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梅水晶‗神田190201

Le Japon réfléchit à autoriser les Nord-Coréens aux JO 2020
Le Japon, qui accueillera les Jeux Olympiques 2020 (24 juillet - 9 août), réfléchit à autoriser les athlètes nord-coréens à participer. À Pyeongchang, l'année dernière, ils avaient concouru sous une bannière unifiée avec ceux du Sud.
Le Japon serait en pleine réflexion quant à la possibilité d'autoriser la Corée du Nord à participer aux Jeux Olympiques 2020 à Tokyo. La Corée du Nord a participé aux JO 2018 de Pyeongchang, en Corée du Sud, sous une bannière de la Corée unifiée.
Depuis, Corée du Nord et la Corée du Sud ont fait savoir au CIO qu'elles aimeraient défiler ensemble à Tokyo et ont officiellement demandé à pouvori présenter une équipe commune pour le basket et le hockey sur gazon féminin, le judo en équipe mixte et certaines épreuves d'aviron.
Yoshitaka Sakurada, le ministre japonais de l'olympisme, s'est exprimé devant le parlement ce mercredi et a expliqué que le gouvernement était en train de réfléchir à l'inclusion de la Corée du Nord pour les JO 2020. ≪ Les Jeux Olympiques et Paralympiques sont les événements mondiaux les plus fédérateurs en matière de paix ≫, a-t-il dit. Il a ajouté que cette décision allait impliquer des discussions avec les responsables des différents sports.
Comme d'autres puissances, occidentales notamment, le Japon a imposé des sanctions à la Corée du Nord en représailles de son programme nucléaire, dont une interdiction d'entrée sur son territoire aux citoyens nord-coréens. Les relations sont en outre tendues en raison d'accusation d'enlèvements de ressortissants japonais en Corée du Nord.
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フランス語の勉強?
こたつぬこ @sangituyama
コカインについて議論がありますが、ソン・ガンホ主演「麻薬王」はみてほしいですね。朴正煕独裁政権下では、麻薬を釜山経由で日本に密輸するブローカーが政界に食い込み、反共運動の名士として独裁政権を肥え太らせていました。麻薬は独裁を生み、戦争を引き起こし、たくさんの人を苦しめてきました。
「先進国」で享楽的に麻薬を嗜む自由を唱えるのは結構ですが、その白い粉をつくるためにどれだけの血が流れてるか少しは考えたほうがいいですよ。
米墨関係でいえば、NAFTAでメキシコ農業が壊滅→麻薬に転作→マフィアが巨大化し内戦状態→内戦状態から逃れるためにアメリカに越境→アメリカも麻薬汚染拡大→排外主義台頭→トランプが壁作れ。
ドラッグの厳罰化は反対。問われてるのは想像力ですね。ドラッグ=自由みたいな価値観はろくでもない。


今日も日比谷図書館.昨日クスクス食べることできなかったので,今日こそという思いで飯田橋に.意外に混んでなくて安心.久しぶりです.女性2人は仕事の話に熱心でした.
初めての東小金井.安保法制に関しての白熱した議論が面白かったです.
荻窪の沖縄料理で泡盛.島豆腐もおいしいです.
静岡で安倍川もちとさくらの麩を買いました.

河北抄
 雨が降りやんだ今月11日の夜、雲の切れ間に「おおぐま座」を見つけた。クマの腰からしっぽのあたりに並ぶ7個の星が、ご存じの北斗七星。
 東日本大震災当日と変わらないはずだが、見え方は違った。「停電で真っ暗だったから」と仙台市天文台の職員。8年前の仙台市の空も夜9時には晴れ上がり、いつもより多くの星が明るく瞬いた。当時は新月から7日目の小舟のような月も浮かんでいた。七夕神話に関係し、古くから「祈りの月」と呼ばれた月。
 天文台があの日の夜空をプラネタリウムで再現した特別プログラム『星よりも、遠くへ』では、7人のエピソードも紹介されている。はっとするほど美しかった星空の思い出は、悲しくつらい体験もよみがえらせる。
 津波で娘と孫を亡くした石巻市の女性は、今も毎晩のように星を見上げるという。「会いたいよ」と声に出しながら。8年前の星空に格別の思いを寄せながら。「今を生きる人たちがいる」と天文台の大江宏典さん(46)。「あの日の夜の光景も震災の記憶をつなぐ遺構です」


<岩手・大槌>さよなら仮設ホテル 5年間の営業に幕、運営のまちづくり会社解散へ
 岩手県大槌町の第三セクター「復興まちづくり大槌」運営の仮設ホテル「ホワイトベース大槌」が東日本大震災から8年の節目に5年間の営業を終えた。アットホームな雰囲気で復旧工事の関係者をもてなし、延べ11万3770人が宿泊。雇用を生み出すなど疲弊した地域経済の復興にも一役買ってきた。
 最終営業となった2日夜はスタッフと常連宿泊客のお別れパーティーがあった。経理担当の山陰洋子さん(65)は「お客さんが快適に過ごし、工事を終えた後は笑顔で去って行くのが何よりうれしかった」と振り返る。
 八戸市の建設会社社員須田達弘さん(39)は、県立大槌病院の再建工事などで延べ1年10カ月滞在した。「おいしいご飯が楽しみでほっとできる寮のような場所だった」と感謝する。
 ホワイトベースは2014年4月に開業。復旧工事の入札情報に基づき、落札業者に利用を呼び掛ける営業活動を続けた。客室77室は全て個室で、平均稼働率は82.7%と高い水準を維持してきた。
 ただ復興事業の収束やホテル施設のリース期間が満了することもあり、町は営業終了を決めた。併せて復興まちづくり大槌を近く解散することも決定。社員やスタッフの計29人は全員解雇する。
 復興まちづくり大槌は13年3月に設立。公民連携の手法で手掛けた中心市街地再生は頓挫したが、ホテル運営が好調で累積利益は17年度決算で4000万円を超える。物品取引や宿泊客による消費など町内に経済効果を波及させた。
 東京都内の出版社勤務から転身した取締役の石井満さん(51)は「全国から集まって働いてくれる工事関係者のため、サービスに力を入れてきた。解散は残念だが、復興に貢献できた達成感はある」と語った。


<古里からのバトン>海生かした新事業探る
 東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の被災地に、首都圏や仙台など都市部から気概に富む人々がUターンしている。「復興の力になりたい」「傷ついた古里の行く末を見守りたい」。生まれ育った景色は失われても、古里への思いは消えない。
◎復興Uターン(2)宮城県南三陸町 阿部伊組取締役 阿部将己さん
 東日本大震災の復旧工事はいずれ終わる。その時、生き残れるか。被災地で建設業の未来を切り開く挑戦が始まった。
 「復興後を見据え、自分たちで仕事をつくるしかない」。宮城県南三陸町歌津の阿部将己さん(33)は2月から1カ月、インターンシップの大学生2人と新規事業の可能性を探った。本業は創業97年を誇る建設業「阿部伊組」の取締役だ。
 着目したのはマツモの陸上養殖だった。三陸沿岸の岩場に生える海藻で、供給が少なく高値で取引される。希少価値にビジネスチャンスを感じ、学生たちと市場調査や養殖技術の情報集めに奔走した。
 町内で8日、成果発表会があり、学生が事業計画を提案した。阿部さんは「実現の可能性を見いだせた。事業化に向けて動きだしたい」と力を込めた。
<特需後へ危機感>
 阿部伊組は臨海部での土木工事を得意とする。震災後は町の防潮堤建設に加え、公共施設の再建も手掛けてきた。冬の時代が続いていた業界は復興特需で息を吹き返した。
 建設業は景気に大きく左右される。震災関連事業は新規の建造物がほとんどで当面はメンテナンスの需要を見込めない。「会社は震災で延命したにすぎない」。新規事業を模索する背景には、そんな危機感があった。
 震災が古里を襲った時、東京の化学薬品商社で営業マンをしていた。社長の父ら家族は無事だったが、震災を機に家業と町の未来に思いを巡らせることが増えた。
 「40歳や50歳になってから地元に戻ったとして何ができるだろうか。その時、町そのものがどうなっているか分からない」
 東京での暮らしと仕事は充実していた。都会を離れることに後ろ髪を引かれる思いだったが、3年ほど考えた末、帰郷を決めた。
<星空の下で映画>
 家業に就いて2年が過ぎた。今は主に工事現場の管理を任され、昨年4月から仙台市内のビジネススクールで経営のイロハを学ぶ。
 養殖事業への挑戦は始まったばかりだが、担い手不足が続く水産業にインパクトを与える可能性を感じている。「町の資源である海を生かし、新たな収入源につなげたい」と意欲を見せる。
 阿部さんの関心は本業の行く末にとどまらない。
 震災で打撃を受けた町は復興に向けて歩みを進める一方、町並みは一変した。人口が急速に減り、住民は暮らしの場を高台に移した。夜は真っ暗。都会とはあまりにも対照的な光景に、当初は「寂しい気持ちになった」と振り返る。
 古里で生きると決めた自分が、町のために何ができるか。思い浮かんだのが、子どもたちが楽しめる場をつくることだった。
 昨年9月に町内のキャンプ場で、野外上映会「ねぶくろシネマ」を開催。家族連れなど約60人に星空の下で映画「スタンド・バイ・ミー」を楽しんでもらった。
 古里に戻り、価値観が変わった。「お金では得られない豊かさが町の暮らしにはある」。あの時の選択は間違っていなかった。今は心から思っている。


