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Les produits de Fukushima n'inspirent pas confiance, malgré les contrôles
Les potirons sont finement coupés, les poulets hachés menu et les œufs battus en omelette, mais les cuisiniers sont ici des laborantins chargés de calculer le niveau de radioactivité des denrées agricoles de la province de Fukushima, dans le nord-est du Japon.
Sept ans après l’accident nucléaire de mars 2011, provoqué par un terrible tsunami qui a ravagé la côte du Tohoku (nord-est), les contrôles attestent de l’absence de risque pour la santé des consommateurs. Pourtant, les paysans de la région sont encore souvent confrontés à la suspicion des consommateurs.
Au total, plus de 205.000 tests ont été menés, et désormais, selon les statistiques officielles, plus aucun produit agricole ne dépasse la sévère limite de 100 becquerels par kilogramme (Bq/kg) fixée par le gouvernement japonais, bien en-deçà des normes habituelles dans l’Union européenne de 1.250 Bq/kg.
Aucune contamination anormale détectée dans le riz depuis 2015
Haricots, tomates, aubergines, pêches, pommes… chaque jour, plus de 150 échantillons sont préparés, dotés d’un code QR (code-barres à deux dimensions), pesés puis passés au crible d’un ≪ détecteur germanium ≫, avec des résultats connus en 10 à 33 minutes, détaille Kenji Kusano, responsable du centre technologique agricole de la préfecture de Fukushima, basé à Koriyama. Le riz, lui, est soumis à un contrôle systématique qui n’a détecté aucune contamination anormale depuis la récolte de 2015.
Si les autorités ont renoncé à décontaminer les forêts, nombreuses dans la région, les fermiers ont assaini leurs exploitations en enlevant la couche de terre en surface, en lavant les arbres et en répandant du potassium dans les champs pour diminuer le transfert du césium aux cultures.
≪ Nous voulons continuer à expliquer que nos produits sont sûrs ≫
Au vu des résultats positifs obtenus ces dernières années, est-ce encore pertinent de continuer ce laborieux et coûteux processus ? Il reste des problèmes sur les denrées d’origine sauvage (plantes, champignons, gibier), parfois nocives et aussitôt détruites, et puis ≪ quand reviendront les habitants des zones encore inaccessibles et qu’ils produiront leurs propres fruits et légumes, il faudra les vérifier ≫, souligne Kenji Kusano.
Surtout ≪ les inquiétudes persistent, donc nous voulons continuer à expliquer aux autres préfectures et aux pays étrangers que nos produits sont sûrs ≫. L’image de Fukushima, au nom associé à la centrale atomique, a été durablement ternie, davantage que d’autres zones également contaminées, où les tests sont plus limités.
Au fil des ans, le secteur agricole, qui était florissant avant le désastre, s’est redressé mais ≪ les recettes n’ont pas encore retrouvé leur niveau d’avant 2011 et les prix restent au-dessous de la moyenne nationale ≫, déplore un représentant de la préfecture, Nobuhide Takahashi.
≪ Crier haut et fort à la sécurité des aliments ne suffit pas à convaincre ≫
Du côté des pêcheurs, la situation est plus dramatique : s’ils vivent bien grâce aux dédommagements financiers payés par Tepco, l’exploitant de la centrale accidentée, les prises de poissons restent bien inférieures au passé : en 2017, elles se sont réduites à 3.200 tonnes, contre 24.700 en 2010.
Outre les dégâts du tsunami qui ont détruit les installations portuaires, le secteur souffre de sa mauvaise réputation malgré, là aussi, un système de contrôles très strict (à 50 Bq/kg) qui montre un net déclin de la radioactivité. ≪ Quand nous attrapons du poisson et que nous l’envoyons au marché de Tokyo, certains ne veulent pas l’acheter ≫, raconte Kazunori Yoshida, directeur de la coopérative de pêche d’Iwaki.
Si les analyses indépendantes vont dans le même sens que les données officielles, comme celles menées par l’association de citoyens ≪ Minna no data ≫ (≪ Nos données à tous ≫), la méthode de communication des autorités ne passe pas forcément. ≪ Crier haut et fort à la sécurité des aliments ne suffit pas à convaincre ≫, lance Katsumi Shozugawa, expert de l’Université de Tokyo, qui juge la stratégie du gouvernement ≪ médiocre ≫.
≪ C’est presque un tabou ≫
A l’étranger, 27 pays ont levé leurs restrictions, sur les 54 qui en avaient imposé dans la foulée de la catastrophe. Dans le même temps, 23 autres dont les Etats-Unis et l’Union européenne les ont allégées, mais d’autres comme la Chine et la Corée du Sud restent inflexibles. Et de nombreux consommateurs demeurent très méfiants, y compris au Japon.
≪ Le gouvernement multiplie les campagnes pour inciter à consommer des produits de la région ≫, relève Tomiko Yamaguchi, professeure de sociologie à l’Université chrétienne internationale de Tokyo. Mais ≪ la science n’a rien à voir là-dedans ≫.
Beaucoup, notamment les mères de famille, sont déchirées entre leurs inquiétudes pour leurs enfants et un sentiment de devoir vis-à-vis des agriculteurs et pêcheurs de Fukushima. ≪ Les gens ne peuvent pas exprimer leurs sentiments ouvertement, c’est presque un tabou ≫, relève-t-elle.
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先週は行くことができなかったので木曜日ではないけど皮膚科.いつもと違って待合室には誰もいません.しかしいつもの液体窒素治療.痛いですが,なんと今日で終了とのこと.また痛くなったら来なさい,というのでちょっと不安がないわけではないですがとりあえず良かったです.
振り込みをして印鑑を間違って押した書類を速達で送って供物を大丸で買いました.忙しいです.

震災で亡くした息子思い成長見守る 岩手の男性、熊本地震で被災の少年と交流続く
 岩手県住田町の会社員岩城和彦さん(58)が、2016年の熊本地震で被災した少年と交流を続けている。東日本大震災で高校2年だった三男を失った後にもたらされた出会い。成長を見守ることが、新たな生きがいになった。
 交流するのは熊本市南区の小学3年前田健翔(けんと)君(8)。岩城さんが17年2月に訪れた同市の仮設住宅に、家族で身を寄せていた。
 無邪気な姿に目を奪われた。「20歳になるまで交流させてほしい」。そばにいた母佳代子さん(41)に思わず申し出ていた。
 <サッカーもべんきょうもおてつだいもがんばってください 岩手からおうえんしています>。以降、健翔君と姉の中学3年萌来(もえな)さん(15)、兄の中学2年琉翔(りゅうと)さん(13)の誕生日には、手紙と3人分のプレゼントを贈るなどしている。
 健翔君も覚えた漢字を使って手紙や年賀状をくれる。<ぼくは3年3組になりました。友だちとなかよくあそんでいます>。最近届いた暑中見舞いでは、岩城さん宅の住所も自分で書けるようになっていた。
 岩城さんの三男直俊さん=当時(17)=は、陸前高田市内の高校に通っていて津波に遭った。
 「直俊の代わりではないが、(健翔君と)重ねて見る部分もある」。励ますつもりが、逆に元気をもらっている自分に気付く。
 7月には健翔君が家族で岩手を訪れた。28日に住田町で開かれたイベントに一緒に参加し、アユのつかみ取りや川遊びを楽しんだ。
 約5カ月前に熊本で会った際は、健翔君がどこかよそよそしく感じた。今回は新幹線の改札口で岩城さんを見つけると、真っ先に駆け寄ってくれた。温泉にも行って体を洗うなどし、心の距離が縮まったようでうれしかった。
 地震や台風のたびに前田さん一家の安否確認を欠かさない。震災時、津波を警戒しなかった後悔の念が岩城さんを駆り立てる。
 きょうだい3人は、他の被災地のために募金活動に参加したこともある。「人を気遣い、自分も備えられる人になってほしい」。岩城さんが願った。


8年ぶりに遊泳一部解禁 仙台・深沼海水浴場に歓声
 東日本大震災の影響で閉鎖が続く仙台市若林区の深沼海水浴場で30、31の両日、8年ぶりに遊泳が一部解禁され、波の感触を楽しむ子どもたちの歓声が砂浜に響いた。
 市主催のイベントの一環。事前に申し込んだ市民に限定し、一部エリアで遊泳が認められた。
 仙台管区気象台によると、31日の仙台は最高気温31.3度。強い日差しが降り注ぐ中、子どもたちは泳いだり浮輪で波間を漂ったりして夏の思い出を刻んだ。
 若林区の六郷小1年南浦拓杜君(6)は「波が高かったけれど、海で泳げて楽しかった」と笑顔だった。
 当初は28〜31日の4日間解禁する予定だったが、台風12号の影響で30日午前まで遊泳を見合わせた。市によると、30日午後と31日で計600人が海水浴場を訪れた。イベントは昨年も企画されたが荒天で遊泳できなかった。


デスク日誌 震災小説
 第159回芥川賞は十和田市生まれの高橋弘希さんの「送り火」が選ばれ、3回連続で東北ゆかりの作家が受賞した。
 今回の選考過程で、受賞作と並んで注目を集めたのが、東日本大震災を題材にした北条裕子さんの「美しい顔」だ。著者自身が「被災地に行ったことがない」と公言し、ノンフィクションや手記など他の作品との類似表現が明らかになると、抗議や批判が噴出した。選考では「盗用には当たらない」と確認されたが、賞には選ばれなかった。
 「コピペと同レベルの流用」と抗議を受けた表現、描写のお粗末さだけで片付けられないのが、この騒動の悩ましさだ。「問題は震災や被災者との向き合い方」と、創作姿勢に疑問を投げ掛ける指摘が相次いだ。
 今でも苦しみを抱える被災者との距離の測り方は難しいだろう。被災地以外の人間ならなおさらで、被災地訪問を省略したくなる気持ちも分からなくもない。
 ただ、もっと多くの人に震災を知ってもらいたい。「震災や被災者を取り上げるのは厄介だな」。今回の騒動により、震災を巡る表現活動が萎縮してしまわないか、気掛かりだ。 (生活文化部次長 新迫宏)


