2005年09月19日

悔しい・・・。

"Regional and Rural Development"の授業での話。
テーマは「教育」だった。

発展途上国の義務教育制度の現状や教育が女性に与える影響、農村部における貧困や教師の不足からなる"Empty Classroom"(空っぽの教室)の解説などトピックは多岐に及んだ。

そして、話題は途上国における「英語教育」の話。
「この新聞記事(バンコクポスト)を見てほしい。これはASEANにおける各国のTOEFLのスコアのランキングだ。このランキングによるとタイは8位だ。タイの英語能力は非常に低い。タクシン(現在のタイの首相)はこの事態を非常に懸念していて、今後は英語教育に力を入れていくと言っている。なぜなら英語教育は国の発展に欠かせないからだ。」

これは納得できる結果だ。
タイに来て思ったのだが、タイ人はあんまり英語が得意じゃない。
文法もかなり適当だ。
彼らと気兼ね無く話せるのは、私と彼らの英語力が大して変わらないことが一因である。

「一方で、1位はシンガポールだ。これはなぜだろうか。かつてシンガポールは英国の植民地だった。また、シンガポールは中国系やインド系等様々な人種で構成されている。英語はコミュニケーションの共通ツールなのだ。」


で、「アジア」、「英語」と来れば、次の矛先は決まっている。
「さて、日本はどうだろうか?日本人の英語能力は全くもってひどい。それなのに、日本は先進国だ。なんでだ?誰か説明してくれないか?


!!!!

私、日本人なんですけど・・・。
確かに、うん、確かに日本人の英語能力は全くもってひどい。
そのことは否定しようが無い。
国内でも事あるごとに英語教育の話題が持ち上がり、その度に不毛な議論を繰り返している。
だが、日本人同士で傷の舐め合いをする分には何も思わないのに、外国人に言われるとなぜこんなにムカつくのだろうか??
まるで、面と向かって「お前の英語は全くもってひどい」と言われているような気分である。
実際、全くもってひどいのだが、これは傷つく。

隣のカンボジア人の男性は笑いながら私の肩を叩いている。
手前の中国人の女性は「何かコメントしたら?」と私を諭す。

ここは日本人として発言しておきたいところである。
いや、発言しなければならない。
だが・・・私は絶句してしまった。
適切なコメントが何一つ頭に浮かんでこなかった。

私がもじもじしているうちに、マクブル先生が締め括ってしまった。
「それは日本がテクノロジーで世界をリードしてきたからだ。日本政府は日本企業の研究開発育成に力を注いでいる。数々のイノベーションが日本から生まれた。テクノロジーに関しては外国から学ぶ必要がないのだ。だから、日本人は英語をやらないんだ。

それは違う!と言いたかったのだが、気の利いた台詞が出てこない。
日本人は英語をそれなりに真面目に勉強している。
トータルで10年間もだ。
別にサボってる訳ではない。
ただ、実践する機会があまりないだけだ。
それに、当初日本は外国の文献を元に技術を習得してきた。
それには英語力が必要不可欠である。

しかし、私はまたしても発言の機会を逃してしまった。
トピックは別の項目に移り、3時過ぎに授業は終了した。


授業が終わってから、終始私は凹んでいた
皮肉なことに、授業が終わった直後から反論とその英語表現が思いつくものだ。
が、後の祭りってやつである。
ものすごく悔しい。


なぜ何も言えないのか。
それは、発言することが怖いからだ。

マクブル先生はバングラディッシュ人で強いアクセントの英語で早口でよくしゃべる
時々何を言っているのか分からなくなる程だ。
そして、非常に口達者だ。
私が一言何か言えば、彼は2倍の速さで5倍の内容を返してくるだろう。
こんな相手と英語で議論するのは、素手で猛獣に立ち向かうようなものだ。

さらに、私は緊張すると英語がしどろもどろになり、文法が狂ってしまう。
それは自分の能力の低さを露呈するようで非常に恥ずかしい。
そのために、私は自分の言いたいことが言えず、歯がゆい思いをしている・・・。

これは英語以前に私の性格の問題かもしれない・・・。
日本でも私は口下手である。
そして気転の悪さによって、今まで数々の議論や口喧嘩で苦渋を舐めてきた。

だが、AITでは私個人の問題だけではない。
クラスに一人しかいない日本人として、日本について誤解を招く可能性がある場合には、日本を代弁して修正しなければならない(と、勝手に思っている)。

本気で英会話教室に通ってみたいと感じた。
それも日常会話ではなく、ディスカッションのトレーニングができるところだ。
私は英語のリーディングに関してはほぼ問題が無い。
リスニングもまあまあ大丈夫だ。

だが、私はきちんとした英語を話せないし書けない。
今後はインプットよりもアウトプットを鍛えたい。  
Posted by shimo_in_ait at 20:45Comments(2)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年09月12日

作文って難しい。

しばらく更新してなかったんですが・・・。
レポートで死にそうでした。

もちろん、この2週間、時間はそれなりにあったし、授業以外にも書くネタは数々あったのですが、ブログを書くモチベーションが上がらなかったのが一番の原因です。

適当なこと書いているようで、結構文章を書くことって労力要するんですよ。
平凡な私生活をいかに「ネタ」として再構築するか。
構成を考えたり、話の展開やオチなどを練っていると1時間や2時間は普通に過ぎる。
細かい言い回しや形容詞の重複もチェックして、推敲を何度も繰り返してるわけです。
が、その割には出来上がった文章がぱっとしなかったりするわけですが。
「作文」って難しいんです。