<縮小の先へ 被災地と人口減>第3部 インフラ 地域の足(2)BRT/増えぬ利用客 減便懸念
 東日本大震災の被災地で、住民の生活に欠かせない交通機関や公共施設の復旧復興が急ピッチで進められている。将来に向けて維持できるのか。利活用は計画通りに進むのか。加速する人口減少を前に、被災地の試行錯誤が続く。第3部は「インフラ」をキーワードに課題に向き合う姿を追った。
 朝7時半。気仙沼市のJR気仙沼線バス高速輸送システム(BRT)の駅「不動の沢」に、気仙沼高生が次々と降り立つ。
 同市本吉町の1年三浦甲斐さん(16)は毎朝、約40分間バスに揺られ、通っている。東日本大震災時は小学2年生。鉄路だった気仙沼線に乗ったことはなく、「BRTの不便さは感じない」と話す。
<高校生に不可欠>
 同校生徒の約4分の1に当たる198人がBRTで通学する。本数は鉄道時代の約3倍に増え、高校生にとって欠かせない交通機関となった。
 市は2016年3月、JR東日本が提案した気仙沼線のBRTによる本格復旧を受け入れた。3年がたち、地域の足として定着したが、鉄道時代に比べ利用客は大幅に減った。17年度の柳津(登米市)−気仙沼間の1日平均利用客は264人で、鉄道だった10年度の3割にとどまる。
 JR東日本が17年11月に設置した気仙沼市立病院駅は、市の要望でできた。同市長磯下原の女性(75)は陸前階上−気仙沼市立病院間を毎日利用する。入院する夫(78)の見舞いのためで「運転免許がなく、BRTがなくなったら来られなくなる」と明かす。
 市立病院駅はBRTの専用道から1キロ以上離れた場所にある。1日の平均利用客は15人程度。同駅への運行を「実証運行」と位置付けるJRは「利用客数を踏まえ、今後の方針を決める」(盛岡支社)と駅の廃止も否定しない。
 気仙沼市は震災後、人口が1万以上減った。少子化も進み、大幅な利用客増は見込めない。市の担当者は「JRも民間事業者。利用客が増えなければ減便の可能性もある」と危機感を募らせる。
<大きなハンディ>
 河北新報社による被災3県の計42市町村長を対象にしたアンケートで、5割近い首長が人口減対策として「交流人口の拡大」を挙げた。鉄路を失った地域は大きなハンディを抱える。
 「乗り遅れたようで寂しい」。陸前高田市観光物産協会のスタッフが漏らす。
 23日に開業を控えた第三セクターの三陸鉄道リアス線。宮古−釜石間(55.4キロ)がJRから移管され、全国の三セクで最長となる久慈−盛(大船渡市)間163キロが1本のレールでつながる。
 陸前高田市内を走るJR大船渡線は津波で被災後、BRTで復旧された。市は岩手県沿岸部で唯一、鉄道が走らない市町村になる。
 JR東日本は4〜6月の3カ月間、岩手県内を重点販売地域に指定した。三鉄に直通列車を走らせるほか、県内各地でSLやリゾート列車を臨時運行するがBRT区間に計画はない。
 市の担当者は「BRTは域内交通としては定着したが、首都圏の人々の認知度は低い。利用しづらいイメージではないか」と課題を指摘する。
 同じように鉄道がない宮城県南三陸町の南三陸ホテル観洋が今年1月、社員旅行の一環で三陸鉄道沿線の盛り上がりを視察した。
 おかみの阿部憲子さん(56)は「鉄道があるとないとでは人の流れが違った。大量輸送できる鉄道を失った影響はやはり大きい」と指摘した。


風化防止 遺構を核に3県連携を
 節目に際し、震災遺構を巡った。10日は陸前高田市の奇跡の一本松、旧気仙中校舎を経て、宮城県の気仙沼向洋高旧校舎へ。この日、一般公開が始まった。
 津波は4階建て校舎の4階床上にまで到達。猛威をありのままに伝える校舎内の惨状に、言葉を失う。
 3階に突っ込んだ車、散乱する椅子、トロフィー、割れた窓ガラス。旧校舎の隣に新設された伝承館の大型スクリーンに映し出される津波や火災の映像に、驚きの声を上げ、涙を浮かべる人も。
 一連の展示から「津波死ゼロのまちづくり」への強い決意が伝わる。そして、現物こそ津波の猛威を伝え、風化を押しとどめる力になることを、あらためて実感する。
 岩手、宮城県では20カ所以上が遺構として保存され、宮古市のたろう観光ホテル、仙台市の旧荒浜小校舎など整備活用も本格化している。
 原発事故の影響で議論が進まなかった福島県でも2月、浪江町の請戸小旧校舎について、遺構として保存するよう町の検討委員会が提言。町は2020年度までに整備する方針だ。地震・津波・原発事故という複合災害の教訓を、3県で発信していくスタートラインが見えてきた。
 復興道路や鉄道網の整備で周遊性も高まる中、3県の官民が連携し、遺構を核に発信力を強化することで風化を押しとどめたい。明治、昭和三陸大津波などの石碑、今回の震災後に建立された碑なども順次リストアップし、教訓を伝える長大な「回廊」をつくりたい。
 11日は石巻市の旧門脇小校舎へ。津波と火災に襲われた旧校舎は今、一部保存か全体保存かで揺れている。
 市が15年に行った地元住民へのアンケートでは「解体」が約半数。住民感情に配慮し、市は一部保存方針を打ち出した。だが、地元町内会長らが今年2月、住民らにアンケートを実施。全体保存を望む声が多数を占めた。
 風化防止への意識の高まりの現れであろう。遺構を活用し教訓を伝えていく主体は、あくまで住民。その思いに配慮した形での整備を望む。
 一方で今月初め、多くの職員が犠牲になった大槌町旧役場庁舎は解体され、更地になった。保存を望んでいた遺族らの悲しみは深い。
 町を二分した旧庁舎の存廃問題。町職員遺族が死亡状況解明までの解体中断を求める中、町は解体に踏み切った。跡地は災害時に車を乗り捨てる「防災空地」にする方針だが、遺族側はモニュメントの設置などを求めている。
 町側が歩み寄り、対話を進めてほしい。遺構がなくなった今、教訓を継承していく上で遺族の力が欠かせない。


