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Kumamon, célèbre mascotte, s'éclate à Nîmes
Kumamon est la mascotte de Kumamoto, une province japonaise. Star des réseaux sociaux, elle promeut les sites touristiques qu'elle visite.
Ce dimanche après-midi, iI a laissé plus d'un Nîmois interloqué : mais pourquoi ce gros nounours danse devant les arènes entouré de centurions ? Pourquoi ? Pour promouvoir Nîmes auprès des Japonais !
Et oui Kumamon, c'est son nom, est une mascotte célèbre dans une grande partie de l'Asie. Un véritable ambassadeur !
Elle est par exemple suivie par plus de 800 000 personnes sur Twitter. Autant dire que ses pas de danse devant les arènes valent mieux que toute campagne de promotion sur les terres nippones.
Et quand elle échange quelques passes de football sur le toit du musée de la Romanité avec El Croco, son homologue de Nîmes Olympique: le succès est garanti !
Plusieurs journalistes japonais suivent chacun de ses déplacements et la Ville de Nîmes mise sur d'importantes retombées en draguant ainsi les touristes asiatiques.
ARNAUD GAUTHIER
フランス語
フランス語の勉強?
適菜収。bot。(問題は右でも左でもなく下である)@tekina_osamu
『女性セブン』が「いちばん嫌いな男」というアンケートをやったら、第4位の江頭2:50や第7位の出川哲朗をぶっちぎりで抜いて、第1位は安倍晋三だった。「あらゆることへの執着の深さが気持ち悪い」(65才・主婦)。女性の感性は信用できる。

今日はAのテの日.心配したけどざっとみた感じ大きくダメということはなさそうでとりあえず安心しました.よく見たらどうなのかはわかりませんが.
一方Wは少ないです.う〜ん.
帰り際にネツネツで見逃していたことに気がつきました.早く帰りたいけど頑張ってから帰りました.疲れたよ.

<とうほくドローンeye>気仙沼湾横断橋/巨大石柱 再生への礎
 SF映画「2001年宇宙の旅」に登場した謎の石柱(モノリス)のような物体が立ち並んでいた。
 高さ30メートル、重さ1万2000トンの構造物は、気仙沼湾をまたぐ三陸自動車道の橋脚になる。はるか下で働く重機がミニチュアのような巨大さ。コンクリート製の脚が支える橋は全長1344メートル、うち420メートルは海の上というベイブリッジ。
 2011年3月11日、東北を巨大な津波が襲った。太平洋に沿った長大な被災地のほぼ真ん中が、ここ気仙沼の地。
 「地域の人たちと一緒に造る復興のシンボルです」と東北地方整備局仙台河川国道事務所の遠藤雅司副所長(53)は言う。被災地に再生の礎が築かれ、明日への橋を架ける。2018年夏、被災地の空旅。(写真部・庄子徳通、小林一成)
 思いのままに空を舞って大地や海を見渡したら、どんなに楽しいだろう。そんな見果てぬ夢をかなえてくれるドローン(小型無人機)と共に、東北のあちこちを旅してみた。 動画ページはこちら https://www.kahoku.co.jp/movie/


南三陸・志津川にBRT新駅開業 利便性向上に期待
 JR気仙沼線のバス高速輸送システム(BRT)の新駅「志津川中央団地駅」が1日、宮城県南三陸町志津川新井田に開業した。町内のBRT駅は「ベイサイドアリーナ駅」に次いで2カ所目。町内外の移動手段として利便性向上が期待される。
 現地であったオープニングセレモニーに関係者約30人が出席。佐藤仁町長が「BRTは沿岸地域の背骨路線。BRTと連携し、町が運行する乗り合いバスを運営したい」とあいさつした。町民を対象に志津川中央団地−志津川間でバスの体験乗車も行われた。
 志津川中央行政区区長の佐々木守さん(66)は「車を持っていないお年寄りの生活の活性化につながる」と語った。
 新駅設置に伴い、南三陸町の志津川−清水浜間の運行ルートを変更。ベイサイドアリーナ駅の名称が「南三陸町役場・病院前駅」に変わった。


希望の丘、みんなで育てる 岩沼市民350人が草刈り
 東日本大震災で被災した宮城県岩沼市玉浦地区に市が造成中の緑の防潮堤「千年希望の丘」で6月30日、「育樹祭」があり、市民ら約350人が草刈りに汗を流した。丘では全国の約3万5000人が植えた約30万本の苗木が育っており、成長を促すために定期的な除草が必要とされている。
 南北約10キロに14カ所盛られた丘のうち、北側の旧相野釜集落にある丘と丘をつなぐ遊歩道ののり面約1キロを除草した。
 同集落のシンボルだった高さ約30メートルのケヤキは津波で枯れた。根元付近の約2メートル分を使いオオワシをかたどったチェーンソーアートのお披露目もあった。
 同市玉浦中3年渡部昇さん(15)は「みんなが草取りをしてくれて、うれしい。緑が生い茂り、大勢の人が訪れる場所になってほしい」と話した。
 一般社団法人千年希望の丘協会が主催した。


荒浜の海へ愛情注いで 震災前の魅力知る機会 亘理の地元小中生が地引き網体験
 東日本大震災の影響で、浜辺で遊ぶ機会が減った子どもたちに海の豊かさを実感してもらおうと、宮城県亘理町の荒浜海水浴場で1日、地引き網漁を体験する「海辺の学校」があった。住民組織「荒浜地区まちづくり協議会」などが初めて開催し、荒浜地区の小中学生を中心に約200人が参加。震災で海水浴を休止している海岸に、子どもたちの歓声が響いた。
 地元の漁業者らが仕掛けた網を、子どもたちが力を合わせて引いた。イシガレイやホウボウ、ヒラツメガニなど約20種類の魚介類が取れ、参加者は炭火焼きにした魚などを味わった。
 荒浜小PTAの父親でつくる「おやじの会」が発案し、同小や荒浜中のPTA、まちづくり協議会のメンバーらと協力して準備に当たった。子どもたちと事前に浜辺の清掃も行った。
 おやじの会の高橋真さん(41)は「荒浜は、はらこ飯が有名だけど、海があってこそ。今後も子どもたちが海に愛着を持つための活動を続けたい」と話す。
 地区には荒浜で海水浴をしたことがない子どもが多い。荒浜小6年の武沢厘和(りお)さん(11)も地元の海で泳いだ経験がなく、荒浜がにぎわっていた震災前の記憶がないという。
 武沢さんは「魚がいっぱい取れてみんなうれしそうだった。荒浜を盛り上げようとしているお父さんたちの思いを感じた」と笑顔で話した。


河北春秋
 気仙沼市の「フェニックスバッティングセンター」では200円で23球が打てる。なぜ23球? 社長の千葉清英さん(48)の本業は牛乳販売。「牛乳に大切な乳酸と23をかけてます」。では、センターが7打席の理由は▼千葉さんは東日本大震災の津波で、家族親族7人を亡くした。生き残った長男の願いをかなえ、センターを開設したのは2014年3月。打席数は失った命▼言葉や数字に意味を込めてきた。自社製品「潮騒(しおさい)ダー」のラベルには「みんなでのもう!」の文字の脇に「37」。妻美奈子(みなこ)さん=当時(41)=がそこにいる。センターに掲げる「夢」の書は「ローマ字でYUME。英語でユーミー」。次女祐未(ゆうみ)ちゃん=同(3)=だ。「残したかった。家族がいたことを」▼長男瑛太さんは東京の高校に進み、2年生になった。中学卒業まで父子は狭い仮設住宅で一つ布団で寝起きした。「つらい思いをさせた。だが、バッティングセンターが欲しいと言った息子の一言があったから、今がある」▼200円23球は「格安」という。子どもたちに一球でも多く打ってほしいからだ。「地域に恩返しを」が信念。にぎやかな声が何よりうれしい。広島や九州の被災地で講演も。泣かずに前を向こうよ、必ずいいことがある。経験を語り、背中を押してくる。

