志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

開票速報その前に

都知事選の投票率が 高い

政権側は分裂し 混乱している

勝機あり

まだ間に合う

明日は都知事の投票日

明日は都知事の投票日

コイケはいけない

マスダがましか

どっこい とりごえ しゅんたろう

都庁のトップは 誰にする

猫に聞いてもわかるとさ

とりごえCokzhA7UIAA7wqS
画像は大木晴子さんの「明日も晴れ」からお借りしました。

ブログ連歌(457)

9119 リオ五輪 勝敗よりも 無事願う (うたのすけ)
9120  次の東京 思いは同じ (建世)
9121 プーチンさん リオを潰すか 押し業で (うたのすけ)
9122  正義はいずこ 暗雲晴れず (建世)
9123 ヘリパッド ヤンバル水鶏(くいな) 棲む地追い (みどり)
9124  人も構わず まして鶏など (建世)
9125 連歌の座 しばし待ちたる 人見えず (みどり)
9126  気心知れる 友のありける (建世)
9127 この世をば いつまでと思う 気味悪さ
9128  末法も超え 行方知れずも (建世)
9129 封書内なる 君し書簡は
9130  折り目正しき 青春の 初々しさよ (くるみ)
9131 障がい者を 無用と考え 自己陶酔 (獣医さん)
9132  そもそもわれは 何者なのか (建世) 

われらみんな「迷惑をかけて」生きている

 人はみんな周囲に迷惑をかけながら生きている。自分は誰にも迷惑をかけていないと思うなら、どのように生れ育ったかを考えてみるがいい。およそ世に、赤ん坊ほど周囲に迷惑をかけるものはない。自分の排せつ物の始末もできず、腹が減ったら口を開けて泣き叫ぶだけだ。ひとりで放っておかれたら数日で死んでしまうだろう。それでも人は赤ん坊を育てる。何を犠牲にしても育てる。なぜか。
 人間は一人だけで育つようには作られていない。人間の集団の中でだけ育つように作られた。それで生き物の頂点に立つ文明を築くことができた。人間らしく生きるということは、常に他人とかかわりながら生きることを意味している。私たちが老人の孤独死ということを聞いて心を痛めるのは、他人とのかかわりを断ち切られてしまった人の、根源的な絶望を感じ取るからに違いない。
 人は大人になり稼ぎ手と呼ばれて周囲から頼りにされるようになっても、病気になったら医者の世話になる。そのおかげで、とても長く生きられるようになり、働ける期間もずっと長くなった。その一方で他人の健康を守るのが専門の医者という職業ができ、病人の世話をするのが専門の病院ができ、とんでもなく高価な医療機器が次々に開発されている。文明の先端を行く成長産業のように見えるのだが、落ち着いて考えると何ということもない、周囲に迷惑をかける病人の世話をするための産業である。
 病気にもいろいろあって、人の健康状態にもいろいろある。医者いらずの健康体に恵まれた人もいれば、生まれながらに難病を抱えている人もいる。健康に生まれて活躍していても、途中から事故や病気で障害を負ってしまう人もいる。年取ってから経年劣化で発症する人は、もっと多い。長生きする人が多くなれば、周囲に「迷惑をかけ」て生きる人数が多くなるのは自然の成り行きである。
 世界を見渡すと、平均寿命の長い国々は、日本を含めて「大きな戦争をしない国」であることがわかる。国民の多くが戦争のストレスを経験することなく、順調に年をとって行った結果が、長寿社会を実現するのだろう。国民の多数が、日々を無事に暮らすことに専念していられる平和な国だからこその長寿だと思えば、日本は先進国として世界に胸を張ることができる。
 国家に「民族的な使命」だの「生存のための自衛」といったストレスがかかると、周囲に「迷惑をかける人たち」の人権は尊重されなくなる。弱者を多く抱え込むのは国家の弱点だと考えるから、なんとかして減らしたいと発想するようになるのだ。だが、国家の単位で生存競争をしようというのは、人間の文明に逆行している。人間の歴史は、明らかに、より多くの「迷惑をかける人たち」を救ってきた歴史だからだ。その根源は「人間の尊厳」から発している。

誰がトップに立つかで東京は変わる

あの人が首相になってから
日本は変わってしまったと言う人が多い

ならば
誰がトップに立つかで東京も変わるのではないか
憲法は守る 原発は止めると言っている人と
憲法は変えたい 原発は必要と言っている人と
やることが同じであるわけがない

福島原発の経営者は「東京電力」である
国会周辺デモを規制するのは「東京警視庁」である
東京都の直営ではなくても 無関係ではない

東京都議会は伏魔殿と呼ばれるそうだが
知事には知事なりの権限がある
不信任案を出されない限り解散権はないが
直接に都民から選ばれている権威は大きいのだ

誰が首都東京の知事になるかは
一つのローカルニュースには止まらない
どんな国になって欲しいかを国民が示す
明確な先行指標になるに違いないのだ

誰がトップに立つかで東京は変わる
東京が変われば日本が変わる希望が生まれる
東京都民の責任は大きい

鳥越俊太郎


市堀玉宗さんの「拝啓 良寛さま」を読む(2)