石巻川開き祭りで灯ろう流し
石巻市の伝統の夏祭り、「石巻川開き祭り」が始まり31日夜は、東日本大震災で犠牲になった人を供養する灯ろう流しが行われました。
石巻市の中心部を流れる旧北上川で行われた灯ろう流しには、東日本大震災の犠牲者を供養するとともにまちの復興への願いが込められています。
色とりどりのおよそ3000個の灯ろうには、震災で家族や友人を亡くした人などから「天国で見守ってください」、「お盆には帰ってきてください」などのメッセージが書き込まれ、訪れた人たちが川をゆっくりと流れていく灯ろうを静かに見つめていました。
このあと、震災の犠牲者を供養する、およそ1500発の花火が打ち上げられ、夏の夜空を彩っていました。
震災で祖母を亡くしたという小学6年生の男の子は「灯ろう流しでは、祖母にピアノを今も頑張っているよとメッセージを書きました。元気にやっているよと伝えたい」と話していました。
「石巻川開き祭り」2日目の1日は、恒例の手こぎ船のレースや再来年の東京オリンピック・パラリンピックで行われる聖火リレーの模擬リレーなどが行われることになっています。


河北春秋
 風鈴、セミの声、夕立、花火、さざ波…。夏にはさまざまな音がある。福島ではこの音を楽しみにしている人が少なくない。毎年、お盆に福島市で開かれる「フェスティバルFUKUSHIMA!」の盆踊りだ▼ドドンガドン。軽快なリズムが響く。楽しく、郷愁を誘うメロディー。福島市で10代を過ごした音楽家の大友良英さんらのバンドが生演奏する。時代を風刺した『ええじゃないか音頭』やNHKドラマのテーマ曲をアレンジした『あまちゃん音頭』。来場者が輪になって踊り、盛り上がる▼祭りは2011年、大友さんらが原発事故の風評被害に苦しむ福島の現状を発信しようと開催。13年に始めた盆踊りが定着した。「こんな音楽がやりたかった」と大友さん。会場には、色とりどりの「大風呂敷」を敷き詰める。当初は放射性物質を含んだ土ぼこりを防ぐために敷いた▼ことしは11、12の両日、福島市の街なか広場で開く。「楽器や音が出る物を鳴らして歩くパレードやハワイの盆踊りもある。誰でも気軽に参加できる祭りです」と事務局▼東北では盛岡さんさ踊り、青森ねぶた祭、秋田竿燈、仙台七夕などが開かれ、本格的な祭りの季節を迎える。地域ごとの盆踊りも多い。ドドンガドン。やはり、東北の夏は祭りばやしの音がよく似合う。

仙台で37度3分 観測史上最高
東北地方は厳しい暑さとなっていて、仙台市では37度3分と観測史上最も高い気温となったほか、各地で35度以上の猛暑日となっていて、気象台は熱中症に十分な対策をとるよう呼びかけています。
東北地方は、高気圧に覆われて広い範囲で晴れ、厳しい暑さとなっています。
午後2時半までに観測された最高気温は、仙台市で37度3分と観測史上最も高くなったほか、福島市で38度1分、岩手県釜石市で36度7分、山形県高畠町で36度4分などと、各地で35度以上の猛暑日となっています。
東北地方は3日にかけて高気圧に覆われて気温の高い状態が続き、引き続き猛暑日となるところがある見込みです。
気象台は、秋田県を除く東北地方の全域に高温注意情報を出して、日中は不要な外出を控えることや室内では冷房を適切に利用すること、また、こまめに水分を補給して塩分も不足しないようにすることなど熱中症に十分な対策をとるよう呼びかけています。


<10年後の被災地で 高校生と四川>(下)交流/出会い未来へ生かす
 在新潟中国総領事館主催による日中交流事業で、宮城県内の高校生23人が今月中旬、中国・四川大地震の被災地などを訪問した。東日本大震災を経験した高校生は、発生から10年を経た現地で何を感じたのか。地震遺構の見学や人々との交流を通じ、将来を見つめる生徒らの姿を伝える。(報道部・菊池春子)
 「ドッコイショー、ドッコイショー」。宮城工高の生徒らによるソーラン節をアレンジした踊りに合わせ、四川の生徒らが熱い拍手と掛け声を送る。
 2008年の中国・四川大地震の震源地・〓川(ぶんせん)県の〓川青少年活動センター。7月11日、東日本大震災を経験した宮城県内の高校生訪中団と、地元の「七一映秀中学」の生徒らの交流会があった。
 「大地震の際に支援してくれた日本の友人たちに感謝したい」。熊作富校長(47)のあいさつに続き、日中の若者は交互に民族舞踊や歌、文化紹介のクイズなどを披露し、親睦を深めた。仙台東高の生徒らが、震災後に作られた合唱曲を歌うと、涙を浮かべる中国の生徒もいた。
 映秀中6年許超さん(17)は「活気あふれる発表はとても素晴らしかった」と感激した表情を見せた。映秀中学は6年制で、日本の高校3年に当たる許さん。小学生の時、学校の運動場で地震に遭遇した。「地面も山も激しく揺れ、地球がひっくり返るかのようだった」。あの日の衝撃は忘れられないという。
 被災後、再建された中学で学ぶ。元の校舎は震災遺構となった。「災害から生き残った者には必ず幸福がある。互いに発展していこう」。許さんは、共に大きな災禍を経験した同年代に呼び掛けた。
<同世代から刺激>
 宮城の高校生も、〓川の生徒に共感を寄せた。津波で校舎が被災した宮城農高2年宗形未海(みう)さん(16)は「震災後に入学した立場は同じ。見聞したことを仲間に伝えたい」と強調。3月まで仮設校舎で過ごし、不便もあったが、中国の若者が精いっぱい取り組む姿に奮起させられた。
 マーチングバンドで活動する仙台東高3年川村海琴(みこと)さん(17)は「少数民族の舞踊や伝統文化に感銘を受けた」と話し、〓川の生徒による熱いパフォーマンスに刺激された。終了後は全員でダンスをしたり、写真を撮ったりした。
<両国の懸け橋に>
 日中交流の未来に向け、懸け橋となる芽も育まれつつある。「中国語をもっと上達させたい」。仙台育英高2年末永妃菜さん(16)は、四川訪問を通じて意欲が強まった。
 石巻市渡波地区に生まれ育ち、水産関係で働く中国人を身近に見てきた。外国語コースで学んだ中国語のフレーズや単語を交え、現地の生徒と会話。日本のLINE(ライン)に当たる中国の通信アプリを活用して交流し、おいしかった食べ物などの情報を交換し合う仲になった。
 震災で大きな被害があった家業のカキ養殖は、国内外からの支援で復興へと向かう。異国の被災地を訪れて見聞きした経験に、進路を模索する自分の背中が押されたように感じた。
 「中国語圏の人々に日本語を教える仕事に就きたい」と話す末永さん。出会いを糧に将来を見据える。
[宮城の高校生訪中団]日中友好促進の一環として、宮城県内4校の高校生23人が7月8〜15日に中国を訪問。四川大地震で被災した地域のほか、北京、上海両市の学校や文化遺産などを巡った。在新潟中国総領事館の招きによる東北からの高校生派遣は2年目で、昨年は福島県の生徒らが現地を訪れた。
(注)〓は「さんずい」に「文」


<旧優生保護法賠償訴訟>国、合憲性の認否を回避 仙台地裁に書面提出
 旧優生保護法(1948〜96年)下で繰り返された強制不妊・避妊手術を巡り、手術を強制された宮城県の60代と70代の女性2人が国に計約5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、国が旧法の合憲性に関し「主張の必要性が乏しい」として認否しない意向を示した書面を仙台地裁に提出したことが31日、女性側弁護団への取材で分かった。
 政府・与党が被害者救済に乗り出している現状を考慮し、現時点での国としての見解表明を控えたとみられる。
 国は同日提出の書面で、政府と国会が適切な立法措置を講じなかった場合に問われる立法不作為に関し、旧法について国家賠償法による個別請求ができたと改めて主張。「旧法に関する立法不作為は違法と評価されないことは明らかで、合憲性は主要争点にならない」と強調した。
 女性側は憲法が保障する幸福追求権に基づく自己決定権、人格権の侵害を前提に立法不作為を主張しているが、国は「補償の立法義務と憲法適合性との関係が女性側の主張で明らかになっていない」とした。
 書面では、女性のみ離婚から6カ月間は再婚禁止とした民法規定を違憲と判断した最高裁判決も例示。「再婚禁止規定は最高裁判決の言い渡し時に現存し、憲法判断に意義があったと考えられるが、旧法は既に廃止されており、判断の意義は乏しい」と主張した。
 地裁は6月の口頭弁論で旧法の憲法判断に踏み込む考えを示唆し、7月末までに合憲性の主張を明らかにするよう国に求めていた。
 新里宏二弁護団長(仙台弁護士会)は記者会見で「救済を求める世論が高まる中で、国が合憲を主張すればさらに批判を浴びるため、主張を回避したとしか思えない。極めて不誠実だ」と批判した。


