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Les Japonais reprenaient le répertoire d'Aznavour, en français
Philippe Laroche, un habitant de Yèvre-le-Châtel, a vu l'un des derniers concerts de Charles Aznavour, le 17 septembre dernier, au Japon. "Un moment extraordinaire".
Un dernier au revoir à Charles Aznavour a eu lieu ce vendredi matin aux Invalides. Le chanteur avait donné ses derniers concerts au Japon.
Parmi ceux qui ont pu y assister, Philippe Laroche, un habitant de Yèvre-le-Châtel. " J'étais en voyage au Japon ", explique l'habitant du Pithiverais. " J'ai de la famille à Tokyo. C'est ma nièce et mon neveu qui m'ont emmené voir son concert. Il y avait peu de Français. "
" Sa voix était bien présente "
C'était le 17 septembre à Tokyo, dans une salle de 3.800 places. " C'était étonnant. Les Japonais reprenaient le répertoire d'Aznavour, en français. Certains avaient amené des bouquets ", raconte-t-il.
C'est la seconde fois que Philippe Laroche voyait Charles Aznavour en concert. "La première fois, j'étais jeune. C'était en 1963 à L'Artistic à Orléans", se rappelle l'homme aujourd'hui âgé de 76 ans. "Je l'aimais bien. C'est une chance d'avoir pu le voir pendant 1h30 sur scène, au Japon. Sa voix était bien présente. Il a fait quelques pas de danse. C'était un moment extraordinaire."
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ポツンと一軒家 傑作選
衛星写真で発見したポツンと建つ一軒家を日本全国で大捜索!!そこに暮らす歴史的な事実にスタジオは驚愕!  所ジョージ パネラー 林修 尾上松也 真飛聖 キートン山田 小山茉美
◇宮崎県 地元住民に話を聞くと「そこへ行くには車は入れないし、ヒルも出るよ」との驚愕の情報が…しかも、「すごい崖だよ!」と気になる情報が。実は、地元の民話の舞台にもなっている場所で、かなり危険な崖なのだという。捜索隊も思わず身をすくめてしまう。果たして、恐怖の断崖を抜けた先にいったいどんな人がどうして住んでいるのか?!
◇北海道 積丹半島で見つけた一軒家。地元住民の協力もあり、捜索隊が出会った住人に“どうしてこんな所に家を?”などいろいろ聞いていくと、戦争による混乱に巻き込まれた家族、また、この地の歴史的なエピソードが明らかになった。林先生も思わず「僕も勉強になった」としみじみ語る。

ETV特集 アンコール「カノン〜家族のしらべ〜」
特別養子縁組で結ばれた親子。思春期を迎えた娘と不器用な父はすれ違い、ぶつかり合うようになる。揺らぐ親子の絆を3人はつむぎ直せるか?“家族”の意味を見つめる。
貧困や虐待などさまざまな理由で実の親と暮らせない子どもたちを家庭的な環境で育む方法として注目されている特別養子縁組。番組では特別養子縁組で結ばれた3人の親子を1年間にわたって取材した。思春期を迎えた高校3年生の娘。口うるさい親への反発。ふとした時に頭に浮かぶ実母への思い。やがて娘と親はすれちがい、ぶつかり合うようになる。揺らぐ親子の絆を3人はつむぎ直せるか?“家族”の意味を見つめるドキュメント。


スキャナのことを聞いて試してみたのですが,わからないです.
スーパーでみょうがが安いです.しかし味噌汁に入れるとかトーフの薬味以外にどうやって食べる?GINを飲むときのあてにしてみたら結構いい感じでした.

集団移転の津波跡地で稲刈り
東日本大震災による津波で大きな被害を受け、住民が集団移転したあと仙台市が民間に貸し出している宮城野区の津波跡地で、地元の住民も参加して稲刈りが行われました。
仙台市は、震災後住民が集団移転したあとの土地を買い取り、民間の事業者に貸し出しています。
このうち、宮城野区新浜地区で野生の生物が生息するビオトープとして活用されている区画の一部で稲刈りが行われました。
地区の住民や大学生などおよそ15人が参加し、300平方メートルの敷地にことし6月に植えられた8種類の古代米の稲を専用の鎌を使って丁寧に刈り取っていきました。
ビオトープを管理する市民団体は、今後も地元の子どもたちによる田植えや水辺の生物の観察会などを開いていくことにしています。
新浜町内会の瀬戸勲さんは、「震災当時は、この地区で再び田植えができるとは思いませんでした。復興のシンボルになるような場所にしていきたいです」と話していました。
市民団体の澤口義男代表は、「震災前の生態系を取り戻して地域の人たちに利用してもらうことで、震災の津波やその跡地のことを風化させないようにしていきたい」と話していました。


震災の死因 詳細な分析必要
東日本大震災の犠牲者の9割が溺死とされている一方、「別の要因で亡くなった人も一定の割合でいたのではないか」と指摘されていることについて、東北大学の津波研究グループは6日、仙台市で開かれた学会で、さらに詳細な状況を分析する必要性を訴えました。
これは6日、仙台市青葉区で開かれた全国の自然災害の研究者たちによる学会で東北大学の津波研究グループが発表したものです。
東日本大震災で犠牲になった1万5000人以上のうち9割は溺死とされている一方、当時検視に立ち会った医師からは、低体温症など別の要因で亡くなった人も一定の割合でいたのではないかと指摘が出ています。
グループの門廻充侍助教は発表の中で、「溺死とされた背景には複合的な要因が考えられる」として、「低体温症」や津波で運ばれたがれきや土砂による「窒息死・圧死」など死因を大きく7つに分類したうえで、さらに詳細に当時の状況を分析する必要があると訴えました。
研究グループは今後、検視が行われたおよそ9500人分の記録を警察から提供してもらい、津波のシミュレーションと照らし合わせて、犠牲になった場所や状況などを分析し、将来の災害対策に役立てる考えです。
門廻助教は、「津波への備えというと避難行動が主となっているが、たとえば低体温症で亡くなった人が一定割合でいたとすればとるべき対策が異なってくる。きょうの発表をベースに研究を進め、新たな対策につなげたい」と話していました。


気仙沼でサンマフェスティバル
全国有数のサンマの水揚げを誇る気仙沼市で、多くの人にサンマを味わってもらい東日本大震災からの復興につなげようという催しが開かれました。
催しが開かれたのは、震災遺構として保存されることが決まっている気仙沼向洋高校の旧校舎に隣接する場所です。
催しは市民グループが毎年開いていて、会場では5日に水揚げされたばかりの新鮮なサンマおよそ2000匹が炭火で焼かれ、訪れた人に無料でふるまわれました。
サンマは去年記録的な不漁となりましたが、ことしは回復し、気仙沼港も去年の同じ時期に比べ、およそ5倍のサンマが水揚げされているということです。
訪れた家族連れなどは焼きたてのサンマを受け取り、おいしそうにほおばっていました。
岩手県一関市から訪れた40代の女性は、「サンマがとてもおいしいです。ここに来ると復興はまだまだだと感じますが、このようなイベントで盛り上げられればと思います」と話していました。
イベントの実行委員長の津谷良子さんは、「台風が心配ななか多くの人が集まって良かったです。イベントを楽しみながらも、震災遺構を見て防災に対する考えが高まればいいと思います」と話していました。
この催しは7日も開かれ、およそ2000匹のサンマが無料でふるまわれるということです。


復興への道 出発進行 大船渡出身・伊藤さん、三陸鉄道運転士に
 岩手県などが出資する第三セクターの三陸鉄道(宮古市)で5日、運転士候補生4人に辞令が交付された。東日本大震災で傷ついた古里にUターンした伊藤貴思さん(26)=大船渡市出身=もその一人だ。6日の初乗務を前に「復興の役に立ちたい」と誓う。
 伊藤さんは、大船渡高を卒業して千葉県の大学に進学。鉄道マンを目指し、学業の傍らJRや私鉄で改札業務と乗り換え案内のアルバイトをこなしていた。
 首都圏で就職を考えていた伊藤さんを変えたのは、大学1年の2011年3月に起きた震災だった。両親は無事だったが、実家が津波で全壊した。
 震災発生から1週間後、駆け付けた古里の光景に言葉を失った。がれき処理に明け暮れた1カ月。「友人たちが大船渡のためにと懸命になっていた。自分も、と思った」
 大学を中退し、昨年4月に運転士候補生として三鉄に入社し、今年6月に国家試験に合格した。三鉄の橋上和司旅客サービス部長は「経験豊富でお客さまとしっかり対話ができる。文字通りの即戦力」と話す。
 現在は大船渡市の災害公営住宅で両親と暮らしながら、地元を走る南リアス線運行部に所属して「自分なりに復興に貢献したい」と意気込む。
 三鉄は2019年3月、JR東日本から山田線の宮古−釜石間が移管されるのを見据え、若手運転士の育成強化に取り組んでいる。5日は同期入社の2人が初乗務をこなした。
 伊藤さんの初乗務は6日午前5時48分の盛発釜石行きの始発列車。「地域の皆さんに慕われる運転士を目指す。身の引き締まる思い」と語り、その時を待つ。


<北海道地震1ヵ月>札幌の液状化、復旧見通せず 宮城の造成地、対策を
 北海道地震の発生から6日で1カ月。液状化とみられる現象で道路の陥没や住宅損壊の被害に見舞われた札幌市清田区では、今も復旧の見通しが立っていない。現地は盛り土された住宅街で、同様の造成地は大規模なかさ上げ工事が進む東日本大震災の被災地にも数多くある。専門家は液状化の危険性を示すハザードマップの整備など、早急な対策の必要性を指摘する。
<静まり返った街>
 JR札幌駅から南東10キロにある清田区里塚地区。台風24号が過ぎ去った今月2日の早朝、ブルーシートで覆われた道路は、地盤沈下した箇所に池のような水たまりが広がっていた。多くの住民が避難し、静まり返った街の入り口には現在も警察官が常駐する。
 市建築指導部が地震直後に実施した応急危険度判定では、地区の311棟のうち倒壊の恐れがある「危険」が61件、「要注意」が48件に上った。家々は目視で確認できるほど大きく傾き、「危険」を表す赤い紙が各所に張られている。
 「余震はもちろん、雪が降る季節に入るのが心配だ」とため息をつくのは、中央町内会長の盛田久夫さん(74)。9月中旬に市の住民説明会があったが原因は明らかになっておらず、「分譲地の造成を許可した市に責任がある」と憤る。
<空洞化の可能性>
 里塚地区は1970年代後半、河川を覆う形で造成された。市内で2日にあった地盤工学会の調査速報会で、北海道大大学院の渡部要一教授(地盤工学)は「液状化した土砂が下流側に向かって流出した。上流側の陥没した地下は空洞化している可能性があり、注意が必要」と呼び掛けた。
 市が2009年に公表した液状化マップでは、里塚地区は危険度が4段階で最も高いエリアに分類されていた。北大の石川達也教授(同)は「マップの有効性を再認識した」と強調し、「市民が情報を簡易に入手できる環境を整えるべきだ」と提言した。
<情報公開が必要>
 国土交通省によると、宮城県内の市町村でマップを作成したのは仙台市のみ。ただ、データは10年間更新されていない。県沿岸部では地盤をかさ上げする盛り土工事が進んでおり、県危機対策課は「まちづくりが落ち着いた時期に全域を調査したい」との認識を示す。
 東北大の風間基樹教授(同)は「技術が発達し、近年の造成地で液状化が起こる可能性は極めて低い」と前置きした上で、「地盤の状況を個人で確かめるのは難しい。行政が液状化の履歴や強度といった情報を積極的に公開する姿勢が欠かせない」と求める。(報道部・桐生薫子)


北海道地震1カ月、犠牲者悼む 厚真町長「着実に歩みを」
 最大震度7を観測し、41人が死亡した北海道の地震は6日、発生から1カ月を迎えた。大規模な土砂崩れで36人が亡くなった厚真町では、住民が現場などで犠牲者を悼んだ。宮坂尚市朗町長は「地震が残した深い爪痕により、美しかった里山の風景は一変した。復興への道は険しく困難なものだが、着実に歩みを進め乗り越えていかなければならない」と防災無線で住民に呼び掛けた。
 町内の農業伊部義之さん(50)は早朝、吉野地区で亡くなった滝本卓也さん(39)、舞樺さん(16)、芳子さん(95)の自宅があった場所を訪れた。「あいさつしたかった。なんでこんなことに」と手を合わせた。


北海道地震1カ月/液状化の危険 周知と対策を
 北海道胆振(いぶり)東部を震源とする地震の発生から6日で1カ月となる。5日には胆振中東部を震源として、最大震度5弱の地震が起きた。北の大地を襲った激震から1カ月がたつとはいえ、警戒を怠ってはならない。
 最大震度7を観測した9月の北海道地震であらためて注目されるのが、広範囲で発生した液状化の現象だ。
 札幌市清田区では、最大2メートルの地盤沈下や陥没が起き、多くの住宅が傾いたり道路が割れたりした。現場は1970年代に土砂で谷を埋め、造成した住宅地。盛り土の部分が泥状になり、被害をもたらしたという。
 液状化の原因調査には時間を要し、市が地盤改良などの工事に着手できるのは来春の見込み。被災者の生活再建の道のりはまだ遠い。
 札幌市は液状化のハザードマップを作成し、ホームページでも公表していた。清田区の液状化被害はおおむねマップ通りだったという。だが、そのリスクを知っていた住民は少なく、住民への周知が十分だったとは言い難い。
 全国的にみても、液状化の対策は進んでいないのが現状だ。国土交通省によると、液状化のハザードマップを作成している自治体は全国で約2割にとどまる。東北6県では19市町村にすぎず、宮城県では仙台市だけ、山形県は鶴岡市だけだ。
 その背景には、土砂災害などのハザードマップ作成は法律で義務付けられているが、液状化は地震防災対策特別措置法で「努力義務」とされていることがある。土地造成の経緯や地質などの調査に負担が大きいこともある。
 地震により液状化が起きる危険性の高い地域は、全国各地に存在するはずだ。自治体は土砂災害や洪水に限らず、液状化についてもハザードマップ作成を促進し、周知と対策を講じる必要がある。
 液状化は地震の揺れで、水分を含んだ砂質の地盤が液体のように流動化する現象。東日本大震災では、東京湾岸や利根川下流域など広範囲で発生し、甚大な宅地被害をもたらした。メカニズム解明と防止策が課題として浮上した経緯がある。
 これを受けて国交省は2013年に「宅地液状化防止事業」を創設。自治体が対策工事をする際、国が費用を助成する制度を設けた。
 だが、教訓が生かされているとは言えない。制度の利用実績は16年の熊本地震で液状化の被害を受けた自治体だけに限られ、危険はあっても被害が起きていない自治体の利用例はまだない。
 液状化の被害で人命が失われることは少ないかもしれない。地震対策では優先順位が低くなりがちだが、住民の財産や安全に関わる問題だ。
 自治体は液状化のリスクへの備えが今後求められよう。住宅地造成など土地利用の在り方も考える必要がある。


