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191107-1

Coupe du monde de rugby. Clap de fin dans un Japon en fête
On l'attendait depuis quatre ans, et c'est déjà terminé. La 9e édition de la Coupe du monde s'est achevée avec des Springboks sur le toit du monde, vainqueurs de l'Angleterre (32-12), samedi.
≪ Omotenashi ≫ : l'hospitalité japonaise
La première Coupe du monde de l'histoire organisée en Asie n'a pas déçu. Elle est même une réussite. L'affluence dans les stades et la ferveur des supporters japonais ont forcé l'admiration de tous. Les locaux, pas tous familiers des règles parfois subtiles du rugby, ont accueilli avec enthousiasme et respect toutes les équipes, créant une ambiance exceptionnelle. Les images de supporters nippons chantant les hymnes nationaux ou s'essayant au haka ont fait le tour du monde. Le Japon a l'art de recevoir.
Le quart historique des ≪ Brave Blossoms ≫
Si le baseball est le sport roi au Japon, le rugby peut se targuer d'avoir fait soulever les foules cet automne. L'équipe japonaise a réussi ≪ son ≫ Mondial, en atteignant pour la première fois de son histoire les quarts de finale (défaite contre l'Afrique du Sud 26-3). Les joueurs nippons ont même terminé 1ers de leur poule, grâce notamment à leur victoire sur l'Irlande (19-12). Soutenus par tout un pays, les hommes de Jamie Joseph ont séduit la planète avec leur jeu plaisant, basé sur le mouvement et l'évitement.
Les ailiers à la fête
Auteurs d'un essai chacun en finale, les ailiers supersoniques sud-africains Makazole Mapimpi et Cheslin Kolbe ont aidé les Boks à décrocher leur 3e couronne mondiale. Mais ils n'ont pas été les seuls à briller sur leur aile, imités par Kenki Fukuoka et Kotaro Matsushima, surnommés les ≪ Ferraris ≫ japonaises par leur sélectionneur Jamie Joseph, le Néo-Zélandais Seevu Reece ou le Gallois Josh Adams, meilleur marqueur de la compétition (7 essais). À noter le récital du centre fidjien Semi Radradra.
David fait chuter Goliath
À chaque édition, sa surprise. Cette fois, elle est venue de Kamaishi, ville ravagée par le tsunami en 2011, où l'Uruguay, composée pour moitié de joueurs amateurs et semi-professionnels, a terrassé les puissants Fidjiens (30-27). Sa première victoire en Coupe du monde depuis 2003, la troisième toutes éditions cumulées. Aucune raclée à déplorer : la Namibie s'est lourdement inclinée (71-9) contre les All Blacks, mais leur a tenu la dragée haute en première période.
Hagibis s'en est mêlé
Pour la première fois en 9 éditions, les organisateurs ont été contraints d'annuler une rencontre. Trois même (Angleterre-France, Namibie-Canada et Nouvelle-Zélande-Italie), en raison du typhon Hagibis, qui a fait près de 80 morts. Cette décision a déclenché l'ire de Sergio Parisse, capitaine d'Italiens qui devaient battre les All Blacks avec le point de bonus offensif pour se qualifier. ≪ La bonne décision ≫ selon les organisateurs, critiqués par certains pour l'absence de plan B. Le Japon est touché par une vingtaine de typhons par an, mais Hagibis était l'un des plus puissants à frapper l'archipel depuis des décennies.
La déception pacifique
À elles trois, elles ne comptent que 3 victoires pour 9 défaites. Les Samoa, Tonga et Fidji rentrent du Japon tête basse, absentes des quarts pour la 3e fois de suite. En cause, l'isolement géographique et le manque de ressources financières notamment, qui poussent les joueurs à évoluer à l'étranger, et ainsi porter le maillot d'autres sélections ou décliner l'appel afin de conserver leur contrat en club.
XV de France : un Mondial réussi ?
Éliminés en quart de finale face au Pays de Galles (20-19), les Bleus ont quitté sur un goût d'inachevé la compétition, faite de victoires, arrachée contre l'Argentine et sans prestige contre les Tonga et les États-Unis, et de rendez-vous manqués, avec les futurs finalistes anglais et le dernier carré. La compétition marque aussi les retraites internationales du capitaine Guirado, de Picamoles, Fofana, et Vahaamahina, donc le coup de coude sur le Gallois Wainwright et l'expulsion resteront dans les mémoires. Rendez-vous en France en 2023.
La 9e édition de la Coupe du monde de rugby s'est achevée samedi par le sacre des Boks. Un hôte enthousiasmant, des exploits, un vainqueur historique et symbolique, des annulations de matches inédites... Retour sur six semaines de compétition.
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フランス語の勉強?
久米仙酒造【公式】 @Iamkumesen65
頑張るぞ!沖縄!
頑張るぞ!那覇!
〜 支援のお願い 〜
久米仙酒造は首里城の早期復元を願い、売上の一部を寄付させていただくこととなりました。一人でも多くの方々に、泡盛を飲んでいただき、微力ですが首里城復元の一助になれることを願います。


朝出かけるときに腕時計を忘れて入ることに気がつきました.でも今日は忙しくないだろうと思われるので,そのまま出勤.部屋には壁掛け時計があるし,パソコン画面でも携帯でもどうにかなるからです.
でも今日はお昼ご飯のおかずがありません.冷や汁少しですがそれだけでは足りません.少し出かけてニラもやし玉子炒めを買いました.
イーラーの案内文が変だなぁ・・・と思っていたのですが,数合わせ?ではないかと気がつきました.でもそれを指摘しないのが大人の対応?ちょっとどうしたらいいのか考えてしまいます.
晩ご飯は油麩丼です.おいしいです.でも大人の対応の件でイライラしてお酒飲んでしまったので,少ししか食べませんでした.明日のお昼ご飯です.

復興の街、上からパチリ 気仙沼・大島大橋に展望台完成
 宮城県気仙沼市の大島と本土をつなぐ気仙沼大島大橋の転回場に、展望台ができた。観光客は橋をバックに写真撮影したり、東日本大震災から復興する街並みを確認したりしながらゆったりした時間を過ごしている。
 宮城県が4月の開通直後から整備を進め、10月上旬に完成した。大島側の転回場にあり、高さ2メートルで広さは約20平方メートル。自然との調和を考慮し、木目調のコンクリートを使った。
 大島大橋を間近でじっくり眺められるほか、国が整備を進める三陸沿岸道の気仙沼湾横断橋(1344メートル)が出来上がっていく様子も見ることができる。
 ツアーで訪れた岩手県紫波町の無職男性(70)は「眺めが最高。橋が大きく見えるし、海もきれい。抜群の撮影スポットだ」と喜んでいた。
 島の観光客数は橋完成から約4カ月半で約50万人に達し、過去最多を更新中。転回場に車を止めて橋を歩いて渡る観光客は多く、展望台は人気を集めそうだ。
 県気仙沼土木事務所の担当者は「橋の迫力を間近に感じられる場所。気軽に立ち寄ってほしい」と呼び掛けている。


津波への備え怠りなく 気仙沼で8900人が避難行動訓練
 「津波防災の日」(5日)に合わせ、宮城県気仙沼市は3日、東日本大震災で被災した沿岸部などで津波総合防災訓練を実施した。住民や行政関係者ら約8900人が避難行動を確認した。
 三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生し、沿岸部に10メートル以上の大津波警報が発令されたと想定。防災無線から避難を呼び掛けるアナウンスが流れると、住民らは各地の避難場所に集まった。
 津波避難ビルに指定されている集合住宅タイプの災害公営住宅「市営南郷住宅」には、入居者ら約120人が避難。消火訓練や炊き出しも行った。
 住宅がある「南郷3区自治会」の藤原武寛会長(54)は「新しい入居者も積極的に参加してくれた。台風19号もあり、災害への備えの重要性を再認識したようだ」と話した。


ワールドラグビー、釜石市を表彰 顕著な貢献「キャラクター賞」
 ラグビーの国際統括団体、ワールドラグビー(WR)の年間表彰式が3日、東京都内で開かれ、ワールドカップ(W杯)日本大会の試合会場、釜石鵜住居復興スタジアムがある岩手県釜石市がラグビー界に顕著な貢献をした個人、団体に贈られる「キャラクター(品格)賞」を受賞した。
 釜石市は東日本大震災の津波で全壊した小中学校の跡地にスタジアムを建設し、復興を通じてラグビーの価値を高めたことが評価された。W杯では9月25日にフィジー―ウルグアイを開催した。10月13日にはナミビア―カナダが予定されていたが、台風19号の影響で中止となった。


横浜の中学生 気仙沼の復興状況学ぶ
 3連休を利用して、東日本大震災の被災地を回る学習ツアーが企画され、横浜市の中学生が気仙沼市で復興状況を学びました。
 気仙沼市の震災遺構・伝承館を訪れたのは、横浜市の中学1年・鈴木一穂さんとその家族です。鈴木さんの祖母・古尾谷敏江さんは、神奈川県川崎市で日本初の女性消防士となった経歴の持ち主で、震災後はボランティアにも取り組んできました。大手旅行代理店が、旅を通して叶えたい夢を募集、700件の応募の中から「おばあちゃんと一緒に気仙沼の復興を見たい」という鈴木さんの夢が選ばれました。
 鈴木さんは、2年前にも気仙沼を訪れていて、3日は、気仙沼市唐桑町の民宿にも立ち寄り、復興が進む地域の様子を見学していました。