ただ、留学している身分でいる限り、日本語で文章を書く機会なんて皆無なので、ここで自分の考えとか気分とかを思いっきり主張しておくべきかも。

もちっと、やる気出してみるか。  
Posted by shimo_in_ait at 22:42Comments(3)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月28日

1ヶ月経過。

夕方、MくんとMくんのタイ人の友達、トン、ミャオ、「ペンギン」と一緒に、「クンスー」へ夕食に行った。
「クンスー」で夕食を食べるのは、今月これで5回目になる。
相変わらず蚊が多い。


トンとは同い年ということもあって、Mくんと一緒によくご飯を食べに行ったりしている。
タイの最高峰と言われているチュラロンコン大学出身である。
Mくんと同じ"Water Engineering and Management(WEM)"の学生だ。
非常にいいヤツである。

ミャオは同じくWEMの女の子。
Mくんは「無愛想で怖い」と言っていたので最初は緊張したが、会ってみたらどってことない普通の女の子で安心した。

「ペンギン」はトンの友達で、確か"Construction, Engineering and Infrastructure Management (CEIM)"の学生だと記憶している。
本名は知らないが、とりあえず「ペンギン」と呼んでいる。
「ペンギン」と言っても、かわいらしさは全く感じられず、背がでかく、ずんぐりむっくりした体型の男である。
そして下ネタが大好物だ。


「トムヤムクン」を注文。
不思議と辛さをさほど感じず、スープの中に旨みを見出している自分に我ながら驚く。
私の体もすっかりタイに順応したようだ。

ふと、今日でタイに来て1ヶ月が経つことに気づいた。
時の流れは早いもんである。
来た当初は友達もいなくて、ホテルの部屋にこもってテレビを見たり、学内を無意味に歩き回ったりと「スケールのでかい引きこもり」状態であったが、今では新しい環境にも慣れ、友達も増えた。

こっちの人々は初対面でも壁をつくらない。
だから、一度話したら友達なのだ。
まったくもって、ここの人々のホスピタリティーの大きさには驚いている。
ただ、いまだに顔と名前が一致しない人々が沢山いるのが問題ではあるが。

  
Posted by shimo_in_ait at 22:17Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月26日

タイ文字入門

タイ語には二通りの覚え方があるという。
すなわち、_擦ら入る方法と∧源から入る方法である。

さて、今日の午後、図書館で次の授業の予習をしていたら、タイ人の友達に会ってタイ文字の話になった。

大抵の人は一度はタイ文字を見たことがあると思う。
日本人にとっては、ヘビの絡まったような見慣れないちょっとかわいい文字だ。

だが、当然タイ文字の表記にはルールがある。
タイ文字は44個の子音、21個の母音、5つの発音記号で構成される表音文字である。
母音が21個もあることに驚きを隠せないが、これがタイ語の音階を複雑にしている原因である。
それに声調(声の高低)が加わるのだから、日本人は混乱するばかりである。

さて、そんなタイ文字であるが、私も日本にいた一時期、覚えようとしたことがある。
が、面倒くさくなってすぐにやめた。
だいたい、日本にいてタイ語を使う機会なんてあるわけない。

だが、そんな私も今ではタイに住んでいる。
辺りを見渡す限り、タイ語の看板ばかり。
タイ文字が読めたらどれだけ便利なことだろう・・・。


で、私がタイ文字を覚えたいと友人に言ったところ、
「いい言葉があるよ!」
と彼は言って、紙に単語を一つ書いてくれた。

それが、これである。↓

poseidon



発音: ポセェイドォン
意味: 「ポセイドン」。バンコクにある高級ソープランド


・・・・・
いや、行ってないよ。

本当だってば!!



知人のタイ人の女の子は、私が一生懸命練習しているのを見て、「あなたはよっぽどその言葉が気に入ってるのね」と笑っていた。

しかし、こんな言葉でもタイ語であることに変わりはない。
授業の空き時間にノートの余白で何度も練習していたら、いつの間にか覚えてしまった


ちなみに解説しますと、
1番目の文字+2番目の文字=「ポ」(1:"o" + 2:"p" = "po")
3番目の文字+4番目の文字=「セイ」(3:"ei" + 4:"s,z" = "sei, zei")
5番目の文字+6番目の文字+7番目の文字=「ドン」(5:"d" + 6:"oo" +7:"n" = "doon")
というわけです。


それにしても・・・
最初にタイ文字で書いた単語がソープランドの店名だとは。
全くもって「巡り会わせ」というものは分からない。(←どんな巡りあわせだよ!?)  
Posted by shimo_in_ait at 23:57Comments(3)TrackBack(0)タイ語学習

2005年08月25日

タイ語ことはじめ

AITでは英語ですべて用足りる。
タイ人も時々聞き取りづらいものの、問題なく英語を話す。
なので、タイ語を使う機会はほとんどない。
せいぜい、食堂で「タオライ?」(いくら?)と聞くくらいである。
しかしながら、せっかくタイに住んでいるんだから、タイ語も覚えたいものである。

という訳で、新コーナースタート!
日々のタイ語学習状況を報告していきたいと思います!
同時に、これは怠け者の自分への戒めでもある。

で、今日は第一弾。
まずはじめに、私が知っているタイ語をラインアップしてみよう。

サワディー クラップ (こんにちは)

ポン ペン コンイープン (私は日本人です)

ポン チュー shimo クラップ (私はshimoといいます)

ペン ナックリアン コン AIT (AITの学生だよ)

インディーティダイ ルーチャック クラップ! (よろしくね!)

