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Japon: Un troisième mort sur le chantier des JO de Tokyo
Les Jeux olympiques de Tokyo, deuxième du nom, auront lieu à l’été 2020
Un travailleur de 50 ans est décédé jeudi sur un chantier à Tokyo lié aux préparatifs des Jeux olympiques qui se tiendront dans un an dans la capitale japonaise, où règne actuellement une chaleur étouffante, ont annoncé vendredi les organisateurs. Cet ouvrier japonais installait un câble électrique à l'extérieur d'un vaste centre des congrès et des expositions appelé Tokyo Big Sight, situé dans la baie de la capitale.
Il a été trouvé inanimé jeudi en début d'après-midi et son décès a été confirmé une heure plus tard après son transport en urgence à l'hôpital. La cause de sa mort n'a pas été précisée par le comité organisateur des JO. Mais selon les médias, elle serait liée aux conditions climatiques accablantes actuellement à Tokyo où, à la température élevée, s'ajoute un taux d'humidité dans l'air de plus de 80%: une combinaison potentiellement mortelle pour les personnes fragiles ou effectuant un effort physique intense.
11 morts à Rio, aucun à Londres

Quelque 18.000 hospitalisations et 57 décès (de personnes âgées surtout) ont été déplorés au Japon la semaine dernière, à cause de coups de chaleur et insolations. Jusqu'à présent, au moins deux autres travailleurs sont morts sur les chantiers des JO de Tokyo depuis qu'ils ont commencé, dont un qui, à 23 ans, s'est suicidé en raison de longues heures de travail devenues insupportables.
Ce bilan provisoire est certes jugé moins dramatique que dans le cas des précédents Jeux d'été, à Rio en 2016, avec 11 ouvriers décédés, mais aucun n'avait péri à Londres en 2012.
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M16A HAYABUSA @M16A_hayabusa
最高の愛国心とは、貴方の国が不名誉で、悪辣で、馬鹿みたいな事をしている時に、それを言ってやる事だ

仙台駅前の朝市で花を買いました.仙石東北ラインで高城町で乗り換えです.しばらく待って仙石線で移動です.今日は父の命日なのでお墓参りです.駅で妹が待っていてくれました.お墓参りしてからサザエさんの大高森に登りました.プチ登山で汗だらだらになりましたが.
松島のホテルまで送ってもらいました.カキフライ定食をいただきました.このお店は津波で1.2m浸水したとのこと.それから瑞巌寺に足を向けました.以前来た時のことをかすかに覚えていました.
帰りにずんだスムージーとずんだソフト.
五大堂に向かいます.すかし橋は下が見えてちょっとコワいです.
松島観光物産館,そして松島さかな市場でお土産をみました.
副浦島につながる出会い橋は有料なので今日はパスです.
ホテルに戻っておススメ晩ご飯を聞いて,近くでメカブどんぶり・アナゴどんぶりをいただきました.阿部勘の金魚もいいです.ビンも素敵.

震災の行方不明者を捜索
東日本大震災と、東京電力福島第一原発の事故の発生から8年5か月となるのを前に、福島県内の沿岸部で9日、海の中と陸上で、いまも行方がわからない人たちの捜索が行われました。
警察と消防は9日、福島県内の沿岸部の6か所で捜索を行い、このうち、富岡町の富岡漁港周辺での捜索には47人が参加しました。
海に向かって1分間の黙とうをささげたあと、海の中で捜索を行う潜水士の班と砂浜で遺留品などを捜す班に分かれ、捜索が始まりました。
潜水士の警察官たちは、5人1組のチームが交代しながら、深さ3メートルほどの海底を捜索していました。
警察によりますと、福島県内では東日本大震災の津波などで1614人が犠牲になりました。
行方が分からなくなっている人は県内であわせて196人、このうち富岡町では5人にのぼっています。
海の中で捜索した南相馬市出身の小澤健人巡査部長は「もうすぐお盆で地元に帰ってくる人も多いと思います。その人たちの思いもくんで、ご遺族に1つでも何かを見つけて返せるようにひとりひとりが捜索にあたりました。行方不明者の最後の1人が発見されるまで責任感を持ち続けたいです」と話していました。


釜石 津波被害の施設が再建
東日本大震災で大きな被害を受けた釜石市の海岸に、津波で流されたレストハウスなどが再建され、観光施設としてオープンし、8日セレモニーが行われました。
新たな観光施設は震災後9年ぶりに8月、海開きが行われた根浜海岸に隣接して再建されました。
8日は記念式典が開かれおよそ100人が集まり、再建を祝いました。
この場所は「根浜シーサイド」と名付けられレストハウスやオートキャンプ場、それに芝が敷かれた多目的広場があり釜石市がおよそ8億円かけて整備しました。
このうちレストハウスは木造平屋建てで、多目的ホールや温水シャワー室、洗濯機やキッチンもあり、海水浴などを楽しんだ人たちが休憩場所として利用できます。
市によりますと、観光施設は8月22日から10月24日までは市内で開かれるラグビーワールドカップの運営にも活用されるということです。
地元住民で施設の管理人となる佐々木雄治さんは「8年前の惨状を思い返すと、こんな素晴らしい観光施設ができるとは夢にも思わなかった。多くの人が遊びに来て元気になってもらいたい」と話していました。


石巻旧門脇小どう保存 意見交換
震災遺構として一部を取り壊した上で保存することが決まっている石巻市の旧門脇小学校をめぐり、8日夜、市と住民との意見交換会が開かれました。
旧門脇小学校をめぐっては、石巻市が校舎の一部を取り壊した上で保存することを決め、9月にも着工することにしています。
一方、住民グループは建物を取り壊さず全体を保存すべきと市に要望していて、8日夜、石巻市の亀山市長も出席して意見交換会が開かれました。
この中で、住民からは「以前は、生活の立て直しで頭がいっぱいで保存のあり方まで考える余裕がなかった」とか、「もう一度立ち止まって、考える機会がほしい」などと、全体保存に向けて再検討を求める意見が相次ぎました。
これに対し、亀山市長は、「建物を見たくない人への配慮や将来の財政的な負担を考えると一部保存が望ましい。市議会でも承認を得ている」と述べ、改めて、予定通り着工する考えを示しました。
終了後、石巻市復興政策部の久保智光部長は「住民の心情は理解できるが、震災遺構については1つ1つ順序を追って決定している。立ち止まることなく進めたい」と述べました。
また、住民グループの本間英一さんは「私たちも誇れる震災遺構にしたい。着工までは諦めず、全体保存に向けた取り組みを続けたい」と話していました。


復興道路来年度全通 4県首長、交流拡大も期待
 東日本大震災の被災地で国が整備を進める復興道路と復興支援道路(計550キロ)が2020年度内に全線開通する見通しとなった8日、青森、岩手、宮城、福島4県の首長は地域再生をけん引する道路の完成を歓迎するとともに、防災や経済振興など幅広い分野での波及効果を期待した。
 「復興完遂への大きな道筋が示された」と強調したのは市全域が津波で甚大な被害を受けた気仙沼市の菅原茂市長。「早期完成を願ってきた。関係者の尽力が実を結んだ」と喜んだ。
 三陸沿岸道の北端となる八戸市の小林真市長は「多くの人の願いが実現される見通しとなったことは感慨無量だ」とし「人的、物的交流圏の拡大を、三陸沿岸の地方創生につなげたい」と意気込んだ。
 防災面での効果を期待する声も上がった。宮古市の山本正徳市長は「津波浸水区域を回避できる道路だ。災害時の輸送網としての効果も大きい」と歓迎。青森県の三村申吾知事は「緊急時のネットワークや地域間連携の強化などが望める」と期待を寄せた。
 東北沿岸を貫く道路網の整備に伴い、観光の広域化や物流の効率化が見込まれる。岩手県の達増拓也知事は「効果を最大限に活用し、産業振興に努めたい」とコメント。相馬市の立谷秀清市長は「交流人口の拡大につなげられるよう努力を重ねる」と誓った。
 東京電力福島第1原発事故の被害が残る福島県の内堀雅雄知事は「震災、原発事故からの復興と地域活性化への大きな弾みになる」との談話を出した。宮城県の村井嘉浩知事は「全線開通は産業をはじめ東北沿岸全体の振興に大きく寄与する」と強調。「各機関と連携し、さまざまな事業を進めていく」と力を込めた。


河北春秋
 東日本大震災からの復興を語る政治家はたくさんいる。心に響く発言はそう多くないが、「何が復興か、自分が語っちゃいけない。一人一人の中に復興がある」との自戒の言葉は記憶に残っている▼自民党衆院議員で元復興政務官の小泉進次郎氏(38)である。昨年の震災の日に合わせ、本紙の取材に応じた。津波で家族を失った岩手県大槌町のお年寄りに話が及ぶと言葉を詰まらせたという▼お年寄りは自宅を再建し、孫の遺骨を背負って比叡山へ供養に出掛けた。帰宅し遺骨を仏壇に据えて湯船に漬かり「これで復興した」と実感したと小泉氏に明かした。「まさかね。それが復興なのかと思った」。話す目から涙が流れた。軽々しく復興は語れないとの自戒につながる▼被災地に何度も足を運び「東北は政治家として大事な原点を教えてくれた」と語る。当選4回で、父は純一郎元首相。国民的な人気があり「将来の首相候補」と目される。7月の参院選で各地の応援に引っ張りだこだった▼小泉氏がフリーアナウンサーの滝川クリステルさん(41)との結婚を明らかにした。私事の公表が首相官邸だったことに疑問がないわけではないが、めでたいことには違いない。伴侶を得て政治家として幅を広げ、これからも被災地の応援団でいてもらいたい。

