志村建世のブログ

多世代交流のブログ広場

2007年06月

映画「ひめゆり」を見る

昨日、「エムズの片割れ」さんと誘い合わせて、ポレポレ東中野へ、長編ドキュメンタリー映画の「ひめゆりを見に行きました。見ごたえのある2時間10分でした。
 これは「ひめゆり学徒隊」の運命を、生存者の証言に当時のニュース映像を交えて伝える記録映画です。10代の少女たち222名が、従軍看護婦として動員され、戦場でほとんど全滅するまでを、13年にわたる取材で丹念に描いたものです。構成が動員から本部病院に勤務していた時期の「第1章」、南部に移動してから部隊解散までの「第2章」、「自由行動」の中で死んで行った「第3章」に分かれているのは、非常にすぐれた編集だと思いました。それぞれの時期の少女たちの心理が、手にとるようにわかります。これまで何度か映画化もされ、本も出版されていますが、「本当のことをまだ語っていなかった」という生存者の思いが、ここに集大成されました。
 これを歴史の教訓として見るときは、大半の悲惨な死が、第3章の「自由行動」の中で起きていることを指摘しなければなりません。「戦局の重大化にかんがみ、学徒隊を解散する」との一片の命令で、少女たちは生きる指針を失った上に、「自由行動」の名で洞窟から追い出されたのです。「軍務を解いたので、以後の生死については軍に責任はない」という、どこでも使われる身勝手な「軍隊の論理」が、ここでも典型的に見られます。
 「自由行動」の中で少女たちはどうしたか。自ら進んで米軍の保護を受けて助かった者は、一人もいません。生存は、意識を失うなどの偶然によっており、捕まるよりは死ぬという意識に固まっていた点では、すべての証言が一致しています。これは空襲を経験した私にも、ある程度は想像できます。連日の砲爆撃を受け、戦闘機の機銃掃射で狙われ、現実に学友が殺されるのを見てきた中で、敵に頼って生きるという発想が、出てくるわけがないのです。それに加えて、恐るべき軍国教育の効果でした。
 なるべく多くの方に、この映画を見ていただきたいと思います。私が痛切に思ったのは次のようなことです。この現場に、英語の教師として居合わせたかった。そしてハーグ陸戦条約を思い出して、1人でも多くの生徒を命をかけても助けてあげたかった。さらに、これからあるかもしれない非常の事態の中でも、そのように行動できる人間でありたいと思いました。

おじいちゃんの書き置き・99

(第9章 科学技術と人間)

地球維持の技術へ 
 
 世界の地下資源には限りがあって、今のペースで消費するとあと何年分という資料などを見ると、ちょっと心細い気分になるのは私だけではないだろう。資源が少なくなれば価格が上がり、探査や採掘が活発化するが、それでもいずれこかつ枯渇することは知れている。
 ところで資源を消費すると言っても、物理学の初歩では物質は形を変えることはあっても消滅することはないと教えられた。これはどうしたことだろう。
 代表的な金属の鉄の場合、現在新しく作られる鉄の原料は、七割が鉄鉱石で三割がスクラップである。だから鉄のリサイクル率は三十パーセントになる。すると七十パーセントの鉄は使い捨てられていると思う人が多いだろうが、それは違う。大半の鉄は建造物や各種の製品として人間社会に蓄積され続けているのである。ゴミ捨て場で錆びて酸化鉄になるのは、全体から見ればごく少量と推定されている。こう考えるとリサイクルの大切さがよくわかる。人間にとって必要な量の鉄を確保したら、あとは上手に使い回せば、半永久的に地下資源の枯渇を心配する必要はないのだ。
 ところがリサイクルのきかない地下資源もある。石油は燃料として消費されれば二酸化炭素となって空気中に放出される。各種のプラスチック製品になる場合もあるが、これも数回はリサイクルするとしても、いずれはゴミとして焼却されるか、地中に埋められても時間をかけて二酸化炭素になって終る一方通行になる。もともと石油は植物が空中の二酸化炭素をこうごうせい光合成したものだから、この成り行きは仕方がない。完全なリサイクルを考えるなら、植物系(バイオマス)のプラスチックに切り替えることである。
 物としての資源よりも重要なのは、エネルギー資源の方である。鉄のリサイクルにしても、大量のエネルギーを必要とする。これを長年石油と石炭に頼ってきたのだが、二十一世紀の半ばには石油の枯渇が現実の問題になることは間違いない。それまでに太陽光・太陽熱をエネルギー資源とする技術が間に合うかどうかに、人類の運命は大きく左右されるだろう。原子力の利用という道もあるが、安全性と、地球環境に新しい熱源を持ち込むという両面で好ましいものではない。地球に降り注ぐ太陽エネルギーを利用する方が、地球環境を維持するために望ましいのである。
 石油もある日突然になくなるわけではない。それまでに各種の代替エネルギーの開発や省エネルギーの技術が開発されるだろう。地球の温暖化も確実に進行するだろうが、これも予測可能で時間をかけてやってくる。人間は個人としても種としても、高い適応力を備えた生きものである。だからここまで栄えてきた。人類共通の危機に対しては、強者生存の闘争におちい陥ることなく、協力して対応することができると信じたい。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

ウェブ社会をどう生きるか(3)

ウェブで集合知が形成されるという楽観論は、機械的な情報処理に対する手放しの信頼に基づいています。しかし玉石混交の情報の海の中から、玉を選り分ける作業は、機械任せで可能なものでしょうか。情報は言語として流通していますから、機械は言語を選り分けることはできるでしょう。その言語に優先順位をつけることも、機械的に可能ではあるでしょう。しかし人間にとって大切なのは、その言語が表現する「意味と価値」という生命情報の部分です。それは情報をキーワードという機械情報の断片に分解してしか扱うことのできない、機械には任せきれない部分です。西垣氏は「ごく簡単にいうと、自動化は難しいが、コンピューターの助けを借りて人間の知的活動を活性化することなら見込みがある」と述べています。私の判断も、それに近いものです。
 ここまでの結論なら、おそらく現代の常識として、誰もが同意するのではないでしょうか。注意しなければならないのは、これから先の危険です。コンピューターの能力は、情報処理の速度と分量の多さと画一的正確さで、人間の能力を、はるかに上回っています。その助けを借りる上で有利な立場にいる人たちが形成する集合知は、圧倒的な権威として他を支配する危険はないでしょうか。ウェブは誰でもアクセスできる平等なツールだというのがタテマエですが、実際は弱肉強食の世界であることは、誰でも知っています。さらに西垣氏は、ウェブ上のグローバル化の中に、ユダヤ的一神教の世界制覇の意図をも、感じとっているようです。
 世界の多様な国民性や、言語や、思想や、生活習慣は、ウェブ社会によって、どのような影響を受けることになるのでしょうか。それは対応を誤れば、一極集中や全世界の画一化にもつながりかねません。その中で平等化とは反対の、格差の拡大が進んでしまう可能性もあります。「21世紀の情報学的転回の基軸は『機械情報』ではなくて『生命情報』でなくてはならない」と、西垣氏は結論部分で述べています。
 ウェブ社会は私たちの生活にますます入り込んでくるでしょうが、あくまでも「人間が主人公」との自信と誇りを忘れずに、便利な道具としてネットを使って行こうというのが、この本を読んでの私の結論になりました。

