志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

カジノ立国が最後の知恵とは

 「カジノ解禁法案」が、今日にも衆議院の委員会で可決される見通しということだ。同日に発表された税収の見通しでは、今年度は7年ぶりに前年割れして減収になっている。無理やり歳出を拡大してきたアベノミクスの失敗が鮮明になった。インフレ目標はどこへやら、庶民はひたすら支出を削って生活を維持している。そんな中でカジノを含む「統合型リゾート」の整備を促すというのだ。会期を延長しても通したかった目玉法案の一つと位置づけているらしい。
 カジノは合法的な賭博場だが、周知のように賭博には何の生産性もない。賭けに参加した客が全体としては損をして、その差額が胴元つまり施設の利益になり、賭けに勝った一部の客が一時的に得をしたような気分になるだけの場所である。構造としては宝くじを買うのと同じだが、客の意思でどこまでも深入りできるところが違っている。かなりしっかりした人でも、「次は勝てる」という天啓のようなひらめきを感じたりして、深みにはまってしまうことがあるようだ。
 日本の法律では賭博を一律に禁止している。しかし実際には、花札でもトランプカードでもマージャンでも、あるいはスポーツの勝敗でも、私的な賭け事は絶無とは言えない。それでも公的な禁止の原則があるからこそ、ひそかな楽しみの範囲に納まっているのではなかろうか。勤労によらない偶然だけに頼る収入が「本業」になってしまったら、人の人生は遅かれ早かれ破滅する。公営の競馬、競輪などもあって一定の枠ははめているのだが、それでもギャンブルで破産する低所得者は絶えない。
 カジノはイタリアが発祥で、17世紀から始まったとされている。紳士の楽しみであって、今でも客にネクタイ着用を義務づけたりする店があるそうだ。生活の資金とは関係なく、余裕のある資金で遊ぶのが本来の姿なのだろう。観光客や、日本人でも「金あまり遊び」をしてみたい人たちが集まって金を落してくれるなら結構で、観光開発に役立つという発想でこの「カジノ解禁法」は出てきたに違いない。富裕層から税金を取る代わりになると思えなくもないが、それは甘い考えだろう。頭のいい金持ちは、カジノで納税しようなどと考えるわけがない。
 この記事を見たとき、安倍政治もいよいよ落ちるところまで落ちたという感想があった。いろいろな手を使ってみたがデフレ傾向は止まらない。先進国の中で、ひとり日本だけが長年にわたって経済成長していない。最後に思いついたのがカジノの解禁だったとは。この国まるごとを博打に出す気になったらしい。

ブログ連歌(474)

9459 ダライラマ 民主主義ゆえ トランプと (恩義)
9460  チベット自立へ 道遠くとも (建世)
9461 立ち止まれ 戦争へ行く わかれ道 (建世)
9462  誓いと願い 平和と自由 (恩義)
9463 三代目 勝手気ままに 金を蒔き (うたのすけ)
9464  国の財布を 私物のように (建世) 
9465 宝くじ 買わず気になる 人の列 (みどり)
9466  買わねば当らず 買ってもオケラ (建世)
9467 ああ羨ましや デモで政権 倒す国 (獣医さん)
9468  こちらじゃ効かぬ 選挙もデモも (建世)
9469 博打がそんなにやりたいか
9470  いっそ 議員入れ墨 肩肌脱げ (獣医さん)
9471 享楽を 金に換える カジノ賭場 (獣医さん)
9472  知恵は出尽くし 最後は博打 (建世)
9473 貧しくも ギャンブル麻薬 手を出すな (みどり)
  

昭和からの遺言〜次の世に伝えたい もう一つの世界

 著・志村建世、出版元・社会批評社、定価・1500円+税。

まえがきより
 この本は、最初は小説として書くつもりだった。昭和史において、もし天皇が史実とは異なる行動をとって、無謀な太平洋戦争に突入するのを回避していたら、日本の今はどうなっていたかを想像してみたかった。
 ……書き始めてすぐ、昭和史を教訓として未来へ残すには、敗戦までの歴史的事実に手を加えるべきではないと気がついた。むしろ学校教育でも現代史の部分が貧弱と言われている中で、若い世代が半日で読める程度の長さにまとめておくことに意義があると思い直した。この目的変更は、ブログへの連載形式で書いている途中で進行し、私は一日ごとの苦しい切り抜けで「自分は何のために書くか」を悟ったと言ってよい。
 しかしこれは史実そのものの書き抜きではない。かつて国の総力を挙げて誤った道へ踏み込んだ愚行を、絶対に二度と繰り返すことなく、その教訓を世界人類の未来に生かすための「祈りの書」である。その祈りに力を与えるために、私は日本の国にしかいない高貴な人の立場を借りたいと思った。
 だからこの部分については、これはフィクションである。私たちは想像の翼によって「もう一つの平和な世界と宇宙」に向かって行くこともできるのだ。

 目 次
第1章 もう一つの地球
第2章 盧溝橋の銃声
第3章 運命の昭和十六年
第4章 アッツ島の玉砕
第5章 戦争は本土に迫る
第6章 そして「玉音放送」が終戦を告げた
第7章 天皇の守護神となったマッカーサー
第8章 講和条約と日米安保条約
第9章 昭和天皇との会話
第10章 昭和からの遺言 

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 全国の書店から(店頭になくても)ご注文、取り寄せができます。お急ぎの場合は、アマゾンでも購入可能です。また、志村へ直接にメール(当ブログのトップページに表示してあります)でご注文下さっても受け付けます。くわしくは「著作などの紹介と販売について」をごらん下さい。
 ご自分で購入しなくても、地元の図書館にリクエストを出して備品にして頂くのも、著者としては非常に有難いことです。なお、学校図書室の備品とする場合は、無償で提供しますのでメールでお申し込み下さい。事後にメール便の送料300円分の切手をお送り頂ければ幸いです。
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日本にだって大衆運動の可能性