復興庁一転存続/防災強化の議論が足りない
 復興を完遂させるという目的においては、意義ある判断として受け止めたい。ただ、この1年余りの議論は何だったのかという疑問は残る。
 自民党は2020年度末で設置期限を迎える復興庁について、後継組織の検討を取りやめ、一転して存続させることを決めた。
 東京電力福島第1原発事故に伴う避難者の帰還を促進させることを柱に、21年4月以降も首相の直轄組織として継続する。引き続き専任閣僚を配置し、被災地の多様な課題に対応する機能を保つ。
 与党は存続理由として、東日本大震災で被災した自治体から現体制の維持を望む声が強かったことを挙げる。
 復興庁の継続に合わせて、政治に注文しておきたい。永田町にはびこる震災の風化を一掃することだ。
 「(震災が)まだ東北で良かった」「復興より大事なのは議員」。閣僚から被災地を軽んじる心ない発言が相次いだことは記憶に新しい。
 安倍晋三首相が事あるごとに「政府一丸となって復興を成し遂げるまで全力を尽くす」と強調するまでもない。復興は途上であることを全ての政治家が再認識すべきだ。
 後継組織の検討の俎上(そじょう)には重要課題が浮上していた。全国知事会が1年前に創設を求めた「防災省」構想だ。
 防災・減災の社会づくりから復旧・復興までを一貫して担う組織を指す。背景には昨年7月の西日本豪雨など大規模災害の頻発をはじめ、予想される南海トラフ巨大地震や首都直下型地震に備えた防災体制への危機感がある。
 こうした主張は与党内にもあった。昨年9月の自民党総裁選では石破茂元幹事長が首相との論戦で提唱。公明党の山口那津男代表も防災分野も担う組織形態に言及したが、政府の動きは鈍かった。首相が構想に否定的だったことと無縁ではあるまい。
 結局、「防災省」の本格検討はなく、今年春には与党主導で復興庁を存続させる流れが水面下で固まった。防災強化に関わる議論は、強制的に打ち切られる形になった。
 7月の参院選前に存続を示さなかったのは、争点化を避ける狙いだったという。予算の財源確保や人員体制見直しといった課題が浮き彫りになることを懸念したようだ。打算的な姿勢と言わざるを得ない。釈然としない思いを抱く有権者は多いのではないか。
 岩手、宮城、福島3県では8〜11月、首長選や議員選が集中する。震災時の特例法で延期された選挙で、参院選で切り捨てられた争点を論じる好機だ。復興庁の存続期間や政策の方向性はもちろん、国の防災体制の不備についても主張を戦わせてほしい。
 復興庁の看板が残ることに甘んじ、政策立案がおざなりになっては本末転倒だ。「閣僚全員が復興相」という政権の方針は、一段と重みを増したと肝に銘じるべきだろう。


福島第2廃炉 原発政策見直す契機に
 東京電力が福島第2原発の全4基の廃炉を正式に決めた。
 過酷事故を起こした福島第1原発の6基と合わせ、計10基の廃炉作業を同時並行で行うのは世界的にも例をみない。
 作業完了まで40年超かかると見込まれており、福島の復興への道のりは遠い。東電は安全かつ着実に作業を進め、地元の将来不安を払拭(ふっしょく)しなければならない。
 廃炉が決まった日本の原発はこれで24基となる。政府は再稼働ありきの原発政策を見直し、「廃炉時代」に合わせた技術開発や人材育成へと移行すべきだ。
 福島県は早くから県内の全原発を廃炉にするよう求めてきた。
 第1原発の事故から8年余りたった今も県内外で約4万2千人が避難生活を続けている。被災地として当然の要求であり、今回の決定はあまりに遅すぎた。
 東電の決断に時間がかかったのは、コスト負担の大きい廃炉を避け、再稼働による収益確保の可能性を探ろうとしたからだろう。
 未曽有の大事故を起こした責任や住民感情を考えれば、認められるはずがない。
 こうした東電の発想は、日本の原発政策が撤退を考慮してこなかったことを反映している。
 廃炉を進めるには数多くのハードルを乗り越える必要がある。その一つが人材の確保だ。
 すでに第1原発では1日当たり4200人が廃炉に従事し、燃料デブリ取り出しなど困難な作業に取り組んでいる。
 そこに第2原発の作業が重なる。危険の伴う作業であり、相応の知識と技術を持つ人材が長期にわたってそろうのか不安が残る。
 使用済み核燃料の行き先も不明瞭だ。東電は第2原発の敷地内に貯蔵施設を新設。燃料を金属容器に収納して空冷する乾式貯蔵によって管理する方針だ。
 東電は廃炉完了までに全てを県外に搬出すると地元に説明しているが、そもそも最終的な処分地のめどは全く立っていない。原子炉解体に伴って出る約5万トンの放射性物質の処分方法も不明確だ。
 これらは福島だけの問題ではない。原則40年の運転期間が迫り、廃炉を選択する原発が今後、各地で増えることが予想される。
 なのに、政府が原発を「基幹電源」と位置付け、再稼働を前提とした政策を変えないのは疑問だ。
 電力各社が廃炉の長期戦にしっかり取り組めるように人、技術、資金を支え、廃棄物の処分のあり方を定めることが求められる。


社会保障 将来像の議論始めよ
 安倍晋三首相は参院選結果を受けて憲法論議を進めることを表明した。それが民意と言うが、疑問だ。むしろ政府や国会が議論すべきは暮らしを支える社会保障の立て直しではないのか。
 首相は参院選後の会見で憲法論議について「少なくとも議論は行うべきだ。それが国民の審判だ」と強調した。
 確かに首相は選挙戦で憲法論議の是非を争点に掲げ、自民、公明両党が改選過半数を獲得した。だが、自民党だけを見れば改選議席数を減らしている。
 選挙結果を受けた共同通信の世論調査では安倍政権下での改憲に「反対」は56・0%になる。逆に、政権が優先的に取り組むべき課題(二つまで)は「年金・医療・介護」が48・5%だった。
 やはり議論すべきは将来の社会保障制度のあり方ではないのか。
 選挙戦では、首相は消費税率の引き上げは訴えたが、制度が置かれている厳しい現状について誠実に語りかけたとは言い難い。
 野党も年金問題の争点化を狙ったが、論戦は上滑りして深まらなかった。国民から見ると将来の生活への不安が解消されていない。
 八月に公表された二〇一七年度の医療や介護、年金などの社会保障給付費は百二十兆円を超えた。今後、政府内では膨らむ費用を抑える制度の見直し議論が始まる。
 年金は財政検証結果が近く公表され、給付の実質水準が低下する見通しが出る。政府は給付の充実策と合わせ丁寧に説明すべきだ。
 介護保険はケアプラン作成費の利用者負担導入、医療保険は七十五歳以上の患者の窓口負担の一割から二割への引き上げなどが検討されそうだ。
 これら給付減や負担増、社会保障の財源となる消費税率の引き上げは、団塊世代が七十五歳以上となり医療・介護のニーズが高まる二五年に対応するものだ。
 さらに高齢者数がピークに近づく四〇年問題が待ち受ける。それを乗り越えるための議論を始めねば対応が間に合わなくなる。痛みを伴う改革を先送りしたままでは制度を支える将来世代への責任を果たすことにならない。
 与党からは新たな会議の設置を求める声が上がり始めた。政府はどんな考え方で制度を立て直すのか、給付と負担のバランスをどうとるのかなどの将来像を決める議論の場をつくるべきだ。
 国会も責任がある。与野党には危機感を共有し知恵を出し合う努力を求めたい。