おじいちゃんの書き置き・98

(第9章 科学技術と人間)

成長から成熟へ

 加速度がついて発達を続ける科学技術は、この先もさらに速度を早めて限りなく発達を続けるのだろうか。答えは「イエス」でもあり「ノー」でもあるだろう。
 水も空気も地下資源もむじんぞう無尽蔵という前提で拡大してきた産業開発は、地球の大きさという限界につき当って方向転換を迫られている。人間の経済活動が大気中の二酸化炭素の濃度を上昇させて、それが地球の温暖化の原因になっていることは、ほぼ実証される段階まで来た。そこで現代の科学技術は、二酸化炭素の発生を削減する方向へ急速に集中しつつある。地下資源とくに石油の枯渇に対しても、天然ガスなど代替資源の開発とともに、風力、波力、太陽光発電など化石燃料に頼らないエネルギー源の開発も進んできた。
 それと並行して人間の生活を資源浪費型から環境維持型へ変えて行こうという考え方も出てきた。浪費型の生活を改めれば、資源の消費量もはいきぶつ廃棄物の排出量も減るから、地球環境へのふか負荷は二重に軽減される。さらに廃棄物の再資源化を進めれば、安定した循環型の人間生活に近づくことができる筈である。安定した循環型社会であるためには人口の変化が少ないことが求められるが、この点では先進国はほぼ人口静止または減少の段階にまで達している。問題は途上国の資源消費がこの先どれくらいまで拡大して、人口の増加傾向がいつまで続くかということになってくる。だから二十一世紀の最大の課題は、先進国と途上国、とくにその女性たちとのコミュニケーションをよくして、現代の世界的問題への協力を取りつけることだと思う。
 この現状をマクロで見ると、物量の拡大という意味での人間社会の発達はそろそろ終りに近づいて、仕上げの微細な部分での進化が続いているように思われる。人間の知的向上心には限りがないから、遺伝子の研究やコンピューターの性能向上、電子通信・放送技術の改善などはこれからも進むだろうが、巨大土木工事で地球を改造するような方向への発達は、もうあまり進まないのではなかろうか。
 知的能力の面からも、ある種の限界がありそうな気がする。人間は何も知らない赤ん坊の状態から、最先端の技術までを学ばなければならない。つまり一世代ごとに知識がリセットになる。教育年限を伸ばしコンピューターの助けを借りるにしても、途中で落ちこぼれる者はますます多くなるだろう。また、全員が最先端にまで達することが、人間として必ず幸せとも限らないだろう。普通のことをしていれば普通に生きられるということも、人間の幸せにとっては大事なことである。少数のエリート集団との階層の分離はあっても、それは昔からあったことだ。知的で寛容で成熟した人間社会を維持して行けるなら、地球が住める星であるかぎり、人間はまだまだ長く生存できるに違いない。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

ウェブ社会をどう生きるか(2)

少し間があきましたが、西垣通氏の岩波新書新刊の続きです。ウェブ社会の肯定面としてよく引き合いに出されるのがウィキペディアで、「集合知」の代表選手のような地位を占めています。私もよく利用しますが、常に最新知識を得られるのが便利で、内容の信頼性も高いと感じています。広辞苑も百科事典もよく使いますが、基礎知識は書物で頭に入れて、現代的な情報はネットから入手するというのを、大まかな使い分けにしています。
 その他にも、ネットが威力を発揮するのは検索の機能です。どこでどう調べたらいいかわからないようなことでも、検索にかけると何らかの結果が出てきます。そこから関連するキーワードを辿って行くと、欲しかった回答が得られるのを、何度も経験しました。そして検索語の入れ方のコツも、少しずつ覚えてきました。しかしここにすでに、西垣氏の警告する「機械情報による人間情報の分断」が顔を出します。人間が過度にネットに順応して、人間的な思考を浅くしてしまう危険はないのでしょうか。これはむしろ哲学の問題ですが、ここでは私の経験をお伝えします。
 私もブログのアクセス数は増やしたいですから、それにつながる自分の名前の検索結果にも気をつけています。検索件数の増やし方には、明らかにコツがあります。まず、ブログのタイトルのつけ方が大切で、話題になりそうな言葉をアタマにつけること、そして「○○と○○」というように2つ以上のキーワードを入れると、検索にかかる率が高まるということがあります。さらにブログの中にも検索にかかりやすいものと、そうでないものがあって、必ずしもアクセス数とは比例していないようなのです。検索されやすい他所のブログに入れたコメントやトラックバックは、内容がたいしたものではなくても、長く検索の上位に残っていたりします。その点では、ぷらら・ブローチは、有利なブログとは言えないようです。私がライブドア・ブログを同文で使い続けているのは、そのためです。
 今の検索エンジンが、どのような基準で情報を集めているのかは、私にも謎のままです。ただ、ネット上で上手に立ち回れば、それなりの結果が得られるのは確かで、それが本当の民主主義であり集合知なのか、それとも独裁であり衆愚なのか、議論は簡単ではないのです。

おじいちゃんの書き置き・97

(第9章 科学技術と人間)

