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花島唄190711

9 daims d'un haut lieu touristique japonais morts après avoir ingéré du plastique
L'un des animaux avait ingéré plus de 11 livres de plastiques!
Neuf daims du parc de Nara, ancienne capitale du Japon, ont été retrouvés morts après avoir avalé quantité de sacs en plastique, a annoncé mercredi un groupe de défense de la nature en mettant en cause le fort développement du tourisme.
La Fondation de préservation des daims de Nara a précisé que des masses de sacs en plastique et sachets de snacks ont été retrouvées dans les estomacs de ces daims morts entre mars et juin.
“La plus grande quantité trouvée dans l’un des neuf animaux représentait 11 livres ”, a déclaré à l’AFP un responsable de la fondation Yoshitaka Ashimura. “Nous étions surpris. C’est vraiment beaucoup”, a-t-il déclaré.
Ce parc abrite plus d’un millier de daims qui errent parfois aussi dans les rues et allées en quête de crackers spéciaux vendus sur place et donnés par les touristes.
Les visiteurs n’ont pas le droit de nourrir les daims avec autre chose mais cette règle n’est pas respectée, précise M. Ashimura.
“Les daims pensent probablement que le plastique d’emballage des divers snacks qui leur sont donnés est aussi comestible”, a-t-il déclaré, ajoutant que ces animaux se nourrissent normalement d’herbe et de glands.
“Ils mangent probablement aussi des sacs en plastique laissés par terre”, a-t-il expliqué, estimant que les cas se sont multipliés récemment “en raison du nombre croissant de visiteurs”. “La seule façon d’éviter cela est de retirer toutes les ordures”.
Ce vaste parc comprend de très anciens temples et sanctuaires qui attirent de plus en plus de touristes, dont le nombre s’est élevé à 16 millions en 2017. Les daims, dont on compte environ 1200, y sont protégés.
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Simon_Sin @Simon_Sin
「ジャニー喜多川には光と影がある」じゃなくて
「ジャニー喜多川は少年に対するセクハラを行っていた」ってハッキリ言っていいだろ宇多丸よ
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BS世界のドキュメンタリー選「北朝鮮 外貨獲得部隊」
モンテカルロ・テレビ祭ドキュメンタリー最優秀賞! 北朝鮮がロシアの建設現場や東ヨーロッパの造船所に派遣する外貨獲得部隊の労働者たちの生の声を隠しカメラで取材!
北朝鮮が送り出す「ドル獲得の英雄部隊」は10万人とも推計される。常時監視下に置かれて1日12時間超の労働を強いられ賃金は当局に上納するため手元にほとんど残らない。取材班は脱出を図る労働者との接触に成功。現場でも突撃取材を繰り返し見張り役から断片的な情報を得る。ポーランドでは造船会社の経営者を装い北の代理人と“商談”へ…脱北した元高官らは国際的な経済制裁網の抜け穴を利用する北と協力国の互恵関係を語る


東日本大震災から8年4か月になります.しかし忙しすぎて感傷に浸っていられません.
梅田にある福島県観光物産館大阪サテライトショップに行って奥の松をチェック.あとで買おうと思います.
パワーアップのチラシ追加です.

東日本大震災8年4か月 被災地で祈り
 東日本大震災の発生から8年4か月です。被災地では犠牲者に祈りを捧げる人の姿が見られました。
 津波で約750人が犠牲になった宮城県名取市閖上の寺です。震災当時、閖上に住んでいた義理の兄と姉を津波で亡くした菊池幸利さん(75)です。半年ぶりにこの寺を訪れ、静かに祈りを捧げていました。
 東日本大震災では6月末現在、県内で関連死を含め1万565人が亡くなり、1220人が行方不明のままとなっています。


気仙沼杉ノ下地区 遺族が語り部活動
 東日本大震災の発生から8年4か月です。津波で多くの人が犠牲となった宮城県気仙沼市の杉ノ下地区では、月命日にあわせた語り部活動が始まりました。11日は、遺族らが訪れた人たちに震災の経験を伝えました。
 気仙沼市の杉ノ下地区では、遺族ら5人が慰霊碑の前で震災当時の状況などを語りました。この地区は、住民の3分の1にあたる93人が津波により死亡または行方不明となりました。語り部のひとり、三浦祝子さん。地区の高台で津波にのまれがらも奇跡的に助かりました。語り部活動は、気仙沼市杉ノ下地区の話を聞きたいという声が多く寄せられたことを受けて、地元のまちづくり協議会が始めました。2019年は11月まで、毎月11日の午前10時と午後2時から地区の慰霊碑の前で実施されます。


河北抄
 東日本大震災後、被災した保育所や幼稚園などを訪れ、紙芝居や人形劇などを披露してきた「みやぎ子どもの文化を支援する会」が、今月末で活動を終える。
 結成は2011年7月。仙台市内で長年、絵本の読み聞かせや昔話の語りなど、児童文化に関わる活動を続けてきた11団体が連携して支援組織を作った。
 「人のぬくもりや生きる希望が感じられる絵本や支援を届けてほしい」。つながりのある国内外の仲間から託された義援金で、津波で流された机や紙芝居などを贈った。おはなし会、わらべ歌、影絵…。各団体の持ち味を生かし、350回近くお楽しみの時間を届けた。
 「子どもたちが笑顔になり、疲れ切っていた保育士さんたちに『ほっとできた』と言われたことが印象に残っています」と代表の酒井文子さん(80)。おはなしのおばちゃんたちが来て、楽しいことやってたな−。子どもの心に、そんな思い出が残ったらうれしいという。
 メンバーの多くは70代。会の活動に区切りは付けるが、団体ごとに子どもの想像力を育んでいくと張り切っている。


津波で亡くなった家族3人に祈り
東日本大震災の発生から8年4か月となる11日、東松島市では、津波で家族3人を亡くした男性が墓の前で祈りをささげました。
東松島市に住む菅原節郎さんは、津波で大きな被害を受けた市内の野蒜地区で、妻の郁子さん(当時53)や長男の諒さん(当時27)など家族3人を失いました。
月命日の11日、菅原さんは3人の墓を訪れ、諒さんが好きだったたばこや線香に火を付けて供えたあと、祈りをささげました。
墓石には、郁子さんが習いたいと話していた弦楽器や、美容関係の仕事をしていた諒さんにちなんでドライヤーの形があしらわれています。
菅原さんは、「ここに来ると、3人に笑われない生き方をしなくてはという思いになる。震災の風化は進むが、悲惨な思いや生活を立て直したことを伝え、忘れられないようにしたい」と話していました。
このあと菅原さんは、東松島市で犠牲になったおよそ1100人の名前が刻まれた市の復興祈念公園の慰霊碑も訪れました。
慰霊碑は、過去に起きた災害の教訓を伝えるため、国土地理院が新たに設けた地図記号、「自然災害伝承碑」に登録されたばかりです。
菅原さんは、「亡くなった多くの人の名が刻まれていて、この人たちのためにと自分を鼓舞している。防災に対する教訓や災害に対する心構えをしてもらう大事な場所だと思う」と話していました。


杉ノ下地区で語り部活動始まる
東日本大震災から8年4か月となる11日、当時の住民のおよそ3分の1にあたる93人が犠牲になった気仙沼市の杉ノ下地区で、震災の記憶を伝える語り部活動が始まりました。
気仙沼市の杉ノ下地区では、指定避難場所となっていた高台に多くの住民が避難したものの、高台ごと津波に襲われて住民のおよそ3分の1にあたる93人が犠牲になりました。
震災のあとバラバラになった住民たちは、しばらく生活の再建などに追われていましたが、ことし3月、震災遺構としてオープンした気仙沼向洋高校の旧校舎で語り部を始めました。
そして、11日からは震災の体験をより詳しく伝えようと、悲劇の場所となった杉ノ下地区でも活動を行うことにしました。
初日は5人の語り部が、集まった人たちに自らの体験を語りました。
このうち、杉ノ下の高台で夫を亡くし、自身も津波に流され一命をとりとめた三浦祝子さん(74)は、当時、高台に集まった多くの住民がここにいれば安全だと信じすぎていたと説明し、「これからもいろいろな災害が起きると思いますが、私たちのようにならないためにも、常日頃から防災の意識を高く持ってください」と語りかけていました。
東京から見学に来た30代の男性は、「実際に被害があった場所で生の声を聞くことができてよかったです。帰ったら自分が住む場所で災害が起きたらどうするべきか考えたいと思います」と話していました。
活動のあと、三浦さんは、「これまでさまざまな思いがあり、自分の体験を人前で話すことに抵抗がありましたが、今は、大事な命を守るために少しでも役に立てたらいいなと思っています」と話していました。
杉ノ下地区での語り部活動は、当面は毎月11日の午前10時と午後2時に行うということです。
気仙沼市の沿岸部にある杉ノ下地区は震災前、およそ300人が暮らし、わかめの養殖やいちごの栽培などが盛んな地域でした。
この地区にある高さ11メートルほどの高台は、86年前に起きた昭和三陸津波で浸水しなかったことなどから、市の指定避難場所になっていました。
しかし、東日本大震災では15メートルを超える津波が押し寄せ、多くの住民が避難していた高台も浸水して76人が死亡し、17人の行方がいまも分かっていません。
犠牲者の遺族たちは、悲劇を二度と繰り返してはならないと、震災のよくとし、犠牲者の名前とともに「大地が揺れたらすぐ逃げろより遠くへ・・・より高台へ・・・」という教訓を刻んだ慰霊碑を高台に建て、今も多くの人が祈りを捧げています。


