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Japon: décès de Johnny, le gourou des boys bands de J-Pop
Recordman mondial du nombre de chansons classées premières au hit-parade ou du nombre de concerts produits, le gourou japonais des boys bands Johnny Kitagawa s'est éteint à 87 ans, a annoncé ce mercredi l'agence de production qu'il avait créée en 1962. Il avait été hospitalisé en soins intensifs après un malaise et une perte de conscience mi-juin, avait un peu récupéré ensuite mais son état s'est de nouveau aggravé, finissant par l'emporter en fin d'après-midi mardi, a précisé sa société Johnny & Associates dans un communiqué.
De Smap à Arashi en passant par Tokio ou Kat-Tun, la quasi intégralité des jeunes hommes vedettes de boys band de variété japonaise (J-Pop) étaient appelés des ≪Johnny's≫, en référence à ce producteur né aux Etats-Unis et qui est resté au sommet pendant plus d'un demi-siècle. Johnny était considéré au Japon comme le plus grand faiseur de talents de la J-Pop dont les stars sont aussi saluées en Asie et en partie en Occident. Il semble avoir créé un moule dans lequel se coulaient tous les jeunes hommes qu'il produisait.
Toutefois, il a aussi fait l'objet dans une partie de la presse d'accusations de harcèlement sexuel, ce pourquoi il n'a cependant jamais été condamné. Les boys bands au Japon sont un phénomène commercial puissant avec d'un côté des groupes de vedettes qui durent des décennies, semblent ne pas vieillir en enchaînant tube sur tube, et de l'autre des formations d'éphèbes archétypaux très éphémères.
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紙のおもちゃなぜ動く?って質問されました.小学生に説明するのに困っているとのこと.一緒に考えてみました.
財布忘れてマンションキーがないので入ることができません.どうしようかと思っても待つしかありません.15分待ってどこかのお兄さんがやってきて入れてもらいました.

<令和の1票>(5)大熊から会津若松に避難の村井さん/原発被害の痛み感じて
 <除染除染と言うけれど いつになったら終わるやら 戻れる見込みはない>
 6月27日、福島県大熊町の無職村井光さん(69)は避難先の会津若松市で熱唱した。避難住民による「おおくま町物語伝承の会」の公演の一場面。自作の詞に正直な思いを込めた。
 町は4月に一部地区で避難指示が解除されたが、村井さんの自宅周辺は帰還困難区域のまま。「全地区そろって初めて大熊。一部はいつまでも駄目となれば町は成り立たない」と国に避難解除の早期拡大を切望する。
 自宅のそばには汚染土を保管する中間貯蔵施設が広がる。最終処分地の方向性は定まらず「政治家は県外に移すと約束したが、期待できない。(約束の)30年後に町の何人が生きているか」と諦め顔で語る。
 参院選の論戦に「与党も野党も年金の話ばかり」とこぼす。被災地に対する各候補者の姿勢を見極め、投票先を決めようと思う。
 「なんぼ口で言ったって復興は進まない。一番は人の痛みをわが身に感じて動いてくれる政治家だ」


気仙沼大島架橋効果の渋滞回避へ 市、夏場の誘導員倍増
 気仙沼大島大橋がつながり初めての夏を迎える気仙沼市の大島で、例年以上の人出が予想されるため、気仙沼市は夏場の土日祝日などの交通誘導員を通常の2.5倍に増やす。多くの観光客が訪れ、混乱した大型連休の反省を踏まえた。
 橋の開通後、市は業者に委託し、週末に亀山の山頂付近などに計8人の交通誘導員を配置している。海水浴場がオープンする7、8月はこれまで以上の混雑が予想され、7月中旬から緊急態勢を敷き、交通誘導員を20人に増やす。
 亀山付近などは2人増やし、10人に。7月20日に海開きがある小田の浜海水浴場、観光地の龍舞崎には、新たに計8人を置く。
 市の整備する観光拠点内には、島の商店主らが7月中に商業施設をオープンさせる。その付近にも2人配置し、9月まで対応する。
 海水浴場を除く7、8月中の警備時間は午前9時〜午後5時。従来より終了時間を1時間延長する。増員分の人件費約1000万円は市議会6月定例会で可決された本年度一般会計補正予算に盛り込まれた。
 大型連休中の10日間で、大島には昨年1年間(9万3700人)の6割以上に当たる5万9793人の観光客が訪れた。亀山周辺の渋滞を嫌った観光客が、龍舞崎や小田の浜海水浴場などに殺到。龍舞崎では急きょ市職員延べ90人が出動し、車両の整理に当たった。
 市観光課は「大型連休の状況を踏まえ、できる範囲の人員を確保した。今後も想定外の事態が起きる可能性はある。状況に応じて柔軟に対策を考えていきたい」としている。


<参院選宮城>市町村長アンケート(下)復興支援 ソフト面望む
◎ハード面おおむね良 原発稼働は割れる見解
 21日投開票の参院選に合わせ、河北新報社が県内35市町村長に実施したアンケートで、多くの首長は政権が進める東日本大震災からの復興政策を評価する姿勢を示した。今後の課題としては、地域コミュニティーの再生や被災者の心のケアといったソフト面の支援継続を挙げる。
 復興事業の進み具合について、被災地の首長は「ハード面は着実に進み、9合目まで来た」(渥美巌東松島市長)「国の支援もあり、復興はおおむね順調」(佐藤仁南三陸町長)と前向きな回答を寄せた。
 地元が求める復興施策は、被災者の生活支援に軸を移しつつある。
 「巡回指導、見守りサービスを可能とする専門家の配置や保健師の体制拡充が必要」(斎藤俊夫山元町長)「災害公営住宅の家賃軽減や災害援護資金の返済への対応が大事」(菊地啓夫岩沼市長)などと継続支援を求める記述があった。
 内陸部の首長も課題を共有する。「復興にはまだ時間と財源が必要。復興庁の機能を延長してほしい」(熊谷盛広登米市長)と後押し。東京電力福島第1原発事故の影響に関して「国の責任ある除染廃棄物の処分を望む」(保科郷雄丸森町長)という意見も出た。
 原子力規制委員会による東北電力女川原発2号機(女川町、石巻市)の適合性審査が進む中、各首長は政権のエネルギー政策に注視する。賛否はグラフの通り。原発に頼らないエネルギー政策に期待する点で一致するが、現在の立ち位置は分かれた。
 「賛成」「どちらかといえば賛成」は計14人。立地自治体の須田善明女川町長は「電力の安定供給や自己調達、二酸化炭素排出問題の観点から、当面は必要」と理由を説明する。
 他の首長も「蓄電技術の完成までは、ベースロード電源として原発の稼働は反対できない」(山田周伸亘理町長)と容認の構えだ。
 「どちらとも言えない」は最も多い15人に上る。
 亀山紘石巻市長は「原発が老朽化する20〜25年後には、自然エネルギーをベースにした政策転換が求められる」と強調。一方で「原発は世界的に主流ではない」(小山修作川崎町長)「将来の見通しに一貫性がない」(遠藤釈雄涌谷町長)などの回答もあった。
 否定的な立場を取ったのは6人。「再生可能エネルギーへ計画的にシフトすべきだ」(猪股洋文加美町長)「福島の事故をないがしろにしている」(相沢清一美里町長)と厳しい考えを示した。


参院選・震災復興/自立と生活再建へ展望示せ
 東日本大震災、東京電力福島第1原発事故から8年4カ月がたった。被災地である本県にとって復興は最大の課題だ。参院選を戦う各党、候補者は有権者に復興の展望を示してほしい。
 原発事故で帰還困難区域に指定された町村では、まちづくりの中心となる特定復興再生拠点区域(復興拠点)の整備など帰還促進を目指した取り組みが進んでいる。4月には原発の立地する大熊町で避難指示が一部解除された。
 復興庁の避難者などに対する意向調査(2018年)によると、帰還を考える際に条件となるのは、医療など生活環境の拡充や、働く場が確保できるかどうかだ。帰還した住民の変化する現状とニーズをとらえながら、自立と生活再建を後押しする施策を展開することが肝要だ。
 被災地の働く場の確保に向けては産業の再生が課題だ。その核となる福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想では、小型無人機などの実証実験が行える「福島ロボットテストフィールド」(南相馬市、浪江町)などの整備が進んでいる。ただ地元への波及効果の実感は乏しいのが現状だ。地元企業の参入を促すなどの施策が求められる。
 風評被害の払拭(ふっしょく)、風化防止への取り組みも欠かせない。消費者庁が3月に公表した、原発事故を受けて行っている食品の放射性物質に関する意識調査によると、本県産食品の購入を「ためらう」と答えた人は12.5%で前年度からの改善は0.2%にとどまっている。
 海外に目を向けると、県産品に対する不安は残っており、本県にとって大口の輸出先だった香港や台湾など22の国と地域で本県産などの輸入規制が続いている。県産品に対する風評の払拭に向けた取り組みは不可欠だ。
 震災、原発事故から10年となる20年度末に復興庁は廃止の予定だ。政府は3月に復興の基本方針を見直し、復興庁の後継組織の設置を明記した。ただ具体的なあり方や制度については不透明なままだ。県は復興庁と同様に担当閣僚を置き、復興政策を総合調整する機能を持たせるよう求めている。
 後継組織は復興に対する国の責任を担保する存在だ。組織のありようを早期に固め、財源の確保に見通しをつけることで、実行力のある組織としなければならない。
 各陣営、候補者は被災地の声を受け止める、届けると言う。重要な役割だろう。一方でこの道を行こうと示していくのも政治の役割だ。「こうやって復興を進める」という道筋を聞きたい。


羽生選手表紙の仙台観光ガイド「転売、選手に迷惑」ファンら配布中止を市に要望
 仙台市が6月下旬に市内12カ所で無料配布した観光ガイドブック「仙台巡り」について、街頭での配布中止などを求める意見が30件以上、市に寄せられていたことが9日分かった。ガイドの表紙はフィギュアスケート男子で五輪連覇した市出身の羽生結弦選手(24)=ANA、宮城・東北高出=。ファンらが「転売されると選手に迷惑が掛かる」と懸念したとみられる。
 市によると、意見は羽生選手のモニュメントデザイン発表式があった4月20日以降、メールや手紙で寄せられた。内容は街頭での無料配布ではなく、インターネット販売を求めるものが多かった。
 東京都内のファン32人の署名が添えられた要望書もあり、「商業施設で配るなど転売目的の人が簡単に入手できる方法は見直してほしい」との趣旨だった。
 市はガイドを10万部発行。6月29、30の両日、市内の百貨店などで約1万部を配った。残りは14日まで市内のホテルや旅館で宿泊客に贈呈する。
 ガイドは9日時点で、オークションサイト「ヤフオク!」などで700〜3000円程度の値段が付けられて出品されている。
 郡和子市長は9日の定例記者会見で「羽生選手を生んだ仙台を訪れてほしいとの思いで発行した。配らないという選択は想定しにくい」と説明。市観光課の担当者も「税金で製作したガイド。販売はなじまないと考えた」と話す。
 市は15日以降、ガイドの電子版をネット上で公開する。


