志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

カゼひきで 一回休み またあした・ブログ連歌(486)

9669 日暮れ時 することもなし 惚け夫婦
9670  時々鬱に これも活性剤 (うたのすけ)
9671 平和への 意志「九条」は ゆるぎなく  (みどり)
9672  混迷超えて 世の光なり (建世)
9673 大臣辞職 相も変わらず 復古調 (獣医さん)
9674  復興庁が 聞いて呆れる (建世)
9675 共謀罪 強行採決 共謀し (獣医さん)
9676  罪にもならず 罪つくりする (建世)
9677 東北の 癒えぬ傷あと 身に重ね (みどり)
9678  行方も知らず 大臣の首 (建世)
9679 さらし首 候補者数多(あまた) あべ内閣 (うたのすけ)
9680  首魁の首は 如何になるらん (建世)
9681 カゼひきで 一回休み またあした (建世) 

父と母の恋文(その1)

s-IMG_0960

 私の家には、姉から託されて保管している父母の古い手紙や日記を入れた段ボール箱がある。いつかは処分しなければならないだろうが、私は内容をかなりよく読んで整理したことがある。特に父母の間で交わされた文通からは、父母が結婚するまでに辿った、かなり劇的な経過がわかって、印象深いものがあった。伝記でも書くとしたら有力な資料になるのだが、今からでは無理だと思っている。しかし時代背景を合わせて考えると、貴重な素材のようにも思えてくるのだ。母がこれらを大事に取って置いたことにも因縁を感じる。
 大筋を紹介すると、母は農家の長女で、村でも知られた才女でもあった。親の決めた縁談で一度は嫁に行くのだが、定着はできず、自立自活の困難な道に踏み込んでいた。そして裁縫学校に通いながら千葉市内の下宿にいたときに、国民新聞社の静岡から千葉の支局へ転勤になり、同じ下宿に入った新聞記者の父と知り合ったのだ。二人とも明治27年の生まれだが、母の方が少し誕生日が早かったようだ。父母は私たちに決して誕生日を教えなかった。当時は25歳ぐらいだった計算になる。最初の手紙は、父母が男女として結ばれたであろう直後から始まる。
(以下、書き写し)
(大正7年12月20日くれゆく空に之を書く、熱涙止むに由なし)
 九十九里波の遠音を永久に吾が声と聞け健やかにして
姉様ありがとう、よく言うて下さいました。私は進みましょう。命のある限り向上して行きます。
 姉様あなたは決して決して死んではいけませんよ。たとえどんなに悲しい事があっても、私がこの世に有る間は断じて死を許しません。私は私の幸福私の栄えある生涯をお祈り下さるあなたに、心から晴れやかに喜んで戴く日を作るために、社会の荒波を突破します。もしも中途であなたの潔い潔いこのお祈りが絶えたら、私は底の藻屑と消えてしまうでしょう。
 姉様、私のために生きて下さい、そして私の成功を待っていて下さい。私は姉様の悲しみを別けて戴くと共に必ず必ず私の幸福を姉様にお別けする日があることを信じています。
 この涙君がみ心洗わまし十年昔の少女復活せよ
(上部欄外に横書きで)
君が悲しみは吾が悲しみよ吾が幸は君の幸なり吾等うれしも

戦争からの避難は可能だろうか

 政府はこの21日に都道府県の危機管理担当者を集め、北朝鮮による弾道ミサイルの発射を想定した住民の避難訓練を早期に実施するよう呼びかけたということだ(日テレNEWS24)。あまり大きな話題にもならず見逃していたのだが、内閣官房のウェブサイト「国民保護ポータルサイト」に掲載されているとのことで、見に行ったらその通りだった。ここで2004年に成立した国民保護法、正式名称は「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」なるものの存在を知った。憲法の下で戦争をしない国に住んでいるつもりでいたが、他国からの攻撃を受けることはあり得るということで制定されたのだろう。
 法律が出来た経過を見ると、その前年、2003年に事態対処法、正式名称は「武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」というのが出来ている。この時期の政権は、小泉内閣の時代だった。解説によると、与野党の幅広い賛成を得て成立したと書いてある。言われてみれば遠い記憶の中に「有事立法」といった話題があったような気もするのだが、人の記憶とは頼りないものだ。「まあいいか」程度の関心で過ぎて行ったのだろう。
 こういう法律があること自体に私は反対ではない。ただ、中身に目を通すうちに、これで日本の国民が守られて安心だとは思えないことに気がついた。危機事態になったら自衛隊とも連絡を取り、危険が予想される地域には避難指示を出すことになっている。自治体は避難者の誘導や輸送に当り、生活物資の供給などでも支援することになっている。医療機関には支援への協力を義務づけているし、原子力施設が損害を受けた場合のことも想定している。要するに大震災災害と同等の想定をし、協力を義務づけて罰則も設けているわけだ。
 だがこれが、日々に流動して、どこにミサイルが落ちるかわからない戦争状態の中で機能するものだろうか。相手は悪意で攻めてくるわけだから、殲滅戦をやられたら、避難民を集めることは、かえって危険かもしれない。考えれば考えるほど、たとえば東京首都圏に住む人口を、堅牢で安全な構造物の中に保護するなどは、できっこないと感じられるのだ。
 近ごろ痛感するのだが、現代の都市は戦争への備えを何もしていない。交通機関も産業施設も原発も、みんな同じことだ。そしてこれは日本だけではなく、北朝鮮の平壌の「張りぼて」と呼ばれている高層ビル群も同じように見える。そして現代の戦争では、爆撃だって戦況によって近づいてくるのではなくて、いきなりミサイルとして遠方から飛んでくる。防ぎようがないではないか。
 要するに戦争は、やってしまったら現代文明の終りなのだ。そこには勝者はいない。確実に生き残りたかったら、敵を作らない外交で戦争を遠ざけるしかない。それは相手がどんな国であろうと、本質的には同じことなのだ。

