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Victoire historique du Japon au Mondial
Le tremblement de terre de magnitude 6,1 a secoué la région d’Osaka vers 8 heures et provoqué l’arrêt de nombreux transports.
Le Japon est devenu la première équipe d’Asie à battre une équipe sud-américaine dans l’histoire de la Coupe du monde. Pour la Colombie, c’est avant tout la faute – de bras, touchant le ballon dans la surface – de Carlos Sanchez, premier joueur à recevoir un carton rouge dans ce Mondial. A la 4e minute, soit le deuxième carton rouge le plus rapide de l’histoire de la Coupe du monde, après l’Uruguayen José Batista, exclu en 1986 après 56 secondes par l’arbitre français Joë Quiniou. ≪ Un match se prépare à 11 contre 11, et perdre en trois minutes un joueur aussi important n’est pas simple ≫, a commenté philosophe José Pékerman, sélectionneur des Cafeteros.
A dix contre onze pendant près d’une heure et demie, la Colombie s’est mise toute seule en grande difficulté: elle a perdu contre l’adversaire supposé le plus faible de son groupe, le Japon (2-1), mardi à Saransk. La perspective d’un deuxième tour s’éloigne déjà.
Les Cafeteros restaient sur une belle Coupe du monde 2014: après un festival contre ces mêmes Japonais en poule (4-1), l’aventure s’était achevée en quarts de finale contre le Brésil avec un James Rodriguez en état de grâce.
Comme un symbole, la star du Bayern, de retour de blessure, était remplaçante au coup d’envoi. Et 90 minutes plus tard, l’édition 2018 commence bien mal pour les partenaires de Radamel Falcao, avec une défaite concédée malgré un joli coup franc de Juan Quintero (39e), sur des buts de Shinji Kagawa sur penalty (6e) et Yuya Osako de la tête (73e).
Voilà déjà la Colombie en difficulté, alors que ses prochains adversaires, la Pologne de Robert Lewandowski le 24 juin et le Sénégal de Sadio Mané le 28, semblent encore plus redoutables que le Japon. D’autant qu’elle sera privée au moins pour le premier des deux matches de son milieu Carlos Sanchez, premier joueur exclu de cette Coupe du monde dès la 3e minute du match.
≪ Venus pour autre chose ≫
Le joueur de la Fiorentina s’est rendu coupable d’une main dans sa surface de but, pour contrer un tir de Kagawa alors que le gardien colombien, David Ospina, venait d’aller à terre. Annihilation d’une action de but évidente dans la surface, la sanction est claire: carton rouge et penalty.
≪ Nous sommes venus pour autre chose, nous voulions des débuts avec la victoire. Un match se prépare à 11 contre 11, et perdre en trois minutes un joueur aussi important n’est pas simple ≫, a pesté le sélectionneur José Pékerman.
Le penalty a été transformé par Kagawa et la Colombie, à 10 contre 11 pendant le reste du match, a peiné pour revenir, malgré les efforts de son ‘Tigre’ de capitaine Falcao. Auteur d’une déviation poussant le gardien japonais Eiji Kawashima à une belle parade (12e), il n’est toutefois pour rien dans l’égalisation colombienne, oeuvre de Quintero.
Joueur de River Plate, ce dernier a tiré à ras de terre, sous le mur, et Kawashima a laissé le ballon rentrer dans son but malgré ses dénégations. A 1-1 à la mi-temps, les Colombiens pouvaient s’estimer heureux mais les assauts du Japon ont fini par être convertis en un but, sur corner et de la tête, donc.
Le résultat est plutôt logique vu le scénario du match, moins au vu du pedigree des deux adversaires. Mais le Japon, première nation asiatique à battre un pays sud-américain dans un Mondial selon le statisticien Opta, s’est montré tranchant et s’affirme comme un prétendant aux huitièmes de finale, qu’il n’a atteint que deux fois, en 2002 et 2010.
フランス語
フランス語の勉強?

雨です.まあ仕方ないですが,キソキソ2つで忙しくて何もできなかったです.夕方は英語の講演会?らしきものがあったようですが,よくわかりません.
ホコー?を考えないといけません.

気仙沼向洋高 サンマ缶詰め実習
 震災で被災した宮城県の気仙沼向洋高校で、仮設校舎では、最後となる名物のサンマの缶詰作りがピークを迎えています。
 気仙沼向洋高校では、授業の一環として毎年、サンマの缶詰作りを行っています。20日は、産業経済科の3年生40人が解凍された気仙沼産のサンマを一定の大きさに捌いた後、缶の中に均等に並べていきました。
 気仙沼向洋高校は、震災後の2011年11月から仮設校舎で授業を行っていますが、2018年の夏休み明けには、新しい校舎に移る予定で、仮設校舎での缶詰作りは、今回が最後です。
 高校では、2018年に5000個の缶詰を作ることにしていて、学校祭や市内のイベントなどで販売するほか、仮設校舎を離れる際にお世話になった地域の人たちに感謝の気持ちを込めて配る予定です。


向洋高 仮設で最後の水産実習
東日本大震災で被災したあと仮設の校舎で授業を続け、ことし夏に新校舎に移転する気仙沼向洋高校で、仮設校舎では最後となる水産実習が行われ、生徒たちがサンマの缶詰作りを体験しました。
「気仙沼向洋高校」は震災の津波で沿岸部にあった校舎が使えなくなり、7年間、プレハブの仮設校舎で授業を続けてきましたが、ことし夏に、新しい校舎に移転する予定です。
高校では、水産業を実際に体験しながら学ぶ「水産実習」を行っていて、20日は仮設校舎では最後の実習となる、サンマの缶詰づくりを体験しました。
生徒たちは作業を分担しながら、切り分けたサンマを手作業で缶の中に丁寧に詰めたあと、特製のたれを注いで機械に入れ、缶詰を作っていきます。
20日はおよそ1000個の缶詰を作り、今後、仮設校舎がある地域の人たちにこれまでの感謝の気持ちを込めて配るということです。
3年生の女子生徒は「ずっと仮設にいたので、愛着があります。地域の人においしく食べてもらえるとうれしいです」と話していました。
震災の影響で、県内では一時、公立の小中学校と高校あわせて23校でプレハブ校舎が使われましたが、向洋高校が移転することで一部の特別教室で仮設を利用している学校を除き、プレハブ校舎を使う学校はなくなる見通しです。


大阪震度6弱 断続的に雨、余震も 1585人が避難
 地震発生から3日目を迎えた被災地では20日、断続的に雨が降り、震源地に近い地域では避難指示や避難勧告が出された。余震も続いており、大阪府によると、高槻市や茨木市などで午後3時現在、311カ所に1585人が避難を続けている。気象庁は地震で地盤が緩んだ地域の土砂災害への注意を呼びかけている。
 大阪管区気象台によると、近畿地方は梅雨前線の影響で、降雨が被災地を含め広範囲に及んだ。20日午後7時半ごろまでの24時間雨量は、大阪市57.5ミリ▽大阪府枚方市49ミリ▽豊中市46.5ミリ▽茨木市45ミリ−−を記録。21日は梅雨前線が四国の南まで下がり、強い雨は収まる見込みという。
 毎日新聞の20日午後7時半現在の集計では、箕面、枚方両市が余震や土砂災害を想定し、計14世帯41人に避難指示を継続している。
 大阪府によると、府内では住宅391棟が一部損壊。ただし、震度6弱を観測した高槻、茨木両市の被害数が反映されておらず、今後大幅に増える可能性がある。【渡辺諒、津久井達】


<大阪北部地震>危険な塀の把握 東北各市温度差 通学路安全確保道半ば
 大阪府北部地震で再び注目されたブロック塀の危険性。東北各県の県庁所在地を見ると、通学路への設置状況などの把握はばらつきが生じている。40年前の宮城県沖地震を経てブロック塀の建築基準が見直されてはいるものの、安全確保の取り組みは道半ばだ。
 市内のブロック塀の数、場所を全く把握していないのは福島市と青森市。福島市開発建築指導課は「ブロック塀の設置には申請が不要なので把握が難しい」と話す。
 危険なブロック塀が存在しないわけではない。福島市中心部でも、通学路になっている国道で、一部が欠けて鉄骨が露出している場所がある。約250メートル先には小学校があり、朝夕には多くの児童が歩いている。
 大阪府北部地震で児童らが犠牲になったのを受け、国はブロック塀の安全点検に着手する方針。市危機管理室は「痛ましい事故だった。国の方針を踏まえて今後しっかり調査する」と語る。
 対照的に大半を把握しているのは秋田市。市内41小学校のうち、市教委から情報提供があった34校について周辺を調査した。2005〜17年度で計207カ所を確認し、うち半数が「要注意」か「危険」と判定したという。
 山形、盛岡両市は全ての小学校の通学路を点検している。ただ、調査時期は山形が03、04年度、盛岡が05〜10年度。「建て替えなどがなければ老朽化している可能性は否定できない」(山形市建築指導課)という。
 仙台市は1996〜03年度の調査で、全ての小学校などの避難施設周辺、公道に面した4万7449カ所の塀を確認。その後も追跡調査し、17年度末時点で撤去が必要な24カ所を割り出している。市は撤去費用を最大15万円助成する制度の利用を促している。 市建築指導課の担当者は「仙台は宮城県沖地震を経験した。危険な場所を抽出し、根気強く対策していく必要があると考えている」と話している。
[メモ]建築基準法施行令はブロック塀の内部を鉄筋で補強するほか、1.2メートルより高い場合は直角方向に「控え壁」を3.4メートル以内の間隔で取り付け、強度を確保するよう定めている。1978年の宮城県沖地震で多くが倒壊したのを受け、81年の改正で構造基準を厳格化した。厚さ(15センチ以上)や鉄筋の太さ(9ミリ以上)は変わらないが、高さの上限は3メートルから2.2メートルに引き下げられた。


<大阪北部地震>気仙沼市、小中学校周辺を点検 塀のひびなど5校で確認
 大阪府北部で18日に起きた地震を受け、宮城県内で19日、自治体による職員派遣や募金箱の設置など被災地支援の動きが広がった。通学路にあるブロック塀の点検も行われ、地域の安全確保に向けた取り組みが本格化した。
 気仙沼市は19日、市内の小中学校5校の周辺で、ひびが入ったブロック塀などを確認したと発表した。18日に26校で緊急点検し、19日の定例記者会見で、菅原茂市長が説明した。
 松岩中では近所の民家のブロック塀にひびが入っていた。鹿折中は焼却炉の囲いに、大島小では使用していない屋外トイレにブロックが使われていた。大島中は石でできた門があった。
 菅原市長は「宮城県教委の指針に沿いながら通学路の安全を確認し、対策を徹底したい」と話した。
 市教委は19日、大谷小校門付近にあるブロック塀を点検した。建築士の資格がある市教委職員や学校関係者が現地を調査した。市道沿いにある30年前以上に造られたという長さ約50メートル、高さ約1〜1.3メートルのブロック塀の安全性を確認した。
 小野寺直樹校長は「安全と判断されたが、子どもたちには災害時に落下物や塀の倒壊などに気を付けるよう指導したい」と話した。


<大阪北部地震>仙台市職員現地入り 支援ニーズ把握へ
 現地の支援ニーズをいち早く把握するため、仙台市危機管理室の職員2人が19日、先遣隊として大阪市に入った。2人は同市の担当者から被害の状況を聞き、避難所を視察した。
 派遣されたのは、被災自治体の首長の陣頭指揮を助ける総務省「災害マネジメント総括支援員」に登録する参事の荒木秀雄さん(56)と、2016年の熊本地震でも先遣隊として現地入りした主査の平吹聡さん(38)。共に東日本大震災後の行政対応を経験した。 仙台市は2人の報告を踏まえ、職員派遣や物資提供、避難所運営の応援など具体的な対応策を検討する。
 市役所前で19日朝、出発式があり、郡和子市長は「被災者のニーズに沿った支援を探ってほしい」と訓示。荒木さんは「(初期のニーズのほか)災害ごみの処理や罹災(りさい)証明書の発行など将来的なニーズもつかみたい」と決意を語った。
 平吹さんは「震災で応援を受け、熊本地震で応援した経験がある。被災者支援や復旧手続きの助言ができたらいい」と話した。


避難所の役割/誰にも開かれた受け皿に
 大阪府北部で起きた地震は、大災害に対する都市機能のもろさを浮き彫りにした。その最たるものが、交通網のまひがもたらした混乱の拡大だ。
 震源の周辺は住宅地や商業地などが広がる大都市近郊のエリアで、最大震度6弱の被害は大阪市の都心部にまで及んだ。
 JR西日本や阪急、阪神などの私鉄が運転を見合わせたことで、多くの人が通勤・通学などの途上で立ち往生した。
 移動の手段がない。帰るに帰れない。そうした人たちが駆け込んだのが、鉄道沿線の地域で開設された避難所である。
 都市部の災害対策では、行き場のない「交通難民」の受け皿にもなるよう、避難所のあり方を検討する必要がある。
 大災害の場合は、都道府県が市町村と協力して避難所を開設する。場所や施設は防災計画であらかじめ選定されている。
 今回の地震では、ピーク時に大阪府内で大阪、高槻市などに約600カ所の避難所が設けられ、約2200人が身を寄せた。兵庫県内でも神戸、尼崎などで15カ所が開設された。
 大阪では避難指示などが出された地域もある。ただほとんどは「家にいると不安」と自主避難した住民だった。いち早い開設が不安軽減につながった。
 その中には、交通網の混乱で行く場所を失った人も含まれていた。たまたまその場所で災害に巻き込まれた人が一時的に身を置く場にもなった。
 都市部の災害では、多くの人が一度に足を奪われる。今回も新幹線を含めた鉄道の運行停止で、400万人近くが影響を受けた。線路上で停止した電車の中や駅構内などでひたすら復旧を待つ姿も見られた。
 兵庫県の指針では、避難所は帰宅困難者の受け入れが想定されている。今後は足止めを食った旅行者など、多様な被災者への対応を考えねばならない。
 いつどこで災害に遭うかは、誰にも分からない。地元の地図を提供するなどの配慮は安心につながる。海外からの旅行者も増えており、外国語の災害マニュアルを用意する必要もあるだろう。
 誰にも開かれた避難所とするための知恵を、官民で出し合いたい。


小中学校のブロック塀対策 通学路の安全を最優先に
 大阪府北部を中心とする地震で小学校のブロック塀が倒壊し、女児が犠牲になった。この事態を受けて、文部科学省は全国の教育委員会に緊急点検を要請した。
 大阪府高槻市のケースでは、震度6弱の地震で、学校のプール沿いにあるブロック塀が通学路に倒壊した。高さ3・5メートルと建築基準法の規制を大きく超え、強化策も施されない違法状態のまま放置されていた。
 ブロック塀は、外部からプールへの視線を遮る意味もあったのだろう。同様の「目隠し」対策は多くの学校で実施している可能性がある。
 建築基準法などに違反していないか、危険な塀はすぐにリストアップし、速やかに対策を講じなければならない。防護ネットや金属フェンスといったより軽量な材質の使用も進めるべきだろう。
 今回の事態で改めて指摘しなければならないのは、学校を囲うブロック塀が学校の安全対策の死角になっていたことだ。文科省は実態を把握していなかった。
 学校の耐震化は、校舎や体育館など建物を優先に進められてきた。子供たちが日中の時間の大半を過ごす場所というのが理由だ。
 文科省調査では昨年4月時点で、公立小中学校約11万7000棟のうち、98・8%で耐震化が完了している。講堂などの「つり天井」も97・1%で落下防止策が済んでいる。
 同省は昨年2月、公立小中学校のブロック塀などを定期的に点検するよう各教委に通知している。ただ、チェック項目は亀裂や傾きの有無などだった。対応が後手に回っていたのではないか。
 ブロック塀の危険性は、1978年の宮城県沖地震でクローズアップされた。18人が下敷きになり亡くなっている。これを教訓に、建築基準法施行令が見直され、高さ制限の引き下げなど規制が強化された。
 だが、40年たって危険性に対する意識が風化していたのではないか。自治体の財政事情もあるだろうが、学校の安全確保は譲れない。
 今回の地震では、通学路での見守り活動に向かう途中だった80歳の男性も民家のブロック塀の下敷きになり亡くなった。民間や地域も協力し、通学路の安全を再点検し、必要な手立てを講じる必要がある。


