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191106-1

Au Japon, la tendre pensée du prince Harry pour Meghan Markle
Elle ne quitte jamais ses pensées
En déplacement au Japon où il a assisté à la finale de la Coupe du monde de rugby, le prince Harry n'en oublie pas pour autant sa femme et son fils. Samedi 2 novembre, au moment de rencontrer un groupe d'étudiants, le duc de Sussex a eu une adorable pensée pour Meghan Markle.
Voyage solo pour le prince Harry ! A l'autre bout du globe, le duc de Sussex a tout de même emmené Meghan Markle dans ses pensées. Samedi 1er novembre, il a assisté impuissant à la défaite de l'équipe d'Angleterre, terrassée par l'Afrique du Sud, en finale de la Coupe du monde de rugby. Un moment un peu pénible pour le parrain du quinze de la Rose fan absolument de ce sport, qui a heureusement vécu des engagements bien plus joyeux. Le matin même par exemple, le papa d'Archie est parti à la rencontre d'un groupe d'étudiants au "nouveau centre de formation Para Arena", comme l'ont écrit les Sussex sur Instagram. Et au Japon, le prince Harry a eu beaucoup de succès.
Comme le rapporte People, l'époux de Meghan Markle a eu le droit à un joli compliment d'un élève qui le trouvait "vraiment beau". Amusé par cette remarque, le prince Harry a alors eu une réponse adorable pour celle qui lui a donné un enfant il y a six mois. Il s'est empressé de montrer sa bague avec le doigt en ajoutant : "Désolé, je suis marié ". Une remarque amusante, qui a beaucoup fait rire les élèves. Et si le papa d'Archie a assisté à la défaite de son équipe, il a vécu la victoire de celle d'un pays qui lui tient particulièrement à coeur. "À l'ensemble de l'Afrique du Sud, le rugby nous unit tous à plus d'un titre que nous ne pouvons l'imaginer, et ce soir, je ne doute pas qu'il vous unira tous. Après la visite de mois dernier, je ne peux pas penser à un pays qui le mérite plus. Bravo et amusez-vous", a-t-il d'ailleurs réagi sur Instagram.
Et au Japon, le prince Harry pense chaque seconde à son épouse restée en Angleterre avec leur fils le temps de son voyage. Fière papa, le duc de Sussex n'a pas pu s'empêcher de dévoiler l'adorable tenue d'Archie pour ce match important. De l'autre côté du globe, le bébé de six mois était lui aussi à fond pour l'Angleterre. Preuve : Meghan Markle l'avait habillé d'un body aux couleurs de l'équipe. "Il nous a envoyé un message de soutien, qui nous a fait très plaisir. Il nous a montré son petit bonhomme portant un maillot anglais, ce qui est une délicate attention", a expliqué Sam Underhill. Le nourrisson suit déjà les pas de son célèbre papa. Pour son plus grand bonheur !
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明日へ つなげよう 未来塾「最強プレゼン術“お・も・て・な・し”の仕掛け人」
震災から8年、記憶の風化が懸念されている。被災地からはより強いアピール力や発信力が必要。支援活動をする若者たちが、プレゼンテーションの世界的なコーチに学ぶ。
各界のスペシャリストが講師となり、集まった若者が東北の復興を考える「未来塾」。震災から8年、人々の記憶が薄れる風化が懸念されている。支援活動の担い手や、資金の確保などが難しくなっている現状もある。この状況の中、被災地からはより強いアピール力や発信力が必要。今回は講師としてプレゼンテーションの世界的なコーチが英国から来日。プレゼンのチカラを学ぶ。 サンドウィッチマン, マーティン・ニューマン, 上白石萌音


朝ユニクロに行きました.新しい防水パーカーを買ってくれるとのこと.安いのでいいし,2着もいらないです.とりあえず黒いのにしました.とっておいてもらって後で買いに来ます.
ひがよど祭りなので城北大橋から淀川右岸をサイクリング.コンビニやスーパーのライフが見えます.赤いテントのようなものが見えてきました.意外に?多くの人が集まっているようです.
いろいろなお店がありましたがとりあえずチーズハットグをいただきました.ビールも.

台風19号被災住宅への公的支援 床上浸水1m未満は対象外 線引き理不尽、憤りの声
 台風19号の被災地で、住宅の浸水被害に対する公的支援の拡充を求める声が高まっている。被災者生活再建支援法に基づく支援金は「大規模半壊」以上が対象。居住の可否にかかわらず、1メートル未満の床上浸水には原則支給されない。被災者からは改善を求める声が上がっている。
(報道部・桐生薫子)
 壁やふすまに汚泥が付着し、異臭が鼻を突く。畳は水を吸い、全て廃棄した。床板も傷み、歩くとベコベコと異音がする。
 「何もかも泥をかぶった。何を頼りに再建すればいいのか」。宮城県丸森町除南で食堂を営む白木寛一さん(72)、妻礼子さん(74)の店舗兼住宅は豪雨で床上浸水した。隣の同県角田市にある親戚宅に避難し、片付けに通う日々を送る。
 10月25日、家屋の被害状況を判定する調査員が白木さん宅を訪れた。調査員は内閣府のガイドラインに沿い、ふすまに残った浸水跡のうち最も浅い部分に測定機器を当て、「床上浸水50センチ」との判定結果を伝えた。
 家屋が浸水した場合の被害判定と支援金の支給額は図の通り。床上1.8メートル以上は「全壊」で、1メートル以上1.8メートル未満は「大規模半壊」となる。ともに支援法の対象となり、最大で300万円を受け取れる。
 ただ、床上浸水でも1メートルに満たない場合は「半壊」とされ、倒壊の恐れなどで解体しない限り支援金は支給されない。
 自宅が半壊に当たるとみられる白木さんは「水深だけで被害の実態は図れない。1メートルでも50センチでも、住み続けられないという事実は一緒じゃないか」と理不尽な線引きに憤る。
 宮城、岩手、福島の3県では住宅被害が少なくとも2万5000棟あり、浸水被害は9割に及ぶ見通し。多くが該当する床下浸水は「一部損壊」とされ、救済対象からは外れる。
 丸森町の半沢一雄町民税務課長は「断熱材を使っている住宅は床下浸水でも壁が水を吸い上げてしまう。水害は目に見えにくく、実態が分かりにくい」と現状の問題点を指摘する。
[被災者生活再建支援法]大規模な自然災害で住まいを失った世帯に支援金を支給するため、1998年に定められた。家屋の損害割合に応じた「基礎支援金」と、建設や補修など再建方法に応じた「加算支援金」がある。都道府県が拠出した基金から支給し、国が支給額の5割を基金への補助金として負担する。


宮城・角田にも3連休でボランティア続々 空き家片付け、泥かき支援
 台風19号で被災した宮城県角田市では3連休初日の2日、市内外からボランティア48人が参加し、浸水した空き家で家財の運び出しなどを手伝った。支援のニーズは、当初の住宅内の清掃から敷地の泥かきや空き家に移りつつある。
 床上約1.5メートル浸水した同市裏町の空き家では男女16人が参加。汚れた食器や雑貨をごみ袋に詰め、廃棄する衣装ケースや棚を軽トラックに載せ、搬出した。
 空き家の住人だった男性は2年前に亡くなり、弟の仙台市宮城野区の後藤友衛さん(78)が立ち会った。「畳が浮き上がって家具が倒れ、めちゃくちゃの状態だった。高齢で片付けが難しいので、ありがたい」と感謝した。
 ジョギング愛好会の仲間7人と訪れた青葉区の会社員石山せり子さん(42)は「道路に家財が積み上げられている光景を見て、角田の被害の大きさを実感した。水を含んだ物は重さが倍に感じられる」と話した。
 市災害ボランティアセンターによると、現在は庭先の泥かきや空き家の片付けの要望が増加。連休中のボランティアは団体の予定が入っており、人手はおおむね足りる見通しという。


福島・いわきで災害ごみ撤去強化期間始まる 仮置き場への運び出し加速
 台風19号で発生した災害ごみを生活道路などから集中撤去しようと、福島県いわき市が呼び掛けた強化期間が2日、3日間の予定で始まった。廃棄物業者と増強された自衛隊が参加し、災害ボランティアも住宅からの搬出に協力。仮置き場への運び出し加速を図る。
 初日は廃棄物運搬業者や建設業者の車両約70台が参加。自衛隊も前日までのほぼ倍増となる20台、約200人が作業に当たった。3日は消防団約280人も加わり、3日間で延べ約1200人の態勢を組む。
 市内では災害ごみが臨時の集積場所の公園などに積み上がっている。市によると、道路脇などにも置かれて搬出作業の妨げになるケースがあり、まずは障害となるごみを取り除こうと集中作戦を企画した。
 床上浸水した自宅前に集積場所がある同市平下平窪のパート従業員湯沢裕美さん(49)は「目の前のごみがなくなれば、少しは気持ちが楽になる。できるだけ早く撤去してほしい」と願った。
 市は併せて住宅の片付けも促進しようと、ボランティアの参加を呼び掛けている。


3連休スタート 宮城・丸森でボランティアが汗
 台風19号で被害を受けた家屋の片付けに当たるボランティアが2日、宮城県丸森町に続々と駆け付けた。3連休の初日とあって、被災後では最多の688人が訪れ、側溝の泥かきなどで汗を流した。
 床上が約40センチ浸水した同町福沢前の無職高橋幸三さん(62)宅では、10人以上のボランティアがフェンスに張り付いた稲わらを取り除くなどした。
 初めて参加した岩沼市の会社員渡部繁信さん(42)は「少しでも気持ち良く過ごしてもらいたい」と精を出した。高橋さんは「身内で片付けていたが精神的に疲れた。手伝ってくれてありがたい」と感謝した。
 2日は丸森町災害ボランティアセンター(VC)と宮城、山形両県の県社会福祉協議会が初めてボランティア向けの送迎バスを運行し、約100人が利用した。3、4日はボランティアバスの利用者だけで最大560人が訪れる見込み。
 町災害VCは3連休の間、1日1000人の受け入れに向けた態勢を組む。スタッフの信岡萌美さん(27)は「待たせている家がだいぶある。まだ人手が足りていないので、ぜひ来てほしい」と呼び掛ける。


