2005年06月02日

04旅行記・ブダペスト目次

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2004年12月13日

ブダペスト建築散歩その10:補遺

ブダペスト建築散歩はこれで最後です。
ということで今日はバラで3つほど。

Belvedere Szalon

イシュトヴァーン大聖堂の前の広場に面して立つ、ゴシック風の窓枠装飾が美しい建物。Belvedere Szalonで検索するとウェブサイトがヒットして、それを見ると、1921-24年の間営業していたサロン(ギャラリー)だそうだ。2003年からギャラリー兼オークションハウスが営業をしているようだ。中は入っていない。  続きを読む
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2004年11月28日

ブダペスト建築散歩その9:フェーヴァム広場の二軒の建物

フェーヴァム広場(Fo"vam ter)は、先日ブダペスト建築散歩第1回で紹介した中央市場の向かい、自由橋のペスト側のたもとにある広場で、ヴァーツィ通りの南端の起点にも当たる。露店が出て、市場帰りの市民で賑わうこの広場に面し、隣り合わせにしてなかなか対照的な建物が二軒建っていた。

フェーヴァム広場の建物1

片方の建物の最上部には弧形のペディメントが設けられ、モザイク装飾で三人の男性像が表されていた。右の男が印刷機をまわし、左の男は本の積まれた机を前に何か読み物か書き物をしている。中央で衣文を翻し、コルヌコピア(豊穣の角)を逆さまに持つ裸体像は、頭に羽根のはえたヘルメットを被っていることから、ローマ神話のメルクリウス(マーキュリー)であるとわかる(例えばこちら参照)。なぜ彼がここに登場するかというと、伝統的な占星術においてメルクリウスは水星を司り、中でも商人の守り神とされているからだろう。つまりこれは書籍商の商売繁盛を祈る寓意図なのかしら。

しかし1階に本屋があった記憶はない。  続きを読む
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2004年11月22日

ブダペスト建築散歩その8:ヴァーツィ通り(2)

その(1)に続き、ヴァーツィ通りを歩く。

ヴァーツィ通り4

ファサード中央、2階から上の部分に縦一列、出窓状の張り出しを設けるのはお決まりのスタイルのようだ。日本だと地震が心配である。  続きを読む
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2004年11月21日

ブダペスト建築散歩その7:ヴァーツィ通り(1)

ペスト側の繁華街であるヴァーツィ通りは、ずらりと並ぶ店の軒先を冷やかしながら歩くのもよいが、西欧と変わらぬ品物の並ぶショーウィンドウから少し目線をあげると、古びた石造りの建物のファサードの並々が目に入る。さすが古くからの目抜き通りらしく(道幅の狭さをものともせず)、なかなか凝った装飾の施された建物が多く見応えがある。どれがどこにあって何だったのかは覚えていないけれど、まあ2回に渡って写真をどうぞ。

ヴァーツィ通り1

ハインリヒさんの店(だった)に違いない。1階のテナントの広告が目障りだが、おそらく2階以上には出してはいけない法律があるのではないか。  続きを読む
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2004年11月15日

ブダペスト建築散歩その6:郵便貯金局

ブダペスト郵便貯金局ファサード

レヒネル・エデンの設計による著名な建築。1899-1902年。内部は見学禁止。狭い路地に立っていて、目の前に行ってみると、あんぐり口をあけて見上げるしかなかった。この写真に写っているのは3階の窓から上の部分だけだが、ファサードのマッスの扱い方が実に面白い。階の区切りのコーニスなど、安定感を出す水平要素を極力廃し、むしろロケットのような控え柱を林立させ、ビルが地中から生えてきたかのような垂直感を感じさせる。縦長のアーチ窓、ハの字型のルーフラインも、その効果を際立たせている。

私が訪れた時は工事中だったのか、1階の屋根の高さのところに足場が組まれていたのが惜しかった。しかしこの建物を有名たらしめているのは実はファサードではなく、天井である。  続きを読む
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2004年11月13日

ブダペスト建築散歩その5:シラージ・デジェー広場の改革派教会

(11/15追記〜表記を一部変更しました)

改革派教会その1

ペスト市街からドナウ越しにブダ側を眺めると、王宮の丘の麓右手の河岸にひときわ高い塔と茶色の美しい色タイルの屋根が目に入る。それがこのシラージ・デジェー広場に立つ改革派教会だ。1896年完成という情報あり。が教会の正式名がよく分からない。ネットを検索したところ"Szilagyi Dezso teri Reformatus Templom(シラージ・デジェー広場の改革派教会)"という呼称が見当たったのだが、それでいいのだろうか。他の情報をあわせ見ると、カルヴァンの流れを汲む改革派に属するのは間違いないらしい。ちなみに、ブダペストの最も重要なカルヴァン派の教会といえば、その名の通りペスト市内のカルヴァン広場に面して立っている教会を指すようだ。