仙台空襲から74年
太平洋戦争末期の「仙台空襲」から10日で74年です。
仙台市では犠牲になった人たちを追悼する慰霊祭が開かれますが、参加者は年々減っていて戦争の記憶をどう語り継ぐかが課題となっています。
昭和20年7月10日の「仙台空襲」では、アメリカ軍の爆撃で市内のおよそ2割にあたる500ヘクタールが焼け、1000人を超える市民が犠牲になりました。
空襲から74年となる10日、仙台市では遺族などが出席して慰霊祭が開かれます。
しかし空襲の経験者は高齢化し、式典への参加者は年々少なくなっていて、去年はおよそ60人と20年前の5分の1に減りました。
また、仙台市青葉区の北山霊園には空襲の犠牲者を弔う慰霊碑が建てられていますが、一般にはほとんど知られておらず、市によりますと参拝する人も限られているということです。
仙台空襲から74年と時間が経過し当時を知る人も減るなかで、悲惨な戦争の記憶をどう語り継いでいくかが課題となっています。


<参院選>投票所入場券の性別表記やめて 宮城・女川でトランスジェンダーら訴え
 21日投開票の参院選をきっかけに、宮城県女川町の団体職員堀みのりさん(29)が、投票所入場券の性別表記の撤廃、投票所での性別確認の不実施などを求め、ウェブ上で署名を募っている。県内では自治体ごとに対応が分かれており、堀さんは「性別が暴露される不安や恐怖で投票所に行けない人は少なくない。安心して投票できる環境にしてほしい」と訴える。
<賛同集まる>
 堀さんは出生時の性別と異なる性で暮らすトランスジェンダー。性同一性障害の診断を受けて男性として社会生活を送る。8日にキャンペーン用サイト「change.org」上で署名活動を開始した。9日午後7時時点で1000人以上の賛同が集まっている。
 参院選の投票所入場券に性別が表記され、生年月日などとともに封筒の窓部分から見える状態だったのがきっかけだった。
 堀さんは戸籍上は女性のまま。投票所の本人確認後に「あの人は女性なのか」などと話す声が耳に入るなど「選挙のたびに苦しい思いをしてきた」と言う。
 入場券の記載内容は自治体選管に任されている。宮城県内の投票所入場券の性別表記の有無は表の通り。35市町村のうち27市町村が性別欄や氏名の後のかっこ内などに男女を明記。仙台市など8市町はトランスジェンダーへの配慮から性別の代わりに記号などを記載する。
 性別を表記する自治体は「なりすまし投票の防止」「男女別に集計するため」などと説明するが、2004年に性別欄を削除した仙台市選管は「入場券に性別がなくても困らない。本人確認も氏名、住所、生年月日の3点で可能」と説明。岩沼市選管は「男女別集計用の性別は選挙人名簿で照合できる」と言う。
<配慮を要望>
 堀さんは9日、多様な性の在り方に関する政策提言を行う市民団体の関係者と共に宮城県選管を訪れ、性別を含めた個人情報保護への配慮を市町村に通知することを要望した。県選管は「今後の対応を検討したい」と応じた。
 堀さんらは女川町選管にも要望を伝える方針。町選管は堀さんの活動を受け、今後の選挙時に封書の窓サイズの改善などの対応を検討している。


ハンセン病家族訴訟/国は救済と偏見解消を急げ
 過酷な差別を受け、それが長く顧みられることのなかった「ハンセン病家族」の苦しみを思えば、当然の判断と言えるだろう。
 ハンセン病元患者の家族訴訟で、本人だけでなく家族への差別を認め、国に計約3億7600万円の損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相はきのう、控訴しないと表明した。
 ただ、安倍首相は地裁判決に関し「一部には受け入れ難い点があることも事実だ」として、控訴断念は「異例のこと」とも述べた。参院選の投開票日を21日に控え、政治的判断もあったのだろう。控訴すれば、政権の人権感覚を問われる可能性があった。
 国の控訴断念により、原告561人のうち541人に33万〜143万円を賠償するよう命じた判決が確定する。
 国は人権侵害の責任を重く受け止め、家族に謝罪し、訴訟に参加しなかった家族も含め、救済への道筋を速やかに示す必要がある。国会も、元患者の社会復帰支援などを定めたハンセン病問題基本法に家族も明記するなど改正が求められるだろう。
 地裁判決は家族の被害として、地域社会からの疎外や就学・就労の拒否、結婚差別などを列記し、憲法が保障する人格権や婚姻の自由が侵害されたと指摘した。
 その上で、歴代の厚生相・厚生労働相ばかりでなく、教育や司法、そして国会が差別解消の義務を怠ったとして違法性や過失を認めている。国や国会は、ハンセン病に対して今でも社会に根付く偏見差別の払(ふっ)拭(しょく)に向け、早急に施策を講じてほしい。
 訴訟の弁護団は国に対し、患者や元患者と家族の関係回復に向けた協議を行うよう要請している。隔離政策で壊れた家族のつながりが編み直されるよう、今後の取り組みに期待したい。
 戦前に始まった国の隔離政策は、1996年に「らい予防法」が廃止されるまで続いた。ハンセン病を「極めて強烈な伝染病」として、社会に「恐ろしい病気」という意識を広げた歴史がある。
 原告の70代女性は子どもの頃、患者の父親が強制隔離され、近所の人から「近づくとうつる」と疎まれた。親戚との付き合いはなくなり、母親は仕事を失って生活は困窮を極めたという。70代の男性は今も自分の子どもや孫には、ハンセン病患者の家族ということを秘密にしている。
 原告となった家族の多くが匿名だという事実、訴訟に参加したことで離婚に追い込まれた原告もいるという事実は、今も続く家族の厳しい現実を物語る。
 国の隔離政策などが偏見差別を生む社会構造をつくったとはいえ、患者や家族を孤立させ、学校や地域から排除してきた社会全体の責任も問われよう。私たち一人一人が自らの問題として向き合うことが欠かせない。


ハンセン病 控訴断念に加え謝罪を
 ハンセン病患者の隔離政策による家族への差別被害を初めて認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決に関し、安倍晋三首相は、控訴しないと表明した。
 家族541人に計3億7600万円の支払いを命じた判決が確定することになる。
 隔離政策を巡っては、2001年に同じ熊本地裁が違憲判決を出し、元患者らに補償金が支給されたが、家族は対象外だった。
 家族も隔離政策を早期に廃止しなかった国の不作為の被害者である。人権侵害の重大さを直視すれば、控訴断念は当然の判断だと言えよう。
 被害者は高齢化が進み、残された時間は多くはない。
 政府と国会は、家族被害に対する検証に全力を挙げ、救済に向けた立法措置を急ぐ責務がある。
 首相は、控訴断念の理由を「筆舌に尽くしがたい経験をされた家族の苦労を、これ以上長引かせるわけにはいかない」と述べた。
 だが、被害を受けた家族はこれで納得するだろうか。
 国は裁判で自らの責任を認めず、安倍政権内には地裁判決後も控訴を模索する動きがあった。
 就学や就職、結婚などでの差別の実態を把握し、責任を正しく認識していれば、解決はもっと早くできたのではないか。
 被害者は差別に加え、裁判で国と長く争うことで二重の苦しみを余儀なくされた。
 首相は控訴断念だけでなく、明確に謝罪すべきだ。
 原告は、北海道を含めた各地の元患者の子やきょうだいだ。提訴していない家族も多く、被害者の掘り起こしが必要である。
 救済策は、被害家族一人一人に確実に救済の手が届くよう、きめ細かな制度設計が不可欠だ。
 一方で、社会に残る差別や偏見を払拭(ふっしょく)するよう、啓発活動にも取り組まねばならない。
 同種の訴訟では鳥取県の元患者の家族が国などを相手に訴えている。一、二審は敗訴し、最高裁に上告中だが、国は早期に責任を認めるべきではないか。
 最高裁の判断を待たずに首相が控訴を断念した背景には、参院選を控えた政治的判断もあったようだ。だが、選挙のための一時しのぎの決断であってはならない。
 問題なのは、根本匠厚労相が、旧優生保護法下で障害者らが不妊手術を強いられた問題など他の国賠訴訟に波及しないと述べたことだ。本人以外の被害者にも寄り添った幅広い救済が求められる。


ハンセン病救済/首相は責任認めて謝罪を
 ハンセン病家族訴訟で国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が控訴しないと表明した。
 国の誤った患者隔離政策が招いた家族への差別被害を認め、541人に計約3億7600万円の賠償を命じた判決が確定することになる。
 中央省庁には控訴を当然視する声もあっただけに、控訴期限の12日を目前にしたトップダウンの判断は、参院選への影響を考慮した政治的理由もあったとみられる。
 安倍首相は「家族の苦労をこれ以上、長引かせない」と表明した。だが一方で、判決の一部に受け入れがたい点があるとし謝罪や国の責任に言及しなかった。これでは真の救済につながるのか疑問だ。
 まず被害を招いた国の法的責任を明確に認め、謝罪する。それが、全面解決に向けて首相の果たすべき役割ではないか。
 判決は、国が遅くとも1960年の時点で隔離政策を廃止しなかったことや、その後も差別・偏見を解消する措置を取らなかった点を違法と判断した。
 国の政策によって家族が就学や就労を拒否され、村八分で最低限度の社会生活が失われるなど深刻な被害を受け続けたことも指摘した。
 控訴断念の方針を評価する原告もいる一方で、「遅きに失した」との見方もある。長く救済を訴えてきた元患者家族の声に耳を傾け、国が自らの過ちを早期に検証していれば、これほど甚大な人権侵害は続かなかったはずだ。
 原告となった家族の多くが匿名で、訴訟に加わったことにより離婚に追い込まれた人もいる。被害を訴えることもできず、隠し続けている人も多数いる。国はその現実を直視して、差別を受けた家族の掘り起こしに努めるべきだ。
 救済対象となる被害をどう認定するか。賠償額の算定基準をどうするか。早急に練り上げるべき課題は山積する。
 国会の責任も大きい。家族も含めた全面救済に向けて、議員立法で2009年に施行されたハンセン病問題基本法の改正なども検討を急ぐ必要がある。国を挙げて名誉回復や経済的支援の施策を急がねばならない。


ハンセン病救済 「人間回復」へ本腰を
 ハンセン病元患者の家族訴訟で、安倍晋三首相が控訴を断念した。差別被害の深刻さを考えれば当然である。政府は謝罪をし、重大な人権侵害を受けた被害者の救済に向けた道筋を示すべきだ。
 ハンセン病元患者らの訴訟を巡っては二〇〇一年に小泉純一郎首相が控訴を断念、国の責任を認めている。今回の訴訟では家族らの受けた人権侵害についても安倍首相は「筆舌に尽くしがたい経験」だと述べている。事実の重みを考えての判断だろう。
 本紙社説は〇一年の控訴断念の際、「“人間回復”へ第一歩」と主張し元患者らへの手厚い対策を求めた。今回はさらに対策を加速させ救済と差別解消に本腰を入れねばならない。
 原告の家族らは首相との面会と謝罪を求めている。首相が本当に隔離政策は誤っていたと考えるのなら、まず面会して被害の訴えに耳を傾けるべきだ。
 今後は具体的な救済策を検討することになるが、被害者全員を救済の対象にする必要がある。
 熊本地裁判決は原告五百六十一人のうち、二十人について身内が元患者だと知ったのが最近だったなどの理由で請求を棄却した。確かに、家族をどこまで救済の範囲にするのかは難しい問題だ。
 家族らは、救済策を話し合う協議の場の設置と一律の救済を求めている。被害者らが納得できる救済策をつくらねば意味がない。家族らも救済の対象に位置付ける法整備など実効性ある枠組みをつくることが大切である。
 隔離政策が問題となってからも国会は関連法の改正や廃止を怠ってきた責任がある。法整備は迅速に進めるべきだ。
 司法の動きも気になる。元患者家族が国に損害賠償を求めた別の訴訟で、広島高裁松江支部は原告の請求を退けた。判決は、国民の間に差別意識があり「国によって偏見や差別が創出されたとまではいえない」と言う。
 しかし、隔離政策が偏見や差別を助長させたのではないのか。審理中の最高裁は政府決定を重く受け止めてほしい。
 何より偏見や差別の解消が最大の救済になる。政府は啓発活動に取り組んでいるが、実効性に疑問符がついている。これを機に内容の再点検をしたらどうか。
 偏見や差別は社会が許してきた面もある。被害者の尊厳を取り戻す努力は社会全体に求められる。私たち自身の責任であるとの自覚を持ちたい。