[復興庁の後継] 被災地に青写真を示せ
 政府は東日本大震災からの復興に関する基本方針を見直し、2020年度末で廃止となる復興庁の後継組織設置を決めた。
 被災地では防潮堤や高速道などのインフラ整備、住宅再建などが進んできた。しかし、東京電力福島第1原発事故によって4万人以上が避難を続ける福島県沿岸部の復興はこれからだ。引き続き、復興の中心となる組織が必要なのは言うまでもない。
 一方で、年内にも取りまとめるという組織の具体像はまだ見えない。被災地の要望に耳を傾けながら、早急に組織や事業内容について住民に青写真を示すべきだ。
 大きな自然災害が全国で頻発している。防災対策や復興を一元的に担う新組織にできないかも検討してもらいたい。
 復興庁は12年2月に発足した首相直属の機関で、東日本大震災と福島第1原発事故からの復興政策を統括してきた。国が被災地を財政面で支援する「復興期間」の終了に合わせて廃止される。
 安倍晋三首相は復興推進会議で後継組織の検討を指示。「省庁縦割りを排し、政治の責任とリーダーシップの下で復興を成し遂げるための組織を置く」と述べた。
 国が主導してきた原発政策への責任や福島の住民帰還への厳しい道のりを考えても、国が先頭に立つのは当然といえよう。
 岩手、宮城、福島3県の42市町村長に対する共同通信のアンケートでは9割が復興庁の後継組織が必要だと回答。特に復興特別会計などの独自財源の継続を重視する要望が多かった。
 震災から8年がたち、被災地の人々が求める支援は、原発事故からの復興・再生から被災者の心のケアなどのソフト面まで多様化している。必要な対策を十分に行えるよう、財源の確保策を含めた枠組みづくりを急ぎたい。
 復興庁の後継組織に防災やほかの大規模災害時の復興対応まで求める声も挙がっている。
 全国知事会は昨年、南海トラフ巨大地震などの巨大災害への備えが必要だとして、事前の防災対策と復旧復興を一元化した「防災省」の創設を提言した。甚大な被害が予想される災害への切実な危機感の表れでもある。
 だが政府は、「防災は首相をトップとする現行体制で十分」と、防災省新設には否定的だ。
 東日本大震災の教訓を今後の防災、復興に生かすためにも後継組織の在り方について議論を深めてもらいたい。


<震災8年>電力の地産地消と地域活性化目標に「自治体新電力」の設立、東北でも相次ぐ
 東日本大震災と2016年4月の電力小売り全面自由化を機に、自治体が出資などで関与する地域新電力「自治体新電力」の設立が、東北でも相次いでいる。再生可能エネルギーなど電力の地産地消と、地域活性化を目標に掲げる。事業成果の拡大には業務を見直し、収益を地域に循環させる取り組みの実現にかかっている。(報道部・高橋鉄男)
 東松島市の一般社団法人東松島みらいとし機構は16年4月、地域新電力に参入した。市内の太陽光発電設備などから電力を調達し、公共施設や企業に供給する。契約電力量は当初の約3倍の約1万1000キロワットまで増えた。
 他にも多くの事業を手掛ける。市のふるさと納税業務や、被災地で育てた大麦を使ったビール醸造、婚活事業も担う。今春から市のパークゴルフ場も運営する。
 幅広い活動を支えるのが、自前の電力需給管理だ。地元雇用の3人が担当となり、24時間を30分ごとに分けて電力を調達して需要と釣り合わせる計画を作成。供給の前日に電力融通を指揮する国の「電力広域的運営推進機関」に提出する。この業務の利益率は高く、18年度は約2000万円の経常利益を見込む。
 常務理事兼事務局長の渥美裕介さん(34)は「需給管理がもたらす利益が、利幅の薄いまちづくりや公益サービス運営の原資になっている」と手応えを語る。
 東北で設立、設立予定の自治体新電力は、表の通り11法人。需給管理を自前で行うのはわずか3法人で、残りはノウハウがある大手などに委託している。
 需給管理を外部委託した場合、委託料がかさみ、利益は域外に流出する。新電力に詳しい京都大の稲垣憲治研究員は「雇用や税金で地域に回るお金が10分の1に減る」と分析する。従業員ゼロというケースも少なくないという。
 現状を見直す動きもある。山形県が15年に33.4%を出資した「やまがた新電力」は18年11月、需給管理を外部委託から自前に切り替えた。自前転換は東北で初めてとされる。供給電力の再生エネ比率が8割に上る同社は委託時、プロパー社員がいなかった。現在、需給管理は正規雇用した20代の1人が担う。近く、3〜4人体制にする考え。
 同社の冨樫昌樹さん(46)は「供給先ごとに使い方も分かり、需要に応じた独自のメニューづくりができるといい」と意欲的だ。
 自前転換は、新電力による地域活性化をうたう一般社団法人ローカルグッド創成支援機構(東京)が後押しした。高額の需給管理システムやノウハウを格安で提供する。東松島みらいとし機構とローカルでんき(湯沢市)も支援先だ。
 稲垣研究員は「電力の地産地消よりも、地域にお金が回っているかどうかを評価の物差しにするべきだ。自前の需給管理は、その第一歩になる」と語る。


たくましく浪江中の3人巣立つ「笑顔も友も増え自信に」 避難先の二本松で卒業式
 東京電力福島第1原発事故に伴い、避難先の二本松市で授業を続けてきた福島県浪江町浪江中の卒業式が13日あり、3人が巣立った。同校は4月以降の在校生がゼロとなるため、今月末に休校となる。
 鴫原俊洋校長は式辞で「当たり前とは違う環境の中、誠実に勉強やスポーツに取り組んできた。これからは諦めずにたくましく生きてほしい」と激励した。
 卒業生3人は別れの言葉で「浪江中だからこそできる交流を通じてたくましくなった」などと振り返った。
 たった1人の後輩で新年度は県内の他校に転校する2年生は送辞で「先輩は手本であり心の支え。思い出を胸に春から新しい学校へ踏み出したい」と述べた。
 卒業生3人は式後、卒業証書を手に校舎前で教諭らと握手して別れを惜しんだ。須藤伶さん(14)は「ここで学んだことで友達も笑顔も増えて自信が持てるようになった」と話した。父の英司さん(42)は「休まず楽しそうに通っていた。浪江中で良かったと思う」とほほ笑んだ。
 浪江中は原発事故で臨時休業となり、2011年8月、廃校となっていた二本松市の旧針道小校舎を借りて再開。生徒数は事故時が398人、再開時が51人だった。休校に伴う式は22日に行われる。
 浪江町は昨春、なみえ創成小・中学校を開設し、町内での授業を再開させた。臨時休業中の浪江東、津島の2中学校も今月で休校となる。


東電公判が結審/本当に予見できなかったか
 東京電力福島第1原発事故を巡って、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の旧経営陣3人の刑事裁判が、東日本大震災から8年を経た12日、東京地裁で結審した。判決公判は9月19日に開かれる。
 最終弁論で弁護側は「事故の予見可能性はなかった」として、被告の勝俣恒久元会長(78)、武黒一郎元副社長(72)、武藤栄元副社長(68)の無罪を主張した。検察官役の指定弁護士は3人に禁錮5年を求刑している。
 弁護側が主張してきたように、果たして東日本大震災の巨大津波を東電は予見できなかったのだろうか。37回を数えた公判を通じて、最大の争点となったのはこの点だ。
 検察の不起訴、検察審査会の議決、再議決を経て2017年6月、この裁判は始まった。公判には東電社員や学者ら計21人が出廷。指定弁護士側、弁護側が事故の予見可能性などを巡って激しく対立した。その過程でさまざまな事実が明らかになっている。
 18年5月に開かれた第12回公判には、元原子力規制委員の島崎邦彦東大名誉教授(地震学)が証人として出廷。02年、国の地震調査研究推進本部(地震本部)が公表した長期評価と、その後の研究成果を反映させた改定作業について詳細に述べた。
 長期評価は福島県を含む太平洋岸に大津波の危険があるとし、島崎氏は「長期評価を受けて東電が津波対策をしていれば、原発事故は起きなかった」「長期評価は当然津波に備える必要があると示している」と明言した。
 1年8カ月余り続いた公判で証言などから浮き彫りになったのは、電力事業者として東電が安全に細心の注意を払っていれば、やはり事故は防ぎ得たという当然すぎる事実だろう。では、なぜ津波対策は先送りされたのか。
 地震や津波に対応する部門を担当していた東電関係者が病気のため公判で証言できなかったのが惜しまれる。第24回公判で検察側が読み上げたこの関係者の調書には、経営を優先させ津波対策を先送りさせたと受け取れる記述があったからだ。
 もちろん、こうした証言の数々が被告3人の刑事責任に直ちに結びつくとは容易には言えない。巨大津波や原発事故の予見可能性、結果の回避可能性の有無などを含め今回の裁判の行方に関しては、法律の専門家でも評価は大きく分かれる。
 東日本大震災で福島県は他県より格段に多い2250人の震災関連死を数えた。同県内、県外への避難者は今も4万1000人を超える。福島第1原発事故は豊かな海と県土を汚染し、住民にこれほど悲惨な犠牲を強いている。
 裁判の結果はともかく、最終意見陳述で被告3人のいずれからも真摯(しんし)な謝罪や反省が聞かれなかったのは、極めて残念だと言っておきたい。