安保法制CyVq2H3VEAA1lfp

 韓国の朴大統領の辞任表明を受けて、昨夜のインターネットにはこの画像が流れた。日本にだってこんなデモがあった、でも大手マスコミはろくに報道もしなかったという嘆きだった。これは2015年8月30日、安保法制に反対するデモが国会前を埋め尽くしたときのものである。これを地上で見ていた私は同日に「8・30 国会前が解放区になった」というブログ記事を書いている。思い出せば昨年の夏のことだったのだ。まだ1年と3ヵ月しかたっていない日のことが、遠い記憶のように感じられるのは、なぜだろう。
 これだけのデモが出ても政権は揺らがなかった。安保法制は国会で成立した。その徒労感だろうか。韓国と日本と、どこが違うのだろう。マスコミの取り上げ方が違うから期待感が高まらない、迫力がない、それはそうだろう。だが画面をよく見ると、上方の密集の上から4分の1ぐらいの所から、人の密度が低下しているのがわかる。つまり次から次へと限りなく人が増えてくるまでの迫力はないのだ。このあたりが日本の大衆運動の限界なのか。
 日本にも地方的な一揆はあったが、民衆の決起で全国の政治体制が一変するような革命はなかった。江戸幕府の長期政権も、明治の文明開化と「ご一新」も、みんな「お上」の方から始まって大衆のところまで降りてきた。昭和の時代の戦争だって、同じことだった。戦争に負けて新しい憲法を与えられて、これからは国民が主役だと教えられた。それだって「上の方」から言われてそうなったのだ。みんな素直だった。
 日本で政治家を志す人たちは幸せだと思う。こんなに純朴な国民を幸せにすることだけを考えればいいのだから。どんなにでも理想的な国づくりが出来るではないか。この際、私利私欲は捨ててくれないか。過去のしがらみも捨ててほしい。せめて孫たちのそのまた孫たちの世代ぐらいまでは安心して暮らしを立てて行けるように、危ないものは遠ざけようという気持ちになってほしいのだ。戦争はどうしても必要なのか。原子力はどうしても必要なのか。そんなことはないだろう。あななたちは平和で幸せに暮らして行ける。そのような政治をすると言ってみろ。
 そうしたら喜んで支持する国民が広場を埋め尽くすに違いない。日本の国民は、怒り反対するために集まるよりも、喜び祝うために集まることの方が、ずっと好きなのだ。裏切るなよ。

朴槿恵(パククネ)さんは何が悪かったの

(熊さん)韓国の朴大統領が辞任だってね。すごいデモもあったけど、どうしたんですかね。
(ご隠居)そうだね。それほどの悪政をしたとも思えないが、友人を国政に関与させたとか、入学試験で不正をしたとか、意外なところから弾劾されるまでに行ってしまったな。
(熊)ご隠居は何となく朴さんに好意的だったでしょう。なんせご隠居は女性には優しいからね。
(隠)女性に優しいじゃないよ、相手を見るのに男女の区別をしないってことだけだよ。女性に優しくない男が多いから、女性から優しいと思われることもあるみたいだけどね。で、朴さんの場合は、テレビで見る話し方なんかでも、感じのいい人だとは思ってた。国の指導者として、国政の良し悪しでなくスキャンダル的な問題で辞任に追い込まれたのは、不本意だったろうなと思うわけさ。
(熊)でも、国民の反発はすごかったですね。辞任要求デモがすごい勢いで広がって、支持率は4%にまで下がったってんだから驚きますよ。韓国の国民性って、こんなに激しかったんですかね。就任したときには大歓迎されたそうじゃないですか。期待が大きかった反動ですかね。
(隠)韓国は立憲共和制の国なんだ。大統領は国民の直接投票で選ばれて行政のトップになるから権限が大きいんだな。そして議会は政党が競い合って立法の活動をする。アメリカの政治制度と似ているんだよ。だから大統領が任期の途中で辞任するっていうのは、かなり珍しいことなんだ。大統領府にまで捜査の手が入ったというから、それほどの悪事があったのか、かなり異例なことだと思うよ。検察が健全で強かったと言うべきか、反対派の工作があったのか、その辺は何とも言えないな。
(熊)たとえば日本だったらこんなことが起きますかね。国策捜査というのはあるけど、現職の政権トップでも悪いことをすれば捜査の対象になるんだろうか。
(隠)法の下では平等だから、原則はそうだよ。だけど国会議員には会期中は逮捕されないという特権もあるし、事実上は難しいだろうね。田中角栄のロッキード事件だって、逮捕されたのは辞任したあとのことだった。田中内閣を倒したのは、金脈を暴露した告発の記事だったんだよ。
(熊)それにしても、日本は平和な国ですね。基地反対、原発反対、戦争反対でも、声をあげる人たちはいるけど、国を動かすような大きな行動にはならない。韓国のデモの様子をテレビで見て、これはケタが違うと思いましたよ。内閣の支持率だって下がらない。どうしてかな。
(隠)政権側に言わせれば国民が満足してるからと言いたいだろうが、マスコミが情報操作されているという問題もある。今の日本は、まじめに考えたら深刻な問題だらけなんだ。黙っていたら政治は国民の方を向いてくれないよ。気づいた人たちだけでも、声をあげて政権に批判を届けなくちゃいけないんだ。韓国の人たちのエネルギーを見習って、元気を出さなくちゃ。