ブログ連歌(485)

9679 米軍機 空爆殺傷 テロを生み (みどり)
9680  超大国に 平安はなし (建世)
9681 誰の手か 駒を進める 戦争へ (建世)
9682  今日征く直後 水漬く屍に (土熊)
9683 有識者 会議に陛下 蚊帳の外  (うたのすけ) 
9684  皇室にない 基本人権 (建世)
9685 核辞せず 北朝鮮の 売り言葉 (建世)
9686  舌戦だけで 幕が下りれば (うたのすけ)
9687 隣国の 緊張よそに 宴会は
9688  安倍一族の 仇花ばかり (建世)
9689 出て行け 不倫に 長靴持ってない
9690  学芸員を邪魔にして 議員は何者ぞ (獣医さん)
9691 底なしの 議員の堕落 傲慢さ (みどり)
9692  腐敗を招く 長期権力 (建世)
9693 私の 不倫の致すところで 辞任をし (獣医さん)
9694  不憫と思う 人も無きかな (建世)
9695 北の将 寄らば斬るぞと 身構えて
9696  いよいよ深む 孤独への道 (建世)
9667 若将軍 ババは引くまい トランプの (うたのすけ)
9668  災いのもと 大言壮語 (建世)
9669 日暮れ時 することもなし 惚け夫婦
9670  時々鬱に これも活性剤 (うたのすけ)

北朝鮮だって国連加盟国

(熊さん)勝手なことばかりしてる北朝鮮だけど、国連の加盟国だって、本当ですか。
(ご隠居)ああそうだよ。東西冷戦が終わった1991年に、韓国といっしょに国連加盟を認められたんだ。
(熊)それにしちゃ、えらく好戦的じゃないですか。
(隠)うん、国連は加盟を認める国の条件として、「平和を愛好する国」と言っているし、総会で加盟国を除名することもできるんだよ。だけど創立以来、加盟国を除名したことは一度もない。除名されるような国は、もともと国連とは縁が薄くなっているし、除名したところで、何の打撃にもならないからだよ。
(熊)でもさ、核実験やミサイルの発射をすると、国連安保理の決議違反だって非難されるじゃないですか。国連から除名ってのは、形だけにしても圧力になりませんかね。
(隠)じつは、そういう発想をした国はあるんだ。ほかならぬ韓国だよ。だけど北朝鮮を除名したら、ますます国際社会から孤立させるだけで、働きかけるパイプをなくしてしまうだけだ。逆効果だという意見が多くて、韓国も提案を取り下げたことがある。今だって、北朝鮮が国連除名を怖がっておとなしくなる、なんてことにはならないと思うよ。韓国とアメリカの画策だと言って、徹底的な反撃を言い立てるに違いないさ。
(熊)だから効果がなくても、根気よく非難決議を出してるってわけですか。
(隠)安保理事会での、北朝鮮に向けた決議というのを、ざっと見てみたんだが、安保理事会による非難決議は9回、それから「議長声明」というのが3回出ているようだ。いちばん新しい「決議第2321号」ってのが昨年の11月3日に全会一致で採択されているよ。初回の決議から説き起こして、延々と経過を述べているから、すごく長い文章になってる。外務省文書の「北朝鮮による核実験等に関する国連安保理決議の採択について(外務大臣談話)」の中の「決議第2321号(PDF)」という青文字をクリックすると読めるよ。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page4_002546.html
 この中には、2005年に採択された、北朝鮮、韓国、中国、アメリカ、ロシア、日本による「6者会合への支持を再確認する」という言葉も入っている。このときは北朝鮮が核兵器の放棄に同意して、その代わりにアメリカから平和利用のための軽水炉の提供を要求したんだ。
(熊)へーっ、いいとこまで行ってたじゃないですか。それなら平和共存できそうだ。
(隠)ところがだ、北朝鮮とアメリカとの間の信頼関係は育たなかったんだな。その翌年には、早くも北朝鮮は日本海へ向けて弾道ミサイルを7発も発射してしまった。そこでまた6者の話し合いになるんだが、日本には北朝鮮に対して、拉致問題が未解決という大きな不満もある。結局、安保理では非難決議と制裁の発動、北朝鮮は安保理決議無視の実験続行という、実りのない繰り返しになってしまったわけだ。
(熊)てぇと、北朝鮮がつぶれるまでは何も解決しませんかね。
(隠)だからって戦争しかないってのは賛成できないな。北朝鮮は戦前の日本に似ているところもあるが、侵略に出てきてるわけじゃない。警戒心で固まってるだけなんだ。時間をかけても溶かして行くのがいいと思うよ。