長崎原爆の日 被爆継承は人類の責務だ
 「あの忘れ得ない劫火(ごうか)の日に受けた破壊のしるしを、今なお身に負っている皆さんの生きざまそのものが、最も説得力のある生きた平和アピールなのです」
 38年前、このメッセージに心を揺さぶられ、封印していた被爆体験を語り始めた人たちがいた。
 きょう8月9日は、長崎原爆の日。来年迎える被爆から75年という節目を前に、体験の記憶を後世に伝える、いわゆる「被爆の継承」について改めて考えたい。
 ■「忘れてはいけない」
 夏の青空に周囲の山々の緑が映える長崎市の「恵の丘長崎原爆ホーム」。1981年2月26日は大雪で、一面の銀世界だったことを現在の別館施設長のシスター、赤窄(あかさこ)ゆみ子さん(64)は覚えている。その日、初来日していたローマ法王ヨハネ・パウロ2世がホームを訪問。入所者たちに語り掛けたのが冒頭の言葉である。
 施設側はかねて被爆体験継承の必要性を認識していたが、入所者の多くは口を閉ざしていた。8月になると必ず体調を崩す人も少なからずいた。「いかに原爆の体験がすさまじいもので、口にもできない、その表れなのかと思っていました」と赤窄さんは振り返る。
 ところが法王の訪問後、施設側が体験記編さんへの協力を呼び掛けたところ、多くの人が自らペンを取ったり職員による聞き取りに応じてくれたりして、翌年、原爆体験記の第1集が発行された。
 原爆に妹と弟を奪われた卯野ノブ子さんは、「十三歳の夏の日」と題して「あの惨事は、一日も早く忘れてしまいたいことです。でも(略)忘れてはいけない、多くの人に話し、訴え続けなければいけない」との思いを刻んだ。
 その卯野さんも今年87歳を迎えた。法王の言葉を別館3階ホールで聞いた約100人の被爆者は、卯野さんら数人を除き、既に他界した。「被爆者のいない時代」が静かに迫り来る現実を映し出す。
 全国で被爆者健康手帳を持つ人は2018年度末時点で約14万5千人。平均年齢は82歳を超え同年度中に9162人が亡くなった。
 ■「つなぎ目」なしには
 被爆者たちは、あの巨大なきのこ雲の下で起きたこと、飛び散った放射能がもたらした今なお続く苦しみの実相を語り、時に傷ついたままの身をさらして、「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」と叫び続けてきた。まさに被爆者たちの地道な「生きた平和アピール」が、核戦争の最大の抑止力となって今に至るのは間違いない。
 被爆の継承こそが核廃絶の根底をなすと確信する被爆地は、未来につなぐ手だてを模索し続ける。
 被爆体験を「受け継ぎたい人」が「託したい人」から聞き取って語り継いでいく事業も、その一環である。14年度に長崎市で始まった。長崎大3年の坂本薫さん(20)は今春、丸田和男さん(87)の体験継承者として本格的な活動を始めた。彼女の場合、県外学生が核に無関心なことに危うさを感じたのがきっかけだったという。
 丸田さんは原爆ホームの卯野さんと同じ13歳で被爆し、母親と旧制県立瓊浦中1年の同級生114人を失った。坂本さんは長崎商高の美術部員が制作した紙芝居を使い約30分、全身全霊を傾けて語る。「ピカッ」のひと言には聞く者の肌をあわ立たせる響きがある。
 「被爆者の方の体験を直接聞ける私たちの世代が、後世とのつなぎ目だと思う。私たちが頑張らないと、つながっていかない」。若い世代が語り継がなければ、継承の道は途絶えてしまうのである。
 ■消えぬ怒りと悲しみ
 「人類は広島、長崎から何も学んでいない」。11月にパウロ2世以来の来日が予定されるローマ法王フランシスコは、核軍縮が後退する現状について、こう口にすると伝えられる。法王のいるバチカン市国は核兵器禁止条約を最初に批准した3カ国の一つでもある。
 原爆投下は広島、長崎だけに起きたことではなく、人類全体に起きたことなのだと認識し、世界の人々、とりわけ若者が自らの問題と考えれば、核兵器禁止への賛同の輪は広がっていくに違いない。
 丸田さんが失った同級生の一人、谷崎昭治さんは、原爆の悲惨さを象徴的に世界に伝えてきた写真「黒焦げの少年」に写った人物とされる。自身も語り部を続ける丸田さんは「残された時間をあの日の記憶の継承に尽くすことが、罪もなく犠牲となった学友たちへの最大の供養になる」と信じる。
 丸田さんが74年たっても消えぬと言う怒りと悲しみ。その継承を被爆地だけに課してはなるまい。それは人類の責務である。


長崎原爆の落下中心地で「人間の鎖」 核廃絶求め、高校生平和大使ら150人が集会
 長崎市松山町の爆心地公園では9日早朝、国連に核兵器廃絶を求めて署名を届けている「高校生平和大使」など国内外の高校生ら約150人が集会を開いた。参加者は、原爆落下中心地碑を囲んで手をつなぐ「人間の鎖」で核兵器廃絶への思いを表した。
 参加者は、中心地碑に献花、黙とうして、原爆で犠牲になった人たちを悼んだ。集会の終わりには、代表者が「自覚を持って被爆者の思いを伝えよう」などと呼びかけた。
 韓国やハワイなどの高校生も参加。フィリピンから参加したフィリップ・ジャスパーさん(17)は「これまで家族や学校の友人など身近な人と平和について考えてきた。これからは日本の皆さんとも一緒に行動を起こしたい」と話した。
 高校生平和大使として活動する広島大付属高2年、松田小春さん(16)は「人間らしく死を迎えることができなかった被爆者たちの思いを今後も伝えていきたい」と話した。【中山敦貴】


有志連合 外交努力で緊張緩和を
> 米国が、中東ホルムズ海峡を航行する民間船舶の安全を守る有志連合結成に向けて日本の参加を要請している。
 新たに就任したエスパー国防長官が来日し、岩屋毅防衛相と会談した。改めて協力を強く求める狙いだったのだろう。
 日本政府は慎重な姿勢を崩していない。岩屋氏も「総合的に判断したい」と述べるにとどめた。当然の判断だろう。
 そもそも参加するのかしないのか、仮に参加するのなら何をすべきなのかも判然としていない。時間をかけた議論が欠かせない。
 米国が有志連合を結成する構想を表明したのは7月上旬のこと。月内を期限として参加を求めていたが、各国の反応は鈍い。焦りもあるのではないか。
 当初の構想では、各国が自国の民間船舶の護衛や警戒に当たり、米軍は主に指揮統制や監視を担うものだった。ところが、1カ月近くたっても、組織や運営方法などの具体像は、いまひとつはっきりしない。
 有志連合に自衛隊を派遣することになれば、日本の安全保障政策の根幹に関わる問題である。あくまで「専守防衛」の組織である。派遣するにしても明確な法的根拠が必要になる。
 違憲の疑いがありながらも、集団的自衛権の一部を認めた安全保障関連法でさえ、適用するには日本の「存立危機」の事態であることが前提になる。ホルムズ海峡の現状がそうした危機に当たるというのは無理がある。
 政府は、単独での自衛隊法に基づく「海上警備行動」や、ソマリア沖に護衛艦を送っている「海賊対処法」での対応を検討しているという。だが後方支援を含め、どの法律でも現地での活動は大きく制約される。
 現行法では、自衛隊の参加は難しいのが実情だ。有志連合の運用があいまいなままではなおさらだろう。
 有志連合に対する国際社会の対応も慎重である。ドイツは不参加を表明し、海上保護ではフランスなどと連携する構えだ。これまでに参加を表明しているのは、欧州連合(EU)から離脱を目指すジョンソン首相が就任した英国くらいだ。
 そもそも緊張を招いた原因が米国の側にあるというのが要因だろう。昨年5月に、核合意から一方的に離脱し、経済制裁を復活させたのはトランプ大統領である。深刻な影響を受けているイランが対決姿勢を強め、緊張は高まる一方だ。
 ことし6月に日本のタンカーがホルムズ海峡付近で攻撃を受けた。トランプ大統領は、イランからの攻撃と決め付け、日本などを名指しし、自国の船は自国で守るべきだと強く主張した。海峡が不安定になる種を自らまいて、安全はそれぞれで守れというのも、随分と勝手な理屈である。
 ホルムズ海峡は、日本にとってエネルギー供給の「生命線」である。中東から輸入する原油の9割近くが通過する。そのタンカーなどの安全確保は極めて重要だ。
 だが有志連合に参加すれば、かえって海峡の緊張を高める懸念が強く、日本が長年かけて築いたイランとの友好関係も壊しかねない。
 まずは緊張緩和が重要である。そのために求められているのは何よりも外交努力である。


米主導の有志連合 中立的姿勢貫くべきだ
 米国が中東・イラン沖ホルムズ海峡での航行の安全確保を目指す有志連合構想への参加を、日本に求めた。来日したエスパー米国防長官が「日本は参加を強く検討すべきだ」との考えを示し、岩屋毅防衛相に協力を訴えた。
 米国に同調する国を増やし、対立関係にあるイランへの包囲網を形成する狙いが明らかだ。日本にとってイランは中東の友好国の一つであり、米国からの求めに応じれば、その信頼関係が根底から崩れてしまいかねない。米国かイランかの二者択一を迫るような要求に安易に乗ることなく、中立的な姿勢を貫くべきである。
 ホルムズ海峡付近では、日本の海運会社が運航するタンカーが攻撃を受けるなど、各国の船舶が危険にさらされる事件が相次いだ。これを踏まえ、トランプ政権が先月、有志連合構想を打ち出した。同盟国や友好国60カ国以上に呼び掛け、警戒監視に必要な艦船などの派遣や資金拠出を求めている。
 だが今のところ、参加を表明したのは英国のみだ。他の国はおおむね様子見しているとみられる。ドイツは米国の対イラン政策を「圧力一辺倒だ」と批判し、不参加を表明している。
 日本はこれまでのところ、イランとの友好関係を踏まえて参加には慎重な姿勢だ。妥当な判断だろう。イランから約2200キロ以上離れるイエメン沖に自衛隊を独自派遣する案が浮上しているようだが、何のためなのか。いずれにせよ、対立をあおるかのようなトランプ氏のペースに巻き込まれないよう注意して対応する必要がある。
 そもそも米国とイランの対立を深めた原因はトランプ氏にある。昨年5月に米欧など6カ国とイランによる核合意の枠組みから一方的に離脱し、イラン産原油の禁輸など、さまざまな経済制裁を行った。これに対しイランは対抗措置として先月、核合意に定められた限度を超すウラン濃縮に踏み切った。事態をこれ以上エスカレートさせてはならない。
 日本のタンカーへの攻撃について、トランプ氏は即座にイランの仕業と断定したが、その証拠はなく、イラン側の反発を呼ぶ結果となった。一方的な見方、短絡的な言動は解決につながらず、事態を一層混乱させる。米国主導の有志連合の艦船が現地でタンカーなどの警護に当たった場合、イラン艦船との偶発的な衝突が発生しないとは言い切れない。
 日本は原油の大半を中東から輸入しており、ホルムズ海峡は生命線といえる。だからこそ慎重な姿勢が求められる。トランプ氏の意向に沿う形で行動することは誤解を招く。船舶の航行の安全確保のため、何が必要なのかを真剣に探るべきだ。有志連合構想とは一線を画し、双方に対話を促す平和的外交を地道に重ねることによって緊張緩和を図りたい。