県の強制不妊◆実態解明し救済の道を開け◆
 旧優生保護法(1948〜96年)下で障害者らに不妊手術が強制された問題で、県内でも不妊手術が実施されたとみられる男女37人の個人名が記された資料が見つかった=写真。県が55(昭和30)年〜96年ごろに作成したもの。昨年9月時点で一部の県職員が資料を確認したが、組織的に情報が共有されず、結果的に公表や国、県議会への報告が遅れた。資料管理と情報共有の点から再度検証し、被害者の実態把握を速やかに進めるために、他の該当資料の有無を徹底して調査してほしい。
資料の発見が遅れる
 県の説明によると、昨年9、11月に外部から県に関連資料の開示と閲覧の請求があり、担当課職員が資料を確認した。しかし、資料の重要性が分からず職場に報告をせず、11月にはさらに別の職員が「秘匿性の高い個人情報」と独自に判断して検索システムのリストから外した。今年6月、県総務課が調査を始めるまで誰も閲覧できない状態が続き、県はこの間、国の調査や県議会に対して「個人が特定できる資料は見つかっていない」と回答していた。
 37人(当時14〜42歳)のうち、少なくとも男性2人、女性23人が本人の同意なく不妊手術を強制されていた。県優生保護審査会から手術決定の判断を下された11人は実際に手術を受けたかの記載はなかったという。県衛生統計年報のまとめでは、県内では49〜87年に283件の強制不妊手術があったとされる。依然、多くの被害者名が判明していないことになる。
 どんな経緯で手術を受けることになったのか、手術後どんな人生を送ったのか。個人名が把握できないということは、被害者の人生や思いが放置されたままということだ。障害者らへの強制不妊手術は非人道的で、重大な人権侵害である。県は医療機関や障害児者施設に働き掛けるなど、主体的に調査に乗り出すべきだ。
被害者の高齢化進む
 37人の個人名が記載された資料が見つかり、負の歴史が県内にも存在していたことがより明確になった。すでに亡くなった被害者もいれば、声を上げることができない人も少なからずいるだろう。被害者や証言者の高齢化、証拠資料の廃棄が進んでいる。時を経ての事実解明は困難を極める。
 共同通信の全国調査で7月、個人名が記載された資料が32都道府県(本県は含まれていない)に5090人分現存していることが確認された。しかし強制手術全体の3割にすぎない。過去の誤った国策を繰り返さないため、法改正から20年以上も放置されてきた被害者らの思いを受け止めるためにも、現存資料の保全と掘り起こしの徹底が必要だ。
 今年に入り宮城、東京、熊本などで被害者らが国に損害賠償を求めた提訴が相次ぎ、5月には190人規模の全国被害弁護団が結成された。実態解明に努め、救済の道につなげなくてはならない。


日大報告書 理事長は責任を免れぬ
 アメリカンフットボール部の悪質タックル問題を調査した日大の第三者委員会は、最終報告を発表し、内田正人前監督らの指示を認定した上で、田中英寿理事長の対応を厳しく批判した。
 内田氏の独裁体制下にあったアメフット部、組織ぐるみの隠蔽(いんぺい)工作など、明るみに出た実態はスポーツマンシップから程遠い。
 報告は辞任こそ求めなかったものの、田中理事長の責任を強調した。適切な危機対応を怠り、説明責任も果たしていないといった指摘はいちいちうなずけよう。
 いまだに公式な場で釈明もしないのは、最高責任者として誠実さを欠くと言わざるを得ない。
 田中理事長は、第三者委の報告を重く受け止め、会見して自ら説明するとともに、人心を一新して日大が再出発するためにも、出処進退を考えるべきだ。
 報告は、「相手をつぶせ」という内田氏の指示について、OBの元理事や職員が、反則をした選手に口止めしたことも認定した。
 「(同意すれば)一生面倒を見る。そうでなかったときは日大が総力を挙げてつぶしに行く」という元理事の言葉は、どう喝以外の何ものでもない。
 報告が問題視するのは、内田氏の独裁体制だけでなく、それを放置した大学組織の欠陥である。
 9割を超す部員やスタッフが内田氏に意見を述べることができなかった。こうした「上意下達」の頂点にいたのが田中理事長だ。
 内田氏の独裁も理事長の後ろ盾があればこそだろう。
 日大の運動部を統括する「保健体育審議会」の機能不全も見逃せない。人事担当常務理事でもある内田氏が審議会の事務局長を兼ねており、これではゆがんだ指導をただせるわけがない。
 第三者委は、審議会を廃止し、指導者や選手が運営に関与する新組織を立ち上げるよう求めた。
 理事らに運動部の要職を兼務させないといった提言の実行も、運営の透明化に欠かせまい。
 スポーツ強化と大学経営の結びつきは日大に限らない。勝利至上主義の芽はどこにも潜む。
 女子レスリングのパワハラ問題などを受け、競技団体は体質改革を求められている。
 スポーツ庁は本年度、全米大学体育協会(NCAA)を参考に、大学スポーツの環境整備を行う統括組織の創設を目指している。
 日本版NCAAが機能するためにも、各大学や競技団体は組織の改革を急がねばならない。


日大の反則調査/理事長は説明責任果たせ
 日本大学アメリカンフットボール部の悪質な反則タックル問題で、第三者委員会が調査の最終報告を公表した。
 浮かび上がったのは、不適切な対応を重ね、日大のイメージを大きく損なう不祥事に発展させた大学本体のガバナンス(組織統治)の欠如だ。
 中でも危機管理の措置を取らず事態を深刻化させた田中英寿理事長の責任は極めて重い。
 関西学院大の選手を危険なタックルで負傷させてから3カ月近くになる。にもかかわらず田中理事長はいまだ公式な場に姿を見せず、謝罪や見解すら示していない。異常な事態と言わざるを得ない。
 田中理事長自身が、学校法人のトップとして説明責任を果たさなければ、失われた信頼の回復はおぼつかない。
 第三者委がこの問題の原因としたのは、アメフット部が内田正人前監督の独裁体制に陥っていたことだ。
 選手に対し、一方的に過酷な負担を強いる勝利至上主義に基づく指導の実態を、「パワハラとも評価すべきもの」と指摘した。さらに、田中理事長がガバナンスの機能不全を招くような人事を容認していたことを厳しく批判した。
 報告書は、タックルをした選手らに、内田前監督の関与がなかったと説明するよう求める隠蔽(いんぺい)工作の実態も明らかにした。「(同意すれば)一生面倒を見る。そうでなかった時には日大が総力を挙げてつぶしにいく」。こう当時の理事の一人が迫り、口封じを図ったという。
 まるで脅迫である。大学という教育の場とは思えない悪質な言動だ。日大関係者は組織の根深い体質の問題と向き合い、猛省しなければならない。
 日大は内田前監督と前コーチの懲戒解雇を決めた。アメフット部の再生には、内田氏らの影響力排除が不可欠となる。第三者委が求めた新監督の身分保障や指導者の質向上策など再発防止策の徹底が必要だ。
 学校法人としての社会的責任を日大は自覚すべきだ。スポーツを通して、学生が人間的に成長できる部にすることが求められる。「学生ファースト」という当たり前の大学運営に向けた改革が欠かせない。


アメフット反則 大学の体制を見直せ
 アメリカンフットボール部監督による独裁的な選手支配を支えたのは、理事長が絶対的な権力を握る大学の体制だった―。そう読み取れる報告書である。
 アメフット部員による悪質な反則問題で、日本大の第三者委員会が最終報告書を公表した。田中英寿理事長が公の場に出て説明しないことをはじめ、大学側の無責任な対応を厳しく指弾している。
 報告書が明らかにした隠蔽(いんぺい)工作にはあぜんとさせられる。問題が発覚した当初、当時の大学理事が加害選手と父親に、監督やコーチの指示ではないと口裏を合わせなければ「日大が総力を挙げてつぶしにいく」と話したという。
 脅しにほかならない。それでも加害選手は自ら実名と顔を出して記者会見し、反則行為を犯した経緯を詳しく述べて謝罪した。それがどれほど勇気の要る行動だったかとあらためて思わされる。
 大学の職員がほかの部員に、監督の指示について話さないよう求めていたことも分かっている。第三者委は、組織ぐるみの口封じと「断言するだけの証拠はない」としたものの、そう考えない方がむしろ不自然だろう。
 内田正人前監督は当時、理事長に次ぐ常務理事として学内の人事権を握り、運動部を統括する組織も牛耳っていた。第三者委の勝丸充啓委員長は「物を言えるのは事実上、理事長しかいなかった」と述べている。
 内田前監督の独裁体制は、田中理事長の後ろ盾があってこそだった。にもかかわらず、理事長は表に一切現れず、自らの責任にも全く言及していない。当事者意識が感じられない姿勢は際立つ。
 日大は内田前監督の懲戒解雇を決めた一方、田中理事長は他の理事らと同様、報酬の一部を自主返納するにとどまる。大学自体の信用が失墜しかねない事態に及んでなお、自浄能力を欠いている。これで事が済むと考えているのだとしたら勘違いも甚だしい。
 田中理事長や内田前監督ら体育会出身者が実権を持つようになった背景を含め、問題の根は深い。責任の所在を明確にして、大学運営のあり方をこの機会に根本から見直さなければならない。
 日大に限らない。東京医科大が文部科学省幹部の息子を裏口入学させた事件でも、理事長の意向に逆らえない組織のあり方が不正の背景にあったと指摘されている。学問研究・教育の場として社会から信頼されるに足る運営ができているか。それぞれの大学が足元に目を向ける機会にしたい。