山城博治は「闘いを喜びに変える人」だった

s-IMG_0953

s-IMG_0957

 新宿「ロフト・プラスワン」での集まりに行き、山城博治さんの話を聞いてきました。冒頭には、三上智恵監督が編集した、山城議長の活動を記録した短編映像の上映がありました。山城さんは県庁職員から労働組合役員を経て、沖縄の平和運動を象徴する存在となりました。
 その山城さんは昨年の10月になって、1年近く前の有刺鉄線切断など3件の事件で相次いで告発を受け、153日間も勾留されて、この3月になって公判が始まってから保釈されました。ウィキペディアによると、保釈には「事件関係者と面会しない」などの条件がついているようです。もちろん山城さんの弁護士の判断はあるでしょうが、日本の司法が、「個人の人権を守る」ことよりも、「権力の貫徹」へと軸足を移しつつあるように見える今、山城さんを支える運動には、歴史的な意味もあるのだと思いました。
 それにしても、身近で話しぶりを聞くたびに、ネアカの明るさを持っている人だと思います。深刻な話題なのに、楽しい話のようになってしまうのです。沖縄の司法、行政と闘い、本土から押しかける機動隊と闘う中でも、激しい怒りが活力の源泉になり、そこから昇華して楽しさになって行くように見えるのです。それは、「自分のやっていることが正しくて、未来に役立つ」ということを確信しているからに違いありません。目的はただ一つ、平和な沖縄を取り戻すことです。
 後半は鈴木耕さんの司会で、三上智恵さん、福島瑞穂さんも加わったトークとなり、そこにまた元自衛官の井筒高雄さんが参加して、南西諸島への自衛隊配備の問題などが提起されました。日本列島の全体が、アメリカのための防波堤つまり「風(かじ)かたか」(風よけ)にされようとしている現状で、それは三上智恵さんのテーマでもあります。日本人のための独立した日本の確立は、沖縄の人たちが安心して暮らせる島を守ることと、不可分で一体なのです。
 きょうは裁判中の「被疑者」を交えた話し合いの日でした。この、人が信じあう温かな雰囲気の集まりが、「共謀罪」に問われるようなことは、絶対にあってはならないのです。人権と平和を守るための闘いは、人々を永遠の喜びへと導くものです。

ボブ・ディランが家にやってきた

s-IMG_0929

 「花てぼ」さんが書道展に出品された、ボブ・ディラン「風に吹かれて」の書が、会期を終わって返還されたとのことで、その現物を、わが家に頂戴することとして、本日到着しました。
(関連記事http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55720398.html
 長さ8尺で、表装を外しても大きいものです。居間の天井から床面までの間に、辛うじて納まりました。本日からしばらくの間、ここに展示することにします。用紙は継ぎ目のない厚い和紙で、筒状に巻いてあるため、手を放すと自力で巻き上がって来るほど強靭です。材料費だけでも大変なものだと思いました。
 写真は拡大できますが、歌詞を再掲すると次の通りです。

どこまで人は歩くのか 大人になるまでに
どこまでカモメは海を飛ぶ 浜辺で休むまで
どこまで弾丸は降りそそぐ 銃身が裂けるまで
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中

いつまで山は立っているか 崩れて沈むまで
いつまで待ったら人類は 自由に生きられる
いつまで見えないふりをして 顔を背けてる
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中

どれほど続けて見上げたら 青空は見える
どれほど耳を澄ませたら 嘆きの声が届く
どれほど人を殺したら もうやめようと思う
君もぼくもそれは知らない 答えは風の中

 ただし、書では第2連は省略されています。そして下の小さい字は次の通りです。
The answer is 
  blowin' in the wind
    in the wind 風の中
ボブ・ディラン「風に吹かれて」より
 志村建世・訳
   雪影かく (印)

 この書を、きょうは雨でだめでしたが、一度は晴れた風の吹く中に出してみたいと思っています。
  

「戸山英二と仲間たち」コンサートと「トスティーのマリア」

s-IMG_0887

s-IMG_0897

s-IMG_0903

 「魅惑のカンツォーネ」と題した「戸山英二と仲間たち」のコンサートを、六本木のライブハウス「ピギャール」で聞いてきました。70代から歌い始めて86歳になった現役歌手、寺本麗華(本名は寺本康子さん)から招待状を頂いたのですが、最後に戸山英二さんが「トスティーのマリア」を、私の訳詞で歌って下さり、場内で作詞者として紹介されるというハプニングがありました。
 外山英二さんは武蔵野音大の声楽科に在学中から銀座の「銀巴里」で歌い始め、日本人として初のカンツォーネ歌手としてRCAイタリアと専属契約を結んだ先駆者で、現在は日本カンツォーネ協会の会長を務めています。私が寺本さんに「イタリアの歌なら、こんな楽譜もありますよ」と、軽い気持ちで「銀色の月よ」といっしょに送っておいた2曲の中から、取り上げて頂きました。
 「トスティーのマリア」は、聖母のマリアではなくて、綴り字も違う、魅惑の Malia です。男性が女性に魅せられる歌ですから、男性の声で歌った方がいいのです。迫力のあるナマの男性の声で、初めて聞きました。以前にもブログに出したかもしれませんが、こんな歌です。

   トスティーのマリア

君は魔法の花か

 忘られぬかおり

私の胸はいたむ

 思い返すたびに

これこそが恋なのか

 ただ君に会いたい

  やさしいその姿

  この目で見ていたい

  やさしいその姿

  この目で見ていたい

 