パーサータイ ニックノーイ (タイ語スコシネ)

タオライ? (いくら?)

ナーラック マーク! (とてもカワイイね!)

スワイ マーク! (とても綺麗ですね!)

ジャパイナイ? (どこ行くの?)

トロンパイ (まっすぐ行け)

リャオ クワーッ (右に曲がって)

リャオ サイ (左に曲がって)




・・・・・
これだけ。
これだけでも、大抵は何とかなるのである。
が、あまりにも低レベルではありませんか!
もっとまともな会話を覚えたいものだ。

それから文字もがんばって読めるようになりたい。

タイ語で日記を書くのが目標です!(←本当かいな)

(続く)  
Posted by shimo_in_ait at 23:18Comments(1)TrackBack(0)タイ語学習

2005年08月24日

Assignment

アミン先生の2つの授業("Development Economics","Urbanization and Environmental Policy")で同時に"Assignment"、つまり課題が出た。

内容は5つの論文を読み、その趣旨をまとめ、さらに自分の意見も載せて提出するというもの。

当たり前だけど、言語は英語。
しかも、2科目だから、合計10本の論文を読まないといけないわけだ。

いきなりハードである。

学部4年と修士1年のときに何本か英語論文を読んだ経験はある。
が、あくまで工学分野だ。
開発経済の論文など未だに読んだことがない。

しかも、経済学の知識はミクロ経済をかじった程度。
マクロ経済学や計量経済学の知識はほぼ皆無である。
政策の知識も十分でない。

できるのか??
ものすごく不安になる。
まわりの学生を見ると、授業が終わるやいなや、がやがやと相談を始めては図書館に調べにいったりしている。
私だけでなく、ほとんどの学生にとってもハードな課題なのである。

とりあえず、無難に専門のエネルギー分野から開発経済に関連したトピックを選んでみることにした("Energy Poverty"等)。


だが、この課題をクリアすれば、経済・政策分野の英語論文の読解力が確実に身に付くことは間違いない。

そして、私が修士論文を書く際にも非常に役立つはずである。

心して挑もう。


  
Posted by shimo_in_ait at 19:16Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月23日

副学長選挙

午後13時、ラム先生の"Energy Price Theory"を受けるために、いつものET108教室に行ったところ、誰も姿も見当たらない。
と思ったら、休講になっていた。

たしか昨日も休講だったな・・・。
どういうことなんだろうか?

と、ベトナム人のフォンが言った。
「ラム先生は今度の副学長選に出馬する予定で、今日は演説をするから休講なんだってさ」


・・・すごい!
副学長といえば、AITで学長に次ぐポジションである。
また、各国の援助で運営されているAITの性質上、副学長には各国政府との調整役が任されている
とても責任の大きい仕事なのだ。

それに一番お世話になっている先生が立候補するとは・・・。
学生なので選挙権はもちろんないが、全力で応援したいものだ。
しかも、ラム先生なら人柄もいいし素晴らしい副学長になることだろう。

ただ、副学長になったらラム先生は確実に多忙を極めることになる。
あまり学生に構ってくれなくなるかもしれない。
ちょっと寂しくなるな。

といっても、まだ結果は先なんだが。
  
Posted by shimo_in_ait at 19:16Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月19日

履修科目決定。

この日は履修科目の登録日。
第1セメスターで私の履修する科目が決定する。
私は交換留学生ということで、特定の単位を取得する義務は無い。
だが、せっかく留学したのだから、いろいろな科目を受講して知識を吸収したいと思う。

で、私が登録した科目は以下のとおりである。

1. Energy Price Theory and Applications
ラム教授。ミクロ経済学。理論を一通り勉強してから、エネルギー分野での応用に入るみたいだ。

2. Electricity Economics and Planning
これもラム教授。発電所の運用コストを最小にするにはどうしたらいいのか、最適な運用とはどのようなことか等、1よりも実用度の高い経済学。

3. Development Economics
アミン教授の開発経済学。難しいが面白い。

4. Urbanization and Environmental Policy
アミン教授。UEM(Urban and Environmental Management)の科目。都市化に伴って生じる社会環境問題や都市環境マネージメントについて。

5. Regional and Rural Development
マクブル教授。RRDP(Regional and Rural Development)の科目。4とは対照的に地域の開発に焦点を当てる。

クマル教授の授業はすでに習ったことなので切りました。

3以降は自分の専門とは関連性が薄いです。
でも、面白そうなので受講しました。
4と5を受講したのは、開発問題を「都市」と「地域」の両面から勉強してみたかったから。
都市化に伴って若い労働力が地方から都市に流入し、地方がどんどん廃れていく・・・こうした問題は先進国と途上国に関係無く起こっている。
では、「移民問題」という文脈において、都市と地域との関係はどのように位置付けることができるのか?
また、農村特有の貧困とは何か?
地方出身の私としては結構興味があるトピックである。

ま、一種の教養ですね。

しかし、こうして見ると政策系というか社会科学系の科目ばかりである。
工学部出身なのに・・・。
やっぱり、私は自然科学よりも社会科学の方が好きなんだなーと感じる。
専攻を変えようかと真剣に考えてしまう。  
Posted by shimo_in_ait at 13:06Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月18日