日大は出場停止継続 リーグ戦復帰条件は田中理事長のクビ
「本丸」を潰さない限り復帰は認めないということか。
 関東学生アメリカンフットボール連盟は31日、都内で臨時理事会を開き、悪質タックル問題で日大に科した18年度の公式戦出場資格停止処分を継続することを決めた。理事20人のうち、17人が処分解除を認めなかった。つまり日大アメフト部は8月末に開幕するリーグ戦に参加できないということだ。
 日大アメフト部の提出したチーム改善案の再発防止策について、「日大全体で取り組まなければ実効性を伴わない施策については、その策定もいまだ不確定、不十分」とは関東学連の検証委。日大の田中英寿理事長による反省や再発防止、組織改革の言明を期待するという。関東学連の柿沢理事長は「非常に残念な結果。日大のガバナンスに憤りを感じる」とも話した。
 同日には悪質タックルの被害者の父親が、自身のフェイスブックで日大に田中理事長との面会を申し入れたことを明らかに。田中理事長が会見を開くことも求めている。
「要するに関東学連も周囲の関係者も、田中理事長がいる限りアメフト部の体質は改善されないとみているのです」と、日大の元評議員がこう言った。
「田中理事長はこの期に及んで、自分の意のままになる人物をアメフト部の監督に据えようと企んでいたフシがある。理想はアメフト部の内情を知らない外国人監督だったといいます。つまり、体制が完全に変わってしまうと、自分にとって都合の悪いことがあるからですよ」
 関東学連は悪質タックルを指示した内田正人前監督や、加害選手とその父親を暴力団まがいの恫喝で問題の口封じを図ろうとした元日大理事らの影響力が完全に排除されたかどうかは現時点で不明と指摘した。


元防衛相の投稿 憲法尊重義務を忘れるな
 憲法をないがしろにする言辞が閣僚経験者から飛び出した。元防衛相の稲田朋美衆院議員が、法曹界の護憲派を念頭に「憲法教という新興宗教」などとツイッターに投稿していたのである。
 稲田氏は、保守系団体「日本会議」の支部が催した安倍晋三首相を支援する会合に出席したことを報告したうえで、支部長である弁護士について「法曹界にありながら憲法教という新興宗教に毒されず安倍総理を応援してくださっていることに感謝!」と書き込んだ。
 憲法99条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と定めている。
 憲法を守ろうとする動きを指して「憲法教」などとやゆすることは、99条に明記された「尊重」「擁護」とは正反対の行為だ。憲法の趣旨から外れている。
 投稿は7月29日付だったが、さすがにまずいと感じたのか、30日までに削除された。
 稲田氏は、昨年7月まで防衛相として安倍内閣の一翼を担った。首相の秘蔵っ子といわれ、行政改革担当相、自民党政調会長などの要職を歴任している。南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報隠蔽(いんぺい)問題で辞任に追い込まれなければ、今も閣僚の地位にあったかもしれない。
 稲田氏のコメントは、安倍内閣の本音を映し出しているとの見方もできる。安倍首相を支援する会合に出た後の投稿である点を見過ごしてはならない。
 もとより、首相は憲法改正を「悲願」としており、9条への自衛隊明記を昨年5月に提唱した。これを踏まえ、自民党憲法改正推進本部は、戦力不保持と交戦権否認を定める9条2項を維持しながら自衛隊を明記する改正案の文案をまとめている。稲田氏も改正を推進する立場だ。
 だからといって、国の最高法規である憲法を軽んじることは許されない。戦後、今日に至るまで、国民が平和のうちに一定の豊かさを享受してきたのは、憲法という基盤があってのことだ。
 ところが、現政権下では、憲法の規定をないがしろにする事例が目立つ。昨年6月に野党が森友、加計学園問題の疑惑解明のため、臨時国会の召集を要求したが、安倍内閣は3カ月以上も放置した。
 憲法53条は「いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と定める。
 憲法に忠実に従うなら、速やかに召集を決定すべきところだが、内閣はこれを怠った。「政治的な理由で召集を不当に延期することは、制度の趣旨に反する」(芦部信喜著「憲法第六版」)とされている。
 国会議員には、憲法を順守する義務がある。議員一人一人には、その点をよく自覚し、国民の模範となるような言動が求められる。


原子力委、プルトニウム削減で新指針 具体的方法・数値示さず
 国の原子力政策を審議・決定する原子力委員会(委員長=岡芳明・元早大理工学術院特任教授)は三十一日、原発の使用済み核燃料から発生するプルトニウムの利用指針を十五年ぶりに改定し、公表した。現在の保有量約四十七トンを上限と設定し、これより削減させるとした。ただし具体的な削減の方法や数値目標には言及せず、電力会社に委ねた形で、実際に削減が進むかは見通せない。
 岡委員長は具体策に踏み込まなかった理由について「民間の経営、創意工夫をできるだけ生かすため」と説明した。
 プルトニウムを大量消費する高速炉開発が滞る中、保有量削減には既存の原発で少しずつ消費するプルサーマル方式の実行しか手段がないのが現状。新指針では毎年の抽出量を政府の認可事項とし、プルサーマル方式で消費できる量に限定するとした。プルトニウムを抽出する再処理工場(青森県六ケ所村)については現計画通り二〇二一年度上期に完成しても、フル稼働するとプルトニウムが増えすぎるおそれがあるため、「稼働を抑えることもある」(原子力委事務局)としている。
 また、「電力会社間の連携を促す」と明記。プルサーマル原発の再稼働のめどが立っていない東京電力などのプルトニウムを、プルサーマル原発が再稼働している関西電力などで消費させることも想定した。
 日本は原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し再利用する核燃料サイクルを進めようとしているが、プルトニウムを使う高速増殖原型炉もんじゅは一六年に廃炉が決定。原爆六千発に相当する大量のプルトニウムを抱えていることに米中など海外からの警戒感が示されている。
◆再処理容認 矛盾の政策
 原子力委員会の新指針はプルトニウム削減を主張する一方、増加につながる再処理工場稼働を認める矛盾に満ちた内容となった。
 再処理工場を運営する日本原燃によるとフル稼働する二〇二五年度には年間八トンのプルトニウムを生産する。一方、プルサーマル原発は一基〇・五トンしか消費しないため再稼働している四基の消費分は計二トン。この結果、毎年六トンずつ増える計算。このため、同委は再処理工場の稼働を落とすことが必要と指摘する。
 だが、再処理工場の建設・運営費は電気代に託送料などで上乗せ徴収される仕組みになっており、稼働が落ちて赤字が膨らめば、さらに電気代での国民負担が増えかねない。高速炉の後継機も共同開発する予定の仏が計画を縮小、実現のメドは立たない。市民団体・原子力資料情報室の松久保肇氏は「もはや核燃料サイクルが経済的に成り立たないのは明白。撤退が筋だ」と指摘している。 (伊藤弘喜)


日本のプルトニウム削減 サイクルとは両立しない
 利用目的のない余剰プルトニウムは持たない。核不拡散の観点から日本が示してきたこの原則をどう具体化し、国際社会に示すか。
 政府の原子力委員会がプルトニウムの利用指針を15年ぶりに改定し、保有量削減を初めて盛り込んだ。
 核セキュリティーへの関心の高まりに加え、日米原子力協定が自動延長されたところでもあり、改めて日本の姿勢を示すことは重要だ。しかし、改定の中身は中途半端で実質的な在庫削減の道筋が見えない。これでは国際社会の信頼は得られない。
 核燃料サイクルはウランの枯渇を懸念して構想されたが、ウランは十分にあり、一方、サイクルの要である高速炉の実現は困難で、経済的にも見合わないことがわかった。米英独などが撤退したのはこのためだ。
 ところが日本はサイクルにこだわり、プルトニウムを通常の軽水炉で燃やすプルサーマルを「つなぎ」としてきた。ただ、原発事故でこれも進まなくなり、結果的にプルトニウム在庫を国内外に47トンも抱える。
 このまま青森県の再処理工場を動かせば在庫はさらに増える。核兵器に転用できるだけに、近隣諸国や米国から懸念の声が出るのは当然だ。
 改定指針には、再処理工場の稼働をプルサーマルで消費できる分に限定することや、海外保有のプルトニウムを電力会社が協力して削減することなどが盛り込まれた。
 一方で、再処理より削減を優先する方針は示されず、在庫削減にめどが立たなくても再処理工場を動かすことが前提となっている。これでは全体の削減につながらない。
 本気で削減を進めるには、再処理工場の凍結や、プルトニウムの直接処分に向け、政府が踏み込むべきだ。海外在庫を保管国に引き取ってもらうことも検討課題だ。
 そして何より、再処理・核燃料サイクル政策を続ける意味を改めて問い直さねばならない。
 プルトニウム消費のためにプルサーマル拡大を求める声も一部にあるが本末転倒だ。プルトニウムを使う燃料は通常のウラン燃料に比べ高くつく。核拡散の懸念も生み出す。使用済み燃料の処分にも困難が伴う。
 さまざまな面で問題が大きいサイクル政策からの撤退をこれ以上先延ばしにすべきではない。