大阪北部地震で注目…活断層“直撃リスク”のある「17原発」
 17日の震度5弱(M4.6)の群馬・渋川の地震に続いて、18日は震度6弱(M6.1)の地震が大阪北部を揺らした。ともに、内陸部の活断層で発生する直下型地震だが、日本列島には、なんと2000以上の活断層が走っている。東西で起きた連日の直下型地震は、一刻も早い脱原発を促しているようだ。ところが、九電は16日、玄海原発4号機を再稼働。新潟県の花角知事は、選挙中の姿勢を一転させ、柏崎刈羽原発の再稼働容認の姿勢に転じている。
 群馬の地震は、内陸直下で断層が押されて上下にずれた。大阪の震源地付近には大阪府内を南北に走る断層帯や、兵庫県から大阪府へ東西に走る断層帯が集中。有馬―高槻断層帯の水平ずれと、生駒断層帯の上下ずれが同時に起きたとみられている。
 日刊ゲンダイが、全国の原発と断層帯を調べたところ、原発近くに大きな断層帯が走っていたり、敷地内にも断層が確認されていることが分かった。
 原子力規制委の新規制基準では、活断層の真上に原発の重要施設を建設することは禁じられている。
「電力会社は、大きな断層帯は真上ではなく原発の周辺だと言い、敷地内の断層は活断層ではないという理屈で、規制委も追認しています。安全は横に置き“再稼働ありき”で進めてきているのです」(反原発の市民団体関係者)
 佐賀県・玄海原発の周辺には、川久保断層など8本も断層帯があるが、九電の「敷地内には活断層がない」という主張がまかり通り、今年3月に3号機、先週16日には4号機が再稼働した。
 花角新知事が、任期中の再稼働を示唆した柏崎刈羽原発の敷地内には23本もの断層があり、一部は6、7号機の真下を通る。東電は「20万年前以降は動いておらず活動性はない」と言い張るが、立命館大教授の高橋学氏(災害リスクマネジメント)が、あきれてこう言う。
「そんなの詭弁ですよ。断層になっている以上、いつ動いてもおかしくありません。現在、日本列島は、太平洋プレートが北米プレートを、フィリピン海プレートがユーラシアプレートを押していて活発化しています。マグマだまりを押し出すので、火山の噴火が頻発していますが、内陸部の断層のズレも引き起こします。これが直下型地震です。今後も各地で頻繁に起こることは間違いありません」
 高橋教授によると、2000本以上の活断層というが、無名の断層も含めれば、実際には数万本以上はあるという。すべての断層がいつズレてもおかしくない。それなのに、原発再稼働に邁進とは愚の骨頂である。
「1973年のオイルショック以来、クリーンなエネルギーとして原発が語られてきましたが、政府も国民もプレートや活断層などの問題からは目をそらしてきました。地震の脅威を目のあたりに、大きなお荷物がようやく見えてきたと言えます。仮に、全原発の稼働を止めても、原発に放射性廃棄物が残っている以上、地震や津波が襲えばおしまいです。廃炉と簡単に言いますが、廃棄物を取り出す方法も、持っていく場所も決まっていません。放射能が緩和されるには、200年以上かかるといわれています。日本列島には、1基の原発も建ててはいけなかったのです」(高橋学教授)
 一刻も早く、脱原発に舵を切って、知恵を出し合うしかない。今も、プレートは活断層をグイグイ刺激している。


[大阪北部地震]都市の盲点を洗い直せ
 大阪府北部で震度6弱を観測した地震は、浅い地下で起きた典型的な都市直下型地震だった。
 地震の規模はマグニチュード(M)6・1。1995年1月の阪神淡路大震災や2016年4月の熊本地震に比べ規模は小さいが、被害は各面に及んだ。
 鉄道や高速道路などの交通網はマヒし、電気・水道・ガスなどのライフラインは寸断された。ビルやマンションではエレベーターが緊急停止し、中に閉じ込められるケースが相次いだ。
 ブロック塀やたんす、本棚などの下敷きになり5人が死亡、300人を超えるけが人が出た。
 一般に、建物が頑丈で耐震化が進む大都市は地震に強い印象を与える。
 交通網やライフラインが網の目のように張り巡らされ、あらゆる機能が集中する大都市は、まさにそれ故に、多くの盲点を抱えていることが、あらためて浮き彫りになったのである。
 大阪府高槻市・市立寿栄小学校4年の三宅璃奈さん(9)は、安全のため緑色に塗装した通学路を歩いていたとき、学校のプールのブロック塀が道路側に倒れ、下敷きになって亡くなった。
 大阪市東淀川区の安井実さん(80)は、いつものように市立新庄小学校に登校する児童の見守り活動に向かう途中、民家のブロック塀が倒壊し、下敷きになって死亡した。
 果たして過去の教訓は生かされたのか。インフラの老朽化に対処し得ているのか。緻密な検証が必要だ。
■    ■
 1978年の宮城県沖地震では、ブロック塀の倒壊などで18人が死亡した。
 この地震を教訓に、政府は建築基準法を改正し、同施行令でブロック塀の高さの上限を「3メートル」から「2・2メートル」に下げた。
 寿栄小学校のプールのブロック塀は、高さ1・9メートルの基礎部分の上に1・6メートルのブロックが積み上げられ、全体の高さは施行令の上限を上回る3・5メートルに達していた。
 プールが外から見えないようにブロック塀を高くした、のだという。
 高槻市は、三宅さんが下敷きになったブロック塀について、建築基準法に違反していたことを認めた。
 学校の耐震化は進んだものの、ブロック塀については、多くの場所で手つかずのままだ。
 まずは全国の公立小中学校のブロック塀について、緊急点検を実施し現状を把握する必要がある。
■    ■
 大阪府で震度6弱を観測したのは、観測態勢が整った23年1月以降、初めてだという。
 気象庁は、今回のようなM6程度の地震は全国どこでも起こりうる、と警鐘を鳴らしている。
 「沖縄は問題ない」と、安易に決めつけるのは危険だ。一時的な安心感は得られるかもしれないが、防災・減災対策がおろそかになるおそれがある。
 備えあれば憂いなし。恐れず、あなどらず、リスクに適切に対処することが重要である。


大阪北部地震  京滋の断層にも要注意
 体に感じる余震が続いている。大雨も心配だ。
 5人が亡くなるなど、多大の被害と混乱をもたらした大阪府北部地震。地震の揺れで家屋や建物が傷んでいる恐れもあり、しばらくは余震による倒壊などに十分注意したい。
 続発するのが余震とは限らない。2年前の熊本地震では、最初の発生より強い地震が約28時間後に起きている。今回も本震と同規模地震が発生する可能性が指摘されている。心得ておく必要がある。
 政府の地震調査委員会は、地震発生につながった断層帯を特定できなかったとした。震源の高槻市周辺には「有馬−高槻」「生駒」「上町」の3断層帯が集まっている。最大震度6弱の揺れだったが、マグニチュード(M)が6・1と比較的小さく、断層のずれが地表に及ばなかったことから、どの断層か特定するのは難しかったという。
 その上で調査委員長は、もっと強い揺れの地震が起きる可能性に加えて、今回とは別の場所で発生する可能性に言及している。
 京都や滋賀にも断層が走っている。今回の震源地近くには、京都西山断層帯があり、西北に延びている。政府の地震調査研究推進本部の評価では、この断層でM7・5程度の地震が30年以内に発生する確率はほぼ0%〜0・8%。上町断層帯の2〜3%に比べれば小さいが、それでも気になる。
 ほかにも91年前に北丹後地震を起こした府北部の山田断層、さらに府南部の花折断層がある。滋賀では琵琶湖西岸断層が走っていて、発生確率が比較的高い。
 地震本部がホームページで公開する全国地震動予測地図をみれば、近くの断層が分かる。30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図は、京滋の市街地や大阪の都市部と重なっている。
 地震の揺れが激しくなる軟弱地盤に多くの街が形成されており、被害を大きくする。リスク軽減の街づくりや避難、情報発信など都市直下型地震の対策をハード・ソフト両面から急がないといけない。今回の地震によって突きつけられた課題だ。
 大雨の予報が出ている。地震で地盤が緩んだ地域では土砂災害が心配だ。ハザードマップなどで危険箇所や避難場所を確認しておき、危険が迫る前に避難するようにしたい。
 まず身を守るのが肝要だ。その上で周囲の高齢者ら災害弱者に目を配ってほしい。


大阪府北部地震/一歩ずつ町並みの安全を
 大阪府北部を震源とした推定マグニチュード(M)6.1、最大震度6弱の地震は、われわれが住む街に普段は気付かない危険が潜んでいることを示した。備えを急がなければならない。
 今回の地震では人的被害のほか、停電や断水、ガスの供給停止に加え、鉄道の運転見合わせにより交通が混乱した。都市のライフラインが震災に対して依然として脆弱(ぜいじゃく)であることがあらわになった。
 専門家は「M6クラスの地震は、どこでいつ起きてもおかしくない」という見解で一致している。既知の活断層は地図が公開されているが、活断層の有無にかかわらず、日本列島のどこであっても地震から逃れられない宿命を再確認したい。
 この地震により、学校プールの外側でブロック塀が倒壊し、歩いていた小4女児が亡くなったのは痛恨事だった。
 子どもを守るべき学校施設で安全配慮が欠けていたことは深刻だ。関係者には猛省が求められる。閣僚から直ちに総点検の指示がなされたことは当然だろう。全国各地で当事者意識を持って取り組んでもらいたい。
 ブロック塀の危険性が知られるようになったのは40年前、1978年の宮城県沖地震だった。死者の半数以上がブロック塀倒壊の被害で、建築基準法が改正、強化される契機となった。
 その後、未明に起きた阪神大震災や、津波被害と原発事故が目立った東日本大震災では、その危うさは指摘されなかったものの、被災地では倒れたブロック、傾いた塀が通行を阻み、被災住民が危険にさらされた。
 建造物の耐震の重要性については、震度7の激しい揺れが2度発生した2016年の熊本地震を思い出したい。
 耐震基準は、震度6強から7に及ぶ大地震でも建物が倒壊、崩壊しないことを求めているが、震度7が繰り返されることは想定していなかった。2度目の揺れで多くの家が倒れ、人命が失われた。ブロック塀の倒壊でも1人が亡くなった。度重なる震災で、日本の建物は確かに地震に強くなった。だが、とても十分とはいえない。
 正しい知識を持ち、過去の痛ましい被害に学ばなければならない。自分が暮らす生活圏、移動経路のどこに危険が潜んでいるか。街を歩いてみてほしい。ブロック塀ばかりでなく、屋根瓦、建物の外壁、ガラス窓など、どこにでも危うさは目につく。
 自らが所有、管理している建物に危険を感じたら、思わぬ加害者にならないためにも、安全のために手を掛けることを考えてほしい。自治体の多くが、耐震補強工事への補助金を予算化しているが、利用者が少ないのは残念なことだ。直ちに建て替えることが難しければ、専門家のチェックを受けて応急の補修を施せば、次の地震で胸をなで下ろす結果になるかもしれない。そうした積み重ねが、町並みを一歩ずつでも安全にする。
 各地の小中学校では防災教育の一環として、通学路や家の周りで、震災、水害などの際の危険箇所を調べる授業があるという。日頃からどこが危ないかを意識しているかどうかが、とっさのときに生死を分ける可能性がある。大人も見習うべきだろう。


街に潜む危険 備え急げ/大阪北部地震
 大阪府北部を震源とした推定マグニチュード(M)6・1、最大震度6弱の地震は、われわれが住む街に普段は気付かない危険が潜んでいることを示した。備えを急がなければならない。
 今回の地震では人的被害のほか、停電や断水、ガスの供給停止に加え、鉄道の運転見合わせにより交通が混乱した。都市のライフラインが震災に対して依然として脆弱(ぜいじゃく)であることがあらわになった。
 専門家は「M6クラスの地震は、どこでいつ起きてもおかしくない」という見解で一致している。既知の活断層は地図が公開されているが、活断層の有無にかかわらず、日本列島のどこであっても地震から逃れられない宿命を再確認したい。
 この地震により、学校プールの外側でブロック塀が倒壊し、歩いていた小4女児が亡くなったのは痛恨事だった。
 子どもを守るべき学校施設で安全配慮が欠けていたことは深刻だ。関係者には猛省が求められる。閣僚から直ちに総点検の指示がなされたことは当然だろう。県内はもとより全国各地で当事者意識を持って取り組んでもらいたい。
 ブロック塀の危険性が知られるようになったのは40年前、1978年の宮城県沖地震だった。死者の半数以上がブロック塀倒壊の被害で、建築基準法が改正、強化される契機となった。
 その後、未明に起きた阪神大震災や、津波被害と原発事故が目立った東日本大震災では、その危うさは指摘されなかったものの、被災地では倒れたブロック、傾いた塀が通行を阻み、被災住民が危険にさらされた。
 建造物の耐震の重要性については、震度7の激しい揺れが2度発生した2016年の熊本地震を思い出したい。
 耐震基準は、震度6強から7に及ぶ大地震でも建物が倒壊、崩壊しないことを求めているが、震度7が繰り返されることは想定していなかった。2度目の揺れで多くの家が倒れ、人命が失われた。ブロック塀の倒壊でも1人が亡くなった。度重なる震災で、日本の建物は地震に強くなったが、十分とはいえない。
 正しい知識を持ち、過去の痛ましい被害に学ばなければならない。自分が暮らし、働く地域に、どのような震災が起き得るか。生活圏、移動経路のどこに危険が潜んでいるか。想像力を最大限に働かせて、街を歩いてみてほしい。