<放射能と闘う保育者たち 原町聖愛こども園の7年>(1)安全/奪われて知る「恵み」
 東京電力福島第1原発事故から7年。原発から24.5キロ地点にある「社会福祉法人ちいろば会 原町聖愛こども園」(福島県南相馬市)は、放射能汚染によって自然との触れ合いをメインとしていた保育を奪われた。泥団子が作れない、よく転ぶ。外遊びが存分にできなかった子どもたちには異変が現れた。安全を守るにはどうするべきか。自らに問いながら必死に子どもたちと向き合ってきた保育者たちの7年間を追う。(生活文化部・越中谷郁子)
<園庭 本来の姿に>
 5月下旬の晴れた日。園庭には、はだしで走り回る子どもたちの歓声が響き渡っていた。
 端を流れる小川には年長児。「先生見てー」と男児が持ってきたのは、川の底からすくった昆虫の抜け殻だった。「おしりがハサミになってる」と興味津々で見つめる。すぐそばでは「アメンボいた」と声が上がり、数人がゼリーのカップで捕まえるのに一生懸命だ。
 遠藤美保子園長(66)は「子どもは本当に外遊びが大好き。園庭だけでも、生き生きした姿を取り戻すことができてよかった」と笑顔だ。
 同園が現地で保育を再開したのは、原発事故から7カ月後の2011年10月だ。3カ月前から、職員と保護者は園庭の除染を必死に続けた。
 ブロック塀の隙間に生えたコケをブラシでこそげ落とし、木は汚れを落とす効果のあるクエン酸を溶かした水で拭き、高圧洗浄をかけた。放射線量の高い木は伐採し、木製遊具は撤去した。業者には表土3センチをはぎ取ってもらった。
 除染、清掃活動を毎年欠かさず行い、園庭で自由に遊べるようになったのは15年のことだ。「なんとか自然環境に触れさせたい」(遠藤園長)と、小川を作った。ポンプでくみ上げられた井戸水は、木々に囲まれた約10メートルの岩場を流れていく。虫や鳥たちが寄ってきた。
 砂場は、地面から約60センチの高さに新設。放射線量が高い土が雨が降ったときに流れ込まないように、という配慮からだ。砂は鶴岡市で採取したものを洗い、放射線量を測った上で使っている。
<「里山」は高線量>
 園庭は安全に安心して遊べる場所になった。「だけど」と遠藤園長が視線を向けたのは、目の前にある小高い山。歩いて5分ほどの通称「里山」は原発事故が起きるまでは、探検ごっこやターザンごっこ、木イチゴ摘み、落ち葉遊びと、季節問わず子どもたちの格好の遊び場だった。雨や雪が降ってもカッパを着て遊んだ。
 遠藤園長は「自分が園長をしている間に、里山に遊びに行ける日は来ないね、きっと」と唇をかむ。
 今年5月、里山に空間放射線量を測りに行った。除染後にもかかわらず、大きな木の下で1.721マイクロシーベルト、転がって遊んだ南側の斜面は0.233マイクロシーベルトあった。「事故前が0.04マイクロシーベルトだったことを考えると、除染済みでも安心はできない」と遠藤園長は言う。
<不安な日々続く>
 「自然は形、色、匂い、一つとして同じものはない。子どもの好奇心を刺激し、遊ぶ意欲を育んでくれる。この自然の偉大な恵みを、奪われて初めて思い知った」
 いつになったら、子どもたちを野山で伸び伸びと遊ばせることができるのか。大事にしてきた保育の理念を取り戻すことができるのか。見通しのつかない漠然とした不安と闘う日々が続く。


羽生結弦選手に国民栄誉賞授与
ピョンチャンオリンピックのフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得した仙台市出身の羽生結弦選手の国民栄誉賞の表彰式が2日、行われました。
羽生選手は、ピョンチャンオリンピックのフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得し、66年ぶりとなるこの種目でのオリンピック連覇を果たしました。
国民栄誉賞の表彰式は総理大臣官邸で開かれ、この中で安倍総理大臣は、「東日本大震災による被災やけがを乗り越えて達成したことは、多くの国民に深い感動と勇気を、社会に明るい希望を与え、復興への力強いメッセージとなった」と述べ、表彰状と盾を授与しました。
このあと安倍総理大臣が、仙台市で江戸時代から作られている絹織物「仙台平」でつくられたはかま姿の羽生選手に対し、「どんな格好でも似合いますね。今後もさらに頑張ってください」と激励すると、羽生選手は、「試合に向けて準備を整えて、頑張っていきたい」と応じていました。
国民栄誉賞の個人としての受賞は26人目で、現在23歳の羽生選手の受賞は、27歳で受賞した柔道の山下泰裕氏を抜き最年少となります。
羽生選手は、表彰式を終えたあと記者団に対し「すばらしい賞を頂けたことは、スケーターとして、人間として、『普通ではいけないんだな』と、自分の中でちょっとけじめをつけている。それは自分のスケート観においても一緒で、国民栄誉賞というすばらしい名に恥じないようなスケートをしていくことがまずは大事かなと思っている」と述べました。
また、羽生選手は、「みなさまとともにとれた賞という気持ちがすごくあったので、記念品は辞退させていただいた。けがの具合も少しずつよくなってきて、できるジャンプ、技などが増えてきているので、自分の体と相談しながら、試合に向けて準備を着々と進めていければと思っている」と述べました。
国民栄誉賞の受賞を記念して、出身地の宮城県では県庁の渡り廊下に縦80センチ、横4メートル80センチの横断パネルを設置し受賞を祝いました。
パネルにはオリンピックの衣装に使われていた紫色などで「祝国民栄誉賞受賞」と書かれ、羽生選手のサインもデザインされています。
仙台市の84歳の女性は、「羽生選手は県民の誇りです。けがをしたのに金メダルを獲得してすごいと思います」と話していました。
また、小学4年生の男の子は、「僕も野球をしていますが、あんな風にかっこいい選手になりたいです。次のオリンピックで3つ目の金メダルをとってほしい」と話していました。
宮城県オリンピック・パラリンピック大会推進課の岡崎斉太主幹は、「宮城県出身者としてはじめての受賞で県をあげて祝おうとパネルを設置しました。これからもぜひ活躍してほしい」と話していました。
羽生結弦選手が国民栄誉賞を受賞したことについて、宮城県の村井知事は2日の記者会見で、「けがを乗り越えてオリンピック2連覇の偉業を成し遂げたので受賞は当然のことだと思う。県民をあげて祝意を申し上げる。まだ若いので4年後もチャンスはある。さらに精進して高みを目指してもらいたい」と述べました。
仙台市の郡市長は記者団に対し、「私自身大変うれしいし、市民、そして被災地の方も本当に心からうれしく思っているのではないかと思う。素晴らしい演技に加え、被災地に希望と夢をプレゼントしてくれたその貢献も大きいと思う。これからますます自分の技を磨きたいということなので、さらなる高みを目指してほしいし心から応援したい」と述べました。
また、授与式で羽生選手が、江戸時代から仙台市で作られている絹織物「仙台平」の袴を着用したことについては、「羽生さんがこうしたところでも仙台をアピールしてくれていることに頭が下がる思いで、感謝したい」と述べました。


無理な出勤、地震後6割が職場へ 大阪府北部地震でネット調査
 大阪府北部地震の発生時、電車で通勤中だった人の約6割が自宅へ戻らず勤務先に向かっていたことが2日、関西大社会安全学部の元吉忠寛教授(災害心理学)による調査で分かった。地震発生から2週間。元吉教授は「無理して勤務先に向かおうとする行動は、帰宅困難者の増加など社会的混乱を大きくする可能性がある」と指摘している。
 調査は京都、大阪、兵庫、奈良の各府県に住み、地震発生時に電車で通勤中だった500人を対象にインターネットで実施し、当日の行動や意識について聞いた。
 その結果、勤務先に向かった人が304人、自宅に戻った人が196人いた。