日米原子力協定延長 核拡散の懸念、自覚せよ
 日米原子力協定が1988年の発効から30年の期限を迎え、自動的に延長された。原子力協定は日本の核燃料サイクルの前提条件であり、それが「保証」されたことを歓迎する向きもあるようだが、もはや核燃サイクルは破綻を来している。
 その破綻に伴い、被爆国日本は核兵器の原料であるプルトニウムをため込むという重大な矛盾を抱えている。原子力協定の節目に当たり、日米両国で国会などを通じた議論が低調に終わったことは残念である。
 原発の使用済み燃料を再処理して抽出したプルトニウムを再び発電に使うことを、原子力協定は日本に認めてきた。核燃サイクルのベースである。
 だが原子力政策を巡る情勢は激変した。福島第1原発の事故は「安全神話」を根底から覆す。プルトニウムを大量に使うはずの高速増殖原型炉もんじゅは、ほとんど稼働しないまま廃炉が決まった。原発でプルトニウムとウランの混合酸化物(MOX)燃料を使うプルサーマル利用もさほど進んでいない。
 つまり日本の原子力政策は完全に行き詰まっている。
 日本は国の内外で47トンのプルトニウムを保有する。長崎原爆に換算して、6千発分に相当する量だ。使う当てのないプルトニウムをこれほど、ため込んでしまったことは国際的に何を意味するのか。与野党ともに、もっと自覚すべきである。
 かねて米側にも、日本に対して再処理の中止を求める考え方は根強いという。プルトニウムに関してはセキュリティー上の懸念、さらにいえば「核テロ」の恐怖が常に付きまとう。
 冷戦が終結して超大国による核使用の恐怖は遠のいたが、それに代わる核テロへの備えを国際社会は求められている。テロリストに渡らないよう各国が努力している中で、プルトニウムを保有し続けるリスクをあまりに軽視してはいないか。
 日本が再処理から撤退しないことは、韓国など独自の再処理を志向する国々を刺激することにもつながる。ひいては核を巡る北東アジアの緊張をいたずらに高め、北朝鮮の非核化を追求する国際社会の動きに水を差す結果になりかねない。被爆国が核拡散のリスクを高めることなど、あってはなるまい。
 日本にそのつもりがなくても使う当てのないプルトニウムを大量に抱えていれば、核武装の意図を疑われても仕方がない。
 国の原子力委員会はきのう、青森県六ケ所村の再処理工場(2021年度完成予定)で製造するプルトニウムを通常の原発で使用する量に限定することを柱とした、新指針を決めた。岡芳明委員長は記者会見で「絶対に超えてはいけないわけではないが、今の47トンが一つの目安だ」との見解を示した。
 認識が甘過ぎるのではないか。六ケ所村の再処理工場が計画通り稼働を始めれば、新たに年間最大8トンのプルトニウムが生産される。保有量の削減のためには、再処理自体をやめるしか選択肢はないはずだ。
 再処理から撤退した場合、六ケ所村にある使用済み燃料は全て廃棄物となるため、青森県との約束に従って県外へ搬出しなければならない。行き詰まった国策である原子力政策については、国が責任を持って決着をつけるしかあるまい。


五輪ボランティアは学徒動員か 国家が旗振って“強制”募集
 75年前に後戻りだ――。2020年東京五輪のボランティア募集を巡り、文科省とスポーツ庁が全国の大学や高等専門学校に出した「通知」が波紋を広げている。
 問題となっているのは、26日付の通知書。この中で、五輪の学生ボランティアについて、<学生の社会への円滑な移行促進の観点から意義がある>と強調され、次のように書かれている。
<(五輪)開催期間中に、授業・試験を行わないようにするため、授業開始日の繰上げや祝日授業の実施の特例措置を講ずることなどが可能>
 五輪ボランティアの妨げにならないよう学校に圧力をかけたとも取れる文面。強制的に学生をボランティアに引っ張り出すつもりなのかと、ネット上では「平成の学徒動員だ」と騒ぎになっている。
「東京都が『ボランティアの裾野を拡大したい』と要望したことに基づいて通知を出しました。東京大会のために授業の日程をずらせなどと求めているわけではありません。あくまで、どう対応するかは各学校側の判断。ちゃんと内容を見ていただきたい。『学徒動員』? 一部の人がそう言っているのは知っていますが、あまりネガティブに捉えられると、大会への機運が下がってしまいます」(スポーツ庁オリンピック・パラリンピック課)
 困惑しつつも被害者ヅラなのだが、参加するボランティアこそ最大の被害者だ。
 大会組織委のHPには、ボランティアの「条件」として、<10日以上の活動を基本><1日8時間程度><研修及び活動期間中における滞在先までの交通費及び宿泊は、自己負担・自己手配>などと明記されている。それを「無償でやれ!」と言っているのだからムチャクチャである。「ブラックボランティア」の著者で作家の本間龍氏がこう言う。
「そもそも、ボランティアは自主的にやるもの。条件を付けて集めている時点で、もはやボランティアではない。労働搾取に他なりません。政府がボランティアという呼称にこだわるのは、もし参加者が大きな事故や病気になった場合、『自己責任だ』と言い逃れするためでしょう」
 東京五輪で駆り出されるボランティアは、約11万人。過去最大規模の人数だという。
「国家が旗振り役にならないと集まらない規模です。スポンサー企業の中には、社員を参加させようとしているところもあると聞きます。『学徒動員』どころか『国家総動員』ですね」(本間龍氏)
 ナショナリズムをあおったうえに学徒動員まで。東京五輪はやっぱり危ない。


文部科学省、経営難の私大に「解散」や「撤退」督促も 財務指標で厳格判断、来年度から
 文部科学省は平成31年度から、少子化などで経営悪化が深刻な私立大を運営する学校法人に対して新たな財務指標を用いて指導し、改善しない場合は募集停止や法人解散など撤退を含めた対策を促す方針を決めた。国として厳しい姿勢で臨むことで、赤字が続く大学側の危機意識を高め、経営改革を加速させる狙い。
 私立大の経営は地方小規模校を中心に悪化傾向が続き、全国で4割程度が既に定員割れしている。各大学には建学の精神に基づき教育や運営面で幅広い裁量が認められており、文科省は自主性を尊重しながら経営改善を求める方針。
 文科省によると、今回の指導強化は(1)経常収支が3年連続赤字(2)借入金が、預貯金や有価証券などの資産より多い−といった財務指標の新設が柱。双方に該当し、経営難とみなされた際には、最初に専門家を法人に派遣し内部書類をチェックするなどして、3年程度で業績を上げられるよう助言する。
 それでも改善しなければ、次の段階として学部の削減や学生の募集停止、設置大学・短大の廃止や法人の解散など、経営判断を伴う対策を取るよう通知する。法人側には対策の内容を事業報告書などの公表資料に明記するよう求めるとともに、文科省も資料を公開して注意喚起する。
 指導の結果、一定の改善がみられた法人は、通知の対象とせず、必要に応じて助言を続ける。
 文科省の担当者は「経営破綻で学生が困らないよう、法人には早めに経営チェックを進めてほしい」と話している。
 大学経営をめぐっては、6月15日に閣議決定された経済財政運営と改革の基本方針の中で、撤退を含め早期の経営判断を促す経営指導の強化や破綻(はたん)手続きの明確化を進めることが明記されている。
 ■学校法人への経営指導 文部科学省は昭和59年から学校法人の健全な経営確保に向け必要な指導・助言を実施。平成27〜32年度は「私立大学等経営強化集中支援期間」と位置づけ指導を拡充している。現在、年間50法人程度を調査し、32年までに文科省所管の全学校法人の半数を調査する予定。


動くか、日米地位協定
 ★先月27日、札幌市で開催された全国知事会の全国知事会議で、沖縄県知事・翁長雄志の要望を受け、また知事会が約2年前に設置した「全国知事会米軍基地負担に関する研究会」の結果に基づき日米地位協定の抜本改定を含む「米軍基地負担に関する提言」を全会一致で採択した。全国知事会が日米地位協定の改定を提言するのは初めてだ。 ★米軍基地を持たない知事も賛成したことは大きく、沖縄県の問題だけでなく、全国で受け止める覚悟を知事会が採択したことは政府よりずっと頼もしい。過去、国会では散発的に質問が行われるものの、歴代の首相、外相、防衛相が積極的対応をしたことなどない。また刑事事件、事故の対応、低空飛行や夜間訓練、騒音、環境問題、基地移転・縮小など国内法に準ずる日米地位協定の改定議論はさまざまなチャンネルで求められてきたものの、大きな議題としてテーブルに上ったことはない。最近では米トランプ大統領をはじめ米国要人は横田基地から都内に入ることが増え、ますます国内法に関係せずに入国することも増えている。 ★ただ、動きも出始めている。今年2月、公明党は沖縄県での米兵による事件や、相次ぐ米軍機トラブルを踏まえ、地位協定の運用改善ができるかどうかなどを検証する地位協定検討のチームを発足させ、党として取り組んでいくことを決めた。また、自民党元防衛相・石破茂も、今年4月、米カリフォルニア州スタンフォードで開かれた「第2回アジア太平洋地政経済学フォーラム」の基調講演で「日米で互いが負うべき義務の内容が全く異なる」と指摘。「義務が近くなるよう、日本も米国を防衛する立場を持つべきだ。日米安保を片務的なものから双務的なものに変えよう」と提言した。これは当然地位協定の見直しも含むというものだ。動くか、日米地位協定。

熱中症対策 暮らし方の見直し必要
 日本列島は猛暑に襲われており、本県でも暑い日が続いている。特に秋田市や能代市などの観測地点では7月29日から2日連続で最高気温が35度以上の猛暑日を記録、秋田地方気象台は高温注意情報を出して、熱中症への警戒を呼び掛けた。県内は高気圧に覆われ、もうしばらくは暑い日が続く見通し。熱中症対策を万全にして、夏を乗り切りたい。
 地球温暖化の影響で異常な高温が続くと予想されている。今年の猛暑も一過性の異常気象と位置付けることなく、深刻な健康被害をもたらす新たな災害と捉え、継続的に備えを強化しなくてはならない。
 総務省消防庁のまとめ(速報値)では、熱中症のために4月30日から7月29日までに救急搬送されたのは累計5万7534人で、昨シーズン(5月1日〜9月30日)の5万2984人を既に上回った。死者は125人に上る。それによると、本県では29日までに336人が搬送され、昨年同期より100人近く多い。
 熱中症は、気温や湿度が高い中で体内の水分や塩分のバランスが崩れて体温調節機能が働かなくなり、手足のしびれやめまいなどを引き起こす。重い場合にはけいれんや意識障害を起こすこともあり、まさに命に関わってくる。少しでも異変を感じたら涼しい場所に移動して水分と塩分を補給し、それでも回復しなければ速やかに医療機関で受診することが必要である。
 子どもや高齢者など「熱中症弱者」に対しては特に注意が必要だ。子どもは大人よりも身長が低い分、地面から反射される熱の影響を受けやすい。学校の屋外行事やスポーツなどは熱中症への注意が呼び掛けられているときには活動を中止したり、比較的涼しい時間帯に変更するなど柔軟な対応が求められる。
 高齢者は加齢とともに体温調節機能が低下する。脱水になりやすい上、暑さや喉の渇きを自覚しにくく、体に熱をため込みやすいという特徴がある。屋外でなくとも、高温多湿の部屋に長時間いることで発症するケースも増えている。夜になっても気温が下がらない日もあり、油断はできない。徐々に熱中症が進行し、周囲の人が異変に気付いたときには既に症状が悪化していることもあるという。
 高温を避け、こまめに水分と塩分を補給することで身を守りたい。加えてエアコンや扇風機を上手に活用し、室温をコントロールしたい。節電の意識が高まっているが、熱中症を発症しては元も子もない。
 自ら予防する力に限界がある熱中症弱者の発症を防ぐには、近所の人が訪問して声を掛けるなど、周囲の見守り力が問われる。猛暑は毎年襲ってくるというぐらいの意識を持ち、これまでの暮らし方の見直しを含めて、地域や社会全体で効果的な予防策を考えなくてはならない。