大阪北部地震 県内観光業も影響大、風評被害懸念
 大阪府北部で発生した地震は、兵庫県内の観光業にも大きな影響を与えた。神戸市内のホテルでは地震当日の18日から宿泊や宴会予約のキャンセルが出て、業界関係者からは風評被害を懸念する声も聞かれた。一方、営業を見合わせていた百貨店など小売り各社は19日、順次営業を再開。操業停止していた工場も多くが通常操業に戻ったが、一部は稼働に向けた復旧作業を続けるなど影響が残る。(まとめ・三島大一郎)
 神戸ポートピアホテル(同市中央区)では、18〜20日に企業の団体予約などが入っていたが、日程変更を含め計100室の取り消しがあった。「大阪の地震というイメージが強いから」(担当者)か、外国人観光客からの問い合わせはないという。
 有馬グランドホテル(同市北区)は18日以降に約200人、ホテルオークラ神戸(同市中央区)は約40人のキャンセルがあった。
 さらにオークラでは今週から来週にかけて予定されていた企業関連の宿泊を伴う宴会2件も取り消しに。担当者は「2件合わせると千人規模だった。経営面では痛いが、神戸は大丈夫だということを丁寧に説明していくしかない」とした。
 神戸メリケンパークオリエンタルホテル(同)は18〜19日の宿泊やレストランの予約にキャンセルが出たものの、20日以降のキャンセルは現段階でないという。同ホテルの松岡正副総支配人(47)は「風評被害などが出てくるのはこれから。神戸での宿泊にマイナスとならないように対応したい」と話した。
 一方、大丸神戸店(神戸市中央区)は19日、全フロアでの営業を2日ぶりに再開した。前日は、交通網の乱れで多くの従業員が出勤できず、地下1階の食品フロアのみで営業。休業情報などを張り紙やホームページ上で伝えるなど対応に追われた。
 この日は、同店の「元町玄関」前に開店前から約40人の客が列をなした。午前10時、扉が開けられると買い物客らは笑顔でお目当ての売り場へ。店内に日常風景が戻り、出迎えた従業員らは一様に安堵の表情を浮かべていた。
 よく買い物に訪れるという神戸市垂水区の主婦(70)は「地震当日は阪神・淡路大震災を思い出して震えていた」と涙を浮かべた。「いつも立ち寄る百貨店が営業していて少しほっとした」
 同市西区の女性会社員(23)は友人と一緒にそごう神戸店(同市中央区)を訪れた。「地震の影響で職場もバタバタしていた。(そごうに)買い物に来て日常に戻ったと実感できた」と話していた。
 製造業でも操業を再開する工場が相次いだ。水漏れや壁のはがれなどの被害を受けた三菱電機の尼崎、伊丹両市の工場と、住友電気工業伊丹製作所(伊丹市)は補修や安全確認を終え、全面稼働した。
 一方、水道管を製造するクボタ阪神工場(尼崎市)は鉄をつくる溶解炉が停止。別の1基を稼働させるまでに数日を要するため、操業再開は早くても22日になる見通しという。


[大阪北部地震] ブロック塀対策を急げ
 大阪府北部を襲った地震で、2人が倒壊したブロック塀の下敷きになって命を落とした。危険性が指摘されて久しいブロック塀対策の遅れが、改めて浮き彫りになった。
 全国の至る所に老朽化したブロック塀が残る。
 国や自治体はブロック塀にも安全基準があることを住民に周知し、地域ぐるみで補強や撤去などの対策を急がなければならない。
 大阪府高槻市の9歳女児は、最も安全であるべき通学路で犠牲になった。しかも、倒壊したのは小学校のブロック塀だ。塀の点検や通学路の危険箇所確認が徹底されていれば、被害を防げた可能性もある。そう考えると残念でならない。
 自治体は通学路をはじめ、学校を含む公共施設の点検を早急に進めてほしい。
 市によると、小学校の塀は高さ約1.9メートルの基礎の上に約1.6メートルのブロック塀を設置してあり、高さは計約3.5メートルあった。これは建築基準法施行令で定める「2.2メートル以下」という基準を超えている。
 法令で設置が定められている、塀を支えて強度を高める「控え壁」もなかった。学校側の管理に問題がなかったか問われそうだ。
 ブロック塀倒壊による被害は何度も繰り返されている。
 1978年の宮城県沖地震では石塀などの被害を含め18人が亡くなった。これを機に、国はブロック塀の高さ制限の厳格化など耐震基準を強化した。
 だが、その後の地震でもブロック塀の倒壊で犠牲者が出ており、過去の教訓が生かされなかったと言わざるを得ない。
 建物の耐震強化は阪神大震災や東日本大震災を経て大きく進み、全国の公立小中学校では、校舎など11万棟余りのほとんどで対策を終えた。一方で、ブロック塀の対策は後手に回っていたといえる。
 ブロック塀の強度に安全基準があることを知らない人は少なくないだろう。私有のブロック塀の補強や撤去の費用を助成する自治体もあるが、利用は低調だ。
 倒れたブロック塀が緊急車両や避難の妨げになる恐れもあり、実効性のある対策が急務だ。
 震度6弱の地震は全国どこでも起きる可能性がある。犠牲者を出さないためには、建物外壁や看板の落下、自動販売機の転倒といった街中に潜む危険を取り除くことも必要だ。
 今回の地震では、家具の転倒による犠牲者も出た。自宅や職場で家具類の転倒防止策を講じることも忘れてはならない。


大阪市長のツイートで学校混乱 通常授業、一転休校に
 18日に大阪北部を襲った震度6弱の地震。大阪市の吉村洋文市長が地震後に「安全確保のため、全て休校にする指示を出した」とツイッターで発信し、通常どおり授業を始めていた学校で保護者から問い合わせが相次いでいたことが20日までに分かった。「市長の一方的発信で混乱を招いた」と批判が上がっている。
 地震は児童、生徒が登校し始めていた午前8時前に発生。一斉休校を知らせる市長のツイートは9時20分ごろで、市長は「既に登校している児童生徒は学校で安全確保する」と続けた。だが市教育委員会が各学校に臨時休校を指示するメールを送ったのは、1時間半もたった11時すぎだった。


旧大槌庁舎解体 町が背負うものの重さ
 17日の夕刻、解体が迫る旧大槌町役場庁舎を訪れ、祭壇で手を合わせた。
 東日本大震災津波で町長、町職員ら39人が犠牲になった町の旧庁舎。いくつも疑問が浮かぶ。あの日、なぜ町は避難指示を出せなかったのか。なぜ災害対策本部を高台の中央公民館ではなく、浸水区域の役場前に設置したのか。
 庁舎がなくても、防災意識を次代に確実に継承することは可能か。複雑な思いを抱えた遺族の心の置き所はどこにあるのか。
 いずれも、明確な答えは見いだせない。だが「解体後に何が残るのか」という問いに対する答えは明らかだ。
 このままでは、分断しか残らない。
 18日、解体工事が始まった。住民が盛岡地裁に工事差し止めの仮処分申し立てなどを行っているが、「粛々と進めていく」と町長。庁舎本体の取り壊しは25日ごろから始まる見込みだ。
 解体に突き進む側と、保存や熟慮を願う側の深い溝。なぜ、ここまでこじれたのか。町民一丸で取り組むべき震災の教訓の継承という問題を、庁舎の存廃問題に矮小(わいしょう)化し、選挙の争点にしてしまったことが尾を引いている。
 2015年の町長選で、解体を訴えた現職が当選。庁舎問題が再燃し、町を二分する議論となり、住民説明会でも溝は埋まらなかった。今年3月、町議会が解体関連予算を可決した際も、賛成と反対が同数となり、議長裁決で決着した経緯がある。
 「目に耐え難い思いを感じている人に寄り添う」と、異論に耳を傾けず解体を推進した町長。解体が近づくにつれて遺族の心は揺れ動き、庁舎内部の見学を願う声も上がったが、町は公開しないまま工事に踏み切った。
 分断を埋めることはできるだろうか。町に「熟慮」を訴えてきた「おおづちの未来と命を考える会」は17日、町内で住民集会を開いた。解体反対の決起集会ではなく、「解体の賛否以前に、二度と災禍を繰り返さないため、みんなで手を携え進む」ことを趣旨に掲げた。
 庁舎が解体されても、時計のある部分だけを保存するといった「第三の道」を模索する必要性などが提唱され、今後も継続的に意見交換していくことを確認した。
 ただ、この場に町幹部の姿はなかった。
 保存か解体かの対立項は、解体でおのずと消える。だが、存廃論議の過程で置き去りにされた心のわだかまりが消えることはないだろう。
 住民集会が趣旨に掲げたような、分断を超え同じ土俵で未来を共に考える道を見いだせるか。町は、庁舎の存廃以上に大きな岐路に立つ。


残り11万枚超の被災写真返却 復興協が再登板 気仙沼市が実績買う 「出張閲覧」など計画
 気仙沼市でボランティアの受け入れなどを手掛ける一般社団法人「気仙沼復興協会」が、東日本大震災の津波で流された写真などを持ち主に返す事業を、市の委託を受け2年ぶりに実施する。2017年度は市単独で行ったが1枚も返却できず、16年度まで約90万枚を返却した実績がある同協会に白羽の矢が立った。
 市が保管する持ち主不明の写真は約11万5000枚、ランドセルや位牌(いはい)などの物品も約1800点ある。同市唐桑町の小原木公民館で展示している。
 希望者は同市波路上にある協会事務所のパソコンで、データベース化した写真を閲覧。公民館で実物を受け取るか、印刷してもらうことができる。
 事業は協会が11年6月に始めた。写真約100万枚、物品約4000点をボランティアらが洗浄し、市内各地で展示。仮設住宅などで出張の閲覧会も行った。
 財源だった国の緊急雇用創出事業が16年度末で終了したため、市は昨年度、協会への委託を打ち切った。
 市危機管理課に写真を閲覧できるパソコンを設けたが認知度は低く、人手不足などで出張閲覧会も未開催。土、日曜や祝日は閉庁ということもあり、1年間の閲覧は5件にとどまった。
 このため市は、ノウハウのある協会に事業を再委託することにした。ボランティア受け入れ事業を含む委託料は約670万円。市の担当者は「パソコンの閲覧には1時間近くかかる。希望者に丁寧に対応するためにも協会の協力は必要だ」と話す。
 協会は震災を機に地元を離れた住民らを想定し、仙台市や首都圏などでも出張閲覧会を開催したい考え。連絡先などが書かれた物品を調べ、持ち主に直接、接触する計画も立てている。
 同協会事務局長の千葉貴弘さん(43)は「震災から7年たち、ようやく気持ちに余裕が生まれた被災者もいる。多くの人に返却できるよう努めたい」と話す。
 連絡先は同協会0226(27)3882。水曜定休。


<岩手・宮城内陸地震10年>あの日と歩む(4)伝える 防災の意識 次世代へ
 岩手・宮城内陸地震は山々の連なりに深い傷痕を残した。地滑りや山崩れによる土木関連被害は、秋田を加えた3県で計約800カ所。国内最大規模の山地崩落が起きた栗原市の荒戸沢、谷底へ橋が落下した一関市の旧祭畤(まつるべ)大橋などが内陸直下型地震の脅威を今に伝える。貴重な震災遺構を生かし、明日への教訓にしようと奮闘する人々がいる。
◎栗原市若柳藤村哲雄さん(69)
 「ここのブナは開拓後の二次林」「あそこが水系の分水嶺(れい)です」。栗原市栗駒の高原地帯。案内役の藤村哲雄さん(69)の流れるような説明が続く。
 栗駒山麓ジオパーク推進協議会に登録する41人のジオガイドの一人だ。協議会の部会長も務める。月に2、3回、学習会や視察ツアーでガイドを受け持っている。
 内陸地震では荒砥沢崩落地などがジオパークに認定された。現地案内を通し、悲劇の風化を防ぎ、次代に防災意識をつなぐのが自らの役割と見定めている。
 一関高専で技術職員として働いた。定年間近だった2008年、自宅のある栗原市若柳から車で一関市内に通う途中、被災した。12年に妻に誘われジオガイド養成講座を受講。妻は脱落したが「中途半端にしない」と踏ん張った。
 案内する対象は地元の子どもたちが多い。地滑りのイラストなどを準備して現場に臨む。土地にまつわる歴史なども交え、分かりやすく、興味を引くよう工夫を重ねる。
 「地元を学んで愛着を持ってもらいたい。たとえ故郷を離れても、栗原の良さや地震を伝える語り部になってくれるはずです」。全ての市民が案内役を果たせる状況を理想に描く。
 「地質、自然、歴史文化まで、広い知識に太刀打ちできない」と仲間の評価は高い。本人は「いいかげんな性格。いろいろ手を出したいだけ」と笑う。
 自宅から栗駒山の崩落地まで直線距離で約30キロ。「天候次第で近くの橋から崩落地が見えるんですよ」。時にプライベートな話題も織り込む。これもガイドの秘訣(ひけつ)だ。
●重なる思い
<知識と絆の重要性を>
 栗原市花山のそば店経営伊藤広司さん(70)は地震後間もなく、復興を目指す住民団体を仲間と組織した。経験や教訓を地域内外に発信している。
 発足当時は何も分からず右往左往しました。伝承活動の原点は「同じ思いをしてほしくない」との願いです。地震が多い日本では誰もが被災者になり得る。経験は共有すべきです。
 最も伝えたいのは「知識と絆の重要性」。制度の仕組みや行政との交渉の仕方を知っていればよかったと思う場面が多々ありました。地域の輪の大切さは言わずもがな。皆で支え合ったから頑張ってこれました。
 「知恵を出し合い結束すれば道は開ける」。この思いを胸に、災害に強い地域を築き上げてほしいです。
<救助技術を磨く場に>
 一関市萩荘の伊藤徳光さん(31)は京都府からUターンした一昨年、橋の点検などを請け負う会社を起こした。昨年からは震災遺構「旧祭畤大橋」での救助訓練にも取り組み始め、技術の向上に努めている。
 実際に崩落した橋と地上を行き来すると、自然災害の威力を肌で感じることができます。次の大規模災害に備えて救助に携わる人の輪を広げ、互いの技術を磨き合う。内陸地震の負の遺産が、その中心的な場所になることを願います。
 今年の訓練には2日間で延べ50人の消防士らが参加しました。救命士や救助犬がロープによる降下を体験し、見学に大勢の市民が足を運んでくれました。災害を思い出すきっかけになればうれしいです。


<ILC>欧州との国際協力議論 文科省が有識者会議 独仏との意見交換内容を報告
 岩手、宮城両県にまたがる北上山地が建設候補地の超大型加速器「国際リニアコライダー(ILC)」の誘致の可否を検討する文部科学省の有識者会議は19日、欧州との国際協力について協議した。文科省がドイツ、フランス両政府関係者と意見交換した内容を報告した。
 加速器全長を31キロから20キロにし、建設費8300億円を5000億円に削減する国際将来加速器委員会(ICFA)の新計画案に関し、ドイツは「可能性が制限されるとの意見がある」と指摘した。
 欧州で2020年に始まる素粒子物理学の次期戦略にILC計画への協力を盛り込むことに関しては、フランスが「影響力はあるが財政課題の検討が必要」との見解を示したという。
 委員からは、次期戦略の議論が来年始まるため「現段階で日本が意思決定しないとILCの意義が薄れる点を政府に報告してはどうか」との意見があった。
 新計画案については「予算面だけに着目せず、ヒッグス粒子の精密測定に最適だと示すべきだ」との見方が出た。