ハンセン病控訴せず 被害救済優先を評価する
 ハンセン病の元患者家族が受けた差別被害をめぐり、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、政府が控訴しない方針を決めた。
 これまで国は元患者に対して謝罪し、補償をしているが、家族への被害を認めていなかった。今回の方針を私たちは評価したい。
 その理由はまず、家族への差別が、国の誤った患者の隔離政策に起因していることだ。強制的な人権の制約が患者や家族への偏見や差別を助長したことは国も認めている。
 家族への差別内容も患者と同様に苛烈だったという事実だ。教育の機会を奪われ、結婚で差別された人もいる。「人生被害」と呼ばれるほど深刻で長期にわたるものだ。
 さらに、地裁判決が、所管の厚生労働省だけでなく、法務省や文部科学省も人権への取り組みを怠ったと認定したことも重い。政府全体の連帯責任を意味しているからだ。
 他方で法理上の課題もある。国はらい予防法廃止により民法の3年の消滅時効が成立していると主張したが、判決はこれを退けた。
 安倍晋三首相が判決について「一部には受け入れがたい点がある」と語ったのは、時効の扱いをめぐる見解の違いがあるからだろう。
 法治国家である以上、すべてが政治判断で乗り越えられるものではない。しかし、国が負うべき責任や被害者が受けた人権侵害の重大さに向き合う必要がある。
 社会正義の実現という法の趣旨に照らせば、国は主張の一貫性を犠牲にしてでもこの問題に終止符を打ち、被害者救済を最優先にすべきだ。
 救済策に向けてはハンセン病問題基本法を改正し、元患者の家族も対象に明記する必要がある。その際、どのような基準で範囲を定めるのか。高齢化が進む中、被害家族がどのくらいいるかもはっきりしない。
 旧優生保護法などほかの国家賠償訴訟に影響するのか。厚労省はハンセン病の場合は「特殊性があり、単純に波及するとは考えていない」というが、明確な見解が求められる。
 国は鳥取県の元患者家族と同様の訴訟を抱え、時効問題などをめぐって最高裁で争っている。この訴訟の扱いはどうなるのか。
 具体的な救済策の策定にあたっては、解決すべき課題も多い。


家族訴訟控訴せず 国は謝罪し被害者救済を
 ハンセン病元患者の家族への人権侵害に政府がようやく目を向けた。国は誠意をもって被害者を救済すべきだ。
 隔離政策による家族への差別被害を認めて国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が控訴しない方針を明らかにした。
 人権を踏みにじる誤った政策を国が取り続けたせいで、患者はもとより家族までもが長年にわたっていわれのない差別を受け、想像を絶するような苦難を味わわされた。政府の方針は至極当然である。
 もし逆の判断を示していたならば、人権問題に向き合わない政権として批判を浴びたことは疑いない。
 首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と述べた。その言葉が真実であれば、全ての被害者に対し、政策による幅広い救済措置を講じるのが筋であろう。まずは政府を代表し、全ての元患者とその家族に謝罪してほしい。
 ハンセン病は、らい菌という細菌が引き起こす。感染力は極めて弱い。1943年に米国で治療薬が開発された。
 日本では明治後期から患者を強制的に収容し隔離政策を取った。戦後は旧優生保護法に基づき不妊手術が強制される。隔離政策を固定化させたのが53年成立の「らい予防法」だ。国は96年にようやく同法を廃止した。
 熊本地裁判決は、医学の進歩や国内外の知見などから、遅くとも60年には隔離政策の必要性は消失していたと指摘した。そのうえで「遅くとも60年の時点で厚相は隔離政策の廃止義務があった」と断じた。損害賠償請求権の時効が成立したとする国側の主張も認めなかった。
 患者の家族は就学や就労をを拒まれたり、村八分に遭ったりした。学校ではいじめを受け、結婚にも支障を来した。幼少期に親と引き離されるなど、普通の家庭生活を送ることができなかった。
 こうした重大な不利益は、国がハンセン病を「恐ろしい病気」と言い立てて不必要な隔離政策を続けたことによって生じた。人権侵害の当事者である政府はそのことを真摯(しんし)に反省しなければならない。
 熊本地裁判決には問題もある。沖縄の米統治下の期間に家族が受けた損害については国の責任を認めていないのだ。立法措置を含めた解決策が不可欠だ。
 偏見は今も残る。家族訴訟の原告の大半が匿名なのはそのためだ。首相が自ら先頭に立つなどして、ハンセン病は怖い病気ではないと広く啓発し、元患者らの名誉回復に全力を挙げるべきだ。
 旧優生保護法下の強制不妊手術を巡る国家賠償請求訴訟が全国の地裁、高裁で争われている。誤った国策のせいで人権が蹂躙(じゅうりん)された構図は同じだ。国はこれらの訴訟でも自らの責任を認め、被害者の救済に乗り出すべきだ。政権の人権感覚が問われている。


[家族訴訟 国控訴せず] 首相は面会し謝罪せよ
 ハンセン病元患者の家族への差別被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について安倍晋三首相が9日、控訴しない方針を表明した。家族541人への計約3億7600万円の賠償が確定する。
 安倍首相は、控訴断念の理由を「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆さまのご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と説明した。
 村八分、結婚差別、就学や就職の拒否など、「人生被害」といわれるほどの差別に苦しめられた家族に対しても、政府が国策の誤りと責任を認めたことになる。
 しかし、首相から家族に対する謝罪の言葉はなかった。
 首相をはじめ関係閣僚は口々に「極めて異例の判断」と強調した。原告の賠償請求権が時効で消滅したとする国の主張を退けたことに「判決内容に受け入れがたい点がある」とした。
 全面的に納得しての決断には見えず、参院選の投開票を間近に控えた時期であり、有権者にアピールする狙いが透けて見える。
 とはいえ、控訴断念により判決が確定する意味は重い。
 2001年のハンセン病元患者本人の訴訟で、熊本地裁が国に賠償を命じ、当時の小泉純一郎首相が控訴しないことを決めた際には、直後に議員立法で「補償金支給法」がつくられた。
 今回も、元患者家族への補償や生活再建支援などを迅速に進める必要がある。安倍首相はまず、家族に会って直接、謝罪するところから始めるべきだ。
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 原告561人のうちおよそ4割に当たる250人が沖縄の元患者家族だった。他府県に比べ、影響はより大きいといえる。
 県内在住の9人を含む20人の原告は裁判で請求を棄却された。身内が元患者だと知ったのが最近だったり、元患者が直近の家族でなかったりしたことが理由だ。
 一方、差別を恐れて裁判に参加できなかったり、差別に耐えきれず、訴えを取り下げたりした人もいる。
 救済対象となる元患者の家族をどう認定するのか。政府には、実態を把握した上で、幅広く救済することが求められる。
 沖縄ならではの課題として残るのが、米軍統治下の被害だ。判決は、国の責任を1972年5月15日の復帰以降に限定している。
 だが、ハンセン病患者の隔離政策は戦前から復帰前までの沖縄でも基本的に実施されており、本土と同じように救済措置が取られるべきだ。
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 国は責任を明確に果たさなければならない。
 判決は、差別の元凶となった隔離政策を担う厚生労働省(旧厚生省)だけでなく、人権啓発を担う法務省、差別解消の教育を担う文部科学省(旧文部省)の責任も厳しく問うている。
 国は関係省庁を挙げ、改めて自らのハンセン病政策を検証し、元患者家族に寄り添った対応をするとともに、差別と偏見のない社会に向け、全力を挙げる必要がある。


ハンセン病訴訟  被害家族の救済を急げ
 ハンセン病患者の隔離政策で、本人だけでなく家族も差別を受けたとして国の責任を認めた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が控訴しない方針を表明した。
 首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の皆様のご苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と記者団に理由を述べた。
 長く放置されてきた患者家族に対する差別や偏見、人権侵害を思えば、当然の判断であり遅すぎたぐらいだ。国は差別解消への新たな契機とし、被害者救済に向けた道筋を早急に示すべきだ。
 6月28日の熊本地裁判決は、隔離政策で家族も学習機会を奪われたり、結婚差別や就労拒否などを受けたことを認め、「憲法が保障する人格権や婚姻の自由を侵害した」と指摘した。
 世界保健機関(WHO)が隔離を否定した1960年の時点でも国は隔離政策をやめず、その後も差別・偏見を取り除く措置をとらなかったことを違法と判断。96年まで隔離規定を廃止しなかったのは立法不作為と国会の過失も認め、原告561人のうち、541人に計約3億7600万円の賠償を命じた。
 元患者本人の訴訟では、2001年に同じ熊本地裁が隔離政策を違憲と判断した。当時の小泉純一郎首相は控訴を断念し、国は謝罪している。
 だが家族による集団訴訟では、家族は隔離対象ではなく差別や偏見を直接助長していないと国が責任を否定。ハンセン病を巡る同様の訴訟でも原告となった元患者の家族と争っており、政府内には控訴が妥当とする見方もあった。
 にもかかわらず首相が控訴を断念したのは、参院選への影響も考慮してのことだろう。首相は、自ら「異例」とする政治決断に至った経緯についてきちんと説明してもらいたい。
 ハンセン病は感染力が弱いのに、1931年に旧「らい予防法」で全患者が隔離対象となった。治療法確立後も患者や家族への差別被害は続き、個人の尊厳を傷つけてきた。
 元患者の家族には、隠してきた事実を知られて妻や子どもに差別が及ぶことを恐れ、訴訟への参加を見送った人も多くいるとみられる。
 今後はそうした人も含めた救済の明確な基準を示す必要があり、国の責任は一層重くなる。高齢化が進む被害家族に寄り添うには、原告団が求めるように当事者と国の協議の場を設けるのも一案だろう。検討してほしい。