君がどこの人か

 私は知らないが

それさえどうでもいい

 傍にいられるなら

君のひとみ感じて

 君の声が聞こえる

  そのひとときがあれば

  私はそれでいい

  そのひとときがあれば

  私はそれでいい

(注・この歌詞での歌は、間庭小枝さんの、メヌエットのユーチューブで聞けます。)

https://www.youtube.com/watch?v=xJU3OG2-h44

北朝鮮が「超強力な先制攻撃」

 北朝鮮の機関紙「労働新聞」は、「北朝鮮が超強力な先制攻撃を行った場合、韓国とその周辺地域にある米国の帝国主義的な侵略勢力だけでなく、米本土も即座に全部消滅して灰と化す」と伝えた(ソウル20日・ロイター)ということだ。恫喝されたら、それを上回る脅迫で応じたわけだ。勇ましいのはいいが、じつに危険な賭けだと思う。トランプなら、「本当に危ないと思ったので、安全のために片付けた」と言って、「斬首作戦」を発動しかねない。統治下にある2千5百万人の国民の命を、何だと思っているのだろう。
 ティラーソン米国務長官は19日、北朝鮮の核問題を巡り、同国に圧力をかけるため、「テロ支援国家」への再指定などあらゆる選択肢を検討していることを明らかにしたとのことだ。大国のエゴで他国に指図するのも差別的ではあるが、一国の指導者の発言には、言っていいことと悪いことがある。怒りに任せたような悪態では、孤立を深めるだけだろう。
 アメリカは不愉快だろうが、ここはまともに取り合わず、大人の対応を取って欲しいと思う。独裁を極めた政権が、統制を失って破綻した例は、歴史の上に腐るほどあるのだ。外部から介入して倒すよりも、内部から破綻した方が回復が早いだろう。そして何よりも、国際社会の負担は少なくて済む。距離をとって見守るのがいい。

売り言葉に買い言葉の不毛

(熊さん)北朝鮮とアメリカの関係が物騒になってきたようじゃないですか。
(ご隠居)きょうの新聞の見出しを見てると、そんな感じだな。アメリカのペンス副大統領が日本に来てるんだが、「平和は力によってのみ達成される」と言ったそうだ。「戦略的忍耐の時代は終わった」とも言っている。その見解を引き出した安倍首相の冒頭の発言は「対話のための対話になっては意味がない、圧力をかけることも必要」という、トランプ路線への賛同だったと新聞には書いてある。
(熊)きのうの夕刊だと、北朝鮮は国連での会見で「米国が望むどんな形態での戦闘にも応戦する準備ができている」って言ったそうですよ。それって「こっちにも核兵器があるぞ」ってことでしょ。アメリカの原子力空母が、朝鮮へ向けて来てるってことでしたよね。
(隠)ああ、あの空母なら、インドネシアからインド洋へ行くようだと、きょうの新聞には出てたよ。アメリカが北朝鮮を気にしてることは確かだが、まともに相手にするほどの大きさでないことは知ってるさ。なんせ国力では400倍もの差があるんだよ。だから核やミサイルの開発をやめさえすれば放っておいていいんだ。「対話のための対話では意味がない」ではなくて、むしろ対話を充実させて、核がなくても小国がつぶされない安心感を与えてやるのが本筋だと思うがね。
(熊)アメリカのやり方って、ちょっとせっかちなとこがないですか。
(隠)そうなんだよ、アメリカの基準が世界に通用すべきだと思い込んでるところがある。そこで北朝鮮に対しても「レッドラインは明示しないが、すべての選択肢がある」と言い始めた。ぶっちゃけて言えば、北朝鮮に、いつ武力行使するかはアメリカの基準で勝手に決めるというわけだ。トランプ的な発想になったんだね。朝鮮半島で紛争が起きれば、韓国が無事ではいられない。日本がアメリカの尻馬に乗って、北朝鮮の危機なんて言いふらすのは迷惑だと、韓国からは安倍首相への抗議が来ているらしいよ。
(熊)韓国も次の大統領が決まらないで不安定な時期だしね。
(隠)そこへ付け込むように北朝鮮の問題を騒いで見せるのは、別な下心がありそうに思えるんだ。国際的な緊張が高まると、政権への支持率は高まる傾向があるんだよ。国が大変なときに、国内の政治を混乱させたらまずいという心理が働くんだね。安倍政権には、国民のいろんな不満がたまってきているが、それが一時的には抑えられるんだよ。森友問題以来、未解決の不祥事はあるし大臣の失言はあるし、ふつうなら政権への信頼が揺らぐところだ。その対策に海外の緊張を持ち出すとしたら、これは罪が深いな。
(熊)そうか、そういう手もあるんだね。 
(隠)感心してる場合じゃないよ。国会では「共謀罪」を「テロ等準備罪」に変えて審議を始めてる。これも通してはいけない法律だから、目を離しちゃだめだよ。