科学にも禁じ手がある

 第一次世界大戦では毒ガスが大規模に使われて悲惨な結果を生んだ。その反省から、国際社会は兵器としての毒ガスの使用を禁止する条約を結んだ。この約束が第二次世界大戦において大筋で守られたことは、高く評価してよい。
 戦後の国際的な平和協定としては、南極大陸を軍事目的に使用しないこと、宇宙空間を同じく軍事利用しないことなどがある。ただし偵察衛星を打ち上げたり、大陸間弾道弾が宇宙空間を飛ぶことなどは禁止ではないらしい。それにしても、人間が戦争の手段を無制限に開発してはいけないという意識を持ち始めたことは確かなようだ。
 最近では、対人地雷の禁止条約がある。このときの議論で明らかになったのは、この地雷は敵を直接に殺すのではなく、肢体不自由者にすることで敵の戦力を低下させることを狙う武器だということだった。その設計思想のおぞましさに嫌悪を感じた人が多かったのではあるまいか。しかも当面の作戦目的よりも、平和になってからの住民を殺傷することに威力を発揮するのだから、禁止されて当然である。
 科学の禁じ手は戦争に関連することだけではない。最近では遺伝子操作技術の向上による、安全性と生命倫理の問題が出てきた。遺伝子組み替えで、病気に強く収穫量の多い農作物などが開発されたのだが、食品として本当に安全かどうか、経験のないことだからわからないというのである。従来の品種改良は受精のかけ合わせだったが、直接に遺伝子を変えてしまうところに不安がある。とんでもない有害な生物や細菌が出来てしまう可能性が否定しきれないのである。
 クローン技術にも不気味な影がある。遺伝子だけをせいしょく生殖さいぼう細胞に移植して生まれた生物は初代の子供ではなくて複製である。一卵性双生児と同じことだと考えれば気楽かもしれないが、全く同じだと言い切れるか。だいたい年齢はどう数えるのか、疑問は尽きない。もしも人間のクローンが生まれたらどうなるのか。頭脳は新しいことを覚えながら成長するだろうから、初代と同じ人間になることはありえない。その人は初代の生き残りでもなければ子供でもない。双子の兄弟に似ているが、本当にそうではない。そのような人間を増やしたいとは誰も思わないだろう。しかし農作物ならどうか、畜産動物ならどうか、人間の良識が試されることになる。
 不老不死は昔から人間の夢ではあった。今でもアメリカでは、将来の医療技術に期待して自分の遺体を冷凍保存させている人が何人もいるそうである。この問題は、人間とは何かという根源的な問いになる。永久に生き続ける人間、死ぬことのできない人間を、私はうらやましいとは思わない。だが、それでも死にたくないのが人間なのだろうか。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。) 


社保庁のボーナス返納

政治の話題ばかりが続きますが、年金記録消失の責任をとって、社保庁の長官が夏の賞与270万円の全額を辞退するそうです。逆算して月例の給与が100万円を超えていることもわかりました。さらに社保庁の全職員が、ボーナスの一部を自主的に返納することも呼びかけました。それに連動したのかどうか、安倍首相も関係大臣も、ボーナスの一部を返納したり、年金の受給を辞退したりするそうです。参議院選挙を目前にして、少しでも国民の怒りをやわらげたい思いからでしょう。
 このことについて、各野党がコメントしているのをテレビで見たのですが、選挙目当ての見えすいたごまかしだ、こんなことで問題は解決しないなど、徹頭徹尾の非難で一致していました。それを見ながらかえって白けた気分になって、それなら黙ってボーナスを受け取ればいいと思うのかと、反問したくなりました。選挙を意識して、なんでもかんでも政府を攻撃する材料にしたい姿勢が、あまりにも強すぎると思ったからです。
 一庁あげてボーナス返納という空前の「お詫び」をするに至ったのは、今回の失点の大きさを、政府が非常に深刻に受け止めていることを示しています。その詫び方が気に入らないからと、からんで見せるよりも、ここは少し大人になってほしいものだと思いました。私が野党の親分なら、こんなセリフはどうでしょうか。
 「今度のことじゃ、お前さんもよくよく骨身にこたえたろう。ボーナス返しますとは、よくぞ改心しなさった。あとは俺らに任せて、しばらく引っ込んでおいでなさい。不始末しでかしたあとは、別な人手で始末をつけるのが掟というもんだ。なあに、こちらにも腕っ利きは揃ってるんで、安心して見ておいでなさい。悪いようには、しませんぜ。」
 セリフの直しは、うたのすけさんにお願いするとして、民主党はここで、年金制度の全体像を示すべきです。それは「官吏と大企業のための互助制度」から「国民全員のための生涯安心制度」へと変えて行く道です。「保険料の徴収は税金といっしょに歳入庁」も「国民年金は税方式」も、そこへ至る道程の一つです。選挙の公約として、まだ間に合うと思うのですが。

おじいちゃんの書き置き・96

(第9章 科学技術と人間)

戦争と科学技術

 科学技術は戦争によって進歩したと、よく言われる。たしかに戦争は生きるか死ぬかの問題だから、最優先で努力を注ぐのは当然で、科学技術もその例外ではないのだろう。ところが困ったことに、相手側も同じようにするから、どこまで行っても終りのない競争になってしまう。むじゅん矛盾とはよくも言ったもので、あらゆるたて盾を貫くほこ矛を作れば、あらゆる矛を防ぐ盾が出来るから始末が悪い。
 歴史から見れば、何かの事情で軍事力にすぐれた国が出現して、一時的に大帝国を作る例はいくつもあった。しかしながら大帝国が永続したことは一度もなく、いずれは外部の新しい強国に負けるか、内部から崩壊するかして消滅して行った。個人としての人間もそうだが、人間の集まりとしての民族あるいは国家にも一定の限界があって、絶対的優位に永続して立てるというものは存在しないのではなかろうか。
 長らく槍と刀で渡り合ってきた人間の戦いは、鉄砲の登場で一変した。日本では武田の
騎馬軍団が信長の鉄砲隊に敗れて以来、性能のよい銃を大量に揃えることが、戦国の世で勝ち抜く条件になった。ところがその後の江戸時代は戦争がなかったので、武器も進歩することがなかった。しかしヨーロッパはその間に何度も戦争をしていたから、幕末に黒船が現れたときは、日本と外国との間に段違いの戦力の差が出来ていたのである。
 明治政府による軍隊の創設は、産業の近代化と全く同じ段取りで進められた。「富国強兵」が当時のスローガンだが、経済力を高めることと強い軍隊を持つことは、近代国家になるための車の両輪だったのである。だが国民の負担はずっと重いものになった。戦争が武士という専門家集団の仕事から、国民全部の義務になったからである。
 二十世紀に入って発明された飛行機も潜水艦も、第一次世界大戦で早速、重要な武器として使われた。戦争は空中にも海中にも広がり、立体的に人間を包み込むようになった。
飛行機による爆撃は、前線と銃後との境界を取り払い、国の全土を戦場にしてしまった。
どうして人間は科学技術を戦争にばかり使うのかと嘆いても始まらない。それは、なぜ人間は戦うのかという根源的な問いを繰り返すのと同じである。
 太平洋戦争の最後に使われた原子爆弾は、再び圧倒的な戦力格差の実証になった。日本を屈服させるには十分だったが、その後の経過は従来と少し違っている。新技術はやがて世界に普及し新しい競争が始まる筈で、事実そうなりかけたのだが、核兵器があまりにも強力になりすぎたために、使われる機会がないまま国際的な不拡散の枠組みの中に置かれることになったのである。超大国本位の不平等な条約であり、破ろうとする試みも絶えない危うい条約だが、人類は初めて兵器の開発中止に合意したことになる。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