大熊町 8年ぶり2つの商店再開
原発事故による避難指示がこの春一部で解除された、福島県大熊町でかつて地元で営業していた2つの商店が、8年4か月ぶりに町内で営業を再開しました。
大熊町では、ことし4月、原発事故による避難指示が、町の面積のおよそ4割で初めて解除され、このうち大川原地区では、先月までに新しい役場の庁舎や災害公営住宅が整備されました。
この大川原地区で11日は生活雑貨と日用品を扱う商店と家電製品を扱う電器店の2つの店が、仮設の店舗で営業を始めました。
この2つの店はかつての町の中心地だったJR大野駅近くで営業していましたが今回は避難指示が解除された地区での8年4か月ぶりの営業再開となりました。
午前10時に店が開くと、さっそく近くの災害公営住宅などからなじみの客が訪れ、店内でお茶を飲んで店の人との久しぶりの再会を喜びながら買い物を楽しんでいました。
大熊町の避難指示が解除された地区で、地元の商店が営業を始めるのは初めてです。
訪れた女性客は、「隣町まで買い物に行くのは大変だったのでありがたい。こうして店の人と会えて話ができて嬉しかった」と話していました。
鈴木商店の鈴木孝子さんは、「避難したときはどうなることかと思いましたがこうして再開できて嬉しい。まだ先に不安もありますが、多くの人に来てもらって町が賑わうのを楽しみに頑張ります」と話していました。
2つの店舗は当初、来年2月には、町が大川原地区に整備する商業施設に入る予定でしたが、町によりますと東京オリンピック・パラリンピックを前にした資材や人手の不足を背景に、施設の工事業者の公募が進まず、商業施設のオープンは1年ほど遅れる見通しです。
仮設の店舗で営業を再開した「たきもとでんき」の滝本眞照さん(77)と英子さん(66)の夫婦は、大きな喜びをかみしめています。
滝本さん夫婦は、結婚したよくとしの昭和49年から、人通りの多いJR大野駅近くで小さな家電販売店を開き、二人三脚で営業を続けてきました。
平成20年には店舗をリニューアルし、長男が店を継ぐ意思を固めましたが、その3年後、原発事故が起きて避難を余儀なくされました。
帰還困難区域に残された店はその後、空き巣や野生動物に荒らされ、現地での再開は難しいと考えています。
滝本さん夫婦は、3年前に避難先のいわき市で家を建て、そこで家電販売店を再開できないかと道路に面した部分に5坪ほどの専用のスペースを設けました。
しかし、かつての客だった町の人たちがちりぢりに避難する中、知らない土地で商売が成り立つのか不安は大きく、開店を決断できないままスペースは物置のようになっていました。
店舗再開への思いを断ち切れずにいたところ、復興拠点での再開の話をもちかけられ、「ともにふるさとに帰ろう」という仲間の声にも背中を押されて、今回、開店を決断したということです。
眞照さんは、「仕事をしたかったし、ここに来れば大熊の人たちに会える。お客さんの笑顔が見れると自分も笑顔になれるので、仕事をもらったら喜んでやって少しでもこれから帰ってくる人たちの力になりたい」と話しています。
大熊町では、一部の避難指示が解除されてから10日で3か月となりました。
町は、復興の拠点と位置づけた大川原地区の整備を進め、5月に新しい役場が開庁し、先月には、50世帯分の災害公営住宅で入居が始まっています。
今月1日現在、大川原地区を中心に町に戻って生活する人の数は66人で、今後、来年の春にかけてアパートや戸建ての公営住宅の追加の整備が予定されています。
さらに、11日に仮設で営業を始めた2つの商店を含む、9つの店舗が入る商業施設の整備も計画されています。
しかし、工事業者の公募が不調に終わった影響で、商業施設のオープンは当初の来年2月から1年ほど遅れる見通しです。
大熊町は、「来年の東京オリンピック・パラリンピックと重なり、整備に必要な資材や人手の確保が難しかった。今後、町に戻る人のための生活環境の整備を急ぎたい」としています。


避難経路伝える立体地図を公開
東日本大震災の被害を伝えるため、石巻市に設けられた施設で、震災直後に人々がどのように避難したかがわかる立体の地図が11日から公開されました。
11日から立体地図の公開が始まったのは、東日本大震災の被害を伝えるため、NPOが石巻市に設けた施設、「南浜つなぐ館」です。
このNPOでは、震災直後に避難して助かったおよそ50人に聞き取り調査を行い、どのように避難したかを表す映像を制作しました。
その映像を、縦横2メートルの石巻市沿岸部の立体地図に映し出し、人々がどのように逃げたかをわかるように展示しています。
避難する人は丸い印で表示され、なかには忘れ物を取りに、海に近い自宅に戻る人もいます。
命の危険を感じると丸い印は赤くなるなど、避難した時の気持ちも視覚的にわかるようになっています。
聞き取ったおよそ50人の中で、地震のあと10分以内に高台に避難した人はひとりもいなかったということで、このNPOでは、大きな地震が起きた際はすぐに高台に避難するよう呼びかけています。
「3.11みらいサポート」の浅利満理子さんは、「震災当時、町の人がどのように行動をしたのかを知り、自分の住んでいる地域に置き換えて考えてもらえればいいと思う」と話していました。


9年ぶりにまんぼうカレー復活
東日本大震災の前、地元の魚として親しまれていた「まんぼう」を食材に使ったカレーライスが、9年ぶりに気仙沼市の小中学校で給食として復活しました。
11日は、気仙沼市内の7つの小中学校で「まんぼう」の身を使ったカレーライスが給食として出され、中学校では生徒たちがまんぼうの身を探しながら、おいしそうに食べていました。
東日本大震災の前、気仙沼市の家庭では、刺身などとして「まんぼう」をよく食べていましたが、震災のあと漁師の数が減ったため、水揚げ量も減っていたということです。
ここ数年、復興が進み、まんぼうを漁獲する漁師の数が増えたことから、安定的に水揚げできるようになり、9年ぶりに給食として復活したということです。
9年前に学校の事務職員としてカレーライスを食べていた畠山ちささんは、「震災前にまんぼうは家でもよく食べていましたが、震災後食べられなくなってしまいました。9年ぶりに食べられて懐かしいです」と話していました。
またメニューを開発した栄養士の千葉マキさんは「地元でとれた魚を地元で食べることで、地産地消の大切さを子どもたちに伝えていきたい」と話していました。


<仙台空襲74年>児童ら防空壕を見学、戦争の悲惨さ学ぶ
 戦争の悲惨さや平和の大切さを学んでもらおうと、仙台空襲から74年となった10日、仙台市青葉区八幡小の6年生110人が近くの八幡1丁目、角五郎1丁目に残る防空壕(ごう)を見学した。
 八幡1丁目では児童が1944〜45年ごろ造られた高さ165センチ、奥行き7.5メートルの防空壕に入った。市民グループ「仙台・空襲研究会」のメンバーが戦時中の様子を説明。「夏の暑い日に狭く、じめじめした防空壕で、爆弾におびえながら避難した当時の状況を想像してほしい」と語った。
 川名湊君(12)は「狭くて暗い空間で、爆弾が落ちる音を聞いたことを想像すると、とても怖かったと思う」と語った。岡村星璃(あかり)さん(11)は「身近な場所に戦争被害があったとは知らなかった。仙台空襲について学びたい」と話した。
 防空壕の見学は、青葉区の戦災復興記念館で開催中の「戦災復興展」の関連企画。児童は見学前に記念館を訪ね、今野幾代さん(84)から仙台空襲の体験談を聞いた。11日は東二番丁小の児童が防空壕を見学する。


19年参院選 女性候補 与党の努力不足は明らか
 国民の半数以上が女性なのだから、代表である国会議員もほぼ半数が女性となる。それが自然なはずだ。
 しかし日本の女性議員は、衆院で1割、参院で2割に過ぎない。列国議会同盟によると、下院(衆院)ベースでは193カ国中、164位だ。
 いびつな状態がなかなか変わらない。男性の既得権、それを守る不平等な制度や慣習、そして国民の意識が大きな変化を阻んできた。
 日本は今、人口減少や高齢化が突きつけるさまざまな難題を抱えている。女性という人材を政治の場で生かし切れないままでは、そうした難題も解決に向かわないだろう。
 そこで昨年5月、「政治分野における男女共同参画推進法」が成立した。候補者数が男女均等となるのを目指している。
 今回の参院選は新法施行後、初の国政選挙となる。主要野党の候補者を見ると、社民(71%)、共産(55%)で女性が半数を超えた。立憲民主(45%)もほぼ半数である。
 問題は与党だ。自民は15%、公明が8%に過ぎない。いずれも前回より上がるどころかむしろ下がった。
 安倍晋三首相は日本記者クラブ主催の党首討論会で、「努力不足だと言われても仕方がない」と認めた。
 だが政権に就いてから6年半もたつのだ。しかも「全ての女性が輝く社会」を最重要政策の一つとして、高く掲げてきた安倍政権である。
 国際会議に著名な女性を招いたり、演説で高らかに「女性活躍」を唱えたりしても、国民の代表者となる候補にさえ十分な数の女性が選ばれないというのでは話にならない。
 女性候補を増やすには当然、新人候補が必要となる。男性の現職がはじき出されるような選択が難しいという事情はあるだろう。だが、最大政党が本気で変わろうとしない限り、全体に顕著な変化を起こすことなどできない。
 安倍首相は3年後の参院選さえ、「20%以上にしていくべく努力したい」と答えるにとどまった。政党の自主性に任せていては均等など期待できないということか。ならば、法改正で強制力を持たせるしかない。
 女性も、変化を待つばかりではいけない。選挙はもちろん、政治にもっと積極関与する必要がある。それが女性議員の増加にもつながる。