安住の地に水難再び 石巻・さくら町、台風19号で8割浸水 震災後造成、豪雨への弱さ露呈
 台風19号の豪雨による住宅の浸水被害が約1万棟(床上321棟、床下9216棟)に上った石巻市で、東日本大震災後に造成したさくら町の8割近い住宅が浸水していたことが2日、分かった。震災後に新築した住宅や災害公営住宅に移り住んだ被災者が再び浸水被害に遭っており、ついのすみかを求めた先が水害に脆弱(ぜいじゃく)だったことが明らかになった。
 市によると、さくら町は震災復興に伴う土地区画整理事業。水田を造成し2017年1月に換地処分を終えた。住宅は462棟で、このうち速報値で369棟(79.9%)が今回、床下浸水以上の被害に遭った。
 「水(津波)から逃れてきたのにまた水か。何のために移転したのか」
 牡鹿半島の小渕浜で被災した漁業男性(62)は16年12月に新居を構えた。台風19号が接近した10月12日夜に周辺が冠水し始め、水位は50センチほどになったという。
 13日未明にかけて気象庁の雨雲レーダーを見続け、1階の家財を2階に運び上げた。「雨があと1時間降り続いていたら玄関に水が届いただろう。肝を冷やした」と話した。
 被災者が多く移り住む美園地区は13日朝、水位が50センチほどに上がり、一帯が湖のようになった。
 地区東側には震災後、市総合運動公園が整備された。想定を超える雨量で「公園内や外周の側溝の容量を超え、ポンプ場の排水が追い付かなかった」(市都市計画課)ため、公園からあふれた雨水が低地の住宅地に流れた。
 津波で被災し、15年に新居を構えた会社員渥美正年さん(57)は床上浸水の被害に遭った。修繕費は数百万円を見込む。「新居のローンも残っている。しばらくは自力でしのぐしかない」とこぼした。
 災害公営住宅に移り住んだ被災者も浸水被害に見舞われた。
 一帯が冠水した不動町では「市営不動町復興住宅」が市内の災害公営住宅で唯一、床上浸水した。
 1階の無職高橋敬治さん(70)は玄関とベランダから雨水が流れ込み、和室は畳2枚が使えなくなった。
 不動町の東側に山があり、地形上、雨水が流れ込みやすいという。集会所の1階も床上浸水し、駐車場の約25台の車が水没した。
 高橋さんは「災害公営住宅だから安心していたが、まさかここまで水位が上がるとは」と嘆いた。
 市中心部の蛇田地区の「市営新立野第1復興住宅」1階の無職男性(66)は床下浸水の被害を訴える。
 地中から水が染みこんだとみられ、雨水は床下10センチほどたまった。男性は「床下に水がたまれば、仮設住宅のようなカビの問題が起きる」と肩を落とした。 (氏家清志、樋渡慎弥、関根梢)


台風19号の宮城県内停電解消 東北電、福島で残り20戸
 東北電力は2日、台風19号の影響で停電していた宮城県丸森町金ケ作の2戸が復旧し、県内の停電が全て解消したと発表した。東北6県の停電は福島県浪江町、須賀川市の計20戸となった。
 同社によると、東北では10月12日から延べ11万9269戸が停電し、宮城は2万5318戸に上った。青森(1921戸)、秋田(1778戸)、山形(5643戸)は13日までに、岩手(4万1167戸)は15日までに全て復旧した。
 福島(4万3442戸)の残る20戸は周辺の土砂崩れで作業車が通れず、復旧の見通しが立っていない。同社の担当者は「ご不便を掛けて申し訳ない。早期に作業が始められるよう自治体と連携する」と話した。


河北春秋
 田畑がのみ込まれ土砂で埋め尽くされた。奪い去ったのは稲や野菜など収穫間近の農産物だけではない。ビニールハウスをなぎ倒し、土作りを重ねてきた田畑そのものに甚大な被害をもたらした▼台風19号は1次産業にも大打撃を与えている。農林水産省によると、被害額は今月1日現在で1679億円。農業では農作物やハウスなどが162億円、農地などが892億円に上る。調査の進展でさらに拡大するのは確実だ▼宮城県大郷町の農業法人「夢実堂」は、町内に点在するベビーリーフ栽培のハウス全62棟が浸水被害などを受け、このうち鶴田川に近い11棟は完全に倒壊。社長の岡田卓也さん(32)によると、被害額は約7千万円に上る見込みで、3週間を経ても「トラクターが入れない農地がある」と言う▼夢実堂は6年前からこの地で土作りに力を注いできた。今年は6月に日本農林規格(JAS)の「有機JAS」の認証を、8月に国際規格「グローバルGAP」を取得。飛躍の一年になるはずだった▼ベビーリーフはチキンの下に敷くなどクリスマス向けの需要が高い。「いち早くハウスを再建し、少しでも出荷にこぎ着けたい」と気丈に語る岡田さん。農地再生と資金繰りに奔走する生産者の背中を押す機運を官民で高めることが必要だ。

台風大雨被害からの復旧・復興を阻む、建設業界の深刻な供給力不足
 戦争と大災害は、しばしば「悪魔の景気対策」と言われます。人為的か自然の力かの違いはありますが、国民の意図に反して、力ずくで資産を奪われ、生活再建のために復興、復旧を余儀なくされます。それが戦後の「復興経済」のように、生産や国内総生産(GDP)の増加をもたらすためです。
 このため、経済が行き詰まると、軍産複合体などといわれる世界的に大きな影響力を持った影の勢力が、しばしば戦争を仕掛けます。これによって、少なくとも武器弾薬の「在庫整理」ができ、破壊された後の復興ビジネスでも商機を得られるからです。日本でも第二次大戦で経済が破壊された後、1950年代にかけて大規模な「復興需要」が生じ、戦後復興の高成長を実現しました。
 戦争ではありませんが、今回の大災害においても自然の猛威によって、無理やり家屋や家財、田畑、鉄道、道路の多くが破壊されました。近年では阪神・淡路大震災、東日本大震災でも同様に大きな被害を受けました。こうした大災害が与える経済への影響は特殊な面があり、分かりにくいので少し解説したいと思います。
大規模災害が日本経済に与えた影響
 今回の台風15号、19号に伴う暴風雨や河川の氾濫などで失われた家屋、家財、田畑、鉄道などの損害額はまだ正確に集計されたわけではありませんが、おそらく数千億円単位に上るのではないかと思います。これは経済統計上は、日本の「国富」の減少となり、企業でいえば、バランスシートの資産減少となります。失われた富の規模が大きいだけに、国民は大きな痛手を負い、貧しくなります。
 しかし、その直接的な損失は、企業財務的にいえば、バランスシートの縮小に現れ、一義的には損益計算書には現れません。言い換えれば、失われた家屋や田畑は、過去に生産されたものを喪失したわけで、期間中の生産やGDPのマイナスにカウントされるものではありません。
 その次に、今度は田畑で得られるはずの農産物が収穫できなくなり、家や家財が水に浸かってしまった人は、仕事や消費活動が制約されます。また、鉄道や道路が寸断されれば、これも輸送や生産活動を制約します。このため、災害からしばらくの間は消費や生産活動などが抑制され、これらを集計したGDPも災害前に比べると減少しやすくなります。
政府はこれを機に積極財政に転換
 破壊された生活基盤、経済基盤を放置はできず、何とかこれを修復することになります。生活を取り戻すためには、家の修復、家財の購入が必要になり、いやでもカネを使わなければならなくなります。破壊された鉄道道路、橋なども国や企業が修復にかかります。それ自体は新たな需要を生み出すのですが、当事者からすれば、余計な出費になります。
 保険でカバーできる分は良いのですが、できない分は自ら資金手当てをして生活の再建をしなければなりません。道路や堤防などの修復は、国や地方自治体の負担で行われます。個人で資金が賄える人ばかりではありません。そうした人々の生活再建には、国や自治体の支援も必要になります。
 その点、今回の災害に対する政府や千葉県など自治体の対応には批判の声も上がっています。永田町まわりの政治記者によれば、安倍総理はできれば年内に解散総選挙に打って出たいとの思いがあると言います。それもあって、政府は遅ればせながら、にわかに復興支援に積極的な姿勢を見せ始めました。日銀が支援融資を検討するほか、政府はこれを機に積極財政に転換した模様です。
 幸い財務省は、このところの超低金利を利用して、18年度中に52.5兆円も国債を前倒し発行し、その資金をある程度プールしています。財政資金はいつでも活用できる状況にあります。これで災害復旧が進めば、それなりに生産やGDPが増えるはずです。
供給制約が復興を拒む
 ところが、現場ではなかなか復旧、復興作業が進んでいません。台風の後にまた関東から東北にかけて豪雨に見舞われたこともありますが、工事を担う業者の手当てが困難な状況です。日本は長年にわたって公共事業を圧縮してきたため、その間に中小建設業者の多くが廃業してしまいました。
 そこへ2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けての大規模な建設工事が行われ、そちらに多くの業者がとられています。そして人手不足も加わりました。オリンピックは期日が区切られていて、何としても期日までに工事を終わらせなければなりません。従って、この事業を先延ばしして災害復旧に回すこともできません。
 昨今は日本だけでなく世界中で需要不足が起こり低成長と低インフレをもたらしているといわれます。しかし、その一方で日本もアメリカも人手不足が深刻化しています。とりわけ建設業界での供給力不足が深刻で、いわば“ボトルネック”が生じています。需要が建設分野に集中する一方で、全般的な人手不足が生じているために、復旧工事がなかなか進まない状況にあります。
 大災害で失ったものが大きい分、潜在的な「復興需要」は大きいのですが、それが供給制約によってなかなか実現しません。従って、復興、復旧が現実の生産やGDPを押し上げるようになるには時間がかかりそうです。その間、被災地での生活は制約を受けたままの厳しい状況が続き、道路などの社会インフラの復旧も遅れ、生産活動の回復を阻害し続けます。
強制支出がその後の購買力を奪う
 復旧、復興が遅れる一方、不便な生活が長期化します。それでもいずれ家屋の修理、再建、家具や自動車、農家では農機具の購入などで徐々に生活を取り戻していくことになります。その過程では消費や生産がある程度増えてGDPを押し上げる面がありますが、その資金を保険会社や国が全面的に面倒をみてくれるわけではありません。
 被災者の多くには貯蓄の取り崩しや新たな借金が発生し、財務状況はさらに厳しくなります。政府が支援のために財政支出を拡大するとしても、国にお金があるわけではないので、それは国民の税金や、将来世代からの借金によって賄えることになります。保険会社の支払い負担も増えますが、通常は欧州の保険会社などの再保険に入っていて、その分は負担が軽減されます。
 結局、「悪魔の景気対策」といわれる自然災害も、今日の日本では強い供給制約があって、復旧、復興需要の実現が小出しになり、時間がかかる分、景気対策としての効果は分散的で小規模になります。しかも、人手不足資材不足が、人件費や特定建設資材の価格を押し上げ、被災者の負担をより大きくする面があります。
 そのうえ、本来不要なはずの出費を余儀なくされ、家計が圧迫され、政府や企業も復興に資金を費やします。その結果、その後の生活や事業に「節約」が強まり、長期的に需要を圧迫する面があります。少子高齢化が進む現在の日本では、戦後の復興需要再現は望むべくもありません。むしろ失ったものを再建するコストの重みに押しつぶされ、「復興」ならぬ「不幸」が蓄積されかねません。
 今回被災された皆さんには、心よりお見舞い申し上げます。
 政府は財政資金の用意もさることながら、ヒト・モノ・カネのバランスを考え、ボトルネックが生じないよう、ヒト・モノの円滑な手当にも心配りが必要です。政府は米国に配慮して、自衛隊を中東の海に調査派遣すると言っていますが、今は自衛隊の力を国内の被災地で活用し、一刻も早い生活再建、生活インフラの復旧を進めてほしいと願うばかりです。