有志連合構想 加わる理由どこにもない
 もはや目的さえ定かでなくなっている。
 エスパー米国防長官が来日し、安倍晋三首相、岩屋毅防衛相と会談した。米国が提唱する有志連合に日本も参加するよう改めて求めている。
 岩屋氏は「政府全体として総合的に判断したい」と答えるにとどめた。当然だ。積極的に参加する理由はどこにもない。
 中東ホルムズ海峡付近で6月、日本と台湾のタンカーが攻撃されたのを受け、トランプ政権は、民間船舶を守るための有志連合構想を打ち出した。
 船舶の警護とした目的は、イランとの対立色を薄める狙いから海域の監視に変わった。60カ国以上に参加を呼びかけたが、英国を除き各国の反応は鈍い。
 ここにきて米政権は、艦船や航空機の派遣に限らず、監視要員の派遣、資金提供でもかまわないと参加条件を下げてきた。安全確保という実より、イラン包囲網の構築を急ぎたい政治的意図と焦りがあらわになっている。
 トランプ大統領は「なぜ米国は何も受け取らないのに(海域を)警備しているのか」と不満を漏らす。説得力はない。
 ロウハニ政権は「海峡の船舶の安全運航にイランは責任を負っている」と繰り返し述べている。親イランの武装勢力も活動する地域に敵対する米国が「仲間」を連れて現れれば、より緊張を高め、武力衝突を招きかねない。
 そもそもイラン核合意から一方的に離脱し、経済制裁を復活させて事態を悪化させた責任は米国にある。いまになって「安全のために公平負担を」と、協調を訴えるのは身勝手だろう。対イラン政策で同調するイスラエル、アラブ首長国連邦でさえ、連合参加に明確な返事をしていない。
 日本の政府与党内には、独自の対応策を探る動きがある。連合とは別に自衛隊を派遣する案も取り沙汰される。法的根拠がない派遣は認められない。海運業界からの要望があるわけでもない。
 イランに求められるのは「信用できない米国との対話には応じられない」とする姿勢の軟化だ。核合意についても完全履行に戻す必要がある。説得する役目を日本は果たしてほしい。安倍政権は、緊張緩和に向けた外交努力優先の立場を維持すべきだ。
 トランプ大統領や閣僚との会談の機会を持ちながら、なぜイランとの対話を強く促さないのか。日本の外交力が問われている―との識者の指摘を、政府は重く受け止めなければならない。