国土強靱化対策、危険認識も工事間に合わず 宮城・吉田川と阿武隈川流域、豪雨頻発で被害拡大
 河川堤防の決壊や広範囲の浸水などの台風19号被害は、国が2018年から進めている「国土強靱(きょうじん)化のための3か年緊急対策」の真っただ中で発生した。宮城県内の流域で甚大な被害が出た吉田川と阿武隈川も対象だったが、対策を講じる前に被害が拡大した。頻発する豪雨災害にインフラ整備が追い付いていない現状が浮かび上がる。(東京支社・山形聡子)
 宮城県内の吉田川と阿武隈川の浸水域と緊急対策の該当箇所は図の通り。吉田川では特に工事が予定されていた区域と被害が発生した地域はほぼ重なる。
 3か年の緊急対策で、過去に氾濫や堤防の決壊が発生したことを踏まえ、県内の吉田川と阿武隈川では計4カ所が対象とされた。
 緊急対策で実施する河川改修は二つある。「河道掘削」は川底や河川敷に堆積した土砂を撤去し流れる水の量を増やし氾濫を防ぐ。もう一つは護岸整備や堤防のかさ上げなどで決壊を防止する「堤防強化」だ。
 吉田川は大和町から松島町までの区域で河道掘削、松島町で堤防強化が予定される。阿武隈川では丸森町から角田市の地域で堤防強化と、丸森町で河道掘削が計画されている。
 危険箇所として認識されながら対策が間に合わなかった背景には、予算の大半が19年度予算で措置されたことが影響している。
 設計や発注の手続きに必要な期間を考慮すると、実質的なスタートは19年度後半。吉田川と阿武隈川の対象箇所も台風襲来時点では、ほとんどが施工業者と契約を結んだばかりだった。
 国土交通省の担当者は「河川改修は渇水期に入る秋以降に着手するのが一般的。宮城県内に限らず、多くの場所で工事に入る前だったのではないか」と説明する。
 結果的には政府与党を挙げて推進する巨大プロジェクトが効果を発揮する前に、猛烈な豪雨に襲われた形になった。自民党は20年度までと定めた緊急対策期間の延長に加え、想定降雨量を引き上げた上で堤防かさ上げや川幅を広げる工事の実施を政府に提言している。
 赤羽一嘉国交相は記者会見で「過去に繰り返し水害が発生した地域が再び被災した」と現状の治水計画の限界に言及。「気候変動の影響による降雨量の増加などを考慮し、あらゆる対策を総動員し政策を転換する必要がある」と話す。
[国土強靱化のための3か年緊急対策]2018年7月の西日本豪雨などの大規模災害を受け、18年12月に政府が閣議決定した。河川改修のほか迅速な住民避難につなげるためのハザードマップの作成など160項目、総事業費は約7兆円。対策期間は18〜20年度。


宮城・丸森のこども園窮屈 浸水被害で1ヵ所に集約、定員の2倍に
 台風19号豪雨で宮城県丸森町最大の保育施設が被災し、子どもたちが窮屈な生活を強いられている。臨時に集約された施設を定員の2倍近い人数で使っているためだ。「子どもに悪影響を与えないか」と、保護者から早期の正常化を望む声が上がっている。
 町役場に隣接する認定こども園「たんぽぽこども園」は約25センチ床上浸水し、全ての床の張り替えが必要となった。現在0〜5歳の園児約170人が2キロ北にある認定こども園「ひまわりこども園」(約120人)に通っている。
 ひまわり園の定員は156人。定員の2倍近い約290人が通うことになり、定員35人程度の教室を50人近い子どもたちが使っている。
 町は広い範囲で浸水し、泥水が乾燥して砂煙が舞う。園では健康に配慮して散歩を控えているほか、園庭で遊ぶ際は子どもたちにマスクを着けさせている。
 同町大内の運送業高野聡さん(44)は1歳と5歳の娘2人をたんぽぽ園に通わせていた。「娘は疲れた様子で帰宅後は早く寝るようになった。被災経験がトラウマ(心的外傷)にならないといいが」と心配する。
 二つの認定こども園を運営する町社会福祉協議会では、ひまわり園の園庭に仮設の園舎を建てて対応する計画。来年2月の完成を見込む。たんぽぽ園の0〜2歳児を除く約130人が入る予定だが、園舎再建の時期は見通せていない。
 たんぽぽ園父母の会会長で自営業阿部元気さん(31)は長男の柊晟(しゅうせい)ちゃん(5)が来春小学生になる。「定員オーバーの状態が続き、敏感な子どもにどんな影響が出るか想像できない。卒園式だけでも前の園でしたい」と保護者の思いを代弁した。(鈴木俊平)


応急の橋、希望つなぐ 矢祭・高地原地区3週間ぶりに孤立解消
 台風19号に伴う久慈川の増水によって橋が崩落した福島県矢祭町高地原地区に応急の橋が完成し、3日開通した。11世帯28人が暮らす地区の孤立状態は約3週間ぶりに解消された。
 応急の橋は幅約5メートル、長さ約60メートルの工事現場用。久慈川沿いの国道118号と地区の農道を結ぶ取り付け道路も含め2日に完成した。使用は原則として地区住民ら関係者に限られ、初日は住民が車で往来するなどした。
 応急の橋は当初、住民が対岸に渡る手段として使った鉄橋を走るJR水郡線の運行再開(1日)前に完成する予定だった。川の水量が減らず、工事が遅れていた。町は、水郡線再開後も時間限定で鉄橋を歩けるようJR東日本と交渉し「完全孤立」の回避に努めた。
 町は、3年を要する本設を前に仮設の橋の整備に着手する。地区の会社員石井耕民さん(68)は「車を借りて対岸に置き、鉄橋を渡っていたが、自家用車で地区の外に出ることができてありがたい。また増水したら応急の橋は使えなくなるので、本格復旧を急いでほしい」と話した。


浸水乗り越え安らぎ再び いわき・白水阿弥陀堂でライトアップ
 福島県いわき市内郷の国宝「白水阿弥陀堂」でライトアップが2日に始まり、色づき始めた紅葉やイチョウとともに本堂が闇に浮かび上がった。10月25日の大雨で境内も浸水したが予定通り実施した。10日まで。
 発光ダイオードの照明が樹木や本堂を照らし、境内の池に赤や黄など多様な色を映し出す。家族4人で訪れた市内のギフト用品販売業稲沢健さん(36)は「幻想的な雰囲気。災害続きの中、安らぎを感じる」と話した。
 阿弥陀堂を保有する願成寺や市などによると、大雨で池が増水してあふれ、阿弥陀堂の基礎部分や境内が浸水した。近くの新川が氾濫し、水が流れ込んだとみられる。台風で堤防の一部が損壊していた。
 ライトアップは東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で落ち込んだ観光客を呼び戻そうと寺が市の協力で企画した。赤土隆行住職(69)は「多くの人に福島に来てもらい、力を与えてほしい」と話す。
 夜間拝観は午後5時半〜8時半。


宮城・丸森で斎理屋敷や舟下り復活 「町も復興を」観光客エール
 宮城県丸森町で3日、台風19号豪雨の影響で休止していた豪商の旧邸宅「斎理屋敷」や屋形船による阿武隈川舟下りが営業を再開した。観光客が訪れ、施設の担当者は「日常を取り戻す弾みにしたい」と意気込んだ。
 3連休の中日となったこの日、町中心部の斎理屋敷には県内外から約70人が足を運んだ。係員に被災状況を聞きながら、舟運で栄えた当時をうかがわせる建物や展示品に見入った。4日まで無料開放され、喫茶室も6日から利用できる。
 斎理屋敷は建物や展示品に被害がなかったものの、敷地内に軽トラック約50台分の泥が流入した。10月末に断水が解消し、再開準備を進めていた。
 舟下りは航路を確認し、屋形船6隻のうち使用可能な2隻で再開した。丸森橋近くが発着となる8キロの周遊コースの川岸には、豪雨の爪痕が残る。船内で芋煮を楽しめる恒例の「芋煮舟」も3日前までに予約すれば楽しめるという。
 さいたま市の会社員前川政則さん(63)は斎理屋敷と舟下りを楽しんだ。「素晴らしい展示で、被災状況も知ることができた。早く町全体が復活してほしい」と話した。
 両施設を運営する町観光物産振興公社の佐藤勝栄理事長(75)は「町はまだまだ大変な状況だが、観光客が来れば活気づく」と期待した。
 町内の国民宿舎「あぶくま荘」も営業を再開し、日帰り入浴は4日まで無料。不動尊公園キャンプ場は再開の見通しが立っていない。


災害ごみ 手を尽くし迅速処理を
 台風15号、19号、21号が相次いだ東日本の被災地で、水に漬かった家財道具や建材などの災害ごみが大きな問題となっている。
 浸水範囲を基にした環境省の予測では、ごみの量は数百万トンに達し、昨年の西日本豪雨の約190万トンを超えるという。
 復旧・復興には、災害ごみの迅速な処理が不可欠だが、処理に2年以上かかる見通しだ。
 政府や自治体は、広域処理を行ったり、民間事業者の協力を得るなど、災害ごみの早期解消に手を尽くしてほしい。
 三つの台風の住宅被害は10万棟を上回る。1棟当たり全壊で110トン、床上浸水で4・6トンの災害ごみが出るとみられる。
 ごみは、家具や畳などさまざまだ。自治体が指定する仮置き場で分別された後、焼却や埋め立て処理される段取りだ。
 だが、持ち込みが殺到し、満杯となったり、分別されず放置された仮置き場も少なくない。浸水で使えない処理施設もあった。
 生活を再建するためにも、いかに早くごみを搬出するかが大切だが、面倒でも分別しないと、結果的に復興に遅れが生じよう。
 処理が遅れるほど悪臭や虫が発生し、衛生上も問題だ。東日本大震災でも、積み上げられたがれきの山で火災が続発した。
 環境省は、ごみ処理に関する専門職員を被災地に派遣するなど支援に当たっている。リーダーシップを発揮し、速やかな処理に道筋を付けてもらいたい。
 ごみを出す人手も足りず、ボランティアが求められている。
 被災地では土ぼこりが舞い、感染症や食中毒のリスクがある。厚手のゴム手袋や長靴、防じんマスクなどの装備や、市町村ごとのニーズを把握する必要がある。
 心配なのは、道内自治体の災害ごみ対策が不十分であることだ。
 環境省は、仮置き場の候補地や想定されるごみの量など処理体制をまとめた「災害廃棄物処理計画」を策定するよう、全市町村に求めている。
 しかし、道内で策定済みの市町村は、わずか1割にすぎない。今回の東日本の台風被害でも処理計画のない自治体が多く、対応が後手に回るケースが目立つ。各市町村は策定を急ぐべきだ。
 札幌や近辺を走る月寒断層で大地震があると、道央を中心に1千万トン以上の災害ごみが出るとの試算がある。自治体同士でごみの受け入れ協定を結ぶなど、しっかり備える責務がある。


