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さかなや道場名古屋190912

JO-2020: Tokyo ne bloquera pas la délocalisation du marathon (gouverneure)
La ville de Tokyo ne s'opposera pas à la décision du Comité international olympique de délocaliser le marathon et la marche dans le nord du Japon lors des JO 2020, a déclaré vendredi la gouverneure de la capitale japonaise Yuriko Koike.
≪Nous ne pouvons pas être d'accord avec le CIO, mais nous ne bloquerons pas cette décision≫, a déclaré Mme Koike à l'issue d'une réunion avec des responsables olympiques et les organisateurs des JO de Tokyo.
≪En d'autres termes, c'est une décision sans accord≫, a-t-elle grincé.
Le CIO a fait le choix d'organiser ces épreuves à Sapporo, dans l'île japonaise septentrionale de Hokkaido, où les températures estivales sont plus clémentes qu'à Tokyo, pour protéger la santé des coureurs.
Le Comité international olympique avait pris sa décision le mois dernier après s'être dit ≪choqué≫ par l'avalanche de malaises d'athlètes lors des Mondiaux d'athlétisme qui se sont tenus à Doha entre fin septembre et début octobre, dans des conditions météorologiques proches de celles qui pourraient prévaloir à Tokyo l'été prochain.
De nombreux athlètes avaient aussi vivement souffert de la chaleur lors d'épreuves tests des JO qui se sont tenues à Tokyo cet été, dans des conditions caniculaires doublées d'un taux d'humidité très élevé. Ce cocktail est redoutable pour des personnes en plein effort physique ou fragiles.
Les organisateurs japonais des JO avaient cependant mal pris la décision du CIO, considérant que le marathon est une épreuve phare de l'événement. Se déroulant hors stade, elle était aussi vue comme une occasion pour la capitale japonaise de se mettre en valeur face aux caméras du monde entier.
Le CIO avait de toute manière le dernier mot sur le sujet.
≪Je pense qu'il est maintenant clair que nous avons une acceptation de cette proposition≫, a estimé vendredi John Coates, le président de la coordination des JO-2020 à l'issue de la réunion avec toutes les parties prenantes.
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フランス語の勉強?

晩ご飯はさんまにチゲです.お昼が物足りなく感じられていたので食べ過ぎ?たようです.明日の弁当におかずまで食べてしまったからね.
呑む体制?とメールあったのですが今日は飲まないです.

延期論浮上も…学生混乱の英語民間試験で業者は“ボロ儲け”
 来年4月から実施予定の英語民間試験が揺れに揺れている。
「不透明」「不公正」「欠陥制度」などの批判を受け、延期の可能性が浮上。実施でも延期でも、この大混乱は現役高校生や保護者にとって迷惑千万な話だが、民間試験導入の背景には受験生をないがしろにした“儲け主義”がある。
「身の丈」発言で炎上中の萩生田文科相は30日、衆院文科委員会で野党議員から民間試験の延期を迫られると、「円滑な実施に向けて全力で取り組みたい」と強調。一方で、「仮に今の状況より混乱が進むようなら、(延期を)考えなくてはならないという気持ちがある」とも逃げを打った。
 実施延期を求める野党に対し、与党の幹事長と国対委員長は30日、受験生の不安を払拭するよう文科省に申し入れることを確認。問題がこれ以上、大きくならないよう必死だ。
■ベネッセや英検のメンバーが有識者会議に
 延期論に、試験を実施する民間業者も慌てているに違いない。民間試験導入は業者にとって“濡れ手で粟”だからだ。
 受験生は採用された7種類の民間試験のうち、高校3年時に受験した成績を2回分まで大学に提出できる。中でも、通信教育大手「ベネッセコーポレーション」の「ジーテック」と「日本英語検定協会」の「英検」に多くの受験者が集中するとみられている。大学ジャーナリストの石渡嶺司氏はこう言う。
「受験生は本番の試験に備えて回数をこなしたいはずです。試験の実施業者にとっては、受験に備える生徒に自社の参考書をアピールできるうえ、受験者の増加に伴い多額の受験料が入ってくるでしょう。相当なうまみがあると考えられます」
 実際、民間試験導入のプロセスには業者による利益誘導のにおいがプンプンする。民間試験を巡り文科省の有識者会議の傘下に設置された協議会には、ベネッセの高校事業部GTEC事業推進課長や日本英語検定協会の制作部研究開発課主任らが名を連ねていたからだ。東大文学部教授の阿部公彦氏(英米文学)は昨年2月、民間試験導入の問題点について、本紙にこう指摘していた。
<入試に外部の民間試験を導入するのか話し合う会議で、民間業者がこの案を推進するのは当然でしょう><一部の人たちが大学入試をビジネスチャンスと捉えていたということです>
 安倍政権は大学受験までカネ儲けのネタに差し出したのか。受験生が気の毒でならない。


一転「延期」の新大学入試・英語民間試験 高校の84%が「生徒に重い負担」 相次いだ不安の声
国が進める2020年度からの大学入試改革のうち、大学入学共通テストとあわせて実施する予定だった英語民間試験が一転して延期される方向となった。高校生新聞が全国の高校に実施したアンケート調査では、英語民間試験の利用を84%が「自校生徒にとって重い負担」と考えているなど、高校側の不安が高まっていた。(西健太郎)
全国1120校が回答
アンケート調査は今年8月から9月にかけて実施。全国の高校・中等教育学校4906校に調査票を送り、1120校(公立782校=国立を含む、私立338校)の校長、教頭、進路指導担当などから回答を得た。回答率は23%。
現高校2年生から対象の予定だった
改革では、21年1月から大学入試センター試験の後継として「大学入学共通テスト」を始めるのに加え、国側が認定した民間の英語資格・検定試験を原則として3年生の4〜12月に2度まで受けてもらい、成績を大学入試センターがとりまとめて大学に提供する仕組み(大学入試英語成績提供システム)を始める予定だった。いわゆる「英語4技能」(読む・聞く・話す・書く)を直接測る民間試験の入試での利用を増やすことで、高校での指導の後押しとする狙いがあった。
「生徒に重い負担」公立校の88%、私立校の79%
高校生新聞のアンケートでは、大学入試英語成績提供システムをどう受け止めているかを質問。「民間試験の受検は、自校生徒にとって重い負担だ」と考えている高校は、「そう思う」(49%)と「どちらかといえばそう思う」(35%)をあわせて84%に上った。「そう思わない」は4%、「どちらかといえばそう思わない」は11%だった。高校の公私立別では、公立校の88%、私立校の79%が「生徒に重い負担」と答えた。
「民間試験の受検料をより安価にしてほしい」と希望する高校は、「そう思う」(89%)、「どちらかといえばそう思う」(9%)をあわせて98%を占めた。
「公平・公正に実施されるか不安」86%
「民間試験が公平・公正に実施されるか不安がある」と回答した高校は、「そう思う」(63%)、「どちらかといえばそう思う」(23%)をあわせて86%に達した。「そう思わない」は3%、「どちらかといえばそう思わない」は9%にとどまった。公私立別では、公立校の89%、私立校の84%が「不安がある」という回答だ。
「こんなことが許されるのか」「学校現場は大変混乱」戸惑いの声
自由記述で高大接続改革などについての意見を求めると、
「現2年生が受験する大学入試すら、まだ不確定な部分も多く、生徒にも保護者にも説明できない。こんなことが許されるのか?」(北海道・公立)
「4技能の評価は大切であるが、民間の資格・検定試験の利用は地域的・経済的な格差が大きくなるだけでなく、学校現場は大変混乱する」(中四国・公立)
「英語4技能テストの受験が非常に困難である。離島であるため会場まで出向くのに、多額の費用がかかる」(九州・公立高校)
「英語の4技能を入試で判定材料とするならば、大学入試センターにしても各大学にしても責任を持って判定方法を考えるべきであり、民間の検定試験に丸投げするのは無責任である」(首都圏・私立高校)
など、制度への戸惑いや不安を訴える声が多く寄せられた。
英語4技能の指導の「後押しになりそう」も65%
一方、これまで自校で「英語4技能の指導に力を入れてきた」と考えている高校は、「とても力を入れてきた」(13%)、「どちらかといえば力を入れてきた」(48%)をあわせて61%。「どちらかといえば力を入れられなかった」(35%)、「全く力を入れられなかった」(3%)をあわせると38%だった。公私立別では、公立校の62%、私立校の60%が「力を入れてきた」と考えている
また、「民間試験での入試での活用が『英語4技能』の指導の後押しになりそうだ」と考える高校も「そう思う」(16%)、「どちらかといえばそう思う」(49%)をあわせて65%あった。「そう思わない」(9%)、「どちらかといえばそう思わない」(23%)をあわせて33%だった(四捨五入の関係で単純な合計とならない)。
6割超の高校が「英語4技能」の指導に既に力を入れつつあり、入試で民間試験を利用すること自体は否定しない高校も少なくないが、国が進めようとしていた制度には公平性・公正性や生徒への負担など、不安が大きいことが調査結果からうかがえる。
7種類の民間試験が対象だった
国側が21年度入試での利用を認めた民間試験は「ケンブリッジ英語検定」「英検」「GTEC」「IELTS」「TEAP」「TEAP CBT」「TOEFL iBT」の7種類。現高校2年生が来年4月〜12月の間に民間試験を受けるためには、在籍高校を通じて大学入試センターに申し込み、IDの発行を受ける必要があるとされ、IDの申し込みは11月1日から始まる予定だった。