命を救う知識

沖縄県民の生死を分けた戦時下の行動について、「読谷の風」さんのブログに、私の探していた事例が出ていました。亀甲墓に避難してきた一人の日本兵が、「皆さんは民間人だから、アメリカ軍も粗末には扱わない筈だから、降伏しなさい」と言って、具体的な方法を綿密に教えてくれたというのです。その家族は、翌日その通りに実行して全員が救われました。しかし秋田県出身と言っていたその兵士は、「自分は任務だから最後の一弾まで撃ち尽くして死ぬ」と、夜の内に出て行ったということです。戦いの中でも最後まで常識を失わない兵士もいたのでした。
 私は戦後すぐ、中学生になったばかりのときに、戦前版の六法全書を見て衝撃を受けました。そこにはハーグ陸戦条約が載っていて、戦時下における軍隊の行動を、詳細に規定していたのです。民間人を殺すことはもとより、財産権を犯すことも禁じていました。国際的な良識に安心するとともに、実際の戦争のイメージと違っていることに驚きました。その後「ひめゆりの塔」の映画を見たときに、この学校の先生の中には、ハーグ陸戦条約を読んだことのある人が一人もいなかったのだろうかと疑問が湧いてきました。部隊解散で軍務を解かれたあと、女学生たちがアメリカ軍の保護を受けるのは、降伏ではなくて民間人の権利だった筈です。正式にアメリカ軍と交渉する先生も、軍人もいなかったのはなぜなのか、それ以来、消えない疑問になりました。
 戦時中の「鬼畜米英」「一億玉砕」の雰囲気は、私も小学生として体験したことですから理解できます。そしてハーグ陸戦条約は日本も批准したものの、その精神を日本軍は実際の大陸の戦闘などでは尊重しませんでした。「戦争にルールなし」の野蛮な風潮が支配的だったことは事実でしょう。しかし責任ある立場の教養ある人たちまでが、すべて狂った価値観でしか行動できなかったとしたら、情けないと思いました。
 絶望的な環境に投げ込まれても動じない知性が、人々の命を救うこともあると、私は信じたいのです。沖縄戦の中で、県民のためにアメリカ軍と交渉した日本軍指揮官の存在を、まだ知りません。ただ、本隊から離れた一人の兵士の事例を知って、私は小さな救いを感じるのです。

おじいちゃんの書き置き・95

(第9章 科学技術と人間)

日本の科学技術

 古代日本の科学技術は、中国からの輸入に負うところが大きかったろう。七世紀の大化の改新以後、短期間のうちに巨大な宮殿や寺院、仏像などをこんりゅう建立できたのは、大陸や朝鮮半島から招いた多くの技術者たちの指導のおかげだったに違いない。しかしそれを受け入れた日本側に、ある程度の技術レベルが必要だった筈で、それらは上代からの巨大木造建築や、金属の精錬加工の技術として蓄積されていたのだろう。そして短時間で伝来の技術を消化し、独自の文化を発展させることができた。
 中世の日本のじょうかく城郭、日本刀を始めとするよろいかぶと鎧兜などの武具、社寺や仏像、庭園などは、科学技術と美意識がこんぜん渾然いったい一体となった、みごとな作品になっているものが多い。それらを支えたのは、手仕事に長じ、創意工夫を伝承した名人かたぎ気質の職人たちだった。
 十六世紀にたねがしま種子島に漂着したポルトガル人によって鉄砲が伝来したとき、領主は直ちにかたなかじ刀鍛冶に命じて製法を研究させた。鍛冶屋はくしん苦心さんたん惨憺の末、最後は切腹を覚悟で見本の銃を破壊して銃底を閉じるらせん螺旋の構造を知り、ついに国産の鉄砲を完成させたという。当時の技術の格差が、職人の努力で克服できる程度であったのは幸運だった。
 その後の日本は、徳川幕府の鎖国政策によって三百年の保守的な時代に入った。幕府というのは文字通り幕を張った野戦司令部の意味で、この三百年は、言わば凍結された戦時体制である。幕府は体制をおびや脅かす変化を警戒したから、原則として新しいものを禁止した。
「しんき新奇はっと法度」という世界にも珍しい禁令が日本の江戸時代に出ている。新しい工夫をした道具類を作ることを公式に禁止していたのだ。世の中すべて「新しいものは良い」ではない政治判断がありえるということは、記憶しておくに値すると思う。
 しかし江戸時代の日本は決して文化の低い国ではなかった。寺子屋教育でしきじりつ識字率は高かったし、しょくにんわざ職人技も健在だった。長崎を窓口として諸外国の情報も、最小限必要な程度は入ってもいた。新奇法度が出されたのも、研究開発のきざしがいろいろな分野であったればこそだったのだろう。この状態で明治の文明開化を迎えたのである。
 日本にとって再び幸いだったのは、十九世紀末の科学技術が、欧米諸国にとっても出来たばかりの新技術だったことである。しかもしこう試行さくご錯誤の面倒もなく、良質の結果だけが導入されたのだから、後発メーカーの利点を生かした無駄のない発展さえも不可能ではなかった。短期間のうちに近代化の優等生になったのは、偶然ではなかったのである。
 近代化に成功した日本は、増長して軍国主義に進み、国粋主義という閉鎖主義に回帰したのだが、幸か不幸か戦争に負けたことで閉鎖を解かれた。戦後の復興もまた、最新技術の導入による後発メーカーの成功例になったのである。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

日本国の株主総会(童話)