台風の災害ごみ 早急に広域処理の推進を
 台風19号など一連の風水害で発生した災害ごみの処理が各地で課題となっている。浸水した住宅から出た家財道具などだ。
 昨年の西日本豪雨で出たごみは約200万トンだった。今回の総量はそれを上回る見込みだ。すべての処理を完了するには数年かかるとみられている。
 処理を一義的に担うのは市町村だ。ごみは各地の仮置き場に集められた後、処理施設へ運ばれる。回収が進まないと生活再建の妨げになる。水害に伴うごみは腐敗しやすいため感染症のリスクも生じる。復旧を進めるうえで大きな障害になる。
 被災地では今、大量のごみによってさまざまな問題が起きている。地域の施設では処理が追いつかなくなり、仮置き場を閉鎖せざるをえなくなった町がある。仮置き場が満杯のため、公園や畑に捨てられるごみも少なくないという。
 今回のような大規模災害で、地域の処理能力を超えるごみが出た場合に大きな力となるのは広域処理だ。
 福島県郡山市では市内2カ所の処理施設の一つが水没した。このため国が保有する浪江町と南相馬市の施設に運んで処理している。長野県のごみについては、富山県を中心に受け入れる計画が進む。こうした広域処理を各地で早急に推進すべきだ。
 平時から自治体間でごみの相互受け入れ協定を結んでおけば、災害発生後に具体的な処理の行動計画を迅速に描ける。だが、都道府県によって協定の進み具合には差がある。
 想定するごみの量や仮置き場候補地などを事前にまとめた「災害廃棄物処理計画」の策定も課題だ。環境省は2014年、策定を全国の自治体に求めた。だが、昨年3月までに策定した市区町村は3割にも満たない。今回の台風被災地にも未策定のところがあった。
 背景には、中小の自治体では専門知識を持つ職員がいなかったり、仮置き場とする適当な空き地が見つからなかったりする事情もある。国や都道府県がいっそうサポートし、策定率を高めるべきだ。
 気候変動で災害の広域化が進むほど、ごみ問題も深刻化していく。事前の備えと事後の処理の両面で、市町村を支える仕組みを強化していかねばならない。


3連休最終日 丸森に多くのボランティア 営業再開の店舗
 台風19号で大きな被害を受けた宮城県丸森町では、3連休最終日の4日も大勢のボランティアが復旧作業を手伝っています。
 3連休最終日の4日、丸森町の災害ボランティアセンターには朝から大勢のボランティアが集まりました。ボランティアは10人ほどのグループに分かれ、被災した住宅などで家具の撤去や泥かきなどに追われていました。
 丸森町では4日の一日で、約700人のボランティアを見込んでいるものの、まだ約300世帯の片づけが済んでおらず、町は平日の参加を呼び掛けています。


宮城・松島町「円通院」 紅葉ライトアップ賑わう
 紅葉のライトアップが行われている宮城県松島町の円通院では、徐々に木々が色づき始め、3連休中日の3日は多くの人でにぎわいました。
 紅葉の名所として知られる松島町の円通院。ライトアップされた赤や黄色のモミジが夜空に浮かび上がり、日中とは違った景色を楽しむことができます。
 こちらは、一番人気のスポット「心字の池」。鏡のように池に映し出される紅葉が幻想的な雰囲気を醸し出しています。
 3連休中日の3日は、多くの人が訪れ、写真を撮るなどして楽しんでいました。
 円通院によりますと、見頃は今週末とみられていて、ライトアップは今月17日まで、午後5時半から午後9時まで毎日行われます。


フリーランス/権利守る法制度の整備急務
 働き方の多様化が進んでいる。IT化の進展や企業の副業・兼業の容認拡大で、会社などの組織の外で仕事をするフリーランスが、今後さらに増えるとみられている。だがこうした働く人を守る法整備は不十分なのが実情だ。
 フリーランスは正式な定義もなく、労働法制の保護対象から外れている。政府は10月30日、有識者検討会を開き、契約や報酬ルールの明確化に向けた法改正や指針整備の議論を本格化させた。働き方の違いによって、労働環境に著しい格差が生じる事態は避けなければならない。早急な対応策が必要だろう。
 フリーランスは一般に、自営業で雇い人がなく、実店舗を持たずにさまざまな発注者から仕事を請け負い、働く人を指す。IT技術者やデザイナー、建設業の「一人親方」、芸能人と幅広い分野に広がる。スマートフォン1台でIT企業から仕事を請け負う学生や主婦も増えている。
 8月に公表された内閣府の試算によると、フリーランスは306万〜341万人に上り、就業者全体の5%程度を占める。うち副業として仕事を請け負う人は100万人規模でいるとみられる。定義が異なるため、直接の比較は難しいが、米国ではフリーランスの就業者に占める割合が急速に伸び、既に30%超との調査もある。
 仕事ごとに契約を結び、自分の知識や技術を提供して対価を得る。働く場所や時間に縛られず、自由度が高いのが利点とされる。一方で最低賃金は適用されず、産休や育児休業などの制度、けがや病気による休業中の補償もない。
 発注者側の企業に個人で対処するため、立場は弱い。不利な契約条件の押し付け、一方的な契約解除、余計なコスト負担といったトラブルも生じている。日本俳優連合などの調査では取引先からパワハラを受けた経験が6割超、セクハラ被害も4割弱に上る実態が報告された。芸能人に限られた問題ではあるまい。
 人口減少と高齢化の進行を背景に働き方の多様化が進むのに、最低限の保護もなく、泣き寝入りを強いられるような現状は放置できない。
 最近、米ウーバー・テクノロジーズが展開する宅配サービス「ウーバーイーツ」の日本の配達員らが組合を結成し、労働環境の改善を訴える新たな動きも出てきた。約1万5000人いるとされる配達員は個人事業主として扱われ、労災や雇用保険の対象にならない。労組は「事故時の十分な補償」「報酬計算の詳細な説明」を求める。連合もフリーランスへの支援強化に乗り出した。
 政府は多様な働き方を推進している。契約・報酬の明確なルール化はもちろん、発注側の無理な要求を防ぎ、働く人を守る仕組み作りが欠かせない。老後まで見据え、社会保障制度の中にどう位置付けるかの議論も求められよう。


嘉手納降下訓練 米軍の身勝手許されぬ
 在日米軍が沖縄県の嘉手納基地で、パラシュート降下の夜間訓練を実施した。
 防衛省、県、地元自治体の中止要請を無視しての強行であり、看過できない。
 降下訓練は1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告で、伊江島補助飛行場(伊江村)に集約することで合意した。
 市街地に囲まれた嘉手納での実施は、2007年の追加合意で「例外的な場合」に限っていた。
 にもかかわらず、今年の嘉手納使用はすでに4回目だ。SACO合意後の年間回数としては最多となった。例外的ではなく、常態化させたい米軍の意図が透けよう。
 SACO合意は沖縄の基地負担軽減が目的である。これに反する米軍の身勝手な対応を許してきた日本政府の責任も重い。
 言うべきことを言ってこなかったのではないか。河野太郎防衛相は米側と閣僚レベルで協議する考えを示したが遅すぎる。
 降下訓練で米兵が基地外に落下すれば、重大事故につながりかねない。沖縄復帰前の65年には、読谷(よみたん)村で女児がパラシュートで投下されたトレーラーに押しつぶされ、死亡した事故もあった。
 それだけに沖縄では降下訓練への反発が根強い。
 米軍は防衛省に対し、伊江島の気象、海象条件が悪くなる見込みだったことを理由に、嘉手納での実施を通告していた。
 しかし、訓練のあった日、伊江島は晴天だったという。河野防衛相が「(今回の)天候は例外事由に当たらない」として、合意違反との認識を示したのは当然だ。
 さらに日本側が不信感を募らせているのは、同じ日の昼間に伊江島でも降下訓練を実施していたからだ。悪天候で伊江島の訓練は中止されるはずではなかったのか。
 この訓練で米兵2人が誤って米軍施設以外の畑などに降下したことで、嘉手納と伊江島の2カ所での同日実施が明らかになった。
 つじつまの合わない説明には到底納得できない。
 だが、在日米軍司令部は「2国間の協定に完全に準拠している」と主張している。米側が都合よく運用できる余地があるならば、見直して厳格化する必要があろう。
 在沖縄米軍を巡っては今年8月、大型ヘリから窓が落下し、先月中旬には特殊作戦機から主脚の一部が落下するなど、航空機のトラブルが相次いでいる。
 米軍に対しては装備の安全管理の徹底についても強く求めたい。


米軍が事故公表せず 地位協定改定しかない
 一つの事故をうやむやにしたために、事故の連鎖を生み、人命を失った。地域に損害を与え、市民を危険にさらしている。
 米海兵隊岩国基地所属部隊が2016年4月に、嘉手納基地沖の上空で戦闘機と空中給油機の接触事故を起こしながら公表せず、正式な調査も見送っていた。米軍の報告書で明らかになった。
 報告書は18年12月の高知県沖の墜落に状況が類似していると指摘するが、同様な事故はそれだけではない。
 16年12月に名護市安部で起きた米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの墜落も夜間の空中給油中の事故だ。両事故とも嘉手納基地沖の事故がきちんと検証されていれば防げたのでないか。米軍の隠ぺい、怠慢の罪は重い。
 嘉手納基地沖の事故は第242(全天候)戦闘攻撃中隊のFA18戦闘攻撃機が、別部隊のKC130空中給油機と米軍嘉手納基地沖で接触し、給油ホースを引きちぎった。FA18の操縦士が月明かりのない暗闇で初めて空中給油を受けている最中に起きた。操縦士が機体の高度や体勢を把握できなくなる失調状態に陥ったという。米軍はこの事故を日本側に報告しなかったばかりか、本格的な調査もしなかった。
 同年12月には名護市安部でオスプレイ墜落事故が起きた。オスプレイは夜間、MC130空中給油機から給油口への接続を試みた際、オスプレイの右のプロペラが給油口に接触し損傷した。
 高知沖墜落事故も同じく夜間の空中給油訓練中に起き、1人が死亡、5人が行方不明という犠牲を生んだ。
 米軍はいずれの事故も原因は操縦士の人為ミスと結論付けているが、本当にそうだろうか。報告書は「(嘉手納基地沖で)調査していれば(高知沖は)防げた可能性がある」と内部批判しているが、当然だ。あまりにもずさんで、人の命を軽んじているとしか思えない。
 報告書はさらに恐ろしい問題を挙げている。相次ぐ事故の背景として、部隊内に「薬物乱用、アルコールの過剰摂取、不倫、指示違反といった職業倫理にもとる実例」があると指摘したのだ。このような規律意識の低い部隊が県民の頭上で日常的に訓練を繰り返しているのでは、事故は起こるべくして起こったと言わざるを得ない。
 国内で起こった事故でありながら、日本側が事故を把握できない日米地位協定が問題だ。米軍と地位協定を結ぶドイツやイタリアでは事故時の通報体制が整っているが、日本では米軍の裁量に任されている。
 日本政府は速やかに日米地位協定を改定し、自国内で起きた事故の通報体制を米側に義務付け、捜査にも関与できるようにするべきだ。規律の緩みきった米軍に再発防止はできない。