危険ブロック塀 一刻も早く補強や撤去を
 地震によるブロック塀の倒壊は何度も繰り返されてきた。九州では、福岡沖地震や熊本地震で尊い人命が失われている。
 18日に大阪北部を襲った地震では大阪府高槻市立寿栄(じゅえい)小4年の三宅璃奈(りな)さん=当時(9)=が、学校の倒壊したブロック塀で犠牲になった。クラス代表として児童会のあいさつ運動に参加するため、普段より10分早く登校していたという。
 地震発生時刻との不運な巡り合わせに言葉を失う。ブロック塀は建築基準法の要件を満たしておらず、警察は業務上過失致死の疑いで捜査を始めた。
 共同通信のまとめによれば、同法に合致しない(疑いを含む)ブロック塀がある九州の公立小中学校と特別支援学校は、判明分だけで180を超す。
 国の耐震基準は大きな地震のたびに強められた。1981年施行の基準では、建築物は「震度6〜7程度でも倒れない」強度とされた。
 ブロック塀は高さを2・2メートル以下に制限した。倒壊した寿栄小のブロック塀は基礎と上積み部分で計3・5メートルになっていた上、強度を補うため義務付けられた「控え壁」もなかった。
 3年前には専門家が大きな地震による崩落の可能性を指摘していた。にもかかわらず、市教育委員会の職員は音を調べる打診棒などによる簡易点検だけで「問題なし」と判断していた。
 外形上も耐震基準を満たしていないことは明らかだったはずだ。子どもの安全を軽くみていたとの批判は免れまい。
 校舎そのものの耐震化は進んでおり、全国の公立小中学校の耐震化率は98・8%とほぼ100%に近い。ブロック塀の安全性は見逃されてきたということだ。一刻も早く危険箇所の補強や撤去などを実施したい。
 ブロック塀の安全基準はもちろん民家にも適用される。どこまで周知されているのか。高さ制限の具体的な数字などは専門家でもない限り、知る機会すらないのが現実だろう。
 とはいえ、築年数や見た目の老朽化から、おおよその危険性は判断できる。業界団体が実施している無料点検や行政による助成制度を活用し、耐震強度を高めるなど対策を練りたい。
 耐震基準を満たしていても安心はできない。一昨年の熊本地震では、熊本県益城町の中心部で倒壊した住宅のうち6割は81年の耐震基準で建築されていた。震度7の揺れに2度襲われたことが影響した。
 全国各地で想定を上回る地震が相次いでいる。今後もいつ、どこで起きてもおかしくない。
 耐震基準はあくまで目安の一つにすぎない。そのことを前提に、防災・減災に努めたい。


丘陵に青い海 アジサイ1万株、気仙沼で見頃
 太平洋を望む宮城県気仙沼市松崎外ケ沢内の丘陵地で、1万株のアジサイが見頃を迎えている。山の斜面を埋め尽くす青い花々と深い緑の濃淡が、訪れる人を魅了している。
 藤田清二さん(78)が10年前から自宅脇の山林1ヘクタールに植え続けてきた。藤田さんは今年、観光客らがアジサイの美しさをより堪能できるように、丘を見上げられる場所など3カ所に手作りのベンチを設置した。
 最近は口コミで人気が広がり、台湾やオーストラリアなど海外からも観光客が訪れる。昨年は約2000人が見学した。藤田さんは「わざわざ遠い場所から来て、楽しんでくれることはうれしい」と話した。
 見学は無料。20日ごろまで楽しめるという。


山形大パワハラ認定/根絶の決意が問われている
 外部の目と声に対する感度の鈍さが、大学の対応を決定的に遅らせた。不都合な情報を遠ざけようとする体質が変わらない限り、不祥事は繰り返されかねない。
 山形大xEV飯豊研究センター(山形県飯豊町)の職員がセンター長の男性教授からパワーハラスメントを受けたとして相次いで退職した問題で、学内の特別対策委員会がセンター長のパワハラ行為を認定した。調査報告書には「懲戒処分相当」の意見が付され、大学は7月末をめどにセンター長の処分を決める方針だという。
 特別対策委が認定したパワハラは(1)「ボケが!!」「役立たず」などと記した書き置きを職員の机に残した(2)外部の人の前で「偏差値40」「小学生以下」などと侮辱した(3)事務連絡メールに「無能で非常識なお馬鹿(ばか)さんへ」と記した−などの行為計7件だ。
 対象となった職員は少なくとも3人以上で、「責任者の地位を背景として、職員に精神的苦痛を与え、職場環境を悪化させた」と結論付けた。
 河北新報がセンター長によるパワハラ疑惑を報道したのは、昨年10月5日のこと。小山清人学長は同日の記者会見で「パワハラがあれば処分している。パワハラとしては把握していない」と否定していた。事実関係を認めるまで、実に8カ月以上もかかったことになる。
 特別対策委を設置して調査に乗り出したのは、疑惑報道から約1カ月後。書き置きなどで職員を叱責していたことを示す画像が、職員組合によって公表されたのがきっかけだった。
 組合は昨年5月と7月、パワハラの実態を把握しているかどうかを問う質問書を学長宛に提出し、事実上無視されていた。動かぬ証拠を突き付けられなければ、腰を上げようとしない怠惰な姿勢には組合だけでなく、学生からも失望の声が上がった。
 特別対策委の調査も当初は2カ月以内をめどに終了するとしていたが、委員の日程調整が難航しているなどの理由から、進捗状況も明らかにしないまま大幅に遅れていた。
 公正かつ慎重な調査に時間を要するのは当然としても、この間の経過は説明責任の放棄とガバナンス(組織統治)の欠如が疑われたほどだ。
 飯豊研究センターは、山形大が誇る最先端のリチウムイオン電池研究拠点。将来的に蓄電関連産業の集積を目指す「飯豊電池バレー構想」の中核を担う。
 センター長は民間企業での実績が高く評価され、大学に迎えられた「看板研究者」でもある。センターには既に大手企業など約50社が集まり、研究開発やインフラ整備に巨額の資金が投入されている。
 影響の大きさにひるむことなく、公正、適切な処分を下すことができるかどうか。ハラスメント根絶に向けた大学の決意が問われる。


河北抄
 「半夏生(はんげしょう)にはタコを」。きのう、スーパーの折り込みチラシには、どの店も生きの良さそうなタコの大きな写真が載っていた。広告によると、この時季はタコを食べる習慣があるそうだ。
 「今が旬なんじゃないの。最近、魚売り場にたくさん並んでるわよ」と家人に言われて、へーえ、そうなのかと思いながらも、タコって冬がうまいんじゃなかったっけ、という疑問も少々。
 ある魚屋さんのホームページには「ミズダコは夏、マダコは冬」とあった。小欄の筆者は全く知らなかった。ついでに調べると、神戸新聞の記事に、タコの水揚げが多い兵庫県明石市で開催中の「半夏生たこまつり」の紹介があった。
 どうやら「半夏生にタコ」は、関西の習慣のようだ。タコにはタウリンという疲労回復に効果があるアミノ酸が豊富に含まれ、夏を乗り切るにはぴったり−ということで食べられているらしい。
 きょうから七十二候の半夏生。昔は田植えを終える時季とされた。今は夏の暑さの到来の目安だろうか。仙台はタウリンが欲しくなるような、きょうは猛暑。


パナマ文書報道 公平へのたゆまぬ努力
 世界の政治リーダーや王室、著名人らの税逃れの実態を暴露した「パナマ文書」で新たな報道があった。日本人が個人情報を流用された被害も判明した。不公平根絶に向け、歩みを進めたい。
 二年前と同じ中米パナマの法律事務所から流出した文書百二十万通を、共同通信社などが加盟する国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が分析、報道した。
 税金がゼロか極端に低いタックスヘイブン(租税回避地)は、秘密保持を売り物にして、世界中から税逃れの資金が集まる。そこでは法律事務所などが窓口になり、ペーパーカンパニーの設立などさまざまな税逃れの手段を富裕層らに指南し、報酬を手にしている。
 タックスヘイブンの罪深さとは何か。それは報酬を支払うことができる金持ちが税を逃れ、彼らが支払うべきだった税まで金持ちでない人が負担するという不条理である。
 本来なら税の所得再分配機能が格差を縮小するはずだ。それが反故(ほご)にされ、まったく逆の事態になる。より格差を広げ、不公平を助長する。こんなあしき仕組みが許されていいはずはない。
 パナマ文書の報道は、こうしたタックスヘイブンの秘匿のベールを剥ぎ、著名人らの実名と税逃れの手段を白日の下にさらした。秘密が守られないリスクを富裕層らに知らしめ、恐怖心を植え付ければ大きな抑止力となるはずだ。
 今回も資金流用疑惑で捜査されるマレーシアのナジブ前首相の兄弟やアルゼンチンのマクリ大統領、さらにサッカーの同国代表、メッシ選手の名前が報道された。
 日本人絡みの不正被害も発覚した。タイを旅行中にマッサージ学校を利用した日本人がパスポートの写しをとられ、タックスヘイブンに設立された法人の代表者として無断で登録されていた。
 タックスヘイブンは秘匿性が強いゆえ、こうした組織的な不正行為にも利用される実態が明るみに出た。ICIJのような報道の繰り返しとともに、国際機関や各国政府が連帯して撲滅に動く必要があるのは言うまでもない。
 経済協力開発機構(OECD)などが中心となり、ブラックリストづくりや金融機関の口座情報の交換などの対策を進めている。
 だがG7の中心として取り組むべき米英両国が、国内や属領などにタックスヘイブンを温存しているという矛盾がある。これを放置したままでは問題は解消しない。