北海道地震/電力分散が復興の出発点
 最大震度7を観測した北海道の地震から1カ月たった。大規模な土砂崩れが起きた厚真町などでは地域再建に向けた懸命の取り組みが続いている。
 一方、大部分の地域はライフラインや交通網が回復し、落ち着きを取り戻している。ただ道内の全域停電(ブラックアウト)による風評被害などの影響は今も残る。旅行や地場産品の購入などで、基幹産業の観光や農林水産を支援していきたい。
 宿泊キャンセルなど観光業の損失は約356億円に上る。道内の観光地は、地震後の状況の情報発信や温泉入浴料割引などのキャンペーンに力を入れている。宿泊費などを公費補助する「北海道ふっこう割」も全国に広める必要がある。
 一方、ブラックアウトは酪農業に大打撃を与えた。搾乳の機器が動かず、乳房炎になった牛は1万頭を超す。乳業工場も停止し大量の生乳が廃棄された。
 北海道電力は、震源地に近い火力発電所に電力需要の多くを依存してきた。このシステムがブラックアウトの大きな要因だ。人災との批判も強い。
 災害に備えるには電源の分散化が重要になる。北海道で有望視されるのが、ふん尿などからガスを生産し発電に使う畜産バイオマス発電だ。
 処理コストのかかるふん尿が、資源になる。欧米では農業経営や地域経済へのメリットから導入が進む。北海道でも自治体なども連携して、気象条件などに左右されない安定電源として普及し始めていた。
 ところが北海道電は、電力余剰や送電線の容量不足を理由にバイオマス発電の受け入れに制限をかけている。建設が中断に追い込まれた発電所もある。
 人口が北海道と同程度のデンマークは、分散型システムでエネルギー自給をほぼ達成している。北海道電は、エネルギー源を積極的に見直す意識に乏しいというほかない。
 道内には風力や水力などの自然エネルギーが豊富に点在する。大規模発電所に頼る発想のままでは持ち腐れになる。
 大停電を教訓として、環境保全や防災力向上のために地域で自立したエネルギーインフラを築く。そのことを、北海道の復興の出発点とせねばならない。


地震から1カ月 冬に向け復興の加速を
 胆振東部地震は、発生から1カ月がたった。
 余震は依然収まらず、きのうは最大震度5弱の揺れに、不安を覚えた人も多いだろう。
 ブラックアウト(大規模停電)の影響も薄らぎ、全道的には平穏な日常が戻りつつあるとはいえ、胆振管内の厚真、安平、むかわの被災3町では、復興に向けた懸命な取り組みが続く。
 今も400人を超える人が避難生活を余儀なくされている。道民一人一人が被災地に心を寄せ、支援に努めたい。
 厳しい冬が迫っており、スピード感のある対応が不可欠だ。
 国や自治体は、被災者が一刻も早く再出発を図れるよう、しっかり後押ししなければならない。
 今回の地震では、約1万4千棟の建物に被害が出ている。1993年の北海道南西沖地震の1・8倍に上っており、道内の地震被害としては過去最多だ。
 多くは「一部損壊」とされ、原則的に仮設住宅への入居が認められず、支援金も受け取れない。
 冬が来る前に、生活の再建を急がなければ、ストレスが震災関連死につながることも懸念される。国は入居基準を緩和するなど柔軟に対応すべきだ。
 15万棟超が一部損壊となった熊本地震では、熊本県が、修理費に100万円以上かかった世帯に義援金から10万円を支給する制度を創設して援助した。
 高橋はるみ知事はリーダーシップを示し、被災の実情を踏まえた支援策を検討してほしい。
 熊本県では、2年が過ぎた今もプレハブなどの仮設住宅で約2万7千人が暮らしている。
 高齢者や病人ら災害弱者の見守りを含め、中長期的な視点でのサポートが肝心だ。
 被災者の間には、地震に対する恐怖で、不眠や心身の不調を訴えるケースが相次いでいる。心のケアも欠かせない。
 被災3町は、中小企業の支援について、「局地激甚災害」の対象に指定された。
 商工業の被害額は、3町だけで少なくとも48億円に達する。
 時間がたてば、廃業に追い込まれる業者が増える恐れもあり、素早い対応が求められる。
 被災3町は、国と道に対し、復興基金の創設を要望している。
 基金を財源に、既存制度では補助の対象外となる事業に対し、各自治体の判断で、きめ細かな支援が可能になるだろう。速やかに創設してもらいたい。


北海道地震1カ月 風評克服の発信続けて
 最大震度7を記録した北海道胆振(いぶり)東部地震から6日で1カ月となった。
 大規模な土砂崩れなどで41人が死亡。都市部の住宅地が深刻な液状化に陥るなど、地震の破壊力の恐ろしさを目の当たりにした。
 未曽有の事態も生じた。全道約300万戸が停電。住民は暗闇の中で夜を過ごし、食料確保に苦慮。交通機関は空路も鉄路もまひした。
 電力は復旧しても拡大し続けた被害がある。観光だ。予約キャンセルが相次ぎ、経済の屋台骨をゆるがせている。ライフラインが元通りになっても、行くのを避けるケースが続出した。
 道内の宿泊施設の予約をキャンセルしたのは延べ約94万人に上り、飲食などを含む観光全体の損失額は推計で300億円近くにもなる。
 観光シーズン中で、しかも9月は3連休が2度あって集客を見込めただけに、痛手は大きい。
 被災直後は余震に対する不安もあり、観光をためらう心理は誰にもあろう。ただ、過剰反応となった場合、予想以上に大きな影響を与えてしまう。
 現地の経済人の「現実には受け入れられる状況なのだから『風評被害』と言える」との嘆きに思いを至らせたい。被害が軽微な所が早く日常を取り戻すことは、被害が重い地域の復旧に対しても波及効果をもたらすはずだ。
 関係者は懸命にアピールしている。例えば飲食店では、「NO MORE 自粛」と記されたロゴマークが広がっている。自粛ムードが漂う中、客足の回復を願ってのことだ。原画は東日本大震災時に仙台市内のデザイナーらが考案し、にぎわい回復に一役買ったという。
 このような「元気の発信」を多様に展開してほしい。それは、風評被害の拡大を防ぐためにも必要だ。
 近年、列島では地震や台風などの災害が多発している。懸念されるのは、外国人が日本全体を不安視することだ。近年盛り上がりを見せる日本の観光産業に打撃を与えかねない。
 事実、7、8月は大阪府北部地震や西日本豪雨が響き、訪日外国人旅行者の伸びが鈍化した。地震後の北海道も、外国人の姿が例年に比べてかなり少ないという。
 政府は支援策として、観光客の宿泊費を1泊最高2万円まで補助する「北海道ふっこう割」を開始した。楽しみながら応援する旅に出かける機会を後押しする。
 北海道と東北は、観光面での連動が期待されるゾーンでもある。北海道には元気になってもらわなければならない。被災の痛みを知る地からエールを送りたい。


[台風と停電]なぜ被害は拡大したか
 先週から今週にかけ、大型で非常に強い台風24号、25号が立て続けに沖縄地方を直撃し、住民生活は長時間にわたってマヒした。
 台風の影響は農業、漁業、小売業、観光施設などに加え、公共交通機関、学校、病院、公共施設など、ほとんどあらゆる分野に及んだ。
 週末のイベントは軒並み中止に追い込まれ、台風に見舞われた観光客は乏しい情報の中で不安な時間を過ごした。
 被害はなぜ拡大したのだろうか。
 台風24号の接近で記録的な暴風雨が長時間にわたって吹き荒れたこと、復旧作業が終わらないうちに台風25号が追い打ちをかけたこと、などが被害の拡大を招いたのは間違いない。
 しかし、今度の台風被害の大きな特徴は、大規模な停電が発生し、それが長時間続いたことによって「被害の連鎖」を引き起こしてしまったこと、にある。
 沖縄電力によると、9月29日午後10時の時点で約23万世帯が停電した。懸命の復旧作業でいったん回復に向かったものの、3日夕に再び急増し、4日午後11時には2万超に達した。
 多くの集合住宅では電気が止まったことで、連動して水道も止まり、テレビも冷蔵庫もトイレも使えなくなった。
 スマートフォンが充電切れで使えなくなり有力な情報収集手段を失った人たちも多かった。
 オール電化の「落とし穴」に落ち込んで、長時間にわたって予期せぬ被害を受けたのである。
■    ■
 「電線から火花が出ている」との119番通報も相次いだ。電線に付着した海水の塩分に電流が流れショートした、とみられている。
 停電の理由は場所によって異なる。住民がもっとも知りたいのは「いつ復旧するのか」という情報である。だが、沖縄電力に何度電話してもつながらず、住民は不安や不満を募らせた。暗闇の中で情報からも遮断された状態に置かれたのだ。
 沖縄電力は、適切な時期に社長が記者会見し、停電の状況や復旧の見通しを明らかにすべきであった。
 オール電化が進めば進むほど、大規模な停電が発生したときの影響は深刻である。
 北海道地震や台風24号は、全国各地で大規模な停電をもたらした。電気が復旧するまでの間、どのように電源を確保するか。
 停電対策は今や、全国的な課題である。
■    ■
 4日に就任した玉城デニー知事の初仕事は、災害対策本部会議への出席だった。
 同本部で今回の大規模停電と停電に伴う「連鎖被害」の実態を検証し、問題点や課題を洗い直してほしい。
 停電が発生した場合の情報伝達や復旧態勢に問題はなかったか。送電設備は果たして大型台風に耐えられるような設計になっているか。
 地域のコンビニとスマホは、市民生活を維持するのに欠かせないライフラインになりつつある。停電が発生した場合の活用のあり方を官民挙げて検討してもらいたい。


相次ぐ地震、台風 防災大国目指し、備えを
 9月の台風21号では8千人が孤立した関西空港で電気が止まり、震度7を記録した北海道の地震では道内全域が停電した。台風や地震は、この社会の弱点を次々とあぶり出し、新しい被害も引き起こす。防災大国を目指すためには、さまざまな災害像を想像して十分に備えなければならない。
 関西空港の停電は地下にあった電源設備が浸水したのが直接の要因だ。高潮によって滑走路が冠水するような事態を想定していなかったことに最大の問題がある。
 「ブラックアウト」は、道内電力の半分近くを供給していた北海道電力苫東厚真火力発電所の発電が地震でストップしたのが要因だ。コストを抑えるため発電を1カ所に集中させた結果と言える。
 停電は2、3日で順次解消したが、経済に大打撃を与えた。真冬であれば暖房の確保が難しく命の問題にもなっただろう。
 電力会社は、発電の集中、分散のメリット、デメリットの両方を企業や住民に示し、選択を求めることも考えるべきだ。もし集中を選ぶのであれば、自家発電など停電時の対策を企業側も強化しなければならなくなる。
 東アジアからの観光客が数多く訪れる中での大災害だったこともあり、外国人観光客への情報提供の課題も浮き彫りになった。特に北海道では停電によって旅行者の携帯電話が使えず、旅行案内所も閉鎖されたことが混乱に拍車をかけた。
 今後の対応として日本政府観光局(JNTO)のコールセンターが、韓国語や中国語などでの対応をきめ細かく実施するというが、不十分ではないか。外国人が多くいる企業や大学などに協力を求め、会員制交流サイト(SNS)に自国語で情報発信してもらうなど民間の活用も有効だ。
 復興状況も続けて知らせてもらえば、安全になっても観光客が戻らないという「風評被害」の対策にも役立つはずだ。
 安倍晋三首相は7月の西日本豪雨などを受け「防災、減災、国土強靱(きょうじん)化のための緊急対策を3年集中で講じる」とし、補正予算も編成する。
 本年度は事業費の上乗せはあるものの、来年度以降は見えない。3年間の予算規模は分からず優先事業は選びにくい。キャッチフレーズ的な政策では実効性に疑問がある。
 さらに地球温暖化の影響もあってか、これまでの経験を超える雨量や強風を記録する事態が増えている。この状況を考えると、堤防やダムの整備計画を一から見直して強化する必要に迫られていると分析できる。
 だが、国の財政状況は厳しく、公共事業費も限られている。現在の計画でさえいつ完了するのかは分からず、多くの地域で危険な状況が長い間続く。対応策として国は、各地域の計画がいつごろ終了するのか、終了しても危険性がどれぐらい残るのかなど将来見通しを詳細に公開すべきだ。
 そうすれば転居の際、できるだけ安全な場所を選ぶことができるはずだ。さらに首都直下地震に備えるためにも、東京一極集中の是正による災害に強い国土づくりも真剣に検討すべきである。
 台風の来襲に備えて空港を計画閉鎖したり、鉄道の運行を事前に止めたりして安全を確保する対策も導入されてきた。今後は、どれぐらい前に閉鎖や停止の判断をするかなどを明確にし、利用者の混乱を避ける工夫を求めたい。(共同通信・諏訪雄三)


豪雨災害3カ月 孤立防ぐ見守り強めたい
 西日本豪雨はきょうで発生から3カ月となる。岡山、広島県内などの被災地で地域の再生に向けた懸命の取り組みが続けられている。
 岡山県内でとりわけ被害の大きかった倉敷市真備町地区では、被災者の仮設住宅への入居が進んでいる。校舎が被災して地区外の学校に間借りして授業を行っていた小中高校も順次、地区内の仮校舎に戻りつつある。なお300人以上が避難所におり、日常を取り戻すには程遠いが、暮らしの再建へ向けた取り組みが徐々に形を見せてきた。
 避難所から、仮設住宅や民間の賃貸物件を借り上げた「みなし仮設住宅」へ生活拠点が移るのに伴い、重みを増すのが被災した人たちに対する見守り活動である。避難所に比べて健康状態や暮らしぶりが把握しづらくなるほか、周囲に顔見知りがいなくなって孤立する懸念もある。
 今月に入り、倉敷市や総社市は見守りや相談を担う事業を立ち上げた。市社会福祉協議会の職員らが被災者宅を訪れたり、同じ地区の人たちが集まって顔を合わせることができる行事を開いたりする。
 同様に大きな被害が出た岡山市も、床上浸水した住宅を中心に、約1700世帯を社会福祉士などの専門職が訪問し、生活再建を助言する取り組みを9月から続けてきた。
 ストレスの多い生活が長期化していることや、先の見えない焦りなどで被災者は体調を崩しがちだ。過去の災害でも、避難所を出た後の孤独死や心身の健康悪化が問題になってきた。被災者に寄り添い、物心両面の要望を丁寧に吸い上げながら手厚い見守りにつなげてほしい。
 地域再生に向けた鍵の一つが、雇用の場でもある産業の立て直しだ。被災した2社以上で復興事業計画を策定し、認定されれば1社につき上限15億円で最大4分の3の支援が受けられる「グループ補助金」の受け付けが岡山、広島県などで始まっている。
 これに加えて、岡山県と県産業振興財団は、グループ補助金で賄いきれない部分について、無利子で貸し付ける事業を始め、今月、同財団内に専用窓口を設けた。5億円を上限に被災した施設などを担保に融資するものだ。補助を受けるための事業計画策定などをアドバイザーが支援しようと、独立行政法人・中小企業基盤整備機構中国本部(広島市)も支援組織を今月、岡山市に開設した。
 岡山県へは補助の申請が出始めているという。原則として本年度に申請した事業は年度内に終えるのが条件だ。ただ、さまざまな事情で計画策定や実行に時間を要する場合もあろう。地域の実情に応じた柔軟な運用が望まれる。
 ほかにも被災した農地や農業施設の復旧、公共施設の再開などが待たれる。被災者が仮設住宅での生活を経た後、再び地域で落ち着いた暮らしに戻れるよう復興を確実に進めたい。