 私がブログを通して市堀玉宗さんを知り、訪ねてみようと思い立ったのは2010年5月のことでした。それも、77歳になる誕生日の朝を能登で迎える日程にしたのはなぜだったか、今では思い出せません。小さな肩掛けカバンにカメラと歯ブラシとヒゲ剃りだけを入れ、着替えの肌着の1枚も持たずに行きました。昼は車で玉宗さんに近所の温泉に連れて行って頂いたりして、夕方になり、町内に営業中の旅館がないことがわかって、寺に泊めて頂くことになったときは、正直「しめた」と思いました。そんな経験をしたかったのです。
http://blog.livedoor.jp/shimuratakeyo/archives/55594038.html
 その他、寺や墓地を案内して頂いて歩きながら、お地蔵さまの役割とか仏教とお葬式の関係とか、思いつくままに交わした一問一答が、興味深くとても楽しかったのを覚えています。今回の本を読んでも、そんな玉宗さんのお人がらがよくわかりました。出家してからあとも一筋縄では行かず、寺を飛び出して勝手に他所へ弟子入りしてみたり、果ては、お坊さんをやめてホテルマンになった時期さえあったというのには、さすがに驚きました。崇禅寺住職に落ち着くまでには、長い旅路があったのです。
 それだからこそと言うべきでしょう、縁あって老師から門前町・興禅寺の住職になるよう託され、なおかつ輪島東福寺の婿となって夫人を迎えてからは、興禅寺を拠点として仏の道、俳句の道にまい進するようになりました。ただし、夫人との結婚についてのいきさつは、残念ながらこの本でも明かされていませんでした。
 さらに玉宗さんの人生にとって大きかったのは、2007年の能登半島地震による寺の全壊でした。ここから玉宗さんのバイタリティーが発揮され、全国勧進の旅に出ました。この体験を踏まえて始めたブログのタイトルだから「再生への旅」になったのです。そしてわずか2年で目的を果たして寺を再建し、檀家を守ることができました。私が訪問したのは、新築のわずか1年後だったのです。
 そんなわけで私の記事も、図書の紹介というよりも、出版に便乗した懐旧談のようなものになりました。ただし第3章「俳人としての私」は、私の知らない本格的な俳句についての論文です。正岡子規と高浜虚子との関係、「写生俳句」の可能性、俳句の社会性、といった考察が並んでいました。そして最後の「俳句という文学」のところでは、小林一茶、山頭火、良寛なども登場します。俳句は文学ではないとか、第二芸術とかいう論もあるそうですが、あくまでも俳句は文学であり芸術であるという観点で、市堀玉宗さんも「わが同志」であると確認できました。
 今も驚くべき活力で日々に新しい句を作り出している玉宗さんです。最近は「ツイッター俳句」にまで進出しているのですから恐れ入ります。俳人としても仏弟子としても、日々に革新している努力の人であるのが、よくわかります。合掌

第3次世界大戦は避けられないのだろうか

(熊さん)なんです藪から棒に、物騒な話題じゃないですか。禅と良寛さまの話の予定でしょ。
(ご隠居)そうなんだけど、無関係の話じゃないんだよ。禅を持ってこないと間に合わないほど、世界の情勢が悪くなってる気がしてね。日本の政治もそうだけど「マスコミに載らない海外記事」さんとか
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-1fde.html
それに関連する「dendrodium」さんの記事を見ていて、そんな気がしたんだ。
http://blog.livedoor.jp/dendrodium/archives/64027594.html
 要するに、第3次世界大戦をしてでも守りたい利権を抱え込んでいる勢力が、今の世界を動かす中枢を支配してるってことなんだ。人数としては決して多くはないが、配下にある経済力・軍事力は圧倒的に大きいからね。マスコミを動員して、世論を作って行く技術も備えてるから何でもできてしまう。彼らの理屈では、彼らこそ人類文明の守護神だということになってるんだ。現代文明の破滅を防ぐには、何をしても許されると思い込んでいる。
(熊)戦争をしても守らなければならない文明って、そりゃいったい何ですか。
(隠)本当だよ、そう言ってやりたい。だがな、今の世界を前提にものを考えたら、究極の保守にならざるを得ないんだ。時代とともに人間は変って行くという視点がない。それでいて力だけは強いから始末が悪いのさ。力くらべの思想から抜けられないから、軍備の競争もやめることができない。
(熊)で、行きつくところが戦争ですか。
(隠)今の勢いで行けばそうなる。問題はそれがどんな規模で終るかということだな。そろそろそれを考えなくちゃいけないところへ来たようだ。いちばん軽く済む場合は、核兵器による威嚇と、せいぜい数発が爆発したところで我にかえって和平が成立するケースだな。それを期待してる指導者が多いだろうが、戦争には相手があるからわからない。双方が理性的に行動すると思ったら甘いよ。本格的な戦争になったら、世界の総人口の10%ぐらいは犠牲になると考えるのが常識だろう。それでも戦後に和平合意ができて、平和共存のシステムが再構築されたら、まだ希望はあるかもしれない。
(熊)それでもバカな話の繰り返しですよね。
(隠)だがな、本格的な核戦争となると話が違ってくる。世界人口の半分が死んで、人間の住める面積も半分以下になったら、本格的な文明の再構成ということになるだろうね。今の文明のどこが残るかは運次第だな。それよりもっとひどくて、生き残りが10%以下になったら、これはもう「新人類」という別な文明になるんじゃないかな。できればそんなのも見てみたいものだ。それより悪くて人類の完全絶滅があるかどうかだが、たぶんそれはないと思うよ。もしあっても、もう人類と関係ない話だけどね。