英語の壁

この日も16時から18時まで"Development Economics"の授業。
相変わらず、議論は白熱する。

一方で、私は・・・眠気と格闘していた。
アミン先生の英語を必死に理解しようとしているのだが、英語ばかり聞いているとだんだんと眠くなってくるのである。
内容が理解できないと尚更である。
日本ではとっくに努力を放棄して眠りについているものの、ここではがんばってみる。
手をつねってなんとか眠気を追い払おうとする。
だが、眠いものは眠い。
しぜんに瞼が下がってくる。

この授業で辛いのは、学生達の議論に加われないことである。
別に、みんな高度なことを言っている訳ではない。
彼らの英語を聞いてみると、平凡な意見を述べているだけである。
適当でぜんぜん論理的じゃないことを言ってるヤツもいる。
でも、今の私にはそれすら言えない。
気の利いたセリフが口から出てこないのだ。
日本人として話しておきたいことは沢山あるのに。

これは他の日本人留学生にも言えると思う。
日本の英語教育が悪いのか、あるいは英語を勉強する私達日本人に問題があるのか分からないが、日本人がアウトプット(書く、話す)をやってこなかったこと、そして日本人特有の消極性が理由として挙げられると思う。
もちろん、英会話のクラスは何度か受けたことがある。
だが、それらの大半は茶番に過ぎない

日本の英語の授業では、なんとなく前に出にくい雰囲気があって、学生ももじもじして英語を話さない。
結果、それが実力として反映される。
かなり高度な英文を読むことができる人もいるのに、英会話では幼児程度のことしかしゃべれないというアンバランスなことがよくあるのだ。

そして、私も未だに幼児レベルである。
なんとかしないといけないのだが、語学力って急に伸びるものでもないし、もう少しがんばってみるしかない。

語学の道は厳しい。  
Posted by shimo_in_ait at 13:40Comments(4)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月17日

Development Economics

私のAITでの専攻は"Energy"の中にある"Energy Economics and Planning"という所だ。
エネルギーといっても「エネルギー工学」ではなくて「エネルギー政策」に関心があって、大学院から経済学の勉強を開始した。

さて、"School wide course"という科目がある。
要は自分の専門に関係なく受講できる科目である。
ここでも私は経済関係科目を受けるした。
私が受講するのは"Development Economics"
「開発経済学」である。

かねてから発展途上国の開発に興味を持っていたのだが、私の大学には開発経済を専門とする先生がいなくて開発経済の講義も無かった。
なので結構楽しみである。

さて、この日の5限、16時から"Development Economics"の授業が始まった。
教授はバングラディッシュ出身のアミン教授だ。
アミン先生はバングラディッシュのダッカ大学を卒業後、カナダでPh.Dを取得されたそうだ。

そして、授業は・・・難しかった
当初はアミン先生の英語を理解するのが大変だった。

でも、面白い。
アミン先生、声も身振り手振りも大きく、講義にとても熱がこもっている。
講義で登場したキーワードをガシガシとでかい字でホワイトボードに書き込む。
学生も活発に議論に参加する。
発展途上国の人々にとって、開発経済とは机上の学問では無く、自分たちの発展を決定する「生きた学問」なのである。
そのことが実に伝わってくる。

印象に残っている言葉を取り上げてみよう。大まかだけど。

「「開発経済学」とは何だろうか?開発経済学はこれまでの経済学とどのように異なるのだろうか?これまでの古典派経済学は競争市場において企業の利潤を最大にすることが考えられてきた。しかし、その市場原理は豊かな人々と貧しい人々の格差という問題に対して解答を与えてはくれない。競争市場は貧困を解決しないのだ。そこで、政府の介入("Government Intervention"="Public Action" )が必要となるのだ。」

「私はバングラディッシュの農村で生まれた。バングラディッシュでは雨季に大洪水が起こり、全てが流される。私達の村でも洪水があり全てが失われた。全てだ!タイの洪水など比較にならない。君達の住んでいる環境とはあまりに違いすぎて実感が湧かないかもしれない。だが、私と君達の間に共通するものが一つある。それは何か?それは教育だ。私は農村部の高校を出て、ダッカの大学で学び、大学院はカナダで研究した。どんなことがあっても、それは変わりはしない。教育は誰にも奪えないのだ。

皆、真剣にアミン先生の話に耳を傾けていた。
アミン先生はバングラディッシュの農村で育ち、貧困というものを身をもって体験しているのだ。

私は、日本に生まれ教員の家庭で育った。
公務員ということで給料は安く、家はそんなに豊かではなかった。
狭い借家暮らしは子供ながらに惨めであった。
だが、それでも貧困とは程遠い暮らしであった。
食事にも困ることは無く、学校にも行っている。
私が生まれた1980年代、日本は先進国入りしてかなりの年月が経っており、飽食と贅沢を享受していた。

一方で、この授業を受講している学生達の母国―ラオスやバングラディッシュ、スリランカ―では未だに貧困はありふれた問題である。


私が生まれた日本と彼らの母国はあまりにも違いすぎる。
だが、それでも共有できる話題があるはずである。
日本もかつては発展途上国であり、貧困に苦しんでいたのだから。

発展途上国で発展途上国の学生達と開発経済学を勉強する。
私は、これまでに無い貴重な体験をしようとしている。
  
Posted by shimo_in_ait at 23:55Comments(2)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月16日