大学入試 国語・数学の記述式も中止求める声
大学入試をめぐる問題は終息したわけではない。大学入学共通テストの英語民間検定試験が延期になったことを受けて、野党4党は緊急集会を開催した。
立憲民主党の枝野代表は「声を上げれば政治は動く。民主主義の本来の姿を久々に取り戻せた」と話し、延期中止を求めて活動してきた現役高校生や教職員、野党議員の健闘を称え、連係を強調した。しかし、これを第1歩ととらえ、気を引き締めることも忘れていなかった。制度の欠陥を指摘してきた人々は、民間試験活用の完全な中止や、共通テストの国語や数学の一部に導入される記述式問題の中止などを強く求めている。
記述式問題の採点は、約61億円で落札したベネッセグループの学力評価研究機構が担当する。時間がない中の採点のため、約1万人のアルバイトが必要との情報もある。50万人分を短時間に公正に採点できるのか。採点のブレをなくすためには限られた言葉、制限された言葉に誘導するような問題になりかねない。マークシートをマス目に替えただけになりかねず、思考力、表現力を問う目的からかけ離れ、形骸化するのではないかなどの指摘が出ている。またプレテストでは、自己採点と実際の採点結果との一致率が低く、受験生の2次試験の学校選択に影響があるのではないかとの懸念も出た。
この日、野党4党が開催した「第2回英語民間試験の延期を求める会」に参加した現役高校生からは「民間に丸投げするのではなく、中止してほしい」「見直す過程では現場、若者なども入れて意見を聞いてほしい」「記述式問題は各大学でやればいい」など厳しい意見や注文が相次いでいた。
一方、衆院文部科学委員会は5日、参考人質疑を実施する。最も受験生が多いとみられながら沈黙を続けた試験「GTEC(ジーテック)」を実施するベネッセコーポーレーション、延期を要望した全国高等学校長協会、実施を要望した日本私立中学高等学校連合会の代表者と、制度の欠陥を指摘してきた京都工芸繊維大の羽藤由美教授が招致されている。羽藤氏は「根本的見直しが必要と訴えていきたい。構造的欠陥があり、このままでは維持できない」と話している。


英語だけじゃない…大学入試改革の「国語記述式問題導入」の害悪
誰も幸せにしない「改革」
おおたとしまさ 教育ジャーナリスト
朝から教育業界には激震が走っている。大学入試の英語の民間試験導入について、萩生田文部大臣の「身の丈」発言で紛糾していたが、文部科学省が11月1日に来年4月からの実施を見送る方針を固めたと報じられたのだ。
もうひとつ忘れてはいけないのが「国語記述式問題」採点をめぐる山積みの課題。新刊『大学入試改革後の中学受験』ににも記している内容をふまえて、教育ジャーナリストのおおたとしまささんが問題点をまとめる。
記述式問題にはだかった採点の課題
大学入試改革に関しては現在世間の注目が英語民間試験に集中しているが、センター試験の後釜となる大学入学共通テストの国語記述式問題をめぐる不安もいまだ解消されていないことを忘れてはいけない。
2020年度の大学入試改革は、高大接続改革の一環として提案されたものだ。高大接続改革は、大学教育改革、高校教育改革、そしてその2つを結ぶ大学入試改革の三本柱から成る。当初は「明治以来の大改革」と喧伝された。
2015年には、東大と京大が推薦入試を導入することを表明し、国立大学協会は2021年度までに入学定員の30%を推薦入試、AO入試、国際バカロレア入試(国際基準の大学入学者資格を利用する方法)などにあてることを目標に掲げるなど、一時期は大学側からの賛意も多かった。
しかし風向きが大きく変わったのは、2015年12月22日に文部科学省の専門家会議が「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の「記述式問題イメージ例【たたき台】」を公表したころからである。
このとき「どうやって採点するのか?」が話題になった。記述式問題は採点基準に幅ができやすいうえ、50万人を超える答案を短期間でどうやって採点するのかということだ。
マークシート方式よりも先に記述式の試験を行う案が検討されたが、実施時期が前倒しされれば高校の指導カリキュラムに影響が出る。記述式は各大学が採点するという案も検討されたが、日本私立大学団体連合会は「入試準備などと並行して新テストの採点をするのは実質的に不可能」との意見書を出した。
さらに具体的な実施方法を検討する段階になると、改革は急にトーンダウンした。特に公立高校の教員から「複数回実施」への反対意見が相次いだ。現在のセンター試験より前倒しの日程で試験が実施されれば、学校での指導が間に合わなくなるというのだ。中高一貫校が圧倒的に有利になってしまうということに、このときようやく多くのひとが気づいた。
結果、2016年3月31日に発表された「高大接続システム改革会議『最終報告』」では、複数回実施はいったん見送り、2024年度以降、記述式問題の文字数を増やすとの方針が示された。
5段階評価の判定方法が複雑怪奇
2017年12月、「大学入学共通テスト」の1回目のプレテスト(試行テスト)が公開されると、特に記述式が出題された数学と国語に注目が集まった。おおむね好評だったが、「問題のレベルが、一部の上位層にはちょうどいいが、それ以外の高校生には難しすぎるのではないか」という意見もあった。実際、国語の記述式問題では完全正答率が0・7%の問題があった。
2019年4月4日、大学入試改革に取り組む大学入試センターは、2回目のプレテストの結果を発表した。
国語の80〜120字の記述式問題の完全正答率は、1回目のプレテストでは0・7%だったが、2回目には15・1%まで上昇した。解答のために必要な条件を、問題文の中でわかりやすく示したことが功を奏した。しかし条件に一致する文章を作業として作文するだけであるならば、膨大な費用と手間をかけて記述式問題を導入する意味があるのかという疑問が生じる。
自己採点にも課題が残った。国語の記述式問題における自己採点不一致は約3割にも上った。受験生は自己採点をもとに最終的な出願先を決めることになる。自分の本当の点数がよくわからないまま志望校をどこか1つ選ばなければならないとすれば、ほとんどギャンブルだ。
しかも、国語の記述式問題の結果を合否判定においてどのように使用するかにも、大学によって幅がある。というのも、国語の記述式問題に関しては、3問の結果の総合でA〜Eの5段階評価が、マーク式の200点満点とは別に付記される形になったからだ。その判定方法がこれまた複雑怪奇なのである。
アルバイトが採点する記述式問題に意味があるのか?
国立・私立大学のほとんどは、それを点数化して国語全体の2割程度の配点とする方針だが、大学によっては配点比率が違う。東北大は合否判定に使用せず、合否ラインに志願者が同点で並んだ場合にのみ利用する方針。思考力や表現力を見るのなら、個別の選抜試験(いわゆる2次試験)で事足りるとの判断だ。
青山学院大は多くの学部で「大学入学共通テスト」を併用する入試制度を設けているが、2019年9月12日、当初の基本方針を翻し、少なくとも初年度の「大学入学共通テスト」に関しては国語の記述式問題を合否判定に利用しないことを発表した。「利用」の方針を打ち出していた他大学の判断にも影響を与える可能性がある。
また、このプレテストでは、採点基準の共有に、予想以上の時間がかかった。理由について、大学入試センターの大杉住子前審議役は「基準の確定が遅れたため、採点者が理解する時間が不十分だった」と説明している。
採点はかねてより「専門の業者が行う」ことになっており、このときはベネッセグループが請け負ったが、実際の採点作業をしたのは、約2000人の大学生および大学院生だった。要するに学生アルバイトである。本番の記述式問題の採点もベネッセグループが落札しており、1万人規模のアルバイトを雇って採点に当たることが予想されている。
規模が大きくなれば大きくなるほど、公平な採点を実現するためには、正解の幅を限定するように意図的に作問し、採点基準を極限まで明確化し、機械的に作業を行う必要がさらに高まる。
素人に機械的に採点させるのであれば、むしろAI(人工知能)に採点させたほうがいいのではないかという話にもなりかねない。しかしちょっと待ってほしい。巷では「AIにはできないことができる人間を、これからは育てなければいけない」と言われているにもかかわらず、AIに認められる人間かどうかが大学入試合否の基準となり、そのための授業が高校で行われるようになるのだとすれば、大いなる矛盾である。
アメリカ難関大学の足並みにも逆行
時を遡ること2016年2月29日には、文部科学大臣補佐官(当時)の鈴木寛氏がダイヤモンド・オンラインに「大学入試の『記述式導入』批判にモノ申す」という記事を寄せている。
2015年12月22日に発表された「記述式問題イメージ例【たたき台】」に対するメディアからの批判への反論である。記事のなかで鈴木氏は「日本を除くすべての先進国では、入学者選抜にエッセイライティングの能力が求められています」と主張するが、エッセイライティングが求められるのは通常、個別の大学の選抜においてである。
アメリカの「共通テスト」にあたるSATやACTにも「エッセイ」があるが、2018年ハーバード大学は入学者選抜にSATやACTのエッセイを要求しないことを発表した。「SATやACTのような標準テストのエッセイに意味がないことがわかった」という理由だ。アメリカの難関大学のうちたとえばコロンビア大学、コーネル大学、ペンシルバニア大学、マサチューセッツ工科大学などはハーバード大学より以前に、エッセイの要件を撤回していた。
同じ記事のなかで鈴木氏は、記述式問題の導入にはコストがかかることを認めたうえで「人工知能研究にしっかり投資して、日本語処理能力を飛躍的に向上させれば、採点の手間も劇的に改善するでしょう」と述べている。これが大いなる矛盾をはらんだ発想であることは前述の通り。ボタンははじめから掛け違っていたわけである。
初年度からあまり高い期待をかけるのは酷だとしても、この延長線上をいくら進んでも、当初の理念が実現できるとは思えないというのが、拙著『大学入試改革後の中学受験』(祥伝社新書)で述べているいまのところの私の見解だ。
改革によって得られるものと、生じる混乱。果たしてどちらが大きいのだろうか。
2019年11月1日、文科省が英語民間試験の翌年4月からの導入を見送るとの方針を固めたことが報道された。こうなると、2020年度の運用開始は実質的に極めて困難な状況になる。ついでに国語・数学の記述式問題導入も見直してはどうか。