人命救助と安全の確保

 遮断機の下りた踏切に入った人を助けようとして、自分も犠牲になってしまった人のことがニュースになっている。現場には哀悼の花束が置かれているということだが、結果的に、善意が事故を大きくしてしまった。危険の迫る情況で、正確な判断をするのは難しい。しかし、だからこそ、ふだんからそんな場面を想像して、自分ならどうするかを考えておくといいと思う。
 埼玉の草加団地に住んでいた時期に、私もこんな経験をしたことがある。夜遅い帰宅で東武線の草加駅に着き、跨線橋を渡って改札へ出ようとするとき、前を歩く酔っぱらった男性がいた。見ていると、よろよろとホームの端の方へ行きそうになる。そのときは特急電車が通過するとのアナウンスがあって、近付いてくる音が聞こえ始めていた。私は数歩かけ寄って、左手をその人の肩にかけて力まかせに押してその場にしゃがみ込ませ、右手は跨線橋の入り口にかけて強く引き寄せた。ちょうどそのタイミングで、特急はすぐ横を轟音とともに通り過ぎた。警笛を鳴らさなかったから、暗い中で人影を視認しなかったのだろう。間もなく反対の改札側ホームから見ていたらしい駅員が来て、「良かったですね、大丈夫ですか」と声をかけてきて、あとは酔客の世話をしてくれたようだった。
 私の想像だが、前記の踏切で助けに入った人は、その瞬間は助けたい相手に集中して、近づく電車との位置関係を確かめる余裕をなくしたのではないだろうか。危急の際の判断は、理性よりも反射神経的に働いてしまうことがある。そして断定行動に入ると、立ち止まりが難しい。しかし人命救助は特攻隊ではないのだから、自分が死んでしまっては意味を失うのだ。情況を判断して、自分が安全でこそ褒められるということを、平時にちゃんと考えておくことが有益だと思う。
 夏の事故では、水に落ちた子供を助けようとして親が死んだといったニュースが出ることがある。私も一応は泳げるから助けに行くかもしれないが、できれば周囲を見回して、ペットボトルを持っている人がいたら中身を空けてもらって、浮きにして脇に抱えてから水に入るぐらいのことは、してみたいと思っている。

爆弾とミサイルと人間と

爆弾の母 webw170414-moab-thumb-720xauto

 アメリカ軍はアフガニスタンでIS(イスラム国)の拠点に「最大の通常爆弾」を投下したということだ。略称MOABが語呂合わせで「すべての爆弾の母」(Mother of all Bombs)になるが、火薬量8トンというから尋常ではない。戦時中のアメリカ軍の空襲では、250キロつまり8分の1トン爆弾の跡というのを見たが、木造の二階家が丸ごと吹っ飛んで、大きな穴が残っていた。それが64発、束になって落ちたらたまらない。相手がISなら、何をしてもいいのだろうか。
 これは北朝鮮へのメッセージだという解説も出ていた。核やミサイルの開発をやめないことへの懲罰として、核を使わなくても強力な攻撃ができるという警告ということだ。その北朝鮮は、「国父」と仰ぐ金日成の生誕を記念する最大の祝日が4月15日だそうで、その日に向けてミサイルらしいものを発射したが、ろくに飛ばずに爆発したと伝えられる。世界に知れたニュースだが、祝賀ムードの平壌市民は知らずにいるとのことだ。
 北朝鮮は、外部からの圧力がかかるたびに「無慈悲な反撃で壊滅を与える」といった過激な言葉で反発することが多い。今回も米韓合同での「朝鮮有事」の際の共同作戦演習などに反応しているのだろう。総じてアメリカ側からの圧力は、具体的な戦力を動かして見せる迫力があり、それに対して北朝鮮側の反撃は、過激な言葉とミサイルに頼っているように見える。
 国力から見たら、アメリカと北朝鮮では喧嘩にならない。ミサイルの開発にしても、技術力には格段の差があることだろう。それでも抵抗する道具があると見せないと、つぶされると思っているのだ。北朝鮮のつらさが透けて見える。つまりは爆弾とミサイルに頼って安心を得ようとしても無理なのだ。民生を犠牲にして「先軍」でやってみても高が知れている。それは北朝鮮ばかりでなく、アメリカにしても同じことだ。相手のある競争では、休んでいることが出来ないからだ。
 でも競争では一方が休むと相手方も楽になる。負けても殺されない安心感さえあれば、人間は休んでいることができるのだ。生存競争の切迫感から解放してやりさえすれば、疲れた人間は、喜んで競争をやめるだろう。世界はもう充分に疲れているのではないか。

女性宮家と天皇制の尊厳死

 天皇の退位をめぐる「有識者会議」が報告書を提出したとのことで、新聞記事になっていた。皇族の減少への対策が必要との認識を示しながらも、女性宮家の創設については、安倍自民党に反対論者が多いことから、明示を避けているということだ。
 天皇の男子継承については、男子のDNAにこそ価値があるので、安易に妥協してはならないという説を読んだことがある。大昔からの厳密な伝統だったのかどうか、だいたい天照大神は女性ではないかと抵抗を感じたものだが、生物学の基本を無視しても男性本位を主張したい人たちがいるらしい。そんなに男が大事なら、男系が終ったところで天皇制をやめればいいだけの話である。
 私の家系の話をすると、志村の家は、私と妻とで終って断絶する。私の父の文蔵には3男2女がいたが、長男は独身で終り、次男には子がない。私には娘が2人いるだけだから、志村姓を継ぐ者はいなくなるのだ。だからといって将来に何の不安もない。だいたい私は父よりも母に親近感を持っているから、母方の「林」の親戚が多くて優秀な人たちもいる。志村の親戚もなかなか優秀なのだが、それは、私の結婚相手が従兄の娘で「志村」姓だったことによっている。つまり妻の親戚なのだ。
 そこで最初の話ににもどるのだが、日本から天皇制をなくしてしまうのはもったいないと思うなら、女性の皇族を大切にするしかないだろう。そしてその先に女性天皇が復活する。そこまではいいのだが、女性天皇の夫も「陛下」の尊称で呼ばれるのだろうか。民間の男性が女性天皇と結婚して「皇夫陛下」になるというのは、どうも座りが悪いような気がする。「美智子皇后陛下」には抵抗を感じないのに、なぜだろう。やはり男の天皇がいる安心感が基礎にあるような気がするのだ。
 うまく説明できないのだが、女性天皇が実現したら、その夫はイギリス王室のように「殿下」と呼びたい実感がある。いま私が心配してもどうなるものでもないが、それこそ「国民の論議を通して決する」べきことだろう。