市堀玉宗さんの「拝啓 良寛さま」を読む(1)

 能登・興禅寺の住職で俳人の市堀玉宗さんの随筆集「拝啓 良寛さま〜曲がり真っすぐ禅の道」(北国新聞社・単行本1800円)を、発行元から取り寄せて読みました。一回り大きいA5判368ページの大冊でかなり重く、椅子に座って手で支えて読んでいたら手が疲れて、眠気がさしたときに取り落として、あわてて拾い直しました。ブログに連載されていた原稿の再構成というイメージでしたが、玉宗さんの半生記をまとめた堂々たる自伝であり、俳句についての真摯な研究書を兼ねていました。
 第1章「仏弟子という私」、第2章「隣人という私」、第3章「俳人という私」の構成です。中でも第1章が半分近くを占めており、生い立ちから出家に至るいきさつ、出家してからも続いた破天荒にも近い遍歴が、生き生きと綴られていました。……という調子で紹介しようと思ったのですが、読み終るのが夜に食い込んで予定が狂いました。やや疲れたので、明日以降に落ち着いて読み直しながら続けることにいたします。

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平和に自由でいるために

 人にアピールするときに、「○○反対」「ぜったい阻止」といった否定感情に訴えるよりも、「○○がいい」「○○が大事」といった肯定的な言葉を使ってみようという呼びかけを聞くことがある。「○○反対」と尖った言い方だと、一部の人たちだけの過激な運動と思われてしまうかもしれないが、よいことをイメージした方が、誰でも素直に参加できるのではないかと発想するわけだ。この考え方には、たしかに一理ある。たとえば子供連れで町へ出たときに、「○○反対」デモだったら見ているだけだが、「平和がいいね」の呼びかけなら、いっしょに歩いてもいいと思うかもしれないということだ。
 しかし先日来の沖縄・高江での、機動隊による制圧と抵抗する住民のライブ映像を見ていたりすると、そんな悠長なことは言っていられない。住民が求めているのは静かな環境を守ってくれということだけなのだが、国が決めた政策はヘリパッドの新設だった。しかもそれが演習場の一部返還の条件だから沖縄の負担軽減になるという理屈で押してくる。負担軽減なら現地との話し合いが先だと思うのが常識だが、政府は米軍との約束を最優先するだけだ。結果として住民が150人しかいない村落に、本土から500名以上の機動隊を呼び寄せて、強引に抵抗を排除したというのだ。
 この高江からの映像を見て、この権力行使は、やがて本土でも日常的に行われるだろうと予感した人が多い。絶対多数を頼んで強行するのは憲法の改定だけではない、あらゆる政策で対立す勢力があれば、その抵抗を排除するのにも使えるからだ。こうして民が主役の民主主義は後退して、多数の独裁が横行する暗黒の時代が近付いてくる。ナチスの登場がそうだったように、民主主義の衣裳をつけた選挙制度によって、国民が独裁を選んだという形を整えることもできるからだ。
 独裁者が権力を得るには簡単な方法があると言われる。黙っていたら侵略されると宣伝して危機感を高め、同調しない人は「愛国心が足りない」と非難して黙らせればいいというのだ。戦争はいやだという声があったら、戦争の悲惨を避けるためにこそ敵に負けない武力が必要だと、もっと大きな声で圧倒する。この手法が今までは通用してきたし、今後も通用させたい今の政府の下に私たちはいる。
 だが、沖縄の人たちには忘れられない記憶がある。自衛のための戦争も、しない方が被害はずっと少なく済んだのだ。この理屈は、冷静な頭で考えたら誰にでもすぐわかるだろう。戦争は政治の一部分であって、最も能率の悪い最後の手段なのだ。軍人の思考に巻き込まれないためには、平和で自由でいたい私たちの感性が役に立つ。殺される危機では正当防衛権があるのはわかっているが、多くの人は「殺されても、殺さない」だろう。それでいいのだ。殺されても殺さなければ、死ぬ人の数は最低限で終る。それはもちろん、私たちが「平和で自由でいたい」望みを捨てることを意味せず、その反対である。