英語民間試験延期が大学入試改革に与える影響
共通テストの配点も基礎診断運用も問題だ
おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト
英語民間試験の成績を大学に提供するための「共通ID」の受付が始まることになっていた11月1日早朝、教育業界に激震が走った。萩生田光一文部科学相が記者会見で、大学入学共通テストへの英語民間検定試験の導入を、2020年度は見送ると発表した。
まさに土壇場のタイミング。大学入試改革の英語民間試験は、2024年度以降の導入が検討されることになった。英語民間試験の成績を利用する入試を実施予定だった大学は、出願資格や選抜方法の見直しを迫られる。
なぜ4月導入延期ではなく2024年度まで延期なのか
早朝の時点ではとりあえず4月からの英語民間試験導入は見送るとの一報だったが、その時点で私は、2020年度の導入はほぼ不可能だと思った。なぜか。
4月からの導入ができなければ、年2回実施という当初の思惑もほぼ実現不可能となる。だとすれば結局、何度でも受けられることに意味があるはずの民間試験を一発勝負のテストとして利用するだけのこととなる。
たとえばすでに英検準2級をもっていて、ギリギリで英検2級に受かるかもしれないと思っている受験生は迷う。過去に取った成績は利用できないので、もしたった1回のチャンスで2級に挑戦して下手をすると、大学入学共通テストにおける英語民間試験の成績がゼロになってしまう。だったら確実にもういちど準2級を受けておいたほうがましだという判断になりかねない。
【2019年11月2日20時25分追記】初出時、すでに英検準2級をもった受験生が2級に挑戦した場合の記述が不正確でしたので、上記のように修正しました。
そのためにわざわざ全国の受験生が受験料を払って1日を費やす意味がどこにあるのだろうか。お金と時間の無駄でしかない。そう。今回の制度は、すでに英検やGTEC(ベネッセコーポレーションが実施する試験)で高い成績をおさめている受験生でも、大学入学共通テストの成績として提出するためには、そのための「共通ID」を発行してもらい、新たに試験を受けなければならない仕組みだったのだ。
もともと2024年度にはいわば「大学入試改革第2弾」が実施される予定になっており、今回の決定はそこに照準をずらしたということだ。いっそのこと、問題山積みの国語の記述式問題も、ほとんど報道されることなく民間試験への丸投げが進んでいる「高校生のための学びの基礎診断」も、白紙に戻し、もういちど最初から議論をやり直したらどうかと思う。
<2020年度の大学入試改革で予定されていた主な変更点>
●センター試験を廃止し、代わりに「大学入学共通テスト」を実施する
●「大学入学共通テスト」の数学と国語には記述式問題が3問ずつ出る
●「大学入学共通テスト」の英語ではリーディングとリスニングが100点ずつの配点となる。また民間試験も併用する
<2024年度の大学入試改革を目指して検討されていた主な変更点>
●「大学入学共通テスト」の英語をなくし、英語民間試験に完全移行する
●「大学入学共通テスト」の国語の記述式問題の解答の文字数を増やす
●「大学入学共通テスト」の地理歴史・公民分野や理科分野等に記述式問題を導入
●「大学入学共通テスト」の複数回実施
●「高校生のための学びの基礎診断」の本格実施
「英語」の配点が再度見直される可能性
今回の英語民間試験導入延期の決断が、英語民間試験だけに限らず、大学入試改革全体の実施に大きな影響を与えることは必至だ。拙著『大学入試改革後の中学受験』で指摘していた問題点をここに紹介する。
まず、「大学入学共通テスト」の「英語」の配点が再度見直される可能性がある。
大学入試センターはすでに、「センター試験」では筆記200点+リスニング50点だった配点を、「大学入学共通テスト」ではリーディング100点+リスニング100点に変えることを発表している。これは、英語の4技能を民間試験で測定するという思惑に基づいて、発音に関する問題などを削除する前提で変更されたものだったのだ。
2024年度から、AO入試や推薦入試での活用を視野に入れての本格実施を目指している「高校生のための学びの基礎診断」のスキームも見直しが必要になるだろう。
誤解されているのだが、現行の「センター試験」がそのまま「大学入学共通テスト」に置き換わるのではない。「センター試験」を「発展編」と「基礎編」の2つのテストに分離して行うというのが、大学入試改革議論の当初からあった構想だ。その発展編が「大学入学共通テスト」と呼ばれるようになったのであり、基礎編が「高校生のための学びの基礎診断」なのである。
2024年度からは国語・数学も民間試験活用の方針
その「高校生のための学びの基礎診断」であるが、実はすでに「英検」「数検」「文章検」などの各種民間試験への丸投げが決まっている。これを高校教育のカリキュラム・マネジメントに利用すると同時に、将来的にはAO入試や推薦入試の基礎学力証明に使おうという思惑があり、すでに試行的に一部の高校で実施されている。もちろん生徒全員から検定料を徴収して。
複数の民間試験に対して文部科学省が認定を出すという意味で、「大学入学共通テスト」における英語民間試験活用と同じスキームだ。今回、英語民間試験導入にさまざまな困難があることがわかった。このままでは「高校生のための学びの基礎診断」も同じ轍を踏む可能性がある。
「大学入学共通テスト」の炎上の陰に隠れて、「高校生のための学びの基礎診断」についてはこれまでほとんどその問題点が報道されてこなかったが、いまから厳しい目を向ける必要がある。下手をすれば、高校教育が民間検定試験対策に乗っ取られてしまうというシナリオだってありうることは、すでに「大学入試改革『炎上』の裏に潜むもう1つの火種」(2019年11月1日5時40分配信)で指摘したとおりだ。
また、せっかく「大学入学共通テスト」における英語民間試験導入を大幅に遅らせるのであれば、ついでに国語の記述式問題の導入も見送りが検討されてもいいはずだ。
短期間で50万人規模の採点をするには1万人規模のアルバイトに採点させるしかない。アルバイトに採点させるとなると、採点基準の明確化が重要になる。採点基準を明確化するためには、解答に幅が出ないように、設問条件を厳しくしておく必要が発生する。実際にプレテスト(試行テスト)では、解答の書き方を、使用する接続詞に至るまで細かく限定した問題が出された。結局問題文の中から条件に当てはまる文章を抜き出して切り貼りするだけの作文になり、本当の意味で思考力や表現力を見るための記述式問題とはいえない。
自分が何点取れたのかわからない
さらに、記述式問題の3問をそれぞれ「正答の条件」との合致率によってa〜dの4段階で評価し、3問の4段階評価の組み合わせから、記述式問題の総合評価としてA〜Eの5段階評価に落とし込むという複雑怪奇な評価方法になる。それがしかも、「国語」の200点満点とは別に、付与される。A〜Eの評価をどのように得点換算するかは、大学に委ねられている。つまり、受ける大学によって、「国語」の総得点が変わってしまう。
そしてそもそも受験生たちは、自分の記述式の解答を、さきほどの複雑怪奇な方法に従って自己採点しなければいけない。プレテストの「国語」記述式問題での自己採点不一致率は約3割にも上った。自分が何点取れたのかわからないまま出願先を決めなければいけないというのはあまりに乱暴な仕組みだ。
受験生に何度も激震を与えるのは望ましくない。英語民間試験導入の見送りを決定したこのタイミングを千載一遇のチャンスととらえ、国語記述式問題の導入や「高校生のための学びの基礎診断」の運用方針についても、いま、ここで、見直してはどうか。どうせやるなら一気に膿を出すほうが筋は通る。そのためにも、11月5日に衆議院文部科学委員会で行われる予定だったベネッセへの参考人質疑は延期しないでもらいたい。