「女性活躍」/まずは政治の多様化から
 本気度が見えない。とりわけ与党は何をしているのか。そう感じる有権者は多いはずだ。
 昨年5月、候補者をできるだけ男女同数にするよう政党に求める「政治分野の男女共同参画推進法」が全会一致で成立した。今回の参院選は施行後初の大型国政選挙である。
 しかし残念なことに、男女均等とはほど遠い結果となった。
 候補者に占める女性の割合は過去最高とはいえ28・1%。与党は「女性活躍」の看板にもかかわらず、自民党14・6%、公明党8・3%とさらに低い。野党5党は30〜70%に上る。
 現職男性が多く、女性候補をすぐには増やせない−との理由から、与党は女性擁立の数値目標設定を見送った。「努力不足と言われても仕方ない」と安倍晋三首相も認めている。
 日本の政治は国際的にも群を抜く「男社会」である。そうしたいびつな現状を打開する目的で、共同参画推進法はできた。政策決定に多様な声を反映させるのは政治の責任だ。
 与野党は女性が立候補しやすい環境整備を急がねばならない。さらに、努力義務にとどまる候補者の男女均等を義務化することも含め、幅広い議論をしてほしい。
 女性の社会進出支援や男女格差是正、性暴力根絶など、各党は女性関連の公約を競っている。違いが鮮明なのは選択的夫婦別姓を巡る政策だ。
 立憲民主、国民民主、共産、社民の野党4党は選択的夫婦別姓の実現を掲げた。自民は「旧姓の幅広い使用を認める」、日本維新の会は「旧姓使用にも法的効力を」とする。
 夫婦別姓については、最高裁が2015年に夫婦同姓を合憲としつつも「国会で論ぜられるべき」との判決を出した。政治にボールが投げられたまま議論が止まっている。女性を中心に関心は高く放置は許されない。
 与党が掲げる「活躍」に「女性だけが仕事も育児も頑張るべきと言われているようだ」と違和感を抱く女性は少なくない。性別や生き方にかかわらず、仕事と私生活との調和が取れる社会が望まれる。根強い性別役割分担意識を見直す論戦を期待する。


河北春秋
 「晴海」という名前は、父親が故郷の奄美大島の晴れた海を思って付けた。鹿児島県奄美市の奥晴海さん(72)。ハンセン病家族訴訟の原告の1人で母親が患者だった。小学2年の時に親戚に預けられ、以後、父に会うことはなかった▼意見陳述書によると、病人の子とさげすまれ、石を投げられた。療養所にいる母親と過ごす際は、一緒の布団でも母から離れて眠った。「一人娘にそんな態度を取られた母はどんな思いがしたことか」。今はそう悔やむ▼ハンセン病は「患者1人で周囲の15人が不幸になる」と言われた。家族はいじめや離婚などの差別を受け、分断された。その苦しみを考えれば、救済は遅すぎたと言える。安倍晋三首相が家族への差別被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について控訴しない方針を示した▼問題解決への前進だが、今も病気への偏見は根強い。原告561人の大多数は実名を明かさない。声を上げず、ひっそりと暮らす人も大勢いる。差別への恐怖、家族に迷惑を掛けてしまうという懸念が消えないからだ▼国の責任は重いが、直接の加害者は地域や学校にいる普通の人だった。一人一人が問題への理解を深めなければ、偏見はなくならない。元患者や家族が堂々と名乗れる社会にするまでの道のりは遠い。

ハンセン病判決 全ての偏見を絶つ一歩に
 さまざまな人権問題に共通する社会の偏見と、それに基づくいわれなき差別を根絶する一歩としたい。
 ハンセン病の元患者家族が受けた差別被害を巡り、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が「控訴しない」と表明した。判決は近く確定する。
 患者隔離政策による誤解と偏見から、就学や就労の拒否など家族が受けた深刻な被害の実態を直視した判断であろう。その姿勢を、私たちは評価する。同時に、判決の内容に照らせば、当然の結論であることも改めて指摘したい。
 この訴訟の最大の注目点は、直接の当事者ではない家族に対し法理上、賠償が認められるのか。認められるとすれば、どんな論理が示されるのかだった。
 判決は「国は、患者隔離政策により、家族が偏見差別を受ける社会構造をつくり、差別被害を発生させた」と断じた。
 差別は「社会構造」として生み出されたとする指摘である。人権問題の本質を突いていると私たちは考える。
 日本では、被差別部落出身者による反差別の闘いが、人権運動の原点とされる。歴史的に劣悪な環境の地域に住むことを余儀なくされた罪なき人々を、周囲の人間がさげすんできた。
 在日コリアン、障害者、性的少数者(LGBT)らも、社会の偏見にさらされてきた。
 女性全般も、そうだった。今ではスポーツや学術、経済などの各分野で優れた業績を残している。ほんの数十年前まで、女性はそれに相応する能力を持つという認識を、社会はどこまで共有できていただろうか。科学的根拠を欠く偏見が先行していたと言えよう。
 今回の判決も、患者隔離政策は、既に普及していた科学的知見に基づかないまま存続していたことを改めて示した。ハンセン病は「らい菌」による感染症だが、感染力は極めて弱い。特効薬の普及後も、日本では「恐ろしい伝染病」と認識されてきた。その過ちを繰り返し啓発することが、社会に依然残る差別意識を払拭(ふっしょく)する出発点になる。
 特に重要な視点がある。私たち一人一人の中に存在するであろう「内なる偏見と差別」を、自ら問うことだ。国の施策や不作為が差別の土壌をつくるとしても、結婚差別、仲間外れ、誹謗(ひぼう)中傷などを実際に行うのは個人である。
 近年、各種の人権擁護を目的とする法整備は急ピッチで進んでいる。政府による今回の控訴断念に対する歴史的な評価は、今後どれほど内実のある総合的な人権施策を展開できるかにかかっている。


ハンセン病控訴せず◆謝罪し救済の道示すべきだ◆
 ハンセン病隔離政策を巡り、国に元患者の家族に対する賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相は控訴断念を表明した。患者のみならず家族にも深刻な差別被害が及んだ―として行政機関や国会の責任を厳しく指摘した判決が確定する。
 参院選の投開票日を前に批判を回避したいという思惑ものぞく。とはいえ、ハンセン病問題の全面解決に一歩近づいたのは間違いない。国策による重大な人権侵害に国は正面から向き合い、謝罪と補償はもちろん、生活再建支援など救済の道筋を早急に示すべきだ。
参院選へ影響配慮か
 2001年5月の熊本地裁判決が隔離政策を違憲として国に元患者への賠償を命じ、当時の小泉純一郎首相は控訴断念を政治決断。元患者らへの謝罪を明記した補償金支給法が施行され、療養所から退所した後の社会復帰支援などが進められたが、家族の被害が顧みられることはなかった。
 安倍首相は「判決は一部に受け入れ難い点があるが、家族の苦労を長引かせるわけにはいかない」と述べた。隔離政策で家族も差別を受けたと、母親が患者だった男性が起こした訴訟では一審鳥取地裁、二審広島高裁松江支部とも家族被害を認めず、請求を退けた。男性は最高裁に上告中で、今回の控訴断念は極めて異例といえる。
 しかし選挙戦のさなかに人権問題で批判にさらされることになれば、与党の受けるダメージは大きい。そうした考えが政治決断の背景にあったのは想像に難くないが、判決を受け入れた以上は真摯(しんし)に謝罪と救済に取り組むことが求められる。
国の責任明確にせよ
 判決は、戦前から戦後にかけて約90年にも及んだ隔離政策によって元患者の家族らは就学や就労の拒否、結婚差別、村八分などの差別被害を受けたと認定。「個人の尊厳にかかわる人生被害で、生涯にわたって継続し得る」とし「憲法が保障する人格権や婚姻の自由を侵害した」と述べた。
 さらに治療法の進歩などにより、国は遅くとも1960年には隔離政策を廃止する義務があったと指摘。隔離を進めた旧厚生省と厚生労働省をはじめ、人権啓発を担当する法務省や、差別解消に重要な教育を担う旧文部省と文部科学省、国会がそれぞれ義務を怠り、差別を放置したとした。
 賠償請求権が時効で消滅したとする国側の主張は、専門家ではない原告が国を加害者と見極めることの難しさに理解を示し、認めなかった。政府はこの点に問題があるとしている。しかし今、なすべきは、この間の経緯を検証し、国の責任を明確にすることだ。
 その上で、原告団などに心からの謝罪を行う必要がある。政府は「首相の政治決断」を強調するが、いまだ国の責任や謝罪には言及していない。そこをあいまいにしたまま形式的に救済を進めても、全面解決は望むべくもない。