河北春秋
 サッカー日本代表専属シェフの西芳照さんは言葉を失った。福島第1原発事故の約2週間後、職場のレストランがあるJヴィレッジ(福島県楢葉町、広野町)を訪れた時のこと。戦車や消防車が道をふさいでいた。自衛隊員が出入りし、廊下や階段で作業員が眠っていた▼「サッカーの聖地」と言われた練習場施設は、原発事故の対応拠点になった。芝生に砂利が敷かれ、駐車場や寮が整備された。使用済みの防護服は山積み。西さんは「復活するのは遠い将来だと思った」と振り返る(『サムライブルーの料理人 3.11後の福島から』)▼急ピッチで原状回復工事が進んだ。昨夏に主要施設の運営を再開、今年2月に女子の日本代表が10年ぶりに合宿をした。昔の姿に戻るまでの歩みを「奇跡」と呼ぶ人もいる▼「復興五輪」を掲げる東京五輪の開幕まで500日を切った。Jヴィレッジが聖火リレーの出発地になるという。事故後の無残な姿を思えば、復興の象徴としては最適だろう。ただ、聖火リレーは一過性の催し。Jヴィレッジはごく一部の復興の姿にすぎない▼原発事故の収束の見通しは立たないまま。五輪関連工事が優先された結果、被災地の復興は遅れた。復興から取り残された人はまだまだたくさんいる。そのことを忘れてほしくない。

福島事故から8年、いつまでこの国は「原発議論」から目を背けるのか 日経新聞の「不思議な記事」に思う
磯山 友幸 経済ジャーナリスト
奇妙な日経記事
東日本大震災から丸8年が経過した。東京電力福島第一原子力発電所事故はいまだ終息するメドが立っておらず、日本のエネルギー政策に影を落としたままになっている。
震災があった3月11日には新聞やテレビが8年たった今の福島の現状など様々な角度から検証記事を掲載した。
そんな中で、日本経済新聞3面の記事が目を引いた。「エネルギー改革 道半ば」という横見出しに続いて、「火力依存で高コスト 原発新増設、方針示せず」という見出しが立っていた。
2010年度には54の原子炉があり、原子力発電が全体の25.1%に達していた。それが2017年度は再稼働しているのは9基だけで、発電量全体の3.1%しか賄えていない、と指摘。その結果、石炭やLNG(液化天然ガス)といった火力への依存度が8割を超えているとしている。
そのうえで、「エネルギーのコスト競争力は日本経済の基盤だ」として、高コスト体質の見直しを求めている。
グラフには、貿易収支が示され、原発に代わって火力を増やした結果、燃料輸入が急増したため、2011年以降の累計赤字が31兆円に上ったとしている。つまり、「コストの安い」原発に戻せといわんばかりの論調なのである。
大手重電メーカーなどが大口スポンサーで、伝統的な大企業経営者に近い日本経済新聞からすれば当然の主張とも言えるが、原発があたかも「低コスト」であるかのような書きぶりはミスリーディングだろう。表面的な燃料代だけでコストを比べ、事故処理にかかっている莫大な国民負担、電気料金への上乗せ負担を考えれば、低コストなどとは決して言えない。
なぜ、原子力発電が必要なのか。その時々に応じて経済産業省や資源エネルギー庁は説明を変えてきた。
資源がない日本が、いずれ埋蔵量がなくなる石油資源に依存するのは危険だという説明や、エネルギー自給率や安全保障上の必要論をからめた説明、他の電源に比べてコストが大幅に安いという説明、二酸化炭素排出がほぼゼロなので、温暖化対策に不可欠であるという説明などなど。
だが、そのいずれも安全性への不安を訴える反原発派、脱原発派の人々を納得させる水準には達していない。
安倍政権は議論を避けている
この記事で共鳴する点は、「原発は国の方針を改めて明確にする必要がある」としている点だ。
政府のエネルギー基本計画では、「可能な限り原発依存度を提言する」としながら、「世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた原子力発電所の再稼働を通じて、(原子力発電の比率を2030年に)24%とすることを見込む」としている。
現状のままでは到底、この水準は達成できないのは明らかだが、玉虫色というか、原発推進派にも反対派にも良い顔をする表現を計画に書き込んでいる。国民を二分するような議論をあえて避けているとみていいだろう。
「今の安倍政権は将来、原発をどうするのか、本気で議論する気がまったくない」と資源エネルギー庁で原発政策に携わって来た幹部OBは言う。日経の記事にも世耕弘成・経産相の会見コメントが登場するが、「原子力政策に関して、国民からまだ十分な理解を頂いているとは思わない。不断の活動を続けていかなければいけない」という優等生発言である。
安倍内閣が高い支持率を維持している背景には、こうした国民を二分しかねない問題については議論を避けていることだ。
原発について「安全性が確認されたものから順次再稼働させる」とは言っているものの、原子力規制委員会に任せていることもあって、なかなか再稼働が進まない。一方で、原子炉の新増設やリプレース(老朽原発の建て直し)については一向に方針を示さない。
日本では、原発は稼働から40年で廃炉するルールになっている。申請すれば1回に限って20年延長することができるものの、安全性の検査を通すために追加の安全対策などが必要になるケースも多く、40年での廃炉を決断する電力会社も少なくない。
つまり。40年たったところから、どんどん廃炉が進んでいくことになるわけだ。新増設やリプレースを議論しないということは、緩慢なる脱原発を選択していることになる。
だが、国民議論なしに「脱原発」を決めていく、というのも問題だろう。
ドイツ・メルケル首相の決断
ドイツのアンゲラ・メルケル首相は東日本大震災をきっかけに、それまでの原発擁護の姿勢を180度転換し、脱原発を決めた。
「3.11」の1日前にドイツ在住のジャーナリストである熊谷徹さんがフェイスブックで、メルケル首相の2011年6月9日の連邦議会での演説の一部を引用して、当時の「転向」の背景を解説していた。以下がその引用部分だ。
「……(前略)福島事故は、全世界にとって強烈な一撃でした。この事故は私個人にとっても、強い衝撃を与えました。大災害に襲われた福島第一原発で、人々が事態がさらに悪化するのを防ぐために、海水を注入して原子炉を冷却しようとしていると聞いて、私は“日本ほど技術水準が高い国も、原子力のリスクを安全に制御することはできない”ということを理解しました。
新しい知見を得たら、必要な対応を行なうために新しい評価を行なわなくてはなりません。私は、次のようなリスク評価を新たに行ないました。原子力の残余のリスク(Restrisiko)は、絶対に起こらないと確信を持てる場合のみ、受け入れることができます。
しかしその残余リスクが実際に原子炉事故につながった場合、被害は空間的・時間的に甚大かつ広範囲に及び、他の全てのエネルギー源のリスクを大幅に上回ります。私は福島事故の前には、原子力の残余のリスクを受け入れていました。高い安全水準を持ったハイテク国家では、残余のリスクが現実の事故につながることはないと確信していたからです。しかし、今やその事故が現実に起こってしまいました。
確かに、日本で起きたような大地震や巨大津波は、ドイツでは絶対に起こらないでしょう。しかしそのことは、重要な問題ではありません。福島事故が我々に突きつけている最も重要な問題は、リスクの想定と、事故の確率分析をどの程度信頼できるかという点です。なぜならば、これらの分析は、我々政治家がドイツにとってどのエネルギー源が安全で、価格が高すぎず、環境に対する悪影響が少ないかを判断するための基礎となるからです。
私があえて強調したいことがあります。私は去年秋に発表した長期エネルギー戦略の中で、原子炉の稼動年数を延長させました。しかし私は今日、この連邦議会の議場ではっきりと申し上げます。福島事故は原子力についての私の態度を変えたのです。(後略)」
そのうえで、熊谷氏は「彼女は一時科学者として働いた人間らしく、多言を弄して弁解はせず、原子力エネルギーについて、己れの知覚能力、想定能力の限界を正直に告白したのである」と評価している。
福島の事故を巡っては、津波の高さが想定内だったか想定外だったか、と言った議論が繰り返され、当時の経営陣に対する責任追及が今も続いている。だが、想定を上回る事態が実際に起きて事故が発生したことに、メルケル首相は科学者として政治家として決断を下したわけだ。
世論誘導ではない議論を
「時が来れば忘れる」「臭いものには蓋」というのは日本人の性癖かもしれない。だが、真正面からの議論を避けてなあなあで済ました結果、国民が許容できないリスクを取らされているのかもしれない。
日経新聞の記事でも「原発に批判的な世論が多い中で正面からの議論を避けてきた」と指摘している。
議論を呼び起こそうとする記者の意気込みは分かるが、その次に出て来るコメントがいけない。経団連の中西宏明会長の「再生可能エネルギーだけで電力をまかなえるとは思っていない。どんどん(再稼働を)やるべきだ」という発言を掲載している。
中西氏は財界のトップかもしれないが、原発を事業として手掛ける日立製作所の会長だ。モロに利害関係者ではないか。エネルギーコストを議論するきっかけにする産業界の声としては不適格だろう。
原発の事故リスクについては経営者の中にも様々な意見がある。そうした声をきちんとひろったうえで議論を始めないと、答えありきの世論誘導になりかねない。