サバ料理の祭典 おいしさ共演 東北初開催、八戸で「鯖サミット」開幕
 全国のサバの産地の料理や商品を味わえる「鯖サミット2019in八戸」が2日、八戸市の八食センターをメイン会場に始まった。3日まで。
 サミットは市や商工関係者でつくる実行委員会が主催する。これまで鳥取市や千葉県銚子市などで開かれており今年は6回目。東北では初の開催となる。
 会場では31の企業・団体が、市でブランド化を進める「八戸前沖さば」の串焼きやサバだしラーメン(石巻市)、生の状態に近い締めさば(釜石市)などの料理や缶詰を販売。毎年2〜3月に開催する「八戸ブイヤベースフェスタ」による限定スープ販売など、ご当地グルメの紹介もあった。
 八戸水産高の生徒が製造する缶詰「プレミアム鯖水煮」も人気で、開幕直後から長い列ができた。10缶購入した青森県東北町の会社経営蛯沢勝男さん(69)は「水産高が缶詰を作っていることは知っていました。その成果を味わってみたいと思います」と話した。
 JR八戸駅に隣接する「ユートリー」が特設サテライト会場で、地域活性化に取り組む女性グループ「八戸(はづのへ)サバ嬢」が手作りしたサバだしの八戸せんべい汁販売などがある。


6年前のきょう 楽天イーグルス日本一
 プロ野球のコナミ日本シリーズ2013は3日、Kスタ宮城で第7戦が行われ、東北楽天(パ・リーグ)が、3−0で巨人(セ・リーグ)に勝利、対戦成績を4勝3敗とし、球団創設9年目で初の日本一に輝いた。
(※2013年の記事を再掲載しています)
 就任3年目の東北楽天の星野監督は中日、阪神時代を含め監督として4度目の日本シリーズ進出で、初の優勝を果たした。最高殊勲選手(MVP)には、シリーズで2勝を挙げた東北楽天・美馬が選ばれた。
 東北楽天は一回、マギーの内野ゴロが敵失を誘って先制点を奪った。続く二回は岡島の左中間二塁打で加点して巨人の先発・杉内をKO。四回には、牧田が沢村から左越えソロを放って3点目を挙げた。
 先発美馬は制球良く打たせて取る投球で、6回を1安打無失点。七回からは則本が2回を抑え、九回は、前夜に160球を投げた田中が登板し、2安打を許したが反撃を断った。
 巨人は、10月28日に死去した川上哲治元監督が1973年に成し遂げた日本シリーズ9連覇以来、40年ぶりとなる2年連続日本一はならなかった。
 東北楽天は15日に台湾で開幕するアジア・シリーズに出場する。
 東北楽天−巨人第7戦
(東北楽天4勝3敗、18時35分、Kスタ宮城、25,249人)
巨  人 000000000=0
東北楽天 11010000×=3
(勝)美馬2試合2勝
(S)田中3試合1勝1敗1S
(敗)杉内2試合2敗
(本)牧田1号(1)(沢村)
◎被災地に勇気与えた/東北楽天・星野仙一監督の話
 最高。東北の子どもたち、全国の子どもたち、被災地の皆さんに勇気を与えた選手を、褒めてやってほしい。最後は田中がどうしてもいくというから。最後はやはりあいつがふさわしいだろうと思った。
◎選手、全力で戦ってくれた/巨人・原辰徳監督の話
 力を出し切って、こういう結果になった。向こうの先発投手を打ちあぐねてしまった。主導権を握ることはできなかった。全力で戦って結果的に日本一を譲った。選手たちは全体的に粘りの中で、全力で戦ってくれた。
◎最高のタイミング/元東北楽天監督・野村克也氏の話 
 日本一、おめでとう。球団創設から9年目、そろそろ勝たなければいけない、しかも大震災から2年で、最高のタイミングだった。最も温かい仙台のファンが見守る本拠地で、しかもマー君(田中)が胴上げ投手になった。この起用は昔かたぎの星野監督ならではの芸当とも言えるが、良かったんじゃないか。
◎美馬、勝負強さ発揮
 美馬が決戦のマウンドで躍動した。前日12安打の巨人打線を相手に6回1安打無失点。シリーズ2勝を挙げて最高殊勲選手(MVP)に選ばれた。「とにかくゼロで抑えられて良かった。勝っている状態で後ろに渡せた」と控えめに喜んだ。
 一回にいきなりピンチを迎えた。先頭長野への死球と、遊撃松井の失策などで一、二塁。2死後、村田を四球で歩かせ満塁。だが「緊張はなかった」。坂本を2ストライクと追い込み、3球目のスライダーで中飛に打ち取った。「ここを抑えたのが大きかった」
 その後は169センチ、75キロの小柄な体から球威のある直球を投げ込んだ。白星を挙げた第3戦と同様、緩いカーブ、内角を突くシュートを巧みに使い、強力打線を抑えた。六回は高橋、阿部、村田の中軸を退け、91球でベンチに戻った。
 茨城・藤代高から中大へ進み、東京ガスを経て2011年にドラフト2位で東北楽天に入団。小学生のころから「野球に関しては負けたくない」という強い気持ちを持ち続けてきた。高校3年から3度、右肘にメスを入れながら、その度に復活。大学3年から社会人では主に抑えを務めた。
 プロ3年目の今季は6勝。ただ、レギュラーシーズン終盤に右肘の違和感で登録を外れ、ポストシーズンでの登板は危ぶまれた。ところが、ロッテとのクライマックスシリーズ(CS)で完封勝利、日本シリーズ第3戦も六回途中まで無失点。これ以上ない活躍だ。
 大舞台で無類の勝負強さを発揮した27歳。お立ち台では「ファンに後押しされた。出来過ぎです」と照れた。(庄子晃市)
◎則本、圧巻の投球
 七回から登板した則本は、疲労を感じさせない力投を見せた。5回を投げた第5戦から中2日の登板で2回無失点の好救援。「しっかりつなごうと思った」と圧巻の投球でエース田中につないだ。
 「全然緊張はなかった。シーズン通り」と言うように、強心臓ぶりを見せつけた。球速は150キロを超え、フォークボール、スライダーの切れも鋭い。七回は1死から安打を許したが、続くロペス、代打脇谷を連続で空振り三振に仕留めた。1死一塁で中軸を迎えた八回も3番高橋由を変化球で3球三振。4番阿部も力ない投ゴロに打ち取り、後を田中に託した。
 今シリーズは獅子奮迅の活躍だった。第1戦は先発で8回2失点の好投。その後は救援に回り、チームの弱点を補った。「疲れはない。あすになれば分からないけど」と屈託なく笑った22歳のルーキー右腕は、間違いなく日本一の立役者だった。
◎牧田、貴重な一発
 悲願の日本一へ。Kスタ宮城を埋め尽くしたファンの後押しを受け、イヌワシ打線が奮い立った。巨人の先発杉内を早々に攻略、主導権を握った。
 一回。2死から銀次の死球とジョーンズの二塁打などで二、三塁。続くマギーの痛烈な遊ゴロが坂本の失策を誘い、幸先よく先制した。二回は2死二塁から、岡島が前進守備の左中間を破る二塁打。「絶対に打つ、絶対に勝つ、その気持ちだけだった」。今季を象徴するような打線のつながりで杉内をKOし、巨人のゲームプランを崩した。
 大きかったのは3点目。左腕対策で先発した9番牧田が四回、2番手の右腕沢村から左越えソロ。2ボール2ストライクからの5球目、スライダーに「食らいついて一生懸命打った」。リードを広げ、その後の味方の継投を楽にした。
 牧田は今季、中軸として期待されながらけがに泣き、レギュラーシーズンは計27試合の出場にとどまった。9月、マジックナンバーが点灯しチームが初優勝へと突き進む中、2軍で調整していた。「俺の野球人生、こんなんで終わるのかな」。さみしそうにつぶやいた姿が忘れられない。
 球団創設時からのメンバーは牧田、中島、小山伸、そして、シリーズ中に戦力外通告を受けた高須の4人だけ。「出たくても出られず、辞めていく人がいる」。思い返せば3月30日の開幕2戦目、5番・右翼で出場した牧田が決勝2ランを放ち、チームに初勝利をもたらした。そして、ことし最後の試合で価値ある一発。球団の歴史を知る31歳の意地を見た。(佐藤理史)
◎田中締め、魂の15球
 田中が杜の都で伝説となった。九回、代打矢野を空振り三振に仕留め、日本一を決めると、両拳を天に突き上げた。「意気に感じた。この舞台を用意してくれたチーム、観客の皆さんに感謝したい」
 3−0のこの回、エースの名がコールされると、球場が大歓声に沸いた。2日の第6戦で160球を投げ完投したばかり。それでも「情けない投球をした。出番をもらえるなら、いつでもいくつもりだった」。気合十分だった。
 先頭村田に150キロを中前に運ばれたが、この日はスプリットボールの切れが戻った。続く坂本(青森・光星学院高出)にはこの球種を3球続け空振り三振、ボウカーは150キロの速球を見せ球にし4球目で一ゴロ。ロペスに安打を許したが、最後もスプリットボールで切り抜けた。魂のこもった15球を投げ終えると、嶋とマウンド上で抱き合った。
 レギュラーシーズン24連勝など、プロ野球の歴史を塗り替えた。リーグ優勝を決めた9月26日の西武戦、CS突破を決めた10月21日のロッテ戦でも最後を締めた。日本シリーズ優勝のマウンドでも、歓喜の中心には田中。「ことしの野球界の主役は俺たち東北楽天だ」。2月に沖縄県久米島の浜辺で高らかに宣言した誓い。今月1日に25歳になったばかりの右腕は、見事に成し遂げて見せた。
 東北の地で日本一の夢をかなえ、田中伝説の第1章はハッピーエンドで完結した。来季は米球界挑戦も見据えており、この日が東北楽天での最後の雄姿となる可能性もある。日本一2連覇の夢か、新天地で夢を追うのか。伝説は第2章へと続く。(佐藤琢磨)
◎チームけん引/松井、精神的支柱/嶋は扇の要成長
 2人のリーダーが東北楽天をけん引し、日本一へと導いた。主将2年目の松井と扇の要の捕手嶋だ。
 松井にとって、東北の地でつかんだ日本一は、西武、米大リーグ時代を含め初の頂点だ。華麗なプレーはもちろん、精神面でもチームを支えた。
 ピンチでは何度もマウンドに駆け寄り、投手に声を掛けた。「一つずつアウトを取ろう」「ここが踏ん張りどころだぞ」。22歳の則本は「落ち着くし、本当に心強い」と感謝する。
 グラウンド外でも頼もしい。若手がミスをすると、食事へ誘って気分転換を促した。日本シリーズ中の10月28日には都内の自宅に藤田、ジョーンズらを招きパーティーを開いた。「みんな気持ちが張り詰めているから」。そんな松井を岡島は「最高のキャプテン」、藤田も「お兄ちゃんみたいな存在」と慕う。
 松井は「特別なことはしなかった。嶋や藤田が僕と若手をつないでくれた」と謙遜するが、厳しい言葉ではなく包むような明るさでリードする背番号7の存在は大きい。
 「みんなで頑張った日本一。本当に感謝している。実感はこれからどんどん湧いてくるでしょう」。日本一を決めホッとした表情で話した。
 嶋はシリーズ中、巧みなリードで先発投手陣の好投を引き出した。内角球を増やすなど、シーズン中とは違う配球でデータの裏をかいた。
 若い投手が増え、リードに対する考え方は微妙に変化した。「投手に無理な要求するのは独り善がりだった」。今は打者の弱点を突くことに執着せず、各投手の長所を生かし、自信のある球を気持ち良く投げてもらうよう心掛けている。
 その結果、信頼関係は強化された。ベテラン斎藤ですら「マウンドでは嶋を信じて腕を振るだけ」と語るほど。リーダー格の小山伸は「田中がプレーでのカリスマなら、嶋は人間的なカリスマ性がある」と評する。
 野村監督時代の2009年のクライマックスシリーズでは先発マスクを任されなかった。あれから4年。自己最多の134試合に出場し、チームは日本一に。「優勝チームに名捕手あり」。野村氏の言葉を体現するまでに、嶋は成長した。(佐藤琢磨、佐藤理史)
◎選手ひとこと
<ジョーンズ外野手>
「全てが本当にタフなゲームだったが、巨人という昨年の覇者を倒して、日本一になれたことが最高だ」
<マギー内野手>
「手ごわい巨人を相手に優勝できてうれしい。巨人には敬意を表する。(自分の成績以上に)何よりチームが勝つことができて良かった」
<岡島豪郎外野手(二回に左中間へ適時二塁打)>
 「田中さんの160球を無駄にしないようにと、選手の間で話をしていた。何が何でも打つという気持ちだった。(捕手登録だが夏場から右翼に定着)あっという間でした」
<中島俊哉外野手(6番・左翼で先発出場)>
 「うれしい。何とも言えない。ヒットが出れば最高でした。チーム創設時からいるので、本当に感無量です」
<斎藤隆投手(地元での日本一)>
 「全然実感が湧かなかった。(時間がたてば)もっとじわじわくるのかなと思う。東北の皆さんが楽天のために、いろいろな思いを込めて応援してくれた。熱いものがある」
◎どん底から頂点へ/2004年創設、1年目の05年97敗
 東北楽天は球界再編問題を経て、12球団代表らによる実行委員会とオーナー会議が2004年11月2日、パ・リーグ参入を承認、プロ野球50年ぶりの新球団として誕生した。話題性は高かったが、道は険しかった。
 オリックスと近鉄の合併球団のプロテクト(優先保有)から外れたメンバーでスタートした。04年の秋季練習では「寄せ集め集団」と言われ、背番号もない真っ白なユニホーム姿は「高校球児みたい」とやゆされた。
 05年は開幕戦に3−1で勝ったが、翌日は0−26の記録的大敗。38勝97敗1分けで最下位に沈み、首位とは51.5ゲーム差、5位にも25ゲーム差をつけられ、田尾監督は1年限りで解任された。
 06〜09年は野村監督が指揮を執り、最終年に2位で初のクライマックスシリーズ出場を果たした。しかし、10年はブラウン監督の下で最下位とまた低迷。星野監督就任1年目の11年は東日本大震災が起きた。勝ち越したシーズンは昨年まで09年の1度だけだった。どん底から9年目、一気に頂点へ上り詰めた。
<東北楽天のレギュラーシーズン年度別成績>
   年  勝  負  分 順位     差 監督
2005 38 97  1 6位  51.5 田尾
  06 47 85  4 6位  33.0 野村
  07 67 75  2 4位  13.5  〃
  08 65 76  3 5位  11.5  〃
  09 77 66  1 2位   5.5  〃
  10 62 79  3 6位  15.0 ブラウン
  11 66 71  7 5位  23.5 星野
  12 67 67 10 4位   7.5  〃
  13 82 59  3 優勝☆       〃
(注)差は首位とのゲーム差、☆は日本シリーズ優勝