[米軍事故公表せず]政府は毅然と向き合え
 米海兵隊岩国基地(山口県)所属部隊が2016年4月、嘉手納基地沖の上空でFA18戦闘攻撃機とKC130空中給油機の接触事故を起こしながら公表せず、正式な調査も見送っていたことが米軍の報告書でわかった。
 2機は嘉手納基地に着陸し、けが人はいなかったという。報告書には引きちぎられた給油機の給油ホースがFA18の右翼に引っかかっている生々しい写真が掲載されている。一歩間違えれば民間地を巻き込む大惨事につながりかねなかったはずである。
 18年12月に高知沖で6人が死亡・行方不明になる事故の調査過程で明らかになった。
 沖縄、高知の事故はいずれもFA18の操縦士が月明かりのない暗闇で空中給油を受けている最中に起きたという共通点がある。報告書では「(沖縄で)調査していれば(高知は)防げた可能性がある」と内部批判している。
 米軍は日本側に通報せず、隠蔽(いんぺい)した上に調査をしなかったのである。事故をなかったことにしたのである。県民の生命と財産を軽んじていることに憤りを禁じ得ない。
 16年12月に名護市安部の沿岸部でオスプレイが墜落した。夜間の困難な気象条件で空中給油訓練を強行した末の墜落である。調査しておればこれも防げたかもしれない。
 米軍担当者は「通報は日米両政府間の合意に沿って行う」という。実際は日本側に伝えておらず、日本政府はきちんとただすべきだ。
 仮に通報があったとしても日本側は捜査にはタッチできず米側の捜査報告を丸のみするだけだ。日本側が捜査権を行使できるようにするにはやはり地位協定改定しかない。
■    ■
 ぞっとするのは、岩国基地で重大な事故につながりかねない規律違反が横行していることだ。報告書には手放しでの操縦や飛行中の読書なども含まれている。事故の背景として報告書は部隊内に「薬物乱用、アルコールの過剰摂取、不倫、指示違反といった職業倫理にもとる実例」が存在したと指摘している。
 高知の事故では乗員2人の尿から睡眠導入剤の成分が検出されている。身の毛がよだつ。チェック体制はどうなっているのだろうか。
 岩国基地に限らない。18年4月には米軍三沢基地(青森県三沢市)のF16戦闘機が東北の山間部を超低空飛行した動画を「ユーチューブ」に投稿。操縦席から撮影したとみられ、日本国内での最低高度150メートルより低く飛行したことを同基地は認めている。■    ■
 岩国基地は米軍厚木基地(神奈川県)から空母艦載機約60機が移駐し、嘉手納基地と並ぶ極東最大級の航空基地となった。FA18などは外来機として沖縄にたびたび飛来しており、危険性は岩国にとどまらず拡散しているのだ。
 米軍内に安全性軽視の考えが蔓延(まんえん)しているのではないか。個人だけでなく構造的問題に踏み込むべきである。
 日本政府は米軍と毅(き)然(ぜん)と向き合い、事故を通報しなかった理由とともに、原因究明と再発防止策、規律違反の横行に対する対策をただし公表させなければならない。


日本からの弔電
 文在寅(ムンジェイン)・韓国大統領の家は、事業に失敗した父に代わり、母が生活費を稼いでいた。卵や練炭をリヤカーに載せて近所に配るという、苦労の割に収入の少ない仕事だった。
 文氏も放課後や休みの日に手伝ったが、すすだらけになる練炭配達が恥ずかしく、いつも母親に不満をこぼしていたという。
 ある時、練炭を山積みにしたリヤカーの前を文氏が持ち、母が後ろで押さえながら坂道を下った。重さに耐えきれなくなった母が、思わず手を放してしまった。
 「そのため私は側溝に落ちてしまった。練炭が少し割れただけでけがはしなかったが、母はひどく心を痛めた」とある。自伝「運命」で、最も印象に残るシーンだ。
 もともと両親は朝鮮戦争の戦火を逃れ、韓国南部に定着。その後、文氏が生まれた。
 大学卒業後、文氏は故郷に戻るが、大統領に当選した後は、なかなか会えなくなる。
 その母が先月末、南部・釜山の病院で亡くなった。文氏は、「親不孝ばかりだった」と後悔まじりの文章を発表した。
 これを知った安倍晋三首相は、文氏に弔電を送ったという。これに先だって文氏も、台風被害のお見舞いメッセージを安倍首相に送っている。二人は政治の面では対立しているが、人を思う気持ちは同じだろう。
 こんな小さな配慮を積み重ねれば、二つの国はもう少し近くなるはずだ。(五味洋治)


緒方貞子さん/人道主義の理念を未来へ
 間違いなく、これからも尊敬される日本人として、世界中で名前が挙がる一人だろう。
 先日亡くなった緒方貞子さんは、日本人初の国連難民高等弁務官として、人道支援の先頭に立った。国際機関で活躍する日本人女性の先駆け的な存在でもあった。
 卓越した指導力と行動力で、国や地域を超えて「マダム・オガタ」とたたえられた。
 「島に閉じこもった平和観では通用しない」と、母国の日本には積極的な国際貢献を求めた。一方で「平和主義とは人間と人間の関係を大事にすること」と述べ、草の根の交流や相互理解の大切さを力説した。
 米トランプ政権の自国第一主義は経済摩擦や緊張の高まりを招き、移民・難民を排斥する不寛容な動きが世界各地に広がっている。
 日韓関係も元徴用工への補償問題などで溝が深まり、「戦後最悪」といわれる状況だ。
 政府同士が対立する時期だからこそ、互いの顔が見える庶民の交流が大切になる。緒方さんの残した言葉を改めてかみしめたい。
 緒方さんは米国で政治学の博士号を取得し、大学教員から日本の国連公使に起用された。国連人権委員会の日本政府代表などを務め、1991年に高等弁務官に就任した。
 国連機関を統率し、紛争や迫害で故郷を追われた難民らの保護、支援に当たる要職である。緒方さんが務めた20世紀最後の10年間は、多難を極めた時代だった。
 湾岸戦争後のイラクでクルド人に対して行われた迫害、旧ユーゴスラビアで内戦状態に陥った民族や宗教の対立、大量虐殺につながったアフリカ・ルワンダの紛争…。
 子どもを含む大勢の人々が故郷を追われ、医療や食料などの緊急支援が課題とされた。国連機関の存在意義が問われる深刻な事態である。
 「現場に出て考えないと解決には向かわない」。緒方さんは小柄な体に防弾チョッキを着けて難民キャンプを飛び回り、何が必要かを自分に問い続けた。国際協力機構(JICA)の理事長など、その後に歴任したポストでも、職員らを積極的に現場に派遣して対応を促した。
 貧困や迫害など生存への脅威をなくす。そのために、影響を最も受けやすい弱者一人一人を、国境を超えて支える。追い求めたのは「人間の安全保障」の実現だった。
 地球規模で平和と共存を心に描いた緒方さんは、日本の難民受け入れの少なさにも懸念を示していた。国際社会の一員として何をなすべきか、再検討の時期といえる。「日本は人道大国に」と語った思いを、しっかりと引き継いでいきたい。


ハンセン病補償 「差別の連鎖」絶つ啓発を
 ハンセン病患者らを施設に隔離する政策はおよそ90年にも及んだ。その間、日本社会にはびこった偏見と差別は深刻という言葉では足るまい。根絶には相応の対策と努力が必要である。政府と国会をはじめ全ての公的機関が幅広い被害者の人権の回復に取り組み、私たち国民一人一人も意識変革を図っていくことが求められる。
 患者本人たちだけでなく、その家族への差別を初めて認定した6月の熊本地裁判決(確定)を受け、家族補償のための法案骨子を超党派の国会議員グループがまとめた。法案は今国会で成立する見通しである。
 親と子、配偶者には180万円、きょうだいや同居歴のある孫やおい、ひ孫らに130万円を支払う内容だ。
 地域で「未感染児童」などと呼ばれ学校への就学反対運動が起きたり、職場への就労拒否などを受けたりした家族の被害は枚挙にいとまがない。法案骨子はそうした実態を直視した。
 法案の前文は「国会」と「政府」を主語にして、家族への反省とおわびを明記した。背景には、今春成立した旧優生保護法による強制不妊手術の被害者救済法で、反省とおわびの主体を「われわれ」とぼかして批判を浴びた経緯もあるだろう。
 それでも、救済対象を広げた上で、らい予防法の前身となる法律が制定された1907年から、予防法が廃止された96年までの立法府と行政府の責任を明確にしたとは言える。遅すぎたとはいえ、評価したい。
 ただ原告団は「この金額であがなえると合点する者は誰もいないと思う」とも語った。当然であり、重く受け止めたい。
 ハンセン病は極めて感染力が弱く、短期で完治する。政府や自治体はパンフレットを作るなどして啓発を進めてきた。
 ところが福岡県では2013年、ハンセン病を授業で知った小学生が「うつらないようマスクをする」などと書いた感想文を、悪意なく元患者らへ送る事案があった。授業の担当は人権問題に熱心な教諭だったが、教え方が不十分だったという。啓発の内実が問われている。
 法案骨子がまとまったことを受け、加藤勝信厚生労働相は「家族への補償を早期に実施し、偏見、差別の解消に全力で取り組む」と述べた。補償対象は2万〜3万人と見込まれる。新たな差別におびえ、声を上げられない人もいるだろう。啓発を強め、何としても救済したい。
 同時にハンセン病問題基本法も改正され、家族の被害を明記する。元患者の名誉回復や、良好な生活環境の確保を目的に09年施行された法律だ。差別の連鎖を断ち切る契機としたい。