死刑の存廃問題 無自覚ではいられない
 弁護士一家殺害や地下鉄、松本両サリン事件など、平成の初めに未曽有の凶悪事件を引き起こしたオウム真理教元幹部ら13人に対する死刑執行に、改めて死刑という刑罰の持つ意味を考えさせられる。
 執行は7月6日に7人、26日には6人。同一事件の死刑囚は同時執行が原則とされるが、短期間にこの人数は極めて異例だ。龍谷大の石塚伸一教授(刑事法)は7人執行時の共同通信の取材に「集団として処罰するという政権の積極的な意図が読み取れる」とコメントしている。
 7人の同時執行は、法務省が執行を公表するようになった1998年以降で最多。死刑廃止が国際社会の潮流となる中で、この判断には国内外から議論が相次いだ。
 そうした中で20日後に、残る6人の同時執行に踏み切ったのは、国として死刑制度存続への意思を示したものと受け止められよう。
 事件による被害の大きさや遺族感情、社会的影響の重大さに照らせば、現行制度下で速やかな執行を望む声が上がるのは当然だ。だが、そこに執行側の「積極的な意図」が介在する可能性は、安易に見過ごすわけには行くまい。江戸時代ならいざ知らず、現代の死刑制度は見せしめのためにあるわけではない。
 最高裁は83年、後に永山基準と呼ばれる死刑適用の判断基準を示した。そこでは9項目の検討課題を挙げ、刑事責任が極めて重大で、犯罪予防などの観点から「やむを得ない場合」とされている。
 司法は、元幹部らへの死刑適用を「やむを得ない」と判断した。だが、ここから先、執行に至るまでの経緯は秘密主義が貫かれている。
 刑事訴訟法は、死刑判決確定から6カ月以内に法相が執行を命令すると定めるが、実際は「訓示」にとどまる。何十年も収容される死刑囚もいれば、1年程度で執行される場合もあるのが現実だ。
 かつて法務省は、執行したこと自体を伏せていた。世論の問題意識を受け、98年に人数を公表。2007年からは氏名や執行場所を公表しているが、対象者や時期を選ぶ基準など、運用の実際は一切明らかにされない。
 死刑制度を巡っては、かねて国民の間に容認、廃止の両論がある。しかし制度の情報公開が進まないことで、議論も深まらない。民主党政権下の10年、時の法相はマスコミを通じて刑場を公開し議論を促したものの、政局に紛れてしまった経緯もある。
 凶悪犯罪を対象とする裁判員裁判の定着で、一般市民も刑罰の意味と向き合わなければならない時代。容認、廃止いずれの立場を取るにせよ、死刑制度の存在に無自覚でいるのは時流が許すまい。


文科省汚職拡大 癒着生む体質にもメスを
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)に出向中、旧知の元コンサルタント会社役員に便宜を図り、その謝礼として飲食店で接待を受けていたとして、文部科学省の幹部が収賄の疑いで逮捕された。
 文科省では、私大支援事業の対象に選ばれるように取り計らってほしいと東京医科大から依頼され、その謝礼と知りながら息子を不正に合格させてもらったとして、前局長が逮捕され、受託収賄罪で起訴されたばかりだ。組織を背負う立場にある幹部職員の相次ぐ逮捕劇は、文部科学行政に対する国民の信頼を根底から揺るがす。昨年発覚した組織ぐるみの違法な天下り問題に続き、不祥事の連鎖が止まらぬ深刻な事態である。
 逮捕されたのは、前国際統括官(局長級)の川端和明容疑者だ。JAXA理事だった2015年から17年にかけ、元コンサルタント会社役員谷口浩司容疑者=贈賄容疑で逮捕=から複数回にわたり、約140万円相当の接待を受けた疑いが持たれている。
 関係者によると、谷口容疑者は東京医科大の前理事長から大学の記念式典に宇宙飛行士を呼べないか相談され、川端容疑者に話を持ち込んだ。その結果、古川聡さんの講演が実現したという。
 先の受託収賄事件と同じく、公正中立であるべき公務員が、特定の大学の利益のために働いた構図である。緊張感を欠いたあきれた行為であることは言うまでもないが、逮捕された2人がともに省内でエース級の立場にあったことを考えれば、個人的な倫理観の欠落というだけでは片付けられまい。文科省のガバナンス(組織統治)の欠如は明白であり、信頼回復への道のりはますます困難になったと言えよう。
 贈賄側の谷口容疑者が、高額の接待を繰り返していた理由が、宇宙飛行士の講演を手配するためだけだったとは思えない。将来性が見込める研究などに対して集中的に投資をする科学技術分野は事業の予算額も大きい。その配分などを巡って問題となるような接触がなかったかなども含め、東京地検特捜部の徹底した捜査を待ちたい。
 谷口容疑者は、文科省にとどまらず、懇意にしている政治家を通じて複数の省庁で営業活動を繰り広げていたという。ブローカー的な人物が中央省庁に日常的に入り込み、官僚と癒着するような土壌があるとすれば問題の根は一層深い。
 林芳正文科相は、不正入学を伴う受託収賄事件が発覚した先月上旬、第三者委員会を発足させて問題点の有無を検証する意向を示したが、その後延期を決めた。「捜査や公判に影響を与えるため」と説明するが、このままでは組織の自浄能力が疑われよう。
 相次ぐ不祥事がなぜ起こったかや、特定の大学や業者の意向で行政がゆがめられた背景などについて、しっかりと検証を尽くすべきだ。


政府広報か 無策の首相を「連日災害対応」と報じるNHKの罪
 31日、定例閣議を取りやめ、終日、休暇を取った安倍首相。立憲民主の枝野代表が「国から補正予算の『ほ』の字も出ないのはどういうことか」と言うように、西日本豪雨発生からもうすぐ1カ月になるのに、安倍首相は補正予算を組もうとしない。それで、夏休みとは気楽なものだが、大メディアはスルー。とりわけ、NHKは完全に政府広報と化している。
 NHKの「安倍休暇ニュース」は、安っぽいコントのようだった。
 菅官房長官の「総理に限らず、休めるときは休んだ方がいいと思っている」とのコメントを紹介し、こう続けた。
「安倍総理大臣は西日本を中心とした豪雨で大雨の特別警報が出された今月6日以降、豪雨や台風12号の対応に連日当たっていて、短い休暇をとり英気を養うことにしたものとみられます」
 連日の災害対応でクタクタの首相に、「ムリなさらないで」と労をねぎらう女房役の官房長官――思わず、そんな“光景”が目に浮かぶが、とんでもない。
 批判を浴びた「赤坂自民亭」の7月5日を外して「6日以降」と区切るのもいかにもわざとらしいが、その6日の晩も、安倍首相と菅が総裁選の地盤固めのために公邸で無派閥議員と「極秘会合」していたことが発覚している。台風12号が列島を東西に横断した先週末も、28日(土)は終日私邸、29日(日)も官邸で30分ほど打ち合わせただけ。安倍首相はクタクタになるような災害対応はやっていない。31日の休暇も総裁選に向けて「英気を養うことにした」のはミエミエだ。
■「イージス・アショア」の論点ずらしにも加担
 さらに、31日はNHKの政権ベッタリ報道が相次いだ。NHKは「イージス・アショア」の1基当たりの見積額が当初より500億円多い1340億円に上る見通しだと報じた。配備予定の自治体の反発や、朝鮮半島の沈静化に加えて、取得経費の大幅増額から、野党の配備見直しの構えを伝え、こう締めた。
「政府は今後、より丁寧な説明を求められることになりそうです」
 いやいや、配備の要否が論点なのに、説明の仕方の問題にすり替えている。何でも「丁寧に説明する」で逃げる安倍政権の代弁そのものではないか。NHK報道の監視を続ける醍醐聰東大名誉教授が言う。
「定例の閣議を開かないのは大ごとだし、安倍政権の災害対応は問題が多い。NHKは、それらに触れず、安倍政権が喜ぶような報道に終始している。政権を評価する判断材料がこれほど政権寄りでは、多くの国民は安倍政権を支持してしまいますよ。NHKは国営放送ではないので、政権に距離を置いて報じていると信じている視聴者も少なくありませんから」
 安倍政権を批判してきた「報道ステーション」(テレビ朝日系)も、7月以降、政権批判が極端に鈍っているという。メディアがこんな調子で、安倍3選なら、お先真っ暗である。