ハンセン病家族補償/差別解消へどう取り組むか
 置き去りにされてきた被害の回復に向け、大きな一歩となるだろう。ハンセン病元患者の家族らに対する補償法案の骨子がまとまった。
 議員立法で家族救済を目指す超党派の国会議員グループが、補償額を1人最大180万円とする基本方針を決定した。開会中の臨時国会に法案を提出する。
 ハンセン病患者への国の誤った隔離政策により、家族らも長年、差別や偏見にさいなまれてきた。その被害回復に一定の道筋が付いたことは歓迎したい。だが、これでハンセン病を巡る問題が全て解決されるわけではない。
 一人一人が今なお残る差別や偏見に向き合い、払拭(ふっしょく)に努める必要がある。国や自治体は、実効性のある啓発や取り組みが求められよう。このような事態を二度と招かないよう、ハンセン病を巡る歴史の検証も不可欠だ。
 法案前文では「国会および政府」を主語とし、「悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびする」と明記する。国は責任をあいまいにしてきた姿勢を改め、全力で救済・支援策を実施しなくてはなるまい。
 救済措置の焦点は補償額と対象の範囲だった。基本方針では、補償額は6月の熊本地裁判決で示された1人30万〜130万円(弁護士費用除く)に上積みした。ただし、親族関係によって130万円、180万円と差をつけた。
 範囲については、元患者の親子、配偶者、きょうだいのほか、地裁判決が「家族」に含めなかった同居のおい、めい、孫らも対象とした。地裁が原告の請求を棄却した2002年以降の被害も補償する。米国統治下の沖縄、戦前の台湾や朝鮮半島での被害補償も盛り込んだ。
 より幅広い救済へ道を開いた格好だ。裁判に参加しなかった人も含めて補償し、対象者は全国で2万〜3万人になる見通しという。
 だが、補償制度ができたとしても、差別や偏見を恐れて補償の申請をためらう人も多いだろう。国は制度の周知徹底を図ると同時に、被害家族の把握、家族らが名乗り出やすい環境整備に努めなくてはならない。
 ハンセン病を「恐ろしい伝染病」とした国は、患者の子どもを「未感染児童」として収容・隔離した。同居していた家族は監視の対象だった。患者はかつて「らい病」と呼ばれ、患者のいない地域をつくる「無らい県運動」が官民一体で展開された。
 地域社会からの疎外、就学・就労の拒否、結婚差別…。元患者の家族は憲法が保障する人格権や婚姻の自由などが侵害されたほか、家族関係の形成も妨げられた。
 そうした歴史を直視し、国は被害実態を検証する責務がある。補償にとどまらず、断絶した家族関係の修復や困窮する生活のサポートなど幅広く支援策を検討してほしい。


[首里城再建]検証作業が欠かせない
 首里城の正殿などが焼失した火災からきょうで3日となる。沖縄の歴史と文化の象徴を失った衝撃はあまりに大きいが、悲しみが深い分、それを乗り越え、再建を求める声が日に日に高まっている。
 玉城デニー知事は火災翌日、首相官邸に菅義偉官房長官を訪ね、早期再建に向けての支援を要請した。
 県関係の国会議員10人も与野党の枠を超え、超党派で異例の要請を行った。
 那覇市をはじめとする自治体も、ふるさと納税による支援金の受け付けを始めている。
 動きは民間にも広がる。
 日本トランスオーシャン航空(JTA)などはマイルによる寄付を呼び掛ける。本社など県内8メディアは県民募金を共同でスタートさせた。
 県内外に設置された募金箱には、再建を願って支援を申し出る人が途切れないという。
 政府が「財政措置を含めて、やれることは全てやる」と異例のスピードで支援を約束したのは、首里城を心のよりどころとする県民の思いをくんでのことだと思う。観光資源としての重要性も強く意識してのことだ。
 一日も早く再建してほしいという県民の気持ちは痛いほどよく分かる。支援の動きも心強い。
 しかし再建に向けた機運の高まりと同時に忘れてはならないのは、沖縄戦をくぐり抜けた貴重な美術品や苦労してよみがえらせた文化遺産を一夜にして焼失させてしまったという事実だ。
■    ■
 県から首里城の運営を委託された「沖縄美ら島財団」の記者会見で、絵画や漆器など1500点以上の収蔵品のうち、少なくとも400点超が焼失したことが新たに判明した。その中には「雪中花鳥図」など尚家に関する資料が多く含まれている。
 出火原因などの調査は県警と消防に任せるとしても、管理者としての県には、今回の火災をあらゆる面から検証し、県民に報告する義務がある。
 そもそも首里城正殿などを管理する県と、運営を委託された指定管理者の美ら島財団との間で、どのような防火体制がとられていたのか。
 初期消火のための放水銃が使えないという「想定外」はなぜ起こったのか。
 詳細が分かっていない焼失美術工芸品の一覧と、その歴史的・文化的価値についても示さなければならない。
 これを機に、県立博物館や那覇市歴史博物館など貴重な文化財を所蔵する施設の防火体制についても点検作業が必要だ。
■    ■
 玉城知事は復帰50年にあたる2022年までに再建計画を策定する考えを示している。
 だがまず取り組まなければならないのは検証委員会の設置である。首里城の復元作業に深くかかわった有識者らをメンバーに、「なぜ守れなかったのか」を冷静かつ徹底的に議論してもらいたい。
 検証委員会の報告を再建への一歩とし、再建への歩みを、沖縄の歴史を学び、文化を見つめ直す機会とすべきだ。


首里城の収蔵品焼失 一日も早く詳細な調査を
 ちょうど30年前の今日、那覇市の首里城では正殿の復元起工式が行われた。正殿復元はその3年後の1992年だ。11月3日は毎年多くの関連行事が行われていたが、今年は首里城の火災で中止された。大きな喪失感が漂う。
 火災前、首里城内には琉球王国ゆかりの絵画や漆器、書跡、染織品など約1510点が保管されていた。だが、正殿など主要な建造物7棟が焼けた10月31日の火災で、このうちの少なくとも400点を超える収蔵物が焼失した可能性が高いことが分かった。極めて残念でならない。
 全焼した正殿には、復元された扁額(へんがく)「中山世土」や同じく「玉座」、複製の「玉冠」など6件7点が常設展示されていた。南殿には現存品である「大龍柱残欠」など4件4点があった。そのほか北殿に1点、書院・鎖之間(さすのま)に2件2点の常設展示物があった。
 「寄満(ゆいんち)」と呼ばれる建物の多目的室には、琉球王族である尚家に関する史料など131件407点が収蔵されていた。これらも焼失した可能性が大きいという。
 史料的価値も高いこうした収蔵物の損失は、琉球の歴史や芸能・文化研究にとって大きな痛手であることは論をまたない。沖縄の象徴である首里城の崩落に衝撃を受けた人々の悲しみをさらに倍加させるものでもある。
 火災に見舞われた施設内では、県立埋蔵文化財センターや個人から借用していた計9件14点も保管していた。組踊上演300年記念特別展の関連品も紹介されていた。
 一方、残る1000点余りの収蔵物は南殿と寄満の収蔵庫に収められていた。県指定文化財の絵画や工芸品なども含まれている。この二つの収蔵庫は耐火性能があるが、中の状態はまだ分からない。
 城跡の石積みや基礎などの遺構は正殿地下に保存されていたが、これらの状態も分かっていない。いずれも無事を願わずにはいられない。
 1500点余りの中に国宝や国の重要文化財などはないというが、収蔵品は首里城が焼失した沖縄戦を経て、多くの関係者の長年の努力で戦後集められている。沖縄の人々の心のよりどころであり、国内外に誇りうる「宝」であることに違いはない。
 首里城を管理・運営する一般財団法人沖縄美ら島財団の花城良廣理事長は、火災の発生や状況報告の遅れについて謝罪した。火災現場では警察や消防による原因調査がまだ行われているが、財団は収蔵品全体の現状について詳細を速やかに調査し、報告しなければならない。その動向を多くの県民が注視している。
 専門家からは歴史的建造物として価値を維持しつつ、収蔵物を守るための頑丈な保管場所を併設する難しさを指摘する声もあるが、沖縄の宝をこれ以上失ってはならない。今回の悲劇を踏まえ他の機関でも収蔵物の保全状況について緊急点検する必要がある。