加計学園理事長が初会見 軽すぎる「作り話」の始末
 加計学園の加計孝太郎理事長が問題の発覚後、初めて記者会見した。
 学園は2015年2月に安倍晋三首相と加計氏が面会したと愛媛県や同県今治市に報告していたが、加計氏はそれが虚偽だったとして、担当職員を処分したことを発表した。
 加計氏は県と市の関係者に「多大なるご心配とご迷惑をおかけした」と陳謝した。学園代表者として自身の監督責任を認め、給与の一部を自主返納するという。
 しかし、学園からの面会報告は県職員が文書に記録していたものだ。それを起点として当時の柳瀬唯夫首相秘書官が学園と県、市の担当者に会い、獣医学部新設へ向けた国家戦略特区の手続きが進んでいった。この展開には合理性がある。
 面会が虚偽であったなら、認可を得るために地元自治体をだましたことになる悪質な行為だ。
 それなのに、県が文書を国会に提出してからの1カ月間、ファクス1枚を報道各社に送っただけで、理事長自ら説明しようともしなかった。
 加計氏の会見について愛媛県の中村時広知事が「もっと早くできなかったのか」と批判したのは当然だ。
 県と市は学園に計約93億円を支出することを決めている。その手続きの正当性も揺らぎかねない。納得のいかない住民も少なくないだろう。
 しかも、加計氏は面会を虚偽だとする明確な根拠を示さず、「記憶にも記録にもない」と説明しただけだ。そのうえ、軽い内部処分とおわびで済ませようというのは、ことの重大さをわきまえていない。
 首相は架空の面会話で名前を悪用されたことになる。それをとがめもしないのは「17年1月まで知らなかった」という自身の国会答弁に照らして好都合だからではないか。
 仮に面会が事実であれば、特区事業の決定権者である首相のお墨付きによって、まさに最初から「加計ありき」だった疑いが濃くなる。
 そうした首相の姿勢が学園側の対応の軽さを助長しているようにみえてならない。加計氏がまともな説明をしないのであれば、国会が真相解明に取り組むべきだ。
 野党の要求する証人喚問について加計氏は「私が決めることではない。お待ちしております」と述べた。与党が喚問を拒む理由はない。


加計氏の会見 国会での解明が必要だ
 「一切獣医学部の話はしていない」と言うだけでは信じ難い。きのう初めて記者会見した加計孝太郎学園理事長。行政の公平・公正性に関わる問題である。国会に証人喚問し、事実を解明すべきだ。
 公平・公正であるべき行政判断が、安倍晋三首相の直接または間接的な影響力で歪(ゆが)められたのか否か。この極めて重要な問題を報道機関に対するただ一回の会見だけで幕引きとすることはできない。
 学校法人「加計学園」による獣医学部の愛媛県今治市への新設問題。県の文書には加計氏が二〇一五年二月二十五日、首相と十五分程度面談した際「今治市に設置予定の獣医学部では、国際水準の獣医学教育を目指す」ことを説明し、首相から「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とのコメントがあったと、学園が県に説明した、と記されていた。
 しかし、学園側は愛媛県の文書が五月に国会提出された後、県への説明が虚偽だったとして首相と加計氏との面談を一転して否定。加計氏はきのうの会見で「記憶にも記録にもない」と強調した。
 首相と加計氏の面談は本当になかったのか。獣医学部の話は両氏の間で一切していないのか。県に対しても虚偽の情報を伝えた学園の説明だ。にわかには信じ難い。
 そもそも県への虚偽説明をなぜ三年以上も隠蔽(いんぺい)したのか。県への説明を虚偽としたのも、加計氏との面談を否定し、学部新設計画を初めて知ったのは一七年一月二十日だと強弁する首相を守るためではないのか。疑問は尽きない。
 県文書は一五年四月、当時の柳瀬唯夫首相秘書官が県職員同席の場で「獣医学部新設の話は総理案件になっている」と話したことも記す。こうした発言が出るのも、加計氏の学部新設を「腹心の友」の首相が支援する構図を政権内で共有していたからではないか。
 事実解明には加計氏に加え、虚偽説明をしたとされる渡辺良人事務局長も証人として国会に招致することが必要だ。国会は国民の疑問に応えるため、国政調査権を発動し、国権の最高機関としての役割を果たすべきである。
 加計氏はきのう、虚偽説明について、渡辺氏が学部新設を「前に進めるため」だったと述べた。
 たとえ加計氏の直接の指示ではないとしても、自治体に虚偽の説明をしてでも学部新設という目的を達成しようとした学園に、大学という高等教育機関の運営に携わる資格があるのか。事実解明と併せて厳しく問われるべきだろう。


加計氏会見/国会で証言するのが筋だ
 学校法人「加計学園」の獣医学部新設を巡る問題で、加計孝太郎理事長がきのう記者会見し、2015年2月の安倍晋三首相との面会はなかったと述べた。加計氏と首相が会ったとする愛媛県文書の記述を真っ向から否定した形だ。
 問題が発覚して1年になるが、加計氏はこれまで一切取材には応じなかった。初めて公の席に出たと思えば、会見は30分足らずで打ち切られた。それで済ませるようなことではない。
 獣医学部には多額の公費が使われている。加計氏は国会で証言するのが筋ではないか。
 愛媛県が国会に提出した文書には、15年2月25日に加計氏と面会した首相が、獣医学部の説明に「いいね」とコメントしたと、加計側の報告として記されている。停滞していた計画が、進んでいくターニングポイントになったとみられている。
 会見で加計氏は、この日首相と面会した事実はなく、事務局長が県に誤った説明を伝えたと説明した。事務局長からは「事を前に進めるため」と報告を受けたとし、自らの指示を否定した。監督責任を取り給与の一部を自主返上するが、理事長は辞めない意向を明らかにした。
 面会を否定した理由は、「記憶にも記録にもない」だった。どこかで聞いたせりふではないか。柳瀬唯夫元首相秘書官は県職員との面談について「記憶の限りではない」と述べ、首相は加計氏との面会を「記録がない」と否定していた。
 一方ではしっかりした記録がある。事実ではないと主張するなら、きちんとした根拠を示さねば、納得は得られない。加計氏は当日の行動記録や日程表、秘書の手帳などの記録を明らかにして反証する必要がある。
 県の文書にはさらに、「面談する動きもある」と首相との面会を学園側が予告したことや、柳瀬氏が両者の面会を受けて資料提供を指示したなどの記述が残っている。加計側の説明ではつじつまが合わないのだ。
 野党は説明責任を果たす必要があるとして、加計氏に証人喚問を求める方針だ。国民はまったく納得していない。行政をチェックし、疑惑を解明するのは国会の責務である。自民、公明の与党は喚問に応じるべきだ。


加計理事長会見 国会での証言が必要だ
 3年前のことなので記憶にも記録にもないが、首相とやりとりはしていない―。釈然としない説明だ。国民が納得するはずがない。
 学校法人「加計(かけ)学園」理事長で、安倍晋三首相の盟友の加計孝太郎氏がきのう記者会見した。獣医学部新設を巡る問題について、公の場で語ったのは初めてだ。
 焦点となった2015年2月25日の首相との面会を否定し、国家戦略特区による学部新設は適正だったと強調。一方で愛媛県などに誤った情報を伝えたとして「多大な迷惑をかけた」と陳謝した。
 問題に幕を引く意図だろう。
 だが今回の学部新設には、96億円もの公費助成と今治市の市有地の無償譲渡が伴っている。特区の前提となる自治体との合意が「虚偽」に立脚していたのなら、その正当性に重大な疑義が生じる。
 今回の会見だけでは不十分だ。国会は加計氏を証人喚問し、さらなる説明を求めるべきである。
 愛媛県が公表した文書によれば学園側は15年3月の打ち合わせの際、加計氏との面会で首相が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」と述べたと説明した。
 その後、官邸での協議が加速。暗礁に乗り上げていた計画が、首相のひとことで急展開した形だ。
 ところが加計氏によれば、この面会は事実ではなく「渡辺良人事務局長が事を前に進めるために申し上げた」ものだという。
 加計氏もあずかり知らないうちに、事務局長が勝手に首相の名前をかたり、架空の面会内容をでっち上げたという主張である。
 国家戦略特区法は第3条で、選定の前提として「地方公共団体及び民間事業者その他の関係者が、国と相互に密接な連携」を図ることを求めている。
 その条件を満たすために、学園側が意図的に虚偽の説明をしていた―。ならば認可を白紙に戻し、審査をやり直さねばなるまい。
 そもそも愛媛県が、首相と加計氏の面会を記した文書を国会に提出したのは5月21日のことだ。
 なのに加計氏は、自らは説明しようとせずに1カ月放置した揚げ句、国会が法案処理に追われる会期末に突然、駆け込むように会見を開いた。その意図も解せない。
 事務局長を減給10%(6カ月)、加計氏は給与の10%を1年間自主返納という処分も発表したが、自ら経営する法人に返納したところで、なんの意味があるのか。
 加計氏が果たすべき責任は、すべての真実を国会の場で、包み隠さず証言することである。


加計学園の説明  身内の処分では済まぬ
 説明責任を果たしたつもりなのだろうか。
 学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が初めて記者会見した。
 同学園が運営する岡山理科大の獣医学部(愛媛県今治市)新設を巡り、「加計氏が安倍晋三首相に2015年2月に面会し学部新設に関して説明した」とする学園から愛媛県への説明について、学園事務局長が独断で誤った情報を伝えていたとして謝罪した。
 加計氏は安倍首相が「腹心の友」とする人物だが、首相との面会は「記憶にも記録にもない」と否定し、「(事務局長は)事を前に進めようとして、打開策として誤った発言をした」「事務局長が勝手にやった」と説明した。
 愛媛県に対し「首相の理解を得ている」という虚偽の説明をして、獣医学部新設のための協力と補助金を得ていたと、学園トップが認めたことになる。
 同学園は、事務局長に重大なコンプライアンス(法令順守)違反があったとして6カ月の減給処分を決めた。加計氏自らも監督責任を取り給与の一部を1年間返納するという。
 学部新設に際し、安倍首相との親密な関係をもとにした便宜はなかったが、事務方トップが行政にうそをついて事業を進めた−。
 加計学園の説明が本当なら、前代未聞の事態である。短時間の説明と、身内の甘い処分で済む話ではあるまい。国会招致や外部識者による客観的な検証が必要だ。
 獣医学部新設の総事業費186億円のうち、31億円は愛媛県からの、62億円は今治市からの補助金だ。
 愛媛県の中村時広知事は5月末に支出した14億円について「おかしなことになれば返還を求める権利は担保されている」と述べている。
 県は、なぜ学園がうそをついたのかを詳しく調査し、厳しく対応する必要がある。
 記者会見を拒んできた加計氏がなぜこの時期に取材に応じたのか。国会会期末が近づき、問題の幕引きを狙う意図が透けて見える。
 記者会見で加計学園側は4月に開設された獣医学部の学生の熱心な勉強ぶりを繰り返し紹介したが、「すでに開学したのだから」と言わんばかりである。教育機関の姿勢として間違っている。
 加計氏は安倍晋三首相との面会を否定し「多大なご迷惑をおかけした」と語った。そもそも謝罪する相手が違うのではないか。


加計理事長会見 説明尽くし疑惑晴らせ
 渦中の人物がやっと口を開いたものの、肩透かしだった。学校法人加計学園の加計孝太郎理事長である。国家戦略特区による獣医学部の新設計画を巡り、首相官邸の関与などが疑われている。きのう岡山市の学園本部で記者会見を開いた。
 疑惑の発端となる「総理の意向」などと記された文書の存在が昨年5月に発覚してから1年余り。加計氏は、愛媛県の文書に記載された2015年2月の安倍晋三首相との面会について「記憶にも記録にもない」と述べ、学園が県に誤った情報を伝えたとして謝罪した。
 これまで沈黙を押し通してきたのに、なぜ今ごろ公の場に出てきたのか。きのうの理事会で決めた職員や自らの処分を発表するためだったと説明するが、額面通りには受け取れない。
 会見をするという連絡はわずか2時間前。この問題を追ってきた東京のマスコミなどが出席できないよう、急に開いたように映る。野党から「姑息(こそく)」「どさくさまぎれ」などの批判が出ている。
 愛媛県の文書では、「腹心の友」である安倍首相が面会で「そういう新しい獣医大学はいいね」と語ったとされる。加計氏は、面会をはじめ、メールや電話のやりとりも含めて「ございません」と語気を強めて否定した。だが、当時の行動記録などを示したわけではない。どれだけの人が納得できただろう。
 会見は疑惑を晴らす格好の場であるはずなのに、「校務」を理由に30分足らずで打ち切ったことにも不満が残る。
 安倍首相は、昨年1月に特区認定されるまで加計学園の計画を知らなかったと国会で答弁している。それに追従するように、加計氏は「仕事のことを話すのはやめようというスタンスで会っている」とも説明した。
 一方で、多忙を極める首相秘書官が、学園関係者と何度も面会した事実が明らかになっている。首相と加計氏の友人関係があってこそスムーズに計画が進み、特区に認定されたとみられているわけである。だが、それを拭い去るような説明は最後まで聞けなかった。
 獣医学部の開設には、立地する今治市から約36億円の市有地が無償譲渡された。さらに、市と愛媛県から施設整備費として計約93億円の補助金の支出が決まっている。多額の税金が投入されているのだから、国民が納得できるような説明を尽くす姿勢が求められよう。
 そもそも加計氏は、事の重大性が分かっているのだろうか。学園の説明通りだとすると、部下が加計氏と安倍首相の面会をでっち上げ、県と市に虚偽の説明をして、特区申請に本気を出すように仕向けたのである。
 中村時広知事は、学園の対応に不信感を示している。加計氏は、県への謝罪について「許されるなら行きたい」と語った。直接会い、説明責任を果たすべきだろう。今治市も疑惑の被害者である。市民には徹底追及を求める声と、事態が収束せず戸惑う声が交錯しているという。曖昧な説明に終始し、騒動を大きくした学園の責任は重い。
 解明には、偽証すれば罪に問われる加計氏の国会証人喚問が必要だ。疑惑を巡り1年以上、野党は追及し続けている。与党も本気になって「自浄能力」を発揮してもらわねばならない。


自分が決めた軽すぎる「処分」に失笑
 ★この1年半、国会を翻弄(ほんろう)し、世間を騒がせた加計学園理事長・加計孝太郎が唐突に会見を開いた。世間ではサッカーワールドカップ日本戦にぶつけたとか、大阪府北部地震の混乱時に開いたなどと言われてひんしゅくを買っているが、混乱時にニュースを小さくしようとする思惑はあったかも知れない。実際は午前9時に地元記者クラブにプレスリリース。会見への出席は地元の記者に限定され東京にいる加計学園疑惑の取材担当記者たちが間に合わない時間にセットして、厳しい質問を浴びないように小細工したということではないか。 ★会見では今回の問題が国会にも影響を与えていることを謝罪するものの、首相・安倍晋三との個人的な関係については、「何十年来の友達ですし、仕事のことを話すのはやめようというスタンスでやっております。リラックスをするためにお会いしていますから、こちらの話はあまり興味がないと思います。(獣医学部の話は)ありません」と否定した。しかし首相は14年には「常日頃、加計さんは時代のニーズに合わせて新しい学部、学科の設置にチャレンジしたい」と発言している。もう少し丁寧に話せないものかと思うが、もともとなめてかかっているからなのだろうか。 ★また、この短時間の会見で加計は「私の不徳の致すところですが、たまたま総理と仲が良かったことでこうなってしまった。(騒動につながるとは)思いませんでした」と言い放っている。県側に誤った情報を伝えた事務局長と本人は給与の減給や自主返納の説明があったが「『事を前に進めるために』総理との架空の会談を作り上げた」という言い分が真実なら「減給」でなく、虚偽の説明をしてきたことを反省し補助金や助成金の返納、大学認可取り消しを申し出る話ではないのだろうか。あまりに軽い自分で決めた「処分」には失笑だ。