大学入試改革「炎上」の裏に潜むもう1つの火種
英語のみならず数学と国語でも民間試験導入
おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト
202X年――。
「大学入学共通テスト」に導入されたAI(人工知能)採点方式の記述式問題で高得点を取るために、高校や大学受験塾の教員たちはAIの採点基準を分析し、AI好みの文章を書くための指導法を確立した。記述式問題対策をする高校生たちは、自分の言葉を脇に置き、AIが高得点をくれそうな条件を満たす文章を書く術を覚える。おのずと似たような解答ばかりになる。
高校の授業で民間検定試験対策!?
英語に関しては民間の検定試験に完全移行した。試験を請け負う業者たちは、自社の検定なら他社よりも楽に「CEFR(セファール)」(国際的な言語運用能力指標)の「A2」に対応する成績を取れることをアピールする。各社が自前で発行する本番そっくりの対策問題集は、まるで検定攻略本。それが今や学校の教科書よりも重要な高校生たちの“学び”のバイブルだ。
高校の保護者会では、英語の授業でどの検定試験の対策を中心に行うのが有利になるかという損得勘定で意見が分かれ、英語教員は板挟みになる。一方で、富裕層の子どもたちの間では、塾・予備校・英語教室などが開催する検定試験対策の集中講座が人気だ。テスト直前期に集中的に対策すれば、合格可能性は飛躍的に伸ばせる。
2024年度からは「高校生のための学びの基礎診断」も本格的に運用を開始。要するに民間検定試験によって基礎学力の到達度を測るのだ。それが正式な成績として、大学受験の際の評定にも大きな影響を与える。
高校生たちは英語の検定試験だけでなく、数学や国語の検定試験の対策にも追われる。ある学校では毎日「英検」「数検」「文章検」の対策問題集を一定ページ数ずつこなし提出するように宿題が出る。毎週そのための小テストも行う。小テストは生徒ごとにカスタマイズされている。個別の生徒の過去の成績がすべてデータベースで管理され、AIが各生徒に最適化された小テストをそのつど作成し出力してくれるのだ。
検定試験の出題パターンは決まっているので、対策はとりやすい。とくにAI式の個別学習支援サービスとの親和性は高い。わざわざ教員が工夫を凝らした授業をしなくても、オンラインの映像授業を見せればこと足りる。
教員が楽になる分、いわゆる「アクティブ・ラーニング」など、新しい授業形式を実践して「思考力・判断力・表現力等の能力」を育成するようにと文部科学省や教育委員会は言うが、保護者からはもっと検定対策の時間を増やしてほしいという意見が強まる。
各学校は各検定での合格率をホームページで発表する。とくに中堅校以下ではこれが学校選びの重要な指標とされ、合格率が低い学校は入学者が減る。
英語試験導入の裏で進むもう1つの民間委託
以上は拙著『大学入試改革後の中学受験』で想像した、大学入試改革後の高校教育の姿である。あくまでフィクションで、いじわるなシナリオではあるが、大学入試改革がこのまま進むのなら、現在の小学生たちが高校生になる頃には十分にありうる未来だ。
高校以下の教育が大学入試と密接に結びついてしまい、それに規定されてしまっている現状を変えようと言っていたはずなのに、大学入試を変えることによって高校以下の教育を変えようとする発想自体が大学入試と高校以下の教育をさらに強固に結びつけてしまい、必然的に矛盾を招きかねないのだ。
大学入試改革は2020年度を初年度として、継続的に進められるものである。2024年度には新学習指導要領の下で学習した高校生が大学入試を受けることになるため、そのタイミングに合わせて「大学入学共通テスト」も「高校生のための学びの基礎診断」も新学習指導要領に基づいた内容になる。
新学習指導要領による主な変更点は以下のとおり。
●学習指導要領自体が、「何を教えるか」を示すものから「何ができるようにすべき
か」「何をどのように学ぶべきか」までを示すものに変質した
●授業時間数は1977年に改定された学習指導要領と同レベルに戻った
●各教科の目的においては、(1)生きて働く知識・技能の習得、(2)未知の状況にも対応できる思考力・判断力・表現力等の育成、(3)学びを人生や社会に活かそうとする学びに向かう力・人間性等の涵養の3つの観点で整理した
●主体的・対話的で深い学び(いわゆるアクティブ・ラーニング)を促進する
●小学校で外国語教育が教科化され、プログラミング的思考の育成が盛り込まれた
●小学校・中学校で道徳が教科化され、検定教科書が導入されることになった
●高校での教科・科目再編。「情報機廚鮨契澆掘▲廛蹈哀薀潺鵐阿覆匹鯢修化。公民科の「現代社会」に代えて「公共」を新設。共通教科として「理数探究」を新設
そのほか高校では、国語科を「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」に再編、地理歴史科を「地理総合」「地理探究」「歴史総合」「日本史探究」「世界史探究」に再編するなど科目の再編が多数行われる。
それにあわせて大学入試改革もさらに推し進められる予定であり、主な検討のポイントは以下のとおり。
●「大学入学共通テスト」の英語をなくし、英語民間試験に完全移行する
●「大学入学共通テスト」の国語の記述式問題の解答の文字数を増やす
●「大学入学共通テスト」の地理歴史・公民分野や理科分野等に記述式問題を導入
●「大学入学共通テスト」の複数回実施
●「高校生のための学びの基礎診断」の本格実施
ここで「高校生のための学びの基礎診断」とは何かと疑問に思った人も多いだろう。今回の大学入試改革をめぐる議論では当初から、センター試験を基礎編と発展編の2つのテストに分ける方針が決められていた。その発展編が「大学入学者共通テスト」であり、基礎編が「高校生のための学びの基礎診断」なのだ。
数検、漢検、リクルート、ベネッセなどに認定
共通テストの記述式や英語民間試験の話題が盛り上がる一方で、実は「高校生のための学びの基礎診断」は一足先に2019年度から、英語・数学・国語の3教科に関して、民間業者に委託する形で試行実施されている。
民間業者に委託といっても、新しいテストをゼロから開発したわけではなく、基本的に既存の学力試験や検定を文部科学省が認定する形。「大学入学共通テスト」における英語の民間試験導入と同じスキームである。
日本数学検定協会の「数検」や日本漢字能力検定協会の「文章検」、リクルートマーケティングパートナーズが運営するスタディサプリの「学びの活用力診断」、ベネッセコーポレーションの「総合学力テスト」などがすでに文部科学省の認定を受けている。
今回の大学入試改革の設計図ともいえる2016年3月31日の「高大接続システム改革会議『最終報告』」では、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」の問題作成の枠組みとして、試験問題を大量に蓄積したデータベースから複数レベルの問題のセットを構築して受験できる仕組みを目指すという主旨の記述があり、大学入試センターがそのようなシステムを構築するものだと、私は勝手に思い込んでいた。
しかし2017年7月13日の「高大接続改革の実施方針等の策定について」ではたしかに民間の試験を認定するとある。そこで大きく方針が変わっていたのだが、「大学入学共通テスト」にばかり注目が集まり、「高校生のための学びの基礎診断」について大きく報道されることはなかった。
さらにさかのぼれば、2013年10月31日、自民党政権下の教育再生実行会議が出した「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について(第四次提言)」に書かれた「達成度テスト」の要件とも結果的にたしかに一致する。すなわち、年間複数回実施し、しかも1点刻みではなく段階別の結果を出し、外部検定試験の活用も検討するということである。
「高校生のための学びの基礎診断」を参考にしながらPDCAサイクル(計画・実行・点検・改善)を回し、高等学校教育改革を行おうというのがもともとの話である。大学入試への活用も示唆されている。それを、複数の民間業者のありあわせの試験・検定ですませてよいのだろうか。
民間の試験・検定対策問題集を解くことが、これからの高校生の学習スタイルの主流となってしまうのかもしれない。いまは「大学入学共通テスト」の話題でもちきりだが、いずれ批判の矛先は「高校生のための学びの基礎診断」にも向かうだろう。
それにしても、「大学入学共通テスト」と「高校生のための学びの基礎診断」の実施方針をあわせて見ると、強い批判を受ける矢面に立ちながらも「第四次提言」で示された各方針を部分的にでも実現することで政権の面目を保とうとする役人のけなげさを感じずにはいられない。
これから中学受験を志す親子は、多かれ少なかれ上記のような混乱の影響を受ける心構えが必要になるだろう。悪影響を最小限にとどめるには、大学入試改革に振り回されるのではなく、教育に対する自分たちの軸をもち、それを貫くことである。


河北抄
 消費税の引き上げから1カ月。「10%」にも慣れてきた頃だろうか。
 税金というと、何となく顔をしかめる人が多い。そんなあまり良いとは言えないイメージを覆そうと、税務署や関係団体が取り組んでいる活動の一つが、小学生を対象とした「租税教室」だ。
 講師を学校に派遣し、6年生の社会科授業として、租税の仕組みなどを学んでもらう。未来を担う子どもたちに税金の必要性を伝えるのが大きな目的である。
 ところが、仙台市内で租税教室を実施する小学校は、全体の半数にすぎないという。税務協力団体・仙台北法人会の下條三男事務局長は「時間的な余裕のない学校も多いですが、税金に対する正しい理解のために、ぜひ協力してほしい」と呼び掛ける。
 同法人会は10日、「税の絵はがき展」をせんだいメディアテークで開く。税金でできた道路や橋などを描いた小学生の440作品を展示。その中には「あなたが出した税金が日本の未来を創っている」という標語も。子どもたちの税に対する理解度を知る良い機会でもある。


消費増税1カ月 対策の恩恵行き渡らず
 消費税率が10%に引き上げられて1カ月がたった。毎日の買い物で家計に直接響くだけに、負担増が消費者に重くのしかかる。
 前回の増税時に駆け込み需要の反動で消費が冷え込んだ反省から、政府は軽減税率やポイント還元といった負担軽減策を講じた。
 だが制度の複雑さや粗さもあり、還元率を誤るなどのトラブルが生じたり、恩恵が広く行き渡らない実態が鮮明となっている。
 対策に巨額の費用が投じられて財政再建が期待できないばかりか、消費の下支えさえも怪しい。
 政府は10月の月例経済報告で景気の総括判断を引き下げた。世界経済が減速する中、日本経済にも増税前からブレーキがかかっていたことが裏付けられた。増税がこれに追い打ちをかけかねない。
 安倍晋三政権は景気や国民生活への影響に注意深く目を配り、機敏に対策を講じる必要がある。
 特に問題が多いのがキャッシュレス決済時のポイント還元だ。
 登録手続きの遅れで10月1日から実施できない店が続出。経済産業省が公開した登録店情報のホームページには誤記が多数見つかった。ずさんと言わざるを得ない。
 登録店が都市部に集中し、過疎地などで恩恵が得にくいことも看過できない。現金以外の決済に不慣れな高齢者らが取り残されたことと合わせ、不公平感が募る。
 登録を申請したのは対象店の半数以下で、目的である中小企業支援にも疑問符が付く。
 懸念されていた制度の欠陥が早速、浮き彫りになったと言える。
 しかも9カ月間の期間限定のため、東京五輪閉幕も重なる来夏以降、再び反動減を招きかねない。
 軽減税率も外食を対象外としたことで影響が出ている。ポイント還元と合わせ5通りの税率が存在し、経理処理などで中小店の負担も増した。これを機に廃業が相次ぐとの懸念が一層強まっている。
 プレミアム付き商品券の発行も低調だ。購入費を工面できないなどの理由で、対象である低所得者の3割しか申請していない。
 百貨店などでは反動減が目に付く。前回増税時より物価上昇は小幅との統計もあるが、消費が弱いために増税分を転嫁できない中小業者が多いのが実情ではないか。
 大企業が中小業者に増税分の負担を強いる不当行為も心配だ。関係当局は監視を強めてほしい。
 政府はこうした影響を見極め、場合によっては軽減税率の対象見直しや低所得者支援の拡大も含め機動的に手を打つべきだ。


消費増税対策 見切り発車でゆがんだ
 消費税率が8%から10%に引き上げられて、きょうで1カ月を迎えた。心配された軽減税率の複雑さを巡る混乱は目立たないものの、なお消費者の戸惑いは大きい。
 共同通信による10月下旬の世論調査では、軽減税率制度が「複雑だと思う」が8割を超えた。増税直後の調査結果とほぼ変わらない。
 食料品の税率は8%に据え置かれたが、持ち帰るか、店内で食べるかで違う。同じような商品で税率が異なる例もあり、消費者の分かりにくさは残ったままだ。
 それ以上に浸透が進まないのは、一連の増税対策だろう。税率を8%に上げた5年前に消費が冷え込んだため、政府は今回、さまざまな対策を打ち出している。
 その一つが、所得の低い人と子育て世帯に対するプレミアム付き商品券だ。増税負担を軽くする狙いだが、低所得者の申請は共同調査で3割にとどまる。盛岡市も同様の傾向となっている。
 2万円出せば、2万5千円分の商品券を買える。お得感を国が強調するのに対し、事前に購入申請しなければならないなど面倒な手続きが当初から懸念されていた。
 低所得者に2万円の出費は大きい上、使用期限もある。暮らしに困った人のことを十分に考えた事業とは言えないのではないか。
 商品券事業には1800億円の国費が投じられるが、3分の1は印刷代など事務費に消えていく。巨費の割に、消費を伸ばす効果が十分でない恐れが出てきた。
 キャッシュレス決済のポイント還元にも言える。各種調査ではカードやスマホ払いを始めた人が増え、一定の効果は認められるが、高齢者の利用率はかなり低い。
 予想されたこととはいえ、年金暮らしの高齢者には不親切と言わざるを得ない。生活を切り詰めている人に恩恵が及ばない事業を「増税対策」と呼べるだろうか。
 ポイント還元事業は、初めから政策の狙いがぼやけていた。キャッシュレスの推進か、消費の下支えか、中小小売店の支援なのか、いまだにはっきりしない。
 スーパー業界などは、この事業により価格競争が激しさを増し、デフレを招くと憂慮してきた。増税後も物価が上がっていない現状は、心配が的中した形だ。
 増税に合わせて、とにかく対策を集中させる。丁寧な制度設計を欠いたまま、見切り発車する。そうした政府の姿勢が、ゆがんだ「対策」に表れたとも言える。
 一連の対策は軽減税率と併せ、小売店の負担や市町村の事務量を増やしている。その意味でも、巨費に見合う効果があるか疑問は尽きない。