首里城焼失 早期再建へ知恵集めよう
 中世琉球の歴史や文化を象徴してきた首里城が焼失した。正殿や北殿が全焼するなど、主要7棟の計4千平方メートル以上が損なわれた。沖縄県民が受けた衝撃と悲しみは計り知れない。
 太平洋戦争末期の沖縄戦でも全て焼け落ち、30年かけて建物が順次復元されてきた。県民の心のよりどころだったことは言うまでもない。
 正殿内から出火した可能性が高い。スプリンクラーがなく、木造の建物に一気に火が回ったとみられる。木造建物の塗装には沖縄独特の赤い「桐油(とうゆ)」を使っていたことが火勢を強めた可能性がある。
 文化庁も原因究明のため調査官を派遣した。歴史的な遺産を守るための防火体制や管理状況を、全国各地で検証していかねばなるまい。
 焼けたのは建物ばかりではない。所蔵される絵画や漆器400点以上も失われたとみられる。正殿地下にある遺構や城壁などの城跡は2000年、世界文化遺産に登録された「琉球王国のグスクおよび関連遺跡群」の一部だが、こちらの被害は不明だ。正殿などの建物は世界遺産の対象外のため「危機遺産」への指定はないとみられるが、今後の動きを注視したい。
 首里城は15世紀から19世紀にかけて続いた琉球王国の王城で、日本の城とは趣が違う。琉球は中国などとの海洋貿易で栄え、独自の文化を生み出してきた。城はこれまで4回焼失しては再建が繰り返されてきた。
 沖縄戦に巻き込まれて焼失して以降、主な施設が復元されたのは1992年だった。建物に天然の漆を塗り、柱には竜の彫刻が施され、琉球建築が再現された。戦争で多くの資料が失われた中、戦前の写真や古文書を基に調査や考証を重ねた。困難な作業だったに違いない。
 明治以降、沖縄は日本の一つの県となった。それだけに首里城再建は、東アジアに独自の地位を築いた歴史を思い起こす象徴にもなったはずだ。県民ぐるみで継承を続ける沖縄の言葉「しまくとぅば」とともにウチナンチュー(沖縄人)の守るべき「遺産」と言えるだろう。
 観光が主要産業だけに焼失は経済的にも痛手だ。年間観光客はハワイとほぼ同じ約1千万人に達し、首里城は3割が訪れる沖縄観光の中核である。台湾や中国、香港などアジアの観光客にも人気だ。ビーチリゾートのイメージから観光の質を高めたことも忘れてはなるまい。
 世界遺産のノートルダム寺院(パリ)が4月に焼失して以後、文化庁が国内の文化財の防火体制強化を呼び掛け、支援していた。しかし首里城は国宝や国の重要文化財でなく対象外だった。同じ復元建物である大阪城や名古屋城天守閣などの防火対策も急がれる。
 国や県は本土復帰50年の2022年までに首里城の再建計画を策定する考えを示している。しかし課題は多い。赤瓦などの職人や宮大工が高齢化して人手が足りなくなっている。主要材のヒノキも全国的に不足がちで、確保は簡単ではあるまい。何らかの手だてが不可欠である。
 国連教育科学文化機関(ユネスコ)は支援に前向きな姿勢を示し、国内外で募金活動も始まった。多くの知恵を集め、再建に全力で取り組んでいく態勢を整えよう。


首里城全焼 沖縄と心を一つに再建を
 激しい炎に包まれ、崩れ落ちる建物。悲痛な叫び声が耳から離れない。心のよりどころをなくした沖縄県民の喪失感はいかばかりか。胸が痛む。必ず再建を果たしたい。
 沖縄のシンボルとも言える那覇市の首里城で火災が発生した。正殿と北殿、南殿が全焼するなど、主要7棟の計4千平方メートル以上が焼けた。
 丘陵の上に建つ首里城は、450年にわたって琉球王国の政治、文化の中心地だった。
 明治政府が「琉球処分」を行い、軍隊を派遣して最後の国王を追放したのが1879年。
 太平洋戦争末期の1945年、沖縄戦で地下に日本軍の司令部壕(ごう)が造られたため、米軍の攻撃を受けて全て焼失した。
 戦後の米国統治下に県が守礼門などを復元し、本土復帰を経て国が89年から本格的な整備に乗り出した。
 国王らの儀式が行われた正殿、中国の使節を接待した北殿などが92年以降に順次復元され、今年2月に一連のプロジェクトが完了したばかりだった。
 複雑な歴史があり、今も米軍基地が集中する沖縄の人々にとって、琉球王国の栄華を伝える首里城は精神的支柱と言える。
 復元された建物は対象外だが、首里城跡を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺産群」は2000年に世界文化遺産に登録されている。
 玉城デニー知事は「必ず復元する」と述べ、安倍晋三首相も「政府として再建に取り組む」と表明した。沖縄の苦難の歴史に思いをはせ、私たちも再建を後押ししたい。
 首里城は14世紀に最初の建物が建てられ、焼失と再建を繰り返してきた。今回もまた立派に再建されることを願いたい。
 悲劇を繰り返さないため、防火対策を一層強化していかなければならない。
 火が出たのは正殿の内部とみられている。出火の約1時間前まで、現場周辺ではイベントの舞台や照明やぐらの設営が行われていた。
 出火原因は今後の調査に委ねられるが、見逃せないのは燃え落ちた正殿と南殿、北殿にスプリンクラーが設置されていなかったことだ。
 水の膜で延焼を防ぐ設備は一部にあったものの、宿泊などが想定されていないため消防法でスプリンクラーの設置は義務付けられていないという。
 仮に設置されていれば被害が小さく済んだかもしれないと考えると、残念でならない。
 木造建築が多い日本ではこれまでも、法隆寺金堂や金閣寺など貴重な建造物を数多く火災で失っている。
 海外では今年4月にフランス・パリの世界遺産ノートルダム寺院が燃え、高さ90メートルの尖塔(せんとう)が焼け落ちた。これを受けて文化庁は国宝や重要文化財の防火対策指針を9月に策定していた。
 大切な建造物を守るため、最新技術も活用しながら防火対策の強化に取り組む必要があろう。私たち一人一人も、改めて防火意識を高めていきたい。


首里城全焼/沖縄の痛み計り知れない
 沖縄独自の国家、琉球王国の歴史を伝える那覇市の首里城で火災が発生し、「正殿」など主要な建物が全焼した。
 首里城は、15世紀から19世紀まで約450年間沖縄を統治、日本や中国などアジア各国との海洋貿易で栄え、多様性にあふれる文化を築きあげた琉球王国の王城だった。
 太平洋戦争末期の沖縄戦で1945年に全て焼失したが、92年以降、主要な建物が復元された。沖縄の歴史的なシンボルで、県民の心のよりどころともいわれる。象徴が焼け落ちる光景に県民の心の痛みは計り知れない。
 だが沖縄が築いてきた歴史と、それに根付く誇りまでが火災によって失われたわけではない。原因究明を急ぐとともに、防火対策に不備はなかったのか徹底的に検証する必要があろう。その上でシンボルの復元をもう一度、目指してもらいたい。再建に向けて国も支援を検討すべきだ。
 小高い丘の上にある首里城は鮮やかな朱色の正殿などが「御庭(うなー)」と呼ばれる中庭を囲む形で建てられ、修学旅行生ら多くの旅行者が訪れる史跡だった。
 復元された建物自体は対象外だが、首里城跡を含む「琉球王国のグスクおよび関連遺跡群」は2000年に世界文化遺産に登録され、同年の九州・沖縄サミットでは首脳夕食会の会場となった。
 火災は10月31日未明に発生したとみられ、正殿や北殿、南殿などの主要施設が全焼した。正殿は木造だが、スプリンクラーは設置されていなかったという。
 貴重な文化財の火災は国内外でたびたび発生している。今年4月にはパリの世界遺産ノートルダム寺院で火災が起きた。失われるのは後世に伝えるべき貴重な歴史の遺産だ。再発防止の対策を徹底すべきだろう。
 首里城は、日本本土とは異なる歴史から成り立つ沖縄を象徴する存在だった。沖縄本島を割拠した北山、中山、南山を15世紀に統一した琉球王国は、首里に居城を置き、日常の執務も行った。首里城やその周辺では、各国の文化を取り入れた独自の芸能、音楽が演じられ、文化・芸術の中心地でもあった。
 だが沖縄の苦難の歴史を体現する存在でもある。1609年に沖縄に侵攻した薩摩藩は首里城を攻略して支配。1879年に明治政府は軍隊を派遣して「沖縄県」を強制的に設置する「琉球処分」を行い、首里城を奪われた琉球王国に終止符が打たれた。さらに沖縄戦での米軍の激しい攻撃である。大国の間で翻弄されてきた歴史が首里城には刻まれてきたと言えるだろう。
 ただ沖縄が独自の王国であったというアイデンティティーは、今でも根強く生きている。沖縄県と政府の対立が続く米軍基地の移設問題にも、それは表れている。
 昨年、急死した翁長雄志前県知事は、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設への反対で、「イデオロギーよりアイデンティティー」と訴え、保守と革新の壁を乗り越えた「オール沖縄」の枠組みを作り上げた。玉城デニー現知事もその理念を引き継ぎ、政府と対峙する。歴史に裏打ちされたアイデンティティーだ。
 焼け落ちた建物は、もう一度建て直せる。歴史への誇りを胸に、県民の心をあらためて一つにして復元に取り組んでもらいたい。