加計理事長会見 首相答弁なぞっただけだ
 渦中の人物がようやく、記者会見の場に姿を現した。だが会見の在り方も含め、国民が抱いている疑念に真摯(しんし)に向き合おうとの姿勢はうかがえなかった。
 なぜ、ここまで時間がかかったのかという疑問も残る。やはり、国会で説明責任を果たしてもらわなければならない。
 学校法人「加計学園」の愛媛県今治市での獣医学部新設を巡り、学園の加計孝太郎理事長が19日、初めて記者会見した。
 愛媛県は先月、2015年2月に首相が加計氏と面会し、学部新設の説明を受けたとする学園側の報告に基づいた文書を国会に提出した。学園側は面会はなく、誤情報を与えたとするコメントを発表していた。
 愛媛県に誤った情報を与えたことについて加計氏は「多大な迷惑を掛けた」と謝罪した。ただし説明は、これまでの安倍晋三首相らの答弁をなぞったような印象が強い。
 加計氏は面会について、「記憶にも記録にもない」と述べて否定した。
 首相も、国会で「ご指摘の日に会ったことはない」「官邸の記録を調べたが確認できなかった」と答弁している。
 加計学園問題は、国家戦略特区制度を活用した獣医学部新設計画に首相官邸が関与し、「加計ありき」で進められたのではないかとの疑惑だ。
 その背景には、首相が加計氏を「腹心の友」と呼ぶほどの2人の親密な関係がある。
 加計氏はこの点も「何十年来の友達だが、仕事のことを話すのはやめようというスタンスで会っている。こちらのことは興味ないと思う」と語った。
 首相も加計氏について「私の地位を利用して何かしようとしたことはない」などと繰り返し訴えてきた。
 加計問題は学校法人「森友学園」問題とともに、公平性や公正性という行政の根幹に対する国民の信頼を揺るがした。
 にもかかわらず会見は30分足らずで打ち切られた。加計氏が事の重大性を十分認識しているようには見えない。逆に、にじむのは首相への配慮である。
 面会を記載した愛媛県文書が明らかになると学園は国会集中審議直前に否定のコメントを出した。加計氏の会見もこうした流れの中にあるのではないか。
 加計氏は県に誤情報を伝えた事務局長を減給処分とし、自らも給与を自主返納するとした。こちらも処分、責任の取り方として軽すぎよう。
 なかった面会をあったことにして報告したのは「うそ」である。愛媛県のみならず、県民への背信行為ともいえる。
 会見のタイミングもいぶかしい。報道機関への通知は開始の2時間ほど前だったという。
 野党から「会期末のどさくさで、大阪の地震やサッカー・ワールドカップのニュースが入る時に」と批判が出ている。
 加計氏本人が説明したとはいえ、それで納得した国民がどれほどいるだろう。アリバイづくりのような会見では、到底幕引きにはできない。


加計理事長会見 多くの疑問残ったままだ
 学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が一連の問題発覚後初めて記者会見に応じた。愛媛県今治市での獣医学部新設を巡り、県文書に記された2015年2月25日の安倍晋三首相との面会を否定。担当者が誤った情報を県などに伝えたとして、緊急理事会で減給処分を決め、自らも給与の一部を自主返納することを明らかにした。
 ただ、会見は30分足らずで、多くの疑問が残ったままだ。県文書などからは新設計画を巡り官邸が主導したとの構図が濃厚になっている。加計氏や担当者の渡辺良人事務局長らを国会招致するなど真相解明に尽くすべきだ。
 県文書が明らかになると、渡辺氏は県庁を訪れ「獣医学部を何とか形にしたいという気持ちで言ったと思う」と謝罪。一方で「うそというか、その場の雰囲気、思いつきで言った」とあいまいな説明だった。県や今治市は話を事実と受け取り、巨額の補助金を出す判断に至った経緯がある。加計氏は「事を前に進めるためと報告を受けた」と述べ、自身の指示を否定したが、事の重大性を認識しているようには見えなかった。
 加計氏を「腹心の友」と称する首相との間柄については「何十年来の友だが、仕事のことを話すのはやめようというスタンスで会っている。こちらのことは興味ないと思う」などと説明。首相は17年1月20日に国家戦略特区諮問会議で学園が事業者に認定されて初めて新設計画を知ったと答弁。加計氏はそれまで、さまざまな会合や会食、ゴルフで首相と会っても計画の話はしていないとした。
 県文書には3年前の面会で、加計氏が「設置予定の獣医学部では国際水準の教育を目指す」などと話し、首相が「そういう新しい獣医学部の考えはいいね」と応じた―と加計学園側から報告があったと記載されていた。首相と学園側は否定しているが、その際に提出された資料が、文部科学省から送られたメールに添付されていたことも判明している。
 当時官房副長官だった加藤勝信厚生労働相は、県文書にあった自身と学園側との面会を認めている。その際「理事長が総理と面会する動きもある」と伝えられたとの記述もある。さらには、3月の文書には「2/25の学園理事長と総理の面会を受け、首相秘書官から資料提示の指示あり」ともある。
 面会を「思いつきで言った」とする渡辺氏の説明ではふに落ちない点が数々ある。「会っていない」とする首相の説明も説得力があるとは到底言えない。新聞各紙の首相動静に記録がないことを根拠にしているが、報道側が首相と会った相手をすべて把握できるわけではないからだ。
 加計学園を巡る問題では、文書が見つかっても政府側は「記録はない。記憶もない」に終始し、解明に背を向けてきた。面会に関し「記憶にも記録にもない」と繰り返した加計氏。聞きたいことが山積みだ。


加計理事長会見 合わぬつじつま 国会招致不可欠
 学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長が、今治市での獣医学部新設を巡る一連の問題発覚後、初めて取材に応じた。愛媛県文書に記載された2015年2月の安倍晋三首相との面会について「記憶にも記録にもない」と否定する一方、学園側が県に誤った情報を伝えたとして謝罪した。だが、県文書には面会を前提にしなければつじつまが合わない記述が複数ある。証拠を全く示さない加計氏の説明では、真相解明を望む国民が納得することは不可能だ。
 会見は、中村時広知事が学園の最高責任者による対応を求めてから3週間以上も経過している。しかも時間は30分にも満たず、県や市への「虚偽」の報告に対する真摯(しんし)な反省の上に立った姿勢とは思えない。問題が1年以上も収束せず、国会の停滞を招いた原因の一端は、説明責任を避け続けてきた加計氏にある。加計氏は面会の有無や「虚偽」報告の背景を国会などで改めて説明し、疑問につぶさに答えねばならない。
 県文書には学園から県への報告として、加計氏と面会した首相が「新しい獣医大学の考えはいいね」と話したとの内容が含まれていた。学部新設を17年1月に知ったとする首相答弁と矛盾するが、学園は「実際にはなかった面会を引き合いにし、県と市に誤った情報を与えた」と説明し、混乱が広がっている。
 会見で、誤った情報を伝えた渡辺良人常務理事兼事務局長を減給処分とし、加計氏は監督責任を取り、給与を自主返納するとした。加計氏は「事を前に進めるためと報告を受けた」と話し、自らの指示は否定した。
 しかし、そもそも面会を「なかった」とする学園の説明を額面通りに受け取るのは困難だ。県文書には加計氏と首相に「面談する動きもある」や、面会を受けて「首相秘書官から資料提出の指示あり」といった、具体的な記述がある。これらの内容には一定の整合性があり、裏付けもないまま、否定しても説得力は持ち得ない。
 たとえ面会がなかったとしても、学園が首相の名前を出し、架空の面会を報告して、事を進めようとしたことは大きな問題だ。この点に対する加計氏の認識は不十分だと言わざるを得ない。「申し訳なかったと思っている」と謝罪はしたものの、虚偽報告に基づく学部新設の正当性については正面から答えなかった。新設には県と市から93億円もの補助金が決定し、一部は既に支払われている。税金投入に対する県民・市民の厳しい視線に応えた態度とは言い難い。
 問題の原因を問われた加計氏は「たまたま総理と仲が良かったから」と答えた。であるならやはり、加計氏を「腹心の友」と呼ぶ首相自ら、徹底解明の陣頭指揮に立たねばならない。自民党は加計氏の国会招致に依然消極的な姿勢を示しているが、中心人物である加計氏の招致なくしては、この問題に終止符を打つことは絶対にできない。


【加計理事長会見】国会で丁寧に語るべきだ
 獣医学部の新設を実現するため、愛媛県にうそをついた。首相が介在しているかのような大胆なうそを。その釈明と謝罪にしては、あまりに軽くなかったか。
 学校法人「加計学園」の加計孝太郎理事長がきのう、記者会見を開いた。一連の問題で取材に応じるのは初めてのことだ。
 愛媛県今治市への獣医学部開設を巡り学園側は、加計氏が2015年2月に安倍首相に面会したと、県に「誤った情報」を伝えたことを認めている。事務局長が先月、「学部を何とか形にしたくて、私が(面会したと)言ったのだと思う」として県に謝罪した。
 加計氏は会見で事務局長の対応を陳謝し、面会の事実は「記憶にも記録にもない」と全面否定した。事務局長の減給処分と自らの給与の一部返納も発表したが、それで済む話ではあるまい。
 面会は県作成の文書に記載され、一連の手続きで無視できない存在だったはずだ。県の協力もあって学園は国から認可を得て、今春、獣医学部を開学させた。巨額の補助金も取り付けている。
 偽りを基にした認可や公金支出が許されるはずがない。手続きの正当性を徹底検証し、責任も厳しく問わなければならない。
 加計氏と安倍首相は若いころから友人関係にあるが、加計氏は獣医学部開設に協力を求めたことはないと強調した。「たまたま総理と仲が良かったことで、こういうことが起きたと思う」と述べた。
 だが、理事長の友人だからといって、部下が勝手に一国を代表する首相との面会をでっち上げるようなことがあるのか。説明は理解を得られにくい。何らかの指示があった、もしくは忖度(そんたく)させる環境にあったと見られても仕方がない。
 獣医学部の設置認可を巡っては、文部科学省が内閣府側から「総理の意向」「官邸の最高レベルが言っている」とせかされていたことが文書で判明している。
 柳瀬唯夫元首相秘書官が、15年に3度も学園関係者と面会していたことも異例だ。いずれも軌を一にした印象が拭えない。
 突然の記者会見に対しても批判の声が出ている。
 加計氏はこれまで、取材も野党の質問状も事実上拒否してきた。中村時広愛媛県知事が記者会見するよう求めていたとはいえ、このタイミングは大いに疑問だ。国会は会期末を迎えて慌ただしく、社会は大阪の地震の混乱が続いている。
 しかも会見は30分弱で打ち切られた。許認可行政や公金支出の信頼を揺るがす事態を招いているにもかかわらず、だ。
 一連の経緯を含め、真相は依然、闇の中にある。政府も加計氏ももっと説明を尽くすべきだ。加計氏の国会での証人喚問は不可欠だ。場合によっては事務局長の招致も必要だろう。このままうやむやにすることは許されない。


加計理事長会見 真相解明に本腰入れよ
 学校法人・加計学園の加計孝太郎理事長が記者会見した。愛媛県文書に記載がある2015年2月の安倍晋三首相との面会を「記憶にも記録にもない」と否定。「担当者が誤った情報を伝え、県などに多大なご迷惑を掛けた」と謝罪した上で、緊急理事会で担当者の減給処分を決め、自らも給与の一部を自主返納することを明らかにした。
 また「首相とは何十年来の友達で、仕事の話はしないというスタンスで会っている。こちらのことは興味ないと思う」と説明。17年1月、首相が議長を務める国家戦略特区諮問会議で学園が事業者に決まるまで、さまざまな会合で首相と会っても獣医学部新設の話はしていないと強調した。
 問題の文書が明るみに出ると、学園は即座に否定。担当者である事務局長が先に県庁を訪れ「獣医学部を何とか形にしたいという気持ちで言ったと思う」と頭を下げた。しかし「うそというか、その場の雰囲気、思いつきで言った」と、あいまいな説明に終始した。首相も、報道機関がまとめた首相動静上は会っていないとするが、疑念の解消には至っていない。
 そうした中、加計問題の発覚以来初めてとなる公の場での説明は30分足らず。多くの疑問が手つかずのまま残った。獣医学部新設計画を巡る官邸主導の構図は濃厚になっており、加計氏を国会招致するなど真相解明に本腰を入れる必要がある。
 愛媛県文書には、15年2月25日の面会で加計氏が「設置予定の獣医学部では国際水準の獣医学教育を目指す」などと語り、首相は「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」と話した―と翌月初めに加計学園側から報告があったと記されていた。事実なら、17年1月に学園の学部新設計画を初めて知ったとする首相答弁と食い違うことから、野党は追及を強めた。
 学園は面会の事実はなかったとコメントを出し事態の収拾を図った。だが15年2月の県文書によると、学園から「加藤内閣官房副長官との面会状況」を報告され「理事長が総理と面談する動きもある」と伝えられたとされる。この加藤氏は加藤勝信厚生労働相で、学園側との面会を認めた。また3月の文書には「2/25の学園理事長と総理との面会を受け、首相秘書官から資料提出の指示あり」との記述もある。
 問題の面会を「思いつきで言った」という事務局長の説明をすんなり受け入れるのは難しい。首相の説明も説得力に乏しい。2月25日に加計氏と会っていないとする根拠は報道機関の首相動静に面会の記録がないことだが、報道側が首相と会った相手すべてをチェックできるわけではない。
 獣医学部新設を巡っては昨年5月、特区担当の内閣府から「総理のご意向」などを盾に早期開学を迫られたとする文部科学省の内部文書が明るみに出た。前文科次官の前川喜平氏も国会で首相側近の働き掛けを具体的に証言したが、内閣府は「記録はない。記憶もない」と繰り返した。しかし愛媛県文書が出てきたことで状況は一変した。
 首相秘書官だった柳瀬唯夫氏は15年2、3月から6月にかけ学園側と3回面会したと認めざるを得なくなった。首相に報告したことも、指示を受けたこともないと説明したが、「加計ありき」に加え官邸主導の疑いが濃厚になった。その解明なしに決着はあり得ない。(共同通信・堤秀司)