時評
ハンセン病元患者の家族が差別や偏見によって受けた被害を補償する法案の骨格が決まった。超党派の国会議員グループが最大180万円の補償額など基本方針を決定、法案にまとめて今国会に提出する。元患者本人への補償に続く重い懸案の解決に、ようやく踏み出した。
 だが法律ができても、補償制度によって被害者を漏れなく救済するためには課題が残る。ハンセン病に対する社会のゆがんだ見方が消えるわけでもない。そもそも患者や家族に苦難を強いた最大の要因は国の隔離政策。根強い差別や偏見の根絶に向け、国が中心となって官民一体で取り組むことが急務だ。
 ハンセン病への誤った認識は古くから各国に広がっていた。日本では医学的根拠がないまま患者の隔離が始まり、1931年制定の旧「らい予防法」で本格的な強制隔離政策が進められ、差別・偏見を拡大させた。
 らい予防法は96年に廃止されたが、元患者本人だけでなく家族も就職や結婚、社会生活で不当な扱いを受けるなどの人権侵害に遭い続けた。
 元患者は国を訴え、2001年に隔離政策の違憲性を認める原告勝訴判決が確定、補償金支給法もできた。だが家族は取り残され、家族集団訴訟で国に賠償を命じた熊本地裁判決がことし7月にやっと確定し、救済制度づくりが急がれていた。
 家族補償法案の基本方針は国会と政府の「おわび」を明記し、元患者の配偶者や親子らに180万円を補償するなどの内容で、請求期限内に認定審査を受けるとする。国は対象を2万〜3万人とみている。
 家族の苦しみや高齢化を考えれば法案は迅速に成立してほしい。ただ補償額は訴訟で原告が求めた金額と隔たりがあり、妥当性は議論を要する。認定審査の在り方も検討が欠かせない。ハンセン病は「らい菌」による感染症だが、感染力は弱く治療できる病気だ。それでもいまだに偏見は消えず、訴訟の原告の多くも匿名だった。家族関係を隠そうと、認定請求をためらう事態が懸念され、広く救済できる仕組みの整備が鍵になる。
 さらに差別や偏見をどう解消するかという難題がある。国は従来の啓発活動では「目的は達成されていない」とする。国や自治体には問題点を検証し、正しい医学知識の周知徹底や元患者の入所施設と地域の交流推進など、ハンセン病への理解を深める方策を望む。社会の各個人も自らの心に差別感情が生じていないか、見つめ直す必要があるのではないか。


【緒方さん死去】「国際協力」求め続けて
 女性として、また日本人としても初めて国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子さんが死去した。
 世界で紛争が多発し難民が大量流出する時代に、人道援助の最前線に立ち続けた。退任後は国際協力機構(JICA)の初代理事長も務めている。日本の進むべき道は「国際協力」しかない―。そう訴え続けた生涯だった。
 外交史や政治学の学者だった緒方さんが、国連難民高等弁務官に選ばれたのは1991年。東西冷戦は終結したものの超大国の支配が緩んだ結果、東欧や中東、アフリカなどで内戦や民族紛争、虐殺が急増。緒方さんは自ら現場に足を運び、難民支援の陣頭指揮を執った。
 湾岸戦争の際にはイラク国内で反フセイン勢力のクルド人が弾圧され、トルコに亡命しようとしたがトルコは受け入れを拒否。イラク国内に大量の避難民が発生した。
 国連は当時、援助対象の難民を「自国にいられなくなって他国に逃げ延びた人」と定義していた。国内避難民は対象とならない。しかし緒方さんは定義を変更し、クルド避難民の救済に踏み切った。
 ほかにも停戦合意のない中で人道援助を行ったり、支援物資を運ぶため前例のない大規模な空輸を実施したりしたケースもあった。
 複雑な国際政治の駆け引きを飛び越えて、いち早く援助の手を差し伸べようとする。現場主義に徹した緒方さんの原点にあるのは「人の生命を助けること。生きていさえすれば、彼ら(難民)には次のチャンスが与えられる」との信念だろう。
 それは紛争や貧困など、あらゆる脅威から人間の生存や尊厳を守る、「人間の安全保障」という考え方にたどりつく。従来の国家主体の安全保障に代わる理念として、国際社会で認知されるようになった。
 むろん緒方さんのやり方がすべて成功したわけではないだろう。
 人道支援は一定期間、命をつなぐ手助けしかできない。根本的な問題解決は政治が行わなければならないが多くの場合、それは積み残されてしまう。現在、トルコとシリアの国境付近でクルド人住民が行き場を失っている状況が、それを物語っていよう。だからといって、手をこまねいているわけにはいかない。
 緒方さんは「日本は『人道大国』としての地位を占めてほしい」と訴え続けてきた。武力で紛争を解決しないと決めた日本にとって、「人間の安全保障」は最も重視すべき目標でもあるだろう。
 にもかかわらず難民受け入れに積極的でない日本の状況を、緒方さんは懸念していたという。政府は緒方さんの功績を踏まえて、難民支援などに今まで以上に力を入れなければならない。
 栄養失調の母親の乳房に2人の赤ん坊が吸いついて離れない姿を、緒方さんはアフリカの難民キャンプで見た。同じ母親として忘れられなかったのだろう。そうした光景は今も世界からなくなってはいない。


呼吸器外し再審/一日も早く無罪と救済を
 滋賀県東近江市の病院で2003年、患者の呼吸器を外して殺害したとして殺人罪で懲役12年の刑に服した元看護助手西山美香さん(39)の再審公判で、検察側が新たな有罪の立証をしない方針を弁護団に示した。
 自白による立証は諦め、弁護団の証拠請求にも可能な限り同意するという。西山さんが無罪となる公算が大きくなった。
 大阪高裁の再審開始決定から1年10カ月余りたっている。検察側が再審決定を不服として特別抗告し、確定に時間がかかったためだ。最高裁が抗告を退けた後も、全面的に有罪を主張する方針を譲らなかった。
 一転して事実上の敗北を宣言した格好だが、理由は明らかにしていない。メンツにこだわり、無用に再審開始を先延ばしにしたとの批判は免れない。
 西山さんは捜査段階で「呼吸器を外した」と自白した。公判で否認に転じたが、酸素の途絶による急性心停止が死因と認定され、07年に有罪が確定した。
 2度目の再審請求審で大阪高裁は、弁護側が新証拠として提出した医師の鑑定書などに基づき、患者が不整脈で自然死した可能性に言及した。さらに、有罪確定の根拠となった自白について「めまぐるしい変遷があり体験に基づく供述ではない疑いがある」と信用性を否定した。
 再審開始は「疑わしきは被告人の利益に」の原則に沿った判断だったといえる。
 検察側は今回、弁護団の申請を受け、開示していなかった供述調書など約350点の証拠リストを提示した。再審が請求された時点でこれらを洗い直していれば、早い段階で自白との矛盾に気づけたのではないか。
 自らの過ちを認めようとしない捜査姿勢が多くの冤罪(えんざい)事件を生む。同じ構図がここでも繰り返された。検察側が再審決定に不服を申し立てられる現行制度は冤罪防止の観点から問題がある。取り調べへの弁護士の立ち会いも実現させるべきだ。
 検察側は年度内の再審公判と即時結審を求めている。自ら求刑放棄や無罪論告をし、明確に過ちを認めるのが筋である。
 遅すぎたとはいえ、西山さんの名誉と穏やかな生活を取り戻すために、一日でも早く無罪を確定する必要がある。