時評
消費税率の10%への引き上げは妥当か、間違いか。参院選では消費税増税が経済政策の重要な争点で、与野党対決の構図となっている。
 安倍晋三首相は増税を2度延期したが、さすがに3度目はなかった。多くの国民は反対だが、国会で圧倒的多数を占める与党が増税方針を明確にしたため、諦めムードが広がっているようにもみえる。増税は負担になるが、社会保障財源は必要である。与野党は議論を深め、有意義な判断材料を示してほしい。
 安倍首相は2016年の参院選では増税延期を打ち出し、「アベノミクス」の成果と継続を強調して大勝した。17年の衆院選は、消費税率を10%に引き上げた際の増収分の使途変更を掲げ「国民に信を問う」と訴えた。幼児教育無償化などの財源にすると主張、またも大勝した。消費税が選挙に勝つための道具になっており、上手に利用してきたといえよう。
 今回は増税実施を表明し、税収増などアベノミクスの実績を力説する。政府は軽減税率やキャッシュレス決済時のポイント還元の導入など景気への悪影響を緩和する対策に力を入れる。
 野党各党は、増税できる経済状況にはなく、消費低迷や家計の負担増などを理由に反対する。だが、増大する社会保障費を賄うには財政基盤を強固にする必要がある。国民が納得する政策を示すべきである。底力を見せてほしい。
 現在の日本経済と財政の状況はどうか。景気指標は強弱混交で、1〜3月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算で前期比2・2%増と堅調だが、個人消費はマイナスだった。一方、日銀がまとめた6月の企業短期経済観測調査では、大企業製造業の景況感が2四半期連続で悪化した。米中貿易摩擦や海外経済の減速が影響しており、景気の先行きは予断を許さない。
 財政状況はもっと厳しい。国債や借入金などを合計した「国の借金」は18年度末時点で1103兆円に膨れ上がり、3年連続で過去最大額を更新した。社会保障費などの財源を赤字国債で賄ってきたためで、財政は先進国の中で最悪の水準。日本は財政破綻しないという楽観的な見方もあるが、何の保証もない。
 将来世代の負担を少しでも減らすために消費税増税は意味がある。痛みを伴うが、景気に左右されにくい安定的な財源が必要だからだ。
 与野党の議論はすれ違い気味で、有権者は判断が難しい。丁寧で分かりやすい説明が重要である。


消費税廃止を掲げる「れいわ新選組」が大躍進するかもしれない
 消費税率の10%への引き上げは妥当か、間違いか。参院選では消費税増税が経済政策の重要な争点で、与野党対決の構図となっている。
 安倍晋三首相は増税を2度延期したが、さすがに3度目はなかった。多くの国民は反対だが、国会で圧倒的多数を占める与党が増税方針を明確にしたため、諦めムードが広がっているようにもみえる。増税は負担になるが、社会保障財源は必要である。与野党は議論を深め、有意義な判断材料を示してほしい。
 安倍首相は2016年の参院選では増税延期を打ち出し、「アベノミクス」の成果と継続を強調して大勝した。17年の衆院選は、消費税率を10%に引き上げた際の増収分の使途変更を掲げ「国民に信を問う」と訴えた。幼児教育無償化などの財源にすると主張、またも大勝した。消費税が選挙に勝つための道具になっており、上手に利用してきたといえよう。
 今回は増税実施を表明し、税収増などアベノミクスの実績を力説する。政府は軽減税率やキャッシュレス決済時のポイント還元の導入など景気への悪影響を緩和する対策に力を入れる。
 野党各党は、増税できる経済状況にはなく、消費低迷や家計の負担増などを理由に反対する。だが、増大する社会保障費を賄うには財政基盤を強固にする必要がある。国民が納得する政策を示すべきである。底力を見せてほしい。
 現在の日本経済と財政の状況はどうか。景気指標は強弱混交で、1〜3月期の実質国内総生産(GDP)は年率換算で前期比2・2%増と堅調だが、個人消費はマイナスだった。一方、日銀がまとめた6月の企業短期経済観測調査では、大企業製造業の景況感が2四半期連続で悪化した。米中貿易摩擦や海外経済の減速が影響しており、景気の先行きは予断を許さない。
 財政状況はもっと厳しい。国債や借入金などを合計した「国の借金」は18年度末時点で1103兆円に膨れ上がり、3年連続で過去最大額を更新した。社会保障費などの財源を赤字国債で賄ってきたためで、財政は先進国の中で最悪の水準。日本は財政破綻しないという楽観的な見方もあるが、何の保証もない。
 将来世代の負担を少しでも減らすために消費税増税は意味がある。痛みを伴うが、景気に左右されにくい安定的な財源が必要だからだ。
 与野党の議論はすれ違い気味で、有権者は判断が難しい。丁寧で分かりやすい説明が重要である。


消費税  何のための増税なのか
 過去2度にわたって延期された消費税率10%への引き上げが10月に迫っている。
 先送りを重ねてきた安倍晋三政権は、予定通りに今回は実施するとし、先月に決定した「骨太方針」にも明記した。
 対する野党は「増税反対」で歩調を合わせている。与野党で真っ向から対立する最も明確な争点といえる。
 焦点となるのが、2度の延期理由とされた景気への影響だ。
 安倍首相は「経済を強くすることで過去最高の税収になった」と景気の堅調さをアピールする。同時に、消費増税分を財源に充てる教育無償化を前面に掲げ、「全世代型の社会保障を構築する」と自民党の公約にも位置づけた。
 政府の月例経済報告は「緩やかな回復」の見方を保つが、景気後退が相次ぎ経済指標に表されている。内閣府の消費動向調査では、消費者心理を示す態度指数が9カ月連続で下落し、10月増税に身構えて節約志向が強まっている。
 過去の税率引き上げで長期の消費低迷を招いたのを警戒し、与党は「十分な備え」を強調する。増税収入分5兆7千億円に対し、キャッシュレス決済の買い物への5%ポイント還元やプレミアム商品券発行など総額2兆円超を景気対策に充てる大盤振る舞いだ。公明党は飲食料品への軽減税率の導入も実績として訴えている。
 これに対し、野党は増税に耐えられる景気にないとし、政府・与党の景気対策は、支出が多い高所得者に恩恵が大きいと批判している。立憲民主党は凍結、国民民主党なども中止、反対を掲げ、政権に是々非々の日本維新の会を含め、家計重視を打ち出す。
 代わる財源対策は、立憲民主が金融所得課税や法人税の見直し、共産党や社民党が大企業や富裕層に応分負担をと訴える。具体的な実現性や持続可能性について説得力のある説明が求められよう。
 元来、消費税率10%への引き上げは2012年、旧民主、自民、公明の3党合意で社会保障費の確保と財政健全化の両立を目的に決められた。だが、選挙対策の色濃い2度の延期と使い道の変更で、何のための増税かがかすんでいる。
 安倍氏は公示直前、今回の増税で「今後10年ぐらいは上げる必要ない」と言い始めた。各種の世論調査で増税反対が多いことへの予防線だろうが、その場しのぎではなく、国民生活の安定と将来への負担の納得感を得られるかの議論こそ深める必要があろう。


参院選・消費税/どこに税源を求めるのか
 参院選は、消費税増税実施の与党と反対の野党が争う構図だ。財政再建を進め、社会保障制度の持続性を維持するためには歳入を増やすことが避けられないが、どこに税源を求めるのか、あるいは、いつから課税を始めるのかといった問題は、景気動向や経済社会の在り方についての考え方によって変わってこよう。
 老後資金2千万円問題で公的年金に対する不安や不満が広がっている。一方で、社会保障制度を支える財政の傷みも激しい。家計や企業業績、市場動向など現在の日本経済の状況、見通しを踏まえた上で、景気への悪影響を極力避けつつ、財政再建を着実に進めるためには、どうすればいいのか。与野党が舌戦を交わす中で、じっくり考える機会にしたい。
 政権選択の選挙ではないので、選挙結果によって政権の構成が変わるわけではないが、21日に示される民意は、今後の政策運営の土台になるはずだ。
 与野党は負担増を伴う痛みに正面から向き合い「不都合な」事実も説明した上で処方箋を示さなければならない。国民の歓心を買おうと、聞き心地の良い言葉ばかりを並べるようでは政治に期待される役割は到底、果たせまい。財政運営や社会保障政策の現状認識や将来像について責任を持った主張をしているかどうか目を凝らしたい。
 政府は増税できる経済環境が続くと判断、軽減税率やキャッシュレス決済でのポイント還元などの負担軽減策を施した上で10月に消費税率を10%に引き上げる。しかし全世代型社会保障の構築の一環として増収の一部を教育無償化に回すため、増税による財政再建の効果は後退する。
 安倍晋三首相(自民党総裁)は先日開催された日本記者クラブでの党首討論で、2018年度の税収がバブル期を超えて過去最高の60兆円超となったとした上で、今後10年程度は消費税を引き上げる必要はないとの認識を示した。
 しかし国の一般会計予算は100兆円。税収が過去最高となっても、必要額の6割しか賄えない状況に鈍感であってはならないだろう。歳入不足を補う国債を発行して帳尻を合わせ続けた結果、国と地方の長期債務残高は19年度末には1122兆円に上る見通しだ。利払い費が一般政策経費を圧迫している。
 税収が増えるにこしたことはないが、それをもって、財政再建の取り組みを緩めることは妥当とは言えまい。
 野党各党は景気への悪影響が懸念されるとして家計を直撃する消費税増税を実施しない代わりに、大企業や富裕層向けの課税を強化する必要性を強調している。
 余裕があるところにより多くの負担を求めるという基本的な考え方は理解できるが、税負担が重くなれば企業は競争力をなくし雇用や賃金にも影響が出る恐れもある。高額所得者の所得税率を引き上げれば、個人の才覚や努力の結果である富を国家がさらに徴収することになり、経済のダイナミズムが失われることにつながりかねない。
 課税対象や税率などの仕組みでこうした問題を容認できる程度に解消し、安定した税収を確保できるのか。有権者が判断するには情報不足だ。野党にはより現実に即した詳細な説明を求めたい。