若き数学者のアメリカ

私の父は長野県の高校で数学を教えている。
大学時代も数学科で勉強していたという。
そのためか家には沢山の数学の専門書があり、私は子供の頃からそれらに囲まれて育った。
かといって、特段数学に影響を受けた訳ではなく、小学校時代は算数が大の苦手だった。

さて、そんな父の本棚にあったのがこの本「若き数学者のアメリカ」である。
久しぶりの書評だが、「留学」に関係しているので取り上げてみた。

著者の藤原正彦氏は、現在、御茶ノ水女子大学数学科の教授をしている。
「若き数学者のアメリカ」は藤原氏が青年時代、研究のためにアメリカに留学した時の経験談が記してある。

今から30年以上昔のことである。
アメリカ留学もまだ珍しい時代の話で、文章の端々に「日本を背負っているんだ」という気概が感じられる。
そのためか、異国で感じる孤独や焦燥も大きく、読んでいて痛々しさが伝わってくるのである。
特に、人恋しさに耐え切れず、路上でナンパを繰り替えすエピソードなど、可笑しくて痛くてしょうがない。
やがて、アメリカでの生活にも慣れ、藤原氏は新たなアメリカとアメリカ人を発見していく・・・。


とにかく、文章が瑞々しく、生き生きと流れているようで、面白くて美しい。
アメリカの荒々しい自然や逞しく生きるアメリカ人の姿が目に浮かんできそうだ。

数学と文筆、藤原正彦氏は二つの才能に非常に恵まれた人物である。
作家である新田次郎、藤原ていを両親とする家庭に育ったためだろうか。
うーん、うらやましい。
願わくば、私もこんな文章が書きたいものである。



若き数学者のアメリカ  

2005年08月15日

出迎え Part 2

日本はお盆だが、AITでは授業がある。
今日はMくんの到着予定日だ。

15時、AITの元日本人留学生のTOTOさんと一緒にドンムアン国際空港へ。
私にとって2度目の出迎えである。

16時、そろそろ到着する時間だが、Mくんは一向に現れない。
今度は到着ゲートは合っているはずだが・・・。
空港のあちこちを見て回るが、韓国人と日本人のツアー客ばかりでそれらしい人物が見当たらない。

で、仕方ないので喫茶店で馬鹿高いサンドイッチを食べていたら、遅れてMくん登場。
すでに17時。
なんと、入国審査を抜けてから勝手がわからず、1時間以上も空港内を彷徨っていたという。
いやはや、お疲れ様です。


夜、AIT内の「クンスー・レストラン」にてMくん歓迎会および日本人留学生の親睦会が行われた。
日本人が6人も集まることなんてなかなかなくて、久しぶりに会話が弾む。
やっぱり日本語がいいね。

MくんのAITライフはどんなものになるのだろうか?
これはこれで楽しみではある。
  
Posted by shimo_in_ait at 15:23Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月12日

今日は母の日

結局、昨晩は寝ることができなかった。
ソファーが硬かったのかな?

いよいよイベント当日。
午前中は部屋で作業を行って、午後からスラム内の集会所(?)にて、イベント開始。
ぞろぞろと子供たちが集まってきた。
みんな好き勝手に騒いでいて進行がうまくいくのか不安であったが、地元の女性が難なく子供たちを捌いていた。
いやはや、こういうことは女性の方が向いてるよね。

手順は以下のとおり。

 ,泙此∋匐,燭舛5,6人のグループに分け、それぞれに紙と色鉛筆とクレヨンを配る。
◆ 嵬ね茲暴擦澆燭げ函廚鮟颪い討發蕕Α
 選考。1等から3等までを決定。
ぁ”従粥賞品授与。

結果から言うと、イベントは大成功に幕を閉じた(詳しくはTさんのブログを参照)。

1日、クロントイに滞在してみて分かったのは、コミュニティーの結びつきの強さである。
「スラム」という言葉から、私は当初、近所付合いが希薄で殺伐とした環境を連想していた。
だが、ここ「70ライ地区」は「昔の下町」といった風情で人間味があふれている。
70ライ地区での良好なコミュニティーは様々な可能性を持っており、実際に開発に生かされているのである。  
Posted by shimo_in_ait at 11:35Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月11日

イベント準備

朝、Tさんから電話があり、12日のイベントの買出しにかわりに行ってほしいと頼まれた。
Tさんは修論のプロポーザル準備で忙しくて無理っぽいとのことだ。
予定も無いので快く受け入れる。

お忘れの人もいるかもしれないが、明日12日、バンコク・クロントイスラムで「母の日」を祝うイベントがあり、私は手伝いに行くことになっている。


午後16時、BTS「サハァーン・タクシン」駅下の屋台でTさんの大学の同級生のKさんと会う。
縦横に大きいのですぐ分かった。
とても話しやすい人である。

行き先はヤワラー(中華街)である。
タイ演歌が流れるバスの車中、Kさんの研究について話を聞く。
Kさんの研究は「バンコクスラムのコミュニティー開発」である。
Tさんとの違いはTさんが文化人類学的な視点で研究をしている一方で、Kさんは開発学に視点を置いている点で異なるという。
現在、修士2年生で修論の最終調査でタイに来たそうだ。

