薩摩川内の弁護士BLOG

和久峻三「失踪宣告」(講談社文庫)から。

この二人の若手弁護士の会話を聞いていると、いかにも、彼らが、警察や検察庁のやり口に対して、端から疑ってかかり、明白な根拠もないのに罪をおかした犯人をかばいだてしているかのように誤解するむきもあろうかと思われる。

だが、そういう考え方が、冤罪を招くことにもなる。
人権の擁護を至上命令と信じる真面目な弁護士なら、これが、当然の姿勢である。
仮りに、警察や検察庁に同意し、高塚琢治が自白したからには、ほんとうに罪をおかしたのだろうなどと思い込み、それにそうような弁護活動をする弁護士がいるとすれば、それこそ、弁護士倫理に反することであり、鼻持ちならない俗物というほかない。
良心的であればこそ、警察や検察庁の態度を疑ってかかるのだ。
司法権力に弁護士が同調すれば、公正な裁判など期待できないのだ。

弁護人が、故意に、被告人に対して、起訴事実を否認させようとしているとか、弁護士の権利を楯にとって真実を覆い隠し、報酬を目あてに真犯人を無罪にもち込もうとしているなどと考える人がいるとすれば、それこそ、デモクラシーに背を向ける考え方の持ち主であるというよりほかない。

良識ある法律学者の書物には、よく、こんな記述がある。「民主主義は、国家権力への不信から出発する」と。
権力を信頼してしまえば、それは、独裁への道を開くだけである。
ヒットラーを全面的に信頼し、彼に全権を託した第二次世界大戦中のドイツ国民の運命がどうなったかは、説明するまでもない。
わが国についても、似たような事態が、終戦直後までつづいていた。

それを思うとき、権力を疑うことが、デモクラシーへの第一歩であることが納得できるというものだ。

穂積陳重「法窓夜話」(岩波文庫)から


英国の一農夫、ある宿屋に泊まって、亭主に100ポンドの金を預け置き、翌朝出発の時これを受取ろうとした。ところがこの亭主は甚だ図太い奴で、金などをお預かりしたことはないと空とぼける。
百姓は大いに腹を立てて厳重に掛け合うけれども、なにぶん証拠がないこととて如何とも仕様がない。

弱り果てて、当時の有名な弁護士カランのもとを訪れ、どうか取戻しの訴えを起こしてくれと頼んだ。カランは暫く思案して、「それくらいな事なら訴えを起こすまでもない。もしその100ポンドを取り返したいならば、もう100ポンドだけ改めて亭主に預けるがよい」と言う。
百姓は仰天し、「とんでもないこと。アイツのような大盗人に、100ポンドはおろか、1ペニーたりとも渡せるものか」と、始はなかなか承知すべきけしきもなかったが、ついにカランの弁舌に説き落とされ、渋々ながら、彼の指図に任せて、一人の友人を証人に頼み、再び例の宿屋へ行った。

また談判に来おったなと、苦り切っている亭主の面前に、100ポンドの金を並べて、そこで言うには、「オレは元来物覚えの悪い性分だから、昨日100ポンド預けたというのは、あるいは思い違いかもしれない。とにかく今度こそはこの100ポンドを確かに預かっておいて下され」とねんごろに頼む。
亭主は案に相違し、世にはうつけ者もあればあるものと、ひとり心に笑いながら、言うがままにその金を受け取った。

農夫はカランのもとに立ち帰り、盗人に追銭とはこの事と、しきりにふさぎ込んでいる。カランは打ち笑い、「それでは、今度は亭主が一人いるところを見済まし、こちらも一人で行って、先ほどの100ポンドを返してくれと言うべし」と教えた。

その教えの通りにして見たところが、後の100ポンドには証人もあること故、拒んでも無益と思ったか、亭主も素直にこれを渡した。

農夫は再びカランのもとに立ち帰り、これでは元の黙阿弥で何にもならぬと言う。カラン手を打って、「さてこそ謀計が図にあたった。さあ、今度こそは前の友人と同道して、宿屋に押し掛け、この者の面前で預けておいた100ポンドの金、さあ、たった今受取ろうと、手詰めの談判に及ぶべし。それでも渡さずば、その時こそはその友人を証人として訴え出でるのだ」と言う。