日本の国では、国民が一番えらいと決めてあるのだそうです。だから、一番えらい国民が、国のことを何でも決められることになっています。だけど国民の数は多いので、みんなで何かを決めようとすると、がやがや言い合いになってしまって、何も決められません。そこで選挙で代表者を選んで、その人たちに政治をやってもらうことにしました。なんだか難しそうな話だと思ったら、お父さんが「日本の国を、一つの会社だと思えばいいんだよ」と言いました。
 会社には株主がいて、みんなで少しずつお金を出し合って会社を作っています。会社の経営をするのは社長ですが、社長は役員の中から選ばれることになっていて、その役員は、株主が集まる株主総会で選ぶのですから、結局は株主が一番えらいのだそうです。でも会社がうまくいっているときは、みんな社長を信用していますから、株主もあまり文句は言いません、社長の言うことにはすぐ賛成しますから、こういうときの総会は「シャンシャン大会」というのだそうです。
 でも、日本の国は、いま大変なことになっています。働いても暮らしが楽にならない人がいっぱいいるし、年とって働けなくなったら貰える筈の、大事な年金が、計算が合わなくなって、ちゃんと貰えるかどうか怪しくなってきました。会社にたとえると、今まで会社を信用してお金を出していたのに、ちっとも株主を大事にしてくれないことが、はっきりしてきたのです。それに、最近気がかりなのは、外国から来た株主の力が強くなって、今までの株主よりも、外国の株主の方が大事にされる場合が増えてきたという話です。社長が外国の言いなりになって、利益をみんな外国へ持って行かれるようなことになったら、大変だと思います。
 こんどの参議院選挙は、会社でいうと株主総会みたいなものなのだそうです。総選挙ではないので、すぐに社長を選び直すことにはなりませんが、今の経営のやり方でいいかどうか、みんなの投票で決めることになります。この前の総選挙のときは、社長のカッコウがよかったので「シャンシャン大会」みたいになってしまって、今の経営陣に勝手なことをされてしまいました。今度はよく考えて、株主を大事にしてくれるような会社にしたいと思います。

おじいちゃんの書き置き・94

(第9章 科学技術と人間)

科学技術と世界の歴史

 世界の歴史と科学技術との間には、密接な関係がある。古くは農機具の発達とかんがい灌漑の技術が人間を定住へと導き、古代国家の誕生につながった。次に鉄を精錬し加工する技術を手に入れた民族が武力で強力な統一国家をつくり、大規模な宮殿や城壁、ふんぼ墳墓なども建設するようになった。道路や水路など大型の土木工事は、測量、計算などの技術に支えられて可能になったのである。ギリシャで天文学、数学、力学、物理学など自然科学が生まれ発展したのは、鉄器の普及と並行していたと言われる。
 中世では、中国を中心とする東洋の技術の方が、総体的に西洋よりも進んでいた。紙の製法も、ていてつ蹄鉄など馬の能力を高める馬具も、中国から西欧社会に伝わって普及したものである。軍事的にも、モンゴル帝国の西方への進出を、ヨーロッパ諸国の軍事力は阻止することができなかった。火薬もまた中国からヨーロッパに伝えられた。
 火薬を最初に戦争に使ったのはモンゴル軍で、ロケット弾の一種だった。銃砲の方が構造が複雑になるので、開発は後になった。銃の原型は中国で生まれ、最初は紙筒や木の筒に火薬を詰めたというから、あまり威力があったとは思えない。これが十四世紀にヨーロッパに伝わった。しかし銃を威力ある小銃の形に発達させたのは一五〇〇年頃のヨーロッパで、この前後からヨーロッパの科学技術が東洋のそれを追い越すようになった。その原因は、ヨーロッパの自然科学の伝統が、ルネサンスとそれに続く宗教改革によって見直され、科学技術の基礎を提供したからであると思われる。
 航海用らしんばん羅針盤の発明は、十五世紀から始まる大航海時代を導いた。スペイン、ポルトガル、後にイギリスを世界の大国にし、南北アメリカ大陸にヨーロッパ文明を移植した。
 さらに重要な変化を人間の生活に与えたのが、新しい動力の開発と機械の発達だった。水車の利用によるぼうしょく紡織の機械化は十八世紀半ばから始まっていたが、これに蒸気機関の発明が加わって、一気に工場生産による産業化の時代に突入した。産業革命は大量生産と大量消費を導いただけでなく、産業労働者の出現、生活水準の向上による中産市民の台頭など、西欧先進国の社会構造をも根本的に変化させた。
 次の大きな発明は電気だったが、十九世紀にまず電信・電話の通信技術に使われ、電灯・電力に本格的に使われるようになったのは二十世紀に入ってからである。自動車・飛行機の登場と発達も、ほぼ同時期になる。私たちがいま生活に必要不可欠だと思っているものの多くが、長くても三世代百年の歴史しか持っていないのは驚くべきことだ。
 そして最新の大発明が核エネルギーの開発である。これの実用化の最初が広島と長崎に投下された原子爆弾だったのは、核開発の危険な性質を象徴しているように思われる。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

独立行政法人という隠れ蓑

小泉行政改革で、多くの国の事業が独立行政法人へと衣替えしました。行政を効率化し、公務員の数も減らして「小さな政府」にするというのが名目でしたが、その実体がどうなっているのか、今朝の朝日新聞に、その一端を報告する記事が出ていました。
 05年度には、109の独立法人に、およそ3兆円の国費が投じられたとのことですが、これは全支出額の、およそ3分の2に当るようです。つまり使われた金の3分の2が税金であったわけです。独立法人は「都市再生」「雇用・能力開発」「科学技術振興」「水資源」など、さまざまな分野の事業で金を使うわけですが、そのうちの1兆円あまりが随意契約によって支払われています。その随意契約の比率が、職員の天下り先の公益法人や企業に対しては、ほぼ7割という高率になっているのです。つまり身内から身内への感覚で、金の流れが出来ているいることを推測させます。
 先ごろ問題になった緑資源機構の官製談合では、形だけの入札で自由競争が行われなかったのが犯罪とされました。こうした事件を教訓として、独立行政法人の会計は、しだいにガラス張りの無駄のないものになって行くのでしょうか、それが一番の問題です。官製談合をやめる方法としては、入札をやめて随意契約にすれば、問題は解消してしまうからです。まさか時代に逆行する制度の改悪が、簡単にできるようにはなっていないと思いますが、私たちには確かめる方法がありません。
 独立行政法人も出来たばかりで、まだ事業を整備して行く途上でしょう。そして明るみに出たデータも2年前のものです。これから当初の目的に沿うように、無駄のない事業のできる体質に変えて行かなければなりません。しかし官のようで官でない独立行政法人という、あいまいな性格は、悪用されれば、官庁の汚職よりも摘発の難しい、合法的な癒着の巣にもなりかねません。職員の給与水準が、国家公務員を上回っているというデータも出ています。形ばかりの行政のスリム化という宣伝を、丸呑みするわけには行かないのです。
 いま審議中の政府による国家公務員法改正案では、独立行政法人の職員の天下りは規制外です。抜け穴の多い、見せかけだけの天下り対策にしかなりません。今の政権に自浄努力を期待しても、それは無理というものでしょう。