ハーレーが生産を米国外へ 墓穴を掘ったトランプ氏
 「墓穴を掘る」とはまさにこのことを指すのだろう。
 米オートバイ大手のハーレーダビッドソンが、米国内の生産の一部を国外に移すと発表した。解雇を余儀なくされる労働者も出るだろうが、米トランプ大統領の保護主義的な通商政策が招いた当然の結末である。
 発端は欧州連合(EU)からの鉄鋼やアルミニウムに対し、トランプ政権が高率の関税をかけたことだ。外国製品を不利にすることで国内の産業や雇用を守る狙いがあった。
 ところが、EUが米国製品に報復関税をかける対抗措置に出た。ハーレーのオートバイは標的にされた一品目だが、社の幹部がホワイトハウスに招かれたり、大統領選中に愛好者が集団でハーレーに乗りトランプ氏支持を訴えて回ったりと、「トランプ的アメリカ」の象徴でもあったことが狙われた大きな理由だろう。
 「米国第一」「海外から雇用を取り戻す」が決まり文句のトランプ氏は、ハーレーの生産移転計画を裏切り行為ととらえ猛攻撃した。だが、ハーレーにとっては、極めて合理的経営判断に過ぎないのである。
 トランプ氏は、米国との貿易で黒字になる相手国を「不公正」とみなす。関税引き上げなどで制裁を与えることが米国のためになると思っているようだ。しかし、輸入品の価格が高騰すれば消費者の負担増となり、相手国が報復関税で対抗すれば、今回のように企業は生産を国外に移す。雇用が失われる。
 中でも、トランプ氏の支持層とされる工業地帯の白人労働者が最も重いしわ寄せを受けることだろう。
 ハーレーは恐らく最初の事例に過ぎない。「ジャックダニエル」で知られる米酒造大手のブラウンフォーマンはEUの報復関税を受け、欧州向け製品を値上げするそうだ。結果として販売が落ち込めば、経営に打撃となるはずである。
 貿易戦争に勝者はない。一方で、報復が報復を呼べば、世界経済は次第にモザイクのように分断され、成長が鈍り、先進国も貧しい国も全てが敗者となる。
 21世紀の我々は、互いに依存するグローバル経済の中にいることを米大統領は学ぶ必要がある。怒るべき対象はハーレーではなく、墓穴を掘った自分だと気付く機会だ。


「貿易戦争」/米国は輸入制限の撤回を
 米国が打ち出した輸入制限に各国が報復措置を相次いで打ち出し、国際社会が「貿易戦争」の様相を見せ始めた。
 関税引き上げで輸入品の競争力を失わせれば自国の産業が息を吹き返す−。トランプ米大統領の強硬策は支持者の留飲を下げることはできても、モノも資金も国境を超えて動くグローバル経済の現実にはそぐわない。
 その影響は、自国にも確実に跳ね返る。競争力を高めるためには何が必要か。トランプ政権は冷静さを取り戻して輸入制限を撤回すべきだ。
 報復の連鎖は対立の根をより深めることも、各国は改めて認識する必要がある。
 米国が実施済みの鉄鋼とアルミニウムの輸入制限に対しては中国が米国製品への追加関税を決め、カナダも報復措置を発動した。日本も世界貿易機関(WTO)への提訴を含め対抗措置を検討する。
 欧州連合(EU)はすでにウイスキーや二輪車などに最大25%の追加関税を実施した。これを受けて米ハーレーダビッドソン社は高級バイクの製造拠点を国外に移す方針を示した。
 部材の輸入と製品輸出で二重に関税負担が増える。企業経営に悪影響を及ぼすのは、容易に予測できた展開だ。
 国内産業への打撃が深刻になるのを見越して、輸入制限には与党の共和党も反対の声を上げている。トランプ政権は日本や中国など5カ国の一部製品を適用除外にすると決めたが、11月の中間選挙をにらんだ議会対策の感が否めない。
 米国は知的財産権侵害を理由に500億ドル(約5・5兆円)相当の中国製品への制裁関税を決め、6日に340億ドル分を発動する。中国も同規模の報復措置を課す方針だ。
 米朝首脳会談を受けて楽観ムードが広がっていた金融市場には再び暗雲が垂れ込め、日米の株価は大きく下げる日が目立ってきた。懸念するのは株価下落で実体経済が冷え込み、さらに株価を下落させる悪循環に世界全体が陥ることだ。
 世界経済は相互に依存しており、関税強化で貿易額が縮小すればどの国にもマイナスだ。各国はその現実に立ち返り、事態収拾に努める責務がある。


ふるさと納税  寄付したくなる工夫を
 応援したい出身地などの自治体に寄付する「ふるさと納税」が転機を迎えている。
 好みの返礼品を選べるとあって人気が過熱し、2015年度に急拡大し、寄付額は16年度に過去最多を更新したが、地域間で差が出てきた。京都府内の自治体に集まった寄付額は16年度に減少に転じた。滋賀県内の自治体の合計額も17年度は伸びが大きく鈍化した。
 地方創生の一環で08年度に始まってから丸10年たち、ブームは一段落したと言えそうだ。
 背景には、総務省が昨年4月に出した通知の影響がある。ふるさとを応援するという本来の趣旨に戻すため、返礼品の価格を寄付額の3割以下とした。換金性が高い家電などは贈らず、地元住民を対象から外すことも求めた。
 多くの自治体が通知に従い、自主的な見直しを進めた点は評価できる。返礼品目当ての寄付が減るのは、制度の趣旨から当然だ。
 そもそもふるさと納税には構造的な問題がある。税控除の仕組みにより、寄付した人が住む自治体の税収が減るため、自治体間の競争を招いていた。
 京都市の場合、16年度に2億円近く寄付が集まったが、市民税は10億円減り、差し引き8億円のマイナスとなった。
 返礼品の調達費や広報費、人件費などがかさむことにも批判がある。滋賀県内の自治体が16年度に得た寄付額は30億円だが、経費を除く実収入は15億円となった。寄付の半分が経費に消えた形だ。
 都市部を中心にふるさと納税に批判的な自治体が目立つ一方で、通知を前向きにとらえ、工夫を凝らす自治体も増えてきた。
 特に公共施設の入場券や主催イベントの参加券などを寄付者に贈る取り組みは有効だろう。寄付者が納税先の自治体を訪れるきっかけになる上、経済効果が期待でき、無駄な経費はかからない。
 使途を明確化し、寄付者の思いに応える動きもある。綾部市は市と地域、ボランティアが連携し、寄付金で特産品の商品開発や販売を進めている。人口減少が進む集落の活性化が狙いだ。
 長岡京市は子どもに贈る本の購入費に充て、寄付先の学校や本を選べるようにした。選抜高校野球大会に初出場した乙訓高野球部の応援資金としても役立てた。
 ふるさと納税を適正な形で運用するには、豪華な返礼品で寄付を募る手法から脱却し、寄付者が支援したくなるような趣旨を明確に打ち出すことが必要だ。