安倍首相への酷評がアメリカから出た

 11月27日の「花てぼ」さんのブログに、「アメリカの安倍評価 は危険人物」という記事が出ていた。花てぼさんは独特の情報源と鋭い感覚をお持ちのようで、時々驚くような特ダネをブログで紹介して下さることがある。今回の記事は、大御所のキッシンジャー博士がニューヨークで次期大統領のトランプ氏と会談して、「安倍晋三は右翼思想に取りつかれた危険人物だから早く潰さなければ……」と語ったというのだ。
http://blog.livedoor.jp/shography/archives/1062706494.html
 ヘンリー・キッシンジャーと言えばアメリカの政治学者で、ニクソン政権とフォード政権では国務長官を務めていた人だ。当時は「キッシンジャー外交」と言われるほど世界を駆けまわって活躍していた。その大御所の発言だから影響力も大きそうなのだが、年齢は現在93歳になる。そして話したという相手がトランプ氏で、よく見ると情報の出典がいまいち明確でない。最後に「花てぼ調べ」として紹介している「板垣英憲情報局」まで行ってみたが、「続きを読む」は定期購読を申し込まないと読めないようになっていた。
 そして発端の「marsha さんのコメント」の主人公である marsha さんの実像は、ついにわからなかった。ただしその過程で「Side Discussion」と、「思索の日記」という二つのすぐれたブログに出会うことができた。いずれもキャリアの長いしっかりしたブログで、今後は定期的に訪問したいと思った。
 今のところ私から報告できることは、ここまでなのだが、「アメリカから出た安倍批判」という見出しに強い関心を引かれたのは、なぜだろうと考えた。それは日本国内からの安倍批判が弱いことへの不満があるからに違いない。個人のブログなどにはあっても、公式なマスコミには、なかなか載らないのだ。世論調査で安倍内閣支持率が高止まりしていることへの不満感もある。だからアメリカで安倍不評のニュースが目立つし、待ってましたと食いつきたい気持ちがあるわけだ。
 だが落ち着いて考えると、これはどうも手放しで喜べる話ではない。自国の総理大臣の評価を、アメリカから見た良いか悪いかで判断することになるからだ。安倍政権は日本国民のために良くないということを、やはり日本人が自分たちの言葉で言うべきなのだ。厚生年金を減らし、負担増を押しつけておいて、防衛装備という名の武器の拡充をしようとする政権を私たちは支持しない。そのことを自分たちの言葉で言わなければならないと思う。

みなと9条の会「ヒトラーと現代の日本」(2)

(熊さん)で、次が本題のヒトラーですよね。どうして独裁者が現れたのか。
(ご隠居)そうだ、石田勇治先生の話で印象に残った一点は、ヒトラーが独裁権を手に入れた方法だね。ヒトラーは議会で多数を占めて出てきたと思ってる人が多いかもしれないが、それは違うんだ。ナチス党は最大でも議会の選挙では、3分の1を大きくは超えなかったんだよ。
(熊)え、そうなんですか。宣伝が上手で絶対多数になったと思ってた。
(隠)宣伝が上手だったのは事実だが、それでも選挙の得票率は37%が最高で、その次には少し人気が落ちかけていたんだよ。ドイツの政治は民主的なワイマール共和制だったんだが、大統領には強い権限があって、その大統領には軍人のヒンデンブルクが選ばれていた。第一次世界大戦でドイツは負けたが、ヒンデンブルクは東部戦線でロシア軍に大勝利したこともあり、国民的英雄だったんだね。ドイツの国民の間には、屈辱的な講和から早く立ち直りたい願望もあった。そういう国粋的な雰囲気のところへヒトラーが出てきたわけだよ。
(熊)時の運がヒトラーに味方したってことですね。
(隠)うん、ヒンデンブルクはヒトラーに対して好意的だったから、大統領の権限でヒトラーを首相に任命した。これを「大統領内閣」というんだな。当時の議会は、政党間の対立が激しくて経済も大混乱してたんだよ。救国の非常手段という感覚だろうね。そこで大統領は、憲法に定められていた「公共の安寧と秩序が著しく阻害された場合」という例外的な規定を使って、国会の立法機能を弱めてしまった。ほとんどの法律が大統領令で出されるほどになった。
(熊)一歩ずつ独裁に近づいて行ったんですね。
(隠)その状態で1932年の選挙では、国会放火事件などを起こしてナチスの突撃隊を使って共産党への大規模な弾圧を始めた。ここでも憲法の拡大解釈が適用されて、政治活動や言論の自由は封殺されてしまったんだ。その例外的な適用は、戦争に負けるまで解除されることはなかった。そんなにまで干渉しても、ナチスは国会では過半数になれなかったんだよ。それでも1933年にはナチスに全権を与える「授権法」が成立してしまったんだ。その下で、ホロコーストも可能にするようなナチス法が続々と制定されて行ったんだよ。そして知っている通りの破滅的な戦争を始めたわけだ。
(熊)怖いですね、一人の独裁者が順序を踏んで国を引き回してしまった。
(隠)そうなんだ、途中で止める機会は何度もあったのに、結局は国民が認めてしまったんだな。今の日本は戦前のドイツと似たところはあるが、選挙制度までは壊されていない。マスコミが政権寄りになってしまう問題はあるが、言論・表現の自由だって残っている。これは戦後民主主義の大事な財産なんだよ。マスコミが偏向してしまっても、インターネットの自由な空間もあるんだ。いまここで大事なのは「気づき」だな。このままでいいのかな、子供たち孫たちの代まで安心で平和な日本でいられるかな、そのためにはいま何をしたらいいのかなと、真剣に考えることだよ。戦争につながるものには反対する、遠ざける、それが第一歩だな。

みなと9条の会「ヒトラーと現代の日本」(1)