全競技を札幌開催? もう東京オリンピックはやめたらどうか
太平洋戦争も、国民はこんな思いで敗戦を迎えたんですかねえ
山本 一郎
 大騒ぎになっている東京オリンピック2020でのマラソン札幌開催案ですけど、いまさら「暑さ対策を考えたら東京開催はむつかしい」とか言われても困るんですよね。 みんな知ってるでしょ、そんなこと。
他のプロスポーツの大きな興行と重ならないように
 東京都だって、夏がクソ暑いの分かっててオリンピックやりたいと挙手して、森喜朗さんやら猪瀬直樹さんやらが頑張って、滝川クリステルまで「おもてなし」とか適当なこと言って勝ち取ったわけじゃないですか。このオリンピックを成功に導けると思って頑張っちゃったんですよね。まるで勝てると思って打って出た太平洋戦争みたいじゃないですか。甘い見込みででかい冒険かまして大失敗って、戦後かなり経ってもまだ懲りてないんでしょうか、我らジャパニーズは。
 それが、どうしてこんなことになっちゃったのかって。
 元を糺せば、ロイターの記事にもある通り、他のプロスポーツの大きな興行と重ならないように、ビジネス上の問題も含めて真夏にオリンピックを開催することが決まっていたわけですよ。
「米国では、ナショナルフットボールリーグ(NFL)のシーズン開幕や野球の大リーグ(MLB)プレイオフといった他のスポーツイベントと視聴者を取り合うことになる。欧州でもサッカーシーズンの序盤と重なる」って言われて、東京都が「はい、そうですか」と真夏開催前提に準備してたらこの体たらくですよ。
 東京の夏が暑くないわけないに決まってるだろ。
都税300億円は無駄になりました
 しかも、東京都の知事は小池百合子さんですよ。何も問題ないのに築地市場の豊洲移転で大騒動を起こすような人がトップですからね。なんでこんな馬鹿なことをする人が都知事なんだろうって思っちゃいます。ただ、あのとき小池百合子さんに投票したのは私です。申し訳ございませんでした。
 その小池百合子さん、東京オリンピックでの暑さ対策で打ち出したのは「打ち水」ですよ。ますます蒸し暑いに決まってるだろ。さらに、雪を降らせば涼しくなるんじゃないかって、わざわざ試験までやって、国内はおろか海外の記者さんたちにまで「全然効果ねえだろ」やら「中学校の理科の授業から熱力学をやり直せ」だの酷評されるわけじゃないですか。
 結局、暑さ対策に東京都が使ったとされる都税300億円は無駄になりました。何してんだよ。まあ、300億円で東京が冷えるならオリンピック関係なくやってほしいと思うわけですが。
関東平野で大雨でも降ろうものなら超絶大腸菌祭りに
 こんな馬鹿げた事態に対処するトップが場外ホームラン級の緑のたぬきなのだから、東京都の職員の人たちは振り回されて本当に可哀想だなと思います。しかも、一緒に働くはずの電通などの社員さんたちが、一連のブラック企業対策もあって定時退社するものだから、たいした予算もつかぬまま夜遅くまで東京オリンピックの準備に奔走するのはほとんどが東京都職員の皆さんです。上が馬鹿だと現場が苦労するって太平洋戦争かよと本気で思うわけです。最前線で酷使される東京都職員の皆さん可哀想に。全部小池百合子さんが悪いんです。
 他のスポーツで大きい大会があるから真夏に東京でオリンピックをやるという時点で、これはもうアスリートファーストどころではなく、商業主義が大前提の、カネまみれの祭典以外の何物でもないじゃないですか。なんでわざわざ超蒸し暑い東京の炎天下の屋外で各種競技をやるの。
 さらに、うっかり関東平野で大雨でも降ろうものなら、下水処理の間に合わない下水が大量に東京湾に注ぎ込んで、超絶大腸菌祭りになることぐらい、みんな知っていたわけじゃないですか。私たちの糞尿が流れていってしまうのは仕方がないんですよ。なんせ関東平野には4000万人も暮らしているわけですからね。大雨降って全量下水処理しろと言っても無理です。そんなことはみんな分かってる。
東京オリンピックとは言えない状態になる
 でも、そういううんこ流し込んでる先で、世界から集まった一線級のアスリートたちがトライアスロンやったり海上競技したりするんですよ。どこがアスリートファーストなんですか。うんこまみれですよ。さすがにヤバくない? うんこが困るから雨が降らないことを祈るオリンピックとかあんまり聞いたことねえよ。
 しかも、場合によっては全競技を東京より涼しい札幌でという話もあるみたいです。こりゃもう札幌を東京都に併合するしか東京オリンピックとは言えない状態になるわけですよね。北海道民も困るだろ、いつの間にか東京五輪押し付けられたら。東京都民である私らも困惑してますよ。お詫びに北海道には町田と池袋をくれてやるので許してほしいと思います。
 それもこれも、ちゃんと根回ししないで適当に上っ面のところだけパフォーマンスやってきた小池百合子さんら東京都のトップがアカンのです。何といっても東京都がホストですからね。
 東京都の職員さんも頑張っているし、東京都民もなぜか無給のボランティアでせっかくオリンピックやるならってことで呼応はしてるのに、なんて仕打ちなんですか、これは。マラソンはオリンピックの顔というからには、何かやりようはあっただろうにと思うんです。東京の夏に屋外で42km走らせる前提でプランを考えておかしいと思わない連中が悪い。せめて開催時期をずらす交渉をしたりとか、何かしなかったのかよ。
「カネのかからない五輪」とは何だったのか
 そもそも世界的な建築家であったザハさんの建築案が白紙に返って、本来は冷暖房完備だったはずの国立競技場を設計し直す話になったあたりからケチがついていたと思うんですよね。誰だよ、この設計では建たないとかいうガセネタ流したのは。亡くなったザハさん、可哀想だろ。対応に追われた設計会社の皆さんや突貫工事を余儀なくされた土木系各社の方々も、繰り返しになりますが上が馬鹿だと現場が苦労するんですよ。
 猪瀬直樹さんが誘致の際、2012年に「カネのかからない五輪」と言い放ち、そこからいまに至るまで予算の増額に増額を重ね、それでも足りないから予算を国と大会組織委員会と東京都で押し付け合い、東京都民は赤紙よろしくボランティアでかき集められ、これほんとどうするんですかね。
 こんな自分たちの東京都民の間抜けさを晒す祭典になるぐらいなら、いっそ東京オリンピック自体を「東京できちんと開催できないなら返上します」ぐらいのことを言って、それなりに筋を通していったらどうでしょうか。炎天下に競技などできない、アスリートも死にかねない状況で、この日程、この仕切りで本当に可能なのか改めて考えて欲しいのですよ。
 それに、後から聞いたんですけど今回のマラソンとかの札幌開催は小池百合子さんを蚊帳の外にして森喜朗さんほかみんなが勝手に了承しちゃってたって話らしいじゃないですか。いくら小池百合子さんがアレでも一応は東京都の代表なんだから、どう考えても彼女はアレだとしても東京都民を外して決めたも同然じゃないですかね。こんなの筋が通るんでしょうか。
おい、この状況をどうにかしてくれ
 何より、1964年の前回の東京オリンピックから半世紀経って、日本の国威を示すべき一大イベントでこの有り様って、日本は衰退しつつあるのだと世界に発信したいのかというぐらいに調整の効かない、日本人や東京都民の言い分も通らない、実に残念な状況だけが世界に良く知られてしまうという不思議な結末になっているのが残念です。
 そして、そういう不始末ばかり起こしているイベントの、高額な請求書が回ってきて泣きながらおカネを出すのは東京都民であります。どうしてこうなった。「こんなはずではなかったのに、どういうことなんだ猪瀬直樹」ってカバンに5000万円詰めながら朝から晩まで野次り続けたい。おのれ小池百合子め、おのれの思い付きで周囲をぶんぶん振り回した挙句に調整不足で札幌オリンピックになるのはおのれのせいだからな。そういう吐いたつばは、そういう人間を都知事に選んでしまった東京都民が全量を飲み干すことになるわけであります。ちくしょう。ちくしょうめ。
 おい、この状況をどうにかしてくれる、ちょっとはまともな人間はいねえのか。
 太平洋戦争も、国民はそう思いながら敗戦を迎えたんですかねえ。


五輪マラソン・競歩「札幌開催」で始まる小池排除の動き
 東京五輪のマラソンと競歩の会場を札幌に移す計画について、IOC(国際オリンピック委員会)の調整委員会は1日、コーツ委員長や東京都の小池知事らによる4者協議で札幌市に変更するとの最終結論を下した。「札幌開催」はIOCの決定事項とするコーツ委員長に対し、小池知事は「都として同意はできないが、IOCの決定を妨げることはしない。合意なき決定だ」と最後まで負け惜しみを口にしていたが、今後、自らの立場が危うくなるのは間違いない。
  ◇  ◇  ◇
「ワンチームでいくことが大会の成功のもとで、ベースは信頼だと思っている」
 10月30日のIOC調整委でこう発言していた小池知事。発言を聞いたコーツ委員長は軽くうなずき、笑顔を見せたものの、視線は鋭いままだったが、そりゃあそうだろう。
 小池知事はIOCと都は「対等関係」にあると考えているようだが、全く違う。東京五輪の「開催都市契約」によると、IOCは〈本大会が2020年中に開催されない場合〉や〈本契約、五輪憲章、または適用法に定められた重大な義務に開催都市が違反〉した場合は本契約を解除し、大会を中止できる権限を持つ。
 そのIOCを〈代理して本大会の計画、組織、資金調達及び運営に関する決定、権限を行使する〉のが調整委であり、〈調整委の勧告に当事者が拒否した場合、IOCが最終決定を行う〉とあるのだ。
 つまり、IOCと都は「対等関係」でもなければ、「ワンチーム」でもない。都は五輪というスポーツイベントを開催する「下請け都市」に過ぎないのだ。そして、今回の「札幌開催」はIOCの医科学委員会が提言したとされる。同委は昨年12月に都内で開いたIOC理事会でも、東京五輪は酷暑による競技者の熱中症リスクが高まる恐れがあるとして、競技時間の変更や対策を求めていたのだが、その懸念を都が払拭できなかったことが今回の「札幌開催」につながったと言っていい。
 ということは、小池知事がどんなにガタガタ騒いでも、IOCの決定は絶対に覆らなかったというわけだ。もし、小池知事がムキになって「東京開催」にこだわり続けていたら、IOC代理のコーツ委員長の面目は丸潰れとなり、最悪、東京五輪そのものが中止に追い込まれる可能性だってあった。
 さすがに大会組織委の森喜朗会長のオツムが「サメの脳みそ」でも、それぐらいは理解しているだろう。この先、小池知事がガタガタ言うことがあれば、森会長や組織委が、小池知事は「百害あって一利なし」と考えても不思議じゃない。そうなれば、小池知事はズバリ、「排除」だ。
 2年前の衆院選で、自身が代表を務めていた希望の党に合流しようとしていた民進党議員に対して「排除します」と笑顔で言い放った小池知事。その本人が「ワンチーム」「信頼」などと言って結束を呼び掛けている姿はマンガだが、今度は自分が「排除される側」になるかもしれないなんて、これぞ因果応報というものだ。