室井佑月も恐怖 望月衣塑子記者が語った菅官房長官の裏の顔! 圧力を批判されても「俺はあいつが嫌いなんだ」
 室井佑月の連載対談「アベを倒したい!」、今回のゲストは、菅義偉官房長官の会見で孤軍奮闘を続ける東京新聞・望月衣塑子記者。前編では、そのも望月記者から、メディアや記者クラブの予想以上の政権忖度の実態を聞いて、激怒した室井だったが、後半はさらに踏み込み、話はどんどん具体的になっていく。
 菅官房長官の嫌がらせやメディア支配のやり口、オフレコ懇談会のシステム、マスコミのなかにもある男女差別の問題、そして忖度が生まれる構造の分析まで……。いまのメディアでジャーナリズムの責務を真っ当に果たそうとしている女性がどんな状況に置かれているのか、最後まで読んで、その現実をぜひリアルに知ってほしい。(編集部)
●望月衣塑子が菅官房長官の会見に出て、質問を続けている理由
室井 望月さんの話を聞いてると、つくづく恐ろしくなるけど、でもそんな状況なのに記者クラブの人って、質問をしないでパソコンに向かってひたすらカタカタやっているんでしょ。質問しないのって記者としての誇り、能力がないじゃない。記者は質問して、納得できるまで食い下がるのが仕事でしょ。質問しないで菅さんの話を垂れ流すだけだったら子どもにでもできる。しかも同業なわけじゃん? 誇りがあるなら味方しろ! 記者クラブって本来、国民の知る権利を代弁する制度だし、もし同業他社でも権力から知る権利を奪われそうになったら、タッグ組んで「妨害はやめろ」「きちんと質問に答えろ」ってやるのが役目なんじゃないの? でも、日本はそうじゃない。逆にバッシングをするって本当におかしい。しかも、権力の批判や監視をするのが新聞やジャーナリズムの役割なんだから、権力者とお友だちになってどうする! 緊張関係が必要なのに、そうじゃない。いまの記者クラブはスクープがあったとき、1社に抜かれるのが怖いからというだけのために存在してるのかと思っちゃう。それに菅さんって、記者やテレビコメンテーター、芸能人なんかと、けっこう頻繁にご飯食べてるらしいし、人たらしなんでしょ。そんな菅さんに記者はひれ伏している。安倍政権がこんな長く続いているのも、逆に言えばそのキーパーソンは菅さんってことじゃないかと思うんです。
望月 そうですね。政権存続のため、裏で彼がメディアや官僚、政治家、企業の人たちと何をやっているのかを見ることは大切なことだと思います。一連の公文書改ざん問題や森友加計問題の発言のひとつひとつを見ていると、その背後に必ず菅さんの存在がある。今回の私に対する質問妨害もそう。最初は、内閣府の長谷川榮一氏(総理補佐官兼内閣広報官)から抗議文が来たけど、もちろん菅さんなんですよね。しかも、妨害行為が国会で問題視されて、周囲から「さすがにやめたほうがいい」と言っても、菅さんは「俺はあいつが嫌いなんだ!」って全然聞く耳を持たなかったと聞いています。そういう意味で、良くも悪くも裸の王様というか、自分の思ったことは何がなんでもやる。そうした菅さんら官邸の姿勢が公文書改ざんの問題の根底にある。その危うさを感じるからこそ、会見に出て質問しているのですが。
室井 さすが“影の総理大臣”と言われるだけある。でも、裏を返せば、そんな権力の中枢に望月さんは恐れられているってことでしょ。
望月 まあ、目障りなんでしょう(笑)。それまで菅さんは突っ込んだ質問をさせない土壌をつくり、記者もそれなりに従っているふうを装ってきた。そこに私が来て。
菅官房長官がオフ懇の前に行う“儀式”を聞いて室井が「ひゃぁー怖っ」
望月 菅さんの会見では事前通告が現在、慣例化しているとも聞きます。匿名のアンケートにも「事前通告せずに質問したら官邸側から怒られた」とありました。菅さん側から「事前に質問は全部投げてほしい」と言われると、現在のパワーバランスのなかでは、記者もそれに従わざるを得ないのでしょう。先進国や外国人特派員協会のなかではあり得ない状況です。さらに会見が終わると、裏で番記者とオフレコ懇をやります。
室井 公の会見では記者は質問しない、菅さんは言いたいことだけ言う。なのにその裏でオフ懇をするってどういう了見なの。望月さんが菅会見に出るようになってから、オフ懇を拒否するようなこともあったんでしょ? やっても望月さんの悪口を吹き込むって聞いたことある。他の記者に望月さんを批判して、“おまえらどうにかしろ!”って。なんて姑息なんだ。自分たちに都合の悪い質問をする望月さんを排除するって。でも、それが安倍政権の本質でもあると思う。
望月 政府見解が必要なところは、それなりに毎回、記者は聞いています。でも、官邸がクラブに貼り出した私についての抗議文について質問した記者にある官邸の記者が、こう言ったそうです。「これは、国民の知る権利を守るのか、それとも我々記者クラブの知る権利を守るのか、この闘いだ。バランスもっと考えてね」って。
室井 それって菅さんからの“伝言警告”ってことでしょ。番記者はジャーナリストじゃなくて伝書鳩だったのか!
望月 オフ懇に関しては、新聞労連の新聞研究部がここ2年以内で官邸にいた記者を対象におこなった匿名アンケートでこんな指摘もありました。菅さんへのオフ懇や夜回りに来る記者が携帯電話やICレコーダーを事前に回収袋に入れると。これはオフ懇の内容が週刊誌で報じられたことがあって、菅さんが激怒したため、その予防策として、つまり記者が菅さんに忠誠を誓う“儀式”として行われていたということのようです。その後、雑誌やネットでこの事が公にされてから、その儀式は止めたようですが。
室井 ひゃぁー怖っ。菅さんも怖いけど、それに忠誠を誓う記者も恐ろしい。
望月 会見では質問以外にもいろいろなことがわかるんです。たとえば私の質問中、菅さんがある記者によく目配せしてるんです。その記者は野党時代から菅番をやっていて、安心できるから彼に毎度、相槌を求めているのでしょう。菅さんの会見での精神安定剤なんだなと。彼がいないと気持ちが安心できないのか、目が泳いでいるように見えます。そんな一面も垣間見れる。テレビ朝日の松原(文枝・前経済部長)さんに関しても『報ステ』で安倍政権批判をしていた時代、菅さんは「あいつ(松原さん)と食事できないかな」って周りに聞いていたらしい。でも、彼女の性格を知っている周りから、「食事しても変わらないですよ」と言われて止めたとか。そうやってまめな会食を重ね、常に現場の記者やメディア幹部を取り込んで来たのでしょう。親しくなり、自分を好いてくれれば、今後の報道も含めて、将来、心強いですからね。
望月衣塑子や室井佑月に向けられる批判の裏に「女のくせに」という差別
室井 でも、話を聞いていて思ったのが、菅さんや同業の記者が望月さんを批判するのは、女性だからという面もあるんじゃない? やっぱ男社会だし、出る杭は打たれる国だから、女性で目立つと嫉妬やバッシングが起きやすいと思う。Twitterで、私や望月さんを攻撃している人がいっぱいいて、ちょっと興味があるから調べたら、他にもすごく女の人を狙って罵詈雑言を繰り返している人だったりする。「ババアが」とかね。仕事をしていると、「女が意見を言うな」って感じの悪口もすごく多いし、そういうのってすごく感じる。女性差別もあるんじゃないかって主張すると、今度は「おまえ、自分が女だと思ってたのか」なんてことまで言われたことも。望月さんを叩いている人たちって、「女のくせに」って意識があるのは否めなくない?
望月 そうですね。それは私だけではなく政治家にも当てはまるかもしれません。稲田朋美さん、辻元清美さん、そして蓮舫さんなんかもそうだけど、与野党や政治的信念に関係なく、女性の政治家へのバッシングは男性の政治家のそれとは明らかに違う。セクシュアリティへの言及、ツッコミをしますよね。マスコミでもやはり男尊女卑の風潮も感じます。女性記者は、政治家の会見に出ている記者がそもそも少ないし、あまり積極的に質問しているように見えない。とくに#MeToo、#WeToo運動があったとき、女性記者がもっともっと政府や麻生太郎財務大臣に突っ込んで聞いてもいいと思いました。がんばって聞いている女性記者もいましたが、全体としておとなしく見えました。アメリカだったら、麻生大臣は総攻撃にあうし、「はめられたんじゃないのか」と同じ発言をしていたら辞任に追い込まれていたのではとも思います。
室井 たとえば片山さつきさんを批判するとき、主張について意見を言うのは当然だけど、そこに「ブサイクが」とか「変な髪型しやがって」とかって言うのはおかしいよね。でも悲しいかな、権力を持っている男にひれ伏し出世しようとする女性がいることも確かなんだけどね。「恥知らず!」なんて恐ろしい言葉で安倍さんを擁護する三原じゅん子さんとか、大臣就任の挨拶で「私はみなさんの妹」ですと自己紹介しちゃう丸川珠代さんとかもいる。難しいね。女性は団結しないといけないと思うんだけど。
三原じゅん子、NHK岩田明子はなぜ安倍首相に心酔するのか
室井 三原さんはすっかり安倍さんに洗脳されているけど、昔からずるい人じゃないのよ。タレントのときから。だってハッピハッピー(元アニマル梯団のコアラ)と離婚したとき、番組で一緒になって。わたしが「こんな男いいじゃん、いらないじゃん」って言ったら、すぐに泣いちゃって。だからいますごく信じているのが安倍さんってことなんじゃないかな。純粋だから。でもそれが一番怖いと思っちゃう。信じ込んじゃうことが。
望月 三原さんは、かつては石破茂議員支持だったと聞きますが、彼女も菅さんとの会食後、安倍さんに寝返ったとか。「菅氏に副大臣とか政務官のポストをぶら下げられたのではないか」と聞きました。NHKの岩田明子記者は、安倍さんに心底心酔しているとも聞きます。そうでもないと、あそこまであからさまに安倍さんを持ち上げられないかなとは思いますが。
室井 安倍さんがイランを訪問したときも、安倍さんの成果を盛んに強調していたけど、なんだかクラクラしたけど、最近は逆の意味で岩田解説が楽しみになって(笑)。でも岩田さんって、安倍さんと近しい関係ということでNHK内ですごい力を持っちゃって。こういうやり方見てると、やはり女性同士ってだけで団結って難しいのかなって思っちゃう。
室井佑月が望月衣塑子の民主主義を守る覚悟に感動、共闘を宣言!
室井 もっと女同士が味方すればいいのに、なかなかそうはならない。新聞社とかテレビ局って大企業でもあるけど、男女差別はあるし、女性はそれを絶対、感じてたりするのに。そんななかで望月さんが問題意識を持ち続けられるのはなぜ? 原動力ってどんなこと?
望月 たとえば社会部の私が菅さんの会見に出ても、政治部から文句を言われることはないです。彼らには、菅さんの秘書官や他社の記者からはいろいろ言われて、迷惑をかけているはずなのに、本当に有り難いなと思っています。それに、会社にFAXや電話の投書で応援メッセージが来るんです。いまの政権はおかしいと思っている人たち、安倍さんのやり方に怒ったり疑問に思っている人がたくさんいる。そういう声を知れば、記者として疑問に思ったことを会見に出て質問するしかない。国民の知る権利に応えなくちゃならないと思うんです。そして社としてもバックアップしてくれる土壌がある。アベノミクスも公文書改ざんも、沖縄の問題も、いまの日本はおかしなことばかりです。そんななか、私たちメディアが声をあげ、報道ができなくなったら、情報がシャットアウトされて伝わらなくなる。そうなったときに何が起こるのか。民主主義は明らかに後退していく。そんな危機感があります。そして、東京新聞の読者の方々もその問題意識を共有してくれている。だから続けられるのかな。
室井 でも、本当は望月さんの言っていることって、そういう記者の当然の問題意識を安倍政権によって崩壊させられた。その罪は重いと思う。
望月 官邸クラブにいる記者はじめ、他のさまざまな現場にいる記者でも苦しんでいる人は多いと思います。そのなかでもそれぞれが、皆できる範囲のなかでがんばっている。権力に向かってものを言おうと、立ち上がろうとしてる人たちもいる。そんな同じ思いでやっている人がいて、読者が支えてくれる。それが原動力かな。
室井 立派だと思う。これからも応援する。すぐにバッシングされる同士、女性同士、今後も仲良く闘おうね!


なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”
 【特集「慰安婦」問題を考える】第1回では、「慰安婦」問題について国際的に非難されているポイントや日韓対立の本質に迫った。第2回では、「慰安婦」問題の“加害者”である日本軍兵士に目を向けてみたい。家族のためにと戦地に赴き、時間があれば親やきょうだいに向けて手紙を書いていた“善良な市民”である彼らは、なぜ慰安所に並び、敵地で女性をレイプしたのか? 慰安所に並んだ兵士と、並ばなかった兵士の分岐点は何か。『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店)の編著者の一人で、同書の中で「兵士と男性性」を記した女性史・ジェンダー研究家の平井和子氏に話を聞いた。
――平井さんは大学で講義をされていますが、「慰安婦」問題の受け止め方にジェンダー差はありますか?
平井和子氏(以下、平井氏) 私が初めて大学で「慰安婦」問題 について話をしたのは、1991年に金学順さんが「慰安婦」だったと名乗り出て運動の機運が上がった90年代、静岡大学でのことでした。40人ほどの教室に入った途端にびっくりしたんですけれども、いつもはごちゃごちゃに座っているのに、その時だけは男女でくっきり分かれて座っていたのです。学生も緊張していたんでしょうね。慰安所の実態について話していくうちに、女子学生は身を乗り出して「女性への人権侵害だ」という怒りを示すんです。男子学生は、兵士と自分自身に重なる思いがあるのでしょうか、身の置き場がないという感じで、どんどん小さくなっていく。途中から、私も男子学生を責めているわけではないのに、何か申し訳ないような気分になって、女子学生側の方ばかり向いて講義をしたという忘れられない思い出があります。でもそれは、素直な愛すべき学生たちだったと思うんです。
――というのは?
平井氏 2010年代に入ってくると、自分の中にある男性性と切り離し、「戦争のせいだ」「今はもう徴兵制がないし、想像ができない」という男子学生も増えてきます。戦後60年、70年経つと、「慰安婦」問題は過去の歴史の一項目になってしまう。一方、女子学生は、変わりなく自分の痛みのように受け止めています。時代によって学生の受け止め方は変化し、性別でも違うなぁと思います。
――私自身、90年代後半に大学生活を送っていましたが、周囲の男子学生が『新・ゴーマニズム宣言』(小林よしのり、※1)を読んで「慰安婦」をおとしめたり、今でいう歴史修正主義的な発言が聞こえ始めたりと、大きなうねりが生まれつつある時代でした。なにがそういった流れの要因だと思われますか?
平井氏 男女共同参画やフェミニズムへのバックラッシュが始まった時代ですね(※2)。バブル崩壊後の経済の低成長によって、男性にも非正規雇用や格差が広がりました。そのような中、従来の男性としての特権が崩れることに対して漠然とした「不安・怒り・抑うつ」などが累積して、被害者として名乗り出た女性たちをバッシングする、いわば過剰防衛のような現象ではないでしょうか。女性専用車両に対して「男性差別だ」と逆襲してくる男性がいるでしょう? それと根はつながっているような気がします。あるいは、小林よしのりさんの「慰安婦」バッシングにも感じるのですが、“レイプ被害女性には、恥じ入って永遠に口を閉ざしていてほしい”という男性中心的な「願望」の裏返しかも。
――そういった“怒り”を強めると、「慰安婦」問題否定派や右派の意見に流されてしまう可能性が高いのではないでしょうか?
平井氏 はい。新自由主義の競争社会の中で、孤立感や帰属意識の希薄化が進んで、保守派が唱える家族・郷土・国家などの共同体幻想へ飛びつきたくなるのでしょう。「あの戦争は祖国防衛のために悪くなかった」「『慰安婦』は『金を稼いだ売春婦』で、日本兵は悪くなかった」という右派の流す言説に煽動され、ウェブ上で簡単にプチナショナリズムに染まっていくのでしょう。
(※1)小林よしのり氏が社会問題・政治問題を取り上げたコミックエッセイ。さまざまな火種をはらんでいたが、ことに太平洋戦争の歴史認識においては右派寄りの主張を続け、のちの「ネトウヨ」誕生の大きな源流になったともいわれる。
(※2)ジェンダー主流化の動きに反対する流れ、動き。日本では1990年代〜2000年代前半が特に顕著だといわれている。バックラッシュに関しては、『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(日本女性学会ジェンダー研究会編、明石書店)が参考になる。
橋下発言に色濃く出た「男性神話」
――13年5月の当時大阪市長だった橋下徹氏の「慰安所は必要だった」といういわゆる「橋下発言」(※3)も国内でも反発はありましたが、海外からほどの厳しい目は向けられませんでした。一定層が「納得」したからではないかと危惧していますが、「橋下発言」の危険性を改めて教えてください。
平井氏 「橋下発言」の前から、一般社会でも、年配の女性にも「慰安所は必要悪」という発想はありました。彼はそれを公言したにすぎない。“レイプは性欲が原因であり、男性の性欲というものは解消しなければ暴走する”という「レイプの性欲起源説」「男性神話」を信じる土壌はありましたし、今でもあると思う。まず、個々の兵士の性欲とレイプや慰安所の利用は関係ないことを、ここではっきりと言っておきたいと思います。それは後で述べる、戦争や軍隊が必要とする「男らしさ」と関係があります。
 次に、「橋下発言」で重要なポイントは、彼は「世界各国のどの軍隊も女性の性を利用してきた。日本だけがsex slaves、sex slaveryと言われて、批判されるのはアンフェアだ」という旨の発言をした。それは一面では、正しい。他国の軍隊も、戦時下では性暴力や売春宿を利用してきました。正義の戦いといわれる「ノルマンディー上陸作戦」(※4)後のフランスでも、米軍は大量のレイプや買春をしています。 韓国軍も、朝鮮戦争のときに国連軍向けの慰安所を作った。橋下氏の「各国どの軍隊もやってる」というのは、その通りなんですよ。だからこそ、「なぜ日本だけが責められるんだ」と戦争犯罪の相対化をするのではなく、世界中で取り組むべき共通課題にしなければならないと思います。その動きはグローバル社会でできつつあり、紛争下の性暴力を戦争犯罪として裁くICC(国際刑事裁判所)が発足しました。橋下さんはそのような世界史的潮流をご存じないようで残念です。
 先ほど話に出た『新・ゴーマニズム宣言』では、「慰安婦」問題に関して、「祖国のため 子孫のため 戦った男たちの性欲を許せ!」と描かれている。橋下さんや小林さんのように、“兵士個人が性欲を持ち、その解消のためには慰安所が必要”と、慰安所設置の根拠を個人の性欲にしてしまうと本質が見えない。兵士を慰安所に並ぶよう誘導した軍による兵士の性的コントロールこそが問題なのです。
――軍の性的コントロールと構造について、具体的に教えてください。
平井氏 まず各国の軍隊共通のメカニズムとして押さえておきたいこと、これはスーザン・ブラウンミラーというフェミニスト/ ジャーナリストが言っていることですが、 強制売春宿や戦場レイプは「戦術」という意味を持つということ。 例えば第二次世界大戦中、 ドイツ軍が大量のソ連女性を強姦しているのですが、 彼女の主張によると、これはナチスの恐怖作戦の一環(※5)。 逆に大戦末期にソ連軍がベルリンに侵攻した際に、大量レイプ事件が発生しますが、それは「報復」です。日中戦争で日本軍が抗日ゲリラ地区で行った「三光作戦」(焼光・殺光・槍光=焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす)でも、それに付随して、討伐時に逃げ遅れた女性たちを一定期間監禁し性暴力を振るうという「レイプセンター」のような「慰安所」が作られました。
――それらの戦術は、家父長制社会でいうところの「女性は男性の所有物だ」という考え方から生まれたものですか?
平井氏 そうです。女性はその国の男性のものなので、妻や娘がレイプされることは「自分たちの女を守れなかった」という、敗者の男性にとって最大の恥辱。武器を使わずに最大限に相手を攻撃することが可能で、勝者側の優位性や支配を敗者の目に焼き付けるための戦術のひとつだということです。
(※3)5月13日午前に大阪市役所で記者団に対し、「あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」と話し、同日夕方には「僕は沖縄の海兵隊、普天間(基地)に行った時に司令官の方にもっと風俗業活用してほしいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように、苦笑いになってしまって」と発言。その後、内外からの反発を考慮してか、26日には「私の認識と見解」を公表し、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です」「日本は自らの過去の過ちを直視し、決して正当化してはならないことを大前提としつつ、世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならないということです」と、日本以外にも「慰安所」に似たシステムがあったと強く訴えた。
(※4)1944年に行われた、ナチス・ドイツ占領下にあったフランスを解放するための連合国軍による軍事作戦。
(※5)近年では、このドイツ軍のソ連における性暴力を「戦略」 とするブラウンミラーの主張を否定する研究が出されている。 歴史学者のレギーナ・ミュールホイザーは、 2017年4月の東京での講演で、「ドイツの軍指導部が性暴力の行使命令を明確に下したことを示唆するものは何もなかった」としつつも、性暴力を把握していた軍は、 軍事的計算からそれを黙認していたと指摘。1)死との埋め合わせとしての兵士の性、2)集団の団結力と結束・上官への忠誠、3)敵の社会の紐帯を破壊する、という3つの意味のみにおいて、「ソ連における性暴力は戦争遂行の武器であり、手段であった」と語っている(「戦時期の性暴力と性的搾取―第二次世界大戦下のドイツの場合」姫岡とし子・小野寺拓也訳)。したがって、大きな意味においてレイプは戦闘手段・ 戦術の一つとしてとらえられると考える。
レイプや慰安所の利用の根底にある、徴兵制度と作られた「男らしさ」
――2点目は?
平井氏 慰安所の利用やレイプは、弱者(女性)への攻撃を通じて連帯する「戦士兄弟たちの儀式」「男同士の絆の確認」ということです。「ホモソーシャルな同調意識」というべきでしょうか。実際に戦地に行った故・曽根一夫さんという方が『続私記南京虐殺―戦史にのらない戦争の話』(彩流社)という本で、初めて強姦したときのことを書いています。自分では強姦することに躊躇してるんだけれども、周りの兵士から「まだようせんのか?」と言われたので、「男としての虚勢を張り」強姦をしたのだと。慰安所に行かなかったりレイプに参加しなかったりすると、「腰抜け」「男じゃない」というレッテルを貼られる。明治以降、徴兵制度が敷かれる中で、男性たちは徴兵検査によりランキングされてきました。その中で「戦闘の力の強い男ほど、優秀な男」と、「男らしさ」を内面化していく。軍において、「腰抜け」は最大の恥辱になります。
 これが軍隊が作る性暴力のメカニズムで、近代的な軍隊の指揮者たちは兵士の性的欲求を戦闘行為に誘導し、利用してきたのです。新兵は、訓練を通して、戦闘能力と「男らしさ」を身につけ、精神的・身体的にタフで攻撃的であるかを競わされ、それにより出世する。このような「男らしさ」と性暴力が結び付けられている構造を理解しないと、「個人の性欲」に矮小化されてしまう。
――各国共通に戦時下の性暴力メカニズムがあることは理解できましたが、日本軍による慰安所設置やレイプの規模の大きさはほかに類を見ません。日本軍の固有の問題は?
平井氏 アジア太平洋戦争が無謀な侵略戦争であり、それがゆえに兵士が人権的観点から見てものすごく軽く扱われているということです。戦況が厳しくなるにつれて、食料や物資などの補給路がなくなるので、「現地自活」と言われる。「現地自活」と聞こえはいいですが、要は中国など戦地国の民衆から略奪しろということで、そこには女性の略奪まで含まれる。
――総力戦になるにつれ、「馬よりも兵士の命の扱いが軽くなっていった」という指摘もありますね。
平井氏 そうです。通常、軍隊には物資を運んでくれる輜重(しちょう)部隊がいるのですが、日本軍の場合は自分たちで体重の半分ほどの荷物を持って延々と行軍させられる。一度召集されると、そのまま戦地で何年も留め置かれる。米軍だと、半年招集されると、半年は後方部隊に回してもらったり国に帰してもらったりする。特別サービス班が同行して、レクリエーションとかスポーツを企画し、精神的に休憩させます。それに対し、日本軍は常に前線を転戦し、休暇がない。たまに慰問団が来るぐらいで、そんな中、「殺伐たる気風を和らげるため」に設けられたのが慰安所なんです。アジア太平洋戦争は、兵士にとって大義名分が理解できない戦争。「東洋平和のため」「聖戦」と言われてましたけど、前述の曽根さんは「やっていることは略奪行為」と書いていました。戦争の目的が示されないままに理不尽な命令をされ、前線に張り付かされている。戦争への疑問がムクムクと湧き、上官への不満も募る。そんな兵士たちに唯一与えられたガス抜きが「慰安所」だった。
――本来は現地での強姦事件を抑止するために設置された「慰安所」ですが、まったく強姦が減らなかったという事実にも驚きました。
平井氏 「慰安婦」に対価を払う慰安所が設置されたことで、兵士たちは「軍が買春を公認した」と思い、それなら「タダでやれる買春」(レイプ)もやっていいだろうと、かえってレイプ事件が増加したと言われています。慰安所は、強姦の歯止めにはならなかった。
――南京事件では、強姦のみならず、猟奇的な性暴力や殺害も見られたといわれていますが、そこまで暴力性が増した原因なんだったと思われますか?
平井氏 猟奇的な性暴力は南京だけでなく、三光作戦などを通じて中国全土で恒常的に行われました。『戦争における「人殺し」の心理学』(筑摩書房)という本を書いたデーヴ・グロスマンは、殺人とセックスの結びつきやすさについて、「性器(ペニス)を犠牲者の体内に深く突き通すことと、武器(銃剣やナイフ)を犠牲者の体内に深く突き通すこと」は、「征服行為」であり「象徴的な破壊行為」であると言っています。
慰安所に並ばなかった兵士が見抜いていた、兵士と「慰安婦」の関係の非対称性
――『新・ゴーマニズム宣言』では「最後に女と経験して死を覚悟した者だっていただろう」と描かれていますし、「死を前にすると性欲が高まる」という男性神話が信じられていますが、兵士の回想録の中では、「引き揚げ船の中では縮こまった性器を見せ合い、性的に不能になったかと不安がっていた男たちが、本土が見えて身の安全が保障されてようやく性欲が出てきた」などと書かれています。また『戦争と性暴力の〜』により、「慰安所に並ばなかった兵士」の具体例も初めて知りました。
平井氏 行かなかった理由は、「妻に申し訳ない」「将来の妻に申し訳ない」といったロマンティックな性道徳規範を持った人、「慰安婦」に対する嫌悪感を持っていた人、慰安所に並んでいる兵士たちを見て幻滅した人などさまざまです。意外だったのは、慰安所の設置自体を「兵隊を見くびっていると思った」と指摘した人。軍による性的コントロールを見抜いたんでしょうね。それと数は少ないんですけども、「女性の人権が軽視されている」と思った人。「兵士は銃剣を持っていたから、有無を言わさない存在であり、女たちはその銃剣におびえていたはずだ」と、兵士と「慰安婦」の間の非対称な権力関係を見抜いていた兵士もいます。
 私が好きなのは、『戦争と性暴力の〜』にも書いた久田次郎さん。徴兵制度や軍隊になじめなかった人です。中国の野戦に4年間いても慰安所には行かず、休日は食堂でライスカレーを食べに行く方が楽しかったとおっしゃっていました。軍隊が求める「男らしさ」から降りて、仲間からは変わり者扱いをされていたそうです。生前、静岡大学で彼に話をしてもらったときに、「私は腰抜けの兵隊でありました」とにっこり笑われていたのが、すごく素敵でした。「腰抜け」と言われても淡々と受け入れる、そういう「男らしさ」から降りた人がいたことは覚えておきたいです。
――『戦争と性暴力の〜』の中では、初年兵は「性欲には無関心であった」「全くそんな欲望を持つ暇などなかった」と書かれていますね 。
平井氏 毎日の訓練で疲れ、非人道的な扱いにストレスがあったのでしょう。それに初年兵の「慰安所」行きは古参兵たちによって抑圧されていました。慰安所に「行った/行かなかった」を分けるものは、「性欲」だけではなく、軍隊内での階層も関係しています。
――初年兵に対する非人道的な扱いというのは、具体的にはどういったものなのでしょうか?
平井氏 私的制裁、ビンタです。「靴ひもがみんなと同じように結べてない」「服が畳めていない」とか、難癖をつけては古参兵が次々殴っていく。どの国の軍も初年兵を殺人マシンになるように調教していくわけですが、日本軍の場合は精神的なもの(根性を入れるとか)が伝統的な慣行になっています。兵隊の回想録を読んでいると、ビンタへの恨みが満載です。彼らの鬱憤を晴らす対象が、戦場で一番弱い者へ向けられた。曽根さんは、それが中国の農村の人たちだったと書いています。抑圧移譲といって、いじめと同じ構造です。
 さっきの質問にあった猟奇的な性暴力について、曽根さんが書かれていたことを思い出しました。戦友の中に一人、ものすごい弱虫の兵隊がいたそう。軍隊の中では、そういった兵隊はいじめの対象になります。そんな彼が戦場で、中国人のお母さんと息子に性行為させるということを思いつき、手を打ちながらその様子を喜んで見ていたのだとか。軍隊でいじめられていた者が、戦場で一番弱い者を見つけて、猟奇的な性暴力を仕掛けて得意そうにしていた。それは初年兵いじめによる抑圧移譲が、猟奇的な性暴力となったものと見ることができるかもしれないですね。
 曽根さんがその人と40年ぶりくらいに戦友会で再会したら、好々爺になっていたそう。曽根さんの本には「彼の奥さんは、彼のそういう面は知らない。知っているのは戦友だけである」と書いてあります。私たち研究者が聞き取りに行っても、きっと元兵士たちは本当のことは言わない。戦友会のホモソーシャルな仲間内だけで話しているんだろうなと思います。ビルマ戦の戦友会に入って聞き取りをされている遠藤美幸さん(『「戦場体験」を受け継ぐということ』高文研)は、よくやられているなと思いますが、やはり外部の人間では限界があると思ってしまいます。
“加害”した兵士をどう見るか
――実は私の祖父も、兵士として中国に送られています。戦後、年に1回は孫たちに戦争の悲惨さを伝えようと機会を設けていましたが、戦友の話や彼らとの交流、どう食べ物を確保したかといった話にとどまり、彼自身どうしても核心に触れられないまま亡くなりました。南京事件や「慰安婦」問題の実情を知ると、祖父や日本兵をどういったまなざしで見ればいいのか悩んでいます。これは長年の個人的な煩悶であるとともに、戦争を知らない世代の普遍的な問題でもあると思います。
平井氏 個人を断罪することは、歴史をやる者はやってはいけないと思っています。ただ、お気持ちはよくわかります。
 大学の授業でも、戦時性暴力を兵士の個人的なセクシュアリティ問題だけとして受け止められないように、彼らが追い込まれていく構造の問題として話すようにしています。すると学生たちは、「戦争が悪い」「兵士も被害者なんですね」と安心するんですよ。でも、そこで止まってはいけない。やはり直接、性暴力を振るったのは兵士たちです。彼らの加害責任を免除してはいけない。と思いつつ、私も元兵士にインタビューすると、彼らの置かれていた厳しい状況につい同情心を抱きます。
 徴兵制度そのものが人権侵害なのです。有無を言わさず戦場に連れて行き、「人殺しをしないと優秀な兵士とはいえない」という環境に置かれる。軍隊は起床から就寝までずっと集団行動で、号令ひとつで一斉に行動する全制的施設です。空間的にも時間的にも自由がない。そうすると、外出だけが自由なのです。慰安所の女性たちの証言にもありますが、少なくない兵士が性行為をせずに、そこで寝転んだり、本を読んだり、家族に手紙を書いたりしていた、と。唯一自由になれる空間として慰安所があったんですね。回想録で、慰安所に行くことを「軍紀の縄が解かれる」と書いた兵士の表現がすごく胸に迫ってきました。だから、兵士の置かれた非人道的な状況を理解すべきだと思います。
――簡単に善悪を結論づけずに、苦しくても考え続けることが、戦争を知らない世代に託された課題かもしれません。
平井氏 簡単に白黒つけられないこと、前世代が残した不都合な史実にも向き合い続けることは、苦しくても、次世代に平和を引き継いでゆくための知的営みだと思います。今後、安保関連法の新たな枠組みの中で、自衛隊が米軍と一緒に戦争に行くことになるかもしれない。自衛官に慰安を与えるという名目で、「慰安婦」制度が再生産されるという悪夢が繰り返されないようにするためにも、軍隊がどれだけ非人道的なものであるか、「慰安婦」たちや日本軍兵士の証言から学ぶべきことは多いですね。慰安所に行った兵士の背後にある軍隊や戦争の持つ構造的暴力を見つめ続けることが必要だと思います。それに、徴兵制はなくなったとはいえ、戦後も「企業戦士」「男は働いて妻子を養うもの」という「男らしさモデル」は、引き続き男性自身や日本社会を縛っているように思います。
 それに、スウェーデンは、2018年、徴兵制復活に際して、対象を男女平等にしました。世界で最も女性兵士の比率が高いのはアメリカですが、日本の自衛隊の女性割合も6.5%を超えました。「戦闘も男女共同参画で」という流れが進んでいます。戦争と性暴力の問題も、新たな枠組みの中で考えなければならない段階に入っていると思います。
平井和子(ひらい・かずこ) 女性史・ジェンダー研究家。専門は、近現代女性史、ジェンダー史。『日本占領とジェンダー 米軍・売買春と日本女性たち』(有志舎)で2014年度山川菊栄賞を受賞。(取材・文=小島かほり)