私が訪れた時は中では結婚式をやっており、入り口周辺に着飾った人々が沢山いてなんとなく中に入りそびれた。ワインレッドを基調にしたタイル屋根は、緑やら派手な配色の目立つほかの作例と比べると落ち着いた配色で、壁体のレンガ色ともよく馴染んでいる。教会のプランは、カルヴァン派のシンボルである星の形をしているそうだ。  続きを読む
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2004年11月10日

ブダペスト建築散歩その4:鎖橋

夜の鎖橋全景

いわずもがなのブダペストのランドマーク。夜間にライトアップされた時、電球の玉が連なって鎖のように見えることから、この俗称がついたと聞いた。残念ながら、私のヘボデジカメの画像では、電球の光が全て潰れて一直線に見えてしまう。市内のドナウ河畔は思いのほか殆どの所が自動車道になっていて、歩行者は歩くことすらかなわなかったりするのだが、ペスト側のエルジェーベト橋から鎖橋の間は、レストランのテラスが軒を連ねる遊歩道になっていて、夜遅くまで賑わっていた。  続きを読む
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2004年11月07日

ブダペスト建築散歩その3:リスト音楽院

リスト音楽院正面

1875年のフランツ・リストによる設立以来ハンガリー近現代音楽史の中枢を担ってきたリスト音楽院。ここに見る現在の建物は、Floris KorbとKalman Gierglという二人の建築家によって設計され、1904-07年にかけて建設された。3階の中央にでんと座すのがリスト様です。その下の人柱像や、屋根に居並ぶ彫刻などの装飾が、厳格で重苦しいファサードにアールヌーヴォーらしい優雅なアクセントを与えている。

しかし本当の見所は内部のコンサートホールである。私は6月10日にMATAV交響楽団のコンサートを聞く機会を得たが、話に聞いていた通り、アールヌーヴォー装飾の贅を尽くした美しいホールで、装飾にかけてはウィーンの楽友協会よりも上を行っていた。公称1200人収容のこじんまりしたシューボックス型のハコで、音響も上々であったのだが、このホールには一つだけ問題があった。

なんと、空調がないのである!

で6月ともなれば、夕方とて締め切った空間は暑くなる。観客は皆パンフレットで仰ぎ仰ぎ鑑賞すればよいが、ステージライトの元で演奏するほうはもっと大変である。指揮者は頑張って燕尾服だったが、オケのメンバーは男性上着なし、女性ノースリーブで、更に途中から舞台の袖のドアを開け放って演奏、文字通り汗を振り絞っての熱演であった。

ホール内部の写真はないのだが、美しいロビーをご覧あれ。  続きを読む
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2004年11月06日

ブダペスト建築散歩その2:セルビア=モンテネグロ大使館

一挙にマイナーな建物に移る。ブダペストが面白いのは、こうして19世紀末〜20世紀初頭の建築がそこら中に残っているところにある。同じ中欧のプラハが中世から20世紀まで良くも悪くもゴタ混ぜなのに対し(それがいいのだが)、ブダペストは1900年前後の建築でほぼ覆い尽くされている。統一感があるともいえるし、(特にペスト側は)平坦な地形と区画整理された街並み故に、ちょっと単調な印象を与えるともいえる。しかしガイドブックなど持たずとも、大通りを上を向きながら歩けば、排気ガスで真っ黒になったファサードに意匠を凝らした装飾が隠されていたりして、楽しい発見に満ちている。

セルビア=モンテネグロ大使館(ブダペスト)、アンドラーシ通り側

今回のこのナイスなアールデコの建物は、旧市街の目抜き通り、アンドラーシ通りが英雄広場にぶつかる角で見つけた。地下鉄の出口の目の前。標識が出ていて、旧ユーゴスラヴィア、今はセルビア=モンテネグロの大使館だそうな。年代は分かりません。ミニマルな白塗りの壁に、右手の方形を基調とした直線面と、丸く切り取られた角の幾何学的な対比が面白い。

左奥には、タマネギ屋根の載った波打つルーフラインが見えるが(続きに写真あり)、これも大使館の敷地内だけれども、右手の建物とは独立して建てられていたように記憶している。次の週からベオグラードに行くことを口実に中に入って見ようかとも考えたが、恐れ多くて諦めた。  続きを読む
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