2012年12月03日

KENTAKUNTEの論語書写朗誦庵


閑谷学校講堂にて群読したころの『論語』は、その意味を深く取り込む力も、心構えもできていなかったと想う。

今また齢六十を越え、再び論語に向かっている。

『論語』は2500年(孔子は春秋戦国時代AD552年生)の歳月を経てもなお朗誦され、私的にも幅広い領域において判断行動をみちびく基準として心にある。
(ただ私自身の受け止める容量が少ないがため教えの真意を読み解き、活かすまでには程遠いが・・・)

それでもここに掲載することで、この示唆に満ちた教えに(選択と解釈には個人的で浅薄ではあっても)友人たち知人たちが触れ、思い起こすきっかけにはなるかもしれない。そんな気持ちで2012年師走に思い立ち、毎月1〜2節載せていくことにした。

※論語:需学四書の一【四書;大学、中庸、論語、孟子 論語は二十編からなる。】


さて、第一節は、
【子曰、知之者不如好之者、好之者不如楽之者】
 子のたまわく、之を知る者は之を好むものに如かず、之を好むものは
 之を楽しむものに如かず】
 ★楽しむためには、関心を持つことであり、関心は観察することで芽生えるのだと思う。観察できていれば、ヒトの長所3点くらいは、すぐに発見できる。
  そうすると、なぜそんな長所を身につけられたか興味がわき、やってみたくなる。
  楽しみは次々と湧き出てくる。

第一節に選んだ理由は、これだけは、容量の少ない私にもできていると思えるからだ。
社会人一年生のころは、仕事がそれだった。知らないことばかり、初めて会う人達ばかり、みんな好奇心を呼び起こすことだったし、魅力的な人たちだった。
早く明日が来ればいいと思っていた。

また、休日の釣れなくても愉しめる渓流釣り、知り合った人たちとの変化と普遍の長い付き合い、満足できないでいつもこねくっている庭仕事、趣味のBook Coverづくり、そして山歩き。どれも楽しくて、時間がたつのを忘れてしまう。
そして明日!

毛無山道中の紅葉
毛無山道中の紅葉1114

ブナの木
ぶなの木


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