五輪マラソン札幌開催 選手第一、原点問い直せ
 2020年東京五輪のマラソンと競歩が、札幌市で開催されることで決着した。東京で懸念される酷暑を避け、「選手第一」を実現するためという。
 開催まで9カ月を切る中で五輪の花形種目を開催都市から移すのは極めて異例だ。唐突な変更に疑問点は残るが、選手の健康面を考えれば、やむを得ない決断だろう。一日も早く計画を固めてハードとソフトの両面で準備を急ぎ、混乱を最小限にとどめたい。
 札幌開催は最終的に、国際オリンピック委員会(IOC)、大会組織委員会、東京都、政府の4者協議で確定した。
 ただ円満決着とはいかなかった。唯一反対していた小池百合子都知事は最後まで同意せず、「あえて申し上げるなら合意なき決定だ」と強調した。IOCから強引に押しつけられた決定への不満をあらわにした。
 IOCはつい数カ月前まで都の熱中症対策を高く評価していたにもかかわらず、突然コース変更を表明した。事前に日本政府や組織委には連絡しながら、都には何の相談もなかった。
 4者の中で都だけが蚊帳の外に置かれた形だ。強引に手続きを進める「IOCファースト」の姿勢に、小池知事が反発したのも無理はない。信頼関係にも禍根を残した。
 このままでは、今後の準備に支障を来しかねない。相互理解と緊密な連携を深めるため、IOCには反省とともに関係修復に向けた努力が求められる。
 札幌での開催にも課題は多い。できるだけ早くコースを確定し、開催計画をまとめる必要がある。テロ対策をはじめとする警備体制の整備に加え、選手ら関係者の宿泊先の調整やボランティアの確保など、運営面の準備も急がれる。
 組織委は全力で取り組み、札幌市を支えなければならない。東京都にも開催都市として協力する姿勢を示してほしい。
 札幌開催で新たに生じる費用は、東京都に負担させないことになった。当然だろう。IOCのジョン・コーツ調整委員長は「組織委や地元自治体と協議しなければならない」と述べるにとどめた。曲折も予想される。
 マラソンは「オリンピックの顔」とまで言われている。競歩も日本選手の金メダルが有力視されている。それを一方的に開催都市から取り上げたのはIOCである。費用負担にも相応の責任を負うのが筋ではないか。
 東京の酷暑は分かっていたはずだ。「暑いからマラソンはできない」と言いだすこと自体、真夏の開催に無理があったことをIOC自ら認めたに等しいのではないか。
 開催時期を「7月15日〜8月31日」に限定したのはIOCである。その背景にあるのは、巨額の放映権料を払う米放送局への配慮だ。欧米の人気スポーツのシーズンと重ならないようにするためで、とても「選手第一」とは言い難い。
 本当に選手のためと言うなら、開催期間や運営の在り方など基本に立ち戻らなければならない。
 小池知事も4者協議で「7、8月の実施では、北半球のどの都市でも過酷な状況になる」と問題提起した。IOCはあらわになった真夏の五輪の限界と向き合い、選手第一の原点を問い直すときだ。


五輪マラソン 選手第一に万全の準備を
 開催まで300日を切った中での異例の会場変更である。コースなど概要を早急に決め、準備に万全を尽くしてほしい。
 2020年東京五輪のマラソンと競歩の開催地が、暑さを避ける目的で札幌市に変更されることになった。
 東京都内で行われた国際オリンピック委員会(IOC)、東京都、東京五輪・パラリンピック組織委員会、政府の4者協議で決着した。
 スポーツの祭典である五輪の競技が、選手の安全を最優先し実力を存分に発揮できる環境で行われるのは当然ともいえる。
 ただ、今回の会場変更を巡るIOCの手法には問題があると言わざるを得ない。
 IOCは開催都市と事前に協議することなく、札幌開催を先月16日に唐突に発表した。会場の決定権はIOCにあるとはいえ、あまりにも強引だ。
 東京都の小池百合子知事は相談がないまま変更が公表されたことに反発していた。
 決定に際しても「都として同意はできないが、IOCの決定を妨げることはしない。合意なき決定だ」と悔しさをにじませた。苦渋の決断だったのだろう。
 そもそもIOCが札幌開催を決めた背景には、高温多湿のドーハで9〜10月に行われた陸上世界選手権のマラソンと競歩で棄権者が続出し、強い批判を浴びたことがある。
 マラソンは五輪の花といえる競技だ。過去に開催都市以外で実施されたことはない。既にチケットも販売されている。にもかかわらず開催都市と協議もせずに、一方的に変更を決めた。
 開催地の変更で、発着点など具体的なコース設定や警備、ボランティアの配置、チケット購入者への対応など、多くの課題に向き合わなくてはならない。
 コースについては、IOCが発着点として候補に挙げた札幌ドームは、出入り口が狭いなど問題点がある。
 大会組織委員会は、札幌市中心部の大通公園発着の、北海道マラソンのコースをベースに検討を進めるという。
 ただし、このコースはスタートから10キロ付近まではアップダウンがあるが、その後はほぼ平たんになっている。
 マラソン代表に内定した十日町市出身の服部勇馬選手をはじめ、東京でのレースを想定し暑さや終盤の登りなどに対応する練習を重ねてきた選手は少なくない。選手への影響も心配だ。
 札幌移転に伴う追加経費については、4者協議で都は負担しないことで一致したものの、どこが負担するかは今後協議することになり課題が残った。
 受け入れる側の札幌市には、運営費負担や、準備期間が短いことへの不安の声もある。
 札幌市は今年8月、最高気温が30度以上の真夏日が8日間あった。東京より熱中症のリスクは低いとはいえ、暑さ対策も検討する必要があるだろう。
 残された時間は9カ月もない。国や組織委、都、札幌市が一丸となり、大会の成功に向け全力を挙げてもらいたい。


マラソン札幌開催/IOCは強権的だ
 国際オリンピック委員会(IOC)が東京五輪のマラソンと競歩のコースを札幌市に移転することを独自に決定し、日本側の対応が注目された4者協議は東京都が同意しないまま大会組織委員会と政府が了承、移転が確定した。
 開催都市とIOCの間に溝ができた。異常な状態のままで今後の準備は大丈夫かと心配になる。
 札幌市はコースの設定とその整備、テロ対策をはじめとする警備体制、選手を含む関係者用ホテルの確保など、課題が山積みだ。組織委は全力で準備を急ぎ、札幌市を支えなければならない。
 それにしても、IOCの手続きは強権的だった。つい数カ月前まで、東京都と組織委の熱中症対策を高く評価していたにもかかわらず、移転計画を突然、発表した。
 調整委員会の委員長は「決定は既になされた。IOC理事会にはこのような決定を下す権限がある」と言い放った。IOCと開催都市は相互理解と緊密な連携を尊重する伝統があるのに、取り付く島がない。
 選手に良好な環境を提供するため、より気温の低い札幌での開催が好ましいと考えるのは理解できる。しかし、なぜ、開幕まで9カ月を切ったこのタイミングなのか。
 IOCは移転案を事前に組織委に連絡する一方、東京都にはぎりぎりまで通知しなかった。相談しても反対されるに違いないと踏んだのだろう。誠実さが感じられない。
 東京都は遮熱性舗装を含むマラソンコースの整備と、9月に実施した五輪のテスト大会などで既に約三百数十億円の税金を投入したという。東京都が憤るのも分かる。都側には瑕疵は見当たらない。
 IOCは中東カタールのドーハ世界陸上選手権でマラソンと競歩に多くの途中棄権者が出たことに危機感を募らせた。しかし、そのことをもって直ちに東京五輪も同様の状況が予想されると結論づけるのは無理がある。科学的、合理的根拠が示されていない。
 日中は50度まで気温が上昇することもあるドーハでは、両種目が深夜から未明にかけて実施された。普段眠りに就いている時間で、選手の中には体内時計の調整がうまくできなかった者もいたのではないか。また、街灯などを頼りに暗い中で競技する特殊な環境だったから、疲労した選手は精神的なダメージがより大きくなった可能性もある。
 IOCは、われわれこそ選手に寄り添う五輪運動の主導者だとアピールしたかったようだ。その宣伝のために、東京の中心地を走りたいと願っていた選手、また、沿道から選手に声援を送り、五輪の雰囲気を味わい、大切な思い出にしたいと考えていた首都圏などの市民の夢が奪われてしまったとすれば、とても残念なことだ。
 IOCは金のかからない大会開催と、レガシー(遺産)が開催国と開催都市に残ることが大切だと強調している。この移転はその方針に反する。自己矛盾ではないか。
 組織委の手続きにも首をかしげざるを得ない。これほど重要な計画変更なのに、最高議決機関である理事会を開催することなく4者協議に臨んだ。五輪の出場経験がある理事が数人いるのに、そうしたアスリートの声を吸い上げることなくIOC決定に追随したのはどうしたことだろう。


[五輪マラソン] 選手第一で準備を急げ
 東京五輪のマラソンと競歩の開催地が札幌に変更されることが決まった。国際オリンピック委員会(IOC)が暑さ対策を理由に、開催都市の東京都の反対を押し切った格好だ。
 選手によりよい競技環境を整えるための判断は歓迎できる。ただ、開幕まで9カ月を切った時点での変更はあまりに唐突だ。本番で混乱のないよう、IOCや大会組織委など関係機関は全力で準備を急がなければならない。
 背景にあるのは、9〜10月に中東カタールのドーハであった世界陸上選手権だ。マラソンや競歩は猛暑を避けるために真夜中に行われたが、女子マラソンで4割が棄権するなど多くの選手がレースを断念した。これを見てIOCが危機感を募らせたのだろう。
 気になるのは、IOCが東京都と事前に十分な調整をせずに変更を推し進めたことだ。小池百合子知事が札幌開催案を知ったのは、IOCが公表した10月16日の前日だった。
 IOCと都、組織委、政府の4者協議では、変更で生じる経費を都は負担しないことや、他の競技は移転しないことなどで一致したが、小池知事は「同意できないが決定を妨げない」と不満を隠さない。溝を抱えたままで今後の準備が円滑に進むのか心配になる。
 課題は山積する。追加経費を巡って都は負担しないことが決まり、国は過去の協議で五輪の直接の運営費は出さないとしている。組織委は変更を主導したIOCが負担するのが筋との姿勢を示しているが、IOCは態度を明確にしていない。調整が急がれる。
 競技コースも決まっていない。毎夏恒例の北海道マラソンと同じ大通り公園発着の案が有力だが、全行程を同じにするかは未定。新コースなら公認を受けるための路面の状況確認が必要で、雪が降るとできなくなる。
 さらに警備など運営面の課題も実際のコースで洗い出す必要があり、早急に作業を進めなければならない。
 組織委には、既に販売したチケットの払い戻し作業が待っている。厳しい抽選を経て入手した人には不満も出ており、慎重な対応が求められる。
 日本陸連は9月に本番とほぼ同じ都内のコースでレースを行い、男女各2選手を代表に選んだ。新たな条件でのレースへ万全の調整をしてほしい。
 そもそも、開催時期に問題があったのではないか。1964年の東京五輪は10月に開催されたが、今回はIOCが招致段階から「7月15日から8月31日の間」とし、東京が7月24日開幕で応じた経緯がある。背景に人気スポーツがシーズン入りする秋を避けたい米テレビの意向があると言われる。
 選手を第一に考える「アスリートファースト」の理念とは裏腹に、スポンサーの意向が優先される五輪のあり方を考え直すべきである。