加計学園が報ステ記者を会見から締め出し! 安倍政権とそっくりのやり口・火事場泥棒会見はすべて加計理事長の意向
 日本大学を上回る、史上最悪のゲス会見──。昨日、急遽おこなわれた学校法人加計学園・加計孝太郎理事長による問題発覚後初の会見が大炎上している。当然だろう。本サイトが昨日報じたように、加計学園はメディアの追及を最小限にするため、大阪北部地震が起きた翌日とサッカーW杯日本初戦というタイミングを“わざと”狙って会見をぶつけるという姑息かつ卑劣な所業をしでかしたのだから。
 しかも、加計学園はさらに卑怯な手に出ていたことも判明。なんと、地元の記者クラブ加盟社しか会見場に入れず、集まったそのほかの記者たちを“門前払い”していたのだ。
 加計学園が昨日11時に会見を開くことを発表したのは、同日午前9時のこと。岡山に本社や支局がある報道機関で構成されている岡山交通・大学記者クラブに案内したものだった。しかし、そんな時間に急に会見が開かれることがわかっても、東京のメディアは11時に会見場である岡山市内の加計学園本部へ辿り着くことはできない。さらに在阪メディアは、一昨日発生した大阪北部を震源とする地震の報道でてんやわんやの状態で、記者を急遽派遣する体制が整っていないのは明らかだった。つまり、加計学園は震災で混乱するメディアの態勢と、テレビがW杯報道一色になることを見越して、取材陣が大して集まらない昨日という日に、急に会見を開いたのである。これこそまさに「火事場泥棒」ではないか。
 しかし、加計学園がそんな汚い手段に出たなか、メディアも必死で食らいついた。実際、11時前に大手メディアの取材陣が加計学園本部前に辿り着いたが、ここで加計学園側は地元記者クラブ加盟社の記者しか入場を認めなかったのだ。
 岡山の地元記者クラブしか会見の取材はさせない──。地元のみとなればメディアはかなり限定される上、記者クラブという制度は例外なく癒着の温床でしかない。現に、今回の会見の幹事社は山陽新聞社だったが、山陽新聞社の越宗孝昌会長は加計学園の理事も務める人物。しかも、2012年3月には山陽新聞社と加計学園は包括連携協定を締結し、2009年には加計理事長が同社の第67回山陽新聞賞(教育功労)を受賞している。会見の幹事社は加計学園とズブズブの関係だったのだ。
 その一方、加計会見の門前払いを喰らったメディアのひとつが、テレビ朝日の『報道ステーション』取材班だった。『報ステ』は加計学園が会見を開くことをキャッチすると、大阪北部地震の取材に当たっていた記者を急遽、岡山市に派遣。11時前に加計学園本部に到着したが、中に通してもらえなかったという。
 昨日の放送ではそうした門の前での押し問答の様子も流したのだが、加計学園側の対応は噴飯ものだった。
『報ステ』スタッフは門の前で記者の排除に当たっていた加計学園関係者に「どういう選別をされていらっしゃるんですか?」と尋ねるが、加計学園関係者は「先程ね、説明に来たんですよ」と言うばかり。そして、大阪から駆け付けた別の記者に「いま説明に来ましたよね?」と話を振ると、その記者は「来てないじゃないですか」と静かな怒りを含ませた声で反論。加計側はここでも嘘の説明でごまかそうとしていたのだ。そのうち、「報道対応の責任者」という人物が説明のために門の前へやってきた。この人物は加計学園の皆木英也相談役というが、氏は〈岡山東警察署長をはじめ、岡山県警の要職を歴任〉した人物だ(岡山商科大学学報より)。
ゲスすぎる会見日程も、記者締め出しも、質問打切りも、すべて加計理事長の判断
 この皆木相談役は、「全国にフリーにした場合に、どれだけの記者の方が来るかわからんから」などと記者排除の理由を述べたが、今回の会見は「担当者が獣医学部新設のために、安倍首相の名前をもち出して嘘をついたことを認める」というとんでもない話だ。その上、加計学園は実際に獣医学部新設に漕ぎ着け、血税が注がれた巨額の補助金までせしめている。その説明をするというのなら、大きな会場を準備して全国の記者に門戸を開くのは当然のこと。それだけの責任が加計学園にはあるのに、「どれだけ記者が来るかわからんから」などというのは何の言い訳にもならない。
 だが、こうした無責任さは、すべて加計理事長の方針なのだ。というのも、皆木相談役は、『報ステ』スタッフから「地元のメディアのみを中に入れるというのは理事長の意向なんですか?」と問われると、さも当然であるかのように、滔々とこう話しはじめたからだ。
「そりゃあもう、トップの判断。私が何か報道担当だからこうしろああしろじゃなしに、方針については全部、理事長の判断をもらって、この学園としての意思としてやらせてもらっています」
 さらに、「こういう会見のかたちは理事長が判断されるんですか?」という質問にも、皆木相談役はこのように胸を張って答えた。
「そりゃそうです。うちは法人ですから、それだけ権限を下に下ろしておりません。すべて、こういう大きな重要なことは、すべて理事長判断をいただいております」
 法人だからすべての権限は理事長にある──って、何を得意気に語っているのだろう。学校法人は社会からの信頼や公益性を備えていなければならず、そのためには自律的かつ透明性の高いガバナンスが担保されなければならない。なのに「法人だからトップダウンは当たり前」とは、加計学園ではガバナンス機能が働いていないと認めているようなものではないか。加計学園はこんなことを相談役が平然と言ってしまうほど、加計理事長に権力が集中しており、すべては加計理事長の指示のもとで動いている、ということなのだ。
 そして、地震の混乱とサッカーW杯を利用したゲスの極みである会見の実施や、自分への追及を最小限に抑えるためのメディアの排除、たったの25分で会見を打ち切るという暴挙、これらすべてが加計理事長の「判断」だったのだ。
 しかも、その会見で加計理事長が口にしたのは、腹心の友である誰かさんと同じで、部下に詰め腹を切らせて自己保身に走るというものだった。
“ゲス友”安倍首相とそっくり! 辻褄の合わない嘘を言い張り、部下に責任押し付け
 たとえば、安倍首相が「獣医大学いいね」と言ったという面談の事実について、記者から「渡邉(良人)事務局長が勝手に(嘘をつくことを)やったという認識か」と尋ねられると、加計理事長はこともなげに「はい、そうです」と返答。その根拠を問われると、「根拠は、とにかく記憶にないし記録にない」と自信満々に答えた。「記憶にも記録にもない」ことが、根拠になり得るというのである。まったく安倍首相と瓜二つではないか。
 だが、加計理事長や安倍首相とは違い、れっきとした「記録」として残されている愛媛県文書には、ふたりが面談をおこなっていなければ辻褄が合わない記述が複数にわたって存在している。これにふたりがまともに反証できていないことからも、加計理事長と安倍首相が嘘をついていることは誰の目にもあきらかなのだ。
 その上、加計理事長は会見で、「何十年来の友だちなので、仕事のことは話すのはやめようというスタンスでやっている」だと述べたが、そんな馬鹿な話があるはずがない。だいたい、仕事の話をしていないのだとすれば、なぜ安倍首相は千葉科学大学開学10周年や加計学園創立50周年の記念式典にわざわざ駆け付け、祝辞まで述べたというのか。しかも、加計理事長は安倍首相の別荘で開かれたバーベキューに獣医学部新設の事務担当者であった渡邉事務局長を同伴し、柳瀬唯夫首相秘書官(当時)に挨拶までさせているのだ。
 さらに会見では、加計理事長は何を血迷ったのか、「加計学園の職員が官邸に行ったり総理の周りの人に会ったことはまったくない?」という質問に、「ないです」とはっきり答えた。柳瀬元首相秘書官は国会で「加計学園やその関係者の方とお会いした記憶はあると、そこは一貫している」と答弁しているにもかかわらず、である。嘘に嘘を重ねた結果、またもさらなる矛盾を生んでしまったのだ。
 火事場泥棒さながらに会見を開き、部下に責任を押し付けて堂々と嘘をつきつづける──。しかし、この加計理事長の卑劣な判断は、功を奏したと言えるだろう。実際、この会見を大きく報じた番組は『報ステ』とTBSの『NEWS23』くらいで、それも日大アメフト部問題の会見とはくらべものにならない程度のもの。今朝以降のニュース番組もワイドショーも、W杯の話題ばかりだ。
 加計理事長は、記者からの「国会からの招致の要請があればどうするか」という質問に対し、「私が決めることではない」と言いつつ、余裕綽々な様子で「お待ちしています」と答えた。安倍首相の権力を笠に着て、絶対に招致されないと高を括っているのだろう。だが、加計理事長が事実と認めている「担当者の嘘」によって、獣医学部は新設され巨額の補助金が交付されていることを考えれば、会見で十分な説明がなされたとはまったく言えない。今度はしっかり国民に説明すべく、国会に招致し、あのゲスっぷりを再現していただくほかない。(編集部)


最高裁も覚悟…森友問題で財務&国交省が隠したかったコト
「決着はついていない(79%)」(朝日新聞)、「決着していない(78.5%)」(共同通信)――。森友問題に対していまだに国民の多くが不満を抱いている中、また新たな疑惑が浮上した。
 森友の国有地売買をめぐって、安倍首相の妻・昭恵氏付の秘書だった谷査恵子氏が2015年11月に財務省に照会した際のやりとりを記した国交省大阪航空局作成の応接録や、財務省が調査報告書を公表するにあたって国交省とすり合わせしたと思われる内部資料が明らかになったのだ。
 新たな内部文書を暴露したのは、日本共産党の辰巳孝太郎議員。2015年11月12日に安倍総理夫人付の谷氏から、問い合わせが財務本省にあり、近畿財務局から情報提供を受けた大阪航空局が残した記録だという。
 そこには〈1.新聞報道であった介護施設に対する賃料引き下げの優遇措置を小学校にも適用できないのか〉〈2.貸付料の減免、土壌汚染対策工事中の免除等はできないのか〉とあった上、わざわざ〈安倍総理夫人は森友学園が開校を計画している『瑞穂の国記念小学院』の名誉校長に就任しています〉と付記されていた。
 財務省はこれまで、谷氏の問い合わせについて〈法令や規約に基づく対応を説明したものであり、何れにせよ国有財産に対する一般的な内容〉と説明してきたが、どう読んでも一般的な内容じゃない。辰巳議員も「これは単なる制度の照会じゃない。谷さんの方から、森友学園の賃料値下げの要望をしてるんじゃないですか」と詰め寄ったのも当然だ。さらに仰天だったのが、財務省が今年5月23日に957ページに及ぶ調査報告書を公表する前の財務、国交両省が相談していたことを示す生々しいやりとりのメモだ。
〈近畿財務局と大阪航空局のやりとりを公表するかどうかは、中身にもよるだろう。国交省として、出すのが得策かどうか検討して欲しい〉
〈近畿財務局と理財局のやり取りについては、最高裁まで争う覚悟で非公表とするだろう〉
〈調査報告書をいつ出すかは、刑事処分がいつになるかに依存している。官邸も早くということで、法務省に何度も巻きを入れている〉
 いやはや、読み取れるのは財務、国交両省の徹底した隠蔽体質だ。最高裁まで争ってでも守りたい秘密とは一体何なのか。まだまだ隠された真実が埋まっているに違いない。膿は今もたまり続けているのだ。


カジノ法案 問題点があまりに多い
 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案がきのう、衆院を通過した。政府・与党は20日までの国会の会期を延長して成立を図る方針だ。
 ギャンブル依存症が拡大する懸念に加え、違法な賭博を行うカジノの解禁に対する根本的な疑念が拭えない。
 共同通信が16、17日に行った世論調査では、今国会で成立させる必要はないが69%に上る。
 にもかかわらず、衆院内閣委員会の審議は、18時間で打ち切られた。あまりに乱暴で、国民の不安や疑問に誠実に向き合う姿勢がうかがえない。
 整備法案の前提となる推進法は2016年、衆参合わせてわずか22時間の委員会審議で成立した。強引で拙速なやり方を繰り返すのは到底認められない。
 短い審議でも、非常に多くの問題点が次々に浮かび上がった。
 とりわけ、批判を浴びているのは、カジノ事業者が客に金を貸せる仕組みを設けていることだ。
 借金で賭け金を大きくできるため、客の射幸心を刺激し、借金を重ねる心配がある。ギャンブル依存症の危険も増す。
 金を借りるには、事前に一定の金額を預けるといった条件があるが、詳細は法成立後、国会審議の不要な政令などで定める。肝心な点が極めてあいまいだ。
 同様に決める項目が、カジノ面積の上限など300以上もある。国会の目を盗んで規制を緩くすることも容易にできるだろう。
 賭博を合法化する要件として、政府は「公益性」などを挙げるが、民間業者が運営するカジノが果たして合致するのか。
 改めて投げかけられた問いに、政府は正面から答えていない。
 カジノで外国人を呼び込み、観光振興などにつなげるという政府の説明も根拠が希薄だ。
 道内で誘致に手を挙げる3地域を対象に道が行った試算では、最も需要が大きいとみられる苫小牧市で、日本人客が全体の約8割を占めると予想されている。
 道外の誘致自治体も主要な客は日本人とみている。これでは、国民がギャンブル依存症の増加を心配するのは当然だ。
 ところが、日本人客は2、3日に1度のペースでカジノに通うことが可能で、依存症対策の入場規制としては効果は疑わしい。
 そもそも、他人の不幸から生まれる賭博のもうけを、成長戦略の柱に据え、地域振興に活用する発想自体が不健全だ。


カジノ衆院通過 世論を厳粛に受け止めよ
 カジノ解禁が成長戦略や地域活性化に役立つのか。ギャンブル依存症が広がる心配はないのか−。さまざまな疑問や懸念は積み残されたままだ。
 野党や世論の反対を強引に押し切って、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案がきのう、自民、公明の与党と日本維新の会の賛成多数で可決され、衆院を通過した。
 問題点はほかにも山積している。犯罪資金の流入や資金洗浄(マネーロンダリング)▽周辺治安の悪化▽国会の審議対象にならず政令などで決める内容が331項目もあること▽入場客への金銭貸し付けを事業者に認める規定−などだ。
 法案が付託された衆院内閣委員会の論議はわずか18時間にとどまった。しかも政府の答弁は曖昧で、審議を通じて国民の理解が深まったとはいえない。
 野党側が審議の継続を求めたのは当然だ。にもかかわらず内閣委の委員長(自民党)は15日の委員会で、開会からわずか1分余りで採決を強行した。乱暴な手法と言わざるを得ない。
 共同通信社の世論調査によると、IR整備法案について「今国会で成立させる必要はない」と答えた人は69・0%に達した。実に約7割もの有権者が今国会での成立を求めていない。この現実を政府や与党は厳粛に受け止めるべきだ。
 与党はきょうまでの国会会期を延長して、この法案を何が何でも今国会で成立させる方針という。振り返ると、政府にIR整備法案の提出を促す「カジノ解禁法」も2016年の臨時国会延長のどさくさに紛れて強行的に成立させた。その際も、衆院内閣委の審議はたった6時間だった。
 無理を重ねて法律の成立を急ぎ、刑法が禁じる賭博罪からカジノを例外にするのはなぜか。誰かが損をする「不幸」が前提の成長戦略や地域活性化とは一体何なのか。誘致を目指す長崎県など地方自治体も、立ち止まってよく考えてほしい。
 公明党の対応も疑問だ。「カジノ解禁法」の採決では自主投票とし、山口那津男代表らが反対に回るなど賛否が割れた。
 ところが今回は、来年の統一地方選や参院選への影響を恐れ、選挙までの期間をできるだけ空けたいと、今国会中の成立を容認したとされる。
 選挙への影響を警戒するのは支持母体の創価学会に反対論が根強いためだが、それなら慎重な対応を貫き、自民党に熟議を働き掛けることが連立与党・公明党の役割ではないか。
 国民の疑問や懸念を払拭(ふっしょく)するには、参院でこそ徹底審議をする必要がある。政府も与党も強引な姿勢を改めるべきだ。