(熊さん)きのうは「みなと・9条の会」の集会に行ってたんでしょ、どうでした。
(ご隠居)なかなかよかったよ。講演が二つあってね、前半は元陸上自衛隊レンジャー隊員だった井筒高雄さん、後半は東大教授の石田勇治さんの話だった。最後に「ピースサンデー合唱団」のしっかりした歌があって、それで終りかと思ったら、みなと9条の名誉会長らしいジェームス三木さんが飛び入り的に登場して、かなり長くしゃべってた。家に帰るのが遅くなって、ちょっと叱られたよ。
(熊)そりゃご苦労さん。阿部めぐみさんの紹介で行ったんですよね。
(隠)うん、阿部さんは「熊さん、ご隠居」の大フアンなんだって、だからこうして報告するんだが、中身が濃かったから1回だけで済ましちゃうのはもったいないな。だから今回は井筒さんの話を中心にしてみるよ。自衛隊のイメージっていうと、災害派遣で活躍してくれる平和な印象があるだろうけど、本質的には戦うための集団として組織され訓練を受けているわけだ。それを象徴してるようなのがレンジャー部隊なんだな。井筒さんは体育でオリンピックに出るような選手になりたかったが、レンジャーに回されたそうだ。
(熊)それじゃ体力には最初から自信があったわけだ。
(隠)ところがそこはアスリートでもビビるような厳しい世界だった。「レンジャー5訓」というのがすさまじい。“咾録うものと思うな 道は歩くものと思うな L襪録欧襪發里隼廚Δ福´さ戮澆呂△襪發里隼廚Δ福´ザ鬼院助教は神様と思え っていうんだな。
(熊)そりゃすごいな。昔の日本軍の、「命令は絶対だ、補給がなくても武器がなくても死ぬまで戦え」みたいじゃないですか。「上官の命令は天皇の命令」というのと同じですね。
(隠)レンジャー隊員は訓練が厳しいから、ときには事故で死者が出ることもある。それで入隊するときには「遺書」を書くことに決まっているそうだ。毎年20名ほどが3ヵ月にわたって特別な訓練を受ける。それを耐え抜いたら、陸上自衛隊の精鋭中の精鋭として尊敬されるわけだ。観閲式なんかで訓練の成果を見せるのは、こういう人たちなんだろうね。
(熊)つまりレンジャーは、自衛隊員の「あるべき姿」を、一歩先に見せてるようなもんですね。
(隠)その自衛隊像なんだが、本来は日本の国土と日本人の生命財産を守るためだけに働く前提だった。それが2004年のイラク派遣から、国連PKOにも参加することが本来任務にされてしまった。そして昨年の安保法制で、ついに海外でも武器を使って戦うことが任務に加えられたというわけだよ。
(熊)平和憲法があるのに、そんなことしていいんですか。
(隠)もちろん疑問だらけだよ。安倍政権が無理を重ねて解釈改憲をしたからこうなった。その結果がどうなるか、万一にも「戦死者」が出たら、隊員には「賞恤金」と「特別報奨金」で最高1億円が支払われることになっている。もちろん金で解決できる問題ではないけれどね。

「沖に出て見えて来るもの」

 こんな時間になり、しかもタイトルにカギ括弧をつけたのは、「沖に出て見えて来るもの」が、能登の禅僧、市堀玉宗さんのブログ「再生への旅」(11月24日)からいただいたものだからだ。
http://72463743.at.webry.info/201611/article_8.html
玉宗さんはこれを人生航路の各時点で見えてくる風景のように一般化して書いておられるようなのだが、私は一目見て、「島の形は沖に出てみないと見えない」ということに魅了されてしまった。
 自分のいる島の形は、沖に出て初めて見えてくる。それは島を離れるときかもしれないが、いつかまた戻ってくることもあるかもしれない。沖から眺める島には、もう自分がそこにいないさびしさがある。でもまた戻ってもいいのだ。自分はまだ死んでいないから。
 義兄の死に顔が今も目に浮かぶ。残された姉に、来週も行くよと電話で話した。あの人が沖から眺めた自分の島は、きっと美しかったよと話してあげよう。

「高江の叫び」を何度でも聞いてくれ

 昨夜は久しぶりに出席した「老人党」の例会で、水沢澄江さんの高江報告を聞きました。現地の映像記録の上映を交えて、長期にわたって高江を見つめてきている水沢さんの実感こもるお話を聞くことができました。水沢さんの高江報告会は、先月の27日にも聞いています。その際は記録映画「森は泣いている」の上映もありました。できればそちらも参照してください。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55710374.html
 今回のお話を聞いて強く印象に残ったのは、高江を一つのシンボルとする基地反対闘争が、煮詰まった頂点に近づきつつあるということでした。高江に反対運動のテントが立った最初は2007年のことですから、もう10年近くにもなる歴史があるのです。それが未だに続いているのですから、ある意味では自然と暮らしを守りたい住民の意思が、ここまで勝ってきたと言ってもいいのです。
 水沢さんが現役の社会科教師だった時期の高江では、工事を進めようとする関係者と住民が対立し、そこに警察が警備に来ても、両者が衝突しないように中立の立場で整理するだけだったということです。住民も工事人も警察官も、みんな沖縄の人です。それが最近の高江では様変わりしました。掲示される工事日程は、1年2ヶ月の予定だったものが半年に短縮され、12月20日の北部返還式典に間に合わせる突貫工事とされたのです。そのために本土から機動隊が派遣されてきて、「暴徒鎮圧」の様相になったというのです。
 ここから読み取れるのは、安倍政権による「決めたことは断固としてやり通す」という冷徹な意思です。本来は訓練場の一部返還という「沖縄県の基地負担軽減」が大義名分であったはずですが、住民としては、なぜ住居の近くにヘリパッドを持ってくるのか、効率的な新基地の建設ではないかという疑問が拭えません。そして「時代遅れ」と言われるようになったアメリカ軍海兵隊のために、なぜ今さら貴重な森林を破壊してジャングル戦の訓練場を提供しなければならないのかが、わからないのです。
 アメリカの政治状況も変り、世界戦略の見直しも予想される今の時点で、アメリカ軍のための環境整備を国策の最優先に置き、何としてもスケジュール通りに完成させるというのは、あまりにも硬直した態度です。そのために生じる本土と沖縄との分断と対立を、日本人の悲劇としてしまう損失は、どこで償うことができるのでしょうか。日本という国は、アメリカの世界戦略に奉仕する属国であることを見直すつもりはないのか。そこは「沖縄」であって「日本」ではないから構わないのか。
 反対運動の人たちは「12月20日までに完成はさせない」を合言葉にしています。小さな村落の戦いですが、勝ってほしいと私は思います。「高江の叫び」を、最後にもう一度聞いてください。
https://www.youtube.com/watch?v=hUI8haTSjBo&feature=share