ハンセン病家族訴訟 控訴断念、まだ出発点だ
 ハンセン病の患者本人と同じく、差別や偏見に苦しんできた家族に被害回復の扉が開かれた。強制隔離政策による被害を巡り、国に賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は控訴せず、受け入れる方針をきのう明らかにした。
 「判決も控訴断念も遅きに失した」。94歳の原告団長の言葉は、いわれなき迫害にさいなまれてきた原告全員に通じる思いでもあるだろう。それでも国が全面解決に向けて、スタートについたのは間違いない。一歩前進と歓迎したい。
 誤った国策による人権侵害に国は向き合い、謝罪と補償はもとより生活再建の支援など救済の道筋を示すべきである。最優先で求められるのは、被害者の掘り起こしだろう。
 今回の家族訴訟に加わった原告は561人にすぎない。参加しなかった他の家族も多数いるとみられているものの、その総数は原告側の弁護団でさえ把握していないという。
 元患者本人による違憲訴訟では熊本地裁が2001年、国に賠償を命令。当時の小泉純一郎首相が控訴断念を決めたのを受け、議員立法による補償金支給法が成立した経緯がある。厚生労働省は都道府県を通じ、対象者に請求を呼び掛けた。
 被害と救済をこれ以上、長引かせないために、どんな手だてが取れるか。政府と自治体を挙げて、被害者を掘り起こす仕組みづくりが欠かせない。
 今回の判決直後、霞が関から「控訴が既定路線」との見方が聞こえたのも事実である。というのも、国の加害責任を見極めるのが難しかった原告側の事情をくみ、判決が請求権の時効も認めなかったからだ。
 国はまた、ハンセン病を巡る同様の訴訟で原告となった鳥取県在住の元患者の家族と争っている。一審、二審とも請求を退けられた原告が最高裁に上告しているさなかでもあり、今回の判断は首相も認めた通り「極めて異例」といえよう。
 その点、折り合いをつけるべき課題が後に残された。控訴の断念は、まだ出発点に立ったにすぎない。
 どんな被害が救済の対象となるかといった「線引き」も、気掛かりな課題の一つである。
 実際、今回の弁護団は「偏見や差別による共通した損害」として1人当たり一律550万円を請求したものの、判決が慰謝料としてはじいた額は一律30万円にとどまる。賠償額にもばらつきがあり、中には請求が認められなかった人もいた。
 一方で、判決は元患者家族の被害について具体的に挙げた。約90年にも及んだ隔離政策によって就学や就労の拒否、結婚差別、村八分といった差別に遭ったとの認定である。「人格形成にとって重大であり、個人の尊厳にかかわる人生被害であり、生涯にわたって継続し得る」と指摘している。
 人の一生が千差万別なら、「人生被害」もまた、そうだろう。被害をひとくくりにされることは本来、誰も望むまい。
 国が今、なすべきは元患者家族それぞれの「人生被害」と責任の在りかについての親身な検証だろう。
 その上でなければ、心からの謝罪とは原告団も受け取らないはずである。むろん、全面解決など望むべくもない。


ハンセン病訴訟 「人権重視」への転機に
 差別の問題に、国として全力で取り組む決意表明と受け止めたい。ハンセン病患者の隔離政策による家族の被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が9日、控訴しないと表明した。家族541人に計約3億7600万円の賠償を命じた判決が確定する。
 家族の苦しみに寄り添い、「時効で賠償請求権は消滅していた」など国側の主張を退けた地裁判決に対しては、政府内から「控訴すべき」との声が上がっていた。異例の政治判断の背景には、参院選の投開票を前に、「人権軽視」との批判を回避する狙いも指摘されている。
 「家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と首相。その言葉通り、苦労を重ねた家族に対し、謝罪と補償など具体的な救済策に早急に取り組むことで、「選挙向けのポーズ」との疑念を払拭(ふっしょく)してほしい。
 裁判で勝っても、偏見や差別が一挙に解消されるわけではない。あくまでスタートラインに立ったということだ。
 2001年、元患者本人の訴訟で熊本地裁判決が国に賠償を命令。国の控訴断念で喜びに沸く原告の元に「強制隔離されたおかげで、病気もよくなったのではないか。そのことを忘れて、損害賠償を求めるとはどういうことか」との差出人不明のはがきが届いたという(熊本日日新聞社編「検証・ハンセン病史」)。
 差別感情の根深さを物語るエピソードだ。今回の家族訴訟も、提訴していない家族は多いとみられる。しかも、訴訟に加わった家族も大半が匿名だ。家族が隠さないで生きることができる社会に向け、偏見や差別解消の取り組み強化が欠かせない。
 今回の政治判断は、旧優生保護法下で不妊手術を強制された被害者側からも歓迎の声が上がる。ただ、根本匠厚生労働相は優生手術訴訟などへの影響について「ハンセン病による隔離政策は誤った立法措置などの特殊性があることから、単純に波及するとは考えていない」との立場だ。
 だが、5月の仙台地裁判決は、旧優生保護法を「違憲」と判断。誤った国策の犠牲になり、個人の尊厳が踏みにじられたことに変わりはない。
 優生手術被害者の救済法が4月に成立したが、「国の謝罪」を求める被害者側との溝は深い。首相は、旧法下で「不良」「劣等」と差別された障害者らの苦しみを癒やす取り組みにもリーダーシップを発揮してもらいたい。
 ハンセン病を皮切りに、さまざまな病気や障害、偏見や差別の問題に目を向け、幅広く救済する政治を実現していく。控訴断念は、その転機になるか。政治判断の行く末を注視したい。


ハンセン病裁判 控訴見送りは当然として
 ハンセン病患者の強制隔離政策が家族の被害にもつながったとして国に賠償を命じた熊本地裁の判決が確定する。政府が控訴を見送ることを決めた。
 12日の期限を前に、安倍晋三首相が「控訴しない」と表明した。見過ごされてきた家族の被害の回復に道を開く判断である。
 元患者の家族が起こした集団訴訟だ。判決は、就学・就労の拒否や結婚差別を挙げ、憲法が保障する人格権や婚姻の自由が侵害されたと認定。隔離政策によって差別の社会構造が形づくられたとして国の責任を明確に認めた。
 明治期に始まった強制隔離政策は戦後半世紀余を経た1996年に「らい予防法」が廃止されるまで続いた。その歴史は「恐ろしい病気」という意識を人々に植えつけ、家族も差別、排除される状況を生んだ。国は責任を免れない。控訴を見送るのは当然だ。
 隔離政策を違憲と断じた熊本地裁判決が2001年に確定し、元患者に補償がなされる一方、家族の被害は対象になっていない。首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされたご家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と述べた。ならばなぜもっと早く被害回復を図らなかったのか。
 裁判では、隔離の対象でない家族の被害に国の責任は及ばないと主張して全面的に争い、政府内で控訴は既定路線だったようだ。判決後に原告側が繰り返し求めた厚生労働相との面会も拒んでいた。首相の判断は参院選を意識した場当たりの感が否めない。
 集団訴訟とは別に、母親が患者だった鳥取県の男性が2010年に起こした裁判も最高裁で係争中だ。政府はこの裁判でもこれまでの主張を維持して争うわけにはいかなくなる。矛盾を取り繕うのでなく、国の責任について明確な姿勢を示さなければならない。
 差別や偏見は過去のことではない。裁判の背後には、いまだに声を上げられない多くの家族の存在がある。原告に加わったために離婚に追い込まれた男性もいる。
 控訴の見送りは出発点にすぎない。広く家族の被害への補償、救済を図る制度や施策をどう具体化していくか。政府、国会の今後の取り組みこそが問われる。
 元患者の生活保障などを国に義務づけたハンセン病問題基本法に家族を被害者として明記することを原告、弁護団は求めてきた。判決の確定を踏まえ、政府に協議の場を設けるよう訴える声が上がっている。何よりまず真摯(しんし)に当事者と向き合うことが欠かせない。


ハンセン病「控訴せず」 救済の道筋を早急に示せ
 ハンセン病患者の隔離政策による家族への差別被害を認めた訴訟判決を巡り、安倍晋三首相は控訴しないと表明した。首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされた家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と述べている。政府は救済の道筋を早急に示す必要がある。
 先月28日の熊本地裁判決は「隔離政策などにより、患者の家族が大多数の国民による偏見差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた」と指摘。さらに「隔離などにより、家族間の交流を阻み、家族関係の形成の阻害を生じさせた」と家族の被害を認定した。具体的な被害として「結婚差別」「就労拒否」「就学拒否や村八分」などを挙げた。
 旧厚生省が遅くとも1960年の時点で隔離政策を廃止しなかったことや、国会が96年まで隔離政策の根拠となった「らい予防法」を廃止しなかったことなど、国が差別・偏見を取り除く措置を取らなかったのを違法と判断した。時効で賠償請求権が消滅していたとする国の主張も退けた。
 ハンセン病を巡り、母親が患者だった鳥取市在住の男性が起こした訴訟では一審鳥取地裁、二審広島高裁松江支部とも請求を退けた。男性は最高裁に上告している。それだけに今回の控訴断念は極めて異例といえるだろう。
 確かに政権内に他の訴訟への影響などから「控訴すべき」との声はあったはずだ。朝日新聞が9日付朝刊の1面に「ハンセン病家族訴訟 国控訴へ」の記事を掲載。「国側の責任を広く認めた判決は受け入れられない」と政府関係者が明らかにしたとしている。
 首相に控訴を断念させた理由の最たるものは、21日に投開票される参院選への影響だろう。控訴すれば、選挙戦のさなかに人権問題で批判にさらされることは明らかであり、与党の受けるダメージは大きい。ただ首相は明確に謝罪の言葉は述べていない。判決を受け入れた以上は真摯(しんし)に謝罪と救済に取り組むべきだ。
 熊本地裁判決は、原告561人のうち、身内が元患者だと知ったのが最近だったといった理由で20人の請求を棄却したが、541人に関しては1人当たり33万〜143万円の賠償を命じている。原告側の弁護団によると、提訴していない元患者の家族も多数いるとみられる。そうした実態の把握にも努める必要がある。
 課題は少なくないものの、ハンセン病問題の全面解決に一歩近づいたことは間違いない。政府は今後、判決に対する見解や控訴断念の理由について、政府声明として公表するとしているが、国策による重大な人権侵害に正面から向き合う姿勢が欠かせない。


ハンセン病訴訟 早急に家族救済の道筋を
 友達から「うつるから息するな」と石をぶつけられた。母が工場をやめさせられ、行商で糊口(ここう)をしのいだ。差別を恐れ、周囲には「父は死んだ」と話してきた…。
 昨年の本紙連載企画「隔離の陰で ハンセン病家族訴訟」で、元患者の家族への差別や偏見、壮絶な人生が語られている。国による隔離政策の過ちが2001年に司法の場で初めて断罪された後も、家族の被害はずっと放置されてきた。「悔しさを抱えて死ねない」というのが原告らの共通の思いだったろう。
 違法な隔離政策による家族への差別被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相がきのう、控訴断念を表明した。政権内には「控訴すべきだ」との声もあったとされる。原告らにとって遅きに失したかもしれないが、政治決断は高く評価したい。
 ただ首相は「判決内容については一部に受け入れがたい点がある」としており、政府がどこまで家族の救済と支援に動くかが今後の焦点となろう。元患者本人の訴訟では、国の控訴断念の直後に議員立法で補償金支給法が成立した。新たな立法措置などで、速やかに原告以外も含めた救済の道筋を示す必要がある。
 また、首相は明確な謝罪をしていない。「筆舌に尽くしがたい家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」としか述べず、異例の判断だと強調した。
 だが、国の政策によって深刻な人権侵害を受けた家族らに直接謝罪するのは当然ではないか。原告団と弁護団は、首相が面会して謝罪するとともに、被害を一律に回復する制度の創設を求める声明を発表した。
 被害者の掘り起こしは大きな課題となろう。原告団に参加したのは差別を受けた家族のほんの一握りにすぎない。しかも、多くが匿名で、今も家族がハンセン病だったことを妻や夫らに明かしていない人もいる。
 中には訴訟に参加した結果、離婚に追い込まれた原告もいるという。差別は決して過去のものではなく、現在も根強く残っている。どうやって声を上げられない被害者に救済の手を差し伸べるかを真剣に考えねばならない。
 そうした社会の中の差別や偏見を取り除く努力も大切だ。熊本地裁判決は、隔離政策などにより元患者の家族が偏見差別を受ける社会構造を形成した国の責任を認め、病気の正しい知識を広めなかった厚生労働省や、人権啓発や教育を怠った法務、文部科学省も厳しく批判した。
 関係省庁は一層の啓発を図りたい。私たちもハンセン病をしっかり理解し、元患者とその家族の苦しみに寄り添うことが求められる。
 間違った情報と偏見が、差別をする、される側に個人を引き裂く。そんな社会の在り方を問い直し、過ちを繰り返さないことが重要だ。


