
一昨日の5月18日、満89歳になった誕生日のボウリングスコアです。3ゲームやって、回ごとに点数が落ちているのは気に入りませんが、どうやら100点を切ることなく終了しました。私としては、「やや不調」レベルの成績だったと思います。球は、会場の備品の11ポンドを使っています。会場は、私の家から近いサンプラザの地下にあるボウリング場です。
「中野区民の健康ボウリング教室」というビラを見て参加したのは、もう忘れるほど昔のことになりました、と書いたところで気になって調べたら、2019年の2月から始めたことがわかりました。そして当時のスコアを見たら、どうやら平均100点は超えるレベルで、現在とあまり変わらない、つまり2年半やっても、ほとんど上達はしていないのがわかりました。ただし、1本だけ残ったピンを狙うときの精度は、かなり良いほうだと自分では思っています。球にはカーブはつけません。ストレートの球だけで勝負するのが性に合っていると思っています。
私がボウリングというものに初めて触れたのは、草加の公団住宅に住んでいた時代でした。娘たちもまだ幼児で、中山律子さんというプロの女性ボウラーが、「さわやか律子さん」という歌とともに、テレビのコマーシャルに出ていました。プロのボウラーがスターになれる時代だったのですね。草加団地に近い松並木の川沿いに新築のボウリング場が出来て、車を走らせて行ったのだと思います。妻もいっしょに見に行きましたが、自分でやってみるまでは行きませんでした。
考えてみると、今のボウリングを始めたのは、妻を亡くしてから間もないころです。私のボケを心配した長女が、ビラを見て勧めてくれたのかも知れません。とにかく、歩いて行けるすぐ近くに会場があったのは幸運なことでした。ボウリングというのは、体を動かすとともに、チームを組む人間関係を作る場でもあるのです。ストライクが出ると、近隣の人たちからも拍手をするのがエチケットになっているようです。
そんなこんなで、熊公ではありませんが「自分が転がらないで、球を転がしてるんだから、大したもんだ」と思うことにしています。