ブログ連歌(473)

9439 相撲観て 空元気で良し 十五日 (うたのすけ)
9440  一喜一憂 血圧注意 (建世)
9441 大ぼら吹き 当選したらただの人 (獣医さん)
9442  いずれにしても 世界迷惑 (うたのすけ) 
9443 歯が痛む 病果て無し 情けなし (うたのすけ)
9444  されど勲章 8020(はちまるにーまる) (建世)
9445 ボラ頼み 希望ばかりの 2020(にーまるにーまる) (土熊)
9446  どうせ炎天 見に行く気なし (建世)
9447 五輪へと 煽られ片や 戦場へ (みどり)
9448  国際競技に 軍事は無用 (建世)
9449 有り難き TPP離脱宣言
9450  自民党やっと 公約守れたり (獣医さん)
9451 同じ本 隠居二度読み 書評する (建世)
9452  読み込む都度に 緻密となれり (みどり)
9453 御隠居の 書評に恩恵 もろに受け (うたのすけ)
9454  「確かに読んだ」 言い訳のよう (建世)
9455 日ロ米 晋三一人 コケにされ (うたのすけ)
9456  それでも得意 コケッコウです (建世)
9457 ニホン語の ままで出します カケツケケイゴ (土熊)
9458  どうぞご理解 日本ルールで (建世) 
9459 ダライラマ 民主主義ゆえ トランプと (恩義)
9460  チベット自立へ 道遠くとも (建世) 

トランプ旋風で吹っ飛んだTPP

 TPPがいいとか悪いとか、さんざん議論してきたものの、アメリカの次期大統領トランプ氏の「就任したら即日離脱する」との言明で、話は根こそぎ吹っ飛んでしまった。TPPにも縛られないで「アメリカ第一主義」を徹底するというのだろう。この人には機敏な実行力がありそうだ。TPPなどという、正体のわからない面倒なものは遠ざけておいて、アメリカのためになる2国間協議を個別にどんどん進めればいいと考えているようだ。安倍総理は早々と「信頼できる指導者だ」などと持ち上げてしまったが、間もなくアメリカからの厳しい要求を突きつけられて、進退窮するのではあるまいか。
 アベノミクスで経済が上向いている気配は全くない。国内の所得格差は拡大している。厚生年金は切り下げの方向がはっきりしてきた。その状態のところへトランプ効果でドル高円安になったので、株式市場だけは輸出産業を中心に値上がりを始めている。しかしそれも長い目で見れば円が弱くなることだから、日本の未来が良くなるという話ではない。トランプ効果が日本にとって恩恵になるなどと思っていると、手痛いしっぺ返しを食らうことになりそうだ。
 日本に駐留するアメリカ軍の問題も楽観はできない。全体として内向きの戦略になり、海外への駐留を減らす方向にはなるだろうが、そこでもアメリカの利益優先が貫かれるだろう。日本は世界でも突出してアメリカ軍に対して「思いやり予算」を支出しているのだが、アメリカにとっての既得権は、容易には手放さないに違いない。そこへ「日米同盟」を強調し、「力の空白」を憂慮する日本側の現政権からの説得が加わるのだから、どうなるかわからない。「日本に置いた方が安上がり」なら、いつまでも駐留は続くだろう。
 アメリカでの政変をにらんでいるのかどうか、沖縄北部では基地建設が急ピッチで続いている。北部演習場の北半分をアメリカから返還してもらう見返りに、高江の周辺で新しいヘリパッドの建設を急いでいるのだ。
住民の抵抗や自然保護を訴える運動に対して、本土からも機動隊を送り込んでの苛烈な規制が続けられている。アメリカで大統領が交代して、多少なりとも政策の変更が予想される今、無理に工事を急ぐ理由がわからない。少なくとも工事は中断して、様子を見たらいいではないか。
 TPPと同じで、日本が率先してアメリカのために「環境を整える」サービスをしているつもりなのだろうか。こうなるとますます、この国の今の政権は、アメリカと日本と、どちらの国のために働いているのかわからなくなる。

勤労感謝と新嘗祭、神嘗祭

(熊さん)きょうは休日だけど、ご隠居はあんまりゆっくりできなかったようですね。
(ご隠居)そうだな、なんとなく落ち着かないうちに夜になってしまった。姉の家にも行って来て、義兄の遺品も少しもらい受けてきたよ。和服の上に着る角袖コートというものがあってね、なかかなか上等な品なんだ。和服も好きで、けっこうおしゃれな人だったんだね。これは私から申し出て貰ってきた。正月の国会一周に和服で行ったことがあるが、おだやかな晴れの日でも寒かったんだよ。このコートがあれば、来年の1月の第一水曜日は4日だから、和服で国会の正門前に立ってみるのもいいかな、と思ったんだ。
(熊)和服に下駄で国会前か。いいじゃないですか。
(隠)ところできょうの休日は何ていうのか知ってるかい。
(熊)えーと、勤労感謝の日ってんですよね。実りの秋の終りで「ご苦労さま」ですかね。
(隠)うん、だいたい当りだが、この日は固定で、曜日を移動して連休にしたりはしないんだ。それは天皇が実りに感謝して新米を食べるという、宮中祭祀に起源があるからなんだな。わしの国民学校のころは、新嘗祭(にいなめさい)と言っていたんだ。そして、これよりも前に、10月17日には神嘗祭(かんなめさい)というのもあったんだよ。これは初穂を伊勢神宮に奉納する日だったんだね。つまり、まず神様が食べて、それから天皇が食べるという順番なんだな。食べることを嘗めるというのも、ちょっと変だなと思ってた。神様や天皇は、ご飯を噛まないで嘗めるのかな、とかね。
(熊)今じゃ早場米なんてのがあって、神様より先に新米は出回ってますよね。
(隠)そうそう、それでね、新米が出てくると、神様や天皇さんより先に食べちゃっていいのかなって、ちょっと心配したもんだよ。今でも天皇さんは、11月23日まで新米は食べないでいるのかな。そんなことないと思うけどね。宮内庁に質問したら、答えてくれるかな。
(熊)さてね。今はただ「勤労に感謝」すればいいんだから、こだわらないんじゃないですか。それはとにかく、ご隠居もご苦労さまだったんだから、しばらくゆっくり休んで下さいよ。