ヤワラーに到着。
ここで、初めて買出しリストに目を通す。
そもそも、イベントの内容すら私は知らなかった。
明日12日、クロントイスラムでTさんを発起人としてワークショップが開かれる。
内容は、子供たちに未来に住みたい家を絵に描いてもらい、優秀作品には賞品を与えるというもの。
今後の都市開発に反映される可能性があるとのことである。
ここでは、そのために必要な画材(画用紙、色鉛筆、クレヨンなど)賞品のおもちゃを買う。

最初に、おもちゃ屋に入る。
タイのお父さんはこういうところで子供のおもちゃを買うのかとちょっと感心する。
いろいろ迷った挙句、おもちゃはダーツ、ドミノ、ビンゴゲーム、ラジコンを購入。
お母様方には食器とコーヒー用ポットを確保。

私がもらっても嬉しいものばかりだ。
舞い上がって友人に自慢することだろう。
特にラジコンカーなど、久しぶりに遊び心が刺激されて楽しい。


おもちゃ購入後、タクシーと地下鉄を乗り継いでクロントイスラムへ。
今回、私たちが滞在するのはクロントイの中でも都市開発がすすみ安全な「70ライ地区」という場所である。
実際に足を踏み入れてみたが、普通のごみごみした下町といった風情でとりわけ違和感は無い。
しかし、一歩その外の地区に行くと昼間でも暗く、シンナーや麻薬の常習者があふれていて危険とのことである。


Kさんのホームステイ先に荷物を置き、一休み。
コンクリートの床がひんやりしていて気持ちいい。
ここも普通の民家といった印象で特に違和感は感じない。
電気も水道も来ている。
ただ、下水設備は整っていないので、生活廃水は垂れ流し状態になっているそうだ。
スラムの狭い路地を歩いていると、時々、どぶ川から悪臭が漂っている。


19時。遅れてきたTさんと合流し、夕食を食べに行く。
出てきたのはタイ風焼肉+鍋。
スラムで食べる焼肉はとてもおいしかった。
ビールも何本も空けて、いい気分。
二人ともよく飲むんだ、これが。

部屋に帰っても日本のお菓子をほおばりながら酒は続く。
夜遅くまで会話が盛り上がった。
二人とも本当によく飲むしよく話す。
話題が尽きることが無い。
明日のイベントが楽しみであった。  
Posted by shimo_in_ait at 20:41Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月10日

復活!

お待たせしました!

PCセンターの人に頼んで、1台のパソコンで日本語が使えるようになりました。
およそ10日ぶりのブログです!

これから過去の記憶を振り返りながら、ここ数日間の空白を埋めていこうと思います。
同時に、AITでの生活について随時更新していきたいです。
記憶を記録として残していかなければ・・・。

私は元気です!
関係者の方々、心配かけてごめんなさい!


shimo  
Posted by shimo_in_ait at 13:25Comments(3)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月09日

体の変化

この日は特に何もなくて書くことがないので、ちょっとした最近の感想を。

タイに来てから、明らかに体調が変化した。

まず、飯をよく食うようになった
やっぱり暑くて体力を消耗するからだろうか。
朝食で昼食並みの飯を食べ、同じ量を昼食で食べたりする。
タイ米は日本米よりも重くないから沢山食べられるというのも理由である。
また、最初のころよりは舌も慣れて、辛いものを食べても大量に発汗するようなことはなくなった。

さらに、よく眠くなる
授業中も大学内を歩いているときも眠くて仕方ない。

一つの理由に、起床時間の変化がある。
日本の大学院の授業では、ありがたいことに授業は10時20分から始まったので、私は10時まで寝たいだけ寝ることができた。
だが、AITでは9時から授業が始まり、シャトーから出るシャトルバスに合わせて8時前には起床しなければならない。
当たり前といえば当たり前の生活であるが、怠け者の私には結構辛いものがある。

さらに、室内と外部の気温差も関係しているらしい。
汗をかきながら外からエアコンで冷え切った教室に入ると、しばらくすると眠くなってくるのである。
気まずいながらも授業中はあくびを連発してしまう。

そして、大学内の熱帯の木々の湿った匂いも気持ちよくて眠気を誘発する。


もう少ししたら、早起きにも慣れるのだろうか。
それにしても、こっちに来てから毎日がとろけるようである。  
Posted by shimo_in_ait at 19:32Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月08日

初めての授業

この日から授業が始まる。
朝、冷たいシャワーを浴びて気合を入れてから、意気揚々とAIT行きのシャトルバスへ乗り込む。
今日は2コマ授業がある。
やってやろうじゃん。
伊達に英語を勉強してきたわけじゃない。

2限目 "Energy Price Theory and Applications" ラム教授

ラム先生はネパール出身。物腰がすごく柔らかく、とても紳士的である。
喉の具合が悪くあまり大きな声が出せないようで常にマイクを使っている。

授業は要するに「ミクロ経済学」。
日本で勉強したことがある。

だが・・・何を言ってるのか分からない。
いや、断片は聞き取れるのである。
ラム先生の英語はかなり聞き取りやすいほうである。
だが、その言葉が組み合わさって、どのような内容を表現しているのか理解できない。
必死に頭の中で内容を再構成しようとする。
言うならば、ばらばらのジグソーパズルを組み合わせるような作業である。

しかし、そうこうしているうちに、授業はどんどん進んでいく。
さらに、授業はパワーポイントが主体で進められるので、メモしようにも次々に次のスライドに移っていく。
授業が終わってみればノートには何も書いていない、話した内容もまったく記憶に残っていないという恐るべき事態に遭遇する。