LGBT差別 排除の論理 断じて容認できない
 これほど人権意識が欠如した国会議員が存在することに、強い危惧を覚える。
 自民党の杉田水脈衆院議員が性的少数者(LGBT)カップルに関し「生産性がない」などとして行政支援を疑問視する持論を月刊誌に寄稿した。多様な性を認め、誰もが差別されない社会を目指す流れに逆行するばかりか、少数者を排除する優生思想にもつながりかねず、断じて容認できない。
 「『LGBT』支援の度が過ぎる」と題した寄稿で、杉田氏は「彼ら彼女らは子どもをつくらない、つまり『生産性』がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか」と記している。
 子どもを産む、産まないは個人の自由であり、子どもを産みたくてもかなわない人がいるにもかかわらず「生産性」という観点で評価する感覚が信じがたい。行政サービスは国民が等しく受けられるもので「生産性」という身勝手な尺度でLGBTを排除する主張は認められるものではない。
 「LGBTだからといって、実際そんなに差別されているものでしょうか」との記述も事実誤認だ。学校や職場での差別や偏見はまだ根強く、LGBTであることを隠したまま苦しい思いをしている人は多い。カップルは法的な関係でないために、家族同等であっても、パートナーの病状について医師から説明を受けられなかったり、財産相続の対象にならなかったりと、支援や制度はまだ不十分だ。
 自民党として問題視しないことも見過ごせない。寄稿に関して二階俊博幹事長は、記者会見で「政治的立場はもとより人生観もいろいろある」などとして特段の対応をしなかった。
 党内には伝統的家族観が根強くある。しかし、国内外でLGBTの差別解消へ機運が盛り上がる中、2016年に「性的指向、性自認の多様な在り方を受け止め合う社会を目指す」との基本方針を公表した。杉田氏の主張は明らかに方針に反しているにもかかわらず、放置した責任は重い。
 杉田氏は、自身のツイッターで「先輩議員から『間違ったことを言ってないから、胸を張っていれば良い』と声を掛けられた」などと書き込んだ。党内にこうした人権意識を欠く考えがまだ多く残っているとすれば由々しき事態だ。自民は危機感を持ち党の姿勢を見直すべきだ。
 排除の論理はLGBTに限らない。相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件から2年がたった。事件の衝撃はまだ収まらず「障害者なんていなくなってしまえ」といった被告の元職員の言葉は、今なお被害者や家族を苦しめ続けている。
 誰もが個人として尊重されることや幸福を追求することは、憲法で定められた権利。少数者を排除する思想の根を絶つために、社会全体で論議を深める契機にしたい。


杉田水脈から逃げ出す安倍応援団の面々! 百田尚樹は自分のLGBT差別を棚に上げ「知的レベルが低い」
 本サイトでも連日取り上げている、自民党・杉田水脈衆院議員のLGBTヘイト問題。多くの人びとから批判が集中し、杉田氏の議員辞職を求めるデモも自民党本部前で行われたが、当然だ。“LGBTは子供をつくらない、つまり生産性がない”と主張した杉田発言は、ナチスの優生思想や相模原事件を彷彿とさせる、極めて悪質かつ許してはならないものだからだ。
 そんなか、ちょっと気になるのが、杉田氏と“同じ穴のムジナ”である極右界隈、安倍応援団の面々の反応。周知の通り、杉田氏は慰安婦問題の否定や朝日バッシングなどで、安倍首相を支えるネトウヨ文化人たちと意気投合。ネット番組などで盛んに共演するとともに、界隈から何度も「さすがは杉田さん!」と絶賛され、いつのまにかアチラの世界では、稲田朋美元防衛相から“2代目ネトウヨの姫”を襲名するレベルにすらなっていた。
 ところが、そんな“杉田フレンズ”のネトウヨ文化人たちが、いま、まるで手のひらを返したように、Twitterなどで杉田氏を批判してみせているのである。
 たとえば、杉田を極右政党・次世代の党時代から応援してきたネトウヨ作家・百田尚樹センセイ。百田センセイは、あからさまに問題をすり替えたり矮小化しつつも、こんなツイートで杉田発言を批判した。
〈「生産性がない」という発言も、乱暴で知的レベルが低い表現だが、それを極限まで拡大解釈して非難する方もどうかしてる。
たかだか1回生議員、「バカだね」と嗤う程度の発言〉
〈この問題に関して、人間を生産性という言葉でくくるのは乱暴で知的とは言えない。譬えでもね。〉(7月26日)
「乱暴」とか「知的ではない」とかよりにもよって百田センセイがよく言えたものだが、さらに、百田センセイはこれらの“杉田批判”に対し、ネトウヨから例の「全文を読め」なる反撃(笑)に晒されたらしく、こんなツイートまでしている。
〈私に対して、「杉田議員の寄稿文の全文を読んでから言え」というリプライを送ってきたひとが多数いるが、当然、全文を読んだ上で「生産性がない」という言葉の乱暴さを指摘している。
ただ、その発言を拡大解釈して非難する行為にも呆れている。〉
 ネトウヨから攻撃されるネトウヨ作家って救いようがないが、ちょっと待ってほしい。百田センセイはいま、あたかも杉田議員のLGBTヘイトを批判する立場かのようなポーズをとっているが、いや、あんたこそ、これまでLGBTヘイトを繰り返してきたじゃないか。
 たとえば百田は2015年3月、Twitterに〈同性とセックスしたいという願望を持つのは自由だと思うが、そういう人たちを変態と思うのも自由だと思う〉なるむき出しの同性愛差別を投稿。大きな批判を受けて削除したが、百田の差別思想はまったく変わっていないようで、今年7月5日には、お茶の水女子大学がトランスジェンダーの学生の受け入れ方針を固めたと伝えるNHK報道についてこう嘲笑した。
〈よーし、今から受験勉強に挑戦して、2020年にお茶の水女子大学に入学を目指すぞ!〉
〈ふと思うんだが、女性同士でも愛し合うカップルがいる。ということは、体は男性だけど心は女性という人が、女性と愛し合うことがあっても不思議ではない。しかし、それって、外から見てると、ふつうに男と女のカップルに見えるよなあ。〉(百田氏のTwitterより)
 性自認を男性と公言している百田が「女子大を目指すぞ!」と宣言することは、明らかに「自分の性自認を偽って女子大に入り込む不逞な輩がいるかもしれない」「トランスジェンダーの人は性自認を偽っているのではないか」という偏見を助長する。しかも、百田は「ふつうに男と女のカップル」などと言って、旧来的な「男」「女」のジェンダー役割や「異性愛がふつう」という偏見をすべての人に強要・喧伝し、そこにはまらない多様な性のありようや心の機微など取るに足らないこととして切って捨てているのだ。これは性的マイノリティ排除、差別以外の何ものでもない。
 ようするに、つい最近もそのグロテスクなLGBTに対する差別思想を振りまいた百田が、今回、杉田の“LGBTは生産性がない”発言に表向きダメ出しをしたのは、市民や有識者やからの大批判を受けて、自民党からも杉田を切り捨てる動きが出ていることに便乗しただけにすぎない。そういうことだろう。
安倍応援団・有本香は、表向き杉田批判する一方、ネトウヨ番組では本音開陳
 実際、火の粉が降りかかるのを避けようとしている杉田のお仲間は、百田センセイだけではない。たとえば、安倍応援団の自称ジャーナリスト・有本香氏も、このところTwitterでは〈杉田さんの雑な発言を擁護はしないが〉などと一線を引いている風のアピールをしている。
 しかし、実のところ有本氏は、ネトウヨ番組『真相深入り!虎ノ門ニュース』(7月26日)でこんなふうに主張していた。
「今回杉田さんが寄稿された、抜き出されたこの部分はやっぱり私もどうかなとは思いますが、全体の論旨としては別にそれほど間違ってないんですよ」
「杉田さんが議員になる前、まあ、この番組なんかに気楽にお越しになっていたときの立場だったら、それ(=“LGBTは生産性がない”という発言)は別にいいんですよ。『この人、爆弾発言するね』ぐらいの話でしかないから」
「こんなことであんまり足元を掬われるのはよくない」
「杉田さんに辞めろなんてデモするとか、そういう示威行為なんてとんでもない」
 念のため確認しておくが、本サイトでも先日の記事(http://lite-ra.com/2018/07/post-4156.html)で詳細に指摘したように、杉田のLGBTヘイトは、〈LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり、「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか〉という部分だけではない。
 寄稿した文章は冒頭から一貫して、LGBTに対する偏見と蔑視、差別感情にまみれた代物だった。ゆえに、全体の論旨は間違っていないとする有本氏の評価は、まさにLGBTや社会的弱者に対する差別や蔑視を肯定するものに他ならない。
 そのうえで言うが、有本氏は「杉田議員の議論は雑」とか「抜き出された部分は私もどうかなとは思う」などと批判風のポーズを取り繕っている一方、実際には、LGBTヘイトに対して「こんなこと」「『この人、爆弾発言するね』ぐらいの話」なる扱いをして、問題を矮小化しながら、当たり前の抗議デモに対しても「そういう示威行為なんてとんでもない」とバッシングしているわけである。
 これだけでも呆れてしまうが、さらに有本氏は番組内で、杉田が〈先日、自分はゲイだと名乗る人間から事務所のメールに「お前を殺してやる!絶対に殺してやる!」と殺人予告が届きました〉とツイートしたことに関して、「もう殺しに来るなら来てみろっていうぐらいのことを言ってもらいたかったな、私はせめて」と口走っていた。もはやその本性がだだ漏れとしか言いようがないだろう。
 つまるところ、有本氏にしても百田センセイにしても、杉田発言の差別性や悪質性をまったく理解することなく、単に表面的に批判する風を装っているだけなのだ。それは、LGBTだけでなく社会的弱者への想像力にかけた、極めてグロテスクな杉田発言と同根の本性を隠しているにすぎない。逆に言えば、杉田のお仲間である百田たち極右文化人が、今回、本音をひた隠して、ポーズだけでも杉田を批判せざるをえなかった理由があるとすれば、ひとつしかないだろう。
 それは、杉田一人に問題の全てを背負わせることで、大好きな安倍首相と自民党に問題が波及するのを、なんとしてでも食い止めるためだ。
杉田水脈を批判する一方、稲田朋美・元防衛相は性差別肯定発言を連発
 実際、安倍首相はいまだこの杉田発言について沈黙しているが、安倍周辺の自民党政治家からは杉田を批判する発言が出ている。代表的なのが稲田元防衛相だ。稲田は先日、朝日新聞の取材に対して、「(同性カップルは)子供を作らない、つまり『生産性』がない」と切り捨てることは、性的指向と性自認の理解増進に取り組む自民党の方針に反している」などとコメント。さらには7月24日に急遽Twitterのアカウントをつくって、こんな投稿をした。
〈平成28年2月、自民党政調会長だった私は、LGBTの方々が自分らしく、人として尊重され、活躍できる社会を実現するため、特命委員会を立ち上げた。今、この委員会ではLGBTの理解増進のための議員立法の作業中だ。私は多様性を認め、寛容な社会をつくることが「保守」の役割だと信じる。〉
 騙されてはいけない。そもそも稲田といえば、「性役割」を押し付ける家父長制的発想の推進者であり、いわゆる「ジェンダーフリー」バッシングの急先鋒。本サイトではなんどか取り上げてきたが、稲田は男女共同参画社会基本法や選択的夫婦別姓制度の法制化、婚外子の相続格差撤廃などに猛反対、こんな性役割の固定化を強要する差別発言を連発してきた。
〈夫婦別姓は家族としてのきずなや一体感を弱め、法律婚と事実婚の違いを表面的になくし、ひいては一夫一婦制の婚姻制度を破壊することにつながる〉
〈「多様な価値観」を突き詰めて、同性婚、一夫多妻、何でもありの婚姻制度を是としてよいのか。例外を法的に保護すれば、法の理想を犠牲にすることになってしまう〉(毎日新聞2007年1月8日付)
〈家族を特別視しない価値観が蔓延すれば、地域共同体、ひいては国家というものも軽んじるようになってしまいます。帰属意識というものが欠如して、バラバラの、自分勝手な個人だけが存在するようになるでしょう〉(「月刊日本」08年3月号/ケイアンドケイプレス)
 ほかにも、2007年7月の「別冊正論」(産経新聞社)では、〈そもそも「ジェンダー」とは何か。内閣府は「ジェンダーフリー」はいけなくて「ジェンダー」は男女共同参画を推進するうえで重要な概念であるという。(中略)しかし、それでも私にはなぜ、あえて「ジェンダー」という言葉が大切なのかがわからない〉としたうえで、こんな風に主張している。
〈〈ジェンダーとは「社会的・文化的に形成された性別」である。国の第二次基本計画では「文化的」という言葉が削除された。自民党の議論の中で「男らしさ」「女らしさ」の区別にもとづく鯉のぼり、ひな祭りなどの日本の伝統文化を否定するのかという批判が相次いだからである。
 しかし「文化的」という言葉を削除したことで問題は解決したのだろうか。「社会的性差」を否定することは、すなわち「男らしさ」「女らしさ」を否定することに他ならない。
「生物学的性差」とは男と女であり、「社会的性差」とは「男らしさ」「女らしさ」だからである。〉
〈そして何よりも「ジェンダー」という概念を認めるということがすなわち社会的に男女が平等に扱われていない、支配者たる男と被支配者たる女の階級闘争というイデオロギー運動なのである。〉
安倍応援団の狙いは、杉田水脈差別問題=安倍自民党問題であることの隠蔽
「男らしさ」「女らしさ」を強調して、男性と女性の異性婚こそが正しいものだと吹聴し、さらに「ジェンダー」の概念は「階級闘争のイデオロギー運動」などとワケのわからないことをほざく。こうした偏見の固定化や押し付けが性的マイノリティを苦しめてきたということを、稲田はまったく理解していないのだ。
 稲田は第二次安倍政権以降、LGBT関連のイベントに参加したり、自民党の「性的指向・性自認に関する特命委員会」の設置を指示したとアピールするなど、政治家として“LGBTフレンドリー”を打ち出しているが、こうした過去の発言についてなんら見解をあらためていないことを踏まえれば、本気で性的マイノリティへの差別を根絶しようと考えているとは思えない。
 事実、稲田が誇る自民党特命委員会が2016年5月にまとめた「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」では〈パートナーシップ制度に関しては、国民の性的指向・性自認に対する理解の増進が前提であり、その是非を含めた慎重な検討が必要であることを、それぞれ確認した〉とされるなど、曖昧な表現で同性婚の法制化を先送りにしようとする狙いがミエミエだった。
 なにより、繰り返すが、自民党はいまだに杉田のLGBTヘイトについて、公式の見解を出していない。そして、当の杉田によれば、〈「杉田さんはそのままでいいからね」とか、大臣クラスの方を始め、先輩方が声をかけてくださ〉り、〈LGBTの理解促進を担当している先輩議員が「雑誌の記事を全部読んだら、きちんと理解しているし、党の立場も配慮して言葉も選んで書いている。言葉足らずで誤解される所はあるかもしれないけど問題ないから」と、仰ってくれ〉たというのだ(7月22日のツイート、現在は削除)。
 政権幹部は「政府の立場でコメントすることは控えたい」(菅義偉官房長官)、「人それぞれ政治的立場、いろんな人生観、考えがある」(二階俊博幹事長)などと火消しに躍起だが、安倍首相が杉田を自民党にスカウトしたことも含め、そのグロテスクなLGBTヘイトが、安倍自民党の本音であることは疑いないのである。
 だからこそ、前述した百田尚樹や有本香などの面々は、この流れを読んで、今回の問題を杉田の個人的な発言として矮小化するため、手のひら返しのような表向きの批判をしている。そうとしか思えないのだ。
 いずれにしても、安倍自民党とその応援団は、杉田水脈という泥舟から逃げ出そうと必死だが、これまでのように、逃げ続けていれば有権者がうんざりして批判が下火になると思っているのならば、間違いだ。ぜひ、安倍首相にはしっかりと表に出てきて、その偽らざる本音を聞かせてもらおうではないか。(編集部)