小泉元首相が熱弁「選挙の争点にすれば“原発ゼロ”できる」
 小泉純一郎元首相が13日、都内で講演。「原発ゼロ」を参院選の争点にすることを訴えるなど約70分間、熱弁を振るった。
 2011年3月11日の福島第1原発事故から8年を迎えたばかりだが、小泉氏は「誰かがアンダーコントロールだと言っていましたが、8年経ってもアンダーコントロールではありません。原子炉から燃料棒1つ取り出せない。中がどうなっているのか全く分からない」「ベトナムもトルコもイギリスも、輸出は全部ダメになった。それでもまだあきらめない。私には理解ができない」などと安倍政権の姿勢を批判した。
 司会者から「原発ゼロ実現にはどうすればいいのか」と問われると、小泉氏は「原発ゼロの候補者を増やすことです。(政権側は)原発を争点にしたがらないが、争点にすればきっと変わる」と力強く断言。満員の会場から大きな拍手が起こった。
「原発ゼロ」は参院選の大きな争点だ。


会津日新館天文台跡が「日本天文遺産」第1号に認定 江戸時代建造、国内で唯一現存
 日本天文学会は13日、新たに設けた日本天文遺産に会津若松市の会津日新館天文台跡など2件を認定したと発表した。江戸時代に国内で10基ほどあったという天文台のうち唯一の現存で、歴史的価値の大きさが評価された。
 天文台は、1803(享和3)年完成の会津藩校「日新館」の施設としてほぼ同時期に建造されたとみられる。上底約10メートル、下底約22メートル、高さ約6.4メートルの台形の構造物で南側半分だけが現存する。
 当時は観台(かんだい)と呼ばれ、上部に上って星の観測などをしたらしい。文献が少なく不明な点は多いが、日本独自の天文学の発展を示す重要な史跡と認められた。
 会津若松市は1968年、市史跡に指定。今回の認定を機に見学しやすい周囲の環境整備に努める。室井照平市長は「藩祖保科正之が貞享暦の策定に関わるなど、会津藩は天文学が盛んだった。認定第1号は意義深く、今後も保存と活用に努めたい」と話す。
 日本天文遺産は2018年度創設で、天文学的な視点から歴史的意義のある史跡・事物を認定し、次世代に伝えるのが目的。今回は学会員の推薦25件から選考した。第1号は他に、公益財団法人冷泉家時雨亭文庫(京都市)所有の藤原定家(1162〜1241年)の日記「明月記」(国宝)が認定された。


特産品買って復興を応援 東京で倉敷の物産展
 西日本豪雨で甚大な被害を受けた倉敷市の産品を販売する「がんばろう! 倉敷・真備復興応援フェア」が13日、東京・大手町中心部のオフィスビルで開かれた。人が集まる都心から被災地支援の輪を広げようと、ビルに入居する日本郵便が昨秋の本社移転後、初の物産展として市と連携して企画した。
 被害の大きかった真備町地区の2社を含む計16社・団体が、竹の集成材の雑貨やデニム製品、畳縁(べり)、海産物などを販売。ビジネスマンらが次々に買い求めていた。会社員女性(49)=東京都中野区=は「母が岡山市出身なので身近なこととして受け止めていた。倉敷が元気になるよう支援を続けたい」と、マスカットワインなどを購入した。
 出展した真備町川辺の洋菓子店ウォールウォーレンは2階まで浸水し、昨年12月に5カ月ぶりに営業を再開した。佐藤敦志社長(52)は「こんなに大勢が被災地を気に掛けてくれ、ありがたい。真備に戻るか悩んでいる人のためにも、自分たちが前に進んでいることを発信していく」と話した。


[24時間365日]過剰サービス見直す時
 コンビニエンスストア最大手のセブン−イレブン・ジャパンが、24時間営業の見直しに向けた実験を始める。一部店舗で営業時間を店名の由来でもある「午前7時から午後11時」に短縮し、利便性や売り上げ、作業効率などを検証する。
 慢性的な人手不足に悩む加盟店オーナーの要望に背中を押された形だが、24時間社会を前提とした私たちの暮らしにも一石を投じる取り組みだ。
 セブンは1974年の1号店オープンから日本のコンビニ文化を創り上げてきた業界の雄である。翌75年から24時間営業を始め、コンビニ他社も追随し、成長を続けてきた。
 その「便利さ至上主義」の象徴ともいえる24時間システムに疑問を投げ掛けたのが、大阪府東大阪市の加盟店オーナー。「求人を出してもアルバイトが集まらない」「8カ月間で3日しか休みが取れていない」など労働の過酷さから、深夜帯を除いた19時間営業に踏み切ったのだ。
 これに対しセブン本部は違約金とフランチャイズ(FC)契約の解除を求めている。ただ今回、時短実験に乗り出さざるを得なかったのは、現場の疲弊感と見直しを求める声の広がりを無視できなかったからだろう。
 コンビニオーナーでつくる団体は先月末、本部側に24時間営業の見直しに関する交渉を申し入れた。
 全国どこでも「24時間365日」という店舗運営は、曲がり角に差し掛かっている。
    ■    ■
 日本フランチャイズチェーン協会によると全国のコンビニ店舗数は5万5千を超え、2018年の売上高は約11兆円に上る。
 おにぎりや飲み物を買うだけでなく、ATMでお金を引き出し、公共料金を支払い、宅配便を頼み、災害時には物資提供の拠点となる−地域になくてはならない社会インフラであることは間違いない。
 だからこそ、いつも開いている安心感が重要だというのも理解できるが、個々の事情を抱えるオーナーに公共的機能まで全て負わせるのは酷ではないか。
 コンビニオーナーの団体は「商圏や客層によって24時間営業が必要ない店舗もある」と訴えている。
 エリアごとに中核コンビニを置き役割を集中させたり、立地条件により営業時間を変えたりする工夫はできるはずだ。持続可能な仕組みを模索すべきである。
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 24時間営業の見直しは外食産業で先行している。県内でもファミリーレストラン「ジョイフル」を運営するサンエーが8店舗の深夜営業を近くやめると発表したばかりだ。
 宅配便の配達時間見直しによるサービス縮小も相次ぐ。休業を拡大し初売り日程をずらす百貨店もある。
 もちろん人手不足や働く環境の改善といった理由は大きい。他方、過剰サービスを見直そうとの流れは、消費者のライフスタイルの変化、環境問題への関心とも深く結び付いている。ひたすら便利さを追い求めてきた暮らしと向き合う時だ。