おじいちゃんの書き置き・93

(第9章 科学技術と人間)

科学技術の始まり

 道具を使うことが技術の始まりとすれば、それはヒトがサルから分かれた二百万年前にさかのぼる。科学の始まりとされる天体観測は、紀元前三千年のエジプトから始まった。科学技術と無縁では、人間は人間になることができなかった。
 それほどまでに人間と縁の深い科学技術だが、青銅器や鉄器が作られるようになるまでは、その歩みは非常に遅かった。ところが文明が科学技術を発達させる段階までくると、進歩の速度は加速度的に早くなった。たとえば古代人は何万年もの間、木の棒と石を狩や戦争の道具にしていたようだが、鉄器が普及して刀が武器になってから鉄砲が発明されるまでは、約二千年かかった。そして鉄砲が機関銃になるまでは五百年、それから原子爆弾が開発されるまでは四十五年しかかからなかった。戦争の道具ばかりを代表例にしたが、科学技術の最先端は、いつも武器の開発だったからである。
 新しい発明は、偶然や失敗から生まれることが多い。生物の進化が遺伝子の偶然の変異から始まるのと少し似ている。しかし遺伝子の変異は、常に一定の割合で起きているように思われる。生物が、ある時期に急速に進化するように見えるのは、環境の方に変化があって、適者生存のしぜん自然とうた淘汰が働くからであろう。そのかげには、環境安定期に無駄になった突然変異が、たくさんあった筈である。こう考えると、生物の進化はとうさ等差きゅうすうてき級数的に進むと言えそうである。
 それに対して知識や技術の進歩はとうひ等比きゅうすうてき級数的に進むことになる。その原因は人間が知能を持ったからである。人間は一度おぼ覚えたことを忘れない。失敗も覚えているから無駄なことはしなくなる。覚えたことに新しい思いつきを足したり、他人の意見を取り入れたりもする。自分で何か新しい発明をすれば、言葉や文書で他人に伝えることもできる。結果として、人間の知識や技術は、集積が始まるとさらに多くの情報が集まるようになり、加速度的に不可逆的に発達するという性質を持っているのである。
 文明の始まりから現代まで、人間の歴史は長く見積もっても五千年を超えることはないであろう。よく言われることだが、生物の進化にとって五千年はほんの短い時間にすぎない。青銅の刀を振り回していた古代の英雄と、ミサイルの発射ボタンを押す現代のアメリカ兵と、たとえば脳の容量などはほとんど同じ筈である。現代人が古代人と比べて身体的に変化を起こしている例としてば、柔らかいものばかり食べるようになってあご顎が小さくなったことなどがあるが、これも遺伝的に変ったというよりも、生活習慣によって一代でそうなった部分が多いように思われる。現代人は、古代人と同じ脳の中に、大量の知識を詰め込むようになった。どこまでその負担に耐えることができるのか。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)

集団自決をどう記述するか

高校の歴史教科書が、文科省の検定意見によって書き換えられたことについて、沖縄県議会は全会一致で撤回を求める決議を採択したということです。県民の怒りを代弁したと言えるでしょう。
 検定意見は「軍の命令で集団自決したという記述では、誤解を招くおそれがある」ということでした。誤解とは、日本軍が組織的に住民に自決を強要した」というイメージを持たれることでしょう。それが誤解かどうかは、経験した住民が知っていることです。当時の守備隊長の一人が「自分は住民の自決を止めようとした」として名誉回復の裁判を起こしたことも、検定意見に反映したようです。その結果、教科書は「住民は集団自決に追い込まれた」という、主語のない、自然災害のような記述に書き換えられました。審議官は「書き換えを指示したわけではない、意見を付しただけだ」と言うでしょう。従順な編集者たちの態度にも、問題があると思います。
 では真実は何だったのか。「自分は命令していない」と主張する隊長がいても、不自然ではありません。むしろ、いなかったら不自然です。それでも県民は納得しないでしょう。紙に書いた命令書が残っていないからといって、耳から聞いた命令が存在しなかったという証拠になるのか、手榴弾を使っての集団自決が、軍の直接の関与なしに、どうしてあり得たのか、疑問と怒りは、次から次へと雲のように湧き上がってくることでしょう。今度の事件で、古い記憶を掘り起こす活動は、さらに鋭く広範に続けられるに違いありません。
 私が編集者だったらどうしたか、一晩寝ないで考えました。集団自決の根底にあるのは、「捕虜になるよりは死を選べ」という、当時の日本軍人の価値観です。日本軍は住民を戦力として組み込み、最大限に利用しました。そして戦局が絶望的になったとき、彼らの価値観を、自然な流れで住民にも適用したのです。そして住民にも、それを受け入れる下地が出来ていました。
 私が編集者なら、短いスペースの中に、こう書きます。「捕虜になるよりも死を選べという当時の日本軍の規律によって、多くの住民が自決させられました。」次の改定で、私の提案を参考にしてくださる編集者が現れることを、期待しています。

おじいちゃんの書き置き・92

(第9章 科学技術と人間)