年金と安心 老後の“支え”をどう築く
 老後を安心して暮らしていけるのか。生活の支えとなる年金制度に国民の不安が広がり、参院選の大きな争点に浮上している。
 発端は6月に公表された金融庁の報告書だ。「夫婦が95歳まで生きるには、公的年金などだけでは2千万円足りない」との試算が改めて国民の懸念を膨らませた。加えて麻生太郎金融担当相による報告書の受け取り拒否が、混乱に拍車を掛けた面は否めまい。
 現行の年金制度は、現役世代が納める保険料などで高齢者を支える「賦課方式」だ。少子高齢化で“支え手”の減少が進めば、制度の維持はさらに厳しさを増す。
 現状を踏まえ、将来を見据えた負担と給付の全体像を描くのは、政治の責務である。先の国会で真剣に議論すべきだったが、与党は選挙を意識して不都合な問題にふたをする姿勢を崩さず、野党も政権批判を繰り返すにとどまった。実質的な議論に至らなかったことは残念だ。
 参院選では、年金など社会保障に関する各党の公約がずらりと並ぶ。今度こそ中身の濃い議論を聞きたい。
 与党の自民、公明両党は公的年金の積立金運用益の増加などを挙げ、制度の持続可能性を強調する。「人生100年型の年金」の実現を掲げ、年金受給開始年齢の多様化なども盛り込んだ。
 野党は給付の充実を訴える。立憲民主党は世帯収入に応じて医療や介護、保育などの負担額に上限を設ける「総合合算制度」導入を提起。国民民主党は低所得の受給者への上乗せ支給を打ち出した。
 共産、社民両党は、物価などの上昇幅より年金額の伸びを抑制する「マクロ経済スライド」の廃止や中止をうたう。日本維新の会は、自分が積み立てた保険料を老後に受け取る「積み立て方式」への移行を訴えている。
 いずれも聞こえは良いが、肝心なのは国民への説得力と財源の裏付けである。
 年金議論のたたき台となるのは、5年に1度公的年金財政の健全性をチェックする「財政検証」だが、政府は公表を先送りしたままだ。これも参院選への影響を懸念したとされる。
 安倍政権には年金の現状を明らかにし、給付と負担の見直しといった「痛み」についても語る必要がある。一方の野党は消費税率10%への引き上げに反対の立場だ。給付充実の財源はどうするのかなども丁寧に説明すべきだ。
 厚生労働省の2018年国民生活基礎調査では、65歳以上の高齢者世帯で総所得が公的年金・恩給のみは半数に上る。55%の高齢者世帯が生活の苦しさを訴えた。一方、若い世代の負担感も増すばかり。老後の安心へ持続可能な制度の実現は待ったなしだ。
 政党や候補者は、公約実現の道筋を分かりやすく論じ合ってほしい。有権者も老後の支えはどうあるべきかをしっかりと考えたい。


かんぽ不正販売 顧客軽視も甚だしい
 国の信用を後ろ盾にした保険会社で、これほどの不正があったとは驚かされる。
 かんぽ生命保険の不正販売が次々と明らかになった。顧客に不利益が生じた契約は9万件を超える。郵便局員らが売る保険商品の信頼は失墜した。金融庁には業務改善の徹底指導を強く求める。
 不正の内実は深刻だ。保険契約を新たに「乗り換え」させた顧客に対し、新旧契約の保険料を故意に二重払いさせていた。6カ月以上の二重払いは判明分で約2万2千件に及ぶ。また、旧契約解約から新契約締結までの期間を引き延ばし、約4万7千件を一時的に無保険状態にしていた。
 不自然な契約の裏には、販売する郵便局員らが営業成績を伸ばすための「からくり」がある。
 同社は「乗り換え」の営業成績を通常契約の半分しかカウントせず、成績に応じた手当も低い。ただ、新契約締結から旧契約解約までが6カ月以上ある場合や、先に行った旧契約の解約から4カ月目に入った新契約の締結は「乗り換え」に該当しない。そこで局員らは顧客の不利益を承知で解約や締結の時期をずらし、「乗り換え」扱いを避けた可能性がある。
 背景には過剰な成果主義があった。ある局長の証言だと、保険の販売目標は民営化後に倍になり、目標未達成者の名前が公表されるなど圧力が強まったという。増えた顧客の負担を自腹で立て替えていた局員もいるという。
 同社は既存契約の解約後に乗り換え契約の審査をすることが多く、健康悪化を理由に再契約できないなどの不利益を被った例も5年間で約2万4千件近くあった。
 保険業法は販売で虚偽の説明をしたり、不利益となる事実を告げずに「乗り換え」させたりすることを禁じている。不正販売の一端が明るみに出た当初、日本郵政社長は早々と「法令違反はない」と強弁したが、一連の販売は適法なのか。かんぽ生命社長は10日、非を認めて謝罪している。
 速やかに状況を把握し、正確な情報を市場に提供する上場企業としての能力があるのか疑わしい。営業の現状や時代に合わない目標を掲げていた経営陣の責任は重い。民営化は現場への圧力によって成し遂げるものでもない。
 生命保険は今後の人生に備える「安心」を売る商品だ。顧客の利益を軽視する会社からは買えない。同社は対策本部を設置し、顧客救済や営業目標の見直しに取り組むというが、自ら壊した信頼を築き直すのは容易でない。


緊迫のイラン 平和揺るがす核を憂う
 中東から不穏な空気が広がっている。イランの核開発問題を巡り米国との間で高まる緊張だ。米国側は軍事的対応を示唆している。
 万が一、武力衝突が起きれば、影響は中東にとどまらない。中東に多くの原油を依存する日本経済が大きく揺れるのは必至だ。
 核を材料に揺さぶられる世界。平和を乱す核の存在を改めて憂う。イラン、米両国には自制を求めたい。
 日本の役割もあるはずだ。先ごろの安倍晋三首相のイラン訪問では成果はみられなかったが、今後も政府は和平のためにできることに努め、被爆国として非核化の重要性を訴えたい。
 4年前、国際社会は「核なき世界」を前進させる一歩を踏み出したかに見えた。イランの核に関する、欧米など6カ国との合意だ。核開発活動を10〜15年間制限する一方、それまでの欧米側の経済制裁を解除することとした。
 しかし昨年、トランプ米政権が離脱を表明。経済的な打撃を受けたイラン側は態度を硬化させた。原発原料となるウランの濃縮度を徐々に引き上げている。国際原子力機関(IAEA)は、核合意上限の数値を超えたことを確認している。
 しかし、イラン側はさらに段階を進める可能性があると警告。このまま濃度を上げれば、核兵器使用に可能な水準に達する恐れがある。
 このような「小出し」の形で警告するのは、英独仏などの支援を得ようとしているからだ。しかし各国は米の同調圧力により苦慮している。
 トランプ大統領の本音は「戦争回避」とみられるが、米国内で先制攻撃論が強まれば予断を許さない状況になりかねない。両国とも挑発はやめるべきだ。
 国家や地域間に複雑な対立関係や勢力図がある中東に火が付けば、恐るべき規模に拡大する恐れがある。武力衝突を回避しなければならない。
 イランでは、ひそかに進めていた核開発計画が2002年、反体制派の暴露で発覚。軍事強国化において、脅威的な破壊力のある核兵器の誘惑は拭えないようだ。
 北朝鮮も同様だ。核兵器を体制護持の「宝剣」と位置付けているからこそ、核放棄に応じようとしない。
 約20年前に北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、一部は日本列島を飛び越えて三陸沖の太平洋に達した。その後、ミサイル開発の技術は格段に向上しており、核を伴ったミサイル兵器への脅威は強まるばかりだ。
 日本がかつて見舞われた核の悲劇を繰り返してはならない。世界は核の抑止、そして非核化へ向けて動かなければならない。


日韓の対立 拉致問題への影響危ぶむ
 報復の連鎖は避けなければならない。話し合いを重ねて着地点を見いだし、一刻も早い問題の収束を図ってもらいたい。
 元徴用工問題を巡る韓国の対応が引き金となった日韓両国の「冷戦」が、泥沼化の様相を呈している。
 日本政府は安全保障を理由に、韓国の主力産業である半導体の製造に必要な「フッ化水素」など3品目について対韓輸出規制を強化した。
 3品目以外でも、安全保障上の脅威となる電子部品などの輸出を厳格にし、輸出手続きを簡略化する優遇措置を受けられる27カ国の「ホワイト国」から、韓国を除外する考えだ。
 韓国はこれまで、徴用工問題を巡る「報復だ」と主張してきた。対応に不満な日本が、経済面で対抗措置を取ったと受け止めている。
 韓国は世界貿易機関(WTO)理事会では「貿易をゆがめる措置」などと非難して、輸出規制の撤回を要求した。提訴も検討している。
 日本政府はあくまでも安全保障上の適切な実施が狙いで、禁輸ではなく、WTOのルールにのっとっているとして、協議にも撤回にも応じない方針だ。
 日韓に歩み寄りの気配は、うかがえない。懸念されるのは、日韓両国の対立がこれ以上続けば、北朝鮮の非核化や拉致問題の解決にマイナスになるのではないかということだ。
 行き詰まりを見せていた朝鮮半島を巡る情勢は、再び動き始めた。6月30日、トランプ米大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が板門店で会談した。
 日米韓が連携を強めていくことが不可欠な局面だろう。拉致問題を前進させるにも、米国の後押しと韓国との緊密な連携が欠かせない。
 輸出規制による対立の先鋭化は、それと逆行するものだ。
 安倍晋三首相は拉致問題について、最重要、最優先課題と訴えてきた。しかし、結果は出せていない。
 42年前、新潟市寄居中学校1年だった横田めぐみさんは「行ってきます」と言って学校に行ったまま、帰ってこなかった。バドミントンの練習の帰りに、自宅に着く目前で拉致された。今も救出されていない。
 拉致被害者の家族は高齢化し、解決を待ち望んでいる。
 国政選挙のたびに、安倍首相はじめ各党、各候補は「早期解決」を叫んでいるが、事態は一向に進展していない。
 安倍首相も解決できないのは「痛恨の極みだ」と先日の新潟市での演説で語っていた。
 解決への道筋を探らなければならない時だということを改めて認識してもらいたい。
 韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領と安倍首相との首脳会談は、大阪で6月末に開いたG20サミットで実現しなかった。
 だが、状況を打開するにはまず両首脳がきちんと向き合い、話し合わねばなるまい。安倍首相、文大統領の双方がリーダーシップを発揮して、対立を乗り越えてもらいたい。