東京都知事選挙では鳥越俊太郎を勝たせたい

 東京都知事選挙では、鳥越俊太郎を勝たせたいと思う。野党統一の候補だからというのもあるが、以前から何度かナマの講演を聞いて、信頼できる人だと思っていた。都知事が変っただけで日本の政治が劇的に変ることもないだろうが、首都東京のトップが、安倍政権への批判的立場を明確にしている人物に変ることの意味は、決して小さくはないと思う。参議院選挙の延長戦として、東京から代表を選ぶと考えてもいい。
 東京では1967年から1979年(昭和42〜54年)まで、3期12年にわたって知事となった美濃部亮吉の例がある。社会党、共産党を支持基盤として「革新都政」の時代を築いた。戦前の憲法学者で「天皇機関説」による受難で知られる美濃部達吉博士の長男であり、美濃部亮吉も著名なマルクス経済学者だった。しかしなが、人がらも弁舌も柔和でわかりやすく、NHKで放送されていた対談形式の「やさしい経済教室」は、主婦にもわかるというので、異例の人気番組になっていた。このあたりも、鳥越俊太郎と共通するところがあるように感じられる。
 美濃部時代の東京都は、老人医療の無料化、公営(都営)ギャンブルの廃止など、社会主義的政策を推進する一方で、道路建設などは凍結して圧縮した。また都の職員を増やし、人件費を増加させる傾向もあった。しかし全国に先がけて公害防止条例を作り、公害局を設置するといった先見性も持っていた。たまたま前知事から引き継いだ都電廃止の実行者となったため、都電に引導を渡した知事としても知られる結果になった。
 後になって石原慎太郎が知事になったとき、美濃部都政のおかげで東京の近代化が遅れたと批判されることにはなるのだが、美濃部の退陣は選挙に負けたのではなく、自らが決めた任期満了だった。東京の都民は、保守政権の下でも12年間「革新都政」を支持したと言っていいだろう。
 このように当時は、大都市圏の住民は「革新的」つまり社会・共産党支持者が多いという傾向があったと思う。労働組合の力が残っていたとも言えるだろう。それに対して農村の保守的傾向も、はっきりしていた。その基盤には農協の影響力があった。
 今は「保守」対「革新」という単純な構図ではない。選挙制度も変っている。しかし知事選挙のような首長の選挙だけは、昔も今も住民の意思だけで決まる。東京都といえば中小の国よりも大きいとよく言われる。政権が何であろうと、東京都だけでもできることは小さくはない。政府べったりの都政では面白くないと思ったら、少しでも面白くなりそうな人を選んでおくのがいい。この都知事選挙では、ぜひ鳥越俊太郎を勝たせたいと思う。

毎日書道展とメッセージ書道

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 久しぶりの外出先になったのは、「花てぼ」さんが出品している「毎日書道展」でした。みどりさん、くるみさん、そして千葉からお見えのナツさんにも会うことができました。

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上野の東京都美術館の会場に出品された「近代詩文書」の部、「花てぼ」こと太田雪影さんの作品です。

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こちらは六本木の国立新美術館に展示された太田雪影さんの「大字書」(華)で、「毎日賞」受賞作品です。洗面器のような大きな器で墨を含ませ、一気に書き上げるのだそうです。

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書道にはいろいろな部門があって、上の2点は「アンダー23」の部の作品です。サッカーみたいに年齢23歳未満、つまり大学生相当までの部門があって、わかりやすい「メッセージ書道」とも言うべき作品が出ていたのに興味がありました。書道の現・未来に向けた表現の可能性を感じます。
 花てぼさんに「反戦・平和の『メッセージ書道家』になって、早く有名になってくださいよ」、改めてお願いしました。花てぼさんなら、英文の書道だって書けるのですから強いと思います。世界に通用する「9条書道家」の始祖になって下さるといいのですが。

青山晴江さんの詩集「ろうそくの方程式」

 新宿西口のスタンディングで知己を得た青山晴江さんから、大木晴子さんを経由して、この7月に上梓したばかりの詩集「ろうそくの方程式」(土曜美術社出版販売)を頂きました。読み始めたら、一編ごとが心に食い込んで止まらず、最後まで一気に通読してしまいました。そこからまた最初から味読しながら、人の詩心とは何だろうと、改めて考えています。
 表現されているテーマは平和であり、原発への怒りであり恐怖であり、迫りくる邪悪への嫌悪であり、にもかかわらず消えることのない人間への信頼です。詩は飾りでも遊びでもなく、生命の表現そのものつまり「禅」だとするブライス師の弟子として、人の一生は詩心に集約されるものだと私は思っています。
 そう思ったら、人さまの詩集を軽々しく評論などできるものではありません。ただ、読みながら一つひとつに心を揺さぶられたと報告できるだけです。詩集の紹介は、とても難しいのです。ですから表題にも使われている「ろうそくの方程式」を、ここでは紹介させて頂きます。私もあなたも、一本のろうそくですから。

燃え残りは何センチになりますか
XとYを使って方程式を作る
解答が出てマルをつけて
すっきりと終わりだ
お疲れさま、また今度ね
子どもたちを送り出しドアを閉めて
あっ、と思う
ちょっと待って伝えたかったろうそくの話が……

それは
一本のろうそくの絵なのだけれど
昔、高島野十郎という画家がいて
年老いて荒野の小屋にひとり閉じこもり
昼も夜も描き続けた
何枚も何枚もの一本のろうそく
力強いその絵を見ていると
すさまじい熱い風が吹いてくる

 燃え残りなど気にしなくていい
 今 炎をゆらして燃えている
 そのことが
 闇をどんなに照らしているか──

云いたい話をいつしよう
ろうそくのあの絵葉書も用意して
きっと聞いてくれるだろう
マルよりバツばかりもらう子が

ろうそく無題

ブログ連歌(456)

