2005年06月02日

04旅行記・ハンガリー(ブダペスト以外)目次

カテゴリー「ハンガリー(ブダペスト以外)」では、ブダペストからも近いドナウ沿いの町センテンドレ(1本)、エステルゴム(4本)と、南部の中心都市ペーチ(3本)について写真と共に紹介。センテンドレとエステルゴムは2004年6月9日、ペーチは同13日訪問。

 *ペーチその3〜ジョルナイ屋根・オンパレード
 *ペーチその2〜2つのモスク建築
 *ペーチ(ハンガリー)その1
 *エステルゴムのキリスト教美術館
 *エステルゴムからスロヴァキア・シュトロヴォへ(6/9)
 *エステルゴム・フォトジェニック
 *エステルゴムその1(6/9)
 *センテンドレ(6/9)  

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2005年02月23日

ペーチその3〜ジョルナイ屋根・オンパレード

ペーチでモスク建築と並び私が楽しんだのは、地元ジョルナイ焼を使った建築。屋根の瓦に用いたものが多い。この街は第二次大戦であまり被害を蒙らなかったそうで、故に19世紀末〜20世紀初頭の建築、装飾が結構残っているという。今日はそんなペーチの建築を古いものから新しいものまで紹介。

ペーチ郵便局
 
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2005年02月22日

ペーチその2〜2つのモスク建築

セーチェニ広場と旧カーズィ・カスィム・モスク(ペーチ)

ペーチの旧市街の中心がセーチェニ広場。そこに立つのが旧カーズィ・カスィム・モスク、現市内教区教会(カトリック)。この場所には13世紀以来教会が建ってたが、1543年にトルコ軍がペーチを占領した際、同じ場所に教会に代えてモスクが建てられたそうだ。1686年に街は再びキリスト教徒の手に戻るが、彼らは爾来イスラム教徒が建てた建物に増改築を加えながら、キリスト教会として使ってきたらしい。

建物が広場に対し斜に建っているのは、モスクとしてメッカの方向に向けて建てられたから、なんだって!

( ・∀・)つ〃∩ヘェヘェヘェヘェヘェヘェ〜  続きを読む
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2005年02月21日

ペーチ(ハンガリー)その1

ペーチ行きバラニャ・エクスプレス

6月13日訪問。ペーチは、クロアチア、セルビアとの国境にも近いハンガリー南部の都市。古くからキリスト教徒が住み、初期キリスト教のカタコンベなども残る一方、長らくオスマン帝国の支配を受け、ハンガリーで唯一(?)モスクが残る現存する最大のトルコ建築がある街だ。陶器ジョルナイの産地であり、その色タイルで屋根を装飾した建物が沢山あるなど、建築がなかなか面白そうだったので、ブダペストから日帰りで訪れた。朝5時起床、南駅6時45分発の"バラニャ・インターシティ"に乗車。  続きを読む
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2005年02月17日

エステルゴムのキリスト教美術館

エステルゴムでのハイライトの一つがキリスト教美術館であった。ここはハンガリー美術の中世からルネサンスにかけての大変重要なコレクションで、その分野にかけては私はブダペストの美術館よりもずっと楽しんだ。そしてそれ以外のルネサンス絵画もなかなか充実していて、思いがけぬ発見に満ちていた。  続きを読む
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2004年12月26日

エステルゴムからスロヴァキア・シュトロヴォへ(6/9)

マリア・ヴァレリア橋

ハンガリー・エステルゴムとその対岸の町、スロヴァキアのシュトロヴォを結ぶ橋は第二次大戦中に破壊され、2001年になってようやく再建されたそうだ(橋の全景はこちら)。マリア・ヴァレリア橋という。2002年には日本人のスロヴァキア入国ビザが免除となり、晴れて手軽に歩いて国境越え体験が出来るようになったのだ!  続きを読む
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2004年12月24日

エステルゴム・フォトジェニック

マリア・ヴァレリア橋より大聖堂を眺める

ということで、丘の上に立つ大聖堂はどこから見ても絵になる。マリア・ヴァレリア橋より。  続きを読む
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2004年12月23日

エステルゴムその1(6/9)

エステルゴム大聖堂クーポラに上がる階段途中より

センテンドレ(承前)から路線バスに揺られること1時間半、エステルゴムの町に着いた。この街はイシュトヴァーン1世が紀元1000年にカトリックに改宗した際にハンガリーの都と定めたという、歴史ある土地だ。今でもハンガリーカトリックの総本山とされる大聖堂が建ち、国内でも有数の中世美術コレクションを持つキリスト教美術館を有する。さらにドナウの対岸のスロヴァキアの町との間に橋が架かり歩いて渡れるなど、この町には色々と楽しみにしているものがあった。

エステルゴム大聖堂

ハンガリーフォリント紙幣の図柄にもなっている大聖堂は、町や川から見上げるとそのモニュメンタルな存在感で見るものを圧倒するが、中欧にありがちな19世紀後半の復古様式で、建物の中に入ると、妙に真新しい装飾に覆われ、とにかく大きいねーという以外、特に感慨はない。主祭壇には一枚のカンヴァスに描かれた絵画としては世界最大(級)らしいグレゴレッティという19世紀後半の画家による「聖母被昇天」図が架かっているが、ティツィアーノの初期の傑作、フラーリの被昇天図のヴァリエーションである。ちなみにティツィアーノの原作が6.9m高なのに対し、エステルゴムの画は13.5mだそうだ。しかしこれも祭壇の手前から眺めるだけなので、その大きさを実感するには至らない。  続きを読む
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2004年12月21日

センテンドレ(6/9)

予定では、センテンドレに行くつもりはなかった。ブダペストからの日帰りエクスカーションには一日エステルゴムを充てるつもりでいて、当日の朝9時過ぎ、アールパード橋のターミナルからエステルゴム行きのバスに乗ったのだ(エステルゴムの列車駅は市街から遠いというので、所要時間も変わらないバスで行くことにした)。

しかし。ターミナルを出た途端、東京でも有り得ないような大渋滞にとっつかまり、ウンともスンとも言わなくなってしまった。そして1キロも行ったか行かないかのところで(30分は経っていたが)突然、運ちゃんに「このバスはもう回送になるから次のに乗れ(多分そんな意味)」とかなんか言われ、10数人いた乗客もろとも道路脇に放り出されてしまったのだ。さすがのハンガリー人も参ったらしく、携帯でなにやらさかんに文句を言っていると思しき人もいた。

とはいえ、次のバスなんてこの渋滞の中いつ来るか分かったものではない(渋滞の原因は橋の上での事故だった)。幸運なことに、目の前に市電の停留所があり、そちらはスイスイ走っていたので、市電でアールパード橋を渡り、渡った所に電車の駅があってそこからセンテンドレまで電車があったので、とりあえずセンテンドレ行きの電車に飛び乗ったのであった。

センテンドレの中央広場

センテンドレは、まあ予想していた通り、清里や軽井沢のようにかなり俗化された観光地だった。土産物屋が軒を連ね、ハンガリーの中学生くらいの子供が団体でアイスクリームをほお張っているあたりも、まさに清里だった(日本だったらアイスは禁止かしら)。町の中央広場に面した教会を訪れると、観光客たちはさして面白くもない小さなイコノスタシスと原形を留めない天井フレスコの断片をフラッシュを焚いて撮影するのに忙しく、門番の男はそれにもう慣れっこなのか咎めるでもなく、カメラをぶら下げた次の訪問客に切符を売っていた。広場に面したテラスの一つでとった昼食も、景色は最高だが料理はまるで話にならなかった。  続きを読む
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