「原爆の記憶」が破壊される! 安倍首相は長崎式典でまたコピペ、佐世保市は「核廃絶は政治的中立侵す」と原爆写真展を拒否
 本日、長崎市でおこなわれた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典。安倍首相は広島でおこなわれた式典で昨年とほとんど変わらない“心ない”スピーチをおこなったが、きょうの長崎でのスピーチは、その広島でのスピーチからわずかに構成を入れ替えた“ほぼコピペ”文章をただ読み上げただけ。無論、広島のときと同様、唯一の戦争被爆国でありながらいまだに署名・批准していない核兵器禁止条約にふれることはなかった。
 だが、そんな安倍首相に対し、長崎市の田上富久市長が直球を投げた。田上市長は平和宣言で、安倍首相にこう訴えたのだ。
「日本政府に訴えます。日本はいま、核兵器禁止条約に背を向けています。唯一の戦争被爆国の責任として、一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准してください」
 一刻も早く核兵器禁止条約に署名、批准して──。昨年の平和宣言で田上市長は「日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます」と述べたが、今年は「一刻も早く署名・批准を」と真正面から強く要求したのだ。
 しかも、その後も田上市長はかなり踏み込んだ。
「何よりも『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念の堅持と、それを世界に広げるリーダーシップを発揮することを求めます」
 これは事実上、9条に自衛隊を明記する改憲案を進めようとしている安倍首相に対する牽制だ。
 じつは、平和宣言の内容を議論する起草委員会では、今年、〈憲法9条を守るよう政府に訴えていくべきだとの意見が出ていた〉(朝日新聞7月29日付)という。平和宣言で9条に直接言及することは見送られたが、その思いが「『戦争をしない』という決意を込めた日本国憲法の平和の理念の堅持」というメッセージとなったというわけだ。
「核兵器禁止条約への署名、批准」はもちろんのこと、多大な戦争犠牲者を生んだ長崎からなされた事実上の「9条堅持」という要求は、あまりに当然のものだ。しかし、この平和宣言を突きつけられているあいだも、安倍首相はむっつりとした表情を浮かべていただけだった。
 核兵器廃絶と平和憲法の堅持の訴えから背を向け、むしろ「戦争ができる国」へと舵を切る安倍政権──。そして、こうした政権の姿勢は、確実にこの国を蝕みつづけている。
 実際、それを象徴するような出来事が起こっている。8月4日、長崎市佐世保市では「原爆写真展」が開催されたのだが、その後援を市教育委員会が断ったのだ。
 そして、その断った理由が驚愕のものだった。この写真展では「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)の活動も実施されたのだが、市教育委員会はそれが「政治的中立を侵す恐れがある」として問題視したのである。
「ヒバクシャ国際署名」は「後世の人びとが生き地獄を体験しないように、生きているうちに何としても核兵器のない世界を実現したい」という思いから、2016年4月に広島と長崎の被爆者たちがはじめた署名活動で、すべての国が核兵器を禁止し廃絶する条約を結ぶことを求めている。どう考えても、被爆者や市民が「核兵器のない世界を」「核兵器禁止条約に署名を」と求めることは当然の訴えだが、その活動を「政治的中立を侵す恐れがある」と言うのである。しかも、被爆地である長崎県の市教育委員会が、だ。
安倍政権になって「9条護憲」も政治的中立侵す、と公共施設から締め出し
 じつは佐世保市と市教育委員会は、2017年にもこの写真展の後援を依頼されたのだが、このときも署名活動と、写真展のチラシにあった「歓迎! 核兵器禁止条約」という表現に対し「政治的または宗教的中立性を侵すおそれがあるものに該当する」として後援を拒否していた(毎日新聞8月4日付)。「政治的または宗教的中立性を侵す」とは、さっぱり意味がわからないだろう。一体、核廃絶を訴えることの、どこが政治的だと言うのか。
 核廃絶を訴えることに対して、被爆地の教育委員会が「政治的中立性を侵す」と主張する異常──。だが、これこそがいま、この国を覆い尽くそうとしている考え方なのだ。
 実際、第二次安倍政権になって以降、9条護憲にかんする集会が公共施設の使用を拒否されたり、使用許可が取り消されたりするケースが相次いでいる。それどころか、さいたま市では「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」と詠んだ女性の俳句が秀句に選ばれたのに公民館だよりに掲載されなかったという問題まで発生。公民館側は「『九条守れ』というフレーズは、公民館の考えであると誤解を招く可能性がある」「公平中立であるべきとの観点から、掲載は好ましくないと判断した」などと主張した。この問題は裁判となり、一審・二審とも「句が掲載されると期待した女性の権利を侵害した」「人格的利益の侵害にあたる」とし、女性への慰謝料を認めている。
 行政側は「政治的中立性」「公平中立」などというが、公務員には憲法遵守が憲法によって義務づけられているというのに、それはまるで無視され、「憲法守れ」「平和を守れ」という主張は「政治的」だと判断されているのだ。
 それだけではない。ラジオDJなどの活動で知られるピーター・バラカン氏は、9条関連のTシャツを着て街を歩いていただけで警察官に職務質問されたといい、一方、自民党はホームページで「子どもたちを戦争に送るな」という教員らを「偏向教育」として密告させるフォームを設置したことも大問題になった。
 つまり、安倍政権は9条と憲法の平和主義を“危険”扱いして排除する流れをつくり出し、行政もそれに右に倣えで従うというかたちができあがってしまった。そして、その流れは「核廃絶」というメッセージにまで波及しているのである。
 そんな恐ろしい空気が流れる社会のなかで、安倍首相を前に、はっきりと「核兵器禁止条約への署名、批准」「平和憲法の堅持」を訴えた田上市長。この言葉を安倍首相が受け止めるとは思えないが、しかし、平和を訴えることをタブーにしようとする流れに、市民が「おかしい」と声をあげつづけていくしかないだろう。