ハンセン病訴訟控訴せず/救済の道筋早急に示せ
 ハンセン病隔離政策を巡り、国に元患者の家族に対する賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は控訴断念を表明した。隔離政策の根拠となったらい予防法を1996年まで廃止せずに違法な隔離を続けたため、患者のみならず家族にも深刻な差別被害が及んだ−として行政機関や国会の責任を厳しく指摘した判決が確定する。
 2001年5月の熊本地裁判決が隔離政策を違憲として国に元患者への賠償を命じ、当時の小泉純一郎首相は控訴断念を政治決断。元患者らへの謝罪を明記した補償金支給法が施行され、療養所から退所後の社会復帰支援などが進められたが、家族の被害が顧みられることはなかった。
 安倍首相は「判決は一部に受け入れ難い点があるが、家族の苦労を長引かせるわけにはいかない」と述べた。やはり隔離政策で家族も差別を受けたと、母親が患者だった男性が起こした訴訟では一審鳥取地裁、二審広島高裁松江支部とも家族被害を認めず、請求を退けた。男性は最高裁に上告中で、今回の控訴断念は極めて異例といえる。
 参院選の投開票を前に批判を回避したいとの思惑ものぞく。とはいえハンセン病問題の全面解決に一歩近づいたのは間違いない。国策による重大な人権侵害に国は正面から向き合い、謝罪と補償はもちろん、生活再建支援など救済の道筋を早急に示すべきだ。
 参院選公示前日の3日、日本記者クラブ党首討論会でハンセン病家族訴訟の熊本地裁判決を巡り野党から「控訴を断念すべきだ」と迫られ、安倍首相は「どういう対応を取るか真剣に検討し判断したい」と述べるにとどめた。直前の判決は請求権の時効も含め国側の主張をことごとく退け、政権内には「控訴するべきだ」との声もあった。
 しかし選挙戦のさなかに人権問題で批判にさらされることになれば、与党の受けるダメージは大きい。そうした考えが政治決断の背景にあったのは想像に難くないが、判決を受け入れた以上は真摯(しんし)に謝罪と救済に取り組むことが求められる。
 判決は、戦前から戦後にかけ約90年にも及んだ隔離政策によって元患者の家族らは就学や就労の拒否、結婚差別、村八分などの差別被害を受けたと認定。「個人の尊厳にかかわる人生被害で、生涯にわたって継続し得る」とし「憲法が保障する人格権や婚姻の自由を侵害した」と述べた。
 さらに治療法の進歩などにより、国は遅くとも1960年には隔離政策を廃止する義務があったと指摘。隔離を進めた旧厚生省と厚生労働省をはじめ、人権啓発を担当する法務省や差別解消に重要な教育を担う旧文部省と文部科学省、国会がそれぞれ義務を怠り、差別を放置したとした。
 賠償請求権が時効で消滅したとする国側の主張は、専門家ではない原告が国を加害者と見極めることの難しさに理解を示し認めなかった。政府はこの点に問題があるとしているが、まずなすべきは、この間の経緯を検証し、国の責任を明確にすることだ。
 その上で原告団などに心からの謝罪を行う必要がある。政府は「首相の政治決断」を強調するが、いまだ国の責任や謝罪には言及していない。そこをあいまいにしたまま形式的に救済を進めても全面解決は望むべくもないだろう。


【ハンセン病訴訟】国の控訴断念は当然だ
 ハンセン病患者の隔離政策による家族への差別被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁の判決について、安倍首相が「控訴しない」と表明した。
 国策によって患者だけでなく家族まで偏見や差別にさらされる社会構造をつくり、長く放置してきた。国の責任は明らかであり、控訴断念は当然である。国は被害者に謝罪し、広く救済するための施策に真摯(しんし)に取り組まなければならない。
 ハンセン病は感染力が弱いにもかかわらず、医学的根拠のないまま1931年に旧「らい予防法」で全患者が隔離対象となった。薬の開発で治療法は確立されたが、旧法は96年まで続いた。
 地裁判決は家族への就学、就労拒否や結婚差別などを認めた。その上で遅くとも60年時点で隔離政策の必要性は消失しており、その後も人権侵害を取り除く措置を取らなかったことを違法と断じた。
 判決は賠償請求権の時効も認めていない。このため政権内には控訴を求める声もあった。それでも首相が政治判断で断念した背景には、参院選への影響を懸念したことが指摘されている。しかし家族が被った、生涯にわたって回復困難な被害はそうした事情以上に厳しく、重い。
 憲法が保障する人格権や婚姻の自由などを侵害されてきたのである。被害は何よりも優先して回復されなければならない。
 控訴断念は大きな一歩だが、具体的な救済策については考えなければならないことが山積している。
 元患者の家族の中には隠し通してきた事実を知られることを恐れ、訴訟への参加を見送った人が少なくない。被害家族の総数は分かっていないのが実情だ。
 地裁判決は541人に計約3億7600万円の賠償を命じたが家族ごとの賠償額にはばらつきがあり、請求が認められなかった人もいる。
 政府はまず、今回の原告以外の被害家族の掘り起こしに努めなければならない。さらに、どのようなケースが救済対象となるのか、基準の策定や周知も必要になってくる。家族が高齢化していることを考えれば、遅滞は許されない。
 国による人権侵害の被害救済という点では、旧優生保護法下の強制不妊手術も同じ構図と言えよう。
 仙台地裁はことし5月、旧法を「憲法違反」と認めつつ、国の賠償責任に関しては賠償請求権が消滅する「除斥期間」を適用して否定した。一方で、被害者救済に向けて立法措置を求めてもいる。原告は控訴したほか、全国で同様の訴訟が起こされている。
 一時金を支給する救済法はできたものの、多くの被害者は納得していない。ハンセン病差別と同じく個人の尊厳を踏みにじり、家族を形成する権利を奪ったものである以上、政治判断による救済も検討されてしかるべきではないか。
 国策の誤りが生んだ悲劇に、国は誠実に向き合わなければならない。


[ハンセン病] 幅広く家族救済の道を
 ハンセン病元患者の家族訴訟で、安倍晋三首相は「異例のことだが、控訴しない」と表明した。家族541人に計約3億7600万円の賠償を命じた熊本地裁判決が確定する。
 熊本地裁は、国の隔離政策が元患者の家族に深刻な差別被害をもたらしたと認定、国の責任を明らかにした。控訴断念は当然の判断と言える。
 国は、人権が著しく侵害された原告への補償と生活再建支援など救済策を早急に打ち出さなければならない。
 6月28日の地裁判決は、らい予防法の隔離政策による家族の被害として「就学拒否」「村八分」「結婚差別」などを列挙した。その上で「憲法が保障する人格権や婚姻生活の自由を侵害された」と指摘した。
 さらに、遅くとも1960年の時点で隔離政策の必要性は消失し、政府がその後も差別・偏見を取り除く措置を取らなかったことを違法と判断した。
 原告は星塚敬愛園(鹿屋市)と奄美和光園(奄美市)を含む全国13療養所の入所者の配偶者や子どもらで鹿児島県には数十人いるという。
 ただ、差別被害を受けながら提訴していない家族も多いとみられる。こうした家族の支援も視野に入れた救済策が求められる。
 元患者本人の訴訟では2001年に熊本地裁判決が確定し、他の地裁でも元患者との和解が順次成立した。判決内容と同じ基準で国が補償金を支払うハンセン病補償金支給法が施行され、隔離施設に入所した元患者には期間に応じて補償金が支払われた。
 また、非入所者や遺族は訴訟を起こして和解すれば和解一時金が支払われる仕組みがつくられた。
 こうした例を参考に、国は被害に遭った家族の掘り起こしに努めるとともに、幅広く救済できる基準を設けるなど道筋を付けることが欠かせまい。
 安倍首相は控訴断念の理由について「筆舌に尽くしがたい家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と説明した。一方で「判決内容には一部受け入れがたい点もある」とも述べた。
 ハンセン病を巡っては、母親が患者だった鳥取県の男性が国と県に賠償を求めて提訴、一、二審で敗訴し最高裁に上告している。そのため、「控訴は既定路線」との見方もあった。
 それでも控訴の見送りを決断したのはなぜか。21日に迫る参院選への影響を避けたかったのでは、との臆測も飛び交う。安倍首相は原告らと直接向き会って謝罪し、決断の経緯などを丁寧に説明する必要がある。
 ハンセン病元患者の家族は、いわれなき差別に長年苦しめられてきた。正確な知識で問題への理解を深め、偏見と差別解消に社会全体で取り組んでいかなければ全面解決とは言えない。


安倍首相決断、参院選意識も=政府内「主戦論」退け−ハンセン病訴訟
 安倍晋三首相がハンセン病元患者の家族への賠償を国に命じた熊本地裁判決を受け入れる方針を表明した。控訴すべきだとの政府内の「主戦論」を退けて首相が決断。21日投開票の参院選を意識したとみられる。18年前、ハンセン病訴訟対応をめぐる判断で政治主導を印象付け、好感された小泉純一郎首相(当時)の影響を受けたとの見方もある。
 熊本地裁判決について政府内では、時効で賠償請求権が消滅したとの主張が退けられたことへの抵抗が強く、首相は9日、記者団に「一部には受け入れ難い点があることも事実だ」と判決に不満を示した。同時に「筆舌に尽くし難い経験をされたご家族の皆さまのご苦労をこれ以上長引かせるわけにはいかない」と述べ、家族に寄り添った判断だと強調した。
 ハンセン病元患者の家族をめぐる訴訟では、鳥取地裁と広島高裁松江支部で原告の家族の請求を退ける判決が続き、現在は最高裁で係争中。厚生労働、法務両省は熊本地裁判決について控訴に向けて準備を進めていた。根本匠厚労相は9日の記者会見で「通常の訴訟対応の観点からは控訴せざるを得ない側面があるのも事実だ」と漏らした。
 政権側は、控訴すれば世論が離れ、参院選に悪影響が及びかねないと危惧。政府関係者は「選挙中に控訴してもしょうがない」と述べ、選挙への考慮があったことを認めた。官邸幹部は「法律的な判断と政治的な判断は別だ」と語った。
 ハンセン病訴訟をめぐっては、小泉内閣が発足直後の2001年5月、元患者への損害賠償を国に命じた判決について控訴しないと決定。内閣支持率は上昇し、2カ月後の参院選で自民党は大勝している。
 ただ、家族に対する差別の問題は置き去りになった。首相は当時の小泉内閣の官房副長官で、今回の決断の背景には「(ハンセン病問題への首相の)思い入れがある」(政府高官)との見方もある。