小野雅楽会・百三十年の会

 昨夜は「みんなのうた」「ドレミの歌」の思い出話にかまけてブログ更新を休んでしまいましたが、一昨日 13日の夜には東京オペラシティー、コンサートホールで「小野雅楽会・百三十年の会」の管絃と舞楽を鑑賞してきました。大学同期の友人の縁で、姻戚関係の方々が中心人物として活躍しておられるので、チケットを頂きました。
 第一部の管絃は 太食調音取(たいしきちょうのねとり) 朗詠・春過(ろうえいはるすぎ) 傾杯楽急(けいばいらくのきゅう) 輪鼓褌脱(りんここだつ) の4曲
 用いられる楽器は 鞨鼓(かっこ) 太鼓(たいこ) 鉦鼓(しょうこ) 琵琶(びわ) 楽筝(がくそう) 笙(しょう) 篳篥(ひちりき) 横笛(おうてき) の8種でした
 第二部の舞楽は 仁和楽(にんならく) 春庭歌(しゅんでいか) 貴徳(きとく) の3曲で
舞人は仁和楽と春庭歌が各四人、貴徳が一人でした。
 解説によると小野雅楽会は、宮内庁式部職楽部に属さない民間の雅楽演奏団体としては最も古く、国外にも出て雅楽の普及に努めているとのことです。私は8年前にも友人に勧められて見たことがあり、多少の勉強を含めてブログ記事にしたことがあります。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55593488.html
 この空間にいると、悠久の時の流れといったことを考えます。見慣れた日常と違う異次元空間に来たような感覚は、西武線の高麗駅に降りて付近を歩くときと似ています。色彩の感覚などが韓風(からふう)なのです。大陸から半島を経て日本まで伝わってきた歴史の匂いがするのです。それと、舞楽では「刀と平和」ということを考えていました。
 春庭歌では四人が帯刀していましたが、大きく上に反った太刀で、これを抜くことはなく細身の装飾用で、刃は下を向いています。武士の戦いの道具としてなら、刀は切っ先側を下げ、抜き打ちも可能なように反りは反対に向けて腰に差すでしょう。優雅でゆるやかな動きとともに、太刀を帯びることが、ここでは儀礼の装飾であるのがわかりました。唯一、武人らしい勇壮さを見せたのが最後の「貴徳」でしたが、用いたのは長い矛でした。
 今でも儀礼では「儀仗兵」というものがありますが、戦争が絶えて無くなった世界になっても、儀仗兵は弾丸を発射できない銃を捧げて整列するのでしょうか。

小野雅楽会2IMG_0428

(この写真は当日のものではありませんが、小野雅楽会です)

ペギー葉山さんと「ドレミの歌」

 ペギー葉山さんが亡くなった。私と同年の人だったことが新聞記事でわかった。ペギーさんを迎えて作った「みんなのうた」の「ドレミの歌」は、この番組のハイライトだったと今でも思う。放送は昭和37年(1962年)の6〜7月の木曜日だった。スタジオには、1音が1尺幅の大きなピアノの鍵盤を作り、その上て関矢幸雄バレエ教室の子供たちが音階の通りに跳ね踊り、それをバックにペギー葉山が歌った。上には大きな楽譜の切り出しをベニヤで作って吊り下げ純白に塗ったから、会心の舞台装置になった。
 歌の最後にはペギーさんの招きで子供たちが前に集まり、ドシラソファミレドと声が低くなった最後に、1オクターブ高い「ドッ」の声とともに全員がバンザイをして歌い納めるのだった。よくできた構成だったが、記録の写真1枚も残っていない。VTRで放送していたのだが、テープは貴重品で、テレビ番組は「放送したら終り」が当時の常識だった。
 ペギー葉山は青山学院の出身で知的な人だから、ふつうのタレントさんとは雰囲気が違っていて、先輩の後藤田ディレクターも気を使っていた。局側の人間に迎合的ではなく、振り付けに対しても自分が納得するまで説明を求めるのだった。スタジオにいるタレントとは、孤独なものだ。出番でライトが当るまでは暗いところで一人で立っている。本番になったら「カメラの前は地獄で、後ろ側は天国」なのだ。
 ペギーさんには、マネージャー役としてお姉さんがついていた。顔立ちのよく似た穏やかな人で、正直に言うとペギーさんよりもずっと美人に見えた。後藤田氏が「天は二物を与えないのか」と慨嘆するような趣旨のことを言ったのを覚えている。
 ペギーさんにはその後も「みんなのうた特集」や「調子を揃えてクリッククリッククリック」などで出演していただいた。「調子を揃えて……」では撮影ロケは榛名山近辺で行ったのだが、あとで「先頭を歩いてるのが私じゃないかと言われるんですよ」と言っていた。もちろん声だけの出演だったのだが、本当にペギー葉山さんを連れてロケに行ってみればよかったと思う。

ドレミの歌doremi

(追記)藤沢の鈴木孝仁さんからメールで提供いただいた写真です。放送2年後に出た、勁文社という出版社から出たソノシートに掲載されているとのことです。鈴木さん、ありがとうございました。よく出来すぎていて、「再現映像」のようにも思えますが、雰囲気はこの通りでした。また、初回放送以外にも、特集番組などで「ドレミ」は何度も放送されています。