博士号取得者 主要7か国で日本だけ減少傾向続く
大学で博士号を取得した人がどれくらいいるか、主要7か国で分析すると、日本は2016年度、人口100万人当たり118人で、日本だけ減少傾向が続いていて、文部科学省は研究力が低下している原因の1つではないかと指摘しています。
文部科学省の科学技術・学術政策研究所は、2016年度に日本やイギリス、それにドイツなど主要7か国の大学で博士号を取得した人数を分析して比較しました。
その結果、日本の大学で博士号を取得した人数は1万5040人で、人口100万人当たりでは118人と、いずれもおよそ10年前から減少傾向が続いています。
日本以外の人口100万人当たりの博士号取得者数は、イギリスが最も多い360人で、続いてドイツの356人と、どちらも日本の3倍余りとなっています。
また、韓国は271人と2000年度の131人から2倍余りに大幅に増加していて、日本のおよそ2.3倍になっています。
文部科学省によりますと、主要7か国では日本だけが減少傾向が続いていて、日本の研究力が低下している原因の1つではないかと指摘しています。
科学技術・学術政策研究所は「海外では博士号を取得する前から給料をもらいながら研究するシステムが整っているが、日本ではそうした取り組みが少ないことが影響しているとみられる」と話しています。


関東大震災の混乱で殺害の朝鮮人 都が3年連続で追悼文見送り
毎年9月に市民団体が行っている、関東大震災の混乱で殺害された朝鮮人犠牲者の追悼式をめぐり、東京都の小池知事は、追悼文の送付を3年連続で見送る考えを明らかにしました。
この追悼式は、市民団体が関東大震災の混乱で殺害された朝鮮人犠牲者を追悼するため、毎年9月1日に行っていて、東京都は3年前まで知事の名前で追悼文を送付していましたが、おととしから送付を見送っています。
これについて、追悼式を主催する市民団体は8日、都庁を訪れ、「オリンピック・パラリンピックの開催都市として、平和、友好、安全の都市を目指している今だからこそ、もう1回、知事に立ち止まって考えてもらいたい」などとして、小池知事に対し、ことしの追悼式に追悼文を送付することなどを求める署名を提出しました。
これについて、小池知事は9日の記者会見で、都が追悼式と同じ日に開いている大法要で、すべての犠牲者に追悼の意を表しているとして、3年連続で送付を見送る考えを明らかにしました。
そのうえで「関東大震災という大きな災害で犠牲になられた方々、そして、それに続いてさまざまな事情で犠牲になられたすべての方々に対しての慰霊という気持ちには変わりがない」と述べました。