9099 天皇の 譲位表示 霹靂(へきれき)よ (くるみ)
9100  定年なしも つらいものあり (建世)
9101 天皇に 辞める自由が 無かったとは (うたのすけ)
9102  すべて天命 即位も公務も (建世)
9103 東京の 知事の品格 今後こそ (みどり)
9104  鳥は越えるか 小池の上を (建世)
9105 三候補 絞れた陰に 胡散臭さ (うたのすけ)
9106  撤退美談も 梅雨は明けない (建世)
9106B  参院選の 延長戦か (建世)
9107 与も野とは 思いたく無し 舞台裏 (うたのすけ)
9108  真偽は知らず 知りたくもなし (建世)
9109 毎年起きる 10年ぶりの大雨なんて
9110  気象予報士の 説明恥ずかし (獣医さん)
9111 クーデター 報復の血は 見たく無し (うたのすけ)
9112  軍は国家の 下僕にてこそ (建世)
9113 朝未だき 朝顔に告ぐ 無事なりと (みどり)
9114  人世(ひとよ)の無常 汝(なれ)は知らずや (建世)
9115 人心の 不安重なる 地震多々 (みどり)
9116  震度3でも 地軸が揺れる (建世)
9117 ロシアではスポーツ選手がドーピング
9118  アメリカでは家畜がずっと ドーピング (獣医さん)
9119 リオ五輪 勝敗よりも 無事願う (うたのすけ)
9120  次の東京 思いは同じ (建世)

池田幸一メール・テロについて判らないこと二つ

 久しぶりに、池田幸一さんの7月18日のメールです。最近のテロ事情について、わからないことが2つあると言っておられます。この2つは、私にもわからないので、以下に紹介させて頂きます。
(以下引用)
 皆様。池田幸一です。
 私には次の二つがどうしても判りませんので教えて頂きたいのです。その一つは、現在我が国はイスラム国(IS)とはどのような関係にあるのでしょうか? ダッカでのテロも予想された通りIS一味の犯行のようで、私はISと我が国は目下のところ戦争状態にあるのだと認識しております。“私は日本人だ、撃たないで!”と叫んだところで無駄、日本人だからこそ殺されたのですが、政府や世間はそのようには感じていないようで、戰爭下であるという緊張や危機感が全く見られない、いったいISのテロのために同胞の何人が命を失ったか?このままで良いのでしょうか。
 “お前たち愚かな有志連合は、我々がアラーのご加護により、権威と力のあるイスラム教カリフ国家であり、お前たちの血を欲しがっている軍であることを理解出来ていない。 安倍晋三よ、勝ち目のない戦争に参加するというお前の無謀な決断のために、このナイフは後藤を殺すだけでなく、お前の国民がどこにいようが虐殺をもたらすだろう。日本の悪夢を今から始めよう。異教徒である安倍晋三は、愚かにも遠い極東アジアからのこのこやってきて、十字軍戦争の敵であるキリスト教徒に加担したいと言っている。”
  これは安倍総理の挑発に答えて出された彼らの宣戦布告文ですが、2015年1月、安倍総理はカイロにおいて、賢者気取りのパフォマンスで「中庸」を説いたのですが、相手はそれをISに対する挑戦と受け取ったのです。彼らの中近東戦争に対する感覚は我々と異なり、中世から続く十字軍戦争の延長だと見ているのです。日本人の信仰は八百万の神であって一神教ではありません。一神教対一神教の妥協のないサバイバルゲームに巻き込まれるとは、愚の骨頂と申せましょう。今危ないのは中国でも北朝鮮でもなく、明らかにこのISです。
 果てしなく続くISテロの恐ろしさについては、人質の後藤さん惨殺以来、私は多くを投稿しています。特に1月、2月においては連日のように発信してまいりましたが、その気持ちは今もって少しも変わることがありません。結論は有志連合から一刻も早く抜け出して絶対中立を維持すること、このような事態を引き起こした安倍総理は直ちに辞職、後継内閣は宣戦布告以前の線まで引き戻す修復作業に努めること、それには憲法9条がいかに有益であるかを痛感することでしょう。
 前便の「チルコット報告」は、“サダーム、フセインが濡れ衣を着せられたままで殺された顛末を知らせて呉れましたが、このイラクの大統領は独裁とはいえ、それなりの国造りに励んでいたように思います。それをぶち壊したのが米英主体のイラク戦争で、さしたる罪もないのに殺されたフセインの遺産がISに引き継がれ、シリアに広がってテロの温床となった事実を見逃すわけにはいきません。テロの遠因は米英のイラク戦争にあるのです。さしたる罪もないフセインを追い詰め、逮捕し、殺してしまった有志連合は、フセインの亡霊を相手に日夜爆撃機を飛ばしているのでしょうか。
 判らない事の二つ目は、アメリカをはじめ有志連合の空爆とISのテロをどのように見ればよいのかの問題です。ISが言う通りキリスト教徒とイスラム教徒の果てしない争い、即ち十字軍戦争の延長と考えるべきか。憎しみが新しい憎しみを生む悪循環は被害をますます広げています。いったいどちらに大義はあるのでしょうか? 爆撃には参加していないまでも有志連合に加盟している国として、ISのテロにやられている日本人としてこのように言うのは不謹慎のそしりを受けるでしょうが、私には弱いもの虐めに見えて、つい判官びいきになってしまいます。
 ニースのテロでも各国首脳から一斉に非難の声が上がりました。モンゴルで始まったアジア欧州会議の冒頭で安倍総理は、“残虐な攻撃、日本はフランスと共にある。テロは決して許されない”と戦う決意を表明し、それぞれがテロは悪しで一致していますが、誰一人ISへの猛爆を咎める人はありません。2014年8月、アメリカをはじめ有志連合は、地上軍は損害が大きいとみて犠牲の少ない空からの爆撃を開始したのです。以後爆撃は数千回、罪もない婦女、子供がどれだけ犠牲になっているか、誰も無差別爆撃を咎めないのです。
 空軍を持たないISは反撃する術もなく、ぼろくそにやられっぱなしですが、彼らにはテロという手段のほかに復讐の方法がないのです。圧倒的な戦力に刃向かうにはテロ、これがISが考え出した新しい戰爭です。空からの爆撃には殆ど死者は出ませんが、テロは我が国の特攻と同様に自爆です。爆撃があるからテロがあるのであって、その逆はありません。テロを防ぐ唯一の方法は、爆撃を中止して休戦に持ち込むことです。
 更に判らないのは、テロは残虐だから非難されているようですが、人を殺すのに上品な殺し方があるのでしょうか、それとも咎められない爆撃はテロよりも優れた殺し方なのでしょうか?