兵隊がいなくなると軍隊が無くなる

 とても簡単なことを思いついた。戦争はいやだ、人を殺したくないと思う人ばかりになると、軍隊が無くなって、世界から戦争が消えるのだ。志願制をやめて徴兵制にしても同じことで、拒否した者を罪に問うてみても、全員を死刑にはできないから同じことになる。いやだという者をいくら集めても軍隊にはならない。
 日本には戦後しばらくの間、軍隊のない時代があった。その代わりにアメリカ軍が「進駐軍」という名で駐留していた。自前の軍隊が消えてなくなったわけだが、それで庶民の暮らしが困るということは何もなかった。それぞれの家庭には旧日本軍から「復員」してきた父親や息子たちがいて、戦後の生活再建のために、けんめいに働いていた。 
 その流れが変ったのが朝鮮戦争だった。マッカーサーは在日米軍を率いて韓国・朝鮮へ出動し、そのあとの日本の治安のためとして「警察予備隊」の創設を指令した。これが今の自衛隊の始まりになっていることは、周知の事実である。そこから呼び名も「保安隊」を経て「自衛隊」になり、しだいに陸、海、空の「軍隊のようなもの」になって今に至っている。
 自衛隊が「戦力」かどうかは、その初期から何度も問題になった。吉田茂は「自衛隊は戦力ではない」と言い通して任期を全うした。その後は「自衛のための戦力は憲法違反ではない」という解釈改憲でしのいでいる。どこから見ても世界水準に達したように見える今の自衛隊だが、やはり法律的には「軍隊」になっていないというのは、世界の奇観と言うべきだろう。
 たとえば日本には戦争法規がないから、自衛隊員は正当防衛でない限り人を殺すことができない。ふつうの国の軍隊なら、敵を殲滅、つまりたくさん殺すと功績になって勲章を貰えるのだが、そういう手柄は立てられないのだ。だが、そういう「人を殺さない実力組織」であることを、隊員は誇りにしていいのではなかろうか。
 憲法で公認された軍隊でないことに不満を感じている自衛隊員もいるかもしれないが、憲法は隊員の生命をも守っていると考えてほしい。安易に命のやりとりをする戦闘のための集団ではなく、暴力の抑止力として働く自衛隊は、世界標準の「軍隊」にならなくていいのだ。むしろ「自分たちは軍隊ではない」ことを自覚したら、世界の未来のために、いい働きができそうに思える。

ブログ連歌(484)

9659 核禁の 会議に日本 背を向けて (建世)
9660  米に隷属 浅ましき姿 (うたのすけ)
9661 被ばく者の 想いは届かず 傘の影 (獣医さん)
9662  死の灰さえも 防げぬものを (建世)
9663 国鉄民営化30年 地方は切り捨てられて
9664  年寄ばかりの 限界地域に (獣医さん)
9665 あゝ無惨 原発汚染地 帰れとは (みどり)
9666  住民の原発訴訟に高裁は 政権に忖度し (獣医さん) 
9666B  線量耐える 実験台に (建世)  
9667 道徳に 先祖返りの 勅語かな (建世)
9668  良いとこ取りで 誤魔化す所存 (うたのすけ)
9669 一線を 超えたシリアに 六十発 (うたのすけ)
9670  後はどうなる 知りぁせんのか (建世)
9671 ミサイルを 撃ってトランプ カード切る
9672  批判もせずに 従属日本 (建世)
9673 選択肢 トランプ配りじゃ 困ります (うたのすけ)
9674  ババを引かずに 抜けるが上策 (建世)
9675 トマホーク 籠池豊洲 吹き飛ばし (うたのすけ)
9676  ついでに霞む 「共謀」法案 (建世)
9677 伝説の 首領(ドン)の祝日 彼の国は
9678  国力あげて 核とミサイル (獣医さん) 
9679 米軍機 空爆殺傷 テロを生み (みどり)
9680  超大国に 平安はなし (建世)