「知事抹殺」(佐藤栄佐久)を読む

 「知事抹殺〜つくられた福島県汚職事件」(佐藤栄佐久・平凡社)を読んでみた。非常に気持の重くなる本だった。事件そのものは、かなり古い話になる。2006年に実弟の会社が関係する不公正取引が追及され、左藤栄佐久知事が「天の声」を発したとする収賄事件に発展してきた。マスコミにも報じられる事態となったため、知事は5期連続18年目にして、絶大な信任を得ていた福島県知事の座を辞することとした。
 それまで知事は原子力発電に対して、県民の安全を求める立場から厳しい姿勢を保っており、国の安全基準にも多くの疑問点を指摘し、ブルトニウムを使うプルサーマル発電にも批判的だった。原発の稼働に対して知事は絶対的な差し止めの権限は持たないが、原発の多い福井、新潟の知事とも連携し、知事会の場を活用した「3県知事の申し入れ」などで活発に活動した。その結果として、全国の原発が一時的に一基も稼働しない期間が生じるといった場面もあった。
 そのため2006年の知事辞職後に佐藤栄佐久氏が逮捕されると、当初から「国策捜査」とのささやきがあった。それを象徴するのが、東京拘置所の取調室で弟の佐藤祐二氏が、担当の森本宏検事から言われたという「佐藤知事は日本にとってよろしくない、抹殺する」という言葉である。それを裏書きするように、東京地検特捜部の捜査は、無理を重ねる苛烈なものになった。佐藤知事の側からは、収賄につながるような事実は何も出てこない。すると捜査は選挙違反の摘発に進むのだった。知事を支える後援会には膨大な人数の人脈があり、いずれも知事とは旧知の仲である。それらの人々が次々に苛烈な「事情聴取」を受けることになった。
 善意の後援者に迷惑をかけることが、何よりもつらかったと佐藤栄佐久氏は述懐している。そして拘束された長期の独房生活による、心のゆらぎも克明に記録している。そしてついに、検事の描く「収賄事件の構図」に協力して虚偽自白する心境に至るのである。そのとき「検事がいい人に思えた」というのだ。超一流の信念の人であり、敏腕の弁護士が毎日面会していても、こういうことが起こる。
 選挙違反関係は、立件に至らなかった。最初からそれは目的ではなく、単なる手段だったろうが、多くの人の心の傷は消えない。そして収賄事件は、「天の声」があったらしいという証言は得られたが、収賄による知事の利得はゼロ円だったという、まことに不思議な裁判の結果になった。実質無罪とも言われたが、元知事の経歴にとっては有罪判決を受けた事実だけが残る。この裁判は、控訴された高裁でも構図は変わらなかった。そして双方が上告した最高裁では、2012年に上告を棄却して、高裁の判決が確定した。
 佐藤栄佐久氏が知事のままでいたら、福島原発は苛酷事故にまで至ったろうか。厳しい安全基準の要求で、多少は安全対策が強化されなかったろうか。「日本にとってよろしくない、抹殺」すべきは検事だったのだ。
 この福島県知事抹殺事件は、ドキュメンタリー映画「知事抹殺の真実」として、近々に福島を皮切りとして全国で上映されることになっている。ぜひ見てみたいと思う。真実を抹殺されたままで終わらせてはならない。
http://eisaku-movie.jp/

(追記・当ブログの過去記事、「知事抹殺」のその後について も、ご参照ください。)
(追記2・私は2013年12月19日にも、同じ本を読んで感想を書いていました。本人は全く忘れておりました。似たようなことを書いていますが、面白いのでこのまま置いておきます。)

「北方領土」についての感想

 安倍・プーチン会談を通して、北方領土問題がまた話題になっている。この問題については、私もかなり深くかかわってきたので書いてみる。私が最初に「北方領土問題」の存在を知ったのは、昭和49年(1974年)に、当時の全繊同盟(現・UAゼンセンの前身)が企画した「ノサップで会おう!」というイベントに、記録取材を兼ねて参加したからだった。政府の行事としてではなく、民間でこの問題を取り上げたのは、非常に先駆的な時期だったと思う。これは労働組合の「夏のトレーニング・ツアー」として企画されたのだが、発想したのは全繊同盟の書記長、山田精吾氏(後の「連合」事務局長)だった。
 トレーニング・ツアーというのもユニークで、いきなり北海道・根室の体育館に日時を定め、各自が任意の方法で集合せよというのだ。傘下の組合員たちは、各自にグループを組んで全国から北海道を目指した。単独でオートバイで来た者もいた。その集会で、青年婦人部を中心とする労働組合の若い活動家たちは、北方領土についての歴史を学び、元島民たちの体験談を聞いたのだった。そして体育館でゴロ寝した翌日に、ノサップ岬にバスで移動して、海に向って「島を返せ」と「かけあいコール」の声を上げた。
 この運動は「連合」に引き継がれて、1993以降の「ビザなし交流」では、連合が参加者の実働部隊となって協力していた。私も同行取材で国後島を訪ねたことがある。家庭訪問の時間もあったが、ロシアの移住者は、「とても良い所だと宣伝されて来たが、こんなに寒い土地とは思わなかった」と言っていた。そんな縁もあって広報ビデオの作成もしたから、関係の資料を読む機会にも恵まれた。
 実際に現地へ行ってみると、歯舞諸島は文字通り目と鼻の先にある。地図を見てもわかるが、歯舞と色丹は千島列島ではなくて、ノサップ岬の先に続く根室半島の属島なのだ。これらをソ連軍が占領したのが、そもそも間違いだったと言わなければならない。それから、国後島は知床半島と根室半島の間に抱かれるように横たわっており、古くから北海道と縁が深かったろうと実感される。一口に「北方領土」といっても、簡単に括れないそれぞれの事情があるのだ。
 ロシアは大陸の国だから、国境は国の勢いによって絶えず変動するものだと思っている。戦争をして占領したら自分のものになるのは当然と思うのだという説を読んだことがある。島国の日本人が「固有の領土」などと言っても、その感覚がわからないというのだ。しかし島国ではそんなことは通らない。島国根性として卑下する必要もない。島国には島国の論理があるのだから。
 しかし相手は大陸育ちの異民族である。島国の民の心情を理解できないとしても、仕方のない面もあるのだ。その人たちと交渉するには、世界には島国もあって、そこには異質の民がいて、それもまた世界の一部分で
あることを、ねばり強く説いて理解してもらうしかない。人間としての共通理解に導けるかどうか。考えてみれば、北方領土もまた根の深い問題である。