国政選挙投票率低迷 主権者教育の場広げたい
 国政選挙の投票率が低落傾向にある。全国的に5割台半ばの投票率で推移するが、沖縄も例外ではない。政治参加の権利を放棄し、政治の決定を白紙委任してしまうことは民主主義の根幹を揺るがす。
 若い世代に政治参加の意義を再確認させる主権者教育の取り組みを、さまざまな場面で広げていく必要がある。
 これまで高い投票率を誇り政治意識が高いといわれてきた沖縄だが、近年はむしろ全国平均の投票率を下回ることが多くなっている。2016年の前回参院選で沖縄選挙区の投票率は54・46%と、全国平均の54・70%を下回った。
 年齢別に見ると全国と同様に世代が若くなるほど投票率が著しく低くなり、県選挙管理委員会の抽出調査で20代の投票率は37・98%にすぎなかった。30代以下の世代は半数以上が投票に行っていない。当選した議員が本当に有権者を代表しているのか、正当性が疑われかねないほど危機的な状況だ。
 04年の参院選から期日前投票が導入され、13年にはインターネットを利用した運動が解禁されるなど、制度の見直しが重ねられてきた。それでも投票率は低下傾向が続く。やはり、政治に対する無関心や不信を抱かせてしまっている根本の問題に向き合わなければいけない。
 公約を簡単に翻したり、異なる意見を排除して感情的な言動に走ったりと、政治家の質の低下は目に余る。魅力ある将来像や説得力のある対立軸を示すことが、政治家や政党には求められる。
 一方で、「どうせ何も変わらない」と決め込んで、投票に行かない有権者の認識も改めなければならない。
 今回の参院選の争点に、年金制度や社会保障の在り方がある。消費税率10%への引き上げを前に、有権者としてその是非を示すことが許された最後の機会でもある。
 高齢者や現役世代だけの関心事ではない。次の世代を担う若者たちの負担や将来にもつながる問題だ。後になってこんなはずではなかったと言っても取り返しがつかない。政治は生活と遠いように感じても、必ず有権者に跳ね返ってくると肝に銘じたい。
 戦前は男性だけでしか普通選挙が実施されず、女性の参政権が認められたのはようやく戦後の新憲法になってからだ。さらに、米国の施政権下に置かれた沖縄は憲法が適用されず、長らく国会に代表を送ることもできなかった。
 日本復帰2年前の1970年に沖縄で戦後初の衆院選と参院選が実現し、投票率は83・64%を記録した。国政参加選挙である。政治参加の権利は当たり前に与えられたものではなく住民自ら求めてつかみ取ったものだった。
 戦後の沖縄の国政参加は実現からようやく半世紀を迎えるところだ。本土と異なる政治や自治の体験を、主権者教育として次の世代に確実に継承していくことが必要だ。


【参院選】本紙直撃にタトゥー語った市井紗耶香陣営 今井絵理子氏は反面教師!?
 参院選(21日投開票)に立憲民主党から比例代表で出馬した元「モーニング娘。」の市井紗耶香氏(35)が10日、タトゥーについて口を開いた。市井氏は耳の後ろに小さなタトゥーがあり、ネットを中心に批判的な意見が飛び交っていた。これまでこの件について言及してこなかったが、なぜ話したのか。背景にはあの“先輩”がいるようだ。
「タトゥーは事実です。消すつもりはありませんし、どういった思いを持って入れたんですかというのも今はお答えするつもりは特にないですね」
 本紙記者の「タトゥーに批判の声があるが、ご自身の見解は?」との質問に、市井氏は真っすぐ正面を見据えて思いを語った。続けて「ただ、一人ひとりが個性を認め合って尊重し合える、思いやりのある社会であればいいと思っています」と偏見のない社会を目指したいと話した。
 タトゥーを入れた事情が気になる人もいるはずだが、プライバシーに深くかかわる話でもあり、現状ではこれが精一杯の回答だろう。
 確かに日本ではタトゥーに対して厳しい視線が注がれがちだ。ネットでは「これはまずいだろ」「タトゥーしてる人が悪い人とは言わないけど、線引きは必要」という批判的意見から、「問題ない。こんなのがニュースになる日本がおかしい」という擁護の声もある。
 この日の市井氏は、タトゥーについて話しただけでなく、報道陣の取材に気軽に答えた。選挙の手応えについて「子育てをしているお母さん方は児童手当を増やしてほしい、病児保育(保育園に通園している子供が急病になったときに、仕事を早退できない親に代わって子供の世話をする施設や人)が少ないと苦労されている。お母さん方から、子育て世代として頑張ってくださいと言われるのは励みになる」と語り、自身の主張である子育て支援拡充が求められていると実感している。
“ペアルック”で演説を行った蓮舫氏(51)と演説の仕方まで似ていることについては「いやいや、まったくレクチャーはありません。自然とですね。映像は見させてもらいました」。蓮舫氏の決めセリフである聴衆に共感を求める「いかがでしょうか!」をほうふつとさせる「いかがですか!」を使うなど、かなり研究した跡がうかがえる。
 報道対応をしたとはいえ、何でも話すわけではないという。関係者は「今井絵理子さんについてのコメントを求めたら『それはちょっと…』という反応でした。NGだというんです」と明かした。元「SPEED」の今井氏は同世代のアイドルであり、政治家として先輩に当たる。
 永田町関係者は「今井氏を反面教師にしているのでしょう。(沖縄出身の)今井氏は必ず聞かれると分かっていた沖縄問題について、なかなか真正面から答えなかった。ひと言でもいいからしっかり答えていれば批判は少なかったはず。アイドル出身は勉強不足のイメージがついた」と指摘した。
 同じアイドル出身という目で見られてしまうとマイナスになりかねず、少しでも今井氏とは距離を置いた方がいいのは間違いない。タトゥーのことは市井氏にとって聞かれると分かっている質問で、言及することで今井氏との違いを見せられることになった。
 市井氏はこの日の演説で「今の日本は、本当に子育て世代に温かい国になっているのか疑問に思う」と幼児保育や児童手当拡充を訴えた。元アイドルよりも子育て当事者をアピールして選挙戦を戦い抜くつもりだ。


米軍レーダー運用開始4年、翻弄される過疎のまち 地元の葛藤
 参院選では安倍政権の6年半をどう評価するかが問われる。年金や景気、憲法改正や教育…。争点となっている政策課題の現場を訪ねた。

■なし崩しに進む米軍従属
 「いろいろな約束が破られている。住民はどうすればいいのか」。ミサイル防衛用「Xバンドレーダー」を配備する米軍経ケ岬通信所。地元の京丹後市で6月29日にあった基地反対派の学習会で、市民団体「米軍基地建設を憂う宇川有志の会」事務局長の永井友昭さん(62)が語気を強めた。
 永井さんが言う「約束破り」の一つが、米軍人や軍属らの絡んだ交通事故に関する情報開示だ。当初、防衛省は市や住民に、物損事故なども含めて発生日や場所、内容を報告していた。だが昨年2月の事故を最後に、市側へ一切知らせていなかったことが今年3月に判明。さらに防衛省は、悪質、重大な事故以外は件数報告のみとする姿勢に転じた。市も「一定理解できる」とし、全件の詳細報告を求めてきた従来の立場を事実上、覆した。
 6月の定例市議会では、保守系議員からも市の対応に批判が出た。米軍への従属がなし崩しで進んでいると、永井さんは危機感を募らせる。参院選では日米同盟の在り方や憲法改正の是非も問われるだけに、学習会に訪れた約50人に向け「基地問題を好転させるには、なんと言っても参院選だ」と訴えた。
■米軍と「共存共栄」地元の葛藤
 同通信所は、海に面した水田が「日本の棚田百選」に認定される同市丹後町袖志地区にある。青々と育つ稲穂を背に区長の松下敏さん(64)は切実な思いを語る。「市の最も端の集落で、これまでは置いてけぼり。衰退に歯止めをかけられるものは何もなかった」
 米軍基地は、そんな過疎地に大きな影響をもたらした。棚田への水路は野ざらしで維持管理が懸案だったが、米軍再編交付金で地中に用水管が整備された。集落には共同作業場や集会所もできた。昨年の台風被害では米軍関係者が復旧作業に駆けつけてくれた。今、基地では軍人が住む隊舎の建設が進む。「完成後に調理や清掃で雇用が生まれ、若者が集落に戻ってこられるようになれば」。松下さんの願いは、米軍との「共存共栄」だ。
 基地から車で30分ほど。米軍属の集合住宅がある同市網野町島津では、地元住民が秋祭りに向け、今や飾るだけとなった神輿を担いでほしいと、軍属たちに初めて依頼する予定だ。地域との距離を縮め、トラブルを回避するのが狙いだと住民組織の役員たちは言う。
 地元区長の谷口喜久治さん(71)に、米軍という存在の受け止め方を問うと、慎重な言葉が返ってきた。「個々人に恨みはない。だが、基地が攻撃対象になるという意見はある。根本的な抵抗感は変わらず、不安に思う人はいるだろう」
 基地用地を貸す地元地権者の妻は「表立って意見を言えば、地元で暮らしづらくなる。でも、安心安全を保障してもらうには、住民が声を上げないといけない」と葛藤を口にした。
 匿名が取材に応じる条件。指定された面会場所は自宅から離れた所だった。この女性は、東アジアを巡る国際情勢は楽観視できず、レーダーは必要と考えている。一方、地元以外の無関心も肌で感じている。同じ市内でも離れた地域の住民から、「お金をもらったらいいやん」と言われたという。「本土と沖縄の関係に通じている」
 集団的自衛権の行使は可能と憲法解釈を変更し、9条改正も目指す安倍政権の下、Xバンドレーダーの本格運用が始まって4年半余り。日米同盟の最前線となった府最北のまちは、今も揺れ続ける。