永六輔の「ここはどこだ」は永遠にエコーする

 先日紹介した永六輔作詞、いずみたく作曲の「ここはどこだ」は、デュークエイセスの「にほんのうた」シリーズに収録されていた。このシリーズは1966年から69年にかけて、日本の全都道府県をめぐる「ご当地ソング」として、同じ作詞・作曲者のコンビで制作された。なんとなく「夢であいましょう」と関連しているように思っていたが、「夢あい」の終了後に、二人が実際に全国を旅して作ったということだ。デュークエイセスのヒット曲として、「いい湯だな」「筑波山麓合唱団」「女ひとり」は紅白歌合戦でも歌われた。
 「にほんのうた」シリーズは、2枚組のCDとしてアマゾンで購入できた(1558円)。全部で50曲あり、北海道は3曲、東京は2曲で全都道府県をカバーしている。それぞれにご当地PRの明るい歌が多いのだが、最後に出てくる沖縄の「ここはどこだ」だけは、他と隔絶して「恨み節」とでも言うよりほかないほどの沈鬱な曲として歌われている。その歌詞を再掲してみる。

ここはどこだ いまはいつだ
なみだは かわいたのか
ここはどこだ いまはいつだ
いくさは おわったのか

ここはどこだ きみはだれだ
なかまは どこへいった
ここはどこだ きみはだれだ
にほんは どこへいった

流された血を
美しい波が洗っても
僕達の島は
それを忘れない
散ったヒメ百合を忘れはしない
君の足元で歌いつづける

ここはどこだ いまはいつだ
いくさは おわったのか
ここはどこだ きみはだれだ
にほんは どこへいった

第3節の3行目は、この16日に紹介した歌詞では「僕達の骨は」だったが、このCDでは「僕達の島は」になっている。そして「歌詞はオリジナル・レコードより流用しています」の注釈がついていた。
 この歌の最後は、エンドレスのフェードアウトになっている。「にほんはどこへいった」と4回目まではかすかに聞き取れるのだが、それで終ってはいない。永遠のエコーであることが、作り方でわかる。
 いま、住民が150人しかいない高江の村落に、1000名もの機動隊が動員され、ヘリパットの建設に抗議する人たちを排除しているということだ。ここはにほんではないというのか。それならここはどこだ。「にほんはどこへいった」の問いが、呪詛のように永遠にエコーしている。

この1ヵ月以上、電車に乗っていない

 気がついてみたら、先月の13日に荻窪駅近くの杉並公会堂ホールに行って以来、一ヶ月以上も電車に乗っていない。病気で伏せていたわけでもないのに、中野の町から一度も外へ出ないで過ごしていたわけだ。こんなことは、中野に住んで以来、初めてのことだと思う。仕事での出歩きはしなくなっていた最近だが、毎週土曜日の新宿西口とか、第一水曜日の国会一周とか、その他映画を見る、展覧会に行くなどで、けっこう毎月数千円をスイカのチャージに使っていた。それが、ぱったり使わなくなってチャージ残額がわからなくなり、急ぎでバスに乗るときに不安だと思って、先日駅に立ち寄って確かめてみるありさまだった。
 しかし生活の上では何の不便もないのだった。家人を含めて世話になっている病院・医院はすべて徒歩圏内にある。日常の買い物、用足しもすべて同様である。もともと日常生活は、近隣の町の中だけで完結できるようになっていたわけだ。先日「家庭の人になる」と意識して以来、電車に乗る必要性は消えてしまった。それだけのことである。
 考えてみると、昔から庶民の家庭生活は、徒歩圏内の自分の町内で完結していた筈である。とくに都会地ではそうで、一定の社会インフラが整っていれば心配はなかった。むしろ現代では過疎の農村などが、医療や買い物などが徒歩圏内では間に合わなくなり、問題を起こしていることだろう。とにかく中野の町では、何も問題はなかったということだ。仕事のための通勤も出張も必要でなくなった私は、自然な形で地元での生活を完結させていたことになる。
 開発途上国への教育援助をしている人の講演で、「現地の女子の大半は、生涯を通して地元の徒歩圏の外へ出ることはなく、その圏内で結婚し母親になって終る」という話を聞いたことがある。それとこれとは話の次元が違うのだが、地元に密着して自己完結してしまうところだけは今の私と似ている。
 ただ、今の私には閉塞感はない。暮らしは地元で完結していても、精神はインターネットによって外部とつながっているからだ。私はブログ友をリアル友に変えながら、ここまで自分の後半人生を広げてきた。それをここで終りにするつもりはない。中野の町が便利で住みやすくて気に入ってはいるが、それは生活の基盤としてのことだ。1ヶ月以上も電車に乗らなかったのは面白い記録だが、それは話のタネの一つにしておこう。次に電車に乗ったらどこへ行くか。少し楽しみになってきた。