使い捨てプラごみ 日本も危機感持ち対策を
 環境問題への日本の取り組みの弱さが鮮明になった。
 レジ袋や発泡スチロール製食器など使い捨てプラスチック製品を規制している国・地域が67に上ることが、国連環境計画(UNEP)の調査で分かった。
 日本は規制をしていない。プラスチックごみによる海洋汚染に悩まされている海洋国家として、問題解決に向けて、もっと率先して抜本的な対策に乗り出すべきだ。
 国連の推計によると、プラスチックごみの廃棄量は年3億鼎砲眈紊襦3い悗領出は年800万〜1200万鼎箸了郢擦發△襦
 海洋汚染は地球規模で深刻さを増し、生物や生態系に悪影響を及ぼしている。人体への健康被害も懸念される。
 レジ袋やペットボトル、ストローなど使い捨てのプラスチック製品を使わないようにする「脱プラスチック」の流れは世界的に強まっている。
 6月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)でも、プラスチックごみを削減する「海洋プラスチック憲章」が議題になった。しかし、日本と米国の2国は署名を拒否した。
 1人当たりのプラスチックごみ排出量が世界一多い米国と、2位の日本だ。地球規模での対策が必要なのに、危機感の乏しさが目立つ。
 政府は「規制は産業界や消費者への影響が大きく、日本はまだ準備が整っていない」と拒否の理由を説明するが、無責任極まりない。
 いち早く取り組んだアフリカのルワンダは、2008年からレジ袋の使用を禁止した。国際空港で観光客からも「押収」する徹底ぶりだという。先進国、発展途上国を問わず規制は広がっている。
 フランスは16年からレジ袋の使用を禁止し、20年以降は使い捨てプラスチック容器をやめる。英国は42年までに使い捨てプラスチックをなくす方針だ。
 G7で署名しなかった米国も、地方政府は熱心だ。規制を図り、生物素材への切り替えも進む。企業も紙製ストローなどへの転換に力を注ぐ。
 沖縄でもプラスチックごみの海洋汚染は深刻だ。中国や韓国など近隣諸国からの漂着物が多い。大きさ5整焚爾離泪ぅロプラスチックも各地の沿岸で確認されている。
 レジ袋の生産量は世界で年間5兆枚。そのうち日本は年300億枚を使っている。市民一人一人がマイバッグを持つなど生活様式を変えるのも大事な行動だ。
 だがそれ以前に、国としての方針を国民に示す必要がある。政府が明確な規制を打ち出せば、企業は代替品の開発に本腰を入れるだろう。環境中に残らない生分解性の製品など、新たなビジネスチャンスにもつながる。
 今国会ではマイクロプラスチック対策を盛り込んだ議員立法の改正法が成立した。政府は危機感を持って本気で取り組んでほしい。世界の潮流に背を向けてはならない。


がん見落とし続発 教訓生かし再発を防げ
 患者にとっては信じ難いことだろう。コンピューター断層撮影(CT)の検査を巡り、がんの見落としが全国の病院で相次いでいる。先月公表した千葉大病院では患者9人の画像診断でがんを見落とし、うち4人の治療に影響があった。兵庫県立がんセンターや横浜市立大病院でも発覚、謝罪に追われている。
 なぜ各地でミスが続発しているのか。背景も含めて原因を徹底的に究明し、再発を防ぐ方法を考える必要がある。
 医療事故の情報を収集している公益財団法人は5月、2015年1月から今年3月までに主治医が放射線科医の指摘を見落とした事例が37件報告されたとして、注意を呼び掛けていた。
 日本人の死因トップのがんは、早期の発見と適切な治療で生存率を飛躍的に高められる。37件は「氷山の一角」との見方もあり、看過できない。
 見落としの大半は、単純な原因で起きている。目立つのは、主治医が自分の専門領域の患部だけを診ていたり、画像を見て自己判断したりして、放射線科医がまとめた詳しい報告書を読んでいなかったケースである。
 近年は患者の全身を撮影したCT画像を、時間を置かずに見られるようになった。一方で撮影対象の患者は大幅に増えている。放射線科医が画像を1枚ずつ読み込み、詳しい報告書をまとめるのには一定の時間がかかる。医療現場の構造的な問題とも言えよう。
 再発防止策として、報告書が未読の場合は警告を表示し、確認を促すシステムなどの導入が進められている。報告書を患者にも渡し、医師と一緒に確認する病院もあるようだ。診療情報の開示は患者と医師の信頼関係を築く上で重要だろう。教訓を生かして、全国の医療機関にも取り組みを広げてほしい。
 がんの見落としから、もう一つ垣間見えるものがある。専門領域が細かく分かれる中で、多くの患者を受け持ち、時間に追われる医師の姿である。
 主治医がその場で自分が専門とする臓器や病気にしか注意を払わなかったり、確認する余裕がなかったりしてはいないか。目の前の患者を診る行為がおろそかになっているとしたら、問題は根深い。
 医師の長時間労働とも無縁ではなかろう。再発防止には、十分な人員や体制の整備も欠かせないはずだ。
 CTを含む医療被曝(ひばく)の問題とも切り離せない。国連によると、日本人の年平均の医療被曝は3・9ミリシーベルト。世界平均の6倍を上回る。海外では線量記録を義務付ける規定があるのに国内では明確な法令がないため、国の検討会が安全管理策を1月から議論している。
 CTの被曝は部位や手法によって1回で5〜30ミリシーベルト程度とされる。国際放射線防護委員会(ICRP)は、一般の人が自然界以外で被曝する線量を年1ミリシーベルトに抑えるよう勧告している。体内をより精密に検査できるからこそ、患者が被曝を受け入れている現実を医療機関は忘れてはなるまい。
 医療技術の進歩は目覚ましいものがある。だが、有効活用できるかは人の手にかかっている。見落としが相次ぐ事態は深刻だ。いま一度、各機関がチェック態勢を点検し、再発防止の手だてを尽くすべきである。