法科大学院改革 多様な人材育成どこへ
 これで法科大学院離れが進む現状を立て直すことができるとは到底思えない。
 政府は、法曹養成制度の改正法案を閣議決定し、国会に提出した。大学の法学部を3年間で終えて、大学院に進むこともできる「法曹コース」の導入が柱だ。在学中でも司法試験を受けられる。これまでより2年近く短い最短5年間で司法試験を受けられるように見直す。
 確かに、今のままでは学生の負担が大き過ぎる。現在は法学部と法科大学院で少なくとも計6年学んだ上、大学院を修了しないと司法試験を受けられない。1年間の司法修習も加えると、法曹資格を得るまでに最短でも8年弱かかる。
 期間短縮によって経済的にも負担は軽くなる。とはいえ、法科大学院に学生を呼び込めるかどうか、大いに疑問だ。
 というのも、志願者数が減っている大きな要因に挙げられているのは、2011年に導入された「予備試験」の存在だ。これに合格すれば、法科大学院で学ばなくても、司法試験の受験資格を得られる。
 もともとは経済的な事情などで大学院に通えない人たちに考慮して設けられたが、今では司法試験の「近道」になっている実態がある。しかも合格率は法科大学院より高い。大学進学後に予備試験を受け、合格したらすぐ、本試験を目指す学生も増えているという。
 合格への早道をアピールする改革案では、この予備試験に対抗しているようにも見える。法科大学院の存在価値そのものが問われるのではないか。
 法科大学院が「司法試験の合格を目指すだけの予備校化するのではないか」といった批判が法曹界から出るのも当然だ。検討された受験科目の一部削減については、与党からも「拙速すぎる」と見送られたほどだ。
 法科大学院は04年に誕生した。裁判員制度の導入など国民の視線に立った司法改革を目指した一環で、「多様な人材」を養成する機能が求められてきたはずだ。
 法科大学院では、法学部だけでなく他学部卒業生や社会人も受け入れ、豊かな人間性や高い倫理観などを育てることも重視している。予備試験の問題点を改善しないまま、司法試験の受験資格だけに手をつけるような改革案では本末転倒であろう。
 法科大学院はかつては最多で74校を数えた。15年前のピーク時には7万人を超えていた志願者数も、昨年度は8千人まで落ち込んでいる。既に、計39校が廃止や学生募集の停止に追い込まれた。中国地方でも、島根大が募集をやめ、広島修道大が廃止し、残っているのは広島大と岡山大だけとなっている。
 法曹人口の裾野を広げる目的は一定には達成できたといえよう。しかし、地方に法曹人材を育てることも期待されたが、都市部へ偏重する傾向は変わっていない。むしろ都市部では弁護士が増えすぎているとの指摘も出ている。
 最近は虐待防止強化策として学校でも、法律上の助言をする弁護士「スクールロイヤー」が求められるなど、法務の専門家がますます身近に必要とされている。それだけに、法曹育成の全体を見渡した抜本改革が早急に必要である。国会で議論を深めるべきだ。


英国のEU離脱  「第3の道」を探れるか
 英国が欧州連合(EU)を離脱する際の手続きなどを盛り込んだ合意案が、再び英下院で否決された。
 メイ首相は今年1月の採決に続いて、自らが率いる与党保守党の離脱強硬派を説得できなかった。
 離脱は国民投票で選んだ道である。期限は29日に迫る。それにもかかわらず、具体的にどう達成するのかを決められない状態に陥っている。
 英政権は合意案の否決を受け、下院で13日に合意なき離脱の是非を、14日には離脱延期の賛否をそれぞれ問う予定だ。
 下院は、合意なき離脱を否決し、離脱延期を承認する見通しという。
 現在の合意案には賛成できないが、何の取り決めもないままの離脱も困る。英国議会の多数がそう考えているということだ。問題を先送りせず第3の道を探り出してほしい。
 離脱強硬派が反対しているのは、英領北アイルランドとEU加盟国アイルランドの自由往来を維持するため国境に税関を設けない代わりに、英国をEUの関税同盟にとどめる、という条項だ。
 離脱派は、米国などと独自に自由貿易協定などを結びたいと考えており、EUの関税同盟はその障壁になる、と主張している。
 メイ首相は2回目の採決に向けEU首脳と協議し、2020年末までに関税同盟に代わる措置にするよう「最善を尽くす」とする付属書案をまとめた。
 それでも離脱強硬派は「英国がいつまでも主権を取り戻せない」と反発し、否決に至った。
 離脱派は「税関も関税同盟も嫌」というわけだが、それは非現実的というものだ。
 17年12月に英国とEUは離脱に関する基本協定を結び、アイルランド国境に「目に見える」国境を復活させないことと、英国と北アイルランドの一体性の保障を確認している。
 無秩序な離脱を回避するなら、基本合意に立ち戻る必要がある。
 メイ首相は離脱後にEUと自由貿易協定を結ぶ考えだ。関税同盟はその足がかりとなると訴える。たしかに、無協定からやり直すよりも双方に利益があろう。離脱派が受け入れられる関税同盟のあり方を探ればよい。
 労働党からは2度目の国民投票を求める声が上がっている。これも第3の道になるのではないか。
 英国の動向は世界経済にも影響する。冷静な判断を望みたい。


JOCの定年  延長の動きは不可解だ
 不可解な動きと言わざるを得ない。
 日本オリンピック委員会(JOC)が、「選任時70歳未満」としている役員の定年規定を改定し、延長できるよう明文化することを検討している。
 竹田恒和会長(71)の続投が念頭にあるとみられるが、定年延長となれば、スポーツ界が取り組んでいるガバナンス(組織統治)強化に逆行することになる。
 スポーツ庁が新たに策定する競技団体の運営指針「ガバナンスコード」の素案では、役員の多選が組織を硬直化させ、女子レスリングやボクシングなど数々の不祥事につながったとの反省から、役員の在任期間や定年の規定を設ける方向で議論が進む。
 JOCはその指針に基づき、競技団体を審査しなければならない立場だ。そのことを忘れたような定年規定の改定は、節操に欠けると言われても仕方がないのではないか。
 鈴木大地スポーツ庁長官は、役員の任期について「ある程度、再任の回数や定年制等、規制があるべきだろう」と待ったをかけ、柴山昌彦文部科学相も「組織の新陳代謝を図ることは重要」とけん制した。当然のことだろう。
 2001年にJOC会長となった竹田氏は既に10期目だ。6〜7月の役員改選で続投となれば、竹田氏の下で20年の東京五輪を迎えることになる。
 しかも東京五輪招致を巡り、贈賄の容疑者としてフランス司法当局から捜査を受ける身である。
 1月に会見を開いたものの、一方的に潔白を主張するだけで質問を受け付けず、わずか7分余りで退席して批判を浴びた。
 捜査は長期化が見込まれ、五輪開催までに疑惑が晴れるとは限らない。そんな立場にある人が東京大会のホスト国の顔の一人として職責を果たせるかどうか、大いに疑問である。
 影響は既に出ている。
 竹田氏は日本に2人いる国際オリンピック委員会(IOC)委員の1人だが、捜査が明るみに出てからは身動きがとれず、委員長を務めるIOCマーケティング委員会の会議などを「個人的な理由」で欠席している。
 JOCでは「東京大会は竹田体制で」という声が強いというが、続投した場合の大会への負の影響をもっと深刻にとらえるべきではないか。規定を変えてでも現体制を維持しようとするなら、その根拠を明確にしてもらいたい。