水洗トイレを1回流すときの罪悪感

 これは異常な感覚と思われるだろうか。
 私には水洗トイレで用を足し、シャワーで洗って立ち上がるときに感じる、小さな罪悪感がある。眼下では洗浄水がすべてを洗い流し、いつもの純白の便器にもどるのを確認している。東京の水道水は、そのままボトル詰めして飲料水として売り出しても恥ずかしくないほどの高品質だと聞いている。その水が何リットリだか、音を立てて流れて行った。これよりも汚い水でも、乾燥した貧しい大地に生きる人たちは、いのちの水として大切に壺に入れ、長い距離を運んでいるに違いない。この不公平を当然のこととしていていいのか、気になるのだ。単に自分は運がいいからで済ましていいのだろうか。
 日本は水に恵まれているから、都市部では上下水道が完備しているから、こういう暮らしが常識になって久しい。でも日本だって昔からこうだったわけではない。戦前の東京では、裕福な家でも便所は汲み取り式だった。定期的に汲み取りの業者が巡回してきて桶に集め、リヤカーに乗せて肥料として農村へ運んで行ったものだ。これは戦後にバキュームカーに進化してからも、しばらくは続いていた。下水道の整備は、どこの都市でも上水道よりは遅れてくる。平和が続いた日本だからこそ、庶民の暮らしは快適になった。ありがたいことである。
 お隣の中国でも、都市化の傾向は激しく進行しているようだ。大都市の高層ビルは、いずれも上下水道を完備していることだろう。しかし水資源の絶対量は不足していると伝えられる。大河だった黄河が海まで流れなくなったというのは本当だろうか。揚子江の水を黄河へ送る大運河を建設するとも聞いたが、最近は耳にしなくなった。もっとも、水資源の不足は、水の浄化リサイクルでかなり改善する余地がある。飲料水を最上位として、中水道から下水道まで、浄化して何度も使う方法があるからだ。それにしても手をかければコストがかかる道理である。飲める水を一律に配水して、風呂にも洗濯にも使っている日本は、最高のぜいたくをしていると言うべきだろう。
 きれいな水道水のある国に住んでいる私たちは幸せである。だが油断してはいられない。福島の環境汚染は、まだ止まっていないと言われ続けている。今後の世界の脅威は、じわじわと拡大する放射能汚染に違いない。浄化の技術が確立していないし、核による汚染は、とんでもなく長い時間軸の中で累積して行くからだ。今が便利だからで済ましていられる問題ではない。電気の質は見分けがつかないから始末が悪いのだが、原発の電気を使う罪悪感は、本当は水洗トイレとは比較にならないほど深刻なのではなかろうか。

永六輔の「ここはどこだ」を聞きたい

 「読谷の風」さんのブログを出発点として、永六輔が作詞した「ここはどこだ」という歌があるのがわかった。力強い言葉である。この歌詞に、いずみたくが作曲し、デュークエイセスが歌ったと記録されている。

  ここはどこだ 永六輔・作詞

ここはどこだ いまはいつだ
なみだは かわいたのか 
ここはどこだ いまはいつだ 
いくさは おわったのか

ここはどこだ きみはだれだ
なかまは どこへいった
ここはどこだ きみはだれだ
にほんは どこへいった

流された血を
美しい波が洗っても
僕達の骨は
それを忘れない
散ったひめゆりを忘れはしない
君の足元で歌いつづける

ここはどこだ いまはいつだ
いくさは おわったのか
ここはどこだ きみはだれだ
にほんは どこへいった

 ネット検索の範囲では、歌声として聞くことはできなかった。ただし無料で聞こうとするからそうなるので、欲しいものは何でもタダで手に入れようとする態度が図々しいのはわかっている。作者に敬意を払って、ちゃんと聞いてみたい歌である。
 沖縄は辺野古が一時休戦でも、今は高江が厳しいことになっている。本土からの機動隊も投入して、オスプレイの訓練基地を強引に作り上げるつもりのようだ。これに反対する住民は、素手の生身で立ち向かっているという。ここはどこで、にほんはどこへいったのだ。どこへ行こうとしてしているのだ。
(追記・歌詞に異同があるのがわかり、一部修正しました。)
(追記2・アマゾンで1曲250円でダウンロード購入できるのがわかりました。休み明けに入手の予定です。)
(追記3・発端の「読谷の風」さんのブログ記事はこちら
http://navy.ap.teacup.com/applet/yomitanbreeze/20160714/archive
で、その元記事・琉球新報の「金口木舌」はこちらです。)
http://ryukyushimpo.jp/column/entry-315650.html