拉致問題で蓮池薫氏 「安倍首相は言葉だけでなく結果を」
 史上初の米朝首脳会談を受け、安倍首相も金正恩朝鮮労働党委員長とのトップ会談に意欲を見せている。2004年の小泉再訪朝以降、1ミリも進展しない拉致問題は解決に向かうのか。北朝鮮事情を肌で知る、拉致被害者で新潟産業大准教授の蓮池薫氏に聞いた。
■融和で非核化は進まざるを得なくなる
  ――米朝会談では両トップが「朝鮮半島における完全な非核化に向けてともに努力する」とした共同声明に署名。しかし、CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄)まで踏み込まず、ICBM(大陸間弾道ミサイル)をはじめとするミサイルに触れなかったことなどから、評価が分かれています。
 判断は時期尚早だと思います。完全な非核化に向け、ある程度の形をつくるには時間を要するでしょうし、1回や2回の協議では終わらないでしょう。「完全な」という文言が入っただけでも、スタートラインに立てたとはいえる。私は北に連れて行かれ、長いこと向こうで暮らしましたが、米朝対立は非常に根が深い。今日明日で変えられるようなものではない。家族や親戚を含めれば、朝鮮戦争(1950〜53年)で被害を受けていない人は南北双方ほとんどおらず、70年近くにわたってだまし合い、陥れるような状態が続いてきた。長く続いた不信の時代を経ての非核化ですから、信頼感が醸成され、「今回は大丈夫だろう」という手応えがあって進む部分が大きいと思います。
  ――北朝鮮国内ではどう受け止められているのでしょうか。
 米朝会談はおおむね事実に基づいて報じられ、米国に対する批判的な内容はほとんどありません。約40分の記録映画を見て、信じられない思いでした。トランプ大統領にも敬称をつけ、「おふたりは何々をされた」と敬語を用いて紹介していた。国民は今までとは随分違うという印象を持ったと思います。戦争の対立構図の象徴だった米国と北の国旗が色鮮やかに並び、友好や平和のシンボルとして描き出されていた。対米イメージを国民レベルからも変えていく。これも今後の交渉ではプラスになるでしょう。この融和的環境は、北が逆に非核化で進まざるを得なくする要素にもなる、という思いを抱きました。
  ――北朝鮮の軟化は口先だけではないと。
 北が望む体制保証、米朝国交正常化、経済制裁の解除と支援が実現するメドが立てば、非核化を進めると思います。完全な非核化には技術的な検証などさまざまな段階を踏む必要があり、その過程で摩擦が生じることも当然あるでしょうが、北は非核化の意思がないまま交渉入りしたわけではないとみています。
  ――安倍首相も日朝首脳会談の実現を模索しています。
 日本はかなり積極的で、金正恩委員長も否定的ではないという感触がある。ただ、日本にとって問題なのは拉致問題が進展し、日本が望むレベルの回答を得られるかどうか。北の出方を見極め、水面下の交渉を進めて解決の確約をほぼ得た上で、首脳会談で決着をつける形が望ましいと思います。
  ――北朝鮮は党機関紙や国営メディアを通じて「拉致問題は解決済み」と繰り返しています。
 4月末の南北首脳会談以降、党機関紙「労働新聞」の論評などで「既に解決された問題を騒ぐ前に過去の罪悪を謝罪し、賠償するのが筋だ」という趣旨の主張をしていますが、これは微妙な言い回しです。彼らが言いたいのは、「拉致問題を持ち出す前」に「戦後賠償をやれ」ということ。拉致問題は過去の清算を済ませてから、という論調なのです。拉致問題の交渉を否定しているわけではありません。論評はすべて個人名の署名記事で、のちのち問題になったら「個人的な見解だ」と言い逃れができる余地がある。安倍首相が日朝首脳会談に意欲を見せて間もなく、国営ラジオの平壌放送も「日本は既に解決された拉致問題を引き続き持ち出し、自分たちの利益を得ようと画策している」と主張しましたが、平壌放送は国内では流れない。対外向けの放送です。拘束力のある外務省談話、外務省声明のような形式では一切言及していません。
  ――国家として拉致問題の交渉を拒んでいるわけではない。
 日朝対話が始まれば、拉致問題は必ず話し合われます。間違いない。北は交渉に応じてきます。問題は北がどういう形で回答を出し、どのレベルで解決しようとするか。あるいはごまかそうとするか。安倍首相は国会で「何をもって拉致問題を解決したと言うのかという問いが度々ある」「誰を拉致したかを知っているのは北朝鮮だ」「知っていることを全て話し、全ての拉致被害者を帰国させてほしい」と答弁していました。何人を拉致し、誰がどこにいるのかを北は把握しているのだから、被害者全員の情報を出してくるだろうというニュアンスで話をされた。北の情報を日本が検証し、「正直に出してきた」となれば解決に至るのだと私は受け止めました。ただし、その判断には日本独自の情報力が必要です。
政府は確証ある生存者情報を持っている
  ――日本政府の情報収集力を疑問視する声があります。
 拉致問題対策本部が09年に設立されて以来、情報収集のための国家予算がそれなりに計上されています。民主党政権時代の拉致問題担当相が退任後、(北朝鮮に拉致された可能性のある)特定失踪者に関する複数の生存者情報を出したこともあった。おそらく、政府が情報収集した結果でしょう。安倍首相は米朝会談を前にしたトランプ大統領に対し、金正恩委員長が「拉致問題は解決済み」と主張しても、受け入れないよう要請したと報じられている。国家のトップがあやふやな情報をもとに、他国のトップに掛け合うとは思えない。確証のある生存者情報があってのことでしょう。そうした状況からいって、政府はかなりの生存者情報を把握しているのではないか。北が誠意を持って対応せず、出し渋るようだったら、日本独自の情報を活用して前に進めなければなりません。
  ――14年のストックホルム合意に基づく再調査は頓挫したままですが、展望は開けるのでしょうか。
 当時とは状況が違います。あの時も北は外交的に追い込まれてはいました。韓国と中国が接近し、朴槿恵大統領に訪中で先を越され、習近平国家主席も慣例を破って北朝鮮の頭越しに訪韓した。日本に少し近づけば、孤立状態を緩和できると考えたと聞きます。北が特別調査委員会を立ち上げ、活動を始めると宣言し、日本は独自制裁の一部を解除した。北は初期段階の成果は得ましたが、本来の目的である日朝平壌宣言に基づく国交正常化と、1兆円ともいわれる戦後賠償にはたどり着けそうになかった。国際社会が求める核・ミサイル問題を棚上げしたまま拉致問題を解決しても、日本から経済協力を得られる状況になかったからです。だから、拉致カードは使わなかったのです。
■これまでは局面打開の努力が足りなかった
  ――核・ミサイル問題解決の道筋が見え、国際社会による経済支援が現実味を帯び、日本に拉致カードを切る可能性が高まった。
 拉致問題の解決を前提に、安倍首相も平壌宣言の実現に言及しています。日本が経済協力として提示するのは中国や韓国によるものとは異なり、北にとって有利な内容だと強調する必要があると思います。対中貿易が9割を占める北は、中国の経済的属国になりかねないという危機感を強めている。経済的にバランスを取ろうとすれば、支援に積極的な韓国が浮上しますが、政治的変動が起こり得ます。文在寅大統領を支える革新政権から保守政権に交代すればギャップが大きく、先が見通せなくなる。その点、日本の経済協力は「過去の清算」という性格のものなので、北の求めに応じる形にならざるを得ない。これは北にとって非常に使い勝手がいいものになるでしょう。
  ――第2次安倍政権発足以降の5年半、拉致問題は進展しませんでした。安倍首相の本気度を疑う声も上がっています。
 北が核・ミサイル開発を進め、日本に打つ手がほとんどない中でも、何とかして局面を打開し、北をその気にさせてやろうという努力は足りなかったように思う。安倍首相もそうですし、加藤拉致問題担当相にも言えます。しかし、核・ミサイル問題が動く可能性が出てきた。内政での政治的目的もあるかもしれませんが、結果さえ出してくれればいいと思う。「やります」という言葉で世論を誘導するだけではなく、これだけ環境が整ってきているのですから、今回は本気で取り組んで結果を出してほしい。安倍首相も「今度こそ」という思いを強く持っていると信じたいです。(聞き手=本紙・坂本千晶)
▽はすいけ・かおる 1957年、新潟県柏崎市生まれ。中大法学部在学中の78年、郷里の海岸で北朝鮮工作員に拉致される。02年に帰国後、中大に復学して卒業。05年、初の翻訳書「孤将」(金薫著)を刊行、執筆や翻訳に携わる。09年、「半島へ、ふたたび」で新潮ドキュメント賞受賞。新潟産業大准教授として教壇に立つ。専門は韓国語、朝鮮・韓国文化。


精神医療改革 世界に学び「夜明け」を
 今年は、精神障害者の劣悪な処遇を告発した東京帝大の呉秀三博士の著書「精神病者私宅監置ノ実況」刊行から100年。呉の足跡をたどるドキュメンタリー映画「夜明け前」が制作され、全国で上映に向けた動きが進んでいる。
 先月、東京で開かれた上映会には多くの人が来場。なぜこれほど関心が高いのか。相模原「やまゆり園」事件や優生手術訴訟など、障害者をめぐる問題が相次いでいることと無縁ではあるまい。
 100年前には、精神病者監護法に基づき、多くの精神障害者が座敷牢(ろう)に監禁されていた。呉は欧州留学から帰国後、私宅監置の実態を調査し「この国に生まれた不幸」を告発。病院での拘束具の廃止にも尽力するなど、処遇改善に生涯をささげた。
 映画を見て考える。日本の夜は明けただろうか。
 昨年から今年にかけ、大阪府と兵庫県で、精神障害者のプレハブ監禁事件が発覚。現代版「座敷牢」が、地域共生とはかけ離れた現実を浮かび上がらせた。
 一方、精神科病院での隔離拘束も増加。厚生労働省によると、身体拘束は2014年度までの10年間で倍増し、1万人超。施錠された保護室への隔離も1万人を超えた。
 隔離拘束は、人権に配慮し最小限であるべきなのに、なぜ増えているのか。
 そんな折、波紋を広げたのが、日本精神科病院協会の機関誌に山崎学会長が寄せた巻頭言。自らが理事長を務める病院の医師の「(患者への対応のため)精神科医に拳銃を持たせてくれ」という発言が「興味深かった」と記した。
 日本の精神科医療のトップの、あまりの人権意識の低さに、暗たんたる思いがする。
 一連の出来事からは、日本の「夜明け」は遠いと言わざるを得ない。あらためて精神医療改革に取り組んできた先人の足跡に学ぶべきだ。
 近年、新薬の普及で多くの患者の症状が改善し、地域で暮らせるようになった。イタリアなど先進諸国は精神病床の削減、地域移行を進めている。ところが、日本は今なお「精神病床大国」。その理由として、日本では精神病床の9割を民間の精神科病院が占めることが指摘されてきた。
 だが、氏家憲章・上野秀樹・増田一世著「精神医療の危機」(17年)によると、日本と同様に民間が多いベルギーでは、病院の収入を補償した上で、病床削減を促す新たな政策プログラムを開始したことで、病床数が大幅に減少しているという。
 日本も世界各国の実践に学び、精神障害者の地域移行に力を入れるべきだ。精神科病棟の居住施設への転換など小手先の対応に終始しては、いつまでも夜は明けない。