賃金統計不正報告 具体性欠く甘い調査だ
 厚生労働省による賃金構造基本統計の不正問題について、調査を進めていた総務省行政評価局が報告書を公表した。
 賃金構造基本統計は政府が重視する「基幹統計」の一つ。労働者の職種や雇用形態別の賃金を把握するため毎年調査が行われている。都道府県労働局や労働基準監督署が雇用する調査員が、事業所を訪問して調べるのがルールだが、実際は調査票の郵送で済ませていたのが大半だった。さらに一部の職種を調査対象から勝手に除外する不正もあった。
 決められたルールを守って正確に行わなければ統計の信頼は維持できない。不正がいつから、どのように行われたかなど全容解明が不可欠である。
 だが報告書は、「事なかれ主義のまん延」「順法意識の欠如」などの表現で、問題を認識しながら放置してきた厚労省を厳しく指弾する一方、不正が始まった時期についてはあいまいだ。担当職員は10年以上前から認識していたとの見方を示すにとどまった。具体性がなく、これでは問題の根本的な解決につながらない。中途半端な調査と指摘せざるを得ない。
 厚労省の身内による調査では中立性に疑義が生じかねないとの懸念から、総務省がプロジェクトチームを設置して関係職員の聴取などに取り組んだ。ところが厚労省から提供を受けた資料は不十分で、労働局などが具体的に調査にどう取り組んできたのか分からずじまいだったという。
 菅義偉官房長官は「担当者とは異なる立場でメスを入れる」としていたものの、同じ霞が関の官僚が行う調査では踏み込みが甘く、限界があるということではないか。第三者による再調査を求めたい。
 不正の背景には、予算が少なくて調査員が不足する状況があったとされる。調査員1人で千カ所を超す事業所を担当する異常なケースがあることも判明した。だからといって現場の勝手な判断で訪問調査を郵送調査に切り替えられるとは思えない。何らかの指示や上司の了解があって不正が始まったとみるべきだ。実態が不明なままでの早期の幕引きは許されない。
 統計を巡る不正は、厚労省の毎月勤労統計で、東京都の事業所調査を本来の全数調査ではなく抽出調査で済ませていたことが昨年末に発覚したのが始まりだ。これによって国の統計への信頼は大きく揺らいだ。
 さらに1月に総務省が基幹統計の一斉点検を各省庁に指示したところ、厚労省は賃金構造基本統計の不正を把握していたにもかかわらず報告しなかった。そのことが、問題をさらに大きくした。
 都合の悪いことは隠蔽(いんぺい)する。そんな体質が染み付いているのではないか。統計調査は国の政策判断の土台となるものだ。政府には組織の立て直しに腰を据えて取り組んでもらいたい。


“森友問題文書の非開示は違法” 国に賠償命じる判決 大阪地裁
森友学園が大阪に建設していた小学校に関する文書を国が当初、開示しなかったことについて、大阪地方裁判所は「合理的な理由はなく違法だ」として、国に賠償を命じる判決を言い渡しました。
森友学園が大阪 豊中市に建設していた小学校について、神戸市の大学教授は設置趣意書の情報公開を求めましたが、近畿財務局は「学校の経営ノウハウが含まれ、公にすると模倣する学校法人が現れて学園の権利や利益が害される」として、ほとんどが黒塗りになっていました。
その後、一転してすべて開示されましたが、大学教授は、当初、黒塗りにしたのは違法だとして、国に110万円余りの賠償を求めていました。
判決で大阪地方裁判所の松永栄治裁判長は「文書の内容は概括的、抽象的で経営上のノウハウとは言えず、すでに、実質的に公にされていた。籠池前理事長の保守主義的な政治思想信条に根ざした教育を模倣しようという学校法人が現れるとは、にわかに考えがたい」と指摘しました。
そのうえで、「何ら合理的な理由がないのに、開示しない誤った判断をしたのは違法だ」として、国に5万円余りの賠償を命じました。
原告側「当たり前の判決」
判決のあと、原告の神戸学院大学の上脇博之教授は会見を開き、「たいした内容でもないのに隠そうとしたのは国の隠蔽体質の一端だと思う。国が積極的に説明責任を果たし情報公開もまっとうに行う正常な状態に戻す第一歩になるのではないか」と話しました。
また、阪口徳雄弁護団長は「森友学園の問題に関しては、国会、財務省、検察庁まで国民の常識が通用しなかった。直ちにされるべき情報公開がなされなかったことを裁判所が断罪した“当たり前”の判決で、2年近くかけて裁判をやってきてよかった」と話しました。
財務省「今後の対応検討」
判決について、財務省は「内容を精査するとともに関係省庁と協議し、今後の対応を検討したい」としています。


大阪ダブル選 住民を向いた決断なのか
 これはさすがに乱暴ではないか。住民不在と言われても仕方あるまい。
 大阪都構想の実現を掲げ、松井一郎大阪府知事と吉村洋文大阪市長がともに辞職して、立場を入れ替えてのダブル選に挑むことを表明した。府議選、市議選と同じ4月7日に投開票される。
 「都構想」は2015年に住民投票で否決されている。松井、吉村両氏はその後の府知事、市長選に再挑戦を掲げて圧勝し、再び制度案を作る府市の法定協議会を設置。今年11月をめどに投票の再実施を目指していた。
 だが、松井氏が代表を務める大阪維新の会は府市両議会で過半数の議席を持っていない。公明党の協力をあてこんだが反対されたため、事態打開へ異例のダブル選に打って出たというわけだ。
 知事と市長を入れ替わるのは、巨額の選挙経費への批判をかわす目的があるのだという。現在の立場で再選されても年内には残りの任期が満了して再び選挙になる。
 しかし、額面通りには受け取れまい。立場をリセットすれば4年の新たな任期を得られる。さらには府、市議選で大阪維新が過半数の議席を獲得できるよう、ダブル選を勢力浮揚に利用する思惑もあるとみられる。
 そうであるなら、あまりにご都合主義と言わざるを得ない。首長選はいわば、それまでの4年間の政治に対して有権者が示す審判である。府民や市民の負託を得て自治体を運営してきた以上、それを途中で投げ出して立場を入れ替えて選挙に臨むことは、「奇策」に走った無責任なやり方とのそしりを免れまい。
 松井氏は「府と市は一体でやってきた」と入れ替わりに理解を求めている。2人が同じ政党で目的が一つなのだから問題はないとするのだろうが、話はそう単純ではない。都構想以外の、府政、市政に関するさまざまな争点をどう判断すればよいのか有権者は戸惑うのではないか。
 大阪都構想は政令指定都市の大阪市を廃止して、東京23区と同様の特別区に再編。府と市の二重行政を解消するというものだ。松井氏らが構想を実現したいのなら、前回の住民投票の否決の背景を検証し、プランを練り直す必要がある。その上で住民サービスの向上につながるメリットなどを、両議会や府・市民に丁寧に時間をかけて説明する姿勢が欠かせない。
 その努力は十分だったろうか。前回は僅差の否決だっただけに、再び住民投票に持ち込めば風向きなどで賛否が逆転する可能性はある。だが地道な説得を抜きにして、賭けのような手法に頼れば将来に禍根を残そう。
 都構想に反対する自民党は府知事候補に元大阪府副知事を擁立した。「反維新」の立場で他党も共闘を検討するとみられる。選挙では、大阪維新の政治手法も合わせて問われることになろう。