首里城焼失 再建へ防火対策見直しが必要だ
 抜けるような青空に鮮やかな朱色の建物が映えた首里城。沖縄の歴史と文化のシンボルが焼け落ちてしまった。心のよりどころを失い、沖縄県民は悲しみに包まれている。
 琉球王国の栄華を伝える首里城は太平洋戦争で焼失し、主な施設が復元された。遺構部分など城跡は世界文化遺産に登録されており、後世に残すべき貴重な存在だ。二度とこうした悲劇が起きないよう原因を究明し、防火対策を見直す必要がある。城の背景にある県民の苦難の歴史に思いをはせ、一日も早い再建を後押ししたい。
 首里城は15世紀から19世紀まで続いた琉球王国の王城で、政治、文化の中心だった。中国と日本の文化を取り入れた独自の建築様式を持つ。焼失と再建を繰り返し、現在の主な施設は1992年に復元。古い資料などを基に、木造の建物内部に天然の漆を塗り、柱に竜の彫刻を施すなど「建物自体が工芸品」とも称される。
 戦時は地下に旧日本軍の司令部壕(ごう)が造られ、県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦の過酷さを伝える場所でもある。年間280万人が訪れる沖縄観光の中核であり、火災の影響は計り知れず、残念でならない。
 今回、正殿など主要7棟の計4千平方メートル以上が燃え、収蔵している絵画や漆器など400点以上が焼失したという。現場周辺ではイベントが開催中で、発生の1時間前まで準備作業をしていた。沖縄県警は放火の可能性は低いとみている。
 正殿などには初期消火に重要なスプリンクラーが設置されていなかった。首里城の復元建物は、国宝や国の重要文化財に指定されてはいない。宿泊などが想定されないため、スプリンクラー設置も義務付けられていない。だが、復元には長い年月と費用をかけ、歴史伝承への熱い思いが込められており、価値ある建物だ。木造で燃えやすい構造を考えても、防火対策が十分だったとは言えない。
 玉城デニー知事は、本土復帰50年の節目に当たる2022年までに再建計画策定を目指す。政府は財政措置を含め全面的に支援する姿勢を示している。職人や材料となる木材の確保など課題も多いが、国内外から協力を得て乗り切りたい。
 国内ではこれまでにも、奈良の法隆寺金堂や京都の金閣寺が焼けるなど、文化財がたびたび火災に見舞われている。海外でも今年4月、パリの世界遺産ノートルダム寺院が燃え、世界に衝撃を与えた。
 文化庁は9月、国宝や重要文化財の建物に、消火設備の設置などを求める防火対策指針をまとめた。今回の火災を受け、史跡に復元された文化資産についても防火体制を緊急点検するよう自治体に通知した。復元を含め歴史的建造物は木造が多く、火災が大敵だ。自治体や所有者は貴重な建物を守るため、緊張感を持って点検し、防火対策強化に努めなければならない。


【IS指導者死亡】テロ根絶へと進まねば
 過激派組織「イスラム国」(IS)の指導者、アブバクル・バグダディ容疑者が米軍の特殊部隊の急襲でシリアで死亡した。
 トランプ米大統領が発表し、作戦の成果を強調している。しかし、生き残りを図ろうとするISは後継の指導者を決めたとの報道もあり予断を許さない。
 インターネットなどを通して中東から世界に広がったISの「聖戦(ジハード)思想」や過激思想は指導者一人の死で簡単に消えたりはしないだろう。テロの脅威がなくなったわけではない。テロ根絶へと進まねばならない。
 容疑者は1971年、イラク中部の貧しい家に生まれた。イラク戦争が始まった後の2004年ごろに南部の米軍拘束施設で収容者仲間から過激思想を吸収したという。
 シリア内戦などで混乱していた14年6月、シリアとイラクにまたがる地域を「領土」とする国家樹立を宣言し、容疑者はイスラム教の預言者ムハンマドの後継者・カリフを自称した。
 ネットなどで移住を呼びかけ、一時は8万人を超す若者らが各国から集まった。過激思想に感化された戦闘員らが各地で残虐なテロを繰り返したほか、外国人の人質を殺害する映像をたびたび公開し日本人も犠牲になった。
 国際的に大きな脅威となり、米軍を中心とした有志国連合がシリア北部の「首都」とされる都市を攻撃し、17年に陥落。容疑者の潜伏先はその後分からなくなっていた。
 こうした経緯を見ると、米国などによるイラク戦争がISや容疑者を誕生させ、多くの犠牲者を生んだ要因であることは間違いない。
 この過去を踏まえて、大国としての責任を米国が自覚しているとすれば、シリア内戦の和平など中東各地の安定化に積極的に関わるべきだ。
 しかし、「米国第一主義」のトランプ氏は反対の方向に動いている。
 米国の要請を受け、シリア北部でIS掃討を担ってきた少数民族クルド人勢力をトランプ氏は見放し、一方的に米軍の撤収を決めた。
 撤収後に、クルド人勢力を敵視するトルコがシリア北部に侵攻し多くの犠牲者や避難民が出た。
 身内の共和党幹部からもこの状況を批判されたトランプ氏は、来年の大統領選を見据えて容疑者の死亡を大きな「戦果」にしたかったようだ。「世界はより安全な場所になった」と自画自賛したが、そんな単純な状況ではない。
 その証拠に容疑者の遺体は米軍によって水葬され、隠れていた建物も徹底的に破壊された。墓や建物が聖地化する懸念があったからだ。国際テロ組織アルカイダの指導者、ビンラディン容疑者が死亡した時も同じ方法を米軍は取っている。
 過激思想を持つIS信奉者によるテロが各地で続く可能性をこのことは示している。米国は当然だが、日本を含めた各国が協力してテロを断ち切る努力がさらに必要だ。


日赤「宇崎ちゃん」献血ポスター、日本にいる外国人に感想を聞いてみた
 日本赤十字社の献血を呼びかけるポスターがネット上で大炎上した「宇崎ちゃん」問題。ウェブ漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』とのコラボ企画で、献血に行くと同作品のクリアファイルが貰えるというキャンペーンを呼びかけるポスターである。
 このポスターに纏わる議論や問題点はすでに別記事でも報じてている*のでそちらをご覧いただくとして、これらの批判の中で「海外ではあり得ない」という声や、それに対して「出羽守(「海外では」と海外のことを持ち出す人を揶揄する言葉)」という声も見かけられた。
<*「宇崎ちゃん」献血ポスター、なぜ議論がこじれるのか”、”献血ポスター論争、見落とされているもう一つの視点。問われる日赤の倫理規範”、”献血ポスター騒動を機に見直すべき、日本の血液事業の負の歴史と立ち返るべき「原点」”>
 今回のポスターも、きっかけとなったのは日本人の奥さんを持つ米国人男性のツイートからだったが、果たして日本にいる外国人はあのポスターをどう見たのか?
 今回はフラットな意見を集めるべく、「献血を呼びかけるポスター」であることのみを伝えて、予備知識無しの外国人に感想を求めてみた。
海外でも広告には厳しい目が
 まずは、三池崇史監督作品や、『AKIRA』『カウボーイビバップ』といったアニメ作品も好きだというアメリカ人男性(37歳)。
「ジーザス・クライスト……(しばし、無言に)。見たままだと思うよ。どこから始めていいのかわからないけど、これは間違ってる。どう見てもセクシュアライズしているし、日本人の女性に対しての意識が現れてるよ」
 と、すでに心が折れている様子。性的な部分が過度に強調されているというのは日本でも言われていることだが、他にはどういった点が問題だと感じたのだろうか?
「子どもの目に触れる公共の場に貼られているのもおかしいと思う。あと、単純にこれを見て献血に行きたがる人がどれぐらいいるのかも疑問だね。アメリカでもビールとかハンバーガーのコマーシャルで、セクシーな女のコが体にこぼしながら飲み食いするようなのがあるけど、ハッキリ言って気持ち悪いよ。そういう広告は前時代的なものになってるし、視聴者の見る目も厳しくなってる。そういう宣伝をする時点で女性を性的にモノ扱いしてる証拠だと思うし、これをオッケーだと思った人たちはイかれてるよ」
アニメや漫画なのは関係ない
 より多くの人に呼びかけるためにオマケをつけたり、著名人や人気キャラクターとコラボする手法そのものには効果的な部分も多いはずだ。
 しかし、今回のポスターについては、一部のコアなファンが擁護するような漫画とのコラボという部分ではなく、イラストの内容が問題になっていることを再認識するべきだろう。ノルウェー人女性(34歳)は、その点について指摘する。
「最悪ですね……。海外でもチャリティなどで有名人が出てくるのは普通です。むしろ、日本より多いぐらいじゃないでしょうか。でも、露出が激しかったり、ボディラインを強調した服で呼びかけることはしませんし、すれば必ず非難されると思います。アニメとか漫画だからというのは関係ない」
 彼女からは、ポスターに使われたイラストが献血と関係なさすぎるという意見も出た。
「そもそも、このキャラクターや作品がどう献血と関係あるのか知りたいです。ポスターを見ても献血を呼びかけるものには見えません。単に胸を強調してカワイイから使ったというのであれば、性的に利用しているのと何が違うんですか?」
 また、取材中に自ら「俺、日本のアニメとか漫画ならわかるよ」と声をかけてきたトルコ人男性(24歳)からも、呆れ気味のコメントが。
「アニメは大好きだし、女のコも好きだけど、これはわからないね……。なんで献血でこんなポスターにしたの?」
日本の広告は大人をバカにしている
 今回、「宇崎ちゃんポスター」はイラストの内容が問題となったが、より高齢の外国人からは日本の広告業界の体質そのものへの批判があがった。ポーランド人女性(63歳)は怒りをにじませながら、次のように語った。
「テレビのコマーシャルにしろ、街で見る広告にしろ、大人をバカにしてるのかと思うようなものが少なくありません。子どもに注意を呼びかけるものならわかりますが、政府のものや公共機関、大企業でも、どれもアイドルとお笑い芸人にアニメや漫画ばかりなのはおかしいですよ。それも中身がなくて、単に出ているだけ。子ども扱いされているようでイライラします。みんな自分の使ったお金や税金があんな子ども騙しに使われて、何も感じないんですかね」
 宣伝するためにお金をかけているのか、お金をかけるために宣伝しているのか……と映っている部分もあるようだ。
「宣伝したいものが何なのかや訴えたい層、見せる場所を考えて作るのが広告で、場所や相手、中身も考えないで垂れ流すのは違うでしょう。このポスターに限った話じゃないです。見る人ももっと考えないと何も変わらないと思います。こんな酷いものがまかりとおってるのは、見る人が何も考えていない証拠ですよ」
 我々が普段何気なく目にしている広告だが、ある意味鏡のような面もあるのかもしれない。今回の炎上ポスター、あなたの目にはどう映っただろうか?
<取材・文/林 泰人>ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン


高まるセウォル号惨事全面再捜査の声…「惨事の責任者122人を告発」
ずさんな救助が明らかになり 
遺族・市民の声、再び高まる  
セウォル号団体「国民告訴・告発人大会」 
朴前大統領やファン・ギョアン自由韓国党代表など122人の処罰求める 
「私たちもトラウマともに経験した被害者」 
市民参加の熱気…13日まで署名受付

 セウォル号惨事当日、脈拍があったにもかかわらず、適時に病院に運ばれずに死亡した犠牲者があったという調査結果が5年ぶりに追加で明らかになり、セウォル号惨事の全面再捜査と責任者の処罰を要求する声が再び高まっている。セウォル号惨事の遺族と市民たちは朴槿恵(パク・クネ前大統領などをはじめとする「惨事の責任者」122人を告訴・告発することにした。
 4・16セウォル号惨事家族協議会(セウォル号家族協議会)は2日午後5時、ソウル鍾路区光化門(クァンファムン)広場で市民とともにセウォル号惨事の責任者に対する処罰を求める「国民告訴・告発人大会」を開き、セウォル号惨事の責任者122人を告訴・告発すると発表した。これに先立ち、セウォル号の家族協議会が9月26日に発表した惨事の責任者122人は、朴前大統領やファン・ギョアン当時首相など政府の責任者9人をはじめ、キム・ソクキュン元海洋警察庁長などの惨事現場の「救助・指揮勢力」29人やチョ・デファン・セウォル号特別調査委員会副委員長など「調査妨害勢力」29人、キム・ジンテ議員など「犠牲者侮辱・歪曲・妄言政治家」26人、キル・ファニョン元「韓国放送」(KBS)社長など「報道惨事報道関係者」18人、シム・インソプ父母連合会長など「(犠牲者)誹謗・侮辱極右・保守勢力」11人などだ。
 告訴・告発の法律代理人である民主社会のための弁護士会(民弁)のオ・ミネ弁護士は同日、「事件当時、何もせず最も大きな犯罪を犯したことについて、朴槿恵、キム・ギチュン(元大統領秘書室長)などを『未必の故意による殺人罪』で告発する。公訴時効が残っているものは、検察が正確かつ迅速に捜査しなければならない。今回の大会を皮切りに、責任者をさらに明らかにして告訴・告発する」と強調した。大会主催側によると、同日を基準にセウォル号の家族協議会など320人が告訴人で、国内外の市民など万9793人が告発人として行動を共にする意向を明らかにした。
 セウォル号惨事の遺族たちは、責任者たちを告訴・告発するまで5年の歳月を待ってきた。セウォル号家族協議会のチャン・フン運営委員長は、「第1・2期セウォル号特調委の調査のため、これまでは告訴・告発をしなかった。特調委がある程度調査する時間を持ったため、総選挙前にこれ以上遅くなる前に告訴・告発を行うことにした」と話した。「市民告発人」を募集したことについては、「惨事当日、傾いた船が水に浸かる姿を見た市民には、その姿がトラウマとして残っている。彼らも私たちと同じ被害者だ」とし、「告訴・告発を通じて真相究明の過程を共にしながら、そのトラウマを一緒に癒やしてほしい」と述べた。
 同日の集会では告発人リストに名を連ねた市民たちも壇上に上がり、責任者の処罰と徹底した再捜査を求めた。ソウル城北区に住むペ・ジヒョンさんは「愛する子供たちを死なせて真実すら隠した彼らが、白昼堂々と闊歩している」とし、「(遺族たちには)責任者たちが牢屋ではなく、社会で自由に過ごしている毎日が(セウォル号惨事が起きた)4月16日」だと糾弾した。京畿道水原(スウォン)で3人の子どもを育てているソ・ジヨンさんも、「死亡する子どもに背を向け、ヘリコプターに乗って立ち去ったことは明白な殺人」だとし、「誰も責任を負わず、何も明らかにされていない現実では、検察の全面的な再捜査が切実だ」と声を高めた。セウォル号家族協議会は13日まで告発人参加署名を受け付けてから、15日に告訴・告発状を提出する計画だ。
クォン・ジダム記者


「主戦場」監督「日本の表現の自由は怖い現状」
川崎市の日本映画大学で4日、従軍慰安婦問題をテーマにした映画「主戦場」の上映と、同大ドキュメンタリーコースの公開講座「作品研究『主戦場』シンポジウム『表現をめぐって…芸術と社会』」が開催された。
「主戦場」は、同市で開催中の「KAWASAKIしんゆり映画祭」で上映が決まっていたが、市から主催のNPO法人KAWASAKIアーツに対し、一部出演者から上映差し止めを求めて訴えられている作品であることから、上映に対する懸念が示され、10月27日に上映の見送りが発表された。その映画祭の判断に議論が起こり、映画祭側は2日に、4日の最終日に上映すると発表する事態となった。シンポジウムは、上映の見送りを受けて、映画祭の開催地近くで上映の機会を回復すべく、日本映画大の安岡卓治教授の協力を得て開催された。
ミキ・デザキ監督は、慰安婦問題について日韓両国や米国から30人の有識者、論客、関係者30人に取材したうち27人のインタビュー、過去のニュース映像、国会での安倍晋三首相の答弁、元慰安婦の証言など多数の映像を交え、この問題における論争を浮き彫りにした。その製作意図について「この切り口で作ったのは(慰安婦の)論争に争点を当てたいと思ったから。もう1つは、多くの一般の日本人が、慰安婦の証言に対し、疑問を持って信じていないから」と語った。
劇中に折り込まれた映像や証言、論説の信ぴょう性の裏付けを、どう取ったか? と聞かれると「最終的に自分が責任を持たなければいけないのは、最初から分かっていた。公開後に、いろいろな質問もされるだろうから、答えられるようにリサーチしなければいけなかった」と答えた。その上で「微妙な問題なので、映画を作ったら、いろいろな攻撃が来るだろうと思ったので、恐怖感を抱いたこともあった」と吐露した。
また「インタビューを撮る時、相手(取材対象者)には『大学院の研究プロジェクトですけど、完成した映画は出来たら映画祭とか、僕の大学で公開する希望がある。一般公開もあるかも知れない』と伝えてあった」とも語った。
デザキ監督の思いがかない、映画は18年に韓国・釜山映画祭ドキュメンタリー・コンペティション部門に出品された。日本でも、ミニシアター系のドキュメンタリー映画や劇映画などの配給を行う、東風が配給し、4月20日に封切られた。
デザキ監督は「東風の皆さんが、重いリスクを背負い、配給してくれたことに、言い切れないくらい感謝しています。他の配給会社は手を上げてくれなかった」と日本で配給した東風に感謝した。その上で「5人くらいの社員しかいない、東風のような小さい会社が(日本の)表現の自由を守ってくれている。怖い現状」と、日本における表現の自由の現状に警鐘を鳴らした。
シンポジウムにはデザキ監督と安岡教授のほか、ジャーナリストで映画監督の綿井健陽氏、映画ジャーナリストの中山治美氏が出席。映画を中心に、日本で表現の自由が制約された過去の実例や、KAWASAKIしんゆり映画祭で起きたような上映中止が、各国の映画祭においてなされているのかなどの現状が報告された。【村上幸将】