プルトニウム 弥縫策はもう限界だ
 日本が保有するプルトニウムの削減指針案が判明した。
 原発の使用済み燃料を再処理して作り出した、核兵器への転用が可能な物質である。英国やフランスに保管中のものも含め、保有量は47トン。核兵器6千発分に相当する。安全保障上、世界的に懸念が高まっており、早急な削減が求められる。
 それなのに、判明した指針案は極めて中途半端で、実現性にも乏しい。プルトニウムを燃料として使う核燃料サイクル政策が前提になっているためである。
 核燃料サイクルは既に、破綻が明らかだ。政策を転換し、思い切った削減策を打ち出さなければ世界の理解は得られない。
 指針案の概要によると、2021年度に完成予定の青森県六ケ所村の再処理工場で製造する量を、各地の原発で燃料として消費する量に限定する。原発を再稼働できず消費が進まない電力会社が保有している分は、再稼働済みの電力会社に融通するという。
 プルトニウムの一般原発での使用は、プルサーマル発電と呼ばれる。ウランと混ぜた混合酸化物(MOX)燃料を使う。ウラン燃料より原子炉の制御が難しく、高い安全対策が求められる。
 2011年の東京電力福島第1原発事故後、原発の安全性に対する国民の懸念は強い。これまでに再稼働したのは西日本にある5原発9基。プルサーマルはさらに限られている。
 MOX燃料は通常のウラン燃料より割高で、経済面の合理性もない。電力各社はプルトニウムの融通には後ろ向きだ。
 そもそも、核燃料サイクルの要は高速増殖炉もんじゅだった。使った以上にプルトニウムが増える「夢のエネルギー政策」と呼ばれた。だがトラブル続きで開発は進まず、一般原発を使ったプルサーマルが弥縫策(びほうさく)として打ち出された経緯がある。もんじゅは16年、廃炉が決まった。
 使い道のないプルトニウムを増やしてしまう六ケ所村の再処理工場は、稼働する意味がない。既に2兆円を超える資金を投じている。稼働すればさらに膨れ上がり、その負担は電気料金を支払う国民が背負うことになる。
 日本に再処理を認めている日米原子力協定は今月、期限を迎える。自動延長となるが、その後は米国側の提案があれば停止される。米国は日本のプルトニウム保有の状況に懸念を示しており、説明が求められている。破綻を直視して政策を転換するときだ。


ゲーム障害 実効性のある対策講じよ
 余暇の楽しみや気晴らしで始めたはずのゲームにのめり込み、健康や人間関係を損なってもやめることができない。寝食を忘れ、果ては死に至ることもあるという。
 こうした状態が疾病とされることで、適切な予防や有効な治療法が早期に確立されることを望みたい。
 世界保健機関(WHO)が、オンラインゲームなどのやり過ぎにより日常生活が困難になる依存症を「ゲーム障害」として新たな疾病に認定した。
 ゲームをしたい衝動が抑えられなくなり、日常生活よりゲームを優先し、健康を損なうなど問題が起きても続けてしまう。
 これらの症状が、少なくとも1年間続いている場合、ゲーム障害を発症している可能性があるとした。WHOでは、その数を「ゲームをしている人の2〜3%」と推計している。
 一見少ないようだが、時や場所を選ばずにゲームを楽しめるスマホの普及などによって各国で問題化しており、韓国では86時間、ほとんど寝ずにゲームをした20代男性が死亡するなど、深刻な事例も報告されている。
 ただし有効な治療法はまだ確立されていない。
 ゲーム障害の人の脳は、アルコール依存やギャンブル依存の患者と同じ反応を示すとの研究結果もあるが、薬物依存などに比べ研究の歴史が浅く、決定的な治療薬もない。
 WHOがゲーム障害を疾病と認定したのは、各国で診断例が増えて研究が進めば、治療法確立につながるとの期待がある。
 国には患者数や相談件数などの実態把握を進めた上で、関係機関と連携を密にし、実効性のある対策を講じてもらいたい。
 アルコールなどと異なり、子どもでも日常的に接することができるゲームは、依存に陥る未成年者が多いことも特徴だ。
 2013年の厚生労働省の調査によれば、日本の中高生51万8千人に、交流サイトやゲームなどでインターネットの「病的な使用」の疑いがあった。見過ごせない数字である。
 韓国では11年、オンラインゲーム業者に対し午前0時から6時までは16歳未満へのサービス提供を禁じる「シャットダウン制」が導入された。中国でも、子どものネット利用に一定の規制が行われている。
 WHOは予防を対策のカギに挙げ、早期発見のためにも家族や友人の協力が重要だとする。特に子どもたちにはやり過ぎないよう時間制限を設けるなど、家族や周りの大人の目配りが大切となろう。
 日本では韓国のようなゲームに的を絞った、厳格な規制は設けられていない。
 行政と業界、教育現場、さらに保護者がともに規制の必要性や適切な予防の在り方について議論を深めてもらいたい。
 ゲームをすること自体が悪いわけではない。求められるのは健全に付き合うことだ。ゲームには依存を誘う側面がある。そのことを忘れずに、上手に楽しみたい。


働き方改革法成立 労働者のための見直しを求める
 安倍晋三首相が今国会の最重要テーマとした働き方改革関連法が、労働者側の強い反対を押し切り、命に関わる重大な問題をはらんだまま成立した。一体誰のための法律なのか、改めて問いたい。
 「企業戦士」を美徳とする根強い労働慣行を変え、誰もが働きやすい環境をつくるのが「働き方改革」だったはずだ。法案の提出理由には「過労死を二度と繰り返さないため、長時間労働の是正が急務」とある。しかし、ふたを開ければ8本の法案が束ねられ、経営者側の要求による「長時間働かせ放題」の制度がまぶし込まれた。労働者保護をうたいながら、経済成長のための効率性に重点がずらされた結果を、強く危惧する。
 法律を運用する際の留意事項として47項目もの付帯決議が可決されたことは、法自体の欠陥を明確に示している。今後省令で決める項目は60件にも上るという。制度の曖昧なままの適用対象や、同一労働同一賃金の待遇差に関するガイドラインなど多くが、労使代表も参加する労働政策審議会での議論に委ねられた。労働者保護の原点に立ち戻って、議論を徹底的にやり直し、法の見直しと乱用防止策を早急に進めなければならない。
 これまで青天井だった残業時間に罰則付きで上限規制を設けたことは、労働慣行を変える一歩となりうる。だが、繁忙期に許される「月100時間未満」の残業は過労死ラインに匹敵する甘さ。規制対象から除外される研究開発者の範囲は不明で、拡大解釈の恐れがある。過労死が目立つトラック運転手や建設業への適用が、5年間猶予されたことも深刻だ。過酷な現場ほど早く対策を打ち出すべきであり、より厳しい法に変えると同時に人手不足解消策が急務だ。
 仕事を終えてから次の仕事までの休息を確保する「勤務間インターバル制度」が努力義務にとどめられたことも看過できない。欧州連合(EU)では義務付けられているが、日本の導入企業はわずか1・4%。過労死を防ぐため不可欠であり、国には強い後押しを求める。
 一部専門職を労働時間規制や残業代支払いの対象から外す高度プロフェッショナル制度(高プロ)は、過労死を助長しかねず、来年4月の施行は決して容認できない。対象がなし崩しに拡大され「使い捨て」にされる懸念が拭えない。制度を設けた以上、国の責任で労働者が不利益を被らない策を講じ、徹底監視することが不可欠。だが、指導に当たる労働基準監督署は人員不足が慢性化しており、今でさえ企業に目が行き届いていない。命を守る最低限の保証も検証体制も整えられないなら、制度導入は許されない。
 法は抜け穴だらけだ。真に労働者のための制度にするには、法の見直しに加え、労使の対等な関係に立った協議や企業の意識改革が欠かせない。長時間労働を前提としたビジネスのあり方も再考する契機にしたい。