「大阪弁は消滅危機言語」という意外な現実
方言が消えると、何が困るのか?
木部 暢子 国立国語研究所教授
約2500言語が「消滅危機」
「消滅危機言語」ということばを聞いたことがあるだろうか。
「絶滅危惧種」なら聞いたことがあるが、消滅危機言語は聞いたことがないというかたが多いのではないだろうか。
絶滅危惧種とは、絶滅のおそれのある野生生物のことで、IUCN(国際自然保護連合)や学術団体、NGO、日本の環境省、各都道府県などがレッドリストを公表している。
消滅危機言語はその言語版にあたる。すなわち、使用する人が極めて少なくなり、近いうちに消滅のおそれのある言語のことで、2009年にユネスコがそのリストを公表した。
それによると、世界に存在する約6,000ないし7,000の言語のうち、約2,500が消滅の危機にあり、日本では八つの言語――アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語――が消滅の危機にあるという。
野生生物の絶滅と言語の消滅は、どちらも同じくらい深刻な問題のはずだが、人は往々にして野生生物には敏感で、人間の言語には鈍感である。
たとえば、日本の在来種のトキは2003年に絶滅したが、中国からトキを借り受けて人工増殖を行い、産まれたトキを自然界に戻す事業が国や地方自治体の主導で実施されている。
その取り組みは、環境省のホームページやマスコミなどで紹介され、一般市民もまた、結果に一喜一憂する。
大阪弁も危機言語
一方、言語に関しては、文化庁が危機的な状況にある言語・方言の実態調査やアーカイブ化の事業を実施しているものの、極めて小規模な予算であり、言語の消滅を食い止めたり、自然界(地域社会)で言語を復活させたりする活動には、とても結びつかない。
何より、消滅危機言語に対する一般市民の関心度が低いのがいちばんの問題である。
「消滅危機言語というのは、アイヌ語や沖縄のことばのことだろう?」「生物や言語が消滅するのは、自然の流れであって、しかたないんじゃないの」と思っている人が多いのである。
しかし、じつはそうではない。
たとえば、大阪弁も危機言語である。大阪というと、東京に対する西の拠点として独自の言語と文化を堅持しているような印象が強いが、必ずしもそうではない。
一例をあげれば、大阪弁の代表格に「さかい」という語がある。「だから」の意味で、「大阪で生まれた女やさかい」(BORO)の「さかい」であるが、今から30年前、すでに20歳代の若者は8.9%しか「さかい」を使っていないという調査報告がある(真田信治『方言は絶滅するのか』PHP新書)。
同じく大阪弁の代表格、「こーてもろーた」(買って貰った)も、現在の若者はほとんど使わない。共通語と同じ「かってもらった」である。
このような例は、他にも山ほどある。かろうじて大阪弁の特徴をとどめているものに、アクセントがある。
ただし、現代の若者の多くは、すでに大阪アクセントと東京アクセントのバイリンガルになっているので、これもいつ東京アクセントに取って代わられるかわからない。
大阪弁でさえこうなのだから、全国の方言が消滅の危機にあるのは、言うまでもない。このままでは、近いうちに日本全国のことばが完全に東京のことばに一元化してしまう可能性が高い。
言語が一元化すると…
言語が一元化すると、何が困るのだろうか。
各地の言語や方言がなくなっても、共通語があれば日常生活で困ることはないし、方言よりも共通語の方が全国の人とコミュニケーションがうまくとれる。むしろ、言語が一元化する方がよいという意見もあるくらいだ。
これに対してよく言われるのは、地域の言語は、その土地の環境や文化・社会の中で、長い年月をかけて培われてきた。それを失うことは、「自然の貴重な教科書を失うことに等しい」(2001年のUNEP閣僚級環境フォーラムにおけるテプファー国連環境計画事務局長の発言)ということである。
各地にはそのことばでしか表現できないことがある。
京言葉の「はんなり」は、辞典類では「華やか、陽気、明るい、上品」などの説明がなされているが、真下五一『京ことば集』によると、明るさとか、柔らかさを持つことばでありながらも、淡泊で優雅な水彩画的な味わいがあるという。
もし、「はんなり」が消失して共通語の「華やか」に取り替えられてしまったら、「はんなり」がもつこのようなニュアンスや、その背景にある京都の文化を知るすべがなくなってしまう。
また、「はんなり」ってなんだろうと疑問をもつこともなくなり、地域の文化を深く考えるきっかけを失ってしまう。「自然の貴重な教科書を失う」とは、こういうことなのだ。
一元化に関してもうひとつ考えておかなければならないことは、言語にしても生物にしても、そもそもなぜ、これほど多様になったのか、その意味を解明するのが人間の重要な知的営みの一つだということである。
多様性の背景には、さまざまな要因があっただろう。また、どういう変化が起きて多様性が生まれたのか、まだまだわからないことだらけなのである。しかし、それがわからないまま、多様性が今、失われようとしている。
英語一元化の時代
言語の一元化は、国内だけでなく世界中で起きている。すなわち、英語一元化である。
日本では、2020年度から小学校教育に「外国語」という教科が導入されるが、外国語といいながら、じつは、英語であることは、小学校学習指導要領解説を見ても明らかである。
英語の学習自体は、国際社会で活躍する人材を育成するために必要なことであり、これに反対しているわけではない。
私が危惧しているのは、これにより、方言が衰退したのと同じことが起きるのではないか、つまり、英語を「良し」とするあまり、その対極にある日本語を「悪し」として、ひいては日本語の衰退が起きるのではないかということである。
衰退とまではいかなくても、日本語で専門的な議論が行われなくなってしまう可能性は十分ある。
学術論文から新聞の解説、学校教育で使われる教科書に至るまで、現代の日本語は、あらゆる分野において高度なレベルの議論に対応できる論理性を有している。
これは長い歴史の中で培われてきた、一つの成果なのだが、今後は、高度な議論は英語で、日常生活は日本語でという棲み分けが生じかねない。
平安時代、論理的な文書は漢文(中国語)で書かれていたので、現代では、中国語が英語に替わるだけだといえばそうなのだが、そうなれば、日本語の位置づけが大きく変わる可能性がある(このことは、すでに水村美苗『日本語が亡びるとき』(筑摩書房、2008年)が指摘している)。
ここまで言うと、「言語の多様性は必要かもしれない」と考える人が増えてくるのではないだろうか。これでやっと言語の消滅危機の問題が他人ごとではなく、自分たちの問題になったわけである。
では、言語の消滅をどうやって防いだらいいのだろうか。
ネットの普及がもたらしたこと
近年、ユネスコに指定された八つの地域では、言語の保存意識が少しずつ高まり、言語の復興活動も行われるようになってきた。
一方、それ以外の地域、特に本土各地では、方言を保存しようという気運がなかなか高まらない。むしろ、本土のほうが、方言から共通語への言語の取り替えが早く進んでしまいそうな状況である。
ただ、最近は、新しい動きも起きている。ネットの普及で一気に言語の一元化が進むと思いきや、それに反してネットでは、いろいろな言語や方言が飛び交っている。
その中には、地域の人が作った方言集や、方言で地域を紹介する動画もあれば、日常では方言を使わないような人がそれらしい方言を使うバーチャル方言(田中ゆかり『「方言コスプレ」の時代』岩波書店)もあり、いろいろなものが混在しているが、なにより、方言に対する関心度が高まったのがネットのいちばんの功績である。
これを手がかりに、地域の言語にもう少し目を向けて、自分たちの言語をみつめてみたい。折しも今年、2019年は国連が定める国際先住民言語年である。


京都マルイ、来年5月で撤退 四条河原町の商業施設 「阪急」後継ぐも…
 京都・四条河原町の商業施設「京都マルイ」(京都市下京区)が、来年5月末で撤退することが1日までに分かった。2010年に閉店した「四条河原町阪急」の後を継ぐ形で進出したが、近年は店舗間競争の激化で売り上げの伸びが鈍化。京都を代表する繁華街の一等地に建つビルの中核テナントが、再び白紙となる。
 京都マルイは、住友不動産(東京)が所有する四条河原町南東角のファッションビル地下1階〜地上6階に入居し、売り場面積は延べ約8760平方メートル。運営する丸井グループ(東京)は「当初の想定より売り上げの伸び率が低く、住友不動産との契約満了のタイミングで撤退を決めた」という。
 住友不動産によると、マルイ撤退後の入居テナントは未定という。同社が7、8階で直営するレストラン街は運営を続ける方針。
 ビルは阪急京都河原町駅の直上で、観光客でにぎわう東山・祇園やオフィスビルが集積する四条烏丸も近い。好立地の一方、西側では京都高島屋が営業し、来月にはその南隣に京阪グループが商業施設とホテルの大型複合施設の開業を予定。15年には近くの専門店ビル「京都BAL」が増床オープンするなど、激しい競争にさらされていた。