繁華街なのに近所迷惑? 新宿区デモ禁止の根拠が凄まじい
 国会がチンピラの巣窟になって、一体どれくらいの歳月が流れただろう。先に提出された内閣不信任案の趣旨弁明では、立憲民主党の枝野幸男代表が的確な政権批判を展開したが、もはや権力のイヌになり切った大マスコミは黙殺し、何もなかったことにされた。
 こんな連中に動かされる国で生きる私たちは不幸だ。かねて危惧されてきた言論封殺の奔流が、ここへきて一気に進んでもいる。
 東京・新宿区が、デモの出発地として使える区立公園を現在の4カ所から1カ所に減らすことを決めた。8月1日から実施する予定だそうだ。
「中でも新宿駅に近い柏木公園がデモ禁止にされるというのが許せない。市民にとってデモは数少ない主張と表現の場。それさえ認められないのであれば、私たちは権力のどんな横暴にも抵抗ひとつできないことになる」
 国会がチンピラの巣窟になって、一体どれくらいの歳月が流れただろう。先に提出された内閣不信任案の趣旨弁明では、立憲民主党の枝野幸男代表が的確な政権批判を展開したが、もはや権力のイヌになり切った大マスコミは黙殺し、何もなかったことにされた。
 こんな連中に動かされる国で生きる私たちは不幸だ。かねて危惧されてきた言論封殺の奔流が、ここへきて一気に進んでもいる。
 東京・新宿区が、デモの出発地として使える区立公園を現在の4カ所から1カ所に減らすことを決めた。8月1日から実施する予定だそうだ。
「中でも新宿駅に近い柏木公園がデモ禁止にされるというのが許せない。市民にとってデモは数少ない主張と表現の場。それさえ認められないのであれば、私たちは権力のどんな横暴にも抵抗ひとつできないことになる」
 ある市民活動家が憤るのは、デモ禁止それ自体に対してだけではない。今回の措置は、議会にも諮られず、区長と職員らの判断だけで進められた。当初はヘイトスピーチ対策が目的だとされていたのに、実際にはすべてのデモが対象だった、という顛末も、悪質な詐術ではなかったか。
 デモ禁止の根拠も凄まじい。区は「近所迷惑」を挙げ、担当のみどり土木部の部長が東京新聞(6月28日付朝刊)の取材に、「私自身、住んでいる家の近くの公園に警察がしょっちゅう来て、デモがあるのは嫌だ」。
 デモが周辺住民の生活に影響を及ぼさないとは思わない。だが、それだけで表現規制が正当化されるなら、もはやこの国に民主主義の看板を掲げる資格はない。しかも柏木公園は、住宅地ではなく、日本一の大繁華街のド真ん中にあるのである。
 東京では新宿区以外にも、デモ禁止の公園が加速度的に増えている。公立の集会施設でも反権力的な内容の集会は拒否されたり、老朽化した建物が放置され、廃館に持っていかれたりするケースが相次いでいる。
 自民党の石破茂氏が2013年にブログで公にした「デモもテロ」を思い出す。特定秘密保護法案をめぐる国会周辺のデモが続いた時期だった。そしてアベ首相は、盲目的に服従しない者には弾圧で応える姿勢において、おそらくは彼の上を行く。
 市民運動「集会・デモぐらい自由にやらせろ! 実行委員会」は31日夕、新宿区役所に抗議を申し入れ、また東口アルタ前で情宣活動を行う。闇の時代には一刻も早くピリオドを打たせなければ。