豪雨3カ月 かんきつ園復旧へ支援拡充必要
 かんきつ生産現場に深刻な被害をもたらした西日本豪雨から3カ月がたった。産地では被災を乗り越えた極早生(わせ)ミカンの出荷が始まり、復興への歩みを着実に進めている。
 ただ、深い傷痕が残った園地の修復への道のりは遠い。大掛かりな整備が伴う場合、安定的な収穫が可能になるまで10年前後は要する見通しだ。生産者が減収リスクに備え、安心して復旧に取り組むためには苗木や資材の補助を含めた切れ目のない優遇策の活用が欠かせない。
 かんきつ産地の復興は地域経済の活性化に直結する。だからこそ園地の復旧に取り組まなければならない。将来展望を持って園地の再生が図れるよう、国には支援のさらなる拡充を求めたい。
 被害が甚大だった宇和島市は吉田地域を中心に696戸、計217任波鏈辧J落園地は800カ所超に上った。西予市は104戸、計25任被災した。
 県は、原状回復が困難な園地の区画整理を進め、農地集約を目指す復旧モデル事業に着手した。東中南予の計10カ所で計画策定を予定する。被災状況や地形条件に応じた復旧方法を検討し、生産者や集落の意向を踏まえながら、新たな優良園地の拡大を目指す方針だ。
 壊滅的な被害を受けた園地は一から整備し直さざるを得ないものの、大規模化や急峻(きゅうしゅん)な斜面の解消に取り組みやすい面もある。作業の省力化が図れるだけでなく、豪雨でも立木が流出しにくい災害に強い園地づくりが可能になる。
 問題は工事に長期間を要することだ。県は地元の合意を必要とする場合、工事の着手は3年後とみている。さらに園地が整備された後、苗木を植え、安定して収穫ができるまで7年前後が見込まれる。その間の減収・未収益が強いられる生産者の営農意欲を支えることが肝要だ。
 園地を集約するには地域の協力が不可欠だ。被害が軽微な園地が協力を求められる場合も想定される。高齢農家であれば事実上の廃業につながる可能性もある。零細や立場の弱い生産者が無理強いされることがあってはならないが、集落が合意形成しやすくなれば復旧も早まる。集約化に協力する生産者に報いる制度づくりを国は検討してもらいたい。
 山間部の園地の復旧が難しいことは昨年7月の九州北部豪雨の被災地が示している。福岡県朝倉市では山間部の柿農家が被災した。復旧までの未収益期間を補うため、平野部でイチゴなどの栽培に挑戦する生産者が出てきた。しかし多くの被災園地は手つかずのままという。愛媛で繰り返してはならない。
 県内のかんきつ産地の担い手は確実に育ってきており、被災を乗り越えた先に産地発展の可能性はある。生産者の誰一人として離農や生産断念に追い詰められることがないよう、復興へ万全の施策を講じることは政治の重い責任だ。


西日本豪雨 避難指示出たまま…擁壁巡り福岡市と住民対立
 広島や岡山、愛媛県に甚大な被害をもたらした西日本豪雨から6日で3カ月。福岡県内にも避難指示が出たままの地区が福岡市南区にある。豪雨により農業用のため池に面した住宅地の擁壁が崩れたのが避難指示の理由だが、崩落原因を巡って住民と市の意見が対立し、復旧が遅れている。
 「台風が来る度に家が崩れないか冷や冷やしています」。台風25号が迫りつつあった3日、福岡市南区桧原(ひばる)の葉石(はいし)誠造さん(74)は、土のうとブルーシートで応急処置をした自宅の擁壁を前に表情を曇らせた。
 葉石さん宅は、農業用のため池「源蔵池」に面した高台に建つ。水面のやや上から庭先まで池の斜面を覆うコンクリート製の擁壁が崩れたのは、7月6日午後3時半ごろ。「滝のような雨が降る中、『ドス』という鈍い音がして崩れた」と振り返る。市内の長男の家に2週間ほど避難し、土のうなどで補強した後に戻ってきたが、応急処置には自費で約250万円かかった。
 源蔵池は周囲約1.5キロの細長い池で、周りは住宅地になっている。避難指示が出ているのは、池の西側の桧原地区8世帯と、東側の大平寺地区6世帯の計14世帯33人。いずれも池に面した擁壁が崩れたり、亀裂が入ったりして安全が確保できなくなった。一部の住民は今も勤務先の社宅やマンションを借りたりして避難生活を続けている。
 このうち大平寺側では今月1日から擁壁を修復する工事が始まったが、水面との距離が近い桧原側では着工のめどが立っていない。背景には擁壁が崩れた原因を巡る住民と市の意見対立がある。
 大雨が原因という点は一致しているが、住民側は雨だけで擁壁が崩れるはずはなく、池の水位が上がって擁壁の内側まで染みこみ、土が軟らかくなった可能性があると主張。8月23日には、池を管理する市に対し、現在はない護岸を池の縁に整備するよう求める要望書を提出した。住民側は護岸の上に擁壁を造り直したい考えだ。
 一方、市は「池の水位は擁壁に影響するほど上昇していない」という立場だが、住民の要望を受けて8月24日に地質専門のコンサルタント会社に原因調査を依頼した。
 西日本豪雨では福岡県内でも4人が犠牲になったが、今も避難指示が続くのはここだけだ。九州・山口全体でも他に避難指示が出ているのは、土砂崩れがあった長崎県対馬市の12世帯19人しかない。
 桧原3・4丁目町内会の樺田広明会長は「護岸工事がされなければ、水害で同じような被害を受ける可能性がある。安心安全のためにも早急に工事をしてほしい」と訴える。
 市農業施設課の淵上康英課長は「工事の必要があるかどうかは調査に基づいて判断する。なるべく早く調査を終わらせて、生活の復旧を急ぎたい」と話した。【宮原健太】


西日本豪雨 ボランティア不足の倉敷「支援求める人いる」
 西日本豪雨から6日で3カ月となったが、大規模な浸水被害があった岡山県倉敷市真備(まび)町地区でボランティアが不足している。最も多い7月15日には全国から約2300人が集まったが、9月に2回あった3連休は1日500〜700人程度とピーク時の2〜3割。時間の経過で関心が低下し、北海道の地震や台風など他の災害が相次いだことも影響したとみられる。一方で支援のニーズが多様化し、心のケアを担える人たちを養成する動きも出てきた。
 倉敷市災害ボランティアセンターは9月半ば過ぎから、翌日に必要なボランティアの数をホームページ上に掲載する「ボランティア予報」を始めた。事前に申し込みがあったボランティアの数も明記され、不足分が分かる。ただ、これまで予報を上回る数が集まったことはほとんどない。数字を見て「足りるのでは」と現地入りを控える人もおり、台風25号の接近で5〜7日は受け入れを休止するが、担当者は「実際のニーズは予報以上にある。もっと多くの人に来てほしい」と訴える。
 最近、増えているニーズがリフォームのための住宅の解体作業だ。真備町地区の自宅が浸水した調理師の垂水俊一さん(69)は、2週間前からボランティアに入ってもらっている。「経験のあるボランティアが来てくれて一気に進み助かっている。ただ、柱と梁(はり)を残して全て取り払うつもりなので、まだボランティアは必要」と話す。解体手順が分からないまま、自力で始める被災者が多く、ボランティアの調整をしている市社会福祉協議会の担当者は「正しい手順で解体するためには、プロが定期的に指導したり、助言したりすることが理想。専門知識を持った大工などに来てもらえれば」と呼び掛ける。
 全国社会福祉協議会によると、豪雨で活動したボランティアは広島県10万3889人▽岡山県8万2982人▽愛媛2万6529人(今月3日現在)。広島県では被災地からの要望は収束しつつあり、県社会福祉協議会によると、現在10カ所のボランティアセンターも今月末までに閉鎖する見通しという。
 力仕事が主だったニーズも変わりつつあり、愛媛県では、メンタルケアのボランティアの必要性が指摘されている。宇和島市社会福祉協議会の山本裕子地域福祉課長(51)は「『精神的につらい』と漏らす方々も増えてきた」と明かす。
 宇和島市で被害が大きかった吉田町地区では「つらい思いをしている近所の人を助けたい」と話を聞いて寄り添う「傾聴ボランティア」を学ぶ住民もおり、市社協は悩んでいる人の自殺の兆しに気付き、支援する「ゲートキーパー」の養成講習会を検討している。【戸田紗友莉、木島諒子、東久保逸夫】


西日本豪雨3カ月 風化防ぐ検証忘れずに
 広島県が「復旧・復興プラン」を公にした9月中旬以降、西日本豪雨の被害が大きかった広島呉道路やJR山陽線の県内全線で復旧が相次いだ。その半面、芸備線や福塩線では今なお全線の半分近くで不通が続く。被災地を縫う山陽自動車道でも、台風が近づくたびに通行止めの措置が繰り返されている。
 暮らしの復興はどうだろう。明かりが戻らぬ団地がある。住まいや仕事を失い、途方に暮れる家族がいる。簡易水道の復旧にめどの立たぬ集落がある。
 先頭で復旧・復興の旗を振るのも、自治体の役目ではある。と同時に、最後列を常に頭に置いた、後方からの支援も忘れてはなるまい。
 「復旧・復興プラン」で広島県は、三つの基本方針を掲げている。いわく、(1)県民生活と経済活動の日常を早期に取り戻す(2)単なる復旧・復興ではなく、より力強い軌道へと押し上げる(3)「ピンチをチャンスに変える」視点で取り組む。
 これには2016年の熊本地震で、熊本県が示した「復旧・復興の3原則」を踏まえた節がある。(1)被災された方々の痛みを最小化する(2)単に元あった姿に戻すだけでなく、創造的復興を目指す(3)復旧・復興をさらなる発展につなげる―である。
 災害の教訓や経験を生かすのは無論、大事なことだ。
 教育現場でも今回、阪神・淡路大震災以来の経験が引き継がれた。熊本県教委の「学校支援チーム」が広島県坂町などの被災地に入り、避難所運営や子どもらの心のケアに力を貸してくれた。兵庫県教委が発足させた組織に倣った、国内2番目の教職員チームである。
 一方で今回は、宿題も数多い。水道施設の被災に伴い、各地で長引いた断水は重い課題を残した。決壊の相次いだため池は、全国2番目の2万カ所近くを抱える。水浸しの家具や家電といった災害廃棄物も、場当たり的な対応が目立った。
 災害時の前例に学ぶなら、地震後3カ月間の行政対応について、熊本県が検証を進めた点は見逃せない。被災者の期待に応えきれなかった点も包み隠さず洗い出し、なおかつ出版やホームページへの掲載で報告書を内外に公開している。
 防災力を確かめる時のたたき台となるだけでなく、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」式の風化を防ぐ意味もあろう。同じ使命を今回の被災自治体も負うているのではないか。広島市や東広島市が検証に向け、有識者会議を用意したのもその表れだろう。
 広島県も学識経験者などによる検討会で検証に入ったものの、「河川・ダム」「砂防」の2部会にとどまっている。断水や災害廃棄物など、もっと幅広い分野での検証が望まれる。
 「100年に1度」ともされた規模の豪雨災害に、どう向き合ったのか―。後世に残すためにも、記憶が薄れぬうちに記録にとどめ、検証しておく必要がある。同時多発の被災者ニーズに追われた初動対応から、ひと息ついた今だからこそ、可能なのではないか。
 幸い、9月には県立広島大が「防災社会システム・デザインプロジェクト研究センター」を、広島大も「防災・減災研究センター」を開設している。多角的な視点から、自治体の検証を後押ししてもらいたい。


「八戸横丁月間」スタート 全国の日本酒で乾杯
 青森県八戸市中心部の八つの横町の魅力を発信する「八戸横丁月間」が始まった。31日までの期間中、横町を会場にした公演や「八戸さんぽマイスター」がガイドをする横町巡りなどさまざまなイベントがある。
 初日の1日は地酒研究会はちのへ主催の「日本全国 地酒で乾杯」イベントが八戸まちなか広場「マチニワ」で開かれた。青森県内18の蔵元を中心に、東北各地の日本酒40種類以上を1杯100円で販売。全国きき酒選手権大会の県予選会もあった。
 午後8時には東京の会場とインターネットでつなぎ、東北各地の会場と合わせて一斉に乾杯した。同僚と訪れた市内の女性公務員(30)は「普段はあまり日本酒を飲まないけれど、こういう場だと楽しく飲めます」と話した。
 午後7時の1回目の一斉乾杯に合わせ、横丁月間のオープニングセレモニーも行われた。