首里城火災で産経が沖縄叩きフェイク! 記事本文で自衛隊ヘリに適さない火災と認めながらタイトルとツイートで「県が自衛隊を要請せず」
 沖縄県・首里城火災をめぐって「韓国人か中国人が放火」「パヨクか外国スパイに放火されたのか」「プロ市民の仕業」などのデマが拡散されたことは、先日、本サイトでも報じたが、もう一つ、ネトウヨ連中がこの火災にかこつけて展開しているのが、米軍辺野古基地建設に抵抗する玉城デニー知事や沖縄県へのデマ攻撃だ。
 たとえば、火災から数時間たった10月31日朝には、SNS上で「首里城より韓国‼️」「貴重な観光資源の消失を目にしてもお出かけですかい」などと、首里城炎上の最中に玉城知事が韓国に出かけたかのような声が上がり、それをまとめサイトが拡散した。しかし、玉城知事が観光PRのために韓国を訪問したのは火災の前日の10月30日で、玉城知事は火災の一報を聞きつけ、予定を切り上げて正午には沖縄に戻ってきていた。これのどこが「首里城炎上をほったらかして韓国訪問」ということになるのか。安倍政権の基地政策に抵抗する知事を攻撃する悪質なデマというしかない。
 また、首里城正殿にスプリンクラーなどの消火設備が設置されていなかったことが報道されると、今度は「沖縄県の管理体制のせい」「沖縄県は防災意識や保安意識、危機管理能力が著しく低い」などの攻撃が展開されたが、これもいちゃもんとしか思えないものだ。
 そもそも首里城には、消防法でスプリンクラー設置義務がない。また、文科省が文化財にスプリンクラー設置を推奨する文書を配布していたことを持ち出しあげつらう声もあったが、推奨の文書が配布されたのは今年9月。すぐに導入を決定したとしても、今回の火災に間に合ったとは思えない。しかも、首里城正殿は2019年2月まで沖縄県でなく国が管理しており(その後、沖縄県に管理が移行され、沖縄美ら島財団が管理を委託された)、その国が2013年12月までに「放水銃」と呼ばれる消火設備1基を撤去していたことが琉球新報の報道で明らかになっている。この経緯を見れば、少なくとも沖縄県だけに管理責任があるわけではないことは明白だろう。
 しかも、こうしたデマを流しているのは、ネトウヨだけではない。安倍政権御用の産経新聞も、首里城焼失に乗じて沖縄県・玉城知事攻撃のためのフェイクニュースを仕掛けていた。
 11月1日、産経新聞のサイト「産経ニュース」が、「首里城火災で陸自ヘリ投入できず 沖縄県が独自機投入を模索中」というタイトルの記事を掲載。公式ツイッターがこの記事を紹介する形で、こんな投稿を行ったのだ。
〈陸自ヘリが消火活動に参加するためには沖縄県が災害派遣要請を行う必要がありますが、県防災危機管理課は要請を検討しなかったといいます。〉
 これを読むと、沖縄県は本来、自衛隊に消火活動を要請すべきだったのに、要請を検討しなかったとしか解釈できない。言外には、玉城知事が反日左翼だから自衛隊嫌いだから出動要請を検討しなかった、というニュアンスさえ感じられた。
本文で「首里城火災では難しい」としながらツイートでは「県は自衛隊に派遣要請を検討しなかった」
 しかし、これ、完全にフェイクなのだ。そもそも、自衛隊の消火ヘリは山火事などの大規模火災に出動するもので、都市部の火災には適しておらず、実際、投入されるケースはほとんどない。要請を検討しないのは当たり前なのである。
 実は、当の産経も記事の本文を読むと、「ヘリでの消火活動は数トンの重さの水を落とすので、周辺への影響もある。都市部ではヘリによる消火活動はできない」という県の担当者のコメントを掲載しているうえ、地の文でも〈首里城火災のケースではヘリコプターの活用は難しいのが実情だ。〉とはっきり書いてあった。
 ようするに、産経は首里城火災が自衛隊出動に適した火災でないことをわかっていながら、タイトルやツイッターでは、あたかも沖縄県が政治的な理由や怠慢で検討しなかったかのように煽ったのである。
 この報道には、地元でも批判が巻き起こっている。沖縄タイムスの阿部岳記者もツイッターで〈産経新聞、あんまりだ。ツイートを削除し記事に沿った内容に改めてください。〉と、ツイートしていた。
 しかし、産経は明らかに確信犯だろう。災害時の「自衛隊に出動を要請しなかった」「自衛隊出動を妨害した」といったデマは、阪神淡路大震災のときの村山富市首相、阪神大震災や東日本大震災のときの辻元清美氏など、リベラル系政治家に対する攻撃の定番となっている。辻元清美のケースでは、まさに産経が裁判で訴えられ、名誉毀損、事実無根であることが確定している。今回もそのパターンを狙ったものの、事実関係は全く違っていたため、タイトルとツイートでフェイクを拡散したのではないか。
 これまでも安倍政権を擁護するため、野党や批判勢力に対するデマを散々振りまき、沖縄では米軍基地反対派へのフェイクを拡散し続けてきた産経新聞。しかし、首里城火災という事件まで利用するとは、その悪質さはほとんどネトウヨ系ニュースサイトと同じレベルになってしまっているという他ない。


民間試験見送り/受験生本位の制度へ議論を
 2020年度から始まる大学入学共通テストで予定されていた英語民間検定試験の導入が見送られた。試験開始まで5カ月を切った段階での延期に、試験に向けて努力してきた高校生の間で動揺が広がっている。政府は混乱を生じさせた責任に向き合う必要がある。
 導入予定だった新制度は、英語の「読む・聞く・話す・書く」の四つの技能を測るため、英検やGTECなど6団体、7種類の民間試験から選んで来年4〜12月に2度まで受験できる仕組みだった。
 しかし、教育関係者からは試験会場が都市部に偏在していたり、試験によっては受験料が1回2万円を超したりするなど、地方や家計が苦しい受験生にとって不利となる可能性が指摘されてきた。
 萩生田光一文部科学相は、1日の会見で「自信を持って受験生に薦められるシステムになっていない」と、延期の理由を述べた。地域格差や経済格差を助長するような制度であったことを認めた発言であり、延期は当然だろう。
 ただ、なぜ欠陥が指摘されている状況を改善することもせず、これまで推進してきたのか。「教育の機会均等」を定める教育基本法に逆行するような行政運営は、厳しく非難されなければならない。
 文科省は今後、関係者を集めた検討会議で1年をかけて試験制度の抜本的な見直しを議論する。新制度は、現在の中学1年生が受験生となる24年度をめどに導入を検討する。それまでの間、共通テストの英語は、大学入試センターがつくる試験問題のみで実施する。
 そもそも、受験者が全国で50万人を超えるテストの一部を、民間に「丸投げ」してしまうような仕組みに無理はなかったのだろうか。数年後にまた受験生に混乱を招くような制度をつくることは認められない。検討会議では、「受験生本位」の公平で公正な英語の試験が実施されるよう徹底した議論を尽くしてもらいたい。
 民間試験導入が抱えていた問題点が改めて注目されたのは、萩生田氏がテレビ番組で「身の丈に合わせて頑張って」と述べた発言だ。地域や経済環境による格差を容認するような失言だとして批判され、撤回に追い込まれた。
 萩生田氏は発言について「(延期の)判断に影響していない」と語っているが、制度の課題を直視せずに軽率な発言をした自らの資質が問われていることを自覚すべきだろう。国会には、萩生田氏のもとで新たな試験制度の議論が行われる状況がふさわしいのかどうかについて、十分に審議することを求めたい。


民間試験見送り 受験生本位で新制度練れ
 2020年度開始の大学入学共通テストに導入される予定だった「英語民間検定試験」の見送りが決まった。住む地域や親の収入によって「格差」が生じるなど受験の公平・公正さが危ぶまれる問題が指摘されてきただけに、導入の見送りは当然だ。
 英語の民間試験導入は、大学入試改革の目玉の一つだった。現行の大学入試センター試験の「読む・聞く」中心から「書く・話す」を含む4技能を充実させ、実際に使える英語力を身につけさせるのが狙いとされる。
 受験生は英検やGTECなど6団体7種類の試験を活用し、20年4〜12月に最大2回受験する。成績は大学側に提供して出願資格にしたり、大学独自の試験に加点したりして利用する予定だった。
 萩生田光一文部科学相は、見送りを発表したおとといの記者会見で、その理由として「自信を持って受験生に薦められるシステムになっていない」と制度の不備を挙げた。今後は、民間試験活用の是非も含め、1年をめどに仕組みの抜本的な見直しを議論。その上で24年度の新制度導入に向けて検討するとしている。
 グローバル化の中で、総合的な英語力を身につけることは重要で、改革の方向性はうなずけよう。だが、数十万人が大学入学を目指して挑む入試に導入するとなれば、懸念材料は多い。
 何より気になるのが、入試の基本である公平・公正さの担保だった。
 受験会場の多くが都市部に限られ、へき地や離島の受験生は多額の交通費や、場合によっては宿泊費も必要となる。受験料にしても最低で1回5800円、最高は2万5千円を超える。地方の家計の苦しい受験生には不利と言えよう。成績評価の面でも、趣旨や難易度の異なる民間試験の成績を同じ物差しで比較するため、正確性に欠けるとの指摘もあった。
 こうした問題は早くから指摘され、9月には全国高等学校長協会が文科省に実施延期を申し入れた。引き返すチャンスは何度もあったはずだが、文科省は「20年度の実施ありき」で突き進んだ。いまさら「自信を持って薦められない」では済まされまい。
 今回の決断を勢いづかせたのは、萩生田氏が格差を容認したとも受け取れる「身の丈に合わせて頑張って」との発言である。民間試験の問題点をくしくも浮き彫りにし、批判の高まりに危機感を強めた官邸の意向が働いたとも言われる。受験生への配慮より政治的な思惑によってストップがかかった印象は拭えない。
 制度開始まで5カ月を切った中での導入見送りに、受験生や教育現場には戸惑いがあろう。受験生を振り回した文科省の責任は重い。今後の検討に当たっては、今回の失敗をしっかり検証し、受験生本位で試験の在り方を根本から見直し、新たな制度構築につなげてほしい。