元受刑者のコンサルが司法試験合格 「負け犬」から奮起
 8年前に東京地検特捜部に詐欺容疑で逮捕、起訴され、実刑判決を受けた経営コンサルタント、佐藤真言(まこと)さん(46)が、9月に発表された今年の司法試験に合格した。当時は自身の罪を受け入れられなかったが、「自分も真っ白ではなかった」と振り返り、「負け犬で終わりたくない」と一念発起。刑期を終えた後、コンサル業を再開しつつ屈指の難関試験を突破した。「社会復帰を目指す人に勇気を与えられる存在になりたい」と意気込んでいる。(市岡豊大)
■「話せば分かるはず…」
 「佐藤さんに家宅捜索令状が出ています」
 平成23年7月6日朝、自宅に突然やってきた特捜部の検察事務官から突きつけられた令状によって佐藤さんの人生は暗転した。
 大手銀行を退職後、中小企業の再建支援コンサル会社を設立。小所帯ながら顧客を数十社抱え、順調に業績を伸ばしてきた。
 佐藤さんは2カ月後の9月15日、逮捕された。
 容疑は詐欺。顧客の社長と共謀し、東日本大震災の復興緊急保証制度を悪用、顧客会社の決算報告書を実際は約1億円の損失だったのに、約2300万円の利益と偽って銀行に提出し、融資金約1億円をだまし取ったなどとされた。
 顧客の中には資金繰りが悪化し、融資を引き出せないと倒産に追い込まれる恐れのある企業もあった。ギリギリまで経費を切り詰め、銀行との返済計画の見直し交渉も検討した上で、最後の手段として決算をごまかすことは確かにあった。
 しかし、佐藤さんはコンサル料以外に顧客から報酬を受け取ったことはなく、悪いことはしていないという自信があった。捜索を受けた当初は「話せば分かってくれるはずだ」と自分に言い聞かせていた。
 疑われた顧客会社は融資をすべて事業資金に回し、約定通りの返済を続け、再建の道を歩んでいた。銀行は取引先が再建して債務を返済してくれればいいはずで、むしろ銀行も暗に粉飾を分かって融資するものだと思っていた。多くの中小企業が決算を粉飾せざるを得ない状況にあったからだ。
■打ち砕かれた期待
 淡い期待は見事に打ち砕かれる。
 特捜部の検事は「いいですか、粉飾は悪だ。銀行をだまして融資を受け取っているのだから」と反論を理解してはくれなかった。「中小企業はつぶれるしかないということか」と尋ねると、「粉飾決算をしている中小企業が何社つぶれることになろうと、それは仕方がないことだ」と返された。
 再建して返すつもりで融資を受けたのに、銀行は被害者と言えるのか。検事は現実経済を知らなさすぎるのではないか。自分のような一般人が本当に裁かれるべきなのか…。
 犯罪に当てはまるのかもしれないが、検事の考えは絶対に間違っている。拘置所の独居房で煩悶(はんもん)しながら決意した。司法試験に合格し、検事と同じ立場でものを言えるようになりたい、と。
 1審でも上級審でも主張は聞き入れられず、懲役2年4月の実刑判決が確定。佐藤さんは593日間、刑務所に入った。
 27年11月に刑期を終えた。かつての顧客に支えられてコンサル業を再開すると同時に司法試験の予備校に通い始めた。電車内で録音された講義を聴いたり、仕事中の待ち時間に手帳のメモを見て勉強したりした。
 元来、「超ポジティブな性格」と自負する。特捜部への復讐(ふくしゅう)というよりも「このままでは、ただの前科者になってしまう。負け犬で終わりたくない」という思いが原動力だった。
■「拘置所に入った経験があるからこそ」
 そして今年9月10日、逮捕された日と同じ秋晴れの下、東京・霞が関の法務省前に設置された掲示板に合格発表を見に行った。自分の受験番号を見つけると、思わず取り調べを受けた特捜部が入る隣の検察庁舎9階を仰ぎ見た。
 「ようやく事件が終わった」。8年分のさまざまな思いが一気にあふれ、涙となった。ずっと支えてくれた妻にすぐに報告した。
 目指すのは容疑者に寄り添う弁護士だ。「拘置所に入った経験があるからこそ、できることがあると思う」
 例えば、逮捕されて接見禁止が付くと家族、同僚、友人などから突然、隔離され、弁護士だけが外界との唯一の接点となる。佐藤さんは接見中、拘置所職員から「あと5分」と言われた弁護士が「はい、もう終わるよ」と応じるのを見て孤独を深めた経験がある。何気ない一言にも容疑者は傷つくことを知っている。
 一方で企業再生コンサルとしての仕事も続ける。弁護士資格があれば仕事の幅も広がる。粉飾という同じ過ちを犯さないよう中小企業の再生支援にもっと力を入れたい。
 ただ、まだ壁は立ちはだかっている。法曹三者(弁護士、検察官、裁判官)になる資格を得るには司法修習を受けなければならないが、現行制度では禁錮以上の実刑を受けると司法修習生になれないとされている。司法試験に合格しただけでは弁護士になる資格を得られない。更生保護の考え方と相いれないと主張していくつもりだ。
 それでも今は、本心から逮捕されてよかったとさえ思える。「事件のおかげで司法試験に合格するきっかけをもらった。逮捕されると周囲の人間との絆を断たれ、卑屈になりがちだが、心持ち次第で一目置かれる存在にもなれると示せた。逮捕、起訴されて絶望している人の星になりたい」


玉川徹が米倉涼子『ドクターX』に出演したときにあの岸部一徳が…「政権に忖度しないところ」がいいと玉川ファンであることを表明
『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)のコメンテーター・玉川徹がキャスターの羽鳥慎一とともに31日放送の米倉涼子主演人気ドラマ『ドクターX 〜外科医・大門未知子〜』に出演、大きな話題になっている。
玉川といえば、昨年のクリスマスの『徹子の部屋』、今年9月の『徹子の部屋SP』にも羽鳥らとともに出演。今年5月10日には『ザワつく!金曜日』にも登場し、高嶋ちさ子に「社員なの? ただの社員で激辛コメントを連発?」などと突っ込まれるなど、“局員らしからぬ”活躍を見せているが、まさかドラマにまで進出するとは……。
ちょっと調子に乗りすぎなのでは? と心配しつつ、問題の『ドクターX』を見てみた。
 玉川が出演した第3話は、失言を繰り返す厚生労働相・梅沢三郎(角野卓造)が、マスコミから隠れるため米倉演じる大門未知子のいる東帝大学病院に入院するというストーリー。展開からして、玉川が政治家を追及でもするのかと思ったが、実際の役は、ドラマ冒頭、もんじゃ焼きを食べる米倉と岸部一徳の隣で食事をしている客というエキストラに毛の生えたようなもの。セリフも、店のテレビに厚労大臣が漢字を読み間違える様子が映ったとき「ああいう政治家がいるからワイドショーはネタがつきないんですよね」と呟くだけだった。
 正直肩すかしという感じだが、しかし、ドラマの内容や演技はともかく、玉川が『ドクターX 』に出演したことで、興味深い事実が明らかになった。
 放送日の31日朝、『モーニングショー』が番宣も兼ねて玉川たちの収録の様子を紹介するメイキング映像を流したのだが、「興味深い事実」はそこに映っていた。羽鳥とともにペアルックのスウェットの衣装を着てクルマから降りたった玉川。「なんだったら(セリフ)変えちゃうから」と強気の発言をして、羽鳥から「なんでそんな大物感出すんですか」と突っ込まれるというやりとりがあった後、米倉涼子や岸部一徳のいる撮影セットに入るのだが、その途端、米倉涼子が突然、玉川にこう声をかけた。
「うちの(岸部)一徳さんが(玉川に)お会いしたがっていて」
 米倉にそう言われた玉川はうれしそうに自ら、岸部一徳に向かって「そうなんですか? どの辺が(好き)なんですか?」と聞く。すると、岸部がこう答えたのだ。
「政権に忖度しないところ」
 このあと、羽鳥が「フォローする周りは大変ですけどね」と茶々を入れ、岸部も「それはわかってる」と応じて一同爆笑となったのだが、それはともかく、今では映画やドラマでバイプレーヤーとして唯一無二の存在感を発揮しているあの岸部までが玉川のファンだったというのは驚きではないか。しかも、重要なのは、岸部がその理由として「政権を忖度しないところ」を挙げたことだ。
 つまり、岸部は政権に尻尾をふるキャスターやコメンテーターだらけのワイドショーの中で、唯一強い調子で政権を批判し続けている玉川の姿勢そのものを評価しているということだろう。同じGSのタイガース出身の沢田研二が憲法9条や反原発ソングを歌うなど反権力の姿勢を鮮明にしているのに対し、岸部は政治的な発言をすることはないが、根っこには同じような反骨精神を持っていたというわけだ。
玉川人気の本当の理由は「キャラ」じゃない! 政権への真っ当な批判だ
 そして、もう一つ、岸部のこの発言を聞いて、再確認したことがある。それは、玉川人気が急上昇している理由だ。昨年末には日テレのモノマネ番組で玉川の「上から目線」を強調するモノマネを披露した神奈月が優勝するなど、最近は玉川のキャラばかりがクローズアップされている感があるが、本来、玉川ファンは岸部と同じように、キャラよりもむしろ、政権への真っ当な批判、一貫して弱者の側に立つその姿勢に共感している人が圧倒的に多い。
 もっと言えば、政権に尻尾をふるテレビ、出演者ばかりの状況に辟易としている視聴者にとって、玉川の存在は唯一の救いなのだ。
 そのあたりを玉川さん自身もぜひ自覚して、人気が急上昇中だからと言って、あまり調子乗りすぎないよう注意してもらいたい。『モーニングショー』で共演している高木美保によると、玉川は番組が始まる前、「俺の演技、自然だったでしょ?」と自慢していたらしいが(笑)、放送された『ドクターX』を見る限り、少なくとも役者にはまったく向いていないので。(林グンマ)


【問】憲法から定理を導け 【解】9条は改正不可 前広島市長・数学者 秋葉忠利さん「証明」
 日本国憲法は3日、公布から73年を迎えた。前広島市長で数学者の秋葉忠利さん(77)は今夏に出版した著書で、数学の理論を立証する手法を使って日本国憲法から「定理」を導き出す独自の解読をした。定理の一つとして、戦争放棄を定めた9条などは「改正不可条項」に当たると訴えている。 (村上一樹)
 著書のタイトルは「数学書として憲法を読む」(法政大学出版局)。安倍政権が九条に自衛隊を明記するなどの改憲に本腰を入れようとする中、「護憲・改憲の議論以前に、そもそも憲法はきちんと読まれているのか」との思いから、憲法を時の政府や法学者による解釈にとらわれず、文字通り数学的、論理的に読み解くことを試みた。
 まず(1)単語の意味を文字通りに解釈(素読律)(2)一つの単語、フレーズは同じ意味(一意律)(3)書かれていないこと、他の文献に依存しない(自己完結律)−など九つのルール(九大律)を設定。ルールに従い、憲法に書かれたことだけを議論の出発点となる「公理」と見立て、そこから論理的な結論となる「定理」を「証明」していった。
 導き出した定理のうちの一つは、憲法には一条や九条、一一条、一二条など、改正してはいけない条項があるということ。秋葉さんは、条項の中に「永久に」「国民の総意」「不断の」などの絶対的な表現と関連がある八つが「改正不可条項」に当たると指摘する。
 九六条には憲法改正の規定があるが、数学的には、絶対的表現(X)は時間的に全ての未来を縛る力があり、条文を変えると「永久に」といった単語の意味と矛盾が生じる。このため、Xの関連条項は九六条の対象外と解釈できるという。
 秋葉さんは「実際の社会は数学だけでは割り切れない。数学的に読み解いた結論が全てではないが、論理も大事だ。憲法の建設的な議論につながってほしい」と願っている。
<あきば・ただとし> 1942年11月3日、東京生まれ。東京大理学部数学科卒。米マサチューセッツ工科大(MIT)で博士号取得。ニューヨーク州立大などで数学を教える。広島修道大教授を経て、90年衆院選で初当選。99年、広島市長に初当選し、3期務める。現在、原水爆禁止広島県協議会代表委員。著書に「真珠と桜−『ヒロシマ』から見たアメリカの心」(朝日新聞社)など。