<山形大の迷走>検証・学内ハラスメント(上)ずれ 学長の説明、論理倒錯
 否認、矮小(わいしょう)化、そして説明拒否。学内ハラスメントに対する山形大の姿勢だ。同大xEV飯豊研究センターのパワハラ問題は疑惑発覚から1年後、加害側のセンター長を前代未聞の減給1万円として幕引きを図った。アカデミックハラスメント(アカハラ)を受けた工学部生の自殺問題では責任を認めず、遺族との訴訟が続く。迷走を繰り返す山形大のハラスメント対応を検証する。(山形総局・吉川ルノ)
<懸念の声相次ぐ>
 問題のすり替えと意味不明な説明の繰り返し。小山清人学長は毎月1、2回開かれる定例会見で、記者たちが思わず首をかしげるような回答を連発した。
 典型的だったのは、センター長を最も軽い減給1万円の処分とした根拠を問われた8月2日の会見だ。
 山形大の懲戒規程にパワハラの規定はなく、セクハラの条項を準用する定めになっている。
 懲戒処分の標準例は(ア)上下関係に基づく影響力を用いたセクハラは停職以上(イ)相手の意に反し、繰り返し行われたセクハラは停職、出勤停止または減給−と規定。セクハラをパワハラに読み替えれば、センター長の行為は(ア)に当たるはずだが、大学はなぜか(イ)を適用した。
 小山学長は「パワハラの言葉自体に上下関係が含まれるため」と説明。記者からは「それなら(ア)が適用されてしかるべきではないか」との質問も相次いだが、その後は「うまく説明できない」とかわした。
 処分の軽重について「処分は厳正性が必要。世の中がどうというより、規則に照らして処分した」と強弁したものの、世間との認識のずれは否めない。事実、山形大の学生や専門家からは「軽すぎる」「パワハラ処分の前例になってしまうのでは」との驚き、懸念の声が相次いだ。
 9月の会見で再び処分の根拠を問われると、今度は「役員会の審議内容を総合した結果。公表は控えたい」と回答を拒否した。
 ハラスメント行為の加害者に対する処分は、その組織がいかにハラスメントと向き合い、撲滅を図っていくのかという対外的なメッセージでもある。一連の学長発言には、そうした社会的影響への配慮は感じられなかった。
<証拠を報告せず>
 山形大のパワハラ問題を巡っては、飯塚博工学部長が証拠資料を職員組合から受け取っていながら、学長らに報告していなかった点も問題視された。
 資料はセンター長が記した書き置き、張り紙の画像。「ボケが!!」「役立たず」など、日常的に職員が被害にさらされている状況をうかがわせる内容だった。
 学内で適切な対応が取られていれば、早期に実効的な救済を図ることもできたはずだった。だが、学長は工学部長の対応を「適切だった」と評価。対応の改善策を探る動きさえ見せなかった。
 「パワハラがあれば処分している。処分はしておらず、パワハラは把握していない」。河北新報社が初めてパワハラ疑惑を報じた直後の昨年10月の学長会見の発言だ。「処分がないから事実はない」。そんな倒錯した論理を持ち出してまで不都合な事実を覆い隠そうとする姿勢は、最後まで変わることはなかった。
[山形大パワハラ問題]山形大xEV飯豊研究センター(山形県飯豊町)の職員3人が昨年3〜5月、センター長の50代男性教授からパワハラを受けたとして相次いで退職したことが発覚。大学の特別対策委員会が約7カ月間、関係者の聞き取りなどを行い、(1)「ボケが!!」「役立たず」などと記した書き置きなどを職員の机に残した(2)外部の人の前で「偏差値40」「小学生以下」などと侮辱した(3)事務連絡メールで「無能で非常識なお馬鹿(ばか)さんへ」と記した−など7件の行為をパワハラと認定した。


河北春秋
 「いてまえ打線」や「マシンガン打線」。プロ野球ファンは強力打線を愛称で呼ぶ。今季、パ・リーグで優勝した西武は「山賊打線」と呼ばれているとか。愛称の始まりは阪神の初代「ダイナマイト打線」。別当薫、藤村富美男、土井垣武ら右打ちの強打者を並べ、戦後の甲子園を沸かせた▼こちらはいまひとつ人気がない野球の話。「全員野球内閣」を掲げる第4次安倍改造内閣である。女性選手は1人だけ。野党は、保守系団体を支援する議員連盟に多くの閣僚が所属するとして「右打者ばかりのお仲間内閣」と批判する▼そんなチームの若手のホープから心配な発言が出た。柴山昌彦文部科学相が教育勅語を評価し、「現代風にアレンジし、道徳などに使うことができる。普遍性を持つ部分がある」と語った▼教育勅語は親孝行などをうたう。一方で有事には身をささげて天皇のために尽くすよう求め、軍国主義を助長した。負の役割の方がずっと大きかった。擁護する教育行政トップはこの国をどこに導こうとしているのか。身勝手なスタンドプレーと思いたいが…▼野球の右打者の強打はワクワクする。しかし、政界の「右打者」がマシンガンのように発する時代錯誤的な言葉は国民を不安にする。戦前に回帰するゲームだけは勘弁してほしい。

またか…「教育勅語」の再評価が繰り返されるシンプルな理由
「普遍性がある」論争の傾向と対策
辻田 真佐憲 文筆家 近現代史研究者
「教育勅語」には普遍的な部分もある――。
またこれだ。やれやれ。村上春樹作品の登場人物のようにため息もつきたくなる。
柴山昌彦文科大臣が10月2日の就任会見で、「教育勅語」に対する認識を問われて、現代風に解釈されたり、アレンジした形であれば、道徳などに使える「分野」が十分にあり、その意味では「普遍性を持っている部分が見て取れる」と答えたのである。
このような「教育勅語」の部分的肯定論は、アジア太平洋戦争の敗戦直後から見られた。法学者の田中耕太郎(1946年、当時文部省学校教育局長)や、倫理学者の天野貞祐(1950年、当時文部大臣)などの議論がそうだ。
「教育勅語」は、形式の面では、君臣関係を前提として、父権主義的な色彩が濃い。だが、内容の面では、普遍的な部分がかなりある。だから全否定するのはよくない。かれらはそう主張したのである。
以後、多少の違いはあれ、「教育勅語」の部分的肯定論は同じパターンを繰り返している。
「天皇と臣民の上下関係」こそ根幹
だが、「教育勅語」の根幹は、天皇と臣民の上下関係である。この関係を前提にして、天皇が臣民に対して守るべき徳目を示している。この前提を取り除けば、それはもはや「教育勅語」ではない。
安倍内閣は、官房長官や財務大臣を入れ替えても安倍内閣だが、首相を入れ替えれば、別物になってしまう。根幹とはそういうことだ。いくら解釈し、アレンジするといっても、おのずと限界があるわけである。
したがって、「教育勅語」は、国民主権の現行憲法に適合しない。個々人で愛好するのは自由だが、公教育で道徳規範として使うべきものではない。
それでもなお、天皇云々抜きで、列挙された徳目のなかには普遍的な部分もあるというのだろうか。それならば、「教育勅語」とは別に道徳規範を考えればいいのであって、わざわざこの読みにくい文書に拘泥する必要はない。
戦前から指摘されていた不完全さ
そもそも具体的な徳目の部分(「父母ニ孝ニ」〜「以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」)にしても、戦前すでに不完全さが何度も指摘されていた。
「教育勅語」は、1890年に発布された。これは日清戦争の前にあたる。当時の日本は極東の弱小国家だったため、その徳目も慎ましいものだった。夜郎自大な神国思想はもちろん、国際関係などへの直接的な言及もなかった。
そのため、日本が大国化するにつれて「教育勅語」を改訂しようとする動きが起こった。最終的に頓挫するものの、日清戦争後には、まさに国際親善に関する文言の起草が行われたこともあったのである。
今回、柴山文科大臣は、「教育勅語」の「今も使える」部分について問われて、「同胞を大切にする」部分や「国際的な協調を重んじる」部分をあげた。
前者もいまいち謎だが、後者はとくにどの部分を指しているのかわからない。本当に原文を読み、歴史的な文脈を踏まえているのかどうか、不安になってくる。
愛国コスプレとしての「教育勅語」
このような問題があるにもかかわらず、なぜ「教育勅語」がここまで再評価されているのだろうか。それは、「教育勅語」がわかりやすい保守の記号になっているからである。
本当の中身などはどうでもよい。ただ、自分に都合がいい解釈で「教育勅語」を肯定してみる。全肯定はさすがにまずそうだから、「普遍的な部分もある」。この振る舞いによって、「わたしは反戦後民主主義=反左翼=保守だ」という空虚なアピールをしているわけだ。「教育勅語」自体は、そのための道具にすぎない。
だからこそ、原文を無視したデタラメな「口語文訳」や、原文をつまみ食いした「12の徳目」なるものが出回ったりするのである。
昨年、稲田朋美防衛大臣(当時)もこうした「口語文訳」にもとづいて「日本が道義国家を目指すという、その精神は今も取り戻すべき」と述べて批判を浴びた。いうまでもないが、「道義国家」などという言葉は原文にはない。
それゆえ、「教育勅語」の部分的肯定論に「戦前回帰だ」との批判を投げかけても仕方がない。
これは、森友学園の愛国教育と同じく、戦前の二次創作、愛国コスプレなのであって、本来の戦前とは関係ないからである(天皇の存在を無視するかのようなアレンジや解釈は、戦前であれば不敬罪に問われたであろう)。
スローガンの投げ合いは意味がない
現在のネットは速い。炎上はあっという間に消費されてしまう。今回の「教育勅語」騒ぎも、すぐに立ち消えになるだろう。だから、最後に記しておきたい。
「普遍的な部分もある」「戦前回帰だ」。このようなスローガンや決まり文句の投げ合いは、なにも生み出さない。
ヒトラーは『わが闘争』のなかで、プロパガンダのコツを4点あげている。わたしなりに「現代風にアレンジ」して列挙するとつぎのようになる(この解釈が妥当かどうかは、同書の上巻第6章を確認されたい)。
(1) 白と黒、敵と味方をはっきりさせ、グレーゾーンを許さないこと。
(2) 同じことをボットのように何度も繰り返すこと。
(3) 論理ではなく感情に訴えること。
(4) ごちゃごちゃいうインテリは無視すること。
「教育勅語」の部分的肯定論は、まさにこのような手法によって広がってきた。これに対して同じように「戦前回帰だ」とやり返しても、物量戦になり、消耗するだけに終わる。
だから、ここではその逆を志向したい。すなわち――
(1) 健全な中間地帯を模索すること。
(2) 日和見との謗りを恐れず、柔軟に思考すること。
(3) 感情ではなく論理を尊ぶこと。
(4) 知識や教養を大切にする層を相手にすること。
「教育勅語」の原文を読んでみたり、その歴史的な文脈を調べてみたりするには、このようなゆとりある態度が欠かせない。
時間はかかるのかもしれないが、長い目で見れば、これこそ「普遍的な部分もある」という欺瞞に満ちた決まり文句を無効化していくだろう。
スローガンにスローガンで対抗してはならない。それは泥沼だ。「教育勅語」についてはすでに散々書いてきたので、自戒も込めつつ、今回はこの点を強調して筆を擱きたい。


[教育勅語発言] 国会は文科相にただせ
 教育行政をつかさどる大臣の発言として時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ない。
 「現代風に解釈されたり、アレンジをしたりした形で、今の道徳など使うことができる分野は十分にある。普遍性を持っている部分がある」
 「同胞を大切にするとか国際的な協調を重んじるとか、基本的な記載内容について現代的にアレンジをして教えていこうと検討する動きがあると聞いている。そういったことは検討に値する」
 第4次安倍改造内閣で初入閣した柴山昌彦文部科学相が2日の就任記者会見で、教育勅語への考え方について述べた発言が野党などから批判を浴びている。
 発言からは、道徳教育に生かす前向きな姿勢がうかがえる。
 きのうになって柴山氏は「教育現場に活用することを推奨する考えはない」と火消しを図ったが、見過ごすわけにはいかない。
 教育行政のトップが教育勅語の「普遍性」というようなことを軽々しく発言していいのか。今月末にも召集される臨時国会で真意をただす必要がある。
 明治天皇が1890年に発布した教育勅語は、天皇を中心とした国家の下、国民道徳の根源や教育の基本理念を定めている。
 親孝行や家族愛などを説く一方、「万一危急の大事が起こったならば、一身を捧(ささ)げて皇室国家の為(ため)につくせ」との記述もある。
 学校で奉読式が行われ「御真影」(天皇、皇后両陛下の写真)と共に謄本が保管されるなど神聖化され、昭和期の軍国主義教育と深く結びついたとの批判が強い。
 1948年、この反省の上に衆参両院が教育勅語の排除や失効を決議したのは当然だった。
 政府は昨年3月、「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定されない」との答弁書を閣議決定した。柴山氏の発言は答弁書の内容を意識しているのかもしれない。
 だが、道徳を教えるために教育勅語を持ち出す必要がどこにあるのか。学習指導要領には家族愛や郷土・国を愛する態度、公共の精神など徳目が明記されている。
 教育勅語は皇民化教育の柱となり、教育現場は自由で多様な価値観が入り込む余地を失った。その失敗を振り返り反省につなげる目的で、歴史の教材として活用するのなら意味はあろう。
 道徳は小学校で4月から正式な教科となり、来春には中学校でも導入される。教科化によって特定の価値観の押しつけや、思考の多様性が失われることがあってはならない。


教育勅語発言 文科相たる資質に欠ける
 時代錯誤の認識である。しかも、教育行政を担う文部科学相の発言だというから断じて看過できない。
 内閣改造で初入閣した柴山昌彦文科相が就任会見で教育勅語について「現代風にアレンジした形で、今の道徳などに使えるという意味で普遍性を持っている部分がある」などと語った。
 その一部にせよ、要は教育勅語を評価する発言だ。「道徳教育に使える」「普遍性を持つ」と踏み込んでおり、文科省のトップとしてあまりにも不適切ではないか。
 野党は「認識違いが甚だしい。昔だったらすぐクビだ」などと猛反発し、今月下旬に召集される臨時国会で、柴山氏と任命した安倍晋三首相の姿勢を追及する構えだ。
 柴山氏はきのうの閣議後会見で「教育勅語を復活させると申し上げたわけではない」と釈明したが、同時に「友人を大切にするとの考えは現在の教育にも通用するということで申し上げた」とも述べた。
 教育勅語には「いいことも書いてある」という論法である。残念ながら、過去も同様の見解が閣僚など政治家から繰り返し発信されてきた。
 確かに教育勅語には、父母への孝行や夫婦の和、博愛など道徳の項目を記している。しかし、教育学の専門家が指摘するように、それらは「天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)スヘシ」という文言に掛かる。つまり、天皇家の繁栄に臣民は尽くすべきだ−という主権が天皇にあった時代の皇国史観であり、国民主権の現在に通じるものではあり得ない。
 教育勅語が「忠君愛国」の軍国主義教育と結び付き、国民を破滅的な戦争に駆り立てた戦前の教訓を忘れてはならない。
 1948年に衆院で「教育勅語等排除に関する決議」、参院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」が可決、成立している。過去に国会決議で「排除」「失効」した文書なのに、なぜ「亡霊」のようによみがえるのか。危うい戦前回帰の動きだと批判されても仕方あるまい。
 「現在の教育にも通用する」道徳の項目があるというのなら教育勅語を持ち出さずとも、それ自体を教えれば済むことだ。
 道徳は今春から小学校で「特別の教科」となり、検定教科書や記述による評価が導入された。中学校でも来年度から同様の制度が始まるが、この文科相の下で大丈夫かと心配になる。
 文科省は天下りや接待問題で2代続けて事務次官が辞任に追い込まれ、混乱の渦中にある。就任早々、自らの発言を巡る釈明に追われる大臣に組織立て直しの使命は果たせるのか。それも懸念せざるを得ない。