チュート徳井のADHD説をめぐる議論で欠けていること 公的手続きが極端に苦手な人たちの存在 生活保護や年金では死活問題
 活動自粛に追い込まれたチュートリアル徳井義実の“申告漏れ”問題。会見後に、当初報じられた2016年3月期〜2018年3月期の3年分の無申告のほかに、2009年の会社設立以来1度も申告していなかった、社会保険にも未加入、個人としての申告もしていなかった……などの新事実も次々発覚し、結局、活動自粛に追い込まれた。
 徳井は「想像を絶するだらしなさ、ルーズさ」「明日払おう、明日払おうと思っているうちに、3年」などと釈明していたが、ワイドショーでもネットでも、「悪意があったに決まっている」「3年間も忘れるわけがない」「絶対に払わないという強い意志としか思えない」「悪質」「逮捕されてもおかしくない」などと批判の声は収まる気配がない。
 徳井が以前ラジオで「ドバイは税金がないから、ドバイに行きたい」「移住するなら、シンガポールかドバイ」などという主旨の発言していたことから、「ドバイの税に詳しいくせに、日本の税に無知なワケないだろ」という声もあがった。一方、「NEWS ポストセブン」は「申告漏れの裏で2億円のマンションを購入していた」と報じ、これを銭ゲバと断じているメディアもある。
 しかし、徳井の言動を精査してみると、意図的な申告漏れや銭ゲバとは言い難いものがある。
 たとえば、10月27日放送の『アッコにおまかせ!』(TBS)では、同じ吉本興行所属であり、同世代で大阪時代から仲がいいという陣内智則が、「大阪時代でもチュートリアルは売れていてお金はあるのに、ガスを止められたり電気を止められたりしていた」と証言していたが、大阪時代どころではない。
 徳井のツイートをさかのぼってみると、ブレイクして東京進出して以降も、電気やガスを止められたという記述がたびたび出てくる。
2010年6月10日〈電気が止まりました。ギガダルス。〉〈漆黒の闇と静寂の中、ロウソクを灯す。アロマキャンドルから出る香りが哀しい。〉
2011年6月11日〈未払いでした。夜中でも復旧できるんですね。ベンス。〉
2010年12月24日〈クリスマスイブ、ガスが止まった…〉
2011年6月30日〈MGT また ガス 止まった〉
2011年11月8日〈やってしまった。水道が止まった…〉
2012年8月23日〈気付けばまた料金払い忘れてて、ガスが止まっている。今日は水風呂だ。〉
 念のために言っておくと、チュートリアルは2006年末の『M-1グランプリ』に優勝し、2007年夏には東京に拠点を移している。2008年には『笑っていいとも!』(フジテレビ)のレギュラー出演をはじめ、現在も続く人気番組である『しゃべくり007』(日本テレビ)や『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ)のレギュラー番組もすでに始まっている。もちろん、これら以外にも多数のバラエティ番組はもちろんドラマやCMの仕事もしている。
 どれだけ吉本がピンハネしているとしても、この時期の徳井が、電気代やガス代の支払いに困るほどの収入であるわけがない。実際、すぐに払って復旧している様子も見て取れる。
 すでに十分に稼いでいた時期も、ガスや電気、水道まで止まっているのだ。学生時代などにガスや電気が止まった経験がある人でも、水道が止まるというのはそうそういない。しかも、繰り返すが徳井はお金がないわけではない。
 実は、こうした徳井の「想像を絶するルーズさ」について、「徳井はADHDなのでは?」という声がネットではあがっている。
 ADHD(注意欠如多動性障害発達障害)というのは、いわゆる発達障害のひとつ。ADHDはじめ発達障害は、かつては子どもの病気と捉えられてきたが、近年は成人以降も症状が持続したり、成人になってから顕在化したりと、大人の発達障害にも注目が集まっている。日本では、約400万人、成人の約3〜4%がADHDという推定もある。
徳井の行動は「銭ゲバ」ではなく、やはりADHD的だった
 大人のADHDの特徴は、不注意の症状としては「注意、集中ができず、ケアレスミスが多い」「片付けが苦手」「段取りが下手で、先延ばしにする」など。多動の症状として「落ち着きがない、そわそわする」「一方的なおしゃべりや不用意な発言」「衝動買い、金銭管理が苦手」などが挙げられる(岩波明/ちくま新書)。
 徳井の会見での「『やります』と言いながら『明日やろう』、時間ないし銀行に行ったりという作業を先延ばしにしてしまいまして。そこから延び延びになってまとめて申告しようとなったら、また申告の時期がきて、税理士から『今年はやりましょう』と。もちろん支払う意思はあったんですが、想像を絶するだらしなさ、ルーズさから3年経ってしまいました」という釈明などから、「先延ばしにする」という特徴が当てはまっているように思える。
 また、『よくわかる 大人のADHD』(司馬理英子/主婦の友社)でも、「大人のADHD」に起こりがちな問題として、「先延ばし癖」「忘れっぽさ」や「片付けられない」ことから、〈事務的なことがきちんとできない〉として、具体的に〈引越してから公共料金の自動引き落としの手続きをついつい忘れ、ガス代、水道料金、電気代、電話料金などの支払いがいつもぎりぎりになってしまいます。ややもすると、滞納しがちに〉〈確定申告の際にも、領収書がみつからず、せっかくの税金の還付の機会を逸することもあります〉などといったケースが挙げられている。これも、徳井の申告漏れや公共料金の滞納と通じるものがある。
 徳井についてはこの間、前述したように「ルーズだったのでなくケチで銭ゲバだった」として、いくつかのエピソードが報道されているが、これもむしろ、徳井が事務的な作業が苦手で、異常な面倒くさがり屋であることを裏付けるようなものがほとんどだ。
 たとえば、「節税のためにドバイに移住したい」などという発言も、たんなる逃避のための夢物語。本当に銭ゲバなら、そんな絵空事を言ってないで、少しでも税金が少なくなるよう、会社の会計や申告など細かくチェックしたりするだろう。
 2億円マンション購入も、前出「NEWS ポストセブン」によるとローンを組んでおらず、現金で購入していた。ほかにも徳井は高級車などを一括購入していたというが、これもローンにまつわるもろもろの事務手続きがとにかく面倒くさかったということではないか。
「私的な洋服代や旅行代を経費計上」したとされる問題についても、とくに何も考えずなんでも領収書をもらい、それを分類などすることもなく税理士に丸投げしていただけ、という可能性が高い。というか、そもそも「私的な洋服代や旅行代を経費計上」というのは国税の見解にすぎず、本来は「見解の相違」として税務署と交渉し経費として認められる余地もあったはずだ。しかし、徳井はすべて国税の言い分を丸呑みにしてしまった。これもある意味、「事務的な手続きや交渉を面倒くさがった」結果といえる。
公共料金支払いや公的手続きが苦手な人の多さ、新垣結衣も告白
 もちろん、徳井は診断を受けたわけでもないし、漏れ伝わるエピソードだけでADHDと断定はできるものではない。また、芸能界で成功を収め、テレビ番組であれだけ器用に場を回している徳井が発達障害なわけがない、という指摘もある。
 しかし、『あなたの隣の発達障害』(本田秀夫/小学館)によれば、そもそも、大人の発達障害の診断は明確なものではなく、〈障害の症状の軽重と社会適応の良否が必ずしも比例しない〉のだという。そして〈発達障害に関しては、行動の特徴が診断基準にばっちり当てはまらない人たちのなかにも、日常生活を送るうえで困っている人が大勢〉いるのが現実なのだ。
 実際、ネットでは徳井に対する非難の一方で、「わかる、わかる」「他人事じゃない」という声もたくさんあがっている。公共料金の支払いや納税、行政手続きの困難さや、遅延した体験を告白する人も多い。引き落としの手続きが面倒でできない、住所変更の手続きを何年もしていない、ガスや電気は毎回止められるギリギリに払う、そもそも郵便ポストを開けられない……。
 もちろん、芸能人も例外ではない。掟ポルシェがツイッターで、以前女優の麻美ゆまがインタビューで語ったことをこう明かしている。
〈チュートリアルの徳井さんが電気水道ガス代等滞納して度々止まってたんでADHD疑いかかった話で思い出したけど、麻美ゆまさんに以前インタビューした時も同じで、しかも麻美さんの当時住んでたマンションの1Fがコンビニって話聞いて震えたの思い出した。人間には出来ることと出来ないことがある。〉
 また、ガッキーこと女優の新垣結衣も、インタビューで公的支払いへの苦手意識を吐露したことがある。
「まだ子供だから、光熱費とか年金の支払いの督促状がごっちゃになってわかんない(笑)。それをこのお正月、全部お母さんにやってもらって……お嫁に行ったらお金の管理もできなきゃいけないと思うと、まだまだです(笑)」(「週刊文春」2012年2月2日号/文藝春秋)
 ちなみにガッキーは「まだ子供だから」と言っているが、当時23歳だ。
 もちろん、こうしたケースがADHDやADDに起因するものかどうかも不明だ。ただ、診断を受けているかどうか以前に、行政手続きや事務処理が極端に苦手な人というのが、一定数いるのは紛れもない事実。前掲書『あなたの隣の発達障害』によれば、発達障害には「日常生活のなかで困っていることがあるかどうか」が診断基準のひとつになっているという。また症例が蓄積されるにつれて〈当初よりも典型的ではない多彩な特徴をもつ症例が見いだされるようになり、スペクトラム概念が導入されるなどして拡大してきた〉という経緯がある。だとすれば、こうした公的手続きが苦手というのも、本人の性格ややる気の問題に還元するのでなく、何らかの障害や症状の可能性やしかるべきサポートの必要性も考えるべきではないか。
生活保護、年金支払いでは死活問題に! 公的手続き支払いのサポート体制が必要
 こういうことを言うと、「障害のせいにするのか」「発達障害だからといって納税義務を怠っていいわけがない」などと反論が返ってくるが、別にADHDだからといって納税が免除されるわけではない(そもそも徳井はすでに重加算税というペナルティを払っている)。ただ、徳井を「だらしない」「ルーズ」と叱責したり、「銭ゲバ」などと的外れな批判をして社会から排除しても、なんら根本的な解決・改善につながらない、といっているのだ。
 配偶者やパートナーがこうした事務作業を引き受けてくれたり、税金や公的保険の天引きなどこうした事務作業を会社に肩代わりしてもらっていれば、問題が顕在化することもないかもしれないが、周知のとおり、日本では非正規雇用が増加の一途をたどっている。人生のどこかで会社コミュニティをベースとしたセーフティネットから弾き出されることは、誰にとっても起こり得ることだ。
 徳井のように納税が遅れるならまだしも、事務的な手続きや役所関係の手続きが苦手ということによって、命にかかわるケースだってある。貧困をめぐるルポなどでは、苦手意識から生活保護や虐待の相談などにアクセスできない例も報告されている。
 こうしたケースでは、徳井の場合のように、税金を取り立てたい国税や税務署と違って、役所の側から積極的に捕捉しにいくわけでもない。書類がより複雑化していたり、面談で何度もダメ出しされたり、よりハードルが高いケースも多い。
 しかも、以前、本サイトでも報じたことがあるが、厚労省は年金の給付年齢を引き延ばさせたいがために、詐欺的な手口まで使っている。「年金請求書」と呼ばれるハガキを出さなければ、自動的に給付引き延ばしになってしまったり、説明チャートで「受け取る年金額を増額させますか」を選択すると「今回はハガキの提出は不要です」と、給付引き延ばしを選択するように誘導されたりといった具合だ。
 今後さらに手続きが複雑化すれば、年金をもらう年齢になっても手続きができないために年金を受け取れない人が続出する可能性もあるだろう。
 問題は今回の徳井の件でも明らかなように、「他人事じゃない」という人と、「あり得ない」という人の認識に大きな隔たりがあること。事務作業が苦にならない人にとっては、できないということが理解できず、本人のやる気の問題、自己責任で片付けられてしまう。
 また、税金の例で言えば、徳井が最終的にそうだったように国税任せにすれば税金取られ放題になってしまう。年金も払うだけ払っても受け取れないかもしれない。
 その意味でも、役所の手続きが苦手、事務手続きが苦手、という問題について、どうサポートしていくかは重要な問題ではないか。  (酒井まど)