で開いています。
 海外進学を考える学生にとってハードルとなっているのは経済的な問題です。ハードルは高いですが、ハーバードやイェールの留学生向け奨学金を勝ち取る、あるいは柳井正財団などの奨励金に応募して、門戸を開くチャレンジが必要です。
──教員のみなさんのモチベーションは
 「もし生徒が求めるのであれば、それを支える組織を作りましょう」というのが昔からの開成の方針です。ネイティブの先生を中心に国際交流委員会を作り、先生方をアメリカに派遣して大学の視察をしてもらいました。まずは委員を毎年何人かずつ入れ替えながら、AO入試のメカニズムや、どういう準備が必要なのかを調べた。
 その次は生徒がたくさん行きたがるサマースクールの視察です。毎年やっていて、いろいろな科目の先生が行きました。良いサマースクールを見極めそこでの教育の質を調べるのが目的ですが、先生方にとってはアメリカの中等学校や大学の教育方法を参考にする良い機会にもなっています。
海外の良さ、東大の良さ
──海外の大学に進学することについて柳沢先生はどうお考えですか
 一口に海外進学と言っても、学部から海外に行くか、大学院から行くかで大きく違います。ハーバードで教えていたとき、日本から留学している学部生とボストンでBBQをしました。彼らは日本の高校で習った知識については日本語で話すんですが、大学で新しく得た知識については英語でしか知らないから英語でしゃべるんです。一方、大学院から海外に行った人は、だいたいのことを日本語で理解し日本語で考えている。
 学部にいる間というのは、新しい知識概念をどんどん得る時期です。それを日本語で学ぶのか、あるいは英語で学ぶのかという違いは非常に大きい。世界全体を見ると、学部教育を母語で学ぶ人は限られた国の学生です。世界の多くの優秀な若者たちは、学部レベルから英語の教科書で学び、その知識の概念を英語で持ち、英語で理解した学問体系で物事を見ている。頭の中での概念形成を母語と英語の両方で行った人は、母語だけの人と比べて相当クリエイティブです。
──東大の良さは
 一方で東大に進学することの良さは、前期教養課程があることです。東大の1,2年生は教養学部に割り振られ、2年生の夏に行われる「進学選択」によって自分が進む学部を決めます。この教養学部は形の上では、世界一のリベラルアーツ組織だと思っています。新入生3000人を教えられるだけの科目群がそろっている。
 教養課程はオーダメイドの注文服のようなもので、学生一人ひとりが自身のバックグラウンドや興味を踏まえた科目群を修め、その後の専門課程につながる学問体系を身に付けることを目的としています。東大以外のほとんどの日本の大学では高校生が専門を決めて受験しなくてはなりませんが、それだと高校時代に学んだことで大学の専攻を選ぶことになる。高校の科目群というのは、基本的な学問分野に限られており、ある意味偏っています。高校の理科で学ぶのは大学の理学部で研究していることばかりで、工学部の専門分野についてはほとんど知ることはできません。私が卒業したのは工学部の化学工学科(現・化学システム工学科)です。高校生のときに化学工学なんて知らないので興味の持ちようがありませんよ(笑)。東大の前期教養課程があったから化学工学を選ぶことができたんです。
 しかし、東大の教養課程にも問題がある。東大の教養課程はたくさんの科目群はそろっていますが、学生が何を履修すれば良いのかをアドバイスする仕組みが不十分。せっかく一人ひとりにオーダメイドの注文服を作る仕組みがあるのに、どんな服があなたに適していますというサポートをすることができていない。東大にはそういった助言を学生に与えるアドバイザーの制度があり教員が担当してはいますが、良いアドバイザーを適切に評価する仕組みがないのが問題です。



──柳沢先生は、ハーバードの大学院、東大、開成という三つの教育機関で学生と接しています
 内閣府が出した平成26年度の「子ども・若者白書」に世界7カ国の若者の自己肯定感と自信に関する比較調査があるのですが、どの世代でも日本はずば抜けて低い。
 就職して働き始めたら、強い自己肯定感と自信を持った海外の人材とガチンコでぶつかる。そのときに自分に自己肯定感と自信がなければ弾き飛ばされるでしょう。海外に進学することで得られるもののイメージとして「語学力」が挙げられますが、それはあくまでコミュニケーションのための技術です。むしろ、こういった自信や自己肯定感といった意識の問題に取り組むことこそが、グローバル化の時代の教育が果たすべき重要な役割です。
 自己肯定感と自信についての調査ではこういった結果が出ていますが、優秀さで言えば日本の高校生はアメリカの高校生より優秀です。東大の新1年生とハーバードの新1年生を比べたら、東大の新1年生の方が優秀なのは間違いありません。しかし大学入学後、日本の学生たちは大人にならない。受験勉強で燃え尽きてしまっていたり、大学を高校の延長のように感じていたり。自己肯定感と自信を養うには、一人暮らしの苦労を味わうことも重要です。東大生の保護者の皆さんには、ぜひお子さんを親元から離して一人暮らしをさせ、自立することの難しさを味わわせてあげてほしいですね。 

 柳沢校長の話からは、東大が「蹴られる」ことの背後に潜む、日本の産業界や高等教育の抱える問題点が浮き上がってくる。若い世代が日本の将来に不安を感じ、それが優秀な学生の海外進学につながるというのは、記者の周りを見ていても納得できる指摘だ。バブル崩壊後に生まれ、平成の不況とともに育ってきた学生たちは、少ない労働人口で高齢者を支えなくてはならない現状と縮小傾向の日本経済に不安を感じている。終身雇用が一般的でなくなり人生設計を立てるのが難しくなった今、優秀な学生ほど「どこで」「誰と」「何を」学ぶかに頭を悩ませている。
 一方で、海外の大学で学んだ優秀な学生を活かす仕組みができていない日本企業も多い。年功に応じた給与体系、副業禁止規定といった制度を嫌う優秀な学生が、活躍の場を海外に求めるのもうなずける。柳沢校長は「東大が蹴られることは日本にとって望ましいこと」と指摘するが、東大を蹴った学生の海外での活躍が、日本の産業界にも刺激を与えることになれば嬉しい。
 「蹴られる」ことは東大にとっても望ましいかもしれない。海外の競合大学を意識して日本のトップスクールの座にあぐらをかかず、学生・教員・職員それぞれが仕組みや態度を改善して、より良い学びと研究の場を作っていかなくてはならない。