代替わりと「ご隠居」の役目

(熊さん)突然ですがね、天皇さんの「生前退位」ってのは、「ご隠居」と同じこってすよね。
(ご隠居)あはは、そりゃそうだ。わしはもう10年以上も前に済ましたよ。
(熊)でしょ、だからさ、ご隠居の経験で天皇さんに言って上げられることがあるんじゃないですか。
(隠)そう気楽に言うな。ちっぽけな会社と、日本の国とじゃ大きさがまるで違うよ。
(熊)でもさ、代替わりは代替わりでしょうが。ご隠居なら何言ったって大丈夫ですよ。大学の同期生じゃないですか。
(隠)そりゃそうだが、どうもな。けどこれだけは言えるな。大筋が間違ってなければ、時間がたてば納まるところへ納まる。うちの場合は相手が娘だった。うちの仕事面白そうと言って東芝をやめて入ってくれたんだが、代替わり前後は、やはり多少のギスギスがあったね。任せているようでも決定権があいまいというのは、やはりだめなんだよ。ある時点で見極めなくちゃいけない。それを本気で認めるまでには、やはり多少の時間がかかったな。でも、法的な手続きもして代表権を譲ってからはすっきりしたよ。それと同じころに、わしはインターネットのブログというものに出会って、これが第二の人生の拠点になった。もの書きを本業にしてみたいと思ってた夢が、思わぬ形で実現したんだね。
(熊)そりゃ理想的な展開でしたね。会社は娘さんに任せて、ご隠居は趣味の世界というか、新しい目標をもってブログを育てて行ったわけだ。ブログなら誰にも迷惑かけないで、言いたいこと言ってられるからね。昔から持ってた作詞への関心も復活したようだし、上々吉じゃないですか。
(隠)その通りなんだよ。会社の経営というのは、時代の変化への対応ということもあって、なかなか難しいものなんだ。なまじ成功した形があると、方向転換が難しいこともある。現役の経営責任者というのは、決して楽なものじゃないんだよ。それがわかるから、娘のことも心配はしている。でも譲ったものはどのようにしてくれてもいいんだ。人は自分の一代を責任もって生きてくれたらそれでいい。
(熊)で、ご隠居の経験を、天皇さんのために役立てて頂くことは何かありませんか、ってのが今日のテーマですよ。
(隠)えっ、そうだったのか。ちょっと強引だがやってみるか。まず「生前退位」というのは「隠居」ということだな。ところが今の皇室典範にはその規定がない。急場に間に合わなければ「摂政」の制度を使うしかないかもしれないな。それでも実務は皇太子さんに助けて貰うことができるし、それで皇太子さんの地位も確実なものになる。そして天皇さんは「祈る人」に徹して、身をもって日本と世界に向けて万世の平和を祈る姿を見せて下さればいいのではないかな。できることならインターネットにホームページを開設して、お心を公開して下さるといいのだが。

皇室のことは皇室が決める「皇室会議」に

 天皇の「生前退位の意向」が伝えられて、大きな話題になっている。いずれは皇室典範の改定も含めて、議論になってくるだろう。そのときに重要な役割を持っているのが「皇室会議」である。ここで皇位継承、皇族の結婚、皇籍離脱などの審議をすることになっており、国の機関と位置づけられている。
 皇室会議という名前からすると、皇室が主体となって皇室のことを決めるイメージがあるのだが、「昭和からの遺言」を書いたときに調べたら、会議を構成する10名の議員の中に、皇族は互選による2名しか参加しないのだった。まず、内閣総理大臣が参加して議長となる。次に衆議院の正副議長、参議院の正副議長、そして最高裁判所から長官と判事1名が参加し、これに宮内庁長官が加わる。つまり10名の議員中8名までを国の3権の代表者で占めることになっている。なるほど皇室は究極の国家公務員なのだと思って嘆息したものだ。
 制度上はそうかもしれないが、憲法には基本的人権を尊重する思想がある。皇族は国民ではないから適用外でいいということにはならないだろう。皇族も「人」であることは誰でも知っている。皇族会議の構成をすぐには変えられないとしても、皇族の意向を最大限に尊重する立場で審議してほしいと思う。
 天皇に生前退位の自己決定権がないとしたら、それは、かなり残酷なことだ。制度上は天皇に支障がある場合は、摂政を立てて天皇の職務を代行できるが、それは同時に天皇は生命が尽きるまで天皇であり続けることを意味する。現代の医療技術の進歩には驚くべきものがあるが、延命治療が徹底した場合に何が起こるかは、今から予想もできない。
 天皇の退位については「元号」の問題もある。次の天皇が即位すると元号を変えるのが明治以降のしきたりだが、これまで生前退位での元号改定はなかった。これは私見なのだが、元号の使用は「平成」を最後にしたらどうだろう。実用生活ではほぼ西暦で統一して支障なく暮らしている人が多いと思うが、役所の窓口などでは元号が出てくるので換算の暗算をしなければならない。日本だけで通用する元号の使用にこだわる理由が、私にはわからない。もし残すにしても、宮内庁関係文書だけに括弧つきで付記する程度でいいのではないだろうか。
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プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
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