アッチョンブリケな金ピカ 京都「大黄金展」手塚漫画も像に
 多彩な金製品を集めた「大黄金展」が10日、京都市下京区の京都高島屋で始まった。純金製の仏具や小判、手塚治虫の名作漫画「ブラックジャック」の金箔像が並んでいる。
 「金(きん)投資」への注目が高まる中、貴金属製造販売のSGC(東京都)が毎年催している。今年は、約千点・総額20億円の金製品を展示、即売する。
 書家の金澤翔子さんの作品を転写した純金プレート(108万円)や令和と平成が刻まれた小判セット(129万円)などがあり、来店客は値札に驚きつつも豪華な品々に見入っていた。15日まで。


ジャニー喜多川社長の美談を垂れ流し性的虐待問題を一切報じないマスコミ!元ジュニアが法廷で証言、最高裁でも確定してるのに
 6月9日にジャニーズ事務所の代表取締役社長であるジャニー喜多川氏が逝去し、ワイドショーのみならず『報道ステーション』(テレビ朝日)や『news23』(TBS)などの報道番組まで、ありとあらゆるメディアが横並びで追悼報道を展開している。
 ジャニー社長のショービジネス、芸能・エンタテインメント界での功績、スターを多数輩出した卓越した審美眼、タレントたちとの親子のような強い絆……。湯水のようにジャニー社長賛美報道が繰り広げられているが、しかし一方で、メディアが一切触れていないことがある。ジャニー社長の性的虐待という問題だ。
 実はかなり古い時代から、ジャニー社長のタレントやジュニアに対する性的虐待の告発は数多く存在した。なかでも衝撃的だったのが、1988年に元フォーリーブスの北公次が出した告発本『光GENJIへ』(データハウス)だろう。北はこのなかでジャニー社長からの性的虐待を赤裸々に記しているが、その後も元ジャニーズの中谷良による『ジャニーズの逆襲』(データハウス/1989年)、平本淳也の『ジャニーズのすべて 少年愛の館』(鹿砦社/1996年)、豊川誕の『ひとりぼっちの旅立ち』(鹿砦社/1997年)、光GENJIの候補メンバーだった木山将吾の『Smapへ――そして、すべてのジャニーズタレントへ』(鹿砦社/2005年)などの告発本が刊行され、いずれもジャニー社長からの性的虐待を訴えたのだ。
 多くのマスコミは、ジャニーズタブーのため、これら告発本やその内容はほぼ黙殺、まともな検証がなされていないため、現在ではジャニー社長の性的虐待を“都市伝説”のように思っている向きも多いだろう。しかし、ジャニー社長のタレントたちへの性的虐待は都市伝説などではないばかりか、最高裁でも認定された事実なのだ。
 その裁判のきっかけは、1999年に「週刊文春」(文藝春秋)がジャニーズ事務所の数々の問題を告発するキャンペーン記事を掲載したことだった。キャンペーンは10回以上に及び、そのなかでも衝撃的だったのがジャニー社長の性的虐待や児童虐待だった。
 記事は複数の元ジュニアやジャニーズOBの証言をもとに、ジャニー社長の性的虐待を赤裸々に告発するものだったが、これに対し同年11月、ジャニーズ事務所は名誉毀損で「週刊文春」を提訴。そして裁判でジャニー社長の性的虐待の有無が争われることとなった。その裁判の過程で「週刊文春」側証人として元ジャニーズJr.の2人が出廷、裁判の場で、性的虐待の実態を赤裸々に語ったのだ。
 ジャニーズタブーのためマスコミはその裁判の動向はほとんど報じていなかったことに加え、元ジュニアの証言は性被害というセンシティブな問題であることから非公開で行われたため、まったく外部に伝わっていなかったが、月刊誌『噂の真相』(2002年2月号)が、その証言内容をつかみ詳細を報じている。
 記事によれば、証言に立った元ジュニアは2人とも未成年。2001年7月25日大阪地裁のある法廷でのことだという。証言者のひとりであるA君は仕事で夜遅くなり、電車がなくなったとき、他のジュニア数人と“合宿所”と呼ばれるジャニー社長の自宅である六本木の高級マンションに宿泊した。そんななかジャニー社長から性的虐待を受けたのだという。
法廷で元ジュニアが証言したジャニー喜多川社長による性的虐待
 A君の証言によると、「合宿所で寝ていたらジャニーさんが横に来て、足をマッサージし始めた。普通に触ってきた。ちょっとイヤだった」と言い、その後、「だんだんエスカレート」し、性的な行為をされたという。これ以上は生々しいため具体的な記述は控えるが、もっと直接的な性行為などの詳細な証言もあったという。
 もう一人、SMAPやV6のバックで踊ったり、CMやジュニアのコンサートにも出た経歴があるというB君も、寝ているときにジャニー社長が布団の中に入ってきて性的な行為をされたという証言をしている。
 さらに、A君もB君もそろって、ジュニア仲間や先輩らの間で、こんなふうに言われていたと明かしている。
「断ればテレビや舞台に出ることができないらしい」
「ジャニーさんからそういう行為を受けたら、いい仕事がもらえる。逆に受けなかったり拒否するとデビューできない」
 ジャニー社長の行為は性的虐待だけでなく、その立場や力関係を背景にしたパワハラでもあったということだろう。しかも、それを未成年者に対しておこなっていた。これら被害者証言の後には、ジャニー社長の証言が控えており、ジャニー社長もその法廷にいたという。
 そして、ジャニー社長は自身の証言として「(被害者少年たちが)嘘をついている」と反論していたというが、その後の裁判の展開はむしろ、ジャニー社長のセクハラ行為を認定するものになった。
最高裁でも確定してもジャニー社長のセクハラを一切報じないマスコミ
 こうしてジャニー社長の性的虐待が裁判の場で告発されたのだが、2002年3月の一審判決は「セクハラ行為の重要部分が真実だと証明されていない」という不可解な理由で「週刊文春」側に880万円の損害賠償を求めるものだった。しかし、これに対し「週刊文春」側が不服とし控訴、2003年7月の高裁ではジャニー社長のセクハラ行為が認定されるという逆転判決が出され、損害賠償も120万円と大幅に減額。判決は「逆らえばデビューできなくなる拒絶不能な状態に乗じ、社長がセクハラしている」との記載について、「被害者の少年たちの証言は具体的で詳細なのに、事務所側は具体的に反論していない」と指摘し、「セクハラに関する記事の重要部分は真実」と判断した。そして、ジャニーズ側が不服として最高裁に上告したが、2004年2月に上告は棄却、これで最高裁においてもジャニー社長のセクハラ行為が確定されたのだ。
 この衝撃的な裁判は、当時、海外メディアでも大きく報じられたが、しかし国内マスコミはほぼ黙殺。ジャニー社長の行為のみならず、裁判で確定したセクハラ問題までジャニーズタブーで沈黙する日本メディアの姿勢も、それ以上に大問題だろう。
 また、一部で取り上げられたとしても、当時はジャニー社長の性的指向ばかりがセンセーショナルにクローズアップされるかたちとなっていた面もあるが、ジャニー社長の行為の本質は、芸能人生の命運を握る権力者であることを背景にしたパワハラをともなう性的虐待、しかも未成年への虐待だ。
 しかし当時も、そして#MeToo運動の拡大もあり世界中でセクハラ・パワハラに対する問題意識が高まっている現在においても、ジャニー社長の負の問題について、マスコミは口をつぐんだままだ。
 なかには“十年以上も前の過去のこと”などと嘯く人もいるかもしれない。だが、世界的に見ても、#MeTooの発端となった映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインへの告発は十年以上前や数十年も前の行為も含まれており、また大きな衝撃をもって報じられたカトリック教会の莫大な人数の神父による性的虐待・隠蔽もまた、過去に遡って検証されている問題だ。
 ジャニー社長が歴史に残るプロデューサーであることは否定しないが、であればこそ、正の面だけでなく負の側面も検証されてしかるべきだろう。実際、イギリスの公共放送局・BBCは、ジャニー社長の訃報を伝える記事のなかで、その功績だけではなく性的虐待問題にも言及している。しかし、上述の通り、国内メディアはジャニー社長賛美一色。『報道ステーション』や『news23』のような報道番組までもが横並びの賛美報道しかできないのは異常だ。
 いまメディアで喧伝されているジャニー社長の功績とされる部分の多くもまた、男性グループを実質的に独占してきたことなど、こうしたジャニーズ事務所の強権的なマスコミ支配によるところが大きいことも付記しておきたい。
 ジャニーズタブーに縛られたマスコミだが、ジャニー社長が逝去したいまこそ、こうした性的虐待、パワハラの実態を再び検証すべきではないのか。