カジノ法案 懸念置き捨てまた強行
 あまたの疑問を残し統合型リゾート施設(IR)整備法案、いわゆる「カジノ法案」が衆院を通過した。
 そもそも、賭博(とばく)場を造って地方の雇用創出や観光振興を図ることが成長戦略と言えるのか。先に衆院を通ったギャンブル依存症対策法案の効果のほども定かでない。
 国民の懸念を置き捨てにした強行突破はいただけない。
 法案には、日本人客の入場料を6千円、入場回数は週3回、月10回までとするカジノの営業規制が盛られた。国際会議場、ホテルといった集客施設との一体整備が要件。国が暴力団関係者の関与や依存症対策を調査し、カジノ事業者に免許を交付する。
 カジノ収益の30%相当を国と立地自治体で分け合う。
 安倍晋三政権は「世界で最も厳しい規制を設けた」と主張する。3日に一度の入場を「厳しい」とは受け取れない。
 主な客層は訪日外国人とする政府説明とは裏腹に、7〜8割は日本人が占めるとの推計がある。地方創生どころか、日本人の資産が海外のカジノ事業者に流れることにならないか。
 法案を審議した衆院内閣委員会では、客への金銭貸し付けを認めていることが問題になった。
 石井啓一国土交通相は、日本人への貸し付けは、あらかじめ一定金額を預託した富裕層に限ると答弁した。が、預託金額は未定で法成立後に政令で定めるという。ほかにも「後から決める」とする曖昧な規定が多い。肝心な点を「白紙委任」にはできない。
 国内には数百万の依存症患者がいる。依存症対策法にしても、まず現に苦しんでいる人たちに適用すべきだ。効果を見定めてからカジノの是非を話し合っても遅くない。世論調査では、7割が「今国会中に成立させる必要はない」と答えてもいる。
 内閣委は、わずか18時間の審議で採決に踏み切った。
 自民党には、カジノ経営者でトランプ米大統領の支援者から要請があった。賭博への抵抗感が強い支持者を抱える公明党は、来年の統一地方選や参院選まで冷却期間を置きたい思惑がある。2025年国際博覧会を誘致する日本維新の会は、いち早くIR開業にこぎ着けたいのだろう。
 各党の事情優先で、国民への説明まで後回しになる始末だ。
 議論の場は参院に移る。カジノは本当に日本に要るのか。「良識の府」として与野党ともに、丁寧に煮詰めてほしい。


全国一元化を口実に…安倍政権が障害年金支給カットの非情
 どこまで非情な政権なんだ――。今度は障害基礎年金をバッサリだ。
 障害基礎年金は、日本年金機構が障害や難病を負った人に支給する年金。障害の程度によって1、2級に区分され、年間支給額は1級が約97万円、2級が約78万円だ。
「都道府県単位だった認定審査を昨年4月から障害年金センターに一元化したことが影響し、支給されなくなる受給者が続出しています。一元化を口実に、厚労省がやりたかったのは支給のカットです」(厚労省関係者) 20歳前に障害を負った受給者1010人に、支払いを打ち切る通知を送っていたことが先月末に判明、大きく報じられたが、それだけではなかった。20歳以降に障害を負った受給者のうち、約2900人が、昨年4月から1年間に支給を打ち切られていたのだ。衆院厚労委で、高橋千鶴子議員(共産)が取り上げ、厚労省は事実関係を認めた。
 高橋議員は「一元化は本来もらえる人を救おうという趣旨ではなかったか」「もらえなくなる人に思いを致さないのか」と指摘したが、加藤勝信厚労相は「公平給付の実現に目的がある」とお決まりの答弁。世代間の公平など「公平」は、カットのためのいつもの常套句である。
 だが、障害基礎年金は最も切ってはいけない社会保障給付だ。厚労省が4月に発表した障害者の実態調査によると、月収9万円未満の人が65歳未満で2人に1人。経済的に苦しい生活を強いられているのだ。
 一元化どころか、むしろきめ細かい審査が必要なのが障害年金だ。障害年金に詳しい福祉施設関係者がこう言う。
「現在の障害年金は、身体や精神の機能がどの程度かで審査されています。しかし、その人の“大変さ”は機能だけで決まるものではありません。家庭や住んでいる街の環境など、個別の事情で変わってくるのです。機能上は軽症であっても、暮らしていくのがとても大変なケースも多くあります。“全国一律”に最もなじまない年金なのです。打ち切り通知が大々的に報じられて、いい機会です。実態を直視した審査ができるように、国会でも議論してもらいたい」
 本当に困っている人に寄り添うのが政治の仕事であることは、加藤大臣だって理解しているはずだ。審査基準を再考すべきではないか。


小池百合子都知事の“カイロ大首席卒業”めぐる詐称騒動 「正規ルートではありえない」の指摘
五輪が危うい「小池百合子」都知事の「学歴詐称」騒動(上)
 四半世紀に亘り燻ってきた小池百合子都知事(65)の「カイロ大首席卒」問題。新証言を基に詐称ありと、石井妙子氏が文藝春秋にリポートを寄せた。騒動に火が点き都議会での追及を呼びそうな気配である。と同時に「五輪を都知事で」という計画も危うくなり……。
 ***
 去る9日発売の文藝春秋で、「小池百合子『虚飾の履歴書』」というリポートが発表された。ノンフィクション作家・石井妙子氏の手になるこの原稿は、1992年の初出馬から燻ってきた女史の「カイロ大を首席で卒業」なる経歴の嘘を、留学時代の同居人女性が詳らかにするという態(てい)を取る。同居女性が綴った過去の手紙や小池氏とのツーショット写真も配された全26ページ。大要を以下に記しておこう。
〈その女性は、「私は小池百合子さんとカイロで同居しておりました。カイロ大学を卒業、しかも首席で、という肩書きを掲げて小池さんは今日の栄光を勝ち得ましたが、彼女は実際にはカイロ大学を卒業していません」とし、石井氏に内情を打ち明けることにした〉
 両人は72年4月にかの地で出会い、6月から同居を始めた。生活費を抑えるためのシェアリングである。その頃、小池女史は現地の語学学校に通っていたが、彼女のアラビア語は英語で喩えて言うなら、“This is a pen.”のレベル。更に、日本人の男たちが頻繁に部屋へやって来るので、勉学に勤しむのとは程遠い日々だった。
〈「ノートが広げてあったのでたまたま見てしまったのですが、とても驚きました。(アラビア語が)あまりにも初歩の初歩だったからです。これを私に知られたくなかったんだろうなと思いました。なんでも、(アラブ諸国相手にビジネスを展開する)お父さんと当時エジプトの情報相が知り合いだから、そのコネで(カイロ大学に)入れてもらえる。任せておけばいいんだと、すっかり安心しきっている様子でした」〉
「そういうことにしちゃったの?」「うん」
 そのコネのお蔭なのか、73年10月に入学許可。(※小池氏は自著で「72年10月入学」と記述)2年生からの編入、授業料も入学金も無料になったとされる。しかし、76年、
〈「小池さんは確かに必死にノートに文語で文章を書き写していました。でも、それがどういう意味なのかは、まったく理解していなかった。『テストでも質問文はどうせ読めないから、とにかく暗記した文章をひたすら大きな字でかくの』と言うのです〉
 という状況で結果が伴わないのは当然。落第だった。
〈「カイロ大学は3回続けて進級試験に落ちると、学科を変えるか、退学するかを迫られるそうです。小池さんは3回目の落第で、退学するしかない状況だったのかもしれません」〉
 しかし、状況が一変。エジプト大統領夫人が急遽来日することになり、小池女史はそのアテンドをするため、祖国の地を踏むことになった。大仕事を終え、彼女がエジプトに戻った1カ月後――。
〈「私は目を疑いました。(小池氏から見せられた新聞に)『カイロ大学を卒業した小池百合子さん』と大きく書かれていたからです」〉
 そこではこんな会話が交わされたという。
同居女性 そういうことにしちゃったの?
小池 うん。
石井氏が明かす同居女性の胸中
 記事を書いた石井氏の話。
「同居女性は、小池さんがカイロ大を卒業していないことについて、こんなふうに話していました。“隠し事なく生きて欲しい。そんなに隠し事をして、息が詰まらないか。小池さんも人生の晩年に入っている。最後まで嘘の人生で終わらせないで欲しい。まっとうな、正しい生き方をして欲しい。自分を偽るのは、もうここまでとして欲しい”と」
 そしてこう続ける。
「彼女はこんな心中も明かしています。“小池さんの秘密を知っているという恐怖から逃れるために、ずっと誰かに話したかった。高齢となり、残り少ない余生を不安から解放されて過ごしたいと願っていた。そんな折に(石井氏の)記事を読み、今、伝えておかなければと感じた。事実でないことが事実として定着し、それが歴史となることを見過ごしていいのか、という思いもあった”」
「正規ルートではありえない」
 先にも触れた通り、この詐称疑惑は四半世紀も前から取り沙汰されてきた。事実なら公選法が定める虚偽記載の罪に問われるものだ。彼女が「カイロ大卒」と経歴に書けば、それに異議申し立ての情報が出てくる。これに対し、「卒業証明書」を手に小池女史が登場し、笑って詐称を否定する。今回の文藝春秋の記事でも、彼女の顧問弁護士はその証書を持ち出して打ち消したし、当のカイロ大も、「確かに小池氏は76年に卒業している」と回答しているのだ。
 そうやって、あたかもモグラ叩きのごとく疑惑は一蹴されるのだが、これが絶えないところから察するに、光を当てて欲しいというモグラらしからぬ情報の性格もまた見て取れるのだ。
「外国人なら、紹介さえあれば入学自体は難しくはありません。しかし、入ってからは本当に大変ですよ。書き言葉である文語は限られたインテリが使う言語であり、日常で使用する口語とは難易度が著しく異なる。日本人が習得するのは並大抵の努力では困難です」
 と話すのは、女史と同時期にカイロ大に留学していた小笠原良治大東文化大名誉教授。日本人として初めて同大を卒(お)えた人物である。
「小池さんのアラビア語が“This is a pen.”レベルだったというのが本当なら、話にならない。まず、授業で教授が話す内容や板書される文章など全く理解できなかったはずです。1年半に亘って現地でレッスンを受け、その後も毎日、血の滲むような努力をした私でも、卒業に7年を要しました。外国人が4年間で卒業するのは至難の業で、正規のルートではありえないと思います。アラビア語というのはロシア語と並び、世界で最も難しい言語と言われているんです」


参院選挙制度改革 自民案は身勝手過ぎる
 自民党が、参院選の「1票の格差」是正に向けた公選法改正案を参院に提出した。定数を現行の242から6増とし248とする内容だ。
 選挙区では「鳥取・島根」「徳島・高知」の合区選挙区を維持しながら、議員1人当たりの有権者数が最も多い埼玉選挙区の定数を2増とする。比例代表では定数を4増やし、比例代表名簿の一部で「拘束名簿式」の特定枠を設ける。
 自民にとって、合区対象県で選挙区に擁立できない県の候補を特定枠で優遇、救済する狙いが明らかであり、党利党略を優先したあまりに身勝手な改正案と言わざるを得ない。
 そもそも今回の選挙制度改革は2013年の参院選の「1票の格差」を「違憲状態」とした最高裁判決を受けての対応だ。15年に改正された公選法で合区を初めて導入。同時に付則で19年の参院選に向け「選挙制度の抜本的な見直しを検討し、必ず結論を得る」と明記している。
 確かに19年の参院選を考えると期限は迫っている。しかし今回提出した自民案はあまりに唐突である。自民はことし3月までに示した改憲案に参院選の合区解消を盛り込み、各都道府県から少なくとも1人の議員を選出できるようにする考えを示していた。今回の改正案では合区を維持するとしており、改憲案との整合性はどうなるのか。十分な説明を求めたい。
 比例代表の特定枠を設けることについても疑問が残る。現行の比例代表は、政党が順位を付けずに候補者個人の得票順で当選者が決まる「非拘束名簿式」だ。自民案はその一部に事前に決めた順位に従って当選者を決める「拘束名簿式」の特定枠を導入する。選挙制度の複雑化を招きかねない。
 議論の進め方も乱暴である。参院各会派の代表者懇談会で自民案に反対が出ると、同党出身の伊達忠一参院議長は協議を打ち切ってしまった。野党から反発が出るのも当然であろう。
 選挙制度改革は参院の在り方も含めて議論されるべきである。参院は「良識の府」「再考の府」などと期待されているが、現実には衆院同様の政党対立が持ち込まれ、「衆院のカーボンコピー」とも指摘されている。中長期的な視点から法案を審議し、行政を監視する役割を担う「参院の独自性」を確保するための選挙制度改革としなくてはならない。
 政府、与党は20日に会期末を迎える今国会の会期を延長する方向で調整している。働き方改革関連法案、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備法案などに加えて、公選法改正案でも与野党の激しい対決が予想される。15年の改正で付則に明記した「抜本的な見直し」に向けてこれまで本格的な議論がなされてこなかったのは与野党それぞれに責任がある。党利党略を排除し、合意に向けた幅広い議論が求められる。