教育勅語評価発言 戦前に逆戻りしたいのか
 柴山昌彦文部科学相が2日の就任記者会見で教育勅語について問われ「現代風にアレンジした形で、今の道徳などに使えるという意味で普遍性を持っている部分がある」と評価する発言をした。
 「同胞を大切にするとか国際的な協調を重んじるとか、基本的な記載内容について現代的にアレンジをして教えていこうと検討する動きがあると聞いている。そういったことは検討に値する」とも述べている。時代錯誤も甚だしい。
 教育勅語は1890年に発布され、明治天皇の名で国民道徳や教育の根本理念を示した。親孝行や家族愛を説きながら「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」と記し、万一危急の大事が起こったならば一身をささげて皇室国家のために尽くすことを求めている。
 学校では「御真影」(天皇、皇后両陛下の写真)とともに保管され、神聖化された。昭和の軍国主義教育と密接に結び付いていた。
 当然のことながら、現行憲法の基本原理である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義とは相いれない。1948年に衆院は排除決議、参院は失効確認決議を可決する。衆参両院は詔勅の謄本の回収を政府に求めた。教育勅語は、戦争という誤った方向に突き進んだ時代の「負の遺産」だ。
 親孝行や家族愛を説くのなら、わざわざ教育勅語を持ち出すまでもなく、適切な教材はいくらでもある。戦前に逆戻りしたいのだろうか。
 政府は昨年3月、「教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切」としながらも「憲法や教育基本法に反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」との答弁書を閣議決定している。
 政府方針を拡大解釈し、歴史の史料以外の教材として教育勅語を利用するケースが出てこないとも限らない。柴山氏の発言でそうした懸念が一層強まった。
 多様性が尊重される昨今、一つの価値観を押し付ける教育の在り方は国際的な潮流にも逆行する。まして、憲法の理念に反する教育勅語を道徳などで教材化することは許されない。
 柴山文科相を任命したのは安倍晋三首相だ。教育勅語を巡っては昨年3月、当時の稲田朋美防衛相も「全くの誤りというのは違うと思う。その精神は取り戻すべきだ」と述べ、野党から批判を浴びた。両氏とも首相に近い。首相自身と同じ考えだから起用したのではないか。
 柴山氏は、公明党幹部から「教育勅語を是認するような発言はアウトだ」とくぎを刺され、「すいません」とこうべを垂れたという。謝る相手が違う。
 5日になって「政府レベルで道徳なども含めて教育現場に活用することを推奨する考えはない」と釈明したが、不十分だ。発言を撤回した上で、混乱を招いたことを国民に謝罪すべきだ。


教育勅語発言  国民主権と相いれない
 教育行政の責任者として、見過ごせない発言だ。
 柴山昌彦文部科学相が就任後の記者会見で戦前の教育勅語について「いまの道徳などに使えるという意味で普遍性を持っている部分がある」と述べた。同胞を大切にするといった基本的な内容をアレンジして教えていく、という動きを紹介し「検討に値する」と語った。
 教育勅語は、明治天皇が「臣民」に守るべき徳育を示した規範集だ。天皇が国民に教え諭す形を取っている。1890年に発布され、軍国主義の精神的支柱となった。敗戦後の1948年に衆参両院が排除や失効を決議し、歴代内閣が受け継いでいる。
 戦争がもたらした多大な犠牲は、教育勅語による教育の帰結ともいえる。教育勅語は日本国憲法の国民主権とは相いれない。
 万一、国が非常事態に直面すれば命をかけて皇室を守りなさい、という文言が教育勅語にはある。
 親孝行や家族の和を大切にするなどの徳目もあるが、それらも皇室の永続性に寄与するため、というのが勅語の本質である。
 本質を直視せず一部を利用するのは許されない。歴史修正主義として国際的にも批判を受ける可能性がある。
 安倍晋三首相の周辺には教育勅語容認論を持つ人が少なくない。
 2017年に防衛相だった稲田朋美氏が評価する発言をした。安倍首相を熱烈に支持していた人物が経営する学校法人「森友学園」では、幼稚園児に教育勅語を唱和させていた。
 柴山氏は5日の会見で「教育勅語を復活させると申し上げたわけではない。道徳なども含めて教育現場に活用する考えはない」と釈明した。
 一方で、教育勅語をアレンジして教える動きを「検討に値する」とした発言については「一部の個人や団体で検討する動きがあり、それは理解できる」と述べ、教育勅語を否定しなかった。
 戦前の政府は教育勅語を都合良く解釈し法律や政令などに反映させた。文科行政が今後、柴山氏の歴史認識に左右されないのか、懸念が残る。
 菅義偉官房長官は「政府として現場で活用する考えはない」と明言した。政府は17年の稲田氏の発言後、「憲法や教育基本法に反しない形での教材使用は否定しない」とする答弁書を決定した。
 教育勅語は歴史的事実としてのみ扱えるということだ。確認しておきたい。


ノーベル平和賞受賞でも日本マスコミは無視…性暴力救済に取り組むムクウェゲ医師が語っていた日本の慰安婦問題
 今年のノーベル平和賞は、性暴力被害者の治療・救済に取り組んできたコンゴ民主共和国の医師、デニ・ムクウェゲ氏と、イスラム国(IS)から受けた性暴力を証言してきたイラク・クルド民族少数派のヤジディー教徒のナディア・ムラド氏の受賞が発表された。
 授賞理由について、ノルウェー・ノーベル賞委員会のベリト・レイス=アンデルセン委員長は「戦争や武力紛争の武器としての性暴力」の撲滅に両氏が貢献したことを挙げ、「戦時下の性暴力を白日の下にさらし、犯罪者への責任追及を可能にした」と語った(毎日新聞、6日朝刊)。また、アンデルセン委員長は「MeTooと戦争犯罪(との闘い)は異なるが、共通点もある。それは虐待の実態と女性の苦しみに目を向け、性被害が恥だという概念から女性を解放し、声を上げることの重要性だ」と言い、〈性暴力根絶に向け、さまざまな立場の者が連帯して取り組む必要性を訴えた〉という(時事通信、6日)。
 かたや日本では、先日発表された内閣改造で、財務省セクハラ問題をめぐり「はめられて訴えられているんじゃないかとか、世の中にご意見ある」と被害者女性を陰謀論で攻撃するなど女性蔑視発言を連発した麻生太郎を副総理と財務相に続投させた上、このセクハラ問題に「#MeToo」のプラカードを持って抗議した女性議員たちのことを〈少なくとも私にとって、セクハラとは縁遠い方々〉と誹謗した自民党・長尾敬衆院議員を内閣府政務官に抜擢したばかり。杉田水脈衆院議員も“セクハラと騒ぐのは魔女狩り”“「#MeToo」運動はもう辞めよう”などと主張していた。
 女性に対する性暴力に対して世界から声があがり、問題と向き合おうという潮流が生まれる一方、むしろ貶める言動をする為政者が盛り立てられるという、この国の現実──。だが、今回のノーベル平和賞は、もうひとつ重要な問題を日本に突きつけている。
 というのも、ノーベル平和賞を授賞したデニ・ムクウェゲ医師は、旧日本軍の「従軍慰安婦」問題を、「戦時下の性暴力」として言及してきたからだ。
 たとえば、2016年に韓国の「ソウル平和賞」を受賞した際のスピーチやメディア取材において、ムクウェゲ医師は「慰安婦」問題について、このように言明した。
「(日本政府は)被害者の要求を受け入れ、許しを求めなければならない」
「(慰安婦は)想像もできない苦痛や暴力にさらされた」
「韓国で正義の回復を求め続けている女性らの力に励まされる」
(共同通信、2016年10月6日付)
 また、同年にムクウェゲ医師が来日した際には、「女たちの戦争と平和資料館」(wam)を訪問。wamのブログによると、ムクウェゲ医師は日本で最初の訪問地として同所を訪れ、日本の「慰安婦」問題の責任を追及するためにおこなわれた民衆裁判「女性国際戦犯法廷」のダイジェスト版を視聴。「兵士たちは私の身体になんでもやりたいことをした」という被害者女性の証言を聞いたムクウェゲ医師は、「コンゴでも、その言葉を被害者から何度も聞いた」と言い、“強かんは戦闘資金がかからず、敵に多大な恐怖を与えられるため、戦争の手段として使われている、それをやめさせるには、加害者が誰であるかをはっきりさせ、国家の責任を問うことが重要だ”と指摘し、さらに、「またすぐに来るかもしれない。私たちは共通項がたくさんある」と述べたという。
国連でも「なぜ日本政府は慰安婦被害者が満足する形で謝罪と補償ができないのか」と
 いま、コンゴで起こりつづけている女性に対する性暴力も、日本による「慰安婦」問題も、同じ戦時下の性暴力であり、国家の責任が問われる問題である──。こうしたムクウェゲ医師の認識は、何も彼だけのものではない。現に、今年8月におこなわれた国連人種差別撤廃委員会での対日審査でも、日本政府の慰安婦問題への取り組みについて、多くの委員から厳しい意見が飛び出した。
 たとえばベルギーのマーク・ボシュィ委員は、2015年の日韓合意について「沈黙を押し付けている」との声があがっていることに言及し、アメリカのガイ・マクドゥーガル委員は「なぜ慰安婦被害者が満足する形で日本政府が謝罪と補償ができないのか理解できない」と批判、韓国のチョン・ジンソン委員も「あらためて日本政府に強調しておきたいのですが、慰安婦問題を否定するいかなる企みをも日本政府はハッキリと非難するよう勧告されていることです。残念ながらここでもそうした否定の動きが見られます」と釘をさした。
 だが、こうした批判に対して日本政府は、委員会でトンデモとしか言いようがない釈明を展開した。なんと、外務省の大鷹正人・国連担当大使が「慰安婦」問題について、日本軍による強制性はいわゆる吉田清治証言と朝日新聞報道が「捏造」した「空想の産物」に依拠しており、日本政府の強制性はないとの言い分は「無視されている」と主張したのだ。
 先進国とされる国の代表として驚嘆するほかない主張だが、当然ながらその後に国連人種差別撤廃委員会がまとめた報告でも、日韓合意は「被害者を中心に置くアプローチが十分でなかった」とし、元慰安婦の被害者たちが納得する解決をと求められた。しかし、この報告に対しても、菅義偉官房長官は「日本政府の説明内容を十分踏まえておらず、極めて遺憾だ」と批判、反発したのである。
 この、恥をさらすような日本政府の認識は、安倍首相の考えに沿ったものだ。実際、安倍は、1997年に自民党右派の若手議員たちで結成された「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」という議員組織の勉強会で、従軍慰安婦の強制連行はなかったとして、こんな発言をしている。
「実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんです」
 キーセンとは漢字で「妓生」、韓国の近代化以降は料亭での接客女性を指すが、安倍氏発言の文脈では「キーセン」と“娼婦”が同一視されており、そして、その「キーセン・ハウス」=“娼婦館”が韓国社会の日常に「溶け込んでいる」、すなわち“韓国は娼婦国家である”と言い放っているのである。
安倍首相らは「韓国はキーセン国家」「慰安婦問題は朝日の誤報のせい」と慰安婦問題を矮小化
 さらに、前述した国連での“慰安婦問題のイメージは吉田証言と朝日新聞報道が「捏造」した「空想の産物」”なるトンデモ発言も、安倍首相が繰り返してきた慰安婦問題の矮小化の結晶だ。安倍首相は「吉田証言自体が強制連行の大きな根拠になっていたのは事実ではないか、このように思うわけであります」(2014年10月3日、衆院予算員会)などと国会で繰り返し吉田清治証言を槍玉にあげて、「慰安婦」問題の矮小化言説をがなりたててきた張本人だからだ。
 総理大臣自らが「慰安婦」問題を歪曲し、「被害者の声に耳を傾け謝罪と補償に応じるべきだ」という国際的な意見を無視する──。いや、それは安倍首相や政府の見解だけではない。先日も、自民党の杉田議員や和田政宗参院議員、片山さつき地方創生担当相らと関係があった右派系市民団体「「慰安婦の真実」国民運動」幹事の藤井実彦なる人物が台湾で慰安婦像を蹴りつけるという事件が起こったばかりだが、「慰安婦は捏造だ!」などと主張する極右団体やネトウヨが幅を利かせ、「慰安婦」問題に言及した歴史教科書を採択した学校に対して抗議の葉書が殺到しているのが、この国の惨状だ。
 そして、こうした極右団体やネトウヨからの抗議を過剰に恐れ、メディアも「慰安婦」の問題を真正面から取り上げようとはしない。実際、前述したムクウェゲ医師のwam訪問時には、NHKやTBSが取材に訪れていたというが、wamのブログによれば、wamでのムクウェゲ医師のコメントは〈まったく報道されなかった〉という。今回のノーベル平和賞授賞のニュースでも、ムクウェゲ医師による日本の「慰安婦」問題に言及したコメントを伝えているメディアは、いまのところ見当たらない。「慰安婦」問題との共通性を指摘するメディアすら、朝日新聞と毎日新聞をのぞけばほとんどない。
 ノーベル委員会は、今回の授賞について「女性の基本的な権利や安全が守られない限り、より平和な世界は実現されない」と述べている。過去の歴史から目を背け被害者女性を貶めつづける、そんな国に、現在進行形で起こっている女性に対するセクハラや性暴力、人権侵害の問題に取り組むことなどできないだろう。


[東京五輪経費] 透明化と説明が不可欠
 2020年東京五輪・パラリンピックの総経費は一体いくらに上るのか。国や関係機関は、経費の透明性を高め、国民に正確な全体像を示すことが欠かせない。
 会計検査院が大会の準備状況を調べた結果、直近の5年間に国が支出した費用が約8011億円であることが分かった。
 大会組織委員会が示した経費総額は1兆3500億円。このうち国の負担は約1500億円だったから、大きく上回ることになる。
 東京都も負担分以外に約8100億円の関連経費を見込んでおり、判明した国の費用と今後予想される支出を踏まえると、総額は3兆円に達する可能性がある。事実であれば驚くばかりだ。
 無駄な支出や、五輪にかこつけて予算を確保しようとする事業はないか。内容についても十分な検討が求められる。
 東京五輪・パラリンピックに関する経費は組織委と国、東京都の3者が負担する。
 国際オリンピック委員会(IOC)からの要求もあって経費削減に取り組み、17年に予算計画第2版を公表していた。
 一方、検査院は17年5月に国会に提出された「大会の準備や運営推進に関する取り組み状況の報告」にある70施策を基に、国が支出した経費を集計した。
 五輪との関係性が薄い事業も含まれ、政府関係者からは「乱暴な積算だ」「数字が独り歩きする」など反発の声も上がる。
 天然痘ワクチンの備蓄など、五輪経費といえるのか疑問の残る支出が含まれているのは確かだ。
 だが問題は、国が取り組み状況の報告書で五輪に関連するものとして整理しながら、予算総額を公表していないことである。
 検査院が国に、施策と大会との関連性を精査して経費の規模の全体像を示すよう求めたのは、当然といえよう。国は税金を投入する以上、国民への説明責任を果たすべきである。
 報告書は、大会の準備に向けた課題も指摘した。
 ドーピング検査員は養成が進まず、必要とされる約500人の半分程度しか確保できていない。五輪を契機にスポーツの価値などを学ぶ教育事業は地域によって実施状況に温度差がある。
 国や組織委は大会の機運を高めるため、準備を急がなければならない。
 五輪・パラリンピックの開催費用が膨張すれば、負担が重くなり、開催立候補を見送る都市が続出しかねない。今後の継続的な開催のためにも、東京大会での適切な予算執行と着実な運営が必要だ。