農夫は、ここに至って始めて氏の妙計を覚り、小躍りして出て行ったが、やがて満面に笑みをたたえて、ポケットも重げに200ポンドの金を携え帰った。

法学法術兼ね備わる者でなくては、法律家たる資格がない。カランが、無証事件を変じて有証事件となし、法網をくぐろうとした横着者を法網に引き入れた手際は、実に法律界の張子房(前漢創業の功臣、張良のこと)ともいうべきではないか。

三浦綾子「氷点(下)」(角川文庫)から。


陽子はそこでまた、ていねいに一礼した。
「みなさま、高いところから誠に失礼ではございますが、卒業生一同を代表致しまして、一言答辞をのべさせていただきます」
よくとおる声であった。
夏枝は額に汗をにじませていた。
(何をいうつもりだろう)
「実はただ今、答辞を読もうと思いましたところ、これは白紙でございました」
陽子は奉書紙を高く、さしあげた。人々は再びざわめいた。
「どこでどう、まちがいましたか、わたくしにもわかりません。御来賓の方々。先生方。在校生のみなさま。そして本日晴れの門出をなさる卒業生のみなさま。わたくしの不注意を何卒おゆるしになって下さいませ」
陽子はふかぶかと頭をさげた。
「みなさま。ほんとうに、わたくしの不注意を心よりおわび申しあげます。わたくしといたしましても、何日もかかって書きました答辞が、まさか白紙になっているとは夢にも思わないことでした。それでただ今は少しばかり驚いたのでございます」
場内は、しんと静まりかえって、緊張した空気がピシッとはりつめた。
このように、突然、全く予期しない出来ごとが、人生には幾度もあるのだと教えられたような気がいたします」
陽子の言葉に夏枝は唇をかんだ。
陽子は言葉をつづけた。
「自分の予定通りにできない場合は、予定したことに執着しなくてもよいということも、わたくしはただ今学ぶことができました。それで、勝手なのですが、ただ今予定外の行動をとらせていただきました。雲の上には、いつも太陽が輝いているという言葉を、先生に教えていただいたことがございます。わたくしは少し困難なことにあいますと、すぐにおろおろしたり、あわてたり、べそをかいたりいたします。けれども、それはちょっと雲がかかっただけで、その雲が去ると、太陽がふたたび輝くのだと知っておれば、わたくしたちはどんなに落ちついて行動できることでしょうか。今日わたくしはそれを学ぶことができて、よかったと思います。わたくしたちは、中学を卒業致しますと、進学する人、就職する人の別こそありますけれど、一歩、大人の世界に近づくことでは同じだと思います。
大人の方々の前で失礼ですけれども、大人の中には意地の悪い人もあるのではないかと思います。でもわたくしたちは、その意地悪に負けてはならないと思います。どんな意地悪をされても困らないぞという意気込みが大切だと思うのです。泣かせようとする人の前で泣いては負けになります。その時にこそ、にっこり笑って生きて行けるだけの元気を持ちたいと思います。このこと一つだけでも、わたくしたち卒業生の一人一人の心の中にあるならば、今日お祝辞を下さった方々への御礼になるのではないかと思うのです。・・・・しどろ、もどろでつまらないことを申しあげましたが、これを以て第13回卒業生一同を代表致しましての答辞と致します」
陽子はていねいにおじぎをした。
嵐のような拍手が起こった。夏枝はめまいを感じた。拍手をされている陽子が憎かった。

しかし、拍手の中を降壇する陽子の心は、複雑であった。直感的に陽子は、夏枝の仕業であることを感じた。級友がすりかえるはずがなかった。陽子は学校にきて、一度も手放さなかったからである。

(ほんとうの母なら、こんなことは決してしない)
世のすべてから捨てられたような、深いしんとした淋しさであった。

↑このページのトップヘ