W杯の裏でとんでもない文書が発覚! 森友文書改ざんで官邸が検察へ圧力、谷査恵子の介入を裏付ける記述も
 サッカーW杯や「紀州のドンファン」の話題がワイドショーを独占し、すっかり影が薄くなった森友・加計問題。安倍政権の「逃げ切り作戦」がまんまとはまっている感があるが、しかし、これはテレビが取り上げないだけだ。モリカケをめぐってはいまもとんでもない事実が次々と発覚している
 18日におこなわれた参院決算委員会でも、新たな“爆弾文書”が飛び出した。なんと、その文書には、官邸と財務省、検察が完全にグルになって、森友疑惑を封じ込めていたことが示されていたのである。
 この文書を公表したのは、共産党の辰巳孝太郎議員。辰巳議員は今回、独自に入手したという2種類の文書を安倍首相と麻生太郎財務相、石井啓一国交相に叩きつけた。
 そのうちのひとつは、財務省が森友学園側との交渉記録(応接録)と改ざん前決裁文書を今年の5月23日に国会提出することを決めたのと同時期に作成したメモ。文書の上部右端には、手書きで「5/21 つるた参事官」と書かれており、これは国交省の鶴田浩久大臣官房参事官のことだろう。鶴田氏が参事官になったのは昨年7月の人事異動時。つまり、今年5月という、つい最近に作成されたと思われる。
 そして、このメモはじつに生々しいものだ。内容は、財務省と国交省が交渉記録の公開にあたり、近畿財務局と大阪航空局のやりとりを公開するのかどうかを〈国交省として、出すのが得策かどうか検討してほしい〉などと投げかけているのだが、そのなかで、こんな言葉が出てくるのだ。
〈役所間のやり取りの公表に先鞭をつけてよいものか、悩ましい。近畿財務局と理財局のやり取りについては、最高裁まで争う覚悟で非公表とするのだろうが、近畿財務局と大阪航空局のやり取りについては、森友問題に限って考えればメリットもあり得る。色々とひどいことを言われたことが明らかになるし、「大阪航空局に言っておく」とした部分の帰結も分かってすっきりする。〉
 近畿財務局と理財局のやりとりは「最高裁まで争う覚悟」で非公表とする──。近畿財務局と理財局がやりとりした際の文書は存在するが、是が非でも公表しない、と言っているのだ。ようするに、この期に及んで財務省は、いまだ文書を“隠蔽”しているのである。
 他方、5月に財務省が公開した近畿財務局の交渉記録のなかには、籠池諄子氏が近畿財務局の担当者にコースターを投げつけたことや暴言を吐いたということが書かれた箇所があり、これはメディアにも大きく取り上げられた。交渉記録の公開によって、籠池夫妻を“トンデモクレーマー”として注目させることに成功したのだ。
 都合の悪い文書は隠蔽して、メリットにつながる文書は公開する──。ということは、「最高裁まで争う覚悟」で出さないという近畿財務局と大阪航空局のやりとりは、政権に打撃を与える相当な内容が書かれているのだとわかるだろう。
 いや、この文書だけではない。近畿財務局と大阪航空局のやりとりを記した文書が存在することも今回のメモで判明したし、さらに言えば、籠池泰典理事長(当時)が近畿財務局に、昭恵夫人の「いい土地ですから、前に進めてください」発言を伝え、昭恵夫人と籠池夫妻のスリーショット写真を提示した2014年4月28日のものなど、重要な時期の交渉記録はいまだ公開されていない。近畿財務局の職員は4月28日の交渉記録を「作った記憶がある」と話す一方、麻生財務相は「いまの段階では見つかっていない」と主張するばかりだが、これも結局は、「存在するのに隠している」としか考えられないのだ。
「官邸も早くということで、法務省に何度も巻きを入れている」の記述が
 これだけでも超弩級のスクープ文書だが、このメモが「爆弾文書」たる理由は、ほかの部分にある。冒頭にも記したように、官邸と財務省、検察がグルであることが示されている箇所が出てくるのだ。
〈5/23の後、調査報告書をいつ出すかは、刑事処分がいつになるかに依存している。官邸も早くということで、法務省に何度も巻きを入れているが、刑事処分が5/25夜という話はなくなりそうで、翌週と思われる。〉
 刑事処分の発表後に調査報告書を出す──。事実、大阪地検特捜部が佐川宣寿前理財局長をはじめ告発されていた財務省幹部および近畿財務局職員計38人の不起訴処分を公表したのは、5月31日のこと。財務省が調査報告書を公表したのは5日後の6月4日だ。そもそも、大阪地検特捜部は当初から立件は見送る算段で、決裁文書の改ざん発覚の1カ月後である4月の時点で全員不起訴が決定していたことは既報(http://lite-ra.com/2018/06/post-4044.html)の通りだが、財務省はこの結果を当然把握しており、その上でいつ調査報告書を出すかを決めていたのだ。つまり、完全な出来レースの調査報告だったのである。
 しかも、注目すべきは、〈官邸も早くということで、法務省に何度も巻きを入れている〉という部分だ。これは、大阪地検の不起訴処分という捜査結果を早く公表するよう官邸が法務省に対して圧力をかけていた、ということ。ようするに、政治的独立性を保持すべき検察の捜査結果に法務省を通じて介入していたことを、この文書は裏付けているのである。
 官邸から法務省へ、法務省から大阪地検へと加えられた圧力。無論、官邸が介入したのは、捜査結果の公表だけではない。不起訴処分という決定自体も、官邸の介入によっておこなわれたものと考えるべきだろう。
 本サイトでは、不起訴処分が公表された際に、大阪地検特捜部の捜査を潰した首謀者は“法務省の官邸代理人”こと黒川弘務・法務省事務次官だと指摘。森友問題が勃発したあとには「黒川次官と菅義偉官房長官の間で、法務省の悲願だった共謀罪の成立とバーターで、安倍首相、昭恵夫人の疑惑に蓋をして、籠池理事長の口封じ逮捕をおこなうという密約が交わされた」という噂が駆け巡ったことや、「森友捜査をコントロールしようと大阪地検にプレッシャーをかけるべく、毎日のように本省が地検幹部に連絡を入れていた」という地検担当記者の証言などを紹介した。
 そして、この官邸─黒川法務事務次官というラインが大阪地検特捜部の捜査に介入していたことは、今回の文書で確かなものになった。不当な土地取引のみならず、決裁文書の改ざんという国家的大犯罪が罪にも問われず、見逃されるという民主主義国家にあるまじき結果は、やはり安倍官邸が引き出していた──。これこそがまさに「独裁」の実態ではないか。
昭恵夫人付き職員の谷査恵子氏が森友土地の「賃料引き下げ」を要求の記述も
 さらに、辰巳議員はこの文書とは別に、財務省と国交省が隠蔽しつづけている記録のひとつとして、2015年11月12日に総理夫人付き職員の谷査恵子氏が財務省に口利き電話を入れた当日、近畿財務局が大阪航空局に電話で報告していた内容が記された文書も公表。ここには〈近畿財務局からの情報提供〉として、〈11/11に安倍総理夫人付きのタニ(女性)氏から、森友学園に係る以下の問い合わせが財務本省にあり〉と書かれており、さらには、谷氏が「新聞報道であった介護施設に対する賃料引き下げの優遇措置を小学校にも適用出来ないのか」「貸付料の減免、土壌汚染対策工事中の免除等はできないのか」と迫ったことが記されていた。安倍首相はこれまで谷氏の口利きを「値下げをしてくれ、優遇してくれということではなくて、制度に関する問い合せ」として問題ないと答弁してきたが、谷氏ははっきりと「賃料引き下げ」「貸付料の減免」を要求していたのである。
 しかも、この文書には、〈安倍総理夫人付きのタニ氏は、経済産業省からの出向者のようである。〉〈安倍総理夫人は、森友学園が開校を計画している「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就任しています。〉とも記されている。いかに森友が「総理夫人案件」であることを強く意識していたか、ここでもよくわかるというものだろう。
 こうした財務省が隠し通そうとする文書を突きつけられ、安倍首相は「事前通告にない質問だから答えようがない」と逃げ、「真偽のほどもわからない」「真実かどうかもわからない」「まったく架空の状況」などと、あたかもでっち上げの可能性があるかのように強調した。──こうした態度も含め、メディアはしっかり報じる必要があるだろう。
 何度でも言うが、森友も加計も、民主主義の根幹を揺るがすこの国にとって重大な問題だ。そこから関心を失わせようと安倍首相や麻生財務相は嘘ばかりを吐き、為政者の嘘を国民に慣らしつつあるが、そのおかしさに異を唱えず、報じないならば、メディアも同罪だ。(編集部)


服役して初めて知った、刑務所の「現実」……『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』
 あなたは刑務所と聞いて、何を想像するだろう。
 さしずめ「和彫りの入った凶悪な面構えの者がゾロゾロ収容されていて、毎日乱闘が絶えない」といったイメージではないだろうか。しかし元衆議院議員の山本譲司さんが実際に刑務所で出会ったのは、認知症のお年寄りや重い病気の人、心身に障害がある人たちだったそうだ。
 2000年に秘書給与流用事件で逮捕され、1年2か月の懲役を栃木県の黒羽刑務所で過ごした山本さんによる『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(大月書店)は、「まるで福祉施設みたいな世界」だった、刑務所の実像について紹介している。
 障害と犯罪には、果たして密接な関係があるのだろうか。山本さんに伺った。
■服役者の約2割が、知的障害者
 山本さんが刑務所での体験を描いた『獄窓記』(ポプラ社)を出版したのは2003年のこと。黒羽刑務所内で山本さんは、刑務官の補佐をする「指導補助」という役割を果たしていた。重い病気や障害のある受刑者の食事や入浴の手伝いから、排せつ処理までをおこなうのが山本さんの日常だった。ひどい痔を患う受刑者には薬を塗ったり、ゴミと排せつ物だらけの部屋を掃除したりすることもあったそうだ。
「2016年に新たに刑務所に入った受刑者約2万500人のうち、IQの数値でいうと、約4200人は知的障害者である可能性が高い人たちでした。最終学歴は中卒が4割で、義務教育さえまともに受けていない人も多くいます。知的障害がある受刑者は、おにぎりやパンの窃盗、あるいは100円ほどの賽銭泥棒で服役するなど、軽微な罪の人がほとんどです。30円の車上荒らしで、再犯だったため「常習累犯窃盗罪」という重い罪名をつけられ、3年も服役している人がいました。私は2006年に『累犯障害者』(新潮社)という、罪を繰り返す障害者の実態を描いた本を出版しましたが、その頃からようやく福祉関係者も、この問題に目を向けるようになったのではないでしょうか。あれから12年が経ち、徐々にではありますが、出所後の再スタートを支える出口支援制度も充実してきたように思います。しかし、まだまだです。昨年、ある累犯刑務所を訪ねた際に愕然としました。私が黒羽刑務所にいた当時の囚人仲間で知的障害のある人が、現在も累犯者としてその刑務所にいたんです。1人だけではなく、見かけただけで3人はいました。彼らは皆、十数年前に黒羽刑務所を出所したあと、5回も6回も出所と入所を繰り返しているんです。私自身、微力ながら、法務省や厚生労働省にも協力してもらい、この問題の改善に努めてきたつもりですが……。それに今も、毎週のように刑務所を訪れて、障害のある受刑者の社会復帰のお手伝いをさせてもらっています。でも相変わらず、刑務所を居場所にせざるを得ない人がたくさんいる。彼らは刑罰を受けているというよりも、冷たく厳しい社会から排除され、刑務所の中に避難してきているんです。これはやはり、社会全体の在り方に問題があるのではないでしょうか。そこで、こう考えました。社会の写し鏡と言われる刑務所の中で今起きていることを、もっと多くの人に知ってもらいたい。司法関係者や福祉関係者だけではなく、この問題に対して目をそらさずに見ることができる年代の人に伝えたい、と。それが今回、この本を出版した大きな理由です」
 ひとたび事件が起きると大抵のメディアは加害者の言動を取り上げ、「凶悪」な犯人像を作りだそうとする。しかし山本さんは、知的障害を持つ服役者は「凶悪」どころか、ある意味被害者なのだと語る。
「2006年1月に山口県の下関駅が放火され、4000平方メートルに及ぶ大火災となりました。この時捕まった当時74歳の男性には軽度の知的障害があり、彼は成人してからの54年のうち、約50年を刑務所や拘置所、留置場で暮らしてきました。子どもの頃から父親に虐待され、近所の子どもたちからもいじめられていた彼は、12歳の時に放火未遂事件を起こしました。補導されて当時の少年教護院(今の児童自立支援施設)に入れられましたが、まるで天国のように感じたそうです。なぜならご飯は食べられるし、暴力もなかったから。だから彼は『いじめや虐待から逃れるには、火をつけるふりをすればいいんだ』と思い込み、放火や放火未遂を繰り返すようになってしまったのです」
 この事件では懲役18年の求刑に対して、懲役10年の判決となった。山本さんによると、裁判前に面会した時、「シャバには戻りたくない。刑務所のほうがいい。いじめられないから」と言っていた男性は現在出所し、支援団体の人たちとともに穏やかに暮らしているそうだ。
「重大な罪を犯した人であっても、きっかけがあればがらりと変わるんです。だから社会はルールを破った人にペナルティを与えても、その期間を終えたら温かく迎え入れて包摂すればいいと思います。特に福祉事業者には、そうしてほしいものです。しかし給付金の関係上、軽度の知的障害者ばかりでは福祉施設の運営が成り立たないこともあり、彼らの居場所作りは難しいのが現状です」
■社会から孤立することで、犯罪に追い込まれる
 2003年に日本では福祉の基本スタンスが「措置から契約」に移行したことも、障害者の居場所が減ったことに関係しているという。措置制度の時代は障害者が福祉サービスを利用する際に、行政が利用先や内容を指定していた。しかし支援費を給付する制度にこの年から変わって以降、障害者が自分で福祉サービスを選び、事業者と個別契約を結ぶことになった。自分でサービスを決められるようになった反面、契約を断る福祉事業者も現れた。さらに2006年に「障害者自立支援法」が施行されて以降、軽度や中度の知的障害者の人たちに向けた福祉サービス費があがったり、サービスそのものが減ったりする結果を生んでしまった。
「戦後の日本は、精神や知的に障害のある人たちを、自宅に軟禁しておくのが当たり前のような時期がありました。けしからんことに、『座敷牢』も奨励されていたんです。そうしたなか、東京オリンピックがあった1964年、ライシャワー駐日大使が精神に障害のある青年に刺されて重傷を負う事件が起きます。事件後、マスコミは『精神異常者を野に放つな』的な報道を繰り広げました。結果的に、この事件以降、知的障害者や精神障害者は施設や病院に入れられ、隔離のような状態に置かれる時代が続くのです。しばらく我が国の中では、彼らの存在の可視化は難しくなりました。けれども当然の成り行きとして2000年以降、『障害者の地域移行』という国際的な流れのなか、障害者の自立が促されるようになりました。ところが今まで施設に預けられっぱなしだったのに、突如自宅に戻ってくることになった障害者を負担に思う家庭もあります。また地域も、決して温かくは迎えてくれない。このように社会に移行できたものの、家族にも地域にも疎まれることが、刑務所を居場所にせざるを得ない人を生み出してしまう結果に繋がるのです」
■障害があるからといって、罪を犯しやすいわけではない
 山本さんは、「知的障害者や発達障害のある受刑者のほとんどが、福祉や家族から見放され、挙げ句、何日も食事がとれないほどの困窮状態におちいり、窃盗や無銭飲食などに手を染めることになった」と言う。また、重い罪を犯した人の場合は、社会に蔓延する同調圧力に耐えられず、「空気が読めない」と虐げられ続けてきた辛さが、何らかの刺激によって犯罪に結びついたと見ている。しかし同時に「障害があるからといって、罪を犯しやすいというわけでは決してない」とも強調する。
「裁判で『反省しています』と言えれば刑が軽くなることがありますが、知的障害のある人は自分からそれが言えないことも多い。それに、法廷内の重い空気に耐えかねて、つい笑ったり、突拍子もないことを口にしてしまったりして、裁判官の心証を悪くすることもあります。一方で、裁判官はこうも考えているのではないでしょうか。『目の前にいる被告人の現在置かれている状況を考えると、社会に戻すよりも、寝床と三食が用意された刑務所に行かせたほうがいいだろう』と。これは、障害のある人に限ったことではありません。要するに、極度の貧困状態にある人には、刑務所というセーフティーネットを利用させようとするのです。ですから、障害のある人が大勢いる刑務所の現状は、『健常者よりも障害者のほうが、より生きづらい社会である』という我が国の現実を如実に物語っているのだと思います」
 障害のある服役者は決して「対岸にいる彼ら」ではなく、自分と同じ人間でしかない。だから「自分たち」「彼ら」と分けて考えるのではなく、同じところに目を向ける必要があるとも言う。
 山本さんは出所後、最重度の障害者が入所する福祉施設で働いていた。寝たきりで言葉を話さない人でも、同じ目線で接すれば、自分と同じく、喜んだり悲しんだりしながら日々の営みを繰り返していることがわかるという。重い障害があっても、「何もわからないかわいそうな人」ではなく9割9分は私たちと変わらないし、軽度の知的障害者に至っては、ほぼ何も変わらないことに気づいたのだそうだ。
「だから障害のある人を排除することは、ひいては自分を排除することにも繋がると言いたいんです。一見自分とは違うと思っても、同じところを探せばたくさん見つかるはず。その視点は残念ながら福祉現場にいる人でも欠けていることがあって、人によっては、まるで障害者をモンスターのように思っている人もいます。障害があるだけでもモンスターなのに、ましてや罪を犯したとなったら何重にもモンスター化しますよね。でも彼らはモンスターでは決してなく、あなたと同じ人間ですと言いたい。
 私も服役前は、自分のことを棚に上げて、刑務所にはどんな悪党がいるのかと戦々恐々としていました(苦笑)。でも、いざ入ってみたら怖い人なんて全然いないんです。それよりも障害のある人が多いことに、心底驚かされました。けれども、障害のある人のお世話をしていくうちに、『同じ受刑者同士、同じ人間同士』と強く思うようになったんです。とはいえ相手のことを知らないと、以前の私のようにビクビクして当然ですよね。だからこの本を通して、障害と犯罪の現実について知ることから始めてもらえればと思います」