大阪市長“消えた300万円”疑惑 維新からの寄付金が行方不明
 松井一郎大阪府知事とともに辞職し、入れ替えダブル選に打って出ると表明した吉村洋文大阪市長。
 日刊ゲンダイの調べで、衆院議員時代に政党本部から受けた寄付金が“行方不明”になっていることが分かった。
 野党再編により2016年3月に解散した「維新の党」本部の政治資金収支報告書(15年分)には、3月5日付で、吉村氏が代表だった「維新の党衆議院大阪府第4選挙区支部」に300万円を寄付したと記されている。しかし、吉村氏の支部の報告書には300万円の寄付受領の記載がないのだ。
■不自然な“言い訳”
 300万円はどこに消えたのか。吉村事務所の当時の会計責任者は電話でこう回答した。
「吉村は14年12月の衆院選出馬の際、自費で党の公認料300万円を拠出しました。当時、維新は財政が苦しく、吉村本人が“肩代わり”したのです。その公認料が15年3月5日に党本部から返ってきたと勘違いしてしまった。本部から吉村、さらに吉村から支部に資金が移ったと解釈し、収支報告書には3月5日付で吉村本人から寄付があったと記載したのです」
 確かに収支報告書には同日付で、吉村氏本人からの寄付が記されている。しかし、金額は300万円ではなく「285万円」だ。
 前出の会計責任者は「これは、15年4月1日付で当時、府議だった岩谷良平氏に支出した15万円の寄付金を差し引いたものです」というからサッパリ意味が分からない。こう続けた。
「岩谷氏から頂いた領収書の発行者欄には本人の名前が書かれていた。報告書の『支出を受けた者の氏名』には個人名を書いてはいけないと思っていたので、岩谷氏に『団体名に書き直してほしい』と要請。訂正後の領収書を受けてから正確に報告書に記載しようと思っていた矢先、4月末に岩谷氏は引退。われわれも15年末の市長選でバタバタし、結局、15万円の記載は宙に浮いた状態になってしまった。とはいえ、15万円を記載しないと全体の収支がズレるため、最終的な会計処理の際に吉村本人からの寄付金300万円から15万円を便宜的に引いたのです。報告書は訂正します」
 ツジツマ合わせの“言い訳”にしか聞こえない。岩谷元府議の関係政治団体の報告書は公開期限が過ぎており、15万円の寄付は確認できなかった。そもそもこんな資金処理は言語道断だ。
「収支が合わなかったとはいえ、吉村事務所の処理により、結果的に政治資金の使途が不透明になってしまった。党本部からの寄付金は公金ですから、徹底した透明性を確保すべきです。政治資金規正法の『虚偽記載』『不記載』に当たる可能性があります」(政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏)
 鉛筆ナメナメなど決して許されない。


新出生前診断 なし崩し的拡大は不安だ
 「命の選別」につながるようなことがあってはならない。対象施設を拡大するなら、検査の在り方や問題点について抜本的な議論を行うべきだ。
 ダウン症などの原因となる3種類の染色体異常を調べる「新出生前診断」について、日本産科婦人科学会が実施施設の要件緩和案を了承した。
 学会指定の研修を受けた産婦人科医がいる施設であれば、開業医などの規模の小さな病院でも検査できるようになる。
 従来は大学病院など全国92施設に限定していた。知識の豊富な産婦人科医と小児科医が常勤し、どちらかが遺伝の専門医の資格を持つのが条件だった。
 要件緩和の背景には高齢妊娠が増加し、新出生前診断を希望する人が増えたことがある。
 こうした状況を踏まえ、適正に検査を受けられる施設を増やす取り組みだという。
 学会の藤井知行理事長は会見で「無認定施設で多くの妊婦が受けて、カウンセリングも確定検査もなく困っている状況がある」と説明した。
 現状を見据えての対応ということなのだろうが、なし崩し的に拡大が進むことがないようにしてほしい。
 懸念するのは、施設の増加に見合うだけのカウンセリング体制を整備できるかである。
 胎児に染色体異常の可能性があると分かった場合、妊婦は葛藤に直面する。検査の仕組みや限界を説明し、妊婦や家族の判断を支援するカウンセリングの役割は、極めて重要だ。
 研修を受けた医師は新出生前診断について、臨床遺伝専門医と同レベルのカウンセリングができるのが前提というが、十分に人材を手当てできるのか。
 さらに、妊婦は新出生前診断を受けるのが当然との風潮が社会に広がり、妊婦の不安をあおることにならないかも心配だ。
 日本の新出生前診断は2013年に、臨床研究として始まった。昨年9月までに約6万5千人が受け、胎児の染色体異常が確定した妊婦886人の約9割が中絶している。
 出生前診断は障害のある人を排除し、命の選別につながるとの声は根強くある。
 日本ダウン症協会は検査に関し、ダウン症の人や家族に生きづらさを感じさせる「社会的障壁」を強化する運用にならないよう、求めている。
 障害があっても、幸せに生きている人はたくさんいる。社会的な支援もある。そうした情報の提供も必要だろう。
 今回の議論は他の学会やダウン症の当事者団体からもメンバーが加わり、意見も反映されたが、内容は公にされていない。検証できるよう公表すべきだ。
 そもそも、障害のある人の人権に絡む問題もはらむ検査を巡る議論が、学会任せで進められていいのか。国は仕組みづくりに積極的に関わってほしい。
 技術の進歩は速く、対象疾患が将来、広がる可能性もある。新出生前診断という技術にどう向き合い、遺伝情報をどう扱うか。社会全体で考える時だ。


パワハラ訴えたのに反省文 体操協会の平衡感覚は理解不能
 体操の女子選手が体操の世界で権力を持ってる人から「パワハラを受けました」と訴え出ていたのを、「第三者委員会」というのが調べて、「人権尊重の精神に反する疑いはあるが、パワハラとまでは言えない」と決めた。
 なんだか、どこの第三者委員会も、開けても開けても同じ顔が出てくるロシアのマトリョ〜シカ人形みてえなヒトたち? ロシアのことは知らねえか。じゃ、切っても切ってもおんなじ顔が出てくるキンタロウアメなら分かるか?
 どこでもキンタロウアメ委員会の決めたことはだいたいタマムシ色だっていうのも同じだな。
 で、もっとひどい制裁が下されるだろうと思ってた加害側が、「ま、社会的な制裁は受けたから、あらためて処罰するべきではない」となって手打ち。ま、良かれと思ってやってきたんだろうから、罰というより、厚労省でもやるべ(って字が違う? あ、すまん、功労賞ね)。
■みんなダンマリ
 なんだかなあ……こういうことが二度と起きないように、弱い立場が内部告発しやすいシステムを作ろうということは決まったけど、その内部告発を判定する「第三者委員会」ってのが、なんだか日本体操協会も厚労省もおんなじメンバーだったりしたらたいへんだ。みんなダンマリを決め込むようになりゃせんか?
 だって、パワハラを受けました、って訴え出た子のほうが「反省文」書かされたんだぞ。なんで被害者が「反省文」書かにゃならんのだ?
 反省文って「ごめんなさい、もうしません」って文だろ? つまり、「私はパワハラだと思うから訴えたんですけど、第三者委員会の決定では、人権尊重の精神に反する疑いがあることをされましたけど、パワハラではないということですので、私が間違ってました。ごめんなさい、もうしません」ってことだろ?
 寝言コイてんじゃねえぞ日本体操協会! そんなんで、これから弱い立場の選手が「おそれながら」と訴え出ると思うか? その「反省文」って、本当のところ、どう書いたんだ?
 まさか、「もうされたくありません」の「されたくあり」を「し」に変えて「もうしません」と出しました、訂正印も押しました。ってことじゃあるめえな?
 ダメだ目が回る。普通の人間にゃおまえらの頭ん中の平衡感覚わかんねえぞ! オレたちゃ月面宙返りできねえんだからな!


「知る権利守ろう」首相官邸前で抗議集会
 首相官邸が東京新聞・望月衣塑子記者の質問を「事実誤認」などと指摘し、官邸の記者クラブ「内閣記者会」に対応を申し入れたのは「知る権利」を狭める行為だとして、日本新聞労働組合連合(新聞労連)などで作る日本マスコミ文化情報労組会議は14日夜、首相官邸前で抗議集会を開いた。
 集会には主催者発表で約600人が参加。「知る権利を守ろう」「民主主義を守ろう」などと声を上げ、新聞各紙の現役記者らが次々にスピーチした。
 朝日新聞記者として官邸取材を担当した新聞労連の南彰委員長は「官房長官会見を巡って不当な記者弾圧、質問制限、これが繰り返されている。わずか5、6年前までは自由闊達(かったつ)な議論が行われていた。それを取り戻すことが大切」と強調。神奈川新聞の田崎基記者は「これは望月記者個人の問題ではなく、権力者が傲慢になっているという問題」と官邸の姿勢を批判した。最後にマイクを握った望月記者は「(質問に対する)妨害や制限行為はやめてほしい。私や社への精神的圧力にとどまらず、質問をする他の記者への萎縮を招き、報道の自由、国民の知る権利を踏みにじる暴挙」と訴えた。【後藤由耶】