石破茂が激怒 自民党本部が全議員に“ネトウヨ本”を配布 「非常に恐ろしいことです」
 まずは、以下の文章をお読みいただきたい。
〈「オワコン」という言葉があります。(略)一般ユーザー、個人ユーザーに飽きられてしまい、見捨てられてブームが去り、流行遅れになった漫画やアニメ、商品・サービスのことです。(略)政界ではまさに小沢一郎氏がそうではないでしょうか。政界のオワコンです〉
〈菅(直人)元首相は、今で言う「終わったコンテンツ」つまりオワコンであることは明白なのですが、ご本人はそれが分からず、煩悩だらけのようです。(略)オワコンは、鳩山(由紀夫)、菅、小沢の各氏だけでなく、野党そのものとさえ言いたくなります〉
 続けて、イラストもご覧いただきたい。
 よだれを垂らしてうつろな目をし、頭の横にはクルクルと回転する線……誰がどう見ても、立憲民主党の枝野幸男代表である。
参院選に向けて配布された“トンデモ”冊子
 これらの悪意に満ちた文章やイラストは、いわゆる“ネトウヨ”の方々がインターネットやSNSに投稿したものではない。6月中旬に自民党本部から全所属議員に配布された冊子に綴られた内容である。冊子の表紙には、次のようなタイトルが付けられていた。
〈フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識〉
 現在、7月21日投開票の参院選に向けて全国で熱い戦いが繰り広げられているが、党本部によれば、「(演説などのための)参考資料として配布した」という。
 この冊子に憤っているのが、石破茂元自民党幹事長(62)だ。『文藝春秋』8月号のインタビューで、石破氏はこの冊子を配布した自民党本部を痛烈に批判している。
「国民の共感を得られるとは到底思えません」
「この冊子の作成者は『保守の立場から論じている』と言いたいのでしょうが、私に言わせれば、内容以前に悪意や中傷が目に付いてしまいます。(略)このような文章で広く国民の共感を得られるとは到底思えません。そもそも、いくら選挙で議席を争う相手とはいえ、野党の議員に対して挑発、罵倒、冷笑、揶揄などをするのは非常に恐ろしいことです。なぜなら、彼らの後ろにはその議員に一票を投じた国民がいるからです。野党に対するこうした言動は、そのまま野党を支持した国民に向けられることになる」
 一体、この冊子は何なのか――実は作成者は明らかになっていない。「テラスプレス」なるインターネットサイトに掲載された記事に加筆修正したものだという説明書きがなされているのだが、そもそも「テラスプレス」というサイト自体、執筆者・運営元が一切明らかにされていない正体不明の存在なのだ。
いつから自民党は“変質”してしまったのか?
 石破氏が嘆息する。
「巷では、出所不明の文書のことを『怪文書』と呼びます。筆者が分からないこの冊子も、言うなれば『怪文書』の類と言われても仕方ありません。そういうものをなぜ全自民党議員が読む必要があるのでしょうか」
 さらに石破氏はこうも語る。
「かつての自民党には、多様な意見、多様な考えを大切にする伝統がありました。私はそんな懐の深い自民党を深く愛していましたし、そういう自民党に育てられました」
 いつから自民党は“変質”してしまったのか。石破氏の分析は、『文藝春秋』8月号に掲載された「自民党『参院選冊子』に怒りが湧いた」に掲載されている。


誰に向かい「正々堂々」話しているのか
★日本の政治から「正々堂々」という言葉が消えて久しい。選挙中に自党の政策を訴えることを嫌がり、反対勢力のヤジや批判を避けて日程を公表せずに遊説する、こそこそ遊説、これをステルス遊説と呼ぶそうだが何のことはない、支持者だけに訴えたいのだ。だが支持者は既に支持しているのだからわざわざ街頭に立たなくてもいい。陣営は警備上の理由だとか、いろいろ理屈をつけるが要は支持者の前で気持ちよく話したいだけではないか。それと似た状況に首相・安倍晋三は予算委員会などで答弁に立つときに野党のヤジに神経質に反応する。静まり返った中で静かに聞く聴衆が次第に熱狂していくことを期待しているのだろうか。★それと対極にあるのが大手メディアが報道したがらない政治団体「れいわ新選組」の山本太郎だ。山本は聴衆からのヤジに答えて批判を疑問に答える形で論破するというより批判も取り込んでいく戦法。これこそ街頭のつじ説法の基本だろう。これによって山本の人気や寄付の金額がうなぎのぼりだという。友好的な選民相手に訴える政治と大衆に飛び込む政治は政治家の手法ではなく政治の目標にも関わる。★その意味では野党もいったい誰に向かって話しているのかわからない。組織に向けて話すことと有権者に向けて話すことの違いを理解していないという意味では選民志向が強いのは同じだ。政治はわかる人だけ分かればいいのか。流儀に合わない人は聞かなくてもいいものではない。政治を大衆から取り上げておいて、有権者の意識の低さなどを口にするのはやめるべきだ。政治は体裁は正々堂々だが実態は変質してはいまいか。

<参院選>やじ警戒?首相「潜航遊説」 直前まで非公表 17年手痛い失策
 参院選(21日投開票)の自民党幹部の遊説日程のうち、党総裁の安倍晋三首相がどこでマイクを握るのかが直前まで非公表となっている。かつて聴衆のやじに反論し、批判を浴びた経緯があることから幅広い周知を控えているようだ。党首の日程を分刻みで発信する野党側とは対照的な「潜航遊説」となっている。
 公示後初の日曜だった7日午後、東京・JR中野駅前で自民公認候補の演説会があった。雨の中、多くの人が詰め掛けた。
 約20分後、「安倍首相が到着しました」とアナウンスがあると会場の一角が騒然となった。「国難」「やめろ」などと書かれたプラカードを手にした聴衆の一部から「うそつき」「帰れ」などのやじが飛んだ。
 党のホームページ(HP)には党三役らの遊説日程が記されるが、首相は一切載らない。中野の演説会は陣営が当日の一部の新聞に広告を出したほか、数日前からツイッターで情報発信があった。
 直前まで公表しないのは、やじへの警戒があるようだ。中野の演説で首相は反応することはなかったが、2017年7月の東京都議選では手痛い失策があった。一部聴衆の「辞めろ」コールに、首相は「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と指さして応じた。都議選は惨敗だった。
 首相は公示の4日、東北に入った。福島市での第一声をはじめ、午後の名取市や仙台市での演説も、公認候補らが首相来訪の発信を始めたのは同日朝だった。
 野党側はHPやツイッターに党首らが赴く場所や演説時間を数日後まで細かく載せる。立憲民主党の枝野幸男代表は「誰に投票するか決めていない方に呼び掛けるのが選挙。首相はそういう選挙をしようと思っていないのだろう」と話す。


菅官房長官が“山口敬之氏への資金援助”を企業に要請の報道が! 詩織さん事件で逮捕を止めた警察官僚も菅の右腕だったが…
 ジャーナリスト・伊藤詩織さんが、安倍首相と昵懇の元TBS記者・山口敬之氏からの性暴力で精神的苦痛を受けたとして、1100万円の損害賠償を求めた民事訴訟で、7月8日、東京地裁に詩織さんと山口氏が出廷し、本人尋問が行われた。
 当日には傍聴しようと長蛇の列ができたほど、社会的に大きな注目を浴びるこの裁判。山口氏は詩織さんに対して、1億3000万円の損害賠償を求める反訴を起こしており、併合して審理が行われている。
 報道によれば、8日の口頭弁論のなかで、伊藤さんは「やめて、痛いと伝えてもやめてくれなかった」と証言、あらためて意思に反して性暴力被害を受けたと訴えた。一方の山口氏側は、性行為は合意のうえだったとして「就職相談を受けていたTBSを辞めたことへの逆恨み」「売名をはかった悪質な虚妄」などと主張。1億3000万円の損害賠償は、詩織さんの告発によってテレビ出演や会社の顧問料などがなくなった損失と、今後、名誉を回復して元の収入に戻るための時間から算出したという。
 性暴力を訴えた女性に対して、逆に1億3000万円もの損害賠償を請求するということ自体、信じがたいが、そんななか、この裁判をめぐって新たにとんでもない疑惑が浮上した。
 というのも、山口氏はある企業から「毎月42万円の顧問料」や「交通費その他の経費」を受け取っていたのだが、実は、その企業の会長と菅義偉官房長官は親しい関係にあり、山口氏への資金援助を依頼したのも菅官房長官ではないかというのだ。
 本日の発売の「週刊新潮」(新潮社)が報じている。「週刊新潮」によれば、山口氏に「顧問料月額42万円」等を支払っていたのは、東京都のNKBという電車の中吊りなどを扱う交通広告の広告代理店。その会長である滝久雄氏が、長年、菅官房長官と懇意にしており、山口氏がTBSを退社した2016年の11月から、NKBの子会社と顧問契約を結んだという。
 記事には、「この滝会長と菅さんが仲良しなんです。山口がTBSを辞めた後に、菅さんが“山口にカネを払ってやってくれないか”と滝会長に依頼したそうです」との広告代理店関係者のコメントが掲載されている。さらに、この関係者は、山口氏は滝会長の子会社に一度も出社したことがなく、「週刊新潮」が2017年5月に準強姦疑惑の告発記事を出すと支払いを止めたことから、山口氏との顧問契約は「どうしても断れない特別な案件だったからと考えるのが自然」とも述べている。
 一方、「週刊新潮」は滝会長への“山口氏支援の依頼”に関して、菅官房長官を直撃しているが、言葉少なに関与を否定するだけで、「それ以上は言えない」などと、事実上、説明を拒絶したという。
 しかし、菅官房長官の名前は、山口氏が詩織さんの事件で逮捕される直前、警察庁の上層部がストップをかけたとされる問題でも、浮上していた。
 念のため振り返っておくが、この件をめぐっては、詩織さんからの相談を受けて当初、捜査を担当していた高輪署の捜査員が、逮捕状を持って成田空港で山口氏の帰国を待ち構えていた。ところがこの逮捕直前に上層部からストップがかかった。そして、この逮捕取りやめを指示したのが“菅義偉官房長官の子飼い”である当時の中村格・警視庁刑事部長(現・警察庁官房長)だった。
詩織さん事件で山口氏の逮捕を止めた中村格刑事部長は菅官房長官の元秘書
 中村氏は、第二次安倍政権発足時に菅官房長官の秘書官をつとめるなど“懐刀”“菅の片腕”といわれる警察官僚。山口氏の逮捕を取りやめるよう指示したことについて、本人が「週刊新潮」の直撃に対し、「私が決裁した」と認めている。
 詩織さんの著書『Black Box』(文芸春秋)には、詩織さんが直接、中村氏への取材を二度試みたくだりが出てくるのだが、それによれば、中村氏は一切の説明をせずに逃げたのだという。
〈出勤途中の中村氏に対し、「お話をさせて下さい」と声をかけようとしたところ、彼はすごい勢いで逃げた。人生で警察を追いかけることがあるとは思わなかった。
 私はただ、答えが欲しいのだ。中村氏にはぜひ、「私のした判断は間違いではなかった。なぜなら……」ときちんと説明して頂きたい。なぜ元警視庁刑事部長の立場で、当時の自分の判断について説明ができず、質問から逃げるばかりなのだろうか?〉(『Black Box』)
 いずれにしても、この件では、一度は山口氏に逮捕状がだされ、捜査員が今か今かと待ち構えるという局面まで進んだ。にもかかわらず、菅官房長官の片腕の警察官僚が直前で逮捕取りやめを指示したのだ。
 もし、菅官房長官が知り合いの企業経営者に山口氏への資金援助を要請するくらい山口氏と関係が深かったとすれば、この不可解な捜査中止も納得がいく。
 山口氏は8日の法廷で、逮捕中止について「仮に逮捕状が出ていれば、自分は被疑者なので知る手段がない。もみ消しはできない」と述べたという(朝日新聞デジタル7月8日)。
 だが、資金援助要請まではしていなかったとしても、山口氏が、安倍官邸、そして菅官房長官と尋常ならざる関係を築いてきたのは事実だ。
山口氏の著書『総理』に出てくる菅官房長官との運命共同体的エピソード
 そもそも、山口氏はTBS時代から“安倍の太鼓持ち”と呼ばれるほど、安倍首相と個人的に親しい関係を築いてきた。安倍首相は国会で山口氏について「取材対象として知っている(だけの関係)」などと言ってごまかしたが、山口氏の結婚披露宴に安倍首相が出席していたことを「FLASH」(光文社)が写真付きで報じている。
 そして、山口氏は、安倍首相の右腕である菅官房長官ともかなり前から“運命共同体”とも言えるような関係になっていた。山口氏のデビュー作である“安倍ヨイショ本”『総理』(幻冬舎)では、当初、安倍氏が出馬を迷っていた2012年自民党総裁選を巡って、菅との直接的やりとりをしていたことを自慢げに記している。
 同書によると、山口氏は安倍と代々木のレストランで食事をし、その席で「出馬見送り」の話を聞かされるのだが、山口氏はそのあと〈すぐに菅に電話を掛けた〉のだという。この電話を受けて、菅が安倍の私邸へ向かい、出馬するよう説得。安倍は心変わりして総裁選に出馬し、総裁に返り咲いたというわけだ。山口氏は安倍が総裁に決まったあと、菅とこんな会話をかわしたことを明かしている。
〈決選投票で総裁の座を射止めた直後、自民党本部4階で私と遭遇した菅は、満面の笑みで握手を求めてきた。
「○○だけは誤算だったな。あとはパーフェクトだったでしょ?」
 不適な笑みの最後に、こう付け加えた。
「あの夜の山口君の電話がなければ、今日という日はなかった。ありがとう」〉(『総理』)
 いわば、山口氏は菅官房長官をして「山口君がいなければ安倍総裁はなかった」と言わしめる存在なのだ。その“見返り”に、TBS退社後も手厚く支えたとしても何ら不思議はない。そして、この“第二次安倍政権誕生の陰の立役者”を菅が見守るなかで起きたのが、詩織さんへの性暴力事件だった。
 さらに、この件をめぐっては、「週刊新潮」に告発記事の第一弾を出された直後、山口氏が“官邸のアイヒマン”の異名を持つ北村滋内閣情報官とおぼしき「北村さま」へメールを送り、記事を巡る対応を相談していたことも判明している。
 今回、「週刊新潮」が報じた“菅官房長官が口利きで山口氏を支援していた”との疑惑によって、またひとつ、この問題をめぐる“官邸の関与”の状況証拠が増えたことになる。年内に結審するという裁判の行方はもちろん、引き続き、疑惑の真相究明を求めていきたい。