ただ、びっくりしたのは「経済学における効用最大化問題」において、「極大・極小」の話から始まったことであった。
文系の人はあまり覚えていないかもしれないが、「極大・極小」とは、微分積分で関数の最大値を求めるときに出てくる概念で、高校生で習う内容である
理系では基本中の基本なのである。

まさか大学院の授業で高校レベルの数学の復習をするとは思っていなかった。
AITには多様なバックグラウンド・学力の人々が入学してくる。
ときに、教授もそれに合わせるのである。


4限目 "Energy Resources and Technologies" クマル教授

クマル先生はインド出身。
専門はエネルギーシステムだそうだ。
ラム先生と同様、まったく威張ったところが無く、「私の英語が聞き取りにくかったら遠慮せずに指摘してください」と学生への配慮も忘れていない。
やっぱり紳士の気品が漂っている。


南アジアの上流階級の人は立派だなーと感心した。
例えば、インド人というと日本人旅行者の間では「しつこい」、「うるさい」、「図々しい」などといい噂を聞かない。
自分で目にしたことが無いので分からないが、多くの人がそう言うので当たっているところはあるのだろう。
だが、旅行者が接するインド系の人々はほとんど中流以下の階級の人々である。
一方で、上流階級ではまったく人間が違うのだ。

AITでもインド、ネパール、バングラディッシュをはじめ、南アジア系上流階級の学生が「Student Union」を構成し、他のアジア人を押しのけて発言力を持っている。
「我先に物申す」といった彼らの積極性・自己主張の精神は見習う必要があると思う。


さて、授業であるが、エネルギーの世界情勢と各種エネルギー源の解説が中心となっており、基礎的な内容である。
こちらも大学院ですでに勉強した内容だ。

だからといって、こちらも簡単ではなく、教授の質問が理解できなくて、しかも適切な英語が即座にでてこないので、質問がくると当てられないように下を向いてしまう
こんな気分になったことは今までなかった気がする。


もっと英語がんばらないとなー、と感じた初授業日であった。  
Posted by shimo_in_ait at 19:56Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月06日

ショッピング、ショッピング、ショッピング!!!

タイ観光案内1日目。
今日はウィークエンドマーケットとアユタヤへ向かいま〜す。

午前8時30分、女の子二人をAITへ案内しカフェテリアで朝食をとる。
二人とも校内に生い茂る熱帯植物と相変わらずギャーギャー騒ぐ鳥と虫の声に感激していた。
AITは日本の大学とはちょっと違う。
校内の自然が控えめではなく、騒がしく自己主張しているのだ。

午前9時30分、29番バスに乗り、バンコク・チャトチャック地区のウィークエンドマーケットへと向かう。
ここでは、毎週末に巨大な市場が開かれていて、おしゃれな洋服などが安く手に入る。
タイの女の子ご用達というわけである。
そして、日本の女の子も負けてはいなかった。

少し歩いただけで、「あ、あれかわいい!」と言ってすぐに洋服や日常雑貨の露店に立ち止まる。
そして、なかなか決めないんだな、これが。
いろいろ迷った挙句、買わずに店を出たりする。
なんだよー、買わないんかい?

そんな彼女たちに付き合っていたら、疲れが溜まってきた・・・。
だめだ、俺は買い物ってあんまり好きじゃない・・・。
ましてや、人の買い物は骨が折れる。

午後13時。私だけ昼食をとり一休みするが、彼女たちは腹が減ってないらしく、購買意欲も留まることを知らない。
もっといろいろな店を見たいそうだ。

午後も相変わらず買い物に付き合う。
頭もぼんやりしてきた・・・。

結局、ウィークエンドマーケットを後にしたのは14時。
好みの雑貨や洋服が買えて、女の子達はご満悦の表情だった。
よかったよかった。

で、シャトーに帰るとプールで一泳ぎ。
人ごみでかいた汗を洗い流す。
塩素がちょっと目にしみた。


午後19時。タクシーでアユタヤへ。
アユタヤ駅に着いて宿を探してウロウロしていると、なんか見覚えのある顔のおっさんが話しかけてきた。ひょっとして・・・アイツか??

「日本人、ゲストハウス、安イネ!・・・ん、お前会ったことあるぞ!確か・・・前うちに泊まったことあるだろ?」


そう、このおやじは私がかつてアユタヤに来たときに宿泊したゲストハウスのオーナーだったのだ!
感動、ではないがちょっとした再会である。


というわけで、今夜はこのおやじのゲストハウスに泊まることにする。
おやじ、非常に女好きで、女の子にちょっかいを出してばかりいる。
女の子の耳元で「アイシテル」などとつぶやくのである。

前からそのことは知っていたのだが、本当にどうしようもないやつだ。

隣のスペイン人と一緒に、「お前はゲス野郎だ!」とおやじに言うが、おやじは全く気に留めない。
いやー、あきれてものも言えませんな。

午後23時、就寝。
明日は一日アユタヤ観光案内です。  
Posted by shimo_in_ait at 23:59Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月05日

出迎え

実は日本から知人の女の子2人がタイに旅行に来ることになっていた。

それで、本日、彼女たちがバンコクに到着するのである。
という訳で、午後22時、出迎えのために空港へ向かう。
当初は一人で行く予定だったのだが、昨日のオリエンテーションで会ったサーから彼氏のコーンと車で迎えに行くとの連絡を受け、お言葉に甘えて一緒に行くことになった。

23時、飛行機が到着する時刻である。
もう少しで再会である。

しかし・・・。
待てども待てども彼女たちの姿が見えてこない。

どうなってるんだろう?
何かあったのかな?