膨らむ五輪経費  支出の透明性を高めよ
 2020年東京五輪・パラリンピックに関わる経費総額が、大会組織委員会の試算を大幅に上回る可能性が出てきた。
 会計検査院が準備状況を調べたところ、直近の5年間に国が支出した費用は8千億円を超え、約1500億円としてきた国の負担分を既に大きく上回っていた。東京都も負担分以外に約8100億円の関連経費が見込まれると既に公表している。
 今後予想される支出も加えれば、総額は組織委が昨年示した1兆3500億円の試算を大幅に上回り、3兆円に達する可能性があるという。「コンパクト五輪」どころではない。
 検査院の調査で国の支出が大きく膨らんだのは、組織委が大会に直接関係がある経費を公表してきたのに対し、各省庁の関連施策費を幅広く集計したためだ。
 中には、「天然痘ワクチンの備蓄」や「気象衛星ひまわりの活用」といった関連の薄い事業も含まれており、政府関係者からは「乱暴な積算だ」と反発する声が出ている。
 一方で、なぜカウントされないのかと思える支出も多い。例えば総務省は17年度に組織委の職員らに、サイバーセキュリティーの攻撃・防御の演習をする事業を実施したが、これまで関連経費に含まれてこなかった。
 どこまでが大会に必要な施策と費用なのか。分かりにくい支出の実態がある以上、検査院が国の大会推進本部に対し、関連経費の基準を整理した上で業務内容や経費規模の全体像を対外的に示すよう求めたのは当然のことだろう。
 国民の不信を招かないよう、組織委や国は経費の透明性を高め、国民に支出の妥当性を説明する責任がある。
 近年の五輪招致では、財政負担の大きさを理由に撤退する都市が相次いでおり、コスト削減が大きな課題だ。スポーツに巨額の血税を投じることへの市民の抵抗感も強くなっている。
 国際オリンピック委員会(IOC)は「新基準」を設けてコスト削減を促し、東京大会についても1兆3500億円とされてきた開催経費のさらなる削減を求めている。
 国は国民の批判を避けるため、関連経費を極力絞り込んで公表してきたが、問われているのは数字のつじつま合わせではなく、実質的な経費削減をどこまでできるかだろう。経費をブラックボックス化したままでは、国内外の理解は得られない。


東京五輪の国費負担 二重基準は不信感を生む
 国の支出について、全く異なる二つの数字が浮かぶ事態となった。
 2020年東京五輪・パラリンピックに関わる国の経費について、5年間で8011億円が支出されていたと会計検査院が発表した。内閣官房はこれまで1127億円と公表している。実に7倍もの違いがある。
 そもそも、大会組織委員会と東京都、国の3者は大会経費について1兆3500億円で合意した。うち国の負担額は1500億円だ。検査院によると、これまでの負担分だけでも6500億円超えたことになる。
 「コンパクト五輪」を掲げた立候補段階で、経費の総額は約7340億円と見込まれた。今回発表された国の負担額や、都が今年1月に計上した関連予算などを加えると、3兆円規模になる可能性がある。
 立候補の時点で、これだけの額になると判明していれば、招致に疑問の声が出ていたかもしれない。
 費用は、運営に必要な大会経費と、大会後にも「レガシー(遺産)」として引き継がれる行政サービスなどの関連経費に区分される。
 内閣官房と検査院の基準の違いを見ると、気象衛星の活用など五輪関連として扱うには疑問があるものも、確かに含まれている。
 一方、五輪対策と捉えるべきなのに経費とされなかったものもあった。セキュリティーやドーピング対策の一部、国立代々木競技場の改修整備費などがそうだ。
 経費全体のうち、民間資本で補えるのは6000億円程度で、残りの大半は公金が投じられる。
 大会経費であれ行政サービスであれ、国民の目から見れば、五輪にかかる費用である点に違いはない。
 検査院が国に、五輪との関連性を精査して費用負担の全体像を明らかにするよう求めたのはもっともだ。
 二つの数字が並んだままでは不信感を生むだけだ。組織委などが次に予算を示す際は関連経費を含んだ額を示すべきだろう。
 コスト増による招致熱の冷え込みに国際オリンピック委員会(IOC)は頭を痛めている。
 20年大会も、費用見直しの過程でIOCから、大会経費とそれ以外を区別して示すよう要請があったという。こうした手法で招致熱を取り戻せるか疑問である。


五輪経費、3兆円規模か=既に8000億円、公表せず−検査院「関連性整理を」
 2020年東京五輪・パラリンピックに関連する国や自治体などによる事業の総支出が3兆円にまで膨らむ可能性が出ている。会計検査院の調査で、国は既に約8011億円を支出していることが判明。「事業と大会との関連性の区分や基準を整理することが必要だ」。検査院は大会推進本部に対し、全体像を把握して公表するよう求めている。
 検査院がこのほど取りまとめた調査によると、国の施策に基づく大会関連事業は13〜17年度までの5年間で286あり、計約8011億円を支出していた。一部を除き額はこれまで公表されていなかった。
 大会経費についての直近の試算は17年12月に組織委員会が示した1兆3500億円。内訳は組織委と東京都が6000億円ずつ、国が1500億円を負担するとしており、検査院の調べに基づき単純に計算すると、国の負担はこの金額から6511億円膨らんだことになる。
 東京都もこの6000億円とは別にパラリンピックに向けたバリアフリー化など8100億円の関連経費を見込む。都以外の自治体も含め今後も多額の支出が見込まれることから、総コストは3兆円に達する可能性がある。
 また検査院は調査の中で、一部の事業の実施状況について課題が見られたとも指摘。メダル獲得に向けた競技力強化のため用具の機能を高める研究開発(文部科学省)では、市販品が販売され開発の必要が無くなるなどし、途中で中止となった13事業に計約1億6200万円が投じられていた。
 一方、ドーピング防止の体制整備事業(同省)では、約500人必要とされた検査員が17年度末で269人しか確保できていなかった。


デスク日誌 失敗談の価値
 授業中、学生の目が俄然(がぜん)輝き出すのは、教員が失敗談をしたときだという。知人の大学教員は「失敗談をすると、寝ていた学生も皆起きる」と苦笑いする。
 他人の成功談は「自慢話」と鼻白む人は少なくないが、なぜ失敗談には誰もが興味津々なのか。第一に考えられるのは、圧倒的な流通量の差だと思う。
 書店には偉人伝をはじめ、功成り名を遂げた企業経営者やスポーツ選手らの成功談があふれている。失敗談をネタにした本は少なく、あっても実は隠れた成功談だったりする。
 学生の多くは、社会に出る不安な気持ちでいっぱいだ。だからこそ、「先生だって失敗したことがある」という事実に安心し、謙虚に耳を傾けるのだろう。
 先日、新人記者と仕事をする機会があり、「先輩たちの成功談以上に、失敗談こそが記者人生の血肉となる」とアドバイスした。失敗談にこそ、成功のヒントが隠されているからだ。
 ただ、頼まれもせず、進んで失敗談をする先輩は、自分も含めて皆無に近い。「失敗談を打ち明けてもいいかな」。先輩たちが心を許せる人間関係をぜひ築いてほしい。(報道部次長 山崎敦)


コンゴ人医師らに平和賞 性暴力阻止への重い功績
 今年のノーベル平和賞は、コンゴ民主共和国の婦人科医師、デニ・ムクウェゲ氏(63)とイラクのヤジディー教徒女性、ナディア・ムラド氏(25)に授与されることになった。
 2人は戦地や紛争地で性暴力を受ける女性の苦難を訴え、残虐非道な行為の根絶を唱えてきた。2人の活動を重んじたノーベル賞委員会の決定には大きな意義がある。
 委員会は授賞理由として「戦争と紛争の武器に性暴力を使うことを止めようとする2人の努力」を挙げた。
 ムクウェゲ氏は1999年以来、コンゴ東部で武装勢力にレイプされた5万人近い女性や少女を治療し、心のケアも施してきた。暗殺未遂にも遭いながら、被害と紛争の実態を国際社会に広く訴えてきた。
 一方、ムラド氏は2014年の学生の頃、イラク北部の村で過激派組織「イスラム国」(IS)に襲撃され、性奴隷として拉致された。ドイツに逃れ、国連などで体験を語り、武装集団を裁くことを求めてきた。
 ムクウェゲ氏が正義を信条とし、コンゴ政府をも批判してきたことを委員会は重視した。ムラド氏が勇気を持って苦しみを語ったこともたたえた。全くその通りだろう。
 世界の紛争地での性暴力は90年代から問題視され、14年に撲滅を目指す初の国際会議が開かれた。だが、アフリカを中心に被害は後を絶たず、状況は改善されていない。
 今回、2人に光を当てることで、過去に十分な支援の手を差し伸べてこなかった国際社会に積極的な救済を促す機会ともなろう。
 また、授賞は2人だけでなく、今も紛争下で生きるコンゴ東部の女性たち、故郷に戻れないヤジディー教徒への励ましの意味をも持つ。
 コンゴ東部では幾多の武装勢力が鉱物資源を支配するため、地域の女性をレイプして家庭やコミュニティーを破壊し、住民を追い出そうとしてきた。
 イラク北部ではISがヤジディー教徒を敵視し、根絶やしにしようと男性を殺し、女性をレイプし、子どもを兵士にした。村は依然、荒廃したままだ。
 世界の性被害者を救い、その原因となっている紛争を一刻も早く止めねばならない。これは国際社会への重大なメッセージである。


ノーベル平和賞 世界は性暴力の根絶へ
 性暴力を根絶する強い意志をきっぱりと示したノーベル平和賞だった。人間の所業とは思えぬ暴力が伝えられる。受賞者二人の勇気にならって実態を直視し、根絶のためにできることを考えたい。
 「女性の体が戦場になっている」。コンゴ(旧ザイール)で性暴力被害者の治療を続け受賞が決まった医師デニ・ムクウェゲさん(63)は二年前、来日して訴えた。
 コンゴでは部族対立や周辺国の介入で紛争が拡大。村を襲った武装勢力は女性を次々レイプした。
 ムクウェゲさんは病院や相談所をつくり、五万人以上を治療し、精神的なケアをしてきた。
 紛争のもととなっているのは金、スズ、タンタルなど豊かな鉱物資源だ。携帯電話やパソコンなどに利用される。私たちの便利な生活につながっていることを忘れてはならない。紛争地の鉱物は使わないよう徹底したい。
 もう一人の受賞者ナディア・ムラドさん(25)は、過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として捕らわれていた。ISが目の敵にしたイラクの少数派ヤジド教徒。兄弟らは殺された。脱出してドイツに逃れ、国連親善大使となり、ISの非道を訴えている。授賞理由は「沈黙を強いる慣習を拒否し、被害者代表として語った」と勇気をたたえた。
 戦時の性暴力はこれまでも各地の紛争で続いてきた。一九九〇年代のボスニア・ヘルツェゴビナ内戦では「民族浄化」を名目にした集団レイプが起きた。ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャ迫害でもミャンマー国軍が主導したレイプが報告されている。
 共通しているのは、女性にとって「魂の殺人」であるレイプが敵制圧の一つの手段とされていることだ。住民に恐怖心を植え付け、抵抗する気力を失わせ奴隷状態にすることも狙いという。
 二人の受賞決定は、被害者の尊厳を奪い、加害の側の人間性も奪う、戦争の非人道性をあらためて突きつけている。
 紛争地だからといって、人間の尊厳がおろそかにされていいわけはない。二人の訴えに真剣に耳を傾け、国際社会を挙げ性暴力根絶に取り組みたい。
 今回、性暴力根絶に光が当てられた背景には、性被害を告発する「#MeToo」(「私も」の意)運動の世界的なうねりがある。沈黙を破った女性たちの勇気が、社会を変え、平和につながることをあらためて願う。


ノーベル平和賞/性暴力根絶へ国際連携を
 今年のノーベル平和賞は、紛争地での性暴力と戦ってきた2人に決まった。
 1人はコンゴ(旧ザイール)で民兵らから被害を受けた女性の治療に尽力してきた産婦人科医デニ・ムクウェゲ氏だ。もう1人は過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として拘束されて生還し、暴力根絶を訴え続けるイラク人女性のナディア・ムラド氏である。
 ノーベル賞委員会は、授賞理由に「戦争の武器としての性暴力終結に向けた努力」を挙げた。性暴力ゼロへの取り組みを促す授賞と言えるだろう。
 紛争地の性暴力はISが支配したイラクやシリアのほか、中央アフリカなどで横行し、女性の人身売買も後を絶たない。しかし国際社会の関心は決して高くなかった。根絶に向け、世界全体で取り組まねばならない。
 紛争地で村を攻撃した武装組織は、女性を集め家族の前で襲う様子を見せるなどして、本人だけでなく家族などにも心理的な傷を与え、地域社会での影響力を持とうとするのだという。「コストの安い『戦争の武器』」と言われるのはそのためだ。国際人道法で禁止されており、戦争犯罪とみなされる。
 ムクウェゲ氏は戦乱が続くコンゴ東部に病院を設立し、被害女性を5万人以上受け入れてきた。国際社会に窮状を訴えたが、武装集団に命を狙われ、一時は家族と欧州へ逃れた。
 今は地元女性の声を受けて現地に戻り、診療を再開している。迫害された人々を守るため、命をなげうっての行動だ。
 少数派ヤジド教徒のムラド氏はISに拉致され、性奴隷として売られたという。IS支配地域から脱出後、同様の苦境を強いられた女性の実態を世界に告発してきた。2年前には人身売買被害者らの尊厳を訴える国連の親善大使に就任している。振り返るのも苦痛に違いない壮絶な過去に、言葉を失う。
 「#MeToo」(「私も」の意)と呼ばれる性被害告発の動きは、日本も含め世界各国で広がっている。
 性被害を生む紛争や戦争をなくすとともに、私たちの足元でも女性や弱い立場の人の境遇に思いを寄せ、全ての人の尊厳が保たれる社会をつくりたい。