枝野氏が共産候補応援=生活破壊の阻止で共闘−福井【19参院選】
 立憲民主党の枝野幸男代表は10日、福井市で開かれた共産党の集会に出席し、参院選福井選挙区に野党統一候補として出馬した共産党公認候補への支援を呼び掛けた。枝野氏が同党公認候補の応援に入ったのは公示後初めて。共産党の小池晃書記局長も参加した。
 枝野氏は、党首討論で安倍晋三首相(自民党総裁)から「福井県民だったら誰に投票するのか」と挑発されたと紹介。「当然、野党統一候補に決まっている」と語ると、拍手を浴びた。さらに「これ以上、生活破壊を許してはいけない。今、この国で一番大事なことだ」と述べ、野党共闘の意義を強調した。 
 立憲など4野党は32ある改選数1の1人区で野党統一候補を擁立。このうち福井だけが共産党公認として立候補した。


『ビリー・エリオット』(『リトル・ダンサー』)にみる「男らしさ」の変化 
新刊刊行のお知らせ
 まず宣伝で恐縮ですが、この連載が本になりました。連載記事に新しい書き下ろし6本を加えた『お砂糖とスパイスと爆発的な何か−不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』が、6月に書肆侃侃房から刊行されています。
 カバーの絵は緋田すだちさん、帯の文はライムスター宇多丸さんによるものです。一時期品薄だったのですが、先週重版がかかりましたので、興味のある方は是非ご覧下さい。刊行を記念して7月14日(土)の夜に浅草のReadin’ Writin’ BOOKSTOREでイベントも行う予定です。
白鳥になるビリー
 さて、今回取り上げたいのは映画『リトル・ダンサー』こと『ビリー・エリオット』(Billy Elliot)です。2000年の映画は『リトル・ダンサー』という日本語タイトルで公開されましたが、2005年にエルトン・ジョンを音楽担当に迎えて作られた舞台版ミュージカルは『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』として日本でもヒットし、2020年には再演予定です。また、作中で鍵になるバレエ作品で、この連載でもとりあげたマシュー・ボーンの『白鳥の湖』が7月11日から来日公演を行います。8月には映画・舞台の脚本家リー・ホールが台本を担当し、映画でビリー役だったジェイミー・ベルも出演するエルトン・ジョンの伝記映画『ロケットマン』が公開されます。これから関連作品が目白押しの『ビリー・エリオット』は今押さえておくのにふさわしい作品でしょう。この記事では、とくにこの映画における「男らしさ」の描写に着目してみたいと思います。
 映画の舞台は1980年代、おそらく北イングランドのダラムに近い炭鉱町です。この町はマーガレット・サッチャー政権下の鉱山閉鎖方針により大揺れで、労働者は長期ストライキに突入しています。主人公ビリー(ジェイミー・ベル)の父ジャッキー(ゲイリー・ルイス)と兄トニー(ジェイミー・ドラヴェン)はストに熱心に参加しています。母は亡くなっており、ビリーはおばあちゃん(ジーン・ヘイウッド)の面倒を見ながらボクシングを習っています。
 ビリーはひょんなことからバレエに惹かれるようになり、うまくいかないボクシングを辞めて、ウィルキンソン先生(ジュリー・ウォルターズ)のところでダンスを始めます。ビリーには才能があることがわかり、ウィルキンソン先生はロイヤルバレエ学校の受験をすすめます。ところがジャッキーやトニーは、ビリーが「男らしく」なく、かつ労働者階級らしくないバレエをすることをなかなか認められません。ジャッキーがどういう経過でビリーを応援するようになるのかが、この映画の終盤の見所です。無事バレエ学校に入学したビリーは最後、マシュー・ボーン版『白鳥の湖』の主役の白鳥として舞台に立ちます。
 この映画の基本にあるのは『白鳥の湖』と「醜いアヒルの子」です。ビリーはパッとしない小さなアヒルの子から、バレエダンサーになることで美しい白鳥に変身します(これはわりと定番の展開で、以前連載でとりあげた『ダンシング・ヒーロー』と同じです)。ビリーが白鳥になることがハッピーエンドだというこの物語は、ヒロインのオデットが白鳥から人間に戻ろうとする『白鳥の湖』と鋭い対比をなしています。ビリーの望みはオデットと逆で、白鳥になることは象徴的に人間の世界を捨てることなのです。ビリーがダンサーになるためには、生まれ育った労働者階級の炭鉱町を離れ、親元を離れ、故郷の文化から離れる必要があります。全てを捨てて魔法のように美しい踊りの世界に入るビリーは大きな代償を支払ったのであり、だからこそ、その決断の重みが際立ちます。
父の変身
 『ビリー・エリオット』で大きな変身を遂げるのは、主人公のビリーだけではありません。父ジャッキーも劇的に変身します。ジャッキーの変化は、「男らしさ」観に強くかかわるものです。
 映画冒頭のジャッキーは、炭鉱夫として長年働いて家族を支えてきたことに誇りを持つ父親です。ジャッキーがストに熱心に参加しているのは、生活が脅かされるからというだけではなく、炭鉱閉鎖によって一家の長として立派に働いてきたというアイデンティティが脅威にさらされるからでもあります。ジャッキーにとって、「男らしさ」というのは肉体的な強さや、一家の長としてしっかり稼ぐこと、仕事に誇りを持つことなどに結びつけられています。息子ビリーにもボクシングを習わせて強く「男らしく」育てたいと思っていますが、一方で認知症気味で弱っているおばあちゃんの世話をビリーにさせるあたり、所謂ケア労働をビリーに任せているところがあります。家族の面倒を見たり、看病したりするケア労働は伝統的に女性のものとされていることが多く、言ってみればジャッキーはビリーを男らしく育てたいと思いつつも、社会的に「女らしい」とされている家庭内労働は自分で行わずにビリーにやらせているのです。このあたり、ジャッキーの「男らしさ」は映画の序盤から既に矛盾を抱えています。
 ジャッキーは亡き妻についてあまり話したがらず、ビリーが母親のことを持ち出すのを嫌がります。ビリーが母の遺品と思われるピアノを弾いてジャッキーにやめるよう言われる場面がありますが、そこでビリーが「お母さんなら許してくれたよ」と言うと、ジャッキーは不機嫌そうに無理矢理ピアノのふたをしめて演奏を止めさせます。トニーはジャッキーと口論になった時、「お母さんが死んでから父さんはただの役立たずだ」とひどいことを言いますが、ジャッキーが妻の死をきちんと整理できていないことは間違いありません。ジャッキーは男らしい家長としての威厳を保とうと頑張っていますが、かつて妻が果たしていたと思われる優しさ、ケア、細やかさといった親として重要な役目をうまく果たせていないのです。
 そんなジャッキーの「男らしさ」観に変化が起こるきっかけは、クリスマスに楽しそうに踊るビリーの姿を見たことです。この後ジャッキーはウィルキンソン先生を訪ねてビリーの才能について話を聞きます。何も言わずにスト破りのグループに参加し、鉱山で働いて賃金をもらうことにより、ビリーのオーディション費用を工面しようとします。ウィルキンソン先生に対して、ジャッキーは「あいつは俺の息子」だから自分でなんとかする、と言います。これはジャッキーの心境の変化を示す台詞です。これまで、一家の働き手、立派な炭鉱夫としてのアイデンティティを自らの拠り所としていたジャッキーが、ひとりの父になることを決めた瞬間だからです。スト破りをしてまで息子にチャンスを与えようとするジャッキーはケアする親です。ジャッキーは子供のために自らを犠牲にしてまで尽くそうとするお父さんとしての「男らしさ」を選んだのです。
 ジャッキーの決断はほとんど台詞で説明されず、表情や演出だけで観客にわかるよう工夫がなされています。説明的なところがない淡々とした展開であるぶん、ショッキングです。ストライキの中心的な人物だったトニーも父の静かな決断に強い衝撃を受け、ビリーの進学を認めるほうに動きます。
 息子を白鳥に変えるため自らの身を捧げようとするジャッキーは、父親に変身したと言えます。ジャッキーが拠り所とする男らしさは、誇り高い炭鉱夫であることから良き父であることに変わったわけですが、果たしてこの「良き父」であるということは、「男らしさ」なのでしょうか。ジャッキー自身はおそらく、良き父たることを男らしさだと考えているでしょうが、一方で子供をケアする良い親であること、人を思いやり世話する優しさを持つことは、性別を問わないより一般的な美徳であるとも言えます。自分では気付いていなくとも、ジャッキーは伝統的な「男らしさ」観から抜け出て、少し違う徳に近付いたと言えるのかもしれません。この作品ではビリーがジェンダーの枠を越えた変身をしていますが、実はジャッキーもジェンダーについての変身を遂げているのです。
 1990年代のイギリスでは、サッチャー政権下の鉱山閉鎖や民営化、労働者解雇などを反映する作品が複数作られました。ヨークシャの炭鉱ブラスバンドを主題とする『ブラス!』(1996)や、不況にあえぐ鉄鋼の町シェフィールドで男性ストリップを始めて稼ごうとする男たちを描いた『フル・モンティ』(1997)などはその例ですが、どちらも失業がいかに「男らしさ」に危機をもたらすか、そして男たちがそれをどう乗り越えるか、ということを描いています。『リトル・ダンサー』をはじめとするこうした作品群は興味深いものが多く、非常にオススメです。皆さんも是非、見て考えてみてください。
※この記事は武蔵大学英語英米文化学科2019年夏「イギリス文学ゼミナール1」の授業から大きなヒントを得ています。クラスのメンバーに深く感謝します。
参考文献
Lee Hall, Billy Elliot, Faber and Faber, 2000.
河島伸子他編『イギリス映画と文化政策−ブレア政権以降のポリティカル・エコノミー』慶應義塾大学出版会、2012。
キャロル・ギリガン『もうひとつの声―男女の道徳観のちがいと女性のアイデンティティ』生田久美子他訳、川島書店、1986。