なんだか、すごく心配になってきた。
空港の案内係に館内放送を依頼してみたが、それでも全く反応は無い。

時計は24時を回り、日付が変わってしまった。
ひょっとしたら、出国前に何かトラブルがあったのかもしれない・・・。

私は公衆電話に向かい、彼女の日本の携帯に電話をかけようとした。

と、その時。
「shimoくーん、ごめーん!」
二人の姿が見えた。

ドンムアン国際空港には2つの到着ゲートがあり、私たちは互いに別々のゲートにいたようである。
彼女たちは23時すぎに空港に到着したのだが、私の姿が見えず、一時間空港内をさまよったという。

なんだか申し訳ないことをしたな。
でも、無事に会えてよかった。

空港を出て、シャトーへ向かう。
シャトーはホテルも兼ねており、二人はここで一泊することになる。
これから二日間、彼女たちの観光案内をしなければならない。
私は気合を入れて床についた。  
Posted by shimo_in_ait at 23:58Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記

2005年08月04日

オリエンテーション

AITセンターにてオリエンテーションがあった。
多種多様な国籍の人々でごった返すロビーにて手続きを済ませ、いよいよ「入学式」が始まった。


で、恒例なのは「学長挨拶」である。
今セメスターから新しくAITに赴任したセド・イランドゥス学長(イラン出身)が壇上に現れた。
第一印象は「ダンディー」
がっしりとした体に浅黒く整った顔、真直ぐ前を見詰める瞳。
すごく男前である。
そして、落ち着いた話しぶりに「オ−ラ」が感じられる。
中東系マフィアのボスといっても通じそうな雰囲気だ。


「新入生の諸君。ようこそ、AITへ。」
おぉ、なんか少し嬉しいぞ。
昨日までの独りで空しい日々が終わり、私の「AIT新入生」としてのキャンパスライフが始まるのである。
もっとも、私は正規学生ではないんだけれど。

詳しい内容は忘れてしまったが、
「AITを卒業したら君たちが世界を変えるのだ」とか
「そして、この二年間で君たちは変わる」
みたいな事を言うておるらしい。
スケールのでかい話である。
期待の大きさに恐れ入った。
日本ではあまり知られていないが、AITの卒業生は世界中の政府や国際機関で中心的役割を果たしており、学生は「エリート」として教育されているのである。

一方で、
「授業は大変だけど乗り切ってくれ」とか
「二年で卒業できたらいいね」などと
時折話題が小さくなったり大きくなったりする。

がんばって聞き取ってみたが、内容は60%ぐらいしか理解できない。


その後、演説も折り返し点に差し掛かってきた。
「さて、ここにひとつの物話があります。」
学長はおもむろに話題を転換した。

「昔、あるところに一人の男がいました・・・。」

どうやら"break the ice"、つまりは今までの堅い雰囲気をほぐそうとしているみたいだ。
学長が話す度に新入生は笑っている。
ジョークの時間のようである。

しかし・・・・。


笑えねー!
何が面白いのか分からねー!
そもそも、何言ってるのか分からねー!!


私は話題から完全に取り残されて疎外感を感じてしまった。
うーん、やっていけるのだろうか。

10分ほどして学長の挨拶は終了し、各学部長・各種センター長の紹介と挨拶が始まった。
どこの学校でも同じことをやるもんである。
集中力が切れてきて、いい加減帰りたいのだが、もうしばらくの辛抱である。

その中の一人の先生の言葉が印象に残っている。

「皆さんはこれから、あらゆる種類の「英語」を勉強しなければなりません。タイ英語、ベトナム英語、インド英語などです。最初のうちは何を言っているのか全然分からなくて不安を覚えるかもしれません。でも、安心してください。誰も分かっていないのですから。

一同、爆笑。

その後、「Student Union」の紹介が始まり、学生会長(ネパール人女性)のパワーに圧倒される。
そして、ああだこうだ言ってるのを聞いているうちに「入学式」は終了した。

今後は図書館とPCルームのオリエンテーションがある。


さて、この日の「energy」のオリエンテーションで何人かのタイ人と知り合いになった。
ここで紹介する。

マイトゥリ 
一番最初に知り合ったタイ人。お父さんがタイ人、お母さんがフィリピン人で、大学までフィリピンで過ごす。英語、タイ語、フィリピンの現地語(タガログ語ではないらしい)に堪能。なかなかかっこいい。

リティー 
かなりボンボン。日本の漫画やクルマにやたら詳しく、いろいろ聞かれる(でも答えられない)。「品川庄司」の庄司にちょっと似ている。タマサート大学出身。

サー
眼鏡でやせていて髪を後ろで束ねており、理系の女の子といった感じ。彼氏がクルマで迎えに来ていた。バンコク大学出身。

ジョープ
ちょっとぽっちゃり体系で、やさしいジャイアンといった雰囲気。私のことが気に入っているのか必ず話しかけてくる。


驚いたのは、日本人の第一印象が思った以上にいいこと。
タイは親日家が多いというが本当らしい。
期待を裏切らないようにしなければと若干プレッシャーを感じる。


友達ができて、AITライフも順調にスタート、と思われたのだが・・・。

(続く)  
Posted by shimo_in_ait at 17:54Comments(0)TrackBack(0)AIT留学日記