このごろ日本に流行るもの(1)

このごろ日本に流行るもの
万年与党の安倍政権
解釈改憲意のままで
安保新法 新任務
いよいよ出かける自衛隊
駆けつけ警護の武器持って
他衛もしますと心得た
これぞ使命と言い含め
大臣訓示も勇ましや

福島原発ままならず
難民暮らしの地元民
子どもは異境の学校で
「○○菌」と名がついた
用済み燃料 汚染水
大・小ともにトイレなし
それでも懲りずに海外へ
ついにはインドへ輸出する
その神経の太いこと
 
海の向うじゃトランプが
異形の姿 立ち上げる
こちらのポチは尾を振って
現職さしおき前祝い
礼儀知らずと言われても
ボクの得点上げりゃいい
やがて正体現れて
家伝の商魂たくましく
日本に届く請求書

中身は知らぬTPP
貿易自由と言い立てて
先棒担ぎを勤めたい
アメリカ トランプ抜けたとて
日本主導と主役顔
原則論では片付かぬ
国の主権はどうなるの
相手の企業はグローバル
安倍の知恵では歯が立たぬ

ひとり旅はどこまでも

(熊さん)ご隠居、疲れましたか、昼から居眠りしてましたよ。
(ご隠居)ああそうか、もう3時も過ぎたか。雨はやんだが、暗くてしようもない日だな。
(熊)土曜日だし、休んだっていいんですよ。いろいろあって外出が続いてたんでしょ。
(隠)それはそうだが、力仕事をしたわけじやなし、歩き回って人に会って、その間にはけっこうな御馳走を頂戴してただけだよ。珍しい経験もしたし、いろいろ考えたこともあった。一方で世界でも日本でも、話題が多いのは知ってたよ。あんなこんながごっちゃになって、ブログのネタもいっぱいあった。あり過ぎて整理がつかなくて、ボーとしてたら眠くなったんだね。何でも書けるような気がしながら、いざとなると題名も決まらないんだな。こんなことも珍しい。
(熊)自衛隊の南スーダン派遣だって、安倍さんがまだ大統領に就任もしてないトランプに会いに行ったのだって、ご隠居に聞きたいことはいっぱいありますよ。聞いたからってどうなることもないんだろうが、誰かと話してみないと落ち着かないんです。やっぱりご隠居を頼りにしてるのかな。
(隠)そう言ってもらうのは嬉しいが、やっぱり浮世との縁が薄くなってるのかもしれないな。死んだ人の顔を何度もしっかり見たからかもしれない。最初に見たときは、しっかり閉じていた口が、火葬の直前になったら少し開いていたんだよ。何か言いそうな感じだった。未練があったわけでもないだろうが。
(熊)そんなのが、何となく気になるんですか。
(隠)そうでもないが、たまたま私の兄と年齢が同じなんだよ。そちらとは長いこと没交渉でいるけどね。
(熊)ふーん、話し合うなら今のうち、とでも思ったのかな。
(隠)いや、それはもういいんだ、私の問題ではなくなってるんだから。
(熊)そうですか。重しにならなけりゃいいけど。
(隠)もういいんだ。これから先は、私もいよいよ一人旅だな。どこまででも行ってやるさ。
(熊)せーんろはつづくーよ どーこまでもー……

いのちのあとさき

 昨日の告別式、火葬、納骨で、義兄の葬儀の関係は一段落しました。外部には通知をしない「家族葬」で、親族の以外には家族同然だった一人だけが参加し、8名だけの静かな見送りでした。形式も無宗教としたので僧侶も招かず、菊の献花をおもな供養にしましたが、遺体には旅姿の羽織で白無垢を着せ、棺は季節の花で一杯にしました。棺には、故人が好きだったルノアールの画集が納められました。
 告別式のとき、仏式なら読経のある時間に、喪主である姉の了解を得て、私は般若心経を読んでみたいと申し出ました。「嫌いじゃなかったから、お願いします」とのことだったので、以前にブログにも掲載した「般若心経現代語訳」(仏陀が最上智、般若波羅密多に達する修行を積まれたとき、この世にあるものは、あらゆる物質も、あらゆる生きものも、あらゆる精神の働きも、すべて空(くう)に帰することを見通された。これにより仏陀は、一切の苦厄を超越する境地を得られたのである。……)
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55592389.html
を朗読し、原文は「故智般若波羅密多(こちはんにゃはらみった)」から後、「波羅僧掲帝(はらそうぎゃてい)菩提莎訶(ぼじそわか)」で終る部分だけを読み上げました。
 これは「中身がわかって良かった」と喜ばれました。さらに、あとで葬儀社の担当者から、ぜひ教えてほしいとの申し出があり、「一つの提案として使っていただいても結構ですよ」と、読んだコピーを手渡してきました。
 義兄は生前に墓の用意をしませんでしたが、遺灰はセーヌ河に流してくれという雑談的な話はしていたそうです。精進落しの席で、姉は「私のもそれでいい……」と言っていました。二人で何度かフランスへ行っているのです。遺骨は遺体に準じて埋葬には許可が必要ですが、細かく砕いて「遺灰」にするとその制約がなくなります。「色即是空」の世界観に近くなるかもしれません。
 葬儀は終りましたが、姉の家には「おとうさん」のいなくなった月日がつづきます。仲のよい夫婦だっただけに、私より5歳上の姉の今後が少し気がかりです。のびのびと残りの人生を楽しんでくれるといいのですが……。人のいのちにあとさきがあるのは止むをえません。毎年の同じ木の花にだって「花のあとさき」はあるのですから。
 季節を過ぎたら枝に残る花は一つもありません。人間も同じことですから悩むことは何もないのです。いのちの終りは、誰にでも必ず来てくれるから心配ありません。それまでの毎日が、「きょうも一日ありがとう」と感謝して過ごせれば、それでいいのです。若い時だって、そうして懸命に生きてきたのではなかったでしょうか。愛する人と共に歩むことを選ぶとき、誰もその終り方は考えません。別々の日に死ぬのは、戦争でも天災でも事故でもなく、立派に生き通したことの証明なのです。