機械を封印した国

 空想ついでに、もう一つの空想小説を紹介しよう。十九世紀に書かれたイギリスのふうし諷刺作家サムエル・バトラーの「エレホン(Erewhon)」という小説で、題名はNowhere(どこにもない)を逆に綴ったもの(ただしwhは一音扱いでそのまま)である。訳本が出ていないようなのであらすじ荒筋から紹介しよう。
 ある冒険旅行家が南半球の奥地で未知の国を発見した。その国にはかなり高い文明をもつ異民族が住んでおり、よく見ると鉄道や駅のこんせき痕跡まであるのだが、なぜかそれらはみなはいきょ廃墟となっていた。冒険家がその国に滞在して言葉と文字を覚えてからわかったことは、その国にはヨーロッパの先進国に勝るとも劣らない機械文明の栄えた時代が存在したのだった。ところが機械の急速な発達に対して危険を感じる人々が増え、反機械派を形成して、機械は便利だから開発を進めるべしとする機械派と対立するようになった。反機械派の歴史的な文書とされる「機械論」の論旨は次のようなものである。
 機械は最初は人間に従順な道具の延長だった。しかし発達し大型化するにつれて時には人間に危害を加える危険な性格も示し始めた。近年の機械の成長ぶりは加速度的に人間の制御の限界に近づきつつある。やがて機械自身が意思を持つようになり、機械が機械を発達させぞうしょく増殖させるようになるのも時間の問題であろう。そうなってからでは人間は機械の恐るべき力に圧倒されて抵抗が不可能になる。制御が可能な今のうちに、厳しく制限を加える必要がある、というのである。
 機械派と反機械派の対立は国論を二分する大論争となったが、最終的に反機械派が多数を占め、ついに議会は一定年限以降の機械を禁止する法案を可決した。その結果、近代的な機械はすべて破壊され、博物館に一点ずつを保存するだけとなったのである。そして人々は、武器は弓矢と刀だけ、交通機関は馬車までという、中世ヨーロッパの程度の機械文明にもどり、その中で平和に暮らすことになったという。そのほかこの国では、病気が犯罪のように罰せられ、犯罪が病気のように手厚く看護されることになっているが、それは犯罪を生み出す社会的背景が問題だというふうし諷刺になっている。
 私が面白いと思うのは、産業革命後間もないイギリスに、すでに機械文明を一定のところで止めることを考えた人がいたという事実である。そしてまた、機械が機械を増殖させて、人間が機械に使われる時代が来ることも予見している。機械がそれ自体の意志を持つようになるというきぐ危惧も、私がこの小説を読んだ五十年前にはありえないこちょう誇張だと思ったが、今ではパソコンが自己のりゅうぎ流儀をしつよう執拗に主張するために、使い手である私がやむをえず妥協するような場面が、日常的に起こっている。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。) 


ウェブ社会をどう生きるか(1)

このタイトルは、西垣通氏の近著(岩波新書)の題名です。本来は「『……』を読む」とすべきところですが、書評というよりも、これを読んで自分が考えたことが中心になりそうなので、あえてタイトルをそのまま借用しました。いま2回目を読んでいるところです。
 第1章の「そもそも情報は伝わらない」というのが、まず新鮮でした。私はコンピューターではありませんから、本を読んでも、内容がすべて「入力」されるわけではありません。私が受け取る情報は、脳に直接入るのではなくて、新しい刺激として受け止められるだけです。その刺激によって、何が新しく脳に蓄えられるかは、その脳つまり私のすべての履歴とその時の状況によって決まるのです。このように私が理解したこと自体が、「そもそも情報は(そのままでは)伝わらない」ということなのです。
 これを知っているだけでも、ずいぶん役に立つ知識になります。子供にお説教して聞かせても、伝えた内容が相手に記憶されるかどうかは、神様だけが知っていることです。コンピューターに新しいデータを加えるのとは、まるで違うのです。お役所の広報が、なかなか一般に浸透しないのも、たぶん同じ理屈でしょう。このように、人間の特性をよく考えないと、ウェブ社会に呑み込まれて、人間が住みにくい世の中になってしまうというのが、大事な反省です。
 ここで著者は、生き物にとっての情報は「関係すること」であると言います。自分と他者とが関係することで情報が生まれる、つまり「生きる上で意味のある(識別できる)パターン」が情報だということです。そしてこれは「生命情報」に分類されます。人間の場合は、社会生活を円滑にしなければなりませんから、そこで必要なのは「社会情報」で、その王様は言語です。言語は「記号」であると考えられますから、客観化ができて数値化も可能です。そして「機械情報」の分野が開拓されました。これを扱う便利な機械がコンピューターであることは、言うまでもありません。
 私たちはいま、膨大な知識の量がウェブ上を往来するように感じていますが、それは膨大な機械情報の集積であったのです。

おじいちゃんの書き置き・91

(第9章 科学技術と人間)

無人になった都市で

 私が少年時代から、何度もくりかえして空想してきた一つの状況設定がある。理由は何でもいいが、ある日突然に、自分以外の人間がすべて消えてしまうのである。それ以外は何の変りもない世界に一人だけで残されたときに、自分はどこまで人間らしく暮らせるかということを何度も考えた。それは小説の世界だが、こんなふうに始まるのだ。
 自宅でふと意識を回復した私は、家の中が妙に静かなのに気づく。探してみるが誰もいない。外へ出ても人間が消えている。街路に自動車が乗り上げていたり、停留所に電車が止まっていたりするのだが、すべて無人である。やがて遠くに火事の煙らしいものが上がるが、消防車のサイレンも聞こえず、街は静まりかえっている。家に帰って思いつくかぎりの電話をかけてみるが誰も出ない。ラジオも雑音が流れるだけである。
 小説では一人だけ残っている少女に出会ったりするのだが、それはさておき、一人で生きて行くことを真剣に考えなければならなくなる。火事は幸いにして自然に鎮火するが、電気は一週間ほどで停電し、直す方法はわからない。水道もガスもいずれ出なくなると覚悟する。食料品は当面はどこの店からも自由に持って来られるが、再生産の方法は知らない。結局は地方の小さな町へ移って自活の道を考えることにする。移動手段は当面は自動車が使えるが、ガソリンの補給と、タイヤに手動で空気を入れるのが意外に面倒だ。確実に長く使えるのは、結局自転車ということになった。
 落ち着いて考えてみると、自分はずいぶんいろいろなことを知っているつもりだったが、一人だけになってもできることというのは、ほんの少しであることを思い知らされた。発電の理屈は知っているし、マニュアルも専門書もいくらでも読めるのだが、小さな水力発電所を一つ動かすのも大変なことだ。もし動いても、故障したら修理部品を作ることができないから永続的に運転するのは無理だと思うと、意欲も衰えてしまう。結局は電気のない時代の生活にもどるしかないとあきらめたが、われながら情けなかった。
 自分一人なら何とか人間らしく生涯を終ることはできそうだと思ったが、一人の女性と出会って改めてアダムとイブになったら、どの程度まで人類の文明を伝えることができるかも考えてみた。まず、何よりも言葉と読み書きを子孫に教え、ぼうだい膨大な図書資料を読めるようにしなくてはいけない。しかし本格的に文明の再建を始めるには、少なくても数千人規模の人口が必要だろう。一方で三世代百年のうちに現在の文明施設の大半は崩壊して使えなくなる。文明が完全に断絶しないまでも、ある程度の水準まで回復させるのも非常に難しいのではないかと思った。
 この空想を、私は今になっても思い出す。人間にとって文明とは何なのか。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。) 