瀬戸際外交と非軍事の思想

 アメリカはシリアにミサイルを撃ち込み、シリアと並ぶ「ならずもの国家」の北朝鮮へ向けては、空母とミサイル艦隊をさし向けているということだ。シリア政府軍が化学兵器を使ったというのが武力行使の理由だが、ネット情報では確証がなく、シリアにとっては非難されるのが確実で何の得にもならないことをするのは不自然だとしている。イスラム国がらみのアメリカ謀略説につながるのだが、真偽のほどはわからない。
 アメリカは軍事力では押しも押されもしない最強の国だから、軍事力を使って世界の秩序が保たれるなら、それが一番いいに決まっている。それも、戦闘を実行せずに威嚇効果だけで済ませられれば都合がよい。今回のミサイル攻撃でも、軍事施設に向けた59発の1回だけで止めている。シリア政府は損害は軽微だったとして、イスラム国への空爆を再開して見せた。シリアは世界をイスラム国によるテロの脅威から守っているのだとアピールしている。こうなると、どちらが「正義の味方」なのかわからない。
 おそらく世界にはいろいろな「正義」が存在していて、私たちは結局のところ、自分にとって都合がよいものを正しいとしているのだろう。ただし世界のどこで武力行使があっても、ほぼ確実に、無関係な子供たちや住民の中から犠牲者が出る。その姿を見ると、誰でも理屈抜きにそれは「絶対悪」だと思うことができる。世界を平和にする力というものは、そこを出発点とするしかない。
 だが、そこにも「裏」はあり得る。1枚の写真が有名になって世界に拡散しても、あとで捏造とされたこともあった。そんな困難はあるが、武力行使が常に無関係の人間を傷つけ殺す可能性があることは誰にでもわかる。武力とは、そもそも殺人と破壊を目的として開発されているからだ。その意味では「人を殺さない武力」とは、それ自体が矛盾した存在になるのだ。
 そこで「瀬戸際外交」という場合の「瀬戸際」の意味を調べてみた。岬が迫って海流が急になる「瀬戸」の「際」だそうだ。際まで行ってもそこで止まるということだ。実際に武力を行使したらどうなるか、世界はもう充分に学習したのではないか。北朝鮮は、核兵器を開発したのは正解だったと思っているだろう。アメリカも安易には攻撃できなくなった。瀬戸際まで行って引き返せれば上出来である。
 日本の自衛隊も、他国からの侵攻を瀬戸際で思い止まらせる実力があれば充分である。アメリカの核の傘も、アメリカ駐留軍も、引き取っていただいて一向に差支えない。あとは日本の憲法9条が守ってくれる。日本の自衛隊は、世界で唯一の「国防の瀬戸際」でのみ働く実力組織なのだ。そのことを誇りにしていい。
 今の世界で、軍隊は「瀬戸際まで行って戦争を抑止する」ものに変質した。世界の保安官を自任するアメリカは、そのことをよく知っているだろう。それはアメリカにとっても幸せなことなのだ。

新聞休刊日だから考えたこと

 きょうは「新聞休刊日」なので、朝の新聞が配達されない。この「休刊日」は、販売店員を休ませる、新聞社も製作システムや輪転印刷機のメンテナンスをするなどの理由で設けられているのだが、1956年までは年に2回だった。それがだんだん増えて、今は年間10回、ほぼ毎月1回のペースになっている。休刊日にはインターネット配信で補っている社もあるようだが、紙に印刷して人手で配達する新聞には、アナログのつらさがあるのだろう。そのうち土日を合併して、週6日制になったりするかもしれない。
 自分の生活習慣で考えても、新聞を読む時間はずいぶん減っている。以前は目を通していた社説、投書欄、文芸・文化評論なども、見ずに通過が多くなった。第一面に出ている目次のところで気を引かれる項目がないと、中を開かないまま朝食のテーブルから立ってしまうことも多い。そのまま忘れてしまう日が多いのだ。スポーツや社会面はめったに開かないので、世間で大騒ぎになっているニュースを知らずにいることもある。
 その代わりに毎朝パソコンを開くのは日課になった。まずメールを開いて緊急の用がないかを確かめる。大半が迷惑メールでも、毎朝の確認は欠かせない。それから自分のブログ、ツイッター、フェイスブックへの反応が来ているかどうかを見る。基本的に反応がたくさん来ていると張り合いがあって、そのまま返信を始めたりすると、あとは終りを限定しない「いつもの一日」が始まるわけだ。
 結論的に言って、今の私にとっては、新聞の休刊日よりもインターネットのつながらない日の方が、よほど影響は大きいだろう。情報源としてもそうだが、インターネットでは自分もプレヤーとして参加しているから、情報を受ける一方ではない「つながっている感」がある。この感覚が、一種の安心感になっていると思えるのだ。これは新聞に対してはあくまでも「一読者」であるのとは、根本的に違っている。
 ところが今、「昨日の新聞」を横に置いて考えているのは、新聞から伝えられる「言葉の重さ」ということだと気がついた。新聞の記事は、隅々まで厳密な選別・考証・校正を経て印刷されている。それは自分もかつてはマスコミに身を置いて、情報を発信する側にいたからよくわかる。そのマスコミの発信力が弱くなり、時にはゴミと見下され、信用されなくなっていることこそが最大の問題なのではなかろうか。新聞が書いていることも、ネット上では友だちの発言のように軽く見られて批判されたりしている、それはそもそも間違っているのではないか。
 新聞が書いていることは、友人の発言と同じレベルであってはいけないのだ。私も最近の新聞を軽く見下しすぎていたのかもしれない。新聞がおかしい記事を出したら、なぜそうなのかを本気で責任追及すべきだったのだ。今の世にもインターネットと無縁で暮らしている人は決して少なくはない。新聞が書いていることは本当だと思う人が多数派だろう。その責任を忘れるなと、新聞人を叱咤激励すべきだった。マスコミの大先輩である新聞を、今度はインターネットが立ち直らせて「恩返しをする」番が来たのである。

「共謀罪の恐ろしい正体」の紹介

 自作の記事ではないので安直なのですが、いま大事だと思う「共謀罪」について、「TBS報道特集」をキャプチャー写真として保存し、そこに文字起こしを表示した労作を紹介させていただきます。私は「ウインザー通信」さんを経由して見ることができました。
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/92dc5b75b183379e9a81480404a240a5
 かなりの長文になりますが、ざっと目を通して行って気になる部分を確かめるだけでも、勉強になると思います。たとえば「テロリズム集団その他」なので、「その他」が入ったら限定の意味がない、集団であれば何でも適用になるという、法学者の指摘があったりします。 
 この法案には、「共謀罪」では評判が悪かったが、「テロ等準備罪」と名前を変えたら抵抗感が少なくなったという世論調査があります。言葉の言い換えで気を許し、悔いを残すようなことになったら大変です。この法案が持ち出された真意を確かめなければなりません。
記事検索
プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