11月の満月はスーパームーンだった

 月が地球に近くなるスーパームーンの満月は、14日だったそうだが、一日遅れの昨夜の月も大きく明るかった。11月の満月は、夏至に近い5月の太陽と同じ高い軌道を通る。23時過ぎの月は、ほぼ真上と思えるほどに高かった。澄み切った秋空に、ちょうどよいほどの雲も浮かんでいた。私の近眼では、ぼやけてしか見えないのだが、空気は冷たいから、メガネを取りに戻ることもなく、短時間でベランダから引っ込んだ。
 昨日の朝、義兄が亡くなった。90歳だった。私の姉の夫で、森脇恒(ひさし)という。上野の美術学校の生徒として、実家の「野ばら社」にアルバイトに来ていたのが出会いだった。終戦後すぐの混乱期のことだ。学校の倉庫に学生たちが勝手に部屋をこしらえて暮らしていた。姉との結婚で父親と衝突して、志村の家から去った。
 昭和28年(1953)、日本テレビ放送網の創業とともに就職し、以後ずっとその美術部長として日本テレビ一筋に勤め通し、定年後も役員になった。私も結婚とともに昭和33年に家出をしたのだが、失業時代に森脇氏のおかげで日本テレビのアルバイトとして「朝放送班」(当時のテレビ放送は、朝と昼の間に空白の時間があり、朝放送は編成の上で独立していた)で働くことができた。草創期のテレビ現場を経験したことで、私はマスコミで働ける自信を持つことができた。それが3年後にNHKの就職試験を受ける伏線になったのだった。
 私が自営から会社を立ち上げる過程でも、一貫してお世話になった。写真の「日教研」初期の鳩のイラストも、現「にっく映像」の社名ロゴも、森脇氏の作品である。常におだやかで、誠実な人だった。テレビはかつて「出したら終りの瞬間芸」だったから、氏のテレビ映像作品は、おそらく残っていないだろう。目玉のようなネットワークのマークが、一時話題になったと聞いている。
 昨日お目にかかった死に顔は、あくまでもおだやかだった。そういう人だった。

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それでも上がる安倍内閣の支持率

内閣支持率2016-naikaku
(熊さん)ゆうべのNHKを見てたら、安倍内閣の支持率が上がってるって言ってましたよ。
(ご隠居)わしも見たよ。毎月やってる定例の調査で、11月の支持率は先月より5%上がって55%に、不支持率は7%下がって26%になったんだと。えっと思ったが、この9月と同じような状態に戻ったんだな。
(熊)安倍内閣って、そんなにいいことやってますかね。厚生年金は削るとか、武器や原発を輸出するとか、自衛隊を「駆けつけ警護」に出すとか、評判の悪いことばっかりやってると思ってた。
(隠)わしも同じだよ。だから「えっ」と思ったんだが、長くやってるNHKの月例調査が、まるっきりでっち上げとも思えない。どうしてこうなるんだろうと考えてみた。第一に、この長屋の感覚と、世間一般の感覚とは、かなりずれてるだろうということだ。つまりインターネットを身近に使ったり、仲間を見つけて自力で情報を探している人と、テレビや新聞で流されることを、ただふつうに受け取っている人とでは、考え方に差が出てくるのは当然なんだな。情報に対して能動的な人と、受け身でいる人との違いと言ってもいい。そして、どちらが人数が多いかと言えば……
(熊)ああそうか、この長屋はご隠居がいるから違うんだ。ご隠居みたいな長老のいない長屋とか、今風のマンションなんかに住んでたら、近所との会話なんかもなくて、テレビと新聞で入ってくる情報しか頭に入らないもんね。その他大勢はマスコミに影響されやすくなってるんだ。
(隠)で、そのマスコミが、批判精神をなくして政府広報みたいな情報しか流さなくなったと言われてる。これが困るんだが、表面上は日本の政治状況は落ち着いてることも事実なんだな。治安はいいし、今のところ外国との目立った紛争もない。それで政権与党が議会で安定多数を得ているわけだから、不安要素は何もないわけだよ。海外から見たら、うらやましいほど安定した国に見えるだろう。外国からの観光客が増えてるのも、決して偶然ではないだろうさ。
(熊)でもさ、このままでいいのかっていう不安はありますよ。それが意識の高い一部の人だけで、一般が居眠りしてるみたいに不活発じゃ、ヤバくないですか。
(隠)そりゃそうさ。このまま沈滞してたら未来の日本が危ない。しかし国民は一つのきっかけで、ガラリと雰囲気を変えることがあるんだよ。最近のアメリカや、韓国を見てごらん。現状への不満が一定のレベルを超えたら、あっという間に政権はひっくり返るんだ。日本だって例外じゃないさ。だから、今の政権はどこが問題で、どこから手をつけて行くべきかは、普段から考えておく必要があるんだよ。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
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