ノーベル平和賞 性暴力断罪の強い意思
 今年のノーベル平和賞は、組織的な性暴力が多発する紛争地で被害者の救済に尽くしてきた2人に贈られる。
 アフリカ中部コンゴ(旧ザイール)の産婦人科医デニ・ムクウェゲ氏(63)は、民兵らから性暴力を受けた大勢の女性たちの治療に当たっている。
 もう1人はイラク少数派ヤジド教徒の女性ナディア・ムラド氏(25)だ。過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として拘束されたが、奇跡的に欧州に脱出し、性暴力の実態を告発している。
 紛争地での性暴力は国際人道法で禁止されており、戦争犯罪と見なされる。2人への授賞は世界のどこであっても、性暴力を許さないという強いメッセージである。
 内戦が続くコンゴでは豊富な鉱物資源を支配しようと武装勢力が割拠する。1999年に同国東部に病院を開いたムクウェゲ氏は「レイプが『兵器』として使われている」と非難してきた。
 民兵らは性暴力によって女性の人権と尊厳を踏みにじるだけではない。鉱山周辺の地域住民に恐怖を与え、強制移住させたり、服従を強いたりしている。
 鉱物資源は携帯電話などに使われている。ムクウェゲ氏は2年前の来日時には、日本などが人権侵害につながる鉱物輸入を規制するよう求めた。遠い国の出来事と見過ごすわけにはいかない。
 国連で国際社会に関心を持つよう呼びかけた直後、武装勢力に暗殺されそうになり、欧州に逃れたことがある。それでも、数カ月後に女性たちの待つ病院に戻った。
 貧しい女性たちがなけなしの金を集めて帰路の航空券を買い、24時間の警護を申し出たという。ムクウェゲ氏への信頼の厚さを示していると言えよう。
 ムラド氏はイラク北部の故郷の村をISに襲われ、親族も殺された。ドイツに逃れた後は、同じような境遇にあったヤジド教徒の救済や、ISに加わらないよう各地で訴えてきた。
 性暴力の被害者が自ら名乗り出て、その実態を世界に知らせなければならない現実を、深刻に受け止める必要がある。
 世界各地でも、性暴力の被害に声を上げ、被害者への連帯を示す「♯MeToo」(「私も」の意)運動が広がりを見せている。
 今回の授賞は、紛争地のみならず、弱い立場の女性や子どもを狙った卑劣な行為の根絶に向け、国際社会全体で取り組みを強めるよう求めている。


【ノーベル平和賞】性暴力根絶へ行動求める
 戦争や紛争で常に犠牲になるのが、無垢(むく)で、抵抗のすべもない女性や子どもたちだ。人権を踏みにじる性暴力の根絶と被害救済を、ノーベル賞が国際社会に求めた。
 ことしのノーベル平和賞に、アフリカ中部コンゴ(旧ザイール)の武力紛争で性被害を受けた女性の治療に尽くしてきた産婦人科の男性医師、デニ・ムクウェゲ氏と、過激派組織「イスラム国」(IS)に性奴隷として捉えられた経験を明かし、性犯罪撲滅を訴えてきたナディア・ムラドさんが選ばれた。
 「女性の体が戦場になり、レイプが武器として使われている」。2人が世界に説き続けてきた活動を、ノーベル賞委員会は「戦争の武器としての性暴力終結に向けた努力」と評価した。戦場の残忍を極める性犯罪の実態を肉声で告発し、世界の関心を呼び起こした果敢な行動と貢献をたたえた。
 憎悪にまみれる紛争下では理性と秩序が失われ、人間を狂わせる。その狂気は性的な欲求を満たすためだけでなく、住民たちの恐怖心をあおって服従させる、支配の「武器」と化していく。
 不毛な戦闘が続くコンゴ東部で約20年前に病院を立ち上げ、被害女性の治療を続けてきたムクウェゲ氏は自身も命を狙われながらもひるまない。性暴力の残虐性と被害者が負った痛みの深さを「核や化学兵器」に似ると訴えてきた。医師としての使命感、祖国の平和への願いが突き動かしてきたのだろう。
 イラクのクルド民族少数派ヤジド教徒のムラドさんは、まだ25歳の若い女性だ。2014年にISに約3カ月にわたり性奴隷として拉致、拘束され、脱出した。1日に何度もレイプされた体験を国際会議などで明かし、性被害女性の保護やISへの裁きを求めてきた。その勇気と信念には敬服するほかない。
 過去の戦争の地でどれほどの女性が犠牲になってきたことか。旧日本軍の従軍慰安婦問題も女性の尊厳への無視が招いた。性暴力は今も世界でやむことがない。コンゴは「女性にとって地球上で最悪の場所」と例えられ、ISの非道性、凶暴さも比類がないほどだ。
 ムクウェゲ氏たちの告発は、歯止めもなく繰り返される蛮行をどこか遠巻きにしてきた国際社会への憤りを含んでいたのではないか。そして、2人が要請するのは具体的な行動である。
 コンゴの紛争はレアメタル(希少金属)などの資源を巡る利害が背景に絡むという。世界中でスマートフォンなどに使われる。日本をはじめ世界各国が無縁ではないはずだ。戦争や紛争を引き起こす原因を取り除くことこそが、戦場の性暴力を根絶する最大の手だてなのだと改めて教えられる。
 セクハラなど性的被害の苦しみをしまい込んできた女性たちが、世界中でその声を上げ始めた。日本でもそうだ。ムラドさんたちの願いに応えられる行動を急ぎたい。


ノーベル平和賞 性暴力の根を絶たねば
 今年のノーベル平和賞は、紛争時の性暴力根絶を目指して活動する2氏に決まった。
 アフリカ中部コンゴで被害者救済に尽力する産婦人科医デニ・ムクウェゲさん(63)と、過激派組織「イスラム国」(IS)に奴隷として拉致され、性暴力撲滅を訴えるクルド民族ナディア・ムラドさん(25)だ。
 戦時の性暴力は近年、IS支配下にあったシリアやイラクをはじめ、中央アフリカ、マリなどでも多発している。戦争の武器にされる性暴力と闘い、その深刻な実態に世界の目を向けさせた2人の努力が評価された。
 過酷な状況に置かれる女性や子どもたちを支援し、戦争犯罪を終わらせるべく、国際社会の取り組みを一層加速させたい。
 ムクウェゲさんは1999年、内戦下のコンゴ東部ブカブで「パンジ病院」を設立した。専門部門を開設し、兵士や武装勢力による集団レイプで負傷した女性や少女を治療し、心のケアや社会復帰の支援にも当たってきた。
 2012年に暗殺されかかり、家族と一緒に欧州に逃れた。一時は亡命を決意したものの、母国の女性たちの切実な訴えを受け、帰国している。08年に国連人権賞を受賞した。
 ムラドさんは、イラクのクルド民族少数派のヤジド教徒。北部シンジャールの村に住んでいた14年8月、ISが住民を虐殺し、母親ときょうだい6人も殺された。自身は他の女性、子どもたちとともに連れ去られ、何度も性奴隷として売買されたという。
 奇跡的に脱出してドイツに逃れた。ISによる性的搾取を告発するほか、女性や子どもの人権保護活動にも従事する。2年前、人身売買の被害者の尊厳回復を訴える国連親善大使に就任した。
 ムラドさんの村をISが襲った際は、1300人の男性が殺害され、6400人もの女性が奴隷にされたとみられている。
 国連安全保障理事会は08年、紛争時の性暴力は戦争犯罪、人道に反する罪、集団の破壊に当たるとの決議を採択。国連総会も15年、6月19日を「撲滅国際デー」に制定した。各国は問題への関与を深め、紛争の根本原因を絶つ対策を強化しなければならない。
 女性たちが実名で性的被害を告発する「#MeToo」(私も)運動が、世界中に広まっている折でもある。日本でも、ムクウェゲさん、ムラドさんの訴えに耳を傾け、性暴力を許さない社会づくりを進めたい。


石破氏が反撃ののろし 安倍首相の“改憲ヤルヤル詐欺”暴露
「早くも反撃開始か」――。自民党総裁選で安倍首相に迫った石破茂元幹事長に対し、ネトウヨが大騒ぎだ。石破は5日、〈自民・石破茂元幹事長を生出演で直撃! 安倍改造内閣の評価は? 総裁選の裏側は〉と題したフジテレビ系のバラエティー番組「バイキング」に生出演。政治アナリストの伊藤惇夫氏とともに改造内閣について持論を展開した。
 自民党の現職議員が改造内閣に批判的な論調が目立つ番組に生出演するのは珍しい。とりわけ、石破氏は新内閣発足直後、「全員野球だって言葉だけで言われても困る。何を言わんとしているのか」「ものすごく厳しい『試合』だと思う」と辛口トークを繰り広げていただけに注目が集まった。
 あらためて番組で新内閣の感想を求められた石破氏は、是非は答えなかったものの、「『政治は結果』といつも安倍さんは得意のフレーズで言っていますね」とニヤリ。要するに「結果が出なけりゃ当然、退場でしょ」というホンネが透けて見えた。麻生財務相の留任批判についても「判断は主権者である国民が選挙することです。今一番大事なことは先進国最悪の財政をどうするか。人口が減り始めて高齢化率が上がる中、どれだけきちんとしたものを示せるか、それが財務大臣のお仕事でしょ」と言い、アベノミクスで経済の好循環が訪れた、という安倍首相のウソをやんわり批判した。
■ネトウヨはカンカン
 極め付きは、安倍首相が前のめりになっている改憲。伊藤惇夫氏が“アベ友”の下村博文元文科相が党改憲本部長に起用されたことについて、石破氏に「下村さん、憲法論議を熱心にやったことがあるんですか?」と尋ねると、石破は軽く頭を振りながら「私の記憶にはない」とキッパリ言い切ったのだ。
 自民党改憲草案の9条を起草した“改憲オタク”の石破氏が「記憶にない」というぐらいだから、下村氏が憲法に興味も関心もなく、安倍首相の改憲は「ヤルヤル詐欺」だということを暴露したに等しい。
 この石破氏の一連の発言に対し、ネトウヨはカンカン。ツイッターには「新内閣をディスってるよ」と執拗に石破氏をコキ下ろす書き込みであふれた。
 チーム安倍の野球なんて、審判を抱き込み、スコアを改ざんし、誰が見てもコールド負けなのにベンチに居座って「あんな人たちには負けない」と叫んでいる八百長。石破氏が反撃ののろしを上げるのもムリはない。


相撲改革 自民ではできないのでは
★元貴乃花親方の参院選出馬が取りざたされている。無論、今までの相撲協会への思いを政治家という形を変えて改革していくというために出馬するのではないかと国民は想像するが、そもそも、それなら既得権の塊である自民党からの出馬で本当にいいのか、改革するというなら野党でないと意味がないのではないかとか、スポーツ界から政界への転身者は多いが政治家向きか、大体相撲問題だけの議員でいいのかなど有権者としての思いは巡る。★4日、元親方は議員会館に元文科相・馳浩を訪ねて引退の報告をしたが、内容について5日ブログで「これからどうするの? 参議院議員選挙に出るとか報道されてるけど」と尋ねたところ、「勘弁してください。ありえません。今はまずお世話になった方々に、こうして退任のごあいさつまわりをします。今後のことはまだ考えられないですね」とのやりとりを記した。また馳は4日の記者団とのやりとりでは元親方の今後について「改革というなら1人にならずに多くの仲間とともに活躍していければいい」と話している。★参院選の目玉としての魅力と相撲協会や自民党内の協会派らの壁、相撲協会の反応など、馳への表敬はさまざまな場所への観測気球だろう。どんな反応が返ってくるかのサウンドの1回目と見ていいだろう。一方、日刊スポーツ9月26日付の「とっておきメモ」が政界で話題だ。「巨大勢力に立ち向かうって、すごいエネルギーがいるんだよね」と語る元親方の発言には与党より野党に軸足を置いているようなくだりがある。野党議員が言う。「相撲の改革が目的だからこそ自民党ではできないのではないか」と集票力の魅力を隠しながら政策に理解を示す。しばらくは土俵なき攻防戦が繰り広げられるだろう。

安倍首相赤っ恥 IMF専務理事がアベノミクスに強烈ダメ出し
 アベノミクスの嘘っぱちに国際社会も呆れ返っている。経済状況を調査する定期協議で来日したIMF(国際通貨基金)のラガルド専務理事が、アベノミクスに痛烈なダメ出しを連発した。
 4日の会見では家計所得の伸び悩みなどを挙げて「政策の見直しが必要になる」と切って捨て、2019年10月予定の消費税増税を巡っても「単一税率が最も効果的だ」と言及。増税不満へのガス抜きで導入される軽減税率を否定した。「日本経済は潜在成長率を上回る成長をしており、増税にはベストな状況だ」とクギを刺し、求心力低下で3度目の増税延期をもくろむ安倍首相を牽制したのだ。
 それに先立ってIMFが発表した声明は、さらに踏み込んだ内容だった。基礎的財政収支(PB)黒字化の目標時期を20年度から25年度まで5年間もの先送りを批判。〈財政枠組みは依然としてGDPと生産性の伸びについて比較的楽観的な見通しに依存している〉と指摘し、〈現実的な経済成長予測に基づいた〉中長期的な財政健全化計画を求めた。
 経済評論家の斎藤満氏はこう言う。
「安倍首相は最長でも3年で政権を去る。IMFが懸念しているのは、アベノミクスに振り回されたその後の日本経済です。GDP600兆円を目指す安倍首相は財政出動の口実を探しており、相次ぐ地震や台風などの自然災害に乗じて公共事業のバラマキに出かねない。日銀による国債の大量発行を招き、金利上昇圧力を抑えるために日銀の国債買い入れに拍車が掛かる。異次元緩和の出口はますます遠のいてしまいます」
 安倍首相は総裁選の演説でもアベノミクスの成果をまくし立てていたが、デタラメだ。13年と17年の経済統計を比較すれば、日本経済がチッとも好転していないことはハッキリしている。物価変動を考慮した実質賃金の指数は103.9から100.5に下落し、個人消費は実質ベースで291.6兆円から291.4兆円にダウン。安倍首相は失業率や有効求人倍率の改善を強調し、「250万人の新しい雇用を生みだした」と威張るが、そのうちの211万人は65歳以上の高齢者。年金をアテにできない高齢者が渋々働きに出ているのが実態なのだ。
「IMFは日銀に金融政策のフォワードガイダンスも求め、異次元緩和の出口戦略を促している。欧米との金利差で広がる円キャリー取引の巻き戻しが起きれば、円高不況に転じかねないと警告を突き付けています」(前出の斉藤満氏)
 アベノミクスは道半ばどころか、首の皮一枚の崖っぷちに追い込まれている。