東大王・水上颯にも妊娠中絶報道 同じ東大医学部の河野玄斗に続く告発
 東大生タレントによる、恋人女性への手ひどい仕打ちがまた告発された。クイズ番組『東大王』(TBS系)に出演する東京大学医学部生の水上颯と、4年近く交際した年下の元恋人女性が、妊娠と中絶を告白、「文春オンライン」が発表している。水上颯は「東大医学部のプリンス」「東大医学部の天才貴公子」「閃光のクイズ貴公子」などと呼ばれ、テレビで人気を博している。
 この女性A子さんは大学1年生のときから2学年上の水上颯と交際。3年にわたり真剣交際をしてきたが、今年3〜4月にA子さんが月経の遅れに気づき、「生理がこない」と電話で伝えると、水上颯の態度が急変したという。結局、A子さんはひとりで中絶せざるを得ず、心に深い傷を負った。
 水上の所属するワタナベエンターテイメント側は同誌に対して「真摯に話し合って別れた」と説明しているが、A子さんが提出しているLINEのやりとり画像からは、とても真摯に話し合いを重ねてお互い納得の上で別れたようには見えない。
 また、3年もの月日をともに過ごした恋人から「生理がこない」といわれれば、相手の身体を心配し、自分事として考えるのが筋。もちろんA子さんもそれを求めていただろう。それこそが「真摯な」態度といえるのではないか。しかし彼の態度は保身一辺倒だったようだ。
 「文春オンライン」では6月にも東大医学部生でタレント活動をしている河野玄斗の妊娠・中絶問題を、元恋人でタレントの年上女性が告発。河野玄斗の場合は双方話し合い中絶に同意したが、女性側のダメージは心身ともに大きく、それからおよそ一年ほど交際したものの別れる際にこじれたようだった。
 これら女性側の訴えがすべて事実だとすれば、医学部生として医療を学びながら、望まない妊娠を防ごうともしない彼らの行動に驚く。自分だけは大丈夫、という甘い考えに支配されていたのだろうか。
「東大生タレント」メディア側にも原因がないか
 今年4月、東大の入学式で上野千鶴子が祝辞を述べた。彼女は努力が報われ、晴れて“東京大学”に入学した新入生たちに、実はこの社会では頑張っても公正に報われない人々がいることを説き、<がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください>と諭した。
<あなたたちが今日「がんばったら報われる」思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです>
<世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます>
<あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください>
 この祝辞には新入生のみならず在校生からも反発が大きかったようだが、知らず知らず身に着けてしまう傲慢さを自覚し、他者を思いやるために、必要な言葉だっただろう。
 「東大生タレント」の彼らが増長したのは、「東大生」だからとチヤホヤし、「貴公子」などともてはやしてしまうメディア側にも大きな要因があるといえる。「東大」ブランドにすがった番組づくりやPR自体、見直してもいいのではないか。


ジャニー喜多川社長死去でジャニーズ事務所が解禁時間を指定する報道統制! 嵐による病状発表の際も展覧会の情報告知を強制
 ジャニーズ事務所の代表取締役社長であるジャニー喜多川氏が、9日夜、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため亡くなったことが一斉にマスコミで報じられている。
 発表によれば9日16時47分に亡くなったというが、じつは早い夜にはこの情報はマスコミで流れていた。しかし、ジャニーズ側が「23時30分に情報開襟」と統制をかけたため、どこも報じなかったのだ。
 そして、スポーツ紙などの芸能マスコミだけではなく、NHKや民放テレビ局も23時30分きっかりにニュース速報を出し、新聞メディアも訃報を一斉に打った。
 日本の芸能界にとって歴史的な人物の訃報という大ニュースであるにもかかわらず、報道部門までもがジャニーズ事務所の指示に唯々諾々と従う──。マスメディアがジャニーズの奴隷であることを改めて見せつけた形だ。
 実際、ジャニーズの情報統制は死去報道だけではなかった。ジャニー氏が倒れて以降、ジャニーズ事務所はやりたい放題の情報統制をしいてきた。入院は周知の事実で、一部の週刊誌では記事になっていたのに、ジャニーズ事務所はテレビ局やスポーツ紙などの御用芸能マスコミに厳しい箝口令を敷き、一行たりとも報道させなかった。
 そして、救急搬送から約2週間経った7月1日、ジャニーズ事務所はついに入院の事実を公表したのだが、ご存じのとおり、嵐のグループの展覧会のオープニングで5人に会見を開かせ、松本潤にジャニー氏の緊急搬送の事実や病状について、初めて公の場で説明をおこなわせたのだ。
 今回新たに掴んだ情報では、嵐のこの展覧会のオープニング会見は、ジャニー氏が緊急搬送されたあとに設定されたものだったという。しかも、この会見を伝えたすべてのテレビ・スポーツ紙がジャニー社長の病状と同じかそれ以上の扱いで嵐の展覧会の情報を伝えていた。
 ようするに、ジャニーズ事務所は徹底した箝口令を敷いた上、最初の発表を嵐におこなわせ、嵐の存在誇示とプロモーションに利用したのである。
 一代でジャニーズ帝国を築き上げた創業者の病状さえ、ビジネスに使ってしまう──。この背景にあるのは、次期社長に就任するであろうジャニーズ事務所の後継者・藤島ジュリー景子副社長の方針だといわれている。
 ジャニー氏の死去によって、ジュリー体制がさらに強化されることは間違いない。しかし、そのジュリー氏のやり方を疑問視する関係者も多いのもまた事実だ。


WTO会合で議論も平行線、日本の対韓国輸出規制強化
 日本政府による韓国への輸出規制の強化に反発する韓国政府が、WTO=世界貿易機関の会合で、日本側が国際的な貿易ルールに違反していると訴え、措置の撤回を要求。 日本政府はWTO協定と完全に一致していると反論し、議論は平行線をたどりました。
 スイス・ジュネーブで開かれたWTOの物品貿易理事会に出席した韓国の白芝娥(ペク・ジア)在ジュネーブ韓国政府代表部大使は、現地9日、日本政府による半導体材料の輸出規制強化は、輸出統制を禁じたWTO協定上「根拠のない措置だ」と訴えました。
 白氏は、今回の措置が韓国だけを対象としたもので、「政治的な動機で貿易制限措置をとった」と批判。「韓国企業だけでなく世界の貿易にも否定的な影響を及ぼす」として、早期撤回を強く求めました。
 これに対し、日本の伊原純一在ジュネーブ国際機関政府代表部大使は「今回の措置は、韓国への優遇措置を通常に戻しただけだ」としてWTO協定違反にはあたらない、との見解を示しました。
 韓国側はWTOへの提訴を含む「必要な措置」を講じるとしていて、日韓の本格的な貿易紛争に発展する可能性も出ています。


韓国がWTOで対日批判 輸出規制は日本の「政治目的の報復」
 ジュネーブで9日に開かれた世界貿易機関(WTO)の理事会で、韓国政府は日本政府による半導体材料の輸出規制強化について、「政治的な目的で行った経済報復」と批判し、撤回を求めた。
 韓国の白芝娥駐ジュネーブ大使は理事会で、6月末のG20大阪サミットで、「自由で公正かつ無差別な貿易」を明記した首脳宣言が採択された後、日本政府が輸出規制を強化したことに「遺憾」を表明。輸出規制は、世界の電子製品市場に「否定的な効果」を及ぼし、WTO加盟国にも影響が広がる可能性も強調した。
 一方、日本の伊原純一ジュネーブ国際機関政府代表部大使は「安全保障上の懸念に基づく貿易管理の見直しで、WTOのルール上、全く問題ない」と反論した。
 日韓の事務レベル会合が12日に開催予定だが、日本側は「撤回しない」としており、対立の長期化は必至だ。


森永卓郎氏語る参院選「自民10点」増税で消費は↓
参院選(21日投開票)は消費増税、年金、社会保障など国民生活を直撃する「お金」の問題が最大の争点の1つとなっている。
各党の経済政策・公約を、経済アナリストの森永卓郎氏(61=独協大経済学部教授)が鋭く分析した。「モリタク」先生の辛口採点は? 
   ◇   ◇   ◇
−参院選は序盤戦から国民生活に直結する経済政策や公約が各党論戦の柱となった様相です
森永氏 今回は基本政策が各党できれいに分かれた。こんなに分かりやすい選挙はかつてなかったと思う。消費税は自民+公明だけが予定通り8%→10%の増税を掲げる一方で、野党はオール反対。立憲の「凍結」は、中途半端だけど(笑い)。
−増税で消費は落ち込む?
森永氏 自公は増税の緩和策としてキャッシュレス決済で最大5%分のポイント還元やプレミアム付き商品券の発行などを予定しているので1年ぐらいかけて、じわじわ落ちます。前回2014年に5%→8%に増税した時は消費は3%分落ちて減少額は5兆円とも言われた。今回も2%分落ちますが、減少額は5兆円規模では済まない。リーマン・ショック級です。
−注目の年金問題。金融庁試算では「高齢無職の夫婦世帯平均で65歳から95歳まで30年間に年金だけでは赤字で約2000万円が不足する」とのことです
森永氏 この試算は甘い。公的年金の給付水準は近い将来、今よりも減少します。政府の公式答弁は約3割減ですが、私は4割落ちると思います。平均余命が延びて100歳以上になると2000万円どころではない。自民の「在職老齢年金」廃止は「70歳まで働け」と言っているのと同じ。共産・社民は「マクロ経済スライド」を廃止して国庫負担で「最低保障年金」の創設を掲げています。立憲の「最低保障機能強化」は具体的な中身が見えてこない…。維新の「歳入庁」創設の発想はいい。財務省は徹底抗戦するでしょうけどね(笑い)。
−各党ともに最低賃金1000円以上を掲げる
森永氏 欧州の平均時給は1300〜1500円。経済が低迷する韓国でも1000円超えてます。日本は先進国の中でも低賃金。「同一労働・同一賃金」じゃないのは日本ぐらいなのでこんなのおかしい。
−各党ごとに幼児教育・保育の無償化や低所得の年金生活者への給付や補助を掲げている
森永氏 財源がまったく明確にされていない。国民の「賃貸住宅に住む年収500万円以下の世帯に月5000円補助」とか訳が分からない(笑い)。モリタク採点(100点満点)は自民10点、公明10点、立憲50点、国民40点、共産70点、維新40点、社民60点。争点だけは明確。年金で「切り捨てられる」若者にはぜひ投票に行ってもらいたい。
◆マクロ経済スライド 少子高齢化で公的年金制度の担い手である現役世代が減少、年金受給する高齢者が増える。給付と負担のバランスを取り、制度維持のため給付水準を抑える。