松尾貴史が語るテレビで芸人が権力批判できない理由…安倍首相のモノマネに「誰かが号令かけたように苦情の電話が」
「老後は年金に頼るな、2000万円自助で貯めろ」とする金融庁の年金問題で、結局、報告書の受け取りを拒否、国会でも集中審議に応じず争点を隠して参院選に臨もうとしている安倍首相。相変わらずの強権政治と言わざるを得ないが、テレビではそうした首相の国民軽視を批判するどころか、コメンテーターの芸人やタレントらがお茶を濁してばかりで問題を追及しようとしない。
 そんななか、メディアやSNSで安倍政権へ果敢に苦言を呈しているのが、マルチタレントの松尾貴史だ。
 松尾といえば、俳優としてドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ)での好演が記憶に新しいところだが、最近もTwitterで年金問題について〈都合の悪い報告は拒否するという愚行の方が逆に不安や不信を助長する。労働統計のイカサマといい、年金財政検証を参院選後に発表するという姑息といい、この政権のなりふり構わぬ足掻きは醜悪過ぎる〉(6月12日)と痛烈に批判した。
 文筆活動でも、毎日新聞の連載コラムでは政治や社会問題を深い教養に裏付けされた言葉で紡ぎ、今年2月にそれをベースにした著書『違和感のススメ』(毎日新聞出版)を上梓。つねに“多数派”を疑いながら、メディアタブーや政権批判に踏み込んでいる。
 そんな松尾貴史が、最近、スタジオジブリが発行する小冊子「熱風」6月号で、ジャーナリスト・青木理氏との対談に登場。芸能界の内側から“お上にモノを言えない雰囲気”を分析し、日本のマスメディアの問題を深くえぐっているので紹介したい。
 まず、青木氏が、芸能活動に関わっている人たちは、自らの政治的信念などの発言を避ける傾向が明らかに強いと言うと、松尾は「同調圧力」とは別に、「芸能分野のビジネススタイルの因習」が背景にあると指摘する。
「たとえば江戸時時代の、おそらくは芸者の置屋からきているような気もするんですが、「置屋はんに迷惑かけたらあきまへん」「旦那衆に迷惑かけたらあきまへん」という世界。置屋や旦那衆に迷惑をかけないよう、行く先々の水に合わせなければならず、だから当たり障りのないような振る舞いをする。日本の芸能界の場合、大きな芸能事務所が芸人を雇って派遣するという形が長く続いてきましたね。いわば芸人の元締めのような形で芸能プロダクションが存在する。そうすると、多くの人気者を抱える芸能プロダクションとしては、さまざまな企業や団体との利害なども考えるようになってくる」
 芸能プロという元締めの存在は、まさにテレビで政権批判がタブーになっていく構造の特徴のひとつだが、他方、欧米の芸能界では俳優やミュージシャンたちが積極的に政治批判をし、それが世間でも大きな話題となっている。松尾は、それは「自分が自分のエージェントを選んで雇っているから」だとして、さらに、「社会風刺」に対する歴史的な文化の差異を理由にあげる。
「欧米では、宮廷道化師のような存在も歴史的にありました。その道化師だけは王様に失礼なことをしても許される。そういう存在が日本にはたぶんなかったんじゃないでしょうか。力の強い人に対してものが言えないという風潮がものすごく強い」
松尾貴史が語る「叩きやすいものを叩く」風潮とその背後にある閉塞感
 政権中枢など力の強い者へは過剰に忖度する一方で、ネット上では、少しでも安倍政権に批判的だととらえられた言論は、確実に安倍応援団やネット右翼から標的にされる。また、政権の重大不祥事や問題発言が大して批判されないまま、「バイトテロ」や「交通事故の加害者」などはその何百倍もネット上で批判にさらされ、過剰な社会的制裁を受ける。いわば批判の価値観の転倒だ。
「いわば、誰もが叩きやすいものを叩いて溜飲を下げるという風潮の背後にある閉塞感。ほかに鬱憤ばらしをする場がないから、誰かが少し道を踏み外したら寄ってたかって叩きのめすという気持ち悪いムード。もともとこの国にはそういう面があったのかもしれません。たとえば関東大震災の際の朝鮮人虐殺とか、誰もが善良な市民の顔をして普段生きているけれど、誰もがそういう負の側面も持っている。最近は匿名のネット上で誰かを叩いたり、デマを拡散して溜飲を下げてみたり……」(松尾)
 松尾が言うように、「叩きやすい者だけを叩く」という性質はネットで広くみられるが、それはテレビにも同じことが言えるだろう。青木氏が、昔のテレビでは政治家のモノマネなどの政治風刺があったが、最近は見られなくなったと指摘すると、松尾は、自身がかつて安倍首相のモノマネをテレビで披露したときに受けた“圧力”についてこう語るのだ。
「まだ政権に復帰する前、自民党総裁選に出馬したころのことです。そうしたら、そのテレビ局に苦情の電話が、まるで誰かが号令をかけたように大挙して押し寄せたらしいんですね。で、「次回からは結構です」と言われてしまった。ひょっとしたら誰かに雇われたアルバイトなのか、あるいは義憤に駆られた人たちが同時多発的に電話をかけたのかは知りませんが、そんなふうにプレッシャーめいたことが起きるようになったのが一因かもしれません」
 たしかに、テレビで安倍首相のモノマネをすれば、すぐさま親衛隊のネット右翼たちが局に“電凸”と呼ばれる抗議を殺到させ、Twitterなどでも炎上に追い込むのは火を見るより明らかだ。松尾や青木氏も指摘しているとおり、海外では、コメディアンがトランプ米大統領のモノマネなどで強い社会風刺を表現し、それが視聴者にも受け入れられているのに、日本ではそれが「けしからん」として逆にバッシングを受けてしまうのだ。
安倍首相だけが何段も上のレベルでタブー視されている現状
 しかもこの問題は、単に「政治家を笑う」ということ自体がタブー化しているということではない。現在の政治のなかで大きな力を持たない野党や若手の議員、あるいは地方議員の場合、ワイドショーは彼らの問題発言やトンデモ言行を盛んに取り上げ、普段、政治的話題に触れない芸人やタレントたちも口を揃えて批判に転じるケースがある。数年前、「号泣議員」としてあらゆるメディアから笑われた野々村竜太郎・元兵庫県議などはその最たる例だろう。
 しかし、これが安倍首相となると話はまったく違う。たとえば第一次政権の際、任期途中で突然、総理をほっぽり出した無責任ぶりに触れれば、即座にネトウヨたちが「持病をバカにした!」などと言いがかりをつけてくる。また、芸人やタレントが野党の政治家を批判しても何も言わないが、たとえば、ウーマンラッシュアワーや爆笑問題などが安倍政権を揶揄するネタを披露すれば、狂ったようにいっせいに牙を剥く。
 つまり、「権力・権威を笑う」ことが忌避されるテレビのなかでも、とりわけ安倍首相だけが何段も上のレベルでタブー視されているのである。当然、そうした“安倍揶揄”に対する炎上攻撃を目の当たりにしたテレビ局や他のタレントたちは萎縮し、「笑い」だけでなく、ちょっとでも政権に批判的なコメントをも封印してしまう。そうした負のサイクルがすでにでき上がってしまっているのだ。
 もっともこうした現象については、青木氏も「広い意味で政治的な発言ということで言えば、情報番組の司会やコメンテーターをしている芸人やタレントはたくさんいるし、首相をゲストに招いたお笑い番組まであるというのに、そうしたケースでは大した批判が起こらない」と言及している。これに対して松尾は「要するに、強い者を味方する発言は許されるんです。逆に、強い者に歯向かうような発言は批判されてしまう(笑)」と述べているが、まさにそのとおりとしか言いようがない。
松尾貴史が政権批判を続ける理由「収入は半分くらいになったけど、次の世代を考えれば」
 その意味でも、松尾のようにウィットに富んだ政治批判を続けるメディア人は貴重だが、やはり、周囲からのプレッシャーは凄まじいものがあるようだ。前述した著書『違和感のススメ』では、一億総活躍社会などの政策、森友・加計学園問題をめぐる政府対応などを鋭く批判的に批評しているのだが、芸能の世界でこうした問題提起をする難しさは、松尾自身が身をもって知っている。それでも松尾を駆り立てているのは、日本を“戦争のできる国”につくりかえている安倍政権への危機感なのだろう。
「収入で言えば、たぶん半分くらいになっているかもしれませんが、子ども世代が戦争でひどい目に遭うかもしれないとか、そういう可能性を考えれば、いま受けているストレスなんてケタ違いに小さいんじゃないですか」(松尾)
 もちろん、政権批判を理由に仕事を干されるということなどあってはならないが、それ以上に、松尾が対談の最後で強調したのは、「権力に対する風刺」を含む権力への批判をためらわないための、積極的な戦略と心構えだった。
「だから一番大切なのは、きちんと批評性のあるものを、時には面白おかしく作ること。そういう才能のある放送作家だとか、パロディに達者な人たちを集めて情報発信する拠点を作る必要があるかもしれません。ただ、そういう賢い人たちって、賢いから仲間割れをしやすいところもあって(笑)」
「政治の世界だって、政権とか与党っていうのは権力と金を持っているから、放っておいてもたくさんの人が自然に群がるわけでしょう。一方、批判する側はみんな正しい批判をしているんだけど、誰もが自分は正しいと思っているから、そのうちにだんだん仲間割れを起こして、力が分散してしまう。最近の選挙の結果ってそういうことでしょう」
 たしかに、ある意味でネトウヨや応援団文化人は下品ではあるが、それゆえに“安倍サマ”の大号令で一致団結している。一方、メディアにいる気骨のある記者やディレクターは組織のなかで孤立しやすく、政界では野党同士の連携が不十分なのは間違いないだろう。
 しかし、このまま安倍政権を放置していれば、明日が今日よりもまたひとつ悪くなっていくだけだ。社会風刺の本質は、自らが真剣に「おとなしさ」を捨てることで権力を笑い者にし、それによって立ち向かう流れをつくっていくことではないのか。政権とその応援団のあまりの傍若無人ぶりにへこたれている人は、是非、松尾貴史のやり方を目に焼き付けてほしい。