英語民間試験延期 受験生置き去り 文科省は猛省を
 多くの高校生が怒り、あきれているだろう。いささかの皮肉を込めるなら、生徒らが政治に関心を持ち、自らのこととしてとらえる主権者教育の格好の教材となった点では、意味があったと言えるかもしれない。
 経済格差や地域格差を広げるなどと教育関係者から懸念が上がっていた大学入学共通テストへの英語民間検定試験の導入。萩生田光一文部科学相が「自信を持って受験生に薦められるシステムになっていない」と、2020年度からの実施を見送ると発表した。
 延期、見直しを求める声に対して、文科省がようやく重い腰を上げたというなら評価もできよう。しかし実態は、相次ぐ閣僚の辞任に加え、この問題について「身の丈に合わせてもらえれば」と格差を容認するかのような萩生田氏の発言もあり、政権が「火消し」に走った側面が大きい。最初から最後まで受験生を置き去りにした無責任な対応だと言わざるを得ない。
 そもそもなぜ、これほど不備の多い試験を強引に推し進めようとしたのか理解に苦しむ。文科省は受験生や教育現場を振り回したことを猛省し、これまでの経緯を検証すべきだ。
 20年度から始まる共通テストで、民間試験の導入は目玉だったにもかかわらず、早い段階から批判されてきた。その一つは都市部と地方で受験機会に差がある点だ。6団体7種類の試験のうち、全都道府県に会場を設けるのは2種類だけ。残る試験の会場は都市部が中心だ。
 受験料の負担も大きい。2万円を超える試験もあり、最も安いものでも5千円を超す。遠隔地に住む生徒はさらに、移動経費や宿泊費もかさむ。高校1、2年時に「練習」として民間試験を受験しておくことも可能だが「受験できるのは、都市部で所得の高い世帯の子どもだけ」という指摘ももっともだろう。
 「読む・書く」に加え「話す・聞く」の4技能を育むという導入趣旨については理解を示す向きも多かった。ならば文科省がすべきは、受験料の減免・平準化や遠隔地の受験者への補助といった負担軽減策を真摯(しんし)に考え、実行することであった。それこそが教育基本法がうたう教育の機会均等にかなうものだ。大学入試に民間試験を組み込む複雑な改革にもかかわらず、これまでの取り組みは、あまりに現場任せにしすぎた。
 全国の大学、短大の6割が民間試験を利用する方針だっただけに、見送りによるさまざまな混乱も予想される。開始まで5カ月を切った中での変更で、既に予約申し込みが始まっていた試験もある。混乱回避に向け、支援や情報提供を尽くすのが文科省の責任だ。
 民間試験は24年度をめどに検討し「仕組みを含めて抜本的に見直す」という。受験生が夢や将来を考えて挑む大切な試験である。幅広い声に耳を傾け、可能な限り公平で、安心して臨める仕組みの構築を求めたい。


萩生田大臣「身の丈」発言を聞いて「教育格差」の研究者が考えたこと
大学入試改革が、格差を拡大する可能性
松岡 亮二 早稲田大学准教授
「身の丈」発言と謝罪
萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言に注目が集まっています。
発言があったのは生放送のBSテレビ討論番組。2020年度実施の大学入学共通テストの概要が紹介され、新しく導入される民間英語試験によって受験生の間に「格差」が生じるリスクが取り上げられました。
シンプルに言えば、費用の異なる民間英語試験を2回まで受けることが可能という制度設計や、試験会場が満遍なく準備されていない状況が「不公平」を生むという指摘です。経済的に恵まれていない家庭では試験の受けられる回数も減るだろうし、試験会場から遠方の地域に住む受験生は試験を受けづらいというわけです(交通費の負担も大きくなります)。大臣はこう反論しました。
「そういう議論もね、正直あります。ありますけれど、じゃあそれ言ったら、『あいつ予備校通っててずるいよな』というのと同じだと思うんですよね。だから、裕福な家庭の子が回数受けて、ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれないけれど、そこは、自分の、あの、私は身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで、勝負してがんばってもらえば」1
試験会場が少ない地方の受験者に不利であるという点については、会場追加を試験団体に依頼していると言及した上で、「だけど、人生のうち、自分の志(こころざし)で、1回や2回は故郷(ふるさと)から出てね、試験を受ける、そういう緊張感も大事かなと思うんで」と述べました。
これらの発言に対してインターネットでは強い反発が渦巻き、野党も注目2。大手メディアは批判的な論調で報道しました。
発言から4日後、大臣は説明不足であったと陳謝3。翌朝、大臣は発言の撤回を明言し、再び謝罪しました4。そして「身の丈」発言から8日後の11月1日、民間英語試験の導入延期を会見にて表明するに至りました5。今後は1年かけて民間試験の活用有無も含めて制度を再検討し、2024年度からの実施を目指すということです。
「逆境を乗り越えていけ!」という発想
大臣の発言はどのような考え方に基づいているのでしょうか。
発言撤回翌日の衆議院文部科学委員会6では、
「私は教育格差の拡大を容認している議員ではなくて、どちらかといえば、経済的に困窮されている子供たちの支援を今までもしてきたつもりでおりますので、そういう思いでのエールを送ったつもりだった」
そして、
「いろいろ厳しい環境、いろいろ、それぞれ人によって異なるものがあるけれど、それに負けるな、という思いで発した言葉でございます」
と答弁しています。
これらの弁明も踏まえて、あえて好意的に「身の丈」発言の意図を汲みとるとしたら、こう解釈できないでしょうか。
現状でも予備校などによって教育機会の格差がある。これくらいの制度変更は「身の丈」にあった準備・努力をして、よい結果を出せばいい。それくらいのことはできるはずだ。若者よ、逆境を乗り越えていけ!――そんなところでしょうか。
もしこのような「大丈夫、自分にあったやり方で努力すれば、逆境だって克服できる」という意図が咄嗟の発言の背景にあったとすれば、実のところ少なくない人が大臣の考え方に同意しているのではないでしょうか。「教育機会の格差は周知の事実だが、義務教育があるし、本人のやる気次第。私だって努力してきた」、と。
「生まれによる格差」は、乗り越えられるか
しかし、日本の教育における不公平さ、いわゆる「教育格差」の実態は、このような激励によって容易に克服できる程度のものなのでしょうか7
詳しくは、拙著『教育格差』(ちくま新書)に様々な視点によるデータをまとめたのでお読みいただきたいのですが、端的に述べますと、戦後日本社会はいつの時代も、「出身家庭」と「出身地域」という、本人が選んだわけではない「生まれ」によって最終学歴が異なる教育格差社会です。
日本全体を対象とした大規模社会調査のデータを分析すると、出身家庭の経済状態などに恵まれなかった人、地方や郡部の出身者が低い学歴にとどまる傾向が、どの世代・性別でも確認できるのです(付け加えておけば、日本の教育格差は、経済協力開発機構(OECD)のデータと報告書に基づいて国際比較すると、OECD諸国の中では平均的——日本は国際的に凡庸な「教育格差社会」なのです8)。
このような実態と向き合っていれば、「身の丈」という言葉も咄嗟に出てこなかったのではないでしょうか。
「実態」と「個人の実感」の乖離
では、なぜ、大臣(と無言の賛同をする人たち)は、教育格差の実態を把握できていない、あるいは教育格差が激励によって乗り越えられる程度のものであると過小評価しているのでしょうか。「身の丈」発言の根底にあるのは、データが示す「社会全体の実態」と「個人の見聞に基づく実感」の乖離であると私は考えています。
それはこういうことです。
データは、出身家庭と出身地域という「生まれ」による教育格差が戦後すべての世代・性別に存在していることを明確に示しています。しかし一方で、経済的に恵まれない家庭や地方の出身であっても、大学に進学し卒業して、親と比べて社会的地位の上昇を果たした…そんな知り合いを思い浮かべるのは、それほど難しくはないでしょう。もしかしたら、これを読んでいるみなさん自身が、このケースに当てはまるかもしれません。
実際のデータで考えてみましょう。ここでは「家庭の経済状態」と大きく重なる「父親の学歴」を基準にします。具体的に考えるために、対象を、2015年時点の20代(1986〜95年生まれ)男性に絞ります。
この年齢層の男性で「父親が大卒」の場合、その80%が大卒になりました9。一方、「父親が大卒でない」場合は、本人が大卒となる割合は35%にとどまります。父親の学歴という粗い分類だけで明らかな格差が確認できるのです。
大きな格差ではありますが、裏を返せば、「父親が大卒でない」場合でも本人が大卒になったという人が35%はいることになります。格差は確実にあるけれども、しかし社会的上昇を果たした実例を見つけられないことはない――萩生田大臣の発言の背景には、こうした状況があると言えるのではないでしょうか。
これほど大きな格差ではないですが「出身地域」でも格差は確認できます。大都市圏や大都市部出身だと大卒となる傾向があるのです。
たとえば、先ほどと同じ年齢層の男性だと、大都市出身だと63%、郡部出身だと39%が大卒になりました。もちろん、地方出身でも大卒になる人たちはいますが、それは同じ地域出身の中では少数派ですし、地方の中で相対的に有利な出身家庭の人が大卒になる傾向があります。
もう一つ例を出しましょう。出身家庭の有利・不利を示す「社会経済的地位(SES)」10という指標があり、このSES指標が高いと高学力であることが知られています。
しかしやはり、少子化とはいえ日本は人口規模が大きいので、相対的貧困層の出身であっても高学力の子を実際に見つけることは、そんなに難しくありません。具体的には、近年の子供の人口規模は1学年120万人前後なので、出身家庭のSESが下位16%の層であっても、そのうちの1.2万人ぐらいは高学力(偏差値60以上)です。
同じく家庭のSESが下位16%で高学力ではない約18万人を無視し、何らかの理由で高学力となった1.2万人だけに視線を注げば、「日本は教育格差を乗り越えられる社会だ」と思い込むことができます。
「生まれ」によって「ふつう」が違う
わたしたちは小学校の時点で「生まれ」によって緩やかに学校間・地域間で隔離されているので、何を「ふつう」とするかの基準が異なります11。ですので、データが示す「社会全体の実態」と「個人の見聞に基づく実感」に乖離が存在するのは自然だともいえます。
社会全体の中で自分がどのような「生まれ」なのかを自覚していないと、「生まれ」によって人生の難易度が大きく違うことを想像することすら難しく、教育格差は乗り越えられる程度のものだ、と考えてしまう。さらにはそうした信念を補強する材料として「実例探し」をしてしまうことになります。
データが示すのは全体の「傾向」です。あるデータが特定の傾向を実証していたとしても「例外なくすべてがそうだ」という意味ではありません。「傾向」と一致しない例を意図的に探し出すのはそう難しくないので、その「実例」をもって、「日本の教育格差はたいしたことがない。頑張れば成功できる」ともっともらしい主張ができてしまうのです。
確かに血の通った実例に説得力はありますが、それでよいのなら、どんなに教育格差がひどい国であっても、全体の「傾向」と一致しない「底辺からの成功」の実例を見つけることができます。自分から探そうとしなくても、アメリカン・ドリームのような成功譚は物語として魅力的なのでメディアを通して実例を知ることになるはずです。
日本では少子化が進んでいますが、それでも1学年あたり100万人近くいれば、困難を克服し突出した「成功者」は出てくるはずです。そのような特殊な事例にスポットライトを当て、「やっぱり本人の志が大切だ」とするのであれば、政府や文部科学省など公共機関は何もしなくてもよいことになります。
いや、むしろ教育予算を大幅に削減し教育制度の弱体化を通じて積極的に混沌を作り出し、それでも這い上がってきた者を表彰すればよいのかもしれません。もちろん、そんな「ディストピア(暗黒郷)ごっこ」をしている間に、現時点で存在する日本と他の社会の教育投資格差はさらに拡大します。そう、日本はただでさえ教育に対する投資が、先進国の中で少ない国なのです12
国際競争力が低下することになったら苦しむことになるのは次世代――自分の選択ではなくこの社会に生まれてきた子供たちです。
大学入試改革と「教育格差」
実は、2020年度実施の大学入試改革は、すでに存在する教育格差を拡大すると考えられます。私が限られた紙面で以下お伝えできるのは、とても単純な「傾向」です。
そもそも志・能力・努力は、出身家庭によって大きく異なります。両親が大卒であると、大学進学を具体的に想定し、学力は高く、長時間学習努力をする傾向にあります。たとえば、中学1年生時点で明確に大学進学を期待する生徒は両親大卒だと60%、親のうち1人が大卒だと41%、両親が2人とも非大卒だと23%です。
この「意欲」格差の背景には、学校外の習い事などを含む、出身家庭による教育経験の蓄積量の差があると考えられます。学力も、小学校入学時点で親の学歴による格差があります。また、親の学歴によって子育て戦略に差があり、小学校4年生から「学校外学習時間」の格差は拡大します。
これらの格差はすべて学校間・地域間でも確認できます。前述した「生まれ」の状況を示す指標であるSESが高い地域であることを背景に、大学進学を目指すこと、学力が高いこと、学習努力をすることが「規範」となっている学校があります。一方、小学校であっても、恵まれない地域では、大学進学を目指す児童の割合が低く、学力も低く、学校外学習の時間まで短いことが「ふつう」である学校があるのです。
大学進学意欲を持つ、一定以上の学力に達する、努力することが「当たり前」になるという受験競争で実質的なスタートラインに立つための条件を誰もが持っているわけではないのです。意欲も学力も学習時間も目には見えません。
子供たちは視界に入る同級生を基準にして自分が「ふつう」なのかを判断しているはずです。しかし、小学校や中学校といった狭い範囲で「ふつう」なことは、大学入試のような全国区の競争の中での「ふつう」を必ずしも意味しません。
出身家庭のSESや出身地域によっては、目に見えない障壁が数多くあり、結果として大学進学に至らないと考えられるわけですが、今回実施が予定されていた入試改革はそんな障壁をさらに増やすことになります。
センター試験に比べれば明らかに試験制度は複雑です。どの民間英語試験をいつ受けるのか、どの大学・学部がどの程度重視するのか、国語・数学の記述式問題で高得点を取るための手法の練習など、選択肢が増えるといえば聞こえはいいですが、ゲームのルールが複雑になると、親、親戚、予備校や家庭教師、進学校といった様々な「支援者」から、上手く立ち回るための援助を受けることができる生徒ばかりが有利になるでしょう13
もともと大学進学意欲を持ちづらい家庭環境・地域の生徒は、そこまでして大学に行かなくてもよい、と「自発的」に受験そのものを諦めたり、背伸びして有名大学を狙う必要はない、と選抜度の低い大学を「志願」したりするようになるかもしれません。
試験制度を単純化し、基準を明確にして筆記試験による選抜にすれば、高SES層の有利さは減ると考えられます。もちろん、高SES層は未就学段階から様々な教育的刺激を受けて育っているので、この層が有利なことに変わりはありません。筆記試験による苛烈な受験競争が話題になった1980年代あたりに大学受験を経験した世代であっても、出身家庭のSESと最終学歴には明快な関連が確認できます。
「生まれ」が最終学歴に変換される経路は数多くあるので、後はどの程度の家庭・地域の有利さ・不利さを社会として許容できるのか・できないのか、という価値判断の問題になります。
では、今回の入試制度改革は、制度を複雑化することで目に見えない障壁を増やし、低SES層と地方出身者を自発的に諦めさせるという代償を払うほど価値のある便益を、一部、あるいは全体にもたらすのでしょうか。
当面は延期になった民間英語試験、それに、国語・数学の一部に記述式問題を予定通り導入したところで、学生が英語を話すことができるようになる、採点可能な範囲の記述式問題の対策をすることでモノを考えることができる、そのような結果を支持する研究はどこにあるのでしょうか14
日本の伝統芸「改革のやりっ放し」
私が最も気になるのは、制度を変更する前に、きちんとした「データ取得計画」が作られていないことです。これは「改革を実行する」こと自体が目的であって、そもそも効果を検証するつもりがないことを意味します。こうした点を自覚的に変えない限り、今回の入試改革もまた、戦後日本の教育行政で繰り返されてきた「改革のやりっ放し」になります15
おそらく今回の改革についても、制度変更の後、早くて数年後に研究者が工夫して、低SES層と地方出身者に不利な「改革」だったという実証知見を提出することになると思います。その頃には、制度変更によって不利益を受けた生徒たちは成人となり、変更がなければ受けていたかもしれない教育機会を喪失したまま、人生100年時代を生きていくことになります。
「身の丈」に合わせてしまったせいで、低SES家庭の生徒・地方出身者が、自身の可能性を追求できないことは、社会としても非効率です。ただでさえ少子高齢化で子供の数が減っているわけで、恵まれた家庭出身・都市部出身者の中「だけ」から各分野を将来牽引する人たちが出てくることを期待するのは、とても効率が悪いわけです。
低SES家庭・地方在住の子供たちが直面する有形無形の経済的・文化的障壁を可能な限り取り除き、一人でも多くの子供たちが挑戦する教育的価値のある選抜試験に向かって切磋琢磨することこそが、この社会を強化します。
今回の制度変更は、この方向の真逆に向かっていく「改革」です。民間英語試験の延期だけではなく、記述式問題を含め2020年度の大学入試改革を延期し、もう一度、ゼロから、一人でも多くの子供たちの潜在可能性を最大限に開花させるためには、どのような選抜制度があり得るのか専門家を交えて議論すべきではないでしょうか。
そして、今後ありとあらゆる制度について、それを変更する「前」から専門家と行政が協力してデータ取得計画を練り、すべての「改革」の効果がデータによって検証され、一人でも多くの子供たちに機会を提供できるよう教育政策が改善され続ける体制が構築されることを願っています。
本稿で紹介した知見は『教育格差』(ちくま新書)に基づいています。戦後から現在までの動向(1章)、就学前〜高校までの各教育段階(2〜5章)、それに国際比較(6章)について、議論の叩き台になるように多角的なデータをまとめてあります。データに基づいて社会全体の実態を俯瞰した上で、みなさんと「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」(7章)を議論することができればと願います。
なお、出口治明氏(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)による朝日新聞掲載の書評の全文が下記に掲載されていますのでご参照ください。
●「教育格差」書評 数字で示す「緩やかな身分社会」
*1 「BSフジLIVE プライムニュース」ハイライトムービー(10月24日)から文字起こし(後数日でリンク切れ)
*2 「萩生田大臣の「身の丈」発言追及へ 立憲 枝野代表」
*3 「萩生田文部科学相 「身の丈」発言で陳謝 「説明不足な発言」」
*4 「“身の丈” 発言撤回し改めて陳謝 萩生田文科相」
*5 「萩生田文科相 英語試験 抜本的に見直し 5年後実施に向け検討」
*6 衆議院文部科学委員会2019年10月30日。動画で確認
*7 「生まれた環境」による学力差を縮小できない〈教育格差社会〉日本(2019年7月24日)
*8 拙著でデータを示しているのは出身階層による格差の国際比較です。地域格差について同等のOECDデータは見当たりませんが、各国の研究を概観する限り、一定以上の人口と地理的な規模があれば地域格差が見られると思われます。
*9 ここでの大卒は、最終学歴が4年制大学あるいは大学院を意味します。
*10 社会経済的地位(Socioeconomic status=SES)とは経済・文化・社会的な有利さ・不利さを統合した概念で、一般的には、世帯収入や親の学歴・職業などで構成されています。前述の現代ビジネスの記事でも解説しています。
*11 前述の現代ビジネスの記事で解説しています。
*12 日本はOECD諸国と比べて、国内総生産と政府総支出に占める教育支出の割合がそれぞれ低いです。「日本:カントリーノート:図表でみる教育 2018
*13 高SES層の親が制度に対応して有利になろうとする実態を示す研究については、拙著と巻末の引用文献をご参照ください。
*14 入試改革はかなり多岐にわたりますので、各論点については中村高康先生(東京大学)の論稿をご一読ください。シリーズ「学力」新時代3「大学入試をめぐる改革論議迷走の背景:部分的延期を提案する」(pp.148-155)中村高康
*15 議論の詳細は拙著7章「わたしたちはどのような社会を生きたいのか」をご参照ください。