「フィガロの結婚」エキゾチカ

オペラシアターこんにゃく座の「フィガロの結婚」モーツァルト・エキゾチカが、この5〜6月にかけての公演を終了しました。私はこのオペラを、稽古場での通し稽古と、本番の舞台の両方で見ることができました。文句なしに楽しめる舞台で、観客にも好評だったようです。
 林光氏の著書「日本オペラの夢」によると、林氏は終戦から間もない駆けだしの音楽少年時代に、俳優座が上演した演劇としての「フィガロの結婚」にかかわっています。そこで原作のメッセージを間違いなく観客に伝えるという、演劇というものの本質を学び、それを音楽で表現するオペラの道へ進む際の、道標にしたのです。ですからオペラの「フィガロの結婚」の芸術監督として、こんにゃく座の演目に加える際にも、その姿勢は貫かれました。そして低予算つまり簡素な舞台装置と小人数の楽団でオペラを演じるという制約を逆転の武器にして、贅肉をそぎ落としたメッセージ性の高い舞台を作り上げました。その現代の完成形が、今回の舞台だったと思います。
 エキゾチカ(外国風)の副題をつけたのは、設定を東南アジアのある国として、支配階級の白人の貴族たちと、有色人種の庶民という対比を試みているからです。この点を私は稽古では読み取れずに、妙な踊りの振り付けだと思っていたのですが、本番の舞台を見て、その効果がよくわかりました。また、モーツァルトのスカトロジー(うんこ趣味)も、解説を読むまで知りませんでした。冒頭の「くそったれ……」の合唱も、劇中の「奥様のうんこ」の話題も、権威を笑い飛ばすエネルギーとして利用されていると思ったら納得できました。
 とにかく、こんにゃく座の「フィガロの結婚」には、着飾って畏まって聞く「古典オペラ」とは違う楽しさ、痛快さがあります。その大衆演劇にも通じる親しさは、このオペラが当時のヨーロッパで大ヒットして大衆に受け入れられた理由と、共通の筈です。今回の公演は、一般への公開はありませんでした。各地の「演劇を見る会」などが主催しているのですが、その運営を担っているのは、ほとんどが地域の中年女性たち、あるいは学校関係です。制作の担当者は苦労を重ねているでしょうし、宣伝の方法は大問題でしょうが、一般公開の上演も欲しいものだと思いました。

おじいちゃんの書き置き・90

(第8章 男女平等への道)

議員定数を男女平等に

 戦後の「婦人参政権」でたしかに女性の投票の権利は実現したが、参政権はまだ実現していないというのが、私の判断である。どこの国でもそうだったが、選挙権の拡大に対しては、時の権力者はかじょう過剰な警戒をする。たとえば日本で男子に限った完全な普通選挙法を施行したとき、それはあくみよう悪名高い治安維持法と抱き合わせだった。多数を占める労働者や農民が投票に参加したら、すぐにも革命党が天下を取るかと恐れたのだ。しかし実際には、政治情勢が急に変ることはなかった。大衆は基本的に世の中の急変を好まない。この一票で世直しというよりも、保守的で無難な投票行動をとるのである。
 婦人参政権が認められ、女性が初めて選挙権を行使したのは画期的な出来事であり、もの珍しさもあってかなり多数の女性が当選もしたのだが、それで日本がそのときから男女平等の国になったわけではない。高等教育の女性への解放、父権優先だった民法の改正、職場での性差別賃金の禁止など、男女平等への改革は、そのときから始まって、まだ途中なのである。まして家庭の中での意識や習慣の男女平等化は、まだ始まってもいない場面がたくさん残っている。私はあるとき「女の同窓会はたいへんなんですよ。友達が結婚した相手の男のフルネームを知っていないと、電話帳で探せないんです。」と言われて絶句したことがある。そんな、意識にものぼらない不平等もある。
 これからの世の中をどうするか、そのためにどんなルールを作ったらいいかを相談する場所が議会である。議会は市区町村にも、都道府県にも、国にもある。そのすべての場所に男女平等の議員がいる必要がある。議会は人数でものごとを決めるから、人数は男女が同数でなければならない。男女の平等を促進するときに、成り行きに任せるのではなく、意図的に女性を引き上げるポジティブアクションというものがあるが、議会の定数は、最優先でこれを適用すべき分野である。半数が女になったら政治の質が低下するなどと余計な心配をする必要はない。おそらく政治風土はほとんど何も変らないだろう。それでも、議会を通過する法律や条令に、女性が半分の責任を担うことに大きな意味がある。
 これから人類がますます切実に直面する問題は、人口問題にしても環境問題にしても、女性の参加と協力がなければ進まないことばかりである。女性が社会的な問題に対しても当事者としての責任を感じ、積極的に行動に参加するようになるために、政治について男女が平等の権利と責任を持つことは、必ず有効に作用するだろう。
 かつて婦人参政権は女性解放運動のシンボルだった。議員定数の平等化は、男女平等運動の、わかりやすい明確な目標になる筈である。婦人参政権では遅れをとった日本だが、議員定数の平等化では、世界に遅れることのないようにしてほしいと思う。
(原文で漢字につけた「ふりがな」は、該当する字の前に表示されます。)


記事検索
プロフィール
志村 建世
著者
1933年東京生れ
履歴:
学習院大学英文科卒、元NHKテレビディレクター、野ばら社編集長
現在:
窓際の会社役員、作詞家、映像作家、エッセイスト

過去の記事は、カテゴリー別、月別の各アーカイブか、上方にある記事検索からご覧ください。2005年11月から始まっています。なお、フェイスブック、ツイッターにも実名で参加しています。
e-mail:
shimura(アットマーク)cream.plala.or.jp
著作などの紹介
昭和からの遺言 少国民たちの戦争 あなたの孫が幸せであるために おじいちゃんの書き置き
「少国民たちの戦争」は日本図書館協会選定図書に選ばれました。
詳細はこちらをご覧ください
→著作などの紹介と販売について
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
QRコード
QRコード
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