異彩放つNHKの雑学番組 「チコちゃん」に大人がハマる理由
「NHKのチコちゃん、面白いよね」「NHKっぽくなくていい」「妙にハマる」−−東京・新橋の居酒屋で最近、立て続けにそんな話が出たので、聞き耳を立ててみると、「チコちゃんに叱られる!」(NHK=金曜夜7時57分〜)という雑学クイズバラエティーのことだった。
「チコちゃん」とは“好奇心旺盛で物知りな5歳児”という設定で、2・5等身の女の子のCGキャラ。ナイナイの岡村隆史をレギュラーとする解答者たちに、常に上から目線で疑問を投げかけ、答えられないと突然顔が巨大化し、白煙を吹いて「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と怒り出すのがお決まりのパターンだ。どうやらこの番組にハマる大人たちが続出しているらしい。
「昨年3、8、12月に特番で放送され、好評だったのを受けて、今年4月からレギュラー放送になりました」(テレビ情報誌編集者)
 番組の売りは、ほとんどの人がまともに答えられないような素朴な疑問に対し、チコちゃんがズバリ正解を知っていること。たとえば「なぜサッカーは手を使ってはいけないのか」(6月8日放送)という疑問に、チコちゃんは「手を使っていいことにすると殴るから」と答え、スポーツ史の専門家がそれを裏付けるという形式だ。
 こうした雑学を教えるクイズバラエティーはNHK、民放問わず、昔から数多く存在するが、なぜ「チコちゃん」が“新橋のサラリーマン”のツボを突いたのか。
 テレビコラムニストの亀井徳明氏はこう分析する。
「ちょっとしか流れませんが、オープニングは『カリキュラマシーン』、エンディングに『がんばれ!ロボコン』のテーマ曲が使われています。現在50代以上の世代が子供の頃に夢中になって見ていた番組のテーマ曲で、それが刺激するのかもしれませんね」
 さらに番組プロデューサーが、元フジテレビの小松純也氏。

「フジのバラエティーの黄金期を築いた1人です。彼はかつて『平成日本のよふけ』という番組で“赤さん”という毒舌の赤ちゃんキャラの声を担当していました。見た目はかわいいのに毒舌というのは、まさに“チコちゃん”のルーツとも言えます。ほかにも、民放では当たり前ですが、出演者によるスタッフいじりもあって、NHKでは珍しいというか、新鮮なのでしょう」(亀井徳明氏)
 民放のバラエティーを数多く手掛ける番組制作会社スタッフはこう言って、うらやましがる。
「どうでもいいような疑問に対し、きちんとした専門家に話を聞いたり、現場に行ったり、有名俳優を使って再現VTRにしてみたりと、手間とコストがかかる作り。コンプライアンスと予算の間でやれることに制限がある民放には、やりたくても、まねできません」
 土曜の朝8時15分に前週の再放送があるから、チェックしてみては。この番組を知らないと、「ボーッと生きてんじゃねーよ!」ってチコちゃんに叱られる?


訃報 桂歌丸さん81歳=落語家、笑点で人気
 人気演芸番組「笑点」で長く親しまれた落語家で落語芸術協会会長の桂歌丸(かつら・うたまる、本名・椎名巌=しいな・いわお)さんが2日午前11時43分、死去した。81歳。
 1951年、15歳で五代目古今亭今輔に入門し前座名今児(いまじ)を名乗った。2年半ほど落語界から遠ざかったが、61年兄弟子の桂米丸門下に移り米坊として出直し。64年歌丸と改名し、68年に真打ち昇進した。
 66年に始まった日曜夕方放送の「笑点」では、一時降板したが、当初からのレギュラーメンバー。三遊亭小円遊さん(80年死去)や三遊亭楽太郎(現六代目円楽)さんとの掛け合いが、茶の間の人気を呼んだ。2006年には五代目円楽さん(09年死去)に代わって5代目の司会者を16年まで務め、高視聴率番組の安定した人気をけん引した。
 生家は横浜の妓楼(ぎろう)。地元愛は有名で、74年からは地元にある三吉演芸場で独演会を開いてきた。芸や噺(はなし)の継承にも力を入れ、「真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)」「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」「怪談乳房榎(ちぶさえのき)」といった三遊亭円朝の長編の続き物を数多く手がけた。
 04年に落語芸術協会会長、10年からは横浜にぎわい座館長も務め、後継の育成や落語界発展に尽くした。
 芸術選奨文部科学大臣賞、文化庁芸術祭賞など受賞多数。07年旭日小綬章。16年文部科学大臣表彰。
 著書に「座布団一枚! 桂歌丸のわが落語人生」など。
 近年は誤えん性肺炎などで体調を崩し、入退院を繰り返していたが、今年4月の国立演芸場では隔日でトリをつとめ、長講の「小間物屋政談」を熱演していた。


落語家の桂歌丸さん死去 81歳
古典落語の本格派として人気を集め、演芸番組「笑点」の司会者を務めるなど落語界の「顔」として活躍した桂歌丸さんが、2日昼前、肺疾患のため横浜市内の病院で亡くなりました。81歳でした。
桂歌丸さんは昭和11年、神奈川県で生まれ、中学校を卒業したあと五代目古今亭今輔に入門し、その後、四代目桂米丸の門下に移って桂歌丸を名乗り、32歳で真打に昇進しました。
さらりとした味のある語り口が持ち味で、近代落語の祖と言われる三遊亭円朝の長編の怪談噺に次々に挑戦したほか、これまで埋もれていた落語の掘り起こしに長年取り組むなど、古典落語の本格派として高い人気を集めました。
また、落語ブームをけん引した民放の演芸番組「笑点」に昭和41年の放送開始当初からレギュラーとして参加し、平成18年からは五代目三遊亭円楽さんのあとを継いで司会者も務めました。平成16年からは落語芸術協会の会長を務め、名実ともに落語界の「顔」として長年にわたって活躍しました。平成19年に旭日小綬章を受章したほか、おととし文部科学大臣表彰が贈られています。
歌丸さんは平成21年に持病の肺気腫が悪化して一時的に入院したものの、復帰後は精力的に高座に上がっていました。その後、呼吸器の病気や腸閉塞などで入退院を繰り返し、おととし5月には体力の限界を理由に「笑点」の司会を降板しました。その後も入退院を繰り返すなか、去年8月には東京・国立演芸場で毎年続けてきた夏恒例の高座に登場し、熟練の話芸を披露していました。
落語芸術協会によりますと、歌丸さんは2日午前11時43分、慢性閉塞性肺疾患のため横浜市内の病院で亡くなったということです。
病をおして高座へ
桂歌丸さんは近年はさまざまな病気で入退院を繰り返していましたが、ことし4月まで病をおして高座に上がり続けていました。
歌丸さんは、慢性閉塞性肺疾患や帯状ほう疹、それに肺炎や腸閉塞など、さまざまな病気で入退院を繰り返し、高座に上がった際には「入院生活が続いたため足の筋肉が落ちてしまって正座が苦しい」などと冗談めかして話していました。
去年は細菌性肺炎にかかったほか、再び肺炎にかかって入院しましたが、その間、東京の国立演芸場で毎年8月に出演している夏恒例の高座には酸素吸入器をつけて登場し、「管は入りっぱなしですが、肺はすっかりよくなったと医者に言われました」などと自身の体調について話していました。
ことしに入ってからも息苦しさによる検査入院などで休演と復帰を繰り返していましたが、3月には仙台市内の寄席まで出向いていました。落語芸術協会によりますと、その後、4月19日に国立演芸場で行われた高座が最後の舞台になったということです。
歌丸さんの原点は終戦直後のラジオで聞いた「笑い」
長年にわたって落語界の第一線で活躍を続けてきた桂歌丸さんの原点にあるのは、終戦直後にラジオで聞いた「笑い」でした。
9歳のときに終戦を迎えた歌丸さんが、娯楽がほとんどないなかで楽しみにしていたのが、ラジオから流れてくる週2回の落語の番組でした。おととし文部科学大臣表彰が贈られた際、歌丸さんは取材のなかで当時のことを振り返り、「なんの笑いもない時代でした。娯楽としてあったのはラジオだけで、“昭和の名人”と言われた師匠たちがラジオで笑わせていました。それを聞いて、『これからの世界は“笑い“だな。俺は、はなし家になろう』と小学4年のときに決心しました」と話していました。
幼い頃から落語家になることを夢見た歌丸さんの思いはその後も変わらず、中学校を卒業したあと、五代目古今亭今輔に入門しました。