【河井法相も辞任】任命責任をどう取るのか
 河井克行法相が、妻で参院議員の案里氏の公選法違反疑惑や自身の贈答品疑惑が報じられた責任を取り、閣僚を辞任した。
 安倍内閣の閣僚では先月25日、菅原一秀経済産業相が選挙区での金品配布疑惑を報じられ、辞任したばかり。9月の内閣改造後、2人の閣僚が早々に「政治とカネ」の問題で辞任する異常事態となっている。
 週刊文春によると河井氏の辞任の原因は、案里氏が7月の参院選広島選挙区で初当選した際、選挙事務所が運動員13人に対し、日当として法定上限の1万5千円を超す3万円を支払った疑惑だ。河井氏自身にも、事務所が有権者にジャガイモなどの贈答品を配った疑いがある。
 事実なら、明らかな公選法違反であり、辞任は当然だ。だが河井、菅原両氏はともに、自身が疑惑にどう関与したかなどの、説明責任を果たさないまま辞任した。国会での追及をかわす意図があるのなら、無責任極まる。
 相次ぐ辞任に野党は、安倍晋三首相の任命責任を追及する構えだ。首相もそれを見越してか、「任命責任は私にある」と近年、あっさり認める傾向にある。
 そして「謙虚に受け止める」「一層身を引き締めて責任を果たす」といったたぐいの言葉を並べる。だがそれで何が変わったのか。
 2012年の第2次安倍政権発足以降、10人もの閣僚が辞任した。不祥事を起こした国会議員が、説明責任を果たさずに閣外に去る。首相は任命責任を認めつつ、陳謝と反省を繰り返す。そのワンパターンを何度見せつけられたか。
 辞任の理由では公選法違反の疑惑が多い。案里氏の場合は同法が禁じる運動員買収に当たり、河井、菅原両氏のケースは選挙区内での寄付行為の疑いが濃厚だ。これらは公選法のイロハのイである。
 公選法を守ることは政治家になるための、資格要件と言っていい。たとえ秘書がやったことでも、連座制が適用され政治家本人が立候補禁止になる場合がある。違反すれば、議員資格を失うほどの重みがある。
 当選6〜7回を重ねた議員らが、その重みを軽んじたとするなら言語道断だ。有権者の政治不信を招いた罪も大きい。
 安倍首相の任命責任の軽さも、見過ごすことはできない。責任があるのなら、閣僚に限らず自民党内を引き締める行動があってしかるべきだが、閣僚の首をすげ替えればそれで終わりのように映る。閣僚の「辞任ドミノ」で批判を浴びた、第1次政権の反省はないのだろうか。
 閣僚を辞任しても、首相の人事で復活する議員もいる。建設会社からの金銭授受問題で辞任した甘利明元経産相や、国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽(いんぺい)問題で辞任した稲田朋美元防衛相は、現在、党の要職に就いている。
 首相は自らの任命責任を認めるなら、その責任をどう取るのかを説明しなければならない。