やはり怪しい加計獣医学部「図書館」資産水増しや粉飾疑惑
 新内閣が発足しようが、しまいが、まだまだ終わらない加計学園の獣医学部問題で、今度は「図書館戦争」が勃発した。
「今治加計獣医学部問題を考える会」の黒川敦彦共同代表によると、学園が文科省に提出した獣医学部新設の計画書では9928万円の本を購入したことになっているが、実際に図書館を訪れた識者らから「蔵書が少ない」「本棚がスカスカ」との意見が出ていたことから、9月下旬に考える会のメンバーで現地を確認。そして、全ての本棚の写真を撮り、蔵書1冊ずつのタイトル、価格などを目録として整理したところ、確認した限り蔵書は8715冊だったという。
 つまり、学園の計画書通りであれば、1冊当たりの単価は約1万1390円になる計算。そこで、今度は蔵書200冊をランダムで抽出し、平均単価を算出すると、1冊当たりの単価が約3870円になったという。
■7日に市民団体が現地で会見
「今後、さらに抽出数を増やして精度を高める予定ですが、仮に1冊の平均単価が約3870円だとすると、8715冊で約3370万円。つまり、計上された9928万円と約6500万円も数字が合わない。これは不自然です」(黒川敦彦氏)
 考える会などによると、蔵書の中には系列の岡山理大から持って来たり、ブックオフで購入したりしたような本もあったらしい。これが事実であれば、一体、どこが「最先端」なのか。考える会は真相究明のため、7日に今治市の獣医学部正門前で会見を開き、この問題を説明。その後、加計理事長と学園が資産水増しや粉飾決算の疑いがあるとして、刑事告発を検討するという。


ふるさと納税改定 地域事情に配慮すべきだ
 応援したい自治体に寄付すると、住民税などが控除され、返礼品が贈られる。そんなふるさと納税制度を、総務省が見直すことを決めた。
 過熱する返礼品競争に歯止めをかけるためで、返礼品は地場産品に限定し、調達費を寄付額の30%以下にするよう法制化。違反した自治体は制度から除外し、寄付しても税の優遇措置を受けられなくする方向だ。
 ふるさと納税は、大都市の税収を財源の乏しい地方に移し、地域を活性化させる目的で、国が2008年に創設した。制度の活用を自治体や住民に勧めてきたのは国だけに、法改正を伴う強硬策に出ることには違和感を覚える。
 確かに、返礼品競争が行き過ぎた側面はある。ハワイのホテル宿泊券や金券を贈ったり、地元産以外のブランド牛肉や海外製品を扱ったりする事例もあった。
 総務省によると、9月1日時点で返礼品の調達費が寄付額の30%を超えている自治体は全1788のうち246で、地場産品以外を贈っているのは190に上った。
 国からの再三の自粛要請に応じない自治体があり、不公平感を訴える声が高まっている現状からすれば、制度の見直しは避けられない。とはいえ、法的な規制までする必要があるのだろうか。
 総務省は「自粛要請では自発的な見直しが期待できない」と自治体側を非難するが、強引に寄付を集めるのは、それだけ財源に困っているからだ。そうした自治体の状況を考慮せずに法律で縛るやり方が、抜本的な解決につながるのか。むしろ、中央省庁の統制を強め、地方分権に逆行しかねない。
 規制の内容も十分に練っているようにはみえない。返礼品を寄付額の30%以下とする根拠ははっきりしないし、地場産品の定義も曖昧だ。
 牟岐町が返礼品としている鮮魚の切り身について、総務省は「地場産品ではない」として見直しを求めている。福井雅彦町長が「地元の企業が扱う商品を提供できないのはおかしい」と反発するのももっともだ。地域の事情を踏まえずに、一律に規制しようとする国の姿勢には疑問を感じざるを得ない。
 ふるさと納税は、知恵を絞って財源を確保しようという自治体の意欲をかき立て、地域振興に一定の役割を果たしてきた。
 寄付額は毎年増えており、17年度は総額3600億円を超え、県内では8億2623万円と08年度と比べ10倍に拡大した。阿波踊り体験や農家民宿での宿泊、空き家の草刈りなど、ユニークな返礼品が次々と登場。広報手段の乏しい自治体にとっては、地域に関心を持ってもらう手段にもなっている。
 法による規制が、地域のやる気や創意工夫をそぐようなことがあってはならない。国は自治体の声にもっと耳を傾け、地域の実情に合った制度に変えるべきだ。


旭日旗問題で炎上した俳優・國村隼の発言は真っ当だ! 日本の侵略戦争、軍国主義の象徴だった旭日旗の歴史
 旭日旗を巡る日本政府の対応が、またしても大きな外交問題に発展している。11日に韓国・済州島で行われる「国際観艦式」にあたり、海上自衛隊の旭日旗掲揚を事実上、自粛するよう求めた韓国政府に対し、日本政府が猛反発。5日にはとうとう護衛艦の派遣を取りやめると正式決定した件だ。
 言うまでもなく、海上自衛隊の艦旗である旭日旗は、戦中・戦前の帝国海軍からそのまま継承したもので、日本の軍国主義や帝国主義の象徴だ。これまでも、サッカーの試合などでサポーターが旭日旗を掲げて国際問題化してきた。韓国との過去の歴史を考えれば、要請に応じての自粛するのが普通だろう。それを護衛艦派遣取りやめとは、大人気ないにもほどがある。
 そんななか、意外な人物がこの旭日旗問題について正論を口にして、話題となっている。映画やテレビで独特の存在感を発揮しているコワモテの演技派俳優、國村隼だ。
 國村隼は、リドリー・スコットの『ブラック・レイン』やタランティーノの『キル・ビル』のほか、香港映画や韓国映画などにも複数出演してきた国際派でもある。近年ではナ・ホンジン監督作『哭声/コクソン』での怪演で高い評価を受けたことも記憶に新しい。ちなみに、『シン・ゴジラ』では自衛隊の統合幕僚長役を演じていた。
 そんな國村が5日、韓国で釜山国際映画祭関連の記者会見に参加。韓国・中央日報によれば、旭日旗問題について質問を受けた國村はこのように話したという。
「旭日旗というのが日本海軍自衛隊の伝統旗だと知っている。だが、われわれより先の世代、特に韓国の方はこの旗を格別に捉えているということも深く理解している」
「自衛隊としては旭日旗が自身たちの伝統なので曲げることができないだろう。しかし、過去の歴史を一度だけでも理解すればどうだろうか、個人的には考えている」
 國村のいう旭日旗の「過去の歴史」が、大日本帝国による韓国併合とアジアへの侵略戦争を指していることは解説するまでもないだろう。さらに國村は、現在の安倍政治についてもこう感想を語ったという。
「現在の日本政府は旭日旗だけでなく、すべての面で保守的な立場を持っている。日本の中でも様々な社会的な問題を起こしているのが事実だ」
「この問題については俳優としてよりも、一人の個人として望ましくないと考える」
 日韓両方の立場を尊重しつつも逃げることなく、旭日旗の歴史的経緯を踏まえたうえで誠実に自身の考えを語り、その背景にある安倍政権による日本社会の保守化の問題にまで踏み込んだ國村。言葉を慎重に選んでいるが、その内容は至極真っ当だろう。
 ところが、やはりというべきか、国村は、Twitterなどでネトウヨから総攻撃を浴びせられることになってしまった。
〈売国奴國村を許すな!〉
〈所詮このオヤジも、吉田鋼太郎と同じ、雰囲気だけの俳優。演技力なんざ下の下じゃねえか。その上脳みそは極左ときた。國村隼、テメエは恥を知れ〉
〈釜山の映画祭に出席している時点で、韓国寄りの意見しか言えないだろう 目先の金のために、売国奴に成り下がったな 惨めな男〉
〈國村隼さん好きな俳優さんだったけど韓国の傀儡で日本の国賊だったとは残念〉
〈反日分子は追放しろ!〉
 この程度の発言で「売国奴」「国賊」「反日分子」呼ばわりされ、その演技力まで否定しにかかるとは、毎度のことながら連中のファナティックさには呆れ果てる。
 だが、狂っているのはネトウヨたちだけではない。今回の問題はそもそも、連中の親玉である安倍政権の対応がおかしいのだ。
韓国は全参加国に「国旗のみ」を要請しているのに
 前述したように、日本政府は旭日旗が自衛隊法で定められた自衛艦旗であり、外部標識として掲揚が義務付けられていると言い張り、護衛艦の派遣を取りやめた。岩屋毅防衛相は「わが国の立場としては、受け入れることができない」と掲揚自粛を断固拒否。河野克俊統合幕僚長にいたっては「海上自衛官にとって自衛艦旗は誇りとしての旗だ。降ろしていくことは絶対にない」といきりたった。
 いったいなにをいっているのか。そもそも韓国側の要請は、日本にだけ向けられたものではない。参加予定の全14カ国に対して「自国と韓国の国旗のみ」を掲揚するよう求めるものだ(ちなみにもともと軍艦旗を持たず国旗をそのまま掲揚している国もある)。にもかかわらず、安倍政権はこれにヒステリックに反発して、国際関係を拗らせているのである。
 その結果、ネトウヨたちから、国際感覚の欠如した安倍政権に乗っかって、〈死ね韓国〉〈自衛艦旗を下ろす時は相手国に降伏した時だ!韓国に降伏するわけが無い〉〈真の敵国は南北朝鮮〉〈国旗は祖国日本の誇りです〉などといった韓国バッシングが噴き出したのだ(一応言っておくと、旭日旗が日本国の国旗だった時期は存在しない)。しかも、こうした韓国批判や、「旭日旗を掲げて何が悪い」という主張は、頭の悪いネトウヨだけでなく、一般国民の間にも広がっている。
 だとしたら、旭日旗のいったい何が問題なのかきちんと指摘する必要があるだろう。本サイトでは以前も詳しく解説したことがあった(https://lite-ra.com/2017/05/post-3142.html)が、「旭日旗は日本の軍国主義の象徴である」という韓国世論は、べつに言いがかりでもなんでもなく、歴史的事実だ。そして海上自衛隊の艦旗は、その旭日の意匠のみならず、戦中のミリタリズムをまるごと引き継いだ、極めて思想的なものに他ならないのである。
旭日旗は天皇の分身、意匠には〈我帝國ノ武勇ヲ世界ニ輝カセ〉の意味
 言うまでもなく、旭日旗は、戦前・戦中に帝国陸軍の「軍旗」(連隊旗)および帝国海軍の「軍艦旗」として用いられた。それぞれ形が微妙に異なるのだが、たとえば陸軍での扱いは、単なる連隊の標識にとどまらず「旭日旗=天皇の分身」として、軍旗に関する礼式、取り扱い等も規定された。紛失したり、奪取されることなどもってのほかで、敗北・玉砕の際は連隊長が腹を切り、軍旗を奉焼の儀式にて灰にした(寺田近雄『完本 日本軍隊用語集』学習研究社)。第二次大戦末期には爆薬によって旗手が軍旗もろとも自爆する処置がとられたという(秦郁彦『日本陸海軍総合事典』東京大学出版会)。
 一方、海軍での旭日旗=軍艦旗はどうだったか。前述の“狂気”としか言いようがない陸軍での扱いとは違って、海軍の艦船たることを示す旗章として日本国主権の存在を示したと解説されることが多いが、1902(明治35)年に海軍少佐・奥田貞吉の名前で著された「帝國國旗及軍艦旗」によると、その意匠には〈我帝國ノ武勇ヲ世界ニ輝カセ〉〈帝國ノ國權ヲ地球ノ上ニ發揚セヨ〉という意味があるとされる。つまり、たんに船舶の所属を表す目的ではなく、国威発揚や帝国主義の正当化を図る示威行為の意図があったと考えられる。
 陸軍の軍旗および海軍の軍艦旗は、敗戦で一度は消滅する。だが、海上自衛隊はその後、戦中とまったく同じ旭日旗を自衛艦旗として蘇生した。しかし、それは「自衛隊が旭日旗を使うことは問題ない」からではなく、むしろ逆で、当局もその問題性を認識していたことは意外と知られていない。
 現に、防衛省・自衛隊ホームページでは〈自衛艦旗は戦前の日本海軍の軍艦旗そのままのデザインですが、その制定にあたって海上自衛隊の艦旗はすんなりと旧軍艦旗と決まったわけではありませんでした〉と解説されている。1954(昭和29)年の自衛隊設置を前に、その前年から旗章が全面的に見直されることになったのだが、〈多くの部隊が希望している旧軍艦旗を採用することについても、情勢はこれを許す状況にはないのではないかとの議論〉があったというから、やはり、旭日旗が軍国主義を示すものであるとの認識は当時の関係者にもあったわけである。
旭日旗復活に「軍艦旗が使える」と狂喜した帝国海軍出身者たち
 ところが、防衛省が説明するところによれば、〈各部隊・機関の意見を集めたその結果、各部隊等の大部分は旧軍艦旗を希望している意見が多いことが判明〉して、旧日本軍の軍艦旗がそのまま制定されたという。
 元海軍軍人の大賀良平・第12代海上幕僚長(故人)が、かつて雑誌に「旭日旗、再び」と題して寄稿した文によれば、1951年、吉田茂はサンフランシスコ講和条約締結と前後し、米国から艦艇の貸与を打診され、これを受け入れた。その際、貸与艦をどう運用すべきかを検討する秘密委員会が設けられ、山本善雄元海軍少佐が主席となり、旧海軍側から8名が参加したという。この答申によって、翌52年に海上警備隊が創設されたのだが、大賀元海幕長は当時をこう述懐している。
〈この時、関係者が感激し狂喜したのは、かつての軍艦旗“旭日旗”が再び自衛艦旗として使えるように決まったことだ〉(「世界週報」時事通信社/2002年8月20・27日合併号)
 大賀元海幕長の言う「感激し狂喜した関係者」が、海軍出身者のことであることは疑いない。自衛艦旗の「旭日旗」の復活が、帝国海軍のメンタリティを継承しようとした結果だということは明白だろう。つまり、いま国際問題になっている海上自衛隊の自衛艦旗=旭日旗は、たんにその意匠(旭日)が「戦中を思わせる」という「情緒的な」レベルではなく、完全に、大日本帝国のミリタリズムを継承したものに他ならないのだ。
 繰り返す。海上自衛隊の旭日旗はたんに「太陽をイメージした旗」ではない。それは侵略戦争を行った日本の軍隊、大日本帝国海軍を正当化させるものに他ならないのである。韓国をはじめとするアジア諸国で、旭日旗と、それを意気揚々と掲げる自衛隊に強い嫌悪感が生じるのは、当たり前の話だ。
 日本では、「韓国は過剰反応しているという」なる非難も目立つが、逆だろう。旭日旗を当たり前のものとして受け入れているその鈍感さこそ、あまりに危険である。言っておくが、旭日旗は決して軍部だけの独占的なデザインだったわけではない。日本の軍国主義の進展とともに、街角のポスターや学校の校旗にも登場し、子どもたちまでもが手旗サイズの軍旗を振った。つまり、日本の庶民にも対しても、戦意高揚のために使われていたのである。
 今回、いみじくも國村隼が「現在の日本政府は旭日旗だけでなく、すべての面で保守的な立場を持っている。日本の中でも様々な社会的な問題を起こしているのが事実だ」と指摘したように、日本社会はいまや、旭日旗掲揚を批判した俳優を「国賊」「売国奴」「反日分子」と罵倒する、極めてグロテスクな状況に陥っている。そう考えると。国民はすでに安倍政権によって、“旭日旗の思想”に染められつつあるのかもしれない。